記事以外へのコメント・ご意見等はこちらに(新)」への283件のフィードバック

  1. 匿名

    カイン様、
    旧コメント欄を読めるようにしていただき、
    また、新コメント欄を準備いただきまして本当にありがとうございます。
    これからもよろしくお願いいたします。

  2. 匿名

    天理教校学園の学生募集停止はが非常に深刻なわけ。
    ●そもそも天理高校があったうえに新たに学校を作ったのは、天理高校の教員(組合)が思い通りにならず、信条教育を図ろうとする当時の本部の思いに一致していなかったから。野球や吹奏楽など、教外者をスカウトすることも多かった。そこで、次代を担う布教専従者の育成を目指し、男子校の付属高校をつくり、卒業後は5年の第二専修科への進学を義務づけた。その後、親里高校をつくり、海外布教の要員育成をめざして、外国語の授業を充実させた。しかしうまくいかず、両校合併。第二専修科も廃止。そして今回の廃校。つまり、天理教が布教のために力を入れた学校(政策)は失敗したのである。
    ●教会子弟が多い学校が、本部の財政を理由にして真っ先に切り捨てられた。本部で子弟教育を面倒見てもらっていた教会としては、かなりショックではないか。子弟教育は、天理教が数十年強調していた「縦の伝道」に他ならないから、その根本を揺るがす事態である。
    ●教会子弟が無償化政策で地元学校へ進学できるようになったことで、本部へ来ないという傾向が強まる、あるいは強まっているということであれば、そもそも本部の理念によってつくられた学校への魅力がない、ということを示してしまっている。
    ●とはいえ、現実には、天理高校2類・1類・教校学園、天理高校2部という偏差値による輪切りもあって、本部の方々は教校学園にはあまり進学させなかった。基本、天理高校である。果たしてどこまで真剣に布教要員を育成しようとしたのか、検証されてしかるべきところである。
    ●久保理事長は三代真柱の子であり、学校を優先して考えるのであれば、その立場を利して予算をとってくるべきだろう。しかし、逆に廃校に向かった。本部の中枢は、次世代を担う子弟教育より本部の運営が大切だということを、端的に示したことになる。このことは、本部の他の関係施設、医療大学、天理大学(法人)、にも影響を及ぼすだろう。憩の家についても同様である。本部から派遣されて運営を担っている人は、本部を守るために動いても学校や病院を守るためには動かず、経営努力をせずに、それらの施設を切り捨てる可能性を示唆している。(医療大学も廃止のうわさがある)
    以上、こどもおぢばがえりの縮小をあわせてみれば、ただでさえ縮小モードなのに、それを加速するような一手である。将棋でも変に攻めを受けると、手が一気に進むことはよくあるはなし。教会の次世代の育成という、もっとも手をつけてはいけないところに手を付けた。天理高校に手を付けたらマスコミに騒がれてイメージが悪い(たとえばPL学園を見よ)かもしれないが、内部では教会子弟・縦の伝道は本部で支えますといえたはず。しかし外づらを気にした対応のために内部的なダメージはかなり大きいと推測される。また、運営(経営)の無策も露呈したので、悪評により、病院・大学によい先生が来なくなることもやむをえないだろう。

  3. 匿名

    これからは組織に頼らずに個々が強くならなければならない。
    身体的にも 精神的にも 経済的にも 地位的にも 時間的にも
    戦後から急速に科学や医療技術、栄養も教養も全体的に豊かになった。
    年寄りは長生きして数が増え、子供は数が減り、過去に想定されていた未来よりもかなり早く事態が悪化してきている。
    宗教もこの時代の変化の早さに置いていかれている。
    世界情勢も一瞬でひっくり返るであろう予断を許さない時代。

    またひと昔前の弱肉強食が色濃くなる時代の再来が懸念される。

    強くならねば

  4. 匿名

    天理教に強い疑問を持ち、あれこれ資料を探しているものです。
    秀司が始めた天理教団が強欲から始まった事実や、現教理に教祖の教えに無い神道の神名が入って来ている事実を知りました。十柱の神名は信者が押し寄せ賽銭が相当上がるようになりその旨味を知った強欲な秀司達が、教団設立の為に神道の神名を利用して「転輪王」として唱えるとし、吉田神ぎ官に願い出たものだそうで、この時に初めて教祖の教えに無い神道の神名が入ったと言う事のようですね。
    大正5年1月号「新宗教」飯降本席様の息子さんの著述による記事によると、
    秀司とその妻まつえの人格について、「秀司もまつえも仕様のない方らしかった。その為に教祖の心を休ませられたと言うことはなかった。」と述懐しています。
    教祖は秀司出直しに際しては、「もう強情は張れんやろ。張れるなら張ってみいや」と仰った。
    嫁のまつえの出直しに際しては、「えらい溜めたな。なんぼ溜めてもあかせんで。」と仰ったそうだ。
    中山家の強欲の遺伝子は今に続いています。教祖が現中山家の強欲に対して天から仰っています。
    「もう強情は張れんやろ。張れるなら張ってみいや」
    「えらい溜めたな。なんぼ溜めてもあかせんで。」

    終焉に向けて人が引き潮の様に引いています。こどもおじばがえりのパイプ椅子も今だに片付きませんね。
    10年前は次の行事に向けて翌日にはスッキリ片付いていて、感心して見ていたのですが。
    本部に人が居なくなっているのが良くわかります。

  5. 匿名

    ツイッターより

    8月7日

    次の三年千日には教勢ももどるので耐えましょう!という話が以前あったが、真柱様が今の身上のままおさづけの数もふえないのにお供えが増えるという根拠がない。それにその時財政的に厳しいため館建築資金の取り崩しの話もあったが、本部勤務者を減らしてもいいのではないだろうか、国の奨学金も増え
    いちれつかいに頼らずとも進学は可能、行事も無駄に多い。同じ顔ぶれしかこない支部行事、ようぼくのつどい、母親講座、「良い話」でおわるだけなら不要。よほどこどもおぢばがえりで次世代をになう子供に予算を回したい。

    8月8日
    ☀️睦輝☀️(むつき♀)
    予算削減話で「140年祭になれば教勢は上がる!今は耐えよう!」

    誰が言ったと思います?
    なんと!
    表統領、中田善亮!

    _人人人人人人_
    > やっぱり <
     ̄^Y^Y^YY^Y ̄

    節目には御供え増とか楽観し過ぎorz
    そして「教勢=御供え」な思考回路の残念さも露呈です。

  6. 崩壊

    匿名
    2019年8月8日 6:38 PM

    >終焉に向けて人が引き潮の様に引いています。こどもおじばがえりのパイプ椅子も今だに片付きませんね。
    10年前は次の行事に向けて翌日にはスッキリ片付いていて、感心して見ていたのですが。
    本部に人が居なくなっているのが良くわかります。<

     地震で発生する津波被害は、押し寄せる津波よりも、その後の「引き波」によって起きる被害の方がはるかに大きいそうです。引き波にのまれて海の藻屑になる前に、大至急、避難しましょう。

  7. 松永里子

    はじめまして。わたしは元天理教末端教会の娘です。ようぼくですが信仰はしておりません。大教会は、福岡県にある 鎮西大教会なのですが10年ほど前天理教の知り合いに聞いたのですが、いま、鎮西大教会の大教会長家族は、たしか破産して、京都にある別荘である中心山荘で暮らしているらしいのです。

    一体どうなってるのでしょうか?月次祭は直轄の教会長さんが交代で執り行っているそうです。
    わたしは

    20歳の時修養科にいき、あれから約30年、さすがにじんわりと離れなかった洗脳もとけました。
    お時間がありましたら教えて下さい。

  8. 退職した元信者

    退職信者から退職した元信者に変更します。

    投稿を始めた頃は、洗脳が解けていなかったので退職した信者という名前でしたが、既に完全に天理教を捨てているので名前を変更しました。
    昨年末の大掃除では、神棚の鏡も捨てたし6人分のおかき下げも庭で焼き捨てました。
    (おふでさきは残しています。)
    それでも、家族は皆 仲良く朗らかに生活しています。

    10-54「このようふのぢいと天とハぢつをや それよりでけたにんけんである」
    と歌われいます。

    地球上の生物は、地と天に抱かれ 火水風に守護されて生きているのです。
    本部のお陰ではありません。

    ≧地震で発生する津波被害は、押し寄せる津波よりも、その後の「引き波」によって起きる被害の方がはるかに大きいそうです。引き波にのまれて海の藻屑になる前に、大至急、避難しましょう

    大きい波になれば成る程 引き波も更に大きくなり被害も増大するという事ですね。

    最近、天理教ライブカメラをよく見るのですが、本部前に人が集まるのは、毎月26日の午前10時から12時の
    2時間ほどです。集まると言っても礼拝場前のパイプ椅子は隙間だらけです。
    礼拝場内も隙間だらけだと思います。
    一か月間にたったの2時間弱しか人が集まらないのです。
    後は、土日も祝日も大型連休になっても ほぼガラガラ、一人っ子一人いない状態が続いています。

    私が思うには、天理教に縁の有った人々は 既に殆ど去ってしまったと思います。
    今時本部に行く人々は、姻戚関係で繋がってしまい逃げるに逃げられない人達だと思います。
    沈んで行くのがわからないふんぞり返っている連中もいますけど・・・・。

    今や、本部はガラガラ、館はガラガラ、アーケード街もガラガラ、市内に林立する詰所群もガラガラです。
    天理教と言う偽物宗教の大津波が襲った天理の街は、大きな引き波に襲われ物の見事にガラガラの街になってしまったという事でしょうか。

  9. 匿名

    今や、本部はガラガラ、館はガラガラ、アーケード街もガラガラ、市内に林立する詰所群もガラガラです。
    天理教と言う偽物宗教の大津波が襲った天理の街は、大きな引き波に襲われ物の見事にガラガラの街になってしまったという事でしょうか。<<

    負の連鎖・負の現象
    お供え激減、館の修理費ありません、詰所の修理費ありません、配食部門も人がいません、パンと粉スープで我慢してね、教校学園は潰します、お金が掛かるから布教師養成出来ません、日本一のブラスバンド、そんなのお金にならないから潰します、本通りの土地買収 お金が無いから出来ません、黒門倒したけど、お金が無いから再建出来ません、、、修養科生殆どいません、本部勤務者志願者激減してます、天理市寄付金10億円 はもう出来ません、、最高40億超えして便宜計って貰ったけど、もうお金ないからちょっとまけてちょうだいよ、、

    これが天理教団の現状。
    理のないお金を集めた者はその理のないお金によって身を滅ぼす。人を苦しめた理によって苦しめられる。これ因縁です。
    人を苦しめた行為、これが因縁となって天理教団の今の苦しみの姿と成っていると思う。
    因果応報です。因縁話をするなら、本部中枢こそ、信者のせいにせず、よく考えるべきです。
    一部の本部員は悪いのはやる気のない末端教会だと言っているそうです。

  10. 崩壊

    >一部の本部員は悪いのはやる気のない末端教会だと言っているそうです。<

     自らの非を他者の責任にすり替える。教会本部の卑劣な常套手段です。一部の本部員ではなく教会本部全体の「考え方」「やり方」です。世間ではそんな不条理な「屁理屈」は通用しません。天理教はいよいよ終焉です。
    読者の皆さん、皆で最期を見とどけましょう。

  11. 匿名

    組織は組織
    信仰は信仰

    分けて思案しないと、幸福や充足感から離れていきますよー

    天理教の起こりや、そもそも論をしたら、元も子もないですけど…
    日本で信仰できる宗教は天理教以外にもたくさんあります。
    天理教、さらにはその組織活動に人生を費やすのは少しもったいないと思います。
    昔より個人の思想や権利が尊重される現代、江戸時代からそんなに変わることがない凝り固まった思想では時代の変化に対応できません。弱い立場、思想、満たされず、自分に嘘をつく人生にならないように…人に喜んでもらい、人助けのできる人生がよろしいかと。
    先を楽しめ…
    しかし先案じはよくない。神にもたれろ。難しいことをいう教え。
    神にもたれても、組織にもたれたらいけない。

    組織と信仰
    人と神
    男と女
    陰と陽
    二つ一つが天の理
    対になるもの、相反することがらをよく見極めないと

    組織と信仰、人と神は相反するものではないと思いたいのですが…

    ここに書き込んでいたらよくわからなくなりました。
    天理教以外の宗教の勉強もしようと思います。

    みなさま、まだまだ暑い日が続きますが、お元気で

  12. 古い元教会長

    某・コメントより

    他系統・教会番号一桁の某大教会の部内教会長の友人が電話をくれた。
    今日、その友人の携帯へ、彼の所属する「大教会役員」より電話があったという。
    内容は、
    「大教会長は何も仰ってないが、」と前置きして、
    「教校学園高校閉校へのいかなる反対署名・嘆願署名の依頼があっても応じないようにしてほしい」
    そして、
    「大教会長は、ぢば一条でそんなことは、お嫌いだから」と付け加え、
    「くれぐれもご部内(彼の教会の部内教会のこと)にも徹底して頂きたい」
    と、語気を強めたらしい。
    でた〜〜〜!!!
    これが、「忖度(そんたく)!」
    が、その系統の役員の友人に確かめたら、
    それは、大教会長自らの通達らしいことがわかった。
    でた〜〜〜!!!
    これが、「圧力!」
    が、彼らは二人とも、
    自ら、署名を取りまとめてくれる。
    部内には署名を薦めてくれる。
    忖度、失敗〜
    圧力、失敗〜

  13. 敬称略

    善因善果悪因悪果も心通りの守護の内にある天理です。
    中山家の短命、断絶、難病因縁の連鎖は、当人達の神の意図しない心の道に起因するものでしょう。
    タスケ一条のこのところのお地場の再生には、天保九年からの問答、「天啓を受け入れてくれるなら世界中を救けさそう、不承知ならばこの家粉も無いようにする。」という神の預言が、神と中山家の問答が続いているからなんでしょう。
    本部における天啓者達の擁立が、愛すべき天理教系集団の再生にも、中山真柱家の健康回復にも、必要なんでしょう。

  14. 匿名

    集計表を見るかぎり、ポチポチ満席でおさづけの理が渡されているようだがどのような状況なのか知りたい。
    どなたか詳しい方おいでですか?
    真柱が渡しているようだが、渡せる状態まで回復したわけだろう。
    では、お話の原稿も考える事ができるのではないだろうか。
    代読をたて、生存している証を発信すべきだろう。いつまで大亮に言上させているのか。せめて大亮が真柱の言葉の代読とするべきだろう。
    思い出すのは時報での正月挨拶は弟が出しゃばっていて違和感があった。
    おりしも参議院では発声が困難な新議員をサポートするにはどうしたらよいか、関係者が心を寄せて実行しているではないか。

    このまま大亮時代にズルズルと移行させるつもりなのか。
    何だかそんな気がしてならない。
    時報ですら真柱の近況を伝えようとしないのは、既に時報社も表統領派となっているという事なのか。
    教団トップの執筆連載があってもいいのではないか。

    まぁ、こんなことを言ったところで、とっくに大亮時代になっているのだろうね。
    あ・・・・・・いやだぁ。大亮が真柱?  肉を巻け?  ウマシカにつける薬は無いしなぁ。
    大亮真柱を発表したら、一気に信者が本部から引いていくよ。
    いくら従順な青年会が大亮真柱に肉を巻いたとて、頭と心は本人次第。

  15. 匿名

    大亮に暴走させるのが消滅の早道かも知れません。世間でもトップがウマシカでは人がついて行かない。もう引き潮の流れに入っていますから、ウマシカに好き勝手にさせて置くのもありかもしれない。消滅を急ぐ親神が敢えて彼をトップに座らせるでしょう。
    苦労も経験も無い若造が腹黒い親父に手綱を引かれて、口先だけの講釈を垂れ、誰がついて行きますか?ウマシカ親子がこの引き潮をどう食い止めるか見ていましょう。

    因みに真柱は車椅子に乗って出てきていると数ヶ月前に見た人から聞きました。車椅子に座っておさづけの理を渡しているのでしょうか、、、。その時聞いたのは渡すのは1日限定の人数だそうです。今は増えているのかも知れません。

    それにしても、教祖の怒りをかっていた、ならず者の秀司も足の身上、今に至って善司さんも足の身上。中山家の因縁が切れて無いのに、信者に因縁き切りを言える資格があるのかと思う。
    御守護の貰えない中山家、病の完治しない現真柱は信者の手前、出来るだけ隠して置きたいのが本部の本音でしょう。

  16. 匿名

    真柱の身上。
    そもそもは頭の身上です。脳梗塞と聞いています。車椅子で移動と言うのは脳梗塞の後遺症が足に出ていると言う事でしょう。この後遺症は人によってはリハビリで好転はするでしょうが、今現在は完治したとは聞いていません。
    秀司も性病が原因でびっこだったそうですが、中山家の因縁は色情も含めて切れていない様ですね。

  17. 匿名

    ウイグル人に対する核実験や臓器搾取に対する中共の現在進行形のジェノサイドについて、天理教ではどのような取り組み又はメッセージが行われているのでしょうか?

  18. 匿名

    日本の宗教はチャイナの諸問題にはノータッチだと思います。

    話はずれますが、ある経済学の巨人と呼ばれる人の書物に、なるほどーと思った一文がありました。

    個人も機関も、富の増大から得られるすばらしい満足感のとりこになる。これには自分の洞察力がすぐれているからだという幻想がつきものなのであるが、この幻想は、自分および他の人の知性は金の所有と密接に歩調をそろえて進んでいるという一般的な受け止め方によって守られている。

    確かに!
    天理教もバブルが弾けたんだなーと解釈できます。
    まあ、再び膨らむことはなさそうですけどね、ぜんすけさん

  19. 崩壊

    私は、天理教末端分教会にはからずも生を受けましたが、幼い頃から天理教の「悪い側面」ばかり見聞きして育ちましたので、10代後半に天理教以外の宗教について勉強してみたいと考えて、ミッション系の某大学に進学し、キリスト教や聖書について少し勉強させていただきました。その当時、宗教について悪い印象、悪い思い出しか持っていなかった私ですが、キリスト教を勉強するにつれ、その教えの素晴らしさに感動し、枯渇した荒野に大雨が降り、大地に吸収されていくような「爽快感、納得感、充実感」を覚えました。
     私は、幼少期から天理教という宗教に不信感と軽蔑感を抱いて育ちましたので、生家は天理教の末端分教会でありましたが、教会を継ぐ意志も無く、大学卒業後、直ぐに就職し定年退職を迎え、現在、人生二度目の勤め(仕事)をしています。
     今回、偶然にも当掲示板中のやりとりの中で、若き日に学んだキリスト教の教えの素晴らしさに改めて気づきました。残された余生を心穏やかに聖書を読みながら過ごしたいと考えています。しかし、僭越かつ大変生意気な言い方ですが、純情で正直で善良な天理教の一般信仰者、末端分教会を毒牙から守るために投稿は続けさせていただきます。
     キリスト教の教えを誰にも分かりやすく簡単に解説されているサイトを見つけましたので、よろしければお読みください。

      http://seishonyumon.com/coach/509/

  20. 天理教をぶっ壊す!!

    ①おやさとパレードは廃止
    ②天理教校学園高等学校閉校
    立て続けにダブルパンチですね。
    パレード無くなるとは、こどもおぢばがえりの一番のイベントのメイン行事だったのでは?と思うと今後は何で参加者を引っ張ってくるのだろう
    衰退には目に見えて分かりますが、
    現在の天理教の総資産ってどれくらいだと皆さん類推されますか?

  21. 匿名

    上記、キリストの「最後の改革」を見せていただきました。感動的でした。神と心が通じる時、全身が神の愛に満たされ、皆んな自然と涙を流していましたね。現在のキリスト教会も問題を抱えていて「建物」「教会」に信仰の目が奪われているようですね。キリスト教会が神の身体を売って金儲けをしていると言う表現がありましたが、天理教でも現トップは正に神を売って金儲けしていると実感します。キリスト教世界にも真実を求めて真実の生き方をしている方々がおられるのですね。感動的でした。

    今の天理教は嘘ごとですね。この映画の中でもキリスト教会が堕落し、キリストの原点に帰れと言ううねりが起きているようですが、天理教も原点に帰って、あれこれ中山家人間の欲得感情の混じっていない、純粋な教えに触れて見たいと思いました。タイムマシンがない限り、また中山家一統が罪を認めて洗いざらい罪を告白し、改心でもしない限り、教祖の純粋な教えに触れる事は叶わぬ夢ですね。
    神の愛に触れることが出来るならキリスト教を知りたいと思いました。

    善司さんもバプテスマを受ければ、夢の様に全快するのではないかと思いました。
    バプテスマを受けて下さい。
    今の天理教では、誠、真実がないが故に、また神を利用した最終目的が「お金」なだけに、ピント外れの営業活動ばかりに執心しているように見えます。そもそもトップの心が神に向かっていないから人々を救う力も真柱自らが救われる力も無いと感じました。神への背信行為で道が伸び栄える理はどこにもありません。
    現在の縮小、廃止の波は自らの損得勘定でトップ自らの手で起こしていますね。実は神が入り込み、瓦解に向けてそうさせている様に思えます。

  22. 特命

    匿名
    2019年8月13日 9:50 PM
    ウイグル人に対する核実験や臓器搾取に対する中共の現在進行形のジェノサイドについて、天理教ではどのような取り組み又はメッセージが行われているのでしょうか?

    >天理教団は上記のような世界的諸問題についておそらく何にも考えていないと思いますよ。

    まあ、一応は考えているフリをして新聞などで何らかのコメントはするでしょうが、自組織がガッタガタで瓦解・崩壊の危機に直面しているのでそんな余裕も無いし余裕が有っても自組織の肥大化を目標にしているので世界的諸問題など我関せずだと思いますね。

    視野狭窄若しくは視野が外向きじゃなく、内向き、しかも、とことん内向きじゃないかと感じます。

  23. 睦輝

    > 天理教もバブルが弾けたんだなーと解釈できます。
    > まあ、再び膨らむことはなさそうですけどね、ぜんすけさん

    表統領サマは、140年祭で再び教勢が盛り返し、お供えも増えると信じ切っておられます。
    でないと本部内で「それまで予算厳しくなりますが、皆で耐えましょう」などと鼓舞する為の救いとして、そのような事を口にしないでしょう。

    何方かが私のツイートと梅さんのツイートをここへ転載して下さってますが、本部内からリークを頂いた確実な情報です。
    ちなみにリーク頂いた方曰く、その表さんの話を聞いた周りの人々は殆どの方が何も違和感を覚えていなかったそう。
    三年千日が来れば予算削減の必要は無くなる!と素直に思ってる本部の人が多いのでしょうね。

  24. 匿名

    表統領サマは、140年祭で再び教勢が盛り返し、お供えも増えると信じ切っておられます。<<

    彼は崩壊、瓦解の根本原因が何かわかっているんだろうか。ここは神を語る宗教団体であり、営利を目的としない筈の団体ですよね。
    学校を潰したり、天理市寄付金を減らしたり手当たり次第の事をしているが、限りなく下降線を辿るマイナスエネルギーに付きまとわれている以上、負の連鎖が渦巻いていて回復は限りなく無理でしょう。
    信者にお金で神の守護を買わせるような金、金の体質を心を培う体質に方向転換せずして、回復はあり得ない。彼は何を根拠に盛り返すと言っているのだろう。
    この期に及んでも、根拠なく140年祭にはお供え金が回復する!とお金にこだわる腹の内が思わず出てしまうんですね(笑)

  25. 匿名

    教勢回復とおそなえ回復を信じるぜんすけもバカだが違和感持たない本部の奴らもバカばっかかよ
    さすがにそんな根拠の無い理由での鼓舞を真に受けてると思うと呆れるを通り越しかわいそうになるな
    違和感持った奴はぜんすけ叩き落として自浄しようとは思わないのかよ
    百四十年祭でおそなえ増えるわけないと思うのは本部で力ない奴らか?

  26. 匿名

    本部の人も(少しわかっているなら)、いまの表統領で天理教が決定的にダメになるのであれば、教祖の血統の方、つぎの真柱の父が仕切ったものだから仕方ない、と思っているのではないですか。東西礼拝場普請を「心のふしん」といっていたころが懐かしい。年祭活動を何だと思っているのでしょうか。年祭活動でうたってきた人だすけとか人類の将来のビジョンがない、あるいはあっても、こんなふうにお金がさきに見えるぐらい薄っぺらい。年祭活動にあわせ、おやさとやかた構想の断念、詰所の統廃合を宣言するぐらいでないと(これができるのは真柱かそれに準じる人以外にはない)。人材育成(教校学園・おぢばがえり)を先に切ってどうするの。

  27. 匿名

    ↑の匿名様。

    だから善亮さんは、馬鹿だって言われているのです。物事の優先順位さえも分からない。どこまでも損得勘定で動く人です。こんな人に神を語って欲しくないし、語ると支離滅裂でしょ?こんなの信仰じゃない。
    損得勘定、神がするって聞いたことがあるけれど、理のない欲望は神がきちんと勘定するんです。
    心配ないです。確実に消える方向に神が持って行くと思っています。

  28. 古い元教会長

    ツイッターでの投稿です。
    >うちの大教会の直轄教会は毎月大教会の月次祭のお供えとは別に大教会長と奥さんに「お礼」として最低1万円を渡しているらしい。
    二人だから2万円は必要だが、それが厳しい直轄もたくさんあるようだ。
    何のお礼なんだか意味がわからないけど、他の大教会直轄も同じようなことしてるんだろうか?

    そういえば100年祭の頃、本部直轄教会の後継者が「ある教会から小遣い10万円もらった」と言って飲みに連れて行ってくれた。
    そんな時代だったので、その時は深く考えなかった。
    しかし、こんな事が習慣化されると、まともな感覚をもった会長になれる筈がない。
    本当に、金まみれの組織になってしまった。

  29. 東風Z

    なんだかんだと言いながら時が過ぎて、あと4年もすれば秋の大祭終了時には、善司さんだか、大亮さんだか知んないけれど、諭達第〇号なんてタイトルの上から目線丸出しの書類が配られ、さもありがたい書類のように受け取る人たちが居るんでしょうね。その頃まで生きていないと思うけれど、振り返れば、諭達、諭達と騒いでいた人たちの今の思いはいかばかりかと思わずにはいられません。
    一刻も早く、洗脳から解放されんことを祈るばかりです。

    余談ですが、諭達が配布される年祭ごとに、教会での月並祭後や講社祭りの終わりにこの諭達を捧げ持って一礼し、拝読していました。今思えばよくぞやっていたよなぁーとの思いです。

  30. 匿名

    今から30、40年前は内の教会も初代が、上級、上々級とお年玉の袋を何枚も作って会長夫妻、子沢山の子供達にも欠かさず渡してました。
    毎年、毎年、どんだけお金を使ったことか。カラーテレビが珍しい頃に、いの一番に上級に持って行きました。そのカラーテレビは、初代の意向を無視してその上の親の教会へ持って行きました。
    だから上に近い教会には苦労知らずのぼんくらばかり(今は老人になっている) 居るんだと納得してます。

  31. mami

    「芹沢光治良文学愛好会」ブログに興味深いコメントを見つけましたのでお知らせします。
    文学評論連載「③芹沢光治良氏と天理教」芹沢光治良と天理教」芹沢文学研究会代表小串信正氏

  32. 匿名 

     匿名 2019年8月16日 11:42 AM 様

    >今から30、40年前は内の教会も初代が、上級、上々級とお年玉の袋を何枚も作って会長夫妻、子沢山の子供達にも欠かさず渡してました。<
     
     子供(部内)が親(上級、上々級)にお年玉をあげるとは、これ如何に。 普通は親が子供にお年玉を渡すものだが、いかに天理教世界が世間と真逆かということを改めて思います。
     しかし徹底的に親(上)に仕え、親(上)の機嫌取りをしていた子供(下)も悪かった、というと語弊があるが、上を増長させてしまった所はありますね。洗脳されていた、ということでしょうが、悲しいですね。

  33. ぶたまん

    mami様、芹沢先生に関心を持っていただいて、ありがとうございます。
    芹沢先生の文学は、日本の自然主義文学の流れをくんで、日常の出来事を日記のように書いていくものですが、そこには、ただ<人間>が描かれていました。芹沢先生も<神>について語られることがありましたが、それゆえ、先生の語られる<神>は<人間の眼>を通して描かれたものだった言えるのではないか、と思います。
    天理教百年祭のちょっと手前のころでしたが、先生に天の将軍がとりつき、先生はその指導を受けて色々と修行をさせられました。そのあたりのいきさつは晩年の八冊ほどの書き下ろし小説に述べられているのですが、これを読んだとき、先生の心に変化が起きているのを感じました。先生はこの本で、<生命>をテーマにして<神>を語られていたからです。それは、今までの自然主義文学ではなく、一段ステップアップした文学と言えると思いました。
    この時、先生は90歳を超えられていました。先生をここまで指導した天の将軍もすごいのですが、それが出来る人間を創られた神様もすごいと思います。ともあれ、芹沢先生によって、人間は何歳になっても修行をすれば精神面でステップアップできるということを証明していただきました。
    で、その後なんですが、芹沢先生や芹沢文学について語られることはあまりないようなのですが、芹沢文学はこのままうずもれていくのでしょうか?だとしたら、神様は一体何のために芹沢先生の老骨にムチを打ってあれだけの修行をさせられたのか、不思議に思います。

  34. mami

    ぶたまん様「芹沢光治良文学愛好会」は今も続いておられます。明日(2019・8・18)も東京・三鷹市で月例会が開かれるようです。(私はT教に関連して興味を持ったので芹沢文学の一部しか読んでいないので参加したことはありません。)
    専修科の従兄が何を思ったのか『教祖様』(1959年)の新刊をくれたのです。T教について話ったことも無かったのに。今になって従兄と話しておけば良かったと。数十年も前に亡くなりました。私の人生に大きく関わる「本」になるとはその時知りませんでした。
    神シリーズで『死の扉の前で』の頃とは違った芹沢氏を感じました。中山正善との距離や天理教に対しても。
    昨日、大串信正氏の文章でよりわかったこともありました。葬儀のありかたを通したも。
    「文学はもの言わぬ神の意思に言葉を与えることだ」この姿勢を貫かれた見事な一生でした。
    若い人に芹沢文学に触れてほしいです。

  35. 匿名

    旧天理教の崩壊期に、新しい普請をしている馬鹿教会っていまだにあるんですか?

  36. 匿名

    新しい普請を計画している教会は、何軒も有ります。今更?と思いますが、そこは雨漏りがひどくてどうしようもない程の老朽家屋です。もう一つの教会も古くてぼろぼろです。したくて普請するのではなく、生活上の必要に迫られて。
    しかし雨漏りは自分で出来る範囲で修理されたし。部内を当てこむ根性だけは金輪際捨てて頂きたい。私は、断固拒否します!自己責任でやられたし。

    しかし、こう言う老朽化が進む教会建築物に住む教会はこれからどんどん増えるはずです。貧乏人教会同士が上だ下だ親だ子だと互いを痛め合っている状況です。バケツで神殿を走り回るのも気の毒ですが、トバッチリが部内に飛んで来ても、もう末端部内だって余裕はありません。本部は修理巡教だ何だと全国回れば自ずと端々の懐状態はわかる筈だが、一向に子いじめ体質から脱却せず、取る事ばかりを大教会経由で号令掛けているようです。
    教会は税金がかからず良いね、と言われるが修理せねば暮らせない程のボロ教会は、自力で補修せざるを得ず、私も信者に頼まず自腹をはたきましたが、建て替えとなると上級も部内も強盗して金を工面するしかないような状況です。
    ただ、素直な彼らは神にもたれて普請するつもりの様ですよ。
    だったら部内は当てにするな!と早めに釘を刺して置きたいと思います。

  37. 匿名

    時報に「いちれつ会扶育生」志願案内が掲載されていた。
    教校天理高校が廃止される事を知ったから、志願案内に目がいったのだろう。

    驚いたことに、扶育の対象に天理小学校と天理中学校をもが含まれているのだ。
    扶育を受けてまで私立の小中学校に通わせる人々がいる点に関しては、
    まっ、人それぞれ事情が有るのかもしれないが。

    そもそも、なぜ、小中学校から私学に行かせるのだろう。
    天理周辺に居住する子供たちが通学する公立校は無いのだろうか?
    天理教の偉いさん達の子や孫が通うために私学が必要なのだろうね。
    しかも将来の忖度力溢れる取り巻きを用意するには小さいうちからの選別と養育が必要と、まさかの皇室もどきの考えなのか?

    経済的にひっ迫する中であっても、天理小中学校を存続させる理由は、そうか、大亮さんの子供のためだね。
    公立校へ行けば、いろいろ子供を通じてばれてしまう事が多いからかもしれない。
    だからこそ、子供誕生の際に大亮さんから多額のいちれつ会へ寄付があったんだ!今になって納得。

    表統領の意味不明で根拠の怪しい言葉を信じる人たちは、「洗脳」された取り巻き集団。
    子供の時からの洗脳教育にお供えの一部が使われてきた・・・・。

    今やプレ「表統領+大亮真柱」体制であることは時報が最も端的に伝えてくれているようだ。

    洗脳軍団生産現場の小中学校廃止こそが真っ先に手を付けるべき整理対象だと、賛同していただけるご父兄の方々がおられましたら、26日説明会にて発言して頂ければ幸いです。
    でも、無理だろうね。子供が人質にとられている状況だから・・・・。
    親神様、今こそ出番ですよ。

  38. 匿名

    天理教の塩尻美智子さんご夫婦(天理教の教会の方)のケニア孤児院の番組が今放送されています。
    天理教の人助け、世界助けを身をもって無給で実践しておられます。
    番組では「天理教」の名は出て来ませんが、こんな過酷な土地で誠真実が無ければできない事です。頭が下がります。こう言う生き方こそ、不言実行。親神様の御心に添った陽気暮らしへの実践です。
    同じ天理教でもふんぞり返ってお金、お金とお金集めの事ばかり考えているどこかの太った親子とは思考回路が違います。信仰とは何かを考えさせられます。
    真実の信仰生活がケニアで実践されています。私達は、どうでもいい不毛な活動に時間と金を無駄に消費せず、この塩尻夫妻の様な真実の信仰生活は何か?を追い求めたいものです。

  39. 東風Z

    天理教は本当に大丈夫?
    宗教法人法第25条には次の条文がある。本部にだって同条第2項第3号に基づいて作成された財産目録があるはずだ。
    更に、同条第3項において、信者が請求すれば同条に掲げる制限事項に抵触しなければ、これらの文書の閲覧を拒否できないとある。
    この場合、信者の範囲はどのように解すればいいのか。本部直轄の信者でなければならないのか、末端教会の信者では閲覧ができないのであろうか。末端教会の信者であろうと直轄信者の委任状があれば拒否できないだろう。
    どなたか、本部の財産状況を明らかにしようという意思のある方が居られないのだろうか。
    財産の状況を知ったところでどうにもならない面があるだろうが、本部にどれほどの不動産があるのかはハッキリとするだろう。
    用木といわれる立場であれば本部に名簿があるはずだから信者と理解してよいのではないか。立場の法律的な解釈は素人では判断しかねるが、法律の専門家に相談してみる価値はあると思う。
    もともと、宗教家と呼ばれている方は法律に疎い面があるように思われる。
    責任役員に月並祭の祭典後に会議と称するものを開き、決算書(案)を示して役員会などと言っているが、公益法人では理事会の数週間前までには必要な案件書類を送り、会議当時に質問が出来るように十分な時間的余裕を与えるのが常識だ。
    天理教ではこのような常識的なありかたさえ理解できていないのであるから、ましてや、書類の信者等への閲覧なんて考えも及んでいないのであろう。
    どんぶり勘定的な会計処理をする天理教に風穴を開けることが出来る法律が宗教法人法だ。特に、第25条は信者一人ひとりが自覚すべき法律だと思う。

    宗教法人法抜粋
    (財産目録等の作成、備付け、閲覧及び提出)
    第二十五条 宗教法人は、その設立(合併に因る設立を含む。)の時に財産目録を、毎会計年度終了後三月以内に財産目録及び収支計算書を作成しなければならない。
    2 宗教法人の事務所には、常に次に掲げる書類及び帳簿を備えなければならない。
    一 規則及び認証書
    二 役員名簿
    三 財産目録及び収支計算書並びに貸借対照表を作成している場合には貸借対照表
    四 境内建物(財産目録に記載されているものを除く。)に関する書類
    五 責任役員その他規則で定める機関の議事に関する書類及び事務処理簿
    六 第六条の規定による事業を行う場合には、その事業に関する書類
    3 宗教法人は、信者その他の利害関係人であつて前項の規定により当該宗教法人の事務所に備えられた同項各号に掲げる書類又は帳簿を閲覧することについて正当な利益があり、かつ、その閲覧の請求が不当な目的によるものでないと認められる者から請求があつたときは、これを閲覧させなければならない。
    4 宗教法人は、毎会計年度終了後四月以内に、第二項の規定により当該宗教法人の事務所に備えられた同項第二号から第四号まで及び第六号に掲げる書類の写しを所轄庁に提出しなければならない。
    5 所轄庁は、前項の規定により提出された書類を取り扱う場合においては、宗教法人の宗教上の特性及び慣習を尊重し、信教の自由を妨げることがないように特に留意しなければならない

  40. 憩の家

    天理教の衰退が著しく、仮に存続が本当に厳しくなった場合は今の本部の建物はどのようにされると考えられますか?
    また、旧の天理よろづの建物はそのまま今もありますが、あれらも解体される可能性がある感じでしょうか?
    あの辺り一帯は更地になる感じになるでしょうか?
    1つの宗教が解体される場合、今まで歴史上はどのような形になっていってますか?
    この辺り、無知なので教えて欲しいです。

  41. 加藤ハルアキ

    >信者が請求すれば同条に掲げる制限事項に抵触しなければ、これらの文書の閲覧を拒否できないとある。

    信者というのは、その宗教法人に属する「信者」と解釈するのが妥当でしょう。
    当たり前の話ですが、本部には「宗教法人天理教」と「宗教法人天理教教会本部」があります。
    本部の包括関係にある本部直轄教会とはいえ、大教会や直轄分教会は、全て、上記2つの法人とは別法人です。ましてや末端教会などは当然に「違う法人」です。
    ですので「天理教の信者」とはいえ「本部の信者」ではありませんので、財産目録や事務所備え付け書類の閲覧を請求したところで、本部側には応じる義務はありません。
    もっとも、「宗教法人天理教」か「宗教法人天理教教会本部」の信者(ようぼく)という人とは会った事がありませんので、存在するかどうかも疑問です。

    とはいえ相手は人間ですから、中には勘違いして見せてくれる担当者がいるかもしれませんので、多くの人が「閲覧させてくれ」と申し出るのは良い事かもしれません。

  42. 東風Z

    加藤ハルアキ 様

    解説を下さり有り難うございます。
    本部は、正に伏魔殿ですね。何もかも隠そうとする忌むべき体質が改善されない限り、さっさと崩壊してほしいと願うばかりです。

    信仰は、このような腐りきった本部につながらなくても十分に維持できると確信しています。今は無神論者ですが、加藤様のように確信をもって信仰を求められる姿を拝聞して、多くの末端教会がこのような取り組みをされんことを望むばかりです。

  43. 崩壊

    加藤ハルアキ 様
    2019年8月21日 9:40 PM

     東風Z様が紹介していただいたように、宗教法人法第二十五条第3項には次のような規定があります。

    >3 宗教法人は、信者その他の利害関係人であつて前項の規定により当該宗教法人の事務所に備えられた同項各号に掲げる書類又は帳簿を閲覧することについて正当な理由があり、かつ、その閲覧の請求が不当な目的によるものでないと認められる者から請求があつたときは、これを閲覧させなければならない。<

     「宗教法人」とは、国(文化庁)の認可があって、始めて、「宗教法人〇〇教」と公的名称を名乗ることができます。つまり、極めて「公共性」の高い団体です。とりわけ、天理教は一新興宗教の名前が、「地方自治体」の名前として使用されています。また、公共性の高い駅名にも「近鉄天理駅」や「JR天理駅」のように宗教名が使用されています。私の幼少期の記憶では、かつて、天理市は「丹波市」という名称で呼ばれ、私の祖父母達は天理教教会本部に参拝することを「丹波市に参る」と表現していました。天理市内の殆どの公立小中学校や公共施設の名称にも「天理」という宗教名が使われています。また、「天理市」という地方公共団体も天理教から長年にわたり、多額の財政的寄付を受けてきました。私は、かねてから、一地方公共団体が一新興宗教と密接な抜き差しならない関係を持つことは、日本国憲法の「政教分離の原則」に抵触すると考えています。
     話は少し脱線しましたが、宗教法人法第二十五条第3項に規定されている「その他の利害関係人」には、天理市に居住し納税している一般の天理市民も含まれ、仮に天理教とは全く別の宗教を信仰している天理市民、あるいは、宗教を全く信仰していない天理市民から情報公開の請求があつたときには、「正当な理由があり、かつ、その閲覧の請求が不当な目的によるものでないと認められた場合」情報を公開しなければならないと考えます。

  44. 加藤ハルアキ

    崩壊 さま  2019年8月22日 6:37 PM

    >「正当な理由があり、かつ、その閲覧の請求が不当な目的によるものでないと認められた場合」情報を公開しなければならないと考えます。

    勘違いされては困りますので念のために申し上げますが、私は「情報公開して欲しい」と考える立場です。

    でも実際に情報公開するかどうかは、情報公開を請求された本部(「宗教法人天理教」および「宗教法人天理教教会本部」)です。実際に、誰かが「情報公開を請求」し、それに対する本部側の回答が「情報は公開しません」というものなら、東風Zさんや崩壊さんが言うような理由で、「情報公開をしろ」と訴えればいいのです。
    ここで「情報公開するべきだ」とか「情報を公開しないのはおかしい」という議論は、学問的・学術的解釈をするなら意味はあるでしょうが、我々には全く無意味です。

    私としては、実際に誰かが「情報公開請求をした時の本部の回答を知りたい」と思いますので、是非とも実行して頂きたいのです。私は明らかに「利害関係人」ではありませんので、請求することは出来ません。

  45. 崩壊

    加藤ハルアキ 様
    2019年8月23日 7:14 PM

    >勘違いされては困りますので念のために申し上げますが、私は「情報公開して欲しい」と考える立場です。<

     私も同様に、「情報公開して欲しい」と考える立場というよりも、むしろ、当然、情報公開をするべき義務があると考える立場です。国から宗教法人としての認可を受けた以上、公的性質を帯びた団体であり、情報公開の義務が発生すると考えます。宗教法人法をもう少し拡大解釈すれば、公的性質を帯びた団体である以上、天理市民あるいは天理教の信者であるなしに関わらず、情報公開は、日本国民に対し、教会本部が積極的にするべき義務があると考えます。かつて、オウム真理教が起こした残虐な一連の事件を未然に防止する意味でも、宗教団体の「透明性」は確保されなければならないと考えます。

  46. 古い元教会長

    天理教校学園廃校について、25日・26日に父兄への説明会があったようだ。
    その時の様子を記事にしている人がありました。記事の添付です。

    廃校決定はすでに、奈良県に報告されていた。天理時報での素早い発表といい、県への報告といい、既成事実を作り「もう下々は、つべこべ言うな」という表統領・中田善亮の声が聴こえてきそうだ。
    「たくさんの署名が集まっても、最早この決定が覆ることはない」と天理教校学園高校理事長の久保善平は言い放った。
    「真柱様は、この件についてどう言われているのか」との問いに久保は、「真柱も了解されている」をしどろもどろでそう答えた。
    そう、中田、久保、真柱は実の兄弟。
    命名しよう。
    「廃校3兄弟!」
    参加者は「真柱様がまさか廃校をお認めになるわけはない」と思っていた。
    ある父兄が、昔第二専修科が幕を閉じる時、最後まで反対していた3代真柱がその寮にやってきて第二専修科生に「もうしわけない」と頭を下げたというエピソードを話した。が、当時第二専修科で何か役目に付いていたこの日の司会役の本部員の永尾洋夫が、「そんな事実は全く無かった」ときっぱりそれを否定した。この司会者はかなり阿呆か、そのエピソードを全否定してどうする。真柱の親心を伝えるためそのエピソードを少し訂正して利用したらいいのに。
    真柱謝罪の真偽は解らないが、我々下々の教会長や信者は、真柱を親と慕う気持ちから、たとえそんな事実は無かったとしても、そんなエピソードを作ってでも、真柱を心から慕いたい熱い心を皆持っているのだ。
    それを打ち消して真柱の威厳を保ち、護ることは、取巻きのお偉方の役目か?いや、これは自らの立場を守ることだろうに。
    真柱は神ではない。
    我々は心底親と仰ぎたいだけだ。
    莫迦な取巻き本部員の言動で我々下々の心から、真柱はどんどん離れていく。
    一番後ろの席に座られていた布教所長夫人は、非信者から天理教布教師の夫に嫁してアフリカで布教生活を送り、子供たちに我慢に我慢を強いて最低の生活費以外は全てお供に回してきたという。帰国しても生活は変らずそれでもお供を続けてきた。彼女の友人からは「天理教は何の保証もしてくれないんやね」と言われてやっとその保証らしきもの、教校学園高校に上の子供を入れれば、この度の廃校、下の子供の「お兄ちゃんと同じ学校に入りたい」との夢を奪った。
    この布教所長夫人は、「これからは、お供を減らして子供たちのために使いたいと思いました。ありがとうございました」と言い残ししてスッキリした様子で会場を後にした。
    この日は、昼から音楽研究会の弦楽部の定期演奏会があり、市民会館では天理幼稚園、天理小学校、天理中学、天理高校へ通う本部員先生方々のお子様方やお孫様方がバイオリンやチェロを凄いレベルで奏でていた。とてもハイソ(死語?)で優雅だった。
    一方、末端教会長や信者さん方の子供が通う教校学園高校の音楽会は、クラスに一人もピアノが弾ける生徒がいないので、音楽教師が代役を務める。他方、天理小学校や天理中学の音楽会ではクラスにわんさかいるピアノ伴奏者がオーディションをしてそれを決める。これが、おぢば・天理村住人の子供と地方末端教会、布教所、信者子弟との違い。彼らに言わせれば「徳」の差らしい。
    「上には忖度、下には圧力」そして、ムラ社会・天理村住人への福利厚生はバッチリ。切り捨てるのは、いつも真っ先にずっとその天理村を支えてきた天理村以外の末端から。天理村では、レーザー光線、花火でお祭り騒ぎ。天理村住人には、本教末端の断末魔の叫びや呻き声が聴こえないようだ。
    今の日本と変わらない。
    さて、本日8月26日現在集まった1万7千5百2名分(うち教会長201名、布教所長45名を含む)の署名をどうするか思案中だ。署名を受け付けないとする教会本部に無理に渡すと個人情報を悪用されかれない。もちろん「悪用」というのは、世間での悪用ではなく、教内での「圧力」という意味だ。

  47. 崩壊

    >>この日は、昼から音楽研究会の弦楽部の定期演奏会があり、市民会館では天理幼稚園、天理小学校、天理中学、天理高校へ通う本部員先生方々のお子様方やお孫様方がバイオリンやチェロを凄いレベルで奏でていた。とてもハイソ(死語?)で優雅だった。
    一方、末端教会長や信者さん方の子供が通う教校学園高校の音楽会は、クラスに一人もピアノが弾ける生徒がいないので、音楽教師が代役を務める。他方、天理小学校や天理中学の音楽会ではクラスにわんさかいるピアノ伴奏者がオーディションをしてそれを決める。これが、おぢば・天理村住人の子供と地方末端教会、布教所、信者子弟との違い。彼らに言わせれば「徳」の差らしい。
    「上には忖度、下には圧力」そして、ムラ社会・天理村住人への福利厚生はバッチリ。切り捨てるのは、いつも真っ先にずっとその天理村を支えてきた天理村以外の末端から。天理村では、レーザー光線、花火でお祭り騒ぎ。天理村住人には、本教末端の断末魔の叫びや呻き声が聴こえないようだ。
    今の日本と変わらない。<<

      私のように天理教から離れた人間が読んでも、「むかっ腹」がたちます。現在天理教の信者さん方、一刻も早く天理教から去りましょう!!

  48. 匿名

    苦しい立場の人に寄り添い、、人助けに邁進、、などと天理時報では良い事づくめのご託を並べていますが。
    実際本部がやってる事は、苦しく弱い立場の人達を無視し、谷底からの文句も意見も受け付けないと言う冷酷さ、傲慢さ。
    この度の閉校問題で本部の本質が見えました。
    お供えお供えと貧乏人から巻き上げる事ばかり考えて、自分達の子や孫はピアノやバイオリンを習わせ優雅にやってるんですか?!

    全国の信者とその家族の方々、教会関係者の方々。この現実を良く見ましょう。
    我々信者を馬鹿にするな!!と全国から声をあげましょう!!

  49. 匿名

    中山家や昔からの高弟の血筋の人たちの婚姻関係をどなたか教えてください。

    廃校三兄弟 は姓が異なっていたからこれまで兄弟と知るのは一部の方たちだったろう。

    兄弟と知って、見えてくる状況が一層、くっきり見えてきた。

    各教会に降嫁されている中山家の姉妹や親戚筋の人々が、どのように縁組し、各地に存在しているのか、つまり、相手を知ることから始めたい。

    本部員の娘を嫁にもらっている教会長も各地にいるが元の姓はみな、口を閉ざしている。
    情報を集めればまた、見えてくるものがあるだろう。

  50. 古い元教会長

    かぐらづとめに出ている家系は、殆ど中山家と姻戚関係があります。

  51. 匿名

    〉「真柱様は、この件についてどう言われているのか」との問いに久保は、「真柱も了解されている」をしどろもどろでそう答えた。
    その場にいたのではないし、事実も全くわからないが、久保理事長がどの程度覚悟を持って「真柱も了解されている」といったのか。通常、天理教の常識では、これは真柱の裁可だということですよね。とすれば、今後の後継者育成について真柱が出てきて自ら説明しなければならないことになります。これをうやむやにすれば、ますます信用を失うでしょう。これからの人材育成方針を誰がだすの? それにしても身内を要職に就けるリスクが前面に出てしまった感じです。本来両統領は真柱のかわりに泥をかぶるために法的に宗教法人の組織の長になっている。ただでさえ教団のトップとして真柱は責任が問われるのに、身内でやってしまうと、まったく泥除けにならないんですよ。今回のように、「廃校三兄弟」のようにいわれて真柱の責任を問う声が大きくなる。悪い方へ転がっているようにしか見えませんねえ。3代さんの身内で固める教団運営ビジョン、行き詰って来てますね。

  52. 退職した元信者

    >各教会に降嫁されている中山家の姉妹や親戚筋の人々

    中山家とか中山一族という捉え方をすると本部や天理教の実態を把握できないと思います。

    そもそもおや様の子供に男子は秀司一人しかいません。
    秀司も妻のまつえも早くに死んでしまいます。

    中山家に残ったのはおや様と孫娘のたまえだけです。
    この たまえと結婚したのが梶本の次男真之介(初代真柱)です。
    真之介の姉ひさは、山澤為造と結婚しています。

    おや様が亡くなった後、この山澤為造を核として梶本・前川・飯降・上田・永尾等々の親戚連中やおや様の高弟とかいう奴らがが天理教という宗教団体を作っていったのです。
    その末裔たちが「中山」という商標を掲げて純朴な人々から金をまき上げて来たのです。

    強欲な本部の人々は、降嫁だけでなく男子後継者のいない直属大教会には、自分たちの息子を養子として送り込み直属大教会も支配してきました。
    狙うのは当然大大教会です。弱小大教会は眼中にありません。

    この方法を直属大教会が真似をして、部内の有力分教会に息子や娘をを送り込んで姻戚関係を結んできたのです。

    本部や大教会がやっているんだから分教会も当然同じことをします。
    金周りの良い分教会同士が姻戚関係を結んで行きます。

    こうしておや様亡き後、130有余年 天理教は上から下まで殆どがどこかで姻戚関係で繋がってしまった異常な組織なのです。

    繋がった最大の要因は「金」です。
    労せずして手に入る「金」です。
    何代にも渡って他人の金で暮らしてきた集団です。

    つまり天理教という組織は、本部を頂点とする乞食の様な大集合体だったのです。

    こんなこと神がゆるす筈がありません。
    教祖百年祭で「白紙に戻って一より始める」が打ち出されたのです。
    「白紙に戻る」は、「消える」と言う事と今は思っています。

    一週間ほど前に九州の会長さんと電話で話したのですが、
    会長さん曰く
    「5月も6月も7月も月次祭に参拝したが、本部は本当にガラガラだった。
     東礼拝場に入ったが隙間だらけだったよ。今月も少ないだろうな」・・・

    「金」・・・先細りである。
    「金の切れ目が縁の切れ目」・・信者達が天理教の実態に気が付いたのです。
    そして、天理教と縁を切ったのです

    今では、どこもかしこも事情教会ばかりです。
    確実に白紙の戻っています。
    間もなく消費税が10%になりますが、これを切っ掛けとしてお供えも参拝者も更に減る事になると私は思っています。

  53. 匿名

    退職した元信者様、ありがとうございます。

    そういうことだったのですね。
    姓名の姓を省いて、真之介さん、おひささんと教祖伝に出てくるものだから、錯覚していました。
    おや様亡きあとからは、天理近在の「なんちゃって集団」だったのですね。
    だから本席様やその後に現れられた神がかりの女性たちを排除し、自分たちの既得権益を守り続けて今日に至ったのですね。
    何しろ「なんちゃって集団」なのですから。

    ようやく話が見えてきました。

    須藤花井さんの予言通りになりましたね。
    8月もパイプいす席はガラ空きだったと報告されておいでの方もいましたから。

    今更ながら、宗教はアヘンですね。
    これを断つには努力が必要ですから。
    お供えを減らすことは簡単に実行できます。
    けれども、少なくともおや様を慕って心の拠り所にしてきたこれ迄を振り返ると、足元がすくむ思いに駆られます。
    自立した信仰、神様とおや様と自分との関りでしっかり生きていかなくてはと、改めて思います。
    これ迄も教会とは距離を置いてきましたが、元からこのような集団だったことが判ると、厳しく自身の覚悟が問われますね。
    においがけ、神名流しなど、無責任な行為に思えてきます。

  54. かな子

    教校学園閉校に反対しているとの意見が散見されますが、もし高校が存続となれば、学校を運営する資金すなわち我々末端の負担が増えることになるのでは?  「お供え反対」と声高に言いながら、「教校をつぶすな」と言うのは矛盾していますよね。

  55. 東風Z

    かな子 様

    過去のスレを熟読してください。例えば、音研これって絶対に必要ですか。
    教義に特化した施設ならまだしも、真柱氏の趣味が高じて作られたものなどが必要だったのでしょうか。
    教校学園も誰かの趣味が高じて作られたものでしょうか。
    全ての機関・施設は、設立の趣旨が大切だと思うのです。例えば、おやさと館は二代さんがバチカンを見て、これに負けない物を作ろうとの思いで構想し、建設が始まったと聞いています。教祖は八丁四面鏡屋敷と言われたと聞いていますが、館まで言及されていたのでしょうか。
    大きいことはいいことだとばかりに作ったものを失くすことが先決ではありませんか。

  56. 匿名

    私も教校学園閉校は賛成です。
    おかしいと思うのは、本部自ら布教師養成の場所をつぶそうとしている思考回路です。教勢を盛り返したい筈の本部「閉校三兄弟」が本丸をつぶすのは支離滅裂だと言うだけの事。
    本部は何考えてんだか?あたまがおかしいの?と思うだけの事だろうと思います。布教師を養成して天理教被害者をこれ以上出してはいけないと多くの人が思っている筈で、閉校は我々末端教会の思う壺です。(笑)

  57. 匿名

    かな子様

    そういうことではなく、優先順位から見えてくる教団の「あり方、方向性」に
    対して矛盾や戸惑いを感じているということではないでしょうか。

    元々信者さん方のお供えで築き上げられた自分達の資産や既得権益等は
    一切崩したり負担することなく守り、主に末端教会長や信者さん方の子供が
    通う教校学園高校を真っ先に切るという判断に寂しさや虚しさ、怒りを
    感じるのでしょう。

    今迄盲目的に尽くすことが信仰だと思ってきた末端の方々にとっては、
    見たくない、信じたくない、優先順位から見えてくる教団のあり方、方向性
    やり方、だったのでしょう。

  58. ぶたまん

    匿名  様
    2019年8月27日 11:45 PM
    > けれども、少なくともおや様を慕って心の拠り所にしてきたこれ迄を振り返ると、足元がすくむ思いに駆られます。

    そうですね。この問題があります。このことは「問題」と言うほどでもないと思いますが、しかし、私も、教会を離れるということは、おやさまと離れることでもあるような気がします。でも、よく考えると、気がするだけではないでしょうか。おやさまは、いつも我々のそばにいてくださる、私はそう確信しています。私が良い事をしたら、私の成績表を取り出されて、そこにマル(〇)をつけてくださいます。悪いこと(神の思いとは違うこと)をしたら、頭にゴツンと一発食らいます。
    おやさまが、大徳寺さんの口を通して言われたことは、「わしは分身の術が得意だ」 とのことです。聖徳太子は一度に7人の人の言うことを聞き分けた(7人の人を相手にした)、と言われていますが、おやさまはその比ではなく、分身の術を使われて、一度に1億人や10億人の人を相手にされることができるンですね。きっと匿名様のそばにもおられると思います。(これ、マジで言っています)

  59. 匿名

    大徳寺さんをまだ知らない多くの方々の為に。

    今なおご存命のおや様である大徳寺さんは熱海に住まわれ、ほぼ毎日親神様のお言葉を「おやさま」として語り続けておられます。温かく、前向きで光に満ちた誠真実のお言葉を生で聞くことが出来ます。私もどんなにかお言葉で癒された事か。小さな庵に悩み事を抱えた人々が大勢押し寄せています。
    皆様の参考までに、、、。

  60. 崩壊

    >>教義に特化した施設ならまだしも、真柱氏の趣味が高じて作られたものなどが必要だったのでしょうか。<<

      歴代真柱氏の趣味や道楽が高じて作られたものは、本当にたくさんありますね。建築費や維持管理費に全て信者の「お供え」が使われています。思いつくままに箇条書きで下記に列挙してみますが、その他にも多数あると思います。

     ① 本部の月次祭の日ですら閑散としている巨大な神殿群
     ② 年間を通してほとんど人が利用している気配が無い詰所群
     ③ 巨大な真柱氏の邸宅(一体、何人の人が居住しているのでしょう?)
     ④ 巨大な大食堂と炊事本部(1日に延べ何人の人が利用しているのでしょう?)
     ⑤ 天理図書館と天理参考館(1日に延べ何人の人が利用しているのでしょう?)
     ⑥ 親里競技場と称する贅沢すぎるほど立派なラグビー場、野球場、グランドホッケー場、そしてプール
     ⑦ 「若江の家」と称する二代真柱氏の贅沢すぎる勉強部屋兼宿泊施設

     以上、思いつくままに列挙しましたが、他にも、たくさんあると思います。教校学園という天理教にとって芯になる教育機関を廃止する前に、どうして、上記のような無駄な施設やハコモノをスリム化あるいは廃止しないのでしょう。教校学園の廃止はキリスト教で言えば「修道院」を廃止するようなものであり、教会本部が「もはや天理教は宗教ではありません」と世間に公言しているようなものです。(現に宗教ではないと私個人は思っていますが)。

  61. ぶたまん

    皆さん「匿名」を使われているので、誰がどの「匿名」さんか解らないのですが、上記
    > おや様を慕って心の拠り所にしてきたこれ迄を振り返ると、・・・というコメントを読ませていただいたとき、この方は、信仰上それなりのレベルに足しておられる方なのだろうと思いました。この方は、もう天理教の教理に関しては十分に知っておられるので、人に教えれる立場に立たれてもいいのではないかと思うほです。ですから、教会を離れられてもご自身を見失うということはないような気がします。どれが本当か、どれがデタラメか、を識別する眼力も持っておられると思います。(←私の独断かもしれませんが、偉そうに言ってすみません)

  62. 基本

    社会科学として、音楽と社会は切り離せません。
    真柱氏の趣味が高じて作られたものが音楽研究所であるという発想は卑しい。
    教校学園も趣味で作られたものではない。
    教祖は「道に学問いらんのや」といわれたのに、山名系の学者が天理教の若者に学問として天理教を教え込んで;教団教理の普及を図ったもので。天理教校学園は、はびかっていた山名教理での武装を夢見て、親神に嫌われたのです。

  63. 匿名

    基本様

    「山名系の学者」とありますがその人は信者だったのですか?
     また、
    「はびこっていた山名教理」とは内容が判らず、もう少し解説していただけないでしょうか。

    不勉強で申し訳ないのですが、お時間のある時にでもお願いできればありがたいです。

    ところで、「音楽研究所」がなぜ、問題視されているか事情を把握されていますか?

    一般に、経費削減の策として、削減の「優先順位」を考える時には趣味的なものが節約の対象になることが多いのではないでしょうか。
    特に(どなたかが既に言及されておいでですが)音楽研究所の恩恵を受けられる対象がとても狭い範囲の人たちに限られていることから、実態は特権階級の子弟対象であることは広く知られています。
    実は私自身、これは問題だと考えた時に、人から聞いただけでは判断できないからと思い、実際、本部へ確認したことがありますから、本当の事です。

    たまたま天理という地方都市に、才能ある子弟が多数お生まれになり、真柱の肝いりで存続していただけでしょう。
    全国から子弟が集まっていた学校には、天理貴族の方々のお子様は進学なさらないから、簡単に閉校を決めただけでしょう。
    「わが身可愛い」では判断の目が曇ります。緊縮財政で心苦しいと感じる「まともな感性」をお持ちの父兄であれば、サッサと自主的に退会される事でしょう。

    >真柱氏の趣味が高じて作られたものが音楽研究所であるという発想は卑しい。<

    うーーーーーん、「卑しい」・・・この表現はズレているから、少しも読み手の胸に響いてきませんよ。
    まぁ、劣勢回復したいがための「決めセリフ」のつもりだったのかもしれません。

    「卑しい」という表現の使用例として思い浮かぶのは、表統領のなりふり構わぬ金集めの言動でしょう。
    それこそ卑しいの極地です。
    人の財布をあてにすることは卑しいことだと、一般的に言われます。

  64. 退職した元信者

    >真柱氏の趣味が高じて作られたものが音楽研究所・・・

    須藤花井さん曰く
    「善衛の奴 歌ばっかりうたいおってと神さんが怒ってる」・・・

    善衛が音楽に入れ込んだのは趣味ではありません。
    正善に対する劣等感からです。

    四方正面の礼拝場建設も劣等感から生まれたものと思います。
    別席場の真東棟から眺めると三島神社が邪魔で邪魔で怒りが湧いて来たのでしょう。
    だから池を埋めて神社もどかして見事な四方正面に仕立て上げたのです。
    「俺だって正善に負けてないぞ」・・・こんな気持ちだと思います。

    正善に比べれば、学歴も人脈も見識も劣る善衛は全てが内向きです。
    直属の子弟をお宅に呼び寄せ内々で「お上」と呼ばせ悦に浸っていたそうです。
    このしきたりは現在でも続いているらしいです。

    全国の分教会を巡教と称して訪れ、豪華な饗宴を強いたのです。
    迎える側は、客間客殿を新築するために信者にお供えを強いたのです。

    百年祭に向けての3年間は、本当は毎年500億は集めていたと本部勤めをした方から聞きました。
    善衛が神殿講話で「金ではない」と一言発言すれば多くの教会長や信者達は救われたはずです。
    でもその様にはならなかった。

    莫大な金が本部に集まり、百年祭は盛大に執り行われた。
    そして、信者の心は疲弊し、遂に切れてしまった。

    私の母親は布教所を開設していました。
    百年祭に向けて布教やお供えに熱意を持って取り組んでいました。私も母親と同様でした。
    百年祭が終了して半年ほど経った頃、母親が「白紙の戻って一から始めると言っていたのにちっとも変わらん」とボソッと口にしました。
    母親は、「白紙に戻って一から始める」を心の底から信じ切っていました。
    百年祭をきっかけにして天理教は変わると信じていたのですが、結局は裏切られたのです。

    私が所属していた末端分教会は、110年祭頃までは平日の月次祭でも40人ほどの信者が参拝して居ました。
    お勤めを3交代にしても手が余る事もありました。
    しかし、信者さん達は、途切れることのない「お供えの強要」に疲れ切ってしまったのです。
    殆どの信者さんが自分は死ぬまで教会に足を運ぶが子供達には望まないと話していました。
    そして、今では月次祭に会長夫妻を含めても四、五人ほどしか集まらない状態になってしまったようです。

    須藤さんは「善衛さんは、昭和7年7月7日生まれ 切って切って切りまくる人だ」と言っていました。

    善衛は、末端分教会長や信者の心を「お供え」で切りまくったのです。
    天理教の衰退の口火を切ったのは劣等感の塊の善衛だと私は思います。

    教会を作るなとおや様が止めるのも聞かずに始めた強欲な教団ですから消滅するのは当然の事と思います。

    親神も消滅を望んでいます。
    おふでさきにも掃除するとしっかり書いてあります。

  65. 無神論者

    宗教ビジネスって凄いねぇ。
    在庫不要、税金不要
    『信心=金』だもんな

  66. 崩壊

    無神論者 様
    2019年8月29日 12:05 AM

    >>宗教ビジネスって凄いねぇ。
    在庫不要、税金不要
    『信心=金』だもんな<<

     その通りです。だから、オウム真理教が天理教システムを真似たのです。教会本部自ら、「天理教という名称は商標である」と主張し、最高裁まで係争した挙句、敗訴したのです。教会本部自ら、「天理教は宗教ではなくビジネスである」と公言しています。実際、その通りだと思います。「金のつなぎは命のつなぎ」という摩訶不思議な言葉がでることが、それを物語っています。

  67. 東風Z

    人の心が通じ合えるのは、人対人以外にはあり得ません。通り一遍の時報記事や神名流しではありません。
    「このよのじとてんとをつくりとりふうふをこしらえきたるでな・・・」をじっくりと心に治めれば分かりそうなものなのに、天理教は何を考えてんだか。
    カネ、カネ、カネ。カネが敵の世の中を作った張本人が何を言ってもダメ。

    総本山のある城下町。お坊さんが托鉢に歩かれる。軒々から茶碗一杯のお米が差し出される。恭しく受け取られるお坊さんの背後に後光がさしている。真冬だというのに、御坊さんの足元は白足袋に藁草履が濡れていた。

  68. 改名しました

    禅寺の修行僧、作務、勤行、托鉢、指が5本ともはみ出た藁草履ですごい速足で往復40キロ、首から提げた袋に施米を入れ帰りは相当な重み。新米、古米混ぜこぜの施米なので普通に炊けず、かまどの大鍋が沸騰したところに洗米を入れて炊くそうです。朝は薄い粥に沢庵と野菜物少々、昼はご飯と沢庵と野菜物少々、夜は厚揚げの入った炊き込みご飯と沢庵と野菜物少々。この繰り返し。勿論肉、魚、卵など論外。3時半起床、2時間睡眠。睡眠不足と重労働と栄養失調で倒れて山から降りられることを願って修行に耐えていたのに、一年後ふっと悟りの境地に至ったとか。35人の雲水で残れたのはただ一人。大学で物理を学んだ青年が、現在では70歳の老師に成っておられます。比叡山延暦寺の荒行、千日回峰行を一回ならず60歳で2回目を満行された酒井雄哉大阿闍梨に至っては、ここに書くのも畏れ多いです。写真のお顔を見せて貰っても涙が出てきますよ。直会でのお酒だけでは満足せず、家でも神さんのお下がりやからと飲みたいが為に、日本酒、焼酎、ビール、ワイン、ウイスキーと必要以上に買い込んで、おまけに酒のあても食べていたら、生活習慣病にならない方が不思議です。糖尿、通風の会長のなんと多いこと。脚切ったり、失明したり、人工透析もしてますよ。いつだったか、天理教からお酒を取ったら、参拝に来る人が減るやろねー、と言ってたんですが、確かにお勤め二の次の人は多いですね。修行も戒律も一切ない宗教、信者はまだしも、悩める人を導かないといけない立場の人間はそれではいけないですよね。上も下も、それこそ卑しい浅ましい人間たちの集団が天理教です。

  69. 不熱心なようぼく

    仏教の各宗派(全部がそうかはわかりませんが)大変な修行を究めた僧侶が血筋関係なくその宗派のトップになれます。天理教は例え修行なるものがあったとしても、永久にトップにはなれません。それどころか、教会長止まりです。最後に創設された大教会はどこで、いつかは知りませんが、大教会長になるのも、厳しい修行ではなく、部内教会を60以上?従えるかという布教の実績あるのみです。トップは、一般信者からは登りあがれません。教祖以来の最古参家系か、中山家に繋がる家系の者だけが、本部員としてトップに君臨しているのです。世襲制は権力争いは起こりませんが、トップになって現行天理教を改革したいと考える熱心な一般信者が仮にいたとしても、残念ながらいつまでも下っ端でトップにはなれないということです。 

  70. 匿名

    偏見ツイートにより炎上し
    釈明にてんやわんやのバリ天分教会長がまた一人…….笑

    様々な事情で結婚できなかった人たちは以下のツイートをどう思うだろうか?
            ↓

    >>酒井耕平(教会長)  @chansankohei

    >>天理教では、夫婦仲第一と教えられる。
    >>夫婦仲第一のポイントは親孝行である。
    >>特に結婚するまでの青春時代に、
    >>どれだけ親に合わし、尽くしたか。
    >>喜んでもらった分、素晴らしい配偶者を与えていただける。

  71. 改名しました

    おなじ酒井姓だけど大阿闍梨さまとは月とスッポン(スッポンに失礼か)この人は未だお子様というか、何の苦労も至難の経験も無しで生きてこられた生活苦の無い上級教会のボンボンですかね。まさしく井の中の蛙で世間の情勢も知ろうとしないし、知っても動かない。毎日教会の雑用とイクメン振りを発揮して、嫁さんに重宝されて、それだけの狭ーいお人と思います。子どもと一緒の写真を載せる時点でもうアウト。教会の子沢山は経済的な事もあるけど、上の子を見る助っ人が居るから。世間の働く母親はもっと産みたくても実家は遠い、夫は仕事で居ない、保育園の空きはない。少子化の協力してるみたいな間抜けな事言う会長居ましたが、所得税住民税を払わない教会が児童手当貰うだけじゃなく、外へ働きに行ってない家族居て、十分子の保育出来るのに、どうして保育園に入れるの!?育休終わり再度入れてもらえず仕方なく高い無認可に頼む家庭もあるのに。役所はちゃんと調べるべき、贅沢してる教会が保育料タダってどうなってるんでしょう!税金納めず、他人の納めた税金で楽してるって。本部のいちれつ会も同じ。働かないとやっていけない教会の子弟、信者が扶育受けられず、生活費要らず、たんまり自由に使えるお与え、お礼を貰っている大教会子弟が受けられるって、もう、メチャクチャですわ。
    79歳の尾畠春夫さん、佐賀の水が引いた所へ駆けつけはりましたよ。嫁さんのご機嫌とりしてる暇があったら貴方も動いて下さい。

  72. かな子

    改名しましたさんへ

    なんの根拠もないあなたの頭の中の想像だけで語る他人への誹謗中傷やめませんか? こういう書き込みっていつまでも残るんですよね。 ネットの掲示板は匿名性があるように思えても、捜査機関が調べればすぐに足がつきます。被害を受けた当該者さん、今すぐ名誉毀損で訴えるべきです。

  73. 0105 神も仏も名無しさん

    信仰の目的は、本当の親孝行をすることである。

    自身が健康で、夫婦になり子どもを与えてもらい、家庭円満、家が続いていく。仕事があり、お金の与えがあること。親に心配をかけず、安心してもらうことである。

    それらを実現するために、教えを実践し、ほこりを払うのである。

    本当の親孝行とは、自分自身が幸せであること。幸せとは、健康、お金、人情を十分に神様から与えてもらえるだけの徳を持つこと。

    本当の親孝行ができるように、今できる親孝行をするのである。

    人間は親に喜んでもらった分しか幸せになれないのである。

    元初まりの話によると、

    夫婦は一対一、一すじ心であるこら、親孝行で相思相愛。

    子どもは親の心通り素直に育っていく。

    この生まれ替わりの中に、親が子となり、子が親となり、互いにたすけ合い、陽気ぐらしする。

    だから、家が絶えない、命が続く御守護は尊いのだ。

    天理教では、夫婦仲第一と教えられる。

    夫婦仲第一のポイントは親孝行である。

    特に結婚するまでの青春時代に、どれだけ親に合わし、尽くしたか。喜んでもらった分、素晴らしい配偶者を与えていただける。

    西成大教会直轄成國分教会長 酒井耕平

  74. 古い元教会長

    >特に結婚するまでの青春時代に、どれだけ親に合わし、尽くしたか。喜んでもらった分、素晴らしい配偶者を与えていただける。

    刷り込まれ、叩き込まれた洗脳の為の似非教理です。

    せんしよのいんねんよせてしうごふする これハまつだいしかとをさまる 一 74

    と、おふでさきにあります。
    「親におべんちゃらしたら、素晴らしい配偶者を与えていただける」とは 書いてありません。

  75. 改名しました

    かな子さま

    名誉毀損って、誰が被害を受けたんですか?実名を晒しましたか?
    残念ながら真実ですよ。ずるいことしてる、慎みが無いって事を本人や家族が誰一人として分かっていない、感じていないというのが一番たちがわるいのです。少なくとも、本当に困っている人を助けたいという気持ちが薄い人達であるのは確かです。

  76. 退職した元信者

    >よろしかったらどーぞ。http://garciafox.jugem.jp/?eid=1

    興味深く拝見させていただきました。ありがとうございます。

    中山の名を掠め取った梶本と山澤の姻戚だけで17の直属が見て取れます。

    直属大教会
    兵神 高知 高安 東肥 本島 大江 城法 堺 撫養 南 泉 中和 雨竜 南海
    直属分教会
    田原 道昭 大和御幸 

    梶本山澤だけでこの有り様です。
    まるで幾重にも重なりあった蜘蛛の巣状態です。

    更に その他の直属大教会145ヶ所 直属分教会78ヶ所 直属部内の上上級や上級も既得権益存続の為に互いに絡みあっているのです。

    この集団は、何世代にも渡って他人の金で食って来たのです。
    汗水流すことも無く、税金も納めず、大きな家に住み、綺麗な服を身に着け、大きな車を乗り回し・・・
    この乞食の様な巨大な親戚集団を誰がどの様に改革すると言うのでしょうか。

    本部の実権は、既に善亮大亮親子に渡っています。
    取り巻きは、善亮の姉や妹の嫁ぎ先の増野・仲野・鹿尾や久保善平等々でしょう。
    こんな奴らが改革など口にする筈がありません。
    期待するほうが馬鹿です。

    姻戚関係で繋がった天理教の組織は余りにも巨大であり、強固です。
    信者が改革を叫んでも叶うはずがありません。

    末端分教会関係者や信者に残された手段は逃げ出す事だけです。

    須藤花井さんは世界情勢の大激変で天理教本部は潰れると常々言っていました。

    親神が天理教を潰すのです。

  77. 東風Z

    西成大教会直轄成國分教会長 酒井耕平 様

    >本当の親孝行とは、自分自身が幸せであること。幸せとは、健康、お金、人情を十分に神様から与えてもらえるだけの徳を持つこと。<

    上の言葉、そっくりそのまま真柱氏や大亮氏に言ってください。
    言われる方向が間違っています。

  78. 無神論者

    皆さん、いづれはこの宗教はどういう感じで最後を迎える形になると思いますか?
    例えば、本部神殿すらも最終的には更地になる可能性があるとか、おやさとやかたも跡形無くなるとか、もっというと天理市自体もどういう風に様変わりするかとか、ご意見お聞かせください。

  79. 基本

    基本様
    「山名系の学者」とありますがその人は信者だったのですか?
     また、
    「はびこっていた山名教理」とは内容が判らず、もう少し解説していただけないでしょうか。

    お答えします。
    本部員で諸井慶徳、著作物は天理教神学序章、天理教教義学詩論などアマゾンで買えます、
    https://www.amazon.co.jp/s?k=%E8%AB%B8%E4%BA%95%E6%85%B6%E5%BE%B3&hvadid=335194240256&hvdev=c&jp-ad-ap=0&tag=yahhyd-22&ref=pd_sl_7xbu9pl2lf_e

    諸井慶徳
    もろい・よしのり

     1914(大正3)~1961(昭和36)年。宗教学者、宗教哲学者。天理教神学の歴史は諸井慶徳の『天理教神学序章』『天理教教義学試論』に始まるといっていい。主著は博士論文『宗教神秘主義発生の研究――特にセム系超越神教を中心とする宗教学的考察』、と『宗教的主体性の論理』である。彼は井筒俊彦と同じく、30を超える言語に通じていた。語学力を駆使し、テキスト原野に分け入るという研究態度だけでなく、イスラームにおいてはコーランに神秘主義発生の始原を発見し、スーフィズムを論じ、さらにはキリスト教においては、パウロに教神秘主義の源流を見ると哲学的視座において、諸井慶徳と井筒俊彦は一致する。諸井慶徳は3月30日、井筒俊彦は前年の5月4日の生まれである。二人は互いの存在を知りつつも、おそらく会ったことはない。
    ・・・諸井慶徳のイスラーム研究が、私たちに垣間見せる深みは、彼が天理教の信仰者であることと無関係ではないだろう。絶対的普遍者としての一神教、啓示の介入と教祖の出現、聖典の誕生、さらに聖域 の認識、天理教とイスラームそれぞれの宗教生誕の経緯は、驚くほど似ている。
     二者の近似を、単に比較宗教学的に論じても、深みがそこを通じて現れてくるとは思えない。
    。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
     天理教の戦争協力体制を指導した超エリートです。

    不勉強で申し訳ないのですが、お時間のある時にでもお願いできればありがたいです。
    ところで、「音楽研究所」がなぜ、問題視されているか事情を把握されていますか?
    一般に、経費削減の策として、削減の「優先順位」を考える時には趣味的なものが節約の対象になることが多いのではないでしょうか。
    特に(どなたかが既に言及されておいでですが)音楽研究所の恩恵を受けられる対象がとても狭い範囲の人たちに限られていることから、実態は特権階級の子弟対象であることは広く知られています。

  80. 基本

    「はびこっていた山名教理」とは
    以下の天理教の学者です・天理教学研究者たちで、天理教校の大幹部、天理教学を専門としている研究者、あるいは天理教に関する著書、論文を書いている研究者や天理大学宗教学科の教授たちです。
     井上昭夫 金子昭 澤井義次 澤井義則 深谷忠正 松本滋 諸井慶徳などで、論文は天研などの機関誌にて論文は読めます。
     基本が会話できた人物は天理高校初代校長塩谷寛。天理大学学長大久保昭教であったが、天理教学には縁のない方々で、信仰者としての会話を基本としている。
     はびこっていた山名系教理とは初代天理教表横領の諸井慶五郎は、「報恩の道」を説いて、「理の親に尽くせ」と、天理教団をリードした。山名大教会では「赤貧」が最も素晴らしい信仰ととかれ、全財産お供えを説く一方で山名大教会は、観光施設として大教会の建物が観光ルートにはいるほどの大神殿を建てた。
    いまも、山名には観光の宣伝がある。
     諸井慶徳は山名大教会初代の血筋で、諸井誠一の孫で、慶五郎の長男。戦時中は戦争協力を指導した、
     その長男の諸井慶徳はイスラム教の学者として、戦後はキリスト教、ユダヤ教の神学を天理教にもちこんだが、真柱とは反した天理教教義学の確立に努力し、若くして死んだ。
     深谷忠政は本部員で、諸井慶徳のいとこであり、慶徳の路線を全天理教団に指導した。
     諸井と深谷は山名大教会、河原町大教会を発信元とし「人間完成の道」を天理教の教えと定義した。

     甘露台は人間完成の、道の後に降る甘露を受ける台だと、うそを教義にしてしまった。
     

  81. 基本

    「はびこっていた山名教理」とは、基本はきちんと説明したことがある。
    2010年に、山名系教理が原因で、天理教団は衰退すると予言してある。引用しよう。
    https://gimpo.5ch.net/test/read.cgi/psy/1262855061/1-100
    深谷忠政著「教理研究」元の理 その批判。
    1 :基本 ◆B3GGdKkeNk :2010/01/07(木) 18:04:21 ID:qHzKZU4w
    現在の、天理教教団教理は、教祖七十年祭に過熱化した教理研究熱の中、諸井慶徳、深谷忠政の二人の学者によって、展開された「神学」系の弟子達によって、構築され、展開されてきた。
    特に、深谷忠政氏の教理研究は、天理大学おやさと研究所などの研究者のひとつの規範として、おやさま百年祭までの間に、天理教団全体を衰退に導くという結果をもたらす、悟り違いの様相を呈した。

    そこで、特に、深谷忠政氏の教理研究の中でも、「元の理」についての研究の、批判をなし、少なくとも明らかな逸脱点を認識することは極めて大切だと思う。
    きちんと議論し、「虚構の神学」と言うしかない、「勇みの神学」なるものの、いかさまを、世界に対して示すこととしよう。

    教団内部の宗教指導者の、「から」を分けてしまうことは、大切な事とおもう
    \\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\
    知らせておけば神は働くので、きちんと呪詛しておいた。

  82. 基本

    2 :基本 ◆B3GGdKkeNk :2010/01/07(木) 18:05:36 ID:qHzKZU4w
    「はびこっていた山名教理」とは、基本はきちんと説明したことがある。
    2010年に、山名系教理が原因で、天理教団は衰退すると予言してある。引用しよう。
    https://gimpo.5ch.net/test/read.cgi/psy/1262855061/1-100
    昭和33年に初版の、深谷忠政著「教理研究 元の理」が発行されている。
    そのはしがきには、このように記されている。
     
    ・・教祖七十年祭を契機に教内にまき起こった教理研究熱にこたえ、教理研究に「みちのとも」の頁を割こうとする編集部の要望にこたえるもので、筆者の試論にすぎないことを、特にお断りする次第である。・・・

    だが、現実には、この筆者の試論は、おさしづに知らされた「風・説・理」の順で、結果として、「悪理」となり、今日の天理教団の信仰を歪めている事、これを議論しようというものである。
    3 :基本 ◆B3GGdKkeNk :2010/01/07(木) 18:20:38 ID:qHzKZU4w
    おやさまは、「皆めんめん口で言わす」と教えられていて、それを基本教理として「自白の教理」と呼ぶが、深谷忠政氏は、先ずはしがきに、何を自白しているかと言う事である。
    それは、天理教典第三章「元の理」が、未信者に教典を渡す上で不都合だという事を原因として、何らかの解明の手がかりが必要だとして、それを痛感して書いたという、自白である。

    おやさまは、みかぐらうたにて、特にこのように教えられている。
    「この元を詳しく聞いた事ならば、いかなものでも皆恋しなる」
    詳しく聞くということは、おやさまの教えられたことを、聞くということであり、人間が解説すると言うことは、人間の解説を聞かせるという事であり、それは、神意と必ずしも合致しない。

    神様の話を詳しく聞くという態度と、初心者にも分かるように解説するという態度には、人間の中途半端な思い上がりがあるという事だ。

    もともとの初代たちは、教祖の教えとして、元を取次ぎから聞いた。詳しく聞いた。
    そして、恋しくなった。

    元を詳しく聞く気のない人には、聞いてもらわなくてよいというのが、逸話にきちんと示されたおやさまの態度である。

    聞く気のない人に、それが解説で聞く気を起こす糸口になればという人間思案は、まさに、とんでもない理の間違いである。
    解説という「一見した未信者への親切」は、実は、教師と称する人たちが、おやさまの話を詳しく取り次げないと言う現実をどうにかして糊塗使用という、厚化粧の醜さだと、そろそろ分かっても良い頃だろう。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    塩谷先生は基本は頭が良すぎると言っていた。大久保先生は私は本当は信仰が分からないと言っていた。
    山名系教義は「理の親にお供えしろ」「人間を完成しろ」と扇動し、70年蔡から100年祭をミスリードした。

  83. 匿名

    >>皆さん、いづれはこの宗教はどういう感じで最後を迎える形になると思いますか?<<

    後10年経れば、本部に上がるお供え金は限りなくゼロになります。
    間も無く消費税が上がり今後益々信者の財布の口は固くなっていくでしょう。頼みの綱の現在の年金受給者は10年のたてば随分減るでしょう。事情教会90パーセントと言われていますが!周囲の教会を見回してみても建物ばかりで信者は殆ど居ないのが現実の姿です。
    140年祭にはお供えが増えると、夢か幻を見ている善亮氏ですが、それは有り得ない事です。

    神殿含めた巨大な建物群は埃をかぶり、解体する事なく年月と共に朽ちていくと思います。
    本部終末期の頃は参拝してくる信者も居ないのだし、お供え金もゼロの筈だから(今でさえ、本部月次祭に来る信者は悲しいほど少なくなっている。)意味の無い伽藍堂は中山家が今まで積み上げて来た隠し財産で解体すれば良い。
    信者のお金で買い占めた白川など周辺土地を売り払い解体費用に充てて宗教法人天理教は消えてなくなる。
    金食い虫の参考館、図書館などは、地方自治体管理下となるのでしょう。詰所の扱いは各大教会下。大教会も最近では金欠状態になり、落ちぶれてきているので解体する金も無く当てにする信者も減る一方だから放置し朽ち果てるしか無いでしょう。どうにもならなくなったら最終責任は本部に行くと思いますが。
    過去の栄光にしがみついている善亮、大亮親子の野望と夢が破れ、落ちぶれた姿が周辺の嘲笑を誘うでしょう。大亮さんの時代は無いでしょう。10年後、参拝者のほとんど居ない神殿で中山家一人の月次祭を想像す
    ると哀れです。「金にならないから天理教本部、もう畳もうか、、」と親子で本気に相談しているのかも知れません。
    悔しくて、つい想像をめぐらしてしまいました、、。

  84. 基本

    天理教教団は衰退しますが、天理教は信者が本物になりますから、教としては、膨大な資金を得ます。

    天理教団は衰退するが、教団ではない、信者が効能の理で、宝の山から金銀を掘り出して、世界たすけるから、
    教会本部は、にぎわいます。

  85. ぶたまん

    基本さんの言う通りになるかどうかは解りませんが、一理あるのではないかと思います。昔は修養科生さんもたくさん来ていましたが、その分修養の質(内容・レベル)は落ちていたようにみえました。各地の教会で、ノルマ達成が先行していたからなのかもしれませんが、修養科に放りこんでおけばいいや、というよう感じで、誰でも彼でも修養科に入れていたようなところがありました。今後は、数は減っても、真実おやさまを慕う人が来られるかもしれませんね。

  86. ぶたまん

    退職した元信者様の
    2019年8月30日 7:01 PM
    > 親神が天理教を潰すのです。
    で、聖書の一節、
    <わたし(神)が羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散り散りになる。>
    を思い出しました。
    イエスのこの言葉は、イエスご自身が処刑されることを予言して言われたものです。
    今まで、なぜ神はわざわざ羊飼い(イエスのこと)を打つのか、とフシギに思っていました。
    しかし、これは、親神は「教団は要らない」 という意味なのではないかと思いました。
    実際、イエス亡きあと、教会組織はなされなかったようです。

  87. 匿名

    末端教会や信者のみなさん、
    もう天理教団の理の親(本部員 大教会長 上級会長)のことなど相手にせず、
    しっかりと自分の人生を充実させることにお金は使いましょう。

    天理教団は長年おみちのために尽くした教会長が野垂れ死のうが孤独死しようが、
    かまうこっちゃないのです。
    骨の髄までむしゃぶりつくしたらあとは見殺しです。
    以下のツイートがそのリアルをまざまざと語っております。                 ↓

    末端天理教会長男坊が通ります‏ @IY9gprpe7afcRRd  さんのツイートより抜粋

    >>現教会長はおとん。
    >>アルツハイマーと脳の病気で神殿でしょんべんを垂れ流すのが日課。
    >>止められない。
    >>そろそろ畳抜けそう。

    >>オババも同じ病気で半分寝たきり。
    >>オカン介護疲れの上、月並祭、上級への御用、お供えする為に借りたサラ金返済。
    >>金などまるで無いから施設も入れないし、
    >>仕事に出ようにも理の親に仕事したらダメ言われてる。
    >>発狂なう。
    >>どーしたらええのん?

    >>上級は複利厚生しっかりしてるて何でや??

    >>うちのおとんボケる前はお道一本、定職にもつかず上級への御用三昧。
    >>バイトで得たお金はほぼお供え、民間の保険など加入するわけなく神様保険。
    >>天理教徒の見本みたいな人。
    >>今となれば上級教会行っても煙たがられ笑い者。
    >>そして借金三昧。
    >>おかしない?

    >>しかも連帯保証人になっているという。
    >>上級の信者の分。
    >>上級の教会では相手にされなかったんだってー。
    >>うちくるな!
    >>その前に金返せ!
    >>おかしない?

  88. 匿名

    G-FOX 様 2019年8月29日 3:41 PM
    よろしかったらどーぞ。
    http://garciafox.jugem.jp/?eid=1

    上記ありがとうございました。
    見ているうちに吐き気を催しそうになりました。
    G-FOX様の労作のお陰ではっきりしました。
    毎月目を通すみちのともの本部祭典役割表。
    月次祭かぐら・てをどりは、中山家を中心とした親戚縁者が演じていることがわかりました。
    これ迄は特に女性の名前は見てもピンとこなかったのが、彼女らも何のことは無い、皆、親戚縁者だった!
    結局のところ、庄屋敷村の村祭りのかぐらの担い手は村民に限定ということだ。

    更に気が付いたこと、飯降家との縁組は無いようですね。
    (もしも表にないところで縁組があれば私の考えは無視してください。)

    本席様が亡くなられ、ナライト様が邪魔者扱いされ、所謂神の声を聞くことができる人が不在の天理教。
    そうした中で、何故か飯降家との縁組が成立しなかった!
    つまりは自分たちの既得権益を守るためには邪魔だからだったのか?

    中山家一族と高弟達の皆さんに問います。
    あなた方は教祖に親神が降りたことを、本当のところ信じていないのではありませんか?
    神の啓示ということを信じてなどいないのだろうね。
    もしも信じているのであれば本席の血筋を中山家に向かいとるという考えが起きるのが自然の考えではなかろうかい?
    今更言っても始まらないけれどね・・・。

    それと真柱夫人の父、橋本武人さん(元天理大学長)は橋本道人さんと親戚ですか?
    本の広告では名草分教会長とあるが。

  89. 匿名

    ある方のツイッターより。
    明治31年11月13日のおさしづに
    「子が満足して親という。どんな事も成らんなか、育てるのが親の役」とあります。
    親孝行を強制する天理教会長はこの神意からズレてる事を自覚して貰いたい。不勉強な教会長が多すぎる。子供を満足させられないのに親面する教会長の何と多いことか!
    ******* ****** ******
    明治21年7月7日のおさしずでは
    「親と言うのは子に満足を与えてこその親である。」ともありますね。
    今現在の改ざん天理教教理では、理の親が黒いものでも白だと言えば子は泣き泣き「白です」と歯を食いしばり、ハイその通りですと阿保親を立て、立て切るところにご守護が有ると天理教では言うんですね?そうすればある教会長の言葉に拠れば良い配偶者にも恵まれるとか?!
    狂った親に合わせているから合わせ鏡の様に子供も共々に狂った親子になるんです。狂った親は早速見限るべきなのです。目どうは狂った阿保親ですか?
    世界を無償の愛で照らす神ですよ。未熟な阿保親に合わせるんじゃ無くて「神の御心」に合わせるべきなんです!
    そのストイックさは狂った精神世界での自己満足に過ぎない。気の毒だが人生を棒に振っている事に気付いていない方々です。

  90. 基本

    信仰を理解出来ていても信心の出来ない哀れさを感じる。
    「世界を無償の愛で照らす神です」と、 そんな神などどこにもいない。
     値をもって実を買うのである。

     親と子の話ですが、親夫婦がもめていて家庭崩壊の状態の子供に、
    「あんたが親なんだから、あんたが親をきちんとさせろ」と教えたら、ちゃんと親を仕切った子供がいた。
    何人もである。
     「親が子となり」なのだ。「子が親となりなのだ」。天理はそう教えている。

  91. 基本

    匿名
    2019年8月31日 2:50 PM
    末端教会や信者のみなさん、
    もう天理教団の理の親(本部員 大教会長 上級会長)のことなど相手にせず、
    しっかりと自分の人生を充実させることにお金は使いましょう。

    この言葉には、助けこころが無い。
    自分の人生の充実など神は教えていない。人たすける。
    誤りには説教する、理を諭す。そして天罰を与えてでも、助ける。たすける心無い信仰者は、
    天理教団幹部であり、匿名さんあなたです。
    呪詛します。

  92. 匿名

    https://yomi.tokyo/agate/toki/psy/1277001717/294-/dta  
    内の 382より

    >質問、宗教板に居つく、基本。て何者?

    >>机上のお勉強はよくできるが口先だけで己を省みることもなく
    >>妄想と偏見に満ちた持論をネットで垂れ流し、矛盾を突かれれば知らん顔
    >>社会に出ればセコい場末の商いのクセに客を生徒と呼び、上から目線で
    >>客をあしらう傲慢この上ない底辺のクズ人間

    >>それがコテハン基本。こと飯田の演歌王(苦笑)こと坂〇明〇、である。

  93. 匿名

    更に気が付いたこと、飯降家との縁組は無いようですね。
    (もしも表にないところで縁組があれば私の考えは無視してください。)

    上記の自分の投稿を訂正します。

    飯降吉枝さんが永尾家に嫁いでました。
    投稿後、翌朝気になって調べ、慌てました。
    皆さんm(__)m

  94. 基本

    基本はカルトでオカルトです。
    社会科学と言いながら、科学と無関係でカルトでもオカルトでもないカインについて、
    意見をのべに参ります。基本は論戦一度でも逃げた事はありません。ごめんね。

    天理教はユダヤ教や皇教と同様に近親交配を推進していた時期がありますが、遺伝子操作の、高慢と言う、
    その錯誤が、天理教青年会に残っているようです。
    https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/seinenkai/basic-policy-2019/
    天理教青年会は天理教の素人ばかりで、貧乏を「貧のどん底」をしらず、難儀の味も知らないので、
    山坂一つ越えた事のない、畳水練の天理教で、「信仰者」(おやさまへの謀反人)ばかりです・
    だから、こんな活動目標を下ていますと。
    一、原典を学び、人に伝える技術を身に付ける 
        ⇒ 原典に違反します。方法に頼るはおやさまお嫌い。
    一、例会やオンラインサロンでの学びを、分会・教区・海外青年会で共有し深める
        ⇒ 貧乏しないと、教理など分かることはできません。諭し悟りをするにも貧乏せいです・
    一、自らの徳分に気づき、お互いに認め合う
        ⇒ こんな徳分なんて教えは天理教にありません、徳というのはあります。
        ⇒ とく‐ぶん【得分】の意味 国語辞典では、出典:デジタル大辞泉(小学館)
          1 もうけ。利益。
          2 ある人がもらう分。とりぶん。分けまえ。
          3 中世、荘園の領主・荘官・地頭などが、所領から年貢として得た収益。
        ⇒ 天理教組織の信仰者であるという事は、甘露の門の門外漢です。世間でいう徳分はゼロ。
    一、社会問題に目を向け、自分にできるおたすけに動き出す
        ⇒ 自分で出来るおたすけなんて何一つないのが天理教の基本です。
          イエス様にお願いして、お釈迦様にお願いして、お助けいただくのがおたすけです。
        ⇒ 徳分があるというなら天理教団の分け前を分配しなさい。
        ⇒ お指図にじだんじだんはならん、とあります。つまり社会問題など目を向ける名です。
     天理教青年会のこのレベルの「無信心ぶり」、滑稽な限りです。
     素人集団天理教青年会には、高慢はあっても検挙がありません。
     カルトもオカルトもありません。どのように思案しても人をたすける心がありません。
     おやさまに終わ部申上げて、呪詛してあげます。

    一、おはなし会や講話日を設ける

  95. 基本

    整理しましょう。
    天理教会に生まれたという事は兄魂姉魂であり、因縁は悪い、徳が無いのです。

    徳とは、徳(読み)とく(英語表記)aretē; virtus; perfectio 
    ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説
    哲学,宗教の中心的課題の一つ。
    倫理的,道徳的善に対する意志の恒常的志向性,ないしは善を実現する恒常的能力をいう。したがってそれがみずからの修練によるものであるか否かを問わず身についたものでなければならない。

    デジタル大辞泉の解説とく【徳】
    1 精神の修養によってその身に得たすぐれた品性。人徳。
    「徳が高い」「徳を修める」→徳目
    2 めぐみ。恩恵。神仏などの加護。「徳をさずかる」「徳を施す」
    3 ⇒得(とく)1
    4 富。財産。
    5 生まれつき備わった能力・性質。天性。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     天理教会に生まれたという事は、徳が無い。
     これが天理です。

     それを天理教団の獲得した財産資産を「徳分」だと私物化するけれど、基本はこうして理を知らせ呪詛しますので、正体はバレます、赤い衣装のてんりんおうが、そのいかさまは許しませんから、
    神が怒りやすいように、人は怒らず、見下げてみていましょう。
     天理教の基本です。

  96. ぶたまん

    芹沢光治良先生の<神の慈愛>P.216に、<神の微笑>を発表して以来、先生のところに押しかけてくる人(読者)が増えた、というようなことが書かれかています。先生はそのことに関して、「現代日本人の旺盛な神だのみ精神というか、迷信の盛んなことに、今さらながら驚いた」 と、言っておられます。
    我々一般にとって、おやさまが表に現れたということは、救世主が現れたという意味になります。それで、人々が「助けてくれ」と言って、その救世主のところにハセ参じることになります。
    それはそれとして、そういう風に、芹沢先生や伊藤青年のところに人が集まりだすと、あやしげな宗教を説く人たちもやって来て、芹沢先生に、「(我が)教団の組織に入って、力を借りたい」と申し出た、とありますと
    私は何を言いたいかと言うと、どの時代でも同じだということです。人々は迷信であろうとなかろうと、助かりたいために噂を聞きつけてその救世主のもとに集まって来ます。人が集まって来たら、ゼニのにおいをかぎつけて、ヘンな「宗教業者」もやってきます。そして、彼は救世主に向かってこう言います。「俺と手を組まないか」
    もちろん、芹沢先生はそうした申し出を断られました。
    しかし、この図式は、芹沢先生のところに来た「ニセ宗教人」を「秀司さん」に置き換えたら、おやさま存命時と同じになると思います。今も明治初期江戸末期と変わらないんですよ。

    秀司さんは儲け口があるというので、中山家で団結して、金儲けの道へ走っていきました。私はそう見ています。ですから、本当のことを言う飯降伊蔵翁はけむたい存在で、たもとを分かったと思います。(飯降家と中山家はあまり縁組はなかったようですね)

  97. 基本

    具体化しましょう。
    天理教会に生まれたという事は信仰組織因縁があるという事です。
    信仰組織因縁とは生まれる前の、善政が宗教組織に関係があって、
     「選民思想」を持っている。
     「搾取怨念」を持っている。
     「高山因縁」を持っている。
    以上です。
     天理教祖のお筆先では代表者は「秀司・まつえ」です。
     秀司は、選民意識から、当時有名な漢方医の娘と婚姻していて最初の奥さんです。
     秀司は、金貸しで貧しい農民から土地を巻き上げた地持ちの中山善兵衛の長男で、搾取因縁を持ち、
     中山家とは格式の違う町家の女を正式な結婚でなく、内縁関係の女として油売りに協力させ金儲けし。
     女の名はお知恵は、中山家の格式とお屋敷利用の商売で、みきが死んだら全財産をと企てました。
     みきが、金貸し因縁と宗教家業因縁で、「因縁よせてと演壇まとめた3人目の妻小東まつえは、
     中山修司同様「選民思想」を持っている。「搾取怨念」を持っている。「高山因縁」を持っている。
     だから信者を見下す、信者からなにかと金を絞る。「こじまつ」のケチで、小言うるさく、
     「こじまつにすると、こじまつにする」と、中山みきから呪詛されています。

     天理教会に生まれたら、因縁を悪因縁ということで、ひながたです。

  98. 退職した元信者

    >飯降吉枝さんが永尾家に嫁いでました。

    知人に永尾家について尋ねたら、飯降家と上田家の子が結婚をして永尾家を作ったのだと教えてくれました。
    なぜ永尾を名乗ったのか調べたが分らなかったと話していました。
    本席の息子 政甚の評判も芳しいものではなかったそうです。

    要するに、みんな同じ穴の狢という事です。

    「おや様 本席 ナライト」ここまでが正当な親神の意志だと思います。

  99. 崩壊

    ぶたまん 様
    2019年9月1日 5:47 PM

    >>私は何を言いたいかと言うと、どの時代でも同じだということです。人々は迷信であろうとなかろうと、助かりたいために噂を聞きつけてその救世主のもとに集まって来ます。人が集まって来たら、ゼニのにおいをかぎつけて、ヘンな「宗教業者」もやってきます。そして、彼は救世主に向かってこう言います。「俺と手を組まないか」
    もちろん、芹沢先生はそうした申し出を断られました。
    しかし、この図式は、芹沢先生のところに来た「ニセ宗教人」を「秀司さん」に置き換えたら、おやさま存命時と同じになると思います。今も明治初期江戸末期と変わらないんですよ。<<

     人の心というものは大変弱いものです。おっしゃる通り、古今東西を問いません。例えば、日本の「厄除け参り」や「七五三」、「神社仏閣への初詣」、「おみくじ」、「交通安全のお札やお守り」等、数え上げればきりがありません。人間の力では如何ともしがたいことが起こった時、人間には「何かにすがりたすけてもらいたい」という心理がはたらきます。不安なこと、心配なことから逃れたいというのは人間が生まれながらにしてもっている心理です。仏教や神道等も宗教の違いこそあれ、いずれの宗教もそうした「人間の心の弱さ」を利用して、「銭儲け」をしてきました。現在もしています。しかし、天理教の「お供えの額」は桁が違います。信者の生活を追い込み、人生を破綻させ、自殺にまで追い込むほどに「お供え」の集金をします。天理教が「カネカネ教」と呼ばれるのは至極当たり前のことです。

  100. 基本

    ぶたまんさん
    我々一般にとって、おやさまが表に現れたということは、救世主が現れたという意味になります。それで、人々が「助けてくれ」と言って、その救世主のところにハセ参じることになります。
    このご意見ですが宗教家業で生きている人間達は、そんな生易しいものではありません。
    「救世主なんているはずない」前提で、同騙せるかだけです。なんでもいいのです。迷信ほどいいのです、

    実際に中山みきが救世主として現れた時、善兵衛や親せきは宗教としてみきをまつる祠をつくります。
    ところがみきが宗教家しないので、拷問しています。
    そんなものです。

    芹沢先生が言われているように「迷信」が好きなのです。
    本物は嫌われます。

  101. ぶたまん

    皆さま、コメをありがとうございます。
    > 要するに、みんな同じ穴の狢という事です。
    > いずれの宗教もそうした「人間の心の弱さ」を利用して、「銭儲け」をしてきました。現在もしています。しかし、天理教の「お供えの額」は桁が違います。
    > 本物は嫌われます。

    こうしてご意見を並べさせていただきますと、人の心がドロ沼みたいです。「よくにきりない泥水や」というところですか。
    反面、「蓮(ハス)は、泥沼の中に花を咲かせる」 と言います。おやさまの教えは、泥の中に開いたハスの花の美しさにたとえられるかもしれません。やはり、おやさまはありがたいです。

  102. 匿名

    話が飛んで申し訳ありません。
    黒門に死体の山が出来ると予言された須藤花井さんと言う方は、今現在ご存命なのでしょうか?
    過去の投稿を読み返せばその方が存命か存命でないかは分かるとは言うものの、、
    ご存命ならばどこにお住まいで、面会すると言う事は可能なのでしょうか?どなたかお知らせ下さいませ。
    天理教本部の遠い昔の過去を知り、その成り立ちから現在まで綿々と続く欲にキリない泥水の実態を知れば知るほど、今まで何を信じ何に振り回された年月だったのかと、その徒労の時間の余りにも長かった事に愕然とします。今は亡き先祖の御霊があの世で満足しているのか、後悔しているのか、、そんな思いにとらわれます。

  103. 匿名

    基本さん?
    頭の回転がいいのか?知識が豊富なのか?
    まあ、ものの見事にいろんな事を羅列?文言を述べられているようですが、まあものの見事に入ってきませんね。(頭に、ハートにも・・・)
    頭がいいんですかね?
    なんか取り憑いているような気もしないでも無いですが・・・
    でも聞く人に、読む人に響かなければあまり意味が無いように思いますが・・・
    あと、ハンドルネームの基本と、ただの基本という言葉を混ぜこぜに使ってられるので混同してしまいますね。

  104. 崩壊

    ぶたまん 様
    2019年9月1日 10:03 PM

    「男はつらいよ」という日本人なら誰もが知っている映画のテーマソングの中に次のような一説があります。

     ”どぶに落ちても根のあるやつはいつかは“蓮(はちす)の花と咲く”

     泥田の汚い中で育っても、蓮の花はきれいに咲き、蓮根は食材として使われます。きれいな花を咲かせ、食材としても珍重される蓮は、自らの成長に必要な養分を泥の中の天然肥料(有機質等)を養分として吸収し、栄養にしているからです。世間には、色々な人がいます。蓮のように、泥田の天然の有機肥料で育っても、きれいな花を咲かせて、人の目を楽しませ、その上、人間に蓮根を恵んでくれる植物もあります。一方、化学肥料を使ったとしても泥田の中で朽ち果てていく植物もあります。「おやさま」を蓮に例えるならば、「蓮のような人」は、天理教以外の宗教を信仰している人や、無宗教の人の中にもおられるということを私はこれまでの人生経験で知りました。

  105. 東風Z

    2019年9月1日 11:08 PMの匿名様の投稿
    >今は亡き先祖の御霊があの世で満足しているのか、後悔しているのか、、そんな思いにとらわれます。

    教祖年祭のお供えをと、国民年金を繰り上げ受給までされていた方が居られました。当時、繰り上げ受給は大幅に減額されての支給でした。その大半をお供えされ、年祭後も減額されたままの年金受給。繰り上げ受給をされると障害年金の対象からも外される。
    ご自分で判断されたとはいえ、余りにも酷な将来が待っていました。天理教はこのような人を称えていたのです。
    この方も故人となられたが、匿名様投稿の問いかけを教団本部はどのように感じているのか。中山家の面々は鼻にもかけていないのでしょうね。
    むごたらしい宗教です。

  106. 改名しました

    匿名9月1日11:08PM様

    須藤花井さんは平成10年4月18日(教祖誕生200年目)に亡くなられたそうですよ。
    平成7年に須藤花井さんが発行された「月よりの神言」を、夢の中の御告げで自費で再発行され、毎月26日の10時から11時の間に頂ける、という情報をこの場で知り、早速去年、かぐら勤め終えてからその駐車場まで行きました。先に二人来てらして暫くの間四人で話をしました。その方のお名前も聞かずじまいで心残りですが、全て無くなるまで毎月来ます、と、言ってらしたのでもう14ヶ月経っているので全て渡し終えられたのではと思います。

  107. 匿名

    改名しました様。
    情報ありがとうございました。お亡くなりだったのですね。残念です。駐車場で配布されているとお聞きしていていつかまた、、と思っている内に月日が経ってしまいました。どこかで手に入れたいです、、。
    こうして須藤さんのような神の遣いの方々があちこちに現れ、組織を作らずご神言を広めて下さった。湯河原の大徳寺さんもその一人だと思いますが、神は悪の行く末を目を離さずにじっと見ている。試練の天理教徒にとっては教会本部と言うそこらに転がる駄石にとらわれず、人間を作り給うた「神」の御心だけを信じて生きると言う一本道がありますね。
    ありがとうございました。

  108. 崩壊

    <<蓮の花 続編>>

    >一方、化学肥料を使ったとしても泥田の中で朽ち果てていく植物もあります。「おやさま」を蓮に例えるならば、「蓮のような人」は、天理教以外の宗教を信仰している人や、無宗教の人の中にもおられるということを私はこれまでの人生経験で知りました。<

     私は上記の文章を書くにあたり、天理教教会本部を意識して書きました。蓮の花は、高価な化学肥料を施肥しなくても、泥田の中で成長し、見事に綺麗な花を咲かせ、掘り起こすのが難渋なくらいに地中深くに根を張り(蓮根)私たち人間の食糧となってくれます。人間に例えれば、たとえ、生活環境に恵まれず、幼い頃から貧しく劣悪な環境で育たれても、人間性が豊かで、思いやりがあり、やさしく、困っている人を見れば、手を差し伸べることができる人達をこれまで生きてきた人生の中で数多く見てきました。まるで蓮の花のような人達です。
     一方、高価な化学肥料(金銭)を使っても、根が浅い故に吸収する力を持たず、あるいは葉や茎が栄養過多になり朽ち果てる植物、それこそが、現在の天理教教会本部です。根の浅い植物にいくら高価な化学肥料を施しても吸収する力がないので、朽ち果てて腐り異臭を放つだけになるのです。天理教信者の皆さん、もうこれ以上高価な化学肥料を施すことは止めましょう。天理教教会本部が朽ち果てていくスピードが早まるだけです。もっとも、完全に朽ち果てて消滅したほうが「世のため 人のため」と考えておられる信者さん達は、私一人ではないとおもいますが・・・

  109. 基本

    匿名
    2019年9月1日 11:22 PM
    以下のご意見いただきました。

    基本さん?
    頭の回転がいいのか?知識が豊富なのか?
    まあ、ものの見事にいろんな事を羅列?文言を述べられているようですが、まあものの見事に入ってきませんね。(頭に、ハートにも・・・)
    頭がいいんですかね?
    なんか取り憑いているような気もしないでも無いですが・・・
    でも聞く人に、読む人に響かなければあまり意味が無いように思いますが・・・
    あと、ハンドルネームの基本と、ただの基本という言葉を混ぜこぜに使ってられるので混同してしまいますね。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    基本はカルトです。「少数の熱烈な信奉者を指す用法」でのカルトです。
    痔本はオカルトです。「1 超自然の現象。神秘的現象。」としてのオカルトです。即、神秘的な存在です。

    効く人、読む人に響かせたいというのはオカルトではなくアジテーターです。
    基本は呪詛として語り、語る事で神仏への影響力となるからで、神仏が相手です。
    ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説 呪詛じゅそ ギリシア語 anathēmaは動詞 anatithēmi (上に置く) に由来し,原義は「上に置かれた物」であり,旧約聖書では cherem (別つ,離す) がこれにあたり,「神への捧げ物」を意味していた。

    匿名  2019年9月1日 11:22 PM さんは基本の存在は、目に見えない、隠れて見えないですから、
    何を訳の分からないことを、あたかも自分が天理教の基本だと語っているのかと思われたのでしょうが、
    基本が天理教の基本です。

    基本は神様への捧げものとして、投稿をしていますが、カインさんがカインとして投稿したように、です。
    シャーマニズムの世界では「なりきる」ことは祈りです。仮面をかぶる場合もあります。なまはげとか。
    基本は天理教の基本となり、カルト、オカルトで、
    基本は天理教の基本として2002年ころからWEBにいます。

  110. 基本

    基本が投稿しておくと、早くて1年、ほとんどの場合5年で実体化します。オカルトだからです。
    基本の存在は、目に見えない、隠れて見えないですから、基本の呪詛で実体化したとは誰も思いません。
    殆どの場合皆から嫌われて、狂っていると思われますが、カルトですから、それが当然です。
    カインは天理教団の崩壊を呪詛した方で、カインの崩壊を呪詛したのが基本ですから、ね。

    信仰組織と言うのは、信仰者であることを権威としています。
    信仰組織の指導者は徳があると相互で持ち上げます。
    オカルトは信仰を否定します。呪詛します、病気の治癒も呪詛します。天候の呪詛もします。
    その手法の専門家が中山みきで、弟子が基本で、まるで少数しかいないからカルトです。
    信仰賛美も、信仰批判も、病気ひとつ治せません。
    信仰とは、カスです。信心の効能はカルト、オカルトです。

  111. 匿名

    基本ちゃん 早く巣におかえり。
    他の皆さんの素晴らしい投稿の邪魔です。
    どうぞご自分の板で 独り言 をお楽しみ下さい。(ついでにヘタクソなカラオケも)
    お薬も忘れずに。
    お大事にどーぞー。

  112. 匿名

    大亮さんは、最近ツイッターの発信が有りませんね。一向に更新されません。何を言っても批判されるばかりで、彼の口から何を発信してもトンチンカンだったですものね。経験も中身もない人だから黙ってるに限るとだんまりを決めたのか。
    次期真柱の器でも無い人が、本部月次祭の芯を務め、持ち上げられて勘違いもするでしょうが、何も分からない若造が最近ではお供えは命の繋ぎを言い出したそうです。彼は思慮の浅い裸の王様。しかも乞食。この王様は自分が乞食と言う事にさえも気がついていない。
    衰退、消滅への道が静かにしかも確実に忍び寄っているのは多くの末端教会、その他教会が感じている事。
    彼は本気で教団整理の青写真をしっかり描いて、信者にこれ以上の迷惑をかけず、去る鳥跡を濁さずでしっかりと任務を全うしてもらいたい。
    取り敢えず大亮くんは本部月次祭参拝者がこれ以上減らないように心定めをしてもらいたい。何ですか?このガラガラの月次祭は!!各教会に数字で人集めの心定めをさせるなら、本部こそ月次祭参拝者の心定めをきちっとしろ!と普通に思いますが。

    我々地方の教会長には心定めと称して色々数字をあげさせプレッシャーをかけておいて、足元の本家本元が年々歳々この情けない姿では、本部のこけんにかかわるでしょうよ。信者のせいでは無いよ!
    大亮くんは、自分達のことは見て見ぬ振りではいけません。あなた達は自覚のない無責任この上ない本部ですよ!浮かれてないでしっかりしないと全部あなた達に返っていきますからね。

  113. 退職した元信者

    古い話です。

    昭和61年か62年頃の事です。
    須藤花井さんと高知大教会に寄った事があります。
    神殿の御神楽歌は十一下りが掲げられていました。

    参拝が終わった後、須藤さんが次のように話してくれました。

    「今ね、 八つ やしきの土を掘り取りて 所替えるばかりやでってどんな意味があるのと神さんに聞いたんだ。
     そしたらね、所替えるとは 掃除の後の天理教は、天理で話し合う事はしない。
     天理で話し合ったら元の天理教に戻ってしまう。
     新しい天理教は、ここ高知で話し合うという事だと言ってたよ」

    この様に話してくれました。

    今、私たちが持っている天理教に対する歴史的知識や信仰に対する概念 通念など諸々の価値観が一掃されるという事がこの歌に込められているという事です。

    幾度も申し上げてきたことですが、須藤花井さんは面足命です。
    預言者でも霊能者でもありません。
    正善を始めとする本部中枢の人達は、須藤花井さんの存在を認識していましたがこの事実を隠してきたのです。
    本部は、専修科生や天理高校生を含めたすべての本部関係者に対して須藤さんのアパートを訪れる事を禁止しました。
    その裏で、本部は高知大教会長 島村國治郎(梶本國治郎)の妻島村ヒサノ(山澤為造の五女ヒサノ)を名代として須藤花井さんに会いに行かせています。

    ヒサノは、須藤さん宅を訪れた際に、この紙に神様の話す事を書いて下さいと言って白い紙の束を須藤さんに渡したそうです。
    須藤さんはヒサノから渡された紙に親神の話す事を書き留めて、纏め上げた本が「月よりの神言」です。

    第三次世界大戦については親神の話として 次のように話しくれました。

    「この世に武器があっては陽気ぐらしはできん。
     人間は、子供がオモチャで遊ぶように 自分たちが作った新しい武器を使いたくてうずうずしている。
     人間たちは、必ず第三次世界大戦を始める。
     わしが、戦争を始めるのではない。 人間が勝手に始めてしまうんだ。

     この地球は既に海も山も川もドロドロの汚れている。このまま放って置いたら元の泥海に戻ってしまう。
     しかし、そんな事したらわしは、みきに申し訳が立たん。
     みきの苦労を考えたら元の泥海に戻す事は到底できん。
     
     だから、人間が勝手に始める次の大戦争を切っ掛けとして大掃除をするんだ。
     人間は、もう一度大戦争をやらねば武器を持つ事が無意味である事に気が付かん
     次の大戦争に懲りてやっと武器を手放すようになるんだ。

     掃除の後は、真の共産主義にする。
     人間に共産主義はできん。共産主義はわしがする。
     身分に上も無い 下も無い 本当に平らな(ろくじ)世界にする」

     真の天理教の基本は、親神です。
     

  114. 退職した元信者

    >もう一度大戦争をさせたくないのが真の天理教の親神です。

    まさしく基本さんの仰る通りです。
    親神は、戦争を望んではいません。

    強欲な人間と強欲な人間の争いの行き着く先が戦争です。人間が勝手に始めてしまうのです。
    本当に人間どもは愚かだと思います。

    7-7 月日にハ たんゝみへるみちすぢに こわきあふなきみちがあるので
    7-8 月日より そのみちはやくしらそふと をもてしんバいしているとこそ
    7-9 にんげんのわが子をもうもをなぢ事 こわきあふなきみちをあんぢる

    親神は、人間の悲惨な行く末を案じて「みき」にさがり、勤めを教えかんろだいを建て 争いの無い平和な地球へと導きたかったのです。

    そのシナリオを狂わしたのが、秀司や良治郎、その息子の為造や親戚連中 その他の高弟とかいう連中なのです。

    もし、当時の人達がおや様の言葉に従い かんろだいを立てひっそりと勤めを行っていたら第一次世界大戦も第二次世界大戦も起こらず、そして核の火も点く事はなかったのではと思うのです。

    当時のおや様の周辺の人間は、とんでもない事をしでかしたと思っています。
    そして今、その人たちの末裔が先祖の犯した所業の重大さに気づくことなく「金 金 金」と言い募っているのです。
     
    親神とおや様の怒りは如何ばかりかと思う次第です。

  115. 崩壊

    退職した元信者 様
    2019年9月3日 7:04 AM

    >>親神とおや様の怒りは如何ばかりかと思う次第です。<<

     天理教の教えでは、親神は「人間が陽気暮らしをするのを見て共に楽しみたい」(神人和楽)との思いで人間を創造されたということですが、現実の人間の有り様は、親神の思いとは全く正反対の状況です。親神は、自ら創造した人間に、つくづく愛想をつかし、絶望し、もう一度世界大戦をおこして、現人類をすべて出直しさせ、親神が真に理想とする「真の陽気世界」を創ろうと思われているのかもしれません。(あくまでも私の想像ですが・・・)

  116. 匿名

    >>当時のおや様の周辺の人間は、とんでもない事をしでかしたと思っています。
    そして今、その人たちの末裔が先祖の犯した所業の重大さに気づくことなく「金 金 金」と言い募っているのです。<<

    本部幹部とここの投稿をチェックしている本部関係者の皆さん、真実に目を背けず、
    実態をよ〜く認識してくださいね。
    博打狂いで借金責めとなっていた長男秀司始め、貧乏人に金を貸してはその土地を奪い、そうして地域でも有数の「土地持ち中山家」となりましたね。その頃から貧乏人を泣かしていた中山家の因縁は今も切れていなくて、いまだに食べるのに精一杯の年金受給者や若者、貧乏教会から「命は金と引き換える」と言う脅し文句にも聞こえる偽教理を吐いていますね。善亮、大亮に続く中山家DNAの恐ろしさです。
    金が払えなくて土地を取られた当時の貧乏人の嘆きと、中山本部に納める金が集められなくて自殺した貧乏教会長の気持ちが重なります。容赦なく金を盗る中山家の遺伝子。よ〜く中山家の過去の歴史を学んだ方がいい。
    これは親神の目から見たら重罪ですぞ。長い物に巻かれるのでは無く、親神の心に巻かれて

  117. 匿名

    続き。
    真実に生きて下さい。本部幹部、関係者さん、偽の人生を歩むのはあの世に行って後悔しますで。

  118. 東風Z

    >匿名
    >2019年8月31日 8:58 PM
    >G-FOX 様 2019年8月29日 3:41 PM
    >よろしかったらどーぞ。
    >http://garciafox.jugem.jp/?eid=1

    上記の匿名様に紹介いただいた、中山家・梶本家・山澤家の家系相関図を見て言葉を失いました。
    〇〇に群がる〇〇を想像してしまいました。それ以外に思い浮かぶものがありません。信仰の理念なんてサラサラの恐ろしく悲しい世界ですね。
    今となれば、所属していた大教会の直轄教会長も半分以上が大教会長と何等かの血縁関係でしたし、部内教会長でさえも数は少ないながらも同様でしたから、もう、逃げるに逃げられないんだと思います。

    今更、教理なんてどうでもいいことです。知らなかったとはいえ、このような世界に永年付き合っていたなんて、忸怩たる思いです。それでも7年前に縁が切れたことが救いだと思っています。

  119. 匿名

    恐ろしい利権組織ですね。
    天理貴族は天理貴族と手を組む。
    どこかの大教会子女が親族大教会の末端教会後継者と恋愛し、これを絶対阻止した理由がわかります。
    親族もろとも利権の湯の中に浸かっていて、娘であり、また可愛い姪である人間を吸い取られる立場に置くのはめまいがする程考えられない場所なんでしょう。

    天理教が神様を語るなら、差別意識は神とは対極にある意識でこの際返上して頂きたいと思う。

  120. 0105 神も仏も名無しさん

    基本ちゃん、早く巣にお帰り。
    http://itest.5ch.net/rio2016/test/read.cgi/psy/1563701747

    他の皆様
    基本ちゃんはスルー推奨です。
    ここがカイン氏の管理サイトなのにも関わらず
    > カインは天理教団の崩壊を呪詛した方で、カインの崩壊を呪詛したのが基本ですから、ね。
    などと管理人呪詛を仄めかすカキコするよなヤバい奴です。
    ただの掲示板荒らしですよ。

  121. 崩壊

    匿名 様
    2019年9月3日 10:47 AM

    >>恐ろしい利権組織ですね。
    天理貴族は天理貴族と手を組む。<<

     近い将来、真実は白日の下にさらされるでしょう。

  122. 匿名

    芹沢光治良が二代真柱に呼ばれ田園調布の三代善衛真柱の家に行った時の話だ。予備知識として登場人物について書くと、僕(芹沢光治良)、東井夫人(三代真柱の養育係で、現在の東井本部員の先代)O先生(東京大学宗教学科の教授)時期は第二次世界大戦後、三代真柱が慶応大学に入学した頃の話のようであるから昭和24,25年頃の話かと思われる。以下は「死の扉の前から」の抜粋である。

    確かに天理教は一神教です。多神教ではありません。教祖様に降りられた実の神は、宇宙を創り、人間を創り、生物を創り、あらゆるものを創り、これからも創りつづける絶対創造神です。それを人間に理解し易いように、言葉で月日だと説いたり、水、火、風と説いたりしたが、創造神、即ち親神です。日本人に解らせるために、十柱の神の名を挙げてその働きを説いたが、十柱の神様が存在するのではなくて、創造主、親神の働きを一つ一つ挙げて、それに便宜的に神の名をつけたのに過ぎません。敗戦後、日本人はアメリカから食糧といっしょに民主主義をもらって、有頂天になって喜んでいるけど親神は天保九年(1838年)からすでに、教祖を通じて説いているでしょう。世界中の人間はみな一列兄弟だと、それ故、仲よく助けあわねばならない、そしたら自然に、世界は平和になると。人間には上下の区別はない、みな可愛い神の子だと。また人間には男松女松の区別もない、男も女も神の前では同じ人間で差別はないと。それ故、夫婦の間で、どちらが偉いのでもなく、たがいにたてあい助け合って、夫婦揃ってひのきしんのつもりで、家庭を治めれば、家は陽気暮らしができて、幸せに栄えると、説いている。そしてすべての人が平等であり、みな神の可愛い子であるから、人を助ければ、神が喜んで不自由をさせない。食糧がなくて困るようなこともなく、他国から食い残した食糧をもらって喜ぶ必要もない。病まず、飢えず、幸せに百十五歳の寿命をいただいて、陽気にこの世においてもらえるのだ…
    「これが復元の教理かと、僕も驚いたが、そばに仕えていた東井夫人が突然真柱に言ったのです。」
    ―真柱さん、わたくしは小さい時から耳に胼胝ができるほど両親から教理を聞きましたが、こんなお話は聞いたことがありません。
    ―おれは真柱だぞ。お道については真柱の言うことが正しいんだよ。
    ―天理教がお話のようならば、私でも信者になれます。
    「そうO先生が真柱へか、東井夫人へか、その二人に向かってともとれるように話したが、その時、真柱が顔色も蒼白で、血走った目を据えて酒を呷るように飲むのを見て、僕は息を呑んだものです。一体今の話は酒の上の話であるか、本当に復元しての教理であるか、それとも半年前の僕の手紙への答えであるかと考えてー」
    (「死の扉の前で」P57~58」)

     これを読んでどう感じるか。昭和、平成、令和の時代に生きた人には子供の頃から教えられてきた復元の教理そのものであり、明治、大正の時代から信仰している人たちにとっては違和感があることがわかる。では復元以前の教えとはどういったものなのか。『死の扉の前で』は二代真柱と芹沢氏の交流記とも言えるが、登場人物など実在の人であり、天理教の中ではタブー視されている朝日神社の井手クニの話なども載っており、自分自身の信仰を見つめ直すためにも読むべきものなのかとも感じる。上記の二代真柱が話した「人間は一列兄弟、上下の区別はない、男松女松の隔ては無い」というのは教会本部だけは例外なのだろうか。封建時代を思わせる身分制度が表向きにはないように見えて、実質的に教団内部にもあり、それを踏襲するかのように大教会、分教会の会長も同じように振る舞い、最下層の末端教会、布教所はいつまでも固定された末端として喘いでいる。これが果たして正しい信仰なのだろうか。もちろん全部が全部そうではない。しかしインターネットにはそういった声があふれ、わかっていても変えられない現状があり、改革しなければならないとわかっていても、具体的には誰も動けない。本当の信仰を伝えるべき時が来ているようにも感じる。改革をするなら二代真柱が人間は一列兄弟、上下の区別はない、男松女松の隔ては無いと言うように家柄で人事を決めず、人材を育成、登用し、過去の隠ぺいされた部分も隠さず、真実を伝えて研究を進め、本当の教えを伝えるべきではないか。二代真柱は孤独だったようだ。孤独にしてしまったのは誰なのか考えてみるべきで、四代真柱の今の姿も同じなのかとも思う。

  123. わらっく

    >>大亮さんは、最近ツイッターの発信が有りませんね。一向に更新されません。何を言っても批判される
    >>ばかりで、彼の口から何を発信してもトンチンカンだったですものね。経験も中身もない人だから黙っ
    >>てるに限るとだんまりを決めたのか。
    Facebook にちょこちょこ発信しておりますね。
    下記転記
    【Wa-luck(わらっく)】
    https://wa-luck.com/lp

    青年会から、お道で初めての公式スマホアプリがリリースしました‼️その名も、Wa-luck(わらっく)です

    お道の機関紙がスマホで読むことができるニュース系アプリです。道友社をはじめ、各部・各会から提供されている読み物系のコンテンツなどをカテゴリごとにまとめています。日常的に陽気ぐらしのエッセンスにふれるツールとして、ぜひお使いください!

    また、その他アプリの機能として、記事検索機能や、記事のお気に入り機能、他にも朝夕の本部のおつとめの時間やおぢばイベントが見られるカレンダー機能などがあります。まずは、ぜひダウンロードいただけたら幸いです。

    ダウンロードはこちら↓
    https://wa-luck.com/lp

  124. 崩壊

    わらっく さん
    2019年9月4日 5:57 PM

    >>Wa-luckは、
    お道(天理教)の信仰の喜びを
    皆様のスマホへお届けする、
    陽気ぐらしの
    サポートアプリです。<<

    お道(天理教)の信仰の喜びを皆様のスマホへお届けする、陽気ぐらしのサポートアプリです。
      ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑  ↑ 

     今さら何を血迷っておられますか? NHKの番組で有名なチコちゃんではないですが、「バカ言ってんじゃねーよー!!」と顔を真っ赤にして怒りたくなりますよ。何が陽気暮らしのサポートアプリですか? 「陰気暮らし」と「お供え搾取」のサポートアプリの間違いではないですか? 誰もそんなアプリなどダウンロードし、インストールしたい人なんていませんよ。本当に馬鹿馬鹿しい。天理教もこの期に及んで随分往生際が悪いですね。どんな小賢しい小細工を考えてたところで、天理教は既に終わっています。信者の心は離れています。無駄な抵抗は止めなさい。
     

  125. 匿名

    カインさんはツイッターで「天理教団は衰退し、本当の教えに沿った組織運営ではないと言われる。組織を作る時の一つ一つに教祖の思いを想像せず、中山家が仕切ってしまったことがボタンのかけ違いだろう。」とコメント。しかし、教えに沿った運営組織なるものはおそらくない。「講」が念頭に置かれることが多いが、現代社会において果たしてどれほど有効かと考えると否定的にならざるをえない。そもそも大組織になりえないし、仮になったとしたら官僚制的なものができてきて、現在と五十歩百歩の組織になると思う。伸びているときにはさして問題ではなかったが、衰えてきたときに矛盾とか閉塞感とかが募るばかりということじゃないでしょうか。それから、教祖は中山家が仕切ることを期待していたのではないでしょうか。梶本から養子をとったのも「真柱の真之亮」といったのも教祖なんですから。トップの力量そのものが問題なんでしょう。

  126. 崩壊

    >>チコちゃんは「ぼーと生きてんじゃねーよ!!」です。<<

     良く存じています。わざわざご指摘ありがとうございます。チコちゃんのセリフを私なりにアレンジしただけです。チコちゃんのオリジナルの「ぼーと生きてんじゃねーよ!!」というセリフも教会本部のお偉い先生方にはピッタリのセリフだと思います。(笑)

  127. 匿名

    今更ながらの繰り言になりますが、やはり、かんろ台が倒された時にすぐにまた木製のかんろ台を据えたのが真柱の身上につながっているように思えてなりません。

    木製模型のようなかんろ台はいつまた倒されても良いように木製なのかと思ってしまいます。

    真柱邸の庭に在るという、警察に押収され、その後戻ってきた、あの石のかんろ台を据えるために「大反省会」を本部の皆さんが開いて自己反省したうえで、神様にお詫び申し上げ、本部の皆さんの合力で据えるべきだったのかもです。

    据替の儀に出ましたが、その翌朝の本部朝勤めでは誰かが21回を間違えていましたから、そもそも神様からはその時がご注意のお知らせだったのではないでしょうか。

    夜遅くまで据替の儀があったから寝不足だったのでしょうと、返答された会長さんがいまして、「何だかなぁ」でした。

    なーーーんて、いっかいの信者が申し上げたところで誰も聞く耳は無いですよね。

  128. 匿名

    黒い親でもハイハイとついて行け。理の親を立て切る事、それが信仰だと今だに聞かされています!!
    いい加減にしてくれと吐き気をもよおすこのナンセンスさです。
    「理の親が何をどう言おうと、理不尽だなあと思ってもハイハイとついて行け」と大教会で聞かされるこの馬鹿げた偽信仰。我々は限られた時間の中で生きている。馬鹿を相手にハイハイとやってる時間はありません。人一人の限りある命の時間を軽んじる。都合よく上下差別構造を作り、「末端や末端布教所は相手が馬鹿でも立て切れ。馬鹿を相手に死んで行け」と言ってるようなもの。末端は馬鹿の犠牲になれと。

    本当に今の信仰組織内には閉塞感が溢れています。
    誰かが賢明な判断を下し、本当の信仰を伝える契機を作らなければこのままズルズルと本部の無責任な悪意と共にもろ共沈んで行くのは必至です。
    二代真柱は神の思召しを自ら立派に発言しながらそれを改革せず、何故今に続く間違った教理を許したのでしょう。
    「死の扉の前で」は衝撃の書です。全ての天理教信仰者に目を通して欲しい。天理教の黒く醜い真実が手に取る様に見えてくる。有り金を上級に運ぶのが生き甲斐だった盲信状態だった父に早く読ませてあげれば良かったと後悔。

  129. 崩壊

    >>有り金を上級に運ぶのが生き甲斐だった盲信状態だった父に早く読ませてあげれば良かったと後悔。<<

     現在もそうした盲信状態の方はおられるでしょう。過去には山ほどおられたことでしょう。世間一般の人に天理教の印象を聞いても、悪く言う人は大勢おられますが、良く言う人はほとんどおられません。本当に怖ろしい宗教です。天理教を悪く言う人のほとんどが、天理教に関われば、「身ぐるみ剥がされてもっていかれる」と必ず「カネ」にまつわる話がでてきます。
     話は変わりますが、現在信者の皆さん、芹沢光治良著「死の扉の前で」を是非、読んでみてください。盲信と洗脳の呪縛から解き放たれるでしょう。

  130. 東風Z

    通りすがりさんは、芹沢光治良著「死の扉の前で」はフィクションだと断定されていましたね。
    でも、フィクションでないことは、二代さん自ら証明されました。若くして糖尿病で杖が手放せなかったでしょ。そして60歳代の掛かりに出直しされました。何とも哀れな生涯でした。
    戦後間もなくの食糧が無く、我々庶民はサツマイモのツルや葉を煮て食べていた時期に、輸入のワインに刺身だったなんて、想像も出来なものを食べていたんだから、身から出た錆びなんでしょうね。
    各大教会長クラスの方々は、この事実を真しに受け止めれば現行天理教がどのようなものかは、言うまでもないことです。しっかりと思案されては如何ですか。
    そうです。現行天理教は信仰に値しないということです。

  131. 東風Z

    追伸
    上記の投稿は、81歳元気老人の繰り言と思ってください。

  132. 古い元教会長

    ウィキペディアより。

    中山 正善(1905年4月23日 – 1967年11月14日)は、天理教の2代真柱、管長。稀代の蒐集家としても知られる。

    本部の整備に努め、昭和普請として知られる神殿の新設や同輩の内田祥三と奥村音造とともに考案した「おやさとやかた構想」は現在も続いており、その影響は大きい。

  133. 崩壊

    二代さん自ら証明されました。若くして糖尿病で杖が手放せなかったでしょ。そして60歳代の掛かりに出直しされました。何とも哀れな生涯でした。
    戦後間もなくの食糧が無く、我々庶民はサツマイモのツルや葉を煮て食べていた時期に、輸入のワインに刺身だったなんて、想像も出来なものを食べていたんだから、身から出た錆びなんでしょうね。
    各大教会長クラスの方々は、この事実を真しに受け止めれば現行天理教がどのようなものかは、言うまでもないことです。しっかりと思案されては如何ですか。
    そうです。現行天理教は信仰に値しないということです。

     若くして糖尿病で杖が手放せなかったということは、糖尿病の合併症が相当ひどかったということですね。
    おそらく、腎臓や眼にも合併症がでていたのでしょう。人工透析や眼底出血の治療も受けていたのかもしれませんね。糖尿病の末期症状です。戦後の食糧難の時代、一般庶民はサツマイモのツル、イナゴ、蜂の子、タニシ等を食して飢えをしのいでいました。そんな時期に信者の「お供え」で輸入ワインや刺身を食していれば、寿命が短くなって当たり前です。各大教会長クラスの方々、そして、教会本部のお偉い皆様方、巡教に行って御馳走ばかり食べていると、本当に殉教しますよ。(真の殉教でないことは言うまでもありませんが)
     東風Zさんのおっしゃる通り、現行天理教は信仰に値しないということです。

  134. 崩壊

    >>中山 正善(1905年4月23日 – 1967年11月14日)は、天理教の2代真柱、管長。稀代の蒐集家としても知られる。
    本部の整備に努め、昭和普請として知られる神殿の新設や同輩の内田祥三と奥村音造とともに考案した「おやさとやかた構想」は現在も続いており、その影響は大きい。<<

     額に汗して働くこと無く、信者から搾り取った「お供え」と称する「あぶく銭」で、己の趣味を満たしていたとしか言いようがないですね。天理図書館や天理参考舘の貴重な資料は、天理教が完全崩壊する前に、公的施設に移管し、しっかりと管理してもらったほうがよいと思います。既存の「おやさとやかた」なるハコモノは、大規模災害発生時の避難所や、仮説住宅、その他社会福祉施設等、「世のため 人のため」になる施設として有効な使い道があると思います。

  135. 匿名

     次の文は×大教会から派遣された賀川氏と芹沢光治良の『稿本天理教祖伝』に関する会話の一部だ。登場人物の「先生」は芹沢光治良で「若様」は二代真柱である。「山沢」は山澤為造、「松村」は松村吉太郎、と思われる。道友社発行の書籍では扱うことができない事項も芹沢は見事にまとめている。昭和、平成と信仰してきた我々には知らされていない歴史があることを知り、本当の信仰とは何かを考える時期が来ているとも思える。
     現在の本部員は年代的にも「死の扉の前で」を読んだ経験があるとは思えない。存在さえ知らされていないかもしれない。いや、そんな研究などしている本部員、大教会長はほぼいないだろう。二代真柱に世話になった前世代の本部員は二代真柱についていろいろ書かれたこの本には批判的であったろうと思われる。しかし、後世に生きる我々は歴史を正視し、未来を考える必要があるのではないか。以下は「死の扉の前で」からの抜粋である。

    「根本的なことは、教祖ははじめから神で、人間ではないとしています。先生の親様は、一人の心優しい農村の主婦が、神がかりがあってから、神の思召しに添おうと五十年間超人的なご苦労をして、ようやく神の社となりますね。それが教祖の実像です。決してはじめから神ではなくて、人間であって、ただ神に近づこうと精進なさった。だから教祖の雛形をふむという教理も成り立ちます。教祖が生まれながらに神であるならば、雛形として人間は従えません」
    「教祖が生まれながらに神である方がどうして真柱に都合がいいの」
    「教祖様が昇天してから、飯降伊蔵先生が本席として、約二十年間、神のおさしずを取り次ぎましたね。その間、初代真柱様は行政の柱として、本席は信仰の柱として、天理教を支えたが、信者は言うまでもなく先生方も、神の取次者であり信仰の柱である本席に、自然に心を寄せがちでした。教祖の孫であり、相続者である初代真柱夫妻は、そのことがご不満であったが、教祖の定められたことですから、どうにもできなかったのでしょう。本席が亡くなると、また神のおさしずに従って上田ナライトさんが『おさづけおはこび』をなさることに決まっていました。『おさづけおはこび』は、また、信仰上の中心行事であるから、信者はナライト様を本席に代わった信仰の柱と仰いだのです。それはまた、初代真柱夫妻は喜べなくて、若様こそ行政の柱と信仰の柱とを兼ねた強い真の真柱に育てようとしたのです。初代真柱様が大正三年に四十九歳の若さで亡くなられると、十歳の若様が管長になったが、ご母堂様は、後見人の山沢や松村という大先生方の力を借りて、少年真柱を絶対権力を持つ真柱に成長させようと懸命でした。その手始めに、大正七年にはナライト様が狂気だとして、御母堂様が自ら『おさづけのおはこび』をなさるようにしました。これで行政の柱と信仰の柱とを、中山家の掌中におさめて、現真柱様にゆだねたという、歴史があるのです。大変孝心の厚い真柱様は、ご両親の口惜しさや願望をじっくり胸におさめていると思います。それ故、天理教の専制君主のような独裁者になったが、敗戦前は、天理教自身が政府や軍部から弾圧を受けて、真柱様も絶対権力を振えないで、自制していたのでしょうが、敗戦後は信仰の自由が保証されたので、復元という美しい名目で、大っ平に自己の復権をはかっているのです。行政面では、しきりに教規を創って、教庁機構を変え、中央集権をはかっています。信仰面では明治教典にかえて新教典を創り、正式の教祖伝を編集して、天理教の絶対権を中山家のものにしようと励んでいます。その点、真柱様は偉大な徳川家康です。……教祖伝で、教祖様を生まれながらの神としたのは、本席がお亡くなりなってから現在まで、お道の内外に、時々神がかりになって道を説く者が現れて、本部でも苦労した経験があるので、真柱様は、中山みきの場合は人間に神が降りたのではなく、はじめから神だったとして、将来の安泰をはかっているのです。新教典も精読してみれば、中山家の天理教だと、判明します。ですから、先生にお願いするのです。真柱様を説いて、まちがったお道にするのを防いでください。」
    (『死の扉の前で』P75~76 )

     時報に『教祖様』を連載していた芹沢氏に賀川氏がお願いする場面であるが、天理教の歴史を正しく理解するために大事な文かと思われる。どうして現体制の天理教本部が改革できないのかを知る貴重な資料とも言える。「お道の内外に、時々、神がかりになって…」という部分は飯田岩治郎(水屋敷事件)、井出クニ(播州の教祖様、朝日神社)、茨木基敬(元本部員で天啓あり)、大西愛次郎(ほんみち)のことを指していると思われる。異端研究は教内ではタブー視されるようにも思うが、それらを研究することによって見えてこない部分が現れてくる。異端が現れる要因に本当に教祖の雛形を通り、天啓を受けるようになっても、専制君主制のような組織の中では正しくお道が広がらないという思いもあったのかと思われる。
     教祖三十年祭に井手クニが天理に来て教祖殿事件を起こしたが、第一次世界大戦の真っ只中で世の中も混乱していた時期である。教祖三十年祭の翌年、大正6年に須藤花井が生まれているが、何かしらの神の思いがあったようにも思えてくる。「文学はもの言わぬ神の意思に言葉を与えることだ」芹沢氏の著作を読むと全くその通りだとも思う。

  136. 基本

    人間の運命はお読みでしょうか。
    井出くにの肉声を、芹沢光治良先生が記録しています。
    伊藤青年の記録として、神のシリーズもありますが、天啓なるものを、実態を克明に描いています。

    専制君主制のような組織、ではなく「神政政治」であり、
    真柱に関する書物や文献でわかりますが、いう事聞かないと病気になるという恐怖政治です。
    体験談ばかり。。。実質的に現人神という状態で、権力者であったわけです。
    真柱のご命と言えば通用してしまう社会ですから、実際に病気になった人も、伝え聞いた人も、
    すすんで真柱の代理ばかりになるわけです。
    そして真柱の意と違う行為に走る。真柱様のご命だと、。。。
    真柱もわかっていて、そういう特殊社会を構築していたのでしょう。ある目的があってでしょう。
    悪は「はびからす」教えですから。

  137. 基本

    戦争協力の人事は、教庁が全て握っていた、真柱の年齢を思えば「摂政政治」です。
    教団名部では「ご母堂様」が全権力を握り、お屋敷へのご奉公の統制をした。
    教庁支配の中心は諸井慶五郎、若手リーダーは諸井敬一郎。報恩信仰の金出せ信仰。
    本部内はご母堂が専制君主にしたてあげ、教団は満州への布教の中心、軍部協力の教庁が真柱を祭り上げて、支配。
    その歴史は、教庁そのものが歴史編集当事者だから、隠蔽されていて、大教会は理のおや集金組織となった。
    二代真柱は、その中、悪をはびこらせながら、神政政治を行い、天理教の復元を、三代真柱に託した。
    そして、数理に通りに、死んでいます。
    オカルトです。

  138. 基本

    天理教教庁、WEBで調べてもなにも悪事は出てこない・
    満州への軍事物資の輸送を一手にひきうけて、からは日本の地にしてあるを、堂々行い、
    満州布教を行わせた。
    天理教校も天理大学も、教庁の真相は、隠しこんでいて、悪です。

  139. 匿名

    おい基本さん。

    金もらって荒らしているのですか?

    雑音がうざいです。

    基本、無視していますけど、ゴキブリみたいに出てくるのは不快です。

    来ないでください。

  140. 基本

    二代真柱を尊敬していて、教義の父との認識です。
    天理教会の大教会、本部内部の生活の実態も知らぬ貴殿がきちんとした調査もせず、根拠なく、二代真柱を中傷し非難していることについては、放置すべきではないと考えております。
    批判します、
    真柱とは、禰宜であって最高権力者ではない。
    天理教のおふでさきの理の上の立場で、教庁などの機関とは行政的なつながりはない。
    天理教団の真柱を批判するなら、それなりの論拠をしめすべきです。

  141. 基本

    芹沢光治良先生と二代真柱の交流は、芹沢光治良先生が著作の中でも語られており、
    二代真柱への追悼の文章にも残されていることです。
    証拠もない二代真柱批判は、批判のための批判であって社会科学の場での主張は慎むべきです。

  142. 基本

     神の館を一般開放の参考館にしたり総合病院にしたりしていることを批判するにしても、中身の検証行為をしてからが社会科学の研究の常識です。

     こともあろうに人格攻撃に出て、二代真柱の短命を信仰の欠落かのごとく非難し、出所不明な想像混じりの病状を特定、並べ立て、医者でもないあなたが、真柱が病気になったことを、信仰の間違いの証拠だと非難していますが、社会科学どころか、重大な人権侵害行為であり、信用。名誉への毀損行為ともみえます。

     天理教への攻撃であって社会科学ではない。
     それで、基本をゴキブリと呼ぶのはおやめください。

     真柱が教祖の予言を形にしていくのは、信者からみて、教義の実現ですから、当然のことです。
     八兆四方神の館は、記録に残された天理教祖のお言葉であり、奈良、長谷七里は門前との予言で、今に宿屋が立ち並ぶとは、それも教祖の予言です。

     天理教祖の予言そのものがおかしいという批判は異教徒としての立場でならあっても自然ですが、異教徒としてのやみくもな批判は社会科学ではない。
     仮に創価学会員カインの意見ということなら社会科学を偽装しないことです。
     
     貴殿はもう根拠のない誹謗中傷を消せないWEBに記録してしまったのですから、その意味を深く用心して、慎み深く、対応ください。

  143. 東風Z

    基本 様

    人は夫々だと思っています。しかし、宗教家の、それもトップの位置にある方々が、成人病の連鎖だなんて恥ずかしくないですか。
    日野原重明医師は、腹七分目を唱えられ100歳を超える天寿を全うされました。クリスチャンだったと聞いています。だから、私は腹七分目を目指して頑張っていますが、なかなか達成できていません。でも、81歳の今も常用する薬もなく、もたもたしながらも動き回り、10㎞くらいなら平気で歩くことが出来ます。

    ところで個人攻撃的な投稿と指摘されていますが、公人に等しい人は、なかなかプライバシーを守ることは難しいですね。美智子上皇皇后さまも乳がんを公表されています。真柱たる立場の方は、より強い克己心が求められて当然でしょう。四代さんの病状をひた隠すようでは公人とは言えないでしょう。
    さっさと職を辞されてゆっくりと静養されればいいんじゃないですか。そうすれば、誰も何も言いませんよ。
    教義に「たんのう」という教えがあることは子供の頃から聞かされていました。我が身を「かりものかしもの」と理解されているのであれば、自分に打ち勝つことがいかに大切かが理解できるはずです。理解できなければ、教団トップとして恥ずかしい限りではありませんか。
    中山家の後継者が夜の銀座で名前が知れ渡っていたなんて聞くと、バッカバカしくて現行天理教なんて信仰できませんよ。
    現行天理教に、柏木庫治さんじゃなくて、酒井雄哉さんのような方が何故出てこられないのでしょう。
    残念ですが、基本さんが何を説かれようと現行天理教は信仰の対象とはなり得ませんね。
    比叡山をバカにする人は居ないでしょう。一方、天理教はこの欄を見れば分かりますよね。先ず、万人がなるほどと言える宗教に立ち返るべきです。

  144. 匿名

    東井朝仁 随想録

    「良い週末を」

    先週の週末エッセイでは、母校・天理高校(奈良県天理市)時代の想い出の一端を述
    べました。
    十数年前から配信しているこの「良い週末を」のエッセイを、長らくお読みになって
    いる方は、すでに何かを感じておられることと思います。
    そうです。かっては「私の母校は、奈良県の某高校」とか、「両親は、ある宗教団体
    の布教師で、家は貧しかった」などという表現をしていましたが、近年のエッセイで
    は、母校は天理高校であり、宗教団体は天理教と明確にしているからです。

    昔は、両親・家族が天理教に帰属し、私もそのミッション・スクールである天理高校
    を卒業している事実を、心を許せる友人以外には、あえて表明しないで来ました。
    「職場や関係団体など、私が接触する社会の人々は、何がしかの宗教を信仰されてい
    て、中には熱烈な活動家もいるかも知れない。また、全く宗教には無関心な人もいる。
    だから、宗教の話などをして余計な先入観を与えるのはやめよう。」と考えていたか
    らです。

    さらに付言すれば、友人などから天理教の教えを聞かれた場合には要点を説明し、天
    理の地の見学を請われれば、奈良まで引率して案内することはしていましたが、こち
    らから入信(教団加入)を勧誘することはありませんでした。
    なぜなら成人になってからの私の心の底には「宗教団体に入ると、神(教理)との純
    粋な対峙は遠のき、信仰を大義名分とした人間集団の俗的な行事や義務に翻弄される。
    だから、教理・経典の教えに救いを求めるとしたら、一人で教理・経典に触れ、神と
    自己とが静かに向き合える立ち位置をとったほうが良い」との考えが強かったからで
    す。

    勿論、宗教団体に加入することにより、「仲間が増え、孤独から解放され、同志から
    守られている安心感がある。また、指導者から教理を諭されて信仰に厚みが出来る」
    という人もいるでしょう。教条的に絶対的な帰依を求めることにより、全信者を組織
    防衛的に統括する宗教団体。その国家権力も容易に介入できない傘の下に入ること、
    不安と孤独とコンプレックスに陥っている人は、人生で今だかってなかった安寧が得
    られるのでしょう。
    極端な例をあげれば、あのオウム真理教に加入した若者たちの心情も、かようなもの
    であったのでは、と私は推察するのです。
    だからこうしたほうが良いという断言は、私には出来ません。

    しかし、もうその様な思惑や配慮が、私の心をとらえることは無くなりました。
    何故なら、私共家族は20数年前に天理教団を離脱して(離脱させられて)おり、ど
    の宗教・宗派にも属していないからです。誰がどんな宗教団体に加入していようが、
    どんな教えを信じていようが「どうぞお好きに」という醒めた心になっているのです。
    宗教団体に関しては全く興味がありません。
    離脱した理由は、ここでは「抜き差しならない諸般の事情から」としておきますが、
    一言。

    巨大なピラミッド型の天理教組織。その下部の一隅に位置する小さな教会の長(宗教
    法人法では代表役員という)を、戦前戦後を通じて40数年間必死に務めてきた父。そ
    の父が死去した際のことでした。
    教団組織の上層部から、現住する教会(敷地)からの東井家の立ち退きを、突然に命
    令されたのです。本来はその地で長の任に当たって生活してきた父母の長男、私の兄
    が後継者となることは、教団内では衆知の事実となっていたのです。そこで教会関係
    者一同の嘆願書などをたずさえて、何回も請願に伺ったのですが、全く聞き入れて頂
    けなく、みな絶望のどん底に落とされてしまったのです。

    私は「これは宗教上の問題ではなく、教団上層部の人間的な我慾(注・当時はバブル
    経済真っ盛りで、広大な教会の土地価格は高騰していた)に端を発していることだ。
    社会的・道義的に認められるものではない。宗教上の親(教団指導者)と子(下部組
    織の信者)の問題に歪曲化して、教団幹部は「真の信仰とは、親の言うことに子供は
    素直に従うことだ!」と有無を言わせずに恫喝しているが、問題のすり替えだ。これ
    は一般社会の問題として、民事として法律的に厳正に処するしかない」と判断し、民
    事裁判に解決をゆだねたのです。

    結果、4年にわたる係争は、私の敬愛してやまない老師に仲介に入っていただき、よ
    うやく和解となりました。
    後日、地元の税務署長が「巨大宗教団体と個人の係争で、このように個人の側がつぶ
    されずに対等和解で解決した例は、日本では初めてじゃないですかね」と感嘆されて
    いたとのことでした。

    父の死後、和解が成立するまでの期間、残された母親や長兄一家は、教団からの有形
    無形の圧力を受け続け、私にも、ある親しい人から「向こうは暴力団などを使って何
    をしてくるかわからない。朝チャン、くれぐれも駅のホームでは前に並ばない方がい
    いよ。気をつけて頑張ってな」と、密かな助言がありました。
    仕事で疲弊して帰宅しても、神経は高ぶり、幼い子供3人の寝顔を覗きながらウイス
    キーをストレートでコップ一杯飲みほしても、全く酔えず、緊張した不安な日々が続
    いたのです。

    この時こそ「宗教団体は恐ろしい組織だ」と痛感したことはありません。
    そうした事態を夢中で乗り越えてきたのですが、最近になってようやく、「天理」と
    いう実名を表現出来るようになったのです。
    今でも教理は素晴らしいと共感し、教団の信者さんらには立派な方も多くおられます。
    みな温和で親切で腰の低い、良い人ばかりなのです。
    しかし、信仰の名のもとに宗教団体が巨大組織化されていくと、必然的に集団は官僚
    制に組織化され、残念ながら権力の中枢にいる一部の指導者らによって、人間社会の
    どろどろとした欲望が渦巻いてくるのです。

    ようやく歳月が苦しみや悲しみを洗い流し、今は静かな澄んだ心境から、懐かしく天
    理高校時代を想い出されます。
    私は世界中のどの宗教でも、人々の心を励まし、生きる希望を与えてくれる素晴らし
    い教理・経典を持っていると思っています。
    絶望に伏した人を立ち上がらせ、涙にくれている人の心に、明日への望みをさとして
    くれる。それは神や仏にすがるように向き合ってこそ生じる、信仰の光でしょう。

    しかし!純粋に信仰を希求する人々も、集団に組み込まれ、ヒエラルキーが貫徹する
    上下関係が成立する組織となってしまうと、徐々に組織内部には名誉欲、権勢欲、金
    銭欲がはびこり、宗教団体は社会一般の常識は通用しない、排他的な特殊な人間集団
    に化してしまうのです。
    だが現実は「正しい教えを広く国民に広めることが、弱者の救済と社会平和に貢献す
    ることになる。そのためには個人だけでは無力で何もできない。だから信者を増やし、
    統制のとれた強い宗教組織が必要になるのだ」と強弁する宗教関係者が多いのです。

    私のつたない経験から、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する・・」(憲
    法第20条第一項)「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを
    強制されない」(同条第二項)とありますが、はたして日本では完全に信教の自由が
    擁護されているのだろうか、と疑問に思います。
    敵は国家権力だけではないのです。憲法第20条をないがしろにするのは、不幸なこと
    に各宗教団体自身でもあり(宗教間の争いは陰湿。世界的に見ても不毛で残虐な宗教
    戦争ばかり)、同じ宗教団体内の排他性にもあります。

    私が中学を卒業して東京を離れるまでの幼少年期の頃、前述したように教会だった私
    の家の門には、人糞(当時はまだ汲み取り便所ばかりだった)が捲かれていたり、塀
    には白ペンキで「邪教!」と大書されたりする嫌がらせが、頻繁に起こっていました。
    また、私が小学生のころ、近くの商店街の八百屋に買い物に行った時、店のおばさん
    から「天理教だね。あんたのとこには売らないよ!」
    と怒鳴られ、悔し涙で帰ってきたこともありました。
    一方、所属の宗教団体から離れた人は、かっての極左暴力集団内のリンチではありま
    せんが、「地獄に堕ちろ!」とか「子孫の代までたたりがあるぞ」などの嫌がらせ電
    話や機関紙などによる誹謗中傷を日夜受け、地域によっては村八分にされて一家離散
    したり自殺に追い込まれるという痛ましい事例を、私は教団・宗派を問わず、嫌とい
    うほど見聞きしてきました。

    こうした経験から、私はいつの頃からか「宗教でも政治でも、教団や政党には入らな
    い。自分達だけが正義かの様な独善主義と、人が人を隷属して成り立つような閉塞し
    た人間集団は、必要悪かもしれないが、私はノーだ!」との信念を形成してきたので
    す。
    ただし、様々な宗教において、日夜一生懸命に布教に没頭されている方や、政党の党
    員として志を高くして活動されている方の中には、人間的にも素晴らしい方がおられ
    ます。
    そのような方々とは、心楽しく交流を続けさせて貰っています。

    毎晩、テレビの横に置いてあるフクロウの絵が描かれた七宝焼の絵皿に向い、神様、
    ご先祖様、今日も無事に過ごすことが出来ました。有難うございました。明日も一家
    揃って、無事に元気に過ごすことが出来ますよう、お守りください」と手を合わせて
    いるのです。
    これが、私のスタンスです。

    それでは良い週末を。

  145. 匿名

    基本的に”基本さんはスルー”に賛成なのですが、なんとなく、基本さん像をイメージすると、なんとなくこの方も宗教・信仰に浸かった結果の一例のようにも思え、一回だけ反応することにしました。
    一回だけというのは、申し訳ないのですが今回限りの反応という意味で、私自身神経が細いので、お相手することでエネルギー消耗が激しいため、更なる対応からは逃げますという意味です。これにより、卑怯と言われても全く構いません。

    基本さんが一生懸命5チャン板も含め、社会学に投稿されている努力は素晴らしいと思います。ただ、もう少し気配りがあればもっと良いのではないでしょうか。
    人間は例えば話す時にも、無意識的にも、相手が信頼できる人かどうかを見定めながら話していると思います。
    文字だけで判断する場合は、表示されている文字がその判断に代わるわけですから、誤字脱字も含めての表現になり、効果が読み手の感覚に入ってきます。
    つまり、意識しての誤字脱字もスタイルの一種となり得るということを言っているのです。

    基本さんは恐らくは高齢者の方かな・・・・・。仕事で入力する立場ではなさそうナ。。。
    自分も高齢者なので、なんとなく、同じ匂いが感じられるだけなので、この想像は無視して下さい。

    基本さんは一生懸命入力してくださるが、脱字と誤変換が多いですね。
    初めて読んだときは正直なところ、わざとかな?と思ったほど。
    いや、これはネットに慣れていない人なのだという事が判ったのは、基本さんが「山名教理」の解説を書いている文面の意味が通らないので自分でサーチし、元記事を見つけたからでした。

    基本さんがコピペする際の、不注意のようにも思える手際の悪さが原因で、一読しても「?」となってしまっているようです。
    ですから、基本さんにお願いしたいのは、もう少し投稿する前に読み直しをされては如何かということです。
    そうすれば「不気味感」は払しょくされ、単に意見、主張が異なる人としての存在になる事だろうと思います。
    また、基本さんに賛成の方もいるでしょう。

    怒らせるつもりは全くないけれど、カインさんを学会人と決めつけていますが、これは誤解だと思いますよ。
    それと、二代さんを尊敬されているのでしょうかね。(私の誤解だったらこの指摘は無視してください。)
    二代真柱の限界にも目を向けるべきだと思います。おすすめ本として「新宗教と総力戦」永岡崇著 を挙げさせてください。
    若手研究者ですが目配りのきいた視野と思考で、信者ではない方なのに本教に深い理解をされています。
    基本さんも読まれていたかもしれませんが、自分が昔、村上重良や小栗純子の本を読んだときに感じる違和感を本書でバッサと指摘している部分を読んだときには、さっぱりしましたよ。
    若い自分の感性が、何年も経過した今になって、若手研究者の研究のお陰で整理がついたような感じです。さっぱりしました。
    勿論、上記の感想は冗談のような些細なもので、本の価値は大きく、一般の信者としての自分には探し出せないような資料を広く読まれたうえでの研究成果であることを強調します。

    基本さん、頭が良い人は世の中ごまんといます。
    自分は基本さんよりIQは高いと思います。(想像ですよ。)
    どうですか、この様に書かれたら、腹が立ちませんか?

    基本さん、自分の頭の良さを書きつける理由は、もしかすると、現状の環境で、基本さんは能力なり、何かを皆に認められていないから、フラストレーションを抱えているのではありませんか?
    これはあきらめるしかありません。
    自分で自分の心を収めるしかありません。
    自分なんて、何事も期待せず、気にせず、するっと寿命まで生きる事を信条に生きているだけです。
    人生は修行の場。生まれ変わりもしたいとは思えません。次の世で牛馬となっても結構。牛や馬が不幸だと決めつけるのはヒトが傲慢だからです。
    以上、基本さん、暴言お許しください。

  146. 基本

    カルトであり、オカルトである基本に、丁寧なご対応ありがとうございます。

     二代真柱、あるいは真柱に対する批判的見解は、お持ちになるのは自由です。
    と、言いますか、ぜひ正しくご批判を頂きたい。

     神・親神・存命の教祖・中山みきの「元の神・実の神」説、この創作者は正善真柱、親神の説とは違う。
     論の出発点で、初期の原子記録の資料は、そう示していない。

    「我は元の神、実の神である」「この屋敷に因縁あり・世界救済に天下った」説は、二代真柱の稿本説であり、基本曰く(稿本との自白)で、「我は天の将軍なり」が正しく、稿本教祖伝は第一章の冒頭から大間違いという事に基本的には解釈できます。
     その稿本説の基づいて「やかた普請」も、稿本と同様に、いずれ正本説に訂正されるでしょう。

     「我は天の将軍である」が正本説です。

     お言葉の「八町四方」とは。八兆四方が正説で、「八町四方神の館」説は、二代真柱の創作です。
     宇宙をさす「八兆四方」を現地の「八町四方」に縮めて語る歪曲する。
     嘘も方便で、大教会レベルにはちょうど良いお話で、
    応法の真柱の役割をちゃんと実行しています。

     「八町四方神の館」は、総合病院にも大学にも参考館にもするべきでなく、
    全部が別席場になる、信者に理を取り次ぐ場所になる。
     それで、正解です。

     この場は二代真柱の応法批判を述べるに相応しいので、教義の父のいかさまを暴露します。

  147. 匿名

    「匿名」さんが多いですね。だから「匿名」がいいのかもしれませんが。私は2019年9月6日8:46PMの「匿名」です。基本さんへの返答ですが、「人間の運命」ももちろん読んでいます。私が書き込んでいる意図は天理教の過去の事実や歴史を知り、その上で信仰を考えてもらいたいからです。余計なお世話かもしれません。誰かと信仰問答をしたいわけでも、論争をしかけたいわけでもありません。ただ読んでいただいて、考えてほしいだけです。特に若い人にです。芹沢氏の作品は長い上に、絶版されて手に入らないものもあり、また昔、教団が回収したという話も聞いています。ですから読んでもらいたいと思う部分を抜粋して投稿しているわけです。

     私も含め、復元以降の教義で昭和・平成時代を生きてきた人にとっては矛盾していると感じながらもどうすることもできず、喘いでいるようにも思います。芹沢光治良は実際に二代真柱と交友があり、作品の中でその交友を赤裸々に綴った部分が多く、資料としても価値があると考えます。人を助けて我が身助かるというのが本当であれば、教内で悩んだり、矛盾を感じながら喘いでいる人々を助ける努力を少しでもすることが神の望むところではないでしょうか。現状では本当に若い後継者が悩み、離れて行っているように思います。このサイトを見ている若者も多いと思います。もちろん本部関係者も見ているはずです。本当に信仰するに値する宗教なのかと、誰もが思っているのではないでしょうか。

     他の「匿名」さんが東井朝仁随想録を投稿されていましたが、その随想の中で「宗教団体に入ると、神(教理)との純粋な対峙は遠のき、信仰を大義名分とした人間集団の俗的な行事や義務に翻弄される。」というのは全く同感です。生まれた時からこの団体の中にいて、逃げ出せない人も多くいることも事実です。これは天理教に限ったことではありませんが。親の代のそれを散々、見てしまったら自分の代で終わりにしたいと信仰を離れる人も多いとも思います。東風Zさんの投稿も貴重な御経験をもとに述べられていると思いますし、9月7日7:45分の匿名さんのハ町四方構想参考資料の紹介も現在の教団を考える上での貴重な論文だと思います。

     おふでさきを深く読んで史実と比べていけば、教祖在世時も今と変わりがないようにも感じています。「むねのわかりたものがない」と教祖様が嘆いているようにも感じます。人間の運命の森次郎(芹沢氏)のような生き方をするのも、一郎(芹沢氏の兄)のような生き方をするのも人それぞれだと思います。ただ混迷する今の世の中をよくしていくには宗教(宗教団体ではない)が必要なのかとも思っています。

  148. 退職した元信者

    >おふでさきを深く読んで史実と比べていけば、教祖在世時も今と変わりがないようにも感じています。「むねのわかりたものがない」と教祖様が嘆いているようにも感じます。

    私事です。
    私の息子が、月に一度ほど研修の為に奈良に出かけます。(天理教関係ではありません)
    帰途は、東京駅に着くのが遅く地元の終電に間に合わず私が東京駅まで車で迎えに行きます。
    東京駅に向かう途中、夜の10時過ぎですが首都高速のPAエリアに寄るのです。
    そのPAのトイレでは、いつも腰が九の字に曲がった老人がトイレを掃除しているのです。
    容姿から推測すると既に70歳半ばは越しているかも知れない。
    夏も冬も夜の10時過ぎに弱弱しい体を動かして一人でトイレ掃除をしているのです。

    この世では、たいして働きもせずに贅沢三昧な生活を送る人間が沢山いる・・・

    80歳に近いのでは思われる老人が、夜の10時過ぎにPA のトイレを掃除する姿を見るとこの世の理不尽さ 
    不公平さにいつも涙が流れてしまうのです。

    幕末の世の中に生きたおや様も 正直に生きて居るのに貧しさに苦しむ人々を見て、神仏に何とかならないかと願ったのではないかと思うのです。
    世の中の理不尽さに嘆き悲しみ そして神仏に救いを求めたのではと思うのです。

    「みき」は、神や仏を信仰したのではなく、貧しい人々を救って欲しいと願ったのだと私は思います。
    そして、「みき」の思いに神が答えたのでしょう。
    だから、「みき」は「教祖」ではなく神の神意を我々人間に伝える「伝道者」だと思います。
    つまり、おや様を信仰の対象とし崇める事は本質を見失うという事です。

    私達は、「みき」を仰ぎ見るのではなく「みき」が見つめ「みき」が対話した神を見つめるべきだと思います。
    私達は、親神が我々に何を伝えたいのか考える事が大切だと思うのです。

    信じたり 願ったり 仰ぎ見たりなどと言う宗教的な価値観を親神は求めていません。
    我々が、この世を真実に生きる事 真実に通る事を親神は願っているのです。

    5-62 だんゝとこのよはぢめてひハたてど たれかしんぢつしりたものなし
    5-63 いかほどに神の心わせゑたとて みなの心ハまたうっかりと
    5-64 はやゝとしやんしてみてせきこめよ ねへほるもようなんでしてでん
    5-65 このよふのしんぢつねへのほりかたを しりたるものハさらにないので
    5-66 このねへをしんぢつほりた事ならば ま事たのもしみちになるのに 

    この道は「真実の道」だと親神は明確に示しています。

    「お供え金」や「追従」の道ではありません。

  149. 匿名

    >>「みき」は「教祖」ではなく神の神意を我々人間に伝える「伝道者」だと思います。
    つまり、おや様を信仰の対象とし崇める事は本質を見失うという事です。

    私達は、「みき」を仰ぎ見るのではなく「みき」が見つめ「みき」が対話した神を見つめるべきだと思います。
    私達は、親神が我々に何を伝えたいのか考える事が大切だと思うのです。<<

    まさにその通りだと、深く共感します。

    5-62から5-66までの御筆先の神意を信者さん達に伝えて行きたいと思います。
    信仰とはお供え金でも追従の道でも無い事を。
    当方は教会ながら両親が職業を持つことをぶれずに実践してくれたお陰で自分も長く社会で働かせてもらえ、一般社会と同じ経済に恵まれ、今の自分があります。
    信者さんに心の痛む嘘の教理でお供え金を出していただこうと苦しまなくていいし、真実の信仰に目をそらさず見つめる事が出来るのはありがたいです。
    お金が無い貧困は、心を歪め、背に腹はかえられない故にお金にこだわらざる得ない貧困教会の劣悪な環境は問題があります。
    年中意味のない行事にあけくれ、部内教会である当方には恐喝まがいでお金を搾り取った上級教会ですが教会よ、自立せよ、と思います。

    真実の道。豊かさと貧困。親神は貧困を人間の目標に掲げたとは思えないし、信仰の結果は「なにかをつくりとり」で、今より豊かに、より潤いのある生活を求める事。これを罪だとしているのが現天理教です。行事参加時にはわざわざぼろ服に着替えて普通の豊かさを秘匿させ窮屈に生きさせるのが現天理教です。貧乏自慢の教会では上記匿名様の仰るような真実の信仰は出来ないと感じます。
    何が言いたいのかわからなくなりました。失礼しました。

  150. 匿名

    天理教の現在と問題点について。以下の著作をご紹介します。

    金子 昭著「天理教の布教の現実と問題点」
    現天理教の教会の貧困、教団の衰退の現実が数字と共に細かく書かれています。ご一読を。検索をかければネットで出てきます。

    この中に記載されている信者数、ようぼく数、その他の数字は本部から出されたものであり実際には5割掛けで見積もる方が現実に即していると感じました。

  151. 基本

    [二代真柱のいかさま・教義の父のレトリック]
    稿本天理教教祖伝は「稿本」と正善真柱は名付けています。
    事実と違うから「稿本」です。
    最も史実と相違しているのは「立教の宣言」です、
    正善真柱は本部神殿で立教の宣言について稿本の内容に異説を唱える本部員に講話させています。
    https://blog.goo.ne.jp/oyatan/e/ac44d16eee3f093b95a8e904e3a2c6b6・引用します。
    『 天保九年十月二十六日、教祖様に神懸りがありました。「さあさあ我は天の将軍、国常立尊なり、この度みきの身体を神の社と貰い受けた。これに承知しない時は一家断絶」というてお降りになる。続いてまた天井でガタリと音がして、「さあさあ我は天の将軍、面足尊なり・・・・・」というておおりになる。こうして次から次へと十柱の神様皆お降りになりました。それからというものは、御教祖様の身体は神様の身体で、今まで中山家にあった沢山の田地田畑家屋敷庫まで総べて人助けのためにほどこせと仰せになるとおっしゃって、皆お恵みになったのでございます。 』 (引用終わり)
     あの時代、正善が右と言えば右、左と言えば左の専制的時代。故意に「稿本」なる教祖伝で、正善の言いなりにならない信者を発掘する仕掛けでした。
     まさに獅子の子を谷底への正善の応法レトリック。
     芹沢光次朗先生は正善真柱の対等な友情で、「おやさま(不思議な女の一生)」を、再版していることは、書籍冒頭に書かれています。
     芹沢先生も光の子として「別な意味の稿本」を数々書き、小説としました。正善真柱は嬉しかったと思います。

     ところが基本は、稿本など書いていられない。
     根を掘りきるには稿本ではなく正本が必要なのです。
     二代真柱に命じられた本部の資料集成部が「教祖伝史実校定本」を作成し、原始資料を集めて整理していて、
    教会長レベルなら申し込めば、購入出来たので基本の手元にはそれが届いたものがあります。
     おさしづも、戦前教会本部は、焼却処分させましたが、基本の手元にはそれがあります。
     正本としての天理教教祖伝は天理教の基本でありますが、現在も教祖存命伝が進行中であるところです。

  152. 基本

    [二代真柱のいかさま・教義の父のレトリック②]
    八兆四方は神の館を、「八町四方」は神の館に読み替えて、大教会から集金して、
    医者薬は不要になるという教祖の教えなのに、天理教の病院を立てた。いかさま。
    創価学会はお題目で病気が治るからと布教した池田大作先生の教えを守り、病院立てていないのに、
    おさずけで病気治せという教えなのに、病院立てた。まるで詐欺である。
    道に学問はいらんという教えなのに、大学を立てた。謀反者。
    説教はいらんという教えなのに、説教をさせた。裏切者。
     最大の裏切りは「八棟八商売」の教えを完全に埋葬した事。
     おやさまは、おやさと館では八棟八商売と教えているのに、
    ぶっ壊した正善真柱。
     「家業第一」と教えはあるのに地場での経済活動の教えを消した正善真柱、それほどに「集金に走る諸井慶五郎以下の大教会、部下教会」を信用していなかったのだ。
     創価学会は組織結成の第一歩に7つの企業を立てて会員の信仰活動に行いての商売を学会で独占する仕組みを作ったというのに。
     一番金の儲かる信者そのもの対象のビジネスを本部にさせないのは、信じていないからである。本部員以下の内部信者もである。
     だが、おやさまが言われた八棟八商売は、家業第一は世界たすけの基本であるのだ、
     這い上がってこい、いかさまだらけの天理教教義のレトリックを見破って這い上がり、地場に、最も人間らしい経済活動のひながたを打ち立ててみよ。
     いかさまのレトリックで 鼻で笑う、
     正善真柱こそ、教義の父。基本の恩師である。
     なめるな、お前なんぞに騙される天理教の基本ではないと、そういい続ける、

  153. 匿名

    匿名
    2019年9月8日 様

    >>お金が無い貧困は、心を歪め、背に腹はかえられない故にお金にこだわらざる得ない貧困教会の劣悪な環境は問題があります。
    年中意味のない行事にあけくれ、部内教会である当方には恐喝まがいでお金を搾り取った上級教会ですが教会よ、自立せよ、と思います。

    >>真実の道。豊かさと貧困。親神は貧困を人間の目標に掲げたとは思えないし、信仰の結果は「なにかをつくりとり」で、今より豊かに、より潤いのある生活を求める事。これを罪だとしているのが現天理教です。行事参加時にはわざわざぼろ服に着替えて普通の豊かさを秘匿させ窮屈に生きさせるのが現天理教です。貧乏自慢の教会では上記匿名様の仰るような真実の信仰は出来ないと感じます。

    心のモヤモヤを文章にして頂いたようで すっきりしました。(中間教会の立場では 板挟みで どちらの思いも味わうます。)
    恐喝まがいやヒステリックに命令する姿は 尋常ではないです。
    信仰の元1日とか 因縁とか 何を認めて信仰したのか 気持ちがふさぐばかりです。

  154. 匿名

    わらっく
    断りたいのに 手配りで ポストに入れる某時報
    子供が成長すれば 記事が気にならない親子冊子
    安くあげようと 夜行バスを利用する気持ちの逆なで 某飛行機CM裏表紙
    ごめんなさい うちは女だらけです 某とうりょう

    印刷物を読まないけど ネット利用者ならというところでしょうか? 印刷物とネットで 数字アップ⤴️ が目的でしょうか?
    ネットに移行すると 年間費が安くなるとかあるのでしょうか?
    購買停止はできますか?

  155. 崩壊

    >心のモヤモヤを文章にして頂いたようで すっきりしました。(中間教会の立場では 板挟みで どちらの思いも味わうます。)
    恐喝まがいやヒステリックに命令する姿は 尋常ではないです。
    信仰の元1日とか 因縁とか 何を認めて信仰したのか 気持ちがふさぐばかりです。<

     いつも思うのですが、この掲示板の存在をマスコミに大々的に発表し、オウムの一連の事件のように大きな社会問題として報道してもらう術はないものでしょうか? 一新興宗教の問題などマスコミにとってはどうでもよいことであり、報道してもカネにならないのでしょうか? 心のモヤモヤをこの板に書き込んで少しはスッキリする以外に方法は無いのでしょうか? 

  156. 東風Z

    >「八町四方神の館」は、総合病院にも大学にも参考館にもするべきでなく、
    全部が別席場になる、信者に理を取り次ぐ場所になる。
     それで、正解です。<

    冗談じゃない、と言いたいです。八町四面の館が完成して、仮に、毎日毎日別席場が満杯になるような状況になった時に、真柱一人でおさづけを渡し続けることが出来るのでしょうか。
    真柱は神じゃあるまいし、物理的に考えても不可能なことは明らかでしょう。
    おさづけを渡す人が複数人(20人でも30人でもいい、100人でも構わない)必要となれば真柱が複数人必要になる。このようなことを想像しただけで、この宗教は破綻していると言えるでしょう。
    お許しにおさづけにと、切りの無い活動がたった一人の真柱で賄えると思っている方が余程正常を欠いていると言わざるを得ません。
    まあ、比叡山の12年籠山行を満行された方ならば可能かもしれませんが、早々と病に倒れられるような方が職務を遂行できるとは到底思えませんね。
    出来もしないことを軽々しく説く宗教なんて信じる方がどうかしています。

  157. 匿名

    「天理教の布教の現実と問題点」金子 昭著
    中央学術研究所紀要 第47号より

    >>教会制度の弊害については、教内からも告発の声が上がっている(12)。末端教会の場 合、月次祭など自分の教会の信仰行事だけでなく、上級教会や大教会のために人力に よる奉仕(ひのきしん)や金銭の上納(お供え)もあるので、末端教会では貧困が常 態化してしまう。そうした中、教会家族そのものが疲弊するという事態も生じている。 教団機関誌(紙)には決して掲載されることはないが、教会子弟の中には、心を病ん でアルコール依存症になったり、家庭がうまくいかずに離婚したりする者の話もしば しば聞く。<<

    上記は研究の書の一部分で色々なデータを基に書き上げられており、「天理教の教会組織は既に破綻している」と見てよいと個人的には思った。
    教団組織はもとより、全国に広がる16000箇所の教会のその多くが死に体である事がデータと共にわかる。当方教会でもこのデータ通りの衰退を辿っており手に取る様に実感する次第です。

    天理時報の発行部数の衰退、布教の家入寮希望者の減少、天理教教会の身内化にも触れられており、今後横(世間)に広がる事は見込める術なく、衰退、瓦解、消滅の道へ確実に時が刻まれるのを実感しました。
    データは2016年現在で書かれています。その後3年を経ていますので、数字としての減少、衰退は益々拍車がかかっているのは間違いないと感じました。

    教会を預かり、縦の強制力にあえぐ下級教会関係者の皆様には、データが表す様に天理教には未来が無い事を早急に悟って頂きたいと思います。身を守る意味でも現教団に対する主体的かつ理性ある頭の切り替えと賢明な判断・自己決定権の行使が強く求められると感じました。

  158. 崩壊

    >>教会を預かり、縦の強制力にあえぐ下級教会関係者の皆様には、データが表す様に天理教には未来が無い事を早急に悟って頂きたいと思います。身を守る意味でも現教団に対する主体的かつ理性ある頭の切り替えと賢明な判断・自己決定権の行使が強く求められると感じました。<<

     現行天理教は、太平洋戦争において敵艦の魚雷を何発も被弾し、船首を空に向けて今まさに沈没しようとしている旧日本海軍の巨大戦艦のようなものです。乗組員の皆さん、艦と運命を共にして海の藻屑とならないうちに、即刻、退避しましょう。

  159. 東風Z

    匿名 様
    2019年9月8日 11:25 AM

    金子 昭著「天理教の布教の現実と問題点」

    上記を拝読しました。一読だけでは理解できませんが、宗教全体にとって苦難の時を迎えているのでしょうか。
    拝み祈祷であれば、近くの神社仏閣でいいのかもしれません。でも、心の入れ替えまでというと、信仰のレベルが違ってきます。
    天理教に限って言えば、今こそ真の教祖の教えに沿った教義を披歴して再構築を図る以外に方法はないんじゃないでしょうか。
    神名流しだ、路傍講演だ、大教会だ、分教会だ、布教所だ、天理時報だなんてどうでもいいことではないかと思うのですが。それでだめならやめればいいだけのことです。無駄な努力ほど空しいものは有りませんから。

  160. 崩壊

    >>拝み祈祷であれば、近くの神社仏閣でいいのかもしれません。でも、心の入れ替えまでというと、信仰のレベルが違ってきます。
    天理教に限って言えば、今こそ真の教祖の教えに沿った教義を披歴して再構築を図る以外に方法はないんじゃないでしょうか。<<

     神社仏閣の拝み祈祷でも、僧侶や神官の説諭の言葉があり、人の生き方として納得させられ、癒やされ、すがすがしい気持ちになります。つまりある種の説得力があります。
     天理教の場合、「おさづけ」をしてもらっても何も残りません。残るのは、とってつけたような訳の分からない「いんねん話」と、ダジャレをこじつけたような意味不明の話、そしてつまらないことにカネを使ってしまったという後悔の念です。つまり、天理教の「おさづけ」は金儲けの為に利用され、取り次いでもらった人間には何も残らないどころか、腹立たしさと虚無感さえ覚えるのです。
     話は変わりますが、昔、「いこいの家」に入院していた肺癌の末期患者の知人(故人)がいましたが、事情部から毎日のように黒い教服と帽子を着た人が「おさづけ」を取り次ぎにきて、性懲りも無く訳のわからない「おさとし」をしたそうです。大病を患い病床で苦しんでいる身にはあまりにも煩わしいので、お供え袋に金一封を入れて「手切れ金」のつもりで渡したところ、それ以来、その事情部の人物は来なくなったということです。今でも、そうした事情部の黒装束の人は「いこいの家」の中を金儲けのために虎視眈々と病棟内を俳諧しているのでしょうか?もしそうだとしたら、私が大病を患っても、絶対に「いこいの家」には入院しません。

  161. 匿名

    以下の ほりけん さんと、nuno さんのツイートを読むと、
    教校学園の閉鎖は、本部がなんの相談も無く、コスト削減を優先し、
    有無を言わせず虫けらのように教校学園の職員を切り捨てたのかがよくわかります。
    こんな組織が世界をたすけられるわけがない!!
    天理教団、終わりましたね。

    ほりけん @VgWEED0EslbRqQk

    教校学園の廃校に伴って、職員の先生方の就職先はネット上で流れていた通り、
    自分でどーにかしてくれみたいな感じって今日、実際に先生から聞いて、
    それを聞いたある先生の奥さんは発狂して実家に戻ったところもあるらしい。
    そーいうとこのケア本部はしてるんでしょうか?

    nuno @toarukyoukaino

    全然してないらしいですよ。
    「天高にはいけません」
    「本勤したいならどーぞ」
    って言われたそうで。
    とある先生は「すぐにでも辞めたい」って言ってました。

    来年も新入生いるみたいだけど、先生いるのかしら?と心配してます。

  162. 基本

    東風Z 2019年9月8日 7:23 PM
    おさづけの理を渡すのは真柱の仕事ではありません。
     誰でもいいのです。

    正しい教義ではそうなります。
    人は神ですから元の地場で、役に当たれば、誰でもいいのです。

    実例では、松村吉太郎は東京本部で、おさづけ渡しています。
    おさしづに記録があります。
    ナライトさんは、今で言えば引きこもりですが、。
    おふたりとも、たいして信心していません。おたすけもしていません。貧乏もしていません。
    誰でも良いという見本としての、両名でした。

  163. 基本

    おやさまは、布教しろという教えはしていません。
    神名を流せというのは、「中山みきの名」としての神名「天理王命」です。
    拍子木を叩いて、ばくちで大損した人を探す行為が、拍子木のひながたです。
    「早乙女心」もなにも、放蕩の兄貴を探し出して救出せよというひながたです。
    「ばくちに負けた方」「パチンコ損した方」とさがすのを、拍子木たたきはしなくちゃいけません。

    「ひとことはなしはひのきしん」、は「においばかり」をかけるのであり、
    病気助けるとか、正味を売ったら、理の間違いです。

    親父が死んだら、しめたと、ばくちを打ちにいく兄貴。
    そういう人から、たすけなさいというおやさまの教えです。

    借金でやくざに負われて、パチンコだけで生活する人、お預かりしましたが、生命力はありましたよ。
    必ず勝ってくるのです、その人が食費を稼いでくれて、生きてました。。楽しかったですよ。

  164. 基本

    天理教校に就職するということは、
    「この屋敷に住んで給料貰うているものあるのが残念」という、お指しすに実は反しているのです。
    ある時期、天理大学の教授とか、給料を丸ごとお供えしようかとか、そんな時代もありましたが、
    就職先としてm最悪にしておくことが大切です。

    基本は年金少しは井田抱ける資格有馬氏が、一円も頂いていません。
    天理供してて、給料貰うなんて、大間違いだから、基本は会社つとめしてたときは、最低賃金で絶対に給料上げさせなかった。
    基本の後任は、銀行の支店長代理をスカウトして後を任せて、その人基本の4倍以上の給料。

    それ普通でしょう。
    天理教信心してるなら。おたすけしたいなら、。
    会社から人並み以上の給料もらうなら、天理教などしないことです。そんなもの貰っておいて、天理教のお助け人です。
     鼻で笑います・
      基本の仕事のスタッフなんて、若い子、一日千円。これが基本。衣食住の最低は見るとして、
    、500円の洋服かって、「どんなもの着ても美人であれ」と、素直なものです。
      肌荒れはなおり、医者にかからずアトピーは治り、顔立ちまできれいになって、朝八時から夜は辻まで、
    あんたのお店になるようがんばるんだよです。お店に住んで、お店のまかない食べて、仕事用の車はありますが、
    燃料込みで一日千円。
     まあ、天理教で飯を食っていこうなんて、おやさまへの謀反ですね。、

  165. 東風Z

    「理立て」の意味を問われている投稿を見たことがありますが、私見を述べてみますね。

    理立てとは、要はおカネです。一例を書きます。
    期末(3月)の繁忙期に講社祭りの日程が取れず、已む無く講社祭りは見送りとなったが、教会は暗に理立てをするようにと宣ってきた。それで、翌月に金封に御礼と書かずにお供えと書いて持って行ったところ、素晴らしい理立てだとお褒めの言葉を頂いた。
    これが理立てです。

  166. 教会長の息子

    大教会長から親父へ10月のかなめ会に同伴するよう連絡が。秋季大祭後のかなめ会には同伴者を用意するよう言われたようだ。親父指名は大教会役員だからか。かなめ会同伴命令など初で驚いている。先代会長で大教会筆頭役員を務めた祖父でもかなめ会出席経験はない。今までに例のない重大な発表でもあるのだろうか。

  167. 匿名

    理立てについて。
    私達一家の例です。
    50年も前の事。教会普請の際、理建をしろと、上級から圧力をかけられていました。子供心に親がお金のやり繰りで悲壮な相談をしている最中でした。上級教会からの冷徹とも思えた金銭の要求。上級教会への恐怖を感じました。容赦ない迫力でした。
    両親は建築費用、本部お運び、新築報告祭等々で数々の出費が最高潮に重なる踏ん張り時でした。突如上級から飛び出した理立て要請は、強制でした。当時の会計簿を見ると、近所の同じ組内の有力者に借金していたことが判明しました。50年も前の事、近所に借金を頼んだ両親の屈辱はいかばかりだったでしょう。今更ですが可哀想で仕方ない。
    理立てとは、つまり良き事を身に付ける前に先にお供え金を出す事。新築前の理立て、受験前の理立て、結婚前の理立て。出産前の理立て、手術前の理立て、事故後の理立、入院前の理立て、、、数えれば切りが有りません。
    こうしてお「金と引き換えに良き事は身に着く」と言う発想で、「命のつなぎは金」と言う発想と同じです。
    理立てとは、要するにお金で幸せを買う事です。私は上記の理立をその都度上級に伏せ込みましたが、そのお金が仕事を持たない彼ら教会一家の生活費になっただろう事が今頃に理解に及んだ次第です。
    従順は時として馬鹿。ただただ「理立ては神の思召し」と信じて上記理立てを全て実行してきたけれど、単なる自己満足だったと同じ自分の中に居た「ばり天」な自分を苦笑して思い出しています。
    神はお金を要求しません!理立てを要求されたら拒否しましょう。そのお金は我が子の為に、ご両親の為に、地域の発展の為に、世界の貧しい子供達の為に、、、お金が活かせる場所は幾らでも有ります。人間に互い立て合い助け合いを要望された神はその方をお喜びになっておられます。

  168. 崩壊

    >>神はお金を要求しません!理立てを要求されたら拒否しましょう。そのお金は我が子の為に、ご両親の為に、地域の発展の為に、世界の貧しい子供達の為に、、、お金が活かせる場所は幾らでも有ります。人間に互い立て合い助け合いを要望された神はその方をお喜びになっておられます。<<

     全くその通りだと思います。「死に銭」を使わないようにしましょう。

  169. わらっく

    匿名 様
    2019年9月8日 4:42 PM

    金子 昭著「天理教の布教の現実と問題点」より

     ただ、手配り運動を始めて10年後の2017年の『天理時報』の発行部数は、さらに減
    少して11万1千部になっている。最盛期の30年前の3分の1にまで落ち込んだ数字で
    ある。手配り運動と発行部数減少の因果関係は明らかにされてはいないが、次のよう
    な3つの可能性が考えられよう。すなわち、①手配りをしてきたから、発行部数の減
    少をこの程度に抑えることができた、②手配りの有無にかかわらず発行部数の減少に
    歯止めをかけることができなかった、③手配りをしてきたことによって、逆に発行部
    数の減少に拍車がかかった、という可能性である。関係者としては、①であってほし
    いと望みたいところであるが、②もしくは③の可能性すら完全に否定することはでき
    ない。というのも、昨今は個人情報保護法の施行に伴って、人々の間にプライバシー
    の意識が浸透してきた結果、たとえ同じ教友同士であっても見知らぬ人に家の所在を
    知られ、ポスティングされるのはあまりいい気持ちがしないことが想像されるからで
    ある。
     あるいは、天理教のホームページやSNS等を通じて情報を得ることができるように
    なったので、紙媒体の週刊新聞は自ずと読まれなくなっていっただけなのかもしれな
    い。実際、一般紙でも軒並み発行部数の減少が続いているからである。かつて全国の
    どんな小都市にもあった映画館は、テレビの普及とともに入館者が激減し、次々と閉
    鎖を余儀なくされた。同じように新聞や雑誌や書籍一般ですら、インターネットの浸
    透によって紙媒体のものは読まれなくなり、全国の書店を次々と廃業に追いやってい
    る。また、たとえ紙媒体の書籍類であっても、人々が読みたい本がかつてないほどに
    多様化しているので、中小の書店ではもはや対応しきれず、自ずとアマゾンなど巨大
    ネット書店で本や雑誌を購入するようになったことも挙げられるであろう。
     インターネットが普及し始めた当初、宗教界は期待と不安をもってこの高度情報時
    代を迎え、宗教界や宗教学者の間でもさまざまな議論が取り沙汰されたが、近年のス
    マートフォンやSNSの普及により、いっそうバーチャル世界がリアル世界を浸食して
    しまっている状況が起っている。しかし、このような相互発信は、使い方を間違えな
    ければ、教友の繋がりをむしろ強めるものではないだろうか。ネット時代の情報ツー
    ルの活用法については、今後も研究開発の余地があろう。

  170. 誠真実

    >>印刷物を読まないけど ネット利用者ならというところでしょうか?
    >> 印刷物とネットで 数字アップ?? が目的でしょうか?
    >>ネットに移行すると 年間費が安くなるとかあるのでしょうか?
    >>購買停止はできますか?

    Smartphone で読むのは購読料無料です
    Wa-luck,JOYOUSLIFE 等本当に良くやりますね
    こんなので教勢衰退の歯止めになるとは思えない
    第95回 天理教青年会総会前夜祭のお楽しみ、出演芸人がついに決定しました!
    ザコシショウ&みはる!みなさんお待ちしてますって、大亮君頑張ってみても
    コロンブス解散したオネエサンと R-1 優勝して鼻高々、吉本、ナベプロ、SONY
    次々と事務所変える変なオジサン達で本気で人集め出来ると思っているの?
    子供おぢばがえりの少年会じゃないのに、肉食べながら歌うまの次がコレ???

    大亮君 逸話篇159【神一条の屋敷】読んでる?

     梅谷四郎兵衞が、ある時、教祖のお側でいろいろお話を承っていたが、ふと、「ただ今、道頓堀に大変よい芝居がかかっていますが、」と、世間話を申し上げかけると、教祖は、その話を皆まで言わさず、
    「わしは、四十一の年から今日まで、世間の話は何もしませんのや。この屋敷はな、神一条の話より外には何も要らん、と、神様が仰せになりますで。」
    と、お誡めになった。

  171. 匿名

    また今年も性懲りもなしに青年会総会ではお供え金が、お楽しみ会行事費として使われていく。

    本部青年会長&青年会委員長よ!

    「感謝・慎み・助け合い」  
    口先だけで唱える経文は身につかないということで、化けの皮が剥がれました。

    「慎みの心」を持ち合わせていないから、平気で人の心を踏みにじる行為に至るのだろう。

    高校閉鎖に伴う教職員の失業対策をきちんとたてないまま、放り出す天理教団。

    その一方、今年も青年会総会での無駄な金の使い方をする天理教。

    天理教の狭い世界の中では得られない高揚感のようなものを味わってしまうのが「呼びや」担当。
    ちょっとした有名人とコンタクトして打ち合わせをするうちに、自分も「ひとかどの人間になった」ような勘違いをしてしまう。

    昨年の批判を「おいらは気にもしてないよ」と強がりポーズを演出するのか?

    昨年は、二人の頭の程度が判明したが、今年は二人の心の中がうかがい知れた。

    皆さん下記の宣伝文は青年会のホームページの文章そのままです。
    この様な知的レベルの本教上層部では恥ずかしくて街中で顔をあげて歩くことはできません。
    一昔前に天理本通りで果物を購入した際、店主が「天理教の馬鹿たちが・・・」とはっきり口にしました。
    修養科生の私は意味不明と聞き流しました。
    今は理解できます。

    ほんとに君たちはウマシカ丸出しです。
    産んだ親の顔が見たいとさえ思います。

    「青年会総会前夜祭」

    前夜祭のおたのしみ、出演芸人がついに決定しました!
    今年の芸人は、TVで大活躍のこのお二人!

    ハリウッドザコシショウ
    TBSの番組『あらびき団』に初回から出演。「キング・オブ・あらびき」と称される。2016年R-1ぐらんぷり王者。ベタな漫談口調を主体としながら、数々の不条理なネタを行う(ハンマーカンマ―、誇張しすぎたモノマネシリーズなど)

    みはる
    現在人気急上昇中のものまね芸人、Mr.シャチホコの妻。日本テレビ番組「ものまねBATTLE」、フジテレビ番組「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦」などに出演。2016年フジテレビ番組「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」でMVP受賞。レパートリーは天童よしみ、中島みゆき、山田邦子、松田聖子。

  172. 崩壊

     読む価値のある印刷物は、時間を費やして読む価値があります。遠方の図書館に出向いて借りてきてでも読みたくなります。天理時報のように中身の無い無価値の印刷物は、タダでもらっても読む気にはなりません。ゴミ箱に直行です。

  173. 崩壊

    >>「青年会総会前夜祭」
    前夜祭のおたのしみ、出演芸人がついに決定しました!
    今年の芸人は、TVで大活躍のこのお二人!
    ハリウッドザコシショウ
    TBSの番組『あらびき団』に初回から出演。「キング・オブ・あらびき」と称される。2016年R-1ぐらんぷり王者。ベタな漫談口調を主体としながら、数々の不条理なネタを行う(ハンマーカンマ―、誇張しすぎたモノマネシリーズなど)
    みはる
    現在人気急上昇中のものまね芸人、Mr.シャチホコの妻。日本テレビ番組「ものまねBATTLE」、フジテレビ番組「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦」などに出演。2016年フジテレビ番組「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」でMVP受賞。レパートリーは天童よしみ、中島みゆき、山田邦子、松田聖子。<<

     読んでいて情けなくなります。ウマシカさん達!! 信者からまきあげたカネをいつまで浪費するつもりですか?

  174. 匿名

     次の話は芹沢光治良が二代真柱と佐野原大教会で会って、天理時報連載の「教祖様」の資料として『稿本天理教祖伝』の草案七、八、九をもらった時の話だ。まずは読んでいただきたい。「私」は芹沢氏、「真柱」は二代真柱、「父」は初代真柱だ。現在の若い大教会長や分教会長や後継者、あるいは熱心に信仰を求めている方々に読んでいただきたい。

    「三まで読んで、教祖を神としているように感じましたが、全巻その精神で書かれておりますか」
    「そうだよ」
    「この初代真柱様の教祖伝も、そうですか」
    「いいや、読んでくれればわかるが、父は君と同じ精神で書いているようだよ」
    そう話している間に、ここの大教会長が教会の役員や青年を従えて、挨拶に伺候しても、真柱はああと答えるだけで、顔も向けないで私と会話をやめないが、会長はじめ控えの間に並んで伺候する人々の迷惑そうな表情が見えて、私は身の置き場のない思いがした。
    「君は教祖をはじめから神にしたのが、不服だろうが、その不服の理由は聞かなくても解るよ。教祖は大和の農家の主婦が神がかりにあって、神の思召しに添おうとして超人的なご苦労をして、神の社になられた……君の言いたいことは、民主的にねりあった時に、多くの者が主張したよ。しかし、それは今まで語り伝えられた教祖だよ。それでいいかどうか、復元運動とともにじっくり考えたのだがね。何度復元会議を開いたか分からんが、現在もなおその会議を続けておるが……人間の記憶など、凡そ頼りないものなので、『おふでさき』の中に、じっくり真実を求めたのだが、教祖は人間でなくて生まれながらに神であると判断せざるを得ないんだ。その説明は長くなるので、あずかるがー」
    そこへ風呂の用意ができたからと、会長自ら入浴をすすめたが、それには答えずに、
    ―ここには下付した『おふでさき』と『天理教原典集』があるだろう、見せてくれんかと、会長に命じてから話すのだった。
    「これまで、誰も『おふでさき』や『原典集』など読まずに、古老の語りつづけたことを、教祖も、お道も、自分で心に創り上げて信仰したようだ。古い信徒の初代は信仰上いろいろ苦労して、さまざまな信仰体験があって、それはそれで立派だが、その信仰体験が即天理教だとしては、まちがうのだが……例えば、教祖のお言葉だとかお話だとかいって、大切に伝えたのが、記憶ちがいや伝えちがいがあって、いつの間にかちがっているのを、それを真の言葉だと思いちがえて、自分の信仰の芯にすることがすこぶる多くてね……こうした蒙を啓くために、先ず教祖自ら書かれた『おふでさき』に註を加えて、立派な書物にして、二十三年の秋に各教会に下付したんだよ。それから、四年かかって、二十七年の春『天理教原典集』を出版して下付したんだがね……」
    その二冊の書物を、その少し前に、会長はうやうやしく持参して卓上へ置いた。真柱は白い表紙のその書物の頁を一寸めくってみて、会長に言った。
    ―これは全くよごれていないが、読まないのか、
    ―はい、勿体ないから、大切にしてあります。
    ―読んでもらうために、下付したのだから、よごしていいんだよ。
    ―はいと、会長は頭を畳につけて、どうぞお風呂をお召しくださいと、はばかるように言った。
    ―誰でも先に入浴させなさい。大切な話をしているからと、言うなり私に話すのだった。
    「こんな調子だから大変だよ。下付しただけでは、どうにもならんからなあ。各教会で『おふでさき』や『原典集』の講義をさせて、真の教祖の道にかえそうとしているのだが……」
    私は客間の外の気配に、大教会側の狼狽ぶりが痛いほど感じられて、早く切り上げなければと密かに焦慮した。
    「真柱、さっきの教祖伝ですが、教祖が人間か神かの問題よりも、『稿本天理教祖伝』の三まで読んでみると、文章がきれいすぎて、読む者の心を動かす力が足りないような気がして、その原因を考えたのですが……それは教祖の日常性が欠けていて、生きた教祖が感じられないからではありませんか。教祖の苦悩にみちたエピソード、教祖が信仰上行った奇跡や実際に庶民に向かって語った逸話など、洗いすててしまったからではありませんかー」
    「さっきも言ったとおり、そうした話はみんな不正確だからな」
    「真柱さんも福音書をお読みになったでしょう。聖書はイエスについて語られたこと、イエスの日常性やエピソードとか奇跡とかが主になっているが、キリスト像が生きて感じられるばかりなく、神の教えが明白に伝わりますね。そして今日なお世界中の人間に感動をもって読まれています。キリスト伝を『稿本天理教祖伝』のようなスタイルで書き流したらば、読む人はただ、イエスは生きた神だったのかと思うだけで、少しも感動はしないでしょうね。天理教本部が教祖伝という信仰の書をつくるのならば、教祖の書いた文章だけによるのではなくて、聖書のように、教祖の日常性、逸話、奇跡、説話を基礎にすべきではありませんか……」
    「正確で、真実な教祖伝をつくるのが、復元の本義とは思わないかね」

    (『死の扉の前で』93~95頁)

     ここまで読んで、どう感じるでしょうか。子供の頃から天理教の家庭で育ち、教義を習い、自らも信仰を求めてきてはいたが、天理教の書物は完全すぎる、一分の隙もなく、理路整然とした教えだと感じていました。これを読んで耳にたこができるほど聞いてきた教理が味気なく、素晴らしいけど理想でしかないものだと感じていた理由がわかった気がします。また中山家の安泰に関わるような資料は伏せているのかとも感じます。

     東京帝大の姉崎正治に宗教学を学んだ二代真柱がまとめたものばかりで、切り捨てられた日常性や逸話が多くあると推測できそうです。高野友治をはじめ、多くの学者さんたちが残した本にいくつか残ってはいるが、そういった書物を地道に探して読む以外に生きた教祖像に触れることはできないのかもしれません。

     それにしても上記の大教会関係者の慌てぶりなどは現在と変わりないようにも思います。本部から巡教やお入り込みがあるとなると大騒ぎの対応をするのは伝統なのでしょうか?ネットにはその際に包む御礼やお供えなどの情報も出ていたように思いますが、全く時代錯誤も甚だしい感じがします。尊い信者のお金が使われているのかと思うとやりきれない気持ちにもなって当然かとも思います。これでは信仰が縦に続いていく道理はないのではありませんか。本部員の小遣い稼ぎと揶揄されても仕方がないようにも思います。信仰を稼ぎにしてはいけないとも思うが、現実問題として食って行かなければなりません。あまりにも組織が大きくなり過ぎた弊害なのだろうか。

  175. 風鈴はぐれ雲

    何も持たずに 生まれ堕ちた僕
    永遠の隙間で のたうち回ってる

    諦めた者と 賢い者だけが
    勝者の時代に どこで息を吸う

    支配者も神もどこか他人顔
    だけど本当は 分かっているはず

    勇気や希望や 絆とかの魔法
    使い道もなく オトナは目を背ける

    それでもあの日の 君が今もまだ
    僕の全正義の ど真ん中にいる

    世界が背中を 向けてもまだなお
    立ち向かう君が 今ここにいる

    愛にできることはまだあるかい
    僕にできることはまだあるかい

    君がくれた勇気だから 君のために使いたいんだ
    君と分け合った愛だから 君とじゃなきゃ意味がないんだ

    愛にできることはまだあるかい
    僕にできることはまだあるかい

    運命とはつまり サイコロの出た目?
    はたまた神の いつもの気まぐれ

    選び選ばれた 脱げられぬ鎧
    もしかは遥かな 揺らぐことのない意志

    果たさぬ願いと 叶わぬ再会
    ほどけぬ誤解と 降り積もる憎悪と

    許しあう声と 握りしめ合う手を
    この星は今日も 抱えて生きてる

    愛にできることはまだあるかい
    僕にできることはまだあるかい

    君がくれた勇気だから 君のために使いたいんだ
    君と育てた愛だから 君とじゃなきゃ意味がないんだ

    愛にできることはまだあるかい
    僕にできることはまだあるかい

    何もない僕たちに なぜ夢を見させたか
    終わりある人生に なぜ希望を持たせたか

    なぜこの手をすり抜ける ものばかり与えたか
    それでもなおしがみつく 僕らは醜いかい
    それとも、きれいかい

    答えてよ

    愛の歌も 歌われ尽くした 数多の映画で 語られ尽くした

    そんな荒野に 生まれ落ちた僕
    君 それでも

    愛にできることはまだあるよ
    僕にできることはまだあるよ

    ーRADWIMPSー

  176. 基本

    匿名 2019年9月10日 9:25 PMさん
     貴殿のご意見に基本的見解をのべます。
     教義の父と光の作家の意見の対立点ははっきりしています。
     教義書としての教祖伝だと教義の父は言い、信仰の書としての教祖伝であるべきだと、光の作家は主張した。それに尽きます。

     つまり芹沢光治良先生のご意見は、信仰上の人としての教祖も語れという事ですね。
    「三まで読んで、教祖を神としているように感じましたが、全巻その精神で書か れておりますか」
    「神である教祖より、人の心を動かす、日常的な生きた教祖の伝記であるべきだ。」
    「聖書はイエスについて語られたこと、イエスの日常性やエピソードとか奇跡とかが主になっている」
    「キリスト像が生きて感じられるばかりなく、神の教えが明白に伝わりますね。」
    「そして今日なお世界中の人間に感動をもって読まれています。」
    「キリスト伝を『稿本天理教祖伝』のようなスタイルで書き流したらば、読む人はただ、イエスは生きた神だったのかと思うだけで、少しも感動はしないでしょうね。」
    「天理教本部が教祖伝という信仰の書をつくるのならば、教祖の書いた文章だけによるのではなくて、聖書のように、教祖の日常性、逸話、奇跡、説話を基礎にすべきではありませんか……」
     
    対する真柱は、教義書を書いた。
    「正確で、真実な教祖伝をつくるのが、復元の本義とは思わないかね」
    ・・・・・・・・・・「君は教祖をはじめから神にしたのが、不服だろうが、その不服の理由は聞かなくても解るよ。
     教祖は大和の農家の主婦が神がかりにあって、神の思召しに添おうとして超人的なご苦労をして、神の社になられた……
     君の言いたいことは、民主的にねりあった時に、多くの者が主張したよ。しかし、それは今まで語り伝えられた教祖だよ。
     それでいいかどうか、復元運動とともにじっくり考えたのだがね。何度復元会議を開いたか分からんが、現在もなおその会議を続けておるが……
     人間の記憶など、凡そ頼りないものなので、『おふでさき』の中に、じっくり真実を求めたのだが、
    教祖は人間でなくて生まれながらに神であると判断せざるを得ないんだ。その説明は長くなるので、あずかるがー」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     教義の父は、教祖直筆の『おふでさき』の中に、じっくり真実を求めたうえで、
    その結論が教祖は生まれながらの神だったと悟った。
     だから民主的な会議では大多数は初代真柱の考え(芹沢光治良先生の考え)に一緒であり、民主的大衆の求めるものはそれを資料としては資料集成部に「復元」という書物で出版させて、
     もう一方では、真柱の専制権力を駆使して、信仰の部分を排除し、神としての記録の書として稿本天理教教祖伝を書いた。
     それは、教義書作成の王道です。

     基本は教義の父を正しいとみとめ、信仰の書の嘘と虚構を否定するものです。

  177. 基本

    匿名 2019年9月10日 9:25 PMさん
     貴殿のご意見に基本的見解をのべます。
     教義の父と正善真柱を呼びますが、教義とは、ギリシア語でドグマ(dogma)。
     1 各宗教・宗派独自の教理・教義。
     2 独断。教条。「ドグマに陥る」
     この二つの意味があります。
     正善真柱の天理教教祖伝は教義書であるべしという教義は、k伽の意味の2 独断。教条。「ドグマに陥る」 そのものであると貴殿は述べているわけです。
     では、その根拠はどこにあるのですか。
     基本は正善真柱の天理教教祖伝は教義書であるべしという教義は、意味の1の1 各宗教・宗派独自の教理・教義。であると認識しています。
     根拠はお筆先にあります。第十五号 明治十三年一月ヨリです。
     あすからハをやがはたらきするほとに どんなものでもそむきでけまい 15-10
    いまゝでも四十三ねんいせんから をやがあらハれはじめかけたで 15-11
    けふまてハたいてさねんもいくたびも ちいとしていた事であれとも 15-12
    さあけふハ月日のはらがはぢけたで しかゑていたる事であれとも 15-13

     この一連のお筆先ですが、「あすからハをやがはたらきするほとに どんなものでもそむきでけまい 15-10」のお筆先は直近の明日の理は来年という事で、お筆先の翌年4月8日(陰3月10日)、おやさまに背いた秀司出直(61才)です。
     歴史上に実現しています。
    つぎの、「いまゝでも四十三ねんいせんから をやがあらハれはじめかけたで 15-11」ですが、「をやがはじめかけた」のは天理教立教の1年前で1837年陰暦10月26日です。その日、西暦1837年11月23日、秀司足痛となる。があって、43年目⇒1880年のお筆先です。
     秀司の足を痛めた、その行為を「をやがあらハれはじめかけた」と言われているのでありますから、立教以前にをやは働きとして出現していたとわかります。
    そして、お筆先は「けふまてハたいてさねんもいくたびも ちいとしていた事であれとも 15-12  さあけふハ月日のはらがはぢけたで しかゑていたる事であれとも 15-13」と続いています。
     お筆先10号に「さあけふハ月日のはらがはぢけたで 」とあるのは、予言であって、
     1880年、この年、眞之亮は中山家へ移り住む ⇒43年後
     1923年、大正12/09/01、月日の腹が弾けました。
    関東大震災・関東地震(関東南東部)大火災。相模トラフ境界断層破壊。
    死者10万5千人。
     月日の腹が43年で弾けるという教義には、嘘が混じってはいけないのです。

  178. 基本

    眞之亮は、教義上、教祖を神と認めていなかった。
    「君は教祖をはじめから神にしたのが、不服だろうが、その不服の理由は聞かなくても解るよ。
     教祖は大和の農家の主婦が神がかりにあって、神の思召しに添おうとして超人的なご苦労をして、神の社になられた……
     君の言いたいことは、民主的にねりあった時に、多くの者が主張したよ。しかし、それは今まで語り伝えられた教祖だよ。
    ・・・・
    「この初代真柱様の教祖伝も、そうですか」
    「いいや、読んでくれればわかるが、父は君と同じ精神で書いているようだよ」

    初代真柱は信仰者であったが、教義を曲げていた。 天災の原因です。
    と、基本は考えます。

  179. 匿名

    知恵袋より
    https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10189542480

    >>天理教の教会の人って、信者が病気になったりトラブルに見舞われると、待ってましたとばかりに、
    >>上から目線で偉そうなことを言ったり、御供えして徳積みしなさいと言いますよね?
    >>弱っている人間に情けをかけたり、優しい言葉をかけて支えるのではなく、そういう病気になるのは、
    >>こういう心遣いをしているからだ。とか、
    >>因縁が強いからそれを断ち切るために御供えしなさいとか言われ続けました。
    >>心が冷たいというか、人として魅力の無い人が多い気がします。
    >>人の弱味に漬け込んで、自分達は大して働きもせずに、天理教の御用をしているからとか言って、
    >>楽してばかり。世間知らずな人ばかり。
    >>特に大教会の人達。御供えしないと分かったら手のひら返し。
    >>人助け人助けとあれだけ騒いでおきながら、本当に信者が辛い時は助けてくれない。
    >>今まで御供えしたお金返してほしいです。
    >>今はもう距離を置いてますが、教理も疑問だらけで、もう時代が違うなと思っています。
    >>同じような気持ちの方いますか?

    知恵袋の回答期限は切れているのでこちらをお借りして一言。

    「全く同じ気持ちです。」

  180. いほり

    匿名さま

    >据替の儀に出ましたが、その翌朝の本部朝勤めでは誰かが21回を間違えていましたから

    ちょっと想像がつかない。数取りがいながら間違えたのですか?

  181. 崩壊

    いほり 様
    2019年9月11日 4:00 PM

    >>匿名さま
    >据替の儀に出ましたが、その翌朝の本部朝勤めでは誰かが21回を間違えていましたから
    ちょっと想像がつかない。数取りがいながら間違えたのですか?<<

    匿名様への質問ですが、私なりに推測することを述べさせていただきます。
    仮に数取りがいなかくても、毎日、朝夕おつとめをしているのであれば、必ず誰かがカウントしているはずです。洒落にもならないようなミスです。

  182. わらっく

    風鈴はぐれ雲 様
    2019年9月10日 11:16 PM

    新海誠監督の新作『天気の子』映画観ました。もの凄く面白かったです!
    主題歌「愛にできることはまだあるかい」歌詞がイイ!!良い曲です。
    私も好きです。

  183. 風鈴はぐれ雲

    わらっく 様

    投稿ありがとうごさます。
    映画の主題歌にも、使われていたんですね。
    スポーツジムのBGMに流れていて。
    あっ!RADWIMPSだと思って。
    あらためて、YouTubeで聞きました。
    良い曲ですよね!

    RADWIMPSは、デビューアルバムが鮮烈で。
    最初は、何枚目かのCD買ってました。

    独特の世界観、響く言葉…
    僕自身も、RADWIMPSの曲には、自問自答しつつ、応援しています!
    RADWIMPSならではの世界があります。

    天理教も同じです。
    響かなければ、想いが伝わらない。
    実行しなければ、何もかわらない。

    バンドは下積み時代から、何年も苦労や苦悩を繰り返して、残り、育っていきます。

    天理教は、崩壊した組織で成り立っている。
    徳だことの、因縁だのことの。
    縦のアップダウンの機械的言葉じゃ。
    心には響かない。
    人も振り向きもしない。

    天理教人も、成人といいつつ。
    日々の鍛練や心構えができていない。

    人助けとは、天理教の勉強をしなくてもできる。
    要は、やるかやらないか。
    熱量があるかないか。

    今の崩壊した天理教では。
    人として生まれ堕ちた、熱量もエネルギーも。
    育たないだろう。

    社会学ブログを読んでる若い方々へ。
    難しいことは、なくてもいいから。
    日記みたいな投稿でもいい。
    天理教で感じた、気持ち想いを。
    言葉で、文章で、広めてみませんか?

    僕はRADWIMPSがすきです。
    そんな投稿でもいいんですよ!
    そこから、繋がっていくもの、広がっていくものもあるから。

    社会学ブログは、人間交差点だと思っています。
    縦の伝導ではなく、交差点です。

    沢山の声があつまり。
    天理教が少しでも、良い方向へ向かえば良いかなとおもったり。
    最小限の被害のまま、天理教は消滅したほうがいいとおもったり。

    世界も心も。
    今日も、まわって動いています。

  184. 基本

    匿名 2019年9月10日 9:25 PMさん
     貴殿のご意見に基本的見解をなお具体的にのべます。
     教義の父と光の作家の意見の対立点ははっきりしています。
     教義書としての教祖伝だと教義の父は言い、信仰の書としての教祖伝であるべきだと、光の作家は主張した。それに尽きます。
     教義の父は、教祖直筆の『おふでさき』の中に、じっくり真実を求めたうえで、
    その結論が教祖は生まれながらの神だったと悟った。
     光の作家は、「聖書はイエスについて語られたこと、イエスの日常性やエピソードとか奇跡とかが主になっている」。「キリスト像が生きて感じられるばかりなく、神の教えが明白に伝わりますね。」「そして今日なお世界中の人間に感動をもって読まれています。」
     「キリスト伝を『稿本天理教祖伝』のようなスタイルで書き流したらば、読む人はただ、イエスは生きた神だったのかと思うだけで、少しも感動はしないでしょうね。」と、信仰の書でないことの批判をした。
     教義の父は教団の民主的な解釈も父親の初代真柱の精神も、光の作家と同じであると理解は染めしたが、言葉の上である。
     教義の父は独裁的に教条的にドグマとして教祖は神で稿本天理教教祖伝とした。
     光の作家は不思議な百姓の女の生涯と言う見立てで「おやさま」を再刊した。
    ・・・・・
     基本はおふでさきの中に真実を求め、43年の数理の真実において、天理教教祖伝を教義書として公刊した正善真柱を正しいとの意見を表明しています。
     続けます。
     おふでさきに記された真実です。1号に天保8年の事実の記載があります。
      これまでのざんねんなるハなにの事 あしのちんばが一のさんねん (1-31)
      このあしハやまいとゆうているけれど やまいでハない神のりいふく (1-32)
      りいふくも一寸の事でハないほどに つもりかさなりゆへの事なり (1-33)
      りいふくもなにゆへなるどゆうならハ あくじがのかんゆへの事なり (1-34)
      このあくじすきやかのけん事にてハ ふしんのしやまになるとこそしれ(1-35)
      このあくじなんぼしぶといものやどて 神がせめきりのけてみせるで (1-36)
     歴史的事実としては、稿本教祖伝に記録があります。
    天保八年:
     天保八年十月二十六日のこと、十七歳の長男秀司は、母親みきに伴われて麦蒔の畑仕事に出た折、急に左足に痛みを覚え、駒ざらえを杖にして辛うじて家に辿りついた。早速、医者に診せた処、薄荷薬などを用いて手当ての限りを尽してくれたが、一向に痛みは治まらない。そこで、人の勧めるまゝに、近在に聞えた修験者、長滝村の市兵衞に使者を出したが、あいにく市兵衞は仁興村へ行って不在であった。
    (つづきます)

  185. 基本

    (つづきです)
     心配の余り、善兵衞自ら市兵衞を訪れ、折入って相談した処、そういう事ならば、一層の事、お宅で寄加持をするが宜しかろう。との事であったので、一旦家へ帰り家人とも相談の上、その意見に従う事にした。
    市兵衞は、勾田村のそよを雇い、幣二本を持たせて台とし、近所の誰彼にも集まって貰い、護摩を焚き寄加持をした処、痛みは治まった。
     半年程経つと痛み出したので、寄加持をして貰うと、治まる。暫くすると又痛むという工合に、一年の間に九度も繰り返した。
     寄加持の時には、ただ近所の人々に集まって貰う丈ではなく、一々酒飯を振舞い、又供養のため近在の人々に施米した。一回の費用は凡そ四百目かゝり、軽い経費ではなかったが、可愛い伜を救けたいとの親心から、善兵衞は少しもその費えを厭わなかった。
    ・・・
     これが、お筆先1号31以下のお歌の事実です。
     これまでのざんねんなるハなにの事 あしのちんばが一のさんねん (1-31)
     このあしハやまいとゆうているけれど やまいでハない神のりいふく (1-32)
     中山家は金貸しをして農民から土地を奪って地持ちになった、秀司は長男であり、家は人の家を立てないようにし小作に陥れた。
     この理の話には秀司の信仰談義は意味を持たない。
     『 このあくじなんぼしぶといものやどて 神がせめきりのけてみせるで (1-36)』は、啓示であり、
    啓示の事実を正確に記録するのが、教義書としての天理教教祖伝であるという教義の父の見解は、王道であり、一点の曇りなきドグマ(教義)そのものです。

  186. 匿名

    >>教会長の息子
    >>2019年9月10日 11:58 AM
    >>先代会長で大教会筆頭役員を務めた祖父でもかなめ会出席経験はない。
    >>今までに例のない重大な発表でもあるのだろうか。

    ただの大亮の真柱継承の正式発表かもしれませんね。

    血も涙もない本部の事ですから
    分教会がより活動しやすくなる、あるいは負担が軽減されるような
    前向きな教団改革の指針の発表はおそらくないでしょう。

    心配なのは130年祭時に行われた、天龍講、眞明組、斯道会、心勇講等の旧講元系統別の別席団参です。
    あの意味不明な団参が、
    例えば、弱小大教会を旧講元のもとにすべて吸収合併する等、
    さらに本部や旧強力大教会の集権を強化するような悪しき改革の布石になっていなければいいのですが……..。
    その悪しき改革の発表が来月のかなめ会だったりして……..。
    まあ今更何を足掻いても無駄でしょうがね。

  187. 基本

    補足しておきます。
    3 :基本。:2014/01/16(木) 02:32:41.78 ID:e/QsDK0l
    天理教教祖伝にはこう書かれています。
    天保九年:
     かくて、天保九年十月二十三日、夜四ッ刻(午後十時)、秀司の足痛に加えて、善兵衞は眼、みきは腰と三人揃うての悩みとなった。
    この日は、庄屋敷村の亥の子で、たま/\市兵衞も親族に当る乾家へ来て居た。呼ぶと、早速来てくれ、これはたゞ事ではない、寄加持をしましょう。
    とて、用意万端調え、夜明けを待って、いつも加持台になるそよを迎えにやったが、生憎と不在であった。
    やむなく、みきに御弊を持たせ、一心こめての祈祷最中に、「みきを神のやしろに貰い受けたい。」
    との、啓示となったのである。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    長滝村の市兵衛というのは、大峰山12先達の一人と言われた高名な行者である。
    http://www2.kokugakuin.ac.jp/frontier/publication/bulletin1_10.pdf
    民俗宗教における柱の信仰と儀礼
    宮家 準(國學院大學神道文化学部教授)によれば、
    みきは長男が足の病になったので、当山正大先達内山永久寺の配下の山伏
    市兵衛に祈祷を依頼した。けれどもその時市兵衛が災因を明らかにするためにする憑祈祷の依り坐が
    不在だった。そこでみきが依り坐となった。すると何時もの神霊とは全くちがう「元の神、実の神」
    (現在は親神天理王命と称している)が憑依してみきを神のやしろとして貰いたいとの神託があった。
    ・・・・・・・・・・・・・・・
    とあります。

    ところで、
    >>教会長の息子
    >>2019年9月10日 11:58 AM
    >>先代会長で大教会筆頭役員を務めた祖父でもかなめ会出席経験はない。
     かなめ会と言うのは「悪ははびからす」理において正善真柱が命名したもので、直属大会長らの会ですが、
    教団のかなめと言う自白をさせていて、バラバラ、という、風ひとつ起こせない組織ですから、
    そういう気の毒な人、「大教会筆頭役員もです」が、
    みな中山秀司とおなじ因縁です。
    月日の腹は、いつでもはじけます。話題にすらしない用心をし、巻き込まれないことです。
    >>今までに例のない重大な発表でもあるのだろうか。

  188. 基本

    おうぎのさづけを頂いていたら、一言で病人助けたりできます。
    おうぎの伺いを許されていたら身上事情諭しがいつもできます。

    処が、扇のかなめはあっても、「紙」(神)がはってないから、風を起こせない実は無能力のかなめ会。

    お笑いでしょう。お気の毒でしょう。お筆先一つ読めない、おさしづ解説もできない。
    身の内の教理もわからない、かなめだと威張っている人たちは、掃除されて、病気で苦しんで、建物をでると、お筆先に書いてあります。
    筆頭役員とは、その一族の幹事長ですから、心を定めて、おやさまとのみ信心してください。
    期待します。

  189. 匿名

    故・植田先生のような立派な教学研究者の教えこそ、広く教内に広めるべきだと心から思います。

    「つくし・はこび」の錯覚   配信日:2009/2/19
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/blog-entry-533.html
    以下、一部抜粋

    >>布教や修理・丹精を目的として行動するには時間も経費も掛かるのだ。
    >>教会も何もなかった道の初期、先人たちは自らの仕事や時間を布教のために
    >>「つくし・はこび」していたのであり、
    >>人に「つくし・はこび」を説教していたのではなかった。

  190. 基本

    中山家が経済活動で、間違うと大地震と言うことを、
    4(資本・資産)、3(金銭・経済)の理で、数理43年で
    歴史的事実に残しています。
    秀司・小寒 家業に入る。 秀司の相場、ばくちで化合できず、    → 43年  濃尾地震
    初代真柱が中山家に入る  真柱と認めない周囲と、宗教家業への堕落 → 43年  関東大震災。
    真柱継承者・かぐら初の勤め 真柱の宗教家業、会議で確定の道に   → 43年  阪神大震災。
    三代真柱の真柱職に就任 中山家の家業、財産資産化         → 43年  東北大震災と原発事故。
     それは個人においては身上事情、災難という事です。
     子供お地場かえりで営業していた教会には・・・
     教会を社会福祉施設化していた教会は。。。
     投身自殺したとか、急に奥さん死んでしまったとか、全部事実です。

     人助けをしませんか、家業第一にして、里の仙人、しませんか。
    天理教のプロなどおやさまは、欲しくないのです。陽気遊山が見たいだけです。奥義を頂いて、陽気に暮らしませんか。
     4と3の理に気を付けて、マジ自分が貧乏しましょう。

  191. 基本

    植田さんは、私の処に尋ねて来た方だとすると、住み込みさんのことでご相談ありました。
    置いてよいか悪いかと、。。
    お人柄は良い方でしたが、原典の事は、あまりお分かりでないと思います。
    教団改革の一役でしたが、天理の怖さをご存じなかった。
    まあ、私を確認に来られたのでしょうが、基本は、ただのカラオケ屋のうたスキですから、
    一通りの、住み込みの対応はご相談しまいたが、他の事情は一切触れていません。
    天理教会本部内部では、中心的人物であることは植田さんは言わないし、基本もきかないでお相手しましたが、
    それだけのことで、後一切交流、交信はしていません。
     ひとを目標とせず、原典と口伝以外を参考とせず、実は何もできない教団人、頼りに思わないことです。

  192. 基本

    天理教の教団人は、表裏があります。
    批判の中心人物が実は「体制派」だったり、植田さんも典型的な体制派です。
    昔でいえば八島英雄さん(この方にはお会いしていません)は、典型的な体制派です。
    天理教はもう変わらないと維持できない。改革が必要だというのは、実は体制派。

    教会の維持,特に自分の教会の維持存続運営が大事であって、教会と言う建物、資産財産、43の理というものが、恨み(3の理)、腹立ち(4の理)の埃であり、批判者は実は4にこだわり3を欲しがる。

    天理教会はm元々の効能があってのもので、おうぎを持てば、存続して良し、効能の元でないなら、かなめはバラバラです。

     植田先生には効能はなかったですよ。本人もそのお立場でした。
     効能の元は、貧乏せいです。難儀せいです。
     とんでもない住み込み人をすみこませて、それは布教の手段ですがね、おたすけではないから、
    教会において良いか悪いかで悩む、素人さんです。
     澄みこませる前に「あんた裏切るね」と見えん先から諭せないと、ただの人数集めで、おたすけではない。
     初代講元は、それくらいできた。ただし貧乏の頃ですがね。

  193. うえだ

    基本様
     天理教には植田姓は多いです。
    思い込みだけで断定的に発言されるのは良くないと思いますよ。

  194. 基本

    うえだ
    2019年9月12日 6:07 AM
    基本様
     天理教には植田姓は多いです。
    思い込みだけで断定的に発言されるのは良くないと思いますよ。
    ・・・・・・・・・・・・・
    そうですね。
    私のお会いしたうえだ先生は、上田性だったかもしれませんが、・・・
    布教して修養科生をご守護頂いたという、ご紹介記事の内容は、同じ匂いがしましたので、
    引用文を用いず、私の記憶のご本部役員のお家柄のお方の面談記録の方で、説を述べました。

    布教して、修養科生をなんて、教祖のひな型に無い。
    その意味で、布教し修養科生のご守護、丹精で困惑するというパターンとして、
    そういう信仰に陶酔する事の危険性を申しあげました。
    ペンネームですからね、植田の名は、天理教の先生はテーマごとに顔を変えますから、
    私は、植田=上田、うえださん。そんな受け止め方です。

  195. 基本

    世界たすけの人材となる道具衆を寄せるのは、ひながたであり、おやさまの教えです。
    それは布教ではありません。信者獲得ではない。人材の確保です。

    それには、身の知らせが大切な意味を持ちます。
    おたすけは、たすけておけばよい。後は無関係です。
    神の道具衆なら、ともに通るように、年限かけて、育成する。
    その区別が、瞬時にできなければ、悪意ある入信希望者のために苦しみます。
    いるも神様に相談し、ひな型に照らし、お筆先に尋ねる、です・

  196. 匿名

    亀レス、すみません。
    本部の朝夕勤めに数とりはいるはずと思いますが、かんろ台近くに陣取るような熱心な方とは違うので目視確認はできていません。

    据替の儀の翌朝の模様を思い起こしてみますと、通常、21回目は判りやすくスピードを落としますよね。
    なので「ああ、21回目だ」と感じ取るのが自分の常なのです。
    その日も同様に感じたところ、なんと「おまけの1回」がありました。
    態勢が崩れた感じの「おまけの1回」という感じで鳴り物が奏でられましたから、音的なボリュームで説明すると、フル演奏の音量ではなく、慌ててついてきた楽器があったというふうな態勢でした。
    一番目立つのは太鼓ですよね。

    その時私自身が21回のカウントをしていれば、プラス1なのかマイナス1なのかがはっきりしたはずです。
    ところがカウントしていなかったので、もしかすると本当は20回目だったのに、これで終わりと考えた(間違い)人がいて、20回目をゆっくりズムで演奏したため、隣近所がつられてしまった。
    でも、正しくカウントをしていた楽器が21回目を演奏したため、慌てて他の楽器も加わったため、聞いている人にバレてしまった、というような状況だったのかもしれません。

    今となってはどうでもよいことになりますが、一応、詳細を書きました。
    皆さん読んでくださってありがとうございます。
    説明が判りにくくて、申し訳ありません。御疲れ様でした。

  197. ぶたまん

    兎レス、すみません。

    > 慌ててついてきた楽器があったというふうな態勢でした。
    >  一番目立つのは太鼓ですよね。
    皆さんご存じでしょうが、太鼓は心臓の鼓動を表しているとか、お聞きしましたが、確かに、あの、ドーンドーンという音は、神の心臓の音みたいです。 おつとめであの音を聞くと、私メは自分が神の身体の中 (胎内) にいるような気になります。 このよふわ 神のからだやしやんしてみよ (3-40) というお歌を思い出します。

    そういえば、胎児も6か月くらになると、子宮の中で母親の血液の流れる音や、心音を聞くことができるようになるらしいです。胎児が聞く母親の心音や血液の音や、その他もろもろの音は、チャンポンやスリガネや拍子木などがないまぜられた音に似ているのかもしれません。母親(人間)の身体はそんなにうるさくはない、と言われるかもしれませんが、私には、人体は、おつとめで使う楽器が奏でるような、リズミカルな音で満ちているような気がしてなりません。

    冒頭に引用させていただいた匿名様の一文は、ですから、不整脈が一回起きたという感じです。神様も文字通りドキッとされたかもしれませんが、お怒りになられることはないと思うのですが・・・

  198. 東風Z

    少し以前は、巷にはいろいろな音に満ちていたように思うのです。
    先ずは、子供の声が賑やかでした。ロバのパンの音楽、豆腐屋さんのラッパの音、さお竹を売る人の声、ちんどんやの楽器の音、寒行のうちわ太鼓のドンツクドンドンとオーォーの行者の声、子供による夜回りの拍子木の音と呼びかけの声、金魚エーギンギョもありました。数え上げればどれほどあったのでしょうか。
    近年は子供の声さえ騒音ととらえる人間の傲慢さ。
    耳の不自由な方には、これらの音さえ届かないのですよ。あまりにも身勝手な人たちが多すぎると思っているのですが。
    おつとめの鳴り物の音が騒音となるのかは、打ち方次第かもしれません。その場所に合った打ち方をしていれば受け入れられると思うんですが、如何でしょうか。

  199. 崩壊

    東風Z 様
    2019年9月13日 9:18 AM

    >>おつとめの鳴り物の音が騒音となるのかは、打ち方次第かもしれません。その場所に合った打ち方をしていれば受け入れられると思うんですが、如何でしょうか。<<

     確かに、その場所に合った打ち方をしなければならないと思うのですが、教祖ご存命中の頃と違い、現在は生活様式が多様化し、昼間働いて夜就寝する人ばかりではありません。夜勤の経験がある方はお分かりだと思いますが、夜中に勤務し早朝に帰宅して入浴し朝食をとった後、就寝しなければならない人、例えば、24時間操業の工場労働者、3交代勤務の看護師や消防士、警察官、コンビニの深夜勤務の店員等様々なライフスタイルの人達がおられます。そういう人達にとって、夜も明けやらぬ早朝に帰宅してやっと寝付きかけた頃、近隣の教会から「おつとめの騒音」が聞こえてきたら、よほど神経の図太い人でない限り、起きてしまいます。不思議なもので人間は寝入り端を起こされると、なかなか寝付かれるものではなく、その後、熟睡できるものではありません。熟睡できないと次の仕事にも悪影響がでますし、本人の健康にも悪影響がでます。教会は近隣にどういう人達がお住まいなのか、例えば、どういう職業の人達なのか、乳幼児がいるのか、病人がおられるのか等まで詳細に把握できていないはずです。「おつとめ」の21回の回数を間違えるような「いい加減なたるんだ気持ち」で「おつとめ」をするのであれば、はじめからやらなければよいのです。「あさひるどんちゃんつとめする そばもやかましうたてかろ」どころか、近隣住民の平穏な生活に様々な弊害を及ぼすだけです。

  200. 東風Z

    崩壊 様

    仰る通りかもしれません。
    本部では、午後2時になるとよろづよのリズムがサイレンとして流されますが、あれって周囲のことを考えているのかなあ、と思ったことがあります。今も、同様なのでしょうか。
    所属していた教会も周囲に家が建て込んできて苦情が来るようになり、エアコンを入れ、更に、窓ガラスも二重ガラスにしたと聞いています。
    また、韓国の教会では、拍子木は打たないと聞いたことがあります。
    路傍講演だとか神名流しにしても、少し騒々しい宗教ではあります。

  201. いほり

    匿名さま
    詳細ありがとうございました。
    >21回目は判りやすくスピードを落とします
    間違いようがないと思いますが、あるんですね〜こんなことが。

    Youtubeでおつとめ関連の動画に、こんなのがありましたよ。
    韓国の教会ですが、お急ぎでしたら25:42あたりからがおすすめです。思わず苦笑してしまいます。

    https://www.youtube.com/watch?v=_TNNhZNkhAw

    動画を開くと真っ先に目につくのが正面の甘露台。なんなんでしょうかね?分派もしくは独立したんでしょうか?ハングル含め、さっぱりわかりません。

  202. いほり

    立て続けに失礼します。
    「太鼓」と言えば本部神殿の太鼓、どデカいですね。大人の身長をはるかに超えてますし「鼓面だけでも直径が三尺はある」という話を聞いたことがありますが。
    バチも頭の部分がフェルトでなく「木」そのものです。
    大教会クラスでもかなり大きな太鼓を使用してるようですが、本部のはケタ外れですね。太鼓だけでなく、すべてのモノが特注なんでしょう。

  203. 崩壊

    東風Z 様
    2019年9月13日 4:01 PM

    >>所属していた教会も周囲に家が建て込んできて苦情が来るようになり、エアコンを入れ、更に、窓ガラスも二重ガラスにしたと聞いています。<<

     住宅密集地では、せめてそれぐらいの配慮は必要だと思います。私は定年退職後、深夜1時から午前10時までの夜勤を経験したことがあります。午前11時過ぎに帰宅し、それから入浴し、朝食兼昼食を摂った後、午後12時半頃から午後5時頃まで就寝するのですが、就寝中、救急車のサイレン音やゴミ収集車の音、選挙の街宣車の放送、廃品回収車の放送等の生活騒音で度々起こされ、とても熟睡できる状態ではありませんでした。その結果、慢性的な睡眠不足となり、ある日、帰宅途中に居眠りをしてしまい、前方の車に追突する交通事故を起こしてしまいました。いわゆる玉突き衝突で、私の前方の車が衝突の衝撃で、更に、その前方の車に衝突し、3台が絡む玉突き衝突となりました。幸いにして、道路が渋滞しており、どの車も低速で走行していたので、私のすぐ前方の車の後部と積み荷を破損させ、運転手さんにも軽い腰の打撲傷を与えてしまいました。大変、申し訳なく思っています。事故の完全解決までには約8ヶ月ほど要しました。自宅の近隣には天理教の教会は無いので、「おつとめ騒音」による睡眠の妨害は無かったのですが、私の経験談の一例として紹介させていただきます。

  204. 崩壊

    いほり 様
    2019年9月13日 4:34 PM

    >>Youtubeでおつとめ関連の動画に、こんなのがありましたよ。
    韓国の教会ですが、お急ぎでしたら25:42あたりからがおすすめです。思わず苦笑してしまいます。
    https://www.youtube.com/watch?v=_TNNhZNkhAw
    動画を開くと真っ先に目につくのが正面の甘露台。なんなんでしょうかね?分派もしくは独立したんでしょうか?ハングル含め、さっぱりわかりません。<<

     私も見たことがない「おつとめ」ですね。天理教もこれから、分派や独立が益々増えていくだろうと思います。

    >>「太鼓」と言えば本部神殿の太鼓、どデカいですね。大人の身長をはるかに超えてますし「鼓面だけでも直径が三尺はある」という話を聞いたことがありますが。
    バチも頭の部分がフェルトでなく「木」そのものです。
    大教会クラスでもかなり大きな太鼓を使用してるようですが、本部のはケタ外れですね。太鼓だけでなく、すべてのモノが特注なんでしょう。<<

     昔、森永製菓のチョコレートのコマーシャルに故 山本直純氏が指揮をされ、合唱団が「大きいことはいいことだ」と歌うコマーシャルがテレビで放送されていたのを思い出しました。まだ、白黒テレビの時代だったかもしれませんが、記憶は定かではありません。天理教の全盛期、カネがありあまっていた頃、「大きいことはいいことだ」という単純で馬鹿馬鹿しい発想で、本部神殿をはじめとする構造物や、祭具等、あらゆるものを大きくしたのでしょう。「お供え」の浪費の典型的な例だと思います。全て大きくすることによって、見る人に威圧感を与えていたのかもしれませんが、現代人はそんな「まがい物」に騙されるほど愚かではないと思います。

  205. 崩壊

    東風Z 様
    2019年9月13日 4:01 PM

    >>本部では、午後2時になるとよろづよのリズムがサイレンとして流されますが、あれって周囲のことを考えているのかなあ、と思ったことがあります。今も、同様なのでしょうか。<<
     
     2年程前、天理市内のクレーン業者のオペレーターから聞いた話ですが、午後2時になるとミュージックサイレンが鳴り、鳴っている間、クレーン作業を中断しなければならないので仕事の段取りが狂うという愚痴をこぼしておられました。発注者が天理教教会本部であるので仕方がないとも言っておられましたが、確かに工事関係者や、その他の一般市民にも何らかの迷惑がかかっていると思います。

  206. 匿名

    いほり 様

    >韓国の教会ですが、お急ぎでしたら25:42あたりからがおすすめです。思わず苦笑してしまいます。
    https://www.youtube.com/watch?v=_TNNhZNkhAw
    動画を開くと真っ先に目につくのが正面の甘露台。なんなんでしょうかね?分派もしくは独立したんでしょうか?ハングル含め、さっぱりわかりません。<<

    この動画は大韓天理教のものですね。動画のキャプションは「教団本部2月月例祭(後半慶北教区)」と書いてあります。韓国ではみかぐら歌も韓国語で歌われています。韓国の天理教の歴史は複雑です。社ではなく甘露台を据えてやっているところは大韓天理教です。複雑な事情があるので、簡単には説明できませんが、短く言えば考え方の違いで対立し、韓国の中の天理教が分かれてしまったということです。その一つが大韓天理教です。

  207. 崩壊

    匿名 様
    2019年9月13日 8:43 PM

    >>この動画は大韓天理教のものですね。動画のキャプションは「教団本部2月月例祭(後半慶北教区)」と書いてあります。韓国ではみかぐら歌も韓国語で歌われています。韓国の天理教の歴史は複雑です。社ではなく甘露台を据えてやっているところは大韓天理教です。複雑な事情があるので、簡単には説明できませんが、短く言えば考え方の違いで対立し、韓国の中の天理教が分かれてしまったということです。その一つが大韓天理教です。<<

     大韓天理教をはじめ、韓国の天理教は、天理教教会本部から完全に独立し、教会本部の傘下にはないということでしょうか?

  208. 匿名

    天理時報にまた「金銭が人と神をつなぐ」などと言うふざけた事が掲載されています。
    視点「キャッシュレスの普及に思う」と言うコーナー。あきれた家族がもう購読はやめよ、と一言。

    >>私達が常に心がけるべき事は陽気暮らし世界建設に、この「金銭」によるつなぎの理の働きを、いかに生かすかであると思う。<<

    前半、中盤、ぐだぐだ何が言いたいのか訳の分からない事ばかりを述べて最終章に金金、金銭と記述されている。金銭が人と神をつなぐんだと!言っております。
    親神様、教祖が金が人と神をつなぐから金銭を出せ!と仰いましたか??

    ここまで来たか!天理教。断末魔のあがき。悪あがき。
    まあ読んでいて天理教の腹の内が透けて見えた。キャッシュレスで現金を持たない社会になり、しかし「お供えもカードで」、とはいかない本部の苦しい胸の内現ですか。
    こんな記事を載せて、金欠本部の焦りでしょうか。

    筆者は言う。十全の守護の働きの一つに「金銭縁談万つなぎ」とある事でつなぎにも金銭が含まれると悟ると。
    「金銭縁談万つなぎ」ってこの筆者の悟りは正解ですか?単なる悟りレベルを大々的に時報にのせるのは偽教理でも知らぬ間に教理となる。こんな記事を正々堂々と出すのはそう言う意図が教団にあるからだと思う。

  209. 崩壊

    匿名 様
    2019年9月13日 11:33 PM

    >>天理時報にまた「金銭が人と神をつなぐ」などと言うふざけた事が掲載されています。
    視点「キャッシュレスの普及に思う」と言うコーナー。あきれた家族がもう購読はやめよ、と一言。<<

     天理教の本性を、また天理時報に露呈したんですか。カネカネ教の本性は変わることはないでしょう。信者の皆さん、一刻も早く天理教から退避しましょう。それがベストです。

  210. 東風Z

    匿名 様
    2019年9月13日 11:33 PM

    >>私達が常に心がけるべき事は陽気暮らし世界建設に、この「金銭」によるつなぎの理の働きを、いかに生かすかであると思う。<<

    匿名様、ご指摘有り難うございます。
    常々、時報は訃報欄のみ見ています。この欄のお陰で昨年も二部同窓生の会長さんが3名出直しされたことを知りました、早速、匿名様のご指摘で古紙入れから取り出して、「視点」を読みました。
    筆者の洋さんは何を勘違いされているのでしょうか。キャッシュカードは持った時点で、そのカードの、融資枠の金額が負債と見なさるのですよ。カードを使うとか使わないとかは関係ないです。
    仮に、キャッシュカードを2枚持つと100万円近い借金があるとみなされるんです。ですから、キャッシュカードを複数枚持つことは極力避けるべきです。

    それと、カネが無いのは首が無いのと同じだと言っていた人が居ます。金銭による「つなぎ」の理の働きなんて書いているが、おカネが無くて生きている人が居ますか。つなぎの理の働きをいかに生かすかであると思う。なんて本部自体が最初に考えるべき事案でしょう。無駄なことばかりをして、おカネが足りない、足りないって言っているんだからバカにするなって言いたいんです。
    こちとらは、月額14万にも足らない金額で二人が生活しているんだから。年間130億円も使いながら何の不足があるのか聞きたいよね。

  211. 匿名

    「お金が人と神をつなぐ」と言う偽の教理について。

    時報を読んだ息子いわく、「これじゃあお金の無い人は神とつながれないんだね。そうはっきり言ってる。」

    この一文はどの方向から読み解いても、お金の無い人は神とつながり得ない。
    「お母さん、金の切れ目が縁の切れ目、もう縁を切った方が良いよ」と天理教の在り方に呆れ果てていました

    教校学園切りも本部員用の学校は残しておいて、金の無い末端子弟の行く所を封鎖して、今後金の無い子弟はどこの高校に行けると言うんだ!と怒り心頭でした。

    江戸時代の武士子弟の為の藩校よろしく天理教貴族の為に残した天理高校。心の底に貴族中心の差別意識が垣間見える。

  212. 里の仙人

    皆さん勘違いされていると思います。このお道は宗教ではありません
    言葉、心がけを雛通りに通らせていただくこと、おや様を手本として生きる道
    神様も 「あしきなことはいわんでくれ」とおっしゃいます。
    何年も通る中にいつの間にか考えも変わり、運命が変わり、大難が小難として
    変わり、人生も変わる。道を通れば景色も変わる如くいつの間にか結構にさせて
    いただくというのがおや様の伝えたかった人としての生き方だと考えます。

  213. 崩壊

    里の仙人 様
    2019年9月14日 12:49 PM

    >>皆さん勘違いされていると思います。このお道は宗教ではありません
    言葉、心がけを雛通りに通らせていただくこと、おや様を手本として生きる道
    神様も 「あしきなことはいわんでくれ」とおっしゃいます。
    何年も通る中にいつの間にか考えも変わり、運命が変わり、大難が小難として
    変わり、人生も変わる。道を通れば景色も変わる如くいつの間にか結構にさせて
    いただくというのがおや様の伝えたかった人としての生き方だと考えます。<<

     「お道は宗教ではない」とおっしゃるのであれば、宗教法人の認可を国家(所管文化庁)に返上されるべきです。宗教法人の認可を受ける目的は、建造物や敷地が非課税、入ってくる莫大な「お供え」も非課税、要するに財テク目的だとしか考えられません。「お道は宗教ではない」のであれば、宗教法人の認可を即刻返上し、納税義務のある税金は当然納税するべきです。「合法的な脱税」をするために、宗教法人という仮面をかぶっているだけではないのでしょうか?

  214. 匿名

    人がめどう(目標)か、神がめどうか。 さん

    以下、思わず笑ってしまいました。

    >>「おさづけ(「おちゃづけ」と間違えないように注意)」とよばれるてかざしで
    >>ヒーリングを行う回復魔法のマニュアルを信者株主たちに渡し、
    >>人間という名の医療機器を製造している。

    >>信者は今でもここで教祖創設者は生きていると妄想し「教祖ゾンビの理」と呼んでいる。

    >>信者株主ばんざい。

  215. 匿名

    崩壊様

     一度、リンクを貼って投稿したのですが、なぜか表示されないので再投稿します。

    >大韓天理教をはじめ、韓国の天理教は、天理教教会本部から完全に独立し、
    >教会本部の傘下にはないということでしょうか?

    Googleで「韓国における天理教の受容」というキーワードで検索をかけてください。
    PDFの論文が出てきますが、103頁の「韓国・朝鮮における布教」のところから読めば、
    おわかりになると思います。

  216. 里の仙人

    言い方が悪いかと思いますが、あの先生が気に入らないから 信心できないとか子供と同じだと思います。
    どうでもいやで不足でできないなら立ち止まるのも一つの方法かな、、世の中には天理教で行うより世上
    でも活躍できる場所がいっぱいあるとおもいます。
    ほこりが見えるということは 悪識に化かされている状態である言われます
    道を教えられたら低い、やさしい、素直な心で通ることを身につけることが大事と思います。
    不足(切る理、切られる理)世界から 担納(続く理)に切り替える世界に切り替えが大事だと思います。
    本当に心が澄んだら 見えなくなるそうです。

  217. 匿名

    素直と言う言葉は危ない言葉です。理不尽な事柄に対しても素直な心になれと言われれば、それは服従にもなり得る。
    低い心も服従に繋がり得るし、優しい心も自分を無くする場合もある。
    きちんと正義を主張し、物事の道理を通し、自分を抑えてしまわず、ありのままの思いを誠実に発言し、自分を自分として世の為人の為に生きることも、あるいはより神の御心に叶うのかも知れません。実るほどこうべを垂れる稲穗ですから低い、は良いです。素直は場合によっては危険です。

    率直に自己を主張する強さ、相手によって態度を変えず、真っ直ぐに筋を通す正義感と行動力。私は「低い、優しい、素直」よりよほど世の中を変え得る前向きなパワーと魅力を感じます。

    天理教は素直になれで人の人生と経済を奪ってきました。

  218. 匿名

    里の仙人さん、どなたの書き込みに対して説教しているのですか?

    あなたは心が澄んでいるのでほこりが見えないのですか?

    まあなにもかも知ったような気になって勘違いしているのがバリ天気質の典型的特徴ではありますが、

    そもそも里の仙人さんの上から目線の説教こそが「高慢」のほこりをつんでいるのではありませんか?

    それと、たんのうの漢字の当て字は天理教事典にもあるように「足納」ですよ。
    (悪識などという日本語もありません。あるとすれば造語です。)

  219. 崩壊

    里の仙人 様
    2019年9月14日 9:10 PM

    >>ほこりが見えるということは 悪識に化かされている状態である言われます
    道を教えられたら低い、やさしい、素直な心で通ることを身につけることが大事と思います。
    不足(切る理、切られる理)世界から 担納(続く理)に切り替える世界に切り替えが大事だと思います。
    本当に心が澄んだら 見えなくなるそうです。<<

     世の中の不正や誤りを容認しかねない非常に危険な考え方ですね。極論かもしれませんが、麻原彰晃が地下鉄でサリンをまけといえば、低い、やさしい、素直な心でまくのですか? 天理教の教会が、法外な「お供え」を要求してきたら、我が身を犠牲にしてでも、低い、やさしい、素直な心で支払うのですか? 天理教ピラミッドの上層部にとって非常に都合の良い考え方ですが、過去から現在にかけて、どれだけ多くの信者さん達が、低い、やさしい、素直な心になるように言いくるめられて、辛酸を舐めてきたのかご存知ですか?

  220. 誠真実

    今日のお昼過ぎ近鉄奈良駅前を通ったら三日講習Ⅲと思われる人達の路傍講演を
    やっていました。暑い中本当にご苦労様、だけど誰も立ち止まって聞いてる人は
    居ませんでした。日本人は奇異の目で見て早足で通り過ぎて行く、外国人は好奇
    の目で物珍しいものを見るように通り過ぎていました。「全教一斉にをいかけデ
    ー」が近づいてきました,神名流し・路傍講演・リーフレット配布こんなので今の
    教勢衰退の歯止めになるとは思えない。殆どの人が知らんぷりです。

    人がめどう(目標)か、神がめどうか。 様
    2019年9月14日 1:26 PM

    アンサイクロペディア滅茶苦茶面白い!
    久々に笑ってしまいました。
    ( ^o^)ノ◇ ザブトン1マイです。

  221. 匿名

    >>天理市財政崖っぷち 天理教から寄付金減少
     日本一の宗教都市・天理市の平成24年度決算は支出が収入を上回り、経常収支比率が100.5%となり4年ぶりの100%を超える財政悪化の決算となることが明らかになった、任期満了に伴う同市長選(10月13日告示、20日投開票)に向けて立候補予定者3人の動きが本格化しているが、選挙の最大の争点は瀬戸際財政の建て直し。ピーク年度に47億円あった天理教から市への寄付金は、昨年度決算額で10億2000万円まで減少している。新たな市長に求められるのは、国から財源を引っ張ることのできる「政治力」。市の台所事情と課題を徹底解剖する。[2013年09月20日]<<
    古い記事情報ですが。目に留まったので上げておきます。
    天理教本部の財源のその後6年間、2019年の今年に至るまでの歩みは確実に減少し続けています。年々10億円づつお供え総額は減少の一途と聞きます。後10年で教団が消滅するシナリオは現実味を帯びています。
    現在天理市は財政難に陥っていると聞くが天理教がこけたら天理市もこける事に。天理市はもう終末期を迎えている天理教は当てに出来ないと心得るべきです。

  222. 匿名

    天理駅前のコフフンと言う円形の建物は天理市が天理教と言う宗教都市のイメージを払拭する為に整備したものだそうだ。
    天理市は既に将来的展望のない天理教からの脱却を考えているのは確かだろう。
    過去の一心同体関係からの脱却を余儀なくされている。

  223. 崩壊

    >>今日のお昼過ぎ近鉄奈良駅前を通ったら三日講習Ⅲと思われる人達の路傍講演を
    やっていました。暑い中本当にご苦労様、だけど誰も立ち止まって聞いてる人は
    居ませんでした。日本人は奇異の目で見て早足で通り過ぎて行く、外国人は好奇
    の目で物珍しいものを見るように通り過ぎていました。「全教一斉にをいかけデ
    ー」が近づいてきました,神名流し・路傍講演・リーフレット配布こんなので今の
    教勢衰退の歯止めになるとは思えない。殆どの人が知らんぷりです。<<

     日本人・外国人の違いは問わず、初めて見聞きする人は、気味悪くて怖がると思います。どうして馬鹿げた逆効果のことをするのでしょうね。天理教の異常さを感じます。奈良市の観光イメージダウンにもなりかねません。

  224. 誠真実

    昨日の夕方、奈良から天理に私の大好きな餃子を買いに天理駅へ
    焼き待ちの間 CoFuFunと駅の構内ぶらついていたら、

    「地域貢献とわたし〜人生の幸福度は与える喜びで決まる」
    | team 聴きデリ 貴方の心に寄り添う聴き屋
    | 聴きたすけ やってます 1周年記念イベント

    やっていました、少し見ていましたがこれって 傾聴?
    カウンセリングのまねごとですよね。教会後継者が主体で行っ
    ているとかで、カウンセラーになるためには一定の訓練が必要
    です、「公認心理師」「臨床心理士」「認定心理士」資格の無
    い若い人生経験の少ない後継者方で本当に心治療までは行かな
    くても、気持ちが整理されスッキリする事!人助けが出来るか
    どうか?マスターベーション自己満足のようで疑問に思います
    !私は聴いて貰いたくないし話したくないですね。

  225. 匿名

    この聴き屋と言うのは、青年会発案?だいすけ君主導?だいすけ君認可公認の活動ですか?
    聴き屋と称して、駅前にちっちゃな看板を立ててキョロキョロとつっ立って、行き交う人に不審がられて。奇異な姿です。天理教もいよいよ何したい集団なのか。
    カウンセラーの資格も無く、人生経験も少ない若者は人間的レベルもピンキリで、おかしな助言でもされたなら、人の人生に責任持てるのでしょうか。上記の誠真実さんの仰る通り、全く自己満足にすぎないと思います。
    戸別訪問でお授けを拒否されてもその家人を無視して、家の外で勝手にお授けを取り次ぐ人達。土下座する人達。教祖がついて居て下さると勝手な妄想と自己満足で、おかしな行動をする天理教信者達。誰も聞いてない空気に向かって声を張り上げる一生懸命しゃべる弁士。
    駅前で踊ったり、街中で拍子木をたたいたり、狂人にしか見えません。笑われる事こそ徳積みと思う彼らにはいくら良識を教えても馬耳東風です。恥ずかしい限り。
    天理教に品性を望みます。

  226. 崩壊

    >聴き屋と称して、駅前にちっちゃな看板を立ててキョロキョロとつっ立って、行き交う人に不審がられて。奇異な姿です。天理教もいよいよ何したい集団なのか。
    カウンセラーの資格も無く、人生経験も少ない若者は人間的レベルもピンキリで、おかしな助言でもされたなら、人の人生に責任持てるのでしょうか。上記の誠真実さんの仰る通り、全く自己満足にすぎないと思います。<

     私は、現役の頃、公的で正式な臨床心理士の資格を持ち、複数の教育委員会で雇用されていたベテランの女性の臨床心理士と共に仕事をしたことがあります。彼女の年齢は決して若くはありません。短大卒業後、複数の民間企業で勤務した後、某大学の大学と大学院へ進学し、臨床心理士の資格試験に合格された苦労人です。現在も、公立小中学校のカウンセラーとして、複数の自治体の教育委員会で雇用され、頑張ってお仕事をされています。
     カウンセラーの仕事は、先ず、相手の話をひたすら聞くことから始まりますが、カウンセラーがカウンセリングを受ける相手(相談者)に対して適切なアドバイスを出せるようになるまでには、その相手と相互に家族のような信頼関係を築き、何でも話できるような人間関係を築く必要があるということです。カウンセリングは、まず、相手の「言いたいこと」をひたすら聞くことに徹することから始まることは確かなようですが、相談相手との人間関係や信頼関係を築くまでに、相当な時間とコミュニケーションが必要であるという話を彼女から聞きました。
     駅前の通りすがりの見ず知らずの人の相談を、人生経験の極めて乏しい若造が聞いても、相談する人の本当の悩みや苦しみが一回や二回で理解できるはずがありません。まして、臨床心理学等の専門的学問をおさめ、何人もの異性異年齢の人達から、様々な相談を受けた経験の無い若造が、アドバイスをすることなど到底不可能です。訳の分からない素人が、その場限りの無責任なアドバイスをすれば、相談者の人生を狂わせることにもなりかねません。病人が医師の資格を持たない人に看てもらっているのと同じです。無責任極まりない活動は即刻、厳に止めるべきです。

  227. 匿名

    病人が医師の資格を持たない人に看てもらっているのと同じです。無責任極まりない活動は即刻、厳に止めるべきです。<<

    全く、同感です。資格も無く人間的レベルもピンキリの人間が通りすがりの人の話を一回聞いたとしても、その場限りの刹那です。その後をフォロー出来るものでもありません。何時間も駅前に立ち尽くして声をかける人が無ければすごすご帰るのでしょう。しかし行きずりの相手に対して無責任な行為です。神の目から見たら意味を成さないもったいない時間です。
    ちゃんと働いて、お金を貯めて資格を取って、きちんとやりなさい。無資格カウンセラーが何をしようと中途半端なだけで、自己満足以外の何物でもありません。
    彼らは突拍子のない事をして満足している様だが、無責任で表面的でいかにも考えが浅い気がします。
    だいすけ君から良い感触を得たからやっているのか。いかにも軽い。

  228. 匿名

    「今日は秋晴れの運動会の日」と言う合図の為に朝打つ花火を辞めた仙台市。
    夜勤明けだから、朝からうるさい等々苦情がここ数年寄せられ花火打ち上げは止めるに至ったそう。
    この時代に夜勤でも非正規でも仕事が有ればまだマシと言うもの。
    3K現場は言葉の流暢な勉強熱心な外国人達が変わって占め、わざわざ労働経験の無い日本人を雇わなくても労働者は掃いて捨てるほどいる。
    30代40代で労働経験が無いもしくは、大学のアルバイト程度では派遣すら難しいだろう。
    他方地方のホテルやコンビニ、はたまた老人施設ありとあらゆる所には外国人労働者が占める。
    ただ昔から有る、ウチの方が先に建ったと言う理由で朝早くから太鼓を大きな音で鳴らし続ける天理教大教会、教会。
    だめの教えだが何だかんだで、一向に改善される余地なく現在も続けられて、近隣住民はこの時代に迷惑極まり無い。
    せめて朝の太鼓だけでも無音にしようと言う教会は無いのだろうか?
    人を助けると言う前に自分達の行為そのものを見直されては如何だろうか?
    気軽にお参り?町内会も誰も行かないけど。
    結局はやってる事自体が軽いんだろう。
    何をやっても時代に合わない天理教。
    東日本大震災で防護服を着ないで除染させていたのは、今でも語り草。
    そちら方面では有名な話です。

  229. 匿名

    とっとと宗教法人を返す、もしくは過疎地・限界集落に引越ししてはどうだろうか?
    月に数日でも人が集まれば未だ未だ活気は出るだろう。
    限界集落辺りにある教会はそもそも教会として運営するのさえ難しいだろうに。
    残念だが天理教の社会に対する宗教としての役割は既に終わっているのでは無いだろうか?
    後は個々の教会がどれだけ人々の心に寄り添い宗教としての役割を全うするか?
    これに尽きると思う。
    花火中止よりも日々の生活の方が重要だろうに。新聞の記事がふとそう考えさせた。。。

  230. 組織はなくても信仰できる!

    信仰とは人間の生き方、考え方であり、組織はなくても一人一人がいかに正しく生きるかを考えればいいだけのことと思います。
    そのための指針としてひながたがあるので、それを物差しに自分の行いや考え方がおやさまのあるいは神様の思いに沿っているかどうか考えればいいだけのことだと思います。
    おやさまは「ひとをたすけなされや」「くせしょうぶんをとりなされや」とおっしゃられましたので
    まず、自分にできるひのきしん、地域社会への貢献ができればそれが徳となり自分にかえってくると思います。
    もう効かなくなったおさづけや、近所迷惑のおつとめにとらわれることなく、せかいたすけのために自分のできる社会貢献こそが大事なのではないかと思います。

  231. 崩壊

    >>せかいたすけのために自分のできる社会貢献こそが大事なのではないかと思います。<<

     そのとおりだと思います。せかいたすけの心を常にもち、自分のできる範囲で実践していれば、教団や組織、宗教儀式など全く必要ないのです。

  232. mami

    興味深いブログをみつけました。
    『ひきのエクェクのブログ』2019年09月06日
    「天理教本部の「ひな形甘露台」が倒れてから2年と一が月か?2代真柱と上田ナライト」

  233. 匿名

    宗教儀式は単に儀式。目に見える儀式よりも目に見えない心の在り方こそ信仰。
    朝晩の近所迷惑なお勤めも月次祭も、年祭も記念祭も、必要無い。
    来年の婦人会110周年記念祭も迷惑千万。カネ集めの機会とばかりにお供えの要請が早々と来ている。
    こんな金集め行事が10年ごとに訪れ、大教会創立◯◯年記念祭、大教会婦人会創立◯◯年記念祭、上級創立◯◯年記念祭、、、上級が沢山ある末端はどんだけ金が有っても追いつかない!!その度にお供え金を要請されるのだから。

    世界助けの心を持ち、利他の心で自分も世界も共に立つ事。
    信仰は組織が無くても出来る、正にその通りです。極端に言えば、お勤めも神饌物も何も要らない。
    神とつながるのにお金も儀式も、また人参、大根、酒に米、、そんな供え物さえもそんな媒体は必要ないと思う。自己満足出来るなら勝手にすれば良い事だ。

    また現在の互い立て合い苦しめ合いの天理教上下組織のやり方には断固反対します。江戸時代の年貢か。上が勝手に色々決めて、下の了承もなしに勝手に無理やり金を出させる。

    また、末端信者の立場で言えば、どこに所属するかで上級が増え、上納金が格段に増えるのはおかしいのではないか。

    死に体天理教の変わらぬ理不尽の数々、、思いつくまま。

  234. 匿名O

    誠真実 様
    2019年9月16日 9:47 PM

    「天雅」私もよく行きますよ、美味しいですね。(^^)

    崩壊 様
    2019年9月17日 6:15 PM

    日本全国至る所で愚痴聞き屋 ココロメンテナンスと称する輩が蔓延っています。
    有料の所無料の所それぞれです。人に話すことで気持ちが楽になる人ならない人
    それは様々です。殆どが傾聴・聞くだけのサービスです。解決策は提示できません
    が・・それでも世の中が複雑になり、生きにくくなり、経済が停滞し、生活するの
    が大変になり、政治に一票の声が届きにくくなり、本音で話せる仲間・話し相手が
    作りにくくなり、ますます「傾聴」は必要だと感じています。「助言よりも傾聴を」
    つまり“傾聴”の本質は、何かを相手に与えるのではなく、悩み人の中にある自己
    回復や自己治癒の力を最大に引き出すこと、ここにあります。 だからせめてやる
    からにはメンタルケアアドバイザーの講座なり受けて資格等取ってしっかりした
    対応でやって貰いたい。

    下記、team 聴きデリ HP より
    team聴きデリは奈良県天理市周辺で活動している聞き屋です! 奇数日20時から22時
    まで、天理市限定で活動中! 天理駅周辺で活動しています! あなたの話を聞かし
    てください! 投げ銭も大歓迎! 傾聴500人突破  ”魅力引き出し屋” …
             ↑
    金くれは全くもって天理教!!  本気で人助けなら資格くらい取ってやるでしょ!
    (だから教会大教会ボンボン後継者が青年会のPR、大亮君へのゴマスリでやってる)

    匿名様
    2019年9月17日 7:43 PM

    大学で心理学を専攻、ひのきしんスクールでカウンセリング講座を2回受講しました。
    こんな良い講座もやっています (^^)/

    おたすけのための ひのきしんスクール

    人は自分の悩みを信頼のおける人に聞いてもらえるだけで、心がやすらぎ、気持ちを落ち着けることができます。
     カウンセリングとは、信頼関係に満ちた人間関係を通して、悩みをもつ人自身が問題解決の糸口を見つけ出せるように援助する方法のことです。
     カウンセリングの基礎的な知識や、具体的な事例を通じて家族を見つめたり、年齢別に心の発達について学び、悩む人の理解を深めておたすけの場におけるカウンセリング技術の有効な用い方について学びます。

    カウンセリング ~聴くことの大切さ~

    カウンセリングとは、信頼関係に基づく態度や言葉がけを通して、悩みを持つ人自
    身が問題解決の糸口を見つけだせるように援助する方法のことです。
    この講座は、傾聴をはじめとするカウンセリングの基本的な考え方と技術を学ぶと
    ともに、それらを積極的におたすけにも活用していくことを目的として開催します。

    ◇内容
    講義 「おたすけとカウンセリング」
       「カウンセリングの基本」
    演習 「ロールプレイ」
       「箱庭実習」
    パネルディスカッション
       「おたすけとカウンセリング」
    など 天理よろづ相談所 – 臨床心理士 宇田 まゆみ先生のお話は素晴らしかったです.

  235. 中山家VS天理大学心理学派

    匿名O
    2019年9月18日 5:10 PM

    私この天理教内の心理学の機関の人に聴いたこと有りますが(あと心理と書きます)心理の人は教団反対派らしいです。教団の空気の悪さをつくづく感じていたそうです。上からの抑圧だけで、中山家とその周辺を中心とする家柄と血筋だけの組織作り反対派だそうです。 本部中枢と天理大学を中心とする心理学派がどう戦うか見ものです。
    天理大学の心理学派もいい加減、「中田善亮のお尽くしは金」発言を正すときが来たかもしれませんね。心理学が権力に屈するようでは心理学にあらずですしね笑

  236. 台風15号の神の思いとは?

    台風15号により千葉県を中心に関東が被害を受けました。天変地異は神の示し だと教祖も言ってますが調べてみるとやはりそうだったようです。千葉県内のとある教会が法人乗取りにも加担していたようです。それを良く思わない方も多く居たようで、知人の教会長等を介して伝って話が舞い込みました。法人乗取りの際に死人も出たらしくその方が千葉県の方なのかは不明ですがなんとも神の教えに反する行為だったのかをこの「成って来くるのが天の理」により明確に分かりました。
    教団には忌み嫌われるこの社会学の書き込みですが、実際大教会以下の我々では情報が乏しく社会学を興味本位で見始める人は多いと思いますが、社会学の書き込みこそ教団の真の姿を書き出してる唯一サイトだということでしょう。最近では、有名掲示板 5ちゃんねる や 2ちゃんねる の書き込みも 社会学さんの書き込みを引用して書かれて居ます。これほど影響力を持ったサイトは今まで無かったかと思います。 この運営が公正中立であるが故に、嘘もあるでしょうが大半が真実の書き込みと言えるのでしょう。

  237. 匿名

    昔の事で恐縮です。

    東京で開催されていた民間の女性カウンセリング関係者が集まる会がありました。
    世話どりをされていた方はキリスト教関係の方でしたが布教の場ではありませんでした。
    講演者を招いて講演を聞くことと、練合のような話し合いの場がもたれました。
    当時はまだカウンセラーの資格は4大卒でもOKの時代でしたが、いずれ資格は大学院となると聞かされていました。天理教信者の私は当然ながら、大学進学なんて許されず、高校生の時からアルバイトで学費を稼いでいましたから、カウンセラーを目指すことが「できない」事実を知らされた会でした。

    受講生は現役のカウンセラーたちが多く、自分の知識の向上のために参加されていたようです。
    興味深かったことは、カウンセラー自身も学ぶ中で、自分自身もカウンセリングを受けなくてはいけないという事でした。
    つまり、自分自身の事が判らないようなレベルの人では他人の話を分析することはできないということでしょう。

    そういえば、箱庭療法を確立された、天理教とも縁の深い、河合先生も、スイスのユング研究所でカウンセリングを受けています。
    それも英語で、です。パイオニアの苦労は計り知れないなぁと、以前、本で読んだ際に感じたものです。

    日本でも企業内カウンセラーとか、教師が退職後につく自治体での相談窓口とか、所謂医療機関ではない民間の資格で行われているカウンセリングがあります。
    相談にあたる係員のレベルはまちまちで、人間の心に対する洞察力の有無には正直なところ「?」のような人も見受けられます。

    結局、自身の人生を深く分析したり、整理・反省したり、今生で生まれ変わるくらいの精神的心理的人生経験を経てからでないと、難しい仕事だと思えるのです。

    まして、安易な聞き取りで、「投げ銭」なる収入を得ようという「さもしい根性」がちらつくようでは、いつか、事件さえ起きるやもしれないという危惧すら持ってしまいます。
    不思議な事にこうした若者たちの行動を良しとする年配者がいる事です。
    天理教の会長って、無責任な人でもやっていける証左かもしれません。いい加減なことを言わないでほしいものです。
    生業に就いたことの無い会長後継者は、せめて世間での「土持ちor砂持ち」で体をはった底辺の仕事を数年経験せよと、半ば実現不可能と感じつつも言いたくなります。
    例えば、福島の復興企業に属して労働すれば、「ひのきしん」や災害救援隊では見えない部分が実体験として見えてくるでしょう。いまや教内では「ひのきしん」が天理教のシンボルのような扱い方で要請、紹介されています。最近の被災地、自然災害に見舞われた所で救援活動をされている方々には感謝の気持ちでいっぱいになります。ただ、それで終わりでは天理教の布教活動の一環であり、自分の責任において労働契約を結び、結果責任も負う条件の下で、道専務ではない人たちは日々、働いているという事とは、大きく異なることを自覚していただきたいと思います。救援活動の方々の多くはそうした自分の仕事をやり繰りして休みをとって自分の財布から交通費を出して、被災地に駆けつけているのです。天理教災救隊の経験をとうとうと自教会の月次祭で述べる若い会長がいますが、自分の懐が痛むことなく活動できる天理教人の自分と、上司・同僚に気を使って休暇をとる会社員との違いに思いが至ることなしの話は、聞いていて胸糞悪くなります。

    とはいえ被災地での活動を否定するものではない事を付け加えます。
    そのうえでの意見です。
    労働契約に基づく働きの厳しい現実を知らずして、やれ、オンラインサロンだとかオンライン講師だとか口先講釈で若者をだましても、そんなことで信者増加を目論んでも、むなしくはならないのでしょうか?

    要するに本部中枢の人もお供えで生きる人生は止めるべきだという事が理解できないうちは、何をやっても大亮組の取り巻きたちの田舎芝居となり、一般信者たちはあきれるばかりなのです。

  238. 匿名

    >>天理教災救隊の経験をとうとうと自教会の月次祭で述べる若い会長がいますが、自分の懐が痛むことなく活動できる天理教人の自分と、上司・同僚に気を使って休暇をとる会社員との違いに思いが至ることなしの話は、聞いていて胸糞悪くなります。<<
    全くその通りです。
    本部のプロバガンダの一部として本部に都合よく使われている本部ニート、教会ニートの身の彼らと、一般社会の厳しい責任下でやり繰りしながらの社会奉仕とは自ずと身に課せられている責任や厳しさが違います。
    教会ニートの面々には、一度社会に出て、社会の厳しさ、金儲けの苦しさを知ってから、災害ひのきしんでも口先講釈でもやればいい。
    上下組織に甘んじて人の金で食べている限り、どんな立派な行為でも誠を伴わない単なる本部の猿芝居にすぎないのかも知れません。

  239. 匿名

    匿名2019年9月18日 6:13 PM

    教団のネット戦略は成功しまえんね。あまりにも教団と中山家事態が実力がない魅力もないそしてこの上なく悪どい ですからね。 インターネットを使い始めると良い情報より悪い情報が拡散されます。
    それにユーチューバーもタイミングの問題だけで、今では芸能人の参入で既存の問題あるものは殆ど消えるといわれてます。
    ネットはそう簡単なものじゃありません。

  240. 市原ゴルフガーデン は人災だった。

    中山家と一部上層部が、教団の資産を持ち逃げしないように監視しないとダメですね。不動産管理会社の天理館 もあれも私物でなく 株式会社と公共性があるので 天理教被害者の会 が発足した際の弁済責任を訴えかける対象となります。

    皆さんもご存知の 千葉県 市原ゴルフガーデン も天災と装おうとしましたが、基礎工事と台風の際ネットを降ろしていなかった。人災の面を認め始め ています。

    鉄柱で家屋破壊のゴルフ場オーナー、謝罪と補償意向
    https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201909110000727.html

    このようにして、多方面から訴えかけることによって、不十分な司法判断だけでなく、歴史的事件事故として法改正の契機になります。

    教団は正に人災です。人がしていることですから、中山家と一部血族がやりたいようにした結果が現在ですからね。隠されてきた事件も山積みにあるそうです。各所からちらほらリークも増えてきているようですし、今後教団は縮小、問題は拡大していきます。

  241. 匿名

    台風15号の神の思いとは?様
    2019年9月18日 5:51 PM

    本部は神に背いたどころか神に喧嘩を売ってしまったのでしょう。ここ最近の出来事はあまりにも分かり安すぎる。偽者の教理を各地で振り撒く 中田善亮 の姿を見るだけでこれは異常事態だと思いました。各教会や大教会、本部関係者でも社会学で情報を得ていると聞いた事が有ります。
    それに本部朝づとめの際 教校学園廃止差し止め を訴えた人への対応の悪さが決定付けたと言われます。言った人を 回廊を立ち去る、中山家と本部員は嘲笑っていた聞き憤りを感じました。嘲笑われているのは自分とも気が付かない人の心も見失った知的劣化の下等集団だと確信した!と各協会長からも耳にします。
    もう仕組みとしての組織は残っているでしょうが、教団と信仰心の解離は顕著です。我が教会も系統もここ数年で信者数激減しております。これも成ってくるのは天の理 と受け止め 今後の信仰の歩み 法人の独立も視野に入れて考えて行きます。

  242. 東風Z

    >これも成ってくるのは天の理 と受け止め 今後の信仰の歩み 法人の独立も視野に入れて考えて行きます。<

    この匿名様の投稿を、教団上層部はどのように受け止めているのでしょうね。
    信仰の目的を見失ってしまったような教団上層部には、最早聞く耳は持ち合わせていないのでしょう。
    用木はともかく、教人は今一度信仰の目的を見直さなければ、教団本部と共に共倒れになってしまいますよ。
    感謝・慎み・助け合いのスローガンなんかどこ吹く風の教団の姿を見ていると、7年前に見限った自分が正解だったと確信が持てます。
    その意味からも、2019年9月18日 10:22 PMの匿名様の仰る実現のためにも、教団は史料集成部を一刻も早く全面開放すべきです。そうでなければ信仰の価値は皆無です。

  243. 田舎の教会

    私たちの信仰対象は親神様です。その親神の御心に従う事が信仰です。

    しかしながら、もはや人間信仰の天理教。青年会は大ちゃんへのごますり信仰。
    分教会は上級教会に従う。大教会直轄教会は大教会長に従う。大教会長は本部の顔色を見る。上級がアホでも従うのが信仰だそうだ。本部が腐って居ても、本部の声に心を寄せろと言う。食べる時食べる前に腐っているかどうか確かめるだろう。
    本部の方針やその在り方が腐っているか、腐って居ないか折々に検証せずして、永遠に食べられると思うのは大間違い。所詮、欲を持つ特権階級が運営しているのだから。我々教会はお人好しでは大切な本質を見失う。
    人生経験も苦労した体験も無い世界一幸せ夫婦のだいすけクン、楽しいことが大好きらしい。早々に命のつなぎはお金、とあちこちで偽教理を振りまいているらしい。誰も止められない。中山家の独走をままにさせている限り。その先に見える光景は親神が既に用意しているのだが。欲の埃で鏡が曇ってしまって見えないのだろう。
    今一度、本部中山一統は御筆先を読み返して欲しい。教祖による厳しいその筆の先は中山家に向けられているのですから。

  244. 匿名

    mami 様
    2019年9月18日 3:56 PM

    『ひきのエクェクのブログ』読みました。
    http://www7b.biglobe.ne.jp/~hikino-effect/index.html

    下記転記

    天理時報 陽気ぐらし世界建設に「金銭」による ”つなぎ” の理・・・?

    本教では、親神様の十全の守護の理の働きの一つに「金銭縁談万つなぎ」とある。”つなぎ”の理の働きに「金銭」も含まれていることを踏まえるとき、「金銭」には、物と物、物と人、人と人、あるいは人と神などを”つなぐ役割”があると悟れる。キャッシュレス社会となっても、この役割は変わらない。私たちが常に心がけるべきことは、陽気ぐらし世界建設に、この「金銭」による”つなぎ”の理の働きを、いかに生かすかであると思う。

    誰が書いているかは知らないが、基本的に意味不明である。
     以前中田表統領が
     「おつくし」は「命のつなぎ」であり、親神様にお受け取りいただく真実である。
     と書き、信者の顰蹙(ひんしゅく)をかったわけだが、時報の文章も同じ類いのものだ。

     「おつくし」「金銭」・・・ ”つなぎ” で調べてみると、奇妙な教えに出会う。
     
      十全の守護
     ○くにさづちのみこと・・・の働き。
     
     教典では 
     人間身の内の女一の道具、皮つなぎ、世界では万つなぎの守護の理。
     
     とあるのに、最近は
     人間身の内の女一の道具、皮つなぎ、世界では金銭・縁談、万つなぎの守護の理。
     
     『金銭・縁談』・・・がなぜか追加されている。なんか我が祖神大国主命のような?
     
     私は、今の今まで『金銭・縁談』が挿入されていることを知らなかった。
     
     十全の守護とは理の話・・・原理とでも言える、いわゆる基本的な概念の部分の教えだ。
     その中に『金銭・縁談』とはあまりに具体的で細目・場違いな言葉である。
     この教えを、まともにとれば『くにさづちのみこと』・・・世界での一番の働きは『金銭』となってしまう。・・・これは間違いだろう!と普通ならわかるだろう。
     
     Web上でよく調べてみると、様々なところで「金銭縁談万つなぎ」が一つの単語のような使い方がしてある。
      
     稿本教典の中に『金銭・縁談』なんてない・・・ということは、どこかの時点で誰かが『金銭・縁談』を挿入した。
     普通まともな集団なら、おかしいと気付いてどこかの時点で『金銭・縁談』を細目に移す修正がかかるであろう。しかし、現在の天理教は ”金が無くて嫁も来ない” 神様にすがるつもりで「金銭縁談万つなぎ」が定着してしまったかもしれない。
     
     こんな風に教祖の教えを曲解して日頃から使ってしまっているから「おつくし(献金)」は「命のつなぎ」などというとんでもないことを表統領が言うようになる。『龍頭が狂うたら皆狂うで』の言葉通り天理時報も狂ってしまった。
     
     キャッシュレスの普及・・・どう考えると・・・
     陽気ぐらし世界建設に、「金銭」による ”つなぎ:くにさづちのみこと” の理の働きをいかに生かす。
     になるのか?
     「陽気ぐらし」を「金銭」で繋ぎ止める?・・・まてまて、「陽気ぐらし世界」は建設途中だから、引っ張ってくる?
     全く意味不明である。
     天理時報は信じがたいほど頭が悪いと言わねばならない。
     
     この様に文句を書けるのも、実家の母親が、天理教をやめてしまった親不孝で異端児の私が、少しでも天理教と繋がっていて欲しいとの親心だ。まさに『くにさづちのみこと』毎週手配りで天理時報がやって来る。

  245. 崩壊

    >>こんな風に教祖の教えを曲解して日頃から使ってしまっているから「おつくし(献金)」は「命のつなぎ」などというとんでもないことを表統領が言うようになる。『龍頭が狂うたら皆狂うで』の言葉通り天理時報も狂ってしまった。<<

     裏返して考えれば、「お供え」をしない信者は不要なので、つながってくれなくてよいというように解せますね。みなさん、別に無理につながる必要などありません。どんどん離れていきましょう。邪宗教にいつまでも関わっていれば、それこそ命を落としかねません。

  246. 崩壊

    組織はなくても信仰できる!  様
    2019年9月18日 12:39 PM

    >>信仰とは人間の生き方、考え方であり、組織はなくても一人一人がいかに正しく生きるかを考えればいいだけのことと思います。
    そのための指針としてひながたがあるので、それを物差しに自分の行いや考え方がおやさまのあるいは神様の思いに沿っているかどうか考えればいいだけのことだと思います。
    おやさまは「ひとをたすけなされや」「くせしょうぶんをとりなされや」とおっしゃられましたので
    まず、自分にできるひのきしん、地域社会への貢献ができればそれが徳となり自分にかえってくると思います。
    もう効かなくなったおさづけや、近所迷惑のおつとめにとらわれることなく、せかいたすけのために自分のできる社会貢献こそが大事なのではないかと思います。<<

     まったくその通りなんです。中山一族やその取り巻き連中を養うために信仰するのではないのです。教団組織など全く必要ありません。自分ができる範囲の「人たすけ」は別にお金や財産など無くてもできます。以前、この掲示板でも紹介させていただきましたが、仏教の教えに「無財の七施」という素晴らしい「人たすけ」の術があります。「組織」や「お供え」や「お布施」を全く必要としない「誰もができる人たすけ」です。以下にその概要が説明されているHPを再度、紹介させていただきます。

    http://ichigu.net/pillar/service02.php

  247. 中山とその血族と取り巻きが、一番親神様を立ててない

    匿名
    2019年9月19日 12:32 PM

    こんな事を公式の機関紙で書いてる時点で意味不明です笑 お前ら中山とその血族と取り巻きが「つなぎ」の対極にある「立てる」が出来てないからからこの財政難に陥ったのでは?信者はみんな分かってるけど? 本当天理教の上層部は本当焼きがまわってるのね。こいつらが一番親神様を立ててないから真柱頭の病気 財政難、甘露大倒壊 が起こったのにまた他人のせい? 呆れる笑
    「金の繋ぎが命の繋ぎ」と、うそぶいた事を指摘されても謝罪はおろか訂正も出来ないでまた良からぬ嘘を吐き散らす笑 中田善亮 氏は 宗教家として明らかに失格です。
    文部科学省に天理協に対する教義と運営の是正勧告要求でもした方が良いですよ。もう宗教ではなく集金目的の営利法人に成り下がりましたしね笑
    カネカネカネとカネを語れば金は遠のく その意味も分かってない 詐欺乞食集団 それが天理教の上層部ですね。もう取り返しつきません笑

  248. ぶたまん

    匿名様 『龍頭が狂うたら皆狂うで』、私もこのおさしづは重いと思います。おさしづは、こうした重い言葉をさりげなく書いていますが、読む方もそれなりに重く受けとめなければなりません。
    実際その通りで、かつての麻原彰晃がそうだったし、ヒットラーがそうだったし、卑近な例で言えば、K国の文〇寅もそうですよ。トップが狂っただけで、その集団は破滅の道をたどりました。(文〇寅政権はまだ存続していますが、非常に危ういと思います。)
    オウム真理教なんか、麻原の取り巻き連は、麻原の指図に従ったために自らを殺人鬼に変えてしまい、その結果、<縛り首台の露>と消えました。これがヒエラルヒーといものなんでしょうが、私は処刑された人たちをお気の毒に思って冥福を祈らないではいられません。
    こうした極端な例を引いた後で天理教について語ると、天理教が何か悲惨な集団に見えるかもしれませんが、<龍頭>に当たるところにおられる方たちは、どうか針路を見誤られないように、しっかりと羅針盤を見つめていてほしいと思います。

  249. 誠真実

    仕事で某大教会へ行ってきた。誰も人(信者)が居なかった。電気代節約の暗い事務所に1人青年さんが見えただけ。街なかで広い土地建物、維持費だけで勿体無い。月に何日人が集まって使われるのだろうか?こんな無駄な建物が全国各地に存在している。大教会でさえこんな有様だから、分教会はもっと悲惨だ。本当に教会&詰所の統廃合が急がれる!!
    いっそ全て無くしてしまえば・・・・

  250. mami

    匿名様 2019年9月9日 12:32PM
    あの中の宇野たきゑ「『上田ナライト抄伝」の「~御母堂様が御用をお勤め下さるように迄の尊いつなぎとして~」
    に注目しました。本席の後継者であったナライトを「つなぎ」としてさらーと!このようにいろいろと本部(中山家)の都合のよいように。一事が万事!教外の作家、ジャーナリスト、学者のおかげでいろいろわかり有難いと同時に疲れます。「復元」とは?『ひのきしん」とは・・・・・・・etc
    崩壊様
    「裏返して考えれば「お供え」をしない信者は不要なので、繋がってくれないでよいというように解せますね」
    思わず笑ってしまいました。あまりにも適切で。

  251. mami

    ごめんなさい。脱字。「お勤め下さるようになる迄の尊いつなぎ」です。

  252. 匿名

    ある末端教会後継者のつぶやき、、

    >世界の支配構造を天理教が模倣してるわけよね。
    ワザと見せてくれてるわけ?
    奴隷契約いつもしわ寄せは末端。
    親様はそれこそ変えたかったはずなんだけど。
    甘い汁吸い過ぎると脳みそ腐るのかなワイの教会、昔から信者さんのお供えは1円も手を着けず全額上級へ。
    末端教会はお金に手を着けてはならない暗黙のルール。
    そのお金を小遣いとして嗜好品買ってる上級。
    神様に与えてもらってるだとよ<

    これが正常だと言えますか。一列きょうだい、互い立て合い助け合いの理想世界がいつのまにかこんなに腐れてしまった。
    馬鹿を相手にするほど我々の人生は長くない。悲しすぎます。
    腐れ教団の息の根を止めるには「金は出さない」事に尽きる。これ以上不幸な人々を生まない為に。

  253. 匿名

    匿名
    2019年9月19日様

    >>この様に文句を書けるのも、実家の母親が、天理教をやめてしまった親不孝で異端児の私が、少しでも天理教と繋がっていて欲しいとの親心だ。まさに『くにさづちのみこと』毎週手配りで天理時報がやって来る。

    我が子を 親不孝で 異端児と思い せめて天理教に繋がっていてくれという思考回路
    我が親もそういう時期があり 悪夢のようでした。陽気暮らしって ?

  254. 崩壊

    >>我が子を 親不孝で 異端児と思い せめて天理教に繋がっていてくれという思考回路
    我が親もそういう時期があり 悪夢のようでした。陽気暮らしって ?<<

     幸いにして、私は若いうちに、そうした思考回路を断ち切ることができました。世間的に見れば親不孝したのかもしれませんが、「間違っていることは間違っている」「成らぬ事は成らぬ」という断固たる信念がそうさせたと思います。また、年齢的な若さゆえに、決断して突っ走ることもできたのだと思います。私の人生も終盤にさしかかりましたが、私の判断は正しかったと思います。若い信者の皆さん、親や先祖の思想信条が必ずしも正しいとは限りません。自分自身の信念をしっかりと持ち、自分が正しいと思う道を歩んでください。それが「陽気暮らし」に少なからずつながるはずです。

  255. 通りすがり

    里の千人さま、あなたのおっしゃるとおりです。ここの掲示板の住人は「子供と同じ」なのです。
    私達は、低い優しい素直な心で通らせて頂きましょう。

  256. 匿名

    >>通りすがり
    >>2019年9月20日 8:30 PM
    >>里の千人さま、あなたのおっしゃるとおりです。ここの掲示板の住人は「子供と同じ」なのです。
    >>私達は、低い優しい素直な心で通らせて頂きましょう。

            ↑
    こういうイヤミったらしい粘着質な書き込みをしている人間の
    どこが「低い優しい素直な心」なんだ?
    「高慢 冷徹 ひねくれ者」だろ

    働かずにお供えで食べさせてもらっていると
    「通りすがり」みたいになってまうねんな

  257. 匿名

    通りすがり
    2019年9月20日 8:30 PM
    君は目球着いてるの?笑 それ言うなら、高慢代表、中山家と血族とその取り巻き に言えよ特に中田善亮にw
    今の若い修理人もカネカネ病にかかって各分教会でも顰蹙買ってるんだぞwww それも中田善亮が「お尽くしは金」とウソは八百教理を唱えてるからだろwww
    通りすがりさ、解説するとか言ってたけど一向にしてないよな?wwwお前が解説しての何の意味も無いけどなwww
    それに本部が「お尽くしは金」が誤解だ!と言いたいならちゃんとした解説文を機関紙で発表しろよ!
    大学教授にでも論文書かせろよwww 出来ないししないだろ!つまり大学教授もそんな屁理屈論文書いてたの享受に叩かれて教授生命絶たれたらこまるから誰も書かないしなwww
    つまり訂正も修正も解説もできてない時点で嘘八百教理は確定なんだよwww

  258. 崩壊

    >>働かずにお供えで食べさせてもらっていると
    「通りすがり」みたいになってまうねんな<<

     その通り、もう一言加えると「世間知らず苦労知らず」。しっかり働きなさい。

  259. 匿名

    通りすがりって、あの本部の若者PC部隊かな?www 程度低いwww

  260. がんばれ 通りすがり!

    先日 現在の本部や教団の体制に対して、天理大学の心理学派が呆れてるって聞いたけど、天理おやさと研究所も呆れてるのでしょうね。この2者がこのの書き込みで全員を説得したらいいのでは?と前々より思っていましたが一向にそれらしき人は現れません。それどころかここに書き込んでる方々と論調が同じなのだと思います。学問は理論を無視しません。理論的に無理をしてきたのは教団の今までの運営者たちですしね。それが今の惨状 これを教理では「成ってくるのは天の理」と言うのですがね笑
    通りすがり のその名前はこの現実から通りすがっいると言う事を自らが気が付くべきなのではないでしょうか? 現状、教団内で暴動や離反が生まれそうとマズイから気休めの書き込みしていることが余計火をつけている事に気がつけない大馬鹿なのかな?
    通りすがりさんにも少なからず期待してるからもっと皆さんが納得できる事「成るほどの人」になってよ。通りすがりはそれに成れてないという事がここで発覚するんだけどね。
    がんばれ 通りすがり!

  261. 崩壊

    >>学問は理論を無視しません。理論的に無理をしてきたのは教団の今までの運営者たちですしね。それが今の惨状 これを教理では「成ってくるのは天の理」と言うのですがね笑<<

     そもそも学問とは、理論の上に存在するものであり、理論のないところに学問は存在しません。宗教学という学問分野がありますが、理論の上に成り立っています。学問と宗教は根本的に違うものです。まして天理教のようなカルトに理論など存在しません。

  262. 匿名

    「皆つなぎに困っている」とは、天啓の繋ぎ役としてのナライト様の住居を本部に設置する事を、会計的にためらった増野正兵衛さんに対する本席様のお言葉ですが、この「つなぎ」を金としか解釈できない馬鹿が中山家に生まれるというオチは悲しすぎますね。

  263. 悪魔に魂を売った

    崩壊
    2019年9月21日 2:35 PM
    人間の知りえるものは全て理論上にしかない。それ以外を知るのは神で有ったとしても、この人が知りえる世界に存在する以上天理教は言葉はしっかり使ってもらいたいですね笑
    文字では天理教は天理教ですが、天理教は中山家の事ですと成っているのが現状でこの惨状を生んだ原因でもあるのは皆さんもご存知の通り
    中山家と血族とその取り巻きの勝手な解釈で、教理を汚しているのであれば彼らは現在の真柱あるいはそれ以上の惨劇を体験するでしょう。
    今の現状を受け入れたくないのは中山家血族取り巻きだけ、それ以外は受け入れている。この中山家がどう考えても暴走している。それ以外の何物でもない。権力で代えれるものと代えられないものがある事を未だに分かって無いのが親神教祖も「神の残念」と口を揃えるでしょう。
    中山家は神に背いたなら、悪魔に魂を売ったとなります。
    中山家と愉快な仲間たちの皆さんこのまま突き進みますか?笑

  264. 通りすがり

    天理教「邪怪学」研究所、別名、「ほこりの提灯持ち」のサイトと言います。
    稚拙な知識で議論しています。子供と同じです。
    無法者の集まりですから、まともに議論しても無駄です。
    運命下り坂で、気の毒な人々です。
    もうすぐ、身上事情で行くに行かれん日が来ます。命を大切にして下さい。
    かわいそうで涙がでます。

  265. 崩壊

    通りすがり ちゃん
    2019年9月21日 8:53 PM

    >>天理教「邪怪学」研究所、別名、「ほこりの提灯持ち」のサイトと言います。
    稚拙な知識で議論しています。子供と同じです。
    無法者の集まりですから、まともに議論しても無駄です。
    運命下り坂で、気の毒な人々です。
    もうすぐ、身上事情で行くに行かれん日が来ます。命を大切にして下さい。
    かわいそうで涙がでます。<<

     あいかわらず、毒舌だけは達者ですね。「ほこりの提灯持ち」「稚拙な知識で議論しています。」「子供と同じです。」「無法者」「運命下り坂で、気の毒な人」「もうすぐ、身上事情で行くに行かれん日が来ます。」 自分自身のことをよくもまあ的確に表現できるものですね!! あなたの自己分析力には脱帽します。

  266. 匿名

    通りすがりさん。
    現行中山教の素晴らしい所を具体的に書いてもらえませんか。私達は散々中山教による被害とその苦労話を見聞きしてきました。ここにも書きました。
    多くの人が精神を病み、家庭経済は破綻し、まともに高等教育も受けられず、親子は断絶し、教会会長夫婦は離婚に至りと、どれだけの人生が狂った事でしょう。
    あなたは巻き上げた人のお金で食べて来た人ですね。理不尽に虐げられた経験が無い、ぬるま湯に浸かりきったゆでカエルの様な人なんでしょうね。
    現中山教の信仰の良い所、良い結果を是非具体的に言って下さい。真柱の病気さえ治せないのが現中山教ですがね。

  267. 里の仙人

    私は天理教で飲み食いしている者ではありません
    ただの末端信者に過ぎないものです。先代の信仰に縁があり、天理教に引き寄せられた者程度です。
    私は高校卒業後 公務員試験に失敗しプータローの時分父が身上になり父の代理で修養科いったことがあります。19歳の時分1か月たった頃ホームシックにかかりどうしても家に帰りたくて天理教が大嫌いで神様にお願いする姿が乞食みたいでどうしても信仰する気になれません。もうやめて帰らせて下さいと甘露台に話したことがあります。
    神殿退出後 詰所に帰る時 ふと拝む姿が嫌いなら 皆に感謝され あなたの背中を拝む人を一人でもいいからつくる練習をしてみたらどうか? という考えが相反することが頭の中にこだまして それから帰りたくなる不思議な経験をしたことがあります。それから私の信仰の基礎として勤めさせてもらっています。教祖無き 現代にも神様は居るんだと実感したことがあります。それから実践するなかに不思議だらけの経験があるから教祖お言葉を書き込んだだけです。決して見下して話していると思わないで頂きたい。通る通らないは本人の勝手、無理には言いません。通ったもの勝ちです。もったいないことです。

  268. 匿名

    >>通りすがり  2019年9月21日 8:53 PM

    >>稚拙な知識で議論しています。子供と同じです。
    >>無法者ですから、まともに議論しても無駄です。
    >>運命下り坂で、気の毒な人です。
    >>もうすぐ、身上事情で行くに行かれん日が来ます。命を大切にして下さい。
    >>かわいそうで涙がでます。

    以上、 
    盛大なブーメラン、
    このコメント欄の おまいう大賞
    「通りすがり」 の自己紹介 Part2 でした

  269. mami

    私はこの掲示板に感謝しています。中山みき亡き後にできた天理教教団そして、それに繋がっている現天理教教団に関心がある方々が投稿されているのではないでしょうか。
    教団でよく実施されている「感話」大会の場所ではないと思います。神を実感する人もしない人も投稿される方はそれぞれと思います。

  270. 古い元教会長

    匿名様
    >あなたは巻き上げた人のお金で食べて来た人ですね。理不尽に虐げられた経験が無い、ぬるま湯に浸かりきったゆでカエルの様な人なんでしょうね。

    多分、違うと思います。そういう人は、天理教の矛盾をイヤと言うほど知っている人です。

    彼は、心底洗脳された青年か、後継者でしょう。
    本当に気の毒な人です。
    真実を知ることが怖いのかも知れません。
    真実の情報は見たくないのです。

  271. 崩壊

    >>彼は、心底洗脳された青年か、後継者でしょう。
    本当に気の毒な人です。
    真実を知ることが怖いのかも知れません。
    真実の情報は見たくないのです。<<

     真実を知る恐怖感はよく理解できます。誰しも知りたくないと思います。しかし、知らないことには道は開けていきません。癌患者が治療を拒み続けて逃げているようなものです。

  272. 匿名

    「社会」とか「世間」とかに出たら3日で「クビ」な人達ですね。
    社会や世間での「労働」で給料が貰え無い人達。
    これが真実では?
    職の無い無能教会長さん、後継者さん、貴方の事ですよ。

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