30年前に頻発した天理教の不祥事。教勢拡大は、不祥事に繋がるジレンマ。天理教幹部による8000万円脱税事件の背景。

日本が右傾化や好戦的になって言われて久しい。右傾化や好戦的態度と言われているが、国家としての前提なのか、戦争への連続性なのか、立場によって考え方は様々である。私の考えは国家として新聞を賑わしている大国視点ではなく発展途上国視点で弱者を救済するようになってほしい。平和や国益という目的は共有できても、方法論や手段が異なるため議論となり論争となる。
もちろん戦争は最も忌避しなければならないことではあるが、どのような立場であっても特定の視点でしか物事を見れないことに私は最も怖いと感じる。「まーまーしゃーない。ちょっと話ししようや」というような仲を取り持つような大人が最近少なくなっているのではないかと感じる。どのような大人も、たとえ戦争を声高らかに反対する大人でさえも、感情的になり、目くじらを立てている。そこにこそ戦争に近い雰囲気を感じるのは私だけだろうか。どのような立場も否定する気はないが、その人たちから見れば、私こそが平和ボケしているリベラルなのかとさえ感じる。
そのため私は国家総動員のようなスローガンが嫌いである。スローガンとなった途端に、それ以外の言論を封殺し、それに乗れきれない者を排除するような雰囲気が生じるからである。

この文脈で天理教のスローガンや130年祭への総動員的な雰囲気を批判するのは少し場違いなのかもしれない。なぜなら宗教とは、それが必要条件なのかもしれないからである。しかし現在天理教がもつ教祖130年祭に向かう集団主義的な雰囲気は、部外者の私には異様に感じる。天理教の発行物や天理教人にもらう配布物には、教祖130年祭に向かうことしか書いていない。

来年1月26日、天理教では教祖が身体的に亡くなってから130年を迎える。そのため現在、教団では広報誌などを使って「130年祭に向けて」と信者や構成員に対して国威発揚のごとく発信しまくっている。既報のように「130年祭までに3000人を信者に(初席者に)しよう」というノルマ的な数字まである。教会単位では「130年祭までにお供えを◯◯万円させていただこう」という金額まであるようだ。
数字ついて、いつも私が意見を聞いている天理教人に問い合わせてみると「数値目標として設定されているが、ノルマを達成しなくても特に罰則はない。罰則はないが、数字が低い天理教人は「頑張っていない(勇んでいない)」という暗黙の空気を周知することになる。これでも100年祭の頃に比べるとプレッシャーは非常に緩やかになった。100年祭の頃はいろいろあったから」ということであった。いろいろあったことについては「よく知らないけど、上層部からのプレッシャーから、教会長の強盗とか自殺が多かったようですよ」ということだった。

少し気になったので調べてみた。すると「天理教・その堕落と悲劇:300万信者の悲劇、お供え金地獄、教会長残酷秘話、本部の犯罪、相次ぐ離脱・・・」早川和広1988という本が出てきたので、早速取り寄せた。
天理教のお金にまつわる話や真柱中山家に対する批判などが中心であった。どこまで本当の話かは私には判断ができなかったが、この著者は社会派の力のあるジャーナリストのようだ。
そこに書かれていた100年祭前後の事件について引用する。

「東西礼拝場の建設や、百年祭の準備に忙しい昭和59年1月5日の早朝、本部直属教会長たちによる年頭会議が開かれる、おめでたい日を選んで、長崎県の肥長大教会長が天理詰所(宿舎)で首吊り自殺をはかったのだ。」(p20)

「同じ年(昭和59年)の10月25日、今度は山名大教会(静岡県袋井市)の部下教会である静岡県の鮎ケ瀬分教会長が天理の山名詰所で飛び降り自殺をはかった。この日は、東西礼拝場落成の日であり、前日には親神(人間創造の神)が人間を宿し込んだ地とされるぢばの証拠であるかんろだい(甘露台)据えかえの儀が行われ、翌日は秋季大祭という天理教の三大慶事が重なった、とりわけおめでたい日であった。」(p20)

「昭和59年5月28日、船場大教会(大阪市)の部下教会である埼玉県の大請分教会長が、東京・足立区の平和相互銀行千住支店(当時)に包丁を持って押し入り、強盗傷害の現行犯で逮捕されている。」(p21)

これについては、私も当時の新聞を見返した。当該事件の記事はあったが、天理教という文字はなかった。

「それ以前にも、57年12月23日、郡山大教会(奈良県)の部下教会である広島県の竜安芸分教会長が広島市信用組合大河支店に押し入り、やはり現行犯で逮捕されているのである。」(p21)

「そのおめでたい百年祭も終わりに近づいた昭和61年2月14日、天理教本部にとって由々しき事件が起きたことは、ほとんど知られていない。その日、日光大教会(栃木県)部内のある教会の団参一行は、天理へのおぢば帰りを終えた後、鳥羽伏見で一泊、帰路につくことになっていたのだ。ところが、その団参の引率者が入水自殺を遂げるという事件が起こったのである。天理の本部での自殺でなかったことが、教団本部にとってはせめてもの救いであったというべきかもしれないが、自殺の原因は、地元に帰れば、また立教150年へ向けての”きりなしふしん”(お供え金)が待っていると思うと、家路に向かうのが憂うつであり、その苦労を思い悩んでの結果であったと関係者の間では囁かれている。」(p26)

「昭和62年1月26日、立教150年を10ヶ月後に控えた春季大祭に、天理を訪れたブラジルからの団参の責任者が、翌27日、拳銃密輸容疑のため岡山市内の宿泊先で手入れを受け、拳銃数丁と実弾数発を押収されるという事件が起きたのだ。その日流れたテレビのニュースでは、天理教の名前こそ出なかったが、事件を知らされた天理教本部関係者・M氏は、「拳銃に限らず、海外の天理教関係者による密輸は、そう珍しいことではない」と指摘した。」(p30)

「2月18に日午後9時35分ごろ、東京都葛飾区にある天理教本田分教会から出火、木造平屋建ての同教会兼住居のうち、教会部分(70平方メートル)を焼き、高山朝治分教会長(76)と長男のプレス工・節男さん(55)の二人が焼死するという事件があった。翌日の「読売新聞」には、本田署の調べとして次のように書かれていた。<出火場所は、教堂とトイレの境付近とみられるが、火の回りが異常に早く、二人が焼け死んでいる場所が不自然などの点があり、同署できょう19日現場検証して調べる>その結果、本田分教会では、その火災の前にも出火があり、そのときは近所の人たちが消火器を持って駆けつけ、火を消したため大事には至らなかったという騒ぎを起こしていることがわかったのだ。そして、近所の人たちが帰った後、改めて内側から鍵をかけ、二人は石油をかぶった後、火を放って焼身自殺をしたわけであった。亡くなった高山分教会長は、何十年もの間、上級の本畑分教会(東京)に日参するほど信仰熱心で有名だったが、上級の会長の「私たちのまことの表しようは、(本部に)おカネをお供えする以外にないんだ」という姿勢が続く中でのカネ集めに、信者たちが音を上げ、家庭内も揉め、関係者に「ホトホト、お道(信仰)も嫌になった」と漏らすようになっていたという。「火事のあった日の午後も、同じ葛飾区内の布教所に行って、”カネ、カネ、カネといわれるばかりで、もうホトホト嫌になってしまった”と、弱音を吐いていた矢先の出来事でした(東京の教会長S氏)(p31)

「カネがらみではないが、天理教関係者にとって衝撃的だったのが、62年6月5日、香川県木田郡の天理教本田中分教会・佐々木徳雄教会長(49)が修行のため小屋に監禁していた女性(22)を死に至らしめたという事件であろう。地元の「四国新聞」(昭和62年6月7日)には、以下のように報じられた。<A子さんは先月ごろからノイローゼ気味となり、両親が佐々木に「娘の体の調子が悪いので、精神修行してくれないか」と頼み、先月29日にA子さんを預けた。佐々木は教会兼自宅でA子さんの面倒を見ていたが、A子さんが品物を壊したり、走り回ることから、両親に連絡して、1日、A子さんの手足を縛って教会東側のトタン小屋(幅2メートル、奥行3メートル)に閉じ込め、外から施錠。食事は佐々木や両親が運び込み、きちんと食べさせていたが、最近は食欲がなくなり、牛乳やプリンなどを与えていた。佐々木が5日午後7時すぎ、様子を見たところ、A子さんがぐったりしていたので119番通報した。調べに対して佐々木は、「両親から相談を受け、精神修行するためA子さんを預かった。しかし、A子さんが走り回って危ないので、けがをしてはいけないと思い、両親に話して小屋に入れた」などと自供。同署(高松東署)では、さらにA子さんを閉じ込めていた5日間の詳しい状況などを聴いている>彼女の両親は20年ほど前からの天理教信者で、本田中分教会に通っていたという。ちなみに、彼女が閉じ込められていた小屋は、ふだんは物置として使用されていたもの。当時、香川県では30度を超える真夏日が続いており、彼女は急激な脱水症状を起こしたとみられている。直接の原因は急性心不全であった。」(p34)

この事件は、私も当時の新聞を読んだ。同情する点も多く、佐々木会長の人柄もあり地元では減刑嘆願署名運動もあったようだ。

事件ではないが、

「ある教会の後継者で、当時はエリートサラリーマンだった人が、職場結婚することになったんです。相手は天理教とは縁のない人だったので、花嫁修行を兼ねて修養科へ行ったわけです。で、終了間近になって、本部員の先生にお茶に誘われ、二人きりになったら、その先生が「結婚をやめて、ぼくの女になれ」と関係を迫ったわけ。彼女はバカにしないでって、帰ってきたんだけど、地元に帰ってから、そのことを教会長に話したんですね。その本部員というのは、天理教のある施設(いこいの家)の長をやっている人物の関係者ですけど、文句をいっても、申し訳ないでおしまいですよ。(p93)

『T氏は語る。「修養科生に手をつけて有名になったのが、埼玉県の秩父大教会長です。相手が「生徒に手をつけ、女遊びをやっている人が教会長でいいのですか」と、本部に直訴したんですね。直訴されたんで、本部も何とかしなければいけないわけです。で、結局、夫婦仲が悪いから、そんなことになるのだろうというので、夫婦で海外布教に行ってこいと、ブラジルに半年ばかり行かされてしまった。しかし、帰ってきたら、どうせバレたんだからと、本人はもっとおおっぴらに女遊びをしている」(p94)

「教祖100年祭の準備も、ほとんど終わろうという昭和60年11月7日、天理教の幹部役員(本部員)3人が、大阪国税局の税務調査を受け、合計約8000万円の脱税を指摘され、約2500万円の追徴税を課せられていたことが明るみに出てしまったのだ。つまり、本来なら役員個人の支出として計上すべき子弟の学費や結婚式費用を、非課税の宗教法人会計で処理していたというのである。当時の報道によれば、その事件の概要は、以下のようなものである。<大阪国税局の調べなどによると、申告漏れを指摘されたのは、天理教本部で教団の運営に当たっている責任役員18人のうち3人。57年から59年にかけて全国各地の教会で行なった講演の謝礼金の一部や、役員個人が関係した出版料収入などを申告していなかった。また、東京の大学に進学したり、海外留学したりしている子弟の学費や結婚式の費用を宗教法人の会計から支出し、役員個人の申告から覗いていたが、同国税局は「子弟の教育費などは親である役員の個人的な支出であり、役員に同額の所得があったものとみなすべきだ」と課税対象として認定した。(「静岡新聞」昭和60年11月7日)

「60年の春ごろから一部関係者の間で問題視されていた、いわゆる中野大教会(滋賀県)問題であった。親教会の教会長の自殺未遂、ヤクザの介入など、話題は多いが、すべての原因は詰まるところカネに対するルーズさんあった。中野大教会問題とはいえ、問題をおこしたのは、部下教会である。つまり、中野大教会傘下に南濃分教会(岐阜県)があり、その部下に浪越分教会(愛知県)がある。問題はこの浪越分教会で起こった。浪越分教会の会長であった山田晴久氏は、(中略)いわくつきに人物であった。今回の問題の発端は、もともと彼が信者のために墓地の造成を手がけることに始まったのだが、墓地管理だけでは事業的に赤字が増えるばかりで、どうしようもないため、さらに不動産を手がける傍ら、ヘルスセンターをつくるというように、事業の幅を広げていったことであった。だが、しょせん素人のやること、(中略)59年までは、その借金も12億ぐらいだったらしい(中略)その結果、借金のカタに、浪越の部下教会までが担保に入れられ、責任を感じた親教会の南濃分教会長が自殺未遂をするに及んで、問題が表面化してしまった。そして、昭和60年3月半ば、浪越の部下教会長ら十数人は、天理教本部へ押しかけ、真柱が帰ってくるところを待ち受けて、”直訴”に及んだのであった。そこで、彼らは土下座して、浪越分教会長の不始末のせいで、自分たちの教会が担保に入れられているという窮状を訴えたのである。この浪越分教会の借金は、最終的には58億円に及んだといわれるが、そのうちの約40億円がいわゆる「悪しき金融業者からの金」だったと見られている。本来であれば、いくら本部で直訴などしても、本部が救済に入ることなどないのだが、この件に関しては、借金の取り立てに、ある暴力団が間に入って動いたこともあって、本部がその借金を肩代わり、暴力団に金を渡して、騒ぎを食い止めたといういきさつがあった。天理教本部は、その上で、中野大教会以下の各教会長を罷免、それ以上、問題が表面化しないようにしたのであった。(p97)

「中野問題以後、本部は心配になって、全国の大教会の借金の有無の総点検をやった。その結果、全天理教の教会の借金は、中野大教会を除いて、約100億円あったと言われている。」(p100)

「日野大教会は現在、山添理一前会長が実権を握っているのですが、この前会長についてはなにしろ袖の下を使って、上に取り入り本部役員になったと一般に噂されているぐらいで、悪い噂がいっぱいという人物なんです。この前会長時代に、日野大教会は滋賀県の山中に大きな敷地を買って、そこに大神殿を建てた。その費用を、カネに余裕のない部下教会に割り当てたのです。当時は、さらに教祖100年祭に向けて、本部へのお供えもしなければならない時期でしたから、各教会は非常に苦しい状況だったわけです。しかし、日野大教会側の言い草は決まっていて、『親のいうことはハイと素直に聞け!』という天理教の金科玉条を持ち出し、命令に逆らえば教会長の資格はないということで、クビを切られてしまう。そうなると、その教会長一家は路頭に迷うわけです。つまり、大教会に生活権まで握られているから、すべての命令に対してはイエスとしか答えられない。そこで、彼ら教会長たちは窮余の策として、自分の土地や建物を担保に入れて、金を借りまくり、サラ金や高利貸しにまで手を出さざるをえなくなる。ところが、利息も払えない。その結果、暴力団が借金の取り立てにくる。とうとう、部下の教会は逃げ場を失って、最後の手段として天理教の真柱に自分たちの窮状を訴えるために直訴したわけです」その金額が、全体で36億円であったというのだが、結局、天理教はその36億円を天理教の”御用銀行”である地元の南都銀行に立て替えさせたのである。そして、部下教会は、今度は南都銀行に、借金の返済をするという形にしてのであった。(中略)つまり部内で36億円という借金を生み、暴力団が介入、真柱への直訴騒ぎまで起きたにも関わらず、本来、そうした問題を起こしたことに対する責任が問われる山添理一前教会長は何も処分されず、逆に天理参考館館長に就任、出世までしているのである。」

以上である。その他、天理教関連の裁判事例や、大教会などの建物建築に関する問題、天理教の問題点を指摘したものへの罷免、除籍問題(中山みき研究ノート、八島問題、ほんみち)などが詳しく書かれている。とても興味深く、一気に読める。いずれ天理教関連の訴訟や裁判についても詳しく調査したいと思う。こうった事件や出来事は、天理教人の中では皆が知っている当たり前のことなのか、それとも知らない人が多いのだろうか私は知りたい。暗い過去としてタブーなのだろうか。

来年の教祖130年祭に向けて天理教本部は構成員にハッパをかけたいが、ハッパをかけすぎると教祖100年祭のように反社会的な事件が頻発してしまうジレンマを抱えることになる。もし100年祭のことのような事件が起これば、今の情報化社会では一気に社会から天理教批判が噴出するであろう。

私が最も興味深かったことは、天理教幹部(本部役員)による脱税事件である。私が知っている本部役員数人を見ると、本部役員はお金持ちという実感はない。生活に困っている感じではないがネット上に散見されるような、「天理教幹部は贅沢三昧」という批判は妄想的なお門違いだと私は認識していた。しかしこの事件で明らかになった脱税額は8000万円と高額である。3人の総計としてもかなり高額である。ということは、本部役員はかなりの高額なお給料を貰っていることになる。確かに今思うと、私の知る本部役員も贅沢な暮らしはしていないが、年の近い子供数人を大学まで行かせている。息子さんの結婚披露宴もそれなりのホテルで盛大にやっていた。そう考えると、贅沢に映らないような生活をしているけど、不自由のない生活であることは間違いないだろう。もちろん私の知り合いの末端の天理教人は、奨学金なしで子供を大学に行かせる余裕なんてなく全くなく、結婚式も明らかにお金がかかっていない教会での手作りであった。教会での手作り結婚式が悪いというわけではないが、信仰者の中のこの格差はきちんと明らかにすべきだと思う。
前回、天理教の財政統計をまとめた中で、「結局使途不明金が多くて、何に使われているのかはっきりしない」と感じた。しかし今回確信したことは、本部に集まるお金の中から数億円規模で本部役員の給料となっていることは間違いないだろう。また役員は、それぞれ病院や学校などの役員も兼任しており、役員報酬も得ている。もし違うというのであれば、天理教本部はより詳細な財務状況を公表すべきだ。

私は特に天理教と直接的な関わりがなく、お供え(献金)もしていないので、究極的にはどうでもいい。しかし、私の知り合いの多くの若者が、大教会で青年という立場で月2,3万円の給料(お与え)の中で生活し(衣食住はほぼ無料だが)、さらにその金額から毎月のお供えをしなければならないという生活である。もちろん年金も社会保障もない。また代々と続いている教会を継いだ若者なども、週に数回アルバイトをして日中は布教をして必死に生きている。毎月十数万の収入の中から家族を養い、教会を運営し、毎月のお供えもしている。信者からの献金は、そのままほぼ手をつけず上級教会へ献金し、最終的には天理教本部に上納される。もちろん、教会にいる彼らも年金や社会保障などできていないことが多い。しかし大教会や教会本部からは「たんのう(現状を喜ぶ)しろ」や「素直になれ」というレトリックを用いて弱者を洗脳している。こういった組織構造や既得権益を維持するために、教会本部や大教会が発するありがたい言葉は何の説得力もないだろう。私が当事者であれば、「なんじゃあこの組織は。あほらしい、やってられん」と思う。しかし組織構造に組み入れられた身分階層社会では、低位固定された末端の天理教人は「やってられない」と逃げることもできない。低位固定という概念は日本人にはピンとこないかもしれないが、ヨーロッパの階級社会と同様の構造である。

この状況を放置している天理教が、今後も社会の承認を得ることは難しいであろう。

30年前に頻発した天理教の不祥事。教勢拡大は、不祥事に繋がるジレンマ。天理教幹部による8000万円脱税事件の背景。」への213件のフィードバック

  1. 古い教会長

    この頃、真っただ中にいました。何の疑問も思わずに信じ込んでいました。オウムや統一教会の事件で目が覚めました。

  2. 憩の家

    天理教って想像していた以上に中はドロドロな部分があったんですね。
    今の憩の家の総長は奥Mら総長という方だそうですが、別名:憩の家は奥Mら病院とも言われているのです。何故かというと、その総長のワンマンで独裁のような経営だからです。自分の息子と娘にはたしか、泌尿器科だったか?の部長にさしているとか・・・
    しかも、総長なんて役職は昔はなかった。勝手に自分で作って、そこの20年近く居座っているのです。
    もう、年齢も80超えですよ。どんだけ金に執着するんだろと思います。
    (そいつのせいで、、、「そいつ」とは言いたくありませんが)かつての病院のレベルはガタ落ちです・・・
    そりゃ、トップがそんなんなら中身も・・・という感じでしょうね。
    ま、色んな部分でもう終わってる感じがしますね。

  3. よふぼく

    久しぶりにこのブログに投稿します。以前、「よふぼく」の名前で投稿したものです。
    前回、前々回のブログは興味深く読ませて頂きましたが、今回のブログは少し疑問がわき投稿させて頂きます。

    「天理教・その堕落と悲劇」や「中山みき研究ノート」は、天理教を知る人の中では「ぶっちゃけ本」として多少の人は知っています。特に矢島問題は法廷で矢島氏の発言(多くの天理教の虚偽が暴かれている内容)に対して天理教側(飯降政彦?)が、「相違ない」と認め、教会設立から「貧に落ち切れ」まで完全否定した本です。

    疑問がわくのは「あれから30年」経っています。30年前の話を持ち出して「社会の承認を得ることは難しいであろう」というのは、ちょっとどうなのかなと。つまるところカイン様としては天理教を潰したいのか、よくしたいのか、よく分からないなと思いました。読まれていない方にしては、今回の二冊は天理教を考える上でとても重要な書物です。ぜひお読みになることを推奨させて頂くと共に、今回のブログでこの書物が取り上げられた意義はとても大きいと思います。

    このブログを読まれる方は、どちらかというととても思案する真面目な天理教の方が多いと思っています。前々回のブログをお読み頂けてれば、予算的に数十年後の天理教は少なくても今の天理教ではないと分かると思います。その時に自分の想いやあるべき姿は何なのか、もしこれからも天理教に携わるなら、携わる人たちを大事に思うなら、そこにこそ「あらきとうりょう」の本質を発揮すべきなのではと思います。

    逆に言えば、このブログを見ている皆様に「どう見ても終わりっぽいよね。じゃぁ、天理教がこのまま堕ちていくのを黙ってみてる?」というメッセージになります。目のつきやすい本部員の不祥事はたくさん見ている。でも、天理教を信仰している、という人たちの心は見えていないですよね。

    天理教なんて潰れれればいいという立場をこのブログが取るのであれば、そのように見ます。
    天理教はこうあるべきだと説くブログであれば、今後も投稿させて頂きます。

    ありがとうございました。

  4. 古い教会長

    もう救いようのない状況になってきているのかもしれません。神様はどう見ておられるのでしょうか。解体してやり直すしかないのでしょうか。世界に目を向けていかないと、天理教の中だけの天理教ごっこ、になってしまいそうです。

  5. 憩の家

    >>古い教会長さまへ
    はじめまして、何度か投稿させて頂いている者です。(信者ではありませんが、、、)
    昔の天理教はもっと熱心で、まだまだ大丈夫だろう・・・という安心感というものか安定性みたいなものを感じておりましたが、昔からも表面上出てこなかっただけで何かとあったのですね・・・
    それが、もう現在では如実に顕著に出てきてしまったという感じなんでしょうね
    本部の東側の痛んでいた道路も(まだ、お金には余裕があるのでしょうか?)綺麗に舗装されてます。
    これも、来年の130年祭へ向けての「形」での何かということなんでしょうか?
    天理教維持財団を無くしてしまったことは、天理教にとって取り返しようのない痛手を被ったのではないか?と個人的に思っているのですが、どうでしょう?(噂では兆を超すお金を株式投資か何かで失敗をしてドブに捨ててしまったとか、、、)
    そりゃ、賢い信者さんは離れていくのが自然だと思いますね。
    天理教という組織はあまりよく分かりませんが、恐らく完璧なピラミッド型なのでしょう。
    「親神様」が頂点に君臨して、そこから下に下に・・・という感じなんでしょうね。
    そこに上からの「無言の圧力」みたいなものが代々あるのでしょう。
    極めて封建的で閉鎖的で村社会的な感じなんでしょうね。
    今後、天理教はどうなっていくんでしょうね・・

  6. よふぼく

    > 古い教会長さま、憩いの家さま

    30年も前に書かれた本で弱気になるのはやめましょう。
    ですが読んだことがなければ、ぜひ読んでみてください。
    どちらも今は絶版(理由は政治的圧力なのかはわかりません)ですが。
    私は数年前に国会図書館から取り寄せて、そのあとヤフオクで競り落としました。

    矢島氏の「中山みき研究ノート」はただのぶっちゃけ本ではなく、
    本来、天理教とはこうなのだと説いている(第一章参照)貴重な本です。
    残念なことにその主張はとても自由主義的であり、日本国としての宗教法人としては
    受け入れがたいものがあったと思います。なので天理教教典からは多くは削除されています。

    おやさまはこの状況で何て言うんでしょうか。

    汚れきった現状の天理教の多くの毒を見て「やっぱダメか。じゃぁ陽気ぐらしはもういいや」
    というのでしょうか。三千世界を助けたいとがんばったおやさまはどうなるのでしょうか。
    天理教の事情がどうであれ、今の時代を作るのは、今を生きる我々なのです。

    10年後、20年後に本当の陽気ぐらしを。おやさまはそう思っていると、思うのです。

  7. 憩の家

    よふぼくさん、こんにちは
    You Tubuで「天理教の時間」と検索すると、昔の会長の方とかの動画とか見れますね♪
    教祖50年祭~120年祭までの動画とか
    何事も歴史から学ぶのもその分野を知る1つとして大事なことかと思いますので色々見ました。
    2代目さんの正善さんあたりまでが色々熱心で良かった感じの印象を受けます。
    しかし、宗教とて栄枯盛衰は避けられないという意味では、まぁ人間(教団)がすることですから、このような現在になるのも致し方ないのでしょうね。
    うーん、やっぱりなんだかんだ論じたところで、結局は発展性のある話には繋がっていかないか・・・

  8. にごったヤクルトは飲みたくない改め復元派

    カインさんのブログから勢いで名前の一部にヤクルトを使ってしまいましたがヤクルトの関係者にご迷惑をおかけいたしました。ヤクルトを貶めようとしたものでは決してありません。他意はございません。ここにヤクルト関係者の皆様にお詫びし今回より「復元派」に改めます。
    毎回、興味深くブログを読んでいます。今回のブログの文中に八島英雄さんにふれてありましたので、「中山みき・研究ノート」について少しふれてみます。
    八島英雄さんはご存じのとおり教会本部から異端とされた人物で、櫟本分署跡保存会を主宰されていた方です。かつては二代真柱とともに復元に取り組んでこられましたが昨年お亡くなりになりました。
    数年前にひょんなことから櫟本分署跡講座を聞く機会があり「うん、うん」と何回もうなづいた記憶があります。さっそく八島英雄でググってみるとネット時代のありがたいことにいろいろな情報にふれることができました。ある日ヤフオクで
    「中山みき・研究ノート」が出品されていましたので落札した次第です。同時にそれに対する天理教青年会編の反駁本「確かな教理理解のために」を道友社で買い求めました。
    ここからが私自身の苦悩のはじまりでした。どちらが本当の中山みきの教えなのかということでずいぶん考えました。もちろん自分の頭で。同時に櫟本分署跡講座をネットからダウンロードし、iPodに落とし込んで90分の講座を約70本すべて聞いたのです。教会長さんに聞いても本当のことは教えてくれません。むしろ櫟本には行くなと言われるだけですから。
    今では自信をもって言えます。教会本部の教えは中山みきの教えではないと。一部が本当、のこりはすべて嘘。
    「愛の水中花」の冒頭、愛を嘘に変えたらぴったりです。 ♪これも嘘、あれも嘘、たぶん嘘、きっと嘘♪ (松阪慶子さんごめんなさい。)
    どこに嘘があるかはここではあえて書きません。このコメントにふれる方に先入観を与えたくないからです。カインさんのブログでは公表された統計・出版された著書にある事実にもとづいて書かれていて、教えの真偽についてのブログではないのも理由のひとつです。
    今でも講座はダウンロードできますので一度聞いてみることを強くお薦めいたします。
    どうかご自分の頭で考えていただきたい。目から鱗が何枚も落ちていきます。いままでおかしいなと思っていたことがすっきりした気分です。
    嘘と本当を篩(ふるい)にかける・・・これがキーワードです。

  9. 匿名

    本部員になっても一般信者と同じアパートぐらしの人もいるし、大衆浴場に入りにくる人もいるし、多分そんなにもらってないですよ。30年前と今では経済も信者数も違いますしね。
    世代もかわってますから、いくらかクリーンにはなってると思います。
    それに、一般信者が本部で勤める(本部勤務者)の給料よりも、本部在籍者の給料の方が少ないみたいです。
    そんなことわざわざ言うことでもないから言わないのでしょうが。

    いつも天理教社会学研究所の記事を読ませてもらって、なるほどと思うところはありますが、今回の記事は説得力に欠けているように思います。
    30年前のことは事実として、そういう暗部もあったんだと思いますが、現在の体制を語るには資料として弱いように思います。

  10. 古い教会長

    多分、そうだと思います。問題は一部の人かも・・・でも今の世襲制では、とんでもないモンスター教会長・本部役員を生み出す素地があると思います。

  11. ポチのパパ

    教団は、史料集成部を完全公開してください。そこに本当の天理教があります。秘庫があるかぎり、「だめ」の教えとはいえないと思います。

  12. 匿名

    ポチのパパさん。あなたは集成部に何をもとめているのでしょう?
    様々な媒体を通して開示しているではないですか。過去の教義講習会録や復元などを読まれてみてはどうでしょう。
    むしろ公開されていないとおっしゃっている事物がなんなのか知りたいくらいです。
    それが『天理の霊能者』程度のトンデモ資料に基づくものなら、あなたの考え違いとしかいいようがありません。

  13. 古い教会長

    「むしろ公開されていないとおっしゃっている事物がなんなのか知りたいくらいです。」天理教は本当にオープンな教団ですね。全て公開されていますし、何でもモノの言える素晴らしい教団です。
    本当に明るい未来と陽気暮らしの世界建設の為に着々と歩んでいる何の心配もない教団ですね。
    安心して信仰して行きます。

  14. 教えてください

    匿名さん
    今回のご発言にある「過去の教義講習会や復元」ですが、それをふつうに読むと、今説かれていることと違うことが出てきていますが、そのことを承知でおっしゃっています? しっていたら、怖くて、「読んでみられたら」、などと気軽におすすめできないように思います。そこには、今でていないモノがつかわれてますよ。それは集成部にあるのでは?。あっそうか。匿名さんはそのことをおっしゃっているのか。。。

  15. 教えてください

    本部の在籍者が「一般信者と同じアパート」に入っているとは初めて聞きました。在籍者と勤務者の違いは住宅事情で、在籍者は死ぬまで面倒見てもらえるが、勤務者はやめたら本部の住宅を出ないといけない。でも自分の家を持てるほど給料も貯蓄も退職金もない。アパートと思っている施設は、本部の施設ではないですか。
     在籍者には、祭儀(冠婚葬祭)や巡教のお礼のような見えないものがありますが、勤務者にはありません。衣食住で保障されている部分も多いです。えげつないお金の使い方はなくても、教庁や病院などで、そこのお金・人・ものを公私混同して使っています。勤務者は使われる方です。教庁のお金が絞られれば、多少なりとも一般財源がある病院のようなところに一族を送り込みます(勤務者にはそんなことはできない)。ただ、能力があるわけではないし、本部との兼職ということで職場で仕事もしない。信者数が減り、お供えが減るが、在籍者は増える。大教会を母体にしないので、自前の財布を持たないのでどこかに寄生する。一部では決定的にモラルハザードを起こしているように思います。匿名さんは、ぜひ敬愛する真柱さんにそういう現実をお伝えください。

  16. ポチのパパ

     お尋ねに感謝します。先ずは、私は何も求めておりません。宗教には秘仏だとか秘事だとか私には理解できない事柄が多いように見受けます。そのような世界の神仏の存在は尚更信じられません。話は逸れますが、福島原発事故の現場を視察した息子の発言から、一層その感を強めています。そこには愚かしい人間が居るだけで神仏の存在感は皆無です。
     ただ、親しい友人が地方の天理教会トップの嫡男です。天理大学を卒業して宣教師として海外にまで出向いて宣教に携わった経験もある方です。その方は上層部からのお供え攻勢に耐えかねた妻から離婚を言い渡された高齢独身者です。今でも、平均すると毎日4千万円近い費用を使っている教団本部に疑問を持ち、本当の教えはこのようなものではないとの彼の思いを代弁したものです。主に関東、北越及び東北を駆け巡る彼から数日前に来た便りにも、疲弊する数々の天理教会の大変さが書かれていましたよ。たまたま、このサイトにたどりつき、友人を思いコメントしただけのもので、信仰者の幸福感まで否定するものではありません。大学時代からの史料集成部への入室を希望する彼の思いは無理な願いなのでしょうか。仮に入室が許可されて出てくる結果の良しあしは彼自身が判断することでしょうから。
    先のコメントの書き方は、誤解を与える書き方であったことをお詫びいたします。

  17. 匿名

    在籍者は昔からそこに家がある場合と、おっしゃるように本部の施設であるアパートタイプの住居に住んでおられる場合の二つです。後者の場合は本部在籍も一般勤務者もごちゃまぜです。
    また、私の知る一般勤務者は老後のために一軒家を購入して住んでいます。そういった方は一人や二人ではありません。賃金が少ないのは知っていますが、退職金がないというのも事実ではありません。

    祭儀や巡教の御礼などについてですが、まず巡教の御礼は出るでと思います。そのことについて個人的な興味から本部の方にきいたことがあります。すると「巡教の際の教会へのお供えで返す」とのことでした。
    祭儀(冠婚葬祭)については「本部在籍だから御礼が出る」という認識が間違ってます。本部の葬儀ならば本部の人が行って当然です。逆に部内分教会や一般信者の葬儀で本部の人が祭儀をすることはありません。本部であろうが、部内教会であろうが、その斉員に喪主から御礼は出るでしょう。
    そして、教庁や病院の会計や人材が公私混同で使われるなどありえない話です。それなら勤務者はやめてますよ。勤務者が圧迫されてやめれない現状もありません。
    私も本部組織について思うところはありますが、貴方の意見は先入観に固められすぎているように思います。ちなみに私は分教会の一信者ですので、真柱様に直接謁見することはかなわないでしょう。仮にそうした機会があったとしても、そんな小言いえません。
    組織がどうあれ、お道を歩むことが大事です。他者の弱点を見つけて信仰を続けるのは楽しくないですよ。

  18. 匿名

    復元はすべて読みました。過去の教義講習会については手に入るものは読みました。
    「復元」はおもしろかったです。稿本教祖伝の元資料とその考察などが興味深く、ひながたを身近に感じる機会になりました。
    教義講習会については、革新時代のこともありますからデリケートなのは承知しております。
    ただし、それは政府の圧迫などの歴史的な背景をみれば、分別はつくわけで、それほど怖いものとは思いません。
    「公開してください」といわれることに対して、こういう資料がありますよとご紹介したまでです。それをどう解釈するかは各々ですからなんとも申しようがないですが、集成部としては資料の開示はしているのですよと主張しておきたかったのです。(集成部の肩をもつわけではありませんが)
    教祖伝や逸話篇には収録されていない、いわゆるご口伝も散見できますが、そのことを「今でていないモノ」と仰ってるのでしょうか?でしたら現教義を脅かすようなものがあるとは思えません。
    改めて申し添えておきます。

  19. 匿名

    ポチのパパさんは天理教の方ではなかったのですね。
    私の所属する教会も貧しさをのぞかせます。また、私も貧乏です。
    しかし、お供えされたものがどう使われようが別にいいかなぁとも思っています。
    お供えにひもをつけるようでは、教祖の仰る教え通りとは言えないのです。
    教団組織がなければ、そういった不平不満は出ないのかもしれません。教会制度がなくなれば、生活は楽になるかもしれません。しかし、お道の信仰は自分が楽をするためのものではありません。人をたすけるための信仰です。楽ではない中でも、人がたすかれば涙が出るほど嬉しいです。それが信仰の醍醐味だと思います。その方が本部に疑問を持ちつつも、天理教の人として駆け回っているというのは、やはり信仰があるからだと思います。
    上級や本部に対して不平不満を言うことは簡単にできます。また、そういう人があってよいとも思います。しかし、それに終始しては信仰を見失うでしょう。「信仰は一名一人」のものといいます。極端に申せば、組織を離れても個人的な信仰ができるわけです。教祖の教えにそれを否定するものはありません。わたしも個人的な信仰を志したことがありましたが、幸いにも教会の方が真摯に信仰を伝えてくださるので、今もつながっております。
    その方が史料集成部への入室できればいいですね。あるいは天理図書館なども貴重な資料が揃っていますのでご利用をおすすめします。
    そういえば、先日の本部月次祭の祭典講話に立たれた上田先生は集成部の方のようです。久々にしびれる講話でした。ぜひ、来月の「みちのとも」をご覧頂くようご紹介いただければと思います。

  20. 教えて下さい

    匿名さん。ありがとうございます。お言葉感謝します。貴兄は「ない」ではなく、「ありえない話」や、「一人や二人ではない」で立論されているのですね。その心理というかなんというか、うらやましいです。いずれにせよ、天理教の教団人は、天理教の人に対して、時に差別的に厳しいですから、天理教の人の悩み、さらにはそこに内蔵される構造的で解決すべき問題点には答えてくれないだろうということがよくわかりました。天理教の信仰も切れかかっていましたが、何か良くなるのではないかと期待していた私が悲しい。このブログ、そして貴兄のコメントを見ることはなくなると思います。さようなら。

  21. 匿名

    あくまで私の知る限りですので、論証としては私感にまみれていますね。申し訳ありません。ただし、貴方の仰ることもまた客観性をもたないと思うのです。
    私のしたかったことは私の知るかぎりの情報をもって、貴方の天理教組織観における誤解を解くことでした。私も教団に対して思う所はあります。しかし、ポジティブに捉えるようにもしています。
    教団に対して影響力をもたないお互いですので、私たちがどうこうと議論をしたところで変わるものではないのはお分かりかと思います。この問題に対しての解決方法は「個人の信仰」ということでしかないと思います。
    教団に従属することがあなたの信仰の大部分をしめるのであるなら、やめてしかるべきです。私はその信仰に価値を見い出せません。私の思う信仰は、教祖の教えである「お道」を歩むことです。
    ただ、貴方が仰るように、教団は残念な印象を払拭できるようにクリーンになっていかなければならないとは思います。その教団の導きのもとに個々の信仰があるのが一番いいでしょうね。一日も早くそうなる日を願います。
    いずれにしても、貴方が教祖の教えを胸に今後歩まれることを願うばかりです。

  22. 古い教会長

    「お供えされたものがどう使われようが別にいいかなぁとも思っています。」と書き込んでおられますが、これは駄目でしょう。ヒモはつけなくても、人のため、世の為に使われなければ、いけませんね。
    お金は魔物ですから、必要以上持つと人も組織も駄目になってしまうのでは?

  23. 元三世

    ここに書かれているような天理教団が起こした大不祥事、悲惨な事件など知らない人が多いだろうと思います。
    特にインターネットに疎い高齢者の人達は。

    現役の盲信者の人達に、教えて上げたところで「誰かが天理教に対して言っている悪口」程度に聞き流してしまい、逆に、そのような事を口にした人に“徳がない人”と烙印を押してしまうことは、火を見るよりも明らかです。

    “難しい事は考えず、ただ、陽気暮らしさえしていれば良い”と言って、天理教が危機的状況に追い込まれている事を感じ取っている人は、自分の周囲にはいなかったように思います。

  24. 天高卒業生

    「お金は魔物ですから、必要以上持つと人も組織も駄目になってしまうのでは?」全く同感です。「人をたすけるための信仰です」が、人を助けている教会長なんか今はほとんどいてません。「徳がある」というこじつけの世襲、北朝鮮と何ら変わりはありません。

  25. 天高卒業生

    ここに書かれている人は心得違いをしていると思います。自由という一つ理、心どうり、心しだいの守護ということ。
    私は気が向いたとき、お供えをする。、気が向いたとき参拝、にをいがけをやらさせていただく。自由という一つの理。
    よふきぐらしは、人たすけということを考えますね。

  26. 一読者

    「復元」ってどこで購入できますか? 掲示版代わりに使ってすいませんが。

  27. 古い教会長

    あれから30年、何もなかったかのように忘れ去られ、当時を知る本部関係者も少なくなり、また同じ過ちが繰り返されそうになる。どこかの教会では、教祖誕生祭に一教会25000円と決められているそうだ。まるでお供えが世の中を陽気ぐらしへ導く神の手段のように思わされている。
    (何の努力もせずに、金を集められるシステム。声を上げていかないとエスカレートしていくでしょう)

    その昔、柏木庫治は借用書を部内教会長に渡し、「借りられるだけ借りて来い!」と言われたようです。「返せ」と言われたら、無いものは返せないのだから「今は無い。ははははッ!」と笑っていればいい・・と。それが武勇伝のように伝わり、借りてでもお供えをすることが良いことになって行ったのです。
    柏木先生のマインドコントロールが未だに解けていない教会長が、まだ多くいる。近年、東中央大教会では初代の講演テープをCDにして売り出している。新たに洗脳されてゆく人が出てくるかもしれない。

    借りるのが一回だけなら何とかなるのだが、きりなしに借金を重ねて、挙句の果てに教会長達は追い込まれて行ったのです。

  28. 古い教会長

    2015/9/1123:12:15「ヤフーの知恵袋」にこんな書き込みがありました。
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11150193671

    「天理教から助けてほしいです。

    天理教学生会を辞めたいです。

    私は今大学生で天理教の学生会というものにスタッフとして入っています。

    初めは楽しくやっていたのですが、スタッフとして係っていくうちに学生担当の先生(学生会をサポートする大人の方)や青年会(天理教では15から30、40あたりの人は青年として布教などをするそうです)の人たちから、「もっと学生会に動員してほしい」「教会を巡回して」「においがけ(布教活動みたいなの)をして」と言われるようになってきました。

    親戚一同(親も含む)は天理教を信仰していますが、私自身信仰心は全くありません。
    神様も信じられないし、信じたくもない。
    自分のためじゃなくて人のために信仰するものだと言う人もいますが、人の為になることは天理教じゃなくとも出来るわけで、宗教自体、絶対にしなければならないものではないと思います。

    親が天理教をしていた、一歩天理教に足を踏み入れただけで抜け出せなくなり、布教をするように迫られるのは、信仰心のない身として本当に苦しいです。

    そこで天理教を辞めたいと考えたわけですが問題点が出てきました。

    1つ目は学生会のこと。
    今学生会の委員長と呼ばれている方が大学4年で、もう卒業していなくなってしまいます。そこで次期委員長に選ばれたのが私です。私以外のスタッフはまだ学生会に入ったばかりで、学生会についてほぼ無知の状態です。
    今私が辞めてしまうと、学生会が潰れてしまうのではないかと思っています。
    私自身、別に構わないのですが、残されたスタッフのことを考えると申し訳ない気持ちになります。

    行事も、委員長が4年で卒論などが忙しく来れないので、私が参加しないと回らない。
    でも参加すれば憂鬱になります。

    自分のこういった気持ちを押し殺してまで、宗教はやらなければならないことなのでしょうか?

    これを見てもらい、聞いてもらえるだけでも十分ですが、どうやったら天理教学生会を辞められるか、いい考えなどを教えていただけたら幸いです。」

  29. はんじろう

    古い教会長様
    ヤフー知恵袋の質問、URLからとんで拝見してきました。
    質問に回答しているのは、なぜかほとんど教団内の人と思われるような方の
    回答ばかりですね。ベストアンサーに選ばれている回答もありましたが、
    真に質問者の気持ちを理解し、広い視野からアドバイスしているような、
    一般的にも説得力のある回答がないのが残念です。

  30. 古い教会長

    はんじろうさま。
    本当に残念なアンサーですね。
    この質問者に寄り添う本当の優しさが感じられません。
    優しそうな言葉で突き放しています。

  31. 匿名

    バカ坊ちゃん達が、教祖の年祭毎の普請なんて教えにない事をしてきたおかげで、年祭毎に、大問題を発生させている訳です。
    その行き詰まりが100年祭の不祥事群なんですね。

  32. 匿名

    教祖様はご存命です。今はおじばから離れ、世界助けに出ておられます。
    ご自分の教えが捻じ曲げられ、教団消滅を急いでおられます。
    多くを悩まし、人の命さえも取り、犯罪までもおこさせる現実です。
    信者の使い方、動員の仕方は非常に暴力的で、「人助けの天理教」ではありません。
    教祖様はおじばにはおられません。

  33. 匿名

    世界にも行かれると思いますが、おぢばにもいらっしゃると思いますが。

  34. 匿名

    お声が概念として伝わってきたことが何度かあります
    悩んでいたことに概念のお声が聞こえ、のちに証明されるような体験をしたことや、不思議な体験を沢山しました
    前におさづけをしていただいた時はその時を境に痛みがとれました

  35. 一読者B

    匿名さん
    体験は、思い込みやこじつけ、錯覚、プラシーボ等と、どのように区別ができますか?

  36. 匿名

    理論的な説明は、自分の中では年々強化されますが、自分の考えを述べるのは僭越な行いですから。
    体験は私の場合、答えと証明の時間軸の前後や、声の概念などです。
    はじめてお声の概念を頂いたのは、夕づとめの後の教祖殿での12下りの講習の時に、どうぞと扇を差し出して頂いたのに、参加する勇気を持てずに帰ろうとし、階段を降りかけていた時でした。「自分からひいていくから仕事もうまくいかないのやで。」的な概念でした。

  37. 命の泣き声

    平行線!笑
    一読者Bさんのプラシーボって表現、流石です(笑)

    もう少しで良いコントが生み出されそうな気配が…
    ( ̄ー+ ̄)

  38. 匿名

    命の泣き声さん、少し読ませて頂きました。
    それでも私は神殿や教祖殿、祖霊殿に癒しを感じると思います。各教会の御苦労には頭が下がる思いです。
    神殿は24時間開いていて、真摯に神様に向き合っておられる方々が来られます。
    命の泣き声さんの文章は今後も読ませていただきます。

  39. 匿名

    神殿、教祖殿、祖霊殿が維持されてきたのは皆様の御苦労のおかげですね。
    参拝できる際には感謝しておつとめをさせて頂きます。

  40. 50代元信者

    神殿は神聖なる祈りの場ですよね。
    信仰から離れた私でも、今なおあの場所に座り信者さんたちの祈りの姿を拝見しておりますと、
    心が穏やかになります。

    ですが、その祈りの場におきまして(教祖殿にて)
    私は信じられない出来事に遭遇したことがありました。

    私がおや様に深く祈りを捧げておりますその時に、
    耳元でこうささやく青年がおりました。
    「太鼓が通りますので道を開けてください」

    未だにあれは夢だったのかと時折自分の記憶を疑うのですが、
    これは事実です。
    もう20年ほど前の出来事です。

    一見さわやかな青年でしたし、恨み心をもちたくないので、
    「もうここにこだわらなくていいですよ」とおや様がその青年の口を通じて
    私に語り掛けてくださっているんだと勝手に解釈してその場を去りましたが・・・
    (教団から離れ始めていた頃のことです)

    50代の今の私なら、確実に若者に説教しますね。
    「神との祈りをなんと心得る」とね。

    ですが、いろいろと汚れた部分を見せられたお陰で、
    教団から離れ、自分の頭でしっかり考え判断し、
    自分の良心に従って生きることで本当の幸せを与えていただくことができました。
    親戚一同天理教で、叔父叔母は何人も教会長ですが、
    誰一人離脱した私に意見を申すものはおりません。

    私が親戚の中で一番幸せでにこにこしているからです。
    (ちなみに20年前まで、私は純粋で一途な天理教信者でした。

  41. 匿名

    教祖殿にいると包まれるような気持ちになりますね
    祈りの途中で太鼓が通ったのですね
    祈りが中断してしまったのですね
    悲しく思われたのですね
    祖霊殿はお好きですか?私は祖霊殿も好きです

  42. 匿名

    本当に感謝の言葉しかありません。
    様々な御苦労があられると思います。
    参拝させていただけるのは本当にありがたいと思います。

  43. 一読者B

    >理論的な説明は、自分の中では年々強化されますが、自分の考えを述べるのは僭越な行いですから。
    体験は私の場合、答えと証明の時間軸の前後や、声の概念などです。

    読解力の問題なのでしょうか?
    何を言いたいのか、意味がよくわかりませんでした。

    感謝します。お陰様です。
    おつとめさせていただきます。
    ふんわりと、お花畑でふんわりと。
    苦しみや悲しみ、問題などには背を向けて
    そんな風に生きるのもありなのかもしれませんね。
    誰も責めることはできませんね。

    矛盾を見過ごすことが出来ず、苦しんでいる人のことを考え、
    真理は何かと追求し、見たくもないものから目を背けることも出来ず、
    ふんわりとしていられない人達は、目が醒め、見えてしまったものに対して
    今更自分に嘘がつけないのでしょう。
    しかし、たまには何もかも忘れてふんわりとお花畑でくつろぐのもいいかもしれません。
    無論ずっとは、無理ですが。

    あれ、思ったことをそのまま書いたら、なんだか嫌味な文章になってしまいました。
    ただの素直な感想であって、嫌味ではありませんので、あしからず。

  44. 50代元信者

    私もお花畑という言葉が浮かびました。

    そして次に、ハンナ・アーレントの言葉を思い出したのです。

    ————————————————————————————————————–

    「凡庸な悪」

    ハンナ・アーレントは、ドイツ生まれのユダヤ人政治哲学者。

    ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人虐殺)の実行責任者だったアイヒマンについて
    アーレントは、イスラエルで行われるアイヒマン裁判を傍聴し、そのレポートを「ザ・ニューヨーカー誌」に連載することに。
    そこに出てくるキーワードが「凡庸な悪」。

    アイヒマンは反ユダヤ主義者ですらなく、上からの命令に忠実に従うだけの役人に過ぎなかった。ただ、彼が一人の人間として考えるのをやめたこと――つまり、「思考の放棄」が、20世紀最大の悪をもたらした。そうアーレントは喝破する

    つまり、悪魔のような人物が世紀の大虐殺を行ったというのなら、非難するのは容易い。
    しかし、「凡庸な人間が、忠実に仕事をする」ことが虐殺につながったのだとしたら――しかも自らは直接手を下すことなく――私たちもまた、アイヒマンになり得るのだ。
    —————————————————————————————————–

    私もかつてずっとお花畑でたわむれていました。
    すべては「イエス」
    なんか変だぞ、と思いつつ、
    そう思うことは悪だと叩き込まれていて、思考停止状態でした。

    悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る。
    ハンナ・アーレントの言葉です。

  45. 一読者B

    50代元信者様

    「悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る。」
    ハンナ・アーレントの言葉、とても考えさせられますね。

    問題に対し、みて見ない振りをするのではなく、きっちりと向き合い、
    「真理」を守る為に戦う勇気がある。
    人の苦しみに共感することができ、人の気持ちに寄り添えるやさしさがある。
    この様な「善人」は、上辺はひたすら笑顔と感謝だが、自らの心の声(良心)を
    放棄し続けている「弱い善人」とはあきらかに違います。

    日月神示より
    ————————————————————————————-
    まことの善は悪に似てゐるぞ、 まことの悪は善に似てゐるぞ、
    よく見分けなならんぞ、 悪の大将は光り輝いてゐるのざぞ、
    悪人はおとなしく見えるものぞ。
    (ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第17帖)

    今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ。
    之が善である、まことの遣方ぞと思ってゐる事(九割)九分九厘(99、9%)迄は皆悪のやり方ぞ。
    悪と思ってゐることに善が沢山あるのざぞ。
    (ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第36帖)

    千人力の人が善人であるぞ、
    お人よしではならんぞ、それは善人ではないのざぞ、
    神の臣民ではないぞ、
    (ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第23帖)

  46. 匿名

    一読者Bさん、貴方が読解力がないのではなく、私が具体的なことを言ってないのです。
    私は外部の人間なので教会の苦労を想像としてしか分かっていません。
    ただ教会の方々の御苦労に関してはほんの少しだけ分かっています。
    お二人のおっしゃりたいことは分かります。日々考えています。凡庸に生きたら軋轢も少なくなり、楽ですけどね。
    ただ天理教が守っていることは大切なことです。今の日本が失いかけている大切なことを伝えています。
    教会の御苦労が、守ってきたものがあります。それを守っていく必要があると思います。

  47. 50代元信者

    一読者B 様

    善人に関するコメントを拝見していると、
    二つの言葉が浮かびました。

    不動明王は大日如来の化身。
    清濁併せのむ。

    ところで私は月日神示に関しては、ほんの少し拝見したことがある、そんな程度でした。
    それで少し検索してみたのですが、
    毎日拝見している、とある精神世界のブログの中に、
    ある月日神示が書かれていました。

    「金で世を治めて、その金で世を潰して、地固めしてみろくの世(ミロクの世)と致す」

    この神示は世界経済の未来を予言しているようですが、
    多くの教団が闇に落ちた原因でもあるようですね。
    金を集めて、金の問題で内部がもめて崩壊し、不毛の更地に戻る
    そういう意味のようですが、
     
    崩壊は確実に始まっているのでしょうね。

  48. 一読者B

    匿名様

    質問です。

    1、匿名様が感謝されている、教会の方々のご苦労とは、
    具体的にはどのようなことですか?

    2、天理教や教会が守っているという、
    「日本が失いかけている大切なもの」とは、
    具体的にはどのようなことですか?

    50代元信者様

    私も、月日神示に関しましては、他の掲示板で目にしてから
    興味を持って本を買って読んでみたり、検索してみたりした程度です。

    月日神示に限らず、心に響く言葉というのは不思議ですね。
    初めて見聞きする言葉でも、いつ、どこの誰が言ったのかわからなくとも、
    言葉に力強さや深みを感じ、厳しい言葉であったとしても、
    自省させられるだけではなく、触れることで平和で豊かな気持ちになります。
    その言葉の背景にあるものが言葉以上のメッセージを伝えるのかもしれませんね。

    命の泣き声様

    上辺や飾りを捨去って、いつも噓のない言葉、生身で勝負する人間の強さ
    を示してくれて、ありがとうございます。

  49. 匿名

    一読者B様

    1は、寒い早朝の息であたためる手、おさがりの服、御飯の大切さを分かっておられること、その他もっともっと沢山のこと

    2は、親を大切にすること、他、深すぎて私にはかけません

  50. 匿名より

    匿名様
    「親を大切にする」、は人として大切なことです。しかし天理教は「子を大切する、慈しむ」を教えていません。末端教会の私は、上級教会から、虐待に相当する過酷ないじめを受けましたよ。上級は自分を「親」「神」と思い、神の名前を借りた善行、しこみ、押しつけで威圧的にやってきました。していることはいじめであり、精神的・経済的暴力です。彼らは堂々と、自信をもって、お金、労力を奪い、プライドを踏みにじっていきました。

    「親を大切に」、は下から上に上に、上級、上々級、大教会を大切にという、組織を維持するためには非常に都合のよい考え方です。(これと同じ組織が暴力団とマルチ商法です)

    「親を大切に」は一般社会の良識です。ことさら天理教から教えてもらうことではありません。あなたが深すぎると感嘆している事柄についても、都合よく丸め込まれているかもしれないと「疑う」ことが、必要です。

    「子を大切に慈しむこと」を天理教が声高に教えないのは、お金が上から下へ、では組織の維持ができないからです。
    時報や各種読み物を読んでみてください。下(末端教会とか社会的弱者に寄り添う)を慈しむことは書いてませんから。
    つい最近も、最底辺でもがいて、経済的裏づけのない人に対して、修養科に行け、三日講習に行けと、無責任な言葉で「神さま」に丸投げしてました。旅費も期間中の生活費も捻出できない人に対してです。辛そうに下を向く様子を見ながら、これは「暴力」だと思いましたよ。。冷酷で一方通行で、人数の実績を出すための自己満足でしかありません。
    この宗教、つくづく「偽物だなあ」、と思います。

    私も昔は匿名様と同じだったのでよくわかります。真偽を見極める柔軟な思考ができることを祈ります。
    (教会もまじめに慈しみの心で一生懸命やっておられるところもありますので、匿名様は恵まれた環境におられるのでしょう。しかし、「疑う」姿勢はいかなる場合でも大事ですよ。)

  51. 古い教会長

    匿名 さん。

    無理していませんか? 
    ここに書き込んでいる人達は、あなたより深い信仰を持ち、深く神様を愛している人ばかりですよ。
    だから、このままではいけない、という気持ちがここの書き込みになっているのです。
    分かりませんかね・・・。

    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs
    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/
    huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
    http://twitter.com/huruikyoukaityo

  52. 50代元信者

    6月18日 5:39 PM の 匿名様

    <天理教は「子を大切する、慈しむ」を教えていません。

    この発言には、あ~なるほどと頷いてしまいました。
    確かに確かに。

    私は現在布教所長をしている母親から、DV、モラハラを受けて育ちました。
    無理していい人でいようした母親は、そのストレスをすべて私にぶつけていました。
    高校生まで理不尽な暴力はありました。

    それでも信仰のお陰か、それとも信仰のせいか、
    母親に反抗することもなく、私も母親になったのですが、
    子育ては私にとって苦しいものでした。
    慈しまれ育ててもらった経験がなかったから・・・

    幸いなことに夫が信仰者ではなく、
    私とは正反対の家庭環境で育った人だったので、
    私に足りないものを一緒に補ってくれました。
    そして子どもは全身で私にぶつかってきてくれ、私の心の壁をぶちこわしてくれました。
    幸せにうつっている私のこの20年ですが、洗脳から解き離たれるための苦しみも味わったのです。
    改革は痛みをともなうものです。

    私も命の泣き声さんのように、子育て前に母から離れていたら、
    子どもにも苦しみを与えず済んだのですが。

    そんな母親は最近になって、自分が行ってきた過ちを12下りのお勤めの最中に思い出し、
    神様に謝っていると言うのです。

    神様に謝罪です。
    あっけにとられてしまい、「謝るのは私に対してではないの?」
    「神様に謝るのは簡単だものね」私は冷たくそう言い放ったのですが、
    神への謝罪はあいかわらず続いているようです。

    天理教にとって親は絶対。
    ですが、8つのほこりなどを持ち出され、抑えつけられて育つと、
    自分の頭で考え、自分の意志で判断し、自分の責任で選択する主体としてとしての
    自分を確立することができず、
    心理的に大人になるプロセスを失ってしまうのです。

    教会のご子息にうつ病の方や自殺者が多いと伺います。
    私の身近にも教会で首つり自殺をされたお嬢さんがおられます。
    陽気ぐらしをかかげている教会で自殺。

    何カ月もこのサイトの傍観者でしたが、
    いてもたってもいられず、こうして書き込んでおります。

    母も教団の犠牲者です。
    因縁が悪い、命がない。
    そんな類の言葉でどれだけ彼女は脅されてきたかわかりません。

  53. 匿名

    すみません。運転中です。また後日返信します。遅くなってすみません。

  54. 無名

    50代元信者様
    陽気ぐらしをかかげている教会で自殺。
    しかもお嬢様とは……本当に痛ましいです。
    そういえば、私の身近にも、男性ですが、
    自ら命を絶った教会関係者がいるのを思い出しました。
    しかも複数、関東地方の教会です。

    会長と呼ばれる方々に言いたい。
    神様と向き合うのは結構だが、その後にこちらを向いたときの
    あんたのお諭しがどれだけ心に癒しがたい傷を植え付けているか。
    熱心な人間であればあるほど、そういうときに残酷になってしまう。

    考えてみれば、「家族ぐるみの信仰」「家族そろって教会へ」
    というスローガンそのものがまったく残酷だと思います。

    教会であれ、布教所であれ、一般信者家庭であれ、
    家族ひとりひとりには、それぞれに自分の大切な人生があります。
    家族だからといって当たり前のように、天理教を押し付けないでほしい。

  55. 匿名より

    50代元信者様
    >私も命の泣き声さんのように、子育て前に母から離れていたら、子どもにも苦しみを与えず済んだのですが。<

    本当にそうですね。私も教会組織の理不尽さに子供ながらに抗っていました。毎日、毎日、上から痛めつけられ、苦しむ親の姿を見せられるのですから。
    抵抗は神の道に反する、黙って素直に服従するのが信仰とばかりに、上ばかり見ている親からは、物質的にも、金銭的にも世間並なものは与えられませんでした。
    不思議なものでそれと同じ子育てを我が子に施し、私は三人の子たちを苦しめました。
    人間は、自分が経験したことしか出来ないのですね。子供がささくれ、道に迷い、親を恨み、命の泣き声さんのように、ねじれてしまってどうにもならなくなった後にやっと判りました。私の根源に天理教から受けた体験がそうさせたのだと。
    今、私もお母さまのように、お詫びと悔悟の念で、これからは子供の一生を償う気持ちで、親子関係の修復に努めている最中です。(私は目覚めましたので、神様にお詫びなどしていません。私たち一家は神の名を語るこの宗教団体に人生を振り回されましたから。)
    もっと早くこの道の「おかしさ」に気がつき、自分らしく生きる自立性が私や両親にあったならと、この年になってやっと目が覚めております。

    教会関係者の自殺者が多いという件、大教会直属の教会の娘さんも、大きな教会に嫁いで一年程で自殺しました。またうつ病になり、教会後継者でありながら、夫婦揃って奥さんの実家に逃げていった方もおられます。気力がないのは気持ちの問題だ、と「うつ」の苦しみに寄り添えないのが今の教団の浅はかさであり、冷たさです。
    同じ境遇ですね、今から失ったものを取り戻しましょう。私は今、自分らしさを貫く強さを得つつありますよ。(笑)

  56. 匿名

    皆さんの思いは教祖様は全て分かっておいでなのだと思います。
    噛み締めます。
    けれど、私は友人達の純粋な信仰の目を見てきてます。
    友人の先代の御苦労も並々ならぬものだったと思います。
    痛みを噛み締めて進みます。

  57. 匿名

    切る心は身上諭しを頂くように思います。
    辛い思いをしなければいけないように思います。

  58. 匿名

    医者、薬は肥というそうですね。
    病の根っこは諭しに向き合うことにあると思います。

  59. 匿名

    身上諭し、事情諭しをうまく受け止めていけるように、親御さんが教えてこられたと思います。

  60. 匿名

    難儀な思いを皆が感じながらも天理教が繋がってきたのは、利権のためではないはず。
    身上諭し、事情諭しを受け止める方法だからこそ大切に継がれてきたのだと思います。

  61. 根掘り葉掘り

    >教会関係者の自殺者が多いという件

    聞き捨てできない、ありえない程の、大問題ですね。
    100年祭の上納金問題以外でも、そんな事が頻発している可能性があるのか?
    先ず身近な人の心を救うのが宗教の本質だろうケド、それが本当だとしたら、本席様以後の本部は、神屋敷ではなく魔神屋敷になっちゃったのか?

  62. 無名

    上の一言コメントばかりの匿名さま

    いまの時代では、身上さとしは一歩間違えれば重大な人権侵害になるんですよ。
    いや、いまの社会感覚では、もうすでに人権侵害になっているかもしれません。

    自分の身上で因縁の自覚をした人たちがえてして、ほかの人たちにも
    同じようなさとしをして、心をものすごく傷つけています。
    そして、実をいうと、そういう因縁の悟り方をした人自身が心を傷つけてしまっているのです。
    天理教の歴史はそうやってお互いを傷つけあってきた信者たちの悲しい歴史でもありました。

    それと切る心は身上さとしで、辛い思いをするというのは、あまりに単純です。
    人生には思い切るということも大切なんです。
    不幸な過去を思い切らなければ、新しい人生、自分の幸せを得ることができません。
    諭しというのものを、自分のつごうのいいように誘導するのは、天理教人の間違いです。
    一般の人たちが天理教を怖がっているのが分かりませんか。

  63. 匿名

    皆さんの御苦労があって救われている方々が大勢います。皆さんの御苦労で守られてきたことで、助かっておられる方々がおられます。

  64. 匿名

    身上諭し、事情諭しは大切なことだと思います。たんのうの心が大切だと思います。

  65. 匿名

    身上諭しもいんねんも伝えることができずにいることはそれはどうなのですか?

  66. 匿名

    外部の人間がうるさく言いました。ご気分を害された方々も多いでしょう。
    申し訳なかったです。

  67. 匿名より

    私の耳に入っている自殺者、うつで教会を逃げた後継者夫婦も10年以内の話です。
    命の泣き声様のご友人のご不幸もつい最近のことです。
    また、私の上級は今、数件の裁判にかけられています。(お金にまつわる案件です。)
    教祖様はご存命です。魔神ではありません。
    ご存命で、この害毒になってしまった教団をつぶしにかかっておられるのです。
    身上さとし、事情さとしは大事です。教祖はご存命で現教団をつぶした後に、新生天理教として、そのおさとしは適切な形で残していかれると思います。

  68. 古い教会長

    匿名さん。

    あなたは、薬の副作用で苦しんでおられる人に、良薬だと言って副作用のある薬を勧めているようなものですよ。
    副作用で苦しんでいる人の気持ちに寄り添う気持ちは持てませんか?

    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/
    天理教社会学研究所さんのブログです。
    http://tenrikyosyakaigakulabo.com/
    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/

    huruikyoukaityou@yahoo.co.jp

    http://twitter.com/huruikyoukaityo

  69. 命の泣き声

    古い教会長さんがいつも記事をツイッターに転載されて、世界中、公の目に見える場に意見を吸い上げてくださっています。

    つまり、一歩踏み出した活動をお一人でしてくださっています。

    心から尊敬の念を感じます。

    皆様もご自身で一歩踏み出した場でご意見をされることを望みます。

    なにせ「古い」教会長さんですので、いつ死ぬかわかりません。
    現状では古い教会長さんが居なくなったら途切れてしまうんじゃないかと思いますから。

    是非、長生きしてください。

    アーメン。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  70. 50代元信者

    無名様

    信教の自由は憲法に保障されているはずですが、
    現実は親子で私のような関係になると悲惨です。
    母と私はもう普通の親子に戻ることはないでしょう。
    私は布教所の母にとっては裏切り者ですからね。

    NHKの朝ドラ、ととねえちゃんを観ていると涙が溢れます。
    親子の愛とは本来こういうものだと。

    無名さんさんのコメントに勇気をいただきました。

    2016年6月18日 11:34 PMの匿名様

    後悔先に立たず。
    でも幸いにも私の二人の子どもたちは健全に育ってくれています。
    連鎖は断ち切れたかな。

    貴方からのコメントで同志を得た気分で心強いです。
    なかなかこのような思いを分かち合う機会はありませんからね。
    このサイトに感謝です。

    ひと言コメントの匿名さん。

    お辛いでしょ。
    自分が信じているものが崩壊していくことは受け入れがたい事実でしょう。
    夜中1時ににパソコンに向かっていらっしゃる姿を想像しますとね、胸がつまります。
    眠れましたか?

    古い教会長様

    貴方のような方が会長さんでしたら、
    私は迷わずお道にとどまっていられたことでしょう。
    柔らかな心をお持ちで、柔軟な対応をされるお姿にいつも感心させられております。
    Twitterにて拡散してくださってありがとうございます。
    感謝します。

    命の泣き声さん

    お子さんのパパと書かれたお絵描きを拝見していますと、
    涙が溢れそうになります。
    貴方のお子さんは幸せですね。
    まっすぐな貴方を応援しております。

  71. 匿名

    50代元信者さん

    お母さんが神様に謝られたというのは、私は「この子の身上さとし、事情さとしを許してください。代わりに私が引き受けます。」と許しを請われたと想像します。確かに衝撃を受けたのは事実。しかし今日も教祖様の奇跡を頂戴しました。

  72. 一読者B

    いんねん、身上諭し、事情諭し、を大切にされている 匿名様へ

    あなたがもしも、想像することが出来るなら、
    一度想像してみてください。

    いんねん、身上諭し、事情諭し、のない世界を。

    どんな気分ですか?

    何か困ることはありますか?

  73. 匿名

    古い教会長様
    副作用の話は考えさせられました。そういう風に考えたことはありませんでした。

  74. 匿名

    一読者B様
    もと未信者ですから分かりますよ。困ることはあります。因縁話もははじめは信じられませんでした。長い年月をかけて天理教の凄さが分かってきました。
    副作用は考えなかったのですが、私はプラスの衝撃を多く受けてきましたから。

  75. 一読者B

    いんねん、身上諭し、事情諭し、を大切にされている 匿名様へ

    わかりました。

    あなたには、いんねんや身上諭し、事情諭し、が必要なんですね。

  76. 匿名

    一読者B様
    私には必要です。

    50代元信者様
    うまく伝えられなかったかもしれません、
    お母様が貴女を大切に思っておられることを伝えたかったのです。

  77. 匿名

    命の泣き声様
    様々な思いが浮かび、考えがまとまらず返信が書けないです。

  78. 50代元信者

    匿名様

    「この子の身上さとし、事情さとし」とはどういうことを指しているのでしょうか。
    具体的に教えてください。
    私がさとされなくてはいけない理由はどこにあるのでしょうか。

    母が謝っているのは、私を母親の感情のままに殴ってきたことに関してです。
    それは母が自分の口で申しております。
    それがどうして私の身上さとし、事情だとし、という問題にすり替わるのでしょうか。

  79. 匿名

    無名様
    身上さとし、事情さとし、いんねん話をしにくいのは分かります。
    できるものではありません。できるものではないけれど、それをなさった教会長さんもおられて、素直にもたれて身上がなくなったという話を何回も聞く機会がありました。
    身上さとし、事情さとし、いんねん話は誰にでもできることではありません。

  80. 匿名

    50代信者様
    私にはうまく伝えられません。人に伝えることは難しい。
    親御さんの愛を伝えたかったのです。

  81. 匿名です

    命の泣き声様
    Twitterは出来ないスマホなので見れませんが、また見せていただきます。

  82. 50代元信者

    匿名様

    では答えやすいように、イエスかノーでお答えください。

    ①私は神様に許しを請う必要があったとお考えですか?

    ②子供のころの私は単に家で遊んでいるだけで、邪魔だと殴られたりしていたのですが、 
     それは私の前世の因縁とお考えですか?
     高校時代、テスト期間中に近所の小学生の勉強を見てあげるのを拒んだら、
     背後から殴りかかってきたのでが、それも私の前世の因縁とお考えですか?

    身上、事情のさとしは誰でもできない、とおっしゃりながら、
    あえてそのことに踏み込んでお話しになられたのですから、しっかりイエス、ノーでお答えくださいね。

  83. 匿名

    教会長によって差がある、という事は問題だと思う。身上、事情諭しが非常に有意義で、必要と思われる方もいるし、その逆もおられる。いい会長に当たるか当たらないか、ボロの会長に当たれば、人権侵害。宗教組織としては、教会長の資質向上の対策が至急取られねばならないことと思います。

  84. 匿名です

    50代信者様
    ①身上さとし、事情さとしは生かされているもの全てが受けるものと考えています。
    成人を目指し、皆が毎日自分の悪しき8つのほこりを心の鏡からはらって通る必要があると思っています。

    ②遊んでいる子を殴るのはいけないです。テスト期間中の殴りもいけないです。それはお母さんが悪いですが、私も親にぶっとばされたことはあります。挨拶をしないからとびんたを沢山もらい、ぶっとばされてあたりどころが悪くて手の骨が折れました。親は天理教ではなかったです。お互い親にはぶっとばされてますね。

  85. 匿名です

    身上さとしは10全の守護の働きを解きながら、ユーモアと感動話と親神様の御守護を交えて話していただくと感動し、自分自身を変えていかなければいけないと心底思います。

  86. 50代元信者

    匿名です さん

    これからお道を信じ、人助けに励みたいと思われるのなら、
    相手の方の言葉をしっかり汲み取る訓練をされた方がいいかもしれませんね。
    会話が成立しませんよ。
    もうじき還暦を迎えるおばさんの、上から目線的発言になってしまいましたが、
    気になったので書かせていただきました。

    ②に書かれたのも答えにはなっていませんが、
    あなたの生身の声を初めて聴かせていただいた気がします。

    ご両親にひどい仕打ちをされたようですが、心の傷は癒されましたか?
    あなたのお幸せを心よりお祈り申し上げます。

  87. 匿名です

    50代元信者様
    会話が成立しない。
    これは私のコンプレックスです。成立できる人間になるよう日々精進していきます。
    心の傷は癒えてます。両親とも仲良くやってます。
    逆に私には天理の教えが必要でした。
    天理の教えに救われている人間もいることは認めてほしいですよ。
    神殿にお連れして結婚された方もおられ、婚活にも効果ありと内心思っています。

  88. 徳子

    天理教用語って、ほんまに抽象的な言葉ではぐらかしてるのに、まんまと引っかかる人もいるんだな~。

  89. 徳子

    皆様!天理教用語を現代語訳にしませんか?
    抽象的な言葉より、具体的な言葉に置き換えて。

    例えば、「事情身情は道の花」と言いますが、これは信者獲得の絶好のチャンスだと理解しております。

  90. 一読者B

    「いんねん」とか、「身上」とか、「事情」とか。

    どんな出来事からも謙虚に学んだり反省したりする姿勢は大事やと思う。

    出来事の意味合いを、一緒に模索し合い、知恵を絞りあい、
    努力した後は神様頼みだが(それしかないが)、共に良い解決策を
    見出していく努力をしてくれるならわかる。

    しかし最初から、いかにも「あんたは暗いものを背負ってはるな~」とでも
    いうような、暗に恐怖心や劣等感を植えつけるような言葉を使うのは、
    弱っている人間に対する言葉として、なんだか無神経なものを感じてしまう。

    誰もが人生の中で様々に出会う問題のことを、わざわざ「身上諭し」「事情諭し」
    などという、恐怖心を植えつけるような言葉を使うのも、なんだか裏の目的が
    透けて見えるようで、受け入れがたい気分になる。

    「事情身情は道の花」って、謙虚に出来事から学んで、成長して幸せになりましょう
    ということですよね。
    わざわざ浪花節や演歌の題名のような言い回しで表現する意味合いはいかに。

    その次に「お供えを」などと言われようもんなら、
    嫌な予感が的中した気分になり、却ってそれが問題や悩みになる場合も
    あるのではないか。

    >天理の教えに救われている人間もいることは認めてほしいですよ。

    なぜ認めてもらいたいのでしょう?
    自分の信じているものに自信があるなら、
    人からの承認も、効果を宣伝することも、必要ないと思いますよ。

    本当に必要とされるもの、価値があると思われるものは、
    秘密にしようとしても、探し当ててまで人が集まって来るものです。

    人は見てます。
    バカではありませんよ。
    誠実なのか。思いやりがあるのか。
    傲慢か。謙虚か。偏ってないか。
    嘘はないか。
    ズルくはないか。

  91. 匿名より

    抽象的な表現は判りにくいです。
    「ご恩報じのできる女子青年に育ちましょう。」「ご恩報じを念じ実のようぼくに育ちましょう」女子青年大会・婦人会で叫ばれるテーマです。
    ご恩報じとはどういう意味ですか?具体的にどんな事をすればよいのでしょう?女子青年や婦人の方々はご恩報じの具体像、イメージが出来てるのでしょうか?(私は想像力がないので理解できなのですが。)

    「勇んで勤めましょう」 何を勤めるのですか?
    身上は病気。事情は悩み事、困りごとで良いです。ずっと素直ですし上から目線の独特の押し付け感がありません。

    また「婦人会員100万会員のご守護いただきたい」というのもあります。100万会員を与えてくださいと「おねだり」ですよね。「守護」は神の判断であり、ねだること自体おかしい気がする。違和感を感じます。衰退の最中なので、気持ちはわかるが。

    上級・大教会の講和もいつも曖昧で「判らず終い」です。信者に判らない話が新参の方々に判るはずがありません。(だから新しい人は教会に呼べません。お気の毒なだけなので。こうして天理教は出直し、逃げ出す人を含めて消滅の道をたどるのですね。)
    新しい信者を獲得したいなら、世間一般がわかる日本語にしないと。
    悪しき組織体制を変える気持ちもなく、何もかも時代錯誤で突っ走っていく、学習能力のない教団ですね。

  92. 一読者B

    匿名より様

    なるほど。

    「ご恩報じのできる女子青年に育ちましょう。」
    「ご恩報じを念じ実のようぼくに育ちましょう」
    「勇んで勤めましょう」 
    「婦人会員100万会員のご守護いただきたい」

    誰の為に?

    これらのテーマ実現で、一番得をするのは一体誰ですか?

  93. 匿名です

    六下り目 八ツ の「でなほし」の意味を表すおつとめの手振りは、日々の神恩感謝、報恩奉仕の行動である「ひのきしん」の手振りと全く同じだそうですね。

  94. 匿名

    「ご恩報じ」という言葉はいつ誰が言い出したものですか?
    祭文にも大概、当たり前にその言葉が出てくる。この「ご恩報じ」という言葉によって、お供え、ひのきしん、においがけ、おたすけ、と、全てが正当化され、これらに邁進せよ、とお達しが出る。
    このご恩報じという言葉は、信者を教団に滅私奉公させ、多額に金を出させる為の意図があって、確信的に教団が使用しているとしか思えない。

  95. 匿名です

    天理教のおかげでへこたれずに生かさせてもらってますから。

  96. 匿名です

    天理教がなければとっくにへこたれていました。だから私には天理教が必要です。

  97. 匿名です

    何十年もかけて様々な言葉を理解する旬がきました。昔は教祖様御存命とおっしゃられても未信者ですから、そういう儀式的なのかと思っていました。教祖様が御存命だと分かるまで時間がかかりました。

  98. 匿名です

    今が幸せなのは先祖の代の御苦労からつながっているのかもしれません。そういうお話を聞きました。

  99. 徳子

    匿名さま
    自己陶酔の境地に立ってらっしゃいますね。
    でも、どこか病んでるみたい。
    私は、天理教のおかげで死にそうになりました。
    私も病みましたが、あなたもじゃない?

  100. 徳子

    命の泣き声様へ
    お母さまのお手紙拝見しました。
    「信仰していて、なにひとついいことがありませんでした。」
    これが、天理教の全てを物語る言葉ではないでしょうか。
    何ひとつ楽しいことがなかった。生きていく上で必要な親の愛情、安定した生活基盤、全てを崩壊させた上での信仰なんです。

  101. 匿名3

    徳子さまに同意です
    現在でも教会の御用やひのきしんお供えを熱心にされている方も多数おられますが
    自分がいなくては困るだろうとかいう心配は無用です
    信者が教会のタメに尽くしても教会は信者が使えなくなったらそれまでです
    何の利害関係もない人となかよくしましょう
    教会以外のボランティアや寄付など有効に身体とお金を使いましょう
    世界中の人間や動物
    命は全て平等にご守護されています
    教会に行かなくてもご守護は頂けます

  102. 匿名です

    ちょっと軽い身上をいただいたので休みます。
    なので返信は後日です。

  103. 匿名より

    先祖の代からの「ご苦労」。
    その「ご苦労」は正当化できない教団による虐げられた「ご苦労」なのです。あってはならない「ご苦労」です。
    あってはならない「ご苦労」から今のあなたに幸せがにつながっていると思うのは、良いように悟っておられますが、勝手な解釈です。
    先祖が「ご苦労」したこと自体に正当性も意義もなく、全く筋が通っていません。

  104. 50代元信者

    自己確立ができないまま宗教に依存していたとします。
    信じられるのは自分の良心ではなく、宗教。
    その自分の核になっているものが、今崩壊の危機に立たされているのですから
    不安でたらまないでしょう。

    最近皆さんが書かれているものは実に核心に触れていますものね。

    さあ、私も書きます。
    これで終わりにしたいと思います。
    お供えの掲示板を拝見して、私も書く勇気を頂戴しました。
    (恨む心は自分の心を傷つける。傷つけられた私がさらに傷つく。
     もうそんなことは沢山。自分を大事に生きていきたい。
     過去にさよならです)

    私の母は、若かりし頃修養科の途中で帰ってきた人です。
    詳しい事情を聞いてないのですが、
    その後教会関係者からの脅しにあうのです。
    「修養科を途中で帰ってきた人は命がない」
    さぞかし怖かったことでしょう。

    そして彼女は恐怖のあまりに重い病気にかかってしまうのです。
    でも未だに途中で帰ってきたための罰だと思っているようですが。
    親神様やおや様がそんな恐ろしい罰を与えるはずないのに・・・

    病に伏せている母に上級会長はもう一度修養科行きをすすめます。
    そして修養科行を反対している私の父に内緒で再度修養科に行きました。
    最近母の口から聞いたのですが、その時に妊娠が発覚したのだそうです。
    体調不良に加え、ひどいつわり。
    出血の始まった母親に寮長は堕胎をすすめたのです。
    「このままでは修養科がつづけられないからやむおえない」と。
    父はこの事実を知らないままこの世を去りました。
    私の妹か弟になったかもしれない存在。
    父親にも兄姉にも知られず葬られたその子に、私はここ数カ月ずっと思いを寄せていました。
    「私だけ幸せになってごめんね」と。

    堕胎の後母ははすっかり体は元気になり、神様のご守護だと思ったそうです。
    修養科生活が送れるようになって、恐怖に苛まれていた状況が一変したわけですから、恐怖から逃れられて元気になったのでしょう。勘違いも甚だしい。

    そんな母親は修養科から2年後くらいに不倫に走ります。
    そしてまた周りから脅されるのです。
    色情因縁は末代の何とかと。(ごめんなさい。天理教用語にあまり詳しくなくて)
    それからというもの、母は気が狂ったかのようにお供えを始めました。
    月何十万もしていたと思います。
    父は信仰者ではありませんから、それが発覚した時、烈火のごとくに怒り、
    母親にお社を投げつけました。
    母はお社を投げつけるなんて恐ろしいことを、と思ったようですが、
    学生だった私は、「神様が母に怒っている」と感じました。
    こんな感じで両親はいつもお金のことで大喧嘩でした。

    妻の不倫で苦しみ、働いたものをほとんどお供えされた父。
    その後家族がガンになりました。
    すると上級会長は今度は「助けてほしかったらこの家を教会にお供えしなさい」と。

    父は泣いてくやしがりました。
    婿養子できて、祖父母の作った家の借金を寝る暇もないくらい働いて返済し、
    妻の不倫にも耐え、その上、やっと建てた新築の家をお供えするように言われたのですから。

    父はファーストクラスで海外出張をするような人でしたが、
    亡くなった時は、葬儀代が残っただけでした。

    東日本大震災の後、私が以前所属していた教会の会長は
    「お金を貯めこもうとするから、あんな風に津波で金庫が流されるんだと。
    この言葉にヘドが出そうで、言葉を失って言い返せなかった自分が悔しくて。
    アメリカのテキサス親父は、流された金庫が警察に届けられ、持ち主に戻ったことを
    アメリカでは考えられないと、日本人を絶賛しています。
    この違い。
    今なら言う。「会長は東北に行ってその言葉をそのまま住民の方たちに話せますか!」と。

    もうね、こんな類のことが山ほどあり、
    掲示板あらしのようになりそうなのでやめときます。
    私は宗教から離れてもおや様の存在を信じています。
    これからもずっと。

  105. 徳子

    匿名3さまの言うとおりです。
    信者さんが教会の為に尽くしても、その教会の会長自身が上級教会、大教会、本部に意識が向いてます。
    一生懸命すればするほど、裏切られた哀れな気持ちになります。
    どうか、ご自分と家族を大切に守っていきませんか。
    生き方を軌道修正することも大変なことです。
    それを、私は天理教にのめり込んだ先祖に言いたい。

  106. 50代元信者

    先ほどの長文にて終わりにするつもりでしたが、
    どうしても付け足しを。

    私は母に心身の暴力を受けてきましたが、もうそのことは恨んでいません。
    なぜなら母は教団による犠牲者だからです。

    母は女優のように美しい人でした。
    三度の食事より洋画を見るのが好きな人でした。
    オシャレで素敵な女性でした。

    その彼女は恐怖のあまりに多額のお供えをし、
    その挙句の果てに自由に使えるお金がなくなり、父親のパンツ(下着)をはいて暮らしていたのです。

    良寛さんのように達観できた人なら、清貧の中に身を置いて毬をついて
    幼子たちと戯れ、笑顔で暮らせるでしょう。
    ですが、そんな人は類まれな人です。

    母は自分の心を抑圧した。
    彼女らしく生きる道をとりあげられて。
    その抑圧されたエネルギーが私への暴力へと向かったのです。
    暴力はいけないことです。
    でも、30代の母は今の娘のような存在。
    私は許せます。
    許せないのは、そのような犠牲者を生み出した教団に対してでした。
    こんなこと考えていると不自由になってしまいますので、今度こそこれで。

  107. 匿名です

    50代元信者様

    お話を伺い涙が出ました。お話を頂戴し、ありがとうございます。
    記憶の中で繰り返されると思います。

    徳子様

    私は身上、事情は受け取っても、それが天理教のせいだと考えたことはないです。答えに導かれるおさとしだと考えてい ます。何か深い御事情がおありのようですね。同じお立場になりえませんので読むことしかできません。

  108. 50代元信者 様へ

    達観できない者の一人です。

    その後ガンになられたご家族とお家とご兄姉どうなったのでしょう?

    貴方を含め家族への愛情なのだろうけど、離婚しなかったお父上の精神力はすごいですね。

  109. 50代元信者

    詳細に書くと人物を特定されて母に迷惑がかかると困るので簡単にお答えします。

    ガンになった家族は進行性のガンにてなくなりました。
    家は父が頑なに守ってくれ(感謝)、現在布教所です。
    兄は後継者になるつもりはさらさらありません。

    兄の天理教に対する見解。
    「教会見てみろよ。高齢者しかいないぞ。黙ってたってそのうちなくなるさ。」
    お袋はもう婆さんだし、好きにさせときゃいいよ」

    あっけらかんとしたもんです。
     

  110. 匿名です

    泣けてきます。
    数年前、夜閉まった教祖殿の前で声を殺して泣いている女性がおられました。私も仕事で悩み泣きそうだったのか、泣いていたのか、二人でしばらく教祖殿の前で伏していて、それから祖霊殿に前後して行きました。本部勤めの方が見回っておられ、静かにお互い礼をしてすれ違いました。
    いまだに思い出します。

  111. 匿名です

    本部勤務の方は「こんばんは。」と言ってくださって、人の声があたたかかったです。
    雪がふりそうな時も厚めのコート風のをはおりながら、ずっと回廊を回っておられるんでしょうか。遅い時間に行っても必ず回廊で本部勤務の方に出会います。
    寒いだろうなと思っていました。

  112. 一大阪人

    「匿名です」さま

    あなたの今後が心配です。
    今は天理教で助かっていると思われているのでしょうが、
    いつかご自身の曇のない目で現実を見るとき
    天理教と出会う前よりもどん底に落ちると思います。
    でもこれは自分自身で体験し、這い上がって来ないと。
    誰も人を助けることなどできません。
    自分を救うのは自分しかないのです。
    見たいところだけを見るのではなく、用心深くすべてを見てください。
    宗教を信じるのではなく、自分を信じてください。

  113. 匿名

    四半世紀前、単独布教というものから初めて、教会を設立した年老いた教会長が、本部のイベント中の路地を歩きながら、教祖の見たかったお地場は、こんなものだったのか?と呟きました。
    神のそして己の見たかったお地場の姿とも違うと、いう事でしょう。
    義理で参加し、教団に批判的な私も、貴方もそれをつくった当事者だろうと思いましたが、さげすむ気持ちではなく、この言葉に不覚にも感動さえ覚えました。
    神が本部を見放したのか?お地場が未完であるのか?何がお地場に足りないのか?
    当人が献血を必要とするような身体で、献血車に乗り込む会長さんを見た時のように、
    年老いて尚自問する老人に、地方で支える人間の情念と、本部指導部への怒りを新たにしました。

    余計なお世話かもしれませんが、匿名です様には、健康と安全を第一に、御無理を避けて通って頂きたいと思います。

  114. 匿名です

    一大阪人様

    御心配頂きました。心底御心配いただいているのは分かります。
    分かりますが、生命の始まりからのイマジネーションが浮かぶのです。10全の守護についてももっと知りたい。
    もっと理解したいのです。
    病のねをきるために何ができるのか知りたいのです。

  115. 根掘り葉掘り

    壮大な交響曲としての生命の流れも又巨大な神の守護です。
    我々魂はそれを借りて永遠の人生を甘露台の世の向けて、親なる神に守られながら、遊山しているのですね。まず陰気である理由は無いのです。森羅万象は、一つ一つがそして全てが親なる神の守護なのですね。
    芯から陽気であれば病根は発生しない筈ですが、陰気さを醸し出す癖性分を自覚すれば、自ずと病根は消えるのでしょう。
    陰気さを醸し出す宗教は全て病根ですね。お地場が神屋敷にならなければ、天理教も病根の一種ですね。
    病の根を掘るとすれば、陽気に陰気さを意識化することではないでしょうか。

  116. 匿名です

    命の泣き声様

    何度も読み返し、今日泣いたのは貴方のこともです。ブチ終わったわけではない。おそらく天理教人でこのサイトを見た人は多いのではないでしょうか。
    命の叫びがいくつもあることは、衆知されてきてると思います。

  117. 匿名です

    命の泣き声さんのブログは読みます。Twitterは容量不足で出来ないですが。
    読むしかできない。同じ環境ではなかったから読むしかできないですが。

  118. 匿名です

    今回頂いた軽い身上とは勢いよく吐いたのですね。何回か。
    これは2、3日続くかと思ったんですが、それで終わりました。胃が悪いはいいが悪い、つまり自分が良いと思ってることが悪いなのかと一瞬浮かびました。
    皆さんの思いに寄り添わず、我を押していたからさとされたかと思いました。

  119. 匿名です

    吐かなかったら気づかなかっただろうし、吐くことで返していただけるのはありがたいと思うんですよね。

  120. 一読者B

    匿名です様

    ① あなたは、なぜ泣いたのですか?

    ② 泣いた原因、泣かせる原因を作るものに対して、
       あなたはどう感じ、考えますか?

    ③ こういう悲しい問題は、どうしたら解決すると思いますか?

  121. 匿名です

    ①いろいろな人々の思いが悲しい。感情移入してしまい泣けた。
    亡くなったお友だちの死に至る悲しみ。友達の死の衝撃を自分の中で必死に受け止めようとしてる。命の泣き声さんの愛情の深さはまぎれもなく御両親から受け継いだものだ。愛されていた友達は一生懸命生きた。命の泣き声さんも友達を心の一部のように思っていた。それぞれの御母様お父様の思い。布教所が存続していたのは助かっておられる人々がおられたということ。50代信者さんの御母様と信者さんの心身の御苦労。親戚の方の病気。徳子さんの何か大きな御苦労。
    ②原因を推察するには知識も経験も足りなさすぎます。
    ③すみません。悩んだら神殿に行きます。今日も教祖殿には教祖様がおられたように思います。お姿は拝見できませんが、そう思います。
    私は未信者出身の外部育ちで、内部はほとんど知らないですから答えられないです。

  122. 50代元信者

    匿名ですさん

    父が家屋敷をお供えするのを拒んだから、建物は残りました。
    だから布教所の看板はそのまま残せたのです。
    助かった人がいたから神様が残してくださったんじゃないです。

    信者さん? 一人もいませんよ。
    上級への参拝と、家族の世話で布教どころではないです。
    母の心身の苦労? 明るく陽気に暮らしていますよ。
    私とも上辺は仲良しですよ。
    父の四十九日に「お金が自由に使えるってうれしいねー」って言ってましたよ。
    人間だもの。

  123. 匿名です

    命さんは、みんなに愛されてるんでしょうね
    裏表がなくて分かりやすい

  124. 匿名です

    50代信者様

    布教所の建物の仕組みは分かりませんが、お母さんも貴女もお元気そうで嬉しいです。
    お母さんがお父さんのパンツをはいてとおっしゃるから、私はまたちょっと大変なのかと思ってしまいました。
    お元気そうで嬉しいです。

  125. 匿名です

    悩みは神殿に引き受けてもらって前向きに進むしかない。
    落ち込む心は神殿で引き受けてもらいます。

  126. 命の泣き声

    とりあえずツッコミどころ多すぎ。
    っていうか、それは天理教人全体に言えるけどね。
    会話が成立せーへん。
    と、言っても、
    「はぁ、どこがですか?」
    みたいな感じやから、
    マジで頭おかしなってもーてんのよ。
    俺が再教育するのも超メンドーやし、おかしな話やから、皆で神にもたれて組織ごと盛大に死んでってくだせーや。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  127. 匿名です

    あ、ちょっと新しい事情が発生したので自分に言い聞かせました。
    じゃ、運転するので。また。

  128. 50代元信者

    匿名ですさん

    いろいろ思うことありますが、一つに絞ってお話しします。

    私はね、50代信者ではありませんよ。
    50代元信者です。
    誰しも間違いはするものです。
    でもね、私にとってはこの違いは大きいのです。わかりますか?
    あなたはこの間違いを数回なさいました。
    あなたがもし、真摯な思いで向かっておられるのなら、
    そういうデリケートな部分をもっと大切になさった方がいいですね。

  129. 命の泣き声

    っていうか、こんなザコより本丸が公式に出てこいや。
    ま、論理的に太刀打ちできなくて恥を晒して評価を落とすだけやから逃げてんねやろうけど。
    教理をパンピーに布教できるくらい深く咀嚼できてるなら表に出た方がメリット多い。
    が、それをしないというのが答え。
    ブチ終わってる。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  130. 匿名です

    おはようございます。
    おや様の存在を信じてますとお書きでしたので、信者じゃないかと考えてしまいました。
    ごめんなさい・・・。

  131. 匿名

    命の泣き声さんの書かれておられます、
    『論理的に太刀打ちできなくて恥を晒して評価を落とすだけやから逃げてんねやろうけど。
    教理をパンピーに布教できるくらい深く咀嚼できてるなら表に出た方がメリット多い。
    が、それをしないというのが答え。
    ブチ終わってる。』
     どうやら、そのようですね。命の泣き声さんが指摘したところは、まさに正鵠を突いていると思います。
    これだけネットのあちこちで、金銭被害、教理歪曲、組織制度の害、いろいろ批判が騒がしいにもかかわらず、亀が首を引っ込めているように、被害告発の場に正々堂々と出て来ず、相変わらず本部主催のホームページ、雑誌などでは、何事も無いような能天気な、陽気暮らしの記事ばかり載せているようであります。
     無責任なのか、事態を把握出来ないのか、それとも成す術が無いのか、これらのどれに当てはまっても、教団の先は無い、ということになります。まさしく「ブチ終わってる。」です。

  132. 50代元信者

    匿名ですさん

    私自身は何とも思ってないですよ。
    謝る必要はありません(笑顔)
    思うのは、これじゃあなたが苦労されるだろうな、という乳母心。
    そう理解していたければ幸いです。
    私は以前のコメントに書きました。
    「相手の方の言葉をしっかり汲み取る訓練をされた方がいいかもしれませんね。
    会話が成立しませんよ。」と。

    その努力なしに、ご自分のお悩みを神殿で引き受けてもらうのは虫がよすぎますね。
    相手が何を言わんとしているのかしっかり聞く。
    そしてぶれずに求められたことに応えていく。
    そしたらきっとお仕事もうまくいくし、会話も成立しますよ。

    そうなった時にこちらにいらしたらいかがですか?
    今のままだと話せば話すほど逆効果になってしまいます。

    みなさん、貴重な場がテレホン人生相談のようになってしまい大変申し訳ありませんでした。

  133. 匿名です

    50代元信者様

    分かりました。その通りだと思います。丁寧に御指導頂きありがとうございます。
    御指摘の通りです。そして自分の意思に反して転職を繰り返しています。
    自分では一生懸命してますが、うまくいってません。
    本当に御指摘の通りです。
    サイトを見ていて確かに皆さんは私よりずっと深いところで悩んでおられると思います。
    今回天理教のサイトにきたのは、あることに関して打開策を求めてきました。
    打開策を求めていることは天理教とは関係ないです。
    皆さんの言動をすみっこで見てるようにしようと思います。

  134. 一読者B

    匿名です様

    時々質問させて頂きましたが、

    それは、あなた自身が本当はどう感じているのか?本当は何を求めているのか?
    もしかして、自分自身でも理解されていないのでは、と思い質問させてもらいました。

    自分を大切に出来ない人間が他人を大切に出来るわけがありません。
    自分の心に寄り添えない人間が、他人の心に寄り添えるわけがありません。

    もちろん、大切にする『ふり』は出来ます。
    悲しむ『ふり』も出来ます。

    しかし、ふりは偽物なので、わかるひとには、すぐにわかってしまうのです。

    >皆さんが充実してるなら、とても嬉しいです。

    こんなやり取りをしている中で、あなたは本当にそう感じてますか?
    あなたの作り上げた『いい人』像をただ演じていませんか?
    人の為と書いて「偽」という字になると聞いたこともありますが・・。

  135. 一読者B

    匿名です様 つづき

    本当の自分自身に蓋をしすぎると、『ふり』をしている自分こそが自分自身だと
    錯覚してしまいがちだといいます。しかし、結局は自分を欺くことなど出来ませんよ。

    >悩みは神殿に引き受けてもらって前向きに進むしかない。
    落ち込む心は神殿で引き受けてもらいます。

    神殿を逃げ場にしないで下さい。
    ご自分の力をもっと信じて下さい。
    最初は、辛く大変でも、宗教の教えは少し横に置いて、

    50代元信者様 のご助言のとおり、

    >「相手の方の言葉をしっかり汲み取る訓練をされた方がいいかもしれませんね。
    会話が成立しませんよ。」と。
    その努力なしに、ご自分のお悩みを神殿で引き受けてもらうのは虫がよすぎますね。
    相手が何を言わんとしているのかしっかり聞く。
    そしてぶれずに求められたことに応えていく。
    そしたらきっとお仕事もうまくいくし、会話も成立しますよ。

    の努力をされてみてはいかがでしょうか。

    自分を大切にするとは、自分を愛すること。
    自分に素直になり(教団に素直になるのではない)、自分の心の声を聞き、
    自分が本音として感じることを大切にし、無視したり、簡単に潰したりしないこと。
    「自分らしさ」を大切にする。あなたが宗教以外でやりたいことは何ですか?
    自分の人生に起こる事に逃げずに向き合う。

    例えば、いやな人には「ばーか!」と言う。怒って無視する。けんかする。
    例えば、疑ってみる。損得勘定をする。贅沢をする(自分が稼いだお金で)。
    など、神殿に逃げ込む前にやってみては?
    あなたが、「これは良くないこと」と、人生から追い出したものの中にも、
    あなたの思い込みを越えた何かがあることに気付くかもしれませんよ。

    宗教からの受け売りでの思い込みや判断ではなく、あなた自身がどう思うか、
    どう感じるかを大切にしてみて下さい。

    あなたがこれまで上手くいかなかったのなら、一生懸命繰り返してきた
    上手くいかなかったパターンを崩してみるのもひとつの経験、チャレンジですよ。

    宗教に依存している状態になっていないかどうかも注意して下さいね。
    宗教依存症
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87

    自分を大切に出来ない人に、他人を大切にすることは出来ません。
    先ずはご自分を大切にして下さい。。

    長々と、コメント欄にて、余計なお節介をしてしまいました。
    急ぎで、乱文長文になり、見当外れのことを言ってる箇所もあるかもしれません。
    どうかお許し下さい。

  136. 50代元信者

    匿名です さん

    大した人格者でもない私が偉そうなこと言ってごめんなさいね。
    あなたのような純粋でまっすぐな人を、おや様はずっと見守ってくださることでしょう。
    今夜はぐっすりおやすみくださいね(笑顔)

  137. 匿名です

    一読者B様

    皆さんが充実しているならというのは嬉しいというのは本当です。時間をかけて様々な方々と関わる過程で皆さんの心が癒されていたのなら良かったと思いました。私は数日前にこのサイトにきて衝撃を受けたのですが、皆さんのお気持ちが立ち直ってきてるのであれば良かったと思います。泣いたのも衝撃を受けたのも、本当です。
    組織のこともほんの少ししか知りません。ほとんど知りません。
    ただ天理の教えの大切さが数十年かけて分かってきました。
    また天理に教祖様が御存命であり、神殿を維持する大切さも分かります。
    皆さんの御苦労があられることが分かった今でも、人々が命をかけても天理を残さなければいけない程、天理の教えの大切さが分かったのです。
    矛盾して見えるかもしれないし、知識も経験も深くないのとで伝えられませんが命をかけても守るべき教えであると思うのです。
    まだ天理を知る途中です。始まりにすぎません。
    皆さんが御苦労されたのは分かります。でも御両親やご先祖が教祖様がうつしみを隠されてから、たった一人で日本に飛び立って言葉も風習も違う土地に布教をにいかれたのは大切な教えだからです。
    布教の過程で命を落とした方々もおられますよね。
    大切な教えだから先祖が守ろうとされたのです。
    また答えが外れているかもしれないですが、正直な気持ちです。

  138. 匿名です

    一読者B様

    つづきの文に関してですが、自我の抑制は私の場合小さいころからでした。自分の感情が長いものに巻かれろ式になってきてしまっているのも事実です。おっしゃりたいことは分かりますが、「ばーか。」レベルにはいきません。そういう風にできる方々がうらやましいです。
    会話できない私ですが、ずれたキャッチボールとはいえ、へたくそなキャッチボールをできるようにしたのも天理教ではあります。へたながらキャッチボールができてるのは大幅な進歩なのです。
    ただおっしゃりたいことは分かります。
    50代元信者の方のおっしゃるように、貴方がおっしゃるように、命さんもほんわかとおっしゃってるように、徳子さんや古い教会長様がおっしゃるように、言葉のボールをきちんと受けとめる人間を目指したいです。

  139. 徳子

    匿名です様
    私は言葉のキャッチボールなんて上手にできません。
    むしろ不器用に生きてきました。
    不器用な自分を受け入れてから、生き方が楽になりました。
    そして私は苦労はしておりません。大変なことはありましたが私は私の信念を通しました。
    それが、天理教の自教会を整理することでした。
    そう、脅しや強迫に屈服せず、ましてや天理教にすがることもせず、あるがままの自分を受け入れることに専念しました。これが結構大変でしたけど。
    律儀な匿名です様、時には自分の心に向き合って下さい。

  140. 匿名です

    徳子様

    教祖様が御屋敷をこぼす場面が思い浮かびました。
    私は好き放題させていただいて生きてきています。
    お供えで悩んだこともないです。強制されたことはないんです。

  141. 匿名です

    皆様

    アドバイスを頂き、真剣に向き合ってくださってありがとうございます。
    自分を変えれるように努力していきます。
    ありがとうございました。

  142. 50代元信者

    イギリスがEUから離脱して円高がすすみ株価が暴落しましたね。
    世界経済が大きく揺らいでいる。

    先日無名さんが日月神示について書かれていたので、
    ちょっと検索してみると、ちょうど書かれていたのが、

    「金で世を治めて、その金で世を潰して、地固めしてみろくの世(ミロクの世)と致す」

    この神示は世界経済の未来を予言しているようですが、
    多くの教団が闇に落ちたことも示唆しているそうです。
    世界経済、宗教、同時に同じ流れがありそうですね。

    昨日、私が尊敬する青山繁晴さんが政界に立候補し、大阪で選挙演説しているのをyoutubeで
    拝見しました。
    「僕は政治も選挙も嫌いです。本当は静かに本を書いていたい。
     でもこれだけ政治家が嫌われたまま次世代に伝えたらおしまい。
     みんなが嫌ったままで終わらせたくない。
     次世代にきれいな社会を伝えたい。
     僕は団体からも個人からも一切の寄付金はいただきません。

     日本の法律というのは皆にわからないように書いてあるのです。
     我々が自分たちの言葉でわかりやすいように作り直さないといけません。」

    青山さんのおっしゃっている今の政治は、まるまる今ここで書かれている教団の姿そのもの。
    これ以上貶さないでほしい。
    私は教団の上層部は嫌いだけど、おや様の教えは大切にしたいのです。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    この教えは心の普請であるということ、形の普請ではないということ、これが
    随分と間違った形で動いております。これだけは言わして戴きますぜ。それは大きな間違いで
    あります。最近の人々はお祭りする所は豪華な何億円かけた物を建てたり、あれやこれやと人々
    を困らせている者が沢山おります。それは大きな間違いであります。親神様はもう素晴らしい物を
    造りあげています。それはこの世界であります。大空が大きな大きな屋根ではないやろか。
    大地は大きな講堂や、こんな素晴らしい物を造り上げているのになぜ人は伽藍堂ばかりを建てて
    人を困らせたりするのやろうか。これは大きな間違いであります。..
    そういうお宝があったらもっと使う所があると思います。今、随分とそういう所が増えて困ります。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    これは天理教では異端と言われている場所でおや様が話されたといわれるものです。
    これが本物かどうかはどうでもいい。
    私はこの異端と呼ばれている場所に所属もしていない。
    どこにも属していない。
    でもおや様なら、きっとこう話されるでしょう。

  143. 50代元信者

    訂正です。

    これ以上貶さないでほしいではなくて汚さない

  144. 50代元信者

    何度もすみません。
    間違って途中でエンターキーを押してしましました。

    貶さないではなく、汚さないでほしいの間違いであり、
    汚さないでほしいと訴えているその矛先は教団上層部です。
    (無宗教の夫より誤解を招くというアドバイスがあり)

  145. 匿名です

    50代元信者様

    大空が大きな大きな屋根なんですね!お休みなさい。
    (偉い人の慎ましい暮らしの目撃情報あり)
    ありがとうございます。

  146. 50代元信者

    匿名ですさん

    大空が大きな大きな屋根、そして大地は講堂。
    瀬戸内寂聴さんの青空説法が思い浮かびますね。

    夫がね、あなたのこと褒めてますよ。
    あなたは謙虚でとても素敵な方です。
    どうぞ自信をもって歩まれてください。
    そしてもし何かあっても、こちらの方々の誠意あるお言葉が
    きっと記憶の中であなたを救ってくださるでしょうから、私はもう心配していません。
    こちらこそ、ありがとうございました。

  147. 匿名です

    50代元信者様

    仕事が出来ない根本原因を教えていただいた思いです。しかし背中を押していただいたように思いますので、また一歩一歩歩いていきます。
    自分で選んで生きてきたように思っていました。でも今回導きを感じました。
    背筋が正される思いです。
    ご主人様にも「ありがとうございます。」とお伝えください。
    本当にありがとうございました。

  148. 命の泣き声

    イギリスのEUの離脱の是非は表層しか撫でていない。
    真理は自分の意思で、地に足付けて進めるのか?ということ。
    あの話題が表に出てくること自体が時代を写してる。

    知らんけど。

    とりあえず、天理教もコイツみたいなバカ真面目なアホを食い物にしてる共依存体質では先が見えてる。

    正直、意識さえあれば変えることは内からも外からもできる。

    が、

    意識がない。

    子供が苦しみ、いじめられてても、ホンワカ、ニコニコ直進盲進する親。

    オヤサマとか教えとかあまっちょろいこと言ってる場合じゃない。

    個人が自分で考えて動けや。

    ブチ終わってる。

    現代に、

    合掌。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  149. 50代元信者

    土日にまだオムツをしている可愛い孫が遊びに来て、一緒にアンパンマンメロディーで
    踊りました。楽しいんだけど、歌を歌っていると泣きそうになってね、
    (実際に東日本大震災の被災地でアンパンマンの歌が流れると、子どもたちは大喜びで笑顔、
     大人たちは泣いていたとか)
    それでアンパンマンの歌の歌詞を調べていました。

    すると詩にこめられた意味が深いこと。

    子どもたちは何故だかバイキンマンが大好きですごい人気。
    愛されキャラなんですよね。
    やなせたかしさんがそのバイキンマンにこめた思いとは、

    ---------------------------------

    生きるということはバイキンとの戦いを避けて通ることは不可能!
    それではバイキンを全滅させればいいのかといえば、その時は人間そのものも死滅してしまう。
    パンも酵母菌、イースト菌がなければつくれない。
    しかしインフルエンザ菌とかいろいろ怖いバイキンもいて戦わなくてはいけない。
    健康であるということは善玉菌と悪玉菌のバランスが良好な状態。
    これは国家の成立についてもいえることで、独裁、専制はファシズムの危険がある。
    だから、アンパンマン対バイキンマンの戦いは永久にくりかえされるわけで、そこにバイタリティーが生まれる。  (オイドル絵っせい 人生、90歳からおもしろい! (新潮文庫) より)
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    命の泣き声さんと匿名ですさんのやりとりはね、(昨夜削除されたのはだいたい拝見しております)
    「ばーか」「ばかっていう人がばかなんだー」
    って喧嘩しているみたいで(笑) 

    こんなわたし、まわりから見たらお花畑の人みたいだろうな。
    でもね、小学校6年生の時、担任のエコヒイキがクラスのみんなの悪口陰口になっているとき、
    一人担任に直訴し、「わかったよ」と返事をもらいました。私はその先生が好きだったから。
    それからあまり性格は変わっていないようです。
    大多数の流れの中にいるのが嫌いで、私はいつも少数派。
    すばらしい教えなら勝手に一人歩きするって命さんが書かれていたけど、
    私は正しいことは少数派の中にあると思っていますので。
    多数派は安易な方に流れ、真理はなかなか伝わりにくいものだと思っています。

  150. 命の泣き声

    50代元信者さんのおっしゃることは納得できます。

    正しいことは少数派にある。
    これは現実を捉えた視点としては正しい。
    しかし、それと同時にマスコミや多数派が世論を作ることも理解しないといけないと思います。

    僕はいかなる宗教も、自己啓発も、最終的な考え方は同じようなところに行き着くと思います。
    素晴らしい教えは咀嚼が付き物だという点も似ています。
    独り歩きしている実例は「デール・カーネギー」だと思います。
    つまり、あそこまで真理を現代でも伝わるように翻訳している点で素晴らしい。

    宗教は逃げ。
    自己啓発は距離が取りやすいから一般社会人にも評価される。
    しかし、逃げが必要な人も現代では存在する。
    今の天理教はそういう弱者を見つけては食い物にしているようにしか見えないです。

    現実として、天理教が信者を抱える組織であり、教理を語るなら「陽気ぐらし」を目指すのも勝手にすれば良いけど、社会的組織としてもっと大切な存在として意識しないといけない。

    弱者を救い上げては宗教依存に陥れるんじゃなくて、もう一度個人として社会に戻せるサポートをすることが正しいと思います。
    まぁ、話が飛躍するんですけど…笑

    僕は天理教に頑張ってほしいとか欠片も思ってもないですが、現実は周知させて害悪は多数派に判断させるのが現代社会かと思います。

    ブチ終わった方が、社会福祉法人とかが伸びて良いでしょ。
    学門として心理面を学ぶ方が現実的。
    そんな時代なだけです。

    最後に彼のことですが、天理教とはいかなる人間を生産するかを証明するかのようです。
    逃げを必要としていた人間が宗教により一時的に救われて、依存し、組織に食い物にされる典型のように見えます。
    責任を持って社会人としての自覚を促すところまで担わないのが天理教組織であるということを俎上に上げたかっただけです。
    現実として。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  151. 50代元信者

    命の泣き声さん

    <マスコミや多数派が世論を作ることも理解しないといけないと思います。

    そうですね。本当にその通りと思います。
    でもかなりの数がマスコミを信用しなくなってきていますよね。
    若者のテレビ離れもその影響があるみたいですしね。
    ネットのチャンネルの方がはるかに正直に真実を伝えている。
    スポンサーがついてないから。

    ま、私のようなおばさんでも真実を求めて他に動いているのだから
    嘘はどんどん暴かれてしまう。

    <もう一度個人として社会に戻せるサポートをすることが正しいと思います。

    本来はサポートすべきですよね。
    でもこれを求めるのは無理でしょ。
    社会を知らないもの。
    国民の大多数はサラリーマンです。
    そして今のサラリーマンは本当に大変です。
    我が夫も定年の数年前まで真夜中の帰宅でした。
    半端ないストレスの中、よくぞ働き続けてくれました。
    彼はうつ病で壊れていく社員さんたちを見て心を痛めておりました。

    世の中を知らずして、どうしておたすけなんてできましょう。
    それどころか、うつ病の人を生み出す宗教となってしまっているではないですか。
    私も心理学や自己啓発の本をそりゃ沢山読みました。
    結果わかったのは、親は絶対という立場のもとに、子どもに自由は発想を認めない親は
    毒親になるということ。
    こちらの書き込みに、「天理教は親を大切にすることは説いていても、子どもを慈しむことを教えてない」
    と書かれていましたが、これを読んだときはまさに目から鱗でした。

    ととねえちゃんの言葉を借りて、「どうしたもんじゃろのー」って感じです。

  152. mami

    晴耕雨読ーteacup
    sun.ap.teacup.com/souun/
    6/29 「せめて「創価学会の方必見」だけでも日本中に広めたい。ご協力を。会員のためにも。」:二見伸明氏
     興味を持って読みました。力をいただきました。

  153. 匿名 道の迷子

    「弱者を救い上げては宗教依存に陥れるんじゃなくて、もう一度個人として社会に戻せるサポートをすることが正しいと思います。」
    これをすることが本当の人助けなんでしょうけど、天理教としては、そうするとまずいわけですよね。
    いつまでも弱者のままにしておいて、ず~と天理教にすがり続けてくれなくては、自分達の商売上がったり、というところでしょうからね。としますと、天理教とは、弱者を拾い上げて、よけい弱者に叩き落とし、献金奴隷を造り上げている社会的組織といえます。としますれば、もう社会の害でしかない、と思われます。

  154. 匿名 道の迷子

    道一条しか知らない天理教上層部では、社会に戻せるサポートなんかできっこないと思いますが、社会で長年働いた経験を持つ、お供え集めに洗脳されてない、良識ある末端教会長さんなら、サポート出来るかもしれませんね。
    そういう教会長さん達がどのくらいおられるのかわかりませんが。たくさんおられるとすれば、やはり嬉しいです。

  155. 匿名です

    可哀想な者を見れば、自分を忘れて情をかける。これが見情というて人間見る者すべてにい情をかけて行くんだよ。

    初代会長様のお言葉の一部

  156. 匿名です

    にい ではなくて、に です。
    見情という言葉を見て、ついあげてしまいました。すみません。

  157. 匿名です

    しかし社会の害でしかないとは思いません。上級の教会の方も質素な暮らしをされてるのではないかと思います。

  158. 道の迷子

    匿名です様
     命の泣き声さんのブログのコメントに「ぶ~~ん。ぶんぶん。」て書いたのはあなたなんですか?面白い方ですね。
    もちろん教会によっていろいろでしょうから、全部を社会の害でしかない、なんて切って捨ててるわけではないです。
    弱者を救い上げて、社会でちゃんとやっていけるようにしてあげないで、一生お供えをさせ続けるよう、依存させたままにしておくならば、害でしかない、と言ってるわけなんです。
    質素に暮らし、本当に弱者の方の為を思い、自立できるよう指導できている上級の教会があれば、もちろん立派な教会と申し上げるに何の異存もありません。

  159. 匿名です

    依存とかではないです。文章を何回か書きましたが、うまく伝えられないので消しました。
    時間に追われているので、また時間のある時に書きます。

  160. 匿名です

    自分の生半可な知識、経験を感じてます。
    もっと深めてきます。
    お待たせしておきながら申し訳ないですが、深めようという思いでおります。

  161. 匿名です

    命の泣き声様へ

    お父さんの手をにぎりしめてもらえませんか?
    肩をもんで、背中をさすってもらえませんか?

  162. 匿名です

    母がリウマチかもしれないとのことで、おさづけをとりつがせていただくことができました。
    ありがとうございました。

  163. 匿名です

    神殿におつれすることは出来ていません。神殿でできていないことや、心定めが不充分なのが気になりますが、おさづけをとりつがせていただけて感謝します。

  164. 匿名

     あなたはお母さん思いのやさしい方ですね。神殿まで行けなくとも、あなたの心は神様にきっと通じてますよ。

  165. 匿名です

    匿名様

    ありがとうございます。
    昨日神様におさづけをする勇気を頂戴しました。
    母のリウマチかもしれない病気を治せるように、今日もとりつがせていただきます。

  166. 命の泣き声

    あんたら自分のブログでも作って自分達でやり取りしなよ。
    ここは少なくともカインさんが独自に資料を集めて自力で発しておられる『天理教社会学研究所』なんだからさ。
    他人のフィールドにズカズカ入り込んで個人的な報告会に利用する人間が天理教人だと一般の教養ある人間なら思うんちゃうか。
    ホンマにアホやな。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  167. 匿名

    命の泣き声様
    確かにここはカインさんの貴重なブログの場です。
    ここで、「他人にかまってんと自分が必死に生きろバーカ!」 などと、あなたのブログと同様に、口汚い言葉を発して、他の投稿者を不愉快にさせるのもどうか、と思います。あなたのコメントは、鋭い視点、内容を持つと注目しているのですが、もうちょっと柔らかい言葉にして頂けないものか、と残念に思います。

  168. 匿名です

    ごもっともです。私はひきましょう。
    でも他人にかまってんとって、ちょっとすみませんが、笑ってしまいました。

  169. 匿名です

    笑うというのは、愛のある笑いです。
    命さんの優しさが全面に出てて笑ってしまったということです。
    では、失礼します。
    私は結果もお伝えしたかったです。

  170. 匿名

    匿名です様

    もうやめようと思いつつ失礼します (>_<)

    命の泣き声様の言ってることは、極真っ当です。
    言葉の使い方が綺麗なのかどうかも大切な要素かもしれませんが、
    そんなことよりも、

    その人が、一体何を発信しているのか?何を言っているのか?

    という本質の方が大切だということは、
    こちらの多くの読者の方々は理解されているでしょう。

    匿名です様は、カインさんがこの記事で、あるいはこのブログで投げかけて
    おられるテーマや記事に対して、一体何を言いたいのでしょう?

    表面的には涙を流しましたともお話しされてますが、失礼ですが、
    実際にコメントされている内容は、カインさんや傷ついてきた人達のことを
    全く無視で、ただ、自分の言いたいことだけを自分の世界の中だけで
    話されているだけになっているのではないでしょうか。

    そして、言いたいことだけ言って、その都度「すみません、同じ境遇ではなく、
    同じ立場にはなれないので、私はひきます。もう入り込みません。」
    では、真面目に参加している者は、弄ばれたような感じを受けますよ。

    表面が全てですか?

  171. 一読者B

    上の記事、名前を書き忘れました (;´~`A“
    一読者Bです。

  172. 匿名

    「命の泣き声様の言ってることは、極真っ当です。
    言葉の使い方が綺麗なのかどうかも大切な要素かもしれませんが、
    そんなことよりも、その人が、一体何を発信しているのか?何を言っているのか?
    という本質の方が大切だということは、こちらの多くの読者の方々は理解されているでしょう。」

    命の泣き声さんが真っ当で、本質を発信しておられることを否定はしませんが、いくら本質を発信しておられるとしても、それで、「バーカ!」が許されるとも私は思いません。

  173. 匿名です

    一読者B様

    貫かれているテーマは分かる気がします。
    分かっていて、あえて逆の流れのことをお伝えしているように思われるのは、当然です。
    物事には優先順位があります。
    一刻を争う問題が飛び込んだので、そちらを1にして、あえてまた姿をみせました。
    一読者B様は天理のことについて俯瞰しか見ておられません。
    カインにもアベルにも、私の伝えたいことは分かると思っています。
    皆さんの辛さを知り、尚且つ逆に見えることをするのは、天理の教えが大切だからです。
    守っていかなければいけない教えだからです。

    匿名様

    神様は全て御存知だと思います。
    旬がいつ来るか分かりません。でも旬が来る時があると信じています。おや様が導き、親神様が包み込んでくださる時が来ると思います。

  174. 匿名です

    一読者B様、匿名様

    コメントが分かりもしないのに偉そうで、すみませんでした。
    自分がお二人の足元にも及ばないのは分かっております。

    徳子様、カイン様、命の泣き声様、50代元信者様、他コメントしていただいてる皆さん

    僭越に発言いたしました。
    申し訳ありませんでした。

  175. 一読者から

    このブログはカイン様のブログです。カイン様は天理教(教団)に対して批判的、懐疑的な立場を持ち、データや意見を公開されておられます。もはや天理教の改革・改善に期待していないかも知れません。
    とはいえ、お忙しいからかもしれませんが、コメントにカインさんが書きこんだということはありますでしょうか。ちょっとページをくってみましたが、どうもそのようなことはなさそうです(少なくとも名乗っていない)。また、異なった立場の意見を削除するということもなさそうです。コメント欄は、全く自由にいろいろな立場の人の意見の場になっています。コメント欄はなりゆきに任されており、カイン様はその成り行きを見ているだけのようです。立場が違う人が書き込み、またその人に反論することができる、つまり自由に議論ができる場所が提供されていることが素晴らしいことだと私は思います。
     言葉の持つ本質をとらえることは大切です。しかし、同じことを言っても説得力のある人もない人もいます。匿名ですから人格に直接触れることはできません。使われている言葉からしか類推することしかできません。そのことを考えないと、賛成にせよ反対にせよ、せっかくのご意見も拒絶されるだけになってしまいますし、しいてはカイン様のブログそのものの力がなくなってしまうように思います。
     もし、カイン様のブログを大切に思われるなら、愛する人に声をかけるように大切に扱われた方がよろしいのではないかと思います。多様な立場から意見を述べあってみて、やっぱりだめだと思う人もいるでしょうし、こうしたらもっとよくなるという方もおられるでしょう。もしこのブログが多くの天理教人に読まれている。あるいは読んでほしいとおもわれるなら、コメント欄でもそのようなブログに育ててください。一読者からのささやかなお願いです。

  176. 一読者B

    よくよく考えましたら、カインさんの記事とは関係のない内容ですので、
    本来「記事以外へのコメント・ご意見等はこちらに」の方へ書き込むべき内容
    のものかもしれませんが、こちらのコメント欄への返信ですので、
    こちらへコメントさせて頂きましたことをお許し下さい。

    2016年7月4日 3:34 PMの匿名様へ

    >命の泣き声さんが真っ当で、本質を発信しておられることを否定はしませんが、いくら本質を発信して
    おられるとしても、それで、「バーカ!」が許されるとも私は思いません。

    「バーカ!」は、確かによくない言葉です。
    しかし、言葉そのものより、その言葉を発している人の意識、その言葉の背景にある根は
    何なのかが重要と考えます。

    狡猾なこと、ずるいこと、理不尽な出来事に対して、思わず「バーカ!」と叫びたくなるような気持ちは、
    本音の部分では誰にでもあるのではないでしょうか?
    だからこそ、毒舌家にも拘らず、的を得た表現が却って共感を呼び、人気のある人もいるのではと思います。
    言葉は汚くても、どこか愛情が感じられ、裏がなく、天真爛漫でストレートな言葉は、尾も引かないように感じます。

    許されるかどうかといえば、
    もちろん、根が人を傷つけるだけの為に使われるような言葉は、きれいな言葉であれ、汚い言葉であれ、
    それは凶器であり、許されるはずもなく全く問題外ですが。
    例えば、悔しい気持ちを、綺麗な言葉を使って表現するのか、「バーカ!」と叫ぶのかについては、
    許されるかどうかというよりも、その選択による結果を享受する自分自身の自己責任として、
    表現選択の自由があってもいいのではと思います。
    あくまで、人を傷つけるだけの為に使われるような言葉は、凶器であり、
    許されるはずもなく、ここで言っていることとは別次元の話しです。

    価値がないと思うのは、表面は綺麗な言葉を使って会話をしていても、
    建前ばかりで、本音や本心がどこにあるかわからないような会話ですね。

    全てが正しいかどうかはわかりませんが、共感できることが書かれている
    HPを見つけましたので貼り付けました。
    http://www.kokoro-ya.jp/article/13226268.html

    価値観は人それぞれです。
    誰が正しい、間違っているというようなことではなく、
    他人の考えを知り、自分はこう感じるということを伝えて、談じ合える場は、
    色々勉強になり、ありがたいと感じています。

    一読者から様

    一読者から様のささやかなお願いである、
    >コメント欄でもそのようなブログに育ててください。
    の「そのようなブログ」という意味が、少し解かり難かったのですが、
    「そのようなブログ」とは、皆が
    >愛する人に声をかけるように大切に
    ということを心掛けてコメントをしているようなブログという意味でしょうか?

  177. 一読者から

    一読者B 2016年7月4日 10:41 PM様
    わかりにくくて申し訳ありません。
    最近は、カインさんの意見(言葉)より、コメント欄の方がはるかに活発で、天理教社会学研究所のブログはコメントの方がメインになっている気がいたします。であるがゆえに、カイン様がここで表明されるような堅実な分析・批判(「社会学」)に見合うようなコメント欄であってほしいと思うということに過ぎません。

  178. 一読者B

    一読者から様

    本当にその通りですね。
    カインさんは、様々な検証データや取材に基づいた説得力のある貴重な記事を
    提供して、問題提起をして下さってます。
    コメントが長くなるにつれ、内容が逸れていきがちになっていましたが、
    ここはカインさんの貴重な記事についてのコメント欄だということを、
    あたりまえのことではありますが、忘れないようにしなくてはと再認識致しました。

  179. 匿名

    一読者様 
    カイン様の問題提起とは逸れていますので、このことをこれ以上引っ張らない方が良いという事には賛成です。
    しかし、これだけ言わさせて頂きますが、一読者B様は「バーカ!」に「言葉は汚くても、どこか愛情が感じられ、裏がなく、天真爛漫でストレートな言葉は、尾も引かないように感じます。」と感じられたのですね。感じ方は人それぞれですが、
    私はこの言葉に愛情は一片も感じず、発言者の、人を見下した、馬鹿にした思いしか感じ取れませんでした。

  180. 匿名

    宛名間違い訂正いたします。
    一読者様 → 一読者B様 です。すみません。

  181. 匿名です

    匿名様

    バーカと言われた当人ですが、愛情は感じとりましたよ。
    この言葉には背景がありまして、その背景を御存知ないかもしれないです。
    命さんはブログにコメント欄を設置しておられ、私は命さんのブログにいくつかコメントを書き込んでいました。私が書き込み、命さんが消すという小さなバトルがありました。
    その流れのバーカなので、大丈夫なのです。
    ちなみにTwitterはできないスマホですが、命さんのTwitterをチェックしてます。
    知らなかったのですが、Googleで見れるんですね。
    葛藤が伝わります。
    バーカより、むしろ麦酒とやらが肝臓にアタックしてる気がして気になります。

  182. 一読者B

    2016年7月5日 8:45 AMの匿名様

    確かに きれいな言葉であろうと、汚い言葉であろうと、
    話の流れから受け取る感じ方は人それぞれですね。

    匿名様の言いたいことは、よくわかります。
    わかった上での、感じ方のシェアでした。

    一番わかりやすいのは、命の泣き声さんご本人に、
    人を見下した、馬鹿にした思いを込めて、「バーカ!」などの発言を
    されているのか、直接真意を聞いてみることかもしれません。

    綺麗か汚いか。
    良いか悪いか。
    正しいか間違っているか。

    一面だけでは決め付けることが出来ないところに
    物事の難しさがありますね。
    背景が変われば意味合いがすべてひっくり返ることもあるので。

  183. 匿名

    各自持ち場に帰れ、と終わったようですね。
    発言者の真意を確認する必要はありません。対面で、相手の表情も解り、お互い理解し合えるなら許される言葉でも、ここは投稿の場であり、文章のみで判断される事をお忘れなく、と申し上げます。ご自分は愛情を感じたからいい、とかそういうものでもなく、「ば~か!」という言葉自体、このコメント欄にはふさわしく無い、と私は思いますね。

  184. 一読者B

    匿名様

    >ご自分は愛情を感じたからいい、とかそういうものでもなく

    そのような短絡的なことを、言ったつもりはなかったのですが、
    やはり感じ方、受け取り方は人それぞれですね。
    許容範囲の問題となると、論じ合うようなことでもありませんので、
    もうそろそろ失礼しようと思います。

  185. 転輪

    出直し=死ではないんです。
    教祖の死を死と言う表現よりも、変えようと言うことで出直しに変わりました。(教祖の死後)
    在世当時、出直し=やり直しという意味でした。
    生きながらにして産まれ代わるということと、これならつじつまが合うし、手振りも合う。

    山澤一派が教祖の教えをダメにしました。

  186. 基本

    転輪さん
    山澤一派だけでなく、黒衣装の組織人で、皆で教祖は「親神」を否定しました。
    そのおかげで、天理教団には、予言通り、「ここでつとめをしていれど胸の分かりた者はない」となりました。

    生きながらにして生まれ変わるという教理も、うさんくさい、黒衣装系の教理ですよ。
    そんなこと天理教祖の発言ではなく、応法の説きわけだと思いますよ。
    教団組織人にはかかわらないことです。
    大組織は、おやさまお嫌いです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。