ある天理教教会の寂しいお正月


年始に地元の天理教の教会に寄った。そこの教会には私たち家族が昔からお世話になっている。我が家で天理教の信仰が最も篤かったのは祖母である。私は年始の挨拶と教会家族とメールのやり取りが年に数回あるだけである。その教会に1/2に参拝して感じたことを書く。その教会は地方にある。神殿と住宅が分離しており、比較的大きな教会である。正月だから大丈夫だろうとアポなしで参拝に行った。数年前であれば、正月に教会に参拝すれば、どこかの家族と一緒になったり、教会の子供たちの声が聞こえてきて正月らしい賑わいであった。しかし、今年の正月の教会は非常に閑散として静かで驚いた。子供の声は聞こえず、どこの家族も参拝に来た様子がない。神殿の装飾やお供え物は月々の祭典ほどの豪華さであった。私たちは家族は、「静かだよね。初詣した神社はあんなに人が多かったのに」と顔を見合わせるしかなかった。そのまま誰も会わずに帰ろうかと迷ったが、さすがに正月にそれはマズイと思い、教会家族の住居の方に挨拶にいった。すると会長夫妻が出迎えてくれた。ようやく住居の方で、私たち家族と会長さん夫妻と新年の挨拶と近況報告をした。私から「今年の教会の正月はなんでこんなに静かなんですか」と質問すると、単に人が来ないということである。さすがに元旦の祭典には近所の高齢の信者が多数集まってくれたが、それ以降は誰も来ないということである。一番驚いたのが、この教会には成人した子供が多くいるが、娘さんたちは全て結婚して嫁ぎ、息子さんたちは正月は嫁さんの実家へ帰っているとのことである。そのために正月でも教会は静かであったのである。私に話をしてくれた会長さんは、若い頃から道一条(天理教一筋)で行動的で、縦の伝道にも熱心で若者たち(子供たち)にも厳しく説諭する姿が印象的であった。しかし、今の会長さんを見る限り、若者から“自然と”敬遠される寂しい姿しかなかった。子供たちは誰も教会や天理教を嫌ってはいない。しかし選択肢が増えた社会において、若者の正月の優先順位に教会や天理教が上位に来ないだけのことであろう。もちろん会長さんは、そんな分析を言葉にはしないが、昔から教会の息子たちの話を聞いている私としては、この会長さんの寂しい姿は必然的なのだろうと感じた。この会長さんの後継者である息子は常々「親父(会長さん)は神や親を見ているが、人間を見ていない」と私に言っていたことを思い出さずにはおられなかった。確かに、私自身もこの会長さんと話をすると天理教の用語は多く出てくるが、社会人として人間として対等に話し合えたことはない。「徳がない。理がある。親の思いに寄り添って。」と上から落ちてきた言葉ばかりの再現で、それら天理教の用語を抜きにした人としての生の声がまったくない。私が天理教に対して批判的な論拠を形成しているのも、この会長さんの立ち居振る舞いの影響が強い。偉そうにトップダウンで天理教論をまくし立てて思い通りにした結果、数年後は誰も教会に寄り付かない寂しい正月になっている。この私の思いは、この教会に留まるものではない。上級教会や大教会に足を運べば、同じようなタイプの会長さんの多さに驚倒し、大教会長にいたっては絶対神のように崇められているほどの権力の異常さに気付かされる。このことを考えると、今後の天理教の姿もまた非常に寂しいものになるのではないか。そして、それは思いのほか急速に天理教の足元が瓦解していると推測する2013年の始まりであった。「家族団らん」や、「教祖にもたれて」という輝かしい言葉は、実体がないゆえに若者には信仰的自立を抑圧する機能となっていることを教団はそろそろ自覚してはどうだろうか。そんなことを考えた正月であった。続きは次回。

tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

ある天理教教会の寂しいお正月」への8件のフィードバック

  1. 匿名

    1. 無題
    ブログ読ませてもらって、共感するところが多かったので、コメントさせてもらいました。

  2. 匿名A

    このブログがアップされてから3年6月が経過しました。フィードバックも1件で少し寂しい気がします。
    そもそも天理教会の存在と教祖の想いである「講」との間にどのような関係があるのだろう。子供のころよく聞かされたことは、教会は土地・所のひながたという言葉であった。ところが、今となっては教会と講との間には何の関係性もないのではないかと思うようになってきた。
    そうであれば、教会は土地・所のひながたという理念すら空虚なものとなってしまう。江戸幕府顔負けの縦社会が無くなって始めて、晴れて人々が喜び勇んで集い来る場所になるのではないでしょうか。
    子供の頃に見聞きした、雪が降り積もる寒い夜に、うちわ太鼓を打ちながらお経を唱えて歩かれる姿こそ、講の喜びを感じておられた人たちではないでしょうか。

  3. 姑が布教師で苦しんでいます

    よその掲示板で書き込んだことをそのまま転載します。
    :::::::::
    @@@@さま
    あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

    さて、元日の、本部の初詣の様子をご報告します。
    昨年は、1980年代比で1/10に信者数が激減したと感じましたが、本年はさらに醜くなっていますよ。

    ① 豊田山合同納骨所礼拝所
    駐車場から階段上がって礼拝所までの石畳、な~~~~んと、誰も歩いていません。
    ゲラゲラ大笑いしたいのを噛み殺しました。その代り、腹の皮、喜び過ぎてよじれました。近づいて、またビックリ。脱いであるはずの靴がありません。階段上って礼拝所に入ると、これまた、誰もいません(靴がないから当たり前ですが)。まさかの「貸し切り」状態でした。昔は狭い礼拝所に信者が押しかけて、座る場所を確保するのも大変だったのに。隔世の感です。

    ② 東礼拝所
    ガランとしてるので数を数えました。
    砂利の広場。。。26人
    東礼拝所。。。14人
    誰もいない畳敷きの広い空間を、小さい子供3人が走り回ってました。
    聞こえてくる、みかぐら歌も、声が遠慮がちに小さい。

    ③ 三つの社がある神殿(回廊のラスト)
    ちょうどお掃除タイムが始まって(昼過ぎ)、白装束のおっさんが、ほうきで信者側へホコリを掃き出すわけです。賽銭返せと怒鳴りたいくらいでした。なんで元日から、頭からホコリかぶらないといけないわけ?掃除は、朝か夕にできないの?

    「天理教の常識=世間の非常識」
      
    あまりにも、一般信者をバカにしていませんか?

    本部がどんな発表するかわかりませんが、元日の初詣参拝者、1万人いかないのでは?

    それにしても巨大な神殿群ですね。

    もし、天理教消滅しても(宗教法人が解散しても)、残余財産は宗教法人役員の私有財産になるそうですから、中山家も各役員家も、笑いが止まりませんね。

    10万坪×10万円(坪単価)=100億円

    孫子の代まで遊んで暮らせる。

    他にも、株とか金融資産とか商業ビルとか、貯めこんでるのでしょうね。

  4. 古い教会長

    <天理教の「御供え」について>という掲示板に再生さんが書き込まれた記事を転載させていただきます。

    天理教の再生は可能か? 投稿者:再生 投稿日:2017年 1月 3日(火)18時42分15秒

     一昨日の1月1日元旦、私は妻と2人で東大寺に初詣に行く途中、「おぢば」に立ち寄りました。昭和40年代の前半、私がまだ小学生だった頃、毎月1日が父が現在、末端分教会長を努める教会の月次祭があった都合上、1月2日に家族で「おぢば」に初詣に参拝するのが恒例でした。

     その当時、教会本部の神殿や境内地、天理本通り商店街は人であふれかえり、神殿前の東西の通りでは露天商が所狭しという程、商売をされていました。境内地の総合案内所では迷子の呼び出しが頻繁に放送されていました。今となっては懐かしい思い出でもありますが、過去と現況を比較すると、あまりにもギャップが大きくショックさえ感じました。

     一昨日、立ち寄った「おぢば」は、私の小学生時代と比べると、あまりにも参拝者が少なく、また、天理本通り商店街は半数以上の店舗がシャッターを下ろされ、人通りも大変少なく、かつて賑わっていた露天商も半数以上減り、細々と営業されていました。唯一、盛況に営業されていたのは、商店街の某スタミナラーメン店であり、私達はその某スタミナラーメン店で食事をして東大寺へと向かいました。さすがに東大寺や奈良公園周辺は、初詣の人達や国内外の観光客で大変な混雑でした。つい先ほど私達が目にした「おぢば」の状況とのギャップに再度、ショックを受けました。

     前置きは長くなりましたが、私が感じたことは、天理教の信者は激減してしまったということです。天理教教会本部はこの現実をどのように把握しているのでしょう。私は天理教の再生を願い、「再生」というHNを使わせていただいておりますが。はたして「天理教の再生」は、はたして可能なのか?という思いを抱かずにはおられない元旦の1日でした。

  5. 匿名で。

    お正月の参拝人、そんなにひどい状態なのですね。確かに、商店街はシャッター通り。日ごろから人通りがないのですから、商売にはなりませんよね。
    跡取りがいないため、豊田山に実家の親の納骨を検討しているのですが、これでは天理教の消滅も現実のものになりそうですね。
    となると、親の納骨後が心配になってきました。破綻して会計状況も火の車状態になるでしょうから、豊田山の管理どころではなくなるでしょう。
    豊田山納骨の件は、今後の教勢を見極めて、よく考えたほうが良いかもしれません。今のような事をしていてはいつか破綻の時が来ると予想はしていましたがいよいよ現実味を帯びてきました。長年信仰に命とお金を捧げてきた我が親はこの現実を空の上からどう思って見ているでしょう。さびれた豊田山に納骨されること自体、可哀そうな目にあわすことかもしれません。複雑です。

  6. 匿名

    >天理教の信者は激減してしまったということです。天理教教会本部はこの現実をどのように把握しているのでしょう。
    >はたして「天理教の再生」は、はたして可能なのか?という思いを抱かずにはおられない元旦の1日でした。

     天理教が、信者の希求を満たしていないから、信者激減は当然のことでしょう。「天理教の常識は世間の非常識」といいますが、このような、信者を不幸にする宗教は消えてしまうのが世の為です。「天理教」というものは消えて、全く違う名前の団体として又、生まれるのかもしれませんが、それはもう今の「天理教」とは別物になっていると思いますし、その方が良いと思います。
     現天理教団の上層の方々は、組織を改革するよりも、自分達が充分生活していけるよう、資産をため込むことしか頭にないのでしょう。信者のことは全く考えてないし、信者が激減したのは、末端教会の教会長達が頑張ってないからだ、くらいにしか思ってないのじゃないですか?
     

  7. 古い教会長

    匿名ですさま。

    心配ないです。当たり前の姿になって来ているだけですから。

    昭和40年頃の、賑わいの方が異常だったのです。

    一度、落ちきってから本物の芽が出てくるのではないでしょうか。

  8. 匿名

     もう宗教団体に依存する時代ではない、ということではないでしょうか。
     天理教が、人助けと言いながら、救ってくれない宗教である、という自業自得の面も勿論ありますが、人々の意識が進み、ネットや書籍などからも、いろんな情報が入り、人々の視野が多様に広がっている、ということでしょう。
     精神世界の分野だけに限っても、書店では、外国の人が書いたものも含め、コーナーにぎっしり並んでいます。それに対して、天理教関連の書物は、探さなければ目に入らない。あっても隅の方に1冊位。天理教は、新興宗教として発足したが、今ではもう、世間から見れば、時代遅れの、古臭い宗教に成り下がっている。勿論それは本部の方々の身勝手な、教えの歪曲のせいではあるが、「大きな神殿やお供え、お尽くし、毎月の定例の祭り、教会組織等」」これらは現代人にとっては、前時代的としか思えない、何の魅力も無い、バカバカしい、としか思えないものばかりである。衰退するのは、理の当然、むしろ、発展する方がおかしい、ということであります。
     

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