天理教の里親政策がとても重要な懸念を孕んでいるわけ

以下は、ある方とのメールのやり取りでのカインの送信をまとめたものです。このメールには幾つかの資料を添付しましたが、それはブログでは公開しません。
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これまで私は天理教里親について何度も言及しております。結果的に、私は天理教の里親推奨政策について、議論が非常に未熟なままであると感じております。その理由を下記に述べますので参考にしていただければ幸いです。
前提として、天理教では里親も含めて立派に社会福祉活動をされている教会があるのは事実です。しかし、その個別の事象を全体として論じることはしません。また私が下記に述べるような懸念を矮小化することもいたしません。私が実際に見て聞いてきた事実ですので、数例〜数十例と少数のことなのかもしれません。それが氷山の一角なのか、特別なものなのかの判断はお任せいたします。
感覚的には、天理教の里親は非常にバラつきが大きいと感じますし、その点も議論が未熟と思う所以であります。ですので、これから述べることは「こういった側面がある」という感じで参考にしていただけますと幸いです。
まず天理教の説明をしたいと思います。
数年前より天理教の広報機関である宗教法人天理教道友社が里親政策を強力に推し進めてきました。里親関連の出版物を刊行したり、信者が読む発行部数約12万部の週刊新聞である天理時報において里親を推奨するような記事が大量に発信されました。
その結果、「私の教会も里親をしたい」という若者〜中年の天理教を職業とする天理教人に起こりました。実際に里親の研修会に参加して、里親登録をして実際に里親活動を始めた天理教の方もおられました。
次にこの天理教里親ブームの背景について、天理教内部の視点から考察を述べたいと思います。
まず新興宗教である天理教という宗教団体の教義の大枠は「共助・共生」であります。教団設立当初から、弱者(庶民)の貧・病・争の救済を目的として拡大してきました。また全国にある天理教の教会は、一般家庭よりも物理的に広く作られていることが多く、天理教を営む家族以外も収容できる機能があります。それらは教会でおこなわれる神事や行事など、信者が教会に集まることが重視されるため、そういった多人数が収容できる建築構造になっていると考えられます。
そして歴史的に見ても、天理教は行き場所のない方を教会で生活させてきた経験があります。病者やホームレス、家族不和などの方を教会で生活させてきた風土があります。もちろん全ての教会ではありません。
ですので、里子として数名子供が増えたところで部屋数や食事数など新たに里親としての負担が増えることなどは問題がない教会が多いと思われます。(天理教が行き場所のない方を教会で世話するのは一見美談に聞こえますが、福祉制度の整った現代では私は否定的にも見ています。つまり天理教が、そういった方を抱え込むことで、結果的に何年にも渡りその方の社会的自立を遠ざけている現象を実際に私が数例見ているからです。天理教の教会に何年もいる方はその蓋然性が高いです。もちろんその方たちは給与は払われておりませんので三大義務である就労、納税はできていません。)
別の側面です。天理教は「搾取の天理教」と言われるほど、信者から金銭を巧妙に集めます。「天理教の献金は自主的で強制ではない。気持ちだけ」と説明する天理教人が多いです。しかし悪徳商法のように、断れない親密な関係を築くのが天理教布教の戦略です。なにより奈良県天理市の天理教本部の建築群を見ていただければわかりますように、本部をはじめ全国各地には立派な教会が建てられています。その莫大なお金はもちろん信者から集めた浄財です。新興宗教では当たり前ですが、集めた人と金の量が「信仰者としての成熟度」という側面が天理教にもあります。信者から集めた金を上級教会に上納し、最終的には天理市の教会本部に集約されるという仕組みです。末端教会(分教会)→中級教会(大教会)→本部(天理市)となります。結果的に、人と金を集める天理教人は「優秀な信仰者」であり、集められない天理教人は「優秀ではない信仰者」という暗黙知があります。それらのお金は建築物に使われるのはもちろんのこと、天理教のトップである中山家には年に数億の収入となり、幹部たちの数千万の収入となると推定できます(公開されている納税長者番付や過去の幹部の脱税事件などから容易に推測できます)。しかし一方で団体職員として本部、大教会等で専従で働く者は月に2,3万円から数万円という支給でしかありません。
それら強力な集金を裏付けるために全国各地の教会の神殿(本殿)には、教会本部や上級教会が配布したノルマ目標や、戦時中と錯覚するようなスローガンが掲げられています。普通の方が見られたら非常に驚きます(新興宗教ではよくあることですが)。また建築物については、天理教が設立されて200年近く経ち、建て替え、リフォームは定期的・多発的に発生するため、信者にとっては、「際限のない献金地獄」となります。
一方で1990年代以降、天理教の衰退は著しいです。つまり人も金も天理教に集まりにくくなっているということが起こっています。全国各地の天理教では経営が成り立たない現象もおこっており、全国に約1万7千カ所ある教会の7割が後継者不足を中心とした機能不全を抱えていると言われています。後継者不足ということは、若者が天理教の家(教会)を飛び出すということです。若者が家を飛び出す構造なのに、里子を養育しようとする姿勢はどこかに天理教の組織的な闇や矛盾を感じざるをえません。
またオウム真理教事件も含めて、宗教全般に対する国民の嫌悪感の増加など、天理教も例外なく忌避されています(これにはいろいろな意見があると思いますが、国民意識調査などの変遷を見れば、そう考えてよろしいかと思います)
こういった背景から里親を考えると、欧米で時折ニュースとなる「里親ビジネス」が天理教も例外なく当てはまる疑惑があるということです。つまり天理教の教会が里親をするということは「宗教という儲からない底辺ビジネス」の身から、「天理教上層部の賞賛を浴びながら安定収入ビジネス」に生まれ変わることができます。天理教の若者から中年にとっては社会保障もされていない不安だらけの将来に対する一発逆転ホームランが里親ビジネスでもあるということです。天理教に専従する彼らは働いておらず、働いていてもアルバイトや月に2から3万円の給与の中で年金も保険も払っていません。私は天理教が集める年間120億円の献金を彼らの社会保障に回すべきだと主張していますが、天理教本部は決してそうしません。
今の天理教には変革の勇気を持ったリーダーがいないのはもちろんですし、肥大化しすぎた利権まみれの組織のため、誰も変え方が分からないという方が適切かと思います。もちろん教団内で安定した給与は一部の上層部や特定の家系に繋がる者のみです。そういったことも含めて法人全体の莫大な金額の使途は不透明なままです。(最近では献金全体の低迷から天理教本部の建築活動もほぼストップしていると思われます。)
私が実際に見てきたものを紹介します。
里親をしている地方にある天理教の教会では、信者の数として里子を計上しています。天理教では何か行事があるたびに「◯◯万人を集めよう!」「◯◯人のご守護をいただこう!」などというノルマが課せられます。里子はそのノルマ数に利用されているとも考えられます。これは私が天理教の教会の神殿(本殿)に掲示されてあるノルマの名簿表で確認いたしました(添付資料)。つまり、里子が天理市に定期的に連れていかれ、天理教の話を聞かされます。最悪の場合は、17歳になれば「よふぼく」と言われる信者にさせられる危険性もあります。またどの教会でも朝と晩の約20分〜40分の「おつとめ」にも参加させられています。(「させられている」と表現したのは、実際に里親の家長である教会長が里子に「参加しなさい」と言っているのを聞いたからです。)
厚労省の「平成24年 里親及びファミリーホーム養育指針」の「3 権利擁護」は宗教のことは触れていませんが、それで良いのでしょうか。
以下、天理教本部が過去に作成した天理教里親活動のVTRを引用します。里子たちが天理教に染まっていく様子が手にとるようにわかります。天理教にとっての里親活動のゴールというのは、子供の社会的自立ではなく、天理教を信仰させることにあるとも言えるかもしれません。
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写真 VTR中に登場する天理教教会に委託された里子たち 無垢なこの子たちの信教の自由は誰が担保するのでしょうか
また天理教には天理教里親連盟というものもあります。これは私は関知しておりませんので、ホームページから得られた情報がすべてです。ここを読む限り、この連盟には立派な規約や哲学などがあり、子供の接し方や、関連知識の学習会などは定期的に開かれているようです。しかしお金の流れや子供の養育に対する宗教性など、私の疑念を払拭するような本当に知りたいことは何一つ明らかにされていません。全員が天理教関係者であろうことから、明らかにしようという努力も見当たりません。むしろホームページや活動報告を読むと里親としての苦労話が宗教的美談として扱われることに違和感すら覚えます。
またご存知のように、里親登録をして子供を預かると養育里親の場合、手当7,2000円/月に養育費、自治体助成などえお含めると月に約15万円ほどのお金が教会に入ります。さらに里子が複数であれば額は上がります。これらのお金はある意味、里親への報酬という側面もあるでしょう。私はこれを逐一明細をとって収支報告すべきというように縛ることは決して養育の面や里親制度の発展という点で避けなければいけないと思います。
しかし一方で、宗教法人法で認められているように宗教法人の収支は、公開義務がありません。私は何が言いたいかと言いますと、里親制度を支える委託金が天理教の上納金として利用されているという疑念が払拭できません。里親への委託費が、車を買ったりなど、里親の生活を支える点は議論の余地はあれど許容できると思います。しかし同じ文脈で委託費を宗教の上納金として使われるのは、かなり方向性が異なるのではないかと思っています。これは正直なところ、現時点では誰も明らかにできません。もしそうであれば、天理教の教会に預けられた子供は、異常な家庭環境に委託されていると言えるかもしれません。
私の疑念は「委託金が里子のためにきちんと利用されていると思えない」ということです。天理教といえど宗教ですから里親となる天理教人が「委託金を上納金とすることは、陽気ぐらしの教えから言って何も問題はない。」という一般的に見て偏った考えを持っている可能性さえ否定できません。
私は、こうした天理教の金銭的倫理観がいけないと言っているのではありません。私の言いたいことは天理教の方も、天理教以外の方も、行政の方も、疑念を持たれることのないよう正々堂々とした制度を設計する必要性があるのではないかという提言であります。
里親という制度自体が、宗教を背景とした共助の精神に支えられていることはとても重要なことであると思います。しかし一方で、上記のような特定の宗教のための里親ビジネスと疑われることもよくないと思います。「疑いがあるのは一部の人間だ」ということも考えられますが、その不透明を許容する姿勢にこそ日本で里親制度が広がらない制度欠陥があるように感じます。議論が未熟と申しましたのは、突き詰めると里親制度で宗教の金銭問題をどこまでクリアにするかということになると思います。
例えば、宗教法人が里親をする際には上納金を明らかにできるような、年度ごとの宗教法人の収支報告の公開を里親委託の申請条件にする(委託金の収支報告ではない。宗教法人は極めて公益性が高いので公開でも問題はないはずです。)、宗教団体間の上納金には贈与税をかけるとか、また里子に対しては「宗教行事の参加には週何時間まで」や「宗教行事参加選択の自由を担保する(代諾者や後見人という問題は残りますが)」などの規定が必要ではないかと感じております。なぜなら、里親制度の原資は国民の税金であり公金です。また未成熟で無垢な子供には判断ができません。実の親は選べませんが、里親は制度です。制度に欠陥があれば修正するのは当然です。
よく海外の里親を例にとられる方がおられます。欧米ではキリスト教の教えが里親の背景を支えていると。しかし日本の宗教法人は欧米とは異なり組織内部や財務状況が非常に不透明であり、天理教も同様です。日本の宗教法人と欧米の宗教法人を同列に論じることがナンセンスと感じております。(フランスで活動する天理教の文化活動は、宗教色を一切排除したものとなっております。お金も含めた政教分離は日本と比べ物にならないほど厳しいですが、日本では不透明でも許容されます。http://www.excite.co.jp/News/bit/E1432901583704.html
別の側面から想像するに、日本では里親となる家庭が少ないと言われています。そのため里親を希望する方がいれば、研修・登録を経て比較的簡単に里親になることができます。日本では里親が少ないからといって、特定の宗教法人を一般家庭と同様に扱うことは行政の甘えとさえ感じることがあります。実際天理教の里親を志向する方はその委託金に目が眩んでいるという疑惑を私は持っております。
宗教法人をすべて敵対視すべきであるということではありません。宗教法人の財務はブラックボックスであるため、里親の制度設計や子供の宗教との接触をきちんと整理しましょうということです。
里親の発展のためにお金も含めたインセンティブはとても大切ですが、宗教法人にはそういった疑念、疑惑を持たれないように明快なルールが必要ではないでしょうか。特に公益性が高い宗教法人には厳しいルール適応も必要かと感じます。お金の扱いが極めて不透明な宗教法人だからこそ、宗教法人にはきちんと特別なルールを儲ける必要があるのではないでしょうか、というのが私の主張です。
参考までに1999年に日弁連が作成した「反社会的な宗教的活動にかかわる消費者被害等の救済の指針」のP.30を引用します。
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さらに、同項に言う「その発達しつつある能力に適合する方法」とは、第三者はもちろん、親権者でさえ、未成年者の決定を 左右することが親権の権利濫用として許されない場合が生じると解釈される。しかも、未成年者が未熟であればあるほど、すなわち原則として低年齢であるほど、親権者や第三者が勝手に未成年者の宗教的立場を決定してはいけないのである。このことを、未成年者において「権利として保有しながらも、将来、成熟した判断能力を備えた段階で権利行使ができるように、未成熟な段階で はとりあえず権利を棚上げにし、その権利が十分に行使できるよ うになる条件整備を要求する権利」という意味で未成年者の「保管状態にある権利」と呼ぶこともある。欧米では、宗教教育参加 決定権を表明できる年齢は18歳ないし14歳とかなり高年齢に設定されている。 もちろん、未成年者であっても、その信教の自由は尊重されなければならない。未成年者がその自由意思で特定の教義を信じ、 行事に参加することは、特に高等教育の年代の場合、特別の事情がない限り、その親といってもこれを禁止することはできない。 しかしながら、未成年者の人生を決定してしまうような長期間の施設内での共同生活をするような場合には、特段の配慮が必要であろう。ともすれば判断能力が乏しく、社会的経験を経ていない ことから、共同生活を経る中で指導者の教えや指示を熱狂的に受け入れてしまったり、未成年者に早々と成人後の人生を決定づけ させてしまうことになりかねない。未成年のうちから他の情報を 遮断し、情報へのアクセスを断ち切ることになってしまうことは、 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)第17条にも反することとなろう。
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最後に、この里親制度の骨子は、子供の健全な成長と発達であり、特定の宗教法人に寄与するものではありません。里親制度が、児童福祉法に拠っているように、子供の健全な養育に資することができなければ、天理教が里親をする必要性はまったくないと私は考えます。天理教は新興宗教の中でも比較的マシな印象だからOKというのは理由になりません。また天理教が里親から撤退すれば子供の行き先がなくなるのではというのは全く別問題です。ぜひ我が子が特定の新興宗教法人に養育されることを想像してください。
天理教も含めた宗教法人の里子への実態調査、議論をお願いいたいものです。
これらの問題は当事者である子供が判断できるものではありません。だからこそ大人の事情ではなく、一番に子供を中心に考えなければいけません。子供のためにも周囲の大人が疑いをもたれることなく、きちんと議論・整理して健全でなければなりません。里親制度が、社会の疑念を持たれたままでは、子供の信頼を得られるとは到底思えません。ぜひ、里親に関わる先生方の活発な議論を祈念しております。
私が懸念することがない、健全で正しい里親をされている天理教人がいることも付記しておきます。真面目にきちんと頑張っている方が、正当に評価される社会であることを願って止みません。
tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

天理教の里親政策がとても重要な懸念を孕んでいるわけ」への97件のフィードバック

  1. 命の泣き声

    自覚症状があるなしに関わらず、里親が社会的に許される善意の中での一発逆転ホームラン意識があるんやったらマジで異常カルト宗教の極悪横領組織じゃん。

    『これらの問題は当事者である子供が判断できるものではありません。だからこそ大人の事情ではなく、一番に子供を中心に考えなければいけません。』

    これにつきる。

    里子を引き受けるということは、一社会人として育て上げ、送り出す責任まで伴うはず。
    補助金を吸い上げ、宗教依存症を増やそうとしてるだけなら逮捕だね。

    個人的感想として、この記事は素晴らしいと思う。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  2. 匿名

    >そして歴史的に見ても、天理教は行き場所のない方を教会で生活させてきた経験があります。病者やホームレス、家族不和などの方を教会で生活させてきた風土があります。もちろん全ての教会ではありません。

    問題は、社会復帰できるだけの、啓蒙力の欠如ではないか?
    現社会からドロップアウトした人達の受け皿であり得る事は素晴らしいけれども、社会の進化に貢献する程のジャンプアウトした人達へと成人させる程の教育システムに欠陥があるように思えます。

    本部は、人間の成人に対する意識が低すぎるように思います。本席様以後、誠の人の雛形が本部で見当たらない事が原因でしょう。

  3. とくめい

    うまく出来た仕組みですね

    おーい、大人~
    いい加減目醒ましてよ

    天理教に限らず今の世の中に必要なのは「考えるな、感じるんだ!」だ、そうですよ

  4. 匿名

    カインさん、この記事待ってました。
    天理教団が、教えに託けて里親手当を吸い上げていることは間違いないでしょう。
    信者が減り、お供えが減り、している中で、こんな一石二鳥のおいしい話があるやんか。って感じでしょう。
    人の子どもを助けるために自分の子どもの命を差し上げます、なんて言うおやさまもおかしい。
    それが人助けの話として堂々と語られることの感覚が狂ってる。
    そんな価値観の教団が、里親を推進するってことほど恐ろしいことはないです。
    ましてや、社会的養護の何たるかを全く学ぶ姿勢もなく、自分たちが一番正しいと思っている人たちに
    一筋縄ではいかない子どもたちが委託されるとどうなるか。
    簡単に虐待へと結びつきます。
    親(上級やら)を崇める宗教に、子どもを大切に慈しむことができますか。
    教会子弟でさえ親は上級の御用とかで放ったらかしにされているのに。
    里子に里父のことを「会長さん」と呼ばせている里親もいます。
    何かがおかしい。
    善意を全面に出して、甘い汁を吸う。

    天理教の里親家庭では、委託されてくる子どもは「いんねん」の悪い子、という扱いです。
    徳を積まさなければいけない、ということで「ひのきしん」。
    贅沢をさせてはいけない。楽しいことをさせてはいけない。
    人並なことはさせずに、徳を積ませる。
    子どもたちは、どこまで傷つけられるのでしょうか。
    自分たちはいいことをしていると信じこみ、疑うこともなく子どもたちを搾取している。

    これから先、天理教の里親家庭で問題は噴出すると思いますが行政は握りつぶす。
    実際にこの目で見てきました。
    世の中、結局すべてのしわ寄せは、自分を語るすべを持たない最弱者、子どもたちに行きます。
    そんな子どもたちの代弁者は誰か?
    私たち大人一人ひとりが真剣に考え、行動する必要があると思います。

  5. よふぼく

    皆さまと違った主旨の意見を申し上げます。まずはお許しください。
    天理教の里親政策は、事実として天理教以外も含む全日本の8割程度の里親を担っています。
    この点は宗教団体という枠も関係なく、日本社会に紛れもなく結果を残しています。

    天理教関係者が後のよふぼくとして囲い込みのようなことをしている背景もあるかもしれません。
    ですが、ご認識頂きたいのは、里親となってしまった子供たちの思いです。

    私は実際に天理教で里親で引き取られた子供たちも見てきました。それは伊豆大島でした。
    天理教の方が引き取るまでは、施設にいました。とてもかんしゃくの強い子で、教会にもなじめませんでした。
    なにかあると「ぼくを殺せ」と、言う子供でした。その子を救ったのは伊豆大島の天理教の会長さんでした。

    この子にじかに会ってきた私からすると、この子は天理教というたすけがなかったら、どうなっていただろうと
    思うのです。親の無責任で見放されてしまった子供たちを、一番救っているのは天理教という事実があります。
    このブログはたまに見ますし、共感も多いですが、この点は天理教を認めています。

    天理教の方がすべからく搾取しか考えていない、と思われる方には賛成もする反面、何も言っても無駄ですが、
    私がひのきしんで会ってきたご夫妻は、天理教に誇りを持ち、そして里親に熱心に取り組まれていました。
    伊豆大島の教会のご夫妻は、率先して里親をつとめひとりはそろそろ中学生、もう一人は小学生高年です。
    今回のブログのコメントに、何もかも天理教はダメなのかと落胆しました。私はそうは思いません。

    もちろん皆様の仰る通り、天理教本部が絶望でしかない状況は理解しています。
    ですが、末端でがんばっている里親の教会を知る私にとって、末端まで腐っていると受け入れることはできず、
    コメントとさせて頂きました。実は伊豆大島に教会はひとつしかないはずです。よければこのコメントが本当か、
    実際にいってみてください。匿名なのに恐縮ですが自信をもって本当だと証明できます。

    このブログの皆さまに反論申し上げるつもりはございませんが、今回だけは私と考えが違いました。
    何でもかんでも、天理にいる役員が悪いのか、天理にいる役員が悪いと末端まですべて悪いのか、
    議論は細かくなりますが、いいものはいいといえると思うし、天理教だから何でもかんでも悪いとは、
    私は思わないので、投稿させて頂きました。

    皆さまの、ご参考の糧となれれば幸いです。どうぞよろしくお願いします。

  6. 命の泣き声

    よふぼくさんの意見は、冒頭の、

    『前提として、天理教では里親も含めて立派に社会福祉活動をされている教会があるのは事実です。しかし、その個別の事象を全体として論じることはしません。』
    の註釈程度にしか過ぎない。

    素晴らしい教会がある事実は間違いないが、そこを過大評価して情報として解釈するのは本部やマスコミと同じ。

    いくら一つの部署や個人が素晴らしい活動をされていたとしても、組織としてはそのうち違う種の方が早くに生える。

    やっぱり、罪深いね。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  7. 古い教会長

    >天理教の方がすべからく搾取しか考えていない、と思われる方には賛成もする反面、何も言っても無駄ですが、
    私がひのきしんで会ってきたご夫妻は、天理教に誇りを持ち、そして里親に熱心に取り組まれていました。
    伊豆大島の教会のご夫妻は、率先して里親をつとめひとりはそろそろ中学生、もう一人は小学生高年です。
    今回のブログのコメントに、何もかも天理教はダメなのかと落胆しました。私はそうは思いません。
    もちろん皆様の仰る通り、天理教本部が絶望でしかない状況は理解しています。
    ですが、末端でがんばっている里親の教会を知る私にとって、末端まで腐っていると受け入れることはできず、

    おっしゃる事、よく分かります。
    大事なのは、天理教であるとか、ないとかが問題ではなく、その人、個人が素晴らしいかどうかです。
    本部が絶望的な状況であっても、末端の教会長まで絶望的にならなくてもいいです。
    近所や地域の付き合いは、天理教の教会であっても個人として付き合っているのですから、もし本部が不祥事をして大問題になったとしても、信頼おける(値打ちのある)行動を日々していればさえいいのです。
    天理教はダメでも、一緒にダメになる必要はないのです。
    自信を持って、堂々と教祖の教えを実践していればさえいいのです。
    ダメな天理教を隠して、ツギハギをしながら体裁を構うより、全て明らかにして、白紙に戻って一から始める方が、よっぽど大事です。
    何事にも、とらわれず生きて行きましょう。

    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs
    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/
    huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
    http://twitter.com/huruikyoukaityo

  8. 匿名

    ようぼく様の言いたいことはわかります。
    私もずっとそう思ってきました。
    でも里親を真剣にしている教会がある、ということは褒めることですか?
    教会は宗教施設であり、そこで里親をしている人たちは宗教家ですよ。
    真剣にすることは当たり前のことです。
    どんな形であれ対価が発生する時点で、お気楽な素人のボランティアでは困るのです。
    子どもを預かっても一銭も出ません、となれば、いま里親登録している人たちの中で
    いったいどれだけの人が積極的に子どもを預かろうとするでしょうか?
    戦後すぐから里親制度は存在しています。
    まだ里親制度も充実せず、里親手当も今の半額ほどの時から
    地道に人知れず里子を預かり、ひたむきに里親として生きてきた方々もおられるのです。
    ここ10年ほどで里親制度が充実し、委託費も里親手当も合わせると
    毎月10万円以上のお金(税金です)が出るようになりました。
    天理教が里親を推進し始めた時期と重なっていませんか?
    物事の一面だけを見るのではなく、天理教団のしようとしている方向性を
    見極めてください。
    末端教会で必死に里親をしていることは、教団の上層部には関係ないのです。
    里親をしてかわいそうな子どもたちをすくいましょう、と旗振りだけをして
    あとは教理を利用して、委託費を吸い上げるだけです。
    お年寄りの少ない年金(税金です)をお供えとして吸い上げるのと同じです。
    日本国民を喰い物にする、どこまでも腐った罪深い教団です。

  9. 匿名

    >日本国民を喰い物にする、どこまでも腐った罪深い教団です。
    では無くて本部です。という事なのかな。

  10. 匿 名

    明らかに里親を「利用」している教会があります。信者減少でお供え収入がありません。
    幼い自分の子供が二人いて、迎えた子供(乳幼児)が軽い精神的障害を抱えている子でした。おねしょが何時までも治らず、なつかず、奥さんも反ヒステリー状態。慈しむと言うより、その子にかける言葉や言動からは「お荷物」にしか受け取れませんでした。
    いつの間にか、その里子は返したようです。受け取ったのは乳幼児の時で、障害は認識出来ない程度だったらしく、成長するにつれて、受け取るお金と労働との損得勘定が合わなかったのかと疑ってしまいます。
    篤志家とは言えません。

  11. 50代元信者

    お道の先生方の議論を求めていらっしゃるようなのですが、一般人として書かせてください。

    <天理教の里親家庭では、委託されてくる子どもは「いんねん」の悪い子、という扱いです。

    この発想に吐き気がします。
    私は自分が親から心身の虐待を受けたことに、「私は前世で相当悪いことをしてきた人間なのか。
    だからあんな仕打ちに遭わなければいけないのか」と自分を責めました。二重の苦しみでした。

    でもある方が気づかせて下さったのです。
    「忘れるということは素晴らしい才能なんですよ」と、
    「過去世を忘れて生まれてくるというのは、神の計らいです。」と。

    他の精神世界では、もはや子どもは親を選んだ生まれてくるということになっています。
    人並の親を選ばなかった私はなんて勇敢なんだろう、今ではそう自分をたたえています。
    その方がずっと前を向いて生きていける。私の場合はね。

    <徳を積まさなければいけない、ということで「ひのきしん」。
    贅沢をさせてはいけない。楽しいことをさせてはいけない。
    人並なことはさせずに、徳を積ませる。

    残酷な発想ですよねー。
    これなら単純にかわいそうな子だと同情している方がずっとまし。

    私なら、こう言ってあげたいなー。
    「みんなはポケットの中は幸せでいっぱい。でもあなたのポケットはまだまだ沢山幸せが
     入ってくるスペースが空いているでしょ。これからたくさんの幸せが舞い込んでくるから、
     先を信じて生きていきましょうね」

    人が第一印象で判断するのは外見ですよね。(その判断が良い悪いはともかくとして)
    姿形ということではなくて、きちんとした身なり身だしなみ。
    自信のある人なら、外見なんて気にしなくていいですけど、
    コンプレックスを抱えている子には大切なこと。
    世の中はそんなに甘くない。
    お金はちゃんとその子のために使ってあげてほしい!

    宗教団体がお金のために里親制度を利用しているなんて知れたら、
    街宣車どころじゃないと思います。
    私は民生児童委員を経験しております。
    真実を是非知りたく思います。

  12. 匿名

    実子が幼いにもかかわらず里子を受託するということは、
    実子にも里子にも悪影響があります。
    子沢山の教会なので子どもが一人増えても問題ない、などという無責任極まりない
    考えで里子を受託したが最後、家庭の中はむちゃくちゃになります。

    里親をしてはいけない、と言っているのではありません。
    あまりにも短絡的に始めてしまうことの問題点を言っているのです。
    そして始めたとしても、教理やおさとしか何かしらんけど、そんなことで
    子どもを助けようとするバカさ加減と向上心の無さ。

    たった1歳の子どもでも、背負っているものは大人でも背負えきれない
    事情があります。
    何歳になっても、たとえ高校生になっても、里子の心の中では
    大切にされた記憶のない赤ちゃんが大声で泣いているのです。
    本人は無自覚です。
    問題行動を繰り返しても、叱責されるだけで、なぜ自分がこんなことを
    してしまうのかもわからないでいるのです。
    本当に里親として責任を全うしていこうすれば、
    社会的養護(この言葉も使わなくなるようですが)ということの意味や
    その一端を担うということの覚悟が必要です。
    そしてより良い家庭養護が提供できるように、発達心理学や
    児童養護について、さらには被虐待児への関わりを理解しなければなりません。

    天理教団は人権意識の低い集団であることは、
    カインさんが過去の記事でも取り上げられています。
    天理教の中でどっぷり浸かっている人は、人権なんて考えたこともないでしょう。
    えっ! 私にも人権があるの? 
    あなたにも人権はあります。
    自分の人権に無頓着な人間が、他人の人権を尊重できるはずがありません。
    そこが一番怖いところなのです。。。
    お金搾取の問題もありますが、
    一番の問題は、里親として不適格な人間が善意の仮面をつけて
    子どもの育ちや人生を取り返しのつかないものにしてしまうことなのです。

    もうひとつ、天理教と行政は利害が一致しています。
    国は、児童養護施設などの小規模化と里親などへの委託を推進しています。
    厚生労働省は、数年前から児童の委託先を施設の本体施設、グループ ホーム、里親等の割合を
    3分の1ずつに. していく目標を掲げている。
    今後、天理教では里親では飽きたらず、ファミリーホーム登録をする教会が
    増えていくことでしょう。入ってくるお金は桁違いです。

  13. 匿名

    教会や布教所で孤児院や老人ホームや幼稚園を兼業している所もあるだろう。
    議論の要点は子供に布教するなという話なのか?

  14. 道の迷子

     国や地方自治によって里子委託施設、あるいは老人ホーム、介護施設などが充分に整備されていない、その隙間を狙って、行政からの補助金を目当てに、教団がそれらの施設の代わりに登録することを計画しているとしたら、非常に恐ろしく感じます。
    『教理やおさとしか何かしらんけど、そんなことで子どもを助けようとするバカさ加減と向上心の無さ。』
     神にもたれて、やっていける程、簡単なものではないと思います。以前、ご近所では世話好きの評判の良い奥さんが、里子を預かって、結局、思う通りにならない子供を虐待するようになり、確か殺してしまったかなんかで、ニュースになってた事思い出しました。
     自分の子共さえ思う通りにならないのに、ましてや、心理面で傷をおった子を世話するということは、それ相当の心構えと責任感が無いと手を出すべきではないと思いますが、里親登録を希望している教会はそのような事考えておられるのでしょうか。

  15. よふぼく

    皆さま、コメントありがとうございます。
    昨日は「また思いっきり書いてしまった…ごめんなさい」と後悔し、またこのサイトのきました。

    命の泣き声様
    教団、組織は私も問題があると思います。天理教が進める里親政策をマクロの視点で利用しようとする、そこには信者拡大の意図しか見えず、肝心な「親がいない子供たち」の視点がありません。そこに本来あるべきである「おたすけ」はないと思います。
    今回の主張は仰る通り、とてもミクロな視点の発言です。ご容赦ください。
    ですが、冒頭で申し上げました、日本の里親の8割を天理教が担っている、この事実はいかがでしょうか。いかに組織が間違っている、それは信者獲得のための施策である、としても、結果として家無き子供たちを天理教が支えている事実はいかがでしょうか。罪深いのではなく、もっと世に知られて然るべき事実ではございませんでしょうか。
    (もし私が見聞きした情報自体が間違いでしたら、改めてお詫びします)

    古い教会長様
    >> 大事なのは、天理教であるとか、ないとかが問題ではなく、その人、個人が素晴らしいかどうかです。
    >> 本部が絶望的な状況であっても、末端の教会長まで絶望的にならなくてもいいです。

    ありがたきお言葉、ありがとうございます。
    仰る通り、本部・組織と末端の教会は、まず違うと考えています。
    私が見てきた伊豆大島の皆さまも、堂々と教祖を信仰しておりました。

    匿名様

    > 日本国民を喰い物にする、どこまでも腐った罪深い教団です

    これまでの主張と矛盾するようですが、仰る通りです。
    つまり、せっかく里親といういいことをしているのに、それを運営する人たちが搾取の観点しかないために、委託費を吸い上げるだけ、という悲しい結果に見えてしまっています。

    一点、気になったご発言は「お気楽な素人のボランティアでは困るのです。」です。
    子供の生活費もある、人生もあり、生き死にも関わる里親を、ボランティアで引き受ける人はいるのでしょうか。天理教の人たちは、信者拡大を目的としていることに変わりはありませんが、そもそも教会までいくと本部や大教会から搾取され、自分たちの生活さえままならない人たちばかりだと認識しています。ボランティアで子どもを引き受ける余裕のある教会はない、それでも何とかしたいと思っている教会の方々だと思います。

    私が提起させて頂いたのは、そもそも「親のいない子供たちの立場からすれば天理教はどうなのか」という主張でした。教団の方向性を見極める発言ではなく恐縮です。ですが、そもそも「里親」つまり、親がいない子供たち、という議論で、教団がどうであるかは重要なのでしょうか。それを正すなら天理教以外の日本の里親事情まで考えなくてはいけないのではないでしょうか。

    …といいつつも「明らかに里親を「利用」している教会」があることを知りませんでした。里親にもいろいろなかたちがあることを知りました。国の補助金目当てであれば、それは筋違いと私も思います。大変失礼しました。。。

    50代元信者様

    天理教の里親家庭では、委託されてくる子どもは「いんねん」の悪い子

    「いんねん」という言葉は天理教でよく使われる常套句です。私も嫌いです。
    「いんねん」が悪いと決める基準が、主観的でしかない。また根拠もよくわからないまま「いんねん」という言葉を使いますよね。便利だから。

    里親事情において、子どもと「いんねん」を結びつける根拠はないと思います。
    ただ、結果として親がいなくなってしまった、そういう状況に置かれてしまった。

    細かく言えば、遺伝やDNAなど親から引き継ぐものは多いかもしれませんが、「いんねん」という言葉は、そもそもが何だかわからないもののため、どうすれば無くなるのかすらわかりません。だったらむしろ言わなければいい、と私は思います。「徳」もある意味同じだと思います。

    今回の発言は親無き子を助ける天理教の姿も知ってほしい、でした。
    意見に矛盾が多く見えてしまい大変恐縮です。

    どうぞよろしくお願いいたします。

  16. 命の泣き声

    支離滅裂。

    パンピー目線の解釈で言えば、8割も天理教が抱えてる現実と今回の記事を現実として炙り出せば「合法的補助金詐欺」と思われても仕方がないし、墓穴掘るよね。

    でも、まぁ、打開策を同時に打ち出せてないのが浮き彫りにもなるわな。

    結果的に一番現実的なのは古い教会長さんがいう、上は放っといて個人が他力本願ではなく、尽くせることを信じて実行しよう!ってことになるよね。

    天理の教えが真に信じるべきものなら、本部連中や組織洗脳型には自爆してもらって、個人が人として尊敬される生き方を追求するしかないよね。

    一度上層部のクソ天理教組織には爆死してもらって、結果、末端信者がボトムアップ的に組織のイメージが塗り替えられることができれば儲けもんじゃないの?

    知らんけど。

    ま、クソ上層部に利用されないように頑張ってください。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  17. 匿名

     以前通ってた教会にも、親が育てられない状況にあった子供さんが2人いました。男の子は教会の金を盗んだとか、そういう事も起こし、後には20代で、妻子を残して、喧嘩で亡くなったそうですが、その時は暴力団の下っ端になってたらしいですね。教会の信者さん達が、親も暴力団組員だったし、因縁が悪かったんだろう、とか、そういう事をいってましたね。もう一人は農業をしている真面目な人に嫁いだらしいですが、子供3人できて幸せにやってるんでしょうが、結婚してからは教会には一切顔を出しません。
     教会にいる間は、子供達は献饌、撤饌の手伝いをしたり、おつとめなどもしていましたが、食べさして貰い、寝る場所を得るために仕方なくやってたんでしょう。教会にはいたけれど、天理教が好きではなかったんでしょうね。
     教会が里親を預かって、ようぼくをつくり上げようとしても、そう簡単にはいかないでしょう。表面だけ、従順な振りをして本音を出さない、そういう子供になってしまうだけではないか、と思います。
     教会長さんの人間性、真実に子供の事を考えてあげられる教会長さんご夫婦に、里子が預けられるよう、期待するしかないですね。

  18. 匿名

    訂正  教会が里親を預かって、ようぼくをつくり上げようとしても
            ↓
           里子を預かって

  19. 50代元信者

    刑務所で受刑者の更生支援にも関わっている岡本茂樹さんが著書『反省させると犯罪者になります』
    の中で、「問題行動が起きた時、厳しく反省させればさせるほど、その人は後々大きな問題を起こす可能性が高まる」と述べています。

    岡本氏は、相手に対する否定的感情を何らかの形で外に出すことの必要性を訴えています。

    私は岡本氏のことを『これでいいと心から思える生き方』野口嘉則著、の中で知りました。

    ———————————————————————————————————-
    暴力行為をした人に、「相手の気持ちになって反省し、反省文を書きなさい」という指導をすると、とても立派な反省文を書いたりしますが、これでは根本的な解決にはならないのです。
    暴力行為をした人は、相手(被害者)に対する怒りや不満などの否定的感情から暴力行為におよんだわけです。それらの感情を無視して、いきなり反省文させると、それらの感情が抑えこまれてしまします。
    そしてこういったことをくり返せばくり返すほど、抑えこまれた否定的感情は蓄積し、肥大化し、再び爆発する可能性が高まるのです。あるいは爆発するかわりに、心の病になる場合もあります。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    短絡的な考えが人の人生を狂わせる危険をはらんでいるのです。

  20. 匿名

    内に向かえば自殺や病気になるし、外に向かえば他殺や犯罪になる。
    暴力的なものも含めて、人のエネルギーは前進と向上心に向かわせるしかないんでしょうね。
    今生一歩でも教祖の心に近づきたいと思う心は、健全な方向性だと感じるし、立派な教えだと思いますね。

  21. 匿名

    匿名だとその人の本性が出るからなのか、どうもヒステリックで下品な意見がいくつか目につく。批判するにしても、もう少しマナーがあっても良いのではなかろうかと、一部の方にいいたい。

  22. ともだちが

    友達が天理教の里子でしたが、中学のときから新聞配達をやらされて、稼ぎは全額里親に取られて、お布施になったみたいです。

    さらにビックリなのは、その里親は里子を何人も育てたベテラン里親として、その筋では高名な有名人みたいで、本を出版したり、マスコミに出たり、あちこちで公演活動をしたり、里親会の活動に熱心であることです。
    そこでは天理教のことは隠されてます。

    友達は、天理教の里親の問題をかぞえあげたらキリがないが、里子が大人になった時の人生設計をまったく考えていないのが最大の問題だと言ってました。
    天理教の奴隷としてしか考えてないみたいです。

  23. 匿名

    やっぱり、いろいろと出てきますね。
    一般家庭が里親をするのとは違い、
    天理教の教会では自分たちの考え(教えを元にした)が
    一番正しいと思って里子を育てています。
    天理教人は、特に末端教会の人たちは、
    人並なことをしたらアカンと思っています。
    貧困すれすれの生活をし、その中で必死に上級へ持っていく
    お供えを捻出しているのです。
    そうすることが先々結構な姿をお見せいただくことになるそうな(笑)
    思考停止以外の何物でもない。
    悪いいんねんが積み重なって、今の姿なのだから
    徳を積ませてやって、悪いんねんを切ってやらなければいけない、と考えます。
    里子が委託費や里親手当付きでやってきたら、
    お供えとして上に持っていなかいはずがありません。
    本人たちは、子どもから労働力やお金を搾取しているとは全く考えていません。
    それどころか、そうすることが子どもを助けることになると
    信じてやみません。
    問題が根深い理由です。

    そとからの(天理教以外の)情報をじぶんから求めたりする姿勢も乏しい。
    傷ついた子どもの心に寄り添うという考えにもならない。
    相手の気持ちになって考えるという文化は天理教にはありません。
    教え自体、人間は道具やと言っているのですから。
    人の感情には鈍感です。子どもの気持ちなど聞く発想がない。
    里子は精神的に虐待され続けます。

  24. 匿名

    人生の一時期に、里子であろうが、教会子弟であろうが、神への感謝が当人達に芽生えたなら、その活動に意味はあったのではないか?
    (問題だらけの現)天理教に感謝しなくとも、運命を恨みがましく通るより、少しでも明るく健やかな心音を持てたなら、人生に寄与したのなら、それでよしと思うんだ。
    その後の人生は、当人の心通りに神が与えるだろう。

    根本問題はその魂に感謝のステージを少しでもUPしてもらえたかどうかではないか。
    たとえ、その力が衰えた現教団は滅んでも、神への感謝を伝えられれば、里親教会長さんにとっても本望ではないのか。

  25. 匿名

     話吹っ飛ぶのを先に失礼します。

     これは天理教、或いは宗教法人の問題ではなく「お金を渡して子どもを育てさせる」里親制度そのものが根元なのではないでしょうか?
     

  26. 命の泣き声

    それは『日本の制度社会学研究所』の範疇であって、『天理教社会学研究所』でその視点を扱うのは話が飛躍し過ぎる。
    自分の立場で問題にどう向き合えるのかが重要。
    みんなが他責的では何も解決しないでしょ。

  27. 匿名

    天理教の里親活動が、里子の洗脳や搾取であるという意見に、反論します。­
    私は何か所もの教会で里親活動の現状を実際に目にし、その内情を聞き取りましたが、コ­メント欄も含め多くの人が「搾取」の論拠としている委託金は、行政から里親活動を助成す­る目的で「手当て」として支給されるものです。
    7万円から15万円というのは、養育里親か専門里親かによるものですが、一人の子供を­衣食住に困らない状態で通常の教育を受けさせ、満足な生活を送らせるのに、どれほどの金­額が掛かるか、子供を育てたご経験がおありなら分かるはずです。
    専門里親は身体・精神に障害がある子供を預かる里親で、通常より費用がかかることに異­論はないでしょう。
    子供の健康状態や普段の様子は、つねに児童養護施設と綿密な連携がとられ、問題がある­と判断されれば委託は解除されます。
    ましてや、それが「ビジネス」になるわけがないことは自明です。­
    金銭関係の不透明さやルール設定を指摘していますが、金銭の使途を誰が誰に報告すべき­なのですか(子供のお小遣いの使途を行政に報告させるのですか?)。問題にすべきは委託­児童の健全な育成です。
    そうしたことを全く関係のない部外者が外から求めるから、いつまでも日本の里親活動が­普及しないと私は考えます。

    また養育中、子供たちは「その家の子供」として扱われます(里親とは、本来それを目的­としたものです)。
    預けられた家庭が何教を信仰していようが、その家の決まりごととして、家族が毎日そろ­って礼拝をするなら、委託された子供も共に礼拝することになります。
    養護施設もそれを認識したうえで、委託しています。­
    養育者が、委託児童のために有益・必要だと思われるならば、教理を学ぶ講習会への参加­を促すこともあるでしょう。
    しかしながら、中学生や高校生の子供で、そうしたことを拒否する場合は、それを強制す­ることはありません。

    天理教の里親活動は、全国の児童養護施設から大きな信頼を得ています。だからこそ、数­十年にわたって里親活動を各地で推進して来られたのです。
    洗脳などという活動が行われているのであれば、これほどまでに里親活動を続けていられ­ません。

    天理教の里親活動は、天理教里親連盟の各県支部のもと、不遇な環境にある子供たちを「­なんとかしてあげたい」「他の子供と同じように育ててやりたい」「経済的に余裕はないけ­れども、1人だけなら預かれる」という心境で、預かっておられる方がほとんどです。
    「天理教の里親家庭では、委託されてくる子どもは「いんねん」の悪い子、という扱いで­す」とは何を根拠にしているのですか。
    「いんねん」の教理は他人を貶めるために教えられたのではありません。­

    本ブログは「これから述べることは「こういった側面がある」という感じで参考にしてい­ただけますと幸いです」と前置きしていますが、全面的に論拠に乏しく、偏見によるもので­、誤った印象を故意に発信していると言わざるを得ません。

    執筆者が、日本の子供たちの将来を憂いてるのなら、それは私も同じです。­
    天理教の里親活動、日本の里親制度に不満があるのなら、ご自身が代わりに子供たちを預­かっていただきたいと思います。
    日本における里親の数は、まだまだ絶対的に不足しているのですから。­

    追伸­
    本ブログでは、たびたび教団本部が信者・教会から「搾取」していると主張していますが­、もし「お供え」をそう感じるのであれば、どんなことがあろうとやめればよいではないで­すか。
    日本ではすべての人間に信教の自由は認められており、何の契約もないからこそ「お供え­」であり「献金」なのでしょう。
    人間関係によってそれを断れないとするのは、自身の弱さではないですか。­
    また、そもそも、仮にも「社会学研究所」と名乗っておきながら、執筆者の素性も明かさないま­ま批判を続けるのはフェアではなく、卑怯です。

  28. 50代元信者

    <執筆者の素性も明かさないま­ま批判を続けるのはフェアではなく、卑怯です。

    んーーー、揚げ足をとるようで申訳ありませんが、ご自分の意見に自信を持たれていらっしゃるようなので、あなたも所属とお名前を名乗られたらいかがですか? 私もそうできたらいいのですが、母や会長が攻撃されたら困るのでとても名乗れません。必ずお呼び出しがきますでしょ。

    カインさんの書かれているのは、社会に疑惑をもたれることが懸念されるので、宗教法人には特別なルールを設けた方がいいのではと提案しているのであって、里親である教会を全否定するものではないと思いますけど。もう一度しっかり読まれたらいかがでしょう。

    クレーム処理を大切にする所は栄えるようですが、その前に危機意識をもつことも大切ですよね。
    私はそういう風に受け止めましたが。今世間の宗教への風当たりきついですから。

    ところで天理大学の准教授が里親制度に書かれたものをネット上で拝見しましたが、
    必要性は唱えても問題点にはあえて踏み込んでなかったですね。ですが、人間学部宗教学科の学生さんが
    卒論で「天理教の里親制度—現状と課題—」をテーマに書かれているようです。
    卒論のテーマであるなら、綿密に調査されたでしょうし・・・
    ひょっとしたら、こちらに書かれているどれかかしらなんて勝手に想像したりしております。

  29. 命の泣き声

    広義(マクロ)からも狭義(ミクロ)からも問題点を炙り出すことが大切なわけやろ。
    批判と捉えるか、より良く改善できる課題と捉えるかの違いやろ。
    そんな保守的で逃避的じゃ無理よ。
    解釈が短絡的すぎて読むに値しない。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  30. 匿名

    都合の悪いことは隠されます。
    里子の気持ちを聞いたことがありますか?
    あなたの文章には、子どもの目線がありません。
    システムの説明と建前だけで正論を述べられても上辺しか語れません。

  31. 命の泣き声

    俺もだてに天理教のエリートコース歩んできた訳じゃないんでね。
    里親里子や、なんでんかんでんアリアリやわ。
    っちゅーか俺はHPも公開してて、身分も子供も子育ても全部を公にした上で発言してんの。
    ま、別に知ろうとしてくれんでも全然良いけど。
    説得力は読んだ人が決めるわ。
    誰がどんな解釈しようがオールオッケー。

    http://inochinonakigoe.grupo.jp

  32. 匿名

    「天理教の里親活動が、里子の洗脳や搾取であるという意見に、反論します。­」
    の匿名さん。

    子どもは養護施設から委託されるのではありません。
    児童相談所の判断で子どもの処遇が決まります。
    児童養護施設や乳児院は、里親と同じ社会的養護の一端を担う受け皿です。
    そのようなこともご存知ないのに、わかったような投稿をなさるのですね。

    「私は何か所もの教会で里親活動の現状を実際に目にし、その内情を聞き取りましたが、」
    ちょっと見て、ちょっと聞いただけでしょ?

    「7万円から15万円というのは、養育里親か専門里親かによるものですが、一人の子供を­衣食住に困らない状態で通常の教育を受けさせ、満足な生活を送らせるのに、どれほどの金­額が掛かるか、子供を育てたご経験がおありなら分かるはずです。」
    あなたのお家では、1ヶ月に7万円以上も一人の子どもにお金をかけるのですか?

    「問題にすべきは委託­児童の健全な育成です。
    そうしたことを全く関係のない部外者が外から求めるから、いつまでも日本の里親活動が­普及しないと私は考えます。」
    ご立派な結論ですね。

    「「いんねん」の教理は他人を貶めるために教えられたのではありません。­」
    そんなこと知っとんねん。
    それを悪用してるから言うとるんですわ。

    「天理教の里親活動、日本の里親制度に不満があるのなら、ご自身が代わりに子供たちを預­かっていただきたいと思います。」
    私は里親です。

    あのね、自分で見て聞いたことの一面だけで判断しないでくださいね。
    みんな見た目は綺麗ですよ〜

  33. 匿名です

    里子を慈しんで育てておられる方もおられます。
    以前心を閉ざした里子を慈しんで育てておられる方がお話をされてました。
    子供達が徐々に心を開く様には感動しました。
    老人にしても現状の制度を受けるためには、住所が必要です。
    また利用料を払う必要があります。
    一生懸命心を尽くしておられる方が可哀想です。

  34. 匿名です

    自分におきかえて里子を育てることを考えたら、その大変さが分かると思います。
    精一杯されてる方が可哀想です。

  35. 匿名です

    皆さんのこういう場所に土足でのりこまないように、私はもう入り込まないようにします。
    皆さんと同じ境遇ではなく、同じ立場にはなれないので、皆さんの心をこれ以上傷つけないように入り込まないように自分をいましめます。

  36. 匿名

     結局は信じて預けるしかないのだが、中で健全に擁護されてるかどうか、判断するのは難しいのではないだろうか。
    児童虐待問題においても、実の親の、子供への虐待を我々が知るのは、ニュースになってからだ。児童相談所の方の、自分達は出来るだけのことはしていたが、それ以上の対応は出来なかった、と言い訳じみたコメントが流される。
     教会への里子委託も、教会に預けられた里子が、里子たちにとって満足のいく環境で育てられているのか、なかなか外からは判断できないと思う。児童相談所との意思疎通が充分できる、閉鎖的ではない教会を、児童相談所の方が見極めて選定し、子供を委託した後も、しっかりと見守る体制を怠らないようにして頂くしかない。

  37. 名無し

    天理教とか、関係ないんだな。
    この人に会えてよかった、そう思ってもらえる出会いだったら。
    無機質で、しかもボタンひとつで経歴や病歴、はたまた犯罪歴まで瞬間的にわかってしまう閉塞的な今の時代でも、子供の笑顔や元気は、それを飛び越えて喜びを教えてくれる。
    このブログを読み始めて久しいが、誰か書いていたかもしれないが、自分が結婚して子供ができれば、親としてふるまうけど、親のやることを教えてくれるのは、じつは子供なんだよな。

  38. 末端教会子弟

    後継者不足の最大の理由は、実の子供からですら忌避される天理教の「教義や実体」にある。
    そのような天理教会で里子を預かり、しかも養育費を税金から出してもらう事を「教会本部」が推奨・推進すること自体がおかしい。魂胆が見え見えである。「里親ビジネス」と批判されても仕方がない。

    里子の養育費等を税金から出してもらってるなら、成人して「天理教会」ではなく、社会に貢献する、社会の為に役立つ人材に育てなければならない。

    「一部のしっかりした養育をしている教会がある」等の事例を紹介する事も、全体のおかしな点や魂胆を隠す事に繋がり、実の子供から忌避される事実を放置しているだけに過ぎない。
    どんな集団の中にも、悪い事をする人が居れば良い事をする人が居る。全体平均で見るべきで、現状の天理教組織では「人を育てるに適した場」とは判断できない。

    一応、内部にいる身としてこのような判断をせざるを得ないのは、大変残念だし忸怩たる思いがするのではあるが。

  39. 匿名

    末端教会子弟 様

    本当に私も
    「現状の天理教組織では「人を育てるに適した場」とは判断できない。」
    と、感じています。
    矛盾だらけの教会生活、理不尽がまかり通る日常。
    江戸時代の封建制度のような人間関係。
    男尊女卑も甚だしい。
    そんな場所で育つ実子でさえ、精神を病む人が多いのに
    マイナスからの子育てをしないといけない里子が育つはずがないと思います。
    弱い立場の者を労ったり、思いを聞いたり、要求を受け止めたりする姿勢は
    天理教組織にはありません。
    すべてがあまりにもトップダウンです。
    里子を養育するには、逆をしないことには始まりません。
    これまでの価値観や、既成概念を取っ払って
    よくよく考えて里子の養育に携わって頂きたいと思います。

  40. 匿 名

    >弱い立場の者を労ったり、思いを聞いたり、要求を受け止めたりする姿勢は天理教組織にはありません。<
    本当にその通りです。私もそのように実感します。天理教の人間はどうして、印で押したように同じような人間に仕上がるのでしょうか?(全員ではありませんが。)
    里子に「会長さん」と呼ばせ、息子には「若先生」と呼ばせる。我々下の教会の年長者が親しみを込めて○○君と呼べば、「若先生」と呼べと、父親たる会長から釘をさされる。何を勘違いしているのでしょう?男尊女卑にしても「男松、女松の隔てなし」とその昔に、すでに上下の差別は無いと叫ばれた親様のみ教えがあると言うのに。この教団、変質してしまいましたね。親様の世界から見ると、全くもって別物の世界となりました。
    命がかかっているから気に入らなくても太鼓をたたかされ、「先生」と呼ばされ、卑屈になりながらわが身を守る里子たち。その内、心をコントロールされてしまう。信教の自由を担保できない環境は大いに問題があると思う。

    また里子に費やす費用は支給金の中からある程度が設定されていて、同じ家庭内で実子がひがんだり、ねたんだりする話も聞きます。貧しい教会ならば、普通に実子が我慢する物質的な物も、里子にだけは供与しなければいけない場面もあるらしく、実子の教育環境としても歪みが生じるのではと危惧します。

    しかし、いずれにせよ教会のプラスαの収入であることには間違いありません。人助けをうたったおいしいビジネスなのでしょう。軒並みやっておられますから。やらない手はないというところでしょう。

  41. 匿名

    里親制度の中で、今まであまり焦点も当たらず
    問題にもされて来なかった、実子と里子の関係。
    最近では、実子が「ヤングケアラー」として、問題点が取り上げられています。

    実子の立場から見ると、自分の両親が里親をすると決めたために
    ある日突然、自分とあまり年も変わらない子どもが来る。
    しかも一緒に生活するのです。
    実子が成人している場合は問題も少ないですが
    それでも何の影響もないわけではありません。
    委託されてくる子どもは、いろんな問題を抱えているため
    両親は里子に掛かりきりになります。
    そのときの実子の立場、気持ちはどうでしょう。
    自分もまだまだ親からの愛情を必要としているのに
    優しい子どもは親と一緒に里子の面倒を見ようとするでしょう。
    天理教の教えで育てられている子どもです。
    素直に里子を受け入れ、我慢に我慢を重ねるでしょう。
    無意識に自分の気持ちを殺して。。。

    天理教の里親の方は、どうかご自分の子どもを最優先してください。
    実子が何歳であろうと。
    天理教行事でもなく、上級でもなく、里子でもなく
    ご自分の実子である子どもたちと、自分の家庭を最優先に、
    大切に生活してください。
    その基盤が強固でない限り、里子を迎えた途端、
    その家庭は崩壊へと向かいます。
    里子を家族として接することは許されますが、
    我が子として接することは許されません。
    一見冷たいことのように思えますが、この一線がないと
    里親家庭も里子も不幸になります。

    私には、天理教会が我が子や自分の家庭を最優先にすることが
    できるとは到底思えません。
    天理教会が人を育てる場に適さない、という投稿に同意します。
    天理教人が里親をすることをとても危惧する理由です。

  42. 匿名

    結局はここの本人も名前も出さず 言いたいこと言って
    自分を美化して なにもわからず批判だけ 文句があるなら
    本人がもっと勉強しろ!!
    知り合いから聞いたとか もう うんざり
    結局は名前出さなないのが 一番 批判出来る立場ではない!

  43. 匿名

    「結局はここの本人も名前も出さず 言いたいこと言って
    自分を美化して なにもわからず批判だけ 文句があるなら
    本人がもっと勉強しろ!!
    知り合いから聞いたとか もう うんざり
    結局は名前出さなないのが 一番 批判出来る立場ではない!」

    見たくないことは見ない、聞きたくないことも聞かない。
    そんな組織だから腐っていくんです。
    一度自分の頭で考えたらどうですか?

  44. 根掘り葉掘り

    神様はより優しい社会を望んでおられるのだし、我々も又しかりなのだから、天理教社会はより優しい社会の雛形になるべきなのでしょう。
    無駄に広い施設があるなら、気の毒な境遇の方にお役に立てれば、神様も喜んでくれるだろう。
    現在の教会本部が神の目論みに外れていても、高額の上納金の強制など無視しながら、現状の宗教施設を役立てられるのだからOKではないか?
    本部からして、どのみち人間思案の組織でしかないのだから、上層部を無視して、経営も含めて個々の教会長が、馬鹿な上部から精神的に自立することが、里子にも実子にもいい影響をもたらすのではないかな?

  45. 匿名

    2016年7月7日 10:19 PM匿名様
    あなたも人のことを批判できる立場では無いと思いますが。
    名前出さずに言いたいことだけ言って、結局は名前出さなないのが 一番 批判出来る立場ではない!
    と仰るなら、ご自分が名前出してから、仰って下さい。

  46. 匿 名

    2016年7月7日 10:19 PMの匿名様
    名前を出すとその里親教会が特定せれる危険があるからこその匿名です。こういう場所は自分はともかく他人のプライバシーを保護することが大前提です。
    匿名のあなた様は、どなたをも保護する必要のないコメントですから、実名で投稿されたら筋が通りますよ。

  47. 匿名

    根掘り葉掘り様のおっしゃる通り、
    「馬鹿な上部から精神的に自立すること」が、
    今の天理教衰退をくい止めることにもつながると思います。

    そうはいっても、馬鹿な上部から精神的に自立することができる
    天理教人はどれくらいいますか?
    上ばっかり見ていないで、自分にとって本当に大切な人を最優先に
    労り慈しむことができる思考回路ですか?
    この掲示板でも、自分の信じる天理教を否定されると
    深く考えることもなく怒りの投稿をする人たちです。
    自分以外のいろんな考え方や意見があるということを
    認めようとしない証拠でしょう。

    考え方を変えるということは、大変なエネルギーが必要な作業です。
    今まで生きてきて、積み上げた信念を一度バラバラにして壊し、
    それから自分の頭で考えて、取捨選択し積み上げていく作業です。
    何年もかかります。とことん自分自身と向き合わなくてはなりません。
    自分をごまかしていた人は、現実を直視しないといけません。
    しんどいです。誰もが避けようとするでしょう。

    ところが、問題行動を起こす里子を前にすると
    この作業をしないわけにはいかなくなるのです。
    問題は子どもにあるのではなく、私たち大人にあるのです。
    子どもの語る言葉にこそ、真理があると思います。

  48. 根掘り葉掘り

    お釈迦さまや教祖の様な人達が完成された人間なのなら、ほとんど全ての人は未完の人間でしょう。
    作り物の映像以外の、現実の人生は神の目から見れば、泥だらけですし。大人はお互い様に、自他共を欺いて生きて居る事も多いでしょう。子供の目の方が、素直さを残している場合も多いでしょう。
    経済的な動機が混じっていても、桶で芋を洗うように、人生修養だと思って、悪戦苦闘しながら、里子を預かっていらっしゃる方々は、天理教に限らず、称賛に値すると感じます。
    神の守護を忘れ、ゴミ拾いすらナカナカ続かない小生からは、少々の偽善は混じっていても、世の為人の為に尽くされている姿は、素直に素晴らしく感じます。
    であるから余計に、お偉いさん達には、先々の里親教会長をホローこそすれ、負担を軽減してあげてほしいとも感じます。

  49. 古い教会長

    2016年7月7日 10:30 PMの匿名 様
    >「結局はここの本人も名前も出さず 言いたいこと言って
    自分を美化して なにもわからず批判だけ 文句があるなら
    本人がもっと勉強しろ!!

    おっしゃっている意味がわかりません。あなたが、もし勉強されているなら、ここがオカシイですよ。これは間違っていますよ。と具体的に教えて下さい。
    文句は一杯あるのですが、ちゃんと理解できるように回答して下さる方がいないのです。

    >知り合いから聞いたとか もう うんざり
    結局は名前出さなないのが 一番 批判出来る立場ではない!」

    聞いた話もありますが、だいたい自分が見てきたこと。感じたことです。組織の一員ですから、名前は出せません。

    >見たくないことは見ない、聞きたくないことも聞かない。
    そんな組織だから腐っていくんです。
    一度自分の頭で考えたらどうですか?

    その通り、腐っています。自分の頭で考える為に多くの人の意見を参考にしているのです。

    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
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    天理教社会学研究所さんのブログです。
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  50. この件に関して書いては消しを繰り返しました。
    実際、もう相当前から里親している教会も知ってますし、
    その全てが単に「教会ができるおたすけ」を考えた結果の行動です。

    そして、昨年辺りから所属教会も里子を迎えました。立派なことだと思います。
    しかし、その教会はDVを受け泣きながら相談に来た、子どもの頃から教会ごとには欠かさず参加してきたの若い信者さんに
    「修養科に行け」「家を出る(夫から離れる)のは解決にならない」「離婚をすれば子どもは一生不幸だ」と言い放ち一言も「しばらく教会においで」と言いませんでした。
    しかも、この信者さんの悩みも解決してないうちに里子を迎え、
    「里親になるからしばらくは相手できないかも」と言ったらしいです。

    いったい何がしたいんでしょうね。
    きちんと制度が整い始めた里親なら、やるという民間の方や子どもに恵まれなかった意志の強いご家族たくさん知ってます。セーフティネットが追いつかないDVだってまずは「逃げ場」なのに。
    教会ってそもそもはそういうところじゃなかったのだろうか。
    結局は「おたすけやってます!」って目に見えてアピールできることしかしないんじゃん。
    (そうでない教会やようぼく、信者さんがたくさんいるのも承知です)

  51. 匿 名

    真様。
    本当にそうですね。
    少なくとも私が係る教会は、上ばかりみています。上の評価ばかり気にしています。お供え金や修養科といった上級、大教会が喜ぶ、目先の「目標の数字」だけが関心事なのかと思ってしまいます。教会は本来、逃げ場や居場所のない方々が、羽を休める場所として、「両手を広げて」迎え入れるべき場所なのに。

    また、離婚が良い場合もあれば、修養科に行って病気が悪くなる場合もある。彼らには事例に臨機応変に対応する柔軟性というものがない。何事も自分の頭で考えず(これは、上級信仰の弊害で、上の命令に黙って従い続けた習性か?)、修養科に放り込めば解決に向かうという、まさに単純で短絡的な信念の人が多いと思う。

    一人の人間の心を救い上げることのできない人が、幼い子供の情緒や精神をこれからどのように育もうと言うのか。
    魂胆が透けて見えているではないか。浅ましいかな。。。
    天理教内では「里子受け入れ」が今時の旬であり、実益を兼ねた目に見えるアピールであり、はやりに乗ろうと安易に手を出しているように思えてならない。

    このDVの方が教会の門から永遠に去って行くかもしれない、ということに気付く賢明さと誠のない教会ですね。所属の信者さん、里子さん、お気の毒と思います。
    (所属教会に対しての失礼をお詫びします。)

  52. 根掘り葉掘り

    >修養科に放り込めば解決に向かうという、まさに単純で短絡的な信念の人が多いと思う。
    よろずたすけのお地場の実現という、神の宣言と教会本部の理想がおざなりになっている事が根本的な問題なんですね。本部人事に根本的な欠陥がある訳です。
    それでも神への感謝と人への優しさを忘れない人達には、エールを送らざるを得ないですね。
    お地場の掃除を神と共に祈りたいですね。

  53. 里親経験ではないけど

    この記事を読んで思い出したことを紹介します。

    私が19歳の時、17歳の少年を
    家で面倒をみることになりました。

    信者の知り合いが、子供が高校を中退し、
    不良仲間と遊び歩いて手に負えなくて困っているから教会で預かってくれと信者が頼んで来た。

    家族に相談もなく受け入れた教会長は、
    その少年を神殿横の離れの部屋を与えた。
    朝・夕づとめ、教会の行事は当初から不参加。
    家業の見習いは数日で根をあげ、
    食事以外はずっと部屋にこもっていた。
    教会長は少年と会話どころか、顔もほとんど合わせなかった。
    食事は朝と夜は私、昼は姉が用意していた。
    ある日、昼食を食べている時、姉に、
    「ここの家の女の人はみんな料理が上手で、ごはんがすごくおいしい」と話していたという。
    姉は料理上手だが、私はごく簡単なものしか出していなかったので、あんなもので?と、違和感があった。

    そのうち夜中に友達がバイクで訪ねて来て部屋で騒ぐようになり、
    結局、半年程で教会長が少年を追い出した。

    それから私は男性恐怖症になった。

    少年には立派な両親がいた。
    お母さんは化粧ばっちり、華美な洋服を着て、
    宝飾品をジャラジャラ付けて時々月次祭に来て
    後ろの方ですまして座っているが、
    この人は家では何をしてるんだろう、
    子供に何を食べさせていたんだろうと疑問に思った。

    約20年後、
    その少年は、職場の工場内の事故で死亡した。

    その少年を教会へ委託した信者は、
    認知症で徘徊中に交通事故に遭い、現在入院中です。

    「かわいそうに、因果の巡るのも知らないで」
    という言葉がふと浮かびました。

    ホラーっぽくなってすみません。

  54. みさき

    親戚が長いこと里親をしております。
    ネグレクトで、虐待で、傷ついた、寝食さえままならない、行き場のない子供達をひっきりなしに預かっています。誰も抱えてくれない思春期のひどい反抗期の子供を、自分の子供のように抱えて休む間もなく生活しています。
    里親制度の問題点は、天理教会というよりは、後手後手な国の政策にあります。また、各市町村でも全く手が回っていません。
    日本は一体どうなってしまったのかと思う位、家庭で育つことができない子供達が、あまりにも増えすきた。里親がいないと、今日一日を生きていけない子供達がいるんです。

    何でもそうですが問題点があるなら、直接その担当なり関係部署なりに言いに行かれてはどうでしょう?すぐに変わらなくても、必ず風穴は空くと思います。そこから変わると思います。
    残念ですがネットでは吹きだまりで何も変わらないと思います。

  55. みさきさん

    私も、そのような方はたくさん存じ上げてます。里親なんてまだメジャーじゃなかった頃から、
    それこそ子どもだけでなく身寄りのないご老人さん、逃げて来た母子など様々です。
    でも今はどうでしょうか。制度を利用しなければ受け入れることのできない教会多くないですか?
    近所に母子家庭があっても声もかけない、言われなきゃしない。むしろ悪く言う。
    全く信仰を知らない人の方がよっぽど親切親身ということも多々あるし、よっぽど的を得てます。

    教会ったって今は信仰に感銘を受けた人ではなく教会で産まれ育ったから教会の運営方法とおつとめ、教理だけ身につけてきた人も少なくはないでしょう。そんなことは世間でもやっている、信仰者だからこその
    寄り添い方もあるでしょう。
    もちろん、世の制度を利用し里親になる教会を否定する理由はないです。純粋にすごいです。
    でもなんか違うよね…なんかこう…みたいなものはそう感じるものが言葉をだし合わなければ
    形にならないんです。
    ちなみに私は母親としての提案を某冊子発行部署に送ってますが一切のアクションはないです。

  56. 古い教会長

    みさき様
    >何でもそうですが問題点があるなら、直接その担当なり関係部署なりに言いに行かれてはどうでしょう?すぐに変わらなくても、必ず風穴は空くと思います。そこから変わると思います。
    残念ですがネットでは吹きだまりで何も変わらないと思います。

    全くその通りなのですが、私も色んな面から、アクションをして来ましたが、関係部署はお役所みたいなものですから、一人で風穴を開けるのは難しいです。かえってネットのように自由に発言出来る場所があることの方が、不特定多数の方に声が届き、何かが動く可能性があります。
    決して、吹き溜まりではないと思っています。

    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs
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    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/
    huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
    http://twitter.com/huruikyoukaityo

  57. 匿名でしたが あすなろ で

    真 さま
    「全く信仰を知らない人の方がよっぽど親切親身ということも多々あるし、よっぽど的を得てます。」
    深く同意します。
    仮にも天理教という看板を掲げ、ひとだすけを目的としていると言いながら
    全く持って世間地域に無関心で、教会にふらっと見知らぬ人が救いを求めてやってきても
    関わるどころか、うさんくさそうに追い返す。
    教会の役割ってなんでしょう。

    匿 名さまのおっしゃるとおり
    「教会は本来、逃げ場や居場所のない方々が、羽を休める場所として、「両手を広げて」迎え入れるべき場所。」
    だと私も思います。
    ずっと繋がって下さっている信者さんを大切にして、
    地域に門戸を開き、駆け込み寺のような存在でないと教会の意味はないのではねいでしょうか。

    里親をしていて思うことは、子どもだけを一時的にお預かりしても
    その親が癒やされなければ何の解決にもつながらない、ということです。
    経済的に、精神的に、しんどい親を支えるのは教会の役割ではないですか。
    さらには、里子として親子を分離してしまう前に、
    子どもを家庭に置いたまま、きめ細かい柔軟な支援ができるのは
    天理教の教会であってほしいと切に願います。

  58. 匿名でしたがあすなろで様

    私もその通りだと思います!
    10年以上前ですが、学生時代児童福祉に興味があり、施設にも何度も行きました(職にはできなかったのですが、わかったように発言することをお許し願いたいです)。
    養護施設は当然子どもを救済する施設ですが、当時から「親が元気になれば、家に帰れる子どもはたくさんいる」と感じていました。まぁ、お偉いさんにその気持ちを話してもめんどくさそうにされましたが…(^_^;)

    親がいるなら、親を救済すること。子どもを預かれてよかったよかったではないのです。
    私も子どもがいますが、自分がイライラしているときは子どもにもきつくなるし、いいことないです。
    自分のストレスが発散出来れば子どもにとってもいい環境ができます。
    里子がいるということは、辛い思いをしている親もいるということ。
    そっちの救済には気がつかないのでしょうか。これも世間がやりだしたらやるのかな…。

  59. 匿 名

    里親のテーマから外れますがお許しください。
    天理教の欺瞞がよくわかる一冊の本を、天理教で悩む全国の方々に紹介したいとおもい、パソコンに向かっています。
    過去にもどなたかが紹介されていましたが、「天理教の虚像と実像」北沢元 著です。
    古書にもなく、絶版のため購入は不可能なのですが、図書館で借りることができます。
    真実を知りたいと思われる皆様にぜひご紹介します。長きにわたり、真実を人間都合で塗り固めた集団が今だにまかり通る(ほぼ消滅の途にありますが)中、目からうろこが落ちたように納得の1冊です。

    里親の件、親の悩みに寄り添うことは、子供を預かることと裏表の関係と私も思います。「お母さん、お辛いですね。よく頑張られましたね。」と労うと、たいていの親御さんは涙するようです。私が学童保育で働いていたとき、問題行動する子供の親は本当にぎりぎりで精神的に癒されていない方が多いです。親子同時に救いの手を差し伸べないと、本当の解決には向かわない気がします。

  60. 布教師

    「むさくるしいてならん、すっきり取り払うで」と神様はそろそろおっしゃっているように思います。

  61. 匿名でしたが あすなろ で

    「むさくるしいてならん、すっきり取り払うで」と神様はそろそろおっしゃっているように思います。
    の 布教師さま

    布教師と名乗るあなたの人生における目的はなんですか?
    何のために生まれてきたと思いますか?
    神様に代弁させずに、ご自分の言葉でおっしゃったらどうですか?
    自分の頭で考えてね。

    このような投稿を布教師さまにさせる教団は、本当に罪深いと思います。
    そして心底恐ろしいことだと感じます。

  62. 古い教会長

    匿名です様。
    あなたは教団の中枢の方ですね。

    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
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  63. 匿名です

    古い教会長様

    非常に嬉しくありがたい御言葉ですが、違います。
    所属教会が遠いので、神殿に行くことになりますので、よく神殿に行く形になります。
    そんな風に思っていただけるのは、会長様や会長夫人、友人の力の賜物かと思います。

  64. 古い教会長

    匿名です様。
    すぐに、言い訳っぽい返信を下さるのは、遠からず当たっていますね。
    本部中枢の人ではないとしても、この組織システムで甘い汁を吸うている人に違いないですね。
    信仰初心者のように振舞っておられますが、天理教な大人に間違いありません。
    人々の、心の叫び、魂の叫びが聞こえないのですか。
    あなたは、天理教団を代表する、いやらしい大人です。

    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
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    huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
    http://twitter.com/huruikyoukaityo

  65. 匿名です

    古い教会長様

    天理で甘露といえば甘露台から受けるもの。
    またおや様の導きです。
    やまいの根を切るおさづけの不思議。
    代々から今に至る信仰者の思いです。
    私は一介の信者だからこそ、苦労を負っていないです。
    いえ、苦労を一つ負ったことはある。
    でも、何故私がその導きとさとしを受けたのか、このサイトを通して少し分かりました。
    今から忙しくなりますので、今日はこれで失礼します。

  66. 根掘り葉掘り

    児童のイジメ問題に対応する場合。その保護者の哲学が反映する事が多いが、天理教社会が弱いものイジメの体質を容認していれば、児童のイジメ問題に対して、有効な援助ができるだろうか?
    これは里親だけでなく、現天理教団の問題点ともリンクする重大な問題ではないだろうか。
    スローガンやキーワードは素晴らしくとも、現実に対する対応はお粗末になる原因は、本部を含めた教団内縦教会関係にも悪影響の原因があるのではないか。
    組織の弊害は、すなわちオタスケの弊害でもある事が悲しく感じるのだが。

  67. 匿 名

    >スローガンやキーワードは素晴らしくとも、現実に対する対応はお粗末になる原因は、本部を含めた教団内縦教会関係<
    全くその通りです。
    天理教が滅亡へ向かっている究極の原因は縦組織です。どんなに本部や大教会が美辞麗句を並べても、下の教会に行くほど金銭的負担が増える実態は「厳然たる事実」です。
    彼らは「信仰」の名前の元に、苦しみながら黙って素直に従っています。多くの会長、家族が組織と教えの二重構造(つまり、大きな矛盾)に悩んでいるはずです。
    少なくとも私は本気で布教する意欲はわきません。多くの教会が布教の意欲を失い必然的に廃れていくのでしょう。教理の歪曲を含め、肝心なこと、都合の悪いことは、ぼやかすのが本部の常套手段です。

    天理時報やその他読み物に、教会の7割以上が信者の少ない(あるいは信者がほとんどいない)事情教会でありながら、理不尽ないじめの体制の中で苦しんでいる実態など決して文字にはしません。また信者が危機的に減っていることも書きません。良いことばかりを書き連ね、足元がぐらついているような恰好悪い事実は、一般読者に知らさず、目をそらしています。
    そして裏側では教会長を集合させ、お供え金や信者を増やすための数字のノルマを課して「心定め」を書面に書かせ、はっぱをかけるのです。この教団、裏と表の顔を使い分けています。

  68. 根掘り葉掘り

    本来は護送船団方式で、本部と地方教会もたすけ合って進む筈だったんでしょうね。
    諸問題に対する質問にさえまともに答えるつもりのない本部を抱えながら、孤軍奮闘しなければならない地方教会長さん達には同情さえ感じますね。

    優しさの欠乏した本部に、誰かが布教するしかないんだろうか?

  69. 末端教会子弟

    「護送船団方式」なら、沈みそうな船や動けなくなった船の乗組員を他所の船に移し、目的地まで連れて行くのが筋でしょう?

    目的地(陽気ぐらしの世界)も見えずに彷徨い続け、沈みそうな船や動けない船を見捨てた上に、過酷なお供えを要求して「更にフルイに掛けている」としか思えません。

    これまで集めた燃料や食料を独占して、何処かの無人島に着くまで漂っているつもりなのかも知れません。

  70. 洗脳されていた娘せんのうせ

    お供えお供えと今まで働いた御給料を一千万円近く天理教会長両親に吸い上げられてきました。自身の結婚によって洗脳から目が覚め、親とは縁を切りました。学生時代の部活も、就職もありとあらゆる事あ全て自分の意思を無視され親のいう通りに通れと強制されてきました。里子を養いはじめても全ての世話など、未成年である私の責任でした。家にいる間はなんの自由もなく、親のいいなりが親孝行と言われ続け親のいう通りに過ごしてきました。就職もお給料を親が全て取り、その中からお小遣いとして三千円を貰っていました。

  71. 洗脳されていた娘せんのうせ

    里子の事はアンタとよんでいました。里子はただお金を運ぶ存在です。養育費は里子に使われることはありませんでした。上級教会へのお供えが上がったと嬉しそうに話していました。里子は衣類など傷んだものを来ていました。里親への適性テストなどがなく、その後の実態調査が甘い、というかない。天理教だからとすぐに里親としての許可を卸す実態に大変大きな問題を抱えていると思います。里子は一時間近い「おつとめ、12下り」を私と一緒に強制されていました。

  72. 国副分教会

    みて笑う
    一人の人生を取り返しの付かないものにした この二人は児童相談所に通報されたが

    こんなモンスターが里親という善人として仮面を被り

    今も尚 のうのうと 宗教者としていまも生きています

  73. 匿名

    里親制度の問題点は、里親の人格、家庭という密室の雰囲気、実子・祖父母も含めて家庭内の価値観・
    道徳基準のレベルを誰が里親家庭としてふさわしいか判断するのですか?判断できますか?ということ。
    面談や家庭訪問では大人は賢く立ちまわることが当たり前。
    行政も、面談・家庭訪問しました、と責任逃れの言い訳を作っておくためのパフォーマンス。
    一個人の家庭が里親登録したからと言って、里子の養育にふさわしい家庭であるかどうかなんて、
    里子に聞かないとわからないってこと。
    その当事者である里子は、里親家庭に不満を言うと児童相談所の判断で措置変更されて、また自分の生活基盤が変わってしまう。いい方に変わることが保証されているのなら里親を糾弾することができるだろうが、今よりも悪くなる可能性もある。
    子どもにとって生活基盤が脅かされるということは、生きるか死ぬかに相当する。
    いつもしわ寄せは最弱者の子どもに押し付けられる。

  74. こやま

    私も天理教の教会が里親になるのは断固反対です。天理教の教会は、里子を受け入れる環境として不適格です!
    私は末端分教会で育ちました。世間並に育ててもらった記憶はありません。全てにおいて余裕がない(時間、金銭など)のに、人様の子供を預かるのは非常に無理があります。生活に追われる者が、里子に全力投球できる訳がないのです。
    友人夫婦(無宗教、会社員とナース、ペットは猫2匹)が里親です。彼らは実子達が独立した後に里親になりました。行政からの支給金は全額その子の名義で定期預金しています。将来、送り出す時に渡すつもりなのです。
    里子ちゃんは、実母から虐待を受けて成長発達に遅れのある子でしたが、落ち着いた愛情深い生活を送るなか、見違える変化をみせています。
    子供が養育される家庭環境は極めて重要です。私は友人夫婦のような温かい家庭を提供できる方々に里親の資格があると思います。天理教の分教会は、単なるハウス(建物)ですから。

  75. こまる

    何気なく里親と天理教のワードで検索して、このサイトに行き当たり、大きな驚きを感じています。
    私自身、養育里親として里子を預かった経験がありますが、ある日突然に実親が同居を望んでいるということで、だまし討ちのような形で里子を別の里親宅に措置変更されてしまいました。
    里子も私も大きな精神的ダメージを受けましたが、里子の幸せのためと思い、断腸の思いで里子を送り出しました。しかし、その際に児童相談所からは信じられないことに、里子の所持品や所持金は一切持って出ないように言われ、必死に食い下がってある程度の所持品とお金を持たせることができました。(その後この件については担当者を追求しましたが、本人はそのようなことは言っていないと否定し続け、結局最後まで認めようとはしませんでした)
    新しい里親とのマッチングもないままに移っていった先は天理教の教師的な仕事をされている家のようでした。それまでの里子の生活についていろいろと記したノートをお渡ししましたが、お小遣いは3分の2に減らされ、生活のルールも変わり、引っ越してすぐに天理市の本部に連れていかれたそうです。天理教のお祈りにも出るように言われて、おぢばがえりやそのほかの行事にも参加させられていたそうです。
    移って1年半ほどしてから里子から手紙が来ました。そこには、実親とは最初の面会以来会えていないし、話をする相手もいないし、なかなか家族で出かけたりすることもないので、私の家にいたときのようにまた出かけたり一緒に食事をしたりしたいといったようなことが書かれていました。
    愕然とした私は弁護士に相談して実親の所在を確かめ、里子とも会って動こうとした矢先、児童相談所が里子のところを訪れて、実親との面会をちゃんとするので私とは合わないようにとくぎを刺していったそうです。
    里子とはその後お忍びで会うようになりましたが、里親宅では部活に必要なものや衣類等も思うように買ってもらえず、部活で使う靴などもお小遣いを貯めて買うように言われたそうです。少ないお小遣いの中から貯金をして靴を買うには何年もかかってしまうような状況で、仕方なく私がそれらのものを買い与え、里子はその靴を学校に隠したり、衣類も部屋に隠していたりしたようです。しかし、そのことが里親に知れていると思われる状況になっても特に里親はそれを咎める様子もなかったそうです。実親との再統合も、ただ面会を繰り返すのみで里親も児童相談所もなんのケアも行わず、結局実親もお金がないことを理由に同居することもなく、蛇の生殺し状態のまま不調に終わりました。
    我が家にいたころは、キリスト教系の児童養護施設で神様の話も聞いていた子でしたので、自分から神様に手を合わせるような子でしたのに、今では神様なんかは信じないし、宗教には一切かかわりたくないというようになってしましました。社会的な常識や体験の部分も欠落しているところが見受けられますし、何のために里親宅で生活してきたのかと疑問に思ってしまいます。
    何のために里子を実親に引き合わせ、措置変更までして別の里親に措置変更したのでしょう。児童相談所の説明では、実親に自分で会いに行ける距離に住まわせるためとのことでしたが、その後2年近くも面会すら行わず、こちらが動き始めたことを察知したら急に面会をはじめ、里子に私に合わないように強制したのはどういう意図だったのでしょう。そしてなにより、里子の味方となって実親とのかかわりをサポートし、里子に一般社会のルールやマナーを教えつつ、生活体験を積ませる役割を担うはずの里親は何をしていたのでしょう。天理教の信者を増やし、里親手当をひのきしんとすることが目的ではないかと思えてしまいます。
    もう、天理教の方々には里親業には一切かかわっていただきたくないですし、本当に里子に対してその人生を捻じ曲げるような結果になったことを謝罪してほしいです。
    里子もやっと今年成人を迎え、自立に向けて活動していますが、実親への失望と、大人に対する大きな不信感を持ってしまったことがとても心配でなりません。
    里親手当についてですが、私が里親をしていた当時は、里親手当は現在の半額程度でしたが、里子一人を養いながら、手当の部分は里子にできるだけ楽しい思い出をと思い、休みのたびに一緒に出掛けたり、長期休みには旅行に出かけたりといったことに使い、一部は里子の貯金通帳を作って貯金もできていました。現在の手当ならば、養育するうえで経済的にはそれほど困らないと思います。もちろん私自身は生活を切り詰めていましたが、里子のためを思えばそれが生甲斐でもあったように思います。
    里子の人権については、これからもっと検討していただきたいと考えます。

  76. 家族愛

    天理教 里親 児童手当などの使い込み 上納金
    被害者 児童 親 は最寄の政治団体 政治結社 に御相談を。

  77. 東風Z

    匿名です 様
    2016年7月11日 9:02 AM
    >8つのほこりを積んだらいけない。

    この言葉、この場に投稿されている方々は百も承知されていると思いますよ。私も教会や祖母、両親から嫌というほど聞かされました。それも、小学校にも行かないうちから聞かされ続けてきましたから脳裏に焼き付いて離れません。その上で、皆さんも今の天理教は「おかしい」と感じて投稿されていると信じています。ありもしない美化された教祖の虚像を麗々しく書き立てて、挙句の果てに親神様、教祖様にお喜び頂く道を歩もうと呼びかけ、最終的な目的はお金集めをもくろんでいるのです。
    天理教を離れて5年が過ぎましたが、今、改めて感じることは正にこのことです。
    ただ、匿名様が現行天理教を篤く信仰されて、お供えをどんどんされるのにやぶさかではありません。
    奈良県の高額納税者に名を連ねる教団幹部連中の懐を肥やすだけでしょうから。

    一度、2016年7月10日 5:59PMに匿名さんが投稿されている文言中の本「北沢 元 氏著・天理教の虚像と実像」を読まれては如何ですか。
    終りにお願いです。ありふれた天理教用語を振り撒かないでください。私たちはとうに承知していますから。そして、二度と見たくも、聞きたくもない文言なのです。

  78. マーク

    なんとなく見つけて流し読みしてましたが、皆さん揃いも揃って議論する気ないですよね?書いてあることは結局「私の知ってる天理教はこうだ!だから正しいor間違ってる!」を言い合っているだけで何の進歩もなく本当に時間の無駄だと感じました。

    天理教の里親家庭には愛情を注ぐところもあればそれこそ搾取するところもあるでしょう。それを踏まえたうえの議論においてこの2種類のうちどちらが多いのかという情報が決定的に欠けています。まずその統計を取らなければ話になりません。
    そして一番の問題は「議論をお願いしたい」と言いながら偏見と思われるほどに極端に否定的な意見を並べて「教会は里親を一切するな」という要求を暗にしていることです。ここまで片寄った状態で議論なんて始められるわけがなく、同じ意見の人だけが集まって悪口を言い合うだけの場になるのは明白でした。

    議論というなら天理教と里親の両方についてちゃんと調べて正確な知識を得たうえでするべきです。

  79. マーク

    ああ、今気付きました。お供えでなく浄財なんて言葉を使ってるということは仏教系の宗教を信仰されているんですね。要は天理教のネガティブキャンペーンというわけですか。

  80. 古い教会長

    マーク様。
    おっしゃることは、その通りです。
    里親については賛否業論あります。
    天理時報を始めとする教内の広報誌は里親の素晴らしさを記事にしています。
    本当に素晴らしい活動だと思いますが、一方で問題点もはらんでいます。
    でも、その問題点は、あまり議論される事はありません。
    だから、こういう場所で問題点を見たり、聞いたり、感じて、真のおたすけ活動となるように願っているのです。

  81. メロンちゃん

    読ませていただきました。
    この文章を読んでいて引っかかる箇所が数多くあったのですが、とりわけ「里親ビジネス」という言葉が使用されている部分が非常に気になりました。どういう意図で「里親ビジネス」という言葉をご使用されているのでしょうか。里親をお仕事として責任もって行うことは何も問題がないことのように感じるのですが。イギリスでは里親に国家資格を与え、最も困難な子どもを扱う里親である、いわゆる治療的里親と呼ばれるような方には病院勤務医と同程度のお金が支払われています。里親がビジネスとして成り立っており、私はむしろ日本もこのように後々は里親がお仕事として成り立つほどに、社会的養護に国がお金をかけるべきであると考えます。里親がお金の面で「安定」していることがいかにも悪いことのように書かれているように感じるのですが、これはどういうお考えでこのように書かれているのでしょうか。児童虐待の家族背景を調べた調査によれば、児童虐待の要因となる家族背景の57.9%が「経済的問題」であることを考えれば、里親が経済的に安定し心のゆとりができることは里親による虐待防止につながるため、そこに国がお金をかけるのは当然のことです。確かに里子のことを責任もって育てる気がないのに、お金目当てのみに里親をやろうと思われる方もいるかもしれませんが、里親になるには様々な研修や話し合いを経て、その人が里親になるにふさわしいかきっちりと審査が行われます。ちなみに、この審査が厳しすぎるから日本では里親登録が進まないのではないのかという意見も専門家の中では出ています。(もちろん里親登録の進まなさの要因は、近代化に伴う子育ての私化など他の要因も挙げられますが)
    さて、話が長くなってしまい申し訳ございませんが、上の文章を書かれた方は里親と宗教(特に天理教)のかかわりの危険性を述べられていると思うのですが、その点において私が賛同できるのは子どもたちの信教の自由が保障されていないのではないかという部分のみでした。現制度でこの部分が保障されていないのであれば、児童相談所や里親支援者などによって里親家庭をモニターするなどといった風通しの良い子育てを実現するためにシステム構築するべきです。(このシステムは、信教の自由を保障するためだけに必要なのではなく、家庭が孤立することを防ぎ、不適切な養育を早期に発見し改善を求める上でも大切なことです)
    私がこの文章を読んで一番に感じたのは、この文章は宗教(特に天理教)に対するスティグマを生み出すだけであって、社会的養護をより良いものにするための主張がほんのわずかであるなということでした。筆者は、ここにかかれていることがほんの一部の人によることかもしれませんが、のようなことを丁寧に書いておきながらも、その内容は宗教や社会的養護に対する偏見を強めるだけのものだったのではないかと思います。
    分かりずらい上に長ったらしい文章失礼しました。

  82. 某教会役員

    メロンちゃん 様

    多くの教会でその実子ですら逃げ出す天理教のありさまでありながら、逃げ出すことのできない里子を預かるという点だけでもその魂胆と意図が「恐ろしい」としか言えない。
    「中にはまともな教会もある」とか「立派に育てている教会もある」などというのは、言い訳にもならない。

  83. メロンちゃん

    某教会役員様

    コメントありがとうございます。社会的養護をよりよいものにできないか勉強している中で、里親をやられている方の中に信仰を持たれている方が多いな、ということから里親と信仰に関して興味を抱くようになりました。天理教もそのような過程で知ったのですが。私は宗教に関してよく知らないので早急にジャッジメントをするようなことは出来ませんが、ここにあるコメントなどを見ている限りであると、信仰(ここでは天理教)をもった方が里親をやることを心配している方がおられることを知れたので、里親×宗教ということに関してほとんど問題視していなかったわたし自身の視野を広げることができました。ただここでの議論が、「家庭養護と施設養護どちらが優れているのか、お互いの弱みを攻めあうような泥仕合に終始している社会的養護の現状」と重なって見えたので非常に気になりました。このような議論は問題を解決するどころか偏見を生み出すだけで、解決を遅れさせてしまうこともあると思います。勝手な推測ですが、里親×宗教(ここでは天理教)の問題は、過去に児童養護施設で暴力が問題になっていたが長い間放置状態にあったような、そのような状態なのかなと思います。そのような中で、問題提起をしていただけたのは非常にありがたいことですが、そのようななかでの議論がスティグマを生み出すだけで終始するのは、それもまた新たな問題を生み出すだけなのではないかと思います。里親×宗教のネガティブな側面を常に考慮しつつ(逆にポジティブな面も考慮しつつ)、ではその問題を解決するのにどのようなシステムが構築されるべきか考えていくことが重要であるかと思います。これは、里親家庭の暴力、お金、人間関係、思想、すべての問題に関していえることです。

  84. メロンちゃん

    上に付け加えて
    里親×宗教(ここでは天理教)の問題を解決するのに最も簡単な方法は「天理教が里親活動に一切手を出さないこと」ですが、それしか道はないでしょうか。「何度も述べているが、立派な活動をしている方々がいる一方でこのような問題を抱えた方々もいるのだ、そのような一部の問題を議論するのは重要なことである」この考えまでは賛同できます。ただ、その議論の部分に問題があると言いたいのです。

    長文失礼しました。

  85. 片隅信者

    はじめてコメントさせていただきます。50代女性です。

    先日、所属の大教会で婦人の集いに誘われ初めて参加しました。
    『里親をしています。新婚当初から上級教会長さんに勧められたので3人の里子を預かっています』という内容の感話を聞いた時に大変違和感を覚え、こちらの内容をじっくり読み返しました。

    私が違和感を覚えたのは感話主が30歳そこそこの若い女性だったからです。それも新婚当初から勧められる???なんで????頭の中からクエスチョンマークがあふれ出そうでした。会場には100名程入っていましたが特に変化はなく・・・天理教以外の場所なら「ざわざわ」ってなるところではないかと。
    本トピックを読み返して納得。そして溜息をつきながら書いています。

    実子であっても大変ですよ、子育て。一般家庭で3人育てた経験でしかない意見ですが。
    かたや天理教分教会を任されてるだけあって、親としての器も備わっているのでしょうね、たとえ新婚の若夫婦でも。上級会長さんは勧めた責任をきちんと果たされるのでしょうね。フォローも万全ですね。
    ↑誤解のないように。皮肉です(笑)

    私はいちようぼくですが、最近訳あって天理教の事をもっと知ろうと勉強し始めた身です。
    こちらのサイトは論理的な内容となっていて、大変参考になります。これからもよろしくお願い致します。

  86. 東風Z

    微塵の隙も無いほどガッチリと縦社会に組み立てられた天理教組織。その一端を担う教会の住み込み人の子として生まれ20歳までの教会生活を否が応でも経験した。夕勤めに参らなかったと夕食を与えられなかったこともある幼少時代。
    そのような所に里子に出すなんて考えるだけでも身の毛もよだつ思いです。
    虐げられた教会生活を経験されていない方のご意見は、所詮きれいごとにしか聞こえません。

    この欄の「古い教会長」さんが仰って居られるように、教団には何を言っても糠に釘です。中山家とその取り巻きが栄えればいいだけの教えです。
    いま、芹澤光治良氏著「死の扉の前で」を読み終えて、成る程と感じ入った次第です。
    この書は、全天理教教会長さん方は必読です。

  87. メロンちゃん

    片隅信者様

    少し内容が曖昧な所があったのでお尋ねします。
    新婚当初から里親になることを勧められたその若夫婦には、実子はおられるのでしょうか。子どもに恵まれないという理由からそのような話が勧められたということでしょうか(子どもための里親制度であることは忘れてはいけませんが)。

    もうひとつ、「勧めた責任をきちんと果たす」というのはどういうことでしょうか。なにか里親子で問題が起こった時に上級会長がきちんとフォローができるかどうかということでしょうか。もしそうでしたら、そのフォローは児童相談所の職員や、児童養護施設の里親支援員などが行うべきであると思うのですが。もちろん上級会長が、その若夫婦が里親をやっていくうえでの心の支えになってくれるのであればなおさら良いのですが。

  88. 片隅信者

    メロンちゃん様

    現在実子はおられず、里子が3人とのことでした。この10年間子供を望んでいたが未だ授からない、とも話されました。
    なので「子どもに恵まれないという理由からそのような話が勧められたということ」ではなかったと理解しています。

    >「勧めた責任をきちんと果たす」というのはどういうことでしょうか。
    ただの皮肉です。

    私は里親制度に関する知識は乏しいです。児童相談所の職員や、児童養護施設の里親支援員が何をどこまでどんなふうにフォローされるのか知りません。そんなことも分からずにコメントしたのでメロンちゃんを惑わせてしまいましたか?すみません。

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