天理教を信仰する若者には未来がない

毎年、お盆と正月には天理教を信仰している若者から相談を受けることが多い。お盆や正月の里帰りでは、教会や信仰の後継問題が話し合われるためであろう。家庭環境や育った地域も異なるのに天理教で悩む若者の置かれている立場や混乱の状況は同じパターンばかりであることに驚く。

私は相談を受けて、できるだけ具体的な支援の情報提供をおこなう。しかし事情や背景が分からないので最終的には「行動するのはあなただから無理せずに頑張って」としか言えない。しかし、これまで何人もの若者が親である会長達とコミュニケーションができないと嘆いて、結局「もう二度と教会には帰らない」と天理教から離れていってしまうのを見てきた。驚くのはその天理教の若者達がみな社会的に優秀な者が多いということだ。中には政府の中枢で働くものや、何百人もの部下をしたがえる企業の幹部候補までもいた。こうなってしまっては天理教を出ていくことが、健全でまともな思考の持ち主だと考えることもできる。

親である会長達とのコミュニケーション不全というのは、私が会長達と話したときに感じる不全感と全く同じであると考える。なぜだか分からないが、会長達は多くの確率で「自分が絶対的に正しい」と疑いなく思っている。だから元々コミュニケーションなど成立しない。信仰とは自ら追い求め続ける内的作業というのが通常の理解だと思うが、天理教の会長達はなぜか「俺が正しい信仰を教えてやる。俺の話を聞け」という絶対的姿勢を崩さない。談じ合いと言いつつ「違う。教祖(おやさま)は実はこう言っているのだ」と神の権力を勘違いした自己解釈を展開することが多々ある。多くの会長達と話してみれば、そこに感謝、慎み、助け合いなんてないことはすぐわかる。それらは一部の人間というよりも一貫した体質であると大教会長や本部員のセンセイたちの話を聞いて思う。(天理教が発行する媒体などを見れば、自己の発言に正当性を与えるために「神様は〜」と自分が神にでもなったかのように教義を継ぎ接ぎしたものばかりで辟易する)

私が天理教を宗教ではなく自己啓発セミナーに近いと感じるのは、指導者たちの言葉が生活侵襲的すぎるためである(具体的な教義論ではない)。この議論に天理教人と一緒に踏み込んでしまうと、散らばった先人の歴史やパッチワークされた教典を引き合いに出されて結局うやむやにされてしまう。しかし一般的に宗教とは主体的な内的作業である。通常、指導者やメンターは、目標となる教義を提示することで「あとは自分で考えろ」と信仰へのチャレンジを促す存在であるはずだ。上下なんてものはない。信仰とは、失敗も含めて自分で教えを噛み砕くようなアソビの部分がなければ教えを涵養させることは到底できないだろう。誰かにあーだ、こーだ言われるのは信仰とは言わない。

しかし天理教と自己啓発セミナーは共通して、かなり具体的な生活にまで侵入する。まさしく「金を集める」「人を集める」という行為が究極の具体的侵入行為である。全国の各教会にいけばスローガンやノルマ表が掲げてあり、そこは厳かで落ち着いた信仰の場として相応しい雰囲気ではない。天理教の教会はポスターや張り紙だらけのガチャガチャした営業所やセミナー会場に近く、極めて神聖さに欠ける、といくつかの天理教教会を見て来た私は感じる。

その他にも「天理の学校へ進学しろ」「神名流しをしろ」「戸別訪問をしろ」「路傍講演をしろ」「新聞を配れ」「講習会をするから集まれ」などかなり生活や人生を縛ってしまうほど侵襲的で反宗教的だ。10月の秋の大祭において真柱の神殿講話で「ひのきしんに決まった形はありません。身の回りの小さなことも、地域社会で役立つことも、その現れ方は様々ですが、親神様にお喜びいただきたいとの真心からのおこないは、すべてひのきしんと言えるでしょう」と言っている。しかし天理教本部や大教会は決まりきった形や枠組みに、信仰を押し付けようとしているようにしか見えない。大号令で信者を行事等に動員させ、右向け右をさせる。決まった形はないと言う真柱は言行不一致ではなかろうか。もしくは天理教の実体を少しも知らないのであろうか。

天理教から離れた若者たちの話を聞くと、どう考えても彼らの方が天理教的感覚と天理教の教えを正しく理解し実践しようとしているように感じる。同じように感じている人は多いのではないかと思う。

反対に天理教から離れることができない若き信仰者たちは、天理教本部や大教会に、ことあるごとに大号令で集められ講習や行事に参加させられている。そして、いつの間にか社会から遊離した天理教用語と、人を追い詰める独特の言い回しを学ぶ。先日も天理教の若者と話をしたが、彼は「今後、天理教の教えを正しく理解する人はより少なくなる」と、大真面目にあたかも自分が正しく理解しているかのような偉そうな口ぶりであった。神や信仰とは生涯を通して問い続ける謙虚なものではないのか。天理教では違うらしい。「あなたがすでに天理教を正しく理解していると考えているなら、誰も人は付いてこないよ」と伝えたが、ピンときていないようだった。天理教から分離、独立する団体が多い理由がどこにあるか全く理解していないのかな。きっと彼は天理教教団から分離、独立する団体は、異端で悪で、天理教を正しく理解していない団体と思い込んでいるのだろう。カルト思想に近い。天理教の後継者育成は思想面でも間違っているんだと私は確信した。

しかし彼らのような若き信仰者は行事参加の人数集めや、においがけという名の営業、新聞の手配りという名の宅配サービスにすり替えられてしまい、自身の信仰に向き合い、教えを涵養させる時間などないというのが実際のようだ。北朝鮮は、体制に疑問を抱かせないように人民に集会や会合へ強制的に参加させて、考えさせる時間を奪うと聞いたことがあるが全く同じだろう。
そのような人集め、金集めの前時代的姿勢が天理教への嫌悪感となり、社会から向けられる不信感からいつまでたっても天理教は抜け出せない。「天理教は社会に認められ必要とされている!災害救援も自治体に要請されるほど信頼されてるんだ!」と多くの団体が要請されているにも関わらず、あたかも天理教だけが特別かのように天理時報では煽る。その欺瞞さに天理教以外の人間は気づいているのに天理教人だけは気づかぬフリをし騙されたフリをし続ける。

天理教は歴史があり規模も大きく新興宗教ではないと言われたことがある。学問的にはそうかもしれない。しかし一般社会から見れば、天理教だろうが、創価学会だろうが、幸福の科学だろうが、”その辺”の宗教は総じて怪しい、何をやっているか分からない危険な新興宗教のイメージというのが一般的な見方であろう。これが金と人を集めるという結果だ。

しかし今さら人集め金集めを止めてしまっては、収入の9割以上を信者からの寄付金に依存する天理教は間違いなく一年も待たずに財政破綻し法人を解散するしかないだろう。宗教法人は信教の自由を担保するために税金の優遇を受けている。裏を返せば宗教法人は財政破綻しても、国は一切助けてはくれない。企業は倒産しても救済措置があるが、宗教法人は簡単に消失してしまうことに気づいていない人が多いのではなかろうか。

確実に多くの天理教人が気付いているのに誰も言わないこと。それは組織を運営するのに金が必要なことは理解できるものの、”信仰”に金が必要であることを全く説明できていないことだ。なぜ神を信じるだけなのに金を出す必要があるのだろうか?この話をすると必ず天理教人はみな話をすり替える。私は天理教人からまともな回答を聞いたことがない。誰かいたら教えてほしい。

「天理教は組織が巨大だから運営に金がいるのは当然だ」。その論理は教団側から見れば当然かもしれないが、金を払う末端の信者たちの気持ちには全く寄り添っていない。部と同じ勘違い目線である。巨大な組織だから運営に金がかかるというのであれば、天理教の信者は幹部を食わせるために献金していることになる。幹部のための信者だ。そういうことになる。天理教本部があるから天理教があるという意識では社会から決して信頼されない。天理教信者がいるから天理教があり、天理教本部があるのだ。なぜ、天理教信者でもない外部の私がこんな基本的なことを言っているのか訳がわからなくなる。

こういうことを私が言うと、天理教人は「天理教も会費制にするべきだ」と言う。いや違う。会費制以前に、神を信じるのに金と組織が必要な根本的な理由を教えてほしい。組織があるから金が必要になる。その結果、多くの人が苦しんでいる。多くの人が天理教に不信感を持っている。献金だろうが、会費制だろうが、それは変わらない。会費制だから問題ないとなってしまっては、複数の会費が乱立するだけだ。いまでも献金の他に会費、お供えなど、名目を変えた支払いばかりではないのか。

そして何より私が最も天理教に失望するのは、弱者に寄り添おうとしない、そういった高圧的な姿勢を天理教人が示すことだ。大学で福祉学や経済学の概論でも学べば、「組織が巨大だから金が要る」という主客転倒は基本的な間違いであることに気づく。「誰の何のための献金行為か」と。このような弱者の視点を無視した偏った認識では、天理教は天理教であることの意味を失う。社会から信頼を得ることは決してないだろう。天理教の組織運営には哲学がない。

私が感じる天理教の矛盾は、こうした言行不一致に散見される。多くが私自身が経験したことに由来するが、寄せられる経験談には共通点が多い。これまで天理教学生会や青年会、女子青年会などの会合に足を踏み入れたことがある。そこには「陽気ぐらし」や「ひとだすけ」とは程遠いほどの特異的グループが形成される。学生会は、悩みながらも自己開示を求められ「皆仲良しイエーイ」と絶叫する「サークル的一体型モデル」が提示され、青年会は社会との付き合いに悩みながらも「何も考えずに神様にもたれて突き進もう」という「軍隊的モデル」が提示され、女子青年会は文句も言わずにコツコツと男性と組織を支えるという「おしん的モデル」が提示される。すべて「洗脳モデル」とも言える。そのモデルに適合しないものは、「助からない」「喜べない」「ふせこめ」「たんのうせい」「理がない」「徳がない」と徹底的に排除される。私も過去に言われたことがある。

「陽気ぐらし」や「ひとだすけ」というのは天理教人にとってみれば、多様性受容モデルではなく、「モデルに適合する人間のみに許される」メンバーズオンリーの特異的均質サークルでしかない。そんなグループから優秀な人間は生まれるはずはないし、陽気ぐらしとは真逆である。縦の伝導(信仰の継承)がうまくいっていないのは、清濁合わせ飲むような器の大きさが天理教にはないからである。天理教という特異組織に合わない組織、合わない人間を「異端」や「わかっていない」とラベルを貼り排除していることに気づかないといけない。まさしく社会から「異端」「わかっていない」と言われているのは天理教だと気づかないと今後組織は危険な方向に向かっていくだろう。

天理教が集めた莫大な金を株式や不動産へ巨額の投資をおこなうことは違法ではない。しかし宗教法人として倫理的に疑問が残る。教会に掲げられた人集め、金集めのノルマ目標や人集めのスローガン。毎月の御供を署名入りの祝儀袋に入れさせ、建物の建築時には献金袋とは異なる集金袋が配布される。金を集めている責任者たる大教会長たちは、天理教本部の責任役員も兼任している。つまり半強制的で巧妙な集金方法を天理教本部が知らないはずはない。非公開のその金の流れを把握している教会本部と大教会長、教会長は共犯関係にあることは間違いない。

これら半強制的な献金の信者への説明でよく展開されるのは「神様に喜んでもらう」という理由付けである。この説明も先ほどと全く同じ論理である。本当に神は喜ぶのだろうか。金を出すことで神が喜ぶと言うのであれば、天理教の神は薄汚れた欲まみれの神ということになると考えるのが普通だ。天理教人はそれでいいのだろうか。金を集めることが一番の問題とは言わない。しかし人々が必死に働いて得た金を毎月集めるためだけの説明責任を天理教は一切してない。「天理教の献金は自由だから」と、自由意思を偽装し、不安を煽る献金ビジネスは終わりにすべきだ。

文化庁文化部宗務課が発行している「宗教関連統計に関する資料集 平成27年3月」によれば、平成26年の家計支出における宗教関係品目では、「信仰・祭祀費」が約15,700円、「葬儀関係費」が約18,900円、「祭具・墓石」が約6,200円とある。つまり平均的な一般家庭では宗教への献金は年に平均約15,700円と考えてよい。月にすると1000円程度の支出である。月に1000円以上、天理教に献金をしている人は、日本人の平均を上げていることに貢献している。ちなみに我が家は正月や観光で寺社仏閣にいったとしても浄財金は家族全員でも年に数千円だろう。
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/shumu_kanrentokei/pdf/h26_chosa.pdf

何度でも言う。天理教は、金を集める理由を個人の思想や組織の経費にすり替える以前に、宗教的意義を明確にするべきだ。金を心の問題にすり替える時代、不安を抱えた人間に金を出させる時代はもう終わっていると私は感じる。

私だけだろうか、献金の意義を「真心の御供」などと個人の思想や組織の経費にすり替える天理教人の説明は、結局神を侮辱していると思うのは。天理教の神はお金で喜ぶような人を差別するクズみたいな神なのかと。金を払う人間を必要とするなら、金を払わない人間を天理教は見捨てることになる。

天理教人が気付いていないフリをするのは、「天理教を信仰することが真に正しければ人も金も集めなくても勝手に集まる」ということだ。こういう話を天理教人にすると、ほぼ100%の確率で「人や金が集っても集まらなくても、信仰者としての振る舞い(頑張り)を神様は見ている」という話しに再びすり替わる。私にはまったくこの日本語が理解できない。金集め人集めを正当化するその歪んだ論理展開は全く論理の理がない。何度も言うが、天理教人をみて思うのは、天理教の神は人集め金集めを渇望する欲にまみれた神なのだろうか、という単純な疑問だ。歪んだ論理の背景には全農幹部と同じ、「俺らの生活のために献金しろ」という思想が見え隠れする。そこには「たとえ少額でも神様に集められたお金をありがたく頂戴し規模に応じた組織を運営する」という謙虚さは少しも感じられない。

天理教から抜け出せない若者は、天理教本部行事に集められたところで、学生会のように「天理教大好き!」という洗脳のような熱狂もなく、談じ合いというガス抜きも効果なく、ボディブローのように交通費の出費と胸に刺さらない幹部の自慢話で時間を無駄にした徒労感しか残らないようだ。せめてもの救いは、天理に行くことで高校時代や大教会の同じ境遇の友達を見つけ合って傷を舐め合うことくらいである。

天理教の権力者たちは話し合い、談じ合い、耳を傾ける、寄り添うと言いつつも、最終的には「素直になれ」「伏せ込め」「徳を詰め」「理を立てろ」「心を寄せて」「勇め」と自分が神になったかのような文言を並べて最終的には自分の思い通りにしようとする。私の元には全国から続々と同様の経験談が寄せられる。その結果、会長たちは自分の思い通りになれば「俺の言ったことが正しいだろ。神様は見ているんだ」と言い、思い通りにいかなければ「お前は助からないぞ。神様は見ているんだ」と暴力的な言葉で若者を縛ろうとする。どっちに進んでも行き止まり。これがカルトじゃなければ何なのだろうか。

中には会長夫妻が高齢になり、毎日のお勤めや行事、天理時報の手配りが体の負担となってきため「早く教会に帰ってきて親の負担を継げ」と露骨に若者に嫌な物を押し付けるような言葉を吐き捨てる最低な会長夫妻もいるようだ。それが「お前の役割だ」(ご恩報じ?)と、都合のよい運命論(いんねん)で不安を煽りながら。
教会で生まれた子供たちに我慢を強いて育ててきた結果、成人し教会に寄り付かなくなってしまった我が子たち。天理教から距離を置き、給料をもらいながら家族で幸せを噛みしめる子供たち。そこには天理教の教会にいるよりも確かな”幸せ”がある。教会では実の親が”理の親”のため”ご恩報じ”と頑張って教会運営してきたものの、高齢となり支えてきてくれた信者も少なくなってきた。気づけば周囲には誰もいなくなり孤独と老後の不安だけが残る。天理教が大好きな「家族だんらん」や「たすけあい」「親のため」「御恩報じ」などの言葉は、自分の都合が悪くなったときだけ若者に吐き捨て「あいつは本当に大事なことをわかっていない。贅沢ばかりして全然伏せ込んでいない」と若者を悪者に仕立て上げる。高齢となった親を心配して遠方から来た若者は再度傷つき、より教会の実家には寄り付かなくなる。こうなってしまっては何のための信仰だろうか。若者が天理教を離れるのも納得できる。

天理時報の手配りなど分母である発行部数が減少しているために手配り率が自然に上がるのは当然の現象である。しかし天理教本部は「皆の頑張りで手配り”率”が上がっている。もっと頑張れ!勇め!」と相変わらず末端に負担を強いることしかしない。天理教本部は老いも若いも末端が疲れ切っていることは見て見ぬふりをする。

新聞の手配りという負担を強いれば強いるほど、末端の疲労は蓄積し組織が内部崩壊するなんて、少し考えれば小学生でも理解するだろう。まともな思考のできる経営者は天理教にはいないのか。このような点こそ専門家を配置せずに、特定の家系だけで役職を回してきた組織の劣化の結果だろう。天理教本部の会計責任者は天理大学の卒業だが、経営学科もない天理大学出身者で会計ができるのだろうか。天理教のバランスシートでも見れば、献金に依存しすぎるイビツな経営体質は会計的に非常に危険なものであると誰もが考えるだろう。会計責任者としてどう対応するのだろうか。(天理教本部の会計責任者が会計の専門家であれば謝罪するが)。
私は「天理時報の手配り」こそ、天理教を内部崩壊させる加速器だと思っている。手配りによって疲れ切った声が私には届くが天理教道友社には届いていないのだろうか。弱者への想像力なんて天理教にはできないのだろうか。

私も過去に天理教人に言われたことがある。「お道は知恵学問ではない」と天理教は学問を否定するような教えがあるようだ。私が天理教の運営や、やり方に口を挟もうものなら、「あなたは天理教の専門家ではない。そのような人間を我々は必要とはしていない。あなたは専門的助言だけでいい」と、面と向かって言われたことがある。その結果が、素人集団で時代遅れで数字も読解できない現在の天理教の姿ではなかろうか。天理教の専門家であることだけを必要十分条件とするなら、天理教教団は経営の素人、学問の素人ばかりとなる。天理教から人が離れ、天理大学が定員割れで入学者が減っているのは、まさしく、それを運営している人間が素人集団だからではないだろうか。天理教の運営を天理教の専門家だけでよければ、天理教は出版や医療、教育から撤退するべきだ。天理教しか知らない素人でも運営できるということは医学や教育学を侮辱していることになる。天理大学の学長は、天理教の名家の出身らしいが、彼は研究もしたことがない大卒だ。彼に「教育とは何か」をきいてみたいものだ。AERA以上の思想哲学を無知な信者たちではなく、教育の専門家に語れる知性をお持ちだろうか。聞いてみたいものだ。

高度経済成長で儲けた成金経営の結果、経営戦略が末端弱者に負担を強いることしか思いつかない。その経営モデルはすでに破綻している。天理教は倒産寸前のワンマン中小企業であろう。もうお分かりだと思うが、天理教が空中分解している根源が、天理教の政策や組織経営の失敗であることは明らかである。下部教会や末端信者に負担を強いることしか天理教本部はしない。上納金を集める一方で、社会保障も与えないのは組織として責任を放棄していることになる。震災の募金すら大号令で信者から集めた金のみで、天理教本部は一銭も支出していない。こんな無責任な天理教の政策は、天理教内部はもちろん誰にも支持されるわけがないと普通の社会人なら考える。

お金のトラブルや上納金のこと、大教会長による進路変更や婚姻などにも及ぶ強権的な人事権のことなど天理教人に聞いてみると、多くの天理教人が同意してくれる。「聞いたことがある」「よくあること」「それ〇〇大教会の話だね」「◯◯家であった話」と。私の元にも多く体験談と証拠ファイルが寄せられる。

しかし多くの天理教人が知っているのに、目の前の理不尽な権力に対して立ち向かおうとはしない。それが私には不思議で仕方がない。私であれば身内ほど厳しく糾弾するし、それが例えば人の道に逸れるようなものであれば、しかるべきところに突き出して徹底的に反省を促す。我が子の教育はそうしてきた。身内だからこそ厳しくありたいと思う。しかし天理教人は身内の権力の暴走には決して立ち向かわない。「そんな人もいるが一部だ」や「組織に問題があるのは分かるが、それは私には関係ない。私は私の信仰を深めるだけだ」と、天理教以外の一般人が聞いたら呆れる無責任な言い訳しかしない。こんな姿勢で天理教が「人助け」「陽気ぐらし」なんて、どの口で言えるのか私は不思議で仕方ない。こんな発言をする人間に誰がついていきたいと思うのだろうか。

次期天理教トップとなる中山大亮氏の婚姻が発表されたようだ。天理教本部では新郎新婦の実質的な後見人は誰かということで噂になっていると聞いた。実質的トップの今の統領や責任役員では140年祭まで天理教はもたない。次の表頭領の座を虎視眈々と狙っている人間は誰だと。結局、末端信者のことなど誰も興味がないのだろう。

話を戻すと、私は天理教問題で相談を受ければ、しかるべき窓口に紹介するようにしている。人権侵害であれば総務省や都道府県の人権侵害センター、お金であれば消費者生活センターである。もちろん場合によっては警察などの捜査機関である。現在、公益通報者保護法の改定が消費者庁で検討されている。基本的には労働者を対象としているが、宗教法人も労務が生じており範囲内と考えられる。また今回の報告では役員や退職者も含まれる。天理教幹部や辞めた人も守られることになるだろう。

天理教で悩んでいる方は、問題を整理し、証拠を収集し(動画や録音ファイル)、きちんとした行政機関に相談されることをお勧めする。私もこれまで天理教に関して行政には通報しているが、意外に行政は親身に相談に乗ってくれるし、各自治体の人権相談などは世間の関心の高まりもあり調査結果報告までしてくれる。また「相談件数としてきちんと分類・計上されるので個別事案であっても無駄ではない」と言われた(消費者生活センターからの助言)。

間違っても、会長や上級教会や天理教本部にある渉外課に相談してはいけない。「ちゃんと会長と相談するように」「たんのうせい(現状を喜べ)」と言いくるめられ余計に傷つくだけである。天理教本部は本気で人を助ける気はないのだろう。

ここまで書いていると、ある読者から天理時報9月4日第4490号の「時代担う若者の育成へ」という記事を紹介していただいた。次期真柱(トップ)である中山大亮氏が、後継者を育成するために講習会を開始するから「対象者が一人でも多く受講するよう、各直属教会での力強い働きかけをしてほしい」と本部幹部会で要請したとのことである。

この記事を送付してくれた天理教の若者は、この記事を読んで「将来への絶望」を感じたとのことである。その絶望を要約すると、「権力を用いてわざわざ地方から交通費も援助せずに若者を本部に集合させ、『俺が正しい信仰を教えてやろう』と偉そうなことを言う若きリーダーの姿勢に信仰のカケラもない。同じ世代で末端の苦悩を共感してくれると期待していた次期真柱まで、これまでとまったく変わらず集団主義の権力頼みしかみられない。『各直属教会での力強い働きかけ』によって強引に集められた若者たちを見て、きっとこの次期真柱は順風満帆なリーダーの一歩を踏み出すのだろう。」と。本当に北朝鮮のようだ。

ここは本当に平成の日本なのだろうか。天理教を信仰する多くの若者は苦しんでいる。天理教とは一体誰のための組織なのだろうか本当に私には分からない。

次期真柱である中山大亮氏はすでに権力を自身の力と勘違いしているのだろう。彼の言動でどれだけ多くの若者が苦しむのか、外の世界を知らない彼は全く想像ができないのであろう。自分の一声で多くの人間が右へ左へと動くのは、さぞかし気分が良いだろう。権力者が「力強い働きかけ」をする組織なんて人望も信頼もない現れである。もし企業の業務命令と勘違いしているのであれば、全国の天理教専業者に賃金と社会保障を与えるべきだ。賃金も与えず社会保障もせず、「金を出せ」「人を集めろ」ということが人の道として狂っていることに早く気づいた方がよい。

彼の言動を批評すると必ず反論がくる。「彼は時間をみつけては神名流しやにおいがけに積極的に行っているから、いい人だ。今日も天理駅で神名流しをやっていた」と。いい人?そうかもしれない。しかし本当に感情論で終わらそうとするなら、私の過去のデータをよく読んでほしい。

これまでの慣例から彼は年収数千万円の収入があると見ていいだろう。もしそれほど貰っていなくとも、将来数億円の年収が約束されている。もし天理教が大嫌いな人でも年間数千万円貰えるなら喜んで神名流しもにおいがけもやるだろう。神名流しを1回やれば数十万円貰えると計算すれば楽勝だ。年間数千万円をくれるなら私も”いい人”になろう。
彼は何不自由ない人生を送れるが、末端の若者はその日暮らしで将来の保証もない。この天と地ほどの違いは組織への信頼を破綻させるには十分すぎるほどの格差である。人の気持ちが離れる時は一瞬である。金の話はゲスいだろうか?しかし信頼を得るとは正にそういうことだ。もし高額な年収を適正化するか、公開する気がないのであれば、それに見合った結果を出さないと誰も納得しない。結果とは、これまでの権力経営ではいけないということだ。

例えばビル・ゲイツが、ビックカメラで営業していたとしよう。客は喜ぶだろう。しかし株主は「お前の役割は客に媚びることではない。営業利益を最大化することだ」と言うであろう。信者と同じ目線で営業(においがけ)することは決して悪いことではない。しかし権力を持っている人間の役割は、末端に媚びることではない。組織を変えるということは権力を持った人間しかできない。

信頼を得ることの難しさを誰か彼に教えてあげた方がいいのではないか。次期トップとしてやることは、信者に媚びて神名流しや布教をすることなのだろうか。お正月に国会議員を集めて挨拶をすることだろうか。

それとも献金に依存せずに、天理教の存在価値を高めて、天理教人が喜んで信仰生活を送れるように自信を取り戻させることではないだろうか。次期トップには次期トップにしかできない仕事があるだろう。組織を変えることだ。

末端の若者に金を払わず、権力を使って人集めをして何の信頼が得られると思っているだろうか。真柱や大会長たちに従順で何の力もない末端の若者の背後には、多くの信者が厳しい目と冷めた目で教会本部や大教会を見ていることを忘れてはいけない。

彼だけではない。天理教本部員のツイッターやFacebookを見れば、頻繁に刺身を食べて酒を飲んで、休みには旅行に出かけ、子供は天理大学以外に行かせ、海外に行かせてと文化的で豊かな”普通の”生活をしていることがわかる。
年金も健康保険も払えておらず、毎日の食事も節約している末端の若者が、その本部員のSNSをみたときのやるせない気持ちを天理教幹部は考えたことがあるのだろうか。その気持ちの機微が分からないから天理教から人が離れるのだろう。

権力を用いた集団主義の強化、これが天理教の人材育成の方法であり、天理教から人材が流出する原因であることに天理教本部は誰も気づいてない。そして会長である親と組織に、若者たちは絶望を感じるのであろう。

今後、天理教が空中分解、組織瓦解するにつれ、天理教本部の「研修会をするから本部に集まれ」「大教会に集まれ」「この書籍がお勧めだから買え」「◯◯会をするぞ、◯◯名集めろ」「新聞を配れ」「天理の学校に行け」という号令や、創業当時の関係者や伝説的逸話への回帰現象、逆行傾向は強まることは間違いないであろう。特に天理大学は教団から年間30億円もの支援がないと経営できないほどの異常事態である。天理大学は授業料が安いことで金のない家庭の学生が集まるが、値上げすれば学生が集まらないというジレンマを抱えている。そのため今後天理教信者の子たちに天理大学への進学を勧める傾向は強くなるだろう。これらの原点回帰現象は私が知らないだけでもう始まっているのかもしれない。
余談だが、私の経験や見聞きした中で「ダメな教会」の典型例は「大教会◯◯清掃ひのきしん」などと、大教会に忠義を尽くす行事があると考えている。社会に忠義を尽くせば、天理教への信頼やプレゼンスが上がると思う。しかし「ダメな教会」ほど部下教会や信者を集めて、権威づけをする傾向がある。北朝鮮と同じ。

天理教人は勘違いしてはいけない。天理教が正しいかを判断するのは天理教人ではない。神であり社会だ。神と社会がNOと言えば、天理教はこの世から消えるしかない。本当に天理教が正しいと思うのであれば組織、金、生活の実態を正々堂々と情報公開するべきだし、集めるだけの経営では今後天理教は内部崩壊していくだろう。真摯で謙虚な姿勢こそ、神と社会が見ているのではなかろうか。その謙虚さがないと誰も天理教を信じることはできない。電通のように追い込まれてからの遅すぎる方針変更ほど、信用を失墜するしかない。
天理教人こそ、「感謝、慎み、助け合い」のスローガンを外に言う前に自分で意味を熟考するべきだ。天理教に傷つけられた若者の話を聞くたび、私は怒りに震える。

tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

天理教を信仰する若者には未来がない」への165件のフィードバック

  1. カインさんこんにちは。

    本文を読んで、学生時代のことを思い出しました。
    春学の、真柱さまのお話の中で「学生の皆さんは、本来の勉学を忘れることなく…」とおっしゃったのです。
    私は教会でも布教所でもない、もっと言えば信者家庭でもなく母親が熱心な信者でした。
    学校を休んだり友達との約束を断らせてまで天理に連れて行く様子を、母対家族で喧嘩している姿もしょっちゅう見てきました。

    自身がお道の教えに感銘し、どっぷり浸かっているとき、ある教会の娘さんは月次祭の日は学校を休んでおつとめ奉仕したとかおじば帰りをしていたとかいう話を聞くと「やっぱすごいな」と思っていたので、
    当時真柱さまの発言には耳を疑いました。勉学を忘れることなくって、真柱さまが言っていいことなのかって。

    今思えば、学業を疎かにし、途方にくれて行く若者を見聞きしていたのでしょう。真柱さまがそう言えば、
    教会の人間としては勉学を疎かにはできません。学校を休ませてまで教会を優先させることを良しとさせないようにしたのでしょうか。そこまでは分かりませんが…

    今回の記事もまた、心揺さぶられました。また読み返し、感じたことをコメントさせていただきたく思います。

  2. さっちん

     今月の記事は、天理教の問題点を総括したものですね。私はこの記事を、上級会長に送ってやろうと思います。上級会長や上級教会が、どうなろうと、私の知ったこっちゃありませんけども、【これが、あなたが身も心も捧げ尽くし、上級の「理」を潰してはならないと、必死に守り抜いている「天理教」ですよ】、ということを突き付けてやりたい。
     最近、上級会長から、会費や、仕切り月のお供え(普段より増やしてお供えしなければなりません。)の請求などが、来なくなりました。お供え請求をすることに、正当な理由が無いことを、上級は気付いてはいるのでしょう。
     今月の記事で、トドメを刺して差し上げたい、と思います。カイン様、有難うございます。

  3. 定詰とアルベールカミュ
    私の幼馴染は、詰め所の定詰でした。小学校5年生で転校して来て、高校卒業までクラスが同じでした。今は、ある公務員組織で、高卒として、異例のスピード出世を遂げています。ある事情で、父親がおらず、彼ら母子は、詰め所住まいとなりました。昔の詰め所は、木造モルタル、すりガラス木枠窓で、最初は、20畳位の畳大部屋を、ふすまで3つに区切り、3家族共同で生活しておりました。幼馴染曰く、「真冬に親子三人で、火鉢一つ。何かといえば、たんのうせよ、俺はあの時を忘れない」と申しておりました。彼と私の結論は、「貧乏と天理教は毒にも薬にもなる」です。カミュはその著書にて、神に背いた、シーシュポスは罰として、大きな岩を山の頂上に押し上げる、労役を課せられる物語を紹介します。そして、運び上げた瞬間にふもとへ転がり落ちる、真面目な努力が報われない、永遠のループに入り込みます。(シーシュポスの神話)カミュはそれでもなお、あらゆる悲惨を超えて、人間が生きようとする意志はなお強い、人生にイエス、と言おうと言います。「幸福と不条理は同じ一つの大地からうまれた、二人の息子である。この二人は引き離すことはできない。」私は、陽気ぐらしとは、喜び、悲しみ、憎しみ、全ての感情を、ありとあらゆる、経験、悲惨、を受け止めて、人生の最後に振り返って味わうものなのかと思う時があります。
    天理教にて生計を立てる皆様方、特に真柱様、貴方は、人生にイエスといえますか。(私は、本部中心にいる同級生にこのブログを紹介しました。真柱も読まれていると思います。)

  4. 末端教会子弟

    >「お道は知恵学問ではない」と天理教は学問を否定するような教えがあるようだ。

    下の者に「教育を施さない」のは、戦前までの西欧型植民地主義の施策と同じことをしている。

    植民地の奴隷には教育を施さず、インフラや産業なども与えず、ただ単に「奴隷身分」を親子代々続けさせて支配する。大日本帝国時代の日本の占領地の政策施策とは全く違う。
    確かに大日本帝国は海外に多くの植民地を持ち、武力によって西欧勢力を追い出して占領したが、その施策は「現地人による自治」を目指して、日本と協力して西欧型植民地主義と戦う事を目指してのものだったと言える。その目標や計画は日本の敗戦で頓挫し、結果として「日本に占領された」という事実だけが残って今に至るが、多くの現地政治家や有識者たちは日本帝国の遺志を継ぎ、戦後に次々と独立を果たしている。また、それに協力した日本人も沢山現地に残っていたのもよく知られるところだ。

    西欧型植民地主義の施策そのままに教団を維持運営し、天理教貴族となった上層部には末端の奴隷扱いされている信者たちの苦悩や苦痛などは全く理解できないだろうし、知ろうともしないだろう。教組様の教えを深く考える事もせず、親から受け継いだ貴族としての立場や身分での話しか出来ないのだから。

    下の者が何を言った所で、上級が自らの既得権益や立場を捨てる訳がない。
    こういう事を考えるのも、下がいなくなって自らの収入や立場が苦しくなった時だけだろう。
    こんな状況だからこそ、教祖様の「下からせり上がるのやで」という言葉を改めて考えさせられる。

  5. さっちん

    自由の翼 様

     今日はお元気なんですね。昨日は
    >両親の待つ天国に旅立つ時が参りました。さようなら、皆さまへ。
    なんて書かれてたので、ちびっと心配しましたよ。
    で、そのすぐ後に、「出てこいや!オバハン!」ですから、、大笑いさせて貰いました。
    吉本に行かれたらよろしいのでは?

  6. 核心

    現教団は教祖の教えからの乖離が酷すぎる。まるで、神がひたすら金を要求しているようにも見えてきて当然である。真実という言葉は、すべて金に置き換えられ金を多くお供えする者が助かり、金の金額が少ない者は助からないということなのだ。今や天理教の教信者一同は、金をお供えする信者を増やし1円でも多く上級、大教会へ献納するためにおいがけ、布教を推奨されるのである。
     天理教に入信さえすれば、悪いんねんが切れ幸せな未来が待っているかのように見せかけ巧みな話術で信者を先導していく、まさに悪循環のスパイラルが存在している。

     皮肉にも、教祖の本来の信仰を続けるには天理教団からの離脱以外にないのが現状である。
    一般信者であれば、天理教と手を切ることは容易ではあるが、教会で生活するものにとっては教団教理から逸脱することは、容易ではない。それは、土地建物までも教会本部名義に変更されており、生活の基盤がそこにある以上離脱することは、そこに住む権利を失い家族を路頭に迷わすことになるのである。
     教団の異常さに気づいたところで、仕事経験のない中高年、老年の教会長家族は容易に仕事も見つけることはできない、まして今まで全てをお供えしてきているので貯金なんてあるわけがないのである。
    真面目に教団の言うことを信じたつけが、この結果である。
     今後、こんなおかしな教団が滅びていくのは自明の理であろうと思われる。

  7. スギオ=ナミ

    現真柱はこれまで度々、『教えに自分を合わすのでなく、自分の都合の良いように教えを利用している人たちが多いように思う』というような話をしている。道の現状はまさに、この一語に尽きるのではないでしょうか。

    私たちは心の自由を与えられています。
    それを神はニヤニヤ、もといニコニコして見ているのです。

    この世で頼りになるもの、それは自分の心だけです。
    人さんメドウでは、いけません。
    神さんメドウで、いきましょう。

  8. 匿名

    このサイトで以前の記事[文書活動の低迷は天理教の知的劣化か]と疑問系でありますが、カネカネ統領の発現を聞けば一目瞭然でした。[知的劣化か?ではなく知的劣化してます。]とのタイトルの記事をサイと運営者の方に今後期待します。
    真柱の知的劣化!表統領の知的劣化!そもそも劣化でなく元々知性があったのかも疑わしい。彼らの知性があるならこの教団はこのような状態にはならなかった!中山家は責任を取って辞めれば良い!
    それにしても真柱や表統領、発言を知るととんでもない状態です。これはもう宗教ではない。中山家のお家信仰です。しかも教祖を悪用し金銭によるお供えをさせようとは不届き千万!愚の骨頂!
    本部は各信者や各部内を馬鹿にし過ぎです!いい加減やり返してやりましょう!本部にお供え上げなくてもいいです!心定めの金額だけ提出して、本部に納めるのを止めましょう!そうすれば本部は破綻するでしょう!
    皆さん心配しないでください!本部が潰れてもおやさまは御存命です!
    カネの亡者中山家を天理教団だから追い出しましょう!

    文書活動の低迷は天理教の知的劣化か
    http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=1149

  9. 核心

    教団の現状を露呈し批判すれば、必ず教団擁護派と不毛の議論が繰り返される。人が目標か、神が目標かという言葉を引用し、あいも変わらず神様がなんとかしてくれると言うである。

     そもそも、神は天理教教団を作るために教祖の口を通して教えを説いたのではない。それが、いつの間にか教団ありきの教祖の教えとなってしまっているのだ。
     また、自身が神でもないのに神がニコニコしているということがどうしてわかるのであろう。自分の気持ちと自分なりに解釈した教理からの意見ばかりのように思われる。教祖の言った言葉は、万人に当てはまるものもあれば、その人個人に言った言葉もあるのである。そこをなんでもかんでも教理をひっつけ万人に当てはめて言うと本来の教祖の意図からのズレが生じるのである。

     もっと、冷静に周りを見つめ教理をもっと深く掘り下げた時に果たして、本来の教祖の教えはこんな教団存続のために使われていいものか考えるべきではないのか。もし、この教団が神によって承認されており至る所で、不思議な珍しい助けが行われ社会的に必要不可欠なものであるのなら、あっという間に70億人の人々は教団を通じて親神の存在を知り、人間生活を営む上で何よりも大切な信仰となるのである。
     しかし、現状として数十万人の信者しかいない上に教団の強勢は衰退している姿からは、神が喜んでいるなんて姿は想像しにくいと考える方が自然ではないのか。
     
     

     
     
     

  10. 匿名で。

    >心定めの金額だけ提出して、本部に納めるのを止めましょう!<
    まったくその通りです。お供えしないのが一番の近道でしょう。

    全国の心ある教会長さん。今後お供えを上に納めるのは止めましょう。親神と教祖は我々、純粋に真実を求めている者たちの応援に回っています。現教団を「どうにもならない所」にまで衰退に導いてくださっているのですから。

    真実も誠もなく、表統領のわが身思案から出た、「金を出せ発言。」
    「命のつなぎ」とは単にオブラードに包んだだけ。
    本心は「お供えが毎年10億円づつ減っているんだ。我が息子大亮の将来が淋しいではないか。真柱の父として、俺と大亮の輝かしい将来が、幻になることだけは阻止しなければならない。」そう思っているのです。見え見えです。

    あれこれ上手に言っているけれど、御恩報じとは詰まるところ、「お供えせよ」なのです。これ以上人々を苦しめる教団は社会にとっても害毒です。
    心ある人たちから立ち上がり、教会はお供えをストップしましょう。そうして中山・中田本部を破たんに導き、振り出しに戻し、一から出直せば(一度死んで)良いのです。

  11. 匿名

    匿名で。
    2016年12月27日 10:39 PM

    真柱体制がそもそもの間違い本席を追い出し挙句の果てには金の亡者!おやさまも中山家の金の亡者ぶりに嘆いてたし[中山=真柱=金の亡者」と認識でいい状態だな!もう真柱制度を廃止して本席を復活させましょう!真の天理教の信者は脳無し真柱や本部員の話なんかもう聞きたくない!本部の脳無し真柱、統領、本部員どもこれから各地から反乱が起きるからよく見とけよ!これは神の成す技、上と神の戦いどちらが勝つかな?脳無しでもこれぐらいわかるだろ!

  12. 匿名A

    紙面を重ねてすいません。記事以外のコメント・ご意見はこちらに欄に投稿したものを再投稿します。

    匿名A
    2016年12月27日 9:49 AM
    1955年(昭和30年)天理高校二部に入学した大教会直轄教会の常詰の子弟は天理教いちれつ会の四種扶育生だった。詰所勤務に決まっていて、入学時に教会長に次の言葉を投げかけられている。
    「勉強などどうでもよい。詰所で4年間修行してこい。分かったなー。」この言葉が天理教の若者に対する全てを表しているように感じる。
    ちなみに、この知人(二部生)は云っている。詰所では掃除洗濯は当たり前。遠くに帰る教会長の切符買いまで。切符ぐらい自分で買えばいいのにと思ったとも。正に会長が云った通り、クタクタで学校に行っても勉強どころではなかったそうだ。何度も学校を辞めようと思ったが、教会常詰の父母を思うと出来なかったと述懐している。

    教義を教えるどころか、丁稚奉公と何ら変わらい扱いだった。そして後に会長曰く。高校を出して貰っただけでもありがたく思え。
    この知人は、教会を飛び出し、苦労を重ねた末に適職を得て定年まで勤め、今は悠々自適に暮らしている。もちろん天理教とは何の縁もゆかりもなく。
    お金のお供えが「命の繋ぎ」だと。よくぞ云えたものです。.

  13. さっちん

    T 様
    >「幸福と不条理は同じ一つの大地からうまれた、二人の息子である。この二人は引き離すことはできない。」私は、陽気ぐらしとは、喜び、悲しみ、憎しみ、全ての感情を、ありとあらゆる、経験、悲惨、を受け止めて、人生の最後に振り返って味わうものなのかと思う時があります。

     T様は、知識、教養豊かな方で、私は、自分がそこらへんのことには疎い人間ですから、T様のような方には否応なく傾倒してしまいます。(すごいな~、何書いてるか、難しくてよく解んないけど・・・笑、という状態です。)
     上記のお言葉も、深い含蓄のあるお言葉ですが、異見、という程ではないのですけど、「陽気暮らし」が、人生最後に自分の人生を振り返って味わうものでしかないとしたら、ちょっと寂し過ぎます。人生を陽気に通る為でないと、宗教の教祖の教えとして、値打が無いのではないでしょうか。何の為の教祖の教えかと思います。教祖本来の教えを、正しく理解していれば、大雨が降り、強い風に吹きさらされ、嵐に遭おうとも、陽気暮らしを味あわせてくれるものでなければ、信者が付いて行くことはないでしょう。
     教団の教えが教祖の教えを歪曲したものであり、陽気暮らしどころか、陰気暮らししかできないのが、今の天理教であると思いますが、陰気暮らしの教えを撒き散らしている教団の力が無くなり、教祖の本来の教えが正しく拡がった時には、信者達に、陽気暮らしというものを、「人生を通して」味あわせて頂けるもの、と思わなければ、中山みき様は何の為のご苦労だったのか、と思います。又、そのような教えであって欲しいと思います。

  14. さっちん様
    お褒めいただき有難う御座います。私こそ、中年になり、貴方様のように何者をも恐れない、勇気と正義を忘れかけている者にとって、貴方様は、眩しい感じが致します。天理教は現世利益の宗教であると思います。しかしながら、教理に対する理性的なアプローチに欠けているのだと思います。人間の暮らしには、喜び、悲しみ、怒り、絶望などが内包されます。それを、たんのう、けっこうで陽気暮らしに強引に転化しようとする教団の方向性と、一般庶民の置いてきぼりにされた、感情の軋轢がこのブログに見て取れます。教祖の教えが正しければ、怒り、悲しみ、絶望(負の感情)も陽気ぐらしのの重要なパーツであるはずです。しかし、私はその感情に正しく向き合う事が苦手です。たくさんの天理教批判を書いてきましたが、いざ教団が混乱し始めたとき、私は、古い教会長様をはじめとする、沢山のここに、集われる思慮深い皆様方を傷つけた事に、生活基盤を怪しくさせた事に向き合わなくてはならないだろうと思います。いつも、仕事の昼休みに書いておりますので、時間に左右されております。さっちん様、皆さまお体ご自愛下さい。よいお年をお迎えください。

  15. さっちん

    T 様
     いえいえ、私もおばはんですよ。年は言いたくないですけどね。(笑)
    それに勇気と正義の人でもありません。投稿には、こうありたい、こうするのが良いのではないか、との願望、思いも入ってのことですから、勇気と正義は何割か差し引いて頂きたいと思います。(笑)
     来年も又、T様の貴重なご意見を楽しみにしております。T様のご意見は、おおいに啓発されるものです。

  16. 大前提は

    教祖や本席の様な人間達が大勢現れてヨロズタスケを勤める為のお地場なんだから、真柱はとっとと天啓者を用いなきゃダメなんですね。

  17. スギオ=ナミ

    先日の私のコメント、御理解いただけない方が多いのかもしれませんね。
    日本語が拙い私が悪いのでしょう。
    私は教団側に立って意見をしたつもりはなかったのですが。

  18. 匿名

    スギオ=ナミ様

    教団側に立ってるなんて全く感じませんでした。仰る通りと思います。

    >私たちは心の自由を与えられています。
    >それを神はニヤニヤ、もといニコニコして見ているのです。
    神様は、ニヤニヤ、ニコニコ、クスクス、ホクホクしながら、人間の陽気遊山を楽しみたいと思っておられるでしょうが、
    今の天理教の状態では、神様はきっと、悲しんでおられるのではないか、と思います。

  19. 定詰とアルベールカミュ2
    明けましておめでとうございます。前回、話が乱暴な終わり方で失礼致しました。お詫び申し上げます。「幸福と不条理は同じ一つの大地から生まれた、二人の息子である。この二人は引き離すことはできない」。身分の違いにより、会長宅のおもちゃ部屋から、真冬の土砂降りの雨中に、裸足で放り出されるのは不条理です。また、どんなに勉強ができたとしても、また、将来電車や、バスの運転手になりたいとして熱望しても、真柱や、大教会長にしかなれないのも不条理です。また、天理教に関係なく、将来の希望を見つけて職を得るのは、幸せであり、また、不況にあえぐ世間を尻目に、身分により、衣食住の安泰があるのは幸せです。幸福と不条理は光と影です。もし陽気ぐらしが、幸せを中核とするならば、夜の暗闇にろうそくのあかりが映えるように、不条理を背景に、幸福は映えるのではないのでしょうか。幸福続きの人生があるとするならば、(実際そのような人生は、成立不可能と思われますが)昼間にろうそくの明かりが見えにくくなるように、幸福感へのハードルは上がっていくでしょう。不条理に真剣に向き合う事で、陽気ぐらしが浮かび上がる、「怒り、悲しみ。絶望も陽気ぐらしの重要なパーツであるはずです」まさに哲学的展開となります。カミュは、ここで、自主的に、主体的に誰にも指図されることもなく、不条理を飲み込むことを勧めます。神の指図をも退けて、「人間のものはすべて、ひたすら人間を起源とすると確信し、」この世界に支配者はなく、自分の人生の支配者は自分である自覚と喜びを訴えます。(ブログ主様の座右の銘 Gott ist tot=神は死んだ(ニーチェ)も、教会の権威と戦い、人権を確立させていったヨーロッパの哲学的伝統と、主体的に生きてほしいというブログ主様の主張が読み取れます)
    重要なことは、たんのうせよ言う人間に絶対に左右されてはいけない、自分と、自分の心の内にいる神だけが、自分にたんのうせよ、と唯一いえる存在であるとゆう事ではないでしょうか。。まさに、信仰は極めて個人的なものであり、他人に強制できる物ではなく、自分も強制させられる由縁は無いと言う事です。

  20. 超常現象

    教祖・本席が顕した霊救現象・超常現象についての議論が沸き上がってこないのは何故でしょうか?

  21. 末端教会子弟

    >教祖・本席が顕した霊救現象・超常現象についての議論が沸き上がってこないのは何故でしょうか?

    そんなモノは無かったからです。

  22. 超常現象

    他人の過去生、前生を話していたり、霊媒現象などが出てくる、お指図などは、何でしょう?

  23. 末端教会子弟

    >他人の過去生、前生を話していたり、霊媒現象などが出てくる、お指図などは、何でしょう?

    「みかぐらうた」と「おふでさき」の何処にありますか?
    霊媒現象などが出てくるお指図とはどれでしょう?

  24. 末端教会子弟

    ↑ 現在でもよくある「お祖父ちゃんにそっくり、生まれ変わりみたい」とか「〇〇の叔父さんと瓜二つ」とかいう雑談レベルの話ですね。

    遺伝子は親から子、孫へと伝わるのですから、親戚の誰かと似てるなんて当たり前にある雑談です。
    生まれ変わったとされる本人が、本人には知りえない前生の人の事を正確に言い当てたのなら検証する余地があるでしょうが、生まれた赤ん坊や妊娠中の子供のことをあれこれ言うのは、その場の雰囲気です。

    それよりも、「誰かに似てる(生まれ変わり)」という話は、その元の人の性質や性格まで周囲から教育されてしまう事があるので注意が必要です。良い性格や性質ならいいのですが、悪い部分を言われると本人が気にして直らなくなる場合すらあります。

  25. 超常現象

    形無き魂のDNAを調べる方法は今のところないでしょうけれど、千里眼の一部の透視能力なら実験はできるだろうと思います。
    教祖・本席当時も実験をしようとして、叱られたり、驚いて信奉者になったりした方も居られたのではないでしょうか?
    とにかく教祖の全知全能力が凄すぎてかえって不信を買ってしまった場合もあったのでしょう。

  26. 超常現象

    教祖・本席様が、おや神の全知全能力をどこまで体現していたかというはなしも聞かせてほしいのですが。

  27. 横レス失礼します

    超常現象様へ
    いろいろと教祖の不思議な話をお知りになりたいのはよくわかりますが、これはスレッド違い、またブログ違いのご質問です。ここでは天理教の若者の問題が論じられているスレッドですし、そもそも社会学ではそもそも不思議とか全知全能とかいった問題は扱いません。あなたが挙げておられる古老の生まれ変わりの話をいろいろと載せているブログの中で、ご質問なさることをお勧めいたします。

  28. さっちん

    T様 2017年1月4日 12:40 PM
     私の前の投稿で、「T様の書いてらっしゃることは難しくて良くわからないが、感心します」、と褒めてるつもりで書いたのが、取り様によっては、皮肉にも取れるな、と、書き方を反省してました。

    「幸福と不条理は同じ一つの大地から生まれた、二人の息子である。この二人は引き離すことはできない」。という意味、よくわかりました。辛い経験があってこそ、幸福感が、強いものになる、ということですね。
    只、天理教で経験する不条理、理不尽に限っては、天理教の中にいては、これが将来、幸福となって帰って来ることは無いだろう、幸福を感じるとすれば、天理教から抜けた時だけだろう、そう思わざるを得ません。

  29. 東風Z

    若き頃、教会長から云われたこと。

    有給休暇があるだろう。2カ月に一度くらい休みを取ってお参りしろ。ておどりはともかく鳴り物くらい出られるだろう。
    この会長何を「とんちんかん」なことを云っているのだろうと思った。毎月20日の月次祭、民間では経理の締め切りをして支払いの算段、請求書の作成とで残業を3時間しても仕事は終われなかった。
    だから一段落をした21日以降に仕事の帰り道、遠回りをしてまで参拝してお供えもし、月次祭当日に参拝できなかったお詫びも申し上げていても、不機嫌な顔で「ご苦労」の一言もない会長や奥方。
    お前の祖父母は天理教で助けてもらっているんだ、くらいにしか思っていない会長。
    これが天理教の実態です。人助けなんて夢のまた夢の世界です。
    教内の若者に告ぐ。一度は世上の働きを経験してから教会を継ぐなら継げ。1万5千円の約束手形を落とせなくて倒産したところはいくらでもある。一度、官報を覗いてごらん。破産財団すら形成できない、そのような情報が紙面いっぱいに掲載されている実態を知って欲しい。
    お供えをしろと、いとも簡単に云う表統領なんかさっさと引退して。

  30. 末端教会子弟

    超常現象 様

    >教祖・本席様が、おや神の全知全能力をどこまで体現していたかというはなしも聞かせてほしいのですが。

    親神様の全知全能とか、その能力を体現していた教祖様とか、全く意味が分かりませんね。

    仮に、教祖様が「摩訶不思議な超常能力」を持っていたとして、その人物を「ひながたにして辿れ」というのはどういう教えなんでしょう?
    オウム真〇教の「修行して宙に浮く能力を身に付けよう!」と同じでしょうか?
    それならそれで、教祖様以外に「超常能力」を身に付けた、修得した人が出現しないのはどうしてでしょうね?(噂では「愛〇分教会初代会長」は超常能力を持っていたと言われますが、眉唾物です)
    私は天理教の「おさずけ」を拝戴しましたが超常能力は使えませんけど、どうしてでしょうか?

    この記事のテーマに相応しくない内容ですが、超常現象様への質問として書かせていただきました。
    超常現象様からお返事を頂けるなら、『記事以外のコメントはこちら』にお願いします。

  31. 匿名で。

    泣いて助けを求めてきた見ず知らずの女性のこと。

    もはや天理教の教会の門と叩いても、今の天理教では人助けは出来ないのでしょうか。思考回路が硬直していて、昔ながらの教理の押し付けをするだけだから?
    我が教会に助けを求めに来た女性は「誰かに助けてほしいから探し探して天理教の教会の門をくぐったけれど、会長さんに人を助けろと言われた、今の私に人を助ける余力は残ってないのに。喜べと言われた。今の私は喜ぶ気力はないの。苦しくて仕方ないから教会の門をたたいたのに。厳しすぎてもう行きたくない。行ってみたけど心が救われた気がしない。電話帳にもう一つ天理教の教会があったからあなたの所へ来た。助けてください」と涙をポロポロこぼされます。

    苦しみの渦中にいる人間に対して、「傷口に塩を塗る」説法は、昔私も経験して辛かったけれど、今だに変わってないのですね。生身の人間の心の生理を理解も勉強もしていない会長さんが、壊れたテープレコーダーの様に、昔ながらの説法で苦しみに悶えて教会の門をたたく人達の心を更にえぐるのです。悪気はないのでしょうが。

    うちの教会は小さな末端教会、上級教会からのお金の苦労は骨身にしみているので、「お金も、何もいらないですよ。お金がいるとなったらもう来れないでしょ。何も思わずに気が向いた時に愚痴をこぼしに来て下さい。あなたの苦しみ、聴かせていただきますよ。」と答えたら「明日から毎日来させていただきます」と。

    教会上層部の信仰の目標は「本部からの発信」であり、「大教会長からの目標人数・目標お供え金額」であり、人の心に寄り添うという本来教会が為すべき事がおざなりになり、人を助けるという教会の本来の目標が見えていない気がします。目標の「お供え金額」などを発表するのではなく、目標の「心と身体・事情が助かった人数」の発表に変えてほしい。どこかずれてしまった天理教。教団の未来が見えないのは当然のことです。

  32. 超常現象

    教会本部が箱物でなく、よろずたすけの本拠地として人的進化を遂げているかが根本問題でしょうね。
    中山天理教の貯金箱として親里地場があるのではないのですから。人類を心身共に、より健康に安全に善導してゆく自覚の深さと人的資質があるかどうかですかね。
    いずれ現れる神の化身達とまではいかなくとも、その前段階としての、大工とうたわれている、啓示霊能者、神格者の様な方々が必要でしょうね。
    一地方の講元や教会長さんが頑張っても、最後には親里地場におたすけの相談をしたくなるものでしょうしね。
    たぶん教祖・本席様在世中も地方の講元さん達もそうだったんではないですかね。

  33. 匿名で。さん

    その女性が助かることを諦めずに、もう一度だけと匿名で。さんの教会を見つけてくれて良かったです。
    私も、傷に塩をぬるようなことを言われ、ずいぶんと傷つきました。
    若い頃、学生会に参加してくれたことのある未信仰の友人は、私の話を聞き
    「どうして人を助ける教会なのに、そんなひどいことを言えるの!許さない!」と私より怒ってました。

    私はやっぱりお道が好きです。だからこそ、厳しさは求めていません。
    いい時も悪い時も、包み込んでくれるようなあの教えが好きなんです。
    その女性が愚痴をこぼしきり、泣き切った後は、笑顔が戻りますように。
    見知らぬ誰かもそう願っていたよと伝えてください。

  34. はぐれ雲

    1週間ほど前より、半年ぶりに、この社会学ブログ、お供え掲示板にアクセスしてみました。
    半年以前は時々に、別HN・悪魔の鉄槌(ルシファーズ ハンマー)で投稿していた時もありました。
    半年ぶりに、アクセスした理由は色々ですが。

    半年ぶりに、カインさんのブログ記事を拝見し読んでみました。
    投稿欄も、半年分近くさかのぼって、けっこう初期の投稿欄も読んでもみました。
    自身の以前にした、青臭いままの投稿も読みしな。

    カインさんのブログ記事は、本当に伝わるものがありますね。
    もちろんに、社会学をという学識があるのも確かですが。
    カインさんの個人の感情や思考や心情も加えつつ。
    天理教人とも多くの接点を持ち、現場の空気も知り。
    何よりも、カインさんが天理教者ではないからこそ。
    伝わるブログ記事を書き届けることが出来ると思います。
    天理教人では、このような熱量のある、意義のあるブログ記事は書け得ないと思います。
    天理教人は、誤魔化しや、すり替え、逃避回避が大好きですからです。

    天理教の方々に、天理教な大人達の方々。
    今は、お筆先など読まなくてもいい。
    カインさんの、社会学ブログに上がる記事を、文面を、言葉を。
    何十回でも、最初から最後まで読み返して欲しいと願います。
    何を感ずるか、何を思うか、考えて欲しい。

    時々に、カインさんのブログ記事の投稿欄に。
    今回の記事は…どうのこうのと。と声が挙がるときもある。
    カインさんに、直接メールで、カインさん批判や。
    天理教お得意の、お前はわかってない!という声も多く届いているらしい。
    僕には、そのような天理教者の感性は理解できません。
    僕は、天理教者ではありませんから。

    でも、いつまでも、天理教という現実から。
    「神が見ている、神にもたれて、成ってくるのが天の理」などと。
    言い逃れをし、目を背け続ける場合ではないと思います。

    「天理教を信仰する若者には未来がない」
    今回の記事にも、天理教人が考えるべき問題と現実が、沢山に詰まっています。
    天理教のか方々全員に、コピーし読んで欲しい。
    まぁ、そう伝えても、考える切り替えが出来ないのも、天理教人の現実なのですが。

    天理教信仰云々は、別として考えても。
    このような、偏り、弱者を喰い者として成り立つ天理教現状を。
    親として、年輩者、大人として。
    先に産まれ生き行くものとして。
    次世代や若者達に、残す意義は在るのだろうか?

    親孝行だ、継がれていく教えだ、信仰だなどと、言葉をすり替えて。
    理不尽を強要し、人が人を踏みにじり成り立っている天理教を、後世や次世代に残す意義は在るのだろうか?

    天理教の現状は、偏り続けた結果の超高齢化社会である。
    天理教から、若者も年輩者でさえも離れていく一方であり。
    天理教に残される若者には、カルト思考も強要され、偏りも大きくなるだろう。
    苦難や尻拭いを押し付けられ、人生さえも踏みにじられるだろう。
    振り返ったときに、誰のための、何のための人生なのかさえも、わからなくなるだろう。

    そもそも、天理教そのものに未来が在るのだろうか?
    天理教の未来とは、さらにカルト思考が強まる詐欺集団組織の存続…ということになってしまう。
    ならば、社会的にも、天理教人にも。
    天理教は必要ない気もします。

    僕は、天理教が偏りを続けた、腐敗する原因の1つに。
    老執=ろうしゅう、というものもあると思います。
    人は、老いていくごとに、執着が強くなるものです。
    神様が、教えが、いんねんが、ご先祖からの信仰だから、何かあるといけないからと。
    切り替えのできない、年輩者をさらに追い込む。
    そして、子や若者たちまで巻き込もうとする。

    そして、天理教は集団化し。
    親をたてろ、センセイ、カイチョウサンなどと呼び。
    必要以上に、勘違いさせてしまう傾向が強い。
    その反面では、年輩の純粋な信者さん、障害者、諸問題をか抱える人、社会的弱者から。
    平気で、上納金を巻き上げ続けてもいます。

    天理教の若者にも、天理教そのものにさえ。
    未来などない。
    腐敗続ける天理教に未来を残すこととは。
    中山家を筆頭とする、天理教上層部の天理教詐欺集団を認めていくこととなる。
    もちろんに、天理教全体が詐欺集団として、社会から認識されることとなる。
    純粋である信者さんでさえも、疲弊している末端部の方々でさえも。
    同じ括りにされてしまう訳です。

    でも、天理教が腐敗する原因は、末端部にも大きく在るのも確かなのです。
    昔に、末端部に居たことのある自分だからこそ、そう強く思います。

    天理教人に、腐敗する天理教を改革するのは、残念ながら無理だと思います。
    天理教人が、天理教腐敗に関して、思う以上に危機感も問題意識もないからです。
    ある意味、サジを投げているからです。
    上層部を批判する陰口は有るものの、それ以上がないからです。
    でも、それで良いとも思います。
    腐敗する天理教に、何を期待するより。
    カインさんが時々に、伝えるように。
    自己防衛、自己責任も大切だからです。

    天理教人には、何も期待は持ちません。
    僕は、天理教の行く末などあまり興味はありませんし。
    天理教に求めるのは、今までの贖罪であり、謝罪であり、損害賠償です。

    でも、カインさんには、少し期待感はあります。
    天理教というカルトな組織が。
    カインさんの起こす風で、改革の波が起きたら。
    日本の社会にも、話題にも、注目にもなりますし。
    日本に住む天理教関係のないの若者達にも。
    「日本人もまだまだ、改革する志はあるんだ!
    組織は変えることができるんだ!」と、未来の芽になると思います。

    日本社会も、少子高齢化問題は。
    とてつもなく大きな問題として、これからも若者達にのしかかり続けます。
    先に産まれ生き行く大人達が。
    大人の尊厳よりも、子の未来の為に踏み台に成らないといけない時代だと思います。
    大人だからこそ、魅せる行動で示さなければならないときもあると思います。

    若者達が天理教から離れて行くことは。
    天理教な大人達の続けてきた結果です。
    そして、天理教に残される若者に。
    可能性や選択肢を、作ってあげることが。
    今の天理教人の役割でもあると思いますし、そうあって欲しいと願います。

    この場所が。
    天理教内外の、多くの声が届く場所であって欲しいと願います。

  35. 匿名で。

    真さま。
    ありがとうございます。そう伝えます。その女性は今日も来られて胸の内を吐き出され、私の手を握り、その後私のほっぺたを両方の手で10回位さすってくださり、「ありがとう」と言って、帰って行かれました。心からよかったと思えました。

    私の心は温かい教祖の御心こそ、頼りですが、今はすっかり教団からは心が離れてしまっています。ですから上にはお供えもしていないです。信者さんからお金は頂かない。そう決めています。だからこそ、自由に、教会活動が出来ると喜んでいます。その女性のおかげで、今日も気持ちのよい朝がスタートしました。感謝です。

  36. 匿名

    匿名で。 様
    >今はすっかり教団からは心が離れてしまっています。ですから上にはお供えもしていないです。信者さんからお金は頂かない。そう決めています。だからこそ、自由に、教会活動が出来ると喜んでいます。

     上にお供えをしていない、とのことですが、上からは何も言われないのでしょうか。匿名です。様のされていることは、教会長として、教祖の教えを体現しておられる、教会長として、立派なことと思いますが、なぜ、そのようなことが可能なのですか? 匿名。様のようにしたいと思っても、上からの圧力によって、お供えも、心ならずもさせられている教会長さん方が、殆どと思われます。差支えないようでしたら、お教え頂けませんでしょうか。

  37. こやま

    勝手な推測ですが、「匿名で」さんが強い態度をとることができるのは、居住されてる教会の土地建物を宗教法人登記されてないのでは?
    自分の所有物件として固定資産税を納めていれば法的にそこは私有財産ですし、大教会や教団から脅されたり退去を迫られることもありません。
    私の親族は、働きながらの教会運営なので昔からそのようにしています。
    後継者の叔父が警察を定年退職した際に、大教会長が直接!退職金のお供えを促してきたのですが、その妻が撃退してました。当然です!
    教会の名前をお返ししますと言ったら引き下がったそうですよ。

    某コングロマリット企業で働く友人が「ほとんどの人は、宗教とアプリケーション(ヤフー等)は最初に触れたものから離れない」と言い切ります。
    私も結婚を機に末端教会から脱出できたのに、夫の転勤先で見つけた教会につい参拝してしまいます。
    しがらみのない気楽な信仰上のお付き合いなので、このスタンスは気に入ってます。

  38. 東風Z

    教会長がお供えを断り切れない最大の理由は、教会不動産の法人登記も一因ですが、より大きな要因は、大教会長との姻戚関係にあるのではないでしょうか。以前、私が関係していた大教会は、直轄教会の3分の1を上回る教会が大教会長と何等かの姻戚関係にあって、がんじがらめになっています。えっ?。あの教会長も大教会長と血縁関係にあったのとビックリするやら、驚くやら。第一に教団本部もそうでしょう。
    いいことなのか、どうかは知んないけれど、ちょっとした出来事が瞬時のうちに広まってしまいます。
    宗教家は、信者との直接の会話を含め関係事は、絶対に他に漏らさない心構えが一番重要です。そのような基本が守れない天理教は最早、宗教ではありません。

    一例として、実際に聞いた話を書いておきます。
    大教会長のご分家の娘が他の大教会長の息子と結婚しました。そして生まれた子供を舅に抱かせない。大教会長の奥さんがストレスが高じてノイローゼ状態になっている、と聞きました。
    何の関係も無い私の母にこの話が伝わってきて、さらに、母が私にこの話をしたのです。私は、この話を妻を始め成人をした子供たちにも話していません。全くもって恐ろしい出来事です。
    いい話ならばともかく、このような世間体の悪い話が広まる天理教の世界って何なのと云いたい。
    お供えの話から話題がそれてしまってゴメンナサイ。

  39. 匿名

    東風Z様

    >宗教家は、信者との直接の会話を含め関係事は、絶対に他に漏らさない心構えが一番重要です。
    そのような基本が守れない天理教は最早、宗教ではありません。

    そのとおりですね。人の相談に乗る立場の宗教家であれば、当然の倫理だと思います。

    色々な人を見ていて、つくづく思います。
    どんな人やどんな出来事を見ても、様々な見方や解釈、対応の仕方があるのだと。

    真に思いやりのある人は、常に相手の立場に立つことが出来、深く知りもせず、
    個人のプライバシーに関わるようなことを、軽はずみに当人に不利になるようなかたちで
    口にすることはしない。
    問題があれば、陰口を言うよりも、当人と一緒に真剣に考えることが出来る。
    自分に関係がなければ、東風Zさんの様にそっとしておいてあげられる。

    意地の悪い人間、歪んだ人間は、標的にしやすい人を見つけては欠点を探し出して注目し、
    嬉しそうに悪口を広める。自分や自分の身内さえ利があれば他人の迷惑などどうでもいいのでしょう。

    表面的に人当たりが良いとか、親切な振りをしていても、こういうことろで必ず真の人間性が出ますね。

    真実とは、実はとてもシンプルでわかりやすいものなのではないでしょうか。

    こんなことを言っていた人がいましたが、その通りだと思います。

    思いやりのある人からは、思いやりのある行動、思いやりのある言葉が出ます。
    意地の悪い人からは、意地の悪い行動、意地の悪い言葉が、
    ひがみっぽい人からは、ひがんだ行動、ひがみの言葉が、
    裏表のある人は、表でお世辞や媚びへつらいを、そして影では悪口や馬鹿にする行為をするなど、
    その人の行動と言葉が、その人そのものを表現しているのです。
    いくら表面的に肩書きがあろうと、人当たり良く優しい立派な言葉を話していようと、
    質の良い人間が、陰口を広めたり、意地悪な態度、裏表のある態度をとることは100%ありえません。

    村社会化してしまった組織の中では、こういうことを目にしたり耳にしたりする機会も多いと思いますが、
    積極的にそういうことをする人は100%「質(タチ)の悪い人間」と判断して間違いはないと思います。
    宗教者としての表面的な仮面より、こういう言動にこそ人としての本質が表れるのではないでしょうか。

  40. 匿名で。

    お供えを拒否できる環境になったのです。
    上級教会の会長さんが新婚で出直され、現在後に残った元一般人の若奥さんが現在会長になっておられます。

    それまでのいきさつですが、その一般人の奥さんが会長死後、教会会計を見てびっくり。借金が相当残っていたらしいのです。その教会と上級教会は親戚関係で、「10年かかるか、20年かかるか、借金返済がすむまで、お供えは出来ない」という若奥さんの強い要求をのんでいるのです。次期会長候補である来たばかりの若奥さんに逃げられるのを恐れての事情もあったらしいです。私たち末端教会は激しいお供え地獄を味わってきたのに、親戚関係ならどうにでもなるのね、というのが、率直な感想です。(私の場合はこの親戚関係がラッキーな方向に動きました。)ですので私も筋を通しているのです。

    幸い私は仕事をしてきましたので、わずかな蓄えと、わずかな年金があります。家族一同骨身にしみた上からのお供え要求を信者さんに言う気持ちが湧くはずもなく、またお供えで助かるという信念も一切ないので、自信をもって自分の出来る自分流のお助けをしようと思っています。信者さんの数が増えなくても、結構。一人の人を丁寧に支えさせていただきたい。そんな気持ちで日々暮らしています。私ができる事なんて、微々たる事ですので、後は親神様が助け上げてくださる、そう思って教会間での見栄は気にしないことにしています。年末に教会同士の「競争一覧表・数字の結果表」を全教会にばらまかれますが、「それが何か?」という涼しい顔をしています。

    数名の信者さんが昔から自発的にお供えをされますので、年会費や、支部会費、巡教お礼等は今のところ出来ています。大教会巡教時のお礼等は上級が指示する金額を聞いてはいますが、敢えて勝手に減額しています。上級が何か言ってきたら「無いものは無いし、少し助けてもらえませんか?」と言ってやるつもりです。

    権利関係ですが、初代の意向で土地建物、全て本部にお供えしました。死ぬまで要求されるであろう年会費等は、信者さんが近い将来ゼロになりますので、そこは諦めの境地で「家賃」と思って年金から出すつもりです。

    私にとっても、子供たちにとっても、まさに「実家がなくなる」当事者です。お供え掲示板に書いておられた方と同様に私もこの実家を出る時、「虚無感」にさいなまれる時がくるのでしょう。

    末端教会に育って、改めて思う事は、本部、大教会、上級教会は信者や、部内教会からのお供えに頼る事無く、自分の生活の維持は独立独歩、自前の生活力を持つべきだと言うことです。人助けと言いながら矛盾に満ちた組織の中で、ピントのずれた活動にエネルギーを消費し、本質的な人助けの仕事が出来ていない、「存在の意味をなさない団体」だと言うことです。

  41. 東風Z

    2017年1月7日 12:26 PM
    匿名 様

    そうですね、村社会は有ること無いことが話題になりやすい雰囲気にありますね。天理教という狭い社会で、親戚関係にあると尚更なのでしょう。
    そのような雰囲気のなかにおいて、仰るとおり相手の立場に寄り添ってのみ解決のお手伝いをさせていただくことが何より大切ですね。良い勉強をさせて頂きました。
    ただ、教団の現在の在り方に疑問を呈する方々が多く、このブログに登場する様々の問題点を指摘する意見と云いますか、建議は悪口とまでは云えないと思っています。その意味から教団の執行機関の長という立場に居られる方々は真剣に聞いていただきたいと思っています。
    教会という所から嫁姑の話が漏れ、しかも人物まで特定できる話が聞こえてくることほど悲しいことはありません。

  42. 匿名

    東風Z様

    >教団の現在の在り方に疑問を呈する方々が多く、このブログに登場する様々の問題点を
    指摘する意見と云いますか、建議は悪口とまでは云えないと思っています。

    もちろん、東風Z様のおっしゃる通りだと思います。

    悪口は一個人の悪意や意地悪な心から生まれるものであり、
    その目的の多くは相手を貶め、逆に自分の立場を卑怯な形で有利にする為であることが多く、
    建設的な改善や相手の幸せなどは願ってもいないことが特徴です。

    しかし、こちらの場で話されているような実体験談や建設的な意見は、例え辛口であっても
    次元の低い「悪口」などとは、当然ですが一緒には出来ません。
    全く逆で、理不尽に人を不幸にするような矛盾に光を当て、皆さん真理に照らして物事を考えるという
    大切なことをしており、そこには、今までの経験で傷ついて来た心や矛盾に対する恨みの気持ちこそあれ、
    単に人を傷つけるだけの次元の低い悪意や意地悪さなどは存在していません。
    むしろ、そういうことの犠牲にならない為に、身を守る為に、体験を分かち合ったり、意見交換をしている
    という要素の方が多いのでは。

  43. 東風Z

    2017年1月7日 11:34 PM
    匿名 様

    二度に亘るご返信有り難うございます。

    以前、古い教会長さんが仰っていました次の言葉に信仰させて頂く意義が凝縮されていると思っています。
    >本来は高低のない世界(平和)たすけの教えであるのに、教内に厳然たる身分制度が出来上がっている。悩める人>たちに、いろんな情報を提供して本来の陽気な教えに復元したいのです。

    今時、道路にバナナの皮が落ちている光景は見かけませんが、それでも落ちているのを見かければ拾って近くのゴミ箱に捨てるのも「ひのきしん」だと思っています。大きな人助けはできませんが、少ない余生、このブログと併せて、身近なことからさせて頂こうと思っています。

  44. さっちん

    匿名で。様
    >年末に教会同士の「競争一覧表・数字の結果表」を全教会にばらまかれますが、「それが何か?」という涼しい顔をしています。
     上級教会か大教会かしれませんが、厚顔無恥極まれり、といったところですね。一般の会社の、支店同士の営業成績を競争させるやり方ですね。匿名で。様のように、気にされないのが一番ですが、中には、その「競争一覧表」のために、数字を上げなければならないと、必死にされてる会長さんもおられるかと思うと、誠に気の毒でもありますし、上の頭の悪さに呆れます。そんな、競走馬に鞭打つようなやり方をするより、もっと、他に、会長さん方の心を勇ませるやり方があるでしょうに。
     又、教会を、法人登録してある教会ばかりではないと思いますが、そのような、しがらみのない会長さん方からも、何も異議は出ないのでしょうか?「宗教団体でこんな、教会同志を競争させるようなことは、ふさわしくないですよ。」と言う人は誰もいないのでしょうかね・・・。

  45. 匿名で。

    さっちん様
    文言こそ「競争」との文字はありませんが、このような一覧表をばらまくことで自然と競争意識を持つのははっきりしています。私が頭が良いとは思いませんが、昔ながらの信仰を勘違いしてやっている会長さんたちは、やはり、これを見て「頑張ろう」と思うのです。大教会の思うつぼに、はまっていくのです。疑問の小さな声が上がるのですが、皆「上には素直」をたたきこまれていますので、声になって上にはあがっていきません。本音を腹にしまい込んで、建前信仰の方が多く、みんな嘘っぱちに思えます。やりきれません。私一人がみんなから不思議な目で見られております。

  46. 古い教会長

    匿名で。さま。
    >大教会の思うつぼに、はまっていくのです。疑問の小さな声が上がるのですが、皆「上には素直」をたたきこまれていますので、声になって上にはあがっていきません。本音を腹にしまい込んで、建前信仰の方が多く、みんな嘘っぱちに思えます。やりきれません。私一人がみんなから不思議な目で見られております。

    私も、不思議な目で見られております。
    もしかしたら、大教会も本部の思うつぼに、はまっているのかも知れません。
    真面目な人ほど、思うつぼに、はまりやすいのです。

  47. 末端教会子弟

    >本音を腹にしまい込んで、建前信仰の方が多く、みんな嘘っぱちに思えます。やりきれません。私一人がみんなから不思議な目で見られております。

    みかぐらうたの教え通りの状態ですね。
    「いつもわらわれそしられてめづらしたすけをするほどに」(三下り目五つ)

    嫌味や茶化しているつもりは毛頭ありません。

    「みかぐらうた」や「おふでさき」を素直に読めば、現状の教団組織が「高山」だし、その指示や命令で動く教会長や関係者たちが「から・とうじん」なんだという事がよく理解できます。教組様の教えを我欲や自分の都合で捻じ曲げ、それを恥も外聞もなく講釈垂れて、信者からお供えを取り上げ貧乏にして苦しめているのですから、みかぐらうたの教えに逆行しています。
    今の世間の政治体制や常識よりも封建的な制度と教育(洗脳)で崩壊寸前なのに何ら対策を打とうともしない本部には呆れるばかりです(一部の意見にあるように、信者が居なくなって天理教を解散した方が本部員達には都合がいいからかな?)。

    私自身、地方の末端教会の一子弟に過ぎませんが、自分たちに出来るするべき「めずらしたすけ」を模索し計画しています。とても上級に上げるお供えや神様が必要ともしていない御恩奉仕等する余裕はありません。

  48. こやま

    姻戚関係を忘れてました!おっしゃる通りですね!

    私は保健師兼ナースです。
    実は、15年前に奈良市内で開業してる某精神科ドクターに飲み屋で質問されたことがあるんです。
    「天理教の教会の人や信者って、鬱病の罹患率が高すぎるんだけどさー 本来、心の病を救う役割の宗教が精神状態に悪影響を及ぼすなんて、内部構造に何か原因があると思うんだよねー。うちに来る患者の約半分が天理教の人。」
    私は酔いが醒め絶句してしまいました。
    その先生、善い人柄の方だったせいか精神病患者にのまれたのか現在は閉院されてます。

  49. GK

    私は天理教教会本部で勤めています。
    ひのきしん者2年目です。
    元々勤める前から2年で勤務をやめるつもりでした。
    やめたいということを大教会長に報告にいったところ(やめるには大教会長の捺印が必要)、まだやめるには早いからもうしばらく勤めよと言われました。
    おそらく、やめたら天理教から離れると思ったのでしょう。
    なんでこいつが私の進路を決めてるんだ?
    と思いましたが、聞く耳持たずといった感じで、私が引き下がり、来年からも勤務が続くことになりそうです。
    同僚も同じようなケースが多く、みんな周りもそうだしいっか。というような状態です。
    年々、勤務者が減っているので、各教庁部署や大教会に、できるだけ長く勤めさせるよう根回しがいってるとも聞きました。
    いっそのこと若手勤務者が一斉に辞めて、教庁各部署破綻してしまえと思う程です。

    昨年末も忘年会として各部署たくさん飲み食いしてました。お金はどっからでてるのやら。

  50. 末端教会子弟

    GK さま

    >いっそのこと若手勤務者が一斉に辞めて、教庁各部署破綻してしまえと思う程です。

    「まず貴方が辞めるという行動を起こす」事を期待します。
    大教会長の言うことに引き下がることなく、最後まで正しいことを主張してください。
    願ってるだけ、期待してるだけでは、現実は何も変わりません。
    勿論、他の若手勤務者と語らい、皆で一斉に辞めることが出来るなら最高ですね。

  51. 匿名

    GK
    2017年1月11日 12:05 AM
    勤務者おつかれさん!GK君は正しいよ!何も悪くない!
    勤務者はやめた方がいいよ。まずここでも書かれているように教団の収益は下がってるそれは各教会が金銭的に大変だってことだよね。各教会からのお供えが、本部の経費に当てられている。施設や勤務者の経費に当てられている。良くここのサイトでも書かれているように建物が無駄に多い本部まずそこに無駄な経費がかかってる。それに本部員などの給料よりも勤務者やひのきしん者の給料を減らしてる始末、それにあの表統領、中田善亮が本部が破産寸前だから法人乗っ取りまでして金を作ろうとしてる。現に作ってるのかも?
    つまりその飲み食いは皆さんで一生懸命作り上げた尊い教会を世紀のアホ表統領 中田善亮 が売って作った金なのかもしれないね。
    思い切って勤務者は辞めた方がいいね。

  52. 東風Z

    GK 様

    教団本部の組織図がなく、かつ、あなたがどの部署にお勤めなのか分かりませんので、一般的なことを書いておきます。
    辞めるのは、「退職届」を書いて直属上司に出すことです。この時の注意点は、退職届の宛先です。会社であれば人事権のある人です。例えば〇〇株式会社人事部長殿です。教団では「天理教教会本部人事部長 殿」とか「天理教教会本部内統領 殿」だと思いますが、確認が必要です。
    次に、日付ですが緊急でない限り、退職届を書いた日付から約1ヵ月先の日付に退職する旨を書くことです。
    更に、退職時に「離職票」の交付を受けることです。どのような立場で雇用されているのかが分かりませんので、この部分も確認しておいてください。
    天理教は「ひのきしん」という名目で人を簡単に使いますが、教団本部のような巨大組織では、健康保険を始め社会保険、労働保険の加入は必要最低限の福利厚生です。そのような適用が無いのであれば、なお更、さっさと辞めることです。ひのきしん者からといって福利厚生の適用を認めないのは、人の善意を悪用したご都合主義の人使いに過ぎません。
    なぜかと言いますと、万が一にも「ひのきしん」中に障害を伴うような事故に遭遇すれば、労災保険の適用も受けられず、障害が認定されても障害年金の給付も受けられなくなります。
    GKさんの年齢が分かりませんが、20歳に到達して居られれば、国民年金の加入は必須条件です。それすら適用されていないのであれば、ご自分で国民年金に加入されるべきです。
    天理教は、「ひのきしん」などの天理教用語を自分たちの都合の良いようにあしらって運用している最低の機関です。
    何れにしまして、ひのきしんを辞めるのに大教会長の許可が必要だなんて、公序良俗に違反しています。
    大教会長は、自分の云っていることが反社会的な言動であることが分かっていない、哀れな人です。

  53. 東風Z

    上記の一部を追加訂正して、再投稿します。

    GK 様

    教団本部の組織図がなく、かつ、あなたがどの部署にお勤めなのか分かりませんので、一般的なことを書いておきます。
    辞めるのは、「退職届」を書いて直属上司に出すことです。この時の注意点は、退職届の宛先です。会社であれば人事権のある人です。例えば〇〇株式会社人事部長殿です。教団では「天理教教会本部人事部長 殿」とか「天理教教会本部内統領 殿」だと思いますが、確認が必要です。
    次に、日付ですが緊急でない限り、退職届を書いた日付から約1ヵ月先の日付に退職する旨を書くことです。また、退職の理由は書く必要はありませんが、あえて書くのであれば「一身上の理由により退職します。」と書くことで十分です。
    更に、退職時に「離職票」の交付を受けることです。どのような立場で雇用されているのかが分かりませんので、この部分も確認しておいてください。
    天理教は「ひのきしん」という名目で人を簡単に使いますが、教団本部のような巨大組織では、健康保険を始め社会保険、労働保険の加入は必要最低限の福利厚生です。そのような適用が無いのであれば、なお更、さっさと辞めることです。ひのきしん者だからといって福利厚生の適用を認めないのは、人の善意を悪用したご都合主義の人使いに過ぎません。
    なぜかと言いますと、万が一にも「ひのきしん」中に障害を伴うような事故に遭遇すれば、労災保険の適用も受けられず、障害が認定されても障害年金の給付も受けられなくなります。
    GKさんの年齢が分かりませんが、20歳に到達して居られれば、国民年金の加入は必須条件です。それすら適用されていないのであれば、ご自分で国民年金に加入されるべきです。
    天理教は、「ひのきしん」などの天理教用語を自分たちの都合の良いようにあしらって運用している最低の機関です。
    何れにしまして、ひのきしんを辞めるのに大教会長の許可が必要だなんて、公序良俗に違反しています。
    大教会長は、自分の云っていることが反社会的な言動であることが分かっていない、哀れな人です。

  54. 匿名で。

    GK様
    詰所勤務者、本部勤務者、みな上の都合で尊厳ある個人の人生を振り回されています。仰るように、エンドレスになってしまい、辞めれないと言うのが現状です。私が知っているご夫婦はエンドレスの予想が初めから分かっていたので「年限」を決めて受け、満了日にはきっちり去っておられます。強い心と自分を大切にする心が最も大切です。はっきり言って使い捨てですから、上手に利用されているだけで、大教会長はGK様の将来の責任を持ってくれる訳ではありません。

    GK様も2年と期限を設定しておられるのですから、約束の期限が来たなら、きっぱりと辞めるべきでは?印鑑を押さないとなったら、家出(本部出?)したっていい。私なら約束が違うと言って、荷物をまとめて家に帰りますね。印鑑を押さないのは脅迫であり、パワハラ。
    更にもう1年自らの人生を犠牲にされるのですか?大教会長などは、あなた様の「素直」に対して、感謝も申し訳なさも感じてはいません。失礼かと思いますが、GK様は上にとっては「使い捨て」要員ですから。

    ご自分を大切になさってくださいね。今こうした、人員が各部署、喉から手が出るほど欲しいのです。
    大切なGK様の有限の人生、軽く利用されないで、と切に思います。

  55. 匿名で。

    追加です。
    家出もいいのですが、東風Z様のコメントの通り、社会保障関係のことを忘れてはいけませんね。GK様がより良い方向に向かわれますよう応援しています。

  56. 匿名

    GK
    2017年1月11日 12:05 AM
    腐ってる系統の見分け方教会
    借金してでもお供えしろ という上級 (現在は表統領 中田善亮 も似たような事を言っているので本部が強要していた事が判明)寄付の強要で違法です。意外と君の系統はそうなんじゃないかな?
    真面目にやると本部から離脱した方がいいこの状況、つまり本部が異端だと宣伝してるようなもの(笑)
    天理教教会本部はもう天理教にあらず!異端教教会本部ですね。
    離脱する大教会も出てくるんじゃないかな? 乗っ取り事件の大教会も本部から嫌がらせを受けたんだからもう離脱したらいいのにね。大教会の離脱は前代未聞なので楽しみです!応援してます!離脱して本部と宗教戦争してくれたら天理教もましになるかもね。乗っ取りをとめたと言う事は教理が勝ってると言う事でしょうしそれぐらいしないと現在の贅沢強欲中山家と本部は治らないでしょうしね。そもそも中山家っておやさまの言う事聞いてなかったよね?本席様と喧嘩したり、追い出したりしてさ天理教至上最低な家は中山家なんだよね。その血を引く 表統領 中田善亮 さすが おやさま おやがみさま の裏切り者筆頭の血をひく中山家 こいつら追い出せば天理教はましになるよ!
    中山家を追い出して中山家から天理教を取り替えそう!

  57. 東風Z

    もう一度言います。
    GKさんの所属される大教会長は正直言ってバカと違いますか。いとも簡単にひのきしんをしろなんて云う神経が理解に苦しみます。
    ひのきしんとは言え、労働に違いない。労働者が労働上の災害に逢った時はあらゆる健康保険は使用できません。
    仮に、健康保険を使う場合は事前に加入している保険者に負傷・疾病の事由を申告することが必要です。そして健康保険を使用は出来ても保険者は治療費等の全額を労働保険に請求してきます。使用者(労働者を使っているもの)が労働保険に加入していなければ、保険者はGKさんに請求してきます。GKさんは労働上の疾病につき使用者にすべての費用を請求出来ます。

    仮にですが、GKさんがひのきしん中に高所から落下されて大けがを負われた場合を想定しましょう。
    GKさんを使っている教団本部なり、GKさんを教団本部に派遣している大教会長はGKさんの治療費は勿論のこと、これが原因で就労不能になられたときは、労働保険の給付に準ずる一生の生活保障をしなければならなくなります。
    その金額は、億単位になることが想像されます。教団本部なり大教会長がそのような補償をする保証は考えられません。用済みの人間はあっさりと捨てられてしまいます。天理教内でそのような例を見てきました。

    GKさん、保険の加入状況を確認されて、適用が無いことが分かれば、さっさと辞められることが肝要です。
    GKさんに限らず、労働を伴うひのきしんをされる方は、その辺の事情を考慮してひのきしんに参加してください。

    余談ですが、65歳から約5年間、週に2日出勤の事務をしてきました。従業員は3名でしたが、労働保険は加入していました。
    細かなことを書きます。事務職なのでケガ等の心配はなかったのですが、通勤途上のケガの心配がありました。踏切の線路上で滑って転倒し骨折をしても通勤途上であれば労災になります。労働保険は各個人が加入するものでは無く、使用者(企業なり個人が営業して人を使っている者)が労働基準監督署に届け出て加入するものです。
    ですから、天理教の教会でも常詰さんのような専従者があれば労働保険に加入すべきものと解します。

    以前にも書き込みましたが、天理教はもっと社会の在り方を勉強しろと云いたい。

  58. こやま

    GKさま

    20年前、私は本部勤務を3ヶ月で自力で辞めてます。
    事務職でした。
    まず退職手段を周到に準備してください。
    私は同じ課の方々に退職宣言し、辞表をそこの長に渡しました。海外ボランティアを次の行き先に決めてましたので、その旨も伝えました。
    大教会長の判は、彼女(当時女)が絶対に在宅してる日時を狙って、大教会長宅に直接インターホン押して行きました。
    封筒に1万円包んで押して捺印してもらいました。

    今でも同僚の方々には迷惑をかけて申し訳なかったと思います。
    ですが、彼らはその境遇を自ら選択しているし、私は耐え忍ぶ性格ではなく、極めて正しい判断でした。

    私は12才から様々なバイト経験者です。
    天理教教会本部が人生至上最悪の職場環境だったので早々に見切りをつけただけです。
    勤務初日から違和感がマックスでしたよ~
    権威主義、男尊女卑、意味不明の上下関係、男達へのお茶くみ、すぐにガラパゴスだとわかりました。
    猫かぶりして、期待をこめて色々様子を探りました。
    しかし、何ら学ぶべきものがないことは明白でした。

    教祖殿の詰所に教服姿の課長?に呼び出されましたし、中傷や批判にさらされました。
    私は全然平気でした。
    何を言われても、ふんふんと神妙に頷き、きいてるフリを決め込みました。意思強固で臨んで下さい。
    GKさん、後のイザコザも放棄できるし、海外逃亡がベストですよ。
    ほとぼりが冷めたら帰国すればいいんです。

    いちれつ会の扶育(奨学金)を頂いたことは紛れも無い事実です。私は心底感謝しています。
    だから、欠かさず天理教にお供えし続けています。

  59. こやま

    追記

    上役の人達との面談は、違法ですが、後の保険としてこっそり鞄に忍ばせたテープで録音しておきました。
    今は携帯電話で余裕でしょう。

  60. 定詰とアルベールカミュ3
    Gk様、匿名様、東風Z様記事、拝見しました。自らの運命を他人に握られる不安、不条理、察し申し上げます。カミュは著書「シーシュポスの神話」の中で、「人間のものはすべて、ひたすら人間を起源すると確信し、盲目でありながら見ることを欲し、しかも、この夜には終わりがないことを知っているこの男、彼はつねに歩み続ける。」とシーシュポスを描写しています。神と人間は絶対関係にありますが、人間と人間は、相対関係にあります。天理を離れてもう何十年にもなる私は、細かい教理どころか、おてふりも怪しい状態ですが、教祖が望んでいた事は、とてもシンプルであったと、覚えております。それは、天理王命の名を広める(神名流し)事と、陽気ぐらしの実現だったと思います。(沢山の解釈があると思いますが、ここでは便宜上そうさせていただきます。)教祖が、中山家の財産を捨て、家族をも犠牲にして神名を知らしめたのですが、現状の、中山みき個人崇拝とそれに便乗する縁故主義(ネポティズム)は、本人としては望んでいなかっただろうと思います。つまり、縁故主義は、人間のもの、教会も系統もひたすら人間のものであり、人間のものは、すべて人間の内で片を付けるべきであるということです。ですから、本部を、おやめになるときは、法律と人間の習慣、礼儀に沿いながら、粛々とおやめになるべきです。神の名をかたり、妨害が入るならば、これは人間の事情であって、決して神は関係ないと示すべきです(時には、公の機関、法律関係者を介して)。我々は、神に対して盲人に等しい(盲人でありながら見ることを欲し)ですが、その存在を心の内に認めます。そして、ありとあらゆる、理不尽、不条理とぶつかり争い、時には解決し、時には不条理を飲み込み生きてゆく(しかも、この夜には終わりのないことを知っているこの男、彼はつねにあゆみつづける)のですが、焼けた鉄棒を、素手で握るような人生に、真摯に向き合うことで、一杯のビールが命の水と感じる夜もあります。

  61. 匿名

    東風Z様
     ひのきしん者は、労働者と認定されますでしょうか?
    ひのきしんとは 【天理教に対する無償の奉仕活動。基本的に信者は手弁当で参加する。】ということだそうです。
    http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a4%d2%a4%ce%a4%ad%a4%b7%a4%f3

    そして、「労働者」の定義としては 
    【労働者とは,労働基準法第9条によれば,「職業の種類を問わず,事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で,「賃金」を支払われる者をいう。」とされています。
    この労働基準法9条の定義する労働者に該当しなければ,労働基準法の保護は受けられないということになります。
    まず,労働基準法上の労働者に当たるかどうかについては,職業の種類は問われません。
    しかし,労働基準法上の労働者というためには,事業や事務所で「使用」され,かつ,「賃金」を支払われているという要件が必要となってきます。】
    http://www.mibarai.jp/roudousha/

     ひのきしんが、無償の行為なら、労災保険も雇用保険も適用されないことになります。天理教災害救助隊のひのきしんの方々は危険な災害地域へ派遣されて活動をされていますが、彼らは労災に入らせて貰っているのでしょうか?もし、労災に入らせて貰っていなくとも、災害補償の任意保険には入らせて貰ってるのでしょうか?
     「ひのきしん」というのは、うがった見方をすれば(うがった見方をしなくても)、信者をタダで都合よく使う為の、上にとって便利な言葉だと思います。上の人間に、ひのきしん者に労災に入らせる、なんてことは微塵も頭には無いと思います。
     大教会などの青年勤め、彼らの「お与え」も、わずか1万程だと書かれてました。青年さんは、主に教会長の車や、団参の時などの運転手をすることも多いと思いますが、多分、車の任意保険には入らせて貰ってると思いますが、万一事故で重傷を負った場合などの、青年さんの障害補償などは、きちんと付いているのでしょうか?
     そして、青年勤めをされてる青年さん達も、「お与え」Ⅰ万円が賃金と言えるかどうか?
     ひのきしんとは、信者をタダで都合よく使う為に、本部の悪賢い人が、労働基準法などの法律に引っ掛かって損をしたりしないように、考えた仕組みだとしか思えない位で、残念なことですが、ひのきしん者、青年さん、などに、労災は適用されないのではないでしょうか?
     本部勤務者は、賃金が支払われているなら、労災が適用されるでしょうが、
    GK様の、「私は天理教教会本部で勤めています。ひのきしん者2年目です。」
    と、ひのきしん者、とありましたが、もし、無給の勤務なら、労災の適用条件に無いのではないでしょうか?その場合には、健康保険はもちろん既に入られてることと思いますが、東風Z様の仰ってるように、20歳になられているのであれば、国民年金に、是非加入されるようお勧め致します。労働者に認定されていなければ、万一怪我など負った場合、労災からの障害補償が受けられなくても、健康保険、国民年金、両方からの障害補償が受けられると思います。

  62. 匿名

    GK様 
     しかし、国民年金の保険料は、毎月15250円払わねばなりません。国民健康保険料も、安いものではありません。あなたが現在無職の場合には、保険料支払いは負担が大きいことと思います。下記サイト、参考にして下さい。他にも保険料に関するサイトがあると思います。
     
    ※ 国民年金の保険料を納めることが、経済的に難しいとき
       https://www.nenkin.go.jp/service/kokunen/menjo/20150428.html

    ※ 国民健康保険料の減免制度
       http://www.kokuho.info/hoken-keigen.htm
     
     あなたにとって一番良いのは、あなたが、天理教(株)という、タダ働きをさせ、福利厚生も労災も付けてくれないブラック企業から抜け出し、世間に出て一般の会社に就職することではないかと思います。東風Z様が、「将来、天理教でやるにしろ、世間に出て働いてからにせよ」、と仰った言葉に、おおいに同意するものであります。
     社会保険(健康保険、厚生年金、労災保険、雇用保険)をきちんと付けてくれている企業、会社に就職するのが、一番です。健康保険、厚生年金保険料は会社が半額負担してくれます。労災、雇用は会社が負担します。
     天理教(株)のような親心の微塵も無いところに居てはいけません。世間に出て、見聞を広げる方が、あなたの将来のためにも、はるかに良いことである、と思います。

  63. 東風Z

    上記の各位

    より詳しい解説を下さって有り難うございます。
    GKさんもこれからの人生を真剣に考えられることと思います。
    それにしましても、匿名様が仰るように「ひのきしん者」が労働者に該当しないのであれば、法律の保護からも漏れた悲しい立場になりますね。(「漏れる」という、ちょっと表現が悪い部分がありますが、ご容赦ください。)
    人の善意にすがり切った、体の良い人使いが出来る教団にはあきれるばかりです。大教会長も自分の立場を良くすることのみが頭にあって、他人の幸福を慮る気持ちは皆無に近いことが分かりました。
    GKさん、どうか頑張ってください。この場の人は皆さん応援して居られると思いますよ。一般社会を経験されたうえで、信仰を続けられることはGKさんの心次第だと思います。

  64. こやま

    みなさま

    私が在籍した20年前の3ヶ月間、国民年金は天理教が支払ってくれていました。今はどうなんでしょう?
    今日、自分の年金手帳で確認しました。
    思い出しましたが、健康保険証も支給されました。

    今でも非常に胸糞悪いことがあります。
    近畿日本鉄道の莫大な株を保有すると、近鉄の全線が利用できる定期券がもらえるんです。
    親友が奈良県有数の資産家の娘で、それを毎日使ってたので現物を知っていました。
    それが目の前に沢山置かれ、本部員達のためにラミネートしました。
    御自宅や職場にお届けもしたし、おつかいのひのきしん者が取りに来ましたわ。
    「金がない」と毎日のように言われた生い立ちと比較して、こんなの馬鹿げてると思いました。

  65. 健康保険証

    ずいぶん昔のことです。保険証、本部の在籍者と呼ばれている人は「天てい」、教庁の勤務者は「天てろ」(だったかな)。同じ本部でも全く違う組織なのだと、思ったものです。近鉄の定期券じゃなくて、株主優待のフリーパスじゃないですか。ありましたね。そんなもの。買い物であろうが何であろうがフリーです。在籍者の口癖が、俺たちは給料もらっていない。でも、住宅、食事、昔は電話代まで本部持ち。死ぬまで住んでいてもかまわない(勤務者は出て行けといわれて路頭に迷う)。工事・電気関係は営繕部から来て手当、庭木の選定も便宜あり。これも税務上は所得のはず。巡教のお礼の割り当て、冠婚葬祭の謝礼等々、見えない収入も少なくないです。教庁でものを私用するのは我慢できるが、勤務者を私用するのはみていて我慢ならず。。。。いやなこと、だんだん思い出してきて、どうでもいいことまで書いてしまいました。

  66. 匿名で。

    話の流れに沿わない話題ですみません。15日発行の天理時報に、中田善亮氏の「教祖のひながたを順序良く踏み進めて行くことができるよう、しっかり心を揃えて勤めさせていただきたい。」とのコメントがありました。

    この、「順序良く踏み進める」とは、どう理解をすればよいのでしょうか?現状の「人間思案の天理教」では上下の関係を指すのかと思いますが、この期におよんで、まだ、そんな事を強調するのかとあまりの頭の悪さに呆れるばかりなのですが。ろくじに踏みならす気などさらさらないのが、確認できたような気がします。

    それとも、「順序よく」の意味は他にあるのでしょうか?年頭にあたり、信仰の心構えとして改めて考えたいのですが、他の理解の仕方があるなら、どなたかご教示くださればと思います。

  67. 割り込みました

    『教祖の雛形』

    この『順序』は人の序列でなくて、時系列の順序ではないでしょうか。おやさまは『月日のやしろ』と定まってまず『貧に落ちきれ』との啓示により周囲に施しをお始めになった、というのが『公式見解』だとおもいます。だとしたら、『順序』の一に来るのは『人間思案を排した施しの道』となります。しかしながら『施し』は、その対象と範囲を定めるに際して個人では限界があるから、その『対象と範囲は本部が定める』として『一般信者』は『自らが他に施す心定め』をして、『その心定めの分』を『本部に預けろ』。ということではないかと思います。

    悪くとろうとすれば、いくらでも悪く見えます。残念ですが、これが現状ですか。

  68. 健康保険証

    ひながたということなら、割り込みましたさんの前半部ようなことかなと私も思います。
    教祖の施しは困っている人のためのものです。いんねんのナッショウのためにされたわけではありません。そのひながたにならい、身の回りの困っている人に寄り添っていけばいいのであって、本部へのお供えに直結させる必要ないように思うのですが。教祖は本部や上級にお供えなどしてませんよね。中田表統領もきっとそう言うつもりでおっしゃったのでしょう。

  69. 東風Z

    2017年1月13日 5:32 PM
    こやま 様

    お尋ねします。
    在籍者、勤務者、ひのきん者、などの皆さんの組織上の立場はどのような位置づけに居られるのでしょうか。
    一般社会では、日にちに雇い入れられる勤務者(日雇いといわれる方です。国家組織にも結構多いです)、2ヵ月毎に雇い入れられる臨時社員(勤務成績により正社員に登用される方も多いです)、あるいは派遣社員(派遣会社の社員ながら社会保険の適用は無し。労働保険の適用はあり)など、多義にわたります。
    教団本部の人事制度を詳しく教えていただけないでしょうか。よろしくお願いします。

  70. こやま

    東風様

    私は3ヶ月間しか本部勤務をしてないので分類はイマイチよくわかりません。
    在籍者は、本部中枢と家族、+勤続年数が長い人達?
    私自身は、勤務者扱いだったと理解してます。
    弟が大教会の青年をしてました。
    彼はひのきしん者と言われてました。
    国民年金や健康保険も個人持ちで「御与え毎月2万円」でした。大教会長の運転手をしたら、時々、行き先でお礼を頂けたみたいですが。
    前年度の税金も支払えないと嘆いてましたが、彼は社会人を10年経験後に自ら魔界へ飛び込んだ馬鹿なんです。自業自得。
    私は人生転落、破滅だと真剣に反対しましたよ。
    洗脳って怖いですね。
    今は日雇いバイトしながら実家の教会後継者などとほざいて大教会にコキつかわれています。
    私は、彼が分教会を継ぐことは断固認めないと宣言してます。

  71. 東風Z

    こやま 様

    お忙しいところ、ご教授有り難うございました。
    う~ん、やっぱり「ひのきしん者」といわれる方のお立場は厳しいですね。教団は、あまりにも安易に人を使い過ぎですね。人を雇うと言う事は、その人の将来まで考えなければならないのですから、それなりの覚悟をもってするべきですよね。大教会はせめて、国民年金及び健康保険は確保すべきです。
    弟さんも、一日も早く社会人に復帰されることを願っています。ただ、私の知っている部内教会長さんは働きながら会長の務めをされていましたよ。自分の教会の月次祭は何とかされていましたが、上級や大教会の月次祭はオミットされていました。そうでなければ勤務が出来ませんから。その辺のことは割り切って定年まで勤められましたよ。
    頑張っていただきたいですね。

  72. さっちん

    東風Z 様
    >私の知っている部内教会長さんは働きながら会長の務めをされていましたよ。自分の教会の月次祭は何とかされていましたが、上級や大教会の月次祭はオミットされていました。そうでなければ勤務が出来ませんから。その辺のことは割り切って定年まで勤められましたよ。

     懸命な教会長さんですね。上級会長や、大教会長は、私たちの、老後の生活はおろか、年金の心配など、全くしてくれないのですから、(神様のことを一生懸命していれば、何も心配ないよう、ご守護して頂ける、と、そのような、無責任なことしか言わない。)信じてその通りにするのは、あまりにリスクが大きすぎます。会社を辞めて、神様一筋になったところで、将来、もしかすると、生活保護を受けなければならなくなるかもしれない、そうなって場合でも、「悪かったね」、なんて言葉は、上級会長や大教会長は、一切口に出さないでしょう。
     東風Z様の投稿にある、会長さんのように、上がどう思おうと、自分の生活を守り切ることが、大事だと思います。上の思惑なんて気にすることなんかないですし、第一、そんな余裕なんてありませんよ。

  73. さっちん

    訂正です。  懸命な教会長さん  →  賢明な教会長さん

  74. 匿名で。

    >教祖の施しは困っている人のためのものです。いんねんのナッショウのためにされたわけではありません。そのひながたにならい、身の回りの困っている人に寄り添っていけばいいのであって、本部へのお供えに直結させる必要ないように思うのですが。<
    >『順序』の一に来るのは『人間思案を排した施しの道』となります。<

    この道は困っている方たちへの施しから始まった順序であり、また教祖は自分の因縁納消のために施し(散財)していた訳ではないですよね。
    しかしながら、現在本部では、教祖の時代のような人助けのための散財は呼びかけられず、むしろ「自分の助かり」を願う行為に対し「命のつなぎ」と称してお供え金の強要をしてますよね。

    教祖の時代は「人助けのため、困難を抱えている人たちに対して散財しなさい」。
    今の中山教は「あなたが助かるため、本部に対して散財しなさい」。

    実入りが減って、維持費がまかなえない、だからお金がいるとはっきり本音を言えばいいのですが、上手いことを言おうとするから、その浅はかな魂胆が透けて見えるのです。中山一族の将来を憂う善亮氏の人格で彼が前者の意味で「順序」と言っているとは素直に思えないところもありますが。
    ご教示をありがとうございました。いろいろと考えさせていただきました。

  75. 末端教会子弟

    >この道は困っている方たちへの施しから始まった順序であり、

    今でもこの「嘘」を信じている人がいるんですか?
    「施して貧に落ちきる」のが本当の話なら、中山家の家土地財産全て売り払っていたはずですよ。

    みかぐらうたにも、「散財の心を定め、何かに作り取るなら、大和は豊年や」とありますから「皆が頑張って生産したモノを分け合えば、皆が豊かになる」という教えです。
    「施しだけしていては豊かにならない」事は小学生でも理解できます。

    「作り話や嘘の話」の順序守れ、なんていう与太話に耳を傾ける必要はありません。

  76. 匿名で。

    善亮さんの順序のコメント、多角的にご意見があり、考える時間が持てました。教理にうそが多いのは承知していますが、天理時報で彼がいう「順序」の意味は何なんでしょうね。やっぱり上下の順序のことかな?大教会長の集会で「本部第一・お供えよろしく」みたいな事を言っているようですので。

    確かに中山家の今の姿を見ていると、教祖の教えを守って、今以って施し続けてはいません。施すどころか弱者から、金品お供え、不動産に至るまでを、集めにかかっています。勝手都合でまことしやかな作り話や噓話、眉唾で見ないといけませんね。

  77. 古い教会長

    匿名で。さま。
    >善亮さんの順序のコメント
    ああいう立場で生まれ育った人は、順序からいうと、自分は上の立場だと勘違いしているのでしょう。
    大教会にも上級にも、勘違いしている人が沢山います。
    上の立場になるほど、低い心で通らなければならない教えなのですが。

    こかん名義の裁許状が秀司名義になり、金も物も秀司夫妻に入るシステムを作りあげたのです。
    その子孫が今の本部中枢です。

    http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/ofude/ofu1-1.html

  78. さっちん

    >中田善亮氏の「教祖のひながたを順序良く踏み進めて行くことができるよう、しっかり心を揃えて勤めさせていただきたい。」とのコメントがありました。

     これは、中田善助氏の、自らの決意表明、と解釈していれば良いのではないでしょうか。
    「・・・・勤めさせていただきたい。」とコメントされてるのですから。ご立派なことです。さすが、表統領です。 

  79. 古い教会長

    さっちんさま。
    >「教祖のひながたを順序良く踏み進めて行くことができるよう、しっかり心を揃えて勤めさせていただきたい。」
    自分自身が「教祖のひながたを順序良く踏み進めて行くこと」ことなど、サラサラお考えではないでしょう。

    「しっかり心を揃えて勤めさせていただきたい。」というのは建前で、
    「しっかり心を揃えて勤め  ていただきたい。」というのが本音です。

  80. 末端教会子弟

    古い教会長 様

    「しっかり心を揃えて勤めていただきたい」の「勤め」も、教祖様の教えてくれた「かぐらつとめ」ではなく、「上への奉仕とお供えの事だ」とハッキリ書いていただかないと。

  81. さっちん

    古い教会長 様
    >自分自身が「教祖のひながたを順序良く踏み進めて行くこと」ことなど、サラサラお考えではないでしょう。

     解っておりますよ、表統領さんが、ご自分がひながたを踏み進めて行く、なんて気持ちはこれっぽっちも無く、信者達に向けた言葉だということは。(笑) 「お尽くしが命のつなぎ」と言うような方ですから。
     私が書いたのは、善亮氏に向けた皮肉で、そのように思ってればいいことで、無視しましょう、ということです。

     「教祖のひながたを順序よく」というのは、教祖が、人助けのために最初にしたことは、貧に落ち切ること(教団の教祖伝)ですから、信者達も教祖に見習って、ひながたを順序よく踏んで、まず、貧に落ち切る程の心で、本部にお尽くしをしなさい。」と言いたいのでしょう。

     

  82. 核心

    本当にこの組織は狂ってる。本部員には、近鉄全線が利用できる定期券が支給され、住居費、光熱費、全てタダ食事も本部食なら金がかからない。また、本部中枢のポジションにつき厚生年金はもとより月々の給与、ボーナスまでもらい仕事といえば、内容のないつまらない講演をし、昼から酒を食らうという有様。
     大教会長たちは、高級車を乗り回しトランクにはゴルフバックを持ち歩き、中には自分で靴下も履かず女子青年に履かせている輩もいると聞く。
     それに比べ、単独布教師は飯を抜き必死で信者を作るため歩き回り、なげなしの金すら教会に吸い取られ自身の国民年金さえかけていない輩も大勢いる。
     若いうちは、大教会も青年として月1万円で住み込ませ、だんだん年をとり使い物にならなくなったら放り出す。
     それでいて、偉そうに一列兄弟とか人助けとかどの口が言うのか?
    こんな腐った組織、早く潰れろ。
    教祖をダシにして私腹を肥やす、本部員、大教会、中間教会長は本当に必要ない。
    こいつら、マジでいなくなればよっぽど風通が良くなるのに。
    悪が栄えるとはまさにこのことだ。

  83. 皆様方へ
    「ひながた」という言葉は、私は ”泥海こふき” の中で聞いた記憶があるのですが、教祖自身が、「私のひながたを踏め」、あるいはそれに近い言葉をおっしゃたのか、記憶が定かではありません。”この道とおれ”は文字どおり、道の実践により、人生をいさみ、味わい、神と共に喜びそして天理王命の名を広める事と理解しております。(解釈が浅く、幼稚であることに笑われる方がおられると思いますが、ご容赦くださいませ。)もし「教祖のひながたを踏む」という言葉が、教団によって創造された言葉であるのならば、注意が必要です。江戸末期の黒船来航、桜田門門外の変、鳥羽伏見の戦い、維新の時代に、自分の妻が、先祖伝来の田畑を売り飛ばし、施しを始めれば、修羅場となり、家族が過労死に追い込まれるのは当然だと思います。それを、参考にせよではなく、なぞらえよに近い意味での「ひながたを踏む」をつかうのは、非情であるとおもいます。人に実行をせまるのであれば、自分ができているのが前提であり、責任ある人間の姿であると思いますが。私は、教祖自身は、自分自身を崇拝せよと仰っていないと記憶しております。あの大きな教祖殿は、本人の望みではなく、縁故主義を助長させるものであると思います。権威は権力、権力は力、力は金を集めます。陽気ぐらしへ探究、天理王命の神名を広めるのが天理教の目的であると理解しております。

  84. 古い教会長

    100年祭当時、本部に知り合いの多い、ある教会長が言っていた言葉。

    「教会の値打は、どれだけ人を集められるか。
    どれだけ金を集められるかだ。」と・・。

    その当時は「そうなんだ。」と思って聞いていた。洗脳され正常な判断が出来ない頃だった。

  85. さっちん

     以前にも書かれてましたが、信じる者と書いて、「儲ける」ですね。
    漢字というものが発明された頃の昔から、神様を使って、金儲けしてる例がいっぱいあったので、こんな漢字が出来たのでしょうかね。 

  86. 進化する魂

    儲かる事はいい事ですけどね。
    親里地場のやり方とは思えん。

  87. さっちん

    「儲」 → 信者 ですね。
    まさに、宗教は儲かる、と、昔々からの、世の常識であったのでしょう。

  88. 古い教会長

    核心 様。
    >大教会長たちは、高級車を乗り回しトランクにはゴルフバックを持ち歩き、中には自分で靴下も履かず女子青年に履かせている輩もいると聞く。

    ある大教会長は女子青年に手を付けていた。婦人さんが中田善亮さんに相談に行ったところ、「よくある話ですからね。」と取り合ってくれなかったらしい。全ての大教会長がそうではないと信じでいますが。

  89. ぼんやりと帝国になった大英帝国。
    大英帝国は、いち早く産業革命を起こしたがために、大量生産という侵略武器(他国を従わせる武器になるとは思ってなっかた。)を手に入れ、優れた海軍力もあり、自分達も知らぬ間にぼんやりと大帝国に成ったと言う説があります。そして、ぼんやりと衰退しました。天理教もぼんやりと金持ちになったんだろうと推測されます。当初、不思議な助けを標ぼうした天理教は、幕末から、維新の不安定な空気に包まれた世間に受け入れられたのは、道理であると思われます。しかし、日本人には、”賽銭”、お布施”と言う習慣があったのが幸いしたのでしょう。最初、食べていけるだけあればいいと思っていても、予想外の金を手にすると人間どうなるかは、御想像の通りでしょう。総本山の権威を上げようというベクトルには、布教の推進と、隠れた金儲けの動機があったと思われます。それは、天理教のみならず、バチカンも壮麗であり、他の宗教も似たり寄ったりです。その遺産の維持費に苦しむのは、またどの宗教も似たり寄ったりです。ならば、その遺産を活用し維持費をねん出できないものでしょうか。館を、ベンチャー企業、既存の大手企業に安く貸し出す、(幸い、月給十万でも、年金、健康保険つきであれば、天理教の中で朽ち果てる若者を救うことができます。ただし、本部の給料中抜きは厳禁)。外国人旅行者に泊まってもらう(やりようによっては大人気、いいにおいがけにもなります。失敗すれば、北朝鮮労働党のクムガンサンツアーになります。)人間が始めたものは、ひたすらに人間が処理することに、意義があると思われます。(宗教法人の資産を、宗教以外に使う事に違法性があるかどうかは、判りませんが)

  90. カラス

    世襲制をやめるべきだな。世襲制だから上が馬鹿ばっかになる。

  91. 匿名

    学校休んで月次祭にって、そうじゃないところもありますよ。学生の本分は勉強ですから、今やるべきこととして勉強をしっかりというのが真柱の話の主旨ですよ。

  92. 匿名

    何の議論か分かりませんが、啓示に疑問を投げかけるのであれば信仰を続けるのは難しいのでは。

  93. 普通の信者

    どんどん辞めていく信者があることは、ある意味健全なこと。救われないと感じながらしがみついているのは滑稽、めざるが1ぴき残ればそれはそれでいい。楽しいリアルなゲームと考えるならば、僕は天理教を諦めない。

  94. 呆れた教会長

    個人的詐欺フェイスブック活用するな、崩壊寸前天理教

  95. N

    親子三代天理教で叔父が教会長の家庭に生まれ、
    自身も修養科を出た20代の男です。
    小さいときからおつとめや本部に行くなどは
    一通りずっと行っていましたが
    母が理解者であり、一般社会で今も生きている身です。
    本当にその通りだと納得し、感銘を受けました。

    信仰していない人でも頭のいい人なら
    全て理解できるし、一般的に考えて
    ?マークしか出ません。

    昔は腹が立ち、言い合いにもなりましたし、
    修養科終了時の講話大会でも500人の前で
    当時二十歳だったもので…
    本部、大教会、その他幹部にも
    文章にもあったようなことを発言し、
    自分達は遊んで、飲んで、昼まで寝て、
    何が徳だ、理だと言った
    内容を講話の最後に言ってぶちギレました。

    しかし、やはり天理教の世界でしか生きてきてない人は全く話になりません。

    本当にお話の通りです

    いい人も沢山いますが、それは本部とは関係のない末端の信者さんばかりです

    自分ひとりではこれからも信仰はしていこうと思うし、人のためになにかできればいいと
    思っていますが

    個人で動くだけであって、本部とは
    繋がりなんていらないし、行事も参加はしません。

    変わらんやろうこれからも…

  96. N

    親子三代天理教ですが
    一般社会で生きてきたものです。
    間違いないですね。

  97. N

    おやさまはおやさまは
    ってお前らおやさまの声聞こえるんかい

    といつも思うし、大教会長にも教養係の先生にも
    修養科中に聞きました。

    え、それおやさまはおやさま
    ゆうてますけど、声聞こえてるんですか?って

    …。解答はこれでしたね(笑)

  98. N

    おつとめだけしてて、信者も集まらなければお金も集まりませんし、まず第一に一般信者は仕事せんと死にます
    あいつらあほなんですよ

  99. N

    若い俺が生意気申し訳ないですが、
    お姉さん賢い!
    弟さん救ってあげてね!

  100. w

    初めまして。
    僕は、天理教教会の次男として生まれた20代の男です。
    読ませて頂きましたが、本当にその通りだと思います。
    小さい時から、なにか事が起きるごとに神様からのお知らせだとか、天理教を否定すると、徳がない、喜べない、など色々な事を言われ本当に嫌気がさしていました。
    僕は、一般の企業に勤めており、そこで出会った女性と結婚しようと思い、親に挨拶に行ったところ、お前は天理教の次男だ、将来は婿養子として天理教教会へ行くんだから結婚は認めないと言われ、本当に天理教が嫌で嫌で仕方ないです。
    後継者講習会も勝手に本部が決め、半ば強制的に行く事になり、交通費の支給もなければ、行ったら行ったでお供えとして、お金を取られる。
    僕の天理教の為に仕事をしているのではないのに、無駄なお金の出費をさせられる。
    本当に若者が天理教から離れて行くのが分かります。
    宗教じゃなければと思った事がどれほどあったことか計り知れません。
    これからの天理教は衰退していくだけだと思います。

  101. 匿名

    天理教が正しいかは、
    神であり社会が判断するとありますが、神と社会は別では?

  102. 匿名

    普通の信者
    2017年3月6日 12:41 PM
    「めざるがいっぴき」とはのぶえと言うめざるの事でしょうかね?
    のぶえはめざるになる事がですら難しいのかもしれません。
    宗教とは残酷なものです。

  103. 普通の信者

    「めざるがいっぴき」とは、裸一貫からやり直す覚悟のことで、限定したものではありません。ただ、報われない間違った努力は、端から見てて滑稽でしかないとは思います。

  104. 匿名希望

    天理教は、もっと自信持っていただきたいですね。人の為世の為に役立てている良い宗教じゃないですか?よろづと言う名の大規模な病院も建てて、しかも信者さんが入院患者の病室を訪ねて、患者さんの心を癒していたりするじゃないですか?なのに・・・・なぜ、こういうブログのような記事が・・・・・。何だか悲しいですね。

  105. 東風Z

    2017年12月16日 10:20 AMの匿名希望 様

    4件先のWさんの投稿を読まれたと思います。ここに天理教の末端にある人の苦悩が詰まっています。
    本来ならば、信ずる人達一人ひとりに至るまで教祖の教えが温かく行き渡っていなければならないはずが、立場によってヌクヌクとしたものであったり、冷淡であったりするのです。私は教会住み込み人の子供として会長家族から受け、経験したことは、今の言葉で表すならば、正にパワハラ以外の何物でもありませんでした。
    病院、学校群、音楽倶楽部、資料館、おやさとやかたなど何を作られても結構です。でも、その皺寄せを末端教会や信者に押し付けないでほしいのです。
    よろづ相談所病院が素晴らしい病院であるとの評価を受けていた頃に、入院を希望したことがありました。入院したい旨の意志を所属の教会長に伝えたところ、それなりの順序(理立て:所属教会、上級教会、大教会及び本部への)が必要だといわれて地元の診療所に入院したことがありました。天理教とはその程度のところです。苦しむ人たちを救う以前に必要な物があるのです。
    但し、現在のよろづ相談所病院の在り方は知るところではありませんので念のため申し添えます。

  106. ははゆば無はさまた

    うちの支部はほとんどの教会長夫妻は共働きしてお供えしています。

  107. ははゆば無はさまた

    笑。陽気ぐらし?!そんな余裕なかった。会長は、働いてお供えする。私は止めてくれ。の平行線。反対すればするほど、燃える。

  108. ははゆば無はさまた

    やっぱり、分教会は独立していかないとだめですね。末端教会の苦しみがわからない。親と言うけれど、子供と言われる末端教会の面倒はさらさら見る気はない。噂話が大好きで、あの教会はどうなった?大変だ、で終わってる。仲間も助けられない。情けない。

  109. 東風Z

    大祭での大教会長の神殿講話。開口一番、一言ご相談申し上げたい、と。何のことはないおカネのご相談とは恐れ入ります。そのような話を聞きに来たのではない。正直、来ないでほしい。
    これが現行天理教の実態です。

  110. 風鈴はぐれ雲

    『天理教とは…』

    天理教は、世間一般には、おとなしい宗教として、認知されてるかもしれない。

    でも、蓋をあければ。
    ブラック、カルト、縦社会、格差社会、虐め、差別、欲まみれ、ねずみ講、上納金の鬼、…。

    教えとは、かけ離れた。
    教えを侮辱する宗教が、天理教だ。

    宗教とは、人の支えとなるものだ。
    だが、天理教は、人の人生を狂わせて落とし込み。
    人が苦しもうが、因縁だと、責任逃れををする。

    天理教本部、上層部、等の会議などは。
    上納金集めのための、会議でしかない。

    天理教に、親神さま、おやさま、御霊さま、を語る資格があるのだろうか?
    天理教に、人助けなど語る資格はない。

    今、この時、現在。
    天理教に、苦しんで追い込まれてる人がいる。
    天理教に、人生を狂わせている人がいる。
    天理教に、もがき苦しんでいる人がいる。

    悲しき、消えない傷を、天理教により、背負わされた人達がいる。

    以前、上級のぼんぼんの跡取り会長と話した時。
    自己の自己満足な信仰な話をするだけで。

    天理教で苦しんでいる人達。
    腐敗した天理教組織に関しては、濁すばかりか。
    不足だ、因縁だ、組織の形態は必要だと。

    バリ天の恐ろしさ、虚しさ、人としての魅力の無さを感じた。

    確かに、世の中、不平等不公平で成り立っている。
    日本に暮らす人達でも、天理教以外でも。
    もがき苦しむ人達が沢山いる。

    でも、天理教によって、もがき苦しみ。
    人生を狂わされ、命まで断つ人達がいる。
    人助けとは、なんなのだろうか?

    天理教組織には、責任を問うべきだ。

    社会学ブログも、もう長い月日を開き。
    多様な意見交換がされている。

    でも、一向に天理教が、変わろうとする気配をかんじない。
    ブログでは、力が及ばないのだろうか?

    社会学ブログの投稿を読むたびに。
    悲観や憎しみが溢れだす。

    おやさまが伝えたかったことは、中山教ではないはずだ。

    何か、ブログと平行して。
    天理教組織、天理教上層部を、訴える、変革する方法はないものだろうか?

    このまま、ブログに投稿するだけでは、何年たっても。
    天理教に苦しむ多くの人は、絶えないだろう。

    天理教の若い人たちへ。
    若さとは、希望に溢れてる。
    天理教以外に、するべきことが沢山ある。

    青年会など、希望もない。
    ただの、上層部の手足だ。

    天理教の若い人たちへ。
    君たちは、個として、自分自身として生まれてきたんだ。

    自分の人生。
    親だ教会、信仰も、心にあるだろう。

    ただ、人としての、宗教、天理教関係なく。
    大切なものは何かを、考え行動してほしい。
    天理教な大人たちに。
    自分自身の人生を、決めさせてはならない。

    天理教の若い人たちへ。
    君たちは、希望だ。
    腐敗した天理教組織を、浄化するのが必要だ。

    浄化できなければ、天理教など辞めてしまった方が。
    自分自身の人生を、責任をもてるだろう。

    天理教は衰退していく一方だが。
    果たして、潰れるのだろうか。
    例え、潰れるとしても、あと何十年も存在するだろう。
    何十年の間に、どれだけの人達が苦しむだろう。

    天理教の若い人たちへ。
    信仰とは何かを、考えてください。
    天理教な大人たちに毒されず。
    そして、時間を走り抜けてください。
    のんびりしてる、余裕はないかもしれない。
    腐敗した天理教の教えより、大切なことはたくさんあるから。

    頑張って、苦しむ人達の支えとなってくださいね。

  111. 風鈴はぐれ雲

    訂正

    頑張って、苦しむ人達の支えとなってくださいね。
    ではなく。

    苦しむ人達の支えとなれる人達に、成ってほしいと。
    そう、想い願います。

  112. 古い元教会長

    >ブログでは、力が及ばないのだろうか?

    そんなことはないですよ。
    本部も、かなり気にしているみたいです。
    組織が大きすぎて動きがとれないようです。
    かなり、影響を与えているようです。
    お供えも、激減しています。
    洗脳が解け始めた人もいます。

    声を上げ始めた人もいます。
    離脱する教会も増えてきました。
    ゆるやかですが、変わらざるを得ないでしょう。

  113. 風鈴はぐれ雲

    ゆるやかながらに、変わってきているのですね。
    そう在って欲しいものです。

    僕は、天理教から離れて、十年以上経ちます。
    今の、天理教の現状は。
    ネット等でしかわかりませんが。

    でも、ゆるやかでも、変わってきているのであれば。
    ネットでも、声を挙げ続ける意義はありますね。
    声を挙げ続けましょう。

    現行天理教の変革と。
    天理教被害者の減少を祈り願います。

  114. 風鈴はぐれ雲

    『若者の方々へ』

    僕は、40代半ばです。
    ストリートダンスか好きで、40代で、ダンススクールに通ってました。

    小学生~社会人に混ざり。
    先生より歳上な生徒でした。

    膝を怪我して、2回手術し。
    膝は機能は戻りませんでした。
    とても、悲しく、スクールも、ダンスも諦めました。

    天理教の若い世代の方々へ

    好きなことはありますか?
    好きな子はいますか?
    夢や希望はありますか?
    大人をどうみてますか?
    苦悩や葛藤、衝撃はありますか?
    友達や仲間を大切にしてますか?

    若さって、人生ては、かけがえのないもの。
    人生のなかでも、最も重要な時間。
    何回でもいう。
    若さは宝だ。
    若いときに出来なかったことを、同じことを40代で求めても。
    心も体も着いてこない。

    天理教、非天理教関係なく。
    おもいっきり生きてくださいね。
    後悔は何十年たっても、後悔のままだから。

    おもいっきり恋愛してください
    人を心から愛してください。
    泣きたかったら、泣いてもいいんよ。
    喧嘩したら、不器用でも謝ってください。
    大人に、毒されないでください。

    僕は、人生もう後悔しかないけど。
    一生背負っていく障害もあるけど。
    若い子達は大好きです。
    だから。
    精一杯、応援したいです。

    社会学ブログも、昔より。
    年齢層もあがって、難しい話が多くなりました。

    でもね、いいんだよ。
    僕のように、天理教の末端教会にうまれて。
    修養科もいった。
    でも、おさしずも、おふでさきも、天理教の歴史も、全然知らない。
    無知でもいいからね。
    自分の気持ちを声にしてみようよ!
    恥ずかしいことなんてないから。

    掲示板のルールを守って。
    若い子達の声が聞きたいです。

    掲示板は、広いから。
    無知でも、知識もいらないから。
    若者らしい、感情に溢れる声が聞きたいです。

    ツイッターもいいけど。
    自分の感性を、文面にしてみてください。
    おもいっきり、書き込んでください。

    色んな声が、全国に届くように。
    そして、天理教が、変革できるように。
    でも、天理教をやる必要はないから。
    たとえ、教会の息子でも。

    苦悩、葛藤、孤独、悲しみ、怒り、寂しさ…。
    僕たちは人間だから。
    天理教の教え道理にいきる必要はない。
    僕たちは、個人という人間だから。
    天理教に縛られないで。

    苦情の多い投稿だけどね。
    嬉しいことがあったら、声にして、投稿してくださいね。

    非難、批判ばかりが、投稿じゃないから。

    天理教のなかでも。
    まだまだ、子供や若い子達がいます。
    どうか、大人のおもちゃにしないでください。
    天理教を強要しないでください。

    若い子達の未来を守るのが。
    大人の存在意義だ。

    天理教を変革していき、若い子達が。
    夢や希望を失わない人生を作っていきましょう。

    若者らしい。
    青臭い、感情ゆたかな、声や投稿待ってます。
    そして、いつまでも、最期の時まで。
    僕は、青臭くありたいと思います。

  115. 風鈴はぐれ雲

    泣きたかったら、泣いてもいいんですよ。
    訂正いたします。

  116. 風鈴はぐれ雲

    『天理教の若者たちへ』

    天理教の若者たちは、天理教な大人たちに。
    嘘や強制を受けているだろう。

    天理教で人助けなんてできないよ!
    天理教で、苦しんでいる人たちと、対面したことがありますか?

    君たちは、天理教な大人たちが作り上げた。
    どす黒い偽りを、背負わされようとしている。

    純粋な若者たち。
    君たちには、夢も希望も将来もある。
    天理教に費やしてる時間は。
    大人たちの欲と傲慢だけだよ。

    若者たちへ。
    自分達が、天理教を変えられると思っているかい?
    親を大切にするのはいいけど。
    裏切る親もいる現実を知って欲しい。

    君たちが、背負わなければならないのは。
    自分の人生、友達、家庭だからね。

    天理教に依存する怖さを知って欲しい。
    オウム天理教だから。

    若者らしく。
    反発し、反骨し、声をあげてください。

    君たちの将来は。
    もっと、光輝いている。
    負けないでね。

  117. 仁 邦彦

    凄いです。自分は大教会青年していて1人しかいないので負担が多いです。このコメントの量を見て勇気づけられました。

  118. 風鈴はぐれ雲

    『心ひらいて』

    最近、YouTubeなどで、なつかしくZARDを聴くようなった。
    ZARDは、坂井泉水さんが、ボーカルとなり、作詞作曲をてがける、音楽ユニットだ。
    他の色々なミュージシャンも、作曲、ユニットなどで参加している。

    しかし、もう何年か前に。
    坂井さんは、病気と闘いながら、不慮の他界をむかえている。

    僕が二十代の当時から、ZARDは人気があったが。
    今、ZARDを聴くと、とても胸に響くのですよ。

    坂井さんの詩や言葉は。
    「素直に純粋」なのです。

    数々の名曲を残しています。
    『心ひらいて』も、名曲の1つです。

    詩や言葉の力は凄いものです。
    人間の生き方さえ、左右します。
    宗教もそうですね。

    天理教の元始まりも。
    今と違って、純粋だったのかな?

    人間には、誰しも、黒く、卑怯な部分を持ち合わせています。
    しかし、黒いものは、黒と認め。
    改めようとする努力をするのです。
    周りの人に支えられて。

    しかし、今の現行天理教の上層部は。
    漆黒の闇を隠し。
    上納金集めに、必死ですね。

    人が、泣こうがわめき声をあげようが、堕ちていこうが。
    人の心より、上納金を集めなさいと。
    上層部が、言葉を発信するほど。
    末端は、白け、離れていく。

    もう、天理教の元始まりは、存在しないんじゃないのかな。
    天理教の言葉は、嘘偽りにしか聞こえないのかな。
    そうゆうこと、重ねてきて、今の現行天理教があるんだから。

    天理教の若者たちへ
    天理教の漆黒の闇そまらずに。
    清純でなくてもいいから。
    ぶっきらぼうでもいいから。
    自分を大切にしてください。

    詩や言葉には、大きな力があります。
    人を傷つけることもあります。
    人の支えになることもあります。

    人は1人じゃ生きていけないから。
    天理教も、まだ、何万人という信者がいるから。

    人を思いやり、寄り添ってくださいね。
    心ひらいてくださいね。

  119. タノミヤ

    関係ない話ですが
    教校学園が令和4年で閉校するみたいです来年からはおぢばがえりのパレードも無くなるらしいですなんでも縮小するのは仕方ないと思いますが本部員のお与えを減らしたり上の立場の人が身を切らないと天理教について行く人が減ると思います。天理教は何処へ向かうのかな?

  120. 崩壊

    タノミヤ 様
    2019年6月27日 2:17 PM

    >教校学園が令和4年で閉校するみたいです来年からはおぢばがえりのパレードも無くなるらしいですなんでも縮小するのは仕方ないと思いますが本部員のお与えを減らしたり上の立場の人が身を切らないと天理教について行く人が減ると思います。天理教は何処へ向かうのかな?<

     本部員や幹部のリストラだけで解決できないような状態に天理教は陥っています。天理教は行く人が減るどころか、近寄る人さえ激減しています。天理教は崩壊へ向かってまっしぐらです。タノミヤ様がまだ年齢的にお若いようでしたら、天理教から離れて一般社会でご活躍されることを強くお勧めします。

  121. 崩壊

    仁 邦彦  様
    2019年3月29日 4:14 PM

    >凄いです。自分は大教会青年していて1人しかいないので負担が多いです。このコメントの量を見て勇気づけられました。<

     大教会青年をしておられるということで、未だ年齢的にお若いと思います。今まで、「天理教一色」の中でお育ちになられたのでしょう。歳をとるごとに天理教の矛盾や過ちに目がつくようになってこられたのだと思います。私も天理教一色の環境で育ち、天理教が真の宗教であると信じ込んでいましたが、一般社会に出て働いてみて決してそうではないことに気づきました。天理教は近いうちに間違いなく崩壊します。若いうちに別の人生を選択されることを強くお勧めします。

  122. 匿名

    私も天理教一色の環境で育ち、天理教が真の宗教であると信じ込んでいました<<

    私も同じです。だめの教えと聞かされだめって何?最後の宗教、これ以上の宗教はないんだよ、と小さい頃から信じ込まされた。信者さんも天理教信仰にご縁を戴いた事に「誇り」を持ち、一丸となってお供え金を運び続けました。
    今、人がいなくなり空っぽの建物だけが無惨に残り、学校閉鎖、詰所閉鎖、その内配食センターも廃止?と囁かれています。
    天理教一大イベントのこどもおじばがえりでさえも縮小。毎月の本部月次祭の人の少ないこと!商店街はガラガラ。本部神殿も清掃人員不足で埃まみれ。トイレも同様。

    真実を知ることは大事なことです。我々一家にとって苦しみしか生み出さなかった天理教です。初代入信から現在まで苦しみの連鎖がひ孫にまで出ています。もうやめなければならないと強く強く思っています。ひ孫(私の子)にはストップをかけています。でもこのひ孫にも傷は深く残っています。この教団で苦しみを経験する人をこれ以上出さないようにするのが私の教会活動です。
    もう本部員給与減額は当たり前の事。若者への各種お手当も当然減額になるでしょう。
    本部で働く人は益々居なくなり、お偉いさんに奉仕する人も身内だけとなり、その内ハシゴを外されてどうして良いのかわからなくなり、自分で飛び降りていただきたいと思います。

  123. 崩壊

    匿名 様
    2019年6月27日 5:58 PM

    >この教団で苦しみを経験する人をこれ以上出さないようにするのが私の教会活動です。<

     天理教は最後(だめ)の教えではありません。人の人生を破壊する駄目(ダメ)な教えです。決して関わってはいけません。あなたと同様、天理教の被害者をこれ以上出さないようにするのが私のライフワークです。後、何年生きられるのか分かりませんが、命ある限り、頑張っていきたいと思っています。

  124. 匿名

    ある人のつぶやきより。。

    ## 教育を切るなんて。これからの天理教の未来ですよ。これがどういうことか、本部は知って行なっているのか。

    これからを担う子どもたちを真っ先に削るとは、どういうことか。

    KOG縮小もそうだけど、どんどん子どもたちがおぢばから離れていく。離していく。

    本当に、信じられない。##

    子供達の将来に向けて布教的行事であるこどもおじばがえりを縮小するなんて。また、天理教の次代を担う青少年の教育機関を真っ先に削るなんて、何を考えてるんだか。幹部の頭の悪さも末期。だめだこりゃって感じになって来ました。

  125. 古い元教会長

    表統領は目先のお金の事しか考えていません。
    これで、ご恩報じと言ってお供えが増えると思っているのでしょうか。
    信仰もない、組織を立て直す能力もない、人間的に魅力もないボンボンが組織を牛耳っているのですから、天〇教には未来はありませんね。

  126. 匿名

    幹部たちは自分たちに責任や負担を負わされる前に
    逃げに入ったのではないでしょうか?

  127. 匿名

    やふきな道  @YokiYafuki さんのツイートより

    天理教校学園閉校(吸収合併?)の件について。
    まだ記憶に新しい附属高校・親里高校の合併、第二専修科閉校…。
    これら数十年の歴史を正しく冷静に評価し、
    今後の天理教育の糧にしようという姿勢が感じられない本部に憤りを感じる。

    個人的には閉校の判断に全面的には賛成できない。
    しかし、天理教の将来を見据えた本部の教育計画の一環であるなら、
    是非ともその考えを聞きたい。むしろ自信を持って正式に発信すべきだ。

    「本部に金が無いから教育費を削った」などというバカげた判断ならば、
    「我々は人を育てる事は後回しです」
    「信者に親孝行ばかり求めて丹精は余裕があれば」という思考回路の愚かさを恥ずべきだ。

    附属高校〜第二専修科の8年間一環教育を解体し、
    「改革だ」と言って半ば強引に閉校に追いやった本部関係者が、
    天理教育の歴史の一ページとして正しく評価・反省をしないから、
    せっかくの経験がただOBたちのノスタルジーの対象でしかなくなる。

    今回の学園高校の閉校が同様の結果に終わらない事を願ってやまない。
    教育に力を注ぎ改革を重ねていくことは賛成する。
    金が無いなら先に親里やかたをつぶせ。
    先に炊事本部のあり方を見直せ。
    先に乱立する詰所体制を見直せ。

    教育は組織の最後の砦だと思う。
    教育こそ希望だ。
    教育こそ組織の鏡だ。
    天理教の組織経営の失敗のケツ拭きを
    なぜ金の卵たちにさせる?
    なぜ教育者たちにさせる?

    教育にメスを入れる判断をした奴らは
    どれ程の戦略と覚悟があるのか?

    それをちゃんと皆に分かるように伝えないから
    不安を煽り、不満が漏れる。

    だれか希望と安心を与えてくれる
    本部関係者はいないのか?

  128. 末端教会子弟

    >個人的には閉校の判断に全面的には賛成できない。

    色々なご意見があるでしょうが、個人的には「天理教の看板を掲げた教育施設」の消滅に大賛成です。
    世間一般の教育施設や教育内容(これらも褒められたモノではありませんが)から隔絶された「天理教団どっぷり」の高校や大学など、いわゆるバリ天の養成機関でしかなく、学内の上下関係や人間関係のあり方が封建的教会制度の縮小版としか言えない状態では、自分の意志と判断力が不十分な子供達への洗脳機関でしかありません。

    付属高校だけでなく、大学や各種専門学校なども早急に閉鎖して、教会子弟や信者子弟の「判断力が不十分な子供達」への洗脳教育を止め、教団は貧しい家庭の子供たちに「奨学金」だけを出すようにすればいいと思います。

    *私自身は付属高校その他「天理教の看板をしょった教育機関」で学んだ経験はございませんし、上記の感想はネットその他の多くの方や情報から判断した考えです。事実誤認等がございましたらお詫びいたします。

  129. タノミヤ

    二部も近いうちお与えが7000円にへり本部のひのきしん者も3年まで増やして炊本の配食車がなくなり周りが縮小になっても本部員は変わらないのですかね、自分は二部卒で在学期間130年祭とかだいすけ様の披露宴とか青年会100周年とか本部ではいろんな行事がやっていました。自分は食堂係にいてなにかあれば会食だったりその金はどっから出ているのかと思うぐらい豪華にやっててそのお金をもっと下にまわして組織の運営をやって欲しいです。

  130. 仁邦彦

    青年やめたいつらいです。離れたいけどかえる家が無い、、24時間拘束されてお与え3万です、青年が一人しかいないので本当に死にたいつらいいろんなことを考えてしまいます。

  131. 匿名

    仁邦彦様

    軟禁状態と言っていいです。逃げたら良いと思いますが、家が無いのですね、、
    市役所の福祉課に生活保護の事も含めて相談されたらいかがでしょうか?
    大教会へは心が離れました、で通るはずです。信仰を強制する事は今の日本では出来ません。夜逃げでもして二度と行かなければ良いだけなのですが、、
    寮付きのアルバイトとかも有ります。仕事を探しましょう。苦しくても自分の力でお金を生み出す努力をされた方が、家付き3食付でも奴隷の様な屈辱を受けるよりははるかに充実感が得られると思います。ご友人とかご親戚に泣きついてもいいから、辛さを吐露しましょう。このまま大教会でじっとしていたらいけないです。

  132. 匿名

    続き。
    大教会青年だったある方が、大教会の生活が理不尽、かつ屈辱的なのが辛くて、思い切って飛び出しました。その勇気に拍手です。今は当然の事ながら世間で普通に人間的扱いを受けて心安らかに暮らしておられます。大教会も追いかけて来ていません。
    大教会が文句を言ってきたら私は天理教の信仰やめました。強制するのですか?と宣言したら良いです。神様は何処にいても見て下さっていますし、苦しむ方を味方して下さいます。
    仕事を探しましょう。厳しい世の中ですが自立の手立てを探しましょう。応援しています!!

  133. 東風Z

    仁邦彦 様

    休日がなければ、仕事探しや部屋探しどころか、役場の福祉課へも行けませんよね。。まさに、奴隷に等しい立場です。
    一旦、教会を出ればその日に寝られる場所もないなんて、こんなに恐ろしい環境が未だにあるなんて信じられません。3万円のお与えの中から少しでも貯金をされているのでしょうか。
    仮に、教会を出るようなことになれば、今まで使ってやった恩をあだで返す行為だなんていわれかねません。まさに、泣きっ面に蜂以外の何ものでもありません。

    「公益社団法人 日本駆け込み寺」があります。ブログもあります。相談されては如何でしょうか。公益社団法人ですから信頼感は抜群です。支援者の中には元検事出身の弁護士の堀田 力さん始め著名人が居られます。今は亡き菅原文太さんも支援者でした。
    是非、相談されることをお勧めします。

    又、技能習得には、各地に職業訓練センターが沢山あります。人材は不足しています。いろいろな職種の訓練コースがあります。相談されてご自分に合うコースを選んで勉強なさってください。

    一つだけアドバイスさせていただきます。算数と国語を勉強なさってください。
    鶴と亀が合せて8匹います。その足の数は22本です。鶴は何匹でしょう。また、亀は何匹でしょう。
    これが出来ない工業高校卒業生がたくさんおられます。これでは困るのです。

  134. 崩壊

    仁邦彦 様

    >鶴と亀が合せて8匹います。その足の数は22本です。鶴は何匹でしょう。また、亀は何匹でしょう。<

     算数的に考えるよりも数学的に考えた方が簡単かもしれませんね。
     鶴がX羽、亀がY匹いたとします。鶴の脚は2本です。亀の足は4本です。

     鶴と亀が合わせて8匹いるので、X+Y=8という式ができます。
     また、鶴の脚と亀の足が合計22本なので、2X+4Y=22という式ができます。

       X+Y=8
       2X+4Y=22 

    以上の二元連立方程式を解くと X=5  Y=3 という答えになります。

     つまり、鶴が2羽、亀が3匹ということです。よろしければ参考になさってください。

     ※ 読者の皆様、話が大変脱線して申し訳ありません。(謝)  

     

  135. 崩壊

     タノミヤ様・仁邦彦 様

     とにかく、若いうちに天理教から早急に脱出して一般社会に出てください。今のままだと天理教に「飼い殺し」にされ、一生を棒にふることになりかねません。東風Z様のご助言は大変参考になると思います。また、就職してからでも、仕事をしながら習得できる技能もあるので、地元のハローワーク等で相談されるのも一つの方法だと思います。年をとるにつれて、新しい事を覚えるのが段々困難になってきますが、お二人共、まだお若いようなので、希望をもって頑張ってください。陰ながら応援しています。

  136. いほり

    タノミヤ様・仁邦彦様
    私も応援しています!どうか希望を持って!!

  137. 仁邦彦

    コメントしてくれてありがとうございます!家はあるのですがおばさんが教会長なので私の言うことを聞かなかったらでていけと言われてしぶしぶ青年をしました。自分の子供は自由な道を行っててなんで俺だけ、という気持ちと高校時代ずっと嫌といってたのにそれが親の思いだとか話をすり替えたりほんまにつらいと親戚にいえば特を積ましてもらい、と本当にうんざりです。僕の周りは天理教の信仰熱心な人ばかりなので辛いといえば神さんが見ててくれるでと悩み相談してるのに違う話になって行きます高校卒業してからすぐにきたので遊びたいですし、自由な時間が欲しいです、抜けたいですけど免許がないので我慢しかないのかな?

  138. 崩壊

    仁邦彦 様
    2019年6月28日 9:19 PM

    >抜けたいですけど免許がないので我慢しかないのかな?<

     弱気にならないで決して諦めないで、早急に脱出してください。必ず道は開けます。東風Zさんのアドバイスにもあった「公益社団法人 日本駆け込み寺」に相談されるのも良いと思います。また、青少年対象の公的な相談機関もあるはずです。ネット等で調べてみてください。「いのちの電話協会」に電話相談されても良いアドバイスがもらえるかもしれません。とにかく、「やれることはやってみる」ことが第一です。

  139. 古い元教会長

    仁邦彦様
    「これから、どう生きるか」を自分の意志で決めて下さい。自分の責任で行動をとって下さい。
    それには、いろんな意見を聴いて、真実を求めて、自分の頭で考えて思案して、自分の責任で行動して下さい。

    自分の乗っている船のオールは自身で漕いで下さい。そのオールを決して人(おばさん)に任せないで下さい。

    中島みゆきさんの「宙船」の一節です。
    ♪その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

  140. 匿名

    仁邦彦 様
    >家はあるのですがおばさんが教会長なので私の言うことを聞かなかったらでていけと言われてしぶしぶ青年をしました。
     
     ご自分のご両親はおられるのでしょうか? また、ご両親のお家はおありでしょうか?「言うことを聞かなかったらでていけ、と言われたということは、おばさんが会長をしている教会に、ご両親と一緒に住み込みでもされてるのでしょうか? 事情がよく分からないのですが、もしご両親のおられるご実家があるのなら、ご両親に相談され、大教会の住み込みはこれ以上は出来ないと、はっきりお断わりしたら良いと思います。 また就職の為に、車の免許が必要なら、ローンなどで支払う方法もあるのではないかと思います。

    >自分の子供は自由な道を行っててなんで俺だけ・・
    >高校時代ずっと嫌といってたのにそれが親の思いだとか話をすり替えたり・・
      
     おばさんの勝手な都合の言いなりになることはありません。 自分のやりたいことをよく考えて、どうしても、これ以上出来ないと思うなら、はっきり、そのようにおばさんに言う方が良いと思います。ご両親からおばさんに話して貰う方が良いかもしれません。あなたが何歳か知りませんが、高校卒業してそんなに間がないなら、海千山千のおばさんを説得するのは大変でしょうから。
     信仰は強勢されてするものではありません。「信仰の自由」は憲法で国から保障されており、信仰するもしないも個人の自由であり、やめるのも自由なのです。

  141. 仁邦彦

    両親はいませんおばあちゃんと一緒に18年間教会のはなれに住んでいておばあちゃんが亡くなってからおばさんと暮らしています。なので世話になりたくないけどならな仕方ないと思っています。

  142. 匿名

    結局、大教会の都合の良い様に使われただけで、歳だけとり、いざ社会に出ようにも生活力が無いと言う。多くの方々が手も足ももがれた様な状態で放り出されるのです。
    厳しいが、しばらくおばさんの家に世話になり、その間に寮付きの仕事とかバイトを探して、自立する事が大事だと思います。運転免許証は必須です。神様ははっきり言って何もしてくれません。苦しくても自分で働くことです。上上級の息子さんも大教会、布教の家、と都合よく引き回されて30代中頃のいい歳になりましたが、今安アパートの家賃位は払えるバイトをして独立しています。長い将来を思うと、誤解をおそれずいいますが、神様なんぞに頼っていても物事は動きません。自分の人生ですよ。教会長のおばさんは決してあなたの人生の責任を取ってはくれませんから苦しいでしょうが自分で行動を起こす事です。ただ、世の中の厳しさは覚悟が要りますからそのことだけは、念のため申し添えます。はってでも自立する事をお勧めします。

  143. 仁邦彦

    はっきり言っておばさんは嫌いです。小さい頃父さんと母さんがいない僕に対して徳のない子やと言ってきたりおばあちゃんが病気のときは本当やったらあんたが介護せんなんあかんねで、といったり同時ぼくは二部に通っていたので休みのときとかにお見舞い行くしかできなかったんですけど、おばあちゃんは若い頃病気をしてて2ヶ月で7万円の年金と内職で1万ぐらい稼いで暮らしていました。お供えが月3万円してておばさんがなんか言ってたかも知らないですけど、一回言った言葉が忘れられなくて、「おばあちゃんは何にも残してくれんかった」と言っててそん時にほんまに大嫌いになりました。なんで世話になりたくないけどならなあいと仕方ない状況です。

  144. 匿名

    仁邦彦 様

    >世話になりたくないけどならないと仕方ない状況です。

     おばさんはあなたを飼い殺し、利用しているとしか思えません。ご自分の息子は自由にさせ、あなたは大教会青年勤め、それも24時間勤務だということですが。お与え3万円は、他の青年勤めよりは多い方(と言ったって少々だが)だと思いますが、そういう過酷な環境だからでしょうか?
     
     あなたが今の状況を耐えることができ、世間に出るより今の方が良いと判断するなら、それでよいでしょうが、どうしても耐えられないと思うなら、がんばって自立すべく覚悟を決め、行動を起こして下さい。おばさんは、天理教やらないなら出て行けと言ったそうですが、あなたも多分20歳前後だと思います。当然自立すべき年齢です。教会、おばさんから自立する方が自然なことではないでしょうか?
     天理教を止めたら罰があたるなどと、もしもあなたが考えているようなら大きな間違いです。天理教から逃げても、なんら罪ではありませんし、罰もあたりません。天理教という宗教は人間が勝手に作ったもので、神様は天理教団にしか居られないような、ちっちゃい存在ではありません。あなたのことを徳がないなどと言うあなたのおばさんこそ頭がおかしいのです。
     
     あなたに助言されてきた方々が書かれている自立支援施設などに相談するなどして、なんとか自立してください。外出も一切、自分の自由にならないのなら、あなたの今の状況は、基本的人権(人間らしい生活を送る権利)の「自由権」を侵害されていると思います。
    https://japanandworld.net/constitution/2753/
    「人権人権センター」などへも相談されたらどうでしょうか。
    外出すると、大教会長が、文句を言うのかもしれませんが、「どうしても用があります」と言えばすむことです。あなたがしじゅう居ないといけないなんてことはないでしょうから。

     探せば住み込みなどの仕事もあるようですから、ハローワークで相談してみたらどうでしょうか。世間で働いたら、教会の方が楽だったと思うかもしれませんが、このまま飼い殺し同様に、将来ずっとおばさんの言いなりになるか、辛くても世間で働いて自立するか、よく考えてみてください。
     
     お与え3万円、お供えなどに出したりせず、いざという時には、アパートでも借りる資金にされるように貯金しておくことをお奨めいたします。
    諦めず、気持ちを強く持ってがんばってください。応援しています。
    おばさんや大教会長などの方が、世間一般の常識から外れているのです。

  145. 匿名 2019年7月21日 8:33 AM

    >おばさんや大教会長などの方が、世間一般の常識から外れているのです。

    追加致します。
    世間一般の常識から外れ、人間としての道理(神様や教祖の教え)からも外れています。

  146. 匿名

    バイトルに登録し日払い可能なバイトを紹介して貰う。高校を卒業しているので、身分証が無くても年齢的にはOK。コンビニの日替り勤めもある。
    心配なら研修もしてくれる。
    NET CAFEに暫くいる。シャワー有りも最近は多い。
    ここから暫くはバイトに通う。
    預金口座と携帯は忘れず。
    特に携帯はバイトには必ず必要です。
    ある程度現金を作った所で上記の関係機関に相談に行っても良い。
    若いので有れば何でも出来ます。
    今の日本は色々な意味で、とても便利です。

  147. 匿名

    追記しときます。
    中年(男女共に主に35歳以上)は使いづらいと言う理由で先方より断られる確率が多い様です。
    プライドだけ高く、若い子に比べて仕事が出来ないからです。
    若い子や外国人労働者の方が遥かに真面目に仕事をするからです。(たまに悪い事やらかす人もいますが)
    しかも職歴が殆ど無いとなるとほぼ無理。
    こう言う観点から見ると、職歴も無く宗教家もどきで、金の無心しかしない又はそれしか出来ない人は1日でクビでしょう。
    従って外国人労働者以下です。

  148. 崩壊

    仁邦彦 様

     このままズルズルと大教会青年勤めをしても、天理教には将来がありません。将来、路頭に迷うことにもなりかねません。すぐに脱出してください。社宅付の会社もあるのでそうした会社をあたってみるのも一つの方法です。一度、お近くのハローワークに足を運んでください。就労支援の相談にのってもらえるはずです。また、色々な情報も提供してくれるはずです。まだ、お若いので就職のチャンスはいくらでもあります。決してあきらめないでください。

  149. 匿名

    車の免許無くても、働けますよ。
    必要と書かれてる人も居ますが、ひと昔前の話です。
    逆に今は車の免許持ってても職に就けない人が大勢います。
    でも必要の無い職も多いです。
    辛いかもしれませんが、一歩踏み出してみて下さい。
    区役所・就労支援施設・国の機関でも相談に乗ってくれます。
    最初の一歩、勇気を持って頑張って下さい。

  150. 匿名

    仁邦彦様
    今、天理教が落ち目になっているのはご存知ですか。今では大教会長でさえ働きに出ているそうですよ。びっくりです。大教会長としての参加行事は精選し行けない時は行かないで、仕事を優先していると聞きました。
    ですから、天理教の中にいる上層部も危機感を持って仕事をし、自立しようとしています。このままでは食えなくなる、と上層部でも理解が始まっていると感じました。
    ですから、とにかく腹をくくって何でもする覚悟で仕事を探し自立して下さい。
    おばさんには、このままでは食えない。自立したい、いつまでも世話にはなれないからと伝え、今は大教会長も働き出してる時代だと説明し、天理教一本では食えない、助からないと訴えて下さい。
    みんな、応援しています。

  151. 仁 邦彦

    コメントありがとうございます!おばさんに相談したところ大教会長様次第と言われてショックです。上級の教会長も同じことを言われどうしたらいいでしょうか?

  152. 匿名 

     仁 邦彦 様 

     大教会長様次第とは、大教会長がOKすれば、青年勤めを辞めさせて貰えるということですね。
     大教会長に、どうしても就職したいので、青年勤め辞めさせてください、と話してみてください。大教会長に、あなたを大教会に縛り付ける権利はありません。最近は青年勤めをする若者も減って来てる(皆、嫌がって避けてるようです)ので、青年さんが不足してるようですから、大教会長は、あなたに居て欲しいので、反対するかもしれませんが、再度申し上げますが、大教会長に、あなたを大教会に縛り付けておく権利などありません。お礼奉公が必要だとかいう、いちれつ会からの奨学金を貰ったりもしてないのでしょう?

     お与え3万円で、大教会長はあなたを、いいように利用して便利に使っているだけなのです。普通に使用人を雇えば、最低でも15万ぐらいは払わなくてはならないでしょう。大教会長を恐れず、自分の言いたいことを言ったらいいのです。きっぱりと大教会を辞めたい、自立したい、就職します、と仰ってください。
     今すぐ、ということが無理なら、大教会長と話し合い、今年いっぱいとか、来年3月までというように、期限をいつまで、と決めて、決めたら迷わず、前へ進んで下さい。大教会長がもし、承知しなかったとしても、構うことはありませんから、〇月〇日には大教会を出ます、と宣言して、あなたのしたいようにしたら良いのです。負けないで下さい。
     おばさんの所へ帰るよりは、出来れば他に住む所を、何とか確保した方がいいですね。

  153. 匿名

    仁様。
    所属している大教会でも青年勤めする人が減って来ています。詰所の管理人をする夫婦も減っていて教会長子弟の夫婦などに白羽の矢が当たっていますが、彼らも期限を切って受けています。過去には詰所勤務を無期限で10年以上もずるずるやらされていた夫婦もいました。期限を切らずにハイ、ハイ、で受けていたからです。
    過去も今も彼らは2、3万のお与えで大教会や教団に十分に利用されているのです。
    知っている人は大教会長とすったもんだの末、自分で飛び出して今は自由を手に入れています。大教会長はあなたの人生の責任は「絶対に」とりませんよ。断言しておきます。青年勤めは神の御用などでは無く、「人間に利用されている」と言う事に気づいて下さい。
    約束の日が来たら文句を言わせず出たら良いです。それまでに自立の用意をしておく事は言うまでもありません。

  154. 匿名なんです。

    仁 邦彦 さま

    自分の人生は自分のものです。
    今の自分の環境が苦しいのなら、自分で環境を変えることです。
    誰も他人の責任なんて負ってくれませんし、負えません。

    できないことを他の誰かのせいにしないでください。それは言い訳でしかないからです。
    どんなに恩のある人であっても、いま現実に自分に害のある人とは縁を切るべきです。
    それは恩をあだで返すことにはなりません。
    その人物の問題だからです。世の中には初めは甘い汁を吸わせて恩を着せ、恩返しという名のもと徐々にがんじがらめにして搾取する人や組織が蔓延しています。
    一刻も早くそこから逃げてください。
    幸いあなたは若く、守るべきは自分のみ。身軽ではないですか。
    ここに悩みながら書き込んでいる時間がもったいない。悩む必要はないんです。
    行動を起こしてください。応援しています。

  155. 「みゆき」は「みき」?

    仁 邦彦様へ

    応援歌をみつけました。
    中島みゆき さんの 「恩知らず」
    2012年 発表です。
    これは、おやさまを信仰しているものが
    教会本部から、目覚め・見切るためのエール
    ではないでしょうか?

  156. 「みゆき」は「みき」?

    おやさまを信仰し、教会本部(教団)を否定する皆様へ

    ピッタリの応援歌ともいえる曲がありました。
    中島みゆき さん の 「恩知らず」です。
    恋愛?失恋の歌詞とも受け取れますが、
    教団と決別しましょうとも受け取れる、
    内容では?
    もしかしたら、歌詞中に「ごめん」とありますが、
    神意は、好きだけど、教団にははやく離れなさい。
    このように自己都合解釈してしまうのは
    わたしだけでしょうか?

  157. 匿名

    中島みゆきは反天理教信者の応援歌と思える詩歌を沢山出してます。
    宙船もそうです。時報に掲載されていた40行のひとりごとも、前半の頃、明らかに天理教のお馬鹿先生を皮肉ったと思える詩を書いていましたね。40行のひとりごとはどこまでも天理教弱者に寄り添い、幹部を批判する歌でした。私は何時も天理教幹部と信者の関係として読んでいましたが、不思議と納得出来て、中島みゆきは明らかに現天理教の姿勢を批判していたと思います。
    賢明で思慮深い中島みゆきは精神的にはもう脱会しているのでしょうね。

  158. 崩壊

    仁 邦彦 様 

    日本国憲法第22条第1項において「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択 の自由を有する。」 と規定されています。

    大教会長に、あなたを大教会に縛り付ける権利はありません。

  159. 末端教会長の子供

    このブログを小学生の頃の自分に読ませてあげたい。
    宗教的洗脳から覚醒したので内容共感出来ました。
    今でも洗脳されて正しい判断のできない人、天理教関係者に読ませてあげたいですね。
    疑問に思っていても抜ける方法がわからない人も沢山います。抜けたいと思っても仕打ちが怖くて行動できない人に役立つ情報があればお知らせ下さい。

  160. 崩壊

    末端教会長の子供 様
    2019年11月16日 8:48 AM

    >>疑問に思っていても抜ける方法がわからない人も沢山います。抜けたいと思っても仕打ちが怖くて行動できない人に役立つ情報があればお知らせ下さい。<<

     私も末端分教会の長男でしたが、幸いにも若い頃に天理教の理不尽に気づき、大学卒業と共に就職し天理教から去りました。天理教から去るにあたって、両親のこと等、いろいろと気がかりなこともありましたが、とにかく、思い切って自分が正しいと思う方向に舵をきることだと思います。天理教から抜けても誰からも仕打ちを受けることはありません。時を逃せば、就職の間口も狭くなっていきます。勇気を出してください。人生は一度きりしかありません。案ずるより生むが安しです。

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