天理時報普及キャンペーンと財政


天理時報9/6号で一面を飾ったのは「天理時報普及キャンペーン」である。キャンペーン内容は天理時報を購読者に手配りする。ちなみに私の自宅にも天理時報が毎週?輸送でビニールに入れられ届いている。私の家には誰も手配りしてくれないのだろうか。このキャンペーンのシステムはどうなっているのだろうと思う。私の自宅には誰も訪れた様子はない。そもそも、私の自宅に届く天理時報は誰がお金を払っているのだろう。現時点で私は払っていない。知り合いの天理教人が「天理時報読んでよ」と春頃に私に言った。私は深く考えずに「いいよ」と返事しただけである。それから暫くして天理時報が自宅に届けられる様になった。正式?な申込も、購読料の説明も支払いの話も受けていない。もし年末か年度末に集金されたら文句を言ってやらねばならないと思う。「押し売りじゃねーか」って。まぁべらぼうに高い金額ではないけど。
閑話休題。
その天理時報だが、今回の記事では私のようにキャンペーンでの新規購読者が2万人増加したようである。天理時報の年間購読料が3960円だから、単純計算では7900万円あまりの増収となる。2万人増えて、総発行部数は15万部から17万部へとなった。つまり天理教道友社は天理時報で6億7千万の収入を得る事になる。これは多いのだろうか?
天理教の年度予算は約170億であるから、私は6億7千万円の増収は少ないと思う。しかし、その170億円が年々減少傾向にあるのであれば話は別となる。宗教団体の出版・刊行物が教団の盤石で貴重な-安定した-収入となっていることは宗教学をかじっているものであれば自明である。某学会が日本の新興宗教の中で突出して安定した財務を行っている「ひながた」である。もし天理教の財政も年々減少傾向にあり逼迫しているのであれば、安定した収入の確保に努めるストラテジーはある意味健全である。どうしてこのような推論を私がするのか。それは「天理時報普及キャンペーン」で手配りという活動から、たすけあいの輪というところへと強引に結びつける手法が、どうしても布教戦略に手詰まりしているような淋しさを覚えるからである。天理時報がよく使う言説の一つに「価値観が多様化する現代社会」という定型フレーズがある。しかしトップダウンの戦略ではそれに太刀打ちできるわけがない。そもそもトップダウンとは従属成員を含め、組織の一元化、中央集権化を目指すものである。トップダウンの体制が多様化を志向する現代社会と背馳する形態であることになぜ誰も気づかないのであろうか。天理教と自民党がかぶってみえるのは私だけだろうか。


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