被災者が信者であるか、非信者であるか

天理教本部が、被災者受け入れを正式に開始しました。ホームページから概要を引用します。

東北関東大震災被災者受け入れについて。天理教教会本部は奈良県・天理市と連携し、天理市内の天理教関係施設において食事付にて受け入れを致します。問い合わせ窓口は下記となっています。
1 受け入れ規模・3000人(小中学生は天理市立学校への就学も可)
 ・天理教信者以外の方も受け入れ致します。
2 受け入れ施設(罹災証明書が必要となります)・奈良県天理市内の天理教関係施設
3 受け入れ期間・平成23年9月末日まで
4 受け入れに係わる諸費用について・宿泊費平成23年9月末日までは無料(それ以降は、ご相談下さい)・食費平成23年9月末日までは無料(それ以降は、ご相談下さい)

市立学校への就学も可能ということで行政としっかり連携がとれている印象がある。罹災証明書(そんなものがあるのか!)が必要ということで、行政支援と遜色のない、また非常に安心感のある対応だと思う。3000人という枠は現在の避難者数からは決して多くはないが、多くの人がこの制度を利用して安心できる生活のためにまずはホッとしていただきたい。気になったこととしては、「天理教信者以外の方も受け入れいたします」という文言である。書いた人は信者以外の人にも宗教団体でも問題ないよという安心感を与えるために、こうした書き方をしているのだろう。天理教側にいる人には何の違和感もない表現だと思うが、天理教の外側にいる人にとってみると「天理教信者以外の方」という明確な線引きをすることに抵抗はないだろうか。なんだろ、どこか天理教信者を中心としたもので、天理教信者以外を突っぱねているような感じがするのは私だけだろうか。むしろ、天理教本部としては「誰でもいいから来てねー」というスタンスではなく、東北の天理教信者の受け入れを中心に考えているということだろうか。私の考えすぎだろうか。

26日にある行事に誘われましたので天理市に行ってきます。

被災者が信者であるか、非信者であるか」への2件のフィードバック

  1. 匿名

    1. 「天理教信者以外の方」
    この言葉については、 天理教の内側からの立場の言葉だと思います。
    「天理教の言っていることだから 天理教の関係者しか駄目なのか?」に対しての言葉だと思います。
    何か言葉足らずではありますが…

  2. 匿名

    2. Re:「天理教信者以外の方」
    >正ちゃんさん
    でも、じゃあどうしたらいいのかという問いに答えるのは難しいですね。私なら「信仰を問わず」と答えますかね。ただ宗教の本質を捉えるならば、行政や病院では受け入れられないマイノリティ(嫌われ者)こそを受け入れてほしいという願いはあります。オウム真理教信者とかね。最も嫌われる隣人を愛することこそ宗教の役割かと。

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