天理教に2つも大学が必要なのか。

本日、我が家に届いた天理時報4235号の一面は『「天理医療大学」来春開学へ」である。天理医療大学って何だ?と首をかしげてしまった。どうやら、天理教が所有する病院である天理よろづ相談所「憩の家」病院の傘下にある看護専門学校と医療技術専門学校が統合し、大学へと改編するようだ。ということは今後、天理教は2つの大学を所有することになる。なるほど。あれ?冷静に見ると、これは天理教全体として見るとおかしい話ではないだろうか。大学にするのであればすでに存在する天理大学に医療系の新学部を作ることがナチュラルではないだろうか。天理時報では大学への改編について、「より質の高い医療を提供するとともに、近年の少子化や、若者の高学歴化に対応するうえから、4年生大学への移行を目指すもの。」というもっともらしいが、中身がまったくない説明がなされている。社会を斜に構えて見てしまう質の悪い私は、こうした弱者救済には程遠い不可解な組織改編にはどうしてもお金の動きが気になってしまう。同時に、母体となる病院が公益財団法人へ移行する記事もさらっと扱われている。私は法人資格には全くの門外漢であるが、特殊法人も公益法人も真っ先に思い浮かぶのは「天下り先」である。また、なぜ天理大学はそっちのけで改編が進められたのか。そこで、以前その病院に勤めていた天理教人Aに聞いてみた。
Aの話を要約すると、この病院のほとんどの医師は京都大学か奈良医科大学の医師である。それらの医師は天理教とは全く関係がなく、ただの大学医員の研修先、就職先として機能している。むしろ天理教を信仰している医師であっても、それらの大学出身でなければ相手にされないそうだ。また病院の経営側にいるもののほとんどは医療経済を知らない天理教幹部である。なぜ、何も知らない人間でも病院経営が勤まるのか。それは天理教信者にとって、この病院は天理教によって「素晴らしい病院」と刷り込まれており、病院側は何の努力もせずに全国から患者を集めることができる。医療レベルは普通であり、「素晴らしい」という形容が当てはまる医学的功績はない。これらのことから、天理大学への改編入は天理教幹部と病院幹部の「甘い蜜」を減らすことになる。当然、天理医療大学なるものは、教団と病院の天下り先増加として機能する。新しくなる医療大学自体の建物やカリキュラム内容は大きくは変わらない。そのかわりに名前と就学年数が変わる。建物は変わらずに名前が大学に変わるということは、運営者・関係者が増えるということである。これらのことから天理教は大学を2つも所有するという前代未聞の事態になっている。公益という信頼の名のもとに、どう考えても病院側が天理大学への編入を嫌がったことが見える。
私もよく分からないし、ある特定の人物の逸話を「本当の話」として扱うのは危険である。しかし内部にいた人間のリアルな肉声としては納得がいくことが多い。以前私が聞いた話では、病院の設立当初は関西では有数の先端医療施設であったようだ。設立当初からハイレベルであったのは、教団が多額のお金を用意して京都大学から医師を呼び、高額な医療機器を購入したからであると聞いた。その後の教団と病院のお金の関係は分からないが、Aによると現在、病院自体の経営も厳しいようだ。経営は厳しくなっているのに病院は新病棟を建設するなど拡大を続けているとのことだ。となると、今も教団から病院へのお金の流れはあるんだろうなと私は推測する。病院がどこまで拡大を続けるのかは分からないが、ひょっとしたら病院拡大も、大学改編も教団は病院を統制できなくなっているのではないだろうか。私の考えすぎだろうか。教団側から考えると、天理教が2つの大学を近所に持つことはあまりに不自然である。どう考えても「おかしいでしょ」となる。全国各地の大学が淘汰されていく中で、大学や病院の破綻から天理教が崩壊しないことを祈るばかりである。そもそも何の目的で大学にするのかや病院を拡大していくのかが不明であることは、宗教団体としは根本的に大きな不安ではなかろうか。お金を見すぎて、信仰の本質が分からなくなっているのではないかと私は危惧する。今後も、この大学と病院については調べていきたいと思う。特に幹部の年収などのお金の流れについては、公務員の天下りと比較してみたいものだ。本記事の情報が誤っている場合は訂正するので教えてください。また他の情報があれば教えてほしい。

天理教に2つも大学が必要なのか。」への4件のフィードバック

  1. 匿名

    1. お与え
    私が聞いたところによると、本部員さんの役職には給料は無くて、本部からのお与えだけである。

    と、確かな筋から聞きましたよ。

    そのかわり、世話人とかのお礼が、世間ばなれした額ですからね。

  2. 匿名

    2. Re:お与え
    >1sinnjyaさん
    病院から天理教幹部への「お金」がないとしたら、病院の利益は病院の人間だけが消費するのであれば、教団はさらに病院をコントロールできていないということでしょう。ただ、甘い蜜はお金に限らず名誉欲も大切なキーワードですね。ただ「お与え」や「お礼」はグレーゾーンなので実態はどうなんでしょう。相場とかあるんですか?宗教の非課税に私は賛成ですが、場合によっちゃ反対派になりそうです。病院の財務諸表は公表されているはずですが、一般公表とかないんでしょうか?

  3. 匿名

    3. 無題
    病院側が呼んだ学閥のボスが, 自分は「学部長」じゃいやだ、「学長」でなければならない、と言ったから、しぶしぶ新しい大学をもうひとつつくらなければならなくなった。そんな話もきいています。いずれにしても教内の民意で作られるわけではなさそうです。

  4. 匿名

    4. 無題
    天理教が病院の単なるカネヅルなら問題でしょう、病院の独立採算を要求した方が良い。
    税金が国民から出ているのなら、天理教の支出は信者から出ている。
    信者からの集金体質自体見直されるべきでしょう。
    私も行きたい教会があっても、お供えを考えると躊躇してしまいがちです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

【投稿コメントについて】
以下のようなコメントは削除します。通常の迷惑メールに加え、敬語を使わない、10語以内、他者の意見に耳を貸さない、名前を変え何度も同じようなコメントをおこなう、非論理的文章など読者に配慮しないものも含みます。なお1度削除しますと、以降自動的に同じIPアドレスからはコメントできません。悪質な場合は自動的にアクセスブロックとなります。