社会における天理教の役割を考える人は誰か

ある方から「天理大学おやさと研究所夏期特別講座「教学と現代8」東日本大震災における天理教の救援――全教あげての活動と今後の課題を考える」というものがあるとお知らせいただいた。
http://www.tenrikyo.or.jp/jpn/?p=4027
大変興味深いが、この日は土曜日であり仕事があって私は行けない。私が一番興味があるのは、震災における天理教の活動よりも震災における天理教的見方である。そういう視点では講演やパネルディスカッションよりも、司会の方の話を聞いてみたい。この司会の方が出力される文章は非常に宗教学的であり私も勉強させてもらっている。日本の宗教学者の実態として、ほとんどの学者がプライベートでの信仰を持っている。加えて哲学から派生して100年余りしかない宗教学では、ややもすれば独善的な理論展開となる。その学術的な不安定さは天理教学でも同じである。特に天理教内の研究機関であれば、いわゆる「御用学者」として一定の水準で思考が停止する。その結果、学問なのか布教なのか分からない状態となる。そういう視点では、この司会の方の書き物は宗教学的に天理教を読み解こうとする姿勢が感じられる。震災以降のグローカル天理の文章しか読んでいないが、少なくとも私はそう思う。感じ方は人それぞれだけど。誰か本講座の感想を教えてくださいな。

社会における天理教の役割を考える人は誰か」への5件のフィードバック

  1. 匿名なんです

    さっちん様へ

    社会における天理教の役割ですが、お年寄りをお守りするという役目も持っていると思います。今子供や孫世代が自分達が車で親元に通える距離に住んでいたりしますが、これはお年寄りが自分から行ける距離ではありません。お年寄りは人様や子供、孫世代に迷惑をかけたくなくて自分達の中で処理しようとされます。
    介護保険制度として限定された状況の中、命にかかわる状況にありながら手をさしのべることが誰にもできない状況があります。アプローチ出来るのは御近所様、布教所、教会だけということがあります。
    教会はお供えをもらう以上に守ることができるのではないでしょうか。
    魂を司る神様については、勿論親神様だと思いますが、10柱の中で関連する神様がしおりに載ってるように思います。10柱の神様は臓器内分泌循環骨格神経系以外にあてはまらない神様もおられるのではないかと思うのですが。説明できる方々が多くおられると思います。

  2. さっちん

    匿名なんです 様

     「人助け」ということを常に念頭に置いて、お年寄りなどを心を込めてお世話されている教会もあることでしょう。
    でも、ヤフー知恵袋でしたか、に、書かれてましたように、教会維持が精一杯、で、人助けどころではない、という所も多いことと思います。そういう組織上の問題を改革しなければ、お年寄りを守る、ということに関しても一教会のみの奮闘では解決しない問題と思います、残念ながら。

    >魂を司る神様については、勿論親神様だと思いますが、10柱の中で関連する神様がしおりに載ってるように思います。・・・説明できる方々が多くおられると思います。

     私が記事コメントの欄で述べた事は、あくまで、お筆先から解釈できる範囲のことですから、そのような詳しい方々からのご説明があれば喜んで聴かさせて頂きます。
     私は自分の意見に強硬に固執したりは致しません。納得できれば、自分の主張を変えることも、勿論構いません。ホントですよ。(笑)

  3. 匿名なんです

    さっちん様
    教会維持に精一杯で、人を助けられる程生活に余裕がないというのは辛いところです。見守るしかできなくても見守ることで助かる方々もおられると思います。教会ではないですが、先日朝早く庭先をほうきで掃いておられる方をお見かけしました。私と世間話をしながら長いこと掃いておられましたが、その方は何をされていたかというと、御近所の方が診療所に行くために急な坂道を降りるのを付き添うためにほうきで掃きながら待っておられたようです。付き添っておられたのは、足を怪我されてる方だったのです。見守りのあたたかさを感じる出来事でした。例えがずれていますが、見守ることだけでもとても大きいと思ったため書きました。
    ずれてますね。すみません。
    それから10全の守護のお話については、病気についての解説の講座などで教えていただくことがあります。

  4. さっちん

    >御近所の方が診療所に行くために急な坂道を降りるのを付き添うためにほうきで掃きながら待っておられたようです。付き添っておられたのは、足を怪我されてる方だったのです。見守りのあたたかさを感じる出来事でした。

     私の考えが足りませんでした。確かに、そういう声掛け、見守り、独居老人などを見廻ったり、ということなら、教会の経済の問題とは関係ないですね。私、教会が、お年寄りを、介護施設のように預かってお世話する場合のみ考えておりました。上記の例の方のように、そういう、ちょっとした心使いなど、教会が先んじてしてあげてれば、地域の方々も、影響を受けて、そのようにして下さる方が増えていくかもしれません。経済的な事よりも、心、ですね。

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