東京出張について

東京出張に2泊3日で行ってきました。

時間がなく大井町駅前のマクドで昼食を取っていると、聞いたことのある音が。
駅前のロータリーから拍子木の打つ音が聞こえてくるではないか。

眼をやると、初老の男性がハッピを着て拍子木を叩いていた。

天理教人としては彼は素晴らしいのだろう。

しかし、彼の前を歩く人たちは、不愉快そうな眼で彼を見、
ホームレスを避けるように邪魔そうに彼から距離を置く。

彼がやっていることを否定するつもりがないが、
こういった社会との解離現象を天理教の人達や官僚は直視し熟考したことがあるのだろうか。
非常に大切なことだと私は思う。
 
自己満足とまでは言わないが、一般人への天理教へのイメージは良いわけではない。

常々感じることだが、雛形とは教祖や先人と「同じ行為」をすることではない。
同じ行為ではなく、同じ意志、同じ理念を持つことなのである。

なぜ、誰もそれを言わないのであろうか。私は本当に疑問でならない。
その時代には、その時代のやり方があるというのは社会生活では常識である。

天理教は今後、どうなっていきたいのであろうか?
聞けるものなら聞いてみたいものだ。

東京出張について」への1件のフィードバック

  1. 匿名

    >雛形とは教祖や先人と「同じ行為」をすることではない。
    同じ行為ではなく、同じ意志、同じ理念を持つことなのである。

    同じ意志、同じ理念を持つ人が本部にいないから、説けないのです。ハイ
    どこかにはいらっしゃるはずですが。

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