修養科、教養掛について

修養科、教養掛というのは、3ヶ月の修養科の先生であります。
詰所での修養科生の指導、監督や学校での教師をすると私は聞いてます。

昨日聞いた話なんですが・・・

ある日。
仕事がうまくいかない教会長子弟A君が、半ば強制的に修養科に参加することになった。
修養科の生活に慣れるために修養科開始期間より早めに天理に入った。

詰所とはどういうところなのだろう?
どういう生活が3ヶ月も続くのだろう?

と若者は不安でしょうがなかった。

教会長である親も心配し、社会適応の難しさを教養掛の先生に伝えた。
教養掛の先生はとても親身になり「よく分かります。じょじょに頑張りましょう」と。
そして、先生はA君にも「朝が苦手なら、じょじょに早く起きれるように頑張ろう」と。
A君は、先生の優しさに安心し、3ヶ月続けようと胸に刻んだのである。
両親も安心し遠方の故郷へと帰った。

次の朝、A君は先生の怒号で起きた。
朝が苦手なA君も突然のことに飛び起きた。
独り部屋なのに、先生は断りもなくガラっと扉をあけ、怒りちらしたそうです。

A君は不安でいっぱいで、話し合いもできそうになく、帰りたくなりました。
A君は事の顛末を親に電話し「まだ始まってないけど、帰りたい」と話しました。
すると、親はA君に「先生から電話きたよ。あなた、先生の言うこと聞かなかきゃだめじゃない」と言ったそうです。
先生はA君がいかにダメな人間かを親に電話で言ったそうです。

A君は失望しました。誰も味方がいないと感じました。天理教の理不尽さを知りました。

カイチョウさんの質的低下を私は常に主張しています。
こういったケースは本当によく聞かれます。

人の話を聞けなく、権力で自己の価値観を押し付けるカイチョウさんは多いです。
多用な価値観を認めるという枠内では収まりきらなくなっています。

こういった暗部に対して何らかの対処をしなくては、天理教の将来は容易に見えてきません。

尊敬できない人間が信仰する宗教を、信仰する習慣は私にはないです。
他にあれば教えて下さい。

修養科、教養掛について」への1件のフィードバック

  1. 匿名

     女子修養科生にセクハラ行為をした教養掛の先生がおります。また精神的身上者に色情因縁が!と言い放った教養係の先生もいます。たすかりたくて行った修養科で、そのように、新たに精神的傷を負わされた者がいるのです。修養科は、密室でありますから、気を付けるべきです。そして、男女は別にして行わねばなりません。女子修養科生の場合は、女性の教養掛を付けるべきです。

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