20年後の天理教について  真柱をヒントに。

前々回に「天理教の歴史的使命の結論は20年後には出ています」と書いたことについて
「信者の高齢化だけでは説明できない」というご指摘を頂きましたので私の考えを補足をしたいと思います。

確かに信者の高齢化だけを根拠に20年と指定するには無理があります。

もちろん、そう指定したのは複合的な理由があると考えています。
その一つを今回取りあげてみたいと思います。

私が天理教に関して感じることの一つに、真柱という存在があまりにもアンタッチャブルな存在であることであります。
なぜ、それほどまでに信者は真柱を神格化し過剰なほど畏敬の念を抱いているのか。
日本の象徴である天皇と同じくらい、いやそれ以上に絶対視されているのか。

真柱は神なのか? 

私が「真柱様ってどんな人ですか?」と聞いても、ほとんどの信者は露骨に質問する私を敬遠する。
しかし、一般感覚として普通に知りたいことであるはずではないのか。
詮索でもなく、興味本位でもなく、大組織のリーダーがどんな人かを知るのは普通感覚のはずである。これが普通でないなら私が間違っているが。

そこで、色々しつこく聞いて集めた情報は、彼はかなりクレーバーな人間であるということだ。
もちろん学歴ではない。(そういえば、天理教幹部に天理大学卒が少なく、有名大卒が多いのも不思議である)

もう一つ重要なことに世継ぎ問題がある。
この問題も、誰も口にしないのは誠に奇妙としか言えない。
「次の真柱は誰かなー」や「お子様は生まれないのかなー」というのは
天理教の将来において、かなり重要事項であるはずだが誰も口にしない。
それは教団内合意が形成されているのか、暗黙の了解なのか私は知らない。
私なら自分が所属する組織の次期リーダーは気になってしょうがないと思う。

真柱はクレーバーであるということであるが、もしそうであるなら、彼が自身を神格化し
お子様を生まないのは彼の思惑なのではないかと思う。
つまり、彼には自分の振る舞いによって、今後の天理教の将来像というものが頭にはあるのだと思う。かなり明確に。当然だけど。
その将来の天理教の青写真というのは、私が主張するように将来的に天理教は消滅しなくとも、現在とはかなり縮小した教団になるというイメージであると思う。
もし、クレーバーな彼が天理教の繁栄を真剣に考えているならば「繁栄する政治判断」をすでに行っているはずであるからだ。
彼が「天理教は衰退する」と断定しているか、「将来、天理教の歴史的使命は終える」と考えているならば、「世継ぎになる子どもは生まない」という政治判断は計算されてのことだろう。そして、そこに信者の意識を持っていかないために北朝鮮のおっさんのように自身を神格化させ不可侵なものとして絶対的存在とすることは必要である。
彼一人を神格化することは、周りを無能、無名、無害化することも含まれる。
実際、現天理教幹部で真柱に対抗できるくらいカリスマがあり、有能な人物は見当たらない。(私が知らないだけかもしれないが、私が知らないということは信者8割以上が知らないでもいいと思う。主観だけど。)
そして、その絶対的存在が崩れる時に、教団はカオスと化すだろう。
そして、混沌としているうちに求心力を低下させるのは組織の性である。
というのが、クレーバーな彼が思い描く天理教の青写真であろう。

もし、彼がクレーバーでなかったら。。。
お子様ができないのは身体的理由か、何かの別の理由があるのだろう。
そして、お子様が懐柔された際には万々歳であろう。もうないと思うけど。
そして、「このまま」天理教の衰退は淡々と進むだろう。

以上のことを踏まえて、真柱という役割の機能不全も大体20年後には判定可能であると私は考えている。
そして、やはり20年後に天理教は衰退する道を選ぶ可能性が高いと思う。
なぜなら、真柱の言動を見て「こいつキレるな」と思うことがあるのは私だけではないだろう。そんな彼が、今後の天理教の行方を考えていないはずがない。

なぜ、衰退する必要があるのかー

それは、その方が陽気暮らしができると彼が判断するからだろう。
天理教を信仰しても、人間生活に何のメリットもないとね。

20年後の天理教について  真柱をヒントに。」への1件のフィードバック

  1. 匿名

    1. 怖れ
    天理教を信仰したがため、不幸のどん底を味わった我が一族。
    100年という長い歴史を天理教にひたすら貢いできました。
    明治の頃から、末端教会のままであり続け、私に怖れの信仰を植え付けさせた。

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