ポスト130年祭の天理教はやはり衰退を止めることができなさそう

先週末、3月27日の産経新聞にて天理教の人事がニュースとして流れた。「天理教人事 内統領に山澤氏を再任、表統領は中田氏」という見出しで、内容は「天理教(本部・奈良県天理市)は27日、祭儀などを担当する内(うち)統領に山澤廣昭氏(65)を再任し、布教や伝道を担当する表(おもて)統領に中田善亮氏(53)を任命したと発表した。任期はいずれも3年。」という内容であった。
私はこのニュースに注目した。なぜなら、天理教は来年1月に教祖が死去してから130年という区切りの年(教祖130年祭)であるからである。
私見では、今後の天理教の趨勢は、まさしく130年祭後の動き方(次の140年まで)でほぼ決すると見ている。1986年の教祖100年祭以降、天理教の人員と財政は下降の一途である。天理教や天理教本部の求心力の低下は、「ポスト130年祭問題」として私はここ数年が分岐点であると感じている。
分岐点というのは、天理教構成員数や財政の数値として天理教が政治的・社会的に現影響力を保持したままの組織として維持できるか、あるいはこのまま沈没して社会にとって「いてもいなくてもどうでもいい存在」として更に下降するかのどちらかである。具体的に言えば、毎年の天理市への10億円を超える寄付金や、大学への30億円、病院への10億円、一れつ会への10億円の回付金が運転できなくなったとき、天理教の存在価値は低下することは言うまでもない。
今回発表された任期3年という天理教の執行機関としてのトップ人事は、今後の天理教を占う上での布石といっても過言ではない。
はじめに説明しておくと、産経新聞にもあるように、内統領とは主に天理教の神事に関するトップである。一方、表統領とは広報なども含めた天理教組織の行政機関のトップという考えでほぼ間違いではない。つまり、この表統領がどういう行政采配や思想をもっているかということが天理教の将来を決める大きな役割となる。
私は、早速この中田善亮氏に関してググってみた。この人は天理教トップである真柱の後継者となっている中山大亮氏の父親であるようだ(真柱に実子はいない)。つまり表統領となる中田善亮氏は、真柱の弟である。真柱に後継者がいないなら継承順位にならって権力の移譲をすればいいと思うが、養子縁組までするなんて天理教の血を巡る執着が、この平成の時代に異様に感じられ引いてしまうのは私だけであろうか。大塚家具もびっくりではなかろうか。
さらにググってみると、この中田善亮氏は、表統領の前は布教部長という役職についていたようだ。布教部長?そんな冗談があるのか。布教部長として天理教の衰退を止められなかった人間が、なぜ表統領として登用されるのか、通常の社会人であれば理解できない。営業の成果をあげられなかった営業部長が、社長に就くようなものではないか。この時点で天理教は、本気で天理教を立て直す気がないことは明白である。何よりこの人事発表に際する知り合いの天理教人のメールの反応は、驚きでも、絶望でもなく「ふーん、くらいですね。大して関心がないですよ」と聞いたのがそれを物語っている。
さらに天理教の週刊新聞である「天理時報」の手配り活動を推進した責任者の一人であることは間違いないようだ(天理教福岡教区 黒門より)。このようなミクロレベルでの一つの政策が、天理教の一大プロジェクトとなっていることに、天理教の布教戦略の手詰まり感が否めない。営業でいばヤクルトを郵送で送るかヤクルトレディを動員するかの違いでしかない。そもそものヤクルトの品質を高めるという議論こそが今の天理教には喫緊に必要であろう。未来の天理教を真剣に議論した結果として「この人なら」という人間が選べない古い輪番制組織である。どれほど良心的な私でも、今後の天理教に明るい光を見出すことは到底無理であると思うニュースであった。

tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

ポスト130年祭の天理教はやはり衰退を止めることができなさそう」への57件のフィードバック

  1. にごったヤクルトは飲みたくない

    にごったままでいいじゃないかという人が多すぎる現状、なんともなりません。
    せめて正善さんがあと十年長生きしていてくれればよかったな。
    屋敷の掃除は永遠のテーマだとおもう。

  2. 古い教会長

    いや、正善さんが蒔いた種が、芽生えて来ているだけだと思う!

  3. 自立人生

    テーマ: 任期満了前の新人事は悪あがきの始まりか

    天理時報(2015.4.5.)中田善亮表統領(53)新任、山澤廣昭内統領氏(65)再任。教庁の本部勤務者やひのきしん者が年々減少し、組織統廃合リストラ。
    任期満了前に行われた今回のリストラで、新人事リストの中から前表統領上田嘉太郎氏(70)と永尾教昭道友社社長(58)の名前が消えた。

    任期満了前に急遽新人事が行われた理由は何か?
    末端教会や一般信者には伺い知ることは出来ないが、ゲスの勘繰りで推測してみよう。

    教祖130年祭は来年1月だが教会本部中枢としては130年祭は既に終わったも同然で、焦点は140年祭をいかに行うかに移っている。
    1.戦後中山正善二代真柱により制定された天理教教規第一章総則第八条:「真柱は中山氏を名乗る。真柱の継承者は、教祖の血統者の系譜に基づき、本部員会議において推戴する」と明確に中山家の真柱世襲制を規定している(青地晨「天理教」p286)。
    2.善司四代真柱には子供がいないので弟にあたる中田善亮本部員の長男大亮氏を2年前養子にもらった。
    3.教勢は50年間衰退する一方だが特にこの10年間の衰退は激しく、一般信者にとっても善司四代真柱のやる気は全く感じられない。
    4.教祖140年祭の前には中山大亮氏を真柱に就任させ、一か八か140年祭は若い大亮五代真柱で行いたい。
    5.大亮真柱継承者は平成3年生まれ、現在24歳。10年後でもまだ34歳で本部員や大教会長に対し押さえがきかない。新しい父親である善司四代真柱はやる気がないし養子に入った弟の息子を仕込む力もない。
    天理教の幹部は幼稚園から高校まで同じ学校に通い子供の頃からの知り合いで、若い信者にあっても「あいつが真柱か」と尊敬されない。
    6.天理教信者の中心をなす60歳台―70歳台の信者は10年後の教祖140年祭の頃には高齢のため半減、新たなようぼくになる信者も10年後には半減し年間2500人を割り込むであろう。
    激しい衰退は進む一方で決して止まらない。
    7.とにかく中山家を中心とした「天理教」を守るためには兄弟(善司・善亮)が力を合わせて前後左右から押し寄せる圧力に抵抗するしか方法がない。全てが少しでも先延ばしの延命工作である。
    8.中山真柱家の焦りが今回の新人事発表である。

    中山真柱家が焦る根拠と理由。
    <おさづけの理拝戴人数(年間)>(みちのとも毎年2月号統計):
    2005年: 9444人。
    2006年: 9991人(120年祭)。
    2007年: 7055人。
    2008年: 6825人。
    2009年: 6763人。
    2010年: 6708人。
    2011年: 5850人。
    2012年: 5375人。
    2013年: 5541人(年祭活動1年目)。
    2014年: 5274人(年祭活動2年目)。
    2005年から2014年の10年間で年間4170人(44%)減少。

    130年祭が終わると年祭疲れがドット出て、おさづけの理拝戴人数(年間)は5000人を割り込む。

    <天理時報手配り率、発行部数、おさずけの理拝戴者数>:
    2007年2月25日決起大会時:
    天理時報発行部数15万5千部(手配率6.9%)。
    2007年おさずけの理拝戴者数(年間):7055人。

    2014年9月25日全国社友大会時:
    天理時報発行部数13万部(手配率48.3%)。
    2014年おさずけの理拝戴者数(年間):5274人。

    <天理時報、8年間の減少数、減少率>:
    8年間で手配り率は6.9%から48.3%へ41.4%上昇したが、
    発行部数は15万5千部から13万部へと2万5千部(16%)減少。
    本部が全力を挙げて行った時報手配りの8年間でおさずけの理拝戴者数(年間)は、2007年7055人から2014年5274人へ1781人(25%)減少。

    <ようぼく再生産率>:
    現在のようぼくのはっきり実数は不明、2014年のようぼく人数を85万人(推定)として計算した。
    2014年ようぼくになった人数5274人÷ようぼく人数850、000人(推定) =0.62人。
    つまり、既存ようぼく100人で新たなようぼくが年間0.6人生まれる計算となり、99%以上の既存ようぼくは全く布教活動をしていないか、活動をしてもほとんど成果を上げていない。
    戦後70年間の教団のやり方に教会長も一般信者もソッポを向き全くやる気を起させない組織制度である。
    天理教は「衰退」の時期を通り過ぎ、「崩壊」へと進んでいる。

    <天理教を職業としない一般信者のすすむべき道>:
    1.教団や所属教会を中心とした言われたことをやる組織信仰からの卒業。
    2.組織信仰から卒業し、自分で学び考え生活と仕事の中で教えを実践する。
    3.自分で学ぶための教材:上田ナライト、井出くに、増野道興、大西愛次郎、中澤隼人、芹沢光治良、天命庵大徳寺昭輝、松本滋(谿郷分教会長)、山本利雄(いこいの家医院長)、天理教再生への提言(中西真彦、元ベンカン社長、元東京商工会議所副会頭、国家ビジョン研究会代表理事)、そのほか教団本部や教会では教えない先人の方々。
    4.組織信仰から卒業し自分で学び教えを実践することまでは、出来ないと言う人は、では信仰を捨てれば良いのかといえば、それが簡単な事ではない。
    幼いころからの教えは体に染みついており、脱教するには大変なエネルギーが必要であり、教祖にたいする罪悪感も出てくる。
    家庭の中においても今まで信心し大切にしてきた教えを捨て去るという事になれば夫婦、親子関係がおかしくなる。
    5.もし身近に指導してくれる立派な教会長がいる人は幸せな一般信者であるが、その様な信者はまれであろう。
    人に頼るのではなく自分で学ぶしかない。
    みかぐらうたやておどり、鳴り物は、その気になれば教えてくれる人はいる。
    6.自分自身で仕込む決意が無い限り未信者を崩れゆく組織信仰に導くべきではない。
    7.おさずけの理を拝戴していなくとも、病気に苦しむ人があれば親神にその人の回復を祈る努力は続ける。

    おさずけを渡した人は、中山ミキ、飯降伊蔵、上田ナライトの3人だけである。
    生まれる前から「真柱の真之亮」と中山ミキに名づけられた中山新治郎初代管長はおさづけを渡していない。

    上田ナライトが身上事情でおさずけの理を渡せなくなった大正7年7月11日中山新治郎初代管長夫人の中山たまえ氏が本部員と相談して受訓のお運びをするようになった。
    リ・ラックマン:
    授訓について(その一)
    http://blogs.yahoo.co.jp/kunitokoomotari2tu1tugatennori/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=19
    授訓について(その二)
    http://blogs.yahoo.co.jp/kunitokoomotari2tu1tugatennori/MYBLOG/yblog.html?m=lc&p=18
    おさしづに基づかず中山たまえ氏が受訓のお運びするようになりこれ以降おさずけは形骸化した。
    中山正善二代真柱、中山善衛三代真柱、中山善司四代真柱の渡すおさずけの理は人間が決めた制度であり形骸化したおさづけである。

    中山善司四代真柱はおさずけの理を渡す前に、まず自ら毎日本部神殿の片隅に終日座り身上者に対しおさづけを取りつぐべきである。
    身上者に対しおさづけを取りつぎ効能が現れるのを実証し納得してからおさずけの理を渡すべきである。

    中山大亮真柱継承者は、もし本当に五代真柱になろうとするなら、父親の後について回り儀式中心の真柱見習い修行を直ちに終中止し、テント、飯ごう、寝袋など野宿用品一式を自転車に積んで日本各地の教会を回り、訪問先の教会の座敷に泊まるのでは無く、敷地の隅にテントを設営し野宿しながら末端分教会を訪問すべきである。
    5年かけて九州から北海道まで末端分教会1、000個所程度を訪問し教内の実態を知るべきである。
    住所と地図を頼りに行ってみたらそこは空き家だった、という事も経験すべきである。
    教内の実態をしらずに、養子に入っただけで祭り上げられて五代真柱になったところでまともに働く事はできないし、信者がソッポを向き誰も言う事を聞かない。
    言う事を聞くのは、きいておいた方が得だと思う宗教屋だけである。
    全国を回るとき「大亮様お入込み」など馬鹿げた悪習を廃止すべきことはもちろんである。
    大亮氏が中山ミキの教えを本気になって行うなら支持しついていく信者は増えるが、中山ミキを中山家の守り神とし、本部員や大教会長のロボット・操り人形になるなら必ず没落する。

    天理教を職業とする教会の若い人へ。
    組織にへばりつく信仰はやめるべき時期である。
    自分の頭で考えず、真柱や本部員、大教会長の指示通りに動いた結果が今日の天理教である。現在の制度組織がこのまま続かない事は、教会の人が一番良く知っている。老人に何を言っても手遅れで始まらない。
    教会の若者はいったん教会から世間に出るべきである。
    世間に出て世間で働いて、世間で中山ミキの教えを実践し、生活経験を積み、その後組織の中に戻るなら真の働きが出来るであろう。
    教団や大教会のロボット、操り人形になるのが一番愚かな道である。

    誤解を招かぬよう一言断っておくが「自立人生」は世間で働く末端教会の一信者である。
    以上

  4. 自立人生

    テーマ: No.2任期満了前の新人事は悪あがきの始まりか

    No.2 中山真柱家が焦る根拠と理由。

    みちのとも毎年2月号(統計)、8月号(教庁決算):
    年度    初席者数   おさづけの理   教庁決算
    2005年: 19568人    9444人    165億円。
    2006年: 22755人    9991人    159億円(120年祭)。
    2007年: 13619人    7055人    155億円。
    2008年: 13069人    6825人    155億円。
    2009年: 13431人    6763人    142億円。
    2010年: 13424人    6708人    137億円。
    2011年: 10780人    5850人    133億円。
    2012年: 10816人    5375人    128億円。
    2013年: 11862人    5541人    120億円(年祭活動1年目)
    2014年: 11507人    5274人    未定   (年祭活動2年目)

    <別席の誓い(初席)者数、おさずけの理拝戴者数(年間)>:
    年度     初席者数   おさづけの理
    1966年  110287人  37681人(岐路に立つ天理教、神宮寺真p209)教祖80年祭の年
    2014年   11507人   5274人(みちのとも2015年年2月号)。
    48年間で別席の誓い(初席)者数は十分の一に、おさづけの理拝戴者は七分の一になった。
    以上

  5. 匿名

    初めてコメントさせて頂きます。他の方のコメントも読ませて頂いております。が、ここぞと言わんばかりに真柱批判をされているコメントが目につきましたので、忠告させて頂きます。自立をした真の用木は、決して真柱批判はいたしません。何故なら、中山みき様天理王命様の天の理の教えを教えて頂ける、先生と呼べるのは、現在、真柱様しかおられないからです。真の用木であるならば、自立をするのであれば、まずは、二代真柱様の天理教教典講話を読む事をお勧めします。真柱様の講話本、全て読む事をお勧めします。

  6. 古い教会長

    ご忠告ありがとうございます。素晴らしい真柱様がトップにおられるのに、どうして天理教は疲弊してしまっているのでしょうか?

  7. おしえてください

    そうですね。ご指摘ごもっともですが、(↑「現在、真柱様しかおれれない」⇒)今の真柱さんは何を読んだらいいですか。訓話集ですか。みちのともですか。匿名さんはなにをよんでいますか。二代さんの本を読めなどとおっしゃる匿名さんも、実のところ、今の真柱さんを軽んじてはいませんか。

  8. 匿名

    現在の四代真柱様は歴代の真柱の中でも私は一番ご苦労されている最高の真柱と思っております。毎月の神殿講話をきちんとお聴きになり、理解することかと思います。一度聴いただけでは深い所まで理解出来ないかと思いますので、天理時報で真柱様が意図されていることを読み取って頂きたいと思います。私見ですが、天理時報は真柱様の講話だけを一時一句残らず掲載しておけばよい。ただそれだけで良いと思っております。

  9. 匿名

    天理教はなぜ疲弊してしまっているのか?という古い教会長様にご質問頂きましたのでコメントさせて頂きます。なぜ疲弊してしまっているのか。…それは、私に質問されるまでもなく、古い教会長様が一番お分かりなのではないでしょうか?…こちらのブログしかり、他のサイトもそうですが、その原因は、もう何年も前から出尽くしていると思います。あえて申し上げるとすれば、中山みき様天理王命様がてびきし、引き寄せた真の用木と呼ばれる方々が、教団組織の教えは、中山みき様天理王命様の教えではない。と、気づいたから。ただその一言につきると思います。

  10. 匿名

    追伸です。私がなぜ二代真柱様の天理教教典講話本をお勧めしたかと言いますと、天の理の教えを実行するに当たっての、用木に対しての基本中の基本を述べておられるからです。そして、それを踏まえた流れを三代様、四代様と継承されて来ておりますので、用木として自立をしたいとお思いの方にはお勧めしております。それを踏まえてでないと、四代真柱様のおっしゃる事も、なかなか理解出来ないかと思いますので。

  11. 一文字隼人

    匿名さんのコメントを拝読して気になる部分があります。

    >「中山みき様天理王命様の天の理の教えを教えて頂ける、先生と呼べるのは、現在、真柱様しかおられないからです。」

     では先生と呼べない方ばかりで真柱様だけが天の理を説けるということになりますが、ちょっと違うように思います。
     神の社としして教祖中山みき様が、口で筆で教えてくださったのが天の理で、信仰の元はそこになければならないと私は考えています。それを説けるのは教えを深く理解し、実践し、人からもなるほどの人だと言われるような人だと思います。

     人から「先生」と呼ばれても代々の信仰のおかげで本部のポジションに就き、とても人に教えを説けるような人とは思えない人も少なからずいるのではないでしょうか。これは本部に限らず、地方の教会でも然りです。

     自立人生さんやこのブログの管理人さんは具体的なデータを示し、客観的に分析して意見を述べているように思います。(やや、主観が強く入り言葉が強くなっていることもあるかとは思いますが。)

     誰の目にも明らかな衰退の原因が何であるのか、よく考えていかなければならないと思いますが、素晴らしい教えであれば立教してから限りなく広がっていかなければおかしいのであって、なぜそうならないのか?何か間違っていないか?どこかにウソが混じっていないか?人間の都合で勝手なことをやっていないか?
    私は子供の頃からおかしいことが教団の中にはかなり多いと思っています。

    >「あえて申し上げるとすれば、中山みき様天理王命様がてびきし、引き寄せた真の用木と呼ばれる方々が、教団組織の教えは、中山みき様天理王命様の教えではない。と、気づいたから。ただその一言につきると思います。」

     「教え」とされているものが「天理王命様の教え」でないのならば、まずはそこを正していくのが真柱様の役目ではないでしょうか。そしてそれができる唯一の人が真柱様ではないのでしょうか?大変なことだと思いますが、それは真柱という立場以外の人間ができることではないし、腹をくくって取り組めば多くの人が真柱様についていくのではないかとも思います。

  12. おしえてください

    ご教示ありがとうございました。今年も同じ話だと思ってしまう私は、なかなか深い所まで行けません。匿名さんと、このブログに書きこまれている論調とでは、裏と表、評価が真っ向から対立していて興味深いです。匿名さんもかなり問題意識をお持ちですね。
    〉一度聞いただけでは深い所まで理解できないが…  言外を周囲が読み取らないといけないというのは、逆にいえば、明確なメッセージとして人々に訴えていないということにもなります。リーダーシップのありかたの問題ですね。
    〉それを踏まえた流れを、三代様、四代様が継承されている。…これは、別のところに書かれていた、「二代さんの蒔いた種」に通じます。
    ちょっとわからないのが、「あえて申し上げるとすれば、中山みき様天理王命様がてびきし、引き寄せた真の用木と呼ばれる方々が、教団組織の教えは、中山みき様天理王命様の教えではない。と、気づいたから。ただその一言につきると思います。」です。この文章の、「みきが引き寄せた真の用木…」とはだれ?でしょうか。もし、いまの本部の古い家柄の方で、その人達が組織教団としてのまちがった教えに気が付きながら、それに安住しているから、というならば、家柄で決まることの問題点の指摘としては共通点があるように思います。理の親などを教義のように理解する問題点の指摘とも同じように思います。ただここで「真の用木」といっていいのかどうか。本部に生まれた人は「真の用木」なのでしょうか。わたしは用木はすべてみきが引き寄せた人だと思っていますので、古い新しいとか、本部に近い遠いで真とか真でないとか考えたくないです。いろいろと興味深いです。ありがとうございました。

  13. 古い信者

    どうでもいいけど一番苦しんでいるのは道専務の方々ではなく、信者であるということに気づいてほしいです。教勢衰退のせいで信者さんの培った苦労は泡にして果ては信仰まで奪っている、それを見て見ぬふりをしている張本人が教団にいるってことなのです。それにこれだけの恩恵を受けていながらまだ教団を支持する、媚へつらう、はっきりこのままではダメ!って真柱様に言える人もいない、傲慢にも程があります。信者をひっぱっていけないなら道専務なんてやらなくていいし、お道の学校にもいかなくていいです。信者の犠牲も省みない今の道専務にお道の学校に行く人は約束させるか強制すべきです。道専務の体たらくに信者はお怒りです。組織の人間が偉そうな事言えるのも信者さんがご苦労された道のおかげだとおもいます。

  14. 匿名

    用木と呼ばれる方々は、真柱批判などしないと思っておりましたので、真柱様の批判はしないでね。の、コメントをしましたら、予期せぬコメントを頂きましたので、正直に言いますと困惑しております。忠告と言う言葉が悪かったかなぁ〜?…えらそうだもんなぁ〜。自戒です。ありがとうございました。

  15. 素晴らしいですね。

    祈って救われない宗教。素晴らしいです。
    窃盗詐欺まがい?
    素晴らしいです。
    石の上神宮さんにどうしたら現状が良くなるか?
    お尋ねになられては如何ですか?
    歴史を見れば一目瞭然なんですから。
    教団発展の途上でも色々有った様ですが。
    お里が知れますね。

  16. 古い教会長

    何とも言えないコメントですね。確かに今の天理教に祈っても救われないかも知れませんが、天理教の教えに添った祈りなら必ず救われると確信するものです。

  17. 自立人生

    テーマ: No.3 任期満了前の新人事は悪あがきの始まりか

    No.3 中山真柱家が焦る根拠と理由

    みちのとも毎年2月号(統計)、8月号(教庁決算):
    年度    初席者数   おさづけの理  修養科修了  教徒登録  教庁決算
    2005年:  19568人   9444人    4201人   2065人  165億円
    2006年:  22755人   9991人    3832人   1902人  1159億円(120年祭)
    2007年:  13619人   7055人    3176人   1528人  155億円
    2008年:  13069人   6825人    3040人   1265人  155億円
    2009年:  13431人   6763人    3138人   1320人  142億円
    2010年:  13424人   6798人    2820人   1284人  137億円
    2011年:  10780人   5850人    2451人   1057人  133億円
    2012年:  10816人   5375人    2555人   1167人  128億円
    2013年:  11862人   5541人    2446人   1069人  120億円(活動1年目)
    2014年:  11507人   5274人    2546人   1037人  未発表 (活動2年目)
    =======================================
    10年間計:140,832人  68,916人  30,205人  13,694人

    <おさずけの理拝戴者の割合(10年間)>:
    10年間の別席の誓い者合計140,832人の内、約半数の68、916人がおさづけの理を拝戴。

    下記、教会本部お抱え学者でさえ中山ミキが亡くなった後、中山新治郎初代管長による教会本部設置から現在までの本部のあり方を見直さない限り天理教の衰退は続くと指摘している。

    戦後中山正善二代真柱により制定された天理教教規第一章総則第八条:
    「天理教を統べ理める者は真柱である。真柱は中山氏を名乗る。真柱の継承者は、教祖の血統者の系譜に基づき、本部員会議において推戴する」(青地晨「天理教」p286)。

    天理教教団の最高責任は真柱である。
    真柱以外に教団の組織制度を変革できる人はいない。
    天理教の衰退をこのまま見過ごすのか、組織制度の変革を断行し衰退に歯止めをかけるのか、決断し実行できる立場の人は善司四代真柱しかいないがその素振りさえ全く見えない。
    このままでは、一昨年10月真柱継承者となった若い大亮氏がやがて真柱に就任しても50年以上続く衰退を止める事はできず天理教の没落は必然である。
    その焦りから、兄へ養子に出した大亮真柱継承者を仕込み支え、ひいては中山真柱家の安泰を図ろうとして中田善亮本部員が表統領就任したのではないのか。
    いかに善司善亮中山二兄弟が力を合わせて大亮氏を支えたところで、肝心要の信者がやる気になってついていかなければ教団の存続が危ういのは明白である。

    天理大学附属おやさと研究所発行、グローカル天理平成23年度公開教学講座「現在社会と天理教」(2)、第3講「古い道と新しい道の間」(辻井正和おやさと研究所研究員)Vol.12No.8August2011.
    PDFファイル
    http://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00000fi53w-att/q3tncs00000fi5go.pdf
    おわりの部分「教会本部が設置された明治21年から現在に至るまでの間に形成されたものについて改めて見直すことをしなければ、30年ほど前からの教勢の推移に対応することは難しい」。
    以上

  18. 自立人生

    タイプミスのため数字を訂正します。
    2006年、教庁決算159億円(120年祭)

  19. 古い教会長

    「現在の四代真柱様は歴代の真柱の中でも私は一番ご苦労されている最高の真柱と思っております。」
    正に、その通りですね。「最高の真柱」という所は「?」ですが。苦労しなければいけないのは何故なんでしょうね?親おやの蒔いてきたきた種ですかね。何が何でも「陽気ぐらし」の手本にならなければいけないのですが。
    「毎月の神殿講話」は真柱様自身が草案して書いておられるのですか?各教会の記念祭でもお話されるのですが、御自身が全て書いておられるのでしたら、凄いお方だと思いますが・・・。

  20. にごったヤクルトは飲みたくない

    匿名さんはすばらしく勉強されていますね。逆説的にいえば気づいた人が真のようぼくといえるのではないでしょうか?
    ご存じのとおり現在の天理教は立教以来中山みきの教えをゆがめ明治からの天皇政権の弾圧に屈して、所謂「応法」の道をつきすすんでまいりました。教会本部の教えはおやさまの教えとは違うと言おうものなら修理人なるエライ?先生が飛んできて辞任を迫り、教籍剥奪して異端の烙印を押され教外に追放されてきた歴史があります。過去には刀の錆になれと言われて教団から消えた万田万吉、おやさまから人足社と言われながら異端にされた飯田岩次良、あらきとうりょうのあの泉田藤吉でさえ辞任させられた暗い歴史を背負っています。
    おやさま30年祭からはいわゆる「応法派」が全権掌握し現在に至っています。特に太平洋戦争中は「革新」の名のもとおよそおやさまの教えと真反対の八紘一宇を教え、よのもと会の前身組織を「一宇会」と称したのは古い教会長さまもご存じのことと思います。
    また、視点をかえれば天理教は分派の歴史をもっていることも無視することはできません。異端と分派は密接な関係にあることも見逃されません。すべてに本部員が関わっているのは言うまでもありません。戦後に総括も反省もありませんでした。
    そこで希望の光とみえたのが二代真柱正善さんの「復元」でした。経過は省略しますが昭和42年の正善さんの死とともに復元の歩みは挫折してしまいました。海外布教しかりです。
    衰退の原因はここにあると確信しています。
    教会長はじめようぼく・一般信者の皆様にあえて申し上げます。自立人生さんの言うように自分の頭で「しっかり思案」して欲しいと考えます。なにがほんとうの中山みきの教えなのかを。
    古い教会長さまはおかしいと気がついても本部の教えは間違っていると言えませんし本部員はなおさらです。自分の先祖は間違っていましたとは言えないからです。
    むしろ期待したいのは教会後継者、一般信者のようです。信仰生活を文字どおり自立させて豊かな人生を送っていただきたい。決して言いなりにならないで、なにごとも「しっかり思案」してください。
    おやさまは「しっかり思案」をおゆるしされています。
    自分の頭で考えること。嘘と本当を篩(ふるい)にかける。これがキーワードです。

  21. にごったヤクルトは飲みたくない

    立教以来の天理教は分派の歴史といって過言ではありません。
    「天啓のゆくえ」によれば
    ・・・・常に自らの教義解釈の正しさに強い自覚を持ち、その自覚にだけ事故の依拠すべき足場を見出そうとする「正統の自覚に依って立つ異端」ともいうことができる。そもそも「異端」とは、もとより異端的な意識にではなく、むしろ正統としての自意識に後押しされるものでおあろう。・・・・中略・・・・「異端」とは「正統」と同じ啓示、教義、信条に立ちながら、その解釈において、正統に対する批判を表明し、正統とは異なる考えを主張するものであり、「異教」とは異なり、一つの宗教的源泉を「正統」とともに分け持つものである。・・・・引用おわり。

    つまり、教会本部からみれば本部が正統、本部から異端とされるものは自らを「正統」としているわけです。どちらも正統ということです。極論すればおおいに違っているのは力関係だけともいえます。
    どちらが本当の中山みきの教えなのかはご自分の頭で「しっかり思案」して頂きたい。正統にも嘘があり、あまたある異端にも嘘がありますのでお気を付けください。

  22. にごったヤクルトは飲みたくない

    誤字がありましたので訂正します。4行目
    誤 事故
    正 自己

  23. 一般信者

    ひどい話だね。信者の金で運営されている組織なのに、自分たち血族で上層部を固めて。
    魅力ゼロの最低の宗教団体です。あほらしくてお供えなど誰も出すものか。いいかげんにしろ。

  24. 古い教会長

    魅力ゼロなら、とっくに潰れているのですが、そうとも言えないところがあります。お供えはしなくてもいいですが、いいところも探して下さい。

  25. セピア

    このぐらいのことは、天命庵で教祖の話を聞けば全て解決し、全て答えが出ますよ。ㄟ( ▔∀▔ )ㄏ

    とりあえず天命庵の平成27年の9月8日の教祖のお話を聞いてみて下さい。

    メッチャいいですよ!! 
    ヤバイです!
    マジで人生観が変わりました!(*>_<*)ノ

    僕は
    天理教33年生 
    天命庵7年生

    天命庵の話が素晴らしすぎて、

    最近、天理教の話を聞いてたら眠たくなる。
    今日この頃です。(∵)

    天理教にも実際に素晴らしい人も沢山いるし、素晴らしくない人も沢山いるし、

    天理教組織の悪い所もあるし、天理教組織だからこその素晴らしい所も両方ありますね。

    まっ 人間がやってるんだからいろいろありますよ!
    (ノ*°▽°)ノ

  26. セピア

    教祖の名言より抜粋

    相手の幸せや成功を心から喜べば、自分もその中に住むことが出来るのやで。

    一列は皆兄弟、いや一列は皆家族である。

    神名流しというのは心の理を流すのやで 世界に暖かくて優しい心を伝えていくのやで 誠に天の理が働いて結構にしてくださいます。

    一番好きな言葉(⌒_⌒)

    今 この一瞬がありがたい!

  27. セピア

    2年前の出来事です。 実話

    まったく2年間歩けなかった方が信者さんにいまして、

    『どうでも良くなってもらいたい』

    と毎朝必死になっておさづけに通わせてもらいました。(1ヶ月)

    家の方からは毎日来るから非常にうっとうしがられましたが、(数カ月後に耳に入った)コツコツ毎日行きました。

    その次の1ヶ月は天理でしたので、家に帰って次の日に、その方が来られました。

    なんと!

    今まで杖をついても歩きかねてた人が、杖もつかずにピンピンと歩いて来られました!

    『アレっ 俺は夢を見てるのか?』ฅ(⊙Д⊙”)ギョギョッ

    そして『歩けるようになった』と僕に言いました。。。

    僕は、祭典の準備をしてたのですが、

    玄関で挨拶だけして

    また、神撰場に走って行って一人で声を出して泣きました!!(╥ω╥`)

    マジで嬉しくて!!

    『毎日おさづけに通った人が、元気になってくれるって、こんなにも嬉しいのかな!』っていう体感しました。

    『キセキ』って、

    このことを言うんだと思います!

    人の為に、必死になることってスゴいです!

    僕は普段すごく冷静でクールですが、
    これだけは思います。

    人の為に泣けることって、
    有るようで以外となかなか無いですよ。

    でもおさづけを通して人の為に僕も泣けることができました。

    この体験は、いくらお金を出しても買えません。

    映画やドラマを観て泣いてるんじゃないんです!

    目の前で見たんです!

    僕は、もっともっとこんな体験を生きてる間にしたいです。

    ※追伸※
    良くなってから嫌がられた御家族の方に、メッチャ感謝されました。(内情を知ってるだけに少し複雑な心境でしたが、まぁいいや。(⌒_⌒)

    ※追伸※
    天命庵のおさづけは持ってないので、
    天理教のおさづけです。
    (大事なのは人の為にという心だと思います。)

  28. ようぼく一人

    用木の一人からすれば「天理教は衰退するぞっ」って言われても、「あぁそうなのか・・」
    と思うだけで特段驚くことはない。長い道すがら良い時もあれば悪い時期もある。
    建物・組織が無くなっても「ぢば」が無くなるわけではない。
    何かしら「形が整わないと信仰が出来ないだろう」みたいな考えは、外部から見た発想であって
    身内からすれば「ゼロ」にさえならなければ信仰は続けられると思います。

  29. 天理教撲滅

    葬式には多額のお供えと称するお金がかかり過ぎなのではないでしょうか。
    普通一般常識からかなりかけ離れているような気がします。
    200万円~300万円が必要らしいですね、これは所属教会の会長さん
    から通達がありました。
    それも一般信者の私に対してです。  もう怒りを通り越してあきれ返りました。
    このようなカルト教団は消えてなくなってほしいです   怒

  30. 匿名

    天理教撲滅様へ
    >200万円~300万円が必要らしいですね、これは所属教会の会長さん
    >から通達がありました。
    ありえません
    普通のお葬式ですよね
    教会でされたのでしょうか
    又、参列者お礼、食事代などは別にお支払いされているのですよね
    教会長様にはお供えお礼含めて50万でも十分です
    特別にお世話になったとかもないですよね

    通達無視されていいと思います
    後日50日祭とかはどうされますか
    またお供え要求されると思います

    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs

    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/

  31. 天理教撲滅

    匿名さんへ

    アドバイスありがとうございます。
    私は以前から教会の運営というのか、やり方にかなり疑問に思うところがありました。
    結婚後まもなく私が仕事で不在の時を狙って、妻に信者勧誘ををしておりました。
    妻には天理教と拘わらなくてもよいと言っており、妻の両親にも決して迷惑を掛けないと
    約束をしておりました。
    このことは教会長にも話を通しておりました、妻の実家は仏教徒で天理教に娘を勧誘しないで
    欲しいと懇願されていたことも、会長にはもうしあげておりました。
    ホント姑息で卑劣な行為だと思いませんか?  激怒

    今は天理教とは縁を切り私も仏教徒として仏壇で供養ををすることにしました。
    超多額のお供えの話ですが、他の信者さんからもそれ程度は当たり前で文句を言うなと言われました。
    もうこの宗教団体は破滅の道を歩んでいるのではないでしょうか、 私は確信しています。
    信者数がかなり激減しているようですし。

  32. 古い教会長

    天理教撲滅 さん。
    >200万円~300万円が必要らしいですね、これは所属教会の会長さん
    から通達がありました。

    余りにも、ひどい話です。
    宗教ジャーナリストが調査に入る前に本部で、きちんとした指導なり方針なり出せないのでしょうかね。
    本当の意味の復元が出来なければ、外部勢力によって暴かれる日が来ることが分からないのでしょうか。
    修理人の本部の先生は全国の教会を回って、何も感じないのですか?お礼さえ貰えばそれでいいのですか?馬鹿にするのも、いい加減にしてくれ。

    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs

    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/

  33. 天理教撲滅

    古い教会長 さん

    私は天理教本部に電話にて多額のお供えの件を相談いたしました。
    その際、教会名を教えてください、適切な対応をさせてもらいますとの回答を
    頂きましたが、どうしても教会名を明かすことなどできませんでした。
    理由は、親やその他、懇意にさせていただいていた方たち(心を許せた僅かの信者さん)の事が気になりました。
    結果的にその方たちに迷惑を掛けたくないという気持ちが働いたのだと思います。

  34. 古い教会長

    天理教撲滅 さん。
    >どうしても教会名を明かすことなどできませんでした。
    理由は、親やその他、懇意にさせていただいていた方たち(心を許せた僅かの信者さん)の事が気になりました。
    結果的にその方たちに迷惑を掛けたくないという気持ちが働いたのだと思います。

    よくわかります。ストーカー被害で警察に届けて、反って被害が大きくなるのと似た感情です。
    本部が、本当に問題意識を持って、きちんと対応してくれるという安心感があれば、もっと声を上げられますが。
    FBの書き込みでも、一般公開の投稿には書けないけれど、仲間限定のグループ内では、結構、本音もチラホラ見聞きすることがあります。

    一度、ペシャンコになって一から始めなければならない時がやってくるでしょう。

    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs

    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/

  35. 匿名

    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs

    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/

    本当に美味しい店や良い商品であれば
    宣伝しなくても売れるものでしょう
    ホームページやテレビで宣伝しても
    すでに賞味期限がきれたものは
    売れるわけないですよね

  36. 匿名

     天理教は,憲法で全日本国民に保障された、基本的人権を侵害している組織である。
    基本的人権とは、平等権・・差別されない権利、
            自由権・・自由に生きる権利、
            社会権・・人間らしい生活を営む権利

  37. 天理教撲滅

    古い教会長 さん

    ・天理教の「御供え」についてをリンクします。
    ・命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
       拝見させてもらいました。

    皆さん、かなり天理教には不平不満をお持ちのようですね。
    ホント気落ちは私と同じでした。

    大教会の前会長と祖母が兄弟でしたので、私は天理教信者としてのレールが引かれおり、
    毎月の月次祭や元旦祭やその他諸々の祭事が苦痛で、この日は何かにつけ理由をつけ逃げ回っていました。  笑
    結婚に関しても天理教関係者と見合いをさせられ、自分には結婚に対する希望や夢も無いのかと悩んだ時期もありました。
    これって人権無視ですよね。  

    この教団と決別するには自分自身が強くならないと駄目です。
    己の道は己が切り開く、これしか答えは無いでしょう。
    お陰様で、今はホント清々しく生活を満喫させてもらってます。

  38. 匿名A

    蒸し返すわけではないが、三島神社移転問題の疑問点を提起したい。
    当時、奈良県神社庁のトップである橿原神宮宮司は、三代真柱に移転を思いとどまるようにとのお思いから会談を申し入れておられる。会談が実現して、その会談の内容が録音され保存されていると聞いたことがる。
    会談の中での三代真柱の発言が、教信徒が聞けば驚天動地の内容らしい。
    事の真偽をはっきりさせるためにも、教団は録音されたものが有るのか、無いのかを明示してほしい。仮に、有ったとすれば、奈良県神社庁なり橿原神宮の了解を得て、内容の全てを天理時報に公開してほしい。

  39. 匿名A

    三島神社の移転はこじれにこじれて、三島町内の住民の方が賛成派と反対派に二分してしまう愚を生んでしまった。教信徒よりもおひざ元の住民の方々を対立させてしまっては、人助けどころではないでしょう。
    教信徒が増えて、安全面で問題が生じるとの懸念があったのであれば、真柱邸を移転して対処することもできたのではなかったのか。
    この問題はいろいろな方面にしこりを残してしまった。教団が神の教えに基づいて何事も解決すると豪語するのであれば、なぜ政治力を使ってまでして移転を強行してしまったのか。全ての人が「よろこびこころ」で物事が進むことを目指している教団にして大きな失態を演じてしまったと言っても過言ではない。

  40. 匿名A

    三島神社移転問題を例にとって教団の在り方に疑問を呈したものですが、これ一つを取り上げて、信仰をするとか、信仰を止めるとかの問題提起ではありません。
    教団は常に心の有りようを強調しています。例えば「一手一つ」と言いながら、一方で、あの手この手を使ってやり遂げる悪どさを言いたいのです。
    教祖100年祭の前年の教庁予算は530億円。三島神社の移転に10億円を使おうが、20億円を使おうが、蚊が刺した痒みも感じていないでしょう。今は亡き母は当時、国民年金の大半を何の疑いもなくお供えしていました。実子の私はともかく、信仰心の無かった家内は内心面白くなかったのではないかと思っているのです。直接の愚痴を聞いたことが無かったのがせめてもの幸いでした。
    教団は、一人ひとりの人間の心の深奥に思いを馳せていれば、たとえ1円といえどもおろそかな使い方は出来なかったのではありませんか。

  41. 匿名A

    田舎に住んでいる私ごときにも、いろいろな情報が聞こえる。
    例えば、一時、天理高校二部を廃止すると言う事を聞いたことがある。これが本当ならば、少し待ってよと言いたい。
    天理高校一部生は、主に大教会・上級教会あるいは金銭的余裕のある教会の子弟が多いと思う。一方、天理高校二部生には末端教会の経済的基盤の弱い子弟とか教会常詰職員の子弟が多いと想像します。
    この内容は私の想像の域を出ていないので、確かなことではないのですが、仮に、大規模の大教会の子弟が天理高校二部に入学している例があればこのブログで知らせてほしい。
    二部を廃止するというのであれば、逆に一部を廃止されては如何か。大教会・上級教会の子弟も末端教会の子弟等も同じ環境で労働(ひのきしん)を体験し、同じ学び舎で勉強する。
    これこそ、いちれつ兄弟の姿ではありませんか。二部の教育に携われる教職員のご苦労はあると思いますが、教団は発想の転換を図ってください。
    このようになれば、教内の若い人たちの連帯感も一層高まるのではないでしょうか。

  42. 転輪

    本来は天理王命×
    転輪王○
    天理王命様とか書いてる方…勉強不足。
    おやさまは、転輪王経から悟りを得たんだよ。
    神がかったわけではないんだよ。

  43. 匿名です

    転輪王って途中の寄り道せざるを得なかった時代の、周囲が考えた一時的な呼び名じゃないんですか?

  44. 古い教会長

    匿名ですさん。
    実は、転輪王だったのですよ。
    みかぐらうたでは「てんりんおう」と歌われ、書かれていたのですが、ある時代から天理王と言うようになりました。だから「みかぐらうた」の原本は無いことになっています。
    天理王命が正統のように教典では書いてありますが、間違いです。

  45. 匿名A

    私が、有る方から頂いた「みかぐら歌」本には、各下りの終わりに「南無転輪王よしよし」と一度のみ書かれています。

  46. 古い教会長

    参考資料です。
    http://ir.library.tohoku.ac.jp/re/bitstream/10097/60967/1/1881-0187-2013-8_9-19.pdf#search='%E5%A4%A9%E7%90%86%E7%8E%8B%E5%91%BD+++%E8%BB%A2%E8%BC%AA%E7%8E%8B
    天理教における親神・天理王命の神名
    津井治郎
    はじめに
    天理教において神名というとき、親神・天理王命(てんりおうのみこと)を
    指す場合と、親神の「守護の理」(はたらき)を説き分ける十柱の神名を指す
    場合とがあるD 本稿で問題とするのは、前者についてである。天理教の歴史に
    おいて、親神の神名について文献の上では「てんりんおふのみこと」「てんり
    おうのみこと」「天輪王命」「天龍王命」「天輪王明神」「転輪王命」「天倫王命」
    「天理大神」「天理王命」など様々な表記がみられ、発音上はやや例外的な「天
    龍王命J(テンリューオウノミコト)を除けば、「テンリンオゥ」と「テンリオ
    ゥ」の二種類の呼び方が存在したことが分かっている[おやさと研究所,
    1997 :2 16]。それをめぐって、おもに天理教外の研究者lによってさまざまな
    見解が提示されてきている。

    政府公認を得る為に神名を変えたようです。
    ネットで色々と研究されています。

  47. 匿名A

    古い教会長さま
    いろいろと教えてくださってありがとうございます。早速読ませていただきました。

    先ほどの書き込みで誤って書き込んだ箇所がありましたので、お詫びして訂正いたします。
    「南無転輪王よしよし」一度のみは、「よろづよ」だけでした。一下り目~十二下り目は二度唱えるように書かれています。
    また、「あしきをはろうて たすけたまえ てんりおうのみこと」は書いてありません。さらに、かぐらつとめ「ちょとはなし・・・これはこのよのはじめだし」の後には「よしよし」のみ書かれていて、南無転輪王は書いてありません。
    この本のタイトルは「みかぐらうた(復元版)とあり、「教祖御在世当時、唯一の印刷本みかぐらうたである。
    明治十四年己五月 拾貳下り御勤之歌 と明治十五年の教祖のかぐらつとめ改訂を基にして、教祖が教えた「みかぐらうた」を復元しました。と書かれています。

    このことからも、本部を始め各教会や各家庭で朝夕に勤める「お勤め」で21回唱和する「あしきをはろうて 助けたまえ・・・・」は、教祖の教えには無かったのですね。
    「天理王命」の神名は、本席がおさしづで禁止しているのに、明治二十一年東京の神道天理教会本部が、「目標札」を発行した。とも書かれています。

    教団は、真剣に信仰を求めている人たちのためにも一日でも早く、真の教祖の教えを披歴してほしいですね。

  48. 匿名です

    古い教会長様

    教えていただきありがとうございます。
    でも天理教の方が響きが好きです・・。

  49. 末端教会子弟

    >「てんりんおふのみこと」「てんりおうのみこと」「天輪王命」「天龍王命」「天輪王明神」「転輪王命」「天倫王命」「天理大神」「天理王命」

    単なる表記や呼称の問題ではなく、それが持つ「働き」や「役割」が重要になると思われます。
    江戸時代、今より仏教が盛んであった頃は、宗派の違いはあれ多くの人に仏教用語の知識があったことでしょう。
    教祖さま自身も熱心にお寺に通ったことから、その知識の根底に仏教用語があったはずです。

    仏教の「転輪王」が「輪宝を振り回して人々の邪な心を打ち破り無くしていった存在(中山みき研究ノートより)」だと考えれば、「転輪王になって邪な心を打ち破り、人々を救って陽気ぐらしの世の中を作ろう」という教えに繋がります。また、
    教祖さまのお話を聞いた人も同様の考えや思想であることを理解するでしょう。
    これが違う神様や仏様なら、どのような働きや役割をする存在なのか分からず、ましてや初めて聞いた名前の神様なら、教えの内容以前に神様・仏様の存在そのものを信じられない教えになってしまうでしょう。

    明治政府の廃仏毀釈の流れの中で教祖さまの言葉そのものが説けない時代があったとは言え、「天理王命」という呼び名で都合の良い教えを説いてしまったことが「教会本部」の罪なのではないかと感じますし、それを復元しない事が現在の衰退を招いていると考えます。

  50. 匿名です

    やまとのぢばのかみがたというていれどももとしらぬとあります。
    うをとみが引き寄せられて生命が誕生することや、人間になるまで種族が人間に近づきながら大きくなりながら絶滅を繰り返してきたことや、水中の生活、陸に上がっての生活など、壮大なドラマを教祖様は啓示によって知られた。
    ダーウィンより早く進化説の啓示を受けられたのではないかと思います。
    転輪王という別宗教の名前なんでしょうか?
    よのなか りをふく とおしゃってます。
    天の理を説かれたのではないのでしょうか。

  51. 匿名A

    今更ながら、教団は隠さなければならない歴史があるのでしょうか。
    祈念すべき「神名」が教祖が説かれた神名と違うことは、根源を否定していることになりませんか。人間に例えるならば、鈴木さんを鈴本さんと呼びかけているようなものです。
    多くの方が、多方面から教理を研究されているのでしょうが、どうしても行き着けない部分があって、もやもやとしたものが心の片隅に塊となって、いらだちにも似た気分が、このブログに表れているいるのかも知れません。
    教団は、教祖の道すがらの全てをオープンにし、真の教えが開かれんことを願うばかりです。

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