天理教の財政的変遷 -天理教本部に集まるお供え金は2013年は126億円だが、10年ごとに約50億円ずつ減少している-

ようやく天理教のお金に関する資料がまとまってきた。時間を見つけてコツコツと資料をまとめてきた成果がようやく結果として出てきた。ご協力いただいた方には感謝申し上げたい。
データはすべて毎月発行される教団誌の「1960年以降のみちのとも5月号」から引用した。毎年5月号には、2月26日に実施される本部員会議というもので決議されたデータが掲載されている。この本部員会議というものがどういったものかはわからないが、国会の予算委員会に近いと思う。そして、その会議では前年の予算に関する補正予算も同時に決議される(これが、今回私を悩ませた点の一つである)。これらの元データは、主要図書館や大学の図書館などで閲覧が可能である。

まずは「歳入歳出総計」を説明する。最初に、今回掲げる総計に関しては補正予算決議後のデータを前年の予算決議と突き合わせた結果を採用した。
1985年が突出して高い。金額にして約540億円である。540億円ときいて、天理教の規模の大きさに驚いた。500億円というのは、市レベルの予算である(滋賀県草津市平成27年度予算が約500億円)。そう考えると、このときの天理教は540億円ものお金を一体何に使っていたのだろうか。

ちなみに直近の2013年の総計は145億円である。下のグラフを見ればわかるように、1985年の教祖100年祭前年以降は、ほぼ下降の一途をたどっている。年祭というのは主に1月に行われるため、年祭の前年に最高金額を記録すると思われる。そのため下記グラフでも10年ごとの年祭の前年だけ、一時的に上昇していることがわかる。多少の増減はあるものの、110年祭以降は120億円前後、120年祭以降は115億円前後で推移していることがわかる。歳入出総計

次に「お供え金収入」についてである。これは前掲した「収支総計」とほぼ同じ増減を示している。1985年の100年祭の前年には513億円ものお供え金が教会本部に集まっていることになる。2013年のお供え金は126億円である。126億円という金額に対して、これも凄い金額である。天理教が衰退していると言っているが、平均すると毎月10億円が天理教本部に集まってくることになる。ただ、数字の大きさに惑わされそうであるが2013年が126億円、2003年が174億円、1993年が221億円と考えると、10年ごとに約50億円ずつお供え金が減少していることもわかる。これも凄い減少スピードである。単純計算で、20年後の2033年後の天理教のお供え金は26億円かもしれないし、30年後の2043年にはお供え金はゼロになるかもしれない。
これからの天理教を担う若者は、これまで天理教を担ってきた恵まれた中高年世代とは比べものにならないくらいに大変だと思う。財政的に考えると今後天理教の施設は順次、統合・閉鎖もしくは消滅することは間違いないだろう。

御供金収入

次に「やしき整備費」である。これは天理教本部を四方に囲む「おやさとやかた」と言われる建物の建築費及びその維持費であると思われる。これも総計やお供え金と同じようなグラフだが、収入が多いため、やしき整備費も多いというのではなかった。私の推測では、必要に応じた予算配分だと思われる。収入が多い年なんかは「お金あるし、あれもリフォームしちゃえ」という感じだが、収入が減少傾向にある現在では「お金ないからリフォームしたくないけど、最低限あれは修理しないとマズイね」という感じのような気がする(あくまで想像だが)。ここ数年は「整備に回すようなお金はない」というような状況に思える。
やしき整備費

さて、今回最後にあげたのが、大卒初任給の金額である。これは経済状況の指標として用いた。当然のことながら今の100円の価値と50年前の100円の価値は異なるため、これまでの財政データを単純比較はできない。私が100年祭以降の数字を主に取り上げているのもそういった事情による。例えば1973年の大卒初任給は5万5千円である。1985年には11万8千円と約2倍である。これは個人がお供え金に回せるような可処分所得が2倍となっていると考えられる。これまで5千円をお供えしていた人が、1万円をお供えできるということである。そう考えると、1965年の教祖80年祭(前年)から、1985年の教祖100年祭(前年)までの急上昇は、そういった高度経済成長や所得倍増という点も考慮しなくてはいけない。国家公務員の大卒初任給で考えるのであれば、1994年以降は18万円前後でフラットとなっており、現在の貨幣価値と比較可能である。その点で、ここ30年くらい天理教の財政状況が悪化しているのは誰の目にも間違いはない。

大卒初任給

今回データをまとめているときに浮かんだ問題点と疑問点を列挙しておく。
1 天理教のお金を語るときに、天理教は「財政状況を公開している」と聞かれることがある。しかし天理教が公開している財務状況はざっくりした金額と用途であり、結局大枠の予算内で何に使われているのかはっきりしない。例えば、歳入の「出向費」「資料集成費」「内事総合諸費」、歳出の「予備費」というものが、一体どのような実態があるのかわからない。法人といえど、これが宗教法人の特殊性なのかもしれない。こんなことでは、天理教に限らずに宗教法人が何をやっているのか分からない。天理教でいえば真柱の生活の運営の費用や、教会本部で働く人たちへ支払われる人件費(名前は何でもよい)すら分からない。こんなことでは、社会の側から財政面で天理教に理解を得るのは無理である。それとも公開してはマズイようなことでもあるのか。

2 月刊誌「みちのとも」であきらかになっているデータは、天理教が「表に出していいデータ」であることは間違いない。現在でも毎月10億円を集めている天理教本部は、たとえば「◯◯大教会からのお供え金は今月は◯◯万円」という各大教会ごとのお供え金を記録した詳細なデータを持っていることは間違いないであろう。今回は天理教本部だけのデータであるが、全国にある各教会のデータがあり、それらは各教会どこも公表していないことは改めて明示しておく。公表してはいけないルールなんてないはずである。

3 こういった財政的逼迫や人員の減少を大多数の教会の会長や信者などはどう思っているのだろうか。つまり天理教本部は「天理時報の手配り」という悠長なことを言っているが、普通の教会長や信者の中でこうした天理教が消滅するような、生き残りをかけるような会話や対策がなされることがあるのだろうか。なぜなら、このブログにコメントしていただく方や、私にメールを送ってくださる方は、ある意味「意識が高い人(危機感を感じている人)」と考えることもできる。毎日数百人が、このブログを見てくれているが、私は天理教人や若者の大部分がこうのような切迫した状況をどのように感じているのか常に疑問を感じている。天理教本部や大教会は「阿保になれ」「素直になれ」「親の思いに寄り添え」といった相変わらず天理教の消滅を早めるだけにしか作用しない思考停止装置を発動している。しかし普通に足し算と引き算ができれば、いまの天理教が思ったより早く消滅に向かうことは明らかではないのだろうか。それとも本当に「どうにかなる」と信じているのだろうか。信じることが宗教の本質ではあるが・・・・このままでは天理教が無くなる日は必ずくるであろう。

いつものように、私と助手のK君が必死で入力したデータを下に掲げておくので、自由にダウンロードしてもらいたい。エクセルデータだが、所々と抜けている点はご容赦願いたい。ちなみに黄色で塗りつぶしてあるセルは、予算案と補正予算案の数値が合致した年で、オレンジのセルは合致しなかった年である。これは「みちのとも」のデータが間違っているのか、私の入力が間違っているのか分からない。それを確かめる労力はなかった。
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次回は、天理教本部から各法人への「回付金」について検討したい。

今回、何人かの方にご協力いただいたことは感謝したい。データ入力も元データを見ながら手入力だったため誤りがあれば謝罪して訂正する。このブログに挙げたデータは、リンクフリーでコピーフリーであり自由に使ってもらって結構である。しかしそれに伴う責任は負いかねるのでご注意ください。
何かアドバイスやアイデアなどがありましたら、下記アドレスまで連絡をいただければ幸いです。
tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

天理教の財政的変遷 -天理教本部に集まるお供え金は2013年は126億円だが、10年ごとに約50億円ずつ減少している-」への40件のフィードバック

  1. 天理教布教師

    僕は天理教の信者ですけど、
    信者は、このサイトを見るべきだと思います。

  2. 震災被害者

    以前は信者でした。用木でもありますが、所属していた某直属教会長が「金銭欲」から私の資産を狙っている事を責任役員が密かに教えてくれました。
    当然、用心していました。ある日教会長は私に「連帯保証人になって欲しい」と言って来ました。
    断りました。理由が必要ですので、「今のビルのローンがまだ終わってなく、銀行から他人の連帯保証人や他人へ金銭を貸す事は控えて欲しい」との規制をされている。と辻褄の合う言訳をしました。

    翌日、教会長は私の襟元を掴み「来い。と大勢の教会関係者の元へ連れて行かされした」。
    私に教えてくれた責任役員はいませんでした。仲のよかった他の責任役員は沈黙していました。

    会長は、私に「今日限りで縁を切る」「つまり破門だ」「もう2度と来るな」と教会側から追い出され、
    ほっとしています。

  3. 匿名A

    何と欲深い宗教なのでしょうか。巨大建物群と数百万坪の土地を所有。これ以上に何を求めているのでしょうか。
    正に、「よくにきりないどろみず」とはうまく表現されていますね。
    庶民は少しでも安価なものをと、スーパーの折り込み広告を見比べているのに、数十億円という巨額をいとも簡単に集めて「ひとだすけ」ができるのですか?。
    「つまり破門だ」と言われる前に、さっさとこちらから「おさらば」ですね。

  4. 匿名

    >会長は、私に「今日限りで縁を切る」「つまり破門だ」「もう2度と来るな」と教会側から追い出され、ほっとしています。
     破門されて良かったですが、「破門」という言い方も、変な感じですjね。(笑) 
    曲がりなりにも、宗教の場所での出来事とはとうてい思えない、本当に呆れた会長ですね。
    破門という言い方もそぐわない言葉ですが、気持ち的には、こちらの方から破門してやった、と思われたらいいと思いますよ。

  5. 匿名

    大教会直属の教会長は上級に当たるが、欲に切りない泥水につかっていて、自分たち家族の生活費を公然と要求してくる。「かすみを食っては生きていけん。毎月大教会に〇〇万円上げるからあと〇〇万円足らん。もうちょっと頑張ってくれ」
    また何かにつけて下級教会や信者達がお礼を出すのは当たり前、とも思っている。自分は「理の親」だとはっきり言うし、私が敢えてお礼を渡さなかったら、「することをしないと、笑われるで」との有り難いお言葉。誰が笑うのだろうか?
    上層教会は下からの血のにじむようなお供え金で当たり前のように不自由ない生活をしている。自分の存在そのものを神に近い人間だと勘違いしてる弱いものいじめの加害者。こんな姿が神の目に適うはずがない。
    どうりで信者は数人に成り下がっている。下級教会から教会長達が集まって来ても、おつとめの手が足らない状況なのだから。ほとんど親族ばかり。かつて信者が多かった頃に建てた教会建物、賓客応接棟など、建物は素晴らしく巨大。中はがらがら。
    お供えはしません。修理は自分の甲斐性でしてください。ゆっくりと自滅してください。かすみを食って生きてください。

  6. 匿名A

    江戸幕府は大名の経済力を削ぐために、江戸の外堀の構築、河川の改修や寺院の再建などを次々と命じた。しかし、これらの事業は今日環境維持に役立っている面がある。
    一方、天理教団は、まだまだ使用に耐える大教会や直轄教会の建物を、「ぢば」に向かって拝が出来るようにと建て替えを命じて、結果的に末端教会や教信徒を疲弊させてしまった。どの方向を向いて拝をしても一向に構わんではないか。
    そもそも地球は丸いものだ。実際に拝をしている方向は宇宙ではないのか。結果的に何かいいことでもあったのだろうか。
    開いた口が塞がらないとはこのことだと、つくづく思う。

  7. 基本

    匿名Aさん
    中央大教会の会長は、地場の方向を向いた神殿を建てよという指示に、3代真柱に異議を申し立てた。
    そうしたら「心の向きが地場を向いているなら建物の向きは向いていなくともよいと」
    中央大教会長は、「心を地場に向ける」なんて出来ないと、・・・
    天理教団は、まだまだ使用に耐える大教会や直轄教会の建物を、「ぢば」に向かって拝が出来るようにと建て替えを命じて、箱物行政で信者から大金を集金して太った大教会もある、末端や信者の中の野心家は「一r粒万倍」に投資してだまし取られた。50歩100歩、神頼みで太ろうというよくボケの宗教が天理教団、大教会長ご一族ですね。
    神など拝もしていません。
    神は中山みき、百万のものよりも、一厘の誠の欲しい、百姓女の婆さんです。

  8. 匿名A

    2016年8月18日 3:04AM 基本様

    そういうことがあったんですか。中央大教会長さんは頑張られたのですね。亡き母は大教会の神殿建築のために少ない年金から驚くほどのお供えをしていました。本人が納得していたからいいようなものの、未信者の妻はいつもブツブツ言っていました。そして今は、その神殿も人影が少なく寂しい状態だそうです。私にも参拝に来るように要請が来るのですが、このブログを通じていろいろなことを知ってしまってからは、信仰の真似事すらできなくなってしまいました。
    正しい教祖の教えの万分の一でも、常に心の隅に置いて日々を過ごすことができればいいのかも知れません。ありがとうございました。

  9. 基本

    私はそうやって建てられた神殿を「棺桶」と呼んでいます。棺桶には足を入れないお足も運ばない。
    私は実行しています。
    無駄死にしたかったら、足でもお足でもどうぞ、運んでください。中山みきの逆鱗に触れます。
    この理を大勢に広報してください。棺桶ですよと教えておけば、赤衣装の悪魔はバチを当てます。
    私の名「天理王命」を使って「棺桶をつくり」「棺桶利用で営利をむさぼった」大教会長御一統に、分教会長御一統にバチをきちんと当てます。

    だから棺桶と知った以上、もう手足運んではいけません。 警告です。

  10. 基本

    なぜ棺桶か?
    親神中山みきを、人間中山みきに埋葬したお墓だからです。
    二代真柱は、中山みきの墓には一度も行かなかったと聞きます。
    当然です。
    親神なのに「をや」なのに、神として拝をしてもらえず、「「ご教祖様」扱いの、埋葬に等しきを平然と行った「棺桶屋の山名教理」「深谷教理」は、天理教教団教理の人に害ある猛毒ですが、
    天理の基本教理は、中山みきを親神と拝する、みき姉さんを永遠にお慕いする親神嬉しくなっちゃう、妙薬同等です。
    お筆先さえあれば基本教理は、悟りとれます。
    棺桶に生活する愚をやめたければ、貧ののどん底に手を打って待つみき姉さんとともに、世界ろくぢに向かう事です。
    何も難しいことではない、最低の低所得者で、里の仙人の境地を求めたら、みき姉さんが手を引いてくださいます。
    赤衣の悪魔と契約することです。
    魂を差し上げますので、どうぞお力をお貸しくださいと、契約するのです。基本です。

    悪魔の手先となって、赤衣の悪魔が天罰を与えやすくなるるように、
    そして天罰で偽天理教のみんなが棺桶でご臨終し、天理教団が地場以外は滅してしまうように、呪詛しましょう。
    南無天理王命 南無天理王命 どうぞ 誠は誠、埃は埃と お好きなようにお返しください。

  11. 匿名A

    二代真柱は、ヴァチカン宮殿視察後に、これに負けない建物を造れと、「おやさとやかた」の建設に着手したのが真相とか聞いたことがある。四方正面鏡屋敷かしんないけれど、愚かなことをしたものだ。結果的に教信徒は逃げ出し、大教会始め直轄教会の神殿は「棺桶」とまで酷評されるようでは、「よろづたすけ」の言葉が泣いている。
    教団が教祖を侮辱していると断言してもいいのではないですか。

  12. 匿名です

    私は神殿は親神様の体の一部なのじゃないかと感じる時があります。

  13. 匿名

    私は貧乏教会のムスメでしたが、親が教会を辞めたという事もありいまは離れています。離れて良かった事、そうでなかった事、両方あります。天理教の中に居ても外に居ても、客観的に見ることは大事だと思います。
    今天理教の中枢にいる方々は遠縁もいるし、友人だった方もいます。
    天理教の話題を外部から見聞きする度に小さくとも開かれた組織として、存続してほしいと切に願います。

  14. 匿名

    誰も金儲けで教会長をしていない。金儲けなんか考えてたら人助けなんかできない。教祖の教えで助かってもらいたい。その中のお供えがあるだけである。金儲けしたいなら働けばいい。毎日毎日困っている人がいないか歩きまわり布教している苦労を理解ししてほしい。

  15. 匿名

    本部は親神様おやさま拝んでないからねーそれにお助けどころか大教会はじめ直轄教会から食い物にしようとしてるだけー実は拝金主義の金を拝んでるだけー早く潰れろ異端本部!

  16. 金を欲しがっているのは人間達

    >誰も金儲けで教会長をしていない。金儲けなんか考えてたら人助けなんかできない。教祖の教えで助かってもらいたい。その中のお供えがあるだけである。金儲けしたいなら働けばいい。毎日毎日困っている人がいないか歩きまわり布教している苦労を理解ししてほしい。

    金儲けなんか考えていたら人助け出来ない  助けなくて結構です、求めていませんから。
    まず働いて下さい。布教、苦労と思うならやめなさい、路傍講演、個別訪問迷惑です。
    助かる中にお供えがあると考えている時点で間違っています。

    仕事をして得たお金で、休みの日にお金と時間を使って人の為になる事している人沢山います。

  17. マコ

    匿名
    2月3日8:42 様

    そのお気持ちだけでも素晴らしいですよ。
    その結果としてお供え(生活していくお金)を頂くなら、何もおかしな話ではないですよ。

    私の知ってるある教会の奥さん、困ってる信者さん抱えてるのに、
    「月二万でいいから、バイトしたいんだよね。教会は中途半端に時間が空くでしょ」と求人広告見ていました。
    そして、他の教会の奥さんを名指し「あそこの奥さんは、朝勤めも出ずにコンビニでバイトしてる」と
    口をひん曲げて言ってました。
    でも、その方は日中に、信者さんのおたすけにいっていたそうです。
    2万稼ぐためにバイトに出るつもりならその中途半端な時間信者さんに会いにいけばいいと思う…と思った出来事でした。

    全ては過剰なお供え催促と、人数ノルマのプレッシャーが原因なのでしょうか…

  18. 匿名

    毎日、困っている人を探していては、くろうでおわるのでないですか?
    お道の教えは、そんなものではないはずですよね(*^^*)
    と、思います。が、伝える事も出来ずにいる私です。ごめんなさいm(._.)m

  19. mama

    大正3年に初代真柱様が出直されたのは神様の思惑だそうです。その時点で天理教ではなく中山教に成り下がったそうです。
    神様は見切りを付けられたとも。

    本部はお筆先さえも書き換えた…とも。

    本部関係の出版物は読みません。。

    所属の分教会…大教会によって消されました。

    その後、大教会は火事で焼けました。

    ケンカ両成敗だったのではないか…と。

  20. たいみそ

    芹澤こうじろうの新潮文庫、人間の運命、第一巻、読んでごはん(⌒‐⌒)天理教、絶対に入らないと思うから!!ボケるまで( ^∀^)

  21. 匿名

    賞味まだ100億のお供えが上がってるんやろ!100億上がってて 表統領 中田善亮 は 足りないから「カネのつなぎはお金つなぎ?」など阿保抜かして恥ずかしいわ 流石世間知らずのボンボン しょうじき 身上を潰す大うつけ と評判
    「屋敷をはろおて田売りたまえすってんてんの尊」は中山家がそうなる運命やろな
    おやさま「善亮はん通り返しの道やで~」

  22. アヤ

    同感です。私も全くその通りだと思います。外で働かないと困っている人の苦労はわからないと思います。

    外で働いたお金で人助けする。または、仕事の中でも人助けする方々はいくらでもある。パワハラ、過酷な残業、イジメなど有る会社で働いてみて欲しい。

    私の職業はサービス残業は当たり前。寝れないのも当たり前。それでも人助け、人助けなんてわざわざ押し付けがましく口にしない。助けるのが当たり前だという精神でやっている人がたくさんいる。

    天理教は惰性でやっている人が増えてきた。

    天理教はいまいちど考えなおしてほしい。

  23. アヤ

    私は経済苦で一万円のお供えをしていたけど五千円しかお供えできなくなった時に「なんだ。今まで一万円だったのに5千円か。」と吐き捨てるように言われ、ショックでした。

  24. 匿名

    うちの上上級会長も同じ事言いましたよ。「なんだ、◯◯分教会ともあろうものが、たった◯万円か。」と言い放った。
    その時絶対お供えなんかするもんか!と心に誓って以降、年会費以外はお供え金ストップしました!
    何言われても絶対に出しません!!
    お供えは文句言われて強制されてするものでは無いです!!
    アヤさん、自主性を強く持ってくださいね。今の金欠本部は人助けの為のお金じゃなくて、間もなく消えゆく教団維持と自分達の安泰の為のお金が欲しいだけなんです。毎年確実に10億円づつお供え金が減少してますから、後10年で教団は立ち往生状態、つまりつぶれた状態になるんですよ。

    そのお供え金、自分の為に使っても何らバチなど当たりませんよ。私も心お供え金や不要なひのきしんは無視し、全ては自分の判断でイエス、ノーを決めるようにしてからは心の縛りから解放され、精神的にも肉体的にも豊か幸せそのものです。人に振り回されていた頃より健康です。教団から精神的物理的に離れてより健康になるなんて、一体天理教信仰は何なんですかね?

  25. あお

    たまたまこちらにたどり着いたので、コメントを残します。
    子供が出来ず、主人が原因で母に諭され、本部に相談に行ったら、教会長にご馳走とお供えを用意してもてなせと言われて唖然としたことがあります。
    それでもかき集めて15万ほどお供えをして、その後不妊治療でできた子供は、軽い発達障害があり、親にもお供えをと言われてきました。
    出し渋りをするから、結局また子供にお金を必要以上に使う必要になると。
    子供が近視がきつく、眼鏡を変えるだけで出し渋りをするからお金がかかることになるんだと言われています。

    私の嫁ぎ先のご先祖は、初代郡山大教会会長の平野楢蔵が入信前にしたある出来事を未だに恨みに思っています。
    主人の家系は仏教系で、天理教のことは一切知りません。
    教祖伝を読んだこともないその人達が天理教の平野楢蔵のことを知っているのですから、ご先祖が平野楢蔵にされたことをどのように伝えてきたのかよくわかります。
    主人の親からは、子供達を天理教に関わらせてくれるなと釘を刺されています。

    でも私のところは曽祖父母の代から信仰があるため、親族は教会を持っていたり、母は所属教会の敷地内で育ったこともあり、とても熱心に信仰しています。
    母からは子供達を連れて本部に参拝に行け、お供えしなさいと言われています。

    天高校生の時、天理高の図書室で芹澤光治良の人間の運命を読んで以来、この信仰は間違いではないのか?と自問自答続けてきました。
    結婚してからは板挟みになり、お供え、お供えともう疲れました。
    こちらのコメントを読ませていただき、先日教会から届いたお供え袋、もう無視しようかと思います。

  26. 東風Z

    あお 様

    >先日教会から届いたお供え袋、もう無視しようかと思います。<

    仰る通り無視されればいいんじゃないですか。だって、本部の中山家の多くの人達は億万長者なんですよ。
    そのような所にお供えをしたって、捨て金以外の何物でもありません。
    上級はしめしめと喜ぶかもしれませんが、そのような人たちを喜ばせて何の意味があるのでしょう。私も曽祖父母の代からの信仰でしたが7年前に辞めました。おカネと時間の心配をしなくてもいいようになり、清々しい日々を送っています。
    おカネをお供えすれば、親神様が喜ぶだって教祖中山ミキさんはそのような打算的な諭しをされたとは到底信じられません。
    真柱始め、内統領、表統領、本部員、大教会長、上級会長などの言うことは、まともに聞かない方が賢明です。私の母なんか、国民年金の殆んどをお供えしていましたから私達息子の嫁や娘のダンナにバカにされていましたから念のため申し添えます。

  27. あお

    東風Z様

    母に子供達に徳を積んでやりなさい。
    出し渋りをするから、子供達がいじめられたり、目が悪かったりすると言われ、お供えをやめたら、子供達が悪いほうに行ってしまうのではないかと、もう脅迫観念な感じでずっとお供えをしてきました。
    毎月一万五千円のお供えとはまた別に、定期的に届く大教会や所属教会の普請のお供えは、主人にも言えず、なんとかやりくりでしてきました。
    ただ、信仰熱心の母も最近は天理教のいろんな悪い噂を知ったり、お供えしてもしても我が家にふりかかる出来事のことで少し疑問を抱き始めたようです。
    それでもやめれないのは私と同じように脅迫観念なんだなと最近わかりました。
    特に娘の私の家族にふりかかる災難がひどくなるのではと思っているようです。
    そう考えるとなんだか恐ろしい宗教だなと思えるようになり、こちらに辿り着いたわけです。
    東風Z様のように古くからの信仰も捨ててしまわれて、悪いようになられたのではなく、清々しくなられたと知り、吹っ切れそうです。
    ありがとうございました。

  28. 崩壊

    あお 様
    2020年2月24日 2:56 PM

     天理教の教えは、「人を助けて 我が身助かる」という教えだったはずですが、今の有り様は「弱者いじめて、幹部もうかる」です。無駄なお供えはお止めになり、ご自身とご家族の為に貯金されるなり、使われるべきだと思います。

  29. 匿名

    あお様。
    天理教のやり方に疑問を持っておられるのですね。その疑問は正解です。私も教会に生まれ、子育てで出費のかさむ厳しい生活の中から、このお金があったら子供の服が買える、あれも買える、これも買えると言うそんな大事なお金をお供えしてきました。しかしこの掲示板で私の長年の疑問が確信に変わりました。天理教がやっている事はやっぱりおかしい。本部上層部の贅沢な生活ぶり、彼らに毎月給料が出て、その上ボーナスまで出ていることもここで知りました。我々末端にはギリギリの生活を強いて、お与えなどあろう筈もありません。
    あなたが供えた大事なお金、私が供えた子育てに必要だった大事なお金は本部、その下の大教会の贅沢費に変わるという事を当時私は知りませんでした。大教会長私邸にこっそりデパートの外商部が高級婦人服、化粧品などの売り込みに来ていたのも当時の私は知る筈もない。お尽くし、お繋ぎと言って途切れる事なく大金を教会に運びました。
    私はよく分かりましたよ。天理教は神を語って金を自由に手に入れる幹部の人間思案で塗り固められていると言う事を。この宗教?は宗教ビジネスです。お母様は真実を知らないのです。私も教会長だった父親にこの掲示板で知り得た事実をこんこんと伝えました。お供えは今は1円もしていません。父は上級教会に年金をあてにされながら亡くなりました。
    現在、自分も子供も孫も皆普通に幸せに生活させていただいております。遅ればせながら、人間の平安はお供えで買うのでは無いと言う事がわかりました。神はお金の多寡で守護に差はつけません。人間が遍く平等に太陽の恩恵を受けているように。自分と家族が安心して笑顔で暮らす事こそ、神の望みだと今は確信しています。こんな嘘ごとに振り回されず真実に目覚める事からがスタートです。

  30. 匿名

    追記
    あお様。子供さん達を天理教に関わらせてはいけませんよ。今はこどもおじば帰りだの子ども食堂だので地域の無垢な子供を集めてお勤めの練習などさせているようですが。太鼓やチャンポンはなど一般の子供達には珍しいらしく無垢な彼らは楽しんで親しんでいるようです。
    そうして教会になつき、いつのまにか絡め取られて、将来のお供え要員に仕立てられます。小さなポチ袋を渡されて、神さまにお供えする習慣を身につけさせるのです。こうして育った彼らは人生の折々の出来事を経験する中で強迫観念が植え付けられていますから、お供えしない事が不安に感じるように育て上げられる。
    今のお母様がそうですよね。そう言う人生は幸せじゃないんです。多くの天理教徒が一生涯を脅迫観念と背中合わせで暮らすのです。
    お子様方を天理教から守ってあげて下さいね。人生は不幸と思えば不幸。幸せと思えば幸せなんです。どんな状況にあっても明るく前向きな心の持ち方で幸せは呼び寄せる事が出来るのではないでしょうか。
    失礼しました。

  31. あお

    崩壊様 匿名様  

    ありがとうございました!
    こちらで本当に目が覚めました。
    疑問に思いながら、今まで本当にずるずるときていました。
    身上で修養科に行っている時でもおさづけを取り次いでくれない会長は、お供え袋だけは欠かさずに送ってきてました。
    なんだかなと思い生きてきました。
    天理教嫌いの家に嫁いだのは、私に自由になれということだったんだなと今改めて思っている次第です。

    今度する予定だったお供え分で、子供達に何人も着たボロボロのお古じゃない、新品の制服を買ってやることにします。
    破れたカバンを接着剤で留めるのもやめます。
    自分のズボンの色落ちを、ペンで塗るのもやめます
    日々成長する子供達の上靴を買いなおすだけでもったいないと怒られる日々はもううんざりです。
    縁を切ることは悪いことと教えられてきましたが、こんな事をしていてはまともな精神状態になれるわけがないのです。

    自分の心の持ちようで幸せになりたいと思います。
    皆様ありがとうございました!

  32. 匿名

    ちょっとだけ
    今時、本当にそこまで生活をかけてお供えしてる人って教会以外でいるんですか?
    なんかもう あおさんのお話は、働けない母子家庭の貧困とか、働きたくても事情があって働けない、やむを得ない貧困者みたいじゃ無いですか? やむを得ない貧困者なら、生活保護やいろんなセーフティネットで助けなければならないと思いますが、天理教による貧困は、やむを得ないのと違います。
    ただの家庭虐待では無いですか?
    ほんとですか? なんかビックリポン!

  33. あお

    匿名様

    私がお金を使うと、母は不満な顔をします。
    子供の靴を買えば、まだ履けたのにもったいないと言われ、きつくなったから買ったと言ってももったいないと言われます。
    子供の上靴も上の子のを下の子が使っていないとなんで使わないの!と言われた事も何度もあります。
    子供2人共発達障害で、上の子は目に病気があるせいか、私にはものすごく厳しいのです。
    子供の為に徳を積めと。
    お金が無いわけではありません。
    児童手当や、子供のお祝い金はきっちり子供のために貯金もしています。
    ただ色々あり、主人にはお供えのことを言えないのです。
    かといって、そんなに私には自由になるお金がありません。
    自分の残高はいつも数万円です。
    子供達はすごくお金持ちだなぁといつも思います。

    子供達の制服は何人もの名前がマジックで消されたリサイクルで回ってきたものです。
    幼稚園の頃から手直しして着せています。
    裾などのボロボロは母が満足そうに直してくれます。
    それぐらいしないと、子供ができなかったのに授けていただいたのだから、もっと酷いことになると言われ続けていたのです。
    主人の仕事が傾けば、お供えを!と強く言い、子供の近視が進めば出し渋りするからだと強く言われます。

    姉は子供に音楽をやらせています。
    お金は当然かかります。
    上靴や服を買っても怒られません。
    子供ができなかった私だからこそ、徳を積めと言われ厳しくされるのです。
    子供の服はあえてお古を着せてきたのです。
    回してもらい、お古を着ていれば徳積みになると信じていたし、子供の服を買うはずだったお金はお供えにまわせと教えられてきました。
    徳を積まなければ子供が大変なことになると言われてきました。

    天理教嫌いの主人の家と天理教どっぷりの我が母との板挟みに疲れたのです。
    そして目が覚めたのです。
    だから自由にこれからは自分と子供のためにお金を使おうと決心したのです。

    破れたカバン、捨ててやりました。
    今から楽しく生きます!

  34. 匿名

    匿名様。
    天理教のやり方は系統にもよる様ですよ。常識的な大教会も有れば、殿様気取りで信者、部内教会を踏みにじる大教会も確かにあります。

    教会以外の信者さんレベルでも、「つもり信仰」と言って、食べなくても食べたつもり、着たつもり、買ったつもり、行ったつもりで浮いたお金を神様に供えます、と言う涙ぐましい方がおられます。母親講座などでもこのつもり信仰を神へのご恩奉じとしての善き事に様に若い母親たちに説くのです。
    衣食住に辛抱、我慢を強いられ、貧乏暮しでもそれを神が受け取ると言うのです。貧乏しているのは脅迫観念をすり込まれた洗脳状態の信者と真面目な貧乏教会だけです。
    信者は益々貧乏し、貧乏教会は益々貧乏する。100年越えかと思われる近所の教会の土塀は漆喰が剥がれ落ち、土壁がむき出しで今にも落ちそうな状態で放置されています。直すお金は上級、大教会へと吸い上げられるのですから。そんなおんぼろ教会が健気にも子供食堂の看板と立て旗を上げていました。自分の世話ができかねているのに、地域の貧困家庭を想定した子供食堂だとは。教会長さんは真面目な人柄ですが、気の毒で見ていられませんし、不謹慎ですが失笑してしまいました。人の世話より崩れそうな土塀をぬったらと。地域でも一際目立つボロボロ教会です。会長さんは大教会からの号令には素直に従うと言うくそまじめなお人柄です。地域の人たちはむしろその教会家族、子供たちの事を一番に心配している感じがします。
    天理教に絡め取られた結果はこういう貧乏暮しになると言う現実です。
    人に合わせる人生です。右に向けと言われれば右に向く人生。自分をなくして人の為の人生、幸せですか?そう思います。

  35. 匿名

    あお様。
    私は教会生まれの教会育ちです。あお様のお母様と同じ様な両親に育てられました。
    天理教を見限って今言える事は、お金のお供えをしなくても、教会に参拝しなくても、もちろんお勤めを勤めなくても、全く現状に変化が無いと言う事です。最初は怖かったですよ。バチが当たるのでは無いかとビクビクしてました。徐々に教会参拝をやめていきました。上級参拝もやめました。お供え金も一切やめました。本部参拝もやめました。それで自分の生活がどう変わったか?それはもう、言いようのない開放感と自分の為に使えるお金の豊かさと、自由な時間と、、。精神衛生面が格段に良質になり自分が自分の為に生きる喜びを味わい、これこそが神の望んだ朗らかで豊かな生活だと、喜びに満ちました。今の生活ならば、幸せだったと言って死ねそうです。
    私には、天理教が多かれ少なかれ影響したであろう長女が精神的ダメージを受け、心療内科に通い詰め、死にたがる彼女は、生きるか死ぬかの大惨事を親子で経験しました。(精神不安定は天理教からの副産物だったと思います。)家族は皆苦しみました。しかし天理教を見限った今、私達一家にバチが当たるどころか、幸運が次々と訪れ、かつて一度は死んだとしても仕方がなかった長女が生き永らえ、二度目に殆ど死ぬ目に遭った今年の出産に際しても不思議な幸運が手引きしてくれ、母子共にまさかの命を繋いてもらっています。天理教を捨てて以降、2度目の命を生きている長女であり、孫娘です。
    お供え金を出す事とご守護は全くもって関係無い。これが私の実感です。
    自分が稼ぎ出したお金、家に入るお給料は神様からの与えなんですよ。喜んで使えば良いお金です。
    あお様。恐れる事は無いですよ。きっぱりと自分の意志を通し、嫌なものは嫌、したく無い事はしたくない、を通したらよろしいです。何事も良い方へ明るく受け止め、楽しんで生きる事です。神はそう言う人の味方になります。恐怖を持って生きる時間は血液が濁り、病気を引き起こす原因になると医学的にも証明されています。天理教の脅し、脅迫観念に振り回されません様に。
    天理教を離れて幸せに生きている者として、つい熱を帯びてしまいました。ご参考までに。
    失礼しました。

  36. 匿名

    自分が稼ぎ出したお金、家に入るお給料は神様からの与えなんですよ。喜んで使えば良いお金です。
    そう言う事ですよね?
    あおさんのコメント読んでいて、ぎゃあー! この悪くなる悪くなる、怖いぞ怖いぞって言う
    恐れを植え付ける考え方は、教祖様の教えとは全然違う!
    恐れを植え付ける様な、教会長なんて、害悪でしか無いよー

  37. 東風Z

    真柱の大教会への「お入り込み」という勿体ぶった言い方の奥にある、お礼が100万円単位だとか。
    聞いてあきれます。汗水たらしてもらった給与の10%だか15%だか知らないが神様を信じたお供えがこのような法外な形に消える天理教。教団本部は数々の怨嗟の声をどのように受け止めているのでしょう。
    小さな子供の靴一つ我慢している方が居られる一方で、上層部は折り目の付いたこれ以上の物はないと思われるほどの絹製の立派な羽織袴でお出ましだという。この落差をどのように受け止めるのか。
    教団上層部は何も分かっていない。
    余談ですが、私の礼装は30年も前の物を着ています。それも、着られなくならないように体型まで維持して着ています。
    言うまでもないことですが、このような宗教は無くなればいいだけのことです。

    7年前まで所属していた大教会が創立130周年記念祭を打ち出し、茶封筒が配布されて一手一つになんて言っていますが、参拝の信者さんは、せいぜい1000人も集まれば御の字でしょう。しかも、三分の一近くが各教会長の親戚縁者さんだろうから世話はない。10年前だって3000人と豪語していたが1500人も居なかったよね。余った昼食の弁当が山積みされていましたから。
    今も親交のある部内の部内の小さな教会長さん、布教所長さんの苦悩の顔が見え隠れしています。
    その上、他系統の信者さんまでかき集めて体面を保ってもしかたないでしょう。そろそろ年貢の納め時が来ているのかもしれません。

  38. 匿名

    > 今も親交のある部内の部内の小さな教会長さん、布教所長さんの苦悩の顔が見え隠れしています。
    > その上、他系統の信者さんまでかき集めて体面を保ってもしかたないでしょう

    他系統の信者さんが寄ってくるという事は、その信者さんに視点をかえて考えてみるとまた、違った世界が見えてくるようです。

    1.自身の所属会長に・教会に欠陥があるので棄教するという選択肢がありながらも他系統へ参拝している。

    2.またはその教会長さんが特別な資質を持っているから、人が魅かれて寄ってくる。

    以上のような理由も有るかもしれません。

    他系統でも「自教会より良いと思える」教会に参拝する信者さんがいるという事は、天理教の教会所属の「不自由」という決めごとを打ち破っている訳で、大いに喜ぶべき事ではないかと思います。

    別席を受ける時から所属教会が固定されるなんて、誰からも説明を聞かされませんでした。
    キリスト教のように牧師さんとウマが合わない程度でも。通う教会を変更できるようになってこそ信教の自由が保障された状況と言えるのです。

    陽気誌などの体験談によると、天理教では所属の教会へお供えを出すことが約束事のようです。という事は、その信者さんは参拝する教会と本来の教会と、二か所にお供えをされているのでしょうか。所属という縛りがお供え金が流れるルートであることは、皆さんご承知の通りです。

    教会育ちの人ばかりではなく、一信者の私などもお古を着て育ちました。成績が良くても大学進学など許されませんでしたし結婚資金も自分で働いて準備しました。天理教のヒエラルキーのトップは結婚でも自分で働くことなく多くの人が動いてくれるし、大学だってお供えから進学し、海外留学すら信者のお供えで賄われます。教会育ちだから大変だったという事ではない事をポイントとして指摘しておきます。「徳つみ=おそなえ・ひのきしん」というロジックこそが洗脳のポイントなのです。入信すると以降はそのようなロジックに組み込まれるという次第です。もう、こんなことを投稿すること自体、うんざりしています。問題点を家庭に求めるのではなく、組織に問題があるという点を究明しなくては年月を重ねても、一向に改善されないのです。

  39. 崩壊

    匿名 様
    2020年2月26日 4:18 PM

     >>「徳つみ=おそなえ・ひのきしん」というロジックこそが洗脳のポイントなのです。入信すると以降はそのようなロジックに組み込まれるという次第です。もう、こんなことを投稿すること自体、うんざりしています。問題点を家庭に求めるのではなく、組織に問題があるという点を究明しなくては年月を重ねても、一向に改善されないのです。<<

     本当に、投稿するのも読むのもうんざりするようなことを、毎日のように投稿し読むこと自体、天理教の異常さを物語っていますね。こんな異常な団体からは早々に離脱するべきです。それがベストな方法です。

  40. 匿名

    身内の者たちが離脱しなければ、家族の仲がぎくしゃくします。
    だから心の中で神(親神又は神)を拠り所にしつつも、長年の間に見聞きしてきた組織の欠陥を、教えから切り離して、しっかり自分の頭で考えるようにしています。

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