あけましておめでとうございます

2008年になりました。今年もよろしくお願いします。

本部では5日~7日まで「おせち」と呼ばれる行事がありました。
ちなみに私は行ったことありませんが。

大量のお供えされたお餅を信者に振る舞われるそうです。

新年の参拝がてらお供え餅を頂けるなんて良心的ですね。
是非続けて頂きたい行事であります。

話は変わりますが、天理教の行事において私が常々思うことは
行事に投資されるお金の問題であります。

なぜ、このような話になるかと言うと
ある大企業のHPを見ておりましたら、そこの最新型の商品の導入例
として天理教本部が取りあげられていたのであります。

かなりビックリしました。

私はガジェットを好むので、そこそこ電器市場には詳しい(つもり)です。
また、詳しくなくとも一般生活していれば最新の電気製品の高さくらいは
容易に想像できます。

それが天理教本部で導入されているということだそうです。

私は天理教の費用対効果については常々批判的な立場を取っています。
夏のパレードやその他設備投資、特に箱物については”今有るもの”を
有効に使おうとしているように見られないと傍からみて思うわけです。
私の知らないところで、ちゃんと活用がされているならば謝罪しますが。

例えばパレードの車はこどもおぢばがえり期間以外はレンタルしているとか、
詰所は本部の月次祭や行事がない日はホームレスに一般開放してるとか
箱物もテナントにしているとかね。
(詰所に関しては維持費だけでも大変と聞いたことがある。また、「おやさとやかた」なるものが本当に必要性に迫られているのかも私は分からない。天理教の減退を考えれば今やらなければならないことは他にあるはずだ)

そういった点で非常に不透明な部分がある。

もちろん天理教に最新機器は必要ない。

「天理教は私たちの血税で運営される行政ではないからこういった問題は問題ではない」と言われそうだが、私の周りでお金に苦労している天理教人は意外に多い。
それは、「お供えは気持ちだから」では済まされないようなかなり強圧的なものである。
教会単位では「来月までに○○万円お供えするように」と金額を指定することなど
ザラにあるそうだ。それが、徳を積むため、いんねんを切るため、などと言葉を換えて言われているのである。実質的に下に行けば行く程「断れない」人達が増えているのは外れていないと思う。本音と建前が実に巧みに作用されている。私が天理教に入りきれない部分もそこにある。
天理教の人は本当にいい人が多いのだがね~

また時代を見てもそういった不透明な部分に対しての批判は強まるだろう。

天理教の最新型の機器を見て「すげー」というより
天理教の人の振る舞いを見て「すげー」と言いたいもんだ。

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