天理時報の偏向記事から 天理教幹部の視野の狭さが若者を潰す 高齢者には退場していただこう

天理時報4436号の視点「道路交通法の改正に思う」というテーマ。
あまりに欺瞞に満ちた、誘導記事で辟易する。私が天理時報の購読をやめたのも、こういったあまりに偏った見方や、一部の幹部による知性が全くない記事を読むことにバカらしくなったからである。
私が天理時報の購読を止めてからも、読者の方から「こんな記事がありましたが、どう考えますか」と記事のコピーが送られてくるので結局は天理時報の視点はほぼ毎週読んでいることになる。
なぜ私がこの視点を俎上にあげるのか。それはこの視点は天理教の幹部が執筆しており、天理教の社会のものの見方、考え方が強く反映されているためである。つまり天理時報の視点には天理教幹部の知的劣化が表現されており、それは「天理教の衰退の原因」が書かれてあると言っても過言ではない。社会の流れや読者の意向を読み取ることなく、一方的な天理教的主張でしかない。北朝鮮の労働新聞と同じく読む意味がまったく感じられない(行事報告などは別)。
天理時報は記者とコメンテーターを要していると思われるが、彼らの知性と技量は疑問でしかない。法律学や政治学、経済学、情報学、統計学などの専門性やメディア論やジャーナリズム論をきちんと大学で学んだ人間が編集に携わっているとは到底思えない。一宗教団体の新聞であるため、そもそも天理時報は社会の公器ではないという主張もあるだろう。しかし、取材をすること、文章を書くこと、主張したいこと、社会と照らし合わせること、その基本がまったくできていない。結局何が言いたいのか分からないまま「将軍様マンセー」で終わるのと似たようなものがある。
こんなものにお金を払う人がどれだけいるのか調べてみた。まずはWikipediaの「天理時報」から。
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(20145年7月19日現在)

次に静岡教区中遠支部のホームページからの引用したものをまとめた。
1

現在、天理時報は12万6000部(2015年3月)の発行部数であるようだ。天理時報の購読者も驚くほど減っている。2.3ヶ月に1000部ずつ発行部数が減っていっていると思われる。全国手配り率は増加しているようだが、この数字は真実ではない。これは、単に発行部数が減少しているために増加しているように見えるだけである。そこで私は発行部数を手配り率で掛けた、実際の手配り数を計算した(黄色)。すると手配り数もきちんと減少しているのである。この数字は天理教道友社も把握しているはずであり、手配り数は減少しているのに「手配り率は増加している」と喧伝するのは読者を騙している。手配り運動について述べているサイトも、手配り率については言及しているものの手配り数にはあまり触れていないのも納得がいく。例えば福岡教区奈良教区など。
(2014年7月だけは発行部数が急増しているのは分からなかった)。

天理時報の年間講読料は3960円(税込)であるため、12万6000部では4億9千896万円の売り上げとなる。1000部減少で396万円の減収である。ここのホームページの数値が正しいかどうか信ぴょう性が分からないため、断言はできない。しかしこれを見る限り、業績は悪化しているとしか言えない。私の天理時報への批判は、天理時報の購読をやめた読者も同じような感想を持っているのではないだろうか。個人的には天理時報の発行部数の減少に伴う減収よりも、天理教本部の影響力が低下していると考える方が天理教的には深刻ではないかと思う。悲しいかな、購読を止めた読者は天理時報に3960円の価値がないと判断しているのである。天理時報にそれを言ったところで「新聞の凋落は世界的な動きで、インターネットの発達が原因だ」と責任転嫁され、天理時報の質の向上については議論されないだろうが。

少し寄り道をしてしまったが、話を戻そう。「視点」である。
私が腹立ちを覚えるのは、情報をきちんと理解せずに、若者を悪者に仕立て上げている点である。視点の前半部分は道路交通法の改正の説明であり、大きな問題はない。しかし4段落目から雲行きが怪しくなる。
「特に、自転車と対歩行者の事故は近年大幅に増え、なかでも子供と高齢者が加害者となるケースが後を絶たない。」とある。私は調べてみた。各都道府県ごとのデータでは、バラツキが大きいので採用しない。そこで全国の警察を統括している警察庁の「交通事故統計」データを使用する。
スクリーンショット 2015-07-21 14.23.06(警察庁 平成26年中の交通事故の発生状況)

ここ10年ほど、日本の交通事故は発生も負傷者も死亡者も減少している。筆者は「自転車と対歩行者の事故は増加」ということなので、全体の数値は参考として掲げておく。

 

次に自転車乗車中の年齢層別死傷者数の推移である。
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(警察庁 平成26年中の交通事故の発生状況)

自転車に関連する負傷も全体的には減少していることは間違いない。年別に多少の増減はあるものの、全体としてどの年代も減少している。子供も高齢者も。天理時報の筆者は道路交通法の改定には自転車事故の増加があると言っているが、それはどこのデータをご覧になったのであろうか。まさか妄想ではなかろうな。日本の警察はそんなこと言ってはいないのだから、きっと海外のデータを見たのであろう。

次に天理時報の筆者は「特に、自転車と対歩行者の事故は近年大幅に増え、なかでも子供と高齢者が加害者になるケースが後を絶たない。」と続く。なるほど、では調べよう。
スクリーンショット 2015-07-21 14.35.45(警察庁 平成26年中の交通事故の発生状況)

2008年(H20)以降、自転車の対歩行者の事故も減少していることは間違いない。増加は2008年までしかない。つまり天理時報の筆者は2008年(H20)までのデータしかみていないのであろう。少なくとも「近年大幅に増え」と書くのは明確な間違いである。それとも、この筆者は現在2008年だと思っているようだ。誰か彼に今年は2015年ですよ、と伝えてやってくれんかね。

次に私がもっとも腹立たしいと感じる部分を検証したい。天理時報の筆者は「実は、筆者は今回の自転車の取り締まり強化を大変結構なことだと歓迎している。なぜならば、実際に筆者も「危ない!」と思う自転車の危険運転を日ごろ何度も目にしているからだ。そして、目にするのは若い学生が多い。」と書いている。本当だろうか。
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(警察庁 平成26年中の交通事故の発生状況)

このデータをみて、天理時報の筆者は学生だけを悪者にしていいのだろうか。自転車乗車中の違反が事故になって相手を傷つけているのは、若者だけの問題なのだろか。少なくとも65歳以上も違反も多いし事故も多い。若者が特別に多いというわけでもない。これは自転車事故があたかも若者の交通ルールの悪化を原因とする議論のすり替えでしかない。自転車による交通事故は、誰が悪いというものではなく全年齢層が気をつけるものであることは間違いない。

では、より踏み込もう。若者を悪者としたい天理時報の筆者のために、若者と高齢者のどちらが悪人か比べてみよう。
スクリーンショット 2015-07-21 15.00.14 (法務省)

このデータをみて、若者と高齢者のどちらの検挙者数が増加傾向にあるかは明確であろう。このデータから若者だけが悪人とは到底いえない。安っぽいメディアの、頭の悪いコメンテーターのように、「近年、少年犯罪が悪化」として片付けられるほどどこかの年代が特別に悪いのであろうか。

次に少年による犯罪別の送致人員についてみてみよう。
スクリーンショット 2015-07-21 15.06.22(法務省)

大きな波が2つある。今から50数年前と30数年前に比べると少年犯罪も大きく減少したものである。さて、50数年前と30数年前に少年だった危険な年齢層の人たちは、一体いまは何歳になっておられるのでしょう。きっと更生して自転車の違反もせずに真面目な社会人として生きておられるのでしょう(皮肉)。

スクリーンショット 2015-07-21 15.15.28 (法務省)

最近の高齢者は怖い。殺人、強盗、傷害、暴行、窃盗とやりたい放題。天理時報の筆者が「お道の者として、このたびの道路交通法改正を、若い人たちや子供たちに対して、人々が互いにたすけ合う陽気ぐらしの精神を伝える好機として捉えたい。そして、その姿を社会に映していきたい。」と述べているが、滑稽でしかない。というより意味が理解できない。そんな方は天理教をやめて交通指導員にでもなれば、陽気ぐらしの目的が達成できるということなのかな。
むしろ自転車マナーよりも法律を守らなければならないのは高齢者の方ではないのだろうか。私は高齢者のみなさんに人を殺したり、人の物を盗んだりしてはいけないと伝えたい。それは人々が互いにたすけ合う陽気ぐらしの精神を伝える好機として捉えたい。そして、その姿を社会に映していきたい、と思う。

私が言いたいことは、若者より高齢者の方が危険人物であろうということではない。私が述べたことは社会学の自明であり議論にすらならない。若者や高齢者をターゲットにしたところで不毛な議論であり、くだらない。私が言いたいことは、この筆者のように誰かを悪者にし、一方的に上から目線で持論を展開することは何のためにもいならないということだ。この筆者が自転車に乗った若者に不愉快な思いをしたことがあるのは間違いないのであろう。しかし、個人的な恨みを紙面を使って晴らすことは、まともなオトナのすることではない。私には、Twitterで悪事を暴露する若者と、この筆者の違いが分からない。自分が舞台のヒーローにでもなった気分なのだろう。

私が腹を立てるのは、こういった「自分は正しい」と考える権力者こそ若者を潰し、正義感を振りかざすだけで未来のことは何も考えていないためである。この天理時報の筆者(諸)は何歳の方なのかはわからないが、もし高齢者であれば私の反論が気に入らないであろう。その気に入らない気持ちこそ、あなたが若者に植え付けている嫌悪感だと思うべきであろう。
私こそ若者の声を代弁しているとは思わない。しかし、こんな若者の悪口を堂々と書いている人間に、若者の育成ができるであろうか。「最近の若者はダメだ」と居酒屋でいうのには問題ないが、人事部長が広報誌で言ってしまってはアウトである。更迭である。人を育成する立場ということは文句や悪口を偉そうに述べることではない。もっと伝えるべき大切なことが天理教にはあるのではないだろうか。
天理教は後継者不足問題、信者の減少と、抜き差しならない課題を抱えている。その原因となる組織に対する嫌悪感は、今回の記事で明確に私に伝わってきた。すくなくとも、私はこの筆者の教会の信者になるくらいなら死んだ方がマシだと思った。
若者が継ぎたくない天理教を作っているのは誰か、そこが焦点だと思うが天理教幹部は継がない若者に問題があると思っているのだろう。人に物を教える資質のない者が、「交通安全を教えてやろう」なんて、どの口が言うのだろうか。

物を書くことを仕事の一部にしている私としては、せめて背景データの確認と社会の流れというものを確認してほしいが、この筆者はそれを求めるこができない教養と学習の持ち主なのであろう。それにしても天理時報の編集部やデスクは、「ちょっと事実とは大きく異なるので書き直してください。せめて日本の警察の資料を使ってください」くらい言えないものだろうか。天理時報「視点」の筆者は天理教幹部であり、幹部の書いたことは事実とは異なっていても、編集部は間違いを指摘できないのであろうか。天理教道友社とは、そこまで「終わった」組織なのだろうか。捏造なのか、勘違いなのか分からないが、一般紙であれば謝罪・訂正記事が必要なほどの偏向記事であろう。

天理教道友社の方たちは、長期的視点に立って、読者に何を伝えたいのか、社会にどういった貢献をしたいのか、自分の使命と役割とプライドを明確にして紙面を作っていただきたいものだ。

tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

天理時報の偏向記事から 天理教幹部の視野の狭さが若者を潰す 高齢者には退場していただこう」への21件のフィードバック

  1. 自立人生

    テーマ: 時報手配り、ホンネはおカネ

    8年前、本部の方針で天理時報の手配り運動が開始された。
    天理時報の発行者は天理教道友社であり、印刷は株式会社天理時報社が行っている。

    <天理時報手配り率、発行部数>:
    2007年2月25日決起大会時:
    天理時報発行部数15万5千部(手配り率6.9%)。

    本部「布教月報2015年6月号」記事:
    天理時報発行部数:12万6千部、手配率50.2%達成。
    手配り部数:6万3千部(50%)。
    郵便局による配達部数:6万3千部(50%)。
    手配りによる配達と、郵便局による配達が半半になった。

    <天理時報、8年間の減少部数>:
    8年間で手配り率は6.9%から50.2%へ上昇。
    発行部数は15万5千部から12万6千部へ2万9千部減少(18.7%減少)。

    <時報手配りによる経費削減効果>:
    天理時報年間購読料:3960円(税・送料込)。
    年間52回発行。
    1回の購読料:76円。
    郵便局が配達する第三種郵便料金:41円。
    1回の購読料76円 ― 郵便料金41円 = 天理教道友社が入手する実質紙代35円。
    郵便料金の方が天理時報価格より6円高い。

    教会本部としては、日本郵便にもうけさせるために天理時報を発行している訳ではない。
    教会本部や大教会は入って来るカネは決して拒まないが、自分から出ていくカネはたとえ1銭でも惜しい。

    <時報手配率が50%に成った結果、天理教道友社が得た経費削減効果>:
    時報1回発行毎に発生する第三種郵便料金: 41円x63、000部=2、583、000円。
    時報1年間52回発行で発生する第三種郵便料金:2、583、000円x52回=年間1億3431万円。

    即ち、1回当たり12万6千部発行されている天理時報の手配り率が50%に成った結果、全部数を第三種郵便により配達するコストに比べ、天理教道友社が支払う郵便料金は年間1億3431万円へと半減した。

    教団の財政は教庁の予算がこの10年間にわたり、年間平均4.7億円減少するという厳しい状況に置かれている。
    手配りは一般信者のひのきしんであり、教団の懐は痛まない。
    教団にとっては「タダ」である。
    8年前、時報手配り運動が開始された時、教団本部のキャッチフレーズは「ようぼくネットワーク」を作って教内を活性化させるとの事であったが、そのキャッチフレーズは今も変わらない。
    しかし当時から末端教会長の中に「本部は金詰まりで時報の郵便代が出ないので手配りを始めるらしい」と言う人がいた。
    現在、手配り拠点数2、064個所、手配りひのきしん者の数は13、678人である(天理時報2015年5月17日号)。

    これら手配りひのきしん者13、678人の配達により、郵便料金が年間1億3431万円削減できた。
    1億3431万円をひのきしん者の数である13、678人で割ると1名当たり9、819円となる。
    計算上はひのきしん者1名当たり年間9、819円のお供えをした勘定になる。

    株式会社天理時報社のホームページ: http://www.jihosha.co.jp/

    Wikipediaの記事によれば株式会社天理時報社の社員数は約190名である。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%90%86%E6%99%82%E5%A0%B1%E7%A4%BE

    天理時報社は大層立派な建物と設備を持っている。
    郵便料金年間削減額1億3431万円を、天理時報社の社員数190名で割ると社員1名当たり年間706、894円に相当する額を天理教道友社は得ている計算となる(計算上の事であるが)。

    結局、本部がことある毎に強調していた「ようぼくネットワーク」とは、郵便料金を節約するための「配達ネットワーク」である。
    以上

  2. 匿名

    全く同感です。配達は郵便局に任せればいいではないか。何で我々が郵便局の肩代わりをしないといけないのか?と私達の地区の教会長は手配りを拒否しています。相当の郵便料金が浮いているはずだと思っておりました。手配りの話が持ち上がった時、上手に我々を利用するのは止めて欲しいと怒りの気持ちがわきました。ネットワークとは表向きで、内実は時報社道友社の経営状態と関係ないはずはないとは感じておりました。ひのきしんだ、道の御用だとまじめな会長さんや信者さんは上手におどらされているようですがきのどくでたまりません。一度引き受けるとエンドレスで大切な時間をこのために取られ、半端ないガソリン代に悩んでいる方々の声も聞こえてきます。現在悩みながら実行している人は勇気を持って止める申し出をしましょう。自分の時間を大切に。自分のお金を大切に。上意下達を「素直が一番」で振り回されることなく、自分の頭で考え自分で判断する、まさに自立した信仰をしたいものです。

  3. よふぼく

    維持財団と異なるレスで恐縮ですが、最近、かんろだいが新調されたのをご存知でしょうか。私は先週の青年会総会で見てきました。薄暗い中で真っ白いかんろだいがたっていました。

    このかんろだいに向けて、教祖130年祭に向けての特別お供えが始まりました。私の教会にきた世話人先生の目標額(各教会50万)から逆算すると、全国16,000教会として、80億のお供えとなります。ほかの教会でどう言われているかはしらないので、もちろん推測値ですが、80億もするお買い物をしかも各教会が負担する前提で勝手に決めないで欲しいです。

    ですしどんなに高く見積もっても、あの柱(かんろだい)は80奥もしないでしょう。つくづく、天理教だけで生きてきた人はお金がどれほど重たいのかをしらないと落胆します。そしてこれが競争100年祭の栄華が願う天理教本部の思いでしょう。表頭領様も「残り数ヶ月、全力で取り組んで欲しい」と、各教会に指示されています。

    とりあえず「かんろだいふしん詐欺」にはご注意ください。

  4. よふぼく

    一部、誤植があり訂正します。
    申し訳ございません。

    80奥 → 80億
    競争 → 教祖

  5. ちょいとはなし

     ☆ 「かんろだい」については、約一億円でお願いいたします。
     ☆ 天理時報の手配りについて
       郵送料削減策で手配りを考えついた訳ではないと思います。
       郵送料込みで購読料を算定していますし、昔から、天理時報の郵送に関しては、
      郵便局と交渉した特別料金となっているはずです。
       発送作業段階で、地域ごとに郵袋を細かく分けて、郵便局へ持ち込みをしているので、 
      これだけでも割引対象になっております。
       では、なぜに天理時報を手配りに!! それは、教会本部の危機感からであります。
       信者さんたちの天理教離れに、歯止めをかけたいと知恵をしぼった作戦であります。
       教会本部は、信者さんをできるだけ把握したいのですが、大教会などの直属教会の
      名簿管理がほんにあてにならない状況に落胆したと思います。
       そこで、天理時報の購読者名簿が、現実的に正確性の高い期待となったのでしょう。
       個人情報の問題もありますので、天理時報を手配りすることができれば、堂々と、
      お宅に訪問ができますので、本当にありがたいことであります。
       所属教会に参拝することも遠のいている「よふぼく」家庭へ、地域ぐるみでサポート
      体制を構築できれば、信者さんの囲い込み?もできるんではないかと、教会本部として
      もほんに期待したいと思っている訳であります。

  6. 古い教会長

    ☆ 天理時報の手配りについて・・・
    無意味です。
    誰が見ても「なるほど」と思う記事を寝せて下さい。まともな記事は教外の人に依頼したものだけです。本部員たるもの、もっと教理を深める記事を世界に向かって発信するべきです。

    本部が襟を正さない限り、何も始まりません。

  7. 自立人生

    テーマ: 手配り目標50%達成したが、教勢衰退が止まらぬホントの理由。

    8年前の、2007年(平成19年)2月25日、布教部・道友社決起大会時、〇降政彦表統領(当時)は「手配率を50%まで高めていけばお道全体はかなり活性化していく」と信者にハッパをかけていた。
    この決起大会時、天理時報発行部数15万5千部(手配率6.9%)。

    8年後の2015年(平成27年)4月、手配率こそ50.2%を達成したが、肝心の発行部数は〇降政彦表統領(当時)の思惑とは全く反対に15万5千部から12万6千部へと2万9千部減少(18.7%減)した。

    天理時報の発行部数が減少しただけではなく、初席者、おさずけの理拝戴者の年間人数も7年間の間に下記の通り減少している。
    みちのとも毎年2月号(統計)、8月号(教庁決算):
    年度   別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
    2007年: 13619人  7055人   3176人  1528人 155億円
    2014年: 11507人  5274人   2546人  1037人 118億円(年祭活動2年目)

    <7年間の減少人数、減少率>:
    別席の誓い:     2112人減少(15.5%減)
    おさづけの理拝戴: 1781人減少(25.2%減)
    修養科修了:      630人減少(19.8%減)
    教徒登録:        491人減少(32.1減)
    教庁決算:        37億円減少(23.8%減)。

    手配り運動大キャンペーンの実態は、「手配率50%達成による教内の活性化」とは全く正反対の「天理教教団信仰の衰退」以外のなにものでもない。

    手配りひのきしん者の数は13、678人(天理時報2015年5月17日号)。
    天理時報は年間52回発行される。
    毎回13、678人が手配りひのきしんを行うとすれば、年間延べ71万人の信者が配達のために働いた事になる。
    同じ人数が3年間手配りひのきしんを行ったとすれば、3年間に動員された延べ人数は213万人という数になる。
    8年間の間にはこの何倍かの信者が時報手配りに動員されたことになる。
    手配り運動のために費やされた労力、時間、ガソリン等は膨大な数量にのぼる。

    本部の指導通り8年間の間にこれだけ多くの信者が働いたにも関わらず、何故激しい衰退が進むのか?
    客観的にみて8年間にわたり教会本部が行った「手配り運動」は完全な失敗である。

    8年間にわたる「手配り運動」が失敗に終わった。
    当初から「手配り運動」が失敗に終わる事は分かり切ったことであった。
    失敗がはっきりしているにもかかわらず教団本部はいまだに「手配り率を更に高めよう」という何とかの一つ覚えを繰り返している。

    衰退を止めるために教団本部が他に打てる手はあるのか?
    ハッキリ言って打てる手は無い。
    仮にあっても中山真柱家を中心とする教団本部は組織制度を変更する事はありえない。
    組織制度を変更すれば、彼ら教団幹部の既得権が失われるからである。

    中山真柱家を頂点とする天理教組織信仰衰退の原因ははっきりしている。
    (1)敗戦と同時に始まった「復元」は、おや様の教えに戻る「復元」ではなく中山家と本部に権力とカネが集中するという「失敗復元」。
    (2)実力以上に大見栄をはり、信者からお供えと称する巨額のカネを集め、巨大なやかたや神殿を次々に建築し、末端教会や信者を疲弊させ離反させた失敗。
    (3)真柱には真柱の息子がなり、本部員の息子が本部員、大教会長の息子が大教会長、上級の息子が上級会長、末端の息子はどこまで行っても末端教会長、生まれたその日に30年後、40年後人生が決まってしまう「事実上」の世襲制身分制度の失敗。
    (4)大教会や分教会がその家族の住宅となり財産となっている、教会の私物化。
    (5)組織にガンジガラメになっている末端教会長が巧みに使い分けるホンネと建て前の二枚舌。

    結論:
    筆者は一信者であって、天理教を職業とする教団組織の構成員ではない。
    <一般信者の道>:
    天理教を職業としない一般信者は、衰退から崩壊へ進んでいる教団本部や教会の組織信仰、職業信仰に依存してはいけない。
    信仰を続けるか否かは、自分自身が中山ミキの教えを実感できるか否かにかかっている。
    中山ミキの教えを実感できなければ続けることは出来ないし、無理に続ける必要はない。
    本部や教会、他人に頼らず中山ミキの教えを自力で学び、日々の生活と仕事の中で周囲の人々に感謝しながら、自分自身を鍛え上げ信仰活動を実践しよう。
    中山ミキの教えを本部や教会長に教えてもらおうなどという甘い考えを持ってはいけない。
    失敗しても良いではないか、身上事情が起こればその都度心のそうじを行い心を切り替え前進するのだ。
    ひのきしんの精神で日々学び働き、世の中に通用する知識や技術を身に着け、職業を修行として世の中に貢献出来るよう努力を続けるのだ。
    以上

  8. 自立人生

    テーマ: 10年前に比べ本年の初席者は17%増加だが、おさずけ拝戴者は29%減少

    130年祭まで残すところ2ヵ月となった。

    <10年前2005年の人数と本年2015年の人数の対比>:
    「別席場をいっぱいに」の掛け声で年祭活動3年目の本年は、10年前の2005年に比べ年間初席者の数は約3400名(17%)程増加の見込み。
    しかし、おさずけの理拝戴者の数は10年前に比べ約2700名(29%)減少、修養科修了者は約1600名(38%)減少の見込みである。

    おさずけの理を拝戴するには別席を9回運ぶ必要があり、9回続ける決意が必要である。
    教団としてはおさずけの理拝戴者を得るには、まづ初席を運ばせる必要があるが、あれもこれも実行する力が分教会にないので、初席者にポイントを絞った結果、初席者の人数だけは10年前を上回りそうである。
    しかし、肝心のおさずけの理拝戴者の数は10年前に比べ約2700名(29%)減少となろう。
    即ち、著しい衰退は年祭活動3年目においても続いているのである。

    50年前の80年祭の年には、初席者は11万人を超え、おさずけの理拝戴者は3万7千人を超えていた。
    50年間の長きにわたる天理教の衰退にははっきりした理由と原因があるはずである。
    教団組織が衰退の理由と原因を取り除かない限り、衰退は決して止まらない。
    残念ながら教団には衰退の理由と原因を取り除く意思は全くない。
    衰退の理由と原因を取り除くと、真柱を筆頭とする教団が今まで言ってきたことがウソになってしまい教団の組織制度が崩壊してしまうのであろう。
    衰退の理由と原因を取り除けない以上、衰退はとことん行き付くところまで行く。

    天理教を職業とする人たちは、本人が自分で選んだ道であるから周囲が何を言っても始まらない。

    天理教を職業としない一般信者は、衰退の理由と原因をはっきり把握し、腹をくくらないと信仰をすればするほど教団の衰退に巻き込まれて人生を誤る事になる。
    教団や教会長が教える中山ミキ教えは50年間衰退を続ける「中山教」であり、おや様の本当教えではない。

    教団や教会長がおや様の本当の教えを信者に伝えていれば、このように戦後70年間衰退を続けるわけがない。

    おや様の教えを信仰しようとする者は、自分自身で中山ミキの教えを勉強し、仕事や家庭生活、地域での活動の中で教えを実践する自己努力を積み重ねるしか道がない。

    教会長や信者の中で最も人数が多いのは、60歳台と70歳台である。
    10年後には、60歳台は70歳台となり力を失い、70歳台は80歳台となり出直しの年齢となる。

    まともな若い人は、事実上の世襲制身分制度という時代錯誤の組織の中で自己の人生をかけようとは決して思わないであろう。
    おや様の教えは素晴らしいが、教団の組織制度は全くダメである。

    従来型の年祭は今回の130年祭が最後となろう。

    <衰退を続ける天理教データー>:
    「天理教統計年鑑1981、2013、別席の誓い・おさずけの理拝戴人数一覧」(2015年6月7日付けカインのブログ添付ファイル)。
    年度   別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
    1966年:112194人 37681人 (記載なし)  4547人  (記載なし)(80年祭)
    1976年:119382人 33933人 (記載なし)  6450人  (記載なし)(90年祭)
    1986年: 84190人 22892人 (記載なし)  4649人  (記載なし)(100年祭)
    1996年: 35499人 13546人 (記載なし)  2554人  (記載なし)(110年祭)
    1998年: 24994人 10417人 (記載なし)  1990人  (記載なし)(4代真柱継承)
    1999年: 21970人  9898人 (記載なし)  2162人  (記載なし)(継承翌年)
    以下みちのとも毎年2月号(統計)、8月号(教庁決算):
    年度   別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
    2005年: 19568人  9444人   4201人  2065人 165億円
    2006年: 22755人  9991人   3832人  1902人 159億円(120年祭)
    2007年: 13619人  7055人   3176人  1528人 155億円
    2008年: 13069人  6825人   3040人  1265人 155億円
    2009年: 13431人  6763人   3138人  1320人 142億円
    2010年: 13424人  6798人   2820人  1284人 137億円
    2011年: 10780人  5850人   2451人  1057人 133億円
    2012年: 10816人  5375人   2555人  1167人 128億円
    2013年: 11862人  5541人   2446人  1069人 120億円(活動1年目)
    2014年: 11507人  5274人   2546人  1037人 118億円(活動2年目)
    2015年:1月―10月(実績値)
           18890人  5470人   2018人   916人    未定(活動3年目)
    2015年:1月―12月(推定値)
           23000人  6700人   2600人  1100人    未定(活動3年目)
    以上

  9. 匿名A

    天理教が往年の賑わいを見ることは至難のことと言えるでしょう。曾祖父母の代から続いた信仰も私で終わったも同然です。ましてや、子供たちが信仰に入ることは考えられません。今までもいろいろな事を書き込みましたが、決定的な理由は次のとおりです。
    教団は余りにも形式主義過ぎることです。「お運び」、「お許し」、「お書き下げ」、「お入り込み」、「お供え」、「お礼」まだまだあるかもしれませんが、これだけを見ても「お」を付した仰々しい言葉が並びます。
    天理時報の記事も、「ヨイショ記事」ばかり。少しは掲載したくない内容であっても、事実であれば、あえて掲載すべきです。それが時報というものだと思うのですが。例えば、有名無実の教会がどれほど存在するのか、調べて掲載できますか。
    仰々しい言葉の羅列とヨイショ記事を見た若い人は、これだけでドン引きしますよ。

  10. 匿名

     人だすけの天理教はもう有名無実、実体の無い虚構です。「お運び」、「お許し」、「お書き下げ」、「お入り込み」、「お供え」、「お礼」、「理立て」、あらゆる言葉で教会、信者達からむしり取ってきたが、そのような手口がいつまで通用するものか?徐々に化けの皮が剥がされ、信者も離れ、教会も事情教会となり、機能しなくなっていっております。
     事情教会も8割、下からだんだんと崩れていき、次第に上の教会も徐々に崩れ、終には本部の瓦解となっていくのでしょう。そこまで行かないと、上の方の目も覚めないのでしょう。そこまでいって初めて、世界ろくじに正しい教えが拡がるかもしれません。

  11. 匿名です

    お歳を召された先生方や信者の方々は、信仰に深みがでておられるように思います。
    奇跡的な深さをお持ちです。
    なので高齢者には退場などという思いは全く微塵もありません。

  12. 匿名

    高齢者は組織から退場するということであって、なにも信仰から退場してもらうことではない。どの組織でも高齢者が困り者なのは昔の成功体験だけでやろうとすることだ。時代がすっかり変わっているのに、いまだに燎原に火を放ったごとくなどと言っている人はもう引退していただき、昔話を聞きに来た若い人に励ます役だけでじゅうぶんであろう。それにしても事情教会が8割だというのはびっくりだ。完全に多数派になっている。本部や大教会は自分たちにつごうの悪い改革など絶対にするわけがない。だから、そうした教会関係者は止めたければ気にせず、さっさと止めた方がよい。もうだれも止められないのだから。

  13. 匿名

    よろずたすけのお地場、も、互いたすけ合いの講文明も、未完のままおしまいなのか?

    本部の皆さんは、世を救い、人をたすける気持ちがおありになるんですか?
    それとも目的は、中山家の存続と繁栄ですか?

  14. あすなろ

    高齢者は高齢者としての役割をわきまえて頂きたいといつも思います。
    高齢者だけではないですね。
    何歳であっても、今の自分がするべき事、役割を考えながら生きるということは
    大切なことだと思います。
    これは、女性であれば結婚して子どもを産むべきであるとか、そういう意味ではありません。
    男性でも女性でも、今の自分が世の中にどのように役立つことができるか。
    を考えるということです。
    権力を持つ者は、よほど自戒しないと諸悪の根源にしかならない。
    何の肩書もないフツーの人の時は、いい人やなあ と思われている人でも
    肩書が付き、地位が上がりしていくと、あれ?こんな人やった?ということが多すぎる。
    人間って本当に弱いな。
    自分だけはそんなことにはならないと思っているんでしょうか。
    気づけば「裸の王様」だった・・・
    でもこれは「裸の王様」だけが悪いのではないです。
    そうさせてしまった周りの人間のせいでもあるのです。
    力のあるものには逆らわない、理不尽やと思っても従う。
    明らかに間違っていることにでも、上からの命令には従う。
    すべて自分の保身のために。
    人のため と言いながら実は全部自分のためでした。

    匿名です さま

    「お歳を召された先生方や信者の方々は、信仰に深みがでておられるように思います。
    奇跡的な深さをお持ちです。」

    信仰の奇跡的な深さ って何ですか?
    何をもって、どうしてそう思われるのですか?

  15. 匿名です

    癌が治っっていた、癌が治まった、若い人でしたが、先天性の病気特有の症状がほぼ表に出てきていない様子、命を奪いかねなかったかもしれない病気が治ったのかもしれない畏怖などです。

  16. 古い教会長

    2016年7月19日 9:22 PMの匿名 様
    >  事情教会も8割、下からだんだんと崩れていき、次第に上の教会も徐々に崩れ、終には本部の瓦解となっていくのでしょう。そこまで行かないと、上の方の目も覚めないのでしょう。そこまでいって初めて、世界ろくじに正しい教えが拡がるかもしれません。

    事情教会とは、会長がいない、教会の建物がない等です。ですから、2割程度だと思います。
    でも、元気がない教会となれば9割を超えるでしょう。(実際は9割以上が事情なのです)

    16000の教会で、もし1割の教会(1600カ所)に元気があれば大したものですが、そんなにはありません。「みちのとも」に取り上げられる「勇み立つ教会の日々」でも、連載はまだ100回も続いて無い。
    そんな勇んだ教会を探すのに苦労していると思います。

    >「匿名です」さんとは・・
    彼・本人もしくは近い関係者が、天理教の組織システムで甘い汁を吸っている立場の人で、とぼけたコメントをしていますが、とても天理教的な、いやらしい立派な大人です。人の心の叫び、魂の叫びが聴こえない「天理教な大人」です。まともに相手は出来ません。

    ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
    http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
    天理教の「御供え」についてをリンクします。
    http://6706.teacup.com/5051/bbs
    命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
    「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
    http://inochinonakigoe.grupo.jp/
    huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
    http://twitter.com/huruikyoukaityo

  17. 匿名です

    古い教会長様

    私は人の気持ちに鈍感なところがありますから変えていくべき点です。
    御指摘はいただきます。

  18. 匿名3

    友人、知人の殆ど教会関係者です
    その中で9割が 後継者が居なかったり 子供は継がない 継がせないとハッキリきいております
    親が出直したら 離婚(別居)してでも会長を続けるご主人とは 離れたい などなど
    余程 余裕があるところや後ろ盾がしっかりしている教会はそうではありません
    口を揃えて言うのには おやさまの教えは信じるが 組織が無理 と言う事です
    今さらですがね
    部内教会の奥様方は アップアップ溺れかけなんですよ
    助かるには組織から逃げだす事しか出来ない現状に怒りを覚えます

    自分は簡単に離れる事が出来ると思っていたけど
    全く無理です 心が積年の重みと過去中枢で尽くして来たことなど
    考えたら眠れません

    で 落ち着きたい と思い
    写経 とやらを検索したら書き写し出来る写経を印刷することが出来ました
    久々の筆ペンで黙々となぞっていたら
    多少心が穏やかになりました (笑)

  19. あすなろ

    匿名3 さま

    薬師寺に行かれたことはありますか?
    薬師寺には、いつでも写経できる部屋(お写経道場)が用意されています。
    般若心経の写経で一回に2000円かかりますが、その費用で薬師寺の修繕や建て替えなどされています。
    写経であつめたられお金が、伽藍や金堂、回廊の再建に使われているのです。
    わかりやすいですよね。
    そして気持ちいいですよね。
    天理からも30分ほどで行けますよ。
    お線香の香りと厳かな雰囲気の中、椅子席で毛筆を使って写すだけです。
    ぜひ一度行ってみてください。
    一つの物(この場合は宗教)に固執せず、広い視野で第3者的な目で
    全ての物を見渡す視野が必要だと思います。

    空(くう)

    かたよらない こころ
    こだわらない こころ
    とらわれない こころ
    ひろく ひろく 
    もっと ひろく
    これが般若心経
    空のこころなり

    だそうです。
    本当に、そうありたいものです。

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