こどもおぢばがえりも参加人数は減少している

明日26日から天理市の天理教教会本部では「こどもおぢばがえり」(KOG )が8月4日までの10日間開催される。

名前の通り、子供を対象とした天理教のイベントである。

せっかくの機会なので、以前取得した統計データを公開したいと思う。天理教データは、以前にまとめた天理教統計年鑑から引用した。日本のデータは、文科省の学校基本調査から引用した。

こどもおぢばがえりの参加人数は、天理教の他の統計データと同じく、減少の一途をたどっている。直近のデータである2013年では子供は11万1千人の参加人数である。反対に大人(育成会員)の数は10万2千人である。子供に比べて減少幅が少ない。ここ最近では子供の数に迫るくらいである。こどもおぢばがえりというよりも、おとなおぢばがえりにした方が適切かもしれない。
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次に、子供の数が減少していることに関して考察する。日本はいま少子化を迎えており、子供数は減少している。こどもおぢばがえりの子供の参加人数は、そもそも日本の子供の数が少ないための自然減であるのかを明確にしたい。

下の図はこどもおぢばがえりの子供の参加者数を日本の義務教育(小中)に在籍する子供で割った割合である。2001年以降、120年祭の2006年を除き減少している。そのため、こどもおぢばがえりの子供の参加者数は少子化に関わらず減少していることは間違いない。
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しかし、それでも現在でも11万人を動員していることは、日本の子供の100人に1人以上が参加していることになり、これは凄いことだと思う。(7/26追記→読者からのコメント「こどもおぢばがえりの動員数は延べ人数です。義務教育の生徒の実人数で割ることはできないものです。だから同一人物がかりに1週間連続して参加すれば、7人としてカウントされます。」)

いつものようにエクセルファイルのダウンロードを用意した。コピーフリーであり自由に使っていただいて結構である。しかし誤記もふくめ責任は負いかねます。

注意
・本記事の数値は、そもそも天理教本部の発表であり、どこまで真の値を反映しているかは不明である。つまり申請人数と実際の参加人数の乖離や、複数回参加した人などがどのように処理されているかわからない。

tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

こどもおぢばがえりも参加人数は減少している」への19件のフィードバック

  1. 信者

    いつもデータを駆使した分析を興味深く拝見しています。
    しかし、今回の分析結果「現在でも11万人を動員していることは、日本の子供の100人に1人以上が参加していることになり、これは凄いことだと思う。」は間違いです。
    こどもおぢばがえりの動員数は延べ人数です。義務教育の生徒の実人数で割ることはできないものです。
    だから同一人物がかりに1週間連続して参加すれば、7人としてカウントされます。(天理教の数字操作にはその手のものが多い。)
    しかも大半が天理教教会関係者なので、一般的な日本の子どもの100人に1人以上ということはありません。
    高齢化社会なので、大人おじばがえりならぬ、老人おぢばがえりを作ったほうがいいと自分も思います。

  2. 強制参加

    とある地方都市「本部」が経営するスポーツのクラブに、
    我が子達は通っていました。

    天理教と繋がっている事は伏せられているので、
    ほとんどの会員は知らずに通っています。
    私も知りませんでした。

    夏休みに行われる合宿の行き先は、必ず天理です。
    こちらからは遠いです。

    保護者には説明が全くないですが、
    「こどもおじばがえり」に参加?してくるようで、
    「大きなお寺でお参りした」と言って、
    おじばがえりの名が入った記念品を持ち帰って来ました。

    今年はパレードにも参加するようですが、
    やはり募集には、どの様な主旨のパレードなのか説明がありません。

    おじばがえりやパレードの参加人数(未信者)を多く連れて行くと、
    成績や評価が上がったりするのでしょうか?

    どうやら天理教と繋がっているらしい事は薄々感じていましたが、
    子供が思想を教えられている様子もなく、
    他にその分野が習える所も近くになく、
    様子を見ていました。

    昨年末からクラブの様子がついにおかしくなってきました。
    高い月謝(レベルの高い指導が受けられるというクラス)にどんどん生徒を上げ
    結果的に月謝に見合わない練習内容になり。
    月謝が本当に高額な事もあり、
    見兼ねて事務局に「何とかならないか」と訴えたところ、
    経営者より、とんでもない攻撃・子供を巻き込んだ脅し・口封じ強要があり、
    退会しました。

    後で分かった事ですが、
    以前の「選手を目指せるクラス」というイメージを利用して、
    実質はそうではなくなっているのに、お金集めの為のクラスでした。
    経営者とは普通の会話が成り立たず、何でもお金に結びつく考えでした。
    宗教家なのに、慈悲の心も全くありませんでした。

  3. 匿名

    こどもおぢばがえりは宗教的ではありますが健全な行事ですので、それほど心配されることはないかと思います。
    問題は引率したであろうその経営者ですね。ひどい話です。
    ただ、そのスポーツクラブを本部が経営しているというのは考えにくい話です。おそらく一信者の経営でしょう。
    本部と関わりがあるスポーツ施設として思いつくのは北島康介選手などを輩出している東京天理スイミングセンターくらいですが、そこは言わずと知れた水泳の名門です。
    本部がやるなら、天理の名を伏せることはないと思いますよ。

  4. 匿名

    人数は団体受付事務所に各隊が提出する帰参報告の延べ人数だと思います。
    一方で、帰参報告をせずに行事にだけ参加する家族などもかなりありますから、実数は不明です。
    また、近年は子どもだけでは心配だからと親が同行するケースも多いです。

  5. ponpon

    「強制参加」コメントの者です。
    読んでいただき、ありがとうございます。

    天理合宿の集合場所は経営者の自宅前、となっているのですが、
    そこには「天理教◯◯◯◯本部」という木製の看板が掛けてあります。
    じっと見るのもなんだか嫌で、うろ覚えですが。

    また練習場横には、宿泊施設を併せ持つ大きなお寺があります。
    数年前に完成したという、最近ではあまりないような大きさです。
    練習場も、お寺の敷地内です。

    天理教との関係は伏せられている、と書きましたが、
    集合場所には天理教の看板があったり、
    おぢばがえりの記念品をお土産にする辺り、
    隠そうとまではしていないようです。

    保護者への告知もなくおぢばがえりの参加をさせる事は、
    悪気はないかもしれないし、イベントは健全とはいえ、
    やはり関心できませんね。
    我が家は熱心ではない仏教徒なのでちょっとびっくりする程度ですが、
    地域柄、他宗教に抵抗を感じる方が多いです。
    保護者の知らない所で、子供を勝手に他宗教のイベントに参加させるのは、
    いかがなものか、と疑問に感じます。

    北島さんのクラブもそうなんですね。こちらは水泳ではありませんが、
    大きな大会があると必ずスポーツニュースに紹介される、
    人気スポーツです。
    大都市では習える所が多いようですが、
    こちらではクラブの選択肢がほぼありません。

    前回のコメントを書いた時はまだ、
    こちらのブログを見つけたばかりでしたが、
    過去の記事を読むと、私が経験した「怒涛の一週間」は、
    まさに天理教の闇の部分を一気に味わった事がわかりました。

    天理教信者でもない私やクラブ会員を、
    信者と同じように考えている事がわかりました。
    天理教とは無関係な私にすれば「神にでもなったつもり?」という印象でしたが、
    本当にそういう体質なんですね。

    経営者から直接電話がかかった時の会話は、まさに、
    「天理教からの防衛の仕方…」という記事のパターンそのもので、
    笑ってしまいました。
    もっとも、私は天理教を知らないので、教えの話はないですが、
    それ以外はほぼ同じでした。

    長々とした私への攻撃メールは簡潔さに欠け、内容がわかりにくく、
    経営者の話は二転三転が多く見られ、
    経営者自ら「決定事項は満場一致」と脅し、
    こちらは説明する権利もなく、言えるのは「はい」のみ。

    私も長年習っていたものがあり、
    クラブに安易に口出しすべきではない事はわきまえているつもりです。
    でも、今回は練習自体が崩壊しているので申し上げたのですが…
    いかなる事があろうとも
    「保護者はクラブに口出しできる立場にはない」です。
    (こう書かれた文書も渡されました)

    うちは退会してスッキリしましたが、
    他の方は疑問に思いつつも声を上げる事も出来ずに、
    子供の習い事としては高額過ぎるお金を出し続けています。

  6. ponponさんへ

    ひどい教会組織の所に通っていたようですね。ただ、まぁ私も天理教の教人なのですが⤵、このような方たちも、確かに居ますが、このような方たちは、本当に一部の人だと思っています。ほとんどの、教会でわ、近所の子 やその友達ですね。教会には毎年、おぢばがえりの時だけ来てくれる子も多いです。私も引率で行きますが、子供たちに、楽しんでもらう為に頑張ります。ただ、集団行動なので親が見ている時でも、間違いは、正します。(ちゃんとしかります。)

  7. ponpon

    コメントありがとうございます。

    もちろん今は、天理教全体がおかしいとは思っていませんから、
    ご安心くださいね。

    正直、今回の出来事があって、
    天理教にはマイナスのイメージしかありませんでした。
    私が声を上げた事(本当に酷かったので間違いではないと思っています)は、
    結果的に大ごとになり、
    (経営者側が、同じクラス全員の保護者に電話をかけて騒ぎにした)
    悪物にされてしまった感があり、本当に辛かったです。
    でも、こちらのブログに出会い、気持ちが救われました。

    こちらの過去記事を読んで、おかしいのは一部の組織の方であり、
    教組様の教えは素晴らしいものゆえ、
    多くの方々は善意で頑張っていらっしゃる事がわかりました。
    やむなく教会を離れても、教えを心にしっかり置かれていらっしゃる方も
    多いのだな、と感じました。

    近所の子やその友達が参加するという事は、
    地域の方から信頼されていらっしゃるのですね。
    素晴らしいです。
    きっと、子供たちの夏休みの良い思い出となっていることでしょう。

    おぢばがえりについても、ブログ主様の偏らない冷静なレポートで、
    健全なイベントである事もわかりました。

    特に宗教関係のブログ運営は、大変な事もあるかと思いますが、
    こちらで気持ちが救われる人もいらっしゃると思います。
    これからも、無理のない程度に、頑張ってください。

  8. 徳子

    今日、ポストの中に教祖130年祭にあたり、ひとりでも多く伏せ込み伏せ込んだ種が大きな種を結ぶのでお供えしろと
    お供えと書いた祝儀袋が同封されている封筒が入っていた。どこまで金がほしいんだ!ムカつく!すぐさまゴミ箱行です。
    この教団だめだね!天理教信仰していないのでと言ってもわかんないんです。いつまでたってもハイエナのようにやってくる。一般社会では考えられない不思議な世界。
    そもそも伏せ込みの意味がわからない。ましてやなんも関係のない者にいきなり祝儀袋差し出すのか。恐喝まがいなことしていることわかんないのかなー
    一度消費者生活センターに相談することにします。

  9. 徳子

    天理教幹部は、人を泣かせて我贅沢に暮らせる。
    中山家の土地が人類誕生の地!だからお帰りなさい!
    アリ地獄のようなものです。
    私は、天理教の教会の中で育って、あまりにもずるくて狂った人たちに苦しめられました。
    父の治療費にお金が必要だと訴えたときは、神様が金を用意してくれるの一点張り!
    なのに、上級への上納金の破格の金額。母もそのために命を縮めました。
    結局、中山みきのまわりをずるい人間たちが、信者を金儲けの餌食にしたてあげた!
    そのことに気づかない我の先祖たちにも怒りを覚える。
    こんな悪質な教団は、もっと早くに立ち去らなければならないのに、ズルズルと続けてその大きなツケを私が払わなければならなかった。
    この代償はかなり大きい。
    善と悪の因縁説、抽象的な意味の陽気ぐらし。あくまでも個人に対してであり、広く社会に対しての教えなど
    なく、これが宗教であろうか?

  10. 徳子

    私の育った家庭環境の中に、なにか問題が起きた時にその問題を解決する能力が全くなく欠如しており。神にすがることでいろんな問題を放棄してきた素地があって、その中でこれっておかしい?と思う私が家族の中での生き難さを感じておりました。
    むろん姉達は、父の治療費のお金の必要には素知らぬ顔で、私がお金を用立てたら姉達はお金を貰う権利があるとしゃしゃり出る。姉達は社会から乖離した天理教人です。
    ずいぶん姉達を恨んできたけれど、私の家に惡の巣があった。それは天理教です。

  11. 徳子

    明治30年曾祖母が天理教を信仰して以来、神を愛して人を愛さず、ましてや家族でさえ愛することができない血筋が脈々と受け継がれていたが、天理教の中では家族をも顧みず熱心にお道の御用をしていると褒め称えられ、益々有頂天になるが、決して愛されることのない安住の住処が私の家にはなかった。
    だから、家族が信頼できる関係さえ育つこともなく、ただ恨みや憎しみだけがはびこっていた。
    それを陽気ぐらしと言う言葉ではぐらかされてはいたが、愛されたことのない子供は、大人になって人を愛することができましょうか?
    それを求めたらあまりにも残酷です。
    私の家が破滅に陥ったのは、神を必要以上に愛し、教団の奴隷になり、大切な子供たちを守らなかった大きなツケが私の代ではじけたのでしょう。
    私の人生は、天理教との戦いの人生でもあるが、天理教から離れられたことがこの上なく幸せな人生だと
    思っている。
    血の涙をたくさん流したけれど、きっとそこまでしなければ解決できなかった。
    悪しき因縁は天理教にあり!

  12. 匿名

    徳子様
    つらい思いをされてきたのですね。
    私もあなたと同じ立場で、小さいころは何の疑いも無く、天理教、親を信じていました。
    今となっては利用されていたとしか思っていません。天理教組織と親から・・・
    決して余裕があったわけではない中を毎月お供えとして教会に運び、ひのきしんと言われれば
    無償で労働力を提供し、自分たちの都合は後回しにして天理教と関係の無い主人まで巻き込んで・・・
    いろいろありました。
    私はいったい何を見ていたのか。信じていたものが不確かなものとなり、足をすくわれたように
    こころが不安定になって心底落ち込みました。
    何かおかしいという気持ち、原因のわからない焦燥感、いらいら感、全部天理教と天理教を利用して
    支配してきた親のせいでした。
    今の私が大切にしなくてはならにのは、自分の家族です。
    心理的にも物理的にも離れてみて、やっと平穏な日々が訪れました。
    徳子さん、気づいた私たちは幸せですよね。
    自分の気持ちに正直に生きることが出来る幸せ。
    教団の中には、抜け出せずに自分の気持ちに蓋をして気づかないふりをして、
    口では陽気ぐらしと言いながら、心の中は不平不満がありながらも不足をするなと
    組織から抑圧されて、生活している関係者がたくさんおられるはずです。
    でも、誰も助け出すことはできない。自分で闘って抜け出す以外ないから。
    自分に染み付いた天理教的思考回路を断ち切ることが、一番難しかった。
    いまでも気を許すと昔の思考回路に戻ってしまうので気をつけなくては(笑)
    本当に、人生変わりました。自分が変わったから。楽しんでいます。

  13. 一読者

    徳子様
    辛い体験をされたというコメントを読ませて頂きました。
    大変な境遇の中、乗り越えて来られた徳子さんに敬意を表します。

    宗教の役割とは何だろうと本当に考えさせられますね。
    宗教という名前を語っているから宗教なのではなく、
    その中身の方が大切な筈です。

    私の友人の両親もかつて教会をやっておりましたが、
    自ら命を絶ってしまいました。
    天理教の話は二度としてくれるなと言われました。

    人を救うはずの信仰の場で、何が行われているのでしょう。
    綺麗な言葉や親切な言葉、肩書き等に惑わされず、一歩引いて冷静に
    物事の本質について考えてみることは、自分の身を守り、騙されない為に
    必要なことだと、つくづく考えさせられます。

    例えば、人の不幸を「因縁のせい」「徳が足りない」などと決め付け、
    自分に利があれば、「徳があるから」などと自慢。
    根拠のない浅はかな解釈を勝手に付与し、押し付ける。
    これは、「上から目線」で、「高慢」と云われることではないのでしょうか?

    矛盾を突く鋭い指摘や都合の悪い意見に対しては、誤魔化したり、
    はぐらかしたりして、何かの理由をつけてさっさと逃げる。
    これは、「不誠実」で「ずるく」、相手を軽んじた行動ですね。
    また、「見たくない現実から自分だけ目を背ける」事でもあるかもしれません。

    自分達にとって、都合の悪い人を悪者に仕立てるというのは、
    宗教団体のみならず一般社会においても、良心の薄い、未熟で卑怯な人間
    の常套手段ですが、特に天理教のような組織的な繋がりの濃い宗教団体の
    場合は、宗教内での立場を隠れ蓑に、こういったことを行いやすいようです。
    気に入らない標的を見つけた場合、仲間同士で、無理やり粗探しをし、
    こじつけやレッテル貼りなどを行い、自分たち=善、標的になった人=悪、
    の構図を作り上げ、悪口、噂を広げるなどして自分たちの保身を図ります。
    こういう遣り方は、「狡猾な人」や「悪知恵が働く悪人」のすることで、
    凡そ宗教者のやることではありません。
    多勢に無勢は卑怯なことだということは、子供でも判ることです。

    本質を見る目のある人にとっては違和感に感じるようなことでも、
    組織集団になると盲目になってしまう人が多い。
    「八つのほこり」とはよく言ったものです。

    徳子さんには、物事を惑わずに見極め判断する知性があり、
    それゆえ板ばさみとなって、今まで苦しんで来られたのだと思いますが、
    逆境に負けず、自分で幸せを摑むことの出来る勇気ある女性だと感心
    しました。

    徳子さんのお話しに自分も勇気をもらいました。
    ありがとうございます。

    天理教社会学研究所さんのブログは、陰で泣いている人たちの
    救いの場にもなっているのかもしれません。

  14. 徳子

    涙がとまらない。
    今まで私の周りには、私を攻撃する人ばかり!
    傷口に塩を塗り付けられながらも、必死で生きてきました。
    毎日が緊張と興奮の繰り返し。
    病んだ私を今度は姑が、「役立たずの嫁」と怒鳴り散らす。
    無関心な夫 毎日離婚を考えながら幼子2人を連れて帰る家はなし!
    安定剤を飲みながら、夫とも別れず介護の仕事を続け、2人の子供をどうにか大学まで出し、私をいびり続けた姑は認知症です。
    可愛い孫にも恵まれ、ようやく耐えてきて今の幸せがあるのかもしれない。
    天理教にすがらなくても、人並みの幸せを手にいれました。
    私にあたたかなメッセージを下さり、本当にありがとうございます。
    生きる励みになります。

  15. 匿名

    普通のお寺でも檀家さんが少子化や価値観の変化で減ってきてるというのに
    現在の天理教が増えるどころか維持するのも難しいというのは当たり前のことです。
    ですのでそれを素直に受け止めて”トラブル”を起こさないことですね。起こせばさらに悪評が増すだけです。

  16. 元、少年会女子部員

    私の元、所属教会長は腹黒政治家性格で、嘘がとても上手です。
    天理教は
    朝起き、正直!働き
    うそとついしょう これきらい
    と、教えられて、います。
    私はその元所属教会長のせいで、苦し谷底に、落とされました。
    今も大変な生活保護者になりました。
    余りに無責任な人達です。
    詐欺士と同じです。こんな人が教会長の信者は、苦しみしか感じません。
    陰の教会、監視官組織を天理教内に作って頂きたいです。
    おやさまの御教えを、平気で逆らえる人が教会長である事は、おかしく、
    信者が、教会の近所の場合、教会から離れる事ができません。
    私の両親も、葬式は仏教で、自分たちの代で、その所属教会から切れるつもりです。
    こんな教会長がいるからです。
    フェイスブックで、私のいきさつを書いたら、私の徳が減るから、削除するように
    との、教友からアドバイスがありましたが、そもそも論で、教会長が嘘つき上手で、
    わが身わが子が可愛いければ
    人も人の子も可愛いがってやってくれ
    自分の娘に精神病の人と結婚させないのに、
    信者の娘に精神病を隠して、見合い結婚させる(私は見合い後すぐ断りましたけど会長に怒られました)
    そして、披露宴で、私は反対したのですが、本人のたっての希望で
    との大嘘をつきました。
    こんな腹黒政治家性格の信仰心のない人が天理教会長でいる事が、間違いだと思います‼

  17. 匿名

    元、少年会女子部員様
     わがみかわいい、信者のことより、自分の都合、利益ばかりしか頭に無い教会長なのですね。そのような教会長など、縁を切り、もう一切近づかないことです。寄せ付けないことです。教会長だからといって、従うことはありません。
     教会長といっても、世間の人より、はるかにひどい人間もいるのですね。

  18. 書類上は教人

    10年位前は詰所の廊下にまで布団を敷き詰めても入りきらないほど大勢の方が来られました。

    近年はワンフロア埋まるかも怪しく・・

  19. 50代元信者

    ここのところ、「我が二人の子どもたちは天理教をどう思っていたのだろう」と考えていました。
    二人の幼稚園前から子どもおぢば帰りに参加し、かれこれ10年くらい参加したでしょうか。
    お勤めの手が足りないので助けてくれと言われてよその大教会の子どもお勤め総会にも参加した子どもたちです。でも私が天理教から抜ける前から子どもたちは何の関心ももたなくなっていました。
    私は天理教を中傷するようなことは子どもの耳には入れていません。
    それなのになぜなんだろう・・・ここ数日そのことを考えていました。

    子どもおぢば帰りは楽しいから行く。ただそれだけだったようです。
    よその大教会のお勤め総会に参加したのも、母親である私に頼まれたから。
    楽器を奏でたり、踊りを踊ったりするのが単純に楽しかったようです。
    まだ小学校の低学年でしたからね。

    でも自然と宗教を毛嫌いする現代の風潮が彼らに伝わったのでしょう。
    今息子は「宗教なんて単なる哲学やん」と言い、「そういうのに関わると心が病むで」
    と言ってあまりその話題に触れたくはないようです。

    この息子は西日本で(地域を限定したくないので)、有数の大学に進学しました。
    一度も塾通いしておりません。
    するとね、「やっぱり子どもおぢば帰りのお徳だねー」と言われるわけです。

    「一年に一度おぢば帰りしただけでお徳をいただいて大学に合格してしまう。
     だったら子育ての努力なんてしなくてもいいってことねー」と私があっけらかんと申しますと、
    只今子育て真っ只中のようぼくちゃんが、「ほんまやねー」と。

    ちなみに、我が夫は息子と同じ大学を出ています。頭がいいのはDNAかもしれない。
    そしてその夫は大変な子煩悩で、徹夜明けでも子どもと遊び、子どもには自作の童話を話して
    聴かせていました(本屋さんでネタを仕入れては)
    子どもから「分数同士の割り算はどうして分子と分母が反対になって掛け算になるの?」と
    訊かれれば、すらーっと答えてしまう人です。丁寧に丁寧に教えていました。

    子どもおぢば帰りのテーマソング「おぢばの風」を思い出すと懐かしい気持ちになる反面、
    欲深かった自分に苦笑いし、子どもの心に楽しかった思い出以外に何も残らなかったことが
    今の私の救いです。

    ちなみに夫は無宗教ですが、神社仏閣どこに行っても私以上に心を込めて祈りをささげる人です。

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