天理教の憲法解釈は危険思想か 天理時報6/28第4433号の「視点」から

長らく天理時報を読んでいないが、たまに読者の方からコピーや資料が送られてくる。今回いくつかの資料とご意見を頂戴したので、拝見するとともに私の感想を述べる。
天理時報6月28日の第4433号の3ページの「視点」である。この「視点」というコーナーは、新聞で言えば社説に近い。これは天理教の幹部が輪番で執筆しており、時事問題などを取り上げている。天理教としての見方・考え方が披瀝されているといってもよい。

今回、何人かの方が引っかかったであろう「視点」は「信仰者の”良心”への期待」というタイトルである。私も送られたコピーを一読した。今回の視点は「信教の自由」について書かれており、非常に興味深いタイトルだが、内容は非常に危険な思想である。
私が危険と感じた点を3点に分けて説明する。①なぜ今のタイミングで「信教の自由」をテーマに掲げる必要があるのか、②天理教の「信教の自由」の解釈が非常に危険であること、③信者への「良心」を偽装した「心の自由」への権力を使った脅しであることの3点である。

①について、なぜ今、唐突に天理教が憲法や法律を持ち出してきて「信教の自由」を語りだすのか。私は継続して天理時報を購読したり天理教をウォッチしていないので、いま天理教内で憲法や法律をめぐってホットな話題なのかはわからないが、おそらくそんな危なっかしい話は議論にしないであろう。ではなぜ今回扱われたのか。
時を同じくして、「みちのとも」7月号に天理教という宗教法人から離脱した教会があるという記事があったようだ。(下記リンク切れのため6/28に更新)

|告|
法人の所在地 東京都世田谷区太子堂弐丁目八番九号
法人名 宗教法人天理教東芝分教会
代表役員名 山下典子
責任役員名 山下栄
責任役員名 高山鐡彌
右法人は、今般、宗教法人天理教から離脱し、宗教法人天理教とは関係のない宗教団体となったことにより、今後は、右法人はもちろん、右法人の代表役員、責任役員並びに今度とも右法人と行動を共にする信者は、右法人が宗教法人天理教と被包括関係にあった当時有していた権利及び享受していたすべての利益はもとより、信者として詰所を利用する利益など一切を喪失したのでこの旨公告する。
平成二十七年六月六日
宗教法人天理教代表役員 中田善亮

簡単に言えば、「異端が出たから破門にした」という天理教の報告である。宗教法人天理教と天理教東芝分教会の被包括関係を解消したということである。被包括関係の離脱は天理教の意向なのか、この天理教東芝分教会の意向なのかわからない。しかし「今後は、右法人はもちろん、右法人の代表役員、責任役員並びに今後とも右法人と行動を共にする信者は、右法人が宗教法人天理教と被包括関係にあった当時所有していた権利及び享受していたすべての利益はもとより、信者として詰所を利用する利益など一切を喪失したのでこの旨公告する」とある。
確かに被包括関係の解消であるから、そこから離脱することは一切の関わりを認めないということになるのは社会人であれば理解できる。しかし「陽気暮らし」を標榜し、「世界一れつ皆兄弟」(世界中の人間が神の子であり兄弟である)を声高らかに言い、盗人(米泥棒)でさえも赦したという教祖の逸話を披瀝している天理教である。なんだかあまりに矛盾を感じるのは私だけだろうか。教えとは裏腹に非常に心の狭い、冷酷な対応ではなかろうか。やはり宗教といえど、社会契約でしか人を見ていない。今の天理教には許しや、寛大な心なんてものは教団からはまったく窺えない。「包括関係は解消だね。ただ何か困ったことがあったら協力するね」くらい言えないものだろうか。それとこれとは別ということは理解できるのだが、人助けを宣言しているくせに、あまりに人間味がない。天理教が宗教である意味が私にはわからない。

そもそも、天理教(包括法人)と各教会(被包括法人)は上下関係でも支配関係でもない。包括という言葉が理解を難しくさせているが、その関係性は並列であり、一方が権力を行使して不利益を与えるようなことはあってはならない。つまり、天理教本部と各教会の関係、これは一方が活動の制限を行使するようなものではなく、単に被包括関係にすぎず、辞めたくなったら公告をして手続きをすれば天理教から離脱できる。そして、包括法人は被包括法人が離脱するからといって役員を替えたり、制限を加えるような不利益をおこなうことはできないと宗教法人法第78条に規定してある。

リンク:被包括宗教法人からの被包括関係の廃止について 松波克英(名古屋弁護士会)

また天理教を離脱したからといって、天理教を名乗れないわけではない。天理教豊文教会が天理教との被包括関係を解消し天理教から離脱した後も「天理教」を名乗って布教活動をしていることに関して、天理教は裁判で待ったをかけたことがある。結局、2004年の最高裁判決では天理教豊文教会は天理教を離脱しても、その活動は天理教であることは他ならぬ事実である。裁判所はそのことを認めて天理教を離脱して以降も天理教の名称を使用することを裁判官全員一致で認めたのである。

リンク:最高裁判例

私が言いたいことは、天理教を離脱せよということではない。そんなことではなく、憲法が保障する信教の自由というのは他の法律や教義で縛られるようなものではく、極めて重要であるということである。この憲法が保障する自由と民主主義は、我々の生活の根幹をなすものであり、誰にも侵す権利はないということである。そして、これら自由と民主主義の獲得は天理教の歴史と同じく、先人たちの血と涙と汗の結晶であることは言うまでもない。我々はそれを決して軽視してはいけないということである。不幸なことに、この自由と民主主義を軽視する言動が今の日本社会には溢れており、時に天理教人からも聞かれることが残念でならない。信者側からしてみれば、天理時報という権力側から、わざわざ「良心への期待」などと言われる筋合いはこれぽっちもなく、権力の勘違いが甚だしいということである。権利擁護の教科書でも読んではどうだろうか。

少し話が逸れてしまったが、ひょっとしたらこの異端問題然り、天理教内での思想のバラツキや異端の増加を天理教は感じているのであろう。確かにTwitterでも見れば、天理教の悪口やネガティブな評価が非常に多い。「天理教が素晴らしい」なんてものは一昔前であれば天理教人みんなの共通認識であったものが、今では天理教人すらも「天理教って素晴らしいのか?」と思うようになったのかもしれない。私は天理教人と接する中で、天理教人の本部組織に向ける疑心暗鬼や疲労感を強く感じる。それが天理教衰退として数字となって表れているのであろう。また「視点」を読む限り、その衰退の責任を信者に転嫁しようとしているとさえ感じる。そのため、この記事は「思想統制」の一種であると私は受け止めている。

②天理教の「信教の自由」の解釈が非常に危険思想である。これは今回の「視点」を読む限り、この筆者は、非常に重大な勘違いをしていると思われる。それは憲法の意味と、「信教の自由」が保障されているのは宗教法人ではなく、個人(国民)であるという点が分かっていないことである。
この筆者は「現在、憲法によって信教の自由が保障されているが、宗教法人法の基本的理念は「信教の自由と政教分離の原則」「聖・俗分離の原則」「自治の尊重と自律性への期待」「性善説」である。」と述べている。この筆者の重大な勘違いというのは憲法と宗教法人法を並列に扱っている点である。憲法と法律を同等のものだと認識しているのである。この筆者は法学の基礎を誤っている。どう考えても憲法は法律ではない。法律は個人を制限するものであり、憲法は権力(国家)を制限するものである。憲法は数多ある法律の上位概念であり、何人も侵害することはできない。その憲法に「信教の自由」があるというのは、天理教に信教の自由があるということではなく、個人に信教の自由が付与されているということである。この違いは非常に大きい。「視点」2段落目の「この宗教法人法の目的は、宗教団体に法人格を与え、宗教団体が自由で自主的な活動をおこなうための財産や団体組織の管理の基礎を確保することにある。」とある。確かに宗教法人法の主旨は、宗教法人にも財産所有と保管を認めるということにある。宗教法人が信者を管理、操作していいというものでは決してない。そのため、この筆者が書いた「団体組織の管理」という表現が最も怪しい。宗教法人法での「管理」という言葉は、財産と事業の管理でしか使用されず、組織の管理というのは、人を管理するという思想に発展しかねず危険である。
信教の自由を整理すると、天理教に自由があるのではない。信教の自由が与えられているのは個人である。宗教法人というのは信教の自由を保障された個人の集まりであるということである。例え天理教の「教規規定及び規則」に「一般教会は、本部の定める祭儀をおこない、教義を宣布し、信者を教化育成する」とあり、おつとめを勤め、神一条の理を伝えて布教すると記されている」(3段落目)とあっても、それは「天理教は自由に布教する権利があり、その中のことは教規で決まってんだから、信者は俺のいうことを聞け」という免罪符を法的に許容していることには決してならない。憲法が保障している以上、個人は天理教を信仰する自由も辞める自由もあり、何人もそれに対して不利益を与えることはできないのである。

リンク:宗教法人法

③信者への「良心」を偽装した「心の自由」への権力を使った脅しである。
以前私が取り上げた天理時報の記事で、インターネットなどで天理教人が個人で発言することに対して、一つの情報だけを頼りに、あるいは偏った情報を基に記されているケースが多い」と言論弾圧ともとれる表現を天理時報内で書かれたことがある。

リンク:天理時報4264号視点「信仰者のリテラシーとは」は自由社会に対する挑戦である。本ブログ2012年1月22日

私の元にも、「ブログを開設したら大教会や教会から止めるように言われた」という天理教人の経験談が複数寄せられている。こういった天理教本部の牽制が、どれほど時代錯誤で社会を読めていないか如実にわかるものはないだろう。

それはさておき、天理教はことあるごとに、天理時報などの媒体を使って信者を牽制する。上記①②とも関与するが、全体的に今回の「視点」の本質は、天理教本部からの牽制であることは間違いないだろう。宗教法人法や憲法など「視点」前段ではいろいろと書かれてはいるが、筆者が言いたいことの本質は最下段に全て詰まっている。それは「教規の第一義は、教団が大きくなり、信者も増加するにつれて、信仰しやすいように、あるいは誤解を生む向きが生じないようにと作成されたもの。当然のことながら、性善説に基づいて条文化されたものである。しかもそれは、他教団と比べて、教規の条文が少ないことが特徴的である。親神様の子供である人間には「心の自由」が許されているという教えが根底にあるからだろう。信仰者の”良心”への期待を深く感じる。」とある。

なぜこのような言わなくもいいことを(だって自由なんだから)、敢えて言う必要があったのか。それは今の天理教の信仰者には誤解が生まれており、性善説に基づいているのに信者はちゃんとしないし、良心への期待がないからと筆者は言いたいのであろう。要は「俺らは信者の心の自由を認めてやってんだから、お前らちゃんとしろよ」ということである。この文章のどこに心の自由があるのだろうか。そしてこういう対応をすることが、結局天理教のためになっていないことがなぜ分からないのだろうか。天理教を国家に、信仰を生活に置き換えてみれば、その馬鹿さ加減に失笑するしかない。権力側が、心の自由や良心を被権力側に示すことが、どれほどマイナス効果となるのか。天理教幹部は一度天理教以外でまともな社会生活を過ごされた方がいいのではなかろうか。

おまけ
「視点」5段目に興味深い記述がある。それは昭和16年に天理教の組織階級を5階級(以前は大教会ー中教会ー分教会ー支教会ー宣教所)から2階級(大教会ー教会)に変更した際の当局への説明書である。「「制度上教会の階級の重籍に過ぐるはややもすれば、之がために教義その他の指導監督につき不十分なる結果を招来するの憾みなしとせず、加え下級教会の経済的負担は之がために亦加重せられるため教会本来の使命達成に付障害を来し、その発展を阻害するの傾向ありたるを以って・・・」と付記されており、当時の担当者の苦心のほどが察せられる。」とある。

これを読んで私は思う。今も組織の末端の下級教会は、階級の重籍に苦しめられ、経済的負担は大きいから2階級も廃止すべきなんじゃないのかと。当時の担当者の苦心はわかったから、いまの担当者も苦心すべきではないのかと。
具体的に言う。私が懇意にしている末端の下級教会の若者は、何人もいる親のいうことに日々振り回され(階級の重籍)、天理教行事を優先するため就労も満足におこなえず収入も少ない。社会保障も払えず、それでも毎月のお供え(お金)を本部ー大教会ー上級教会ー上級教会ー自教会とおこなっている(経済的負担)。天理教本部が2階級制度にしたことを自負し、いまの組織体制に問題がないという認識であるならば、大きな間違いであろう。天理教を信仰する末端の若者たちの根本的な問題は階級の数ではなく、親子関係を偽装した上下関係でしかない。天理教本部の人間は何も問題が見えていないのではないだろうか。

まとめ
色々と天理時報を引用してきたが、全体のニュアンスとしてなぜこれほど天理教は信者に対して偉そうなのだろうか。
来年の教祖130年祭ということに対しても、根本的な政策として天理教は内向きである。なぜそれほど布教実践が内々で自己完結しようとしているのか私は疑問で仕方ない。教勢が衰退しているのを止めようと思うのであれば、天理教人が、天理教の手法で、天理教的に布教していてはダメであることは明白である。そうであれば、天理教人が社会的な手法で、社会的に布教すればいいと思うが、天理教人はなぜかそうは思わない。教祖の雛形というのは自己満足の形だけのようだ。
天理教人こそどんどん社会に出て、ネットへの発言をどんどん行うべきであると思うのは私だけであろうか。それとも天理教は社会が怖いのだろうか。もしくは、それほど天理教本部は天理教信仰者を信頼していないということであろうか。こんなバカな信者たちに社会に出ていってもらっては困るということか。どちらにしても閉鎖的で退廃的な組織であることは間違いない。

こういった社会を読めない危険思想の持ち主が、天理教内部にいる限り天理教の未来は絶望的であろう。

tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp

 

天理教の憲法解釈は危険思想か 天理時報6/28第4433号の「視点」から」への29件のフィードバック

  1. 古い教会長

    未信者の人に一生懸命にほいがけをして、信者でない人に『信者として詰所を利用する利益』は大いに認めているのに、天理教をよく知っている、元・信者であった人には、それを認めない、というのは可笑しいなと常々思っていました。
    そういえば、知り合いの元・信者さんは詰所に寄らず、ホテルに泊まったりしています。
    どこに向かって『陽気ぐらし世界』の建設を謳っているのでしょう?元・信者以外の人、限定で『陽気ぐらし世界』を作るのでしょうかね?

  2. 助からないと言われた者

    その通りです。本部は末端信者を信頼などしていません。いや、それ以下の存在。『己を持ち上げさせるための道具』としか考えていません。経済的にも、心理的にも。
    大教会?分教会?生まれながらにしてそこに生まれた人たちは全て未来が保証されている(少なくとも現時点では)バカ先生ばかりなのです。そして末端信者はいつまで経っても末端信者。もちろん多少の例外はあるでしょうが。主従関係は生まれながらにして決まっています。
    そして世間を知らぬその『バカ先生』たちが、今日も信者をアゴでこき使うのです。
    世界一れつみな兄弟を標榜する宗教が、理の親だの上級教会などと、聞いて呆れます。それでも私は神様の教えを捨てるつもりはありませんが、組織としての天理教は見限らないといけないと考えています。個人でも信仰はできるのです。おこがましいかもしれませんが、人助けだってできるのです。もしそれが間違っていたなら、きっと手痛いしっぺ返しを喰うのでしょうけど、自分の選んだ道ですから仕方ないのだろうと思います。結局真実がどこにあるのかなど、我々人間風情にはわからないのですから…。

  3. ぶらり

    教祖伝の中に、異端事件について徹底してその理非を明らかにされたという話がありますが、その辺の教理解釈みたいなものも関係しているのかもしれませんね。想像ですのでわかりませんが…。

    信者詰所は当該教会に所属する信者やお連れした人のための施設ですからねぇ。
    法律的にはわかりませんが、心象的にはお互い気まずいですよね。笑
    ただ、異端となってもおぢばへの参拝は制限されていないというのはけっこう寛大なように思います。
    おやさまが異端事件落着の時に「神名を唱えることだけは許された」ということに基づいているんでしょうかね。
    話は変わりますが、先日、天理教の異端の異端のさらに異端の異端という、もはやおやさまの教えの欠片しか伝わっていない天理教系宗教団体の代表や幹部の数名が、天理教の布教師の話を聞いて別席を運んだそうです。こういった事例もあるので、教団的に異端者を拒絶しているというわけでもないようです。

    ちなみに、私は時報の「視点」はいつも読んでいません。

  4. 入門者

    神名の変遷について
    http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/hariga/hari.html
    「神名を唱えることだけは許された」とのことですが、そのときの神名は天輪王のようですね。秀司先生の慶応三年天輪王明神とよく似ています。このときに持ち込んだのが神道系の十二柱の神でした。ところがおやさまが教えた神名は「てんりんおう」で仏教系の転輪王ではないかと思われます。とすれば本家本元の天理教にもおやさまの教えの欠片しか伝わっていないことになりますが?お詳しい方、ご教授ください。

  5. ぶらり

    そうなんですか。ただ、仏式教会となって、転輪王講社を開設するという発案に対し、「そんなことすれば神が退く」と仰せられたことがあります。また、結果的に講社を設立し、その中心となった人物である日暮氏、秀司様、まつえ様は立て続けに出直されましたし、明治15年には地福寺との関係を解消し、転輪王講社は解散しているようです。
    仏教系の転輪王が正しいのであれば、このあたりのことはお許しになられたのではと疑問が生じます。
    また、教祖のお言葉やおさしづに「天の理」という語句が度々見られることからも、その意味の通り安さという点を考えれば「天理王命」の神名の方に整合性があるように思います。少なくとも史実的にみれば、仏式の転輪王ではないように思いますね。

  6. 入門者

    転輪王講社については以下のれんだいこさんのサイトによくまとめてあります。
    http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/mikiryakuden/mikiryakuden_65oufounori3co.htm
    堺真言教会三島説教所をお許しにならなかったのは転輪王講社の教理が「をがみきとう」に流れ、星曼荼羅を祀ったからだと理解しています。今でも星に願いをかけることはよく見聞きしますがおやさまは「をがみきとうでいくでなし」と教えられ占い・迷信を否定されています。おふでさきで「月日」から「おや」と表現をかえられたのは星曼荼羅の否定だと思います。10年ほど前に週刊新潮の記事には大変驚いた記憶があります。掛け軸の画像にびっくり仰天したからです。蛇体に神面がくっついた掛け軸が載っていました。「○○○万天理教信者も知らない秘宝」という見出しだったような・・・・・。これがこの頃のつとめばしょにあったものならばおやさまがお許しになるはずがないと考えます。
    転輪王講社の教理をお許しにならなかったのはよく理解できますが、転輪王という神名もお許しにならなかったのでしょうか?そもそもおやさまは幼いころから仏教徒だったと承知しています。重ねてご教授ください。

  7. ぶらり

    気になって様々な資料に目を通してみました。
    まず有力な資料としては『天理教学研究21号』の早坂正章著「親神称名私考」と『天理教校論叢24号』の仙田義孝著「神名『天理王命』の資料の整理」というものがありました。後者は前者の研究成果を土台としたものです。整理の対象となった資料は神名が記載されている文書、看板、守札、記録、講旗等です。
    最古のものは慶応元年の「御請書」の記載で、こちらは「天龍王命」となっています。明治21年頃までの資料の記載を見るに、基本的には「天輪王命」で一貫しており、「転輪王」については地福寺との関係を持った明治13〜15年に限って見られる表記であることがわかりました。また、筆者は神名が仏教由来の「転輪王」であるならば、13年以前にも同じ表記が見られるはずであるという問題意識を持ちながら調査をされたようです。
    「天理王命」の表記については明治19年が初出で、それまでは「天輪王命」との認識で一般化されていたようです。教祖ご在世中のことですので、表記を変更するようにと思召があったのかもしれません。あるいは教会設置のために便宜上の変更ということが考えられそうです。
    いずれにしても資料における表記期間という物的証拠をみるに、本来の神名が「転輪王」であった可能性は限りなく少ないと言えます。

  8. ポチのパパ

    故八島英雄氏著「中山みき研究ノート」という本をまだお読みでなかったら、是非ご一読下さい。
    入門者様のもやもやとした心の一端が晴れるかもしれません。
    また、「櫟本分署跡口座」をネットでご覧になってください。未信者の私でもすばらしい気持ちになることができます。
    中山みき研究ノートは、絶版ですが櫟本分署跡保存会へ行かれたら見ることができるかもしれません。

  9. ポチのパパ

    櫟本分署跡口座は、櫟本分署跡講座の間違いでした。お詫びして訂正いたします。

  10. 入門者

    ポチのパパ さまへ
    ご心配無用です。私はいつもおよばずながら真理の探究をこころがけています。天理教では末端の信者です。しかも自称「おちこぼれ」。(笑)
    故八島英雄氏著「中山みき研究ノート」はyahooオークションで5月に出品されていました。3000円で落札されてましたので次回出品があれば入札してみます。
    櫟本分署跡講座のほうはすべてダウンロードしてiTuneにとりこみiPadに同期させて聞いています。すばらしいのひとことですね。
    教内の出版物も読んでみましたが教内の学者の限界を感じています。真理の探究が学者の使命のはずですが教内の宗教学者には本物の学者はいるんでしょうか?
    村上重良さんの「民衆と社会」には・・・転輪王信仰に発する天理教は、来世主義の浄土教を、現世主義の宗教に転換した宗教であり、その成立には、さらに真言密教の転輪王信仰が深く関連していた。・・・・・とあります。長滝村の市兵衛さんと内山永久寺との関わり、さらには転輪王(星)曼荼羅にも言及し、・・・・匂田村のそよという巫女で、当日は、たまたま不在であったとも、祭りでこられなかったともいうが、神がかりができる女性でなければ、臨時に加持台を勤めることはありえないから、当時、みきはすでに市兵衛のもとで修業を積んでいたものと思われる。・・・とまで踏み込んでいます。
    仏教国日本が明治以降神国日本になる過程で明治政府から弾圧をうけ、天輪王明神、堺真言教会、神道天理教会とさまよううちに神名を変遷させ、おやさまの教えを歪めて応法の道に走ったのが天理教でなないでしょうか?村上さんの言うまさに「転換」状態がおきてしまったようです。おやさまから直接教えを受けた高弟ならまだしも現在の教会本部に本当の教えと応法の教えとの見極めができる人はいないのでしょうね。
    早坂正章さんの言う…あくまでもその自由を得んがための偽装・・・、・・・あくまで信仰生活の自由を得んがための一時の便法に過ぎない・・・は納得できるとしても、「・・・教えの内実は底流に沈潜し、その内実と表明との格差を一層深めいく歩みとなった。」と結ぶ。ここに教内学者の限界を感じるのは私だけだろうか?
    とりあえず櫟本に行ってみたいです。皆様ひきつづきご教授願います。

  11. よふぼく

    ブログの中に「人助けを宣言しているくせに、あまりに人間味がない。天理教が宗教である意味が私にはわからない。」とありますが、本部役員の方がこれを読んだら、「分かってないな(笑)」とかいいそうな気がします。

    中山みき研究ノートを見ると詳しく書いてますが、天理教は教えを純粋に広めたい教祖の側と、その教えを商売にして儲けたい中山家側の二項対立の図式だと思っています。教祖がおつとめの歌を作ってる横で、秀司様がおびやほうそのお守りを売ってる、教祖はその秀司を厳しく叱りますが止められず、転輪王講社の設立、更に天理教の教会設立も止められなかった。秀司様から続く本部役員達を主人公にして見ると、(今は衰退の一途ですが)末端信者(顧客)に対して、信仰(材料費ゼロ)をウルトラ、利益団体としての天理教のサクセスストーリーが存在します。

    末端信者には在るべき姿を示す教祖の側が、いかにも正義であるかのように見えますが、それを国の宗教として認めさせ、詰所の整備や、食事の準備など宗教団体としての活動を管理し、団体を拡大させて維持してきたのは、本部役員をはじめとする中山家側です。極論すれば、天理教の本部役員だからといって純粋な天理教の信仰者である必要などなく、要は儲かればいいと考えれば、中山家にとって教えは今も昔も商材みたいなものだと思います(そんなこと言うと末端信者は怒るのでそれっぽく振る舞ってる)。

    このサイトで本部役員に期待している人は誰もいないと思いますが、「それでも天理教の本部役員なのか?」のような、教理を組織に期待しても意味がない。本部に期待したいのは、この天理教の退廃ぶりをどうリカバリーしていくかというマネジメント力だと思います。それもゆでガエルみたいになった本部役員では何もできないので、外からカルロスゴーンや稲盛和夫のような有力な経営者を入れて建て直すとか… 放っておいても30年後には組織として消滅する予測も出ているので、どう舵取りしていくのか興味があります。

    多くの末端信者の方は、それはそれで自分の信仰を大事にしていく。上級教会や大教会の「階級の重籍」や「経済的負担」は、天理教にいる限り変わらないと思いますが、割り切って距離を置いて付き合う。信仰は結局のところ、神様と自分の問題なので、自分が教祖を忘れずにがんばっていればいい。

    …なんて思います。
    (名前とか忘れ始めてるので間違っていたらごめんなさい。)

  12. ぶらり

    村上氏の自説には決定的な論拠がないのでは?関連性のみでそれらしい仮説を述べてはいないでしょうか?
    村上氏は主だって国家神道の研究をされていた方と存じております。ただし、その研究については、「村上の国家神道論は粗雑かつ本人の先入観に基づく説だったのではないかといわれるようになり、学界での影響力は低くなっている。」(Wikipediaからの引用)とあります。「国家神道論」だけのことかもしれませんが、メインテーマにおいて以上のように評されるのですから、他の分野は尚更かと。

    教内の学者どうこうというのは私にはわかりませんが、仏教由来説の否定はなされているようですので、あとはもう水掛け論になるんですかね。
    ネット上で真偽を確かめるには限界があると思いますので、自己納得のためにも、天理大学や櫟本に足を運んで、専門の方にお聞きするのが最良かと思います。

    神様やおやさまはどっちでもいいよと思っているかもしれませんが。笑
    現に今の状態でも不思議にたすかっていく人がいるのですから。

  13. 入門者

    ご教授ありがとうございます。
    Wikipediaで村上重良さんを検索しました。、「村上の国家神道論は粗雑かつ本人の先入観に基づく説だったのではないかといわれるようになり、学界での影響力は低くなっている。」(Wikipediaからの引用)とのことでした。しかし、その前に「明治政府の神道信仰の強制がほとんどなかったことなどの史実をふまえると・・・」とあります。明治以降の天理教への弾圧(おやさまのいのちをも奪うものであった)を考えるとほとんどなかったといえるのでしょうか?新たな疑問が湧いてきます・・・・・。
    教会本部の解釈でははじめから天理王の命だったとしているようですが、どっちでもいいよと思っているのでしょうか?だとすると「月日よりつけたなまいをとりはらい このさんねんをなんとをもうぞ」のおふでさきがまったく理解できません。
    それとも「はじめから天理王の命なんだから、このことにふれるんじゃないぞ」ということなんでしょうか?
    続けてご教授ください。

  14. ぶらり

    教会本部の解釈かどうかはわかりませんが、元表頭領の永尾廣海氏の『天理教校論叢18』所収「みかぐらうた本研究の諸問題について(下)」において、初期信者の間では「天輪王命」が一般的であったと理解されていますよ。明治19年頃から「天理王命」と変更されたことから、現在の公刊本でもその表記で統一されているということではないでしょうか。

    どっちでもいいというのは私の短絡的な発想から出た意見ですので、本部の代弁ではないですよ。それに私は本部を擁護するために発言しているのではありません。個人的に仏教由来説に否定的であるというだけのことです。

    おっしゃるような6号81のお歌は明治7年の大和神社のふしに起因する奈良中教院からの信仰の差し止めが背景にあります。
    「天理(輪)王命などと言う神はない。宜しく向後かような神を尊奉しないよう」と信仰の差し止めと神名の取り払いを命じられたとされています。
    ちなみに、反対攻撃や圧迫などはこの明治7年以降からあらわれます。応法であった吉田神祇官領は明治3年に廃止されますから、都合4年間は公許は無くとも平穏であったと考えられます。

    明治7年に大和神社に対し、教祖のご命により仲田、松尾の両氏が「祭神がどういう神であるか」ということを尋ねにいって、ひと波乱あった。というのが大和神社のふしですが、大和神社は小教院に指定されていましたから、いわば政府の教化運動へ楯突くようなものであったと理解できます。この後、石上神宮の神職との問答があり、県庁から差し紙がつきます。そして、山村御殿のふしが起こり、結果として奈良中教院まで話がいく大事になってしまいます。
    こうなってしまえばマークされて当然でしょう。
    これ以降、お屋敷では手を替え品を替え、なんとか参詣者の便宜を図っていましたが、明治14年の秀司様の出直しを機に、教祖がしょっぴかれるようになったということです。
    法的根拠に関してはいろいろと資料があるようなので、確認してみてください。
    史実を見るに「明治政府の神道信仰の強制がほとんどなかったことなどの史実をふまえると・・・」の例外にあたると思います。

    コメントスペースではソースが出しにくいので、説明も一苦労です。
    さて、しばらくご質問に返答しかねる環境となりますので、このあたりで失礼させていただきます。ありがとうございました。

  15. ぶらり

    追記
    ごちゃごちゃと述べてきましたが、天理教青年会編『確かな教理理解のために』の80頁に「第6節 神名ー転輪王説批判」というものがありました。この書物は矢島教学への批判本のようです。本節しか読んでいませんが、神名の問題については矢島氏の論理が破綻していると判断できました。
    私が色々と述べる必要もなかったようです。矢島氏の研究ノートと合わせて読んでみるといいでしょうね。

  16. 入門者

    史実を見るに「明治政府の神道信仰の強制がほとんどなかったことなどの史実をふまえると・・・」の例外にあたると思います。とのことですが、
    廃仏毀釈
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%83%E4%BB%8F%E6%AF%80%E9%87%88
    大教院
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%95%99%E9%99%A2
    http://www.weblio.jp/content/%E4%B8%89%E6%9D%A1%E3%81%AE%E6%95%99%E6%86%B2
    教部省
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E9%83%A8%E7%9C%81
    近代社格制度
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E7%A4%BE%E6%A0%BC%E5%88%B6%E5%BA%A6
    天理本道事件、大本教事件、ひとのみち事件 これらもすべて例外とは考えにくいですね。
    村上重良さんの「ほんみち不敬事件」では、
    天理教を含めて日本のほとんどの宗教が、政治権力に強制されて、大日本帝国のために戦勝祈願をくりかえしていた時期に、ほんみちは、弾圧のために、こういう恥ずべき行動に走ることなく、敗戦をむかえた。・・・と天理教には都合の悪い?記述があります。
    天理教では朝夕神拝祝http://inlt.or.kr/sajun_a/4545の奏上。
    一方で評価の低いひとは、もう一方ではめちゃくちゃ評価が高いことはよくあることですが、・・・八島英雄さんのように・・・・・。ひょっとすると櫟本では村上重良さんの評価は高いかもしれません。確認しみたいところです。
    村上重良さんの低い評価については大いに疑問です。ぶらりさんの見解を知りたいところですが、返答しかねる環境とのこと非常に残念です。

  17. ぶらり

    Wikipediaのリンクを張っておられますが、どういった意図か理解しかねます。
    「天理本道事件、大本教事件、ひとのみち事件」はすべて昭和のことですよね?明治政府の影響下ですらない事件のことを言われても客観的な比較ができません。明治初期ですら法令や政府の方針がころころ変わるというのに、議論ができるのでしょうか。少なくとも私には脈絡が見いだせません。
    疑問が生じたときは、一旦御自身で整理なされたほうがよいのではないでしょうか。前回の「おふでさきが理解できない」という疑問についても、御自身で調べれば分かる範囲のことかと思います。

    さて、話を戻します。私が言っているのは明治20年までにおいて、教祖の監獄留置の法的措置が「明治政府の神道信仰の強制がほとんどなかったことなどの史実をふまえると・・・」の例外にあたるということです。つまり、政府の方針にそぐわないために、弾圧の歴史はありましたよということがいいたいんですよ。

    また、私は村上氏の著書をちゃんと読んだことがありません。パラパラとめくった程度のものです。あくまで評価については宗教学会が下しているもの(Wikipediaの記載ですが)ですので、少なくとも私のような国家神道論についての造形の浅い者に差し挟む意見はありません。
    主義主張に対し評価がわかれるのは社会において当然のことかと思います。入門者様が矢島氏や村上氏に高い評価をなされるように、その逆も然りということです。「評価がないと真実ではない」ということではありませんので、御自身の信じる道を歩むのがよろしいのではないでしょうか。
    「神様がちゃんと見ていて下さるなら、人間がどうのこうのと言ったって、いずれわかること」過去にそんなことを言った布教師がいました。自分が真実と思うならば、その道を行けばいいと思うんです。
    多分、あなたが否定的に思う教えとあなたが思う正しさが邂逅することはないでしょう。平行線の主張では水掛け論にしかならないのです。教義解釈において客観的な証拠があっても寄り添えないのは、もはや心情的な問題なのかもしれませんね。いずれにしても、矢島氏の研究ノートを読むならば、『確かな教理理解のために』も必読かと思います。「真理の探求を心がける者」であるならば両方の視点をもってこそ、その姿勢たりえると思います。

    近頃はコメントをしすぎました。他の方にも申し訳ないので、誠に勝手ではありますがこのあたりでコメントを控えさせていただくこととします。お付き合いいただきありがとうございました。

  18. 徳子

    平田篤胤の「玉能真柱」の書籍があります。2代目正善氏はこれを読んで管長から真柱に名称を変えたのではないかと推測します。
    篤胤曰く、真柱とは心の柱を確立する。真のリーダーに日本人(天理教人)としての心の柱を打ち立てる。
    正善氏は東大の宗教学で学んできたことを、天理教にとって都合のいいように解釈してきたのではないでしょうか?

    こんな他人の真似をした教理に安心立命などあるわけでもなく、そこには破滅があるのみ!
    だけど天理教の脅しや強迫で精神的にダメージを受けたのは確かで、そもそも子供の時から天理教の神様の悪口を言ったら罰が当たると擦り込まれて育ったからでしょうか

    立ち直るまで20年の歳月がかかりました。
    自立人生さんのデジタルライブラリーで、戦前の社会からみた天理教は愚民から巻き上げる搾取の構造を解き明かし、天理教の本質を知ることができました。

    天理教に対する憎しみは消えませんが、神にすがる生き方では決して人は救われない。

  19. 匿名

    質問なのですが、なぜ天理教ではすべての教会を単一宗教法人にせず、教会も宗教法人登録をするのですか?また、教会によって宗教法人となっている場合とそうでない場合があるのはなぜですか?税制上の問題ですか?

  20. mami

    最近知ったのですが天理教豊文教会と似たことが他にもあったのですね。
    宗教法人審議会(第15回)議録-文部科学省から
    天理教水京教会問題(元・天理教甲府大教会系)

  21. 基本

    以下のコメントについて
    『 離脱することは一切の関わりを認めないということになるのは社会人であれば理解できる。しかし「陽気暮らし」を標榜し、「世界一れつ皆兄弟」(世界中の人間が神の子であり兄弟である)を声高らかに言い、盗人(米泥棒)でさえも赦したという教祖の逸話を披瀝している天理教である。なんだかあまりに矛盾を感じるのは私だけだろうか。」
    『教えとは裏腹に非常に心の狭い、冷酷な対応ではなかろうか。やはり宗教といえど、社会契約でしか人を見ていない。今の天理教には許しや、寛大な心なんてものは教団からはまったく窺えない。「包括関係は解消だね。ただ何か困ったことがあったら協力するね」くらい言えないものだろうか。』
    『それとこれとは別ということは理解できるのだが、人助けを宣言しているくせに、あまりに人間味がない。天理教が宗教である意味が私にはわからない。』

    意味をお知らせしたいと思います。
    天理教会本部の通知は「財産没収」宣言です。
    天理教会は「全財産をお供えした」結果として、お供えした親族・家族が教会長となって住み込ん自宅として住んでいますが、実は教会本部の財産です。
    それはつまり世界たすけのための財産で、管理人として分教会長一家が住んでいるだけの事です。
    世界たすけのための土地建物で、お供えしていたものを置いて行きなさいという通知は当然出すべきです。

    中山みきの方針を実行するための天理教会であり中山みきを親神と認めない、そういう(異端的な)天理教会にはその財産を管理する資格はなくなる。
    当然のことです。
    仲良くするというのは、理が無い、故に無理です。

  22. 基本

    以下の事、お答えします。
     『 質問なのですが、なぜ天理教ではすべての教会を単一宗教法人にせず、教会も宗教法人登録をするのですか?』
    『また、教会によって宗教法人となっている場合とそうでない場合があるのはなぜですか?税制上の問題ですか?』
     もともと天理教会は誕生の時、おやさまの許しなく山名の諸井国三郎のように天リン教会として設立された、そういう源流があります。
     奈良の教会本部も、大阪では認可が受けられないので東京で認可を受けて、それから今の天理市に移しています。
     明治政府の宗教政策は、各県の事情によって認可のルール運用に大差があって、各地で認可されてから、包括天理教に包まれた教会があって、教会の設立事情の差から、現状いろいろな形態があるわけです。

     親神様の側から見れば天理教会は地場の資産形成で、元の地場を根とした国々の地場とが、日本中にたすけのための経済活動の拠点となるための準備です。
     産業、産物、3の理のご守護を頂くには、「地どり」が大切で、「普請するにも地どりから」と神言があります。
     地どりのための初期伝道があって、中山みきの助けの拠点は、4の理の資産形成となっている。
     ただし、全財産供えたはずの出した人物の家族親族が、本当に丸ごと世界たすけに活用できるかは、本人の心次第という天理の基本で、100人いたら99人まで(むほん)なのに、そこに住んでいる滑稽があります。

  23. 基本

    普請というのは4の理で、資産、資本、普請するにはまず地どり、全国に土地だけは確保した。
    経済は3の理で、金銭縁談、産業産物、これは、「日日は家業第一、かきさげ一条ある」とのご神言が示すものは、経済行為、「人間ははたらくためにこの世に生まれた」天理の教えです。

    4は足、3は皮つなぎ。
    足のちんばが一の残念の中山修司は「やれ相場や」言い言い、皆なくしてしまった。
    金銭縁談の、中山小寒は演壇で失敗、子宮外妊娠で死んだ。
    この元は、金貸しして財産増やした中山家の悪因縁。
    4と3の埃が、世界の大埃の元。
    だからこそ、貧のどん底に落ちて、天理教なのです。
    貧のどん底を通らないような人間に「天理の資金運用」「天理の資産運用」は、おやさまが許さない。
    全財産をお供えしますという嘘で助けを願ったものは、世界たすけのための土地建物の運用は神が許さない。

    神が支配する天理は、中山みきが親神だを知った時から、見えるようになります。

  24. 匿名

    天理教の神は、皇室や国体についてどのように教えているのですか?
    今上陛下の譲位問題など、大きいテーマですがどなたかコメント下さい。

  25. 匿名A

    ぶらり2015年7月14日 9:30 AM さま

    私は、天理教青年会編『確かな教理理解のために』は信用しません。責任者の署名が無い著物は信用しないことにしています。
    ましてや、天理教青年会は天理教の正式機関ですか。裁判で天理教青年会が証明しても何の効果もない記事を見たことがあります。書物で人に訴えるのであれば「青年会長 〇〇〇〇」と堂々とすべきです。と私は思います。

  26. 基本

    基本的人権という観点に立てば現行天皇陛下には職業選択の自由はなくなど基本的人権は擁護されません。
    象徴天皇は、人間宣言後も、人としては十分に保護されているとは言えないでしょう。
    天理教の神は、上とは対立的否定的です。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    天理教の神は、皇室や国体についてどのように教えているのですか?
    今上陛下の譲位問題など、大きいテーマですがどなたかコメント下さい。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    このことですが、皇室という存在は政治の道具として存在している意味において、天理教の神は掃除しようとしていると理解されますが、文化においては、「宮所」は拝せよと教えていて、皇室は日本文化の宮であり、親神は宮の存在を否定しているわけではありません。

    今上陛下は昭和天皇の戦争責任を国の象徴として諸国に深謝するという「神」をお勤めくださっていて、国民は心から感謝している、それを永遠にさせるような政治的意図は排除すべきでしょう。生前譲位はもっときちんと、定年制に準じて、国民みなと同等に、老後のある人権のあるを保障し、制度を扱ってあげるべきでと個人的には思います。

  27. 末端教会子弟

    >天理教の神は、皇室や国体についてどのように教えているのですか?
    >今上陛下の譲位問題など、大きいテーマですがどなたかコメント下さい。

    教祖様の教えからすれば、人間は泥鰌から一度に生み出された命を始めにしており、日本列島を創造した日本神話の神様の子孫である「万世一系の天皇家」などという主張を認める訳はありません。
    天皇が統治する日本の国体よりも「皆が陽気ぐらし出来る世」そのものが国体であるべきだと言うでしょう。
    高山が支配する人間に上下を設ける現実こそが「神の立腹」の世界であり、高山削って谷底埋めて、ろくじに踏みならされた世界建設の「普請」をすることが「みかぐらうた」で教えられている、と解釈するのが妥当です。

    しかし、天理教会組織は歴史的にも「応法の理」等という言い訳をしながら法や国の施策には逆らわないというヘタレ集団なので、教祖様の教えてくだされた「平等の世の中」「皆が豊かな世の中」「争いのない世の中」「互い助け合いの世の中」を作る努力をせず、戦争に協力することすらしてきました。
    敗戦後も教祖様の教えに逆らい続け、「復元」も効果を上げることが出来ず、方針や教義の解釈すら改めることをしなかったので、明治期以来の組織体制や考え方を説き続け、現在では民主主義教育を受けた子供たちからそっぽを向かれ後継者が殆ど居なくなる位衰退を続けています。

    神としての天皇が居なくなって70年以上、この間、「自分たちが神であり、神に尽くしなさい」と説き続けてきた天理教上層部の人間たちにとって、天皇制や天皇譲位問題などは「全く興味のない問題」で「考える必要もない事だ」ではないでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。