天理教には教祖が定めた「ぢば」という中心点がある。天理教信者は、世界中どこからでも、この「ぢば」に向かって礼拝を行う。「ぢば」は奈良県天理市の天理教本部の神殿家屋内にあり、「ぢば」の場所には甘露台(かんろだい)という木製のブロックを積み上げた、だるま落としのような塔が立っている。この「ぢば」に置かれた甘露台は四方を畳の参拝場に囲まれている。参拝場の中央は一片20mほどの正方形の窪みがあり、その中央にぢば甘露台が鎮座しており礼拝上から枠越しに見ることができる。中央の窪みは高さ1mほどの木製ポールで結界(枠)が作られ一般参拝者は入ることはできない。また神殿内には警備員が配置され見張っている。明らかな不審人物は警戒され警備員に距離を詰められる。
甘露台が置かれた「ぢば」は信仰目標であり、原点であるため、ここに巡礼することを天理教では非常に重視される。「お『ぢば』がえり」という概念化された行為があるのはまさにここが核心的象徴の場所であるためである。
そして、その甘露台という塔が2017年7月26日の18:20頃に「侵入者」によって倒された。情報によれば若い男性が甘露台めがけて突進していったようだ。
私など外部の人間にしてみれば塔が倒れたとしても、外部圧力で防ぎようがないし、信仰目標である場所が不変なのであれは「ささっと直せばいいのではないか。大ごとにするほど後々の対応が大変だろう」と考えるが、信仰者にしてみれば象徴性の倒壊は看過できない一大事のようだ。
天理教公式ホームページでも発表があったので引用してみよう。
http://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/information/2017/07/27/25057/
—————————————————————————
2017年7月27日 (木)
7月26日夕刻のふしについて
7月26日午後6時20分ごろ、本部神殿結界内への侵入者により、かんろだいの上部が倒されるというふしを見せられました。
その後、定時に夕つとめが勤められました。
夕つとめ後、急遽、本部員会議が開かれ、その席で、真柱様からお言葉がありました。
引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われました。
—————————————————————————
私はこの発表を見て驚いた。なぜなら本部の対応が非常に素早いからである。普段、天理教本部の発表は基本的に遅いと私は感じている。なぜ今回はこのような早い発表となったのか。それは天理教本部は相当に焦りを抱えているためだと予想する。
現在、天理市の天理教本部では毎年恒例の「こどもおぢばがえり」が開催されている。そこでは子供たちを対象に遊びの行事が行われている。信仰の有無に限らず全国から子供が天理市に集まる(近年では大人の方が多い)。こどもおぢばがえりでは、遊びの行事に加えて、子供たちには本部の参拝、天理教の教えを学ぶことが必須である。その際に、象徴である「甘露台がない」というのは非常にマズイであろう。
また普段天理に来ることはないが、こどもおぢばがえりにはくる信者予備軍の鼓笛隊員や引率の若者や保護者などに対して「ぢばの象徴である甘露台がない」という事実は、天理教本部の不安定さを印象づけることとなる。
それに加えて甘露台倒壊の情報は一気にSNSを駆け巡る。「個人が好き勝手に天理教を語るのはケシカラン」という姿勢の本部が、信者に好き勝手に喋らせて、甘露台の倒壊に対して信者への動揺を必要以上に広げるわけにはいかない。そのため今回のような素早い対応となったのであろう。ちなみに過去に何度も甘露台は「侵入者」によって倒壊されている。その度に、新しいものと据え替える儀式を大々的におこなっている。
今回の倒壊に対する天理教本部の対応は厳しく難しいであろう。そのため「真柱のお言葉」も「本部員会議のねりあい」も決して全て公開されることはないだろう。
天理教本部の本音としては時期が時期だけに、さくっと終わらせて、できれば「倒壊」を無かったことにしたいと考えるのが普通であろう。「あるはずの一番大事なものがない」という事実を未来ある若者たちに晒したくはない。すでに大量に発信されている「ほんとに甘露台がなかったよ〜」という若者の何気ないSNSへの投稿は、天理教本部にとってみれば本部への不信感を増強させるボディブローに感じるだろう。
しかし、対応をさくっと終わらせてしまっては天理教本部としては絶対的な「ぢば」を軽視することとなり、天理教本部の存在自体が軽視されることを容認してしまうことになる。天理教本部は天理市じゃなくてもいいとなれば、それはそのまま幹部(本部員)への転覆運動や反本部員運動に繋がるであろう。最も恐れるのは「ぢば=天理ではない」という雰囲気が作られることだろう。
しかし一方で、今回の甘露台倒壊の原因を、信者の心の不足に責任転嫁しようものなら、天理教本部に恨みを持つ者によって甘露台の倒壊が今後も連続する恐れがある。天理教本部が次に最も恐れる日は次期真柱候補の婚姻日となる9月1日であろう。その1週間くらいはかつてないほど最も本部神殿の警備が厳重になることは予想できる。
話を戻す。今後の対応で最大の注目点は、この象徴の倒壊に天理教本部はどのような意味を付与するかである。たとえば「今回の事故は天理教全体に神が見せた試練(ふし)である。信者が一つになって、心を一つにして乗り越えよう」などと信者の心の未熟さに責任転嫁するようなことであれば、幹部に対する不信感のエネルギーは一気に本部不要論(大教会長及び本部員はいない方がマシ)に向かうであろう。
今回の倒壊に関しても「天理教本部が教義に反する、間違ったことばかりしているから、神が本部に怒ったのではないか」という本部への信者の不信感の声は根強い。
信者に責任転嫁するようなことがあれば、もう天理教本部は真の天理教を信仰する上で邪魔でしかないという雰囲気はゆっくり確実に醸成されるであろう。
ここまで書いたところで今週日曜発行の天理時報4534号が手に入ったので見てみよう。天理時報の発行を一日送らせて内統領のコメントを差し込んだ内容である。
——————————————————-
反省の意を強く持ち
7月26日夕刻のふしについて 山澤廣昭 内統領
かんろだいに大ぶしをお見せいただきました。
ぢばにお鎮まりくださる親神様、ご存命の教祖に、ただただ申し訳ない思いでいっぱいです。
月次祭の当日、こどもおぢばがえりの始まる日であり、帰参者の方に心配や動揺をお掛けしていることについて、ぢば近くに勤める者として深く反省し、お詫び申し上げます。
親神様、教祖、ぢばは、その理一つであります。ぢばに据えられたかんろだいは、私たちの信仰の芯であります。そこにふしを見せていただいたことは、私たちの信仰態度が、親神様の思召に沿いきったものなのかどうかを、強くお知らせくだされたものと思案します。
お互い、ぢば一条、神一条の精神を再確認することが必要だと思います。神一条とは、自分の考え方に合わせて、親神様の教えを解釈する姿勢ではなく、教えに自分の考えを合わせていくことです。そのことを、あらためて胸に治めさせていただきましょう。
現在、かんろだいは、下の二段のみが真座に坐(おわ)します。明示14年、二段まで造られたかんろだいの石普請が頓挫し、翌年、没収されました。先人たちは、必死にこの道をお通りくださり、今日の姿を残してくださいました。
そのこと思うとき、現在当たり前のようにかんろだいを拝し、おつとめをつとめさせていただいている自分に、慣れや惰性があるのではないかと、反省の意を強く持ちました。
まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。
教内のようぼく・信者の皆さま方も、このふしを”我がこと”と捉えていただき、実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようお願いいたします。
——————————————–
さて、これを読んで読者はどのように思うだろうか。私は内統領が何について神に謝っているのかさっぱり分からない。どんな理由から内統領は神に「ただただ申し訳ない」と謝っているのだろうか。
侵入者を侵入させてしまった警備の甘さだろうか。それとも「献金しないと命が切れる」という暴言を表頭領中田善亮氏が信者に言い放ったことに対してであろうか。それとも、こういった事態を引き起こしたのは、我々と信者の心が間違っているからだろうか。
内統領のコメントは、何に関して神に反省し謝っているのか私にはよく理解できない文章である。
そして予想通り、甘露台倒壊を「信者の心の問題」としてすり替え、責任転嫁したストーリーを形成しようとしている。外部圧力で器物損壊されたことを信者の心の問題にすり替える技術は天理教は本当に天下一品だと思う。天理教本部に良くないことはすべて「信者の未熟な心のせい」にしてしまうのは、結局天理教本部は謝罪する気など毛頭なく、信者に「お前らの心が一つじゃないから」と言い続けることができる。
このストーリーを手放さないことで常に天理教本部は勝者であり、強者であり続けることができる。せめてもの救いは「まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。」と本部にも改心が必要であること宣言していることであろう。
しかし内統領が「ただただ謝罪」するのであれば、地位に恋々としがみつくのではなく辞任してみてはいかがだろうか。甘露台の倒壊についてまで信者の心の問題に責任転嫁されては信者はたまったものではないだろう。信者にしてみれば「いやいや、お前ら幹部が教えをおもちゃにしてるだけだろ。都合が悪いときだけ信者のせいにするなよ」と不信感を広げることになる。内統領が責任を感じて、本気で謝罪する気があるのなら辞任すればいい。そうすれば「あの人が悪かったんだね」と責任の所在は明確になり、信者は理不尽な責任を背負わせられないで済む。本件は一気に収束するであろう。謝罪はするが誰も責任を取らないのであれば、それは謝罪する気など毛頭ないということなのではなかろうか。内統領のコメントは結局謝罪よりも「私は悪くない」というパフォーマンスであり茶番だ。地位に恋々としがみつくあまり支持率が急落しているのは、連日のニュースでもう見飽きた光景であろう。
> 内統領が責任を感じて、本気で謝罪する気があるのなら辞任すればいい。そうすれば「あの人が悪かったんだね」と責任は明確になり、信者は余計な責任を背負わせられないで済む。一気に本件は収束するであろう。
いえ、それでは信者の気持ちは済まないと思います。
内統領が責任を取れば良い…そんな訳がないでしょう。
これが政治ならば、内閣総辞職ものの失態・事件ですよ。
ですので、私としては内統領・表統領ともども辞めて頂きたい。
真柱は、現在の教団本部においては「日本国での天皇的地位」なので、辞職しろとは言いません。
ですが、表と内を新たに任命して本部の改革を真柱主体で進めて頂き、ある程度は落ち着いた頃合い…後継者大亮さんが結婚して5年後くらいを目処に、真柱の座を降りるのが良いかと思います。
これを機に本部体制を(組織や暗黙の了解なども含めて)見直し、人事刷新して新たな風を入れ、若い大亮さんの元で再出発を切る。
「大ぶし」と言うのならば、このくらいはしないといけませんね。
もうダメかもわからんね
教会本部はこの事上をプラスに転じさせることが出来なければ、堕ちるだけだろう。
これからは物理的な破壊、堕落が待っている。
目に見えるだけましだとは思う。
見えないこと、見えない世界の事柄を相手にするより楽。
さあさあ、この事上、如何なる神の思惑か…
現代の情勢にてはどうするがよろしいか…
お伺いを立てたいものだ…
何かを得るには 何かを手放さなければならない
2017年7月26日 7:55 PM 甘露台が倒された!さま
2017年7月26日 6:37 PM 退職信者さま
早速、今日の夕刻に甘露台が倒されたそうですよ!
さあ、来る日がそこまで来ているようですね。
退職信者 様(2017年7月26日 9:44 PM)
甘露台が倒された!様(2017年7月26日7:55PM)
情報 ありがとうございます。
私の下へも9時少し前に天理教の実情に詳しい方から連絡がありました。
精神に異常をきたしたと思われる人が飛び込んで倒したらしいとの事でした。
やはり「おふでさき」に書かれている通り。
今日は、26日ですね。
これは、神から本部に対する「大亮君への結婚祝い」でしょうか。
直属教会にさんざん祝儀をたかったから、神からしっぺ返しを食らったのだと思うのですが。
いやいや 神にはそれ以上の思惑があると考える方が自然ですね。
本部は、今後どのような対応を取るのかこれからが楽しみです。
匿名さま 2017年7月26日 10:04 PM
飾東の人らしいですね。
おぢばに帰って来た子供達にはタイムリーな事情です。
周東系列の説教日が楽しみです
退職信者さま 2017年7月27日 2:04 AM
海外より様へ
かんろだいが倒れた事に驚き返事が遅れました。申し訳ございません。
須藤さんの話は、内容が多すぎてこの場で細かく書くのは大変な事です。
簡単に言えば親神が須藤さんに話した内容は、おや様に話した事と同じだと言う事です。
おふでさきに書かれた通り、「地球の大掃除」をするということです。
おふでさきには、「ざんねんはらす」「そうじする」「かやす」などと親神の無念な気持ちが現れています。
その理由は、かんろだいを取られた事と17号58に書かれています。
かんろだいが取られたからその「かやし」をすると明確に書かれています。
世界を救う為のかんろだいを中山家が取り払ったのだからもう無事では済まない。
行き着くとこまで行ってもらおう。
陽気ぐらしの世界は、きれいに掃除した後の事になると言う事です。
「海外より」のお名前からすると、国外にお住まいと思います。
おふでさきの内容や須藤さんの話、現在の世界情勢から考えると早く日本に帰国すべきと思います。
のんきに生活していると帰国する機会を失うと思います。
須藤さんは常々、「世界情勢から目を離したらいかんよ。逃げる機会を失うからな」
第3次世界大戦の事です。現代の戦争は、ボタンひとつです。その破壊力は凄まじいものです。
第一次第二次大戦など比較になりません。
ひとたび火を噴けば、あっという間に世界に広がるでしょう。その時日本に戻ろうとしても手遅れです。
須藤さんは、親神の話を次のように説明してくれました。
「戦争は、わしが始めるのでは無い。人間が勝手に始めてしまう。
子供がおもちゃで遊ぶように自分たちの作った兵器を使いたくてうずうずしてる。
自分たちの作った兵器を飛ばし合って世界が火の海になる。
この戦争に懲りた人間は、やっと武器を捨てる決心をする。
武器がこの世に有ったら陽気ぐらしの世界は作れん。
人間が勝手に始める戦争をきっかけとして世界を「ろくじ」にする。」
この仕組みを大本教の出口王仁三郎師は「神一厘の仕組み」と表現しているではと思うのです。
正善は、おふでさきの中身を全て知っているはずです。
この大掃除の核心部分の約5年分を抜き取って信者に配ったのです。
抜きそこなったのが「いばらぐろおやがけみち」「ひのなか」「ふちなか」
「てんび火のあめうみはつなみや」等々です。
「いつ来るかわからん話だから隠しておこう」こんな感じでしょう。
正善は、「須藤花井」の存在を充分認識していました。
今年の1月、天理在住の人から次の様な話を聞きました。
「正善の娘さんが須藤さんを訪ね「父親の噂は本当か」と聞いたそうだ。
須藤さんは「本当だよ、あんたのお父ちゃんは、あちこちに女が居るで」と答えた。
娘さんは、この事を正善に話したらしい。
お勤めを終えた正善が、神殿から教祖殿へ向かう回廊で須藤さんを見つけ二人がにらみ合いになった。
本当の事を言って何が悪いと怒った須藤さんが正善に向って「えいー」と九字を切ったら
正善はその場に倒れた。
そして一週間に正善が息を引き取った。
本部員達は正善の後ろにいたからみんなこの状況を知っている。
善衛も夫人も善司も 本部中枢の人間も皆「須藤花井」の存在を認識している。
そして皆一様に口をつぐんで何も話さない。
「そうじやかやし」は本当に来るのかなぐらいの感覚なのだろう。
おふでさきにかかれている。
「みえてきたならとくしんせよ」
しかし、見えた時は既に手遅れだと思う。
この内容を、「考え過ぎだろう」と思う人もいるだろう。
その様な人達に言いたい。「どうぞご自由に」
あの神殿の「叫び声」「かんろだいの倒壊」
この異常な出来事から親神の意志を本部は悟るべきであると思う。
海外より様へ
これが、今 私が答えられる限界です。
貴方の期待するところの答えになっていなかったらどうぞお許しください。。
「親神・中山みき」は偽天理教の専有物ではありません。
神の存在を確信する人たちの心の拠り所であると思います。
両統領、まずアンタらから改心せよ!さま 2017年7月27日 9:47 AM
甘露台が倒された!様 2017年7月26日 7:55 PM
本部在籍者や境内掛からの情報によると、昨日だけで結界内侵入しようとした人が4人いて、そのうちの一人が夕刻18時20分頃に真座にまで侵入、ぶつかっていくような形で甘露台は倒されたそうです。
現在は下二台の状態のまま置かれていて、台と台とをつなぐホゾが折れてしまうほどの圧力だった模様。
なにも倒した本人や、その方に関わる関係教会や、そこの方々が悪いわけではありません。
悪事をはたらく両統領をはじめ本部の偉い先生方、よくよく思案して、あなたたちから心を入れ替えて下さい!
匿名信者さま 2017年7月27日 1:54 PM
退職信者様、書込みありがとうございました。
退職信者様の事実の正確な記述力のお陰で、私のぼんやりした記憶が戻りました。
6月26日の朝勤めで私も同じく異様な声に驚かされました。
でも、深い悟りをめぐらすことの無い自分でした。
南の左前方席から聞こえてきたその声をめぐって後日、この場で退職信者様のお書きになった内容を拝見することになろうとは・・・・・。
加えて昨日(7月26日)の甘露台の破壊!
昨日は日帰りでの参拝だったので、朝夕のお勤めには出ませんで、明けて本日、本サイトにアクセスして知った次第です。
攻撃された(!)甘露台は据替られてまだ間もないのですが、思い出したことがあります。
据替られた翌朝の朝勤めの時のことです。
ぼんやり頭の自分なので、退職信者様のように事実をきちんと書き込む力がないことが残念!
ですが、たしか、あの朝のお勤めは21回めのカウントがあいまいだったのか、あるいはどなたかがお疲れで間違えたのか、21、もしくは20回目のあとにもう1回「あしきをはろうて・・・」と続いたので、もう、びっくり!!!
詰所に戻り、人に聞いてみましたが、「前夜からのお疲れがあったのでしょう。」とスルーされました。
確かに自分には間違いがあったように聞き取れたのですが・・・・。
本部でのお勤めでも間違うこともあるのかもしれません。
でも、その甘露台が、と、考えると何か、現状何か、悟るべきことがあるようにも感じます。
また、上記の2例が起きた際、その場に「たまたま」居合わせた自分、道をあれこれ迷いながら歩く自分。
深い思案を怠りなくと、とぼけた頭に自分で活を入れねば・・・。
退職信者様、自分も退職した関東地方在住者です。
本日は暑さも一休み。
明日からはまた、猛暑だとか。
どうぞお元気に夏を乗り切ってください。
Kさま 2017年7月27日 8:28 PM
倒した方や関係者の方が不憫です。
精神を病んでる方なら尚更、誹謗中傷を受けて余計に混乱されるでしょう。
昔、石の甘露台だった時があったそうです。
現在の形ではなくて、石を置いていたとか。
それを競艇の笹川氏が手に入れたと本部に言ってきて、本物かどうか確証はないもののお金を払って引き取ったそうです。
本部員の妻が話してました。
匿名。さま 2017年7月28日 12:38 AM
甘露台が倒されました。教団終焉も近いでしょう。
教団が消滅に向かう教団自身が犯した罪の一つ。「三島神社鏡池の埋め立て」の記事が目に留まりましたので添付します。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf
教祖ひながたをうたいながら、教祖ひながたにまつわる重要な遺跡を消し去り、隠蔽した教団本部。教祖様をも抹殺した神亡き団体。もはや宗教団体ではありません。
この「ふし」の神意は 様 2017年7月28日 7:11 AM
天理教 公式ホームページ より
【7月26日夕刻のふしについて】
2017年07月27日 (木)
7月26日午後6時20分ごろ、本部神殿結界内への侵入者により、かんろだいの上部が倒されるというふしを見せられました。
その後、定時に夕つとめが勤められました。
夕つとめ後、急遽、本部員会議が開かれ、その席で、真柱様からお言葉がありました。
引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われました。
http://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/information/2017/07/27/25057/
しかし酷い文章だ。経過報告のみである。
そのうち、倒したご本人や所属する教会、その関係者らが悪いとか言い出しかねませんから、みなさんネット情報の注視をお願い致します。
倒したご本人は重度の精神のご病気でいらっしゃるということです。
〇〇大教会長さま、関係のみなさま、本部に謝罪なんて一切不要ですよ。
神が、教祖が、倒されたその方を通して、内統領、表統領、をはじめとする悪の枢軸たちの所業に対しての「残念・立腹の念」を、甘露台をお倒しになられてまでお見せ、お知らせになったのです。
表統領あなた、ハニトラ・美人局以降もお金ゆすられていませんか。
教祖の み教えに「献金しなければ命が切れる」なんてございませんよ。
搾取してまで どうして信者を苦しめるのですか。
傘下の法人格まで乗っ取っらねばならないほど資金繰りに困っているのですか。
気に入らない人間はポイなんて、それこそご教理に反していませんか。
どうか大変な事態に陥る前にお気づきくださいませ。
そして今こそが、心底よりの改心の旬です。
神が与え給う最後の機会ではございませんか。
この旬を外さずに、どうか若いお二人が教祖にお結びいただけるようにしてあげてください。
老婆心より
退職信者さま 2017年7月28日 7:38 AM
海外より様へ
「朝になっても雨戸が開かず・・・」とても驚きました。
私が小学3・4年の頃、風呂の竃で古い桐下駄を燃やしてしまい母からひどく怒鳴られました。
その時母は次のよう言っていました。
「なんて事するんだ。また戦争が来るのに。朝になっても戸の開かない家が並ぶんだ。物は大切にしろ」
私は、「戦争 そんな ばかな」と思い気にもとめませんでした。
須藤さんに会ってからこの話をふと思い出し、須藤さんに尋ねました。
須藤さんは次のように話していました。
「その話、今なら解る。戸が開かないのは中性子爆弾でやられたという事だ。
あんたのお母さんは会長さんから聞いたんだよ。
戦前の会長は、別科と言ってな半年は天理で過ごすんだ。
当時の天理には、おやさまに会った人が沢山いたんだ。
会長さんは、そのような人から聞いたんだよ。」
母から聞いたのはその時だけです。ほかの信者さんから聞いた事もありませんでしたから、会長さんは私の母にしか話さなかったのかなと少々いぶかしく思っていました。
この話が、ここ「社会学」のコメントに現れた事は、本当に「驚き」の一言です。
須藤さんは、続けて次のようにも話していました。
「その時はな、あしきをあろうてのお勤めをするんだ。
交代しながら途切れず勤めるんだ。
そうすれば相手の撃った弾は、向こうへ返って行くんだ。
神さんは、不思議な助けをするんだ。」
本部は、おやさまを100%信じていません。
親神がおやさまを通して本当に伝えたい「そうじ」の事を隠しているのです。
本部は「そうじ?そんな事は例え話だ」この程度の感覚だとおもます。
神の言葉に「例え」などと言う曖昧な表現は存在しません。
平成12年6月26日 祭典中にかんろだいが倒されました。
九下り 九つ ここでつとめをしていれど むねのわかりたものはない
悟りの無い本部に、神は使者を遣わした。あの「かんろだいおじさん」です。
あの「叫び声」は、本部に対する「神の怒りの叫び」です。
何年も叫び続けてきました。そして今 再びかんろだいは倒されたのです。
世界情勢と本部の事情から察するに
今は「あいづたてやいでたならば」の時期に来ているとおもいます。
東風Zさま 2017年7月28日 11:11 AM
甘露台の真上は青天井になっている。亡くなった祖母がよく言っていたことは、甘露台に「かわらけ」を置いておくと天から甘露の露が降りてきて、それを頂くと病まず弱らずの長寿のご守護が頂けるんだと。そのためには、全ての人が南無天理王命と喜べる心ひとつにならなければならないとも。
幼い私はそれを信じ切っていた。何処からこのような発想が出てきたのかは知んないけれど、祖母は死の間際までこれを信じ切っていた。あの当時としてはめずらしく100歳近くまで達者で生きた祖母にとって甘露台は、それはそれは有り難い存在だったのかも知れません。
この度の事件から思うことは、甘露台は崇拝の対象なのかということだ。法律的には礼拝所不敬罪が適用されるだろうが、親告罪であれば教団本部はどう出るのだろうか。
精神を病んでいる人の行為だとの書き込みがありますが、私は天理教に遺恨のある人の行ないだと思っています。
一列兄弟陽気づくめを説く教団であるならば、少なくとも人の恨みを買うようなあり方があったのかを問い直し、万人が喜べる教理を説くべきであろう。
何かを隠していると疑われるような教団から一日も早く抜け出すことが一番求められていると感じる。
本部員会議において練り合う課題は今更云うことでもあるまい。
海外から様 2017年7月28日 2:05 PM
責任取って、両統領が辞職すべきですよね?
本来ならば真柱中山本家がやめるべき事態ですし、もし倒した人が心病んでいるなら、その原因は?それを治せない教団にある。教団がおかしいからでしょ?宗教家としての責任が中山家にあるのは宗教家として当然「お尽くしは金」と表統領 中田善亮 が発言してから教団の問題点が鮮やかに見えてきました。資金難、法人乗っ取り、お尽くしは金 との協議改竄 責任は真柱中山家、少なくとも両統領にある。
海外なら大事件です。ローマ法王もつど謝罪してます。
海外より 様 2017年7月28日 3:31 PM
現状の天理教教団、教会本部と教祖、中山みき様の説かれたこととしっかり分けて思案する必要があります。
同一上のものとして思案すると本質がわからなくなってしまいます。
今、目の前に起きた現実が世界の縮図として見せていただいていると私は考えます。
中田善亮表統領の公式発言、
・『「おつくし」ができなくなると、たすかる道が途切れてしまう』
・『「お金のことは言いにくい」と避けていては、「よふぼく」は「おつくし」の意味がますます分からなくなる。 「おつくし」は「命のつなぎ」であり、親神様にお受け取りいただく真実である』
・『「おつくし」についても、しっかり説かねばならない。「おつくし」ができないのは、その意味が分かっていないからだ。 「おつくし」は負担ではなく親神様にお受け取りいただく真実である。教会長はこれを丁寧に、そして自信を持って説いていただきたい』
と、あからさまに「献金しないと救からない」、「献金するからこそ命がつながる」「教会長は献金しない奴らに献金するように促せ」とも聞こえる、強要、脅迫、恐喝またはこれらの強要、教唆。結果 詐欺とも取れる大問題発言。
また以下のブログをご覧ただければ、表統領がとんでもない改竄教理を教内外へ向けて発信しているということ、表統領自身が月日親神・教祖に背く教理異端者であるということがハッキリとお分かりいただけるであろう。
付け加えれば、彼の信仰や思想に追随する者たちも同様に教理異端者ということになる。
「天理教教理を学び神意を悟る」様 おつくし考① (許可いただいています)
http://blog.livedoor.jp/rokkouoroshini/archives/1063362564.html
そして表統領がハニトラ・美人局に はめられて女性と一緒に裸で撮影され、それをネタに金銭をゆすられたが、そんなことは実兄である中山善司真柱に言えるはずもなく、姻戚を通じて神〇川教区界隈に金銭の工面を依頼して計三千万円を調達。それ以降に既述の「おつくし発言」が飛び出し、大教会法人乗っ取り事件発覚までに至っていることから「現在もゆすられ続けているのでは」という疑念が噴出するのも当然であり、まったくの無関係と切り捨てることはできない。
これらの件は、此処おぢば界隈で知らない者はいないと言ってよいほど有名な話となったが、聞くのはほとんどが表統領の悪評ばかりである。しかし真の悪党は山澤廣昭内統領なのである。
現在、われわれ教内者が固唾をのんで注視しているのが、いわゆる大教会法人乗っ取り事件だが、今回の大教会にはじまった話ではなく、実は本部による教会の乗っ取り行為はかなり昔から行われていたのである。
ただ今回は大教会側が、はじめから本部やその共犯者達の不審な言動を察知していて、まず中山治信本部員が法人会計の金庫を強奪し、のちに茶番の会議で多数決を装って会計関係書類やデータなどを奪ってすぐに、大教会側は法律の専門家や捜査機関に相談をして、宗教法人格の乗っ取り行為であることが発覚したそうである。あの著名な弁護士教会長、羽成守氏も共犯者であると初聞したとき 私は空いた口が塞がらなかった。
もとい、「突然に会長さんが交代になったり 会長夫婦や若夫婦がめちゃくちゃになったり 会長家族の苗字がゴソッと変わったり一家離散などになっている教会は、山澤廣昭内統領が世話人に就いていたり 何かしらの関与をしている教会だ。弁護士などを使って悲惨な状況に追い込まれるように仕向けられている。あの人は恐ろしい」という情報を、本部在籍者および直属教会長など関係者複数名からいただいている。
皆が口を揃えて「恐ろしい」ということは「相当に悪行をはたらいているという証」である。こうした法人乗っ取りなどの手法は内統領の手口であり、それを本部在籍者や直属教会関係者、 おぢば在住信者に徐々に暴露されだして背水の陣の様相のところへ今回の甘露台の倒壊である。
「社会学」管理者様が、「私は内統領が何について神に謝っているのか さっぱり分からない」とコメントされているが本当に謝らなくてはならないのは、信仰者の業ならぬ こうした悪行を積み重ね、陽気ぐらしどころか、罪のない人々を苦しめ、不幸へ陥れてきたことへの謝罪ということである。当然ながら既述の表統領の件と併せてであるが。山澤廣昭内統領も勿論、教理異端者である。
今回こそ しっかりと謝罪をしなければ教会本部組織は崩壊するであろう。大方の教信者は、貴殿らの悪行三昧をもう知っている。両統領よ、釈明・謝罪などは 間に合うようにお早めに。
【天理時報4534号 内統領コメント】
「まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。
教内のようぼく・信者の皆さま方も、このふしを”我がこと”と捉えていただき、実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようお願いいたします。」
責任転嫁も甚だしい。
まずは本部在籍者へ転嫁し、教内ようぼく信者へは、
「このふしを”我がこと”と捉えていただき」
である。
みなさん、こんな論点すり替えの詭弁(きべん)に騙されてはいけませんよ!
こういうのが本部の(一部の人間と願うが)常套手段(じょうとうしゅだん)なのですから。
信じてしまったら あなたの負けですよ!
「おまえだよおまえ!おまえと表だよ!」と言ってあげましょう。
嗚呼、腹立たしくて今晩眠れそうにないわあ(怒)
親にバチギレされて、ただただ謝ってその場をしのごうとしている子供みたいだね。
訳のわからん弁明をして更に親を怒らせることになりそうですね。
中田善亮氏のハニートラップについて詳細を聞きたいのです。ハニートラップっていうとはめられた感がありますが、彼は彼のおじいさんのエロ事師並の女好きと聞いています。どういう事だったんでしょう。
善亮も二代真柱の孫だし血は争えないですよね。大亮以外に 中亮 小亮という隠し子の噂が上がるかもしれません。本通りを中心とした天理市内はもちろんの事、在籍など本部所属の方からも社会学さんに情報が出てきてることがわかります。
ああ無情さま 2017年7月29日 8:25 PM
私も男性ですから女性は好きですが 笑
氏の相手方(複数名)は最初から金銭の無心が目的で、お酒の席で氏を泥酔させて酩酊状態の氏と女性との写真か動画を撮影し、それをネタに強請った(氏は強請られた)と聞いています。
このとき相手の女性と不貞があったのか、またその女性とは継続的な関係にあったのか等は不明です。
ですのでやはり明確に金銭の無心、強請り目的の「罠」に嵌められたものと思われます。
ハニートラップ(色仕掛けの罠)というよりは、美人局(つつもたせ)の要素の方が強いかと思いますね。
相手方(複数名)は近隣の人々と聞いています。天理教の表統領が、ご近所さまに玩具やATMにされてしまっているわけですから何とも情けないお話です。
氏が、お祖父さま並みの好色一代男であれば、同様に落胤がそこいら中にいる(おちている)のではありませんか 笑 そのような噂はまだ聞いたことがありませんね。
以上です。
昔とは違い『ネット時代は誰でも過去の検証ができる』ことです。本部がしてきた小細工はもうとっくに見破られてます。どなたでもスマフォを持っていてパソコンもそう珍しくない状態です。内統領に山澤廣昭氏 表統領に中田善亮氏 ではもう時代遅れもいいところか、この両名に成ってから法人乗っ取り事件や教義改竄などの大事件が起きてる。その末の『甘露台倒壊』まさに神様のなせる業です。悪いことは言わない両統領は早く辞任すべきです。これは在籍者からも出ている意見です。
氏の美人局事件について様 2017年7月29日 9:24 PM
>このとき相手の女性と不貞があったのか、またその女性とは継続的な関係にあったのか等は不明です。
3000万も取られ、また、いまだに強請られてるとしたら、女性と関係があったとしか思えませんね。
もし、女性と一緒の、見苦しい泥酔状態を写されただけで、関係など無かったとしたら、普通は、そんな強請りの金は、拒否すると思います。それとも、泥酔してて、関係したかどうか、善亮氏は、記憶が定かで無かったのでしょうか? はっきりとした証拠が無いのに、3000万払ったなら、善亮氏は、ずいぶんと、人が良い、としか思えませんが。
情報ありがとうございました。
3000万円支払ったんですね。本部はお金がないなんて言いながら、3000万円は本部会計に申請して会計部長、に出してもらったということですね。とんでもない奴ですね。基本彼はチキンハートですから。
三千万円を先方に支払ったかどうかは分かりません。三千万円は神〇川教区界隈で集めた金額だそうです。
その後は本部会計と別の裏会計を作っていても不思議はなさそうですね。
・表統領ハニートラップ美人局金銭被強請事件
・「おつくしは金」公式発言問題
・大教会法人乗っ取り事件
・その他もろもろ
など、すべての事件が「金絡み」であります。情けない。
これだけの悪事をはたらいておいて甘露台倒壊においては、その責任を本部在籍者や教内ようぼく信者らに分担ないし転嫁、全体責任にして この場を逃げ切ろうとしている愚鈍な内統領山澤廣昭と表統領中田善亮。
「まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます」
↑ 在籍のみなさんがこの発言を認めたら、諸問題すべてが真柱さんはじめ在籍のみなさん全員の責任になってしまい大事故に巻き込まれてしまいます。今こそ声を挙げる「旬」ですよ!
「教内のようぼく・信者の皆さま方も、このふしを”我がこと”と捉えていただき、実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようお願いいたします」
↑ なぜ私達が「自分のことだ」と捕らえなくてはいけないのか理解に苦しむ。アンタらやろ!
↑ なぜ私達が悪党の不始末の尻拭いをしなければならないのか。神に安心していただけない現状を作ったのは両統領はじめ貴殿ら悪の枢軸たちではないのか。責任を取るのはアンタらやろ!
↑ 「活きぶし」? 「おまえたちは もう死んでいる 笑」 by 北斗ケンシロウ
海外より
2017年7月29日 9:21 PM
私と同じ名前を使用するのことはやめてください。
他の方とやり取りさせていただくことがありますので、その点、ご理解ください。
天理時報は、倒壊した甘露台の写真を掲載して!
信者さん達が心を痛めているとすれば、その現場を報道するのも「時報」の役目だ。
それすらできないのであれば、「時報」というタイトルを辞めればいい。
本部はそうでなくても金欠なのに、予想外に甘露台倒壊でまたまたお金の要る案件が出来ました。お供え金は毎年10億円づつ減収しているのに、じゃあほぼほぼ後10年でお手上げですね。
どこからかき集めたのか女性問題の3000万円、甘露台再建築費用、こんな大騒動の真っ最中9月には経済力ゼロの大亮さんの結婚式。その費用やその後の生活庇護費用。生活経験の無い若造が皇族よろしく「だいすけさま~」と取り巻きからおもねられて、黒塗りベンツに乗り込む恥知らずな姿。何もかもその原資は全国信者からのお供え金からでしょうが。親父さんは「おつくしは金」と教理を枉げてまでして金の亡者。「世界ろくじ」をうたわれたおやさまの教理は何処へ行ったのか?
今や幹部は教団貴族。貧民教会、高齢信者のなけなしの懐からお金を巻き上げる。
こんな時に結婚を強行するなら、奥さん置いて単独布教にでも出なさい。それこそが全国で冷ややかに見ている信者に対する「示し」です。私たちに祝儀やお供えの要求をする前に自分たちの襟を正し、行動で示しなさい。本来お手本であるべき本部の在りようが「堕落の極み」ならば、全国教会関係者、信者一同は逃げ出す以外に方法はありません。
善亮さん。この期に及んで「命のつなぎは金」などと脅迫にもとれる曲解教理でお供えが集まるなどと甘い妄想は通用しません。今後あなたの撒いた種がどんな実りを結ぶかもうお分かりですよね。全国の信者はあなたが思っているほど馬鹿ではありませんよ。
東風Z 様
(2017年7月30日 10:27 AM)
>天理時報は、倒壊した甘露台の写真を掲載して!
>信者さん達が心を痛めているとすれば、その現場を報道するのも「時報」の役目だ。
同感です!
体当たりした人の身体的ダメージもあったのでは?
たとえ事件現場であっても、これが東京であれば救急車を呼んで当事者の治療もするはずだ。
ローカルな天理ではどのような対応をとったのだろう。
そこまで伝えてほしい。
天理教的には真柱様は直接彼に会って
「このような事をさせるような心にして申し訳なかった」
おっしゃってくださったか?
教祖様だったら・・・きっと!!! こうした声をかけただろう!
所詮天理時報は退屈教団の機関紙 あえて誤報しか載せない『怠惰な教団に怠惰な新聞あり』
甘露台倒壊を信者などの性にしてる時点で山澤現在の本部執行部は考えもの・・・この怠惰な教団を作り上げたのは初代真柱からです。体制の維持だけに権力ゲームを繰り返し 法人を乗取り 分解 教会整理などの名目で取り上げたり 教団の歴史は黒歴史 酷いものです。 階級制度を組織に組み込みそれを信者は信じてしまった。つまり上層部の一存でどうにでも出来た組織なにこの有様 つまり上層部が無能だからとしか言いようがない。そしてついに神の怒りが本部に現れた。甘露台倒壊ならまだしも 神の成す 事次は誰が倒れるかわかりません。この状況で結婚できる後継者 大亮も所詮その程度 血は争えない恥ずかしい教団運営者家族です。天理駅前で布教をはじめた大亮 見え透いたその行動に教内は皆嘲笑してます。 大道芸人ダイスケ と呼ばれてます。
「命のつなぎは金次第」なだけだろスキャンダルしかしない善亮にとっては、これがいい機会だから大亮以外の中山以外で真柱たてたら意外性があり治まる可能性もある。本席の血筋の 飯降 或いは 上田 の二家で持ち回りで真柱した方が信者は納得する。そもそも教祖は中山家を嫌ってた。教義書の内容は中山家の戒めの言葉が殆ど その戒めを無視し都合が悪いものは改竄して隠蔽してるのが現在の中山家 それでは御守護がないのも当然 真柱が一番天理教を信仰していないと皆言い出してる。ネット時代に差し掛かり現在の教義書が改竄と隠蔽で偽教である事がバレた今全てを公開する機会でもある。隠蔽された教義書の中には、教団の終焉でなく、中山家の終焉が書かれているのは中山家自体がよく知っていることでしょう。 表向き続けられても中山家の信頼はもう無い。中山家が本部でも疑心暗鬼なのは有名な話 中山本家と一部だけ利権と汚職で贅沢な生活をしていてそれを嫌う他の親族 信仰者の姿で無いと言われてるのはその昔からで、世間では「三代が食いつぶす」と言うが真柱中山家は初代から教団の食いつぶししかしてない。二代が無駄に建物建てて、隠し子作りまくり、三代はそれで屈折 歌に逃げる。 そして四代目の現在 二代の土地建物の負債で資金難教団はおろか教義まで改竄を許す始末 そして甘露台の倒壊 本部が天理教を名乗ること自体おかしい、との神様のお示し 教団は終わった事に気がつかない方がおかしい。
匿名信者
2017年7月30日 12:52 PM
聞いた話
境内係の人間が犯人に暴行加え、系統の大教会長呼んで本部が木材代だけでなく偽の教義振りかざして吹っかけるらしいです。まさに恐喝まがいだそうです。金額は数千万~数億 だそうです。
流石、金取教団です。
暴行に恐喝!?聖地と言えども唯の木材ですよね?教団はなんて浮世離れしてるのでしょう。これでは布教は愚か信者数まで減るわけです。悪徳上級教会の暴行の話は以前出てましたがまさか社会的認知度も高い本部でそれでは司法や社会のメスが入るのは時間の問題です。 どこぞのカルト宗教団体と一緒じゃないですか、その昔オウム天理教と揶揄された時代があったがまさにオウム天理教じゃないか!だからこうやってインターネットで皆さんが本部を監視し始めたのですね。やっとわかりました。私も目が覚めました。皆さんありがとうございます。
ヤッホー>>>真柱様
ヤッホー>>>?????
ボウコウに恐喝上乗せ。
恥ずかしいの一言です。
それと、情けない・・・・。
信仰心のカケラも見えません。
これぐらいでは、本部はこたえません。
ある大教会長は両統領に忖度(そんたく)して、「両統領は気の毒だ。」なんてことを言っている。
いつしか反省も何もなく、普通に戻る。
「夕つとめ後、急遽、本部員会議が開かれ、その席で、真柱様からお言葉がありました。
引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われました。」
とホームページにあるが、本当なら練りあった結果を発表して欲しいものだ。
前回の甘露台倒壊時に、修理人の本部準員に「この節に関して、本部では練りあいをしておられるのですか?」と聞いたら「していません。」と答えが返ってきた。
「引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われました。」というのは嘘だろう。ただ忖度のオンパレードに違いない。
我々が本当に本部を変えたいと思っているのなら、「お供えをしない。もしくは減らす。」これしかない。
表統領と内統領が数々の不祥事を起こしてるのですから甘露台が倒壊したのでは?
教義改竄 乗取りなど違法行為をまかり通らせる本部をみて心病んで甘露台に御守護を求めてのことでしょう!「竜頭が狂えば皆狂う」とおやさまもおっしゃってます。本部が狂ったから「教内が狂ってる」その一言に尽きます。 詰所でも今回の件は持ちきり「統領の性やで 神さんおこってるのや~」と年老いた会長さんがおっしゃってましたがその通りだと思いました。
表統領と内統領で弁償すべきです。これに託けて「お供え!お尽くし!」と言い出したら皆さんで笑ってあげましょう
現在の表統領の考えそうな事だから先に書いておきました。
「これくらいでは、本部はこたえません」「いつしか反省もなく普通に戻る」
もう「怒り」も出てきませんね。
何だか知らないが「笑い」がこみあげてくる感じがします。
これって「達観」ですかね。
ちなみに私は、既に1円も出してません。
所属教会に、母から繋がる用木は私を入れて現在でも34名いますが、金を取られるのを嫌がり誰ひとり教会へは行ってません。
他の信者さんを入れれば、現在でも用木は、200名程いるはずです。
しかし、所属教会の会長は、神さんの話なんか碌にせずお供えの事ばかり。
信者は、潮が引くように静かに静かに去ってしまいました。
現在は、義理に縛られ逃げるに逃げられない信者が5名程月並祭に参加しているだけらしい。
以前、月並祭の直会で年配の女の信者さんがいつもでかい声で怒っていました。
「金ならわしだって運べる。神さんの話しろ。神さんの話をー」
やはり兵糧攻めが一番だと思います。金を断つ事を勧めます。
ふと思ったのですが、私達って騙されてませんか。 正善に
おやさま存命中「いちれつすますかんろだい」と唱えながら「甘露台建設」を目指していた。
ところが途中で邪魔が入り,石が取られた。
親神は怒り「いちれつすましてから かんろだい」だ と言っている。
「強欲混じりの澄ましてもいない地場に木の甘露台」
倒れたのは、「かんろだい」では無い。
あれはただの「木」だ。
「ひな型かんろだい」は欺瞞だ。
「おふでさき」に「ひながた」と言う言葉は無い。
六角形の木を拝んでいると、陽気ぐらしの世界が来ると惑わされた。
われわれの視点を「おふでさき」から「六角形の木」に向けさせられた。
我々の視点は、親神から そして「おふでさき」から完全に外された。
私達は、正善のトリックにしてやられたのだと思いますよ。
「木」が倒れたのに「このふしを 我がこと と捉えて」 笑ってしまいます。
もうだまされないぞ。
退職信者様
真実を見抜いていただき、
私も洗脳から覚めました。
ありがとうございます。
ある方から聞いた話ですが、
27日直属教会長が
緊急に集められたそうです。
一大事につき、
召集がかかり、
みんなどんな話だと
思っていたそうであります。
しかし、
あったのは、
内統領の話8分のみ。
揃ってのお願いづとめも無し。
本部にとって
かんろだいが倒されたのは、
それぐらいのことに過ぎないんですね。
今朝 「はて 親神」と思い おふでさき索引で「親神」を探した。
「お」の項目を見て驚きました。
なんとその数は、たったの二つ 「おさめる 1-58」「おさめるもよふだて1-58」
あの厚い「おふでさき」に「お」で始まる言葉は、「おさめる」の一つしかないのです。
「親」なんて言葉はどこにも書かれていないのです。
正善は、信者が「本当の事を追及する」のを恐れていたのでしょう。
「神がおふでさきを通して我々に何を伝えたかったのか」
「みきが我々に伝えたかった本当の事は何か」
信者が、「神を見つめる事は都合が悪い」
「みきの求めてたもの求める事は都合が悪い」
「みきが理解したものを理解してしまうは都合が悪い」
正善は、信者の目をそらすにはどんな方法が効果的かと考えたのだろう。
「そうだ かんろだいだ 模型のかんろだいを立てよう」
だから正善は、じばに「六角形の木」を建てたのだ。
「六角形の木」を「ひながたかんろだい」と宣ってうやうやしく頭を垂れる。
その姿を見た信者は、完全に思考が停止してしまった。
「ここ地場かんろだいにお鎮まり下さる親神天理王命に謹んで申し上げます。」
この文句を耳にしても誰も疑念を持たない。
天理教信者は、完全に集団催眠状態だね。
おふでさき17号-9「にんげんをはじめかけたるしょうこに かんろたいをすゑてをくぞや」
おふでさきに「かんろだい」に神が鎮まっているとは書かれていないし 神は「かんろだいを取られた」と心底腹をたてていると書かれている。
「じば」の上にこんなきたない木の柱を立てたら倒されるは自然の成り行きだ。
でも、また立てるんだろうな。次はいくら欲しいと言い出すの金。やれやれ
甘露台倒壊
「本部員会議で、このふしについてねり合われました。」というのは嘘だろう。
天理教の会議で、耳の痛いような事を提言するような意見は聞いた事がない。
ただ真柱と両統領への忖度(そんたく)のオンパレードに違いない。
(というより、誰もものを言う人はないだろう。)
本音で練りあいをしようとするなら、本部内では難しい。
「両統領は大変だ。気の毒だ。」という忖度した声も聞こえる。
確かに一部の本部員は今後の対応について協議はしているでしょうが、教祖の思いを実現するという、本来の練りあいではなく、今後についての協議でしかない。
17年前の甘露台倒壊時に、修理人の本部準員に「この節に関して、本部では練りあいをしておられるのですか?」と聞いたら「していません。」と答えが返ってきた。
本来なら、準員であろうが、本部青年であろうが、談じあい、練りあいするのが普通の感覚であるが、本部では一部の本部員だけの協議で全ての方針が決まる。勝手に談じ合えない空気がある。
両統領にものが言える本部員、直属会長はいない。それが「親に素直」という天理教の教えだからだ。
内統領の「慣れや惰性があったのでは」という発言は驚きです。自分の置かれている立場が分かっていない。
愚かすぎる。
これって一般新聞には載っていませんね。奈良県の地方紙はどうなんでしょう。
ちょっとした寺院や観光地の建造物に「油」らしきものが振り掛けられても、新聞始めテレビは大々的に報じているのですが、天理教の建造物では、これほどの事件でもインパクト0なのでしょうか。
それとも、報道をストップする何かの力が働いているのでしょうか。180年ぐらいの歴史では社会的な価値を生み出していないということでしょうか。
何度も書きますが、天理時報は事件の経過を詳しく報道する義務があります。教団にとっては重要な事件であるはずで、これをうやむやにするようでは新聞としての価値は、それこそ0ですね。臭いものに蓋をするな。
不思議なことが起こっている。
財団法人天理教維持財団が2017年7月14日に復活している。
どういう事? 財団法人天理教維持財団って何?
https://全国法人データベース.com/companies/3150005003245
古い教会長様
これはどういうことでしょうか?
維持財団を作ることにどんなメリットが?
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=946
お金を溜め込む為の財団なのでしょうか。
「どうやら天理教の組織内に長らく存在していた財務管理系の組織であり、最近になり解体されたということであった。その組織が解体された理由は、お供え金の運用を失敗し莫大な損失を出した疑い(噂)があるということである。」
それが復活したようです。
古い教会長様
返信ありがとうございます。
大亮くんの
祝儀の関係でしょうか?
【天理教「お供え」について】から転載させて頂きます
http://6706.teacup.com/5051/bbs/2224
「知り合いにT店の人がいます。その人によると、「東京天理教館」とは、昔の「天理教維持財団」がT店と合弁で作った会社だそうです。なので、実質的には維持財団の現在の姿なのかと思われます。」
おふでさきに「親という言葉はない」と書かれてますが、「をや」という文字で、65件も出てきます。もう少し勉強して下さい。
会社名 株式会社 東京天理教館
本社所在地 東京都千代田区神田錦町1丁目9番地
設立 1960年6月
資本金 410,500,000円
代表取締役 小谷 幹雄
社員数 55名(2017年4月時点)
本社 東京天理ビル
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町1丁目9番
TEL 03-3292-0502
横浜支店 横浜天理ビル
〒220-0004 神奈川県横浜市西区北幸1丁目4番1号
TEL 045-319-3811
本郷支店 本郷天理ビル
〒113-0033 東京都文京区本郷3丁目16番4号
TEL 03-3812-2775
福岡支店 福岡ようきビル
〒810-0041 福岡県福岡市中央区大名2丁目10番29号
TEL 092-771-0503
駒込支店 東京スイミングセンター
〒170-0003 東京都豊島区駒込5丁目4番21号
TEL 03-3915-1012
(所有物件)
東京染井温泉SAKURA 東京都豊島区駒込5-4-24
本郷天理ビル第2駐車場 東京都文京区本郷3丁目102-8
天理三島荘 奈良県天理市三島町159-1
天理わらく荘 奈良県天理市指柳町318-1
天理駅前駐車場 奈良県天理市川原城町675
天理300番地駐車場 奈良県天理市川原城町300
熊本春日土地 熊本市春日2-746
http://tokyotenrikyokan.co.jp/
本部稼いでるやん 困ってる教会に低利息でかしたれよ!
甘露台は本部天理教維財団で自腹決定やな
綺麗ごと言っても中山家は 金の亡者 と市内でも有名中山家ではもうアカンわ
中山家維持財団に登記しなおした方がいいんちゃうか?どうせ時期に逃げ出すしな
一信者様へ(2017年7月31日6:04PM)
失礼いたしました。ご丁寧に教えていただき有難く思います。
「おやかみ」と言う言葉に気を取られておりました。
拙速な書き込みをどうぞお許しください。
そちらからの返信にお願いをする事は、大変失礼とは思いますが、
おふでさきに「をやかみ」と言う表現がありましたらご教示の程宜しくお願い申し上げます。
反省の意を強く持ち(天理時報より)
7月26日の夕刻のふしについて
山澤廣昭 内統領
かんろだいに大ぶしをお見せ頂きました。
ぢばにお鎮まり下さる親神様・ご存命の教祖に、ただただ申し訳ない思いでいっぱいです。
月次祭の当日、こどもおぢばかえりの始まりの日であり、帰参者の方に心配や動揺をお掛けしていることについて、 ぢば近くに勤める者として深く反省し、お詫び申し上げます。
親神様、教祖、ぢばは、その理一つであります。ぢばに据えられたかんろだいは、私たちの信仰の芯であります。 そこにふしを見せていただいた事は、私たちの信仰態度が、祖神様の思召しに沿いきったものなのかどうかを、強くお知らせ下されたものと思案します。
お互い、ぢば一条、神一条の精神を再確認する事が必要だと思います。神一条とは自分の考え方に合わせて、親神様の教えを解釈する姿勢ではなく、教えに自分の考え方を合わせていくことです。 そのことを改めて胸に治めていただきましょう。
現在、かんろだいは下の二段のみが真座に坐します。明治14年二段まで造られたかんろだいの石普請が頓挫し、翌年、没収されました。先人たちは、必死にこの道をお通り下さり、今日の姿を残してくださいました。
そのことを思うとき、現在当たり前のようにかんろだいに拝し、おつとめを勤めさせて頂いています自分に、慣れや惰性があるのではないのかと、反省の意を強く持ちました。
まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。
教内のようぼく・信者の皆様にも、このふしを”我がこと”と据えていただき、実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようにお願いいたします。
>教内のようぼく・信者の皆様にも、このふしを”我がこと”と据えていただき、実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようにお願いいたします。
では、お言葉通り、各教会で教祖様が教えてくれた「かんろだいを囲んでするおつとめ」をさせて貰うようにしましょう。
それが今回の「活きぶし」と解釈させていただきます。
一信者様のご指摘から改めて「をやがみ」について調べてみました。
そしてつぎの歌が目に止まりました。
4号80「せかいぢう神のたあにハみなわがこ 一れつハみなをやとおもえよ」
「かみ」を「をや」と思えよ。だから「をやかみ」の表現が無いのかもしれません。
「くにとこたち」と「おもたり」が「をや」であることを心より信じることが大切であり、その守護を日々に「目でみ 耳にきき 鼻でかぎ 口であじわい 肌でかんじ」つつ感謝と喜びで過ごすことが陽気ぐらしの根本であると思うのですが。
欲の心で立てた「木の台」に向って「親神・天理王命」と崇め奉り、「陽気ぐらしの到来」を願い、「お供え」した結果が今の天理教本部の姿です。
「陽気ぐらし」に神や信仰 宗教といった概念は無用だ思うのです。
「父くにとこたち」「母おもたり」に感謝しつつ「みき」と手をつないで生きる事が本質ではないでしょうか。
そして「このよふのぢいと天とハぢつのをや」ともあります。
天地の間で「火 水 風」に守られながら生きて居る事を喜ぶ。それだけだ良いのかなと思います。
神もみきも拝みの対象ではない思うのです。
「共に在る」と考える事が大切であると思います。
陽気ぐらしは「願う」のではなく、喜びの心を持って「実践」ことだとおもいます。
その様に感じた今、やはり「じばにお鎮まり下さる親神天理王命」は無意味だと思います。
そして、あの壮大な神殿や建築群が消えても何の寂しさも感じないと思います。
「じばにお鎮まり下さる親神天理王命」と唱えつつ多額の金を欲しがる本部は、どのような末路を向えるのでしょうか。
一信者様へ 考察の機会を与えていただき感謝申し上げます。
甘露台が二段だけでも、どーってことないね。
お勤めも出来るし。普通に毎日、楽しく暮らしている。
我々の暮らしには、さほど影響はない。
しばらく、このままでいいと思う。
本部員の皆様は、よく思案して談じ合い、練りあって今後どうすれば教祖の思いに添えるのか熟慮するべきですね。
もう、〇千万する木製の甘露台は不要です。
いくら建てても、すぐに倒されるでしょう。
現在の木製十三段の甘露台は昭和9年に二代真柱が据えた。
雛形甘露台とは明治6年教祖が飯降伊蔵に命じ、かんろだいの雛型をつくらせたもの。(これは高さ六尺直径三寸の棒の上下に直径約一尺二寸厚さ三寸の板をつけたもの)それを雛形甘露台と呼んだ。
だから今の木製十三段の甘露台は雛形甘露台ではない。
二代真柱が、勝手に雛形甘露台と呼んだだけ。
教祖の教えにはない。
http://blog.livedoor.jp/mkosetu-jr/archives/1031789026.html
先日、信じられないような本当に不思議な体験をしたんです。
その日以来、キリスト教を勉強しました。
聖書も含め歴史、組織団体、また原始キリスト教と呼ばれる史料などです。
イエス・キリストが説かれたことは素直に本質だと思いました。
また平行して仏陀にも興味が湧き、仏教も勉強しました。
同様に歴史や組織団体も含めてです。
仏陀も説かれていることは本質だと感じました。
そこで気付いたのですが、天理教も含め、
宗教というものは後の人間が勝手に作り出しているものということが深い意味でわかったんです。
キリストは「これからキリスト教を始めます!」なんて言ってません。
仏陀も同じです。
教祖も同じなのです。
むしろ教祖は教会認可については最後まで「ならん」と仰っていたのです。
宗教というものは後発的に人間レベルで作った単なる概念に過ぎないのかもしれません。
本来、神と向き合うことで十分なのに、偶像崇拝のような形にしてみたり、教会を作ってみたり…。
要は多くの宗教教団の中枢の人達は「神」を売って生業とする人達なんですね。
それぞれ開祖は究極の知恵の塊というか真理といいますか、
敢えて言葉を選ぶなら「情報」「知識」を教えてくださったんではないかと考えるようになりました。
そういった観点から、おふでさき、みかぐらうたを読むと、
まさにこれが最後の教えであることに深い意味で改めて気付いたんです。
しかも具体的な方法まで教えて下さっています。
あとは実行あるのみです。
http://hikino-effect.at.webry.info/theme/72a6c0e7c5.html
(ひきのエフェクトのブログ)より
天理教本部7月26日夕勤め前、一青年によって甘露台が倒壊した。
・・・世界の終わりかぁ・・・まぁ何かが急に起きるわけではない。
物理的・物性的には何の問題も起きない。
今の甘露台は、木で作られた模型、天理教では『雛形甘露台』と呼ばれる。
地場という場所も、天理教三大因縁の一つの場所・・・
屋敷の因縁の場所 数学の座標のようなものだ。
天理教のいう『親神様が鎮まっておられる所』ではない。
人がそこに入って、模型が壊されただけだ。
禁足地に足を踏み入れたので、病気になる・・・とか
大災害が起きる・・・とか
このこと自体でビビるような話ではない。
この事件の天理教内の動揺は想像がつく。・・・既に『大ぶし』と言っている。
天理教自体が本部による迷信(教えの曲解)で、自壊(じかい)の危機をむかえるのではなかろうか。
偶像崇拝の基である、親神様が鎮まっておられる地場の『雛形甘露台』が人間により倒されたのだ。
『雛形甘露台』が倒される事件は過去にもあった。
しかし、今回は天理教を取り巻く環境が大きく異なっている。
・・・金がない。
また、SNSの時代になり、情報が筒抜けとなっている。
天理教の外に身を置いている私にも、かなりの正確さと不正確?さで時間を置かずに伝わってくる。
(今、天理時報が届いた。既に時報より詳しく知ってしまっている)
疑心暗鬼が教内を歩き回り、気が狂う人間が出るだろう。
・・・既に幹部は言うことがおかしいから、狂っている。
天理教が自ら作り上げた、教内の『高山』と『谷底』
『高山』は取り払われる。
先に書いたように物理的・物性的には何の問題も起きない。
ただ、屋敷は世界の鏡・・・世界の動きと連動している。
さらに、様々なことが起きるでしょう。
みなさん、わかる人は巻き込まれないように気をつけてください。
それにしても、中島みゆきさん は凄い。
予言的なタイミングである。
この前のエッセイ 天理時報7月16日『すっぴん』
後半は こんな風に見ることもできる。
友・・・事情教会
教育屋は・・・○統領
大先生は・・・中山正善 ○真柱
石・・・甘露台
月・・・神
「私」により残り物(の福)は持ち去られてしまった。
~~ぁぁあ、言わんこちゃない。
物凄い底意地である。
一信者 様へ
2017年7月31日 6:04 PM
教団にとって都合の悪いことは、全て隠してしまう宗教に信仰する価値はどこにあるのでしょう。
一つ一つの言葉尻ではありません。大切なことは教祖は何を仰りたかったのか、真のひながたとは何かなのです。
何度も書きますが、天理大学を卒業した知人は、大学在学時から現行教義に疑問を抱き、史料集成部への入室を希望していました。その知人は81歳になる今も入室を希望しているにも拘わらず実現していないだけでなく、本部から危険人物視されています。
この知人は教会長の子弟として育ち、今も真の教えを求めています。ただ、私はこの知人から教団の実態の一部を見て、また聞いて5年前に天理教と手を切りました。
その折に会長から云われた脅迫的な言葉は今も忘れられませんが、80歳になった現在も、今は亡き日野原重明医師の言葉を座右の銘として元気に暮らしています。会長から言い渡された言葉通りならば、私は既にあの世に行っているはずです。
あらゆる言葉に「お」を付して人の心に強迫観念を植え付けてしまう天理教は宗教ではありません。
この度の、甘露台倒壊事件を聞いて、さもありなんと思っています。
私論ですが、熱心な信仰者は、甘露台が倒されたからといって悲観的になる必要はありません。「喜べば喜びの理がまわる」ですから。須藤花井さんの「そうじ」の教理は、幼児に対するなまはげ的立ち位置のように、自身の信仰人生に対する適度な緊張感を与えてくれるものとして利用すれば良いかと思います。恐怖を煽るのが神の目的であるはずがありません。
あと、れんだいこ様のサイトで見かけたのですが、
「教祖没後、今後のお道の継承と運動の進め方を廻って、伊蔵を代表とする教理派と、真柱・真之亮を代表とする応法派の対立が露わになった。教理派の教祖の教えを頑なに引き継ごうとする原理主義は本席派として残され、応法派は、拝み祈祷派と教会本部設立派と親戚連合派との合体によって成立していた。
本席は、真之亮に対し、厳しく宣言した。神意はこうである。「以降、事務的な官吏処理など奥向きのことは真柱の仕事であっても、教えの代表者は私だ。私によって、神の声を聞け」との断固たる宣言を為した。大学にたとえるならば、真柱は、理事長。伊蔵は、学長という立場である。だが、親戚連合の中には、「大工上がりのあんな人をなぜ中心にせねばならぬのか。中山家の者こそがつまり真之亮が全部たばねるべきではないか」という声もあった。」
「10年、20年、30年と年を経るとともに、上への忠義孝行を説く天皇神道、因果応報を説く日本仏教、分をわきまえさせる神学道話など、あちこちの教えが入り混じって、教祖伝もそれに合ったように作られ、語られていくようになる。」
とありますが、教祖の教えが忠実に論じられている書物や、それを実行している講(教内外含む)があれば教えて頂けませんでしょうか?
全世界の天理教総信者数が一万人を切ろうと「屁でもない」んじゃないの?
おふでさき
みかぐらうた
教祖の口から伝えられたおさしづ
「教祖」の言葉、書き記した教えをしっかりおさめる。
教祖以外が話した言葉や、編纂した書物と分けるべき。
社会学さんで以前文章力が壊滅的という記事がありましたが 今回の甘露台倒壊のその表明は 内統領は何がいいたいかわからない。もっと反省したほうが良いのでは?表も阿保だけど内統領も阿保 本部執行機関が壊滅的 この阿保2人選んだのは誰ですか?その任命責任もあります。それにここで言われてる ”法人乗取り行為” 私もとうとう耳にしました。有力情報筋で知人が会議出席者の方から聞いたそうです。完璧に両統領関与だと言う事はわかる情報でした。 真っ黒です。 なんだかここ最近の両統領の発言からなんらかの不安を感じます。なにか追い詰められているような不安 それが乗っ取り事件の詳細な情報を耳にして確信にいたりました。完璧に過ちを犯したと。
そして「甘露台の倒壊」これは神からの思し召し、全教への合図なのだと確信しました。両統領が教団を使い私服を肥やし競技改竄をしてだまそうと思ったら教内からは【異端発言】と指摘されその結果様々な事がばれたのでしょう。私の勘ではございますが教団史上最大の事件に成るでしょう。今後とも楽しみです。
>財団法人天理教維持財団が2017年7月14日に復活している。どういう事?
>「知り合いにT店の人がいます。その人によると、「東京天理教館」とは、昔の「天理教維持財団」が T店と合弁で作った会社だそうです。なので、実質的には、維持財団の現在の姿なのかと思われます。」
予想としましては、本部は、今後の信者の減少、それに伴う教団収入の減少を見据えて、自分達の為に、新たな資産形成の準備に入ったのではないでしょうか。
天理時報4534号
「反省の意を強く持ち 7月26日夕刻のふしについて 山澤廣昭 内統領」
文中より抜粋
現在当たり前のようにかんろだいを拝し、おつとめをつとめさせていただいている自分に、慣れや惰性があるのではないかと、反省の意を強く持ちました。
まずは教会本部内々の者から心を治め直し、真摯に親神様の思召をたずね、御心に沿ってつとめさせていただきます。
教内のようぼく・信者の皆さま方も、このふしを”我がこと”と捉えていただき、実の親である親神様にご安心いただけるように、それぞれの心を育てる機会とし、今回のことを活きぶしとさせていただけるように、共々おつとめくださるようお願いいたします。
_______________________
内統領山澤廣昭殿
貴殿が「慣れや惰性」で参拝、おつとめをしているから甘露台が倒壊したのですね。自身で仰るとおり、しっかりと反省をしてください。
貴殿が先輩統領でありながらも注意を怠り、「慣れや惰性」で表統領中田善亮氏に教祖様の御教えに反する「おつくしは金」「献金しろ」などと公に発言させてしまったがゆえに甘露台が倒壊したのですね。自身で仰るとおり、しっかりと反省をしてください。
(ハニトラ美人局金銭ゆすられ事件は表統領就任前のことのようです)
貴殿が昔からの慣習どおり、「慣れや惰性」で教会の法人乗っ取りを画策指示して手下たちに実行させて多くの人を路頭に迷わせ苦しめてきたがゆえに甘露台が倒壊したのですね。自身で仰るとおり、しっかりと反省をしてください。
そして「慣れや惰性」で本部在籍者全員の責任と転嫁、教内ようぼく信者には責任を負うように強要する、類まれなる責任逃れの大醜態。
教祖様は「人をたすけなされや。癖性分をとりなされや」と仰います。自身で仰るとおり、しっかりと反省をしてください。
そしてこのたび、甘露台が石製二台、板張りの雛型二台と同じ姿にご守護いただきました。二代真柱が神意を無視して勝手に建てた木製甘露台を、月日・教祖様が取り払われたのです。
昔からの慣習どおり、「慣れや惰性」で貴殿らに都合よく改竄した教理を踏襲するのはもうやめて、教祖様が教えて下されたとおりに是正していくのが私たち教信者の「活きぶし」となるのです。
自身で仰るとおり、しっかりと反省をしてください。
>昔からの慣習どおり、「慣れや惰性」で貴殿らに都合よく改竄した教理を踏襲するのはもうやめて、教祖様が>教えて下されたとおりに是正していくのが私たち教信者の「活きぶし」となるのです。
まったくそのとおりだと思います。
八島氏の顕正教祖伝によると、
明治21年東京本部でおつとめに「あしきをはろうて たすけたまえ てんりおうのみこと」をとりこんで
出版、大正5年おやさま50年祭からかぐらづとめにも「あしきをはらうて たすけたまえ てんりおうのみこと」をとりこんでしまった。つまり現在のおつとめとかぐらづとめは教祖様が教えたものではない。
とのことです。
つまり改ざんされたのは教理だけではなくかぐらづとめまでが改ざんされているということになります。
改ざんされた教理やかぐらつとめについての「慣れや惰性」を反省するのであれば微かな希望を持てるのですが、文面を読んでみるとそうではないらしい。抜本改革なんぞ出来そうにない現体制には期待してないので落ちるところまで落ちるのが「天の理」だと思っています。
↑訂正します。 50年祭を30年祭に訂正。
甘露台倒壊という節に、大教会は「お詫び」と称してお供えを集めようとするかも知れません。
本当に神意を思い、天理教の将来を思うなら出さない方がいいでしょう。
今までの経験からすると、本気で天理教がお金を集めたら、甘露台が2~3個以上立つくらい、訳なく集めるでしょう。
今までも、大節の時ほどお金が集まったのです。そんな経験をしてしまうと両統領は、味をしめてしまうでしょう。
それは、とても危険です。
どうか、教会長の皆さん、お詫びのお供えはしないように。また、普段のお供えも減らすようにして下さい。
それが、天理教を助ける道です。
甘露台事始めの儀が8/8に行われるそうです。天皇陛下が関わる儀式ですかね。
天皇陛下を現在の汚れた教団に呼ぶのは不敬です。各右翼団体に連絡入れます。皆さんも入れてください。
まずは現在の統領 両名の解任が先決です。本部はどこまで浮世離れの世間知らずなのでしょうか?
ご教祖様は115才定命と言われた、その後継者である甘露台さまが人間一人さだめてある、という明治39年のお指図を破棄した当時の本部の方々には申し訳ないが今、甘露台さまを求める事象であると考えます、
山澤為造様は泣いている
匿名さんはほんみちですか?
書き込みを拝見して、とても気になったので返信させていただきました。
中田善亮先生に、美人局やお金をゆすられるなどの事情があったのですか?
他の方々も‘’悪行‘’などど書き込まれていますが、私は全く知らなかったことでとても気になります。
もし、お手間をとらせて申し訳ありませんが教えていただければ幸いです。
たきなおきさん
気に成るなら社会学さんの過去の記事や記事以外のコメントにかかれてます。ログに書いてあります。気に成ったら自分で読まれて考えた方が宜しいです。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?page_id=405#comment-98248
乗っ取り2017年8月3日 8:48 AM
退職信者さま 2017年8月3日 8:09 AM
教会の土地を売却目的で法人を乗取るとか本部は最低やわ 社会学さんで、本部の資金難がうたわれていたがそのままじゃないですか。予言的中もう天理教社会学教団を設立した方がよろしい勢いですね。
>たきなおき様 2017年8月3日 2:33 PM
>書き込みを拝見して、とても気になったので返信させていただきました。
>中田善亮先生に、美人局やお金をゆすられるなどの事情があったのですか?
>他の方々も‘’悪行‘’などど書き込まれていますが、私は全く知らなかったことでとても気になります。
>もし、お手間をとらせて申し訳ありませんが教えていただければ幸いです。
‘’悪行‘’ あります。
「おつくしは金 公式暴言事件」
「ハニートラップ美人局金銭ゆすられ事件」
これは どちらかというと内統領の比重の方が大きいようですが、
「大教会法人乗っ取り事件」
などなどです。
中田善亮さん?最低やわ(~o~)
教養係の先生に報告φ(..)メモメモ
>八島氏の顕正教祖伝によると、
>明治21年東京本部でおつとめに「あしきをはろうて たすけたまえ てんりおうのみこと」をとりこんで出版、大正5年おやさま50年祭からかぐらづとめにも「あしきをはらうて たすけたまえ てんりおうのみこと」をとりこんでしまった。つまり現在のおつとめとかぐらづとめは教祖様が教えたものではない。
>とのことです。
>
>つまり改ざんされたのは教理だけではなくかぐらづとめまでが改ざんされているということになります。
確かに「たすけたまえ」では利己的な拝み祈祷そのものですよね。
天理教のホームページ内「おやのことば 5月20日」に、
「拝み祈祷するやなし、たゞ一寸話聞いて、成程という心なら、身の処速やかなものや」
願いごとを叶えるために「拝み祈祷」をするのではなく、教えをもとに、自分と世界を見つめ直し、親神様の思召に即した心づかいと生き方を真摯に求めるとき、鮮やかなご守護の世界に初めてふれることができるのです。
と書いてありますが、すごい矛盾ですね。
八島英雄先生の知識をはじめ、ネットにある情報で自分なりの教祖の忠実な教えを勉強したいと思います。
今こそ本部が革新時代に築かれた復元しきれていない応法教義、改竄教義や教会制度等を、ぶっ壊す勢いで立て直し、教内からの信頼を回復するチャンスなのでは…
中田善亮表統領の次男は、海外留学で女子と遊び呆けている写真を何枚もネットにUPしていた。
天理青年からほど遠い所業に見えた。末端教会の子弟では考えられない生活ぶりだ。
中田善亮個人の金で留学しているなら問題ないが、「いちれつ会」とかからお金が出ているなら問題だね。
中田善亮個人の金といっても、教会巡教の破格のお礼だったり、五季のお礼と思うが。汗水たらして稼いだお金ではない事には間違いない。
古い教会長2017年8月3日 5:34 PM
大亮もいかがと思いきや次男も最低ですわURL下さい。どんどん晒し上げてやりましょう。天罰です。
匿名 様。2017年8月3日 5:53 PM
アカウントが非公開になってしまいました。
以前、ツイッターに投稿した画像です。
https://twitter.com/huruikyoukaityo/status/869728099310608384
中田善亮表統領の次男の写真、見ました。外人女性とピッタリくっつき腰に手を回し、ふしだらな空気感満載。善亮の個人の金で遊びほうけるのは自由。しかし古い教会長様の言われるように、汗水たらして得た金ではない。破格のお礼、信者のもろもろの忖度金であることは間違いない。
善〇さんは若いころ、軽薄な悪で有名だったと聞きますが、親も親なら子も子ですね。この数枚の写真、頭の程度が知れてしまう。物事を深く探求し真理を追究するという、真摯な人格の人には表れない、しまりのない顔をさらしてますね。時期真柱の〇亮さんのお顔も同様。彼らが真柱やその取り巻きになるなどと想像するだけで、近い将来の天理教の終焉を感じざるをえません。
教祖様の反対をおしてなお創設した「教会制度」と嘘八百の「理の親教理」。今ある改ざん教理を抜本的に解体する以外にこの教団が生き延びる方法はありません。「大嘘」という土台に物事が成り立つ理はありません。勇気ある決断をお願いしたい。
3代目信者さま 2017年8月3日 7:23 PM
>「勇気ある決断をお願いしたい。」
誰にその決断をお願いすればよいのですか?
誰であればその決断を実行して下さるのですか?
誰ならば現状を是正して下さるのですか?
17号 65 さあけふハ日もふぢうふんにつんできた なんでもかやしせずにいられん
66 このかやしなにの事やとをもている 神のさんねんばかりなるぞや
67 このざねん一寸の事とハをもうなよ つもりかさなりゆへの事やで
なるようにしかならないな。
事態の推移を遠くから静かに見つめるだけだ。
大和青垣の山の上からでも眺めてみるか。
ネットで見つけた書き込み。
親神の守護、教祖の慈しみは平等なはずだ。いや、平等でなければならない。
だから、せめて、貧しくて塾へも行けず進学できない子供たちには、平等に、より多くの子供たちに、学費援助するのが、本教の役目だろうに。いくら才能があるとは言え、天理村住人(本教本部在籍者や勤務者)だけのための多額の学費援助は、あってはならない。
海外留学なんてありえない。確か数十年前から10年計画で毎年実施されてきた本部在籍者子弟に限った海外留学は、3〜40年経った今も公表されることなく秘密裏に続けられている。もし、その枠を作るのなら、天理時報やあらゆる機会に公表し、公募し、厳正に選別すべきであろう。
幼少からの学ぶことが必要なものならば、またそれも公募し、選ばれたものを幼少から指導すべきだ。
平等にすべきは、当たり前。
でも凄いですね。天下のアホ暴走ですね。善◎氏も若い頃そんなもんですよ。変るところはありません。み◎こ夫人も気の毒な思いをしてたのですね。まぁ、元はといえば武彦義理のお父さんの天下分け目の大暴走の続きでしょうけど。どんな事?
誰ならば様
二代真柱様も完全な復元が出来なかったと聞きます。歪められた教理を教祖様の御教えに完全に添ったものにしていただきたいです。
この期に及んでは本部中枢が完全復元の勇気を持って元に戻さなければ教団としての未来はないのではないでしょうか。
3代目信者2017年8月3日 10:47 PM
>>二代真柱様も完全な復元が出来なかったと聞きます。歪められた教理を教祖様の御教えに完全に添ったものにしていただきたいです。
その通りです。統領でなくもちろん真柱でもなく教祖の仰る通りにしないからこうなったと言えます。
それに改竄歪曲は初代真柱から始まり二代真柱が一番したのです。
>>この期に及んでは本部中枢が完全復元の勇気を持って元に戻さなければ教団としての未来はないのではないでしょうか。
本部の未来はないです。本部の人間は気が付かないといけないのが、教理を改竄できると思っていたら、インターネット時代で真実の追究をされ多くの改竄ばれてしまいました。本部よりネットユーザーの方が正しい事を行っているということは 本部<インターネットユーザー と言う状態になり本部よりネットが正しい状態になっています。しかし嘆くことはございません。本部は真柱体制からやはり間違った道を歩んでいたのです。それを嘆いてのことでしょう。教祖は御存命と言う状態がこのネット空間に現れている事が本来親神様おやさまの思し召しといえます。ネットユーザーからは本部が”異端”と烙印を押されてしまった以上早急な復元の真実の復元急がれているのです。しかし、表統領 中田善亮の息子の写真が出ていましたがそれおも戒められる方がよろしいかと思います。そもそも おふでさき みかぐらうた おさしず の内容は中山家を嘆いた おやさまの親心です。その言う事を聞けない阿保で馬鹿な子孫達 それが現在の中山家です。教義改竄も発覚したので、三島発言での中山分家が恐れた「中庭で殺されてしまう・・・」が現実化する日も近いかもしれませんし。
三千年後に天理教が残るには、おふでさき、みかぐらうたといった原本だけだと思うのです。組織も何もなく、純粋なおやさまの教えのみが、、、、、、
誰に頼むわけでなく、自分ができることは、大教会や上級をあてにせず、自分の食い扶持は自分で稼ぎ、信者さんにお供えを求めず、上級にもお供えをしない、ありの何万匹が巨象を倒す日がくると思っています。中山家だけではなく、各大教会、各教会も相当因縁が深いと思います。自分の先祖が多くの人を不幸にしたかと思うと責任が重いと思います。
3代目信者さま 2017年8月3日 10:47 PM
>誰ならば様
>二代真柱様も完全な復元が出来なかったと聞きます。
3代目信者さま、完全に騙されていますね。
二代真柱中山正善が行ったのは、復元の名を借りた教理改竄、教団の権威付けと集金システムの構築ですよ!
すべて自分たち本部に都合の良いように教団のシステムを作り上げていったのです。
そもそも本部自体がとんでもない詐欺集団なのです。
3代目信者さま 2017年8月3日 10:47 PM
話題の甘露台にしても、二代真柱が石製2台(2段)没収の後の板張り2台(2段)のところを、神意を無視して勝手に木製13台(段)のものを建ててしまったのですから。
まあ、二代ばかりではありません。おさしづには初代真柱の神意に沿わない言動に対して、神や教祖メチャメチャ怒っていらっしゃるものが複数あります。
3代目信者さま 2017年8月3日 10:47 PM
しかるに一早く、本部の改竄教理による洗脳をご自身で解かなければなりません。
そのためには先ず、社会との接点や接触時間を増やすこと。
次に、本部が葬り去った過去の書物を読んで、真の月日教祖の教理を学ぶことです。
(これは容易に手に入るものではありませんが、熱心な教理研究者ならば所有している可能性大)
お知らせ インフォーメーション 【天理教公式HP】
かんろだいすえかえ
2017年08月03日 (木)
7月26日夕刻に見せられたふしに伴い、かんろだいをすえかえさせていただくことになりました。
次第は下記の通り(8月2日)。
記
一、8月8日 午前9時 事始め之儀
一、8月24日 夕づとめ後 すえかえ之儀
引き続き お礼づとめ
天理教教会本部
______________________
板張り2段でいいのでは?
建て直しても、天理に反する甘露台なんて、またすぐに倒されるぞ!
性懲りもなく愚行を続けていると甘露台ではなく、いずれ教会本部が倒壊されるぞ!
真柱、表統領、内統領 神格化教団に成ってしまい神や教祖を蔑ろにしていることが一番の問題所詮人間は人間教義をあからさまに改竄し神に成ろうとした特に表統領 中田善亮が一番の悪 甘露台が倒れるのも当然 神や教祖を信仰していない異端本部に甘露台はいらない。回収するなら自腹でやれと抗議すべきだ。天理市内は政治結社の街宣車がうろつくようになった。教内で信仰を危惧する方が依頼しているのであろう。中田善亮は自分の金の工面で各所で悪い噂しかない。こんなやつを誰が表統領と教団の代表者の一人として認めるだろうか?私も政治結社に依頼しようか検討中しよう。
表統領先生が異端発言をしたから甘露台が倒れたのではと思うのは私だけでしょうか?異端状態で甘露台を立てても次は社もろともなくなるかも知れません。それか火水風ともに と出直しがあるとか考えられます。神に背く 真柱 統領 それを戒めていらっしゃる親神様教祖それぐらい分からないのでしょうか?本部も本当に異端になってしまったのです。残念です。私も信仰やめます。
誰ならば様
>二代真柱中山正善が行ったのは、復元の名を借りた教理改竄、教団の権威付けと集金システムの構築ですよ!
すべて自分たち本部に都合の良いように教団のシステムを作り上げていったのです。
そもそも本部自体がとんでもない詐欺集団なのです。<
長年にわたり洗脳されていましたが、日ごろから疑問に思うことが多く、こちらのサイトやお供えのサイトで本部や大教会、また信者を苦しめる教会組織の恐ろしくて醜い実態を知ることが出来、目から鱗が落ちるように驚いています。やっぱりなと言うのが率直な感想です。
二代は「復元に力を注いだが完全に仕上げられなかった」のではなく、意図して教理改竄、教団の権威付けと集金システムの構築をしたとは。二代の実践を好意的に受け取っていましたが私たち洗脳されていた信者は何事も好意的に受け取ってしまいます。
これからも勉強です。ありがとうございました。
3代目信者さま 2017年8月4日 7:07 AM
お気づきいただけて私も幸いです。
見ていてください。8月24日以降、早い時期に再び甘露台は倒されますよ!
今の本部に対して怨恨の念を持つ人間は、いまや たくさんいますからね。
ん、洗脳が解けたら真座に飛び込むのかな?
私がイきましょうか?それとも3代目信者さまイかれます?笑
ぢばというは、三年や十年やない。見澄ましてある。そこで言うた通りに成る。内々もさしづ通りより持たぬよう。中には勝手が悪い事もある。人間心取れば(選択すれば)孝心(こうしん)でしたる事と言わん。その日から困らにゃならん。尋ねたらさしづ通り、心一つ、一手さしづ通り。心得のため理を諭そう。
おさしづ 明治23.6.25 午前9時
八島英雄氏も大宇宙から本部を眺めて苦笑いをされているだろう。
話をお伺いしてると甘露台を破壊した彼は現在の天理教本部を憂いて神風特別攻撃隊のように飛び込んだのでしょう。その気持ちを汲み彼を護る皆様方がとても美しい。大東亜戦争の英霊に等しい名誉。当日他にも4人の侵入者が居たと聞いても部外者の私ですら天理教本部の異常性を感じます。天理教本部のポスト改変が無い限り続くのでしょう。
神風特別攻撃隊の実写映像
https://www.youtube.com/watch?v=vOJ274wBTZc
4人飛び込んだというのは、
どうやら偽の情報のようです。
また飛び込んだ方に暴行が加えられたというのも、
どうやら偽の情報みたいです。
匿名さま 2017年8月5日 10:34 AM
当日、結界内侵入しようとした人が4人いて、そのうちの1人が結果、真座まで侵入して甘露台を足蹴にして倒壊させたそうです(他の3人は侵入を阻止されたのか否かは不明)。
侵入者に暴行が加えられたのは前回、17年前の倒壊時です。私は実際に暴行を加えた人物を知っています。
露台倒壊は本部が倒壊する兆しを神が示したのでは?
4人/1日 と言う事は当日だけ多かった訳でも無い。最低でも1人/1日は結界進入していたのでは?何故その異常事態を本部は発表しなかったのかそれも異常本部事態が事件や教義改竄などで強欲尽くし異常な事をしている根元だという証拠異常な本部のままではまた倒される。本部自体を倒した方が良いのでは?真柱から、親神様おやさま或いは本席さまに大政奉還する時が来た本部倒幕した方が教団の為です。
甘露台倒壊は本部が倒壊する兆しを神が示したのでは?2017年8月5日 11:49 AM
結界内への侵入の状態そして甘露台の倒壊凄まじい惨憺たる現状は酷いです。コメントを見て思ったのですが『教義改竄』もそうですが『乗取り事件』真柱も関与してるのではないでしょうか?だから神様がお怒りに成り一人の青年を使い甘露台を倒させたと思います。本部自体が倒壊する兆しと言うならば真柱様関与もありえますよね?
天理教信仰による報恩の方法が社会貢献や人だすけではなく、教団奉仕に重きを置くのに非常に違和感を覚えるようになりました。昔は天理が隆盛になるのを喜んだり夢みたりしたものですが、本部教理が改竄と知り、教祖の教えがそもそも教団が巨大化するような性質のものではないということを知りました。これからは自由にワクワク喜んで通ります。
私の周りでも、「百匹目の猿現象」のように、この前まで「人のふりと自身の信仰は別やん」と言ってた方がどんどん本部批判をするようになりました。
これだけ本部批判が出ているのに、本部として皆が、納得が出来る反論とかは一切出てこない。
誰も反論が出来ない大きな神殿で、神の代理の話のような話は出来るのに、
フリーに話せる場所で、皆が納得する議論が出来る、本部員はいないのか。
自分自身の信仰信念を吐露出来る本部員はいないのか。
「神の代理の話のような話は出来るのに」しかできないんですよ。本部員は教義知らない。「お涙頂戴話」の様に感動話と勘違いしてます。それに教義改竄されてる事も知らないぐらい調べてないと言うことです。改竄された教義すらしらないのです。現在の天理教は教理でなく「教情」です。ただの感動話で自分も感動している自慰行為でしかない。薄っぺらな情だけで信仰してる人達の集団が本部です。詐欺師一家の中山さん家の中山教団と本音では馬鹿にされてるのに気が付かない愚かな一家です。実際在籍からも嫌われてます。偉そうな態度に在籍師弟も逃げ出す始末 悪いことは言わない沈み行く船からは逃げたほうが良い。本部は危険だ。
>私の周りでも、「百匹目の猿現象」のように、この前まで「人のふりと自身の信仰は別やん」と言ってた方がどんどん本部批判をするようになりました。
私の周りでも同じ現象が起きてます。教内が異端本部から解き放たれた親神様おやさまの御守護です。本部のウソに気が付いた方が皆さんイキイキしますよね。今では天理時報などウソだと分かってネタとして友人と本部批判に花を咲かせて陽気暮らししています。
「中山理教」或いは「中山梅鉢教団」に早く改名してください。本部が天理教と名乗るのは名前負けしていますし全教内に迷惑です。神に背いた中山家は天理教にいらない。
新任教会長や就任5年以内の会長夫婦を対象に講習会や研修会をやって、洗脳に余念がない。
我々のように古い教会長を研修する場所はない。もう洗脳が解け始めている奴らを集めるとと、ろくなことがない。各教会の情報交換からはじまり、本部の問題点、組織の問題点が語られる。係りの若い直属会長の言うことなんか聞かずに、飲んで本音トークに花が咲く。もう洗脳出来る状態ではない。
古い教会長は早く辞めてもらいたいのが本部の本音だろう。
古い教会長のおぢばでの講習会が無くなってもう20年位経つと思う。
本部のやっていることは、本当の問題解決にはならない。
そんな事より、本部自体か変わらなければ駄目だ。
いくら本部の言いなりになるよう人をマインドコントロールし続けても、それ以上のスピードでマインドコントロールが解けている。
もうバレています。
本部やごときじゃマインドコントロールなんて出来ません。マインドコントロールが解けること事態おかしい。マインドコントロールしようと思った本部だけがマインドコントロールにかかってる状態で 中山梅鉢教団のマインドコントロールが 改竄教義が論理破綻している時点で本部も破綻する運命 バレたからもう引き返せない。後は嘘吐きのチキンレースが開催されます。
一番ゲート 真柱
二番ゲート 内統領
三番ゲート 表統領
おっと!早くも表統領選手落馬! 続いて内統領も落馬! 後続で走っていた真柱選手も巻き込まれて落馬!
ヒヒーーーン(ToT)
おやさま「牛馬と見えるみちがあるぞや~~~」
お後が宜しいようで
こどもおぢばがえりの際、
境内掛の方に聞いたところ、
どこからそれまでに3人という話が出たのか。
あれはガセです。
と言ってましたよ。
私の情報不足であれば、
すいません。
話がそれますが中島みゆきが脱退したそうです。どうりで、最近天理時報に天理教を見限ったと思える記事が出てましたよね。最近の教団の姿、在り方に心底失望されたのでしょう。
あれだけの才能、おかしなことは見抜くでしょう。
二十数年前、詰所で聞いた話。中島みゆきの所属教会長が彼女から毎月100万円のお供え金があることを嬉しそうに自慢していた。また彼女も純粋に毎月100万円の心定めをしていたらしい。その話題を詰め所で話して聞かした一般の教会長の話しぶりは、とても羨ましそうだった。
若かりし私は、教会長が使うのでもないお供え金、お供えが上がることがそんなに羨ましいことなのかと不思議に思ったものだ。、今になって思えば一般的に教会はお供えの一部を生活費諸々と称してピンハネしてたんだ、と言うことらしい。毎月100万円。有名な芸能人を抱えていたらさぞかし笑いが止まらなかったろう。そして芸能活動を縮小した現在においても、いつまでもお供えの無心をしたのかもしれない。(想像ですが)それはさておき、教団の不実、不誠実に目が覚めたのかも知れません。
天理教に不信感を募らせている知り合いが下記の記事を送ってくれました。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=1315#comment-98353
匿名さん気にしなくていいですよ。侵入者が多いければ隠したいのが本部気質です。境内掛が本当の事を言うとは限らないむしろ本当の事を話したら周りからリンチするような部署黙殺本部怖い怖い!汚らわしいので近づかない方がよろしいです。本部には当の昔に神様はおりません。
間違えました。中島みゆきの記事は以下です。
http://s.webry.info/sp/hikino-effect.at.webry.info/201601/article_18.html
TOKIOの 「宙船」 作詞曲:中島みゆき が頭に浮かぶ。
「何の試験の時間なんだ 何を裁く秤なんだ
何を狙って付き合うんだ 何が船を動かすんだ
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな」
私と同じで、組織が嫌になったのではなかろうか。
今、教団は金が無い。金で裁かれ金で秤(はか)られ、金を狙って付き合っている。
なぜなら、船(教団)を動かす金が絶対的に不足しているからだ。
そして、信者たちに、中島みゆき は
自分の船をおまえの手で漕いでゆけと言う。
自分の考えで漕いでゆけ(おまえのオールをまかせるな)と言う。
中島みゆき はそこまで考えて書いたのだろうか。
いま日本の状況も同じだ、天理教では天理教本部を鏡屋敷と言う。
日本を映す鏡だと言う意味だ。まさに見事に映っている。
・・・金で裁かれ金で秤(はか)られ、金を狙って付き合っている。
http://s.webry.info/sp/hikino-effect.at.webry.info/201601/article_18.html
教団は時期にSNSなどネットによって潰される。あの創価学会でもネットで攻撃食らって揺らいでる。品疎な天理教はもっと早いだろう。
初投稿です。
先月26日に甘露台が破壊されたのは周知の事実ですが、
実行者について、どのサイトを見ても書き込みが無いので
私が出入りしている某教会の会長が大祭に参加した信者
に対して公言した確実な情報としてこちらに投下致します。
甘露台を破壊したのは一般人では無く天理教飾東大教会
所在地: 〒670-0816 兵庫県姫路市威徳寺町43
電話: 079-281-1468
部内信者が実行したのだそうです。絶対確実な情報です。
私は訳あって教会に出入りしていますが、断じて天理教の
信者では無い事を明記致します。当情報拡散希望します。
繰り返しますが、当情報は嘘偽りの無い、確実なものです。
後継者講習会のねりあいではこのサイトでの話に持ち切りになりそうですね。本部的にブーメランも自然淘汰。
天理教はだめの教えと言われますが、これは教祖が仰ったのでしょうか?おふでさきには「このみちハどういふことに思ふかな このよおさめるしんじつのみち」とありますが、これを以てだめの教えと断定するのは些か疑問の余地があります。何故なら教祖以外にも成る程と思う真理が説かれた活字をネットという膨大な知の中に散見するからです。教祖がための教えと仰ったのであれば教祖ごめんなさい。
教理改竄の背景にはやはり悪意があったのですね。動機が純粋であれば、どんなことをしても決して被害を被ることはないのが天理ですから。
しかし今の天理教のお話でキラリと光る真理を耳にしません。
我々は神から肉体を借りている霊様であるということ。この借り物の体は、五感で分かる範囲でしか分らないということ、私たちの五感は、地球上で生活するのに困らない範囲でしか進化してないということ。しかしこの世には五感では分からないもの(X線や脳波等)が無数にあるということ。また、人間は神の分霊であり、人生は人間本来の澄み切った心(神の性質、神性)と生命維持防衛本能(獣性)との葛藤であるということ。貸しもの借り物の理に目覚め、人をたすける心(動機)のみこそが真の宗教であること、それを実行することで神から手段や才能のインスピレーションを授かり、それを他者のために役立てるということ、それが神の用木としての機能を果たすということ、先案じはインスピレーションを曇らせる敵であるということ、それが貸しもの借り物の理が真に心に治まるということだと悟ります。「ということ」という文章が多く読みづらくてすみません。しかしこれぐらいの話はして頂きたいものです。
飾東大教会も中々の立地 乗取り未遂事件が発覚していなければ次は飾東大教会が乗っ取りかけられてたでしょう。
教内も平和になったものです。本部は教内の法人乗っ取らないと駄目な位資金難だったのでしょうから刻一刻と本部の破産が迫ってきてます。乗っ取り未遂が発覚し、そして表統領 中田善亮 の「お尽くしは金」とあからさまな教義改竄をし異端本部と周知の事実と成りさがった。
おやさま「おちきったらあがるだけやで~」
というが異端本部はもう異端
おやさま「異端は許さん」
おやさま甘露台倒壊は異端終了のお知らせだったのですね。
飾東大教会以下関係者に、本部から精神的、金銭的虐待の被害が及ばないよう、目を光らせましょう。(金銭的負担を強いられるのは大教会ではなく、実質的負担はその下に位置する教会、そして信者ですよ。)
自分に身に覚えの無いことに対しても、天理教は全体責任をとらせて、「成人が足りない」と反省を促し、お金で責任を取らせますから。中山みき様の信仰者としては理解不能です。
飾東大教会長様、くれぐれも各教会の会長さん達をお金の工面で自殺などに追い込むことのないように。
本部から監督不行き届き、おとがめの「お詫びの金銭要求」があるのは必至と思われます。
<教紋も扇も改ざんされた>
梅鉢の紋は、中山家の紋で二代真柱が天理教の教紋と勝手に制定した。
教祖は、かぐらづとめ人衆の着衣に「月日の紋」12弁の菊の紋章を付けることを、早くから言われていた。
扇も、政府公認を受ける頃か、戦争加担をした頃か、日の丸に変更した。これも二代真柱が勝手にした事だろう。
教祖の教えではない。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/12masu/12masu.html
その通りだと思います。いかに応法の道とはいえ、いざひのきしん隊などともっともらしい名を付けて、炭鉱にもぐらせ、果ては弾薬を作るなど、老若男女こぞって、戦争荷担の道を歩ませた罪は、何回生まれ変わっても教祖から許しを乞えるものでは有りません。
二代さん。ちょっと女を作ってやんちゃやったなんて問題にとどまるものではありません。ようけその子孫は天理では名門なんていわれて、本部員になんぞなってますがね。
実は今この時間も二代さんが踏み込んだ応法の道の道中なんですよ。真柱も本部員も直属の会長も気がついていますよね。気がついていても中山、中田善◎のためには皆さん応法の忠誠の沈黙を守っているんですよね。
ほんま大した奴ではないですよ。善◎なんか。飲みに行っても絶対金払わないし、そんな奴のために何で人生かけてるんですか?
甘露台倒壊は教団倒壊のお知らせはすごいわかります。 内統領 山澤廣昭 も不味いと思いますが 表統領 中田善亮 は教義改竄と 神に背きましたから今後どうなるかどうなっても仕方ない。息子大亮氏の結婚で浮れてる場合じゃないです「怖い怖い」冷静に考えたら怖いとしか言いようが無い。
(ある書き込みより。)
昨年10月の取り替えを境にして、それまでは結界近くで参拝していたのを止めて、結界より少し離れて参拝するようにしていました。かんろだいに近付くと目眩(めまい)にも似た奇妙な感覚があったからです。
それが7月初め、仲間たちの会話で目眩(めまい)の原因が分かりました。
▷ 今のかんろだい、歪んどるな
▷ 西のほうに7~8度ぐらいやろ
▷ それやったら居心地が悪かったやろな
◆日を変えて
▷ 7月26日の月次祭で上半と下半で深◯本部員と森◯本部員が各1ヶ所間違うたそうやな。
▷ ということはそれが前兆?
▷ 26日17時…
▷ 何か起こるというのは多くの人には分かってたことやったそうや…
✿ฺ・・・・・・・・・・・
誰が何を言ったのかは申し上げられませんが、24日には是非とも歪みの無い真っ直ぐなかんろだいを据えられるように切に願います。
これもある書き込みですが、前回(2000年)のかんろだい事情のことに触れています。
こうしたものをネットから拾えば、これらの事情を教内の先生方がどのように捉え
さとりとしたか、そうしたものの一端にふれることができると思います。
普請への第一歩として甘露台御用材の献木
ところがお道は、一昨年六月二十六日、本部の月次祭の祭典の最中にある者が飛び込みまして甘露台が引き倒されるという大きな節を見せていただいた。全世界の救けの場所の目標である甘露台が倒れた。
甘露台の据え換えのときに今の真柱さんはこう仰言って下さった。
《私たちお道を通っている者はほんとうに地場に心がつながっているんだろうか。つながっていると思っているだけで、ほんとうに親神様の思いに添ったつながり方をしてないんだろう。なんとか皆が一つ地場に心をつないでいただくように》――というお言葉なんです。
たったこれだけというのも凄い。
この文章に続くのは「お供えの袋」が幾ら集まったかといういつも通りのお話(やれやれ
あるサイトにあるさりげない記述より
2000年6月26日 前回のかんろだい倒壊
2001年6月26日 3代真柱夫人、つとめ中に体調不良により中座
2001年8月15日 3代真柱夫人出直し →旧暦換算で2001年の6月26日
カバラやゲマドリアのような数秘術は本教にはありません。おやさまもそのようなことは
お説きにはなりませんでした。が、「十一に二がなくなりて」「三六二五のくれあいをまつ」とか
何か意味があるのだろうというサインはところどころにあるような気がします。
この2000年の6月以前、なにか教義の根幹にかかわる改竄改悪があったのだろうか
鏡池の埋め立てですよ。
某・ブログより。
http://blog.goo.ne.jp/kochou_2005/e/2329b9e28d339687e00521e6f8869770
教會本部境内には三島神社と鏡池というものがあった。三島神社の主祭神こそが天理教の主祭神であったといわれている。
つまり、布留御魂神であり、石上神宮の祭神となっている。この三島神社(当時は森神社といった)は、教祖中山みきが天啓を受けたところ。
鏡池は教祖が何度か自殺未遂をした場所だとも伝わっている。教祖100年祭の頃に、天理教教會本部は配下17000はある
教會長および信者のほとんどのが反対したにも関わらず、秘密裏に欺く形で鏡池を埋め立て、三島神社を強制移転させている。
このことにより、失望したものが多く、宗教を去るものが増えたのは事実である。さらに、天理教そのものも今日まで落ち目である。
現在信者数を150万人と公称しているが、それは、お席を運び、信者となったもの延べ人数であり、天理高校などに行くと
それをしなければいけないために、仕方なく運ぶものもおり、信者とはいえない。
Wikipediaでは現在は50万人程度ではないか、といわれているが、ある、中枢に近い方からは実数は30万人ほどであると
聞いている。その方は、このままでは近い将来に天理教は滅び教義のみが残る、と憂えられており、最後の仕事として天理教を
再興させることをしようとされているので、どうか全力を尽くしていただきたいと思っている。
ところで、天理教の総裁は真柱と呼ばれるものであるが、これは、中山みきの外孫が世襲している。実は、本来、後継者となるべきであった人は
中山みきの娘こかん(小嘉舞)であった。病死と聞くが、実は後継者争いの中で毒殺されたと言う話も聞いている。そして、その次に
後継者にふさわしかったとされる上田ナライトは本席の後継者にも考えられていたが疎まれ、中心から遠ざけられている。それ以降、
霊能力のまったくない真柱および幹部により霊能者精神病と扱われ。啓示で始まった宗教にも関わらず、もはやその実体すら
なくなっている有様である。
ひどい話だ。
先程、コメントだけさせていただきました。
宜しくお願いします。
自分が覚えているのは、2002、3年頃の10月に某大教会のおぢばがえり大会で、約3年ぶりかに教会本部に行った時でした。
本部に行って鏡池が無くなっているのにビックリしました。
正直、「えーっ!?、うそだろー!?」と思いました。
教祖伝にも記述が出てくるような、天理教にとっても教祖の足跡を辿る場所がキレイさっぱり無くなっているには只々ビックリしたのを覚えてます。
現行天理教は落ちるところまで落ちればいいんじゃないの。
三島神社の移転も、鏡池の埋め立ても最終的には政治力に頼って実現している。教祖が嫌っておられた政治力に頼った時点で宗教ではなくなった。
更には、三代さんは、その結果信者が減少してもよいとまで言い切っている。このことは移転反対派の三島町住民の方が持っておられるという、当時の橿原神宮宮司と三代真柱との話し合いが記録されたものに残っていると聞いている。
これが事実なら、その録音の内容をネット上に公開してほしいと思っていた頃もあったが、今ではどうでもよいことだ。
ただ、折に触れてこの話は多くの方に知っていただきたいとの思いから投稿しています。
今 手元に植田義弘氏が著した「おさしずに啓示された 理の研究」があります。
第一部 天の言葉
第二部 神の預言
第三部 神一条の道
第四部 鏡やしき・ぢばの理
第五部 天の理・心の理
第六部 身上・事情
(昭和50年4月10日 初版 )
第四部 鏡やしき・ぢば p7から引用
おさしずに見る通り過去において 鏡やしき・ぢばが「曇り」「濁る」恐れがあったことは否定できない事実です。
鏡やしき・ぢばに関するおさしずの殆ど全てが、こうした危惧と警告に満ちていると言っても過言ではありません。
膨大な量のおさしずが提示されていますがその中に鍵かっこで示されたおさしずがありました。
明治28・3・18
「澄んだ道から澄んだ鏡やしき。澄み切ったもの・曇りあっては世界映ろうまい。
少しでも曇りあっては、世界は丸曇り」
明治29・12・7
「世界が鏡、鏡やしき。世界の元が曇れば世界も曇る。」
明治30・2・1
「ぢばも鏡なら世上も鏡、世上の理も映れば ぢばの曇りも皆映る」
過去にも鏡やしき・ぢばは曇っていたが、現在の本部の状況は曇りどころか真っ暗闇だと思います。
おさしずを文字通りに解釈するなら、本部の連中が強欲の限りを尽くすからその理が世界に映り、
世界は、人口爆発、食糧危機 飢餓や天災、テロや紛争と混迷を深めて行くと言う事でしょうか。
鏡やしきでの「かんろだいの倒壊」「じばに響き渡る叫び声」を本部はどのように捉えるのでしょうか。
植田義弘氏には、ぜひ「飯降伊蔵 本席のおさしずに秘められた大預言」なる本を出版して本部を糾弾してほしいと思います。今に至っては、もう本部に遠慮することは無いでしょう。
出版社は、やはり「学研」ですかね。
じばに響き渡る叫び声。あのウォーと言う叫び。私には「恐怖におののく叫び」に聞こえる。助かりたい魂が助けを求めて毎日本部神殿にすがりに来るが、彼の上には一向に魂の助かりと魂の癒しが訪れない。
彼の上にも来ないが、神を求めてやまない一途で真剣で真正直な信者達の上にも一向に来ない。なぜか?なぜならもうそこには神が居ないからだ。
甘露台倒壊を本部は信者のせいにするな。二本、三本予備の甘露台を準備しているところに、本部の覚悟が見えるようだ。その程度の覚悟だ。また倒れる。
こうして真剣で真面目なな人達ほど失望し天理教から去っていく。
近い将来、足元を見てみたら聖地本部は汚れた魂の吹き溜まりとなっているのか。きれいな上澄み(真実に目覚めた信仰者)は少しづつ広い世界に流れ出て、泥水が溜まり水になって、悪臭を振りまくのだろう。信者が命がけでしてきたにおいがけ。本部が腐ったにおいを放っては世間に示しがつかない。
8月26日には新しい甘露台。これはただの舞台装置。ひながた甘露台ではないから。
二代真柱の嘘はあばかれます。また倒れます。本部はまた予備の甘露台、発注せねばいけませんね。
~50年後の天理教を想う~
(昭和42年2月10日刊 全天理教会に配布す)
・・・真柱への一番の親孝心とは、当面の真柱の御機嫌を伺い、真柱の御機嫌に終始することでは絶対ない。
いかにして一日も早く教祖様の御理想である陽気暮らしを世界の人類にもたらすかにある。・・・
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/50nen/50nen.html
50年後の天理教、
まことに当たっていますね。
教祖80年祭当時に、
そのような雰囲気があったのに
驚きました。
「十一に二がなくなりて」
↓
正しくは「九がなくなりて」ですね。不勉強でした。
転石人様(2017年8月8日 8:14 AM)
古い教会長様(2017年8月8日 8:55 AM)
御二方様、御教示ありがとうございました。
完全にそのことを忘れていました。
三島神社の件は、文書におこした教会長さんが懲戒を受けられたようですが、
その教会長さんと、「50年後の~」を配布された教会長さんは、御苗字が
同じだったと記憶していますが、御縁のあるかたなのでしょうか。
三島神社問題については、記名文書のpdfが実際に公開されていますが、
「50年後~」はテキストにされたものをWEB上のどこかで拝見したにすぎません。
三島神社問題の告発文書には、それを主題とした書物を出版予定である旨、
本文に記述がありますが、実際には刊行されなかったようですね。
「霊能者」が登場するあたりで、その方面にアレルギーのある人には、容易に
受け入れられない内容とは思います。
しかしながら、イタコ芸が得意な某団体の霊言などよりは、傾聴に値するのでは
ないでしょうか。
その「霊能者」が須藤花井さんだったら(本文中では氏名は明かされていない)
ちょっと面白いのですが
本部が鏡池を埋め立てた理由を推察するに表向きには「境内地の拡張」であろうかと思います。
しかし本当の理由は、「三島神社の境内地の一部」である鏡池が教会本部の神苑内に残ったまましておきたくなかったからではないでしょうか?
残したままだと三島神社の氏子の方々や三島町の町民の方々に何らかのアクションを起こされかねないと思ったからでしょう。
ただ、境内地の拡張には成功はしても参拝しに来る信者が激減してしまっているのは何とも皮肉な話しだが。
>~50年後の天理教を想う~
>(昭和42年2月10日刊 全天理教会に配布す)
このような事実があったなんて一般の信者たちは何も知らされていませんよね。私も当時は熱心(?)に参拝していたが、教会にそのような文書が来ている気配すら感じられなかったように思う。おそらく会長が握りつぶしていたのだろうと想像します。
今は亡き会長に聞くすべもないが、この文書を見られた当時の会長さん方で、今も在世の方が居られたら感想をお聞きしたいですね。
とにかく、都合の悪いことはすべて隠してきた教団です。気にも留めなかっただろうから、今の体たらくになったのですね。
信者が減っても構わないと言い放った三代さんが、一方で、詰所の明かりがなく寂しいといった三代さん。
これってどういうことですか。
教会長が書いた、憂教の書。
このままでは天理教は滅びる。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf
古い教会長様
三島神社の移転と鏡が池埋立には、
こんな真相があったのですね!
シェアありがとうございます。
高山のしんのはしらハとふじんや これが大一神のりいふく <このおうたは、中山みきご存命の頃には既に中山家の未来を見据えて戒めた神意です。当時の事情・身上背景に符合する。親様は、袖のかなを信者に見せて不思議な逸話が数々残されています。まさに、その時代に未来に向けたお言葉です。
感謝・慎み・たすけあい
世界一列みなわが子。
世界助けの天理教。
などなど、天理教がスローガンとして本部から大教会、部内教会から一般信者へ信仰の目標(めどう)として長年間語り伝えてきた。
更に、大教会長が毎月の月次祭で神殿に鎮座し、必ず信者へ「もっとやる気を出せ!本気を出してやれ!神様の御心に沿って真剣にやらねばならない!」
と、ひとり絶叫する。
一方で、中山新次郎から中山家は金儲け主義に走り、
山澤一刀が正善の幼少期を良い事に、教団の金儲け主儀を更に加速させ、教団の信者から巻き上げた金を意のままにしてきた。<まさに新次郎と結託した完全集金主義である。
中山家、山澤家共に世界助けの天理教と言いながら、
実は己の利益のみに血走り教団を運営していく。
これで、詐欺師といわずなんというのか。
さーぎーしーの天理教である。
信者の金を食い物にする教団に行政の監査と弁護士の介入と審査をすべきだ。
三島神社移転 本部の関わり詳細
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/iten.pdf
ひどい…
この教団に所属しているのが
恥に思えてきました。
「高山のしんのはしらハとふじんや これが大一神のりいふく」様
2017年8月10日 9:05 PM
>信者の金を食い物にする教団に行政の監査と弁護士の介入と審査をすべきだ。
行政監査と審査等には賛成ですが、「弁護士の介入」ですか!?
あの著名な教会長弁護士の「羽成守」は、自分の大教会乗っ取りに関与どころか、率先して本部員らと暴言吐きまくって、会議を乗っ取ろうとしているらしいですよ。
「弁護士の介入」で組織がおかしくなっているのに、それアカンでしょ 笑
祝い金請求が来た。一教会3000円、直属5000円。3000円なら良心的と思うかもしれないが、単純に17000か所教会数でかけたら5100万円。実際の実入りはもっとだろう。この号令は本部からか?誰が号令かけてる?善亮が力をふるってる昨今、有無言わさない強制力。善亮の意向か?
当教会の後継者の婚礼の際、本部からは1円ももらっていないぞ。全国津々浦々本部から祝い金をもらったか?もらったら返すこれが社会の常識。下々教会はもらわずとも取り上げられるだけだ。少なくとも祝う気持ちはない。恥を知れ。
甘露台倒壊のこの憂慮すべき時に何を浮かれて婚礼だと。やくざの取り立ての如く、上意下達の鶴の一声で全国の食うに食えない教会を従わせて傷めつける。宗教団体に非ず。恐ろしいものに係わった。
全部の大教会で、
3000円、5000円の集金が行われているのでしょうか!?
びっくりしますね。
私の知り合いの教会も、
額は聞きませんでしたが、
祝儀の依頼がきてるとのこと。
そんなにお金が必要なのでしょうか?
聞くところによると、
大亮くんの養子縁組の際、
ご祝儀を差し出さなかった大教会があるとか。
今回はさすがにそんな教会はないですかね?
なかなか聞かない話ですが、
どなたか知ってる方おられますか?
「3000円 5000円」の集金
これって0が少なすぎませんか。
本部がこんなはした金 要求するなんて思えないのですけど。
直属ならあと二個ぐらい0が増えそうな気がするんですけどね。
「付け足しは心次第に」なんて言いそうです。
養子縁組の祝儀を出さなかった直属があるらしいとの話。
私のところにも伝わってきましたよ。
勇気のある直属ですね。
でも後が怖い気もします。いじめられそうで心配です。
須藤花井さんが言っていました。
「本部員達は、相当な悪だと神さんが言ってるよ」だって。
退職信者2017年8月11日 9:28 PM
それ上級教会の不正請求だぞ(笑)
はよ調査せよ!
「事情事情 真柱怒りくるうておる 西も東も南も北もみな五目混じり、大亮等言うが愚亮と改めよ愚亮もうたたんたたん 立つ親神天理王のみ立は皆の未来 こままではどうにもいかんいかん 甘露台倒すは神の思いそれをわからぬ者ばかり本部本部というがなんの本部か改めよ」
真柱真柱言うわ善司善司、善司は善に使えるものや、なにがまちごおうたかぜんすけはわがみしあんしかない わがみしあんはわがみもたたぬ、わがみたたぬは善司もたたぬ 神は善司が可愛い善司しかおらぬ つらいこともあっただろう しかし次なる者善司の思い受け取るで 神は言う 大亮はあかん 大亮はあかん
善司おまえだけが頼りや
甘露台が倒壊してから 胸騒ぎが止まらない。
これから大変なことが起こる前兆と思えてならない。
いったい何が起こるのか。
ここに露呈されている各事件が 満を持して発露するのか。
それとも米北の花火大会に近隣も加勢して「せかいのおおそうじ」となってしまうのか。
嗚呼 胸騒ぎが止まらない…。
結ぶというて結婚と言うが立てぬ大亮は結ぶ事は許さぬ 善に使える善司おまえだけが頼りやお前は通り折り返してきた お前は真の天理を知るものおまえはかわいい お前だけや 本部本部というが本部は誰のものでもないお前が本部や本部がお前や 甘露台倒れる神の立腹 おまえが納める時や 全てを変えるときや 合図立て合い出しておろう 善司お前なら思い起こすことがあるであろう 神のせきこみ 善司お前が神の仕事をするときや
この困難な中を通りて善と言う 善を全うし司と言う 善司おまえが思うは神のおもい神は紙の上におるで神は紙の上からおまえを見つめておる、神はいくじゅうおも用木を使うようぼくたるは神の使い神はお前を常に見つめておる お前のまわりは五目混じる五目まじりはいかんいかん善に使える善司お前が役目を果たす時がきたのやで
善亮氏の素行の悪さは青年会にいた時から有名ですよね。その善亮氏の娘を貰った安藤氏の親である本愛大教会長も悪評を多々聞きます。愛知にあいつが帰ってくるぞと、教区の仕事を辞めていった見識ある会長達も大勢いました。本部員の松尾氏は教団の金で家を建てた聞きました。他にも家を建てた本部員が幾人かいたと聞きましたが名前忘れました。
守護天子様へ
なるほど 本部も腐っているけど上級教会も腐っているんですね。
有力直属に、本部員達の息子や娘が「婿入り」「嫁入り」してるから「同じ穴の狢」ですね。(笑)
みなさん、いろいろ憂慮されていますが、本部がどうとか大教会がどうとかあんまり関係ですよ。
皆さん自身(私も含めて)の心に喜びと感謝の心があるか?人を助けの心があるか?
それだけですよ。本部や大教会や教会を見て不足な心があれば結局のところ自分が損ですよ。
自分も同じレベルになっちゃいますよ。
それより自分や家族がカワイイなら人を助けましょう。
おやさまのおひながたのほんの少しだけ真似をした人生をおくりましょう。
そうしたら、本部とかなんだとか気にならなくなりますよ。
>おやさまのおひながたのほんの少しだけ真似をした人生をおくりましょう。
本部や上級の話す、その「教祖様のひながた」が嘘と捏造、たとえ史実であっても原因理由の解釈が違うのです。
教祖様は目の前の病人に治療行為をした訳でもないし、超常的なおさづけで魔法のように病を消した訳でもない。貧乏人に施しをし続けたわけでもないし、それで中山家が貧乏になったわけでもない。
「人を助ける心が第一」というのは間違いないでしょうが、では、どうする事が「助けたこと」になるのか、教祖様の本当の人助けを検証しないでは本部や上級に騙されたままで人生を終わることになります。しかも、教祖様の本当の人助けの方法は、永遠に闇に葬られたままで消え去るのみです。
某教会役員さん
本部では出せる話と出せない話があるでしょうね。
でも本部がどうじゃなく単純に、人間みんな神様の子供で兄弟なんだから仲良く助け合う気持ちで接すればいいんじゃないですか?
助かりたい心は助かりません。人を助けて我が身助かる。それは間違いないでしょ?
某教会役員さんに、神様のご恩を感じおやさまをお慕し、先代のご苦労を偲び、ご恩返しに人を助けたいという心があり、その真心を実践されているならば、おやさまのおひながたの全貌が包み隠されていたとしても、親神様もおやさまも喜んでくれるでしょう。
だって、今あるおふでさきや、御伝や逸話編でしか知り得ることはできないのですから、、(口伝はネットで山ほどありますが)
本部の今の体制は長くは続けようもありません。
あと数年で瓦解するでしょう。
私が心配するのは、みなさんがそんな、気にしてもしなくてもどっちでもいいことに気にして、本当にしなければならないことをしなくなることの方を憂います。
長い年月で形はいずれなくなり、整えてまた違った形になるでしょう。
たかだか立教180年ですからね。
その時、また新たなおやさまのおひながたに触れることができるでしょう。
間違いなく言えることは、ここでどれだけ本部のことを言っても何一つ変わりません。
おつとめした方がいいでしょうね。
いつもかぐらやてをどりや
すゑではめづらしたすけする
ですね。
よふぼく様
>みなさん、いろいろ憂慮されていますが、本部がどうとか大教会がどうとかあんまり関係ですよ。
皆さん自身(私も含めて)の心に喜びと感謝の心があるか?人を助けの心があるか?
それだけですよ。本部や大教会や教会を見て不足な心があれば結局のところ自分が損ですよ。
自分も同じレベルになっちゃいますよ。
それより自分や家族がカワイイなら人を助けましょう。
おやさまのおひながたのほんの少しだけ真似をした人生をおくりましょう。
そうしたら、本部とかなんだとか気にならなくなりますよ。
あなたは、理想的なようぼくさんですね。実は私も本部も上級も関係なく気にせず楽しく通っている末端の教会長です。
>それより自分や家族がカワイイなら人を助けましょう。
というより、教祖の子孫である、中山家や山澤家や、その他本部在籍の皆さん、大きな教会の子孫の皆さんの行く末を案じているのです。(知り合いも、いますので)
本来の教祖の教えのダイナミックなストーリーは、たまらなく魅力があります。
それに気づかず、目先の金儲けに囚われている一部の本部中枢が気の毒でなりません。
自分や自分の家族以上に心配しています。
古い教会長さんは本部の中にもお知り合いがおられて、それで本部の内情に詳しいのですね。
なんだかんだ言っても、天理教自体が狭い社会ですし、本部ならなおさら狭い中で生活されているでしょうから、現実離れした考え方も出てくるでしょうね。
本部の中で、組織に巻かれながら過ごし、なにも身につけて来なかった本部や大教会の方は、今の状況に焦りまくっているでしょうね。
でも古い教会長さん安心してください。
それでも生命は新しい筋道を導き出します。本部の人も大教会の人も生きていきます。
その時、この信仰を忠実に護り、真っ直ぐにおやさまの跡をたどり、天理教がだめの教えとして受け継がれるのは、
苦しい中でも乗り越える信仰と生きる力をみにつけてきた、末端教会やようぼく達ではないでしょうか?
古い教会長さんだってそうでしょ?
おやさまの教えに、この道は「辛抱と苦労やで」
とあります。しかし、この「辛抱と苦労」は自分の苦しみではなく、他人のお助けをする「辛抱と苦労」でとても尊いことだと思います。
いずれ来るであろう組織崩壊の時に、私の知っている本部や大教会の人や組織にあぐらをかいていた人たちと、それこそ白紙に戻り人様のお助けにかかり、お助け談議に花を咲かせたいと思っております。
それができるかできないかは分かりませんが、
私はようぼくの勤めを、失敗しながら日々はたしています。
結果私は助かっています。私は今幸せです。
ご連絡
日々は教務の上にご丹精下さり、誠にありがとうございます。
此度の、かんろだいすえかえ之儀の執行時間を決定しましたので、左記(下記)の通り、ご連絡します。
記
一、夕づとめ … 八月二十四日 午後五時三十分
一、すえかえ之儀 … 同 午後六時三十分
引き続き、お礼つとめ
立教百八十年八月十五日
天理教教会本部
各位
ようぼくさんのメッセージは、お道を通るものの心得として常に肝に銘じておかなければならない事柄です。それが出来ないからストレスに感じていることご理解ください。私たちの心の奥底には、真実に人を助けたいという感情が流れています。でも、130年余りに渡って応法の時間を、因縁の上から通っているのが、ここに居合わすお互いだと感じています。
私は二代目の信仰ですがそう見えています。
今回木製かんろだいを倒した
○○大教会には、
請求書が来たらしいですね。
どれくらいの金額なのでしょうか…
恐ろしい(*_*)
落とし前をどうつけるか、なのですね。
天理教の常套手段で、「〇〇〇万円の理を立てろ」の言い方で圧力をかけているのでしょうね。
長期にわたり、自分に責任のないところで、信者の身情、事情をチャンスとばかり「理立て」の表現でどれだけ多くの人達が不動産やお金を巻き上げられたことでしょう。〇〇大教会、気の毒です。逆らえない上下社会です。恐ろしい。
最近は、孫がじいちゃん・ばあちゃんを殺害したなどの事件を見聞きしますが、今回の甘露台を倒した信者も教団にとっては孫か、あるいはひ孫にあたる人でしょう。
仮に、じいちゃん・ばあちゃんが傷ついたとして、それを孫の親である自分の息子・娘に損害賠償請求しますか。
本部が、甘露台を倒した信者が所属する大教会に対して、多額の賠償金に当たるお供えを請求したのであれば、肉親に請求するという常識外れとも云える行為に、もう言葉がありません。
少なくとも、部外者による行為でないのであれば、身から出た錆ととられるべきでしょう。
これが事実とすれば、常日頃は、一れつ兄弟姉妹と唱えながら、いざとなれば893まがいに豹変するなんて、どこまで汚い宗教団体なんでしょうか。
教団本部は、当該大教会に対して圧力をかけたのか、全くのデマなのかを天理時報に公表すべきだ。それが「時報」が担う使命だと思う。
教内関係者のうち、どれぐらいの方が、この事実を知っているのか!?
みかぐらうた研究
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1864857
「祖神天理王命」のお社の中に祀ってある「ご神体」、神実様、おめどう様と言われるものの正体は、天皇家に代々伝わる三種の神器、八咫鏡(やたのかがみ)の模造品であった!
人間なんてららららさん
お道を通るものの心得として常に肝に銘じておかなければならない事柄です。それが出来ないからストレスに感じていることご理解ください。
そうなんですよね!分かるけどできない!人間なんてららららさんもいろんな葛藤の中でいらっしゃるんですね!
おたすけはどんなことでもお助けです。「優しい声をかける」「相手の話を聞く」とか、「相手のことを思ってお願いづとめする」も立派なお助けですよね。お互い自分のできるかお助けを頑張って行きましょう。
踏み出す一歩を神様は絶対喜んで下さると思いますよ。
私の場合、今から13年前に神様にお約束しました。(心定め)
「どうぞ私にお助けをさせてください。私をお道具としてお使い下さい」と。
それから不思議とどんどんと問題を抱えた人に出会いました。そこからいろんなお助けが始まり、できるかできないか不安でしたが、神様を頼りに、時にはいろんな人にアドバイスを受けながらお助けにかかりました。
しかし、上手くいかないことばかりです。出直された方も一人や二人ではありませんし、事情が治まった人でもお道を信仰されることなく離れていく方もたくさんおられました。
思った通りの結果にならなかたら、嫌な気持ちになることもありますが、
十数年続ける中で、気づくと自分の家族や自分自身に困ることは何一つなくなるようになりました。
本当に夫婦仲良く、子供3人仲良く、親も元気に尊敬し合える仲です。
私の人生、天理教を嫌い、自分勝手に生きてきたら間違いなく一家離散となり、今の幸せは絶対なかったと思います。それは、自分の気性と気づいた自分のいんねんからそう思うんです。
今までかからせて頂いた人様へのお助けのお陰で、思い通りにいかなければ喜べない自分も、神様のお陰、人様のお陰と喜べるようになってきました。
なるほど「人を助けて、我が身助かる」というおやさまのお言葉に間違いはありませんでした。
人間誰でも、自分や家族のことを一生懸命やって、上手く行くように考えて生活しています。
しかし、思惑通り幸せに進む人は少ないんじゃないですかね?
どうすれば幸せになれるか。それは人を助けることが自分が幸せになれる唯一の方法ではないかと思うようになりました。
不思議ですね、自分の事を一生懸命やっても上手く行かないのに、人のことを一生懸命やれば自分の事がうまく行くなんて。
でも、この不思議が神様の創った理の世界なんですね。
天理教の教えは実践の教えです。
聞いただけでは助かりません。身で行って理で味わうから助けていただけるのです。
偉そうに、ついつい熱くなって長文になってしまいました。
若輩の言葉と広いお心でお受け取りください。
天理教やらんでも陽気ぐらしは出来る。
人助けも出来る。
この3年くらいでわかった。
投稿しましたのでお読みいただけますか。
道友社がYouTubeにおてふり動画の削除依頼を実行しました。
http://rara.jp/tasukeai/
ちなみに削除アナウンスです。十二下りも同様です。
https://www.youtube.com/watch?v=S9GtpRYEoZw
転石人さん
そのとおりですよー!天理教でなくてもお助けしている人はたくさんいるし、天理教でなくても、お助けはできますよね!
転石人さん!これからも頑張りましょう!
>天理教の教えは実践の教えです。
聞いただけでは助かりません。身で行って理で味わうから助けていただけるのです。<
>「人を助けて、我が身助かる」<
その通りだと思います。ただ、おたすけは本当に体力、気力と健康面の自信がなければ、継続することが難しいです。生身の人間ですから。
相手の方から夜昼関係なくかかってくる電話。その都度受話器をとり、一生懸命聞かせていただくお話も1時間以上に及ぶこともしばしばでした。そのうち私自身の体調に不調を感じるようになりました。何かに追われるような切迫感。睡眠不足と自分の生活のままならない状況からのストレスによる精神的な不調です。気持ちはあっても受話器が取れない。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながらベルが切れるまで耳をふさぐような日々になってしまいました。
張り切ってかかっていたのですが、おたすけは絵に描いたようにはいかないということを実感しました。かえってその方に大変申し訳なく相手様にとっては裏切り行為になってしまいました。
その後、連絡は途絶えてしまいました。私の不誠実を今も悔いますが肉体的、精神的健康が維持されてこそのおたすけで、無理は出来ないと思いました。
匿名様。
ありがとうございます。ご自分の貴重な体験を拝読させていだきました。匿名様こそ真のお助け人ですね。
私も同じです。全く変わりがありません。
皆、弱い人間ですからね。お助けも疲れれば、時にはゆっくり休んで鋭気を養うことも大切ですよ。
どうぞ自分の気持ちの整理がつくまでお休み下さいませ。
私も匿名様と同じ精神状態になりましたし、しばらく休憩もしました。誰も会いたくないと思う気持ちもありました。
しかし、すべて親神様は分かっておられます。
親神様は、匿名様のような道具衆の成人を急き込まれます。
私にも親神様は容赦がありませんでした。
「この子は私のかわいい子供だから助けてやっておくれ」と言われているように思えて仕方がないのです。
ならば、私達のようなようぼくが「はい、分かりました。届きませんがつとめさせていただきます」と言わずに誰がそのつとめを果たしますか?
お助けはよい結果を求めたら耐えられません。
駄目だった結果が自分自身の大きな器となり、真に高慢のない優しい人間になれると思うのです。
お助けは休んでもかまいません。でも、神様が「あんたが必要や」と言われたら、真っ先に飛んでいける心の準備はしておいて下さい。
私は、匿名様のような方が現にいらっしゃることが本当にうれいしです。
この道は「万人助かる道」です。匿名様より万人助かる人がわんさか出てくることを楽しみにしています。
ようぼく様
教団の在り方については正直色々思うところもあるのですが、あくまでも教祖様の教えを求めていれば大きくぶれることはないと思っています。たとえ、教団がなくなっても。教祖様の教えは一筋に残っていくはずですから。
>お助けは休んでもかまいません。<
休みながら自分に出来る範囲で無理をせず人助けのアンテナはいつも張っていたいと思っています。
この言葉で少し楽になりました。
>神様が「あんたが必要や」と言われたら、真っ先に飛んでいける心の準備はしておいて下さい。<
そうですね。おやさまは「人を助けなされや」と仰いました。人の心に寄り添い共に泣ける心はいつも持っていたいと思います。
ありがとうございました。
偶然見つけたFBの記事です。
大阪である教会が解散した。名称を返した。収入が途絶え、教会を維持していけなくなったのだ。古くなった神殿をそのままに借地を地主に返却し、会長夫婦は府営住宅に移った。
熱心に上級教会に勤め、支部活動にも積極的に参加し、布教しおたすけされていた高齢の会長が主な役員・信者数人が出直したあとの苦渋の決断だった。
「申し訳ない。申し訳ない」会長が絶えず口にしていた。
上級教会もそこを抱えて通る力はもはやなかった。なら、大教会はどうか。若い会長には抱えて通る心がなかった。1箇所くらいなくなっても大教会には何の影響もないということだろう。
ならば、教会本部はどうか。やはり心がないのだろう。本部に引き寄せ住居を与え、最後の御用与える事さえしない。
本部在籍者は最後まで面倒みるが、端々、末端は簡単に切り捨てる。
かんろだい倒壊事件を、我がことにすべきは、末端で必死にもがく教会長ではなく、毎月、月末に「お与え」と称する下がることのない給与をもらえる本部在籍者と教会が数カ所潰れてものうのうとしていられる直属や中間教会の一部のトップ・心無い奴らだろう。「我がこと」の輪を広げて自らの責任をうすめる。バレバレの手法だ。
子供おぢばがえりパレードの最後尾のプラカードのメッセージ「明日に向かって」。もう明日のない末端教会がいっぱいあるのに、見て見ぬふりする。明日に向かえない教会は切り捨てるのか。
偶然見つけたFBの記事です。
かんろだいの倒壊。
これは人類・人間への警告だとしたら、天理教者でない大多数の人間にはそれは届かない。
天理教者だけへの警告だとしたら、そうかもしれない。「我がこと」と捉えることはもちろんだ。
しかし、子供おぢばがえり初日に起こった。
「おぢば」にあるはずのかんろだいないのだ。
「我がこと」として捉えろという前に
おぢばを守りきれなかったおぢばを守る立場の人々への警告と捉えることが先決だろう。
事件発生から2週間、未だにおぢばを守る方々からの反省や覚悟は聞こえてこない。おぢば、おぢばと事ある毎に説いてこられたおぢばを守る方々の「驕り」はなかったのか。
おぢばの恵まれたあらゆる環境は、おぢばを守る方々も、末端とはかけ離れている現状を知らぬ筈がないだろう。
例を挙げよう。天理小学校の生徒の約90パーセントは「ピアノ」を習っている。だから音楽会の時のピアノ伴奏者は有り余るくらいいる。
ところが殆どが教会の子弟の教校学園高校はピアノを弾けるものがあまりいない。だから音楽会のときは音楽教師がその役目につくか、もしくはピアノ伴奏のないクラスさえある。天理小学校は学習院やお坊ちゃん・お嬢さん学校じゃあるまい。大多数の子が通う公立学校には総勢何十名もの部員がいる「弦楽部」なんてない。これが世の中の普通の学校とかけ離れた贅沢な姿だと本部の方々は誰一人思わないのだろうか。本部在籍者のための福利厚生(法定外福利費)みたいだ。
ある教会の会長が、娘が幼稚園教師になるためにピアノを習いたいと言ったが、「ウチにはそんな徳がない」と諦めさせた。「徳」がないのではない。「金」がないのだ。だから徳を積むために、金をお供えする。その金でおぢばに住まう方々の徳のある子弟はピアノを、バイオリンを、チェロを習う。教会長の彼の娘は幼稚園教師の夢を捨てた。高校生になった彼女は未だにピアノを触ったことはない。
戦前の日本の都市と農村くらいの貧富の差ほどとは言わないが、この現状をおぢばで特別な恩恵を受けられる方々はどう考えるのか。「知らない」筈はないだろう。
古い教会長様
〉古くなった神殿をそのままに借地を地主に返却し、会長夫婦は府営住宅に移った。
まず、借地の教会は厳しいですよね。借家料までのしかかりますから、後継者さんも教会に魅力を感じなかったでしょうね。
会長さんご夫妻は、さぞ無念だったとご推察します。
一生懸命力を入れればなおさらでしょう。
そのような状態になる前に上級教会が、「あなたのところは特に借地だから、お供えはいいからまず教会の土地になるようにするか、別の場所に購入しなさい。まずそこに力を入れなさい」と親心をかけてくれればもっと違った結果になっていたかもしれないと勝手に想像してしまいます。
しかし、大多数の教会が教会の体を保てない現状ですから、一刻も早い改革が求められます。
各教会を独立採算のような形にして、本部だけを維持するなら、中間教会や大教会は一気に困窮しますね。なにせ、大教会所属の信者さんなんていないし、中間教会も部内頼みでお助けしてませんから、当然信者は減ってますしね。
どちらにしても、おやさまの思いに復した形への改革を行へば、復活はまで行かなくても延命できるかもしれません。
古い教会長様は、本部と末端教会の格差みたいなことをお考えですが、お供え激減で一番ダメージがあるのはまず本部じゃないでしょうか?
中間教会や大教会は我が身可愛さから、自ら極限の苦労をしてまでも、本部に上納せず蓄えるんじゃないですかね?
すると本部が一番困ります。その本部で一番煽りを食うのは本部在籍者でしょう。だからほっといたってピアノは習えなくなります。
本部施設の縮小と人員削減。営利目的の新たな法人。なんだかんだでスリムでシンプルな構造になっていくような気がするのは私だけですかね?
先程、おやさまの思いに復した形すれば、復活ならずも延命と申しましたが、
基本的に、最も問題は上から下まで助け意欲の低下が最重要課題じゃないですかね?
これに向き合わなければ、どんな改革したって同じです。天理教存在意義、おやさまの教理、人間の存在理由までも否定しなくてはなりませんか?
そうなると、天理教団の崩壊だけにとどまらず、人類大掃除なんてことも、、、ちょっと極論過ぎますか、
陽気ぐらしは、本部から始まるのではなく、私から、あなたから始まります。
今回の甘露台倒壊は教内に向けて、本部だけでなく我々もようぼくとしての役割を果たせているかを考える良い機会だと私は悟らせてもらってます。
ようぼく 様
仰っている意味は理解できますが、古い教会長様が仰っている意味は、天理教か転輪教かは分からないのですが、現行の組織形態ではダメだと捉えておられると思料します。
維持財団はじめ東京母屋、東京天理教館、親里と言われる場所にも料理屋があるとか。そのようなものが必要なのでしょうか。まだまだあります。数えきれない不動産。おやさとやかた一つを見ても、もう半分は死んでいますよね。
更には、本部在籍者が享受している形に見えない贈与に等しい値。
それに比べて、教会常詰人の子供たちの悲惨さ。夢も希望も持てな買った幼少年期。もう、この組織は狂っているとしか言いようがないと感じています。
以前にも書きましたが、全ての上級教会長が悪いとは言いません。ある大教会長は余程の事情がない限り詰所から神殿まで歩いて行かれました。
詰員さんが車で送りましょうか、と言っても、いいんだよ、とひとこと言って歩いて行かれる姿には、温か味が溢れていました。
ただ、今の教団本部の姿には取ることばかり考えているように感じられ、温か味の欠片も感じられません。
教会建築のために準備していた4千万円の内、1千万円をかすめ取っていった大教会と本部。3千万円で出来た建物が、その後、どれ程の苦労をしたのか。本部は分かっているのでしょうか。常々、喜べ、喜べと口を酸っぱくして言う本部。喜んでいるのは面目が立った大教会と実入りの有った本部だけでしょう。
私には難しいことは分かりませんが、「なるほどの人」と言われる人になる。これが信仰の神髄ではないでしょうか。
世の中の動きは、天理教の内部事情など関係なく動いています。
しかし、本席のおさしずの「鏡やしき・ぢばが曇れば世界は丸曇り」をそのままに解釈するなら混迷する世界情勢の根本は、本部にあると言う事になるのでしょうか。
現状、本部の実態から察するに「おふでさき17号」の通りになるのかなと思います。
「人類大掃除」 決して極論では無いようにも思えます。
「おふでさき」にも「おさしず」にも人間に対する「神の警告」があふれています。
しかし、本部は、「負のイメージ」をもたらす言葉を全て隠し「陽気ぐらし」という曖昧な言葉で長い間、純朴な民衆を欺いて来たのだと思います。
が しかし、この欺瞞に満ちた宗教団体の本当の犠牲者は、我々ようぼくではなく、教会長やその家族たちであると思います。
本部在籍者にも自殺者はいます。大教会長、分教会長にも自殺者がいます。
その他、大教会長の夜逃げや精神障害 各地での強盗事件等々、
その被害者を数え上げたらきりが無いでしょう。
(甘い汁吸って、のうのうとしている者も沢山いますけど)
我々 ようぼくは気楽なもんです。嫌ならさっさと止めればいいんですから。
「陽気ぐらしは、本部から始まるのではなく、私からあなたから始まります。」
全くお気楽なものです。
先日、数年ぶりに自教会に行って会長夫妻に会ってきました。
会長夫妻は上級から来たのですが、自教会の三代会長に就いた頃の月並祭、平日でも40人ほどの信者が集まりました。
しかし、今では日曜日でも会長夫妻を入れて8人ほどだそうです。
お供え、お供えと言うのでいつしか皆いなくなりました。
今は、お供えも年金から出していると言っていました。
「私は、ただの信者だからさっさと止められるけど、会長さん達は簡単にやめられない。
会長さん達は天理教の犠牲者だね。
天理教に関わらなかったらこんな苦しい生活を送らなくてもよかったかもしれない」と話してきました。
天理教本部と組織に苦しめられている人々の気持ちを考える時、
「ようぼくとしての悟り」より「本部に対する怒り」が湧いてきます。
親神も怒っていると思います。
それが「いちれつすますの時の叫び声」であり「かんろだいの倒壊」であると思います。
「鏡やしき・ぢば」が腐りきっているのです。
ようぼくさん
仰られるように今、この瞬間を教祖と照らし合わせ、人をたすけ、実践し、感謝して幸せな日々を送ることこそがお道の本質だと思います。
上級や本部に対しての不足することは、むしろそのことによって心を曇らし、ナンセンスなことかもしれません。
ただ「不足」と「憂い」はちょっと違うように思うのです。
以下の点ご教示いただければ嬉しく思います。
>おつとめした方がいいでしょうね。
おつとめは「たすけたまえ」もされていますか?「てんりおう」と唱えますか、それとも「てんりんおう」と唱えますか?これらおつとめや神名の改竄(?)はどのようにお考えでしょうか?教祖が教えて下さった本当の「おつとめ」をご存知でしょうか。
>たかだか立教180年ですからね。
たかだか180年だからこそ、一日も早く正せるものは正していくべきと声をあげるべきではないでしょうか。多くの方がまるで人ごとの様に、いつの日か本部が勝手に崩壊し、誰かが改革をやってくれる等と人任せに構えていることに非常に危機感を感じています。
>間違いなく言えることは、ここでどれだけ本部のことを言っても何一つ変わりません。
そうしてきたから今尚、変わっていないとも言えると思います。昔と違って情報がめぐり回る今、どうせ変わらないと諦めるのではなく、どんな場所であれ、声を上げていくことはとても大切なことだと思いますがいかがでしょうか。
例えが適切ではないかもしれませんが、教祖がお作りになったカレーがあるとします。その中に一部の人間が異物を入れてしまっている可能性があるわけです。異物が入っていることを命がけで訴えてきた方々が既におられるのです。しかしその異物を知らないまま食べている人もいます。異物に気付いて食べるのを辞める人、または気付きながらも生きていくために我慢して食べている人、いろんな方がいらっしゃると思います。カレーはカレーでありますが、私は出来ることなら、異物の入っていない教祖がお作りになったカレーを食べたいし、周りの人にも胸を張って「おいしいですよ」と勧めて、みんなでニコニコ語り合いながら食したい。
要は異物の入っていないカレーを作り直す必要があると思うのです。そのレシピは一部公開されましたが、全てが公開されていないため、自ら作り直そうと決心した人達があれかもしれない、これかもしれないとそれぞれが試行錯誤ながら、実践していると思うのです。公開されていないレシピが異物を入れたであろう人達の手元にしかないことをここに来られる方々は憂いでいるのかもしれません。全てを公開すれば異物を入れた犯人もわかってしまうため、自ら公表しないこともわからなくもないですが、それは結果的に多くの人を欺き騙し続けていることになり、むしろ大罪と言えるかもしれません。そういったことに目をつむり、まぁまぁとやり過ごしてきたために、今のような現状になっていると思うです。
ようぼくさんは恐らく自らおいしいカレーを作ることが出来たのでしょう。分けていただき一緒に食べて幸せな時間を過ごすことが出来るかもしれません。でもやはり私は教祖のお作りになった異物の入っていないカレーをみんなで味わいたいと思うのです。
東風Z様、退職信者様
私もお二人と概ね同じ意見ですよ。
天理教団は、「間違っています」
さぁこれからどうしますか?このサイトに書き込み恨み辛みを書き込み続けますか??
そうすればあなたの問題は解決しますか??
間違ったものをどう、立て直すかという意見が出てこないので、、、
私の立て直し案は、先に書きました。
お二人はどう思いますか?
手遅れとかいうのは勘弁してください。諦めたらそこで試合終了だし、
座して滅びを待つよりもいでて活路を見出すべし
ですよ。
ようぼく 様
確かに、ネット上に「怨み・辛み」を書き連ねても問題は解決しません。
また「天理教団のあるべき姿」や「本来あって欲しい組織体系」を具体的に書いたところで、その改革改善の決定権や権限を持っている人間が採用して実行しない事には、何も変わらないでしょう。
変わるとしたら、資本家に対する労働争議のように、末端の教会長や信者たちの意見をとりまとめ、一致協力して意見を出し、本部に要求して交渉する事でしょうが、現状では末端の教会も信者さんも分断されており、また、取りまとめに名乗りを上げる人もいない状態でもあります。
確かに、誰かがやってくれる、本部が気が付くべきだ、神の裁きを待つしかない、等という考えも無意味で「座して死を待つ」のに等しい事です。
それぞれの立場も違えば状況も異なります。意見も違えば考えも違うでしょう。
その中で、それぞれが問題解決として出来る事を考え行動に移していくしかないと思われます。
ただ、そういう現実の行動と、こういうネットの場に本部批判や否定的意見を書き込むことは別の事であり、書き込みそのものを否定したり止めようとするのは論点が違うように思えます。
論点が違うと言うより、結果的には本部の立場を擁護し原状組織の状態を追認する事になりかねません。
私からの提案は、
・教会長さんの立場であれば、上級への尽くし運びを止める事。出来れば被包括関係を廃止する事。
・信者さんの立場であれば、お供えやお礼を出すのを止める事。教組様の教えをそれぞれで研究する事。
です。
ようぼく 様
「さぁこれからどうしますか?このサイトに書き込み恨み辛みを書き込み続けますか??」
↓
誰が何をどうしようと自由ではないですか?
私には、「ここに恨みつらみを書き込んでいる暇があるなら、陽気ぐらしのためにささっとにおいがけ・おたすけに精を出せ」と言っているように聞こえます。
「基本的に、最も問題は上から下まで助け意欲の低下が最重要課題じゃないですかね?」
↓
そんなことが最重要課題なわけないでしょ。
教団本部が教えを隠し歪曲したことを正すことが最重要課題です。
間違った土台の上に何を建てても崩壊します。
助け意欲って何ですか? 今の状況で何に意欲が湧きますか?
ネットで教団の化けの皮が剥がれ、信じてきた人たちの精神的なダメージは相当なものと思われます。
天理教の言う「人助け」って信用できません。
「人を助けて我が身助かる」って、最初から見返り期待してます。
それを信じて必死に「人助け」をしてきた末端教会長ならびにその家族、
気がつけば自分で自分を養うことも出来ず、教会もボロボロで植木はうっそうと伸び放題。
自分の子どもにも、信者の子どもには信仰は繋がらず、人は減る一方。
誰がその責任負うのですか?
教団を信じて一生を捧げた人の晩年を誰が責任持つのですか?
世間並み以下の生活をしながら必死に上級にお供えしてきた末端教会。
信じた者がバカだったんですか?
人は他人のために生まれてくるのではありません。
自分の人生を生きるために生まれてくるのです。
自分は何が好きなのか? 自分はどうしたいのか? 自分はどこへ行きたいのか?
自分は何になりたいのか? 自分はどう生きるのか?
この世界の一人ひとりが、真剣に自分の人生を精一杯に生ききることが「陽気ぐらし」に繋がるのだと思います。
八つのほこりはあって当たり前。
自分の感情に蓋をして、いい人を演じると精神を病んでいきます。
「人助け」なんておこがましい。本当の意味で人を助けることが出来る人なんてそうそういません。
天理教では自分の考えを持っている人や意見を言う人は疎まれます。
自分の頭で考えないロボットのような人が重宝されます。教団には本当に便利な存在です。
自分の意見や考えは、人間思案ですって。
なんて便利な天理教用語なんですかね。
何事も遅すぎるということはありません。
気づいた人から、覚醒した人から、お供えはやめて下さい。
本当に人のためになる所に寄付をして下さい。
ひのきしんという無償で労働力を提供することもやめてください。
ご自分の家族のためにその時間を使って下さい。
それが教団を立て直す、ということです。
変なの湧いて来ましたね(笑)遅ればせながらの異端本部の火消し舞台でしょうか(笑)
ようぼく様へ
本部への怒りはありますが、それはさて置いて
今は、日々神と共にと言う気持ちで生活しています。
また「神に生かされている事に気づく」「神を認識する事」が大切と皆さんに話しています。
先日も、初席の方を二名案内させて頂きました。
来月には、中席の方がおさづけをいただけることになりました。
皆さん 天理教の信者になるというより「神と手をつなぎ共に生きる」と言う気持ちで
別席を運んで下さっています。
私は、おふでさきの中の真実についていつも話をさせて頂きます。
朝目覚めてから夜寝るまでの間、「真実」で通ることが「陽気」の根本理念であると話しています。
皆さん納得したうえでお席を運んでいます。
前会長は、100年祭の頃、お供えで相当苦しんでいた人なので、お供えの話はほとんどしませんでした。
また、6年前 現会長にお供えはしないと宣言したので、私がにおいがけをしておさづけを頂いた方は、皆お供えをしていません。
大切な事は、「日々神と共に在る」と言う事だ思います。
お供えはしないがお席は運ぶというスタイルですね。
17号 14 今までハとんな心でいたるとも いちやのまにも心いれかゑ
この歌は、おさづけを頂くという事と聞かされています。
心が神と繋がる その証がおさづけであると思っています。
これからも、においがけ お助けに励んで行こうと思っています。
お供え抜きでね。
ようぼく 様
>さぁこれからどうしますか?このサイトに書き込み恨み辛みを書き込み続けますか??
そうすればあなたの問題は解決しますか??
私は決して「恨み辛み」とは思いません。それぞれが経験した真実と、その時の正直な気持ちを語られていると思っています。
真実を語る事、知る事が解決の第一歩です。
>間違ったものをどう、立て直すかという意見が出てこないので。
沢山の情報を得る所から始まります。立て直す為には一度解体しないと駄目かも知れません。
>手遅れとかいうのは勘弁してください。
手遅れではありませんよ。情報は心の栄養です。良い情報も悪い情報も、聞きたくない情報も聞いた上で、自分の頭で考えて、自分で責任を持って行動する事が大事です。
知らなかった情報も沢山あるのです。
二代真柱さんは、準神様のように扱われていますが、とても人間味のある方です。特に女性が大好きでした。
本部在籍の奥さんを気に入られ、ご主人を単身で遠方に赴任させ、留守の奥さんの所に足しげく通われました。
ある大教会にお入り込みの際、「女子中学生を用意しなさい。」と言われました。ご婦人が困られたそうですが、ちゃんと用意されたそうです。
私の知り合いに、本部員のご落胤の方が、居られます。天理教ではないのですが本部へ行って、教会長でも入った事のない場所をアチコチ案内して頂いたそうです。
本当に、人間味あふれる方が多いようです。
ようぼくさんへ
私はこの世の中は神様だらけと思います。ぢばも、三島神社も、イスラム国の戦闘員も、十字軍も、あなたも、私も、この世に生きとし生けるものはすべて神だと思います。教えの上から言えば、「成ってくるのは天の理」なのです。
なさっているのはすべて親神なのです。だから見えるもの、感じるものは、あなた自身をたすけようして下さっているあなた自身の中にいる神様のなせる術だと思います。だからお助けにかかる事は神様同士の関わり合いですから、不思議も起こるし、絶望もあります。
人間なんてどんなに反抗しようがどうしようが、見るもの聞くもの関わるもの皆、手前自身の因縁しか見えません。それを恨んでも憎んでも因縁のない人には見えませんものね。
偶然見つけたFBの投稿記事
勝手な想像だが、この一件を起こした当事者の所属する教会や上級教会や大教会では多額のお詫びのお供の現金が集められ、おぢばに運ばれ、教会本部会計に納められるだろう。
果たしてこれが「真実のお供」と言えるのだろうか。
愛町のある熱心な女性の信者から聞いた話には、家族や主人に内緒のお供は受け取ってもらえない、という。
かんろだいの一件により、思わぬお供金を強いられた方々、強いられなくても、納得できない方々がいるののなら、それを集めて運ぶ役目の人はもう一度よく考えてみる必要がある。
当・教会役員が「倒されたかんろだいを修繕してまた据えたらよろしいですやん。なんでサラにしやなあかんのですか?」
一理ある。
ご本部では、かんろだい倒壊の大事情をめぐって、練り合いが行われていると聞きました。練り合いするにも話の材料が必要でしょう。ここでのカイン様はじめ教友の数多くのコメントは、末端からの意見として貴重なものばかりです。しかも、ふだん本部員先生や大教会長などの直接耳に入らないことばかりですので、ぜひここでのコメント類を資料として配布し、練り合い・談じ合いの材料としてお使いいただくよう強くお願いしたい。そして、その結果をぜひ天理時報や道の友を通じて、我々にもお知らせいただきたい。
末端元会長2017年8月18日 12:14 AM
本部本部と言えど今や中田と山澤の本部らしいよ。どうしようもないやつららしいしな数年後悪名高き統領として天理教史に名を残す人物だと私も思ったぐらい酷い話を聞いた。
新しい元教会長
2017年8月17日 10:30 PM
あちゃちゃ話は聞いていたが払っってしまったか。どうしょもない教団の体質としか言いようがない。本部腐ってるとしか言いようがない。大亮が結婚とか一徹がそれで良いのか?と切実に思う。結婚したら今後まずいんとちゃうか?善亮の息子でも脳味噌ぐらいあるやろ
国々所々のつとめ場所の役員 さま
前向きな提案ありがとうございます。
>私からの提案は、
・教会長さんの立場であれば、上級への尽くし運びを止める事。出来れば被包括関係を廃止する事。
・信者さんの立場であれば、お供えやお礼を出すのを止める事。教組様の教えをそれぞれで研究する事。
です。
上級教会へのお尽くし廃止は賛成ですね。上納金は欲を生みますし腐敗の根源みたいなものですよね。
>そういう現実の行動と、こういうネットの場に本部批判や否定的意見を書き込むことは別の事であり、書き込みそのものを否定したり止めようとするのは論点が違うように思えます。
確かに論点は違います。しかしこのサイトはどんな人でも閲覧できます。今バリバリお助け活動している若い青年も、今日昨日入信した信者も、これから神様のお話を聞く人も。
そんな人達も現実にたくさんいます。そのことを思うのです。
上級教会へのお尽くし廃止は賛成ですね。上納金は欲を生みますし腐敗の根源みたいなものですよね。
退職信者 さま
2017年8月17日 8:23 PM
すばらしい退職信者さますばらしいようぼくですね。
>大切な事は、「日々神と共に在る」と言う事だ思います。
お供えはしないがお席は運ぶというスタイルですね。
退職信者さまの、お教会の前会長さま会長さまも聡明で勇気のある方ですね。よい信仰環境なのだと推察します。
それに日々お助けで別席者もお導きとのこと。勝手ながら道の教友と心強く思います。
>心が神と繋がる その証がおさづけであると思っています。
ふむふむ。勉強になります。
古い元教会長 さま
2017年8月17日 8:33 PM
>私は決して「恨み辛み」とは思いません。それぞれが経験した真実と、その時の正直な気持ちを語られていると思っています。
真実を語る事、知る事が解決の第一歩です。
それは大変失礼しました。この場をお借りして、訂正とお詫び申し上げます。
早とちりで、申し訳ありませんでした。
この世界は結局、腹を立てたものが損する仕組みになってますよね。天理教でもそうでなくても、親神様の創った理の世界は「蒔いたる種はみな生える」世界ですので、どれだけ相手が悪くても腹を立てたものが後で大変なことになりますがら。実際そんな人がたくさんおられます。私はそれを心配しておりました。
人間なんてらららら さま
2017年8月17日 9:16 PM
>なさっているのはすべて親神なのです。だから見えるもの、感じるものは、あなた自身をたすけようして下さっているあなた自身の中にいる神様のなせる術だと思います。だからお助けにかかる事は神様同士の関わり合いですから、不思議も起こるし、絶望もあります。
人間なんてどんなに反抗しようがどうしようが、見るもの聞くもの関わるもの皆、手前自身の因縁しか見えません。それを恨んでも憎んでも因縁のない人には見えませんものね。
因縁のお話まったくおっしゃるとおりです。私もその因縁のまま心にひっかかる部分があるのですね。
国々所々つとめ場所の役員 さま
退職信者 さま
古い元教会長 さま
人間なんてらららら さま
皆様方は本当に聡明な方ですね。時世に明るくお道の現状ととるべき行動をよく理解されていますね。
私はうれしいです。私はこのサイトに集う、聡明な方々との意見交換とそれぞれの信仰談義をいっそう深められたら
幸せです。
よふぼく様
>確かに論点は違います。しかしこのサイトはどんな人でも閲覧できます。今バリバリお助け活動している若い青年も、今日昨日入信した信者も、これから神様のお話を聞く人も。
そんな人達も現実にたくさんいます。そのことを思うのです。
良いことも、悪いことも、全ての人に真実を伝える事はいいことだと思います。
表統領は、外に向けての発信と、内に向けての発信は全然違うと言ったのですが、それは違うと思います。
最近、入信された方にでも、おかしい事は、おかしいと伝えています。その方がかえって信頼されます。
もうごまかしは通用しません。
要は、その人の人柄と誠実さです。
良い事だけしか耳に入らない組織は、かえって怪しい組織です。
古い元会長さま
良い事も悪い事も。
人と人との人柄と誠実さ。
おっしゃるとおりに共感しております。
また、教団組織の問題も私なりに理解しているつもりです。
ひとつだけ、疑問が残るのはこのサイトで本部の内部事情をまるで見た来たかのように語る方が沢山おられ、どこまでが事実なのか、それとも誇張も含まれるか。
また、教えの歪曲などの有無も。まさに地方の末端教会の私にはとても知り得ない情報ばがりで、びっくりしています。どうやってこんな情報を得たのか。ただ、人伝いに聞いたはなしか、ネットでの情報を添貼しただけなのか。これらの情報が全て、裏取りをされているのか?
万人が見るサイトで天理教の良い悪いの情報が正確に伝えられているかに疑問を感じています。
ようぼく様
私の場合は、自分が見てきたこと。体験したこと。本部中枢の人から聞いたこと。
天理教の研究者から聞いたこと。そして、本人から聞いたこと。です。
もっと、色々聞いていますが、投稿は差し控えています。
天理教の機関紙上では良い情報ばかりが溢れています。その分ネット上では、時計の振り子のように悪い情報が多く、目立ってしまうのです。
考えてみれば、とても健全な姿です。
ネット上のことです。真実も嘘もあるかも知れません。それを承知で読み進めることが必要でしょう。
初めてコメントさせていただきます
かんろだいが倒れたとのことで
いろいろ情報を探しているとここにたどり着きました
父は真柱様とある程度親交があるみたいで
何回かお会いしたことがあるのですが
全く皆さんが書かれているようなイメージがなく
ビックリしました
自分はパレードにでて手を振るなんてめんどくさいし26日は絶対おつとめにでないといけない
真柱さんを尊敬はしてます
ただ天理時報に書かれてたように
慣れがあったということには反省してほしいとおもうのですが…
話はかわりますが
現在末端の教会は貧困まっしぐらです
父親が朝づとめのために早起きし
昼には無給でおぢば大教会へ
夜は夕づとめ公社祭り
深夜には年老いた信者さんからの電話等々
働く時間もありません
こんなに忙しいのに安月給です
逃げ出すわけにもいかない
話を聞いていて本当に悲しいです
いつか倒れてしまうんじゃないかと心配でままなりません
昔のままのシステムはもうやめた方がいい
朝づとめ夕づとめは特にもう社会に適していません
一日に2回もやる必要がないと感じてきました
このままではどうなるやら…
継ぎたい!だけど将来貧困生活はしたくない
本部の方達にも聞いてもらいたい限りです
かんろだいが倒されたっていうのは
こういう末端の教会をしっかりみなさいと
教祖がおっしゃっていると思ってもらいたい
いつまでも陽気で暮らせるといいなと思うばかりです
末端教会の後継者?様 まさにあなたがおっしゃっている末端教会の現実というものに、本部員や大教会長が真摯に向き合い、猛反省をしていただきたいと思うのです。親神はそのために、ぢばに据えられたかんろだいという信仰の芯を倒されました。だからこそ、ここでのコメントや意見を、ご本部での練り合いの資料にしてほしいのです。あなたが末端教会の後継者のあとに「?」マークをつけておられる理由は、よく分かります。私のところも後継者が形ばかり継ぎましたが、その先はまったく不透明です。信者もほとんどおらず、月次祭をするのが精いっぱい。すでに貧困状態に突入して久しいです。多くの兄弟教会も多かれ少なかれ同じような状況で、事情教会になるのも、もはや早いか遅いかだけの違いに過ぎません。教会本部を頂点とした教会制度は破綻をきたしています。ご尊父の会長様を通じて、天理教社会学研究所のことを直接、真柱様に教えてあげていただけないものでしょうか。私も本部筋の先生にこのサイトを熟読するよう、お伝えしました。
昔は本部の青年会でよく会ってたみたいですが
今はそれほど会ったりしてないようです
だからお願いには答えることができないことをお許しください
学生会などいろいろな集まりに6年間ほど
参加させていただきましたが
教会出身と信者出身ではほんとに辛さが違うと感じるばかりです
正直自分も教会以外で天理教に関わりたかったです。
水を少し流したままにすると
これは信者さんからのお供えやねんから
大事に使え!と怒鳴られ
普通の家なら軽くしかられるぐらいのことを疲れているからかすごい怒鳴られたのを未だに覚えてます。
一人の女の子が
服も買えない遊びにいけない
月次祭に学校行事が被ると行かせてもらえない
と泣きながら訴えてたのが未だに忘れられません。
もう無理なんですよ
真柱様は忙しいのはわかっております
ただ本部役員は多分毎日、のほほーんと過ごされてるのは確実でしょう
そういう人達に末端の教会にきて一緒ににおいがけでもしてもらいたい!
どんだけつらいか、
家族で外食なんて滅多にない
旅行なんてできない
天理教の教会の会長と家族は奴隷ですか?
この1文を本部の人達に投げつけたいです
どうしても後継者になっても生きていける気がしません
ただメディアが発達して
Twitterに天理高校の甲子園でのゴミ拾いが
広まったように
少しは希望があるかもしれないですね
でも動いているのはやっぱり若者
古い頭はアンパンマンのように常に変えていくべきだと思います
わざわざ返信ありがとうございました
いずれにせよ、新しい甘露台が据え替えられて、『これで元通り、オッケー。結婚式にも間に合ったよ\(^_^)/』みたいなのは、アカンよね。
据え替えを少し遅らせたり、結婚式を延ばしたり、今現在の状況を立ち止まって、しっかり見つめ直していかにゃならんよ。
古い元会長 さま
ご解答、ありがとうございました。
今後も、裏付けがあり事実に元づく投稿をお願いします。
地位、権力、収入、時間
これらの高低差がある中で、いかに教理を信仰するか
信仰とは信じて仰ぐ
なかなか なかなか 難しい
人間は皆平等であるべきだが、同等ではない
男女、年齢、境遇
皆違う
双子でも違いがある。
いちれつきょうだい
いちめいいにちん
ほんとに、むずかしい
ようぼくさま。
>裏付けがあり事実に元づく投稿をお願いします。
うちの大教会長ですが、親子ほど離れた役員を大勢の前で怒鳴りつけます。
入り込みの障碍者を投げ飛ばしたこともありました。
奥様は、デパートで買い物するのが大好きです。
サイトを拝見しました。
表現に重箱の隅を突くようなトコロもありますが、このサイトで書かれている事が概ね今の天理教の実態であると思います。
とにかく、みんな天理教の縦構造に疲れ切っているんですよね。
あり得ない事ですが、16000箇所(よくもまぁ、こんなに作ったもんだよねぇ)の教会が全部本部直轄になったら、ウチのボンボン大教会長はどうするんだろう。
私は多くは望みません。どうせ変わらないから。でも少なくとも大教会部内は縦構造が無くなり、全部直轄になってほしい。毎日、御神饌を持って上級→大教会と日参するのはキツイです。精神的にも限界であります(笑)
みなさんこのサイトを拡散しましょうよ。
小さなチカラが大きなチカラになって何かを変えたい。
ようぼく 様
私が投稿した内容は、100%事実です。地区名や教会名を挙げれば私の身元は即座にわかるでしょう。また、それを控える方が良いようにも思われているようですから、敢えてこれらは書きません。
但し、1年程前になると思いますが、私の投稿に地区名を明記し、関係教会名をイニシャルで表して、教会建築費の4分の1に相当する金額を、本部が大教会長を通じて横取り(有無を言わせないお供え)した内容を投稿したことがあります。多分、この投稿で私の身元は割れていると思っています。
また、例えば、知人から聞いた天理高校二部にキャディの養成コースが奈良市内のゴルフ場に設置されて、二代さんは、その生徒をキャディとして連れまわしていた事実に、真柱がそのようなことをしていたのかと疑問を感じていたのですが、満更嘘でもないようにも思えて疑問を感じながらも投稿しました。
後にこれが事実であったことが分かりました。全天理教徒の何人の人がこのことを知っていたのでしょうか。表さんが、今もそのゴルフ場の役員をしていることも事実でしょう。
火のないところに煙は立たずと申しますが、先の知人が申すには、本部周辺の山々を指して、あれもこれも本部名義の山だと聞くと唖然としてしまいます。
少ない年金からも、助かりを願ってお供えをしていた人たちが、この事実を知ればどう思われるでしょうか。
道友社は、ネットを信用するなと断言しているようですが、教団本部は、社会学やお供え欄への投稿の内容を吟味し、反省の材料にして論壇を張るべきでしょう。
参拝していた教会は、30年前には信者が会堂にあふれんばかりに参拝していました。今では月次祭の手も揃わない状態になってきているのです。ネットの影響は確実にあらわれてきています。
教団本部は信者に迎合せよということではありません。隠し事をせずに、教祖が伝えたかったことを素直に披歴すればいいだけのことではないでしょうか。
末端教会の後継者? さま
おはようございます。私は末端教会の会長です。
教会を継いだものとして、少しだけお話させてください。
かなり長文になってしまったので、めんどくさかったらスルーしてください。
大教会→部内→部内→部内→部内の教会長です。
本当に絵に書いたような末端教会ですね。29歳で教会長にならせていただいて13年間いろんなことがありましたし、不安になることも一度や二度ではありませんでしたが、第一に人のお助けとおつとめの実践。第二に理の親へのつとめを大切に、神様を頼りやってきました。
信者数ですが、今の現状から言うと横ばいです。私は、横ばいどころか上げるつもりで駆けずり回りましたが、結果は横ばいです。
13年間で、亡くなった人、高齢のため教会まで足を運べなくなった人、信仰が伝わらず切れて行った人もたくさんおられ、上手く親から子へ信仰が伝わった人も少なからずおられます。
しかし、現実今うちの教会を積極的に支えてくれているのは新しい信者さんです。
おつとめ奉仕者として毎月つとめてくれる新しい信者さんも何人かいます。
それで、トータルでみると私が会長になる前と今で横ばいです。もちろん縦の伝道もがんばりましたが。
お道でない人をお助けをさせた頂き、ある程度までお導(満席まで、または住み込みをしてもらったり)きしても、途中でいなくなる人や、逃げて行く人が実はほとんどでした。
その中で数名が教会に足を運び、神様の話を熱心に聞いてくれてます。
その中で、最も誰が助かったかと言うと私自身が助けてもらえました。本当は高慢で癖性分の強い私で、お助けにかかることをしなかったら、きっと新聞沙汰をおこし一家離散の憂き目にあっと思います。私は、そういう人間でした。
そんな私が毎日楽しく、家族団欒、喜びの中で寄り来る信者さんとおつとめをしてくらしています。
上級教会にも欠かさずつとめました。ご存知の通り、私の教会は大教会を含めると4人の理の親がいることになります(全て理の親だと仕込まれました)ので全て欠かさずです。4人もいれば4者のクセがあり(人間味のあっていい所もたくさんある)ますから、頭にくることは数え切れません。
それでも私にはこの4人の方々のお陰で、成人させてもらえました。
これから、よろしくご指導くださいの思いです。
私と同じような境遇を通るであろう末端教会の後継者?さま。
私は、あなたではないのであなたの気持ちに、完全に成り切ることはできません。
しかし、あたなも私も天理教に身を置くのは、たまたまでしょうか?それは断じて違います。
それは神様が「このままではこの子は、人間として普通に生活することができず、苦しみ抜いて通らなければならないのが気の毒で仕方がない」からお道で神様のお話を聞かせていただいてるんだと思います。
(私が、そう思うんです)
どんな人間も神様の子です。あなたも私も本部も世間の人も全てです。
神様の思いは「みんな仲良く助け合っておくれ」です。
私はおやさまの人を助けて我が身たすかるを出来る限り実践した13年間の一番の収穫は
「親神様の理の流れ」を実感できたことです。(極めたというわけではない)
この世の中のすべての人は天理教にかかわらず、親神様の理の中でいきています。その理の流れが分かってくれば、何も心配がなくなりました。
どういうことかというと、この世界は「高い所から、低い所に水が流れる」「蒔いた種が皆生える」「人を助けたら、自分がたすかる」世界でした。
全てそうでした。
活字にすると、いや知ってるよって思うかもしれませんが、一部のスキもなくそうでした。
おやさまのおっしゃる事に、一つの間違いもありませんでした。
きっと不安であろう末端教会の後継者? さまにひとつだけアドバイスさせてください。
低い所に物が集まります。イコール低い心に物も、人も、お金も集まります。
低い心です。低い心。「する」じゃなく「させて頂く」です。
本来の神様の理の流れどうりにいけば、人にも、物にも、お金にも困ることがなくなるはずです。
そう行かないのであれば、何かが間違っています。理に沿っていないからです。
「蒔いたる種は皆生える」も同じことで、させていただけば、良い種で良い芽が生えます。
うわ、めんどくさと思えば、めんどくさの種で芽が生えます。うれしいならうれしい。頭にくるなら頭にく
る。
良い事も直ぐ生えるが、悪い事も直ぐ生えます。
これは親神様の親心からです。悪い事も間違いなく生やしてあげたいと思っておられます。
以上のことが分かってくると、もう心配ありません。
神様もあなたのキャパに合わせて人をつれてきます。
また、人は黙っていてもあなたについてきます。
後はあなたから信ずる信仰を自ら実践して共に通ればいいのです。
ここからは私の思うことですが、こんな信じられない不思議を体現するには、最も必要だったのは他人への「お助け」でした。
これは人により、においがけとかひのきしんとか理の親に尽くすとか言う人がいますが、どれもホントだと思いますが、私は「お助け」でした。
成人には相手が必要です。ご教理だけ読んでも頭で理解しても、胸では理解できません。
失敗と苦労の連続でしたが、たぶん私はとびきり癖性分が悪いと思います。とりあえずここまで、10数年かかりました。
末端教会の後継者? さまはきっと私より純粋でよいお助け人になれますよ。
まずはあなたのできる、人様の喜んでくださることをしますので、どうぞ私を神様の道具としてお使いくださいと神様にお約束(心定め)してみてください。
すると神様は喜んですぐになにか見せてくださり、勇ませて下さいます。
騙されたつもりやってみてください。直ぐに見せてくださます。
どうせ教会長やるんなら、とびきりでかい夢を持って、人生かけてやりましょうよ。まぁ責任はもちろん自分持ち、、無責任ですか?
まだお供えとかおつとめに疑問もお持ちでしょうが、また次回に。
このあと、たぶん本部の腐敗で教えの捏造、そういう類の投稿をおっしゃる方がいるでしょうが、
今日は末端教会の後継者? さまのお幸せな人生のために申し上げました。
確かに、教団組織は間違っていると思いますし(おやさまのおひながたの上では間違っている)、真実なら公表して新たな改革の一助になればとも思います。
しかし、私の現状に不満どころか感謝しかありません。本当はそんなことを思えない私だったのですが、天の理さえつかめばなにも不足はありません。今の私になれたのは紛れもなく天理教でした。
あんなに腹を立てた理の親方々にも、本当は許せなかったのに、今は感謝に変わりました。これも悪き組織のおかげですかね。
うちにつながる信者さんもそんな不足はないと思う(思いたい)
これからも私は、神様の望まれるままに人様のお助けに従事していきます。
どんどん人が「神様のお陰と」助かって喜ぶ姿が来る日を確信しています。
私でも、ここまで来てますからみんな行けますよ。
ここまでの長文読んでくださった方々ありがとうございました。
まだまだ成人の途中です。末端教会の後継者? さま
や関係者の方々をディスってるわけでもなく、末端教会の後継者? さまの信仰の参考になり、幸せな人生の一助となればと思います。
ご批判がありましたら、謹んでお受けさせていただき、私の今後の勉強とさせていただきます。
古い元会長さま、東風Z さま
貴重なご経験談ありがとうございました。
また改めて意見交換させていただきたく思いますので、後ほどよろしくお願いします。
こんにちは
>本来の神様の理の流れどうりにいけば、人にも、物にも、お金にも困ることがなくなるはずです。
人、物、金に困っている天理教信者、教会は神の理どうりに通っていない
大教会、本部等の人、物、金に困っていない人は神の理どうりに通っている事になります。
本当にそうでしょうか。
匿名様
先程の私の投稿ならそう捉えられてしまいますよねー。
匿名様の、おっしゃる方々が神のどうりに通ってないかは正直、私には分かりません。
だってあったこともないし、匿名様も実は分からないんじゃないですか?
その人が本当に神の思いにそっているかは、実は周りには分からないんですよ。
本当に自分は神の思いにそっているは、本当のところは本人と親神様にしか分かりません。
でも、やりきった人は本物です。やり切った人は、結果だったり、起きてくる事象に納得する裏付けがあります。
だからお道はやらなきゃ分からないんです。とことんです。
やらない周りが、納得できません。
すいません、匿名様に納得のいく説明になったか分かりませんが、とりあえず私なりにやった結果で申し上げてます。
でも匿名様なら分かってもらえると思ってます。
補足
やらない周りが、納得できません。
↑の補足ですが、
やらない人がなぜやらないのか納得できません
って意味でなくて、
、、、分かっていただけますよね?
ようぼく様 あなたはお若い会長様だったのですね。末端教会の後継者?様へのアドバイスはとても適格で立派なものです。ただ、ここで問題になっているのは、どんな難儀苦労があってもお助け活動に従事するということではなく(それは教会長として当たり前のことです)、ピラミッド型の教会の仕組みが現在こういう形で破綻してしまっているということなのです。教内には、教会制度の問題をあえて考えない傾向、教会制度の問題を個人の信仰の至らなさに還元してしまう傾向があります。しかし、いま天理教が直面しているのは、数多くの末端教会の崩壊の危機です。ようぼく様の教会が「大教会→部内→部内→部内→部内」とあるということは、ご自身が丹精された信者さん方の尊い真実を上にお供えするのにも少々の額ではすまないでしょうし、お供えが上に上がるたびに中身が減っていくということです。いま末端教会の多くはその過重な負担のために存亡の瀬戸際に追い詰められているのです。信者さんからのお供えをすべてお助けだけのために使えたら、お助けはもっと上がるはずですが、「お供えは上に上げることで神様に受けってもらう」という偽りの教えのために教会も教友も苦しめられているのです。仏教の場合、本山や大本山があるにしても、基本的にどのお寺も独立採算制、住職の裁量で自分のお寺だけを切り盛りし、檀家さんの世話取りだけに専念できています。天理教の場合、本部や大教会が不必要に大きすぎるのです。本部や大教会が本当に根なら末端の枝葉に栄養を送らなくてはならないのに、ポンプのように末端から金もエネルギーも吸い取るばかりです。色んな意見が出てますが、親神様の真の教理とは何かという問題もあるでしょう。しかし、この悪しきシステムを変えなければいけないというその一点で、ここに書かれている方々の意見は一致しています。そして、そのことをご本部でも真剣に受け取ってほしい。ただ、それだけす。長々と書いて失礼いたしました。
さらにもう一つだけ補足
私の知る範囲では、大教会長、本部も、お金に物に困って来てます。あぐらをかいて順風満帆なんて人はもやはや皆無です。
中田家、山なんとか家は、ごめんなさい。
情報が、ないのでわかりません。
でもこの人らは不足をする、ことが末端教会より無いかもしれません。まぁ私らの知らないとこであるかもしれませんが、、
私の拙い経験です。理を積みきれば苦労はなくなるはずです。
ありがとうございます
1つ自分はいずれ教会を継ぐとおもっていた
ことを先ずは反省したいと思います
正しくは継がさせていただくと思うべきでした
大変貴重なお話をしていただき
感謝しております
本部も大教会も疲弊してるみたいですね
そこの認識は改めます
私はおぢばが好きですあそこに行くと何故だか
心が落ち着くんですよね
景観も好きです
でもその景観を守ってくれているのは
間違いなく本部員の若い人達なんですよね
だから下から上へのお供えは正直
仕方ないかなとは思っております
多分本部の採算だけでは子供たちが楽しみにしている子供おぢばがえりでさえ開催できなくなってしまうでしょう。
がしかし、そのために信者から多額のお供えをしてもらうというのもなかなか納得がいきません
だから教会長も働くべきだと思います
そのためには改革が必要不可欠です
朝夕のおつとめこれは朝だけにして(本部は朝夕してもらう)月次祭も決まった日にやるのではなくできるだけ参加してもらえる日を自分達で
考えてやるべきだと思います
決まった日に決まったことをやることは
慣れや惰性を産んでしまうと考えます
今日は人が少なかったねぇと言い合うよりも
いつもとは違う日程だけど
わいわい楽しく勤めさせていただけたと皆が思った方が親様は間違いなく喜んでいただけると思います
今天理教は転機を迎えてます
自分なりにもっと頑張ってみたいとおもいます
多分こんな改革を申し出ると
回りから(特に年配)からいろいろ不満を言われることでしょう
それでもより皆が楽しめる、陽気になれる
元気に生きていけるように慎んで成人したいと思います。長文読んでいただきありがとうございました
>大教会長、本部も、お金に物に困って来てます。あぐらをかいて順風満帆なんて人はもやはや皆無です。
末端教会へ入って来た信者さんのお供えは、上級教会を通して、殆ど大教会、本部へと流れていると思います。それでも、大教会や本部が、お金に物に困って来ているというなら、自分達でお金を得るようにしたら如何なものでしょうか?疲弊している末端教会から金を吸い上げるという仕組みを、いい加減に、もう止めて頂きたいと思います。親が子に、いつまでも たかるなんて、天理教だけです。
しかし、東京天理教館や、幾多の営利企業、また、たくさんの不動産を持っている方々が、金に困ってる筈はないと思います。末端教会、中間教会が困ろうが、どうなろうが、贅沢な生活を続ける高収入を生んでくれる資産は十分持っていると思われますけど。
>お供えは、上級教会を通して、殆ど大教会、本部へと流れていると思います。それでも、大教会や本部が、お金に物に困って来ているというなら、自分達でお金を得るようにしたら如何なものでしょうか?
正直そうする様に制度、システムを改変していく事が天理教に関わる全ての人に有益であろうと思います。
2、30年前に比べて天理教は確実に謂わゆる収益(お供え)は激減しています。
その煽りを先ず喰らったのが末端教会の方々でしょう。
その頃から教勢の陰りの予兆は見えかけていたのでしょうが、本部及び大教会または羽振りの良い上級教会はまだそれに気付かず、むしろ苦しんでいる末端教会に対して「悟りが足らん、堪能が足らん、 不足をするな!」のお仕込み責めで末端の人々を攻め立てていたのでしょう。
しかし時は流れ今現在、大教会、上級教会レベルでも嘗て末端教会が感じた危機感、焦燥感を感じ出しているのでしょう。
いや、もうすでにマズイ状況になっている教会もあるのかも知れません。
きっとまだ本部はギリギリ大丈夫なのでしょうが、やはり焦っているだろうと思います。
寧ろ本部は広大な土地、建物、人を抱え込んでいます。お金の流れが今以上に激減した時一気に破綻するでしょう。
天理教維持財団をまた立ち上げたのもそれを見越しての事でしょう。
私見ですがお金を稼ぐ事そのものは何も悪い事は有りません。
寧ろ自分達の食い扶持ぐらい自分達でナントカするべきです(まぁ世間じゃ当たり前の話しですが)。
本部は本部で手一杯ならば、「みちのとも」や時報を使って国々の教会に向けて働きながら教会運営をしても良い様に働きかけていくべきだろうと思います。
もっと言えば、先々の後継者問題を見越して教会の統廃合を本気で実施すべきでょう。
ご本部や大教会に対して強く反省・さんげを求めていく一方、末端教会として生き残りのための自衛策も必要です。「父親が朝づとめのために早起きし、昼には無給でおぢば大教会へ、夜は夕づとめ公社祭り、深夜には年老いた信者さんからの電話等々」と末端教会の後継者?様は投稿されていました。この中の「昼には無給でおぢば大教会へ」だけでも抜けば、かなり違うはずです。おぢばはともかく大教会が近くにあると、神殿当番も含め「便利屋さん」のように思われてしまいます。しかし、そこは自教会でのお助け優先ということで、心を鬼にして断らなければなりません。その他、①朝夕のおつとめは時間に融通をきかせる、余裕がないときは礼拝だけでよい、②月次祭も休憩をはさみ、また上半だけ・下半だけにとどめる、極端な話その月の下りだけでもよい、③役員巡教は可能な限りお断りする、たとえ来てもらってもこちらの流儀に合わせてもらう、④お供えも出来る範囲でする(年金から絶対にお供えは出させない。年金からのお供えが教会や高齢信者の困窮の最大要因です)、⑤定期雑誌の購読を最小限にする(子供もいないのに無理して少年会雑誌まで取る必要は無い)、⑥勇ましいお助け話に心を動かされず、家族で穏やかで幸せな信仰生活を心がける、⑦お助けも「つとめ」と「さづけ」以外に色々と創意工夫をする、⑧自分自身でも主体的に教理の勉強をする(これは意外と大切です。これをするだけで本部の権威に盲従しなくなります)、⑨上級教会の用向きは余力を残して最小限にとどめる、できないならする必要はないと決めてしまう、⑩他系統の人達や他宗教の人達と情報交換や交流をする(このことだけで狭い系統信仰から心が解放されます)、などなどです。これらの中で、おつとめ関係などはすでに布教所のレベルでじっさいに行われていることですが、末端教会が限りなく家庭布教所に近くなっている現在、この方式を採用してもおかしくはありません。当教会でも形に囚われないあり方を模索中です。
教会制度を一掃しなければ未来はないというご意見は分かるのですが、では、一掃するための具体的な方法はと言えば名案が浮かばない、というのが本当のところでしょうか。
例えば、知人の所属する教会は地震で会堂が全壊して、建築のやむなきに至り、未だに毎月20数万円を南都銀行に返済している。
仮に、この教会を無くするとすれば教会名義の不動産始め動産をどのように処分するのか。また、現に教会に住んでいる方の生活の根拠を住居も含めてどのように確保するのか。考えれば考えるほど、これほど難しい解散・清算事務は無いのではないのではないでしょうか。
不動産が、借地なり会長を含めた会長家族の名義であればまだしも、法人教会の解散・清算事務は責任役員の一存では決定できないであろう。人の集まりである宗教団体は一種の社団法人であろう。とすれば、信者一人ひとりは社員(会員)と解することもできる。であれば、社員一人ひとりの意見を無視することは出来ない。
相続問題ですら、兄弟間でいざこざが生じる場合が多い。ましてや、都会の一等地に所在する教会であれば解散・清算事務は至難であることは目に見えている。
更には、いろいろな事情を抱えている教会であれば、解散・清算事務も誰がマイナスを負うことになるかの問題も生じて、容易なことではなくなるだろう。
教祖百年祭の際に生じた教会の負債問題等がそうであろう。
1万6千余の教会の整理など、いろいろな事情を抱えていることが推測されて、一律の方法は見つからないと推察する。言うは易しく行うは難しの最たるものになるであろう。
思えば、罪な組織を作ってしまったものだ。教団本部は教会の自然消滅を待つのか、それとも、教会制度を見直して新しい制度への移行を円滑にするためにあらゆる英知を集めるのか、性根を据えて裸一貫になる覚悟を以って臨むべきだ。
>朝夕のおつとめは時間に融通をきかせる、余裕がないときは礼拝だけでよい、<
まったく同感です。その他の項目についても共感します。
高齢化が進み融通をきかせたおつとめの方式はすでに各教会で実行されているものと思います。自教会でも会長(父)が高齢のためすでに数年前からおつとめは夕だけです。神前に座して拝をし、4拍手だけの方式です。それで終わりです。
毎日このやり方です。高齢の父にとって厳冬期の早朝のおつとめは身にこたえたと思います。家族も脳梗塞などを心配していたので、やめてくれて良かったと思っています。親神様が怒るとは思えません。
朝のご神饌も一度お供えしたら、数日間、季節によっては一週間位、下げずにそのままです。
春先、旅行の際に東海地方の大きな分教会(留守でした)にたまたま参拝させてもらった際、時は夕暮れでしたが、大きな白菜や、その他野菜類が三宝に乗ったまま、夕つとめの為のぼんぼりが灯されていました。
ご神饌物を下げずに夕つとめをし、おそらくは3,4日供えたままなのだと理解しました。
広い境内地の中に、教会建物も立派でしたので、かつては大勢の信者が集った光景がしのばれましたが、今は家族がひっそりと教会を守っていると言った印象でした。
時は流れ、高齢化も進んでいます。形にこだわって、無理をすることはないと信じます。
実態に即した教会独自の自由なやり方でいいし、実際にあちこちの教会から既に始まっていると思いました。
今後当教会が考えていること。
・上級への月次祭のお礼について。
いずれはお礼が出来ないことを伝えていこうと思っています。それでも良ければご参拝下さいと言うつもりです。
・上級月並祭参拝につぃて。
すでに行っていません。自教会こそ留守にせず、大事に守るべきです。
・役員巡教
お礼の金額は自分で決める。上から指導された金額は出さない方向で検討しています。
※何か言われたら「当方も困窮しています。」と実態を丁寧に説明するつもりです。
長々失礼いたしました。皆様のご参考までに。
末端元教会長様
東風Z様
匿名教会様
返信ありがとうございます。
>教会制度を一掃しなければ未来はないというご意見は分かるのですが、では、一掃するための具体的な方法はと言えば名案が浮かばない、というのが本当のところでしょうか。
全くその通りです。
言うは易し、為すには難しです。
情けない限りですが。
制度改革を本部及び大教会クラスの教会がやってくれるとは全然期待していません。
末端元教会長さんや匿名教会さんがコメントされた様に其々の教会、一人一人の信者さんが独自に教会維持存続対策を実施していけば良いのではないのでしょうか。
こちらのサイトやお供え掲示板で末端教会子弟さん(この名前で良かったでしょうか?間違ってたらゴメンなさい。)も上げられていた本部及び大教会との包括関係の解消も一つの手ではないだろうかと思います。
もちろんこの方法も出来る教会、出来ない教会があるでしょう。
これまで続けてきた人間関係に支障をきたす事を憂慮して思い切った行動も取れない事も想像できます。
そうなると一番簡単な方法があるならば末端元教会長さんのコメントにもある様に「出来ないものは出来ない」立場を取っていくのが良いのかと思います。
重複になりますが本部及び大教会は何もしてくれはしないでょう。
自分の身は自分で守るしかない。
長文を失礼しました。
カインさん、皆さま、長文失礼いたします。
ようぼくさんの書き込みにすさまじい違和感と疑問があるのですが、
どなたも突っ込まないので突っ込ませていただきます。
ようぼくさん改め、「大教会→部内→部内→部内→部内の教会長」さんはじめまして。
以下ようぼくさんと呼ばせていただきます。いきなり横槍失礼いたします。
>>でも、やりきった人は本物です。やり切った人は、結果だったり、起きてくる事象に納得する裏>>付けがあります。だからお道はやらなきゃ分からないんです。とことんです。
ようぼく 2017年8月19日 4:14 PM
>>理を積みきれば苦労はなくなるはず ようぼく 2017年8月19日 4:28 PM
>>天の理さえつかめばなにも不足はありません ようぼく 2017年8月19日 1:33 PM
と語るようぼくさんに質問です。
質問その①
ようぼくさんの「やりきった」結果、「納得する裏付けのある事象」ってなんですか?
個人情報等が漏洩しない範囲で具体的に教えてください。
またやりきるって「何をどう やれ 」ばいいのですか?具体的に教えてください。
質問その②
「理を積みきる」って具体的にどういうことですか?
成人不足な私のような人間に、そしてまだ天理教に入信していない世間の方々にもわかるようにやさしい日本語で具体的に教えてください。まさかお供えの多寡じゃないですよね。
質問その③「天の理さえつかめばなにも不足はありません」
とありますが、天の理ってどうやったら「つかめる」のですか?
「つかむ」とどのように不足がなくなるのですか?
「天の理をつかむ」ことが「誰にでも理解できるように明快かつ簡単にに説明すること」ができれば教団組織も布教師もいらないと思います。「だれもが再現可能なレシピのような明快な天の理のつかみ方」を、youtubeやブログ、SNS等で無料で世界中の皆さんに教えてあげて、無料で多くの人々を救ってあげることだってできるはずです。どっかのアホ会社みたいに「おてふり動画」に著作権を主張するなんてクソみたいなこととは対極にある素晴らしいお助けになるかと思いますので 「天の理をつかむ 方法を誰にでも理解できるように明快かつ簡単にに説明すること」を、ようぼくさんよろしくお願い致します。(動画やブログをつくれという意味ではありません。あくまでも「天の理をつかむ方法」を教えてくださいということです。教えていただいたら私がyoutubeにアップさせてもらってもかまいません)
おやさまのおしえは 誰もが理解しやすいようにとのお心から、「ひらがな」でおしえられた というのは ようぼくさんもご存知かと思います。ようぼくさんが以上の三つ質問に 「ひらがなのおしえ」 として 私のような馬鹿でも誰にでもわかるようにやさしく具体的にご返答お願いいたします。
ようぼくさんがこの三つの質問に明快に答えられない場合は、摩訶不思議な宇宙語で[〇〇星から来た…]みたいなファンタジーの体(てい)で、自己満足な独り言を言う「痛いアイドル」 にすぎないかと思います。おそらく布教に出ても「賢明な世間の人たち」からはいっさい相手にはされないでしょう。
カインさんが再三指摘してきたように、情けないことに大多数の天理教人は、ちょっと突っ込まれると「理」だの「徳」だの「いんねん」だの、「天理語」を用い、非常に曖昧で意味不明なレトリックで煙に巻こうとします。(あるいはお前はわかっていないと上から目線で無視して逃げる)まさかようぼくさんは意味不明ながらも長文で書き込むエネルギーのある方ですから、無視して逃げるなんて卑怯なことはなさらないですよね。
せっかくのネット上です、きっと教外の方々も読んでおられることでしょうから、いいにおいがけの機会になるかと存じますので、私の三つの質問に「具体的にわかりやすくどなたにも理解可能な日本語」でご返答よろしくお願いいたします。
P.S.ようぼくさんって、以前お供え掲示板に書き込んでいた ラグビー さんですか?
こちらのサイトの書き込みのみなさんのやり取りが、とても建設的で前向きな提案なので、読んでで楽しいです。
私は、教務の関係の係をしておりますので、東風Zさんのおっしゃる通り、一宗教法人の解散や吸収合併などの手続きは、とても困難でなかなか前に進みません。
〉教団本部は教会の自然消滅を待つのか、それとも、教会制度を見直して新しい制度への移行を円滑にするためにあらゆる英知を集めるのか、性根を据えて裸一貫になる覚悟を以って臨むべき
16000ある法人格は教会事情も、教会ごとに違いますから活動がなく吸収合併や解散に支障のない法人は速やかに進めて、活動がなくても教会の諸事情でできないところは時間をかけるしか方法がないですね。
しかし、包括的な教会制度(理の親制度)は宗教法人法とは無関係なので、統括法人の本部にやる気があれば制度改革は比較的スムーズに行えるのでないかな。
転石人さんのおっしゃる通り、改革に本部や大教会への期待はしても無駄かもしれませんが、とりあえずうちの大教会は、先程の名だたる大教会の一つです。
今、私の大所属する大教会は大教会長さまを始め、役員一同お供えの激減であせりまくってます。
大教会直轄教会も「無い袖はふれません。無理なものは無理」という感じになってきました。
みんなが、なんとかしなければという気持ちです。
私はコーヒーミルさんの
大教会部内は縦構造が無くなり、全部直轄になってほしい。
に激しく同意します。すべての教会が本部直轄で、すべての教会は独立採算制で、各教会から本部に直接お供えする。本部の人が私腹を肥やすのは良しとはしませんが、絶対必要な施設の維持管理費や活動費は最低限いりますからね。あとあの無駄に多い詰所群もなんとか民間企業に委託とかして、養老施設や医療施設としてなんとか利用できませんかね?
素人考えで言ってて申し訳ありません。見識のある方ご意見下さい。
本部も明らかにいろんなところで経費削減です。大教会もいっぱいいっぱい、末端教会は悲鳴を上げて力尽きる。本部から末端教会までみんながなんとかしなければならないと思ってる。けどどうしたらいいのか分からない。
本部の人ーー!!このサイト見てたら、みんなの悲鳴を聞いてくだいーー!
もう限界なのわかってるでしょーー?
おやさまの思いに沿った教会組織に改革してくださーーい!
やる気出せー!!
ようぼくさんへ
ほぼ同じような時間に投稿がかぶってしまいましたね。
ようぼくさんの最新投稿のひとつ前に、
私の投稿及びようぼくさんに対するご質問がありますので
よろしくお願いいたします。
流れを切って久々に投稿します。
本部の方々がこのサイトの書き込みを見ても、あまり影響はないと思います。
真柱様が見ても、あまり影響はないと思います。
これからは、色々な、複雑な『力』の時代が来ます。古来より、生き物は弱肉強食と自然淘汰を経て生き残ってきました。生き残る生物は、結果的には強者ですが、「自らを変化させるもの」です。変化を進化と捉えても良いかも知れません。
財力、権力、腕力…
あ、信仰力なんてものもありますね。
天理教の教理も組織も時代と共に変化してきました。
進化(良い方向)なのか退化(悪い方向)なのかは分かりませんが、弱者は強者に食われ淘汰され、強者も別の強者に食われて淘汰され、生き残るものは やはり…
人間、人間以外の生き物、文化、
様々なものは淘汰され、残っていきます。
中山みき様の存在と、親神様の教えは、どう淘汰され、変化していくのか
末端教会の後継者として、信仰して求道しつつも、天理教の事象を様々な角度、観点から見ていき、出直すまでなるべく楽しんでいきたいと考えています。
このサイトはお気に入りなので、どんな形であれ、もっと盛り上がってくれることを願っています。
長文駄文失礼しました。
末端教会育ち さん質問ありがとうございます。
また、興味を持っていただきありがとうございます。
今のご質問でさらに詳しく説明させて頂く機会を与えて頂いたと感謝しております。
今日はもう遅いので寝ます。明日も昼間はあまり時間が取れませんので、ご質問にお答えするのは明日の夜かそれ以降になると思います。
お答えにする前に、お答えはおそらく
2017年8月19日 1:33 PM
のことをもっと詳しく説明することになると思います。
また、「理」だの「徳」だの「いんねん」だので説明をします。
それは煙に巻くでもなく、逃げでもなく
おやさまのご教理で教えて頂いているからで、これらの言葉を逃げと捉えられると困ってしまいますが、これらの言葉を、世間の人にも分かる日本語でご説明させて頂きます。
きっと長文での投稿になりますので、その前に確認させて頂きました。
以上で「ならば、説明はいらない」思われるなら、遠慮なくそのようにおっしゃって下さい。
ちなみに私は「ラグビーさん」ではありません。
ようぼくさん、早速のご返答ありがとうございます。
「説明はいらない」どころかどんなに長文でもかまいません。
また時間がかかってもかまいません。
心から期待しております。
きっとようぼくさんの書き込みに、私のような疑問を持たれたほかの方々もいるかと思います。
よろしくお願いいたします。
匿名 さま
2017年8月21日 12:15 AM
〉古来より、生き物は弱肉強食と自然淘汰を経て生き残ってきました。生き残る生物は、結果的には強者ですが、「自らを変化させるもの」です。変化を進化と捉えても良いかも知れません
匿名 さまの投稿はいつも好感がもてます。
ようぼくさんが、一人三役で、一人芝居をしておられます。
分かりやすい脚本ですのでバレバレです。
本当に現状の天理教組織を守りたいのですね。
私は言いたいことを言って、本部の悪事を暴いて、心晴れ晴れ、神様は喜んで下さっています。
心晴れ晴れのポイントは上級へお供えを持って行かない事。これだけです。
心の本音にフタをして生きて、本当の陽気遊山は味わえません。
古い元会長 さま
〉ようぼくさんが、一人三役で、一人芝居をしておられます。
ちょっと違います。
〉本当に現状の天理教組織を守りたいのですね。
大分違います。
〉本部の悪事を暴いて、心晴れ晴れ、神様は喜んで下さっています。
この考え方が、このサイトで大分勉強になりました。
正確なことを、伝えることは良いこであると。
みなさんの意見を理解しようとつとめてます。
でも根本は、自分自身の心のあり方だと思ってます。
「天理教」というものから離れて物事を考える事をしない限り、
物事の全体は見えない。
何もかもが本末転倒になっているのが今の天理教組織。
天理教のために教会があるわけでもないし、本部があるわけでもない。
ましてや人間は天理教のためにいるのではない。
別席者や修養科生、おさづけ拝戴などの年間数値目標を掲げる意味はなに?
天理教は、全人類を天理教徒にするのが目的か?
ほんま、なにこれ。
天理教本部も教会も、世間一般のためにあるという視点がない。
困っている人々をお助けすると関わり、信頼関係を築けたと思えばすかさず
助かりたければお供えをと要求する。
「いんねん」「徳」「理」訳のわからん天理教用語を駆使して。
おやさまは、自分が助けてもらったと思ったなら、他の人にも自分がしてもらったことをして差し上げなさい、
って言わはっただけだと思う。
お供え持ってこいとか、ひのきしんしろ、なんてことはおっしゃってない。
ただ、助けてもらったと思った人が、自発的に恩に報いようとしたかもしれない。
それは助けてもらった人の自由であって、本来助けた人は助けっぱなしでええねん。
人は同じことをしてもらっても、「助かった」と思う人と「いらんことして」と思うひともいる。
「助かった」と思った人が、大金をお供えしたり、ひのきしんに励んだりした結果、教会は勘違いし始める。
そこにあぐらをかいてしまった。図に乗るって言うやつですわ。図に乗った結果の今の状態。
結局人間だから欲には目が眩む。なんだか自分が特別な人間になったかのような錯覚。
そして世間一般からはどんどん乖離していく。
大亮くんか何か知らんけど、天理の駅前で神名流ししてるって?
いやいや自分のホームグランドでやる事か?
全く意味不明。
こういう思考になるのがオチですわ。
今の天理教がこうなってしまっているのは、今まで良かれと思ってやってきた私たちの行動の結果。
上に素直に従い、給料、ボーナスの何割かをお供えし、有給をとってひのきしんに励み、
月次祭に行き、自分ちの掃除は放っといても教会、上級の掃除はする。
相手を変える(変化させる)ことはできない。
だから、自分の行動を変えるのです。
してきたことをしない。それだけです。
天理教は自らは改革をしないでしょう。本部内では「変えてはならない」という意見が美しく響く世界ですからね。
おそらく20年後には信者数30万人程度まで落ちると思います。逃げてしまう教会長が続出するんじゃないでしょうか。残念ですね。
もう少し天理教を良くしたいです。
そこで、現在の天理教の構造を全く変えないで良くなる方法を考えましたよ。それは以下の三つの事を、真柱が自分の声で発表することです。1分で夢の世界に変わります。
1 教会の後継は、世襲としない。
2 御供の袋は、いかなることがあろうと、全教全て無記名とする。
3 理の親という表現を禁止する。また、上級からの「御供・ひのきしん・雑用」の強要をしてはならない。
また、理の論理をふりかざし、信者を独自の教理で攻撃することは絶対にしてはならない。
この三つを、本部の神殿講話の後「真柱さまからお言葉がございます」とかアナウンスがあった後、真柱がぼそぼそ発表すればいいんです。
もうこれだけでかなり変わると思うんですよね。真柱はんのお言葉の後、HP、道の友、天理時報で発表すればいいんですよ。こんな感じになんねーかなぁ。
改革案色々考えていますので、また書き込ませていただきます。ご意見ください。
感謝、慎み、助け合い。というのであれば教団本部はもっと感謝と慎みの心と行い(実績)を持ってください。
取ることばかり考えている教団本部は、2050年の地球を想像したことがありますか。。
30年後には地球は100億人を超える人を抱え込みます。人間を作ったというのであれば、その将来に責任ある教えを態度で示してください。
本部を始め多くの大教会のバカでかい建物群を見ていると、「慎み」なんて何処吹く風のように感じる。
これから生まれてくる子供たちが、天理教を信仰していて良かったといえる教えを披歴してください。
今のままでは、あなた方が常々言っている「世間並」と何ら変わらないどころか、世間並より劣っているでしょう。
2050年の地球に想起される状況は、水と食料の争奪戦ですよ。さて、天理教はどうするんですか。
ようぼく 様
>私の現状に不満どころか感謝しかありません。本当はそんなことを思えない私だったのですが、天の理さえつかめばなにも不足はありません。今の私になれたのは紛れもなく天理教でした。
>あんなに腹を立てた理の親方々にも、本当は許せなかったのに、今は感謝に変わりました。これも悪き組織のおかげですかね。・・・①
>「本部の人ーー!!このサイト見てたら、みんなの悲鳴を聞いてくだいーー!
もう限界なのわかってるでしょーー?おやさまの思いに沿った教会組織に改革してくださーーい!
やる気出せー!!」・・・②
①と②共、ようぼく様のご意見ですが、相反する意見のように思えます。
これを、支離滅裂とはいわないのでしょうか?
カンロ飴 さま
ご意見ありがとうございます。
相反する意思ですね。
しかし、両方とも私の正直な気持ちなのです。
いろんな、やりきれない思いも無理やり押し込めながらやってきた。またその中から喜びも見えてきた若輩の言葉とお受け取りいただけたらありがたいです。
確かに支離滅裂とお受け取り、ごもっともです。
末端教会育ち さま
大変恐縮なのですが、先日の掲載のお答えをしようと思いましたが、
下記のメールアドレスにてのやり取りでお答えすることはできませんでしょうか?
agasa9549@gmail.com
実は他のsnsで、私のことを中傷し恐らくこのブログに来ていないであろう人達に、拡散させているのを見かけました。
とても、残念です。私の知らないところで、私の投稿をネタにしていたのが残念でたまりません。
私は、その方のある一言にとても共感し、信頼感さえ持ちかけていたのに、、、
ここで、また私が一生懸命お答えしても、また別の場所で中傷され、拡散されると思うと恐怖さえ感じます。ネット社会の怖いとこと言われればそうですが、ここではまともに答えられそうもありません。
末端教会育ちさん以外の疑問を持たれた方にもご説明したいのでが、もし興味のある方はメール下さい。
大変勝手を申してすいません。顔の見えない、名前も分からない人の、私の知らないところでの口撃がたまらなく恐ろしいのです。
できましたらメールでのやり取りお願い致します。
無理ならスルーでお願い致します。
その方へ
このように申し上げても、中傷はやめないでしょうがもうやめて下さい。
私は断じて、本部や大教会の人間ではありませんし、話もフィクションなどではありません。
それに、ラグビーさんという方も私ではありません。
こう言って信じろといっても信じてもらえないでしょうね、、、
>中傷はやめないでしょうがもうやめて下さい。
正直な感想を書いたまでのことで、中傷したつもりは無かったのですが。
しかし、あなたも、このコメント欄に出て来られて、ご自分の意見を発表する以上、あなたのご意見に対しての批評、批判は、覚悟も承知もしておられることと思っておりました。誤解です、と述べ、その主張の裏付けになるご意見を述べればすむことではないでしょうか?
「メールアドレスにてやりとり希望、ここでは書けない」、というのは、申し訳ありませんが、逃げ口上としか、受け取れません。
ようぼくさん。
あなたは、上級が4カ所あることを、このように喜ばれています。
「上級教会にも欠かさずつとめました。ご存知の通り、私の教会は大教会を含めると4人の理の親がいることになります(全て理の親だと仕込まれました)ので全て欠かさずです。4人もいれば4者のクセがあり(人間味のあっていい所もたくさんある)ますから、頭にくることは数え切れません。
それでも私にはこの4人の方々のお陰で、成人させてもらえました。
これから、よろしくご指導くださいの思いです。」大したものです。
4人の上級のクセには成人させてもらえたのに、ネットでの批判では成人できないのですか?
ほめて貰らい、言っている事を認めて貰わないと成人出来ないのですか?
おかしな人だね。
ようぼく 様
私はあなたの回答を楽しみにしていました。
ココに投稿せず、読むだけの方にも、そのような方はおられるはずです。
末端教会育ち様と個別にメールでやり取りされると、そのやりとりを拝見したかった私達は、末端教会育ち様かようぼく様に「やりとりを見せて下さい」とメールアドレスを明かしてお尋ねしなければならないのですね。
今はフリーのメールアドレスも簡単に取得できますが、そのような手段をとれない方は普段遣いのメールアドレスを使わなくてはなりませんね。
こうなると、匿名でのやり取りにはなりません、メールアドレスという個人情報を公開することになります。
それは厳しいです。
匿名だからこそ、言える事もあります。
匿名で色んな情報を知りたい人が集まり、やり取り出来るのがネットの醍醐味です。
ようぼく様。
あなたの見えない知らない所にも、あなたに対する中傷はあるかもしれません。
それがネットの世界の常識です。
そのネットで、あなたはココに意見を述べると仰ったのに、それを反故にされる訳です。
でしたら、ネット世界で意見されるのはもうお辞めになった方があなた様の為です。
メールだって、どこでどう情報が漏れて転載されるかわかりませんからね。
(末端教会育ち様がメール転載のマナー違反をすると断言している訳ではありません、誤解の無きようお願いします。あくまで可能性の話です。)
ようぼく様、あなた様はネットでの発信に向いていないように思います。
顔も見えない、名も知らない人とのやり取りをネットで拡散されるのが怖いなら、ネットで意見発信する資格は無いのです。
それに、ココで中途半端に意見を出しておいて、核心部分をぼやかし、ココでの議論を打ち切ると一方的に言い出すのは、追及から逃れようとしているだけの様にも見えてしまいます。
残念です。
ようぼくさんへ
公に返答ができそうにないということで大変残念に思います。
大変なことになっているようですが、ようぼくさんのここ数日の一連の書き込みに対する
私の質問への返答は、みなさん同じように疑問を持ち、
その返答に興味を持っていたということ、
ある意味期待していたということなのですよ。
わたくしも今夜は忙しいので私からのもう少し丁寧な返信は、
また明日以降にさせてください。
ようぼくさんもうしばらくお待ちください。
(また睦輝さん、皆さん、まだ私はようぼくさんと
個人的にメアドでやり取りはしておりませんのでご了承ください。)
ようぼく様
>「理」だの「徳」だの「いんねん」だので説明をします。<
と仰っておりました。
私は今まさに、「上級」よりお供えすれば徳がつめる、おかげがあると責められています。
理・徳・いんねんについてようぼく様よりわかりやすいご説明があれば自分なりに考えたいです。
教えの真髄を探求しています。ようぼく様のご意見をこちらに上げていただけますようお願いします。
陸輝さま
私は陸輝さんのおっしゃる通り、ネットでの意見はどうやら向いていないようです。
ご指摘してくださって本当にありがとうございました。
肝に命じます。ありがとうございました。
匿名。さま
どうしても、ここで上げなければなりませんでしょうか?匿名。さまにとってなにか参考になればと思うのですが、私も昨日、メールアドレスを掲載させていただきましたが、匿名。さまが一番良いと思われるお伝えする良い方法はありませんでしょうか?
私の不徳でこうなったと今反省しております。
ようぼくさん。
あなたの書き込みです。
『ここからは私の思うことですが、こんな信じられない不思議を体現するには、最も必要だったのは他人への「お助け」でした。
これは人により、においがけとかひのきしんとか理の親に尽くすとか言う人がいますが、どれもホントだと思いますが、私は「お助け」でした。
成人には相手が必要です。ご教理だけ読んでも頭で理解しても、胸では理解できません。
失敗と苦労の連続でしたが、たぶん私はとびきり癖性分が悪いと思います。とりあえずここまで、10数年かかりました。
末端教会の後継者? さまはきっと私より純粋でよいお助け人になれますよ。
まずはあなたのできる、人様の喜んでくださることをしますので、どうぞ私を神様の道具としてお使いくださいと神様にお約束(心定め)してみてください。
すると神様は喜んですぐになにか見せてくださり、勇ませて下さいます。
騙されたつもりやってみてください。直ぐに見せてくださます。』
あなたは10数年かけて胸で理解できる程、成人されました。
『顔の見えない、名前も分からない人の、私の知らないところでの口撃がたまらなく恐ろしいのです。』
と書き込まれていますが、何故、恐ろしいのですか?
「成ってくるのが天の理」と明るく受け止めて、感謝して前向きに、とらえて下さいよ。
10数年もかけて胸で理解できる程に成人されているのですから。
「人が何ごと言おうとも 神が見ている気をしずめ」では、ありませんか?
先程、四下り目でその一説が心に堪えました。
申し訳ありません。ネットで意見することのデメリットにすっかりビビってしまいました。
この種の恐怖感は初めてです。
ようぼくさん。
あなたは、いい人ですね。
みんな小さな人間です。いいカッコしないで、等身大で生きて下さい。
40代の若さで物事が分かること自体がオカシイのです。
お道の中で悩み苦しんでいる人たちにも寄り添って上げて下さい。
あなたも辛い事があったら吐き出して下さい。
物事には正解がありません。お互い意見を交換し、相手を尊重しながら自分の意見も言って下さい。
そうでなければ、天理教で偉くなっても、人間としては魅力のない先生になってしまいますよ。
ようぼくさんへ
あなたは、何がしたいのですか?
この場での質問に対する回答であれば、今迄お話を聞いて来た皆さんが
参加しているこの場で、堂々とお話しすればいいのではないでしょうか?
誤解をされたのであれば、はっきりと否定をすればいいだけですし、
述べるべきことがあれば堂々とのべられたらいいのではないでしょうか。
個人のプライバシーに関わる事で必要があれば個人的なメールも致し方ない
かもしれませんが、末端教会育ちさんの質問は、全くプライバシーに係わる
ことでもありませんし、寧ろ、元々末端教会育ちさんはじめ、皆さん匿名でのこの場で、
あえてこそこそ一人ずつメールで教えるなどという遣り方には違和感を感じます。
>ここで、また私が一生懸命お答えしても、また別の場所で中傷され、拡散されると思うと恐怖さえ感じます。ネット社会の怖いとこと言われればそうですが、ここではまともに答えられそうもありません。
言いたいことだけ言って、質問や反論が投げかけられたら、この場とは違う所の話題を
引き合いに出して答えないというのは、なんだか卑怯な印象が拭えません。
こちらの読者である私は、末端教会育ちさんが、他の場所で何があったのかは知りえません。
また、他の場所で誤解があったということと、この場での自分の述べた意見に対する質問
への内容説明をすることと、何の関係があるのか、正直解りかねます。
寧ろ、自身の回答に自信があれば、堂々と考えを述べられるのではと思いますが。
正直に思ったことを申し上げさせて頂きますと、自信がないことを理由に、
一人ずつメールで教えるなどというこそこそとしたような遣り方での意見は、
わざわざ聞きたいと思えませんし、がっかりしました。
>申し訳ありません。ネットで意見することのデメリットにすっかりビビってしまいました。
真心から真理を訴えようと思ったら、メリットやデメリットなどという、損得は超えているのでは。
立派な言葉より、「姿勢」や「あり方」こそが人の心を動かすのではないでしょうか?
長文失礼いたします。
何時も、拝見し、勉強させて頂いております。
今日は、天理高校も良い試合をし、球児の白球にかける思いに感動しておりました。
(天理高校を応援していたわけではありませんが)なにか、天理、と言う名前なのか、紫に惹かれるのでしょうか?
この度、どこに書いて良いのか分からなかったのですが、天理教が、あまりにも会社組織の様に思えて、色々考えてここが新しそうなので、書き込みさせて頂くことにしました。金も無ければ学も無い、思うこと、書き込みたいこと沢山ありますが、まだ教団離脱の勇気が無いので難しい突っ込みは勘弁ください。
私は水商売上がりから、ひのきしん青年、布教の家(大教会)などを所々経て、一末端の教会番頭となり数年、今思うことを少し書かせて下さい。
少し、自己紹介。
「暑いな~」と、今月も上の月次祭で言われて、「そりゃ夏ですからね~。寒かったらおかしいでしょ。
どっかの病院では、今日も寒い寒いと苦しんでる人のことを思ったらありがたいですがな。」
四季を感じられる日本は素晴らしい。(でも、心の中では、なんだこの暑さはと思っている)
こんな感じの自己紹介で許して下さい。
もう、何年前になるだろうか?おぢばに置いていただいた頃に、ほんあづま、という冊子に出くわした。
衝撃が走りました。勝手に寄ってきたのでしょうか。 時同じくして、天理の霊能者という本を発見。
半分、ほんまいかいな、と思いつつ読み進め、関根豊松師で、目が点になりました。
その一文を記載させて頂きます。著者様 許してね。
「物は何であれ大事に使った。また、お金も人一倍大切にした。一円も無駄遣いしない。だからといってケチでは無かった。本部などでお金が入り用であるという話を聞くと、それまで貯めていたありったけのお金を残らず「献納」した。しかも天理教で言う一組織のの為だけに大金を献じたのでは無い。自教会の普請用に蓄えていた莫大なお金を幾度となく地域社会の為に惜しげも無く寄付していたことが知られている。その寄付は、地元の小学校増改築や災害救援などにも及んでいた。趣味は、写真撮影で、若い頃から自分で現像、焼き付けを行うほど凝っていたという。晩年には現像こそ行わなかったが、撮影を行っていた。踊りにせよ、(天理教のおつとめでは無い)写真にせよそう言う嗜みもあったのである。それもまた人を喜ばすところに主眼が置かれていたことは、言うまでも無い」
この、人を喜ばすところに主眼が置かれていたことは、「言うまでも無い」
一芸に秀でることを戒めていたとの師。
ここでの「言うまでも無い」と、いう言葉に惚れ、その後求めるに及ばず、師の関連本が、私の元に次々と現れたり、元々教会に有ったりと、不思議な出会いを感じずにはおれず、その他、芹沢氏、八島氏、天命庵などと、この10年以上自分なりに見て聞いて話して、ここにたどり着いた次第です。
雑な文で、大変申し訳ありません。今後とも、拝見し、また、色々勉強させて頂き、「おやさまたすけ一条の互いたてあい助け合うせかいろくじになるよう微々たる力ですが、良い物は良い、おかしい物はおかしいと、自分の間違いを探しつつ、嬉しい心で権力、軋轢に負けず頑張って通りたいと思っている今日この頃です。
ようぼくさん
やっぱり中身は無かったのですね。
自分の頭で考え、自分の言葉で反論しないといけなくと逃げ出す。
人のことをする前に、自分を確立して下さい。
「人助け」以前の問題です。
自分を自分でどうにかして下さい。
まだ使えるぞうきん さん
「天理の霊能者」に記載されている方の所属の方でしょうか。
この場所に書き込みされているコメントに対してどのようにお考えか、是非ともお聞きしたいです。
私が修養科に行かせてもらった際に、十代の若い系統所属の方は全員、「親不孝いんねんと言われて修養科に来た」と口を揃えて答えられたことが、今も鮮明に記憶に残っています。
ようぼくさんへ
あまなつさんがおっしゃるように 「ようぼく」 という匿名のハンドルネームで、
教理的な質問の返答に対する批判が、なぜ怖いのですか?
ようぼくさんの教理的な悟りや信仰的体験を詳細に語ってもらうだけなのになぜ怖いのですか?
なにもあなたの人格が攻撃されるわけでも、プライバシーが侵害されるわけもないじゃないですか。
あなたが質問に真摯に答えるだけで、神様の教えをより多くの方々に心におさめる機会やきかっけになるかもしれませんし、お互いに批判があってお互いに意見の言い合いを丁々発止やりとりするのならそれはそれで良い談じ合いになるではないでしょうか?
ようぼくさんが「ご批判がありましたら、謹んでお受けさせていただき、私の今後の勉強とさせていただきます。」との書き込みは嘘、はったりだったのですか?
snsでネタにされて傷ついた、怖かった、ということですが、それも謹んで受け取って、反論や意見があるのなら、堂々コメントすればいいじゃないですか。
もしsnsをやっていないのならここに書き込めばいいのです。
ここのコメントに登場されるsnsをやっている方たちに頼めば
代わりにようぼくさんがコメントしたい方にコメントを伝えてくれることでしょうから。
ようぼくさんの姿勢は、まさにあまなつさんがおっしゃるように
「言いたいことだけ言って、質問や反論が投げかけられたら、この場とは違う所の話題を
引き合いに出して答えないというのは、なんだか卑怯」そのものだと思います。
ようぼくさんは2017年8月19日 1:33 PMに、こうも書いています
「良い事も直ぐ生えるが、悪い事も直ぐ生えます。
これは親神様の親心からです。悪い事も間違いなく生やしてあげたいと思っておられます。
以上のことが分かってくると、もう心配ありません。
神様もあなたのキャパに合わせて人をつれてきます。
また、人は黙っていてもあなたについてきます。
後はあなたから信ずる信仰を自ら実践して共に通ればいいのです。」
とおっしゃってますが、
もしもようぼくさんにとって都合の悪い書き込み、批判的、攻撃的な書き込みがあったとしたら、
それはようぼくさんのキャパに合った人を神が連れてきて書き込ませたってことになるんじゃないのですか?
それを受け入れられず、怖いだの言っているのは、
「もう心配いらない」と言っているあなたの信仰姿勢は口だけであって、嘘になりませんか?
4人のクセ者な「理の親会長」にもまれて「成人させてもらえた」と自信満々なようぼくさんなら、匿名に守られているのですから、ネットの誹謗中傷なんて屁でもないんじゃないのですか?
一連のみなさんのレスをご覧の通り、多くのみなさんがようぼくさんのご返答を期待しております。メールでないと答えられないなどと卑怯なことを言わずに、ぜひこの場で皆さんの前でのご返答お待ちしております。
そうでなければ2017年8月19日 1:33 PMの素晴らしい書き込みを、残念ながらようぼくさん自らが全否定してしまうことになると思います。
なぜようぼくさんのことを「お供え掲示板のラグビーさん」ではないのかと勘繰ったのかは、
ラグビーさんという方も、ようぼくさんのように、
「自分はここまでやってきた、だから自分は成人している」などと長文でご自慢を一席ぶつ割には、
いざ質問や反論に対してはなんら誠実に答えようとせず、
意味不明な言葉で煙に巻いて逃げるか、無視して逃げまくり、人を馬鹿にした姿勢だったからです。
もう一度書きますが、大多数の天理教人は、
ちょっと突っ込まれると「理」だの「徳」だの「いんねん」だの、
「天理語」を用い、非常に曖昧で意味不明なレトリックで煙に巻こうとします。
(あるいはお前はわかっていないと上から目線で無視して逃げる)
本日は、残念ながら敗退してしまいましたが、
天理高校野球部のベスト4に至るまでのすばらしい健闘により、
おそらく「天理」という言葉が検索されたのでしょう、
カインさんがツイッターで言ってましが、
今日は社会学研究所のアクセスが爆発的にカウントされたようです。
ちょうど多くの教外の方々も読んでおられます。
「ようぼくさん」が、そして「現行天理教団にコミットする人たちのクオリティー」が、
この程度なんだ……と、世間の皆様にと思われないためにも、
メールではなくこのコメント欄での真摯なご返答お待ちしております。
P.S. わからない方のために説明しますと
「お供え掲示板のラグビーさん」という方の一連の書き込みは、
天理教の御供えについての掲示板のコメント投稿欄の少し下の 検索 の欄に
ラグビー と入れれば書き込みを読むことができます。
http://6706.teacup.com/5051/bbs
ちなみに ようぼく さんは ラグビー さんと断固同一人物ではないとおっしゃっております。
連投失礼いたします。
お供え掲示板内の検索ですが、トップ画面の白い枠のある大きな検索欄ではなく
URLの書き込み欄の下にある、以下のように小さく羅列されている表示の
一番右側の [ 検索 ] から入って検索してみてください。
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]
末端教会育ちさん 並びに このブログへこられる誠実な方々へ
この度は私の「恐怖で~メールやりとり発言」より皆さんに混乱を来してしまったこと。また ご不満やなどを与えてしまったことに大変申し訳なく思っております。
まず、この場をお借りして陳謝させてください。
大変申し訳ございませんでした。
私は「恐怖」と申しましたのは他SNSでの私のみならず、家族や教会までも影響が及ぶ危険性また異常性を感じたからです。
SNSのその方をあまり刺激したくなかったということ。またこのブログでは一人で二役三役をされている方もおられるのではないか?ということ。私の発言は個人情報もふんだんに用い説明しますので、狭い天理教ではいずれその方につきとめられてしまうであろう。初めはそれでも構わないと思っていましたが、顔の見えないネットの性質とその方に私が感じた異常性に恐怖しました。
もうこれ以上「恐怖」について説明するのはご勘弁ください。
まだ「恐ろしい」という気持ちはぬぐいきれませんが、このブログでお話できる範囲で説明させていただき私の責任を果たさせて頂きたく思います。
この期に及んで、いまさら信用できない気持ちなどもあると思いますが、後ほどお叱りはお受けしますが精一杯はたさせて頂きますので、どうぞよろしくお願いします。
長文をご容赦ください。
まず大前提にこの世の中のものはすべて「かりもの」であるということ。私たちの身体はもとより、家や車、またお金も神様の「かりもの」であるということになります。
そしてもう一つは、神様はこの「かりもの」を大変苦労して用意してくださったということ(元の理より)この大前提は天理教の人でもそうでなくても皆がそうです。
なぜこの「かりもの」を苦労の末 用意したかというと、「皆に仲良く助け合って、幸せにくらしてもらいたい」(陽気暮らし)です。
同時に私たちは神様から生かされる、「ご恩」もあるのです。
次に「理」についてです。よくお道ではなんとかの理といって普段の生活では聞きなれない言葉がでてきます。
「理」とは「ことわり」です。こうしたらこうなるというルールみたいなものです。
この親神様が作った世界のルールは
まずは「高い所から、低い所に水が流れる」です。このルールでいけば物やお金も低い所に流れていきます。低い所とは低い「心」にです。(決して組織にとか形の上の話ではない)
低い心に溜まっていきます。(低い心についてはのちほど)
続いて「蒔いた種が皆生える」です。大根の種をまけば必ず大根が、ニンジンならニンジンがというように、良い心使いをすれば良い結果が現れる。悪い心使いをすれば悪い結果が現れる。野菜は蒔いた場所はその場所に生えますが、心でまいた種は自分に生える。
だからどの道、自分の所に生えるルールなので、できるだけ良い種をまきたい。
後は「人を助けたら、自分がたすかる」です。どんな人間でも自分が幸せなりたいので、自分で自分のことを一生懸命やります。ところが自分の立てた予定図のようにことが運ばず、困っている人の方が多いと思います
。自分の立てた予定図のようにことを運ばせたいなら、いったん自分の事は横に置いといて、自分の身体と時間とお金を使って、他人の事をすれば、なぜか自分の事はほっといても上手くいきます。
自分で自分の事を一生懸命やっても上手くいかないのに、他人の事を自分の事のようにやるとなぜか自分の事がうまくいきます。
とても不思議なことですが、神様が作ったこの世界はそういうルールなようです。
またお助けすると、うまく行かず苦労をすることが多いと思います。しかし、その手の苦労は他人の苦労をすることで、自分で自分の苦労をするのでわありません。
自分の苦労を自分でとおるのは本当に大変で耐えられない場合がありますが、同じ苦労も他人の苦労ならなぜか喜んでとおることができます。
例えば、自分で頑張って自分の苦労を乗り越えたらうれしさは100なのですが、他人の苦労を自分の苦労のようにとおり、相手が喜んでくれたら、相手が喜んでいるのに相手より自分の方がもっとうれしいのです。そのうれしさは120ぐらいあります。(数字は例えなので上手に受け取って下さい)
というように、同じ苦労でも他人の苦労ならなぜか喜びが と書きましたが、その時うまくいった喜びは忘れられない喜びになります。おそらく人間はみんなもっている性質のようです。
以上のようにこの「水は低い所に流れる」「まいたる種は皆生える」「人を助けたら、自分がたすかる」のルールで、低い心で、喜びの心で、他人のことを一生懸命やったら間違いなく幸せな人生になるはずです。
以上が私が学んだ「理」「ことわり」「神様が作ったルール」です。このルールを元に今後の「徳」と「いんねん」について話していきます。
次に「徳」についてです。よくお道では徳を積みなさいとか言われます。徳を分かりやすく説明すると、ここは私の悟りになりますが徳とは「心に受ける器」のことだと思います。
私たち人間には一人一人の心に自分の行いにより神様から流される器のようなものがあり、また一人一人そのサイズは違います。
例えばコップぐらいのサイズの人がいるとします。人間はだれでも自分は損をせず得をしようと、自分の欲しいもの、必要だと思うものを集めてきます。
しかし、神様から流される徳を受ける器がコップぐらいの人は、その容量を超えると流れ落ちてしいます。つまり欲しいものが手に入らない、もしくは手に入ったとしても身につかないということになってしまいます。なので、受ける器は大きければ大きいほど良いです。コップよりバケツぐらい、風呂釜ぐらい、25メートルプールぐらい。
「徳を積む」とはこの心の器を広げていくことをいいます。
心の器も広げるとどうなるかというと、どんどん徳が器に溜まって、自分のまわりに人も物もお金も溜まってくることになります。なので困ることがなくなるんです。
(低い所に水はたまるルール)
で私の言う、「困ることがなくなる」とは溜まってくるという表現をしましたので「有り余る」ということに取られがちですが、「有り余る」ではなく「困らなくなる」です。
言い方を変えると「必要な物やお金や人が必要な時に必要なだけあたわる」です。
世の中にはどれだけ「有り余って」いても身につかない人や必要な時に手元にない、または使うだけの健康がともなわいなんて人もたくさん見かけます。
もう一つ徳について。これは確信には至ってないのですが、その徳を受ける器は、なにもせず、自分の身体、時間、お金を自分のことや自分の家族のことだけに使っていると、どうやら器はしぼんでいくようです。だからいつも徳を積むということを意識することが良いと思います。
また「親から頂いた徳」ということもよく言われますが、これはお父さんお母さんが積んできた徳が子供に受け継がれるということで、これは確信に至りませんがおそらくあると思います。親が積んだ徳のお影だなと感じることがよくあります。自分の子供たちにも徳を残してあげたいものです。
次にどうしたら徳を積めるかということですが、教会でよくいわれるのが「御供をしなさい、ひのきしんをしなさい、お助けをしなさい」などが多いと思いますが、
天理教教祖伝、逸話編、口伝を紐解くとおおよそ「自分の身体、時間、お金を使って、人様(他人)のことを低い心でしなさい」です。
だからひのきしんは自分の身体と時間を使いそこに行くまでの足代も自分のものを使います。
御供も自分の身体、時間を使って稼いだお金を御供します。お助けもそうです。
ここで徳積みの絶対条件として、気を付けなければならないの「低い心」でするです。
「低い心」とは「させて頂く」心です。「してやった」でも「した」でもなく「させて頂く」と言う心です。(水は低い所に溜まるルール、まいたる種は皆生えるルール)
教祖伝逸話編144「天に届く理」にあります教祖が鴻田先生におっしゃった「どんな辛い事や嫌な事でも、結構と思うてすれば、天に届く理、神様受け取り下さる理は、結構に変えて下さる。なれども、えらい仕事、しんどい仕事を何んぼしても、ああ辛いなあ、ああ嫌やなあ、と、不足々々でしては、天に届く理は不足になるのやで。」とお諭下さいました。
普通世間は目に見える良いことをしたら「よくやった」と評価されます。しかし神様は良いことをしても心の中がめんどくさがったらり、相手に心の中で舌をだしていたら、せっかく良いことをやっても神様の評価はマイナス評価になります。
また同じく教祖伝逸話編7 真心の御供に
高慢心で持って来たようなものがあると、側の者にすすめられて、たといそれをお召し上がりになっても、
「要らんのに無理に食べた時のように、一寸も味がない。」
とあります。どれだけ高価なものでも、たくさんの御供を持って行っても「してやった」という高慢な心では「要らんのに無理に食べた時のように、一寸も味がない。」と言われてしまいます。
つまり神様は「物や金」が欲しいのではなく、「心」を受け取って下さいます。
教会の廊下を拭くときは、「神様のお顔を拭かせていただく」気持ちで拭かなくてはなりません。
御供をする時は「神様のご用向きにお使い下さい」という気持ちでしなければ実はなにもならないです。
逆に言うと、不足になるひのきしんや不足になる御供はしない方がマシです。
せっかくひのきしんや御供をさせてもらうなら、神様には真っ直ぐに受け取ってもらわなければ勿体ないです。
また後から不足心が湧き上がってくるのも人間ですので、できるだけ御供をした後はどう使われたかは考えない方が良いです。
しかし、真っ直ぐ受け取ってもらった真実は後で必ず帰ってきます。
私ごとですが数年前、上級教会よりふしん金が足らないと、さらに請求されたことがあります。いつもの私なら短気な性分ですので「なにが足らないだ」と腹を立てていました。
しかし、その時は正しい受け取ってもらい方を学び、心に治まりかけていたので、教会や自分のお金をかき集め、ためしに「どうぞ神様のご用向きの上にお使いください」という心で、初めて御供えさせていただくことができました。
その後しばらくたって、新しく入信された信者さんは神様から助けられた喜びで御供をして下さっています。
ここからは私の悟りですが、神様は「人間どうしが仲よく助けいあい」が元の思いです。「教会を助けてほしい」とは思っておられません。
上記では教会へのひのきしんと御供で説明しましたが、私は教会をそのまま他人と置き換えても差し支えないと思っています。
教会にひのきしんでも、なにかボランティアするでも、他人のお手伝いをするでも、お互い神の子兄弟だから「低い心」でさせてもうらうなら神様の受け取りはいっしょのハズです。
教会に御供するでも、世界中の困っている人に寄付するでも、他人がお金に困っていたら私のお金を困っていることのたしにして下さいとう「低い心」でするなら神様の受け取りは一緒だと思います。
むしろ教会に無理やりさせられたと思うならしない方が良いです。
最後に「いんねん」です。親神様は「まいたる種は皆生えるルール」で良い行いをした人は、続けていけば良い芽が吹いて「白いんねん」で結構なのですが、悪い行いをした人も間違いなく悪い芽をはやしてあげたいとおもっていらっしゃるようで、一度はゆるす、二度は見逃す、三度は許さんとのお言葉のように積り重なると「悪いんねん」となるようです。神様はそのルール通り芽吹いた悪いんねんで苦しむのを見ているのが気の毒で仕方がないので、その人をお道に引き寄せ、悪いんねんをなるべく消す道を、また悪いんねんがなるべく納得して通れるようにお導き下さいます。
私ごとですが、人に喜んでもらい易い仕事(看護師とか介護士とかマッサージ師)に精一杯お仕事されている方は、裕福でなくても幸せな家庭を築いておられ、困ったことがあっても誰か彼かのたすけでうまくしのいで行っておられるように思います。
また人に喜んでもらいにくいが縁の下の力持ち的なお仕事(飛行機の整備士)でも、精一杯良い心でお通りの人はうまく行ってる感じがします。
逆の人を困らせての仕事についた人を私の回りに一人だけ知っているのですが、やっぱりうまくいきませんでした。いろいろあって服役しています。
今の例えの人たちはお付き合いがある程度の人たちですが、実際にお助けに掛る人たちは、当然その方の先代や先々代のことまで聞きますが、やっぱり人を困らせても自分さえよけばという感じの人生をおくって亡くなったという人が多かった印象です。
また基本的にお道にこなくても、いんねん納消できる人はお道に触れる機会もないように思えます。
「いんねん」については歯切れも悪い説明になってしまいましたが、こればかりは経験不足です。よくわからないことも多いですが私の印象としての話でとどめさせてください。
また、おそらくですが、神様は今まで話した「かりもの」「元の理」「理」「徳」「いんねん」を分かってもらい、私も含めて助けてやりたいと思っておられるようで、お助けに掛る人、内の教会に来る人はみんな私にそっくりです。「短気」で「高慢」で「臆病者」ばかりです。
こういうのを「いんねん寄せて守護する」というんでしょうね。そういう人たちと助けの手立てとして毎日、教えて頂いた「おつとめ」(毎日12下り)をつとめさせていただき上に読んだような話をして切磋琢磨しております。
私のそばに来る人は私と同じいんねんの持ち主である。または前世でそうとうお世話になった人かなと これだけは悟っております。だからこの人はいんねんが悪いからとかいんねんを責口上に使ったりしません。私もあなたも同じですって感じです。
以上のお話が私の10数年間の理解した成果となりますが、全部おやさまが後生の者に残した話で、全部みなさんが聞いたことがある話ばかりだと思います。
理解したと書きましたが、これを私は10数年聞いたり読んだりしただけでは到底、頭で理解しても胸では分かりはしませんでした。
おやさまの教えは聞いただけは分かりません。実際その通りやってみないと分かりません。
私の場合は人様のお助け(顔の見える)でダメだった経験を繰り返し、ヘコミながら、悩みながら、迷いながら、時には嬉しいことも与えてもらいながらやってきて「本当だおやさまのおっしゃることに間違いはなかった」と思いました。
ダメだったお助けの経験も是非聞いて貰いたい思いはありますが、個人情報からここでは申し上げることができません。
さらに今回みなさんにご迷惑をおかけした「恐怖」の一件ですが、こんなことでも私は迷ってしまいます。つかんだ「天の理」も離れていっています。本当に弱い人間です。
いままで喜べなかったことも、喜べるようになったとは 10数年時間がかかっています。今回の目に目えない人の顔の見えない人からの、もしかすると愛する家族に危害が及ぶ可能性がある、また丹精込めて数代かけて神様よりおまかせ頂いた教会や信者さんたちに迷惑がかかるかもしれない。
そう思うと、人間思案が先に立たずにはおれませんでした。この方は神様からのお導きと喜べるまで時間がかかります。
末端教会育ち さんを始め、私の行いに不足をなされた方々に重ねてお詫び申し上げます。
今更お前の話なんて聞けないよって思われる方もごもっともです。それだけのことを私はしました。
許してほしいとは申せませんが、末端教会育ちさんのメッセージで力を頂いてここまで書いてみましたが、この投稿を私の責任とさせて下さい。「いいやここがおかしい」という意見にはお受けします。今後の参考とさせていただきます。
また末端教会育ちさんのご質問のお答になっているか分かりませんが、なにとぞこれでご理解いただければ幸いです。
もう一点 今ままでのお話で行けば、今回私がした行いは、人に不足をさせ、人の時間をしばりました。この行いは必ず、そのまま私に跳ね返ってくるでしょう。
先にも言われた通り私には顔を突き合わせて向き合うお助けはできても、顔の見えない相手の意見は私自身が向いてないのがよくわかりました。
この投稿への追加のご質問が落ち着きましたら、今後投稿は着かえさせて頂きます。
皆さま、誠に申し訳ございませんでした。
まだ使えるぞうきん さまへ
私の投稿により、先方さまのご質問が上部に上がってしまい、目立たはなくなってしまいました。
差支えなければ、もう一度、投稿をアップして目立つ位置まで上げていただけれはと思います。
よろしくお願い致します。
ようぼく様
>私は「恐怖」と申しましたのは他SNSでの私のみならず、家族や教会までも影響が及ぶ危険性また異常性を感じたからです。
SNSのその方をあまり刺激したくなかったということ。またこのブログでは一人で二役三役をされている方もおられるのではないか?ということ。私の発言は個人情報もふんだんに用い説明しますので、狭い天理教ではいずれその方につきとめられてしまうであろう。初めはそれでも構わないと思っていましたが、顔の見えないネットの性質とその方に私が感じた異常性に恐怖しました。」
ようぼく様の上の文章について、異議を述べさせて頂きます。
あなた様の投稿に、いささかの疑問を感じたことは事実であります。あなたは、ご自分を、上に理の親が4人もいる末端教会長だ、4人もいれば4者のクセがありますから、頭にくることは数え切れません。
それでも私にはこの4人の方々のお陰で、成人させてもらえました。感謝しかない、と書かれておりました。
最近のコメント欄では、上級の会長に対し、理の親と、素直に従うだけということには、疑問の意見も多くなっており、今時、そんな教会長がいるのか、といささか疑念も感じた次第で、「本部か大教会側の人間ではないか?」と感想を書きましたが、しかし、それ以上のこと、あなたの居場所を突き止めて、あなたのご家族やあなたの教会まで、迷惑を掛けるつもりなど、毛頭ありませんし、あなたの居場所を突き止めることに何ら興味もありません。なぜそこまで、たかがネットの意見に恐怖されるのか、不思議なくらいです。いささか、被害妄想が過ぎるのではないか、と思われます。
他にもあなたが恐怖を感じるSNSがあったのかもしれませんが、もし、私のその意見に対して仰られてるのでしたら、異常性を感じた、などとまで書かれますと、こちらの方が、誹謗中傷である、と抗議したくなります。その点は、はっきりと、申し述べさせて頂きます。
ようぼく様の、2017年8月23日 10:44 AMのご投稿拝見いたしましたが、信頼のおける方のように感じましたし、嘘を仰る方ではないと拝察いたしました。本部や大教会側の人間であろう、と書いたことに関しましては、お詫び致します。
ネットへの投稿ですが、「匿名」で投稿する訳ですから、個人情報を出さないよう気を付けて書かれれば、ようぼく様が恐怖を感じるとまで、ご心配する程のことはないと存じますが。
できますれば、今後も、ご自分の思うこと、ご投稿して頂ければと思います。
一連の皆様の投稿を読ませて頂いて一言申し上げたく書き込みをさせて頂きます。
私は「お供え掲示板」と「社会学掲示板」に「末端教会子弟」として書き込みをさせて頂き、宗教法人天理教との「被包括関係廃止手続き」について言及したり、その経緯などをブログに掲載させて頂いています。
また、ご存知の方も多いと思いますが「みちのとも」に宗教法人天理教からの公告として、教会所在地や実名を公表されています。
このような状態で意見や主張を述べる事は、心無い人からの誹謗中傷や無法な攻撃などに晒される危険があると認識しておりますが、少なくとも、掲示板をお読みの方には「正確な情報を基に誠実な対応」をして頂けるものと信じての投稿です。
ようぼく氏は「SNS上での恐怖」と仰っていますが、それもネット上の事であり、主義主張や教義解釈に対する批判や意見に留まるモノですから、私が晒されている現実物理的な恐怖に比べればいかがなモノでしょうか、と申し上げたい。勿論、各々が感じる恐怖を比較する事自体がナンセンスかもしれませんが、意見や教義解釈なら「堂々と戦わせて貰いたい」と考えます。それが「信仰者」としての責務ではないでしょうか。
投稿を読ませて頂く限り、ようぼく氏の主張は「本部や上級の事など気にせず自らの信仰に精一杯尽くせば末は結構になる」という内容で、中山みき様の教えを一部だけ切り取り、「実際に私(ようぼく氏)は結構なのだから皆さんもそうされたら如何でしょうか?」と言っているように思われます。
しかし、私自身もそうだし、掲示板をお読みいただいている方の多くも感じているでしょうが、本来なら「高山削って谷底埋めて世界ろくぢに踏み均す」のはずが、「高山削って」という部分が抜け落ちており、これは「上級にとって都合の良い理論・教えの解釈」であり、「本部や上級の擁護と現状を承認する解釈」になっています。世間一般の高山に対する批判ならともかく、中山みき様の教えを伝えるべき天理教団が、在ってはならない「高山」になっているのが現在の有り様なのですから、ようぼく氏のご意見に批判が出るのも当然かもしれません。
とはいえ、ようぼく氏の「批判ばかりしていても何も解決しない」のは事実であり、批判は批判で続けながら各々の道や方向性を決める必要があるのも確かかと思います。
私のように「被包括関係を廃止」するのはハードルが高いと思うかもしれませんが、これが組織上の根本問題を解決(本部と末端両方にとって)する手段であると確信しています。しかし、人間関係の問題やこれまでの信仰姿勢との整合性などを考慮して難しいと思う方は、「上の者の言いなりにならない教会運営」を目指して頂きたいと思います。
長文、失礼しました。
まず自分が末端ではなく
直属教会だったことをお許しください
少しここから離れ現実逃避をした時間は
なんとも楽であり心健やかに過ごさせていただきました。
が、きてみると多くのかたが議論していらっしゃり現実逃避はだめだなぁと感じました。
ある方に対して誹謗中傷があったのですね
SNSは恐いですよね、すぐになんでもわかってしまう、ましてや天理教なんていう小さなコミュニティでは身バレなんてすぐだとおもいます。
私も身バレこわいです。
ただやっぱり今皆で考えないと
このさきはないのが確定してるわけでありますから自分のできることを頑張りたいですね。
お供えを減らせと仰っている方々がいらっしゃいますがそれは現実的ではありませんよね
じゃあ誰がおぢばの管理をするのか
お供えをしない=本部の管理を誰かに無料でやらせることになると私は考えます
だからある程度は絶対に必要不可欠だと思います。
皆が無事に安心して帰ってこれるぢばがあるということはいいことだと思いますよ。
私はあそこに行くと気分がよくなります!
それは景観を維持してくれる人がいてなりたつのだなと染々感じております。
元旦でも駐車場の案内をしてくれる人達には
頭が上がりません。
だけどやっぱり教会の現状を、上の人達にもしってもらいたい
おつとめは朝夕のどちらかでもいい
月次祭も全部やらなくてといいと真柱様直々に
言ってもらいたいそれだけでどれだけの教会が楽になるか…
1つ私から提案があります
ネットの署名運動のサイトを使って
署名を集めるのはいかがでしょうか?
やはりネットに疎い方々がまだ上層部には
いらっしゃるでしょうし
ここで議論しているよりはいい結果が得られるのではないでしょうか。
提案したんだからあんたがやれと言われれば
自分はまだ修養科さえいってない
おさずけの理もいたたでいないような身分なので
自分ではやりたくありません(現在学生です)
父親にバレたら多分教会を継ぐことさえ
諦めなければならなくなる可能性もあります
以前父親と上層部について話し合いましたが、
下のものが頑張ればいいと一掃されました。
もちろん運動が始まれば全力でお手伝いさせていただきます
学生会、学修の人脈を使って色んな人にお願いして署名してもらいたいと思っています。
良ければ皆さんの意見をお聞かせください
直属教会の後継者? 様
>じゃあ誰がおぢばの管理をするのか
>お供えをしない=本部の管理を誰かに無料でやらせることになると私は考えます
各末端教会は、無料どころか自腹で多くの負担をされてるところも多いですよね。
ご本部が奨励されている「ひのきしん」者に対し、「無料でやらせてる」のでは、
という風に気遣われるご本部の方はいらっしゃるのでしょうか。
勧めてる者が自ら勧めていることを行うのは、おかしなことではないと思いますが。
徳も積めますし、神様にも喜んでいただけるのではないでしょうか。
>以前父親と上層部について話し合いましたが、
>下のものが頑張ればいいと一掃されました。
上層部についての話し合いの結果が「下のものが頑張ればいい」との結論なのは、
どの様な根拠からおっしゃられたのでしょうか?
意味や根拠が、全くわからなかったものですから。
また、私は、これまで多くの方から意見が出ている通り、
署名よりも、やはりお供え等を遠慮することが、一番だと思います。
>>海外より様へ
2017年8月23日 12:22 AM
まだ使えるぞうきん さん
「天理の霊能者」に記載されている方の所属の方でしょうか。
・「違う大教会に属しております。」
この場所に書き込みされているコメントに対してどのようにお考えか、是非ともお聞きしたいです。
・「一個人の私感として、少し書かせて頂けますれば、来るべき時が、なにか近いように思います。その時というのは、毎月拝読(いろんな意味で)させて頂いている(みちのとも)の九月号の表紙をみて、「ん?」と思いました。 特集 ケアする人をケアする このところ老人ケア施設などでの、心ない事故などが続いたのでふむふむと、思いましたが、左の方には、第何回定時集会。 これだけ。 見る人によっては、別段何も問題ないかもしれませんが、私はちょっと、その集会内容もさることながら、表紙が表す教団のいざという時の対応の薄っぺらさを感じました。
本題のコメントに対してどのようにお考えかという事ですが、おふでさきに、「親子でも 夫婦の仲も 兄弟も 皆な銘々に 心違うで」(5.8)とあるように、ある意味、目を凝縮しつつ、第三者的に、皆様方の言わんことの本質を、無い頭を絞って拝見している次第です。
一れつにあしきとゆうてないけれど 一寸のほこりがついたゆへなり (1-53)と、あまり一人の方を、多数で攻めるのもなんだかなと思う気持ちもあり、しかし、ネットで書く以上、大多数の方々の目にさらされると共に、同意反論はもちろん、そういった意見は覚悟の上で、建設的、かつ発展的進行であって頂けたらと思います。
私が修養科に行かせてもらった際に、十代の若い系統所属の方は全員、「親不孝いんねんと言われて修養科に来た」と口を揃えて答えられたことが、今も鮮明に記憶に残っています。
・「親不孝いんねんと言われて修養科に来た」、というなら、それまでの通り方が心のどこかに引っかかっていて、洗脳では無く、産んで頂いた、育てていただいたことに、ある意味頭で、心で申し訳なかったという気持ちになって修養されたのかと・・・。親不孝、の逆は親孝行。 海外より様が何年くらい前に修養科に行かれたのか存じませんが、初代会長が生きていた当時なら、どうおっしゃったのかと、私も知りたいですね。ただ、「初代会長」ありきの信仰教会ですから、本部の先生いわく「君たちは天理教を知らない」と言われたというくらい、初代を、おやさまの様に信じ、尊んでいることが覗えると共に、私が、布教の家にいたとき、その系統の布教師の方が、参拝に来て下さり一言「TVがあるんですか?」と、言われたのが、未だに頭に残っております。でも、それだけ、尊敬できる初代を肌で身で感じ、通っていけるのは、ある意味え~な~と思います。雑文失礼しました。
ようぼく様へ
2017年8月23日 10:55 AM
まだ使えるぞうきん さまへ
私の投稿により、先方さまのご質問が上部に上がってしまい、目立たはなくなってしまいました。
差支えなければ、もう一度、投稿をアップして目立つ位置まで上げていただけれはと思います。
よろしくお願い致します。
>>お気遣い無く、埋もれてしまっても良いような書き込みなので^^;
直属教会の後継者?様
>お供えを減らせと仰っている方々がいらっしゃいますがそれは現実的ではありませんよね
じゃあ誰がおぢばの管理をするのか
お供えをしない=本部の管理を誰かに無料でやらせることになると私は考えます
だからある程度は絶対に必要不可欠だと思います。<
こちらのコメント欄で、お供えを減らそうと言っておられる方々、大勢おられますが、それらの方々は、おぢばの管理をする費用など、必要経費まで削れ、と言っておられる訳ではないと思います。
「心定め」などで、必要以上に要求されている、お供えという、上層部の方々への「献上金」を減らすべきである、と言っておられるのです。
全国末端教会が、自分の教会の修理もできないまま、生活も苦しい中を切り詰めて、上級に金を差し出している、それらは、大教会や上級教会の無駄に大きな建物普請に使われたり、あるいは上の贅沢な生活に使われてたりする場合もあります。
ホームページに、でかいビルの写真が載っているの見られますが、上層部の方々が、「東京天理教館」という不動産管理会社を経営し、東京、横浜、福岡などに、テナント貸し高層ビルを5棟、いくつかの営利企業、その他にも不動産、多数持たれている筈ですが、そのような不動産を得る金は、どこから手に入ったかと言えば、全国末端教会から、過剰に搾取したお供えが原資であることは、言うまでもありません。こちらに投稿される方々は、お供え金が、現にこうして教団上層部から、私利私欲の為に多額に使われているのであるから、減らすべきである、そして、その金で、ボロボロになった自教会を修理し、信者さんの為に、地域のおたすけの為に使うべきである、と言っておられるのです。
本部管理、建物維持修繕管理、駐車場案内人の方々への人件費等等、必要な費用は、きちんと予算を計上し、大教会や直属、上級も含め、全国教会に振り分け、徴収し、毎年きちんと決算書を作成し、嘘偽りではない正確な入金、支出金、決算書を、「みちのとも」などに発表するべきです。
ようぼくさんへ
長文のご返答ありがとうございます。
ようぼくさんの真摯に返答しようという熱意は伝わりましたが、
結局私の質問には答えていただけませんでした。
意図的なのか天然なのかわかりませんが、返答すべきこととは全く論点をずらした長文であり、
残念ながら結果的には「煙に巻こうとしていることと同じ」と言わざるをえません。
私は、いんねんや理、徳についての説明は求めた覚えはありません!!
それらの話で煙に巻かないで下さいと最初に釘を刺したつもりです。
(ようぼくさんの説明された、いんねん、徳、理、 等は、教会生まれの方々や教人であれば周知のことですし、教典やその他天理教関連書籍に書いてあることばかりです。)
もしもまだお答えいただけるのなら「めんどくさ」と思わないでもう一度質問させてください。
質問その①
ようぼくさんの「やりきった」結果、「納得する裏付けのある事象」ってなんですか?
またやりきるって「何をどう やれ 」ばいいのですか?
具体的に教えてください。
質問その②
「理を積みきる」って具体的にどういうことですか?
「何をもってして積み切った」と判断するのですか?
苦労がなくなるといいますが、苦労にもいろいろあります。どのように苦労がなくなるのですか?
質問その③
「天の理さえつかめばなにも不足はありません」
とありますが、天の理ってどうやったら「つかめる」のですか?
「つかむ」とどのように不足がなくなるのですか?
なぜ私がしつこく質問するのかといいますと、
「大教会→部内→部内→部内→部内の教会長」のような最末端でも
勇みきっている会長さん(ようぼくさん)がいる。
そんなようぼくさんの信仰体験から「生で語る」これらの①②③のことが、
日常生活において悟り、得心することができれば、
どんなにつらい教団的下位の立場にあっても喜ぶことができるのではないかと
教団消滅を目前にして「かすかな希望の光」に思えたからです。
個人情報等が漏洩しない範囲で「論点を逸らさずに」具体的に教えてください。
ようぼくさんが教義解釈をネットで語ることにより、ようぼくさんの家族や教会までも影響が及ぶ危険性は皆無かと思います。
直属教会の後継者様へ
署名という行為自体はインパクトはあると思います。インターネットで匿名で本音を晒すのは、長い目で見れば組織を離れる人が増え、組織改革をせざるを得ないことに繋がるかもしれませんが、匿名はやはり匿名の効果しかなく、特に都合の悪い情報は見ない人々にとっては全く届きません。
署名の場合、信者では名前を書いても受けとった方は深刻に受け止める可能性は低いので、教会長と奥さん、後継者の名前ぐらいしか意味がないと思います。
それと、真柱さん宛に直接書類は届けるのは難しいので作戦を練る必要があります。
ネット世代の若い方が、アナログな提案をされた事は私は非常に意味があると思いました。
勉強になりました。ありがとうございます。
お供えを減らせの意味が
末端教会の修理普請代にあてられるなら
大大大賛成です
不動産なんて経営してたのですね…
まぁある程度資金が必要なのはわかりますが
稼いだお金を末端教会にまわしてくれてもいいのにとはおもいますね。
署名やっぱり難しいですか…
なんとか真柱さんに届けたいんですけどね
忙がしいしなかなか思う通りにはいきませんね…
>お供えを減らせと仰っている方々がいらっしゃいますがそれは現実的ではありませんよね
>じゃあ誰がおぢばの管理をするのか
>お供えをしない=本部の管理を誰かに無料でやらせることになると私は考えます
>だからある程度は絶対に必要不可欠だと思います。
>皆が無事に安心して帰ってこれるぢばがあるということはいいことだと思いますよ。
>私はあそこに行くと気分がよくなります!
酷いなこれは。
何処の直轄教会のボンボンだか知らないが、まだ末端や信者から搾り取るつもりか?
まずは、お前らや本部員、本部役員、両頭領一族や真柱一族が溜め込んだ信者からのお供えを吐き出せ!!
末端教会や年老いた多くの信者は、お前らが「気分が良くなるため」にお供えをしてるのではない。
人助けのために使ってくれると思うから出しているんだ。勘違いも甚だしい。
そんな「本部は尊い」なんていう歪んだ教理知識で父親と話し合ったところで意味はない。
お供えがなければ本部が維持できないというなら、代わってやるから出て行け!
俺の祖母(前々会長)は10数年前に95歳で亡くなったが、その時持っていたものはタンス2段分の洋服・下着類と帰参用のカバン2つだけだった。集まった子供や孫たちが「形見分け」を貰おうと思ったが何もないのでビックリしたくらいだ。現金も0。たった一つの通帳を確認したら、自分の足で上級に行けなくなった亡くなる3ヶ月前からの年金が振り込まれていただけで、それ以前は全て上級に尽くし運びお供えをしていた。
思い出したことは、私自身、私の兄弟たちも祖母からお小遣いなど貰った記憶がない。更には入学や卒業などの記念日のお祝いなども一切貰ったことがなく、全て上級・本部に尽くしてきた祖母だった。お前らにこれだけの信仰心や気持ちがあるのか?いや、私などは父が世間で働いていたから普通教育を受けられただけマシかもしれない。中には高校にも行かせて貰えない末端協会の子女が居ることを、お前らは知っているのか?
本部の景観を維持するためにお供えを出せなんて、本末転倒も甚だしい。
そんな考えなら、俺が本部の運営管理を全て代わってやるから「カバンひとつに着替えを詰めて」出て行ってくれ。
(お読み下さった方には、見苦しい言葉使いをお許し下さい。余りにも能天気な書き込みに黙っていられなくなりましたことをご理解いただければ幸いです。)
末端教会
2017年8月24日 5:45 AM さま
『良くぞ言われました。頑張れ~』
よふぼくさん。
あなたは、情けないほど私の若いころに似ていて歯がゆいです。
今一番、嫌なタイプです。
信仰をマニュアル化して、こうすれば間違いないと思い込んでおられるだけです。
押し付けては、いけません。そんな正解は、どこにもありません。
人助けマニュアルは、自分助けマニュアルです。
難しいことを言わなくても、あなたが傍に居るだけで心安らぐ人になって下さい。
天理教や上級の為じゃなくて、人の為に、汗も涙も金も出して下さい。
(私の意見はすべてスルーですが、心に留めておいて下さい)
直属教会の後継者?
若い方に言うのも何ですが。
全ての本部員ではありませんが、一昔前は天理から、ちょっと離れた橿原で遊び呆けていました。
(橿原の当時の姉ちゃん方からの情報)
今は、恐らく東京か海外でしょうね。
世話人とかになると法外なお礼が入ります。毎年5回、五季のお礼と言って複数の担当教会からお礼が入ります。(全教会から徴収します)住むところにはお金はかかりません。
余程、神のような人でない限り勘違いしてしまうでしょう。
お寺のお坊さんは堕落していると、よく聞きますが、それ以上に本部の偉いさんも堕落しています。
搾り取る?
そんな風に考えられるのですね
上級へのお供えを減らせとのことですか?
それともお供えへ減らせとのことでしょうか?
私は教会長も働くべきとの意見をもっているので
信者から搾り取ろうなんては考えていません。
おつとめを一日一回にし、月次祭もその月の下りのみとの意見をもっているので私が会長になれば働きながら、なんとかやらせてもらいたいと考えています。
本部は尊い?そんなこといってませんよ
おぢばにいけば友達がおり詰所でいろんな人が迎えてくれる。そこがいいと思ってます。
本部が資産をもっているなら
それをなんとか末端教会の修理普請代にまわしてほしいとおもっています。
このままの本部でいいとはまったく思っておりません。
中山家から真柱を選ぶのじゃなく
なりたい人がなるのがいいと思っております。
高校に行けない子女、聞いています
特に田舎だとひどいそうですね
汚い言葉で書かせてしまったこと
素直に反省させていただきます
末端教会育ち
私の投稿で「論点ずれ」「煙に巻く」
ととらえられたようですが、私としては真摯に一生懸命お答えしたつもりなのですが。
質問①②③に回答しても、このままではまた堂々巡りになってしまいそうですね。
たぶん、私が末端教会育ちさんが何を求めて質問をされているか私が分かってないようです、。
堂々巡りを避けるためにも、まず私から質問させて下さい。
〉日常生活において悟り、得心することができれば、
どんなにつらい教団的下位の立場にあっても喜ぶことができるのではないかと
と末端教会育ちさんはおっしゃっています。
「日常生活において悟り、得心することができれば」
とは、裏を返せば日常生活なにか、得心できないことがあるんですか?
日常生活とは、毎日の教会生活のことですか?
「どんなにつらい教団的下位」
とありますが、どんなつらいことがあったんですか?
私が質問①②③で末端教会育ちさんが納得する回答をすることで、末端教会育ちさんにとってどんな問題が解決するのですか?
答えられる範囲でお答え下さい。
私が末端教会育ちさんが何を問題とされていて、何を求めて質問をされているのか分かっていないのでお答え下さい。
〉ようぼくさんの説明された、いんねん、徳、理、 等は、教会生まれの方々や教人であれば周知のことです
周知とはどう言うことですか?私は頭で知っていることと、胸から得心したとでは全く意味が違います。
ひょっとすると、私の投稿で「理についてお話します」という段階で、あー知ってる知ってるという感じで読まれましたか?
末端教会育ち さんへ
先程の投稿ですが、最初の「末端教会育ちさん」の部分の「さん」が抜けていました。
呼び捨てみたいな感じになってしまって申し訳ありません。
故意ではなく、間違いですのでご了承下さい。
薄々感じていました
この前大教会に役員さんがこられたとき
父親が同じ台詞を繰り返すだけで
お土産もらえるねんもんなぁっていってました
しかし
今の現状をしっかり理解し
月次祭が終わったあとのお話がかなり長かったですがこの先どうすればよいかななどを
しっかり考えてらっしゃる方もいらっしゃいました。
今あげた二人に同じ額のおカネを渡すんですね…
本部員にもいい人がいれば悪いひともいるということだと思います
今は悪い人が多いということですね
本部員も変えなければいけませんね
末端教会様のお気持ち 充分ご理解いたします。
そのうえで、直属教会の後継者?様へ
(貴方が本当に直属教会の後継者か確認できませんが)
文面から、貴方が今の天理教はどこかおかしいと思っている事はわかりました。
変えなければいけないと思いつつ迷っているのだと思います。
「父親と上層部について・・・一掃された」
父親なら自分の気持ちを理解してくれると思い話してみたが全く受け入れてくれなかったのでしょう。
うなずける話です。
だから意を決してこの「社会学」に「直属教会の後継者」の名前で書き込まれた事と思います。
書き込むことや名前はどうしようかと随分と迷ったと思います。
問題はこれからです。
人間は、自分の立場や経験したことを尺度に物事を考えるのが普通の事です。
直属教会の環境に育ったのですから、上記のコメント内容は私からすれば至極当然のように感じました。
「私は、・・・気分が良くなります」これも理解できます。
私も6年前までは同じでしたから。
「疑問」を持った事はとても重要です。
そのうえで「神やみき」が何を伝えようとしたか自分で調べ、考える事が必要です。
直属なら「おさしず」も自由に見られるでしょう。
植田義弘氏の「理の研究」もあるかもしれません。
周囲の人を頼る事は止めたほうが良いと思います。
貴方の周りの人に答えを求めても返っては来ないと思います。
そればかりか「本当の事」を求めようとする貴方の行動を邪魔建てする可能性もあります。
そして、「本当の事」に近づけば近づくほど、貴方は孤独感を感じる事になると思います。
しかし、「核心」「確信」に至らず行動したら、後に残るのは「破綻」だと思います。
物事を正しく認識するには「理性」と「経験」が必要です。
貴方の求める答えは、末端の人々にあるとおもいます。
「本当の事」を求める心を「捨てたら」「忘れたら」、貴方は終わりです。
(真柱への手紙は全て真柱室で開封されるそうです。都合の悪い内容は即廃棄でしょう。
そして貴方の父親は、本部から叱責を受けると思います。これが天理教の現実です。)
匿名 様
2017年8月23日 10:32 PM
仰る通りです。教団本部は毎年度の会計報告を公益法人会計基準に基づいた書類を作成して、機関誌に掲載するべきですね。これが出来ていなかったから、維持財団とか、東京天理教館のような幽霊だか、バケモノだか知んないけれど、噂の絶えない怪物が出来てしまったんです。
これからは一切お供えをしないことです。現行天理教が腐ろうと、無くなろうと一向に構いません。
以前、カインさんが書かれていましたが、教団には毎年4億円以上の雑収入があるそうです。雑収入って何?と言いたいです。私たちが一生かけても稼げない金額が1年で入って来るなんて巨大組織と雖もバケモノ以外の何物でもないでしょう。このような所を信仰していたなんて自分がバカだっただけです。
それよりも、これからは一層、真の教祖像を皆さんで求めてゆきましょう。
東風Z 様
>これからは一切お供えをしないことです。現行天理教が腐ろうと、無くなろうと一向に構いません。
私もそうするべきだと思います。
しかし、以前、どなたかの投稿にもありましたように、本部にとっては、お供えが入らなかろうが、もう自分達が余裕のある生活水準を保つだけの資産は既にためこんでいるのでしょうね。毎年4億もの収入、というのは、テナント貸し高層ビルや、営利企業などからの収入でしょう。また、数知れぬ程持っている不動産を売却したり、また、信者の御供えのプールから、新たな賃貸し高層ビルをまた数棟造るかもしれません。要は、自分達の生活の安泰はしっかり確保しているから、我々末端教会や、あるいは、大教会、中間教会含めて、どうなろうが、そこの人間が路頭に迷おうとも、どうでも構わない、というのが、本部お偉いさん方の本音ではないかと思うのですが。
ましてや、甘露台を置き、「おぢば」を確保していれば、このような掲示板を全く知らない信者さん方が、ひき続いて参拝し、多額にお賽銭を入れてくれるでしょうから、何ら、困ることはないでしょうね。
天理教改革案
矢島さんや芹沢さんの「原点に帰れ」「復元」的な考えで天理教改革の話になると、ならいっそ解散して最初からみたいな事になりかねず(個人的にはそれでもかまわないが)、話が難しくなりすぎるので、現体制を肯定はしないが全否定するのではなく、できることから改革していこうって観点での話です。
小さな町に天理教の教会が二つ三つあってどの教会も月次祭の手も揃わないどころか4~5人で多くて10人も集まらない、そんな事例が全国に山ほどあると思われます。
これを何とかならないか、いっそ一つの教会に纏めたらいいんじゃないかなあって予てより思っていたことです。理の親制度というのですか、大教会中心の縦の繋がりがあるのでそれは無理って話でも、今後も縦系列で体制を維持していくのはそれこそ絶対無理、何より非効率、無駄が多すぎると思います。教団の現状は無理が通れば道理が通らん状態になりつつあるじゃないですか?
教団は道理が壊れないように「コンパクトな」を模索するべきです。
信者を増やせないおつとめもできない教会がいくらあっても無意味です。地域ごとの横の繋がりをもっと重要視したら何か新しい息吹が生まれるかも知れません。(希望的観測)
理の親制度の縦社会、そこには天理教団の本質あり、それを元凶と否定するものではありませんが、今や無理無駄非効率の本質でもあり、理の親制度の縦社会は天理教発展の阻害要因になり果ててしまった感があると思います。地方教会の改変は大教会の改変にも及びかねない大改革に繋がる可能性すらありますが、少しずつでも改革して世界に受け入れられる天理教になって欲しいと思っております。
甘露台修復に大教会金払ったんかい!アホ以外の何者でもない!山澤 と 中田 が悪いのは明白もうやるしかないな
信仰者を侮る 中田と山澤は許さん!
無言の包囲網も敷きましょう。今まで通りでもいいしかしどんどん社会学さんのこのサイトを普及させましょう。
教会の不動産について一言。
若い頃、青年勤めしていた時に「ひのきしん」の名目で大教会(大教会長個人名義)が所有する奈良県内に有る広大な山林の草刈りと伐採に行ったことがあります。
「何で大教会がに土地を持っとるねん!」と思いながら作業をしていました。夏の炎天下で体力消耗するし筋肉痛になるし、おまけに出されたのは握り飯とお茶だけ、不満タラタラでした。
その後、○県の別荘地に仕事で行った時、一等地に「所有者・天理教○○分教会」の看板が立ってるのを見たとたん「何やねん!」でした。
その分教会は所属していた○○大教会長の分家ですから「一族で不動産投資かい!」とアホらしく思えました。
当時から教団の上層部が不動産投資しているのは薄々知っていましたけど、その他の投資で多額の損失をして、御供の金で補填したような事もあるのは後日に知りました。
まあ天理教も綺麗事を前面に押し出しているが所詮は利益を求め臭いものには蓋をする。実際その程度の組織です。
どん亀 様
>まあ天理教も綺麗事を前面に押し出しているが所詮は利益を求め臭いものには蓋をする。実際その程度の組織です。
はっきり言ってそういうこと!ですね。
そういう風に、現実をそのまま認めることをしないから、変にややこしく難しい問題が
どんどん出て来てしまうのかもしれません。
匿名様
そういうことなんです。
「現実をそのまま認めない」 ➡ 信用度低下
「復元」をするにも自分達の2代3代前の先祖が行ってきた愚行を覆す勇気が無い。
それを2代目真ちゃんが行おうとしていても山○、伊○ら主流派の猛烈な反対に押されて立ち往生しています。
さらに次期真ちゃんは親戚とは云え発言力は無いものに等しいでしょうし。
どん亀 様
>「現実をそのまま認めない」 → 信用度低下
「欠点は直すものではなく受け入れるもの」との名言がありますが、
潜在的な本音は、隠せば隠すほど、却って肥大化し、
様々な問題となって表れてくるように思われます。
世間には既にもう「建前」は「建前」と見抜かれてます。
正直に飾らず、実は利益を求めてること、実は今迄も様々な形で
色々と蓄えて来たことなどなど、正直に公表し、
今後は等身大で勝負したらどうでしょう?
それこそが本質であり、現実なのだから。
しかし、そう出来ないのは、やはり打算、計算が働くからなのでしょうね。
天理教を宗教団体だと謝って認識しているから、関係者が苦しむはめになる。
天理教の実態は「天理事業グループ」あるいは「天理興産」と認識するべきであろう。
真実の教えを追い求める人々は、教団を去り、あるいは異端とされて追い出された。
本部に残る人々が、人助けなどときれいな言葉に隠して持っている「本音の教団の目的」は、信者を騙して、金を取り上げ、自分達が【陽気暮らし】をすることである。
何故、天理組織に長年いる教会長たちは、いつまでたっても貧乏ぐらしをしなければならないのか、幸せにならないのか、ようやく分かった。
>まあ天理教も綺麗事を前面に押し出しているが・・・実際その程度の組織です。<
話がそれますが、「み〇のとも」の虹〇〇ッセーの会長さんは高齢にもかかわらず、知る人ぞ知る「ソー〇通い」で有名です。賽銭箱のお金は「自分のこずかいだよ」だそうです。いい年をして家族に内緒で「〇ープ」通い。
問い詰められて強く否定したが、GPSでばれてしまった。
話術にはたけているが、行動が一致しない宗教家はどこの世界にもいるので、こうしてみんなだまされるのかと思います。まさに綺麗ごと。
匿名2017年8月24日 10:38 PM
ここ最近騒がしい天理教ですが、私も行事に参加した際に耳にしたのですが仲良くしてくださってる方が「社会学の噂は本当だよ!」とこっそり教えてくださり初書かせて貰います。各教会でやはり「乗取り問題など法に関する話」が成されているようです。本部と対立している教会は多数存在し各所で大小問題が起きているそうです。やはり法律等の問題で各所で違法行為が成されていると聞きショックでした。「噂は本当だったのだ!」と尚の事確信しました。毎月「みちのとも」に離脱教会が掲示されているので不審に思っていましたがその方曰く「本部のやり方に沿えない教会が増え離脱している」と聞きました。社会学さんの過去のコメントを見ましたがやはり法に触れるようなことに憤りしか感じません。この教団はいつから狂ってしまったのでしょう?しかも本部が主導で狂ってると成れば取り返しは付かない事態が今後起こるのだろうと心配しております。
新しいかんろだいは、いつまで建っていられるのか…
次期真柱となる大亮さんは、いつ教団を良い方向へと向かわせることができるのか…
陽気ぐらしはいつ実現できるのか…
あ、今日は本部の月次祭か
このブログを書いてる奴、若輩者が書いてると思われる稚拙な内容に、思わず爆笑した。
これだけの天理教に対する知識をどこで得たかは知らないが、間違いだらけの浅はかな知ったかで、これだけのデタラメな批判の文章をよく書けるなと。
それだけの情報を収集できる能力をお持ちならば、教理を始め、天理教が現在の教勢に至るまでの経緯や、また、ぢば・甘露台について、お供えとは等、正確な知識を勉強し、「おたすけ」の実践を経た上で、教団に対する疑問を述べるならまだしも、どうせその様な実践経験も無い信仰心のカケラも無い未熟な信者、もしくは何処かで知識だけを得て書いている、部外者であるならば、デタラメな批判を即時辞めていただきたい。
むしろ辞退するのはあなたの方では?
↑
「勧誘とノルマ」記事に書きこまないと、皆さん困られますよ。
話の流れ、対話、ぶった切りです。
コメント投稿のルールは守ってください。
追記
あなた方はやたらお金絡みの批判が多い様に感じるが、
お供えはあくまで「お供え」であって、間違っても「献金」では無い。
神様に日頃の健康感謝等の御礼としての、「お尽くし」は何も「お金」と決まっている訳では無い。
日々体を健康に使わせて頂ける喜びを感じ、またそれを神様への感謝として、社会への貢献奉仕として、「自分が出来る行い」をお供えとする事で神様に受け取って頂けるのである。
これを「ひのきしん(日の寄進)」といいます。
ご存知でしたか?
教祖の年祭が近づく3年前から、
約千日前という事で、3年千日と言う目標期間の区切りをつけて、
各教会に於いて、別席と言う場で教理の話を聞かせて頂ける席に参加して頂ける人を募ったり、
あなた方が言う献金では無いが、お供えの目標を設定したりして、
年祭へ向かう活動としてモチベーションをあげる様な目標を掲げたりするが、
いづれも「心定め」であり、「ノルマ」では無い。あくまで目標なのだから。
日頃のお供えはお金であるならば、もちろん1円でも10円でもいいのである。
大事なのは「その心」をお供えする事にある。
その様な事はあなた方はご存知でしたか?
分からない者が、分からない事をネットを通じて拡散するのは即時辞めていただきたい。
>日頃のお供えはお金であるならば、もちろん1円でも10円でもいいのである。
大事なのは「その心」をお供えする事にある。
素晴らしい。私と同じ意見です。1円でも10円でもいいのです。
>日々体を健康に使わせて頂ける喜びを感じ、またそれを神様への感謝として、社会への貢献奉仕として、「自分が出来る行い」をお供えとする事で神様に受け取って頂けるのである。
これを「ひのきしん(日の寄進)」といいます。
そうです。その通りです。その感謝を人の為、世の為、社会の為に「ひのきしん」をしましょう。
教会や会長の為の「ひのきしん」ではないのです。
1円10円では喜ばんのや会長や本部が
心が無くても0の数が多い方がいい
良く聞く話、教会から遠い信者に月次祭には来なくても良いからその分の交通費もお供えして下さい
本部、教会、おつくしとか神へのお供えとか言わずに
維持の為にこれだけの費用がかかります、お願い致しますと頭を下げれば良い。
もちろん領収書等しっかり提示して、それで納得できる人は維持費、会費として支払うべき
そこに神様を出しおつくしとかお供えとか言うからから批判が生まれる
それで維持出来ないのであれば働くしかない
天理教信者様 1円10円でも「その心」を受け取るのであれば、なぜ大教会はかんろだい据替、大亮氏結婚などに3000円だの5000円だの金額指定して部内各教会に要求してくるのですか。日々のお供えについて言えば、親神様へのお礼は1億円しても足りないくらい「その心」はあるけれども、教会本部や大教会に対しての「その心」はたしかに1円か10円程度です。それだけの値打ちしかないのが今の天理教。
天理教信者さん
>>批判を即時辞めていただきたい。 むしろ辞退するのはあなたの方では?
天理教信者さんはネットに不慣れなのでしょうね。ネットで「やめて下さい。」「消してください」と言っても無駄です。もしコメントやこのサイトが消えても、その意見に賛同する人々がコピーを残している。質問者「~のコメント消えてしまったけど・・・」他の者「残してますよ。依頼があったので貼って置きます」とのやり取りがなされる様に、半永久的に核心を突いた意見は消えません。
「ネットに書くな」でなく「書かれないように自粛する」或いは「書かれても良い様な行い」を心がけるべきです。
そうしないと今現在も質問が飛んで来てる様に質問攻めされて答えられなくなり信用を失うだけです。
2017年9月2日 12:37 AMの天理教信者さん
>神様に日頃の健康感謝等の御礼としての、「お尽くし」は何も「お金」と決まっている訳では
>無い。
そうではありません。すべておカネです。
このような光景を聞きました。それも本人からです。概要は次の通りです。
K君の勤め先が倒産しました。住宅ローンを抱えていました。一週間の待機期間を経て失業給付金が支給されることになりました。しかし、支給額は給与の70%にもなりません。さらには健康保険料及び夫婦の国民年金保険料、さらには介護保険料と、従来は給与から差し引かれていたものを直納しなければなりません。
子供の学費も待ってくれません。勿論、ボーナスも無くなりました。
K君は失業以降も教会の月次祭は参拝していました。講社祭りもしていました。しかし、お供えは極端に減らさなければどうしようもなかったのです。
K君の妻君も内職を始めました。それでもお供えを減らさざるを得ず、三つの金封にそれぞれ〇千円を入れてお供えとしたのです。
その状態が3ヵ月過ぎた教会の月次祭の時です。おつとめと直会が終わり帰ろうとしたK君夫婦を会長が呼び止め、さらに、K君のお母さんも呼ばれて会長から聞くに堪えない罵声を浴びせられたのです。ここに書き込めないほどの酷い言葉でした。
会長が言いたかったことは、要はお供えの額が少なすぎるという内容のものでした。K君夫婦が教会へ行く交通費だけでも往復3千円余りが必要だったのですよ。
思えば、月次祭に参拝者があるだけでもありがたいことではありませんか。K君は本当に長い年月途絶えることなく参拝してきたのですよ。時には、男鳴り物にも出ていたようです。
たまたま、失業という大きな節になったわけですが、会長は何故、怒鳴る前に何かの事情が生じたのかを聞かなかったのでしょうか。
K君は間もなく講社祭りも止め、月次祭にも参拝しなくなりました。K君のお母さんは熱心な信者さんだっただけに、このような事態になったことを涙ながらに日記に書き残しています。
天理教信者さん、この話が嘘だと思われるのであれば、あなたの要請があれば何時でも、全てを実名で道友社宛に送りますから、カインさんの了解を得られて、この場を借りられてその旨投稿してください。
ここまで書けば、当該会長は多分誰が投稿しているのかの想像もついていると思います。それでもいいんです。本当のことですから。
天理教団は莫大な資産を持ちながら、そんなにお金が欲しいのですか。お供えだけじゃないとの発言は詭弁に過ぎないと思っています。
2017年9月2日 12:37 AMの天理教信者さん
三つの金封とは、次のものです。
1.お供え(神饌料)
2.教費
3.講社祭りの御礼
天理教信者さん。あなたは住宅ローンの厳しさをご存知ですか。一度、毎日の官報をご覧になってください。どれ程の人が住宅ローンを払えなくなって破産宣告を受けておられるか。多くの方は必至で生きているんです。
住宅ローンの金利は、大変有利な優遇金利です。でも、返済が滞れば、見る間に消費者ローンの金利になってしまうのです。その金利の差は雲泥の差ですよ。
仮に、1千万円の債務が残っていると仮定すると、消費者ローンの金利は年間で130万円もの金利がついてくるのですよ。さらに元金の返済分を入れると毎月の返済額は17万円にもなります。この返済を何十年と続けなければなりません。そのようなことが可能ですか。
知人は、地震で教会会堂が全壊して建築をし直し、本部の仲介により南都銀行に毎月25万円を返済しています。80歳の知人は死に物狂いだと言っています。あと4年間は死ぬに死ねないとね。
このようなことをしなければならない天理教って何ですか。
>>神様に日頃の健康感謝等の御礼としての、「お尽くし」は何も「お金」と決まっている訳では無い。
天理教信者さんあなたは大変すばらしい!その通り、あなたの嫌いなこんなサイトで遊んでないで、是非とも御本部の表統領と内統領大先生にお伝えください。
真柱が長者番付に載っていたころ、おさづけを願う長い行列が出来ていた。「頼むからお礼は要らない。税金で納めるだけだから」と嬉しい叫びで断わっていたと言うが・・(要らない、要らないと言いながら受け取る手を出していた格好だろう。いいことは何とでも言える。教祖の血をひく中山家。人助けの手本たる長が、結果的に長者になるほどお礼を受け取ったと言うことだ。)
当然おさづけのお礼だけで長者になったとは到底考えられない。その他諸々のえもいわれぬ甘露のような収入があったはずだ。
若いころ、「誰か、わしを貧のどん底に落としてくれ」と言ったそうだが、そんな天理貴族に貧困の実態がわかるはずもない。
「高山削って谷底せり上げ」を掲げて道を始めた教祖の燃え上がるような人助けの精神を「誰かわしを貧のどん底に落としてくれ」などど嬉しさ半分入り混じった甘ちょろいことを言い、その場を濁すようなそんな人間に私たちの人生を託すわけにはいかない。
脱退したといわれる中島みゆきの「お前が消えて喜ぶものにお前のオールをまかせるな」と宙船で力ずよく歌いあげている。
「この世に一度だけの貴い万人の命を乗せて天理教という狂った船があらぬ方向に向かって舵を取っている。そんな船に自分の人生のオールを任せてはいけない」と。
長年天理教を信じて裏切られた人の心の叫びがこのような歌詞になったと想像します。
教会、教団へのお供えは0円でいい。神はあまねく平等に守護しておられますから。神は人間を含めたあらゆる事象に、お金の取引をしながら守護をしていません。周囲に困っている人がいれば互いに助けあえばいい。その時お金が必要なら、その人のためにお金を使えばいい。
教祖の言われた「互い立て合い助け合い」とは、教会組織など入り込む余地がないほど、シンプルなものだ。命のつなぎにお供えをなどと詭弁を使って、清貧、純真な信者が身を削って彼らを太らせることはない。本部中山家一党の下劣な人間思案に騙されてはいけない。
2017年9月2日 12:37 AMの天理教信者さんも、目を覚ましてください。
気づいた者から正しいことを見極める目と感性を磨き、大きなうねりにして行きましょう。
天理教信者さん
>日頃のお供えはお金であるならば、もちろん1円でも10円でもいいのである。
> 大事なのは「その心」をお供えする事にある。
>その様な事はあなた方はご存知でしたか?
>分からない者が、分からない事をネットを通じて拡散するのは即時辞めていただきたい。
教会に生まれ育ちながら、そのような事は存じ上げませんでした。
お金以外のお供えはしたことがありませんでした。
お供え=お金、しかも〇千円、〇万円、〇〇万円単位の認識でした。
おそらく、私のように分からない信者さんがたくさんおられると思います。
そこで、真実の周知を図るために、天理教信者さんのお言葉通りに
「お供え、おつくしは心が大事、もちろんお金だとしても1円、10円でもいいですよ!」と
真柱、表統領など天理教代表の然るべき方々からネット通じて拡散していただくことを提案します。
加えて、天理時報で掲載して信者全員へ徹底してくださいますようお願い申し上げます。
必ず多くの信者の「おたすけ」になると確信します。
率先垂範で「ひとをたすけてわがみたすかる」を見せていただきたい。
甘露台が倒れたとて、本部中枢の私たちが、只、申し訳ないばかりで、
関係の教会が、数億のお供えはしなくてもいいですよ。
でも、もう既に用意してあるのだったら心ならずもお受け致しましょう。
皆さん、決して無理をしてお供えをする事は要りません。一円か十円で十分ですよ。
(真柱の代理より)
真柱さまの気持ちを代弁させて頂きました。
天理教信者 様
故芹澤光治良氏著「死の扉の前で」を是非お読みください。ア〇ゾ〇で3千円で購入できます。
面白い内容ですよ。いきなり第一章で二代真柱の御落胤の話ですから。立派というか、あきれるというか。
お供えはします。神様に。したいのです。心を。お金がどう使われたとしても。悔いはありません。
私ができるお供えは3千円です。
収入は一万えんです。二人の子どもがいます。
匿名
2017年9月5日 11:25 PM
収入一万円で三千円のお供え?それはしてはいけないませんね。そんな人が困るようなお金を神様は欲しがりません。
そもそも神様はお金は要りません。お金を必要としているのは人です。運営上とかですね。本部は二代真柱がはじめたバチカン被れの館構想で金食い虫になってもう瀕死倒産寸前なだけです。
匿名様。
>お供えはします。神様に。したいのです。心を。お金がどう使われたとしても。悔いはありません。
私ができるお供えは3千円です。
収入は一万えんです。二人の子どもがいます。
それは、神様にお供えしているのですか?違うと思いますよ。受け取るのは会長です。会長は神様ではありません。
これは、洗脳以外の何ものでもありません。100年祭当時、多くの人が同じ考えでした。借金してでもお供えをした。という武勇伝が多く語られていました。
匿名
2017年9月5日 11:25 PM 様
>お供えはします。神様に。したいのです。心を。お金がどう使われたとしても。悔いはありません。
私ができるお供えは3千円です。
収入は一万えんです。二人の子どもがいます。
失礼ですが、決して多いとはいえない収入。そして二人のお子様。
どうか思考を停止しないで下さい。
心をお金に乗せてお供えしたいという気持ち。
いくら純粋な気持ちだと自分に言い聞かせても、
それは本当に「愚かさ」には繋がらないのか、本質をよく見極めて下さい。
心をお供えしているといいますが、その正直な気持ちは、お供えすることによって
自分の「不安や心配」が解消されることを求めたり、幸福を求めたりしていませんか?
その時の「一時的な満足感」で錯覚をおこしている訳ではないと断言出来ますか?
「お供え」とは、「安心料」を払っているような気分になりがちですが、
本当にそれによって安心や幸福など求めているものが得られますか?
得られなくても、「神様への感謝」だからいいと言っても、本当に神様は受け取り、
喜んでると確信出来ますか?
何かに頼りたい気持ちはわかります。
しかし、情報化で様々な現実が明らかになりつつある現代、冷静に考えて、
その3千円を二人のお子様の将来の為に貯金することと、教団にお供えすることと、
どちらが親様が、神様が喜ぶでしょう?
匿名
2017年9月6日 10:41 AM
喜ぶわけないですよね。一万円の収入で三千円のお供え、聞きたくないぐらい悲痛な話です。やめてください信仰を、惨めな思いするために信仰してるのではないですから、本部自体もそうですが、所属の教会も相当悪質な教会なのでしょう。払えない意思を表明してください。
そうですね。
ご無沙汰してます。カインさんが後継者講習会への苦言をツイートされてます。
Twitterを久しぶりに開いたら、刺激的な問題提起で脱帽です。
たった数日で、若者達がいとも簡単に天理教礼讚に仕上がるのは不思議な現象ではないと思います。
私は、詰所と末端教会育ちです。
ごくごく普通の生活経験が絶対的に不足する環境で育つと、かつて馴染んだ天理教の価値観や世界が自分の居場所だと錯覚するのだと思います。
親に連れて行ってもらえる先は、天理教関連ばかり。
周囲は天理教信者しかいない。
この生育歴に思い当たる方もいるでしょう。
後継者講習会は、幼少時の疑似環境なのかもしれません。里帰り効果の再教育?再洗脳みたいなものです。
妙に居心地良くて頭が思考停止になり、かつて鍛えた(鍛えられた)盲目信仰の回路がつながり、あっという間にマンセーです。
素直と何も疑問に思わないは、紙一重だと思います。
要は合点がいけば、事実や起きた事の内容、真実などは特に気にならなくなる。
理屈でなく、なんとなくでもいい、「ああ、そうか」「なるほど」と、腑に落ちれば大概の人は納得してしまう。
事実と真実はべつもの。
日常と非日常、区別と差別…
人は皆 酔いたくなる時がある。
アルコールではなく、雰囲気、その場の空気、自分が生きてきた事実を否定したくない、されたくない。
一時であれ、仲間がいればなおさらのこと…
さあ、後継者講習会に行きませんか?心の向きを変えればry
傷を癒したい、共感したい、仲間と出会いたい、語りたい、不満をぶちまけたい…
今が旬(チャンス)
疑問ですが甘露台倒壊でなぜ真柱からの謝罪の言葉でなく内統領からなのですか?今回の甘露台倒壊は本部に責任がある教理に見せかけて無責任な発言を連発したから若き青年も甘露台に飛び込んだのだろう。と各所で本部の責任と聞きます。現在の統領に成ってから彼らの文句話しか聞きません。本部参拝者も激減挙句の果てに甘露代倒壊、この大節の責任は真柱でなく統領の責任なのですかね?統領に責任が在るなら責任を取って辞めて頂きたいです。この大節で後継者の結婚?誰が喜べるのですか?天理時報で賑やかな写真を掲載してましたが、北朝鮮の遣らせ市民にしか見えませんでした。
かつて一流企業とされた企業が傾いたとき、必ず社長自ら公の場に出て、謝罪し、反省の弁を述べ、今後の方針、覚悟、方向性などを話します。それが一流の礼儀であり、在るべき姿です。
天理教とて同じこと。今回の憂慮すべき案件に対し、代表者が表に出て、全国の信者一同に対し、自らの思いを話すのは最低限の礼儀であり、誠意であり、義務だ。
それが出来ない今の天理教は宗教団体として一流ではない証明だと思っている。
教団として憂慮すべき一大事の後の華々しい婚礼。全てを忘れたかの様なお恥ずかしいパレード。
社長(真柱)がこれだから、消滅の憂き目に居ても、こんな事が平気で出来るのか。
「一流企業」は生きるか死ぬかの真剣勝負だ。
「天理教」は今でも生き延びれると思っている。所詮、作った教理を説いている時点で、天の理に反する行為で「消滅」は成ってくるのが天の理と言うものだ。甘い、甘い。
真柱は責任を持ってきちんと教えを復元し、あってはならない「上下組織」を解体し、高山削って平らにし、一からやり替えてた教えを信者に示すべきだ。まがい物であってはならない。
いくとこまでいくしかない。
それぞれが与えられた持ち場立場で動くだけ。
あとは神が働くか、働かないか。
先案じはよくない。先の楽しみ。
いちめいいちにん。
さあ、人助け人助け。
真柱の天理時報やみちのともなどで公式謝罪はいつするんですか?
真柱がしないならやはり内統領と表統領の責任という事でよろしいのでしょうね。良い噂聞いたことないですし、現在の体制に成ってから相当問題抱えてるみたいですしね。大亮氏は本当結婚してる場合じゃなかったなと思います。
17年前、
月次祭のおつとめ中に倒れたときは、
おつとめ後、
真柱よりお言葉があった。
しかし今回は全くなし。
どうなっているのだろうか。。。
匿名様
当該大教会から〇億円のお詫びのお供えが入ったようですので、もう解決済みの案件の様です。
今後は、教内の人たちから記憶が薄れていく事を待つばかりです。
当該大教会以外、誰も責任はとりませんし、責任も感じていません。
古い元教会長様
>当該大教会から〇億円のお詫びのお供えが入ったようですので、もう解決済みの案件の様です。
これは本当の話なのですか?誰がお供えしろと言うのでしょうか?
示談したって事での示談金でしょうか
逸話編の教祖の話から想像すると
倒した人にたいして「怪我はなかったか、大丈夫か」と声をかけるイメージです
逸話編が嘘で美談を書いている本と言う方もいますが
いずれにしてもこの不況の世の中でどこで集めたお金かしりませんが本当なら引いてしまいます
宗教っていうよりやくざですね
天理時報等で今回のかんろだい倒壊について詳しく説明をして頂きたいです
なぜ倒したのか、いくらのお供えで解決したのか等々
匿名様
>これは本当の話なのですか?誰がお供えしろと言うのでしょうか?
示談したって事での示談金でしょうか。
誰もお供えしろとは言いませんので、しなくてもいいのです。
でも、大教会側が勝手に忖度してお供えしたのだと思います。
しなければならない空気はあるのでしょう。
一度にお供えされたか、これから何回かに分けてお供えされるのかは知りません。
当該大教会のお詫びお供え、はっきりいって馬鹿ですねぇ。お金を受けとる本部も最低。
結界の中の守り人、よく居眠りしてますよ~。皆さんも見たことあるでしょ?危機意識なくノコノコ座ってた連中とリスクマネジメントをしてこなかった本部サイドで甘露台の経費負担をするべきです。
数億円もかけて笹川氏から買い取った甘露台の石を再利用したらいいのに。
それにしても大亮氏の披露宴に集ってる政治家達。
Twitterに話した内容が公表されてる。出席した人が暴露してるということです。
38母屋や和楽館で政治家を招いたパーティーの配膳をしたことがあるんですが、本部員達の姿に幻滅でした。
ハレンチ天理市長も天理教を信仰してると標榜し、下半身スキャンダルを戒めることなく天理教が応援してるとは。
私は後継者講習会を若者にすすめる教会関係者を軽蔑します。
38母屋で行われる飲み会
昔から女の本部勤務者はコンパニオンとして
強制参加、セクハラも多かった
泣いて嫌がってる子多かったですよね
甘露台じゃなくて善亮にタックルする人が出てくるわな。
>38母屋で行われる飲み会
>昔から女の本部勤務者はコンパニオンとして
>強制参加、セクハラも多かった
>泣いて嫌がってる子多かったですよね
遣っている方の人たちは、全て二代さんの血を引くか、威を借りている人ばかりかも。
何が甘露台か。善亮台だあー。
匿名さんの「Twitterに話した内容が公表されてる。出席した人が暴露してるということです。」
どんな内容なのか、とても気になります。
政治家が披露宴に来るぐらいで中山家はじめ本部員は天狗になってしまってるのかな?政治家は票田といい宗教の組織票目当てで顔出してるだけですけど、つまり中山家や本部員に魅力が有るのでなく票田に魅力があるだけもし勘違いしてたら恥ずかしい話(笑)選挙マシーンに成ってるだけの天理教本部、寄付等無駄に散在している本部に呆れるばかり(笑)政治家も気が付いた方が良いのが天理教は創価学会のような投票に対する統率力ははじめから持っていない事これを知ったら政治かも離れていくでしょう(笑) 政治家は利用するもの、政治家に利用される宗教団体は宗教に有らず。
政治に絡むなら政権政党と絡むことが必須、民進党 前原誠治 等を表に出していたら政治でも負け組み(笑)本当本部の権謀術の無さには呆れてものが言えない。
政治家は政治家として生き残る事にすべてをかけているだけの話で、国会議員も、天理市長もいかにも信者って顔はします。選挙がすべてですから。但し、天理市長の性スキャンダルによって披露宴の乾杯の音頭取りは出来なかったそうですが。
それよりも大亮氏。普通結婚のお祝いを戴いたりしたら、「ありがとうございます」ってぐらいのお礼ぐらいいうでしょう。それをハガキ一枚、本部の職員に書かせてハイ、オワリって感じはあかんやろ。
中山家に養子に入ってから、天理駅みたいな天理教のテリトリーで路傍講演してやってます感を教内にアピールするのってどんな意味があるの?それを真似して教内の青年が、天理市内で拍子木打って神名流し。どこでやってんのの?
大亮氏、お金も暇もあるんだろうから、お抱えの運転手にベンツ運転させて大阪や、名古屋、神戸の駅前でやるべきではありませんか?
多分あんた、このサイトをこそこそ、見てるだろうから言うけど、元々参拝する人たちが偉くもないあなたたちに頭下げさせてる現状を信仰格差と見ない?そんだけ人に頭下げさすと徳なくなるよ。確実に。
前原誠治 には近づくな言うてるやろが~イメージ悪い悪い
《党解党>小池百合子の人気にあやかりたい合流》
無責任にもほどがある。これに見習って真柱と統領の内閣も解散したらよろしい(笑)
小池百合子氏「私が代表なら興味あるかしら?」 焦る民進・前原誠司代表は… 水面下では「金庫」争奪戦も
http://www.sankei.com/politics/news/170929/plt1709290003-n1.html
「無所属」出馬の前原氏、迷走発言で側近がとばっちり 「最低のトップで部下が不幸」同情殺到
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12144-309835/
天理教では未だに中島みゆきさんは信者だと別掲示板では堂々と謳っています。
彼女はとっくの昔に脱会してます。
神殿で見かけた、真柱さんを訪ねて来られた、全部ガセです。
所詮は金集める事しか考えてないです。
甘露台の倒壊、結婚云々、次々に理由を付けて集めるんです。其れが天理教です。
それ以前によくゼロ収入で結婚できるね その時点で信者の事舐めてるとしか思えない。
風の噂で聞いたのですが、この青年の所属会長が倒れられたそうです。
お詫びのお供えは、まだ集められているようですね。
本部、内統領は「もう無理はしなくていいよ。」と言えないのだろうか。
どうか、末端の教会に親心をかけて欲しいものだ。
教会の土地を売ってお詫びしたいが売れないと聞きました
風のうわさ
2017年11月8日 10:46 AM
それは酷い。しかしそれは次本当の悪が倒れる兆し、誰も忘れない。やがて始まる。いやもう始まっている。気が付けばみな動き出す。
「リメンバー・パールハーバー 真珠湾を忘れるな」 です。
コメント外で睦輝さんが
Twitterにて
「#天理教を改革する」タグを広めてみよう、と活動を開始しました。
と立ち上がったようです。皆さん立ち上がりましょう。一人で立つのは誰しも怖いしかしみなで立ち上がり今までの屈辱を分かち合い悪の化身を倒す。これほど意味のある人生はない。
ツイッター「#天理教を改革する」
を私も応援します。皆さん気楽にまずは参加から!
甘露台?そんなに倒れて困るものは、置かないほうがいいですよ?
あと、改革じゃなくて解散をした方がいいです。離れるのです。関係を断つことです。
人が集まるところは必ず、私利私欲、私腹を肥やす奴が、絶対に出てくるようになっているのですよ。
元々、宗教なんて、天理さんだけじゃなくて全部そうゆう場なんですよ。宗教団体である限り。
78:22の法則。陰陽の法則。これは絶対の真理なんですよ。
それに、生命あるもの全てに神が宿っていて、その思考・意思・行動、全てが神様の思惑通りだから、
その人その人で自由に生きてください。なんて本当の教義で宗教団体を運営するのは無理です。w
だから、人が集まってる場所で、自分が納得ができないのであれば、離脱するのが賢明なんです。
あんたが辞めてしまっていいよ。
いらないよ。本気で信仰している人に失礼だ。本部の他人事に構ってる場合じゃないから。
勝手にやって、うちらを不幸のどん底に貶めるなら。やってくださいよ。
あぐらかいてたらいいよ。
何とかするから。
信仰をしている事をなめるな。
>天理教では未だに中島みゆきさんは信者だと別掲示板では堂々と謳っています。
彼女はとっくの昔に脱会してます。<
3日付けの天理時報中島みゆきの四十行のひとりごと。いよいよ腐りきった現天理教にノーを優しく突き付けていますね。
一寸先は闇と言われて長い間ち囚われていたこと。(天理教はこうして不安をあおって金品を取り上げて来たのです。)彼女は言う。一寸先は光と何故言わないのかと苛立ったと。
一寸先のために(一寸とは3、03センチ。一足にも満たない一寸先)今出来る事をする方が実用的。と彼女は言う。現天理教は果てしのない遠い遠い未来に向かってあてもなく延々と陽気暮らしを叫ぶが実現しない。
闇とは今頑張った事が一寸先で見えるか、遥か遠い未来に現れるか、それこそがまさしく闇だと。
天理教に心底愛想をつかした心情が伝わりますね。
真実を伏せられ、それにいつまでも振り回される善良な信者の方々がお気の毒で歯がゆいですね。