☆ 教会本部参拝者受け入れ設備の充実について
① 礼拝場周辺のトイレの数が総体的に少なく感じます。特に大祭月には、女性用トイレが長蛇の列に
なっています。 ◎ 女性用トイレは、もっともっと増設が必要であります。
② 車社会でもあり、おぢばがえりの駐車場対策・整備に、もっと力を入れてほしいと思います。
一般参拝者に対する思いやりがいまひとつ、もっときれいな舗装がある駐車場をつくってほしいと
思います。
③ 祭典中、礼拝場に入りきれない参拝者に、もっと配慮をお願いいたします。
雨天と炎天下対策として、例えば、北礼拝場と教祖殿との間の中庭の上を全体的に屋根で覆うことを
(中庭の景観を生かしたデザインで)考えられませんでしょうか?
要約有難うございます。
① 仮に「魂は同じで肉体が何度も生まれ変わる」としても、各々に過去生の記憶が無いのならば、生まれ変わったかどうか、知る術がありませんよね?
他人の言う事は「信じられるかどうか」の状態なんですから証明になりませんよね。
② たすけ一条の仕事とは、具体的に「どういう人」を「どのようにする」と読み取っていらっしゃいますか?
③ どのような神言(箴言?)から「超常現象をも含む」と読み取れるのでしょうか?
宜しくお願いします。
② 教祖様が「この世の元始まりの話」をされていたのは間違いありません。「おふでさき」にもありますし、多くの方の証言記録も残っています。そのお話を元にして「こうきをつくれ」とお命じになりましたが、何人もの人が書いた「泥海古記」に対して「よし」と言われなかった訳です。
何がどう「あし」なのか確かな事は分かりませんが、教祖様の教えが「世直し」だということから考えれば、現実世の中を擁護する「因果応報・輪廻転生」論が混じっていたからだと考えるのが妥当です(他にもあるかもしれませんが)。
私が絶賛した「十全の守護の理」は、「因果応報・輪廻転生」論を省いて解釈した「生命理論」です。
② 教理教義
あちこちの宗教からのパクリ満載で、永遠に理解不能ですよ。仏教の無常と神道の現世追及は共存しません。教理が矛盾だらけ。教理の基となる内容は各宗教のエエとこ取りの寄せ集め。しかも、ユラユラ中身が時代とともに変化する。
ごくの中身がいつの間にかはったい粉から米粒に変わっている。宗教から頂くものには「意味」があるはずですから、中身が変わるはずがない。ごくを売って稼ぐのが目的の「宗教ビジネス」だからこそです。神名も、転輪王、転輪王命、天理王命、ころころ変わる。あり得ません。
③ 教祖様の教理は素晴らしいが、現在の教団が悪いと嘆いているうちは、洗脳は解けません。
最初の宗教団体設立時、みき婆が頼りにしていた博徒が仲間に入り、最古大教会の初代教会長になった。博徒が改心してかたぎになるのは素晴らしいことだと思いますが、宗教団体の幹部となって人の上に立つことは自分の来た道を考えれば普通は控えます。立教の最初から、こんな程度の宗教団体です。
① おさづけ
昭和初期まで、大多数の貧しい庶民に医療は高嶺の花で(国民健康保険は戦後の制度)、病気、ケガ、栄養不良、病死・・・は最も耐え難い試練であった。「おさづけ」は、現在は、「病は気から説」および「プラシーボ効果説」で解明されている。当時の、医学的知識の乏しい、お医者様につながらない貧しい人々にとっては、「おさづけ」は、最後にすがるよすがとして、大いに前向きに迎え入れられた。つまり、「おさづけしてくれる人は善い人」。
② ひのきしん
河原の清掃するのに、わざわざ、天理教の白文字を浮き出した黒い法被で参加させる。ボランティアは匿名ですることにこそ値打ちがある。江頭2:50の東北震災ボランティアは清々しかったですね。自前で調達したトラックに支援物資を満載し駆けつけ、帽子を目深にかぶり荷下ろしの作業を黙々としているうちに、周りの人が、気が付いた。『江頭さんですよね?』。
<屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと>
これは、教団にとって、一石二鳥の、利点2つあります。
② 不動産が丸々、「現金」となって手に入る
③ 布教師を「背水の陣」に追い込み、精神的に、布教活動に邁進させざるを得なくする。よく、話題に出てくることですが、昔の布教師は熱心だった、命がけで頑張っていた。。。。裏にはこういう背景があるのです。特に、先祖が名のある立派な家柄であるのであれば、何としても布教に成功して新規信者を獲得せねば、あまりにみじめで、格好がつきません。
① 市長参加の式典であれば、必ず、マスコミ報道があります。新聞誌およびテレビとラジオ。出発前、式典中、もしくは両方。それが、市役所広報課の仕事です。そこに、「梅鉢マーク」か、「天理教」の文字か知りませんが、電波に乗ります。堂堂と「天理教河原町大教会」が連呼されるかもしれない。何しろ、式典のメーンのイベントが任せられているのですから。
② 最低でも、市長の公式活動ブログ(市役所HPからリンクされる)に、河原町大教会長の写真をデカデカと載せている。市長は、特定宗教の宣伝をしているに等しい。
③ おそらく事前に市長への表敬訪問(市役所)とか、事後の市長主催のお礼会はあったであろう。ブログでは、市長の天理教への感謝感謝の文字列だから。これには、目に見える形で税金が投入される。
古い元会長様へ
2017年9月10日 8:39 AM
天理教は巧妙ではないと思いますよ。巧妙でしたらこれだけ具体的に批判が出てこないもの。他の宗教団体は事件や派閥闘争の書き込みが中心、天理教の場合宗教なのに教義を指摘されている時点でもう終焉を迎えている・・・ただ巧妙でなく強権を乱用していただけでしょう。しかも違法性がある強権それもネットの存在で乱用は出来なく成ります。現実的に分離分裂が起きなくても、皆さんの思いの中で心離れが起きてる時点でもう分離は発生していると言えましょう。後はその事が起きたら「やっぱり~」と皆さん思うだけのことです。もう宗教で教義問題が発ししてる時点で今後大きな分裂が起きます。社会でも習ったようにルターの免罪符でも起きたのですから
匿名2017年10月21日 11:27 AM
その噂が事実なら面白いことに成りますね!事実乗取りが行われた確固たる証拠が白昼堂々と公表されるのですから!本部側がどのような言い分を申してももう信じる愚か者は居ないでしょう。どのように公開されるのか楽しみです!語本部様の話題提供を心よりお待ち申しております!!!
たくや
2017年11月17日 10:28 AM
私は教会長から日々暴力を受け皹まではいつています。京都の西陣大教会上賀茂分教会の奥田晃会長です。この前京都地方検察庁へ刑事告訴をしましたが嫌疑不十分で不起訴でした。現金を200万以上脅迫されおまけに修養科まで無理やりいかされおまけにどこの教会でも行けとたらいまわしこの人は養子で奈良県十津川分教会の次男です。天理大学も5年で傷害事件を起こし示談前科なし。懲りない人です。5年で中退本当にバカな奴ですがこんな奴死刑になつてほしいとおもいます。教会長でもおやさまがいるかわからないそして私が修養科中肺炎になつた時詰所でオナ二ーばかりして私のことは知らん顔血のかよつた人間とはおもえない。みなさんどうおもわれますか?
たくや
2017年11月17日 10:56 AM
そしてこの教会長の義父奥田和男は京都の西陣大教会の役員ですが相談するとあんたが悪い信仰とは金やお金がない者は助からないとさらに120万さんげで払えと要求、京都検察審議会に起訴するよう要望、そしてようやく昨日奥田晃会長を刑法246条の詐欺205条の傷害で起訴。大教会長の永尾隆司と奥田和男を詐欺ほう助で起訴。これから刑事裁判がはじまります。京都地方検察庁の検事さんがガさイレされ、私に安心してください。天理教では別の事件でも捜査してたから私たちが懲らしめるから心を静めて公判まで共にがんばりましょうと激励されました。神様なんて本当はいないんだから今から修養科や専修科に行く人は冷静になつてほしいとおもいます。私は修養科にいつたこと後悔の毎日です。今回5人の検事さんが担当で心強いですがこの3人には恨みは消えません。また3人とも反省がないのががつかりです。可能な量刑を裁判所が判決することをねがいます。これは京都だけではなく全国の検察行政が今後取り締まる節目になるでしょう。
「たくや 2017年11月17日 10:56 AM
昨日奥田晃会長を刑法246条の詐欺205条の傷害で起訴。大教会長の永尾隆司と奥田和男を詐欺ほう助で起訴。これから刑事裁判がはじまります。京都地方検察庁の検事さんがガさイレされ、私に安心してください。天理教では別の事件でも捜査してたから、私たちが懲らしめるから心を静めて公判まで共にがんばりましょうと激励されました。・・・今回5人の検事さんが担当で・・
① 聖典などに根拠をもつ教義・規範などを厳守し、世俗主義に対抗しようとする宗教的思想・運動。
② 特に、イスラム世界の西欧化・世俗化を否定し、原点に帰ってイスラム法の適用された国家・社会を築こうとする思想運動。イスラム復興主義。イスラム原理主義。 → 根本主義
③ 一般に、原理・原則を重視し、その徹底をはかろうとする立場。市場原理主義など。
※in deep と地球の記録‐アース・カタストロフ・レビューと言うブログがあります。
東日本大震災以後、地球の各地で大噴火や大地の亀裂が発生している状況が報告されています。
昨年までは、南北アメリカ大陸の亀裂の報告が幾度もありましたが、今年の3月末頃からはアフリカ大陸の東に延びる大地溝帯の大規模な亀裂の記事が度々あがっています。
①
≫私は、お供え掲示板で書いた様に、女房が、ようぼくでも、私は他の信仰を持ち
≫そこの会員であり、そこから神霊能力を得た、ただの父親ですから
≫天理教にも、神のお力、守護にしか、興味はありません
②
≫私は、天理王の命は、絶対神とは違うと認識しており、天理王の命様が、教団から
③
≫ここで、天理教を、非難する気持ちは、判りますけども
≫それだけだと、神から見たら、教団本部の方と同じに見えるかと思います。
※in deep と地球の記録‐アース・カタストロフ・レビューと言うブログがあります。
東日本大震災以後、地球の各地で大噴火や大地の亀裂が発生している状況が報告されています。
昨年までは、南北アメリカ大陸の亀裂の報告が幾度もありましたが、今年の3月末頃からはアフリカ大陸の東に延びる大地溝帯の大規模な亀裂の記事が度々あがっています。
東風Z
2018年11月26日 10:59 AM
その通り納得させられます。教団の人は綺麗事を並べても内面が無い教義も理解できてないない。ユーチューブやツイッターなど各種ネットメディアを活用してもそれら実力の無さを露呈しているだけでお恥ずかしい。そして叩かれても成長は皆無です。組織の中枢の中山家とその血族が宗教と神を悪用しているのでどんなに頑張っても神の思いに通づる分けもない。神の悪用となるとそれはもう悪魔教団ですしね。呆れたカルトです。
中山みきは本来は浄土宗善福寺の熱心な信者だったが、長男秀司が神道の吉田家に入門し、吉田家で祀られていた国常立尊以下の神々を取り入れていくなかで十柱の神?を知った可能性があり、自身が神道の詐欺師になってからも、佛教から用語や思想を巧みに盗んで教理に取り入れた。
「撒いた種は刈らねばいけない」は天理教のオリジナルではない。
英語圏のことわざに
As you sow, so shall you reap.《蒔いたように刈り取るべし》[聖書:ガラテヤ人への手紙6-7]= Whatsoever a man soweth, that shall he also reap.《蒔いたものは刈らねばならない》というのがある。また、「因果応報」「自業自得」は佛教用語である。
東風Z さま、匿名なんです。様 ご忠告、ありがとうございました。特に東風Z様の漢詩に心打たれました。さて、天理教の根本教義とは「かしもの・かりもの」という教理です。この教理は天理教教典第7章に「かしもの・かりもの」として詳説されています。英語版では【 A Thing Lent, A Thing Borrowed】と翻訳され「lent」という単語が使用されています。また、別のところでは「the body is a thing lent by God」やはり「lent」です。「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題なのです。
>天理教教典第7章に「かしもの・かりもの」として詳説されています。
英語版では【 A Thing Lent, A Thing Borrowed】と翻訳され「lent」という単語が使用されています。
また、別のところでは「the body is a thing lent by God」やはり「lent」です。
≫「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題なのです。
中山一族側が、自分たちの主観的立場で翻訳したのです。
普遍的ではなく、「利己的」だと思います。
崩壊
通りすがり さん
2019年7月20日 11:18 AM
>英語版では【 A Thing Lent, A Thing Borrowed】と翻訳され「lent」という単語が使用されています。また、別のところでは「the body is a thing lent by God」やはり「lent」です。「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題なのです。<
欲深い宗教団体です。
信者の方がよっぽど欲が無い。
閑散とした商店街を見てると、いくら子供おじばがえりとは言え、衰退の一途も頷けます。昔は人が溢れんばかりに行き交っていたのに。
大きな館は力の誇示としか映りません。
あの大きな館群に係る費用だけでも莫大な金額になると思います。
これらの費用をこれから先も誰が負担するのか?各所に点在する教会であり、信者です。その教会ではどうか?理立てと称して高額な金額を要求する。。。。
京都の歴史ある有名なお寺です。最近CMで脚光を浴び、訪れる人が後を絶たないです。それまでは京都の中でも知ってる人が立ち寄る位の静かな処でした。確か3代前の住職が庭園に枝垂桜の木をしかも一本だけ植えたそうです。時が経ち、平成の時代になってその枝垂桜の木は見事に成長し、今は枝垂桜で有名なお寺になりました。春には参拝客や観光客が溢れんばかりに訪れ、それはそれは賑やかです。本来のお寺としての意義はもう少し違う処に有る様ですが、枝垂桜の木を植えた時に今日の姿を誰が想像したでしょう。館建設の為に莫大な費用をかけ、こんなにも信者がいるんだぞぉ〜と溢れんばかりの光景を見せつけ。。。。。
結局東西礼拝場は完成したものの、脱会者や、教団を去る者は後を絶たず、結局何の為のふしんだったのか?首をひねるばかりです。どころか、詐欺紛いや窃盗も厭わない。抗議をしても神が見ている気を鎮めとか人がめどうか神が目どうかと天理教用語で交わされ、本当に疲れる。
自分の将来や団体の将来を考えた時に脱会を考えるのは誰しも同じで、この教団に対して未来を見い出せ無くなってしまいました。
あの時代に神殿や詰所を大きく拡張せずとも、欲を出さずあるが範囲内で納め、沢山の種類の多くの桜の木を沢山植え、手を掛けて世話をしていたら、平成の今の時代には春には見事に桜が咲き誇り、いつ行ってもあそこは桜が咲いているとサクラの里として有名な名所になっていたかもしれない。
どんなに大きな神殿を建設しても歴史の前には勝てない事を良く勉強しました。
サクラの里になるにももう遅いでしょうね。
信仰している者です。興味深く拝見させて頂きました。
なかなか核心をついておられ、頷きました。
本当に色々な事があると思います。しかし、教祖は、親である神様の思いは、ただただ子供(世界中の人間)の幸せを願い、悩み、苦しむ事がなぜ起こるのか、人としての生き方はどうあるべきか、をーから十までお教え下さいました。
その偉大な教えに泥を塗っている状況を、恥ずかしく、本当に申し訳なく思います。
私も組織に何じゃこりゃと反発した時期もありましたが、祖父や祖母、父や母の姿を見て、また、まだ若輩ですが自分の人生を振り返ってみても、あぁ、この道は、教祖のおっしゃったことは間違いないんだなぁと思うに至りました。 偉そうなこと言ってすみません
いつも時間をみつけては、カインさんのブログを拝読してます。
明治30年に曾祖母が入信し、小さな末端教会の初代会長になり、その子、孫、ひ孫と一族が天理教を信仰しております。とても怖ろしいことなんですが、その中で私だけ異端児で天理教を信仰しておりません。というより私は、その長きに
わたる末端教会の土地を父の入院治療費にあてるため売却しました。
個人名義の土地であり、斜陽宗教でもあり、上級教会へ吸収合併されたほうが楽だと思っておりましたが、なかなか自分が思っていたようには簡単には売らさせてもらえませんでした。
脅しや強迫は24時間夜中でもあり、あげくの果てには「教会は売るな、神様がお金を用意してくれる」と、世間一般の話し合いができないなか、粘り強く半年以上かかって、やっと売れました。
天理教人の脅しや強迫に私自身が怯えるようになり、鬱とパニックとそして、子供のころから天理教の教えの中で育った私自身がいつも何かにすがっていたい気持ちになっていました。ただ天理教の信仰も麻薬と同じで、ちょうど麻薬がきれて禁断症状になっているのだと思うようにしました。
ただ、私の中でどうしてもわからないのです。何代にもわたって「陽気ぐらし」とは裏腹にとても貧しい、いつまでも教団の組織に搾取され続けていることに、なぜ疑問をもたないのか。どうして「末代の理」という言葉を信じるのか。一族の中で私ぐらいのものでした。反抗していたのは。天理教に対して心の整理をしたくても話す相手もおらず、苦しみをわかってくれる人もおらず孤独でした。
漸く、このブログを読んで冷静に天理教を信仰したがための悲劇、悲しみが、どのようにして人間を奴隷のように扱えるのか、それも世代を超えて脈々と繋がっていくことを少しづつでも理解したいと思っています。
カインさん、これからも書き続けてください。楽しみにしています。
徳子さんの例は、多くの末端教会がかかえる問題を端的に示しているように思います。
陽気ぐらしを標榜する天理教なのに、鬱やパニックになるまで信者(しかも教会関係者)を追い詰めるのは、本当に悲しいことです。
なぜそんなに教会名称にこだわらなければならないのでしょうか。
家族の入院費をねん出することのほうが、はるかに親孝行ではないでしょうか。
末端教会の多くは、じっさい出すばかりで、ボロボロの状態です。
神様がお金を用意してくれるなどと、上級教会は安易に言うべきではありません。
こんなに末端教会の関係者が苦しみ、悲しみ、つらい思いをしているのに、それを告白でき、訴える場が天理教の中にはないことが本当に残念です。
天理教校や天理大学があって、天理教学や宗教学が研究されているはずなのに、まったく無力、なんの役にも立っていません!
たぶん教外の方が運営されている天理教社会学研究所だけが期待できる場なんて悲しすぎます。
徳子さん、がんばってください。蔭ながら応援しています。
教会とは看板だけで、6畳2間の小さな古家を改造して、親神様、教祖様、御霊さまの小さな社を祀り、鳴り物は、くっつけて添えてる状態です。信者は身内がほとんどでそれでも10人いるかいないかの中で、90年祭当時で毎月25万円の上納金ノルマがありました。祖父が教会の倍加運動で信者も集まらないのに、祖母を初代会長にしたので、部下教会の5万円も足していたのだと思います。
父は統合失調症、母は金!金!金!明けても暮れても金!金!金!今も忘れられないのは、90年祭に本部へお参りに行き、神殿の階段で母が「お道のご用を命がけでしていかなければ、必ずやふるいにかけられ熱心でないとふるいから落とされてしまう」と言っていた母があっけなくこの世を去りました。46歳でした。私はまだ高校を卒業したばかりで、母の死が深い深い悲しみでした。そのときに見た夕焼けが赤々といままで見たことのない綺麗な夕焼けで、日常の生活は何ひとつ変わってないのにただ私にはもう母がいない淋しい感傷に浸れるのも葬儀が済むまでで、葬儀が終わったら借金取りが次から次へと押し寄せてきました。母が作った借金だったので私は何も知らないけれど、借金を返すのに日々追われていました。今だったら自己破産もできたでしょうが、誰も教えてくれない。国民年金から葬祭費も出ると言うことも。ただ因縁が悪い!罰が当たった!このふたつだけでした。記憶に残っているのは。借金も返済が済み、私はこの教団の中枢をみたいと思い修養科へ行ってみたけれど神殿の拭き掃除と手踊りの練習に明け暮れ、これが修業の場だろうか?社会で働いている方がよっぽど修業だし、なんと楽なところか中枢の収穫はなし。ただ異常に賽銭箱が多くそして10円をいれてちゃりーんと音が聞こえるまでの長いことか。賽銭箱の中を目を凝らした見たらとても深いんです。
週刊文春に地下のベルトコンベアーでお金が一か所に集まるようにしていた。納得。
講習は真夏に行きました。狭い部屋で白い足袋のアイロン掛けを汗かきながら朝から夕方までしていたことしか記憶にないです。ある本部員が神殿が大きくなりすぎてひと手不足だから講習という人材を集めて無休で奉仕してもらっている。納得
100年からの信者であるのに、教団が何をしているのかどす黒いベールに囲まれて結局わかりませんでした。
はじめまして。投稿は一度もありませんが、ここのブログを前から見ていた者です。気がついたらブログが再開されており興味深く拝見させて頂きました。
今年のこどもおぢばがえりに行かれたのですね。お疲れさまでした。ブログの最後に”「においがけ」という布教活動は天理教でも大切な政策の一つだが、つくづく天理教は情報発信や広報活動が苦手であると感じた。”とございますが、以前の天理時報社に関するカイン様ブログにあるように天理教は個人の発言を原則規制する姿勢にあります。私個人もこのブログに感化されて先日まで天理教のブログを更新していましたが、所属する天理教分教会から反対されやむなく廃止にしました。
今年4月~6月に天理教よふぼくの集い、という講習がございまして、その中のビデオで里親問題に取り組まれる村田和子氏も、天理教が学校でも家族でもない第三の心が安まる場所として、もっと浸透して欲しい、ということを申しておりました。親のいない子供に対し、里親になってくれる家庭の割合は、天理教の信者が日本全体の中で7割弱を占めます。里親政策を推進する天理教はこの機会をもっと進めていくべきだと思います。
さて、カイン様ブログに対するコメントを見ると天理教組織に対する批判というか、憎悪というか…、そういったコメントが数多く見られます。教団が何をしているのか?そもそも教団がしていること(お金と人集め)が正しいのかどうかは、どうしても気にはなりますが、末端信者の個々人が考えても仕方のないことだと思っています。カイン様ブログにいう「いわゆる思考停止」ではなく、世襲制天理教組織という制度の中で、末端から(私も初代となるのですが)てっぺんに物申すその無意味さからです。
そもそも天理教の歴史は「教え」とそれを守るための「組織」の二項対立で成立していると思います。「教え」は教祖が、「組織」は秀司様や歴代真柱様が守ってきました。この二つは常に対立するのですが、どちらか一方が欠けると、もう片方も生き残れないという関係があると思っています。数多くの教えの中で天理教組織を批判する人は、そもそもの「教え」の観点から、天理教組織を批判しますが、例えば毎年天理市への10億のお供え(いるのかどうかは知りませんがw)であったり、その他、各詰所の運営費(一詰所で約年間一億)であったり、一天理教株式会社としての各役員への年収問題であったりを考えると、天理教組織としてもおいそれと今の体制を変えるのは難しいのだと思います。(ですし、何もしなくても年収数百万が入ってくるという今の暮らしを変えたいと思う人なんていないと思います)
では、やはり天の理に基づくこの世襲制は誰も変えられなくて、末端信者はいつまでもいつまでも毎年数十万から数百万というお供えを、上級教会に上納しなければならないのか?というとそうではないと考えています。先日、発売されたとある週刊誌の特集で、「献金型のビジネスモデルを持つ天理教は、教団の拡大期は収入も大きいが、停滞の局面に入ると収入が一気に減ってしまう」という指摘がありました。天理教の歳入は1979年の約243億から、2011年には約134億となり、30余年で100億以上も減少しました。ちなみに1979年を調べると教祖100年祭にあたり、教祖100歳だから100万お供えしよう!と何とも愚かなスローガンのもと、天理教教会長による銀行強盗や、信者へのお供えの強要があり、さらにそれでもお供えができなかったから、教祖百年祭式典中に、教会長が詰所から飛び降り自殺を図るという事件まで起きた、天理教の中でも、とても酷い時期です。
これは上記の真柱様体制による世襲制のマネジメントが、少子化の時代となった今、通用しないということを言っているだけに過ぎません。さらに現在、高齢化の中で多くの現天理教会長が尽力していますが、20年後、30年後には、その影も薄れ、現在の天理教信者(約121万)が二分の一から、三分の一程度になると考えています。道一条という言葉は死語となり、天理教教会長は、所得税免除という条件の代わりに、働きながらそのお金のほとんどを上級にお供えする時代が来ると思います。
なんとも言えないしまり方ですが、いい加減長いのでいったんこのへんで…
テーマ:「立派なやかたで信者は激減」。
<やかた普請はカネ集め>:
6月に出直された三代真柱が52歳であった30年前「四方正面」の立派な神殿建築は完成し、現在おやさとやかたも26棟出来た。
おぢばには天理教教団始まって以来最大の教団建築が林立している。
その一方、信者の数は教祖80年祭をピークにこの50年間、年々減少を続け戦後最低の水準となり、今も減少が続いている。
布教や「心のふしん」は後まわしで、やかた普請とカネ集めに精力の大部分を注いだ結果の衰退50年である。
形の普請を行えば、心の普請、布教もそれについて来ると考えた歴代真柱を筆頭とする教団本部の甘い思惑は見事に外れた。
巨大な建築には莫大なカネがかかる。
そのカネは全て信者のお供えである。
教会本部が次々に「形の普請」を行うので、大教会や有力分教会もそれにならい立派な「形の普請」を次々に行った。
その結果、末端教会や一般信者は中山ミキの教えには無い、あまりのカネ集めに教団組織への不信をつのらせ、多くの信者が離れた。
それが50年にわたる衰退の歴史である。
とにかく天理教はカネがかかりすぎる。
昭和20年終戦の当時、天理教は公称220万人の信者を抱える日本最大の新興宗教教団であった。
昭和41年(1966年)教祖80年祭参拝者200万人。
数字だけ見ると戦後天理教は教祖80年祭まで教勢が伸びて発展している様に見える、実際には終戦直後から一貫して教勢の衰退は始まっており、終戦時壊滅状態であった創価学会に信者数において、昭和41年教祖80年祭の時点で完全に追い抜かれてしまったのが実態である。
<天理教が創価学会に追い抜かれた理由>:
創価学会:
昭和18年7月、牧口常三郎初代会長、戸田城聖理事長ら幹部21人、治安維持法、不敬罪で逮捕、投獄。
昭和19年11月、牧口会長、獄死(73歳)。
昭和20年7月、戸田理事長出獄時、創価教育学会の信者は離散、組織壊滅。
昭和20年(1945年)8月15日、組織壊滅状態から出発。
創価学会は戦後再興された時から会費は一切徴収せず、賽銭箱が置いてない金のかからない宗教が第一のうたい文句であった。
折伏布教する相手は地方から大都会へでてきた貧困層が中心で、実際彼らは宗教に献金するようなカネの余裕は無かった。
その反対に、天理教は巨大な教団建築を立てるため信者から多額のお供え金を集める方法を取った。
戦後、敗戦国家の再建にむけて日本中から大都会、大工業地帯へ人口の大移動が起こった。
戦前、国策に迎合し中山ミキの教理を捻じ曲げた天理教は国家の弾圧を受けることなく組織と信者はそのまま残った。
戦後、高度経済成長前の日本はまだまだ貧しく、地方から大都会へ出て来た膨大な数の貧困層は、本来天理教が取り込むべき人々であった。
この戦後の日本で起こった地方から大都会、大工業地帯へ人口の大移動は、膨大な数の人々を信者として獲得できる大きなチャンスであったが、おやさとやかた普請とカネ集めに精力を集中していた天理教はこのチャンスを生かす事が出来なかった。
また信者は移住した先の近くの教会に所属するのが自然で有るが、戦前からの教会系統が邪魔をし、時代の変化に適応できず、組織制度の改革も全く行われず大きなチャンスを逃した。
天理教は貴族生活の中で育った二代真柱の誇大妄想的発想で、あたかも、おやさとやかたや建物が出来上がることが本部の正しさ、教理の正しさを証明するかの如くの方針を取り、おやさとやかた建設に人モノカネの大部分を傾注し、巨大建築普請は実現したが、布教と人材の養成を行うための時代の変化に適応した組織変革は殆ど行われず、旧態依然、時代遅れの組織制度をそのまま残した。
その結果、建物が次々に出来上がるにつれ信者は減り出し、戦後ゼロから出発した創価学会に15年の短期間でいとも簡単に追い抜かれてしまい、70年にわたる衰退のウズの中に落ち込んでしまった。
戦後の20年間は教理の優劣は別にして、創価学会のやり方が成功し、天理教は失敗したのである。
組織制度は、教理のように変えてはならないものではなく、時代の変化に応じて変えるべきものである。
戦前の天皇現人神の時代から、戦後天皇の人間宣言、民主主義の時代へと天地がさかさまになるほどの変化が起こったにもかかわらず、天理教の組織制度が戦前のままとは、一体どういう事か。
巨大普請とカネ集めの失敗と、組織制度改革をおこなわなかった失敗を歴代真柱を始めとする天理教本部は一切認めず認識もせず、方向の転換も心の切り替えも全く行わずに今日まで来ている。
失敗を重ねて来たにもかかわらず教団としての方向の転換は今後も行われる可能性は全くない。
一つを変える事は、全てを変える道へとつながる。
大きな変化が有れば、上層部ほど失ものが大きいので、自己保身のため恐ろしくてそんな事は出来ないのであろう。
方向転換を行う意思が無い以上変化は起こりえず、変化が無ければ時代遅れのまま衰退は止まらず、とことん行きつくところまで行く。
具体的には真柱、本部員、大教会長とその家族が明日食べるコメが無くなるところまでいかざるを得ない。
戦後、昭和52年頃まで会費や献金を取らなかった創価学会の収入源は出版物(聖教新聞、書籍)であった。
「財務」称するカネ集め力を入れ始めるのは信者が1、000万人を超え教団が巨大化した昭和52年以降のことである。
<創価学会教勢>:
昭和20年8月終戦時、信者離散、組織壊滅。
昭和24年(1949年)300世帯(500人)。
昭和26年(1951年)5、700世帯(9、500人)。
昭和27年(1952年)2万2千世帯(3万7千人)。
昭和29年(1954年)16万4千世帯(27万人)。
昭和30年(1955年)30万世帯(50万人)。
昭和32年(1957年)75万世帯(125万人)。
昭和33年(1958年)130万世帯(216万人)。
昭和35年(1960年)172万世帯(286万人)。
昭和37年(1962年)300万世帯(500万人)。
昭和41年(1966年)公称600万世帯(1、000万人)。
昭和44年(1969年)公称700万世帯(1、160万人)。
<創価学会巨大化、組織とカネ、衰退開始>:
創価学会は昭和52年(1977年)以降「財務」(献金)に力を入れ始め、巨大な建築物を建てることに熱中し始めると信者数が減り出し、衰退を始め、天理教と同じ衰退の道をたどり始める。
平成元年(1989年)実動300万世帯(500万人)。
平成20年(2008年)実動150万世帯(250万人)。
天理教、巨大建築普請が進み信者が減る衰退データー:
<おさづけの理拝戴人数(年間)>:
昭和25年(1950年)天理ブール竣工。
昭和30年(1955年)おやさとやかた別席場竣工。
昭和41年(1966年)教祖80年祭、おさずけの理拝戴人数(年間)
37、681人。
昭和41年(1966年)4月、いこいの家病院竣工。
昭和51年(1976年)教祖90年祭の年、約34、000人。
昭和59年(1984年)10月東西礼拝場普請竣工、ぢばを囲む「四方正面」完成(30年前、三代真柱52歳)。
この年、昭和59年(1984年)26、237人。
昭和61年(1986年)教祖100年祭の年、約23、000人。
平成8年(1996年)110年祭の年、約14、000人。
平成10年(1998年)四代真柱就任の年、約10、600人。
平成18年(2006年)120年祭の年、9、991人。
昨年平成25年(2013年)、5、541人。
48年間で年間おさずけの理拝戴人数は32、140人減少(85.3%減少)。
巨大なやかたの建設を行い、カネ集めに熱心になればなるほど信者が減る。
<教会系統は利権>:
50年前の東京オリンピック開催の頃、高度経済成長は地方から大都会、大工業地帯への更なる人口の大移動を促し、天理教の信者が所属教会の近くにいなくなってしまった。
教会系統のため一般信者にとっては、信仰初代が入信時に所属した教会に100年後の子孫も所属しなければならず、新幹線や飛行機に乗らないと所属教会の月次祭にも参拝できないという、全くおかしな制度である。
教会長も遠くに離れた信者の丹精が出来ず、いつしか途切れてしまい、教会と信者が共倒れになる誤った制度である。
おまけに戦後40年間、布教活動に大きな支障がでる普請とカネ集めに全力を挙げ、また天理教を職業にする人たち(真柱、本部員、大教会、分教会)が生活するためのカネをお供えとして信者から集めた。
戦後の混乱期から高度経済成長への期間、日本全国で信仰を求める人の数は最高潮に達していたが、やかた建築のため莫大なカネを必要とした天理教はそれら信仰を求める人々、特に地方から大都会に移住した膨大な数の人々を新たな信者として獲得できず、他の新興宗教教団がそれらの人々を信者として次々に獲得し急激に発展していった。
教会系統は教会の近くに住む信者には通用しても、遠方の大都会に移住した信者には通用せず、天理教は多くの既存信者まで失った。
教会系統に関係なく、住んでいる地域の近くの教会に所属変更可能な制度に改めるべきである。
それが出来ないのは、お供え金を出す信者を教団や教会の所有物と考えるからで、利権である。
<世襲制度は諸悪の根源>:
天理教を職業とする組織の中で、真柱の息子が真柱、本部員の息子が本部員、大教会長の息子が大教会長、上級教会の息子が上級教会長、末端教会の息子はどこまで行っても末端教会長、生まれたその日に50年後の本人の立場が決まっている教団組織では、末端に行けばいくほどやる気を持てないのは当然である。
やる気とやる能力を持った人物の登用への道を閉ざし、やる気とやる能力が無くても親の後釜にすわる世襲制度は、諸悪の根源である。
末端教会の後継者が教会及び教団組織を飛び出し、世間で一般の職業を持ち、世間の人々の中で働きながら中山ミキの教えを実践する道を選ぶのは全く正しい選択である。
教団の上層部にあって、口先だけで、やる気もやる勇気も無く、不平不満を持ち本音と建て前を使い分けながら、自分の生活が第一で教団組織にとどまる人間は一般信者の敵である。
衰退を示す追加データー。
<天理教信者数>:
10年前、120年祭「地方講習会」参加者: 34万3千人。
本年、130年祭「ようぼくの集い」参加者: 27万1千人。
10年間で、7万2千人減少(20.9%減少)。
天理教(実動)信者数は、ようぼくの集い参加者人数である27万人程度。
<天理時報手配り>:
7前半前、2007年2月25日決起大会時、発行部数15万5千部(手配率6.9%)。
2014年9月25日、全国社友大会時、13万部(手配率48.3%)。
7年半で、手配り率は48.3%になったが、部数は2万5千部減少(16.1%減少)。
7前半前、2007年2月25日決起大会時、〇降〇彦表統領(当時)は「手配率を50%まで高めていけばお道全体はかなり活性化していく」と信者にハッパをかけていた。
今、手配率は50%に迫ったが部数は2万5千部減少し、7年の間におさずけの理拝戴者数(年間)は、7055人(2007年)から5541人(2013年)へと1514人減少(21.4%減少)。
〇降〇彦表統領は発言の責任を取らず天理大学学長へ横滑り、そんな事で良いのか!
組織制度が変わらない中、ようぼくネットワークなど欺瞞であり、時報の手配りなど無意味である。
<最近のデーター>:
年祭活動2年目の本年、平成26年1月―10月(10か月間)おさずけの理拝戴人数は前年同期間比、349名減少(7.5%減少)。
130年祭に向け信者の数は減少を続ける。
結論:
天理教を職業とする人たちは、教えより自分の生活が第一、メシを食っていける間は今のやり方を変える気は全くない。
現在のおかしな教団組織制度の中に、身上事情で苦しむ未信者を導き入れるべきではない。
<一般信者の道>:
天理教を職業としない一般信者は、本部や教会、他人に頼らず中山ミキの教えを自力で学び、日々の生活の中で周囲の人々に感謝しながら信仰活動を実践しよう。
失敗しても良いではないか、身上事情が起こればその都度心のそうじを行い心を切り替え前進するのだ。
ひのきしんの精神で日々働き、世の中に通用する知識や技術を身に着け職業を修行として世の中に貢献出来るよう努力を続けよう。
以上
テーマ: 「立派なやかたで信者は激減(内容一部補足字句修正、再投稿)」
内容を一部補足し字句を修正のうえ再投稿します。
昨日(2014.11.22.)付の投稿ではなく本日の投稿を私の意見とみなして下さい。
<やかた普請はカネ集め>:
6月に出直された三代真柱が52歳であった30年前「四方正面」の立派な神殿建築は完成し、現在おやさとやかたも26棟出来た。
おぢばには天理教教団始まって以来最大の教団建築が林立している。
その一方、信者の数は教祖80年祭をピークにこの50年間、年々減少を続け戦後最低の水準となり、今も減少が続いている。
布教や「心のふしん」は後まわしで、やかた普請とカネ集めに精力の大部分を注いだ結果の衰退50年である。
形の普請を行えば、心の普請、布教もそれについて来ると考えた歴代真柱を筆頭とする教団本部の甘い思惑は見事に外れた。
巨大な建築には莫大なカネがかかる。
そのカネは全て信者のお供えである。
教会本部が次々に「形の普請」を行うので、大教会や有力分教会もそれにならい立派な「形の普請」を次々に行った。
その結果、末端教会や一般信者は中山ミキの教えには無い、あまりのカネ集めに教団組織への不信をつのらせ、多くの信者が離れて行った。
それが50年にわたる天理教衰退の歴史である。
とにかく天理教はカネがかかりすぎる。
昭和20年終戦の当時、天理教は公称220万人の信者を抱える日本最大の新興宗教教団であった。
昭和41年(1966年)教祖80年祭参拝者200万人。
数字だけ見ると戦後天理教は教祖80年祭まで教勢が伸びて発展している様に見えるが、実際には終戦直後から一貫して教勢の衰退は始まっており、終戦時壊滅状態であった創価学会に信者数において、昭和41年教祖80年祭の時点で完全に追い抜かれてしまったのが実態である。
<天理教が創価学会に追い抜かれた理由>:
創価学会:
昭和18年7月、牧口常三郎初代会長、戸田城聖理事長ら幹部21人、治安維持法、不敬罪で逮捕、投獄。
昭和19年11月、牧口会長、獄死(73歳)。
昭和20年7月、戸田理事長出獄時、創価教育学会の信者は離散、組織壊滅。
昭和20年(1945年)8月15日、組織壊滅状態から出発。
創価学会は戦後再興された時から会費は一切徴収せず、賽銭箱が置いてない金のかからない宗教が第一のうたい文句であった。
折伏布教する相手は地方から大都会へでてきた貧困層が中心で、実際、彼らは宗教に献金するようなカネの余裕は無かった。
その反対に、天理教は巨大な教団建築を立てるため信者から多額のお供え金を集める方針を取った。
戦後、敗戦国家の再建にむけて日本中から大都会、大工業地帯へ人口の大移動が始まった。
戦前、国策に迎合し中山ミキの教理をねじ曲げた天理教は国家の弾圧を受けることなく組織と信者はそのまま残った。
戦後、高度経済成長前の日本はまだまだ貧しく、地方から大都会へ出て来た膨大な数の貧困層は、本来天理教が取り込むべき人々であった。
この戦後の日本で起こった地方から大都会、大工業地帯への人口の大移動は、膨大な数の人々を信者として獲得できる大きなチャンスであったが、おやさとやかた普請とカネ集めに精力を集中していた天理教はこのチャンスを生かす事が出来なかった。
また信者は移住した先の近くの教会に所属するのが自然で有るが戦前からの教会系統が邪魔をし、時代の変化に適応できず、組織制度の改革は全く行われず大きなチャンスを逃した。
天理教は貴族生活の中で育った二代真柱の誇大妄想的発想で、あたかも、おやさとやかたや建物が出来上がることが本部の正しさ教理の正しさを証明するかの如く、誤った方針を取り、おやさとやかた建設に人モノカネの大部分を傾注し、巨大建築普請は実現したが、布教と人材の養成を行うための時代の変化に適応した組織制度の改革は殆ど行わず、旧態依然、時代遅れの組織制度をそのまま残した。
その結果、建物が次々に出来上がるにつれ信者は減り出し、戦後ゼロから出発した創価学会に15年の短期間でいとも簡単に追い抜かれてしまい、70年にわたる衰退のウズの中に落ち込んでしまった。
二代真柱の戦後の20年間は教理や教えの優劣は別にして、創価学会のやり方が成功し、天理教は失敗したのである。
組織制度は、教理のように絶対変えてはならないものではなく、時代の変化に対応できなくなれば変革すべきものである。
戦前の天皇現人神の時代から、戦後天皇の人間宣言、民主主義の時代へと天地が逆転するほどの変化が起こったにもかかわらず天理教の組織制度だけが戦前のままで変化しないとは、一体どういう事か。
戦前の昭和15年、大教会(82個所)、分教会(232個所)のほかに支教会(1、120個所)、宣教所(10、617個所)があった。
大東亜戦争の直前、昭和15年4月宗教団体法が施行され、国の宗教統制策により支教会と宣教所、計11、737個所全てを「分教会」の名称に改めないと「宗教団体」とは認められない国内の法律制度となった。
そのため、天理教はそれまで「分教会」としての資格のなかった支教会と宣教所、計11、737個所を一挙に「分教会」へ名称変更したのである。
その結果、それまで全教で232個所しかなかった「分教会」が昭和16年一挙に「1万1千969個所」へと増えたのである。
戦後、復元の際、このかさ上げされた分教会11、737個所は、もとの支教会と宣教所に戻すべきであったが、二代真柱は誤った組織制度を復元することなく出直し、今日まで誤りは続き、「分教会」の資格のなかった末端分教会は今まさに大崩壊の過程にある。
潰れて空き家になる前に「教会名称」を本部に返上するのが正しい道である。
巨大普請とカネ集めの失敗と、組織制度改革を行わなかった失敗を、歴代真柱を始めとする天理教本部は一切認めず認識もせず方向の転換も心の切り替えも全く行わずに今日まで来ている。
失敗を重ねて来たにもかかわらず教団としての組織制度改革や方
向の転換は今後も行われる可能性は全くない。
一つを変える事は、全てを変える道へとつながる。
大きな変化が起これば上層部ほど失ものが大きいので、変革が必要であることは認識していながら、自己保身を考えると恐ろしくて何一つ変える事が出来ないのであろう。
変革を行う意思が無い以上変化は起こりえず、変化が無ければ時代遅れのまま衰退は止まらず、とことん行きつくところまで行く。
具体的には真柱、本部員、大教会長とその家族が明日食べるコメが無くなるところまでいかざるを得ない。
戦後、昭和52年頃まで会費や献金を取らなかった創価学会の収入源は出版物(聖教新聞、書籍)であった。
「財務」と称するカネ集め力を入れ始めるのは信者が1、000万人を超え教団が巨大化した昭和52年以降のことである。
<創価学会教勢>:
昭和20年8月終戦時、信者離散、組織壊滅、戸田城聖ゼロから開始。
昭和24年(1949年)300世帯(500人)。
昭和26年(1951年)5、700世帯(9、500人)。
昭和27年(1952年)2万2千世帯(3万7千人)。
昭和29年(1954年)16万4千世帯(27万人)。
昭和30年(1955年)30万世帯(50万人)。
昭和32年(1957年)75万世帯(125万人)。
昭和33年(1958年)130万世帯(216万人)。
昭和35年(1960年)172万世帯(286万人)。
昭和37年(1962年)300万世帯(500万人)。
昭和41年(1966年)公称600万世帯(1、000万人)。
昭和44年(1969年)公称700万世帯(1、160万人)。
<創価学会巨大化、組織とカネ、衰退開始>:
創価学会は昭和52年(1977年)以降「財務」(献金)に力を入れ始め、巨大な建築物を建てることに熱中し始めると信者数が減り出し、カネ以外にも社会的事件を度々起こし、天理教と同じ衰退の道をたどり始める。
平成元年(1989年)実動300万世帯(500万人)。
平成20年(2008年)実動150万世帯(250万人)。
天理教、巨大建築普請、信者が減る衰退データー:
<おさづけの理拝戴人数(年間)>:
昭和25年(1950年)天理ブール竣工。
昭和30年(1955年)おやさとやかた別席場竣工。
昭和41年(1966年)教祖80年祭、おさずけの理拝戴人数(年間)37、681人。
昭和41年(1966年)4月、いこいの家病院竣工。
昭和51年(1976年)教祖90年祭の年、約34、000人。
昭和59年(1984年)10月東西礼拝場普請竣工、ぢばを囲む「四方正面」完成(30年前、三代真柱52歳)。
この年、昭和59年(1984年)26、237人。
昭和61年(1986年)教祖100年祭の年、約23、000人。
平成8年(1996年)110年祭の年、約14、000人。
平成10年(1998年)四代真柱就任の年、約10、600人。
平成18年(2006年)120年祭の年、9、991人。
昨年平成25年(2013年)年祭活動1年目、5、541人。
48年間で年間おさずけの理拝戴人数は32、140人減少(85.3%減少)。
巨大なやかたの建設を行い、カネ集めに熱心になればなるほど信者が減る。
<教会系統は利権>:
50年前の東京オリンピック開催の頃、高度経済成長は地方から大都会、大工業地帯への更なる人口の大移動を促し、天理教の信者が所属教会の近くからいなくなってしまった。
教会系統のため一般信者にとっては、信仰初代が入信時に所属した教会に50年後、100年後の子孫も所属しなければならず、新幹線や飛行機に乗らないと所属教会の月次祭にも参拝できないという全くおかしな制度である。
教会長も遠くに離れた信者の丹精が出来ず、いつしか途切れてしまい、教会と信者が共倒れになる誤った制度である。
おまけに戦後40年間、布教活動に大きな支障がでる普請とカネ集めに全力を挙げ、また天理教を職業にする人たち(真柱、本部員、大教会、分教会)が生活するためのカネをお供えとして信者から集めた。
戦後の混乱期から高度経済成長への期間、日本全国で信仰を求める人の数は最高潮に達していたが、やかた建築のため莫大なカネを必要とした天理教はそれら信仰を求める人々、特に地方から大都会に移住した膨大な数の人々を新たな信者として獲得できず、他の新興宗教教団がそれらの人々を信者として次々に獲得し急激に発展していった。
教会系統は教会の近くに住む信者には通用しても、遠方の大都会に移住した信者には通用せず、天理教は多くの既存の信者まで失った。
教会系統に関係なく、住んでいる地域の近くの教会に所属変更可能な制度に改めるべきである。
それが出来ないのは、お供え金を出す信者を教団や教会の所有物と考えるからで、利権である。
<世襲制度は諸悪の根源>:
天理教を職業とする組織の中で、真柱の息子が真柱、本部員の息子が本部員、大教会長の息子が大教会長、上級教会の息子が上級教会長、末端教会の息子はどこまで行っても末端教会長、生まれたその日に50年後の本人の立場が決まっている教団組織では、末端に行けばいくほどやる気を持てないのは当然である。
やる気とやる能力を持った人物の登用への道を閉ざし、やる気とやる能力が無くても親の後釜にすわる世襲制度は、諸悪の根源である。
末端教会の後継者が教会及び教団組織を飛び出し、世間で一般の職業を持ち、世間の人々の中で働きながら中山ミキの教えを実践する道を選ぶのは全く正しい選択である。
教団の上層部にあって、気位だけが高く、口先だけで、やる気もやる勇気も無く、不平不満を持ち本音と建て前を使い分けながら、自分の生活が第一で教団組織にとどまる人間は一般信者の敵である。
衰退を示す追加データー。
<天理教信者数>:
10年前、120年祭「地方講習会」参加者: 34万3千人。
本年、130年祭「ようぼくの集い」参加者: 27万1千人。
10年間で、7万2千人減少(20.9%減少)。
天理教信者数(実動)は、ようぼくの集い参加者人数である27万人程度。
<天理時報手配り>:
2007年(平成19年)2月25日決起大会時、発行部数15万5千部(手配率6.9%)。
7前半後、本年2014年(平成26年)9月25日、全国社友大会時、13万部(手配率48.3%)。
7年半で手配り率は48.3%になったが、部数は2万5千部減少(16.1%減少)。
7前半前、2007年2月25日決起大会時、〇降〇彦表統領(当時)は「手配率を50%まで高めていけばお道全体はかなり活性化していく」と信者にハッパをかけていた。
今、手配率は50%に迫ったが部数は2万5千部減少し、7年の間におさずけの理拝戴者数(年間)は、7055人(2007年)から5541人(2013年)へと1514人減少(21.4%減少)。
〇降〇彦表統領は発言の責任を取らず天理大学学長へ横滑り、そんな事で良いのか!
組織制度が変わらない中、ようぼくネットワークなど欺瞞であり、時報の手配りなど無意味である。
<最新のデーター>:
年祭活動2年目の本年、平成26年1月―10月(10か月間)おさずけの理拝戴人数は前年同期間(1月―10月)比、349名減少(7.5%減少)。
130年祭に向け信者の数は減少を続ける。
結論:
天理教を職業とする人たち、特に上層部は教えより自分の生活が第一、メシを食っていける間は今のやり方を変える気は全くない。
現在のおかしな教団組織制度の中に、身上事情で苦しむ未信者を導き入れるべきではない。
<一般信者の道>:
天理教を職業としない一般信者は、衰退から崩壊へ静かに向かっている教団本部や教会の組織信仰に、ドップリ浸かったり依存してはいけない。
信仰を続けるか否かは、自分自身が中山ミキの教えを実感できるか否かにかかっている。
中山ミキの教えを実感できなければ続けることは出来ないし、無理に続ける必要はない。
本部や教会、他人に頼らず中山ミキの教えを自力で学び、日々の生活の中で周囲の人々に感謝しながら信仰活動を実践しよう。
失敗しても良いではないか、身上事情が起こればその都度心のそうじを行い心を切り替え前進するのだ。
ひのきしんの精神で日々働き、世の中に通用する知識や技術を身に着け職業を修行として世の中に貢献出来るよう努力を続けよう。
以上
「天理教の虚像と実像」北沢元著 心交社 を久しぶりに読みました。この本が出たのは26,7年前のことだと思いますが、すごい本が出たと思いました。当時、読み進めて自分が漠然と感じていた矛盾やおかしなことに対して、けっして自分がおかしいのではなかったんだと安心したような気もします。この本は既に絶版になったようですが、現在もインターネットで無料で読むことができます。
すぐに読めるリンクも貼っておきますので、まだ読んだことがない方はご一読をお勧めします。読みやすい文体で書かれているので、若い人にもお勧めできます。
「天理教の虚像と実像」上
http://mixpaper.jp/scr/book_detail.php?id=4dca27b1ca2a0
「天理教の虚像と実像」下
http://mixpaper.jp/scr/book_detail.php?id=4dca29743335b
当時、話題にもなり、この本についてどう思うか周りの人とも話した記憶があります。反応は人それぞれだったように思います。「異端に目を向けてはいけない」とか「信じるものは教祖だけ」とか様々な意見があったように思います。また顔をしかめて返答に困っている人もいました。
「蘇れ天理教」を読んだ時も同じような思いをしましたが、こんな事実があったのかと同じ教団の中にいるのに信じられない気持ちになったこともあります。このような本を引き合いに出してコメントを投稿すると天理教批判本ばかり読んでいて天理教の教団を更に批判したいのかと誤解されそうですが、そうではなくそろそろ本来の道に戻るべきではないかと訴えたいだけです。
また所謂、批判本の中には事実とは違ったことや間違った解釈で書いているようなものも多いように思います。しかし「天理教の胸像と実像」は偏った目線で書かれているとは思いません。原典からの引用や教内の出版物からの引用もあり、客観的に書かれているし、筆者の思いも入っていて共感する部分は多いように思います。
なぜ、急にこのような本を紹介したり、続けてコメントを投稿しているのかと言えば、これらの本が出てから、月日が流れ三十年近くなろうとしているのに、その間、何も変わらず、ただ年々教勢が衰退しているのを誰も変えようとせず、旧態依然としたままだからです。
縦社会の中に組み込まれ、その中で矛盾を感じながらも二重構造の教団の中で悩みながらも、何も変えられずこんなものだろうと、皆がぬるま湯のような中で過ごしているようにも思います。私自身も変化よりは安定を志向しているのではないかと自戒しています。
百年祭の頃「白紙に戻って一より始める」と何度も唱えていましたが、百年という節に紆余曲折のあった教団のあり方を本当に戻すべき時ではなかったのかと今更ながら思います。教団をつぶすのでもなく、今の組織のまま衰退していくのでもなく、「本来の姿に戻る」べきではないのかと思います。
現行の教会制度を「白紙」に戻し、形のふしんではなく、心のふしんを進められる組織作りに変えていくべきではないのかと思い、実働として多くの人が目にするこちらのブログに投稿させていただいています。
純粋な信仰心を持った若者が百三十年祭に向かって自ら心定めとして街角で路傍講演をしたり、神名流しをしている姿もあちらこちらで見かけるようになりました。「実働」しなければと燃えている若者を見る度に、現行の教会制度のままでいいのだろうか、末端教会で事情働きしなきゃ食っていけないといいながら頑張って会長さんを見るたびにこのままでいいのだろうか、組織の改編を望まずにはいられません。
簡単なことではありませんが、誰もがそう思ったら少しずつでも動いていくことが大事ではないのでしょうか。
皆が改めてよく思案して「実働」するのは今ではないのかとも思います。
ネットで見つけましたので此処にアップしました。
昭和42年に危機意識をお持ち方が50年後を思って配布されたとか現物を見たことありませんが50年をそろそろ迎えます。
カイン様はこの文章をご存知と思います。
ネットからコピーアンドペーストです。
以下
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
50年後の天理教を想う
天理教○○員 ○ ○ ○ ○
(昭和42年2月10日刊 全天理教会に配布す)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
この小書を贈呈するに当たって
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
今から30年前、父は単独布教から部属教会21ヵ所をつくって、当時の旧制分教会長として、65才で出直したのであるが、父は晩年最後まで、自分は御本部の庭掃きでも勤めさして頂きたいと、心から言い暮らして出直しをした。
一昨年の12月、母は91才の高齢をもって出直したのであるが、毎日往診に来ていた医師も奇蹟だというほど、一日一日を保っていた。そしてその最後の出直しの日、私は教会長として母の枕元に坐った。最後のお授けを取り次がせて貰ったのである。
あるいはこれが母との今生の別れになるかもわからないと思うと、70才に近い身でありながら、子としての感情がこみあげて来る動揺を、一切神に凭れて、平静に平静にと自分の心を抑えながら母に言った。
「お母さん、今お授けを取り次がさして頂きますが、もう一度身上を貸して頂きたいとはお願いいたしませんよ。神様の御思召しのままに御守護下さいませとお願いいたしますよ。しかしお母さん、もしも出直しをされても、また○○の教会に生まれかわって来て下さいね」
母は床の中で合掌したまま、いとも安らかな表情で、
「それが一番の楽しみだよ」
と小さい声で言った。
平静に平静にと努めていながらも、お授けを取り次ぐ私の両眼からは、熱い涙がとめどもなく流れた。そうして、そのお授けが母との最後の別れとなったのである。
何回生まれかわって来ても、道の御奉公一念に撤しきっていた母であり、それがこの世における何よりも一番の母のたのしみであった。
およそ道の子として親里を慕い、道を想い、したがって道の最高の親たる真柱を愛さないものが、一人でもあるだろうか。
私は道の子である限り、そうしたものは一人もないと信じる。
かつて真柱は、天理教を一番愛しているものは俺だとおっしゃったことを聞いたことがあるが、私もそうだと思う。
真柱ほど、教祖様の理想実現に想いをこめられていられる方はあるまい。
しかし真柱を愛し、真柱への一番の親孝心とは、当面の真柱の御機嫌を伺い、真柱の御機嫌に終始することでは絶対ない。
いかにして一日も早く教祖様の御理想である陽気暮らしを世界の人類にもたらすかにある。
しかるに本教の現状を見る時、輪郭の美は非常な勢いで整って来ているが、教祖様の理想である助け一条の陽気さは、声のみ大きくしてその実力は教祖40年祭当時より、その信仰の熱度において、信徒の量において、むしろ低下しているのではなかろうか。
私は先般、宗教史専攻の東大教授笠原氏とお逢いして、いろいろ御意見を伺ったが、現在伽藍宗教といわれ、わずかに旧蹟として世の観光者によって命脈を保っている数多くの仏教本山の、最盛期から衰退に及ぶ当時の仏教と本教の現在とが、そろそろ似て来たような感じがしてならない。
もちろん、本教はそこまで下落するとは思わない。しかし、宗教の一番の生命である人の救いにおいて、現勢とあまり変わりのないようなことであったら、それこそ教祖様に対し、真柱に対し、どこに親孝心といえるだろうか。
先般挙行された教祖様80年祭は、道の子の想いに想った親の年祭だけに、本教史上かつてない盛大な式典であり、天候にもめぐまれて終始されたことは、われわれ道の者にとっては嬉しい極みであった。
しかし、あの170万人といわれる祭典への帰参者の中、本当に教祖様を慕い、親里を信じて帰参した道の子は、果たして幾人あったであろうか。
当時の集会員会では、約30パーセントの声が出ていたが、その他はそれ等の人たちに勧誘されて、地場を踏んだ観光者たちである。私はけっしてこれを悪いというのではない。たとえ本人は単なる観光のつもりで来たとしても、やがては大きな匂いがけとなるからである。
ただ私は、ここでもし道の指導者である教会長級が、あの姿そのままが現在の道の教勢の実力と誤り信じた場合、それこそ最も恐ろしい危険さがひそんでいることを憂える。
仏教の衰微した当初の原因が、当時の仏教幹部たちが、その当時の形の上だけの盛大さに囚われて、そのままを本山自体の信仰の実状と思いあがった誤りからはじまっている。
東京にある一流教会の婦人会と青年会の共同主催の座談会が開かれた時のことである。某教会所属の最も熱心な婦人教会長の質問であったが、
「先生、われわれは天理教貴族をつくるための信仰であるならば、私は道の信仰を直ちに止めます……」
と熱烈な口調であった。
私は貴族的とは、その人の人間としての価値が、その人の生活以下であった場合に起こる現象だと思うのであるが、教祖様ほど民主的に徹底された方はないのではあるまいか。
物貰いに来た一乞食の赤児を抱きとって、御自身の乳房を含ませられたあの御態度こそ、教祖から示された本教としての全人類に対する行き方である。
もちろん、つくし運びは本教信仰上の真理であるが、それはあくまで陽気さの上に立ってのつくし運びでなければならない。どんな身上事情の苦しみの中でも、あくまで陽気さだけは失わない指導こそ、用木の使命だと思う。そこにこそ天理教の魅力が生まれる。
最近のある仏教関係の雑誌に、最近における本教の批判記事が載っていた。もちろん仏教関係の雑誌だけに、天理教的の記述ではないが、私はこれを読んで、本教の指導者階級にも読んで貰いたいと思った。是非一読しておく必要があるとさえ思った。
これが、「50年後の天理教を想う」と題してこれを転載し、この小書を全国の指導者の立場にある皆さまに贈呈させて頂く所以である。
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50年後の天理教を想う
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昭和20年の敗戦とともに、天理教は、他動的に国家の宗教政策の制限から脱して、立教以来、はじめて自由な天地に出た。多くの人がなお混迷と虚脱の境に ある時、中山真柱は直ちに「復元」を打ち出し、これを教団最高の方針と定めるとともに、原典のみにもとづく天理教教典の編纂に着手した。
「復元」とは、要するに、教祖の教えの本来にかえれということである。これはまず教理面からはじまり、現在の教典が24年に公布、つづいて31年には、本部の正式の編纂にかかる「稿本天理教教祖伝」が完成、これで、教理の基本コースは確定した。
だが教団の組織、実態の復元はどのようにすすめられているだろうか。
これに関する構想は、具体的に明らかにされていない。私の推測によれば、組織を一挙に改変することなく、まず組織の内容を形成する信仰を統一し、向上さ せ、その成人を待って、次第に理想に近づこうという、現実的な方法論がとられているかに見える。まず破壊してまったく新しい組織をつくろうというのではなく、漸進的で、あいまいな面が強い。新しいものはほとんどないといってもよいかもしれない。
この復元の実行は、教祖60年祭、70年祭、そして昭和41年の80年祭を軸としてすすめられたが、この歩みの中で、教理的には「ぢば」中心主義、組織的には「ぢば」にある教会、すなわち教会本部絶対主義の方向がすすめられた。こうして、真柱の絶対権威は高まり、施設はいよいよ本部に集中した。
そして教団の動きは、本部の方針が打ち出されてのち、それが地方に伝わり、時をおいて次第に実行されるという、上から下へ理を流すという姿が強化された。
この本部中心の権威と統制力は強固なものであって、かつての茨木事件のように、大教会が本部に異を唱えて離反するという事態はもはや想像もされない。大西愛治郎のように、天啓によって自分が「かんろだい」であると称するような人間も出て来ないであろうし、かつての大平良平のように、教理の純粋化を求める運動も、その存在理由がなくなってしまった。
では天理教は、もはや、異端を生むべき条件も必然性も皆無であろうか。それほど天理教の方向は安定し、完成しているのであろうか。私には、そうは思われない。
教理的にも、組織的にも、整然として統制がとれているかに見えるが、燃え上がる信仰情熱、内的エネルギーは、衰弱しつつあるのではないかと思われる。
この内的エネルギーの衰弱は、異端が出ることよりはるかに危険な徴候であると見なければならない。
復元は教祖の理想に照らしてみて正しく、その努力が20年以上にわたって行われているにもかかわらず、その実が思うようにあがらないというところに、現在の教団の最大の悩みがある。
教理面では、神一条の信仰が事あるごとに下部組織へ向かって流され、講習会も大規模に、かつ根気よく開催されているけれども、その浸透は、まだ本当の心 の深い部分へとどかない。そして、多くの人の信仰の実態は、あいもかわらぬ病気たすけ、御利益信仰の域にとどまっている。それだけではない。復元の教理を 説くべき立場の人の間に、早くも教理の固定化、ドグマ化という現象が生じている。これでは、造花のようにととのっていて美しいけれども、悩んでいる人を救う本当の力を欠くことになる。
戦後、天理教信仰の目的は、陽気ぐらしであると宣明された。これはたしかに教団の隅々まで知れわたったが、それは言葉の空転で、実際は陽気ぐらしと相去ることはるかに遠いものがある。
組織面では、世襲制によって主な人事は固定化し、明朗で公正な競争がなく、20年先の構成が大体わかるという具合である。
これを動脈硬化症と呼ぶ人もあるが、青年にとっては、これは甚だ意欲をそぐ原因となるために、多くの有為な若人が、自分の能力をフルに発揮できる新天地 を求めて教会の門を出てゆく。天理教は、かくして人物経済上、大変な損失を重ねている。(注:このことは将来の天理教にとって、何ものにも代えがたい一大損失である)それほどの能力も気力もないものは、安易なプチブル生活の地を求めたり、漫然と教団の中に生きているだけで、教祖の精神を喪失している。教会の後継者が少なくなりつつあるという現実は、前途の楽観を許さぬ事実である。
極言すれば、天理教は、理想は高く、本部は壮大なのに逆比例して、信仰のエネルギーが低下し、人間は卑小となり、求めるものが物質的、形而下的になっているのが現状である。
私は異端を待望する人間ではない。けれども、空洞をもつ大木になりつつある現状を放置する時、おそらく天理教は立教の宣言にふさわしい世界宗教として脱皮することは不可能であると思われてならない。ここに思いきった信仰と行動力を持つ異端的人物の登場を待望するのであるが、この種の人間は果たして出て来るであろうか。出て来るとしたら、どこから出て来るであろうか、本部からそういうラディカルな人間は現れないであろう。
青年会にしても、その本部は、失敗を恐れぬ不屈の精神に欠けているから、これも期待薄である。最も有望で有効であるべき文書の面ではどうかというに、溌剌とした昭和初期の個性と自己主張の時代は去り、自由な批判精神は失われ、真柱の亜流ばかり増えている。それも真柱の打ち出す復元の教理を完全にマスターした上、自分の独創を出してゆくならよいが、顔色をうかがって書いているような感がする。書く姿勢がおかしい。これでは真に世に訴え、人の心を揺り動かす 大文章は生まれてこない。本来ならば、何がなんでも訴えねばならぬ問題が山積しているのに、筆を執ることをなるべくなら避けようという傾向が強い。この面でも退潮と衰微の感はまぬがれない。
このように見てくると、天理教は深刻な危機に立っている。人類全体が危機に立っている以上、天理教だけが安泰であるべき道理はないが、この二つの危機を認識する度合の深いものこそ、現代と次の時代をになう人間像である。
天理教は、短いとはいえ、教祖没後80年の歴史を持っている。この80年祭は、生命も財産も名もいらぬという強い信念の持主によって築かれて来たものである。この種の人は今も数多い。こうした行為を天理教では伏せ込みといっているが、これある限り、教団は容易なことではビクともしない。けれども、教団がビクともしないことが理想なのではない。真に人類の苦悩に応え、それを救済するために、教団はどんな犠牲をも辞さないというのが、本当の伏せ込みである。 私が待望するのは、この種の大勇に生きる人間であり、これは、教団の保守的な側から見れば、異端と映るであろう。けれども、社会はその異端を望んでいるの ではあるまいか。
大正の末頃、増野道興は、天理教の海外伝道の可能性について、次のような演説をした。
日本中に布教を終え、その余勢をもって海外伝道をすべしという論は、正論に似てその実きわめて皮相的である。そんな甘い考えで事が成るものではない。天理教が日本で大いに圧迫され、禁止され、食って行けぬ時代になって、やむなく新天地を求めて海外へ大挙して出て行く。こういう時、海外伝道の道は開けるであろう。天理教は神の道であり、神の道は人間の欲を徹底的に排する道である。しかるに世人は欲の世界で生きている。天理教徒が欲を離れ、人にも欲を離れさせる生活を徹底して行った時、神の道と人の道は必ず矛盾すべきものである。その場合、世間と政府は己れを是とし、神の道に生きるものを非として圧迫するに至るであろう。私は何をいわんとするか。どこまでも神の道に撤し、ために世人の非難攻撃を受けるに価する天理教を待望するのである。欲のある世人からほめられる天理教は、畢竟神の道とは無縁のものである。これでは日本の人心改造も、海外布教も成るものではない。
筆者のいわんとするところは、この演説の中に尽きている。天理教は、現代、社会にいい子になろうとしており、また多くの人々は、組織の中でいい子になろうとしている。ここに問題がある。
明治20年の1月、教祖が姿をかくされる直前、政府の弾圧をおそれて、お勤めをすることをためらっている側近者に対して、教祖は「律がこわいか、神がこわいか」とせまり、さらに「律ありても心定めが第一やで」と明示された。これが天理教最大の指針の一つである。
現在天理教は、新憲法のもと信仰の自由を保障されている。一切の弾圧はもはやない。律と神とは鋭角的に矛盾はしない。けれども、律そのものがなくなったのではない。今や律は教団の中に存在している。それは、明らかに人間の心のつくりあげたものであって、天理教の中に、一般社会の常識や約束事、すなわち人間思案が多くなっているのである。何はさしおいても、この教団の中の律を打破するのが物事のはじめである。
ソクラテスはにくまれ役を一手に引き受けた。アテネを愛する彼は、アテネを巨大な牛に譬え、それが眠りこけないように、自分がアブとなってうるさく耳元で音を立てるのだと自負した。彼は不幸にして、牛の尻尾で叩きつぶされる羽目になったが、現在、私のもっとも待望するのは、このアブ的人間である。これが、差し当たって出現の可能性があり、しかもきわめて重要である。
大なる異端像が現れるほど天理教は成熟していない。けれども、天理教は自己にとじこもって眠っていてよい時ではない。眠りこけていたら、社会はさっさと天理教を見捨てて行くであろう。
差し当たって、アブ的人間が多く現れること。そこから一人のソクラテス的人間が出現することを私は期待する。
天理教の脅しや強迫に屈せず、天理教から離れて良かったと思える内容で嬉しいです。
縁もゆかりもない者の贅沢な生活を支える為に、自ら乞食のような生活や奴隷のような生き方をしてはいけないし、貧に落ち切れなどと教えてはいけない。
久しぶりに投稿させていただきます。以前カインさんに自分のコメントや著作を評価していただいたことのある「みさと」です。1年ほど前から大病を患い、という言い方は世間的で、じつは重い身上のお手入れを頂き、現在ほぼ回復のご守護を見せていただいております。
その間1年ほど、この社会学研究所サイトも閉鎖されていたようで淋しい思いをしておりましたが、先日ふとブックマークしたタイトルをクリックしたところ、進化したスタイルで再開されているのを知って安心いたしました。
自分は年が明ければ2月には83歳になる後期高齢者ですが、過去半世紀にわたり教祖の「原典」を出発点とする文書伝道に努力してきました。ところが未だに「原典」が宙に浮いたまま天理教内に定着していない原因に最近ようやく気がつきました。その原因とは、明治20年から昭和20年に至るまで政府権力の干渉を受けた悲劇の天理教史に、教会長はじめ大多数の指導層が無知・無関心のままであることです。この事実は天理教内に限らず日本人全体の問題で、今の政治家をはじめ国民のほとんどが戦前戦中の実態を知らないままで真の民主主義の意味を自覚できない状態にあるのです。
過去をふりかえれば明治20年から昭和20年までの60年間、政府の強制的圧力によって原典を公開できない年月が続いた悲劇の天理教史がありました。その事実さえ知られないまま、今では「応法の道」や「復元」という言葉が死語に等しく、その意味さえ失われようとしています。
例えば原典「みかぐらうた」の内、よろづよ八首をはじめ三下り目、五下り目を政府当局の強制によって削除されたのは、皇室を差しおいて「よのもと」や「ひのもと」という歌詞を許せないという理由からでありました。日本の「もと」は天皇=天照大神=伊勢神宮の他にあり得ないとされていたからです。昭和の初めに「おふでさき」「おさしづ」は一旦印刷・配布されたものの、年月を経ずに禁書に指定され回収・焼却されました。「泥海古記」に至っては一切の内容を否定され破棄することを強制されたのです。
したがって明治から昭和にかけての60年間、天理教の教勢は禁圧された三原典を必要としない「おさづけ」による身上たすけのみで目覚ましい発展を遂げました。つまり、個人の難儀不自由の元となる身上たすけしかできない状況であったのです。医薬が普及していない当時にあって病いは生死の分かれ道でしたから、不思議なたすけを求める人々は布教師に頼ってきて、一人が救われたら大勢の病人が救いを求めて集まってきました。教祖10年祭の年までに百万人を超えた信者数は、その後も10年ごとの年祭ごとに倍々ゲームのように増えていきました。
問題は戦後70年を経た現在も、原典を棚上げした戦前の「成功体験」の再現を夢みていることにあります。明治以来の天理教会を「神一条からは万分の一の道」(原典おさしづの一節)と諭されているにもかかわらず、戦後に復元され印刷配布された神一条の原典は建前として拝受されるだけで、現実には生かされていないのです。
今になって私がここにコメントを投稿しましたわけは、このたび身上の節を通して気づいた天理教史の真実を具体的に解明するとともに「原典からの出発」を目標として、今後も文書伝道を続ける心を定めているからです。
もし私の志に賛同して下さる方があれば、みさとブログ<心のテープ>[検索]へ立ち寄って真偽を確かめてくださることを期待してやみません。そのコンテンツには「人体をモデルとする組織論」はじめ「原典」にもとづく教理や伝道の資料を揃えています。
終わりに蛇足かも知れませんが、コメント欄の最初に投稿されている「五十年後の天理教」と題する一文は、当時の教議会(いまの集会)議長によって全教会あてに配送されたもので、その予測の正確さに驚嘆させられます。しかし今では、もはや「アブ的人間」が多く現れるだけでは間に合わない教団の危機が差し迫っているようです。
テーマ: 「50年後の天理教を想う」
昭和41年1月26日教祖80年祭が挙行された。
その翌年、昭和42年2月10日付「50年後の天理教を想う」刊行された。
作成した人は天理教濱市分教会長中澤隼人氏で天理教の全教会に配
布された。
作成し配布した中澤隼人氏自身が自分の氏名、立場をはっきり明記し全
教会に配布した公の文書であり、そして価値の高い文書である。
インターネット上でこっそり見るものではなく、今こそ天理時報に全文掲載
し、130年祭活動の仕上げとして下から上まで全教挙げてカンカンガクガ
クの議論を行うべき内容を持つ文書である。
中澤隼人氏については昭和33年7月8月号の「陽気」に掲載された同氏
の講演速記録「これからの道」が、平成22年11月12月号、平成23年1
月号の「陽気」に再録されている。
教理、教団の方針にそって力強く道の活動を行っていた全く尊敬すべき
教会長である。
中澤隼人氏は昭和十年代から昭和四十年にかけ神奈川県のみならず教
会本部においても、教外においても精力的に活躍された自他ともに認め
る立派なお道の人である。
略歴:
天理教濱市分教会長、天理教神奈川教区長、天理教集会員幹事長、天
理教教議員幹事長、教規変更準備委員、神奈川県宗教連盟理事長、神
奈川県教誨師会会長、教祖70年祭準備委員、教祖80年祭準備委員ほ
か。
お道の人として出来ることは全てやりつくし、その結果天理教の行く末に
大きな危機感を持ち、やむにやまれぬ気持ちで刊行されたのがこの「50
年後の天理教を想う」である。
中澤隼人氏はこの小論文を刊行した四か月後、昭和42年7月28日に出
直された(71歳)。
文字通り遺言である。
中澤隼人氏はこの小論文を全教会に配布する前、最も親しいお道の友
人常岡一郎氏に見せたそうである。
常岡一郎氏は鎮西大教長を勤め、教団から押されて参議院議員二期12
年勤め、中心社(修養団体・養護施設)を経営し天理教の社会的地位向
上に大きく貢献し、世間にも知られたお道の人である。
中澤隼人氏がこの小論文を事前に常岡一郎氏に見せた時、常岡氏は中
澤氏に対し、出さない方が良い、なぜなら出しても何も変わらないから、と
言ったそうである。
しかし、中澤隼人氏は道の行く末に対する大きな危機感とやむにやまれ
ぬ気持ちからこの小論文を全教会に配布した。
常岡一郎氏の言った通り、小論文刊行から48年間たったが、組織制度
は全く変わっていない。
そこに天理教が抱える最大の構造的欠陥がある。
それだけではない。
この小論文があまりにも天理教の問題点を正しく指摘し、そのものずばり
の的を得た内容であったため、中山正善二代真柱の不興を買い、すべて
の役職を取り上げられたそうである。
天理教に大きな貢献をした中澤隼人氏に追放同然の扱いをした中山正
善二代真柱は中澤隼人氏がなくなった三か月後に出直された(63歳)。
この小論文が刊行されてから48年経過したが、組織制度の改革は全く
行われることなく今日に至っている。
その結果48年後の今、この小論文にかかれている危機が、恐ろしいほ
どそっくりそのまま現実の問題として表面に現れ、天理教は取り返しのつ
かない危機的衰退に襲われている。
過去50年間変わらなかったものは、今後の50年間も変わらないであろ
う。
なぜなら、教団幹部に変えようという意思が全くないからである。
中山善司四代真柱は6年前、平成20年10月26日の本部大祭神殿講話
で、「組織が時代にそぐわないなら見直し修正することも考えなければな
らない」話されているが、口先だけ全く検討も実行もしていない。
組織の最高責任者は真柱である。
組織制度の改革を断行できるのは、真柱しかいない。
時々思い出したように口に出すだけで、必要な改革を断行できないようで
は組織のトップとして失格である。
独裁的リーダーであった正善二代真柱でも、組織制度の改革は出来なか
った。
ボンボン育ちの三代真柱、四代真柱には、何も出来ないのは当然と言え
ば当然であるが、変化が無いほうが自己の利益につながる教団幹部以
外、末端教会や一般信者にとっては、50年以上衰退を続ける教団の信
仰を続けることは自信の喪失にながり、陽気ぐらしどころではなくなる。
このまま衰退の中で信仰を続けるべきなのか止めるべきなのか、迷って
しまう程の不幸な事である。
14年前、平成12年6月26日本部月次祭お勤めの最中、一青年による
甘露台飛び込み倒壊事件が起こった。
同年7月5日、中山善司四代真柱は在籍者と直属教会長を本部会議所
に集め一言話をされた:「普段かんろだいの一番近くでご用をしている在
籍者の問題であり・・(中略)・・直属教会長が自らの姿勢についてよく考
えなければならない・・(中略)・・心を引き締め直しておつとめいただきた
い」。
真柱自身の反省とお詫びの言葉は無かった。
翌年、平成13年6月26日本部月次祭お勤めの最中、三代真柱の奥さん
が倒れ50日後に出直された。
中山善司四代真柱の言葉:「かんろだいは人間宿しこみの証拠として据
えられるもので、ぢばの標識であり私たちの信仰の芯」、
「ぢばは親神様のお鎮まりくださる所で、親神様、教祖、ぢばはその理ひ
とつ」、
「ぢばに対する信仰は親神様、教祖に対する信仰と同じこと」。
お筆先第9号50:「かんろだい建設の段取りは、専ら親神の指図でしてい
ることであるから、もし、この仕事を妨げる者があるならば、息の根が止ま
ってしまうであろう」。
木製かんろ台を倒した方は生き残り倒された方が出直した。
親神は道の統率者である中山真柱一族の信仰姿勢を正すため、一青年
を使って木製かんろ台を倒させたが、真柱に反省がないため、更に翌年
の6月26日本部月次祭お勤めの最中、三代真柱の奥さんを倒し50日後
にむかえ取られた。
一般信者にたいする「てびきみちをせ」の身上ではない。
信者を導き教団を統率する家には一般信者とは次元の異なる重い責任
がある。
一般信者の一部はこの時、神は本当に有るのだと実感した。
今更やる気の無い教団の人々を相手にしてもどうにもならない。
天理教を職業とする家の若者は、まず組織から出て一般社会で働き、職
業を持ち自活し、生きる事への自信、信仰へ確信を持ってから、その後
教団組織に戻るべきで有る。
そうでないと使い物にならない。
いったん教団組織の中に入ってしまうと外へは出られない。
天理教を職業としない一般信者は、教団や教会に頼らず中山ミキの教え
を自力で学び、職業を修行として世の中に貢献出来るよう努力を続ける
のだ。
教団や教会がどのように衰退しても逃げてはいけない。
自分の人生と信仰は自分で切り開くしか道はない。
中澤隼人氏「50年後の天理教を想う」は長文故、要旨を下記にまとめ
る。
この小論文の前半「この小書を贈呈するに当たって」は中澤隼人氏自身
の前文であり、後半「50年後の天理教を想う」は別の人が書いた形式に
なっている。
前半と後半を合わせて一つの文書になっているので、ここでは前半と後
半を合わせて中澤隼人氏の意見として取り扱う。
天理教の現状は、48年前に書かれたこの小論文の通りになっている。
読んでいるうちに、この小論文は最近になって書かれたものではないか
いう錯覚に陥りそうだが、まぎれもなく48年前に書かれたものである。
本部員や大教会長で反論できる人がいるなら是非反論してもらいたい。
<「50年後の天理教を想う」要旨>:
本教の現状は、輪郭の美は非常な勢いで整って来ているが、教祖様の
理想である助け一条の陽気さは、声のみ大きくして教祖40年祭当時より
信仰の熱度において、信徒の量において、むしろ低下している。
昭和20年の敗戦、天理教は国家の宗教政策の制限から脱して、立教以
来はじめて自由を得た。
中山真柱は直ちに「復元」を打ち出し、これを教団最高の方針と定め、原
典のみにもとづく天理教教典の編纂に着手した。
「復元」とは、教祖の教えの本来にかえれということである。
まず教理面からはじまり、現在の教典が昭和24年に公布、昭和31年、
本部の編纂にかかる「稿本天理教教祖伝」完成、これで教理の基本コー
ス確定。
組織の復元はどのようにすすめられているのか。
まず破壊してまったく新しい組織をつくろうというのではなく、漸進的であ
いまいな面が強い。新しいものはほとんどない。
教理的には「ぢば」中心主義、組織的には「ぢば」すなわち教会本部絶対
主義の方向がすすめられた。
真柱の絶対権威は高まり、施設は本部に集中。
本部の方針が打ち出されて、それが地方に伝わり、時をおいて次第に実
行されるという、上から下へ理を流すという姿の強化。
本部中心の権威と統制力は強固であり、かつての茨木事件のように大教
会が本部に異を唱えて離反するという事態はもはや想像も出来ない。
大西愛治郎のように天啓によって自分が「かんろだい」であると称するよ
うな人間も出て来ないであろうし、大平良平のよう、教理の純粋化を求め
る運動もその存在理由がなくなってしまった。
では天理教は、もはや異端を生むべき条件も必然性も皆無であろうか。
それほど天理教は安定し完成しているのであろうか。
私には、そうは思われない。
教理的にも組織的にも、整然として統制がとれているかに見えるが、燃え
上がる信仰情熱、内的エネルギーは衰弱しつつある。
内的エネルギーの衰弱は異端が出ることよりはるかに危険な徴候であ
る。
復元は教祖の理想に照らしてみて正しく、その努力が20年以上にわたっ
て行われているにもかかわらず、その実が思うようにあがらないというと
ころに教団の最大の悩みがある。
教理面では、神一条の信仰が事あるごとに下部組織へ流され、講習会も
大規模に根気よく開催されているが、その浸透は本当の心の深い部分へ
とどかない。
多くの人の信仰の実態は、あいもかわらぬ病気たすけ、御利益信仰の域
にとどまっている。
復元の教理を説くべき立場の人の間に、教理の固定化、ドグマ化という
現象が生じている。
造花のようにととのっていて美しいけれども、悩んでいる人を救う本当の
力を欠く。
戦後、天理教信仰の目的は、陽気ぐらしであると宣明された。
これは教団の隅々まで知れわたったが、それは言葉の空転で、実際は陽
気ぐらしからはるかに遠い。
組織面では、世襲制によって主な人事は固定化し、明朗で公正な競争が
なく、20年先の構成が大体わかる。
青年にとっては甚だ意欲をそぐ原因となり、多くの有為な若人が、自分の
能力をフルに発揮できる新天地を求めて教会を出てゆく。
このことは将来の天理教にとって、何ものにも代えがたい一大損失であ
る。
能力も気力もないものは、安易なプチブル生活を求め、漫然と教団の中
に生きているだけで、教祖の精神を喪失している。
教会の後継者が少なくなりつつあるという現実は、前途の楽観を許さな
い。
極言すれば、天理教は理想は高く本部は壮大なのに逆比例して、信仰の
エネルギーが低下し、人間は卑小となり、求めるものが物質的、形而下
的になっている。
私は異端を待望する人間ではない。
しかし、現状を放置する時、おそらく天理教は立教の宣言にふさわしい世
界宗教として脱皮することは不可能であると思われてならない。
思いきった信仰と行動力を持つ異端的人物の登場を待望するのである
が、この種の人間は果たして出て来るであろうか。
出て来るとしたらどこから出て来るであろうか。
本部からそういうラディカルな人間は現れないであろう。
青年会にしても、失敗を恐れぬ不屈の精神に欠けているから期待薄であ
る。
最も有望で有効であるべき文書の面ではどうか。
溌剌とした昭和初期の個性と自己主張の時代は去り、自由な批判精神
は失われ、真柱の亜流ばかり増えている。
真柱の打ち出す復元の教理を完全にマスターした上、自分の独創を出し
てゆくならよいが、顔色をうかがって書いている。
書く姿勢がおかしい。
真に世に訴え、人の心を揺り動かす大文章は生まれてこない。
何がなんでも訴えねばならぬ問題が山積しているのに、筆を執ることをな
るべく避けようという傾向が強い。
天理教は深刻な危機に立っている。
この80年祭は、生命も財産も名もいらぬという強い信念の持主によって
築かれて来たものである。
この種の人は今も数多い。
こうした行為を天理教では伏せ込みといっているが、これある限り、教団
は容易なことではビクともしない。
けれども、教団がビクともしないことが理想なのではない。
真に人類の苦悩に応え、それを救済するために、教団はどんな犠牲をも
辞さないというのが、本当の伏せ込みである。
私が待望するのは、この種の大勇に生きる人間であり、これは、教団の
保守的な側から見れば、異端と映るであろう。
けれども、社会はその異端を望んでいるのではあるまいか。
天理教は、現代社会にいい子になろうとしており、また多くの人々は、組
織の中でいい子になろうとしている。
ここに問題がある。
明治20年の1月、教祖が姿をかくされる直前、政府の弾圧をおそれて、
お勤めをすることをためらっている側近者に対して、教祖は「律がこわい
か、神がこわいか」とせまり、さらに「律ありても心定めが第一やで」と明
示された。
これが天理教最大の指針の一つである。
現在天理教は、新憲法のもと信仰の自由を保障されている。
一切の弾圧はもはやない。
律と神とは鋭角的に矛盾はしない。
けれども、律そのものがなくなったのではない。
今や律は教団の中に存在している。
それは、明らかに人間の心のつくりあげたものであって、天理教の中に、
一般社会の常識や約束事、すなわち人間思案が多くなっているのであ
る。
この教団の中の律を打破するのが物事のはじめである。
天理教は自己にとじこもって眠っていてよい時ではない。
眠りこけていたら、社会はさっさと天理教を見捨てて行くであろう。
以上
自立人生さん「50年後の天理教を想う」の著者名が分かりました。ありがとうございます。
先だって、こんな事が有りました。どう思われますか。
真柱御三方と本部員2名の元へお流れ頂戴に伺った時のことです。丁度私たち3人の番になった時、14時で私のスマホのアラームが鳴りました。大教会長に「教祖様お隠れの時刻です」と言うと手を除けてながら「今はいい」と言われ3人はお流れ頂戴をしてしまいました。
おぢばの14時のミュージックサイレンが鳴るとは皆が神殿教祖殿を向いて参拝しますが何だろうと。
後期講習で担任が14時の意義は慰霊では無い、忍でも無い、と諭してくれました。
私は何時もアラームが鳴ると東にいれば西を向いて、西にいれば東を向いて慰霊でも忍でもなく「教祖存命の理」の再確認をさせて頂く事と参拝しておりました。この「教祖存命の理」を信じることがお道の信仰そのものと考えて居りますので、その場で参拝しなかった自分が親神様教祖様のテストに不合格だと思い情けなくなりました。
一文字隼人 様
リンクして下さった「天理教の虚像と実像」を読みたいんですが、
開きませんm(_ _)m パスワードが必要みたいですね。
ドリー様
本当ですね。確かにパスワードがかかっているようですね。以前はパスワード入力画面は出ずにそのまま読むことができたのですが残念なことです。
天理教って窃盗しても詐欺まがいしても素晴らしいんですか????
その上お礼だって請求された。
断ったケド。。。。
??????何なんだこれ????
こんにちは☆
とあることから、貴殿のサイトを見つけ(天理教社会学研究所)毎日興味深く読ませて頂いています。
私は天理教関係でも何でもありませんが、奈良県天理市生まれ天理育ちなので、天理教は身近な存在ではあります。
天理市民は少なからず、何かしら天理教から恩恵を受けている部分もあるところはあると思います。
私の場合でしたら、病院です。そう、天理よろづ相談所病院(憩の家)ですね。
それから、お正月に誰でも頂ける「お節会」など(汁がいい味をしていて美味しいので、子供の頃から毎年よく行っています)
1つ今回は、病院についてお話したい部分があるのですが、
「天理よろづ」といえば、開所当初は東洋一と言われた程の奈良の片田舎に存在する病院にも関わらず、とんでもない高度な医療施設を有する病院だと聞いたことがあります。(特に眼科、心臓外科は秀逸とか。他の科も素晴らしかったと思います)
しかし、どうもここ最近なんですが、旧病棟から新病棟に移り出してからぐらいでしょうか
昔の京大系のベテランの超一流の医者と言われるような人が減ったように思います。
レジデントと言われる若手ばかりの先生で、やはり経験も浅い故なのか、考えられないような医療ミスを非常によく聞きます。
(私が小学生の頃は、周りの親に医者が多く、転向してやってくる子とか(理由はよろづ病院にヘッドハンティングされたような理由からで)
非常に優秀な医者の方が多かったように思います。)
貴殿のサイトを読ませて頂いていますと、現在は天理教も本当に色々と問題が山積していることが散見されます。
信者の数も昔に比べると、明らかに激減しているのが市全体を見ていて一目瞭然で分かります。
天理本通なんてシャッターアイランドもいいところで、閑散としています・・・(昔はもう少し賑わっていたような気がしますが)
よろづ病院が現在のような低いレベルになってしまったのも、天理教の衰退と相関関係が無くはないとも思えるのですが、その辺の事情はご存知なのでしょうか?
以前の旧病棟の方は、たしか2代真柱が精力的に取り組んで建てられたと思いますが、現在は天理教と憩の家とは経営が別になっているとも聞いたことがあります。
建物は建ててやるが(本部側)、その後の経営はそっちでやれよ的な感じなのでしょうか?
旧病棟の時でも、年間1億円前後の赤字が出ていたとも聞いたことがあります。
何故、病院のことを取り上げたかと言いますと、天理市民の1人として東洋一と言われた程の病院が現在のような変わり映えになってしまっていることが残念でならないのです・・・
別に天理教を擁護するとか応援していたとか全くありませんが、良いものは良いという意味で(医者自身も天理教とは全く関係ないと聞いてますし)素晴らしい病院が田舎の天理に存在していたことは事実で、(現在も存在はしていますが)中身が問題です。
1つは天理教の財政的な問題もあるのでしょうか?
かつては、それだけの選りすぐりの医者を引っ張ってこられたのも、財力が豊富でそれに任せて呼べたことが原因とか
しかし、財政的にしんどくなっている以上そんなことは出来っこないので、安い若手の医者にしておけばいいかみたいな思案もあるのでしょうか。
また、スポーツもあまり最近はパッとしたものを聞かないように思います。
天理といえば、柔道・ラグビー・野球などよく聞いたものですが、現在はあまり名前を聞きません。
色んな部分で何か活力が無くなっているというか、この変貌ぶりは何なのでしょうか?
お答え頂ける部分で可能ですので、よければご教示頂ければ幸いです。
憩の家について感じておられる通り、立派な新館が完成する一方で、若くて未熟な医師が多いことは事実です。その原因について最近次のような話を聞きましたが、医師自身の発言が発信源ということですから事実に間違いありません。ハードがいくら立派でもソフトが伴わなければ評価されないのが当然です。
熟練した名医が集まらない原因というのは、天理市が田舎であると同時に天理市内とくに天理教経営の小中高の各学校のレベルが最近とみに低下していることにあるのです。したがって、子どもが進学する年齢に達する30代後半から40代の医師の父親は、将来の子どもの進学に不安を覚えて市内の小中学校に入れるのをためらい、レベルの高い都会の学校に入れるため子どもが進学する年代になると憩の家を退職してしまう傾向があるというのです。
その実情を聞いている若手の医師たちも優秀であればあるほど将来の不安を感じて天理市内には就職したがらないそうです。結局、医師の求人を担当する事務局としては、どこも勤め先のない医師を探して就職を依頼する他に方法はない状態に追い込まれて頭を抱えているとも聞きました。
とくに本部の経営する小中高をはじめ大学に至るまで、昔はともかく最近とみにレベルが落ち、競争率も低く、大学に至っては定員割れがひどい現状に今から対策を講じなければ、お先真っ暗になる可能性があります。その根底には教職員の待遇や資質と密接な関係があることも否定できないでしょう。
要するに一般世間と同じ分野で競争するのではなく、宗教性の価値を高める活動(教理の掘り下げと普遍化・具体化)に努力を集中する以外に天理教の将来はないと、一市民として思わざるを得ないのです。
一天理市民 さんへ
貴重なご意見を誠に有難うございます。
また、同じ天理市民としての意見を頂けて光栄に思います☆
そうですか、、、なるほどですね。
>>天理市内とくに天理教経営の小中高の各学校のレベルが最近とみに低下していることにあるのです。
この部分に関しては、全く私の中では盲点になっておりました(驚)こういった背景も一因となっていたのですね。
そういえば、私の小学生の同級生(親がよろづの医者)は公立小学校→天理中学校に受験していく子は、当時はそれなりにいたように思います。今から、約20年程前ぐらいの事です。
>>結局、医師の求人を担当する事務局としては、どこも勤め先のない医師を探して就職を依頼する他に方法はない状態に追い込まれて頭を抱えているとも聞きました。
これも非常に驚きです。
これは、相当深刻な状態ですね、、、
こんなことは、昔では考えられないような事象ではないかと思います。
いやぁ、こんなこと言っては何ですが、現在の天理は何から何まで・・・という感じがしてなりませんね。
90年代はオウムの事件や阪神大震災等もありましたが、まだどこかに「安心」を持てる部分も残っていたものがあったと思います。
子供の頃の記憶でニュースでも、天理よろづは〇〇という病気の非常に難解な手術を成功させたなどというニュースを聞いては、親族などに医者がいる訳でもないものの、「お、また1つ凄いことを何かやってくれた♪」と妙に誇れるものを感じたものです。
現在の天理市は本当に閑散としていますね。
Wilipediaには、天理よろづは近畿地方屈指の医療水準を持つ・・・などと、書かれていますが、
「そうかな・・・?」というのが否めません。
何か、根本的に根源的な部分で変えていかないと、現在は末期症状になっているので、トップが危機感を感じて何か改革を起こさないと、ジリ貧は免れないと市民の1人として思います。
テーマ:「50年後の天理教を想う」から48年たった
●インターネットに、過去48年間にわたり「おさずけの理拝戴者の人数」
の激減を示すグラフがアップされている(植田義弘氏みさとのブログ):
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/bookimages/kyosei-glaf.jpg
●天理教の衰退は最近になって始まったものではない。
戦前、「革新」と称して国家からの弾圧を避けるため権力に屈服迎合し中山ミキの教えを曲げた天理教は、戦前信者数300万人以上、日本最大の新興宗教教団であった。
昭和20年の終戦と同時に中山正善二代真柱は中山ミキ本来の教えに
戻す「復元」活動を行うが真の「復元」は出来ず、戦後70年間一貫して衰
退を続け今日に至る。
●今から48年前、このままでは天理教は世間から見捨てられてしまうと
警告を発した文書が「50年後の天理教を想う」である。
この文書は、昭和42年2月10日付で天理教集会員(天理教浜市分教会
長)中澤隼人氏により全天理教教会に配布された。
この文書もインターネットにアップされている。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/50nen/50nen.html
●戦後、天理教はやかた普請に血道をあげ組織制度の改革を行わず、
「50年後の天理教を想う」で指摘されている通り衰退を続け、戦後ゼ
ロから始まった創価学会や立正佼成会に昭和40年の時点で完全に追い
抜かれてしまい、今や世間から忘れ去られようとしている。
<おさづけの理拝戴人数(年間)>:
昭和41年(1966年)教祖80年祭、おさずけの理拝戴人数(年間)
37、681人。
昭和51年(1976年)教祖90年祭の年、約34、000人。
昭和61年(1986年)教祖100年祭の年、約23、000人。
平成8年(1996年)110年祭の年、約14、000人。
平成10年(1998年)四代真柱就任の年、約10、600人。
平成18年(2006年)120年祭の年、9、991人。
平成25年(2013年)年祭活動1年目、5、541人。
平成26年(2014年)年祭活動2年目、5、274人。
●<減少率>おさずけの理拝戴者の人数(年間):
◉昭和41年(1966年)教祖80年祭の年: 37、681人。
◉昨年平成25年(2013年): 5、541人。
◉48年間でおさずけの理拝戴者人数(年間)は32、140人減少
(85.3%減少)。
<解説>2013年(平成25年)1年間統計:
●おさづけの理拝戴者数:合計5、541人。
●平成25年11月、日本の総人口:1億2729万人。
<天理教は首都圏で崩壊寸前、奈良1県に特化>:
◉奈良県の人口は138万人、日本の総人口の1.1%、奈良県1県のおさ
づけの理拝戴者は766人、全体の13.8%。
◉関東教区の人口は4、287万人で奈良県の人口の31倍、日本の総人
口の33.6%、おさづけの理拝戴者数は723人、奈良県1県より43人少
ない。
<天理教は近畿地方以外で通用していない>:
◉近畿教区(奈良、京都、三重、大阪、兵庫、滋賀、和歌山):
近畿教区の人口:2、263万人(総人口の17.7%)。
おさづけの理拝戴者合計:2、446人(44.1%)。
◉関東教区の人口は近畿教区の人口の1.89倍あるが、関東教区おさづ
けの理拝戴の人数(723人)は近畿教区(2、446人)より1、723人少な
い(三分の一である)。
◉既に日本の中心、東京・関東首都圏に於いて力を失っている。
<2013年度(平成25年)教区別おさづけの理拝戴者数>:
●近畿教区(奈良、京都、三重、大阪、兵庫、滋賀、和歌山):
◉教会数: 5、166教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計2、446人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.473人(2教会で1人)。
●東海教区(静岡、愛知、岐阜、山梨):
◉教会数: 1、991教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計692人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.348人(3教会で1人)。
●四国教区(徳島、高知、愛媛、高知):
◉教会数: 986教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計232人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.235人(4教会で1人)。
●関東教区(東京、千葉、埼玉、群馬、栃木、神奈川、茨木):
◉教会数: 2、985教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計723人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.242人(4教会で1人)。
●中国教区(岡山、広島、鳥取、山口、島根):
◉教会数: 1、392教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計360人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.258人(4教会で1人)。
●北陸教区(福井、石川、富山、新潟):
◉教会数: 533教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計122人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.229人(4教会で1人)。
●九州教区(沖縄を含む8県):
◉教会数: 1、616教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計317人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.196人(5教会で1人)。
●東北・北海道教区(1道6県):
◉教会数: 1、687教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計319人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数: 0.189人(5教会で1人)。
●海外教会:
◉教会数: 320教会。
◉おさずけの理拝戴者数: 合計330人。
◉一教会当たりのおさずけの理拝戴者数:1.031(1教会で1人)。
<まとめ>:
おさずけの理拝戴者、かつては1教会で2名が、今や3教会で1名に激減、これでは教会は存続出来ない。
●昭和41年(1966年)教祖80年祭、おさずけの理拝戴人数(年間)
37、681人。
教会数:約16、000教会。
一教会当たりのおさずけの理拝戴者数:平均2.3人(1教会で2.3人)。
●平成25年(2013年)おさずけの理拝戴人数(年間)5、541人。
教会数:16、676教会。
一教会当たりのおさずけの理拝戴者数:平均0.332人(3教会で1人)。
<まとめ>:平成25年(2013年)の分析:
●<おさずけの理拝戴者数>:
◉近畿教区:2教会で1人。
◉東海教区:3教会で1人。
◉四国教区、関東教区、中国教区、北陸教区: 4教会で1人。
◉九州教区、東北北海道教区:5教会で1人。
●天理教は近畿教区で若干の知名度は残っているが、その他の地域で
は知名度は著しく低下、末端教会は疲弊し既に力を失っており、教勢挽
回の可能性はゼロ、どの教会も青息吐息、絶滅危惧種の仲間入り寸前。
●60年間で信者の数が十分の一以下に減った天理教がいくら「世界たすけ」を叫んでも、叫べば叫ぶほど現実とのギャップがあまりに大きくウソに聞こえる。
●好むと好まざるとにかかわらず近い将来、大教会・分教会の数を現在
の十分の一以下に減少させる大リストラを行わざるを得なくなる。
●天理教を職業としない一般信者は教会や教団に頼らず、中山ミキの教
えを自ら学び、毎日の生活、職業の中で中山ミキの教え「ひのきしん」を
実践し信仰の自立を図るべきである。
さもないと、信者自身の人生が教団とともに破綻してしまう。
以上
興味深いデータありがとうございます。統計についてのご質問ですが、天理大学・天理高校・教校学園の学生・生徒は奈良県に入っているのでしょうか、それともそれぞれの出身地に入っているのでしょうか。奈良県766人だと、高校生だけで埋まってしまうので、違うような気もしますが。念のため。どちらにせよ一部・二部・教校あわせて750人の比重がおおきくなってしまってますね。
リストラも大変で、リストラされた人が、リストラを断行した人に、それでもついていく、と思えるものがなければ、ショック死してしまいます。
こんな事は社会的常識のはずですが。。。
窃盗は素晴らしくも有りません。
凄い事でもありません。何度もいいますが、
窃盗は犯罪です。何も死体を切り刻んで遺棄
するだけが犯罪ではありません。
どうして、窃盗は犯罪だと素晴らしい事でも何でも無いと信者が教えなくてはならないんでしょうか?窃盗は犯罪だと云う事を指導すべきですが。
御とか義理とかは、又別次元の話です。
変な宗教団体です。
誤りが有りました。
誤)御⇨正)恩
この間、初めて投稿させて頂きました憩の家です♪
ちょっと、天理教について勉強させてもらえませんか?
初歩的な成り立ちのこととか、教えとかは知っている〝つもり〟ではあるんですが、素人ながらに色々と天理教いついて知りたいことがあるので教えてください。
天理教の成り立ちというのは、そもそも中山みきがいきなり覚醒した感じのような出来事かた始まったと聞いておりますが、何故後世の人たちはこの人を「おやさま」と慕うのですか?実際に、その時代を一緒に生きたのならともかく、何がこの人を惹きつけるのですか?また、「親神」とよく聞きますが、ではキリストやイスラム、仏教などのいう「神」・「佛」と、どの部分で何がどう異なる神様なのですか?
天理教のキーワードといえば「陽気ぐらし」とよく聞きますが、これに関して思う部分は、そもそも天理教がこの世に存在しても、しなくても「陽気ぐらし」などという概念はそもそも新たに発見された価値観ではなく、依然からある価値観だと思うのですが、(別の言い方をすれば「みんな仲良くしましょう♪」「共に良いところを見つけあって、素晴らしいですね」これを大して変わらない気がするのですが・・・)天理教が誕生する前とした後とでは何らかの違いはあるのですか?
また、「だめの教え(最後の究極の教え)」とも言われる宗教のようですが、何をもって「だめ(究極)」であるのですか?
また、天理教本部の場所を「ぢば」といい、元の場所(人間誕生の場所)と言われているようですが、その根拠はどこから来るのですか?
また、9が9桁でどうのこうの、最初は「ドジョウ」から始まった。
どうやって説明が付くのですか?
中山みきが最初に発した「元の神・実の神」と言われるものに関して、では今までに誕生していた宗教を超えてしまう新たな出来事が起こったのですか?
天理教が誕生した後でも、戦争もありますしテロも起こってます。
仮に天理教が誕生してからというものの、そういった争いが一切無くなったという事実的根拠があるなどとすれば、客観的事実の証拠として1つの見解の凄さとして認められてもおかしくはないと思いますが、そうではない。
何が信者をそこまで惹きつけたのですか?
他の見方では「8つのほこり」などと言われますが、これは仏教でいうところの「108つの煩悩」と見ることが出来ますし、過去からの旧態から存在する教えで包含出来てしまうようなものばかりで、それらの範疇を超えてしまう部分があるのでしょうか?
また、親神は中山みきに乗り移り、中山みきを通して、神の言葉として発せられたと言われているようですが、その部分を論理的にどう説明つくのか教えてください。
私が一連に疑問に思い、質問していることは誰もが一般的大衆が思う純粋な疑問点であると思います。
批判的考察を持って聞いてる訳でもなく、事実論かたその整合性や論理性がどう辻褄が合うのかを知りたいのです。
1つ批判的に聞くとするなら、「因縁」といわれる概念があるようですが、では天理教のトップである真柱様と言われる方は、中山家の血を引くものしかなれず(制度上は世襲制ですね)ですが、しかし4代目の方のところで跡継ぎが出来ないということが悩みになっていると聞いたことがあります(養子云々とか)
もし、善い行いを積んでいるのであるならば、このようなことは起こらないとも取れるのではないのですか?
何の宗教でも原始的教えてから発展して、最初の教えから形が全く変わってしまっているような宗教も多々あると思いますが、天理教はどうなのでしょうか?
あれだけの大きい本部を持って、病院を持って、学校を持ってっていう部分では、ただ単に金だけではなく、それらをも凌駕する何かがあるから、それだけ人は集まったのだと思いますが、そもそも天理教とは何を追求する宗教なのですか?
長文になってしまい恐縮ですが、天理教の専門的なスレだと個人的に思うので、浅はか私にご教示頂けますでしょうか。
憩いの家様
私の知っている限りの事で答えさせていただきます。しかし、私自身もよくわからないことだらけですし、間違った認識を持っているかもしれないので、一信者の勝手な理解だと思ってお読みくださるようお願いします。
>何故後世の人たちはこの人を「おやさま」と慕うのですか?
教祖が在世時の時代背景とも関係があると思うのですが、そんな時代に神がみき様をやしろとして降りてきて、教えを伝えはじめ、口は人間ですが心は神であり、人々を助け導く為に50年の間、ひながたという形でまずはご自身も通られました。おびやたすけや病助けで入信した人もいれば、教祖の崇高さに打たれて入信した人もいます。なぜ、人々は慕うのか?と言われれば「おや」だからだと思います。
>ではキリストやイスラム、仏教などのいう「神」・「佛」と、どの部分で何がどう異なる神様なのですか?
他宗教については詳しくないので答えられませんが、人間を創った神であり、そして人間を創った理由も述べています。ユダヤ教、イスラム教、キリスト教はもともと同じ神であったと聞いたことがありますが、根本的に西洋とアジアでは「神」の認識が違うように私は感じています。
>天理教が誕生する前とした後とでは何らかの違いはあるのですか?
これも歴史と関係してくる部分だと思いますが、幕末から明治にかけて動乱も多く、神が人間を創り、どのようにするべきかを教えなければと伝え始めた点で大きく違いはあると思います。教祖没後わずか十年で、教えが広まり三百万人以上の信徒がいたことからも、それはわかりますが、その教勢に危機感を持った政府も弾圧を強化し、為政者の流れに沿うような形になり教勢は下降し始めたと思います。いわゆる応法の道です。
>また、「だめの教え(最後の究極の教え)」とも言われる宗教のようですが、何をもって「だめ(究極)」であるの
>ですか?
これ以上のものはないという意味だと思いますが、今の教理が本当に究極のものであるかは私自身もわかりません。原典の解釈にしろ意見が分かれていたり、不明な点も多々あるからです。ただ応法のために変えられたり、誤解して解釈されていた部分があれば修正されなければならないと思っています。
>天理教本部の場所を「ぢば」といい、元の場所(人間誕生の場所)と言われているようですが、その根拠はどこから来るのですか?
こればかりは教祖が「ぢば定め」を行ったので、私は信じるしかないと思っています。
>また、9が9桁でどうのこうの、最初は「ドジョウ」から始まった。
泥海古記のことかと思いますが、歴史が始まる以前のことですから、人間にはわからないことだと思います。更に科学が進んで明らかになることもあるかと思っています。
>中山みきが最初に発した「元の神・実の神」と言われるものに関して、では今までに誕生していた宗教を超えて
>しまう新たな出来事が起こったのですか?
ちょっと質問の意図が分からないのですが、不思議な助けを多く見せられ、既存の宗教を超えたことをいくつも現したと思います。ですから教祖を慕い熱心な信者が多くできたのかと思います。
>他の見方では「8つのほこり」などと言われますが、これは仏教でいうところの「108つの煩悩」と見ることが出来
>ますし、過去からの旧態から存在する教えで包含出来てしまうようなものばかりで、それらの範疇を超えてしまう
>部分があるのでしょうか?
教祖自身が月日のやしろとなるまでは、信心深い奈良のいなかの主婦であり仏教を信仰し五重相伝まで受けられたとのことですから、仏教に関する素養もお持ちだったと思います。ただ民衆を助けたいと更に分かりやすくシンプルな形で教えを説いているのかと私は思っています。
>また、親神は中山みきに乗り移り、中山みきを通して、神の言葉として発せられたと言われているようですが、その部分を論理的にどう説明つくのか教えてください。
天理教の史実に関する文献や研究書などを読めば、その時の様子が詳細に分かるかと思いますが、私自身「神がかり」した人間を見たこともないですし、その時の押し問答なども詳しく読むと、やはり本当に神が降臨したとしか思えません。一般信者が読む教典や教祖伝などでは詳しく述べられているわけではないので、人々が疑うのも無理はないと思います。結局、信じるか信じないかの世界だとも思っております。
>しかし4代目の方のところで跡継ぎが出来ないということが悩みになっていると聞いたことがあります
>(養子云々とか)もし、善い行いを積んでいるのであるならば、このようなことは起こらないとも取れるの
>ではないのですか?
真柱は人間です。神ではありません。善い行いを積んでいたら跡継ぎができるという問題ではないとも思います。世の中に善い行いをしていても跡継ぎができない人はたくさんいると思います。教祖からの家系図をみると跡継ぎに関しては必ずしも直系の長男ではないように思います。教祖が予言して、生まれてくる子供の魂のことまで話していることがありますが、人は皆、魂の因縁あってその立場やその境遇で人はうまれてくるのかと私は思っております。ですから神がかりが本席様や小寒様、ナライト様にもあったのかと思います。神は魂を見分けているのかとも思います。
>何の宗教でも原始的教えてから発展して、最初の教えから形が全く変わってしまっているような宗教も多々あると思いますが、天理教はどうなのでしょうか?
異端のことでしょうか?天理教の場合、たくさんあります。ネットで「天理教」と検索し、更に絞り込んで「異端」とか「分派」で再検索すれば、いくらでも簡単に調べられます。
>そもそも天理教とは何を追求する宗教なのですか?
私自身の考えを申し上げますが、追求するのでもなく、人が人としてのあるべき道を教えているだけだと思っています。何かを追求しているのであれば「ようきぐらし」であると思います。
簡略して書いたこともあり、自分自身が分かっていないことも多いので、これくらいしか書けず、申し訳ありません。少しでもご参考になればと思います。
回答頂きまして有難うございます。
よふぼくの方ですか?(笑)
ニックネーム:「憩の家」として、病院の話題を取り上げましたが、天理市在住ですので天理教は身近な存在ではあるんですよ。本部も行ったことありますし、中の回廊も歩いたことがあります。ぐるっと1周すると1km近い感じがしますね。
昔は経営の神様と言われた松下幸之助さんが、天理教本部を訪れて感銘を受けられて、そこから経営の水道哲学を生み出したと言われてますが、天理教というのは一体どういう宗教なのか?という素朴な疑問が色々と私の中であるんです。
憩の家でも、開所当初で集められた医者の方々はその分野でも選りすぐりの方ばっかりだっと聞いたことがあります。胸部外科部長から→院長になられた「山本利雄さん」とか。
(http://blog.goo.ne.jp/hozugawa/e/f11c2a27fb9c4286e9c9147f17cc4d71)
天理大学附属図書館でそれに類する本を読んだりしたりすることもあります。
山本先生なんか、京大医学部を首席卒業で心臓外科の権威だったそうで・・・
そして、片方の顔としては、天理教の道に入られていたともあります。
つまり、それほど優秀な方であっても、尚、医療という分野のみならず宗教(天理教)にも傾注されそこに何か惹き付ける〝モノ〟があるというのは、非科学的とか実体がよく分からないようなまがい物とかではなく、ちゃんとした『何か』がある裏付けがあるから故の宗教でもあると私は思えるのです。
他では愛町分教会の初代会長である「関根豊松」という方も存じております。
何やら「おさづけ」が凄い人だったそうですが(見てもないし、体験もしていないので何も分かりませんが)
関根さんのようなレベルの方というのは現在の天理教にはおられないのですか?
また、ご縁もあってお聞きしてみたいと思いますが、あなたは天理教から何を学び、何を得れていると感じていますか?
憩いの家様
こちらこそご回答いただきましてありがとうございます。
>よふぼくの方ですか?(笑)
一応、修養科も出て、32年前に教会長資格検定も終え、教人登録もしております。
しかし、天理教について未だにわからないこと、知らないことだらけです。
松下幸之助さんの話は有名ですね。企業で天理教に感銘を受けて経営に活かしておられる方は他にもいると思います。また地方の教会が学校法人を運営したりしている例もあります。山本利雄氏に関しては著書も多く、医療と宗教の分野ではよく知られた方だと思います。天理教江戸分教会の会長でもあり本部準員でもあったそうです。ご存知かとは思いますが、村上和雄さんも遺伝子の研究では第一人者で信仰者として有名です。
愛町の初代さんの伝記のような本を読んだことがありますが、読後すごい人だったんだという感想を持ったことがあります。
>関根さんのようなレベルの方というのは現在の天理教にはおられないのですか?
私自身はいると思いますが、地道に活動されている方もいるかと思うので表だって有名な人というのは知りません。
>あなたは天理教から何を学び、何を得れていると感じていますか?
私は信仰的には四代目なので正直なところ天理教は大嫌いでした。若い頃は離れることしか考えていませんでした。ですから「何を学び、何を得れている」と言われても特に学んでいるとか、得ているという思いはありません。今まで生きてきて経験したこと、仕事を通して学んだことなどから、この教えはやはり正しかったのかと思っております。
天理教に対して批判的な人が多いことも理解できます。このブログの管理者様もおっしゃる通り多くの人が思っているのは「教え」に批判的なのではなく「組織」について批判的なのかとも思います。天の理を人間の都合のいいように使ったり、組織を動かすのに使ったりしていては、やはり天の理の通りのことしか起こりません。「なってくるのが天の理」と言いますが、まったくその通りであり、信者が激減し教団が衰退しているのも天の理の通りになっているだけのことかとも思います。
現在の天理教はもう衰退の一途という感じですか?
憩の家は、昔のような東洋一に返り咲くことはもう二度とない感じだと思いますか?
というより、新棟になってから何か根本的に全て変わってしまった感があります・・・
テーマ: 統計数字の説明
(1)おさづけの理拝戴人数(年間):
昭和41年教祖80年祭の年から平成10年四代真柱就任の年までの数
字は市販古書及び天理教信者により発行配布された冊子に示されてい
るグラフ等のデーターに基づく。
数値が概算の場合は数字の頭に「約」、「およそ」の文字を入れる。
平成18年から平成26年までの数字は「みちのとも」の毎年2月号巻末に
記載の「年間統計表」の実数値。
(2)平成25年教区別おさづけの理拝戴者数(年間)と教会数は、平成26
年「みちのとも2月号」巻末「年間統計表」の実数値。
教区別の数字は学生が通う学校の場所が基準ではなく、所属教会の場
所が基準。
(3)天理教の大リストラ:
自立人生は天理教の大リストラを要求しているものではない。
おさずけの理拝戴者は、50年前には1教会当たり1年間に2名強有った
ものが、昨年(平成26年)には3教会で1年間に1名弱と50年間で七分
の一激減しており、一万六千個所の教会を存続させることが事実上不可
能な事は誰の目にも明らかである。
ここまで信者数が激減し更なる減少が止まらない以上、分教会のみなら
ず大教会も本部も現状のままの維持存続は出来ない。
一万六千個所は信者の数が現在の7倍―10倍あった50年前に何とか
維持できた教会の数である。
昭和41年教祖80年祭の年、おさずけの理拝戴人数(年間)37、681人
教会数約16、000個所、1教会当たり1年間のおさずけの理拝戴者数平
均およそ2.3人(1教会で1年間2.3人)。
平成26年おさずけの理拝戴人数(年間)5274人、教会数16、676個
所、1教会当たり1年間のおさずけの理拝戴者数平均0.31人(3教会で
1年間1人弱)。
衰退は現在も止まることなく年祭期間の今も進んでいる。
天理教を職業とする教団及び教会関係者が好むと好まざるとにかかわら
ず近い将来、大教会・分教会の数を現在の十分の一程度に減少させ、か
つ本部も含めた大リストラを行わざるを得なくなるのが戦後70年間に渡
る衰退の結末である。
信仰は人間についていくものではなく、中山ミキの教えに基づく生き方を
実践するものである。
<現時点における結論>:
天理教を職業とする人たちに今更何を言っても始まらない。
天理教を職業としない一般信者は教団や教会に頼らず、中山ミキの教
えを自ら学び、毎日の生活、仕事、職業の中で中山ミキの教えである「ひ
のきしん」を実践しながら信仰の自立を図るべきである。
さもないと、信者自身の人生が教団とともに衰退してしまう。
以上
100年祭頃は、本部で全教会長を集めて講習会とかがあったように思います。
最近は・・対象: 受講時に50 歳未満かつ就任6 年以降の、受講を希望する教会長及びその配偶者というように、限定で講習会があります。
就任20年を超えるような教会長が多く集まると、夜になるとお酒も入り本音のねりあいになり、収拾がつかなくなり、若い教会長に悪い影響があるのか、一切なくなりました。長期・高齢教会長は本部では放置状態です。
最近は「バリ天」といって、異常に熱心な若者を見ます。ちょっと危惧するところもあります。天理教も統一教会のように洗脳やマインドコントロールを目指しているのかと思うくらいです。
天理教信者が激減した理由の1つに、『天理教維持財団』という天理教の金庫みたいなところが、ある時期に投資か何かで大損失を出してしまい、信者さんからの大切なお供え金をドブに捨ててしまったようなことがサイトで見られますが、このあたりも信者が去っていく原因の1つになったのでしょうか?
信者数がゆっくり減少し始めたというよりは、ある時期を境目に激減し出した感じですよね。
素晴らしい!
世襲制度は諸悪の根源、全くその通りでしょう。共産主義の北朝鮮を見れば一目瞭然、火を見るよりも明らか。建物の普請は親様は別の意味のこともっと深い意味のことを言われたと考えられないだろうか?
非信者ですが20年くらい前、興味があっておじばへも行きました。あの頃は商店街もまだ活気がありましたがそうですか—–知り合いに今も信者の人がいますが今の天理教は金集め主義だとはっきり言ってますね。あの立派な建物群を見れば一目瞭然ですね。病院も評判良かったのに勿体無いですね。詰所も繁忙期以外は一般の方々に良心的な料金で提供されたらどうでしょうか?山野辺の道とか結構人が多いですし長谷寺とかも近いですよね。維持費だけでも大変でしょう、劣化していくのは見るに忍びないですよね。
初めて拝見しましたが、面白いこと書いてありますね。全部はさすがに読めませんが。
私は後継者ですが、天理教は無くなってもいいと思います。だって、教祖の教えを伝えつづけることが私達の役目であって、天理教を残すことが目的ではありませんから。
だから、心配は必要ないんじゃないですか?
ちなみにうちの教会には青年会層が15人位いますが、半分以上はアンチ天理教です。そんな子らも、おじおばが亡くなって、私が継いだら信仰すると言ってます。
中田善亮・・・・・・・こんなえげつない奴が世の中にいることがまずありえない。その理由?性格悪すぎ。おたすけ
、おたすけ、おたすけ、オール天理なんて言うとるやつが、ランボルギーニなんか乗ってアメリカ走り回っていたのは30年前。みんなおそなえ一生懸命頑張ってしとった中で。オール天理・・・・・笑わせるな。
お前なんざにゃわかるまい、教祖のひながたなんて。
真宗大谷派(東本願寺)は安全保障法案に対する宗派声明を出しました。 http://www.higashihonganji.or.jp/news/declaration/10924/
創価大学も声明を出しました。「私たち関係者有志は、創立者・池田大作先生の理念を我が人生の根幹に据え、安全保障関連法案への「反対」を表明します。」
http://sokauniv-nowar.strikingly.com/
天理教は、なんと考えているのでしょうか?
安全保障関連法案に対する宗派声明発表
私たちの教団は、先の大戦において国家体制に追従し、戦争に積極的に協力して、多くの人々を死地に送り出した歴史をもっています。その過ちを深く慙愧する教団として、このたび国会に提出された「安全保障関連法案」に対し、強く反対の意を表明いたします。そして、この日本と世界の行く末を深く案じ、憂慮されている人々の共感を結集して、あらためて「真の平和」の実現を、日本はもとより世界の人々に呼びかけたいと思います。
私たちは、過去の幾多の戦争で言語に絶する悲惨な体験をいたしました。それは何も日本に限るものではなく、世界中の人々に共通する悲惨な体験であります。そして誰もが、戦争の悲惨さと愚かさを学んでいるはずであります。けれども戦後70年間、この世界から国々の対立や戦火は消えることはありません。
このような対立を生む根源は、すべて国家間の相互理解の欠如と、相手国への非難を正当化して正義を立てる、人間という存在の自我の問題であります。自らを正義とし、他を悪とする。これによって自らを苦しめ、他を苦しめ、互いに苦しめ合っているのが人間の悲しき有様ではないでしょうか。仏の真実の智慧に照らされるとき、そこに顕(あき)らかにされる私ども人間の愚かな姿は、まことに慙愧に堪えないと言うほかありません。
今般、このような愚かな戦争行為を再び可能とする憲法解釈や新しい立法が、「積極的平和主義」の言辞の下に、何ら躊躇もなく進められようとしています。
そこで私は、いま、あらためて全ての方々に問いたいと思います。
「私たちはこの事態を黙視していてよいのでしょうか」、
「過去幾多の戦火で犠牲になられた幾千万の人々の深い悲しみと非戦平和の願いを踏みにじ
る愚行を繰り返してもよいのでしょうか」と。
私は、仏の智慧に聞く真宗仏教者として、その人々の深い悲しみと大いなる願いの中から生み出された日本国憲法の立憲の精神を蹂躙する行為を、絶対に認めるわけにはまいりません。これまで平和憲法の精神を貫いてきた日本の代表者には、国、人種、民族、文化、宗教などの差異を超えて、人と人が水平に出あい、互いに尊重しあえる「真の平和」を、武力に頼るのではなく、積極的な対話によって実現することを世界の人々に強く提唱されるよう、求めます。
2015年5月21日 真宗大谷派(東本願寺)宗務総長 里 雄 康 意
なんのために声明出すのですか?
そんなことするなら天理教なんて解散して、政治団体か何か作ればいいって話ですね。
宗教の根本的なところを分かっておられますか?
お道の人は政治的声明で世の中を変えるというのがやりかたですか?
匿名さんへ
通りすがりですが、いまいち意味がよくわかりませんでしたので、
質問させて頂きます。
声明とは、意見や意思を世間に対して発表することで、
国民の命に関わる重要な法案に対し危機感を持った宗教団体が、
自らの考え方や姿勢を、声明として世間に指し示すことに、
何か問題があるのでしょうか?
声明を出された真宗大谷派(東本願寺)や創価大学は、
解散して政治団体を作ればいいとお考えですか?
匿名さんが「分かっておられますか?」と云われる
「宗教の根本的なところ」の内容を具体的に教えて下さい。
また、「お道の人」は、どのようなやり方で世の中を変えるのか、
具体的に教えて下さい。
よろしくお願いします。
匿名さん、よろしくお願いします。
話題の方とほぼ同世代の私は、東京で学生生活をしていました。東京学生会というのもあって、多少は関係したのですが、一度も姿を見たことがなく、プールでバイトしているという話しか聞きませんでした。事情に疎い私は、なんか、とっても不思議でした。百年祭の前のことです。オール天理というのは、いい言葉ですね。でも、結局、実態は、オール中山家の小さな枠組みになってしまっているように思います。東本願寺教務総長は天理教でいえば表統領です。上に立つ人のスケールというか、ビジョンというか、思想というか、そういうものを持っていて教団内部で支持される人がなる教団と、そういうものと関係なく血統・家柄で決まってしまう教団の違いはありますよね。オール天理をいうなら、いろいろな人材を登用すればいいのに。でも嫉妬と妬み(八つのほこりだろ!)で機能しないのは見えてるけれど。
そんなことしてはったんや・・・
中山家ってベールに包まれて、私たち下々のものには
垣間見ることも出来ないけど。
結構ショック・・・
あんたらの使う金は、お供えやで。
ほんま、ありえへん。
匿名さんは、こうした政治的なことに敵意を燃やしますね。でも、それってとっても政治的ですね。匿名さんの立場なら、一人一人の心直しこそ、世界助けだという教典のスタンスになるんじゃないかと思います。でも、そうなら、ここで政治的云々といって批判するような政治性を棄てて、そんな暇があるならひたすらおつとめをして、ここでの議論に参加しないのがもっともその信念に合致するでしょう。ただ、このブログがしばしば示唆することは、それが天理教の衰退の大きな要因になっているということなんですけどね。だから、匿名さんは、答えなくていいですよ。衰退云々なんて、どうでもいいことで、小さくなれば、小さいなりのスタンスがありますからね。小さくなれば、ぼろくそに書かれることもありませんよ。
(全てではありませんが)本部の先生方は、けっして悪い人ではありませんが、人の上に立って組織をリードするような技量があるとは思いません。
何が問題で、何をどうすればいいのか、責任を持って考える能力を持っている人材はいないのか?
当時貧乏アメリカ留学していた私には、あの超スーパーカーに乗って嬉しそうに周囲に手を振って、白煙をあげて飛び立っていた姿は、さすがショックでした。若気の至りでは済まない、慎みのない姿でしたね。あれから30年、彼はおそらく誰からも叱責されることもなく、心の成長もすることなく、未成熟な初老の男になって、しまったんですね。貧乏留学生は、今や貧乏教会長になりました。自分こそ何の成長もないのかもしれませんね。
たぶん 夢さんと私は同じような年齢かと・・・
30年前と言えば、日本経済はまだバブル期の最中だと思う。
何の疑いも無く、お供えで食べてる人たちは質素に
生活していると思い込んでた。
だって、普通はそうでしょ?自分が稼いだお金やったら
どんな使い方しようが自由だけど、お供えですよ?
人様が汗水たらして働いて手にしたお金を
神様のため人助けのためにと、天理教を信用して
お供えしてるのに。
ショックを通り越して、怒りになるわ!!
って言うか、アホみたいに何の疑いも無く信用してた
自分にも腹が立つ!
かなり年をとったものからみると、若いときやんちゃしてたから駄目だとは思いません。そのやんちゃが生きているのかどうか。みんなの前でやんちゃしていたことを公言しても納得できる歩み方だったのか。「やくざから教会長へ」でも、教会長として誰もが認めるから、そういえるでしょう。やんちゃをしておられたのなら、ぜひ、みずからやんちゃを公言して、ほこりある信仰の歩みを示してほしいと思います。
あのー、一般企業の御曹司が若いころにやんちゃしてた、
と言うのと、お供えで豪遊してるのとは違いますよね?
立場が立場なだけに、それはあってはならん事やと思います。
小さいころからそんなことも教育されずに成長し、
金が集まってくるのがあたりまえになってるのか・・・
夢のないものさん、
それではまるで匿名さんを子ども扱いしていませんか?
>宗教の根本的なところを分かっておられますか?
など、堂々と自分の意見を話されていたので、迷っていたこともあり、
詳しい考えを聞いてみたくて、わからない部分を質問したのです。
匿名さんは、勢いとは裏腹に詳しいことは答えることが出来ない人
なんでしょうか。
勘違いして質問してしまったこちらがお詫びします。
さきほど「安保関連法案に反対し廃案を求める天理大学教員有志声明」が8月6日に出されていることを知り嬉しく思いました。私は天理大学に直接関係はありませんが本当に嬉しかったのです。
ありました。
http://tenriunivasrb.wix.com/tenriuniv-asrb
おそらく彼は教理的理解はほとんどないのであろう。彼の書く文章、話す言葉には、天理教人をリードする感性は全く感じられない。表統領に無理やり自らねじ込んで就任したいと言った時も、かなめ会の選考委員の人たちは、少なからずも反対したという話を私の友人である直属教会長が話していた。末端の教会は、多くは疲弊している。わが教会も同様である。格差社会と世は言うが、天理教世界では、世界の比ではない。これを問題とも思わない、いや、感じない、オール天理のリーダーは、教祖ならどうなさるかと自問自答している布教師の原点に立ち戻るべきである。
「天理教平和の会」の有志が声明を出しました。
「戦争法案」の廃案を求める声明(天理教平和の会 有志一同)
http://www.geocities.jp/shougen60/bromaga/heiwa-seimeibun.pdf
そうですね。嬉しいことです。
一日につき百円のお供えをすれば⇔ひと月に三千円に⇔一年で三万六千円になります。
三十万人の信者さんが、かんろだいのお賽銭箱にお供えくださると⇔一年間で「108億円」になりますが・・・・・・
何か計算が合わない気がいたします!!??
何の為の計算ですか?「教祖はソロバン伏せて通れ」と・・・おっしゃっていますが。
教会本部のお供え収入は、大きく分けて、礼拝場にあるお賽銭箱と直属教会(大教会等)経由のお供えです。
天理教信者は、減ったとはいえ、約百万人ぐらいはおられませんか?・・・・・
教会本部の年間お供え収入は、直属教会(大教会)経由だけでも、もう少しあるのではないでしょうか!!・・・・・
( 天理教信者は、減ったとはいえ、約百万人ぐらいはおられませんか?・・・・)
いません。
( 教会本部の年間お供え収入は、直属教会(大教会)経由だけでも、もう少しあるのではないでしょうか!!・・・・・)
あると思います。「みちのとも」に出ています。お供えが集まっている間は、お道は変わらないでしょう。
教会本部のお供え収入は、「みちのとも」で発表されている収入額よりも、本当はもっともっと多いのでは
ないのでしょうか?(直属教会は248です。大教会159×1億円=159億円)
ご本部発表の「よふぼく」数は、855,708人となっております。天理教信者全体で百万人=いません・・・か?
いませんね。
このままでは駄目ですね。本部の先生方、全国の有志の皆さん、今の縦組織の在り方。世襲制。お金の問題等、大胆な改革が必要です。オール天理の優秀な思いを結集しましょう。自分の立場だけに固執しないで、教祖の思いに寄り添いましょう。
日本は、世界でも有数な「長寿国」であります。
日本人の中から、世界一の長寿者になられる方もおられます。
天理教の信者さんの中から、百十五歳になられる方が早く現れないかと、
いつも楽しみに待っております。
「 このたすけ百十五才ぢょみよと さだめつけたい神の一ぢょ 」
伊降伊蔵ご本席さまから、引き継がれた上田ナライトさまが二代目本席さま。
その後、「さづけ」を渡される方が、初代真柱夫人の中山たまえさまとなり、
その後、中山正善二代真柱さま・中山善衛三代真柱さまと継承されて、今は
中山善司四代真柱さまが、ご本席さま??のお立場を兼任されていることに
なる訳でありましょうか?
「おやさまご存命の理」と本席さまと真柱さまのお立場を語られる方は???
◎ 伊降伊蔵 → 飯降伊蔵
◎ 中山たまえ → 中山たまへ
天理教教会本部には、なぜ女性の「本部員」が現在おられないのでしょうか?
私の知る限り、女性では「増井りん」さんだけしか本部員に登用されていない
ように思います。
「本部婦人」の立場と「本部員」とは、組織の上でも、お役目がずいぶんと違う
ように思います。
本部直属教会(大教会等)でも、女性の会長さんもおられる訳でありますから
本部員の登用資格は、男性・女性関係なく平等にあるというのが、本当の意味で 天理教らしさであると、個人的にはそう思う次第であります。
「かぐらづとめ」のつとめ人衆 5 : 5 =10人 お手ふり 3 : 3 = 6人
おやさまから教えられた男女比は、50 : 50の同じバランスであります。
☆ 教会本部参拝者受け入れ設備の充実について
① 礼拝場周辺のトイレの数が総体的に少なく感じます。特に大祭月には、女性用トイレが長蛇の列に
なっています。 ◎ 女性用トイレは、もっともっと増設が必要であります。
② 車社会でもあり、おぢばがえりの駐車場対策・整備に、もっと力を入れてほしいと思います。
一般参拝者に対する思いやりがいまひとつ、もっときれいな舗装がある駐車場をつくってほしいと
思います。
③ 祭典中、礼拝場に入りきれない参拝者に、もっと配慮をお願いいたします。
雨天と炎天下対策として、例えば、北礼拝場と教祖殿との間の中庭の上を全体的に屋根で覆うことを
(中庭の景観を生かしたデザインで)考えられませんでしょうか?
◎ このような「要望書」は、ご本部のどちらの部署へ、お願いしたら良いのでしょうか??!!
400万人規模の巨大宗教団体!「立正佼成会」が安保法制に反対を表明!
http://www.kosei-kai.or.jp/infomation/070/post_502.html
素晴らしい子です!!
訂正 素晴らしいことです!!
<安保法案反対>公明に直訴へ 学会員、署名7000人
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150906-00000010-mai-pol
8.30国会10万人行動にもたくさんの創価学会員の方々が参加されておられました。
教会において、御供え等でたいへんな目にあっておられる方は、信仰をやめるよりも
「おぢば」で、直接神さまと向き合って、信仰を続けた方が良いと思います。
「教会はいらない!!」とは申しませんが、おやさまがご在世当時には、まだまだ、
教会どころか教会本部もなかった訳でありますから、それぞれが、しっかりと自分の
人生の上に、「天の理」の教えに沿った生き方を、見つけていけば良いかと思う次第で
あります。
「おぢば」に、こころをよせて・・・・・・・!!
私は、末端教会所属の一信者で、「よふぼく」になって、今や40年が過ぎています。
昔は、<理の親>という言葉はよく耳にしましたが、幸運なのか、その言葉に振り回された経験は
ほとんどないように思います。
巡教の先生からの献杯(お流れ?)は、その昔、直会の席でよくありましたが、その風習も今は、
当教会におきましては、見かけることはございません。
私たちには、御供えのノルマもないですし、とても良い教会なんだなあと感謝感謝であります。
本当に「おみちの中にも、世界あり」なんだなあと思っております。
古い教会長様
「戦争法案」の廃案を求める声明(天理教平和の会 有志一同) の情報ありがとうございました。
130年祭期間中に次々と起こる大きな困難に、信仰者として考えを表現することは当然のこと。
本部は文句をいってくるのでしょうか?
具体的に言ってきたら、反論できるだけの信仰心はもちたいものです。
言われたら、理をといてあげればよいのです。
陽気暮らしを目標とする私たちは、憲法9条を守りますと。
私がいつも思うことは、教会よりも自分の方が貧乏だということです。
分教会長夫人達の頭にはパーマがかかっています。年金暮らしの自分はおかっぱ頭。
酒好きの女が多い!!!
直会ってもう、やめるべきでは? 詰め所に宿泊すると、のん兵衛女が多いことに驚かされます。
酔っ払いにつきあわされて、早く寝たいのに寝られない。
詰所内は禁酒が当然でしょ?
天理教は修行しなくても人の上にたてるから、自分の行いに甘い。
自分は信仰者として、教会の皆さんの行動は神様に任せています。
でも、直会廃止は提案します。
教会の方へ
上級へのおつくしはノルマがあるんですか?
できない時は 心を低くして「申し訳ないけれど、できませんでした。」と申し上げてはいかがですか?
心を低くできれば、本当に申し訳ないと思い、その心に神が働くはず。
それはお金が集まるという働きではなく、何かしら、なるほどと思えるようなことが起きるのでは?
ある大教会では、古い信者2名の上に身上がおきました。
神様はちゃんと貯えがある所を知っておいでです。当たり前のことですが。
恨みながらお金をお供えするのは信仰的にも「?」のはず。けっしてそうは言いませんが。
心を低くしてお詫びする。それができないのは高慢なのでは?
もしも、これを実行して、上級から文句を言われたら、私が怒ってあげるからね。
あんたら、おかしいでしょう?ってね。
神一条に判断しましょう!!!
今の安部政権と天理教の幹部の皆さんの、思考がよく似ていると思えてなりません。一般信者の声、末端教会の声が届きません。
聴く耳がなければ、音として聞こえていても心には響かないのでしょう。
多分、理解出来ないのだと思います。
末端教会の会長さんをはじめとする方々は、本当にご苦労なことが多いと思います。
「よふきぐらし」を目標に、今ある問題を改善していかなければ、「おみち」から離れて
いく人々が、どんどんと増えていくことになります。
今まで郵便局が配達していた「天理時報」を、各支部の教会等の方々が手配りすると
いう内向きな方針が、大きなご用にもなっているように思えます。
ポスティングだけでもたいへんな時間と労力を費やすことを、各支部で競うような現状
には、今ひとつ理解に苦しみます。
よふぼく家庭とのコミュニケーションを地域で支えていくことには賛成ではありますが、
今のやり方では、一方通行のように思います。信者さんにも選択肢を与えるべきだと、
私は考えますが・・・・・
◎ 酒盛りの多い「直会」で、本当に、おたすけができるのでしょうか?!!
◎ いつから、おやさまより偉い <理の親> が存在するようになったのでしょうか?!!
◎ 御供え金のノルマがなければ、真の信仰ができないのでしょうか?!!
「百十五才定命」 ⇔ 天理教人の中からはまだ一人も115歳になられた方はおられないようです。
まずは、ご本部の方々の中から、「なるほどのひと」!!の「てほん・ひながた」をめざしてほしいと
いつも思っている次第でございます。
私は、末端教会所属の、いち「よふぼく」です。
私の所属する教会では、
* 月次祭祭典後の直会? ⇔ お酒は一滴も出てきません!!
* <理の親>と呼ばれる制度?は、存在いたしておりません!!
* 御供え金の強制(ノルマ)は、今まで聞いたことがありませんが!!
同じ「おみち」の中でも、やればできるんです。
でも、ちぁんとご守護はいつもくださっていることに、感謝いたしております。
ほんとうにほんとうに、ありがたいものであります。
何かにつけて、お道は、お道は・・・と天理教人はよく言うが、
そのお道の世界観が狭すぎて話にならんわ。
理の親がどうたら言う前に、こう世の中に無関心ではあかん。
ハッキリ言って、世界の動きなどどこふく風。
狭い井戸の中で、いつまでも陽気暮らしゴッコ。
しかもその中で、苦しんでいる信者も多い。
教会通わなくても、おつとめしなくても
世間の人たちは努力して陽気暮らししてまっせ。
最後にひとこと。
お金は世間の人たちの労働の貴重な対価。
この真実を忘れたら、人間詰みますで。
貴重なご意見をありがとうございます。
9月17日 参議院安保法案審議 午後4時30分ごろ
アベ首相はなぜか、法案の採決前に退出!
ひきょう者としか言えない。
昔から小学校のクラスに一人はいたような、勉強が少しはできても、
「友達がい」のない、ひきょう者の、よわい男子。
アベ首相はそんな姿をさらしていた。
委員長の解任動議が否決された後、自席に戻った鴻池氏を
ワッと自民議員がガードに走り、
ついで野党が取り囲み、せめて採決をさせない行動をとった直後の退席でした。
僕は知らんよ。
僕とちがって野党からもリスペクトされたようなコウノイケ君なんて
ほっとこっ! 人気がないぼくちゃんでも、勝ったもんね!
これが首相です。
種が悪いとこのような人間ができるんでしょうか?
採決だって、されたのかどうか、画面を注視していてもわからなかった。
自民議員が何となく規律していたので、おそらくは、事前に作戦が
立てられていたのだろう。
ならば、首相は、「可決されました」の声を聞いてから退席すべきだろう?
失礼なヤツだ。 人を小馬鹿にしている。
自分が嫌われ者だと知り、それでも強がっている。
哀れな人だ。
だれか、お助けに行かなくては。
誰もチャンネル持っている信者はいないのか。
親神様!!!
陽気暮らしができない人間社会です。
でも、多くの信者が平和を祈り、においがけを平和活動ととらえ、
謙虚に神名を口にしています。
天理教だけではなく、親神がかつていりこんだ、イエスや釈迦に
導かれてきた人々も、祈っています。
どうかお掃除をお願いいたします。
このままでは日本人は心が壊れてしまいます。
親神様、 おやさま、 130年祭を前にして
大きなお掃除をお願いします!!!
× 規律 起立でした。
創価学会員がインタビューに答えていました。「私たちは公明党にだまされていました」と。
我々は「教会本部にだまされていました」と言える人が増えるかも。
戦争なんてだれも納得なんかしないでしょうし、宗教関係なしに反対の立場に立つでしょ。
集団的自衛権がさも戦争に突入せんとする国家の方針のように言われてますが、本当にそうなんでしょうか。声高に反対活動をされている方々が論点とされているところは極論のように思えます。
集団的自衛権は、他国が攻撃されたとしても国民に明白な危険があると認められない場合には行使できません。新三要件を見れば明らかです。
また、侵略戦争の容認ではありませんし、これまでの自衛の精神を覆すものでもありません。
話し合いで戦争が起こらないように…という意見がデモなどで聞かれますが、話し合いが出来ない相手だったらどうするんでしょうか。そのお手本がISISや北朝鮮に中国でしょうか。また今回のノーと突きつけるだけの民主党も話し合いができない象徴のような党です。
天理大学有志の会のFacebookページでも運営側が容認派のコメントに対し、暴力的な発言をされてますね。
反対派の方が意思に合わないものは排除したいという考えを行動原理にしているように思います。
ほら、もう国内ですら話し合いができないんです。攻めてきた相手に話し合いを…なんてのは夢想家のいうことですよ。
さて、戦争法案反対と言っている人の中で知らない人もいるんでしょうが、現行の個別的自衛権の容認だって戦争になりかねないわけです。アレルギー的に戦争という言葉に反応して声を荒げる人は、他国の侵略を受けた際にされるがままを受け入れるのでしょうか。
そもそも自衛権を持ち、自衛隊を保有する以上、戦争の可能性があるということです。しかし、保有するが故に戦争の抑止力となっているんです。
近ごろはこの抑止効果が低下しているわけですよ。だからこのタイミングで集団的自衛権の容認の動きになっている。つまり、戦争抑止のための現実的な合理性があるということです。
世界中が武器を捨てて、共に手を取り合えたらどんなに良いか。けれど、現状は悲しいかな、暴力でしか自己を表現できない、また利益のためには武力行使も問わないという危険な思想があるんです。
今はまだ陽気ぐらしは夢のまた夢。私たちに出来ることは平和を祈り、身近なところから手を差し伸べていくことしかできません。
親神様、 おやさま、 130年祭を前にして
大きなお掃除をお願いします!!!
ってのはかなりカルト的な発言。たすけあいの邪魔になるから掃除してくれっていうことでしょ?
世界一れつたすけたい天理教が何を言うのか。願いの筋が本末転倒。信仰が私怨に負けてるよ。
はじめて投稿します。60年前の疑問に(天理高校二部)思っていた事柄がネット時代になり社会の表?に浮き彫りにされていて、いよいよ お道のみなさん本気に考えください。金の切れ目は縁の切れ目でお道は離れて58年、本当に良かった。と胸を撫で下ろしています。みなさん早く目を覚ましてください。これからも投稿させてください。
匿名の方がきな臭い。
うけとるすじもせんすじ
オカルト的? どのように読んだらそうなるんかい?
君はいわゆるネット上で戦争反対派をつぶして回る、右翼のあんちゃんじゃないかい?
ここを荒らしては申し訳ないが、ネットに慣れていない方のため、
「アラシ」的書きこみに惑わされないよう一言。
信仰者とは思えませんね。
今まで天理教お信じてよく天理迄参拝に行きましたが、これ程部内教会で神お欺く教会が有るとは? 暴力は振るうし身分お証明する物は取り上げて逃げ出さなくするし、又逃げ出そうとするとその人の髪お切って外に出られなくする、大きな問題になる前に対処した方がいいと思うよ?須磨の大きな教会さん?貴方の部内の兵庫にある教会と言えば解るかな?でないと告訴するよ?苦しんでる信者さんの為に!
それって監禁じゃないですか!
もっともっと世間に公表しましょう。明るみにださなきゃだめです。
「天理教 基本教理」の中に基本さんの師が言ってたそうです。
天理教とは「きいているだけなら天国、して地獄」本当にその通りです。
芹澤光治良先生の「人間の運命」が、天理教そのものです。
信者デスさん!苦しんでいる方を救ってあげて!
K大教会の一信者です。
最近大教会に住み込んでいた夫婦(部内教会長、大教会長実弟)が出て行きました。と言うか逃げて行きました。
大教会長夫人によるDVが原因です。教会に帰らさず女中あつかい(奴隷かな)暴力、言葉の暴力、ひどいものです。大教会長も見て見ぬ振りです。
誰も止められませんでした。
多分その夫婦は帰ってこないと思います。
今、張本人はまわりの人達の目が気になるのか詰所に逃げています。
暴力だけ見ても天理教だから許されるものではないと思います。
時間がたてばまた元のように振る舞うのは目にみえています。この現状を変えたいのですが、役員連中は教内の目もありますし、まぁまぁで終わらせるように思います。
大教会長夫妻を辞めさせるのが一番かと思いますが、一信者ではどうしようもありません。
このメッセージを拡散させて下さい。
ひょっとしたら教団の上層部の耳に入り状況が変わるかもしれません。
もしかして、KNZK大教会ですか?間違っていたらごめんなさい。
きっちりとした対応が必要ですね。
私は一信者で里親をしています。
天理教は教団を挙げて里親登録の推進をしているようです。
教会であればそこそこの広さはあるし、宗教家ということで行政への心象もいいでしょう。
里親登録をして里子を委託されると、月々結構な金額が委託費・里親手当として支給されます。
里親登録をして何年か経ち、何人かの里子を預かり、条件を満たすと
ファミリーホームを立ち上げることもできます。
ファミリーホームは事業で、補助者などを雇い、里子を最大6名まで預かることができます。
里親とは比較にならないくらいの事業費などが支給されます。
熱い思いを持って、里親として奮闘されている方々の方が多いに決まっていると思います。
が、私は教団が里親登録を推進するということに、すごく違和感があります。
個人個人が自分の意思で、自分の選択で登録するのなら何の疑問もありません。
なぜ教団がわざわざ天理時報などで大々的に特集したりするのか?
委託費や里親手当て、事業費などをお供えとして搾取しているのではないか?
子どもたちに出ているお金を、子どもたちに十分還元しないで、
この子らは因縁が悪いとか何とか言いながら、国から出たお金(税金)を
せっせとお供えしているのでは・・・?
里子には宗教の強制は禁じられていますが、幼い子には刷り込まれますよね。
こんなことは考えたくありませんが、里親という福祉を利用して、
教団が人集めと金集めをしているような感じがします。
私の考えすぎであればいいのですが、みなさんはどう思われますか?
古い教会長様
当たりです。
よくおわかりになりましたね。
この大教会腐ってます。
たぶん普通に帰って来て、何事も無かったようになるでしょう。
一度、潰れるか、社会的に大きな問題にでも、ならない限り、この組織は出直すことは出来ないでしょう。
覚悟して通りましょう。
「K大教会の…」 匿名さま
イニシャルでなく、実名称を書いた方が。
少しは、書き込む意義が有るのかもしれません。
カインさんも、ブログのある記事には。
大教会の名称を載せております。
残念ながら。
拡散したところで、何も動きはありません。
本部役員、大教会長、上級部内会長、婦人、役員…
横暴な自己権力を振る舞っている、一部の方々に対して。
上層部(本部)、教内でも、把握も認識もしています。
間違いなく、抗議、クレームも。
口頭、書面なりの方法で届いているのも確かです。
ただ、見て見ぬふり、聞いて聞かぬふり、知っていても知らないふり…それが天理教組織です。
天理教関連のネット、掲示板も。
本部、教内の方々が見て読んではいますが。
無関心を装い、泥を被ることはさけ、波風を立てぬこと。
昔から続く天理教の現状です。
ただ、教会の役員、信者さん方々が。
声を合わせることで。
会長、役員の解任、交代は出来ます。
現に、信者さん方々の不信任案で。
解任させられた会長、役員は、何人もおります。
会長夫人も含まれるはずです。
その横暴さは、今に始まったことでなく。
昔から、黙認されてきたことですね。
暴力、DVとハッキリと書かれているので。
被害に合われた方と行政窓口に相談されるのも、
1つの案です。
問題は、ネットでは匿名で提示できますが。
行動に移すと、個人、家族、周辺の方々への。
嫌がらせ、脅迫まがいな迷惑行為の心配です。
天理教内、宗教団体内での、悲しい現実ですね。
八方美人の天理教。
それは、外面は良く、家の中では横暴を振るう。
言葉を悪くすれば、「家庭内暴力」です。
それは、権力であり、上納金の強要であり、
言葉での脅迫であり、宗教言葉での長き時間にわたる洗脳とトラウマです。
確かに、横暴振る舞いを続けているのは。
一部の天理教関係者です。
現実の教会活動、ネットでの言葉でも。
明るく、支え合い、強要も強制もなく。
素晴らしくあり、慎みある、人間味ある教会長の人柄に集い、天理教信仰を続けて繋げている。
大教会、部内教会、分教会も沢山あります。
目をそらせていけないのは。
社会、世間、教外に。
「一列兄弟、人助け」をうたい、掲げる天理教が。
教内の中での、人助けさえも出来ていないことです。
教会の因縁などと、それは間違ってます。
その時点で、天理教の無責任さを露呈しています。
家庭内暴力を、黙認して、容認し。
その時点で、何を語れるのでしょうか。
教理の元に人が集まり。
教理とは関係なく。
勘違いな構造的強者が、良心を持ちあえて我慢を選び耐え支える構造的弱者に。
横暴な振る舞いを続ける。
そこには、教理や天理教は在りますか?
信者さん方々の良心で支えられている天理教であり。
そして、信者さん方々の良心を踏みつけている
天理教でもあります。
天理教として、このままで良いのでしょうか?
宗教団体として、このままで良いのでしょうか?
何も感じませんか?
何も感じないのであれば。
信仰などしない方が、善いのかもしれませんね。
せつないですね。
修理巡教の本部準員の先生に甘露台倒壊の際、この事情について「本部の先生方は練合はされているのですか?」と問うたところ、「それは、していません。」と答えられました。「本部の先生方で本部の改革は出来ないのですか?」と問うたところ「それは、無理です。地方の会長さん方が声を上げてもらえば、あるかも知れませんが・・・」と言われました。
はぐれ雲さん、それは神崎です。
はじめて投稿します。
私も入信してかれこれ26年となります。天理でいう いんねんがありまして入信してのですが。
この宗教は以前から認識がありました。以前私の家の隣に某分教会がありまして、幼いころから鳴り物を聴きながら育った環境でしたし、分教会の息子・娘さんとも近い年でしたから 一緒に遊んでいました。その当時、ご両親は道一条でしたので、子供たちは本当に貧乏でしたが、どちらも明るい性格で、悲壮感は全くなかったです。
私が中学生になったころその分教会長さんが亡くなり教会があった場所は更地となりまして、今は私の会社に委託されて駐車場として管理しています。
天理教なんて全く私の人生にキーワードとして関係ないと思っていたが、廻りめぐって今、信者からようぼくとなり今現在、某布教所に月次祭に通っている自分の姿に不思議と思うのです。
気がつかないけれど、教祖さまはいるのです。
そう思います。
一方で、現実はいろいろ問題もあることも事実ですが、それはそれとして上をみたらキリはない。
お金がなければそれを訴え、あれば自分ができる範囲で上納する。その程度の認識です。
私が通っている布教所は道一条で通ることがむずかしくなりましたので、今は飲食店を経営しながら布教所を営んでいます。先生は毎日苦闘しながらも布教所を営んでいる姿には、えらいと思います。
皆それぞれ、自問自答をしながら、天理の教えを軸に生活している。それでよいのではないかと思うのであります。
人間には身分相応な生活=天理用語で言えば、徳分いっぱいの世界とゆうことなのではないでしょうか?
世の中すべて、平等になることは無理です。生まれた星で人生を楽しまなくてはいけないです。
隣の芝生は青い しかし、本当に幸せなのか?それはその人本人しかわかりません。
古い教会長様の言うとおり、神崎大教会です。
拡散することによって、教団の上層部の耳に入れば少しは変わると思ったのですが・・・
残念です。なぁなぁで終わりますかね。
教団内全部に広まればちょっとは変わりますかね?
神崎大教会1回壊れればいいと思います。
ちゃんとした人達だけでやり直せばいいのに。
神崎にも真面目に頑張ってやってる方は大勢居ると思います。
大教会長夫人始め駄目なのは一部だけだとおもうのですが・・・
朝日新聞(2015・10・18)に興味ある書籍が紹介されていました。(評・原武史)
『新宗教と総力戦』 永岡崇<著>(名古屋大学出版会)
原氏の書評から読みたくなりました。天理教の歩みです。
古い教会長様
私のような、まだまだ生意気な者と。
対話していただいて、嬉しく思います。
古い教会長様は、長き時間。
天理教を信仰し、天理教を見つめ。
本部へも意見をうかがい、
信者さん方々とも対話を繋げ。
自問自答も繰り返してきたと思います。
今後も、そのままに。
志を持ち、天理教を信仰し、心配をし。
多くの方々の声に。
対話を続け、繋げて欲しく願います。
「本部では、練合はしていない。
地方の会長さん方々が声をあげて…」
本部準員の言葉を文面に読み。
昔から感じる、天理教に対しての。
どこか靄がかったものが、晴れた気がします。
本部、地方限らず、天理教は天理教として。
「すでに昔から、サジを投げている。」
のように感じ、納得しました。
地方の会長さん方々がまとまり、声をあげるような。
想いも熱量もありません。
各々の大会、会議、講話など。
波風はたてないよう、言葉並べでもあり。
連絡次項を伝えるだけのもの、に成っています。
地方教会、信者さん方々も。
天理教に翻弄され、疲労困憊している方々、
家庭も多いことも現実です。
天理教にとって。
本部とは何なのでしょうか?
本部員の方々にも、系統もあり、所属教会もあると思います。
本部と大教会分教会は、法人格?が違うのですよね。
縦の大教会系統、その他に教区、支部。
教会の七割が事情教会と呼ばれるデータ。
事情教会の内容も様々です。
無担任教会、活動休止教会、信者数0~数人。
部内、部下教会の上納金で権威を持つ教会。
信者数もおり、教会家庭が仕事等で収入を得て。
宗教法人の非課税の恩恵を受け、裕福な教会。
教会活動に精進するも、宗教法人を得られない教会。
宗教法人とは、何の為の、何をする為のものなのか。
天理教内で、とても多くの、耳に聞く言葉。
「天理教は、教えは良いけど、本部のやり方は間違っている。」
でも、間違っている本部のやり方も。
天理教で在ることも、目も耳も反らしてはいけないことです。
「日々、成って来るのが天の理」という言葉。
本当は、
「今の現状に、成るようにやって来た。」
たったそれだけの事実だと思います。
今現在、世界中で、宗教離れが進行しています。
日本にも、多くの宗教団体が存在します。
天理教も、衰退減少していく。
その中の一宗教団体です。
私は、宗教離れは悪いことだとは思いません。
ただ、宗教活動、業務に従事する多くの方々が。
宗教業務を辞め、社会へ仕事を求めれば。
就職難などの言葉では済まなくなります。
そんな意味では、宗教団体も社会のバランスを。
保つ役割は果たしていると思います。
もちろん、人の人生、家庭を宗教で壊すことは。
極力減らさなければなりません。
少子高齢化の問題もあります。
お墓の意義さえも、考える時代になりました。
そして、宗教とは何か、必要なのかさえも。
考える時になりました。
天理教が衰退していくことが。
善いか悪いか、白か黒か。
日本人も、天理教も、グレーゾーンを好みます。
ただ、グレー(灰色)は、白と黒の混ざり具合です。
そして、世界は色彩とりどりに溢れています。
満場一致などはあり得ません。
手術には、情が有ってはメスは入れられません。
手術を受ける側も、手術をする側も。
情報、経験、体験、を集め、技術を駆使し。
願わくば、以前の機能に戻ること。
願わくば、それ以上に跳躍出来ること。
戻らずとも、新しい道を見つけ歩み出すこと。
リハビリとは、一生涯の自身との闘いです。
「陽気ぐらし」とは、闘わないことなのでしょうか?
天理教は、メスを入れる熱量も志も無くしましたか。
リホームよりも、壊して建て直した方が。
効率もよく、予算も同じかもしれません。
でも、天理教が潰れてることはなくとも。
土台まで疲弊してしまえば、建ち直す熱量は。
天理教には、無いと思います。
規模を縮小しても、勢いまかせに広げたツケは。
天理教自身で、整理整頓しなくてはなりません。
改革、復元、白紙にもどす、色んな言葉がありますね。
私が望むのは、天理教の外からの解体です。
天理教のコア、核とは何か。
天理教組織を、天理教内外の見識者、学者、信者さん方々などの、多大な努力のもとに。
解体し、整備し、新めることは、3年も有れば可能かもしれません。
夢見話ではありますが。
天理教の教則は、日本国家の多大な法律のもとには。
効力はありません。
何の為の法で、何の為の律なのか。
天理教組織に必要なことは。
カインさんも、ブログ記事の中に述べてある。
「自浄作用」だと思います。
天理教本部組織内部に。
天理教内外の、有識、見識者による。
「天理教社会学研究部」を設立することを願います。
おやさま百三十年祭ですか。
いつなのかは、私はわかりませんが。
旬だ節目だと、騒ぎ仰ぎたて。
役職、教会長などの交代が相次ぐと思われます。
強制に近い上納金の問題もありますが。
自己権欲を残すが為の。
多大な借金、普請などは止めて欲しく強く願います。
そして、権力や勘違いをおこす環境の中で育た。
一部の後継者、教人、関係者の。
増長と暴投は、防ぎ改めて欲しく願います。
私は、天理教に対して。
「理不尽、親心の無さ」と、抗ってきました。
自分自身の分岐点の出来事の際に。
天理教、天理教関係者とも。
一切の交流も連絡も、はっきりと断りました。
「宗教関係なく、個人としての付き合い…」
と、手のひらを返す天理教の方々も沢山いました。
「天理教により、財や時間、家庭も失った方々も沢山います。その方々に、その言葉をかけられますか?
出る杭を叩いて喜び、目の前の現実に見てみぬふりもして、何が陽気ですか? 自分達のしてきたことを、正道(まっとう)と思わないで下さい。自分達のしてきたことを、誤魔化さず。最期まで背負って下さい。」と。
本当は、もっときつい言葉を使いました。
自分の見てきた天理教と、全国に広がる天理教の
現実を確認したかったです。
やはり、天理教の現実はそのままでした。
天理教で救われ、支えられる方々も沢山いるのかもしれません。
でも、天理教で苦しむ方々も同じぐらいに。
それ以上にいることを、誤魔化さず、見失わないで下さい。
天理教の理とは。親とは。天理教とは。
私には、今でも、さっぱりわかりません。
わかりたくもありません。
それで善いと思います。
何年前に。
母を介護し、看取り、送り出し。
そして、月日を重ね。
母も私も、他の方々も。
振り回され、苦しめられた、天理教を。
整理した家の中で。
母の写真と、時々対話しながら。
日常にポッと浮かぶ。
母の姿を感じながら。
沢山のことを感じ想い悔やみ葛藤しています。
でも、感じたことの中に。
「最期に残るのは、人と人。たったそれだけ。
そして、命と時間は同じものだと。」
その時はその時にしか在りません。
そのとき出来ることを、やらない人が。
先や未来を語ることは、薄く感じます。
神を語る前に。
やるべきことが、沢山在りますよね。
母は、平均寿命よりも少し早かったですが。
自身の人生を全うしました。
中山みき様も同じです。
いつまでも「存命の…」と。
天理教の都合欲使わずに。
送り出すべきではないのでしょうか。
送り出し、次は自身が歩み成長すべきです。
子を持つ親の方々へ。
例え教会で在ろうとも。
自身の子に、いんねん、神の御用など。
天理教を持ち込まないで欲しく願います。
自身の言葉で、対話して下さい。
神がどうの…と使うことは。
育児放棄であり、親であることの放棄。
そして、親ではなくなってしまいます。
子供の未来を守ることが。
親、大人の存在意義の1つだと思います。
天理教内で、横暴な権力を振りかざす方々へ
一言に、わかりやすく伝えると。
イジメ、カッコ悪いです。
教理も組織も。
叩き磨きあげて欲しく願います。
組織こそ、叩かれて伸ばして叩いて。
ブレない核を作り上げて下さい。
ちょっと日常の中で、在る出来事があり。
感慨深い夜になったので。
内容の重複も、多々ありますが。
綴っていました。
はぐれ雲なので、またフワッと。
立ち寄って見ようと思います。
「天理教社会学研究所」
熱量を持ち志ある方々が。
多くのスタンスの方々が。
行き来して溢れる場所になるよう願い祈ります。
里親の件、自分が知っている限りでは、教会だけでは食べられない末端教会が里親制度を「利用」しているのです。里子に対して出る結構な金額の補助金で教会一家が細々食べているのです。この制度、貧しい天理教教会の食いものにされています。事実、上級教会長が言うのに「里子を受けたら結構ようけえ金が出るらしいで。あれはええらしいで。」とうまい話と言わんばかりの話をしているのを聞いて、いやらしさに興ざめした覚えがあります。里親福祉制度を「利用」し、自分達がありついている、否利用せざるを得なくなったこの天理教組織で泣く末端教会。おそらくもらった補助金をお供えにまわすと言うよりは自分達の生活の種になっていると思われます。人だすけの天理教が社会の税金を表向き上手に利用して社会に助けられている。お粗末で恥ずかしい話です。(全てではありません。里親として心から大切に里子を守り育てている教会も数多くあるとは思いますが。)
匿名の教会長様
そうですね、お供えよりも生活費ですね。
もちろん里親手当てという名目で出ている金額もありますので、
そこをどう使おうと自由ではあります。
委託されてきた3歳ぐらい子どもに、会長さん と呼ばせている里親にはびっくりしました。
なんだかモヤモヤした気持ちが拭えません。
社会的に最も弱者である子どもを利用しているようで・・・
教会関係の里親が増えると、色んな問題が出てくると思います。
傍観しているしかないですが・・・
《委託されてきた3歳ぐらい子どもに、会長さん と呼ばせている里親にはびっくりしました》
そこには、福祉のお金を利用して子供の住み込み人を作っているという意識があります。
年祭の年だから?いつもより大変なこと起きやすい?
よくわからないです。
私の周りにも年祭の影響で離婚した人がいるので、先生方は別席へのお誘いに熱心です。
お金がないと断っても、「それはどうにでもなるから」といっているそうです。
その人は息子さんを連れてお地場へいく予定らしいのですが。
私はそんなことで本当に助かるのか?と思います。
年祭にはノルマがあるらしいので、上級教会からの締め付けが厳しい。
結論として、最低ラインのノルマは達成しなくてはいけないのがホンネ
なのでしょう。
なんだかこの話聞いて、残念に思ったのは私だけかもしれません。
そんなことを布教所で話題にしたら、私はここに来れません。
人間関係を壊してまで、そのような会話はできないので、
教会を去るか黙っているかこの二通りの方法しかありません。
ここ何年間信者さんも減りました。
それはそれで残念ではあります。
今、インターネットで天理教の裏話が流れていることも布教所サイドも見聞きしてはいると思いますが、
私以上に教会にお世話になった方々ですので、その情報を冷静に検証したりすることは皆無です。
私自身も先生方にそのことについて議論することを避けています。
天理教の教えはすばらしい。しかし人にその教えを強制してはいけない。
私自身 おやさま・理の親様に恩義はあります。
しかしながら近い将来、結果として教会に足を運ぶ回数少なくなりそうです。
mami様
朝日新聞(2015・10・18)に興味ある書籍が紹介されていました。(評・原武史)
『新宗教と総力戦』 永岡崇<著>(名古屋大学出版会)
原氏の書評から読みたくなりました。天理教の歩みです。
とご紹介くださった18日の朝日新聞の書評読みました。
また ↓ のAmazonのレビューも講読意欲をわき立てますね。
http://www.amazon.co.jp/新宗教と総力戦―教祖以後を生きる―-永岡-崇/dp/4815808155
ただ、大学出版だけあって価格が高い!笑
天理教内で学べる歴史は教祖ご在世時代とおさしづの時代がメインですので、戦時下に焦点を当て、さらに客観的に論じているものは希有な存在だと思います。
いつか機会があれば読みたいと思います。高いんでね、買ってまで読めません。
年祭だから何かが起きるわけではないと思っています。何かがたすかる訳でもありません。この旬に頑張れば良いことが起こる。頑張らなかったら悪いことが起こる。そんなことはありません。現に上級教会の会長さんは上へのお供えに追われ、借金まみれで「旬」の最中に今年出直しました。頑張って、信じて尽くしていたのに、亡くなる時は亡くなるのですよ。(癌でした。私は出直しもご守護と思っています。)ふたつ上の教会長が私達末端教会の信者達に言ったことは、「お前達の勤め方が足りないから会長を救えなかった。何をしてきたのか。通り方をしっかり反省しなさい。」でした。会長が亡くなったのは私達のせいですか?彼はあなたの教会に借金まみれになりながらお供えを運んだのではないのですか?どうして助からなかったのですか?」と聞きたいのです。「旬だ、旬だ、」とは信者にお供えや信者獲得のはっぱをかけるための都合良い言葉。親神様は「旬」などのピンポイントには関係なく常に絶えることなきご守護を下さっています。良いことも、また自分にとって都合が悪いことも、全て親神様からの与えであり、たんのうし、常に喜びに変えて感謝の心を忘れず暮らすことだと思っています。「旬」の掛け声に振り回されてはいけません。旬だからではなく、日々毎日を丁寧に生きることだと思います。
匿名の教会長さん、まったく、その通りです。
まず、いろいろとハッパをかけられても、人が言っていることです。心を強く持って、神と向き合うと軽くなります。欲の混じった言葉に惑わされてしまっているのです。あいつは駄目な教会長だとレッテルを貼られても平気でいることです。
そして上上級の教会には参拝しない心定めをすることです。自分の教会家族と信者さんを全力で守ることが大切です。
何を言われても、平気になれる強さが必要です。相手の武器は言葉だけですので、当たっても死にません。
お金が集まっている限り、この組織は助かりません。お供えをしないことが、天理教を真から良くする方法です。
お供えを減らすキャンペーンをはりたいくらいです。
古い教会長様
そうですね。「上上級教会に参拝しない心定め」を私も最近考えているところです。手ぶらでは行けないし、お供え無しでの参拝となれば、必ず後で何か言われます。古い教会長様のコメントには全く共感です。自分の教会家族と信者さんがまず一番です。枝葉である末端教会が枯れ果てている今、幹だけが生き残れるはずがないのであり、枝葉が茂ってこそです。全国の末端教会の会長さん、私達枝葉が元気に茂る事を考えましょう。自分の教会が立ち行くことを考えましょう。お供えを減らし、本部や大教会にお金が集まらないようにする事こそが組織を解体し「新生天理教」を産み出す一番の早道です。
匿名様へ
本当に高価ですね。単行本3冊分!紀伊国屋に行きしばらく立ち読みしてやっぱり購入してしてしまいました。退職後は図書館と活字好きな友人から回していただく書物が主な私としたことが!
天理教が戦争協力したことの弁明や批判は何冊か読みましたがどれも今一ストーンと胸に落ちず。
過って、自身の問題として天理教団の戦争協力を考えなければならないことに直面したことがあったもですから。
匿名の教会長 さん、今の現状は、本部は幹ではなくて、巨大な根です。水分や栄養分を幹や枝や葉っぱに供給しなければならないのに、供給しないから根ばかりが巨大になってしまっているのです。
大地から栄養や水分を取って枝や葉に送らなければならないものを、それを枝や葉から取ろうとしているのです。
本部こそ、しっかりと神様の方を向いて、世界助けのパワーを我々に発信しなければならないのです。取ることばかり考えず、散財する心(さんざい心)を持ってほしいのです。
そういう呼びかけするなら、堂々と実名ですればいいのに。他人のブログのコメント欄というお膳立てされた場で、匿名の声を挙げても何も変わらないんじゃないかなぁと、冷めた目で見てしまいます。
ツイッターとかfacebookとか、実名でやれば賛同者も増えるのでは?もちろん非難も多数あるでしょうけど。
斯く言う私も匿名ですが、一信者ですのでお許し下さい。天理教がより良い方向に変わっていくことを願っています。応援してます。
一信者より さん、応援有難うございます。時が来ればそんな日が来るかもしれません。しばらく冷めた目で見ていて下さい。
ともに、天理教再生に向かって歩んで行きましょう。
質問があります。
表統領、次の真柱の名字は、
中山ではなく、なぜ中田なんでしょうか?
どなたか、諸井國三郎遺稿集をお持ちの方おられませんか?
教会設立の話を最後の最後まで教祖が反対されたお話が書いてあるそうです(天理市内の90代の方から聞き取り)。
信者数が増えてきたので、幹部の皆さんで20人以上、交代で教会設立のお伺いに教祖のところへいったところ、絶対お許しにならなかったそうです。
表統領の中田善亮さんは、現真柱の中山善司さまの弟。
中田家の養子となって、名字が中山から中田となった。
その中田善亮さんの長男の大亮さまが、現真柱にお子様がいないので、
善司さま・はるえさまご夫婦の養子となられた。結果
現在、次の真柱継承者は、中山大亮さまに決まっている。
おやさまは、眞之亮さまの願いである「教会本部」の設立を、
なかなかお許しにならなかった。
今の「郡山・山名・兵神・船場・河原町・・・・・・・」などの教会となる
元の「講」は、すでにお許しはあった。
「 どうでもしんじんするならば かうをむすぼやないかいな 」
MICHINOTOMO様
ありがとうごさいます。
やはり中田家へ養子になっていたんですね。
教会長の兄も知りませんでした。
今日は布教所の月次祭でした。かならず月次祭は参加します。
その月ごとの反省もこめて行きます。
これはとても大切なことです。人がなんと言おうとそれは実行しています。
天理教維持財団のことはもし本当であれば、残念です。
しかしそれは、親神様がこの巨大宗教化したこの宗教団体に天理用語でいうならば、お手入れを入れるでしょう。
それではじめて私たち末端の信者にも影響を及ぼすことになるでしょう。
それでも教理は私たちの心にしみ込んでいます。
本来、日本がもっていた お互い様の精神が天理教の原点です。
今の生活の中で自然と身についている信仰であります。
宗教団体が仮に崩壊しても、おやさまの行動やお言葉が生活する上での手助けになるでしょう。
「教祖が現身をかくされたのは「子ども可愛い故」と強調されてきたが、実際におさしづ原文の中には、定命を縮められた理由として。
「残念々々で──」「どうもならんから──」「余儀なく──」「是非なく──」「思わく立たんから──」「すっきり分からんから──」身をかくされた、という意味の神示が繰り返し述べられている。」
と、書いてあります。
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
古い教会長さんへ
ずっと疑問でしたがこの神示を知りまして納得いたしました。
親神様のご守護については皆さん体験されましたか?
私は体験しました。これは神様が教えてくれた体験でした。
そう思うとやはり布教所へ月次祭は参加するのです。
これが私のご恩返しです。
これ以上でもこれ以下でもなく。
お友達や知り合いにも、天理の話しました。
布教所へ足を運んだり、別席も参加した人がいたりしましたが、残念ながら継続した人はいません。
結果私だけは相変わらず、月次祭へ参加している。
そんなことでよいのか?と自問自答しました。
でもそれ以上の情熱もない私です。
多分これでいいのと勝手に解釈して。
また、人様に必要とされるのであれば、お助けをしたいと思っております。
こんな調子のようぼくは、教会とすれば、あまり歓迎されないでしょうね。
NANASY様
いいえ、いいえそれで良いのですよ。まずはあなたが救われていれば結構なことです。教会が歓迎するようぼくとはどんな人物か?たくさん人を連れてくる人?お供えをたくさんする人?そんなことで喜ぶような教会には行かないことです。教会は数や金額にこだわらず、一人ひとりに丁寧に向き合い心が楽になってもらうよう勤める。教会とはそう言うことに徹する所だと私は思っています。おのずと助かった人が人を呼んできます。時間はかかりましょうが・・・自然体でいきましょうね。
次に、今日「教祖とその時代 天理教史の周辺を読む」と言う本を読んでいたら、教祖は賓のどん底へ落ちるため田畑を売り払ったと認識していたのですが、後に教祖存命中に(秀司さんが中心だったのか定かではないのですが)全部手元に買い戻しているのですね。中山家は相当裕福な金貸しできちんと利息を取っていた。教祖のうわさが広まり始め、お供え金も相当上がっていたらしい。だから買い戻せたのですね。米作りより綿作のほうが実入りが良かったらしく、金貸し以外にも手広く綿や養蚕で商いをしていたそうです。(教祖は金儲けには反対していたのかもしれませんが・・・)海の遠い奈良の地に居て中山家はかなり値の張る魚介を豊富に購入し食べていた資料が残っています。当時は高価で手に入らなかった「砂糖」も中山家では買えていたらしく秀司達が記していた食材購入帳からその裕福さが垣間見えると書かれていました。芝居や余興を見る楽しみも暮らしの中にあり、「ゆとり」のある生活をしていたことが窺えるとありました。私は教祖もその家族も現身をかくされるまで賓のどん底に居たと思っていましたが??ほうその赤ん坊に自分の乳を飲ませた逸話も、自らどん底に居て、なおも施したとの認識でしたが、当時の教祖の環境はそうではなかった。裕福で慈悲深い家があるからそこへ行けばありつけるよ、くらいの環境だったらしい。同じ一軒家なら教祖も高価な魚や砂糖を食していたと言うことでしょうね。私の頭の中は???だらけです。
おやさまひながたを通れ、どん底を通れ、とお供え地獄。食べたつもり、行ったつもりのつもり貯金をお供えにまわし、お供えこそが助かる道と信じて実行している信者さんを周りにたくさん知っています。我が家もそうでした。教祖の当時のありのままを知りたいです。捻じ曲げて純粋な信者を騙さないでほしい。どれだけの家族が巻き添えを食っていることか。真柱中山家は教祖や秀司・こかん様の逸話等、美談にせずに、ていねいに事実をありのままに出して欲しい。
匿名様
よきアドバイスありがとうございます。
布教所の先生方はいつも親切でにこやかに迎えてくれます。
私は先生方にこのHPをお知らせしたほうがいいのかどうか迷っています。
そこまで、踏み込んでいいのかどうか?
信仰の度合いはそれぞれ違うので、この話題をきっかけに関係がよくなくなることを
考えるとやはり言わないほうがお互いの身のためかとも思うわけです。
その一方で、隠し通せない自分がいるので・・・・。
むずかしいことです。
NANACY様
末端教会長です。私も上級教会にこう言うサイトがあることを知らせて議論したいのですが、アンチ天理教と思われて関係が悪くなるのを恐れています。アンチ天理教即ちアンチ上級会長となりますから嫌われたらことあるごとに嫌がらせを受けるでしょうから。信念を持ちつつも周りの顔色、空気を読みながら自分を守ることも大切です。誠真実の良い布教所に通われているようでいいですね。お互いに心から楽しめる陽気な信仰をしましょうね。
わたくしも、末端教会長です。末端こそ信仰が根付くのです。信仰がなければ、やってられません。
美味しいところが一つもないのですから。
コメントありがとうございます。
今現時点の段階では、このHPのことは言わないです。
いずれ議論する時が来るので、その時は今後の宗教活動のあり方を含めて議論することがあると思います。
それがお金のお願いのときなのか、それとも、強引な勧誘があったときなのかわかりませんが。
いずれ、口にする時があると思います。
理の親からいろんな事情で助けて頂いた恩も忘れて・・・。と周りから批判されても、疑問があれば当然聞きたくなるでしょう。 それが人間です。
布教所サイドは「上のことはわからない。知らなくてもいいことは知らないほうが幸せ」という可能性があります。
その時点で話は平行線となるとは思いますが。
いずれ、その時が来たら話さなくてはいけないでしょうね。
つらくても。恩知らずと思われても。
NANACY様
「互い互い知らし合い 互い互いの研究 諭し合いの道と言う」M30、2,25のあさしづより
「互いに遠慮は要らん 遠慮は追しょう、追しょうは嘘、嘘に追しょうは大埃の台」M31.5.9のおさしづより
つまり教祖はお互いに遠慮せずにしっかり研究し合い、談じ合いをしなさいと「ご神言」を出されておられるのです。現状では教祖の意に反して「上下関係」が人間の手によって作られてしまいました。布教所においても所長さんが一番。思うことを言うなんて許されない空気があるのでしょう。いずれ腹を割って話す機会が出来てくることでしょうね。私もいずれは腹を割って自分の思っている事を上級・上上級の会長と談じ合いしたいと思っています。私は末端教会長ですので今は空気を読みながら、自分の身を守りながら、時期、タイミングはゆっくり計りながら・・・。親神様は見ていらっしゃいます。私達の発言に光を当てて下さる時が必ず来ます。焦らず他人に流されず信念を持って自分らしい信仰しましょうね。
「・・・このやしきでは、親族の理では、世上救けること出来ん。・・・」(明治24・1・28)
「・・・このやしき高い低いの区別は無い。・・・」(明治28・8・3)
「・・・何ぼ諭した神のさしづ、皆んなあちらへ映るこちらへ映る。勝手の悪いさしづはは埋もって、・・・」(明治31・9・30)
「・・・教会長は、大教会長であろうと、分教会長であろうと、或いは場合に依ったならば、布教所を担当している単独布教師であろうと、全ては同じ理であります。・・・」(二代真柱様のお言葉)
これらのお言葉から教祖が何を求めておられるか、よくお分かりの事であると思いますが・・・。
更にこんなおさしづもありますが、
「・・・双方の心にとって皆々高い低いの理は無い。ろっくな道なれど、勝手の理よりだん/\高低の理を拵え、あちらこちらへ擦れ、心の理は散乱。
たった一つの理を、兄弟一つの理、後より出けた理もあろうまい。先へ出けたという理は無い。・・・」とも教えられます。・・・
世襲制がある限り、天理教の発展はない。断言します。
そうですね。世襲制があるかぎり発展はない。
天理教も会社経営も同じことです。
他人が中に入ってはじめて改革が行われると思います。
次に継がれる方々はこれからの世の中ふんぞりかえってはいられない状況であることはそれぞれ思っている。
しかし、歴史があればあるほど、いままでの慣習を打ち破ることの難しさ。
まして、幼い頃からその環境に生きてきたから、それを覆すエネルギーがない人々が多いのでしょう。
だから、三代で終えてしまうパターンが世の中の常ではないか・・・。
いずれにしても継続することは大変であります。
私の家は昔から商売を細々と営んでいます。
父親が亡くなってから、旦那と二人で家を継いでいます。
職業柄、人様のプライベートに関わることもあります。
しかし、職業の範囲で付き合うので、たとえ大変な事情のお客さんがいてもそれ以上は深入りしません。
業務を果たすのみです。
お道の話なんて心に思うことがあっても絶対に話しません。
ただ、いつも思うことは、人間はどんなに境遇がつらくても反対に恵まれていてもその人の心持ちで人生が動いているのです。
だから、自分の信仰している宗教の押し付けはしないです。
ただ、つらい人には何気に言葉をかけて少しでも助かってもらえればいいかな?
そうゆう気持ちいつも心がけています。
私にできることはそんなことしかできません。
だからできの悪いようぼくです。まずは積極的でないのが悪い点ですね。
nanacyさんの、その「自然体」な信仰の姿勢、いいですねぇ~。
私も一般信者ですが、年齢と経験を重ね、
日々の生活の中で心を研鑽し、
誰かをさり気なく、ささやかでも「おたすけ」出来る。
さわやかな、柔らかな風になり仄かな「にほいがけ」が出来る。
そんな「よふぼく」を目指したいです。
天理教には世襲制度は有りません。後継問題でおさまり易いから、どうしても子息に後継者という形になり易い傾向があるのも否めません。私の周辺の教会では、代々、血族関係の無い他人の方が会長として後継されています。無論、事情教会ではありませんが。最近でも血族関係の無い人が会長職を継がれた教会があります。
私も現職の末端教会長ですが、いつでもその職を辞する覚悟はありますし、息子に後継しようとは思ってはいません。愛町分教会初代会長関根豊松先生は、「・・・教会は信者のもの、僕はこの黒い鞄一つあれば、いつでも出て行くよ。・・・」と言われたそうです。そこには教祖の教えられた「執着心を去る」そのもののが垣間見られます。
このブログは、説得力が有りそうで無さそうでという感じがあります。カイン氏は研究者で学者であります。我々は信仰実践者であります。だからどちらが正しい間違っているというのではなく、ある種相容れない処があるのも否めないと思います。ただ、カイン氏の知人である天理教人の信仰や情報に関しては、ある種疑問を持ちます。この方おそらく某大教会の役員と思われますが、正しくカイン氏に今の天理教の現況を述べられておられるのか。ちなみに、おそらくカイン氏もその方も私も、同じ市に住むお互いだとは思いますが。
維持財団の話もありますが、私の教会は○○維持財団から、ちゃんと不動産を返されました。微々たる面積ですが当教会に登記し直ししております。教会本部も大変です。無駄な不動産、不必要な不動産など処分されております。憶測推測で物事を語られるのは、あまり良い事ではありません。
私は体制者でも反体制者でもありません。教祖の御教えを素直に実践しようと努力している一教会長です。引用される道の友などの資料はその通りだとは思いますが、以前に団体責任者の密輸の話が出ていましたが、当時知人の別の団体の責任者に聞きましたが、犯した人は信者でも、団体責任者でもなく、一般人で未信者で帰参を利用しただけであると言っていました。
御供金にしても、沢山する信者が信仰熱心であるとは考え違いも甚だしいです。ちなみに、御供金に名前を書いて頂くので、正確に御供台帳や現金出納簿に記帳出来ます。それを無記名にした場合、奉賽金、いわゆるお賽銭扱いになり、それこそ不適当な経理処理がなされる場合があります。だから記名して頂いて、後日開示請求があった場合、間違いないと確認して頂くことが出来ます。ちなみに、宗教法人は赤字決算は出来ません。
天理教の者は、問題が起こった場合本当は説明する必要があるのかも知れませんが、いちいちこれはこうだとは発信する傾向は、残念ながら少ないと感じております。私は系統は違いますが、ある先生の教えを深く受けております。その方が常に言われたことは、「・・・天理教が人を助けるではありません。助かる道を教わってその道通って助かるのです。信仰しているからいい、天理教やっているからいいでは、何年通っても、運命は切り替わりません。・・・」
更に、「・・・神様、こうして下さい、ああして下さい・・・と頼むのじゃなくて、教祖のひながたを見つめて努力することが、信仰そのものなんです。神様を拝むのが信仰でもなければ、お参りするのが信仰でもありません。お金を供えるのが、もちろん信仰ではありません。今日も一日、教えられた道を守って通る努力をさせて頂きます・・・と心に決めて、努力することによって、自然に与えられてくるのが天理なんです。・・・」と。
これらの事を誠心誠意実行している、名も無き教会、布教所、信仰者、よふぼくが存在していることを知って欲しいと思います。
とんとさん・・・確かに教会は世襲制ではありませんが、真柱は世襲ですよね。本部員に名を連ねるのは同じ名字です。大教会長を民主的に選ぶことはありません。
世襲でない教会は、後継者のいない教会。不祥事を犯した教会。それが多いだけです。
でも、一般社会から見て、世襲でないとは言えないでしょうね。例えば、世の中に、とても立派なお道の信仰者がいたとしても、けっして真柱になることも、本部員になることもないでしょう。
それは、世襲に近い組織だからです。
私もそれは否定いたしません。教祖の言葉は、日本古来の家制度を否定された言葉であり、、「寄る理」と「寄せる理」の違いがあるように、いずれ天の理に依る差配があると思いますし、実際教内いろんな問題が出た数年であったと思います。いづれにせよ、みかぐらうた、おふでさき、おさしづを基本にして、更に教祖の口伝を学ぶ時、親神、教祖の真の思いが、更に理解出来るようになると思っております。
この道は単なる一宗教ではないと思います。世界助ける世界宗教であるならば、もっともっと日本文化に染まった処を排除し、「世界治める真実の道」と言われたをやの思いに添ったお助け活動に共々頑張りましょう。
とんとさま とんとさまの述べられていることは正しいのでしょうね。でもなぜか胸に落ちず途中で止まっています。
天理教最高のトップ二代真柱中山正善さまのことばが実践されてきたならば何故もこう批判や嘆きなどなどの意見が上がってくるのでしょうか?真柱様の言葉は皆、フラットと言うことですよね。どうして理の親などの上下関係が出来たのでしょうか?良くも悪くも教団組織があったから天理教が続いてきたとは思っております。ご本席飯降伊蔵さまご存命の頃に私に繋がる者が入信したので自分はほとんど信仰者などとはいえませんが無関心にはなれません。とんとさまのをや(教祖様?)の思いに添ったお助け活動とは具体的に教えてください。『教祖以後を生きるー新宗教と総力戦』を読みながら「今」を考えています。なかなか自分の思いを文章にするのは難しいです。舌足らずでごめんなさい。
ぶっちゃけた話、宗教の教典の類など、道徳の一環と捉えればいいこと。
私はこの先、誰も別席や修養科なんぞを勧めたりすることはないだろう。
「天理教学者」なるものを目指したい方が三大原典でも鳴り物でも極めればよいこと。
一信者の私は、「花咲かじいさん」の悪い爺さん、「舌切り雀」のおばあさんにならないよう
日々の生活で気をつけること。
それだけでも神様は感心はしてくれるだろう。
とんとさん、
この道は単なる一宗教ではないと思います。世界助ける世界宗教であるならば、もっともっと日本文化に染まった処を排除し、「世界治める真実の道」と言われたをやの思いに添ったお助け活動に共々頑張りましょう。>
との意見ですが、本当にその通りだと思います。しかし、現状は一宗教以下に成り下がっています。ある本部関係者が言っていました。「本部の中は、伏魔殿や。」と、詳しい意味は分かりませんが、この耳で聞きました。
縁の下さんへ
「天理教学者」が我々一般信者に何を貢献してくれてんでしょうかね。
原典や鳴り物はわたしも修養科や講習でくわしく習いました。
自分でも勉強しています。
「天理教学者」が理の親は異端教理だとハッキリ言ってくれましたか?
ナンにも言ってないですよね。教会本部のゴマスリばかりして。
最低。ムダな存在。
だから、天理教社会学研究所にホントウの真実を求めてやってきています。
組織が巨大になるにつれていろんな人が集まる。
人があつまれば、いろんな考え方・価値感がでてくる。
しかし、ここに集まる人々は、皆、神様の助けを求めてくる。
それが天理です。
ありがたい。結構なことです。
しかしながら、現実を見たら、問題なことばかり。
それを一つ・一つ・丁寧に歩みながら
又、一つ・一つ・反省を少ししながら
毎日をすごして、また月次祭にいく。
その繰り返しです。
私の個人的な考えなのですが、日本文化を排除しての世界救済なんてありえるでしょうか?
天理教からは離れはしたけど、縁の下さんと同じく日々の生活を大切にしながら暮らしております。
信仰とは、誰の為でもなく教団の金集めに加担するのでもなく、日々感謝して暮らすことが尊いように思うのです。
私が反省しなければならないのは、例え父の治療費に莫大なお金が必要であったとしても、信者さんにとっては教会は心の拠り所であったことに思いをかけることができず、突然教会の売却を言い出したことで戦争のようになりましたが、詫びる一言があっても良かったのではなかったかと、天理教を信仰されている方のコメントを読んで初めて気づかせてもらいました。
母にしても、柏木何某の公演を聞いてから、自分ももっともっとたくさんの信者を作り、立派な御殿のような教会を頑張ったら作れると勘違いも甚だしいですが、母の野心家の魂に火が付きどうしようもないとこまでいきました。もう既に鬼籍に入って40年近くになるのに、未だに許せないんです。
母の生きている世界観が天理教全てだったので、耳に入る言葉は教団にとって都合のいいことばかりであったとしても、それを疑いもせず信じて生きていく方が楽だったし、認められる世界でもあったわけで、仕方のないことだったのかもしれません。
ようやく母を赦すことができつつあります。
これもカインさんのブログであり、真摯にコメントを書かれる方の生真面目さに、自分の頑なな心をもう少し柔らかくしてもいいのではないかと気づかせてもらいました。
ありがとう!と感謝することができなかった徳子です。
徳子は、「貧に落ち切れ」「道一条」とは真逆の、せっせと昼も夜も関係なく仕事に励み、大好きな和の暮らしの中で着物を着て楽しんでおります。
大正ロマンのハイカラさんのイメージで、着物に真っ白なエプロンをしてコーヒーを飲んで寛げる年寄りサロンをしたいと思っていますが、周囲の人達に「寝ぼけたこと言うな!」と相手にされません。
だけど諦めずに希望だけはもっててもいいかな~と思っています。
天理教とは関係ないのですが、何かいいアイデアがあったら教えてください。
徳子さん。
「母にしても、柏木何某の公演を聞いてから、自分ももっともっとたくさんの信者を作り、立派な御殿のような教会を頑張ったら作れると勘違いも甚だしいですが、母の野心家の魂に火が付きどうしようもないとこまでいきました。」・・・
多分、うちの父も、その影響を受けていたと思います。その影響を受けた人が天理教を支えてきたのですが、駄目にもしてきたと思います。もうバレているのです。本当の復元をしないと先がありません。いくら一生懸命走り続けても、ザルで水をすくい続けているのと同じです。何も残りません。
徳子様
喫茶店のようなディサービスも兼ねたご商売をされたいのでしょうか?
希望を持ちながら、まずは資金を貯めてください。
何かしら事業をしたい方がよく利用されるのは自治体で補助金がでるパターンがありますから、よく情報を集めるのもいいと思います。
私のお客さんで自営をされている方多いです。
ある人は就職氷河期で就職できなかった時代就職できず。
自分の勉強してきたことが生かされる場を作りたくて、大学卒業すると同時に自営を始めた女の子たちが
いました。
いまや、世界中からお客さんの要望を聞いて地場の業者さんへ提案し、商品化して輸出している企業となっております。ホント立派です。
起業する人はどの人みても前向きで転んでもタダでは起きない人ばかりです。
勉強になります。その根性は。
お互いがんばりましょう。
① mami様へ
ご苦労様です。歴代の真柱様もかなり努力されたようにもれ聞いております。特に前真柱様は、「理の親」とは、親神・教祖の事であるとハッキリ明示されていますし、親神様は、人間には高い低いの関係は無いと断言されていますが、信仰に導いた者と導かれた者、いわゆる、教団用語として理の親と理の子と表現なされたのでしょう。おそらく当時の方々はそれがなかなか理解出来なかったか、錯覚されたかも知れません。あくまでも推測ですが。それが日本古来の主従関係に繋がって行ったのかも知れません。私は一介の信仰者であり、偉そうな事は言えませんが、天理教は、宗教だとは思っていません。人の通るべき、実践すべき道であると確信しております。とりわけ、いろいろ教祖の口伝などが出ていますが、それを参考にしながら、むろん原典は基本ですが、「誠とは、己を忘れて人に尽くす心」「真実とは、人様の喜ぶよう努める心」と教えて頂いたので、人に対して、物に対して、言葉を通してなど/\、それらに対して日々誠真実を尽くす努力をしております。具体的には説明し難い事なので申し訳ありません。『教祖以後・・・』の本はちらっとひらい読みしましたが、私の能力では苦労します。知人の方は、よく調べておられるが少し事実誤認のところもあると聞いております。
② 古い教会長さまへ
私は直接聞いた事はありませんが、そんな噂が出ていたらしいですね。例えば「かなめ会」とか、「足の引っ張り合いをしている」とか、あくまでも推測ですので真実は知りません。ただ、正文遺韻の中で、「台所へ出ると埃がつく」との口伝を考えて見ますと、人間の心の埃の事を言っておられるのではないでしょうか。あくまでも個人の思いですが。おさしづでも、『ぢばも鏡なら世上も鏡、世上の理も映ればぢばの曇りも皆映る』『澄んだ道から澄んだ心が鏡やしき、澄み切ったもの。曇りあっては世界映ろうまい。少しでも曇りあっては、世界は丸曇り』と言われています。ここからしても、自ずと理解出来るのではないでしょうか。
③ 徳子さまへ
頑張って下さい。個人的には、「貧に落ち切る」とは、心を低くすることであると思いますし、教祖でも施しをされても、種になる母屋とか、一部の田畑は年切質に入れられていたと聞いております。「道一条」は、職業区分で言っておられると思いますが、いわゆる道専務。個人的には、どんな職種にいても、常に神一条の精神で勤める事が大事で、道専務の人間でも神一条の精神を忘れたらただの人と同じだと思います。だから「道に世界あり、世界に道あり」とおさしづに出て来るのだ思います。いろいろあるとは思いますが、前へ明るく進んで下さい。
とんとさん。
「かなめ会」とかの話じゃなくて、もっと奥の話みたいです。
古い教会長様
マグマのように熱い情熱が、教団の発展に与しそして家族を破滅に追いやることでもあり、全てのことが表裏一体なのですね。
nanacy様
一段、一段と目標に向かってチャレンジします。
素敵なアドバイスをありがとうございます
とんと様
私も教会の端くれの中で育ちました。
綺麗ごとだけでは済まされないものを、たくさん見てきました。
人間の蠢く欲に翻弄される、善良な人々があまりにも無知であるばかりに、苦悩に満ちた生き方をしてきた姿もみてきました。
真理はひとつであります。
そろそろ本部も真実を発表してもいい時期なのではないでしょうか?
この頃は忘れていましたが小さかった頃よく思ったものです。どんなに貧しくてもいいから普通(労働者)の家に生まれて来たかったと。皆様のコメントに接してめずらしくその頃の自分を思い出しました。大きなお寺四軒もある中で貧しい異教の教会の生活はそれは惨めなものでした。親はいい自分で選択した生活だからと反抗心一杯の自分でした。そんな私でも信者さんに育てて貰ったという感謝と負い目からは自由にはなれませんでした。なんだかんだと思いながらもこのブログに引き付けられるのは・・・・・・・・・。
mami様
・・・と続く無言の言葉 ・・・言葉にはできない思いは私にもわかります。
今まで頑張ってきた自分の心を労り、「よく耐えたね」と褒めたいくらいです。
徳子は応援してるからね~
古い教会長さん!
天理教維持財団の事ですか?
徳子さま 徳子さまの「私が反省しなければならないのは、、、、、、信者さんにとって教会は心の拠所であった、、、」との個所に打たれました。
内務省警保局資料(AdoboPDF)www.yousun.sakura.jp/pablic-html/siryou/keiho.html
昭和11年内務省警保局(天理教関係資料)が載ってます。明治教典時代であり時の権力側の資料ですから真実とは言えないとは思いますがよく調査しているものと思いました。二代真柱の時代です。
とんとさん。
はっきりは分かりませんが、そうかも知れません。「かなめ会」より、もっと中枢のことだと思います。
「本部の中は、伏魔殿や。」 ⇔ 「教祖殿の奥を仕切っている」
絶大な力を持ったある人?の存在であります。
いずれ、おやさまが教えてくださることでしょう!!
「教祖百三十年祭」三年千日時旬の最後の御供えについて・・・・・
大教会等から、みなさま方に御供え袋が配布されていることと存じます。
今年の十二月の仕切りとして、真実の御供えをお願いしている次第です。
「かんろだい」に御供えする?というよりは、かたちの上では、実のところ
「ご存命のおやさまに御供えしたい」と、正直考えておられるのでしょう。
「教祖殿」に、この御供え金を御供えしたいという気持ちを、おわかりになり
ますでしょうか!!
ここのところが、なかなかむずかしいところであります。
いつも忙しい時に連絡があるのには、相性の悪さか。
理の親さんとはタイミングが悪くて・・・・。
神様掃除があるし、年祭のお供えもあるし・・・。
年末は私も事務処理などあって・・・。年賀状も出さなくちゃいけない。
経費もかかるし。さらにお供え金か。
不足に思う私は、出来が悪いようぼく。
なかなか神様のご守護もらえそうにないですね。
探究心 さん、< 絶大な力を持ったある人?の存在であります。>
というのは、一人の個人ですか?複数の人たちですか?
数年前、ある本部の中枢の人がエイズで亡くなったと聞いたことがあるのですが、本当ですか?
天理教社会学研究所、カインさんのブログ。
「引っ越ししました」の記事から始まります。
更新日は、2007年7月です。
このサイトの前にも、ブログをしていたと記憶にあります。
社会学研究所の他にも。
天理教に対しての、ブログ、サイトはありますね。
そして、私の生まれるもっと以前から。
書籍、文章、口頭などで。
全国からの、天理教内外から。
天理教に対しての、声は。
挙がり続けています。
声に対して。
天理教は、何か変わりましたか?
成長のない物事には。
誰もが魅力は感じません。
不信感、嫌悪感だけが残るものです。
私は、天理教的に言えば、「元天理信者」
なのかもしれません。
でも私自身は、「元」とも思ってもいません。
ただ、生まれた場所に、天理教があっただけ。
の話であり。
周りの大人が勝手に、私を勝手に天理教にしただけの話です。
私がこの場所に生まれ居る、理由は。
家の天理教を、私の代で整理する。
「宗教を真ん中に置くと。
理不尽がまかり通り、理不尽を正当化し。
家庭も心も壊れるだけだから。
そこに、人間味も、個の存在意義も、
夢も持てないから。
私は、両親や天理教な大人達の、尻拭いの
為に、生まれて来たわけではない。」
子供心に、葛藤もし、訴え、抗って来ました。
そのような私でも。
おじばがえり、春集い、学修、学生会にも。
参加してきました。
普段会えない、他地域の同世代と会えることは。
楽しかったのかもしれません。
地元の高校を卒業後。
修養科にも行き、別席、おさずけの理
も終了しました。
修養科に行ったのは、まぁ。
子供の頃から、地味ぃ~に、否応なしに続いてきた。
天理教な大人達の脅迫まがいと。
押し付けられて、勘違いした責任感もありました。
修養科は、若い同世代の多い時期もあり。
楽しい部分もあったかもしれません。
若い世代の中でも。
それぞれの大教会、上級の権力話は。
すでに沢山出ていました。
本部の中の、欲まみれの泥臭さまでは。
若い世代は、知るよしもありませんでしたけど。
そして冷静に、修養科の内容には。
失望し、疑いました。
天理市の本部周辺の風景に、人が集まり。
どこか、被れて、馴染み。
そのような気に成ってる、だけのような感じも。
それぞれに、地元に帰り、年月も経ち。
天理教を続けて行る子が、何%いるのでしょうか。
修養科のクラスの同世代の子に。
難しい病気の子がいました。
修養科も休みがちでした。
おさずけの過程を終了し。
クラスで、憩の家におさずけに行きました。
その後、私一人でもおさずけに行きました。
でも、その子は。
後日、憩の家で息を引き取りました。
私のおさずけは、それが最初で最後でした。
その後、おさずけを。
するのも、されるのも、頑なに断りました。
深い理由はありませんでしたが。
ただ、その気に成ってるような…は嫌でした。
修養科修了後、上級の住み込みを経て。
家に帰り、就職し社会に出ました。
元々、夫婦中の悪い両親であり。
母は跡取り娘、婿に来た父は天理教など全くやらず。
元々の性分がギャンブル狂いの父なので。
毎日が、夫婦親子兄弟喧嘩、借金に追われる日々。
私が、身を削り壊しながら。
家と母を支えました。
両親に対して、親という気持ちは。
以前から、日々、薄れ無くなっていました。
そんな環境に天理教言葉を使っても。
ただの理不尽にしかなりません。
「神だ仏を出す前に、やらなきゃいけないことは。
親として、大人として、山ほどあるだろ!」って。
そして、上級、部内の天理教な多くの大人達は。
両親を注意することも少なく。
父には、腫れ物を触れるように。
抗い続ける私に、集中砲火をし続けました。
母は、上級、部内の会長方々の前では。
ビクビクし、手の平も返す人でした。
母も、生まれ幼少の頃より。
親や天理教に、脅迫まがいの環境を経てきたのですから。
そうやって、繰り返されていくのです。
それでも子供心に。
母をかばって生きてきました。
社会にでて、日々仕事に追われ。
生活費を母に渡しました。
もちろん、勘違いした母は。
上納金を増やしてしまい。
私自身がしっかりするだけ。
両親も天理教も更に、勘違いをしました。
青年会活動、各会議、地方講習会。
支部、教区、本部のひのきしんにも参加しました。
修養科以降の、天理教参加は。
母をかばう気持ちと。
家の天理教を整理する為の、筋道と過程でした。
「私が家の天理教を整理する。」
そう、公言もし参加してきました。
上級、部内会長、歳上関係なく。
例え、母が同席する前でも、天理教な大人達に対して。
理不尽は理不尽でしかない、と伝えました。
いんねん、どうのこうのよりも。
怖いのは、理不尽に屈すること。
自身がそっち側にいって、同じことを。
次世代にしてしまう、その方が怖いのです。
心ない父の、胸ぐらをつかむこともあった。
心ない父と天理教な大人達が、同じに感じました。
上級、部内にビクビクし。
手のひらを返し続ける、母にも嫌気がさし。
口もきかない日々が続き。
約束も守らない、筋も通らない。
天理教や親に、諦め、決別の時と感じました。
実際に、家庭裁判所、地方裁判所。
多様な行政、施設、機関にも足を運びました。
結局は、裁判所は使わずに済みましたが。
神様が、誰かが、いつか、なんとか、そのうち…。
それよりも、自身が動かなければ。
自身が、その目で、行動し、経験体験しなければ。
何も変わりませんし、先は見えません。
話を聞いてくれるだけで…。
その場しのぎは、寝て起きれば現実に戻るだけです。
悩み事は、自身で動いて、動かさなければ。
ずっと悩み事のままです。
自身で動き、沢山の方々と、色々な社会と。
接し、経験し。
自身の糧、血肉骨に成ることが。
沢山有りました。
心ない大人達の作った、必要以上の理不尽な道を。
抗い、葛藤続けながら、自身削りながら。
家の天理教も整理することも出来ました。
そして、母の介護もし、看取り送り出しました。
母の葬儀は、私が以前から親しくしていた。
地元の神主さんにお願いしました。
もう、昔の話ですけど。
介護、看護中。
車イスの母を押しながら、日本中を二人で歩きたかった。
母に色々な、景色を見せてあげたかった。
どちから親とか子とかは、もうありませんでした。
私が母の子であり、親の時もありました。
天理教の御守りは、母にずっと着けさせていました。
送り出すときも、御守りも一緒に。
私の御守りは。
子供の頃、遊んでいるときに無くしましたけど。
自宅で母を介護しながら、ベッドの母にこう伝えました。
「あの世が、あるか、ないのか。
来世とか、生まれ変わりが、あるのか、ないのか。
もし、来世や生まれ変わりがあるとしたら。
母ちゃんと親子なのか、他人なのか。
それは、今の俺にはわからないから。
自分が、最期を迎えた時にしか。
わからないことだからね。
でも、もし。
母ちゃんが、また生まれ変わって来る時には。
母ちゃんが生まれ来る場所には。
天理教も宗教もない家に、生まれて来れるように。
俺はずっと祈っていくよ。
俺も母ちゃんも、天理教で沢山苦しんだ。
天理教で他の人にも、迷惑もかけたかもしれないね。
もう、俺と母ちゃんの間には、天理教はないから。
俺は母ちゃんを、親と想う気持ちは。
もう、昔になくしちゃったけど。
母ちゃんも、俺に押し付けて。
逃げてきた部分も、沢山あったからさ。
母ちゃん、自分でわかっているよね。
でも、色々、有り過ぎたけど。
母ちゃんのこと恨んだりはしてないよ。
俺がここに居るのは。
母ちゃんが、俺を産んでくれたから。
だからね、俺が母ちゃんを介護して。
俺が母ちゃんを、最期まで看取るからさ。」と。
実際の介護生活は。
半分ノイローゼになりましたけど。
母の最期の1ヶ月は、病院のベッドの上でした。
毎晩、病院のベッドの上の母に会いに行きました。
書ききれないぐらい。
沢山のことが在りました。
沢山のことを、想い、感じ、後悔して、泣きました。
母を看取り、送り出してから。
半年ぐらいは、自然と涙が溢れました。
泣きたい時には、思いっきり泣いちゃった方がいいのです。
母の呼吸が止まり、先生を呼び。
先生と看護師さんに、確認してもらいました。
そして、お世話になりました…と。
「母ちゃん、家に帰ろうね。」
母を看取った、朝方の病院の窓から見える景色が。
世の中全てが、灰色のモノクロに見え。
世の中全てが、下らなく感じました。
母を看取り、最初に思ったことは。
「最低限の順番は守れた。
母を看取ることが出来た、と。」
そして、
「運命とか宿命とか縁とか、そんなものは無いんだ。
在るのは、目の前の現実。だったそれだけで。
選んでいるのも、逃げているのも。
最後に決めているのは、自分自身なんだ。
人が、執着して、騒ぎ立て、隠そうとし、守ろうとしていることって。
本当は、とても下らないことなんだ。」と。
そして、
「最期に残るのは、人と人。
たったそれだけのことで。
命と時間は同じもの、なんだ。
だから、毎日毎日は当たり前でなく。
その時は、その時にしかないんだ。」と。
後悔できるのも、生きている証です。
私は、沢山の後悔を、今もこれからも背負って生きます。
そして、一番の痛感した後悔は。
「その時その時の、自分自身の弱さ」でした。
結局、私は。
「母を守れなかったんだ。
守ってあげれなくて、守って来れなかったんだ。」と。
沢山の方々から、本当によくやって来たと。
誉めていただけることもありました。
でも、やっぱり、俺は。
まだまだ、弱かったんだ…と。
人が変われる時は、人生に数回しかありません。
自身の人生の分岐点を、見失わないように。
母の介護、看護時、母の居なくなった後も。
天理教な大人達が。
平気で土足の心で、善人面して。
母と私を踏みにじりました。
私には、理解できる容量も。
理解しようとする容量も。
我慢できる容量も、もうありませんでした。
「天理教ごときが、人の人生を勝手に決めるな。
あなた方は、天理教は。
何がしたくて、何を守りたいのですか?
年下の人間が、一人で筋を通してきたじゃないですか。
今まで散々。
年下や、出る杭を叩いて喜ぶのが。
あなた方の言う、天理教で、信仰ですか。
先に生まれた者として、先に生きる者として。
大人として。
もっと恥を知って下さい。」と。
代替わりし、上級会長職を継いだ息子は。
「天理教が何をしたいのか。
俺にもよくわからない…」と。
下を向いてしまいました。
でも、少し経てば、忘れたかのように。
天理教、信仰、神様と…。
あいつは、何もわかってないから。
信仰していないから、だと。
省みることもなく、成長もしない。
天理教な大人達の方々を見てきたので。
下を向く姿の、先が透けて見えてしまいました。
教えとか、信仰とか。
先に答えが出ていて、それに自分を。
無理矢理に当てはめてるようにも感じる。
自身がさも、答えを出してるかのように錯覚もしてる人もいる。
天理教が、人助けだと錯覚している人もいる。
だから、伴っていない、気持ち悪さを感じる。
自身の経験や体験、現実に勝るものはない。
「大小難を無難に。信仰してきたから、何事もなくやってこれた」と。
だから、人の傷みに対して。
わざわざ、感情を煽ることばりするのかもしれない。
無難にやってこれたと。
その錯覚には、多くの方々が犠牲に踏み台になっている時もある。
自身が、助けるふりして我が身大切な人もいる。
私は、世間では若者な中年の世代です。
そんな私でも。
母を介護し、看取り、送り出し、時間の中で。
沢山のことを、思い感じました。
天理教の方々は、私よりも年上の方々が多いはずです。
自身の親、信者さん方々を、看取り送り出した方々も、沢山いると思います。
それは、動物、ペットにも同じであり。
生命の誕生や成長、そして衰え最期の時。
何を感じましたか?
人生とは…考え悩みませんでしたか。
そこに、因縁、徳、出直し、神の働き…とか。
必ずしも、付ける必要はありますか。
信仰以前に、人や生命から。
人生の限られた時間を。
生きるリアルを感じませんか。
どこか、天理教で人を語ることに。
慣れすぎていないでしょうか。
時々、不愉快にも感じます。
天理教が。
宗教団体なのか、道徳団体なのか、宗教法人サークル活動なのか。
宗教なのか、ねずみ講なのか。
私にはわかりませんし、拘りません。
社会、世間、天理教外の方々が。
天理教社会学研究所、他の天理教板の。
記事、コメント、内容を読んだ時に。
教理の話は、ちんぷんかんぷんだけど。
やってることと教理とはかけ離れていて。
多大な上納金、縦社会、権力、隠蔽、まとまりの無さ、情の無さ…。
財産巻き上げられて、組織を押し付けられて、人を決めつけられて。
やっぱり天理教って、宗教って怖いな。
理不尽じゃん。
そう感じ、知ると思います。
それで良いと思います。
嘘偽りのない天理教の現実でもありますので。
天理教の現実を伝え、人を離していくことも。
それも人助けの、一つの形だと思います。
天理教の衰退…とは。
なんか、しっくりとこないのです。
ずっと以前、昔より。
天理教のやって来た問題点は。
何も変わらず、問題点のままなのです。
この先。
純粋な天理教信仰を求める方々と。
自己勝手に信仰を作る方々と。
どちらが残るかと考えれば。
間違いなく、自己勝手な権欲に信仰をつくる方々が。
残っていくでしょう。
欲の執着心が強い方が残るわけです。
純粋な方々は、きっかけが見いだせれば。
見切りをつけ、離れて行くだけです。
天理教は、終焉に向かっています。
歯止めがきかない天理教。
この先怖いのは、減少していく信者さん方々に
。
更なる、無を押し付けて。
どこか、暴走化していく可能性です。
教理の意味合いさえも。
天理教の存在意義さえも見いだせない。
成長もない毎月の。
会長、教区、支部、担当、各々の会議に。
社会学研究所、他の天理教への声のサイトの。
記事やコメントを、コピーし配布して。
インターネットをしない人、出来ない人でも読めるようにして。
全国の天理教の方々に。
興味を持つ天理教外の方々にも。
サイト内の挙がる記事と声を、毎月配布する方が。
偏りな時報、主旨のないパンフレット。
熱量のない会議、総会、集会より。
天理教としても。
意味合いも、成長もあるかもせれません。
案外に。
本部役員、先生方々の多くも。
コメントはせずとも、内心では。
社会学研究所を応援してるかもしれませんね。
度を過ぎて、散々に喰い散らかして。
間違いも認めず、省みない。
後片付けさえもしようとしない。
衰退し、崩壊し、終焉に向かう天理教を。
私は、見届けていきたいと思います。
「本部の中は、伏魔殿や。」 ⇔ 本部の中枢におられる方々に対して、
「この方たちは、本当にご存命のおやさまを信じておられるのか?」と
思われるような姿が、だんだんと現れでてきているからでしょう。
本部人事を関心をもって見ていると、本部の中の力関係が、少しずつ
わかるようになります。
力ある人が、あるところで長く関わると、絶大な力を持ち始めます。
いろいろな「〇〇〇室長」と呼ばれる役職を担っている方々だけでも
ご覧いただければ・・・・・・
私たちからみて、天理教の本部員さんたちに期待を寄せている
百十五歳の定命が、誰ひとりも達成できずにいる現状であります。
信仰者たる上から、出直しの病名などは、申し上げにくいもので
あります。
はぐれ雲さんへ
教会を解散したのでしょうか?
そうであるとすれば、エネルギーのいることでしたね。
私のダンナの故郷にも事情教会が近くにあります。
看板は無くなっていますが、建物はそのままあります。
そこの後継者は公的な仕事に就いて教会を継ぐ気もなかったみたいですよ。
私が幼いころ、隣に分教会がありましたが、そこはもともと、信者さんの土地を借りて建物を建てていたので、
会長さんが亡くなったことをきっかけで、更地にして返したような話でした。
いろいろありますね。
「 宗教法人 天理教教会本部 」 ⇔ 代表・内統領 ⇔ 本部員会議
「 宗教法人 天理教 」 ⇔ 代表・表統領 ⇔ 集会
「 かなめ会 」 ⇔ 直属教会(大教会・分教会)長会議 ⇔ 本部直属の会長の集まり(連絡会議・懇親会?)
この中に、選挙で選ばれたものはあるのでしょうか?
天理教教人(信者)の民意が反映できる組織体に構造改革しなければという思いが、みんなになければ、
天理教は、本当に・・・・・
「ご存命の教祖にお供えしたい」「教祖殿にお供え金をお供えしたい」とのコメントがございました。
私の父が死の淵にある時、天理教に助けを求めたら「最低100万は出さないと無理だよ」と言われたことを思い出します。若き日の私の教訓は「じゃ、お金のない人は死んでもいいの?教祖って、そんなこと言ってたの?」でした。
このサイトを見ている方も同じ想いをされているかも知れません。なんでもかんでも金なのか。どんなに心が卑しくても金があれば助かるのか、どんなに天理教を信仰していても金がなければ助からないのか。
「ご存命の教祖にお供えしたい」「教祖殿にお供え金をお供えしたい」良いですよ、やってください。でも、それは貴方だけにしてください。100万円お供えできないおばあさんは死んでくださいと言っているのと同じように受け止められてしまう方もいる訳でございます。
加えて「民意が反映できる組織体」ですが、それが実現したらどうなるか。信者の誰もお供えしなくなると思います。そもそも、厳しくノルマを課さないと誰も何もしないから、今このような「心定めシステム」が出来上がっているのではと思います。中山家の人からすれば、弱く無知な民を騙してこその商売なのではないでしょうか。少なくとも、すべての民意を反映したときに中山家がこの商売やりますか?と考えてみてください。
「教祖殿にお供え金をお供えしたいという気持ちがお分かりになりますでしょうか!!」お供えのために自殺したり、銀行強盗をした教会長の心がお分かりになりますでしょうか?そのために辛い思いをした多くの信者の苦悩がお分かりになりますでしょうか?よくご思案頂けますと幸いです。
(上記の発言は個人的な想いであり、不快な内容であると心得ております。どうかご容赦の程、お願い致します。)
探求心さん!
例の方ですかなぁ~? 三人寄れば何とかやらの話ですが??
nanacyさん
明確な部分は、
あえて暈して書かせてもらっています。
家に通ってくれていた数人の。
お爺ちゃん、お祖母ちゃん方の。
旅立ちを見届けてから、整理を始め。
なんとか、済ませることが出来ました。
色々ありましたし、色々見てきました。
もう、昔の話ですけど。
当時の天理教関係者との、接点は切ったので。
サイトで天理教を見て、感じています。
今の周りの天理教の状況はわかりませんけど。
何となく、予想はつきますけどね。
そうですね。
私は、田舎の地方都市に住んでいますが。
市内にも10~箇所ぐらいは、天理教の教会はあります。
町村にも、1~3箇所はあります。
私の住む地方は、天理教熱は低い方だと思います。
社会学研究所、他の天理教板で見るような。
神名流し、ハッピを着てのボランティア。
路上演説、戸別勧誘、チラシの配布。
地元で見かけた事はありません。
本部からのお達しの。
ひのきしんデー、においがけデーぐらいは。
やっていると思いますけど。
昔、参加したときは。
仕方なく、
時間内のやっつけ仕事の雰囲気でした。
7割りが事情教会。
カインさんの以前の記事にあるように。
事情教会って、呼び方もどうなのでしょうね。
信者数もそこそこいて、家族で仕事もして。
裕福にやっている教会もあります。
私の地方の、知る限りの教会では。
空き家の教会は知りませんが。
信者さんが少数人いて、
会長不在の教会はあります。
でも、先が続かない教会は、非常に多いです。
子宝に恵まれなかった会長さん夫婦。
独り身のままの会長さん。
子供さんが教会が嫌で、出て行ってしまった所。
天理の高校、大学、本部勤務まで勤めて。
地元に帰ってきて、やっぱり教会はやりたくないという所もあります。
代わりに信者さんが、教会長をやる方は。
ほんとに少ないと思います。
信者さんが居なくて、身内だけの所。
高齢者の方々が数人だけの所。
通いで、教会長をやってる所も。
先の続かない教会には。
本部や大教会で、代理人も出さないと思います。
ある程度の上級クラスで。
立派な神殿、お屋敷を持ち。
敷地も広く、塀でグルグルと囲って。
でも、普段は。
誰も近寄らず、閑散としていたり。
朝晩のおつとめの手も揃わないと、聞いた所。
上級所属の信者さんは、少ないい所。
近所付き合いも、上手く出来てない所も。
教会倍加運動のツケなど。
多様な原因もありますが。
それをいくら掘り起こしても。
実際は、天理教内の。
そのままの、今の現実なのです。
天理教の信者さんでも。
自宅には、代々の宗教があったり。
信者さんの家族の方々は。
天理教を嫌っていたり。
熱心な信者さんに比べて。
会長が消極的な所もあります。
ただ、天理教の内部構造を知ってしまうと。
例え会長といえども、陰りますね。
信者さん方々が思うほど。
天理教は、真っ直ぐではないですね。
会長、後継者、信者さん。
皆それぞれに、困惑していることも多いです。
本部で巡教などするよりも。
もっと正確な、信者数、世代別信者数。
事情教会のもっと細かい内情と把握。
天理教内の教会の負債額の調査。
それぐらいは、当たり前に。
既に済ませてあることだと思いますが。
あえてやらないのも、宗教団体なのかもしれません。
目に見えないものを、説く前に。
目の前の現実を受け入れないと。
未来も、世の中も、社会も、教内も。
教理さえも、見えないと思うのですが。
私の世代では、友人、知人、世間と。
政治、経済、社会の話は。
熱く語る時もありますが。
宗教関連の話は、ほぼしません。
家の冠婚葬祭が、神か仏かぐらいで。
無宗教の子もいますし。
時々、学会だよ!と教えてくれる子もいますけど。
へぇ~、そうなんだ‼で終わりです。
天理教だよ!と言う方とは。
日常で会ったことはないですね。
宗教=冠婚葬祭の儀式な感じです。
お宮、お寺、キリスト、イスラムは。
宗教というより、文化になってます。
新宗教=怖い、やばい、のイメージが強いです。
宗教に対しての。
苦情やクレーム話の方が多いです。
私の世代に、宗教に対しての。
固執は、ほぼありませんし。
関わり合いも、少ないのです。
天理教も、高齢化社会です。
どう頑張っても、後は続かず。
現状維持も不可能でしょう。
信者数の減少は、逃れなれない現実です。
良いか悪いかは、私は判断しませんが。
それは、自然の流れでもありますね。
でも。
宗教、無宗教、信仰なく。
掃除や整頓をすると、気持ちもよく。
普段見えないことが、見えることもあります。
天理教も、教内の整理整頓、掃除をしないと。
誰も見向きもしなくなりますね。
教えが良いのか、教団が悪いのか。
悪いのは、一部の方々なのか。
もしかしたら、その一部と思っていたのが。
半分以上を占めているかもしれない。
天理教の方々の、そのままを。
天理教の教えだと。
社会も世間も周りも、そう受けとります。
社会学研究所って、色々な意味にとれます。
天理教の中にも、社会はあります。
天理教も、社会から学ぶべきことは。
沢山あると思うのですが。
私は、これからも。
青臭く、人間思案そのままで。
そう在りたいと思います。
私は、人として、思案しているのです。
私は、自分以外の誰でもありませんし。
せっかく、自分に生まれてきたのだから。
色々な考えがありますね。
色んな方々が、声を挙げれると。
いいですね。
はぐれ雲さん
コメントありがとうございます。
人間思案そのままで。その意見は賛成です。
神がめどうっておやさまは申しましたけれど・・・。
私らは神さまにはなれませんね。
神さまのように心が寛容ではありません。
人間思案でいつも生活しています。
やはり我慢には、限度があります。
それが人間ですよ。
地位の高い方や、えらい先生でも、人間思案はするでしょう。
私よりもっと、思案だらけではないか?
と推測されます。
理の親について・・・前真柱の言葉は無視され続けている。
<天理教みさとブログより抜粋>
前(三代)真柱様と同じ昭和7年生まれの私は、2月の早生まれだから天理中学では1年上級生であった。戦争が終った昭和20年夏には私が2年生、前真柱様は1年生に入学された年で、全寮制の天中で最初の指導員として同室の生活を送ったことがある。
当時の中学寮は、いわば軍隊のミニチュア版であったから、1年上級というだけで下級生を暴力制裁するのは当然の権利であった。実際にその機会もあった。ずっと後になって何かの機会に「あのとき殴っておいたらよかった」と冗談を言ったものだ。入寮して半年も経たないうちに敗戦の混乱期となり、前真柱様も私も寮を出て自宅から通学するようになり、指導員として威張れる立場は永遠になくなった。
前真柱様の同級生であったことから恩顧を受けて教庁中枢の役職を与えられ、その立場を利用して恩を仇で返すような汚職行為のため免職となった人もあったが、逆に東大を出てアメリカに留学し、一流の宗教学者となった松本滋(聖心女子大学教授)も同級生であった。松本氏も数年前に出直したが、前真柱様とは単純な誤解がもとで最後まで疎遠のままであった。その理由を私は聞いて知っているが、ここで公開するつもりはない。ただ、前真柱様にとって最適の相談役を失ったことは生涯の不幸だったのではないか、と残念な思いは残っている。
昭和40年、教祖八十年祭を期して二代真柱最大の業績というべき原典「おさしづ」全7巻が編纂・刊行され全教会に配布された。その8年後に41歳で有名無実の事情教会をお預かりすることになった私は、「教祖存命同様の理」といわれる「おさしづ」を知らずして責任を全うすることはできないと心を定め、その体系的な参考資料の作成を志し、教友の理解と協力を得て2年がかりで完成し、4版まで版を重ねた。
第一部から第六部まで手書きオフセット印刷が出来上がるごとに、前真柱様(当時は現真柱)が参考に目を通して下さることを願って真柱邸の玄関にお届けした。全六部が揃った頃、たしか身内の結婚披露宴の折りに来賓として出席されていた前真柱様に、この時とばかり「おさしづ資料」のことをお尋ねしたところ「たしかに届いているが忙しくて読むヒマがない」とのお返事に失望した覚えがある。
それから20年、教祖百年祭に当たって「白紙に戻り一から始める」との諭達が発布された。まさに原典をもとに神一条の道に立ち返る復元の旬と期待したが、具体的には実現しなかった。発表された理念を具体的に実現するためには、よほどの実力と権限を与えられたプロジェクト・システムがなければ不可能であろう。
その後、前真柱様は「かなめ会」(全直属教会長の集会)会長として、「理の親」という言葉は教祖以外に使うべきではない、系統は昔は必要であったかも知れないが、今では布教の邪魔になっている、等々と発言されたことがある。その発言は「かなめ会報」にも記録されている。同じ発言を出張された講話の席でもされている。
mamiさまの教えていただいた資料を読んでます。
搾取のからくりが実に巧妙にできあがっており、人の弱みに付け込んでの悪徳商法であり、目に見えないものをあたかも実在のごときの教えは、洗脳されるわな~!
祖父母の時代の修養科は、半年もありその長きにわたりマインドコントロールされており、正常な認識能力も崩壊されて、教団の奴隷に成り下がるだけです。
それを「陽気ぐらし」「教祖雛形の教え道理」でごまかされ、入ったら最後出るに出られん世界です。
徳子さま
外部から分析するとそういうことになりますが徳子さまのご祖父母や私のつながる者たちはきっと喜び勇んでいたのだと思います。身上から助けられ(回心体験)た者は原典も何もあまり関係なかったかもしれません。「理の親」をたて全てをお供えすることも矛盾なかったのだろうと思います。それがずっとご本席出直し以後、戦後も続いてきて二代真柱出直しの時が教団はピークだったのではないかと推量しております。100年祭ではいろいろ不祥事が外部に出てしまいました。これからは教団がどのようになっていくかわかりませんが「をやさま」を慕う人々はなくなることはならないでしょう。
「多元文化」でサイトを開いてみてください。『芹沢光冶良の作品に現れた中山みき像を通しての彼の宗教観をみるーニューエイジ運動との接点』黄輝儀
徳子さま「 開いてみてください」などと押し付けみたいでごめんなさい。ご興味があったらということですので。
「多元文化 ニューエイジ運動」で。
追記 jairo.nii.ac.jp/0002/0001071 です。
mamiさまの『「おやさま」を慕う人々はなくなることはならないでしょう。』
その言葉に救われる思いです。
教団がおやさまの教えを改竄、捏造し、信者達を思うように操るように「泥水」を飲ませても
その「泥水」を吐き出し、「清らかな水」を改めて自身の胸に流し込む。
そんな信者達がいる限り、教団は衰退しようとも
「おやさまの教え」は細々と脈々と伝えられることと信じます。
縁の下さま
私も……慕う者の一人です。
おやさまは存命である。
ホントにそうなのでしょうか?
いるかもしれない。いないかもしれない。
困り果てていた時に夢で又は人さん通じてお出になると思う時があります。
私の場合は、困り果てていたときに浮かばせて頂いたり、又は人様を通じて教えていただく場合もありました。
なんでしょうか?人間の考えとは違う。第六感のような感覚です。
のちに思うと・・・。
きっとおやさま・親神さまのお働きに違いないと・・・・。
しかしながら、現実に戻るとコロッと忘れてしまう・・・・。
何度も助けて頂いているのに、未だ進歩のない私です。
「おやさまは、存命である。」 ⇔ これを、信じるか信じないかは、みなさまがたの
お心にお任せするしかございません。
☆ 「教祖存命の理」について
中山(前川)みきさまの魂は、幾度となくいろいろな方々に生まれかわってこられて、
寛政10年に、前川家にお生まれになられて、のちに中山みきさまとなられました。
そして天保9年に、中山みきさまは、「月日のやしろ」としてもらいうけられまして、
私たちの「おやさま」になられました。
明治20年、中山みきさまは、現身をかくされましたが、またどなたかに生まれかわること
なく、魂はぢばにとどまり、「月日のやしろ」=「おやさま」として、存命同様のおはたらきを
いただいているのであります。
「おやさま」の魂は、また生まれかわることなく存命のままでおられるわけであります。
このことは、科学的な理論ではなく、信仰的にみなさまが理解されるかどうかであります。
それは、みなさまそれぞれのお心の中で、感じていただければ幸いに存じます。
私は、天理教の教えを信仰しながら、「天の理」の「理科」を学んで暮らしております。
「天の理科学」が、本当におぢばからよろづよのせかいに広まればよいなぁと、個人的に
とても期待いたしております。
「例の方ですかなぁ~?」 ⇔ 申し訳ありません。
三兄弟?のことでは、ございません。
天理教の長い歴史の中で、「おさづけ」のおはこびに関してだけでも、
大きな転機がございます。
☆ 飯降伊蔵本席さまの時代
☆ 上田ナライト本席さまの時代
☆ 中山たまへさまの時代
☆ 中山正善二代真柱さまの時代
☆ 中山善衛三代真柱さまの時代
三兄弟ではなくて、我々三人で・・・ということですが!
7歳の男の子の糖尿病事件
この事件をニュースで見て最初天理教かと思いました。
医学までは否定しないでしょうけど治療費(お供え)については似た話よく聞きます。
天理教はいつからお供えが一番大切な教えになったのでしょうか。
なにかにつけて金の話ばかり・・・しんどいですね
そこまでしてお金が大切なら道一条といわれる方々がみなさん働いて得た給料をお供えして下さい。
愛町の初代に「何故、愛町にはお金が沢山あつまるのですか?」と聞いた人がありました。すると、「私はお金の話はしたことは、ありません。」「でも、天理教はおつくし(お供え)の話が大切でしょう?」すると「あれは、会長が欲しいから言っているだけだよ。」と言われたそうです。
「あれは、会長が欲しいから言っているだけだよ。」
ほんとにその通りだと思います。いい車にいい食事、贅沢三昧
それは徳があるからだそうです。
自分が神様と勘違いしている会長達の多い事
「助けてもらいたかったらお供えしろ!」
お供えしないと助けてくれない神様って? 誰が信じます?
私はお供えはしませんが日々感謝の気持ちは忘れないように過ごしています。
脱会したら因縁も徳も無くなりました。
月次祭は今回、祭典には自己都合のため欠席しました。
夜、参拝しました。その時にこのHPの話題をしました。
あんまり、かしこまった話にならないように。
さりげなく話題にしました。
私としてはなんだかホッとしていますが、
聞いた方々はどう思っているかはわかりません。
このところ、公私ともにあんまりツキがない状況で。
つい最近の話になります。
職業柄、いろんな人にお会いする機会があるのですが、
年末になると、切羽詰った方々が訪問されるケース多い。
最近、そんな方が来られて、よくよくお話を聞いてみると虚偽な事を
平気で言うわけですよ。
最後つじつまが合わなくなるような・・・。
多分、この人は、警察のお世話になったのではないか?
身内の人々とも疎遠になるケースです。
結局、商談の段階でお断りですね。
世の中、きれいごとばかりがあるわけではなくて、
まして、格差社会の世の中で汚くてもどんな形でも底辺から這い上がろうとしている人がいる。
政治家やえらい職業の方には全く理解できない世界が今多いってこと。
ようぼく的発想があれば、お助けにいそしまなくてはいけないところですが、
私自身、面倒を抱え込みたくないし、そんな器量もありません。
そんなことがあった前後はなんだか気持ちが滅入ってしまいます。
そんな時こそ、おつとめが大切なのか?
天理教のおつとめはこころの掃除が一番大切です。
そうでなくては、次にいけないような・・・。
信仰するってそうゆうものではないでしょうか?
テーマ: 48年間で初席者89.7%減少、おさずけの理拝戴者86.0%減少
130年祭まで残すところ2ヵ月となった。
「別席場をいっぱいに」の掛け声で年祭活動3年目の本年は、10年前の2005年に
比べ年間初席者の数は約3400名(17%)程増加しよう。
おさずけの理を拝戴するには別席を9回運ぶ必要があり、9回続ける決意が必要で
ある。
教団としてはおさずけの理拝戴者を得るには、まづ初席を運ばせる必要があるが、
あれもこれも実行する力が分教会にないので、初席者にポイントを絞った結果、初
席者の人数だけは10年前を上回りそうである。
しかし、おさずけの理拝戴者の数は10年前に比べ約2700名(29%)減少、修養科
修了者は約1600名(38%)減少となろう。
年祭が終わると疲れがドット出て3-4割減る。
著しい衰退は年祭活動3年目においても続いているのである。
<教祖80年祭と130年祭の人数対比>:
50年前の80年祭の年(1966年)には、初席者は年間11万人を超え、おさずけの
理拝戴者は年間3万7千人を超えていた。
別席の誓い おさづけの理
50年前、昭和41年(1966年)教祖80年祭の年:112194人 37681人
昨年、平成26年(2014年)年祭活動2年目: 11507人 5274人
———————————————————————
48年間での減少数(年間) 100、687人減少 32、407人減少
48年間での減少率(年間) (89.7%減少) (86.0%減少)
ようぼくとなる人の人数は50年前に比べ14%の水準である。
衰退を通り越して崩壊へと進んでいる。
この50年間にわたる天理教の著しい衰退には、はっきりした原因と理由があるはず
である。
教団が衰退の原因と理由を取り除かない限り、衰退は決して止まらない。
残念ながら教団には衰退の原因と理由を取り除く意思は全くないことは歴史が証明
している。
衰退の原因と理由を取り除くと、真柱を筆頭とする教団が今まで言ってきたことがウ
ソになってしまい教団の教理と組織制度が崩壊してしまうのであろう。
衰退の原因と理由を取り除けない以上、衰退はとことん行き付くところまで行く。
天理教を職業とする人たちは、本人が自分で選んだ道であり天理教で生活の糧を
得ている人たちであるから本部の方針に表面上は逆らえず、一般信者が何を言って
もどうにもならない。
本部を頂点とする天理教教団の衰退の原因ははっきりしている。
おや様の教えは素晴らしいが、教団の組織制度は全くダメである。
(1)敗戦と同時に始まった「復元」は、おや様の教えに戻る「復元」ではなく中山家と
本部に権力とカネが集中するという「失敗復元」。
(2)実力以上に大見えをはり、信者からお供えと称する巨額のカネを集め、巨大な
やかたや神殿を次々に建築し、末端教会や信者を疲弊させた失敗。
(3)真柱には真柱の息子がなり、本部員の息子が本部員、大教会長の息子が大教
会長、上級の息子が上級会長、末端の息子はどこまで行っても末端教会長、生まれ
たその日に本人の30年後、40年後の人生が決まってしまう時代錯誤の世襲制身
分制度の失敗。
(4)組織にガンジガラメになり、上級や大教会の家来として扱われながらお供金を上
納しなければならない末端教会長が、苦しまぎれに使い分けるホンネと建て前の二
枚舌。
(5)大教会や分教会がその家族の住宅となり財産となり、信者そのものが財産とな
っている教会の私物化。
(6)中山ミキの教えは素晴らしいので、なんとか教会につながっている一般信者は、
所属教会長や上級教会長の堕落した姿を見て、熱心な信者ほど教会と教団に批判
的になり、中山ミキの信仰を放棄しないまでも、教会や教団と疎遠になる。
教団や教会長が教えているのは70年間衰退を続けている復元に失敗した「中山
教」であり、おや様の本当の教えではない。
教団が教える「中山教」が全て誤りと言うわけではないであろうが、中山教は中山真
柱家と本部にとって都合よく書き換えられた教えであり、おや様の本当の教えではな
いニセ教理が混ざっている。
教理にニセが混ざり、自己保身のため時代錯誤の組織制度を温存していることが天
理教教団の衰退が止まらない真の原因である。
教団や教会長がおや様の本当の教えを信者に正しく伝え、時代に合わせた組織制
度に改革していれば、このように戦後70年間の著しい衰退が続くわけがない。
教団や教会のまともな若い人は、事実上の世襲制身分制度という時代錯誤の組織
の中で一生を過ごそうとは決して思わないであろう。
末端教会は上級や大教会に労働力を提供するだけではなく、お供えと称するカネま
で出さなければならない。
教会の家族が外で働いて得た金でかろうじて教会を維持しているのである。
貧乏だけが身に付き信仰が身につかない末端教会に自分の娘を嫁に出したいと思
う親はいないであろう。
若くしていったん組織の構成員に組み込まれてしまえば、10年、20年たってから教
団のニセ教理に気づき組織制度の異常さに気が付いてもそこから抜け出す事は実
上不可能である。
それぞれ皆、家族が有り生活がある。
幼いころから心や頭にこびりついた「中山教」を消し去ることも至難の業である。
教団組織から抜け出して社会で働くにも日本のように高度に発達した技術工業社会
にあっては、天理教の中しか知らないものが仕事を得るのは容易ではない。
組織から飛び出してアルバイト程度の仕事に就いて新たな生活を始めようと考える
ものは殆どいないであろう。
教会長や信者の中で最も人数が多いのは、60歳台と70歳台である。
10年後には、60歳台は70歳台となり力を失い、70歳台は80歳台となり出直しの
年齢となる。
従来型の年祭は今回の130年祭が最後となろう。
<一般信者の道>:
天理教を職業としない一般信者は、衰退の原因と理由をはっきり把握し腹をくくらな
ければ、信仰をすればするほど教団の衰退に巻き込まれて、信仰とは一体何である
のか分からなくなり人生を誤る事になる。
天理教を職業としない一般信者は、衰退から崩壊へ進んでいる教団本部や教会の
組織信仰、職業信仰に依存してはならない。
信仰を続けるか否かは、自分自身が中山ミキの教えを実感できるか否かにかかっ
ている。
中山ミキの教えを実感できなければ続けることは出来ないし、無理に続ける必要は
ない。
本部や教会、他人に頼らず中山ミキの教えを自力で学び、日々の生活と仕事の中
で自分自身を鍛え上げ信仰活動を実践しよう。
中山ミキの教えを本部や教会長に教えてもらおうなどという甘い考えを持ってはなら
ない。
失敗しても良いではないか、身上事情が起こればその都度心のそうじを行い心を切
り替え前進するのだ。
ひのきしんの精神で日々学び働き、世の中に通用する知識や技術を身に着け、職
業を修行として世の中に貢献出来るよう努力を続けるのだ。
<衰退を続ける天理教データー>:
「天理教統計年鑑1981、2013、別席の誓い・おさずけの理拝戴人数一覧」
(2015年6月7日付けカインのブログ添付ファイル)。
年度 別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
1966年:112194人 37681人 記載なし 4547人 記載なし(80年祭)
1976年:119382人 33933人 記載なし 6450人 記載なし(90年祭)
1986年: 84190人 22892人 記載なし 4649人 記載なし(100年祭)
1996年: 35499人 13546人 記載なし 2554人 記載なし(110年祭)
1998年: 24994人 10417人 記載なし 1990人 記載なし(4代真柱継承)
1999年: 21970人 9898人 記載なし 2162人 記載なし(4代継承翌年)
以下みちのとも統計は毎年2月号、教庁決算は8月号:
年度 別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
2005年: 19568人 9444人 4201人 2065人 165億円
2006年: 22755人 9991人 3832人 1902人 159億円(120年祭)
2007年: 13619人 7055人 3176人 1528人 155億円
2008年: 13069人 6825人 3040人 1265人 155億円
2009年: 13431人 6763人 3138人 1320人 142億円
2010年: 13424人 6798人 2820人 1284人 137億円
2011年: 10780人 5850人 2451人 1057人 133億円
2012年: 10816人 5375人 2555人 1167人 128億円
2013年: 11862人 5541人 2446人 1069人 120億円(活動1年目)
2014年: 11507人 5274人 2546人 1037人 118億円(活動2年目)
2015年:1月―10月(実績値)
18890人 5470人 2018人 916人 未定 (活動3年目)
2015年:1月―12月(推定値)
23000人 6700人 2600人 1100人 未定 (活動3年目)
以上
天理教は沈みゆく泥船、早く逃げ出さないと、船もろとも溺れ死ぬ、というわけですね。いつもながら、詳しい資料と得心の行く解説有難うございます。<一般信者の道>は非常に参考になりました。
中山みき様という稀有の方を宗祖に持ちながら、他の宗教に比べても、歴史は浅いのに、なぜここまで堕落するのだろう、と遺憾に思います。中山家が天理教という宗教にくっついてる限り、教祖がお啓きくだされた、純粋な教えに復元される事は多分ないでしょうね。どうしても、中山教になってしまいますね。自立人生さんがおっしゃるように、教団や教会に頼る事なく、わからなければ、信じられる先人の方が書かれた本でも読んで、自分で学ぶ、それが一番ですね。有難うございました。
2015年も終わりに近くなってきたのですが、師走の感じがしない。
しかし、いつもよりは、交通量が多いかもしれない。
それでも、年々早いスピードで年が明けてしまうから、昔のようにのんびり正月しますモードが遠のいているような。
都心では、中国人やらのバク買いで一部バブル状態だそうです。
現にわたしの地方都市でも中国人がバク買い目的で、訪れたこともありました。
私はなるべく外国人との商談は避けたいし、特に中国人は日本人の常識を覆す人種なので
避けたい。(韓国人も同様)
日本人は全く危機感のない環境にいるものですから、平気に商談に乗る人が多い。
それには困ったものです。
日本人としてのプライドが希薄なっていく昨今。
本当に情けないです。
情けないといえば、
店頭に物売りをする方々も最近、詐欺めいた商法で尋ねてくるのも情けない。
物を売るなら堂々とセールスしてもらったほうが気持ちいい。
そんなことを思っている。 自営業者のボヤキ。
私は天理教信者です。心やさしく素直な対応をしなくてはいけないのです。
しかし、現実は違います。
疑い心も使うし、八つのほこり毎日出していますよ。
そんな私も信者であることが、本当にこの宗教のためになるのだろうか?
とたまに思うわけです。
>そんな私も信者であることが、本当にこの宗教のためになるのだろうか?< などと考える必要ありませんよ。
nanacy さん、この宗教は本当に、私のためになるのだろうか?とお考えになった方がよろしいと思いますけども。
八つのほこりが無い人なんて、この世にいるのでしょうか?ご教祖くらいじゃないでしょうか?
世の中には、ほこりを出しまくって、まわりの人を傷つけてる人も多いけど、nanacyさんは、心根のやさしい方で、気にされてしまうのかもしれませんけど。 できるだけ、ほこりを出さないよう、もし出しちゃっても反省して、少しでも心使いを良くする姿勢でいれば(私も、八つのほこりまみれで、えらそうな事言える立場では無いですが)、十分じゃないでしょうか。
あまり気にせずに。
匿名様
コメントありがとうございます。
私は心根がやさしいわけではなくて、優柔不断なわけです。
いつもそんな自分に頭にくるわけです。
マヌケな感じ。もっと鋭くならないと。
腹がたったら、即言い返すような根性がないと世の中渡っていけない。
そうですよね。
我慢しないで、戦わなくてはいけない。
人生我慢ばかりしていたら、病気になってしまいます。
nanacyさん、私は若い頃は内気で、人に言い返す事など、とうていできない性格でした。あれから何十年経った今は、ようやくいくらかはずうずうしくなりましたけど、若い頃には傷つくことばかりでしたね。気の強い人が羨ましく、社交性のある人が羨ましかったものです。若い頃に今の図太さがあれば・・・まあ、誰しも皆、同じかもしれませんけどね。
匿名様
この宗教は本当に、私のためになるのだろうか?
ああ~!なんて素晴らしい言葉だろうか
私が求めていたのは、この言葉のような気がします
ここはこれまでの人生やら、思い込みを含めてなんとなくわかったこと、感情的にはならず、どうでもいいや、っていうスタンスで、こうなればなっていう思いを込め、それでも、中山系列企業に対して、憤りや、憤懣を思いをかけたくなったので、内部事情とあわせて、何か聞かせてもらうことはあるでしょうか?なにしろ、教祖がいなければ、私はこの世に存在しないのですから。
ツキが良くなり始めは、ちょっとしたきっかけから始まる。
そこに、気づくことが、わかるようになれば、自分の人生にゆとりがでる。
信仰するのは、気づきが人よりも早くなるのではないか?
だから、信仰している。
それがなくては、信仰している意味がない。
そう思うのです。
例えば、周りにいやな人がいても、つらさそうな人がいても、信仰することで、悟れることもある。
今の状況がつらい。又はつまらない。などなど。
すべて、悟ろうと思うのは信仰しているおかげである。
普段何気に思うことすべて、神様が悟ってほしいから、その状況を見せられるのでしょう。
気づきがなければ、信仰しないほうがいい。
そう思います。
思い込みとかそうゆうことでないのです。
信仰者は日常この姿勢で日々暮らしていくことが大切ではないかと思うのであります。
地元に所属教会がないので系列教会に行っておりますが、端々に見えるマインドコントロールの常套手段に笑える。講社祭、父が2ヶ月に1回にすると言ったら神は全てお見通しとか、ひのきしん、僕が本当に体調が悪いので勘弁してくださいと言ったら、もう誘わないとか(笑)弱者の心理をコントロールする言動(笑)そんなこと言っているから、一族誰も幸せに向かわないんだよと、言いたいぐらいだが、本人は正しいと思っているんだよね、それがまあ、ご自由にどうぞ。
「ご恩報じ」という言葉、よく祭文に書きますね。年とって祭文が書けなくなった会長の代わりに、身内の私が書いてるのですが、(ちなみに、毎度毎度同じ内容になってしまうので、少しでも変えなければ、と苦心惨憺している次第ですが)、そこでよくご恩報じと書きますが、この言葉いったい、「おふでさき」か「おさしず」にある言葉なのでしょうか?ご存じの方がおられたら、教えて頂きたいです。もちろん陽気ぐらしをさせたいとの思召しによって、人間をおつくりになったご恩はあるにしても、天理教では他の宗教と違って、神様を親と説かれてますので、親なら、子らが這いつくばって伏し拝むのを、そしてご恩を奉じられて喜ぶだろうか?と思ったりしてしまいます。もちろん神様と人間とは違いますけども。
そしてこの、神様へのご恩報じと言いながら、ご恩を奉じる相手が、上の教会や教団になってるのではないか、お供えを少しでも多くあげる事なども、と思う次第です。
天理教は言葉のレトリックに満ちています。この「ご恩報じ」も、その一つのように思えるのです。
2カ所 漢字訂正します。 奉じる →報じる です、すみません。
人は覚醒する事が重要です。覚醒とは何でしょうか。他人の神を信仰しないことと断言いたします。中山みきさんの神様は中山みきさんの信仰対象ですね、それは尊重する事であります。自分の神を信仰する、聖書のイエス、モーセ、そしておやさまは、雛型を通して我々に教えを説かれています。気づかないでしょうか。冒涜と取られるでしょうか。自由です。神は今ここにあり、奈良の天理に行かないといないなんて戯言は終わりにしましょう。そんなところに行かずとも、天理教に入らずとも幸福にはなれます。間違いのない事実です。面倒臭いのでここで切り上げます。
四代目様
「天理教に入らずとも幸福になれます」、共感します。冒頭の「他人の神を信仰しないこと」、以下の三行の部分が分かりにくいのでもう少し詳しく教えていただけますでしょうか。
どなたか正確な情報がわかる方、教えてください。
「あしきをはろうてたすけたまえ天理王のみこと」のおつとめは教祖の教えではなく「人間思案」からうまれた後利益を願う祈りであるとの話を耳にしました。これはH19年6月26日の本部月次祭において、本部役員であった当事天理大学学長の橋本武人氏が講話した内容です。人間が「天理教式祈りの体裁」を整えるためにあとづけで、この文言を創作したのでしょうか。教祖の伝えた祈りのことばとして毎日おつとめをしている者にとってこれは大問題です。作り事、まがいものなら、即刻、この箇所は省きたいですが。
「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。」十戒1。戒めの言葉、あなた即ち匿名Aさん、わたし即ち神即ち匿名Aさんの内在神、ほかの神々即ち中山みきさんの神を信仰対象とする天理教組織他、宗教組織など。この人生において、あくまでも主体は匿名Aさんであって、宗教組織ではない。心理学者マズローは高次な欲求に自己超越欲求があると提唱しました。自分を越えていくことが欲求そのものとなる。組織の中で認められるために活動する事、これは承認欲求、人に認められることが人生の目的になってはいけないです。自己超越欲求の中で人は自己実現され、潜在能力がその活動において引き出されます。自分の潜在能力、即ち神の力を発揮していく、これこそ自身、自神への信仰です。心理学者アドラーは、嫌われる勇気を持てと提唱しました。イエスはこの世に何をしに来たのか、「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ」。当時イエスはユダヤ教の人たちの中で主体的に生き迫害されました。組織の枠にはまらない生き方を実践しました。おやさまもそうしたのではないでしょうか。しかし、組織が求めるのは枠にはまった生き方、その目的は組織運営のため。宗教以外であれば、信仰の自由はあります、しかし宗教組織では、私は私を信じるということは、とある都合に照らしあわせると大問題になります(笑)先ずはここまでにします。
四代目様
なるほど、組織の中で認められる欲求、これが人生の目的になってはいけない。自分を超えようとする自己超越欲求の中でこそ人は自己実現されるのですね。本当に深く考えさせられます。この組織の中では異端扱いされて居心地は悪くなりましょうが、自分を信じること、即ち自分を大切にすることなのですね。日頃、長いものにまかれて生きる気持ち悪さの中、もっと自分の命を見つめようと思いました。毅然とした姿勢が大切ですね。ありがとうございました。
匿名A様、 おやさまや、イエスさまが命がけで切り開いた信仰が長いものにまかれ、事なかれ主義者が実践しているという考え自体がおかしな考えです(笑)時代に組織に迫害され続けても貫き通した信仰の味はどれだけ味わい深いものだったのでしょうね。自分を日々刷新していくこと、日々自身が新しくなる、自分の人生に希望の光が見えてこないでしょうか。自身が光輝くこと、おやさま、イエスさまの如く。実践あるのみですよね。
四代目様、あなたのコメント興味深く読ませて頂いております。ご自身は、多分宗教を信じられては無いと推察致します。
ご自身の内なる神を信じ、自己を超越した、神の如き能力を信仰する、といいますか。
あなたはニューエイジ活動をされてる方でしょうか?差支えなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか?
つい最近のこと。
いつもは先輩、同世代、後輩と。
大人数で飲み交わす、飲み会を続けてきて。
たまには、少人数で飲みましょうと。
ある先輩一人と、私と後輩の3人の席を作り。
いつもよりも、濃い話をすることが出来た。
その先輩は、とても面倒見の良い性分で。
真っ直ぐであり、行動力もあり。
いつも、あえて悪役も努める方である。
先輩方々からも、後輩たちからも慕われ。
慕われ過ぎて、周りも頼りにし過ぎている感もあり。
一緒にいて、見ていて。
時々、その先輩がパンクしそうなきがして。
辛くなることもあったので。
心配になり、その気持ちを飲み交わしながら。
先輩と、色んな話を交え伝えました。
先輩も、
「好きで、性分でやっていることだからさ!
でも、そうだね。こうして、対で話してもらえて。
その気持ちは、本当に嬉しいよ!
みんな、個性が強すぎて。衝突も繰り返してきたり。
距離をとる時期もあったりね。
曲がった相談は受けないし、それなりに流すけど。
真っ直ぐな相談は、真っ直ぐに答えたいから。
やっぱり、仲間だからさ‼」
やっぱり、先輩は、そのままに先輩だった。
そのままが嬉しかった。
私も、「先輩、後輩、仲間、ダチ…。
でも、結局は。残るのは、人と人。人対人‼
たったそれだけだと思っています。」
後輩も、後輩の感じてきた気持ちを話したり。
みんなで、涙ぐむ話や、笑いが止まらない話。
いつまでも、人間臭く在りたいと。
あらためて感慨深く、そう刻みました。
どんな形であれ、仲間として。
相談、話し合いをすれば。
何らかの形の結果は、出すようにしています。
そこには、神も信仰などという言葉は。
1つも必要もありません。
時々、宗教話は出るにしても。
お寺のお坊さん、神社の神主さんぐらいで。
いわゆる、新宗教の分野に関しては。
勧誘がしつこいとか、お金をだましとられる。
家庭が壊れるなどの、被害感想を沢山聞きます。
私は、宗教話の場面では。
自分の家が、昔は天理教だったこと。
天理教が許せず、自分で整理した話をします。
「天理教は、外面は良いけど。
内側に弱い者虐めを続ける。
ヤクザ社会以下の理不尽な組織。
天理教限らず。
宗教に固執すると、人として心を失う。
俺の家もそうだったし、宗教で泣いてる人。
壊れていく家庭を沢山見てきた。
結局は、人が集まって勝手なルールを作って。
人が人を、踏み潰しているだけなんだよね。
これからもずっと、俺は許せないなぁ。」と。
聞いている周りも。
「天理教も、やっぱり危ないんだね~。」と。
私の地方では、天理教の認識、知名度は低く。
私の世代、私より年下の子達には。
認識度も知名度も、ほぼ無いかもしれません。
子供の頃、夏休みに近所の子達と、奈良に行ったよ。
高校野球で、昔は強かった所だよね。
ぐらいで、天理教には誰も興味もなく。
どこか、天理教も、学会さんも真光さんも。
よく勧誘に回っているキリスト系さんも。
他の宗教団体も。
世間では、全て一緒の、一くくりの宗教団体。
どこも同じ、という認識です。
洗脳されて、どこか怖い宗教団体認識です。
どこであれ、絶対に関わらないように!
と、宗教話が出ると注意は促してます。
その為か、宗教トラブルの相談も受けますし。
その団体の集会所なりにも、相談者と行き。
向こう側の話も聞き、私の経験と意見も述べます。
私のような宗教を整理し、宗教団体内部を知る人間には。
向こう側も強くは出ませんし、私も踏み込みません。
ただ、知人が心配だから同席しただけです、と。
関わらないことも、宗教団体に属さないことも。
立派な信仰心だと私は伝えます。
ただ、世間で騒がれるほど。
学会さん真光さん、キリスト系さんに。
私は、嫌なイメージは持っていません。
私は昔、家が天理教であったが為に。
晩飯も満足に食べれない時もありました。
友人達のお袋さん方々が。
「うちで一緒に、ご飯食べて行くよね!
あんたは、私の息子だからね!遠慮するない!」と。
そんな、外のお袋が何人もいてくれました。
世間では、普通の晩御飯だったかもしれないけど。
自分の家では、食べたことのない料理を。
いつも、お腹一杯にご馳走してもらいました。
外のお袋さん方々は。
それぞれに宗教を信仰していましたが。
私が天理教で、幼い時から傷ついていることを
知っているので。
宗教話は一切しませんでしたし、押し付けもしませんでした。
とにかく、お腹一杯に食べて、いっぱい話してね!と。
私が社会に出ても、外のお袋さん方々は変わらず。
晩飯、うちで一緒に食べていき!
あんたは私の息子だからね!と。
何年前に、亡くなった方もいて。
その方の、見送りに手紙を添えました。
他には、宗教を辞めたお袋さんもいて。
おばちゃん、洗脳されてたゎ~!と。
おばちゃんも辛いときがあったんだよねぇ。
早く気が付けて良かったね!と。
お互いに、笑い話にしてみたり。
子供の頃、今も。
友達のお袋さん方々の、優しさとご飯の味は。
生涯忘れません。
そして、天理教は。
生涯許せません。
ここ数年。
色んな場面や、色んな所で感じることがある。
「ゆとり世代、今の若い子達は…と。」
私は、若い世代、未成年達と。
一緒に物事をすることは多い方です。
今も昔も関係なく、若者は純粋で真っ直ぐです。
確かに、時代の流れはあるのです。
携帯電話、パソコンが普及しただけでも。
時代の感覚は変わります。
時々に、今の若い子達は…。ゆとりは…。
と、口にする年配者、大人達に対して。
物凄く、腹立たしい思いになります。
カインさんの前の、ブログ記事にあったように。
今は、高齢者の犯罪率の方が高いのです。
私も、日々の場面の中でも。
高齢者、年上の方々の。
ワガママや執着心、心の狭さ。
勘違いした、先に生まれたから偉い!?ような。
時々、ハッキリと口にして対峙する時もあります。
天理教に関しては。
小さい頃から、天理教の大人達の姿は。
理不尽にしか映りませんでした。
多分、私にとって。
天理教の年配者、大人達が嫌い許せないが。
世間の大人達も理不尽だと、成ってしまってます。
時々、世間の中の組織の理不尽さと。
天理教の理不尽さが、重なって。
嫌悪感と閉鎖感で一杯になり。
叫びたくなる時もあります。
今の若い子達…。ゆとり世代だから…。
と、自身の未熟さを振り返らず。
言い放つ年配者、大人に対して。
私は。
「ゆとり世代より、使えない大人達。」
そう称して、対峙しています。
子供達、若者の。
可能性を潰しているのは。
不平等を作っているのは。
先に生まれた者、大人達かもしれません。
天理教では、中山みきさんの名前を頻繁に使います。
おやさまの雛形、生き筋を通ると。
天理教の中で、中山みきさん、飯降さん方々と。
同じ生き筋を通した人は、一人もいないです。
そして、どこか勝手に美化もしています。
中山みきさんも、飯降さんも。
一人の人間であり、人生を生き抜いた個人です。
天理教が、中山みきさんの名前を使うだけ。
中山みきさんが、伝え残したかった。
生涯の生きざまを。
下げていることに、気が付いていますか。
中山みきさんが、何を伝えたくて、何を残したかったのか。
もっと、人一人として、各々に考え。
葛藤して欲しく思います。
天理教の方々は。
わざわざ、心定めと言わないと、何も出来ないのでしょうか。
ひのきしんと言わなくても、ゴミ拾いでも、ボランティアでも出来ますよね。
信者さんが、床に伏せば。
わざわざ何回も、お願い勤めしてると。
電話してくる必要はありますか。
親神様とか、おやさまとか。
人助けとか、を口に出す裏腹に。
人に見返りと、自己満足を求めるのですか。
時々、ほんとに、恩着せがましく感じます。
困っている人、立ちすくんでいる人。
何かしてあげたいのならば。
そのままに、サラッと。
何か、出来ることありますか?
と伝えればいいじゃないですか。
神がどうのより、そのままに。
自分個人の感情として、
行動すればいいじゃないですか。
先にも後にも。
わざわざ天理教に当てはめようとするから。
人間味が消えて無くなって行くのです。
いつまでも、何十年と。
組織が悪いけど、教えは良いとか。
中山家、教会が、会長が、先生が…。
教理が曲がっている、隠蔽、改ざんされている。
同じことを、何度も掘り起こして。
同じ問題を、何回も提議して。
それを練り合いと称して。
実は、何も進んでいない。
自身の保身の為に、進もうともしない。
親子喧嘩も出来ないのならば。
それは、人対人でもない。
立場上だけの上の者が、下の者を。
踏みつけて食い潰す。
間違っていることには。
人として、間違っている!と。
面を向かって伝えればいいじゃないですか。
天理教の方々は、当たり障りないように。
いい人に成ろうとしてる。
闘わずして、結果は出ないです。
天理教が守り通したいのは。
天理教の教えとは。
無能な馬鹿げた、村社会な天理教組織ですか。
勘違いし続ける狭い村社会の。
先生方々、会長さん方々ですか。
人間思案て言葉は、世間、社会からみると。
天理教は人を見下してるかのようにしか感じません。
天理教自体も、天理教信者も。
人間であり、人じゃないですか。
都合のよいことは、ご守護であり。
都合の悪いことは、不足で因縁で。
病気が治れば、関係もないお偉いさんが。
講話で、声高々に語り。
誰かが、病気になったり、つまずくと。
寄って集って、信仰が足りないと叩く。
天理教の陽気とは。
心が鈍くなり、自分さえ良ければ良い。
ということに、なることなのですね。
神のお手入れが…と聞くと。
オウム、キリスト系の終末思想と紙一重にも感じます。
どこか、無責任な、人頼みで自然頼みのような。
お手入れなどと、悠長に言っていたら。
天理教で被害を受け続けている方々のの苦しみが。
募るだけです。
天理教の作る、天理教被害は。
天理教人が作っているのだから。
人として、対峙して減らさなくてはなりません。
私も、昔。
天理教に抗い、対峙していた時に。
ここまで伝えれば、向こうで解るだろう。
現実は伝わるだろう。
気持ちをくんでくれるだろうと思いました。
でも、それは大きな間違いでした。
天理教に染まる方々に、相手の気持ちをくむことなど。
そんな思いは無くなるんだなとわかりました。
伝えたいことは、一から十以上に、二十以上に。
感情のままに伝えないと。
もちろん、天理教に染まった方々は。
わかっていて、気が付かない振りをする確信犯です。
立場が不利になれば、平気で掌を返す方々でした。
バリ天!?などと呼ばれる人種がいるのですね。
もしこの先、どこかの場面で。
バリ天と、会い話する機会があれば。
その人の心の根元から、折ってあげようと思います。
天理教を振りかざす方々に。
真っ向うから、筋を通し対峙して伝えれば。
目を反らして、下を向き逃避するのは分かっているので。
残念ながら、天理教は。
真も筋も揺らいでしまい、
弱い者虐めが信仰となっているのも現実なのです。
天理教が衰退するのは当然の結果であり。
これ以上に、見苦しいことは続けるべきではない。
消滅はなくとも、本部、周辺の建物を。
文化遺産として、保護するぐらいのことは。
国がしてくれるかもしれない。
本部、周辺部だけ維持できる天理教であればいい。
天理教と対峙していたときから、歳関係なく。
天理教の会長、後継者と呼ばれる方々に伝えてきたこと。
自分の代で、教会は整理すること。
親心があるのならば、子供に教会を継がせてはいけない。
もちろん、他の誰かに継がせてもいけない。
子供が決めることでなく、親が大人が。
整理しなくてはならないことです。
宗教などなくとも、信仰心は必ず人にはあります。
間違ったことをしたのならば。
罰を受け、法に触れれば刑を受けるのです。
宗教を語り、理不尽を通し。
真っ直ぐな人間が報われないのであれば。
そんな宗教は、この世には必要はない。
宗教とは。
必要の無いものかもしれません。
人が人を踏み潰すだけの。
勘違い続けるお偉いさん方々の。
自己満足な、理解不能な集まりです。
どこか、ニートと呼ばれる人達のような。
社会に行き詰まった。
自己勝手な逃避の溜まり場になっていませんか。
でも、時々に思うことがあります。
宗教は、使い捨てで良い。
そして、宗教とは。
可能性でも在って欲しいと。
天理教に可能性はありますか?
天理教内部がゴミ屋敷なのに。
隣のゴミを片付けた方が良いと。
恩着せがましく、教えだと言っています。
自身の周りのことを出来ない大人に。
魅力など感じません。
その言葉の薄さに、苛立ちがが募るだけです。
においがけ、そんなことはしなくてよいので。
ただの迷惑です。
無駄に有り余るパンフレットは、資源の無駄です。
天理教内部の整理整頓に。
全力を注いで下さい。
昔に、代を継いだ上級の息子が。
天理教を整理した私の家に理不尽に来て。
「みんな天理教を嫌々やっている。
みんな、本当の天理教を知らない。
天理教をやめたらもったいない。
教会なんて、どうでもいい。」などなどと。
私は、一回り以上年下ながらも。
思わず笑ってしまいました。
「嫌々なら、やる必要はないでしょ。
そもそも、天理教をやる必要もない。
私の見てきた天理教は、
そのままの天理教の現実ですよ。
理不尽だから、理不尽だと伝えて。
私自身が決めて、私が整理したことです。
家にも私にも次の世代にも。
天理教も宗教も必要もない。
教会がどうでもよいのならば。
どうして、もっとしっかり部内の話を聞かないのですか?
後の続かない教会は沢山在りますよね。
上級に対して、誰も心開かないですよね。
私が、一から十まで話さないといけないことですか?
矛盾を通り越して、腹立ちしか残りません。
もう、二度と家に来ないで下さい。」と。
他にも、苦言は伝えました。
その方は、反省も振り返る気もなく。
帰って行きましたけど。
沢山の天理教の方々を見てきて。
天理教と接してきて。
時々、個人的に。
宗教に染まる方々が、心配になることもあります。
宗教を信仰することとは、世間ズレして。
世間ズレすることを信仰と勘違いし。
教えと云うものに、答えを求めて。
そして、教えと云うものにビクビクして。
間違いを間違いと認めることも出来ず。
自身で葛藤する気持ちも失い。
自身で判断することを失い。
人として対峙することも失い。
個人として生まれてきた存在意義も。
失うことなのかな…と。
先に生まれた者として。
大人としての責任感とは。
自分達の世代が作った不条理は。
自分達の世代で、整理していくことです。
天理教、信仰を伝えようとか。
そんな責任感は、一切必要はありません。
次世代にとって、迷惑なだけの責任感です。
信仰は後からついてくるもの。
二の次、三の次で良いのです。
人として、個人として。
日々、考え、思い、想い、悩み。
行動しなければならないこと。
守り通さなければならないこと。
人生という、限られた時間の中。
先に生まれた者として。
次世代に魅せて伝えあげられることは。
「その人にしか出来ない、生きざま」
なのかもしれません。
神がどうのよりも。
宇宙であり、地球であり。
世の中の森羅万象、自然の在り様が。
神様で良いのでは。
神様に名前をつけると。
理不尽しかおこりません。
人間は、人間以上でも以下でもありません。
私も、私以上でも以下でもありません。
でも、せっかくに。
自分自身に生まれてきたのだから。
自分にしか歩めない人生と、限りある時間を。
自分らしく、表現し伝えて生きたいのです。
私の存在意義は。
私自身で見つけて生きたいのです。
はぐれ雲さま
宗教に固執すると、人として心を失う。俺の家もそうだったし、宗教で泣いてる人。 壊れていく家庭を沢山見てきた。
人が人を踏み潰すだけの。 勘違い続けるお偉いさん方々の。 自己満足な、理解不能な集まりです。
結局は、人が集まって勝手なルールを作って。 人が人を、踏み潰しているだけなんだよね。
う~んさすが!と納得してしまいます。
天理教教団は人の為にならず!しからばなぜ存在するのか?
教団の維持繁栄の為です。「絶対的な神、逆らえない神」に依存する人々を隷従させ、甘い言葉の砂糖菓子に群がる蟻のような人間に純粋培養させ、世代を超えて繋ぎ止めておく。
その巧妙な策略は見事です。
はぐれ雲様、書かれてる事深くうなずける事ばかりです。
子供の頃、食事も満足に食べれなかったお話は、やっぱり、他でも聞きますけど、そこまで、子供さんにつらい思いをさせる事は、間違いである、と思います。なぜ、教会はそのように、貧乏をしなければならないのか、組織の有りようが、貧乏をさせている、または、貧乏を推奨してるのですね。教祖が”貧”お通りになったとて、信者に強制する必要がありましょうか?
宗教に依存するな、というお言葉もおっしゃっる通りと思います。人間各自、おのおの人生を通る中で、それぞれに自分なりに悟れるところもあります。教祖の教えは、参考、何か示準を得たい時くらいに読む程度でいいのではないか、と思います。もちろん熱心におたすけをやられてる方々や、信仰を熱心をされてる方々までも、否定はしませんが、やりたければ、必要無い者まで、まわりを巻き込まないように、自分の道に精進してくれと申し上げたいですね。
それと、パンフレットなど、大量に作るのは、紙の無駄、資源の無駄、ほんとにそうです、もったいない。
はぐれ雲さん、その通りですね。
はぐれ雲さま 最後の8行、本当にそう思います。
最近、手にした本の中でこんな文章がありました。
「ヒーローが存在しない、代わりのきく誰でもいい「誰か」たちの運動体。
そこで俺らはありふれた「数」でしかない。
しかし確実に「1」であり、その「1」に計かることのできない価値が宿ってる。
一人ひとりが、何ものにも依存せず、孤独に思考し、判断し、路上に立ち、声を上げることで、
みずから民主主義の担い手となる。、、、、、、、、、、、」『SEALDs』 2015年10月20日発行 大月書店
私は落ち込むと、よく「たかだか私、されど私」と言い聞かせて生きてきました。これかも。
最後、「これかも」は「これからも」です。せっかちでごめんなさい。
天理教の「おさずけ」は気功ではないか、と思うのですが、どうでしょうか?こんな事を書いて、おさずけの値打を下げようとしているのでは無いですから、念の為。 他の宗教でも、手かざし、とか同じようなものが多いですね。
教祖が最初の頃は、病人の痛いところをさすったり、息を吹きかけたり、そういう病なおしで、知られるようになっておられた。医者の無かった頃は、そういう人達が多かったそうですね。人間は誰しも体内に、「気」という、生気、生体エネルギーを持っているそうですから、そういう気の強い人達が病なおしをしていたのだ、と思います。
気功でも、治す、という強い思い(念)を相手に与える事によって、又、相手の、これで治ると信じて受ける事によって病も治る場合があるそうです。重篤な病気までは無理でしょうが。歩けなかった者でも歩けだした例もあるそうです。
おさずけをする方もされる方も、神様にもたれる(信じ切る)事によって、行われます。気功治療は、気功をする者が、自分の気を信じて、強い念を病人の患部に送り、病人がこれで治る、と信じて気を受けるわけです。
おたすけをする人が神様を信じ、気功をする者が宇宙自然のエネルギーを信じる、神というのは宇宙、自然の力、とも言えますから、結局両方同じもの、おさずけは気功なのではないかと思った次第です。
はぐれ雲さん
まったくそのとおりですね。私も天理教の家に生まれ、上級より経済的、精神的に相当苦労しました。この恨み・つらみは、絶対に忘れられるものではありません。私もあと10数年後には教会を整理し、晴れて「自分を生きる」道に踏み出そうと密かに思っています。しかし教会は自分の実家であり、教会を辞めることは「住む家」を失うことになるのです。自分の命の残りの時間を考えながら、覚悟を決めなくてはならない「その時」をどう迎えようかと思っています。
現在は自分にうそをつきながら生きる教会生活。お供えの心定め・修養科への勧誘人数・・・色々紙に書かされます。無駄なお金を使いながら大教会に駆り出される、「活動方針徹底のための集会」とかなんとか。教団のために活動するのが「信仰」ですか?何を徹底させようとするのですか?そんなことはどうでもいい。信者さんと共に、私は孤独の中で自分に向き合い、宇宙の運行・自然エネルギーの働きなどを感じながら「生きるという意味」、「自分の命」、「自分の心」を見つめたい。
だから数少ない信者さんにお供えの話は絶対に言いません。よって上級へのおつくしはしない。(上級から自分を守るため、数千円だけします。交際費です。) あと数年、上級とは上手に付き合い、教団の渦には巻き込まれないと、日々自分の心に言い聞かせております。しかし実家ながら「家を失う」とは本当に理不尽な話です。全国の教会の後継者で信仰に見切りをつけている方々。後継をしなければ家を失うのですから話は深刻です。
教会が天理教本部のものになっている方々には、教会を止めたくても止められずに、不本意ながら続けておられる会長さん方も多いのではないでしょうか?理は末代、といいますが、ご本部は、末代、教会を続けさせるために、教会を自分達の物にしたのでしょうか?人だすけどころか、人を苦しめている、いったい宗教としての値打がどこにあるのか、と思います。ご本部には、人間味というものがありません。ご本部のいう信仰とは、神一条とは、人間の心はどうでもいいことなのでしょう。匿名の教会長様の心の安寧を祈るばかりです。
みんなでお金を出し合ってこしらえた教会や信者詰所なのに、それを教会本部にお供えして名義も教会本部にしてしまったので、もうやめるにやめられない。
やめたら、自分たちの住むところがなくなってしまうからです。
そもそも、小さな教会なのに宗教法人にしてしまう必要があったのでしょうか。
私はそんな必要はなかったと思います。
しかし、そうしてしまった以上、いまの天理教の体制にもはや耐えきれないのであれば、匿名の教会長さんのように主体性をもってきっぱりと整理の道をつけるのも一つの勇気ある方法です。
多くの事情教会はそこまで行かず、全体にやる気ムードが減退して、後継者も離れ、自然消滅の道を歩んでいます。
事実、いくつかの本部直属の分教会でさえも後継者が無く途絶えています。
匿名の教会長様
些末な事をお聞きして宜しいですか?上級へわずか数千円だけのおつくしで、上級から何も言われませんか?
うちなど、恥ずかしいのですが、来てくださる信者さんが、わずか3人なので、お供えから会費や諸費用など差し引いて、毎月2万程お供えしておりましたら、「少ない」と言われ、本当なら毎月、上級の月次祭に行かねばならない所を、足腰が弱って行けておりませんので、その分を旅費として、お供えするよう言われ、結局毎月3万のお供えをしております。匿名の教会長さんのところの上級が、数千円で済ましてくれるなら、随分と甘い上級と思われます。
私のような個人の。
不快にも思われる、言葉使い。
攻撃的でもある、発言を。
先に、お詫びします。
私も、人間味溢れる会長さん、教会。
こうありたいと思う、会長さん夫婦。
教会を支え、優しく純粋な信者さん。
純粋に見返りもなく、天理教の真を求める方々。
勤勉で、真っ直ぐな本部員、先生。
そのような、温かい方々を知っています。
ただ、残念ながら、今の天理教の中では。
そのように感じ伝わる方々が。
ほんの一部の方々なのです。
その方々を中傷する気はありませんが。
でも、正道に純粋に教理と向き合う。
一部の方々を庇う気持ちで、伝えようとすると。
理不尽な天理教の現実が誤魔化せれてしまい。
筋がズレて、真意が響かなく、霧がかり。
天理教の得意技の。
教理、言葉、権力を使った。
心意のすり替え、騙し合いになってしまいます。
その点は、先にお詫びします。
どこか人間嫌いであり、歳上には攻撃的に成った経緯はあります。
そんな私にも、天理教関係なく。
尊敬し、大好きな年輩方々、歳上方々は。
沢山おりますので。
沢山の方々が、私のコメントに対話してくれまして。
嬉しくも思います。
ありがとうございます。
おさずけは、気功かもしれませんね!
宇宙であり、地球であり、自然のの森羅万象は。
まさに神秘的に溢れています!
私は以前。
いつも見慣れた、街から見える山あいの景色。
その時は、夕方の雨上がりでした。
田舎の地方都市の街並みと低い雲と、
淡い夕日が、所々に差し込む光景に。
神が降りてくる!って、このような光景なのかな!
と、慌てて写メをとりましたが。
残念ながら、ピンぼけしてしまいました。
街を行き交う、他の方々も。
携帯をとりだし、写真を撮っていました。
神秘には、誰関係なく惹かれます。
そして、同じ光景に、いつ、また出会えるのか。
一瞬の瞬きなのです。
その時にしか味わえないのが、人生の時間です。
おさずけに、値打なんてありませんよ。
値打をつけているのが、天理教です。
インターネットのリアルな情報によると。
おさずけをするのに、その都度。
おさずけに金銭を要求する天理教人が、
全国的にかなり居るようですね。
私の昔に知る範囲では。
そのようなことは、見ませんでしたが。
現実的には、多いと思います。
私は、おさずけをするのも、されるのも。
ほぼ、頑なにお断りしましたので。
ちなみに、他宗教団体の手かざしは。
お付き合いとご愛嬌で。
何人かにしてもらったことがあります。
もちろん、
痛いところは、何も変わらず痛いままでした。
その後もお誘いはありましたけど。
一度だけのご愛嬌だから!
私は、無所属無宗教ですよ!と断りましたし。
相手側も、私には押し付けはしてきません。
他のいくつかの宗教団体の方々からも。
お茶を飲み、お菓子をつまみながら。
それぞれの団体の運営、
一部の勘違いした役員等への。
不満はよく聞きました。
天理教に限らず。
宗教団体それぞれに、問題だらけです。
全ての物事は。
こうありたい!と願い、想うことから始まります。
病は気から!も、確かなことだとも思います。
精神が肉体を凌駕することもあります。
何もしないより、何か出きることを!
答えや結果は、先の向こうにあると思うのです。
おさずけを取り次ぐのは、反対はしませんが。
結果も出せずに、弱味につけこみ。
金銭と見返りは、求めないようにして欲しいですね。
願わくば、恩着せがましくしないように。
天理教の株を下げているのは、天理教自身だと。
もっと、身に染みて欲しいな、と思います。
ほんとに、あの無駄な数のパンフレット類とか。
作成する費用、保管したり、
資源ごみに出す手間とか。
上層部も考えて欲しいですね。
天理教に、疲労困憊し、熱量も失った。
末端部に、配れと渡されても。
余るのは大前提なのに。
私は、天理教のにおいがけ、布教には。
大反対です。
天理教内の腐敗ぶり、理不尽さ。
末端部、信者さん方々の疲労困憊を放置して。
教内でイジメを繰り返し。
外面はよく、上っ面の人助けを唱える。
何を布教するのか、理解不能です。
人の尊厳をバカにするのも、
いい加減にしてもらいたいと感じます。
現実を受け入れない。
天理教のあしき慣習です。
教会、布教所、信者さん宅でも。
天理教が、たまたまに置いてあったが為に。
理不尽な苦労を、強要されてしまう方々。
人生さえも、諦め、とり戻しも出来ない方々。
天理教があったが為に、
家族にも深い溝が出来てしまった方々。
本当に多いことが、私にも許せない現実です。
「この恨み、つらみは、絶対に忘れられるものではありません。」
私も、そのままの気持ちであり。
私も、生涯に絶対に消せない根深い感情です。
私は、これからも生涯通じて。
天理教は勿論のこと。
私に、子供の頃から天理教を脅迫まがいに、強要し。
意見すれば、あの手この手で、出る杭を叩いて。
それを、天理教信仰だと。
洗脳されているのか、自己陶酔しているのか。
その方々の、元々の生まれ持った性分なのか。
脅迫、強要、イジメ体制、権力を振りかざすのが。
理不尽であり、無責任なのが。
それが、天理教信仰そのままなのか。
部が悪くなれば、手のひらを返し。
反省もなく、平気で悪気もなく、すり寄ってきたり。
私を追い込んできた、天理教の数々の大人達は。
天理教関係なく、人として、個人として。
生涯に許す気は、絶対にありません。
生まれ育った実家を離れるのは。
無念極まりないことですね。
教会の設立、代々の継承には、
様々な模様がありますね。
登記、不動産関連にしても。
全ての教会が統一されていません。
多種多様なケースがあると思います。
私は、天理教があったが為に。
学を得ることも出来ませんでした。
法関係に関しては、サッパリです。
天理教関連の学校には行きませんでしたが。
私の家は、家族関係も崩壊していましたし。
天理教が家族崩壊の拍車になったのも確かです。
家に通ってくれた方々も数人でしたので。
そして、通っていた数人の方々のご家族は。
天理教が大嫌いでした。
家も古すぎて、あちこちと倒壊も始まって。
私が十代の頃より、社会での稼ぎが綱でした。
整理に当たっては、関係物も。
心ある物だから、粗末には扱いませんでした。
そして学のない私に、支えとなってくれたのは。
教外の仲間、知人、行政機関も支えとなってくれました。
教内の方々には、散々な言葉を浴びせられましたし。
その後も、宗教特有の嫌がらせもありました。
私は、人として筋を通して生きてきたので。
引く理由などありませんでしたし。
もう、理不尽な脅迫まがいには。
屈っしたくも、諦めたくもありませんでした。
私自身の現在に生きる魂を、解放してあげたかった。
次世代に、希望は残してあげたかったのです。
多種多様なケースがありますので。
色々とは書きませんが。
理不尽は続けるべきでも、継ぐものでもない。
区切りは誰かが背負ってでも、
やらなければ成らないときがあります。
準備をして、闘い、区切りをつけ。
失うことはありますが。
分岐点に辿り着けたときには。
新しい出発を願います。
闘い、辿り着いた人にしか。
感じることの出来得ない。
景色と日常が待っています。
乗り越えた人には、日常も新しく感じるはずです。
今の世の中、神社、お寺でさえも。
後継者、檀家場馴れなどは、加速しています。
宗教離れは、世界的に加速しています。
宗教の必要性が、時代と共に問われています。
天理教の教会の後継者不足、信者さん離れは。
当たり前の話なのです。
私が知る昔にも。
天理教関連の学校、大学、本部勤務、
天理関連の仕事を終えて、地元に帰って。
就職し、教会活動をしないまま、
教会を離れた後継者も。
何人か居ました。
その教会のその後は知りませんが。
私は、連絡が着ても取りませんでした。
ただ。
筋を通して、表舞台で袋叩きにあったきた私と。
年老いた親に片付けをまかせて。
色んな理屈を延べ、
表舞台には出ないで、叩かれなかった後継者たち。
天理教の人を叩いて喜ぶ慣習には。
ほんと、歳下ながらにも、軽蔑してしまいます。
ただ、天理教の教会に生まれた。
たった、それだけのことで。
姓も名もあるのに、後継者と騒ぎ立て呼ぶのは。
人として扱ってない、と同じです。
本部直轄でさえも、途絶える所もあるのですね。
当たり前すぎる現実ですね。
天理教は、時代背景は合ったにしても。
度が過ぎました。
度が過ぎる、金銭や財の吸い上げを。
熱心な信仰として。
考え直せと挙がる声を。
不足だ、わかってないと。
さらに、脅迫して、隠ぺいして。
反省もすることはしなかった。
さらに、あしきに拍車をかけてきたのです。
天理教に抗い、対峙していた頃。
色々な感情と、葛藤してきました。
今も、これからも葛藤は続きますが。
たとえ、中山みきさんの。
感性と貫いた生きざまが、
素晴らしいものだったとしても。
天理教に対しての、感情の中に。
卑怯、中途半端…という感情があります。
天理組織は、残念ながらに。
人を、使い古して、使い捨てにして、成り立ってきました。
今現在も、人を踏み潰して成り立ってます。
踏み潰す人が居なくなるまで、踏み潰すでしょう。
天理教が、宗教団体なのか、宗教サークルなのか、
金集め、天理貴族の為のねずみ講なのか。
天理教は、宗教法人格を持つ宗教団体です。
湾曲した貧に、心も貧しくなり。
末端の教会、信者さん方々は、疲労困憊し。
自分自身に、嘘もつき続け。
自分自身の人生なのに。
どこか諦めることを悟り、信仰を唱える。
天理教の陽気ぐらしとは。
笑うことで、嘘をつき続けて、
諦めて染まることなのか。
その方が天理教の中で生きていくには、
楽なのかもしれない。
上級クラス以上は、教会を預かるとしながら。
無計画に、借金を重ねて。
自己満足の、人助けにも繋がらない建物を建て。
必要もない高めの車を揃えて。
寄り付かない場所に、さらに人が寄らなくなり。
会長会議など、何のための馴れ合いの会議で。
自身の浅はかさをすり替えて。
信仰が足りないからだと。
立場の弱い者を叱咤し、
自己満足の為の金銭や、数字を強要する。
その上には、さらに吸い上げる構造となり。
吸い上げられた方々には、何が残るのだろうか。
天理教の構造は。
残念ながらに、無能がさらなる無能を育て。
さらなる無能が拍車をかける構造になっている。
そこには、神も教理も中山みきもなく。
人間思案もなく、伏魔殿もない。
そのままの現実が。
天理教のそのままのの現実です。
これも、「本当の天理教」の姿です。
私の見てきたことは、
天理教の一部かもしれない。
私の何十年かは、天理教の一部分かもしれない。
でも、インターネットとの画面の文字に。
全国の天理教の姿が見えるのも確かです。
多少の誇張はあるにしても。
でっち上げの嘘はないと思います。
画面の向こうには、人がいて書き込んでいて。
その方々も、天理教の現実を書いているのです。
私は、天理教が消滅は望んではいませんが。
勿論、応援する気持ちありません。
他宗教団体に属する気も、まったくありません。
でも、天理教の再生も再編も望みません。
たとえ、再生したとしても。
やはり、同じことの繰り返しに成るような。
懸念は消えません。
今の天理教が衰退を続けて行き。
それでも、変わることはないでしょう。
見切りを着けた方々が離れていき。
自己欲の強い方々が、残って行くでしょう。
踏み潰す人が居なくなるまで…。
私自身の見てきた、天理教の現実の中で。
感じたこと…天理教では、人も魂も報われない。
宗教家として、宗教団体の中で。
最低なことをしているのではないのか。
そう感じることさえも、時々にあります。
アンチな、このような書き込みをすると。
書き込みを考えてしまう方々もいます。
これは、私個人の実経験と感情なので。
賛成も反対もあるのは当たり前。
天理教を好きな方々も多いと思います。
それぞれの気持ちを。
きれいに伝えようとせずに。
自由に書き込んで欲しいと願います。
自身の心です!
伝え方も、表現も、自由に在りましょう。
宗教とは、可能性で在って欲しい。
天理教を通じて、カインさんのブログ通じて。
このような、意見の集まる場を通じて。
それぞれのこれからの人生に。
何かを感じて、何かを得て欲しいのです。
天理教を信仰するのも、信仰心であり。
無宗教も、信仰心であります。
あなた様の言葉の前に、絶句するばかりです。相当のご苦労があった事とお察し致します。「天理教があったが為に学を得ることもできなかった」・・・辛い辛い思いを数々されて来たのだろう、と思います。読んでて涙が出て来ます。
あなた様の大事なご自分の人生です。何も縛られない、自由な人生を生きて行ってくださいませ。これからも、どんどんお書きになってくださいね。読む方は涙する位しか、何も出来ませんけど、でも心からの深い共感、そして、今の境地に至られた、はぐれ雲様を、ご尊敬申しあげております。
はぐれ雲さま あらためて「人間の尊厳」とは何かを考えさせられ、考えています。
ありがとうございました。
今現在、どの立場であれ、岐路に立っている方に勇気と希望の文章だろうと思います。
私にとっても。
匿名さま
読んでいただいて、対話もしていただきまして。
ありがとうございます。
書き込んでいると、感情移入し過ぎてしまって。
一応、地元の公立高校には進学して。
一応、卒業もしました。
高校は進学するつもりはありませんでしたけど。
中学の進路相談の時に。
「家は天理教で、貧乏だから。
高校には行かないで、働きたい。」と。
担任に伝えると、母が泣いてしまって。
高校に行ったのは、それだけの理由です。
私服もほとんど持っていないので、
制服の学校を選びました。
朝バイトをして、学校が終わってからバイトをして。
だんだんと、学校もサボって。
工事現場のバイトにも行ってみたり。
だんだんに、授業料、その他学校で懸かる費用、
修学旅行費、自動車教習も自分で払いました。
出席日数もいつもギリギリで。
テストも、毎回赤点の補習ばかりでした。
担任や他の先生によく呼び出されて。
「本当は学校は辞めたい…」と答えてました。
友達は、沢山いましたけど。
いわゆる、ヤンキーチックな方でした。
そしてやはり、自分でもどこか壁を作っていました。
幼い頃から。
お前は天理教をやるのが定め。
お前が天理教をやらないと、家を追い出される!
と、散々に母親にも。
上級、部内の大人達に脅迫まがいに、
言われ続けてきたので。
婿養子で来た親父は。
ギャンブル狂で、天理教のことなど一切やらず。
兄弟もいますけど、親父に似てしまって。
私が中学の頃から。
家族の崩壊は、更に拍車がかかっていきました。
天理教があったにしても、
社会的にも問題の家であり、家族でした。
私のように、家族関係の崩壊している子供に。
理の親だとか、神様とか、天理教云々を言っても。
ふざけるな!の一言でした。
母を庇う気持ちと、目の前の矛盾で悩み続けました。
期待という。
大人達の都合のターゲットにされ。
大人達の尻吹きをさせられてきたのが、現実です。
勉強をしても、その先にあるのは。
社会ではなく、天理教だったので。
どこか、夢も希望も持てませんでした。
高校三年生の頃。
大学、専門、就職と話す周りに。
自分がどれだけ、世間からズレているのか。
改めて思い知らされました。
学もなく、社会的にも適応性がズレていました。
それでも精一杯、背伸びしてきました。
その後も、本当に沢山の理不尽を背負いました。
あまり詳しく書くと、特定されてしまう…。
でも、多分、すでに。
私と昔に、天理教で接点のあった天理教関係者も。
このサイトを読んでいるとも思います。
はぐれ雲が誰なのか…
特定している天理教関係者もいるのかもしれません。
私も、それを前提に書き込みをしてきました。
濁しすぎると、リアルが伝わらないので。
私は、特定されても構いません。
私のコメントの文面は、そのままに。
当時の天理教関係者に、
対で、面を向かって伝えたことも多く含まれてます。
同世代、近い世代にも、
天理教の子供は、少しいましたけど。
みんなそれなりに、裕福でした。
車もあって、私服も沢山持っていて、
テレビゲームも持っていて。
自分の部屋も与えられて。
高校からは、天理に行く子は多かったです。
天理教の子供は、みんなお金がなく、苦労してる…。
と、実際は天理教内にも格差はあるのです。
天理教の教内外へ、世間に対しての。
貧乏自慢のような、アピール、伝え方は。
本当によくない、間違っています。
天理教だから…という、変な一体感も間違ってます。
貧を通ると言って、
格差を作って、貧を作って落としてるのが。
天理教の組織が作っていることで。
上級クラスの教会の息子は、若などと呼ばれ。
自分達は貧に落ちてるつもりかもしれません。
実際は、世間のなかでも貧ではないのです。
そのような環境で育てば。
世間ズレも、社会ズレも。
何がどうなのかさえも、勘違いをしたままに。
天理教のマニュアル化に染まって育ってしまい。
判断の出来ない大人になってしまっています。
そのまま、会長、先生と呼ばれてしまえば。
社会の中の、僅かな一部の天理教であることさえも。
判断出来なくなっています。
私が好きな本の一文に。
「十代の1年間は、
大人になってからの何年分にも匹敵する。」
それを読んだ時に、泣きそうになりました。
私が、多様な機関、施設で見て聞いたことに。
天理教に限らず、宗教によって、親の。
「ネグレクト、育児放棄」のようなことが。
今、問題にもなっています。
ネグレクトの使い方が、
間違っているかもしれませんが。
個人情報保護などで、
詳しい話は聞けませんでしたが。
個人情報過保護には、私は反対です。
子供達も、大人の身勝手な。
熱心という勘違いな信仰や、宗教によって。
心にも大きな傷を抱えています。
おじばがえり、程度なら問題はありませんが。
家庭の中は、外には見えないことは多いです。
特に、親、大人は隠したがるし、認めたがらない。
子は親の背を見て育ちます。
親子の間に、神も仏もいらないのです。
親でも逃げたいときはあります。
でも、親や大人のつまらないプライドや見栄、
弱さを。
認めずに、子供に押し付けるのは。
私は、とても嫌悪感を持ちます。
貧困にも格差にも不平等にも。
必ず理由も原因もあります。
子供達は、親や大人の弱さも受け止めて。
それを償おうと思うときもあります。
ただ、親や大人達の理不尽を見たときに。
親や大人が理不尽を認めなく、曲げた時に。
子供は、限界を過ぎ、受け止め切れずに。
傷がさけ、膿が溢れて。
恨み、つらみで一杯になってしまいます。
間違った親を通し続ける天理教に。
子孝行という想いのない天理教に。
何が残せるのでしょうか。
匿名の教会長さま
貴方の身の置き所のない苦悩が、ひしひしと伝わります。
住まいが教会であっても、従来の慣習に縛られず、自分なりに変えていってもいいのではないでしょうか?
ことわざ辞典にも「神かまうな、仏ほっとけ」と言う言葉があるくらいです。
適当にのらりくらりで、ご自分の人生設計を考えた方が楽しいかも
匿名様
先代会長(父)の時代、上級教会から血も涙もないお供えの強要に苦しめられました。父が亡くなる数年前、父のたっての希望を受け入れ会長を引き受けました。ただただ、父を思う親孝行だけの気持ちで・・・父亡き後教会の帳面を確認したところ一億に近いお供えが上級通じて上がっていました。思い出すにつけ、苦しかっ子供時代、不安にさいなまれた幼い日々、優しかった父・母を上級教会まで呼びつけてお供えの強要をした上級会長夫婦。その場面に私も居合わせ、男泣きに泣く父の姿が今でも忘れられません。数千円で済ませているのは、その鬼会長夫婦が無くなり、息子会長も無くなり、その後天理教の「て」の字も知らない全くの他人が(事情があり)行きがかり上の会長になったのです。これを機に我が教会の経済状態を知らせ、今後はお供え・お尽くし、一切出来ませんから。と宣言しました。数千円とはゼロではつきあい上、「角」が立つため、交際費としての意味合いです。我が教会は数百万の借金があります。教会を維持するために修理、維持費に費用がかかるのです。信者さんは数人しかおられません。今後何をいくら強要されても、上級が財布にまで手を突っ込むことはできません。「無いものは無い」。それで押し通す覚悟です。若い新しい会長には本部会計の不透明さも教えました。天理教維持財団が消滅したことも。何も知らない新会長ですから天理教の「裏の顔」も知らせなくてはいけません。何も知らないまま、善良な信者さんや、教会長たちを振り回してはいけませんから。今後、私は上上級から睨まれるかも知れませんが・・・睨まれても淡々とこの教団の在り方の間違いを語る覚悟でおります。「自分が自分である事。」「自分を生きる」こと。人生の残り時間には限りがあります。嫌われても、付き合いにくくなっても、自分を貫きます。嫌われたら上級に参る回数を減らすだけです。休んだ月のお供えは(数千円)はもちろん上げません。下からお金が上がらないという事がどう言うことであるか、末端教会の貧しさ・暗さ・惨めさ。そのうち上級・上上級・大教会とわかってくることでしょう。大教会様、貧に落ちきる「ひながた」を率先して、身を持って感じてください。末端教会は毎日、嘘にまみれたこの組織の歯車の一つとして、逃げたいけど逃げられないと言う、誠に息苦しい日々を過ごしております。
古い教会長さまへ
貴方様は、今の天理教の生き字引です。
まだまだたくさんのこと知っておりますよね。
もっともっと情報を出してくださいませ。
私の母も昭和7年生まれで、祖父の代から天理教に狂った家です。
私の家にも歴史があるように、古い教会長さまの天理教の歴史を知りたいです。
匿名の教会長様
数千円で何も言われませんか?と問うた者です。決して匿名の教会長様が、出し惜しみをしているなどと思っての問いではありませんでしたので。只単に、匿名の教会長様のところの上級は、金に恬淡としているのかな?そういう上級もあるのか、と思って、お聞きした訳でしたので、お気に障ったとしたら、どうかお許し下さいませ。
詳しくお話し下さいまして、本当に痛み入ります。匿名の教会長様のお父上様のご苦労、そしてあなた様の無念の思い、重々よくわかりました。もう何と申し上げていいか、わからない程です。お父上様を苦しめた上級、そしてそういう上級を生んだ天理教組織、許されるものではありません。
はぐれ雲様
本当に身につまされます。うちの大教会の子弟は聞いたことの無い名前のアメリカの大学に留学している大教会の若様。反対に末端教会の娘さんは高校入学金を用意していたにもかかわらず、その入学金は将来必ずおかげが頂けるからと上級にお供えさせられ、泣く泣く高校進学を諦めています。理不尽もはなはだしいです。その娘さんの入学金で米国留学していると言ってもよい、運転手付きの若様。方や中卒を余儀なくされ、世間で生き抜く最低限の学歴さえも天理教に剥奪されているのです。こんなことがあってよいのでしょうか?天理教は社会悪です。
私もお供えは減らしています。出すも出さないも、こちらの胸ひとつです。命までは取られません。強い気持ちが必要ですね。本部は困っていません。お尽しは上級に持って行くことがお尽しではない、と思っています。本当に困っている人、信者さん、家族、地域に尽くすことも大事だと思います。
出し方を変えただけで人生が楽しくなりました。クビになるまで会長でいるつもりです。元気で長生きして、今までにない「ひながた」を残します。
聞いたところによると、教会は独立した法人ですので、土地・建物は責任役員2名と代表役員の印で名義を変えられるそうですよ。教会である(又は、宗教活動をしている)限り(教会に無償貸与ということで)固定資産税は掛かりませんが、個人名義に移した時の取得税だけは掛かります。
詳しくは専門家に聞いて下さい。教会を売り飛ばしたという話も聞いたことがあります。
私は、ある時期社会で働いていました。100年祭前に会長になって、勇んでつとめていました。せっせとお供えもはこんでいました。借金をしてでも運んでいました。今もその影響があります。
柏木庫治さんの話を聞いて、勇んでいました。今、思うとあれは洗脳でしかなかったのでは、とも思います。
深く天理教の歴史や教理を勉強する内に目がさめました。一粒万倍なんてことは絶対にありません。出せば無くなるだけです。
要は出し方に問題があるのです。
今日はパソコンを開くのをやめて予定している事にかかれねばと思うのにやっぱり開いてしまいました。
はぐれ雲さまの文章を読ませていただき、よくぞ生き抜いてこられたと熱い感情に。
匿名の教会長さまの現在の様子がわかり、ほっといたしました。
「柏木庫冶」懐かしい名前です。(笑)母などの憧れの方でした!そのほか「常岡一郎」とか。
忘れていたことを思い出しました。中学一年生になったばかりのある授業でM・M先生が「迷信」ということで「天理教」を取り上げました。「神棚に祭ったお水を神様の水といって飲んだり、目を洗ったりしている。埃のかぶった不衛生な水を、、、」などと面白おかしく話しました。私が教会の子と知ってる小学校が同じ区域の級友は反応しませんでしたが他のそれは教師に反応して、、、。死にたいと思いました。教師を殺したいとも。同時に何故か母が哀れにも思いました。
その教師は転勤したばかりで私が教会の子と知らなかったのです。その後、知ったのかすり寄って声をかけてきましたが。今なら特定な宗教非難、偏向教育と大騒ぎになることでしょうね。
母は一切知りませんが。家での私と学校も含め外での私、二重の私を生きておりました。
今では忘れるぐらいの思い出になったのも生きてきたからだと思うのです。
「生き抜く」これが私の大事なポイントです。辛かったら逃げたっていい、極端ですが嘘だってついてもいいとも。
天理教というのは、純粋に教祖の教えだけなのだろうか?もしかして、他の宗教の概念が混じっているのではないか、と思う事があります。まず、なぜ”<講>ではなく、<教会>という名前を使っているのか?<天に得を積む>、という言葉も、これはキリスト教の言葉ではないのか?と思います。
おやさまの教えを冒涜する意図で言ってるのではありません。純粋なおやさまの教えに、もしかして、どなたかが、キリスト教から持ち込んだものを、おやさまの教えに付け加え、天理教というものを創り上げたのではないか、と思うところもあるのですが。
漢字ミスです 得 → 徳です すみません
古い教会長さま
深く天理教の歴史や教理を勉強する内に目がさめました。一粒万倍なんてことは絶対にありません。出せば無くなるだけです。要は出し方に問題があるのです。
差し障りなければ、どこで目が覚めたのか教えていただけないでしょうか?
母もまた「まことしやかな嘘」に乗せられたお道の人間です。そして家庭崩壊に陥りました。
そもそも真柱の名称も平田篤胤の「霊の真柱」からもらったものではないかと思っております。
なんせ2代真柱正善氏は、灯台の宗教学部出てるからね。
秀才の正善氏にかかれば、模倣も自分の考えにすり替えられるだろうし、まして今のように情報もなければ、教育を受けた方もそれほど多くはなかったでしょうし、正善氏が東大出でなく灯台出だったらもっと親しみわいたでしょうね。
徳子さま。
それは現実を冷静に見る目ができた時です。
とことん行き詰っていた時です。
仕事は事情働きだからダメ。
お供えに手を付けてはダメ。
沢山ある上級の月次祭をつとめよ。ひのきしんをせよ。
別席者・修養科生を出せ。
できる訳がありません。
仕事をしないと借金が返せない状態でした。
お供えを減らしても病気にはなりません。
いろんな行事に出なくてもお手入れはありません。
それに気づいたのです。
そこに至るまで、多くの仲間が支えてくれました。
上級の奥さんがお供えを取りに来た時に、「お供えの意味が分かりません。したくないです。」と言いました。勇気がいりましたが、それから、生き方が変わりました。
>お供えを減らしても病気にはなりません。
>いろんな行事に出なくてもお手入れはありません。
古い教会長様
ありがとうございます。
とても勇気が出ます。
正直、実家の元旦祭は行きたくありません。
なんのためにおつとめをやるのか、
おやさまはなぜおつとめせよなどと余計なことを言ったのか、迷惑でしかありません。
子供から多額のお金をお供えと称して取り上げる天理教は、根本からして間違っている。
ふつうは逆じゃないか。
末端教会の娘さんが高校進学のための準備金さえお供えさせられる一方で、大教会長の息子がアメリカの大学に留学しているという、匿名の教会長さんのコメントを読んで、本当に涙が出た。
こんなことは絶対に許されるものではない。
一般の人が天理教を毛嫌いするのも当然である。
天理教団よ、猛省せよ。
徳子さま。
「差し障りなければ、どこで目が覚めたのか教えていただけないでしょうか?」
ずーっと考えていました。思い出しました。
それは「オウム真理教」事件の時でした。テレビのコメンテーターが言っている言葉でした。
「法外なお金を要求するのは、カルトです。」
「思考を停止させて、教団のいう事に疑問を持たなくすることは洗脳でありマインドコントロールである。」
という発言でした。
カルトという言葉もマインドコントロールという言葉も知らない時分でした。
「これ、天理教も一緒や」と思った瞬間でした。もちろん多くの仲間のお陰ですが・・・。
おかしいと気づいたのです。
天理教が、信じるべき唯一無二の宗教と、親に小さな頃から教会に連れて行かれ、進学、就職、結婚、出産と節目の折に、理立て、お供えもして来て、それが実際はカルトも同然であった、というのは、むなしい限りですね。
考えてみれば、金をお供えして、運命が好転するなんて、そんな、金が欲しい神様なんて、「ありえへん」筈なんですが、そんな事、頭に浮かぶ事すらなく、言われるままにせっせと、お供えしてきましたが、それらを貯金にまわしておけば、とっくに家も買えてただろうな・・・。
このサイトの批判精神は天理教にとっても有益なものだと思うが、コメント欄が一部の方々の愚痴の捌け口になっているのがとても勿体無いと感じる。
愚痴と批判とはっきり区別はつけられないと思います。愚痴もりっぱな批判ですよ。
皆々様方へ
胸が締め付けられる想いです。
それぞれに、苦境の現実を乗り越えて。
今、それぞれに自身の足で立ち考えています。
そして、これからも乗り越えて行くのです。
僕は、コメントを書き込み始めると。
感情移入をし過ぎてしまい。
僕自身の消せない、天理教に対する恨みも溢れ。
攻撃的に書き込み、送信して。
その後、ふと。
少し反省のような気持ちになります。
自身の感情で、攻撃的に書き過ぎていないか…と。
このブログを開けるとき。
少し、ためらうときもあります。
でも、皆々様方それぞれの。
体験、感情の声を対話してもらえて。
とても、ありがたくも思います。
僕は、もう天理教を整理し、別け隔ててから。
何年もの月日が経ちますが。
やはり何も変わらない、
変革のない天理教のままですね。
このブログを通じて。
系統とか、歳とか、地域、関係なく。
全国の天理教と、色々な方々の声を。
聞き、感じることが出来ます。
上部に億千百十万単位のお金が。
お供えや費用という名目で摂取されてます。
社会では、それは恐喝罪、詐欺罪に当たり。
刑に服し、返納して、詫びること。
でも、宗教、天理教になると、罪にはならない。
理不尽極まりない…では済む話ではない。
僕が昔に、天理教と接し対峙してきた時の。
大教会、上級からの。
異常な金額…の要求はありませんでした。
天理教内でも、良くも悪くも噂話にも挙がらない。
大でもなく、小でもない、中堅な大教会でした。
僕の両親、兄弟…家族にも、
人間性の問題は多々ありましたが。
異常なまでの金額の要求は無かったにしても。
上部に、お金を摂取され続けてきましたし。
取り戻せない、自身の人生の時間も摂取されたのは。
僕も事実です。
そして。
人権さえも踏みにじるように。
お前のことは認めない!とさえ言われました。
もちろん、正面向いて、抗ってきました。
「理不尽には屈するな!」
僕の好きな先輩の言葉が、支えにもなりました。
このブログで、インターネットで知る。
異常な金額を要求し摂取し。
異常な権力を振り回す、大、上級会長。
読むと、驚きよりも、憎悪感が込み上げます。
ただでさえ、異常な天理教構造に。
さらなる異常が、まかり通り続けています。
先への希望のある若い子の。
高校のへの道を、お供えとして閉ざして。
かたや、若と呼ばれ、祭り上げられ。
贅沢をし、アメリカへ留学する。
結婚に関しても、上級の会長が別れさせたり。
天理教の、理不尽で異常な権力構造が。
馬鹿が、馬鹿を産み。
馬鹿を育て、馬鹿を増長させる。
末端の借金は、末端で返せ。
本部、大教会、上級の自己満足が為の借金も。
末端が返せ。
はっきり言えば、ただの追い込みにも感じます。
現に、百年祭時に。
命を失う出来事さえ起きている。
天理教は、
命さえも上層部、間違った権力者の気分で。
お供えしろ…というのか。
天理教は、社会悪。
そのとうりですね。
僕は普段の日常で、
天理教はカースト制度だよ!
そう、世間に伝えています。
天理教は、一列兄弟をうたいながら。
ヤクザ張りの上下関係を造りあげ、まかり通す。
実直な話、天理教はヤクザ社会以下です。
渡世の親分さん方々にも、色んな方々はいますが。
兄弟、子には。
上納金もあるが、手当て、こずかい、物品。
堅気な仕事も手配してくれる方もいる。
親分なりに、兄弟、子の先は案じてくれる。
確かに犯罪もあるかもしれない。
でも、罪にも問われ一般以上の量刑に服す。
人情味の溢れる、利益関係なく。
地域からも、頼られる親分さんもいます。
それも、一部の方だけかもしれません。
でも同じ悪でも、自身を悪と認めて生きている。
その点、天理教は。
人を使い古し、使い捨てにする傾向が強い。
人を叩きのめして、使い古しにしておきながら。
他の場では、
あの人は熱心に信仰して、尽くしてくれたと…。
どうして、その言葉がでるのか。
心のなさに、腹立たしいだけである。
末端から、金を上納し、摂取して。
末端の教会が困っていても。
末端の教会が普請、修繕するとしても。
本部や大教会が、寄付してくれることはない。
上部が寄付してくれる物といえば。
時代遅れの、お盆、置き時計、風呂敷とか。
記念…とか書いてあると。
リサイクルショップでも、引き取ってくれない。
粗大ごみになることもある。
上級あたりは、少しの金額は封筒で包むが。
結局、次の月には。
上級の月祭で、それ以上にお返しというか。
返金することなる。
上級が部内の月祭に来ると、御礼の他に車代を渡す。
しかも、毎月来られると、
一年の車代っていくらだよ!
人手が足りなくても、来てもらわない方がいい。
ありがた迷惑とは、まさに天理教上部です。
国家、行政、企業、会社、組合、渡世社会…。
世の中、確かに組織も縦社会はある。
理不尽も、あるかもしれないが。
仕事をして、給与を与えてくれる。
天理教の組織、縦社会は。
上部が摂取するだけの一方通行。
宗教法人の非課税とは。
人の為に、集まり使用する場所だから。
その為の、国が免除している恩恵です。
天理教の、とある教会の会長さんは。
うちは国に、税金払ってないから!
皆さんで使って下さい。
と、地区の集まりに、教会や駐車場を開放したり。
共働きで、親の帰りを待ってる子達を。
教会で夜まで預かったり。
地域の交流を深めている会長さんもいます。
出来るだけ、そう在って欲しいと思いますが。
天理教の教会は、閉鎖的な所が多い気もします。
僕の昔に、上級だった教会は。
敷地はとても広いけど。
部内の会長会議の反対を押しきって。
噂によると、一億近い借金をして。
当時の上級会長の、今までの名誉を誇示するような。
必要以上な、無駄な建物をたててしまい。
誰が返すんだよ!って感じでした。
利子だけでも相当ですよね。
減少気味だった信者さんも、さらに離れて。
朝晩のお勤めの人さえ揃わなくなり。
周りも分譲地になり、新しく越して来た方々から。
うるさい!とか、その他色々と苦情がきたり。
近所の子供が、自転車で遊びに来て。
「オウムだぁ‼」と、逃げて行ったのを見たことも。
どれだけ近所付き合いしてないんだょ…と。
その後、代を継いだ息子は…。
昔に、上級に息子が居たことさえ知らなくて。
あるとき突然に現れて、「あの人は?」と聞いたら。
上級の息子、後継者だよ!と言われて…。
後で他の人に聞いたら。
十代の頃は跡を継ぐのが嫌で。
引きこもりで、出てこなかったからだと。
「俺なんか、小学生の頃から。
月祭には、無理矢理にも駆り出されて。
引きこもる部屋があるだけ、俺より恵まれてるわ!」
と、皮肉たっぷりに返しておいた。
どうやら、天理の学校へ行って。
外国にも、しばらく行ってやがり。
教会に帰ってきたら、バリ天!気味でした。
代を継ぐと、さらに信者さんも離れてしまい。
部内の方々も、近寄らなくなって。
今は、どうなっていることやら。
天理教本部は、看板を貸しているだけで。
非課税に免除しているのは、日本国なのです。
理不尽を恩着せがましくするのも、天理教なので。
企業や渡世の看板は。
社員も家族も守り、支えてくれます。
天理教の看板は、家族や人を。
使い古して、使い捨てにしてしまうことも。
宗教法人をうまく利用している、
教会もありますけど。
教会や天理教の整理には。
時間も精神も削りますが。
専門家に、意見を聞くのが、僕も良いと思います。
ただ、司法書士の方々でも。
宗教関連、長引く案件、すぐお金に成らない案件。
あまり、手を出したがらない方が多い気もします。
宗教関連て、色々に難しいようで。
それぞれの教団の教則とかもあり。
必要以上の経費がかからないよう。
行政機関、天理教外の知人、インターネットなど。
利用できることは、全て利用してください。
系統によっても、拗れることもあるような。
本当は、天理教の教務支庁が、
中立性があれば、直ぐに済む話なのですが。
天理教側は、整理することなどに対しては。
とても陰湿で、手続きを教えたがりません。
教務支庁の担当の方も。
中立で協力的な方も、教団寄りで陰湿な方もいます。
割りきって、法人を残したまま。
生活を続けて行く方も、いるのも確かです。
裏社会などと呼ばれる業界では。
宗教法人を、一億ぐらいで買うこともあるらしいです。
全国の事情教会の整理もしないまま。
自ら整理を望み声を上げると。
烈火の如くに叩く天理教組織。
守りたいのは、人でも教えでもなく。
はりぼての、
穴だらけに荒んだ看板のような気もします。
でも、もう何年か経てば。
教会の整理、態勢の方針も変わるかもしれません。
とにかく、心折れないことを願います。
そうですね!
自分自身の歩みを振り返ってみると。
折れずに、腐らずに、今の此処まで。
乗り越えて、乗り越えて、
やっと此処まで来れたと思います!
ほんとに、自分でも思いますし。
社会にいても、周りの方々と対話しても。
自分がどれだけのことを乗り越えて来たのか。
感じることも出来ます。
世間、社会では味わうことの出来ない。
様々な経験と体験と、自己犠牲をしてきました。
歳よりも、経験に勝るものはなし!
仮に、天理教の上層部の方々とでも。
天理教用語になど惑わされずに。
堂々と対話出来るぐらいには、成った気もします。
僕の人生のバイブルは。
高校時代からアルバイトに始まった外仕事。
その後、別の職種の職人の弟子に入り。
二十数年続けた職人世界での経験と体験。
もう、無理に無理を重ね過ぎて。
体を壊し、職人界からは退きましたが。
日本人て、DNAが職人基質だと思います!
そして、先輩、同世代、後輩…仲間。
そして、バイブルには。
好きな、沢山のマンガもあるのです!
僕がコメントに書き込む言葉に。
「人間の尊厳、生きる魂、宇宙、森羅万象、志…。」
実は、マンガで響いた言葉なのです。
それぞれの作者の。
伝えたい熱量や想いが伝わってきて。
小説、文庫本などは、とても苦手ですが。
でも、自伝本とかは好きです。
この前は、田中角栄の本とか読み入りました。
僕は、正直なところ。
お筆先、おさしず、などは。
昔は家にもありましたが。
ほとんど読んだこともなく。
教祖伝なども、修養科の授業だけで。
別席の話も、ドジョウ…ぐらいしか。
でも、このブログであり。
他の天理教の掲示版を読むと。
お筆先、おさしず等を引用して。
わかりやすく説明してくれるコメントもあったり。
お筆先、おさしず、って。
本当に、素晴らしい内容ですね。
今更ながら、とても思うことがあります。
でも、今から取り寄せて読もうという気持ちは。
全くにありませんけど。
天理教を整理した時に。
天理教の全ての物、まだ使える書物なども。
天理教にお返しして。
僕が処分するものに関しても。
地元の神主さんに、相談して整理しました。
お袋の写真も、天理教関連に写っているもの。
僕自身の写真も、天理教関連に写っているものは。
全てその時に整理しました。
僕の家の中に、
天理教は、1つも残してくはありませんでした。
そして、年月も経ち。
今は天理教のお勤めさえも、あやしいぐらいです。
そして、僕自身の心も体も。
拒絶していると思うのです。
天理市へは、十年もっと以上行っていません。
現在の、本部内、周辺部、アーケード、詰所。
さらに、閑散とした。
寂れ続けて行く情景が、目に浮かびます。
そして。
お袋の介護、看病、看取り、送り出し、
その後の葛藤し続けた日々。
その時間は、僕の今までの人生の時間で。
一番に、濃くも重くもあり、乗り越える時間でした。
親との別れは。
間違いなく、人生に一度しかない。
人間には必ず、最期の末があることを。
思い知る時です。
そして、生きている。
ということを、もっと想うように成るときでした。
お袋との最期の時間と月日を通じて。
天理教が押し付け、騒ぎ立てること。
僕に対して、散々に天理教を押し付けてきた。
特に、上級や部内の会長方々、天理教な大人達が。
どれ程に、空しいものなのかを感じ得ました。
昔に天理教と接し、対峙していた頃に。
何か言い返せば。
反発だ、不足だ、お前は何もわかってないと。
「因縁があるぞ。悪いことが起きるぞ、何かあるぞ。
お前のために言っているんだ!」と。
当時接した天理教な大人達の九割ぐらいに言われて。
最初は我慢したけど、いい加減に呆れてしまい。
「人に対して、そのようなことを言って。
何が楽しいのですか?
それが、天理教だからですか。
あなたが俺に対して、面を向かって言ってる言葉は。
天理教のどうかでなく、あなた自身の言葉だ。
今のような言葉を人に浴びせて。
それを、教えだ、信仰だと喜んでいる。
俺は、貴方のような人には成りたくないから。
そうなりたくないから、天理教は要らない。」と。
もちろんに、さらに怒鳴られましたけど。
天理教でも。
年下や立場、相手を選んで。
調子に乗ってしまう方々が多いので。
大の大人が、出る杭を叩いて喜び。
末端の会長や信者さんが病気になれば、
信仰が足りないからだ、と怒鳴り。
言われた側は、押し込み、だとさらに縮む。
上部の会長が病気になれば。
大丈夫ですか?と金一封を持ち、見舞いに行って。
そのあとに、神のお手入れだと、陰口を言う。
いい人になろうと、装おうとしなくていい。
悪口も陰口を言うのはかまわない。
人と人として、言って欲しい。
ただ。
それを、神だ教えだと正当化して言うことが。
どれだけに、卑怯で恥ずべきことなのかを。
その当時も、今も思います。
カインさんも、ある記事に書いてあったように。
天理教は…後出しジャンケンだと。
確かに天理教は、後出しジャンケンをして。
あえて、引き分けを選ぶ。
白も黒もつけない代わりに。
世間には、様子見をして、当たり障りなく済ませ。
内側に対しては、相手を選んで、権威を振るう。
それでは、人は守れない。
卑怯…という感情が、強く残るだけです。
昨日の晩に。
他の天理教の掲示板を読み。
このブログを読み返して。
一つ思うことがありました。
僕の中では、最終形かもしれません。
天理教の云う、陽気ぐらしの実現とは。
「天理教を無くす」ことではないのか…と。
上級にお供えなど、
無理し続けて、身を削り続けて。
届ける必要はないですね。
信者さんが数人の教会は。
信者さんが数人になるまでも。
理不尽に耐えて、教会を守ってきたのです。
天理教の教会の半数が。
信者さんは数人、の状態なのでは。
横暴な権力や、
異常な金額のお供えを要求し摂取する。
そのように、人を踏み潰しても。
陽気と云う、会長がいつまでも。
注意を受けることなく続け。
地道に、信仰を貫き。
天理教に想い、意見や行動し。
末端と呼ばれ。
土台から、天理教を支え続けてきた方々が。
クビになるようなこともあるかもしれない。
そんな、理不尽な宗教は。
もう、要らないのです。
僕は、おやさまの雛形とは。
今までに、さほど考えもしませんでした。
でも、ほんの最近になって。
少し、わかるような感情が出てきました。
天理教がなくとも。
天理教の隠蔽、湾曲など調べあげても。
もしかしたら、親神様でさえも。
天理教の造り上げたものかもしれない。
そこには、真は無いような気がしました。
でも。
おやさまの雛形、生きざまも。
お筆先、おさしずも。
世界に認められたものなのですから。
天理教関係ない方々にも伝わる。
この世に残り続ける、生きざまと想いです。
お袋を看取り送り出し。
葛藤して、自問自答して、分岐点まで辿り着き。
天理教の因縁などは、
天理教が騒ぎ作り出しているものだと。
人は、人生を全し、最期を迎えれば。
そこには、天理教も宗教も、括りは無くなるのだと。
残るのは、想いなのだと。
先人の魂も、いつまでも。
現在の人達の都合で、縛り付けてはいけない。
信仰していても、何かあるときは何かある。
病気も怪我もする。
苦しいぐらいに悩む時もある。
どん底に落ちるときもある。
それは、生きているから。
後悔するのも、生きているから。
生きているから、これからも生きていく。
生きていく!というリアルを。
天理教の都合で、誤魔化せれたくはない。
人を踏み潰して、陽気ぐらしと云う。
そんな宗教ならば、要らない。
天理教に限らず。
真っ直ぐに信仰を想い敬う方々が。
宗教によって、報われないのであるならば。
宗教そのものは、要らない。
人は、宗教に振り回されてはいけない、と。
天理教組織の、続けてきた背伸びは。
もう、透けすぎて、要らないのです。
トップから、末端まで。
それぞれに、間違いは自覚しているはず。
もう、腹をくくり、道を示すべきだ。
これからの、子供達や若者達。
ずっと、理不尽を受け入れて。
信仰を通してきた会長さん方々に。
多くを捧げ、支え続けてきた多くの信者さん方々に。
ここれ以上、失望させないで欲しい。
何か一つでもいいから。
大切なことを。
ハッキリ示して欲しいです。
可能性は、少しでも残っている。
天理教だからこそ。
世界の組織の、先駆けに成って欲しいと。
そうここに、伝えます。
「信仰とは。神と自分の一対一の。
対話の繰り返しだ!」と。
宗教色の全く無い本に。
そんな一言が書かれていました。
何か、胸を撃ち抜かれた気がしました。
信仰にも、教理にも。
人の最期の時まで、答など見つからない
のかもしれません。
だから、毎日に求め葛藤し。
もがき、抗うものなのかもしれません。
そして、これは。
実際の、ある方の伝え残した言葉。
僕の好きなマンガに、引用されて知りました。
「stand & fight! スタンド アンド ファイト!
立って。そして、戦いなさい。」
世の中には、生きていくことには。
理不尽も、迷いも、葛藤も、不平等も必ずあります。
笑顔も、憂いも、愛情も、希望も。
乗り越えた先の向こう側に。
在るものかもしれません。
守りたいもの、貫きたいもの。
それぞれに在ると思います。
限りある、末のある人生に。
毎日の、常に過ぎ行く時間と月日の中で。
求め。立って、そして、戦い続けましょう。
天理教のブログかもしれませんが。
天理教を全く知らない方々も。
沢山の声を、書き込んで欲しいな、と。
僕は思います。
周りの感じたことって、とても大切です。
そこには、遠慮のない率直な、リアルがあるので。
せっかくの、全国につながる。
声の集まる場所です。
神や仏も。
宗教も信仰も教理もなくとも。
言葉一つに。
気が付けること、支えられることも。
沢山に、あります。
愚痴のはけ口であることは確かです。
本当にご苦労の連続であったと思います。
それはそれとして認めなくてはいけない現実です。
年祭のときは本当に大変のことが起こること。今回実際にありました。
それは、布教所の月次祭時、訪問した時にいつも迎えてくれる
布教所の奥様がいなかった。
月次祭の10日前のこと。
とある共同住宅での出来事。
今回の年祭テーマであるチラシを配っていた時に
そこの階段からすべり落ちて、大腿部分にひびが入り手術することになった。
これは本当にご守護なのか?
私は本当に災難であると思っていましたが、
見舞いに訪問した際に、ご本人は、反省の心を話されていました。
「私でよかった」というのです。
その言葉で私は純粋に信仰をされている姿に頭が下がる思いです。
私にはそのようなコメントはできません。
強い心とやさしい心を持ち合わせていないとできないコメントです。
そのような方からご守護を頂くべきです。
そうでなくては報われないです。
そう思います。
はぐれ雲様の散文詩のような文章には、胸にズシンと響く言葉が散りばめられています。
「天理教の云う、陽気ぐらしの実現とは。 天理教を無くすことではないのか…と。」 そうかもしれない、と思いました。
宗教は人を救うものでもあるが、又、人を縛り、苦しめるものでもあります。という文をどこかで読みました。天理教は残念ながら、後者になっています。 いんねんと、人を罪人の如く責め、罪の意識を植え付け、一生、理の親の前に、頭の上がらない人間にする、それのどこが、人をたすけていることになるのか? 天理教のいう、陽気ぐらし、とはどういうことをいうのか。 これ程、言葉と現実が乖離している宗教も、他には無いと思います。
nanacyさん。
その布教所の奥様の「私でよかった」という言葉。なんともいえません。
ちょっと無理しておられるかも知れないと思ってしまいます。
教会ではなく布教所ですから、経済的に基盤がある方でしたらいいのですが、末端の教会でしたら入院するのにも、後ろめたさを感じる方もおられるかもと思います。
天理教を批判する裏には、深い嘆き、恨み、悔恨、いろんな感情が張り付いています。愚痴を書くべきでは無い、としたら、批判も書けない、という事になります。何にしても、言論統制とも思えますよ。
匿名さま
同意です。
私の経験では文字にすることによって、他者に聴いてもらうことによって、自分自身を見つめることが出来てそれ以前の自分とは変わっていました。消化(昇華)されていくのかなと思いました。
出された批判や愚痴(?と思いませんが)の言葉をどう読み取るか、どう聴きとるかは読む側、聴く側の自由なのですから。
古い教会長さまが歩んできた歳月とその時代に生きた母が重なり、なんと申しましょうか。
言葉では語れない、どうしようもないものを背負って生きた、仕方のないことだったのでしょうか。
真摯に答えてくださっているのに、どうしたものか、あまりにも悲しすぎて言葉が見つかりません。
部外者です。無責任と思われるでしょうが感じたことを。
高校の時の友人が天理教に入っていて近所にも信者の親しい方がいたのでなんとなく興味は持っていました。奈良の山辺の道とかが好きなので天理にも何度か行きましたが本通り商店街、すごく寂れてましたのでびっくりしました。12、3年前は行事とかの無い土、日でも結構人が多く歩いてたのにと思いこのサイトを見ました。
あのすごい神殿、施設群を見ていると書かれている信者の方の苦しみが解ります。あれってみんな寄付でできたものでしょう?部外者でも想像つきますよね、維持するだけでも莫大な費用かと——。数多い詰所など普段はガラ空きでしょう、勿体無いですよね、何か活用方法は無いのかな?私も何度か勧誘されましたが大体がドライで不信心なもので——-まあ、この内容では入っていても辞めてますけどね。
高齢化社会だわ不景気だわでこれからますます信者は減るでしょう、信者さんも割り切って考えられたらと思うのですが無理なんでしょうかね。私の友人はそれから天理大学に入学しましたがどうしてるのやら、熱心でしたからまだ信者だと思いますが。
徳子様
熱心な信者様方には失礼を承知ですが、どうしてもこの考えが取り除けないのです。
徳子様の仰ったように、中山正善氏が天理教の教理の編纂に、深く関わっていたのなら、悪く勘ぐれば、中山みき様の教えも入ってるでしょうが、自分の宗教学上の知識を材料として、正善氏が作り上げた、正善教が、天理教の実態だった、正善氏は自分の考えを、みき様の教えとして、教理を作った、我々信者らが信仰していた天理教は虚構であった、という可能性だって否定できない、という事になりますね。
恐ろしい考えでしょうか?徳子様はどうお考えになります?
古い教会長さま
私が通う布教所はお店を経営しています。
道一条でないので、日銭稼ぎはできます。大丈夫です。
しかし、どこの自営業も稼ぎの波があるので、なんともいえないのですが。
私の経験上、必要となると稼げるものなので、心配はしていません。
神様はそうゆうところはちゃんと見ているのです。
そうでなきゃ。自営はやってられません。
布教所も最初は道一条でしたが、上級教会からのお達しで、方向転換しました。
事業立ち上げのころに信者さんの中に応援して頂いた方々がいて現在の姿となっています。
ある意味 信頼関係でここに集まっている教会 ということになりますでしょうか?
私のいる布教所はそんなところです。
教祖が「貧に落ち切った」のも、秀司さんが米相場に手を出して、失敗したからであり、又、ずっと貧に落ち切っておられた訳では無く、後には売り払ったものも買戻し、裕福な暮らしをしていた、という説もあります。ならば、教祖伝に書かれてある「この屋形取り払え」は全くウソという事になります。教祖伝は、虚実入り混じっている、と解釈するべきでしょうが、ならば、「教祖のひながたを通れ」、というのは、あまりにあつかましい要求です。確信犯で言ってるなら、呆れます。
天理教が「だめの教え」と書かれてるのは、正善氏が編纂した経典、教祖伝にて、そのように書かれてるだけで、おふでさきには「だめの教え」というお言葉は無かったと思います。「だめの教え」という言葉に、信者は必要以上に囚われてしまいますが、単に正善氏が、自教を、自分のとこが一番だよ、と言ってるだけです。他の宗教でも自分達の宗教を最高の教え、としますが、それらと、何ら変わりないということです。
売り払ったものを買い戻ししたのも事実。また教祖存命中の中山家の後半の暮らしは相当裕福であったと言うのは説ではなく史実です。相当のお供え金があがっていましたから。秀司さんがお供え金を溜め込んで教祖は嘆いていたらしいです。「教祖の時代とその周辺」と言うようなタイトルでしたか、史実にもとずいた書籍が出されていて読みました。一般信者が抱いている貧に落ちきった姿ではなかったようです。鯛にひらめではないですが、かなり贅沢な食材を手に入れ食していた帳面等が残されていて、中山家の暮らしが垣間見える史実に基ずく書籍です。そういう意味でも私たちは教団(中山家)からだまされ続けています。今もって。
「おふでさき」を、久しぶりに眼を通してみました。こんなことをいうと、叱られそうですけど、あまり内容が無い、と思われました。ひたすら、神の言葉を聴き分けてくれ、というお言葉がえんえんと続き、わかりましたから、早く、教えの真髄をお聴かせくだされ、いつになったら尊い教えをお教え頂けるのですか、とページをめくりながら思わせられる、という啓示書。
教祖のお歌形式の文の多さに比して、内容がそんなに無いように感じます。泥海こうき、、ほこり、往還道、たすけ一条などの記述もあるが、あまりの不要な文は省いて頂くのは、まずいのでしょうか?
はぐれ雲様、またここに書いて下さい。
あなたの投稿は、同じ思いを持っている者たちにとって、救いになるのです。
あなたと気持ちを共有し、涙し、過去を清算し、明日へ向かう、そのために、あなたの言葉がたすけになるのです。
お待ちしてます。
匿名さん、よくぞ言ってくれました。
たしかに「おふでさき」は、かんじんの神様の教えの内容が少なく、正味は今の10分の1もあればいいと思います。それもそんなにすごい、目が覚めるようなことが記されているわけではない。
早くつとめせよとか、そのくりかえしがやたら多く、ときに差別用語や下品な言葉づかいも見られます。生き神様の直筆とは信じられません。
みかぐらうたも、まったく単調なメロディーで、今の時代にはあわないように思います。あの複雑な手振りを全員やれと言われても困ります。
命の切り替えになるからと言って、習わされるけれども、別段何もかわりませんでした。おつとめしている人が長生きしているわけでもありません。
おさしづも、側近が腹が痛いとかしょうも無い相談ばかりしているし、刻限さしずも意味不明で、どうとも取れるものが多い。
教勢低下は、理の親がどうだとか、教団組織が悪いとか、皆さん書かれているけど、もともと原典がこんな状態なので、要は現代人には魅力が無くなってしまっているだけなのではないでしょうか。
匿名様
勿体ないお言葉に、恥ずかしくなります。
ありがとうございます。
僕は、…様。を付けていただけるような。
人格者ではありませんし。
僕自身が、社会の中で綺麗に!?
生きて来た…ともいいません。
葛藤、苦悩しながらも。
自分の存在意義を、探し求めてきて。
これからも、探し求めて生きたいのです!
いつまでも、生意気に、抗って。
最後の時まで、探し求めたいと願い生くのです。
ちなみに、「自分の存在意義」も。
僕の好きな、バイブルなマンガの。
響いた言葉の1つですよ。
書き込みをしていると、入り込み
話が脱線してしまうことが多く。
長々と、なってしまいますが。
気が向いた方は、お付き合いを。
伝えたい、主の書き込みを思った時に。
カインさんの記事に、当てはまるコメント欄の場に。
コメントしていこうと思います。
僕は、はぐれ雲、浮游雲です。
あちこちに、ふわふわと、現れますので。
縛られずに、時には黒く、雷もあるのかも。
結局のところ、脱線して。
長々と書き込んでいますが。
沢山の方々が、それぞれの立場、経験、感性で。
情報や書籍などを読んで、さらに伝えてくれます。
ネットの普及は、様々な問題、善し悪しはあります。
それは何事でも、善し悪しは付いて回るので。
判断し、取り込むのは、自身の感性です。
天理教に対しては、ネットの普及により。
天理教が、今まで装い続けてきた、
メッキが剥がれ落ちていきます。
もう、だいぶ昔から。
剥がれて落ちてはいるのですが。
本部、中山家一族、親族と。
自己満足な、横暴な権力を振るう方々も。
頑張って装おっているつもりなのでしょうか。
いつまでも、昔のような独裁思想は続きません。
天理教、中山みきさんの看板で。
人を馬鹿にするのは、もう見苦しいのです。
教祖伝はやはり、
中山家側寄りに作られた物、なのだなぁ…と。
修養科の時にしか、読んだことはありませんが。
とても、不自然なキレイさに。
なんだかなぁ?と感じました。
日本昔話の方が、まだ夢があるような。
貧に落ちきれ、も実際は違うのですよね。
僕もその記事は、他のサイトで読みました。
中山家は、一時期は暴落したが。
最終的には、裕福な生活をしていたと。
だめの教えは、正善氏が発したことなのですね。
たしかに、他の様々な宗教団体関係者と対話すると。
他の宗教の教えも良いけど。
やっぱりうちが一番!と、自信を時折みせたり。
老舗のラーメン店のような。
でも昔に。天理ラーメン。
カップラになって、コンビニで見たときは。
ちょっと感激でした!
「天理教の時代は、もう終わった。
天理教の役目は終わったと。」
と言う決まり文句も。
他の様々な宗教の方々から。
よく聞きましたけど。
僕には、
「天理教も、どこもかしこも。
どんぐりの背比べですよ。
それぞれの宗教団体内部に、問題も。
臭いものも、持っているじゃないですか。」
そう、お答えしてきました。
お菓子とお茶と、その方とのトークが楽しければ。
宗教話は、僕には二の次、三の次なので。
結局のところ。
教祖伝などが、組織寄りに作られた物としても。
秀司さんが、博打うちで、女遊びも好きで。
ろくに仕事もせず。
どうにもならん、息子だったのは事実ですね。
中山みきさんの伝えた、だめの教えとは。
「駄目な、どうにもならん息子に。
どうにか、ならないものなのか。頼む…。」
と、切々と嘆き、願い伝えた。
一人の親の、希望の願いなのかも知れませんね。
やっぱり、子が反れてしまっても。
なんとか、思い返し、真は持って欲しいと。
親は、願い伝えるものです。
今の天理教の現状も。
同じなのかも知れませんね。
「道を反れて、造反もし。
駄目な天理教に、どうにかならないのか…。」と。
親子にも、多様な親子関係があります。
中山みきさんも、息子秀司さんを想う。
一人の母親だったのは、事実なのです。
ただ、天理教内に蔓延る、理の親とは。
まるっきり、反対のような。
子が、親のワガママを聴いてあげている。
子が、親を成り立たせてあげている。
ただ、自身の子は可愛いから。
若と周りに呼ばせ、
贅沢を与え、アメリカへ留学させ。
自身より立場の弱い子には。
高校にも行かせず、結婚も破断させたり。
上納金は、キッチリ吸い上げる。
話を聞くだけで、心が腐ります。
中山家、血縁、周囲教団関係者が。
中山みきさんの。
想いと感性を、都合よく偽造して。
天理教の教え、天理教の生き筋として。
縦系統、天理教的な一方通行の縦社会を造り上げ。
神のご用、人助け、世界助けの名目で。
上納金を摂取し続ける。
そして、「確信犯」です。
土地や財や家族、家庭さえも失った方々。
個の人生の意味さえも失った方々。
どれだけの方々の無念つらみが。
天理教に遺恨を持ち、
無念が溢れていくのでしょうか。
天理教的に。
出直し、と言う概念がありますが。
中山みきさんから始まり。
天理教を尊う、会長さん、信者さん方々の。
直向きな想いや感性を。
天理教の一部の教団内部者が。
人を欺き。
自己満足な権力の立場の為と。
情もなく、ひたすらにお金の摂取に。
全力を注ぎ込む。
その、欺き続けた方々が、出直したら。
出直した先の世で。
オレオレ詐偽をするのですかね。
天理教の因縁とは。
よくにわかりません。
心を失うと。
痛まなくなるのですかね。
少しチキンな僕には。
時々に、心の痛まない人が
羨ましく感じる時もあります。
そう成りたい、とは想えませんが。
成れませんが。
僕は、教典も教祖伝もおさしづもお筆先も。
よくにわかりませんが。
天理教的には、落第者のような落ちこぼれでしょう。
それで良かったです!
天理教は、ただの通過点です。
もっと早くに、
見切り通過出きれば良かったのですが。
色々とありましたので。
社会で生きてきて。
これからも社会で、
自身の存在意義を探して求めて行きます。
自分の人生とは!
自分自身にしか、
造り上げることができない。
世に1つだけの、ブランドです!
天理教の全てを否定はしません。
もちろん、肯定もしません。
天理教の方々の全てを否定はしません。
天理教に存在意義を求め探す方々も。
もっと、堂々と胸を張って。
天理教を探して求めて。
それぞれの感性で伝えてください。
今日よりも明日は。
また新たな、発見があるように。
また新たな声も。
この場所に届けばいいな!と思います。
お道の中には、悩んでおられる方もおられますが、天理教のいい加減さと上手く折り合いをつけて、結構たくましく生きておられる方も多くおられます。
落ちこぼれた教会の会長さんが結構、骨があったりします。
裏も知っていて、自分の信仰を貫いている人もいます。
でも多くは、洗脳状態の人が多いのかな。
教会長講習会や大望塾で洗脳されるのだろうな。そういう人は、洗脳状態の時はイキイキとしているのですが、解け始めたり気づき始めた時に悩むのだろうな。
そんな人に、「無理しなくていいよ。今のまま楽しく生きればいいよ。」と、ちょっと話をすると、気が楽になったと言われることがよく、あるんですよね。
はぐれ雲さんへ
お母様の写真整理なされたんですね。
私の母は20年前阪神大震災で亡くなりました。
当時持ち出したのは膨大な家族の写真、月々の団参のスナップ
母が娘時代日章旗を持っていた写真も混じっていました。
70年も前になりますね。それを20年も抱えていました。
天理教では異端とされる愛町分教会の初代・2代目・3代目の写真もありました。
両親の写真だけ残して処分してしまいました。
ただ それだけのことですが はぐれ雲さんの清潔な文章に惹かれてコメントいたしました。
高校生の頃、夕勤め後「おふでさき」を母や信者さんの前で朗読するのが日課でした。
読後、心に残るものがなく単に我が息子のことを語っているくらいにしか理解できませんでした。
その中でひとつだけ記憶にあるのは「コレラというのが月日手入れや」の言葉があります。
私なりに要約すると、「コレラ!コレラ!とみな騒ぐが、これも神の手入れぞよ」
しかし、コレラを蔓延させないために、心を尽くし命がけで民衆を守った方々がおられます。
もちろんコレラ菌を発見された方がいて、救われたのですが。
ただ神の手入れで、指をくわえてじーと待っていることがいいことなんでしょうか?
人が人を守り、良心ある行動が人として正しい生き方ではないでしょうか?
匿名さまや無名さまと同じく、天理教の教理そのものに揺るぎないもの普遍的なものがあれば、もう少し違った形になっていたのではないかと思います。
それは、芹澤光治良先生のような優秀な方が信徒さんやその子弟にたくさんおられたはずです。
その方たちが、社会に出て世の中に役立つ人材として育てる環境を天理教教団がしていれば、なるほどお道の人はすごいな~となって、社会が認めてくれたと思います。
残念ながら、形ばかりにこだわり、人を育ててこなかったことが教団にとっての大きな損失ではなかったのではないでしょうか?
今となっては、もう遅いのです。
まるで、テレビドラマを見ているように、生々しい光景が見えるようです。教祖が秀司さんに、神様の仰せのとおりしてくれと、くどくどとかき口説き、秀司さんはそっぽを向いている。ギャンブルで家を傾かせ、金が欲しい、という事しか頭に無い秀司さんには、教祖の言葉も素通りするばかり。教祖を使って、いかに金儲けをするかという算段のみ。まるで、現在にもあるような光景です。
そしてそれは今の天理教でもあるのでしょう。そもそも天理教は、人助けより、金儲け、で立ち上げられたものかもしれない。天理教の、果てない屋敷普請、異常ともいえる、お供えへの執着。そもそも最初から、金儲け目当てで、崇高な理念など無かったから、ということでしょうか。
宗教は、金儲けが出来る、と知った者たちによって立ち上げられたから、欲にまみれた天理教になったと言えましょうか。何の不思議も無いことですね。信者たちこそ、いい迷惑です。
27日のNHK・TV「日本人のルーツ大解明、ご先祖さまを探る旅・・・」をどのようにご覧になりましたでしょうか?縄文人のDNAからルーツを探る内容でしたが、いまだにイザナギ・イザナミの神話を説く天理教首脳たちは見るに耐えられなかったのではと推察いたしました。かんろだいの一点つまり中山家の庭であった場所が人類発生の地であるとの「どろうみこうき」の完全否定であったと思うのであります。「人類のふるさと」はかんろだいのある中山家の庭だと思い込んでいる信者なんているのですか?教えてください。
みき様のおふでさきに飽き足りない方は、大本教にも出口ナオ様のお筆先、今、世に広く認知されている、日月神示などもあります。(サイトもあるから見られます。)泥海こふきも、別に、天理教の専売特許ではなく、大本にもあります。 日月神示を世に知らしめた、中矢伸一氏によると、黒住、天理、金光、大本、日月神示、すべて同じ神様らしいのですが、我々にはややこしくて、わからない世界ですが、要は、一つの宗教に入り込むのはお止めなさい、と言いたい訳でして。
あっちゃこっちゃ、いろんな世界があるよ、と、天理教が全てではないよ、と知って頂きたいのです。
こんなに末端教会や信者たちが
苦しんでいる現状を見れば、
中にはいい大教会長もいるとか、
教会制度も組織として必要悪だとか、
いまだに言う人がいるが、
全く間違いだ。
教会本部、大教会を頂点とした階級ピラミッドは
末端をこれだけ苦しめているという点で、
いちれつ兄弟としての存在意義を
まったく喪失している。
そんな大教会を解散して、
部内教会を自由にするような
勇気ある大教会長はいないものか。
末端さん、確かにそうですけれど、大教会長への本部の締め付けが結構あるのではないかと思っています。
しかし、多くの部内の長ですから、やる気になれば部内教会を守ることは出来るとおもいますが、問題意識を持っておられるかどうかが問題です。
しかし、多くの部内の長ですから→しかし、多くの部内を抱えている大教会長ですから
カイン様、皆々様、あけましておめでとうございます。新しい年の一番手の投稿が私で申し訳ないです。
私は一信者なのですが、信者といっても、月次祭に参拝する親の運転手として付いていく位ですから、一般人と変わらないです。その一般人の感覚からすれば、天理教社会は異常としか思えません。非常識を通り越して異常です。
知らぬ者がよけいな口出しをすることを、お詫び申し上げてから、あえて、差し出がましいことを言わせてもらいますが、なぜ、「お供えはこれ以上は出来ません。」と言えないのでしょうか。言ったら村八分に会う、ということなのでしょうか。
一つの末端教会で言いにくければ、同じような苦しい思いをしている末端で寄り集まり、話し合いの上、一緒に言上されるのはどうでしょうか。
この民主社会において、天理教社会だけは、いまだに江戸時代です。お上に逆らったら、牢に繋がれるのか、磔、獄門にでも遭うかのような、恐れを抱いておられるようです。
匿名の教会長様のお父上様は、誠にお気の毒で、上級に対する怒りが込み上げますが、上に従っていれば、同じような状態に陥りかねないのであれば、上にはっきり、物申したらいかがなものでしょうか。
村八分にされたとしても、借金地獄に陥るよりはましです。そんなことしかできぬ、しょーもない奴、と相手にしなければ良いし、もし、目に余るようなひどい事をされたら、弁護士や警察に相談すればよいです。世間の方が、本部や大教会より、頼りになるかもしれません。えらそうにえばってる奴らに限って、弁護士、警察という言葉に弱いものです。
一般人からの一つの意見として、申し上げました。ご無礼をお許しください。
テーマ: 天理教衰退データー
50年前の80年祭の年(1966年)には、初席者は年間11万人を超え、おさずけの理拝
戴者は年間3万7千人を超えていた。
<教祖80年祭と130年祭の人数対比>:
別席の誓い おさづけの理
50年前、昭和41年(1966年)教祖80年祭の年:112194人 37681人
一昨年、平成26年(2014年)年祭活動2年目: 11507人 5274人
———————————————————————————————————
48年間での減少数(年間) 100、687人減少 32、407人減少
(89.7%減少) (86.0%減少)
<衰退を続ける天理教データー>:
「天理教統計年鑑1981、2013、別席の誓い・おさずけの理拝戴人数一覧」
(2015年6月7日付けカインのブログ添付ファイル)。
年度 別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
1966年:112194人 37681人 記載なし 4547人 記載なし(80年祭)
1976年:119382人 33933人 記載なし 6450人 記載なし(90年祭)
1986年: 84190人 22892人 記載なし 4649人 記載なし(100年祭)
1996年: 35499人 13546人 記載なし 2554人 記載なし(110年祭)
1998年: 24994人 10417人 記載なし 1990人 記載なし(4代真柱継承)
1999年: 21970人 9898人 記載なし 2162人 記載なし(4代継承翌年)
以下みちのとも統計は毎年2月号、教庁決算は8月号:
年度 別席の誓い おさづけの理 修養科修了 教徒登録 教庁決算
2005年: 19568人 9444人 4201人 2065人 165億円
2006年: 22755人 9991人 3832人 1902人 159億円(120年祭)
2007年: 13619人 7055人 3176人 1528人 155億円
2008年: 13069人 6825人 3040人 1265人 155億円
2009年: 13431人 6763人 3138人 1320人 142億円
2010年: 13424人 6798人 2820人 1284人 137億円
2011年: 10780人 5850人 2451人 1057人 133億円
2012年: 10816人 5375人 2555人 1167人 128億円
2013年: 11862人 5541人 2446人 1069人 120億円(活動1年目)
2014年: 11507人 5274人 2546人 1037人 118億円(活動2年目)
2015年:1月―11月(実績値)
21898人 6365人 2358人 1016人 未定 (活動3年目)
2015年:1月―12月(推定値)
23000人 6700人 2600人 1100人 未定 (活動3年目)
<天理時報発行部数>:
1984年(昭和59年)10月13日(天理教史参考年表):
天理時報30万部達成。
2007年2月25日布教部・道友社決起大会時:
時報発行部数15万5千部(手配り率6.9%)。
2015年6月「布教月報2015年6月号」記事:
時報発行部数:12万6千部(手配率50.2%)。
<天理時報、31年間の減少部数>:
1984年から2015年までの31年間:
発行部数:17万4千部減少(58%減少)。
<「120年祭地方講習会」と「130年祭ようぼくの集い」対比>:
2003年3月―6月「120年祭地方講習会」参加者34万3千人。
2014年3月―6月「130年祭ようぼくの集い参加者」27万1千人。
11年間で7万2千人(21%)減少。
以上
テーマ: 現役会長平均死亡年齢81.5歳
みちのともに教会長、前会長、前々会長の死去を知らす「出直し譜」の欄がある。
この欄には、出直し日、氏名(享年、立場)、教会名、住所が記載されている(前々会長も
前会長と表記されている)。
2015年1月1日から6月30日までの6ヶ月間に死去した教会長、前会長(前々会長)の
平均死亡年齢を集計した。
集計方法: 死亡者全員の死亡年齢を男女別にエクセルに打ち込み、死亡年齢の合計
を出し、その合計年齢を死亡人数で割ることにより、平均死亡年齢を算出。
<「出直し譜」2015年1月1日から6月30日までの6ヶ月間集計>:
現役教会長死亡人数(男女合計): 130人
現役会長平均死亡年齢(男女平均):81.5歳
<内訳>:
現役会長(男)死亡人数:86人(平均死亡年齢78.3歳)
現役会長(女)死亡人数:44人(平均死亡年齢87.7歳)
<2014年日本人平均寿命(厚生労働省調査)>:
日本人(男)平均寿命: 80.5歳
日本人(女)平均寿命: 86.8歳
女性は3年連続世界一、男性は世界3位。
<天理教現役会長平均死亡年齢と日本人平均寿命との対比>:
天理教現役会長(男)平均死亡年齢78.3歳は日本人(男)平均寿命80.5歳より2.2歳短い。
天理教現役会長(女)平均死亡年齢87.7歳は日本人(女)平均寿命86.8歳より0.9歳長い。
<分析>:
現役会長(男)が平均78歳という高齢で死去すると、その教会は教会長不在となるか、ま
たはその高齢な妻が教会長となる。
超高齢教会長(女)が数年で死去すると、その教会はそのまま教会長のいない無担任教
会となる。
78歳(男)や87歳(女)で死去した教会長に息子や娘がある場合、かれらは教会ではな
く外の社会(会社、役所、教職員その他)で働いていることが多く、年齢的には50歳台で
10年ほどで定年になる。
定年になり年金が受け取れる年齢となり、実家の教会長になる者も何割かいる。
一般社会においては御用済みであり、においがけお助けに走りまわるために教会長に
なるわけではなく、老齢の信者が若干いるので義理で教会長になり、何もしないとボケる
ので健康のために教会長になる。
教会に住めば家賃はタダで、生活費は年金でまかなう。
定年になっても教会に戻らず教会長にならない者も、割合は不明であるが相当多い。
教会長が平均78歳(男)や87歳(女)という超高齢で現役のまま死去しているのが、天理教
教団組織の実態である。
一般社会にはあり得ない「超高齢組織」であり、天理教教団組織が空洞化していること
の証しであり、将来の存続が極めて難しい組織である事は誰の目にも明らかである。
では、教会長が平均78歳(男)や87歳(女)という超高齢で後継者も決めず、無担任教会に
なることを知りながら死去する事は、果して間違っているのであろうか。
結論から先に言うと、間違っておらず、極めて正しい出直しの仕方である。
末端教会長を親に持ち、時代錯誤の世襲制身分制度の中で、末端教会に生まれたその
日に末端教会長となる人生が決まっていた人たちである。
上級や大教会に家来のように扱われながらお供金を上納し、若いころはおだてられてそ
の気になっても、30代になれば教団の教える教理は真柱や中山家、教団幹部を美化し、
神の教えを曲げたウソの混じった中山教であり、本当の中山ミキ・おや様の教えではないと誰でも気づく。
上級や大教会長が尊敬には値しない人たちであることをいやというほど見聞きし、体験する。
気付いた時には手遅れで、末端教会長を続けるしか道が無い。
組織・制度にガンジガラメになった末端教会長が苦しまぎれに使い分けるのが面従腹背、
自分の力では解決できない難しい事は考えない、諦め、ホンネと建て前の二枚舌。
面従腹背、ホンネと建て前の二枚舌の人生は、自ら選んだ道とはいえ、中山ミキの教え
に反するから苦しい。
おや様の教えでは、人間の常命は115歳である。
ようぼくの中のようぼくである現役教会長なら、世間一般の人より長生きするのが自然で
あろう。
信仰的良心に反し、自己矛盾に満ちた苦しいストレスだらけの人生をおくるので、現役教
会長(男)の平均死亡年齢は78.3歳となり、一般の日本人(男)平均寿命80.5歳より
2.2歳短くなるのであろう。
日本人が女性は世界一、男性は世界3位の長命をえたのは天理教のおかげではない。
日本人は勤勉に真面目に良く働き、自らの努力で、生活水準が向上するとともに寿命も
延びてきた。
陽気くらしを掲げる天理教が衰退すればするほど、日本人の生活は向上し寿命が延び
るとはなんと言う皮肉であろうか。
日本も世界もウソ混じりの「中山教」を必要としていない。
中山ミキの本当の教えではない、教団が教えるウソ混じりの中山教は自分の代で打ち
切りにしようと決意し、後継者も決めず息子や娘に教会を継がせない超高齢現役教会
長は、ものも言わずにろうそくの火が燃え尽きるように消え去る。
わずかな信仰的良心が残っている超高齢現役教会長が見せる教団への最後の抵抗で
あり、まっとうな出直し方である。
<参考>:
「出直し譜」2015年1月1日から6月30日までの6ヶ月間集計:
前会長(前々会長)死亡人数(男女合計): 115人
前会長(前々会長)平均死亡年齢(男女平均):86.8歳
「平均余命」:各年齢の人が平均してあと何年生きられるかの期待値が「平均余命」。
「平均寿命」:その年に生まれた0歳児の平均余命が「平均寿命」。
「平均寿命」と「平均死亡年齢」は異なる。
以上
自立人生様のコメントはいつもながら考えさせられる内容であり、我自身を振り返り我の呪縛を紐解く作業の役にたっております。
いまだに一族が天理教信仰者なので、私の姉など人としてどうなの?みたいな生き方をしておりますが、大教会婦人会№2の位置にいるらしく、おかしなことをしている姉のことをを味方していて、天理教批判者である私の顔を見たらいちゃもんつけたくて説教してきます。
とってもおかしな奇妙な世界ですが、どっぷりハマる人が教団の存続を維持しているだろうけど、傍目からみているとなんだかお気の毒なように思います。
「みちのとも」という天理教の刊行誌に、お道に非常に熱心な婦人会長が、信者のお供えのほとんどを上級にまわし、教会に一緒に住まわれているお母様が、ガス、米代、など何か月も滞納しており、再三催促されている、それの支払にお供えを廻したい旨を、遠慮しながら言うと、親を厳しく叱りつけ、人たすけに燃え、神様の為に尽くしきる、ごりっぱな娘さんの記事がありました。お母様は娘に、それ以上何も言えず、黙してうつむくのみ、という内容でした。
それを読んで、娘会長さんのご立派さに感心するより、親ごさんの胸の内を思うと、お気の毒でした。娘さんは、信仰の上からは賞賛されるのかもしれませんが、支払の催促に、つらい思いをされている親ごさんに対し、もう少し心を使ってあげるべきなのではないでしょうか。信仰熱心が過ぎると、世間からずれてくるように思われます。
「みちのとも」は、本部の指示なのか、そのような記事ばかり、載せているようです。はっきりと、洗脳の意図を感じます。
私の知っている老婦人の会長は、とても熱心でした。
でも、晩年は病院で寂しい最後でした。
それを見ていて、今いくら頑張っていても、お供えが出来なくなったら自分も同じ扱いだと思いました。
一生懸命やっている人が報われない姿を沢山見てきました。
お供えなんて、減らしてもしなくても、関係ないです。平気です。
心を煩わせることが一番よくないことです。
自分が納得した生き方をしたいです。
そもそも何のために「お供え」をするのでしょうか?
苦しいと藁にもすがりたい思いになり、「お金(お供え、心定め)で解決」できるのであればと思い、
無理をしてしまうようなこともあるかもしれませんが、物事を解決するのは、
本当にお金(お供え、心定め等)なのでしょうか?
多額のお供えをしたり、貧しい生活を自ら選択しているのは、
具体的にはどのような理由からなのでしょうか?
自分を犠牲にすればするほど、それが後で何倍にも自分が望む良い結果となって帰ってくる
という考え方も聞いたことがありますが、
それでは、神様が与える 「今」 を放棄して、 「自己犠牲」 を神様に差し出し、
神様と取り引きをしていることにはならないのでしょうか?
神様は、本当にそのようなやり方、生き方を望まれているのでしょうか?
自ら自覚できる因果応報という考え方は理解できますが、
人を苦しめる「因縁」という法則は、本当に神様は創られたのでしょうか?
呪縛さま
阪神、淡路大震災。
二十年前の当時に、TVに映った光景は。
同じ日本とは思えず。
理解が出来ることでは、ありませんでした。
その後、毎日に続く報道で。
大震災というものを、少しずつ知っていきました。
でも、やはり。
TVの向こう側に広がる光景は。
理解出来ることでは、ありませんでした。
昨年、NHKの特集で。
阪神、淡路大震災の時に。
生まれた子供達が、成人式を迎える…と。
それぞれの若者達、大人達の。
胸中に残る想い、残像を語っていました。
成人を迎えた子達に。
たくましく一歩一歩、
歩んで行って欲しいと願いました。
東日本大震災も同じく。
沢山の方々の、胸中に残る想いを。
TV、ネットで読み聞きました。
被災された方々、被災地の方々の。
悲しみや、消えない恐怖、絶望感。
生涯背負っていく、傷、痛み、辛み…。
受けられた方々の胸中は。
受けられた方々しか、わからない。
でも、それぞれに。
胸中に、色々な想いと一緒に。
生きている、生きて行く。
人生には、教えも理屈もないのかもしれません。
僕は、母を介護して。
日に日に、痩せ細って行く姿を看て。
日に日に、自身で手も動かせなくなる母を看て。
母の最期と、別れが来る。
覚悟をする時間がありました。
母は、平均寿命よりは少し早かったですが。
それでも、介護、看病しているとき。
病気に壊され、苦しむ母を看ることが。
辛く、逃げたいと思いました。
震災により。
ご家族が、突然に、一瞬に。
居なくなる現実を。
震災という、目の前に広がった酷な現実を。
受け入れることは、
受け入れられることでは、ないかもしれません。
時間が解決できることでも、
ないかもしれません。
そして。
生きている、生きて行く。
言葉には成らない想いも辛みも。
人それぞれの形で、胸中に在りますね。
僕と母の間には、天理教はいらない。
どちらが、親でも子でもいい。
僕と母が、在ればいいのだから。
天理教に写る母の写真に、
残す想いはありませんでした。
そして、亡くなった母も。
看取り、これからを生きる僕自身も。
天理教から、解放してあげたかった。
天理教以外に写る母の写真は。
アルバムに残してあります。
僕の家にも。
歴代の大教会長、上級会長、会長婦人の方々の。
写真がありました。
その方々に対しても、想いはありませんでした。天理教の物と一緒に、整理いたしました。
昔に。
天理教が、家の中にあった頃。
おつとめ、月次祭…。
天理教のお社と対した時、
何を願い、何を望むか。
とりあえずに、天理教に対しての。
膨れ上がる、
嫌悪感を抑えるのがいっぱいでした。
天理教に対しての、理不尽を訴えるように。
睨み付けていたようにも、覚えています。
天理教を整理して、母を看取った後日に。
「俺の家の中に、宗教はいらないけど。
でも、母ちゃんの居場所は欲しいから…。」
と、神主さんに相談して。
小さな信徒壇を買いました。
母ちゃんの写真を置いて。
毎日に、朝晩と。
多いときは、一日に何回でも。
信徒壇に納まる母ちゃんと。
ほんの一言、二言と対話してます。
「母ちゃん!おはよう、おやすみね。
母ちゃん!行ってくるね、ただいまぁ。
母ちゃん!今日はプリン買ってきた。
母ちゃん!今日はね…」と。
天理教があった頃に。
天理教のお社に対峙したとき。
こんな気持ちには、成れなかった。
天理教では、得られるものはなかった。
手を合わせる想い。
願い祈る想い。
そこには、教えも神様もない。
強要もない。
手を合わせる想いには。
その人にしか、わからないものが在るのだから。
何を守りたいのかさえ、
伝わらない天理教が。
作り騒ぎたててきたことなど。
どこか、とても虚しいものにも感じます。
呪縛さま。
呪縛というネームを読んだときに。
僕の考え過ぎかもしれませんけど。
何かに、自身を。
縛り続ける想いがありますか。
消えない残る辛みが在りますか。
僕も、生涯に背負っていくことは。
大小に在ります。
でも、少しずつでも。
解放して生きたいと思います。
社会学研究所に集う皆様方も。
狭く偏ってしまった天理教では。
感ぜられず、得られないことが沢山あって。
広く流れ行く、日々の各々の日常の中に。
想い得られることが、
沢山に溢れていると思います。
今日は昨日よりも。
一つでも、気が付けて。
想い得られることが在りますように。
震災にあわれた方々のことを思うと、神様こそが、まさに理不尽とも思えますね。もしかして、神様の目には人間はアリ程度のことなのか、と感じる事もありますが。それでもはぐれ雲様のおっしゃるように、生きていくしかないのですよね。命が尽きるまでは生きていくしかないのですが。だから、よけいに、自由に、縛り付けられずに、生きていきたいものと思います。私は、親を、天理教の御霊様には祭りたくはないです。死んでからも、天理教の上下関係の中で、肩身の狭い思いはさせたくないです。
みき様にかかった神様は、中矢伸一氏の説に拠ると、ニギハヤギノミコトという、神武天皇が大陸から渡って来て征服するまで、大和の地を広く治めていた、その地方の首長であったそうです。初代天皇であったともいうことです。それで、合点がいったのですが、おふでさきに、「とうじんにほんをままにする」と、とうじんに対する恨み言がやけに多いが、それは文字通り、大陸からの征服者に対する、被征服者の恨みつらみであるように思います。中山家は、未だ教えを知らぬ人々、と恣意的に解釈していますが。
しかし、世界中は皆わが子とも仰せになっている、それと、とうじんに対する恨み言と矛盾するように思いますが、みき様にかかった神様は、高次元におられる霊であるでしょうが、神様の心中も複雑というところでしょうか。
その高次におられる御霊様が、この世界をご創造された、最上位の神様のお心を、お教え下さったのかもしれませんね。
はぐれ雲さんへ
>呪縛というネームを読んだときに。
>僕の考え過ぎかもしれませんけど。
>何かに、自身を。
>縛り続ける想いがありますか。
>消えない残る辛みが在りますか。
その通りですよ。
母を失った悲しみは消えましたけど
今、体調も経済的にも絶不調でしてね。
困った時の神頼みで検索して研究所に辿りついたんです。
幼い頃、寝物語に聞いた天理教に救いを求めようとしましたが
自力で解決しなければ無理なようです。
ところで、はぐれ雲さんのお母様は亡くなっていませんよ。
はぐれ雲さんが、思い続けている限り、はぐれ雲さんの心の中で
生きていらっしゃいますよ。私の母も生きています。
肉体は脱いでも、霊魂はずっと生きているそうです。これは単なる願望ではなく、実際の話だそうです。お姿は、この世にいる我々には見えませんが、はぐれ雲さんや呪縛さんのすぐ傍に、今も来られてるかもしれませんよ。
上級に一切、ノーと言えないなんて、常識で考えれば、おかしなことなのに、そういうことが不自然だ、と思う感覚すら、麻痺してくるのだろう。大教会長なんて、末端から見れば、雲の上のやんごとなきお方、という感覚であろうが、そういうことは、教祖の教えには無かったことだ、と、少しでも通常の感覚を取り戻した人たちが、増えていけば、だんだんと、教団も、今よりマシなものになるかもしれないが。
皆さんは年祭のお供え金どのくらいしているのでしょうか?
私は正直あまりお供えしていないほうです。
しかし、月次祭もお供えしている。年祭もしている。
今回教会の外壁工事のお供えもして今年は結構自分なりにお供えしました。
先生方も不満もなく受け取ってくださいました。
お供えしたから幸せがくるわけではありませんが、お供えしないと悪いような気がしてですね。
私は天理だけじゃなくて、おつきあいと縁が重なり、毎年、春・秋に地場の2神社で、お付き合い程度ですが
お供えしています。
私のような人って日本国中いるのではないかと思います。
もし、自分の母親が亡くなれば、今度はお寺様にも毎年夏・冬に、お墓の維持でお供えしなくちゃいけない。
日本はやおよろずの神様がいっぱいいる。御付き合いと思っています。
だから、そんなに多額なお供えはできません。
でもお供えします。
家内安全・商売繁盛をお願いしているのだから。
当然、お供えはしなくてはいけませんね。
同じ教会の信者さんですが、高野山の方にも参拝に行かれてますね。うちの教会では一番多くのお供えをしてる方ですから、会長さんも気を使ってるのか、何も言わないですけどね。まあ、反対する理由も無いからでしょうね。
やっぱり、日本人の感覚は、一つの神様ばかり拝んでたら、他の神様に申し訳ない、と思っちゃうのかな?まあ、どちらがいいともいえないところですね。
カインさんが、こんなに、天理教のことを詳しく研究されてる意図は、なんなのだろうか、と不思議に思う。カインさん自身は信者でもないとのことだが、知り合いに天理教の会長がいるというだけで、これだけ綿密なデータを調べ、鋭い批評を論述され、我々にとっては、随分と目からウロコをとらせて頂いた、奇特な方という他ないし、ありがたいことと思う。
カインさんの天理教に対する意識も、当初に比べて、だいぶ厳しくなってきているように感じる。天理教をよくしようとしてくれているのか、上に目くらましされている、教会長達や信者らを啓蒙しようとしてくれているのか。何にしても、カインさんには、天理教研究に嫌気がささず、ずっと続けて頂きたい、とお願いします。
このHPに限らず、インターネットの普及により、いろんな情報が氾濫している。
天理教も情報氾濫で、ある部分被害者でもあり、加害者でもある。
それを信じるか信じないかは私たち閲覧している人が判断することです。
私は先生にこのHPの話はしましたが、結局この話題は避けるようにしています。
これ以上討論しても平行線であるわけですから。
個人個人で判断することです。
そうゆうことですね。
皆様の貴重な御意見 胸がすくわれる思いです
長年信仰させて頂いておりますが、近頃教会に不信感を抱くようになり悩んでおりました。
私は親神様、教祖をお慕いしておりますが、会長様はお慕い出来ません
おつとめもひのきしんもお供えも心をそえなければなりませんよね
なかなかしんどいです
若い頃は気付かなかった、今気づいていまいました。色々。。。
実家の母が教会の娘でした
子供の頃は部内の会長様達に教えられて育ちました
誰にでも好かれ本当に慈悲深い素晴しいお方ばかりでした
初代の会長様方はどなたも皆、教祖の教えを守り、おたすけをして
教会を設立なさったのでしょう
2代3代4代5代と代を重ねると親の徳にあぐらをかき
おたすけどころか好き放題の有様
信者さんもどんどん減っていきます
教祖もお嘆きかと思います
友人 知人はほぼ教会長、または夫人
はっきり言うと申し訳ないのでこの場をおかりしました
有難うございました。
『天理教の「御供え」について』とうい掲示板に「さっちん」という人の書き込みがありました。
http://6706.teacup.com/5051/bbs
『クレームが出そうですが、どうかお許しを。
「添い切る」「立て切る」「信じ切る」「尽くし切る」、まだ有りましたっけ?こういう言葉に、だんだんスポイルされていくのではないでしょうか?自分の意思は失くせ、絶対服従せよ、と言ってるように思えます。
そしてもう一つ、私が違和感を感じるのは、「思わさせて頂きます。」こんな言い方、日本語であります?講話などで、先生方が皆様よくお使いになってるみたいですが、私は耳障りに感じます。私だけでしょうか?そんな事思うのは。』
結局は、洗脳。マインドコントロールなのです。
130年祭なんてしょせん天理教だけの内輪のお祭り
年祭、年祭と目の色かえて信者にハッパかけてる教会長を見ているとしょうじきドン引きします。
もっと世の中を見たらどうかと言いたい
情けない天理教
信者ですがさん、
教会にはお社はあっても神様は居られないかもしれません。
一人ひとりの心の中に神様はおられます。
お供えは、会長が受け取っているだけです。
それでもよいと納得して持って行って下さい。
何も得るものはない、と納得してお参り下さい。
全て自分でよく思案して、自分の責任で、自分の意志で行動して下さい。
私は古い教会長様のお考えに賛成です。でも、ご本部からは異端だと言われるのではないでしょうか。心の中に神様がおられる、というのは、天理教ご本部の教えとは違うと思いますけど、私も、自分のうちに神様が存在して下さっている、という方が真実と思います。
只、ちょっとご質問させてください。おぢばは、運命切り替えの場所と教わりました。おふでさきにもそのように書かれてたと思います。やはり、尊い理のある場所には違いなかろうと思いますが、教会には神様はおられないだろうが、おぢばに対しては、どう思われるか、古い教会長様のお考えを、お聞きできますでしょうか?
匿名さん、
私は研究者ではありませんので、詳しくは分かりませんが、おぢばは「世界たすけ」の、おつとめをする処で、
おぢばの中心に居られる方は、大きな責任と義務があると思います。
参拝者、帰参者が多くても少なくても関係無しに、真実込めたおつとめを、し続けることが大事だと思います。
神様の方を見ないで、人の方に目が行っているのではないでしょうか。
毎日、おぢばでおつとめをするべきです。
130年祭は26日一日だけです。では春季大際はいつやるのですか?
全国の教会、教区、支部の中で人材を出して、おぢばで毎日12下りのおつとめがつとめられたら、人も神も勇まれるでしょうね。
おぢばは、ある特定の人の専売特許ではないのです。
ぢばの理を戴いて、各教会でも月次祭が行われるのであれば、どこの教会でも同じ理となります。
わざわざ、上級や大教会に行かなくてもいいし、別に来て貰わなくてもいいのです。
参拝に行けば、お供えがいります。来ていただいたらお礼がいるのです。
とにかく、いつもお金がかかるシステムです。
立場によれば、いつもお金が入るシステムでもあります。
同じ理ではないのです。
おつとめの責任を地方の教会に押し付けるのではなく、おぢばで、しっかりと「世界たすけ」のおつとめをつとめて頂きたいです。
古い教会長さんへ
全く仰るとおりです
教会と信者はお金で繋がっています
部内の教会長さん達もお気の毒です
ワンマン会長ですから
お金が無いから教会に行けないと嘆いておられる方も大勢おられます
慎ましい暮らしをしてお供え運んでおられる信者さんばかりです
歳老いて参拝行かなくなったら放ったらかし
宅祭には来られますが
目的はお供え
何なの~
私も将来考えて慎みたいと思います
幼少の頃 おやさま の絵本を与えられました。
ボロボロになるまで毎日毎日読んでいた者です
家族に手をひっぱられ本部の廊下をすべって遊んでいました
毎年友達いっぱい誘ってこどもおぢばがえり行きました
電話もない時代でしたので、5月ごろから毎日母と友達の家に行き、おぢばがえりの勧誘をしてました
楽しかった思い出です
失礼しました
今さっきの話ですが。
日課のウォーキングをしていたらシルバーカーにハッピを載せて歩いているおばあさまを見かけましたので
こんにちわと声をかけしばらくお話しました
錦E大教会からの錦織?分教会の信者さんだったそうです
跡取りがいなくて今や跡形もなくなってしまったとおっしゃっていました
それでも天理教の教えが好きでこうしてわざとハッピを持ってよくあちこち行くのだと
お歳は90
頭下がります
そういえば以前も1時間ぐらい世間話したこと思い出しました
いつもの事ながらお道の人によく出会います
知らずにお付き合いしていたら神殿でばったり出会ったり
よくあるんです そんなこと
所属」されている教会が、跡取りが無いなど、何らかで、なくなるのだったら、会長さんが、責任もって信頼できる教会にご紹介するなりすればいいと思うのですが、でもやっぱり、自分の長年所属していた教会じゃないと嫌だということもあるかもしれませんね。もし、その信者さんがお若い方で、教会に通いたいというのなら、ご紹介するなりのことはしてあげないといけないと思いますね。
しかし、いろいろと問題はあるにしても、特にご高齢の信者さんなどは、そのように、お人柄の良い方が多くて、ありがたいことだと思います。
古い教会長様
見識のある方と存じ上げますので、納得の行かない点を、お聞かせください。
>教会にはお社はあっても神様は居られないかもしれません。
>何も得るものはない、と納得してお参り下さい。
そうしますと、古い教会長さんは、献饌などは一切しておられないのか、お祭りもしておられないのか、信者さんを一切、自教会に参拝させておられないのか、一体教会長さんとしてどのようなことをなされているのか、をお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?信者さんを教会に集めて、お話なども一切なされてはおられないのか・・・?
匿名様。
神様のご守護は世界に満ち満ちています。だから教会の狭い箱の中に閉じ込めてしまっては、いけないという思いです。
もしそこの教会の会長に信仰が無ければ、いくら教えを説いても、そこには神様は居られないという意味です。
お供えをしたから助かるとか、願いが叶うとか、何かを求めてお供えをしても、人間の思うようにはいかない。
目に見えたご守護は何も無いかもそれませんが、それを承知で納得してすればいいことだと思います。
目に見えない、何かを得るかもしれません。
私は日々、今までの歩みを反省をしながら人の役にたつ人間を目指しております。
人間としての生き方が大事だと思い、天理教の立場からではなく、人間として、会長として、どう生きるべきかを自問自答しております。
匿名様。
>教会にはお社はあっても神様は居られないかもしれません。
教祖は「神はあるといえばある。ないといえばない」と言われました。
教会のお社には神がいる教会と、いない教会があるのでは。
>何も得るものはない、と納得してお参り下さい。
神のいない教会では、何も得るものはない。と思います。
よく自分の頭と心で思案して、納得して、自分の責任で行動することが大切かと思います。
理解致しました。古い教会長さんは、教会長としてのお仕事はされてるわけですね。
しかし、古い教会長さんのおっしゃることは、抽象的、あるいは形而上的というか、わからない時が、たまにですがありますので、ちょっと、レベルを下げて仰って欲しいな、と思う時があります。すみませんが、よろしく。
前に、上級に、「お供えはしたくないです、お供えの意味がわかりませんから」とか仰ったそうですが、上級からその後、嫌味、あるいは叱責など、無いですか?古い教会長さんの貫録の前に気圧されて、言えないのかもしれませんね。なかなか、古い教会長さんのようには、他の教会長さんは、上に言えないと思います、残念ながら・・・。
匿名さん、
私も結構、上級には気を使っているのですよ。
ただ、おかしいことは、おかしいと言う努力はしています。
しっかりした強い意志があれば、誤解や偏見はなくなります。
今はとても良好な関係ですよ。
いち教会としての最低限のつとめしかしていませんが、それで十分だと思っています。
26日は皆様本部参拝に行かれるんですよね
物心ついてから4度目の年祭ですが今回は自分の心ト向き合い
神様とだけお約束しました
一応守ってこれたかと自負しています
教団本部には学校始めなんでもありますよね
老人ホームとか介護施設は作れないのでしょうか
個人教会レベルではなく大々的な
そうすれば私も安心してお供えするよと
言われたご婦人がおられました
私 入力たどたどしく
稚拙な言い方しか出来なくてすみません。
もっともっと言いたい事や聞きたい事はあるのですが
文字におこすのは大変です
お付き合い下さり有難うございます
訂正します
物心というより自分の意思を持って迎える5度目の年祭です
うちの会長さんは、借金作ってまで、お供えをされていた方ですが、最後は寝たきりになり、実子がおられず、養子さんは教会には寄り付かず、病院に入ることも出来ず、教会に寝たきりでしたが、おかわいそうでした。一生懸命天理教に尽くしても、天理教さんは、最後の面倒はみてくれないのですね。
身寄りの無い会長さんなどが、最後を安楽に過ごせる場所、会長さん用の老人ホームでも作って下さればいいのにな、と思います。
気の毒な会長さんですね。要するにいくらお金を積んでも、ご守護は「お金の取引ではない」という証明ですね。ご守護を信じてお供えを上げきった会長さん。それでも結末はご守護のない姿ですよね。お供え信仰と最後の悲惨な結末。どう説明がつくというのでしょうか。やっぱり洗脳だったのですね。自分自身の中にいる「内在神」に向き合い、感謝し、毎日を生きる。人の中に居る「内在神」を尊ぶ。そして助け合う。自分も他人もすべての命は天然自然のエネルギーや、宇宙の法則や、自然の深遠な力の中に生かされているという真実。そういうことを心におさめて日々を謙虚に生きる。それでよいのではないでしょうか?不幸にして教団組織に組み込まれ、お供えのお金で悩み苦しむより「さわらぬ神にたたりなし」ということかもしれませんね。今ではこの信仰形態が人間の都合によるものだということが判りかけて、お供えはしないと決めました。心が随分開放されて陽気に過ごせるようになりました。教団に渡さず、人の役に立つようなお金の使い方をすれば良いと思っています。
匿名様のお言葉、至極もっともと思います。今、よく、内在神という言葉が聞かれるようになりましたが、これは伊勢白山道さんから始まった言葉なのでしょうか?それとも以前からあった言葉なのでしょうか?一時、伊勢白山道さんに傾倒していたこともあり、アマテラスオオミカミ、と拝んでましたが、いつの間にか止めてしまいました。
なぜ宗教を信仰しなければならないのでしょうね。宗教は所詮、他人の手垢がついてしまった神の教えです。神様は、あらゆる人間に、それぞれに、啓示を発せられていると、言います。それらを感じ取れた、特別な人が教祖として、あがめられるわけですが。
でも、私たち皆、心を澄ませ、神の声を聴きたい、神の思いを知ろうとすれば、神は私たちのもとに訪れてくれるでしょう。他人が作った宗教を、信仰させられるなんて、馬鹿らしいとおもいませんか?それより、自分の神様を見つけ、自分の神様を信仰しましょう。
こちら同様、お供えの掲示板に投稿されているコメントに只ひれ伏しております
プータローさん、ぶたまんさん、一文字さん、しんどいさん、ラグビーさん、kazuさん、すみませんさん
まだまだ全部よみ終えていませんが、いっぱい教理を教えて頂きありがとうございます
何百回聞かせて頂いた教会の講話など足元にも及びません
特にさっちんさんのコメントが解りやすく私の気持ち代弁していただいているようです
昨年10月26日のコメントは全くもって仰るとおり!!!
冷たい板の間に何時間も座った時はさすがに疲れました
でも皆さん平気そうなので口にも出来ません
かんろだいでおつとめされる本部員様はお手洗いもいけないのだからと思いました
何年も抱いていた素朴な疑問が日々解消、解きほぐされ、我が心の小さな神様に手をあわさずにはおれません
皆様 本当にありがとうございます
26日は体調よければお参りしとうございます
今年いっぱいが年祭ですからなるだけお参りしなければとも思っています
以前、匿名さんが(2015年10月31日7:36pm)書かれていた本が気になっていたのですが図書館にありましたのでお知らせします。
『教祖とその時代ー天理教史の周辺を読む』石崎正雄編 立教154(1991)8月1日 天理教道友社発行
7章 秀司「覚書」を読む 執筆者:上野利夫
はじめに
『萬覚日記』についてー文久年間における中山家の経済事情
『辰年大實恵』について―慶応四年の賽銭と中臣祓
『牛年大實恵』についてー明治三年の賽銭と金品貸しの覚え書
『申歳大實恵』についてー明治五年の金銭出納覚え書
以前に、ブログを読み、コメントもしていた者です。
昔を思い出し、嫌な気分にもなり、
辛くなるので…と。
少しの間、見ないようにしていました。
先日に、少し思う出来事があり。
久々に覗いて、書こうと思いました。
あくまで、僕の自己満足ですので。
先日に、小さな娘さんを連れたお母さんが。
宗教の勧誘に、僕の家に来ました。
天理教ではありませんが。
「このお嬢ちゃんは、貴女の娘さんですか?
とても可愛い娘さんですね。
大人が宗教を選ぶのは、大人の自己責任です。
でも、子供には神様を使わないで下さいね。
子供に神様を使うと、子供は悲しくなりますよ。
子供に神様を使うと、親ではなくなります。
お母さん自身が産んで、育てている子供さんです。
子供さんを、守るのも育てるもの。
お母さん自身であり、親であり、人です。
神様ではないと、僕は思ってます。
僕の家は、昔は天理教でした。
天理教で沢山苦しみましたし。
僕自身の、沢山のことを犠牲にもしてきました。
何が親で子なのかさえ、
わからなくなった時もありました。
今でも、時々に。
天理教に残された不条理に苦しんでます。
僕にとっては、教えが神様が違うとか関係なく。
天理教も、他の宗教も同じです。
どこの宗教団体も、
臭いことに蓋をして、耳を傾けなくなります。
お母さんにとって素晴らしいことでも。
子供には。
苦痛にしかならないこともあります。
貴女にとって素晴らしい教えでも。
その神様の教えで苦しむ人が。
もっと沢山にいることも、
知って欲しいとおもいます。
こんなに可愛い娘さんいるじゃないですか。
神様よりも。
娘さんとの時間を、大切にしてください。
お母さんとして、子供と居てください。
僕からの、勝手なお願いです。」
他にも、違う少し話もしましたが。
お母さんは、下を向いて、
すみませんでした…と。
お嬢ちゃんは、最初はつまらなそうにしていて。
お母さんが困っているのを見て。
お母さんの手を引いたりして。
お嬢ちゃんに。
「ごめんね。 お母さん大好きだよねぇ!」
と、家にあったお菓子を渡して、バイバイしました。
子は小さいながらも、親を庇おうと思うものです。
例え、親が親らしくなくとも、庇おうとします。
大きくなるにつれ、色々を知り感じて。
生意気にもなり、親の不甲斐なさも感じもします。
それでも、不甲斐なさを受け入れる努力もします。
もちろんに、子でも限界はあるのです。
僕は、日常的一般的な
、宗教的な文化は必要であっても。
宗教、教えと固執することは。
洗脳することも。
とても余計なもの…
人の存在を駄目にするもの…だと思います。
自分の母を、介護看病し、病院で看取った時に。
そのあとの時間に。
僕に対して、
天理教の大人達が騒ぎ立ててきたことの。
くだらなさを、とてもに痛感しました。
人の最期は、必ずにあることを看取り。
命と時間は同じものだと、感じました。
息を引き取ってしまったら、
話も、顔も合わせることも出来なくなりますよ。
そして、人生を全うされた方を。
いつまでも、引っ張ってはいけませんね。
人の魂は、帰るべき所に向かうと思います。
今を語るのは、今を生きている人です。
天理教には、
百十五歳定命?説のようなものがありましたね。
確かに科学的には、
人間は百三十歳?までは生きられるような。
介護を経験した身にすると。
長生きすることの現実を、考えてしまいます。
僕の友人、知人に。
若くして、病気事故などで。
早くに永眠した方々が何人もいます。
明日の命さえもわからない…。
だから、時間の大切さを思って欲しい。
いつか…とは、
明日にあるのかさえ、わからないのです。
特に、十代から三十代の若い世代には。
縛られずに、大人の洗脳などに負けずに。
冒険も失敗も、沢山にして欲しいと思います。
平均寿命が延びることで。
人は、がむしゃらに走ることも大切だと。
忘れてしまっている気もします。
宗教団体に限らず。
人が集まれば、ルールが出来て。
勝手な宗教的な空気や、洗脳などもありますね。
僕は、時々に。
社会、世間、組織、企業、人の集まりに。
宗教みたいだなぁ?と感じてしまうことが多くて。
空気を読め!などとは、まさに宗教な洗脳のような。
あえて読まずに、行動するので。
騒ぎ立てられることも多いです。
染まりたくないと…。
どこか人間嫌いが強くなってしまった。
天理教でのトラウマかもしれませんね。
洗脳の意味合いは、色々あると思いますが。
洗脳とは、先に生まれた大人達が作っている。
大人の都合で、子や次世代を洗脳する。
そのように、時々に思うこともあります。
天理教では、天理教がわざわざに苦労を作り。
勇んで、喜んで、通らせていただくと…?
おかしな話ですね。
昔に、天理教の上級の前の奥さんが。
勇んで通る!と、ことあるごとに言っていて。
日頃、部屋の掃除もしない貴女が言うから。
薄っぺらく感じますよ!と、一人笑ってました。
部内での評判も、良くない奥さんでしたが。
周りが気を使うことで、増長してしまうことがありますね。
良心とは、なんなのですかね。
他にも沢山に、勘違いとか、洗脳とか…。
やっぱり、染まると怖いなぁ…と。
ほんとは、確信犯だよなぁ…と感じることも。
天理教の中には、ゴロゴロと溢れていました。
天理教だから。
善い人で、なくてはならないわけではなく。
実際に、家族もメチャクチャな教会も家庭もあり。
やっぱり、言ってることと、やってることが。
ズレ過ぎているから。
当人も迷い悩み、周りも嫌になってしまう。
出来ないなら、出来る形を見つければいいのに。
宗教や信仰を、取り繕おうと無理をするから。
余計に、薄っぺらになっていくように感じたり。
教えなど、世の中にはないように思ってみたり。
毎日に、学んで見つけて生きたいものですね。
人は最期が、必ずに在るのだから。
最期まで、子や次世代からも、学んで行くべきだと。
過去に縛りつけるより、未来を考えたいと思ってはいますが。
想いある先輩を、敬うのも大切ですね。
想いある後輩の盾になり、魅せられるのも。
先に生まれた大人達が出来ることです。
大人達が、綺麗でいようとするから。
失敗を恥として、偉そうにしているから。
子供達の未来は、さらに狭くなってしまいます。
中山みきさんは。
人を問わず、魂は五分五分だと。
その言葉は、惹かれましたが。
教えを宗教にしてはいけないと。
そう伝えてる、中山みき様を教祖にして。
天理教は、理…と言う言葉を多用するけど。
一番耳にして、感じることは、理不尽だったり。
天理教の方々にも。
素晴らしいと感じる人は、沢山にいますが。
でも、決して天理教を信仰しているから。
素晴らしいと思うわけでなく。
その方々の、生まれ持った性分と経験です。
逆に、生まれ持った性分の良さを。
宗教に関わることで、狭くしてしまうことが。
勿体なくも思ったり。
天理教が衰退するのは、いっこうに構いません。
災救隊や、地域に貢献している教会が。
無くなることは、勿体ないと思いますが。
ただ、それ以上にも。
天理教の積み上げてきた、理不尽は。
度が過ぎると思います。
今後、さらに。
片寄った権力や勝手思想も強くなるだろう。
隠蔽体質も、無責任さも変わらないだろう。
本部から、末端まで。
親族血縁ばかりが、強く残り。
天理教は、すでに超高齢化社会です。
天理教に集う人も、日に日に減って行くでしょう。
人として、大人として、宗教関係なく。
十年後、二十年後の。
天理教に残される、若い世代のことを。
もう考えるべきではないのだろか。
全国の教会の整理もしないままに。
勘違いな権力者は、無駄な建物ばかりを建てて。
人が減る一方を承知で。
少ない人から、いつまでも上納金をかき集める。
上層部は。
組織も人も、空洞化し疲弊したら。
散々に、やり散らかして来ておいて。
後は知らない…と、きっと投げ出しますよね。
後片付けや、維持が面倒臭くなれば。
非現実的ではあるが。
先行きのなくなった天理教組織を。
中国や外資系に、投げ出すことも。
そんなことさえも、有るかもしれませんね。
財を溜め込んだ、一定の天理貴族は。
生活も心も、痛くは無いだろう。
でも、他の嫌々にも。
残された天理教の若い世代は。
どうなるのでしょうか?
初代の思い、先人の苦労も大切かもしれないが。
末代の理などと、洗脳してはいけない。
次世代が、宗教によって余計な苦渋を背負ったり。
先行きが見えないならば。
少しでも、後片付けをしていくのが。
その代、その代の。
先に生まれた大人としての、
責任感ではないのだろうか。
宗教だと、信仰を語れば。
責任逃れを続けて、いいのだろうか?
もし、天理教が。
今の腐敗した天理教組織、天理教意識を。
一掃し、大手術をして。
教内外の声を思案する宗教組織に。
声に伴う行動の出来る、大改革すれば。
世界中の、宗教団体、組織、企業、人々から。
絶賛させ、敬われる天理教になるけど。
ほんの1%以下の可能性ですけど。
全然に、難しくもない話なんだけど。
何が邪魔をしているのかなぁ?
可愛いお嬢ちゃんの、
バイバイする笑顔を見たときに。
とっても、嬉しくも思いましたし。
お嬢ちゃんの、お母さんをかばう顔にも。
色んなことを、想い考えました。
僕は、天理教の中で。
親心は、一つも感じることはありませんでした。大人は大人で、沢山に悩んでもいます。
でも、神や仏、宗教、信仰などの言葉の前に。
人として、大人として、大切なことは。
もっと、もっと、
手前に、目の前に、在ると思います。
またまたに。
無駄に長々と書いてしまいました。
また、覗きにきます。
はぐれ雲 様
「でも、決して天理教を信仰しているから。
素晴らしいと思うわけでなく。
その方々の、生まれ持った性分と経験です。」
同感です。若かりし日、修養科でその事を悟りました。修養科で学んだのは、その事だけ、といっても差支えありません。修養科では、要領が悪く、ひのきしんを上手く出来ない人、怠けてしまう人も、いろいろおります。、信仰篤いと自負されている方が、そういう人達に、思いやりの無い、厳しい言葉を投げかけていたり、逆に、信仰などしてないけど、仕方なく入って来た、というような人が、人の痛みを知る、思いやり深い方だったり、そういう事を経験しました。
昨日、教会の人にはっきり
来ないで下さい、いきませんと宣言しました
>世界中の、宗教団体、組織、企業、人々から。
>絶賛させ、敬われる天理教になるけど。
提案
本部の周りには大教会などの詰所がありますけど、普段何に使ってるんでしょうね?
年祭なんかは信者で一杯になるでしょうけどね。
普段空いているとしたら、老人ホームにしたらどうでしょうか?
ミクシでも天理教が大好きなおばあちゃんが死ぬ時はおじばで死にたいと言うので
呼びかけていましたが多くの声は集まりませんでした。
世話係は若い人に任せて、優しくしてもらえたら、また元気になって年上の人の相手もできるでしょう。
私だって還暦は過ぎていてもまだまだ身の回りのことは自分で出来ますし
園芸は得意、特にバラは20種ほど5年間育てたことがあります。
バラは老若何女、楽しませてくれます。そしてその色と香りは癒してもくれます。
広大な天理市がバラで埋まれれば、人が集まってきます。
どこかのお寺が桜を一本植えただけで名所になったようにね,,,
まだ、寝ぼけてるのかな(苦笑)
久々の休暇の時間に。
久々に、覗かせてもらいました。
新しい記者も更新され。
沢山の意見、感想が書かれていますね。
多種多様な声が、これからも。
集まり交わり、思考していければよいと思います。
久々に、読み。
少し思うことがありました。
僕は、以前に自身のコメントにて。
「非現実的ではあるが。
先行きの行かなくなった天理教組織を。
中国や外資系に投げ出すことも。
そんなことも、有るかもしれませんね。」
と、書きました。
確かに、僕自身が書いた言葉です。
他の記事の、コメント欄に。
僕のコメントを、引用された方がいました。
引用してもらえるのは、一向にかまわないのですが。
「アジアのブローカーに売るでしょう。」
と、文面が変わっていました。
そのコメントの後に、数人の方々が。
コメントを寄せてありました。
その流れを読んだ時に。
少し、疑問のようなものを感じました。
引用された方も、
僕とは形は違えど。
天理教で、とても苦労されきたことは。
数々の文面で、伝わってきます。
その方も、叫び訴えたい気持ちもあると思います。
ただ、僕は。
非現実的と前置きして、投げ出すと…。
引用したその文面は、
ブローカーに売るでしょう…。
となってしまうと。
受けとる側の意味合いは、
変わらないのかもしれませんが。
何故そう書いたのか、など。
気持ちや、言葉…方向が違ったままに。
ズレたままに、繋がって行ってしまいます。
まっ、僕もそれほど深く考えずに書きましたので。
気分を損ねたなどは、全くありません。
少し、クスッと、してしまいました。
天理教も同じことですよね。
教理はあれど、その言葉の受け取り方が。
人それぞれに違ったり、伝わったりで。
言葉の重みも感じたり。
逆に、言葉の薄さも感じます。
天理教の建前が、
何を伝えたいのか、守りたいのかは。
僕は、全くわかりませんでしたが。
この社会学研究所のブログにも紹介されている。
掲示板の方も、久々に読んで見ました。
投稿されている中で。
数名の方々の投稿と言葉が、とてもに残りました。
「被害と加害」
「時として、白か黒か示さなくてならない時もある」
その投稿があったときに。
少し慌ただしい意見が出ていたので。
蒸し返す気はありませんので、お願いします。
僕は、今までのコメントに記してきたように。
たまたまに生まれた場所に。
天理教があっただけ、のことで。
天理教により、大きな被害を受け続け。
昔に、天理教は整理しましたが。
整理することによって、
天理教のさらなる理不尽さも知りこともありました。
とてもに、激怒もしました。
書ききれないことの方が多いです。
今も、これからも。
天理教で受けた理不尽を背負って、片付けながらも。
生きて行かなければかりませんし、生きて行きます。
天理教が家にあった、当時。
天理教で良かったこと、嬉しかったこと、恩恵など。
1つも有りませんでした。
僕自身も、時間であり、財や金銭も。
天理教に奪われてきました。
家族も破綻していましたが。
でも。
選んだわけでも、望んだわけでもありませんが。
天理教の組織構造の、
加害している側に居たのも確かです。
加害している側にいることを。
僕自身、当時に。
若いながらにも、思い感じていましたから。
天理教の教理も、学ぶ想いにもなれませんでしたし。
天理教が、素晴らしいとも思いません。
ただ、望んだわけでもなくも。
自身が天理教として身を置いていることが、
加害している側に居ることも、
とてもに苦しかったです。
だから、理不尽な負債も背負い、決別をしました。
加害している側にいたからこそ。
大きな声で、僕自身の言葉で伝えて行かなければ…。
と、そうも思いました。
僕個人の感情ですので。
不快に思われた方々には、先にお詫びしておきます。
残念ながらに、どのような言葉を並べても。
やはりに、天理教が守りたいものは。
人権でも、人の幸せでも、家庭の幸せでもなく。
天理教が守りたいものは。
過剰なお供えであり、組織構造であり。
お偉いさん方々の、自己欲の塊であり。
一部の先生、会長、役員方々の自己満足である。
人を苦しめつづけて。
金銭、財を、これからも、どれだけ摂取しても。
天理教組織は、満足はしないでしょうね。
天理教で、苦悩する方々へ。
天理教を、する必要などありません。
天理教に、望みを持つ必要もありません。
天理教に、気持ちが向かなければ。
気持ちの向く方向に、手を合わせて想って下さい。
手を合わせる日が無くてもいいのです。
天理教の伝える人助けなど、しなくてもいいです。
しようとすると、自身も相手も困っていることが多いですから。
とりあえずは、自身のことが出来ているかどうか。
自身の生き方をしっかりすることも、
人助けの形の1つだと思います。
善い人でいようとしなくていいです。
悪い人でも、相手は救われることもあります。
先日に、地区の集まりで。
「罰があたる?」みたいな会話になって。
思うこともありました。
天理教から、離れようとしても、離れても。
罰など当たりませんよ。
人を散々に使い捨てにして、財を摂取して。
平然と、詫びることなく生きている。
一部の天理教の自己欲の塊の方々が。
罰など当たらないと、見せてくれています。
でも、人として、個人としても。
そのような大人に、成りたくないと思いますが。
人には個性があって、各々の頑張り方があります。
頑張り、実を結ぶ方法を探して見つかればいい。
天理教に、宗教に、信仰に。
無理に当てはめて、求めなくとも。
世界や日常に、探し求めるものはあります。
天理教社会では。
強要強迫まがいが、当たり前になってしまってます。
洗脳よりも、責任転換の塊かもしれません。
天理教、宗教に接することによって。
持っている個性や、時間を潰してしまうのは。
とてもに、勿体ないことだと思いました。
神様にすがりたい、託したい気持ちもあります。
でも、神様に名前をつけることによって。
苦しんでいる方々が沢山にいます。
神様は、神様で。
漠然としていていい、無形でもいい。
各々に、悩み葛藤して、自問自答して方向を出して。
あとは、自身が進む。
「勇気があるか、ないか。」
それだけかもしれません。
知りたいのは。
結果を出さないことを。
さもわかったように、理由つけることでなく。
自身の行動や言葉の、出す出る結果です。
勿論に、傷もつけるし傷もつきますよ。
生きていくことは、
決してきれいなことではありませんね。
コメント欄を覗いていて。
以前より、コメントする方々がとてもに増えましたね。
天理教内外のほんの僅かな声かもしれませんが。
これから、もっと沢山の声が。
増えて行って欲しいと思います。
批判でもなんでもありません。
肯定的でも、批判的でも。
各々の声で、意見で、生きてる証です。
少しだけ、天理教肯定的な意見が。
潰されてしまってる、ような感じも受けましたが。
各々の、見えて感じる環境がありますよね。
コメント欄に、「匿名」の方が多いことに。
勿体ないなぁ、と思いました。
とても、響く意見もあるのに。
たかが、ネームかもしれませんが。
案外に、その方の個性を感じることもあります。
僕も、まだコメント欄が賑わっていないころ。
はじめは匿名で、数回コメントしていました。
でも、自分の意見じゃないような気になってしまい。
ネームをつけることにしました。
僕自身、コメントを読んでいて。
残るコメントって、ネームがある方々が多いです。
案外に、現在も天理教の中で。
自身を持って進んでいる方のコメントは。
どこかに、気持ちのよい部分もあります。
天理教外の方々も、各々の観点で。
コメントを寄せていてくれたり。
コメントを書くということは。
大人としての、感性であり、意見です。
もし匿名だから、言いたい放題になっていたら。
読む方々には、せっかくの響く声が。
少し響かなく、なってしまいます。
確かに、閉鎖的な天理教社会です。
感ずかれたりするのは、気が引けますね。
やっぱり、どこか怖いかもしれませんね。
匿名の多さは、天理教社会の色んな意味での。
表れかもしれませんね。
でも、コメントすることによって。
ネーム、匿名関係なく。何か少しでも。
見つかることがあると、いいですね。
天理教内外の沢山の方々が。
このブログを読んでいると思います。
案外に、コメントしたくても。
投稿する手段が、
苦手で出来ない方々もいると思います。
文章にすると、カッコつけにもなっていたり。
きれいに書こうと、しなくていいのですけど。
画面に向き合うと。
文章にすることで、書けることと。
文章にすることで、伝わらないこともありますね。
僕は、天理教外の人達にも。
沢山の方々に読んで欲しいと思います。
特に、若い世代、同じ世代の方々に。
天理教って、宗教って、怖いなぁ。
信仰って、そんなに大切なの?
どうして、苦しんでまで続けるの?
なんでもよいので、感じて欲しいです。
もし、コメントする気力があれば。
率直に、そのままに書いて欲しいな、と。
画面から覗ける、理不尽な天理教社会を通じて。
大人達の、善いも悪いも見極めて。
何かを感じて欲しいな、と思います。
反面教師でも、あって欲しいと思います。
天理教内で困っている方々を。
天理教外の方々が、手を差しのべて欲しいとも願います。
天理教であり、宗教団体は。
外からは見えにくく。
閉鎖的な部分も多く、隠蔽体質です。
社会では犯罪になることも、宗教団体では。
通ってしまっていることもあります。
書面、裁判、訴訟、などを利用して。
行政、司法、第三機関、第三者の目の前で。
公衆の面前で、事実現実を伝えることが出来れば。
宗教被害などは、もっと減ると思いますが。
とてもに、労も要り、酷なことです。
そしてわざわざに。
録音機などを持ち歩いて。
会話を録音して、証拠としなければならない…とか。
考えてしまいます。
平和な日本も。
とんでもない世の中になってますね。
日本人の持ち合わせる優しさが。
違う方向へ、利用されてしまっているような。
お年寄りの方々も、若い方々も。
相手を信じようとする方々…。
内気な方々、考えすぎてしまう方々…。
これからも、天理教の中で苦しむ方々は。
絶えないと思います。
宗教とは…。
本当に、人の支えになっているのでしょうか。
僕は、生涯に。
天理教を許すことはできませんが。
正確に言えば。
天理教を利用して、己の自己権欲を。
僕に押し付けてきた、大人達に対してですが。
天理教、その方々への。
恨み辛みも消えることはないでしょう。
でも。
天理教の中で、腐敗した天理教と戦いながら。
葛藤し進んでいく方々は、嫌ではありません。
応援は出来ませんが、頑張って欲しいと思います。
相変わらずに、内容がまとまらない長文です。
同じ内容の繰り返しになってもいます。
今までも。
書き込むことは、とてもに疲れました。
無理をして、書き込んでもきました。
望まない宗教や、
大人の自己権欲に縛られたくはありません。
流動的でも、ありたいと思っています。
だから、はぐれ雲とネームをつけました。
書き込み続けることで、見つけられたものが。
僕の中にはありました。
はぐれ雲を卒業しようと思います。
お付き合い頂いた方々、ありがとうございました。
カインさんの活動も。
実を結んで欲しいと願います。
先月の講社祭りに会長さんに130年祭のお供えは幾らぐらいされたのですかと、尋ねると、何と答えられたでしょうか、会長さん、聞いただけは責任をとってもらうぞとの返答でした、さわらぬ神にたたりなしでしょうか?
ななし様
それはいったいどういう意味で、会長さんは仰ったのでしょうかね?冗談で仰られたのか、それとも不機嫌な様子でしたか? でもそんな事を尋ねる、ななし様もすごいですね。私はそんなこと、よう尋ねられません。
匿名様。
ななし様の >聞いただけは責任をとってもらうぞとの返答でした・・・
というのは、
そこまで心配して気になるのなら、もし借金をしてお供えをしていたら、その分、お供えを頼むで・・・と云う意味だと思います。
カインさんのおっしゃるように透明性が大事かと思い、要らぬことを聞いてしまいました、少しむっとした感じでしたね。
10年で50億減っているとは、おどろきです!会長さんも思うように集まらないのでしょうね、おはちがこちらに来ては藪蛇だったでしょうか。
グラフは良くまとまっていて、おおよそ正しいものだと思います。
以前、上級の月次祭に参拝した時、上級の教会長が、何か憂鬱そうだったので、お世話になったお礼の手紙に、「会長さんもお忙しいでしょうが、お身体にお気を付けて下さい。」というようなことを何の気なしに書きましたら、会長奥様からお返事で「身体の心配をしてくれるより、お供えを増やしてくれる方が嬉しいです。」というような事が書かれてありまして、いささか、ムッとしたものです。
はぐれ雲様
毎回、この道によって深く傷ついたご自身の体験を通し、この道の間違いに対して核心をつくコメントをありがとうございます。同様な息苦しさを持つ者として、ネットの向こうに、痛みの判り合える方がおられることに心癒されておりました。おっしゃるように、私もこの組織に縛られることなく、「流動的」でありたいと思います。
いつまでも過去の体験を思い出すのはお辛いことでしょうね。しかしこの場所で、はぐれ雲さんが生命をかけて「失った物」に対し、また決して取り戻せない「自分自身に帰属すべき尊い物」に対し、静かだけれど真っ直ぐなメッセージをいただくことにより、洗脳によって道を間違いそうになっている危なげな若者を天理教から救い出す、本当の意味での「人助け」であったと思います。教団本部、大教会関係者、またこの道の洗脳の入り口に立っている多くの教会の若者たち。必ずやこのページを見ていることでしょう。どうぞ、またいつの日か、この場所に戻ってきてくださいませ。お待ち申しております。
はぐれ雲様
あなた様が「はぐれ雲を卒業しようと思います」、と書かれてるのを読み、言い知れぬ寂しさに襲われました。あなた様の言葉はいつも、私たちの心の奥底まで届き、この方はなぜこのように深い言葉を紡ぎ出せるのだろう、と感嘆しながら、はぐれ雲様の思いに同感し、又、目を開かせられる多くの言葉もありました。
もう、あなた様の言葉を眼にすることが出来ないのは、寂しい限りです。またいつの日にか、あなた様に会える時を待ち望んでおります。そういう方々が、他にもたくさんおられることでしょう。ありがとうございました。お元気で。あなたは私たちの心の友です。
はぐれ雲様
どんな綺麗な言葉より、純粋に真実に立ち向かう勇者である あなたの
研ぎ澄まされた言葉は、心に響き届きました。
それは、受け売りではなく、虚飾もなく、勇気を持って自分と向き合い、
本当の自分の中から紡ぎだされた 紛れもない 「あなたの言葉」 だからなのですね。
誤魔化さず、風を受けても、嵐にあっても、真っ直ぐに生きることの
美しさを感じさせて下さったはぐれ雲様に感謝いたします。
どうかお幸せになって下さい。
私は教会の長女です。
上級です。
消して贅沢な暮らしもしていません。
あとお供えの図間違っています。
子供でも分かります。
もしそれが本当なら本部以外は餓死してるし、信者さんもついていきません。
あなたがみているものは本の一部の人が悟りをしてしまったのでしかない。
それに本当に本部120億円の収入があっても
維持費、人件費、に相当かかります。
他の宗教にくらべ冠婚葬祭の値段も相場より安いです。
長女様
冠婚葬祭が安い?
結婚の理だて50万円の請求でしたよ。
葬祭はお礼が30万円。足元を見て下さい。。。
>維持費、人件費、に相当かかります。
相当かかるのかを考えてください。
無駄なふしん、無駄な本部員・・・
教会の長女様
ちょっと見当違いです。
人間思案による無駄な建物、おそよ神に仕える人間とは正反対の私利私欲の、ほこりまみれの本部員(全員とは言いませんが)。人件費と言いますがその一部、または多くは将来を保障された天理貴族、彼らへの人件費や社会保障費ですよ。信者や教会は彼らの生活保障のために、あなたのように贅沢をせず、したい事もせず、食べたいものも食べず、行きたいところへも行かず、質素倹約をしながらピラミッドのトップを養っているのではありませんか。無駄な建物群。維持費がかかるのは子供でもわかること。誰がそのような維持費に苦しむようなことをしたのですか。私たち信者や教会は知ったことではありません。この教団、もう先は見えているのです。今後は教団が質素倹約に努め、無駄な人員は整理縮小し、身から出たさびとして、中山家が責任を取ればよいのです。信者につけを回すのは神の怒りに触れることです。神の意思に反します。
自分の恥をさらします
若い頃
教養掛かりの会長に
されました
初めていいますが 本当です
偉そうに教理を語る人間が
やることはゲスの極みです
3月11日 3:33 PM の 匿名様
あなたの恥ではありません。その教養係の先生の恥です。神様が見ておいでです。そのゲスの会長は自分のやったことのツケを何らかの形で取らされるでしょう。
私の友人は、教養係の会長に、部屋で裸にされて触られたそうです。その子は引きこもり状態の子で、修養科が辛かったのでしょう。皆と団体行動が出来ず、部屋に一人でいた時に教養係の先生が入って来て嫌らしいことをされたそうです。人間では無いですね。ゲスの極みです。
私の周りには、そんな「ゲスの極み教会長」はいませんが、私が知らないだけでしょうか?
私の周りは会長と信者で出来てる人
会長同士で不倫してる人
呆れるほど 大勢いますよ
なまえは隠しておきますが。
私にはどうでもいい事なので。
普通の感覚ではないのでしょう
匿名様。
驚きです。
「ゲスの極み教会長」達は、二代真柱の「ひながた」を辿っているつもりなのでしょうか。
大教会で女子青年してる頃は大教会長さんのマッサージ
してました
リビングで、家族の皆さんもその場に居てました
格別嫌ではなかったけど、あまり効果は無かったと思います。
やはり詰所ではハメをはずす方が多いように思います
友人の大教会の話ですが
女子青年が居ないそうなんです
なぜなら 昔(どれぐらいかは聞いてませんが)
青年さんが暴行して任◯させてしまったから、と聞きました。
大教会も詰所も怖いところです
若い女の子を、修養科や大教会等の住み込みなどにやるべきではありません。羊を狼の群れの中に放り込むようなものです。天理教だからと安心して、親は行かせますが、これ程危ないところはありません。そこには、常識の無い人間が待ち構えているのです。
任ではなく妊でした スミマセン
自分の恥をさらしたので
教内の本質もさらしました
一部の人間とはいえ、隠しては通れないことを知っていただきたいと思います
真面目に通っておられる会長様たちには、不愉快な思いをさせて
申し訳ないと思っています
思いもよらなかった事と驚愕されてる方もいるでしょうけれど、事実は事実ですから。
どこにでも闇の部分はあるでしょうが、天理教組織も例外では無かったという事です。
クズの教会長は神様の罰を受け、まともな教会長さんだけが、天理教組織で活動されるように、願います。
多分、事実だと思います。
本部の先生でもあるようですから。
どこからか聞こえて来るのですよね。
隠しようがありません。
本部関係で責任のある方が、もしこのコメントを見ておられたら何か対策が必要だと感じられるでしょう。何も感じない位麻痺しているとしたら大問題です。
もし、嘘だと云われるなら反論するなりして下さい。
結局は責任者と呼ばれる人が不在の組織なんでしょうか?
指導者がノーテンキすぎます。
悲しい話。でもむかしから、週刊誌で繰り返し取り上げられていたような話。最近、そんなことをみなくなったのは、天理教を書いても売れないからじゃないですか。『文春』は来ないっすよね。本部の人にも、昔、学生にいいよって、ポジションを失った人もいるらしい。ところが、みんながわすれていることをいいことに、学校に来るようになって、いつの間にか天理教の授業を持つようになった。狭い世界で、昔はなしを知っている親もいるのに。学生が後ろ指指しているのじゃないか。普通の学校ならそんな不名誉を許さないんじゃないかと思うのだが、これじゃ誰も文句をいわないか。
真柱だってわかってるんだろう。使用者責任?総理大臣なら任命責任?
人材不足っていうことか。
この人たちの「対策」って、きっとブログをやめさせることに違いない。。。。
2016年3月11日 3:33 PMの匿名 さん。
>自分の恥をさらします
若い頃
教養掛かりの会長に
されました
かなりショックを受けています。
その教養掛だけの問題でしょうか。
あり得ない恥ずかしいことです。
私が知らなくて、よくある話なのですかね。
これで、いいのですかね?
女性側からすれば、親にも誰にも言えず、沈黙と忍耐だけです。
仲のよい友人にさえ、言えませんでした。
そんな時代でもありました。
大教会や詰所に行くのが嫌でした。
相手が妻子持ちだったから噂にはならずに済みました
これで終わります
自分から発したもののやはり
忘れた方が幸せです
こんばんは。
一応、末端も末端の教会関係者です。
末端教会の生活困窮について、べつに、いまにはじまったことではありませんが、そりゃ大変です。
とにかく上級や大教会にお供えを持参しなきゃいけない。
最低限のノルマはやはりあるようで、お供えできなくても具体的なペナルティはないらしいですが、教会役員の並ぶ前で、この教会はいくら、この教会はいくらと、金額の発表会があるそうです。
教会も末端にもなると信者はほとんど身内という教会も少なくなく、宗教行事が多すぎて、普段は正社員じゃ勤務できませんから、休みの取りやすいアルバイトや日雇いの仕事して、なんとか生活を維持されている教会長さんもいらっしゃいます。
私が疑問に思うのは、分教会や布教所が無駄に多すぎること。
それぞれに会長や所長と呼ばれる責任者が駐在しとりますが、こんなに末端の教会が必要なんでしょうか。
それも本部に金額を集めるためといえ、採算の合わない店舗をだらだら営業させても仕方ないと思います。
会長職にしがみつきたい人もあるんでしょうけども、ここは仕切り直しで、大幅な教会整理が必要と感じています。
あとは時代錯誤の世襲制度。
生まれた家で、その人の立ち位置が約束される。
本部員の子は本部員。大教会長の子が大教会長。
これじゃどんなボンクラでも、一定の年齢や教理の修めかたをすれば、その道が約束されている。
ボンクラが理の親ですからね。そりゃやる気ある人のモチベーション消えますよ。
末端が本部を支えるのでなく、本部が末端の世話をしてやんなきゃ。搾取だけは本当にうまいよね。
信者さんから頂く真実の千円は、本部員の無能連中が陽気暮らしで使うためにあるんじゃないよ。
周知のように本部直轄の分教会長、大教会長には本部より月50万のお与えがありますよね
本部員も勿論それ以上お与えがありますね
世間働きで50万というとかなり優秀な、かつ働き詰めでないと貰えない金額です
それこそ
毎日 かぐらづとめをするなり、12下りのおつとめをされるべきだと思います
本部で毎日月次祭のようなおつとめをして下さると
26日の渋滞も緩和され畳にも座れて信者さんも喜ばれるでしょう
古い会長さんがおっしゃってたように・・・
全国の会長さん、奥さん、後継者さん達が、年に一度の本部のおつとめ以外は
正社員として仕事すれば、本部も安泰ですし・・・
おやさま御在世の時と違い、国内なら日帰りで行ける時代です
本部員巡教も止めて下さい
大教会から部内教会の巡教も
特に真柱様の教会巡教はなくした方が皆さん喜ばれます
↑
真柱様は巡教ではなく
お入り込み というんでしたっけ
むかーし 前真柱様
お入り込み 有難うございました
何にも覚えていませんが
なんか凄い出費だった事は覚えております
2016年3月15日 7:49 AMの匿名 様。
>周知のように本部直轄の分教会長、大教会長には本部より月50万のお与えがありますよね
本部員も勿論それ以上お与えがありますね
これは本当の話ですか?初めて聞きました。
本部の役職のある人は、お与えがあるでしょうが、全直属教会長にお与えがあるとは考えにくいですね。
そんなに羽振りの良さそうな会長は最近見ていません。
本部直属の分教会 大教会長さまたちは本部から
頂いております
この場を借りてお詫び申し上げます
100年以上前に母方の先祖が教会になりました
それ故に
部内教会が7.8箇所有り
そこに繋がる信者様も何十、何百人となっているやもしれません
かなりの方にお尽くし、お供えを運んで頂いていると思います
皆様 申し訳ございませんでした
祖先にかわりお詫びさせて頂きます
ご巡教、お入り込みがあると、下部教会はご接待、お礼、お車代と多額の金を出費しなければならない。いい加減に止めて頂きたい。来るなら、手土産に心づくしの補助金をお願いしたい。それこそが、上の思いやり、心遣いというものである。何しに来るのか?美味いものを食べたいから来るのか?
直属が月に50万も貰っている、その出処は当然お供えの筈だが、末端は全くの無給で、かつ奉仕する一方だが、阿保らしい限りだ。考えると腹が立つので考えないように、思考停止させるしかない。
本部や直轄などに、高級をだすのなら、全国の末端にも月10万でも5万でも、お与えを頂きたい。 末端から本部へ会費等払う一方なのは全く不条理である。本部からこそ末端に教会維持費を払って頂きたい。そうすれば、末端に金をやるのが惜しくなって、廃業したい末端にはすぐに廃業許可をくれることだろう。
本部から全教会に全ページカラー写真入りのダイアリーというものが配られているというのは本当なんでしょうか?
直属や、大教会が月50万もの給料を貰っており、本部の人間はそれ以上、というのが、本当の事なら、深い憤りを感じる。大教会や、本部にお供えを上げているのは、末端では無いのか?その末端に何のお与えも無いというのは、可笑しなことではないだろうか?会社では、平社員でも一定の給料は貰えるが、本部や大教会のみに、高給が支払われているということは、社長や、会長、会社幹部のみが、給料を取り、平社員には、給料無しの只働きをさせているのと変わらない。給料をくれる気が無いのなら、せめて、お供えの厳しい取り立てを止めて貰いたい。我々も食べなければ生きていけないのだ。
もし私が日本語を読めたら、インターネット翻訳機に依存しないでウェブサイトの掲示物を見るとか、あるいは関連書籍を買って読むでしょうに、そうでなくて非常に惜しいです。 インターネット上で天理教に対する世論を見たりしたんですが、現実で大多数の普通の日本人は天理教をどのように思うの? 好意的? 悪意的? あるいは “そんな宗教があることも知らなかった”?
乾邦人様
あなたは、どうしてそんなに、天理教に興味を持つのでしょう。あなたが興味を持つ程の宗教とは思えませんが。研究するなら、文鮮明さんの統一教会の方が、はるかに世界中に信者も多く、芸能人も多数入ってるし、研究しがいもあると思いますが。韓国発祥の統一教会に比べれば、天理教なんて、マイナーな宗教です。
大多数の日本人は、天理教の事はほとんど知らないです。単に数ある宗教の一つです。天理教を知っている人、つまり、過去に多額のお供えを搾取されたり、土地建物等をお供えしてしまったりして、被害を被った人は、恨んでる人が多いでしょう。好意的なのは、信者の中にどれ位いるか知りませんが、天理教の先生方の言う事を信じ切っている、疑う事を知らない、完全に洗脳された信者さんだけは、好意的なのではないでしょうか。
説明ありがとうございました。私特異な場合です。私は2005年に日本に行った大本敎人たちに会ったことがあります。数ヶ月前に大本敎に興味が生じ論文を探して読んで、学者らが大本敎と天理教を相互に比較することが多いということが分かりました。 19世紀に年配の女性に神霊が憑依て敎祖になった共通点があるという理由です。だから天理教にも関心が生じたが、韓国に大本敎人はいなくても天理敎人はいるので、比較的データを集めるやすかった。ところが、知れば知るほど、材料を集める集めるほど不思議に感じたのです。
度を超すように「中山家」中心的な姿がまさにそうです。真柱を中山家の男が世襲することを除いても「じば」を世界の中心としながら、現実に世界観を上書きしまうのも目立ちます。もちろん、宗教界で象徴的な世界の中心を設定する場合は、かなり多いです。しかし、天理敎のように、現実のある特定のポイントが(象徴的な中心ではなく)実際に中心とする場合は、珍しく、その中心が敎祖が居住し、その家の人が代々居住する家の敷地である場合は、はもっとないです。
非効率的で閉鎖的な宗教組織はい。月次祭の日付が上級教会と下級教会が異なること、そして上級教会の日ほど本部に近いことも天理敎組織の非効率性と上下関係の厳しさを礼儀レベルにまで適用した結果でしょう。カトリックの場合、全世界で重要な宗教祝日の日付がほぼ同じです。
だから知れば知るほど否定的な意味でおかしいと思うようになりますね。
乾邦人様
大本教は今は、かつてのような大教団は無くなり、信者数も少数になっております。つまり、出口ナオ、出口王仁三郎が亡くなると共に、大教団としては幕を下ろしたのですが、天理教は、中山みき様が亡くなっても、未だに大教団として、活動しています。「おぢば」つまり「人類を宿しこんだところ」という虎の子を持っていたからでしょうか。この「おじば」を真柱、又、天理教教団が手中にしている限り、天理教は宗教教団として生き残れるでしょう。只、信者や下の教会からお供えを取りすぎるせいか、教団も昔に比べれば、信者が激減しています。
乾邦人様
大本教と天理教と比較した場合、天理教の方が、宗教教団としての戦略に優れていたと言えます。天理教は教祖が亡くなった後も、「教祖存命の理」、そして「真柱制度」という、教祖の教えには無かった制度を導入し、真柱を生き神様同様の地位に祭り上げ、未来永劫、信者の崇拝を受ける教団を作り上げたのです。
今はかつての面影も無い大本教ですが、王仁三郎氏は晩年、「神殿は人の心の中に建てるものだ」、と仰られていたそうです。王仁三郎氏の言葉こそが、宗教家としての本来あるべき言葉と思います。
ここに詳しく記載が有りますね。
http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q14156926349
親神は、天理教を立教したかったのでしょうか?
多分、親神が天理教を立教したのではなくて、人間が天理教を作ってしまったのです。
正直いって、神様も呆れています。その証拠に115歳と約束していたのに90歳と予定変更してしまったではありませんか。
それを存命の理という苦しい言い訳を考えだして正当性を作り上げたのです。
おさしずを、後ろ盾にしていますが、かくされた「おさしず」もあるみたいですし、「みかぐらうた」の原本も見つからないって可笑しい話です。
130年祭後、真柱の祭典講話の勉強会を直属教会毎に教会長夫婦講習会でしましたが、そこに強調されていることが、教会長夫婦を洗脳する文言です。
その強調されている部分こそが教祖の教えを教団の教えにすり替えた部分で、繰り返し、繰り返し、すり込まれて行くように仕組まれているのです。
今更、どうでもよいような話を聞かされながら知らぬ間に洗脳されるのです。
真柱のお言葉と称して、誰かが意図をもって作った文章です。
ここに寄せてあるコメントは一部の人だけの意見でしょうか?
確かに天理教の教会で素晴らしい活動をしている教会もあります。成る程と社会にも認められている教会も一杯あります。
そんな教会は、さて何か所くらいでしょうか。100くらい?1000くらい?多く見積もって2000の教会が素晴らしい教会だったとしても、それ以外の15000の教会が大変な、それぞれの色んな事情を抱えているのです。
言う場所もなく、聞いてくれる人もなく、「不足は切る理」と言われるので、自分のいんねんと悟るしかなく、黙って愛想笑いでごまかしながら生きていくしかないのです。
その人達の代表として、ここに集う人達が意見を申し上げているのだと思っています。
決して一部の人の意見ではないのです。
本部員・世話人・修理人といわれる本部の権威のある先生方にお尋ねします。
お供え、お尽くしの素晴らしさ、天理教を通ることの素晴らしさ、理の親を立て切ることの素晴らしさを誰にでも分かる言葉で、ここで説明して下さいませんか?
教会の上段から一方的に、誰も異論を唱えられない場所ではなく、ネットのコメントという誰もが見れて、誰もが意見を言える、この場所で、その素晴らしさを誰もが納得出来る言葉で話をして頂きたいのです。
そして、あなたの信仰と信念を聞かせて頂きたいのです。
本部は大教会長等の直属教会長の洗脳に力を入れているように思います。
(例えば、真柱の理、真柱の接待の仕方や、お言葉の重要性、おぢばの理、存命の理、理の親・・等)
本部ではバリ天じゃなくて、バリ本(バリバリ本部信仰)を作っているのです。
修理人で来られる本部の先生は決してお供えの話はしません。優しい言葉で労りの言葉でねぎらって下さいます。
お供えの話は大教会から聞くようになっているのです。
真面目な大教会長ほど厳しい取り立てになるのです。
ちょっと洗脳が解け始めている会長は悩んでウツ病になります。
洗脳が解けている会長は本音と建て前を使い分けて、Wスタンダードじゃなければ生きていけないのです。
それでも、なかには信仰的に生きている人もあると思いますが。
本当に罪な本部です。でも、本部って一体誰でしょうか?
多分、天理教の中で一番、幅を利かせている一族だと思います。
昔の天理教では考えられないくらい疲弊しているのは事実でしょう。今の本部員は充分気を遣い、それように対応しているとのことです。でも、給料50万は大嘘です。生活保護の支給より少ないのが現実でしょう。あとは雑収入としての講演料等です。時々確定申告のお手伝いしてましたから・・・・
古い教会長さん、教祖ならばって考えたことありますか・・・?その教祖が現天理教をご覧になられるとしたらお供え?大教会?本部員?その組織トップの真柱 なんて構図は教理のどこの一節にも出て来はしません。むしろ、おふでさきの最後に「さとさと たおとたおと びよさまびよさま」とあり、続いて「このはなしあいずたてあいでたならば なにについてもみなこのどうり」 更に、「いちれつ心しあんたのむで」と、むしろ先行きを案じて道の先達の責任の重いことをあらかじめ予言なさっています。
たとえ中山であろうが、前川であろうが、松村であろうが、誰であろうが特別扱いには一切しないと宣言なさっていると考えます。ところが、形骸化した本部あたりの偽信仰者の現状維持作戦は、大阪の商人よろしく、あちらの機嫌を伺い、こちらの顔色を眺めて、我が尻に火のついていないことを確認しつつ、生きていこうと画策しているのが現状でしょう。
教祖おひとりから始まったこの道、全くゼロからの道です。そこに無謀に建ったクソ名誉と金と力です。そんなものが万人うけいれられるわけがありません。砂上の楼閣ですね、なにもかもね。
本部が、大教会に気を使うのですか?
お供えの多いところとか?
それじゃあ
立派な大教会長さまたち
集まって談じ合う事できますよね
たそがれもん様
「給料50万は大嘘です。生活保護の支給より少ないのが現実でしょう。あとは雑収入としての講演料等です。」
末端教会長は、全くの無給です。講演料などの雑収入なども一切ありません。
本部員の方は、天理市内にお住まいと思います。末端教会長達のように、、おぢばに参拝するために、旅費を工面する必要もありません。
興味深い文章をみつけました。「わが中山みき」福島ひとみ(天理教霧路布教所)。1998年で古いのですが胸を打ちました。ご興味ある方は「天理教とフェミニズム」で検索して「no26 september1998」を選択してください。
2016年3月25日 6:24 PMの匿名 さん。
>本部が、大教会に気を使うのですか?
お供えの多いところとか?
それは、違うのです。
本部からの修理人は、部内(末端)教会へ来られるのです。「修理人で来られる本部の先生は決してお供えの話はしません。優しい言葉で労りの言葉でねぎらって下さいます。」もちろんお礼は支部から決められています。
大教会へ来られるのは世話人と呼ばれる人です。考えられない程のお礼を貰って帰られます。
本部は大教会長等の直属教会長の洗脳に力を入れているのです。(例えば、真柱の理、真柱の接待の仕方や、お言葉の重要性、おぢばの理、存命の理、理の親・・等)で本部の正当性をアピールして上納金の心定めをさせるのです。
古い教会長さまへ
わかりました。
有難うございました
修理人と世話人 よく聞く言葉ですが
違いがわかりました
しかしよく考えたものですね
信者は他人様からお礼を頂く事などよっぽど
喜んで頂ける事がなければありません
出してばかりです
たそがれもんさまへ
本部員のおあたえが少ないそうですが
子供さんたちは県外の私学に行かせるぐらいは
容易い事でしょう
中学 、高校でも部活などしていたら
かなり出費があると思うのですが
それとも
いちれつ会からかりているのでしょうか
本部員の中でも格差があるのでしょうか
天理教教祖逸話篇
おやさまを慕う気持ちが篤くなる素晴しい本だと思っていたのですが
ミカタを変えれば
本部の重鎮のご先祖様
おやさまのおそばでがんばったぞっていわれているのかなとも
思いました
両匿名さま。
>たそがれもんさまへ
本部員のおあたえが少ないそうですが
子供さんたちは県外の私学に行かせるぐらいは
容易い事でしょう
多分、そうだと思います。お与えが、たとえ少なくても生活にかかる費用(衣食住)が殆んどかかりません。お産の費用も出ます。厚生年金も入ります。嫁入りには白扇だけ用意すればいいのです。修理人・世話人としての巡教のお礼がかなり入ります。5季のお礼といって、春季大祭・誕生祭・中元・秋季大祭・歳暮と年に5回、世話人をしている大教会からお礼が入ります。そのお金は、大教会で全部内教会からお供えとは別に集金したものです。本部の人の人間性が変わってもおかしくないシステムです。
>天理教教祖逸話篇
もっと教祖の逸話はたくさんありますが、今の天理教の本部に近い人の先祖が主に取り上げられています。脚色されたものも多くあるようです。
もちろんあります。逸話編は稿本天理教教祖傳を編纂された時、あまり確実性のないものは逸話編に、中山家に都合の悪い話は闇に葬り去られている事じゃないでしょうか。信仰の切れている人の話はあまり聞きませんもんね。
> 私達は、上の理不尽を、こうして掲示板に投稿したり、いろんな他の情報も目に出来ますが、全国の末端教会で、年配の会長さんなど、インターネットを使ってないところも多く、このように、天理教や、本部、大教会等、上の理不尽についての投稿がされていることも全く知らず、苦しみも不満も、胸の内に溜めて、成す術も持たない会長さん方も多くおられると思いますが、お気の毒です。 それらの会長さん達に、このような天理教の現状、組織の支配から抜け出す事、組織の洗脳を解く事などを、何とか知らせて上げる方法は無いものでしょうか。全国の末端教会が、お供えを止める事、あるいは最小限に抑える事、又、それを上に物申せるようになる為に。
お供えのさっちんさん
無断引用ごめんなさい
激しく同意いたしております
10年または20年後は明らかに衰退しているでしょうが
今はまだ高齢者様が年金をお供えされておられましょうから
楽な教会はのんきに暮らしているでしょう
私の親もなかなかお供えを止めようとしません
働き詰めで歳おいて体もボロボロなのに・・・
教会の人間は何もしてくれないのに・・・
教会、つまり神様にお供えする事で、大難小難と、皆が無事に健康に連れて通って頂ける、家族が幸せに生きていけるとそう信じておられるのでしょうね。若い時などに一度刷り込まれたものから、抜け出すことはなかなか難しいことでしょう。熱心な信者ならよけいに、年老いて身体がボロボロになっても、お供えをしていなければ、不安になるというところまで、なってしまってるのでしょう。
宗教は、信じることが前提ですから、たやすく人を洗脳できます。その洗脳からの脱会は、至難でしょうね。
天理教上層部は、本当に罪深い事をしています。神様の前で、申し開きができるのでしょうか。
>教会、つまり神様にお供えする事で、大難小難と、皆が無事に健康に連れて通って頂ける、家族が幸せに生きていけるとそう信じておられるのでしょうね。(略)熱心な信者ならよけいに、年老いて身体がボロボロになっても、お供えをしていなければ、不安になるというところまで、なってしまってるのでしょう。
匿名様、これでは、「信仰」ではなくて、「依存」ですよね。
共依存的な関係は、お互いを高めあえる健全な関係性とは非なるものです。
参考
宗教依存症
https://ja.wikipedia.org/wiki/宗教依存
http://karadanote.jp/12674
私はお金がないから出せと言われても無理。因縁はお金を出したからって切ってもらえるものじゃないでしょう。因縁も人生の宝物です。そんなに嫌わなくていいのじゃないですか^_^ガンと一緒です。仲良く出来たら因縁も長く付き合ってくれますよ。
教祖は陽気ぐらしの生き方を自らの生き様で示し、教理で教えられましたが、お金持ってこいとは仰られて居ませんね。ひながたの通りです。苦しいんでしょうね。本部様は。なりふり構ってなあい@
それでも12母屋を新築しようとしている。又お金が入りますよ。自分で払え、ゼンスケナカタ。せんきょうのお供えでしたっけ。これは失礼しました。
せんきょうって金持ち教会なんですね。事情教会に10万円づつお返ししたら?
たそがれもん さん。
12母屋は「せんきょう」の母屋になるのですか?
もちろん本部の母屋です。よくお金あるなぁ、よく決断したなぁと思っただけです。
黒い法被と扇子を持たされて、13曲もの歌詞や踊りを覚えさせられ踊らされる。
さらに数種類の楽器まで覚えさせられる。今時、若者どころか高齢者もしないよこんなの。
天理教の垂れ幕 「ようこそ おかえり」 ただそれだけ。
天理教をまったく知らない人には何のことかよくわからない。
なぜ「人類の故郷に ようこそ おかえり」などのように書かないのだろうか。
もしかして違うから?
「 ようこそ おかえり お供えしてね」 と書いた方がいいですね。
たそがれもんさんの「12母屋(もや)、せんきょう(宣教)」のコメントがよくわからなかったので検索しているうちに興味あるブログ「うきしま」の「天の定規」 番外編;「 お金について」諸井慶徳著作集より抜粋。お供え(お金)や教会システムについての皆様の様々の意見、感想、経験を読ませていただき、また自分の経験も含めて、よく思っていたのは教会システムと教理の乖離です。このことをシステムの上部の大教会長であって天理教学者だった故・諸井氏はどう考えていたのだろうかと言うことでした。矛盾に悩まれることはなっかたのか。100年祭頃、系統部下教会分会長の自殺と絡めて。いま一つ、すっきりせずにきました。(氏は1961年に出直され直接には関係はないのですが)ただこの文を読んで少しだけわかりました。美しいのです。理想的です。信仰が深ければ納得するのでしょうか。教会システムについて一切、触れられていません。なるほどと言う次第です!?
mamiさま。「せんきょう」は「ゼンスケナカタ」さんの教会名です「ゼンスケナカタ」さんは「オモテトウリョウ」です。「シンバシラ」のオトウトです。
「うきしま」の「天の定規」 番外編 読みました。
説得力はありますが、本部や上級が神に代わってお供え(お金)を集金しているのが、納得いきません。
http://www3.tokai.or.jp/ukishima/okane.html
古い協会長様
ありがとうございました。教会名だったんですね。
「納得いきません」私も同意です。言葉は真実を表しもしますが真実を隠しもします。
お詫び。協会長^~教会長さんです。ごめんなさい。
ありました。天理教鮮京分教会 中田善亮・会長。
1月26日に教祖130年祭のお供えをしたばかりですが、今度は4月18日の誕生祭のお供えを、部内教会25000円出さなければならないそうです。教祖は、もうプレゼントは結構、と思われてるのではないでしょうか。一体それらのお供えは、どこにいってるのでしょうか。誰が欲しがってるのでしょうか。
>現在でも毎月10億円を集めている天理教本部は、たとえば「◯◯大教会からのお供え金は今月は◯◯万円」という各大教会ごとのお供え金を記録した詳細なデータを持っていることは間違いないであろう。今回は天理教本部だけのデータであるが、全国にある各教会のデータがあり、それらは各教会どこも公表していないことは改めて明示しておく。公表してはいけないルールなんてないはずである
カイン様のブログより
年祭 普請 と称していくらでも吸い上げるのか
全国 全世界の分教会、信者に公表していただきたい
4月1日 12:07 PM の匿名様
「掲示板お供え」の方に、あなた様のコメントを引用させて頂きました。無断ですがお許し下さい。
天の定規読みました。美しいし理想です。
じゃ、お供えは千円でいいじゃ無いですか。 50年前の文章です。
2016年の現在において、将来今の年金受給者の様に皆が年金を受給出来るのか?
答えはNoです。年金制度は制度としてはとっくに破綻してます。今の日本は借金の上に成り立っている国です。
教団は教債でも発行するつもりでしょうか?
金は持ってる。でしょうが、破綻は早いです。教会は整理して教会家族全員で詰所に引っ越し、整理する必要が有ります。
こんなムチャクチャ教団に引っかかり、若い人は人生をムダにしないで下さい。
>あの時代に神殿や詰所を大きく拡張せずとも、欲を出さずあるが範囲内で納め、沢山の種類の多くの桜の木を沢山植え、手を掛けて世話をしていたら、平成の今の時代には春には見事に桜が咲き誇り、いつ行ってもあそこは桜が咲いているとサクラの里として有名な名所になっていたかもしれない。
どんなに大きな神殿を建設しても歴史の前には勝てない事を良く勉強しました。
サクラの里になるにももう遅いでしょうね。
↑
引用お許し下さい
桜を見てこの方の投稿を思い出しました
建物の寿命は何年位あるのでしょうか。いくら寿命がもったとしても50年位がせいぜいでしょう。天理には、ばかでかい建物がたくさんありますが、傷めば修繕費、修繕で間に合わなくなったら、又、新しく建てる、信者は永遠に、お供えを払い続けさせられます。きりなし普請は、きりなしお供え。
かしこい方は、もうとっくに、天理教から離れてるでしょう。
さっちん様へ
オススメの本
Amazonで購入しました
笑いと怒り 感動のツボが同じ者です
天理時報の発行部数について。 100年祭には30万部。130年祭の今は12万部だそうです。今日の例会で世話人が発表していました。無料で配布されている全国の教会17000か所、そして布教所もこの数字の中に含まれますから、純粋に一般信者の購読者は10万人を切っているのではないでしょうか。
教団が把握している信者数には寝たきり高齢者、認知症高齢者も生存している限りにおいては数字に含まれますから、実働している実際の信者数は10万人の購読者とその家族を入れて20万人を下回るのでは?と想像したりします。
今後はあの巨大な建物の修繕の、「きりなしお供え」が出来るのも、ついてくる人間がいてこそのこと。もうこの教団からは人が逃げ出しつつあるからどうなることやら。がらんどうの建築群の中で、中山家がしてきたことの長きにわたる過去を悔い、蒔いたる種はみな生えるのだから、一家で責任とって刈り取り、一家で修繕するなり壊して更地にするなりすればよい。
自分の頭で考える賢い二世、三世は今の天理教がやっていることには疑問を呈しており、寄りつく気配はありません。
匿名様、ありがとうございます。自分でも変わり者だと自覚してますが、ひんしゅくを買う事も、時に書いたりしてると思いますが、匿名様のように言って頂けると大変嬉しいです。落ち込まず、前向きに書き続けられます。ありがとうございます。
『シャーマニズムの心理学』[アズ]1994年 32号 新人物往来社 小田晋(筑波大教授)
p135 Ⅱ.教祖および宗派の構造と社会的背景
、、、、、、。現代の精神病院に入院させられている病的教祖と、幕末期や戦後の新興宗教の開祖たちのあいだの差異は、
ひとつには本人たちの天賦のちがいに規定される面もある。H・オーバンによると、真の神秘家や予言者は、その託宣や作品の中にある輝きが認められるが、偽の病的神秘家は、心的解体のために二次的な創造をなしえず、非実践性と夢想の中に埋没するとされる。しかし、精神的創造としての信仰体験の表現が”輝き”をもつとき、それは病的条件によって支配されつつそれをこえたものによって規定されるわけである。そこには創造的天賦の問題がかかわっていることは否定できない。この場合の創造性は、ひとつには、神からの託宣を詩歌あるいは経典の形で定着させる言語能力に、第二には、宗教的象徴を心像として定着する能力に、第三には、神のことばに従って行動する実践力に支えられているといえる。ここで成功した典型的な女性教祖の一例についてみよう。[奨励2]天理教祖 中山みき(1798~1887)の場合、 、、、、、、、、。
『新宗教と総力戦』2015年名古屋大出版会 永岡崇著
序章六 中山みきとは誰かーほとつの”読み”として p47
たとえば精神医学者の中井久夫は、みきの「忍苦が限界を超えた」ことによる「変貌」を「宗教的「創造の病い」」と位置づけ、「暗鬱な雲が一度に吹き払われて、明るい天地が眼前に開けた印象」を語っている。中井にかぎらず、みきの前半生における苦難の蓄積が、寄加持というきっかけによって神がかりによる人格転換をもたらしたと考える論者は多い。
『岐路に立つ天理教』1974年 エール出版社 神宮寺真著
p236
、、、、、。私は鏡ヶ池へと足を伸ばした。みきが自殺を図った場所である。、、、、、、、、、、、。哀しみに満ちたみきの顔があざやかに浮かんだ。あわれなみき!、、、、、、、、、、、。私はしばらくのあいだ池端に佇んでいた。、、、、、、、、、、
、、。生涯を孤独に過ごしたみき。両親にも、夫にも、下卑にも、そして直弟子たちにも裏切られた哀れなみき。90年の生涯を苦悩と慟哭のなかにあけくれたみき。-そのみきが死後90年を経ようとしている今日すら、200万もの人びとの生きるささえになっている。いまさらながらに私は、みきの偉大さをしったのであった。、、、、、、、。
130年祭は20万でした。興味あるところを抜粋してみました。
誤字訂正:奨励ー症例 ほとつーひとつ 申し訳ありません。
命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
http://inochinonakigoe.grupo.jp/
古い教会長様
ご案内ありがとうございます。
早速「命の泣き声」さんのホームページのリンクへと行ってまいりました。
紹介されていた本も注文しました。
ありがとうございます。
古い教会長様。命の泣き声さんの壮絶な体験、拡散ありがとうございます。。腹の底から怒りを覚えました。慟哭にも似た叫び、取返しのつかない心の傷、取り戻せない時間、順調だった経済活動の損失等々、天理教はどうやって償うのか?天理教は神を語りながら、一人の人間を、また家族を巻き添えに、半殺しにしたと言って良い。
親神の教えからかけ離れた創作教理や人間思案の上下組織にがんじがらめで本当の信仰を見失っている多くの被害者たちが、声を上げられないで、もやもやしながら教内にいる現実を、もっと拡散して世に知らしめたい。
古い教会長様 拡散ありがとうございます。マインドコントロールされている人に一人でも目を覚ましていただくために、今後も目にかかられた情報を取り上げてください。
また命の泣き声様、よくぞ生きて来られました。今後も人助けと思って発信してください。応援しています。本も2冊注文しました。私もこの教団の「いい加減さ」の確認作業にかかります。
両匿名様、有難うございました。
出来ればコメントの最後にリンクを張って頂ければ嬉しいです。
いつの間にか過去の投稿になってしまいますので、お願い致します。
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おやさまの御誕生祭 婦人会総会を控え 本部も準備に追われる頃ですね
おやさま180歳ですか?
中山みきという一女性の教え?は
あの時代には盲目的に広まったのですね
施して?全財産を失ったけれども
親戚一同は
教団を設立し
よくがんばりました
おやさま どうか 安らかに お休みください
ありがとうございました
年老いた会長さんたちも
我が身を大切に為さってください
訂正します
おやさま 220歳です
お働き過ぎですね。
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ご自分の誕生日のお祝いに、多額の上納金が集められることを、教祖なら、お喜びになる筈が無い。誕生祝いなら、違った形でいくらでもできるだろうに。教祖伝に花や菓子、ケーキでもお供えすれば、その方が教祖もお喜びになると思う。金集めに利用されている教祖がお気の毒なことだ。
漢字訂正 教祖伝ではなく教組殿です。
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おやさま
1798年~1887年
12代将軍 徳川家慶の時代!!!
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子供時代、ちゃぶ台を囲んで家族で夕食を摂っていたら、突然精神を病んだ父が幻聴や幻覚で「貴様ー!何者だー!」と叫び、いきなりちゃぶ台をひっくり返し包丁を持って暴れる。
これが我が家の家族風景でした。
そして、この父から守ってもらえるものが、教会の神さまであり、絶対的な存在でした。
精神病院に入院している父の病状が安定すると、必ず母は父を家へ連れて帰り、家では決して薬を飲もうとしなかった父を野放しにして、結果的に病状が悪化して家族を苦しめるのですが、その一大事に母は必ず神様のご守護とを結びつけ、神様のお陰だと言うんです。
そして母が生きている間は、この修羅場が延々と続き、揚げ句の果て借金だらけにしてこの世を去りました。
「親に感謝しなさい」と言ってくる人もいましたが、正直感謝より身勝手な人に振り回された感が強いです。
周囲の猛反対の中、教会を売ってお金が入ったら姉達が私を裏切り、また母の弟の凄まじい強迫などで、私も命の泣き声さんと同じ苦しい症状で息をしているのがやっとの時がありました。
その時の心の叫びは、「だれも私を助けてくれない」世の中から見捨てられたような孤独感がありました。
そうなんです。子供時代受けた心の傷が、私を苦しめたのです。
なんか昔を思い出して書きました。
私の家庭も修羅場でした。私は父母が大喧嘩をしている時、只、蒲団を被って泣いてました。あれから何十年経った今でも、私の中に、泣きじゃくってた小さな子供が未だに存在し、時に顔を出すのです。孤独を感じる時、辛い時などにふと、、、。成す術も無く、只、只、蒲団をぐしょぐしょに濡らして、咽喉が痛くなるまで、泣いてた小さな子供の時の私、、。あの時の私を抱きしめてやりたいと思います。
自分で自分の心の傷を修復するのにどれほどの時間を要したのか。長かったです。
憎しみと怒りが渦巻き、自分でも飽きれるほど執念深かったです。
裏切った姉も母の弟も、天理教を信仰しております。
親戚縁者どなたさまも天理教人ですが、私は天理教に染まることはありませんでした。
子供の時から、「どうもこの天理教おかしい?」この疑念に対して揺らぐことのない信念がありました。
そして今いろんな方が、私と同様に形は違ってても天理教による苦しみがあるのを知り、やはり私だけではなかったこと、天理教の罪をしみじみ考えたりします。
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天理教のおかげで友達はたくさん出来ました
大切な友人たち
ずっと教内に居ると当然ですよね
何人もの友人が声 代弁します
私は辛抱するけれど
子供には絶対継がせない
離婚してでも実家(教会)には帰らない
親がいるうちは辛抱する
主人が上級の言いなりだから話会いにもならない
仕事と教会で大変
教会の息子でも全然優しくない
上級が大嫌い
参拝は行きたいけど教会の人苦手
みんな違う人の声です
本部にはこの声がきこえないのでしょうか
喜んでるのは上級教会の人だけです
少なくとも、この署名入りのお供え金システムを採用している教会には決して近づくべきではない。初めてこの封筒を見せられたとき、私は「天理教は恐ろしい。しんどなるわ」と思った。こういった感覚は天理教人にはないのだろう。改めて宗教は怖いと思う。
この袋がなくても天理教の教えを信仰することはできるはずである。
tenrikyosyakaigakulavo@hotmail.co.jp
上記
2015年8月 カイン様の記事
よくよく考えたらこのような当たり前の事に誰も気づかなかったのかな
また 気づいても言える雰囲気さえ無かったのだろうか
私は洗脳されていたんだとやっと気づいた
オウム真理教の信者もきっと・・・
でしょうね
感じる
悩む
考える
調べる
教わる
人の話を聞く
大切ですね
病気になったので薬を使用したい。
A薬は、8割の人に効果があり、副作用もほどんどない。
B薬は、6割の人に効果があり、副作用は多少ある。
C薬は、3割の人にしか効果はなく、副作用も強いので注意しなくてはいけない。
A薬もB薬も効果がなかった人が、C薬を試したいが果たしてどれだけの効果があるのか、効果があっても
どんな副作用に悩まされるのだろうかと考える。副作用が心配なら温泉療法や、民間療法もあるので
そっちをしたらいいのではないかと人にすすめられそうする患者さんが増える。
C薬は売れなくなり、自然と製造中止になる。
天理教をこの中であえて例えるとどの薬になるだろうか。よく考えてほしい。
命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
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途切れなく張り付けさせて頂きます!
天理教が、というかその本部が間違っていて、自己的に改善する能力がないのだとすれば、あとは第三者的立場の人々が介入するわけだが、結局、先ずはだれが悪いわけだろう。
いまの表頭領の中田なにがしか? こいつを徹底的に追及すれば良いのだろうか。
その具体的なところから、そろそろ始めませんか。
世界で一番貧しい・・・
元ウルグアイ大統領のムヒカさんのほうが、
よほど天理教の教えを実践している件
私はカトリックを信じている韓国人です。大本敎と天理教について宗教学的に調べてみる一般人です。(私の趣味が儀式、宗教を調査するです。)韓国で天理教信者は20万人余り、全人口の0.5%未満に過ぎません。あまりにも存在感が不足するためにも天理教に反対する人もないでしょう。知りもしない宗教に反対する人がいるでしょう?
だから、このコメントを読んで人に聞きたいと思います。日本に住んでいる皆さんが天理教に反対する最大の理由、天理教に反感を抱くようにされた最大の理由は何なのかコメントに答えていただきたいと思います。 (私は日本語を知らないので、Web翻訳機を使用しています。なるべく簡単平易な文章で答えてください。ように翻訳がよくなります。)
理不尽な天理教のお供え。お供えをしたら理の親である会長が喜び、親神様、教祖も喜ぶとの巡教の話。
これ、世間で通用しますか?
天理教の「御供え」についてをリンクします。
http://6706.teacup.com/5051/bbs
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今、サミット開催で注目されている伊勢神宮のことで、週刊ダイヤモンド誌の興味ある記事がありましたので、貼り付けます。神社界のヒエラルキー、神社本庁と政治家との結びつきなどがわかります。ブログ貼り付けておきます。
「伊勢神宮が550億円の遷宮費用を賄った集金力の“内訳”」
http://diamond.jp/articles/-/89351
記事から
「この神社本庁の“政治部隊”を務めるのが、神道政治連盟と呼ばれる政治団体。その活動を支持する「神道政治連盟国会議員懇談会」には、与党自民党議員を中心に、304人もの議員が参加しています。安倍晋三首相をはじめ菅義偉官房長官など、現閣僚20人うち8割がこの懇談会メンバーです。」
創価学会は勿論公明党、神社本庁も安倍信三氏始め、大勢の政治家と結びついてるようですから、宗教法人法の改正など、夢の又夢ではないでしょうか。
乾邦人さま
私も問題はお供えだと思います。ただの不完全な人間でも、上級という立場にあるだけで、親であり神への入り口であるとして、彼らを喜ばせる。それがあなたの幸せや因縁切りや徳積みになるという教団が考えたご都合教理。
私達は元の神、実の神から命を頂いているお互い一列人間です。不完全な身であるにもかかわらず、親とあがめられることを当然の立場と思い、無理難題、理不尽を押し付け、それを仕込みと勘違いしている上級教会の人間たち。神の目から見たら、おかしくも、哀れな信仰ごっこ。いい加減にせよ、と見えてることでしょう。
今のおじばに神は居ないと思います。神が働かないから、どんなに信者獲得を願っても、世間の誰もついて来ない。おさずけも当然効かない。
教団組織に所属せず、一人でしずかに神を想い、真理を求めるほうがはるかに精神が癒されます。
これだけ、天理教組織の問題点、教理体系のの問題点を指摘するコメントがあるのに、本部の責任ある立場の方の説得力ある反論が出て来ません。
多分、書かれている事は、全て反論のしようのない事実だという事ではないでしょうか。
本部の責任ある立場の方といわれる人事態が不在の組織かもしれません。
昔からの〇〇家、〇〇家、〇〇家といわれている家系の皆さん、天理教を、これからどうしょうとしているのですか?聞きたいものです。
天理教の「御供え」についてをリンクします。
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高市早苗総務大臣の電波を止めるかもっていう発言と、天理教の中田善亮の思考停止を導く影響力はよく似ています。あの人は大◎分教会のようぼくですから、よく似てしまうんでしょうね。
奴の高校時代はボンタン穿いて、ペッちゃんこのカバンを抱え、真柱邸の表玄関である会計門から肩で風切って歩いているバカボンボンでした。そういうバンカラなら、加えてシンバシラの子供なら、友人関係は奴に共鳴する奴は少なからずいるはずなのに、コ偉そうなだけ。周りは人間性を見切ってましたねぇ。私もへって思ってました。そんな奴が天理教をコントロールしてる現実に未来はないし、ここの場所は中山・中田政権をけん制するマスメディアたるべきだと思ってます。
決して電波は止められないようにしないとね。
会社や商店などでも、経営者が世襲制だと、3代目で潰れるとよく言いますが、天理教株式会社もそろそろ、危ないでしょうね。
いや、天理教の中山家につながる幹部に至っては、あちこちに運営資金を分散して、あちこちに隠し金を管理していると推察される。だから、ここ数年の本部員になった人たちの傾向を見ると、中山家につながる一蓮托生・裏切れない人が圧倒している。知力、能力、世間知らず、すべて合わせてもその評価では、もどこの会社でも雇ってはもらえない人的能力の人ばかりでしょうね。
教祖当時の元始まりの魂の因縁という考え方が、本部員諸家を温存する要因になっているのです。
本部こそが救済の本拠地でありながら、本部員こそが人類のひながたでなければならない。という自覚無しに、どんな活動をしても、空しさが漂うんですね。
本部員に人類のひながたとは、無謀な要求ごとだと思います。信仰の上から言えば、教祖の50年のひながたこそ将来ともに究極の道であると思います。しかしながら、我々が知っている教祖のひながたは、二代真柱によって、既存の中山、中田をはじめとする歴代本部員の利益を第一義に決定されたものがほとんどであると私は思ってます。
本来だめの教えが、そんな閉塞感を誰もが感じる教えであるわけがないでしょう。
教祖のひながたは、信者に要求するのではなく、本部員自らが通らねばなりません。ひながたは、本部が自らの利益を第一義に捏造したのであったにせよ、じゃ、自分らがまず通って見せてくれ、ってことですね。
カイン様へ
いつもながらすばらしい記事を挙げて下さり有難うございます
私が本部要職なら資料修正部主任に推薦させていただきます(w)
本部は何にも反論もしないし だんまりを貫くお考えですね
あのだだっ広い西礼拝場で私はたった一人で参拝する時間があったことを思い出しました
なんと誰もいない~
昨年秋、平日の午後のことです
寂しいやら有り難いやら。。。
現実見ろよ ですね
具体的にここはどう言う機関ですか?
天理教の現況について、社会的にも一般人にも解り易く解説をしたサイトです。
宗教の世界は一般でも常識でも語れ無い天地天命の宇宙の神の世界だと言われれば確かにそうでしょう。
だってやってる事世間に語れませんから。
善亮氏の弟さんはどんな方ですか?
>善亮氏の弟さんはどんな方ですか?
久保善平さんと言います。本部直属の教会長で本部員です。とても人のよい方と思いますが、組織の上に立って指導するようなタイプではないようです。
中山家に生まれなければ、今の立場はないでしょうね。
ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
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こちらで相談できると知らず、最新記事で相談事を書かせてもらいました。
ちっぽけな悩みかもですが、よかったら相談にのってください。
だそうです。
>しかし、信仰心の篤い、一般信者さんのお母様のような方々は、そんなにも、教会に、天理教に尽くし切る、信仰というものを通り越して、まさしく洗脳状態としか思えません。そしてそこまでさせる天理教の教会は、
《異常》です。信者を洗脳状態にさせる宗教は【カルト】、『多額な金』を信者に出させる宗教はカルト、とこれまでも投稿者の方が言われてましたが、その通りと、何べんも言いたいです。
ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
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皆でワガママ言いましょう。
植田義弘氏(ブログ<原典からの出発>)が新たなブログを発信されておられるようです。
* 教外向けブログ「未来をひらく生命の哲学」
* ツイィター「万年青年」
ごめんなさい。「万年青年」でなく 「万年哲学」です。
だいぶ前の話であるが、何かの用事で教会に足を運んだ際、ちょうど、おなじ系統であるべつの若い教会長さんが、何かの用事で訪れていた。その時の話。
その若い教会長さんはまだ教会を継いで日が浅く、それまでは民間の会社で普通に仕事をしていた。
自分の親が教会長をつとめていたが、老齢となり、御用するにも身体的負担がこたえるようになっていた。
自分が後を継げば、親の負担も減り、またそれ以上に喜んでくれることを知っていた。
しかし、今の仕事を辞めることは、すなわち生活がたちいかなることであり、おいそれと決断するわけにはいかない。教会に納めるお供え金も、信者がいるといっても金額的には微々たるものであり、その人の収入が大半なのである。それに、その人は結婚もし、子供もいた。
決断の日が来た。
大教会長からの言葉であった。
後を継ぎなさいと。
継いじゃったよーん。あホーン。
無職になり、収入ゼロ。奥さんがパートしてるけど、生活はキュウキュウ。両親も年金はあるが、まともに払ってないから貰える金額も低い。
子供たちは天理高校へ。
困窮する生活も、教祖の想いを感じながらと、健気に生きてらっしゃる。偉いんだか、なんだかなー。
大教会長様は理の親だから、そのお言葉に従いました。
それが後を継ぐ背中を押された大きな理由だった。
話を聞いていた当方の会長さん。
エライねー。だって。
私は遠目に二人を見比べて、アホだねー。
大教会長様、今日も貧に落ち切れの話をしながら、刺身食って、ビール飲んでまーす。
こんな天理教、ほろんじゃえー。
かわいそうに・・。又、天理教の犠牲者が一人。
会社に勤めていたのなら、教会長みたいな、収入も安定しない仕事など、継がない方が良かったのにね。
大教会長は、無責任極まりない。教会を継がせば、後はどうなろうと、お供えさえ払ってくれれば、どうでもかまわないのだ。
教祖、本席御在世当時なら、無責任大教会長でも、たんのうできたが、今では不満の矛先を教祖にさえ向けてしまいそうで、、、
したがって、在家のまま付かず離れず、不足せずの不良信者でございます。 ハイ
もうひとつ疑問が。
天理教組織は、一般人には腰が低いけど、教会を訪れてくれるようになると、だんだんエラソーになるのは気のせいか。
俺は理の親だぞ! 親の声は神の声だ!
なんてね。
かみはかみでも鼻紙だろが。ハナクソ会長。目くそ大教会長。耳くそ本部員。
目くそハナクソを笑う。
世間から笑われてるのも知らず。
各地方教会は、本部直属大教会を無視して、包括法人天理教から一度離脱すればどうだろう。上層部が浄化されれば再度復帰すればいいことだろうし。何でしがみつくのか理解不能だわ。
>天理教組織は、一般人には腰が低いけど、教会を訪れてくれるようになると、だんだんエラソーになるのは気のせいか。 >俺は理の親だぞ! 親の声は神の声だ!なんてね。世間から笑われてるのも知らず。
気のせいではないでしょう。一般人には、できれば信仰に入れたい、においがけの意識もあるから、反感を買わないように、腰低くする。
しかしいったん、引っ張ってくれば、しめたもの、後は、自分の権力を誇示し、理の親だ、神の声だ、と信者をコントロール、強迫。つまり、自分達は徳のある、神に近い人間だ、お前達とは違うんだ、と勘違いしてるんでしょう。かわいそうに。勘違いの人間達が、集まってる天理教組織。なぜ衰退するかもわかってないのかもしれませんね。気の毒に。
本部は「裸の王様」をどれだけ育成するつもりなのか。
オカシい、変だなと思いつつ「徳がある」「偉い」と思わされ、訳の分からない話を無理に有り難いと思いながら聞く。だから自分は大した王様だと勘違いして振る舞いをする。
これは誰に責任があるのか?これは本部員、大教会長に責任があると言うより、本部の「裸の王様育成システム」に問題があるようです。
本部は裸の王様を育成しているつもりではないのでしょうが、実際に「裸の王様」がアチコチに存在しているのです。
この問題を本部が根本的に解決しようとすれば、本部中枢にもメスを入れなければならないので永遠に解決することはない。
この問題を本当に解決するとしたら、神様のクーデターしかないのかも知れない。
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(天理教の「お供え」についての掲示板に「匿名の教会長」さんが、投稿されていました。
一方的に巡教に来る先生に、一方的にお礼を決められる。
道と世間は裏腹といいますが、世間では決して通用する話ではありません。皆さんはどう思われますか?)
匿名の教会長 投稿日:2016年 5月24日(火)22時45分4秒 返信・引用
「巡教会長にお礼○○円、神饌料○○円これが相場だからな。ちゃんと準備せねばいかんで。」上々級会長から電話があった。「精一杯させていただきます。」と返事したら、「精一杯とはどういうことな?少々包むんじゃないで。」
「はい、精一杯させていただきます。」(この後「精一杯とは」についての色々やりとり。)
「理の親が言う事は素直に黙ってきけ」
「は?理の親って・・理の親は親神様・教祖ただ一人ですよ。それは違うでしょ。私は親だなんて思っていませんよ」
「・・・・」びっくりした様子で無言。「上級があって今のあんたの教会があるんだろうが。あんたが一人で教会やっとんではないで。」
「理の親というのは教会が出来た順番のことであってうちの教会は後から教会になっただけのことです。先に教会になっただけの人を親と思えと言われても、私には思えません。」
「そないなこと言うとったら二、三年であんたの教会つぶれるで。」
「はい。親神様がつぶそうと思われたら二、三年の内につぶしますよ。親の目にかなわなかったら、つぶれるときにはつぶれるんです。私は、間違った道を進まないようしっかり勉強して、陽気な正しい信仰をしたいと思ってるんです。黙って言うことをきけと言うのは信仰ではありませんよ。私は黙って言うことは聞けませんねえ。今、消滅寸前の天理教はなぜこんな姿になったか、今までやってきたことが間違っていたから親神様・親様が働いてない姿じゃないんですか?働いてくれてたらもっと繁栄してるはずじゃあないですか。」
「そんなことはいいんだ。あんたは目の前のことを一生懸命すればいいんだ。」
「いや、会長さん。なぜ消滅寸前になったか、今までしてきたことの何が間違っていたのか、そこから目を背けたら天理教の繁栄はないと思いますよ。」
「・・・・」無言。
「これは喧嘩ではなく議論ですから、風通しよく、またこういう機会は必要ですね。また話しましょう。素直に黙って言うことを聞けと言われてもねえ。私はできませんよ。」
「今日のところは、ここまでだ」
「はい、ありがとうございます。」
「巡教の時の手は必ず揃えるように。いいか。全力で努力せえよ。手が足りねば私が行くから電話してくれ。いいか電話してくれ」以上。
次の言葉はさすがに言えませんでした。
「いいえ、来てくれなくて結構です。ただでは帰されませんから。お礼を取りにくるのでしょ?そういう配慮は当然ないのでしょ?申し訳ないが迷惑です・・・」何とも言いようのない虚無感で、精神状態がおかしくなりそうです。
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教会が潰れても、ご当人ご家族の身体の健康を大切にする事が第一です。
神様はそちらの方が喜ばれると思います。
陽気暮らしの為の手段としての教会ですから、陰気暮らしになるなら、主な信者さんと相談されて、天理教から離脱すればいいでしょ。
詰所が使えなくとも、お地場への参拝は可能ですし、出版物も書店やネットで購入可能ですよ。
これからは、自由教会の時代じゃないですか。経済的に余裕があれば、尊敬される方を勝手に招いて講演してもらったり、お勤めに支障にならない限り、内職だって自由にできるんですよ。
自由であるという自覚から、神への感謝と喜びを深める事が出来るんです。
まぁ当該教会の上層部のバカ度次第ですけどね。
名義上組織には残っているけれど、かしもの説いておつとめはするけれど、上級や大教会には一切行かないという、ツワモノな会長さんもいらっしゃいますよ。
上納金は、義務金以外はせず、お地場で遭っても、会釈はしても、お互い無視していますけどね。w
そんな自由な天理教のほうが、我々も付き合いやすいし、面白いじゃないですか。
このような頭の固い、話の通じない会長が上々級なんて、どうにもたまりませんね。そのまだ上には大教会があるのですからね。そして本部。私なら、「相場(相場というのも、つくづくおかしなことを言うものですが)の金など、とうてい出せません。借金しろ、というのですか?」そして終いには、「やってられるか!辞める!」と言いますね。本当に、こんな組織でやれませんよ。
>「巡教会長にお礼○○円、神饌料○○円これが相場だからな。ちゃんと準備せねばいかんで。」上々級会長から電話があった。「精一杯させていただきます。」と返事したら、「精一杯とはどういうことな?少々包むんじゃないで。」
>「理の親が言う事は素直に黙ってきけ」
>「上級があって今のあんたの教会があるんだろうが。あんたが一人で教会やっとんではないで。」
>「そないなこと言うとったら二、三年であんたの教会つぶれるで。」
>「そんなことはいいんだ。あんたは目の前のことを一生懸命すればいいんだ。」
>「今日のところは、ここまでだ」
これを、「脅し」や「恐喝」、「威嚇」と呼ばないとしたら、何と表現したらいいのでしょう?
親の子供への愛情?教育?
いや、どう読み返しても、失礼ながら八九○に脅されてるようにしか感じられないんですけど。
>どう読み返しても、失礼ながら八九〇に脅されてるようにしか感じられないんですけど
その通りですね。知らない人がこの言葉だけ読めば、八九〇に脅されてるとしか思えない言葉の羅列です。
最後の捨てぜりふ、「今日のところは、ここまでだ」 怖いですね~。八九〇映画ですか?
おやさまの理の親は、おや神様だった訳です。有り難い、結構、優しい、勿体ない、低い心で通られよ。
と親神さまに教えられ、お地場の組み立てという特別な事情もあり特段にご苦労された訳です。
又、我々先々には、小なりと云えども土地所の手本雛形たれと教えて頂いてる訳です。
先々の現状は、本来本部の仕事であるはずの、御神言の研究に時間と労力と金を費やさざるを得ない状態な訳です。
その上、本部上層部の余計な普請を含む、余計な活動に参加する時間と労力と金を割いていたら、教会を中心にしたたすけ合いどころか、信徒さん達にまで余計な負担を掛けざるを得ないのです。
本部と教会は息一つの理と云いながら、地方教会の現状や意見の把握能力に欠け、吐く息だけは強い訳です。吐く息だけの上位下達システムでは生物は滅びます。
そもそも教祖、本席という教えの親(理の親)が現在の本部に不在である以上、全ての指令システムに神の権威を借りる事自体がナンセンスなんです。神ならその言葉に守護とリヤクが伴うハズですからネ。
先ず、真柱が人間宣言をし、全ての教会が自由教会宣言をし、本部直属教会が、詰所付のお地場事務センター宣言をし、各自由教会がどの教会の下に付くのかを、数年毎に主体的に選ばせればいい。上下の入れ替わりも可。
とにかく献金にしろ活動にしろ、たてまえ通り、教会担当者の裁量に任さないと人材が育つ土壌がますます狭まってしまうだろう。現状は馬鹿タコが足食って生きてる状態だろうし。
本部は、本席様のお言葉通り、慎みをもって、規模を縮める事が先決。余計なものは困っている先々の教会へ年祭毎に施せば如何だろうか。
本部が、親心を発揮して普請の凍結宣言をする。神ならざる歴代真柱の道楽は100年先送り、心は大きく形は小さく。
結論 あんまり上の者が先々を虐めていると、神戸天理組が出来ちゃうゾ。
我々が溶け込むべき神の想いと、中山家ご一統さんの思いが乖離してきたが故の、先々の天理教人の苦悩の種。
御神言の勉強とお勤め以外に、上層部とは、関わりたくないという姿勢が教会長の理想の雛形なのかもしれませんね。
何でしょうかね。ここの方の極端だけどわからんでもない発言。
でも、素直に「そうだ!」と思い切れないのは何でなんでしょう。
皆様の書き込みをしている時の表情を拝見してみたい気持ちになります。
きっといやらしい大人の顔をしているのかな、と。
なんかねちっこいんですよ。
意見するなら意見しないと。
会長さんにボンクラもいるでしょう。教会本部にもいるでしょう。
でも、それを裏でネチネチ言ってる人って大概だとも思います。
所属の会長さんがアホならはっきり言いましょうよ。
言わずに「今の天理教教会本部はだめだ」とばかり言っていると
なんだか「それと違って俺らはしっかり教理を治めてわかってる」
という思惑が透けて見えます。そしてそんな連中とネチネチ言ってる。
正直思ってるでしょ?天理教批判だけじゃここまでならない。
心のどこかで「自分はわかってる。上級や本部はわかってない愚か者」
というスタンスが出来上がっているんですよね。
それこそ高慢。何がしたいんですか?
もっと建設的に行きたいんですよね。
貴方こそ 嫌なら読まなければいいのに
2016年5月26日 10:46 PM 匿名様
あなたには裏でネチネチ言ってるとしか思えないですか?
いやらしい大人の顔もしてないと思いますよ。大方は、怒り、不満の顔だと思います。又、諦めの顔も多いことでしょうね。意見できるなら意見もしましょうが、そんな相手では無い、我々も意見ができる位置にいない。しかし、止むに止まれないから投稿しています。
我々を見下ろすあなたも、高慢に見えますよ。
地方教会が、陽気暮らしの道場だと仮定して、教会関係者の自殺だの刃傷沙汰だのが多発した問題を無視して
又、その大半が後継者不在という現実を無視して、その教会群の陰気暮らしの原因を洗い出さずして、どうして世界に陽気暮らしを弘められるでしょう。
本部大教会の無理な普請からくる、教会間上納金の(暗黙の)強制による、地方教会の経済的負担感が大き過ぎる事は大原因の一つです。
徳ある中山家一統は、豪気強欲によって、存命の教祖の神の教えを顕示欲によって汚してしまっているんです。
天理教の教えは好きだが、天理教団は嫌いという教会子弟の割合が、事情教会の割合なんですね。
初代さん達のような粗野でもエネルギーに溢れた人達なら、いやならやめるべ、ですが、そこに生活の場や先祖供養の場が同時に併存しているから、少々の信仰心や親々を思う気持ちと相まって、迷っている後継者も多いはずです。
泥の混じった理は流すわ、献金の取り立て厳しいわ、現在の大人しい、教会関係者が心を痛めて事情身上が発生しない方が不思議なぐらいです。先々の事情身上に対して、本来ならタスケルべき立場の上層部がかえって悪影響を与えている事を自覚すべきなんです。
外からのものは防げても、内からの大砲は防げない。上層部の顕示欲支配欲の自覚ととりこぼちの後、御神言に反しない現実的且つ建設的意見が先々の現場から発生する事を期待します。
眼前に命に係わる問題が横たわっている以上、高慢の誹りを気にしている程紳士ではない。ですね。
匿名 2016年5月26日 10:46 PM さんの建設的ご意見をお願いします。
私も教えは好きです。こちらを拝見していますが、正直なところそこまで教団を否定する気もないし、
本部のお偉いさんに対しても、あいつは…とかはないです。なんなら友達のお父様は大教会長様なので、悪く言われていると「そんな人でもないけどな〜」とすら思います。
じゃあなんで見ているのか、やはり末端の1信者としての疑問もあるんですよ。
でも、末端の1信者がそんな事を思っても、やはり口にはしにくい。なぜかって。
やはり教えに間違いはないと思うからですよ。そしてそのように教え込まれてきた。
天理教内部で言えば、本部や上級、会長さん各位の方が「立場が上」という暗黙の格付けがあるし、
ぽつんぽつんと点在する信者が1人で異論を訴えてもまかり通りません。痛くもかゆくもありません。
なのでこのようなネット上でもいいから「ここは矛盾してるよね」という信仰者同士の確認作業があってもいいと思います。
砂漠にたった一滴水を落としても潤いませんが、一滴ずつでも継続的に水をおとしていけば潤う、
そういう場所もあって良いのではないでしょうか?
あらま、良い議論ですわね。
どちらサイドも『井の中の蛙大海を知らず』というやつでしょうか。
天理教は人を幸せにしてるよ。
天理教は人を不幸にしてるよ。
人それぞれの解釈でいいじゃん!
僕たちはそれで良いよ。
でもね。
組織の姿勢として綺麗な部分にしか目を向けないのは終わってるっつーの!
どこをどう客観的に見ても天理教は人を不幸に陥れている側面があるんだから、当事者はそれを意識しなくては社会の一員ですらないし、大人として超未熟だね。
それを指摘されて感情的になってるようでは極左と極右の争いと同レベルってことだね。
当事者にも拘らず、傍観者の天理教本部幹部たちには死んでいただいて結構なんじゃないかな。
教理の解釈に齟齬が生まれるなら、教えすらも完全じゃねえっつーの!
あ、僕はニヤニヤしてますよ。
そのうち天理教も時代がマイノリティに成り下がらせることが明確なのに、何をごちゃごちゃと議論してるのかってね。
我、高慢でございやす。
http://inochinonakigoe.grupo.jp
匿名 2016年5月26日 10:46 PMさん。
>何でしょうかね。ここの方の極端だけどわからんでもない発言。
でも、素直に「そうだ!」と思い切れないのは何でなんでしょう。
皆様の書き込みをしている時の表情を拝見してみたい気持ちになります。
きっといやらしい大人の顔をしているのかな、と。
私はこのような議論をいろいろな場所でやっていますが、いやらしい顔をしている人は一人もいません。あなたの心の中に「いやらしい顔」があるからそう思えるのではないのでしょうか。
>なんかねちっこいんですよ。
意見するなら意見しないと。
会長さんにボンクラもいるでしょう。教会本部にもいるでしょう。
でも、それを裏でネチネチ言ってる人って大概だとも思います。
所属の会長さんがアホならはっきり言いましょうよ。
ここは、裏ではなくて表ですよ。ところで、あなたは、ボンクラ会長を見ると「アホ」といっているのですか?
大人だからこそ、気づき、悟って欲しいのです。
>心のどこかで「自分はわかってる。上級や本部はわかってない愚か者」
というスタンスが出来上がっているんですよね。
そんなこと、誰も言っていないし、思ってもいません。多分、あなたが「自分はわかってる。書き込んでいる奴らは、はわかってない愚か者」というスタンツなんでしょうね。今、現実に困っている事、可笑しいと思うことを言っているのです。
それも駄目とおっしゃるなら、自由にものの言えない組織になってしまいますよ。
ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
天理教の「御供え」についてをリンクします。
http://6706.teacup.com/5051/bbs
命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
http://inochinonakigoe.grupo.jp/
裏でねちねち。とんでもない。この掲示板こそ大勢の人の目に触れる表ですよ。裏で言っていても届かないからこういう表に出てきているのです。
本部の幹部・その家族などの目もに触れているはずなのです。その方達に真逆の意見を唱える信者が少なからず大勢いることを知らしめ、知る機会を提供し、ネットはわずかでも流れを変える一役を担っています。
どうにもなれば直接言います。どうにもならない相手だからこそではないですか。あなたはお幸せな加害者ですよ。
心配しなくてももう意見は出てきませんよ。
どうせ逃げたんですからね。
大体わかるでしょ。
それが天理教人のやり口ですからね。
対抗しようとしても火に油を注ぐだけで、
話が通じないという訳のわからん理屈をつけて議論から逃げるんですよ。
まー、そんなレベルの天理教人と対峙するだけ時間と労力の無駄ですよ。
切り捨てましょう。
って、それに四苦八苦していたのが私ですけどね。
詳しくは私のホームページを参照してくださいませ。
http://inochinonakigoe.grupo.jp
一よふぼく
ときおりコメントさせてもらっています。
私自身は天理教は概ね好きです。お供えでのトラブルはありませんし、尊敬できる友人もたくさんいます。
ただ、ほとんどが教会関係者のため、言いにくい事もあると思うのでこちらで相談したいです。
今のところ天理教は所属教会制度ですよね。天高も、確か教会のお許し?がいりますよね。
ちょくちょく出てきますが、所属教会の会長さん夫婦がちょっと考えが合わないという場合、どうなんでしょうか。自分に何となく感じるものがあったのか、会長交代くらいからどことなしに気持ちが離れ、
私の家庭の問題を相談した時の対応が不親切で一気に苦手になりました。
天理教は好きなのに、です。
(昔はかなりどっぷりでしたが、今はそこまでではないです。)
なんだかんだ言っても、教会は教会関係者の住まいでもあります。
会長さん夫婦にモヤモヤしていて、でも天理教の教えは好きという矛盾感に悩んでます。
私が至らないんだという感じで…でも、言われた事やされた事を思い出すとやはりそこに
おやさまをかんじることはありません。
お供えでもなく教理でもなく、会長さん夫婦のやり方が苦手。
自分たちは高笑いして、私の心はいずむ。
私がわかってないだけでしょうか。皆さんみたいにお供えや教理、脅しであれば
言い返してもいいかもですが(脅しじみた感じはあるかな…)、なんか合わないだけです。
一よふぼくさん。
>今のところ天理教は所属教会制度ですよね。天高も、確か教会のお許し?がいりますよね。
ちょくちょく出てきますが、所属教会の会長さん夫婦がちょっと考えが合わないという場合、どうなんでしょうか。
そういうことが、よくあります。教会制度の最大の問題点です。
事情を説明して、気のおける教会へ参拝したらいいと思いますよ。
>今のところ天理教は所属教会制度ですよね。天高も、確か教会のお許し?がいりますよね。
そうですね。その時だけお願いに行けばどうでしょう。所属変更も出来ないこともないですが、すべて紙の上のことですから、信仰には関係ないと思います。
いい距離感で付き合えばいいのではありませんか。
ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
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天理教の「御供え」についてをリンクします。
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天理教信者が順調に目減りしていることを記念して、天理教組織撲滅キャンペーンをはじめます。
やり方はとっても簡単。
お供えしないで下さい。それだけです。
カイチョーという人種が、もしかしたらキョーリという言語で、「OSONAE、OSONAE」と手を出してきますが、相手にしないで下さい。コアラがユーカリにの葉を食べるように、カイチョーはOSONAEを食べて生きています。危険ですので、見るだけにしましょう。
そうなんですよね~
信者に依存しているくせに、偉そうな態度で金銭をを奪う教団のどこに陽気ぐらしがあるのでしょうか?
旅人さん、その通り。お供えするからこの社会悪の教団が生きながらえるのです。「心の世界」は置き去りです。信者獲得、数字達成に信者は振り回されています。魅力がないのに人がついてくるはずがないです。お供えは個人の自由と言ったら、「教祖逸話編の二の切りを読め」と言われました。
日頃はごろごろしていて、においがけもせず、仕事もせず、自分は実践してもない教理をならべて、大教会と直属兄弟教会にだけははお供え金や、数字で対面を保ちたい人。
お供えで食べてるくせによく言うよ、と思いました。生活費を断つことが目を覚まさせる早道です。
2016年6月4日 7:52 AM 匿名様
>お供えは個人の自由と言ったら、「教祖逸話編の二の切りを読め」と言われました。
「教祖逸話編の二の切り」の意味は、人に施しをせよ、という意味であり、教会へのお供えをせよ、という意味では無いそうです。掲示板「お供え」に書いてました。
天理教の「御供え」についての中の、「金銭二の切り」おところをリンクします。
http://6706.teacup.com/5051/bbs/907
http://6706.teacup.com/5051/bbs/910
2016年6月4日 7:52 AM 匿名様
あ、お供えの場所、リンクでは無く、コピーで貼り付けただけですので、すみませんが、ウエブ検索のところに張って、開いてくださいね。インターネット初心者なので、リンクの方法がわかりませんでした。ごめんなさい。
ご存知の方もあると思いますが、ようぼく手帳なるとても怪しい冊子があります。
書いて字のごとく、ようぼくたる人のためのガイドブックです。
ちなみに初版が出来たのが昭和42年6月26日。それから何度も改訂しているようです。
さて、この本の中でも、天理教全般の教えや取り組み方を記載しているわけですが、お供えのことにも触れています。
一部引用します。
「日々のお供えは、各教会を通して、元のぢばに運ばれます。そして、それがかんろだいにお供えされ、親神様に真実が届くのです」
かんろだいにお供えされて、はじめて真実? 誠意?が届くそうです。
教会長の懐に入ったお金は、親神様に受け取ってもらえないってことなんでしょうか。
もっとも、突っ込みどころ満載のテキストなので、他にもたくさんあるのですが。
教会へ行けば、ほこりのかぶった同じ本が何冊もあると思います。
お供えは当たり前じゃないんですけどね。
信者さんに、もっと思いやりを向けてあげて下さい。
本部の勤めが健康回復現象を爆発的に実現させるなら、布教や宣伝などしなくても、世界中から人も金も集まって来るだろ。
人のタスケよりも都市計画が大事な宗教なら。天理教教会本部改め中山普請教にしたらどうだ?
そうすれば当教会も心置きなく離脱するんですけどね。
最近あまりにも匿名さまの投稿が多すぎません?
何か自分の考えから逃げているようで面白くありません。
徳子さんへ。
実名で行動できれば早いんですけどね。
なにかとしがらみがあるから、仕方ないところと汲む必要もあるのでは。
中山家を軸とする本部組織を壊滅するために、組織に憤りを感じてる人の方が、本部が発表する信者数より上回れば、ボチボチ現象として出てくるでしょう。自然と。匿名なんて謙遜することなく。
いまのところ、古い教会長さんと、命の泣き声さんがリードして、下地を作りつつあるようです。
一番は、本部員、大教会長クラスの、儀式だけやってりゃ家族を養う給料を、20から50万の平均的幅で当然のように懐に入れ、実はそれは全国にいる貧困生活者も含めた真実を求める信者さんたちのお布施(お供えという言葉はどうも納得できない)なんだけど、あいつらはそんな感覚は皆無のようなゴミです。
本部神殿は素晴らしい、落ち着く、立派なもんだ、そんな感覚があるなら、無理です。
そういう形を作り、維持し、あわよくば政治家、芸能人、企業経営者にのみ媚びを売り、ようやっと死ぬ思いで神殿にたどり着き、ボロボロの服装で、しかもコップ一杯の水を所望するような本物の求道者を、汚いと片付けるゴミばかりです。いまの本部はね。
うわっつらのメッキだけというのは、徳子さんもご存知のことで、重ねて言うことはありません。
今立ち上がっている本部破壊、及び本部員の給料制の中止、それから生じる貧乏生活、大教会システムの破壊、中山家は所詮、神輿であることでシステムが再構築されていく、そういった大改革が必要でしょう。
教えは本物なら、1,000年後も残るでしょう。
まずは本部員の、一部既得権益の無駄なゴミどもを、排除すべきでしょう。
そこまできてると思います。
どうでしょうか。
匿名A様、匿名B様
こないだ天理の居酒屋で飲んでたら、私の隣で天理教の勤務者と思しき人たちが話をしていたのが、へぇーって思いました。最近、天理教の勤務を志す者がこの数年の間で30パーセント減り、取分け、昔から中山家の近くでつとめていた在籍者と言われる人たちが、見切りをつけてしまう現象が数多く出てきている。
結局、中山筋の人たちの結集で人事が結集されている。つまり、新本部員と言われる人たちは、中田表統領をはじめとする裸の王様の集合体になってしまっているとの話でした。だから、これまで本部の在籍者と言われる人たちは、口では言わないまでも、本部の勤務をささない方向にむいているようです。
いわゆる泥船には乗り込ませないのでしょうね。本部の人たちも。
君子危うきに近寄らず、ですね。
ほどほどさまへ
匿名では、コメントを投稿した人のイメージがわからない。
組織のしがらみがあるのもわかりますが、でもあえてそこから脱出するいいチャンスだとも思うのです。
しがらみも案外自分の思い込みってこともあるでしょうし、信仰はもっと自由であっていいと思う。
>昔から中山家の近くでつとめていた在籍者
とは、教祖伝に出てくる人達の直系の家々という事ですか?
これまでの、彼らの本部での待遇はどんなものだったんのでしょう?
一時本部員になったとしても、内外からの批判に対して矢面に立たされ、責任はあっても、権限、発言権は少ないのなら、やってられね~って思う人がいても不思議ではないですね。
教祖伝血族連から新中山血族連へと本部の執行部構成が移っていくという事でしょうか?
前善衛真柱様も中枢から離れたところへお子様を養子に出されたり、嫁がせたりしている訳ですが、中田家は別格としても、土佐家などの新血縁外様系の人達の割合が多くなるという事ですか?
ネット信者様
>彼らの本部での待遇はどんなものだったんのでしょう?
私の知る範囲では、本部のお与えです。立場が出来ると、巡教のお礼とかが入ります。
厚生年金も掛けてあるので老後は安心です。住む所も費用がかかりません。
私たち末端は国民年金も未納の所が多いです。
>教祖伝血族連から新中山血族連へと本部の執行部構成が移っていくという事でしょうか?
そんな、難しい人事は無いでしょう。只、真柱のお気に入りとか、気ごころ知れているとか、親が実力がある。嫁の血筋がよい。で決まっているように思います。
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仰る通りです。真柱や、弟の善亮氏の兄弟姉妹の主人等、いわゆる親族と言われる人たち、またそれを後援するお気に入りの人たちの集権集団になっていってます。特にこの数年は。だから、それ以外の人たちは、ご機嫌伺い組合状態でしょうね。直属の会長も含めて。
うちの会長も以前は、中山さんらとは親交が深かったようですが、今は余りお気に入りではなくなったようで、色々教会の上でも影響が出てきています。所詮、中山個人商店ですから、宗教といえども公益性はありません。
そういうことを懸念なさった教祖は、おふでさきの最後で、「さとさとたおとたおとびよさまびよさま」との筆があり、更に「いちれつこころしあんたのむで」とあるのは、教祖の教えを都合よく解釈し、中山家を通じた利益のみを追求するこれまでの不条理、あるいはこの先を予言なさった事だと思います。
ご本部に限ったことではないと思います。
私の所属教会も親族信仰です。
教会に行っても参拝に行っているのかよそのお家におじゃましているのかと思うときがありました。
ただ参拝したいだけなのに、教会の奥さんから「何しに来たの?」みたいに言われたり。
「…ちょっと参拝したくて…」というと「あぁ、いや、今日なんか用事あったっけって思って」と。
教会の人間が、教会は信者がお参りに来るところという認識を忘れてしまうほど、
宗教って組織になっているんだなって思いました。
私はご本部の先生のことは詳しく知らないし、カインさんはじめとした教内の話を聞くたびに
「大げさじゃないの〜!」と思うときもありますが、
運営は信者じゃなくてもできるもんね…って、冷静になる部分でもあります。
教会の後継者の方とお付き合いしていたこともあるので(もちろん自教会ではありません)、
大げさすぎるというわけでもないよな…としみじみしています。
逸話編に梅谷四郎兵衛さんの話で『人がめどか、神がめどか。神さんめどやで。』というお話があります。一部の腐敗は、教祖の教えて下さった本当の信仰ではありません。そこに重きを置くと、どんどん自身がずれて行ってしまうように思います。
その中にあって自分はどうあるのか、芯が大事だと思います。
神様に、とお供えしたものはどうなっても必ず天の貯金として、受け取って下さってるんやでと母は言い切っておりました。20年経った今、本当にその言葉の重みを感じています。
目先のこと、目につくことは色々ありましょうが、そんな小さなものでなく、もっと大きな大きなスパンで、視野で考える、そんな教えであると思います。
特集 天理教とフェミニズム
わが中山みき…(「天理教とフェミニズム」で検索してみてください。)
・・・・・・・・・・・(略)
縁あって私は一九八〇年から二年を奈良の天理教本部で過ごした。どんなに素晴らしい信仰者に会えるかと期待して飛び込んだ本部であったが、そこで私が見聞したのは、色と金にまみれたまさに「この世の地獄」であった。
たとえば、私が二年間居住した「ひのきしん寮」という女子寮は、金を取らない売春宿だった。私がこうした罵署雑言を吐いても、プロの売春婦に対する偏見とはいささかも関係のないことを御理解いただきたい。
起居を共にした十八から二十までの女の子達は、長期休暇が近くなると頭を寄せ集めて自分達の生理日を計算し、排卵日をはじき出しては、「安全日」を割り出していた。もちろんこうしたことは妙齢の女の子にしてみればごく自然なことなのだろう。問題は、彼女達がほとんど全「教会の子」であり、いずれは「教会に嫁ぐ身」であり、その「教会」は信者の寄付で食っているのであり、信者にとっての「教会」とは神の鎮座まします「聖域」であったということなのである。
女の子達が相手の男を好いていた、ということであればまだしも救いはある。しかし私の見るところ、彼女達が恋愛の何たるかを思い知るほど濃密なおつむと心を持っていた、とは到底考えがたい。
彼女達は、まるで何かに「追われる」ように男を欲し、男と寝た、のである。男にしてみれば、たとえ丸太のように横たわるだけの「売春婦」であったとしても、タダでやらせてくれ、避妊まで面倒を見てくれる、こたえられない美味しい話、だったことだろう。私には、男達が女の子達を卑狸な話題の肴にした高笑いの声が聞こえるようだった。
女の子達も、話題は男とセックスと芸能界に限られ、これが宗教の殿堂たる「聖域」で繰り広げられる人間劇かとまさに目を覆うような惨状が展開されていたのである。
なぜ本部勤務の女の子達がこんなになったのかを考えてみれば、理由はいろいろあるだろうが、女の子達のために弁明するなら、まず教会の貧しさがあげられる。貧しさゆえに、教養を積む修練を経る機会がなかったのだ、と言ってしまえばあまりにも紋切り型の説教調になってしまうけれど、それが現実である。
というのは、寄付が潤沢になる大教会になればなるほど、その子弟は「マトモ」になっていったからである。そして又、教会本部が勤務する女の子達に「おあたえ」と称して払う給料が月に二万円という額だったことも、理由の大きな一つとしてあげられる。この二万円から女の子達は、食住は保証されているとはいえ、衣類から化粧品から嗜好品にいたるまで賄わなければならなかったのである。
それは当時三十を過ぎていた私の目から見て、年頃の女の子が満たされた青春生活を送るには到底無理な金額だった。本部よ、せめて五万円この子達にやってくれ、そうしたならば、 “娯楽はセックスだけ”という惨状も何とか打開されるだろうに、という老婆心から私は何度念じたことか知れない。
カネがすべてを解決する、とは言いたくないが、私が本部で目にした現実は、その程度のものだった。
天理教本部について言いたいことは諸々あるが、この「無料の売春宿」たる女子寮が、現在の本部の堕落と頽廃の有り様を体現していると私は思う。・・・・・・・(略)
今の天理教本部は、人の迷惑も顧みず、徹底した自己満足のみを追求するカルト教団と化し、オウムと大して変わりはない。宗教には、現存する人間を脆拝してはならない、という原則を設けるべきであり、その禁を犯した時から、単なる詐欺集団に成り下がる。オウムがいい例だし、日本の新興宗教のほとんど全部がそうだろう・・・・・(略)
本部なんか本気で相手にしてたら、布教なんて馬鹿らしくてやってらんねえよ、というのが大方の目覚めた信仰者の思いだろう。私の中山みき信仰は、本部の堕落と腐敗とは一切関わりがない。・・・・・・・(略)
・・・・・古い教会長の感想(多分、限られた時期の、限られた何人かの女子の話だと思いますが、事実だと思います。丁度この頃、ゴルフキーパーをしながら学校へ通う、天理関係の寮があり、乱れていたという噂を聞いた事があります。程なくして閉鎖されました。)
ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
天理教の「御供え」についてをリンクします。
http://6706.teacup.com/5051/bbs
命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
http://inochinonakigoe.grupo.jp/
huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
http://twitter.com/huruikyoukaityo
A実町のK西が、また倒れたということをリークします。
2016年7月15日 10:19 PMの匿名 様。
>A実町のK西が、また倒れたということをリークします。
K西さんが、どなたかよく分からないのですが、所長さんのことですか?
何か問題でもあるのですか?
ブログ<原典からの出発>植田義弘先生のブログです。
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/
天理教の「御供え」についてをリンクします。
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命の泣き声~天理教への信仰でお悩みの方へ~
「命の泣き声」さんのホームページのリンクを張ります。
http://inochinonakigoe.grupo.jp/
huruikyoukaityou@yahoo.co.jp
http://twitter.com/huruikyoukaityo
コメント欄では有益な情報も埋もれてしまいます。
コメント欄に書き込むことで云々…として本部への効果を考えておられる方もあると思いますが、方法が消極的すぎます。
というのは、コメントが膨大かつまとまっていないから基本的に見る意欲がわかないということに原因があります。
コメント欄のレギュラー陣の先生方は天理教の現状の問題と打開策を示したサイトを作ったほうがいいと思います。
このサイトは著者に信仰がないのと、社会学的視点であるため、信仰的視座に立っていないと思うんです。(もちろん有意義なサイトだと思っています。)
そうしたことから、信仰ありきでこれからどうすべきかという課題を体系的にまとめていけば、分かりやすい上に多くの人の目にもとまるのではないでしょうか。
幾分他人任せになっていますが、いつも発信なされている方々に一つ提案をいたしたく思いコメントさせていただきました。
私は本部の政治的無能さ、無為無策さについて問題提示したいと思います。
なぜなら本部の政治的無能さのおかげで、私たちは幾度となくまともにその実害を受けているからです。
本部の月次祭は26日で、これは誰もが分かっていることです。
にもかかわらず、この26日前後名古屋方面から名阪国道を通って天理方面に向かうと、必ずと言っていいほど道路の補修工事などを行っていて常に渋滞に悩まされていました。
ある時など26日月次祭を参拝し終え、天理東インターから名古屋方面に名阪国道に入ったところからすでに工事渋滞で、十数キロもその渋滞がつづいていました。
この問題は本部が、名阪国道の管理者、国土交通省の奈良県事務所や三重県事務所と事前協議して、26日前後は不急の道路工事は避けて頂くという協議をしておけば簡単に避けられる問題です。
にもかかわらず、このような状態つまり名阪国道の26日前後の工事渋滞が何年も続き、多くの帰参者がどれだけ不便を被ったか分かりません。
また一般の利用者も多くの帰参者とともに渋滞に巻き込まれ、いい迷惑だったと思います。
行政側と何の交渉もしない本部と教庁輸送部の無能さ、無為無策さには呆れるばかりです。
さらに本部の政治的無能さを痛感したのは、教祖100年祭時の西名阪高速道路の天理インターの拡張工事についてです。これについては事実確認をして後日述べたいと思います。
人様の裸の写真を断りもなく掲げたり、Twitterのトップに持ってきてはいけません。
人格を疑われます。家族やバイト先などにも大きく影響します。
匿名です様
誰のことを、誰に対して言っているのですか?
匿名様
具体的には書けませんが、これを見ているであろう人に向かって書いています。
様々な人々がどういう未来を辿るのかが分かる程には、私は歳をとった。
彼の未来の方向を変えるべくアドバイスをしています。歳上のものとして。
匿名です様
あなたはどうしてそんなに彼のことが気になるのですか?
以前から執拗に彼を批判する。
実は自分を見ているんでしょ。
皆世界の胸のうち、鏡のごとくにうつるなり。
って御神楽歌で歌われているじゃないですか。
自分の姿は見れないから、相手を鏡にして見せていただいているんですよ。
気持ち悪いコメント書いて皆さんの大切なコメントが流れていくように邪魔する。
皆さん、大切に言葉を選んで選んで真剣に書かれているのに、
あなたは短いセンテンスでわけのわからない言葉で流れを止めるような行動を平気でする。
立ち向かうなら正々堂々とすればいいのに、
曖昧な表現でのらりくらりかましていく。
「バカにすんな!」と怒鳴りたくなるような衝動が何度もあった。
彼は今一生懸命生きようとしている。
私はそっと見守っていますよ。
匿名です様は彼より年上なんですね。
だったら彼の今の状況を広い心で包み込んであげる豊かさがあってもいいのではないですか?
彼はきっとすばらしい道が開かれる。
私は確信しています。
人のことをとやかく言う前に、あなたは自分の道をしっかり地に足付けて生きればいいのです!
彼より親御さんが気になりなす。時間がない。そして彼の子供さんについても気になります。
彼は素性を明かしている。就職時にはTwitterも調べられるだろう。
などなど。薬変わって夜寝れてないなどど。
しかし毎回裸が出てきて私もイラッとしてしまいます。
不愉快な思い失礼しました。
匿名様
私はお会いしたことはないですからね。
お顔も存じ上げてません。老婆心というものです。
不愉快な思い失礼しました。
匿名です様
裸が出てきてイラッと毎回するなら見なければいいのです。
イラッとするのにどうして毎晩チェックするのでしょうね。
不思議な人だ。
あの写真は確かに気分のいいものではない。
しかし今の若者たちならノリですることでしょう。
ただそれだけのこと。
何十年も前ですが、青年会の真面目な真面目な男性たちが
酔っぱらって真っ裸になって踊ってました。
不愉快でしたが、今となれば若気のいたり。
そんなもんですよ。
いいですか。
不愉快で見たくないならば、もういきなさんな。
あなたのおせっかいに申します。
人の人生にはいろいろな波があります。
嵐は誰も通りたくないけど、その中でもがきながら踏ん張る時期というものがあるのです。
自分の中にしっかりと理想を思い描いていても、
ままならぬ中、苦しむ時期というのがあるのです。
その時期に人は多くのものを得るのです。
それこそ後々のお宝です。
余計なおせっかいはしなさんな。
それから心のない謝罪は要りませんので。
嘘と追従これなんとかっていいますね。
後の匿名様
私は私なりに助けたかった。天理で助けることが出来ると思うから。
天理でいろいろな人々を助けることが出来るから、だから伝えた。
天理は奇跡をおこしてきてるから、天理を伝えたかった。
おせっかいすみませんでした。
分かりました。
匿名です様
奇跡ってなんですか?
不思議な現象ですか?
天理教でいう鮮やかなご守護とやらですか?
生きていること、今この世に存在していること、
息をしていること、すべてが奇跡ですよ。
本気で助けたいという思いがあるのであれば、
私にたやすく謝るべきではない。
それこそあなたが本気でない証拠。
我々家族は彼がこの先自分の夢を実現したとき、
彼のおもてなしの心をいただきにかけつけたいです。
私は毎日そっと祈ってます。
彼は今大変な中にいますが、先が本当に楽しみ!
しっかり読んでいればわかるはずです。
私もトンネルから抜け出すのに苦しい思いをしましたからね、
小手先だけのさとしが毒にもなりえることを知っています。
天理教の教理もさとす相手によって変わってくるということ知っておいてください。
同じ言葉でも発する人の魂によって毒になるのです。
この前の匿名様
奇跡とは、鮮やかな御守護のことをさして言いました。
私の魂では毒になりそうです。だから黙ってます。
匿名です様
正義感から「良いことをしてる」としても、
ここは個人的な伝言を伝える場ではありません。
人の為と書いて「偽」という字になります。
「良いことをしてる」つもりになる前に、
なぜ自分はそういう言動をするのか、
それは本当に相手の為なのか、実は自分の為ではないのか?
など、よく考えてみることをお薦めします。
匿名です様は、なぜ「良いことをしてる」のに、と思われているかもしれません。
人の心配などに逃げ込む前に、そういった根本部分に気付かなければ、
匿名です様は、また同じことを繰り返していくでしょう。
潜在意識や「エゴ」は巧妙です。
「宗教」や「教え」すら道具に仕立てます。
宗教関わらず、『本物』を求めている人は誤魔化されません。
なぜなら、自分の中のエゴや矛盾と苦しく惨めな思いをしながら、
対峙してきているのですから。
だから、こちらのコメント欄でも、『本物』を求めている人たちが、
教団に対する多くの矛盾や辛い体験に基づく意見など、
我が事として問題提起をし、意見を交されているのです。
自分含め、多くの大切な人生が掛かっていることでもありますから。
自分の影と向き合うのは苦しく辛いことではありますが、
自分を理解出来た分、理解力も深まるのです。
自分自身と向き合うことは、それだけの価値があると思います。
それこそが、本当の宗教ではないかと思います。
台湾・慈済基金会 の活動が素晴らしい。
天理教は本来こうあるべきだ。
http://alternas.jp/work/ethical_work/61822 より。
「4人の弟子と30人の主婦」が起源――台湾・慈済基金会
東日本大震災――この時、国内だけでなく海外からも様々な支援が行われていた。慈済基金会そのうちのひとつだ。慈済基金会は被災者の手に直接見舞金を渡していた。慈済基金会とはどんな団体なのだろうか、そんな疑問を持ち、私たち被災地支援のための市民メディアプロジェクトは、この慈済基金会の方々にお話しを伺うため台湾へ向かった。(学生による被災地支援のための市民メディアプロジェクト支局=細川 楓・武蔵大学社会学部メディア社会学科2年)
市場に買い物に行くときに5銭を節約して竹筒に貯金する。月の終わりに集まったお金で貧困で苦しむ人に手を差し伸べる。このほかにも、ご飯を炊くとき、一握りのお米を壺の中に入れる。こうして貯められた壺のお米は食料で困っている人に分けられる。
證厳法師が立ち上げたこの慈済基金会は、50年ほど前に4人の弟子と30人の主婦が行っていたこの小さな行いから、現在では台湾で仏教をベースにした巨大なボランティア組織へと成長した。
竹筒貯金は今でも形を変えて行われており、貯金箱にお金を入れいっぱいになったら慈済基金会に持ってくる。こうして集められた資金は災害地域の援助等に役立てられている。決して、慈済基金会を支える尼僧が使うことなく、すべて支援にあてられるそうだ。
では、尼僧はどのように生活しているのだろうか。
200名ほどの尼僧全員が生活する「静思精舎」という場所を訪れた。尼僧は毎朝3時に起床し、4時20分からお経を唱え、5時20分からは證厳法師の説法が始まる。6時20分に朝食をとり、7時には世界中で行われているボランティアについての話し合いを行う。日中はそれぞれ日ごとに決められた担当の作業に取り掛かかり、掃除や炊事、畑仕事だけでなく、台湾各地に存在する支部での説法や、静思精舎への来客のもてなし、隣接している工場での作業など様々である。
工場では石鹸やろうそく、アロマグッズ、提灯、災害時にガスや電気が無くても食べられるアルファ米などを製造し、尼僧が生活するために必要な資金を得ている。
そのため、畑には食事に使われる食材以外にも、石鹸やアロマに使用するハーブなどがたくさん育てられていた。また、調理の際に出る生ごみや、枯葉などを集め、肥料にする。これを利用し、つくられた作物は、化学肥料を使っていないため、体に安全な作物ばかりである。その他にも不要になった袋をごみの分別の袋として利用するなど、普通ならごみになってしまうものさえ再利用し、ものを大切にすることが徹底されている。
このようにして、静思精舎ではものを大切にし、自給自足の生活を送っている。これを「自力更生」という。自給自足で得たお金の一部は尼僧の生活費にもあてられるが、使わなかったお金は寄付しているそうだ。
寄付したお金が確実に支援に利用されるという透明性から安心して支援のためのお金を託すことができる。そのため慈済基金会ではお金の管理がとてもしっかりしているのだという。
私たちは取材時に竹筒に見立てた貯金箱をいただいた。私たちが「日本支部へ届けます」と言うと、慈済基金会の方は「集まったお金は慈済基金会ではなく他の慈善団体に寄付してもいい」と私たちに言った。私はとても驚いたが、それは、「困っている人を助ける」という同じ思いが根底にあるからではないかと感じた。
<制作した映像はこちら>
https://www.youtube.com/watch?v=VccSGYw1Qko
基本様
基本様が豊富な知識と崇高な解釈をお持ちであることはわかりました。
しかし基本様以外の方の多くの方のコメントも読んで自由な議論・意見を楽しみしています。
でも基本様が非常に多くの投稿をされるので、他の方のコメントを読んだり、探すのが難しいです。
ここはカイン様が開設したところであって、基本様の所有ではありません。
多くの読者はカイン様の意見や考えを読みたくてきています。
いまの時代、無料でブログを開設できますし、多くの掲示板があります。
基本様はそちらで自由に思うままに持論を展開されてみてはどうでしょうか。
ここは基本様だけの場所ではないことを理解してください。
はい。
主たるテーマは、このブログそのものにあって、カイン様に対して意見を言えるのはこのブログよりありませんから、お許しください。
カイン様は洗脳のプロで、討論のプロと理解していますので、相手にとって不足なしですので、万やむを得ない次第です。
投稿の量は出来るだけ少なくしますので、お許し下さい。
天理教教人さんの言う通りです。申し訳ないですが、基本さんは人様のブログに書き散らしすぎです。やむを得ないことではありません。これを世間では「荒らし」とも言います。存命の人の名前を出すのもネチケットに抵触しています。このようなことで天理教社会学研究所のブログが閉鎖されてしまっては何にもなりません。どうぞご自身で基本さんのブログをお立ち上げください。
討論にすらなってないし、教理を掬い上げて暴論に達する大妄想イカレポンチなだけやん。
モラルも倫理観もない人間が恥をさらしに来て、いい気味じゃないんですか。
http://inochinonakigoe.grupo.jp
医療ばっかり頼るんなら血液検査もしてもらわないといけないですね。
ある投稿記事です。
>どんな親に繋がるもひとつの神様から与わった姿に違いなし キツイ言葉に置き換えたなら、あんな会長じゃしょうがない こうでなければいかんと思うとしたら、そういう中を通らんとたすからないと 見える世界のもっとその先、その奥に神様の思いを感じとれたら間違いなく自分の信仰が一歩進むのではないかと素直にそう思う。
確かにあるかも知れないが、危険もはらんでいるようにも思う。こういう考えがモンスター会長、モンスター奥さんを生んでしまう。これは一般社会の人間関係の話であって、教会組織に当てはめてはいけない。洗脳の始まりになってしまう。
>確かにあるかも知れないが、危険もはらんでいるようにも思う
「盗人にも3分の理」程度の理屈で、9割7分は危険ですね。
逸話編や教祖伝には幾つか出てくる「輪廻転生型のこの世は修行の場」という考え方は、「みかぐらうた」「おふでさき」には出てこないんですよ。
「この世の苦労や困難は神の与えた試練だから堪能して修行しなさい」という内容は、その苦労や困難を生み出す「上級」にとっては都合のいい、下の者を奴隷化するための教え以外の何物でもありませんからね。
しかも、苦労したからといって、先々立場や身分が入れ替わるかというと、絶対に変わらない。
そのまま世襲制で子や孫にまで伝えられて、ますます固定化された身分制度が確立していく。
「身情事情は神の手入れ」は、今までの価値観や考え方を見直す切っ掛けになるモノであって、教祖さまの教えを知る、考えるための「導入部分」に過ぎないと思います。
その切っ掛けや導入部分から先が、苦労や困難、理不尽や身分差別が末代まで続く生活で「陽気ぐらし」など出来るわけがない。
「若い時の苦労は買ってでもしろ。」と説教する年寄りは嫌いです。
若い者に苦労させない世の中を作るのが、年寄りの役目ではないでしょうか?
すでに、年寄りの仲間入りをしてる年代ですが、そんなつもりで働いてます。
末端教会子弟様
「身上事情は神の手入れ」
このフレーズを読んで、思い出したエピソードがあります。
学生時代、原因不明の体調不良に苦しんでいた私。あるとき教会に行くと会長さん(当時)が
「身上事情は道の花というんや。なんも心配ない、なんも心配ない」と声をかけてくださいました。
(当時の会長さんは数年前に出直されました)
現在の会長さんは前会長さんの息子さんです。
いわゆるやり手というか、主張の強いタイプで、私が夫婦問題で悩んでいるとき
「信心する気持ちある?人のいうこと聞かんからちゃう?」とバッサリ言われました。
前会長さんも癖の強い方でしたから、家族の方は大変だったとも聞いています。しかし、私たち信者にはこれでもかというくらい心をかけてくださいました。
どっちが正しいかわかりませんが、おやさまだったらどっちの言葉をかけるだろうかと考えたとき、
私は前会長の教えで育てていただいたんだなぁという気持ちになります。
高校から親元を離れ天理高校へ。病気でも寮の先生が見守る。もっと親子でいたかったでしょう。
天理を守ってきたということは並大抵のことではなく、ただただありがとうございますと言いたいです。
過去のある投稿コメントより抜粋しますーーーーーーーーーーーーーー
○さんは、おそらく、典型的な依存症タイプだと思います。
こういう人は、自分の深いところにある本当の感情に対する自己認識が浅いんです。
なので、本心と言動を一致させることができないんですよ。親に教え込まれた
イイコちゃんを演じる以外の自己表現ができないんでしょう。
もしもね、他人の悪口に同調するのが嫌い、っていうだけの、それなりに強い意志と
正義感を持った人なのであれば、こんなに嫌われないと思いますよ。
そうじゃなくて、自分の中のマイナスの感情を認めるのが怖い、
という浅い人なんだろうと思います。つまり、相手を思いやってのことではなく、
自分がそういうのに触れるのが怖いだけです。結局、自分しか見えてないんですよ。
こういう人ってね、自分のマイナスの感情をきちんと自分で受け止めていないので、
無自覚にへんなところでその抑圧された感情の発散や埋め合わせをしようと
する傾向があるんじゃないかと思いますよ。たとえば、自分の不安を埋め合わせるために、
場の空気やニーズに無関係に、小さな親切・大きなお世話的な干渉(実は対人依存)
をしてくることが多いとか、ね。実際、どうですか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
真 様
>「身上事情は道の花というんや。なんも心配ない、なんも心配ない」と声をかけてくださいました。
よく使われる言葉では「身情事情は道の花(華?)」ですね。
意味は諸説あるようで正確ではありませんが「身情事情を切っ掛けに入信した人は、熱心に信仰する素晴らしい人」といったような意味かと思います。
真様が繋がった会長さんは、心の出来た会長さんのようですね。
ネットで叩かれるお金に汚い会長さんなら「お供えの金額」に結び付けますから(笑)
「教祖さまなら何と答えるか?」は、私も常に考える事です。
身情事情や悩める人に対してだけでなく世の中のニュースや事件や世界情勢に対しても、「教祖さまのお言葉」が知りたくて天理教に繋がっているのが正直な所です。
匿名様の抜粋は考えさせられるものですね。
発言しすぎましたし、発言をしばらく控えようと思います。
【掲示板「お供え」について】の意見を拡散すべきである、という、命の泣き声さんの勧めにより、「お供え」に多数投稿されたご意見を、現在ツイートにしています。
又、天理教被害を広く周知させる為にも、社会学研究所さんのコメント欄に投稿された皆様のご意見も、無断ではありますが、ツイートにさして頂いてます。
https://twitter.com/sazannkasatuki
皆様の文章をツイートにする上で、拙いところは多々あると思いますが、お許し頂きたいと思います。宜しかったら、覗いてみて下さいませ。
又、過去に発信したツイートは見るのに手間がかかりますので、twilog (ツイートをブログ形式で保存してくれるサービス)に登録致しました。過去に発信したツイートも、今、現在起こっているものですから、全てを通して周知させるべきと思いますので。
twilogの開け方 開け方は簡単です、次のように打って下さい。
1 まず、【 twilog 】でウエブ検索して下さい。
2 【 Twilog – Twitterのつぶやきをブログ形式で保存 】をクリック
3 開いたtwilog の画面の中央右側の枠内に 【 sazannkasatuki 】と打ち込み、そのすぐ右横の「GO」をクリック、以上です。
twilog の各ツイートの左下にある、「 posted at 時刻 」の、時刻を 「クリック」 すると、そのツイートに関連した前後のツイート画面が開きますので、より、詳しい内容が解りますよ。
今までに発信したツイートが、月別にどこでも開けられます。宜しかったらご欄になってくださいませ。このtwilog は「お供え掲示板」と「社会学研究所」さんの投稿者の方々皆様のご意見で、出来上がっているものであり、皆様のものです。宜しくお願い致します。
TwitterはOS不足にて出来ませんが、お供え掲示板は見てます。
でも私はお供えの催促で悩んだことはないので立場が違ってますので静かに見ています・・。
ささやかではありますが、所属教会を支えていきたいです。
私が見た闇は皆さんとは違った視点の闇です。
自分なりにその闇に対抗するためには、天理教が必要だと考えています。
匿名ですさん、お久しぶりです。
またうっかりミスしておりますね。
お供えの掲示板には、「タイトルは天理教の「御供え」についてとなっておりますが、 組織制度についてでも、教理についてでも、 天理教のことであればなんでも談じ合ってください。」
と書かれているんですよ。
実は私もお供えを強要されたことは一度もないのです。
親は相当されてましたけどね。
自分がされてなくても想像力というものがあるでしょ。
皆さんの書き込みを読ませていただいて、想像してみてください。
ご自分だったらどうだろうかと。
その想像力こそが人への思いやりとなり、
それは匿名ですさんが大切にされている人をお助けすることにつながるのです。
twilog ややこしい仕方でやらなくても、古い教会長さんから教わりました。
http://twilog.org/sazannkasatuki で 私の twilog の画面が開きます。
古い教会長さんも twilog に登録されました。
http://twilog.org/huruikyoukaityo です。
よろしくお願いいたします。
訂正 すみません
【http://twilog.org/sazannkasatuki で 私の twilog 】
↓
http://twilog.org/sazannkasatuki です。すみません、そそっかしいので。
再度 訂正 なぜ ミスをするのか、自分に絶望する瞬間・・・・。
http://twilog.org/sazannkasatuki
あれ、又ダメでしたね、ごめんなさい、わからなくなった・・・。
50代元信者様
以前は適切なアドバイスをいただきありがとうございました。
まだまだきちんとした応対もできないまま自分の意見を書いてしまっております。お許しください。
闇は天理教に関することではなく、現代社会の作ったひずみのようなことに関してのものです。
天理教の浸透していた時代にはそのひずみは少なかったのです。
またおさづけに関してもそうです。おさづけをさずける方は天理に関して心がゆらげばさづけられなくなるように思います。受ける方もおさづけをさずける方を信じる心が大切に思えます。
教祖殿でおさづけの始まる前に、今日は教祖が教祖殿におられると感じる時があります。双方が天理を信じきっていると思います。すごい波動を発しながらおさづけをとりついでおられる場面に遭遇します。複数人で体験しました。
皆さんのように親が神一条とか、そういう環境にいたわけではないので皆さんと同じ経験はできてないのです。その変わり神一条のすごい方々と接する機会がありました。
教会の貧しさに関してはささやかですが、御供えをしていきたいと思っています。
天理教を守らないといけないです。遅い時間なのでこれで失礼します。
私がおさづけをとりついでいただいたのは神殿から遠く離れた所属教会でしたが、さすがです。しっかり効きました。
依存性人格障害の特徴
http://tanemura1956.blogspot.jp/2013/09/blog-post.html
宗教依存症になった場合のデメリットーーーーーーーーーーーーーーー
宗教依存症は、自分の行動全てが教祖様だったり信じているモノのお陰
だと思っているため、基本的に人の話を聞かない事が多いようです。
ココロの隙間、自分の弱さを宗教で埋めているため、自分に自信もなく、
自分で決定していても『◯◯(信じている宗教)のお陰』となります。
また、全ての事を宗教のお陰だと思ってるので、お金なども差し出したり、
友人、知人の意思とは関係なく勧めたりします。
教団の活動が激しくなっていき人との付き合いが出来ない状態になります。
また、不安や恐怖などを煽り宗教に勧誘する人が多いため、そういった不安や
恐怖を持っている方が宗教にハマる場合が多いようです。
主婦、1人で友だちがいない人などが宗教にハマる場合が多いと言われています。
宗教は自分の芯を持っている人であれば、ココロの拠り所、安静を保つため
にはいいですが、不安から宗教に逃げるなどの場合、時間が経つに連れて
どんどん依存症になると言われています。
http://依存症の治し方.com/%E5%AE%97%E6%95%99%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87%E3%81%AE%E6%B2%BB%E3%81%97%E6%96%B9.html
より抜粋
匿名です 様
>教会の貧しさに関してはささやかですが、御供えをしていきたいと思っています。
> 天理教を守らないといけないです。
それぞれの思いや気持ちで感謝やお礼を込めて、教会に繋がり信仰を続けて行くのは素晴らしい事だと思います。私の(父の)教会にも毎月通いお参りをしながらお供えを上げてくれる信者さんが、僅かですがいらっしゃいます。
私の個人的考えですが、素晴らしい事だと感心しながらも「何に対して信仰をしているのか」が分からない(教えてあげられない)ジレンマに陥っています。
「天理教の組織」なのか、「教祖様の教え」なのか、「自分が素晴らしいと感じた体験」なのか。
これまでの書き込みからすると、匿名です様は「おさずけ」を受けてご守護を頂いたとの事。
その事実は素晴らしい事だと思いますし、その感謝やお礼の気持ちを持ち続ける事は、信仰云々は抜きにしても人として素敵な心だと思います。勿論、その気持ちから「お供え」を続ける事を否定はしません。
とはいえ、この掲示板やお供え掲示板に書かれている事や書き込んでいる人の殆どは、天理教の組織に苦しめられ、教組様の教えが不明のまま、個人的信仰体験もなく、日々、悩みながら心の平安をや生活の安定を得ようとしている人が多いのです。
その立場や状況の違いをご理解いただいて、「天理教は」とか「教会は」という言葉を使っていただけると、匿名です様の書き込みやご意見が伝わりやすくなるかと思います。
教会師弟様
皆さんには育てられた才能があります。小さいころから大勢の中で揉まれてきていて、常識も知識も対人能力も卓越したものがあります。
天理の知識も深いし、何より身についています。朝起きにしても、病気であろうと早い時間にきちんと起きることが身についています。他人を思いやる精神も、幼いころからしつけられて育てられた中で身についています。
私は信仰の深いすごい方々と接する機会があり、いくつも奇蹟的な体験を得て、人様の奇蹟体験を知り、10全の守護のすごさにも気づき、おさづけのすごさも知ってる。だけど、皆さんが持つものは卓越したものがあります。
魂の段階が違うものを皆さんはお持ちなのです。
匿名です様
>魂の段階が違うものを皆さんはお持ちなのです。
教祖様は「高山に暮らしているも谷底に暮らしているも、同じ魂」と言っています。
「魂の段階が違う」という考えは、仏教系の「輪廻転生」と「不遇は神の罰だからこの世で修行しなさい」という考え方です。
元の理でも、全ての種から一度に生まれ出直し生まれ変わりをしてきた人間というお話ですから、魂に段階も上下もありません。
この世で立場や境遇の違いは魂の違いではなく、人間が作った社会の仕組みで振り分けられているだけで、月日親神の意思に反したものであると思われます。
教会師弟様
教えていただいてありがとうございます。祖母を仏式で弔った際に仏教思想の影響も受けたと思います。
仕事をする=人に頭を下げる
匿名ですさんに質問です。
今までに人を傷つけて後悔されたことがどれだけありますか?
恥をさらけ出します。
私は夫に手をあげたことがあります(子どもにはありませんが)
夫の理不尽さに対してですが、でも苦しみましたよ。
手をあげた私の心と体が痛くて。
その他いっぱい失敗しております。
だから辛いだろうなって思うと涙が溢れます。
清濁併せ呑むってどういう意味かご存知ですか?
善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。 度量の大きいことをいうのです。
度量の大きな人間になる。
そのためにどんな道もとおらにゃならん。
今は辛くとも、いつかきっと花開く。
母は、若かりし日に沢山の過ちをしてきました。
今は反省の日々のようですが、そんな母だから人様に優しいですよ。
私はただただ真面目に正しく生きた人の言葉より
過ちを繰り返した中で削られ丸くなった人の言葉が心に響きますね。
削られるには痛みを伴うのです。
50代元信者様
遅くなってすみません。腹を割った誠意というのでしょうか。身を削りながら全身で相手のために何かをなさろうとされるところが、潔い印象です。
傷つけて後悔というのは、良かれと思って言ってることが傷つけていたり、何気ない一言が傷つけていたり、口けんかしたりいろういろです。
発した言葉についてはうじうじ考えたりします。
学生時代は暗くて地味でした。本ばかり読んでました。天理に触れてから明るくなってきました。社会人以降は8つのほこりを思い浮かべて感情に照らし合わせてきてます。8つのほこりが積もると心の鏡が曇ると教えてくださった友人の目がいつも思い浮かびます。海外布教華やかなりしころでした。友人も非常に苦労をされていました。
度量の大きな人間の生き方とは程遠くせこせこと生きている感じです。
身を削って飛び込まれるお姿は人間が大きいなと思いますよ。
<末端教会長は水飲み百姓 >
天理時報が届いた。教会長が活躍している記事はない。
目玉はちゃんと仕事を持って世間で活躍している人ばかり。
会長の記事は「座右のおふでさき」を除けば、訃報だけだ。
末端教会長は江戸時代の水飲み百姓。元気過ぎると文句を言う。死んでしまうとお供えが滞る。生かさず殺さずが丁度いいようだ。
古い教会長さま
こういうことではないでしょうか。つまり、教会長は文化活動、社会活動して目立ちすぎるな。信者獲得(においがけ)に信者管理(おたすけ・丹精)だけをやっていればよろしい。天理時報の一面にはデカデカとヨーロッパでの宗教間対話の記事が出ていたが、そういうことは表統領、大学の学長のような本部の偉い先生方のなさること。末端教会長が宗教間対話するのはもってのほか、そんなことをするくらいなら信者を獲得して来い、ということです。
匿名です様
匿名ですさんに光を与えてくださった所属教会の皆さんやご友人に
今心から感謝され、その元となる教えがこの先もずっと続いて欲しい一心で書かれているんですね。
体に力が入っていませんか?
体がカチカチになられているような、そんな気がします。
体をかためるとしんどいですからお気を付けくださいね。
そりゃ力が入りますよね。
誰も組織の上層部は援護射撃してくれないんですもの。
「いやそうではない。我々も改革に乗り出しているんだ」と語ってくれる人が現れないんですもの。
お彼岸を境に、ずいぶんと秋らしくなってきました。
芸術の秋、食欲の秋、楽しいことでご自分を満たしてあげてくださいね。
50代信者様
ネットに関して何か禁止されていると聞きました。だから方向違いの場所から僭越ながら書き込んでいます。
改革に関してですが、神殿も変わってきているように思います。何故変わったのか、それはそういう事情があったからなのだと思いました。
魂の違いでなければ、人間としての器の大きさなんでしょうか。皆さんと私で何かが違うように感じています。
体のかちかち感はないんです。以前回廊拭きをされてる方がおっしゃってましたが、「皆さん膝が痛いとおっしゃるけど、膝も全く痛くない。回廊ふきをした後は体が軽く感じられる。」とおっしゃってました。
私も肩はこってないんです。
12下りの踊りを通して足腰を自然と鍛えておられる方々がおられそうです。
母がリウマチかもしれないと思っていた時、母が手をおつとめのおてふりの一部の動きのように動かしていて、今痛みが消えていて、若干理学療法的なものを感じています。新しい記憶を忘れる状態になっても昔からの記憶は残る場合があるので、12下りは踊れるでしょうからその点も良いと思います。麻痺しても、求められているところまで手足を動かそうと頑張ることがリハビリにつながります。歌を歌いながら体を動かすことが健康維持に繋がっているように思います。
心の成人のための12下りなのですが、深いものを感じています。
すみません!元信者様です。ごめんなさい。間違えました!
12下りは心の成人を求めてのものだと思っております。
匿名です様
よろしければ、神殿がどのように変わったのか教えていただけませんか?
よい流れができてきているのなら是非知りたいです。
うっかりミスを繰り返しちゃうのって母と一緒(⌒∇⌒)
そそっかしい申年さんかしら。なんて。
癖ってなかなか直りませんよね。
で、思い出しました。
ずいぶん前に神殿にて、結界の内側に入れていただきました。
親類が神殿にて結婚式をあげたもので。
一般の人は上がれないあの壇上にて、座り勤めが行われました。
それが前の男性のお手ふりが、太鼓の音を無視してどんどん先走ってされるもので、
イライラしたことがありました。
手が揃わないとイライラするものなのですね。
その男性とはね、なんと大教会長さんでした。
後に聞くところによると、ずいぶんイラチな性格だったらしく・・・
大切なお手ふりにすら表れるのですから、気癖性分というのはなかなか変えられないのですよね。
そして、結界内に座った時、何故結界があの場所に存在するのだろうと不思議に思ったのです。
何をもって差をつけていらっしゃるのかと。
甘露台のある場所が禁足地で結界があるならわかるのですが。
ついつい思いついたまま書いてしまいました。
50代元信者様
神殿に伺うのが仕事の合間をぬってになりますし、母の顔色を見てになりますので、動きが制限されます。
だから以前はこう、今はこうと断言できません。
ただ以前より祖霊殿が遠くにいってしまったように感じています。
恩をあだで返したらいけない。ふところを貸してもらったことを思いおこして、ほこりを積む行為に及ばないようにしないと。
匿名です様
あなたのそのメッセージが特定の人に向けてのものでしたら、
お願い、そういうのもうやめてー
私からお願いします。
私からの叫びに近い思いです。
涙が出てきます。
正論は時にひどく傷つけます。怒りをあおります。
そっとしておいてあげてください。
お願いです。
過去のある投稿コメントより抜粋しますーーーーーーーーーーーーーー
○さんは、おそらく、典型的な依存症タイプだと思います。
こういう人は、自分の深いところにある本当の感情に対する自己認識が浅いんです。
なので、本心と言動を一致させることができないんですよ。親に教え込まれた
イイコちゃんを演じる以外の自己表現ができないんでしょう。
もしもね、他人の悪口に同調するのが嫌い、っていうだけの、それなりに強い意志と
正義感を持った人なのであれば、こんなに嫌われないと思いますよ。
そうじゃなくて、自分の中のマイナスの感情を認めるのが怖い、
という浅い人なんだろうと思います。つまり、相手を思いやってのことではなく、
自分がそういうのに触れるのが怖いだけです。結局、自分しか見えてないんですよ。
こういう人ってね、自分のマイナスの感情をきちんと自分で受け止めていないので、
無自覚にへんなところでその抑圧された感情の発散や埋め合わせをしようと
する傾向があるんじゃないかと思いますよ。たとえば、自分の不安を埋め合わせるために、
場の空気やニーズに無関係に、小さな親切・大きなお世話的な干渉(実は対人依存)
をしてくることが多いとか、ね。実際、どうですか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
50代元信者様
そっとしておくことが心を傷つけることもあるんじゃないかと思います。
怒られてほっと出来る瞬間もあると思うんです。
でも貴女の方が人生も人も私より分かっていると思いますのでひきます。
補足ですが、聞く耳を持つ人だと思ってます。
匿名です様
あなたが発する言葉の内容が仮に正しいとしても、あなたには無理です。
そんな信頼関係を築いていません。
みなさん、
貴重な場にこんなコメントを続けて申し訳ありません。
この件に関してはこれで終わりにします。
50代元信者様
よく分かりました。
匿名です様
彼の最新ブログ読まれましたか?
彼は、ご自分がどうすればいいか、よく解っておられます。
そっと見守ってあげる方がいいと思います。賢い人ですから。
50代信者様、さっちん様、匿名様
御意見よくわかります。私は昔から人の気持ちの分からない人間です。振り返ります。
しかし建物を借りて人を雇い経営するということは常に毎月の支出を伴います。消費税は前年度の売り上げに対してかかるのですかね?法人税もかかります。
お店の経営は綱渡りです。風評被害も大きく関係します。
もし経営がなりたたなくなったらどうでしょうか。
そういう綱渡りの状況は貨幣経済の怖さそのものです。
そういうところも見えてしまいます。
全てが未来へと絡み付いた状況にあります。
全てが良い方向へ向いてほしいという思いは持っています。
カインさんのブログで、カインさんの記事に関係無いことを書くのは、誠に場をわきまえないことと、重々承知しておりますがお許し頂きたいです。そして、このような事を書いたことで、命の泣き声さんに、彼のブログで又、非常にキツイことを書かれそうな感じもしますが・・・。
命の泣き声さんは、どうも年上の女性の琴線に触れるところがあるように思われますね。匿名ですさんも、彼にかなり、ご執心のように思えます。傷ついた彼をいたわってあげたい、慰めてあげたい、と母性本能をくすぐられるのではないですか?(笑)私もそういう感情を抱いてしまい、一時、彼に「まとわりついて」ましたが。
挙句が、「うざい」「死んでくれ」「害虫」とまで罵られるはめになった次第でございます。「死んでくれ」は、まあ許せるとしても、「害虫」は許せん!と、かなり傷つきもし、腹も立っておりましたが。
彼がブログで、彼に手を差し伸べた店主に向かって書いた言葉の
「低脳が経験や年月だけを頼りに知能があるかのように擬態する典型的な姿」
「弱者を自分の元に取り入れて、善意を押し付け、自分の存在を認めてもらいたい典型的な形。自信のない人間のしそうなこと。」「善意を逆手に取って承認を要求してくる幼稚さ。」「自分に甘くて甘くて甘くて、認めてもらいたくて認めてもらいたくて」
これらの言葉が、全て自分に向けられたように感じました。彼にいたわりの言葉を差し向けている自分に、自己満足の気持ちが無かったか?無かったとは言えまい、と。彼は見抜いたのだろう、「押し付けの善意」、私の心の奥底に隠れ潜む気持ちを、そう思います。
彼が受け入れるのは、なまなかな人間では無理です。彼が、心から受け入れる人間の基準は、かなり難しい。彼に近寄らないほうが無難ですよ、匿名です様。「害虫、死んでくれ」と言われても意に介さない覚悟がお有りなら、どうぞ、お好きな程、彼に手を差し伸べてあげたらいいと思います。
ふとある詩の一節が浮かんできました。
「こわれています。さわらないでください」
「こわれた花瓶」シュリ・プリュドム/内藤濯・訳 の一節です。
この詩は私が中学時代に教生で来られた女性が、私への手紙の中に書き添えてくれたものです。
この詩を読んで涙を流していると聞いても、当時の私にさはピンと来ませんでした。
でも今この歳になるとじんわりと心に響きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
美女ざくらの花がしおれています。
花瓶に扇があたって罅(ひび)が入ったのです。
ほんのわずか擦(かす)っただけのことです。
音ひとつ、しませんでした。
しかし、罅はよしわずかでも、
日ごと切子ガラスに食い入って、
目にもとまらぬうちにじりじりと、
花瓶をひとめぐりしたのです。
花瓶の水が逃げました、しとしとと、
そして花の水気が尽きました。
まだだれひとりそれに気づきません。
さわらないでください、こわれています。
美しい人の手が心をかすめて、
傷つけることもよくあることです。
そのうちに、心はしぜんひびわれて、
愛情の花が枯れるのです。
いつも人目につかずにいることですが、
細かくても深いその傷がじりじりと、
しみるつらさに心は忍び泣くでしょう。
こわれています、さわらないでください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
普通の公立中学校にて出会った教生の方。
その方とその後文通していくうち、その女性の家が天理教であると知りました。
ありがたいご縁でした。
そして今この詩を味わいながら、信じることは待つことだと実感しています。
逆には信じれる人は待つことのできる人ともいえるのでしょう。
信じて待つ!!
さっちん様、50代元信者様
いろいろとお気遣いありがとうございます。心を尽くして言葉を選んで書いていただき、うまく諭されるなと思いました。
人を諭すのは難しいですが、お二人ともそっと何かを作りあげるように諭されておられるところが考えさせられました。
そのそっと掌で包む感じが人間関係の深みを経験された結晶のように感じました。
ありがとうございました。
(こんな文章を書いたチラシが手に入りました)
齢七十を越え黙っていられなくなりました。
元より誹謗中傷は覚悟の上で、今、言わねば先々深い後悔にさいなまれることを予感して、非学浅才の身を顧みず、再び駄文を弄することを決心いたしました。
願わくば無関心の風を装うことんなく、ご意見、ご批判をお寄せ頂き、この道の未来へ向けて議論を共々に構築していきたいと思います。
どうかよろしくお願い申し上げます。
千葉・Z分教会・K・O
日本の総人口が六千万人台であった時代にお道の信者六百万人(あるいは八百万人)といわれたことがありました。(教祖五十年祭)
ところが現在お道の教勢は用木八十万そこそこ、実働用木数は三十~四十万人という為体です。
しかも低落傾向に歯止めはかからず、事情教会と称するものは増加の一途です。今や天理教という宗教が日本に存在することさえ知らない若者が多くなっており、正に存亡の危機に瀕していることになります。
しかし、天理教団という団体は不思議なことに、これ程危機状況にあるにもかかわらず、「何故こうなったのか?」「これからどうすれば良いのか?」という基本的な議論が何一つ湧き上がってこないのです。
教会本部からも大教会からも当たり障り無いスローガンが聞こえてくるだけで、この喫緊の大問題に踏み込もうとする姿勢は微塵も感じられないのです。
しかし、考えてみると、組織の上に安住している人達から、改革・変革の声が出されるはずもありません。
フランス革命にしろ、明治維新にしろ、インド独立運動にしろ、社会の矛盾に苦しめられている人達の声が大きなうねりを作っていったのです。
『草本崛起』草深い中に住む民衆の声を背景にしてこそ改革、変革は成し遂げられるものです。
教団の変革と発展は、私達一人一人が考えて、行動しなければ成し遂げられるものではありません。
私達自身が主役なのです。
お道では。「素直」ということがよく言われていますが、大きな誤解をもって考えられているように思います。
それは教祖の教えに従順であれということで決して私達に思考停止を求めるものではありません。
「成ってくるのは天の理」と云う言葉も又、誤解して使われています。
何の努力もせずに与えられた結果を神の意志として受け入れる姿勢は教祖の教えには全く無いものです。渾身の努力をした後、与えられた結果を「成ってくる理」と考えるべきものだと思います。
最大の努力をしてこそ「成ってけっこう、成らないで なおけっこう」と、すべてを許容できる境地が生まれてくるのです。
繰り返します、教団の危機的状況を逃げずに光を当て、原因と対策を究明すべく自由で本音の議論を展開してゆきたいと思います。
『無関心』こそ罪悪だと思います。
愛の反対は無関心である
(マザー・テレサ)
人間の最大の敵は無関心である
(沖縄・伊江島・命どう宝の家)
古い教会長様
無関心が今の天理教団には必要なのではないでしょうか?
私たち問題意識を持っているものこそ、教団に無関心なることです。
教団が存続しようが衰退して無くなろうが、教えは私たちの心の中に生きています。
教団に取り込まれ、矛盾の中で苦しんで居られる方々も、それはその方の生き方です。
私たちがどうにか出来る事ではないのです。
自分が矛盾を感じ、苦しいのなら、自分の力でそこから抜け出すしかありません。
でも、それをせずに周りと戦うことを避けて、自分の気持ちをごまかして
いい子でいることを選んで来たのです。楽な方を選んだのです。
自分の気持ちに素直になるということは、本当にしんどくて難しいことだと思います。
だけど、自分が自分の気持ちに素直になるために行動することが、自分を含めて周りの人間、環境、
状況、すべてを変えていくきっかけになるのです。
教団がどうなろうと、私たちに何の責任もありません。
無関心になり、お供えをしないことです。ひのきしんという無償の労働力も差し出さないことです。
そうすることが、教団内部の人間も、本部の偉いと思っている人間も含めて全員が幸せになれる
方法だとおもいます。私たちの行動が変われば、相手の行動も変わらざるを得ない。
2016年9月27日 9:56 匿名 様
>教えは私たちの心の中に生きています。
確かに仰る通りなのですが、私は、教祖が教えられた教理が正直言いまして、分からないのです。
「天理教青年会編 確かな教理理解のために」と「八島英雄氏著 中山みき研究ノート」を所有して、何度も読み比べています。
天理教青年会編とされる前著には著者名もなく、「まえがきに天理教青年会本部委員長 中田善亮」とあるのみです。第一に天理教青年会は、教団の正式機関ではないと聞きました。そのような人格なき社団が出版したものは信用に値しないと思考します。ましてや、心の深奥に迫る信仰書としては尚更のことでしょう。
一方、八島氏は中山みき研究ノートを著わすための資料をどのようにして入手されたのでしょうか。その全てが天理大学附属図書館に蔵書されているのでしょうか。二代真柱の信が厚かった八島氏は史料集成部に自由に入室することができたのでしょうか。さらには、中山家が独自に秘匿していると噂される資料にまで目を通すことができたのでしょうか。
信仰の拠りどころである「ひながたの道」に対する疑念は深まるばかりです。
知人はいいます。教祖の史跡を隠そう、隠そうとする現行教団は信用できないと。
匿名様。
成る程。そうかも知れませんね。
>日本の総人口が六千万人台であった時代にお道の信者六百万人(あるいは八百万人)といわれたことがありました。(教祖五十年祭)
ところが現在お道の教勢は用木八十万そこそこ、実働用木数は三十~四十万人という為体です。
しかも低落傾向に歯止めはかからず、事情教会と称するものは増加の一途です。今や天理教という宗教が日本に存在することさえ知らない若者が多くなっており、正に存亡の危機に瀕していることになります。
天理教の存亡の危機というのは、どうでも良いことです。
それに、実際の実働用木は2~3万人でしょう。
もし、この意見が伝えられるようでしたら、伝えておきます。
匿名A様、古い教会長様
たまたま天理教の教会に生まれて、教えを聞いて育ちました。そのことでいいこともあれば悪いこともありました。
教えの中で納得できないことや、いやいやそれは違うやろ、と思うこともあります。
親様は一人の人間です。
キリストも一人の人間です。
奇跡も起こせなければ、魔法も使えません。間違うこともあるでしょう。
自分が信じられること、納得できることだけを取り入れて、自分の人生に役立てればいいのではないですか。
宗教のための人生ではなく、自分の人生を豊かに生きるために宗教があるのだと思います。
選ぶのは自分です。自分の人生は自分のものです。
匿名Aさま、教理なんてわからなくていいじゃないですか。
人間として正しいことは誰でも知っています。どんな宗教でも、根本は同じです。
家族を大切にして、家族といえども相手を尊重し、毎日を感謝して淡々と生きていく。
大切なのは教理でも宗教でもなく、目の前の家族や友人、何気ない日常だと思います。
こう思えるまで、苦しみました。本を買いあさって読みました。
匿名Aさま、そこを通らなければ見えて来ないかも知れません。ご自分の納得いくまで勉強されたらいいと思います。
ふっと手放せる時がくると思います。偉そうですみません。
匿名様
(千葉・Z分教会・K・Oさんからの返信です。)
ありがとうございます。
私も教団という組織が必要不可欠なものとも思ってはいません。ただ、教団の崩壊は
信仰の消滅に繋がる可能性を感じています。
教会組織に依存しなければならないほどに信仰が弱まっている事は事実だと思いま
す。
もちろん、心の中に信仰を堅持し、それを代々伝えていければ・・・と思うのです
が。
教祖は教団形成に関心をお持ちではなかったように思います。応法の道、万分の一の
道である現在の教会組織ですから、信仰の在り方は他にもあるのだと思います。
戦前、戦争への道を転がり落ちていく時代に、石橋湛山氏は「いきつく所まで行くし
かない。そのとき新しい孝行息子が出てくるのを待つしかない」と語ったとか。
親鸞は教団形成に無関心でした。しかし、二人の孝行息子つまり蓮如と清沢満之のは
たらきによって新しい展開と発展を遂げました。
私は教団に片足を突っ込んでいる人間として、新しい孝行息子の出現を待ちたいので
す。
教団に無関心でいること、素晴らしい発想だと思います。ご意見感謝致します。
古い教会長様
アップしてくださってありがとうございます。
今朝z分教会の会長さんのお言葉を母に電話にて読んで聞かせてあげました。
母は感激し涙を流しておりました。
母も信仰生活の中で恐らく最近は心を曇らせるような出来事にいろいろと遭遇しているのだと思います。
ですが80半ばにして、教区内には大勢の仲間がいますし、母の年齢では抜けるに抜けれない。
それに母の兄弟は皆天理教です。
まあ抜けるつもりはさらさらないとは思いますが・・・
そんな母のような人たちにとっては一筋の希望の光となることでしょう。
そしてイニシャルで書かれているその方がどなたかわかってしまいました。
日ごろどのような活動をされていらっしゃるのかも、どんなお顔をされていらっしゃるのかも。
すばらしい活動をいろいろとされていらっしゃるのですね。
お顔を拝見しただけでも、素敵な会長さんだなと感じました。
私は匿名さんと全く同じ考えで、苦しみ沢山の本を読み、もはや宗教に頼ることなく生きておりますが、
母が以前私に語ったことが忘れられないのです。
「あなたはすごいと思う。何にも頼らず生きていけるのだから。本心でそう思う。
でも私はお道に頼らないと生きていけないのよ。私は弱いのよ」
古い教会長様、こちらに掲載してくださって本当にありがとうございました。
しばらく書き込むのをやめようと思っておりましたが、どうしても感謝の気持ちをお伝えしたくて・・・
古い教会長様
千葉・Z分教会・K・Oさんからの返信を投稿してくださり、ありがとうございました。
偉そうなことを書いていますが、無関心で居られないので投稿している始末です・・・
私はこれからも、誰に何を言われようとも自分が決めた生き方を続けて行きます。
「新しい孝行息子の出現」することを、心からお祈りしています。
>日本の総人口が六千万人台であった時代にお道の信者六百万人(あるいは八百万人)といわれたことがありました。(教祖五十年祭)
まさしくこの点が私自身が天理教に興味を持ち、思案を続けている部分です。
これほど多くの人の興味関心を引き、信仰心を集めた「おやさまの教え」は何なのだろうかと。
おやさまの高弟と言われた人たちのお人柄やお話の内容は?と。
今の上級や本部から出されるお話や教理解釈などでは、とてもじゃないがそれ程の人を魅了したとは思えない。
実際、教勢は衰退の一途です。
また、千葉・Z分教会・K・O様のご意見、お話は、至極最もで当たり前のように感じられます。
でありながら、「誹謗中傷を覚悟の上で」という決心が必要な組織と教人たちの集団。
一体、何なんでしょうか?昭和後期からの天理教しか知らない私には、その落差と理不尽さが全く受け入れられないし理解できない世界です。
もっとも、そう感じていながら「関わらざるを得ない立場」になってしまったので、「無関心と適度な距離」を続けています。
末端教会子弟様
>「誹謗中傷を覚悟の上で」という決心が必要な組織と教人たちの集団。
教会長という立場の者が、本音を公の場所で発言するのは、本当に勇気のいることです。
話し合い、練りあいといっても、上級、大教会長の顔色をみながら発言している場面が多いように思うのです。
天理時報などで真柱の視察の場面が写っていることがありますが、みんな緊張感いっぱいの表情と姿勢をしています。表面に現れている姿はすべて虚構の世界です。
解決は、本部が余計な事を何もしなければ教勢は伸びるでしょう。
教勢が伸びているのは、本部から遠い位置にある愛町系統の布教所だけです。
2016年9月27日 9:56 AM 匿名 様
>私たち問題意識を持っているものこそ、教団に無関心になることです。
>教団が存続しようが衰退して無くなろうが、教えは私たちの心の中に生きています
>教団がどうなろうと、私たちに何の責任もありません。
>無関心になり、お供えをしないことです。ひのきしんという無償の労働力も差し出さないことです。
2016年9月27日 12:21 PM 匿名 様
>教理なんてわからなくていいじゃないですか。
>人間として正しいことは誰でも知っています。どんな宗教でも、根本は同じです。
>家族を大切にして、家族といえども相手を尊重し、毎日を感謝して淡々と生きていく。
>大切なのは教理でも宗教でもなく、目の前の家族や友人、何気ない日常だと思います。
お二方の匿名様のご意見に、全面的に賛成致します。教団がどうなろうと、天理教がどうなろうと、我々が思い煩う必要など一切ありません。教団も、天理教という宗教も、人間思案によって立ち上げられたものであり、親神様が思召したものではありませんから。教祖の教えと、天理教とは、別のものです。
「理の親信仰」と「貧に落ち切れ」が、天理教、天理教団の教える、二大主要教理ですが、この二つとも、基本的人権に抵触しており、当然ながら、人を幸せにするものではありません。気が付くのが遅すぎた位です。我々は人を不幸にする教えには手を貸さない、当たり前のことです。
そして、そういう教団へのお供えは、教団の存続をたすけ、不幸な人を増やすだけです。信仰をするのに、宗教は本来、必要ないものと思います。宗教は、人間が考え出した、金集めに一番最適な道具です。(神が作ったものではありません。)我々の人生も、生活も、宗教に振り回される必要など一切無いのです。
我々は自分達の生活を一番に大事にし、これ以上、不必要な犠牲を払ったり、上の横暴な要求、理不尽に、従うことはありません。
末端教会子弟 様
Z分教会・K・Oさんの返信です。
日本人は熱しやすく、同時に冷めやすい民族だと思います。どんなに熱狂的な宗教でも信者数が総人口の一割を越えることはないと言われています。
それがおそらくピークなんだと思います。創価学会も緩やかな下降線をたどると考えられます。
時代の変遷に応じて、教祖の教えに新しい血を注入する必要があります。このことを教祖(おやさま)は「きりなしぶしん」と表現されたのだと私は考えております。
仏教界でいまだに大きな教勢を維持する浄土真宗では親鸞という発電所から、蓮如と清沢満之という二つの変電装置を経て今日に至っています。絶対不ニの教えを
変えることなく、新しい血液を注入しているのです。キリスト教各派もしかりです。
天理教は教祖のお隠れ以降、国家権力との妥協を重ねてきました。何が本当の教祖の教えだかよく分からなくなってしまっている様な気がします。私は「おふでさき」と「ひながた」の再検証が必要と思われます。
天理教には二つの教理があります。教祖の説かれた教理と、教会組織を維持するための教会教理とです。これからは教会教理を徹底的に検証して、教祖の教理に無いものを削除していく必要があると思います。
ありがとうございます。
さっちん様
さっちさんの書かれているものを拝見していて胸がせつなくなりました。
激しい言葉の羅列が胸にズシズシ響いてきます。
私には宗教は必要ありませんが、私の母のように宗教を必要としている人たちもいるのです。
もう何年にも前になりますが、あなたと同じような気持ちで宗教を否定していた時期、
おぢばの高校に通っていて純粋に信仰していた姪に、私は天理教を否定する言葉を並べたてました。
姪は泣きじゃくり、それを見ていた兄はいたたまれなくなり姪を連れて帰っていきました。
私は姪を犠牲者にしたくないという思いでしたが、その時のことを思い出すと胸が苦しくなるのです。
ほんとうにかわいそうなことをしてしまいました。
人にはそれぞれの時期があるのに完璧に押し付けでした。
さっちんさんは、ご自分の教会の信者さんたちにはどのように話されますか?
こんな組織即刻辞めた方がいいですよ、と話されるのでしょうか。
私にはカトリックや仏教を信じる友だちが何人もいます。
その方たちは宗教組織の一員です。とてもイキイキ活動されています。
私は宗教を信じている友だちの前で
「宗教なんて必要ない」とは言えません。
過去の失敗の経験は本当に苦い思い出で。
ねずみ講のような組織がフラットな組織になって、お供えの強要もなくなり
捻じ曲げられた教えが正され、信者さんたちが笑顔で信仰できるようなれたら・・・
それが母の命のある間に実現できますように。
私はこんな風に書き込むことぐらいしかできませんが毎日お祈りいたします。
激しい言葉の数々に思われましたか? 私としては、至極真っ当で当たり前のことを述べたに過ぎない、と思っているのですが。50代信者様から、クレームを頂くとは意外でした。(笑)
一般的に、信仰と宗教とを混同しておられる方が多いと思うのです。「天理教」は、教祖を利用して、金儲けをたくらんだ人々が立ち上げたもの、今はそう認識しております。天理教が、教祖の教えを正しく信者さんに伝え、親神が望む陽気遊山の世界に導き指導しているのなら、別に天理教に対してどうこう書きません。信者さんが天理教に入って、一心に活動されてても、えらいな、と感心しこそすれ。
しかし、「お供え」掲示板で、皆様のご投稿を読んできて、天理教というのは、宗教と言えるものかどうか、これはもう犯罪、詐欺まがい(“まがい”ははずしてもいいかもしれません)まで行われている、と確信しました。
ならば、それを信者さんに、中で活動されておられる関係者の方々にも、知らしめるべきです。曖昧にし、教団の罪を見逃して、被害者を益々増やすべきではありません。
信者さんに対してですか?必要とあらば言いますね。放っておいて、その人が被害に遭いそうであれば。まあ、言い方は、考えるでしょうけど。うちにも信者さん何人かいます。お年寄りばかりなので、今さら、あの世に行く手前に(ごめんなさい)、その方達が今まで長い間信じていたもの((天理教(教団))を壊すつもりはありませんが、若い人であれば、もちろん、「社会学研究所」「お供え」掲示板見せますね。そして、信仰(教祖の教えを学び、心の修養をすること)と宗教(天理教)とは違いますよ、とはっきり言います。
50代信者様のお母様も、「天理教は教えを歪曲している。」と仰られたそうではないですか。そのように仰られたということは、きちんと「信仰」されているからではないのでしょうか。天理教への信仰ではなく、神様、教祖への信仰をされているからこそ、そのように見極められたということではないのでしょうか。
末端教会子弟様
>これほど多くの人の興味関心を引き、信仰心を集めた「おやさまの教え」は何なのだろうかと。
おやさまの高弟と言われた人たちのお人柄やお話の内容は?
その昔は、天理教を知らない人ばかりでした。
今でも、天理教を知らない人は興味を持って、おおむね良い印象を持っておられます。
ところが、反対されたり拒否反応をされるのは天理教を知っている人で、特に熱心に教会に通われていた人たちです。
これは、教えが問題ではなくて、上下関係を肯定する組織と教団教理が問題なのです。
さっちん様
さっちさん、とお名前ミスりました。ごめんなさい。
そして、どうもよく間違われるのですが、私は50代信者じゃありませんの。元です。
信者か信者ではないかは大きな違いなので、読んでいる方に誤解されないように訂正させていただきますね。
私の書いたものはクレームとして扱われてしまうような文章だったのですね。
だとしたら私の表現がまずかったのでしょう。
まだまだレベルの低い人間として認識しなくてはなりません。
誰にもわかっていただけるような文章を書くというのは難しいものですね。
これからの課題として努力していきますね。
母の信仰。そうですね。ずいぶん変わってきました。
変わるには、様々な思いをしてきたのだろうと想像しています。
でも実際のところはね、そんなにすべてが簡単に変わるものではないです。
未だに話しているとアレレ?と思うことはいろいろあります。
でもゆっくりゆっくりでいいと思い、アレレと思ってもスーッと受け流しています。
ゼロイチではないから。
人は違うから。
違いを認め合う世界になってほしいなと、そう思ったのです。
「ゆるす」というのは私の長い間のテーマでした。
難しいテーマでした。
お供えの掲示板に『親様が夫の愛人に毒をもられても許した』という逸話を時代にそぐわないお話しと書かれていましたね。
私にとってはこのお話もいつも自分を励ましてくれました。
そして辛い時、「おやさま・・・」とつぶやき自分の心を慰めてもらっていたものです。
多くの信者さんたちがまだ存在し、組織の中でしか生きられない人たちがいる以上、
その方たちの所属する組織がよりよきものに変わっていってほしいと願っていました。純粋にです。
そのために投稿しておりました。
宗教を拠り所に明るく生きられるなら、高額なお金を搾取されないのなら、宗教はあっても問題ないですものね。そのためには捻じ曲げられたものを元にもどさなくてはならないし、時代に即したものも必要になってくるかなと思ったりします。
クレームとしてではなく、違った側面から見た一つの意見として受け止めていただければさいわいです。
そして今まで私が投稿してきたものが、天理教という宗教を全否定するもののように思わせたのでしたら、
信者の皆さんにお詫び申し上げます。どんなであれ自分が大事にしているものを汚されたらいい気分はしませんものね。この経験今後に活かしていきたいです。
50代元信者 様
お名前、間違えて打ってたのですね。大変失礼致しました。50代元信者様と、認識はしておりましたが、キーボードを打つ時、頭から「元」という字が消えていたようです。大変失礼致しました。
50代元信者様の書かれた文章の中で一つ気になったのが、
>天理教という宗教を全否定するもののように思わせたのでしたら、信者の皆さんにお詫び申し上げます。【どんなであれ自分が大事にしているものを汚されたらいい気分はしませんものね。】
というところです。
お母様が熱心に信仰されている天理教を“汚した”ということを仰られてるのでしょうか?汚したのではなく、「汚れている」のです。汚したのは教団本部などの上層部です。もし、汚したとご不満に思われたのでしたら、その相手は、教団上層部、教祖の教えを捻じ曲げた人々です。
うちの母も天理教をもう何十年、今は、信者さんも少しだけの小さな末端教会の、形ばかりの教会長に据えられ、「理の親」の上級会長に、時に上から物を言われながら、「天理教信仰(ご利益信仰)」をしております。50代元信者様のお母様のように、「上は教えを歪曲している」なんて考える知恵も無く、死ぬまで天理教信仰をしていくことでしょう。悲しいことですが。 しかし、母が信じ切っている天理教の欺瞞を指摘せずにおこう、とは思いませんね。
身内が信じていようが、誰が信じていようが、害を与えるものでしかない、と思う点については、指摘するべきだと、私は思います。それが、「汚している」こととは、全く思いません。それで少しでも、より良くなって貰えるなら、そうなって頂きたい、と思っておりますよ。 50代元信者様と、同じ気持ちだと思います。
2016年9月27日 12:21 PM 匿名 様
仰る通りですね。ありがとうございました。
私は、既に教会にも行っていません。お供えもしなくなりました。近く神の社も教会に返す決心がつきました。
ただ、体が許す限り年に3回は天理に行きます。旧知に会うためと教祖墓地のみ参拝します。三殿は参拝しません。
家では、、霊社は置いておくつもりです。鏡も飾りません。これで曽祖父母の代からの現行教団の天理教信仰は終わります。
終わりにひとこと言わせてください。真柱の着ている教服は、教服と呼ぶのではなく「真柱服」と呼びます。唐草模様や梅鉢の紋も「白糸」ではなく「金色の糸」で刺しゅうされています。何という情けない宗教になってしまったのでしょうか。
皆様のご意見で決心がつきましたことに御礼申し上げます。
匿名A様
信者さんはどうなるんですか?
さっちん様
私も母にそれとなく伝えています。
「理の親などというものは三代真柱様(母には様をつけて話します)は認めていらっしゃらなく
公の場でも話されていらしたようだよ」とか。少しずつ少しずつデリケートに言葉を選んで細心の注意を払って伝えています。しずかーに穏やかな声で。
母に限らず、さっちんさんのお母さまに限らず、自分が信じているものを否定されると人はかなりヒステリックになるんですよね。それが自分の芯になっていればいるほど。
信じているものは清らかであると思い込んでいるわけですから。
ヒステリックにはならずとも、昔私にもそういう時期がありました。
真実はともかく、汚されたような気分になるのは、立場が違えばある意味当然のことのような気がして、
このような言葉を使ってしまいました。
実際に汚した汚されたという意味ではなく、汚されたような、という意味にとらえていただければさいわいです。
こうして書いていると、昔私がしてきたことが次々と思い出されます。
人生は愚かさを知る旅と誰かが話していましたが、今まさに過去の自分の愚かさを思い知らされています。
私にとって禊の時間だったのかな。
誰も知らず知らずに過ちを犯していますものね。
分かち合いの時間を、どうもありがうございました。
正直かなり疲れたので、充電いたします。
僭越ながら体を動かしていただいてます。自分が動かしてるのではない。
それは本当にそうだった。数十年を経てそう思います。
皆さんが御苦労をされてることは分かります。でも待ってください。大切なことを学ぶ場所を私達に残してください。
むのたけじ「たいまつ」
創造と信仰は対極にある。何かの創造は、
何かを疑って否定することから出発する。
とても難儀で苦労だ。難儀も苦労も嫌なら、
何かを信仰するしかあるまい。
そしたら安らかに朽ちるはずです。
安らかに朽ちていけない辛さというのは辛いものだと思いますよ。
核家族化で人間の最後を看取れる環境が減ってしまいました。
古い教会長 様
>反対されたり拒否反応をされるのは天理教を知っている人で、特に熱心に教会に通われていた人たちです。
すごく納得です。
「おやさま」のお言葉やなさりようを看板にして信者を増やし、一旦組織に取り込んだら、下部組織や信者さんを精神的に支配して搾取と奴隷化して絞り尽くす。
その事実に気が付いた人は逃げたり居なくなったりしますが、立場上や事情、義理人情があって、逃げるに逃げられない人の鬱憤や不満が爆発してるのですよね。
天理教組織は「縦の繋がり」を重要視しますから、同じ立場の者同士が話し合うことも情報交換することも、一致団結する事すら難しい組織です。偶然かもしれませんが、本当に上にとって「都合のいい」組織を作り上げたものです。
>天理教には二つの教理があります。教祖の説かれた教理と、教会組織を維持するための教会教理とです。
私個人の解釈は「教祖の説かれた教理」と「教会組織を維持するための教会教理」は正反対で、矛盾するものだと考えます。
天理教の始まりが「教祖の説く教理」で多くの人が集まってきた訳ですが、その人達を繋ぎ留めて営業利益を上げるため、「教組の姿」の耳障りの良い部分だけを残して拡大し、捏造や嘘を加えて広めてしまった。逆に言えば、そういう内容の方が多くの人にとって分かりやすくて感動できる内容だったのかもしれません。
「教会教理」に反する内容は秘匿し、秘匿できない部分は、解釈を歪め屁理屈を並べ立てて「理解できない」ようにして作り上げた内容が、今の天理教で教えられる「教義」であり話されている「内容」であるように思えます。
それを主導した人が誰かまでは分かりませんが、欲深い人間なら、知ってか知らずかそういう事をしてしまうのも人間としてやむを得ないのかもしれません。
ただ、内容が内容だけにその影響が大きく、これまで100年以上に渡って何千万人もの人が苦しみ、国家予算以上に巨額なお金が動いている以上、黙って見過ごすわけにはいきません。
私一人で出来ることなど微々たるもので何の力にもならないかもしれませんが。
「おやさまの姿」の虚構と嘘捏造部分を排除し、真実の姿を伝えること。そして秘匿された教えの公表と、歪められた解釈や屁理屈を排する教義解釈する姿勢を打ち出さなければ、天理教に未来はなく、おやさまの教えは消滅してしまう気がします。
10全の守護とか、裏守護とか、よく出来てると思うのですが。今でいう生活習慣病の考え方の先取りだと思えるのですが。
少なくとも私は苦しんでないです。むしろ助かってます。
匿名です 様
>僭越ながら体を動かしていただいてます。自分が動かしてるのではない。
それはそうです。
付け加えるなら、動かしてるのは理の親や上級教会長でもありません。
この事で、理の親や上級教会長からお礼も感謝を強制される必要ありませんね。
>大切なことを学ぶ場所を私達に残してください。
学ぶ場所は何処にでもあります。
天理教教会以外の場所や人の方が冷静で正確な事を教えてくれるかもしれません。
「理の親」を自称する人ひとりだけから教えを受けることが危険なんです。
>10全の守護とか、裏守護とか、よく出来てると思うのですが。
「裏守護」というのは聞いたことがありませんし、書いてある書物を見たことがありません。
どんなお話か教えてください。
>少なくとも私は苦しんでないです。むしろ助かってます。
つまり
「その人はいじめっ子と言われてるけど、私に優しくしてくれるから悪く言うのは止めてください。」
という事ですか?
教会師弟様
すみません。遅くなりました。
神様の御用をさせていただく過程で体の自由を頂けるのではないかと思っております。
神様の御用をさせていただくことを退いて自分のためだけに生きることを選んだら苦労してしまうかもしれないと思うのです。
神様の御用をさせていただくことで、鮮やかな御守護をいただいた方々のお話をよく聞きます。
ブチャさんも御守護の中にあられるように思います。
学ぶことに関しては天理を学びたいです。それ以外の本も参考にしますが、天理は別格です。
裏守護は10全の守護の症状がある方の神様の円の反対側の神様の働きも重視することでしょうか。
そんな風に思ってますが、もっと正しく詳しい解説を聞いていただきたいです。
いじめっこの話に関してはもう遅いし、また後日に持ち越します。
すみません。朝5時前に起きます。今日はこれで失礼しますね。
2016年9月29日 11:56 AM 匿名です 様
幸か不幸か定かではありませんが、私にはお連れする信者さんはありません。ただ、単なる信者ごかしでした。
それでも、教会の月祭には欠かさず参拝して、座りつとめ、十二下りのお立ち、笛以外の男鳴り物に出ていました。また、印ばかりのお供えも絶やさずに続けていました。
数年前に天理に行った際に逢った知人から「櫟本分署跡保存会」のことを聞き、さらに、このブログの存在を教わりました。
祖父母、父母の信仰への思いを想いながらも現行天理教団と決別する決心がついた次第です。
先に書き込みましたが、天理は遠いんです。それでも、信仰は別として年に3度天理へ行き、旧知に逢い、教祖墓地に参拝します。
ご心配を下さり有り難うございました。
2016年9月29日 11:59 PM の 匿名です様へ
>神様の御用をさせていただく過程で体の自由を頂けるのではないかと思っております。
神様の御用とは、『具体的に』何をすることですか?
>鮮やかな御守護をいただいた方々のお話をよく聞きます。
「鮮やかな御守護」とは、匿名です様が知ってる範囲で構いませんので、
『具体的に』どのような出来事ですか?
>それ以外の本も参考にしますが、天理は別格です。
「天理は別格」と思われる、根拠を『具体的に』教えて下さい。
>つまり「その人はいじめっ子と言われてるけど、私に優しくしてくれるから
悪く言うのは止めてください。」という事ですか?
>いじめっこの話に関してはもう遅いし、また後日に持ち越します。
匿名です様のコメントを拝見する度に、私自身、いつも末端教会子弟様と
同じような疑問を感じておりました。後日お待ちしてます。
匿名A様
分かりました。丁寧なお言葉ありがとうございます。そういうお気持ちだと分かりました。
匿名様
また数時間後に書き込みます。
50代元信者様とは、全く関係ない者だけどね。
(笑)…って、なんなの?
(笑)…って、わざわざ、書く必要あるん?
懸命に書き込むのは構わないけど。掲示板、
ネットの中だからと、調子に乗りすぎてない。
他の書き込んでいる天理教組織に属する、天理教関係者方々も同じくだ。
本部、本部員、大上末教会長を。自身も被害関係だと。批難批判を論じているが。貴方方々も、天理教組織の一端に属し、加害していることに。加害してしまっているという、意識はありますか。神様、おやさま、教え、信仰…自身で散々に言って来たんじゃないのか。今まで、散々に言い放ち。都合悪くなれば、洗脳されてきました…と都合で被害者になるの。自分で自身都合好く洗脳してきたのが本当ではないの。組織なくとも、信仰は出来るとか…何に何時までしがみついているの。
ねぇ、貴方方々の生まれ持った心は、いったい何処に在るの?
普段言えないことだから、掲示板に書く。逆じゃないのか。言えないん、ではなくて「言わないん」だろ。保身であり、非を受けたくもなく、非に立ち向かう気持ちもなく。かしもの、かりもの、とか持ち出さずに。皆様方々の口は、何の為にあるの。目も耳も鼻も、手足、心臓、身体、心…。自分自身の身体で心でしょ。なんで、他人事なん。自分達がやって来た天理教だろ。
被害がいつまでも続くということは、いじめを見てみぬ振りをしてきた…って事実だけだよ。誰それが、こうでしたあーでした…と書き綴り。その時になんで、止めないの。なんで、その時に言って伝えてあげないの。天理教組織て何が怖いの。怖いのは、心を無くす事じゃないのか。怖いのは、勇気のない自分を、誰かのせいにして、正当化することではないのか。見てみぬ振りをして来た事実だけが残るんだよ。天理教の云う、人助けってなんなん。天理教の云う人助けって、天理教人が勝手に思い込んでるだけだよね。人助けって、そんなに簡単には出来ないよ。お金や財を騙し巻き上げるのが、人助けなの。天理教組織も天理教人も、一緒に腐敗続けて来たんじゃないのか。
姿も本名もないネットで論ずるはいいが。一体、皆様方は何がしたいの。どのような形を求めているの。本当の天理教、成ってくるのが天の理、元に戻す、改革、再編…等と何かの変化を求めているのだろうが。衰退や消滅は、変化ではなく天理教人の出し続けてきた結果答えでしょ。どこか書き込むことに、心酔していないか。わざわざに、難しいような言葉使いや、言い回しを換えて、言葉や文体に酔いしれていないか。
結局のところ。天理教は、批判する側もされる側も、同じくして変わらない。本部から末組織まで含めて、同じ天理教だよ。同じ狭い池州に、不可解な天理教社会を造りあげ。狭苦しい池州で、同じ水と空気と餌を食べて。唱え伝える教えなどは、詐欺まがいに使われて。狭苦しい池州から、出る勇気もなく、池州の水も餌も変える勇気もない。逆に言うと。天理教人は、狭苦しい池州が、居心地の良いのかもしれないね。それならば、それで良い。ただ、天理教信仰などに理解も依存も求めない。天理教内外の、若者、子供、お年寄りに。天理教人の、勝手な依存や理解を求めるなよ。神のご守護、お手入れ、などと求める前に。何か目の前のことを、1つでもやってから書き込め。生きているんだろ。口も目も耳も鼻も、手足も、身体も、心も、今ここにあるんだろ。頭の中で勝手世界を作って、目の前の現実世界から、目を反らし続けていたら。神様なんて感じないんじゃないのか。
今もこの時も、この瞬間でさえも。天理教に苦しんでいる人達が沢山居るの。今まで散々に、天理教に苦しみ傷を受け続けて来た人達が沢山いたの。天理教によって、消えない傷を持って、なお懸命に生きている人達が沢山いるの。
天理教関係者が、貧しいだ、大変だと書いてあるが。貴方方々よりも、もっと大変な人達が、この裕福な日本にも沢山いるの。虐待、貧困、差別、騙しあい、貶しあい、人が人を傷つけ。明日の飯も命もわからない人も居るの。
社会に公平も平等もないよ。でもね、平等がないから、知恵をつけ努力をするのが人間であり。支え合うのが、家族であり仲間であり友だよ。
我が身大切な天理教ならば、人助けなどと語らず。組織、我が身が一番に大切です、と公言し認めればいい。その方が、通るだろ。迷う人は離れられるだろ。天理教は、上から下まで、同じだと認めなよ。天理教人は上から下まで、「天理教は詐欺です」とすでに認めているんだから。天理教は、時間と金と人生の無駄使いなだけだよ。
この社会学のブログ主様の記事の内容と言葉、お供え掲示板の管理人様のブログを開設した気持ちと言葉。
そして、過去のコメント欄、投稿欄に残る。今は、コメント投稿をされてない方々がほとんどだけど。少数ではあるが。天理教内外の方々の、実な心の文面もあった。
いつまでも、堂々巡りを繰り返すことを。いつまでも、繰り返し書き込み。何か変化はあるの。何を求め何をしたいの。
ネットは神様の道具とか…。ネットはネットでしかないよ。何でも神様をつけて、目の前の現実に向き合わないから。自身都合で神様をつけるから。心を無くし、人も離れて行くの。
常連さん方々も、たとえ時々に投稿される方でも。懸命に投稿続けるのは構わないけど。時々には、ご自身で投稿した内容や言葉を。過去に自身投稿したものも含めて。コメント投稿欄の全体を、一歩引いて読み見直して欲しい。批難批判するはいいけど、結局のところ。天理教の狭苦しい池州の中で、上から下まで同じ天理教人には変わりはありませんから。天理教は、上から下までの天理教人が造りあげているのです。
教えなどよりも大切なのは。自分自身として個として。この世に生を受け、生まれ育ち。自分が何をしたくて、何ができるのか。何を求めて、求めるならば何をするべきなのか。自分の身体と心でです。
ネット世界の中ではなく、現実の社会の中でです。
-天理教、天理教人達に。被害を受け続けて来た者より-
天理は本当にあると思う。騙してなんかいない。天理は本当にある。
遅くなってすみません。騙してない。本当に天理はある。
2016年9月30日 10:07 PM 匿名 様
>50代元信者様とは、全く関係ない者だけどね。
>(笑)…って、なんなの?
>(笑)…って、わざわざ、書く必要あるん?
>懸命に書き込むのは構わないけど。掲示板、
>ネットの中だからと、調子に乗りすぎてない。
50代元信者様のお名前を出して来たところを拝見すると、これは私に仰ってるのですか? だとしたらお答えしますけど、(笑)を付けたのは、文章が相手に不快な思いを与えないように、和らげたいという配慮と、ユーモアのニュアンスを加味する為に付けてます。
それから「調子に乗りすぎて無い。」というのは、私のどこが調子に乗ってると思われるのか、お書きください。誹謗中傷ですよ。
匿名様は「教えなんか」という言葉を使われましたが、信仰経験があると思えないです。職場が関係おありでしたか?
教祖の教えに「なんか」をつけようと思う人はいないはず。
2016年9月30日 10:07 PMの匿名 様。
とても骨のある投稿を有難うございます。以前、素晴らしい投稿をされていた自立人生さんと、同様の意見と感じました。
貴方の立場から見ると、おそらくそう感じるのでしょうね。
天理教を去って外から意見を言うのも一つの生き方ですが、天理教の組織の中から思うところ感じるところを発信していくことも非常に大事な事だと感じています。
天理教の組織の中で生きている人間は、みな同じという発想は、あまりにも単純すぎます。決めつけるものではありません。
あなたに強い思いがあるなら、ここの記事やコメントなんか気にせず、「天理教、天理教人達に。被害を受け続けて来た者」として訴え続けて下さい。応援します。
先の匿名様
>神様の御用とは具体的に何をすることですか?
奇蹟体験を持たれた方々が教会としてのつとめを果たされたり、布教をされていたり、修養科に入られていたり、回廊拭きをされていたりされていた時があられたりされてました。
しかし日頃の行いもそうだと思います。
すみません。残りは後日に書きます。
匿名様
>鮮やかな御守護とは匿名ですさんが知ってる限りでかまいませんので 具体的にどのようなものですか?
個人情報なので言えないです。私は講演や当事者との世間話、本などから知り、また所属教会で自分の目を通 して知りました。母のリウマチの症状がでないことに関しても医師が首をかしげてこんな例は珍しいとおっしゃってるとのことです。血液検査はマイナス、痛みもおさづけの次の日ぐらいからとまった(その時に病院で注射もされてますが)、MRIにて骨の変化はリウマチによるものらしいです。注射から数日経ても痛みが戻ることはなかったです。修養科にいたときだけ血糖値が正常に戻ったという話も聞きました。私も所属教会でいただいたおさづけの後痛みがぴたっと止まり驚きました。
2016年9月30日 10:07 PM 匿名 様
あなた様の投稿に対して、「古い教会長様」は理解を示れ励ましの言葉を掛けておられますが、非才の私には理解しづらい部分があります。
これほどの長文を書いておられますので、知識と教養をお持ちのことと思いますが、もう少し句読点の用い方にご留意されては如何かと思います。
一例として、
>そして、過去のコメント欄、投稿欄に残る。
と書かれていますが、目的欄は過去に書き込まれたすべてのコメント及び投稿をいうのでしょうか。それとも、この後ろに続く文章を指しておられるのでしょうか。「句点」を打たれていますので如何様にも受け取れます。
私は何時もこの欄の投稿を拝見しております。皆さんが色々な体験を通じて投稿された内容は良き参考にしております。
終わりに、私は現行天理教の信仰を止めました。ただ、「ようぼく」として教団の名簿には記載されていると思います。従がいまして、過去の一教徒として、あなた様に被害の一部でもお掛けしていたのであればお詫びいたします。
「さっちん様」も書いておられるますように、誹謗中傷と受け取られ兼ねない文面は、お書きにならない方がよろしいかと、老婆心ながら申し添えます。
教会師弟様、匿名様
>つまり「その人はいじめっ子と言われてるけど、私に優しくしてくれるから悪く言うのは止めてください」という事ですか?
天理が日本を支えてきたと思っています。東京オリンピックも2代真柱様のお力も大きいそうですね?日本の優しさや規律や大家族制度の礎を守ってきたのは天理教じゃないかと思っています。幼きころより厳しくしつけられ、我を抑え協調性を重んじ自他的な精神をプラスモチベーションにかえて頑張ってきた日本人の源は、祖母が天理教だった・・的なベースによるものもあるのではないかと思います。
今70代ぐらいの方がおっしゃってました。「食べ物がなかったけれど、母は物ごいに食べ物をあげていた。」と。なんと優しいお母さんだったのでしょう。その人は嫁いでからは昼ご飯まで作り、働きにいき、帰って夕食を作り、働いたお給料はお姑さんに渡したそうです。おこづかいもなかったそうです。お姑目さんは田畑で作物を作られていました。そういう優しい自他的な精神の教育を担う役割をしてきたのではないかと思います。
もしもかつてのように大勢で教会を支え、教会が指導できたらかつての日本が戻ってくるのではないかと思うのです。
ブランド物をインスタグラムにあげる これが娘の高校で流行っているようです。公立高校です。高校生がブランドにはまる、こんな価値観はよくない。使い捨て、ブランド三昧、遊興三昧、そんな価値観に真っ向から対立できるのが天理教だと思っています。みんな貧しくみんな平等で、みんなが他人を思いやる、そんな社会を作ることができるのは天理教だと思っています。
病気に関しても、自分の生活習慣や考え方を変えることで予防になるならよいことだと思います。天理はそういう部分も諌めていただけます。また医療の及ばない結果をだすこともあるそうです。(講演の体験談を聞いて)
インスタグラムに次々品物をアップし、使えるものを捨てていく、その社会の先にあるのは息切れした地球です。私達の生かさせてもらってる場所です。
所属教会だけしか知りませんが、上級も決して贅沢しておられるという印象はありません。
天理教の建物は古くても美しい。清浄な空気の中に佇んでいます。どの教会を見ても美しい。
人々が人生をかけてお守りしてきた美しさを感じさせます。
2016年9月30日 10:07 PMの匿名 様
文章は読みにくいものの、力強く厳しいご意見と承ります。仰ることはよく解ります。
文章からすると、天理教・天理教人から被害を受け、今は天理教から離れた人でしょうか?
そのお立場からすると、天理教関係者は全て「悪の組織の一員」であり「悪を実行してる人間」なのだから、内部で批判や悪口を言う事はその責任と過去を無視して被害者ぶっていることになる、とのご意見になるのはやむを得ないのかもしれません。
でも、古い教会長様の言うように、全てを一緒にして語ることは単純すぎますし、危険でもあります。
>何を求め何をしたいの。
私個人は、「教祖様の真の教え」を求め「教祖様の真の教え」を広めたい、と思っています。
そうすることが、「貴方のように天理教によって被害を受けた人」の拡大を防ぎ、「本人が気がつかずに騙されている人」を啓蒙し、「自分が気がつかずに騙してる人」に気づかせ、「意図的に騙している人」を追い詰めることになると信じるからです。
ご存知のように「天理教」は宗教と位置づけられています。
宗教は、その内部でどれ程非道な事が行われようと、明確に「犯罪行為を犯している」と証明され認定されない限り、国家権力の介入を許しません。しかも、組織的なのか個人的なのかの判断も厳格にされなければなりません。かつての「オウム真理教」が良い例です。
現在、天理教組織に属してる人も考え方は様々です。
貴方のご指摘通り、かつては「悪の手先」で非道なことをしながら自分に被害が及ぶと愚痴や悪口を言う、だけの人もいるかもしれません。嫌な思いをしながらも義理人情や事情が有って組織に留まっているだけの人も居るかもしれません。
でも、中には組織の間違いに気づき、改善や改革をしたいと思って忸怩たる思いで過ごしてる人もいると信じます。こういうネットの掲示板は、そういう人たちの情報交換の場であり、一人では何も出来ないでいる人の心の支えの場でもあります。私自身、こういう場で自分の考えを整理し、「同じ思いでいる人がいるのだ」と実感し力強く思っています。
貴方のご意見は、こういう場を否定し書き込む人を非難することになります。
それは結局、「天理教組織」の存続に力を貸すのと同じ事になりかねないのですよ。
もし、これ以上の被害を拡大させたくないと思うならば、その批判と非難は「書き込む人」ではなく「組織そのもの」に向けて欲しいと思います。組織の内外から批判と非難の声を上げれば、その効果はより高まるのではないでしょうか。それでも「内部の人間を責めたい」と思うなら、まずは共通の敵である「天理教組織」を倒してからやりましょう。
古い教会長様のご意見も同じかと想像します。
私も貴方の「心ある」行動を支持し応援したいと思います。
2016年10月1日 2:36 PM 匿名です 様
解釈や考えは自由ですが、余りに天理教に幻想を抱きすぎな気がします。
かつての日本・日本人の良さを「天理教の教えのおかげ」とするのは無理があります。
幕末から明治初期にかけて日本に来た外国人旅行者の日記には、だいたいですが、「日本人は善良で明るく、好奇心旺盛でよく喋り、子供やお年寄りを大切にして、貧富の差が殆どない生活をしている。」とあります。
江戸時代、南町奉行所の記録では、10年間牢屋が使われた記録がない時代があったそうです。
現代のような「刑務所に犯罪者が溢れ、街の治安も不安がつきまとう」ような日本ではなかったと言えます。
直接資料を当たらなくても、ネットやユーチューブ等で調べられますから、確認ください。
>ブランド物をインスタグラムにあげる これが娘の高校で流行っているようです。
娘さんの躾、教育は貴女の役目です。
天理教の教えやお話を使って家庭教育をするのは大いに結構ですが、その内容はよく吟味してください。
他人を思いやり、優しい心で接し、困っている人には手を差し伸べ、励まし合って共に成長していく、というような「教祖像」を使うのなら娘さんの教育に役立つでしょうが、「上の言うことは絶対で、従うことが人間の勤め」等というお話なら、止めた方がいいでしょうね。
>みんな貧しくみんな平等で、みんなが他人を思いやる、そんな社会を作ることができるのは天理教
「みかぐらうた 一下り目」には、「なにかつつくりとるなら やまとはほうねんや」とあります。
「みんな貧しく」は、教祖様の教えではありません。
今の「天理教組織」の教えではありますけどね。
「貧乏暮らしでも文句を言わず、お供えを出し続けなさい」という「理の親教理」です。
ここまでのお話からすると、匿名です様は「たまたま良い天理教の環境に恵まれ、現実に救われた体験を持ち、その経験から天理教に心酔して、良い面しか見ようとしない純粋で素直な人」と受け取れるのですが、今のネット社会で天理教の悪い情報を全く知らない訳が無いし、天理教に関わって時間が経てば「良い環境だけじゃない」というのに気がついて当たり前です。
もし「純粋で素直な人」ならそれでも構わないのですが、その書き込みや主張からすると、「純粋で素直な人を装った工作員」という疑いが消えません。
どちらにしても、その書き込みや言葉は、「現在天理教に苦しめられたり傷つけられたり悩んでいる人」にとっては、より苦しめられ傷つけられ悩まされる事になるので、この点を考慮してご意見ください。
教会師弟様
母が無神論者です。近所の教会に行きたいといったら激しく怒られました。天理に参加する話は母の機嫌を損ねます。
これほど天理を大切に思っていても子供には伝えられない。
それとは別に教会師弟様も長の年月私と同じ体験をされてきたらまた新しい考え方をされるかもしれないです。
工作員ではないです。(どこの?)
私は自分が見た世界を自分なりに止めたいと思ってやってます。それには天理が必要なんです。
匿名です 様
>これほど天理を大切に思っていても子供には伝えられない。
「天理教」と言わず、「天理教の良い部分」だけを伝えればいいじゃないですか。
私だって、天理教組織や教えを歪めてる上級その他には批判も非難もしますが、教祖様の教えそのものは素晴らしいと思っています。もっとも、その内容は嘘や捏造、歪んだ解釈が多く含まれてるので、取捨選択が必要ですけど。
>教会師弟様も長の年月私と同じ体験をされてきたらまた新しい考え方をされる
匿名です様も、長の年月私と同じ体験をされてきたらまた新しい考え方をされるでしょうね。
体験も経験も、考え方も解釈も違うから「話し合い」をし、その違いを「議論」して「より良いもの」を目指すのです。
「自分と違う体験だから考え方が違う、それは間違ってます」では話し合いにすらなりません。
>私は自分が見た世界を自分なりに止めたいと思ってやってます。
匿名です様が止めたいと思ってるのが「天理教に対する批判や非難」なら、工作員としか思えません。誰かに頼まれてとか、意識して工作員をやっているのでないとしたら、自覚のない工作員ですから尚更始末に負えないことになります。天理教のダメなところを擁護し、改善や改革を妨害する行為を無自覚にやっているのですから。
横槍になりますけど、「改善や改革を妨害する行為」って、ネットに書き込んでるだけじゃないの!
それで「工作員」呼ばわりするのはかわいそう。おやさまの教えの御旗を掲げるお方ならば、もっとやわらかやさしい心を使ったほうがいいのではないですか。
自身の意見に平服できないものは、一方的に断罪するって感じの文章で、なんというか…懐に奥行きがない。
「おやさまの教え」の御旗を掲げて教団批判をすると、なんだかレジスタンスみたいでもっともらしいですが、
肝心の教えを忘れて、批判に没頭する人の多いことは残念です。
ちなみに私は「工作員」ではありません。失礼しました。
教会師弟様
子供にも良い部分をもっと伝える機会を増やそうと思います。
体験は一人ひとり違いますね。確かにそうですね。
止めたいと思っていることは別のことです。
天理教からみではないけど天理教が解決のために必要だと思っています。
横から失礼様
お心遣いありがとうございます。工作員てかぁ・・とは思いました。(賢そうとも・・(–;))
しかしこういう文章を若いころに読まなかったのも体験としては大きいのかもしれません。
私は天理教人は道一条の方しかいないと思ってました。
ここ数ヵ月で衝撃のカルチャーショックでした。
ついつい熱く書き込んでしまいました。
横から失礼 様 匿名です 様
>それで「工作員」呼ばわりするのはかわいそう。
「工作員」という言葉が気に触ったのなら謝罪します。
しかし、過去の書き込みを読み返して頂ければ分かりますが、天理教から被害を受けた人や苦しめられ悩みを抱えている人や、耐え切れずに批判・非難するに至った人に対しての書き込みや言葉が、天理教のお題目や建前(これは、上級会長達が使い続けて、実際に多くの人が被害を受け、苦しめられ悩みを抱えるに至った内容)に終始しているため、そういう苦しめられた人が「余計に苦しむ事になる」から使った「工作員」です。
この点を何度か指摘させて頂いたのですが、全く理解されなかったようなので厳しいかもしれませんが「無自覚の工作員」という言葉を使いました。
ネットに書き込んでいるだけとのご指摘ですが、現状の天理教組織の中では、どれ程不満や不平を抱え、どれ程訴えたいと思っても、一人だけで声を上げるのは大変困難であり、また、事情や理由があってできない人が殆どです。組織体制や制度がそれを許さないのです。
一般の会社のように「労働組合」のようなモノがあれば、話し合いや団体交渉も可能でしょうが、それもありません。横の繋がりを否定する制度体制ですから、同じ立場で苦しみを共有するものが協力できないのです。
そんな中で情報交換をしながら、各々の事を振り返り、気持ちと決意を新たにするのは、現状ネット以外にはありません。ただ単に「ネットに書き込んでいるだけ」で片付けて欲しくない「思い」があるのではないでしょうか?
>「おやさまの教え」の御旗を掲げて教団批判をする
それほど自分の教義の理解や解釈に自信を持ってはいませんよ。
逆に、解釈や理解を深めたいと思いますので、間違いやおかしな点があったらご指摘いただきたいです。
練り合い・談じ合いをするのが大切なことだと思います。
なお、「おふでさき」にも、厳しくキツイ表現や言い回しは多々あります。
全て「柔らかく優しかった」訳ではないでしょう。
ご意見がありましたら、遠慮なくお願いします。
教会師弟様
いろいろ詳しく解説いただき、理解が深まった部分はあります。
しかし震災時に天理教から人もお金も災害地に向けて行きますよね。随分助かってる方々は多いはず。
教会師弟様
すみません。最後の文章を読まずに送ってしまいました。皆さんの大変さは書き込みを見て分かります。
労働組合があっても150日以上連続勤務をされていたり(シフト上は休みがありますが、実際いないと回りません。)、朝早くから夜中まで働いていたりと世間の労働組合もあてになるものではないように思います。
最近は法律が厳しくなったのか 変わってきてるようですが。立ち仕事で足に床擦れみたいなのを作りながら働いていたりする方々もおられたりします。世間も非常に厳しい状況で働いておられることもあります。
手がしびれた状態で、それでも聞き手ではない方の手を駆使して働いたりなどもあります。腰を痛めても腰に負担がかからざるを得ない仕事など痛みと供に仕事をしておられる方々は普通におられます。
ただ今の唯物主義の日本では大変だというのは分かります。お寺も供養にお金を出される方が減ってきて、維持が大変だと思います。あの建築物を支える供養の費用がみんなで分配できる仕組みが崩れてきています。宅配の僧侶などもおられますね。
祖母も毎月僧侶を祖父のためによんでお経を唱えてもらっていたのに、今はおじのところに仏壇と供に行き僧侶をよぶことはなくなりました。
精神世界の存在は存在根拠の証明を求められたまま忘れ去られようとしている時代になってきました。
教祖は存命でいらっしゃいます。「やむほどつらいことハない わしもこれからひのきしん」おさづけの時にか体に入り込まれると教えていただきました。存命のまま様々な事象に心を痛められながら私達を親神様のもとで導きお守りくださってます。
おさづけの時に体内で何か変化がおこることはありませんか?力を感じることはありませんか?
唯物主義と闘う教会は苦しい立場にあるのは分かります。なんとか信者がきちんとしっかり教会を支えたいと思っています。
いろんな意見が平行線を辿りながらも答えを模索していってると思います。
匿名です 様
匿名です様は、純粋に今の天理教を信じ切っておられるのかもしれません。私はあなたのことを純粋で、やさしい、素直な方だろう、と思っております。
が、現に、あなたの目にも入ってない訳は無いと思います。何百万の御供えを、ご守護が頂けると会長に言われ、それを信じて多額のお金を出してしまい、泣き寝入り、苦しんでいる被害者の方が大勢おられるのです。又、匿名の教会長様のお父上のように、上級会長から、理不尽なお供え要求に苦しめられている教会長さん達、生活もままならない信者の方々も大勢おられるでしょう。匿名です様は、そのようなことに関しては何も仰らず、末端教会子弟様が書かれてるように 【天理教のお題目や建前】 を書き込んでおられるのみ、あるいは何やら教祖伝で、波動が伝わって来たとか、そのような書き込みばかりされておられます。
ご自分が奇跡的な信仰体験をされたことは、結構なことであります。しかし、被害を受けて苦しんでいる人に対して、そのようなことを書き込んでも、被害者の傷口に塩を擦り込んでいるようなものです。私はこんなすばらしい体験をしてますが、あなた達(被害者の方々)は徳が無いからですよ、と言ってるに等しいことになると思いませんか?搾取体制を糾弾する投稿の後での、そのような書き込みは、「はぐらかし、糾弾者への無視」に思われます。現に天理教教団が行っていることと同じことです。そして、匿名です様がそういうことを書き込まれるのは、たいがい、被害、糾弾の投稿者の後です。被害者の辛い体験、あるいは天理教を糾弾した投稿のあった直後に、あなたはそういう書き込みをされています。あなたがされていることは、天理教の「工作員」と呼ばれても仕方が無いことと私は思います。無自覚にされておられるのでしょうけれど。
私たちは天理教組織の、「実際に行われている搾取構造」を糾弾しています。それに対して神秘的信仰体験や、「お題目」を書き連ねるのに、何の意味があるのでしょうか? あなたのやさしい気持ちで、被害者の方々にも寄り添ってあげて欲しい、と思います。被害者の方々の目線で見ることも必要だと思います。
<某・投稿より>
普段、少しでも信仰を実生活の場で活かせずいると気づけば社会の誘惑に負けて「まっいっか」と面倒くさいのが前に出たらあっというまに信仰なんて無くなります。
自分以外の家族が一人でも信仰があり支えがあれば、忘れた頃に指摘してくれる人もいますがそんな恵まれた環境にいる人はほとんどいません。
さらに残念なのはそんな素晴らしい環境にいても活かすどころか突き放す教会家族もいるほどです。なぜ、こんなに天理教の教会は堕落してしまったのか?それは応法という社会の仕組みにどっぷり漬かり過ぎて信心より仕組みが重要に成りすぎてしまったことに原因があると考える。
現代は結果的に時勢が去れば残る物は無く、理という見えない物のプライドだけを遺した。
でもごく稀にも、その事に気づき今も盛んにされている教会はこればかりではない、つまり仕組みに翻弄されながらもちゃんと理を聞き分けご苦労をされた信仰ある教会もある。それこそ継承できる理でもあり、それを神意でみるならば、現在においてこの意味を捉えるなら親神様に「篩(ふるい)に掛けられている」と感じる。
「社会(しくみ)の踏み台にされた信心(信者)」
江戸時代、仏教もまた檀家制度という名の戸籍管理が寺の管理となったことにより、実質的に寺 は、江戸幕府の統治機構の檀家制度により経済的基盤も安定し、幕府政権 の政治的バックアップも受けたことで、僧侶の生活が安定したが、かえってこれが僧侶の 腐敗堕落が進む原因となった。結果的に現在もはびこる、宗教の形はすべてに金がつきまとい、信心の無い仏教を現在に遺してしまった。信心無き道はどれも同じなのである。
匿名です さま
「末端教会子弟」です、「教会師弟」ではありません。
自分の立場と置かれてる状況を端的に表現した名前です。
>労働組合があっても150日以上連続勤務をされていたり
私は「労働組合のようなモノ」と言いました。
宗教に関わるものは労働者ではありませんから、労働組合そのものや一般労働者の苦労話を引き合いに出すことに意味はありません。
>なんとか信者がきちんとしっかり教会を支えたいと思っています。
匿名です様個人が支えたいと思うのは自由ですし、実際に支えるのも自由です。
でも、既に天理教によって苦しめられてきた人に「貴方の考えは間違ってる」と言う匿名です様の行為は、教会を支えることに繋がりませんよ。お題目と建前を引っ張り出して、天理教組織の問題を話題にさせまい、議論させまいと先延ばしにしてるだけです。
更には、苦しめられてきた人の傷口に塩を塗り、追い打ちをかけて谷底に突き落とそうとする行為です。
その他言いたいことは、「さっちん様」が代弁してくれたので省きます。
匿名A 様
>(2016年9月30日 10:07 PM 匿名)あなた様の投稿に対して、「古い教会長様」は理解を示れ励ましの言葉を掛けておられますが、非才の私には理解しづらい部分があります。
実は理解はしていません。ちょっとした嫌味です。
以前、自立人生というネームで書き込みされていた元・布教所長の方と同一人物だと思います。
色んな意見や、反発があっても一切、反論も意見も何も言わないのも似ています。色々と統計上から、今の天理教の現状を分析されていました。
それから<匿名です>さんは、誰かから依頼を受けて書き込みされているようです。ノーテンキな書き込みで荒らしにちかいです。本当に人を喰ったバカにした書き込みばかりです。
古い教会長様
>以前、自立人生というネームで書き込みされていた元・布教所長の方と同一人物だと思います。
私は、自立人生様の文章では無いと思います。私には、この 「。」 で区切る文章の書き方で、別の方を想像しているのですが、でも違ってるかもしれませんし、人物を割り出すことをする必要も無いので。「匿名」で投稿されているのですから、特定されたくないでしょう。
天理教に相当に深い恨みと被害者意識が強くお有りなのでしょう。私たちと一緒に「天理教組織に向けて」闘いを挑んで頂きたいと思いますね、これだけ力強い文章が書ける方なのですから。
古い教会長さま
それから<匿名です>さんは、誰かから依頼を受けて書き込みされているようです。ノーテンキな書き込みで荒らしにちかいです。本当に人を喰ったバカにした書き込みばかりです。
この人の書き込みがあってから、投稿するのがアホらしくて止めました。
徳子様
依頼など受けてないです。真剣に自分の感じた事実を書いています。
末端教会師弟様の言葉、さっちん様の言葉無視しているわけではありません。返答していないのは心の中で反芻しています。
人を喰った書き込み。
自分の考えで間違っているところは改めていただこうと思って書いています。
依頼をうけて書いているというのは違います。
人を喰った書き込み。
そうですか。皆様のお心を荒らしてしまって失礼いたしました。
勿論古い教会長様や書き込まれた皆様の意見も心の中で反芻しております。
ダブルワークで書き込む時間がないということもあります。
人を喰った気持ちで書き込んでいるわけではないです。
ボランティアワークが中心を占めていますが。
皆さんを怒らせていることはよく分かりました。
皆さん、天理教団の将来は心配しなくてもいいんです。すでに、本部員たちの善亮参りが始まっています。
何という情けない集団なんでしょうか。目ざと過ぎて開いた口が塞がらないとは、このようなことをいうのでしょうか。
この現象を見ただけで、将来のことはお判りでしょう。議論を待つまでもないことです。
匿名A 様
善亮さん、大亮さん、その取り巻き本部員達、天理教の頂点とその周りに居座るお家の方達に、お好きなようにして頂いて、そのうちに、周りには誰もいなくなった、という状況になっていくのが一番いいでしょう。
只、全国の信者さんや、末端教会長さん方に、お供えをしてはいけませんよ~と回覧を廻したいが、どうする術も無いのが残念無念じゃ~!
さっちん 様
>全国の信者さんや、末端教会長さん方に、お供えをしてはいけませんよ~と回覧を廻したいが、どうする術も無いのが残念無念じゃ~!
本当にそう感じます。
せめて、上級や本部にお供えやお礼など上げずに「直接人助けしましょう」と伝えたいです。
もし、本部や上級の会長が優秀な監督(人助けが上手くて、下への指導が上手く、結果を出せる人)なら、多少のお礼くらい考えてもいいかなと思えますが、「勝て、勝て、ホームランを打て、何故お前は全打席ホームランが打てないんだ!」と怒鳴りまくって威張ってる監督では、指導を受けようとも思えないし、ついて行こうとも思えません。
さっちん様や古い会長様、命の泣き声様、カイン様、また皆様のお陰で助かったと実感している者が、私をはじめ、十数人居ることをご報告させて頂きます
有り難い極みです。
訂正します。
2016年9月27日11:01の書き込みで「真柱服」の唐草模様及び梅鉢紋が金色と書きましたが、梅鉢紋のみ金色でした。早まった書き込みにお詫びいたします。
さっちん 様
善亮参りだけではありませんよ。大亮参りも盛んだそうです。ったく上ばかり向いている連中ですよ。
下々のことなど金づるくらいにしか思っていないのでしょ。〇〇にすんなと言いたい。
お供えを辞めた分の内の少しでも、京都大学の山中教授の研究グループ、国境なき医師団等に寄付をした方が、人類のためにもはるかに有効です。
匿名3 様
私も、カイン様、社会学研究所の皆様、お供え掲示板の皆様のお陰で助けて頂きました。ありがたい極みです。
皆様のお陰で、天理教に対する疑念、密かに抱いていた嫌悪感が、決して私の成人してないがための不足の心のせいではなく、心の拠り所とするに価しない、生き方の指標とできない宗教(組織)であると、確信を持つことができました。
皆様のお陰です。ありがとうございます。
「とと姉ちゃん」の最終回を録画してあり今観た。
「常子、よくがんばったね」そう常子の父親が彼女に語りかけるシーンを見ていて、
ふと泣きそうになった。
そして数年前のある場面が思い出された。
私に握手して、「よくがんばりましたね」と声をかけていただいた時のこと。
私はその場で人目をはばかることなく泣いた。
壁には天照大御神という文字が見えた。
「50代元信者様の関係者ではありません」と前置きをされて書かれている人がいる。
その人のことを私は存じ上げない。
ほとばしるように溢れ出している言葉の数々。
どんな思いで書いているのだろうかと想像すると涙があふれた。
その人は天理教から離れていても、まだ完全に抜け出していない。
最後の禊をしようとしているのだろうか。
でも確かに感じるのは、その方があらたなる道を歩もうとしていること。
きっと苦しいのだろう。相当苦しいのだろう。
私のように卒業するには、いったん自分から天理教を追い出さなくてはならないのだ。
忘れられなくても忘れる努力をしなくてはならないのだ。
一番大切なもの。それを守るために。
私はそうしてきた。
かかわっている以上、いつまでも過去から抜け出せない。
なのに、「応援してくれ」と尚そこにとどまることを余儀なくされる。
残酷なことだ。
この人たちは死にたいほとの苦しみを味わったことがあるのだろうか。
私はふるえた。
空白の時間が必要。
いつかきっと、あれもこれも自分にはすべてが必然で、すべてが意味があったのだと
そう思える日が来る。
その時に人は安らかなる笑顔で、穏やかな優しい笑顔で
どんな立場の人にも心温まる言葉をかけてあげられる日がくる。
まずは苦しい人は、自分を大切にしなくてはならないのだ。
「自分を知らなければならない。
自分が大切にするものは何か。譲れないものは何か」
これは新しい朝ドラのセリフ。
なんていうタイミングなのだろう。
あふれ出てくるまま言葉にしました。
50代元信者 様
その方は真面目な真摯な方なのでしょう、だからよけい、天理教被害の後遺症に苦しんでおられるのでしょう。でも、その方は、私達を全員一律に、悪の組織の一員である、加害者であると一方的に糾弾されておられます。 『一般信者以上に』 被害を受けている天理教関係者もいます。匿名の教会長様のお父上様などは、本当にお気の毒です。氷山の一角かもしれません。
>かかわっている以上、いつまでも過去から抜け出せない。
>なのに、「応援してくれ」と尚そこにとどまることを余儀なくされる。
>残酷なことだ。
>この人たちは死にたいほとの苦しみを味わったことがあるのだろうか。
もう既に、天理教から全く離れてらっしゃり、心のわだかまりも苦しみも全て、過ぎ去った過去のものとして清算されておられるのなら、投稿もする必要も無いことですが、今も心の中に癒されずに残っている思いを投じたいために、投稿されたのでしょう。そのお心の内を思うと同情を禁じ得ません。そして、「投稿されるなら、その矛先の相手は、私達ではなく天理教組織」だと、申し上げたいと思います。
私が余計な事を書かなくとも、末端教会子弟様が、既に余すところなく、2016年10月1日 5:17 PMのご投稿で、書かれております。そして次のようにも。
「もし、これ以上の被害を拡大させたくないと思うならば、その批判と非難は「書き込む人」ではなく「組織そのもの」に向けて欲しいと思います。組織の内外から批判と非難の声を上げれば、その効果はより高まるのではないでしょうか。それでも「内部の人間を責めたい」と思うなら、まずは共通の敵である「天理教組織」を倒してからやりましょう。
古い教会長様のご意見も同じかと想像します。
私も貴方の「心ある」行動を支持し応援したいと思います。」
それから最後に、もう一言、申し上げたいのですが、「応援してくれ」、」という言葉はどこにもありません。「応援します。」「一緒に【天理教組織に向けて】闘いを挑んで頂きたいと思います」という言葉はありますが。それらは、その方を傷つけるものではないと思います。
文章をよくお読みになってくださるよう、お願い致します。
さっちん様 ありがとうございます。
親神様、親様に誓って、嘘偽りない心で、さっちんさんに感謝します。
しばらくはさっちんさんのコメントを拝見して
震えて震えて、泣いていました。
ですが、震えながら、また新たなる光景が思い出されました。
それはもう10年以上も前のことでしょうか。
布教所長である母が父と一緒に離れた土地に住む私のところに遊びにきてくれた時のことです。
母と一緒に親子として楽しい時間を過ごしたいと思っていた私に、
まず母が渡したのは「地方講習会のお誘い」でした。
もう天理教から離れているのを知っているのに、尚すすめてくる母に、
私は泣き叫んで、「なんのためにここに来たのよー」とかなり感情的に怒りをぶつけてしまいました。
さすがの父も母がかわいそうに思ったのでしょう。
「もういい加減にしておきなさい」と。
母はその後、うちの庭に出て行って、泣きながら庭の草ひきをしていました。
「おやさま。おやさま」そう小さな声で口ごもりながら。
お母さん、ごめんなさい。
本当にごめんなさい。
今母の姿がよみがえってきて、私は母への思いに、こうしている間も泣いています。
辛かったでしょう。
逃げ出したかったでしょう。
さっちさん、ありがとうございます。
今は私に震えるような言葉を与えてくれる方はいません。
もしさっちさんがこうして書いてくださらなかったら、
私は母に心からあやまることはできなかったでしょう。
私にとって、さっちんさんとの時間は
禊をするための大切な時間でした。
ありがとうございます。
さっちん 様
>末端教会子弟様が、既に余すところなく、2016年10月1日 5:17 PMのご投稿で、書かれております。
ご賛同いただき、有難うございます。
でも私自身、2016年9月30日 10:07 PMの匿名様 程ではないにしても賛同できることは多いし、「天理教内部の人」に言いたい事は沢山あるんですよ。
身内の恥のような事になってしまいますが、私の母の言動はまさしく「匿名様のご指摘通り」の人です。
昔、上級の要求する通りのお供えを上げることが出来ていた時代は、上級からチヤホヤされ、兄弟教会から「〇〇さんの所が羨ましい」等と煽てられ、「他所は苦しい苦しいと言ってるけど、うちはキチンとお供えを上げる事が出来ている。有り難い事だし神様のご守護のたまものだ。」等とうち(家族)の中でさも嬉しそうに言っていました。
私の「おかげで教会はボロボロじゃないか。信者さんに余計な負担を掛けていないか?自分たちの生活費を切り崩してる事実をどう考えているんだ?」という指摘や質問には、「私は一生懸命やっている。それが信仰なのだから仕方ないじゃないか。教会の手伝いもしない(私には理が無いと言いたいらしい)で何を言っている。」といって全く受け入れることなく上級への尽くし運びを続けてきたした。
昨今、当教会も信者さんが高齢化し、減る中で、また、両親の年齢的にも上級の要求に応える事が出来なくなってきた中で、父(会長)の入院手術という出来事が起こり、私が「手伝う事」になった訳です。
「継ぐ」のではなく「手伝う」のは、「両親のやり方を継承しない」という私の決意の表れです。
お供え掲示板でも書きましたが、「お供え・お礼」等は一切廃し、各種会費も「納得できる資料が出てくるまで払わない」という世間一般なら当たり前の事をしています。
そのおかげで当初数か月間は、私のやり方では納得できない(気が済まない、心が落ち着かない)母との言い争い、戦いの日々でした。
例えば、
母「上級から詰所修繕のひのきしん袋が来たんだけど・・・。」
私「出さないよ。信者さんにも言わないし集めない。」
母「でも、上級から言われた事だから・・・。」
私「良いじゃないか、詰所がボロだって。教組様の雛型通りなんだから、それより人助けが大事でしょ?」
母「そんな事言ったって詰所くらい修繕しないと・・・。」
私「うちの教会がこれだけボロなんだから、詰所もボロでいいだろ?一列兄弟じゃないんかい?」
母「それじゃ上級に顔向けが・・・。」
私「お袋は言わなくていい。俺が直接言うから。」
母「お願いだから、それを上級に言うのはやめておくれ・・・。」
こんな感じです。
最近、ここまでのやり取りは減っては来ましたが、まだまだ根底には母の「見栄」が見え隠れします。
母に常々言ってるのは「自分で考えろ、答えを出せ!」です。
年老いて認知症のケが見え隠れする母には酷な言葉かもしれませんが、問題や困ったことを解決するのに愚痴や文句ばかり並べていても何も解決しないのは当たり前です。これまでの教会運営のように天理教のお題目や建前を説いて「他人の善意」をあてにして済む時代も終わりました。
ここやお供え掲示板に書き込みをされている人達は、自ら考え行動し解決に向けてアクションを起こした方たちだと思います。私自身まだまだ未熟な点が多いので、自分の意思を固め、様々に参考にさせて頂ける場だと思っています。
中島みゆきさんが「宙船(そらふね)」の中で・・・
「その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな」
と歌っています。
50代元信者様
50代元信者様は、感受性の豊かな方なのですね。私の文章に、あなたに感謝を抱かせるところがあるのか、と再度自分の文章を読んでみて、気が付いたのは単に、「応援してくれ」とは書いて無いですよ、という一言ですむ筈が、何やらピント外れのことをズラズラ書いてしまってたのじゃないか、と。「よく文章をお読みください」、と書きながら、自分も50代元信者様の文章、よく読んでないな~、なんて。(笑) 投稿すると、往々にして、そういうことをしてしまってることがあるのですよね。的外れのことを、一生懸命書いてたり・・。
50代元信者様のように、やさしいお顔がみえたり(教祖のお顔が見えたのでしょう?)、そういう奇跡は、私には何も起こりません。50代元信者様が、悩み苦しみ傷つき、真剣に道を求めて歩まれて来られた、そのことに、神様が微笑んでくださったのでしょう。
私も50代元信者様に、いろいろ学ばせて頂きました。老子やマドモワゼル愛さんも、ちょっと読んでみないといけないですね。50代元信者様のように、純粋さ、他への思いやり、広くものごとが見える高い視点、それらを学ばねばならないと思います。 私もお礼申し上げます、ありがとうございます
さっちん様
実は、何度か違うコメントを書こうとしたのですが、
そのたびに画面がスクロールしたり、カーソルが勝手に動いてどうしても書けなかったのです。
偶然でしょうが。
そして、冷静になるまでしばらく落ち着こうと思い、じっとしていたのですが、
体の震えがとまらなかったのです。
そして頭に過去が浮かんできたのです。
過去の自分はなんて愚かだったのだろうと。
あの時母はきっと震えていたのでしょう。
辛い出来事も自分を高めていけるために起きること。
実はちょっと辛かったです。
天理教から抜けて、私の心を救ってくださった方はその二つだけではないので、
ちょっと書いてみますね。著書だけの方がほとんどですが。
芹沢光治良氏、天命庵 大徳寺昭輝氏、日木流奈氏、ニール・ドナルド・ ウォルシュ、飯田史彦氏、春日大社元宮司 葉室賴昭氏、佐藤初女氏、シスター渡辺和子氏、神渡良平氏、エックハルト・トール、
その他 心理学や自己啓発本などたくさんです。
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神様はこう言います。争いや喧嘩や人間の思いの行き違いでいろんなことがあるかも知れない。
でも一寸したことで腹を立てて切ってはいけない。後でどの様にその方にお世話になることに
現れるかもしれない。そやから「腹を立てたらあかんよ」言うんですね。あんさん方もそうです。
・・・・そういう時にふれくされた心でいるといつまでも素直にならない。素直になれないから
いつまでも心が曇ってくる。曇ってくるから絶対にしあわせにならない。
でも、いつも「ああ、これもご縁なのやなあ、ちゃんと離れてあげることも大事なのやなあ」
と思って相手を大事にしてあげたら、出会った時でもお互いに本当に気持ち良く出会うことができる。
ー飛ぶ鳥後を濁さずーという言葉がありますね。そやから後を濁さないようにお互いの心の交流、
いろんな時期があることを考えて、決して切り口上、捨て言葉を出してはあかんと言っています。
素直な気持ちをあんさん方が持つことや。敵をつくることはありませんよ。親神様の教えに敵は
ないですね。お釈迦さんにはダイバという敵がいましたね。イエス様にもユダというそれこそ
裏切ったような姿があります。でもこの道には敵がないんです。みんな神の光の前に許されることが
できます。
末端教会子弟 様
私も、毎月3千円づつ、ずうっと払わされ続けている詰所改修費、上級から、いつまで、という期限も一向に言って来ないので、修繕費の、うちへの割り当て、支払期限が解るものを送れ、と先月中旬に書き送りましたが、まだ返事はありません。無いのかどうかわかりませんが、あるならきちんと送って来るべきでしょう。杜撰極まりないです。それから、上級の神殿棟瓦葺き替えの費用も、心配してましたが、その分のお供えの請求は今のところは来てません。私が上の件で、物申したことで、素直に払わないだろうと察して、うちへの請求を取り止めたのでしょうか?(請求が来ても払うつもりはありませんが。)
>各種会費も「納得できる資料が出てくるまで払わない」という世間一般なら当たり前の事をしています。
私も末端教会子弟様が言われるように、これからは、支払については、証拠書類を見せて貰えるまでは拒否しようと思います。一般の会社なら当たり前のことです。既に、青年会費、少年会費、それに付随するお供えは拒否しておりますが、次の婦人会費一万円(教会規則では、一人〇百円の会費だけ)、婦人会お供え、本部と大教会、合わせて3千円も払う必要など無いですね。教祖誕生祭、25000円、これも何とか拒否したいです。教祖のケーキ代にどうぞ、と1000円位は出そうかな~なんて。
何か事がある度に、万単位のお供え、会費払わされ、それに馴らされてしまい、するのが当たり前になってしまってます。今まで払い続けた金はいくらになるか・・・。これからは慎重に、上級の顔色など一切構わずに、そう思い決めております。
さっちん様
お顔が見えたとかお声が聞こえたというのは、私は奇跡とはとらえていないんです。
はっきり聞こえたつもりですが、ひょっとしたらあまりに緊張していたため、
私の脳が作り上げたことかもしれないし。
やっぱりあれは書くべきではなかったかな、と思っています。
奇跡とは、この世に生きていること、もうそれだけで十分な奇跡。
人と出会うことも奇跡。
私が声を聞いたのは18歳の時のことです。
まだまだヒヨコの時期です。
さっちんさんは、「悩み苦しみ傷つき、真剣に道を求めて歩まれて来られた、そのことに、
神様が微笑んでくださったのでしょう。」と書いてくださいましたが、
ようやくスタート地点に立って歩み始めたころのことです。
もしも、あの声が私の幻覚ではなかったとしたら、
それは、「今から大変な道が待っているけど、がんばるのですよ」というお声だったと思います。
プライベートなことなので、あまり書けないのですが、
お供えの掲示板に書いたことなど、ほんの一部なのです。
渦中にいる間は、死にたいくらいでしたが、
今となれば私にとって大きな宝になっています。
会長や母によって、思考を押さえつけられていた面も確かにあるのですが
それより、私を悩ませていたものは、「こころ」というものを全く知らない人たちでした。
お道の中にいるとお辛いことも多々おありだと思いますが、
教えによって清く生きられる面もありますでしょ。
誰かのためにお役にたてることを喜びと感じられたり、手をあわせて深く感謝したり。
そういう中にいられるのは、幸せな面もきっとあるはずなのです。
でも世の中には、そういう心が全くない人たちが存在して、
我欲の中だけに生き、思いやりなど皆無に等しく、
奪い取ることだけ考えている人が、普通の生活の中に多々存在するのです。
なんでもお金、お金、お金。
神も仏も信じず、感謝という言葉を知らない人たち。
そういう人たちに囲まれるのも、また違う辛さがあります。
知っている人が教えてあげればいいのですが、それは容易なことではないのです。
たった一人でも、真実に気づけさせていただいたら、それは奇跡。
でも生まれ変わった人がいます。誰とは言えませんが。
天理教から離れて視野を広められて本当によかったとは思いますが、
抜けてからの人生は、信仰とは関係ない世界で傷だらけでしたよ^^
終わりなき旅。たぶん死ぬまでずっと。
50代元信者様
50代元信者様は、いろいろな不思議な「神秘的な体験」をされてるのですね。世の中には、そういう方もやはり、おられるのですね。霊感がおありになるとか、そういうことでは無いのでしょう?
実は私も今までに一度だけ、ほんとにたった一度だけは不思議体験をしているのです。50代元信者様のような、お顔が見えた、とか、そういうことには遠く及びませんが。
もう、10年以上も前、うちの教会の神殿掃除を、つまらないな~と、うんざりしながらやってた時です。私には奇跡なんて何も起こらないのだな~、修養科では奇跡が起きる人もいると聞いたけど、(まだ、今のように天理教を見限ってない時ですね。)などと思いながら、神殿にいた時です。
その時、ふと、胸に浮かんだのです。「元気で生きてることが奇跡だ。」言葉としてではなく、そういう観念(でしょうか、)思い、というか・・が、ふと浮かんだのです。私が普段は全く思ってもなかったことが。奇跡というのは、見えなかった目が、見えるようになったり、全く歩けなかった人が、突如として歩けだした、とか、そういうことを奇跡だと思ってましたからね。
あれは何だったのだろう。その時一度こっきり、2度とそういうことは起こってないのですけど。うちの教会の神殿掃除中だったから、神様か、教祖か、それとも私の守護霊か、私が小さい頃世話になった、先々代会長の御霊様か。ほんとにあれは不思議でした。
それで、信仰に目覚めて、お道に熱心になったということは、全く無いのですけど(笑)
まあ、こういうこともあるのだから、世の中は霊的なもの、目には見えないあるものが、存在しているのだろう、とそう思ってはいるのですけども。それが何かとはっきりは私には解りませんけども。
まあ、そういう次第です。
さっちん様
霊など全く見えません(笑)
ただ崇高な気持ちになったりすると香りで感じることはあります。
逆もあるのですが。くさーい匂い。
あとは、低級霊とか動物霊にとりつかれて、不思議な力を見せつける人のそばに行くと、
咳が出て近づけなくなったりします。
霊は見えませんから、あとでそういうことだったのか、とわかったりします。
会長や母や夫は、私が何か不思議なものをもっているように思っているようです。
ふふふ、たぶん恐ろしいのでそう思うのでしょう。
病気も治らないのにも意味があると思うので、鮮やかなご守護とかいう奇跡ってどんなもんなのでしょうね。
お道にいたころはそういうことに非常に興味がありましたが、今はからっきし興味ありません。
娘はステロイド離脱というのを経験しました。
壮絶なる闘いの日々なのですが、体液が3年にわたって夏になると出てました。
パジャマをビショビショにするくらいです。
体にたまった化学物質が膿として流れ出るのですが、
ある方の話によると、小分けにして出さないと人は死んでしまうのだそうです。
それが天然自然の理で自然治癒力。
変な力に頼って鮮やかなるご守護のようなものを願わなくてよかったと思います。
さっちんさんが掃除しながら天の声を聞かれた瞬間を想像しますとね、
クスッと笑えて来ます。
さっちんさんは、とっても楽しい人なんでしょうね。
ツイッターでも最初の頃好きだったな。美空ひばりとか言ってた頃。
ジョークを言いながら、鼻歌歌いながら、ルンルンと生きていたら
きっとめっちゃチャーミングで素敵なんだろうなー。楽しい人生を!
50代元信者様、さっちん様
楽しく奇蹟談義、不思議体験談義をされているところ、乱入ご容赦ください。
普段、理不尽不可思議非科学的を排除して理屈を並べる小生ですが、「不思議な体験」は経験してます。
古い話ですが、私の祖母が亡くなった時の事です。
当時、実家から500キロほど離れた地で仕事をしていたのですが、その瞬間、自分の周りの空間が歪んだかと思うと周囲の空気が一変し、自分の体を冷たいものが流れたような感覚に襲われました。
「もしや?」と思って電話を取り、実家にかけたところなかなか繋がりません。
何度かかけてやっと出た妹に「何かあったか?」と訊いたところ「お祖母ちゃんが○時✖分、亡くなりました」との答えです。その時間は、私を襲った不思議な感覚を感じた時間から1分も経っていませんでした。
事前(1週間ほど前)に親父から「お祖母ちゃんが危ないと医者が言ってるので覚悟しておけ」と言われていたものの、あまりの時間の正確さに驚いています。
いわゆる「虫の知らせ」というやつで天理教とは関係ありませんが(笑)
もう一つは、もっと古い時代。
私の兄の顔に「腫れもの」が出来た時の事です。
それを見た母が喜々として「病のさとし」の本を取り出し、「顔に出来る腫れ物はね・・・」と始めました。
当時から天理教を避け、母の説教が大嫌いの兄は、
兄「うるせぇ、そんな話聞きたくねぇ!」
母「何言ってるの、言うこと聞かないと治らないし、腫れ物が増えるわよ。」
兄「喧しい!顔がボコボコになったってそんな話聞く気はねぇ!」
二日後、兄の顔には腫れ物が4つになり、ボコボコどころかボコボコボコボコになっておりました。
それからしばらく、我々子供たちの間では「お袋は神様だから・・・」と恐れていましたとさ(笑)
今、「病のさとし」ってどうなってるんでしょうかね?
訂正です。
>その時間は、私を襲った不思議な感覚を感じた時間から1分も経っていませんでした。
⇒その時間から、私を襲った・・・。
です。
亡くなったのが先ですね。じゃないと「虫の知らせ」にもなりません(笑)
(売ってます・・・。)
>(売ってます・・・。)
まだ本屋で売ってるのですか?
昔読んだ記憶では感想としては「駄洒落本かな?」でしたけどね。
あれほど「病いのさとし」が好きだった母が、最近年のせいか「あちらが痛い、こちらが具合悪い」と零します。
春先の一件で私が父の手伝いをするようになってから、母にだけ私解釈の「病いのさとし」をしてあげることがあるのですが、何故か嫌そうな顔をします。どうしてでしょうか。
それはともかく、話が途中になってしまった「匿名です」さん。
天理教を必要とする、貴女がやりたいことって何ですか?
不可思議非科学的体験の収集・証明ですか?
唯物論の駆逐ですか?
人智を超えた偉大な力の証明ですか?
末端教会師弟様
ありがとうございます。
おさづけで病気を静めることです。
母へのおさづけのいんねん諭しでは病のさとしや深谷忠政先生の本をお見せしました。
皆さんの奇跡体験を読ませていただいてそういう能力が高いんだなと思いました。コミュニケーションの力の 高さと資質というのか。総合人間力の円の広がりが大きいというか、求心力がおありですよね。
霊的な能力です。
末端教会子弟 様
お母さまが諭されて嫌なお顔をされたというのを読ませていただいて、
すみません、夫婦で笑ってしまいました。
「宗教に関わらず、そんなもんだよね」と。
不思議なこと、沢山経験しています。
そしてそういうお話をすると、私に何かを求めて寄ってくる人がいます。
それは私の人間性というより、利用するためです。
そういう方は、だいたい日常生活、さもない暮らしを大切にしていないから。
家族に問題が起きれば、すぐに何かに頼る。不思議な世界に頼る。
現実逃避でしかないのですよね。
体によいものも食べ過ぎれば毒になるように、
不思議な世界は確かにあるとは思うけど、それに依存すれば
現実逃避となり、問題解決から遠のくんですよね。
今や天理教の専売特許のような病の諭とやらは、あらゆる方がされています
斎藤一人さんの病のお話も面白いですよ。
エリックハルトトールのようなスピリチュアル世界ではもはや普通にされています。
つまり意外にも多くの方たちが精神と肉体の神秘を理解し始めているのです。
だから、天理教はこれから大変でしょうね。
見えない世界は興味本位で近づくと、とても怖いです。
ふつーの生活に心をこめて、家族や隣人を愛し、与えられた今に集中するのが一番だと思います。
(孫はまだ誕生せず、台風と一緒に生まれてくるようで、まだこんな風に書き込みしています)
匿名です様
斎藤一人さん、おすすめですよ。
youtubeでたくさんのお話が聴けます。
特に劣等感のお話は最高です。
私はいっときはまってました。
匿名ですさんにとって大切な天理教を一番に考えながら、
でも読書するつもりでいかがでしょうか。
仕事とかお金に関して、凝り固まったものがおありのようですが、
ちょっと違った角度から見てみるのもいいものですよ。
昨日斎藤一人さんの写真を見る機会がありました。
心が見える時はおありですか?
匿名です様
全く見えませんよ。
こころなんて見えませんよ。
それこそ、匿名ですさんと一緒に工作しているように思われちゃいますよ(笑)
一人さんはお顔を公開されていませんが(ネット上では一切ないです)
生写真をどこかでご覧になったのですか?
ふと一人さんが出てきただけです。
偶然です!
99歳の方の詩集にのってました。
仕事なので夜にまた書きます。
匿名です様
一人さんは、お写真を公開されるのを拒否なさってます。
そのような詩集に写真が載っているのは考えられないのですが。
特別に掲載を許可されたのでしょうかね。
99歳の方と言えば、柴田トヨさんでしょうか。
一人さんのお顔、一度拝見してみたいので詩集の著名教えていただけませんか?
お時間ができたときで結構ですから。
ごめんなさい。相田一人さんでした。間違えました。すみません。斎藤茂吉と相田みつをと勘違いしたようです。すみません。
仕事に戻ります。
匿名です 様
>おさづけで病気を静めることです。
昔はいざ知らず、近年「天理教のおさづけは効かない」というのは内外でも知られたことかと思いますが。
たまに「○○系統のおさずけは効く」とか「どこどこにおさづけ名人がいる」等という根拠のない噂を聞くこともありますが、話を突き詰めていくと根も葉もない「噂」です。
なぜ効かないかを考えた場合、天理教内では「その人の信仰心が足らない」とか「日ゝの心遣いが良くない」などと言われ、おさづけした人を責める傾向がありますが、これは疑問です。
そういう「信仰心のない人」や「心遣いの良くない人」におさづけを渡す天理教本部の責任であり問題なのではないかと思えます。逆に、「どういう信仰心」や「どういう心遣い」をすれば効果があるのか、明確な基準を提示する義務があるのではないでしょうか。
世間で言えば、お茶やお花などの「師範免許」や囲碁将棋などの「段級制度」のような形で明確にしなければ、おさづけそのものが全く無意味になってしまうでしょう。実際、現時点でもどれほど意味があるのか疑問です。
とはいえ、上記の「おさづけが効かない理由」を言うのは「天理教本部」ではなく、中間にいる教会長だったり先人たちだったりするのですが。
匿名です 様
大事なことを言い忘れました。
匿名です様が「おさづけで病気を静めること」と、天理教を批判・否定する書き込みに対して「天理教のお題目や建前を唱えて反論すること」に、全く関連性が見えないのですがどうしてでしょう?
天理教を批判・否定する人がいると、匿名です様のする「おさづけ」に影響するのですか?
50代信者様
今YouTubeが見れない容量の少ないスマホです。また後日どこかで見たいと思っています。
教えていただきありがとうございます。
末端教会師弟様
御題目は実質を伴わない主張ということですが、実質が伴う主張になるように努力していこうと思います。
心を双方定めて信仰が高まった状態でおさづけを受ける必要があると思います。
申し訳ありません。また休みの日に書きます。
相対性理論を勉強したいけど、ちょっと読んだだけで頭がウニウニ状態。
そんな中子どものための相対性理論というのをみつけて、ちょっとかじってみたら
老子の「すべては反対になる」の教えや色即是空・空即是色にも通じて
はまりそう。いや悲しいかな、この頭じゃ、はまりたくてもきっとはまれない。
アインシュタインの名言が心に響く。
次はアインシュタインの世界にどっぷりつかってみようかな。
不思議なことなど書いて怪しい人に思われちゃうから。
今庭にきれいな大きな蝶々がやってきて花に止まったと思ったらすぐにまた飛んでいった。
(それでいいですよ)と伝えにきてくれたかのように。
人生には、二つの道しかない。一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ
すべての宗教、芸術、科学は、同じ一つの木の枝である。
大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。
人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる。
この世は危険なところだ。悪いことをする人がいるためではなく、それを見ながら、何もしない人がいるためだ。
真実とは、経験という試練に耐え得るもののことである。
自分自身の目で見、自分自身の心で感じる人は、とても少ない。
宗教なき科学は不完全であり、科学なき宗教は盲目である。
兵役を指名された人の2%が戦争拒否を声明すれば、政府は無力となります。なぜなら、どの国もその2%を越える人を収容する刑務所のスペースがないからです。
優れた科学者を生み出すのは知性だと人は言う。彼らは間違っている。それは人格である。
この諺には、真実がある。人に対して正しく賢明な助言をすることはできる。しかし、自分が正しく賢明に振る舞うことはむずかしい。
知的な馬鹿は、物事を複雑にする傾向があります。それとは反対の方向に進むためには、少しの才能と多くの勇気が必要です。
お供えの掲示板やツイッターに井出クニさんのお名前をよく拝見するようになりましたね。
実は、もうかれこれ10年ほど前になるでしょうか。
夫と一緒に井出クニさんの朝日神社を参拝させていただきました。
芹沢光治良先生のご本に登場される井出クニさん。
本部員に引きずり出されかなりお怪我されたようですが、
厳しい道を歩まれた方をお偲びしたくて、一度おうかがいしたかったのです。
朝日神社には車で行きました。
ちょっと離れた所に車をとめて、のんびり歩いていくとJRの踏切(今は廃線)のすぐ横に
朝日神社がありました。
昔の木造の詰所を思い出されるような建物で、懐かしさに心が安らいだのを覚えています。
木の詰所、好きだったな。
ですが、そこから先にいくのはなかなか勇気がいりました。
夫に一緒に来てもらって扉を開けると、天理教の教会とはちょっとだけ違う雰囲気の神殿が見え、
お当番の方かと思わる男性にお声をかけました。
「参拝させていただいてもよろしいでしょうか」
ただ一言、「どうぞ」とおっしゃられたように記憶しております。
そういうのもあって、私はかなり緊張しておりました。
「天理教式の参拝の仕方でよろしいでしょうか」そうお尋ねしましたが、
静かにうなずかれるだけでした。
私のようにふいに訪れる方がいらっしゃるのかもしれませんね。
本当はいろいろとお話をうかがいたかったのですが、
「ありがとうございました」と言ってすぐにそのまま帰りました。
その後、近くにある井出クニさんのお墓をお参りさせていただいて、
我々は近くのパーキングで食事した時、観光パンフレットで、ある偶然を見つけました。
朝日神社のある三木市は日本で最初の金物の町、鍛冶で有名な場所だったのですね。
語呂合わせの遊びのようですが、
天理教の初代真柱であった中山真之亮さんは元々梶本 家の出身で、梶本家の家業は鍛冶屋だったんですね。
そして、親様のお名前と三木市がリンクしちゃって。
ひょっとしたら、なんて思いながら食事したのを思い出します。
さきほど投稿したものですが、「人生には、二つの道しかない・・・」から下のものは、
アルバート・アインシュタインの名言です。線引きするのを忘れていました。
芹沢光治良著「完全版 人間の運命〈1〉次郎の生いたち」に、父親が天理教に入信したために、酷い目に合う主人公が語られているという、ネットのカスタマイレビューを見たことがあります。☆5個の評価をしておられました。
そして、是非読んでくださいとも書いてありました。
何度も云いますが、講社祭りには父母の後ろに兄弟姉妹が座って、「天理教教典」、「おふでさき」、を交互に読んでいました。さらに、ある時期から「稿本・天理教教祖伝逸話篇」が加わりました。ところが、いつの間にか「天理教教典」を読まなくなりました。そして、「元の理」という小さな冊子が送られてきました。お勤めの後にこれを読めということでしょうか。
教団は、今こそ芹沢光治良著「完全版 人間の運命〈1〉次郎の生いたち」を全信者に配布すべきだろう。
私は、この本を購入しました。主人公がどのようなひどい目に遭ったのかをここに投稿したいのですが、出版社がOKを出してくれるのか、そこがポイントです。
皆さんお投稿内容と相違する内容になってしまって申し訳ありません。
広池千九郎氏のことがあまり語られていませんが、皆さんはよくご存じの方なのでしょうか。
私は以前からこの方のことが気になってしかたないのです。
で、調べました。
長くなります。申し訳ありません。ご興味のある方だけに。
文献は広池千九郎WEBSITE(なぜかトップページには天理教の文字はみつからず、中山真之亮で検索
してみつけました。) ならびに高野友治氏著『創象』から引用させていただきました。
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中山真之亮氏と広池千九郎氏の関係。
広池千九郎博士は、天理教に入信し、旧制天理中学校長となられ、全国をまわって天理教の偉大さを説かれた。それが、あるときから、天理中学校長を辞し、道徳科学の樹立に専念し、やがて天理教教師の職を返された。
(その経緯を調べてみました)
大正元年の大患は、千九郎の心境をより宗教的なものに向かわせた。千九郎は、病床で誓ったことを天理教の中で、実現しようとしたのである。家族や知人、恩師たちは反対したが、千九郎の意志は固かった。千九郎は、明治44年に、教祖中山みきの孫にあたる、中山真之亮管長と面会し、その人格に感動していた。中山管長は広い包容力を持ち、大きな視野のもとに天理教を考えていた。千九郎は、教理結集の仕事を依頼されるとともに、大正2年には、天理中学校長に就任した。こうした出来事は、世間の耳目をそばだてるのに十分であり、多くの新聞や雑誌が話題にした。
天理教本部での活動は、長くは続かなかった。千九郎は、中学校長として、さまざまな方針を打ち出したり、教理の理論的な整備に取り組んでいた。そんな中、大正3年に、中山真之亮管長が病死した。千九郎は最大の理解者を失ったのである。千九郎は追悼講演会において、管長とも協議した改善案を提示し、真情を吐露した。このことが、内務省から監視役として派遣されていた人々の逆鱗に触れた。そして、教団の存亡を脅かすほどの圧力となったため、教団側は千九郎を辞職させて、事態を収拾することを決めた。千九郎は、全財産も住まいも、学者の唯一の武器である蔵書も失った。その上、家族、先輩、友人に見放され、マスコミや社会の人々からも揶揄、攻撃されて天理教本部を離脱した。
いわれのない迫害に、千九郎は強靱な思索をもって応えた。千九郎はこの出来事を、自らが研究を続けてきた、古来東西の聖人が受けた迫害と重ね合わせていた。自分の心が浄化されるほど大きな試練が来る、恩寵的試練として受け止め、感謝したのである。千九郎は、弁明も非難もせずに、ただ自らの自己反省に努めた。そしてその中で、後に新科学「モラロジー」の根幹をなす「慈悲寛大自己反省の精神」を体得した。
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広池博士の入信については、山岡荘八著の伝記小説『燃える軌道』(学習研究社版)がある。それを読んでいただきたい。
どうして天理中学校長を辞められたか、奥谷文智氏の話では、大正5年(1916)の夏、博士が東京の宅へ帰っていたとき、ご本部から都合により出校に及ばずという通知があったものという。
その理由について、奥谷氏は、はっきりいわなかった。
私は諸般の事情を考えてみると、天理教校教頭大宮兵馬氏のご機嫌を損じたもので、ご本部として、やむなくこの処置に出たのではないか。
大宮兵馬氏は、当時の政府から天理教へ派遣された目付役であったといわれる(松村吉太郎の話)。何の目付役かというと、天理教が、明治41年(1908)11月27日に、時の日本政府から、教派神道の一派として公認されたとき、その所依の教典を「明治教典」とした。明治36年(1903)制作の敬神、尊皇、愛国……など10章からなる。この教典を実施しているかどうかの目付役だった。大宮氏みずからは天理教校の教頭として、「建国史」を講義していた。
政府の目付役だったから怖かったという。
天理教には天理教の原典がある。だが、これは表立って教えられなかった。もっぱら「明治教典」の国家倫理が教えられていた。それでも信仰的に、原典的精神が出る。大宮兵馬氏はそれを警戒していたようである。
ところで、広池博士の説く天理教は、かならずしも「明治教典」に依拠していない。その枠を抜けて、全世界的、全宇宙的な倫理道徳を説いていた。大宮兵馬氏はそれをきらったのではないかと思う。それで、このことを政府に報告するよと教会本部に迫ったのではないか。
そう考えると辻褄が合う。それが妥当な推論ではないか。
当時の天理教会本部は、政府を恐れていた。せっかく10年も苦心して国家公認の宗教になったものを、取り消されては大へんと思っていたようだ。事実、当時、天理教の国家公認を取り消すべしという議案が国会に提出されていた。
もう一つ例を挙げる。
大正3年(1914)12月31日、初代真柱が出直した。その翌年の大正4年に、奥谷文智氏が文を書き、諸岡長蔵氏が金を出して、「世界最後の教」という本を出した。2~30ページの本だろうと思うが、これを30万部(あるいは40万部)刷って、世界一般に配り、天理教を世界に知らそうとした。
これをご本部が聞いて配布を差し止め、全部ご本部へ送れといってきたので、諸岡長蔵氏はこれをご本部へ送ったという。
「貨車で1車ありました」
と筆者に語ってくれました。
これも世評を恐れ、政府を恐れていた心情のあらわれと思う。
広池千九郎氏は、大正4年(1915)に、天理中学校長を辞めてから、本島分教会(当時)長片山好造氏の好意により、同教会で静養し、勉強していた。この状況は拙著『伝道者』に書いておいた。
そのあと、大正13年(1924)ごろ、いまの天理市勾田町の七号館あたりに詰所をもち、シンケイ講詰所とかいっていた。本来は甲賀ー蒲生ー勢山の信者である広池博士は、二代真柱の好意により、教会本部直轄の講をもつようになったのだと、当時私と同級生で、シンケイ講の信者の香川景正君の話だった。
それが、教祖40年祭後の昭和4年(1929)1月、二代真柱にお願いして、天理教籍を離れ、広池個人として、道徳科学を世界に普及することになったのだという。
このことは広池千九郎博士自身から聞いた。
当時、天理中学校に、広池博士の弟の広池長吉氏がいた。東京の国学院出身の国語の先生だった。この人は本当の意味で信者だった。兄さんは信者というより学者であった。
広池長吉氏は、天理市豊田の天理中学校寄宿舎「よなほり」寮の寮長をやっていた。広池博士がおぢばへ来ると、弟さん宅に泊まった。そのとき、「よなほり」「よのもと」「ひとすじ」「ひながた」の4つの寮の生徒は「よなほり」寮に集まり、広池博士のお話を聞いた。私が中学5年生のときである。
博士は言った。
天理教の教義はじつにすぐれている。最近の欧米の進歩した学問書を読んでみると、教祖の教え給う教えとピッタリと合う。教祖の教えが、いかに崇高なものかがよくわかる。というより、教祖の教えを理解して、新しい学問「モラルサイエンス」(道徳科学)体系を作りたいと思っている。
それができたら、世の中の人々のものの考え方が変わってくると思う。また世の中の人々の天理教の理解の仕方が、より易くなると思う。
それについて、いま、私が天理教の信者であると、社会一般は私の話を聞いてくれないし、読んでくれない。それほど社会一般の人々の天理教ぎらいは根強いものになっている。
問題は、教祖の教え、親神の教えが世界にひろまるかひろまらんかにある。私が天理教の信者であるないは小さい問題だ。
それで管長様にお願いしたところ、快くお許しくだされ、道徳科学樹立に専念することになった。
博士の話の主旨はそのようなものだった。
この広池千九郎の研究に経済的応援をしたのが、諸岡長蔵氏である。彼は千葉県成田市の羊羹屋「米屋」の主人である。入信は明治27年(1894)ごろか。明治29年の麹町支教会の教会設置願書に彼の名が出ている。のち、甲賀ー近愛の信者になる。
ところが、あるときから、広池博士一派は、諸岡長蔵に寄り付かなくなた。一時は広池千九郎氏は諸岡長蔵氏の応援を感謝し、「諸岡はモラロジーの母」であるとまで賛辞を書き送っている。
どうして寄り付かなくなったのか。
私は終戦後、伝道史を調べていた最中、諸岡氏宅へ泊めてもらって、大へん厚遇をうけた。
あの当時、「米屋」の羊羹は日本第1級の品で、工場も大きく、従業員も多く、すばらしい勢いであった。
だが、諸岡長蔵氏自身の生活は、まことに質素なものであった。あれだけの富豪にして、特別の客間というものがなかった。私が大事な客間に泊めてもらったので、家族の人たちはその隣の居間に窮屈な夜を過ごされたようだ。
そうでもしなければ一代であれだけの金はできない。あれだけの社会貢献はできないはずだ。
広池博士の研究に金を惜しみなく出してやった。その出し具合は、諸岡長蔵氏が出した「広池博士よりの書翰抜粋」(昭和32年度3月版、タイプ印刷)を読むとよくわかる。研究所を作るにつき、基金年々積立、併せて5万円……云々とある。広池博士もよく使ったものと思う。それでも足りなかったものと思う。
学者は、自分がこの仕事をなそうと思う仕事の前には、無茶苦茶に金を使っても惜しいとも、すべきでないとも考えないのだ。問題は、その仕事の完成だけなのだ。
私が聞いたところでは、広池博士は晩年、各地の温泉宿に泊まり、身体を温めながら思索し、そして自分のそばには、たとえ温泉に浸かっていても、書生に筆と紙をもたせ、心に浮かんだことを言葉で言うて書生に書きとめさし、博士がそれをまとめるという仕事ぶりであったという。身体の弱い広池博士としては当然の処業であったと思う。
博士にとっては、金よりも、命よりも、自分の所論を体系化することが問題なのだ。
このころの生活費を諸岡長蔵氏が出したのであろうか。それとも他の庇護者がだしたのであろうか。つつましい諸岡長蔵氏としては、そこまでの金をださなかったのではなかろうか。
匿名A様
私も離れてから最初に読んだのが、人間の運命でした。
むさぼるように読みました。自分の運命と重なりあわせて。
実は昨日、久しぶりに芹沢先生のお話を聞いていたんですよ。
優しくて品のあるお声は、昨年出直されたお嬢様文子先生と重なり合って、
私もあのような声でお話できる人になりたいと思っていたところでした。
芹沢光治良先生と廣池千九郎博士との接点
心に残る話 『れいろう』昭和58年6月号 【ただ一言で私は恩人の一人に思っていた 】に
芹沢先生が廣池博士に向けて書かれたものが紹介されていました。
『れいろう』は、財団法人モラロジー研究所より 発行されたようですが、
今は在庫がなく、ある方がそのコピーを紹介されていました。
それによると、廣池千九郎氏が早稲田大学の教授であった時、芹沢先生の家の近くの分教会に講演に
来られた。芹沢先生が中学生の時だった。芹沢先生はその頃、偉いその先生が信者になったとて、天理教の新聞や雑誌が宣伝していたのを知っていて、家から4キロばかり歩いて行った。その学者に、学問することが神の意思に反するか質問しようという一念からだった。
話が終わるのを待ちかねて、廣池先生に会わせてほしいと教会の先生に頼んだが断られ、芹沢先生は先生も便所に行くことがあろうと考えて植え込みにかくれて、機会をねらった。
そして、 芹沢先生は廣池氏に尋ねるのだった。
「先生はお子さんが大学に進むのに反対しますか。僕は大学 まで勉強したいですが」
「いいや、息子は大学へやるよ。君は勉強が好きかね」
「好きです。中学ではずっと特待生です」
「そう、それは神様のおめぐみだ。元気を出してね」
その言葉は神の啓示に思われ、それで安心して、一日 も学校を休まず卒業した。
そしていつの間にか病気を忘れたが、天理教もすてた。
—————————————————————————————–
すばらしい方々が天理教から去って行かれたのですね。
信じてくださらなくても結構です。
私は今どこにも所属しておりません。
分派も何も関係ありません。
ですが、様々なご縁を今まで頂戴していたのは確かです。
そして何やら風がふいているようですね。
この台風一過のように。
そして想像していた通り、孫がそろそろ生まれそうです。
陣痛が始まりました。
そろそろ私も専業主婦にもどります。
連続した書き込み、失礼いたしました。
50代元信者 様
お孫さんの誕生が間近とのこと、おめでとうございます。
天理教とは何だったんでしょうね。大学まで併設しながら何の問題も解決できずに、信を失ってしまったことは悲しいの一語に尽きます。
周囲の方々と苦楽を共にされて、天理教という幻想に惑わされずに専業主婦にいそしまれることが何よりの幸せではないでしょうか。
私も、吹っ切れることが出来ました。
いろいろと勉強をさせて頂いたことに厚く御礼申し上げます。
両親が病没した後、上からの献金の催促等という理不尽な生活の中でも、裕福ではないにせよ、我々兄弟を育ててくれた遠縁の会長さんや奥さんに大変な御恩を感じていますが、本部や偉いさんには、横柄な匂いしか感じていませんでした。どこでどう道が曲がってしまったのか、浅薄な小生にはわかりませんが、皆さんに教えていただき勉強させていただきます。こういった掲示板を挙げて下さったカインさん、投稿者の皆さんに感謝いたします。
>なぜ効かないかを考えた場合、天理教内では「その人の信仰心が足らない」とか「日ゝの心遣いが良くない」などと言われ、おさづけした人を責める傾向がありますが、これは疑問です。
そもそも「おさずけ」というのは、一般信者が使いこなせるものなのでしょうか?
おさずけの名人がいたことも事実なんでしょうが、それはその人が、たまたまに「そういう力」を持っていた、ということであり、別席を9回聞いたからと、真柱様から渡されるおさづけに、本当にそれだけの効き目があるのか、疑わしいですね。
おさずけしても効かなければ、信仰心が足りないと言われるだけなら、「効きません」と言いにくいでしょう。効かなくても黙ってるのではないですか?そして、自分の信仰心が足りないと、引け目に思いながら、次第におさづけをすることが苦痛になってしまう。大多数の信者がそういう思いをしているのではないでしょうか?
末端教会子弟様の仰る通り、本部の無責任、ということでしょう。
>そもそも「おさずけ」というのは、一般信者が使いこなせるものなのでしょうか?
そもそも天理教が憩いの家を造ったときに、「おさずけ」はもう効きませんと宣言したようなもの。おさづけで病気がよくなるなら、医者は全員治療行為を止めておさづけしているでしょう。運転免許を持ってたらだれでも車を運転できる。それが使いこなすということ。そうでなければその免許は全くの偽物です。運転の名人というなら、その上でとりわけ上手な運転ができる人でなければなりません。うまく行くときは信仰がある、うまく行かないときは信仰が無いというのは、教会本部の都合のいい屁理屈です。まともに受け取る必要は全く無い。
無名様
医者薬は修理肥だそうです。二つが上手に絡み合っていくべきだと思います。
講演を最後まで聞いたら驚かれると思います。
50代信者様
芹沢光次郎の作品も読ませていただきます。ありがとうございます。教養深い文章で、格調高い時間をいただきました。お子さんのフォローに追われておられるのでしょうか。御多幸をお祈り申し上げます。
芹沢光治良さんでしたね。書き間違えました。すみませんでした。
匿名です 。
お前は誰や・・・?
ここは天理教の社会的な問題点を話す場所だよ。
ここはここは心の内を話す場所で、メールやチャットではない。
初心者ぶって書き込んでいるが、意図を持った確信犯と思える。
結構、天理教な、いい大人だろう。
初心者が、こんな書き込みをする筈がない。
初心者で、こんな事を言う奴、見た事もないし、聞いた事もない。
匿名です。
素性を明かす以外の返信、回答はいらない。
匿名です 様
まだ質問の答えをもらってないですよ。
>匿名です様が「おさづけで病気を静めること」と、天理教を批判・否定する書き込みに対して「天理教のお題目や建前を唱えて反論すること」に、全く関連性が見えないのですがどうしてでしょう?
天理教を批判・否定する人がいると、匿名です様のする「おさづけ」に影響するのですか?
後日回答するというから待ってたのに答えがない。
それどころか、今度は「無名様」に対して同じことを繰り返す。
いいかげんに止めてくれませんかね、そういう人の気持ちを考えない行動は。
確かに、「おさづけが効けば信心が深い、効かなければ信心が足りない」、この本部や上級などの「お諭し?」は、「今、信者が教団から頂いているおさずけが、まじないレベルのものである」、と証明してますね。
昔、教祖、本席、上田ナライト様から直接に渡された「おさづけ」は、それだけの値打のある、神様のご守護の頂けるものであったのでしょうが、上田ナライト様から、中山家に無理におさずけ受訓者が移されてからは、「おさづけ」は名前だけのものになってしまってるように思われます。
本部も、効けば信心がある、効かねばその逆、としか言いようが無い。おさづけを渡す役目が中山家に移り、本部が権力を握ったはいいが、しかし、おさづけに神様の守護は殆ど現われない。本部も、どう指導していいか解らない、そう言うしかない、そうやって誤魔化すしか仕方がない、というところでしょうね。
すみません。答えたつもりでした。今人間の意思というのを読んでいます。仕事もありますのでまた後日。
人間の運命もみつけたいと思います。
匿名です 様
答えてもらってないですよ。
1.>匿名です様が「おさづけで病気を静めること」と、天理教を批判・否定する書き込みに対して「天理教のお題目や建前を唱えて反論すること」に、全く関連性が見えないのですがどうしてでしょう?
2.天理教を批判・否定する人がいると、匿名です様のする「おさづけ」に影響するのですか?
>御題目は実質を伴わない主張ということですが、実質が伴う主張になるように努力していこうと思います。
>心を双方定めて信仰が高まった状態でおさづけを受ける必要があると思います。
関連性について何も言及してませんよね?
文脈からして「心を双方定めて」の双方は、天理教を批判・否定する人のことじゃないですよね?
また後日ですか。後日でもいいですけど、他の人への書き込みよりこちらの答えを優先してください。
そうじゃないと、いつまでも「匿名ですさ=工作員疑惑」が晴れません。
末端教会師弟様
双方というのはおさづけをする側の方、おさづけを受ける側の方です。
ふたりのこ々ろををさめいよ なにかのことをもあらはれる とは、おさづけをする側、受ける側の二人でしょうか?
それから芹沢光治良の「神の慈愛」にありました。
その午後、存命のみきが来られるなり、
ーご苦労さんやったな。ようできました。親神さんもよろこんでいなさるやろう。最後に鉋(かんな)をかけるつもりで、ようく初めから筆を加えてから、はよう出版社にわたしなはれ・・・こんな本、出してくれるかなんて、先案じはいらんで、ほんまに、あんたは臆病やが、親神さんが先廻りして、働きますからなあ・・・と、優しく言った。と10ページに書かれてます。
9ページ~10ページに書かれてます。
教祖がこの掲示板もチェックしておられるように思えてきました。
匿名です 様
>双方というのはおさづけをする側の方、おさづけを受ける側の方です。
そういうことなら、尚更、天理教を批判・否定する人とは関係ないですね。
それなのに、匿名です様が執拗に天理教批判する人に「反対の立場で書き込みをする」のはどうしてでしょう?
>ふたりのこ々ろををさめいよ なにかのことをもあらはれる とは、おさづけをする側、受ける側の二人でしょうか?
私個人の解釈は、「おさづけに関する事ではない」と思ってます。
効果があるかどうかも不明なおさづけで、効果が無かったら「ふたりの心がおさまってないからだ」という言い訳に使われそうですからね。
それに、「片方でも心がおさまっていないから効果がない」なら、人助けもおさづけも意味はないですね。
上記に返答は要りませんで、「匿名です様の行動の関連性」と「批判する人の存在が匿名です様のおさづけに影響するのかどうか」の2点にお答えください。
末端教会師弟様
1に関して詳しい自分の中に生じた思いの状況を述べることは出来ません。述べることで塩をぬりこまれたように感じるであろう人々がおられます。希望に影響を与えることになりかねません。
その根拠となる部分はこういう場で大きく書けることではないのです。
しかしその結論は双方の心を信仰心と諭しで満たしておさづけを受けることが必要ということです。
起承転結の承転を言えないと言ってるようなものです。起結で御理解をお願いしますというようなものですね。しかし書けないです。
2に関してはどちらかが、それらによって信仰心に疑いを持ち、心が定まらなくなれば、おさづけに必要な気が生じる状況を減らすのではないかと思います。おさづけに影響が出て、病を治めることができなくなることを恐れて反対意見を書き込んでいます。さづける方に迷いが生じれば、よくないと思います。受ける方も内省が必要だと思います。そもそもこの受けての真摯な内省がおさづけに大きく影響すると思います。
私みたいな弱輩者が大変失礼いたしました。
反・匿名です様
正体は末端信者です。ただ数十年前から道一条の方々の言葉の数々に触れ、天理の教えを鑑みながら、所属教会の皆様の教えや行動、本を通し、教祖の言葉、親神様への思いと共に生きてきました。
匿名様
おさづけはしっかり受け継がれているように思います。
匿名です様
>病を治めることができなくなることを恐れて反対意見を書き込んでいます。
あなたは、今迄そのような思いやりのある高尚な思いを持って、コメントを書き込まれていたのですね。
大変立派な方なのですね。
それでは匿名です様は、おさづけや病を治めることに関して、お供えやお礼は必要ないとお考えですか?
匿名ですさま
あなたのお返事はまるで、本部の推奨する「信者の見本」のようです。
>おさづけはしっかり受け継がれていると思います。
そうですか。しかし、それはあなたのご意見で、私はそうは思ってません、それだけです。
おさづけがしっかり受け継がれているなら、「おさづけが効かない」、という意見がなぜこうも投稿欄を賑わすのでしょう。ここは天理教の批判をする場所ではありますが、投稿者の方々は、皆、「事実に即して、真剣に思う事」を書いているものと思われます。それはその方の文章を読めば解ります。そして、匿名です様の文章からは、私は、残念ながら、そうした信憑性を感じられないのです。
匿名です。
「私みたいな弱輩者が大変失礼いたしました。」
弱輩者なら、人の話を咀嚼したらどうか。
本当に失礼な奴だ。
天理教の一番、嫌な部分を持ってる奴だ。
本当に根っから、嫌な天理教な奴だな。
返信も回答も要らないよ。
匿名です様
反・匿名です様は回答はいらないそうですが、他の方はいらないとは一言も言ってませんし、
それぞれ回答を待ってますので、是非よろしくお願いします。
すみません。今日は遅いのでまた後日にしたいです。
お供えは教会の方々が生きるために必要なものです。お供えは教祖の教えを人々に伝えるために御奉仕されてる皆さんの生活を支えるものです。
皆さんの能力は非常に高いです。その高い能力を天理に捧げておられます。
教養も霊的なものも、文章力の高さもコミュニケーション力の高さも頭もすごく良くて、人間力が高いです。
それは教会の中で様々な方々のもとで厳しく、慈しまれて育ったためです。
神殿でよく見かける光景として、見守る親の姿があります。手を出さず、その子を見守る親の姿があります。
子の模範となるように親も我を抑えて立派に生きてこられました。
世間で働けば高い能力を歯車の一つに納めなければいけないです。もともと高い霊的なものを持って指導的立場で命を受けてきておられるのに、経営のための資金をまわすための歯車になる必要があります。
高い理想を求めれば経営は逼迫してきます。もともとの正義心が「違う。」と自分のなかで囁きます。
生活のためと割りきって歯車になる これが働くということなのかもしれないです。
世間の矛盾もたいがい酷いものです。
私は教会は拠点のようなものなのかなと思ったりします。診療所のカウンセラーのような場所なのかなと思ってます。
皆さんは先生です。
そういうものなのかなと密かに思っています。
診療所のような、カウンセリングの場所のような と書こうとしました。
悩みよろづ相談所ということですね。悩みの話をながなが聞いていただけることも大切な行為です。
お礼についてはお金の価値観は人それぞれなので、人それぞれ違ってくると思います。
私は恥ずかしながらおさづけをとりついでいただいたお礼をお渡ししてなかったです。その日にお供えをしてたので、それでいいかなと考えてしまいました。
匿名です さま
現行天理教がそんなに立派ですか?
ある教会のお話をしましょう。これを書くことによって私の身元が分かってしまうかもしれません。それでもいいのです。
経済がバブル期の出来事でした。
都心部の一等地にあった教会が、郊外に移転建築することになりました。当然、「お運び」と「お許し」が付いて回ることになりますよね。その結果、教団本部は売却する不動産の価格は勿論、移転費用、新たに神殿等を建築する費用などすべてを把握してしまいます。
そこで、教団本部は「しめしめ」と思うわけです。収入と支出の差額がこれだけあるか、大教会長を通じて差額全額のお供えを要求してくるのかと思ったら、とんでもない、それ以上の額を要求してきたのです。
では、支出の不足額はどうすればいいのかといえば、その分は、信者たちにせっせと真実のお供えをさせよとの有り難いご宣託でした。
このような詳しいいきさつを知らない部下教会やその信者たち、直接の信者たちは、1千万円を超える不足分をお供えという形で穴埋めする羽目になってしまったのですよ。プラスの差額分をお供えせよというならまだしも、マイナスになることを要求してきたのですよ。こんなバカな話がありますか。その結果は、みじめな状態になっているのですよ。
匿名ですさん。よく考えてください。教団本部は1千万坪を超える不動産を所有しているのですよ。これが教祖の望まれた姿ですか。胸に手を当てて思案してください。
匿名A様
読ませて頂いて驚きましたが、”や〇ざ”と同じ、いや、”や〇ざ”なら、不足分まで集めさすようなことはするまい、と思います。その点は”や〇ざ”の方が、常識はあるのじゃなでしょうか?お供えという名目で、無尽蔵に金を集めることができる、という、その感覚は、もう理解し難い。
宗教、間違った宗教というものは、人間をどんどん異常にさせていくものなのかもしれませんね。本当に怖い、と思います。その人たちは、悪以外の何者でもありませんよ。もう、そんなことさえあるような状態なのであれば、離れる方が無難だと、つくづく思います。
匿名A様
それは知りませんでした。金額が足りないから無理と伝えるのはいけなかったのでしょうね。
やくざを甘く見ないでください。
教会の不文律というものを、私は理解してないように自分で思います。
2016年10月9日 10:27 AM 匿名 様
早速のご返信ありがとうございます。
>みじめな状態になっているのですよ。
といいますのは、結果的に神殿の建築費を削らざるを得ず、粗末な神殿になってしまい、神床は傾き、雨漏りはする、壁は剥げ落ちると散々の状態なのです。
不足分を借り入れすれば、高金利の時代ですから、返済額は住宅ローンの適用は受けられないので、結果的に借入額の倍近くになったことでしょう。そのような危険を背負い込むほどの勇気は誰にもなかったと思うのです。
神様がお鎮まり下さる場所をこのような状態にしたのは、他ならぬ教団本部です。結果的に神様を粗末な扱いにした張本人ですよね。
仰る通り、この教団には近づかないことが肝要です。未信者の皆さんも用心してくださいね。
匿名です 様
ご返信ありがとうございます。
少しはご理解いただけたようでホッとした気持ちです。
教祖の教えと教団の在り方とは、分けています。ただ、未だに真の教祖の教えの心理が見えてきません。教団は隠しているのです。
匿名A様
雨漏りのする壁のはげた床の傾いた神殿を心の拠り所にしている信者さんはおられると思います。
匿名A様
おさづけで人々を助けてほしいということじゃないんですか?
匿名A様
衝撃的な内容に驚きました。一千万坪を超える不動産をもってながら、なおもお金が欲しい。これでは教団本部は物欲の塊、金の亡者ではないですか。むしろ有り余る不動産を売って、私たち信者たちに還元し、その暮らしを楽にすべきではないでしょうか。
「うまく行くときは信仰のおかげ、うまく行かないときは信仰が足りないから」と私は以前に書いたのですが、それは単純に「おさずけ」問題の件でした。私の関係する教会は都心から遠い田舎にあります。信者も高齢化で減る一方なので現状維持が精いっぱい、移転普請という話は絶えて出ないのですが、本当にこれは恐ろしい話です。教団本部は、信者のお金を何だと思っているのだろうか。
「おさずけ」でもそうです。会長の科白は、「うまく行くときは信仰のおかげ、だから(神様へのお礼として)もっとお供えをせよ」、「うまく行かないときは信仰が足りないから、だから(神様へのお願いとして)もっとお供えせよ」。結局、お供え・お供え、金・金・金です。たすかりたいという切なる思いをお金の問題にすりかえてしまう、本当に恐るべき教団教理。信者の顔がお札の肖像画のように見えるのだろうか。信者もそろそろ教団教理のマインドコントロールから目を覚ますべきです。いや、もう覚ましつつありますよ。「天理教社会学研究所」で紹介されているように、天理教の教勢激減の統計数値がそれを示しています。教会本部は猛反省せよ。
先人が心を尽くして守って来られた神殿を守りたい。
無名 様
早速のご返信ありがとうございます。
天理までは遠いのと、年齢のせいもあって、私は年に3度天理を訪れます。教祖の墓地に参拝(三殿は参拝しません)と天理大学を卒業した知人に会うためです。
教団は本部周辺にだけ不動産を所有しているわけではありません。ある時、二人で奈良市内を歩きました。知人が、公園内の建物の一角を指さして、この土地建物も教団のものだと説明を受けました。
本部周辺の山々も教団名義のものが多くあるようです。山の手入れが行き届かず、周辺の住民が迷惑を被っているとも聞きました。(教団内に山の手入れが出来る専門家が居ないのが実情)
三代真柱は、不動産屋が顔負けするほどに不動産に執着されたのでしょう。教祖百年祭の前年の教団予算が500億円を超えていたことからも想像がつくというものです。
元一日を忘れるな、とか、縦の布教の充実などといわれても、素直に「そうです」とはいえません。言葉の使い分けをしてほしくありませんね。
本部の皆さん頑張っておられると思います。
匿名A様
教会本部の方も参拝していただけませんか。
>みじめな状態になっているのですよ。といいますのは、結果的に神殿の建築費を削らざるを得ず、粗末な神殿になってしまい、神床は傾き、雨漏りはする、壁は剥げ落ちると散々の状態なのです。
この点は、どの末端教会も状況は同じです。私のところの教会も勢いがあった時期に建てた木造の建物ですが、やはり雨漏りはするし床もガタガタで、かなり痛んでいます。修理するにも数百万はかかります。しかも、それに加えて、上級に願書を出して相応のお供えも包まねばならないとのこと。数少ない高齢信者だけでは、そんな費用やお供えなど出せるわけがありません。天理教は、親心が大切だと連呼するのなら、こういうボロボロの末端教会の修理費用を負担してあげるのが、本当の親心ではないですか。本部員による今の修理巡教は、各教会にとってはお供え集めのハッパをかける端迷惑な行事になってしまっているが、修理というからには本来、こういう教会の修理をこそ文字通りしてあげるべきだろう。
お願いいたします。
匿名です 様
結局、のらりくらりでまともに答えてくれないんですねぇ。
更にはツッコミどころ満載の返信に驚きですよ。
>述べることで塩をぬりこまれたように感じるであろう人々がおられます。希望に影響を与えることになりかねません。
他の人の書き込みで「匿名です様の書き込みで、古傷をえぐられ傷ついている」と言っている人がいるのに、その人の痛みは無視で、影響があるかどうかも分からない人に対する気遣いを優先させるのですね。
>おさづけに影響が出て、病を治めることができなくなることを恐れて反対意見を書き込んでいます。
つまり、「匿名です様がおさづけするのに、自分の信念が揺らいで効果が出なくなると困るから、批判・否定する人に対して消してまわってる」という訳ですね?なんと「自己中心的なたすけ方」なんでしょう。
>正体は末端信者です。ただ数十年前から道一条の方々の言葉の数々に触れ、天理の教えを鑑みながら、所属教会の皆様の教えや行動、本を通し、教祖の言葉、親神様への思いと共に生きてきました。
この設定は無理がありますね。腹の底から笑ってしまいました。
天理教の事を全く知らない「信者」ならともかく、数十年も天理教に触れ勉強されてきて「お題目」と「教団組織」に対する認識がそれでは・・・。
そんな純粋培養のような信仰をしてるというのは、どこの系列・教会なんでしょうか?
と訊いても、個人情報が~とかで答えてもらえないのでしょうが。
古い教会長様の言うように、あらし行為でこの掲示板に書き込みをさせまいとする工作員なんですね。
>三代真柱は、不動産屋が顔負けするほどに不動産に執着されたのでしょう。教祖百年祭の前年の教団予算が500億円を超えていたことからも想像がつくというものです。
何が「貧に落ち切れ」じゃ! 腹が立って胸がムカムカしてきました。100年祭で、末端信者のうちは、上級会長から、お供えせよと言われ、100万取られたのだ!まるで、高利貸しに、貯めたお金を無理やり持って行かれるようだったな、そう言えば・・。
金があるところに、にこやかな顔で、平然と寄ってくる、ドあつかましさ!神様にお供えして、それであなた達が助かるのですよ、という上からの、教団屁理屈教理で、平然としているのだから恐れ入る。
本部の方達、天理上層部の方々、どうか、ご自分達が、貧に落ち切って、信者に「範」を示してから、「貧に落ち切れ」って言って下さいませね。
匿名A 様
>ただ、未だに真の教祖の教えの心理が見えてきません。教団は隠しているのです。
「みかぐらうたは理の歌」であり「理が神」ですから「みかぐらうたが神」です。
教団が隠している事実や教えがあるのも事実でしょうが、「みかぐらうた」の意味を解釈するのが「教祖様の教え」に近づく第一歩だと思います。
石上神社から山辺の道へ入ってしばらく歩くと、竹やぶが繁っています。
手入れもされず、竹が密に生い茂り、道路に竹が覆いかぶさっています。
朽ち果てた囲いの横に、「勝手にタケノコを採るな 天理教教会本部」という立て看板・・・
それを見た時、悲しくて恥ずかしくて情けなくて。
でも、こんなところまで土地を持っているのか、という驚きと強欲さに呆れました。
そしてやはり最後は怒りしかありませんでした。
末端教会師弟様
そういう状況があります。あるんですよ・・・。本当に・・・。信仰の深まりカーブははじめはゆっくりで、徐々に急になってきたというものです。丁寧に指摘してくださり、ありがとうございます。大変分かりやすいです。行間を読まなくていいのが助かります。
心に天理はずっとありましたが、子供おぢば帰りを通してまた御縁をいただいた次第です。
さっちん様の投稿も驚きですが。なんだか大変ですね。
皆さんの状況を知りました。
ちょっとやることが沢山あってすみませんがこのあたりで失礼します。すみません。
無名 様
仰る通りですね。
本当に、お運びとお許しとは何なんでしょうね。行政の手続きでも簡素化されています。何故、天理教はそれができないのでしょう。
把握したいのであれば、完成届(パソコン又は書面による届出で十分)の提出を受けて、真柱から「よくやったね」の一言に添えて金一封でもあれば、その方がよほど喜べるのかもしれません。(夢のまた夢の出来事)
教団は、関西風にいいますと、ジェニ・ジェニ・ジェニの世界ですね。言っていることと、やっていることが180度の正反対の世界です。
>把握したいのであれば、完成届(パソコン又は書面による届出で十分)の提出を受けて、
欲深い教団ですから、「完成届」 など信用できないのじゃないでしょうか。徹底的に、細かく資産状況を把握して、そして取れるだけ自分達の方に取る算段をする、そのためのお運び、お許しなんでしょう。
人間の善の部分を涵養してくれる筈の宗教組織で、これ程、人間の強欲さが露骨に現われていることを、本当に不思議に思います。普通の一般の人の想像できる範疇を超える悪を、宗教教団が行っている、ということに驚き、呆れる思いです。
本部もここの人もどっちもどっち。
言い分はあるにせよ人の責め方がいやらしい。
やってることが嫌な上級の責め方と同じ。
こそこそとパソコンとにらめっこして、顔の見えないのをいいことに好き放題いうのは簡単。
教団は嫌でも教えを信じて信仰してますっていう感じも嘘でしょ。世のため人のためになんかすることよりもここに書き込むことにご執心になっちゃってんじゃないの。
そんな姿が容易に想像できて気持ち悪い。
やめりゃいいんだよ。嫌なら。
びっくりするほど気持ち悪い。
無能な本部の役人さんに感じた気持ち悪さとおんなじもんを感じる。
どっちもどっち 様
あなたがどう感じようと構いません。私はここに書き込むことは、意味があると思っているから書き込んでおります。
末端教会子弟さまが、2016年10月1日 5:17 PM (記事以外のコメント)で書かれていた、その言葉を、もう一度ここに載せさせて頂きます。これ以上申し上げることは無いので。
>【そうすることが、「天理教によって被害を受けた人」の拡大を防ぎ、「本人が気がつかずに騙されている人」を啓蒙し、「自分が気がつかずに騙してる人」に気づかせ、「意図的に騙している人」を追い詰めることになると信じるからです。
>中には組織の間違いに気づき、改善や改革をしたいと思って忸怩たる思いで過ごしてる人もいると信じます。こういうネットの掲示板は、そういう人たちの情報交換の場であり、一人では何も出来ないでいる人の心の支えの場でもあります。私自身、こういう場で自分の考えを整理し、「同じ思いでいる人がいるのだ」と実感し力強く思っています。
>貴方のご意見は、こういう場を否定し書き込む人を非難することになります。
それは結局、「天理教組織」の存続に力を貸すのと同じ事になりかねないのですよ。】
天理教から離れれば、それで済むことではありますが、やはり被害者が一人でも減って欲しい、と思ってるから書き込んでいる訳で・・。 そう思って、投稿されてる方は、たくさんおられるのではないでしょうか。
高校の時に半年くらい必要な時以外は誰ともしゃべらない時があったんですが、学生時代に天理にふれる中で性格が変わっていったんですよ。
皆さんからしたら、あんぐり・・という状況でしょうね。
子供からも「言わない方がいいよ。」と言われるけど、天理らしさが性格を開いていったんですよね。
おさづけの重要性とすごさに気がついたのはここ数年なんですけどね。
天理の良さってありますよね?あれで救われてる人々もいます。
壊したらせっかくの天理がなくなってしまう。コミュニケーションを学ぶ場所でもあるんですよね。
おさづけで助けることが大切なんですけどね。
一般社会でも同様ですが、汚れた組織であっても、教会は人間生活に係わる場所でもあった訳です。
どのような動機であれ、信者のみなさんや教団関係者の方々にお世話になった事は事実です。問題点を意識化して浄化してゆく事は、恩返しの一環だと感じるのです。腐っていても腐り切ってはいないと感じるからこその皆さんの投稿なのでしょう。
広域暴力団の掲示板なら、親分が悪いから皆でカタギになろうぜ!で終了するはずですが、今後も細々ながらも、神への感謝の拝と勤めを続け、少しでも自他供の健康長寿と家の繁栄のご守護を賜ろうと思うからこその、本部人事を含む上層部への意見表明でもある訳です。
ここのサイトは他の掲示板と違って、単に、献金をもらう側と出す側の対立闘争ではなく、改革変革を望んでも、根こそぎの撲滅を望んでおられる方は少ないように見受けられます。
前の投稿で書いた事だけではないですね。ちょっと、あまりにきれいごとを書いてしまいましたが。正直なことを言えば、不平、不満、悪口、いっぱい「お供え掲示板」で書き込んで来ましたけどね。でも、それはそれで、発散も出来たし、自分だけが不満に思っていることではない、と解りましたし、今後の方向性も見えて来ました。つまり、天理教組織の中で、一生、心に染まないことに、人生を費すべきではない、ということが。
投稿もし、他の投稿者の方々の意見も読んで来たからこそ、解って来たことで、私にとっては充分貴重な意味があったことです。ここの投稿覧が、他の方にとっても、それぞれ意味のあることだと、信じております。
どっちもどっち様
あなたは一見、客観公平の立場に立っているようですが、単に高見の見物をしているだけの卑怯な人間です。いじめの場面では、いじめる方もいじめられる方も、どっちもどっちだと言ってるのは、いじめる側に加担していることになるんですよ。組織ぐるみのいじめの怖さもそこにあります。離れる人はもうとっくに天理教から離れた。ここに書いている人たちは、ただ、今まで出したくても出せなかった声をあげているだけです。いつか自信をつけて実際の場面でも必ず声をあげていくでしょう。批判的意見を言うと不足するなと意見を封じられ、まじめな人ほど自分を責めて鬱病になる、世にもまれな抑圧的な組織が天理教です。
匿名です様
貴方の仰ってる事が本当なら余程すばらしい教会で良い会長様をお持ちなんですね
ならば私もお会いしたいです
どうか
教会名を教えて下さい
どっちもどっち様へ
>やめりゃいいんだよ。嫌なら。
>びっくりするほど気持ち悪い。
>無能な本部の役人さんに感じた気持ち悪さとおんなじもんを感じる。
この言葉、そっくりあなたにお返しします。
続けての投稿お許し下さい
匿名です様の
【天理】という言い方が気になってますが、普通は天理教とかおやさまとかいいませんか?
天理とは天理市の事を指しておられるのか、本部のことを言っておられるのでしょうか
天理市なら無くなることもないと思いますけど
教会がご自分の癒やしの場所である事 よくわかりました
何故か
会話も成立していない
ご自分の投稿をよく読み返していただきたいものです
偉そうにすみません
匿名3様
個人情報は出さない主義です。すみません。
匿名3様
末端教会長様が天理教という言葉を使うことが心の琴線に触れるという旨のことをおっしゃってましたので。
天理は天の理(宇宙の真理的な意味で)のことを表現したり、天理教のことだったりです。
話題がずれることに関してですが、以前匿名様が表現されてました。深い感情変化から逃げる旨のことを。それかもしれないですね。話題をそらして別の視点からの話題に変えたりします。逃げの一種なんでしょうね。
あと会話の流れを読めないのは馬鹿だからなんですが。
そしてさっちん様はじめ皆様がすごく怒っておられる状況も完全にではないですがわかります。
匿名です様
あなたは馬鹿ではないと思いますけどね。私には書けない、難しいことも書いてたりしてますよ。
私は、すごく怒ってませんので、ご心配なく。只、ちゃんとした文章も書ける方だと思うのに、わざとのように、はづしてたり、はぐらかしたり、してるように思えるのですが、とにかく、これだけ皆様から、あれやこれや言われながら、それでもしぶとく書き込んでおられる、その意図は何なのか、はっきりしろ~~!と言いたいですね。やっぱり、本部の刺客?
>そしてさっちん様はじめ皆様がすごく怒っておられる状況も完全にではないですがわかります。
匿名です様へ
あなたがしていることはこういうことだからですよ。
丁寧な敬語を使いながら、
教団内での様々な矛盾に深く傷ついている方々が書き込む側から、
透かさず次の行で、「この教団は素晴らしい。頭が下がります」などと
平気で謳えることが出来る。
教団内での様々な矛盾に深く傷ついている方々が書き込む側から、
綺麗な言葉で覆いながら詭弁を用いてその傷ついているコメント者の言葉を貶める。
核心を突いた、考えさせられるコメントの後に、あたかも、そのコメントの印象を消すかのように
間の抜けた思いつきのような一言コメントを、何行にも分けて投稿する。
真剣な前者のコメントを舐めた行為ではないでしょうか。
矛盾を追及されても、質問をされても、差し支えのないことは、スラスラと
すぐに答えるが、核心を突くような肝心の質問や、教団にとって都合の悪い質問は、
のらりくらりと余計な空想や思い付きを入り混ぜながら、はぐらかしたり、
結局内容のない答えしかしない。
こういった無意識のズルさは、他人にはすぐわかってしまうものです。
自分で自覚が出来ないのは抑圧しているものがあるからです。
皆さんの事を考えてる。心配してる。など、言葉では立派なことを言っていても、
実は自分の事しか考えてない、見えてないのが透けているのです。
「馬鹿だから」、などと逃げないで下さい。
馬鹿な人は、こんな風な知恵は回りません。
寧ろ、ポーズに囚われず、教団マニュアルに頼らずに、
一人の人間として心から人に共感することや傷付いた人に寄り添う、本物の心を育てて下さい。
匿名です 様
>そういう状況があります。あるんですよ・・・。本当に・・・。
根拠も理由も説明せずに「信じろ」と言われてもねぇ・・・。
匿名です様が「自分のお助けの為に否定する書き込みに反論し続ける」というなら、仕方ない。
で、その行動が「ひながた」に沿ってるのでしょうか?
「教祖様の教えてくれた人助け」の仕方なんでしょうか?
今の天理教の「おさづけ」が、教祖様の与えてくれた力であり、人助けの方法だと言うのでしょうか?
「みかぐらうた」を読んで意味を考えてますか?
まともな答えは頂けないでしょうが一応投げかけます。
さっちん様
竹を割ったような性格でいらっしゃってさばさば感がおありです。正義感がお強い方なんだろうなと思っています。
いろいろフォローしてくださったりしてありがとうございます。
意図は「おさづけで人助けを。」ということです。
後、昔ながらの大家族促進を狙ってます。祖父母が孫と接すること、これが昔ながらの日本だと思います。
孫も家に帰って誰かがいるとほっとできます。天理っぽいことです。
あたたかい日本であってほしいです。
本部に申し訳ないです。私が工作員って、もしそうなら本部の人手不足にもほどがありますよ。「他にできるやつはおらんのかい」問題発生です。皆さんもっと優秀なはずです。
おさづけで病気を治す、静める、予防する。これを狙っています。これが意図です。
ひきこもりさんを天理でコミュニケーションの力を育てる、これも狙ってます。
災害を天理でできる範囲で助けにいく、これも狙ってます。
そういう訳です。
「匿名です 」のコメント
「お供えは教会の方々が生きるために必要なものです。お供えは教祖の教えを人々に伝えるために御奉仕されてる皆さんの生活を支えるものです。」
末端の教会は自分の稼ぎの中からお供えをしている。信者さんのお供えで生きているのではない。上級に持って行かなければさえ、豊かに生きられる。本部の人間も自分の生きる糧は自分で稼げ。家業第一だ。
お供えをアテにするな。
「匿名です 」のコメント
「本部の皆さん頑張っておられると思います。」
「教会本部の方も参拝していただけませんか。」
完全に本部だな。お前は大亮か。
一読者B様
マニュアルとかあるのかないのか知らないですが、工作員ではありません。
またはぐらかしとして書いているわけではありません。あなたはそういう環境におられるのに、いまいち人を掴みきれていないと思います。
するどい分析をなさいます。しかし大変失礼ながら教科書からぬけだせていないのではないかと思うことがあります。
天理のことについてもそばにいながら深く関わりを持たれなかったのではないでしょうか?
これは推測が入っていることを根拠なく並べ立てました。
するどい分析で、私自身もそうかもしれないと何度も思い、内省をさせていただくきっかけを作っていただいてます。
ありがとうございます。
複雑な言い回しや、回りくどい人ほど、
言いたいことは簡単です。
自分をほめて欲しい、自分を助けて欲しいという、
そういう欲求が、
くどくどしゃべる癖をつけるのです。
おさづけがきいて、一時的に痛みが引いた、
天理ありがたい!が、信仰ではなくて、
病気が治ることより、
親神の神意をさとることが重要で、
信仰にも叡智が大切ですよね。
(叡智:すぐれた知恵、深い知性、真理を捉えることのできる能力)
匿名ですさんは、
素直になるのがそれほど難しいのですかね。
だけど、ここに真剣に書き込んでる方々へなにか、
恨みか怨恨かよくわからない影響を与えたいんでしょうね
情熱をぶつける場所が、天理教本部やおさづけにあると思いたいのでしょうね。
でも、この人の心をたてなおすのが、
神の望みですよね。
反匿名です様
畏れ多いことをおっしゃらないでください。
本部の人間ではないです。神殿によく行きます。その時に本部の方々が頑張っておられるのを頑張ってるといってます。
「反・匿名です 」さんの一言を確認しようと、ズ~と読み返してみました。「匿名です」が大亮君だったら、とても合点がいくのです。
彼が言っていると思って読んでみて下さい。納得いきますよ。
もしそうだったら、いいことですね。情報が垣根を越えて広がっているのですから。
こういう意見を耳に入れておく事はいいことです。もし、当たっていても、無視をして書き込み続けて下さいよ。
平成とは、正に世の中が「ろっくのぢ」になる意味です。ネットという網が国境や宗教や人種や立場を超えて広がっているように思います。
見るに耐えない感じになってるんで、一つ横槍入れてみます。
コイツは多分工作員でも上層部でもなんでもなくて、本当に天理教に心酔し切って思考能力を失ったただのうんこ野郎ですよ。
しかしまぁこうも空気読めない感が究極なので、現実世界でもコミュニケーション能力は皆無なのは見るも明らかでしょう。
そうやって生き辛そうにしている人間を甘い囁きで宗教が取り込んだんでしょう。
ただコイツは特別に絡みづらさが極限なんでその閉鎖的な傷の舐め合い洗脳コミュニティとも満足できるようなコミュニケーションが取れていないのでしょうね。
まぁね、典型的なネット依存にありがちなパターンでしょ。
ネットなら是非を問わず相手をしてくれる人がいる。
結局は肯定、否定どちらでも構わないんでしょうね。ただ返事が来るから自分が存在している実感が保てる、そういう感覚ですよ。
そういう人達の傷の舐め合いの集まりの場が世に言うネット掲示板という交流の場ですよ。
天理教にどっぷりの人間は閉鎖的空間で存在価値を確認しあって自分が存在していることを承認されている満足感を得ていますから、個々人が外に訴えかける必要はあまりないんでしょう。
(組織なんて関係なくて今さえ良くば、我さえ良くばです。
口では上手いこと言っても行動が伴っていないですしね。)
このうんこキチガイ野郎はこの建設的な意見を交換する場、孤独に悩まれていらっしゃる方々がお互いを支え合い力を手に入れる場において、さもアホみたいに天理教の素晴らしさを理論もクソもなくバカな情熱だけで撒き散らして反感を買って自分の存在を認識しているただのドM変態オナニー野郎っちゅーことですよ。
賛否どっちでも、こっちが反応すると頭に乗る。
どのような意見をほざこうが無視が一番よろしいかと。
そもそも一生懸命戦おうとしている皆様に対して自己中極まりないアホで無自覚な暴論でのらりくらり。
こんなヤツの相手をするだけ無駄ですよ。
有益な議論に水を差されているのは明確ですが、一つ有益かなと思うのは天理教人の典型的な姿が暴かれて結局はコイツの個人的な満足感のためだけに天理教人の全ての人間が株を下げてるってことですね。
結局は理論で対峙することはできないバカばっかりなんでしょうね。
で、その反論もただの感情論でしか帰ってこない。
議論にならない時点でまた株を下げる。
ありがとうございますってな感じです。
丸裸にすることにメリットがあるならとことん追及するべきかと思いますが、もう無益なら管理人さんにお願いして議論に水を差す迷惑投稿をする方なのでということで削除依頼するべきかなと思います。
なによりバカには無視です。
同じ土俵に上がるだけ無駄ですね。
同じ土俵にわざわざ上がって丸裸にして晒すのも一つですが。
http://inochinonakigoe.grupo.jp
>なによりバカには無視です。
>同じ土俵に上がるだけ無駄ですね。
>同じ土俵にわざわざ上がって丸裸にして晒すのも一つですが。
無視しかなさそうですね。
矛盾を突いて仲間を引っ張り出そうと思ったのですが(「どっちもどっち」とか、一人二人出てきたかな?)、余りにも非論理的で議論も話し合いもできないので、こちらとしては全く得るものがありません。
匿名です様の書き込みに気を悪くされる方も多いと思いますが、ネットの書き込みは「自由」ですから制止出来ませんし、後は管理人さんの判断にお任せしましょう。
戦前の日本人は、神道仏教風土の上に、魂と神の存在を信じた人達だった筈だが、敗戦以降は見えないものは信じないという風潮が蔓延しているのは、コミュンテルンやGHQなどの外来帝国主義のみならず、宗教事大主義へ敗北してしまった日本人の姿そのままであるように感じるのだが。
国家神道の配下に教祖が迫害されたからと言って、この世治める筈の天理教の指導者達がそれを論じず、中山家ご一統さんの顔色ばかりをうかがう拝金主義宗教家が廻りを固めてしまったからなのか。
心の道と現象の関係も説けず、誠の心も説けず、健康長寿と家の繁栄の雛形も残せず、先々からの教理に対する質問にも答えられず。中山家は中山マンセー教か中山筋肉教でも作りたかったのか?そんなお地場を顕すために教祖はご苦労されたのか?
皆さんすみません。途中で申し訳ありませんでした。
畏れ多くも大亮様ではありません。
末端教会師弟様
返事として投稿した分が接続が他の人と重なってうまくつながらなかったのか、投稿になってなかったようです。
今日は仕事なのでまた休みの日に投稿します。
「畏れ多くも大亮様」って、畏れ多いのですかね。変です。
大亮君が凄いとか偉いとか言って居るのではなく。彼は、単に天理貴族の家庭に生まれた青年で、立場上、人が作成した文章を読んでいるだけです。本当の意味での天理教の歴史も教理も勉強する場所がないと思う。
だから「匿名です」も「大亮君」も同じレベルで、「どっちもどっち」ではないかと思う。
もし、仮に彼になにか強い思いがあるのなら、ブログなりを作成して、自分の生き方や考え方を通してお道の教えを発信してけばいいでしょう。相当な「にほいがけ」になりますよ。そして、ネットで若い人たちと直に触れ合って本音を引き出したらどうですか。
2016年10月9日 5:53 PMどっちもどっち 様
あなたは、天理教教団の実態をご存知ですか。
一例として「お運び」の実際を書きます。
事前準備の煩わしさは省きます。26日の祭典終了後に教祖殿に集まる。大教会長以下、当教会長、その部内教会長、当教会の役員一同が羽織袴若しくはおつとめ着を着用する。履物も白鼻緒の下駄履きでなければならない。
待つこと2時間余、御用場へ進むように声があり、一同は額を畳に擦り付けるように平伏すると、真柱から「許す」という有り難い?お言葉を賜り、直ちに退出する。
正に、大名たちが将軍に拝謁する映画画面にそっくりだ。
後は、お分かりだろうが分厚い金封を納めて、親神様・教祖様・祖霊様に拝して終わる。
神殿の壁を塗り替えるだけで、このような煩雑な手続きが必要なのですよ。
あなたは「どっちもどっち」と仰いますが、今時、遠く天理まで行かなくてはならない、このような非能率なことをしている組織がありますか。
中山家の権威を見せつけ、金集めの為だけにある、このような組織には近づかないようにと訴えているだけですよ。
匿名A様のご投稿を読んで、胸に湧き上がって来た疑念があるのですが。
天理教組織は、宗教組織として改革することなどは、毛頭、頭には無いでしょうが、もしかして、万が一、天理教が続かなくても構わない、と思っているのではないでしょうか。それも見越して、ともかく資産を溜め込みたい、という意識しか無いのではないか、と思われるのですが。
本部は、全国の末端教会の不動産名義を、どれ位かは勿論解りませんが、相当の数、持っていることと思います。又、それ以外にも、あちこちに多数、不動産を持っているでしょう。
もし、お供えを上げてくれる信者がいなくなっても、本部名義の教会を、教会長を追い出し、そこを売り払って、充分生活していけます。多く所有している不動産を売って、あるいは、不動産を貸して家賃収入で、充分優雅に暮らしていけます。末端教会長がどうなろうが、本部は構わない、それが、隠された本部の本音なのではないでしょうか。
もし、この想像が当たっているとしたら、これ以上お供えを上げ続けることの馬鹿馬鹿しさを思わざるを得ません。
匿名です様
>マニュアルとかあるのかないのか知らないですが、工作員ではありません。
揚げが取れそうな言葉を見つけ、取り合えずその部分だけを答え、とぼけて逃げるのではなく、
文章全体を読み、言葉の綾や例えから、相手が何を言いおうとしているのか、何を表現しているのか、
その本質を理解する努力をしなければ、会話は成り立ちません。
こういったズルさが、相手をイライラさせるのです。
頭が悪いからではありません。そういうやり方に、性質(たち)の悪さ、いやらしさを感じさせるからです。
>あなたはそういう環境におられるのに、いまいち人を掴みきれていないと思います。
あなたは、人を判断する前に、自分自身のことを自分できちんと掴めるよう努力して下さい。
光も影も自分自身のことを理解できた分だけ、相手や相手の言葉を理解することができます。
>するどい分析をなさいます。しかし大変失礼ながら教科書からぬけだせていないのではないかと思うことがあります。
あなたの方が教団の教科書やマニュアル的思考に深く洗脳されて思考が偏ってしまっているのは、
投稿の言葉や内容だけで一目瞭然です。
>天理のことについてもそばにいながら深く関わりを持たれなかったのではないでしょうか?
深く関わっていたかどうかは、この会話に何か関係がありますか?
深く関わっていたら、自分にもっと共感し、理解してくれるはずだという意味でしょうか?
訂正
揚げが取れそうな言葉を見つけ、
↓
揚げ足が取れそうな言葉を見つけ、
罪を憎んで人を憎まず』
こちらの皆さんの言葉を読ませていただいて、
この言葉がずっと私の頭の中でこだましていました。
でもこの言葉の本当の意味を私は正確には知らない。
それで調べてみました。
「犯した罪は罪としてにくむべきものだが、
その罪を犯した人までもにくんではならない」(広辞苑)
『孔叢子』刑論にある孔子の言葉「古之聴訟者、悪其意、不悪其人(昔の裁判所では訴訟を取り裁くとき、罪人の心情は憎んだが人そのものは憎まなかったの意味)」から。
「憎む」は「悪む」とも書く。
聖書(ヨハネ福音書8章)にも「罪を憎んでも人を憎まず」という言葉があり、孔子の「罪を憎んで人を憎まず」と同じ意味と解釈される。
幸せのヒント 「人を憎まない」
『悪行や愚行は憎むが、個人的には敵対しない』 チェスターフィールド
『私は人を憎まずして、その欠点を憎む』 マルティアリス
『私たちが敵に憎しみを感じると、
むしろ自分自身が敵に支配されることになる』 デール・カーネギー
一時的に人の悪行や欠点を憎んでしまうのはしかたがない。
だが、いつまでも人を憎むのは、自分のためによくない。
『寛容になるためには、歳をとりさえすればよい。
人が過失を犯すのを見ると、
それは私もかつて犯した過失ばかりである』 ゲーテ
『われわれの親にも子にも友人にも欠点があれば、
われわれの憎み嫌う人にも特長がある』 新渡戸稲造
『私は自分に欠点があることをよく知っているから、
他の人の欠点をあげつらわないように心がけている』 ガンジー
孫2歳6か月がママの元に帰っていき、静かな時間、夫と二人で上記の格言を読んでいました。
二人が特に心に留まったのがゲーテの格言でした。
二人とも胸にせまり、涙があふれそうになります。
生きるというのは切ないことです。
でも切ないことを多く経験して、自分の愚かさに気付くたび、どんどん楽になって
寛容になっていく気がします。
以前、やなせたかしさんのお話をこちらに書かせていただいたことがありました。
正義の味方、みんなに愛されるアンパンマン。
でも子どもたちはバイキンマンも大好きなのです。子どもってすごいです。
やなせさんがバイキンマンを愛されキャラに仕立てているのもあるんですがね。
邪魔なものは排除する。
簡単なことですが、こわい行為ではないですか?
ある意味ファシズムのようで。
改革の勢いがつけば、反対勢力があらわれる。
当たり前の流れのように思いますけど。
人の人生でも、ジャンプアップする時は必ず邪魔が入りますものね。
のらりくらり回答を無視してくる行為、私も以前イラっとしましたが、
でもその方が工作員だとしたら、意外にやり手ですね。
こんなに皆さんの思いをかき乱しているのですから。
天理教が金集めの宗教ではなく、人の心を救える宗教であってほしいと切に願います。
母や親族のためにも。
「あなたは離れたからそんな風に達観できるのよ」そういう言葉が聞こえてきそうですが、
ちょっと前まで私にも憎み苦しみ抜いた時期があった、それだけはわかってくださいね。
太りたくない太りたくないのエネルギーは太れ太れのネルギーになります。
物事は強い執着とは逆のエネルギーに変わる。
もうこれは真理のようです。宇宙の法則のようです。
体験済みなので。
偉そうなことばかり書いてごめんなさい。
2016年10月10日 10:14 AMの匿名 様
仰る通りだと私も思います。
中山家と少数の取り巻きにとっては、信者数が減ろうが痛くも痒くもないでしょう。
例えば、自教会の不動産の名義人なり権利設定がどのようになっているのかを知っているのは、会長たる代表役員ぐらいでしょう。責任役員(2名選任)は勿論、信者は尚更のこと教会の名義関係がどのようになっているのかを知っている人は皆無に近いのではありませんか。
ですから、教団本部にとっては、事情教会だろうと、管理人不在だろうと、おいしい存在に違いありません。といえば言い過ぎになるのでしょうか。全く伏魔殿そのものです。
>天理教組織は、宗教組織として改革することなどは、毛頭、頭には無いでしょうが、もしかして、万が一、天理教が続かなくても構わない、と思っているのではないでしょうか。
天理教の中央の上層部は、ハッキリと言葉や口にはしなくても「信者が居なくなってくれた方が都合がいい」と思ってるでしょうね。
一説には、天理教団(法人を合わせてこう呼ばせて頂きます)の持つ資産は数兆円とも数十兆円とも言われています。全国各地に「天理ビル」なる名称で立派な不動産を所有して、運用している事をご存知の方も多いでしょう。その管理会社の役員は、当然ながら「本部員の親族」です。「天理」の名称を使わずに運用している不動産や資産の全体像は、誰にも把握できない位膨大なモノでしょう。
仮に「資産十兆円を年率3%で運用」したとしても、その収益は中山家や親戚筋、本部員家族・親戚が「末代まで何もしなくても遊んで暮らせる」のには十分な額です。
また、現在宗教法人名義で「信者が使っている施設」は収益を生み出すことは出来ませんが、使う人(信者)がいなくなればオフィスビルなり賃貸マンションなりに建て替えて運用する事が可能になります。
数年前に天理教維持財団が数兆円の損失を出したと騒がれた事もありますが、現金で失った訳ではなく「投資していた株価や債権の評価額が下がった」のが主な理由ではないかと思われます。
ただ、少なくなったとはいえ現在でも毎年100億円以上のお供えを集める事のできる組織ですから、まだまだ搾り取って利用しようとはするでしょう。
一般企業で考えた場合、年間100億円の「粗利」を上げる会社なんて、かなりの大企業であり優秀な会社です。しかも、税金・人件費・その他が一般企業より優遇されているため、実質は「売上げ1兆円規模の会社」に相当するでしょうから、その役員や取締役の立場を利用し、吸い尽くすと考えるのが普通です。
こういった組織の現状や実体を知らされる事なく、「神様へのお礼やご奉仕」という名目で教団の維持のために苦労を強いられ続けて、現実に支えている末端の信者さんや教会関係者に対して、真柱様はどういう気持ちでいらっしゃるのでしょうか?と、問いかけたいです。
50代元信者様
本当にそのとうりですね。
沢山の素敵な気付きの格言をありがとうございます。
ここは言いたいことを談じ合える掲示板です。
しかし、あまりに反対意見の方が多いので気の毒に感じられたのですね。
庇うという気持ちも大切にしたいと思いますが、あまりに目に付くこと、気になることに関しては、
率直に意見しあうことも双方にとってとても勉強になるいい機会なのではないでしょうか。
匿名です様も遠慮せずに、言いたいことをどんどん投稿されてます。
また、当事者だけではなく、様々な考え方の読者さんも多くその遣り取りを読まれていると思います。
意見をはっきりと言い合えることは、それぞれ、様々な本音や意見を知り合うことの出来る貴重な機会。
世間を広くする貴重な機会と考えます。
反対意見をされた方は気の毒に見えるかもしれませんが、長い目で見れば良いことも多いのではないでしょうか。
>邪魔なものは排除する。
50代元信者様にはそのように見えましたか?
しかし一生懸命、邪魔なもの、邪魔な意見を排除しようとしているのは、匿名です様ではないでしょうか。
しかしそれもよし。
意見が合ったらまた気になった人が投稿して意見を述べる。
「頑張っておられるのを」「畏れ多くも」など、不必要なほどのきれいな言葉で飾り、
「頭がわるいから」など弱者をアピールするようなことを言われるので、
弱者を庇わなくては、という気持ちにさせられるのは、よくわかります。
しかし、本当にその行動は弱者と言えるでしょうか??
私は、弱者という感覚より、匿名です様だけではなく、教団に多くいる潜在匿名です様全員に対して
意見し、投稿している気持ちでした。
つまり、本部にとっては、どちらに転んでも、損することは無い、ということですね。信者がたくさんいて、どんどんお供えが上がってくれば、それに越したことは無いですし、信者が減って、いなくなれば、名義が本部のものであれば、いづれ売却して利益が入る。本部が、そこまで先々のことを考えて、信者がお供えした教会の名義を、本部に移し替えたのだとしたら、本当に怖い組織である、と思います。
しかし、そう考えても、勘ぐり過ぎでは無いように思います。現に匿名A様からの、神殿移転建築で1000万以上もの不足金が出る程、無理なお供えを要求した本部であれば、その位のことを、用意周到に考えていたとしても、不思議はありません。我々が、これ以上馬鹿を見ないように、自分達で用心するしかない、ということですね。
無理なお供えは極力しないよう、そして今後のことを考えて用心していた方がいいでしょうね。
一読者B様
<あまりに反対意見の方が多いので気の毒に感じられたのですね。
実はそういう感覚は私の中にはないのです。
感情移入する部分がないので。
実際にお会いしたことのない方なので計り知れない面があります。
工作員である可能性もありますし、精神を病んでいらっしゃることも考えられる。
どなたが書かれていたように宗教依存の方かもしれない。
以前外国語で掲示板あらしをしていた方がいましたね、その人は完全に工作員でしょう。
その人のIPアドレスを調べれば何かと一致するかもしれない。
なんていろいろ考えたりもします。
これは管理人さんしかわからないので、どうしようもないですが。
以前私も自分のHPを持っていたとき、IPアドレスで人物を特定していたので。
>邪魔なものは排除する。
> 50代元信者様にはそのように見えましたか?
下記の意見に関して書きました。
<もう無益なら管理人さんにお願いして議論に水を差す迷惑投稿をする方なのでということで削除依頼するべ<きかなと思います。
その方の今の状況を考えると、あまり名指ししたくなかったので・・・
ですが、あいまいな書き方をしたがために、一読者B様が気になされたのでしたらごめんなさい。
>我々が、これ以上馬鹿を見ないように、自分達で用心するしかない、ということですね。
全国17000の教会は、それぞれ「宗教法人」になっています。
宗教であろうが会社であろうが、町内会であろうが趣味のサークルであろうが、その法人や団体の役員は、その法人や団体のために働く、その利益を守るために判断し活動する義務があります。
その法人・団体のお金を勝手に使ったり横流しすれば、当然ながら「横領」とか「背任行為」と言われます。
巡教の「お礼やお車代」ならまだ理解できますが、自教会になんのメリットも得られないのに「お供え」だけを払い続ける事は、自教会に対する「横領・背任行為」に等しいものがあるように思われます。
末端教会長に「お供えに見合った理の流れがある」等と教育・洗脳して、お供えを出させ続ける上級本部も問題ですが、出し続ける末端教会長たちにも「これが自教会にどれだけメリットがあるか?」を考える必要があり、有耶無耶のままに出し続けることがいかに世間一般からすれば「違法な行為」であるかを理解する必要があると思われます。
かくいう私の両親・祖先がこれを続けてきたわけですから、偉そうなことは言えません。
ただ、これ以上の被害の増大や間違いの継続を止めたい、知らないで続けている教会関係者には教えてあげるべきだ、という気持ちだけです。
本部員達がどれだけ汚れても、お地場は独り立ちできているのだから、我が永遠の魂から、人間可愛い一条で働かれている親なる神への感謝の心を深めて通る事に変わりはないが、やっぱり現本部員は入れ替えなきゃダメだよね。
最低限、御神楽歌やお筆先全般への当人の解釈を、表明更新し続ける人達でないと、聞いていてもつまらんよ。
受験秀才の歴史教師の授業の、年号の羅列と語呂合わせ暗唱術を彷彿させるだけで、この世と人間をいかにして救い、成人さすかという宗教本来の目的から遠ざかっているとしか思えんのよ。
時代背景もあったのだろうが、中山家の権威利権を擁護するためだけの御用学者が残り、視野の広い人達は本部から出て行ったのだろう。
そして敗戦後も、そういった人達を受け入れる土壌が養成される事もなく、本部は今に至っているのだろう。戦後利得者達によって、GHQやコミュンテルンに頭が乗っ取られた人達によって国柄が意識できなくなった日本人と、神が天下り続ける場所としてのお地場の土地柄を意識できなくなった天理の偉いさん達が、背骨の抜けた軟体動物よろしく、拝金主義と事なかれ事大主義で現状維持を目論んでいるだけだろう。
日本はお地場を戴く、いつの時代も最高度に進化した魂達が呼び出される、さらなる健康と進化の為の神の実験場ではないのか?本部は神の化身である教祖に近づいた話医者でもあり世界教師でもある人達が登場し続ける親里ではないのか?
本部員は全員魂と神についての本を書け。できない者は降格だ。
>本部員は全員魂と神についての本を書け。できない者は降格だ。
まあ、ほぼ無理でしょうね。うちに来られた修理人が、話の事を「ネタ」と言われていました。テレビを見て研究するとも言われていました。
話が変わりますが、表統領が中田になってから、飯降と上田が左遷されているように思えませんか。
こんなことで負ける私ではない!
どこの団体かは分かりませんが、自作自演がわかりすぎて、逆効果です。
お疲れさまです。
末端教会子弟 様
>一説には、天理教団(法人を合わせてこう呼ばせて頂きます)の持つ資産は数兆円とも数十兆円とも言われています。
その一説というのは、信用の置ける説ですか?末端教会子弟様のご意見、早速ツイッターにしちゃいましたけど、その、数兆円とも数十兆円とも、という金額に、あまりに大き過ぎるような気がして、そこの数字消そうかどうしようか(笑)迷ってるんですけど、ツイッターにして大丈夫な信憑性のある数字なのでしょうか?
私はなんでもかんでも信じる癖がありました。
疑うということができなかったのです。
本当にアホでした。
それが5年ほど前でしょうか。
次々にあきれるくらいに人に粗末に扱われて・・・
やっと50過ぎて気づいたのです。
私は誰かのためとなれば一生懸命になるタイプ。
なんでも許してしまう。
利用するには恰好の相手だったのでしょうね。
一気に嫌な思いを重ねたお陰で、自分の馬鹿さ加減に気付いて、
それから「疑う」ということを始めました。
自分を守るためです。
それまで一直線だった思考回路に変化が起きてから、
物事を見定めるのがおもしろくて。
小学校の高学年か中学生の頃だったと思います。
家にあった天理教関係の本に
猛毒である何かの菌を3人に飲ませた所、
絶対に大丈夫だと信じている人は助かり、疑った二人は亡くなった。
と書かれていて、それが強烈に私の心に残っていたのです。
信じていれば大丈夫、信じていれば大丈夫って疑うことをやめてしまった。
信じること疑うこと、どちらも大切ですよね。
私のことも疑ってくださって大丈夫ですよ。
末端教会子弟 様
ひとまず、ツイッターの方を消しました。
本部は、「信者たちより、教会長たちより、自分達の資産だけが大事なのだ」、という、その事に関しては、事実だと思いますし、是非ツイッターにしたい情報なのだけど、問題はその推定される教団の資産額の数字、何千億くらいにしといた方がいいのでは?
その「一説」の根拠に関し確かなのか、再度ご投稿お願いします。
ツイッター https://twitter.com/sazannkasatuki
ツイログ http://twilog.org/sazannkasatuki
匿名ですは・・・
「コイツは多分工作員でも上層部でもなんでもなくて、本当に天理教に心酔し切って思考能力を失ったただのうんこ野郎ですよ。」
うんキチ 「こんなことで負ける私ではない!」
成る程。
うんキチ=匿名です。
間違いない!
2016年10月9日 12:57 PM 匿名 様
>石上神社から山辺の道へ入ってしばらく歩くと、竹やぶが繁っています。
>手入れもされず、竹が密に生い茂り、道路に竹が覆いかぶさっています。
>朽ち果てた囲いの横に、「勝手にタケノコを採るな 天理教教会本部」という立て看板・・・
>それを見た時、悲しくて恥ずかしくて情けなくて。
>でも、こんなところまで土地を持っているのか、という驚きと強欲さに呆れました。
>そしてやはり最後は怒りしかありませんでした。
本当に、驚きと怒りでしょう。
聞けば聞くほど、情けなくて。知人はひのきしんという名目で山の手入れに行ったことがあるそうですが、なんの知識も持ち合わせていないので、どこから手を付けていいのやら、ワイワイガヤガヤで終わったそうです。
そのような竹藪ならば、さっさと売却して、そのお金はユニセフとか国境なき医師団なり、人助けの出来るところへ寄付すればいいんです。
さっちん 様
「一説では」は「噂では」と同じくらいの意味なんですから、証拠とか信頼できる根拠とかはありませんよ。
数十兆であれ数千億であれ、同じです(笑)。
でも、可能性や信ぴょう性は十分にあります。
以前に書き込まれた方がいるように、「日本の総人口が六千万人台であった時代にお道の信者六百万人(あるいは八百万人)といわれたことがありました。(教祖五十年祭)」という巨大教団です。
国民の1割が信者という状態で、仮に「国税と同額のお供えがあった」としたら、10年で国家予算と同額の収入になります。「屋敷を払いて 田売たまえ 天貧乏のみこと」と揶揄されるほど多額のお供えをさせていた事を考えれば、数年で国家予算規模になったのではないでしょうか。
そんな状態が明治後期から戦前まで続けば、どれだけの「資金」が集まったと想像できますか?
中山家と本部員を含めた親戚連中が「湯水のごとく」使っても減るどころか溜まる一方だったはずです。
「日本経済の成長の裏には天理教の資金があった」とも言われています。
勿論、現代とは経済規模も貨幣価値も違いますから、一概に「○兆円」と一括りには言えません。
前述の「数年前に天理教維持財団が5~6兆円の損失を出して解散した」ということは、その数倍の運用資金や評価資産がなければありえない事です。ギャンブルか何かに突っ込んで全てをスってしまうなんて不可能な額なんですから。
私個人としては「十兆円でも少なめだ」と思っています。
50代元信者様
2016年10月11日 7:27 AMの記事にとても共感致しました。
私からもひとつ、なるほどと思った文章をシェアさせて頂きますね。
——————————————
多くの人は誤解しているけれど
人を疑うとはつまり
その人間を知ろうとする行為なんだ
『信じる』
その行為は紛れもなく高尚な事だ……
しかしね
多くの人間が『信じる』の名の下に
やっている行為は実は
他人を知る事の放棄
それは決して「信じる」行為ではなく……
無関心
無関心こそ疑うより
はるかに忌々しい行為である事に
多くの人間は気づいていない
俺はかつてとある巨大マルチを潰したときに
その内部の多くのひどい人間を見てきたよ
だがマルチで最もタチが悪かったのはーーー
いい事をしていると思いこんで
結果 人を騙している人間の多いこと
そいつらには人を騙しているという自覚が全くない
なぜならそいつらは
自分のせいで相手がどれだけ苦しむかを
想像することから逃げている
完全な思考停止
究極の無関心状態だ
疑うことは決して「悪」じゃない
本当の「悪」はーー
他人に無関心になる事なんだ
(甲斐谷忍『ライアーゲーム IV』集英社 2007.5.23.発行)
—————————————————-
末端教会子弟 様
解りましたが、数字の部分どう書こうかしら。
「その金額は、あまりに膨大すぎて、とうてい把握できない。」かな?(笑)
私も初めてしりました。
本部はお供えが減って大変だと聞いていましたが。
大都市に五棟の賃貸ビルを所有していました。
他に温泉や駐車場も経営しています。驚きです。
http://tokyotenrikyokan.co.jp/
株式会社 東京天理教館
資本金 410,500,000円
代表取締役 松田 嘉次
社員数 57名(2014年4月時点)
さっちん 様
数字なんか書かなくても皆さんはもう十分にお解りですよ。
今までに皆さんが書き込まれた内容で想像がつきます。
それよりも、真の教えを求め続けましょう。
(2015年9月25日の記事)
天理教には天理教が投資して設立した株式会社があり、そこの役員は天理教幹部ファミリーであると思われる
私が確認したところ印刷業の株式会社天理時報社と、不動産業の株式会社東京天理教館の2つである。天理時報社は代表取締役が諸井博和氏である。彼の名前で検索すると天理教の幹部かその親類であることはよくわかる。みちのともによると「天理やまと文化会議委員」に任命もされているので幹部に近しい人物であることは間違いない。なぜなら天理教幹部で諸井という苗字は多いからである。
東京天理教館は、天理教という名前も入っており、普通に考えて天理教が投資して作った関連企業であろう。代表者の松田嘉次氏は、天理教幹部であるのかはわからなかった。しかし天理教幹部にも松田姓が複数いるため、ほぼ幹部親族であることは間違いないと私は見ている。この天理教会館であるが、月に数百万円のテナントを抱えるビルを複数運営しており、その賃料収入はかなり大きなものと考えることが普通であろう。
この会社から天理教へのお金の流れなどは不明だが、この会社自体は、非常に大きな資産と収入を有していることは間違いない。この会社が有しているビルなどは、もともと信者のお供え金が原資であり、天理教を経由して投資されたと考えることができる。
土地の取得、ビルの建設など都心に有するということは数百億〜数千億円規模のお金が投資されたことは間違いないだろう。
(それどころではない、資本金 が410,500,000円となっている)
http://tokyotenrikyokan.co.jp/
さっちん 様
具体的数字はお好きなようにどうぞ(笑)。
ちなみに、平成25年度の本部周辺の『路線価』は憩の家側(西側)で約50000円前後、東側(東大路)で35000円前後です。
ご本部の正確な面積は不明ですが、天理教団が「八町四方神の館」を目指して土地を買収してきたとして、一町=約109.09mですから、八町四方=761,640㎡です。
平均40000円としても、約300億円になりますが、実勢価格や評価額で考えれば数倍に跳ね上がります。
面積自体、私には「もっと多いのでは?」としか思えませんし、周辺に点在する施設や駐車場などの土地を考えたら、どれ程の資産価値でしょう?
それに、それらの土地の殆どは、天理教本部が直接買い付けたものではなく、大教会などの信者組織が購入した土地を「強制的にお供えさせた」と聞いていますが、どなたか「証言」や「証拠」をお持ちの方は居ませんかね?全国の分教会の土地ですら「お供えさせる」のですから、本部に近い所なら当たり前ですか?
また、各種学校や病院、参考館などの施設は、それぞれ「学校法人」「医療法人」「財団」になってるでしょうし、それらの間の「寄付行為」や「資産の移動」は一切公表義務がありませんから、全ては闇の中です。
公務員の「天下り」が問題視されて久しいですが、天理教組織内での「天下り」は信者や末端には知らされないで100年以上続いているのでしょう。
末端教会子弟 様
フムフム・・・。 ツイッターには、「資産は膨大なものであろう」と書きました。それは事実で、どこからも、突っ込まれないでしょうからね。(私) 万が一ツイッターが誰か、その筋から詮索されないか、と思って末端教会子弟様に数字を確認したのですが、まあ、無難に書きましたから大丈夫でしょう。
ともかく、信者達には「貧に落ち切れ」と教えながら、教団は、お供えで私腹を肥やして来た、ということは、このように証拠物件もあり、事実であり、許せませんね。このような事が現実に行われて来たことを、信者さんや末端教会長さんたち、関係者の方達にできるだけ、知って頂きたいですね。
教祖も、「金を溜めるとこの始末や」、とため息つかれてることでしょうね。
アンチ
2016年10月11日 12:18 AM
>どこの団体かは分かりませんが、自作自演がわかりすぎて、逆効果です。
>お疲れさまです。
いよいよ、ほんまもんの工作員登場ですか?
本部の人ですか?
アンチ 様
もしかして、別の方に仰ってた言葉でしたか?
勘違いしまして、工作員呼ばわりしてしまい、失礼致しました。お許しを。
>夢
>2015年8月10日 8:39 PM
>中田善亮・・・・・・・こんなえげつない奴が世の中にいることがまずありえない。その理由?性格悪すぎ。おたすけ
>、おたすけ、おたすけ、オール天理なんて言うとるやつが、ランボルギーニなんか乗ってアメリカ走り回っていたのは
>30年前。みんなおそなえ一生懸命頑張ってしとった中で。オール天理・・・・・笑わせるな。
夢さんの書き込みを見ればわかるでしょ。もう何もかもが終わりなんです。これを見てなお現行天理教を信仰しようという方は、余程崇高な精神?をお持ちの方かも。
昨日ある組織の方と話す機会があった。
そこはかとなく匂ってくる選民意識。
組織が出来上がり、人が群れるとそんなもんなのかねー。
だから私は群れを成すのがいやなんだ。
私は幼いころから一人が好きだった。
女同士の群れなんて最悪だった。
母が先日こんなことを言った。
「修養科の時に私は親様のお世話係をさせていただいた。
それは教会の奥様でもできないようなお役目らしい、ありがたい」と。
なんじゃそれ、って思ったけど、高齢の母ゆえに、私はもう黙って聞いていた。
優越感にひたっている母。
それで自分は親様に特別に大切にされていると思って生きる希望にしているのだろうか。
私は大勢が一斉に同じ方向を向くことにずっと違和感を感じて生きてきた。
民主党が政権を握った時も、「あー恐ろしい」と感じた。
すっからカンさんは、原発事故の後、都内の祭りに参加していたよ。
うれしそうーな笑顔でね。
こんな時に祭りに参加して笑っている場合か!と思って、その姿を写真におさめてあげたけど。
私は自分も何度かひどいイジメあっている。こんな性格だから。
真向からぶつかっていくから。
そして同じように、娘もイジメにあった。
イジメられている子をかばって娘はいじめられた。
その内容を書いていると、とんでもなく長くなるのでやめておくが、
私は最初にいじめられた子のお母さん、いじめた側のお母さんたちに
すべての事情を話した。あくまで穏やかに。
最初は怪訝な顔をされていた方もしだいに心を開いてくれた。
私は見て見ぬふりはできない。自分に火の粉がふりかかってきても。
今日は朝からため息ばかり。
そんな中、いつも私を支えてくれる本をひっぱりだしてきた。
神渡良平氏の「静寂の時間が命の根を養う」
どんなに一人が好きな私でも、たまに寂しくなることがある。
志をともにできる相手がいてくれるのは、やっぱりうれしいことだから。
でもそんな時にこの言葉が勇気づけてくれる。
神渡氏の本の中に出てくるセネカの教え
「至善は外界からの手を求めない。内部から培われて、自体から出てて全きものである」
陽明の
「天下ことごとく信じて多しとなさず、一人これを信じるのみにして少なしとなさず」
ショーペンハウアー
「人は他の人々と接触する必要が少なくてすめばそれだけで幸いである。自分自身一切の中の一切であり得る人こそ、幸福と心情の平成と最善を保ちえる」
そして神渡氏は書かれている。
「さあ、孤独に耐えよう。独を慎もう。そして真に創造的少数派(クリエイティブマイノリティ)になろう。」
さて、夏に下記のページにたどりついて、高野友治氏の「石上神宮の祭りの夜」という伝聞が
気になっているのですが、どなたかご存知ないでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/kkumata/20080606/p2
こちらのページの管理人の方は宗教学者さんで、
「天理教の教義及史料集成部が、保管しているみきについての一次資料を全部公開してくれれば、天理教一教団に対してだけではなく、日本の宗教界全体に貢献できると思います。」
と書いてられるのですがねー
「天理教とフェミニズム」を書いた九州のあの女性の言葉がふっと思い出される。
本部にしてみれば100年祭頃はちょうどバブル直前の好景気
景気の良い信者さんに人参をぶら下げて教会に推奨。信者数が足りないと名前だけ
貸して教会に仕立て上げた
初代会長が出直されると仕方なく奥様が教会長となる
子供達は教会を継ぎたくないので、とし老いた会長さんが無理でも嫌でも取り残されている
酷い話だ
事情教会保存方法
・上級の会長夫人名義
・上級の息子名義
・自教会を息子に任せて事情教会を担当
・上級の親戚を名前だけと言って頼む
・上級の熱心な信者さんに頼み込む
まだありますでしょうか?
すみません
わかりにくい書き方をしてしまいました
大教会及び上級教会が部内の事情(失礼)教会を残す為のアレコレを
現実に知り得る範囲で書き込みました
先程リンクを記載したページのある方のコメントに
「天理大学宗教学科教授たちも「教内に検閲機関」があるので、天理教 教学研究をする者は殆どなく、他宗の研究をしている始末です」と。
天理大学人間学科宗教学科の教育目標には
●天理教学の理論をふかく修めさせ、それを実践にむすびつける資質や能力の養成
と、ハッキリ記載していますが、学生たちに何を教えるのでしょうか。
真実は知ってはならぬと教えるのしょうか。
これが学問だなんて、聞いてあきれる。
横浜である会の打ち上げに参加させていただいた時、私はある方にお会いしました。
その頃私はたくさんの不思議なお導きをいただいていた頃でした。
その方は東京にて東洋思想や古典を学んでおられる方でした。
その場は何気ない会話だけでお別れしたのですが、その後私にその会へのお誘いと
一冊の小さな冊子を送ってくださったのです。
今なら大変興味のある内容なのですが、当時の私はそういう勉強をする自信などありませんでしたし、
第一にもうグループに所属するのはコリゴリだったので、そのままにしてありました。
それが最近その冊子のことがふと気になりだしたのです。
それは芹沢光治良氏のお嬢様文子氏の講演録でした。
今朝初めてじっくり読ませていただいて、私は声をあげて泣いてしまいました。
是非みなさんに紹介したいです。
(祖父とは沼津で教会長をされていた芹沢先生のお父様のことです)
・・・(中略)私はその時に私の父とか祖父の眼を思い出しました。
父方の祖父は、私が初めて会いました時に、祖父だとは気が付きませんでした。
私の中の祖父のイメージは、母の父のように、孫の私を孫らしくといいますか、
横柄に取り扱うかなり威張った人が、私の祖父と思っていたのでございます。
でも、初めて会った父の父は、私がご飯をお茶碗によそえば、
「文子さんありがとうございます」帰る時は、何もしない小さい私にまで、
「文子さん、お世話になってありがとうございました」
帰ってからその背の低い、でも眼の綺麗な人が、私の祖父だと母に教えられた時は、
本当に吃驚いたしました。
その祖父は父を両親の処に置いて、父の言葉を借りれば「親に捨てられた」
と言っておりますけれども、その祖父は父が外国で病気になりました時に、
父の写真に向かって、毎日、毎日、祖父が信仰している神様のお授けのお取次ぎ
したそうです。そしてその祖父が亡くなった時に、その祖父の布団の下から
二本の真っ白い線、お授けの跡の残った父の写真が出てきたと、私は叔父から
聴かされました。
父はその祖父に、生前は親しみを抱かなかったかも知れませんが、晩年の父の眼は
あの祖父の優しい眼にとても似ておりました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何で読んだか覚えてはないのですが、芹沢先生が天理教の教会長であるお父様のことを
信仰者として人助けのためにすばらしい生き方をした人だと書かれていたと記憶しています。
ひょっとしたらテープで聞いたのかもしれません。
壮絶なお助けでした。またみつけたら紹介させていただきますね。
ゴミ出ししてきて、ふと疑問が浮かんだ。
「どうして母は教えが捻じ曲げられてる」って思うようになったのだろう、と。
母は、教理の勉強などしていない。
ひたすら日参し、朝晩お勤めをし、以前は14時になると12下りのお勤めしていた。
思い当たるのは、「おふでさき」
母はお筆先を丸暗記しているような人で、
以前は会話によくお筆先の言葉が出てくるので鬱陶しかった。(自分の言葉で喋ってよ)って。
母は60代の頃、車いすで修養科に行かれる人のお伴をした。
母は修養科の教室で朗々とお筆先を読むもので、講師の先生から
「山の仙人より里の仙人になるように」と言われたそうだ。笑っちゃう。
私のようにお筆先のこともよくわからない元「なんちゃって信者」とは違い
母はお筆先によってしっかり教えを身につけていたんだ。
聖書を読まないカトリック信者なんていないだろう。
わが夫が言うように、本当にわたしは「なんちゃって」だったんだなー。
皆さん、元信者なんて偉そうに書いてごめんなさい。
50代元信者 様
天理大学宗教学科なんて何の学習能力も持っていませんよ。年に3回天理に居る知人に会いに行きますが、この知人は天理大学に入ったばかりに現行天理教に疑問ばかりを感じるようになってしまいました。彼は、最終的に史料集成部に教えの真実といいますか、教祖の真の姿があると確信して、入室を希望したのですが、80歳に至る今も彼の希望は実現していません。
高野友治教授に心酔し、八島英雄氏に何かを教わったのでしょう。
八島英雄氏は、二代真柱に乞われて東大入学をあきらめて天理大学に入学されたと聞き及んでいます。その八島氏がどのような道を歩まれたかは既に御存知の事と思います。
「中山みき研究ノート」に反論するために天理教青年会は「確かな教理理解のために」を出版しましたが、八島氏の裁判を通じて八島教学に何の反論も出来なかった教団本部はこの時点で既に終わっているということです。
匿名A 様
<天理大学宗教学科なんて何の学習能力も持っていませんよ
最初これに関することを無宗教の夫に話しても、なかなか信じてはくれませんでした。
「こんなこを有り得ないよ。信憑性が疑われる」って。
ところが匿名A様が書かれているような事実を目にして、
「学者としてのプライドがないのか! 信じられん!」って怒ってました。真っ赤な顔で。
学生さんたちはお気の毒ですね。
そういえば体育学部以外の学部においては、すべての学部の卒業生の就職先にあのゼネコンの名前が
入っていますね。天理教は上得意様なのでしょうね。
私も矢島先生の資料をいただくことになっていました。
ですが、私が調べ上げたことでほぼ間違いないということでしたので、今はお会いしようかどうしようか
迷っています。もうなんだかしんどくて。
その方もご高齢です。「みんな腰抜けどもばかりだ!」と怒ってられました。
私の場合は教理も勉強しておりませんし、完全に偶像崇拝でした。
そういう人が信者さんの大半を占めるのではないでしょうか。
簡単に情報が入手できる社会ですから、それらの方たちがどんな行動にでるかはもう言わずもがなですね。
>天理大学宗教学科なんて何の学習能力も持っていませんよ。
大きな権限を持った「主査室」という「検閲機関」があります。
それぞれ研究はされていますが、発表する場所が限られてしまいます。表現をオブラートに包みながら、良く読み込めば分かるという表現をしたりしておられるようです。
教外の出版社から著書を出されたり、あまり人の目に触れないような場所で発表されたりしています。
学生の書き物でさえ、大幅に書き換えられたり変更させられたりします。
陽気などで、上級の不足なんてことは、もっての外で、勝手に書き換えられます。
このようにいろいろなことが暴露されて反対勢力はまた動き出すでしょう。
賢くいきましょうね。
「疑い」をもちながら。
古い教会長様
言論の自由がない大学なのですね。
これじゃ廣池千九郎博士が迫害を受けた頃と変わらないですね。
もう国家からの圧力は何もないのに・・・
50代元信者 様
「月日の紋」、「月日の扇」すら復活できないのですから、もうどうしようもないのです。
「四つ よるひるどんちゃんつとめする・・・」に今の日の丸の扇の手では意味がありませんよね。月日の扇で勤めて初めて意味が理解できます。
もう、あきらめてください。その方が陽気に過ごすことが出来ます。
古い教会長 様
有り難うございます。検閲機関そのものがあったのですか。そういうことだったのですね。一度、知人にその辺の事情を聞いてみます。
高野友治先生著「天理教史参考年表」が教団によって没にされたと聞いております。手元にありますので、何度も読み返しているのですが、どの部分が教団にとって具合の悪い部分なのか分かりません。
スキャナーで全文を取り込んでいますので、ここにアップ出来ればいいのですが、一応、高野先生の御子息様なり、出版社(株式会社養徳社)の了解を頂く必要があるかと思っているところです。
一事が万事ですね。
目覚めると、ふと頭に浮かぶことを調べることにしている。
実は昨日の夜、井上昭夫氏の論文をみつけた。
論文 「みかぐらうた」釈義批判
―「味わう」ことの身体性にふれて―
『天輪王踊歌写帳』(慶応3年筆写)について検索してたどり着いたのだが
昨日は睡魔に襲われて中断。
その中でまず下記の言葉をみつけた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「みかぐらうた」という原典は、人類救済の珠玉の宗教的神楽でありながら、天
理教学においてはその現代的解釈や裏守護的・思想的解釈とは長い間無縁であったと
いわねばならない。
その原因を一口で言えば、天理教学や教団の保守的気質、世俗主義はもとより、自
宗教内の自由主義をも批判しようとする原理至上主義(ファンダメンタリズム)的傾
向、「復元」への無力性にあったと思われる。とりわけ、これらの壁を打破し、乗り
越える実力と勇気が欠落した原典研究を使命とする天理教学者の責任は重大である。
痛烈な自己批判による天理教学における思想的な変革が、まず新しい時代の初めに、
目覚めた挑戦的教学者によってなされることを期待したい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学問的にはとても面白かった。
でも、何とも言えないもやもや感が残る。
そして退任の挨拶がグローカル天理に載っていた。
その一部を読んで興ざめ
「私にとって天理やまと文化会議は表の道、神社移転は対照的に裏の道」
三島神社移転問題に関与していたのですね。
このお方は二代真柱が実現できなかった最も大きな仕事は三島神社の移転であったと
喜多秀義元真柱室長に話したと書いている。
私はこの移転問題に関しては震えるほどの怒りを感じるのです。
すばらしい学問の道がありながら、あーーーなんともなんともやりきれない
1975年 三島神社移転の交渉が始められる。
1982年 教団から三島町まちづくり基本計画覚書が三島区評議員会に提出され、住民は計画を知る。
1985年 真柱を中心とした本部最高幹部が密かに三島神社移転の計画案を練っていたことが判明
1988年 三島神社移転
1988(昭和63)年、天理教祖百年祭後、天理教本部が、本部神殿東前にあった三島神社を
本部神殿東前から三島町のはずれに移転させた。この経緯につき、天理教真柱を取り巻く極く一部
の本部員が極く秘密裏に練り上げ、膨大な予算をかけて準備をし事を遂行したと云われている。
神社移転後、首謀者の一人の天理教教会本部内統領・中山正信本部員が出直した。
数年後、教団最高責任者の真柱が身上で倒れ、8時間にも及ぶ心臓の大手術を二度にまでわたって
受けられることになる。もう一人の首謀者である真柱室長・喜多秀義本部員も、神社移転後、時を 経ずして脳溢血で倒れ再起不能となった
尚、こちらの修士論文に詳しい調査内容が書かれています。なかなか面白いです。https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejgeo/11/1/11_299/_pdf
1999年 鏡ヶ池埋め立て
畑林清次氏 表統領となる
井上昭夫氏 おやさと研究所教授に任命される
2002年 天理教教会本部は、三島神社移転問題に関与したとみられる安野嘉彦本部員(表統領室長)、
山中忠昭本部員(当時の経理部長)、山本義和本部員(当時の営繕部長)の3名に現職罷免の
命令を出した。
グローカル天理にて井上昭夫氏は退任のあいさつで、はっきりと三島神社の移転に関与していたこと
書かれています。それも2代真柱の志を受け継いで。ですが、罷免されたのはこの3人のお方たち。
そして現職を罷免された安野氏はその後天理大学の理事長となられています。
天理教学者達に先ず望まれているのは、お地場の理想的なありようへの提言でしょう。
血統者達と預言者達を本部での並立、スンニ派とシーヤ派をお地場で両立させる方法の提案だと思いますね。
教組の御事跡をなるべくそのままに残すというのは当たり前の事であって、井上、喜多両氏とも常識外なんですね。もちろん中山真柱もね。
本部が機能不全に陥っていながら、社会のセーフティネットとしての地方教会から金と労働力を吸い上げようとすれば、地方教会も機能不全に陥るのは当たり前ですね。
天理の探求にも、教祖のファンクラブとしても、福祉団体としても、全ての足を引っ張ってるのが、教会本部と天理教のエライサンそのものなんですね。
質問です。
検定前期まで出ています。
私は天理教の上層部に接したことはほぼないですが、例えば学生時代には大教会長様の娘さんと仲良くなったり、修養科では本部役員の娘さんと仲良くなったりしました。
若い頃は、若くして教会長になった人と付き合っていました。
なので、そこそこ組織としての文句というか、あり方についての疑問みたいなのは聞いていましたし、
「あなたは純粋な信仰をしているから、あまり内部の事情は見て欲しくない」と言われたこともあります。
(真柱様のお宅勤務経験者でした)
ただ、隠蔽やあいつは性格悪い、などという話は聞いたことはありません。
真柱様も、普段は大変質素な生活だと聞きました。
人には恵まれて来た方だと思います。
ここに来ているみなさまは本部<おやさまだという人がほとんどだと思います。
組織は嫌だけど、信仰はいい。もっといえばすごくいい教えなのに組織がどうもね…ってことなんだと思うのですが…
実際、組織に関わっている方はどのくらいおられますか?
どの辺が改革すべき点だと感じますか?
私自身も、自教会の現会長様夫婦の考え方が合わなくなって、ちょっと足が遠のいています。
大正5年前後、三島神社は春日神社と呼称していました。いつごろから三島神社と呼ぶようになったのでしょうか。
真 様
真柱なら指揮権と統率力を兼ね備えていなければなりません。残念ながら両方ともお持ちでないような。
信者さんは皆さん組織に関わりのある方ばかりですよね。
私は元ですが、でもすみません。身内に天理教の人が多いもので、
こうして書かせていただいております。
それに広い広い眼でみれば、一列皆兄弟ですよね。
だから困っている人がいたら微力ながら力になりたいんですよね。
さて、三島神社の移転と鏡ヶ池の埋め立ては2代真柱さんの意向が強かったということは
井上昭夫氏の言葉からわかりましたが、
その2代目真柱というお人を偲ばせる文章をみつけました。
二代目真柱さんがお出直しになる半年ほど前の出来事です。
重い糖尿病で視力も衰え、厳しい食餌療法を受けておられた時のお話です。
芹沢先生の著書『神の微笑み』より引用します。
芹沢氏 「真柱さん、此の度の病気で、親神は君にどんなことをさとらせようとしているのか、
お考えになったことはありませんか」
真柱氏 「そんなこと、君、誰も僕には言わんよ」
芹沢氏 「側近者は気がついても、君が真柱だから、勿論言いませんよ。
僕は少年時代に、下痢をしても、風邪を引いても、神意がどうだと、天理教の先生から
懺悔させられましたよ。これは天理教の第一課ではありませんか」
真柱氏 「そんな話ははじめてだ」
中略
「わかった。ゆっくり考える」
それがですね、立教158年 秋季大祭の3代真柱さんのお話の中には、
「親神様のお手入れによって私は体の不調を感じるようになって、勝手な自分の判断から、
思し召しは十分考えることとして、傷は浅いうちに治すのがよかろうというので、
しばらく憩いの家で静養させていただきました」
と仰られているのですね。
小池さんのような女性登場しないかしらー。
匿名A様
はい、調べました。
古くは旧三島村・庄屋敷村の鎮守社で櫟森神社と呼ばれていました。
社伝では伊豆三島神社からの分社とされています
享保4年(1719)銘の石灯籠に櫟森神社と刻まれています
宝暦11年(1761)の遷宮記録に「石上大明神・ 布留御魂神南御殿、櫟森大明神・ 大山祇神中ノ殿、春日大明神・天児屋根命北御殿」とあります
明治4年ごろに春日神社と改め、大正8年に三島神社に改称しています
宗教と金、宗教と政治の闇は深いです。宗教家が使う金、政治家が使う金は、お供えと税金の違いはあるにせよ、信者や市民のなけなしの血の出るような尊い金なのであります。天理教も天理市もそのトップは本当に信者や市民のために使ってほしいものです。小さな神社を動かすのに大金を使ったとかいう話を聞くと情けなくなります。詰所もたくさんあるが、基本その教会関係者以外には使わせてもらえない。天理駅前に変なものが造成中。同じ造るなら病院分院や福祉センターなど、信者や市民のためになるようなものを造るべきではないのですか。信者だから市民だからといって、いつまでもお上のいうことにハイハイ頭を下げるだけではいけないと思う。親里にも信者オンブズマン、市民オンブズマンが出てきてほしいです!
村方の人 様
コメントを拝見して宗教オンブズマンなるものが存在しないかと調べていたら、
右翼のページにたどりついたのですが、街宣車などがそういう動きをしているのでしょうかね。
そして奈良県市民オンブズマンのページを見つけました。
天理教ゴミ収集料金和解事件。
http://naraombuds.exblog.jp/14907573/
この件もひょっとしたらカインさんがすでに書かれているのでしょうか。
もうため息しか出てこないです。
50代元信者 様
有り難うございます。よくお勉強をされていますね。頭が下がる思いです。
天理へ行った折には、三島神社にもお参り(何度も書きますが、教祖墓地のみ参拝します)していますが、石灯篭は見たことが無かったです。余計なことですが、新しい神社は敷地建物は立派ですが、なんだか寂しそうです。
欅森神社ですか。周辺に欅が茂っていたのでしょうか、それとも櫟本という地名と関係があったのか興味深いですね。勝手な想像ですが、櫟本分署跡保存会という名称も浅からぬ縁があったのでしょうか。
春日神社という小さなお宮は全国にあるそうです。興味が持てる機会を与えて頂き御礼申し上げます。
管長邸は大正4年12月27日に完成した。そして春日神社の東に炊事場が出来た。図面では、神社に沿うように鏡池があります。馬鹿なことをしたものです。
匿名A様
三島神社はこの13日がお祭りの日だったようですね。
匿名A様は三島神社にて、「なんだか寂しそうじになられるようですが、
まさに神様はそのようなのでしょう。
全国に鏡池のある神社はたくさんありまして、私はそれらの神社を夫と一緒に
真剣に参拝させていただきました。
それらは龍神をお祀りする神社でした。パワースポットとされるお宮様です。
三島神社もひょっとしたらと思っておりましたら、拝殿のお写真に見事な龍の姿がありました。
あくまでも想像ですが、龍神様が鎮まれます鏡ヶ池を埋め立てたこととなると、
それは恐ろしいことをしてしまったことになりますよね。
実際にスピリチュアル系の方のブログに、三島神社の龍神の夢をみたと書かれている人もいます。
それから三島神社の境内には、五十鈴姫神社がありますが、
天理の地元大神神社の摂社 率川神社は、媛蹈韛五十鈴姫命が御祭神です。
この春私は奈良市にある率川神社から大神神社に導かれ、そのまま天理に向かったのですが、
自分の意志とは反して導かれていきました。
三島神社と率川神社。こんな不思議な導きがあったとは。
私は自分でも不思議でならないのです。
頭にパッと浮かぶことを調べているだけですから。
そして、本当に不思議でならないことがいろいろあるのですが、
詳しいことを書くと私の身元がバレてしまうので、書けないでいます。
私自身は名乗っても構わないのですが、身内に多大な迷惑をかけてしまうので。
もし私にお役目があるのでしたら、早く終わらせたいです。できれば。
天理教の方は産土神社や氏神様、一宮神社を軽視されているように思いますが、
今、世の中の方はそれとは逆の方向に流れています。
きちんとした作法で参拝されている方が増えています。
お金を必要とする宗教は危険として認識していますし、お授けのようなものも
敬遠されています。
三島神社の移転、鏡が池の埋め立て、本当に取返しのつかないことをしてしまった、私はそう思います。
根本的な質問ですみません。
「三島神社移転」に関して、何が問題で、何がいけないことなんでしょうか?
50代元信者様の調査や書き込みで、全体の流れや関係者を知ることができましたが、移転させたことそのものに「何か問題があったのか」が理解できません。
移転の為に大金(金額不明ですけど)が動いたことでしょうか?
教祖伝に出てくる史跡を移動させたことでしょうか?
別に、移転を支持するとかいう立場ではないのですが、移転させたことを疑問や問題とされる根拠が分かりません。
末端教会子弟 様
んーーー、やっぱりそういう疑問を感じられますよね。
私も天理教の信者だったらそう思うかもしれません。
<移転の為に大金(金額不明ですけど)が動いたことでしょうか?
< 教祖伝に出てくる史跡を移動させたことでしょうか?
二つとも違います。
これはもう、「神様はいるか、いないか」のような議論になってしまいます。
「神様の存在を証明してみろ」みたいな。
大神神社(三輪大明神)と親様との関係について「れんだいこ」さんが書かれていますが、
親様にとって三輪の神様、布留の神様というのは幼い頃から深い信仰の場所であったことでしょう。
神仏分離される前の時代、親様にとっては浄土宗も神道も切り離すことのできない祈りの場。
私は天理教から離れて、あらゆる場所で祈りをささげております。
無宗教の夫も、それらの場所ではいろいろ感じるものがあるようです。
古くから神様に祈りと感謝を捧げ、儀式をされてきた三島神社の氏子様たちのことを
軽視する天理教は、天理にしか神は存在しないというのでしょうか。
親神様、天の将軍はそんな偏狭な神様ではないはずです。
末端教会子弟 様
うーん、難しいご質問ですね。
何事も全会一致の賛成で決まれば、めでたしめでたしですが、この移転問題は、何より人の心を踏みつけてしまったことではないでしょうか。
おぢ場の御膝元の三島町の住民の方を移転賛成派と反対派に二分してしまったことです。そのしこりは今も続いているそうです。
当時の奈良県神社庁のトップだった橿原神宮宮司は、三代真柱に直接会われて、移転を思いとどまって欲しいと申し入れされています。
ところが、教団は奈良県選出の衆議院議員の政治家を担ぎ出して、移転を強行してしまいました。
詳しい経緯は、株式会社あっぷる出版社発行の「早川和廣氏著 天理教・その腐敗と悲劇」の第2章に書かれています。
人々の陽気づくめを標榜する教団には、全国の神社宮司の方たちの移転反対署名を無視し、地元の人たちの心を混乱させてしまったことに、自責の念のかけらもないのでしょう。
天理教本部の建物群を見て、この姿になるには200年程早すぎたのではないかといわれた方を知っています。
子供の頃から「なってくる理を喜べ」と散々聞かされました。そうであるならば、教団自身がその日が来ることを気長に待てなかったのでしょうか。
百年祭での混乱が予想されるというのであれば、真柱邸を始め、その北側に広がる本部員たちの役宅を移転すればよかったのではないですか。
いささかなりとも、教祖、親神に喜んでいただく結果がこれですかと言いたいだけです。
末端教会師弟様
休みに返信すると書きましたが、心の中での内省にします。
うまく書き込みができない状態なので、質問をいただいても物理的に書き込みできないようです。
50m
すみません。うんキチで投稿してしまい失礼しました。
今朝は五十相伝について調べていたら、その途中で
「親様が出雲大社で修行をしていたことは「古神道の秘術」はじめ多くの文献に書かれています。 しかし天理教の書籍にその記載が無いのはなぜでしょう」
という質問があちらこちらで書かれていました。答えはみつかりませんでした。
実は私は信者であった頃結婚式を挙げました。
ホテルでの結婚式でしたが、式場は神式でした。
そして柏手は4拍手でした。
四拍手は天理教と一緒なので、母と偶然だねと不思議に感じたものでしたが、
神主さんの祝詞が、
「出雲大社の御前に慎んで・・・」で始まったのです。
そして、
【「御魂返し」(みたまがえし)を出来たと思われますのは、近世では天理教の初代教祖です。
国常立太神・スサノオから離れて現実界に降りて来た「元」眷属神の黒龍が乗り移ったと言えます。】
と、書かれている人がいて、ずっと気になっています。
そしてその方は、100年祭頃に黒龍は天理から去ったとも書かれていました。
私にはまったくわかりませんが、でもとても気になるのです。
50代元信者 様
匿名A 様
ご回答ありがとうございます。
「八町四方神の館」と公言してしまった以上、その中に他の神様や社があっては都合悪いと思うのは当然かもしれません。
他国なら宗教の違いで戦争になったり殺し合いに発展するのが普通と言える世の中で、政治力や資金力で従わせる極めて民主主義的方法をとったのは認めてもいいのかなと思います(笑)。
相手だって本当に移転したくないならとことん戦う事が出来たはずじゃないかな、と感じるのは私だけですか?
もっとも、宗教間の争いなら「教えの中身で勝負して、相手信者を根こそぎ改宗させる」くらいの素晴らしい話をしてみろ、ですね。
私には不可能ですが、真柱様にはそういう努力をする義務があると思います。
もっとも、社だの祠だの神の館なんていうのは、場所なんてどこでも構わないと思います(笑)
歴史的価値とか神々しい場所というのは評価しますけど、それだって数万年後は海底に沈んでるかも知れないし、大陸が移動して勝手に変わってしまうかもしれない。
かんろだいの立っている「ぢば」にしても教祖様が最初に「定めた」だけの話で、人間宿仕込みの「ぢば」だというなら教祖様は「ぢばさがし」をしなければならなかったはずだ、とどこかの本に書いてあったと記憶してます。
それに、地球全部が「泥の海」だった訳ですから、現在の地上の一点に9億99999の人間を宿仕込んだ場所たという主張も無理があるような気がしますね。
本当に矛盾だらけの教義だと感じます。
うんキチ様 匿名です様
もう、返答も何もいりませんよ。
末端教会子弟様
筑波大の修士の学生さんが論文で発表したものです。
しっかり調べられているはずですから信憑性は高いと思います。
当時三島町に在住する380世帯のうち,約80%が神社の移転を優先させるか,三島町の町づくりを優先させるかで意見が割れた.前者は主に天理教教会長や教団関連施設の勤務者,あるいは寮に居住する人らによって主張された.後者は,教団から提出された覚書には具体的な町づくりに対する支援内容が書かれていないために,まずは町づくり計画を進めた上で神社の移転を許可するという考えを持つ人々によって支援された.残る20%の移転反対派は,戦時中に当神社で祈祷経験のある,高齢者らが中心であった.
関連施設の立地する親里地区,さらには教団関連施設勤務者の社宅であるおやさと22 号館を1 つの区とみなす合計12区があった.それぞれの区からは三島区評議員会の構成員として,区長と財産区区議会委員の2人の役員が選出され,区長が町内会長を務める地区においては,評議員には含まれないものの,補助役員として1人が選出された.財産区区議会委員は,財産区と呼ばれる三島町所有の土地の管理を担い,天理市市議会委員としても活動した.1982年の「三島町町づくり基本計画覚書」が提出された際には,まず年1 回行われる財産区区議会において,財産区区議会委員の12人による移転賛成派と反対派の多数決がとられた.これらの12人のうち,賛成派と反対派は5 対7の割合であったため,三島町評議員会内部で神社移転は認められなかった.この件を教団に申告したところで,まずは移転の延期が決定された.もともと三島町民の多くは町づくりを優先すれば移転を受け入れるとした住民が全体の4割を占めていたため,三島町評議員会は,町づくりの計画について議論を進めようとしていた.しかし,1983年以降の財産区区議会では,補助役員の
財産区区議会への参加がみられるようになった.これらは教団との関わりの強い三島町在住の熱心な天理教信者であり,補助役員の議会参加を制限していなかった財産区区議会では,賛成派対反対派が同数となったことで,町づくりに関する議論は進むことなく滞った.結果的には,三島区評議員会において議論が重ねられる間に,三島神社の宮司および神社本庁と教団間において神社の移転が取り決められ,1988年に神社の移転が行われた.
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これが民主的方法ですか。
私は多数決の原理は民主的な方法とは認めませんね。
凡庸なる悪は安易な方に流れますから。(ちょっときついかな)
それから祈りの場がどこでも構わない。そういう考えはあるかと思いますが、
世界中のあらゆる場所に神聖なる祈りを捧げている場所があります。
日本においても多くの場所で。
それらを場所なんてどこでもいい、と言い切っちゃうのは、
そこを掃き清め、護っておられる方たちに非常に失礼な言い方だと思います。
真剣そのものですよ、みなさん。
祈りはどこでもできると思いますが・・・でもねーー
末端教会子弟様
千葉の成田にエネルギーに満ちた神社があるそうです。
(私は行ったことがありませんが)
森の中にひっそりとたたずんでおられるようです。
そこには宮司様はいらっしゃらないそうです。
それまでもずっと。
何故なら、そういう方をお招きすると、宮司様の思いによって
いろいろなことが生じるから。
だから氏子様たちが皆さんでお護りされているとのことです。
すばらしいと思いませんか?
そして、これは私のあくまで想像ですが、そういう氏子様たちは
恐らく日常のさまざまなシーンでご自分たちが護られていることを実感して
生活されているのではないかと思うんですよね。
度重なる投稿にて、いつも申し訳ございません。
末端教会子弟様
<相手だって本当に移転したくないならとことん戦う事が出来たはずじゃないかな、と感じるのは私だけですか?
反対派20%は高齢の方たち。
どうやって戦うでしょうか。
成田闘争のようにヘルメット被って神社のまわりにバリケードでも作ればよかったと言うのでしょうか。
<もっとも、宗教間の争いなら「教えの中身で勝負して、相手信者を根こそぎ改宗させる」くらい<の素晴らしい話をしてみろ、ですね。
天理教の教えとはそういうものなのですか?
ダメの教えとやらだからですか?
末端教会子弟様は、一列はみな兄弟とよく話されているようですが
兄弟は違う宗教をもってはいけませんか?
違う思想の中で生きてはいけませんか?
一列はみな兄弟という思いの中で、それぞれに認め合うのではなくて、
教えで改宗させる。あー、たまらないです、こういうの。
すみません、久しぶりに怒りモードで書いています。
あっ、でも私も昔モルモン教の宣教師さんと戦ったことありましたっけ(汗)
50代元信者 様
>これが民主的方法ですか。
文章を読む限りにおいても、民主主義的手続きを取ったと思われます。
氏子さんや地域住民の中に反対する人がいたとしても、決定権を持つ人(三島神社の宮司および神社本庁)が移転を決めたのでしょうから。勿論、買収されたか政治的圧力が掛かったか等もあったでしょうが、決定権を持つ人達が決めたことを実行するのが「民主主義」です。権限や権利の無い人間を集めても意味がありません。
>そこを掃き清め、護っておられる方たちに非常に失礼な言い方だと思います。
歴史的背景や個人的な思い入れ等を否定した話ではありません。
単に、人間だって引越しをすることがあるように、社や祠やお墓だって引越ししても何も問題ないでしょう、という意味です。それに、そういったものを移す場合に「それなりの儀式」をするのは、そういう人々の思いれや気持ちを切り替えさせる意味もあるでしょう。
何らかの理由があって引越しをすると、誰かに対して失礼に当たるのですか?
>千葉の成田にエネルギーに満ちた神社があるそうです。
私も場所や施設によって「何らかの荘厳さ」や「厳粛な雰囲気」を感じることはあります。
でも、「こういう感じは人によって違うのだろうな」とも思っています。
同じような「感じ方」をする人たちが集まって、その場所を守り継続させることを否定しません。
ただ、守り継続させるなら「それなりの立場や権限を確保しないとダメだろう」という事です。
>天理教の教えとはそういうものなのですか?
>兄弟は違う宗教をもってはいけませんか?
>違う思想の中で生きてはいけませんか?
「宗教間の争いなら」と言ったので、天理だけでなく世界中で戦争やテロを起こしているような宗教の指導者に言いたいです。違う宗教を認めないとか否定するとかではなく、「争うなら話し合え」ですよ。
話し合いの中で、相手が感動して改宗したり主張を変えるくらいの「中身のある」話し合いが出来れば平和的に解決するのに、という願いです。銃や札ビラで脅して改宗させたり強制したりするのは反対ですよ。
私は、「同じ宗教である必要はない」と同時に「違う宗教でなければいけない」とも思ってません。
より良いものを見つけ、考え、一緒に造り上げて行ければ良いと思ってるのですが。
たまに宗教関係の勧誘に訪れる方がいらっしゃいますが、「私は天理教ですがお話しましょう」というと、ほぼ全て「いえ、失礼しました」と言って帰っていかれます。どうして「話し合う」のを否定するのか分かりません。この「宗教が違うから話し合う事はできない」という姿勢こそ、争いの原因だと思います。
「一列兄弟」は天理教の教えです。
世界を平和に導く根本教義の一つだと考えます。
でも「心一つが我がの理」なのですから、違いや個性が有って当たり前です。
「兄弟なんだから俺の言う事に従え!」等とは言ってませんよ。
(天理教の上級は言って来ますけどね。)
存命の教祖は、どう想っていらっしゃたのでしょう。
親神が一連の世界大戦を止められなかったように、諸事情は、人間の自由意志に任せながら、その返しは銘々の魂の上に及んできているという事でしょうか。
それでは天理教のお上達の云う、教祖の想いに沿ってとは、いかなるところから教祖の想いを忖度するのでしょうか。
本部の意志が、真柱の意志が教祖の想いに沿っていなかったとしたら、我々はどういったソースから神の想いを汲み上げればいいのでしょうか。カルトのグルへの絶対服従も、一党独裁も容認しませんが、純粋な天理が流れ出す大元たるお地場の理を汚しているのは、他でもない、中山家、本部員ご一統様方だと言えないでしょうか?
永年にわたって「鏡屋敷地場から打ち出す言葉は天のことばであるほどに」と教えてきた中山マンセー教の偉いさんの人達の見解を伺いたいものです。
WASPを筆頭に、世界を蹂躙してきた、強いもの勝ち創世記主義に立ち向かい、自存自衛の戦いを繰り広げた日本帝国主義の原典は国家神道であっただろうし、赤紙はその宗教イデオロギーへの国家的強制改宗ではあっただろう。
創世記宗教へのカウンターとしての国家神道の押し付けではあっただろうし、教祖の時代に、そのドグマのお上からの強制によって、天理教もイジメられた事も史実だろう。
天理教以前から、多くの日本人は自らの本体が魂であって、森羅万象に神の働きを感じ感謝し祭って来た民族でもあっただろうし、鎮守の森に集まって、五穀豊穣を祈りながら相互扶助観念を養い、親戚の本家としての皇室を敬って来ただろう。天皇が神の子孫なら我々日本人にもその血が流れているという自尊心も感じてきたのだろう。
天理教本部も含めて、戦後の日本人は魂と神という文言にも嫌悪感を刷り込まれて来たのではないだろうか?
WGIPにコミュンテルンとユダヤ資本主義の策謀がどれだけ影響を与えたかは知らないが、自称インテリ層によって、魂の因果の法、日本仏教的な観念もまたカルトのゴミ箱に押し込められたのではないだろうか。
本来の天理教とは、神道的なものと日本仏教的なものを包含しながら、尚その上に、親里地場に親なる神が天下り続け、人類の魂を純化させ続けるという、不思議な神の道の出現であったのだろう。
天理教の本部員が出張ればいかなる病でも快復するといったような、神の化身達も未来には出現すると信じるが、その前段階として、神格者、天啓者達の出現がお地場には最低必要条件ではないだろうか。
心の問題をお金にすり替えてしまったのが天理教です。それでいいんですよ。どうぞお好きなようになさったら。
八丁四面鏡屋敷結構です。ゆくゆくは、その域を通る公道も付け替え、布留川も域外に付け替えるのでしょう。お金にあかして何でもやれば、すばらしい神域が出来る事でしょう。でも、人の心は離れてしまうと思います。
私達一族は、僧祖父母からの縁者を数えると、現在103人を数えます。その全てが天理教を信仰していれば教会はどれ程賑やかだったでしょう。現実は、100歳に近い叔母と80歳に近い私の二人だけがおさづけ拝戴者です。その私も教団とは縁を切りました。ただ、教祖の真の道すがらを知り得たら心が替わるかもしれません。
お地場とは神が天下り続け、人類の魂を浄化、救済し続ける、たすけ一条の親里と聞いたが。
教会とは、皆でお勤めしながら救け合って生きてゆく所と聞いたが。
国家神道の時代にさえ、天皇も我も同じ魂。同じ親神の子。と仰った教祖は強いもの勝ちやイジメの構造を嫌われたそうだが、
現実には教会間で、イジメを生む構造悪がいまだに幅を利かせているなら、それは問題ですね。
又、皆さんに負担を強いる本部の収奪構造と、安易な道専務論もそうでしょう。
盲目的信奉者がグルに絶対服従する姿もばかばかしいが、グルが馬鹿者達ならもっとタチが悪いですね。
明治末年の茨木氏の事件以降、この国には様々な分派や、新興宗教が発生乱立した訳ですが、もし茨木氏がお地場に納まっていれば、不思議な宗教者や有能な思想家も多くがこのお道に付いたのだろうと想像します。
道始まって75年すれば、国内アラアラすまし、それからは世界の掃除に掛かると仰られた教祖の預言の年限でもあった、明治大正時代が最大のターニングポイントだったのだろうと想像します。
宗教界のみならず、この国のかたち、ひいては世界の有様も今とは変わっていたのかもしれません。
地方教会で御神楽歌のお唱えを継続されている皆さんも、先々で教祖の事を想っている方々も、皆さんが、健康長寿と安全と繁栄をもっと謳歌できるような世界を、神が用意して待っていると信じますが、先ず本部員人事についての意見は各々が発信すべきなのではなかろうかとも思います。
末端教会子弟様
<勿論、買収されたか政治的圧力が掛かったか等もあったでしょうが、決定権を持つ人達が決めたこ<とを実行するのが「民主主義」です。権限や権利の無い人間を集めても意味がありません。
民主主義という考え方もいろいろありますが、現在の世の中において自分の意見を通すという意味においては、末端教会子弟さんのおっしゃることは、ごく普通のやり方だと思います。
それがされているのが今の世の中で、そういう考えで今の世の中は回っていますね。
世の中にはいろんな考え方の方たちがいて、その中である結論を導きだすにおいては、
権力をもつ人を味方に引き入れたり、ある場合には裏工作をしたりのも策の一つでしょう。
ビジネスの場などでは当たり前の世界でしょうね。
今回の三島神社の移転なども、法律的、もしくはあなたの言われる「民主的」という点に
おいては問題ないと思います。
ただ私は民主主義というのは、少数派であり、弱者である人たちの意見も大事にし、
そしてそこには人としてのモラルを大事にすべきと思っています。
これでふと思うのですが、多数派形成(手段を選ばぬ)=民主主義とするならば、
そしてそこにモラルがないのであれば、今の天理教というのも本部員たちの策によって
信者の大部分がよしとしている現状、つまりはお供えの強要、捻じ曲げられた教理というものも
認めざるを得なくなるのではないでしょうか。
現在において多くの神社が、通学路の確保や交通渋滞の解消の目的のために、神社境内の縮小や
移転を余儀なくされるのも多くあるのが現実と思われます。
それには神社の方の思いとか事情があるでしょうから、そこまで言及するつもりがありませんが、
三島神社においては、一宗教の都合で移動を余儀なくし、また神社庁や樫原神宮、地元の氏子さんたちの反対のある中、あなたのおっしゃる民主主義と言いながら、多数派工作によって移転を余儀なくしたというところに疑問を感じています。
<何らかの理由があって引越しをすると、誰かに対して失礼に当たるのですか?
引っ越しするのではなく、引っ越しさせられるということです。
三島神社には常に宮司がいらっしゃるわけではなく、そこを守っておられるのは氏子様たちです。
さまざまな行事を氏子様たちが大事にされてきたのです。
それでもまだおわかりになりませんか?
<ただ、守り継続させるなら「それなりの立場や権限を確保しないとダメだろう」という事です。
営利を追求する企業であれば、それは正論かもしれません。
でも心を大事にする宗教においてこれが必要とされるのが、私には理解できません。
<「私は天理教ですがお話しましょう」というと、ほぼ全て「いえ、失礼しました」と言って帰っていかれます。どうして「話し合う」のを否定するのか分かりません。
布教所長の母は他の宗教の方が勧誘に来られると、にこりと笑って家にあげますよ。
そして冷たい飲み物でも出して、まず相手のお話をゆっくり聞いてあげます。
母はさすがです。過去、私は負けじと向かっちゃうので相手に逃げられてました。
外国の宣教師の方はその後も母の元に来て、母の信仰について聞かれて帰られましたよ。
そんなこと思い出しました。
「さあ、話をしよう」に、言い負かしてやろうなんて気はなかったですか?
生意気なことを申し上げますが、まず相手の話を聞いてあげる、受け入れる。
そこからでないと受け入れてはもらえませんよ。
特に相手が女性ですとなおさらです。
50代元信者様
>民主主義というのは、少数派であり、弱者である人たちの意見も大事にし
これは必要なことでしょう。
無関係な人間はともかく、何らかの関わりのある人たちの反対意見を全く無視して押し潰したり一方的に事を進めるのは問題ありです。互いに歩み寄りや妥協点を見いだせれば良いのですが、期限や期間が決まっている(期限を伸ばしてロスやムダが拡大する)ものなら、決定権者の合意で進めるしかありません。
>でも心を大事にする宗教においてこれが必要とされるのが、私には理解できません。
宗教も「社会全体の一員」です。
社会全体の一員なら、社会のやり方や流れに沿っていくのも、一員としての義務であり仕方がないことなのではないでしょうか?心を大事にする事で公共性が高く人々の福祉に貢献する「宗教」だからこそ、税金その他で優遇されているのですから。勿論、その優遇が「適正かどうか?」という議論は別にあると思いますけど。
>今の天理教というのも本部員たちの策によって信者の大部分がよしとしている現状、つまりはお供えの強要、捻じ曲げられた教理というものも認めざるを得なくなるのではないでしょうか。
以前も書きましたが、天理教組織の中には『捻じ曲げられた教理』を「知らずに騙されている人」と「知ってても従がわざるを得ない人」と「知らずに騙してる立場の人」と「知ってて騙してる人」に分類されると考えます。
振り込め詐欺の現場を目の前で見て、黙って見過ごしますか?
勿論、天理教自体を「詐欺」とは言えないので、情報を与えられていない人に知らせたいだけです。
とはいえ、私自身、「現在の民主主義的解決の方法」が全て完璧で正しいとは思っていません。
個人主義と我欲が蔓延し、数と力が支配する状態で、モラルや価値観や倫理観に疑問を感じる点は多々あります。しかし、物事を運営する上で「より素晴らしくより良い方法だ」と思われる方法や判断基準が見当たらないのも現実でしょう。個人的には「教祖様の教えられたみかぐらうたの世界」がそうではないかと感じますが、その全体像は見えないままです。同じように感じ、考える人が沢山出てくれば、社会や人類にとって別の道が見えてくるのでしょうけども。
>「さあ、話をしよう」に、言い負かしてやろうなんて気はなかったですか?
相手がこちらを「言い負かしてやろう」と思って来るのですからお互い様です。
一方的に話をしようとする人の相手をする気は毛頭ありません。
女性の「私の話を聞いて欲しい」という心理や気持ちは分からないではありませんが、愛情や何らかの繋がりのある相手ならともかく、宗教の勧誘に来てそんな心理を出されても相手をする義理はありません。
神殿の状態が気になります。
末端教会子弟様
<期限や期間が決まっている(期限を伸ばしてロスやムダが拡大する)ものなら、決定権者の合意で進めるしかありません。
そういう案件は世間には数々あります。
でも三島神社の移転に関しては当てはまりますでしょうか。
末端教会子弟様は、「期限を伸ばしてロスやムダが拡大する」と表記されていますが、
この場合のロスやムダとは何をさしておられますか?
ふと頭に浮かび思い出したものがあります。
シチリア映画祭ドキュメンタリー部門で最優秀賞をとった映画『祝の島』です。
この島は祝島は、関西と九州の国東半島を結ぶ最短の航路上にあたり、奈良時代から海上交通の要衝となる寄港地でした。そして古代より、この島には航海安全を祈願し、豊かな海への感謝を捧げる神官の祝(ほうり)がいたとされ、神霊の島といわれてきました。瀬戸内海を行き交う船が危難に瀕した時は、この島に向かって一心に祈ると、島は霊光を発して行く先を照らした、という話しが残っております。
今は過疎化によって、人口500人足らず。その70%以上は65歳以上の高齢者です。
1982年、祝島の対岸4キロにあたる田ノ浦に上関原子力発電所建設計画が持ち上がります。祝島では住民の9割が反対を表明し、28年を経た今も、島をあげての原発建設反対運動が続いています。その影響で中国電力の事業は幾度となく延期され、大幅に建設予定が遅れてきましたが、2009年10月には、山口県が公有水面埋立免許を交付してしまうのです。祝島の人たちは「美しい海をこれからの世代に残してやりたい。」そんな想いと共に、原発に反対して、人生を懸けて訴えてきました。 それでも、そんなことがまるで関係無いかのように、上関原発の準備工事は進められてきました。それは、3.11の福島原発の後でも行われていました。
上関原発を建設したいと思っているので、今は現状維持の状態にすると中国電力は話しています。
http://kaminoseki-genpatsu-slapp.jimdo.com/
天理教には関係ありませんが、祝島と原発について詳しく書かれていますので、是非皆さんに読んでみていただきたく思います。そして機会があれば、自主上映会を全国で行っておられるのでご覧いただきたいです。
効率と利益を追い求める社会が生み出した原発。
こういう危険性をはらんでいるのです。
<相手がこちらを「言い負かしてやろう」と思って来るのですからお互い様です。
一方的に話をしようとする人の相手をする気は毛頭ありません。
そうですか、お互い様ですか。
ではいつまで経っても平行線だからお話合いを求めても無理でしょうね。
ですが、末端教会子弟様が話されていた内容とずいぶん矛盾していませんか?
同じ土俵に立つのではなく、微笑みをもって毅然と向かう。
押し出すのではなく引き込む隙(よい意味で)を与えることが必要と思いますが。
長い長い時間をかけて・・・
三島神社の移転に関しては法律的にはクリアしているのでしょう。あの当時、本部在籍の人や勤務者が三島に引っ越しして三島の住民になった人が多くいます。
多数決ですから賛成派を作る為です。弁護士も数人おられるようです。だから、法律的には問題ないのです。
しかし、心の面、信仰的な面で大いに問題を残し、しこりを残したのです。
三島神社と鏡池が、あそこに有ったことは、とても重要な意味があったと聞きました。
http://archive.fo/yQfPL
天理教本部神殿の真東に位置して昔からあった鏡が池の美しいたたずまいも、 今は姿を消し、過去の思い出となってしまいました。
教祖100年祭を機に、天理教教会本部が、神社の氏子を始めとする地元住民の猛反対を押し切って、三島神社の移転を強行し、続いてその宮池である美しい鏡が池 を無残にも埋め立ててしまったからです。
そのいきさつの詳細は、いずれ『三島神社と天理教』の本に表される事になっておりますが、此の事件の陰に天理教教会本部の、宗教家にあるまじき無謀な行為が あった事は否めません。
それらをこれから皆様と共に検証して行きたいと思います。
どうか、最後まで読んでくださるようお願い致します。
私は、天理教の一教会長です。以前より三島神社の移転と、宮池の埋め立てには反対してきました。
それが、希望していた事とは正反対の結果になってしまって、本当に悲しく思っております。
けれども、この問題は、単に私一個人の感情の問題ではありません。此の中には、もっともっと、深く大きな問題が隠されている事を皆様方 に知って貰いたくて、この度ホームページを開かせて頂きました。
さて、それでは、深く大きな問題とは何でしょうか?
その1番目は、三島神社の神様自体が、聞いてあっと驚く大変な神様だからです。トップのサブタイトルに「三島神社の移転と鏡が池の埋め立ては 天理教始まって以来の大失敗」と書きましたが、その訳をこれから説明して参ります。
その2番目は、そのどえらい神様をどかすのに、目的を遂行する為には手段を選ばず式で、これが宗教家のやること?と疑いたくなるような 大変汚いやりかたで本部がやってしまったことです。この詳細は近々本にして出す予定です。
その3番目は、この問題には、神様もじっと黙っては見て居られなくなられた様で、人間の中に割って入って来られたということです。此処が一番の問題点 でしょう。
事実は小説以上の大ドラマ
天理教と三島神社に関わる問題では、正に、小説以上の大ドラマが展開されて参りました。
それなのに、17000ヶ所の天理教の教会長さんをはじめ、ようぼく、信者さんのほとんど全ての人が、此のドラマの内容も、話の概要すらも知らないのが 実情なのです。何故でしょうか?
それは天理教教会本部が、此の問題をひた隠しに隠して来たからです。神社移転の企画を練る時でさえも、公式の会議には一切かけないで、 極く秘密裏に、天理教真柱を取り巻く極く一部の本部員だけで練り上げ、目の飛び出る程の膨大な予算をかけて準備をし、秘密裏に事を遂行して来たからです。
天理教教会本部は、配下の17000の教会長や、ようぼく、信者らをあざむいて、何食わぬ顔で、神社を移転させ、その宮池を埋め立ててしまいましたが、 この様子を極く初期の段階から細大漏らさず御覧になって居られた方がおられました。それが、これからお話する「神霊」なのです。私は奇遇と申しましょうか 、因縁と言ったら良いのでしょうか、その「神霊」との縁を頂いて三島神社の問題に関わってしまったのです。
神霊の言葉を最初聞かされた時に、私はただ唖然と致しました。天理教教会本部が教祖100年祭までにどかしたいと考えていた三島神社の 神様の正体が、何と天理教の主神である天理王命そのものであると言うことを耳にしたからです。その時、私は、何か悪夢を見ているのではないかと、 自分の頬をつねってみました。 ちゃんと痛みはある、夢ではありませんでした。それはわたしにとって天地がひっくり返る程のショックでした。
自分たちの主神である天理王命を追い出して、天理教が今後栄えて行く筈がありません。余程の反省と、転換を図らなければ天理教の行き先真っ黒 であるといえましょう。
まず、最初に、今からあしかけ4年前、平成11年の4月9日に書いた私の小論文「天理教は宗教で無くなった」があります。 文章は、堅苦しく、きつい文章ですので、読み疲れるかも知れませんが、此の文章をしたためておいたおかげで、此のホームページを開くところまで こぎつけて来られた訳ですから、何か気にかかる事があったら、文章にしておく事は大事なことだと思います。
この本文のあとに、別に解説を加えていますが、現実との関わりが更に良く分かると思いますので、 この方も是非読んでください。
また、読後感などお寄せ頂ければ大変うれしく思います。
さあ、それぐらいの事を前置きにして、これから本文に入って行きたいと思います。
古い教会長 様
何時も感情論ばかりの私は、大いに期待しております。論理的思考で述べられれば、教団本部は、ぐうの音も出なくなるでしょう。教信徒も一度頭を冷やして、教理を考え直す機会になれば幸いです。
古い教会長 様
こちらのページ以前に拝見しておりました。
怒りに震えて掲示板に書き込んだこともございました。
古い教会長様の書かれたものだったのですか?
肌で感じる神霊を口ではどう表現してよいのかわからず、
私が様々な不思議を書くことでそれがかえってご迷惑になるようで毎日毎日思案しておりました。
伝えてくださってありがとうございます。
50代元信者 様
>この場合のロスやムダとは何をさしておられますか?
私は三島神社移転に直接かかわる者でも地域の住民でも氏子でもありませんから、実質的な「ロス・ムダ」がどの程度かは算出できません。ただ、物事を進めるにあたり期限があると主張する側からすれば、その期限を過ぎる事だけでも「ロス・ムダ」を被るでしょう。
>効率と利益を追い求める社会が生み出した原発。こういう危険性をはらんでいるのです。
50代元信者様も私も、その「効率と利益を追い求める社会」の恩恵を受けている一員ではありませんか?
勿論、危険性や問題点があるならそれを解決する方法を考え取り入れる必要はあるでしょう。
それを指摘し問題解決の妥協案なりより良い方法や方向性を考える姿勢が「お互いに」大事なのではないかと思います。
反対する人の「感情的な部分や思い入れ」を全て否定するつもりはありませんが、全てに反対では何も進みませんし、それで計画や物事が止まるなら、結局は「反対派のゴネ勝ち」になりますね。
誤解のないように申し上げますが、私は天理教本部の三島神社移転や国の行う原発・空港建設・米軍基地移転等、推進派を支持も擁護する立場にもありません。反対される方の感情や思い入れも大事にしたいと思っています。でも、両者の言葉や行動の影に見え隠れする「本音と建て前」を使い分けながら争っている様子にうんざりする気持ちもあります。結局「推進派は利権と分け前が欲しい、反対派は感情論と自分のメリットがない事が気に食わない」と。
いえ、50代元信者様を始め多くの方が本音と建て前を使い分けて批判してると言っている訳ではありませんから誤解のないようにお願いします。皆さん、様々な事を調べ研究し、問題意識をもっていらっしゃる事に感心させられると共に頭の下がる思いです。私自身、天理教団の過去の「悪行」として記憶し、話のタネや今後の言動に参考にさせて頂きたいと思っています。
繰り返しになりますが、「効率と利益の追求」によって現在の社会は便利になり豊かになり発展してきました。その一面、多くの人がストレスを感じ、仕事や社会生活に心をすり減らし、自分が存在する理由さえ見失ってしまう人も多いかと思います。これは「効率の追求」は大事な事ですが、「利益の追求」が優先されてしまった結果かと思います。
かといって、それに代わる価値観や手法が見当たらない提案できないでいるのが既存宗教の限界なのでしょう。みかぐらうたには「さんざいこころをさだめ なにかにつくりとるなら」と書かれているのに、天理教上層部が「散財心を定めず、何も作り取らない」生活をしているのですから、言わずもがなです。
>ですが、末端教会子弟様が話されていた内容とずいぶん矛盾していませんか?
何が矛盾するのかご指摘いただけませんか?
「私は天理教ですがお話ししましょう」で帰ってしまうのは相手の方ですよ。
「微笑みをもって毅然と向かう」とか「女性ですとなおさら」という言葉に、私個人を「笑顔のない理論武装の堅物」というイメージを持ってらっしゃるように感じられますが、どうなんでしょう?私自身そういう一面が無いとは言いませんが、身近な人間ならともかく、普段の私を知らない人から言われるのは心外です。
古い教会長 様
私自身、子供の頃の記憶に鏡池があった景色は覚えています。教祖伝に出て来る池だという認識もしていました。信者さんに何の説明もなく買収して潰し、その後も何ら公式発表しない本部のやり方には疑問を感じざるを得ません。
疑問・問題と思うのは、「教祖伝に出て来る史跡旧跡を潰して、全国の信者さんに対してどういうお話を説くつもりなのか?ひながた辿れと言うひながたの跡を潰して話が成り立つのか?」です。多少強引でも、法律的・手続き的に問題がないのであれば、その点に宗教家としてとか神様に対してとかいう反対理由は弱いと思われます。
失礼致しまして申し訳ないですが、
50代元信者様も、末端教会子弟様も、もう宜しいんじゃないでしょうか?
どちらの仰ることも解りますし、きりがないと存じますので・・・。
>50代元信者
これは私が書いた文章ではありません。以前、会ったことのある会長さんです。今は会長を辞しておられますので会う機会もありません。
中澤隼人さんの、子息かご親戚ですだったと思います。
<中澤隼人 天理教>で検索して下さい。
末端教会子弟様
<私自身そういう一面が無いとは言いませんが、身近な人間ならともかく、普段の私を知らない人か<ら言われるのは心外です。
人格まで否定したつもりはなかったのですが、そのような誤解を与えたのは事実でしょう。
ごめんなさい。申し訳ありませんでした。
原発問題にしても末端教会子弟様が何をおっしゃりたいかはわかります。
息子とも真夜中に激しい議論を交わしたりしますから。
でもこれはここで書くことではなかったです。
逃げるようで申し訳ありませんが、もうこの話はこれで終わりにさせてください。
匿名様のお言葉を天からの声と受け取らせていただきました。
匿名様
そうですね。自分の考えに固執しすぎたかもしれません。
ヒートアップしてしまいました。
ご忠告ありがとうございます。感謝します。
古い教会長様
皆さまにはお目障りな議論になってしまい、ご迷惑をおかけしてしまったかもしれませんが、
こうして再びあのサイトの言葉を古い教会長様がアップしてくださってことで、
中澤氏のことも知りうることができました。感謝します。
ドラマ「仰げば尊し」は毎回泣きながら観ました。あの先生は中澤氏と関りのある方だったのですね。
もう終わりにしたい。もう終わりにしたいと思いながら、何かにとりつかれているかのように
毎日毎日書いていました。
初めの頃は書くのも怖く、たった一言コメントを残しただけでした。
それに対応してくださったのが古い教会長様でした。
古い教会長さんが千葉の教会長さんのチラシを紹介してくださったお陰で、
母に希望の光を与えてあげることができました。このことにも感謝いたします。
天理教とは関係のないことで、好き勝手なことを書いて
ご気分を害された方もいらしたことでしょう。本当にごめんなさい。
こちらの皆さまのお幸せを心よりお祈り申し上げます。
皆さまが笑顔で素敵な人生を送られますように。
二代真柱様が、なぜ三島神社を移転したかったのか、単に八丁四方の鏡屋敷を造成するのに邪魔なだけであったのか、それとも、天理教以外のお神様(同じ神様というご意見もあります。)が境内にあることが、気に食わなかったのか、どうなのでしょうか?ご存じの方がおられたら教えて下さいませ、
三島神社は教祖が願掛けをされた神社でしたら、「教祖ひながた」と、祭典講話の度に真柱様が口にされるのですから、教団としては、いくらご本部内だったとしても、そこに残しておく重要な価値のあった神社ですね。大きな鏡池があったなら、おちばの景観もおおいに上がったでしょうに、勿体ない事を真柱様はなさったものです。
天理王命と同じ神様ではなかったとしても、大事にしておけば、天理教は懐の広い宗教として、もっともっと信者の崇拝を集めたかもしれませんのにね。
匿名 様
大変失礼しました。
最初に50代元信者様、匿名A様から回答を頂いたことに、私が個人的感想を「軽い感じ」で書いてしまった事から話が逸れてしまったようです。決していい加減な考えや誰かを茶化すような意図ではなかったのですが、「軽い感じ」で書いたのでそのような印象を持たれたのかもしれません。
言葉や文章表現の難しさを感じます。
おかげで三島神社移転に関する事も学べましたし、色々と思索ができました。
お付き合い頂いた50代元信者様には、改めてお礼を申し上げます。
他の方には心苦しい文章や内容だったかもしれません。
不快に思われた方にはお詫び申し上げます。
今後、言葉や内容を選びながら書き込みを続けていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
2016年10月17日 4:43 PM 匿名 です。
差し出がましいことを書きまして、失礼致しました。50代元信者様と末端教会子弟様、どちらも頭の良い、理論派のお二方ですから、づっと続きかねない、と思いまして(笑)、思わず口を差し挟んでしまいました。静観しているのも見物であったでしょうが。(笑)
50代元信者様には、三島神社の移転に関して、又、いろんな方面にわたって幅広い知識と、見識をお持ちで、いろいろと貴重なお話を教えて頂きまして有り難かったです。続けてご投稿お願い致します。
お二方のお話の中に出ていました、「民主主義」ということに関してですが、民主主義は数の論理で良識が打ち負かされる場合が、往々にしてあることと思います。民主主義は、衆愚政治になってしまいがちです。少数のエリートたちが社会をリードする方が、いい社会になる、という意見もありますね。が、今のところ、日本では、それは難しいのでしょう。
末端教会子弟様が、「お供え」掲示板で書かれてました、教組の教えられた、「やまとはほうねんや」と、みかぐらうたに現わされた社会では、民主主義のままなのか、少数エリートが社会を指導するのか、どんな社会になっているのでしょうか・・・。
三代真柱は今は亡き人、その人を悪く言うのは憚れるが、自業自得のところがあります。
詰所の明かりが少なく寂しいと云われていたが、三島神社移転問題に絡んで、橿原神宮宮司との会談のなかで、信者が減少しても構わない発言をした当然の報いではありませんか。会談の内容を録音した全文を公開すれば自明の理となります。さて、公開しますか。
又登場しますことに、恥をしのんで、これからは私の私情抜きに事実だけを投稿させていただきます。
中澤隼人氏のことを調べていましたら、廣池千九郎氏とつながりました。
昭和2年3月11日、廣池千九郎宛中澤隼人書簡です。
中澤氏が書かれた内容は書かれていませんが、
廣池氏は中澤氏書簡の封筒に、「天理教弊害」と書かれています。
ちょっと前に廣池千九郎氏と天理教との関係をこちらに投稿させていただいましたが、
私は廣池氏は天理中学の校長の職を辞されてから、天理教から離れていたものと思っておりました。ですが、下記のPDFの文章を読ませていただいて、驚くべき事実をみつけてしまったのです。大正10年から40年祭ごろにかけて、関係が復活されていた。
廣池氏は教会制度の弊害を十分に知りながらも、教祖の真の精神を継承し、
一段高い道徳的社会を建設するために、あえて教会制度の末端に連なるという
決心をしているのです。そして神恵講設置許可が降りるのですが、
その神恵講という名は管長が命名したものだったのです。(大正12年4月)
その内容は
http://rc.moralogy.jp/wp-content/uploads/1995/07/41sakurai.pdf
に書かれています。
日本の歴史学者、麗澤大学教授、桜井良樹氏が書かれています。
必読!
匿名A様が書かれている録音の内容、知りたいです!
50代元信者 様
仰る通り内容を知りたいですね。このような重要な会議ですから速記録なり、録音記録が無いはずがありません。
勿論、開示に当たっては相手方の了解があって初めて実現するものと思料しますので、簡単には実現するとは思っていません。
年に3回会う知人は、ハッキリと云っていましたから、嘘ではないと思うのです。教団内の事情を良く知っています。名前を書けば、エッと思われる方がおられると思います。
さっちん 様
>づっと続きかねない、と思いまして(笑)、
あと数回で収束してたと思いますよ。
天理教団に批判的な立場は同じですし、批判の「根拠」が違うだけだという認識は最初から分かってました。
50代元信者様は「三島神社の氏子や地域住民の気持ちや思い入れを重視」していると思われますし、
私は「教組伝の史跡を潰す事の信者に対する説明責任を重視」しているだけですから。
>末端教会子弟様が、「お供え」掲示板で書かれてました、教組の教えられた、・・・
私に解釈に対する疑問と思いますが、こちらの流れを中断するのも憚られますし、元の書き込みが「お供え掲示板」ですので、そちらの方に後刻(後日?)書き込みさせていただきます。
天理教フリーローラムとはどういう立場の方が立ち上げたのか存じ上げませんが、
本&文書というところに、三島神社の移転や鏡ヶ池の埋め立てについてかなり詳しく書かれています。
中澤氏の文章もみつけました。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/
少し抜粋しますね。
神社移転に使用した不正資料
・三島神社が移転する場所に天理教の専修科生の寮があったが、ここにいた学生6?人(一桁目の数字が読み取れない)を氏子に登録した。投票すれば賛成の数が足りないと予想したため、三島神社が移転した後、どこに住むかわからない学生まで氏子登録して数合わせを行ったと話す。
学生60人を使用することについては、天理教本部がすべてを集めた。
・三代真柱中山善衛も氏子登録して一票を投じている。
こちらにはその他不正や業者との癒着が詳しく書かれています。
胸が悪くなりますが、一読をおすすめします。
60人の学生さんたちが裏工作に利用されたことを知って、自責の念にかられることはないだろうか。
傷ついた学生さんたちはいないだろうか。それとも本人たちが知らないうちに登録されてしまったのだろうか。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/ の転載です。
あれから(100年祭)、30年位たっています。
当時の事を知る方も少なくなりました。
100年祭は色々事件の多かった年です。まず三島神社も移転になりました。その後、鏡池も埋め立てられました。寂しい限りでした。
当時、鏡池の埋め立てを巡るトラブルがあり何ヶ月の間、26日の本部祭典終了後に、其れを抗議する事態が起こりました。
今は、遠くの記憶になりました。
当時の神社移転に反対され、埋め立てにも反対されたこの文書にある中澤先生も、反対の文書をくばった為に
懲戒免職処分になりそうでした。
その後天理教より独立されました。。
今残っています当時の文書を公開します。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/iten.pdf
(株)東京天理教館の運営されているビル、その中でも千代田区神田にあるビルの
所在地を地図で見ていると、
東京天理ビル、神田錦町ようきビルが、ある大教会の建物に隣接しているのが
わかります。偶然なのでしょうか。
その大教会の初代会長は女性。
そしてその人はアタッシュケースで本部の地下に札束を落とすことで知られている愛〇分教会初代会長の生みのお母様。
知り合いがこの大教会の所属で、お話を伺う機会がありました。
たしか初代大教会長の年祭の時には、愛〇から多額のお金が流れると。
そのお金は大教会から本部へと流れていくのでしょうが・・・
いろいろと勘ぐってしまいます。
そしてその知人が申しますのに、その大教会(100年祭ころだったと記憶)に
3代真柱がお入り込み?の時、祭典の後、ビルの上階にて大宴会が催されたそうですが、
地方から来られた信者さんたちは、座る場所もないくらいの慌ただしさの中、
ごくごく普通の弁当が手渡され、上階で真柱を囲まれている会長方々は
なんと、帝国ホテルのコック貸し切りで料理がふるまわれたそうです。
現在を聞いてみると、大教会も代が変わられてずいぶん雰囲気は変わり、
黒塗りの車もなくなったようにお聞きしますが・・・
知人は、しばらくして天理教から去りました。
いつも饒舌なこの場所が、古い教会長さんの爆弾に、沈黙している。
文書をそのまま受け取ることはできない。
でも、ありえることだ、と思う。
沈黙は関心がかけ離れているからか。
おそらく違う。
言葉を失ったから。
「誠真実」
なんと空しい響き。
ちなみに、安野嘉彦とともに自治会との交渉の席にいたのは
中田善亮と聞く。
戦いは世代を超えて続いているのだろうか。
この爆弾は、どこに向かうのだろうか。
神殿に龍なのか、お鎮まりくださった神様なのか、分かりませんがおられます。
人間の霊力の重なりによる結界をはった御霊返しの空間作りについて考えています。
すみません。また余計なことを言いました。
「悲しい」「辛い」「悔しい」「情けない」様々負の感情を味わうことは
大人になるための時期、大切な大切なプロセス。
味わい尽くすことによって、その痛みが自分を守るためのバリアとなる。
言い換えれば、それによって人との上手な距離感をもつことができるようになる。
ところが「埃」の話で、負の感情を否定されるわけだから、
自分の心に浮上してもすぐに打ち消して、無きことにしてしまう。
でもその感情はずっと鬱積されたまま残る。
そして自分を責め続ける。
本来は相手に対して持つ怒りのベクトルが行き場所をなくし、自分に向かうことでエネルギーはそのままとどまる。
そして次第に生きるエネルギーを奪っていく。
お道の若い方に鬱の人や自殺者が現れるのはなんら不思議じゃない。
大人になっても、精神はずっと子どものまま。
人との距離感をもてないまま、表面は物わかりのいい人間で、いい人で、
負の感情を否定しながら、相手の要求にただ黙って従う。
相手の理不尽な要求にも従うふりをして生きざるを得ない。
自分を責めながら要求に従う道しか選択肢をもっていないから。
でも実は自覚のない憎しみがずっと心の中でくすぶりつづけている.
むしろ憎しみは肥大化していく。
若者は、鬱になりひきこもりになり、自殺にまで追い込まれ、
大人になりきれていない大人たちは、負の連鎖を繰り返す。
連鎖を断ち切ることは、痛みをともなう。
それまで生きてきた自分を総ざらいしなくてはならないから。
その作業は想像を絶する。
それまで隠れていた憎しみや悲しみが一気に噴き出してくるのだから。
置き去りにしてきた負の感情を、いい大人になってから味わうのはとても辛いものがある。
「過去はもう過ぎ去ったことなのだから忘れなさい」
人は簡単にそういう。でもこれができずにいるから苦しんでいる。
その苦しみから抜け出すには、どん底を味わうことしかない。
もうこれ以上無理と正直な自分と対峙するしかない。
そうしてありのままの自分を受け入れて、そんな自分を大切な人に認めてもらえて
そうして人は前にすすめるのだと思う。
自分で自分を受け入れる。それはもちろんだけど、まわりから受け入れてもらえて自信がつく。
そういう人の存在がとてもとても大切。
認めてくれる人はたった一人でもいい。親だったり伴侶だったり。
若者に埃の話をするのは危険を伴う。
親は絶対などと言って、親に服従させるのもそう。
親だから本来なんでも言えて、甘えられるのだ。
そういう場所があるから他で毅然と頑張れるんだ。
わが子は世間からは評判がいい。
ところがどっこい、私には素っ気なく、ひどい言葉も平気で吐く。
でも私のことは好きらしく、落ち込むと「聞いて」と連絡がくる。
私は自分が親から認められるようになってから、子どもたちの悪態が
とても可愛らしく、「なんでも言い合えるから親子なんだ」とうれしく思えるようになった。
やっとやっと・・・
私が死ぬまで甘えてくれればいいと思う。他でがんばれれば。
人との距離感を知らない大人がお諭しなんぞしようものなら、
それは凶器でしかない。
2016年10月19日 10:46 PM 言葉を失う 様
三島神社移転の瞬間に教団は、純粋な宗教ではなくなりました。政治力に頼った時点で、教団は自らの教えを否定したわけですから。
自分を大切に出来ない人は、本当の意味で他人を大切に出来ないのではないでしょうか?
「人を見る目を養うこと」もまた、人生には重要なことだと思います。
http://d.hatena.ne.jp/You-nagi/20100215/1266241102
より抜粋
———————————————————
■つきあって良い相手かどうかを判断するには、たった一つだけ見ればいい
信頼できる相手か、つきあっていい相手かどうかを見るにはたったひとつの事柄に関して、
相手の行動をみてゆけばいいと思います。相手と気が合う、趣味が合う、話が合う、
そういったものの以前にたったひとつだけ。
◎ それは「その人の言動の根底に、人間に対する愛があるかどうか」です。
◎ 相手が人間愛に基づいた言動を日頃からしているかどうかです。
ここでいう「人間」とは、あなたに対しての愛ではありません。もちろんそれも含まれますが、
第三者に対する愛があるかどうかに、その人が人間愛を持ってるかどうかがよく現れる
と思います。
その人の思想の根底に人間そのものに対する愛情があるのか、人間に対する尊敬が
あるのかはとても重要な事です。こういった部分を感じさせない人、他人を平気で裏切ったり、
たいした理由もなくこきおろしたり、簡単に見切ったりするような相手には注意すべきです。
■注意すべき相手の行動
第三者に対してひどい仕打ちをする人間は、あなたに対しても利用価値がなくなったら
簡単に裏切ります。今はなんらかの利用価値があるから、あなたに対して良いように
扱っているのです。
必要がなくなったりするとすぐにポイされます。たとえばこちらが何かのときに助けを求めた
としても、面倒になったと判断されて、簡単に切り捨てられます。
人間に対して愛のない人は、利用価値のない人間には非常に冷酷です。ある日突然、
人が変わったように冷たく扱われるようになったり、裏切られたりします。
人の変わったように感じてあなたは驚くかもしれませんが、それは、
◎ あなたがその人の本質を見抜けなかっただけです。
その人の今までの調子の良い言葉に騙されて、自分が相手にとって特別な人間なのだと
勘違いしていただけなのです。
■相手の行動を見る。
また日頃、相手があなたをどう扱っているのかも、しっかり見る必要があります。
他人に対する愛や尊敬のないひとは、日頃のあなたとのつきあいの中にも、そういう部分
が見え隠れするものです。
毎回待ち合わせの時間に遅れる、約束をよく破る、あなたの話をちゃんと聞かない、
あなたに対して気配りをしない。横柄な態度で接する。
あなたに対するほんとうの気持ちは、言葉ではなく態度に現れることが多いです、
◎ 言葉を聞くのではなく相手の行動をしっかり見てみてください。
天理教本部はいったい何を目指しているのでしょうか?由緒ある三島神社を強引な権力と金の力で移動させて。
三島神社のご祭神は、布留御魂神、大山祇神、天児屋根命です。
【布留御魂神は、石上神宮にも祀られている「十種神宝(とくさのかんだから)」とも称えられる、十種類の神宝の「神霊」です。「亡くなられた人をも蘇らす」霊力を秘めています。】
http://www.isonokami.jp/shinwa/shinwa2.html
みき様が、強力な病気なおしのお力を発揮されたのは、この布留御魂神のご神霊のお力によるものであった、と考えるのは、無理がありますでしょうか?
50代元信者の 10月16日 9:47 AM のご投稿で、次のような文章がありました。引用させて頂きます。
>今朝は五十相伝について調べていたら、その途中で
「親様が出雲大社で修行をしていたことは「古神道の秘術」はじめ多くの文献に書かれています。 しかし天理教の書籍にその記載が無いのはなぜでしょう」
という質問があちらこちらで書かれていました。答えはみつかりませんでした。
>四拍手は天理教と一緒なので、・・・・・・
神主さんの祝詞が、「出雲大社の御前に慎んで・・・」で始まったのです。
三島神社のご祭神に、「大山祇神」がおられます。この神様は、出雲大社に祀られている大国主(大物主)神のご先祖の神様です。
そして、みき様のお母様のきぬ様は、崇神天皇の時代に倭大国魂神を祀った長尾市宿祢の直系の子孫とのことです。倭大国魂神が祀られているのは大和神社。教組が、「どういう神で御座ると、尋ねておいで」と弟子に問答に行かせた大和神社です。大和神社のご神体が、天皇家の祭神に変わった為との事です。
そして、その倭大国魂神は、大国主神、大物主神の、同神異名、とも言われています。(異説もありますが。)
天理教の柏手は、4拍手で出雲大社と同じ、このことからも、天理王命は、出雲系神々(スサノオ、大国主神等)と関係がある、つまり、出雲系ご先祖の大山祇神を祀っている三島神社とも深い関係があると思われます。
その三島神社を移転させたのですから、真柱と本部幹部は愚かな、又、天理教信者達に対しても、申し開きも出来ない残念なことをされたものです。
50代元信者様
1行目最初のところ、「様」を記入してませんでした。大変失礼申し上げました。 ペコッ
2016年10月21日 4:20 PM 匿名様
あはは、気になさらないでください。全く気づきませんでした。
匿名さん、アップしてくださってありがとうございます。
ツイッターを拝見していてわかっちゃいましたよ^^
調べるの大変でしたね、私など神話を調べているだけで頭ウニウニです。
今日も勉強しようと思って分厚い神話の本と歴代天皇紀を持ち出してきましたが、
積読状態です。さっぱり頭に入らないんですよー。
そして今私は実生活において、最終の浄化を抱えていて、負の感情が噴き出しています。
それを一気にこの作業のエネルギーに変えているのですが、
その途中で感情をもてあましていると、ふとある本の紹介が目に入りました
その本は斎藤一人さんとお弟子さんの書かれた本で、「女性のための逆ギレのすすめ」です。
(私は斎藤一人さんとは何ら関係ないですが、たまに読ませてもらっています。痛快なのです)
これね、めっちゃおすすめです。今朝Amazonから届いたのですが、本の帯に
「理不尽なことを言われたとき、ガマンすることが修行ではありません。
あなたの修行は「それ、おかしいですよ」とか、言えるようになることなんです。
あなたの修行を淡々とやれば、あなたはあなたの人生を生きられます。それが天の道です」
もうね、このタイミングに、「あー神様ありがとうございます」って思いました。
私は30年以上姑の理不尽な言動に我慢してきました。
今は仲良くやっている夫とも、長年我慢のし通しでした。
「親には素直に生きなさい。嫁は我慢して嫁ぎ先に従順に従いなさい。夫をたてて我慢して生きなさい」
と母に言われ続け、
今はこうして意見を言える私ですが、良妻賢母の仮面を被って、ずっと我慢し内面は無意識に怒りをためこんでいました。
本の中から引用します。
「人間って、神が創ってくれた、価値あるものなんです。
相手も価値があるけど、自分も価値があるんだよ。
だから、どちらかが一方的にやられっぱなしとか、言われっぱなしとか、いけないんだよ。
いや、言われていることが正当なら聞く耳を持たなきゃいけないよ。
だけど「自分は悪くないのに言われてガマンしてます」って、心があると苦しいでしょ?
人の中には全員、神様がいるんです。その神が、嫌がってるんです。苦しがってるの。
不当なことを言われたら、「違います」って言えないのはおかしいんです。
「私はなにもしてない、なにもしてない」って、何回も言い続けなきゃならないような
ことをしているからおかしいんだよ。お互い平等なんだよ、人って。
だからしっかりしようっていうことです。」
匿名さんの調べられたこと、実に興味があり、私も調べつつあるのですが、
今日はどうもまとまらないので、またご報告させていただきますね。
母は、結局ほとんど変わってなかったです(苦笑)
人の心というものはちょいとにわからんものなるぞ。
人の心というものはちょいとに変わらんものなるぞ。
体と言葉の暴力で私を育ててきたことを母は笑って話すので
「精神的におかしくなったので電話きるね」と言って今日は母を拒絶しました。
先日約束したのに、ありゃーー今日は完全に感情論、全部私情だー。
50代元信者 様
私が調べられたことなどは、表層的なことで、調べれば調べる程、いろんなことが出て来そうです。だから私はもうこれ以上は足を踏み入れませ~ん。
ツイッター上で、天理あるあるbotさんという方に、散々、違うと突っ込まれながら、何とかイチャモン(笑)をつけられないように、無理やりという感じでまとめましたが、あるあるbotsさんにも書いたんですが、沼地に足を踏み入れるようなもの、ですね。日本古代史なんて、素人の手に負えませんよ。学者が研究することです~。
それこそ、天理大学宗教学科では、こういう天理教の神様の由来とか、石上神宮、大和神社、大神神社、布留御魂大神との関係など、そういうものを研究されてないのでしょうか?
あっ、今、中矢伸一氏の著作に、興味深い文章を見つけました。私がまとめた拙いものより、はるかに親神天理王命の真相に迫っているような感じですので書いておきます。
「大物主とは、ニギハヤヒのことであるとする研究家は多く、筆者も前著でそう述べた。たしかに三輪山に祀られる大物主とは、ニギハヤヒと同一視し得るところもある。
大物主とは、「大」が美称、「物」は精霊とか霊魂を表す言葉、ヌシは君主のことであり、「偉大なる神霊の主」という意味で、ニギハヤヒの別名としてつけられた神名と思われる。
では、ニギハヤヒ到来以前には、三輪山はただの山だったのであろうか。筆者はそうではないと考える。おそらく三輪山は、太古より大和(という名でなかったにせよ)周辺の人々から信仰を集める霊山だったのであり、そこには「太陽神」と「蛇神」との神格を併せもつ神が祀られるにふさわしいとされたのであろう。
三輪山の神はまた、【大山祇神】とも称される。大山祇神は「記紀」によれば木之花咲耶姫の父親であるが、山の神としても知られ、全国各地の山においてよく祀られている神である。山からは水が湧き出て、川となって里を潤すことから、水神として崇められる場合もあり、集まった水が川となり、細長く流れるさまから蛇神や龍神として祀られ、さらにこれが天空に昇って雷神(大雷神・オオイカズチノカミ)となる。
・・・・・・・・・
三輪山はこのように、「天地諸神」すなわち「天地地祇」のすべての神々の鎮まる山であり、それはまた天皇霊の坐します最高の神体山であった。
先に述べたように、天神とは太陽神のことであり、地祇とは蛇神や龍神を代表的な御遣い神とする地の神のことである。
そして天皇霊とは、ニギハヤヒが大和の地に初めて王朝を開いて以来、この山に付与されることとなった神格であると思われる。」
「封印された日本建国の秘密」 中矢伸一 日本文芸社
訂正です
「天地地祇」のすべての神々の鎮まる山 → 「天神地祇」の
Inochi. Genki ?
50代元信者様
お供え掲示板の方で、末端教会子弟様が、「八つの埃」についてのご考察を述べておられました。
>埃を全て祓ってしまっては人間らしく生きることができない。埃を払うと陽気ぐらしになる」ではなくて「陽気ぐらしの邪魔になる埃を払いなさい」ではないだろうか、と ・・・・
「初めての人に天理教のお話をするには『八つの埃』と『貸し物借り物』から始めなさい」と教えられました。その結果は、上記の「理の親教理」に結びつきます。
この事を理解したとき、背筋が凍るような感覚に襲われました。
今の天理教組織の堕落と腐敗ぶりの原因が分かったような気がします。
親様は「癖性分をとりなされや」とお教えくださってますし、お筆先にも「埃」の記述はありますが、それを「八つの埃」と特段に強調したのは、教団の教理捻じ曲げの一つだったのではないでしょうか。「埃」のお話は、心に留め置く程度で良かったものではなかったのでしょうか。
私も若い頃は、親戚の中でも嫌いな人とは口もききませんでしたが、今は結構仲良く喋くってます。こちらも向こうも年をくって丸くなり、ツンツンしてるエネルギーが無くなった、ということもあるでしょうが(笑)。「八つの埃」なんて始終意識して、自分の心の中に自然に湧き上がる感情を押さえつけながら暮らしていれば、ホント、ノイローゼか、鬱にでもなりますよ。生きていくうちに、経験を積み、失敗も重ね、だんだんと会得できるところもあるのですから。
50代元信者様が仰るように、若者には「八つの埃」などというお話を強調して話すべきではないですね。「教え」ではこういうことが言われてますから、気をつけなさい、くらいにしておくべきですね。それぞれ人生経験を積み、何かにつまずいた折に、そういえば親様は「埃」というお話をされたいた、と心に浮かび、そうして成長する、自然にまかせておけば良いように思います。
「八つの埃」は、お筆先から、自分達の都合の良い部分を強調し、歪曲した「教団教理」に過ぎないものと思われますね。
追伸
悟ったようなことを書いてますが、上級会長に対しては、非常に態度の悪い私です。
愛想の一つも言わず、見送りもせず。
やっぱり、たいして成長してないですね。(笑)
にこやかに応対し、しかし、教団の疑問点は、遠慮なく指摘し、会長さんもお考え頂きたい、と意見もし、そして、にっこりとお見送りするのが、「できた」人間なのでしょうが、私には程遠い境地。
さっちん様
<私も若い頃は、親戚の中でも嫌いな人とは口もききませんでしたが
私も若い頃そんな風に生きたらよかった。
嫌なものは嫌、嫌だから嫌。 できなかったなあー。
全く正反対の生き方だった。
みんなにニコニコして笑顔をほめられて。
私には反抗期もなくて・・・
それを最近まで続けてきました。
それが数年前、喧嘩して夫に対して「このハゲ! うるさいんじゃ」って言ってしまったんですよ。
そしたら、なんと夫は笑い出しちゃって。私はキョトーン。
私にしたらたまらないですよ、そんな言葉を出しちゃって。
でもそういう風に、「ふざけんな」とか「どっかいっちまえ」とか言っている方が
簡単に仲直りしちゃうんですよ。それがずっと不思議だったのですが、
昨日一人さんの本を読んでわかりました。
女性は二つに分類することができる。
一つは強い女性、そしてもう一つは、ふふふ、ものすごく強い女性なんですって(笑)
つまり女性はみんな強い。
なのに夫を立てたり弱いふりをして頼ろうとすると、男性はイライラし、
仮面をはがそうとしちゃうみたいなんですね。
自然の摂理に反しているのでしょう。
尽くすタイプの女性のパートナーにDV加害者が多いのもうなずけます。
「元始、女性は実に太陽であった。真正の人であった。
今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のやうな青白い顔の月である」
平塚らいてうの話がふと浮かびます。
私は所属教会が遠かったので、近所の教会を参拝させていただいていた時期があります。
そこの会長さん(男性)はワンマンで威張り腐っていましたね。
奥様はかわいそうなくらい怒鳴りまくられて従って。
その奥様、リューマチでした。我慢を強いられると関節痛に出たり、湿疹に出たりすると
昨日の本にも書いてありましたが、まさしくその通りでした。
大阪のおばちゃんは強いですよね。体ほぐしの先生に言わせれば、だから大阪の男性は楽なんですって。
これからは女性がリードする時代なのかもしれない。
卑弥呼の時代のように。
亭主関白の家は暗い、かかあ天下の家は明るい。
この団体が衰退するのわかります。
暗くなるようになっているのだから。いろんな面で。
最後に夫から一言、「僕にハゲはありません」とな。
50代元信者 様
「このハゲ! うるさいんじゃ」 だから、罪が無くて可愛げもあって、良かったですね。
これが、「男のくせに、細かいことばかりクドクド言って、あんたがいると うんざりするんじゃ! カス!」 だったら、修羅場になってたかもしれないですね。(笑)
さっちん様
まさか透明人間になって我が家に来られましたか?修羅場ありましたとも。
夫と二人でそんなこともあったね、と大笑いです。
やっと私も太陽になれたのです。
さて平塚らいてうさんのお姉様は一時期熱心な天理教の信者さんだったんですが
でもその後大本教に変わられたとか。そして平塚らいてうも大本教に非常に興味をもつことになるですね。
どうしてお姉さまが天理教から大本教に変わられたのか知りたいものです。
中矢伸一さんは日月神示研究の第一人者ですが、なんかちょっと繋がりを感じますね。
日月神示とは、出口仁三郎さん率いる「大本教」にいた岡本天明さんが大本教から離脱し同じように自動書記にて国常立大神の神示を書かれたものですよね。
<みき様のお母様のきぬ様は、崇神天皇の時代に倭大国魂神を祀った長尾市宿祢の直系の子孫とのことです。
先日これを拝見して驚きでした。それと同時にふと野見宿祢のことを思い出しました。
垂仁天皇時代、歴史上初めての展覧相撲が開催され、当時大和で一番の力持ちとされていた
当麻蹴速(たいまのけはや)の相手をしたのが野見宿祢。結果野見宿祢の圧勝だったのですが
その野見宿祢を出雲国から連れてきたのが、長尾市宿祢だったのですね。
そういえば、大和神社のすぐ近くに相撲神社がありますね。三昧田も近くですよね。
愛知県の大学の宗教学者の方が、親様の逸話にある力比べについて書かれていますが、
親様のお母様のご先祖様にそういう方がいらしたわけですから、親様は小さい頃から相撲の話を
よく聞いておられたのでしょうね。
力自慢の若者を相手に力だめ しを好んでやったのが逸話に伝えられていますが、
その信憑性はともかくとして、ここにも繋がりを感じます。
私桜井や天理、明日香はくまなく歩きました。相撲神社も行きましたが、
まさか親様につながるとは、当時は思いもしませんでした。
ただ、「タイマノケハヤ、ノミノスクネ」の名前は記憶から離れなかったんですよね。
50代元信者 様
>中矢伸一さんは日月神示研究の第一人者ですが、なんかちょっと繋がりを感じますね。
日月神示とは、出口仁三郎さん率いる「大本教」にいた岡本天明さんが大本教から離脱し同じように自動書記にて国常立大神の神示を書かれたものですよね。
以前にも、お供え掲示板の方で書いた事ですが、中矢伸一氏は、黒住、天理、金光、大本、そして日月神示の神様を、同じ神、あるいは同系統の神(国津神)と書かれておられます。天理、金光、大本に現われた神様はクニトコタチノミコトである、とも書かれてました。クニトコタチだの、ニギハヤヒだの、スサノオだの、もう、何が何だか訳がわかりません。人間に解る訳ないのは当たり前ですけど。(笑)
>みき様のお母様のきぬ様は、崇神天皇の時代に倭大国魂神を祀った長尾市宿祢の直系の子孫とのことです。
これも中矢伸一氏の同著作に書かれてたものです。
>野見宿祢を出雲国から連れてきたのが、長尾市宿祢だったのですね。
親様の逸話にある、「力比べ」は、遠い時の隔たりがあるにも関わらず、垂仁天皇時代の、相撲の試合に繋がってるような、神様の存在を、感じさせられる逸話ですね。
私が古代日本の事で知りたい、と思う時に読む本は、中矢伸一氏、飛鳥昭雄氏、関裕二氏、くらいです。それ以外の、しち難しい書物などは、とうてい読めません。頭が拒否します。(笑)
飛鳥昭雄氏の書物も、是非読んで見て下さい。面白いですよ。飛鳥氏の本を読むと、天照大神もイエス、キリストもニギハヤヒも同じ人物、クニトコタチもヤハウェも同じ神様、勿論、天理王命もヤハウェなのでしょう。(笑)。しかしそれはその通りかもしれませんね。この世界を創った神様なら、国別に違う神、ということもないでしょうからね。
興味深いお話が続いていますね。ちょっと私も仲間に入れてください。
10年程前、とある教会子弟から
「おやさまが山村御殿に行かれたとき、懐かしそうな顔をしたそうですよ。
おやさまの前世は皇室にゆかりのある尼さんだったそうですよ。」
私はそんな話は初耳だったのですが、「けっこう有名な話ですよ。」との事。
「おやさまの前世の尼さんて、どんな人だったのかなあ。誰だったのかなあ。」
なんて考えながら、数か月経った頃、以前、読みかけたまま何処かに紛失した
宮尾登美子著の『東福門院和子の涙』と言う作品を思い出しました。
東福門院和子、ご存知の方も多いと思われますが、
徳川二代将軍秀忠の娘で、時の天皇である後水尾天皇に嫁いだ女性であります。
私は以前から、その和子と言う女性には興味を持っていたので、
出版されて間もない頃に初版本を買い求め読み始めたのですが、
文体が「口語体」と言うんですか、和子に仕えてた女性の目線で書かれていて、
「姫様はお悲しみになりました。」とか「上様はお怒りあそばされました。」などの書き方で、
5,6ページほど読んだら、肩が凝って疲れてきちゃったので、
そのまま放置して紛失してしまったのでした。
その著書を、今度は意を決して読破しようと、すでに文庫本化されものを買い求め、
読み続けておりましたら、終盤近くに「文智女王」という女性が登場したのです。
その文智女王とは、後水尾天皇と和子とは違う女性の間に生まれた姫君で、
本作品中では「頭脳明晰で、人柄も良く、若いのに徳が備わった」と言った紹介がされてました。
私は何だか、おやさまを彷彿したのですが、更に読み続けていると、
その女王が、花村御殿こと「円照寺」を建立した人物だったのです。
円照寺は最初、京都に造られたのですが、程なくして帯解に移ったようです。
更に作品中では、文智女王と和子は、信頼しあい終生良い関係であったとの事。
これが史実、事実であったなら、双方素晴らしい心持ちの方だったのですかね。
下世話な言い方をすれば「本妻と妾の子」という間柄なのに、
それを超えられる何かをどちらも持っていたのですかねえ。
さて、この「文智女王」なる御方が、おやさまの前世か否か調べる術もありませんが、
でも、何だか「おやさま」が私にこっそり「御自分の前世」を教えてくれた。
思い込みだ、考え過ぎだと嗤われるよですが、ちょっと嬉しかった出来事でした。
50代元信者 様
前に書かれていた以下の文章
>【「御魂返し」(みたまがえし)を出来たと思われますのは、近世では天理教の初代教祖です。
国常立太神・スサノオから離れて現実界に降りて来た「元」眷属神の黒龍が乗り移ったと言えます。】
と、書かれている人がいて、ずっと気になっています。
そしてその方は、100年祭頃に黒龍は天理から去ったとも書かれていました。
私にはまったくわかりませんが、でもとても気になるのです。
天理教信者であれば、誰しも大変気になるところですね。100年祭頃に、真柱や、真柱を取り巻く幹部たちが、強引なやり方によって、三島神社を移転させた訳ですが、天理教の神様がお怒りになり、御遣いの龍神もおひきあげになったということでしょうかね。
その、書かれた方は霊能者の方だったのでしょうか。
さっちん様
<その、書かれた方は霊能者の方だったのでしょうか。
そのようですが、でも私自身お会いしたこともありませんし、
私が霊能者だと断定することはできないのです。
今スピリチュアル系のブログランキング1位の方です。
文章を転載することを禁じられているので、こんな書き方しかできません。
そこには天理教に疑問を感じ始めた信者の方たちも沢山来られているようです。
なにせ文章とコメントの数が膨大なので、調べるのが大変で。
記憶の中のお話なので正確ではないかもしれないのですが、
親様は今のこの現状をとても悲しんでおられ責任を感じておられる、
ということと、この集金システムを作られた方たちはあちらの世で酷い目にあって
おられるというのを読んで、スカーッとした記憶があります。
そして日月神示についてよくふれられております。
最近の私は自分が確かな実証を得るまで完全に信じることはできませんねー。
それでですねー
古神道を調べていて見つけた話なのですが、作家佐藤愛子さんは、古神道家の相曽誠治氏を唯一信用できる霊能者であると話されていたそうですが、生きておられたらお話聞いてみたかったですね。
佐藤愛子さんのお話がちょっとおもしろかったので紹介します。
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佐藤さんは、レベルの高い本物の霊能者と、そうじゃない人の見分け方があるという。
「高額の謝礼金を取る人はダメですね。相曽(誠治)先生はわざわざ静岡から北海道の山荘まで来てくださいましたが、旅費も含めてお金は一切受け取っていただけませんでした。本物の霊能者というのは人を助けるのが使命なので、それでお金儲けをしてはダメだと言いますね、それに、沢山お金をもらい始めると、霊能がだんだん消えていくとも言われています。」
「あの世ではね、善悪という価値観はないみたいです。
たとえば昔の武士の場合、信念を持って殺してる場合は、殺したほうじゃなくて、殺されたほうがその無念さ、怨みなどで地獄に落ちている場合もあるとか。
つまり、殺された憎しみとか、恨みを引きずると成仏できないらしい。
私は人にだまされたり、損をさせられたりするといつでもカーッと怒ります。でも怒るけど、相手は憎まないんです。もともとモノに対する執着がないほうですからね。だから、執着や恨みつらみがないという点では、霊的価値観から見て、結構いいセンいってるかなと思います」
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またつながってしまいました。
間違ったことには、その場でカーッと怒り恨みを残さない方たいいと(笑)
我慢している方が罪作りになってしまうとも。
そして有料先生はあかんねー。お授けでお金なんてもらっていたら力なくすってばさ。
縁の下様
なんか意味深なお名前ですね。縁の下の力持ちという意味なのか月の存在なのか。
ちょっと想像してしまいました。
私は縁の下にいたはずが、今は床を突き破って今では天井をも壊しそうな勢いです(笑)
もう何年も天理教関係の掲示板はのぞいていなかった私がこのように書き込むきっかけになったのが、
春の出来事でした。大神神社の春の大祭に参拝させていただいて奈良に向かう途中、
踏切事故に遭遇して天理で降ろされてしまい、夫と二人渋々本部を参拝させていただいたのですが、
その踏切事故があったのが帯解駅付近でした。
偶然でしょうが、最近いろいろなことが線で結ばれていっています。
近々三島神社を参拝させていただくつもりですが、その際には帯解駅で降りて円照寺に向かいたく思います。
一般公開はされていないようですが、せめて雰囲気でも。
久々に歴代天皇紀を読みました。第108代後水尾天皇と典侍藤原輿津子との皇女梅の宮、のちの文智尼王。
歴代天皇紀には文智尼王のことはほとんど記載がありませんでしたが、後水尾天皇が出された訓戒書には
・短慮を深くつつしむこと。
・いつも柔和の相であられること。
・敬神崇仏により、何事も正直に守るること。
・芸能のこと、和歌を第一に心にかけること、御手習もゆだんなくなさること、漢才は充分にもたれること。
琴笛は自分にあったものをすること。
他にもいろいろあり、これはこの後の三天皇登極にあたって示されたもののようですが、
「頭脳明晰で、人柄も良く、若いのに徳が備わった」まるで梅の宮を見習いなさいとおっしゃっているかのようで・・・
縁の下様の想像はあたっているかもしれませんね。お筆先などまさにそうですものね。琴や笛も。
そしてこの時代に起きた紫衣事件や沢庵のことがちょっと気になっています。
まだ残っていた「いい人でありたい」をかなぐり捨てて、こんな風に書き連ねることに
批判をあびることを重々承知で書きます。お目汚しになるかもしれませんがお許しください。
実は天理教がここまで腐敗しているとは思っていませんでした。
せっせと感謝の気持ちで終わらせようとしておりましたのに、実に悲しかったです。
それと同時にさらなる心の解放が起きて、もう二進も三進もいかなくなり、
シャンプーしながらカッカしていました。
すると妄想が頭の中をかけめぐったのです。
それは、明後日秋の大祭に神殿にて退出する真柱氏に「少しの間、私の話を聞いてください。」と大声で叫ぶというものでした。リアルに言葉が浮かんできて心臓はバクバク。
すると「ジャンヌダルク!」と浮かんだのです。
夫は私のただならぬ様子に「どうしたんだ?」と。
私は妄想を夫に話し、「実行しちゃおうかしら」と言うと、夫は「ついていくよ」と笑ってる。
「あなた平気?私がそんなことして。でもきっとその前に本部員にひきずり出されちゃうわね」
すると夫は「その前にまわりの人に抑えられるよ」
「そうかなー、こんなおばさんが勇気を出して叫ぶのよー。みんなだってきっと同じこと思ってるわよ」
しかし次第に熱もさめ、「天理教史に名前が載るなんてまっぴらだわ」と私が言うと、
私より天理教組織に詳しくなった夫が、「真柱さんに言っても無駄じゃないのか?」と。
「そうね! それに私もう信者じゃない」
その後は笑って過ごしたのですが、あんな妄想抱いたの初めてです(笑)
これを本部の方が読んだら、当日目を光らせるかも。
行きませんってわたし。その日は孫を一日預かる約束なのです!
でもそんな人現れたらいいなー。
さて、ジャンヌダルクについて面白い記事をみつけました。
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同じ性質の人ばかりで集まっていると、その組織の問題点は見えづらくなっていくものです。慣習というものは変えにくく、それによって苦しむ人も多くいると思います。
“騎士道精神”に縛られて、イギリスに負け続けていたフランス軍もそうでした。1427年、神に啓示を受けた少女がそんな男たちを救います。彼女の名は、ジャンヌ・ダルク。誰もが知る歴史上の人物である彼女は、なぜフランス軍を救えたのか? そこには、固定概念に縛られない女性の強さがありました。
いまの時代、女性が優秀だなあと思うのは手持ちのカードのなかに切り札のジョーカーを持っているからなんです。男にはそれがないから、上司の顔色をうかがったり、自分の意見も言えなくて縮こまってしまう。ところが女性はいざとなればエースさえも切れる切り札を持っているんです。
生涯、組織・群れのなかでパワーゲームをプレイし続けなくてはならない男に対し、別の選択肢を持つ女性は組織の序列やルールから自由。ときに奔放に振る舞って「空気が読めない」と男側の反発を招いたとしても、彼女たちの働きは硬直化した組織に風穴をあけ変革を促してきました。
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50代元信者 様
>まだ残っていた「いい人でありたい」をかなぐり捨てて、こんな風に書き連ねることに
批判をあびることを重々承知で書きます。お目汚しになるかもしれませんがお許しください。
いえいえ、50代元信者様は、まるでジャンヌ・ダルクのように、天理教の問題点をいろいろと指摘し、我々に考えさせてくださっています。真柱様に直訴するのは、お止めになった方が良いと思いますけど。(笑) お名前を今、思い出せませんけど、天啓を受けられた女性の方で、引きずり出されて怪我をされた方がいらしたそうですが、そのような目に遭っても、つまりませんもの。 それに、50代元信者様が、そのようなことをする程の価値など、もう、天理教団にありませんよ。 でも、「ついて行くよ」と、言って下さる、やさしい旦那様をお持ちで、幸せなことですね。
それより、ここで、どんどん投稿なさって、我々をこれからも、啓蒙なさって下さいませ。
昔、本部の人たちは、天理からちょっと外れた田原本あたりで、羽目を外していた。
今は東京で羽目を外している。
人間だから、それもいいでしょう。自分のお金で遊ぶのなら。
でも、もし、それが信者さんのお供えだったら、問題あるよね。
私が聞いた話です。
もう10年以上も前のことですが、京都市内に今も羽振りのいい教会があります。その教会の教信徒で生活保護を受給している人から、教団本部に相談がありました。あまりにも激しいお供え攻勢にたまりかねてのことでした。さすがに教団本部も良心の一片があったのか、その教会に注意を喚起しました。
しかし、これって根本を云えば教団本部にあるのではないですか。心定めと称して、1年間の別席者数、修養科生数を始め究極はお供え額を割り当てる。大教会なり本部直轄教会は、これをすべて部内教会に割り当てる。羽振りのいい教会はいいかもですね。
こうして得られたお供えが、一部とは云え、古い教会長さんの仰るような使い方をされていたかと思うと、悲しみ以外のなにものでもありません。
お供え額が500円でも、千円でもいいじゃないですか。交通機関を使って毎月参拝に来られる信徒さんがあれば、長時間の講話は必要ありません。10分でも15分でも心に響くお話であれば、教会は賑やかになるでしょう。
余談ですが、私はJRの青春18切符の発売に合わせて年に3回天理行きます。それも新幹線の開通に伴って第3セクター化した路線が挟まって、青春18きっぷのメリットが無くなりつつあります。天理に行く機会も少なくなってゆきます。
本部も近畿中心の宗教になりつつあるのでしょうか。
何かコメントしたいんです。でも雇われているのは無力です。
天理教勤務者 様
どのようなことでも、本当の事ならこゝへ投書をされては如何ですか。このようなことを云うとカイン様には申し訳ないですが、少しは気持ちが楽になると思うんです。
組織が大きくなりますと、宗教団体といえども一般の組織と変わらなくなり硬直化して、ものが云えなくなります。だからこそ、この場を活用されては如何でしょうか。
ありがとうございます。このサイトを見ていて思うことは教祖の教えに帰れないことのもどかしさです。でも、教祖の存命中から教祖ご自身が、ざんねん、立腹、から、とうじん、というあらゆる言葉をくしして、家族をはじめとする周囲の者をさして仕込んでおられたんだんなぁと思うことです。
教内の普通の理解ではそれらは教外をさして、教祖ご自身がもどかしいって思っておられたと考えがちですが、私の思案は正に教祖ご自身が道の始まりから今にいたっても変わらない、にほんといわれている周囲の人たち(私たちも含めて)の道中だと思います。
しかし、うちの課長は中山家の息ににつながっている人で、彼と接していると、思考停止を余儀なくされます。決まり切ったこと以外は相談にもな得れません。
教祖の教えに帰れっていわれても、何がそうなのかもわからず、教祖が現し身を隠されたときも、勝手にせいというハッピーエンドでなかったのではないかと思います。
だから教勢の衰退は当然のことであり、教祖のご意志であると思います。
私は天理を離れて数十年たつ者です。私は、神と人間は絶対の関係にあるが、人間と人間は相対の関係にある事を念頭に置くべきであると思います。対象が神である場合その言葉を守り、行動規範とする絶対性がありますが、対人間であれば相対的にあたるべきであり、(真柱、教会上層部も真の人間です)そのためには、人文科学、自然科学に親しみ人間性を磨き上げ、教養を身につける事をお勧めします。神に教養は通じませんが、人間と対する際に、相手を分析し、訴えを吟味し、意見を付け加え、互いに創造してゆく作業は人間に与えられた権利であり義務であります。私は教祖の教えに帰ることのできる者は自分自身だけであると思います。もしその思いを他人に伝えれば、それは本人の思惑が入り込んだ意見であり、純粋な教えでない(本人が意識しようとしまいと)可能性は否定できません。信仰は極めて個人的なものであり、たとえ真柱といえども人であり、天理教人は皆、人である限り人権を持ち、決して人間思案の一言でかたずけられたりせず、他人の信仰(三島神社など)の権利を侵すべきではありません。
本部の「人材育成」とは。熱心におたすけにまわり、時報を手配りし、教会で務め、上級に運び、大教会で青年勤めをして天の声を素直に聞く人をつくること。それ以外はない。
それぞれの徳分を伸ばすなどということがあるが、実際には、徳分も時間もお金もすべて犠牲にさせられる。
一生懸命につくしても、本部・上級の人たち(=特に徳分を伸ばさなくても生きていける)のパシリになるだけ。正論を言っても弾き飛ばされる。気に入られても、逆に足を引っ張られる。人材を人材と思わないから、人材は人材にならない。身分的に独占している席を、本当に有意な人材に譲ることがない人たちの、「人材育成」という言葉に騙されてはいけない。本部の人が邪魔をして、決して教組の人材として扱われない。だから、若い人よ、教会組織にとらわれず、その枠から思い切って外に出よう。神様から与えられた徳分を生かせば、そこには教祖の人材としての、あなただけの席が、必ずある。
Ue no hito mo
Kurou. Sareteru. Youni
Miemasu
真柱様のお言葉 感動 しました。
2016年10月9日 10:09 PMのコメントより転載
>匿名です様へ
>あなたがしていることはこういうことだからですよ。
>丁寧な敬語を使いながら、
>教団内での様々な矛盾に深く傷ついている方々が書き込む側から、
>透かさず次の行で、「この教団は素晴らしい。頭が下がります」などと
>平気で謳えることが出来る。
>教団内での様々な矛盾に深く傷ついている方々が書き込む側から、
>綺麗な言葉で覆いながら詭弁を用いてその傷ついているコメント者の言葉を貶める。
>核心を突いた、考えさせられるコメントの後に、あたかも、そのコメントの印象を消すかのように
>間の抜けた思いつきのような一言コメントを、何行にも分けて投稿する。
>真剣な前者のコメントを舐めた行為ではないでしょうか。
>こういった無意識のズルさは、他人にはすぐわかってしまうものです。
>自分で自覚が出来ないのは抑圧しているものがあるからです。
>皆さんの事を考えてる。心配してる。など、言葉では立派なことを言っていても、
>実は自分の事しか考えてない、見えてないのが透けているのです。
>「馬鹿だから」、などと逃げないで下さい。
>馬鹿な人は、こんな風な知恵は回りません。
>寧ろ、ポーズに囚われず、教団マニュアルに頼らずに、
>一人の人間として心から人に共感することや傷付いた人に寄り添う、本物の心を育てて下さい。
◎寧ろ、ポーズに囚われず、教団マニュアルに頼らずに、
◎一人の人間として心から人に共感することや傷付いた人に寄り添う、本物の心を育てて下さい。
天理教勤務者 様
崇高な精神を説く教団本部の管理組織が仰っているような状態ですから悲しいですよね。
Tさん、人材育成さん、匿名さんが仰っている通りですよ。私の手元に、立教175年(平成25年)10月25日に打ち出された「諭達第3号」があります。書かれている内容と教団の現状の余りにも大きいギャップに開いた口が塞がりません。
所詮、中山家とそれを取り巻く少数の人の安泰のみが図られているのです。それの証拠に、このブログに投稿された記事の一部を除く多くがそのことを証明しています。
ストレスを克服することは並大抵のことではありませんが、健康に留意されて、黙々と仕事をされることが何より肝要かと思っています。
私事で恐縮ですが、いろいろなことを乗り越えて今日があります。その陰には、自分を理解してくれる人があったことです。どうかそのような方を探してください。きっと、周囲に居られると思いますよ。
ありがとうございます。その通りだと思います。家族や理解のある周囲の人に支えられてきたから今の自分があります。
匿名です=ウンきち=大亮もどきさん。
こういう人達が本部の中枢で組織を運営しているのです。
大体、本部内の意識の低さ、問題意識の低さを感じます。
学ぶ場所がないのですから、仕方ないですね。
気の毒です。
それより、教団教理に洗脳されている教会長、よふぼくの方が気の毒ですが。
二代真柱中山正善氏は、年間2億円ものお金を古書購入に充てていた。昭和38年の天理大学附属図書館の拡張工事の落成祈念式典には、有名な古書店主が顔を揃えていた。日本ばかりでなく、世界中の有名な古本店のおやじさんが正善氏と顔なじみであったし・・・。「天理教・その腐敗と悲劇 早川和博氏著」より。
その当時で、年に2億円も使える人は、そうざらには居ないよ。1日に換算して55万円。このようなお金どこにあったのか。お供えしろ。お供えしろ。だと、笑っちゃうよ。
一日に55万円使える人はうらやましい限りですが、彼は超一流の英雄ですからね、社会的な貢献者としては等価であると思います。しかし、宗教者としては生腐れ坊主だったでしたでしょう。中田善亮どころではありません。色地獄の覇者でもありました。中山系、中田系以外で本部員になっている人の多くは、初代、二代目さんのお手つきの子孫です。
昔はそういう時代だったんでしょうけどね。
「色地獄の覇者」が、『教組ひながたを辿って、たすけ一条の陽気ぐらし』 を信者に説くとは呆れますね。
頂点におられる方が、信者の金を私的に使いまくり、色ボケで、大きく道に外れているのですから、教団本部の人達が、埃にまみれ、信者のことを全く考えず、信者のお供えで、でかいビルを建てたり、、利己的なことばかりしているのも、仕方がないのかもしれませんね。二代真柱が、もっと真摯な方であったら、こんなにも天理教教団が、金に汚い組織にならなかったかもしれませんね。
社会的にも、教内的ににも彼の業績には心酔すべくスーパーースターであった反面、、今となっては受け入れがたいお道のレガシーとなって、まじめに道を歩もうとしている人たちの意欲を削いでいるのは私だけが感じている事ではないはずです。
そういうように言うに言えない、末代まで隠し通さなければならない負の財産は、地方でコツコツと布教にに与える影響は計り知れず、「人が目標か、神が目標か」という踏み絵を毎日踏み続けられている事実には変わり有りません。
かしものかりもの、八つの埃、心通りの守護。
善司氏の基礎的なお話は素晴らしかったですね。
では、お地場に引き寄せられて、たすけ一条を務められる魂達は今どこにどうして居られるのでしょう。
次回は、お地場の人衆についての言及を期待いたします。
天理教勤務者様
「自分を大切にする心理学」でググって下さい。
「人間関係の質を決める脳とこころのしくみを知って、 自分を大切にするための、 認知行動セルフ・カウンセリング。」
のサイトです。何日もかけて読んで下さい。
天理教では、自分を大切にするということは教えられません。
自分が他人と対等な立場で生きない限り、本当の陽気ぐらしはできません。
教団から離れるのが難しいのなら、教団にいたままで、ご自分が思うように生きられる強さを手に入れてください。
価値観や生き方の大変革となり不安定になるかも知れませんが、そこを通らないと人生は取り戻せません。
せっかくの一度きりの与えられた人生を、自分の納得のいくように生きたいと思いませんか?
天理教団は関係ありません。これは、今までの自分自身との戦いです。
偉そうなことですみません。。。
天理教勤務者様
以前にどなたかが紹介されていたと思いますが、もうひとつブログを。。。
「あるがままの自分を取り戻す」 の中の
「あるがままの自分を取り戻す方法」をこれもまた何日もかかりますが読んで下さい。
中尾英司さんのブログです。
とにかく目から鱗の内容です。一度どん底に落ちますが、自分を再構築する作業を経て、やっと自分を生きられます。
ここでストップです。
天理教勤務者様
それを選ぶのも、あなたの自由ですよ。
どう生きるのかは、みんな自由です。
天理教勤務者様
ハンドルメームで投稿されたらどうですか。たとえばTKKSってのはいかがですか?
若い後継者たちに同じ思いはさせたくないのです。現実を、しっかり見る目を養ってもらいたいのです。考える力、ものを言う勇気をもって貰いたいのです。その為には本当の情報がいるのです。情報は心の栄養です。
三笠宮様の薨去に接し、謹んで哀悼の意を表します。
世界の古代史や宗教史にも造詣が深く、教祖御事跡の円照寺にもゆかりが深く、天理大学でも教鞭を執られ、又、茨木氏の啓示録によれば、初代真柱の生まれかわりだそうです。
お道と皇室の、日本の国柄とお地場の理を考える上で、有用な不思議な魂の方であられたのかもしれません。
不敬かもしれませんが、様々な記事を読んでいて、近現代史を再考する上でも、興味深いお方に様に思います。直接授業を受けられた方がいらっしゃいましたら、お人柄などを教えて下さい。
初めまして。時々このブログを興味深く拝見させて頂いており、初めてコメントさせて頂きます。
私は末端教会の後継者として生まれ、おぢばでの学生時代を経て、本部勤務、上級青年、鼓笛スタッフ、学修スタッフ、布教の家を経験した者です。
幼少期から学生時代は天理教が大好きで、天理教の行事は神様が喜ばれると本気で思っていて、喜んでやっておりました。
布教の家の時、私はよく訪問先でお話をさせて頂けたほう(と言っても断られたほうが断然多いのですが)で、そのお話は色々と頭の中で閃かせて頂きました。それが出来たのもおぢばで学ばせて頂いた知識があったればこそと思っていたのですが、ある時期から、訪問先でよく「うちも他の宗教信仰してますから結構です。」と言われた時、ふと「その神様、親神様なのになー」と思うことが頻繁になり、ついに閃きさんが「親神は天理教だけの神ではない」と言いました(インスピレーションを受けました)。
布教の家が終わった後、天理教団組織は私のことを手ぐすね引いて待っていたように、ヒエラルキーにコミットさせるのですが、その閃きさんが嫌がるのです。でも立場的、良心的、社会的にもやらねばと思って、組織活動と、「私の思う天理に適うたすけ活動(閃きさんがワクワクする活動)」とを両立させるのですが、組織活動の中に親神様のエネルギーが感じず(何故なら組織内での愚痴不足は多いし、布教の家の時に私が閃いていたような天理に的を射た話は微塵も聞こえてこない)、疲れちゃって疎遠になってしまいました。
疲れると閃きも起こらず、超孤独な中、真理は何かを必死に探し求めました。中山みき研究ノート、アマーリエの中山みきメッセージ、シルバーバーチの霊訓、大川隆法の中山みき・天理王命の霊言、アドラー心理学、斎藤一人等々を勉強させて頂きました。
「中山みき研究ノート」と「アマーリエの中山みきメッセージ」を図書館で借りて読みましたが、目から鱗でした。僕の閃きさんが「うんうん、その通り」と言わんばかりの、まるで砂漠の中で見つけたオアシスの水を飲むように、心の中に入っていきました。
アマーリエさんによると、教祖は、「わたしの時代の中におきましては、民百姓たちが、士農工商のような封建時代で、取り残された民衆たちに少しでも幸せになっていく道を伝えたかった。そしてわたしは出て、神一条の、神一筋のその思いというものを、素朴な、その恵まれぬ民百姓たちの身になって、神の愛というものを伝えていきたいと願い出て、許されて出てった者であるのです。
しかしその後、皆様ご存知かもしれませんが、日本神道というものの流れの中で、神道に属さねば宗教は皆つぶされる、お取りつぶしになるという、そういう戦時国家の流れの体制の中で、わたくしは、大変何度も投獄されましたし、そのような中においても、わたしは神の社となって、その信仰心そのものを、神の地上代行者として、そのままに生き抜いていく姿を見せてこそ、人々はわたしの姿を通して神の存在を感じてくれるのだと、そのように守護霊にも言われましたので、頑張り抜いてあの時代を生き抜いたのです。」
「中山みき研究ノート」も教祖は人間だと言ってますね。
次に「シルバーバーチの霊訓」ですが、以下に霊訓の一部抜粋を書きます。
【イエスは人間だった】
「まずイエスにまつわる数多くの間違った伝説を排除しなければなりません。それが余りに永いあいだ事実とごたまぜにされてきたために、真実と虚偽の見わけがつかなくなっているのです。
インスピレーションというものはいつの時代にも変わらぬ顕と幽をつなぐ通路です。人類の自我意識が芽生え成長し始めた頭初から、人類の宿命の成就へ向けて大衆を指導する者へインスピレーションの形で指導と援助が届けられてきました。
地上の歴史には予言者、聖人、指導者、先駆者、改革者、夢想家、賢者等々と呼ばれる大人物が数多く存在しますが、そのすべてが、内在する霊的な天賦の才能を活用していたのです。それによってそれぞれの時代に不滅の光輝を付加してきました。霊の威力に反応して精神的高揚を体験し、その人を通じて無限の宝庫から叡知が地上へ注がれたのです。
その一連の系譜の中の最後を飾ったのがイエスと呼ばれた人物です。
地上の人間はイエスの真実の使命についてはほとんど知りません。わずかながら伝えられている記録も汚染されています。数々の出来ごとも、ありのままに記述されておりません。増え続けるイエスの信奉者を権力者の都合のよい方へ誘導するために、教会や国家の政策上の必要性に合わせた捏造と改ざんが施され、神話と民話を適当に取り入れることをしました。
イエスは (神ではなく) 人間でした。物理的心霊現象を支配している霊的法則に精通した大霊能者でした。」
【真の宗教とは】
「われわれに反抗する大きな勢力がまだまだ存在することを忘れてはなりません。その中でも特に警戒を要するのがキリスト教会と言う宗教のプロが有する既得の権力です。彼らはそれを振りかざしてわれわれの使命を阻止せんとすることでしょう。彼らにはもはや何ら新しい恩恵は持ち合わせないのです。持ちだすものと言えばカビの生えたような古い教説ばかりです。彼らのは身は今の世にあっても精神は古き時代に生活し、その過去の栄光を現代に甦らせようとします。今の彼らには他に何の持ち合わせもないからです。教会堂はもはや倒れかけた墓の如く陰うつな空虚さに満ち、およそ神の霊の宿るところでは無くなっております。
古い時代に霊の道具である霊媒と聖職者との間に衝突が生じたのです。聖職者の本来の仕事は聖堂や教会等、宗教的行事の取り行われる建物の管理でした。原初形態においては両者の関係はうまく行っておりました。が、ある時代から聖職者の方が神示を受ける霊媒にばかりに関心が向けられることを不愉快に思い始めました。そしてそれまでに入手した神示を資料として、信条、儀式、祭礼、ドグマ、教説などを分類して綱領を作るという、いわゆる神学的操作を始めたのです。何やら難しい言説を有難く信奉し、理性的に考えれば絶対におかしいと思いつつもなおそれにしがみつきます。
人のために役立つ行為、霊性に動かされた行為、無私と利他的行為、自分より恵まれない人へ手を差しのべること、弱き者へ力を貸してあげること、多くの重荷に喘ぐ人の荷を一つでも持ってあげること───これが私たちの説く宗教です。
ラベルはどうでもよいのです。形式はどうでもよいのです。口先だけの文句はどうでもよいのです。大切なのは〝行い〟です。〝行為〟です。つまり各人の毎日の〝生活〟そのものです。」
天理教は完全にキリスト教の轍を踏んでいますね。正善さんはキリスト教からノウハウを学んだかのようにさえ思います。
これで私の天理教の教義や組織に対する不快感の理由が明確になりました。
大川隆法は、天理王命は天御中主神だと言っております。
斎藤一人さんが「俺に知恵を授けてくれて色んなことができるようにしてくれる神様って、何ていうお名前ですか?って聞いたことがあるの。そしたら神様が『アメノミナカヌシ』っつったの。」
私は斎藤一人さんのお話をyoutubeで聞いたりするのですが、親神様・教祖からのお話だと思って聞いてます。すごく納得がいきます。
これを知った以上、信者さん(少ないし身内しかいませんですけど)には、古い教会長様が仰っていたように「二刀流」でうまく使い分けて通るしかありません。
私の個人的意見を申し上げて申し訳ございません。
天理教勤務者 様
「天理教勤務」というのがどのような場所や役職を担っているかは不明ですし、確かめようもないことですが、もし本部で何らかの仕事をしている方なら、是非とも「ご意見やお考え」を書き込んで頂きたいと考えます。
別に、暴露話や内部告発をして欲しいというわけではありません。
様々な立場の方のご意見や考えを知りたいのです。
よろしくお願いします。
天理の霊能者 様。
スナフキン様。
神は天理限定で現れているものではありません。世界中の人に入り込んで教えを説いています。
天理教では、残念ながら本部中枢に入り込んでおられるようには思えません。
むしろ、末端教会や信者さんに入り込まれている場合もあるかもしれません。
不思議を見た人も多くいます。
「めいめいの社」と言われているように、それぞれに入り込まれる可能性もあるかもしれません。
天理教勤務者様
本部内の腐れ体質は、いつか改善されなければなりません。そんな時がきっとくるでしょう。
古い教会長様
お返事ありがとうございます。繋がれたことに嬉しく感謝します。
古い会長様より「めいめいの社」と言って頂いて、早速調べてみましたところ、「半牧之御筆先之歌」にヒットしました。これもまた良い勉強になりました。ありがとうございます。
斎藤一人さんのお話を書きます。非常に天理に適っていると思います。
「俺ここんところテレビ見てて苦しいんだよ。もうじき地震が来る津波が来る。直下型の地震が来た時には3分以内に津波が来るって揺れている間に逃げて下さいってどこに逃げるんだよ。あんな恐怖なことばっかり言われると明るく生きれないよ。地震が来ないんじゃないんだよ、地震が来ても大丈夫だっていう波動を出してた時、震度7が震度6になったりするんだよ。恐怖の波動というのは恐怖のことを呼び寄せるんだよ。だから今みたく恐怖を煽るような事ばっかし言ってたらおかしいんだよ。東北の津波なんか1000年に1回しかこないのをね、明日くるような事ばっかし言ってたら、本当に来るからやめなって。恐怖の波動は恐怖を呼ぶの。」
「豊かになって、安心の波動を出せるようになろう。豊かは悪いことじゃないの。お洒落も良いの。男が女にモテたいのも当たり前なの。神がつけてくれたの。神がつけてくれたものを否定するのは神を否定するのと同じなの。(中略)正当な欲はいいんだよ。正当な欲までいけないっつてたら絶対に金持ちになれないよ。人のものを取ってくるんじゃないんだよ、自分が働いて物買って何が悪いの?日本ってさ、半分税金なんだよ。自分で働いたのが半分税金で取られるんだよ。働かない奴の方がエゴなんだよ。働いてお洒落して楽しんで何いけないの?そんなこと言う神様聞いたことないよ俺。俺についてる神様はそんなこと言わない。」
より豊かで楽しくあるために、闘うとしたら、支配欲と闘う必要があるのかもしれない。
宗教を利用した支配欲。内なる大社高山こそ敵なのかもしれませんね。
かしものかりものを意識して感謝を深めても、かしものかりものの理を支配欲に利用する宗教家には注意が必要なのかもしれません。
スナフキン 様
閃きが起こるなんて、すばらしいですね。50代元信者様も、いろいろ感じる方のようですが、スナフキンさんも、神様の思いをキャッチされてるんでしょうね。神様は、あらゆる人々に啓示をもたらしてるのだけど、それを感じ取れる特別の方たちが、宗教の教祖になったりするとのことです。
斉藤一人さんは、教組になってもおかしくない方のようですね。他にも、そのように、自分自身のお社に神様を臨在させておられる方、結構おられるようですね。
今の時代は、本やネットで広く発信できますから、もう宗教団体を創る必要もない時代に入ったのでしょう。
斉藤一人さんのお言葉の
>豊かになって、安心の波動を出せるようになろう。豊かは悪いことじゃないの。・・・。神がつけてくれたの。神がつけてくれたものを否定するのは神を否定するのと同じなの。(中略)正当な欲はいいんだよ。・・・働かない奴の方がエゴなんだよ。働いてお洒落して楽しんで何いけないの?そんなこと言う神様聞いたことないよ俺。俺についてる神様はそんなこと言わない。
教団本部が教える「貧に落ち切れ」という言葉に比べて、何と温かい、愛情あふれるお言葉でしょう。こちらの方こそ、「神様のお言葉」だと、誰が読んでもそのように感じるでしょう。
さっちん 様
コメント嬉しいです。ありがとうございます。感謝します。
私の閃きは、閃きなのか妄想なのか分からない所もあるんですけどね(笑)
また斎藤一人さんのお話を載せます。とても勇気を頂けます。
「人間って万物の霊長だから、毒蛇にできるぐらいのことは、実はできるんです。
それで、ケンカなんかしたりして、ののしりあってるときって、言葉に毒があるんです。この怒ってるときの息を圧縮して調べると、とんでもない毒性がある。注射すると、人間がイチコロで死んじゃうくらいの毒を吐くの。
だから、夫婦でののしりあったりすると、家の中が毒で充満するの。そうすると、それを子どもが、自分で吸って部屋を浄化しようとする。それだけで、子どもがアトピーになっちゃったり、ぜんそくになっちゃうこともあるの。
うちの旦那が嫌んなっちゃってね、どうのこうのって。…別れちゃいな。
子どものために我慢してるって、言いながら我慢してるんだったら、別れちゃいな。
別れることよりも、その愚痴を言ってることの方が悪いの。別れたって幸せになる人はいくらでもいるけど、その愚痴を聞かされながら、健康になる子どもとか、幸せになる人って、いないんだよ。」
>天理の霊能者 様
>より豊かで楽しくあるために、闘うとしたら、支配欲と闘う必要があるのかもしれない。
>宗教を利用した支配欲。内なる大社高山こそ敵なのかもしれませんね。
>かしものかりものを意識して感謝を深めても、かしものかりものの理を支配欲に利用する宗教家には注意が必要なのかもしれません。
教祖様の教えは全て「内在する自分の心」との葛藤と戦いかと思います。
そして、同じ葛藤と戦いを続ける者同士で「こう」を結び、その輪を広げることで豊かな陽気ぐらしの世を建設することが出来るのだと思案します。
たとえ教祖様の教えに導いてくれた理の親であっても、理の親自身が「内在する自分の心」との葛藤と戦いをせず、理の子を支配し金を毟り取ろうとしている現状の天理教会組織では、「こう」を結ぶ相手ではありません。
スナフキン様
スナフキンさんのような経歴をお持ちの方なら、斎藤一人さんのお話もちょっと聞いてみようかなと思われるかもしれませんね。私も天理教の人には一人さんがおすすめです。
「俺は精神論者じゃなくて感情論者」という話、とても好きです。
天理の霊能者様
初代真柱様の生まれ変わりって何人もいらして、どなたが本当なのでしょう。
ま、神様は過去を忘れて生まれ変わらせてくださっているのだから、今を見たらいいですね。
さっちん様
私は霊能力はないです。ただ何となく導かれていると強く感じているだけで、隣人を愛し、ご縁を大切にしていけば、誰もが本来感じ取れるものだと思っています。
いろいろ書き連ねてきましたが、秋季大祭が一区切りだったようです。日照りの毎日に雨が降ったかのように体が緩み始め、ちょっと風邪をひいてしまい完璧にトーンダウンです。
二代真柱氏の暴露話は私にはちょっときつかったです。吐きそうでした(トラウマかな)
私の母も修養科を出てから不倫したのですが(最終的な関係まではいってないと申しておりますが、私は幼い頃男との密会現場に連れてかれていました。だから不倫と聞いただけでダメなんです)、以前所属していた教会の会長も会長になる前に不倫(女性の会長です)、その連れ合いも不倫。そして教会長夫妻は離婚。一人息子もその後不倫、そしてその連れ合いもその後不倫。そして息子夫婦も離婚。教会の跡継ぎであるその息子は今の私より若くして身情にて血を吐きながら壮絶な死をとげました。離婚は必ずしも悪いことだとは思いません、でも全員が不倫ってどう思います?
こういう教会でも名称の理とやらをいただいてずっと教会を続けているのです。私はあまりの酷さに会長や息子に何度か直訴したのですが、逆に叱られて帰りました。それが理由で教会から離れたわけではありせんが、自然と離れるようになりますよね。教会の数を増やそうとして誰彼かまわず教会長にしてしまった上級の責任は重大なのでしょう。この上級教会ではお嬢さんが自殺されております。こういう人たちがどうやって人助けをするのでしょう。私が所属していた教会の信者さんたちは、一軒を除いて全員お嫁さんが若くしてお亡くなりになっています。そうでない一軒の家というのは役員さんの家ですが、会長に対して厳しく意見を言うお宅です。
信者の時は教会長にビシバシ意見をいうなんて、なんと恐ろしいと思っておりましたが、それが正しい生き方だったんですね。ようやくわかりました。
天理教は都合の悪い事は貝の様に口を噤んでしまいますが、《私は貝になりたい》と言う有名な映画がありますが、この映画をバカにしてますね。もっと言うと、こう云う生き様の人達を馬鹿にしてますね。
このサイトって不思議なサイトですね。
まず、運営者のプロフィールが書かれてません。
過去ログ辿ってやっとカインさんと分かりました。
カインといえばキリスト教のカインとアベル
天理教とは、何ら関係はありません
老人の暇つぶし程度のサイトでしょう。社会学とも言えません。
腐敗し切った新興宗教に未来なぞ有りません。
嫌なら辞めたらよろしい。宗教の自由は憲法でも認められています。
それなのに天理教の役員達の行いは嫌いだけど、元の教えは好きだなんて私から見れば矛盾しすぎです。
古臭い泥海物語 ドジョウがどうしたこうたら 中山みきは 一種のパラノイアだったとする説もあります。
あんなのは妄想にしかあり得ません。奇跡の惑星 地球 46億年の歴史の果て 我々人類は誕生しました。
ネットで喚いていても 何の解決にもなりません。本部に乗り込んでデモやるか 静かに立ち去るか その
二つしかないと思います。はぐれ雲さんのいた頃は楽しかったですがね、私も本日を持ってロムも投稿も
辞めにします。以上
呪縛改自由の翼様
あなたが、天理教に対して、どういう考えを持とうと自由で、この投稿欄を去る、というのもご自由ですが、カインさんのネームやブログのこととか、他の投稿者の意見を、腐すようなことを書く必要がなぜあるのでしょうか?
捨て台詞のような投稿は、他の投稿者を不愉快にさせます。
嫌なら黙ってここを去れば宜しいのです。
>以前所属していた教会の会長も会長になる前に不倫(女性の会長です)、その連れ合いも不倫。そして教会長夫妻は離婚。一人息子もその後不倫、そしてその連れ合いもその後不倫。そして息子夫婦も離婚。教会の跡継ぎであるその息子は今の私より若くして身情にて血を吐きながら壮絶な死をとげました。離婚は必ずしも悪いことだとは思いません、でも全員が不倫ってどう思います?
・・・・・・・・・
この上級教会ではお嬢さんが自殺されております。こういう人たちがどうやって人助けをするのでしょう。私が所属していた教会の信者さんたちは、一軒を除いて全員お嫁さんが若くしてお亡くなりになっています。
ヒェ~~、怖い話ですね。二代真柱の行状にはウンザリでしたが、その全員不倫という教会の話は、それこそ非常い怖い。因縁が悪い、〇情因縁ということなんでしょうか。因縁話の好きな教会長だったら、飛びつきそうな話ですね。
私は因縁話は嫌いなんですよね。人間として生まれてくるということは、誰しも因縁を持ってるからで、因縁が無ければこの世に生まれて来ない、と、仏教関係か、スピリチュアルの本かで、読んだことがあります。だからそんなことをいちいち気にする必要はない、気にするから返ってドツボにはまる、と思ってるんですけども
親様は、「案じれば案じる理が廻る」と仰られてるし、斎藤一人さんの「波動」というお話からしても、概ねそう思ってても間違いではないと思いますね。
わかりました! そお教会の方達は、「不倫の波動」を出してた、ということですね。なるほど。
しかし、名前だけの教会を無理に存在させて、その不倫教会のように、返って周りに悪い影響を与え、ひいては神様、教祖の名を貶めているような教会は、上級や、大教会、最終的に本部と、上がきちんと監督責任を負わねばなりませんね。
天理教は、「理の流れ」とか、「理の親」とか、そういうことはしつこく言うが、社会的に当然のことは、疎いのか無責任なのか、我関せずらしい。ほんとに矛盾した、つまり、上の都合の、身勝手な組織です。
神の啓示が教祖に天下ってから約180年の歳月が流れた訳です。その最初の70年間は啓示者の言葉を聞きながら教会本部地場は運営されていたわけです。時代が進めば進むほど、人口が増えれば増えるほど、教祖本席様のような偉人達が必要な世界であると感じます。
御神楽歌はそれを示唆していると感じますし、元の理の道具衆の話も同じです。
こかん様も初代真柱も他道具衆と言われた方々の生まれ変わりを主張する人達が、分派を含めたお道に繋がる人達には大勢いらっしゃいます。
たぶんどなたかが本当で、他は勘違いなのでしょう。
人様の過去生がわかる人物が複数登場するしか、この問題は解決しないでしょう。
その構造こそお地場の大前提だったのだろうと思いますし、早晩そのような方々が登場されるだろうと感じます。
われわれは、森羅万象に神の大御心を感じ、感謝の心を深めておけば、このお地場の問題は親神が解決してくれるだろうと思います。
ただ云える事は、天啓者不在の本部は、罪の方が多いのかなと感じます。
ユーミン見てます?
天理の霊能者 様
ちょっと疑問がありますので、質問させてください。
>こかん様も初代真柱も他道具衆と言われた方々の生まれ変わりを主張する人達
道具衆とか十全の神様とか言うと、何か人格を持った「尊い存在」のように思われて、その魂の生まれ変わりの人がいる、などと考えてしまう人も多いのでしょうが、元の理を素直に読むと「生まれ変わる存在ではない」としか解釈できないのですけどね。生物の「タネ」は全てドジョウだ、と言っているのにですよ。
道具は道具でしかなく、守護の理は法則のようなものですから、言い換えれば『「トンカチ」や「万有引力の法則」の生まれ変わり』と言ってるようなものです。
本部は、どうしてこんな奇妙な解釈をするのでしょう?
単なる「権威付け」「自尊心の発揚」「詐欺商法の仕込み」でしょうか?
それならそれで、納得できるのですが。
>人様の過去生がわかる人物が複数登場する
仮に、誰かが「私は人様の過去生がわかる」と言ったとします。
他の人には、その人が「本当に分かる」のか「嘘をついている」のか判断できないんですよね。
他の人からは、その人の言う事を「信じられるかどうか」という問題になります。
だから、複数登場しようがしなかろうが、解決しないと思いますよ。
これは、「神の言うことを伝えている」とか「過去に亡くなった人の霊を呼び出せる」なんて主張する人についても同じなんですね。
で、失礼ながら、天理の霊能者様は、「霊能者」と名乗っていますがどのような「力」をお持ちなんですか?
呪縛改自由の翼様
ここは、天理教の被害の実態が語られている場所だと思うのです。貧に落ちきれとの信仰の根幹に関わるような偽の言葉を何のためらいもなく流布して、年祭のお供えのために、65歳の年金受給年齢を待たずに繰り上げ減額受給迄してお供えを続けた人。1961年11月の国民年金が実施された時点で、掛け金を払う年齢を過ぎてていたために、障害福祉年金を受給していた方が、これも親神様のお陰だと吹き込まれて年金額の半分をお供えしていた人など、数えれば切りの無いほどの人たちがあったとことではないですか。お供えをするかしないかの判断は最終的に個々人がするものですが、小さいころから「貧に落ちきれ」と刷り込まれた誤った教理によって被害を受けてしまった実態に目を向けてくださいと云っているのです。
教団本部や教会を維持管理するためには、最小限の経費は必要でしょう。しかし、二代真柱が昭和38年前後に年に2億円もの古書購入費を使ったとか、天理高校二部生の女性をキャディ代わりに連れまわして、奈良国際ゴルフクラブで遊んでいたとの話を聞くと、腹が立たない方がおかしいんじゃないですか。
お金が余れば、もうこれ以上のお供えは要らないから教会の補修に使うようにとか、しばらくはお供えを控えてくださいとかいうのが親心というものではないですか。
そのような親心のかけらもないような天理教は信仰してはいけないということだけです。このブログは多くの人が見ておられると思うから、そのことを言いたいだけのことですよ。
そして、多くの皆さんは教祖の説かれた真の教えを求めておられるのです。
>ネットで喚いていても 何の解決にもなりません。本部に乗り込んでデモやるか 静かに立ち去るか その
二つしかないと思います。
と呪縛改自由の翼さんが書き込んでいますが、「本部に乗り込んでデモやるか 静かに立ち去る」これで解決になると思っておられるのですか?
本部の思うつぼです。どうも、本部の回し者ですね。
また「本日を持ってロムも投稿も辞めにします。」とのこと・・・結構な事です。
こう来ないで下さい。でも又ハンドルネーム変えて、本部的な事を書き込むのでしょうね。
我々の本体が神の分け御霊、神の子、永遠の魂である事は信じるかどうかの問題でしょう。
ドジョウ´と呼ばれた、どんな原始生物であっても、魂+身体、すなわち生命体があったという事でしょう。
生命現象、魂と身体を結ぶ働き、生命の発現は永遠の謎ですが、かしものかりもの、本体は魂であるという教えは信じます。
飲み食い出入りの働きだけが付加されたドジョウ´、例えば小さなミミズ´の様な生命体が現れ、現在の人間身体へと進化してきたとしても、その進化の発動の意味は今だ謎です。
生命の発現も進化の発動も神が目指すにんげん´を実現する為になしていると教えられているように思います。
現在の人間もその過程にあるのでしょう。
お筆先には、この身体の働きの属性の一つ一つの実験に使われた魂があると書かれているように思います。
個人的には、そのミミズ´のご苦労に対して拝をしている訳ではなく、そのミミズ´に使われた、人類の進化の頂点付近にある魂が、教祖の様な、よろずたすけの現象とその現象を噴出させるだけの磨きあがる事に対して拝をしたいと思っています。例えばたとえ道具衆の魂達が支配欲とエゴに汚れるなら、世界は治まらないし、個人的には軽蔑し、シカトして通るしかありません。
けれども個々人のこの身体を含め、この世は神の身体であって、我々永遠の魂は、永遠に神の無限のかりものを借りて、生かされており、その神は人間可愛い一条で働いているのだから、身の内はじめ森羅万象に親なる神への感謝と安心感をより深められるよう、八つの癖性分を払って、少しでも魂の進化の先頭にあられる教祖の精神に近ずかせてもらうのが、永遠の人生街道の根本的目的だと考えます。
現在の天理教本部員達が、宗教を利用した支配欲に汚染されているとしても、世界が進化を続ける限り、いつかは教祖の様な、不思議なご人格と救済能力を発揮するような方々が、現れ続けるお地場になると信じます。
魂の自覚と森羅万象にたいする感謝の中に、この身上の諸機能諸現象が含まれる事は当然ですが、人類の精神の進化に貢献してきた魂、(例えばこれまでの宗教祖達)偉人さん達の働きにも感謝したいと思います。
教組の過去生のどこかに卑弥呼であった頃があるかどうかは知りませんが、道具衆達の魂は、そんな過去生があったのかな?とも想像します。人類の精神を進化変容させる宗教的な偉人超人は、その在世時は、我々凡夫からは、変人とか狂人とかカルトとか突然変異とかのレッテルを張られながら、苦労の人生を歩まれたのだろうけれど、後の世には、神として拝をされるようになるのかもしれません。お地場とは本来そのような魂が引き寄せられる親里なのだろうと書かれているように思います。
日本国内でさえ、麻原某や大川某に限らず様々な変態的な宗教運動や、自称霊能者や霊媒者なども無数にいらっしゃる訳です。
神霊次元でも世界の大混乱期とも言える訳ですが、「この世治める道、最後の教え」なのならば、未来のお地場はこのような現象に対しても、答えを出して戴けるのだろうと思います。
>「権威付け」「自尊心の発揚」「詐欺商法の仕込み」
に組して自他共の、尊い今世を無駄にしたくはありませんし、不健康な人生も不足心の多い人達との付き合いも御免ですが、教祖の残したお地場と、失礼ながら、それに連なる方々の動向に興味が尽きません。
若かりし時期に教祖の御事跡巡りと、(教祖とお地場を否定しない人達の)神秘家巡りをした事があります。いろいろな不思議な現象を目の当たりにしましたが、多くの皆様が、かしものかりもの、心通りの守護というキーワードを元手にお話しをされる訳です。そのご神言そのものにも力があるのでしょう。
ある神秘家の力を借りて、身上平癒を祈ると不思議に健康回復のご守護を戴いたことが幾度かありますし、その方のお力をお借りして未来予知を試した事がありますが、これも恐ろしい程の確立でした。
それでもやはり、過去生を見れるような方々が永遠に複数存在しなければ、未来永劫この世を優しく健康に治めてゆく事は不可能だろうし、そして神の想いのお地場とは本来そんなところだろうという事です。
ハンドルネールにも使われていますが、「天理の霊能者」豊島泰國著←これはかなりの良書だと思います。教内の多くの方に、特にここに来られている方は是非一読されることをお薦め致します。単に天理教を批判する内容ではなく、悪意のない立場であまり語り継がれていない史実が詳細にまとめられています。貴重な画像も多々ありますので、見るだけでも楽しめますよー。ただ、「とめ筆」云々の記述の真相は眉唾ものであり何とも言えませんが…もし実際にあるのであれば多くの方で検証されるべきだとは思います。
この本だけではなくいろいろと調べていくと、やはり腐敗の原因は教会本部制度にあると思いますね。あれほど教祖は「ならん」と仰っていたことが、現身を隠されてから、あれよあれよと認可に至る当時の流れにはどうしても違和感を感じます。きっと教祖にはいずれこうなることが見えていたんだろうと思います。お供えは教祖ひながたのように教会にするのではなく、実際に実社会で困ってる方に施すことが本来あるべき姿なのかもしれません。宗教を家業にしてはいけないということです。キリスト教も然りです。
https://www.youtube.com/watch?v=wDFiwAh_Ikc
少し長い動画ですが、時間を作って是非見て下さい。お道の改革へのヒントが満載です。
海外より さま
ハッキリ言って、お道の改革は無理です。立教から179年、教祖存命中はまだしも、初代真柱以降は、遣ること成すことがもう滅茶苦茶。
天理教の紋所を中山家の紋から教祖の赤衣の紋である菊にすら変更できないのですから。
ただ、仰っている「天理の霊能者」豊島泰國著は即購入しました。
呪縛改自由の翼 様
>古臭い泥海物語 ドジョウがどうしたこうたら・・・
随分以前のことですが、テレビで京都大学の教授が「人間の顎にはエラの形跡が残っています」と語っておられたのを見たことがあります。人間の祖先があながちドジョウだったのかも知れません。人間の皮膚は魚の皮膚に近いという話も聞いたことがあります。泥海の中の生物が46億年の年月を経て人間が生まれたのでしょう。その生物がドジョウだったのか、それとも、泥海の中の生物を総称してドジョウと表現したのかは定かではありませんが。
天理の霊能者 様
長々と書いて頂いたのですが、正直、何が言いたいのかよく理解できません。
私が読んで理解できた分を纏めさせて頂くと、
「生命誕生から人間まで成長させてくれた、有り難い親神の思し召しには感謝の念が絶えない。」
「世の中には神秘家や不思議な力を使える人が大勢いるし、そういう人が誕生し続けるのが『お地場』だから、その人達に世界を救って貰おう」
という事でよろしいでしょうか?
要約すると、
①各々が永遠の魂なのだから、進化・生命現象含め、森羅万象は親なる神の身体、神の守護なのだから、感謝の心を深めるのが信心の基本ですよ。
②お地場とは最高度に進化・成人した魂達が、たすけ一条の仕事をするところですよ。
③その最高度に進化・成人した魂達の救け一条現象とは、超常現象をも含みますよ。
とご神言からは、読み取れます。という事ですね。
匿名A 様
早速購入していただいようで嬉しく思います。(著者でも出版社の者でもありませんが。笑)
内容は教祖のご在世当時の雰囲気が生々しく伝わってきますし、どうして本部が本席様以降、天啓者を失ってしまったのか、その背景が良くわかります。国家権力(または高弟個々の権威欲)に屈し、大事な天啓の御教えを曲げてしまう本部の姿勢を批判し、逆に異端として断罪されてしまった方々の方が、むしろ忠実に教祖の教えを守り抜こうとしていたのかもしれないということもわかります。特に北大教会系の茨木基敬氏の一件は本当に残念でなりません。神紋である月日の紋、十二弁の菊の紋の作成手伝いを教祖から許された平安大教会系の飯田岩治郎氏も最終的に懲戒免職。それまでの功績等は一切無視し、神懸かった人は全て排除していく本部の姿勢にはホント呆れます。
個人的には改革が無理とは思っていません。179年経ったからこそ出来ることもあると思います。
やるべきと考える人がそれぞれで動いていけばいいと思うんです。今の時代、昔と違って情報を求めればいくらでも集められます。わかった人が声を上げていくことで変わってくると思うんです。谷底競り上がりで、むしろ中枢に居て利権にしがみついて甘い汁を吸ってる人達をおたすけするくらいの気持ちでもいいかもしれません。天の定規に狂い無しで(それは出直した後かもしれませんが)、必ずそういう人はそれなりのことが本人に返って来ると思うんです。最終的には自分と神様、自分と教祖でしかないと思います。
天理の霊能者 様
要約有難うございます。
① 仮に「魂は同じで肉体が何度も生まれ変わる」としても、各々に過去生の記憶が無いのならば、生まれ変わったかどうか、知る術がありませんよね?
他人の言う事は「信じられるかどうか」の状態なんですから証明になりませんよね。
② たすけ一条の仕事とは、具体的に「どういう人」を「どのようにする」と読み取っていらっしゃいますか?
③ どのような神言(箴言?)から「超常現象をも含む」と読み取れるのでしょうか?
宜しくお願いします。
④お筆先は教祖を含む道具衆の魂をお持ちの方々が救け一条のお地場を確立される物語りとして、彼らの自己証明の道でもあった、と読み取れます。(それが現在実現されているかどうかは別として)
⑤神の啓示を伝えるほどにまで磨かれて、神として拝をされる天命を授かった魂の方々だったのではないでしょうか。(そこに超常的な救け現象も含まれるんでしょう)と読み取れます。
末端教会子弟様の教会ではお筆先とか御神楽歌をどのように扱われているのでしょうか? お地場の確立を含めた主題は全体を通し読みされて、ご自分で読み取って下さい。
天理の霊能者 様
>④お筆先は教祖を含む道具衆の魂をお持ちの方々が救け一条のお地場を確立される物語りとして、彼らの自己証明の道でもあった、と読み取れます。
教祖様が「違いあるなら歌で知らする」といって残された「おふでさき」ですからね。
「おふでさき」の書かれた時代背景と中山家や周辺の出来事を考慮してますが、あまり事実や事件などは知る術がないので、逆に、「おふでさきの文言」から当時の事件や出来事を推測して、その意味を解釈させていただいています。
「ちがいあるならうたでしらする」という言葉からすれば、「おふでさき」は教祖様の教えの「補足説明、傍な者へのお仕込み、叱咤激励」という解釈が自然かと思われます。
元の理も、「教祖様が良しと言わなかった泥海古記」を基にしてる事から、完璧ではないと留意しつつ教祖様の教えと照らし合わせて解釈するしかありません。
唯一「みかぐらうた」の意味と内容が教祖の教えの「信者が身に付けるべき基本(=陽気づくめの世の建設、ひとだすけの道)」と理解できます。
『「ふしぎなたすけ」に「超常的なたすけ」が含まれる』という解釈が不思議です。
今の天理教に「超常的なたすけ」が出来る人がいますか?
真柱を芯にすえる現天理教は、教祖の教えから大きく逸脱しており、信者さん達、部下教会長さん達を、自分達の金集めに利用する為に歪曲捏造した偽教義で粉飾した紛い物といえます。
社会学研究所さんのコメントに、かつて、「天啓のゆくえ」という著書、そして「異端」ということについて書かれてありましたが、教団から去って行った異端とされた人々は、自らの方をこそ正統とみなしている、只、解釈の違いであり、異端とみなされたのは、力関係に過ぎないとも言える、というようなことでしたが。
現天理教の改革は期待できそうもないですし、教団からは離れるのが一番被害が少ないことと思いますが、いろんなしがらみで、今、組織を離れることが出来ない状況にあったとしても、我々も、現天理教こそ異端とみなし、現天理教を頼らず、自ら教祖の教えを理解し、自らを正統と自負し、上の間違った要求は、拒否する(やり方は剛柔それぞれですが)ことが肝要と思われます。
2016年10月29日 9:09 PMの匿名 様
>天理教は都合の悪い事は貝の様に口を噤んでしまいますが、・・・・・。
それはそうですよ。ずっと昔、教会長資格検定講習という講習を受講した時のことです。講師の名前は忘れましたが、くだんの講師曰く「天理教は成層圏を悠々と飛んでいるが、〇〇学会は低空すれすれ、いつ不時着するかわからない状態。比較するのもおこがましい、だと宣った。
何をお高く留まっているのですか。今や立場は完全に逆転していますよ。(私は〇〇学会員ではありません、念のため)
なのに、未だにお高く留まっているのか。それとも一言でも反論すれば、それに対する反論が10倍にも、100倍にも、いやそれ以上になって帰って来るのを恐れているのかのどちらかでしょう。
どっちに転んでも悪く言われる。貧すれば鈍するとはこのことではないですか。
FBの投稿です。
こんな事、投稿すべきじゃないかも知れませんが。
友達の女の子が妊娠したんです。
相手の男、認知したくないと、逃げてます。それも教会長の息子!!
そこの家族みんなが無かった事にと!!
女の子…………………….9週目に入り、不安で不安で。
昨日、その子から泣きながら連絡があり。
新しい生命。出直してたそうです。
なんやろ。いつの時代も女性が弱者。
男が女を守らないでどないするねん!!
なんで同じ信仰しているお道の子に
あんな男がいるねん!!!
愚痴になりましたが、その男も、その家族も信じられない…
昨日、ゆうづとめ後、バッタリとその男に会い、それもちがう女の子を連れて。
呆れ返って。
僕が何も知らないと思ったらしく、
〇〇ちゃん、〇〇ちゃんと喋ってきたので、
思わず、近づくな!お前は何をしている?
お前はほんまに男か?と、言ってしまい、怒りがおさまらず、
殴りそうになりましたが。
相方が居てたので手を止めました。
ため息しかでませんでした。
しょーもない投稿すいません。
投稿してみなさんの意見も聞きたくて。
宗教上ふさわしくない投稿になると思いますので、
その内消しますね。
(世間では、よくある話かも知れませんが、教会の息子と教会家族であることが問題だ。)
私がまだ二十歳のころに次の話を聞きました。
当時は、天理高校二部生の勤務先に「詰所勤務」と呼ばれる制度がありました。昼間は詰所の仕事をして二部に通うのです。同じ詰所に大教会役員の子女が天理高校一部生として住んでいました。この子女は大教会長の縁者で気ままな娘だったそうです。
学校に居るときに雨が降り出せば、この二部生に傘を持ってくるように詰所主任を通じて命じるのです。そればかりか、少し疲れたからと下校時に自転車で迎えに来いとか。まるで召使いそのものだったそうです。
かわいそうに、くだんの二部生は傘を届けるやいなや、自転車で詰所にとって帰り、夕食も食べずに、今度は徒歩で小走りに登校したと語っていました。学校に着いても空腹で勉強も上の空だったと悲しい思い出を語ってくれました。
この話からも分かる通り、また、古い教会長さんが仰る通り、天理教の教会制度は完全な封建社会の縮図そのものです。大教会クラスの人達は、自分たちは特権階級の頂点に居るような感覚の持ち主ばかりです。
以前、私はこの欄に、天理高校は一部を廃止して、二部のみにせよといった言った理由は、この話を聞いたからです。
教団幹部たちに、まともな人間感覚を求めること自体、全くのナンセンスという事実です。
>天理教の教会制度は完全な封建社会の縮図そのものです。大教会クラスの人達は、自分たちは特権階級の頂点に居るような感覚の持ち主ばかりです。
その狂った感覚が麻痺した代表が中山家だとしたら、救い難いね。
天 様
御意。怒りよりも悲しみです。今日まで熱心に信仰を貫き、今は老人施設に入居している叔母に、この話をする勇気は持ち合わせていません。
株式会社・天理教があるとは誰も知らなかった。別に構わないが、本部の人間は口と心と行いが一致すべきだ。
「貧に落ち切れ・・・」とばかり言わずに、各教会にも大いに経済活動を奨励してもいいかも。
大都市に五棟の賃貸ビルを所有している。 他に温泉や駐車場も経営している。
http://tokyotenrikyokan.co.jp/
株式会社 東京天理教館 資本金 410,500,000円 代表取締役 松田 嘉次 社員数 57名
今回の記事「知的劣化」は機関紙だけに見られるものではないです。
おふでさき、みかぐらうた、おさしずなどの三原典の解読が未だに完了していない有様
天理大学おやさと研究所が明確に動き研究を続けているのに、それを理解し適応しない本部組織の上層部が今明るみに成っています。
この状態は今に始まったことでなく、真柱体制が始まって以来のことでしょう。
つまり教理教義の私物化、自分たちの都合のいいように改竄している歴史があります。それが故意か不可抗力かを明確に追求する事がインターネット教徒の指名です。言いなりの時代は終わりました。
ネット時代以前もおかしいおかしいと思い離れた人、それでも残った人でしかないです。
その残った人達らが今このようにして、原点回帰、原典回帰すべく立ち上がっているのだと感動してます。
真柱体制でも問題は無いと思いますが、不可抗力でも教義書の無益な改竄はやめさせるべきです。
T
2016年11月22日 2:22 PM
(上級教会を敬え、目上を敬えは、朱子学的な考えでしょう。江戸末期の農婦の学問とは、儒学であり、孔子,孟子であり、蘭学ではありません)私は神の言葉を伝えた中山みきも、その時代のボキャブラリー、思想、法律の範囲内での言葉であり、現在では処理しきれない問題があっても当然であると思っています。その国を代表する宗教団体、宗教庁は、重大な見えない鍵をにぎっています。
上記の 事を おふでさき では から と表現してます。
参考
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00000uz56d-att/GT185-Inoue.pdf
と天理おやさと研究所グローカル天理で井上昭雄先生が発表しています。
つまり国学者、本居宣長が提唱した 「やまと意と漢意」を知る事で実はそれを解読できるのです。
参考
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E6%84%8F
大和意
はかりごとを加えず善悪ともにありのままのさまを尊ぶ大和民族[1]古来の素直な態度に対して、
漢意
中国文明に特徴的であると宣長の考えた、物事を虚飾によって飾りたて、様々な理屈によって事々しく事象を正当化したり、あるいは不都合なことを糊塗したりする、はからいの多い態度を指す。
しかし、おふでさき注釈 なども発売されていますがそれですら新しく書き換えていないのです。何か不都合があるのでしょうか? 再出版が資金的にあれなのか? それなら真柱からの発布 或いは 毎月の天理時報での連続広告でも何でもできるのにそれをしようとしない。
「知的劣化」は機関紙だけでなく、教義解読とそれを理解するものの少なさなのでしょうかね。
それを井上昭雄先生は、ふでとり学人 と表現しそれを急務と訴えている。正当性もあるに、資金的もそうかかるわけでないのにそれをしない本部はもう終焉と思いますね。
本当はカルトなのですか? と思わされる事態です。このまま続けば天理教教会本部は社会から抹殺されるでしょう。
匿名様
大変残念なことですが、本部はカルト以外何ものでもない感じですね。。。
教内から離れ、また日本を出て海外で長く生活していると痛切に感じます。
また教会本部が設置された当時のことを歴史的背景を踏まえて深く調べていくと、おかしなことが芋づる式にわかってきます。
おふでさきやおさしづの本格的な再研鑽がなされないのは、本当のことがわかってしまうと教会本部の存在や教会制度そのものを否定せざる負えなくなるからだと思います。
神意よりも保身。沈む船の上で保身したところで一緒に沈むだけなんですけどね。。。
おかしなことに気付いた人達で、教会や系統関係なく、有志で集まり平成の「講」を結んで研鑽していくべきなのかもしれません。
海外より
2016年11月22日 9:01 PM
ですよね。その昔それに気が付き公の場で言った者達が、本部から異端扱い。
しかし現在ではインターネットがありその情報の真偽性をはかる材料が揃います。
気が付いてる直属も結構多いようで、直属で出版する出版物ですら「検閲と改竄をさせる本部」いつの時代の官憲か?その昔、官憲などのお上を「から」と表現していたのに今度は本部が、「検閲と改竄を要求」これこそおふでさきの「から」です。
もう「本部=から」 で決定でよろしいでしょうね。
おふでさきの注釈などでは、高山などの表現も、お上と指すと言ってますが、
実は高山は「中山家とその親族」の事を指していると聞き、それで読むと納得がいくのです。
第2号46
高山のにほんのものととうぢんと
わけるもようこれもはしらや
この柱が、かんろだい あるいは 真柱 であるとか
「高山」の文言に関しては、おふでさき全般で見られますが、序盤からお上でなく、上層部や指導者と指してる注釈も出ています。
結局、代々続き形骸化してるのもありますが 海外よりさんのおっしゃるように「本席派:真柱派」で真柱派が主導権をとり、次期本席 上田ナライト を阻害してキチガイ扱いしたみたいですしね。
そのうち おふでさきから第2号46が消えたら笑います(笑) 不都合な文言が消えそのうち本部がおふでさきを発売禁止したりw みかぐらうた おさしず も発禁 本部終了w
なににせよ今の本部に、談じ合い をする度量も根性も無いでしょうからね。自滅していくのでしょうかね。
天理おやさと研究所は現代の本席なのでしょうか(笑)
匿名様
有難うございます。
確かにおふでさきは内々のことも説かれていますが、「高山」に関しては少し解釈が私と異なります。
一般常識とされていることからかなり逸脱してますので、怪しいヤツだと思われる覚悟で書きますね。笑
明治弐年よりおふでさき第一号が書かれますが、ポイントは明治維新(本来、明治革命と呼ぶべきでしょうが…)が起きてすぐ書かれているという点です。
明治維新とは何やら素晴らしいことであったように学校で教わりますが、様々な書籍やインターネットで調べていくと、単なる薩長の人間を使った日本の乗っ取りであったことがわかります。その薩長の後ろ盾が何だったかを調べるべきだと思います。悲しいことにそれからの日本は現在に至るまで、ずっと乗っ取られたままです。確信を得るまでは時間もかかりますし、大変な作業ですが、調べてみると面白いですよ。
そこでおふでさきです。
第二号 三十二
とうぢんがにほんのぢいに入りこんで
ままにするのが神の立腹
第三号 五十七
高山のしんのはしらハとうじんや
これが大一神の立腹
とあります。
ズバズバと本質が説かれていますので、弾圧を受けるのは当たり前ですね。
〉天理おやさと研究所グローカル天理で井上昭雄先生が発表しています。
〉つまり国学者、本居宣長が提唱した 「やまと意と漢意」を知る事で実はそれを解読できるのです
井上という人、ここのブロクのどこかに出ていた、三島神社移転の実働隊じゃないの。大丈夫?信用して。
私達夫婦は、市町村民税も課税されていない、いわゆる低所得者です。それでも教会長は月々の「お供え」をするのが、ご恩返しであり、まこと真実の表れであると力説される。
だったら教団本部のまこと真実とは何なんでしょう。大都会で収益ビルをもち、その他の収益事業を隠し持って、これ以上に何が必要なのですか。まこと真実の欠片も感じられない。
教団本部こそ、まこと真実の実態を見えるように全教信徒に示す時ではないか。現真柱の天理教用語の羅列の言葉は聞き飽きました。そろそろ天理時報の購読も止めるときが来たようだ。良い事も悪いことも事実を報道するのが、それこそ「時報」ではないのか。きれいごとばかり掲載していて感動を得られると思っているのであれば、大きな間違いだ。
続投で失礼します。
前の投稿の具体的な一例を言いますと、例えば、収益ビル5棟の収支の実態を天理時報に掲載できますかということです。
教信徒には関係が無いというのであれば、発行された株式はどのような経緯を持って発行され、どのような方が株主であるのかということです。知ったところでどうしようもないことですが、株主の一覧だけでも分かれば、天理教団本部の収益事業の一端だけでも分かるということです。
それとも、相変わらず、「寄らしむべし、知らしむべからず」ですか。
財団法人天理教が増えている ・何かおかしいぞ
(天理教社会学研究所 さんのツイート)
キーワード「財団法人天理教」 の検索結果 全 6 件
財団法人天理教水口大教会維持財団(法人番号:8160005002448)滋賀県 甲賀市
財団法人天理教湖東大教会維持財団(法人番号:4160005006361)滋賀県 東近江市
財団法人天理教河原町大教会維持財団(法人番号:1130005014279)京都府 京都市左京区
財団法人天理教郡山大教会維持財団(法人番号:7150005002532)奈良県 大和郡山市
財団法人天理教維持財団(法人番号:3150005003245)奈良県 天理市
一般財団法人天理教一れつ会(法人番号:3150005007997)奈良県 天理市
https://www.houjin.info/search/?name=%E8%B2%A1%E5%9B%A3%E6%B3%95%E4%BA%BA%E5%A4%A9%E7%90%86%E6%95%99&kind=&pref_name=&city_name=&address=
財団法人天理教水口大教会維持財団と財団法人天理教河原町大教会維持財団と財団法人天理教郡山大教会維持財団の法人番号指定はすべて2015年10月5日と同じ。なぜ?誰が号令をかけている?天理教本部だとしたら、本部の財産を分散させるため?それとも本部からクーデター離脱するための布石?
Yhoo知恵袋の質問と回答です。皆さんはどう思われますか?
ID非公開さん
2016/10/2020:59:56
天理教の分教会の教会長をしていた方が自殺しました。天理教では亡くなることを「出直し」と言いますが…やっぱり自殺をすることで人生をやり直そうとしたんでしょうか?
…前にも質問したのですが。まだ悩んでいます。
kurozumi_azumadaさん
2016/10/2022:53:24
こんばんは。
私はそうは思いません。
教会長という立場、教師(教人)という立場は、信者さんのお手本ともなるべき立場です。神様からの大切なお借りものである身上(身体)を人間の側の都合で勝手に処分することは本来許されないことであり、そのようなことをする人に神様が新たな身上をお貸し与えくださるとは思えないからです。
つまり、身上や事情を「道の花」として受け止めて「たんのう」せず、自殺という形でかりものを処分してしまう人には、新たな身上をお借りして「出直す」ことは許されないのではないかと思います。
言葉がきついかもしれませんが、亡くなられた教会長さんは精神的に耐えられなくなり、やむを得ず教えに反する行為をしてしまったのだと思います。
>言葉がきついかもしれませんが、亡くなられた教会長さんは精神的に耐えられなくなり、やむを得ず教えに反する
>行為をしてしまったのだと思います。
分教会長さんにどのような心身上の背景が有ったのかも問うも事なく、身上事情は道の花なんて言葉を使って人の死を簡単にかたずける回答者の神経が理解できません。これでは現行教団本部の本質丸出しです。
天理時報は、過去に如何ほどの教会長さんの自殺があったのかも報道していません。過去には大教会長さんが、こともあろうにおぢばにおいて自殺されたことがありました。それでも天理時報は報道していないはずです。今回、たまたま一人の分教会長さんの自殺をとらえて断罪する恐ろしさに、人間性の欠片も見い出すことが出来ません。
回答者は質問者に真摯に回答されたつもりでしょうが、私でしたら回答は出来ません。御霊の安からんことを祈るばかりです。
古い教会長 様
文章が乱れたことお詫びいたします。
真意をお汲み取り下さい。失礼します。
ちょっとお待ちください。
回答者のプロフィールをみて、書かれている一部を検索して一体何の宗教の方かと思いましたら
黒住教の教師さんですよ。
私は黒住教のこと全く存じ上げないのですが、同じような宗教用語を使われるのでしょうか。
この方のコメント辛すぎます。
古い教会長 2016年11月25日 8:35 PM様
私の中で古い教会長さんのイメージが少し変わりました。すこし、残念な気持ちです。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=1149#comment-93954
http://chiebukuro.yahoo.co.jp/my/kurozumi_azumada
これがベストアンサーの方のプロフィールです。
自己紹介 :
ある教派神道の教師です。
宗教カテを中心に利用させていただいております。
よろしくお願いします。
何事もありがたいにて世にすめば
むこうものごとありがたいなり(御文143号)
向こうことみなおかげぞと思いなば
ねてもさめても有り難きかな(御歌191号)
————————————————————————
この御文、御歌とやらを検索にかけますと、黒住教とわかります。
通りすがり さん。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=1149#comment-93954
読みました。
でも、「財団法人天理教水口大教会維持財団と財団法人天理教河原町大教会維持財団と財団法人天理教郡山大教会維持財団の法人番号指定はすべて2015年10月5日と同じ日。・・」とカインさんが書いておられます。2015年10月5日というのは昨年ですよね。日付の間違いでしょうか?
何か動きがあるのかと思ってしまいます。
古い教会長様
2015年=平成27年10月5日 この日が「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」の施行日です(一番上の行)。一番下には、公表サイトの開設日として同じ日がしるされています。ご参考までに。
https://www.nta.go.jp/mynumberinfo/houjinbangou/schedule.htm
どうしても疑念が払しょくされない場合には、以下の作業を試みてください。2015年10月5日に、天理教的な意味がないことはすぐわかります。
https://www.nta.go.jp/mynumberinfo/houjinbangou/schedule.htm
の頁の一番下の、リンク(法人番号公表サイト)から入る。次のリンクでも同じ。この頁は古い教会長さんの法人infoの検索結果のもととなったデータベースです。たどっていくと同じところへ行きつきます。
http://www.houjin-bangou.nta.go.jp/
ここで「法人の商号及び所在地」から探すのところ、部分一致検索にして「河原町」と入力、結果がそこそこ出てきます。天理教河原町大教会、維持財団は4ページ(31~40件目)に登場します。ここで、手当たり次第にほかの法人の登録日を見てください。10月5日ですよ。
ご参考までに。
現行の公益法人制度は、次の法律に基づいて成立しています。従いまして、単に、財団法人天理教水口大教会維持財団などの名称を有する法人は存在しません。必ず一般財団法人なり公益財団法人という名称が冠されます。
この根拠法令は次の通りです。この法律は、通常「公益三法」と呼んでいます。
■平成19年6月2日に次のいわゆる公益法人制度改革関連三法が公布されました。施行は平成20年12月が予定されています。
1 「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」
(以下「一般社団・財団法人法」といいます。)
2 「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」
(以下「公益認定法」といいます。)
3「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」
(以下「整備法」といいます。)
ちなみに、天理教いちれつ会は、一般財団法人です。天理よろづ相談所病院は公益財団法人に認定されています。
また、例えば、財団法人天理教維持財団(法人番号:3150005003245)奈良県 天理市がどのような状態にあるかは、奈良地方法務局で、登記を閲覧することが出来ると思います。多分、登記は閉鎖登記となっているのではないでしょうか。
私が疑問に感じる点は、このような法人の動きが信徒に一切知らされなかったことの一点にあります。天理時報は何をしていたのかということです。
続投失礼します。
財団法人天理教維持財団(法人番号:3150005003245)奈良県 天理市が存在しない理由は、公益三法が施行されてから5年以内に、すなわち平成25年11月30日までに特例民法法人(旧法法人の呼称)は新法に.基づく法人に移行するか、または、移行出来ない場合は、決議解散をすることになります。決議解散をしなかった場合は、法施行から5年を経過した時点で主務官庁が法人の主たる住所地を管轄する法務局に対して、解散の登記を嘱託します。
解散後は、元理事等が清算人に選任されて清算事務を行い、遅くとも2年以内には清算を結了し、清算人が清算決了の登記を行って当該法人は存在しなくなります。
解散に至る経過や、清算決了に至る経過は、必ず議事録が作成されています。天理時報は、この議事録を公開すべきです。多分出来ないでしょうが。また、清算決了の登記は法務局に10年間保存されます。
匿名A 様
詳しい説明ありがとうございます。
「財団」で問題と思われるのは、その理事や評議員等の関係者が「どのような人達」で構成され、その収入や事業が「どのような所から得ているのか」だと思います。
一般であれ公益であれ財団法人から報酬を貰うことも経費を使うこともかなり自由が利くわけですから、宗教法人で集められたお供えを財団法人に寄付し、そこから報酬を貰うなり経費を使うなりしていたとしたら、「いかがなものだろうか?」という疑問です。
大教会といえども本部の被包括宗教法人ですから、その運営や人事等に本部の意向なり金銭的な上納なりは必要でしょう。不動産なども、いつ本部に召し上げられるか分かったものではありません。それを回避するために「財団法人」を作ったとしたら、やってることは「中山教の分家」みたいなものだと感じるわけです。
末端教会子弟 様
仰る通りですね。かなり以前でしたら公益法人は毎年決算を行い、議決を得た残余財産の額も登記事項でした。決算書に基づき登記する訳ですから1円たりともおろそかにできませんでした。
以前、公益法人の存在が問題視されていた頃は、事業計画書、事業報告書、予算書、決算書、役員名簿、社団法人にあっては社員(会員)名簿等は、何人でも閲覧できるように常に常備するように主務官庁の大臣名等で指導が有りました。なのに、当時、教団にこのような法人が有ることすら知らされていなかったわけですから、閲覧をするとかの以前の問題ですよね。、中山教の罪は重いですよね。
本願寺の維持財団のように問題が表面化しただけでも、まだ民主的だったのかも知れません。そういう意味からも天理教団は全くの伏魔殿と断言してもよいのではないでしょうか。
今に思えば、障害福祉年金の半分以上をお供えし続けていた母が哀れに思えてきます。
教祖の教えを日常生活に生かせるように、別の道を歩まなければなりません。
>Yhoo知恵袋の質問と回答です。皆さんはどう思われますか?
50代元信者様がお調べ頂いたように、回答者は「黒住教の兼任(兼業)教師」のようです。
私自身黒住教の教義などは分かりませんが、黒住教の教師が天理教の用語を使って何を頓珍漢なことを答えているのだろう、というのが正直な感想です。一応、「自殺はいけないことですよ」と言ってるので一見間違ってはいないように見えますが、天理教用語と解釈が滅茶苦茶です。
質問者の文章も天理教の信者か関係者にしてはかなり違和感があるので、もしかしたら「自作自演」なのかなとも思えます。
個人的解釈ですが、「みかぐらうたやおふでさき」を素直に読めば、「出直し」=「やり直し」ですし、「自殺してはいけない」とも書いてません。勿論「自殺してもいい」とも書いてませんから「どちらでもいい」のでしょう。教祖様の教えが「皆が陽気に暮らせる世界を作るために働きなさい」という事から考えれば、「皆が陽気に暮らせる世界になる保証があるのなら自殺も選択肢の一つ」と解釈します。
過去に自殺された教会長さんは過剰なお供えの要求や教会運営に絶望されての事と聞き及んでいます。
当然、これらは「陽気ぐらし」とは全く無縁の話なので、あくまで歪んだ組織の犠牲にされてしまった訳です。
自殺された方の心中察するに余りありますし、改めて歪んだ組織や上層部の悪意に対する憎しみが湧いてきます。
>Yhoo知恵袋の質問と回答です。皆さんはどう思われますか?
このような悲しい被害がなくなることを祈るばかりです。
『もう宗教は、これで救われると言って金を集められなくなった』 より
http://agora-web.jp/archives/1448627.html
今や、あらゆる部門で「コンプライアンス」が求められる時代である。
宗教法人もまた、その例外ではなくなってきているのである。
一読者B 様
大変参考になり有り難うございました。本当に宗教の本質とは、何なんでしょうね。
現行天理教団は、個々人の信者に対しては露骨に直接的に「お金」を出せとは言いません。天理教用語を巧みに使って誘導します。
例えば「心定め」、「ご恩返し」、「ひのきしん」、「つくしと運び」とか「真実」などと一寸聞くには、心の有りようを称えるように聞こえる言葉を連発します。
しかし、究極はお金を持ってこない信者は、真の信者として扱ってくれません。
ただ、教団本部は、直轄教会を始め各大教会に対しては、1年間の心定めを要求して金額を提出させているようです。
恐ろしい宗教です。
末端教会子弟 様
>「自殺してもいい」とも書いてませんから「どちらでもいい」のでしょう。
「自殺」をすると、魂は行き通しということですから、死後、成仏できなくて、ものすごく苦しむらしいですよ。自殺した人は死んでから、非常に後悔するとのことです。
首吊り自殺をした人が、魂だけになって、しかし、まだその場にとどまっていると、死体を発見した家族が、驚き嘆き悲しんでいる光景が、自分がまだ生きている如くはっきり見える。そして、あの世の「いいところ」に行こうと思っても、どうも行かせてくれない仕組みになっているらしい。霊界に上がれず幽界(幽霊などが居る世界)にとどまったり、真っ暗闇の中に閉じ込められたり(地獄の一つでしょう。地獄は自分の心が造る世界との事)、あるいは自分がまだ死に切れてない、と思った霊は、死に場所を求めて彷徨ったり、まあ、いい結果にはならないそうです。(霊に関する書物からの知識です。)
肉体は神様からのかりもの、という教理からしても、神様からお貸し与えられたものを、自ら壊す、というのは、神様に対して申し訳ない、と天理教教会長であれば、そう思うのが、当然と思います。「過剰なお供えの要求や教会運営に絶望されて」のことなら、お気の毒でありますが、でも、自殺、という選択死は取らず、教団から離れるべきであったと思います。
本当の苦しみを理解してないからだ、という意見もあることを承知で、書かせて頂きました。
中田善亮表統領が露骨にお供えを要求している。(10・17直属教会長・教区長へ方針発表)
『まず「ご恩報じ」の意識を高め、ご恩報じの実践を徹底すること。教会長はこれをしっかり説いて、教会の先頭に立って進めてほしい。「ご恩報じ」をキーワードに思案し、実践すれば、すべての面で次のステップにつながっていくと思う。
「お金のことは言いにくい」と避けていては、よふぼくは、おつくしの意味がますます分からなくなる。おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。』
全く訳の分からない論法だ。本気でそう思っているなら、中田家の全財産を「ご恩報じ」して、ひながたを見せてくれ。
中山家こそ、命のつなぎである「おつくし」に勤しめ。歴代の真柱は、みんな「命のつなぎ」が足りないのか早世されているではないか。
>「お金のことは言いにくい」と避けていては、よふぼくは、おつくしの意味がますます分からなくなる。おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。』
本当にこんな事を言っているのですか?最悪ですね
天理教の神様はお金で人を判断していますと言っているのですね。
>全く訳の分からない論法だ。本気でそう思っているなら、中田家の全財産を「ご恩報じ」して、ひながたを見せてくれ。
中山家こそ、命のつなぎである「おつくし」に勤しめ。歴代の真柱は、みんな「命のつなぎ」が足りないのか早世されているではないか。
私もそう思います。本部員、教会長、道一条と言われる方々が働いて得た給料からお供えをして下さい。
匿名A様
ありがとうございます。
このサイトで様々な体験談やご苦労、思いを知る事が出来、目が醒めました。
高尚な教えを説きながら、結局は「お金」と「権力」で成り立っている世界。
思いやりや道徳を説きながら、結局は「お金」と「権力」の優先順位が高い世界。
「お金」と「権力」の優先順位が高い世界では、「お金」と「権力」を得る側の、一部の人間だけが
得してるケースがほとんどで、後はその満足(幸せ)を継続させる為に、「お金」と「権力」を
与えてくれる方の側に、少しでも不満や不足に気付かせずに、いかに「実はあなた方は得してるんだ」と、
錯覚させるかということが必要なのだと、確か洗脳か何かがテーマの本で読んだ事があります。
そこは本物の「陽気な世界」なのか?
実は一般社会と変らない「欲望の世界」が渦巻いているのではないか?
そうであれば、お金も掛からず、自由な分、却って一般社会の方が恵まれているともいえるのではないか?
ある時から、よくよく目を凝らして見ています。
何事も大切なのは、冷静に「本質」を見ること、そして「本質」を知ることだと思います。
そこからでなければ、本当の判断は出来ませんから。
さっちん 様
> 肉体は神様からのかりもの、という教理からしても、神様からお貸し与えられたものを、自ら壊す、というのは、神様に対して申し訳ない、と天理教教会長であれば、そう思うのが、当然と思います。
「皆が陽気に暮らせる世界になる保証があるのなら自殺も選択肢の一つ」という条件付きです。
貸主(神様)の希望や要求を解さずに、長く大事に使ったからといって意味はありません。
教祖様が25年寿命を縮めたひな形をお考え下さい。
その他の「日本仏教風の輪廻転生論」のような「あの世」「魂だけ」「霊界」「地獄での苦しみ」等は、語るまでもありません。
末端教会子弟 様
>「皆が陽気に暮らせる世界になる保証があるのなら自殺も選択肢の一つ」と解釈します。
ちょっと意味が解りかねます。自殺をして、皆が陽気に暮らせる世界に生まれ変われるという保証があるなら、ということですか?
>貸主(神様)の希望や要求を解さずに、長く大事に使ったからといって意味はありません。
>教祖様が25年寿命を縮めたひな形をお考え下さい。
上の両文にどういう関連性があるのでしょうか?上の文は、神様の希望を解さない人ですね。 教祖は信者達の神一条の覚悟が得られないまま、扉を開いて、ろっくの地に均そうと出直された。上の文の人は、我が身思案、教組は人助け。寿命を縮めた理由が180°違うと思いますけど、同じことと解釈するべきなのですか?
>「日本仏教風の輪廻転生論」のような「あの世」「魂だけ」「霊界」「地獄での苦しみ」等は、語るまでもありません。
信じる信じないは自由ですので、勿論信じろと強制は致しません。私は死んだら霊になり、あの世に行くだろうとは思ってますので、こういうことになるらしいので、自殺はお奨め致しません、という老婆心から書きました。
しかし、末端教会子弟様は、霊的な世界が信じられないようですが、なのに、出直し(つまり生まれ変わり)は信じられるのですね。不思議なことです。
さっちん 様
さっちん様らしいご回答ありがとうございます。
まず、私は自殺された方の事をとやかく言っているのではないということをご理解ください。
その上で、自殺という行動そのものの是非善悪だけを考えます。
例えば、
船が難破して食料もない無人島かどこかに何人かで流れ着いたとします。
救援が来るまで待っていたら全員が餓死してしまうような状況で、誰かが「私の肉を食べてくれ」と言って自殺を決意したとして、その決意と行動を責める事ができますか?
勿論、話し合いなら「例え全員餓死しようと自殺はいけない」と言う人もいるでしょうが、「俺の肉を食べてくれ」といってさっさと自殺してしまった人がいたら、それを責められますか?
また、その人が「助かる見込みもなく餓死を待つだけの状況には耐えられない」と言って自殺したなら、ご指摘の通り「理由が180°違う」でしょうけど。
>自殺をして、皆が陽気に暮らせる世界に生まれ変われるという保証があるなら、ということですか?
その人が自殺をして『この世が、皆が陽気に暮らせる世界になるという保証があるなら』です。
パラレルワールドのように、別の世界や世の中があるなどとは考えてません。
>出直し(つまり生まれ変わり)は信じられるのですね。不思議なことです。
他にも書きましたが、「出直し」=「やり直し」と解釈します。
元の理で言う「出直し」は、「魂(生き物全て)の平等」を説くための神話です。
「魂」が不滅で色々な生き物に生まれ変わっているなら、最初の「九億九万九千九百九十九」以外の人間や生き物は「魂」を持っていないのですか?(たまにそう主張する人もいますが)
肉体の発生と共に魂が発生し、肉体の消滅と共に魂も消滅する。
肉体の情報が両親から半々に受け継いでいるのと同様、魂の情報も両親から半々に受け継いでいる。
人間の思考や思想、理想や志といったモノが「魂」の産物なら、その意味で「魂は不滅」です。
厳しい事を言いますが、その「日本仏教風の輪廻転生論」を捨ててから「みかぐらうた」と「おふでさき」を読んでみてくれませんか?
「天理教の因縁話」に疑問を持つさっちん様が「死んだら霊になる」を信じる方が不思議ですよ?
末端教会子弟様
末端教会子弟様らしいご回答ありがとうございます。(笑)
末端教会子弟様のご回答に対して、外れのない意見を述べようとしてたら、長文になってしまいました。決して、反論がための反論ではなく、談じ合いです。
自殺をすることによって、『皆が陽気に暮らせる世界になるという保証があるなら』自殺も選択肢の一つと考える、というご意見に、別段異議は唱えませんが、そうすると、
>「自殺してはいけない」とも書いてません。勿論「自殺してもいい」とも書いてませんから「どちらでもいい」のでしょう。
という意見は、人をたすけるという条件付きなら、自殺をしてもいい、それ以外であれば、自殺をしてはいけない、ということになりますかね。
まあ、あえて申し上げれば、人をたすけるために自殺する、ということは、末端教会子弟様が例としてあげられた、無人島に漂流した、というようなことでもない限り、滅多に起こりえないことですし、「皆が陽気に暮らせる世界を作るために働きなさい」というより、「犠牲的精神」と解釈するべきでしょうか。人をたすける為でも、自殺はやはり、教組もお奨めはされないことと思いますけどね。
>肉体の発生と共に魂が発生し、肉体の消滅と共に魂も消滅する。
>肉体の情報が両親から半々に受け継いでいるのと同様、魂の情報も両親から半々に受け継いでいる。
>人間の思考や思想、理想や志といったモノが「魂」の産物なら、その意味で「魂は不滅」です。
「肉体の情報が両親から半々に受け継いでいる」のはその通りでしょう。
「魂の情報も両親から半々に受け継いでいる」、これは、ちょっと、どうかな?と思います。魂は、消滅、発生するということですが、消滅してしまったら、どこから発生できるのでしょうか?最初の宿し込まれた「九億九万九千九百九十九」の魂は、消滅したり、発生したりしながら、現代まで人間が続いているのですか? そうしますと、末端教会子弟様は、元の理における、教祖は「いざなみの命の魂のお方」というのは、もちろん否定される訳ですね。消滅して続いてないのであれば。(まあ、私も教祖がいざなみの命の魂のお方などと、そんなことを信じている訳ではありませんが、「教理」としてはそうなっている、その教理を否定される訳ですか?ということですね。教祖のみ、魂は生き通しで、他は消滅、発生を繰り返し、その個々の魂は出直しをしても、全く前世と関連が無い、違う魂なのでしょうか?
>最初の「九億九万九千九百九十九」以外の人間や生き物は「魂」を持っていないのですか?(たまにそう主張する人もいますが)
どじょに魂が宿し込まれた時に、それ以外に生物がいたかどうかは、勿論解りませんし、今、談じ合いしている問題外のことで、どちらでもいいことと思います。それこそ、神様でないと解りません。
>日本仏教風の輪廻転生論」を捨ててから
>「天理教の因縁話」に疑問を持つさっちん様が「死んだら霊になる」を信じる方が不思議ですよ。
「天理教の因縁話」に疑問を持つ、というのは、【天理教という宗教】が、因縁のお諭しをするのは、教祖の教えでは無いのではないか?ということです。私は因縁を全く信じてないわけではありません。又、こういうことを書くと末端教会子弟様に突っ込まれそうですが、「前世」「生まれ変わり」ということは、世界的に研究されています。欧米の方がはるかに進んでいます。エドガー・ケーシーという霊媒の力を持ったアメリカ人が、前世(それは、今世のすぐ前かもしれないし、何百年前のことかもしれない)に、その人が生きていた時代に悪い行いをした事が、今世で、返って来た例を、多く挙げており、それらは、保管され、研究され、書物も出されております。勿論、悪い行いの返しだけではなく、いい行いには、いいことが返ってきた例をあげられております。
そして同じく霊に関しても、随分以前から欧米で(イギリスから始まりました。)、実際に霊が存在し、霊の世界があることも研究、実証されております。
エドガー・ケーシー、スウェーデンボルグなど、いくらでも、霊的世界に関する書物は出ております。読まれてみて下さい。興味深いと思いますよ。
さっちん 様
無人島の例え話では「人助けのための犠牲的精神」と解釈されても仕方がありませんが、教祖様が25年の定命を縮められたのは「皆が陽気に暮らせる世界を作るために働く」という教えを自ら実践し続け、傍な者にも実行して欲しいという気持ちから警察の弾圧・拷問を覚悟の上で引き受けたのでしょう。命を永らえたいと思えば教えを説かなければイイのですから、そこが人間の常識や価値観を超えた「じゅうようじざい」の「神にも等しい意思」です。
>元の理における、教祖は「いざなみの命の魂のお方」というのは、もちろん否定される訳ですね。
元の理の原型となる「泥海古記」そのものを教祖様は認めていません。
教祖様やその家族の者が「十全の守護の魂の生まれ変わり」等という説明は、一列兄弟という教えに矛盾します。矛盾する事は、どちらか(あるいは両方)が嘘や間違いですから、「教祖様が認めていない泥海古記」が間違いだと判断する方が妥当です。教祖様は初めから「人間の魂ではない存在」とすると、ひながたや道すがらに矛盾します。
転輪王講社の頃に、教祖様や中山家を崇めさせる為に作られたお話が基になっているのではないでしょうか?「かんろだいのぢば」に月日親神がお鎮まり下さっているというのも同様だと思われます。
さっちん様の言う「魂は不滅であの世に存在し、輪廻転生を繰り返しながら現世で何らかの肉体を持って生まれてくる」という考え方と、私の言う「肉体と共に発生し肉体と共に滅ぶ」という考え方、現実世界において何か違いがありますか?
輪廻転生を繰り返して来た過去の記憶や考え方などが残っているならそちらが正しいと言えるでしょうが、何も残っていないなら「どちらでも同じ」ではありませんか?
ただ、「輪廻転生」の考え方は、来世で幸せな人生を歩めるように悪いことを慎み善行を施しなさい、というお話なら良いのですが、現世での待遇や状況が「前世での行いの結果」だと言われるんですよ。
身分差別や貧富の差が「前世での行いが悪かったからだ」になり、障害や遺伝的疾病までが「前世の因縁」になってしまう。しかも「現状をたんのうして来世でケッコウな人間に生まれて来られるように信心」して「日々精進」しなさい、と教えています。
これでは、人間が作り上げた差別社会や格差社会が「神様が作ったものだから変えられない」と言っているようなものです。
まさしく、上の者に都合がよく下の者を虐げる教え、ですね。
みかぐらうたやおふでさきからは、そのような考え方は読み取れません。
Yahoo知恵袋のベストアンサーが良く出来ている。
<天理教はどのくらいヤバいのでしょうか?>という質問に対して・・・
<ベストアンサーに選ばれた回答>
yurisakuyurisakuraさん(20代の方です) 2013/7/2422:18:01
天理教の教会の娘です。
どなたかも書いていましたが、どの宗教に属しているかよりも、信仰心があるかないかです。
天理教に属しているだけで、本当に信仰心がある人は極々わずかです。
宗教に属していなくても信仰心がある方もたくさんいます。
何が言いたいかというと、彼女のご家族が本当に信仰心がある教会なら心配ありません。
逆に教えをねじ曲げて、自分の都合のよいように解釈し、念仏宗教、お供えや参拝さえしていれば助かるみたいな教会であれば、やめるべきです。
天理教の教えは、とてもシンプルで、人を助けてこそ自分の全てが助かるという教えです。純粋に求めている心のキレイな人ももちろんいます。
が、上記のような教会も悲しいほど存在します。なぜ、そのようにバラバラなのか、
天理教は、人を変える教えではありません。あるのは、自分と神様だけです。人を助けて、おやさまの通った道を通り、おやさまのような人になる為に信仰します。
なので、目の前で悪いことをする人がいても責めません、正しません。逆に自分を責めます。そういう人に出逢う自分が悪いとなります。自分を変えなさいという教えです。なので、例え教会の親が教えに反する考えで教会を運営していても、誰も咎めることが出来ません。そういう教えではないのです。親が絶対と言われます。天理教でいう親とは自分が信仰のきっかけになった教会の教会長です。なので、親には基本逆らえません、故におかしなことも平気でまかり通ります。
結果、教会によって、同じ天理教でも、全く違う雰囲気の教会になります。
親がお供えお供えといえば、それに困窮する教会信者で辛い悲しい教会になります。
かと思えば、教えに忠実で、信者さんにもとめず、ひたすら神様を求めていく親なら、教会も明るい教会となります。
それだけ、極端でムラのあるのが天理教です。
しかし、いい一面もあります。天理教の一致団結出来た時は、多分他の宗教よりも大きな活動をしていたりします。
東北大震災の時は、他のどの宗教よりも一番先に一番多くの金額の寄付をしたという話が有名らしいです。
スポーツや音楽にも力を入れて、それにはお金を惜しみません。
私は天理教の教えは素晴らしく、尊いものに感じていますが、いまの天理教の組織は大嫌いです。とても、友人や知人を勧誘したくありません。
信者集め、お供え集めにやっきになり、肝心の人助けや陽気ぐらしからは程遠い教会が多いからです。本来の教えと実際教会がやっていることは、かけ離れています。
そういう意味ではヤバい宗教です。
今、天理教は本当に転換期に来ていて、今教会が変わらなければ数年後ほとんどの教会は潰れると思います。後継者がいないからです。
でも上が教えとかけ離れているままなら、正直本部教会以外の小さな教会は潰れてくれたら、と思います。
ほとんどの教会は、教会を運営していくだけで生活に困っています。天理教には、各種の小さな教会を支えていく仕組みや取り組みがありません。なので、ほとんどの教会長は生活に困っています。教会長は働きたくても働けません。なぜなら、教会の御用やおつとめが隙間なくあるからです。
それを全て行って参加していたら、働く時間がありません。よって貧乏になります。
信者の多い教会や子どもの多い教会はやっていけますが、他のほとんどの教会はなかなかやっていくだけで精一杯です。
よって、人助けの為の教会ではなく、教会運営の為の教会になっている教会がほとんどです。
末端教会子弟様
>身分差別や貧富の差が「前世での行いが悪かったからだ」になり、障害や遺伝的疾病までが「前世の因縁」になってしまう。
まずはその比較において間違っていると思います。
そして障害をもつことを悪いこととしてとらえていることも。
私は長年障がい者の方たちとご縁がありました。
障害をもつお子さんをお持ちの親御さんは、皆立派な方が多いです。
それは精神面においてということです。
ご本人もそうです。
これは何も根拠がない話ではありますが、
障害をもつ子を家族に持つ、もしくは障害をもって生まれるということは、生まれ変わりの最終到達点だと言われるくらい実はすばらしいことなのです。
神話の中で「蛭子(ひるこ)」について書かれていますが、古代の人は蛭子は神の子として大切にされてきました。
難病もつことも然です。
苦しい課題を与えられながらこの世に生をもって生まれて、
まわりに生命の有難さ、当たり前に感謝することを身をもって教えてくれる。
そういう尊いお方なのです。
お金はあった方がいい。
だが大金持ちが幸せかと言ったら、必ずともそうとは言えないし、
よほど悪どいことをして儲けたお金ならまだ知らず、良心をもってお金を儲けるということはなかなか
難しいことです。かなりの苦労を伴います。
天理教の中にいるとお金持ちと接する機会が少ないと思いますが、
現実の世界でそういう人たちと接していると実感できることです。
天理教の人たちは、質素な生活をしているので金持ちに対して偏見がありすぎです。
現代に思いやりがなくなってきたのは、想像力の欠如だと言われています。
それは詩や俳句を愛でることがなくなったからだとも言われています。
行間に込める思いを想像できなくなった。
お筆先は短歌の形式で語られていますから、どうにでも解釈できます。
白黒はっきりさせたくなるでしょうが、そこはめいめいの胸の内でよろしいんじゃないでしょうか。
ただし、良心とやさしさをもっての解釈にしたいですね。
人を恐怖に陥れたり、相手を責めるような形になってしまう解釈がいけないのは、大人として本来常識の範囲でしょう。
「わが身うらみであるほどに」この言葉も、「うらみ」という言葉が使われているので誤解を招いてしまうのですよね。親様もこの言葉を使われたことに後悔されていないだろうか。
曖昧さの中で優しく生きればいいのではないでしょうかね。
末端教会子弟様は白黒はっきりさせたいのでしょうが・・・
さっちん様へ
信じる信じないは貴方次第という話になりそうなのですが。
昭和40年から50年代の古い話になりますが、本部の西に三島という名の小さい公園がありました。
その公園と道を挟んだ反対側に木造の古びたアパートがありました。
そのアパートの一室に神様と話をする女性がいました。名前は、須藤花井と言っていました。
この女性の存在を知った切っ掛けは、私と同期に講習を受けていた京都の木津の方が教えてくれた事からです。
須藤花井さんから聞いた話です。
私が知人から問われて答えられない事を須藤さんに聞いたのです。
「こかずが九億九万九千九十九人では、一人半端になる。余った一人はどうなるだ」と言う人がいるけど。
須藤さんは
「ああ それね あと一人はおや様だよ。おや様が入って10万になる。偶数で男女同数だよ。」
「男の魂は男 女の魂は女 今までもこの先も不変だ」
また別の話ですが、知人から兄が行方不明なのだがどの方面に居るか聞いてほしいと頼まれて須藤さんに電話を掛けたのですが、暫く無言が続きそのあと「あのな 神さん自殺した人の事いくら聞いても何も答えんのだよ」
後日 その知人からお兄さんが東尋坊で見つかったと連絡がありました。
須藤さんは、自殺した人はその場から動くことができないと言っていました。
輪廻転生もしない。消滅もしない。身動きできない状態だという事なのでしょうか。
神様からすれば与えた命を自ら断つなどもってのほかということでしょう。
当時 須藤さんの下へは 信者や本部の方、教会長、専修科生など多くの天理教関係者が訪れていたようです。
この「研究者さん」や「お供えさん」を見ている方の中にも須藤さんを訪れたことが有る人も居ると思います。
が 須藤さんから聞いた話は全く出てきません。
話の内容が「信じる信じないは貴方次第」という事ばかりですから書き込むことを遠慮するのかもしれませんね。
ツッコみどころ満載・中田善亮表統領の露骨な方針発表。(10・27直属教会長・教区長へ方針発表)
どう思われますか?・・・(みちのとも12月号より)
「おたすけの実践」
教祖年祭を終え、これからはじっくりとおたすけの実を求めていかねばならない。ひながたを手本として、教会長を中心に、おたすけの実践の輪をどんどん広げてほしい。
そのなかで大切なのは、「いんねんの自覚」と「心定め」である。これまた、昔に比べ、あまり厳しく言わなくなったように思う。説きにくい場面もあるだろうが、相手の真のたすかりのため、また子供たちにいんねんを引き継がないためにも、これを説かなくてはならない。
古い会長様
率直に思ったとおりに書き込みますね
この文言にイラッとしました。空々しい、虚しい。 信者を説き伏せてお供えを持ってこーいと仰っているように感じました。
ますます教会から距離を置こうと思います。母親はせっせと運んでおりますが、母のようにはなりませんゾ!
ネット上に溢れている、様々な宗教の問題。
関係のない他宗教の話ではありますが、信仰宗教においては、
不思議とどこでも何か共通するような問題が持ち上がってますね。
下記参考です。
教団トップの世襲
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/seshuu.html
脱税・横領・教団私物化
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/datuzei.html
こちらの脱会信者さんの声
普通の生き方がしたかった
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/taikendan/taikendan061.html
献金できんなんて人間じゃない!
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/taikendan/taikendan044.html
お勧めできません
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/taikendan/taikendan047.html
あ、やっぱり間違ってる
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9575/taikendan/taikendan054.html
一読者B様
添付ありがとうございます。
私、こういう意見が聞きたかった。
上層部の難しい話とか、違法とかそんなん正直どうでもいいから、最近の話題にはついていけませんでした。
他宗の話でしたが、天理教にも同じような話がゴロゴロ転がっていると思います。
そういう意見をもっと出して「ここが変だよ!」って言わないと、
何も変わらない気がします。
正直、お供えがとか、本部員がとかいう話ではないと思う。
そこに行くまでの話が先だと思います。
喜 様
>まずはその比較において間違っていると思います。
何が間違っているのかご指摘いただけませんか?
>苦しい課題を与えられながらこの世に生をもって生まれて、
>まわりに生命の有難さ、当たり前に感謝することを身をもって教えてくれる。
>そういう尊いお方なのです。
この考え方の方が「障害をもつことを悪いこととしてとらえている」ように感じられますけど?
「苦しい課題を与えられながら生まれてきた」という比較対象がなければ、自分の「生命の有り難さや当たり前に感謝すること」を感じられないのか、と思えますよ。
そういう価値観を持ってしまうのが「輪廻転生論」の問題点だと指摘してるのです。
インドなどでは寺院の前に「障害」をもった人が大勢「ものごい」をしています。
参拝客が拝んだりお布施を差し出す様子があちこちで見られます。
おかげで、意図的に怪我をしたり子供に障害を負わせて「ものごい」をさせる人が後を断ちません。
そして、インド社会は誰でも知っている「身分社会」です。
この状態や政治体制や社会の構図を「是」としているのが「輪廻転生論ではないだろうか」と申し上げています。
個人の好みならどうでもいいでしょうが、「善悪はっきり」させないと現状の社会的問題や人間社会の病は何も変わりません。
末端教会子弟 様
私の受け取り方の間違いだったようです。
言葉というのは難しいいものです。
申し訳ございませんでした。
インドに話が及ぶとは思いませんでしたが、
インドに限って話せば、確かに末端教会子弟様のおっしゃることは事実でしょう。
難病の人、身体に障害をお持ちの人、
私はそういう方とお会いしますと、ただただ尊敬の念にたえませんので。
それは、決してその方に比べれば自分は幸せ、なんていう浅はかな考えではありませんが、
そのようにとられてしまう恐れのある発言だったかもしれません。
以後気を付けます。
原始仏教のお話は好きですが、輪廻転生に関しての知識は皆無に等しいので、
談じ合っても私の知識ではどうにもこうにも話にならないと思います。
何が事実かわからない中で善悪はっきりさせるということは至難の業でしょう。
末端教会子弟様ならできるかもしれません。
どうぞおきばりください。
喜 様
別に喜様個人を責めるつもりも非難するつもりもありません。
喜様が「障害を持つ人」を尊敬し、尊重する「心」は貴重なものだと思います。
インドの例は極端かもしれませんし、インドの大半は仏教ではなくヒンドゥー教ですね。
原始仏教というなら、ブッダは輪廻転生や死後の世界について説いてはいないと聞いたことがありますがいかがでしょうか?
ご指導いただけましたら幸いです。
末端教会子弟 様
きょうは月末で、いろいろ所用もあり、遅くなりましたが。
>さっちん様の言う「魂は不滅であの世に存在し、輪廻転生を繰り返しながら現世で何らかの肉体を持って生まれてくる」という考え方と、私の言う「肉体と共に発生し肉体と共に滅ぶ」という考え方、現実世界において何か違いがありますか?
>輪廻転生を繰り返して来た過去の記憶や考え方などが残っているならそちらが正しいと言えるでしょうが、何も残っていないなら「どちらでも同じ」ではありませんか?
この世に生まれて来る個々人それぞれの、家庭環境、運命などの違い。貧乏人の家に生まれる人もいれば、金持ちの家に生まれる人、順風満帆に苦労なく人生渡って行ける人もいれば、艱難辛苦に遭う人もいる。これらの違いを、末端教会子弟様はどのように説明されますか?「魂は消滅し、発生し、何の連続性もない」というお考えからすると、これらの違いは、単なる偶然ということになりますね?「消滅」というのは、全くの無になった状態と解釈します。もし、「思考」なり、「癖」「習慣」なりが残っていれば、それは消滅とはいえませんね。
「この世は理でせめたる世界」とある、末端教会子弟様は「理が神」と言われている。末端教会子弟様の言われる「理が神」という「理」とはどういうことを指して仰ってるのですか?因縁、いわゆる「カルマの法則」も、この世を「理」でせめてあるからおこる、この世の仕組みである、と解釈できます。
出直しのことを、「古い着物を脱ぎ棄てて、新しい着物を着るようなものや」と、教祖のお言葉であったと思いますが(いろいろ所用があって、いちいち調べてる時間が無いので、違ってたらお許し願いたいですが)、魂が消滅するのだったら、こういう表現にはならないだろう、と思われます。
それと、疑問が湧いたのですが、魂は消滅する、というお考えを持っているなら、末端教会子弟様はご自分の教会に御霊様のお祀りはされてないのでしょうね?信者さん方の「御霊祭」などはどうされてるのでしょうか?魂が出直して消滅するなら、そのようなお祀りをすれば可笑しいことになりますね。
でも、私も末端教会子弟様同様に「因縁」という言葉は嫌いです。人間にはどうしようもないものに思われますから。だから気にせず、せっかく教祖が「案じれば案じる理が廻る」という、いい言葉を教えてくださってるのだから、気にしないスタンスで生きればいいと思ってるのです。
天理教団は「因縁自覚」のお諭しをします。教祖はそのようなことは教えていない、教組はむしろ、因縁を気にしなさんな、と教えておられるように思います。「五重相伝」まで受けられた教祖が「いんねんつけることはさらにいかんで」というお歌を残されたのみで(悪)因縁に関しては何も説かれておられません。つまり、「教団の因縁自覚のお諭しは、教祖の教えでは無い」、と私は思います。
古い教会長様
>「おたすけの実践」
ほんとにツッコミどころ満載ですね!
「いんねんの自覚」と「こころ定め」が大切なそうな。いつまでこの脅しで信者から金を巻き上げれると思っているんでしょう。「相手の真のたすかり」って何ですか?いかにも相手を思って言っているように、そして子どもを引き合いに出して「いんねんを引き継がないためにも」って。
信じられないくらいの上から目線で言える神経がすごい。
「ひながたを手本にして」、ぜひ、えら〜い中田善亮表統領様からなさってください。
末端教会子弟 様
<ブッダは輪廻転生や死後の世界について説いてはいないと聞いたことがありますがいかがでしょうか?
仏教界においても言ってる言ってないで意見がわかれているようですね。
来世についても、皆今生きているから真実はわからないのです。
わかるものならとっくに答えは出ているでしょう。
学問ではないのですから、グレーゾーンがあってもいいのではないでしょうかね。
私の場合は、「なんとなくおかしい」とか「なんとなくあやしい」とか言う不確かな時ほど
実は危険であったりします。
なんとなく、という感覚は経験を積み重ねていく上での第六感のようなものなので、どうにもこうにもこればっかりは。
ですから指導できるようなものは何一つ持ち合わせておりません。
それより善亮という人の発言の方がハッキリした間違いで答えがすぐに出ます。
『お尽くしが命のつなぎなどではない!』ということ。
天理教から離れお尽くしをやめていった人たちの、その後の歩みをみれば一目瞭然です。
末端教会子弟 様
>「輪廻転生」の考え方は、来世で幸せな人生を歩めるように悪いことを慎み善行を施しなさい、というお話なら良いのですが、現世での待遇や状況が「前世での行いの結果」だと言われるんですよ。
>身分差別や貧富の差が「前世での行いが悪かったからだ」になり、障害や遺伝的疾病までが「前世の因縁」になってしまう。しかも「現状をたんのうして来世でケッコウな人間に生まれて来られるように信心」して「日々精進」しなさい、と教えています。
>これでは、人間が作り上げた差別社会や格差社会が「神様が作ったものだから変えられない」と言っているようなものです。
>まさしく、上の者に都合がよく下の者を虐げる教え、ですね。
末端教会子弟様が仰ってるこれらのご感想については、私もおおいに賛成致します。これらは全て現行天理教教団が、弱者である信者に対して行っていることですね。
あなたは因縁が悪い。それは前世の行いが悪かったからだ。だから、たんのうして徳を積め(=お供え出せ、神様の御用、ひのきしん、においがけに励め)とお諭しをします。
これは「教祖の教え」ではなく、「中山教」「金集め教」でしかありませんね。このような弱者を苛める天理教のあり方も、「百害あって一利無し」と思うところです。(はっきり言って、教団のいいところって見つけられません)
教組の教えを捻じ曲げて平然としている、本部の害虫どもを総ざらい追い払い、ピラミッド組織を解体する。それ以外に、組織改革は無理であると思います、が、そのような事は現実には起こりえないでしょうから、教団がこのまま衰退し潰れてくれることを願っています。
さっちん 様
>これらの違いを、末端教会子弟様はどのように説明されますか?
「どうして私はこんな貧乏な家の子に生まれてきたんだろう?お金持ちの家の子に生まれてくればよかったのに」なんて言う子供に対して「どう説明するか」という質問でよろしいですか?
私ならこう答えますよ。
「あなたがあの家に生まれてきたのは、あなたの両親が『子供が欲しい』と思って産んだから。欲しいと思わなかったら、あなたは生まれてこなかった。あなたは両親の遺伝子を持ち、両親の家庭環境の中で育てられたから、あなたに『なった』。違う家の子に産まれてくる子は、あなたと遺伝子も違うし家庭環境も違うのだから、あなたには『ならない』。」
そして、
「あなたの家が貧乏なのは、人間が作った仕組みの中であなたの両親がたまたま貧乏なだけ。貧乏が嫌なら抜け出す努力をすればいいし、仕組みそのものを変える方法もあるかも知れない。」
ですかね。
「お金持ち」を「美男美女」とか「頭がいい」とか「何かの才能に優れた」なんて言葉にも置き換えられますね。
>もし、「思考」なり、「癖」「習慣」なりが残っていれば、それは消滅とはいえませんね。
『人間の思考や思想、理想や志といったモノが「魂」の産物なら、その意味で「魂は不滅」です。』と書いた通りで、その点では意見が一致しますね。
ただ、「更新されない過去の情報や出来事」ですから、今現在「活動している魂」ではありませんね。
その意味で「御霊様」はお祀りする意義があります。
今現在「活動している魂」ではなく、「過去に存在した自分の祖先の足跡を敬う」という点で。
それに、「私の教会」ではなく「父の教会」です。祭祀関係には口出しできません。
また、左脳人間の私でも情や情感や畏敬の念はありますし理解できますよ。
ただ、教義の解釈は出来るだけ厳密にし、情に流されないようにするべきだと考えてるだけです。
「理が神である」は「お書き下げ」です。
「おさづけ拝戴」の際に貰いませんでしたか?
この「理」は「みかぐらうた」と「かぐらつとめ」の理論でしょう。
「おふでさき」は補足説明と傍な者への叱咤激励です。
「カルマの法則」はカルマを信じる人にしか通じないので「法則」ではなく「理論」かと思われます。
>出直しのことを、「古い着物を脱ぎ棄てて、新しい着物を着るようなものや」
教祖様が亡くなられた後、教祖様のご遺体をどうしたらいいかお伺いを立てたところ、本席が「古い着物を脱ぎ捨てたようなものや、捨て置け。」と「おさしず」された事でしょうか?
教祖様が亡くなった人に関してそのような言葉を残したという話があったかどうか、私も分かりません。
詳しい方、古い教会長さんとかならご存知かな?(笑)
でも、亡くなった人に対する言葉でないのなら、「出直し」=「やり直し」でもその文章は成り立ちますね。
「顔を洗って出直して来い」とかと同じ意味の、上品な表現かと思います。
末端教会子弟 様
私は、「因縁=カルマの法則」の考えに固執しているわけではありません。只、カルマの法則(自分の蒔いた種は自分で刈り取らねばならない)というものは、やっぱりあると思わねば、説明のつかないことがあるのではないか、と思ってはいます。
例えば「成ってくるのが天の理」、これもカルマの法則と言えるものではないでしょうか?しかし、この世界を支配している仕組みに、実際にカルマの法則があるとしても、悪い現象が起こっている場合に、その説明を、「自分の因縁」と聞かされて、諦観、自棄、悲観的な気持ちに陥るなら、「あなたの家が貧乏なのは、人間が作った仕組みの中であなたの両親がたまたま貧乏なだけ。貧乏が嫌なら抜け出す努力をすればいいし、仕組みそのものを変える方法もあるかも知れない。」と末端教会子弟さんのように、説明することの方が、因縁という考えに捉われているよりは、はるかに救いになり、前向きな気持ちになると思います。
【教組も、だから、悪因縁については一切仰らなかったのかもしれない、と思い至ります。】
現行教団の「因縁自覚」諭しは、信者をたすけているのではなく、因縁という精神の檻に信者を追い込み、因縁納消の為と説き、信者を献金奴隷に仕立て上げている、何度も言われている通りです。
「お書き下げ」、私、自分のものはどこに行ったか行方不明です。で、検索してみましたが、なるほど、教祖の教えの「真髄」ですね。この言葉の中に「因縁」という言葉はやっぱり出てきませんね。
この「お書き下げ」の言葉は、宗教、宗派、問わず、又、信仰の有る無しを問わず、人生の指針とするべきお言葉であると思います。
因縁の話と矛盾するようですが、飯田史彦氏の「生きがいの創造」という著作では、あの世の魂が、いろんな人生を経験したい、「苦労する人生、障害を持つ人生、などなど」と、あの世で自分の人生設計を立てて、両親を選んで生まれて来る、というものもあります。50代元信者様が、「最近のスピリチュアルの世界では、そういう考えが広く通っているのですよ」、と仰られたのは、このことだと思いますが、因縁論で痛めつけられた人々には、おおいに救いになる説でしょうね。裏付ける事象も多々あるそうですので、末端教会子弟さんに、一読して頂いて、ご感想をお聞きしてみたいですね。でも、あの世で魂が人生計画をする、という時点で、末端教会子弟さんは、はなから受け付けないかもしれませんが(笑)。
つまり、この世の仕組みはどうなっているのか、カルマの法則以外にも、いろいろあるのか?
結局、死んでみないと解らない、というところに落ち着いてしまうのですけど。(笑)
さっちん 様
結局、「死後の世界は死んで見ないと分からない」なんです。
死んだ人間は生き返りませんから、生きている人間には死後の世界は分からない、となります。
真実は、輪廻転生論かもしれないし、無の世界かもしれない。
私が懸念してる、考えているのは、「その思想や考え方が現実世界にどういう影響があるか?」です。
私は、この世現実世界が「良い世界」になればいいと思ってますし、なって欲しいと思ってます。
「良い世界」「悪い世界」の基準や内容は一言では言えませんが。
輪廻転生論で『「来世でケッコウな人生に生まれるよう善行を施しなさい」ならまだ良い』と言ったのは、この世現実世界に対して「悪影響が少ない」と感じるからです。
でも「身分差別」や「貧富の差」などの『現実世界の仕組みそのものを変えれば無くなる』であろうのに、仕組みそのものを変えることに気付かせず、苦しんでいる人達の考え方や行動を縛り付けて限定してしまう『上の立場の者に都合のいい思想』だと思いませんか?
仏教伝来は奈良時代頃だそうですが、伝来ではなく全国を統一した「大和朝廷」が導入したのが正解だと思います。勝手に伝来してきても、排除する事も禁止しする事も出来たのですから。
大陸の進んだ文化や技術、文字や技能を持った人達を呼び寄せたいという考えもあったでしょうが、自分たちの支配体制を維持確立するため、自分たちに都合がいいから積極的に導入したと考える方が妥当でしょう。また、教えを説く宗教家たちも、上の者に取り入り自分たちの教えを広めたいという考えでいたはずです。この両者の思惑が合わさって「日本仏教」となり広められたのですから、その教えが「どういうものか?」は自明でしょう。
「本当の民衆のためになる教えや思想」は、民衆と共に一生を歩み、考えた人から生まれるのではないかと思います。それだって、組織が拡大して上の立場になってしまえば、どのように歪むか分かりません。
「共産主義」しかり、「天理教」しかりです。
私が「教祖様の本当の教え」を求める所以です。
これが真実なら、驚きだ。<分家とは中山正信氏のことである>
『ほんあづま』2000年6月号巻頭言
分家「あまり教祖伝をほじるなよ」
八島「今、内部から発表しなければ取返しがつかなくなります。外部からあばかれたらどうします。山本周五郎が『樅の樹は残った』という小説を書いてから、極悪人原田甲斐が、実は仙台藩を救った忠臣であったと、常識が変わっています。今までの日本は天皇制軍国主義の思想統制があって真実が説けなかった。今から真実を説く、教祖伝の編纂をやり直す、と教会本部が発表すれば、混乱は起こりません。教内はうすうす気づいていながら、何時本部が真実を言ってくれるか待っているのです。後れたら皆が背を向けます。そうなったら取返しがつきません。」
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
八島「本部から発表すればそんな事は起こりません。」
豪気な御分家中山正信氏の言葉の中に怯えを感じた。私の頭の中に、戦後ニュースで見た、イタリアのムッソリーニがパルチザンに殺され、逆さ吊りにされた場面が走馬燈のように走った。
それから約二昔の歳月が流れた。正信氏が亡くなって十年、その間におつとめを教祖が教えた通りに復元すべき人が、また、ひながたを正すべき人が次々と世を去り、或いは教外に押し出され、みかぐらうたを歌い、教祖の教えを手踊りで、自分の身体で表せる人が次々と教団に背を向け、教えを求めても得られず、修養科生は十分の一に減り、教会は三分の一以上が活動を停止している。
http://www.lcv.ne.jp/~toyohumi/top2.html
古い教会長 様
私は、このことを教会関係者に伝えたところ、八島英雄氏の云われることには「理」が無い、の一言で片づけられました。
地球上の何処に居ても同じだと思うのですが、おぢばに繋がっていなければ理が無いとは、何とも滑稽な理論です。
理という言葉を簡単に、かつ、都合よく使い分けしているように感じました。
後に残ったのは、この方の苦悶の表情だけでした。
教信徒は激減して、八島氏の云われていた事が現実になってきていますね。
匿名A 様
私も、人から言われて、八島英雄氏のことを語るのは気が引けましたが、今となっては、今の本部に理があるとも思えず、八島氏の言ってることの方が理があるようにも思えてきました。
>地球上の何処に居ても同じだと思うのですが、おぢばに繋がっていなければ理が無いとは、何とも滑稽な理論です。
本当に、そうです。
もし、そうであるならば、おぢばに繋がっていなくて、理の無い人ばかりにお金を払って登場させている、雑誌「すきっと」って何なんでしょうか。
>地球上の何処に居ても同じだと思うのですが、おぢばに繋がっていなければ理が無いとは、何とも滑稽な理論です。
教祖様も事を人知を超えた病助けの超能力者というオカルト話を信じている人には、八島英雄氏の主張と史実の情報公開は理解しがたいものがあるのでしょう。組織の中で信仰をしている人には、自分の過去の人生を否定されているような感覚に陥るかも知れません。
私は、「中山ミキ研究ノート」と「劇画 中山みき物語(画とみ新蔵・監修櫟本分署跡参考館)」を読み、天理教に感じていた矛盾と疑問があらかた消えました。
何のアポイントも無く櫟本分署跡を訪ねたところ、八島先生は、地方の小さな末端教会の子弟でしかない若い頃の私に笑顔と親しみを込めた態度で応対してくれ、ぶしつけな質問にも全て真摯に答えてくれました。食事を出され宿泊までさせてくれて、長い時間色々なお話をして頂きました。
その後も何度か訪問しましたが、先生の態度は全く変わりません。
その中で、「研究ノートにも書けなかった事が沢山ある。当時はこれが精一杯だった」という言葉が今も鮮明に残っています。「それはどんな事ですか?」という質問にその場ではお答えいただけませんでしたが、八島先生は最後まで「教祖様の本当の姿や教えを伝えたい、天理教を改革したい」というお気持ちと姿勢だったと思います。
浅学薄識の私には「書けなかった事」が何なのかまで考えが届きませんが、「教祖様の本当の教えを知りたい」という気持ちだけは今も変わりません。
八島氏も、「教祖様の本当の教えを知りたい」という気持ち
で、ご本人なりに史実を研究したんだと思いますね。
彼の事を、分派、異端より異教と評したJS氏の意見に同意しますが、天啓者不在の現在の教会本部は未教ではないだろうか?
知人は天理大学を卒業、今は80歳天理近くに住んでいます。年に3回ほど逢って近況から教団のことまで話し合います。
八島先生に師事した彼は史料集成部への入室を訴え続けています。
このようなことを書けば、彼と私の身元はほぼ分かってしまっているのではないかと思いながら書き込んでいます。
まじめ一方の彼の希望が実現する日は来るのでしょうか。そして、八島先生も書けなかったこととは、どのようなことだったのでしょうか。彼に逢った折に時間が許せば聞いてみようと思っております。
終わりになりましたが、「この世は理攻めの世界」という言葉を、まだ20歳にもならない頃に聞いた覚えがあります。悲しい言葉です。
>「この世は理攻めの世界」という言葉
>悲しい言葉です。
「攻め」という言葉の響きから、そう聞こえるかもしれませんけど、私は「理」によって秩序だてられた世界、ということを強調してあるだけに聞こえますけど。えらそうに言って申し訳ありません。匿名A様が悲しげなので・・。
只、この場合の「理」という意味を、別の言葉でどなたかはっきりと説明して頂けませんでしょうか?
匿名A 様、さっちん 様
>私は「理」によって秩序だてられた世界、ということを強調してあるだけ
さっちん様の解釈でよろしいかと。
「この世は理でせめたる世界なり なにかよろずを歌の理でせめ」(おふでさき1-21)
→「この世は理詰め(理で成り立つ)の世界なり、何でも全ての理を歌で説き聞かそう」(個人的解釈)
この「理」は国語辞典の解釈で良いのではないでしょうか。
というより、教祖様は国語辞典的意味でしか使っていないように思われます。
1.真理、摂理、法則。この世の中を構成する絶対的ルール。
物理や化学、数学の法則等、知る知らない、信じるか否かに関係なく世の中を動かすモノです。
2.理論、理屈、理由、理路整然など。「1」程ではないが多くの人が納得できる主張や考え。
内容によっては信頼性や用途、適用範囲などに違いがあります。
「十全の守護の理」は「1」です。
人間(生き物)の誕生から死までを司る機能や役割、性質・作用等を十個に分類して説いています。
「ぬくみ」「すいき」=温度と水分
「飲み食い出入り」=現代風に言えば「消化器官」と「その働き」でしょうか
「息吹き分け」=「呼吸器官」
「種」「苗代」=「遺伝子」と「子宮」(母方の遺伝子も含んで解釈しましょう)
など・・・・、どれ一つ欠けても「命」は存在できません。(原生生物やウィルスは別でしょうが)
それぞれの「モノ」を「いざなみ」「いざなぎ」「おうとのべ」「たいしょくてん」等と名前を付けたと「おふでさき」「元の理」から解釈できます。あくまでも命を産み、育て、死に至るまでの「道具」として。
つまり、例えるなら、「万有引力の法則」の事を「山田一郎」、「エネルギー不変の法則」の事を「田中花子」と名付けたようなものです。
更に言えば、教祖様以前に「生命に関わる道具」についてこれ程大胆に解釈し、関連付けて、解説して教えた学問も、学者も、書物もないでしょう。
これだけでも「ないことばかり言いかける」し、「生命理論の『親』」と呼ぶに相応しい教えではないでしょうか?
だから私は「教祖様は『いざなぎのみこと』の魂」という話を否定するんですよ、さっちん様。
お分かり頂けますか?
ちなみに、上記は「劇画 中山みき物語」からの受け売りです。
苦情や質問は、「とみ先生」か「櫟本分署跡保存会」にお願いします。
(私の読解力不足で勘違いしていたら、私の責任ですが・・・。)
失礼しました。
「教祖様は『いざなみのみこと』の魂」でしたね。
あわてて打つと紛らわしいです。
どちらにしても、「そういう魂の問題ではない」と否定させていただきます。
末端教会子弟 様
理路整然とご説明頂き、ありがとうございました。
私も勿論、「教祖がいざなみの命」と主張する気はないですけどね。(笑)
>どちらにしても、「そういう魂の問題ではない」と否定させていただきます。
末端教会子弟さん、反論ではなく、質問なのですけどね、
その十全のご守護は全て、人間の体の器官だと思います。体の器官が完璧でも、そこに魂が入っていなければ、電池の切れた機器、充電してない携帯のようなもの、と思われます。
その十柱の神様のうち、人の魂の守護をつかさどる神様は、どの神様でしょうか?
十全のご守護の説明だけでは、人の魂がどこから人間の体に宿るのか、ということの説明にはなってないことと思います。再度言いますが、これは素朴な質問です。
さっちん 様
>体の器官が完璧でも、そこに魂が入っていなければ、電池の切れた機器、充電してない携帯のようなもの
鋭い質問ですね。
例えも私が考えていた事と同じです。
身体の各器官は「ハードウェア」、それに電気(さっちん様が言う『魂』)が供給されなければ動かないのではないか、という疑問ですね?
でも、電気はエネルギーです。
エネルギーは、人間の活動(飲み食い出入り、息吹き分けなど)の中で自家発電しています。
必要なのは、最初に「スイッチ」を入れる(「ボタンを押す」かな?)こと。
それは受精の時で「命の誕生」であり、スイッチが切れた時が「死の訪れ」です。
「ハードウェア」には「ソフトウェア」が必要ですね。
「ソフトウェア」は、「心」だと考えます。
心は「本能」や「感情や感覚・気分」「考えたり思ったり」しますが、意識無意識に関わらず「身体を動かす」役割も担っていると思います。「思わなければ身体は動かない」のですから、「思わなくても勝手に動く」のも「心の役割」です。
「心」の中で、意識できる部分を「自我」、「無意識の部分」を「魂」と呼んでも構わないのですが、既に「エゴ」とか「エド」等という心理学用語がありますし、世間で言われる、人格のようなもの備えた「魂」とは全く違います。
人間の「心」も、まだ解明されていないモノの一つです。
「心なんて存在しない、脳が活動する中で、さも在るように錯覚してるだけだ」という説も有力です。
実際に、人間(生き物)の何処を探しても「心」に該当する器官も部分も見当たらないのですから。
これに関しては、私の考えもまだまとまっていませんが、「錯覚であれ何であれ、在るように感じられるなら在る」としか言えません。
さっちん 様
というかですね・・・・。
さっちん様の考える「魂」というのはどんなモノなのか考えてみませんか?
どんな性質、役割、特徴、働き等をするものなのか。
多くの人が「魂」と言っていても、それぞれが考える「魂」って結構違うと思いますよ。
手塚治虫の「火の鳥」では「個人の魂」と「コスモゾーン」の関係を説いているようです。
人間の魂が死後に「幽霊」になるという人もいれば、閻魔様の裁判を受ける、というような人もいます。
全て、「死んでみなければ分からない」事なのに。
死んだら考えたり知る事ができる器官(脳)が活動していないのだから、結局人間には「死後の世界」を知る事はできない、という考え方もアリでしょう。
末端教会子弟 様
私の只一つの質問にお答え頂いてないのですけど。(笑)
「人間に魂を入れる神様は十の神様のうちのどの神様か」、という質問です。
何やら、難しげなことを書き並べて、私の質問から意識を逸らそうとしているように思えますけど、ズルくありません?(笑)
反対に魂は何か、と問われても、とっさに考えがまとまりませんけど。(笑)
人間が亡くなった時に、魂の緒が切れる、とも言うそうですね。じゃ、命そのものが魂か、というと、それだけでもないような。命だけあっても、その個人、になるとは言えず。
違っているかもしれませんが、インターネットで検索などせず思うこと書きますと、(面倒ですし、サイトから知識を仕入れて書いても仕方が無いので。)
その人を、その人に有らしめているもの、ということでしょうか?前世とか、そういうことを書くと、又、末端教会子弟様に突っ込まれるでしょうが、過去に経験したことや、過去に感じた感情など、それらの情報が記録されたもの、人間の感情、心、行動、いろんなものを生み出す、(何でしょうね・・。元?)
無意識とか、自我、とか、それらのややこしいことを、論議するつもりはありません。Wikipediaを読めばわかりますので。
さっちん 様
>私の只一つの質問にお答え頂いてないのですけど。
以前に、
『肉体の発生と共に魂が発生し、肉体の消滅と共に魂も消滅する。
肉体の情報が両親から半々に受け継いでいるのと同様、魂の情報も両親から半々に受け継いでいる。
人間の思考や思想、理想や志といったモノが「魂」の産物なら、その意味で「魂は不滅」です。』
と、私の考えを述べてますよ。
「肉体と共に発生して肉体と共に消滅する」のですから「肉体から離れては存在しない」訳です。
誰かが出し入れしたり、宇宙から飛んできたり、それこそ魂が自分の意思で身体(生まれてくる家)を選んだりなんて事もありません。
それなのに、
>「人間に魂を入れる神様は十の神様のうちのどの神様か」
と質問されても答えようがないです。
「スイッチ」や「心」など、さっちん様の考えに近そうな例えや内容を挙げてみましたが、どうにもさっちん様の考えている「魂」にヒットしないようなので、さっちん様の概念を述べて貰って比較検討しようと思ったのですが、どこか問題ありましたか?
末端教会子弟 様
もう談じ合いは、終了していたものと思っておりました。末端教会子弟様の不屈の精神には、感服致します。(笑)
いささか、こちらは疲労ぎみ、でも、なんとか、できる範囲で、お付き合い致しましょう。
長文になりましたので、項目別に番号をふらせて頂きました。
① >魂の情報も両親から半々に受け継いでいる。
両親の肉体のDNA遺伝子が子供の肉体に半々づつ受け継がれる、というのは勿論、生物学的に検証された周知のことですが、魂が、両親から半々づつ、といいますと、それでは、魂を構成する遺伝子のような物質が存在する、という訳ですか?
両親から半々づつ受け継ぐものは「気質、性質」であると思います。気質、性質は、両親の肉体的特徴を受け継ぐことにより、性格に影響を与えるもののようです。(サイトをざっと検索) 末端教会子弟様は、魂と、「気質、性質」とを混同されているのではないでしょうか?
②
>元の理の原型となる「泥海古記」そのものを教祖様は認めていません。
教祖様やその家族の者が「十全の守護の魂の生まれ変わり」等という説明は、一列兄弟という教えに矛盾します。矛盾する事は、どちらか(あるいは両方)が嘘や間違いですから、「教祖様が認めていない泥海古記」が間違いだと判断する方が妥当です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
>「十全の守護の理」は「1」です。
人間(生き物)の誕生から死までを司る機能や役割、性質・作用等を十個に分類して説いています。
(中略)
それぞれの「モノ」を「いざなみ」「いざなぎ」「おうとのべ」「たいしょくてん」等と名前を付けたと「おふでさき」「元の理」から解釈できます。あくまでも命を産み、育て、死に至るまでの「道具」として。
つまり、例えるなら、「万有引力の法則」の事を「山田一郎」、「エネルギー不変の法則」の事を「田中花子」と名付けたようなものです。
更に言えば、教祖様以前に「生命に関わる道具」についてこれ程大胆に解釈し、関連付けて、解説して教えた学問も、学者も、書物もないでしょう。
これだけでも「ないことばかり言いかける」し、「生命理論の『親』」と呼ぶに相応しい教えではないでしょうか?
末端教会子弟様は、上の文では、「泥海古記」を否定され、下の文では、絶賛されております。どういうことなのでしょうか?
③ 次にお筆先の 次のお歌
【 せんしよのいんねんよせてしうごふする
これハまつだいしかとをさまる (1-74) 】
このお歌には、はっきり「前生」というお言葉が出ております。この「前生」を末端教会子弟様はどのように説明されますか? これも泥海古記と同じく、間違いだと仰るのですか?
ご自分の都合で、これは認めたり、これは認めなかったりでは、仰ることに信頼性が欠けるのではないでしょうか?
さっちん 様
順番を変えてお答えします。
② 教祖様が「この世の元始まりの話」をされていたのは間違いありません。「おふでさき」にもありますし、多くの方の証言記録も残っています。そのお話を元にして「こうきをつくれ」とお命じになりましたが、何人もの人が書いた「泥海古記」に対して「よし」と言われなかった訳です。
何がどう「あし」なのか確かな事は分かりませんが、教祖様の教えが「世直し」だということから考えれば、現実世の中を擁護する「因果応報・輪廻転生」論が混じっていたからだと考えるのが妥当です(他にもあるかもしれませんが)。
私が絶賛した「十全の守護の理」は、「因果応報・輪廻転生」論を省いて解釈した「生命理論」です。
「都合のいい部分だけ抜き出している」と思われるかもしれませんが、私としてはオカルトや矛盾するものを省いているだけだと考えています。そうしないと教祖様の教えに届かないと感じるからです。
③八島先生は「前生は親、来生は子の事ですよ」と言っておられました。私も賛同します。
「前生のいんねん寄せて守護をする これ末代までしかと治まる」
これ、難しいんですよ。
「いんねん」というのをどう解釈するかで全く意味合いや内容が変わってきます。
②で「因果応報・輪廻転生」論を否定してるのですから、人の「形質や性質、特徴といったもの」と解釈するのが妥当かなと考えます。
で、「親が生きてるのだから十全の守護が働いている、それが子孫に伝わって確かに命は続く」という程度かと。
おふでさきは単独ではなく、前後の歌も併せて考えてください。
で、①ですが。
私は世間一般の人の言う「魂」というものの「存在そのもの」を疑っています。
その役割や特徴や性質や働き等、人によって意見がばらばらで全く定義もされていません。
人の死後に関する魂の状態や様子も諸説百般あり意味がわかりません。
さらに言えば、私にはその必要性も見出せません。
魂の話をする人が言う事は、大抵の場合「それって『こころ』でいいじゃん」と感じられます。
「気質・性質と混同してる」のではなく「気質・性質(こころ)の方へ誘導してる」が正解です。
だから、さっちん様の言う「魂が生まれ変わると考えなければ説明がつかない」という内容やお話を伺いたいのです。もしかしたら「魂が生まれ変わると信じている」のが先で、「その考えで説明できる出来事があった」のかもしれないからです。何しろ、日本では数百年間、「霊肉二元、因果応報、輪廻転生」が説かれ信じられてきたのですから、漠然と信じてる人が殆どなのではないでしょうか。
それら日本仏教に「忠孝道徳」や「心学道話」などが加わって、天理教の「理の親教理」「教団維持の教理」が出来上がったように思えてなりません。
八島氏は資料収集家でもあり、分署の保存に貢献された教祖伝歴史研究家ではあったけれども、天啓者不在後の中山天理教同様、教理的には自己矛盾だらけでしたね。
永遠の魂と神の守護の理の関係、道具衆の魂と身体の機能の関係。最初にその機能の実験に使われた魂という意味なんじゃないのかな。
神の目指す「にんげん」に我々より近づいた、進化した魂があって、お地場で、世を救い人をたすける活動をして下さる天命を持っている魂なのではないか?
教組は道具衆の魂に対して、神として拝をさせる為にも、ひながたの道を通れと仰っているんだと思いますね。
晩年の教祖のように、千里眼や念動力、予知や遠隔治療等の自由用自在の救け能力の常態的的発現も、お地場に道具衆の魂が引き寄せられるという大前提も、神の啓示者、不思議な霊能者達がいらっしゃって初めてわかるんですけどね。
不思議な霊能者が現れる条件として、教祖の教えが伝えられなければ、現われ様がないのではないでしょうか。
教団が教祖の教えを明かさないのは、不思議な霊能者が現れることを最も恐れているからではありませんか。
八島氏はそのことに気づいておられたと想像します。
教団本部は教祖の足跡を隠そう、隠そうとしているというより、なくしてしまおうと目ろんでいると聞いています。何よりの証拠でしょう。
宗祖亡き後の宗教団体が往々にして陥る、家元利権と聖地利権で喰ってる中山家ご一統様方にとっては、経済的な安定、集金が目的なんでしょうね。それが善亮さんの一連の発言に現れていますね。
ただこのお道には、特別な意味を持たせた場所があるんですね。万タスケの為の本拠地としてのお地場なんですね。
本部の中枢が、世界救けだとか、人だすけの為のお地場の存在理由を考えないのならば、皇室や貴族と間違っているんじゃないか?という批判は当たっているかもしれませんね。
この選民思想と、ノブレス・オブリュージュは対局にあるものだから、もしお地場でヨロズタスケを勤めなければならない魂達には、神格者である事を要求される筈ですね。ひながたの道を通れという。
善亮氏の云いたいのは、「万タスケは致しませんが、献金だけは集めます」という事なのか?
それが親里地場からのメッセージであるなら、現在の教会本部は一度解散した方が、世の為、人類の為になるんじゃないか。
末端教会子弟 様
>魂の話をする人が言う事は、大抵の場合「それって『こころ』でいいじゃん」と感じられます。
今まで、「魂」とはどういうものか、ということに関しても、結構談じ合いして来たと思いますが、「それって『こころ』でいいじゃん」と片づけられるとは、いささか、がっくりですね。
>さっちん様の言う「魂が生まれ変わると考えなければ説明がつかない」という内容やお話を伺いたいのです。
私、とっくに書いてますけどね。何を読まれて来たのですか?カルマの法則(自分の蒔いた種は自分で刈り取らねばならない)ということは、欧米でも信じられています、検証もされてます、と。決して日本的な、又、ヒンズー教のみの世界観ではありませんよ。ですけど、天理教において、信者に対して、「因縁自覚」のお諭しはするべきではない、という点については、かなり書き込んでると思いますけどね。忘れられてるなら、読み直してくださいませ。今まで書いたこと以上に付け加えることはありませんので。
そして、「成って来る理が天の理」というのも、そういうことではないか、ということも書いてます。末端教会子弟様は、「成って来る理」、というのは、なぜ起こると思われますか?単に、一生懸命やってれば、努力が実って運命好転する、ということでしょうか? 現行天理教団が今衰退しつつあるのは「天の理の通りに成って来ただけ」、とたくさんの方が書かれてますが、末端教会子弟様はこれも、本部の強欲や教団経営の失敗の結果に過ぎない、ということなのでしょうか。
もうここら辺で止めときましょうか?末端教会子弟さんと談じ合いは二度としたくないですね。(笑)
末端教会子弟さんと、談じ合っても「ピンクの餅」にはならないようですから。
それから、これから月次祭の準備やらで、7日までは時間が空きませんので、何か書かれてても、お返事はできませんので、一応ご連絡しておきます。
>もうここら辺で止めときましょうか?談じ合いは二度としたくないですね。(笑)
了解しました。同意します。
今後は、さっちん様の書き込みのおかしな所や矛盾するところを「突っ込む」だけで「書き捨てる」事にします。
反論されるのは自由ですが、返事はいりません。
以下、書き捨てです。
過去の書き込みでは、「研究されている」「検証されている」等と書かれていますが、具体的な内容が書かれていません。さっちん様の身の回りや出来事に当てはめた答えもありません。
つまり、さっちん様の「血肉」になっていないのではないかと感じていました。
また、理の親教理や天理教組織に対する批判的な言葉も、「教祖様はそんな事言ってませんよね」「教祖様の教えではありませんよね」とは書かれているものの、矛盾点を突いたり「正しい教えや解釈はこうです」という主張や考えも見当たりません。
これは、「理の親教理」も「さっちん様の考え」も、同じ「霊肉二元論・因果応報・輪廻転生」などを基本としているから、批判拒否するだけで終わっているのだろうなと思われます。
「成って来る理が天の理」は「因果」です。
「物事には原因があって結果がある」「結果にはその原因があった」はこの世の摂理です。
物理化学数学等ではこの「因果」が明白ですが、人間社会の現象では複雑で色々なモノが絡み合ってるし気まぐれな人間の思惑等も含まれているので、人間の力では「何が原因」なのかを見つけ出すのは困難な場合が多いです。
「因果応報」では、全てを単純化した上で(この方が人々には分かりやすいですからね)人間の価値観で「善い事をすれば善い結果が訪れる」「悪い事をすれば悪い報いを受ける」と説いており、現実世界では当たってる事もあるし当たらない事もあるので「宗教」なのです。
「善い事をすれば善い結果が訪れる、悪い事をすれば悪い報いを受ける」だけなら民衆教育のためには悪いことではありませんが、これが「輪廻転生」と結びついたら最悪だと何度か書かせていただきました。
「天理教が衰退している」という結果に対して原因や理由は色々あるでしょうが、「衰退している」という結果が漠然としていて一つの原因や理由を指摘する事は出来ません。多くの原因があって多くの結果が合さって「衰退してる」なんでしょう。その中での大きな割合を占めるであろう「原因」や「結果」なら考えられますが。
捏造・虚像・拡大解釈等で矛盾する「教祖像」を全て受け入れると、その矛盾を解決する為にはオカルト(不思議不可思議超常的など)に頼らなければなりません。
>晩年の教祖のように、千里眼や念動力、予知や遠隔治療等の自由用自在の救け能力
なんて事を言う人まで現れるわけです。
個人的にそういう能力が欲しいと思うのは個人の自由ですが、他人に「そういう能力を身に付ける修行をしろ(ひながた辿れ)」は無茶苦茶ですね。
古い教会長様が言うように「まずはお前(本部の人達)がやって示してくれ」ですよ。
個々人の魂から発揮される、心の道どうりに、神がたすけ一条の守護をして下さっている世界が、この現象世界なのでしょう。因果を受ける主体は永遠の魂なのですね。
金正恩が早晩惨殺によって今世を終えるとしても、それは分かりやすい因果応報ですが、神が心の道通りの、人類に対するたすけ一条の守護をもって、この世を運営進化させている証しだと感じませんか?
正恩君には、気の毒ではあるけれど、当人が改心しない限り、人類の未来にとっては良き事なのでしょう。
神への、存在への、感謝と、人類への優しさを深め、神の化身達(啓示者、霊能者、神格者の様な人達)が
お地場に増え続けてゆくのを楽しみ、そのお心を学ぶのが、親神が顕した、親里地場の道だった訳です。それによって人類の精神も広範囲に建て替わってゆくわけですね。
その意味では、本席様以後、啓示者を不要と断定してきた、全ての本部執行部の人達は間違って来たんですよ。
現在の中山天理教が衰退するのも神のたすけ一条の守護の一環なのだから、ありがたい事に変わりはないのだけれど、正恩君だとか善亮君のようなイジメっ子の魂の未来に因果応報のしかるべき守護があるのは当然でしょうが、現在イジメられている側の人達の沈黙の陰気さも外野から見ていても、気の毒なんですね。
先日、発行された「あらきとうりょう265」に、青年会長・中山大亮氏のインタビュー記事が掲載されている。
ブラジル青年会での記念祭に十二下りの総立ちがあるので、三ヵ月かけて必死に練習したそうです。
においがけをして、初席者も十四人出来たそうで、大したものです。
非常に真面目な良い青年だと思いますが、どう考えても私の青年時代と、さほど変わらないし、もっと人の為、世の為に尽くしている青年は他にも一杯おります。
また、何十年と教理を深く掘り下げ、地道な信仰生活をして、ひながたを通っている人もおられます。
なのに、何故、まだ未知数な青年を、真柱継承者に推戴するのかが、よく分かりません。
真柱は「教祖の血統者の系譜に基づき、本部員会議において推戴する」ことになっているそうですが、本部員は彼が真柱に相応しい人物だという事が、どうしてわかるのでしょうか。
教祖の血統者でなくても、中山でなくても、真柱にふさわしい人を選ぶべきではないでしょうか。
よく「魂が違う。」という言葉を聞きますが、一体だれが魂の違いを見分けられるのでしょう?本部員先生なのでしょうか?
末端教会子弟様
自分の思う所を、誤解を生じることなく述べさせて頂くため、随分長い投稿文になりました。
そして今回の投稿を以て、末端教会子弟様との談じ合いは打ち切らせて頂きます。末端教会子弟様は、今回の私の投稿に対しても、全てに反論を述べられるでありましょうが、それに対して、再度意見を述べることは控えさせて頂きます。後は、コメント欄の読者の方々の判断にお任せ致します。末端教会子弟様の意見を是とされる方もおられるでしょうし、私の意見を是として下さる方もおられるでしょう。それで良いのではないでしょうか。
私は、これ以上続けても無意味なことで、自分の時間と労力を無駄に消耗するだけと思いますので。 末端教会子弟様と、意見を一致させる必要も無いことですし、お互いの解釈、考えの違いで仕方がないことと思います。
A:因縁の問題について
まず、末端教会子弟様の前回の投稿から
>「成って来る理が天の理」は「因果」です。』
>「物事には原因があって結果がある」「結果にはその原因があった」はこの世の摂理です。』
末端教会子弟様も「成って来る理」は「因果」、と言っておられます。原因と結果と。私の言っている「カルマの法則」これも結果の出る行いのこと、末端教会子弟様のお考えと変わりはないと思いますが、違いは、末端教会子弟様は「生まれ変わり」はない、私は「生まれ変わり」などということを、常に念頭に置いて生きている訳ではありませんが、あると思わざるを得ない。
いろいろ言葉がごちゃごちゃしてややこしいので、整理しておきますと、
因果・・・・原因と結果
カルマ・・・・・行為・又は、結果をともなう行為。輪廻転生と関係づけられる。
因縁・・・仏語。物事が生じる直接の力である因と、それを助ける間接の条件である縁。すべての物事はこの二つの働きによって起こると説く。(ブリタニカ)これも「物事を生ぜしめる原因」、と解釈してよいでしょう。
原因による結果が今世中に現れて、清算されればよろしいが、今世中にその返し(いい場合、悪い場合両面)が行われない場合の説明は、転生(生まれ変わり)の仕組みがあると考えねば、説明がつきません。皆が皆、今世中に自分のしたことの決着がついているとは言えません。善行を積みながらも、一生苦労し続けて人生終わる人、人を苦しめ、金儲けなどで悪業を積んだままの人など、いろいろと思います。悪のみを考えるから、悪因縁、ということが先に来てしまいますが、良い因縁の場合も勿論あります。
因に対する果を受けなければ、因果の摂理に反する。悪業の返しを今世に受けてない人は、死んで地獄に落ちるか、来世返しが来る、と解釈しないと「理で攻めたる世界」ということの説明がつきません。「理の世界」ではなく「理で攻めたる世界」、つまり「厳然」として現われる摂理であります。自分のしたことは必ず帰って来る。自分の蒔いた種は自分で刈り取らねばならない。例外があっては「天の理」「理で攻めたる世界」ではありません。
しかし、この世の摂理、法則として、あるのだろうが、それを「宗教」に利用するのが悪いのであり、この因縁の法則自体は、良いも悪いも無い。私は「悪因縁」のお諭しは反対である、と再三述べてます。良い因縁の諭しは一応、良いとは思いますが。
以上、考察を述べましたが、生まれ変わりという事に関しては、いくら談じ合っても平行線、お互いの解釈の違いで仕方がないと思います。只、末端教会子弟様の以下の投稿で、
>他にも書きましたが、「出直し」=「やり直し」と解釈します。』
>元の理で言う「出直し」は、「魂(生き物全て)の平等」を説くための神話です。』(11月29日 8:19 PM)
元の理の部分に「出直し」というお言葉が入っているお歌を見つけられませんでしたが、私の見過ごしかもしれませんので、何号の何番か、教えて下さいませ。
>教祖様が亡くなられた後、教祖様のご遺体をどうしたらいいかお伺いを立てたところ、本席が「古い着物を脱ぎ捨てたようなものや、捨て置け。」と「おさしず」された事でしょうか?』
>でも、亡くなった人に対する言葉でないのなら、「出直し」=「やり直し」でもその文章は成り立ちますね』
「古い着物」というのは亡くなった折の、今まで神様からお貸し頂いた「肉体」と解釈します。私が、出直しは生まれ変わりではないか、と述べたところ、末端教会子弟様は、「やり直し」と返されましたが、何をやり直すのか、はっきり書かれてませんでした。「やり直し」というのは、再度行うことです。つまり、、同じ魂を持つ人が新たな肉体をお借りして、又新たな人生をやり直す、としか解釈できませんが、他の意味がありますか?人が亡くなって、その人の魂も消滅するなら、やり直しとは言わないと思いますが。
B:魂の問題について
>② 教祖様が「この世の元始まりの話」をされていたのは間違いありません。「おふでさき」にもありますし、多くの方の証言記録も残っています。そのお話を元にして「こうきをつくれ」とお命じになりましたが、何人もの人が書いた「泥海古記」に対して「よし」と言われなかった訳です。
何がどう「あし」なのか確かな事は分かりませんが、教祖様の教えが「世直し」だということから考えれば、現実世の中を擁護する「因果応報・輪廻転生」論が混じっていたからだと考えるのが妥当です(他にもあるかもしれませんが)。
私が絶賛した「十全の守護の理」は、「因果応報・輪廻転生」論を省いて解釈した「生命理論」です。』
>教祖様以前に「生命に関わる道具」についてこれ程大胆に解釈し、関連付けて、解説して教えた学問も、学者も、書物もないでしょう。
これだけでも「ないことばかり言いかける」し、「生命理論の『親』」と呼ぶに相応しい教えではないでしょうか?』
>「都合のいい部分だけ抜き出している」と思われるかもしれませんが、私としてはオカルトや矛盾するものを省いているだけだと考えています。そうしないと教祖様の教えに届かないと感じるからです。』
泥海古記というのは、お筆先に書かれてあるもの以外にあるのですか?お筆先の中の泥海古記を読んだ限りでは、因果の意味を指す因縁の話は含まれてないと思います。
「このどぢょなにの事やとをもている これにんけんのたねであるぞや(第四号 123)
「このものを神がひきあけくてしもて だんだんしゅごにんけんとなし」( 〃 124)
お筆先のこの歌の中の「種」が魂と解釈できます。泥海古記のこの部分は、因縁とは関係ない部分ですので、省く必要は無いと思います。
>それぞれの「モノ」を「いざなみ」「いざなぎ」「おうとのべ」「たいしょくてん」等と名前を付けたと「おふでさき」「元の理」から解釈できます。あくまでも命を産み、育て、死に至るまでの「道具」として。』(12月3日 6:46 AM)
の「道具」に
「このこかす九をく九まんに九せん人 九百九十に九にんなるそや」(第六号 46)
「この人を三か三よさにやどしこみ 三ねん三月とゝまりていた」( 〃 47)
と、親神が九億九千・・もの「子数」を、うおとみとに宿し込み、人間へと「せへぢん(第六号48)」していった、と記述されています。
私は、「道具」に人間の魂を宿し込まれた部分も入れてこそ、末端教会子弟様の感じたように、今までに説かれたことの無かった「生命理論」と思います。魂を入れる、と一般的にもよく使われますが、魂を入れなければいくら完璧な身体があっても、木偶人形の如きです。
そして末端教会子弟様は、私の、魂のご守護下さる神は十柱のうち、どのお神様でしょうか?という問いに、「肉体から発生する」、などとちょっと陳腐としか思えないお答えを返されましたが、やはり先に述べましたように、親神のご守護によって、魂を宿し込まれたものと思います。
C:前生の問題について
>③八島先生は「前生は親、来生は子の事ですよ」と言っておられました。私も賛同します。』(12月4日 7:01 PM)
>②で「因果応報・輪廻転生」論を否定してるのですから、人の「形質や性質、特徴といったもの」と解釈するのが妥当かなと考えます。』
>おふでさきは単独ではなく、前後の歌も併せて考えてください。』
この末端教会子弟様のご意見に関しては、それに対する答えとなる文が載ってます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E3%81%BF%E3%81%8D
の、8 脚注 の 9 ・・・(このwikipediaの最後の方です。)
【 9^ ただし、植田は八島の考察を「教祖の天啓やひながたを人間的なレベルの思想や行動と受け取り、霊魂や転生を否定し、心身を唯物的に認識していることには同意できない」としている(天理教みさとブログ<原典からの出発>「5/25 月例会報告」) 】
八島氏は霊魂や転生を否定されていることから、「前生」ということは信じておられなかった。故に「前生は親、来生は子の事ですよ」と、そういう表現をされたのでしょう。
「前生のいんねん寄せて守護をする これ末代までしかと治まる」の「前生」は、末端教会子弟様が仰ったように、おふでさきの前後を読み直しましたが、文字通りの「前生」としか私には、解釈できませんでした。
D;魂とは何かという問題
>魂の話をする人が言う事は、大抵の場合「それって『こころ』でいいじゃん」と感じられます。
>「気質・性質と混同してる」のではなく「気質・性質(こころ)の方へ誘導してる」が正解です。
面白い弁解ですこと。(笑)
性質はあくまで、その人の性情の質です。性格は生育環境が合わさって形成されたものです。
☆性格とは;「先天的な気質と後天的な影響とによる、その人の感情、意志などの傾向(国語辞典より)」
感情や、行動を起こす【主体】」とはなり得ません。そして心とも違います。解りやすいサイトがありましたのでご参考までに。 「心」と「魂」の違い http://ameblo.jp/lokahi-healing/entry-11462684407.html
「魂」は、生まれ変わりする主体になり得るが、「心」は主体となり得ない、と考えます。
E : 最後になりましたが、前回の末端教子弟様のご意見から
>理の親教理や天理教組織に対する批判的な言葉も、「教祖様はそんな事言ってませんよね」「教祖様の教えではありませんよね」とは書かれているものの、矛盾点を突いたり「正しい教えや解釈はこうです」という主張や考えも見当たりません。』
私は、理の親教理や天理教組織に対しての批判は、今までに再三書いております。矛盾点を突くことも、正しい教えや解釈も書き込んでいると思います。「そうですよね、言ってませんよね」と、投稿者に同意を求める気持ちで、付ける場合もあるでしょう。理の親や組織に関しては、「お供え掲示板」で、組織については、末端教会子弟様と談じ合いに入る前にも、ピラミッド組織を均してフラットな組織にし、大教会、上級教会を廃止、と書いております。教祖の教えから、本部も不要、と書いたこともあります。
が、いちいちそれらの過去の投稿文を探し出して、ここに、日付を付けて載せる必要は無いことですし、そんな無駄なことをしている時間もありませんし、何より、これ以上投稿を長くするのは、読者の皆様にご迷惑を掛けますので、控えさせて頂きます。
>これは、「理の親教理」も「さっちん様の考え」も、同じ「霊肉二元論・因果応報・輪廻転生」などを基本としているから、批判拒否するだけで終わっているのだろうなと思われます。』
私は論理だてて書いているつもりです。言いがかりでしかありませんね。
以上をもちまして、以後、末端教会子弟様と、投稿で意見を交わし合うことはありませんので。末端教会子弟様が、今後、私の意見に対して、如何なことを述べられようが、私から返すことは今後一切ありません。
遂に、教団は全教会の不動産乗っ取りの挙に出たのでしょうか。手始めに〇〇大教会から始めようとか言いながら。何と破廉恥な行いでしょうか。しかし、現行教団の執行部の顔ぶれを見れば、あり得ない事ではありません。
代表役員(会長)はともかく、責任役員の職責の重要性は増すばかりです。うっかり、決算書に押印してはだめですよ。信者の奉仕で維持されてきたものであるならば信者に還元するのが筋というものでしょう。
本当に恐ろしい教団です。何度もいいます。現行天理教には絶対に近づいてはいけません。
こうした「乗っ取り」暴挙は、ここ最近囁かれている、各大教会の財団法人設立のラッシュとも関係が深いと思われます。
教団執行部の方々は、最早「お金」しか眼中にないのではありませんか。
やみくもに設置され、建てられた学校群、参考館、図書館、医療施設の拡張、おやさと館など数え上げればきりがありません。
これらを維持するためには、要員と莫大な維持管理費用が要るのは当然です。今こそ教団は教祖の教えに立ち返り、不要の物は国立等の機関に寄付をして、純粋な宗教機関として出直すべきだと思うのです。
優秀な人材の育成は重要な課題だとは思うのですが、宗教としての重要な人材とは何かを考えるとき、方向が違ってくると思うのです。
ある方が漏らされた言葉「天理教がこの姿になるのには数百年早すぎた」。若い頃に聞いた言葉ですが、心の隅に残っていました。
>「天理教がこの姿になるのには数百年早すぎた」
現在の中国を見れば一目瞭然ですよね。ついこないだまで自転車が目だったあの国が今では経済大国にと思ったのもつかの間その陰りはすぐに訪れ経済の衰退それに伴い政治不安など国家崩壊しかねない状態です。
私達の日本も戦後、復興そして高度経済成長そしてバブルを向かえ飽和 その際成長と共に起き忘れたものを取り戻そうにもそれが何かすら見えなくなってしまった。この日本でもそれだけの問題を抱えているのにそれより急速に発展した中国ならばそれ以上のこの事態に成るのは納得が行きます。
この教団もその日本と共に急速に成長したが今の路線の途上で信者離れは起こり現在加速しているのでしょう。この戦犯は二代真柱が発端、そして現在の中山家を中心に祭りあげているその周辺と言えるでしょう。
ソ連崩壊の際にそれまでの資料が大量に世界に公開された。崩壊までの序曲でもそれらの資料やトラブルも表面化します。
上記の、本部、本部員の大教会乗っ取りはまさにその序曲の引き金であると痛感させられました。
とうとう来てしまいましたね。本部が自らタブーを起してしまったのですね。この波紋は全教に広がりそして本部に帰る事でしょう。その帰った時が本部の終焉と成るでしょう。この教団はあと数十年で崩壊するでしょう。
なんとも悲しい話しですが皆さん薄々気が付いていたことでしょう。
教会をお持ちの方は自らの教会を本部から守りましょう。そして戦う準備をしましょう。その武器はこの天理教社会学研究所さんに沢山落ちてます。後は騙されない心と守る為に戦う為の多少の勇気だけで充分です。
「永遠の魂が輪廻転生を繰り返す」という考えで主張されている立場は尊重させていただくとして。
明らかに論理的におかしな部分をいくつか指摘(書き捨て)させていただきます。
>悪業の返しを今世に受けてない人は、死んで地獄に落ちるか、来世返しが来る
「因果」はこの世の摂理だが、この考えは「因果応報」という宗教的考え方。
この「因果応報」が真実だとしたら、例えば、「借金を返さないで死んだ人は生まれ変わって返済する、お金を返して死んだ人は生まれ変わった人が返済してもらえる」のかな?
「お金の代わりに~」なんていう話も無茶苦茶になるし、明確な基準も判断材料もないのに偉そうに「前世での・・・」なんて言う人間は、良い事言おうが悪い事言おうが「詐欺師だ」ということ。
>自分の蒔いた種は自分で刈り取らねばならない。
「原因」から「結果」までの時間軸を計算に入れていない。
>「やり直し」というのは、再度行うことです。
六下り目八ッ やつぱりしん/\せにやならん こゝろえちがひはでなほしや
亡くなった人に対して言ったのではなく、信仰の心得違いをした人に「心を改めてやり直せ」とのお諭し。
本席の「古い着物を脱ぎ捨てたようなものや」は教祖様の亡骸について言っただけで、「魂が古い着物を脱ぎ捨てた」という解釈も出来なくはないが、「新しい着物に着替えてくる(生まれ変わってくる)」等とは言っていない。
>「道具」に人間の魂を宿し込まれた部分も入れてこそ、
さっちん様の年齢なら「夫婦の行為」を「子供を宿し込む」と表現することは理解できると思われます。
勿論、実際に子宝を授かるかどうかは現在の科学を持ってしても「神の思し召し」なので、敢えて言うなら「宿し込む」のは十全の守護ではなく「親神様」になる。
>「心」と「魂」の違い http://ameblo.jp/lokahi-healing/entry-11462684407.html
この記事、「心と魂の違い」を説明してるのではなく、「潜在意識を『魂』と呼べば気が楽になる」という説明をしているだけ。
「心には『潜在意識、顕在意識、超自我』がある」という説が心理学の主流派であり、個人の潜在意識が輪廻転生を繰り返すと考えるのは無理がある。
>ピラミッド組織を均してフラットな組織にし、大教会、上級教会を廃止、と書いております。
こんな事は「一列兄弟という教え」からして当たり前。
「何故これらの組織が作られたのか?」「その根拠となる理論体系は何なのか?」「その根拠となる教えの解釈の矛盾や問題点はなんなのか?」「正しい教えと解釈は〇〇である」といった考えや思考をしていない(輪廻転生の考え方では出来ない)ということ。
さっちんさまと末端教会子弟さまの出直し、心と魂をめぐる教理の議論、とても感銘をもって読まさせていただきました。
それぞれとても深いところをついておられ、それぞれに説得力を感じました。
私のような者がさらに横から自分の意見を申し上げると、議論が錯綜してしまいそうですので、ここでは一言だけ申し上げさせていただくことにしたいと存じます。
経験上、私の思いますのには、練り合い・談じ合いというのは、こういう掲示板で交し合うようなものではなくて、やはりお互いに膝突き合わせて時間をかけてやり取りするのが一番だと思います。
ネット掲示板のやりとりでは、顔が見えない、表情が見えないために、ちょっとした言葉の行き違いが思いもよらない溝を双方に生んでしまいます。
そういえば、最近、我々の周辺でも練り合いの場面がなくなってきたように思います。
昔は、大教会でも教区でもわりとやっていたし、本部主催の行事の中にも取り入れていました。
しかし、愚痴の言い合いや上級の悪口をいうのは良くないなどという理由で、練り合いは縮小傾向にあります。
その結果、言いたいことが言う場がなくなり、直会もみな車の運転があるので早々に引き揚げてしまい、「有志」だけが飲み会の席を設けてそこで愚痴の言い合いをするだけになってしまいました。
私が近年そういう席に行かなくなったせいか、今ではそうした愚痴の言い合いの場さえなくなった感があります。
その意味でインターネットの出現はとてもありがたく、単なる愚痴の言い合いだけでなく、客観的な数字もお示しいただき、それに基づいてユニークな提案も出されています。
(一見、破壊的なように見える発言も、新しい建設のためには必要なんです。汚い膿を出すのは浄化の第一歩です。)
全体的に天理教の雰囲気が硬直してきたのは、お互いにしらふで本音を言い合える場がなくなってきたこともあるように思えます。
天理時報も教理上の練り合い議論が載らず、天理教学の研究も同じことの繰り返しで、わくわく感がなくなりました。
地方の教会の衰退は着実に進んでいます。
月次祭を教会家族だけで細々とやっているだけで、これ以上「おつくし」圧力が強くなれば、信者の心は離れ、教会は空き家のようになるばかりでしょう。
働き盛りのようぼくが、今の天理教にまるで魅力を感じないのが、最大の要因です。
天理教の教会教理にも教会行事にもわくわく感がゼロにひとしい。
だから、「おつくし」は高齢教会長・高齢信者の老人年金からがメインという悲しい現実があります。
陽気の四コマ漫画も笑うに笑えない、統領さんのおつくしは命のつなぎというのも苦しい嘆願にしか受け止められません。
しかしながら、これ以上、末端の人達からお金をむしり取っては絶対にいけません。
末端布教所長 様
ありがとうございます。
ご指摘の通り、ネットでの文字だけの練り合いに難しさと困難さを感じています。
出来るだけ建設的な話や方向にしようと思いつつ、相手の「面白い弁解ですこと。(笑)」とか「ちょっと陳腐としか思えないお答え」とかいう言葉に過剰に反応してしまいました。
元々、こういった議論は「あると主張する方」がその根拠や理論を提示し、「ないと主張する方」が反証するのが普通なのですが、今回のやり取りは逆になってしまったために読む方のお目汚しになってしまったようです。改めてお詫びいたします。
しかし、
>愚痴の言い合いや上級の悪口をいうのは良くないなどという理由で、練り合いは縮小傾向にあります。
これって、明治時代の「集会条例で言論弾圧」したのと同じ状況ですね。
お上は、自分たちの非を認めず現体制を維持する事に汲々としてることの証明でしょう。
そういう組織の行く末は自然消滅か誤った方向に進んで玉砕するかのどちらかである事は、過去の歴史を見れば分かります。
それとも、本部の面々は「自分が生きてる間さえもてばいい」とでも思ってるのでしょうかね?
老いぼれ教会長 様
しかし乗っ取り事件とは凄まじい状況ですね。本当に貴重な情報ありがとうございます。
「乗っ取り事件」について、書いていただける範囲で結構ですので、心より楽しみにしております。よろしくお願いいたします。
ん? おいぼれ教会長よくぞいってくれた。まさに世も末じゃ・・・教祖。
失礼しました。
老いぼれ教会長さん
2016年12月7日 4:27 PM
統領コンビ噂では聞いてたけどほんま最低やな!知り合いに言いまくったるわ
>老いぼれ教会長さん
乗っ取りそのものが悪いこととは思いませんが、その目的や手法については興味があります。
公開できる範囲で構いませんので、ここで晒して頂ければ嬉しいです。
年金!年金と会長は云うが、昭和5年以前生まれの者と、それ以降生まれの者とは支給額に雲泥の差があることを知っているのか。
90歳近い厚生年金受給の信者が30万円近くの受給額があるからといって、70歳代の老人信者の年金支給額も同様だと思ってもらっては大迷惑だ。
その辺の社会事情をしっかりと勉強して認識を新たにしてからお供え!、お供え!と云って。
全く「井の中の蛙」は困ったものだ。
匿名A
2016年12月11日 12:04 PM
おー!その年代でその差額があるのははじめて知りました。勉強に成ります。
年金狙いの教会長そしてその年金教会のお供え狙いの年金本部w
バカの一つ覚えで運営して来てるだけなので、年金と連呼してる頭が粘菌(アメーバー)単細胞なんでしょうね(笑)
単細胞教会と単細胞本部まさにこれそこ元はじまり実際もう今までの教団も本部は終わりを迎えていて次なる時代が幕を開けたのだと確信しました。それは皆んが気づき立ち上がったからです!
匿名 様
2016年12月12日 8:18 AM
匿名様ありがとうございます。
本当に困った方々です。少なくとも教団幹部連中は一度、ウルグァイ東方共和国大統領・ホセ・アルベルト・ムヒカ・コルダノ氏著「ホセ・ムヒカ 日本人に伝えたい本当のメッセージ及び外の著書」を読んでほしい。
初代・二代・及び三代各真柱は共に早逝。何が115歳定命か、自ら範を示せ。
しかも、その所為を信者たちの信仰の度合いが低いからだと宣う大教会長が居られるというから、世も末だといわれても仕方あるまい。
信者たちが何か悪い事でもしたというのか。さんざん「お供え」を搾り取っておいて何をか云わんやである。
天理教の名誉回復のために、云いたいことがあるなら大教会長連中は、この場へ実名で反論すべきだ。
成層圏を悠々と飛ぶのが天理教で、地上すれすれで今にも不時着しそうなおんぼろ飛行機が〇学会だと云っていた本部の講師のような上から目線の人達にはカキコ一つできないだろう。
真柱も年金柱と改名したら良いのにね。
年金教教会本部
だいすけさま年金でのご結婚おめでとうございます!(近親交配)
老人の年金を騙し取ってる天理教教会本部はどこぞの詐欺集団と一緒!
最低だわ!なにがだいすけさまだよ!
結婚なんかできる財政状況や信仰状況ないだろ!
実の親父は法人乗っ取りしてるとか恥ずかしくてやってられんわ!
匿名 様
2016年12月12日 8:18 AM
続投失礼します。
年金の実態を述べます。私の知る範囲のことなので全てではないことをご理解願います。
叔父(96歳)は公務員でした。現在の年金額は、月額33万円余です。一方、同じく公務員を定年退職した78歳の知人の年金月額は23万円です。ちなみに、私の厚生年金月額は15万6千円。手取り月額は13万7千円です。
では、厚生年金は如何ほどでしょうか。今から受給が始まる人の平均月額は18万円前後でしょうか。
そこから所得税、市町村民税、社会保険料(介護保険料・後期高齢者保険料など)などが差し引かれますから手取り額は15%ほど低くなります。余談ですが、官民格差を感じます。
なのに、大教会から来る世話人先生は、大祭後の講話で「年金の2割くらいお供えするのが当たり前だ」と云うから開いた口が塞がらいという気分になります。
表統領は、もっとお供えさせろと云ったそうですが社会的な背景を斟酌して、各個々人に向かって発言すべきです。
夫婦で月額13万円の国民年金受給者に、2割をお供えしろなんて発言できるはずがありません。
このような発言をする連中と付き合う必要は皆無と断言します。
おはようございます。はじめて投稿します。
乗っ取り、近親交配などテーマをざっと見せて、真柱とその側近はまさに今回のパククネ問題と産経新聞前ソウル支局長軟禁事件を思い出しました。
世界宗教と言いながら日本宗教にも成れず現在は朝鮮カルト宗教と同じですか~困ったものです。
参考に動画はっときます。
【文化講演会】『なぜ私は韓国に勝てたのか』 産経新聞前ソウル支局長 加藤達也
https://www.youtube.com/watch?v=v6VHGrK1n2k
■助け合いの大切さを伝え続ける
天理教 表統領
中田善亮
人間関係の希薄化が言われて久しいですが、若い世代にとってはそれが当たり前の事となり、なぜ問題なのかさえ分からない人が増えている事に憂慮の念を覚えます。
順風満帆の状況が続けばそれに慣れてしまい、少しの異変には気づかなくなりがちです。同時に、異変に対処する力さえ削がれてしまいかねません。
あらゆる場面で合理化が進み、暮らしが豊かになりましたが、人は自分の力だけで生きているのではなく、助け合い、支え合い、生かされているお互いであります。
自己中心的な考えは心を曇らせ、こうした事も分からなくさせます。心と心の繋がりが薄れ、争いの基にもなり、また、助けを求めている人の心の声さえ届かなくなります。
時代が移り変わろうとも、地球上のありとあらゆるものに感謝し、与(たま)わる恩を知らねばなりません。思いやる心の大切さ、助け合う大切さを伝え続けていく事が求められていると思います。
http://www.relnet.co.jp/izuo/newyear_message/2016/message.html
2016 宗教者による新春メッセージから
お前が言うな。
信者一同より
2016年12月16日 9:44 AM 匿名様
>離脱(独立)は意外に簡単!(「宗教法人法」関連記事を見てみよう)
自教会の土地(建物)名義を、宗教法人天理教(本部)にお供えしてしまっている教会の場合は、独立しようとすると、土地(建物)を没収され、追い出されたりしないのでしょうか?その点はどうなのでしょうか?「お供え」掲示板の方でも、この問題は散々議論され、我が家(教会)に住み続ける為には致し方ない、ということで、気に染まぬながら、教会長を続けておられる方も多いようですが、その点が問題と思います。
しかしながら、ここ最近の、本部や大教会の、教会乗っ取りの記事、又、あなた様の記事を印刷しまして、それぞれの教会会長さんにお見せすることは、教団のピラミッド状態に、大きなヒビを生じさせる、有効な手段と存じます。本部や大教会に対する疑心暗鬼の心が生じ、忠誠心が崩れ、実際に独立しない(できない)までも、それぞれの教会に精神的自立の気運が生まれ、本部、大教会、上級教会は、権威、信用を失墜することと存じます。
ある会長さんの自己紹介です。
「はみ出し不良教会長です。にをいがけ、おたすけしません。おつくしもしません。」
と書いてあるが、世の為、人の為の活動はされています。
素晴らしい。
私も「はみ出し不良教会長」さんみたいになりたいです。
同意します。
上級のための「においがけ、おたすけ、つくし、はこび」は不要ですね。
教祖様の教えを守り実現するための「においがけ、おたすけ、つくし、はこび」に切り替えましょう。
個々人が「教祖様の教え」を考える必要があると思います。
この教団に愛想をつかしている会長です。自分の信条に反し、内容の無い偽の教理のあほらしい流れに巻かれざるを得ないこの組織の中で、命をくすぶらせている会長です。
信仰を離れたらどんどん幸せ感が増してきたというような事を50代の元信者の方がどこか掲示板に書いておられたと思いますが、本当にその通りです。出来ることなら私も飛び出して自分らしさを取り戻したい。しかし生活の場はここしかない。上から押さえつけられ、信者からも古い偽信仰を押し付けられ、自論を話せば信者から不信感を持たれ、自分に蓋をし、自分を無くして教団の為に犠牲を払う、「私」っていったい何?と思います。多くの人を偽教理で不幸に落とし入れてきた罪深い教団です。
尽くし運びが出来ないことを、あんたは勉強が足りん。と言われ、水が上から下に流れるように理は上から下に流れるのだから、心せよと言われ。こんな前時代的封建制度がいつまでも通用するはずがありません。親神様、教祖様、この組織を早くつぶしてくださいませ。
匿名さま。
ご心痛、お察し致します。「メタ認知」という発想があります。自分を客観的に見ると、どうでもいい事に右往左往している姿が浮かびます。実は一番、強い力を持っているのは末端教会です。それは、自分の力で生きているのからです。
上級にとって、事情教会になればお荷物でしかありませんから、教会として存続しているだけで、組織は有り難いと思っている筈です。
まず、お供えを減らして下さい。何を言われても強い意志を持って減らす。または、しない。行事類は参加しない。上級へも極力、行かない。
神さまだけを見つめて生きて行くだけ。毎日を楽しくウキウキと生きる事を考えて生きる事。
何を言われても、何を思われても関係ないです。しっかり貯えをして、いつどうなっても良いように備えて下さい。
自分自身を変えて下さい。同じ思いを持った同志が沢山います。
https://www.facebook.com/iinochi16527/
すみません、勝手にリンクを貼りましたが、私もかつて、ここで救われました。
<自分自身を変えて下さい。同じ思いを持った同志が沢山います。
https://www.facebook.com/iinochi16527/ >
神よ。
あるなら答えてくれないか?
私は神など信じない
それは忘れもしない阪神大震災で母を失ってからだ!
神よ あるなら答えてくれないか
私は神など信じない!
なぜなら神の最大の弱点を発見したからだ。
その弱点とは、人が神を信じなくなったからだ。
神の存在は、人に信じられる事によって生じる。
そして、人に信じられなくなって消滅する。
皆さんのおっしゃる事はそうではないかな?
離陸の時が来ました。さようなら、皆さまへ。
古い教会長様。
少し元気が出ました。
上級会長がうちの教会の信者に「会長が月参りをしない、横着を決め込んでいる」と、言いつけて私の悪口散々。うちの信者たちは、理は上から下に流れるのに、所属の会長が上級に参らなければ自分たち信者はお陰がもらえないではないかと不満を持っています。
理が上から流れるなんて、教祖の教えではないはずです。信者にあなたの今までの信仰は間違ってたんですよ、と言いたいのですが、正しい信仰を伝えたら、怒って去って行かれそうで恐いです。わずかなお供えでも、教会活動・教会運営・各種年会費支払いには必要な財源ですから。
それからおたづねですが、信者からのお供えは「つなぎ」と聞いていますが上級へつなぎが「ゼロ」でも信者が納得するでしょうか?自教会の運営その他会費支払い他で上級へ「お供え」できる余裕はないのですが、信者は私がいくら上級に出しているのか気にしています。信者にとってはそれが信仰ですので、「自分たちのお供え」が上級に供えられていないとなると、これはどう返事をしたら良いでしょうか?
胃が痛くなります。よろしくお願いします。
離陸とは?
>信者からのお供えは「つなぎ」と聞いていますが上級へつなぎが「ゼロ」でも信者が納得するでしょうか?自教会の運営その他会費支払い他で上級へ「お供え」できる余裕はないのですが、信者は私がいくら上級に出しているのか気にしています。信者にとってはそれが信仰ですので、「自分たちのお供え」が上級に供えられていないとなると、これはどう返事をしたら良いでしょうか?
上級へつなぎが「ゼロ」でも信者が納得するでしょうか?・・・・
納得はされませんでしょう。だから、何も言う必要はありません。
世の為、信者さんの為に使えばいいのです。
バレて何か言われれば、「すみません、」と謝ればいいだけです。
それで、信者さんが去っても仕方ないでしょう。お供えは上に流すのではなく、下へ流すのが自然の道理です。
>「自分たちのお供え」が上級に供えられていないとなると、これはどう返事をしたら良いでしょうか?
私なら「教会維持の為の経費と、人助けの為に使っています。」と言います。
これからは、信者さんや部内教会に頼るだけの教会の存続は、危ういと思います。
教会は、それぞれ自立しなければないません。
>お供えは上に流すのではなく、下へ流すのが自然の道理です。
確かにその通りですね。自信をもって自教会の運営とおたすけ活動に使い切ります。
>教会維持の為の経費と、人助けの為
信者さんには、はっきりそういえばいいですね。赤字経営なのですから。去っても仕方ないと言う覚悟で、当たり前の道を堂々と歩きます。
古い教会長様、元気が出ました。ありがとうございました。
スーパーで夜8時半をまわる頃、生ものの肉・魚の売れ残り商品が半額以下になる。そんな見切り品を求めて日々生計を立てている我々零細末端教会のことを、本部の人たちは知っているのでしょうか。お金が命のつなぎだ、「お金を出せ」と言った善亮さん。座敷乞食に言われたくありません。70億の地球人口、みんなお金で命を守られているのでしょうか??実働信者はたったの20万人程と思われますが、このこの落ちぶれた教団トップの頭の中、最後のあがきは、お金なのですね。
善亮さん、私は少なくとも貴方のように乞食はしていません。質素に、畑の野菜と半額の食料品で少なくともあなたよりは教祖様のひながたに近い所で、工夫しながら自立生活をしています。
愚痴をこぼしてしまい、失礼致しました。
>離陸とは?
あらゆる宗教から離脱することです。
天理教が嫌なら辞めればよろしい。
教えが恐ければ続ければよろしい。
簡単なことでしょう?
救いは己の心の中にあります。
そうではないかな。
日中、夜間寒風のふく中、立っておられる、開けっ放しの本部を守っておられる、それだって大変なことだと思いますよ。
一晩中代わり交代に風に吹かれて立っておられる姿を信者は見てます。
教会、布教所の皆さんの尊い生き方は尊敬いたしております。
しかし本部の皆さんの寒風に耐えておられる姿を見ていると、悩む心が消えていきます。
寒いだろうと思います。
>しかし本部の皆さんの寒風に耐えておられる姿を見ていると、悩む心が消えていきます。
寒いだろうと思います。
耐えているのは、末端教会の子弟ばかりです。本部員が、夜間寒風のふく中、立って、開けっ放しの本部を守っているのを見た事がありません。
それどころか、二代真柱は地方の教会で泊まられる時、夜伽と言って必ず女の人が共に寝て相手をする習慣がありました。ある教会へ行かれた時、「中〇生を用意しなさい。」と言われたそうです。婦人方は困ったようですが、ちゃんと用意したようです。
私の知り合いに、本部員が巡教の際に必ず寄っていた、置屋にいる妾さんの子供がいる。もう高齢だが、昔、本部へ行って、我々が入った事もない場所を案内してもらったそうだ。かつて本部の人は、やりたい放題でした。(今でも?)
>本部の皆さんの寒風に耐えておられる姿を見ていると、悩む心が消えていきます。
寒いだろうと思います。
本部の皆さんは寒風に耐えたりしません。女性の暖かい人肌に居ます。
耐えているのは、末端の教会子弟ばかりです。
かんろ台の周りに座っておられる先生方のことを開けっ放しの中で座っておられると表現しました。
本部の法被を着て、立っておられますよ。
明治三十九年二月十三日(陰暦正月二十日)
増野おとも十三才足の痛みに付願
・・・さあ/\何よの処/\その時はその時、さあ日が経つ月が経っては又々事情、万事の処にてほんにこれでこそと、心に嵌まりたら何も無い。さあいつ/\まで連れて通りたいからである。心にほんにそうかいなあと、速やか嵌まれば、十分であろう
・・・こういう事はどうであろうあろうと、席に一つ、了てから、こういう事あったと話の間に、一つ追うてみるがよい。言葉の中に小田原話のようにも思うなれど、そうやない。真の事尋ねば真の事諭し置く。こういう事に思う、どういう事に思う、こういう事話聞かして貰いたいという、これだけ諭し置こう。
・・・・又大勢本部員ある。悪い者は無い。悪い事は一つもしやせんなれど、三名立ち並んで始末して行けば、皆んなに見せて満足する。それが大きな道に成る。
このやしきに勤め、給料貰うて入り込んで居る。これが残念々々々々。
今のさしづ人間の話ではない程に/\。
この、「三名」とは、真柱と表棟梁と内棟梁のことでしょうか?
また、「今のさしづ人間の話ではない程に」とは、この三名は人間ではないということでしょうか?
>しかし本部の皆さんの寒風に耐えておられる姿を見ていると、
いや、正直言ってそんな事をする意味が分かりません。
親神様は、人間に「苦労しろ」とか「我慢しろ」と言ってるのですか?
まともな親なら、自分を守るためとはいえ「子供だけに」そんな事はさせませんよね?
勿論人生は山あり谷ありですから、苦労や困難に耐えられる「忍耐力」や「「前向きさ」は必要でしょうが、自分たちで勝手に「苦労を作り出す」必要なんてないと思います。
「親神様の親心って、どんなだろう?」と考えさせられます。
また「霊力」だの「霊道」だのと意味不明なオカルト話を言う人が出現しましたね。
この「匿名」さんは、古い教会長さんとやりとりをした「匿名」さんとは別の方ですよね?
どのような主張をされるのも結構ですが「匿名」のままでは混乱するので名前をつけて欲しいです。
ちなみに、みかぐらうたやおふでさきには「霊」という言葉も教えも見当たらないのですが、どういう解釈をすれば「霊力」だの「霊道」だのという話になるのでしょうか?
カインよ。
心あるなら答えてくれないか?
カインは神なのか?
それとも市井の民か?
カインとアベルの末裔か?
これ以上、悩める子羊を苦しめるのは辞めにしないか。
プロフィールもなければ、一言も返信しないとは天上界に住んでいるつもりか?
カインよ。
心あるなら答えてくれないか?
How to be happy
幸せになる方法
それは、たった一本の雑草を抜くことから始まります。
嘘だと思うならやってごらん、必ず幸せになれますよ。
自由の翼 さん。
>これ以上、悩める子羊を苦しめるのは辞めにしないか。
ちょっと意味が分かりません。
誰が悩める子羊で、誰がカインさんによって苦しめられているのですか?
あなたは本部の回し者ですか?
自由の翼 さん。
私は、悩める子羊ではありません。ただ、悩みが無いと云えば嘘になりますが。
現行天理教を通じて物心両面で、いろいろな事柄を経験しました。プラス面とマイナス面を比較しますと、明らかにマイナス面のウェートが高く感じられたことから、現行天理教には近づかないようにとアピールしているだけです。
私の経験からだけではなく、このブログを通じて知り得たことも多く、投稿者の皆さんに感謝しています。
教団本部は今、お金が無くて困っているようです。11月の別席者が4千人を超えたと報じられていますが、これらの人達が教団の「金づる」にならないように願うのみです。
おやさと館も不要部分があれば、解体すればいいんです。エレベータ一つを取ってみても高額な点検費用や維持管理費が必要になりますよね。人気のない館に入ると、大きな無駄を感じるのです。だから、お金が無いのであれば、少しでも維持管理費を減らす努力をしてゆくのも現行教団の在り方ではないでしょうか。大きいばかりが能じゃないですよ。
教団自身が、教祖の心をしっかりと受け止めるべきです。教祖は、お金をお供えせよとは一言も仰っていません。信仰者の感謝の心がお供えに繋がっているだけで、本部が如何ほどのお供えをせよというのは本末転倒です。
2016年12月18日 12:26 AM 匿名 様
>本部の皆さんの寒風に耐えておられる姿を見ていると、悩む心が消えていきます。寒いだろうと思います。
ご心配なさらずとも、あったか~い発熱式の高級な防寒下着を着込んで、カイロも一杯貼り付けておられますよ。(笑)
「お供え」掲示板では、灯油も買えない教会の方が、厚着して凌いでおられるとのことですが、本部神殿から休憩に入れば、温かい暖房のきいた部屋が待ってるでしょう。
古い教会長さん
>ちょっと意味が分かりません。
解りませんか?
>誰が悩める子羊で、誰がカインさんによって苦しめられているのですか?
誰がどうのではありません。私にはそう見えると言うことです。
貴殿の投稿には注目していたのですよ。中々見識のあるお方とお見受けしていました。
しかし、二代目がどうしたとかに至っては頂けませんね。
内部事情を晒して何になりますか?それなら署名活動して本部に乗り込むか?
いっそ貴殿の教会を解散したら如何ですか?
私は運営者が何者であるか分からないサイトで議論する気はありませんから
これにて回答とさせて戴きます。
>あなたは本部の回し者ですか?
違いますよ。
ただ、私の父は宗教を実社会に生かした人です。
(金儲けではありませんよ、人助けです)
私はその息子です。
匿名Aさん
誰だって悩みはありますね。それは繰り返し襲ってくる波のようなものだと思います。
私も天理教の布教者には騙されましたよ。
天理教というキーワードに共感を覚えて、家に招いたのが失敗の元でした。
宗教の自由は憲法でも認められています。なぜ?憲法まで出して立法化しなければならないか?
それは日本において、あまりにも神や仏の存在が多いからでしょう。
一体このサイトに何人の人が投稿しロムしているか?
いかほど投稿しても無駄にしか見えません。
それも自由でしょうね。お好きになさいませ。
それを呪縛と言います。
以上を持って本サイトから解脱します。
私の名前をクリックしてくれませんか?私のブログにリンクされます。
ご意見あるならば、そこで承ります。
自由の翼 様
ご苦労様でした。カインさんはこの場を提供してくださっているんだと思います。
ただ、私はどのようなことがあっても、書き込む場合は相手方を呼び捨てにはしません。最低限の礼儀だと思っています。
>二代目がどうしたとかに至っては頂けませんね。
内部事情を晒して何になりますか?
二代真柱は、池田大作(いや、それ以上)に匹敵する公人で歴史上の人物です。
時代が時代なら週刊誌の餌食でしょう。
公人だから内部事情が出てくるのです。
公人の宿命です。自身の蒔いた種がようやく芽を出して来ているのでしょう。
知らされてない事実が沢山あるのです。それを知った上で、それぞれの信念を持って、信仰を培っていく事が大事です。
真実を覆い隠すことは、もう出来ない時代になったのかも知れません。平成ですから、私のように組織の端っこに居る人間でも、発信出来る時代になったです。
>それなら署名活動して本部に乗り込むか?
いっそ貴殿の教会を解散したら如何ですか?
良い提案ですが、止めておきます。私は微力ですから、特攻隊にも異端にもなれません。だから、天理教の腹の中にいて、チクリチクリと胃袋を攻めていきます。それが精一杯の抵抗です。
さすが、古い教会長さん、これ以上無い程の、見事な反論です。!!
感心したあまり、つい書いちゃいました。(笑)
>二代目がどうしたとかに至っては頂けませんね。
内部事情を晒して何になりますか?
組織が大きくなれば、晒されて困る内部事情も時には出てくることもあるかもしれません。
しかし、時代背景を差し引いても、多くの信者に教えを説く宗教者の立場である二代様の行動は、
「内部事情」などという言葉で済まされることなのでしょうか?
宗教者も人間である以上、清廉潔白であるべきだ、などとは思いませんが、古い教会長様のお話は、
あまりにその域の想像を超え、衝撃的で信じがたい話でした。
中○生の女の子ご本人やその親御さんはどんな思いだったのでしょう。確かに納得済で何も感じてない場合も
あるかもしれませんが、容易に想像できるのは、その時は納得させられても、後で深い傷を負ってるかもしれない
ということです。まだ何もわからない中○生の女の子が一夜限りの遊び相手として道具にされるのですから。
もしも自分の娘だったら「馬鹿にするのもいいかげんにしろ!」と怒り狂って火をつけているかもしれません。
協力していた周りのご婦人達の感覚も恐ろしいです。対応にあまりに人間味を感じなく、
何か「蝋人形の館」という言葉が咄嗟に思い浮かびました。
ピラミッド組織の中では弱者、犠牲者の声は揉み潰されて届かないものです。
その時代には、強制わいせつ罪や 強姦罪などはなかったのでしょうか。
児童福祉法や青少年保護育成条例は?少女を守るものは何もなかったのでしょうか?
もしこんなバカバカしい話が本当の話であれば、教えを説くどころか、一般の信者さんよりも最低~!という
ことになりませんか??なんだか感情が先走って、纏まりのない文章になってしまい、すみません。
>>二代目がどうしたとかに至っては頂けませんね。
>内部事情を晒して何になりますか?
「内部事情」ということは、これが単なる噂ではなく、内部では事実として知られている事と云うことですね?
そういう事なら掘り下げて考えましょう。
今も昔も、偉い人への接待は「ご馳走、お酒、色、高価なお土産」と相場が決まっています。
善悪はともかく教祖様の教えを理解しないで世間並の判断をするなら、「真柱様がいらっしゃる」ときには最高級のものを揃えるのが接待する側の習慣や常識になっても不思議はないでしょう。
こういうのは大抵、本人が要求するというより、「お付きのもの」が手を回したりアドバイスしたりするのも常識です。
「中〇生を用意しなさい。」というのが、真柱様本人の言葉かどうかは疑問ですが、仮に本人でなくともそれを言わせた責任は真柱様にあります。
いつの時代のことかと考えたのですが、ご存知のように、大正3年に初代の跡を継いで10歳で二代真柱になられます。1967年(昭和42年)に62歳で亡くなられるまでですが、流石に10代の頃のお話ではないでしょう。
また、「中〇生」というのが間違いないのなら、戦後の学校制度の話です(戦前は「高等女学校」ですから「女学生」と呼ばれていたはず)ね。昭和21年以降~40年頃まででしょうか?
昭和33年に「売春防止法」は施行されるまでは、お金さえ出せばその目的のために来てくれる女性を用意するのは、なんら困難はなかったでしょう。(もっとも、違法ですが今でも困難ではなさそうですが)
ただ、流石に「中〇生」となると、そういう玄人では不可能です。
玄人集めてご乱行ををするなら「お大尽様のお遊び」(もっとも、そのお金は元を質せば信者のお供えですが)で済まされることを、二代真柱様は、以前話題にもなった「人妻」とか「一般女性」とかの素人がお好きなご様子。年齢とともに「若い娘」に興味が行っても不思議はありません。
とはいえ、用意する側も困ったでしょう。
大教会長や役員たちも、流石に自分の娘を差し出すわけにはいかない。
信者の娘を差し出すにしても、そんな事が知れ渡ったら今後の教会運営に関わりかねない。
時代は天理教が元気だった頃のお話ですから、ちょっとした大教会なら家族で住み込んで雑用をやっていた人達がいるのも当たり前だったでしょう。信仰熱心で住み込んでいたというより、世間一般では問題があったり普通に働けない障〇があったり・・・。
そこに年頃の娘がいれば、白羽の矢を立てるのも自然な流れでしょう。
そこは男からではなく、役員の「ご婦人方」がいわゆる「因果を含めて説得し、小遣いの少しも握らせて」でしょうかね?
まぁ、何にしても、当事者関係者含めて、全てが「ゲスの極み」に間違いはないでしょう。
>二代真柱は地方の教会で泊まられる時、夜伽と言って必ず女の人が共に寝て相手をする習慣がありました。ある教会へ行かれた時、「中〇生を用意しなさい。」と言われたそうです。婦人方は困ったようですが、ちゃんと用意したようです。
初代二代真柱様の下ネタ話しは聞いた事がありますが、これはさすがにないな。ネタ元を教えて下さい。
>初代二代真柱様の下ネタ話しは聞いた事がありますが、これはさすがにないな。ネタ元を教えて下さい。
ある地方の大教会です。そこの部内の会長が、ご婦人から聞いた話しです。
しばらくして、その会長さん一家は教会を出られました。それ以来30年ほど会っていません。
二代真柱時代、おつとめを終えて回廊を歩いている二代真柱に、来ているジャンバーを投げつけた青年がいたそうです。
当時は、ちょっと話題になりました。
その青年は、どんな心情だったのでしょうか。
チョイト 様
真柱、表統領等はそれ自体が敬称です。その敬称に「様」を付けるのは、かえって相手方をバカにしていると解します。
ただ、書類にする場合に、宛先として記する場合は、「殿」を付けることが慣習となっています。
ですから天理時報が真柱に「様」を付けて報道しているのには大きな違和感を覚えるのです。聖教新聞だって、池〇会長と報道しています。天理教は異常な社会ですね。
以前にも書き込みしましたが、二代真柱は、奈良国際ゴルフ俱楽部に行くとき、天高二部の女性生徒をキャディー代わりに連れまわしていました。そのような人に「様」を付けるなんて私にはできません。
終わりになりましたが、下ネタ話は初代・二代もそうですが、秀司さんも同様ではありませんか。
天理教、もっとシッカリしてくださいね。それにしまして、このような話が出てくるようでは終わりですね。
天高二部生に本部員や大教会長の子弟は居ません。経済力の弱い教会の子弟や教会に家族毎に住み込んでいる「常詰」といわれる人達の子弟が殆んどです。弱みに付け込んだ何でも有の二代真柱の行為は許せません。
欧米でも、カトリック教会の、今まで隠匿されて来た、少年に対する性的虐待が大きな社会問題となりました。
二代真柱が清廉潔白な人物では無かったことは、疑いようのないことですが、私は二代だけではなく、大きな権力を持っている、本部幹部や、大教会、大きな分教会あたりでも、決してこのような性的な問題が起こらなかったとは言えないのではないか、と思います。大きな権力と、金を握れば、人間は自分の欲望に向かうものです。それを律するのが、正しい人間の在り方なのでしょうが、天理教教団上層部は、正しい人間がどれ程いるのか、という状態だと推察します。
隠されて、信者の目や耳に触れない事柄が、結構あるのではないでしょうか。
某・大教会長(故人)が女子青年を愛人にしていました。
それを知った、役員の奥さんが、表棟梁に相談に行ったら、「よくある話ですからね。」と問題にしてくれなかった。
その奥さんは、相当ショックだったようだ。
古い教会長
2016年12月21日 12:53 PM
女癖でニ代真柱に勝てる阿保はいないです。 本部在籍でも未だに二代の愛人の家系は存在してます。(みんないわないだけ)でも皆知ってます。
愛人隠し子そして近親婚頭が狂ってます。
現在の真柱はそうでは無いでしょうが、次男の女癖も悪いらしいです。美人局でゆすられているとか噂を聞きました。
私も、◯統領が美人局に嵌められて、その写真か動画かをネタにゆすられ(600万から3000万と諸説聞いた)、その件を兄上である真◯様にとても言えないために、奥さんの実家にお願いして、お金を工面してもらったらしい。その工面の依頼が、教区・支部レベルで駆け巡った地域があるそうだ。
それが事実として、それが理由で「尽くせ・運べ」と無心しているとしたら、最悪のスキャンダルではないのか?
現真柱は、真面目な方のように思われますね。以前、ご夫婦でにおいがけされている、とかいう投稿を拝見しました。
その現真柱に子供がなく、(神はなぜ、現真柱に子供を与えなかったのでしょうか?)、その、ゆすられてるという〇統領の息子が、次期真柱になり、〇統領が天理教を牛耳るようになるのでしょう。 天理教が倒れる速度が速まった、ということでしょうか。 神は天理教をこれ以上続かせたくないと思われてでしょうか?
しかし、現真柱は、いつも苦渋に耐えておられるような風情。ちょっと、お可哀そうな感じもします。
ここまでくると天理教の本部さんは善良な宗教団体ではなく、もはや、悪徳政治団体ですね!
どう考えても、神様おやさまが望まれるような状態ではないですよね!
所属される信者の皆さんが可哀想です。と言っている自分も元信者ですが…よかった(^^)
2016年12月22日 1:30 PMの匿名Aさんは、従来の「匿名A」ではありません。念のためカキコします。
以降、匿名Aは使用しません。
2016年12月21日 10:02 AMまでの匿名A。
さっちん 様
>しかし、現真柱は、いつも苦渋に耐えておられるような風情。ちょっと、お可哀そうな感じもします。
さっちん さま
>しかし、現真柱は、いつも苦渋に耐えておられるような風情。ちょっと、お可哀そうな感じもします。
失礼しました。再度投稿します。確かに、さっちんさんの仰ることに一理あるかもしれません。ただ、私は、現真柱がお気の毒とは思っていません。真柱が大教会の創立記念祭に入り込みの時の様子を見ていて感じたことは、視線の焦点が定まっていなかったことです。神殿の真正面を素通りされて、慌てて正面を少し過ぎたところで社に向いて拝をされました。手も袴の前に揃えず、ぶらぶらといった感じでした。何か精神的な重荷を感じているのでしょうか。
何時までも、他人から可哀そうにとの感情を移入されるよりも、早く真柱職を辞任されて、夫婦でつましい生活を送られるのが最良の道ではと思っています。無責任なという批判が出るかもしれませんが、人間に必ず明日があると思うなと云われたことが再々あったので、現真柱にもこの言葉を呈したい。
東風Z 様
現真柱が、真柱を継がれる前に、「真柱になりたくない」と言われていた、というツイッターも読みましたので、上に立つような事を好まない、根が地味で真面目なお方が、気が進まない神輿の上に乗って、心ならずも重責を果たしている、と勝手に想像してましたが、違ってたのでしょうか? 外見からの印象だけでございますから。
真柱としてのご器量が無かったのなら、ご本人も辛いでしょうが、廻りの方や信者さん達にとっても、不幸です。
東風Z様の仰る通り、真柱職が、ご本人にとって、重荷なだけの嫌な仕事であるのなら、早く引退されて、ご夫婦水入らずで過ごされたら宜しいことですね。 それは同じように思います。
数年前の11月、本部の朝勤めに参拝した時の事です。
東礼拝場へ入ろうとした時、目の前を朝勤めに向う真柱一行が通り過ぎました。
その時、私の胸の内にある感情が湧いてきました。
「一体 私は何をすればよいのか。どうすれば良いのか。」
その時の真柱は、とても陰鬱な表情でした。
真柱は、日々孤独な生活を送っているのだと感じました。
胸の内を明かす人は、真柱の周辺にはいないと感じたのです。
本部の内情に詳しい人物から善司さんが真柱職を拒んでいたと言う話を聞いたことがあります。
その理由
女道楽の正善、正善に反発してだらしない生活を送った善衛、その姿を身近で見聞きした善司さんが真柱職を拒んだ
という事だそうです。
善司さんは真柱職に端から魅力など感じていなかったのでしょう。
教務で東京へ出張されたおりは、ご自分から市井に出てパンフレットを配り布教活動をされていると首都圏内の教会長から聞いた事があります。
とても真面目な方だとその教会長は話していました。
私も早く真柱職を引退された方が良いのではと思うのですが。
私が勝手に思う事です。
「現真柱に子供がいない」と言う事実について
善司さんは、この事について思慮すべきであるとおもうのです。
「子供がいない」と言う事の本質をもっと深く考えるべきです。
何もせずに真柱職を引退したらまさしく無能であると思います。
「子供がいない」と言う事は「子供の行く末を考える必要が全く無い」と言う非常に強い立場にあると思うのです。
神が与えた現実を前向きに捉え果敢に攻めるべきです。
斧「よき」となって天理教本部を叩き潰すくらいな事をやってほしいと思うのです。
本部から追い出されてもいいじゃないですか。
子供の行く末なんか心配しなくてもいいんですから。
真柱である前に、親神 おや様を慕う一人の人間としての本質を深く考えてほしいと思うのです。
真柱を辞めるならひと騒動起こしてからにして欲しいと勝手に思っているのですが。
離陸できないようですね。では、個別に回答しましょう。
匿名Aさん 2016年12月19日 4:13 PM
>ご苦労様でした。カインさんはこの場を提供してくださっているんだと思います。
場を提供するだけでは、管理者(運営者)とは言えません。放置しているだけでは雑草がはびこるだけですからね。
>ただ、私はどのようなことがあっても、書き込む場合は相手方を呼び捨てには
>しません。最低限の礼儀だと思っています。
私もカインのプロフィールが書いてあれば呼び捨てにはしません。
書いてないでしょ?だから路傍の石ころ同然だから呼び捨てにするのです。
ダイアモンドでもダイアモンドさんとは呼ばないでしょう?
だいたいカインとはキリストが誕生する以前の聖書の物語です。
そもそも匿名Aさん 2016年12月19日 4:13 PMのAとはアノニマスのAでしょ。
アノニマスとは匿名のことですよ。匿名に匿名を重ねて何になるんですか?
————————————————————————————————————
古い教会長さん 2016年12月19日 7:40 PM
>良い提案ですが、止めておきます。私は微力ですから、特攻隊にも異端にもなれま>せん。だから、天理教の腹の中にいて、チクリチクリと胃袋を攻めていきます。そ>れが精一杯の抵抗です。
ゲリラ活動ですか?それも良いかもしれませんが、それならご自分のウェッブサイトでやられたら良いじゃないんですか?ツィッターを始められたと思いますが
あんなのは子供のオモチャにすぎません。精一杯の抵抗?地べた這ってる虫けらが
燕雀に喰われると同然ですよ。白頭鷲(世界三大宗教)の、その下新興宗教たちの
一部 天理教など燕雀と同然です。
さて、カインや古き許会長に異口同音に賛同するものは、同一回答とします。
語るに足らん!
—————————————————————————————————————-
さっちんさん 2016年12月19日 8:45 PM
>さすが、古い教会長さん、これ以上無い程の、見事な反論です。!!
>感心したあまり、つい書いちゃいました。(笑)
見事ですって?(冷笑)古い教会長さんの直下に投稿してるから
私への当てつけですね。さっちんさんなんて低俗週刊誌やテレビのゴシッ
読んで寝転んでるだけの、おばはんと同じですよ。
これ以上私にちょっかいを出すと、いつまでも滑走路で待機するぞ。
ラジャ?
—————————————————————————————————————
提案
1, ネットで署名活動したら如何でしょうか?
匿名(ハンドルネーム)では署名活動にならんと思うがね。
目安には為るだろうけどハンネじゃねぇ
2, 天理教など辞めてしまったら如何でしょうか?
新興宗教など掃いて捨てるほどありますしね。
3,..それらも出来ないなら、「カイン教」へ、宗旨替えしたら如何でしょうか?
それか「カイン盲信教」とか フフフ
自由の翼 様
>さっちんさんなんて低俗週刊誌やテレビのゴシップ読んで寝転んでるだけの、おばはんと同じですよ。
普通の主婦ってそんなもんじゃないですか? それが何か?
おばはんでも、もの申したいと思う事もあり、もの申せる場所があったから、もの申してるのが、いけませんか?
私は、あなたのように、自前のブログを開設する才覚もありませんのでね。そのような者の声を、あなたは封殺しようとなさるのですか? 「以上をもって、本サイトから解脱します。」と、潔い方であるな、と思ってましたが、また、顔を出されて、取るに足りない者である私にまで、
>これ以上私にちょっかいを出すと、いつまでも滑走路で待機するぞ。」
ですか。 いささか、がっかりであります。
2016年12月19日 1:31 PM
自由の翼 様
匿名Aとして最後の書き込みをします。天理教は止めましたよ。ただ、僧祖父母、祖父母、父母の墓が天理教の墓地にあり、埋葬許可証も教会に取り上げられています。また、家には先祖の御霊社があり、これを切ろうとすると多額のお金が必要で迷っているだけです。
仏教でも墓終いには多額の金銭を要求されると聞いていますが、天理教とて同じことです。80歳に近い私にはそのような大金は持ち合わせていません。
ですから、現行天理教には近づかないようにと書き込んでいるだけです。しかし、これも余計な言い訳かも知れません。
>そもそも匿名Aさん 2016年12月19日 4:13 PMのAとはアノニマスのAでしょ。
>アノニマスとは匿名のことですよ。匿名に匿名を重ねて何になるんですか?
は私ではありません。勝手な想像はしないでください。
>匿名A
>2016年12月22日 1:30 PM
も私ではありません。ですから匿名Aは使わないと宣言(2016年12月22日 1:30PM)したのですが、自由の翼さんから私宛の問いかけがありましたので、今回はやむ負えず匿名Aにて書き込んだ次第です。
カインさんよろしくご配慮の程お願いいたします。
自由の翼 様
>提案
>1, ネットで署名活動したら如何でしょうか?
>2, 天理教など辞めてしまったら如何でしょうか?
>3,..それらも出来ないなら、「カイン教」へ、宗旨替えしたら如何でしょうか?
何のための提案か不明ですが、全く意味のない行動ばかりですね。
ここに書き込みをされている方々、閲覧をしている方には、ほぼ共通の人生の目的があります。
1.教祖様の本当の教えを知りたい。
2.天理教に関わることで理不尽な環境に置かれている自分や親戚、信者などを救い(救われ)たい。
3.天理教団がこれ以上社会悪を振りまかないように本部・上級の連中が反省して自己改革をしてもらいたい。
天理教を辞めれば自分個人は助かるでしょうが、1・3は実現不可能になりますし、自分に縁のある信者さんたちは救えません。
勿論、末端の小さな教会の主張など本部が取り上げることはないでしょうが、こっちが辞めることで本部上級を楽にさせてやる必要もありません。
だから自由の翼さんは、本部・上級を擁護し守るようにしか聞こえない発言で、そちらの立場の人なのだろうと判断できます。
現在の最良と思われる選択は、古い教会長さんが言うように、上級の要求を拒絶しながら内部でチクチクと批判と改革を訴え続け、少しでも多くの人の「意識改革」を促すことです。
それで上級が実力行使に出てきたら、離脱手続きを採ればいいのですから。
皆さん、やめましょうよ。
ここはカインさんが設けてくれた「なんか変だぞ天理教」の場です。
カインさんが何かを投下してくださり、そこに「私もそう思ってた!」と
体験談なり意見なり対策なり自分が聞いたことのある話なりを持ち寄って、
「あなたもそう思ってましたか!」を確認しあう場所です。
カインさんが真実でもなんでもないから、カインさんに従うわけでもない。
よって彼が何者であるかなど必要ではないのです。もしかしたら真柱様かもしれない。それもまたいいじゃないですか。
誰が誰だかよくわからないので名指しは混乱の元かと思うので避けますが、本部教を大事にしたければ
難しい言葉で混乱させるがよろし。私はシンプルな言葉で練り合える、さっちんさまですか?おばさんの
ゴシップなんぼのもんじゃいですよね。挑発にのって難しい事言わず、「オバハンの情報網なめんなよ!」でよろしいではないですか。(ちなみに私も女性です)
難しい言葉でごちゃごちゃ言ってる誰さんだか知りませんが、本部擁護したければもっと言葉を選んではいかがですか?本部を守りたいのか教えを守りたいのか、ただの賑やかしなのか言いたいことが全くわかりません。
天理教社会学研究所や「お供え」掲示板の意義については、今、天理教という組織から噴出するネガティブな面においての狭義の集約という点においてたいへん意味のあるものだと思います。
そこから問題の解決に直結はしないでしょうが、その出発点としての位置付けはできるかと思います。
最大目的としての問題の解決をどこに用意するかによって解決方法は異なってきます。
まずは、天理教組織自体の根源的な問題解決を目的とするのならば狭義を出しあって満足することはできないでしょう。
さらに一歩踏み出した宗教問題の解決方法の模索や、広義としての宗教組織の構造や天理教のみならず日本宗教史と歴史的な背景を総じて解釈することを要するでしょう。
次に、個人の精神的損傷の回復を目的とするのならば、各個人の不満を共有し合い、集団としての団結や意見の交換をしながら個人の精神的な強度を高めていくということもまた有意義でしょう。
ただし、多くの場合は短絡的にどちらかのケースに結びつけられるほどの選択は簡単ではないのでしょう。
その間の中間思想的な場所に目的を見出だしているのだと思います。
すなわち、天理教を辞めたから問題は解決という簡単なものではなく、さらに過去に被った憎しみの解消と現実組織の変質、それらは各個人の精神単位では簡単にイコールでは結びつかないでしょう。
文化の発達は広義と狭義が密接に結びつき、妥当な妥協点や双方のメリットが両立した上で前進していくものだと思います。
その上で、この場を狭義と仮定した場合、広義の受け入れがあって問題解決は前進するものかと思います。
現実、日本の歴史を見た上でも、宗教と歴史は切っても切り離すことはできません。
また、その理解を深めることが現代の宗教問題を解決するにあたってとても大切かと思います。
現代において、科学技術や医学の進歩によって人類の不安感は解消されてきています。
謎が謎のままにされてきた過去の時代と現代とでは同列で語ることはできないのです。
長い歴史の間、過去において、何ものかもわからぬ不安な事態と遭遇した場合に人々が頼るべきは宗教しかなかったのです。
そこに人々は集まり、金と権力が集まってきたのです。
そして巨大な建築物で権力や信仰心を誇示し、崇拝者を集め、集団により不安感を軽減していたのです。
それにより行政は進化してきましたし、歴史的な宝物も現代にまで残されてきました。
科学、医学の進歩により壊滅的な打撃を受けているのは宗教と言われています。
これは日本のみならず世界的に進行している状況です。
逆に、発展途上国においては先進国であったように新宗教の台頭が見られます。
経済の発展により、格差が拡大し、下級層の不満の解決の拠り所として急伸しているのが現状で、これは日本の高度経済成長期にも同じようなことが見えたのです。
ここではかなり霊的に寄り添った信仰心のあつい発言も見られますが、これは現代においては稀な存在になりつつあります。
しかし、前時代においてはなんら珍しいことではなく至って普通の人々の感性はそこにあったかと思います。
逆に言えば、旧時代的で有益な精神的標本とも見えます。
宗教はこれから絶滅の危機に瀕するのは時代の流れです。
そこに価値を見出だすには歴史的な意義を重要付けなくては先はありません。
それを国家に守られながら実行しているのが神仏信仰であり、信仰心のない人間に対しても宗教的な意義よりも歴史的な意義を前面に出したアピールを打ち出していかなくてはいけなくなりました。
ほぼ経済界と同様のことが行われているのが神仏信仰の現状であり、それに成功している寺社は唯一無二の観光地として人気をはくし、成功していない寺社は急速に衰退しているのです。
また、ニッチな需要に活路を見出だすために恋愛成就や子守等、こじつけとも思える打ち出しをしている寺社が多発しているのも現状です。
広義的に未来を予見するという見地でいうと、少なからず宗教は衰退していくでしょう。
しかし、それが消滅という形をとる可能性は低く、国家によりその歴史的な意義を見いだされた物理的な「モノ」あるいは「行為」に対して価値は付けられることでしょう。
その歴史が200年弱という天理教は歴史的な視点から見ても魅力は薄く、保護される対象とはならないでしょう。
信仰的な側面から言っても科学、医学の発達した現代において、またSNS等により簡単に精神的な繋がりを維持できる現代において、宗教的な意義は過去のどの時代よりも急速に意義の無いものに成り下がってきています。
これは世界宗教史的に激変の時代を過ごしているのであって、そこをどう乗りきるのかは天理教のみならず宗教界全体の問題となりつつあります。
だからSMAPは解散するのです。
現代人が見る機会を逸したもの、それは生から死への移り変わりの様子。
昔は大家族で医療も充分ではなく、間近に死を隣あわせた。
だからこそ分かることがあった。
大勢の中で葬式をあげて、その死の姿も生き方も知ることができた。
だから魂の存在を実感できた。
何を言ったとるんだ!諸君!
グズグズ言っとる前に行動しろって言ってるだろうが!
私の父は3歳で実母を亡くし、兄 弟は 腹違い
五歳の頃に銭湯で片目を亡くし、いじめにあったのだ!
今でもあるが陰湿極まりないイジメにあったのだよ!
イジメた村の連中をどつき倒し近隣から村一番の悪ガキと評され
単身神戸に出てきたのだ!そして出会ったのが私の母
神戸で鰻屋のお嬢ちゃんだった
そして そして 実業家となった父は ありとあらゆる信仰をし
ついに会得したんだよ。名古屋は愛町分教会 関根豊松氏の愛弟子として
愛光分教会とは昵懇の中だった。愛美町布教所の先代五味さんとも昵懇であった。
そして、恵子夫人と私の母親とは仲良しであった。
二人とも自分の事より、まず他人の事を優先する人たちであった。
私は二人の女性から愛された者である。
皆さんは一度は天理教に救われたはず。それなのにグズグズ言ってるのは
笑止千万である!神などいない 仏もいない 人間が介在する中で
憎しみ 恨み つらみが 生まれてくるのである!
いい加減にせい!愚かども!
文句があるなら わしのブログまで 出てこい!
http://blogs.yahoo.co.jp/goinkyo_64
goinkyo_64@yahoo.co.jp
末端教会子弟さま 016年12月25日 2:19 PM
ふぅ〜ん 歳でございますか!
1.教祖様の本当の教えを知りたい。
自分で考える事ですね、心の中にありましょう
2.天理教に関わることで理不尽な環境に置かれている自分や親戚、信者などを救い(救われ)たい。
共依存と言います!
3.天理教団がこれ以上社会悪を振りまかないように本部・上級の連中が反省して自己改革をしてもらいたい。
無理ですね、一旦既得権を得たものが手放すでしょうか?
真さん 2016年12月25日 2:59 PM
>難しい言葉でごちゃごちゃ言ってる誰さんだか知りませんが、本部擁護したければも>っと言葉を選んではいかがですか?本部を守りたいのか教えを守りたいのか、ただの>賑やかしなのか言いたいことが全くわかりません。
誰の事だい?読解力のないオバハンは引っ込んでな!
私は修羅場をくぐってきてんだよ!
自由の翼 様
あなたですか、自己紹介ありがとうございます。
私は書きました、もう誰が誰だかわからないので名指しは混乱の元だと思うので書かないと。
本部を擁護してんのか賑やかしか分からないのはあなた様のことなのですね。自己申告ありがとうございます。
親神様おやさまは、可愛い子どもに修羅場をくぐらせたいとおっしゃってたでしょうか。
好きで修羅場をくぐりたいなら、それも心の思うままです。
私は、穏やかに、日々を楽しくお過ごしくださいとしか思えません。
自由の翼様
あ、あとあなた様が10代でもない限りあなたにオバハンと呼ばれるような年齢ではありませんので
ご理解を。自分で言うならまだしもですが。
10代の若かりし青年なら、その口の悪さも成長段階と微笑ましく受け取らせていただきます。
ひつこいね 真さん2016年12月25日 8:10 PM
私は64歳だよ
カイン盲信教の教祖様と御成遊ばせ(冷笑)
24年前 あんたらは何してたんだい?
私は阪神大震災で母も実家も失ったんだよ
当時行き場所がなくて仮設暮らしだった
修羅場を潜るとはこの事だよ!
真 2016年12月25日 8:13 PM
拙い脳みそで勝手に想像すな!
自由の翼様
あなたのような方がここに来て決して綺麗とは言えない言葉で
文章を残していくのはどうしてでしょうね。
あなた様の苦労に比べれば私なんかは若輩者ですが、もしあなた様が天理に感銘を受け
人の信仰なんかどうでも良い、私は親神様おやさまの道を行くと思っているのであれば、
ここで悪態つくよりもっと親神様おやさまのお心にふれる時間が取れるはずです。
私自身も天理教により、精神面でぐっと成長させていただいたので、今でもお道を嫌いになることはありません。
が、あることをきっかけに「ここが変だよ」に気がついてしまいました。
自分が見て来た天理とかけ離れた対応を取られたからです。
なので、私はオバはんのたわごと(しつこい表現ですが)が案外的を得ていると感じるのです。
ひつこい奴らだなぁ ことば使いは丁寧だが
粘着極まりない輩どもだ!
腹割って話さんかい!
天理教を嫌ならやめろ
教えを請うなら続けたらよろしい
グズグズ言うなら便所の虫と同じだよ!
勝手に喚いていなさい
http://rocketnews24.com/2011/04/20/89825/
>人の信仰なんかどうでも良い、私は親神様おやさまの道を行くと思っているのであれ>ば、
>ここで悪態つくよりもっと親神様おやさまのお心にふれる時間が取れるはずです。
ひつこいんだよ!真!
私は神も仏も信じないと言ってるだろうが!
悪態ではない! 諸君らの意地汚い言葉の方が悪態である!
いい加減にしなさい!
文句があるなら我がブログなりメールにしなさい!
http://blogs.yahoo.co.jp/goinkyo_64
goinkyo_64@yahoo.co.jp
自由の翼様
天理教をやめたいのはきっとあなた様ですよね?
ここに来て言葉を残して行く人はほぼ皆「本部教」に論を唱えているのであって、
「天理教」に異議を唱えていませんよ。
本部教に疑問を感じて、やめたくもないあたたかな天理の教えから離れてしまうのが嫌だから
お互いで支え合ってるんですよ。
あなたさまのように苦しんで苦しんでそれが天理だと思う方にはそぐわない場所だと思うし、
私自身は天理の組織とかカネとか数字的なことはよく分かりません。
もっと言って仕舞えば、自分が出したお供えがどう使われようなんて知ったことではないです。あなた様がおっしゃるように、私はただ、自分の性格を明るくしてくれて、たくさんの友達とたくさんの経験をさせてくれた親神様おやさまに感謝しているだけです。
それとは別に、なんやねんそのやり方!もっとちゃんとやれや!って思うことがあるだけなので、
数字や金のときはここにはあまり出入りしません。
腹割って話せと言うのなら、私もここにはあまりそぐわないかもしれません。
カネや本部には興味ないですから。教会の人の対応が嫌だっただけなので。
だけどたまに、そう言う部分に触れた話題を提供してくれる人がいるんです。
だからこそ、いらぬ個人攻撃で入りにくい雰囲気は作ってもらいたくないんです。
ある意味、あなた様のような方の方が、話が合うかもですね。
そして私はあなた様のブログも拝見しましたが、
ごめんなさい面白くないブログには出入りしません。
こちらでの会話の方がよっぽど楽しいですね(個人攻撃ではなく、あなた様のご意見がです)。
名古屋愛町分教会 長野県松本市愛美町出張所 現 長野県塩尻愛美町布教所
元所長 五味渥美 その息子 五味(忘れた) その孫 五味(忘れた)
息子の嫁 五味恵子夫人 なん年前だろうか…
乳癌でなくなったよ…誰にも知らせてくれるなと言っていたそうだ。
今頃は天国で私の両親と一緒に話している事だろう。
なんて話してるか知らんがね。私には聞こえてくるのだよ。
モゥそっとしていておくれ 私も旅立ちの日が迫っているのだからね。
あなた様も何かしらわだかまりがあるからこちらにたどり着いたことでしょう。
なんらかの検索がなければ、少なくとも「天理教」と言うワードがなければおそらくたどり着けない
ブログ(こちらはブログなのでしょうか?)ですからね。
せっかくなら、御言葉を借りて「腹割って」お話しされて見てはいかがですか?
正直何が言いたいのか、天理教hが好きなのか嫌いなのか何に文句が言いたいのか分からなかった出だしよりは、少しお心が見え隠れしてる気もするのですが。
しつこいのはお互い様、でももしかしたら、あなた様の心が理解できる人もこちらにはおられるかもですよ。
ひつこいね!!!
真 2016年12月25日 8:48 PM
やめたんだよ 私は!
神よ。
あるなら答えてくれないか?
私は神など信じない
それは忘れもしない阪神大震災で母を失ってからだ!
神よ あるなら答えてくれないか
私は神など信じない!
なぜなら神の最大の弱点を発見したからだ。
その弱点とは、人が神を信じなくなったからだ。
神の存在は、人に信じられる事によって生じる。
そして、人に信じられなくなって消滅する。
両親の待つ天国に旅立つ時が参りました。さようなら、皆さまへ。
自由の翼様
確かにそうかもですね。
私らが信じない限り神は存在しない。
しかし、神の言葉を指針に活動しているものたちが、それをしてしまったらいけないと思うので、
私が気にしているのはそこのみです。
お疲れのことと察しますので私への返信はもう結構です。
私は、その話ができる人と談じあいのですから。
うざいんだよ!真 2016年12月25日 9:03 PM
>お疲れのことと察しますので私への返信はもう結構です。
お前がレスするから俺は反応するわけだよ
>私は、その話ができる人と談じあいのですから。
論じ合うだと?何を抜かすか!アマが!へ!( *`ω´)
>神の言葉を指針に活動しているものたちが
何が指針だと?人がやってることと神のなせる事とは違います!
神を信じるなら、人など信じてはなりません。
人を信じるから神への誤解が生じるのですよ。
おわかりかな?皆さん。
モゥそっとしておいておくれ…
疲れたから..
自由の翼様
あら、急にまたお元気になられて。
しつこいと言われるのも心外ですが、あなた様も疲れているなら休まれたらいいのに。
あなた様がお言葉返してくださるからこちらも話がやめられないのですよ。
男性だからピンとこないかな、じゃあまたと言ってるのにまた喋り出す井戸端会議のおばちゃんみたいですね(笑)
ほんともうお疲れなら、おやすみなさいでしめてください。
こっちもここまでタンカ切られたら引っ込みにくいのですみません。
出てこいや!オバハン!真2016年12月25日 9:28 PM
http://blogs.yahoo.co.jp/goinkyo_64
http://blogs.yahoo.co.jp/goinkyo_64
自由の翼様
だから、あなた様のブログは面白くないので読む理由がないんですって。
なんだかんだ言ってこちらの読者を誘導するのならば、
興味が出るような事をお書きになっては?一度見に言ったので言える事です。
あ、私オバハンじゃなかった!人違いですね!おやすみなさい。
年末の大教会決起集会での大教会長の話。冒頭から、意を決していたのか、「本部より話があった。もうどうにもならない所まできている。」と。
それを聞いた私は、やれやれ、やっとここまで漕ぎつけたか、と内心ほくそ笑んだ。女性問題で脅されているらしい表統領の言葉そのままに、おうむのように、「お金のことは言いにくいと言わずに、命のつなぎとして、しっかり伝えてほしい。来年は本部に〇千万円お供えしたい、大教会経費がいるから〇千万円(約二倍の金額を提示した)ぜひともよろしく頼む。」
そして来年の大教会方針として、目標達成のための数字の羅列表明。
ああ、もう馬鹿馬鹿しい。哀しい。ここまで旅費を投じて来たことの虚しさよ。
たった一人でいい、一人の人を助け上げることの難しさ、尊さをそんなに軽く考えているのか?数字が上がれば良いのね?大教会にとって、目先の目標達成が信仰のかどめか??消滅寸前の状況では、信者を増やさないと本部へのお金の約束金額が達成できないもんね。めんつがつぶれるもんね。
「来年一年、人に寄り添い、心を癒し、その方に明日への活力を取り戻して頂くにはどうしたら良いでしょう?皆さんでしっかり談じ合いをしてください。」
大教会長たるもの、こう言ってほしかった。宗教家として見ているところが違う。焦点がずれてる。どうにもならない所まで来たのはその種が実った結果でありましょう。
「蒔いたる種はみな生える」の証明をよくよく噛みしめるべきです。
匿名で。
2016年12月26日 11:50 AM
表統領の言葉そのままに、おうむのように、「お金のことは言いにくいと言わずに、命のつなぎとして、しっかり伝えてほしい。来年は本部に〇千万円お供えしたい、大教会経費がいるから〇千万円(約二倍の金額を提示した)ぜひともよろしく頼む。」
表統領「銭が命のつなぎ」これなんでっか~!いつから天理さんは金融業になったんどすか~?直属から訴えられて本部さんおわりまっせ~www
強要罪
https://goo.gl/SrUi0W
詐欺罪
https://goo.gl/NqwUDk
ハイ有罪!表統領を豚箱に送り込め!
私「親父(現会長)さん、お袋さん、表統領が『おつくしは命のつなぎ』と仰ってますよ。」
父母「そうかぁ、これからもシッカリ『おつくし』せねばならんなぁ。『おつくし』しないと命が切れてしまうからな。」
私「いや、ちょっと待って。うちの前会長(父の母)は96歳で出直したよね?」
父「あぁ、そうだったな。」
私「親父さんは今年85歳、お袋さんは82歳だったよね。」
父母「あぁ、そうだよ。」
私「たしか、初代真柱様は49歳、二代は62歳、三代は81歳で出直してたはず。」
父母「へぇ、そうなんかい?」
私「ということは、うちは前会長はもとより、親父さんもお袋さんも歴代真柱さまより長生きしてるのだからもう充分『おつくしをした』ということになるよね?」
父母「歴代の真柱様たちよりも『おつくし』させて頂けたとは、有り難い事だなぁ。」
私「歴代真柱さまより『おつくし』が多いなんて本部や上級の人たちに失礼に当たるかも知れないから、もう止めておいた方がいいよ。」
父母「・・・・・・・。」
1955年(昭和30年)天理高校二部に入学した大教会直轄教会の常詰の子弟は天理教いちれつ会の四種扶育生だった。詰所勤務に決まっていて、入学時に教会長に次の言葉を投げかけられている。
「勉強などどうでもよい。詰所で4年間修行してこい。分かったなー。」この言葉が天理教の若者に対する全てを表しているように感じる。
ちなみに、この知人(二部生)は云っている。詰所では掃除洗濯は当たり前。遠くに帰る教会長の切符買いまで。切符ぐらい自分で買えばいいのにと思ったとも。正に会長が云った通り、クタクタで学校に行っても勉強どころではなかったそうだ。何度も学校を辞めようと思ったが、教会常詰の父母を思うと出来なかったと述懐している。
教義を教えるどころか、丁稚奉公と何ら変わらい扱いだった。そして後に会長曰く。高校を出して貰っただけでもありがたく思え。
この知人は、教会を飛び出し、苦労を重ねた末に適職を得て定年まで勤め、今は悠々自適に暮らしている。もちろん天理教とは何の縁もゆかりもなく。
お金のお供えが「命の繋ぎ」だと。よくぞ云えたものです。.
匿名
2016年12月26日 8:15 PM
末端教会子弟
2016年12月27日 9:13 AM
匿名A
2016年12月27日 9:49 AM
カネのおつくしは命の繋ぎwwww
まずおやさま言ってない(笑)法的に違法(寄付の強要) 終了wwwwwwwwwwwwwwwwwww
一般信者や分教会はおろか大教会や本部在籍者ですら表統領、内統領やその支持者のおかしさに気がつくこの状況、異常だろw 天理教教会本部が天理教やってませんと言ってるんだけど(笑)親神さまおやさまの教えにそむく上層部まさにカルトwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
【カネおつくしは命の繋ぎ教団】 に名前改名すればいいのに(笑)表統領逮捕も近いんじゃないかな?と思える様に成ってきた(笑)
20年程前のことである。所属教会の役員夫婦から次の依頼を受けた。
別系統の大教会の創立記念祭に、夫婦で参拝してくれないかと。その大教会までの交通費は出すからとのことであった。
なぜ、と問うと、参拝者を3千名と見込んでいるが、到底その数に達しない。一人でも二人でも多くの参拝者を確保したい。なおも不審に思って理由を聞いたところ、意外なことが分かった。役員の奥方がその大教会系統の分教会から嫁いできていたのだ。
そこまでして見栄を張るのか。その当時は天理教に大きな疑問を感じていなかったので、1日をかけて参拝したが、参拝者数は2千名程度であったように思う。その頃には教勢に陰りが見え始めていたのでしょう。
教団本部は、もっと早くこのことに気付くべきであった。誠にご愁傷様である。
先々代会長が亡くなった折、息子二人、どちらも会長職を継ぐ気は無く、教会の土地建物を売却する、ということでしたので、神様をお移ししなければならず、どうするか、という事を信者たちで話し合いしていた時に、上級会長が持ってきた話が、「大教会長に金を借りて、その教会の土地建物を買わないか」、ということでした。建物の方は、もう、古~い家で値打は無いけど(住むのは差支えない)、土地は100坪、2500万でした。
あの時、お金を借りてて、母がそこに住み込んでたらどうなってたでしょうね。大教会長さんが、借金を棒引きにしてくださるとは思えないし(上級会長は「借りて」、と言われました、「お金を頂いて」、とは言われませんでしたからね。)多分お金を借りれば、抵当権も付けられていたことでしょう。少ない信者で、お供えを払い、同時に借金も払い、など、できる訳もありません。上級会長が、うちの教会が借金を返すのを助けてくれることなど無いないでしょう。そのうち、土地名義は大教会に移ったのではないか、と思われます。
天理教が、酷薄な高利貸しに思える次第です。
「なぜ めぐり逢うのかを私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを暖めうるかもしれない」
真柱さんの結婚式のために作られた歌。
「織りなす布は いつか誰かの傷をかばうかもしれない」
こんなやさしさは何から生まれるのか。「よりそう」ことの大切さが説かれたのは、阪神淡路、そして東日本大震災のことだと記憶するが、その前から、そのことの大切さが説かれている。これって教祖の言葉じゃないか。「つくしはこび」のメッセージと比べてほしい。
立教158年(1995年11月26日)「確かな教理理解のために」」初版発行。
刊行にあたって
天理教青年会の機関誌である『あらきとうりょう』第149号に、「確かな教理理解のために」という特集を掲載したのが8年前、立教150年のことでした。
お道を信仰する私たちにとって、教祖がお教え下された教えを正しく理解せねばならないことは、必要不可欠というよりも、むしろ当然のことであります。すなわち、「原典」に立脚した教理を身につけることであります。
とはいうものの、直接「原典」を拝するだけで、正しい理解を得ることはなかなか困難なことでしょう。そこには、ある程度の予備知識とでいうべきものが必要であります。それは身の周りの、道の先輩から得る場合がほとんどであると思います。
しかし、その予備知識を与える者の知識が誤っていたり、焦点がずれていたり、あるいは単なる受け売りであったりすれば、おのずとそれを受ける者には誤った解釈が伝わることになります。
誤った知識が、単なる勉強不足や当人の悟り違いであるなら、矯正の余地もあるでしょう。しかしそれが作為的に歪められたものであったり、根本的に「親神様、教祖、ぢば」から心がまったく離れたような解釈であったならば、これはもう本教の教えといえず、まったく別のものといわざるを得ません。
更に、教外の宗教学者による天理教の研究書等についても、中には教内信者に誤解を招く内容のものがあります。
この種の曲解や誤謬に満ちた著書について、それを否定する判断力を身につけることも、一面私たちに必要な姿勢であります。
陽気くらし世界建設に向かって知から強く歩む私たちが、ぢば一条に心を尽くそうとする真摯な態度に対し、邪魔をするどころかその素直な気持ちを利用しようとするに至っては、許すことが出来ない暴挙であります。この暴挙を排し、教祖にお喜び頂ける成人の道をまっすぐ歩む上に、本書が参考になれば幸いです。
最後に、ともすれば目を背けがちなこういった問題に対し、正面から取り組まれた著者の方々に心より敬意を表すると共に、今回改めて本書の出版にご尽力下さいました道友社の方々に厚く御礼申し上げます。
立教158年11月
天理教青年会本部委員長
中山 善亮
以上について次の疑問を呈します。
この本は、八島教学に反論する形で出版されたと理解している。そのうえで、
1995.4月、八島に対する立退き要求の訴えは東京地裁で却下の判決が下った。本部の控訴は無く結審した。
この場において、天理教青年会は、教団の正式機関ではないと証言している。正式機関で無いものが何を書こうと、一考察に過ぎない。何故教会本部名で出版しなかったのか。教団は逃げているとしか思えない。
更に、真柱をはじめとする教団の正式機関は、八島教学は異端だと一言も言っていないと証言している。
「刊行に当たって」を読んだ段階でこの本の全てがは信用できない。
これを読んで、誰がお供えをすると思っているのか。
↑ 一部誤字がありましたので次の通り訂正します。
陽気くらし世界建設に向かって知から強く歩む私たちが、→陽気くらし世界建設に向かって力強く歩む私たちが、
東風Zさま
確かにそうですね。私が持っているは「あらきとうりょう」122号「特集 共産主義の宗教論とその問題」の1冊のみですが確かに天理教青年会本部出版部です。天理教本部青年部でないとおかしいと思っていました。婦人会も然り。「責任」と言う指摘でなるほどと思いました。青年会は真柱の長男がなり、婦人会は真柱夫人が必ずなっていますもの。
つくづく思うのですが2代真柱の責任の大きさを感じます。戦争に協力してしまったことを真の意味で教団トップとして反省し教団の在り方や教理も真の復元をしていたらと思います。中山みきからはるか遠く~。当然の帰結かなと感じながら皆様のコメントを読ませていただいています。
皆様本年はお疲れ様でした!来年は天理教の内外、持ち場立場関係なく、金の亡者でおやさまの教えを詐欺に使ってる本部にお供えを上げずに破綻させ、天理教から中山家を追い出しましょう!天理教の悪の元凶はまさに偉そうにして各教会を虐め抜き!金しか目が無い強欲な中山家だとこのサイトを見て確信しました!
私は熱心に信仰している部内や信者さんを護ります!中山家と本部なんか無くなっていい!唯の金食い虫だしね。
教えを詐欺に使う中田善亮も来年はどうなるか楽しみだね。
年金教詐欺本部、年金詐欺柱 年金詐欺統領、年金詐欺だいすけ 全員極潰し(笑)
彼ら血迷う中山家とその側近に御守護あれ!(笑)
皆様、今年一年間ありがとうございました。
後半から「◯統領の大教会乗っ取り事件」や、「◯統領のハニートラップゆすられ疑惑」など、
腐敗した天理教本部の醜態を露呈するリークが続きワクワクしていたのですが、いずれも来年に持ち越しのようですね。
乗っ取りリーク元の「老いぼれ教会長」さま、◯統領の発言などの続報、お待ちしております!
それではみなさま、来年こそ天理教本部転覆のよい年になるよう「一手一つ」(で合ってますか?)で頑張りましょう!
mami さま
2016年12月30日 6:47 PM
ありがとう存じます。教祖の真の教えに接する機会が来ることを願っています。
当時の中田善亮委員長の言葉も、今に照らせば結局お金だったのですね。お供えは、本来感謝の気持ちから発するささやかな行為であって、何十万円、何百萬円もするものではありませんし、また、庶民には出来ませんよね。
今年1年いい勉強をさせて頂きました。
皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。
『お金のことは言いにくいと避けていては、よふぼくは、おつくしの意味がますます分からなくなる。おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。』
(金のことは言いにくいと避けていては、世間の奴らは、上納金の意味がますます分からなくなる。上納金は命が惜しかったら金を出さねばならないということであり、組本部に受け取っていただく「恭順の姿勢を表すもの」である。)
【命が惜しけりゃ金を出せ】 天理組本部 中山善亮組長の言葉
「よふぼく」の意味を考えますと、下記の方が近いと思いましたので、
「世間の奴ら」 を 「組構成員、下っ端、末端組織の奴ら」 と訂正させて頂きます。
いずれ棟梁四人居る。
いずれお地場には、棟梁という教祖本席を凌駕するほどの神の化身達が現れるのですが、現在はお笑い棟梁に笑わせて頂いてる最中なんでしょうか?
2017年は、大掃除の仕上げの旬の始まりですね。偉いさん達には気の毒ですが、掃除の後は、ありがたいお地場にお目に掛かれる筈です。
馬鹿田銭亮
2017年1月1日 4:08 PM
12下りの九ッ
これハこざいくとうりやうや
たてまへとうりやうこれかんな
山澤小細工統領や
建前両統領これはあかんわな
先日こう聞こえました(笑)
元旦の天理時報から
真柱のお顔は、陽気づくめの喜びあふれる顔には程遠い、何とも言えず、暗い表情に見える。
何を考えておられるのか、天理教の崩壊を逃れられないものとして予感しているからだろうか。諦めなのか。
それに対して、紙面下半分の両棟梁は、揃って悪人面。内容は、相変わらずのきれいごとを言ってるだけのようだが、宗教組織の営業の言葉とはいえ、よく言えるものであると、半ば感心する。
「天理教あるあるbot(ほぼ手動) 」さんという方からのツイートです。
社会学さんに転載してもいいですか?と伺いましたら、「全然大丈夫ですよ。」ということでしたので。大笑いですね。
『確かに二代さんはカリスマだったけど酒と女にえげつなかった話はよく聞くし、お葬式には何処の子かも分からない大勢の子供らがわらわらと「お父さん!」と叫びながら棺に縋り付いたというのは有名な話。』
匿名 (2017年1月2日 3:03 PM)さま。
>元旦の天理時報から
真柱のお顔は、陽気づくめの喜びあふれる顔には程遠い、何とも言えず、暗い表情に見える。
何を考えておられるのか、天理教の崩壊を逃れられないものとして予感しているからだろうか。諦めなのか。
前真柱さんが、事情があった大教会の部内教会長さんと、数名ずつ何回も懇談をされたようです。その時に初めて大教会の実態を聞かされたようです。多分、現真柱さんも、聞いておられたのではないでしょうか。
今まで、真柱さんのお入込みの時だけ盛大に見せかけていたことや、神輿に乗せられて、現実を知らなかった事に気づかれたのではないかと思います。
自身の力ではどうしようもない、今の天理教を憂いておられるのかも知れません。
つじつまの合わない言い訳をする教会長。
以前、参拝をしていた教会の役員を務めておられた夫婦には子供が出来なかった。こともあろうに、そのことを何の関係も無い私になじった教会長。挙句の果てに養子縁組の画策を始めた。今時、家庭裁判所は未成年者を養子とする養子縁組は容易には認めてくれない。結局、この夫婦は相次いで出直しをされた。教会にとっては信者が減ったわけだ。
教会長は何故子供が出来ないことを前生の因縁と云って、他人に云うのか。現真柱にも子供が無いではないか。この教会長が私に云ったことを真柱にも云えるのか。現真柱の養子縁組は、成人同士の合意だから簡単だ。
そのことを徳のある方と、徳の無いものとして比較する神経がおぞましい。
天理教の教会長の認識なんてこの程度のものだ。この役員夫婦は少なくとも教会に貢献されたはずだ。それならばその徳を称えてしかるべきだ。このような小さな問題でも社会学の参考にしていただければと思います。
古い教会長
2017年1月4日 6:47 PM
「神輿に乗せられて、現実を知らなかった事に気づかれたのではないかと思います。」
未だに気が付いて無いと思います。気が付いてたら実弟 表統領 中田善亮の暴挙を止める責任は真柱にあるのですから早く辞めさせるべきだと思います。両統領主導による 教会乗っ取り等の記事をこちらで見かけて以来中田善亮はじめ両統領の悪評をよく耳にするようになりました。
中田善亮は短気で高圧的な態度で弱者を黙らせるような性格だそうです。聞いた時いい年した大人が恥ずかしいとおもいました。 本部でお坊ちゃんとして大事にされそのような人格形成が成されているのでしょう。その様な傲慢な性格は中山家だけかと思いきや本部は家柄にも格があるそうで上下が決まっているそうです。
現内統領の性格は自己中心的で二枚舌三枚舌で周りを翻弄する性格だそうです。それで周りの人間に迷惑をかけ本部内を荒らしていると聞きました。
私は友人が直属教会の後継者で本部青年をしているので聞きました。
以前も、本部在籍をザイセキと呼ぶとの記事を見ましたがそれも本当だそうです。本部はよくわからない世界でそんなに酷いのか?と疑問に思っていましたが、悪評以上の家柄で格が決まる階級社会トップに近くなれば近くなるほど傲慢な性格が目立つそうです。信仰心も感じられないそうです。耳にする話は下らない世間話ばかりこんな人達らが本部員?と疑問に思うそうです。そもそも信仰心はもう関係ないらしくいかに中山家や先輩を立てられるか?で判断される世界だそうです。北朝鮮や共産主義国家と本部組織の対比の意見も目にしますが本当に北朝鮮と変らないです。
北朝鮮や共産主義など崩壊した組織をまねては天理教本部も終わりは近い。しかしそれに気づこうともしない本部上層部だそうです。
こちらの社会学のページで様々な記事が気になり自分の本部に近い知人友人に聞いてみました。数十年前と違い直属の友人など本部に近い人間であっても快く話をしてくれる。快くと言うか堰を切る と言うべきでしょう。話をしこちらの天理教社会学のサイトを元に聞いていくだけで「うわ~やっぱりか!噂で聞いてたけど結構書かれてるなー」と話してくれるようになりました。本部に近い人間でも「この悩みは私だけじゃ!俺だけじゃ!無かったんだ!」と言う印象を全ての人か受けます。
本部青年の知人でも本部と言う組織は本部在籍の階級社会があり家柄が良くないと本部準員、本部員には中々成れないそうです。つまり大教会や直属の分教会がいくら本部とコネクションを持っていようが改革なんて無理だそうです。本部の問題はその家柄階級制度の上位で無いと解決はできないそうです。家柄階級制度の頂点に勿論、中山家が君臨しているので、現状悪化するこの教団とその頂点の本部という事は、真柱は未だに無駄に神輿の上に座ってるだけの人だと言うことです。
大教会乗っ取り事件の続報まだでないですかね?と 楽しみにしていたところでとうとう私も同系統の方が教区で聞いてきたらしく本部の大教会乗っ取りの話を耳にしました。本部最低です!しかもその加担した方の名前も聞きました!こちらでは伏せておきますが、その面子を聞いて驚きました! 〇尾系、〇井系、そして中山系の名のある者が犯行に及んでいるようです!正直本部にはがっかりしました!こちらで真柱の中山家が金の亡者!などと書いてあって信じられませんでしたが乗っ取り事件の噂を聞いて確信に至りました!本部はやはり天理教でなく中山教です!金の亡者の最低の詐欺集団!当教会系統でも結構噂になっていて「本部終わるんちやうか?」や「本部は潰れても仕方ない!」と天理教の史実を語りだす古い教会長さんもいらっしゃいました。色々聞かせてもらって天理教、親神様おやさまの教えと本部が離反してることを知りなおのこと本部に悪意を感じました。私自身も本部が潰れても仕方ないと思いました。
大教会乗取り本部 様。
>天理教の史実を語りだす古い教会長さんもいらっしゃいました。色々聞かせてもらって天理教、親神様おやさまの教えと本部が離反してることを知り・・・・
とても良いことですね。古い会長さん方は、元々いろんな事をご存知でしたが、語る場所もないし、語ることが教祖を裏切るような強迫観念になり貝のように口を閉じていました。でも実は、教祖の思いを本当に実現したいならば、それを語らなければならないのです。おかしい事をおかしいと言える、変な事を変だと言える、当たり前の事が普通に言える組織になって欲しいだけです。
大教会乗取り本部 様
>天理教の史実を語りだす古い教会長さんもいらっしゃいました。色々聞かせてもらって天理教、親神様おやさまの教えと本部が離反してることを知りなおのこと本部に悪意を感じました。
厳しい事を言わせてもらいますが、そういう古い教会長さんたちには同情の余地がありませんね。
史実や事実を知っていながら、ずっと黙って本部や上級のやり方に協力してきたんですから。
自分の立場を守るためとか、教祖様を裏切るような強迫観念に捕らわれていたとしても、『自分たちに被害が及びそうになってきたから騒ぎ出した』としか思えません。
もっとも、それで過去を悔い改め、今後本部崩壊に向けて行動するというなら少しは見直してあげてもいいのですが、これから「信者さんたちにどういう話をして、各々がどういう行動をするか」を見ないことには判断できませんね。
単に上級や本部の悪口や内部告発をするだけなら、「責任逃れの裏切り者」(もっとも、私の立場からすれば「本部の裏切り者」大歓迎ですが)です。
引き続き、情報をお寄せいただければ嬉しいです。
大教会乗取り本部
2017年1月15日 8:24 PM
大教会乗取り未遂事件なのでしょうが乗取りとなると本部にも弁護士がいたと思って検索しましたら数人いるみたいです。
今中道信 羽成守 日野修一 鳩谷邦丸 別城 信太郎 大畑道広 この方々は何をされているのですかね? 本部員が法人乗取という違法行為をしているのに無能なのかそれとも共犯なのか?
不正競争防止法判例データベース 名称使用差止等請求事件(天理教)
http://husei.hanrei.jp/hanrei/uc/1313.html
↑ 東京地裁の判決で天理教側勝訴の判決ですが、高裁、最高裁では逆転敗訴してますね。
http://www.lcv.ne.jp/~toyohumi/hanketu.html
被包括関係を解消しても「天理教」の名称を使用しても良い、ということかと。
匿名
2017年1月16日 2:55 AM
社会的に地位のある弁護士がなんで違法行為に加担するかが理解できない。バレたら一発で資格取り消しでしたよね?
この弁護士、アウトですね。
http://wrs.search.yahoo.co.jp/FOR=mGt92JZV3ih0AQ1MizFhqjsao3PCuKMxiAYd5Qtgog_T5uIWkYV62JU3KSAzL6hxCnu7DMdP2DemLTEcbd4T_GpF3HWbsFkRJKBPuuAI898Vw54tkf8o4uxlEWpm1R4Q6dxLO5rpVnraDOV9M6ucPPjMQRMNnkvHLfP8DCELmxjhRUZCQ5DNFy1sdnFtvOuXZXjga9ghgkKSHpfjEkyRc9bmLCdgiqLGeWGb.yND48UT0vbaPmTKYJ_CTTv5Kt6l7cVZ/_ylt=A2RA0nT1yntYnEYAuhfjm_B7;_ylu=X3oDMTEyZTZ2b2ZkBHBvcwMzBHNlYwNzcgRzbGsDdGl0bGUEdnRpZANqcDAzMjA-/SIG=12f14858e/EXP=1484608693/**http%3A//www.nichibenren.or.jp/jfba_info/autonomy/chokai.html
末端教会子弟 様。
>厳しい事を言わせてもらいますが、そういう古い教会長さんたちには同情の余地がありませんね。
史実や事実を知っていながら、ずっと黙って本部や上級のやり方に協力してきたんですから。
誠に、その通りかもしれませんが、古い新しいを問わず教会長の約3分の1は洗脳されています。後3分の1は洗脳が解けて、真実に気づいています。その人たちは黙って道を去って行くか、背反面従で生きて行くか、行動を起こすかに分かれます。後、3分の1は洗脳が解け始め、悩んでいるように思います。
実は会長は「 史実や事実を知っていないのです。」「知らされていないのです。」
余程、自身で根ほり葉ほり研究しないと真実は隠されて見えなくなっています。
史実も事実も知らない会長さんの方が遥かに多いのです。
古い会長さん方が語り始めたのは、自分自身が経験した理不尽な教団の在り方であって、教理的な史実や事実の間違いではないと思います。
語ることは不足になると、思い込まされていたのですから口を閉じていたのでしょう。
もちろん中には、たちの悪い教会長もいるとは思いますが。
ホンマや、いろいろ書いてあるわあ~。
【弁護士法】
第1条 (弁護士の使命)
①弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。
②弁護士は、前項の使命に基き、誠実にその職務を行い、社会秩序の維持及び
法律制度の改善に努力しなければならない。
第22条 (会則を守る義務)
弁護士は、所属弁護士会及び日本弁護士連合会の会則を守らなければならない。
第56条 (懲戒事由及び懲戒権者)
①弁護士及び弁護士法人は、この法律又は所属弁護士会若しくは日本弁護士連合会の
会則に違反し、所属弁護士会の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があったときは、懲戒を受ける。
②懲戒は、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会が、これを行う。
第57条(懲戒の種類)
弁護士に対する懲戒は、次の四種とする。
①戒告
②2年以内の業務の停止
③退会命令
④除名
第58条 (懲戒の請求、調査及び審査)
何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、その事由の説明を添えて、その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。
【弁護士職務基本規定】
弁護士は、基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする。 ‥
弁護士は、その使命を自覚し、自らの行動を規律する社会的責任を負う。‥
第1条 (使命の自覚)
弁護士は、その使命が基本的人権の擁護と、社会正義の実現にあることを自覚し、 その使命の達成に努める。
第5条 (信義誠実)
弁護士は、真実を尊重し、信義に従い、誠実かつ公正に職務を行うものとする。
第6条 (名誉と信用)
弁護士は、名誉を重んじ、信用を維持するとともに、廉潔を保持し、常に品位を高めるように努める。
第10条 (依頼の勧誘等)
弁護士は、不当な目的のため、又は品位を損なう方法により、事件の依頼を勧誘 (非弁護士との提携) し、又は事件を誘発してはならない。
第14条 (違法行為の助長)
弁護士は、詐欺的取引、暴力その他違法若しくは不正な行為を助長し、又はこれらの行為を利用してはならない 。
第50条 (自由と独立)
官公署又は公私の団体(弁護士法人を除く。以下これらを合わせて「組織」と いう )において職員、若しくは使用人となり、 又は取締役、理事その他の役員となっている弁護士(以下「組織内弁護士」という )は、弁護士の使命及び弁護士の本質である自由と独立を自覚し、良心に従って職務を行うように努める。
第51条 (違法行為に対する措置)
組織内弁護士は、その担当する職務に関し、その組織に属する者が、業務上法令に違反する行為を行い、又は行おうとしていることを知ったときは、その者自らが所属する部署の長、又はその組織の長、取締役会、若しくは理事会、その他の上級機関に対する説明、又は勧告、その他のその組織内における適切な措置をとらなければならない。
【日本弁護士連合会会】
第10条 (職責の自覚)
弁護士は、人権の擁護者であり、社会正義を顕現するものであることを自覚しなければ
ならない。
第11条 (非違不正の是正)
弁護士は、常に法令が適正に運用されているかどうかを注意し、いやしくも非違不正を
発見したときは、その是正に努めなければならない。
第13条 (公私混同の禁止)
弁護士は、法廷の内外を問わず、裁判官、検察 官及び同僚に対して礼節を守るとともに、公私混同の態度があってはならない。
第15条 (弁護士の本質)
弁護士の本質は自由であり、権力や物質に左右されてはならない。
第29条 (会則を守る義務等)
①弁護士は、所属弁護士会及び本会の会則、会規及び規則を守らなければならない。
ということで、その弁護士は「真っ黒」確定ですね!
まともな弁護士であれば、そんな「法人乗っ取り」とか起きひん、いう事ですね!
本当なのかこの話!?
>ということで、その弁護士は「真っ黒」確定ですね!
>まともな弁護士であれば、そんな「法人乗っ取り」とか起きひん、いう事ですね!
弁護士が絡んでいるのに「これから乗っ取りしますよ」なんて言う訳ないじゃないですか。
『大教会長や役員の言動に問題があるから、処罰して組織を改革する』と言うに決まっています。
弁護士も、『事実は乗っ取り』だと分かっていても、引き受けた以上は依頼人の利益のために働くのが仕事です。
裁判所も、普段の両者の言動などは審理しませんので、争点となる部分の事実関係だけで判断するでしょう。
テレビドラマじゃないんですから、事実を過去に遡って全て調査し、勧善懲悪のお裁きを出してくれるような「水戸黄門」は現実世界にはいませんよ。
「本部から修理人が来て、大教会長や役員の言動を非難し、責任を追求した」という「事実」だけでも、大教会長側は不利だと思います。
狙われたが最後、大教会側は不利な戦いを強いられるでしょう。
何といっても、非包括宗教法人である以上、人事権や事情運びの判断は本部側にあるのですから。
私もその先生のお話、所属の教会で聞かせてもらったことがあるので信じたくはないけれども、現実にその大教会で起きていることなので…。
[狙われたが最後、大教会側は不利な戦いを強いられるでしょう。何といっても、非包括宗教法人である以上、人事権や事情運びの判断は本部側にあるのですから。」
本部側に全ての権限が!と教内の人が思い込んでいるだけで人事権どころか殆ど権限は無いです。包括法人が他の被包括法人に人事権はもてません。あくまでも指南だけで最終決定は被包括法人側にあります。
この辺の相互の誤解により起きる乗取り事件もあります。この辺の事は意外と被包括の方のが詳しく包括側が安易にその垣根を越えてしまうケースが多いのです。それにより不可抗力の乗取りが起きてしまうケースもあり天理教のような組織体系だと起こりやすいでしょう。
宗教法人法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S26/S26HO126.html
宗教法人法 包括関係
https://goo.gl/xwX38r
あれ、私は、大教会側が有利と聞いておりますが。
月日残念
2017年1月16日 10:42 AM
そうなんですか乗取り未遂という事は大教会と役員側が本部とその弁護士を阻止したと言うことだから大したもんだな
弁護士が他の教会長にやられたのか(笑)すごい教会だな!今時そんな教会あったのか!どこか知りたいわ!
闘いの手法、心得ている教会のようですよ!
匿名
2017年1月16日 11:04 AM
カッコイイ!少林寺みたいですね(笑)
皆で各所に「害悪弁護士なんですが」と連絡入れてた方がいいわな!
若先生、超武闘派らしい
未遂で終わり、本部側が引き下がったのなら結構な話ですが。
個人的には、どういう事実があって、どのような対抗措置をとったのか興味があるところです。
出来るなら、詳しい事情や経緯を教えていただきたいと思います。
また、一度眼をつけられ狙われた訳ですから、今回撃退したとしても今後の教会運営や本部とのやり取りで「何らかの扱い」を受けなければいいなと老婆心ながら心配します。
たとえば、事情運びや会長交代の承認などで、今まで以上の「お供え」を要求されるとか・・・。
その時「独立」ちゃいます格闘技?は
その時は「独立」ちゃいますか??
末端教会子弟
2017年1月16日 12:28 PM
「事情運びや会長交代の承認などで、今まで以上の「お供え」を要求されるとか・・・」
それらの嫌がらせ行為を本部がするなら大教会は離脱すればよいでしょう。実際本部の悪行も悪名も知られてるわけですから、しかしここまで露骨に露呈してくると本当に天理教本部も末期だと思いました。
>実際本部の悪行も悪名も知られてるわけですから、しかしここまで露骨に露呈してくると本当に天理教本部も末期だと思いました。
私個人的には『本部が悪の塊』で『大教会が悪の手先』なんですが。
どの系統の事か分かりませんし、その大教会長の人柄や普段の言動などは不明ですが、所属する部下教会や信者さんからお供えやお礼を集めて、自分たちの生活費や遊興費、子供の学費や小遣いなどを抜いて、残りを上級に上げていたのでしょう?
教祖様の教えてくれたみかぐらうたを素直に解釈すれば「教会専従」なんていう立場や解釈が、埃以外の何ものでもありません。
匿名
2017年1月16日 12:39 PM
このサイトを見ている本部に不信を抱いてる私達からしたら是非とも本部との決別を独立してもらいたいです。調べてみますと
wikiより
単位宗教法人と包括宗教法人
[宗教法人には単位宗教法人と包括宗教法人があり、単位宗教法人は被包括宗教法人と’単立宗教法人に分類される。
単位宗教法人とは神社、寺院、教会のような境内建物(宗教法人法3条)を有する宗教法人であり、宗教法人法2条(宗教団体の定義)の第1号に該当する団体である。包括宗教法人は単位宗教法人あるいは非法人の単位宗教団体を包括する宗教法人であり、宗教法人法第2条の第2号に該当する。例えば、仏教では宗派(宗団)が包括宗教法人に、本山や末寺が被包括宗教法人にあたる。
また、単位宗教法人のうち、包括宗教法人もしくは非法人の包括宗教団体の傘下にあるものを被包括宗教法人といい、そうではないものを単立宗教法人という。被包括宗教法人が包括宗教法人から独立して単立宗教法人となることもできる。]
wiki
https://goo.gl/eTkTzi
このように独立する権利はあるそうなので意外と簡単に成れるみたいです。本部がおかしいなら独立宣言をしたらいいだけだそうです。
末端教会子弟さん
[狙われたが最後、大教会側は不利な戦いを強いられるでしょう。」
とあるように、乗取りそして嫌がらせを受けてきたんでしょうからもうその教会の方々もいい加減気が付いたでしょう。私は他系統の者ですが、その様な被害者教会を応援します。
お供えブログ 古い教会長様 投稿日:2017年 1月16日(月)08時40分33秒
の転載です。
(中根?でしょうか)
という記事を見て、私も以前天理に帰参した際に中根の噂を聞きました。噂以前には聞いたことのない大教会名だったので今でも鮮明に覚えてます。今回の真逆の話でもしこの乗っ取り未遂事件が中根であれば私も騙されていたでしょう。本部は嘘を流して大教会長を追い出す手口を使うと別件で聞いたことがあります。私が中根の噂を聞いた時には中根は本部に狙われていたのだと気が付きました。しかし乗っ取りが未遂という事は防衛したという事でしょうから凄い教会ですね。是非ともその話を聞かせて頂きたく思います。
匿名
2017年1月16日 5:44 PM
古い教会長さんは何故中根と名指しで聞いたのですかね?総合して考えると本部が流した噂話を聞いていたのか?それとも教区か系統で乗取り未遂事件を噂を聞いてたのですかね?それとも情報通の古い教会長だけに両方聞いていたのかな?
でもね、なんちゅても二代真柱の戦争協力は致命的だわね。あの天理ほんみちという異端教団ですら弾圧されても、投獄されても一、時の政府と命を賭して戦ったんだから。二代真柱は教団を守るとかとか、(ほんとは中山のためだろけど)訳のわからん言い分けををして、ひのきしん隊を殺人集団にしたんだから。
その孫、●善亮に良心などあろうはずがない。三代続いている北朝鮮の金家となんらかわらない。いくらミサイル撃っても、教祖は笑ってござる。
だからね、●亮だけがアウトではなく、弱腰の初代真柱が教祖にかけあって、講習所なりと・・・・と言った瞬間から応法の道が始まったんだろうね。教祖にしてみたら、やれるものならやってごらんというお気持ちで現身をお隠しになったんだろうね。
だから中山は全員アウト!戦争協力とはお考えではなかっただろうけど。●亮はそういう遺伝子をもつ、くそやろうでしょう。自分という存在のルーツをたどってみな。
いやはや全く 「足のちんばが一のざんねん」が 秀司以来延々と続いているという事ですね。
現状は、おや様を否定しているのですから、やはり中山家は「粉も無い」ようになるんでしょう。
「足のちんばが・・・」は、おふでさき1号に早々と出て来るのですが、
1号の1から28を親神の世界助けの序章とすると
29に続く歌は、秀司を筆頭とする欲の心を持った連中を批判しているのでしょう。
かんろだいは警察が強引に取り払ったのではなく秀司の妻「まつえ」が奈良警察署に依頼した(八島氏より)
かんろだい勤めを解放しないのは中山家
おふでさきの核心部分を5年分ほども抜き取って刊行したのは中山家
神様おや様を騙って金を集めるのは中山家
御分家と宣って中山家を蚕食する山澤家は不可分
「おふでさき」は、全編にわたって
強欲まみれの中山家が世界一列助けたい親神の志を邪魔立てする最大の「あくじ」と書かれているのだと思います。
この「おふでさき」が天理教(中山教)の経典とは、もうホントに笑い話ですね。
1号ー36には 「このあくじなんぼしぶといものやとて 神が攻め切りのけて見せるで」とありますが、
このせめぎ合いは、一時神が人間の強欲に負けたのでしょう。
だからおや様を連れ帰ったのだと思います。
帰参者激減の本部の現状を「親神様はお手てたたいてお喜び」だと思います。
おや様だって「ざまあ見や 金ため込んで来たからや」と言ってるでしょう。
私は、中山家とその眷属の衰亡をこの目で見ることがとても楽しみです。
おや様130年祭にも秋季大祭にも帰参しましたが
帰参者激減の本部祭典の様を見るとなぜか心が「ウキウキ」してきます。
偽物は早く潰れろー こんな気持ちです。
教祖の雛形に対する『悪の雛形』という位置付けでしょう。
匿名
2017年1月16日 12:44 AM
乗っ取未遂事件は弁護士まで関わってたと知って驚きを隠せませんでした。本部の弁護士も本当宛にならないと知りました。本部の法人乗取に弁護士まで加担させられていたら弁護士も首が何個会っても足りませんね。
今回の「大教会乗取り未遂事件」の話を聞いて正直半信半疑でしたが、著名な弁護士まで関わっていたと成ると大変面白くなってきました!続報お待ちしております!
退職信者
2017年1月17日 8:50 AM のコメントに「いいね!」をポチッ
屋敷の掃除は今も昔も変わらない永遠のテーマということ、よく分かりました。
掃除できないままで「ふしん」なんて出来っこありませんからね。
おやさまにお詫びして辞任必須の本部員が多く居そうです。
んー…本部のお抱え弁護士が犯罪に関与ですかあ…世も末ですなあ…。
以前「法人乗っ取り」リークの「老いぼれ教会長」様、続報お待ちしておりますよ!
私主にツイッターを根城にしているしがない者なのですが、こちらの記事を拝見しまして興味本位にて投稿致します。お目汚しお許し下さい。
さて、気になったのが大教会乗っ取り事件ですが、リーク元とされる「老いぼれ教会長」さんの投稿がそっくりそのまま消えているので、どなたかあらすじでも良いので再度ご教示頂きたいのですが、よろしいでしょうか?
おー、お役に立てる日が来ました!
個人的に、かなり衝撃やったのでコピペ保存しておりました!
貼っておきます(^^)
老いぼれ教会長
2016年12月7日 4:27 PM
先日、支部の例会で小耳に挟んだんですが、本来、世話人(本部員)は一人らしいのですが、とある大教会にはプラス2名の計3名が毎月のように月次祭に行って、やれ会議!やれ御手振り!と押し付けて、あげくに会長さんか奥さんが管理していた会計を、教会の人らを騙して勝手に異動したらしく…それでみんな怒ってしまって、若手の先生方が弁護士さんに相談したら、「それ法人乗っ取りですよ」とか「集団詐欺ですよ」とか言われたらしく、それで今、その本部3名は大教会から訴えられるとか何とかで、吊るし上げられているみたいですよ。 それで、その指示をしたのは、どうも両統領らしいんですよね。知人が「月次祭で本部員から、その音声を聞かされた」とか言ってました。で、表統領か内統領か、あまり覚えてないけど、「立て直す」とか、「会長夫妻の会計はやめさせる」とか、「台所の中まで踏み込んで調べ上げる」とか言ってたらしくて、その音声聞かされた後に、部内の会長さん方が、「ふざけんな!」とか、 「会計勝手に代えやがって!」とか、「大教会長、首とかふざけんな!」とか、「俺達で立ち直るから帰ってくれ!」とか何とか、めちゃくちゃ紛糾したらしいんですよね。 それだけ愛されている大教会長さん方とか、そのご部内や信者さんとか、ちょっとうらやましい気もします。 今月12月号の「みちのとも」で表統領が、「金出せ!」と言ってますよね(28~29ページ)。 前述の大教会でも会計を無理矢理の代えたのも「お金」狙いなんでしょうかね。 今の本部に、純粋な信仰はもう無いのでしょうか…。
天理教ないないさん
ありがとうございます!会計が会長夫妻の管理にあったのは驚き(一般的には事務の役員に複式簿記させる)ですが、それを世話人先生の指示で変えさせるというのはいくら大教会が宗教法人天理教協会本部の被包括法人であっても許されませんし、法的にもかなり問題があります。しかもそれが両統領の指示なら本末転倒です。よほど大教会の会計が杜撰で、横領が横行し目も当てられない状況でもない限りは無理な話です。もしそうでないとすればやはり大問題ですね・・・。これはちょっとまずい状況かも。情報の裏取りをしてみます。コピペ大変助かりました!!
>おやさまにお詫びして辞任必須の本部員
おふでさき
17-9 にんげんをはじめかけたるしょこふに かんろだいをすゑてをくぞや
人間を始めかけた証拠に かんろだいを据えて置くのだ
17-10 このたいがみなそろいさいしたならば どんな事をがかなハんでなし
かんろだいが皆揃ったなら どのような事も叶うぞ
17-11 それまでにせかいぢううをとこまでも むねのそふぢをせねばならんで
かんろだいを建てる前に 世界中の強欲な者どもを掃除しなければなるまい
17-12 このそふぢとこにへだてハないほどに 月日みハけているとをもゑよ
一列済ますこの掃除に例外は無いのだ。
中山家・山澤家・本部員どもよく聞けよ この歌はお前達に向って言っているのだ。
お前達が行った悪行は、わしがしっかりと見届けているからな。
昭和55年に聞いた話
「大掃除になったら本部員の三分の二は始末すると親神が言っている。」
聞いた時には「何言ってんだー 此奴 ひでー奴」と思った。
あれから30年有余、今では洗脳もすっかり解けて中山教の実態も丸見え。
今では八割方が始末されるのではないかと思っている。
強欲どもの魂は、死んだら抹消だな。
「出直し」 そんなことは親神だって承知しないだろう。
奈良の大仏様に踏みつぶされて「粉も無い」ようになればいいんだ。
中山家・山澤家・本部員ども 読んでいるのか。 お前達の魂は抹消だ。
地獄へも行かない。永遠に消え去るのだ。
此奴ら この文章読んでも「ふん」て思ってんだろうな。
救いようがない。だから抹消なんだけどね。 ま いいか。
天理教あるある
2017年1月17日 10:03 PM
大教会でも小規模なら会長夫妻が持ってるケースはいくらでもありますよね。他の人がやらないとか適任者がいないなど、これぐらいだと一般の自営業規模の話である話です。問題点は包括、非包括の関係で教内の人は親会社子会社のように勘違いされてますが実際は看板貸のチェーン店で一番近いのはコンビニだといわれてます。つまり看板が天理教であっても、中身は~~家の自営業なんです。
つまり本部や上級には会計監査の権限はございません。むしろ他の法人に喧嘩を売るような状態で非常に危険です。以前のコメントでも書いてありましたが今まで本部は同じ手口でやってきたみたいですね。つまり今まで逮捕されなかったのが可笑しかった訳です。
法人乗っ取りは会計から始まるケースと、檀家、信者を集団で騙すケースの二種類が有るそうです。
「本部の場合は会計に問題がある!」などのいちゃもんから入るみたいです。つまり本部が「会計が会計が!」と近づいてきたら乗っ取りの合図だと思っていい訳です。この教会も会計はちゃんと返してもらったのかな?
乗取未遂事件
この話の私も聞きました。この教会の世話人がとんでもない人みたいです!「だまっとれ!」が口癖らしく「女はだまっとれ!」「お前はだまっとれ!」と女性差別、本部以外は人と思ってない態度だったと聞き流石に私も憤りを感じました。こちらでも書いてあった様に世話人には何の権限も無いのに偉そうに意見するそうです。世話人の域を超えていると言ってました。弁護士の方も居たそうですがここの噂通りみたいです。弁護士は終始大教会側に反論していたらしいですがとても弁護士とは思えないようなおかしな発言していたと聞きました。本部と弁護士がここまでおかしな状態だったとはと皆吃驚していたそうです。その方曰く会議に出席した感想だと本部と弁護士は黒にしか見えなかったそうです。聞いただけの私でもその内大事件に成る予感がしました。
私、いわゆる投資詐欺に遭いまして、お金を300万近くだまし取られましたけども、その詐欺会社には、ちゃんと弁護士も税理士も顧問としていたのです。私も含め、だまされた数千人の方々は、まさか弁護士や税理士が付いている会社が詐欺の会社などと思わず、信用して出資してしまったところもあります。
出資者に対する月々の、利益を含んだ返還支払の送れの説明会にも、税理士は顔を出しておりました。弁護士は、他の仕事の為出席できない、と、顔を見せませんでした(怪しい)。詐欺社長は、「私は絶対逃げたりはしません。会社を建て直してから、きちんと返済致します。」と、涙ながらの弁解(後から思えば、大芝居)をしているのを、税理士は何食わぬ顔で、横で平然と聴いていました。
結局、賢明な出資者が、警察に被害届を出し、1年以上も捜査が入って、ようやく社長は逮捕されましたが、弁護士も税理士も、懲戒も逮捕もされていない様子です。
教訓として、士業の人でも、信用してはいけない、ということが解りました。弁護士は、自分を雇っている人間が、例え加害者側であっても、雇っている人間の利益の為に働くのだ、ということです。
教区大好きさん
あの、よろしければイニシャルトークで構いませんのでどちらの世話人先生かお分かりになられますでしょうか?
天理教あるある2017年1月18日 12:24 PM
教区大好きさん
あの、よろしければイニシャルトークで構いませんのでどちらの世話人先生かお分かりになられますでしょうか?
天理教あるあるさんご返信ありがとうございます。女性差別をするこの偽善者を突き止めるべく本日は再度その知人に連絡を取り聞いてきました。
一点前もって言いますが、被害者の大教会の名前は被害者保護の観点から伏せさせて頂きます。知りたい方は個々でお調べになって下さい。
そして本題ですがその教会の世話人は K知県の大教会 K大教会の元大教会長S村 という人だそうです。「お前はだまっとれ!」「女はだまっとれ!」等の暴言を吐き続け、なんだか大教会側の方針を邪魔するような意見だったそうです。それ以外は大した意見も述べず底が知れた感じだそうです。表立っては祭典等に顔を出すだけでその様なことは今まで見られなかったそうですが、会議に出席した際に、その世話人の稚拙な本性を見せられて唖然としたそうです。弁護士も大人の言動とは思えないような虚言を連発していたそうです。
部内教会側では表立っては「世話人先生」と呼んでるそうですが、本音では「本部は何しに来たんだ!」「ふざけんな!」「あいつを世話人とは思えない」「あれを世話人や本部員にした本部はおかしい」「本部大丈夫か?」「弁護士大丈夫?」など、本部に対する不信感は積もり、本部批判も始まっているそうです。
本部から補佐として、N山氏とT井氏も来ていて、そのS村を処分しないで放置してる時点で本部の無能さも伺えると言ってました。
その方自身も始めは「本部から先生が着てくださって徳がある」等と喜んでいたそうですが今ではこの有様だそうです。
部内教会内でも本部の指示により一部の教会を中心に良からぬ動きをし始めたそうです。そして部内教会内でも疑心暗鬼が始まりある日突然部内で本部の指示を真に受けた方が出直したそうです。そこから本部の態度も一気に変ったそうです。
部内教会でも、「本部、それとも大教会が正しいのか?」悩んだらしいですが、神が大教会に味方したと言う事だそうです。それ以降本部側の3人は大人しくなったそうですが、今回は追い詰められたのか正気を失ってるようにしか見えなかったそうです。
弁護士も「裏では大教会を悪く言っていたのに、会議の席では大教会に法的に負けていた。」と言ってます。弁護士の二枚舌本性も垣間見たといってました。
その方曰く、「本部がこの様な有様で今後も続くなら矢も得ず天理教から離脱した方がましだと思えてしまう。なので大教会側へ真柱が謝罪をしないと治まらないのでは?」とも言ってました。
その人も心配しているのは、今回の件がまさか「あの本部が!(法はおろか信仰でも)」との動揺を隠し切れない様子で噂が広がり、TV、新聞などに知れ天理教団自体が壊滅してしまうのではないかとの心配もしてるそうです。
色々聞かせてもらいましたが、私自身も今回のこの乗取未遂事件はこの天理教団の大きな節と成るとしか思えませんでした。 この教会から天理教が変わると期待もしております。凄いですね。真実の信仰は上下は関係ない!部内教会が本部の過ちと戦っている。真柱は何をしてるのですかね?恥ずかしいです。においがけする気が失せました。私も上級との折り合いが会わず教区活動だけが主に成ってましたが本部が壊滅するなら、私はこの教会に非難することに決めました!神が居る。神が真実なる者に味方した!との素敵な話とも受け取らせて頂きました。
>教区大好きさん
S村先生といったらあの双子で有名な・・・?うちの大教会とも血縁関係にあるので他人事ではないですね・・・。報道機関への緘口令は既に敷かれていると思います。修養科棟のひのきしん中にベランダから落ちて亡くなられた信者さんのことなど聞いたこともないでしょ?総務部や渉外広報課辺りは個々の部分に敏感ですから、すぐお金を渡すと思います。多分、具体的な登場人物がある程度明らかにならなければ問題化も難しいかもしれません。しかし今回の件に関しては大変驚いています。大事になって真面目な信者さんが馬鹿を見るような事があってはなりませんからね・・・。
うわー!噂もここまで来れば事実ですやん以前もこちらの記事で「本部や統領の手口」見たいな書き込み有りましたがそのSMて人その内統領の兄弟やん。うわーつまり過去の乗っ取りの手口通りにやっていたってことやな(笑)とうとう本部が墓穴を掘った(笑)在籍の人や本部勤務の人からの書き込みも多くなったのでおかしいなとは思っていたのですが、事実以外の何ものでもないわ(笑)やっぱり嫌われ者の内統領、表統領やん 俺も気になって在籍の友人に聞いたら実際相当嫌われてるそうです。「あの2人じゃ無理やろ(笑)」といわれる始末、そしてことの顛末がこの乗っ取り事件発覚(笑)お笑い本部、お笑い統領ですやん(笑)
天理教あるある 2017年1月18日 4:19 P M
「報道機関への緘口令 ・・・総務部や渉外広報課辺りは個々の部分に敏感ですから、すぐお金を渡すと思います。 」
私メディア関係に知り合いが居ますが、一新興宗教なんて屁でもない扱いですよ。むしろ新興宗教団体なんて怪しい詐欺集団だとしか思われてません。
本部にテレビ、新聞に緘口令引くほど今の本部には金も無い。口止め料払う金も無い。そもそも緘口令は退いておらず、ただ被害者に口止め料を払っていただけだそうです。
今の新聞やテレビメディアは、週刊文春などの週刊誌に先を越され、特種を欲しがっているので、これはひょっとするとひょっとしますよ!
「天理教本部乗っ取り事件」等の見出しが飛ぶかもですね。
その昔では
【2002/09/11 織田無道、宗教法人乗っ取りで逮捕!】
http://www.tv-asahi.co.jp/smt/f/geinou_tokuho/hot/?id=hot_20020911_060&
という記事も飛んでます。1995年オウム事件以降メディアはこぞって宗教法人を取り上げる傾向になり宗教に関する記事は増えてます。
近頃では
【開運商法で逮捕された詐欺に実在の寺が関与!?どこの寺?場所は?】
http://king06.com/archives/4911
その昔教内の人ならオウム真理教をもじって「オウム天理教(笑)」と揶揄された経験も有るでしょうが、今後【オウム天理教教会本部】や酷いと【オウム本部】等といわれる日が遠くなさそうですね。困ったのもです。
本部側も自分達の過ちを悔いて散華の道を通る日がやっと来たのだと得心し、通りかえしの道だと思い、早いところ解決してもらいたいです。さもないと上記のような問題が発生することは間違いなしです。
私がその友人にでも言うのは簡単ですが、ここは様子を伺いたいところでもあります。
まずは、マスコミにでも叩かれて、恥を晒して、禊(みそぎ)をしなければ、数々の罪を犯して来た本部が、このまま見過ごされては、苦しんだ信者さん達や会長さん達が浮かばれませんよ~。
教祖100年祭の折に、あまりの過酷なお供え要求で、教会長達に自殺者が何人か出た、犯罪者も出た。
若手の後継候補者に自殺者が多い、今回の、本部の大教会乗っ取り、もう、宗教団体として、体を成していない、そういうもの全部、特集を組んで、報道して頂ければいいのですが。
統一教会、オウム真理教に続く、信者から金を搾り取る、悪徳、詐欺宗教団体として、どこか、特集して下さい~。
さっちん様
2017年1月18日 6:54 PM
さっちんさん私も同感です。よく「本部が悪の親玉で、大教会は悪の手先」と言われてますが私も大教会は悪の手先と自身の所属教会ですらそうおもってました。しかしこの被害の大教会は本部の悪事に加担しなかったのは大変驚きで目が覚めました!この被害者大教会の為にも私もテレビ新聞メディアを動かして欲しいものです!本部が悪の親玉加担した者は皆成敗するしかないと思いました。「以前に皆でお供え額を減らそう!」ともありましたが、教区大好きさんのように皆でこの教会に教籍移動するのも一つの手かも知れません。(移動を許してくれるかは別ですが)どうせ本部はお供え額と信者数ぐらいでしか判断してないでしょからね。正しいことをしている教会に教籍を移動する時代なのかもしれません。
結局、本部や教団が、そこまでの目にあわないと、洗脳されてる方々は目が覚めない、と思います。私の教会の上級会長など、私が、社会学さんとか「お供え」で書かれてる情報から、いくら現状を書き送ったところで、殆ど信用してないみたいです。私が、勘違いか、変なインターネットに騙されてるんだろう、という位のところでしょう。信仰熱心な信者さん達や、教会長さんは、そういう方が結構多いのではないでしょうか。自分が今まで信じきってたものが、詐欺同然ですよ、なんて言われたところで、はなから信じませんよね。
オウム真理教でも、麻原が逮捕されてようやく、信者達は、自分達は麻原に騙されていたのだ、と気が付いたみたいですね。それでも、今だに麻原を信じてる信者達や、オウム真理教に新たに入信してる方もいるようですけど。
そのような洗脳された方々の目を覚ますのは、本部や教団が、マスコミなどから叩かれるなどして、世間から、はっきりと名指しで非難れるところまで行かないと、無理だと思います。そして、その方が、洗脳された方々を救うことになると思うのですけどね・・・。
さっちん2017年1月18日 8:25 PM
その通りです。
一ついいこと教えましょう。
テレビ新聞各メディアのメールフォームに
簡単な説明「天理教宗教法人乗っ取り事件」等簡単なタイトル
社会学さんの記事以外のコメントのURLをコピー&ペースト
を皆さんがするだけでやがてメディアも嗅ぎ付けます。
皆さんでそこからやりましょうか!
私も元の会社ですが素性を知られたくないのでメールフォームから送りました。
適当なメールアドレスを作って送ると良いです。皆で送られたらメディアも動きやすいですし沢山送るといいですよ。
今となっては企業の不祥事も内部告発が頻発していますし、時代の流れ的にも「組織への裏切り」から組織是正への「働きかけとしてのツール」になってきていると思いますよ。
その大教会の管轄の教団と関わりの浅い地域の地方新聞社あたりがベストかもしれませんね。
大きなメディアは相手にしてくれそうもありませんし。
地域で火をつけて、なんとか燃え上がらせるという道筋が良さそうですね。
天理教は腐ってもメジャー教団ですしかも加害者が教団を代表する本部ですからその教団の違法行為が取り上げられるのはもう時間の問題です。被害者側に訴えられたら一気に新聞メディアも見出しを飛ばすでしょうね。嗅ぎ付けて報道して第三者或いは被害者の会を発足して告発されるなどの場合もあります。なので本部側は引き際が肝心だと思います。和解金で治めて方がよろしいでしょう。以前の書き込みに世話人の稚拙な人間性がかかれてましたが、その世話人が大分問題あるのではないでしょうかね?それかその弁護士が黒幕かもしれません。このような事件はさっちんさんがおっしゃっていたように、士業のものが黒幕の場合が多いです。大事件の予感がして・・・一様昔の友人などには知らせました。後は各メディアに対する連絡の多さで目に付くでしょう。
一応私は大手各社の方に何通か出してみました。
何かコピペみたいにして大量にメールを送れるようにするといいかもしれませんね。私はいい文章がかけないので遠慮いたしますが・・・。
天理教あるある様2017年1月19日 10:29 AM
>一応私は大手各社の方に何通か出してみました。
>何かコピペみたいにして大量にメールを送れるようにするといいかもしれませんね。私はいい文章が>かけないので遠慮いたしますが・・・。
いいですね私も何通か送ってます。
ポイントとしては
1天理教が法人乗っ取り違法行為
2弁護士も関与
この二点だけでも中々気を引きます。
私も噂を聞いたのですが、やはりこの件での書き込みが多くて教内の今一番の関心事だと実感しました。
とにかく島村さんの人格が酷いらしいです。以前のコメントでもあったように「お前はだまっとれ!」「女はだまっとれ!」と人権侵害、女性差別主義者みたいで話してくれた先生も怒ってました。話してくれた先生も、「他の教会で暴言を連発してたら訴えられても仕方ない」と言ってました。それにもっと意味深だったのが、「島村さんと弁護士は何か追い詰められている印象を感じた」とも言ってました。
その人も乗っ取り事件を私から聞いて「そうだったのか!」と合点がいったようです。内部のことだし教会なのでそんな事をしているとは思いたくなかったようです。しかし「そう考えると怪しいのが数教会あるな~」とも言ってました。
「島村氏、弁護士、一部の教会長」 が犯行に及んでいたと言ってました。なんだか本部主導あるいは島村主導?で色々おかしなことさせられていたみたいです。
匿名
2017年1月19日 3:30 PM
名前出してくださってありがとうございます。これで私達も悪党の餌食に成らないで済むので大変助かります。これだけ情報が出てくると言う事は現場では余程の事が起きたのだと伺えます。加担したしさせられた会長さん方の悲喜交々な情景が目に浮かびます。本部はどうされるんでしょうね?早く謝罪したらいいのに、早く治めないと教会内で加担した人達が今度は吊るし上げられるでしょうし、それとも教会内での処分などされるんでしょうけど本部初め部内教会に口を挟みすぎて焼けどどころか大火傷、その対応にあたふたしてるのでしょうかね?いいきみです(笑)本部も黒とわかってなんだか安心しました。個人的に私も社会学さんサイトを周りの皆に紹介して注意喚起をしていきます。
お供え掲示板からこちらへ来ました。
大教会の乗っ取りは過去にも結構ありましたよね。今回は防げで良かったですね。
とは言え、大教会側はしこりになるでしょうね……。
それにしても、こちらで名前が挙がる本部の方は養子さんばっかりですね。偏見というわけでは無いですが……。
養子は虚勢を張る人が多いとよく聞きます。嫁ぎ先で何とか成果を出さなくてはと焦るのでしょう。しかし養子だかと言ってでなく、問題は虚勢を張る人には良い人は居ないと言う事でしょう。この島村という方もその様な方なのでしょう虚勢を張り散らして教会滅茶苦茶にしたんでしょう。しかも部内では出直しも出たとなると大変です。コメントを読んでると「本部や島村の性で部内会長が死んだ!」とそう思えてきます。
お供え掲示板と言うのがあるんですね私も今度行って見ます。
あくまで一般論ですが・・・巨悪は決して自らの手は汚しません。894マイナス1の世界がそうであるように、金の為ならなんでもするチンピラを手下に使う、弱みを握ったやつを使いこなす、飴と鞭でいいように言いくるめる、なんでもありのやりくちを使ってきます。しかも被害者たちにお互いに不平不満をぶつけ合わせさせるぐらいの根回し・マインドコントロールを平気でやってきます。ここまでくると目標の半分は達成できたも同然の状態になります。仮に失敗に終わっても(←いまここ?)実行犯を使い捨てにする非情さも持ち合わせているのが巨悪の面目躍如といったところでしょうか。自らに追及の手がおよぶ前にトカゲのしっぽ切りで幕を引くのがオチです。そして巨悪は神妙な面持ちで被害者ヅラをしていれば一件落着。杞憂であればいいのですが・・・・。
皆さん、ここでゴチャゴチャ言わないで、手っ取り早くいきませんか、イかせませんか!?
「文春リークス」へ、ようこそ(笑)
http://shukan.bunshun.jp/list/leaks
愁うもの様
「虚勢を張る人に良い人はいない」なるほど。そうですね。
養子じゃなくても、虚勢を張る人はいますからね。
私は今は天理教とは関わり合いが無いですが、有力分教会に親族が複数います。皆威張ってますね。自信が無いから威張るのでしょうか。
センテンス・スプリング!
2017年1月20日 7:26 PM
>皆さん、ここでゴチャゴチャ言わないで、手っ取り早くいきませんか、イかせませんか!?
>「文春リークス」へ、ようこそ(笑)
>http://shukan.bunshun.jp/list/leaks
週間文春!良いですね!
匿名改めゆきんこ
2017年1月20日 7:36 PM
「虚勢を張る人に良い人はいない」なるほど。そうですね。
養子じゃなくても、虚勢を張る人はいますからね。
私は今は天理教とは関わり合いが無いですが、有力分教会に親族が複数います。皆威張ってますね。自信が無いから威張るのでしょうか。
その通りだと思います。
きょ【虚】 の意味
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/55618/meaning/m0u/
虚勢、虚構、虚言 等 無いのに有る様に見せている人のことです。つまり嘘吐き、如何わしい人の部類でしょう。必要最低限は仕方ないでしょうが、教内の人はどうもこれだけに頼り勢いだけそして中身がない方が多いと思います。そしてそれが組織上層部に行けば行くほどその傾向が強くなるのでは?と思わせられた事件です。話も通じないのは基礎知識が著しく乏しい証拠 良い年した大人で本部の本部員たる重要な位置にいる人が犯罪行為など行うべきことではございません。本部には幻滅です。おやさまがおっしゃったように、2/3の本部員総入れ替えを為さった方がよろしいでしょう。
初めまして、自分は小さい頃から天理教を信仰していたのですが、このサイトを見て今の天理教(特に愛実町分教会)に対して疑問に持ち始めるようになりました。
はじめまして。
私的には愛町系さんは凄い、素晴らしい系統だと思っているのですが、もし宜しければ、その疑問に思われる箇所などを教えていただければ有り難いのですが…。
愛町の初代さんは「不思議な力を持っていた」という逸話を幾つか聞いたことがあります。
オウム真理教と同様に「オカルト大好き人間」の集まりなんでしょうかね?
噂では「おさづけ」をしてもらうのもキッチリお供えを出させるとか、教会ひのきしんやご奉仕も義務化されているとか聞いていますが、実際はどうなんですか?
人々が自主的に喜んで、参拝されているなら問題はありませんが、
もし、人の動員とかお供えが強要されるようでしたら、問題があるでしょうね。
話はかわりますが、中田表統領さんの美人局の話はガセネタだったのでしょうか?
ここに書き込まれている皆さんは、ある意味「命がけ」でいらっしゃると思いますので、細かい部分はさて置き、まったくの個人的な感触で申し訳ないのですが、ガセネタは、ほぼほぼ無いと思っております。
ガセネタなら美人局のような具体的な内容は出てきません。中田善亮という男の醜態がそのまま在籍からも漏洩させるほどの人望の無さなのです。 中田善亮はみちのだいなどでも異端発言を残すほどの虚け者 早く身を退くことをすすめますがね。 お尽くしは金 などと陳腐な教理を説く陳腐な知能、文章化として残った以上もう取り返しがつかない事態です。本部はとうとう、親神様おやさまとの決別を決断したようです。今後本部離脱の教会が現れるのは必須でしょう。
>ガセネタなら美人局のような具体的な内容は出てきません。
その後の進展の書き込みがなかったので、そう思いました。
その後、どうなったのでしょう?
> 中田善亮はみちのだいなどでも異端発言を残す・・・
というのは、いつぐらいの「みちのだい」ですか?
どんな、異端発言だったのでしょう。
センテンス・スプリング!
2017年1月21日 3:39 PM
第二弾
さあみなさん、おかしなことはおかしいと、どんどん告発していきましょう!
NHK「ニュースポスト」
http://www3.nhk.or.jp/news/newspost/agreement.html
日テレ「news every.」
http://www.ntv.co.jp/every/form/index.html
TBS「Nスタ」
http://www.tbs.co.jp/n-st/mail/
フジテレビ「みんなのニュース」
http://www.fujitv.co.jp/minnanonews/bosyu.html
末端会長
2017年1月21日 12:29 PM
ここ 二 三ヶ月のですよ。 おつくし を 金と断定してる時点で親神様おやさまの教えに反します。なので天理教理ではございません。つまり異端と言う事です。本部は表統領 中田善亮になりとうとう馬脚を表しました。本部が異端を指定するのでなく本部自体が異端なのです。そのうち みちのだい など回収するのんじゃないですかね(笑)
いやしないでしょう。奴は快楽主義的自己中心型の、いわゆるヘルメットをかぶった三島や、河原城の店主と同じスタイルの商工会議所のおーなーきぶん!そんな、アカデミック的な文章がどうした、態度がどうの、彼の知能レベルは私たちには4解読不能でしょう。たとえばパンダが表統領になったかんじですわ。いいすぎですか?
中山家とそれに群がる親戚縁者たち、さらに、それに繋がる大教会長と更にそれに繋がる直轄教会長・部内教会長たちの縁戚関係を見れば、もうがんじがらめの世界だ。そのような胡散臭い世界とは、さっさと縁を切ることが肝要かと思います。
5年前に現行天理教を離れておいて、心中本当に良かったと思っています。
恩着せがましいことばかり云って、二言目には「ご恩返し」を連呼している。馬鹿の一つ覚えとはこのことを云うのだろう。
お供えを止めて、ユニセフや国境なき医師団に寄付をしている方が、余程心が晴れ晴れとしている。
オール天理
2017年1月22日 6:43 AM
テレビ新聞メディア陣も珍しい宗教詐欺パンダを見たいと思いますよ(笑)
最近 表統領 中田善亮 と 内統領 山澤廣昭 の顔を見るとマヌケ面にしか見えなくなりました(笑)
新聞紙面に今までの悪行が載るのが楽しみです。
産経
http://www.sankei.com/west/news/150327/wst1503270041-n1.html
天理教を潰した伝説の統領として有名になるでしょうから今の内に焼き付けて起きます(笑)
世界の中田英寿(元サッカー選手)そして今後注目されるのが 世界の中田善亮(現カルト宗教家)です。
神はお金 お金は神が心情の金利教教会本部(元天理教)の表統領、美人局なんか気にせず引っ掛かり金をせびられても信者から巻き上げて払うが心情
善亮なんとかしろや~こんなん言われとったら大亮くんが可哀想やんけ~
中山大亮お坊ちゃま、においがけや路傍講演したりして割と頑張ってはるけど、お父ちゃんらの悪事を知りはったら、さぞお悲しみになるやろなあ…ちゅうか、息子まで共犯者でないことを祈ります。
失礼、「お父ちゃん」とは実父、中田善亮氏の事です。
うわぁっ、聞いてもうた(愕)
乗っ取りやってるの、島〇本部員、中〇〇信本部員、高〇〇太郎準員やってー!!!
息子を真柱に養子に出し自分は表統領?なんなんこの見え透いた状態、大亮の事が可愛いのかしらんけど「乗っ取り、美人局、資金的癒着」等関与し取ったら大亮が気の毒やわ~本通の寄り合いでももう噂されてるで「善亮さんもうダメかも」と次の人探しが始まってるしな、本部在籍でもここまで嫌われた中山の人間も前代未聞やで~しかし中山の人間でろくな奴見たことないけどな~
天理垢ユウゾー
2017年1月23日 11:51 AM
〇村 本部員 〇山 本部員 〇井 本部準員
こいつらを見かけたら要注意ってことか
T
2017年1月23日 1:34 PM
※「T」様のコメントから、勝手ながら抜粋させていただきました。事は相当深刻な状況に陥っている模様です。
さて、今回の言葉(一連の表統領の「おつくし」発言)は、上層部目線で見れば危機感の表れであり、道友社の校閲を通して出てきたことは、リスクを承知で出した可能性は否定できません。
かなり、宗教法人の債務不履行が現実味を帯びてきた可能性があります。
もし債務不履行となれば、教団名義の資産差し押さえ、売却、人員整理となり、とっばちりを受けることになります。
皆様方、お気を付けください。それでも、動揺が収まらない場合、教団分裂の危機が発生すると思われます。
それでうるさく「おつくし、おつくし」、あげくの果てには大教会を乗っ取って、不動産などを本部名義に、または財団法人を設立したりして、この本部の窮地を乗り切ろうとしているんですね。
もはや本部には、われわれ部内信者は、ただ金や物にしか見えていないのでしょうね。
真の信仰はいずこへ、月日様・教祖様…。
以前のコメントで、
財団法人天理教水口大教会維持財団(法人番号:8160005002448)滋賀県 甲賀市
財団法人天理教湖東大教会維持財団(法人番号:4160005006361)滋賀県 東近江市
財団法人天理教河原町大教会維持財団(法人番号:1130005014279)京都府 京都市左京区
財団法人天理教郡山大教会維持財団(法人番号:7150005002532)奈良県 大和郡山市
財団法人天理教維持財団(法人番号:3150005003245)奈良県 天理市
一般財団法人天理教一れつ会(法人番号:3150005007997)奈良県 天理市
という情報がありましたが、上から水口、湖東、河原町、郡山の四つの大教会は、姻戚関係や人事の状況などを見ると、完全なほど本部に政権を握られています。
今後、大教会などで財団法人が設立された場合、「乗っ取られている」「掌握されている」と思って間違いないと思われます。
参考館などもお客はガラガラ。スタッフも手持無沙汰でどんな仕事をしているのやら。365日の空調費、展示品保護管理費は延々続く金食い虫で、信者が激減し教団が衰退しても、このお宝を放置すると言う訳にはいかないでしょう。だれのお金で鬼集したのですか?自分のお金ですか?
調子に乗るなと言いたい。莫大集まったお供え金で買いあさり、その上、女にもだらしなかった二代真柱。神の理を説く資格もない人物から延々と今に世襲している。
現真柱と奥さんのあの顔は、忍びないほど苦渋に満ちています。陽気暮らしを謳う教団の代表に据えておくにはふさわしくない、超陰気顔の夫婦です。可哀そうに、「お飾り」ならもうやめたらいいのに。
太亮さんの時代はもうぐちゃぐちゃで、あちこちの教会の紛争処理で教えの体裁は無くなっているでしょう。
伏せこんだ悪事の種が今実っていますよ。明るい未来の要素は一つもありません。悪事の実りについては中山家、教団上層部の方々で天の理を噛みしめながらしっかり味わってください。人を苦しめたのだから、今度は苦しんでしっかり「成人」してください。
後継者もいない私たち、新しく生きる準備とひっそりたたむ準備をしていましょう。
さあさあ、ドンドン告発、告発!
奈良県警察 情報提供(※奈良県以外の事件は各都道府県警察へ情報提供またはご相談ください)
https://www.police.pref.nara.jp/cmsform/enquete.php?id=2
消費者庁 相談窓口
http://www.caa.go.jp/region/shohisha_hotline.html
文化庁 宗教法人問い合せ
https://inquiry.bunka.go.jp/InputForm.aspx
NHK「ニュースポスト」
http://www3.nhk.or.jp/news/newspost/agreement.html
日テレ「news every.」
http://www.ntv.co.jp/every/form/index.html
TBS「Nスタ」
http://www.tbs.co.jp/n-st/mail/
フジテレビ「みんなのニュース」
http://www.fujitv.co.jp/minnanonews/bosyu.html
週刊文春「文春リークス」
http://shukan.bunshun.jp/list/leaks
朝日新聞「こちら調査報道班」
https://www.joho.asahi.com/
センテンス・スプリング第三弾!
2017年1月24日 8:14 AM
>さあさあ、ドンドン告発、告発!
親神様おやさまの教えに確信的に歯向かう本部をさっさと潰してやりましょう!
この教団を良くする為にはまず本部を潰せ!そうすれば組織内の善と悪がはっきりしますよ!
天理教教会本部なんか、無くったっていいんですよ。手元にある「元治元年の勤め場所建築当時の中山家」図(この時点で甘露台は据えられておらず、ぢばを示す印が表示されているのみ)や「明治20年当時のお屋敷」図を見ているんですが、「甘露台」は屋外にあります。勤め場所の神床は甘露台に尻を向けて拝をする配置になっています。
現在の東西南北の礼拝場なども不要です。正座をして一礼四拍手・四拍手一礼も不要です。「ぢば」に行けば、据えられている甘露台に向かって、それぞれの拝の仕方で祈念すればいいのです。
以前、どなたかが書き込みをされていましたが、祭典時の足の出し方がどうのとか、献饌の順序がどうのとか、社の前の神鏡に曇りがあってはいけないとか、くだらないことに囚われて、肝心の教祖の教えは教団本部都合にすり替えられてしまいました。
もう一度言います。教団本部なんかさっさと無くなればいいんです。
>一礼四拍手・四拍手一礼も不要です<
私も同感です。そもそも、四拍手せよと教祖が教えた作法なのでしょうか?それぞれの仕方で拝をすればよいと思います。うちの上級などは、信者が集まったら一斉に横に並んで、音を揃えて四拍手の参拝をします。ナンセンスだと感じています。形式主義で笑えます。各人がそれぞれに持つ願い事、悩み事はまちまちです。一人、一人が神と向き合い、他人に気兼ねせずに参拝するのが、本来の心の世界であり、願いの姿です。
有難い「会長様?」を中心に据えて参拝する姿は、単なるパフォーマンスで、何をしていることやら。笑っちゃいます。
>勤め場所の神床は甘露台に尻を向けて拝をする配置になっています。<
これなんかも、その昔、全国の教会に指示を出して、尻を向かさないように建て替えさせましたよね。末端教会も信者も上級教会建て替えの為のお供え金の脅迫で泣かされました。本部が勝手に考えてじば中心に、じばの神聖化を高めようとしただけでしょ。
大教会も本部の悪の手下で、やること為すこと、くだらないことばかりに囚われていて、いったい人を救い助けるためにある宗教法人として目指すところは何なんでしょう?我々信者、末端教会は上の欲望の餌食にならないよう、凛として動ぜず、自分の生活を守りましょう。
甘露台に尻を向けないように…
この話を聞いて思い出しました。
上級協会が数年前に普請し、本部(甘露台)の方向を向く形になったのですが、
それまでの普請会議はなかなか進まなかったんです。
当時の自教会の会長(今は故人)が「何も難しいこと言わんでも、(信仰心をもって)甘露台の方を向いた神殿にしたいんです。よろしくお願いします、と頭下げればいい話やのになぜそれができんのやろう」とぼやいていたのを覚えています。
本部がどうのとか言う前に、甘露台の方を向いた神殿にしたいんです!と言う気持ち(信仰心)があるのがどうか。自教会前会長はかなり頑固で偏屈ではあったようですが、私ら信者には本当に信仰心の塊で接してくれました。
団参の時はどうしても交通費として参加費(5000円)が必要となるのですが、
それすらも「(借金の事情で)お金がない人もたくさんいます。お金はいらんからどうぞ皆様一緒におぢばにかえらせてもらいましょう」と頭下げる方でした。なかなか教会に来んからと言って上から物言う感じではなく、優しい言葉をかけてくださる方でした。
お供えの話をする時ですら「頑張ってくださる上にこのようなお願いをして誠に申し訳ないのですが」と必ず一言添えてくださる方でした。
今の時代にも教会に来る人は、それでも教会が好き、天理が好きなんだと思います。
本部ではなく、信者さんを見て欲しいです。おやさまをみてほしいです。
かたちだけおぢばの方を向いても遠回りだと思います。
真
2017年1月25日 10:13 AM
とても良い話です。しかしそのような会長さんを踏み台にしている本部がなおさら許せなくなる話です。
以前記事で(黒衣装集団?)教服の話がありましたが、あれは明示大正の裁判官 法服がモデルです。
教服を作りそれで真柱派を結集させ本席派を追い出したと想像ができました。
イメージとユニフォームですね。現在の本部も、教服を推奨し一般信者には法被着用と時代に合わない衣装を着させてます。これが世間との乖離を生み布教の妨げにも成っているのです。
「世間とは違う!」と教団を肯定したり、「においがけしろ!」と強要するこの矛盾本部は何年の時代錯誤を起しているのか?と、もう目が当てられません。
本部首脳陣が、「カネは命の繋ぎ」と阿保吹く暇があったら、十全の守護で考えても
【しっかり親神様おやさまを立て、皆さんにつないで貰えるように「信仰の回帰」をすべき状態でもあるのにそれにも気がつけない信仰上の危機状態】
表統領 中田善助 内統領 山澤廣昭 が率先して 「カネは命の繋ぎ」と天理時報、みちのだい など核機関紙に掲載させてしまってる以上「本部がもう異端です!」と言っててる状態
もう天理教教団の終末です。
http://buyee.jp/item/yahoo/auction/r175796543?rc=yaucc&lang=ja
教服を作った頃には威厳、威圧感を感じさせるものであったのでしょうけど、今はもう、時代遅れの、異様な古臭い装束としか感じさせないものになってますね。黒、というのも、何だか暗いイメージです。
話、変わりますが、月次祭では、着物に着替えなきゃいけない、というのが、もう、天理教の古臭さを表してますよ。これらの形にこだわってる限り、新しく生まれ変わる、なんて遠いような感じがしますね。といって、12下りは揃いの洋服で踊っても、恰好がつかないですね。(笑)
さっちん
2017年1月25日 3:20 PM
ですよね。宗教衣装という側面ではそれもそれなんですが、以前社会学さんの記事にもあったように流石にあの【黒法被】は違和感しかもたれませんので変えるべきです。その昔は講ごとにお祭り法被を着たから始まってるのですから、一般のお祭りの法被のようなデザインに回帰させる方が回帰的ですし現代社会からしても和を感じさせるというわブーム視点から見ても効果的ですしね。
「よさこい祭り」で着てるような、ああいう和の衣装、といいますか、現代風和装?といいますか、ああいう感じ、いいですね。天理教も、あれくらい現代風に変えてみればいいかもしれません。
よさこい祭りの歌も、元は単調な音階をアレンジして、華やかにしてますから、12下りも、現代風アレンジを加えれば、かっこよくなるかも、ですね。
匿名
2017年1月19日 3:30 PM
乗っ取り事件噂聞いて来ましたでー
島村は高知大教会の元会長やんかー 法人乗っ取り事件起すぐらい本部がカネに苦しいなら 高知 敷島 中河 のあの贅沢別館を売り払ろうてお供えせーや ホンマ今の本部は最低やな この話を教会で聞いてみんな呆れとったで(笑)
「本部もその加担した本部員も時間の問題ちゃう?」とうちの系統でも見放されてますわー
「悪い事いいません 御本部はんはよ自分達の過ち御気づきに成った方がよろしんとちゃいますかー?(笑)」
そうしないと親神様おやさまから見せられます故にー怖い怖い!
心機一転、人の懐に手を突っ込みます。悪しからず。両統領より。
よさこい(笑)。
確かに明るくて躍動感があって、お祭り(月次祭)って感じが出ますね。ワクワクして楽しそう。
教服、おつとめ着、法被……黒だと利点は汚れが目立たないって事ぐらいでしょうか。
子育てをする時の母親や保育園の先生は明るい服装を着るのがベターですしね。子供は明るい色の服を着た大人を見ると、安心感を得るそうです。
教会の子弟が暗いのは、黒づくめで育ったからかしら(私とか)。
東風Z
2017年1月25日 7:18 PM
>心機一転、人の懐に手を突っ込みます。悪しからず。両統領より。
両統領先生人の懐に手を突っ込むのはいいのですが下半身丸出しです。袴はき忘れました?特に表統領先生弱み握られて右翼にカネ払ってるんとちゃいます? 近頃本部周辺で右翼の街宣車うるさいんですわ
天理教本部・天理市をかけまわる街宣車
https://www.youtube.com/watch?v=ZKuiBPf5PH4
2017年1月25日 8:48 PM
匿名さん。街宣車が来るなんて、余程弱みを握られているのでしょうね。いずれにしても困った人たちです。これほど書かれても何も感じていないのでしょうかね。
普通だったら、ちょっと恥ずかしくて外を歩けないでしょう。
以前にも書き込みましたが、あの人達はこう思っているんですよキット。
「お前たちは不時着寸前のボロ飛行機、せいぜいぼやいとけ。それに比べて我が方は、成層圏を悠々と飛んでいる」とね・
全く逆だと言う事に何故気付かないのでしょうね。
東風Z
2017年1月26日 9:26 AM
東風Zさん面白いです(笑)
教団内のルールは江戸時代の時代錯誤です。参勤交代のような本部への帰参(おじばがえり)形骸化した封建社会(そとみだけ)と代表的にこれだけかと思いきや本部員などの上層部の細部、思考回路等までが止まってしまっているんです。しかも本来の教理でなく真柱体制に成ってからの体制維持教理しか知らないのでどうしょもございません(笑)実際は結構不安だと思いますよ(笑)
天理時報を見ると良くわかります。一面記事が 【真柱 表統領 内統領 大亮】 この四人を中心に毎回記事が編成されてます。 近々の天理時報は、表統領 内統領 の対談写真に成ってイメージアップ作戦的な記事でしたが、乗っ取り事件の主犯格とも言われてますのでその噂は当人達 本部も知ってるのだとわかりました。
そんな事しかできない本部 教理を説けど間違えて一般信者にも指摘される本部(笑)恥ずかしいです(笑)
重要な参考資料なので、社会学さんに、転載させていただきます。
(無題) 投稿者:kazu 投稿日:2017年 1月25日(水)19時23分16秒 返信・引用
「お供え(お金)と天理教(教団)」を過って体制側はどう見ていたかがわかるネットで見つけました。『昭和11年内務省警保局(天理教関係資料)』。体制側の資料ですから偏向があるとは思いますがよく調べられていると思いました。教理の捻じ曲げは組織化しようとした時点から始まったと思います。年季が入っていると。戦後の「復元」に教会組織がそのまま残された理由もわかる気がします。(昭和15年「宗教団体法」で大教会・分教会2段階に変更されはしましたが。)
天理教は搾取する為に創られた? 投稿者:さっちん 投稿日:2017年 1月26日(木)11時30分29秒 返信・引用
教団の教理捻じ曲げは、今、中田表統領に始まった訳では無く、教祖のひながたを捏造しての「貧に落ち切れ」で、大勢の信者達を貧のどん底に落としてきた如く、天理教という宗教団体が現出して以来、天理教は教えを捻じ曲げての搾取の歴史である、と言えるのではないでしょうか。
Kazuさんが提示して下さいました、『昭和11年内務省警保局(天理教関係資料)』から抜き出させて頂きました。昔から、そして現在までも、大勢の人々を苦しめてきた、「天理教」という宗教団体について、非常に的確に言い表されていると思います。
kazuさん、ありがとうございます。
『天理教の搾取
第一、 はしがき
「屋敷を掃ろうて田売りたまへ天手古舞の命」とか又「屋敷を掃うて立退きたまえテンツルテンの命」とか俗間によく言われるのは、天理教の「みかぐらうた」冒頭にある「悪しきを掃うて助け給へ天理王命」の章句をもぢったもので、同教信者が骨の髄まで搾り取られて零落し行く悲惨な状を嘲笑風刺したものであるが、皮肉にも又よく実相をとらえた言葉である。
祖先伝来の田地田畑から、家財道具、家屋敷にいたるまで悉くこれを売り払って、天理王命=天理教御本部に運びつくした無一物の信者は、最早天理教を離れては生活出来ない。止む無く教会入りをして「御道の人」となり、教会の雑用などをして一生を終える。その中での少し気の利いたものは何とかして教師の資格を得て「にほいかけ」いくらかの信者を得ては小やかな宣教所を造り、自分が引っかかってきた、同じような手段で人々に働きかけては搾取し、その搾取によって宣教所がら支教会、次いで分教会へと言うように教会所を漸次昇格して搾取の範囲を拡大し、本部に忠勤を擢んで中教会にまでもデッチ上げ本部の役員とでもなれば先ずは成功といふところ。
天理教発展の過程は巧妙にして悪辣なる伝統的搾取の連鎖に外ならない。天理教の教義と行事は、搾取せんがために出来ていると言っても敢て過言ではなく、事実教義の解釈と運営、一切の教説、用語は皆この目的のために働いている。更にその教会組織は上下の関係を宗教的結帯を以って緊密に結び付けて強固なる統制を保ち、同時にその間に自由競争を盛んならしめて信者からの搾取と布教戦線へ死に物狂いに突進せしめる、言ふまでもなく、如何なる宗教も程度の差こそあれ、何れも多少の搾取をしないものはない、然しながら、ものには自ら限度があり、社会的通念とも称すべきものがあって、その搾取の程度が目にあまり、そのやり口が巧妙にして悪辣、義憤を感ぜしめる様なものがあれば、世人の指弾を受けるのは当然であり、監督官庁としてもその実情を決めおくことは必要であり、時にはこれに向かって対処しなければならぬ。この意味に於いて、天理教が如何なる搾取をなしつつあるかを一応検討調査して見たのである。
ここに搾取とは言っても、その事実、内容、限界等を認定し判定することは至難の事に属する。由来、宗教信者の寄付、寄進の行為は當人の発意、意志に関する事であり、そこに無言の強制威嚇、或は詐欺が行われておかなければ、殊更に取り立てて問題とするには及ばないであろう。故に信者の個々の場合に於ける関係を揣摩臆測使用とするのではなく、教団の機構運営等その客観的方向から検討して搾取の事情を見ようとするのである。しかしここにも又困難が伴う。機構それ自身は判然しても、これが搾取に向かって動いて行く事情は、物的証拠や計数的結果を全体として具体的に挙示し難い丈に、搾取や詐欺なる事を決定するには余程慎重にかからねばならぬ。故にこの点を補うものとして専ら、物的証拠の薄弱なる、又それなき事件に於ける被告の人格、人物論の如く、その宗教全体の調子、教団の性格、布教の実際が単なる参考以上に有力なる判定資料たり得る、と言う事が考えられる。かくして、今天理教の搾取を便宣上、教義、組織、行事の三つの方面から分けて考察してみよう。
一、 教義、教説は如何に搾取に都合よきか
二、 教団組織及びその運営は搾取に対して如何に働くか
三、 儀式及び行事の執行に如何に搾取するか
以下略
匿名2016年11月22日 7:08 PM
以前かかれてたこの匿名さんの書き込みが印象的でしたしここから考えますと、天理教教会本部は、もう【天理教を成ず】漢(唐)理教教会本部と言うべきでしょう。
それに、その後読み込んでいくとおやさと研究所の井上昭夫先生も、【ふでとりがくにん】(少数精鋭の学ぶ「ふでとり学人」養成の具 体的な実践企画の創造意識であろう )
とおっしゃっている。
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00000yu6f0-att/GT188-inoue.pdf
現在の本部の執行部は「やれ おつくしはカネ」「乗っ取り事件」など等 【かねとりがくにん】【とちとりがくにん】それはおろか表統領 中田善亮 のように教理をねぎ曲げる【ふでおりがくにん】しか以内状態だといえます。天理時報など広報機関も「お尽くしはカネ」を掲載した以上【うそつきがくにん】と言えましょう。
匿名2016年11月22日 7:08 PM
T
2016年11月22日 2:22 PM
(上級教会を敬え、目上を敬えは、朱子学的な考えでしょう。江戸末期の農婦の学問とは、儒学であり、孔子,孟子であり、蘭学ではありません)私は神の言葉を伝えた中山みきも、その時代のボキャブラリー、思想、法律の範囲内での言葉であり、現在では処理しきれない問題があっても当然であると思っています。その国を代表する宗教団体、宗教庁は、重大な見えない鍵をにぎっています。
上記の 事を おふでさき では から と表現してます。
参考
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/oyaken/q3tncs00000uz56d-att/GT185-Inoue.pdf
と天理おやさと研究所グローカル天理で井上昭雄先生が発表しています。
つまり国学者、本居宣長が提唱した 「やまと意と漢意」を知る事で実はそれを解読できるのです。
参考
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E6%84%8F
大和意
はかりごとを加えず善悪ともにありのままのさまを尊ぶ大和民族[1]古来の素直な態度に対して、
漢意
中国文明に特徴的であると宣長の考えた、物事を虚飾によって飾りたて、様々な理屈によって事々しく事象を正当化したり、あるいは不都合なことを糊塗したりする、はからいの多い態度を指す。
しかし、おふでさき注釈 なども発売されていますがそれですら新しく書き換えていないのです。何か不都合があるのでしょうか? 再出版が資金的にあれなのか? それなら真柱からの発布 或いは 毎月の天理時報での連続広告でも何でもできるのにそれをしようとしない。
「知的劣化」は機関紙だけでなく、教義解読とそれを理解するものの少なさなのでしょうかね。
それを井上昭雄先生は、ふでとり学人 と表現しそれを急務と訴えている。正当性もあるに、資金的もそうかかるわけでないのにそれをしない本部はもう終焉と思いますね。
本当はカルトなのですか? と思わされる事態です。このまま続けば天理教教会本部は社会から抹殺されるでしょう。
コアクロック
2017年1月26日 4:12 PM
コアクロックさんのコメントを読ませてもらい私も調べました。
本部 と 天理大学付属 おやさと研究所 の関係 天理大学付属 おやさと研究所のHPを調べてましたら、興味深い記事が出てきました。
おやさと研究所 所長退任挨拶
http://www.tenri-u.ac.jp/topics/q3tncs00000gd7n9-att/q3tncs00000gd7wx.pdf
内容では 流石誠実な学者と評価すべく鋭い切り口 人によっては赤裸々な内容に感じ取れる方も居るでしょうから是非ご覧になると楽しんでいただけるでしょう。
・天理やまと文化会議 から 縮小されて出来た 天理大学付属 おやさと研究所 と 予算の縮小
・三島神社問題
など等盛りだくさんな内容です。
内容に関しては、井上昭夫氏が能力が高い故に激務が重なり、三島神社問題等も抱えさせられたみたいですが、正味本部の指示ですので本部側の責任でしょう。
社会学さんコメントを見ると高尚なものが多いのでやはり 天理大学付属おやさと研究所 の方も書いてるだと思いました。 しかし、コアクロックさんのコメントを読み おやさと研究所 と 天理教教会本部 の教義解釈の乖離は一体何なのか?と疑問しか浮かびません。疑問を通り越し本部への 本部への猜疑心 と言うべきでしょう。
本部側は 「おやさと研究所には勝手に言わせとけ」なのでしょうか?これほど確信的論文が提出されているのに未だに教義理解を深めない 本部執行部 挙句の果てに 法人乗っ取り事件 教義歪曲によるお布施の強要 をする 表統領 中田善亮 内統領 山澤廣昭 のこの始末。これほどの 思想信条の乖離 本部執行部側の遅延 発展障害 が発生しているので当然、軋轢や確執 も有ると予想できます。
どれほど現行本部が愚かなのか? 論評するに足りるものであり、その戒めおも受け取れない本部には今後未来は無いと断言できるでしょう。
参照
天理大学 附属おやさと研究所
http://www.tenri-u.ac.jp/oyaken/
おやさと研究所 の 研究所2017年1月26日 6:14 PM
すばらしい内容で感動しました。私も本部には騙されていたことに気が付きました。
「本部の 建物 もろとも 本部の改竄教理 もぶっ潰せ!」ですね。
こちらの記事そしてコメントを見させて頂き誠に貴重で皆さんの真剣みが伝わってまいります。
今回の本部 ”教義歪曲” 本部はあえて反省せずにそのまま悪事をしていて欲しいと思ってます。何故ならば私は本部が潰れる事を願っているからです。ここに来て皆さんが おやがみさま おやさま に背いた体制維持の為に偽教理に気が付かれたので、おのおのが本部に攻撃を開始しているのです。変化無い本部なら自ずと自滅するでしょうし、皆さんによって潰されます。つまりこの状況は 本部が部内信者に仕掛けた”宗教戦争”以外他ならないのです。皆さんはお気づきに成ったかわかりませんが、もうすでにこの天理教社会学研究所さんのブログコメントを介して 偽教本部 対 おやがみさま おやさま の真教義の”教義戦争は始められたのです。その昔古代ローマでもその国を正すべく立ち上がった一人の勇者が居ました。それは皆さんもご存知の ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)です。国を正す為に、反旗を翻し、ルビコン川を横断 その際に言われたとされる名言が「賽(サイ)は投げられた」https://goo.gl/TWdfrHです。 こちらに集う人々は本部がうそぶく教理を見抜き 個々に「賽を投げられた」姿に私は感動させられました。おのおの「互い立て合いたすけ合い」で互いに喚起している姿 その姿勢を持ってすれば悪の枢軸である偽教理本部を倒すことはそう遠くないでしょう。
以前にも記事でありましたように、【教団機関紙(天理時報)での教義の歪曲違法行為を推奨】 する傾向が現行本部にはございますので、それだと【公安警察】の監視対象に成るでしょう。
主に国家体制を脅かす事案に対応する。
国外的には旧共産主義国の政府、国際テロリズム。また国内的には、極左暴力集団、朝鮮総連、日本共産党、社会主義協会、学生運動、市民活動[2]、新宗教団体(セクト)、右翼団体(右派系市民グループ含む)などを対象に捜査・情報収集を行い、法令違反があれば事件化して違反者を逮捕することもある。さらには、同僚の公安警察官、一般政党、中央省庁、自衛隊、大手メディアなども情報収集の対象になっているとされる。
https://goo.gl/hAa8ie
もしかして今回の件もうすでに公安警察が動いてるのかもしれません。今回の件は弁護士も絡んでるようなので事件性も高いですし日本でも有数の新宗教団体天理教の本部の違法行為ですからオウムの真理教 上九一色村のにの前だけは踏まないでしょう。もし監視対象に入っていたら一番監視のし易い弁護士から監視されるでしょう。
最近の社会学さんや、お供え掲示板の投稿を拝見すると、皆様の意識は明らかに以前と変わって来たように思います。以前は「教団、本部が潰れて欲しい」、というような意見はごく少数でした。心に思っていたとしても、公にそのようなことを書く方は殆どおられなかったと思います。しかし、今は教団が潰れて欲しいと、はっきりと投稿に書かれている方も増えてきました。密かにそう思っておられる方も随分とおられるのではないか、と推測致します。
今回の表統領の「金を出さなきゃ命が無いぞ」という脅し文句同様の言葉、その表統領は、いろいろ醜聞の噂が絶えないという人物、又、本部の大教会乗っ取り未遂等、いろいろ事が続いて起こっておりますが、親神、教祖の鉄槌が下ったと思うのは、考えすぎでしょうか。しかし、新しい兆しが見えてきたようで、返って喜ばしく思っておるところです。
今後、皆様それぞれに、各自、思う方向に進まれていくと思いますが、取り敢えず、教会関係者が最低限しておくことは、「お供えを最小限にすること」だと思います。そして、この社会学研究所さんのブログを、ご存じない教会長さん達、教会関係者に教えてさしあげることだと思います。
>警視庁には、サイバー犯罪に対応する部署として、
>▽犯罪情報を集約する 「刑事部捜査支援分析センター」
>▽インターネットを使ったテロ行為を取り締まる 「公安部公安総務課」
>▽サイバー犯罪捜査を担う 「生活安全部サイバー犯罪対策課」などがある。
今回の事件を場合は上記、 「刑事部捜査支援分析センター」が動いている可能性があります。
いち早く本部の愚行を止めていただきたいものです。
警視庁のみなさん、よろしくお願いします!
本部と偽った悪徳異端者を慣用句などで表すと
うそ‐つき【×嘘▽吐き】
嘘吐きは泥棒の始まり 悪いと思わないで嘘をつく人は、泥棒をするのも平気になるということ。
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/19011/meaning/m0u/
盗人猛々しい
盗人猛々しいとは『盗人』と『猛々しい』から成る合成語で盗みや悪事をしながら平然としていたり、それを咎め(とがめ)られると開き直ったりする者を罵る、江戸時代から使われた言葉である。『猛々しい』とは本来「ひどく勇敢である」や「いかにも強い」という意味だったが、ここから「図太い」という意味を持ち、更に盗人猛々しいに使われる「図々しい」という意味を持った。また、盗人猛々しいは『ぬすっとたけだけしい』の他に『ぬすびとたけだけしい』とも読まれる。
http://zokugo-dict.com/23nu/nusutotakedakesi.htm
これらの悪徳異端本部員や本部と言う集団をどう信じろというのでしょうか? これを信心が足りないなどと言うならそれもまた悪徳異端本部員当人の信心の無さでしかない。(異端だから仕方ないが)
これは共産主義国家が良くやっていた粛清に至るまでに行われた自己批判です。
自己批判
https://goo.gl/cZu8el
自らの誤りを分析することで、そこから得られる教訓を学び取る。そして二度と同じ過ちを繰り返さないことで、自己を高めるという考え方である。ブラック企業、【カルト的な宗教などで洗脳手法の手口として行われる】事もある。
とありますようにまさに洗脳です。 信心が足りない真柱はじめ本部員が言う「信心が足りない」は自己の他者批判であり洗脳の手口だったのです。つまり自己批判の悪用と乱用がこの悪徳本部はじめ教団全体に蔓延しているのです。よく「この教団は共産主義なのか?」と言う方が多いですがそう思える一部分と言えましょう。
だがしかし、乗っ取り事件やこちらで行われているコメントのやり取りによってその手口はもう白日の下に晒されたので同じ手口は使えません。
古い教会長(2016年4月22日 6:23 AM)さんがいった様に
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
八島「本部から発表すればそんな事は起こりません。」
(真実を発表して欲しいと願うばかりです)
と分家「我々を中庭に引き出して殺すだろう。」と自覚してるではないですか(笑)
本来自他共に自己批判されるべきは、【真柱はじめ悪徳本部員であり乗っ取り事件等各種本部主導でやった違法行為の加担者達】
もうすでに【本部と偽った異端者の自己批判】分家「我々を中庭に引き出して殺すだろう。」は始まっていますがね。天理教社会学研究所のコメント欄と言う名の中庭で
今回の本部の違法行為に関してのコメントをいつも楽しみに見させてもらってます。本部の法人乗っ取り事件に関してですが、今までも各大教会で前例はあったので乗っ取り行為時代が習慣化していたことは事実でしょう。実際皆さん表で語らないだけで家や自教会などの個人空間では共有され知っていることでしょう。最善の危機回避対応としてと最高権威者やその担当責任者、或いは現場担当者に即謝罪をさせます。同じ宗教組織でもキリスト教カトリックの最高司祭のローマ法王は行く度々謝辞してます。
ローマ法王フランシスコがバチカン祭司の「悪魔崇拝」を公に謝罪。
http://rapt-neo.com/?p=12876
「キリスト教徒は同性愛者に謝罪するべき」、ローマ法王
http://www.afpbb.com/articles/-/3091898
カトリックは悪魔崇拝もしていたのですね・・・二代真柱もカトリック バチカン カブレだったと聞きます。カトリックを見習って現天理教本部も悪魔崇拝をしていたのかもしれません。真柱体制に至るまで本席派(神の啓示)をないがしろにした現在に至る真柱派は神に背いた悪魔教団と言っても過言ではございませんがね。どちらにせよ本部はじめ宗教法人が違法行為を繰り返してはいては反国家思想集団(カルト)と断定され最悪天理教教会本部から宗教法人格剥奪の危険性もございますので早々と謝罪をすべきでしょう。
>分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
>八島「本部から発表すればそんな事は起こりません。」
中山家の者を皆が中庭に引き出して殺すだろう、という程の「真実」というのは、いったい何なのか、知ることができないのは、はなはだ残念ですね。「搾取、捏造、教理捻じ曲げ」、何でもありの本部ですから、どんな酷い悪辣なことだったとしても、もう驚きませんが。それだけ、悪の根が深いということですね。
しかし、分からないとなると、よけい知りたくなりますね。
匿名2017年1月28日 10:05 PM
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
と、中山家の人が殺されるほどの事ですから、何点か考えられます。
真柱派教理改竄虚偽説
教義などの改竄を故意に行っい体制維持に使った。
偽教 改竄による体制維持 本席派との争いに利用した。上田ナライトへの迫害 等から考えられます。
中山家全滅神の啓示予言説
おふでさき など隠された教義書に「中山家を皆殺しにしろ!」との内容がある。
教理改竄虚偽説はもう皆さん後存知でしょうが、予言説はあくまでも推論です。 中山家が殺されるという事はそれぐらいの神の啓示があったのでは? との視点です。おそらく時代的にも、本席 飯降伊蔵 後継者 上田ナライト への迫害を企てた真柱派の教義改竄虚偽説は濃厚でしょう。それにつけたし 中山家全滅神の啓示予言説があるかもしれません。
おやさまが可愛がったが故に迫害されたのでしょうが真柱派の行った迫害には理解に苦しみます。
先人の足跡7 【上田ナライト 】おやさまの娘分として、神一条の生涯 tenrikyo
https://www.youtube.com/watch?v=fdddLYS7Xos
>中山家の者を皆が中庭に引き出して殺すだろう、という程の「真実」
我々末端の者には知る由もありませんが、「殺すだろう」と言う位酷いことなのでしょう。
教義の改竄や捏造で金と権力集めに利用したとか、本席やナライトさんを迫害・追い出したとかも有るでしょう。
それよりもっと酷い事を想像してみた(あくまで想像ですよ)のですが・・・、
「教祖様を警察に売り渡した張本人だから」
根拠については、ここでは省かせていただきます。
他の記事コメントからの転載
天理教本部中枢悪党リスト
2017年1月29日 12:23 PM
内統領 山澤廣昭
表統領 中田善亮
本部員 島村廣義
本部員 深谷善太郎
本部員 中山治信
本部准員 高井久太郎
この6名以外に心当たりがあったら追加していってください。
次なる被害者を出さないためにも、皆でこのリストを完成させて注意喚起していきましょう!
末端教会子弟
2017年1月29日 6:28 AM
>「教祖様を警察に売り渡した張本人だから」
ピン!っときたけど、
「百十五年の じょうみょうを. ちぢめておんみ かくされた」???
中山家の誰かが毒盛ったな
随分昔の、時の政府、体制側の調査資料ではありますが、現行天理教の教えている事、やっている事とほとんど変わらないことに驚かされます。天理教団は、当時と何ら変わっていない、と理解せざるを得ません。あまりによく書かれているので、長くなって申し訳ないですが、所々抜き出してみました。皆様方には、是非ともこの資料、通してお読み頂きたく思います。
『昭和11年内務省警保局(天理教関係資料)より
『天理教教義なるものは、仮令それ自身としてはよきものを持っていても、その個人的社会的弊害、客観的影響、決してこれを軽視することを許さないのである。天理教教義は文字の上での解釈や意味よりも実際上の機能と言う点からは、搾取のために巧妙に織り成された一つの組織であるとも考え得られる。事実はそのためにのみ働いている仕組みである。
教祖伝- 教祖雛形の道
天理教信者たるものは、「助け人衆」「神の用木」として「家屋敷家財道具を売り払ってこれを天理教本部にあげることにより」無一物となって谷底へ落ち、教祖の通ってきたと同じ途をたどらなければならぬと強調し、その実行を迫るのである。
(二) 神観
天理王命とは、十柱の神総名総称であるが、その各々の神の属性は、・・・人間身体の各部の守護に配当され、それらは神からの借物である。
(略)
神々の属性を、人体に関する素朴な考へ方と結び付けて、而もそれを病気(身上)生活上の不如意(事情)の場合に説くのである。 病気で苦しみ、不遇に泣いている時それとは何等必然的関係のない原因を持って働きかけられ、神様を道具として攻め立てられる。而も最後の頼み、一意の望みをかけさせておいて、たださへ無知な大衆である。かかる逼迫の場合、弱みに付け込まれ、希望でつられて、是非、確否、正当な判断の行はれよう〇地などはなく、そこには熱狂的な夢想が支配するだけである。(以下略)
(三) 病理観・・・
・・・ここに注意すべきことは、一教師又少数の教師がタマタマかかる病理観によって布教していると言うのではなく、かかる考え方は天理教教師養成機関たる天理教校に於いて、「御助けの実習」として教えられ訓練されつつあると言う事である。そしてこれが、又天理王命の守護、借り物と結び付けられて説かれると言う事である。
(略)
以上身上事情に就いて一々は挙げなかったが、これに対する方法を一言にすればこうである。「因縁は先回りする。恐ろしいことや、一日も早く天理親神様からの借り物の生命、身体、財産をお返ししなければならぬ。先ず身代即ち財産は身の代わりとしてお尽くしをしなければいかん。」と。又曰く「因縁なら通らにやならぬ通さにやならぬ」と。
(四)布教上の用語
・・・病人をとらえ、不幸な家庭を訪問して、その病象、不幸の成ってくる系図及びそれを除去する方法を一流の執拗さを以って説き教え、時に迫るのである。この時の具体的方法を最もよく示す言葉を拾って見る。
天理教では、如何なる病気も心の埃から来るのであり、それは神がその人をお道に引きいれる手引きであり、埃なることの警告であるとする。・・・種々に表現している。ひきよせ、おてびき、お手入れ、御意見、せきこみ、おためし、何れも神がその人を自分の手下へ引き寄せ、その心をためさんとして忠告し、且つ急いでいる、と言う意味。
病の原因は言うまでもなく、
因縁の理を悟れ
深い因縁の人(この因縁からは、逃れられない)
悪因縁を切りよい因縁をつなげ
因縁は先廻りするからのがれられぬ。
因縁なら、成るも因縁、成らぬも因縁
理は御道 御道は理
理をふき分けよ
理は千里一跨ぎ
かくの如き攻め道具を使っておいて金品を巻き上げるには体裁のよい言葉が使用される。
おつくし おはこび おつなぎ 理をたてよ
御返しせよ たんのうせよ 理をつけてお返しせよ
運び方が足らぬ時は、信者を「神の用木」とおだて、「神の道具」に仕立て、或は「神様の仰せ」「地場」としておどかし、上級教会や本部の命令には絶対服従を強い(その訓練は後に記す)命がけで金銭を運ばしめ、これが無くなれば日の奇進で労力搾取と最後の血の一滴まで絞り取る。
(略)
(ニ) たんのう
前生のいんねん、その日その日の因縁からは免れ得ない人間は、「いんねんなら通らにゃなならんとおさなゃならん、通ってはたさにゃならん」の教示の通り一切をいんねんの現れとして深く親神様の思し召しの程を熟慮し、「因縁と言う、因縁一つの理はたんのうより他に受け取る理はない」との神言を悟り、おはこび、おつくしをして、悪因縁の切り替えにたんのうしなければ何時までも苦しみ、救われるときは来ない。
(ホ) まことしんじつ
人間の心は埃の心を使って「悪いんねん」の種を播きがちである。かく心が動揺するのは、未だ真に「心の立替」ができていない征據である。それでは神様の思し召しに叶わない。故に始終心に鞭打って如何なる事があろうとも「たんのう」して「ほこり」を積まない様にすると同時に、進んでひのきしんに励まなければならぬ。かかる真の心の立替を親神は、「まこと」とも「じんじつ」とも教えてあると言う。かく心の立替をして誠真実の心になってこそ親神の思し召し、即ち天理に副うこととなる。「誠一つは天の理」かくて親神の守護がある。「日々受け取る中にただ一つ誠一つが天の理、天の理なら直ぐと受け取り直ぐと返すがひとつの理」「真実の心を神が受け取ればいかなる自由用もみなして見せる」「月日より真実試み定めて、受け取り次第返しするぞや」故に又、逆に言えば、守護をいただけないのは、まことしんじつの心がたらぬからで、「実が誠か、誠が実か見えねばわかるまい」との教示があり、身上事情を援けて頂くためには「誠と言う思案があろう、実という所があろう」と御説示なし下されあると言う。
天理教教義に於いてこれまで述べてきた所は、実際に於いて本教の教師養成機関たる天理教校の教科内容に於いて如何に説かれているか、これをその教本の中から一部分だけを拾って見る。
貧のドン底へ落ちきれ、谷底へ、これ雛形の道 (教祖伝講義二十頁其他)
元の理を知らず、理をたてぬから (おふでさき講義二十四頁)
この世は理で攻めたる世界 理のふしんをせよ (同 三十五,三十九頁)
身上事情は神様のなさること (みかぐらうた講義二頁)
神は身上事情を以って人に迫る (同 三十六,三十九頁)
出すべきものを出さず尽くすべきことを尽くさずに (同 二十七頁)
無理な願いをしてはいかん (同 二十七頁)
病気を助けてくださいとは欲だ (同 三十六頁)
勤めの理を欠いてお助けはできぬ (同 四十二頁)
徳をいただくには其れだけの価を出さねばならぬ (同 五十頁)
神様が取り上げてくださる道筋にはそれぞれ筋がある(同 四十四頁)
筋とは理である、理を欠かず理をたてねばいかん (同 四十五頁)
たんのうに魂をうちこめ (同 五十頁)
教命のために働けば子供や家の事はかまはずとも神様が看てくれる(同 二十七頁)
親一代のたんのうが子供の幸福への種蒔 (同 五十一頁)
親のたんのうと子の出世 (同 五十二頁)
一粒万倍の理 (同 六十五頁)
(略)
これまで、冗長に亘って述べてきた所を要約すれば、一つの具体的な病気は、埃の堆積か前世の因縁かによって起こる。故にこの埃を払い、悪因縁を切るには懺悔と奉仕の道を、具体的には「おつなぎ」「お運び」又は「ひのきしん」によって積み、親神の守護をいただかねばならぬ。と言うにある。人間の弱点である疾病その他を機縁として生活の転機を図らんとするのは悪いことではない。然し天理教の場合には、恐るべき悪意と悲しむべき弊害が必然的に伴う。
而して教会本部、若しくは一般教会に功労のあった者の子孫は、常に「理の親」として父祖の職と地位と権能とを世襲するのである。
序に「理の親」と言うのがあるが、これは、信徒の最初に入信した教会、又は教会長を指し、これには「理の親」として服従信〇しなければならぬ。そしてその信仰過程に於いて所属教会の任意選択を許さず、従って教師間に於ける信徒争奪の如きは絶無である。もって述べた様に、教会同志の間には自由競争を採り、信者に対しては教会の任意選択を許さないあたり、その組織の巧妙感歎の外はない。
(略)
『昭和11年内務省警保局(天理教関係資料)
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/keiho/keiho.pdf
匿名
2017年1月29日 8:12 PM
『昭和11年内務省警保局(天理教関係資料)より 国家機関の資料だけにしっかりとした調査内容と分析です。これは【天理教団マニュアル】と呼んでもおかしくない内容です。参考にいたします。ありがとうございます。
>中山家の誰かが毒盛ったな
秀司もまつえも亡くなる前日までとても元気だったそうですよ。
病で寝込んでるなんて事はなかったそうです。
元気な二人が、突然亡くなったということですね。
まつえは中南の門屋の座敷で口から泡を吹いて亡くなっていたそうです。
毒盛られたのかもと私に教えてくれた人が言っていました。
中山家の人が毒盛られるなんて 聞いてビックリ
秀司とまつえが死んで得する人は誰ですかね。
私はあの人しか思い浮かばない。
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が起こって我々を中庭に引き出して殺すだろう」
分家の言う我々って誰ですか?
確か分家は他家から養子にきてできた家系ですよね。
分家は
分家は何を隠しているんですか。
分家が殺されると思う程の真実(事実)とは何ですか。
詐欺ですか。横領ですか。それとも…?
「退職信者」さまのコメント
2017年1月30日 6:25 AM
>確か分家は他家から養子にきてできた家系ですよね。
「御分家」は、
中山玉千代さん(初代真柱子女で、二代真柱の姉であり、教祖が「こかんの生まれ変わり」と仰った人)が、山澤為信氏と結婚して立った家系です。
「こかん」さまの家系なんですかね?
中山御分家様。
>「御分家」は、
中山玉千代さん(初代真柱子女で、二代真柱の姉であり、教祖が「こかんの生まれ変わり」と仰った人)が、山澤為信氏と結婚して立った家系です。
「こかん」さまの家系なんですかね?
おそらく、教祖が「こかんの生まれ変わり」と言ったというのは、後の人が創作した話でしょう。生まれ変わりというのは同じ家系に生まれて来るとは限りません。
おそらく教祖の在世当時の人達の生まれ変わりは、伏魔殿のような本部周辺ではなくて、もっと僻地に生まれ変わっておられるでしょう。おそらく芸術家とかアーチストとして人を感動させ、人々の心を癒しておられると思います。
それは、本部周辺に生まれていたら異端として追放させられてしまうからです。
古い教会長さまのコメント
2017年1月30日 9:03 AM
>おそらく、教祖が「こかんの生まれ変わり」と言ったというのは、後の人が創作した話でしょう。生まれ変わりというのは同じ家系に生まれて来るとは限りません。
>おそらく教祖の在世当時の人達の生まれ変わりは、伏魔殿のような本部周辺ではなくて、もっと僻地に生まれ変わっておられるでしょう。おそらく芸術家とかアーチストとして人を感動させ、人々の心を癒しておられると思います。
>それは、本部周辺に生まれていたら異端として追放させられてしまうからです。
ほぉー、なかなか興味深い推論ありがとうございます。妙に納得してしまいました。
ちなみに「正文遺韻」の99ページに、
「小寒様御死去ノ時 三十年タテバ生レカへス ト仰セラレタリト」
と記述がございますが、玉千代さんの出生は、小寒さん死去の「27年後」ですからね。近いと言えば近いが、違うと言えば違いますものね。
古い教会長さま、ありがとうございました。
>分家は何を隠しているんですか。
>分家が殺されると思う程の真実(事実)とは何ですか。
>詐欺ですか。横領ですか。それとも…?
天理教は創立当時から、どろどろの伏魔殿だったのですね。
現行天理教には近づかない方が良い、とつくづく思います。近づくと足を取られる、底なし沼のようなところです。
「法律のお勉強をしましょう!」さまのコメント
2017年2月1日 9:14 AM
「宗教法人天理教」と 「宗教法人天理教教会本部」が、いかほどの法令違反を犯しているか、みんなで法律のお勉強をしましょう!
宗教法人法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S26/S26HO126.html
刑法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M40/M40HO045.html
組織犯罪処罰法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO136.html
民法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M29/M29HO089.html
「法人乗っ取り」には、あの教内有名弁護士も絡んでいるという話なので、
弁護士法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO205.html
弁護士職務基本規定
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/data/rinzisoukai_syokumu.pdf
日本弁護士連合会(日弁連)会則
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kaisoku/kaisoku_no_1_160422.pdf
そして、天理教本部の法令違反・違法行為が認識できたら、
「センテンス・スプリング」さまのコメント
2017年1月24日 8:14 AM
さあさあ、どんどん告発、告発! さあさあ、ドンドン通報、通報!
奈良県警察 情報提供
(※奈良県以外の事件は各都道府県警察へ情報提供またはご相談ください)
https://www.police.pref.nara.jp/cmsform/enquete.php?id=2
消費者庁 相談窓口
http://www.caa.go.jp/region/shohisha_hotline.html
文化庁 宗教法人問い合せ
https://inquiry.bunka.go.jp/InputForm.aspx
NHK「ニュースポスト」
http://www3.nhk.or.jp/news/newspost/agreement.html
日テレ「news every.」
http://www.ntv.co.jp/every/form/index.html
TBS「Nスタ」
http://www.tbs.co.jp/n-st/mail/
フジテレビ「みんなのニュース」
http://www.fujitv.co.jp/minnanonews/bosyu.html
週刊文春「文春リークス」
http://shukan.bunshun.jp/list/leaks
朝日新聞「こちら調査報道班」
https://www.joho.asahi.com/
新宗教の信者激減 10年後に消滅する教団も 投稿者:NEWSポストセブンより 投稿日:2017年 2月 1日(水)18時32分59秒 返信・引用
興味深い記事が見つかりました。
以下記事内では、天理教の信者数は2015年に117万人との数字があげられいますが、多すぎるように思います。
新宗教の信者激減 10年後に消滅する教団も
http://www.news-postseven.com/archives/20170201_480409.html より。
日本の新宗教界に異変が起きている。天理教、立正佼成会など大手の信者数が軒並み激減しているのだ。
その背景には何があるのか、宗教学者の島田裕巳氏が解説する。
* * *
創価学会の信者数は今のところ横ばいだが、他の新宗教に目を向けると信者数の減少に歯止めがかからず、もはや消滅の危機を迎えている。
文化庁「宗教年鑑」にその傾向ははっきり表れている。江戸末期に成立した天理教は1990年に約180万人いた信者数が2015年に約117万人と、25年間で3分の2に縮小している。
立正佼成会も同じ期間に約633万人から約283万人と半分以下にまで落ち込んでいる。注目すべきは、2014年から2015年の1年間だけで実に26万人減少していることだ。このペースで減り続けると約10年後には教団は消滅する計算になる。
この背景にあるのは先進国に共通する「宗教消滅の危機」と同じ理由による。
1990年代以降にインターネットが普及し、人は何か悩みを抱えても、教会の門を叩くより、まずはネットで検索するようになった。
日本人の多くは欧米では日曜日に教会に行くものと誤解しているが、ヨーロッパではミサに集まるのは高齢者ばかりで、その数も年々減っている。アメリカでさえ無宗教が増えている。
そうした社会ではすでに宗教的カリスマを必要としなくなり、心の拠り所は“ゆるキャラ”で充分ということになる。
日本の新宗教が信者を増やしたのは、高度成長期に地方から都会に出てきた人を取り込めたことにある。希薄になった人の繋がりを宗教に求めたからだ。しかし、現代の若者は何か困ればスマホがあり、人間関係はSNSで築く。それでは宗教の出る幕がない。
その意味では、創価学会も同じかもしれない。聖教新聞を配るバイトは敬遠され、日々の生活で経を読む勤行をあげれば報われるといった信仰心は薄れていく。しかし、前述したように、宗教を超えた日常を基盤とする組織を構築できたことが、他の新宗教にはない強みとなっている。
新宗教の教団が軒並み消滅した後でも、その枠を超えた創価学会だけが、人的ネットワークの強みを発揮して生き残る可能性は高い。
※SAPIO2017年2月号
http://www.news-postseven.com/archives/20170201_480409.html
文化庁編「宗教年鑑 平成27年版」によると、
【天理教】
教会数 16,358(うち宗教法人 13,875)、 布教所数 16,739、 計 33,097。
教師(教人)数 147,327(うち男性 58,187、女性 89,140。
信者数 1,169,744。
(数字は総て平成26年12月31日現在のもの)
文化庁編「宗教年鑑 平成27年版」
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/hakusho_nenjihokokusho/shukyo_nenkan/pdf/h27nenkan.pdf
ちなみに、先日の「後継者講習会推進大会」で、井筒梅夫氏(芦津大教会長)が、
「現在ようぼく数は名簿上、約86万ですが、実動数から考えると、25万から35万の間、これが我がお道の現在の実力です」
と言っていました。
実働数様
86万人という数字に驚きでした。統計上ではさすがに100万はいると思っていたので…
そういう私もようぼくですが、実働数ではないと思いますし、
30万前後という認識であれば、本部含めた教会関係者がほとんどということでしょうね。
「マコ」さまのコメント
2017年2月2日 10:38 AM
>実働数様
>86万人という数字に驚きでした。統計上ではさすがに100万はいると思っていたので…
>そういう私もようぼくですが、実働数ではないと思いますし、
>30万前後という認識であれば、本部含めた教会関係者がほとんどということでしょうね。
悲しいかな、でも事実のようです。
「こどもおぢばがえり」も30万!とか言っていますが、大人も含めた延べ人数ですからね。
さて「推進大会」は、まず中山大亮氏が挨拶し、次に井筒梅夫氏、そして諸井道隆氏(山名大教会長)と、壇上で話をされていましたが、どなたのお話も、切羽詰まり切っているような印象を受けました。
ただ、大亮氏の、
「一ヶ月前まで大阪のアパート暮らしだった私ですが、中山家に養子縁組が決まった途端に、周囲の態度が一変して…」というお話を聞いて、近くに座って居たおばちゃん達が涙を流しているのを見ました。
今回、本部は大改革を余儀無くされることと思いますが、その断行後は「この若者に賭けてみよう」という思いを、少なからず湧かせてくれたご挨拶でした。まあ、一縷の望みなんですが…。
実働数様
推進大会というのがあったんですね。そこにご出席されているということは、活動されている方だと
思います。
だいすけ様がそのような発言をしたのは、周囲からはゴーが出ていたのでしょうか。
それとも、本当にだいすけ様の本心というか、そんな感じだったのでしょうか。
ご婚約者の方のことも少し知っているので、ここで聞く本部の話を聞くと、
少し心配になります。
もし明るみになるなら、どうかご結婚までにはっきりさせてほしいです。
実働数様
貴重なお話、ありがとうございます。
すみません。読解力不足で、大亮氏の話のどこにおばあちゃん達が涙したのか、わかりません。
孤独だって事でしょうか?
実働数様
貴重なお話、ありがとうございます。
すみません。読解力不足で大亮氏の話のどこにおばあちゃん達が涙したのか、わかりません。
以前、大亮氏がアメリカで高級車を乗り回して遊び歩いていたという書き込みがあったことと関係ありますか?
末端教会子弟様。
>読解力不足で大亮氏の話のどこにおばあちゃん達が涙したのか、わかりません。
以前、大亮氏がアメリカで高級車を乗り回して遊び歩いていたという書き込みがあったことと関係ありますか?
アメリカで高級車を乗り回して遊び歩いていたというのは、親父の善亮さんの話だと思います。
「おばちゃん達が涙を流した」というのは、「一ヶ月前まで大阪のアパート暮らしだった・・」とか「中山家に養子縁組が決まった途端に、周囲の態度が一変した…」ことに、恐れ多くも真柱継承者という立場の方が「大変だったね・・・」という事でしょうか。まぁ甘い話です。
我々の方がもっと大変な日々を送っているのですがね。
人間は、楽な環境にはすぐ慣れる、ということですが、大亮さんには、そのアパート生活をいつまでも忘れないようにして頂きたいですね。そのうちに、周囲にかしずかれ、〇百万のお供えを受け取ることに、何の抵抗も感じなくなるかもしれません。パンダのお父さんが付いてますからね。そのうち、自分の頭もパンダにならないように、自戒して頂きたいです。パンダ父さんに、苦言を呈するくらいの方だったら、天理教も変えていけるでしょうけど・・。
おはようございます。
大亮くんに期待できるか? それは難しいでしょう。大学ポット出の青年は昔に比べかなり精神年齢は低下していると聞きます。
>「一ヶ月前まで大阪のアパート暮らしだった私ですが、中山家に養子縁組が決まった途端に、周囲の態度が一変して…」というお話を聞いて、近くに座って居たおばちゃん達が涙を流しているのを見ました。
この涙は、現状苦しい中でも次ぐ青年に対する唯の同情の涙程度にしか聞こえません。 アパート暮らし? それもお供え そのお供えで何か革新的なことをできないと何にも評価できることはございません。 近々で言いますと、「大亮の実父 表統領 中田善助など 乗っ取り事件の関与者全員の首を飛ばす」これぐらいのことをしないと評価はできませんね。 後は本部の体制改革 盟家だけでの本部や教団運営に限界が来てるところで、家柄でなく、能力でその人選をできるか? ぐらいです。大亮くんにできるか?答えは見え見えの無理ですよ(笑) いくら真柱後継者でもたかが青二才 周りの家からしたらただの小僧 所詮【大亮は傀儡の操り人形】としか評価はできません。これが現実です。なんだか機関紙で「大亮さま!大亮さま!」とアピールしてるから特別な感覚をもたれる人も居るでしょうが、所詮 【教祖に背いた悪因縁深い異端中山家】のいつもの養子ですしね。なんの特別な事でもない。
社会学の閲覧者でも、非現実的な願望を描く人がいるのが正直残念に見えましたが、これも社会学さんの記事でも御座いました様に、「大亮 大亮!」目にし過ぎてよからぬ願望を描いた性でしょうか?と差っぴいてみてました。
初代真柱からざっと書いてみました。付け足していってもらってリスト化希望です。
・真柱体制の初代真柱は 首の病 身の上さとし から申せば 「目上にさからったから」あれ?真柱の目上? つまり 本席<おやさま<親神様 と神に背いたとまさに見せられる。
・二代は 皆さんもご存知の【下半身王】 と やかた等建設物を建てて(これがもとでで現在の本部の財政状況悪化) 女性問題をおこしまくる在籍にめかけ家系が今でも存在する。公表はしないが羞恥な周知の事実
十全の守護どうりの結果 つきよみ と くにさづち の相互の使い方の悪さが原因なだけ(あれ天理教の頭がこれですか?(笑))と失笑されるしまつ。
・三代は二代の女遊びから実父に対する【怨恨の人】 その癒しの逃避先として 歌狂い で有名 景気的には一番よい時代で 高級外車を数台お供えされ保有 しかし具体的に教団に対して影響を与えられたか?と考えると疑問視か残らない男
4代真柱は現真柱であり、【足の身の上】を持った男 数代前の生まれ変わりでは? と言われるが何れにせよ 【あしのちんばがいちのざんねん】とおふでさきでもあるように、おみちを歩んでない結晶の男 本人に責任はないかもしれない。初代から三代までの悪しき因縁を背負って生を受けたのかもしれない。しかし 現在 実弟の 中田善亮 を 表統領 に就任させ 美人局疑惑や乗っ取り事件など様々トラブルを起させてしまってる管理者責任を今後どう始末をつけるか? というところ そもそも期待はできない。
時期後継者 中山大亮(旧姓 中田大亮)
中田善亮の実の息子 子無しの中山家に養子 天理時報など機関紙で異常なぐらい持ち上げられてるが、唯の大卒の若造 周りの在籍の家々の操り人形になって終わりの予感 表統領 中田善亮の摂政政治のただのパンダとも言えるパンダ親子である。
簡単にまとめただけでも 真柱体制を作った中山家はごくつぶし以外の何者でもないですね・・・
中山分家が八島に「中庭に引きずり出されで殺されてしまう」と言葉を残すほど、暗殺の歴史?と疑われるほどの血なまぐささ しかも教祖毒殺疑惑も ここまで来ての様々な露呈された事象は【終焉の序曲】にしか聞こえず。これは神が奏でた序曲だと疑うものも少なくないのでは?と察するばかりです。
>30万前後という認識であれば、本部含めた教会関係者がほとんどということでしょうね。<
三日講習会などに参加するのも、多くが教会関係者です。参加者がいないから教会長夫人などが数字のかさ上げに動員されています。また大教会でも「使用人」として使う青年がおらず、ターゲットになる教会子弟からでさえも断られている始末。台所をあずかる「住み込み婦人使用人」も新たには見込めず、一度台所に放りこまれたら、逃げられない現状。ご本人は洗脳状態ですから満足しているのでしょうが、傍からみると、お気の毒としか見えません。
上もご本人の社会的自立の事などは認識外で、年をとって社会に出たにしても自立の為の経済能力を奪っているので、まったくの使い捨てです。無責任この上ないです。
表に向いては人助けを叫び、内に向いては会長家族のための食事や掃除や雑用をさせるための「使用人」を都合よくかこっている。
信者が減って、何かにつけて、全てが自転車操業のようにしか見えません。
修理人巡教は本部員、本部準員の小遣い稼ぎと言われ、1日3~4か所を回られる。
大亮さんは、奈良教区の修理人になられました。担当の教会を回られるのですが、お礼は一切要らないそうです。
普通、修理人が来たら(30分~1時間の話をして)1万円ないし2万円のお礼を持って帰ります。
他の教区の修理人も見習ってほしいものです。
古い教会長 さま
>アメリカで高級車を乗り回して遊び歩いていたというのは、親父の善亮さんの話だと思います。
失礼しました。
父が父だけに、アパート暮らしもどんなアパートかとも思いましたが、
>担当の教会を回られるのですが、お礼は一切要らないそうです。
からすると、多少はまともですかね?
まだ猫かぶってるだけですか?
古い教会長
2017年2月3日 8:13 AM
修理人事態が実際は出来の悪い本部のボンボンの研修の一環ですからね(笑)お礼に関しては渡さなければいいんです。なんで研修生に金を渡さなくてはいけないのか? そもそも本部の研修の一環なので本部から金を出すべき案件です。 修理人もとい世話人も宗教法人法にはそんな規定は御座いませんし合法的権利もない立場です。それはおろか修理人や世話人が不満者を募り、教会乗っ取りを図った不当行為の歴史もありますから廃止すべきです。
元々公家政治が原型で、天皇や公家衆を動かすために各大名が金品や贈り物をしていました。それと同じ状態で且自ら出向する公家となんとも厚かましいのが修理人と世話人制度であります。
乗っ取り事件の話でも「女はだまっとれ!」等等世話人や修理人の分をわきまえない言動があるそうですし、早く廃止すべきです。今や教ないも、修理人が部内から修理され 世話人が部内から世話人が世話される時代では本末転倒であります。
中山大亮 に期待できる意味がわからない。様 2017年2月3日 4:50 AM
>大亮の実父 表統領 中田善助など 乗っ取り事件の関与者全員の首を飛ばす」これぐらいのことをしないと評価はできませんね。
なるほど、その通りですね。実父を罷免する、これくらいのことをして頂きたいものですが、しかし、そんなことをしようとすれば、大亮さんの方が、中山家ファミリーから、「幽閉、押し込め」の目に遭うかもしれませんね。アホな殿さまを、家来たちが「幽閉」して、藩を守って来た如く。天理教上層部の感覚は江戸時代なのでしょうからね。
やっぱり、天理教が、変わることはないかも。
さっちん 2017年2月3日 9:57 AM
異端中山家を本部もろとも倒産させたらいいのですよ。そうすればそのショックで各大教会特に本部真柱派の手先大教会は一気に方針転換せざる負えないので真実の天理教が待ってるでしょう。 本部という穴が開いてそこに神様が降臨してくださりますでしょうし
古い教会長
2017年2月2日 7:11 PM
末端教会子弟様。
>読解力不足で大亮氏の話のどこにおばあちゃん達が涙したのか、わかりません。
以前、大亮氏がアメリカで高級車を乗り回して遊び歩いていたという書き込みがあったことと関係ありますか?
アメリカで高級車を乗り回して遊び歩いていたというのは、親父の善亮さんの話だと思います。
「おばちゃん達が涙を流した」というのは、「一ヶ月前まで大阪のアパート暮らしだった・・」とか「中山家に養子縁組が決まった途端に、周囲の態度が一変した…」ことに、恐れ多くも真柱継承者という立場の方が「大変だったね・・・」という事でしょうか。まぁ甘い話です。
我々の方がもっと大変な日々を送っているのですがね。
↑そりゃ朝から晩までここに張り付いてたら生活も苦しくなるでしょう。
信者さんいないんでしたっけ?
批判しまくる割に宗教法人の土地代払わなくていいのに助けられているんじゃないですか?
悪く言う割に「教会長やめます」と言わないのは結局甘い蜜を吸えてる部分もあるからですか?
法律のお勉強をしましょう!さまのコメント
2017年2月1日 9:14 AM
>「法人乗っ取り」には、あの教内有名弁護士も絡んでいるという話なので、
すいません話題さえぎって。あまりにもショッキングだったので‥
これもしかしてあの弁護士教会長さんのことですか???
うわぁー超ショックなんですけど↓↓↓
わたし、お話、自教会で聞いたんで‥
この乗っ取り被害の大教会の名前を聞いちゃったんです昨日‥
たしか弁護士先生の大教会って〇〇だって言ってたんですよね。
失礼だけど初めて聞いた大教会だったから逆に印象深くて‥
自分の大教会に乗っ取りとか仕掛けてるならぁ最悪ぢゃないですかぁぁぁ‥
ああ、弁護士先生とかでも悪いことするんですね‥
はやくねてわすれたいよーんんzzz
崩壊寸前だから、上にはお供えせず今のうちに蓄えておこう。
って書いているのを読んだが、
教会長さんたち働いてないんだよねー。
だとしたら上級にはお供えしないで信者さんたちのお供えを貯めておこうってこと?
信仰にお金いらないって書いていて
ちゃっかり信者さんたちからお金いただくの?
お供えはいただけませんってちゃんと伝えてるはずだよね。
でなかったら、あんたちのやっていることは本部と一緒だね。
教会を運営するためにはお金が要る?
じゃあピラミッド組織を認めることになっちゃうじゃん。
自分は上の匿名さんとは別人だよ。
批判攻撃まっただ中、匿名さんよく書いたなって思ってさ。
自分も思わず書いたってわけ。
ちなみに自分も天理教は大嫌いだけどさ。
主観ですが、イメージを書いてみました。
二代真柱
プライベートは周知の通りだが、
教内外の有能な人物と多く交流を持ち社交性はピカイチ。しかし、館建築や倍加運動などやり過ぎた。教理の復元を試みようとしていた唯一の人物。
三代真柱
プライベートは良き家庭人だった。教内のイエスマンとの交流が主であった為、情報が偏る。教外との交流は積極的にしない。教理の復元はイエスマンに止められたのか、ほぼ無し。
四代真柱
プライベートは歴代で一番質素。
内向的で、教内の気心の知れた数人の幼馴染と奥様にしか心を開かない。教外との交流はもっての他。
教理の復元は興味があったのか、無かったのか、本人に聞いてみないとわからないが、この先も何か起こりそうな気配無し。
五代真柱予定者
おそらく何処にでもいる感じの良い青年。近い親族とは言え中山家で育っていない為、気苦労は多少ある。
完全なスマホ世代の為、情報を得ようとすれば何時でも何処でも得られる為、思考に偏りはないかもしれない。もしかすると、教内の惨状を一番知る事が出来るかもしれない。
しかし、教理の復元については年月があまりにも経過し、彼が真柱になる頃には化石化されてしまい期待は全く出来ない。
以上です。
2017年2月3日 12:07 PMの匿名 様。
>崩壊寸前だから、上にはお供えせず今のうちに蓄えておこう。
って書いているのを読んだが、
教会長さんたち働いてないんだよねー。
それが・・・、ほとんどの会長さんは働いています。その中から教会の維持費とお供えを捻出しています。
>上級にはお供えしないで信者さんたちのお供えを貯めておこうってこと?
信仰にお金いらないって書いていて、ちゃっかり信者さんたちからお金いただくの?
わが教会もそうですが、部内が沢山ある教会は別にして、信者さんから頂くお供え以上に上級に持って行っています。
大多数の教会長は年金やアルバイトの中からお供えをしています。
ここ最近上級会長に、ちょいちょい、カインさんの記事や、東京天理教館の事など、送ったりしてましたけど
先日の上級からの手紙でございます。
「あなたがいろいろ調べて送ってくださいますが、お供えは神様に一か月の御礼と、又この月を何とか守って頂きたいとのお願いのつもりでさせて頂いていますので、その先々の事は考えません。まして、(送って来る記事は)信用もできません。大教会長様、日々、本当に勤められています。・・・(中略)」
上級の文章も、これまでより、厳しくなってきてるようです。
今年は大教会の創立記念日、又、大教会から先生のお入込がある、とのこと、です。(一方的にそのような事を書いて来てます。こちらの意志を無視して。)
うんざりしますね。ほんとにう・ん・ざ・り、です。
2017年2月3日 11:33 AMの匿名 様。
>そりゃ朝から晩までここに張り付いてたら生活も苦しくなるでしょう。
信者さんいないんでしたっけ?
批判しまくる割に宗教法人の土地代払わなくていいのに助けられているんじゃないですか?
悪く言う割に「教会長やめます」と言わないのは結局甘い蜜を吸えてる部分もあるからですか?
久しぶりに、本部っぽい人が登場して下さり嬉しい限りです。
お陰様で信者はいなくても、大きな御守護を頂いて、悠々と楽しんで日々を送っています。
親神様・教祖の為に天理教内に居て、知っている限りの情報を発信し続けます。貴方にとって、とっても目障りでしょうね。「絶対に教会長はやめません。」それは、教会長が発信している事に値打ちがあるからです。
中にいて、中から発信して行きます。教会長の本音も一杯聞けますし、天理教団の本音も垣間見ることが出来るからです。
貴方のコメントに刺激をうけて、天理教が変わるか潰れるまで益々発信し続けますよ。有難う。匿名さん。
しかし皆様は、天理教をどのようにしていきたいとお感じなのでしょうか。
本部へのお供えをやめて、本部員の疑惑が明るみになって、建造物の縮小…?
したら、いい天理教が戻って来るのでしょうか。
昔はただ、お道の教えを世の中に広める(布教)ことと、人助けという
信仰の指針?があったのかなと思うのですが、
今は教団維持とか人数集めとか、イベントの成功とか月次祭とか講習会とか、
それをこなしていくパフォーマンスばかりだと思うんです。
私も、困ったことがあって教会の人に相談に行ったとき
「鼓笛とか色々あるから」と、そう遠くないのに1ヶ月一回くらいしか会わなかったり、
会いたきゃ来いみたいな雰囲気もありました。
話が脱線しましたが、ここにいる人は天理教の持ち直しのためには、
「過剰なお供えはもう辞めよう」を目標となさっているのでしょうか。
信仰そのものの目指すべき姿というのはどのように考えているのだろうかと興味があります。
てるみなん@天理垢さま
2017年2月3日 12:06 PM
>あまりにもショッキングだったので‥
>これもしかしてあの弁護士教会長さんのことですか???
>うわぁー超ショックなんですけど↓↓↓
私、5、6年前にその先生のお話聞いたことあったなぁー、と思っていたらありました。ここで聞きました。
http://fukyo.tenrikyo.or.jp/h-sc/wp-content/uploads/2011/06/sinnpojiumyoukou.pdf
弁護士が犯罪に関与?本当なんですかね??
マコ2017年2月3日 7:02 PM
>話が脱線しましたが、ここにいる人は天理教の持ち直しのためには、「過剰なお供えはもう辞めよう」を目標となさっているのでしょうか。
>信仰そのものの目指すべき姿というのはどのように考えているのだろうかと興味があります。
大切なのは、「天理教」の捕らえ方です。以前からのコメントで皆さんが書いてくださってるように教団を運営する本部は天理教から考えると異端です。「神に背いた異端真柱派中山教」 と表せるでしょう。「天理教」をちゃんと信仰したいなら、その「神に背いた異端真柱派中山教」の本部を倒産させる事が第一です。なので本当の復元をするには 真柱体制を崩壊させることです。
信仰を理解する上でまず二つのことを理解すべきです。「盲信と妄信」
【盲信】
[名](スル)わけもわからず、ただひたすらに信じること。「権威の説として盲信する」
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/218564/meaning/m0u/
【妄信】
[名](スル)むやみやたらに信じること。ぼうしん。「記事を妄信するな」
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/218563/meaning/m0u/
さっちんさん のコメントでもあったように、
「内容が怪しいと調べもしない上級教会」本当は不都合だし知りたくないから自分が出来る話をしだす【教内に多い大多数の盲信で妄信する無知な偽善者】の典型例ですよね。
この「盲信と盲信の理解」を前提にしてしか信仰は語れずです。
盲信と妄信(もうしんともうしん)
2017年2月3日 8:00 PM
興味深い内容ですね。まさにその通りです。皆盲信し盲信しているといえます。それは教内に限らすだとも思います。しかし現代は先日の週刊誌の記事
1990年代以降にインターネットが普及し、人は何か悩みを抱えても、教会の門を叩くより、まずはネットで検索するようになった。 http://www.news-postseven.com/archives/20170201_480409.html
と有るように本当に時代も人々の考えも進化しています。一般の若者ですら宗教家並やそれ以上の知識を有している時代なのです。 それを教内の人は愚か本部の人間すら気が付いてないで密閉型の時代錯誤世界になってしまったこの教団というべきでしょう。現代の若者の音楽をきいいても感心させられる内容も多くございます。
今回は一例を挙げてみようと思います。
SUPER BEAVER らしさ
https://www.youtube.com/watch?v=RdEIZiO9a8o
自分らしさ他人らしさを考えさせる 歌です。歌詞では「コンビニの太字を気にしていたんだろう、でもねそれでもね見えるものがあるんだよ きづいてよ」 ととても考えさせる内容です。
教内の人は、3原点を元に信仰をしていますが、その原点に書いてある文字面を鵜呑みにするのでなく、それを自身の読解力で噛み砕いてその先を見つめなくてはいけないのです。しかしその読解には様々な他の情報が必要なのです。
それにその三原点も真柱派による【不都合な改竄と隠蔽】は以前よりコメントでも出てきてます。それを理解した上で その【本部の改竄と隠蔽】を「行間より読みとる」等の日本語にはすばらしい言葉が御座います。
らしさ の歌でもあるように「見えるものがあるんだよ!見えるものに気づいてよ!」と見えるものが見えてくる日が必ず訪れます。
イメージ様 2017年2月3日 12:40 PM の
「五代真柱予定者 の イメージ
おそらく何処にでもいる感じの良い青年。近い親族とは言え中山家で育っていない為、気苦労は多少ある。
完全なスマホ世代の為、情報を得ようとすれば何時でも何処でも得られる為、思考に偏りはないかもしれない。もしかすると、教内の惨状を一番知る事が出来るかもしれない。」
を、ツイートした直後に、「書いてくれてありがとう」という返事のツイートが入りました。
安藤吉人さんという方からでした。
私が「大亮さんですか?」と質問ツイートすると
「そうです。大亮さんです✨僕は青年会委員長の安藤です。」とのお返事でした。
社会学さんで、大亮さんに対する期待と、どうせ無理だ、と、いろいろ意見書かれてるから、お読みください、と返事しておきましたよ~。
ええ~~?!(今頃、興奮している。)
さっちん様
すみません、その安藤さんと言うのはいわゆるハンドルネーム(ネット上での名前)であって、
実は本人です、と言う意味ですか?事実なんでしょうか?
奥様になられる方も、SNS関係一切削除なさってるようなんですが…
(本人が削除を決めたのか、SNS禁止なのかは分かりません。奥様になられる方の知り合いから聞きました)
確か「そうです、大亮さんが、側にいます。」というツイートも来てた筈なんですけど、そのツイートは消えてましたね。
ん?待てよ、もしかして、いたずらだったのかしら~?もしかして・・。 その大亮さんの返事も。
青年会委員長の安藤さんは、私のツイートのフォロワーに、さっきからなってますけど。何だか、青年委員長らしからぬ、キャンペーンとか、そんなツイートばかりだぞ。怪しいな、青年委員長に安藤吉人って人いるのかしら。
もしかして、2人共、偽物だったかも・・・。
安藤吉人さんは実在しているようです。私がツィッター見た限り、アカウントは安藤さん本人だと思います。根拠は無いんですが(笑)。
あのドラマのような一連の流れは、そう思いたいです。
実在はしてるとしても、ほんとに青年会委員長でしょうか?プロフィール見た限り、風船を頭に被ってて、とうてい委員長とは思えませんけど・・。多分いたずらだったんでしょう。皆様、お騒がせ致しました。申し訳ありません。安藤吉人とかいう人はブロックしてやりました。
さっちんさん ゆきんこ さん 今流行の成りすましでしょ(笑)大亮くんと安藤吉人くんが書き込み分けないでしょ(笑)
大亮くん安藤くんがこの状態でSNS開設してたら一気に炎上してパンクするしね(笑)
ネットは甘くないですよ! 大亮くんだろうが真柱だろうが晒し首 が始まりますからw 今ここでもう晒し首にされてるのに(笑)
それに大亮くんの嫁はSNS削除したとなると本人からなら良いけど、他人から仕向けられたらまるっきり洗脳です。期待なんてしてる時点で さっちんさん ゆきんこさんが傷つくだけです。
ついに正体現したきつね、青年会本部委員長の安藤。やつの嫁は問題の善亮坊ちゃんの娘ちゃん。名前は忘れたけど。安藤の親父は道友社の次長?副社長。。偉そうな物言いの救いようのないあほ。天理時報って3分読んだらはい終わりの新聞ですけど。。。。あんな売れない新聞の手配りに心血注いでね、全くわからないコンセプトやわ。
つまり、善亮坊ちゃんの娘と、本愛の会長の息子(青年会の委員長)は夫婦。こいつらの時代に天理教は移行するんやろな。トランプ並みに自己中心主義も徹底すれば世界の常識になるような。
天理教の真柱や統領がSNSを開設して批判否定を受け入れられたら大したものですよ!
それが出来ないから、ネット依存セミナーなど 時代錯誤なセミナーしてるんですよ(笑)
今やスマホ時代で皆ネット依存してるのでもうネット依存は死語ですしね意味不明なセミナーです(笑)
ただ教団にクレーム処理能力があったのならば現在のような資金難にはならなかったでしょう。乗っ取り事件も起こらなかったでしょう。つまり本部上層部に理解力 社会学さんの記事で言いますと、「上層部の知的劣化」以外の何者でもないのです。それなのに悪人探しをしている上層部 お前らが一番悪人なんだよ!こういうのを日本語で「盗人猛々しい」というのです。
一言言わせてもらうと、一塊の本部員程度では人事権も資金管理の権限、何一つありません。Zの顔色伺うだけです。もっと言うと内頭領(こいつ一番こそくな奴)も、真柱もありません。
Zこそが天理教なのです。つまりオール天理になりさげた張本人でしょう。教祖は世界いちれつをたすけるために月日のやしろになられたけど、Zはオール天理のためだけに、沈みかけた泥船にモーターを付けようとしているのでは?沈没は目に見えてるのにね。
でも起死回生の一手はあります。全教会を本部直属の教会にして給与制を確立することではないでしょうか?そうなれば本部は各都道府県一カ所程度に教会を絞る方向に舵を取るでしょ。教会長も世襲制ではなくなるし、取った取られたの信者争奪戦も起こらないだろうし、何よりもぢば一筋になれるのではないでしょうか?
大教会も、上級も、部内もなくなります。教祖の仰った「講」それがシンプルで「無理に来いとはいわんでな。付き来るならばいつまでも良し」という世界に近づけませんか?
本部員に外国人も女性も出てきます。オール天理ではなく、オールワールドになりませんか?
ぱんださんの、全直属の案はその昔ならありえたかもしrねあいけど、過去から現在まで全ての悪事がばれた本部の直属なりたいとわ思いません。返って大教会が防波堤になっているとしか思いません。あの関根豊松の愛町が大教会に成らない理由はそれです。 本部からのお供えノルマを上げられる そして本部の無知で傲慢なやつが来なくて住むからでしょう。
匿名さま
2017年2月3日12:06 PM
〉私、5、6年前にその先生のお話聞いたことあったなぁーと思っていたらありました。ここで聞きました。
http://fukyo.tenrikyo.or.jp/h-sc/wp-content/uploads/2011/06/sinnpojiumyoukou.pdf
〉弁護士が犯罪に関与?本当なんですかね??
結婚前の、私のアイドルだったウチの大教会長さんのお話を聞きに行ったら、一緒にお話してましたよ。
http://fukyo.tenrikyo.or.jp/top/wp-content/uploads/2013/07/kaisaiyoukou2.pdf
教会の奥さんしてます
2017年2月4日 4:24 AM
その弁護士は決断ミスしましたよね。いくら客先の依頼でもその報酬が数百万でも数千万でも数億でも、違法性をわかっていながらの黙認或いは行為は弁護士な時点で(違法性を知らないでは済まされません)弁護士資格停止に成ります。一旦資格停止されたら事務所は回せない弁護士会も狭い世界もう弁護士では食べていけません。その間何で食いつなぐの?元弁護士とか「悪人でしょー」と後ろ指刺される社会のお荷物でしかないです。
違法行為は反社会行為つまり天理教教会本部はカルト宗教になりましたねーメディアが動きだすのもあと少しかとそしてカルトの弁護士として有名なのがオウム事件の横山弁護士 余生もみすぼらしいですしね。
https://www.youtube.com/watch?v=av3h7jvIjKI
昨晩は、大亮さんの「書いてくれてありがとう」の言葉に、「何と気さくな方!ほんとに良い人かも!もしかして、天理教変わる?」と少々舞い上がっておりましたが、どうやら99,9%、偽物のいたずらのようです。お騒がせ致しました。
河原町大教会の、一枚檜板を散々クサしておきながら、大亮さんという、今の「ブランドネーム」と接触できた!と、感激していたのでは、説得力がなくなりますね。(オハズカシイ・・・笑)
マコ 様 2017年2月3日 10:52 PM の
>奥様になられる方も、SNS関係一切削除なさってるようなんですが…
>(本人が削除を決めたのか、SNS禁止なのかは分かりません。奥様になられる方の知り合いから聞きました)
という情報から判断しますと、、大亮さんは、SNSからの情報は、一切遮断されてるのでしょうか。そのように周囲から強制されたのか、それともご自分がそのように判断されたのでしょうか?
しかし、それでしたら、今までの真柱と同様、改革の期待はできそうもないですね。
さっちんさん 頼むわ(笑)
まず大亮で浮かれるとか修行が足りないやろ(笑)それにブランドとかどうでもいいしな(笑)そんな事より大亮は「親父の首取れるの?」等等色々課題があるでしょ(笑) 大亮に対する思いより さっちんさんはさんちんさんの名前を大切にしてや(笑)陰ながら応援してるんやから(笑)ほんまたのんますわ
さっちんさん 頼むわ(笑) 様
陰ながら応援してるんやから(笑)
ありがとさんで~す。上級に屈するのは嫌や~~~、最後の頼みの綱は、「ヒホウカツカイショウ」でしょうかね・・。
さっちん 2017年2月4日 4:40 PM
>上級に屈するのは嫌や~~~、最後の頼みの綱は、「ヒホウカツカイショウ」でしょうかね・・。
大亮なんて上級どころか最上級の悪徳真柱の玉子やしな(笑) 非包括解消したいならすればいいと思う。 ブログ立てて教義戦争し掛けたらいいよ。社会学さんの記事やコメントのコピペで今のバカ本部なら楽勝にたおせる。教義に関してヨッワイしな本部(笑) ビックリするほど弱いで本部、だってちゃんと天理教してないからね本部(笑)
さっちん様
もちろん、スマホなどの情報検索はできるでしょうから、SNSくらいは閲覧しているのではないでしょうか。
青年会などでも、必要だとは思いますし。
しかしその情報をどこまで公開しているかは分かりませんよね。
一緒にひのきしんしたくらいで、アドレス交換なんてしないでしょう。
奥様になる方も、非常にフレンドリーで誰とでも平等に接することができる女性です。
でも…もしかしたら電話番号も変え、最低限必要なところにしか教えてないかもですね。
教内で言えば、有名芸能人と同じくらいプライバシーや個人情報は狙われるでしょうから。
仲良しこよしになってもいけない、かと言ってお山の大将でもいけない。
今までは後者でもやってこれたかもですが、これからの時代は厳しいでしょう。
確かに、SNSはむやみにしないのは賢明かと思います。
教義に関してヨッワイしな本部(笑) 様 2017年2月4日 10:31 PM
>ブログ立てて教義戦争し掛けたらいいよ。
教義戦争する程、天理教に愛情は無いです。第一、そのようなことが出来る程、教理や教義、知りませんよ。(笑)
他にいくらでも、適任方、優秀な方おられますし。あなたとかね。
【愛の反対は、憎しみではなく無関心】と言いますが、天理教と縁が切れたら、私はもう、無関心になるでしょうね。
教会の奥さんしてます 様
2017年2月4日 4:24 AM
>私、5、6年前にその先生のお話聞いたことあったなぁーと思っていたらありました。ここで聞きました。
http://fukyo.tenrikyo.or.jp/h-sc/wp-content/uploads/2011/06/sinnpojiumyoukou.pdf
>弁護士が犯罪に関与?本当なんですかね??
>結婚前の、私のアイドルだったウチの大教会長さんのお話を聞きに行ったら、一緒にお話してましたよ。
http://fukyo.tenrikyo.or.jp/top/wp-content/uploads/2013/07/kaisaiyoukou2.pdf
この悪徳弁護士、ご立派にコラムとか書いてるよ!
道友社とかに書くぐらいだから教団のお抱え弁護士か何かなのかな?
こりゃ両統領さんたちともベッタリな感じ?
http://doyusha.jp/doyu/top/?page_id=637
文中より
「たとえ過ちを犯した人であっても、罪を償ったうえでの更生や将来の社会復帰をも見据え、その人の〝心のたすかり〟につながることを胸に置いて…」
弁護士さんて違法行為したら一発でアウトなんでしょ?
まずは自身がたすかるよう共犯者達がたすかるように懺悔・改心する、させることぢゃあないですかね!
なんだっけ、大量検挙かも?って聞いたよ(爆)ヤバくねっ↑↑↑
教義に関してヨッワイしな本部(笑) 様 2017年2月4日 10:31 PM
教理と教義で、出来上がっているのが宗教だと思います。私は、天理教に限らず、宗教というものは無い方がいい、と思っているのです。どの宗教も、人間が作り上げたもので、もともとの教祖の教えから、多かれ少なかれ、逸脱、脚色、歪曲してある部分もあるでしょう。
中山みき様の教えなら、最低限
「やさしい心になりなされや。人を助けなされや。癖性分をとりなされや。」それでいいと思ってるんです。お筆先に書かれてる、生きていく上で、参考になる教えは、A4紙1枚か、多くても2枚あれば、それで書ききれるくらいだと。
それ以外にどんな教理、教義が必要なのかな、と思うのです。
<中山みき様の教えなら、最低限
「やさしい心になりなされや。人を助けなされや。癖性分をとりなされや。」それでいいと思ってるんです。
同感!
それが出来ずして、教理を解釈しても何の意味もないと思います。
その一見普通で簡単に思えることが、全くできないのが人間ですから。
>「やさしい心になりなされや。人を助けなされや。癖性分をとりなされや。」それでいい
月日親神が人間をお作りくだされた目的である
「みなが陽気に暮らすことの出来るよのなかにする」を
付け加えていただきたいと思います。
個人の修養・修行の重要性を説く教えとともに、苦しむ人を生み出す「よのなか」を改善・改革しないと何時まで経っても助けを必要とする人が減りません。
<個人の修養・修行の重要性を説く教えとともに、苦しむ人を生み出す「よのなか」を改善・改革しないと何時まで経っても助けを必要とする人が減りません。
個人の修養・修行がまず最優先だと思います。
心の成人した人が世の中を変えられる。
どんなに立派なお題目をあげても、人としての基礎がなければそれは絶対に無理!
心無い人が作り上げた構造改革など、信用できません。
例えば、今のこの組織が、世の中の構造を変えようと唱えたところで、誰が信用しますか。
そうですね。優先順位というものも大切ですね。
先ずは個人がやさしい心になり、人を助ける心になり、癖性分をとる努力をして幸せになる。
そしてその上で、みなで陽気に暮らすことの出来るよのなかを創っていく。
それこそ、いちれつ兄弟の考え方ですね。
互いに尊重し合う気持ちがあれば、役割分担はあっても、一部の人だけが得をするような
偏った上下関係など必要ないのでしょうね。
癖性分をとる。
これだけとっても至難の業です。
繰り返される過ち。
何度も何度も同じ過ちを繰返し、それでも人はそれになかなか気づけないものです。
気づいても、それを修正することはなかなかできません。
よいことをして、わるいことはしない。
これは、簡単明瞭な言葉ながら、実行するのは実に困難です。
教祖様のお言葉というのは、そういう平易な言葉であったと思われます。
沢山の書きこみを拝見しておりますが、
やさしい心、という一つとってもできてない方が多くみられます。
そういう方々が、改革しよう、変えていこうと言って何ができるのでしょう。
先ずご自分を変えたら?、先ずご自分が優しい心になられたら?と思ってしまいます。
いつも思います。
教祖様ならこういう時、どんなお言葉をかけてくださるかと。
アスファルトの地面を突き破って咲くタンポポのように。
優しく咲く花が地面を突き破る力があるように。
そんな力が改革の力になることも、そっと心にとめておきたく存じます。
自然は大切なことを教えてくれますからね。
信者さんに心無いことを言ったり、お供えを強要したりする教会長、あるいは、部下教会を奴隷扱いする上級、大教会など、天理教社会には、理不尽なことが山程まかり通っているようですが、親様の、
「やさしい心になりなされや。人を助けなされや。癖性分をとりなされや。」
これらを、きちんと守るだけで、天理教社会の理不尽な事の、殆どが消えるのではないでしょうか?
この、3つの教えさえ守れていないのに、教理、教義なんて、教えて、(学んで、)どうするの?って思いますけどね。
ほんとうに、さっちんさんのおっしゃる通りです。
それが実行できずにいて、どのようにして、他人様をお助けすることができましょうね。
お諭しごっこをして、教祖様の真似事をする。
そのお諭しというのは、自分たちに都合よくなるようなお諭し。
人を追い詰めるようなお諭し。
お供えの問題はもちろんですが、人を責める全くやさしさのないお諭しで、
どれだけの人が精神的に追いつめられ、精神を病んだことでしょう。
真面目で自分を責めるタイプの人は鬱になり、
もう一方の方たちは攻撃性をおび。
危険です。ほんとうに危険です。
その三つができない人がお諭しをするのは危険です。
>そのお諭しというのは、自分たちに都合よくなるようなお諭し。
>人を追い詰めるようなお諭し。
>お供えの問題はもちろんですが、人を責める全くやさしさのないお諭しで、
>どれだけの人が精神的に追いつめられ、精神を病んだことでしょう。
教祖様が亡くなられた後、天理教は短期間で爆発的に拡大しました。
多くの人は、教祖様の人柄を伝え聞き、教祖様を慕い、入信されたのではないかと思います。
今も、教祖様を心から信じ繋がっていらっしゃる信者さんが多いことと思います。
それなのに、今ではご指摘された「状態」になってしまいました。
「中山教」等とも言われ、最初から「騙されていた」と主張する人もいます。
「応法の道」が修正されなかったのが原因だとする人もいます。
いつ、どこで、どう変わって、こうなったのか、難しい問題かとは思いますが、これを考えなければ「同じ道を歩む」ことになりかねません。
私には私の考えがありますが、皆様めいめいの思案をしていただきたいと思います。
こういう場に集まる皆さんは、現状に疑問を感じ「なんとかしたい」と思ってらっしゃる方達なのですから。
ですから、その間違った道を作られた方がたは
その三つを無視されてきたわけです。
ご本人たちが三つの教えを徹底できなかったわけです。
やさしさなどない。
人を本気で助ける気などない。
欲にまみれて、気癖性分だらけ。
自分たちだけが豊かになる道。
「やさしさ」と言う言葉を安易にとらえすぎです。
深い、深いものです。
簡単な言葉というのは、実に重く深いものなのです。
末端教会子弟様は、それらをご実行されていらっしゃるのかもしれませんが、
わたしなど、一生涯自問自答でございますね。
>ご本人たちが三つの教えを徹底できなかったわけです。
過去の「共産主義革命」の指導者や提唱者が同じような事を言っています。
「自分たちは、本当に人民の平等と幸福のために戦い、絶対に誤った方向に行かない。過去の指導者たちとは違う」と。
そうして作られた、ソ連は崩壊しましたが、今でも中国・ベトナム・キューバなどは残っています。
それらの国々を見てどう思いますか?
共産主義の話は一つの例ですし宗教と政治は違うと思われるかもしれませんが、人が集まり同じルールを持って生きていくという本質は同じです。
また、天理教においても、その『3つを無視される方』が、どうしてこんなに発生してしまったのでしょうか?
最初から3つを持たない方が入信し、上級へと登っていったのでしょうか?
上級に登った途端に、3つを無視するようになったのでしょうか?
上級でなくても3つを無視される方はいますがどうしてでしょうか?
組織の問題はおいといてください。
私はそのような難しい問題はわかりませんので。
組織よりもまず個人と思いますので。
それで、お聞きします。
末端教会子弟様は、
優しい生き方をされ、人をお助けし、癖性分をなくすことに
日々精進されていらっしゃるのでしょうね。
教友として尊敬いたします。
すばらしい。
天理教団の過大な都市計画 により資金難に追い込まれているとコメントや記事などでもよく書かれています。都市も体制も共産主義国家のようではないか?と例えられますがが、良く考えますとナチス第三帝国にも被ります。都市計画やその体制にもまさに被る。ナチスドイツと言えば、ヒトラーの独裁体制による悪政は有名ですが、今回はナチス第三帝国の都市のページを参考に添付しておきます。
ドイツ第三帝国建築
http://isar-athen.de/thema/sanpo-t2.html
つまり真柱独裁体制を支える両統領による悪政 真柱派による第三帝国的都市計画ともいっても過言ではなかったのではにでしょう。「天理時報」など教団機関紙による信者への炊き付けそれに加熱した人々教義の改竄と故意な誤読解をさせ建てた おやさと館等、教勢倍化運動などで行われたことでしょうが、現在では教倍化運動の反動により教勢落下反動が起きているだけともいえます。本部だけでなく教内全体が教勢倍化等の【教団上層部の悪政と愚策犠牲者】ともいえるのです。急激に成長したものは急速に衰退し終焉を迎える。現在で言いますと中国がまさにそうです。急激に成長した国は建物は建てれども、それを支えるだけの知性や文化が伴わず維持できず衰退する。教団上層部は得策を見つけられず部内を叩く、叩き方の一つ【法人乗っ取り】が明るみに成りバレルほどの世間知らずともばれる始末。「やしきを払ろうて助けたまえすってんてんの似非本部」と、本部は屋敷(おやさとやかた等)を即処分し、教団の経済維持を推敲するだけなのですが、似非本部の自暴自得を【部内の性】にし、部内に手を出すことしか出来ない知的障害を感じざる終えません。何かしら本部と言う人格は屈折し障害を起していることは明らかでです。本部からのおいりこみなど強制に執行しているそうですが、この強制性は法的にもその強制性は認められず各部内も拒否する権利が優位でありむしろ【部内の偽本部に対する拒否権】の方に強制性を認められる内容です。迷惑をこうむった地方教会は勇気をもって似非本部など中枢を拒絶する事が今後の主流となるのでしょう。
不祥事を治めずして大亮氏は結婚出来るのか?
ローマ法王ですら謝罪はする。2017年1月28日 9:39 PM さんの書き込み
ローマ法王フランシスコがバチカン祭司の「悪魔崇拝」を公に謝罪。
http://rapt-neo.com/?p=12876
「キリスト教徒は同性愛者に謝罪するべき」、ローマ法王
http://www.afpbb.com/articles/-/3091898
等が書かれていました。ここ最近「乗っ取り事件」を皮切りに 天理教はおろか宗教家は勿論 人としても犯してはいけないタブーを教団上層部の本部人や弁護士が起し、教内の誠実な信仰者の怒りは頂点に達してしまった惨状でしょう。天理教の最高司祭の家 中山家の隠して来た史実も益々出てきてしまっている状態だ。記事畑だった私からしても衝撃だったのが、中山家を中心とした近親相姦が横行している歴史と現状だ。真柱後継者になる大亮氏も近くは無いが血縁者の疑惑が上がっている。血縁の問題は表向き隠してもその子に出てきてしまうものだ。再び子供が生まれない時代がやってくるのであろうことも懸念される。これらの問題は中山家を中心に教団を運営する一社会人としてそして公人として責任を持って解決すべきであろう。それより、「法人乗っ取り」や教義改竄などは被害者が発生していることであるので早急な謝罪などの責任を果たすべきことであるのでしっかり謝罪し、本来なら読売朝日などの全国紙などでの謝罪広告をすべきであろうが、最低限教団内の機関紙「天理時報での公的な謝罪」を果すべきである。機関紙に目を通すと教団内は真柱後継者の大亮氏の結婚で賑っている様に見せているようだが、とても無理の有る記事だと感じざる負えない不自然な編集と構成が続いている。「あたかも何かから逃げたいような逃避的記事」 と感じていたがその後「乗っ取り事件」をこちらで知り頭の中の点と線が一気に繋がったのである。
これらの件は天理教社会学の読者より良く知っているものがいる。それは当事者の本部自信である。 天理時報の一面の内容は「真柱 両統領、大亮」で構成されている。これは以前ではありえなかった状態であろう。これはそちらだけに目を向けさせ、乗っ取り事件と言う失態を隠し自身も忘れたい心情を感じざる負えないのである。そんな逃避行動を続けてもやがていきずまる。先の大戦の日本軍も大本営発表で嘘の記事を並べさせたが結果戦況は悪化するばかりであった。天理教という日本国内でも有数の新興宗教である以上社会的責任や社会常識を外した事が世間に知られた際の被害を考えた際それは社会問題として日本中のお茶の間のテレビ、全国紙を飾ることは間違いない。そして見出しには常に「宗教法人法 違反 カルト」の文字が並ぶ
前文で書いてあるように、ローマ教皇も謝罪が教皇の責務として慣例化しているのである、天理教も今後も続く伝統宗教としての道を歩みたいのなら 「最高司祭の謝罪の慣例化」は避けては通れない道になるであろう。まずは現状の乗っ取り事件の謝罪を皮切りに、【最高司祭真柱の教団の過去の過ちの謝罪】をしていく事が急務であろう。それをせずして「若い後継者の結婚」は流石に信者もその異常性を感じるであろう。大亮氏の年齢から考えても少し延ばしても問題はないであろう。
>優しい生き方をされ、人をお助けし、癖性分をなくすことに
>日々精進されていらっしゃるのでしょうね。
ネットの事なのでお互いの事は全くわかりませんが、もし現実にお互いの事を見ていたとして、仮に私が「しています」と言ったとしても、あなたから見れば「全然足りないじゃないか」と感じるかもしれませんよね?
あなたが「あの人は素晴らしい、精進されている」と感じる人でも、別の誰かが見たら「まだまだ足りない、勘違いしてる」と思うかもしれません。
それぞれの判断基準や尺度がバラバラだと、結果として先述のような「状態」になりかねないのです。
「そんな事は関係ない、私は私で精進をする」というなら、それも一つの正しい信仰だと思います。
天理教本部中枢悪党リストさん2017年1月29日 12:23 PM
のコメント以来ちょっと気になり本部関係を検索していたら、公益財団法人 天理よろづ相談所 役員名簿
に複数名 悪党リストと 乗っ取り事件 の名前が挙がっていてビックリしたのでコメントしました。
第一期 評議員
中山治信
第二期 理事 幹事
監事 島村廣義
乗っ取りメンバーが 公益財団法人 天理よろづ相談所 の委員とかショック!
しかも理事の 羽成 守 この人があの弁護士?
再びショック!
これじゃ 公益法人 天理教 よろず 法人乗っ取り 相談所 じゃないですか!
三度ショック!
http://www.disclo-koeki.org/07a/00961/a.pdf
https://goo.gl/ZWhML8
2017年2月6日 8:38 AM
天理教 よろず法人乗っ取り相談所 さま
誠に勝手ながら「カインさまの弟子」を名乗らせていただきます。
地道な調査、誠にありがとうございます。
ハハハ、最悪ですね。こうした関係性が洗われていくと、本部主導で悪事を働いて、不祥事を起こしまくっているのだな、ということがよく分かりますね(笑)
これで本部員「島村廣義」、本部員「中山治信」、弁護士「羽成 守」の、密な癒着性があらわになってきましたね。
当然ながらこの上には、内統領「山澤廣昭」、表統領「中田善亮」がいて、その横あたりに本部員「深谷善太郎」がいて、准役員の「高井久太郎」などは彼らの「従順な飼い犬」なんでしょうかね。
そして以前のコメントにあった、
「乗っ取り被害の大教会から、本部に来ている〝詰員〟が大教会側の主犯格」で、
「この詰員含めて4、5名のうち役員1名が、事故か何かで亡くなった」そうで、
残り3、4名の内に、この弁護士「羽成守」は含むのでしょうか?
するとあと1、2名、大教会からすると「造反者」がいるということになりますね。
〇〇大教会の有志の方々、私たちも皆さんと共に闘いますので、有力情報よろしくお願い致します。
偽本部に対する拒否権は明らかに存在する。様 2017年2月6日 12:20 AM
>本部からのおいりこみなど強制に執行しているそうですが、この強制性は法的にもその強制性は認められず各部内も拒否する権利が優位でありむしろ【部内の偽本部に対する拒否権】の方に強制性を認められる内容です。迷惑をこうむった地方教会は勇気をもって似非本部など中枢を拒絶する事が今後の主流となるのでしょう。
上級会長から、【今度大教会から先生が、うちの教会に来られる】との、こちらの意志を無視した一方的な連絡がありましたが、拒否できる、法的な根拠、何かありますでしょうか?あるなら、お教えください。上から勝手に決められ、どうにも腹に据えかねます。
私の記憶が正しければ、内統領「山澤廣昭」と本部員「島村廣義」は、共に永尾家から山澤家、島村家(高知大教会)に養子にいった兄弟じゃないでしょうか?間違っていたらお許しください。
さっちん 2017年2月6日 4:02 PM
>上級会長から、【今度大教会から先生が、うちの教会に来られる】との、こちらの意志を無視した一方的な連絡がありましたが、拒否できる、法的な根拠、何かありますでしょうか?あるなら、お教えください。上から勝手に決められ、どうにも腹に据えかねます。
一方的な連絡 が 一方的な決定であるならそれは協議しなくてはいけないでしょう。しかし通例からすると(今までこうしてましたよね?)等となると話し合いはこじれます。つまり最初から何らかの不当や違法性「(契約)を拒否したのに勝手に来た」の争点を作る事が前提として大切です。勘違いをしてはいけないのは「来て欲しくないから来るな」 と言う感情的な願望であればそれもまた一方的です。ですので、まずは互いが認識できる内容 拒否する真っ当な理由を元に話し合う そこには拒否権は発動します。
2001年にはこんな文書が流れたことも。
本部総務課
各 位
2001年11月5日
インターネット上の掲示板等へ投稿について
最近、本教団に関するいかなる根拠なき意見・情報等についてもインターネット上の掲示板等へ投稿することはこれを自粛するよう厳重に注意を呼びかけます。
発言はこれを教内で建設的に行うように心掛けて下さい。インターネットは信徒各位・関係者各位その他全世界に向けて解放・発信されております。
悪意あると思われる根拠なき情報がインターネット上に多数流され、これが教団の存続そのものを危うくしかねない信用不安の原因の一端となる可能性が存在します。
なお既に若干名を各方面の協力のもと特定済みで対応検討中です。その他の各位においても本日以降対応がなされない場合は、
悪意ある投稿者を特定調査し警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を取る場合もありますのでそうした事態にならないよう重ねて厳重に注意を呼びかけます。
心当たりのある諸君は、各方面の協力のもと徹底追求に協力をお願い致します。
本教の現況を冷静に判断し自覚と責任を持った行動をして下さい。
尚、信徒各位・関係者各位に於かれましても、この掲示板に書かれている悪意あると思われる根拠なき情報を信用なさらないようにお願い致します。
関係者への対応も改善しておりでますので何卒ご安心下さい。
以上
真っ当な理由 様 2017年2月6日 10:12 PM
>拒否する真っ当な理由を元に話し合う そこには拒否権は発動します。
「教会を辞めたい」と申し入れている」ことは、拒否権発動の理由には、なり得ませんか?
さっちん2017年2月6日 10:28 PM
それは勿論 日本国憲法第19条 https://goo.gl/rUrTY で保障されてますので勿論是非は自由ですよ。
それにこれは【個人の思想信条の自由】が主権者の自由意志を保障してるのです。強制されることも無いと言うことです。
日本国憲法第19条 思想信条の自由 様 2017年2月6日 11:33 PM
そうですよね。ありがとうございます。わ~い!♪♪v(⌒o⌒)v♪♪
自由の為に闘うぞ~!最悪来るようなことがあっても、金一切払ってやらん!!
いったい、何しに来るんだ、たいした話もせんくせに。 ムカッ( ̄∩ ̄# 凸
ブチキレ寸前 さま 2017年2月6日 9:54 PM
「私の記憶が正しければ、内統領「山澤廣昭」と本部員「島村廣義」は、共に永尾家から山澤家、島村家(高知大教会)に養子にいった兄弟じゃないでしょうか?間違っていたらお許しください。」
たしか〝双子〟の兄弟やったかと。
ほんで、河原町の婿養子は、永尾からですよね!?
これで「山澤廣昭」、「島村廣義」、「深谷善太郎」が繋がりましたね!!
>火の鳥
>2017年2月6日 10:21 PM
>2001年にはこんな文書が流れたことも。
>本部総務課
>各 位
>2001年11月5日
>インターネット上の掲示板等へ投稿について
火の鳥様が投稿された標記の文書を見て感じたことを書きます。
1.この文書は天理時報に掲載されたのでしょうか。あるいは「みちのとも」に掲載されたのでしょうか。
2.何れにも掲載されていなかったとした場合、宛先である各位とはどの範囲を云うのでしょうか。例えば、教会長止まりとか。いや、布教所長も含むのか。さらには用木までなのか。
文中に「根拠なき意見・情報等・・・」と書いていますが、だとすれば本部が発する意見・情報等は全てが正しいのですか。
たとえば、以前は講社祭りの後には必ずといっていいほど「天理教教典」を拝読しますと、教会の人が音頭を取って家族の参拝者が共々に読んでいたものが、いつの日からか急に天理教教典のことを口に出さなくなってしまったではないですか。
教団は、これこそ真摯な情報を発信すべきでしょう。都合の悪いことはだんまりを決め込め込んでいれば、いつか人は忘れるだろうぐらいに思っているのだろうと勘繰りたくなります。5冊あった天理教教典は4冊は捨てたが、1冊は何かの参考になるだろうと思って捨てずにいる。
>悪意あると思われる根拠なき情報がインターネット上に多数流され、これが教団の存続そのものを危うくしかねない>信用不安の原因の一端となる可能性が存在します。
と書かれているが、こともあろうか本部自身が正しい情報を発信できていないのではないのですか。まあ、人をバカにしているとはこのことでしょうか。教団はいい加減な文書は発信しない方がいいんじゃないですか。
私が書き込んだこの投稿は、根拠なき情報ではありません。家族全員が経験した事実です。今月はここの章から読むんだと準備までしていたにも関わらず、急に最後まで読まずに、章の途中で天理教教典を読まなくなったことを亡き母は不審に思っていましたよ。天理教教典には、教団にとって余程都合の悪いことが書かれているのかもしれません。
東風Zさんへ 2017年2月7日 10:24 AM
私が解説しましょう。答えから言いますと、唯のはったりです(笑)
平たく言えば警告文です。しかし一方的な文面ですので私には(脅し)に感じ取れます。何故ならば思想信条の自由と表現の自由は日本国憲法で保障された権利であります。 「犯行声明文」など脅迫の類でなければ一切問題は御座いません。
最近流れてるコメントにはその様な類は一切御座いません。むしろ悪質な教団の現状を解説しているコメントに過ぎずそれは表現の自由の範疇で御座います。
それにこの文面でおかしいのが、
>なお既に若干名を各方面の協力のもと特定済みで対応検討中です。その他の各位においても本日以降対応がなされない場合は、
悪意ある投稿者を特定調査し警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を取る場合もありますのでそうした事態にならないよう重ねて厳重に注意を呼びかけます。
心当たりのある諸君は、各方面の協力のもと徹底追求に協力をお願い致します。2001年にはこんな文書が流れたことも。
本部総務課
各 位
2001年11月5日
インターネット上の掲示板等へ投稿について
最近、本教団に関するいかなる根拠なき意見・情報等についてもインターネット上の掲示板等へ投稿することはこれを自粛するよう厳重に注意を呼びかけます。
発言はこれを教内で建設的に行うように心掛けて下さい。インターネットは信徒各位・関係者各位その他全世界に向けて解放・発信されております。
悪意あると思われる根拠なき情報がインターネット上に多数流され、これが教団の存続そのものを危うくしかねない信用不安の原因の一端となる可能性が存在します。
なお既に若干名を各方面の協力のもと特定済みで対応検討中です。その他の各位においても本日以降対応がなされない場合は、
悪意ある投稿者を特定調査し警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を取る場合もありますのでそうした事態にならないよう重ねて厳重に注意を呼びかけます。
心当たりのある諸君は、各方面の協力のもと徹底追求に協力をお願い致します。
本教の現況を冷静に判断し自覚と責任を持った行動をして下さい。
尚、信徒各位・関係者各位に於かれましても、この掲示板に書かれている悪意あると思われる根拠なき情報を信用なさらないようにお願い致します。
関係者への対応も改善しておりでますので何卒ご安心下さい。
以上
どこの協力で特定されたのでしょうか?警察に通報もしていないのに特定?つまりこの文面どうりだとハッキング行為をしたといってるのに等しく本部総務課が違法行為を行っていますという文面になります。これは個人情報保護法などの法に抵触する可能性が御座いますのでとても稚拙な警告文である事は確かです。自ら馬脚を現した感じになっております。
それに文末には言論統制と言論封殺と疑える文面に成っており 思想信条の自由 表現の自由を侵す文面に成っております。 こんな警告文を出すぐらいならさっさと通報すればよろしい。
自ら無知を露呈した恥ずかしい文面で見ても居られません。
>平たく言えば警告文です。しかし一方的な文面ですので私には(脅し)に感じ取れます。
はっきりと、「脅し」にしか思えない文面です。
「若干名を各方面の協力のもと特定済み」、「警察、法曹関係者」、
脅しとも思える言葉を使っています。つまり、
>既に若干名を各方面の協力のもと特定済みで対応検討中です。その他の各位においても本日以降対応がなさ
れない場合は、悪意ある投稿者を特定調査し警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を取る場合もあります
「教団に都合の悪いことを、ネットで公表するな、誰がやってるか、既に何人かは解ってるんだ。
調べりゃすぐ解るんだから、言う事きかないなら、警察、弁護士に通告してやるぞ。」
と、はっきり言ってます。
>本部総務課
>各 位
>2001年11月5日
>インターネット上の掲示板等へ投稿について
これ以降は、こうした警告文は出されていないのですかね?
ほんま、本部て稚拙なんですね。幻滅やわー…。
この組織は本音が言えない、恐ろしい組織です。
何か問題があった場合、呼び出されるのは直属の会長、上級の会長で、その方々から注意を受けるのです。
日頃、親しくしている人に迷惑がかかる事と、大概、上級には逆らえないという刷り込みと洗脳が行われていますので、言いたいことも黙ってしまうのです。
講習で、ある先生が何でも質問しなさいと言われるので、ある質問をしたら「君は、どこの直属だ!」と、えらい剣幕で叱られたと言っていた知り合いがいました。
「君は、どこの直属だ!」って質問に直属は関係ないのに、そうやってプレッシャーをかけてくる組織です。
「きヽたくバたずねくるならゆてきかす よろずいさいのもとなるを」が大原則!
先生の勉強不足と言われてもしかたないですね
。教理を正しく理解していれば答えられるはずなんですが、本部異端教理に染まっていると叱って脅すしかないのでしょうか。
このような講習では受講者が減るのも納得です。
思想信条の自由と表現の自由
匿名
2017年2月7日 12:02 PM
幼稚な本部
古い教会長
匿名
2017年2月7日 1:15 PMの各位
安心しました。これからも教団についておかしいと感じたことは投稿してゆきます。
目的は、入信した方が、心から救われるのであれば何も問題はないのですが、こんなはずではなかったと後悔されることが無いように願う意味からで、正しい教祖の教えに触れられる機会を妨げる意思はありません。
教団はシッカリとしてください。
さっちん さま
>自由の為に闘うぞ~!最悪来るようなことがあっても、金一切払ってやらん!!
>いったい、何しに来るんだ、たいした話もせんくせに。 ムカッ( ̄∩ ̄# 凸
素晴らしい!!
さっちん様の決意と行動に心より賛同します。
以前、私が「上級には一切出すのをやめた」と言ったとき、さっちん様から「そんなことして大丈夫なのか?」というご心配を頂いたことがありました。
その心配をお返しする程ではありませんが、相手だけでなく周囲が納得する「出さない理由」をハッキリさせないと、何かとトラブルや不和の基になるのも事実だと思います。
当方は、
「うちは貧乏なので教会の改修運営に使わせていただきます。たとえ余っても地域地区の人助けをします」
でした。
さっちん様のご健闘を応援します。
「天理教一れつ会」とは、天理教の学生達を支援する扶育機関です。
(卒業後、奴隷同様の使役が待ちうけていますが)
その「一れつ会」の役員(理事)に、乗っ取り実行犯「中山治信」の名前が!
http://ichiretsukai.tenrikyo.or.jp/?page_id=139
そりゃ天理の学生、皆おかしなるわなあ。乗っ取り事件起こすようなんが役員(理事)やしなあ‥
乗っ取り実行犯とされる「中山治信」さんは、その大教会がある、栃木県の世話人でしたので、島村さんと共に行動されたのでしょう。
聞くところによると、大人しい控えめな方らしいのです。本部の命に逆らわれずに実行されたのではないでしょうか。
>古い教会長さま 2017年2月7日 7:25 PM
>乗っ取り実行犯とされる「中山治信」さんは、その大教会がある、栃木県の世話人でしたので、島村さんと共に行動されたのでしょう。
>聞くところによると、大人しい控えめな方らしいのです。本部の命に逆らわれずに実行されたのではないでしょうか。
私がある本部在籍者から得た情報だと、その大教会に乗っ取りを仕掛けてから、中山治信が栃木県、高井久太郎が埼玉県の、それぞれ「修理人」に任命されたそうです。
その知人いわく、
「あの馬鹿ども(両統領ほか)、包囲網気取りでそんな人事異動しよってん。分かり易過ぎて馬鹿丸出しやん。アホちゃうか!」
と申しておりました。
末端教会子弟 様 2017年2月7日 4:19 PM
有難うございます。あなたから激励の言葉を頂くとは思いませんでした。素直に感謝致します。
>相手だけでなく周囲が納得する「出さない理由」をハッキリさせないと、何かとトラブルや不和の基になるのも事実だと思います。
神様をお引き取り頂きたい、と申し入れているにも関わらず、一方的な、大教会の先生の入込の通達をしてくるんですから、もう、不和、トラブルになっても構いません。上級に対する私の気持ちはもうとっくに離れています。只、信者さんが居ますので、そのことだけです。信者さんに煩わしい事態が起こらないか、とそれだけが気がかりですね。もしかして、上級から信者さんに、私が教会を辞めたい、と言い出しても、反対してくれ、絶対役員として、ハンをつかないで欲しい、なんて連絡が行くのじゃなかろうか、と。
「神様をお引き取り頂きたい、と申し入れているにも関わらず、一方的な大教会先生の入込の通達には承服致しかねます。来て頂いても、こちらが承知致したことではありませんので、御礼、交通費の支払義務はないことと思います。その点、ご承知おきください。」と上級会長には、そういってやるつもりです。トラブルなど、もう何とも思いません。カルト宗教に遠慮する必要は無いです。
もう少し脅してやりましょうか。「人権センター等に相談に行くことも考えておりますが、そうなると、あなた(上級会長)の名前も出さざるを得ませんが、宜しいですね。」と。上級は、どう出るでしょうか?慌てて、大教会に、どう対処したらいいか、訊きに行くでしょうか?(笑)
匿名(さっちん?) 様
>あなたから激励の言葉を頂くとは思いませんでした。
そのような言い方をされるとちょっと困りますが、教義解釈・宗教観の違いと組織改革の行動は別の事だと考えてます。素直に応援したいと思ってますし、出来るなら協力したいくらいです。
>上級から信者さんに、私が教会を辞めたい、と言い出しても、反対してくれ、絶対役員として、ハンをつかないで欲しい、なんて連絡が行くのじゃなかろうか、
これが一番怖いですね。
内部から分裂させられたらひとたまりもありませんし、こちら側教会内部の人間だけが「嫌な思い」をすることになります。
私は、上級の言う事に従いそうな役員さんを私に協力してくれる人に交代させました。
たまたま高齢で教会にあまり顔を出せない状態なのもあり、辞任していただきました。とはいえ、気分を害されても困るので、役員さんと奥様二人に「名誉役員」の賞状を作って任命し、快く引き受けていただいた次第です。勿論、名誉職ですから、法的権限も何もありません。上級に届け出はしていませんが、キチンと書類にしてあります。並行して有力な信者さんにも「説得」をしました。
>「人権センター等に相談に行くことも考えておりますが、そうなると、あなた(上級会長)の名前も出さざるを得ませんが、宜しいですね。」と
脅し文句としては面白いのですが、相手の強硬手段を誘発しかねないようにも感じられます。
また、役所が取り上げてくれるかも疑問です。出すだけでも意味はあるかもしれませんが。
さっちん様個人に宗教の自由が保障されているように、上級にも保障されています。
上級は上級で、その団体の規則やルールに従って下の者を教育・指導するのは当然のことなんです。
「間違った教義やツマラナイ話やお供えの要求など、教育・指導じゃない」と感じるかもしれませんが、それが今の天理教組織の実態です。
勿論「いらっしゃっても、お供え・お車代・お礼など一切出せません」と宣言しておくのは結構だと思います。
実際来て要求されても、「出さないと言ったはずですが」と言えますからね。
こういう時こそ冷静な判断と慎重な行動が必要だと思いますので、頑張っていただきたいと思います。
ツイッターの投稿より
「親神様、教祖、祖霊様を遥拝した後に「青年会長様に礼!」との号令がかかったのには驚いた。いつからそうなったのかは知らないが、大亮さんを遥拝の対象とすることには、甚だ違和感あり。自分は北朝鮮にいるのかとさえ感じた。」
末端教会子弟 様
あなたのせいで、春風さんからツイッターをブロックされましたよ。純粋、繊細な方だからね・・。
あなたと意見交換したのが、春風さんの感性には理解できなかったのでしょう。
>教義解釈・宗教観の違いと組織改革の行動は別の事だと考えてます。
それは私もそう思ってるのですがね。それに言っときますけどね。私があなたと、もう2度と意見交換することは御免だ、と書いたのは、教義解釈、宗教観の違いなどではなく、あなたの、「絶対退くことをしない、相手を認めることをしない、自分の意見を通すためなら手段を選ばないところ」ですからね。紅白の餅をついて、ピンクの餅にする、などと、その気も無いことは書かない方がよろしい。
ちょっと聞きたいのですけどね。上級にお供えを一切あげてないそうですが、「会費」も拒否されてる、と、前に書かれてましたね。全ての会費を拒否されてるのですか?
「教会教費」これは、宗教法人は、本部に年15000円支払う、と天理教規則に書いてある、それだと思うんですが、末端教会子弟さんは支払ってるのですか?又、もし、支払わなければ、何か罰則なり、あるのでしょうか?
ほほぅ。
豪華なもんですな。
http://www.takenaka.co.jp/majorworks/41918032011.html
http://blogs.yahoo.co.jp/irohatree/369234.html
宗教者は、心や体を病む人たちを始め生活苦に陥っている人たちに寄り添い、平安な日々に立ち返る手助けを神や仏の加護を願いながら誠意をもって務めることが全てであろ。
まことに崇高な精神をもって臨まなければできない務めである。
なのに、そこで脅迫まがいのお供えが出てしまっては終わりであろう。もう少し別の言い方があったのではないだろうか。
例えば、日々ご苦労があるでしょうが、たとえ少額であっても神への感謝の気持ちの表れとしてのお供えを続けて頂くことが、教団にとって非常にありがたいことであり、親神様にもお受け取り頂くことが出来ると信じています。とでも呼び掛けて頂き宗教者として精進の道を歩んでおられれば、受け取り方が違ったと思うのです。
何時までたっても変な噂話が飛び交い、挙句の果てに上から目線では誰もついてきません。
天理教よろず法人乗っ取り相談所 さま
2017年2月6日 8:38 AMのコメント
>「乗っ取り被害の大教会から、本部に来ている〝詰員〟が大教会側の主犯格」で、
この方、私の大教会の奥さんの〝お父さん〟ではないかと思います。
大教会やおぢばで、その先生をちょくちょくお見かけします。
最近、この乗っ取りについて、
「どうも、奥さんのお父さんが、本部員が奪った会計を、今持っているみたいよ」
と聞きました。
うちの大教会の奥さんは、その大教会の役員宅から来ているので間違いないと思います。
(また、その被害大教会から本部の詰員は、現状一名しか行っていないとのことで特定しました)
正直、不安半分、期待半分の微妙な感じですけど‥そもそも両養子なんで誰でもいいや(笑)
河原町の大教会長一家は、驚くほど内部で嫌われ陰で金将軍一家と言われているほど。慕っている人を探す方が難しい。大教会長は気安く声をかけれないほどの神様ですからね。表統領になりたいみたいだが、その時には驚くほどの話が暴露されますよ。子弟の進学拒否、嫌いな役員を地方へ左遷、弟である大教会役員の信者への淫行の隠蔽
斯道会のガン さま 2017年2月8日 12:41 PM
小生、昔「お道の癌」と言われておりました(笑)
さて、河原町大教会長の件ですが、貴殿の情報は、かなり信憑性が高いですね!
前表統領 上田嘉太郎氏を辞めさせて(中枢のなかでは正当派なので、悪党どもの不評をかったらしい)、
今の中田善亮にかわり、深谷善太郎は次期の表統領になる予定らしいですよ!
今は策略上、なりを潜めている状況らしいです。
これは中枢も中枢の正統派の方に聞いた話なので間違いないと思います。
>古い教会長 様
>2017年2月8日 7:43 AM
>ツイッターの投稿より
>「親神様、教祖、祖霊様を遥拝した後に「青年会長様に礼!」との号令がかかったのには驚いた。いつからそうなったのかは知らないが、大亮さんを遥拝の対象とすることには、甚だ違和感あり。自分は北朝鮮にいるのかとさえ感じた。」
この投稿を読んで思い出しました。
教会の娘なので、30年ほど前に修養科へ行ったときのこと。
その時に組み係なるものをさせられ、毎回職員室?に先生を迎えに行ってかばんを持って教室に連れて行く、みたいなことをしていた。(それもおかしな事で。今なら自分で来いって言えるけど。)
その職員室みたいな部屋に当時の真柱の写真が掲げてあるようで、前を通るときわざわざ立ち止まって写真に向かって拝をしなさいと言われた。
何それ?! 人間やん! しかも写真に拝? と違和感ありすぎで不信感でいっぱいになりました。
写真の前を通るときも拝をしなかったら、修養科から詰所に苦情の電話が入って怒られた。
でも、絶対に拝はしないで通しました。
せっかく違和感と不信感を持ったのに、そのときにもっと真剣に天理教を検証すれば良かったな、と思います。
教会に生まれ育ったので、信じてたので、疑えなかったのかな。
おかしなところには目をつぶって考えないようにしていたのかも。
でもいつも違和感はあったのは事実です。
さっちん 様
>あなたのせいで、・・・
それは、私が「さっちんさんの行動に賛同する」と書き込んだからですか?
>「絶対退くことをしない、相手を認めることをしない、自分の意見を通すためなら手段を選ばないところ」~
「すっぱいぶどう」の話はご存知ですか?
最後は、私が狼の立場になった時にハッキリするんでしょう。
今の段階でどうこう言っても答えは出ないように思えます。
>ちょっと聞きたいのですけどね。~
以前の書き込みに書いてあります。
書いてないのは「追徴金」とか「延滞利息」とかの事くらいかな。
さっちん様
春風(妻)は、一連の流れが落ち着いたら、天理教関係のサイトから離れると、以前から決意しておりました。
ですから、こちらのお二人の書込みが原因ではありませんよ。
以前から離れようとしていたのですが、中々離れることが出来ず、思い切るために一旦すべてをブロックしたようですが、いまはすっかり(天理教サイトから離れた)元の生活に戻っていますよ。
>それは、私が「さっちんさんの行動に賛同する」と書き込んだからですか?
あなたが、春風さんをかなり傷つけたからではないのでしょうか?
昔も今も信者ではない人 様 2017年2月8日 6:27 PM
春風さんには、大変感謝しております。いろいろ教えて頂きました。春風さんに、もうお会いできないのは淋しいですけど、春風さんが、幸せな生活をされることが一番ですから。
うちの教会のことで、ご主人様にもご心配頂いたようで、ありがとうございました。厚くお礼申し上げます。
まぢ切れ寸前様
早々のご回答ありがとうございました。
やはり内統領と前高知大教会長は兄弟でしたか。
なんか嫌な感じですね。血統でつながった一部のグループが暗躍してるようで。
>ほんで、河原町の婿養子は、永尾からですよね!?
この情報は知りませんでした。そうでしたか。
なんだかなー ですね(笑
読み返したら、あまりの言葉足らずに恥ずかしくなったので再投稿します。
>「乗っ取り被害の教会から、本部に来ている〝詰員〟が大教会側の主犯格」で、
この方、私の所属する大教会の会長夫人の〝お父さん〟ではないかと思います。
大教会やおぢばで、その先生をちょくちょくお見かけします。
最近、この乗っ取りについて、うちの大教会のある奥さんから、
「どうも、うちの奥さんのお父さんが、本部員が奪った会計を今持っているみたいよ」
と聞きました。
うちの大教会の奥さんは、その大教会の役員宅から嫁いで来ているので間違いないと思います。
(その大教会の、役員から選出の本部詰員は現状1名しかいない、とのことで特定しました)
正直ご夫婦、この事件に関与してない? うちの会長さん、この人と神殿当番の日まで一緒だし、仲良し密度が濃厚過ぎるんですよね!一緒にまとめて逮捕とかならない?大丈夫ですか?という感じです。
不安半分、期待半分の(横柄な態度や嘘つきなところが好きになれない)、微妙なところですけど‥
そもそも、うちの会長さん夫婦は両養子なんで、もう誰がやってくれてもいいや。なら私でもいいか、という感じです(笑)
ブチキレ寸前 さま 2017年2月8日 7:30 PM
>なんか嫌な感じですね。血統でつながった一部のグループが暗躍してるようで。
神さま・おやさまは、
「親族と言うては神の道とは言おうまい。」(M23.6.21)
「神一条の道には親族は無い。」(同上)
「親族事情には分かりゃせん。世上には皆親子きょうだいと言うて、親族と言うても、きょうだい何にも隔てる理は無い。」(M24.1.27)
〔神を蔑ろにした前川家の窮地に、初代真柱の「中山のある限りは粗末にはせん(援ける)」という発言に対して〕
「中山家のある間、一つも粗末にはせんというは、どういう処より出るか。この理を聞こう。神の方より聞こう。
‥親族の理を以て放って置けんというは、どれから出たか。このやしきでは親族の理では、世上救ける事が出来ん。‥中山家の続くまで救けるというは、親族の理であろう。」(M24.1.28)
と、神の道に「親族だから」などという「身びいき・えこひいき」は要らん、と強くお戒めになっておられ、また、
「表門構え玄関造りでは救けられん。」(逸話篇 五)
と、おたすけは家柄などでできるものではない、と仰り、
「血筋と言うが血筋やのうて(じゃなくて)、親の心の筋を、子が引くのやで」(教理大要)
と仰いますから、バカ親の心の筋を引くと、子供もバカになる、と言う事ですね!
つまり、はるか昔この頃から、中山家はじめ本部の大方は、神の言うことを聞かない「信仰的異端」ということが断言できます!
風に吹かれて様 2017年2月9日 7:57 AM
>「乗っ取り被害の教会から、本部に来ている〝詰員〟が大教会側の主犯格」で、
>この方、私の所属する大教会の会長夫人の〝お父さん〟ではないかと思います。
差し支えなければ、どちらの大教会なのか、伏せ字やイニシャル混じりで結構ですので教えていただけませんか?
私は、その〝お父さん〟のお名前知っていますよ。交換条件でいかがでしょうか?
玉千代様がこかん様の生まれ変わりであるのは、教祖の預言だけではなく、本席様のお話にもある事ですが、その後はどこに生まれ変わったのかは、天啓者が永続していないとわかりません。残念ですが。
本部関係は姻戚関係が複雑に絡み合っているのは、もしかして、人類を救済する事が可能な重要な魂を呼び戻すための受け皿という考えが残っているからではないか?正善氏が玉千代様の家筋を重んじたように。
>「こかんや秀司が来てくれるから、少しも寂しいことはないで。」
「秀司やこかんが、遠方から帰って来たので、こんなに足がねまった。一つ、揉んでんか。」「正善、玉姫も、一しょに飲んでいるのや。」(『逸話篇』一一〇、魂は生き通し)
「正善、玉姫」とは山本利雄氏の『続人間創造』の中で、二代真柱正善様が秀司先生の生まれかわりで、玉姫とは初代真柱様の長女玉千代様のことで、こかん様の生まれかわりであると説明されています。
どうも、この逸話は創作臭いですね。天理教存続、中山家存続の為の創作ではないでしょうか。二代真柱の女癖の悪さは、もしかしたら、お金を一杯溜めて出直した秀司の生まれ変わりかもしれませんが。
初代真柱様の長女玉千代様へ山澤家から養子に入られ、分家を作られたそうですが、山澤家の策略が見えてきますね。
親族では治まらんとも言われています。
こかんさま、乾某、ナライト様、本席様、山本某、飯田某、茨木初代。
中山家以外から天啓者が出現してもらっては、この宗教権力と権益を独占できないのだから中山家にとっては不都合と考えた方もいらっしゃったのでしょうし、その中山家に取り入って、権益の御裾分けにあずかろうという下心のある方もいたのでしょう。
当時の権益は下火の現在とは、けた違いのものがあったのだろうと想像します。
玉千代様の処遇も、啓示による秘教的知識と、中山家を含む周辺の人間の様々な業が絡み合ったドラマでもあったのでしょう。
玉千代様もナライト様も天啓者として完成しなかったという事実は、残念ではあるし、未来への教訓でもあるのでしょうが、本部の掃除が終われば、このような魂の方々にお地場を浄化していただく時代が来るのでしょう。楽しみです。
人権侵害した時点で宗教家失格
島村廣義 の発言で「女はだまっとれ 男はだまっとれ」と発言をしたとの書き込みがありましたが、その時点で聖職者の人権侵害として完璧社会問題化する内容です。
本来なら即、本部員などの役職停止ないし罷免などですが、内統領が実の弟 山澤廣昭 だから未だに腑太陽としか思えません。本部員や各重要ポストに置かれてるのか謎でしか御座いません。 このような状態がまかり通る組織体制だから衰退するのでしょうけどね。これら違法行為の不対処をしてる時点で中山家 中田善亮 山澤廣昭 など本部上層部 役職はじめその家柄が相当悪質である事は白日の下に晒されこの教団に対する疑問を晴れました。しかも 弁護士会長で有名な 羽成 守 の名前も挙げられてますが弁護士としてしてはいけない行為をしてしまったんですね。
法務省のHPに 人権関連のページは多数ありますので 今回の被害教会以外の方も心当たりの有る際はご連絡やご相談をされた方がよろしいかと思います。
法務省 人権侵害を受けた方へ
http://www.moj.go.jp/JINKEN/index_chousa.html
人権相談
http://www.moj.go.jp/JINKEN/index_soudan.html
人権擁護局
http://www.moj.go.jp/JINKEN/
ふっと吹かれて様 2017年2月9日 1:05 PM
>「乗っ取り被害の教会から、本部に来ている〝詰員〟が大教会側の主犯格」で、
>この方、私の所属する大教会の会長夫人の〝お父さん〟ではないかと思います。
>差し支えなければ、どちらの大教会なのか、伏せ字やイニシャル混じりで結構ですので教えていただけませんか?
>私は、その〝お父さん〟のお名前知っていますよ。交換条件でいかがでしょうか?
早々のご反応、ありがとうございます。
大教会は、〇山大教会です。
その先生の苗字だけなら、私も知っていますよ!
〇高先生です。大教会役員で、部内の分教会長さんらしいです。
河原町の人は本部で結婚式を挙げることができません。なぜなら、河原町の人間は本部で結婚式を挙げるほどの徳がなく、理がないからです。これは偉大なる大教会長様が決められた大変ありがたい宗教の自由の制限なのです。はっきりそう上級会長に言われました。私も本部で、教組の前で結婚式を挙げたかった。教組に見て頂き、御礼したかった。河原町部内に嫁いで唖然としました。カインさんは本部や本部員の異常さを指摘していますが間違ってる。本当の異常は大教会。管理する人も指摘する人もいない大教会長を教組とした独裁国。誰の目も入らない、大教会長一家のやりたい放題。教えより「大教会長様が言ったから」とわけがわからないルールばかり。部内の直属会長たちが「このままだと140年祭までに河原町は潰れるから引きずり下ろせ」と言われている人が表統領候補など、教えよりも組織しか見てない人ばっかり。私達は詰所のふしん費という年貢を押し付けられているだけ。河原町を出て外の系統にお嫁に行った人は本当に「河原町から出て行けて楽だよー お道が楽しくなった」と皆いうのは本当羨ましい。こんな組織にいるくらいなら死んだほうがマシだと最近つくづく思う。
教組の前で結婚式をあげたかったさん2017年2月10日 7:56 AM
あなたの大教会の大教会長も天理教本部中枢悪党リストに名前挙がってます。
天理教本部中枢悪党リスト 2017年1月29日 5:54 PM
内統領 山澤廣昭 表統領 中田善亮 本部員 島村廣義 本部員 深谷善太郎 本部員 中山治信 本部准員 高井久太郎
河原町 高知 と大教会長であり本部員を兼任している島村廣義 と 深谷善太郎 の 二名の名前が挙がってます。「大教会だから?」と言う括りはもう古いです。今回の乗っ取り事件で大教会であっても「悪徳本部員」の被害にあっているようですしね。いいたいことはわかります。大教会もそれぞれですしね。河原町の教祖殿での結婚式の話ははじめて聞きましたので正直驚きました。あげたかったさん の意見は河原町がおかしい とのご意見でしょう。
教組の前で結婚式をあげたかった さん2017年2月10日 7:56 AM
過去のコメントに上がってましたよお宅の大教会長の名前
お道の癌 2017年2月8日 2:04 PM
さて、河原町大教会長の件ですが、貴殿の情報は、かなり信憑性が高いですね!
前表統領 上田嘉太郎氏を辞めさせて(中枢のなかでは正当派なので、悪党どもの不評をかったらしい)、
今の中田善亮にかわり、深谷善太郎は次期の表統領になる予定らしいですよ!
この文面で反応された意見でしょうが、中田と深谷は悪党と書いているのではないでしょう。よくお読みに成られた方がよろしいですよ。しかし河原町は色々聞きますしね。悪党リストにも名前が挙がるほどの悪人のようですし心中察します。
それにしても悪党リストの精度が高いですね。これは相当な機密情報が流れてると感じます。
悪党リストの精度が高いです。さま 2017年2月10日 10:04 AM
「それにしても悪党リストの精度が高いですね。これは相当な機密情報が流れてると感じます。」
本部在籍者の中の〝反・悪の枢軸〟の皆さんが、我々に協力して下さっているのです!
みなさん本当にありがとうございます。
今後もダラダラと、情報漏洩よろしくお願い致します!
河原町大教会は、本部が敷く手法を、そのまま部内に対して敷いているという感じですね。
しかし、教祖の御前で結婚式を挙げられない、というのには驚きました!
あと、教会信者子弟の進学拒否とか、
嫌いな役員を地方へ無理に左遷とか、
弟である大教会役員の、信者への淫行の隠蔽とか‥
なんかもうメチャクチャですね、河原町は!!
結婚式をあげたかったさん
その話は私も聞きました。
ただ、私は「部内の方にも結婚式を見ていただく為」大教会や各教会で挙げると聞いたことがあります。
表向きはそうしてるのでしょうか…
先日も河原町の部内教会に所属する友人と少し話したのですが、色々ありますね。特に今は慌ただしいようで…
なんか直接お話したいです。
天理時報
立教180年2月12日号最新号
一面は「後継者講習会推進大会」と、
やはりではあるが、中山大亮氏と上川布恵さんが、「めでたくご結納の儀」である。
そもそも、尚早な継承者の結婚自体が、一連の不祥事の火消し、イメージアップ戦略に他ならない。
そして三面の「視点・偽情報にどう向き合うか」の最後の方に、
「偽情報に惑わされぬよう、善き風に添って、冷静に情報を取捨選択し、新しいツール(インターネット)を使いこなすことが求められている。」
とある。
我々の活動を遠巻きに牽制しているようにも取れるが、
教会本部、貴殿らが押し広める本部教理こそが偽情報である。
恥を知れ!
結納が一面??さん2017年2月10日 1:48 PM
>「偽情報に惑わされぬよう、善き風に添って、冷静に情報を取捨選択し、新しいツール(インターネット)を使いこなすことが求められている。」
遠巻きに認めてくれてありがとう!ですな(笑)
ネット的には「効いてる効いてる~!」
ですよ(笑) 天下の大天理時報が反応し始めた件について(笑)
風に吹かれて様 2017年2月10日 7:48 AM
>「乗っ取り被害の教会から、本部に来ている〝詰員〟が大教会側の主犯格」で、
>この方、私の所属する大教会の会長夫人の〝お父さん〟ではないかと思います。
>差し支えなければ、どちらの大教会なのか、伏せ字やイニシャル混じりで結構ですので教えていただけませんか?
>私は、その〝お父さん〟のお名前知っていますよ。交換条件でいかがでしょうか?
>早々のご反応、ありがとうございます。
>大教会は、〇山大教会です。
>その先生の苗字だけなら、私も知っていますよ!
>〇高先生です。大教会役員で、部内の分教会長さんらしいです。
〇山大教会ですかあ。
大教会で〇山は、
本部からの出向になるのでしょうか?奈良の〇山大教会は、今は確か、〇降〇彦本部員ですよね。
岡山の〇山大教会は最近、もともと役員?の老先生が会長さんになられましたよね。
ということは、〇岡県の〇山大教会ですかあ…早速、調査に入ります!
風に吹かれて様、ありがとうございました!
イニシャルじゃなくて良いよー!
知りたいよー!
ワイドショー傍観者さま 2017年2月10日 5:13 PM
>イニシャルじゃなくて良いよー!
>知りたいよー!
いやいや、とりあえずはイニシャルでいきます。
「S岡県の、K山大教会です。」
そのお父様は、
「H高先生です。」
今回はこれでお許しください(謝)
>天理時報視点「偽情報にどう向き合うか」
「偽情報に惑わされぬよう、善き風に添って、冷静に情報を取捨選択し、新しいツール(インターネット)を使いこなすことが求められている。」(安)
(安)様。
書き込まれている、偽情報と思われる情報をお聞かせいただくと、大変、有難いのですが。
また、疑問や質問に分かりやすく答えて下さる。公式の掲示板かブログを作って下されば嬉しいですね。
どうか天理教教会本部も新しいツール(インターネット)を上手く使いこなして、教祖の真の教えを世界に発信して下さることを切に希望致します。
また、天理時報等の機関紙にも、ありのままの情報を(良いことも悪いことも)掲載して下さることを合わせて希望致します。
古い教会長さんのおっしゃる通りだ。
災救隊の活躍は報じられても、一教会の火災情報などは全くの無視。原因を始めその後の様子なども時報は報じるべきだ。
そうすれば多くの支援金が集まったのではないのか。そのようなことも報じられていない。
私が在職中に阪神淡路地震があったが、直接の支援には行けなかったが、関係者から集まった支援金は1千万円にも上り、専務が携えて行っている。
石川県金沢市内の教会が火災になった時も教内から如何ほどの支援があったのか、未だに分からない。このような教内新聞にどれほどの読む価値があるのだろう。
最後に、偽の情報などとこのブログに投稿されている内容があたかも嘘八百といわんばかりだが、、私が今までに書き込んだ内容が嘘か誠かを地域名や教会名及び関係者名を挙げて細かく道友社宛に送るから、それを記事にしてくれますか。絶対にしないことを確信しています。
二代真柱は、奈良国際ゴルフ倶楽部に天理高校二部のキャディコースを設けて、昼の日中からこの生徒をキャディーとして連れまわしていた事実をどのように伝えるのか。夜に教師がわざわざゴルフ場迄出向いて夜間の授業をしていたことなど、如何ほどの人がご存知だろうか。
度し難いとは時報の方ではありませんか。
時報の視点 読みました
本部も必死ですね
加速する信者離れ、後継者不足、お供え激減を食い止めたいのでしょうが。
130年間、騙し続けた結果でしょう
ひとりひとり、よくよく悩み考えた結果が現状です
おやさま、親神様に対する感謝こそあれ、教団には惑わされたくありません
天理教お供え掲示板コメント
(無題) 投稿者:火の鳥 さま
投稿日:2017年 2月10日(金)17時10分11秒
>最近の天理教社会学研究所のコメント欄は、教団内の噂話のリアル版がやり取りされてるみたいで興味深いね。
火の鳥さま。
我らの情報は、嘘・偽りは一切ない、リアルもリアルでございます!
私は本部在籍者や、長期の本部勤務者に多くのコネクションを持つ者です。
過激な情報の提供は、大方が「私」と思っていただいて間違いございません(笑)
そして現在に至っては本部の彼らが直接に、この「社会学」さまに情報を提供してくださっている
という状況までに至っています。
今後も引き続きがんばりますので、応援のほど、よろしくお願い致します!
敬具
さっちん
2017年2月11日 12:58 PM
暴行恐喝宗教ですね。これは正常な宗教がやることでは御座いません。 これは悪党リストに教会名と氏名を挙げるべき事柄です。最近 河原町大教会の 深谷 善太郎 の名前も挙がってますので、最低限イニシャルでも良いので調査と共に情報提供を望みます。
天理時報者は直接対決をここですればいいがそんな事を出来る人材もいないか(笑) 天理親里研究所の面子も書き込んでるこのサイトには天理時報程度では勝てない(笑)そんな下らないことで悪戯に時間を費やすなら 本席問題 真柱体制問題 過去から現在に至る法人乗っ取り問題 等 全て真柱と両統領で謝罪視しろや 胡散臭いよーほんまに 良く天理時報や各種機関紙で嘘はおろか 教義改竄 を堂々とできたもんやな(笑) 呆れたわ 嘘か本当は 読んだ本人の自由だしな
あと異端本部に良いこと教えてやるは ネットわなデマ書いたら叩かれるんだわ 本部がウソいうならここで反論したらいいやん どうせ来れんやろけどな 本部が異端だっと白日の下に自ら晒したんやし やから異端本部は叩かれて当然(笑)
立のつながりを重視する天理教は、お供えを吸い上げるには絶好の組織形態だ。
中部地方のある教会は、地震により教会会堂が全壊した。再建には多額の借入金が必要になったのはいうまでもない。
資金の調達は所属大教会長名により本部を通じて南都銀行から借り入れることとなる。当然、その時点で教会の土地及び建物には抵当権が設定されてしまう。
このような事態に立ち至った時に天理時報は何も報道しない。本部は大きな災害時には災救隊を派遣して売名的な行為を優先し、天理時報もこの行為を大げさに報道する。また、災救隊が使用する費用の寄付お願いも大々的にアピールする。
ところが、教団はこのような教会が被った災害等に対しては実に冷酷である。天理時報はこのような級友の困窮に対して支援を呼びかけることを何故しないのか。
例えば、この度の震災で〇ヵ所の教会が被災されました。再建のために教友の暖かい支援をお願いする、と呼びかけ支援の仲介をすれば、幾ばくかの支援金が集まると思うのだが、そのような気配は微塵も感じられない。そのようなことをすれば本部へのお供えが減るとでも思っているのかも知れません。
事実、先述の教会は我々の想像を超える金額の返済が今も続いているのである。
うかつに教会の名称などと有難がって受けたものなら、待っているのはお金の地獄以外に何もないのである。
教団はもう少し横の繋がりを重視して助け合いの実態を醸成すべきであろう。
住み込みの障がい者を大教会長が投げ飛ばしたという話を聞いたことがある。
そこの大教会に住み込んでいた人から聞きました。
この掲示板を時々見ている教団上層部の方々に。
この教団は本当に恐ろしい組織です。「宗教」は表向きの顔で、内に向いてはやくざ組織となんら変わりません。この組織の実態は教祖の教えからは程遠い上下関係による「いじめ」そのものです。
末端教会はお金と精神的理不尽を飲み込むことばかり。お金がないこと、自尊心を踏みにじられること、がどんなに辛いことか、権力にあぐらをかいている人には分からないでしょうが。
例えば、巡教はこちらが頼んでいるのではない。そちらから来るなら日程なりをこちらに聞くのが常識。〇月〇日にあんたの教会へ行くと通告。こちらの都合などは無視。
経済的に迷惑千万なのに、なぜお礼まで渡す必要があるのか?末端教会は信者もいない、建物は老朽化、雨漏りも直せず、子弟の進学はもちろん出来ず。
(大教会子弟は信者の血と涙のお供え金で留学までしてますね。これが教祖の望む姿ですか?当たり前ですか?信者子弟は進学資金をお供えに上げろと恐喝にも似た仕込みを受けております。その結果進学を断念せざるを得ないのです。)
この掲示板を時々こっそり見ている教団上層部の皆様方に申し上げます。偽情報に注意など、教団の保身に走っておられますが末端教会の実態をご存じですか?先ほど申したような巡教でお礼をもらうような悪習慣を断ち、巡教で地方の末端教会の疲弊した状況をつぶさに把握し、親なら親らしく、むしろ「金一封」を渡すくらいの気持ちを使う方がよほど教祖の気持ちに近い。ただ私は金一封は要らない。むしろお礼は要らないと固辞する姿を見てみたい。そうすれば教団に対する見方も変わるかもしれない。巡教が迷惑と感じている教会は相当数ありますよ。(金出せ泥棒となんら変わりませんから。)
我々教会長も代を重ね、初代の時代から受けた精神的、経済的、上からのいじめを家族ぐるみで体験し、「いじめ後遺症」で今だに苦しんでおります。教団は後継者を育てることに躍起になっておられますが、実態を余りにも知らなさすぎます。だれがこのような集団に自ら飛び込もうとしますか?人間の心とは常に傷つきやすいものなのです。後継者講座で人を育てると言うが、あなたがた上層部は人を見る目が余りにも甘すぎる。後継者を育てる前に、教団中枢部のあなた方が人間として誠実に「生き直し」をし、自らを育てなおし、後継者がついて行きたいと思えるような「魅力ある集団」を作り直すことです。
育てる順序を間違わないでほしい。本部と言う「土台」が人間思案の空虚な砂上とすれば、後継者という柱を何本立てようとも、所詮無理な話だ。本部よ。もっと大人になれ。
そして、偽情報だとおびえる前に、本部こそ真実の情報を出すべきだ。復元もせず、偽情報で信者一同をだましているのは、そちらの方ではないか。信者はだんだんに目覚めて来ている。この教団が行きつく先は目に見えているではないか。猛省せよ。
「世の中のために奉仕貢献し、さらに自ら栄える」
という企業理念を持った大企業が実は内部ではブラック企業でした。
みたいな。
内部には一部、堅物の擁護派が残ってるけどね。
みたいな。
ある女優さんが、宗教(天理教ではないです)を理由に引退されるようです。
事実確認や、いくらかマスコミ操作もあるかもなので鵜呑みはこわいですが、
これを機に少し、宗教へのメスもはいるのでは…と思います。
マスコミだけでなく、結局は今まで声をあげられなかった一般社会から
カインさんのように声をあげていける時代。
少し注目して見ています。
「おあしが足らん」
方言から考えると、西日本の教会でしょうか?
お供えが足りない時によく言われるのは、「おつくしが足りない」
「はこびが足りない」「つなぎが足りない」で、おあしは初めて聞きます。
独特の言い回しを探っていけば、直ぐにわかると思います。
平田弘史・幻の『教祖絵伝』
http://blogs.yahoo.co.jp/hanshirou/29653460.html
すこ
天理時報の視点書いた(安)っていう人、安藤正治(道友社次長)って人らしいよ。
天理教あるあるbotさんに、80歳のお婆ちゃんを虐待した、大教会長と大教会名のイニシャル教えて欲しい、とのツイート2回しましたが、お返事ありません。すみませんが、そういう訳ですので、ごめんなさい。
しかし、人権相談窓口に通告するのは、非常に有効な手段と思います。
カインさんのブログ【天理教の問題は、一部の人間の問題か、組織の問題か】からの抜粋をツイートに書かせて頂いきましたが、参考になると思いますので、ここにも載せさせて頂きます。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=986
『・若者の婚姻関係に大教会長や会長が意見や介入をする。
・結婚式を教会本部であげさせない大教会長のルールがある。
・一れつ会では「理の親」(大教会長)の署名を求める。
私はこれまで、上記の事例については、その都度、奈良県、天理市、京都市などの相談窓口や該当部署に通告している。話は親身に聞いてくれるが私が当事者本人ではないということで事例に対して対応はとれないということであった。人権窓口は基本的に通告すれば対応の結果まで教えてくれることになっている。私も当事者に確認の上で、対応までは求めていないため、行政報告という点で留めてもらうように働きかけている。きちんと声をあげて、上記のような天理教で頻発する類似のトラブルを知ってもらう段階と考えている。
行政に報告するだけでは何も事態が進展しないことは承知している。1年ほど前より、何名かの研究者と連絡を取り合う中で、今後の動きは練っていた。昨秋には天理教の脅迫的集金方法や天理教責任役員の言動について国にも通報した。本来であれば宗教法人の管轄は都道府県や文科省管轄の文化庁であるが、戦略的に現時点では総務省と消費者庁に相談した。
すると「国としては個別の事象に対応するこは難しい。国が動くためには【一定程度の数の声】がなければ動けない」という助言をもらった。
以前は一部の天理教人だけが問題であると思っていた。しかし調べれば調べるほど、天理教全体の構造的欠陥と感じるようになった。
ノルマ制の集金方法や人々に不安を与えて努力を強いる言葉は天理時報に溢れている。社会から見たときに、このような狂った組織は社会の評価を受けて是正されなければいけないと思う。集金ノルマを課しているような組織が「ひとだすけ」と言ったところで誰が信じようか。』
安藤は、中田善亮表統領の悪の枢軸の一端をなす輩です。安藤が自ら望んで枢軸入りしたのですからね。善亮の娘を長男の嫁にしましたね。実は安藤はちょっと頭がいいものですからアホ善亮ををおだて、周りを欺いて中山ご一統様までなりあがりました。
天理時報の視点は、ばればれでしたね。安藤は風を読み切る力まではない。つまり学歴詐称の官僚みたいなもんでしょうね、きっと。これさえ言うとけば中山、中田、山沢に義理は添えれると考えたんでしょう。これを天下の猿と言うのです。猿知恵。
ほんまに視点の文章の作り手はマニュアルがあるのではないかと思うほど普遍性すら感じます。初め世間の話題性をあったニュースを披瀝し、ちょっとそれの社会的問題点、そして教理的らしき意見を述べ、(今回は的外れなおさしづまで引用)おまえの頭はちょいアホ。
ロー 様 2017年2月12日 9:23 PM
>天理時報の視点書いた(安)っていう人、安藤正治(道友社次長)って人らしいよ。
ぱんだ 様 2017年2月13日 3:46 AM
>安藤は、中田善亮表統領の悪の枢軸の一端をなす輩です。
>安藤が自ら望んで枢軸入りしたのですからね。善亮の娘を長男の嫁にしましたね。
>実は安藤はちょっと頭がいいものですからアホ善亮ををおだて、周りを欺いて中山ご一統様までなりあがりました。
安藤正治は本愛で、その長男が現天理教青年会委員長で、その嫁が表統領中田善亮の娘で、その委員長の上役が天理教青年会長の中山大亮である。つまり、義理の親子兄弟姉妹ばかりである。
こんな閉鎖的な人事を平気でやっている本部。改善されるわけがない!
姻戚関係だけでは判断しかねるが、もう少し具体的な悪事への関与が認められれば、「悪の枢軸リスト」に掲載してもよい人物であろう。
本愛も本部で結婚式出来ませんよ
これからは、教会長はじめお偉方の発言は全て録音しよう。録音機も安価になった。
どのような発言が録音されるのか楽しみである。教会常詰さんを罵倒する教会長の言葉を何度も聞いてきた。一言一言を録音しておけば、これが人助けの組織に居る人の言葉とは到底思えません。
そして、最後は最も汚いやり口である「無視」である。これは残念ながら録音できない。
以前、信仰を続けていたころの話です。私が思い病気になった時、教会の常詰さんがおさづけの取次に来てくださった。その方が帰り際に云われた一言は「私がここに来たことを会長に云わないでください」であった。この定詰さんは月に一度のフリーの日を割いてわざわざ来てくださったのだ。
教会としては、むしろ喜ぶべき行いであるのを隠さなければならない現実をどう見るのか。情けないの一言に過ぎる。
それを黙っていなければならない教会組織とは一体何なんだろう。
この会長、大教会の役員ですよ。
匿名 さま 2017年2月13日 7:36 AM
>本愛も本部で結婚式出来ませんよ
では、安藤正治も「悪の枢軸リスト」に追加致しますか?
SNSについて。
確かに、ここで書かれていることやネット上の噂が100パーセント真実かと言われたら、
取捨選択する必要はあるのかもしれません。
私も、情報を鵜呑みにはしたくないですが、こちらに書かれていることと私が見聞きして来た事は
多くが一致します。
そして、噂ではなく事実なら書いてもいいでしょうか?
私自身辛いことがあって教会の相談に言ったとき、何を言われたかどういう対応をとられたか。
そこに教会の考えがあってのことだったと言うなら、その時の対応を本部や大教会、上級に
お伝えしても胸はって「おたすけです!」と言えるのですね?と聞きたい。
実際、本部のお助け係に行った時、担当の先生が
「困りに困って教会を尋ねている人に、諭しなんかしても負担になるでしょう」と逆に教会の奥さんに注意していました。もう時間外だったのに話を聞いてくれて、私の住む地域の相談施設の電話番号などを調べてくださり、おさずけも取り次いでくださいました。本部にもこういう先生がいらっしゃいます。
本部をあとにした後、その奥さんが言った言葉
「ね、おぢばにきて正解だったでしょう?」って。なんか違うわ。
カインさんのように、本部にメスを入れられる人は少ないと思うし、それを「根も葉もない噂だ」と言うことも簡単だし、ネット環境が当たり前になった今の時代、ネット情報を鵜呑みにする人ばかりではないです。
ただ、本当に多いのは教会の対応おかしいぞ?って経験だと思います。
お金をとられたわけでもない、人権侵害とも言えない、相談もできないその辺りでくすぶってる人。
その経験談はおよそ「事実」だと思います。
お金が絡む事なら専門家に任せることもできるでしょう。
それを後押しするのは「これやっぱりおかしいよね?」くらいの人が声を上げていくことだと思います。
ここを閲覧している人、思い切って声を上げてほしいです。
拝啓:中山大亮様
2015年1月12日。この日は天理教校学園マーチングバンド部の定期演奏会が天理大学杣之内(そまのうち)
体育館で行われました。私は家族を連れて観に行きましたが、演奏自体はさすがに全国レベルだけあって、
非常に楽しませてもらいました。演奏も終わり「帰ろう」ということで、ちょうど体育館の横を歩いていたときです。(この日は混雑のため、)車両進入禁止の所に一台の黒塗りのベンツが停めてあり、その車を取り囲むように先ほど演奏していた高校生たちがユニホーム姿で整列をしていました。そこにさっそうと現れたのが大亮くんです。
おいおい、大亮くんよ。体育館からお宅まで歩いたってしれてる距離じゃない?
運転手付きの高級車で来るか?
年端もいかない高校生にそんな姿見せるなよ。
あえて、わざわざベンツを選んでしまってるところに草はえる。
もし、万が一、景気の良かったときから大切に乗り継いでたとしても、せめてセンチュリーであって欲しかったwww
センチュリーやったらまだ皇室っぽいし。
新車で1,500万は下らんな。
が、今なら百歩譲ってプリウスでしょ。
譲らなくて良かったら、イオンバイクで自転車買ってこいや!
流石放蕩息子で有名カネカネ教団表統領 中田善亮の実の息子 ベンツ大亮!
なーんの期待も出来ない蛙の子(笑)
大亮で天理教も終焉を迎える・・・・・・
わざわざ丸出しのヤクザ感出すぅ~!?
その脇の甘さが頭悪いしバカすぎない!?
突っ込みどころ満載www
皆々様、上層部にはおつむが足りないですわ。
末端教会子弟
2017年2月14日 1:26 AM
乗取り未遂事件の周辺情報。
乗取り未遂が「〇根大教会」だということで、そちらの系統に近い立場(細かい情報は伏せさせてください)の人から話を聞く機会がありました。事件に直接関係するものではありませんが、参考までに。
その昔、〇根中教会が大教会に昇格する際、〇根の親教会、子教会の1つも大教会に昇格しています。
その際系統で切り分けると、〇根大教会は基準の「部下50教会」に届かなくなってしまい、結果、この3つの系統の部下の「異動」が結構派手に行われたそうです。言うなれば「教会の養子縁組」といったところでしょうか。
その際に、部下を取上げられた分教会が多数発生し、また、その上の教会に「お供え」として移動させられた教会もあったとか。それで部下を減らされたり失った教会の不満や鬱憤は、今現在も年寄りたちの間では続いているようだよ、との事です。
こういう事は「本部主導」で行われたと思われますし、勿論、私は「理の親理の子」の教会組織やお金やお礼の流れなどを認めるモノではありませんが、これも一種の「乗取り」と言えそうです。
これが今回の事件と直接関係あるかどうかまではわかりませんが、「上の者は下の者をないがしろにして軽く扱っている」というイイ見本だと思えます。
引き続き、事件の情報をお持ちの方は教えて頂ければ幸いです。
宗教組織で乗っ取り事件と聞いてもピン!と来なかったが、世間の会社間にある乗っ取り、と考えると理解できました。部下教会を取り上げられたとか、お供えしたとか、つまりは、子会社を乗っ取られた親会社の恨み、ということですね。しかし、宗教組織で、乗っ取り騒動が起きるなんて、情けない限りです。ますます、天理教が、宗教に名を借りたビジネス組織(やくざ組織)である、という思いを強く致しました。
さあ、天理時報さん。アドレスさんや法人乗っ取り情報コメント転載さんが言っていることが本当の出来事か、あるいは偽情報か天理時報は詳細に調査して記事として掲載してください。
情報の真偽を見分けをせよ、と書いたのは他ならぬ天理時報なのだから、この投稿に限らず全ての投稿について調査をして真偽のほどを報道する責任を負ったと理解している。
調べようもない遠方の出来事の真偽のほどを見分けをせよというのであれば、その方法論も掲載すべきであろう。そうでなければ無責任極まりない論調である。
例えば、アドレスさんが投稿されたことが本当なのかを本部の渉外課に電話で尋ねれば真摯に応えてくれるのか、どうかだ。高い電話代を払ってまで尋ねる気にもならないが、尋ねたところで100%答えてくれないだろうけどね。
天理教本部中枢悪党リスト
内統領 山澤廣昭
表統領 中田善亮
本部員 島村廣義
本部員 深谷善太郎
本部員 中山治信
本部准員 高井久太郎
(道友社次長) 安藤正治(天理時報社の虚言記事の著者)
中山善亮の顔写真が天理時報に掲載されて居ましたが表面が良い腹黒顔です。
人相学に精通していたらすぐわかる顔です。 期待できない顔 流石 ベンツ大亮と言われるだけある。良くみたら中田善亮そっくりですしね。大したこと無いですわ
大ちゃんの写真の件。
確かに。
典型的な天理教教団組織顔してますね。
打っても、「カーン」と威勢の良い空洞音が鳴りそうな筒系ですな。
こんなにも若い青年を真柱継承者にすることが間違いですし、かわいそうです。
中山姓でなくても信仰を積み重ね、経験を積み重ねた全国の教会長の中から選ぶべきですね。
古い教会長
2017年2月14日 10:45 PM
本部を潰すしかないですね~現況団はどうも組織に拘り過ぎて教義がなくなってしまってますからね。それに本部が異端でしょ こりゃどうしょもないわ お尽くしはカネ教団(笑) 大亮パパはスキャンダル男 あんじゃこりゃ(笑)世間知らずの本部員 終わってるわ
「真柱制度」などというものがあるから、今のような、中山家とその取り巻きたちが、一手に権力を独占するような組織に成り下がったのではないでしょうか。「真柱」は、天理教初期の初代眞之亮氏の折には無く、眞之亮氏は「管長」と呼ばれていたとのことです。中山家が教団を独占する為に教理捏造してつくられたものではないのでしょうか。「真柱」を人質に、表統領や内統領が好き勝手できる、今の教団の形を壊さない限り、天理教が良い方に向かうことは無いと思うのですが。
マーチングバンド定期演奏会の一コマを投稿した者です。大亮氏が一人駅前で路傍講演を行っているとのこと、噂にも聞きますし、小生も目にしたことがあります。
がんばって下さい。
今までの中山家は信者に対して後方から「においがけをせよ」といいながら、自ら先頭に立って布教をする姿は皆無でした。そんな大亮氏が寸暇を惜しんで布教に励む姿には共感を覚えます。先般の青年会総会での式典のあいさつ良かったですよ。自分の信仰を語っていましたね。これも現真柱にはないことです。
期待しています。
大亮氏が、今の現状を変えてくれる人かどうかは、大亮氏が真柱になってから後の教団の様子を見なければ分からないだろうが、高校生を並ばせて見送らせ、運転手付きのベンツに乗って帰ることを、当然と思っているなら、あまり期待できないように思う。
自分の「アパート生活」を信者の前で話し、自分が後継者に決まった途端、周りの扱いが変わった、と話したそうだが、それは、どういう気持ちで、そのような話をしたのだろうか。只、真柱に決まって、周りが特別扱いしてくれるのが、嬉しいという気持ちだけだっのか?
大亮氏には、まず、自分の周りの、そういう特別扱いを変えて行く意志を持って欲しいと思う。
腹黒顔の中山大亮くん2017年2月14日 9:55 PM
こんにちは私もコメントを見させてもらい再確認したところ確かに本性卑しい顔でした。それに奥さんの顔を見てもお綺麗なんですがこれまたビックリ本章卑しい顔ですね・・・ 夫婦揃って本性卑しい顔 期待できませんね・・・
大亮夫妻…様
私は、奥様になられる方の事を少し知っていますが、本当に素朴な子です。
昔からあの顔つきなので少し気の強い子?って感じですが、接してみるとほんわかしていて
どこまで話していいか分かりませんが、特に布教に関してはよく考えよく行動している子です。
世間の感覚というのも併せ持ってますしね。
ご両親も人当たりが良く、私のような他教会所属の者の事もよく覚えてくださってますし。
ただ、このご時世の中で大亮様の結婚相手というのも実に注目されていた事でしょう。
縁談なのか恋愛かは分かりませんが、上川先生ならあえてこの苦労の中に娘を送り出すのも納得です。
まっすぐゆえ、縁談となればお受けすると思いますので。
彼女のことが悪く言われるのは心苦しいです。
彼女の朗らかさが活かされたなら、きっと明るくなると思うのですが…
他宗教のことですが、参考になりました。
他信仰宗教(Kの科学)被害者の声(http://www.geocities.jp/hs_cult/page1.html) より抜粋
いかに財布のヒモをゆるめて中味を吐き出させるかというトーク訓練はミニ研修会を開いて
リーダー会員中心に熱心に行います。相手にNOと言わせない会話のもっていき方とか。
「布施をしてもったいなかったなと悔やむ心」と「布施をして誉められたい心」を会の幹部がどういう風にして
「布施をさせていただいてありがたいという心」に変えていくか。
「布施は執着を断つ修行である」という幹部のあおりにのって会員がお金を出さされていること。
「布施をすることが会の中での会員の自己実現の手段となっていること」
「布施をして何らかの見返りを求める心」を会が利用していること。
精神的に外堀をどんどん埋めていって、追い込んでいって、
最後の最後は強制せずに、あくまで「おすすめ」です。
1.いかに金をださせるか、
2.金をだしたこと自体を布施した側が「布施の機会をお与えくださりありがとうございました」と思わせるか、
この2点に教団は力をいれるわけです。
Kの科学は布施は修行の一つと教えているんです。最初は苦しくてもありがたいと思えるようになったら、
修行が進んだといって信者を徹底教育しているんです。修行といえば苦しくても頑張る会員の性質をつかんで
いますね。職員の中でもちょっとえらい人の説法では「誰でも最初は布施して、布施したことをもったいなかっ
たなと悔やんだりするんですよ、布施してみんなに誉められたいと思うんですよ、これを乗り切って布施すること
がありがたいと思えるようになったら修行が進んだんですよ。」と信者の心理をついて布施のありがたさを強調
しています。
会員も布施してあとから布施したことを後悔したり、あるいはせっかく布施したのだからみんなから誉められたい
と思ったりしているのでその辺りを説法でずばりと突くんです。会員は図星をつかれたんで、布施して悔やんだり、
誉められたいと思ったりした自分を恥ずかしいと思うんですね。こうなると一丁あがりです。
もう信者にとって「布施してありがたい」と思う以外は「恥ずかしい、あさましい考え」になってしまうんですね。
教団幹部はマインドコントロールの手法を熟知している。
創価学会崩れを幹部登用しているのも納得です。
元職員 家族
——————————————————–
長男は、大学生ですがスポーツカーで精舎へ行くことで有名です。
多分、地方の信者は知らないのでしょうね。長男のスポーツカーは、「真っ赤なポルシェ」です。
信者が、なけなしの赤貧の一灯で植福したお金が、長男のスポーツカーに、嫁の銀座ショッピングに、
O川の高級腕時計に、それぞれ、使われています。
これが、宗教家の行いでしょうか?
元職員 家族
参考:
職員残酷物語-元職員の証言に見る、幸福の科学の実態
http://spiruna.blog89.fc2.com/blog-entry-865.html
私は御供えにしたお金が何に使われるよう、あまり興味はないですね。スポーツカーになろうが高級腕時計になろうが、一旦、出させていただいたので、だったら出さなきゃいい話です。むしろ、神様は、だすという真実の心を受け取るのですから、神様に受け取っていただき際すればいいだけの話です。ゴチャゴチャ言う方がおかしいですよ。
ベンツに乗ろうが、飲みに行こうが、どちらでも結構です。信仰とはそう言うものなのではないですか?
末端教会長 様。
>私は御供えにしたお金が何に使われるよう、あまり興味はないですね。スポーツカーになろうが高級腕時計になろうが、一旦、出させていただいたので、だったら出さなきゃいい話です。むしろ、神様は、だすという真実の心を受け取るのですから、神様に受け取っていただき際すればいいだけの話です。ゴチャゴチャ言う方がおかしいですよ。
ベンツに乗ろうが、飲みに行こうが、どちらでも結構です。信仰とはそう言うものなのではないですか?
信仰とはそう言うものではありません。そういう考えは洗脳状態の恐れがあります。
何に使われても構わない、というお供えの出し方では神様は受け取っては下さらないと思います。
お金や真実の心を出すのでしたら、世の為、人の為に出すことが大事です。もちろんお供えしたお金が、人助けに使われているのでしたら問題はありませんが。
「ベンツに乗ろうが、飲みに行こうが、どちらでも結構です。」という出し方は人助けになっていないと思います。
洗脳状態洗脳状態っていうけど、
見ること聞くことすべてにいちゃもんつけて
〜が悪い、今の〜が〜で悪い
って言ってる人が洗脳状態じゃないのなら
俺は洗脳状態でいいわ。
人助けのためにお金をだすという考え方なら、天理教の教会ではなくて、貧困の国に寄付したほうがよっぽど人助けになると思いますけどね。
要は神様に受け取っていただくかが大切なことでしょう。
何に使われても構わない、というお供えの出し方では神様は受け取っては下さらないと思います。
なぜそういいきれるの?
流石にベンツはヤクザっぽいから、TOYOTAのセンチュリーが良かったな。
皇室っぽいし、500万くらい安いし。
はじめてコメントさせて頂きます。
この掲示板でいろいろな真実を知り、驚くことも多いです。
名出しで、大亮様、奥様になられる方、青年会委員長の事も書かれておりますが、悪く書かれていたりして心苦しい気持ちになったのではじめてコメントしました。
3人ともだいたい私と同年代なので友人達からの話によると、良い話しか聞かないくらい素晴らしい方です。
奥様になられる方は少し知っていますが、素朴で贅沢をするような子でもないですし、マジメで明るく通っている子です。人の痛みもわかる子だと思います。
大亮様の奥さんには誰がなるのだろう?と思っていましたが、名前を聞いた時に驚きと同時にしっくりくるものがありました。
青年会委員長さんもとても優しくて温かい雰囲気で、人から好かれる人だと思います。
大亮様も若く勢いのある方ですし、
これから夫婦で陽気ぐらしへの明るい信仰を引っ張っていってくれると思っています。
若者はまだまだ役に立たないかもしれませんし、本部では意見も言いづらいかもしれません。
でも、私たち夫婦の間ではこれからの明るい前向きな気持ちになれる御成婚のニュースでした。
乱筆乱文で失礼しました。
真の信仰心と宗教にお金を納めることとは何の関係もないのではないでしょうか。
天理教にお供えすることが、=「神様にお受け取り頂く」ということになりますか?
「神様に受け取って頂く為のお金」というような誰も証明できない、おふでさきにもない、
根拠のない話にすり替えるからおかしくなるのでは。
もし、神様がお金を必要としている、実際に受け取っているというのなら、
その証拠や根拠を教えて下さい。よろしくお願いします。
お金を集めているのは「神様が」というよりも、
教団運営の為の資金なのではありませんか?
信仰は信仰(お金は掛からない)、そして運営費は運営費として、
皆にとって無理のない最低限の会費で、皆が安心納得するような明朗会計が
なされていれば、十分に信仰はできるのではありませんか?
なぜ「神様が」と、資金(お金)の話にわざわざ神様を引き合いに出すのでしょう。
そういった遣り方は神様が喜ぶ、正当な遣り方だと思われますか?
また、こういった信者さんの足元を見るような遣り方が、
近代の多くの宗教問題の原因になっていることは確かです。
末端教会長 様
>ベンツに乗ろうが、飲みに行こうが、どちらでも結構です。信仰とはそう言うものなのではないですか?
それは、例えば「銀行に預けたつもりのお金を銀行員が横領し、ベンツを買ったり飲みに行ったり愛人囲ってギャンブル三昧の生活をしていても構わない」という事ですか?
組織の中で上に立つ決断をするというのは、それと同時に責任も生まれるんですよね。
リーダーになるということはいい人とはまた違った資質が求められると思います。
その覚悟が無いんやったら大ちゃんもいい人が罪なことになるよ。
いつも乗っ取り事件を中心にコメントを楽しませて頂いてます。その昔他の教会の乗っ取り事件の話を思い出したのですが、本部は謝罪や責任をまったく取る気が無く無責任だという話を聞き驚いたことを今でも忘れません。謝罪が出来ないから教会側の不信感も積もり泥沼化やがて騒動沙汰になり担当者が交代で幕を下ろしたと聞きました。(うらでは口止め料数億円単位が発生したとかの噂もでてました) 今回の乗っ取り事件の現場でももしかすると本部側の無責任で泥沼化に成っているのか心配です。 泥沼化すると問題も大きくなるので心配ですね。現代ではインターネットがあり情報が行きかっているので今後鮮明に情報が流れ出ることでしょうし天理時報の記事も目を通しましたがあまりインターネットを理解してない方の記事でした。変更報道で有名になった朝日新聞以下の偏った記事としか思いませんでした。
本部は事が起きると無責任からの泥沼化するそうです。さんのコメントで
>本部は謝罪や責任をまったく取る気が無く無責任だという話を聞き驚いたことを今でも忘れません。
のコメントで謝れないで気になったのですが本部は集団的に自己愛性人格障害です。
「謝れない 病気」で検索してみてください。
https://goo.gl/8gQhjY
自己愛性人格障害
DSM-IV-TR
誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
1. 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
3. 自分が “特別” であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。
4. 過剰な賛美を求める。
5. 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)
6. 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。
7. 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
9. 尊大で傲慢な行動、または態度
https://goo.gl/q4ARAi
上記の箇所にも相当数当てはまる事がこちらのコメントでも散見されるのではないでしょうか再度これを参考に確認して頂くともっと本部の本質が見えてくるでしょう。 信者離れ経済的困窮など社会からの閉塞感から本部は精神的にも危険なカルト集団へと変貌しているのではないでしょうか
宗教というものに対して懐疑的にならざるを得ないのは、宗教にお供えが付きものであり、又、どの宗教団体も概ね、豪華な宗教施設を建てていることだ。それらの施設を見れば、信者たちが出した金が、宗教施設建築に莫大に使われていることは、想像に難くない。しかし、豪華な建築物を喜ぶ神なら、私は信仰したくない。
上が何に使おうとも関知しない、お供え(金)を出すこと自体、その心を、神がお受け取り下さる、というのは、教団が教えている教義に過ぎない。それに、人間同志に、本来、上下の区別は無い。本部に神の如く、従うのもおかしな話だ。教団に毒されているからである。本部だの、大教会だの、末端だの、人間が勝手に作った組織に過ぎない。
お供えは、本当に困っている、必要なところに渡るように、心配りをするべきであり、神様がお望みのことではないだろうか。
カインさま記事 投稿日: 2017年1月20日 |
>表統領の発言を見て、メールをくれた方の感想を載せる。
>「天理教は素晴らしい教えです。それは人間生活の指針となるものです。これまで70年間、それだけを信じて暮らしてきました。だからこそ、今回の表統領の 発言は悔しくて、悲しくて、なんて教組(おやさま)にご説明させてもらえばいいか分かりません。毎日泣きながら教組と信者様にお詫びしています」。
メビウスさま 2017年2月13日 9:28 PMのコメント
>初めて投稿させていただく者です。よろしくお願いいたします。
>ブログ主様の仰る「法人乗っ取り未遂」についてお伺いしたいのですが、それは具体的にどのようなことなのでしょう?
>もし天理教本部が犯罪まがいのことをしているというのであれば、私としてはこれより先(家族を)天理教の一切の行事に参加させるわけにはいかないと考えております。
教会本部よ。このような事態に貶め、陥っているのは、おまえらの自業自得である。
取り沙汰される「機関紙での表統領の強要脅迫恐喝発言記事」や「大教会法人乗っ取り事件」、また「ハニートラップ・美人局による ゆすられ疑惑」などを、全教・社会全体に向けて早急即刻に謝罪せよ!
天理教と北朝鮮似てますよね
金正男(キム・ジョンナム)暗殺、衝撃的でしたね。
天理教組織内でも、そんなことが起こらないことを願うばかりです。
【ツイートより】
★★さん「例えば、ダイナマイトは砕石したり建物を解体したり、便利なものです。でも、扱う人間の使い方一つで人を殺す道具にもなったりします。ダイナマイトに罪はないのに人を殺す道具として忌み嫌われる存在になってしまいます。どんな宗教でも、神様の教えを人間が利己的に扱うので宗教は悪などと言われます https://twitter.com/okaimhome/status/830680255379562497 …」
私 「神の教えをそのまま純粋に保っている宗教なんてあるのでしょうか?私は、宗教というものをつくること自体が、悪とまでは言わないけれど、よけいなことではないか、と思います。キリストさんも、教祖も、私の教えを土台に宗教作ってね、とはおっしゃらなかった筈。」
★★さん 「キリストはわかりませんが、その通りですね。
人間が宗教団体というものをきちんとコントロール出来ないのをわかっていたからこそ、教祖は教団、教会の設置を許さなかったのだと思います。宗教は今後、教典も教義もなく、道徳観の様に神様の教えだけが残ればいいです。」
私 「キリスト教も、キリストさんが死んだ後、確かパウロだったか、弟子が宗教にしたらしい。天理教も、みき様が亡くなった後に出来て、自分達が勝手に作った教理で、大勢の信者を貧に落ち切らせた。だから、いい教えは世界にいろいろあり、一つに縛られる必要はないと思う。」
★★さん 「そうなんですね。そこまで知りませんでした。
大昔は人々に道徳観などなく、宗教というものがないと人が真っ当に生きられなくてどうにもならなかった部分はあるでしょうけど、現代は違いますからね。」
おそらく、天理教はこれでいい、間違いないと本気で思っている人は数人でしょう。
殆どの人が、「変だぞ。おかしいぞ」と思っている筈です。
ただ信仰的に内に飲み込み、不足は駄目だと、たんのう(辛抱)するように仕向けられ、上手くごまかされているのです。また、教内には身分制度があって立場上言えない雰囲気もあるのです。
本部中枢の方々の方が、天理教の問題点をもっと分かっている筈です。そうでなければ、ここの掲示板に本部青年や本部員や准員の先生が本気で心を込めて、書き込まれる筈です。実は、殆どの本部青年や本部員や准員の方々も私たちと同じ思いを共有されているのだと思います。
ある准員の先生が言われていました。「我々では本部の改革は無理です。」「地方の会長さんの声が上がることの方が可能性があると思います」と。
絶大な権力立場を持ちながら、末端の苦しみや状態、社会常識を知らずに、疑問を持たない真柱。
真柱を祭り上げ、贅沢させておくことで富と権力のおこぼれを得ている取り巻き親戚連中。
末端の苦しみを知ってか知らずか、自らの立場や生活を守る為に苦言や提言もしない本部員と准員。
本部の方針がバラバラなのをいいことに、自分の席に胡座をかく大教会長。
苦しさや辛さを常に持ちながらも、不足や文句を言う事が教えに反すると信じ込まされた洗脳状態の末端と信者は、上に対して「良い子」でいるしか信仰心を認めて貰うことができないし、自ら進んで「良い子」でいようとする。もっとも、多少の文句や苦情は無視されたり握りつぶされるだけだが。
これら全てを擁護し維持するような「教理解釈」や「教えの歪み」が今の教団全体に広がっているのか、「教えの歪み」が今の教団の在り方を作ったのかが分からない。
改革するには末端や信者が一致協力して上に対抗するしかないと思われるが、既に大半の末端教会は事情教会となり、また、横のつながりも出来ない組織構造である。しかも高齢化して具体的行動を起こすこともままならない。
天理教は「詰んで」いる。
最後に残るのは、本部と収益性のある関連法人だけだろう。
これらも全て真柱と取り巻き親戚連中の支配するところだ。
真柱様、贅沢されてるとはおもいません。車はベンツに乗られてるかもしれませんが。
本部のお宅につとめられた青年さんから聞けばそんなのすぐにわかりますよ。
しかも、三代真柱様の追悼集見ても、桟がすり減ってもそのままにしてるとか、いまだにこんな古いものを使っているのか、とかそういうのばっかり座談会にでてきますよ。
ちゃんとみなさん見て、なんでもいおうよ。
「お供えをだすという真実の心を神が受け取る」という教理はどこにも無い。
言うならば、「人をたすけたいと思う心を神が受け取る」の方が、親様の教えに添ったものではないかと思う。
お供え(金)が欲しいのは、教団の人間であり、八丁四方の鏡屋敷、おやさとやかた、などというものを、信者から、偽教理、教団教義(ご恩報じ、誠真実、心定めなど)で搾り取った金で建てている本部は、自分達がそのような権力を誇示できるデカい建物が欲しいだけのことである。本部は、神様の思召しから大幅に外れている愚行を行っている。宗教というものに名を借りた、本部の暴走に盲目的に従い続け、自分達の生活、家族まで、犠牲にする必要はない。現行天理教に、お供えを上げる価値も、義務も全く無い。
だったら2017年2月16日 7:00 PMの匿名さん、何故教団は次から次へとお供えの要求をするのですか。
教会会堂建築費用4千万円を準備していたところ、その25%に当たる1千万円をお供えせよと言ってきた大教会長。(近くこの大教会名及び直轄教会名を天理時報社に通報して真偽の報道を要請する予定です。)
結果、出来上がった建物は雨漏りはする、壁はひびだらけ、廊下はまるでウグイスバリ。その後信者さんたちがどんなに苦労をしたのかお分かりですか。
まさか、このお金がベンツの一部に消えたのですか。二代真柱は古書を買う為に1億円を持って行ったとか。いや2億円だと言っているのですよ。
平成23年の南紀大雨で屋根が壊れた田辺市内の教会の屋根は未だに、ビニールシートが張られたままですよ。
ベンツに乗らなければ見えが張れないのですか。言っていることと、やっていることが余りにもちぐはぐだから信者や元信者は納得が出来ていないのですよ。
ましてや、三代真柱は不動産屋顔負けの不動産屋といわれた人ですよ。全国に1千万坪もの不動産を持ってどうするのですか。
古い教会長さんが書き込んでおられるように、収益ビルまで持って、いざというときには中山家やその取り巻きは一切困らないように準備をしていると勘繰られても仕方がないでしょう。
真柱はじめ、両統領、本部員は信仰に必要な物以外は売り払ってユニセフに寄付をして、比叡山の千日回峰行に近い修行でも始められては如何ですか。(余談ですが、教学を持たない天理大学なんか不要です。)
救われる道はこれ以外にはありません。
更に2017年2月16日 7:00 PM匿名さん、いつぞや教会に真柱のお入り込みがあった。
本部から教会までの道中の各所に、要員を配置して「ただいま真柱様の車が〇〇を通過されました。」の連絡が逐一教会に入ってくる。緊張の3時間、何故これほどまでのことをしなければならないのですか。
このような経験をされた方が、まだまだあると思っています。真柱のお入り込みなんかまったくの不要です。
真柱のお入り込みに際して1億円の客殿を建て借金を返している大教会いくらでもありますよ。
2017年2月16日 7:00 PM匿名さん、もう一度あなたのお考えをお待ちしております。
匿名です。
真柱様は贅沢してません。
客殿などを作ってるのは、それは勝手に大教会がしてることでしょう。
二代真柱様が本をたくさん買われたのは知ってます。参考館を作られたのも知ってますが、それは布教が目的でしょう。
中山家の図書館ですか?中山家の部屋にその買った本があるのですか?
天理大学付属図書館ですよ。
布教をする人たちが困らないように、勉学に励むようにという思いです。よく調べればわかることです。
あと、真柱様が来られるのにいちいち連絡がどうのこうの、なぜそこまでするのか。と言っていましたが、それも勝手に大教会がしてることでしょう。そんな決まりはありません。
真柱様のお入り込みが不要と言ってること自体、信仰的に話ができません。
不要の意味がわかりません。
真柱様が個人的に不動産をもっていないでしょう。よく調べてください。宗教法人としての土地建物です。
勝手に想像を膨らませて、揚げ足をとるのは人としてどうかとおもいます。
ベンツが話題によくでますが、
あれは公用車です。個人のものではありません。
個人の車は、スパシオというトヨタの車です。
真実なら神が受け取る
というお言葉はあります。
それはお金である必要はないです。が、お金でもいいとおもいむす。
逸話編に二の切りの話があります。
御供も大切な信仰実践のひとつです。
>真実なら神が受け取る
>というお言葉はあります。
>それはお金である必要はないです。が、お金でもいいとおもいむす。
そうでしたか。お教え頂き、有難うござました。ですが、その真実、という意味はどのようなことを指しての「真実」でしょうか? 逸話編に二の切りの話があります、それは人に対する施し、を言っておられます。人をたすけなさい、ということですね。教団の館群の建築を助けることではなく、やはり、人助け、ということを目的としたもので有るべきではないのでしょうか?
教会長様。
>御供も大切な信仰実践のひとつです。
信仰実践ということで、教会長様自身が自らのお金をお供えされることは勝手だと思います。
でも、自分のお金をお供えするのと、信者さんに「逸話編の二の切りの話を持ち出して。御供も大切な信仰実践のひとつです。」とお供えを促すのとでは話が変わってきます。
もし、信者さんにお供えを要求するのであれば、そのお金は、人助けの為に、このように使われていますと具体的に説明しなければならないでしょうね。
「御供も大切な信仰実践のひとつです。」という言葉だけで片付けられる問題ではありません。
たとえ法人名義だとしても信者は好きに使えませんよね
もし使えたとしてもどれだけのお供えしなきゃ駄目か
熱海か箱根に別荘も持ってますよ
二代の道楽を擁護する人もいるのですね
女ぐせは宗教的にどう思案すれば良いのでしょうか?
大教会が勝手にやる事?
真柱がそんな事する教会には私は行きませんと言えば良いだけの事と思いますが
2017年2月16日 9:05 PM 匿名様
>それは勝手に大教会がしてることでしょう。
大金をかけての様々な接待を、何も言わずに甘んじて受けておきながら、
「教会が勝手にしてることですから」はないのでは。
それは、トップとして責任放棄、責任逃れをしていることになります。
なぜなら、そういった費用は全て信者さんからのお供えだとわかっている筈なのですから。
そういった場面場面におけるあり方(責任感や方向性への指導)に漠然とした不安を感じるから、
地味な服装か派手な車か、など細かいことにまで関心が及ぶのかもしれませんね。
こだわりなどはそれぞれです。元々服装や持ち物に無頓着な人もいますし、
地味で質素な物を選ぶことが「偉い」という訳ではありません。
そうした錯覚が存在するから、見かけだけでもわざわざ地味に質素見せようと、
取り繕うようなことをする小賢しい人も出てくるのではないでしょうか?
本当は、(もちろん分相応な予算内であればですが)派手でも、金髪でもいいのかもしれません。
要は見かけだけではない、もっと大切な要素がその人の行動に、その人の言葉に、
その人の生き様に、その人の判断、考え方などに感じられるのかどうかなのだと思います。
真柱の為に、客殿を作った話から比べれば、だいぶスケールは小さくなるが、所属する教会に大教会長がお入込みに来られる、というので、上級会長の指示により、畳を新しいものに変え、ふすまも張り替えた。
なぜ、そのように取り繕う必要があるのだろう。古い畳、変色したふすまのままでいいのに、と思ったものだ。
大教会長さんに、古い、長屋の如き末端教会を見て頂いたら良かったのに、と。
信者のお供えが、真柱の接待の為の1億からの客殿や高級料理等の接待、大教会長家族らの贅沢な生活、本部幹部の資産形成、高額所得、教団の館等建築に使われているだけなら、いっそのこと、教団の破産を願いたい。真柱も、その周りの人間達も、一度貧に落ち切って、又、一からやりなおして貰いたいものだ。
匿名 様(意見を言うなら『匿名』はやめて貰いたいのですけどね)
>真柱様、贅沢されてるとはおもいません。車はベンツに乗られてるかもしれませんが。
>本部のお宅につとめられた青年さんから聞けばそんなのすぐにわかりますよ。
>しかも、三代真柱様の追悼集見ても、桟がすり減ってもそのままにしてるとか
「贅沢」といっても、そういう金銭的・物質的な贅沢だけではない。
人数的、精神的、時間的、空間的など、多くの贅沢の種類がある。
つまりは、無駄とも思えるくらい常識外れに費やされている「モノ」をいう。
例えば、
少し前の事だが、私の系統の大教会に真柱の「お入り込み」があった際、事前に所属教会長と会長夫人全員が集められ、「真柱様の接待掛り」が割り振られたそうだ。
私の母は「お手水掛り」になり、家に帰ってから私に喜々として話をしていた。
どんな掛りなのか聞いたら、「真柱様がトイレを使って出てきたら、柄杓の水を手に掛けてあげる掛り」だと言う。たかが2~3時間の滞在で、トイレを使うかどうかも分からないが、ずっと「真柱様用トイレ」の前で待っているし、驚くことに、隣には仲の良い教会の会長夫人が「タオル掛り」として立っていたのだとか。
この調子では、下足掛り、スリッパ掛り、廊下の案内係り(これは大教会長かな?)、応接室のドア掛り、お茶掛り・・・等など、馬鹿らしい掛りが沢山用意されていたのではないかと想像する。あまりにも異様な世界だ。
トイレの後に手を洗うくらい、キチンと躾ければ幼稚園児だって蛇口を開いて洗い、ぶら下がったタオルで拭くくらいの事は一人でできる。
大事なお客様の接待、おもてなしと言えばそうかもしれないが、母には「キャバクラ嬢じゃないんだからさ」と言いたくなったのをグッとこらえた。もっとも、60過ぎの婆さんでは本物のキャバクラ嬢にはなれないだろうが。
これは、真柱が言ってやらせた事ではないだろう。大教会の方で「気を利かせたつもり」で「自主的にやっている」とされていることだと思う。でも、こういう事が始まったキッカケや継続して他所でも行われているなら、それなりの「指導掛かり」が居るのではないだろうか?
「一列兄弟・平等」の教祖様の教えからしても、あってはならない事だ。
これらの「王侯貴族のような扱い」に「異常さ」を感じないとしたら、真柱自身にも問題があるだろう。逆に言えば、こういう事に「慣らされてしまって」感覚が麻痺してるとしか思えない。
>真柱の「お入り込み」について。
実は、真柱の「お入り込み」の際に事細かく本部から指示があるのです。大教会が勝手にやっていることではありません。
その真実、という意味はどのようなことを指しての「真実」でしょうか? 逸話編に二の切りの話があります、それは人に対する施し、を言っておられます。
いや、ちゃんと読んでください。
人に対する施しではありませんから。
一昨年、120周年を大教会でつとめたものです。
真柱様、奥様、大亮様の御臨席でしたが、本部から指示があったのは、おつとめの時の動線と、御揮毫のこと。写真撮影のこと。だけでした。もちろん、こちらが全て聞いてからのことですけど。聞かなければ、たぶん何もないと思いますよ。おつとめの動線などは、それぞれの大教会で、中段があるところもあればないところもあるのでそういうことです。
ここに人を配置してや、通られたら連絡を。など一切ないですよ。
てきとーなことを言ってもわかる人にはわかります。
たとえ法人名義だとしても信者は好きに使えませんよね
税金で建てたものでも、私たちが好きには使えません。
女グセを宗教的にどう思案すればいいのか。
別に宗教的に思案する必要があるのか?
強いていうなら、女グセがダメだと思ったら反面教師としてみればいいだけの話です。
自分がいけないと思うことは、真似しなくてもいいのです。
なにも熱くなって、言うことでもありませんが。
そして指示をした修理人世話人にもお礼という名のお金がいる
匿名様。
>本部の指示について。
実は、昔からの慣例というものがあって、一部の本部員からとか、奥様とか、上級大教会からとか、それとなく支持があるのです。(ちゃんとしたマニュアルではないのです)
でも、それを無視するのは、余程の勇気がいるでしょうね。
支持もないのに、どことも同じスタイルでお迎えから、お見送りまでの一連の流れが出来上がっているのは偶然ではありません。
それにまだ、大教会独自の接待が加わるのです。
事実は、いかなる弁明があっても消すことは出来ません。京都のN大教会に聞いてください。「三歳舎」が如何ほどの金額で作られたかを。ここまで書けば十分でしょう。
書籍は天理教だけのものを集めれば十分です。後は公立図書館に任せればいいんです。
それより大切なことは、史料集成部及び中山家が秘匿している資料をすべてを何故図書館に移さないのですか。そして全面公開することです。
天理大学卒業の知人は、未だに史料集成部への入室を希望していますが、50年を経ても実現していません。
一度、教学を命を懸けて追及する比叡山や永平寺をつぶさに見学してください。本当の宗教の一端が見えてきます。
真柱も大教会長も、どっちもどっちだということです。但し、大教会長全員とはいいません。どんなに暑い時も、また、寒い時も詰所から本部まで歩いて行かれる姿を見たことがあり、後で詰所の方に聞くと「よほどのことがない限りそうだよ」といっていました。このような人にこそ頭が下がるのです。
末端教会子弟様
>もっとも、60過ぎの婆さんでは本物のキャバクラ嬢にはなれないだろうが。
まずここに反応してしまった。
60過ぎの女性も最近は綺麗で魅力的な方はたくさんおられますで。
若さだけじゃないかもしれませんでー。
ここでキャバ嬢が出てくるという発想が意外ですなー。
私は天理教に対してひどい怒りを感じているもので、改革を強く望んでいる。
だが
トイレの外に数人が待機されているのを想像すると、自分なら迷惑ですなー。
落ち着いて用も足せない。
トイレくらい独りになりたいもんですわ。
「真柱様、豪快な音をたてられてましたわ」なんて言われかねない。
毎日誰からも見られず、気楽に生活している自分らはしあわせですわ。
精神的、時間的、空間的自由を確保されてるんでね。
真柱、しっかりしてくださいな。おねがいしますわ。
この現状なんとかしてくださいな、
と常々感じている自分も、ちょっと感じたもんで。
すみません。
自分は大金積まれても、大勢からいつも見られるような窮屈な暮らしはしたーないです。
教会長 2017年2月17日 8:16 AM 様
>人に対する施しではありませんから。
「早く、二の切りを惜しまずに施しして、身上を救からにゃならん。」
「施し」、と書かれております。「お供え」とは書かれておりません。
天理教本部寄りの教えでは、お供えやお尽くしをすること、と教えているようですが、この事に関して、
「お供え掲示板」でも意見が交わされ、そして「困っている人々への施し」ということで、それに反論は無いようです。
以下、掲示板の意見です。でも、人によっていろいろお考えもあろうと思いますし、勿論それを強制するものではありません。私はこういう考えです、というだけです。
http://6706.teacup.com/5051/bbs/907
http://6706.teacup.com/5051/bbs/post/index/comm_id/912/
http://6706.teacup.com/5051/bbs/post/index/comm_id/913/
教会長 2017年2月17日 8:16 AM 様
掲示板の下の2行訂正します。
http://6706.teacup.com/5051/bbs/912
http://6706.teacup.com/5051/bbs/913
昭和58年1月17日、京都のN大教会直轄教会の京都市北区にあるH分教会に三代真柱のお入り込みがあった。
この時に、真柱の通過が逐一報じられた。真柱からお手付の「ちょこ」が役員に配られた。
後は、これが事実か虚偽かは 2017年2月17日 8:25 AMの匿名様がご自身で調べられればいいだけです。
ご自分の経験から虚偽だと決めつけられる論調には言葉がありません。教団本部にお問い合わせされれば如何ですか。まさか記録が無いということはありませんよね。どこの教会が云々というより昭和58年1月17日の三代真柱の行動は記録されているはずですから。
匿名です。
それはその教会がされたことでしょう。30数年前のことを言われても、その時の時代もあるでしょう。人も多かった時代です。
今持ち出す問題ではありません。
さっちんへ
「早く、二の切りを惜しまずに施しして、身上を救からにゃならん。」
「施し」、と書かれております。「お供え」とは書かれておりません。
施しを辞書で調べてみてください。
お布施のことです。
よく調べてから物事を言いなさい。
言葉尻だけを見るのはどうかと思うよ。自分の意見が正しいと思っているあいだは、成長できません。
>30数年前のことを言われても、その時の時代もあるでしょう。
30年前だろうが、現在の大教会の接待のことであろうが、意味することは同じだ。
少し前に国会で安倍首相が「主婦のパートで月25万」と発言して「社会常識がなく庶民感覚と乖離してる」というような批判を受けたが、まさしく天理教の「真柱」が末端教会や一般信者の感覚や価値観と乖離した「王侯貴族」のような状態である。しかも、天理教には「野党」もいなければ、批判する「マスコミ」もない。
そんな価値観や感覚の持ち主が「人助け」と言ったところで、何処の誰をどのように助けると言うのだろうか?
う~ん、このブログを立ち上げられたカインさんは、教団に対して辛口の評価をされながらも、何とか教団を立ち直らせようとの思いがあってのことではないかと想像できるのです。
それにも拘わらず、教団擁護派の方々は良い面ばかりを強調されていますが、そうではないでしょうと云いたいのです。
信者の多くの方々、また、末端教会の方々が経験された、教えとは裏腹の矛盾に満ちた経験を話されているにすぎません。
教団は教祖が示された真の教えを披歴せず、教団に取って都合のいいことばかり言い募り、金集めに執心し続けたのです。そして教祖百年祭の前年に1年間で500億円を超えるお供えを集めたのです。その結果、何が起きたのか最早何の説明も必要を感じないほどです。早川和廣氏著「天理教・その腐敗と悲劇」を見れば明らかでしょう。
この事実に目をつぶって信仰を続けよといい。お供えをしなければ命がありませんよ、とまで言えばもう終りでしょう。
>自分の意見が正しいと思っているあいだは、成長できません。
辞書を見ましたが、仏教用語で、「僧侶などに、金銭や品物を施し与える事。また、その金銭、品物。」
とありました。自分の意見が正しい、と固執はしてません。私の考えです、と述べてます。
この場合、人々への施し、と解釈するのは、間違ってますか?
教祖が「施しをせよ」と仰った意味は、僧侶へのお布施の意味でしょうか?
匿名です。
まさしく天理教の「真柱」が末端教会や一般信者の感覚や価値観と乖離した「王侯貴族」のような状態である。
どこをどう見てそう思われるのかお願いします。
接待に関してそのことを言っているのなら、話し合いになりませんので、結構です。
さっちんへ
教祖が「施しをせよ」と仰った意味は、僧侶へのお布施の意味でしょうか?
完全にそうです。とも言い切れませんが、それも含んでいるとおもいます。
「命あっての物種と言うてある。身上がもとや。金銭は二の切りや。今、火事やと言うたら、出せるだけは出しもしようが、身上の焼けるのも構わず出す人は、ありゃせん。大水やと言うても、その通り。盗人が入っても、命が大事やから、惜しいと思う金でも、皆出してやりますやろ。
悩むところも、同じ事や。早く、二の切りを惜しまずに施しして、身上を救からにゃならん。それに、惜しい心が強いというは、ちょうど、焼け死ぬのもいとわず、金を出しているようなものや。惜しいと思う金銭・宝残りて、身を捨てる。これ、心通りやろ。そこで二の切りを以て身の難救かったら、これが、大難小難という理やで。よう聞き分けよ。」
と。これは、喜多治郎吉によって語り伝えられた、お諭しである。
匿名 様 2017年2月17日 2:50 PM
この場合、一部でも、僧侶への施しを指すとは考えにくいです。天理教とお寺と関係ないことと思いますけど・・。教祖伝の「第三章 みちすがら」では、
【月日のやしろとなられた教祖は、親神の思召のまにまに「貧に落ち切れ」と、急込まれると共に、嫁入りの時の荷物を始め、食物、着物、金銭に至るまで、次々と、困って居る人々に施された。】とあります。
教祖が、「神の急き込みによって貧に落ち切った」かどうかは、疑わしいと思ってますが、それでも、教祖であれば、「施し」という意味は「困って居る人々への施し」以外にはないと、私は思っております。
匿名様。
>「命あっての物種と言うてある。身上がもとや。金銭は二の切りや。今、火事やと言うたら、出せるだけは出しもしようが、身上の焼けるのも構わず出す人は、ありゃせん。大水やと言うても、その通り。盗人が入っても、命が大事やから、惜しいと思う金でも、皆出してやりますやろ。
悩むところも、同じ事や。早く、二の切りを惜しまずに施しして、身上を救からにゃならん。それに、惜しい心が強いというは、ちょうど、焼け死ぬのもいとわず、金を出しているようなものや。惜しいと思う金銭・宝残りて、身を捨てる。これ、心通りやろ。そこで二の切りを以て身の難救かったら、これが、大難小難という理やで。よう聞き分けよ。」
これは教会へお供えをしなさいというお諭しなのですか?(もしそうであるならば、本当につまらない信仰です)それは違います「惜しいという心」を無くしなさいと言う話です。
それを「教会へ本部へお供えすれば助かる」と、都合のいいようにすり替えているのが問題です。
一度も天理教にお供えをした事がなくても、世の中には偉人と呼ばれる素晴らしい人が多くおられます。
喜多治郎吉の話にしても表統領の話にしても
天理教の神様はお金を出さないと助けてくれない神様なんですね。
だから信者が減っていくんでしょうね納得しました。
よく教えは良いけど組織がダメだと聞きますが
お金出せでは教えもダメですね。
身体は借り物 借りてるからお礼にお供えしろとか
言ってる事やからと一緒ですね。
>匿名
>2017年2月17日 1:26 PM
>匿名です。
>それはその教会がされたことでしょう。30数年前のことを言われても、その時の時代もあるでしょう。人も多かった時代です。
今持ち出す問題ではありません。
それでは、その教会がバカだっただけ。遂に教会の化けの皮が剥げましたね。
百年が過ぎようと、千年が過ぎようと、流れが変わらない限り同じことですよ。
そもそも、本部が欲しいのはお供えではなく維持費でしょう。
健康そのもの、なんの悩みもない人に
「助かるためにはお供えをせよ」なんて言ってもなんのこっちゃです。
だけど、教団を維持して行くにはこれだけの経費が必要となります、教会を立て直すにはこれだけ必要となりますとなれば、お金を差し出す人はいると思うんです。
天理教が好きな人なんてたくさんいるんですから。
それにはやはり、上のものが良い車に乗ったり、留学なんてしていたら説得力もないんじゃないですか?
政府が税金アップするのとなんら変わりません。
宗教的な思想までいかなくとも、ごく自然に考えればわかることだと思うんです。
こちらが望んだ建物ならまだしも、閑散とした建物、教会家族しか使わないような家電、信者さんが乗らない車にお供えと称したお金を渡さなければ信心とは言えないのですか?
ちなみに私は信者家庭ではなく、お寺さんの管轄です。
お供え(お賽銭)は一切要求されませんが、
維持費などのお願いには来られます。
お寺の維持は皆様のおかげですと頭を下げていただいてます。
年に何回かは檀家さんやご近所さんを招いてご馳走の振る舞いがあります。
お布施や維持費のお礼だそうです。
おやさまでさえ籠を降りて歩かれているのですよ。
匿名様
「施し」というのは、確かに金銭的なものも含まれるかもしれませんが、
一般的に、恵まれてる人が、恵まれていない人に与える「恵み」のことを言う
場合が多いのではないでしょうか。
日本の僧侶への「お布施」の場合、「お坊さんに施ししました。」とはあまり言いませんね。
財産を捨て、衣一枚で托鉢しているような、俗世を捨てた本物の修行僧に対しては、
「施しをさせて頂きました。」という言い方をすることもあるかもしれませんが。
しかしながら、解釈が分かれる、証明の出来ないことに、だからお金を出せば(お供え等)問題が
解決するんだ と人に勧めるということ。
信じる人が自分でそうする分にはいいですが、人に勧めたりして責任とれるのでしょうか?
>お供え(お賽銭)は一切要求されませんが、
維持費などのお願いには来られます。
お寺の維持は皆様のおかげですと頭を下げていただいてます。
このお寺さんのやり方は、好感持てますね。多分、維持費もいくら必要である、ということを、檀家さん達の納得の行くよう、収支の明細などきちんと付けて、説明に廻られていることと思います。
が、天理教はそういうものが、一切不透明で、建物建築費、維持管理費いくら掛かっているのか? 他の沢山の施設も、会計をきちんと付けてあるのか、どんぶり勘定、自転車操業のように、お供え出せ、と言ってるように思えます。
税理士、会計士入れて、教団の財政状態を公開するべきだと思います(多分そのよなことはしないだろうが)、そして、無駄な出費を削り(真柱や大教会長などの接待費等に、信者のお供えを湯水の如く使わないように)、そうした姿勢が全く見えない教団に、お供えを上げても、ヘドロの溜ったドブ川に、柄杓で水を注ぎ入れてるようなものです。
教団本部は一度、貸借対照表を天理時報に公表して下さい。
宗教法人として、毎年奈良県か国の文化庁に対して収支決算書や予算書を出しているはずですから、貸借対照表の作成くらい簡単なことです。
奈良県なりに対してこの情報を公開請求すれば公開することはないのでしょうか。
奈良県民の方、一度奈良県庁に尋ねてください。
今の天理教を見てると、自分の行動が目に見える成果となって自分に返ってくるということが本当に証明されているようでとても興味深いです。
因果応報。
原因としての善い行いをすれば,善い結果が得られ,悪い行いは悪い結果をもたらす。
いい人だろうが、
ベンツに乗ろうが、
人の心を支えようが、
恐喝しようが、
神に納めようが、
人に奪われようが、
救おうが、
貶めようが、
捉え方は人それぞれでしょうが、結果としては表れてくるのですね。
流石、教えだけは間違ってない。
自分で自分の首を絞める、ブーメラン教団。
それが天理教。
アーメン
カイン様
以下の投稿欄について
>【投稿コメントについて】
>以下のようなコメントは削除します。通常の迷惑メールに加え、敬語を使わない、10語以内、他者の意見に耳を貸さない、名前を変え何度も同じようなコメントをおこなう、非論理的文章など読者に配慮しないものも含みます。
>なお1度削除しますと、以降自動的に同じIPアドレスからはコメントできません。悪質な場合は自動的にアクセスブロックとなります。
と、新たにかかれましたが、これは警察や裁判所、または教会本部などから改善命令や警告、または圧力などがかかったものなのでしょうか?
明確に事実、真実をお教えいただけましたら幸いです。
管理人のカインです。皆様の自由な言論空間に干渉してしまい申し訳ありません。この度、コメント入力欄に突然、但し書きを設け驚かさせてしまい大変申し訳ございません。ここ数日、本サイトへのアクセスが急増して毎日2000人近くの方が訪れてくださっております。一方で、心無いコメントも増加しており対応に苦慮するとともに、苦情もいただきご迷惑をおかけしております。ここにコメントしていただいている方の99%以上の方は何も思い当たることはないと思いますが、一部の方が非常に悪質なコメントを残していかれます。またそれらのコメントに対する苦情も頂いております。そのたびに削除しておりますが、その削除行為も言論の自由の上で大変心苦しく思っております。そのことについても「なぜ消すのか」とご意見を頂戴することもあります。数分のうちに数十から数百の意味のない文字列などが書き込まれることもあり、強力な自動削除ツールを導入し一定のルールを設けました。このたび関係者と相談の上、私的な言論空間で一定の制限を設けることは必ずしも言論の自由を制限することにはならないと考え、言論の質を保つためにも制限を設ける方向になりました。本サイトに対して反対意見などを頂戴することもありますが、公的機関や教団等から正式な圧力は一度もありません。そんなことがあっては大変なことであり、もしそのような事態が発生いたしますと即時公開いたします。あくまで制限は非常に悪質な投稿に関してであります。その「悪質さ」は思想、信条を限定するものではなく、子供の汚い悪口レベル・海外からの攻撃ツールと思われるものです。恐らくこれまで投稿され掲載されている方の多くは、これまでと同様に自由に発信していただいて問題ありません。本サイトに対する批判、批評を含めて自由に発言していただきますよう、今後共よろしくお願いいたします。もし正当な理由なく削除されるような場合がありましたら個別に対応いたします。上記のような現象がみられなくなった際には、但し書きを撤去いたします。よろしくお願いいたします。
匿名 様 2017年2月17日 1:30 PM
>よく調べてから物事を言いなさい。
>言葉尻だけを見るのはどうかと思うよ。自分の意見が正しいと思っているあいだは、成長できません。
スルーしようと思っていたのですが、失礼な書き方ではないでしょうか?
「言葉尻」を取っている、という事ではありません。教祖の御言葉は一語一語、重要な意味があると考えるからです。教祖は「施し」と書かれています。「お供え」という言葉でも「お布施」という言葉でもなく「施し」と。「施し」という言葉に、親神、教祖の思召しがはっきり、言い表されている、と思っております。
そして、もう一つ。謙遜ではなく正味の話、自分はそうたいした人間ではないですが、あなたに「成長」を心配して頂く必要はございませんので、そのような、意見に関係無いことを書かれるのは、どうかと思います。
Cain 投稿作成者2017年2月18日 8:28 AM
完璧本部側の誹謗中傷コメントでしょうね。とんでもない悪質な行為を行い始めたのでしょう。回線パンク攻撃であればIPは特定できます。 短文の誹謗中傷であれば書かせてもいいと思います。どうせ本部側は下らないコメントしかかけないんですから(笑)しかし悪質な荒らしを本部側がするとは思いませんでしたね。あの天理時報の安東と言う人がやっとるのか?
とにかくネットの荒らしなんか気にせず淡々と運営してください!
閲覧だけさせてもらってたものです。
乗っ取り事件以降皆様の反応と比例してコメント数が急増したのでしょう。以前は数百単位だったように思います。
天理時報のネットに対する記事といい荒らし急増と良い偶然にしてはおかしすぎますね。
乗っ取り事件も続報をお待ちしております。毎回楽しみにしております。私も知人より伺いました。やっぱり酷い状態だそうですね。以前 泥沼化しているのでは とのコメントがあった通りのようです。どもう謝罪する気はなさそうだとおっしゃってました。どうしょもないですね。伺った名前も悪党リストの3名でした。私も自身の耳で確認しました。こちらのサイトは確かで正直本部にガッカリしましたが、私もドンドン他の方にこのサイトを宣伝させてもらってます。一日2000人となるともう人気ブログですね!
Cain 投稿作成者 さま 2017年2月18日 8:28 AM
明快な説明文ありがとうございました。
しかしながら本部は、ホンマひどいですね。
挙句の果てにはサイバー攻撃ですか!!!
都合の悪いものを、攻撃や排除とかするのではなしに、ちゃんと釈明や謝罪をすれば教内は、それなりにみんな信仰者ですから、まだ間に合う(許してくれる)と思うんですけどね。
そんなことも理解できないからサイバー攻撃とかしてしまうんでしょうけど(笑)
匿名2017年2月19日 8:41 AM
サイバーアタックなんかIP調べたら一目瞭然ですけどね。 本部側は無知だけにそういう事がわからなかったのでしょうかね(笑)残念な上層部(笑)
カイン様、
今回のサイバー攻撃、IP調べて、本部側の連中を特定して訴えたらいかがですか?
京都府警サイバー犯罪対策
http://www.pref.kyoto.jp/fukei/anzen/cyber/
本部悪質ですね。さすが教祖の教えを背き守銭奴の道をたどっただけある!意から出た錆 はよつかまればいい!
信じたくはないけど、本当の話みたいですね。本当に教会本部って酷い!
・美人局ゆすられ疑惑(これで私たちの「お供え」が他に流出していたら、とんでもない話!)に、
・表統領の「金を出さなきゃ命がなくなる」発言に、
・大教会法人乗っ取り事件
そのうえに、
・特定ブログへのサイバー攻撃(このブログが攻撃されたということですよね)
なんて本当に酷すぎます!
みんなに、このブログ広めますよ!
ほんと最低、本部!!
>信じたくはないけど、本当の話みたいですね。本当に教会本部って酷い!
水を差すようで申し訳ないのですが、今更ですよ。
・美人局ゆすられ疑惑(これで私たちの「お供え」が他に流出していたら
天理教は「決算報告」や「貸借対照表」を公表していませんので、集められたお金が何処にどのように使われているかが一切分かりません。おそらく、多くのお金を別法人に移し、中山家や親戚連中の資産形成のための投資や運用に使われていると想像しますが、実態は誰にも把握できません。
地震の救助ひのきしんやおやさと館の建設などの情報は「天理時報」で流しますが、それらの経費も「その都度別途に集められている」と感じられます。
そんな状態が何十年も続いているのが実態です。
・表統領の「金を出さなきゃ命がなくなる」発言に
教祖様時代の中山家は「貧に落ちきっていない」のに、信者には「貧に落ち切らねば貧しい者の気持ちは分からん」等という『怪しげな教理』を、既に100年以上前から説いてます。
母屋の取りこぼちをしたのは、秀司の「相場での失敗が原因」だというのは資料に残ってるそうですが。
・大教会法人乗っ取り事件
「乗っ取り」そのものは、善悪はありません。その手法とやり方の問題です。
今回の話に上がった「〇根」については、かなりキワどい手法と手口だったようですが、明らかな違法性まではなかったので、公権力の立ち入るところではなかったのでしょう。
それに、大教会の乗っ取りは昔からあったようですし、江戸時代よろしく、養子や血縁関係で「乗っ取った」例が沢山あると聞いていますが。
・特定ブログへのサイバー攻撃
いわゆる「言論弾圧」と「言論封殺」ですね。
私自身、何か発言しようとすると「あんたには理がない」という言葉で押さえ付けられたことは度々あります。そして、その言葉を周囲の者が「認めてしまう」という状態の「組織のあり方」に疑問を感じてきました。
勿論、この掲示板は天理教とは関係ない掲示板ですから、有ってはならない事ですが。
別に、本部や上級を擁護してるわけではありません。
もう「堪忍袋の緒が切れて、呆れ果てているような心情」だという事が言いたいだけです。
>私自身、何か発言しようとすると「あんたには理がない」という言葉で押さえ付けられたことは度々あります。
天理教の中でしか通用しない、非論理的な言葉だ。
「徳が無い」「発言できる地位、位置、身分に無い」ということだろう。しかし、徳が有るかないか、そんなことなど、神様でも無い限り解らないことであるのに。
そういう非論理的な言葉で、下の意見を押さえ込み、行動を制限し、上の思う通りに動かしてきた教団の、結果が今の状態である。我々はこれ以上、上の犠牲にならないよう、慎重に行動せねばならない。
末端教会子弟2017年2月19日 7:14 PM
>・大教会法人乗っ取り事件 その手法とやり方の問題です。 かなりキワどい手法と手口だったようですが、明らかな違法性まではなかったので、公権力の立ち入るところではなかったのでしょう。
キワドイ手法な時点でかなりの問題があると思われます。これは訴えるか訴えないか 被害者側の心情に担保されているでしょうしね。 泥沼化のコメントで凄く気になってます。本部は謝罪する体質が無くずるずる行ってしまい被害者の心情を逆なでした瞬間全てが吹っ飛びますからね。とにかく被害者の方々に謝罪と賠償など責任問題で解決すべきでしょう。 こういった事件は静かになった跡に ドーンと表に出てくるものです。こちらに流れてきている情報はこれでも表面的な一部の情報でしょうし今後とも楽しみにしてます。
>キワドイ手法な時点でかなりの問題があると思われます
まず、私の基本的考え方として「理の親教理」を否定してます。
なので、大教会という立場や役割は、本部の出先機関としか思えません。
極端に言えば「ヤクザの内部抗争、縄張り争い」かな、といったところです。
キワどい球でも、ストライクゾーンに入っていればストライクです。
相手を打ち取るためなら、変化球やキワどいところ、意表を突くところに投げるのが当たり前です。
末端教会子弟
2017年2月20日 10:13 AM
>まず、私の基本的考え方として「理の親教理」を否定してます。
確かに理の親教理は否定すべきです。皆さんそこからのその期待感をその被害者教会に持ったところもあるでしょう。被害教会は訴えるべきでしょう。とにかく訴えが無い事には警察も動けません。その被害教会も今回真価を問われている。もし被害教会立ち上がりし時ここの皆さんで助けましょう!その時が天理教団の維新の時です!他にも被害大教会も沢山あると聞きます。今まで被害に有って来た大教会も共に立ち上がるべきだ!私の大教会もその昔本部からの乗っ取りを受けました。それは系統内で内密にされてますがやはり本部への不信感は今でも語られてます。「あの時本部をやっておけばよかったのに」とおっしゃる方も大勢居ます。このブログも系統内の方から聞きました。
各系統 このブログに目を通されてる方々ドンドンこのサイトを皆に教え天の時に備えましょう!当系統や私の周りでも本部壊滅近しとしか聞きません。本部には本部という組織の維持もまま成らない末期状態です。
理とは一体何なんでしょうか。このようなことがありました。講社祭りが都合で出来なくて、後程、お礼分を教会に持って行ったところ、理立てをしていると云われました。理とはお金のことか?
また、教団本部の流れを汲まないものは、全て理が無いという云い方をされました。
理とは便利な言葉ですね。
本部の流れが無い他の宗教はすべて邪教だということになります。上から目線そのものです。
お供えは命の繋ぎという表統領の言葉は、姿や形の見えない究極の霊感商法です。
四代前の先祖の名前は知らない(わざわざ除籍謄本を取るまでもない)、入信の動機も知らない、顔も知らない(写真が無い)、書き残したものも無いなかで、元一日を忘れるなと言われても、もともと何も知らないものを忘れようがありません。
雑感です。
当方の大教会の「教会名称録」からのものです。教会は確実に減っているようですね。
教会長不在教会 他教会預り(その教会自体は無い)
平成10年 7
平成20年 27
平成27年 37 17
匿名2017年2月20日 11:30 AM
教団全体の不在教会あわせただけでもどの大教会よりも大きい大教会が誕生するほど不在教会はあるでしょうね。信者数からすると全盛期の1/5は下らないでしょう。強制倍化運動 の残骸 やかた建設 肥大化した本部組織 の余波はこの現在にも漂ってますね。 教理が無茶苦茶 ただの組織の力学教なで今時だまされると思ってる本部執行部が脳足りんすぎます。 「おつなぎはカネ!」と公言してしまった以上 今までインターネットでは創価学会がよく叩かれあの創価学会でも二分し衰退の一途をたどっている。今後はその隣で天理教も叩かれて行くと考えるとこの教団には創価ほどの体力は現状もう無いといえましょう。 教団の将来を想像すればその悲惨な参上は誰しも目に浮かぶでしょう。今後は本部の信者に対する愚弄体質を是正さすべく全教一丸と成って暗にでも問題ないので本部にはむかっていくしかございません。
ここ数年で天理教教会本部が本当に自らの過ちを謝罪し是正できないでいるならばもう終わるでしょう。インターネット社会の影響を何も理解できていない。信者達は皆賢い。本部だけが時代錯誤の膿と化し いや癌の如くもう末期業態ともいえよう。教理の善悪も今ではわかるものもいない。教理が理解できぬ愚かな本部に未来は無いでしょうね。
中田善亮 筆頭に明確に「お尽くしはカネ」と取り返しの付かない異端を表明した本部はもう終わるでしょう。
数年後にはお供えも激減 教団は差し押さえ 土地も売り払われる
「屋敷をはろうて助けたまえすってんてんのみこと」をじで行く運命なのでしょう。
東風Z様
東風Z様のコメントを読みながら思わず笑っていました。(ごめんなさい!)早速国語辞典で調べました。(1)法則、原理
(2)道理、理屈だそうです。無理にこじつけると理屈でしょうか!?もちろん「理立て」などの単語は載ってません!
私は東風Z様と違って4代前の先祖の入信の動機、飲まず食わずの単独布教の苦労の末に教会設立に至った道程もも知ってます(自教会史から)が。その頃の教団信仰に迷いも疑問もなく貧に落ち切ることこそ信仰だと思っていたのでしょうね。まったくおかしな信仰です(財産=お金=お供え=理立て)。
過って『天理教の虚像と実像』に出会った時、胸が痛くなり、いつか目も潤んでました。私がずっと疑問に思っていた解答がここにありました。あの感動からたくさんの時間が流れた今日、皆様によってインターネットを通じ多くのことを知ることのできる時代が来ました。私など信じられない時代です!!
2017年2月20日 7:45 PM mami 様
そうですか、ご先祖様はご苦労をされたのですね。本当に悲しみしか感じない教団ですね。
私の場合は、多分事情で入信したのではないかと、うすうす感じていました。しかし、詳しいことはさっぱりです。ただ、母が熱心だったものですから、信仰を止めることは母が悲しむだろうとの思いがあり、会社勤めを続けながら教会に参拝していました。
ところが、6年ほど前に天理大学を卒業した知人が、今の天理教は教祖の真の教えではなく、中山家を信仰対象とする中山教とでも云うべき存在であることを、いろいろな具体例を示して説明してくれたのです。
更に、この知人から早川和廣氏著・「天理教・その腐敗と悲劇」という本があるから入手できれば是非読むようにとアドバイスを受け、たまたまネットで購入でき、読んだところ教団のあまりにも酷い状況の一端を知るところとなり、教会と距離を置くようになりました。教祖百年祭の前3年千日の間で、1500億円ものお供え集めたと聞いて、もうビックリ以外の何ものでもありませんでした。
それはそうでしょう。大教会長や分教会長の自殺、強盗事件、投資の失敗とキリがありません。人助けの教理が泣いていますよね。
余談ですが、この本の全てをパソコンに打ち込みました。全文の紹介は著作権の関係から出来ないと思うのですが、ひどい部分は抜粋して紹介しようと思っています。
正直いいまして、未だに理とは何なのだとの疑問が消えていません。多分、教団にとってこれほど都合のいい言葉は他に無いのではないかと思っているほどです。
小学校にも行かない頃から吹き込まれた天理教用語の数々は、容易に頭から抜けきることはありません。
ただ、知人は真の教祖の教えを知ることが出来ればと、80歳になる今も求道活動を続けています。しかし、教団はこの動きに対しても厳しい批判の目を向けています。悲しい教団ですね。
つたない文章で失礼します。
mami
2017年2月20日 7:45 PM
mamiさんだけでは御座いません!皆本部の教理改竄に怒り来るって滾っておる所です! 顔を突き合わせては中々話さないでしょうがここ最近「~~さんも見てたの?~~さんも見てるか!(笑)」とこのような会話が増えてまいりました。教団全体持ち場立場関係なく現在の本部の方針を憂い不満に思ってるものばかりです。 一日に2000アクセスという個人ブログで考えたら人気ブログです。 社会学さんの影響を肌身で感じる今日この頃となってまいりました。 知人の教会 大教会 ましてや本部師弟でも現体制に相当猜疑と不満を抱き各地各所で話は成されているみたいです。 本部中枢の人間は疑心暗鬼差をまして暴走し続ければいいともいます。そうすれば自滅或は何者かに訴えられることは必須でしょう。
もう本部の似非教理が通用しなくなってると本部自らが察する時が迫っているのです。
東風Z様
1日に2000アクセスという個人ブログ様
ありがとうございます。
『天理教・その堕落と悲劇』楽しみにしております。『天理教よ甦れ!』と同じような内容かと思って購入しませんでした。残念に思っていましたので嬉しいです。
2000ものアクセス、本当に凄いです!カイン様には感謝です。大変にご苦労されて運営されておられること、今回具体的にわかり有難いの思い深くいたしております。。
社会的相当の範囲を逸脱した宗教団体による献金勧誘行為(消費者問題の判例集)国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201408_1.html
裁判沙汰になったみたいですが賠償金支払いの判決が下されてます。
宗教法人(宗教団体)にも使用者責任で訴えることが出来るみたいです。
素人がネットで調べて知ったことなので申し訳ないです。
突然すみません。さん
2017年2月21日 12:26 AM
天理教教会本部や一部大教会はこりゃ訴えたら皆勝てるやん! って判決ですよ(笑)
本部は調子のらんとおとなしくせな終わるでw
突然すみません。様 2017年2月21日 12:26 AMのコメント
>社会的相当の範囲を逸脱した宗教団体による献金勧誘行為(消費者問題の判例集)国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201408_1.html
>裁判沙汰になったみたいですが賠償金支払いの判決が下されてます。
>宗教法人(宗教団体)にも使用者責任で訴えることが出来るみたいです。
この判例からすれば本部や悪徳上級教会などを訴えて、勝訴の可能性が極めて高いと思われます。
刑 事 訴 訟 法 27条
一 、被告人、又は被疑者が法人であるときは、その代表者が訴訟行為についてこれを代表する。
二、数人が共同して法人を代表する場合にも、訴訟行為については各自がこれを代表する。
刑事訴訟法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO131.html
民法715条 (使用者等の責任)
一、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について、第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
二、使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
民法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M29/M29HO089.html
※〔カイン様。修正しましたので、お手数かけますが、前コメントの削除をお願いします。〕
突然すみません。様 2017年2月21日 12:26 AMのコメント
>社会的相当の範囲を逸脱した宗教団体による献金勧誘行為(消費者問題の判例集)国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201408_1.html
>裁判沙汰になったみたいですが賠償金支払いの判決が下されてます。
>宗教法人(宗教団体)にも使用者責任で訴えることが出来るみたいです。
この判例からすれば本部や悪徳上級教会などを訴えて、勝訴の可能性が極めて高いと思われます。
刑 事 訴 訟 法 27条
一 、被告人、又は被疑者が法人であるときは、その代表者が訴訟行為についてこれを代表する。
二、数人が共同して法人を代表する場合にも、訴訟行為については各自がこれを代表する。
刑事訴訟法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO131.html
民法715条 (使用者等の責任)
一、ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について、第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。
二、使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
民法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M29/M29HO089.html
> 教会長不在教会 名称預かり(教会自体は無い)
>平成10年 7
>平成20年 27
>平成27年 37 17
教会の数が多すぎるのだから、減るのは当然である。海外教会を覗いた国内教会数は16353教会だが、都道府県で割ってみると、一つの県で平均348教会もある。すぐ近辺に同じ天理教分教会があったりするが、お互い行き来することはない。地域に関係無く「系統」が入り乱れて乱立している。
県の人数や広さから考えれば、一つの県でせいぜい50もあれば、(50でも多すぎると思うのだが)充分であろうと思う。一つの県に50教会とすると2350教会でよい。現在ある教会の内14000教会は不必要である。教会が減って行くのは自然の流れであり、これまでが無理な状態を通してきたのだ。末端分教会長に全ての無理を押し付ける形で。教会数の適正を考えれば1000~2000位になっても仕方がないことと思う、これから益々減って行くことであろう。
又、教会によっては、上級、上々級、上々々級と、大教会までに3~4つも上級を戴いているところもある。これらの縦組織にする意味は、結局「理の流れ」ということで説明されるのであろうが、そもそも「理」という言葉は、本部や大教会から下に対して、何かと都合良く使われているが、教団内でしか通用しない恣意的な言葉である。つまり、本部、大教会の持つ「理」(徳か?)を下に流してやっている、という勝手な理屈。その理屈で、月に何回もあっちこっちに参拝に廻らねばならない末端教会の負担は大変なものであろうと思う。1か月は早い。
教団本部がこういう無理な形態を長年維持させてきたが、もう限界に達っしているのであろう。ピラミッド型教会組織を解体、大教会の系統を解体など、組織再編を行わない限りは、天理教が今後も立ち行くことは難しいであろう。
匿名2017年2月21日 3:36 PM
確かに無駄な立て組織には正直限界であるしかしそれはもうことすでに遅し、組織改革派もう出来ないでしょう。それは宗教法人法の壁が立ちふさがるからです。本部以外の教会も実は独立した法人だからです。それを乗っ取り工作を仕掛けている本部が明らかになったのが現在のこの状況でしょう。「御本部が御アコギなこと(違法行為)をしている」最低な集団です。しかも以前あったコメントではその実行犯が、よろず相談所などの理事会のメンバーとか恥ずかしいですね。しかも弁護士が実行犯にいてなぜそれが成功しなかったのか? がポイントではないでしょうか? 弁護士が手を止めると言う事は一つしかなく違法行為をしていたからでしょう。 一般的に考えてこれしか御座いません。 つまり弁護士が相手にもいるのか、それとももうすでに捜査が始まっている の二点と考えるべきです。
私は訴えて欲しいです!真面目な信者を騙してそんな違法行為をしていたなら、罰せられるべきです!
「信者のお供えを返せ! お供えを弁済せよ! 異端は本部だ!詐欺団体天理教!」
とこちらのコメントに出てくるままに私も同感ございます。本部が解体されれば各地かくところで天理教は生き残る 本部が消えても教えは消えない! 親神様 おやさまはは不滅である! 異端本部は消えうせろ! と感情的にも強く思います! ふざけんな 悪党リストの面々!
開かずの部屋とは
史料集成部は、開かずの部屋と呼ばれている。ここに関係した人で2人が自殺をしている。
教団は何も明らかにしない、正に伏魔殿である。
公開しないで何の価値があるのだろう。素朴な疑問にすら答えない教団に教理の教えを乞うことなど余りにも愚かなことだと思う。
以前、教会長にこのことを問いただしたところ、そのようなことをしたら大変なことになると言っていた。
この会長は史料集成部のことを知っているか疑問だ。なのに大変なことって何と思った。再度、問いたかったがバカバカしくって辞めた。恐ろしい教団だ。
> T さま 2017年2月21日 1:48 PM
>各教会の努力不足としか言わない本部は無策極まりないと思います。
>いや、知っていて各教会に責任転嫁するのは人間の性でしょうか。
>資金不足に陥った宗教団体は、大ナタを振るうか、非常手段に出るか、その両方を行使するのか、いずれにせよ皆様方、お気を付けください。
>匿名さま 2017年2月21日 7:04 PM
> 弁護士が手を止めると言う事は一つしかなく違法行為をしていたからでしょう。 一般的に考えてこれしか御座いません。
>つまり弁護士が相手にもいるのか、それとももうすでに捜査が始まっている の二点と考えるべきです。
>私は訴えて欲しいです!真面目な信者を騙してそんな違法行為をしていたなら、罰せられるべきです!
これらは大教会法人乗っ取り事件についてのコメントでしょうか?
本部が非常手段に出、大鉈(おおなた)を振るったものでしょうが、この事件の噂が飛び交うようになったのは去年末頃からだったと思いますが、実際には昨夏からなんだそうです(関係者から聞きました)。
ということは6、7ヶ月ほど経過していることになるので、こりゃかなり話がこじれているものと推測します。
自ら振った大鉈を、振るい返されたら本部も、もうこれで終わるでしょうね。
組織改革のため、苦しめられる信者さんたちのためにも、その大教会には勇気をもって大英断されることを切に願います!
応援してますよ、〇〇大教会!
TSA様2017年2月22日 9:12 AM
是非その被害大教会にはがんばっていただきたいです。今後どのような動きがあってもドンドン情報が出て本部の面目が潰れるだけです。本部がいかに悪行を重ねた歴史を持っているかはこちらのサイトで覚えました。最低な集団がこの崇高な教団を支配しているこの現状が本当に嫌になりました! 友人知人の間でもこちらのサイトが話題で持ちきりです。知人ではその情報を率先して聞きに行ったりしてる人もいます。 今後とも打倒異端本部に陰ながら協力させてもらいます。
こんな状態で息子を天理高校第2部受験させて大丈夫なんでしょうか?
だんだん心配になってきました。
misaさま 2017年2月22日 12:48 PM
>こんな状態で息子を天理高校第2部受験させて大丈夫なんでしょうか?
>だんだん心配になってきました。
私の子どもは「スポーツ・文化関係で天理高校1部に行きたい」と言っていますが、私は子どもに「本当に行きたければ、自分自身の意思と責任で行きなさい」と、暗に反対を伝えています。
もちろんハッキリと現状や理由なんて小学生には名言などできません。
また、スポーツ・文化関係の強豪校は天理でなくとも、たくさんありますからね。
まだ考える時間はありますので、今後時間をかけて話し合っていきたい(説得?)と思っています。
開かずの部屋とは
今から30年ほど前の事ですが天理市に在住する方からこの2人の自殺者の事を聞いた覚えがあります。
自殺した2人は本部員の息子さんで兄弟だそうです。2人とも東大卒だと言っていました。
お兄さんが自殺されたので弟さんが係りの仕事を継いだのだがその弟さんも自殺したと話してくれました。
この方は、2人はおふでさきの2号と3号の約5年間程の抜けている部分を読んだに違いないと言っていました。
おふでさき17号に出て来る「ざんねん・かやし・そうじ」について具体的に書かれているのが
この隠された5年間だそうです。
この未公開の5年間がおふでさきの核心部分だと言っていました。
ここを読み悲嘆にくれて自殺したのだろうと話してくれました。
東大卒の兄弟が自殺するのだからその内容は想像を絶するものだと思います。
そもそも神は天理教という一宗教団体を興すためにおや様に下がったのではないと思います。
人類の悲惨な未来から子供達を救うためにおや様に天下ったと思います。
その具体的な手段がかんろだいとかぐらつとめであると思います。
が、しかし、神の思いは中山家やそれに追随する欲深な人々に踏みつぶされたのでしょう。
現状の世界情勢を眺めてみればこの先どのような状況に至るか想像できると思います。
人口爆発による食料不足、飢餓や紛争、テロ、さらには第三次世界大戦などと言われています。
この様な状況を今の天理教が解決できますか。
どのように考えてもできる訳がないと思いませんか。
今の天理教は欺瞞に満ちた組織です。
おふでさきに何が書かれているのか
私たちは公開されている部分から考えるしかないが結論として地球の大掃除でしょう。
何回読んでも陽気ぐらしは大掃除の後としか考えられない。
世界一列ろくじに均された後にかんろだいが建てられるのだと思います。
「しんじつ」「つとめ」は全編を通して出現しています。
しかし「助ける」は13号でほぼ終わりです。
14号から17号は、ほぼ親神の苦渋に満ちた思いです。
「ざんねん かやす はらす しりぞく ちる そうじ」この様な言葉がつづられている。
要するにこの道は親神のざんねんはらしの道という事でしょうか。
亡くなられた本部員の息子さん兄弟の事をこの私でさえ知っているのだから
本部中枢の人達は更に詳しくその内情を知っていることでしょう。
伊勢神宮の収支ってどうなってるのか調べてみた、が。 – 情報と音楽
http://penguinlab.jp/blog/post/183
宗教法人と情報公開は難しい話みたいですが、信者は大体の情報を知ることが出来るのではないでしょうか。
統一協会の責任を認めた判決の概要
http://www.stopreikan.com/hanketu/hanketu_gaiyo.htm
統一教会の責任を認めた最近の判決 | リリアンのブログ
http://ameblo.jp/rennbo-mayu/entry-11775407301.html
やはり裁判沙汰になっていますが、賠償金支払いの判決が下されてます。
有力な証拠や証言が必要になると思いますが、お金を返してもらえる可能性は高いと思います。弁護士に相談してみて下さい。
素人がネットで調べて知ったことなので申し訳ないです。
退職信者 様
ありがとうございます。私も現在も天理市近くに住む天理大学を卒業した知人から詳しい話を聞きました。
芹澤光治良氏始め高野友治氏や八島英雄氏のエピソードを交えた話でした。このような大切な話は、私のような中途半端な知識に基づくよりも、教団自身が、恥を忍んで語るべき出来事だと思うのです。残念ながらそのような気配は微塵も感じることが出来ません。
私が子供の頃は、6人の兄弟が両親に連れられて教会に参拝し、両親の兄弟(叔父・叔母)も子供を連れて教会に参拝し、他の信者さんも含めて狭い会堂にはあふれんばかりの信者が集っていました。ところが、今や私の家系で信仰を継いでいるのは97歳になる叔母一人となってしまったのです。
寂しい教会を見ていると、何故このようなことになってしまったのかの原因を教団は胸に手を当てて考える時です。
何事も隠していては、神の想いは伝えられないと思うのです。
>寂しい教会を見ていると、何故このようなことになってしまったのかの原因を教団は胸に手を当てて考える時です
会長の話やお供え等を疑問に思ったり断ったりすると
徳が無い、理が無い、心が成人してない、信仰は理屈じゃない
等々の言葉で非はすべて信者にある
自分達は尊い神様の教えを説いているから言うことを聞きなさい
と言わんばかりの上から目線、中には会長が神様みたいな扱いの教会多いです。
会長の理ってそんなに凄いのでしょうか?理をたてる?
実の親子、兄弟等でも会長に自分の意見を言う事が出来ない。
会長の言う事に素直に応じる事が神様が受けてって下さる。
このような歪んだ教えが信者が減っていく一番の要因だと思います。
陽気暮らしの天理教
教会行くと陽気どころかお供え、仕事休んで月次祭来い、
休日の〇〇デーの参加の話等でしんどいです。
信者の事思って言ってると言いますが全部自分達のノルマ、生活の為の発言です。
匿名 様
2017年2月23日 9:16 AM
本当にその通りですね。出発時に少し方向を違えた(応法の道へ)為に取り返しがつかなくなったのかも知れません。それにしましても、上から目線だけは止めてください、といいたいです。
「二代真柱は、ヴァチカン宮殿視察後に、これに負けない建物を造れと、『おやさとやかた』の建設に着手したのが真相」と、以前どなたか投稿されていた。二代真柱は自分を「カトリックにおける神の代理人、ローマ教皇」に見たてていたのだろう。しかしローマ教皇にはコンクラーベによって交代があるが、真柱は世襲制であり、中山家以外の者がその地位に就くことは無い。
信者達の莫大なお供えは、おやさとやかたという虚飾の伽藍を造ったのみ。後はいくつかの、教団所有の文化法人か。信者の心のこもったお供えを自分の欲望のままに使い、信者さんの人生を左右する宗教教団を、自分の所有物としか見ない最高権力者、あるいはまた、真柱を取り巻く、甘い汁を吸おうとする者達、そのような人々しか、教団の統括者として戴くことが出来ない信者達、又、教内関係者達は大変不幸である。
匿名さま2017年2月23日 9:16 AM
>会長の話やお供え等を疑問に思ったり断ったりすると 徳が無い、理が無い、心が成人してない、信仰は理屈じゃない
等々の言葉で非はすべて信者にある
これ各上級や大教会だけでなく、本部がこういう教えだからだめなんですよ。以前本部員に「教理の質問してみ!答えられないから(笑)」のようなコメントがありましたが私もつくづく思っていました。 答えられないと言う事は信仰してないのと一緒 講和できても教理がわからなず。 それが現在の本部員初め教団の本質です。異端本部と揶揄されていますが、これ揶揄でなく真実の例えだと痛感させられてます。
真柱とは必要なのか?さま2017年2月23日 11:47 AM
こちらのコメントの数々で、中山家が教団の悪の権化だと暴かれた!暴かれたというより、中田善亮 が表統領に就任して以来本部でも憂う声が絶えないのが実情なのでしょう。 これほどの情報が今まで外部に漏れたことは無かったわけですから、この気運を おやさまの合図たてあい と受け取り 一気に本部を壊滅に追い込むべきですね。
twitterのsatuki(さっちん?)様、はみ出し教会の奥さん様、かかな様
突然すいません。「切る、切られる」問答、つい気になったもので。
おさしづに、
〝残念の理ほど、怖わいものはない。残念の理、一代でいかにゃ二代、二代でいかにゃ三代、切るに切られんいんねん(因縁)付けてある。これは退くに退かれん理によって。なれど、神に切る神は無い。なれど、切られる心はどうもならん。仇言に捨言葉、神は大嫌い〟 〔M24.1.28〕
とあり、なかなか怖いです。そして逸話篇にも、
〝前生のさんげ(懺悔)もせず、泥水の中より清らかな所へ引き出した者を、また泥水の中へ引き入れようとするから、神が切り払うた〟 〔148 清らかな所へ〕
とあります。また、高井猶吉の伝承では、
〝恩に恩を着たら落ちるで〟と仰る。落ちたら容易に人間界へ出られん。これを「死んだ」と言うのや。
〝恩に恩を着て、人間の道を切るから、道が切れて死ぬのや、落ちるのや。神様はそれがいぢらしいから、理を聞き分けて落ちぬようにせよ〟と仰る。〔高井家資料 90ページ〕
〝神がこうして表へ現れたからには、どうでもこうでも、この道は付け切る。
親は我が子の始末しかねない。聞かねば聞かんようの始末を取る〟〔高井家資料 34ページ〕
とあり、よーく読むと、なかなか恐ろしい〝おふでさき〟級のホラーなのです!
>自殺した2人は本部員の息子さんで兄弟だそうです。2人とも東大卒だと言っていました。
お兄さんが自殺されたので弟さんが係りの仕事を継いだのだがその弟さんも自殺したと話してくれました。
この方は、2人はおふでさきの2号と3号の約5年間程の抜けている部分を読んだに違いないと言っていました。<
知りませんでした。驚きです。
私たちが教祖の思いをたどる教科書、「おふでさき」は教団にとって都合の悪い所を削除して「再編纂」された「嘘の代物」だったのですね。聞くところによると、筆跡も明らかに違う部分があるとか?ということは「おふでさきの現本」は公開出来ない「極秘本」と言う事ですか?いよいよこの教団は怪しいですね。
都合の悪い所は信者に見せず、都合よく再編纂して信仰の指針にしている、「だまし」そのものです。
二人が尊い命をかけて絶望とともに、抗議した心情を思うと、中山家は鬼畜以下。彼らに天の審判が下らないはずがありません。お供え激減、信者激減、すでに結果が出てきてます。
通りすがりの教祖の弟子 様
怖いじゃないですか~~。「無理に来いとは言はんでな」ではなかったのですか~?
そういうことを書かれると、逃げようとしている足に、鎖かまを投げつけて巻きつけられ、ズルズルと引き寄せられるような感じです。それ、ホントにホントですか~?
( ̄_ ̄|||) どよ~ん (__|||)ぞぉ~~~~~
社会的相当の範囲を逸脱した宗教団体による献金勧誘行為(消費者問題の判例集)_国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201408_1.html
統一協会の責任を認めた判決の概要
http://www.stopreikan.com/hanketu/hanketu_gaiyo.htm
統一教会の責任を認めた最近の判決 | リリアンのブログ
http://ameblo.jp/rennbo-mayu/entry-11775407301.html
まとめてみました。とてもよく似たことで献金させられた方、相手側は違法行為(犯罪)である可能性が高いと思います。お金を返してもらえる可能性もあります。警察や弁護士に相談してみてください。
頭が熱くなりました。一体、被害者の人権をなんだと思っているのでしょうか!身体的傷だけでなく精神的傷が癒えるのには時間はとてもかかると思います。刑事告発できるといいですね。
加害者の味方と教団の保身とだけしか考えてない。
あげくに仲介料70万ってなんですか!ここにもおかしな理の信仰が見えます。
どんな思いで修養科に来られたか知りませんがどんなに失望されたことでしょう。人間不信になられるのではと。
その責任を大教会長らは少しもわかっていない。何は差し置いても大教会長も加害者も心からまずは謝罪するのが当たり前でないですか!本末転倒です。
時代にまったく逆行しています。
告発とは
犯人以外の第三者が捜査機関に対して犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示をいいます。(ちなみに、犯人自身が申告するのは自首です。)
次の要件を満たす必要があります。
犯罪事実の申告があること。
犯人処罰の意思表示があること。
告発人は実在する人物であること。
傷害罪の第三者による告訴について – 事件・犯罪 解決済 | 教えて!goo
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8645976.html
暴行、傷害は犯罪です。どうしても許せない場合、第三者でも告発出来る可能性があります。
有力な証拠、証言が必要になると思いますが、被害者を助けてあげて下さい。
さっちん様 2017年2月23日 5:41 PM
>怖いじゃないですか~~。「無理に来いとは言はんでな」ではなかったのですか~?
>そういうことを書かれると、逃げようとしている足に、鎖かまを投げつけて巻きつけられ、ズルズルと引き寄せられるような感じです。それ、ホントにホントですか~?
>( ̄_ ̄|||) どよ~ん (__|||)ぞぉ~~~~~
本当に本当です(笑) さらに「おさしづ」には、
さあ掃除や。箒が要るで、沢山要るで。使うてみて使い良いは、いつまでも使うで。使うてみて、使い勝手の悪いのは、一度切りやで。隅から隅まですっきり掃除や。
M20.3.15 刻限
親があって子という。子は何人あれど皆可愛もの。なれど、どんならにゃ(どうにもならなければ)ならんように片付ける。中に出直す者もある。我が子であってまゝ(侭)にならん。
M31.3.30
などもございます。そして、
「牛馬といえば、等しくこれ獣(けもの)のように思うているけれども、これは他の獣とは違い、人間より堕(お)ちたるもの」と仰せらる。
人間たる間に悪気(あっき)に悪気を積み、恩に恩を重ねて、ついに人間に生まれ〈変わり〉ては恩の返しようが無きゆえ、牛に堕として恩を報じさすとなん(報じさせるという事である)。
『初めは真っ黒の牛に生まれる。黒いというは、心の暗い々々理があらわれているのや。邪険(じゃけん)の心の理があらわれて、 二本の角(つの)が生えている。モーモーと鳴くは「モーかなわん」と言うも同じこと。「モーモーどうもならん」「モーしようがない」「モー往生したか」という時のモーや。また「牛追い」と言うて、人に追われて日々食う物は、藁(わら)や糠(ぬか)のようなカスを食うて、人の三人前も重荷を背負わせられて通る。これ、人を追い倒してきたから、この世は人に追われるのや。
そこで七、八度も出変わりして、それから「馬」となる。馬となれば色も変わる。角も取れる。鳴くにも「ヒヒン」という、人の笑い声に似てくる。これだけ人間に近寄って(近づいて)きたのや。
それからまた七、八度も出変わりして、恩を報じたその上で、今度は「犬」となる。犬で何度も出変わりして、真っ白い、鼻の赤い犬となったら、その次は人間に〈再び生まれ〉出してもらえる。
けれども、東も西も分からぬ丸の大馬鹿や。それからだんだん出変わるたびに賢くはなっていくけれども、牛馬に堕ちた間の苦しみで、先に人間で在りしうちの知恵はスッキリ失うてしもうて、一かけから(一から)いかにゃならん。なかなか容易な(簡単な)ことじゃない。これが「地獄」と言うのやで。また天の本心も、牛と堕ちれば取れてしまうのやで』と聞かせらる。
さて今までは、こういう事も知らなんだやろう。
このたびハさきなる事を此よから しらしてをくでみにさハりみよ 五 2
この度は先なる事を この世から 知らしておくで身に障り見よ
このよふハいかほどハがみをもふても 神のりいふくこれハかなハん 五 3
この世は如何ほど我が身思うても 神の立腹これは敵わん
めへ/\にハがみしやんハいらんもの 神がそれ/\みわけするぞや 五 4
銘々に我が身思案は要らんもの 神がそれぞれ見分けするぞや
と、お付けあそばされたるは、
『牛同様に、寝ていて食べさしてもらい、ししばば(尿糞)の世話もしてもらい、人間だけの自由(じゅうよう)適わずして、長年、人の恩をきて果てたなら、今度は牛やで』と聞かせらる。
『世上の諺(ことわざ)にも「寝ていて食べると牛になるぞ」と言うて子供らを戒めるは、知らず知らず神の教えや。そこでこの世では、我がまま気ままに我が身の栄耀(えいよう/栄華/繁栄)を思うても、この世はそうして通れても神の立腹。この次の世は、モーかなわん、かなわん。牛と堕ちたらどうも仕様があるまい。すれば銘々に我が身の思案は要らんで、ただ誠真実、立て合い、たすけ合いの心を持って通れよ。我が身の事は思わずとも、神が見分けて心だけよいようにしてやるで』との仰せなり。
諸井政一 正文遺韻 250〜251頁
さっちんさんが「そういうことを書かれると、逃げようとしている足に、鎖かまを投げつけて巻きつけられ、ズルズルと引き寄せられるような感じです」と仰るように、皆がこうした厳しい教祖のお言葉を聞くと怖がるので、教典、教祖伝、逸話篇には掲載されていないと思案します。計算ずくですよね!
さっちん 2017年2月23日 7:22 PM
インターネット完全管理ははっきり言って無理です(笑) 国家レベルの中国共産党ですら完全管理は出来ていません。削除以来程度でしたら本部だろうが個人だろうが誰でも出来ることです。 仮にIPで特定しようにも地域までは出来ますがそれ以上は中々難しいものです。したところで犯罪性など決定的なものでない限り何も出来ません。そもそも犯罪性の有る書き込みなら警察が動きます。「本部がインターネット対策室を作っている!削除される!」などの書き込みをよく見ますが、たしたことは出来ていませんしむしろ対応が遅すぎてもう後手後手です。それにいくらパソコンと若者集めても、教理改竄や犯罪性のある行いを積み重ねている時点でそのパソコンと若者も無意味 まずインターネットなどの認識がまったく持って出来てないのでしょう。 本部のパソコンやネットに関しての認識は10年は遅れてます。
通りすがりの教祖の弟子 様
詳しいご説明有難うございました。しかし、一、二度読んだ限りでは、非常に怖く感じますが、要は、人間として道を踏み外すな(つまりお道ということになるんでしょうね。注:天理教ではございません。)ということでございますね。
このおさしづからしますと、天理教のそうそうたるお偉いさん方は「恩に恩が重なって」来世は牛馬でございますね。ホホホ・・。
切り言葉、私、上級会長には、結構つかってますけど、しかし、追い払わなきゃ、いつまでもしがみついて来るもんで、これくらい許して頂きたいのですけどね、神様には。相手が悪いのだから(笑)。
神様に対する切り言葉ではありませんので・・。(弁解) (;^_^A アセアセ・・・
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暴行、傷害は犯罪です。第三者でも告発出来る可能性があります。
有力な証拠、証言が必要になると思いますが、被害者を助けてあげて下さい。
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
【幇助犯・教唆犯|犯罪の手助け・そそのかしだけでも犯罪になる】 | 刑事弁護 | 東京・埼玉の理系弁護
http://www.mc-law.jp/keiji/13088/
宗教団体(宗教法人)による違法行為(犯罪)に関係していた場合「犯罪(違法行為)だとは知らなかった」「私は関係ない」は通用しない可能性もあります。
無料で相談出来る弁護士事務所もあるみたいです。
被害にあわれた方は相談してください。
匿名 2017年2月24日 4:53 PM
中田善亮 山澤廣昭 の2人だと各直属教会 脅してそうだな(笑)あいつら評判悪いからなー 今後も教団内は問題山積すしそうやな ネタが尽きなくて良かったわ(笑)
堺大教会と言えば先頃、詰所が取り壊しされていましたね。
大分古い木造でしたし、まあ取り壊しも納得かな。新しい詰所でも普請するのかしら。
脅迫と強迫と強要と恐喝の違いについて|横浜ロード法律事務所 離婚 交通事故 刑事事件等 弁護士無料相談
http://www.yokohama-roadlaw.com/column/post_45.html
脅迫罪、強要罪が成立する要件を教えてください。 – その他(法律) 解決済 | 教えて!goo
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/6687022.html
必要のないことを無理矢理させるのは強要罪になる可能性があります。
店員に土下座を強要した人が逮捕された事件もあります。
行動の強要や金銭の強要があった場合、警察に通報、弁護士に相談して下さい。
天理教あるある 2017年2月24日 7:06 PM
本当言論の厳戒態勢(笑) 本当あほらしいですね(笑)そんなんで大教会はじめ本部など教団全体の言論を抑えられるわけ無い(笑) もう時代が変ったと言う事が50~60代以上の人間にはわからないのでしょう。先日もコメントであったように言論統制は国家レベルでも出来ないこともう無理です。つまりその自由な言論空間を恐がると言う事は本部もその大教会も何も教理を理解出来て無いと言う事です。とうとう尻尾を出し始めましたね(笑) 再三再四こちらでも言われてますが本部はじめその様な大教会は天理教で無く異端である!おやがみも おやさまも異端は許さず!本部もその大教会も倒せ! です。皆さんもお気づきでしょうがこちらはのコメントでも時よりトンチンカンなコメントが来てますがおそらく本部が火消ししに着てるのですが毎回失敗してるのでしょう(笑)
さードンドン異端本部の歴史を暴いて、全教一丸と成って 異端中山とその側近を教団から追い出してやりましょう!
教団衰退と資金難の問題は、もう二代と三代真柱の負の遺産だと明確に言える。
三代真柱の ゆたつ3号 に世情働きするな との文言が明確に書いてありそれにより教内では、「みち一条衆 と 世情働き衆」 などの見えない派閥抗争が起きていたのは事実、これにより教団内のお供え(お布施)は減少の一途をたどる。
二代真柱に至っては、バチカン被れになり、膨大な維持費を生んだ おやさと館建設
これらの先代の負の遺産をどう払拭していくか? がどの家でもある使命であるわけで、それを出来ない中山家がファザコンマザコン家系であると言い切れる。現にいい年に成った真柱が前真柱に「パパ~あれでよかった?」と甘え口で話しかけていたのは本部や在籍者内では有名である。
ツイート情報
「堺大教会の詰所はとても古くて雨漏りしたり、風呂は一人用で交代でしか入れない。トイレを近年、急ぎで新しいのに作り替えたのに、ちょうどその新品トイレの場所を、本部が更地にしてよこせといってきている。みな激怒している。中山家側は賛成、そうでない側は反対。なぜならお金がないから。
(土地の一部を差し出せ、というのは、どういう訳で?)
「そこまでは調べてないのですが、天理本部の建物をぐるーっとでっかくする計画があるそうで。その地図を見たのですが画像はとれず。でも、市内を取り囲むような建築物でしたよ」
あのオウム真理教ですら、ある部分は真理を言い表していたにちがいない。 でなければ、あれだけの信者を獲得できるはずがない。100パーセントウソっぱちだったならば、いくらなんでも騙しとおせるはずが無いからだ。
どの宗教にも、真理である部分と、真理ではない部分が存在するのではないだろうか。
だとすれば、単一の宗派のみを、完全に信じ込んでしまうことは非常に危険な事と言わざるを得ない。
それぞれの宗教の、真理だと思える部分を各自が取捨選択して、自分だけのオリジナルの教義を創り出すことが、真理に近づくためのより良い方法だと思う。したがって、それは既存の宗教のように固定化されたものにはならず、常に模索されるべきものである。
大体、日本の一地点を指定して、そこが聖なる場所だなんて、おかしいと思わないか?
この無限の宇宙を創り出した神が、そんなみみっちいマネをするとでも?
神の目から見れば、聖も邪もない、上も下も無い、分けへだてなどないのだ。
天理教などしょせん日本国内限定の宗教だと、これでもうバレバレなのだ。
そもそも「ようぼく」という用語が気にくわない。
お前らは神の奴隷なのだと言わんがばかりではないか。
違う。
この世に神でないものなどなにもない。
この世界はすべて神でできている。
ひとりひとりは実は神なのだ。
目を覚ましなさいよ。
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暴行、傷害は犯罪です。第三者でも告発出来る可能性があります。
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行動の強要や金銭の強要など必要のないことを無理矢理させるのは強要罪になる可能性があります。
店員に土下座を強要した人が逮捕された事件もあります。
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
1歳女児暴行死でわかってきた「悪魔払い」の状況がひどすぎる – NAVER まとめ
https://matome.naver.jp/m/odai/2148796964590429101
憑依妄想 | なんでも雑記
http://ameblo.jp/banana-8t1e/entry-12174993003.html
この事件では「私には神の手がある」という言葉、暴行、金銭の受け渡しなどがあったみたいです。
犯罪(違法行為)は警察へ通報、弁護士へ相談して下さい。
うわー天理教の弁護士も結局金欲しいだけの洗脳された弁護士しかおらんのか? 最低やわ よろず相談所の役員名簿とか見たら結局同じ人間が利権むさぼってるだけど状態(笑) なんだ既得権益が信仰か? そんなんで騙せるとでも思ってる教団があほらしい。 もう脱退するわ 脱退してお布施減らした方がいいわな
わお 2017年2月25日 6:22 PM
そやなーそもそも おやがみさま おやさま の教えに本部が絶対で偉いなんて書いてないしな、ここ最近ネットで言われるように成って本部もあたふたしてきたんだろうけさ、元々本部が耳を傾けてなかったからだろ(笑) 「不足をするな!」と偏った教え込みしとったよな(笑)不足させる本部は悪くないんか? ええ加減にせえよ!無為だな建物建ててろうひしたくせによ 勝手に潰れろ 天理市界隈でももうゆうめいなはなしやで 本部はもうおわりやってな
はじめまして。いつもこのブログを我が信仰の心の教科書として拝見させていただいております。私は天理高校の二部出身で、在学中から本部役員や教会長どものふざけている姿を見ておりましたので、天理教の教えは素晴らしいとしても自分自身で信仰をしようとはとても思えませんでした。いま現在、教会に住んでいますが信仰はしていません。でも協会が独自で新聞をだしていますが、今度このブログを紹介したいと思っていますがよろしいでしょうか?
【Twitter】 てんりさん @ten_ri_san のコメント
>Twitterでも話題になっている大教会の乗っ取り。
>しかし、噂になっている大教会の教勢を考えると、本部がリスクを負ってまで乗っ取る意味があるのだろうかと思ったりもする。
#天理教 #大教会 #世話人
2017/2/23 18:15
私、実は昔、この大教会に行かせていただいたことがあります(詳細は控えさせてください)。
指定の駅に新幹線で到着。お迎えの車に乗せていただいて挨拶もそこそこに、「ここから大教会までは、どれぐらいかかるのですか」と伺うと、「到着しました。ここです」と。 ものの2、3分でした。あまりの近さに驚いたのを記憶しています。
そして研修会の後の会食にて、教会の皆さんと話がはずんで遅くなり、夕闇が迫りはじめた頃に大教会をあとにしました。すると周辺はキラキラきらめくネオン街!十数人もの呼び込みの男性たちが通行人に声をかけ、車に向かって手招きをしていました(唖然)
これはあくまで私の推論ですが、本部はこの大教会の不動産までをも狙っているのではないかと思います。
好立地で、天理教事典には「三千余坪」とあります(街中であの土地はスゴイ)。実際の評定価格などは分かりませんが、なかなか高価な土地なのではないかと思うのです。
それで乗っ取って政権を掌握、土地の名義も変えてしまえば「本部の飛び地境内地」。その後はどうにでも好きなようにできますよね。
たとえば、それを売却して、ひっ迫する本部の会計に補填しよう、などの「もくろみ」なのではないでしょうか。
2017年2月26日 6:39 PM自称中道派 様
カインさんは胸の内で了承されると思っていますが、教会関係者の態度が心配です。
あなたの教会でのお立場が分かりませんので、可否を申し上げることは出来ません。また、どのような内容を投稿されたいのか、とか、信者さん全員にブログを紹介されたいだけなのか、あるいは、住んでおられる教会関係者にブログの存在を紹介したいだけなのかなど色々なケースが考えられます。
現住の教会の雰囲気とブログに投稿されている内容との温度差を勘案されて判断されては如何でしょうか。
私事で恐縮ですが感じたことを簡単に書いておきます。僧祖父母の代からの信仰を継いできたものですが、余りのお供え攻勢と天理市近くに住む知人から教団が真の天理教ではなく中山教であるとの助言を受けて5年前に天理教から離れたものです。
ただ、私は社会に出て曲がりなりにも管理職に就くことが出来ました。そして、何より父母の薫陶を受けて
部下や周囲の人たちに低い心で接することが出来たのは教えの一端が心の隅にあったからではないかと思っています。
それでも、思う事は今の教団は余りにも酷すぎます。本当のことを云うと異端と云われかねない雰囲気です。
常々、親神様・教祖にお喜び頂くと云いながら、教祖の足跡を消そうとしていることを知人から聞き、何を隠そうとしているのか、得体のしれない怖さを知ったからです。
教団関係者は、「聞き分け」を連呼しますが、むしろ、聞き分けをしなければならないのは教団関係者、とりわけ現場の教会長の方々です。言い訳をしようものなら、聞き分けが足らないと一喝するのですから話し合いも何もあったものではありません。(私の経験から感じたことです)
あなたが良かれと思ってされたことが、かえって窮地に立たされるようでは元も子もありません。その辺の雰囲気を勘案されて判断をされては如何でしょうか。
匿名 2017年2月27日 8:29 AM
その乗っ取り事件の話私も聞きました。なんだか本部側が詐欺行為を繰り返して大教会側に発覚したそうです。
大教会側と裏切り者で裏切り者を養成したのが本部らしいですし話を聞く分には大事件の香りしかしてませんでした。
本部はこちらにも書いてあったように、「謝罪する気が無く逃げ回ってる」そうです。それを追求する教会側、裏切り者を擁護する本部と弁護士会長らしいですが、他から見ても裏切り者と本部の言い訳が見苦しいそうです(笑)
その人曰く、「本部が折れないで推し進めたら事件は確定知るだろう」と言ってました。教会側が丸く治めようにも本部側の島村氏もかなり問題があるようで、「偉そうに言っていたかと思えば翌月は言ってない」など二転三転コロコロ意見を変えてるそうです。 「女はだまっとれ!」等の発言もしてるのに、して無とか言い出す始末 「島村は無責任で男らしくない」とその方はいってました。 その島村氏と本部の補助2名のおかげで本部のことを誰も信用できなくなったって言ってました。やっぱり現場では「本部の高慢さと愚作で泥沼化」してるそうです。 私はその話をしてくださった方にも訴えることをお勧めさせて頂きました。(笑)むしろ内容的には他人の私でも訴えることは出来る感じでしたよ(笑)
今後も楽しでした(笑)
社会学さんに書いてあった内容は大きく間違ってなく正確でした。今後とも愛読させてもらおうと思いました。
私の長姉(63歳)が、4人姉兄の中で唯一教会へ嫁ぎ天理教を信仰しています。
今年、還暦を迎えた独り身の兄のことと、お墓のことを相談に長姉の家に相談に行きました。
兄にもしもの時はどうしたらよいか?と聞いたら「死んでも私に連絡せんといて」と、天理教で食べている身でありながら、すごいことを言う。
そして、私に40年近く前に亡くなった母の霊璽と父の霊璽を「あんた、持って帰って」と、私はこの霊璽は、仏教での位牌だと思って、抱きかかえて帰りました。
教会の御魂に供えるのかと思いきや、50日祭の過去帳に移す仮の位牌だったんです。
とっくに、しかるべき形で納める霊璽を何十年もほったらかしにしておきながら、今更天理教信者でもない私に返すんです。本当に困りました。
両親が信仰していた教会の会長に、この経緯を話をしても「神さんに手を合わせとるか、教会に参らな助からんぞ」と本題に話が進まず、上級の会長に聞いても「僕ではわからん」と情けない返事。
大教会長に聞いて、やっとわかった始末。
私もこのついでだから、「天理教って下からお金を吸い上げて、大教会も立派な神殿ができましたね。」と言ったら、大教会長、即答で「教えは上から下に流れる」なんのこっちゃ!
まあ、こんな具合で、知り合いの宮司さんに頼んで、霊璽をしかるべき形で納めることができました。
天理教って最低!姉保奈美も最低!これで大教会の婦人会№2の位置にいるんだって!
本部だけが腐っているんじゃなく、ほとんどが腐ってるよ。
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脅迫罪、強要罪が成立する要件を教えてください。 – その他(法律) 解決済 | 教えて!goo
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「教会に参らないと助からない」などの発言は脅迫罪(強迫罪)の可能性、その発言によって被害者が恐怖する、発言した人物からの金銭の要求や金銭の受け渡しがあれば恐喝罪の可能性があります。有力な証拠、証言が必要です。警察、弁護士へ渡す必要がある場合、犯罪(違法行為)があったと思われる日時や状況を出来るだけ詳しく記録、また有力な証拠や証言となる場合は音声や画像は録音、撮影して記録して下さい。
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
天理教は、強迫、恐喝で信者を代々繋ぎ止めてきた歴史があります。
私自身、28歳の時に自教会を売却した身で、天理教用語の下品な言葉に慣れてしまい、また始まったこの天理教馬鹿がくらいにしか思っておりません。
以前は、法テラスに相談にして対処の仕方を教えてもらいました。
天理教と関わらないことが最善なので、これで姉とも絶縁します。(寂しい事です)
南紀大教会の部内教会の会長夫婦は、お金を得るために偽装離婚しました。
直接本人から聞いたら話ですが、離婚してからの方が夫婦仲が良いらしい。
そして、うつ病の信者を教会に住みこませ、車を買ってもらったりしてますよ。
告発とは
犯人以外の第三者が捜査機関に対して犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示をいいます。(ちなみに、犯人自身が申告するのは自首です。)
次の要件を満たす必要があります。
犯罪事実の申告があること。
犯人処罰の意思表示があること。
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宗教団体(宗教法人)による犯罪(違法行為)があれば、親、子供、親族、友人など罪に問われる可能性があります。
【幇助犯・教唆犯|犯罪の手助け・そそのかしだけでも犯罪になる】 | 刑事弁護 | 東京・埼玉の理系弁護
http://www.mc-law.jp/keiji/13088/
宗教団体(宗教法人)による犯罪(違法行為)に関係していた場合、親、子供、親族、友人などでも教唆罪、幇助罪の可能性があり「犯罪(違法行為)だとは知らなかった」「私は関係ない」は通用しない可能性があります。
宗教被害・宗教トラブル | 福岡の弁護士 古賀克重法律事務所
https://www.lawyer-koga.jp/religious/
集団訴訟の長所と短所 | 全国発リーガルジャパン弁護士ブログ
http://www.legaljapan.jp/blog/?p=4605
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
匿名さま
天理教被害者として、今後は録音して記録に残し訴えていきます。
参考にさせていただきます。
匿名 2017年2月28日 2:08 AM
貴方の性だけではない。異端本部信仰の性です。その様な行動を取っていては異端真柱本部と変わらんと言いたかっただけです。困ったら 大教会の性?部内の性?信者の性? それでは異端本部と変らない!そうなる前にどうにかするのがおたすけ人!異端本部の偏った教えを信じていてはたすかるものもたすからない!異端とも気がつけない現状の本部にこの先御守護ももう無い。見せられるは悪しき因縁有るのみ 貴方もそれを痛感させられた出来事だったのではないでしょうか?
あなた自身も大分お疲れの様子、事件は警察やケースワーカー 自身は病院などに一度相談されると良いです。
おたすけも出来ない異端本部信仰は終焉を迎える。どの信仰者にも全てその出来事が起きる。気が付いたものから周りのものに伝えよ!皆おやがみの用木である。用木には全て神が降りる。真柱も本部上方も困っておろう何故かわからんか?皆神が困らせてるのだから 「これからハうそをゆうたらそのものが うそになるのもこれがしよちか 」
真柱を上方におく為に嘘を付き今まで頑張って来たがもう終わり、嘘吐き異端本部が真柱や本部上方が嘘になる日がきた。本部は神を捨てた だから神から捨てられる用木達は用意は出来たか?いつ気づくのだ?誠真実の邪魔を本部がしてるのは皆気づいてるだろ誠真実を語る時代が来たのです。
社会的相当の範囲を逸脱した宗教団体による献金勧誘行為(消費者問題の判例集)_国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201408_1.html
統一協会の責任を認めた判決の概要
http://www.stopreikan.com/hanketu/hanketu_gaiyo.htm
統一教会の責任を認めた最近の判決 | リリアンのブログ
http://ameblo.jp/rennbo-mayu/entry-11775407301.html
よく似たことで献金させられた方、相手側は違法行為(犯罪)である可能性が高いと思います。お金を返してもらえる可能性もあります。
告発とは
犯人以外の第三者が捜査機関に対して犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示をいいます。(ちなみに、犯人自身が申告するのは自首です。)
次の要件を満たす必要があります。
犯罪事実の申告があること。
犯人処罰の意思表示があること。
告発人は実在する人物であること。
傷害罪の第三者による告訴について – 事件・犯罪 解決済 | 教えて!goo
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8645976.html
暴行、傷害は犯罪です。第三者でも告発出来る可能性があります。
【幇助犯・教唆犯|犯罪の手助け・そそのかしだけでも犯罪になる】 | 刑事弁護 | 東京・埼玉の理系弁護
http://www.mc-law.jp/keiji/13088/
宗教団体(宗教法人)による違法行為(犯罪)に関係していた場合「犯罪(違法行為)だとは知らなかった」「私は関係ない」は通用しない可能性があります。
脅迫と強迫と強要と恐喝の違いについて|横浜ロード法律事務所 離婚 交通事故 刑事事件等 弁護士無料相談
http://www.yokohama-roadlaw.com/column/post_45.html
脅迫罪、強要罪が成立する要件を教えてください。 – その他(法律) 解決済 | 教えて!goo
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/6687022.html
「教会に参らないと助からない」などの発言は脅迫罪(強迫罪)の可能性、その発言によって被害者が恐怖する、発言した人物からの金銭の要求や金銭の受け渡しがあれば恐喝罪の可能性があります。
行動の強要や金銭の強要など必要のないことを無理矢理させるのは強要罪になる可能性があります。
店員に土下座を強要した人が逮捕された事件もあります。
宗教被害・宗教トラブル | 福岡の弁護士 古賀克重法律事務所
https://www.lawyer-koga.jp/religious/
集団訴訟の長所と短所 | 全国発リーガルジャパン弁護士ブログ
http://www.legaljapan.jp/blog/?p=4605
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
(天理初めてのS・Kさんの修養科中のブログ)
<弱者への配慮のない担任教師にぶちあたる>
11月3日火曜日
昨日から、修養科の授業がスタートしている、ことになっている。
今日は、自己紹介。
その前に、クラスごとに「組係さん」と呼ばれる人を決めるのが通例で。
1番さん。
2番さん。
4番さん。
なぜ3番がないのかは知らないけれど、
これは、生徒が決めるのではなくて、
担任が「本部ルール」で好きに決める。
1番さん=とても大変、クラスのまとめ役であり、
うちの場合、担任の先生と尻拭い役でもあった。
本部ルールでは「天理教会の関係者であること。若い子であること。」
この若い子ルールは後でまた詳しく。
軽くふれると、
天理では「女は子どもを産むのが当たり前と考えられている。
はっきりいって、over30で結婚してないと、なんで? そんないい歳になって、と面と向かって言われ、
over35で独女は青年会に入れなくなり、
over40で婦人会に事実上入れてもらえなくなる。
(旦那さんは? お子さんは? どこか具合でも悪いの? 質問攻め
で、話を戻すが、
2番組係さんは担任の「秘書」なので、「若い子」
そして、教会関係者。
うちのクラスの担任はものすごく勘違いしていた男性で、
若いきゃぴきゃぴの女の子=自分のことを20歳すぎて「●●子ね~」
としゃべっちゃう、かわいいキャバクラ系の女の子。
担任はこの2番さんを三ケ月間、傍にはべらせて、
「●●子」、と下の名前で呼んで、
特別扱いするものだから、その内、
当然、2番さんも勘違いし始めて、
「あなたたちの出席は、●●子のむねしだい!」と言い出す始末。
この子は、クラスのみんなが密かにこの子の文句を言っていたのを知らない。
別に知らなくてもいいけれど、
天理ってさ、
そーゆう良くない癖性分を直そうと努力するところだと思っていたから
がっかり。
で、4番さんは本部ルールで「看護師」
完璧にすごくいい人。
なにせ病人が多い(病気を治したくて来ている人が多いのね)
4番さんにはとてもお世話になった。
あ、1番さんもね。
で、まぁ、うちのクラスは後々、責任感の強い1番さんと担任が大ゲンカ。
1番さんと2番さんがケンカ。
そりゃそうだ。
信心深い1番さんにとっては、
とんでもないクラスに当たってしまったのだ。
895期の〇〇〇組がスタート。
今や誰でもスマホを持ってる誰でも写真をブログに上げるツイッターに書くラインで友人に、そこに個人の感想が付くのは当然のは当然のことです。つまり総監視状態とも言えます。そこを気に出来ない天理教団の方がおかしいのです。
その昔から、創価学会 統一教会のスパイは幾らでも入り込んでいた。その対応をしてこなかったマヌケ本部、今では部内の信者から乗っ取り事件や教義改竄などの指摘を受けてるだけなのに、「ネットの情報は嘘だ!誹謗中傷だ!」と書き垂らす天理時報に皆幻滅、こんな教団だから今のこの様になってるんです。今後の本部の不祥事はドンドンネットに上がってくることでしょう。皆がスマホを持ちネットに繋がっているのですから、乗っ取り事件の情報の速さと正確性はまさにネット社会の賜物と言えるいい教訓だと思っております。
宗教団体の責任を考える上での主な裁判例
http://masakikito.com/syuukyou.hanrei.frame.htm
宗教被害・宗教トラブル | 福岡の弁護士 古賀克重法律事務所
https://www.lawyer-koga.jp/religious/
集団訴訟の長所と短所 | 全国発リーガルジャパン弁護士ブログ
http://www.legaljapan.jp/blog/?p=4605
宗教法人(宗教団体)による犯罪(違法行為)には使用者責任があります。
犯罪(違法行為)があった信者に関係した同じ宗教法人(宗教団体)の人物は罪に問われる可能性があります。
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
告発とは
犯人以外の第三者が捜査機関に対して犯罪事実を申告して、犯人の処罰を求める意思表示をいいます。(ちなみに、犯人自身が申告するのは自首です。)
次の要件を満たす必要があります。
犯罪事実の申告があること。
犯人処罰の意思表示があること。
告発人は実在する人物であること。
傷害罪の第三者による告訴について – 事件・犯罪 解決済 | 教えて!goo
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8645976.html
暴行、傷害は犯罪です。第三者でも告発出来る可能性があります。
2015年度前期刑法Ⅰ(総論) 第10週 未遂犯・不能犯・中止犯 – Rechtsphilosophie des als ob
http://blog.goo.ne.jp/rechtsphilosophie-des-als-ob/e/e2b5de31ec3d2e99afd35cba9696fe2e
宗教法人(宗教団体)による犯罪(違法行為)が結果的に発生しなかったとしても、犯罪(違法行為)を実行しようとしていた準備や意思があれば罪に問われる可能性があります。
宗教法人(宗教団体)でも犯罪(違法行為)があれば警察に通報、弁護士に相談しましょう。
初めて、参拝して、いきなり修養科に入った、S・Mさんのブログより。
(中々、鋭い記事になっている)
(修養科は)よっぽどのことがない限り受かるのですが、
よっぽどのことがあると落ちる。
例えば、殺人とかやっちまって、
三ヶ月身を隠す為にやってきているとか(実際にいる)
教会ごとのノルマの数を達成する為に
もう本当に死にそうでよれよれの車いすの高齢者を修養科へ送りだす
(これは、いました)
とかね。
教会ごとのノルマというのは、
初代(新参者、興味、勉強の対象として天理にいったもの)の私が知ったところでは、
「本部>大教会>分教会>部内の分教会>布教所」という組織の中で
本部から下へ下へと課せられるノルマである。
この年は、親様(中山みきさんのことね)の130年祭というやつで、
このノルマが大変だったそうで。
教会ごとに、修養科という学校に何名以上入れること!
という命令(これを都合よく言い換えると目標ね)がくだり
頭数が揃わないと(そりゃそうよ、信者激減してるものね)、
教会や布教所の奥さんや友だちや顔見知りや、
はたまた二回目、三回目の修養科生がやってきていましたわ。
>頭数が揃わないと(そりゃそうよ、信者激減してるものね)、
教会や布教所の奥さんや友だちや顔見知りや、
はたまた二回目、三回目の修養科生がやってきていましたわ。<
参加者がいないから、なりふり構わずと言った感じです。私は開き直っていますから、黙って軽蔑しながら見ています。馬鹿馬鹿しいあほの集団だと。
会長の妻や、親族、子供など、手あたり次第に行かせてます。それでも芯のしっかりした人や一般から教会に嫁いできた奥さんなどは、疑問に感じるらしく、主人である会長と喧嘩をしながら拒否する人は拒否してますが。今の修養科は二回目、三回目の教会関係者ばかりです。うちわでぐるぐる回しているだけのこと。
要するに大教会へのノルマ達成。また、教会としてのメンツ。部内教会はその上級教会長のメンツのためにいちきり振り回されるのです。
ホトホト現体制のあほさ加減に憐憫の情さえ感じます。
中間教会は大教会へのメンツのため、大教会は本部へのメンツのため、部内を食い物にしながら生きてるようなものです。一般の方にこんな集団に入って頂く「においがけ」など出来るはずがない。私にも良心というものがありますからね。本当に潰すか再生させるか何とかしてほしい。
ちょっとお邪魔します。
少々気になったところがあるのですが、天理教では中山みきの遺文をすべて公開している
わけではないのですねぇ。教典そのものと言える遺文の一部をあえて非公開、二次資料も無しと。
これ非常に危険なことのように思えますがねぇ。単に本部にとって不都合なだけであれば良い
のですが、もし信者の方々の信仰心そのものを吹き飛ばすような衝撃的な内容だったら
どうなるのだろうと少し心配しますよ。なんせ私も教団こそ違え経験者ではありますので。
30年前のことを書いて何?、という書き込みを見たが、歴史はその時の流れに乗っている。途中に大きな改革なり革命でもあったのか。早川和廣著・天理教 その腐敗と悲劇を反省材料にしていれば教団の今は少し違った形になっていたのではないか。懺しろ、反省しろと耳が痛くなるほど聞いてきた。真柱はじめ教団幹部は一度でもこの言葉を聞いたことがあるのだろうか。
【Twitter】天理教社会学研究所
@tenrisyakaigakuさまのコメント
>昨日からコメント投稿者の名前が錯綜しており、裏付けのない個人情報が多く含まれているコメントが散見されます。
>削除依頼も複数届いていることから、3/1の0時をもって、当該の一連のコメントを削除致します。
2017/02/28 22:59
教区はスパイ天国なのか・・・様
2017年2月27日 12:36 PM
情報提供ありがとうございます。いつも楽しみにしております。
>裏切り者を擁護する本部と弁護士会長らしいですが、他から見ても裏切り者と本部の言い訳が見苦しいそうです(笑)
弁護士会長が擁護となると弁護し始めたのですね・・・本部と裏切るものは真黒と言ってるようなものじゃないですか(笑) これ揉めたら本部は負けるから内密に示談すればよくて争ったら本部がまずいくなると、友人の弁護士もこの件を注目していて言ってました。 (判例がなんだとか言ってました)弁護士が副業で弁護士面してるのも世間一般的に如何といってました。俺なら恥ずかしくてしないともいってました。私もその弁護士会長の講演を聞いたことがありましたので幻滅しました。
本当に本部がここまで最低だと思いませんでした。
>耳ダンボ様 2017年3月1日 4:37 PM
>裏切り者を擁護する本部と弁護士会長
本部というのは島村廣義、中山治信、高井久太郎の3名のことですよね?
弁護士教会長(どっちが本職なんですかね?)というのは羽成守のことですよね!
教区でも、支部でも、うちの大教会でも、噂でもちきりです!
本部も、悪徳弁護士も、もっとズル賢いのかと思いましたけど…
いずれにしても幻滅です。
教祖130年祭の前年に、私の知人も2回目の修養科に行きました。天理大学まで卒業して、教会の五男坊というだけで。
80歳近い年齢ゆえに大変だったようです。して、何か悟ることでもあったのかと聞いたところ、その感想は「修養科とは歩くことだと見つけたり」だそうです。
全くの数合わせ以外の何物でもありません。
いずれにしても幻滅です。
(初めて、参拝して、いきなり修養科に入った、Mさんのブログより。正直な気持ちが綴られています。教会関係者には大いに参考になると思います、)
天理本部にある神殿を見学!(^^)!
いい天気
暇だったし、本当にいいお出かけに。
まずは、神殿でまんなかに「カンロ台」というものがあるところ。
甘露飴と同じ漢字を書いたかな、忘れた。
ここだけ天井が吹き抜けになっているけれど、空は見れない。
なにせ、結界があって、それ以上進むと警備員がすっとんでくるのだ。
あと、賽銭箱の周辺だけでなく、あちこちにものすごい数の監視カメラ。
私はこれにたまげたわ。
だって、人を信用していない証拠よね。
この後、教科書の逸話編で、みきさんがドロボウさんに米を与えたと習うのだが、
監視カメラのことを思い出しちゃって、
あたし、しらけてしまった。
親様(みきさんのことね)の教えを実践する!って
何百回も聞くんだけど、
???
なんともはや俗世の人間関係縮図でした。
匿名さま 2017年3月1日 6:54 PM
>本部というのは島村廣義、中山治信、高井久太郎
>弁護士教会長(どっちが本職なんですかね?)というのは羽成守
こんなに情報が出てくるってことは、もうこの事件の結末が近いということなんですかね?
ついに鉄槌をお振りになられるんですかね、あの大教会??
詳しい方、情報お願い致します!
>ゆうたろう@tenri
>2017年3月2日 2:15 PM
>こんなに情報が出てくるってことは、もうこの事件の結末が近いということなんですかね?
>ついに鉄槌をお振りになられるんですかね、あの大教会??
ちゅうかこの際やし、全部逝ってもろといた方がええんと違います?
島村、中山、高井、羽成、あとその裏切り者とかいう部内の連中も!
植田義弘氏「天理教の歴史と現実=信仰の自立にめざめよう」より。
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/blomaga/rekishi-genjitu.pdf
<枯れかけている枝葉>
教祖百年祭以後、天理教という大樹の凋落は誰の目にも明らかになっています。枝先の葉は落ち、ほとんど花は咲かず実も結ばない樹木に比べられる現状といえるでしょう。
天理教を少しでも客観的に観ることができる人は誰でも、今のままでは、将来発展するどころかジリ貧になっていくことは自明の理と実感しています。
仮に部内教会が何カ所・何十カ所あっても、枝先の末端教会が枯れていけば、幹も枯れてしまいます。幹や根にあたる直属教会や教会本部は、社会の土壌から養分を吸収して枝葉に送り込む力を失っています、もちろん肥えとは金銭だけではなく、現実に対処するためのあらゆる情報が含まれています。
今や枝葉が落ちて枯れ木寸前の状態があちこちで見られます。世の中の人々も天理教に無関心で、振り向いて見ようともしなくなっています。
もちろん1万7千カ所の教会の中には、特別に環境や肥料に恵まれた樹木に例えられるような教会もあって、今でも珍しく花を咲かせています。教内の報道機関は、そうした珍しい花や果実ばかり探して紹介しているのが現状です。
それでは天理教という教団を活性化する方法はあるかと言えば、殆ど再生のエネルギーは残っていないと断定せざるを得ないのです。
何故ならば、先々の教会の後継者の多くは、上級教会を支えるために自分の一生を費やしたいとは思わないで、教団の改革を望むより教会を離れて社会に出て働くことを選択するほうがよいという空気になっているからです。まして高齢化したようぼくの次の世代は教会に近づこうとはしません。教会数からいえば、こうした末端教会が全体の3分の2を占めているのです。
そろそろ後継者講習会のお話きてませんか…?
私は、「絶対プラスになる!必要ならご主人様にもお願いに行くからぜひ説得して!」
…私が行きたい前提になってる(T ^ T)
すみません。分かりにくかったかもですか、いきなり話を持ってこられ、
カッコ内のように言われました。
こちらを閲覧している対象年齢の方、どのように対応してますか?
ちなみに10年前は行きましたが、この10年で教会側と色々あり、かなり印象悪くなってます。
20〜40歳の方 様。
>「絶対プラスになる!必要ならご主人様にもお願いに行くからぜひ説得して!」
空気も読めない。相手の気持ちも分からない。一方的な言葉ですね。
洗脳されて、上から言われるまま、何の疑問も持たず伝えているのでしょうね。
哀れに思いますし、気の毒にも思います。
あなたは、自分の意思をしっかり持って、行動をして下さいね。
【〇〇創立××年記念祭を目指して「おつとめ奉仕者の育成」に一層力を注いでご努力下さる上から「総出月次祭」実施して頂く運びとなりました。・・大教会から「おつとめ推進員」が派遣され、一緒にお役を勤め、祭典講話をさせて頂きます。略 】
大教会から来たハガキです。文章は低姿勢だが、内容は、上からの命令という、まことに理解しにくい不可思議な文章。
天理教秋田支部 秋田県男鹿市の船川港分教会の元信者です。僕も天理教には失望しました。自分は10代から活動してたのですが、最初の頃はそこの会長からひのきしんやらで一緒に活動をしてたのですが、30代になり、僕が病気を患うとあまり連絡がこなくなりこっちが悩みを打ち明けてもその後連絡がきませんでした。ひのきしんやらやってた頃は連絡が頻繁にきてたのに自分がこういう状況になると連絡が来なくなるという事に僕は驚きショックを受けました。天理教は人助けやら陽気暮らしをうたってる割にはやってる事はそんなものなのかと思いました。実際そこの会長も神の教えがどうのこうのとかこうしなきゃ駄目だとか訳のわからない事が多かった気がします。
やはり元凶は本部です。
そして本部に逆らえない、または右にならえで、同じようにする直属教会がすぐその下にあり、またそれにならってやっている部属教会もある。
しかし中には、それらの過ちに気づき、真の月日親神・教祖の教えを追求、または本部以下の組織に反旗を翻している教会や個人もたくさんいるのも事実。
月日親神・教祖、真柱の仰ることと、本部の組織的にやっていることが、まるで違うのが大問題。
真柱以下、つまり両統領からが狂ってしまっている者が多いのである。
「竜頭狂えばみな狂う」という〝おさしづ〟があるが、まさに本部の体制を批判したお言葉、あるいはその予言であると思えてならない。
嘘に嘘を重ねる天理教に未来はないと断言する。親神様・教祖にお喜び頂くと口を酸っぱくして唱えるが、行っていることは真逆。先人方の書物を発禁にするくらい朝飯前。酷いことに、教祖の足跡も消そうとする。
挙句の果てに、誰が出版の責任者かさえ不明の書物を出版する青年会。ましてや、解説書であればなおさらのことではないのか。
それに比べて、「永岡崇氏著・新宗教と総力戦」は説得力抜群である。
天理太郎様
私も同じような経験をしました。
子どもの頃から結婚するまではあれこれ世話を焼いてくれましたが、
あるとき私ら夫婦に事情が起こり、私も疲労困憊のとき、水を得た魚のように偉ぶり、
修養科だの、今こそご主人様を別席へだの、行事に参加すれば助けていただけるだの。
私が少しでも渋ると「誰のためにやっとることや!」と怒鳴る。信者なんて、人員確保としか思ってない人もいますよ(意識的にじゃなくても)。
その事情というのも夫の暴力(モラハラ含め)で私が実家に身を寄せていたという事なのですが、
暴力や子どもへの虐待などは「聞かなかったこと」にされました。でしょうね、知ってて黙っていたとなれば都合悪いですから。
挙句に教会の奥さん「私、この結婚はやめたほうがいいと思ってたのよね」だってさ。
あんたがよその教会の人に「信者さんゲット」(夫は未信者です)っていってたの知ってるからね。
ここでは大教会や本部、お供えの不透明さや法律のことが盛り上がりますが、
もっともっと日常で行われていることも明るみにしたほうがいいと思います。
Yahoo知恵袋に、こんな相談が来ています。今「バリ天」と言われている人が、教会に嫁ぐとこうなってしまうのかも知れません。
普通の常識があって、その上で信仰心があることが、求められます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12171129157
<天理教について質問> 私の上の姉が天理教の教会(小規模らしい)に嫁いで10年近く経ち、他県なので年賀状のやり取りくらいで実家にも帰省せず家族とも殆ど疎遠でした。私は大学卒業後、実家がある市から遠い街で独り暮らししながら何とか難関を突破して公務員試験に合格し、数年前から地方公務員になりました。
問題が起きたのは去年下半期に天理教に入れと何十回も電話やメールを受けた事、今年早々職場を辞めて信者になれという電話やメール。それから1ヶ月も経たずの昨日から常識を越える回数の電話やメールを受け取り困ってます。
その内容は…
私がまず信者になる事。次に仕事で貯めた預貯金を全部教会に献金する事。次に職場辞めるか今の職場で布教し、何れ職場を辞めて姉の教会か大きな教会に住み込みする事。次に天理市で研修を毎月受ける事。次に3ヵ月間天理市で修行する事。その後もっと遠くの町で布教して信者候補を姉の教会に連れて行く事。これは期限がある約束なんですがトータル10人以上の信者を今年中に作って来年度の行事に参加する事。それを素直にやらなければ○美(私の名前)の得が切れて寿命も無くなるという感じです。
公務員には規定や法律があり職場で宗教活動は無理だと言うと、それは人間の勝手な言い訳、無理だと切り口上に言い捨てるアンタがおかしい、得も命も切れる。神さんには無理という言葉は無い、無理と勝手に決るアンタに全然利が無いと逆ギレされました。
後で何人かに聞いて調べたら、おさずけという手かざしの免状と修養科という長期間の修行、布教して新規信者の獲得をする事だと知りました。この1件で天理教の印象がめちゃくちゃ悪くなりました。何で関西圏内の教会って気違いじみてるんでしょう?姉のメールを見ればノルマに追われ無理難題言われても頑張らなきゃ死んじゃうって感じで必死みたいで痛々しいです。
父方親戚に天理教信者の伯父夫婦がいますが至って常識的な人達で従兄弟妹達も信者になってはいますが職業を持って普通に生活してます。
ぶっちゃけ天理教の信者にはノルマや時代錯誤な考え方、仕事辞めろ、お金を出せ、言う事聞かなきゃ命が無いという脅しが蔓延してるんですか?
古い教会長さま 2017年3月6日 9:29 AM
この「ヤフー知恵袋」の相談、ひどいですね!
自分の言動が社会規範から逸脱していることにも気づかない。またそれらが中田善亮表統領をはじめとする「悪の枢軸」連中のおうむ返しであることから、この方、頭の中「中山教教団教理」に完全にヤられてます…。
このままならば確実に家族親族関係が崩壊してしまいますよね。
ここまでくると、教会や個人にもよるが、「カルト・セクト」と言われても仕方がない。
やはり先ずは、何といっても社会的な常識を身に付けることでしょう。
うちの少年会員たちでも「悪いことしたら警察とかに捕まんねやろ?」と、よく言うてますよ!
うちの教会は「天理教原理主義」を目指しています。
現在の(まあ昔から何も変わっていないのでしょうが)本部の身勝手な教理ではなく、あくまで神さん・おやさんの御教えに沿って通らせてもらおう、という方向性です。
だから天理に沿わんことは、なんぼ上級や大教会であっても言うこと聞きません。あくまで「神さん・おやさん」です1
古い教会長様
お返事いただくありがとうございます。
その後、同じような環境の友人に相談したところ、友人はすでに断っていました。
理由は私と同じ「結局は人員確保やん!信仰じゃない!」という理由でした。
私も、勇気を出して伝えようと思います。
その後、他の内容のコメントにも書きましたが、使える時には使って、困ってる時には力になってくれない。ほとぼりが冷めたかのように講習参加のお誘いに、子どもの名前を勝手に使ってる…。
信仰以前に、まず何かが違うと思います。
>ここでは大教会や本部、お供えの不透明さや法律のことが盛り上がりますが、
もっともっと日常で行われていることも明るみにしたほうがいいと思います。<
知ってる例ですが明るみにします。
友人の実家教会のことです。会長である父上が出直した際、上級教会から100万のお供えを言い渡された。友人宅は家業があり裕福だったので、100万円上納した。それ以前には母上が100万上納していた。
母上は、夫である会長の亡くなる直前だったので、「この100万円は本部にお供えしたいから本部に持って行ってくださいね。」と言って願いを込めて上級に預けた。
数年後この上級の車が軽自動車から、新車の普通車に買い替えられた。
その時母上は「あの100万円は確かに本部に供えてくださったのでしょうね。」と確かめたそうだが、小さな声で「はい」と言ったきりだったそうだ。友人いわく、信者がほとんどいないので部内教会頼りなのに、中古ならいざ知らず、新車の普通車に「格上げ」させて、購入するなんて、あの200万円が車に化けたのは間違いないと言っていました。
疑われないようほとぼりが冷めたころに、車を買うという根性の悪さ。友人いわく、もう上級にはお供えは上げないと言っています。二人でこの道のねじ曲がったやり口を批判する日々です。
お供えの使い道の件ですが天理教では変な理屈があります。
お供えをした心を神様が受け取って下さるのだから
その後の使い道は関係ない。
使い道に不足をすると神様が受けとってくれない
不足は切る理と言って命が切れてしまいます
お金出した上に命も取られたらたまったもんじゃありません
昔天理に住んでいた時、振込も大変なので直接本部にお供えしときますと言うと
順序が違うとか理が違うとか言われました
お供えは所属教会にしないとダメだそうです
そもそも本部が やかた建設 等の浪費癖があるので現状に至るわけです。神様も「龍頭が狂えば皆狂う」と仰いました。
真柱体制の中山家を初めとするその側近を早いところ教団から追放すべきです。追放と言うと法的にも中々難しいので、本部お供えをしない事が大切なのです。中山家の善司 善助 大亮 が未だに浪費してるのでどうしようもないです。天理駅前でにおいがけ? パフォーマンスただのパフォーマンス丸見え(笑) 本当に信仰者なら泥酔者でもその願いをかなえてあげるのが宗教家だったのではないでしょうかね~~~~ 大亮くん(笑) 大道芸人か?(笑)
以前、この欄に、教団名義か中山家名義かは知らないが、ベンツのお供えがあったと投稿されたことがあった。もし、事実ならば何故断らなかったのだろうかと思う。
そもそも自動車を所有するには、もろもろの事前手続きが必要だから、いきなりお供えしますといって持ってくるはずがないと思う。事前に打診があったと思う。そうであるなら、その時点で断ればよかったのだ。あるいは、もう少し目立たないものでも結構ですとか言えなかったのか。
貧に落ちきれというのであれば、それ相応の在り方があったのではなかろうか。ベンツを持ったばかりに、諸々の憶測が飛ぶことにもなろう。
現在の教団を見ていると、大きいことはいいことだ思想に満ち溢れていて、見るも情けない姿になってしまった。子供の頃に堪能せよ、堪能せよと耳にタコができるほど聞かされた言葉を本部にお返ししたい。
>そもそも本部が やかた建設 等の浪費癖があるので現状に至るわけです。
これ「浪費癖」ではなくて、「金集めのための理由付け」じゃないですかね?
建築業に関わる方ならご存知でしょうが、「建築費の原価」なんて、発表されてる「建築費」の数分の一ですよ。しかも、その大半は「人件費」ですが、本部の「やかた建築なら多くの人が「ひのきしん」で無料奉仕してますよね?天理教と某大手ゼネコンさんの結び付きは誰でも知るところですが、発注元と施工主が結託してれば、どれ程の金額を抜くことが出来るか、想像に難くないです。
しかも、大きな建築物は信者さんへの「信仰心の発揚」にも繋がるし、世間への訴求効果もある。
一石何鳥もの効果のある「政策」なんだと思えます。
確かに現在の天理教は衰退しており信者数もお供えも減ってますが、それでも年間100億以上のお供えがあり、それ以外の見えない部分のお金の流れはもっと多いでしょう。
現在の本部の心配は、「自分達の代はもっても、自分達の子供たちや血縁者たちの食い扶持が作れない」って感じがします。これまで貯め込んだ数十兆円とも言われる資産は、中山家ががっちり抱えて離さないでしょうから。
犯罪者の財産について | その他(法律)のQ&A【OKWAVE】
http://sp.okwave.jp/qa/q6470701.html
犯罪者となった者の財産はどうなりますか? – たとえば没収されるようなことはあ… – Yahoo!知恵袋
http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q1419653569
お供え(お布施)、資産(財産)でも犯罪(違法行為)によって得たものであれば被害者に返さなければいけません。
弁護士法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO205.html
弁護士法に違反していれば相手側の弁護士にも法的処置がある可能性もあります。
社会的相当の範囲を逸脱した宗教団体による献金勧誘行為(消費者問題の判例集)_国民生活センター
http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201408_1.html
統一協会の責任を認めた判決の概要
http://www.stopreikan.com/hanketu/hanketu_gaiyo.htm
統一教会の責任を認めた最近の判決 | リリアンのブログ
http://ameblo.jp/rennbo-mayu/entry-11775407301.html
【幇助犯・教唆犯|犯罪の手助け・そそのかしだけでも犯罪になる】 | 刑事弁護 | 東京・埼玉の理系弁護
http://www.mc-law.jp/keiji/13088/
宗教団体(宗教法人)による違法行為(犯罪)に関係していた場合「犯罪(違法行為)だとは知らなかった」「私は関係ない」は通用しない可能性があります。
脅迫と強迫と強要と恐喝の違いについて|横浜ロード法律事務所 離婚 交通事故 刑事事件等 弁護士無料相談
http://www.yokohama-roadlaw.com/column/post_45.html
脅迫罪、強要罪が成立する要件を教えてください。 – その他(法律) 解決済 | 教えて!goo
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/6687022.html
「教会に参らないと助からない」などの発言は脅迫罪(強迫罪)の可能性、その発言によって被害者が恐怖する、発言した人物からの金銭の要求や金銭の受け渡しがあれば恐喝罪の可能性があります。
行動の強要や金銭の強要など必要のないことを無理矢理させるのは強要罪になる可能性があります。
宗教被害・宗教トラブル | 福岡の弁護士 古賀克重法律事務所
https://www.lawyer-koga.jp/religious/
集団訴訟の長所と短所 | 全国発リーガルジャパン弁護士ブログ
http://www.legaljapan.jp/blog/?p=4605
被害者の人たちが犯罪(違法行為)だと訴えなければ、第三者でも限界があります。
犯罪(違法行為)の可能性があることに黙っている、何も言わない、何も行動しない、それではさらに苦しむ人たち、被害者は増えていきます。最悪の場合、国や報道機関を巻き込む大問題になります。
自分自身の現状や周囲の意見などをしっかり受け止め、宗教法人(宗教団体)として、人として、自分自身の言動を考え直す、見つめ直すことが出来る人は出来るでしょう。
「警察沙汰、裁判沙汰になって初めて自分自身の誤ちに気付いた。」これこそが最悪の場合です。
>中山家が数十兆円もの資産を
金額の多寡はわからないが蓄財の可能性は充分にあり得る事だと思います。
そういえば「神の言う事聞かねば中谷家は粉も無いようにする」
「こ」は粉なのか? もしかして「子」かも?
本部の言う事は信用できない。
良き統領は「斧統領」らしいし
大社高山取り払いは「大砂高山取り払い」で「ろくぢに均す」に繋がるらしい
粉もないは「子も無い」かもしれない
もし「子」だとしたら現真柱は「子」がない。
既に「中山家は子も無い」状態に置かれています。
もしかして おふでさきに書かれているように「世界一列大掃除」が近づいているのかも。
北朝鮮のミサイル発射や暗殺事件、韓国は政権崩壊状態、EUやアメリカは移民で混乱状態、
中国 アメリカの軍備拡張
中近東からアフリカでは、人々が武器を手に取り喜々として撃ち合い殺し合いをおこなっている。
まるで鍋の中で煮物がブツブツと煮えるように世界各地で火の手が上がっていくようである。
煮物が鍋から噴きこぼれる時は一瞬である。
同様にこの騒乱状態が全世界に広がる時は一瞬の事のように感じる。
天理教の組織は巨大であるし、多額の資産を保有しているのなら自滅はしないだろう。
しかし世界全体が混乱状態になったら日本国自体の存立も危ないであろう。
天理教が崩壊するのならその様な時であろうと今は思っている。
世間では皆が「平和 平和」と叫んでいるがこの地球に100年も平和が続いた時は存在しないし
多くの新兵器が使用されることを前提に開発されている。
皆、新兵器を使いたくてうずうずとしている。
「中山家はこもない」今は、やはり大掃除の一歩手前かもしれない。
これが私の単なる思い過ごしなら良いが、現実にはこの地球には大量の兵器が存在している。
この兵器を片付けるには強欲な人間どもが互いに戦いあって互いに果てるしか方法は無いかもしれない。
やまさかやいばらぐろふもがけみちも つるぎのなかもとふりぬけたら
まだみえる ひのなかもあり ふちなかも それをこしたらほそいみちあり
世界各国の軍備増強を見るにつけ「ひのなか ふちなか」はこれからの事のようの思えるのです。
里 里 田を打つ音 田を打つ音 飄飄たる様 飄飄たる様
この話 合図立て合い 出たならば 何についても みなこの通り
この人間世界は、もう成り行きに任せて行き着くとこまで行かなければ欲から離れる事が出来ないと思います。
それほどに人間は愚かだと思う今日この頃です。
兆はいい過ぎですね。流石に数百億程度でしょうよ。一千億以上もないと思います。そもそも事業失敗しかしてない駄目団体ですから、入っては出て行きで今の現状 やかた建設等でバチカンをまねるならバチカン銀行のように何故銀行経営をしなかったのか? その程度の駄目な経営陣です。駄目すぎて今では詐欺や違法団体とかしてそのうち世界宗教会議からも締め出されます。カルト団体まっしぐらの現在の天理教教会本部www
最近真柱が、おやがみさま おやさま を信仰してます!って言い始めたみたいだけど何かあせってるよね。そんな事より公式に「教理改竄と隠蔽」「宗教法人の乗っ取りの歴史」謝罪文をドンドン出さないと信者の心はどんどん離れるだけです。もう隠しとおせない世界になったことを理解できない本部首脳陣(笑) 時代遅れ過ぎて認知症なのですか?という感じにしか受けて取れません。時代は変ったのです。ここ数十年のめまぐるしい時代の変化にも対応できない集団は消えてなくなるだけです。
退職信者様
鍋の煮物の例え、どちらからの引用でいらっしゃいますか、
今は閉鎖されましたが「したらば掲示板」で、こういった書き込みがありました。
何でも、三十数年前に本部の近辺に居住してた予言をする女性の話でした。
昭和57年ごろのことで、先ずは、ソ連が崩壊、解体する予言。
次は、時の皇太子(今上天皇)が、実は「あらきとうりょう」であって、
天皇に即位しないとのこと。結局は現在にこのように至ってますが
最後に、中国が南シナ海に手を出したら、戦争が近いとのこと。
その様子は、あちこちで戦火が立ち上がり、
鍋がふきこぼれるような形になり、一週間で世界中が火の海になる。
こう言った表現を使われてました。
あの書き込みは、退職信者様だったのですか?
「鍋が噴きこぼれる」の表現が気になりコメントさせていただきました。
朝鮮半島情勢につて
現在、朝鮮半島は北も南も混乱しております。もし、朝鮮半島にて第二次朝鮮戦争が起きれば大量の難民が予想されております。西日本日本海側に、対馬に漂着する難民は数十万単位になると予想されております。その難民の収容場所に政府より天理教本部に打診の可能性はあると思います。(数千単位の食事を用意し、寝泊りできる施設はそうざらにありません)その際、北朝鮮難民の中に潜む、特殊部隊隊員による後方攪乱作戦も予想するべきであると思われます。(武器は没収されていますが、ホームセンターで買えるものより爆発物は簡単に作成できます)天理教は、信教の自由を盾に断ることもできますが三島神社移転の禍根が、三島の人々がどう影響するか予測はつきません。世界一列皆兄弟が天理の行動規範になるべきですが、戦争に限らず、県内の災害時の寝食の提供などの想定対策はあるのでしょうか。
縁の下様へ
確かに以前「したらば掲示板」に書いた事があります。
私が話を聞いたのは、昭和58年8月の事です。3,4人の人が一緒に聞いていたと思います。
「あんた たてまえ統領は誰だか知ってるかい。
皇太子だよ。
皇太子は、先いったら自分から位を降りる時が来るからな。
それが切っ掛けで世界の王侯貴族達が自分の位を捨てる時が来る。
世界の人が、上もない下もない平らな世の中に成る切っ掛けを作る人だ。」
昭和64年1月7日 小渕官房長官が手にした紙に「平成」の文字が書かれているのを見た時、あまりの驚きに体中の毛が総毛だった気がしました。
「平らな世の中に成る」を思いだしたこと そして第3次世界大戦も近いかと不安に思いました。
しかし、その後の世界はとりあえず大した変化もなくいつしかその不安も消えてしまいました。
昨年の7月 陛下御自身から攘夷の意思があるとNHKのニュースで流れた時は驚きました。
33年も前に聞いていた話ですから。
「神と話をする女性」は昭和30年代の中ごろから天理に住まいしていたようです。
私が、その方に会ったのは、確か55年の3月、講習終了後のことです。
当時、本部の西に三島という小さな公園がありまして道を挟んで東側に本部所有の木造2階建てのアパートが建っていました。
そのアパートの1階に居住していました。
私がその女性に会った切っ掛けは同期に講習を受講していた奈良の北の木津の婦人が話してくれたからです。
私は、神と話をするなんて有る訳ないと真っ向から否定しましたが、木津の婦人は「絶対に神さんと話している」と言うのです。
理由を聞いたら婦人の息子さんが体調を崩し数か月病院通いをしたが思わしくないと自宅の隣の婦人に話したら、隣の婦人が「女性」の存在を教えてくれたとのことでした。
隣の婦人も天理教の信者だそうです。
木津の婦人は、「女性」を訪ねて息子さんの病状を話したら
すぐ「病状の原因、病院では解らない理由、治癒の為の具体的な方法を教えてくれた」と話して居ました。
息子さんは程なく回復したから「あの人は神さんと絶対に話している」と言い張るのです。
私は、言い合っていても仕方がない。自分の目で確かめようとおもい訪ねたのです。
そこで聞いた事は
・天理教は中山教だと神さんは怒っている
・本部員達は座敷乞食だと神さんは怒っている
・憩いの家などくだらん物作って 次の大掃除の時は潰してしまう
・この世に武器があるうちは陽気ぐらしは実現しないと神さんが言っている
・人間はまた大戦争を始めると神さんが言っている
・戦争と同時に地球の大掃除をすると言っている
・次の大掃除の時は本部員の三分の二はさらしてしまう
等々
当時の私は、天理教どっぷりだったのであきれたり腹をたてたりして帰ったの覚えています。
その後、「女性」の事はすっかり忘れてしまいました。
58年の5月、知り合いの息子さんが体調を崩し病院を3か所も回っても原因が解らず症状も回復しないと聞いた時、3年前の話を思いだしたのです。
「女性」に病状を説明すると すぐ原因や状態、治癒方法を教えてくれ一週間で治癒しました。
それが切っ掛けで改めて58年8月に「女性」にもとを訪れたのです。
その時この女性の名が「須藤花井」と知りました。
後でわかったことなのですが、「須藤さん」の所には信者ばかりでなく教会長や専修科生たちもたくさん訪れていたそうです。月次祭前後は信者さんや教会長さん方が多数訪れていそうです。
特に専修科生達は、御筆先について本部の先生たちに質問しても答えてくれないときは「須藤さん」に聞きに来たそうです。
「須藤さん」が質問に対していつも明確に答えるので立場の無い本部は専修科生の出入りを禁止したそうです。
つまり私が書いた内容は特別な事ではありません。
「須藤さん」の話を知る天理教関係者は全国に多数いるという事です。
私の住まいは関東ですし、勤め人でもあるので滅多に天理には行けません。
私より多くの情報を知っている天理教関係者が全国に多数いると言う事です。
ここ「社会学」や「お供え」のサイトで中山教や座敷乞食の語句を見た時、元は「須藤さん」から出て来た言葉だと私は思いました。
知っている人は沢山いるが、投稿しても「荒唐無稽な話だ」「そんなアホな」と無視されると思い皆さん遠慮されるのでしょう。
「須藤さん」については学研で発行する雑誌「月刊ムー」で特集が組まれたことが有るので古い購読者なら知っている人は全国に居るはずです。
「須藤さん」は「月よりの神言」という本を自費出版しました。
この本は天理のアーケード街の本部に近い書店で山積みになって販売されていましたから、購入された信者さんもいるはずです。
この本は、アメリカのボストンで英訳出版もされています。国内でも英訳本を持っている人が居ます。
この本を読んで、ニューヨークから天理まで「須藤さん」を訪ねて来たアメリカ人も居たそうです。
「月よりの神言」を英訳された方は、アメリカ、ボストン在住の久司道夫氏(くしみちお)です。
久司道夫氏(東大法学部卒)は2014年に亡くなられましたが、経歴の概略はウィキペディアで知る事ができます。
「須藤さん」は天理教に入ろうかと親神に相談したら「天理教に入ったら本部に邪魔され本当の事が言えなくなる。入ったらいかん」と止められたそうです。
天理教と無関係なら本当の事が自由に言えると話していました。
「須藤さん」が本部周辺で真柱さん(善衛)に会うといつも真柱さんから会釈してくれると話していました。
真柱夫人からも婦人用の小物が時折プレゼントされていたようです。
私が訪れた時は、夫人から贈られたスカーフを見せてくれました。
「須藤さん」が亡くなられたときは葬儀に真柱名義の供花が飾られて居たそうです。
真柱夫妻の「須藤さん」対する姿勢が何を表しているかお分かりでしょうか。
善衛一個人として「須藤さん」が話す「親神、親様、お筆先、本席等々の本当の話」は否定しないと言う事です。
神の意図から外れた天理教はあまりにも巨大に成り過ぎたのです。
善衛さん善司さんに対する批判のコメントを読みますが無駄な事なのです。
真柱一人ではどうにもならないほど巨大で腐臭にまみれた組織になり果てたのです。
象に歯向かうねずみどころか蟻ほどにしかならないとおもいます。
真柱に天理教を変革する権限はありません。
おや様から始まったこの道は、世界助けの道であったはずです。
しかし、当時のおや様周辺の人々はあまりにも無知蒙昧で欲深だったのです。(今も同じ)
真実を求める人々はお屋敷から追い出されてしまったのです。
だから親神はみきを連れかえってしまったのです。
この道は、「世界助けの道」から「世界一列大掃除の道」に切り替わったのです。
おふでさき17号には明確に書かれています。
「須藤さん」は常々「世界情勢から目を離したらいかんよ。逃げる時を見失うからな」と言っていました。
「須藤さん」は亡くなるまで本部所有のアパートで生活していました。
「女性」は亡くなるまで本部所有のアパートに住まいしていました。
退職信者様
ちょうど手がすき、ここを覗いたところで、折りよくあなた様のコメントを拝読する事ができました。
多くの御時間を割かれて、御手を煩わしての御返事、深く御礼申し上げます。
「鍋が噴きこぼれように」の表現に「もしや」と思い
思い切っておたずねさせていただきました。
貴重な体験談も御聞かせくださり、参考にさせて頂く事の多くを賜りました事、
たいへんに嬉しく存じます。
「この世の裁断を下すのは、やはり最後には神」
どのような状況に雪崩れ込もうとも、それも全て「神の意」による「神の導き」
その様な思いを胸にしっかり踏まえ、これから訪れかもしれない「動乱」の中でも
神の思惑に沿った行いを自分なりに模索しながら突き進んでゆけるよう
あらためて心と姿勢を正しております。
そこから始まる、長い長い茨道やら火の中も潜り抜け
きっと、その先に神が用意してくれてるであろう「ほんみち」を楽しみに、
信心だけは身から放さずに、顔を上げ、前だけを見て、
歩き続ける覚悟をいたす所存にございます。
いつも拝見しております。『須藤花井』さんのお話は豊嶋泰国さんの『天理の霊能者』にもコラム的にとりあげられていましたね。まさか再びお名前を目にするとは。まだまだ埋もれた話がありそうですね
須藤花井さんって初めて聞いたと思ったら、天理の霊能者に出てましたか、。
ちょっと見直してみますわ、。
他に何処かで資料がないですかね?
縁の下様へ
「中国が南シナ海に手を出したら戦争は近い」について
これは平成に入って間もなくの頃聞きました。
「先行ったら中国は必ず南シナ海に手を出すからな。それが新聞に載るようになったら戦争が近づいた証拠だ。新聞から目を離したらいかんよ」
「中国が露骨に手を出すようになったらベトナムだけではどうにもならん。ベトナムはロシアに必ず助けを求める。」
「ロシアはベトナムの求めに応じるだろう。その次は中ロの紛争だ」
「中ロの紛争の後が本当に大変だ」
「いいかい 車のガソリンは常に満タンにしときや。いざとなった時、スタンドでガソリンを入れている間は無いで。そんな事してたら逃げ遅れるで。」
「満タンなら200キロや300キロは走れるだろう」
当時の私は、「ふーん そうですか」 こんな軽い気持ちで聞いていました。
平成23年(2011年)1月3日(月) 4日(火) 読売新聞4p 国際面に出たのです。
3日の見出し 南シナ海さらう中国
4日 中国の海洋戦略本格化
「九段線 第一列島線 第二列島線」の図入りです
現在の中国の空母遼寧の艤装工事中の写真も載っています。
あの時の話がついに出て来たと正月から驚きました。記事は今でも保管しています。
平成26年5月(2014年)ベトナム海洋警察の巡視船と中国の艦船が南シナ海で数度にわたって衝突する事件が報道されました。
この報道を聞き気楽にしていてはいけないと思い、所有する2台の車は常に満タンにするようになりました。
ベトナムは、2009年にロシアと6隻のキロ級潜水艦供与の契約を結び、2013 年から供与開始、今年の1月20日には6隻目が引き渡されました。
当初「露骨に手を出す」の意味が解らなかったのですが2014年頃から中国の南シナ海埋め立ての報道がなされるようになりその意味が理解できました。現在はここまでの進展です。
中ロの紛争はまだ見えていません。
「もし仮に」・・・こんな仮定で書いても全く無意味な事なのですが、
もし当時のおや様周辺の方々が私欲もなく思慮深い人々であったなら、おや様の言葉を素直に聞き取れる人たちであったなら、親神はおや様に病助けなどさせずとも、かんろだいは静かに立ち上がり勤めはひっそりと行われ、第一次世界大戦も第二次世界大戦も始まらず、核の火も灯ることは無かったのではと思うのです。
須藤さんが話していました。
「真実が10点満点のうち4点に届かん者は、次の大掃除の時にさらしてしまう。
真実がわからん者に陽気ぐらしの世界は作れん。
自分に真実が足らんと思ったら今からでも遅くはない。
真実に通って点を稼げ」 と神さんが言っていますよ。
本部員の多くの者は4点に届いていないのでしょう。
「ガソリン満タンにしてどうするのだ? 何処へ行けばよいのだ?」
私達はみんなで協力して別荘の様な気持ちで疎開先を2か所確保しました。15年ほどかかりました。
大都会から遠く離れた海抜300mを越す高原です。川からも離れた場所です。
家内の実家は新潟の標高300mを越す山奥、田も畑もあるところです。親神の計らいと感謝しています。
北海道から九州まで各地に準備されている人たちはおられます。皆天理教の信者さん達だと思います。
その方々が、多くを語ることは無いでしょう。なぜなら話しても皆聞き入れないからです。
メソポタミアのノアの様なものですね。
世界情勢にとって、極東の小さな島国の腐敗した一宗教団体の内部事情など無関係です。
世界各国が自国の利益を求めて冷酷に動いて行くという現実を直視すべきです。
天理教本部や組織の改革を語るには、時遅しです。
天理教の現状は、もうどうにもならない状態だと思います
今は天理教に目を向けるのではなく、世界情勢に目を向け常にその動向を注視しなければならない状況に至ったと思うべきです。
おふでさき17号
68 月日には 世界中は みな我が子 かわいいいっぱいおもていれども
69 それ知らず みな一列は めへめへに 埃ばかりを思案している
70 この心 神のざんねん 思うてくれ どうも何とも言うに言われん
前述しましたが、ここに書いた事柄は私だけが知っている秘密事項ではありません。
多くの天理教関係者が須藤さんから聞い及んでいるはずの事柄です。
2017年3月10日 8:47 PMの小澤哲二様
「須藤花井」さんのことについては、
「『姫神の本』 聖なるヒメと巫女の霊力 学研』
に掲載されていたかもしれず、『天理の霊能者』であるということは
私の記憶違いかもしれませんので、そのことを言い添えさせていただきます
不良信者 様
「終末予言を説きつづけた須藤花井」として、天理の霊能者に出ていますね。
それより、中田表統領の思考、信条、信仰がヒドいですね。元々、天理教が持っていた本音が出ているだけかも知れませんが、「お里が知れる」状態です。
昨年11月27日、第240回定時集会から、
<M集会員の質問> いま、お道が世界に向けて発信すべきことは何か、お伺いたい。
<中田表統領> 発信というのは、対象や内容をはっきりさせたうえで行わないといけない。お道から教外、世の中に向かってのことと、本部から教内に向かってのことは全く違う。また、本部から直接伝えるべきことと、教会や教区を通して伝えてもらいたいことを整理し、いろいろな手だてを用いて発信していきたいと相談しているところだ。
(世界であろうが、教内であろうが発信することは教祖の真実の教えであるべきなのに、本当に大馬鹿としか言いようがない。本部の二枚舌・三枚舌を自ら暴露してしまっている。)
最早、〇〇に付ける薬は無いということでいいんでしょうか。
退職信者様の、お話、「黙示録のハルマゲドン」が連想されます。
やはりキリスト教の神も、天理教の神も同一神ということでしょうか?
世界中が、神の審判にさらされるのでしょうか。
しかし、怖いです~。 )゚0゚( ヒィィ
さっちんさんへ
やはり最後の審判だと私は思います。
親神は、本席を通して大掃除に関する「刻限さしず」を幾度となく下していたようです。
中矢伸一氏の「真正日本」という本なのでしょうか、その本の80P以降に本席の刻限さしずとして
明治15年10月29日や明治34年3月などいくつかの「刻限さしず」が載っています。
私が持っているのはP80から数ページのコピーなので「真正日本」なのかよくわからないのですが。
昨年の11月 天理市に在住する方から「明治39年7月13日 刻限さしず」のコピーをいただきました。
これは芦津大教会の初代が書きとったものの写しだと説明してくれました。
本席は明治40年に亡くなっているので、その前年まで大掃除の警告を発していたと言う事です。
各さしずの表現に少しずつ違いはありますが内容はほぼ同じです。
同じことを何度も繰り返しています。
聞いている人間が馬鹿ですから、同じこと何回も言ってくれてるのでしょう。
本部は、その類の事には一切触れずにせっせと金集めをしている訳です。本当に腐った奴らです。
私の母親は、天理教の教会と知らずに神殿にあがったと言っていました。
神殿をのぞいたら立派な御鏡が飾ってあったから何処の神様か知らないがお参りしよう。
昭和23年6月1日のことです。
私が、小学校1年の頃だと思います。
家の風呂焚きを任されて薪をくべていた時、傍に会った古びた桐の下駄を竃にくべてしまいました。
それを知った母にどえらく叱られました。
「なんて事するんだ。これからまた戦争が来るというのに。物を大事にしろー」
「先行ったらな朝になっても戸の開かん家が立ち並ぶんだ。大変な時が来るだ。物は大切しろー」
私は、「はー?」なに言ってんのかなでした。
この話を「須藤花井さん」にしたら、
「戸が開かないのはな、今なら解る。中性子爆弾だよ」
「あんたのお母さんは、会長さんから聞いたんだよ」
「会長は、戦前の人だから半年間天理で過ごしていたはずだ。当時はおや様から直に聞いた人たちが沢山天理に居たからな。その人達から聞いたんだよ」
お勤めについて須藤さんは
「あんた おつとめ21回やるけどなんでだか知ってるか」
「あれはな、そうじの後は21か国残してくださいとお願いしてるんだ」
「天理教の者は訳もわからず勤めている。不憫やなー と神さん言ってるで」
21か国はどこが残るんですか。?
「それはな、国旗に月と太陽と星が描かれている中から21か国だ」
「使っていてもだめな所はある」
「いちれつすますは分かるかい?」
「あんたら よい豆と悪い豆拾い分ける時、台の上で両手でかき回して広げるだろ」
「あれと同じだ。真実の解る人間とわからん人間をかき回して真実の人間を救い上げるんだ」
「救い上げた真実の人間を種として陽気ぐらしの世界を作るために残すんだ」
「神さんの救いの手に残れるように真実つくさんといかんよ」
「あしきをはろうて」は、おや様存命中はなかったから間違っていると言う人がいます。
入れたのは山澤為造でしょうか。
当時は、本席は存命ですから必ず「伺い」をたてた筈です。そのうえでの決定だと思います。
神の意向が入っていると思うほうが自然です。
親神はかんろだいが取られてしまったので「助け」から「掃除」に切り替えたのです。
21か国残すのだから21回お願いしろと言う事でしょう。
秀司や良治郎、為造、まつえに前川等 本当に酷い事をしてくれたと思います。
この人達が、かんろだいを潰した張本人達だと私は思います。
おぢばに帰らせていただきました。駐車場だったところが、お店になってたり、営繕の倉庫が取り壊されていたりと、少しづつですが、縮小されていっている気がします。
退職信者様
御返事遅れまして申し訳ありませんでした。
また更に多くのこと御教えいただいたこと、御礼申し上げます。
確か、「したらば掲示板」に御書きになってた事
私の記憶では「神が戦争を起こすのではない、武器を持った者は、
玩具を手に入れた子供のようになり云々・・・」
と、言った様なことが書かれてたと思います。
ならば「神の審判」は天災なのでしょうかね。
先日のコメントに、恰好な避難先を確保なされた事を
「親神の計らいと感謝している」と述べられましたが、
私の現在、居住してる場所も地盤が強く、海抜100m超えの
関東の海側の政令指定都市の郊外なのです。
実は、ここの土地は、詳しく書けば話が長くなり、ややこしくなるので端折りますが
聊か尋常ではない経緯があった後に住む事になった場所なのです。
途中、経済的に困窮した折にも、手放そうかと考えた事も、二、三度ありましたが
その度に何かしらが好転して、事なきを得て、彼此26年の年月が経過いたしました。
私にとって、此処に住み続けられてることは「親神の計らい」だと思っておる次第です。
さて、私は神様から「及第点」は頂けるのでしょうか。
頂けて、生き永らえば、陽気ぐらし世界の建設に精を出し、
そうでなければ、あちらの世界で魂を磨き上げ、
また、こちらの世界に送り込んでもらえば、それでよい事。
見抜き見通しの御守護だけ頂戴できれば、それで良いと考えて
日々、淡々と「最後の審判」を待つ次第であります。
縁の下様へ
神の審判は、人災・天災 全てを含んでいるのかなと今は思っています。
「親神から及第点はいただけるか」について
これは杞憂であると思います。
日々 喜びの心で通っていれば全く心配はないと思います。
「どこに喜びを見つけるのか」
それは「己の目で見て 己が気がついた事に 己が動き 己が喜ぶ」と言う事だと思います。
例えば 机の汚れに気がついたら布巾で拭くと机が綺麗になる。綺麗になったら「おーきれいになったなー」と自分が喜ぶ。
汚れた布巾をゆすいできれいになったら「きれいになったー」と自分が喜ぶ
この様な自身の「気づき・行い・喜び」を包括したものが「真実であり喜び」であると思います。
例えが少し変でしたが、家族の皆がこの様な心で日々過ごしたら、そこには陽気な生活が広がるでしょう。
これがおや様の言う「真実に通りなさい」「喜んで通りなさい」の姿だと思っています。
この様な喜びの心根を親神は望んでおり、この喜びを見て親神も共に喜ぶのだと思います。
つまり「及第点」は親神から頂けるものではなく、朝目覚めてから夜寝るまでの間 常に自身の内から「喜び」として湧いてくるものと思います。
「及第点」はご自身の心の内に在ると思っております。
心の成長はこの世でしかできないと聞かされております。
生きて残るも、魂で残るも ひとえに真実の心根にかかっていると考えます。
後は親神の思し召しのままにです。
縁の下様には、 日々、生き生きとお過ごし頂ける事をお願い申し上げます。
どうぞ私の意をお汲みくださるようお願い申し上げます。
退職信者様
この度は、いろいろと御教示いただき、ありがとうございました。
この教団の教えはいったい、どれが真実なのか
どれが改竄、捏造なのかわかりませんが、
「喜びの心」だけは、神が一番に求めるものと感じております。
どのような谷底に落ちようとも、そんな所にも「喜びの種」「希望の種」はある。
此処までの道中、幾度かの「不思議な御守護」と思える出来事に遭遇しては
難を乗り越えられてきた自分は、いつしか自然に、そう思えるようになりました。
退職信者様も、くれぐれも御壮健で御過ごしくださいますよう、お祈り申し上げ、
また、この度の御骨折りに感謝申し上げ、私からの挨拶とさせといただきます。
中山家は足起因縁しか積んでこなかった。それが答えです。ただそれだけ
中田善亮はただの守銭奴で天理市界隈でもただの笑いもの(笑)大輔は布教の大道芸人(笑)
教祖はおろか神おも背いた!私は本部が潰れていくさまを遠くから見守っています。
本日発売!!サンデー毎日3.26増大号
集中連載 新宗教の『明暗』編6「大プロジェクトは未完」天理教の正念場
今朝の朝日新聞に載っていました。まだ読んでいませんが「おやさとやかた」の事かと!?
追記 山田直樹氏の文章です。
今日配信のdマガジンから
サブタイトルは
「運営トップ「面統領」仰天発言の表と裏
ジャーナリストの山田直樹氏寄稿
【小見出し】
「信者にはしっかり献金させよ」
「262万人ピークに信者が半減」
「『おつくし』にはノルマがある」
次号につづくようです。
サンデー毎日編集部に、情報どんどんリークしましょう!!
面統領 → 表統領です。興奮して、ちゃんと見てませんでした、すみません。
FBのコメントより。
今の教会長は「親」ではなく「殿様」
厳しい年貢の取り立ての話もよく聞きますね。
本部員、大教会長レベルの方々から、もう一度信仰のありかた等勉強しなおした方がいいんじゃないかなと思います。
天理の教えが歪んで広がるのは嬉しくないです
サンデー毎日 昨日予約してたコンビニでは結局 取扱が無く購入できず
違う店に電話確認したら 既に売り切れとのこと
来週分を予約して電話置く
するとすぐに電話かかってきて 今週分お取り寄せしてもらえるといわれました
mami
2017年3月13日 9:01 AM
私もサンデー毎日読みました。 山田尚樹氏の文章は懇切丁寧に教団の財政や計画を語ってくれていてとても読みやすかったです。山田氏には教会長の友人がいるとのことなので、やはり私達のような内部の人間から本部へのクレームが寄せられているのでしょう。街宣車問題、中田善亮問題、法人乗っ取り未遂、お尽くしは金 と目まぐるしさの最後がメディアによる攻撃開始、本部も末期を迎えていることは確かでしょう。それにこちらのコメントで寄せられている内容も間違いで無い事が立証されてくる。もう本部は終わる とここ最近いたるところから耳にします。特に「お尽くしは金」を発言した時点で今回のサンデー毎日初回掲載も語られているようにこれは、「寄付の強要」に当たる大問題を真柱の実弟 次期真柱の実父 の 現 表統領 中田善亮 が発言した時点で 本部の末路は決定されたのでしょう。違法行為と教理の改竄 を糸も簡単に起す本部はもう宗教団体と呼ぶにふさわしく御座いません。
私も大量に買い知人にも配っております。早くこの悪しき本部が潰れますようにと
震災の時とかその他様々な場面で人々を助けた天理教をつぶしてはいけないとお思います。
助けられた人々も多いと思います。
さまざまな急性期病院が破綻してる。天理よろづ病院も急性期病院で、しかもDPCの病院。
助けた人々も多いはず。乗っ取りとかではなくて、皆が病院を破綻させないように、急性期の救急を保てるように頑張っておられるんじゃないでしょうか。
>皆が病院を破綻させないように、急性期の救急を保てるように頑張っておられるんじゃないでしょうか。
お供えやおつくしが病院の経営と維持のためだけに使われているなら、災害救助や復興支援のためだけに使われているのなら、多くの人は文句も言わないし批判もしない。
そういう「人助け」をついで程度の位置においといて、自分達の贅沢と蓄財に奔走してる本部中枢部に対して憤っているだけだ。
末端教会師弟様
贅沢をしている方々がおられるのか、おられないのか、ネットの推測の情報しか知らないので、よく分からないです。
本部中枢の方にお会いする機会はないですし。講演などでお話を聞くなどはあるかもしれないですが。
身近な大きい教会でも贅沢をされてるようには見えないし、前真柱様でしょうか? ラップの使い回しをされていたとか、余った食材を連日召し上がっておられたとか、そういう情報を見たりしますし、留学は贅沢とおっしゃいますが、最近は大学で学部によっては留学が授業に組み込まれている学校も多くあるようです。
誰かの贅沢ばかりに目を向けて、大切なものを壊してはいけないと思います。本当に贅沢をされてるのでしょうか?
宗教には本来教理が一番大切です。教理のない宗教は拝み信心、自分勝手信心になります。原始宗教なら未だしも、文明・科学が進んだ今日、盲目的信心は有り得ないでしょう。天理教の教理は、おふでさき、おさしず、みかぐらうたで造られてます。そこに教祖のひながたも含まれ、出来たのが今日の教理です。でも沢山の違いがあります。三原典はその時の明治の現場を台に先の事を言われてます。言葉の中に、隠し言葉、伏せ込みがあります。おさしずに「いと言うのにろと言うて分からん。いと言うたらい、ろと言うたらろ、はと言うたらは、この順序間違わん。」明治三十二年十二月二十九日。
たとえば、にんけんをつくりだしたるしようこふに かんろふたいをすえておくぞや おふでさきがありますが、今の時代
本当にあそこぢばが、人類のふるさとと思う人が、どれだけ居るでしょうか。悪いけれど天理教馬鹿だけでは無いでしょうか。にんけんと人間、大きな違いがあります。濁点がありません。濁点とは埃です。埃の無いにんけんとは 神の事です。でもおふでさきには、にんけんしか使われてません。神で有るにんけんかまたは人間。人間の事を尊称としてにんけんとも書かれてあります。それはおふでさきの前後を読めば分かります。ぢばは、神の発生の地で高天原なのです。だから宗教弾圧の時代本部を東京へ移そうとしたとき、おさしずでぢば一つの理と親神は反対されました。ですからぢばは人間の故郷でなく、神の故郷なのです。だから神が帰って子供である人間が、お帰りなさいと言うのです。ですからおやさとと言うてあります。親とは神の事です。これは、皆、
南無天理王命、弥勒様から聞きました。今の天理教本部は神様がいません。でも本部だけで一人立ち出来てます。いつ壊れるか分かりませんが。
おふでさき ひとのものかりたるならばりかいるで はやくへんさいれいをいうなり これは中山家あるいは本部にぢばを貸して有るだろう早く神に返して礼を言ってくれと言う事です。おふでさきを書いたのは教祖ですが、書かせたのは親神です。だからおふでさきは親神の立場で考えなければ分かりません。私は天理高校や専修科も出、単独布教のまね事もしました。いろいろ悩みました。お助けとは何だろう。本当にたすかるのか、助からなければならないのは自分の心ではないのか。はぐれ雲さんのように、自分が加害者の時もありました
。今は教会を上級へ返してます。天理教本部からは離れましたが、天理への思いは強いものがあります。今日はこの辺で
匿名です様
あなたは、あなたの「信じ方」で信仰していれば良いだけのことです。
私も教団と言う組織を通り越して、自分なりの信心をいたしておる一般信者です。
「そこはめいめいの胸次第」「一名いちにんの信仰」
あなたの心のままに信心すれば良い。それだけのことです。
そこはめいめいの胸次第。
一名いちにんの信仰。
教会はセイフティネットであったり、コミュニケーションスポットであったり、個人個人の心の埃を払うための拠り所であったり、つなぐ役目、教育の役目、心身の向上、維持の役目を持っていたり、
なによりおさづけを取り次げるようぼくが生まれる場所であり、大切な場所です。
匿名です様
>教会はセイフティネットであったり、コミュニケーションスポットであったり、個人個人の心の埃を払うための拠り所であったり、つなぐ役目、教育の役目、心身の向上、維持の役目を持っていたり、・・・
それは教会としての役目を正常に果たしていれば、ということです。そのような、ちゃんとしている教会も勿論あるでしょうけれど、全部がそうではないことは周知の事実です。サンデー毎日さんに、今まで、内部の者だけにしか知られることのなかった、現教団のことを書いて頂けるのは、非常に良いことと思います。外部からの干渉も、内部からの抵抗もないのをいいことに、本部はお尽くし、お供えが、一番神様が喜ぶ誠真実であると、信者に嘘を教えて来たのですから。この際、徹底的に、内部の欺瞞、嘘を暴いて頂きたい、と思います。匿名ですさんが仰るような、りっぱな教会に、全ての教会が立ち直る為に、必要なことと思います。
※[お供え」から転載します。
①「天理教の正念場」
投稿者:サンデー毎日 投稿日:2017年 3月13日(月)12時29分26秒
サンデー毎日3月26日増大号
集中連載 新宗教の『明暗』編6「大プロジェクトは未完」天理教の正念場
サブタイトルは、運営トップ「表統領」仰天発言の表と裏
ジャーナリストの山田直樹氏寄稿
【小見出し】
「信者にはしっかり献金させよ」
「262万人ピークに信者が半減」
「『おつくし』にはノルマがある」
②「中田善亮表統領よ教理にないことを言うな。 」
投稿者:古い教会長 投稿日:2017年 3月13日(月)12時08分17秒
信者、よふぼくは、教理にないことで右往左往している。
<天理教教理を学び神意を悟る>より
http://blog.livedoor.jp/rokkouoroshini/archives/1063362564.html
中田善亮表統領の言う、
「おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である」という、「お供えをしなければ、親神様が真実を受け取れずに命が切れる」を意味するお言葉は「おふでさき、みかぐらうた、おさしづ」の原典、「教典、教祖伝、逸話篇」の教義書にはございませんし、そもそも神様はそんなことは仰っていません。
ここまでだけでも、教祖の御教えを曲解し歪曲した、宗教法人天理教の代表役員「表統領」ともあろう人物の、本来の御教えから乖離した「本末転倒な公式発言」であると言わざるを得ません。誠に残念の極みであります。
人様のために尽くしきる心を持つことから始まるということではないでしょうか。
おさづけの時、自分自身側に立って教祖が働いてくださる時、自分自身の何かが赦されるのではないかとも考えていますが、どうでしょうか。それが人を助けて我が身助かるという意味なのかなとも考えていますが、どうでしょうか。
>身近な大きい教会でも贅沢をされてるようには見えないし、前真柱様でしょうか?
毎年、奈良県高額納税者のトップに真柱が、ベスト10に奥様や親戚連中が入ってるのが明らかになってるのに、まだそんな惚けた事を言うかな?
ネットにとどまらず、遂に、マスコミ・メディアからの攻撃も始まりました!
(サンデー毎日さま、先駆けをありがとうございます)
「命が欲しけりゃ献金しろ」発言問題。
なぜ街宣車が本部を周回するのか問題。
これにハニートラップ美人局も絡んでいるのか問題。
法人乗っ取り事件の教唆(犯罪指示)ほか、数々の法令違反の問題。
これには、あの有名な、お抱え弁護士教会長も絡んでいるというから驚きです!
さあどうする、天理教表統領中田善亮!
匿名です 様
あなたは何か勘違いされていませんか。能力があっても教会常詰の子弟というだけで、天高二部にしか行けず、そこでの成績が良くても大学へ行くのは駄目。いちれつ会の扶育を受けられ二部に入学が出来ただけでもありがたく思え、と言われて大学へ行くのなどもっての外。
一方、天理高校一部へも受からず、他の私立高校から大学まで至れり尽くせりの待遇を受ける大教会や上級教会の子弟。
そのようなことが日常茶飯事に行われる教団。これがまともな姿ですか。「徳」が無いの一言で片づけるバカな大人たちの集団が今の天理教です。
前述の常詰の二部生が、入学前に会長から云われた言葉「勉強なんかしなくていい。苦労をして来い」これが差別教団の実態の一端だということをどこまで理解されていますか。
理念と実態の乖離に気づいておられない、あなたの日常の書き込みは理解に苦しむことばかりです。
優秀でも大学に経済的に行けない子は増えています。それは一般の社会でもそうです。
しかし社会の方もそれは心得ているようで、優秀な人は次第にのびていきます。
仕事ですので失礼します。
匿名です 様
あなたが仰っている現状は百も承知しています。
今後のお願いは、答えにもならない書き込みは必要を感じません。社会のことをお尋ねしているものではありません。
私が書き込んだ内容の出来事が、教祖の教えに照らしてどのような考えでおられるのかをお尋ねしたものです。
ただ、匿名です様の言論の自由を封じる気持ちでないことを申し添えます。
もう少し的を得た書き込みを期待するものです。
〇〇大教会、おかしなしきたりがあるようだ。信仰には、相手を思いやる暖かさが必要だ。
FBのコメントより・・。
「昨夜、ピンポーン
出てみたら、マンションの住人さん。
お婆ちゃんが亡くなった事 何で教えてくれへんかったん
お参りだけ させて。と。
有り難いですよね~。
参拝して頂いて 一頻り思いで話。
沢山の お供えもいただきました。
ここに越してから たかが18年。
母は、天理教60年。
天理教教会会長と名の付く お方は誰も来ず ほったらかし。
天理教 以前に人間としての気持ちはないのかな
なんだかんだの、しきたり があるらしいけど、そんなしきたりは、おやさま が作ったんかい
おやさまの言葉なんかい
〇〇大教会様。」
「お聞きしたい事があります。
〇〇大教会のしきたり らしいのですが、
母親が出直した折、私は、直接の教会の上級に連絡しました。
それが、しきたり に反したようで、連絡はしません。
出直した事は、直属の教会にも連絡はしません。
〇〇大教会は、始めに教えていると。
私は、聞いた事が無いのですが本当でしょうか」
先ほどのFB記事の続きの記事です。
この〇〇大教会の人は「理の親」「理の子」とか、会長さん、奥さんを立てるとか、変な権威主義のある教会です。
「〇〇大教会のしきたり らしいのですが、
母親が出直した折、私は、所属教会◯◯分教会の上級教会に連絡しました。
教会側が言うには、それが、《◯◯のしきたり》 に反したようです。
「まずは所属教会に連絡をすべきであると。」
出直した事は、上級者教会経由で所属教会には連絡はしてくれないのでしょうか?
仮に間違えたとしても、母の為に天理教式で葬儀をしてあげたいと思ったことを叶えてくれないほどの間違いなのでしょうか?
〇〇大教会では、《順序》と言うものを始めに教えていると言いましたが、私は、聞いた事が無いのです。
それは本当なんでしょうか
長年御用に尽くしてきた母のことを思うとやるせない気持ちとなりました。
1年前に自宅の近くに天理教の教会があることが分かり、母の年祭のお願いをしましたら、快く引き受けて下さいました。
このご縁によって、現在はこの教会と繋がるようになり、月次祭も参拝させていただくようになりました。
ご近所の方が来られ、来るべき教会の方が見えなくて、ついつい感情的になって投稿した部分もありますが、情けない思いを断ち切る為に心の内を晒しました。
私が、悪いのは分かっています。
が、やるせなくて、私のせいで、母は、御霊移しも、何もしてあげれなかったのが、辛かったので愚痴ってしまいました。
すみません」
東風Z様
常詰の子弟は天理高校2部へ行く ということは存じ上げておりませんでした。
夢があり、勉強をし、良い成績を取り、けれど1類2類、あるいは大学に行けないと知った子の落胆はとても大きいと思います。自分よりずっと成績の悪かった、自分より勉強をしていなかった子が大学に入っていき、自分は社会にでなければならない。それはかなり辛いことだと思います。
T先生は常詰の子弟?で医師になっておられるではないかと若干思いながら、例外も含みつつもそういうことなのですね。
ただ悔しい思いをされつつも、優秀な子は高卒で、大卒だとなかなか入れない企業に入れたりしていますし、中で資格検定を次々と受けて信頼を得て仕事の幅が膨らんでいくようです。勿論役職にもついておられます。
教内で働く(この言い方で合っているでしょうか)場合、求められる能力は特殊で一朝一夕に身につけられるものではありません。特殊な能力を要求されると思います。それは机上の学問だけでは身につかないもので、苦労をして身につくものだと思います。
どのような状況におかれても、それは親神様のご意志だと思いますし、また教祖が導きをくださると思います。それを誠実にこなしていくことが自身の未来、次世代の未来を開くことにつながると思っています。幸せの形はステレオタイプなのではないと思います。
つまり、幸せの種はどこにも落ちていて、みんなが拾えるものだと思います。
末端教会子弟様
師弟とまた書いてしまってすみません。例えば私の勤め場所の経営者の銀行口座には多くの預金が入っています。しかしその預金は借りているもので、支払いのためにプールされているものです。
預金が多いということはイコールその方の資産が多いとイコールではないと考えています。
貸借のバランスの中で、本当に贅沢をされているのか、よく分からないのです。
匿名です様
あなた様が何らかの理由によりみづからの意志で自覚的に信仰を持たれたのだろと推察しています。だから、すべての状況に親様のご意志、教祖の導きと思われるのでしょうね。
しかし、親の信仰のため過酷な状況に置かれている子弟にはとても冷たい言葉に思います。
以前、大教会から来ていた、教会長の講習会かなにかの出欠の問い合わせを、私が大教会に直接返事を書いて送ってたら、上級会長から、「順序があります。上級に連絡してくるのが当たり前です。そんなこともきちんと守らないのはあんたとこだけよ。」と母が電話で叱られていた。
大教会から問い合わせが来ていたから、大教会に返事したのに、大教会には、上級から報告してもらわねばならないらしい。末端教会が、大教会に直接返事するのは畏れ多いこと、というのだろうか。順序とか、上級の理とか、そんなことが重要なのか、何かといえば、そういうことを口にして、上から指示してくるのが、ウンザリであった。上級会長から電話、と聞くと、また(母が)何を言われるのだろうか、と不愉快だった。そういうことなどで嫌気がさして、絶対、教会なんかしたくない、頭下げるばかりなど御免だ、と思うようになったのも当然のことではあるまいか。
一列兄弟よりも、教会組織の縦の順序、上から下に流れるとかいう「理」というものの方が重要な事らしいが、おやさまの教えにそういうことがありましたっけ?
僭越ながらこの順序は一般の職場でもあることで、これでよく怒られました。
誰に伝えるかは天理教内だけではなく、一般の職場、ご近所、プライベートなグループにおいて、全て気を使わないといけないもので、私はよく上司を怒らせました。
そしてそれも一因で職場を去らないといけない状況にあったりしました。
匿名です 様
>この順序は一般の職場でもあることで、
>誰に伝えるかは天理教内だけではなく、一般の職場、ご近所、プライベートなグループにおいて、全て気を使わないといけないもの
一般の職場などでは、そういうことに気を使わねばならないことは、当然のことと納得できます。平社員が社長室に入って行って、気軽に口をきいてはいけないのは当然です。
私が言ってますのは、あまりに「順序」とか「理」とか、そういうものに捉われて過ぎているのではないか、そんなことが、天理教という宗教の世界で、重きを成すようなことなのか、ということです。一列兄弟が理念なのに、順序がどうのこうのと、そんなことを事細かく言う必要があるのかな、ということです。
題名:大馬鹿としか言いようがない
投稿者:古い教会長さま
投稿日:2017年 3月11日(土)10時05分27秒
中田表統領の思考、信条、信仰がヒドいですね。元々天理教が持っていた本音が出ているだけかも知れませんが、「お里が知れる」状態です。
昨年11月27日、第240回定時集会から、
<M集会員の質問> いま、お道が世界に向けて発信すべきことは何か、お伺いたい。
<中田表統領> 発信というのは、対象や内容をはっきりさせたうえで行わないといけない。お道から教外、世の中に向かってのことと、本部から教内に向かってのことは全く違う。また、本部から直接伝えるべきことと、教会や教区を通して伝えてもらいたいことを整理し、いろいろな手だてを用いて発信していきたいと相談しているところだ。
(世界であろうが、教内であろうが発信することは教祖の真実の教えであるべきなのに、本当に大馬鹿としか言いようがない。本部の二枚舌・三枚舌を自ら暴露してしまっている。)
匿名です さま
>預金が多いということはイコールその方の資産が多いとイコールではないと考えています。
誰が「預金額と借金額」の話をしましたか?
税金は収入のある人が納めるのが当然で、高額納税者ということはそれだけ多くの収入を得てる人だということ位小学生でも知ってますよ。
毎回毎回、話をそらしてトボけたコメントするのはやめて下さい。
しかし相変わらず匿名です様のコメントは、オカルト・輪廻転生が全開ですね。
他の人とのやり取りに口を挟むのは大好きなので、ツッコミいれます。
>どのような状況におかれても、それは親神様のご意志だと思いますし、また教祖が導きをくださると思います。
「一列兄弟、世界ろくぢ」と説いた月日親神、教祖様がこんな格差のある社会や天理教組織を作ったり望んだりするわけないじゃないですか。
「人間の欲とホコリで作られた苦しむ人が多いこの世の中を、神の気持ちを理解した皆の力で建て直しなさい」という教えだということは、みかぐらうたを読み解けば簡単に理解できますよ。
教祖様はその方法を教えてくださったが、教祖様亡き後は、皆の力を合わせて「建て直す」しかないでしょう?
「苦労をして身につくもの」とか「誠実にこなしていくこと」なんて言葉も輪廻転生の考え方を基本にしているから、世の中の成り立ちや根本原因から目を逸らさせるための「為政者に都合のいい思想と言葉」ですよ。
>一般の職場、ご近所、プライベートなグループにおいて、全て気を使わないといけないもの
法的根拠や個人の知識経験能力、人間の情や気持ちなどによって成り立つ上下・序列関係と、天理教の組織を同一に語らないでください。
天理教のように、血統と相続が根拠で絶対的に変わらない上下序列関係を「中世封建制度」と言うんです。
FBでの、ある方のコメントです。
『大きな声じゃ言えませんけど、詰所に行けば半分は殿様の集まりみたいな感じ( ー̀дー́ )
祭典講話で人の悪口しか言わない会長もいる……
信じられないでしょ?事実です。
天理教も終わりじゃなって思える時があるのが悲しいです』
さっちん様、末端教会師弟様
遅くなりました。少し詭弁を使わせていただいて良いでしょうか?勿論おっしゃることは大切なことです。それは分かります。
大教会の所属の信者さんは大勢おられると思います。その中の一人の方について名前を告げられた場合、多くの信者さんの中のどの人になるのか、調べるのに時間がかかるのではないでしょうか。
同姓同名もあるかもしれないですし、大教会が遠方にある場合、距離の問題もあります。
また命令実行のサイクルで一つの過程がとばされると、その課題について実行がなされたか確認できずにグルグル指示が回り、結局実行できないあるいは実行が遅れるということがあるのではないでしょうか。直属に伝えることが一番早く確実に実行されると歴史の古い天理教は経験で知っているのではないでしょうか?
それで、私のこの詭弁を誰が聞きたいでしょうか。そんな言葉聞きたくない、それが人の心理だと思います。
そういうことを分かっておられるのが教会子弟の皆さんです。苦労して身につけてこられたことです。私が身につけてこれなかったことなのです。
仕事なので失礼します。
末端教会子弟 様
よく言ってくださいました。
信徒詰所勤務の天高二部生が、同じ信徒詰所から通学する大教会役員の子弟の天高一部生の小間使いのような勤務を送った経験者には、消すことのできない心の傷を負っているのです。
下校時に雨が降ってきたから傘を持ってこい。遅れたから自転車で送れ。あまりにも気ままな言動であった。
傘を持って行ったがために、夕食も食べず、授業にも遅刻した。せめて、詰所主任はこの時ぐらい自転車に乗って行ってもいいよぐらいは言って欲しかった
これが逆だったらどのような結果が待っていたのだろう。あの当時は携帯用傘やビニール雨合羽等の便利なものはなかった。夜の9時過ぎに雨に濡れながら帰った二部生に思いを馳せる人など居なかったのである。
以前にも書き込みましたが、二代真柱は奈良国際ゴルフ倶楽部でゴルフ三昧、そのキャディーは天高二部の女子生徒だったのです。大教会長の子弟がキャディーをしたのでしょうか。多分あり得ないでしょうね。
小さな出来事だったかもしれませんが、このような姿が天理教だっただけの話です。そして、現在もこの教団には形は違えども同じようなことに満ち溢れているのでしょうね。
今も、80歳を過ぎた常詰さんに、一日中、一言も声を掛けない教会長が居るんです。
何が「ろくぢ」、「一列兄弟」、「ようきづくめ」の世界なんでしょうね。
匿名です 様
あなたの言われることは詭弁ではなく、その通りです。処理上の手続きを能率よくするには、上級を通して大教会に連絡して貰うのが、確かに良いと思います。
私が、上級会長に対して不愉快だったのは、前の投稿にも書きましたが、「上からのものの言い方」です。「大教会には、こちらからまとめて連絡しますから、大教会への連絡事項に関しては、全てこちらへ連絡してください。」とそのように、こちらに分かるように説明並びに、「丁寧に柔らかく」言って欲しかった、ということですね。
腹が立ったので、上記のことを手紙に書いて送るつもりだったが、結局よう送りませんでした。まだ、上級に対して何も言えず、遠慮していた頃ですから。(今は言いたいことズケズケと書いてますけど。笑)
そうそう、この間の、巡教の先生のことですけど、はっきり断って欲しい、と書きました。【一方的に決められましたが非常に不愉快でした。母の介護もありますし、教会を辞めたいと思っておりますので、これ以上煩わしいことに時間を取られたくありません。来られても大教会の決定なら、大教会が支払うのが筋と思いますので、こちらに支払義務は無いことと思います。(もし来たら、あなた(上級会長)へのお供えを巡教の先生に廻します。)】
最後の( )の部分はさすがに書けなかったが、そうする気でおりました。上級からは、「断りました。」の返事が来ました。今、上級会長からは、会費の最速も、「仕切り」のお供えの催促も一切ありません。私が払わないのを知ってますから。言いたいこと言える、というのは、ほんとに精神衛生にいいですね。(笑)
東風Z様
いえいえ小さな出来事ではありません。もし、彼女等が私だったら一生許さないくらいの出来事です。
教団が減り続くのも当然と思います。まったく鈍い感性、感受性!!
また、私の偏見ですが「2代真柱ゴルフ三昧」というだけで教団トップとダメと思ってしまいます!?
匿名です様
末端教会子弟様、さっちん様、など他の方の話している内容は、物事の本質についてです。
匿名ですさまの言ってることは、すべて物事の上辺の一面に過ぎません。
本質についての話しに対し、物事の上辺の一面を提示したところで、相手が納得する筈は
ありません。そこが、話しが噛み合わない原因と思われます。
>遅くなりました。少し詭弁を使わせていただいて良いでしょうか?
>私のこの詭弁を誰が聞きたいでしょうか。
「詭弁」とは、道理に合わない、言いくるめの議論。ごまかしの議論。
「―を弄(ろう)する」。論理学で、相手の思考の混乱や感情につけ入って相手をだます、
見掛け上は正しそうな、虚偽の推論。
とありますが、匿名です様は、詭弁を用いて相手を言いくるめるような必要性をなぜ感じて
いるのでしょうか?「本質」を見る事が怖いのでしょうか?
それを無意識の「依存」といいます。
自立は、現実から目を背けないことで得られるものだと思います。
つい、投稿してしまいました。横からすみませんでした。
mami 様
確かに、二代さんは頭の優秀な方でした。ですからこの方は、頭の優秀な方を大切にされました。八島英雄氏は東大に合格されていたにも関わらず、正善氏の要請を受けて天理大学に入学されたと聞いています。
でも、これは結果的に藪蛇になりましたね。人の用い方までは至らなかった方でした。いろいろな憶測が飛ぶ中で、キャデイーのことをご存知の方は皆無に近かったのではないでしょうか。
ゴルフが悪いのではありません。宗教家がゴルフ三昧というのがどうかということですね。しかもキャディーの用い方が悪すぎました。
常詰の子弟や、末端教会の子弟は心理的に使い捨てに過ぎなかったのではないでしょうか。そうとしか受け取ることが出来ませんでした。
東風Z様
本当にそうですね。東大卒の本部員子弟を登用し官僚体制を築かれました。一時的にうまくいっていたでしょうが今ではその弊害が出て来たのではないでしょうか。
八島様の櫟本分署跡に一度、訪ねたことがあります。中山みきに惹かれるのは「一列みなきょうだい」「女松男松へだてなし」の生き方を示され、貫き通されたことです。組牢というのですか、それを直に目にした時、仲田儀三郎、桝井伊三郎両氏のお姿が浮かび、確かにここに信仰があった。と、ひにくれ者の私でも熱いものが。私ならすぐに中山みきを裏切っただろうとも。仲田様はこのあとお亡くなりになったのですね。
みき亡き後、本席に神が降りなかったらどうなっていたのだろうとふと考えることがあります。東風Z様のコメント読んだ時もふと。
八島様は2014年10月23日に他界されたのですね。一度、直にお話を聞きたかったです。
八島英雄氏は温厚そのものの方だったと知人から聞いていました。高野友治先生といい、このような方の書物はすべてと言っていいほど教団により葬り去れてしまいました。残念ですね。
私は次のお話を聞いた覚えがあります。間違っていたらごめんなさい。
「・・・天理大学のある教授が、勾田村の人別帳を入手し研究していたが、広く公開した方がよいと考え、天理大学附属図書館に寄贈した。その後、必要があって寄贈者本人が閲覧を申し込んだが、この人別帳は天理図書館にはなく、閲覧できなかった。勾田村のこの人別帳には『そよ』の記載が無かった為と思われる。・・・」
『そよ』とは修験者の市兵衛の寄加持の台に使われた勾田村在住の女性である。と稿本教祖伝に書かれている。しかし、人別帳に『そよ』の名の記載が無かった事実が表面化することを恐れた教団は、寄贈された人別帳を破棄したのか。それとも史料集成部に隠してしまったのか、謎である。
天保9年10月23日は生憎と『そよ』が不在で、『みき』が代わって加持台を勤め・・・・とある。
稿本教祖伝は作られたドラマかもしれません。
天理教は「一列兄弟」が教祖の教えなのに、その教えを世界に向けては全く発信していない。それどころか、天理教組織は厳格な身分社会、封建社会である。親様は、「身分による差別」に反対したそうだが、親様の教えを説く教団が、教えと真逆の差別社会を形成しているのは、不思議なことである。教団頂点に居座って、都合の良い号令を発してお供え集めをしている上層部が、お筆先で「大砂高山」と攻められていた者達のことにピッタリあてはまる現状は、皮肉なことである。
一読者B様
依存はしてるでしょう。自立とは何でしょう?抽象的でなかなか難しいです。
何故詭弁を使ってまで守ろうとするかの答えの一つです。
ポスティングの経験をしました。そうして感じたことは老人がほとんどの田んぼの広がる美しい町があるということです。そして空家になっている家の多さ。閉鎖された小学校の多さ。天理教の教会がある村には子供の姿が少しだけありました。
教会あとなのでしょうか?大きな門の中のある空間。中に家が建っています。村は空家だらけ。子供の声は聞こえず鳥の声が聞こえる。
子供世代は便の良いところに暮らしてして、老人達が田畑を守って生きておられます。
教会のある村はほんの少し活気が感じられます。美しい環境で人々は生きておられる。
けれど、老人達がいなくなっていけば、美しい村は林に帰っていくのかもしれないです。
あと数十年後、どうなっているのだろうか。
天理教の果たしている役目。親を守ることを教える宗教。
私は天理教は日本人に親を守ることを伝えることが出きる宗教の一つだと思っています。教会がひけば、人もひく。教会があれば子供の姿が見える。
にぎはしや (…)つきくるならば なのではないかとも思います。
天理教は村をつなぐ役割を果たしてきたのではないかと思うのです。
親の面倒をみる そのことを長い間伝えてきた宗教だと思います。
mami様
冷たく聞こえましたか。傷つけてごめんなさい。おっしゃるように私は自分で信仰の扉をたたきました。
皆さんの御苦労をネットを通して知りつつあります。
(何を隠しているのだ)
分家「あまり教祖伝をほじるなよ」
八島「今、内部から発表しなければ取返しがつかなくなります。外部からあばかれたらどうします。(中略)今から真実を説く、教祖伝の編纂をやり直す、と教会本部が発表すれば、混乱は起こりません。教内はうすうす気づいていながら、何時本部が真実を言ってくれるか待っているのです。後れたら皆が背を向けます。そうなったら取返しがつきません。」
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
八島「本部から発表すればそんな事は起こりません。」
匿名です様
私は何も傷ついておりません。
ただ、「どのような状況におかれても~それは親神のご意志、、、、、教祖の導きと思います」と簡単に書かれることに他者に対する愛を感じなかったのです。私はそれを云えるのは『親神(沈黙されていますが)』のみと思っている人間なので。
回心と言う形で。回心していない人間に向かっては言ってはいけないと思っている人間です。
mami様
すみません。その通りです。自分が辛い環境に置かれた時に、神様は大難を小難にしてくださっている。これは諭されているのだと思って耐えて状況を乗り越えることが出来てきたので、軽々しく書いてしまいました。考えたらずでした。
この先は今日はつながらなくなるのでここで失礼します。
【緊急速報】
3月14日に「サンデー毎日」2017.3.26号が発売されました。
その52-56頁に、フリージャーナリストの山田直樹氏の寄稿で、
集中連載 よみがえる宗教 新宗教の「明暗」 ⑥ 天理教
「大プロジェクトは未完」天理教の正念場
▷運営トップ「表統領」仰天発言の表と裏
話題の「表統領のおつくし発言」を中心に、しっかり調査された上でレポートされています。必読ですよ。
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匿名です様
>依存はしてるでしょう。自立とは何でしょう?抽象的でなかなか難しいです。
>何故詭弁を使ってまで守ろうとするかの答えの一つです。
そうですね。依存していると、依存対象と自分を同一視してしまうのです。
なので、依存対象(教団)を批判されたりすると、あたかも自分が批判されているか
のような気分になるのです。
自分をそういう気分にさせるものこそ「エゴ」と言われるものの正体ではないでしょうか?
例えば そんな時、自立している人は、自分が今は仕方なく依存してしまっている状態
であること、そして自分のエゴが反応して、感情が乱れ心が波立っていることなどを、
否定せずにあるがままに見ることが出来るのです。
なので、自分はどうしたらいいか?ある程度問題点を認識することが出来、
その今の現状から現実的に問題解決のスタートを切ることが出来る。
「素直」に、ありのままに見て、聞いて、感じることが出来る。
一方、依存して盲目になり、エゴに振り回されている人は、依存対象が批判されると
自分の不安感などを埋める為に、あるがままの真実を知ろう見ようと努力するよりも、
見たくない都合の悪い現実に、いち早く蓋をして無い事にしようとします(エゴの働き)。
そして他人の体験や気持ちに寄り添い共感するのではなく、あたかも都合の悪い話を
打ち消すように、別の話しや逆の話しを他から持ち出したりして(詭弁)、
本当の現実を無視して自分の意図に合うように現実をコントロールしようとするのです。
それは、自分が安心感を得る為に、他人を利用して逃避しようとしている姿です。
困ったり、傷ついたりしている様々な人が問題と向き合っているところへ、
その問題自体を無くしてしまいたいという自分のエゴを守るために、
きれいな言葉、自分は、批判をかばう側にいる優しい人間なんだという暗の主張を
持ってきて、依存対象を不自然に美化する反面、他人を悪者に貶めるかのような
やり方をしていること。
なぜ、共感が得られないかを知りたければそういった、自分の見たくない現実も
ありのままに見なければ、本当に人の心に響く「においがけ」など出来ないと思いますよ。
匿名です様は、信仰や教団を大切にする立派な人間に成ろうとしているのかもしれませんが、
まずは、自分が実際に「何をしているのか」や、自分の「本心」に気付かれることを意識
してみることをされてみたらいかがでしょうか。
肝心の自分のしていることを自分で見えていないのに、霊や波動が見えるというのは
説得力がないですよ。
二度にわたる余分な書き込み、失礼しました。
はじめまして。よろしくお願いします。
教会の会長のことで悩んでいます。
その人は、子供のころから意地悪な人で、いくら親切にしても仇で返してきます。
母の姉の息子なのですが、うちの親は姉の子供たちに親切でしたし、
その人が生まれた時には、育児を手伝うために、母は仕事を辞めて、しばらく姉の家に通いました。姉が子供を産むたびに そうしました。
その人が、教会の青年に住み込みをしてた時も小遣いをあげたり、その人が結婚した時もたくさんお祝いを包んだり、
その人が教会の養子になって義理の父母が亡くなった時も、通夜も葬式も参列して香典もしましたし、
その人が入院した時は、お見舞いもしましたし、失礼のないように 対応してきました。
それなのに、その人は教会長だというのに、自分の教会の信者や、教会関係者には、失礼のないように対応するのですが、
うちは、その人の教会の信者でもないし、おとなしい性格で文句も言えない人間だと思っているのか、見下して失礼なことばかりします。
私の父が闘病中、その人がうちに見舞いに来ました。
何の連絡もなく、突然やってきて、教会関係の工事の手伝いの帰りだったらしく砂埃だらけの汚れた作業服で、真っ黒に腐ったミカンを5個、見舞いだと言って持ってきました。
白いビニール袋に入っていたから、まさか黒く腐ったミカンだと 思いもせず、母は何度も丁寧に頭を下げてお礼を言いました。
その人が座ったところは、服が汚れていたので、畳も汚れてしまいました。
私は、腐ったミカンに対してお礼を言う、母の姿がかわいそうで、つらくて、今まで親切にしてきたのに何でこんな酷い事をと 悲しくて、動悸で胸がすごく苦しくなりました。
また いつかこんな酷い事をしに来るんだろうなと思うと、心労で数日 不整脈も出ました。
その人は独身の時も 突然こんなふうに失礼なことをしに来たのです。その時も すごく嫌でした。
私は子供のころ、この人に海の中に置き去りにされて 2時間 海や浜辺で迷い子にされたことがあります。
親を見つけられなくて 不安で怖くて 心の傷になっています。
でもこの人は 謝ってもくれなかったし 見下して無視するだけの態度でした。
「うっとおしい」とか言って虐めるくせに、私を自分の用事に使ったり お金を出させたり 利用してきます。でも、何もお返しはありません。
その後、父が亡くなりましたが、その人は父に香典もしませんし、手を合わせにも来ませんでした。
昔から、その人は 数えきれないくらい、私たちをつらくさせるような事ばかりします。
おとなしい人間には、どんなに酷いことをしてもいいとでも、思ってるのでしょうか?
母の姉の子供ということで、ずっと何十年も我慢していたのですが、精神的にまいってきてしまいましたので、
母の姉に 少し話をしたのですが、「自分の子供は悪くない。それくらいで不整脈になるほうが悪い。出来損ない」と、ものすごく馬鹿にされ、責められ、悪者扱いされています。
母の姉に対しても、うちは親切にばかりしてきました。 母はおかずを作っては何度も姉の家に運びましたし、病院に付き添ったこともあるし、
電話で愚痴を聞いてあげたり、一方的に親切にしてきたのです。母の姉は、いくら親切を受けても何も返さない人でした。母や私をタダで利用するだけの人でした。
そして、自分の子供たちには与える一方で、身びいきのきつい人でした。
それで、絶縁状態なのですが、散々つらい思いをさせられ、悪者扱いにされて、みんなで悪口を言ってるのかと思うと、心が情けなく辛いです。
姉というだけで、妹をそんなに見下さないといけないのでしょうか? 姉といっても何一つ姉らしいことをしてくれたこともないし、姉は親の葬式代も 妹にさせて知らん顔をしたのです。
ずっと我慢して、親切にしていれば、いつかは態度もましになるかと思っていたのですが、
性格の悪い人に いくら親切にしても 感謝もしてないことがよくわかりました。
私たちから 労力やお金を取り上げれるだけ取り上げて 文句を言えば 掃き捨てるような態度です。
いろいろ酷い事をされ、利用され、暴言を吐かれて、胸に刃物が刺さっているみたいに 痛く苦しいです。
親切にして意地悪されたら どうしていいのか分からないです。
その人は教会に養子に行ったのに、何でこんなに酷い人なのか・・・母の姉にしても、何十年間も布教所の看板をあげていたのです。
母の姉に暴言を吐かれてから数か月経ちますが いまだにフラッシュバックで苦しんでいます
どう思えば 気持ちを割り切れて 忘れられるのかと思います。抑えきれない怒りが沸き上がってくることがあって 血圧も上がってしんどいです。
東風Z
2017年3月16日 2:34 PM mami様宛の投稿の一部を訂正いたします。
>八島英雄氏は東大に合格されていたにも関わらず、
上記の部分を以下のように訂正いたします。大変申し訳ございません。
「八島英雄氏は。非常に優秀な頭脳の方で、東大を目指して勉強をされていました。」
しかし、二代真柱が東本大教会で八島氏に直接会われて、天理大学へ招聘されました。
八島氏は、どのような経緯を経て「中山みき研究ノート」を書かれたのか。想像するまでもなく、史料集成部への入室が許されていたと想像します。そうでなければあれほどの内容の物は書けないと思うのです。
二代真柱は、八島氏の裁判も含めて氏を非難されたことが無かったとも聞いています。一体、背景に何があったのか。これ以上のことは書けませんが、二代さんの行状を考えれば、何かの想像は付くと思うのですが。
2017年3月16日 9:52 PM古い教会長様が投稿されているように、ご分家までが直接話をされる立場の人であることも大きなヒントになるのではないでしょうか。
単なる部内教会長が話し合える内容ではありませんよね。
八島氏の書かれた本に青年会本部が出されている本を見れば、嘘偽りばかりと思いますよ。
八島氏と分家の話も創作だと思います。
>八島氏の書かれた本に青年会本部が出されている本を見れば、嘘偽りばかりと思いますよ。
>八島氏と分家の話も創作だと思います。
もっと具体的な根拠を明確に教えて下さい。よろしくお願いします。
『ほんあづま』2000年6月号巻頭言
「八島何故出て来ない。すぐ来い。天理大学が全国大会に優勝して、祝賀会が東本で行なわれているだ。」「私は柔道部ではありません。ラグビー部ですよ。」「東本で祝賀会が行なわれているのに、天大OBとして出て来ないという事があるか、早く来い。」「行きます、行きます。」
時は、天理大学が東本大教会を宿舎にして、柔道の全国大会に出場し、優勝し、東本大教会の三階大広間で優勝祝賀会が始まった時である。人は天理柔道の総帥、中山正信氏からの電話である。急いで東本へ行き、三階の会場に顔を出すと、挨拶もそこそこに「二人だけになれる所があるか」と言うので、一階の青年ホールへ行き、二人だけの話になり深夜に至るまで続いた。
『ほんあづま』の論調が、『稿本天理教教祖伝』のフィクションの洗い直しを進めて、すでに、こかんさんの大阪布教が、作り話である事が誌上で証明されていたのである。
分家「あまり教祖伝をほじるなよ」
八島「今、内部から発表しなければ取返しがつかなくなります。外部からあばかれたらどうします。山本周五郎が『樅の樹は残った』という小説を書いてから、極悪人原田甲斐が、実は仙台藩を救った忠臣であったと、常識が変わっています。今までの日本は天皇制軍国主義の思想統制があって真実が説けなかった。今から真実を説く、教祖伝の編纂をやり直す、と教会本部が発表すれば、混乱は起こりません。教内はうすうす気づいていながら、何時本部が真実を言ってくれるか待っているのです。後れたら皆が背を向けます。そうなったら取返しがつきません。」
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
八島「本部から発表すればそんな事は起こりません。」
豪気な御分家中山正信氏の言葉の中に怯えを感じた。私の頭の中に、戦後ニュースで見た、イタリアのムッソリーニがパルチザンに殺され、逆さ吊りにされた場面が走馬燈のように走った。
それから約二昔の歳月が流れた。正信氏が亡くなって十年、その間におつとめを教祖が教えた通りに復元すべき人が、また、ひながたを正すべき人が次々と世を去り、或いは教外に押し出され、みかぐらうたを歌い、教祖の教えを手踊りで、自分の身体で表せる人が次々と教団に背を向け、教えを求めても得られず、修養科生は十分の一に減り、教会は三分の一以上が活動を停止している。
拝み祈祷を営業政策にした神道天理教は迷信家の集団と化して教祖の教えは亡びようとしているのである。
昔、神道になるために、教祖を警察に売った。十余年前ひながたを顕彰し、おつとめの復元につとめている櫟本分署跡参考館を教外のものと断定した。然し今日櫟本のつとめ場所を見ると、捨てた良心の種が育って花咲くように教祖の教えた通り教祖と共に歌い、踊り、誠の心を取戻し、人の喜びを見て楽しむ心を我が身体で表す、世界たすけの働きの中心になるべき人が続々と誕生している。櫟本を苗床にして世界中に良心の花を咲かせなくてはならない。
一読者B様
分析ありがとうございます。客観的に自分を見よということですね。
これが難しいことですね。丁寧に分析していただきまして、文章を何回か繰り返し読んで噛み砕こうと努力しております。自分を客観的に見れていないということの御指摘、自らの振り返りが不充分であったと改めて思い返しております。
ところで専門家でいらっしゃるようなので、以前より聞きたかった質問をさせていただきたいと思います。
心理学で病気と気質を結びつけた分類が存在しますよね。天理にも病気と気質を結びつけた分類が存在していますよね。
天理は気質に着目し、自ら心のほこりを払うよう自身の反省をすること、人のために尽くす精神を持つこと、及びおさづけの理によって、病気を遠ざける、あるいは表にでない形にする、あるいは根本の病気は存在していても痛みを減弱させるということを伝えていますよね。
体質改善という言葉がありますが、気質改善によっても体調のコントロールが可能ではないかと考えています。それは心理学によっても理論補強がなされるものではないかと考えておりますが、いかがでしょうか。
2017年3月17日 4:08 PM 匿名 様
私は、天理教青年会本部会編「確かな教理理解のために」と八島英雄氏著「中山みき研究ノート」を何度も読みました。
ただ、青年会編の本には責任者の署名がありません。先ず、この点に大きな疑問を感じているのです。
青年会はただ単に「編」とだけしか書いていないのですよ。このような本は頭から信用できかねます。
もっと責任を明らかにして著してほしいです。
刊頭に、「刊行にあたって」として当時の青年会委員長の中田善亮氏が寄せられている文がありますが、中田氏は、いま、このブログでも話題になっている方で信用性は0に近いでしょう。
そして、八島英雄氏著本が嘘であると断定されるのであれば、その根拠を示してください。
何れにしましても、教団は史料集成部を開示しない限り、何を仰っても信用できないのです。天理大学を卒業した知人は現在80歳。それに至る間、史料集成部に入室を希望するも実現していないのですよ。おふでさきまでも秘匿部分が有るという知人。この知人の疑問に教団は何時になれば答えるかと云いたいです。
教団にとって都合の悪いことはすべて隠してしまう体質にあきれるばかりです。
櫟本分署跡は、教祖が最後にご苦労された場所ですよ。寒い中冷水迄浴びせられた教祖を思うとき、教団は積極的に保存をは図るのであればともかく、潰してしまおうとする意図はどこにあるのでしょう。
終りに、これは噂話として聞いた話ですが、八島英雄氏は二代真柱の落し胤だと噂されていました。こんな山奥に居る私にまでこのような話が聞こえてくる教団とは一体何なんですか。お伺いします。
終りに付け加えておきます。天理教青年会は天理教教会本部及び天理教の正式機関ではありません。
仮に裁判になろうとも、天理教青年会名での発言は何の意味も持たないということです。
匿名 様
2017年3月17日 4:26 PM
更なる投稿をお許しください。
教団は何故、虚実を織り交ぜてまでして教祖伝を書くのでしょう。
立教の根本である天保9年10月23日の件で書きます。修験者の市兵衛のご子孫は今もご健在だと聞いています。
長滝村の中野市兵衛宅は今もご子孫が健在で天理大学の有る方がうかがっておられる。ご子孫のお話では、市兵衛は学僧であって、祈祷師のようなことはしていなかった。天理教の説明は困ったものだと憤慨されていたそうです。それでは、教祖と市兵衛との関係はどのようなものだったのでしょう。教団の単なる創作話だったのでしょうか。匿名氏は一度、中野氏宅を尋ねられて真偽のほどをご確認されては如何でしょうか。
立教の話もドラマチックに仕立てられている感がぬぐえないのです。
終りに、天理教は現在の縦社会組織を解散して、講を作り、自由に談じ合いの出来る組織に変わるべきです。
信仰を辞めて5年、今更教団の在り方を論じることも無いのですが、曽祖父母の代からの信仰が嘘であったのかと思う怒りをこのブログをお借りしてぶっつけているだけかもしれません。
逆に何故、八島氏の方を信じるのか根拠を教えてください。
また、研究ノートの批判はあらきとうりようの雑誌に連載されておりました。だから、青年会が発刊したものと思います。
つい最近も天理教に関する島田裕巳氏の書かれた本に対しての解釈が適当でなかったため、あらきとうりように安井幹夫氏が書かれた記事が載ってありました。
例えば、本部が本当のことを隠している、自分たちの都合のいいようにしているとありますが、本当のこととは一体なんなのでしょうか?それがなければ陽気ぐらしができないのでしょうか?
八島氏は、分署の保存と、一部史実の掘り起こしの労という功績はあったのでしょうネ。
彼は単に二代真柱のいう事を自分流にアレンジしながら、疑似甘露台勤めをしていただけですね。
悪人ではないけれど、中山天理教の悪癖からは解放されていても、解体後の再生案を含めて、それを超える深みは、ありませんでしたね。
中山天理教の教議上の悲劇は、啓示者の永続論をごまかす為に、それと地場の理を切り離してしまったところです。
復元の基本は、啓示者、本席様のお席に座られる方々を、真柱がどのように迎えるかという事からです。
八島氏から二代真柱の頃の想い出話を聞かせて頂いた時に、魂の検証と啓示者の永続問題に対しての意識の無さに、現教団本部と同等の無機質な寂しさを感じたのを想い出しました。
匿名です様
私は専門家ではありません。
ただ、余計なお世話と知りつつ、匿名です様が過去から何度も同じことを
繰り返しているのを目にして来て、自分が気が付いたことをつい口にしてしまいました。
素人の話しなので、実際に的を得ているかどうかはわかりませんし、
匿名です様は、「自分はそんなことはない」と否定することも出来ます。
ただ もしも、思い当たるような、自分の心に引っ掛かるようなところがあれば、
「客観的に自分を見よ」という上から目線の言葉で締めくくるのでははなく、
先のコメントを読んだ時に感じた感覚や、「自分は本当は何をしたかったんだろう」、
そして「実際何をしてるんだろう」と素の自分をきちんと見てあげて感じてあげて、
自分の事をちゃんと「知ってあげる」ことを大切にしてみて下さい。
自分の外にある何かを大切にしようと必死になる前に、自分をちゃんと見てあげて下さい。
あなたが、必死で何かを守ろうとしている姿は、本当は「大切にされたい」という
あなた自身の抑圧された願望を満たそうとしているかのようです。
大切にされる資格は誰に対しても無条件に与えられている資格です。
必死にならなくても、いい人にならなくても、あなたは存在しているだけで、
大切にされるに充分な価値のある人間なのです。
なので、これ以上、あたかも自分が価値の無いもののように振舞う必要はありません。
盲目になるのも、依存するのも、あなた自身が潜在的に、自分のそのままの価値を
認めてないからです。
そうでなければ、現実を無視して盲目に何かを不自然に美化し、現実を無視してまで
むきになって庇い続ける必要はないのです。
本当に「大切にする」ということはそういうことでしょうか?
因縁があるのほこりだのと言われても、ただひとつ、素の自分の価値を自分が自分で
心から認めてること。その自分軸(中心)から冷静に正直な目で物事を見てみること
をお勧めします。最初は簡単ではないかもしれませんが、本当の気質改善は、
そこから始まると思います。
自分の中に自分(エゴではない)が留守の状態で、気質など改善できるとは思えません。
他人に都合の良いように改善されやすい状態ではあるかもしれませんが。
匿名です様が何度も同じ事を繰り返すのを見てつい余計なことをしてしまいました。
素人ですので、誤りも多々あると思いますが、正直な感想を述べさせて頂きました。
流石にこれで失礼します。
失礼しました。
匿名 様
2017年3月17日 10:05 PM
進化する魂 様
2017年3月18日 1:16 AM
どの教えを信じるのかは人それぞれでしょう。
僧祖父母から両親が繋いできた天理教に対する信仰の姿を見ていて感じたことは、お金に明け暮れていた事だけです。
私の小学校下級生の頃は、通学生のほとんどが藁草履でした。なかには裸足の子供もいたのです。ようやく進駐軍のジープの廃タイヤが底になった草履が売り出され買ってほしかったが、そのお金もお供えに消えたことを覚えています。
二代真柱の教会建築は本部の方向に向けて建て替えよとの命令に、立派だった大教会の神殿及び教祖伝は無残にも取り壊されて、15億円近い建設費を投じて、その支払いに四苦八苦していた親の姿を見て、よくやっているなんて思いますか。当時現役だった私にも、一度でいいからお供えをしろと言ってきた金額は、驚くほどの高額でした。住宅ローンの支払いでつつましい生活を送っていた妻が、ついに堪忍袋の緒が切れたのです。未信者で結婚した妻は、母の勧めで別席まで運んでくれました。教会の月次祭には幼子の手を引いてバス、電車を乗り継ぎ参拝してくれました。しかし、糸の切れる日が来たのです。
表統領が、お尽くしは命の繋ぎと言っている限り、いずれ誰も見向きもしなくなるでしょう。
私の祖父母からの一族は、正確な人数は把握していませんが、60人を超えると思っています。その中で天理教の信仰を続けているのは、97歳になった叔母一人だけです。
どのような理論を掲げようと、現実を見てください。仮にこの60人の半数だけでも教会に繋がっていれば、教会はどれ程賑やかだったでしょう。ジジババばかりでお勤めの人手も揃わない現状を見れば、教団は何をしなければならないか言うまでも無いことでしょう。
教団代表役員の言葉が余りにも悲しいですね。
匿名 様
2017年3月17日 10:05 PM
進化する魂 様
2017年3月18日 1:16 AM
「理が神」という明確な指針があり、教祖様は「みかぐらうたは理の歌だ」と仰っている。
これは「みかぐらうたに込められている理論、法則、指針が神」に他ならず、おふでさきは傍な者が「違いがあるので記しおいた」補足説明と叱咤激励の言葉だと言える。
にも関わらず、教内には「みかぐらうた」には記載のない、オカルト満載の出来事や輪廻転生、肉体を離れた魂の存在などを主張する人も多い。
確かに日本の宗教の歴史や他宗教の有様を見れば、オカルト全開や輪廻転生、肉体を離れた魂の存在を信じ、人間以上の力を持つ「神や偉人(天啓者)」の存在などを崇め奉り、祈りを捧げてご利益を願う信仰スタイルのモノが多い。
教祖伝の初っ端に「天の副将軍が天下った」等と記載があるので、それをそのまま信じてしまえばやむを得ない部分もあるのだが、個人的には、これに矛盾や疑問を感じない事に不可解さを感じ得ない。
「みかぐらうた」は、そういったオカルト的なものを否定はしていないが含まれていない、という事は文言を素直に読めば簡単に理解できるのではないかと思われる。
オカルト的視点に立つ人からは、八島氏の話に対して「無機質な寂しさ」を感じるのも当然かも知れないが、オカルト的視点を排して論理的に分析すれば八島氏の話に矛盾がないことが理解できる。
またまた再投稿失礼します。
何しろ、教団は八島英雄氏を罷免したことを受けて、裁判を起こされ敗訴したではないですか。なんの反論も出来なかった教団。唯一、被告側が、天理教青年会が・・・と言いかけて、八島氏の弁護人から、青年会は教団の正式機関で無いとの指摘を受けて沈黙している。それ故に、「確かな教理理解のために」は読むだけ無駄ですね。それとも、教祖の真の教えが表面化するのを恐れたのか、控訴もしなかったではないですか。
もし、現教団の教えが正しいというのであれば、何故、偽計業務妨害罪や信用棄損罪、威力業務妨害罪などの法律の適用できる方策を講じて八島氏を告発をしなかったのですか。
ほんみち、天真教、神光苑、日の本神誠講、聖正道教団、世界心道教、大道教、モラロジー、まだまだある分派を生んだ教団。
挙句の果てに、三代真柱善衛氏が独身の頃にあった、氏の奥方に皇室の女性をという話があったとか。この話は雑誌が騒ぎ立てて立ち消えになったと聞いた。教団はどの方向を向いていたのか。
余談ですが、この雑誌名をご存知の方は、是非ご紹介をお願いします。
いずれにしても、教団の教えに少しでも反論を加えた段階で、異端と決めつけるところに、教学が育つ環境は皆無であろう。古い教会長さんが仰って居られた、主査室に逆らった段階で異端なんです。
主査室のお歴々は一度、比叡山の教学の現場を見学されては如何ですか。
2017年3月17日 10:05 PMの匿名様並びに進化する魂様、もっと社会の現実をしっかりととらえてください。
話題の流れから外れていますが、すみません。
ちょっとガス抜きをさせてください。お供えをしないから上級・及び上々級教会から冷たくされています。長年の天理教の虚偽実態を知るにつけ、信念を持ってお供えをストップしているところです。
ところが非常にわかりやすく最近、上級・上々級が、出すものを出さんのなら困らせてやる的な行動にでてきます。
上々級が上級に、私に対する「いじめ指南」をしているらしく、ほとほとこの世界に居るのが嫌になりました。やれやれと言ったあほらしい世界ですね。
上は下からお供えやお礼をもらうものだと思っている。もらえなくなったら反逆に出る。やっぱり宗教の仮面をかぶった「やくざ」だと思った。馬鹿な裸の王様なのに、見識ある人間から見たら相当低級レベルなのに、そんな評価しか無いのに、あほな裸の王様だから偉そうな振る舞いをしているけど。
常識のない偏った低レベルの人間の集まりなのだから、本気で立ち向かわなくてもよいと言うことはわかっているのですが。今後は飄々とした態度で打たれ強くならねばと思っています。自分流を貫いていますが、この世界は住みにくいなあと思います。
こちらに書き込み、少し発散出来ました。有難うございました。
末端教会 様
気苦労が多いことと存じますが、信念を持って貫いて下さい。
段々それが当たり前になり、呆れられるとこちらのものです。
あそこの教会は出来ない教会だとレッテルを貼られれば、気が楽です。
会長不在になって事情教会になるより、余程ましだということに気づく時が来ると思います。
応援しています。
天理教はもとはといえば、人間が造った宗教ではありません。神が教えた宗教です。ところが人間は天理王朝・天理王国を造ろうとしました。「我は元の神実の神である このやしきにいんねんありこのたび世界一れつを助ける為に天下った みきを神の社に貰い承けたい.」ここから始まりました。そして教祖はそれまで あの人は優しい人や 神様みたいな人やと言われたが、天啓が降りてからは あの人はきつねつきや狸つきや化け物や気違いやと言われてます。
天啓とはそんなものでしょう。理屈に合わない現象でしょうから。普通では分からないでしょう。でも現在天理教信者の中で行われているおつとめも天啓の一つです。三原典は天啓。飯降さんのおさしづは自分で言って意味を「わかりません」と答えられたとか。でもこれだけ膨大な神の言葉が残っているのは天理教だけです。おさしづは全七巻約七千頁に及びますから。教祖四十九年の道すがら、飯降さんの二十年のおさしず、上田ナライトの五年のおさしづ、合計七十四年間思いを伝えられた親神様はもう声を出さないのでしょうか?そして何故その言葉を全部本部は出さないのでしょうか?上田ナライトは天啓者と認めながら、ナライトの天啓は一切見えません。飯降さんの天啓も調べると明らかに抜けてる年代もあります。大分前に天理図書館で読んだ本、たしか増野鼓雪(道興だったかも)の薄い本にかんろうだいとは、弥勒菩薩を中心とした兎卒天の世界で有るというような事を書いてありました。驚きましたね!そんなこと聞いてないですからね~こちらの弥勒様もよろづよは十首有るとさしづで言われました。たしかによろづよ八首と言う言葉はおさしづにも載っていません。よろづよと言う言葉は有ります。私の娘は史料集正部に勤務しました。開かずの間がやかたの地下にあり鍵は数人の人しか持ってないので誰も入れ無いそうです。本当の天理をどうして隠すのでしょうか?隠さ無ければならない理由が有るのでしょうか?そんなことよりお金を集めるのが大事なのでしょうか?隠すから天理教が尻すぼみしているのでは無いですか。後数年で潰れますよ!以前の表統領、中山慶一さんへこちらの人が布教されました。神様の話しをしたとき、玄関でなく表へ出ましょうと言われ、「そうですか神様出ましたか」と言われました。何か知っておられるのでしょう!「世界一れつを助ける為に天下った」のです。天理教を助ける小さな神様では有りません。この日本を助け、この日本の通り方を世界に見せて世界を助けるのです。
末端教会 様
本当に低レベルの人間達だと思います。お供え出さないから苛めるとは、呆れた、卑劣な人達。カツアゲしてる不良学生と変わりませんね。バカな奴らだ、と相手にせず、もし、目に余る、酷いことをされたら、弁護士さんか、警察か、人権相談所もありますので、そこで相談されるのも一手段です。
末端教会様の勇気を応援しております。
しかし、天理教の上級の会長さん達は、ほとんどが、こんなにレベルが低いのですか?情けないですね。
私は現在32歳です。ひいおばあちゃん、おばあちゃんが熱心な信者でした。母も20代までは熱心で私を連れて教会へ足を運びました。
私の父は重度のアルコール依存症で、DVもすごかったのです。そこから、私自身も父から受けたDVにより精神疾患を患ってしまい、非常に母が悩んでいました。
母がある時、教会の先生に相談しました。
母:「なぜ私はこんなに大変な人生になってしまったのか。。たくさんひのきしんもし、人助けもしてきたのに・・」
先生:「あなたの前世が人を沢山困らせていたからです。これからも天理教でお道の活動をしなさい」
その時から母は天理教から遠のきました。前世と言われたら言い返せないし、弱みに付け込まれている気分だったそうです。
高校生なった私は、少しお姉さんの年齢の方がわざわざ教会(新宿)から私の住まい(一時間離れた地域)までやってきて、「夏の修養科へおぢばへ行かないか?」と言われました。
私はその熱意に関心し、一週間のおぢばへ行きました。その後から、彼女たちの私へのお助けが始まり、私はとりあえず教会に通うようになりました。
そこから洗脳ははじまり、本当に苦しかったのを覚えて居ます。
(もし今これをしたら。。神様が怒ってしまうかもしれない・・・どうしよう・・)とか、ただ普通の事をやろうとしても、神様が怒るかもしれない。。そして私は不幸にまたなるのかもしれない・・と不安で、先生の言われた通りに生きて居ました。
今から14年前の話ですが、当時18歳の私はいつものように若女将先生のお道の話を聞いていた時、ある男性信者が先生に向かってこう言いました。
信者:「○○先生・・この度はご親族の選挙の当選、おめでとうございます。どちらの政党でしたっけ?民主党(当時の名前)でしたっけ?」
若女将:「ありがとうございます。いいえ、自民党です。」
信者:「これも神様ですね。」
若女将:「そうですね。神様のおかげです」
この会話を18歳の私が耳にした時、一瞬にして冷めました。心の音がサーーーーッてしたのを、今でも覚えて居ます。その後つかさず私は先生にこう尋ねました。
私:「自民党って安保賛成ですよね?それって戦争をしても良いって事ですよね?それって神様は望んでないし、陽気暮らしとはかけ離れています」
若女将:「あなたはお道の人なの!!自民党は私じゃなくて、身内なだけ!!その話は関係ない!!!お道の人は政治なんか関係ない!!」
私:「でもさっきの男性は、神様が導いてくれたんですねって言ってましたよね!?私はそんな戦争しても良いと思っている人達と一緒に信仰は出来ません!!私は安保反対です!!そして私は20歳になったら選挙にも行く!!」
それを伝えた時、先生はかなりヒステリックになり、私を罵声しました。驚いた私はすごく泣いたのを覚えて居ます。
次の日もその次の週もひつこいように電話が掛かって来ました。
泣きながら私は「天理教の教えは理にかなってない。私はこれ以上関わりたくない!!」と伝えました。
その後からとても心がラクになりました。
やはり天理教は政治とからんでないように見せかけて、絡んでるし、どっぷり右よりの方が多い事ものちに知りました。あの時18歳の私ながらに感じたことは間違ってなかったと改めて、このブログを拝見し思えました。
末端教会 様
2017年3月18日 8:40 PM
> 本当に低レベルの人間達だと思います。お供え出さないから苛めるとは、呆れた、卑劣な人達。カツアゲしてる不良学生と変わりませんね。バカな奴らだ、と相手にせず、もし、目に余る、酷いことをされたら、弁護士さんか、警察か、人権相談所もありますので、そこで相談されるのも一手段です。
> 末端教会様の勇気を応援しております。
> しかし、天理教の上級の会長さん達は、ほとんどが、こんなにレベルが低いのですか?情けないですね。
ことは、上級の会長さん個人のレベルの問題ではありません。
現在の天理教団は、本部(宗教法人天理教)を包括法人とする全国17000教会(宗教法人)が集まる組織です。そして、各教会の規則をご覧になれば分かるように、本部が各教会の「会長の任命権」「各種の事情運び承認権」「規則の変更承認権」などを握っています。
これは、江戸時幕府が全国の大名を統治した方法とそっくりで、上に逆らうと「取り潰し」や「石高召し上げ」「軍事制裁」という制裁が待っています。
江戸時代は、幕府維持の財源を農業に頼っていましたが、現在の天理教は、信者からのお供え、お礼、つくしはこびだけです。上級になればなるほど「天理教専従」の傾向が高くなり、お供え、お礼、尽くし運びの減少は自分達の生活を直撃するのですから、納めない教会を「反逆者」とみなすのは当然なのです。更に言えば、表頭領の言葉のように、そういう上納金を「神へのお礼とご奉仕」だとすり替えて教化しているのですから、江戸時代の身分制度より始末に負えません。
勿論、この体制そのものが間違っています。
とはいえ、末端や小さな教会が単独で意義を言ったり、意見を言っても握りつぶされ圧殺されるのがオチです。
まずは、古い教会長さんのアドバイスのように、自分の身を守りながら力(万一のためのお金)を蓄え、上の言うことは馬耳東風でやり過ごし(精神衛生上の健康のため)、同じ立場の者や教会が集団になって上級と対抗できる時が来るまで、教祖様の本来の教えを模索しながら教会運営を続けていただきたいと思います。
不動産絡みの問題がなければ、私のように「被包括関係の廃止」準備をしておくのもひとつの方法です。
Twitter 「天理教教理を学び神意を悟る」さまより転載
【予告】
「サンデー毎日 4月2日号」は、3月20日(祝)発売。
〈集中連載〉
新宗教の「明暗」編 ⑦ 山田直樹
信者100万超 「天理教」〝布教の精鋭部隊〟が奔走
表紙
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/20170402%E8%A1%A8%E7%B4%99%E4%BA%80%E6%A2%A8.jpg
目次
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中吊り
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/170402%E5%8F%B7%E5%8D%8A5%E6%AE%B5_%E6%AF%8E%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E_WEB_OL%20%281%29.jpg
『天理教の「御供え」について』 より転載
投稿者:崩壊 さま
投稿日:2017年 3月18日(土)17時04分54秒
「サンデー毎日の次号は、3月20日に全国の書店で発売されます。天理教の実態が大きな社会問題として注目を集めることでしょう。」
ある方のブログより。
『今回ではなく10年前の教勢調査の話になった
国と大教会の資料の差
教会子弟の離教
教会子弟で17歳未満がいたとしても17歳で別席も運ばせてないようぼくにもさせてない
そんな教会は信者さんの丹精なんてできないんじゃないかと思った
教会が信者さんのお供えで成り立っている以上ようぼくにならないのなら教会から出すのは当然だろうし
(その前にでていくんだろうけど)
親の姿見て喜んでないから信仰がつながらない
でも信仰初代の子弟は違うと思う
初代はある意味自己満足の信仰でその子どもたちは今までの満ち足りた生活が一変したりすることもあり初代の子供が全員お道につながることがむずかしかったりする
うちの初代の子供沢山いたけど3人しか信仰つながらなかった
おばあちゃんの嫁入り道具売ったりろくでもない兄弟だったみたい
旦那様の教会の初代さんも子供はみんな天理教嫌いで墓守さえもしてない
それで旦那様が2代会長になってるということもあるけど
初代は自分で求めた信仰だから理解も早い
でも子弟は?
明日は教会子弟育成者講習
〇〇ちゃんは今のままなら天理高校いってもたぶん信仰からはなれるだろうな 』
中田善亮表統領、なんだか随分とお焦りのようでございます(笑)
【表統領お話 2月27日 第38母屋 9階大広間 「かなめ会報606号」2ページより抜粋】
日々は、お立場の上からご苦労いただきまして誠にご苦労さまでございます。今年も早いもので、二月が終わろうとしています。本当に日だけがどんどん過ぎていくような、焦りのような気持ちがあります。
今年一月の教会のいろいろな成果が上がってきておりますが、一言で申せば全体としては、すこぶる思わしくない数字であります。年祭後の余波とか、考えられる要因は様々あるとは思いますが、それにしても非常に良くない数字でありまして、これは「おつくし」の面でも、人の面でも同様であります。非常に心配をしております。
心配と申しますのは、それによって教勢云々や、あるいは本部の懐具合はどうだとか、そういうことではなくて、こういう状況が続いていけば、それが普通になってしまうと申しますか「仕方がないんだ」というような意識が、私たちのみならず、全教を支配するようになりはしないか、と心配するわけであります。
「ご恩報じや、日々の理であるとか、おたすけの実践など、基本に重きを置いて再出発」ということを申しました。「基本からやり直すんだから、今すぐ成果が出ないのは当然」という一面もある一方、我々には教会を基盤とする教勢の基礎がありますので、何もまるっきり一からやるわけではございません。現有の「ようぼく」はもちろん、教会の周辺にいる方たちの丹精、そして、そういった方たちが動いてくださることも含めて、私たちの「にをいがけ」や、おたすけの実践ということを、とにかく努力を惜しまず勤めさせていただかねばなりませんし、そういう意味ではV字回復ということは当然望みも致しませんし、そういうものでもないと思います。一歩一歩進んでいくしかないと思います。これを機会と捉えて、頑張れる人が一人ひとりと増えるご守護を、何とかいただけるように勤めていくしかないと思いますので、全教がしっかりと一手一つになって発奮していけるような、その先頭に立つ皆さん方であっていただきたいと、大いに期待を致したいわけであります。 (以下、省略)
焦りを隠せない表統領
2017年3月19日 10:07 AM
焦り
年祭後の余波とか
「おつくし」の面でも、人の面でも同様であります。非常に心配をしております。
また「お尽くしと金」のことばかり(笑) 表統領 中田善亮 お前は人の前に自分のことを心配しろ(笑) 全教から 不信がられてるのはお前と 内統領 山澤廣昭 (笑)
最低最悪の両統領(笑) 歴史に名を残せてよかったね。 中山家の血筋が迷惑な異端発言をしたとね(笑) 週刊誌で叩かれるという意味が意味わかってないようだね。 今後他のメディアにも取り上げられて、オウム真理教事件のようにならなければいいけどね(笑)
表統領 中田善亮氏は、暴力団の恫喝と変わらない、「金寄こせ」発言を、マスコミに晒してしまった以上、責任を取って辞任すべきなのではないだろうか?本人は毛頭そのつもりはないのだろうが、宗教団体の長ともあろうものが、間違った教理を信者、全国の教会に向けて発表した、ということは、重大な失態である。信者の人生に重大な悪影響を及ぼし、全国の教会長に対しても、おたすけの方向を誤まらせてしまうことになる。
「サンデー毎日」の記事を書いたジャーナリストの友人の教会長のように、中田表統領の言葉はオカシイ、と不満を漏らしておられる賢明な会長さん方も少なくなくおられるようで、幸いなことであった。
サンデー毎日さんには徹底的にやって頂きたい。中田表統領辞任、本部、大教会解体、でき得れば、そこまで追い込んで頂きたいと思う。
この世で一番重要なのは、案外と「目に見えない存在」であることが実に多いのです。
みなさんは「空気」をご存知ですか?
「そりゃぁ~、知ってるサァ!」とでも思いましたか?
正確に言えば、「今、思い出した」のではありませんか?
いくら水や食糧があっても、「空気」がなければ生命現象は成り立ちません。
ここは、私たち人間も同じですね。
この地球上で一番偉いのは「空気」です。
では、その「空気」って、目に見えますか?
これが答えです。
私たち人間にとっても一番重要で尊い存在である「空気」は、やはり「目に見えない存在」なのです。
みなさん人間は「目に見える存在」に目を奪われすぎており、「目に見えない存在」の意味・価値・尊さがあまりにも分かっていないのです。これが、この世が「目に見えないトリック」を通して人間に学ばせたる「教化」です。
「目に見える存在」に気づくなんてことは、そんなのは幼児にもできます。
「目に見えない存在」に気づき、その「目に見えない存在」の意味・価値・尊さにまで気づいて、その存在に対し自分を同化・同居させることができるか否かが、人間が試され与えられている「成長の本質」なのです。
これができた人間は飛躍的に進歩し成長します。
これが「神仏観」「道徳観」であり、「霊性」「精神性」の役割なのです。
例えば、科学も、化学も、物理学も・・、医学も、生化学も、栄養学も・・、近代に入って、どうして短期間で急速に飛躍的な進歩を遂げることができたのだと思いますか?
それは、人類に「電子顕微鏡」なる道具が誕生し、今まで「目に見えなかった」ミクロの世界が細部まで手に取るように「目に見えるようになった」からです。
人間は、今まで「目に見えなかったもの」が目に見えるようになると、急速に成長し始めるのです。
これは何も、科学・化学・物理学や、医学・生化学・栄養学といった学問の世界だけのことではありません。
人間の人生に関わる「日常生活の中に当たり前にある物事」の中にこそ、この本質が潜在しているのです。
この日常生活の中には、人間を急速成長させるための「目に見えない存在」が無数に散りばめられています。
その成長が、その人に合わせて必ず用意されています。
それはやはり「目に見えない存在」の中にあり、人間が気づいてくれるのを今か今かと辛抱強く待ってくれているのです。
今までは、これは宗教の役目でした。
しかし人間は、宗教がこの人間界に存在する意味にたどり着けた人は極めて少なく、宗教の真意にたどり着くことのできた人間は稀であり、多くの人間は宗教を単なる「自分を救わせる道具」として乱暴に扱ってきたのです。
宗教とは、人間人類に「目に見えない存在」に気づかせ、その意味・価値・尊さを悟らせるためのヒントを与えるテキストにすぎません。
ところが、人間という生き物は、宗教が何だか「自分を救ってくれる良いもの」だと完全に勘違いをして、宗教に学ぶことよりも、宗教に「私を助けてぇ~! 救ってぇ~!」とすがりついちゃう人間ばかりだったのです。
そして、その人間の幼さと弱さを餌にして、世の宗教組織は人間を信者にして囲み、「救う」と言いながら、その人間のすべて(その人の子供や子孫に至るまで)を「巣食う」のです。
本当の宗教を知る人は、宗教組織になど所属しておりません。
この「宗教組織のトリック」を知る人は、宗教組織などには少しも近寄りません。
その「宗教組織」を牛耳る「目に見えない背後存在」の正体を知っているからです。
これからは「宗教ゴッコ」をやって自己満足に浸っている時代はもう終わりです。
もし宗教と言うのなら、自分自身が「自分オリジナルの宗教観」を自分の中に築き、これを『自己責任』で持ち、救いだとか何だとかではなく、「自分で自分を成長させて救う道」を自分の中に見出すべきです。
宗教とはあくまで、自分が歩むべき道筋にたどり着くためのテキストにすぎず、霊学は今までの宗教を超える実学ではありますが、その霊学もまた、自分が歩むべき道筋にたどり着くためのテキストにすぎないのです。
世にはまだ「スピリチュアルゴッコ」に狂奔している方々が多いようですが、霊的なものとは人間を救ってくれる「都合の良いもの」であることは決してなく、霊的なものの役割とは、人間が「目に見えない存在」を通して大事なことに気づき悟れるようにアシスト(assist:手伝い・援助・促進)し、成長する準備の整った人間がより『真実』へとたどり着きやすくするためのテキストにすぎない、ということを知って頂きたいと思います。
ブログ「癌と食養」より
おや様は「神は、あると思えばある、無いと思えば無い、信じる心の誠から見えてくる利益が神の姿や」と仰られた。宗教的な概念から言えば、この世界を支配しているものは「神」と言えようし、宗教的な言い方を避けて言えば、宇宙の法則とか、自然の摂理ということになるのであろう。
神が欲しいのは誠の心、ということは、言い替えて言うなら、誠の心で通ることが、苦しみを少なく、又(悪)因縁という人生の負債、やり残しの宿題を背負わずに生きることができる、最良の生き方である、という、この世界の法則なのであろう。神様が喜ぶこと(この世界の摂理に合った生き方)は、お供え(金)を神様に上げることではなく、自分の人生を誠実に、陽気(喜び)の心、感謝の心で生きることなのだと思う。勿論、人を助けてあげられれば、よりよい生き方になるのは当然であろう。
世のあらゆる真実に気づける人たちというのは、心の奥底、本気で生きてきた人たちであると私は認識しています。人生の諸事に対して本気で悩み、本気で苦しみ、本気で楽しみ、本気で喜ぶ・・、自分で自分を誤魔化さず、自分で自分に嘘を付かない生き方ができている人たちです。自分の心の事実(本性)に対し、また、世間や社会の事実(実態)に対して、自分なりに本気で向き合い、悩み、よく考えて生きてきた人たちです。こういう人たちは、事実の結晶である『真実』に縁(えにし)できる心・意識・認識・素養を身に付けていた人たちです。
ところが、世間には、この真逆の人たちが多いです・・。
自分が悩み苦しむことというのは、自分が今回の人生でそれを見つめ、その答えを自分なりに見出すべき的(人生の本当の目的)なのです。それなのに、自分の悩みや苦しみに対して「なぜ、こんなことが起こるの・・、もう嫌・・」的な文句や愚痴や嘆きしか思えず、感じられずに、自分の悩みや苦しみに対して本気で向き合えないで逃げてばかりいる・・、そんなことだから、自分で自分を誤魔化す、自分で自分に嘘を付いて生きています・・。このような人たちは人様に対して平気で「うわべ」を取ります。それに対して何の罪悪感もありません。それが常識だと思っています。中にはこれを「大人の行為」だと思っている人たちさえいます。自分の本心ではない「うわべ」の言動など、それはただ単に「不実」という「嘘八百の誤魔化し行為」に過ぎません・・。これは、自分の身や姿を小奇麗に飾り守るためだけの「人生の誤魔化し運転」です・・・。
当然、この人間界という場所は危険な諸事が起こる次元世界であり、身の危険に対して自分で自分を守るのは必要な行為ですから、この「うわべ」の言動のすべてがいけないとまで私は言いません。
しかし問題は、そこに何ら身の危険があるわけではないのに、重要な人間関係に対してでさえも、この「うわべ」の言動を平気で当たり前顔して使いこなす人が世に実に多いということです。家族に対して、伴侶に対して、我が子に対して、親に対して、友人に対して、平気で平気で「うわべ」の言動をいとも簡単に取ってしまう・・、そこに微塵も罪悪感が湧かない・・、そんなことは当たり前・・、こういう人たちは完全に「我良し」に固まっており、自分の本性(心奥)が「いい加減」だから、そうなってしまうのです。
心を浄化し、心が澄んでいる人たちは、この手の心の動きと行為を「自分がしてしまうこと」を嫌います。後味が悪く、この手の心の動きと行為を「自分がしてしまうこと」が何だか嫌で嫌でたまらないのです・・。
嘘を付かない人というのは、嘘を付けないのです。こういう人は嘘を付くことができません。それは、自分が嘘を付くことに対して深い嫌悪感を感じるからです。自分が嘘を付くことが嫌で嫌でたまらず、そんな自分が許せないのです。これは、自分の本性(心奥)に「いい加減」が無いからです。
自分の面子(メンツ)を成り立たせるために誰にでも平気で「うわべ」の言動を取り行なう人たちは、自分の本性(心奥)が「いい加減」ゆえ、罪悪感も湧かずに「うわべ」の言動をたんたんと取り行ないます。家族であろうと、伴侶であろうと、我が子であろうと、親であろうと、友人であろうと、簡単に簡単に「うわべ」の言動で誤魔化して済ませるのです。この「うわべ」の生き様が、やがて「自分の末路の質(この先の自分の姿)」を決定付けることになることも知らずに・・。
「うわべ」の人生を生きれば、やはり、最後は「うわべ」しか残りません。これは至極当然の話です。自分の人生の中で常に「うわべ」を積み重ねてきたのですから、人生の最後に「うわべ」しか残らなくで当然なのです・・・。
「うわべ」の人生を生きている人たちは、自分のいざという時に(日常的にも)「うわべ」の人・物事しか自分に寄ってきません。自分の「心の質(本性)」と同気同質のもの(存在)しか自分に寄ることができない・許されない(縁が起こらない:縁起しない)という原理・仕組みがこの世にあるからです。
「縁起」とは、“縁起の良いもの” を家の中に飾っていれば “縁起の良い出来事” が起こるのではありません。
“縁起の良い出来事” とは、“自分の「心の質(本性)」の内容” によって引き起こされるものなのです。
これは完全に平等であり、完全に自分の「心の質(本性)」の内容如何による「自力」の領域になります。
この世には、本当は不平等など一つも無いのです。
「癌と食養」ブログサイト より
脅迫の慰謝料の相場は?|脅迫 弁護士に無料相談
http://www.kyouhakubengo.com/isyaryou
【刑事事件】事件別の示談金相場一覧と示談交渉の|厳選 刑事事件弁護士ナビ
https://keiji-pro.com/columns/38/
示談金、示談交渉出来る場合もあります。悪質かつ繰り返しの脅迫行為であれば慰謝料が高額になる場合もあります。
「教会に参らないと助からない」などの発言や悪質な脅迫(強迫)行為、必要のない行動を強要する強要罪など犯罪(違法行為)はしっかりと証拠を残して警察や弁護士にすみやかに相談しましょう。
※証拠はスマートフォンや音声レコーダーなどで記録する、日時や状況をできるだけ詳しくメモする、多数の被害者の同じような被害の証言など。
中田善亮表統領の発言した「お尽くしは命のつなぎ」という、恫喝とも暴言ともいえる言葉に、ツイッター上でも批判的な意見が交わされていますが、その中でも、是非とも社会学さんに転載したいと思う、非常に卓越したご意見があり、発信者の方に快く承諾して頂きましたので、ここに転載させて頂きます。
【本当に残念なお知らせですが、神様は資本主義者ではありません。
一万円札をお供えしても、神様が受け取られるのは原価の23円分だけです。
残りの9977円分は日本政府が生み出した単なる「信用」だからです。
神様の目指されるゴールは陽気暮らし世界であり、100億円稼ぐことではありません。】
【「おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。」
天理王命を資本主義の価値に乗せた瞬間、天理王命は資本主義の奴隷です。
お金を親神様が、子供である人間からの真実としてお受け取りくださる、という発言のヤバさです。
お金をもらって喜ぶのは、煩悩にまみれた、あざない人間だけです。
私は畏れ多くて口が裂けても絶対に言えません。】
【お金は大社高山の世界支配の道具です。欧州の国際金融資本家が通貨発行権を握っています。
自分の価値を資本主義に乗せた瞬間に、お金に支配されます。
「手段」であるはずのお金を「目標」にしたら大社高山の奴隷です。
「あなたの人生の価値をお金で測るな」です。
天理教の基本は「大社高山取り払い」です。】
宗教団体に強引な献金の損害賠償◇様々な損害賠償問題◇男と女の慰謝料のいろは
http://www.oykrh.net/x16-4.html
宗教法人にも使用者責任が適用される場合があります。その場合宗教法人の代表者が罪に問われる可能性があります。
他人の起こした事件に巻き込まれる?!共犯容疑 | 刑事事件弁護士相談広場
https://www.keijihiroba.com/involved/involved.html
宗教法人(宗教団体)による犯罪(違法行為)に関係していれば信者も共犯です。教唆罪、幇助罪などの罪に問われる可能性があります。
恐喝問題や、警察や法律に詳しい方、回答をお願いいたします。盗られたお金… – Yahoo!知恵袋
http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q1270324997?ccode=ofv&pos=2
質問ですが、恐喝事件などで脅し取られたお金を取り返すにはどうしたらいいで… – Yahoo!知恵袋
http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q133872528?ccode=ofv&pos=1
犯罪(違法行為)の被害者はお金を返してもらえる可能性があります。
しかし、相手側の財産(資産)などがなくなってしまった場合、返してもらえなくなる場合もあります。
相手側にお金を返してもらえるよう、被害者はすぐに警察や弁護士に相談して下さい。
江戸時代はヤブ医者が多かったので神社や寺が精神科の役目をしていた
http://zakkicho.info/496/
江戸時代の精神疾患による犯罪 | こころの病を乗り越えて〜当事者による、回復のヒント〜
http://keyakiza.blogkan.com/?p=712
教祖さまは精神病だった? 宗教と精神病の類似点に見る”聖性”の異常性と正当性 – サイゾーpremium
http://www.premiumcyzo.com/i/modules/member/2012/12/post_3825/
宗教精神病説 – Wikidepia | @wiki
https://www31.atwiki.jp/wikidepia/sp/pages/22.html
木村天山ブログ「 神仏は妄想である 398」 に中山みき・出口ナオの神憑りについて触れられています。その文章の結びが興味を引きます。
精神医学者・ 中井久夫氏の「宗教的「創造の病い」を参考にされて。
『サンデー毎日』本日発売
よみがえる宗教 新宗教の「明暗」7
信者100万人超の天理教で”布教の精鋭部隊”が奔走
▼貸しビル業、スポーツ支援・・・
”多角経営”支える足元は?
教義と切り離せない「スポーツ」
「にをいがけ」で布教を推進
天理教を直撃『”大プロジェクト”完成時期は白紙』
この「直撃」として教団の橋本広満・総務部渉外広報課長に5点聞かれています。
難しい理論は書けませんが、天理教を離れて5年が経過しました。
さんざん悪いことが起こると脅かされたのですが何事も起こらず、楽しいことばかり。所属教会、上級教会、大教会、本部の年祭ごとのお供えもしなくていい。
月次祭での献饌時の足の運びがどうの、こうのと考えなくてもいい。膝歩がどうの。上下の別、先後の別など数え上げれば切りがないほどの作法を悩む必要もない。
そもそも、八咫鏡は教祖の望まれたものでもないと聞いたことがある。先祖の社の鏡も外して社のみ。毎日、水を供えるだけ、月命日に限り、米、故人が好んだもの、水を供えるだけ。手も打たず拝をするだけ。
それだけで故人も喜んでくれているだろう。間もなく私もそちらに行きます。
生活の安全に関する不安や悩みは 警察相談専用電話 #9110へご相談ください:政府広報オンライン
http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201309/3.html
宗教法人による犯罪(違法行為)の相談などにも対応してもらえる可能性があります。
脅迫(強迫)行為、強要行為、迷惑行為などがあれば警察相談専用電話へご相談ください。
以下の3つすべてに当てはまれば名誉毀損の免責になり、刑事罰にも損害賠償の対象にもなりません。
公共の利害に関する事実に関わるもの
公共の利害に関する事実とは、このまま世間に公表しなければ公共に対して利害が生じるような場合です。
もっぱら公益を図る目的があるもの
公益を図る目的とは、例えば、政治家の資質を問うためにスキャンダルを報じたり、会社の不正を暴露するために内部告発をするようなことです。
真実であると証明されること
そして、そのことが全くの事実であり、それが証明できれば名誉毀損の免責となります。
宗教法人による犯罪(違法行為)や迷惑行為は伝える、教える、知ってもらう、情報の共有、被害を防ぐ、被害者を増やさないことが重要です。
「みちのとも」4月号。
井筒梅治郎の巻頭言。増井りん、板倉槌三郎、土佐卯之助、梶本宋太郎の教話の特集。
いつまでも過去の偉人しか登場しない。もうこれから天理教には偉大な布教師は登場しないだろう。
というよりも、登場して欲しくないのが本音だろう。
もし、この過去の偉人達が現在に現れたら、異端者扱いをされるであろう。
本部さん。
教祖の教えは、心を立て替える道。お供えをする(させる)ことが信仰の本質ではないと思うのだが…。
お供えもしなきゃ、本部の人たちが世間で働かないといけないからね。持ち場、立場でしょ
サンデー毎日の新宗教の「明暗」天理教⑦読んだが、正直期待はずれの感があった。スポーツ支援に力を入れていることに、かなり紙面を割いていたが、そんなことより、もっと、教会長や信者に対するお供えのきつい要求が実際には行われていることを、もっと書いてくれ、と読みながら思った。
東京天理教館の貸ビルなどの不動産事業や温泉事業も教団の収入の一部となっている、としか書かれていない。中山家や本部幹部達は高額納税者であり、実際は、中山家や本部幹部などへの個人的な収入になっているのではないかと思えるが、そういうような記述は無かった。
かゆいところに手が届いていないような、表面だけをさすったような印象であった。
教団の広報課長へのインタビューについても、記者の質問に対して、広報課長は無難に取り繕っていたように思われる。
この記事では、残念ながら、期待していたような、天理教教団に対する的確な、痛烈な批判とまではなっていないように思う。
前回と違ってコメントが上がらないのは匿名様と同じように期待外れと感じられたのでしょうかね?!
確かに淡々と書かれているように思って読み流してしまいますね。
35ページ下段「教義と切り離せないとはいえ、スポーツ支援に注力する”体力”が今後の天理教にあるのか否か。前回述べた通り、信者にもっと寄付をさせるよう教会長にハッパをかけた、教団の運営トップである表統領の言説から考えると、その行く手に暗雲が立ち込めているといえるかもしれない。~」など書かれてますが、、、ね。
私は広報課長の『おやさとやかた』の件に注目しました。68棟のうち28棟で完成時期は現段階ではお答えできないと答えてる箇所。この直撃に山田氏は『”大プロジェクト”完成時期は白紙』としているのに注目。2代真柱から始まり、まだ40%とは!!「心のふしん」を「形のふしん」になってしまった時から今日があったのではと、、、、。
広報課長は何とか職責をこなして答えていてこれ以上の答えは無理かなと。面接は真柱あたりでないと。こんなものでないでしょうか。
がっかりしたのは現真柱を「中山大亮」と間違っていたところです。
調査報告 石坂愛「天理市における教団と地域住民間の土地利用をめぐる諸相」是非一読を。(カインさんツィターから)
サンデー毎日よりずっと興味深いです。
mami 様
>調査報告 石坂愛「天理市における教団と地域住民間の土地利用をめぐる諸相」是非一読を。
上記はまだ見ておりませんが、三代真柱は不動産屋顔負けの不動産屋と云われた方です。早川和廣著 天理教・その腐敗と悲劇 第2章の中で『カネと力で土地漁り。「人を救う」はずの天理教が掲げる地上げ屋の看板』というタイトルで土地取引のあざとさが克明に描かれています。
ここには長くて書き込みが出来ませんが、近く「天理教のお供え」の欄に投稿しますので、ご覧になってください。
調査報告を読まなくても大体の想像がつきます。本当に酷い宗教ですね。救われるなんて全くの嘘ですね。信者さん方も早く気付かれて教団から距離を置かれるといいですね。
東風Z 様
時折「お供え」の方を投稿されているかなあと見てます。楽しみにしております。
三島神社移転とおやさと建設との関係でしか見ていませんでしたので驚きだったのです。
調査報告によって全体像がわかり、変に感心してしまいました。何も言うことなしと言うか、、、ただただあきれたと言うか。
100年祭前後の多くの方の不幸をまた思い出してしましました。
>100年祭前後の多くの方の不幸をまた思い出してしましました。
私も思い出しています。親戚の人でその当時(100年祭の頃)布教所をしている人が天理教絡みで自殺しました。
初代会長(祖母)の姪でした。亡くなる一か月くらい前、この世と、また関わりある人との別れを覚悟したのか懐かしげにふらりと私の家に突然訪ねてこられ、その後の予期せぬ不幸でした。
何があったのか・・
100年祭への「お供え」として布教所から教会へ格上げするべく、所属教会から相当の圧力を受け、また家族からは猛反対を受けていました。上級教会、大教会からの相当の圧力、猛反対する家族。両者との板挟みの末の結末でした。(土地・建物名義を教団にお供えせよとの圧力もかなりのもので、その意味でも家族は大反対でした。)
「陽気暮らしをせよ」と親神より命を頂きながら、陽気暮らしを目指す教団組織によって、一つの命が抹殺された。教団に殺されたと言っていい。私は聞いていないが上級・大教会は娘たち家族に対しこの自死をどう慰めたのか?私にとってこの教団は不信感以外の何物でもありません。
mami ご返信ありがとうございます。
この書によりますと、教祖百年祭の前年の昭和59年1月5日は本部直属教会長による年頭会議が開かれる日でした。この日の朝、天理教肥長大教会長は、詰所において首つり自殺をされている。
また、山名大教会では教祖100年祭の3年千日の間、毎日100万円をお供えしようと部内教会に発破をかけています。その結果、昭和59年10月25日に静岡県の鮎ヶ瀬分教会長が詰所から飛び降り自殺を図っておられる。
この日は、東礼拝場落成の日であり、前日の24日は親神が人間を宿し込んだ地とされる「ぢば」の証拠である「かんろだい」据かえの儀が行われ、翌々日の26日は立教の祈念を祝う天理教の三大慶事が重なった、とりわけお目出度い日であった。
とあります。その他にも教会長による銀行強盗事件や自殺事件が相次いだのですが、教団渉外課は、これらの事件について、個々の問題とすげないコメントを出すばかりでした。
人を炊けることを標榜しながら、教内にある人すら助けられなかった教団に、人助けなどできるわけがないと思うのです。
既にご存知のことと思いますが、三代真柱は三島神社移転問題で橿原神宮宮司との会談で、移転を思いとどまって欲しいとの要望を蹴って、信者が減っても構わない発言までされているのです。
このような宗教に何時までも関わっている必要性など、さらさらありません。
皆さんも十分にご留意ください。
「人を炊けることを標榜しながら、」を「人を助けることを標榜しながら、」に訂正します。
嫁の実家が天理教の分教会で、現会長就任から半世紀近くたつ。
嫁以外の子供たちは、みな矛盾に満ちた境遇に嫌気がさし、それぞれ独立してからだれも実家に近寄ろうとしない。
宗教などそれまで見向きもしなかった私だが、嫁と一緒になり、約10年前であるが、修養科に行った。
ツッコミどころ満載の本部組織の間近で生活したわけだが、振り返れば、それはそれで楽しい三ヶ月だったと思う。
それから10年。
気づけば教会とは距離のおいた生活をしている。
大教会長は毎月給料をいくらか知らんが定期的にもらえる生活と知り、役員は死ぬまで交代はなく、交代しても世襲制であり、末端の教会長や布教所長は、派遣かパートの仕事を兼務しながら、教会の活動に勤しんでいる。
中には世界を飛び回るビジネスマンもいるけど。
なんの宗教組織も、お金がなければ存続出来ない。
幽霊が出そうな墓場が敷地の脇にあり、寺の本堂もボロボロ。僧侶の袈裟も色あせ、みるからに小汚い人間が仏像に向かって木魚をポクポクしながら念仏を唱えている。
そんな場所へ、助けて貰おうとすがりに来る者がいくらいるだろう。
どちらかと言えば、小綺麗な建物、小綺麗な身なり、口を開けばトンチが効いた小話をしてくれる人のもとへ行きたくなるのでは。
私が教会と距離を置いたきっかけは、こちらは身内として相手をみていたが、向こうは、信者の一人としてカウントしていたこと。
冗談じゃない。
義理であれ親としてみるが、また、人生の先輩として言葉に耳を傾けるが、理の親視点の教理なんぞ、ありがたくもなんともない。
どこの世界に、当然のように子に金をせびる親があろう。
親が病弱で、それでも仕事はするが、生活費が足りず、やむを得ず幼い子供らが新聞配達とかして生活費の足しに働く家庭はあろう。
そのとき親は、ありがとう、ごめんね、悪いね、と思うんじゃなかろうか。
それがないと感じるから、みんな腹を立ててるんだろな。
個人的には、天理教であれ何の宗教だろうと、信仰するのは自由だと思う。
だから、これが絶対正しいとは思わないでほしい。
なんか脈絡ない文章ですね、ごめんなさい。
最後に、天理教組織は否定する人間です。
春秋の大祭時とそれ以外の適時に大教会長なり世話人先生がお入り込みの際は、正に江戸時代の殿様並みの扱い。
大教会長様がお越しですとの一声(大教会長様御成り―)で、会長以下役員が金魚の糞そのままに、ぞろぞろと後ろに付いて神殿へ。参拝は大教会長の四拍手に続いて一斉に追随。三殿を参拝後、エアコンの効いた客室まで、また、ぞろぞろ。
更に、その場で会長の丁寧極まる挨拶が長々と続く。その間、金魚の糞同様の役員連中は平身低頭。
お入り込み人の「本日はようこそお勤めくださいました」の挨拶が終わると、会長がお入り込み人を先導しながら神殿へ。その後ろを式典の三役はじめ、部内教会長、役員がこれまた金魚の糞同様にぞろぞろ。
そして、直会(宴会)に際して、御婦人方は着物に着替えての接待。
直会(宴会)も終り、さて、お入り込み人のお帰りになった。会長以下大勢の役員・信徒が万歳三唱でお見送り。
そして、ようやく長い半日が終わるのである。
遠い昔の思い出です。
このような光景をみてどれ程の人が、さすが天理教だなー!と思うだろうか。
このような、行き過ぎた歓迎、接待は止めるようにとの真柱の鶴の一声が何故出ないのか。不思議な世界だ。
櫟本分署で、冷水を浴びせられる拷問を受けた教祖の足跡をどのように受け止めるのか。真柱以下の教団幹部は、二言目には教祖にお喜び頂くというのであれば、一度、真冬に裸になって冷水を浴びられては如何か。ぶくぶく太った両統領がエアコンの効いた部屋で、ハッピを着用して教理を説いても何の感動も湧きませんね。
匿名
2017年3月23日 9:15 PM
サンデー毎日の論調がどうであれ天理教教会本部が教祖の教えに反してるのは曲も無い事実、表統領 中田善亮 は特にですが、内統領も雁首そろえて罷免と教団追放されるべきである。それが何故出来ないのか?つまり中山教である事は明白である。最近天理市内でも「本部が破綻するで~」「本部はおかしいのちゃうか?」等と良く耳にするようになった。どんなに抑えようと思ってももう止められないところまできているのであろう。これは教無いだけでなく商店街の教外の人でも見切りを付けた発言が見られる。「天理さんは天理さんやめたんかい?」という言葉も聞かれる。商売人は表立っては言わないしかし、街中では本部の悪行で持ちきりである。
本部はもみ消せるとでも思ってるのか? 表統領 中田善亮 の教義改竄 乗っ取り未遂事件 などこいつらなに考えてるん?(笑) 唯でさえネット時代になったのに 中山様偉いなんて誰も思わんて(笑)
以前天理時報でもネットのウソ情報とか書いてたが、天理時報の方がウソついてるやん(笑)もう本部の信用も中うなったな 親神 教祖 信仰してないしな(笑) はよ潰れたらいいわ(笑)
教団の上層部は、何でも人にやらせることに慣れていますから、自分でパソコンを操作出来る人は限られているでしょう。
いくら人に監視させていても、監視役の人が、我らと同じ思いを共通しているかも知れません。
残念ながら、裸の王様たちは何も判っていないまま終焉の時を迎えるのかも。
それとも、問題意識を持った改革者が本部に現れるのか。
財政破綻目前の本部、法人乗っ取り未遂など違法行為を行い 表統領は 「お尽くしは金」と意味不明な発言をするほど本部は終焉の始まりを迎えている。各系統でも拡散されその噂しか聞かない。本部も本当に終わった。
東風Z様が投稿された、大教会長などの入り込みの方々に対する接待の有様は、馬鹿馬鹿しくも滑稽極まりない、江戸時代の戯画である。それを又、皆が真剣にやっている、というのが、井の中の蛙の、この教団の異常さを表している。
「一列兄弟」という言葉は既に、上層部のお偉い方々にとって、もう何の意味も無い言葉としか思えない。エアコンの効いた部屋で、高級菓子や玉露を飲食しながら、「貧に落ち切れ」と平気で言えるのだろう。彼らにとって、意味の無い言葉を、冷めた意識で信者に向かっては発しながら、「たすけて頂くために、ご恩報じ、お尽くししましょう。」という言葉だけには、俄然力がこもることだろう。
理念の無い教団が、いかに内部風化し、上下の位置関係だけが堅固になり、お供えの確保、信者獲得にだけ狂奔するものか、天理教はそれのいい見本となっている。
東風Z 様
「お供え」投稿読ませていただきました。ぜひ、この投稿を多くの方が読まれることを願います。
本当に100年祭は大きな意味を持ちますね。30年の時間の流れ中で今の凋落の姿がある。そう思います。
私は自分自身のいろいろな矛盾した面によく悩んできました。何とか統一した自己を獲得しようと生きてきました。
だから不思議で今一、どうしてもわからないのです。
教団上部の方々は自分たちの「乖離」にどう処理しているのかが。それとも乖離など感じていないのか?どうしてもわからない。
「ご恩報じ」などの言葉には私はついていけません。(私は「恩」と言う単語は駄目なんです。)それを口にするのですから親神、教祖へのそれこそ「ご恩報じ」は
社会に世界に「具体的」に教祖のように手を差し伸べることでしょうに。本当によくわかりません。
mami 様
横から失礼します。
私も天理教の教理と現実の教会組織、みかぐらうたの内容と説かれている講話の内容に矛盾を感じ、自己矛盾を繰り返しながら、教祖様の真実の教えを求め探り続けてきた一人であると自負してます。
教団上部の方々が「乖離」に気づいていないはずが有りません。特に教祖様の事を直接知り、話しを聞き、雛型を見てきた歴代真柱は自己矛盾に陥っていたのではないかと考えます。
その答えは、歴代真柱の「寿命」に影響していると思わざるを得ません。
初代は49歳、二代は63歳という短命に終わっています。
教祖様の教えを知りながらそれを伝えず、現実の教団の在り方に乖離がある中で責任と重圧を感じていれば、当然の結果だと言えるのではないでしょうか?
三代は80過ぎまで生きられましたが、周囲の方の証言通り、凡庸で悩む事が少ないお方だったようですので、日本人の平均寿命まで命だったのではないかと考えられます。
手元には資料がありませんので、過去の両統領や重職に就いていた方々の寿命までは不明ですが、主な大教会まで範囲を広げても、100歳を越えて生きていた方は居なかったのではないかと思われます。
「人間はひとすじ心」が持って生まれた性ですので、裏切りや隠ぺい、嘘や誤魔化しの人生を歩むと、命を縮める事に繋がると思案させて頂きます。
匿名 様
ありがとうございます。そうかもしれませんね。
一つだけ訂正させていただきます。私は匿名様と違って、「自負」など持てないジグザグの恥多い半生を生きてきましたので。ただ、中山みきの「世界いちれつみなきょうだい」「女松男松へだてなし」に深く共鳴し生きてはきましたが。
二代真柱が女好きだったのかは私は直接知ることはできませんが、いろいろな方の投稿読むたびに「中山おあい」氏の短い人生を思い浮かべたりしました。2代真柱にとっては再婚ですがおあい氏は初婚。内実は知ることが出来ませんが何故か「2代真柱女好き、隠し子もいる」等の投稿を目にする度に。
また今回、現表統領の美人局云々の投稿ではこの方の奥さま(顔も名も知りませんが)はどうされているのかと~。
教団は本当に男性社会に思います。この面からも教理からずれていると思います。
二代真柱は再婚していたんですか?
二代真柱50年祭ですね、後継者の結婚式もあり
又お供えですね・・・
二代真柱50年祭に大亮さんの結婚式ですか・・。来年は立教180年ですね。
我が大教会でも、今年は大教会の〇〇年祭、いろいろ行事ごとありそうです。その度にお供え請求されるでしょう。お金がいくらあっても足りません。
行事の度に、全国の教会にお供えを要求するのは、いい加減に止めて貰いたいものです。そんなに金をかけて行事を盛大にする必要があるのでしょうか。部下教会が疲弊しないよう心配りしてくれるのが、「親」というものではないでしょうか。「各教会でそれぞれに祝ってくださいね。」それで充分なのではないでしょうか?
上記の皆々様
いいコメントを有り難うございます。
天理教団には、「反省」という概念も言葉も持ち合わせていないのでしょうね。
何をしなければならないのか。それは過去の有りようを何もかも「ぶっちゃけ」る以外にないのかも知れません。
その勇気が問われているだけです。今更、研修会だ、講習会だ、などと言っている限り従来のものの付け焼刃に過ぎないと思います。私が所属していた教会ではないのですが、知り合いが就任している山あいの小さな教会の会長さんの次の言葉を、教団本部はどのように受け止めているのでしょうね。
その教会長さんの言葉「若い人が居ないんだよねぇー」ですよ。
カネ、カネ、カネ。カネが敵(かたき)の世の中とは、言い得て妙なる言葉ですね。
天理教って集めた金を人の為に使わず、詐欺師と同じことをしてて、そのことに気づかず盲信している人も罪な生き方をしているように思うのは私だけでしょうか。
「中山みき研究」の本を読んでると、秀司は教祖の家の普請のために集まった金をネコババして材木を踏み倒したり、たまゑは竈の灰まで自分の物やと豪語していて、それを見ていて何もしないみき自身もどうなのかな~とみきの周囲の人間って信用できる人はいなかったんじゃないかと勝手に思ったりしてます。
洗脳されている人は、お供えを生命の繋ぎと本当に信じている。切ったら切られると信じている。
50年も間違った教えを信じてきた人は自分が間違っていると気が付こうともしない。
本当に怖い ことだ。
うちの上級会長でもそのように信じ込んでますからね。「お尽くし」は神様に対する感謝の気持ちを表すことだそうです。神様につないでおくことは大事なことなのだそうです。感謝の気持ちをお供え、お尽くしと、形にして差し上げなきゃ、へそを曲げて、人間を身上にでもするというのなら、人間と変わらないような、横暴な神様ですね。
元の理で、神様は、人間の陽気ぐらし(遊山)を楽しみたいと人間を創った、と教わりました。それ以外に人間創った理由は何も無かったですけどね。人間が、陽気に幸せに生きてる様を見られたら、それだけでお喜びの筈と思案させて頂きますです。親なら、そういうもんだと思いますしね。
天理教は軍国主義に協力し、信者を洗脳した歴史がある。今も洗脳し続けている。
(某氏のフェイスブックからの転載です)
天理教は先人達のご苦労と応法の道を通ったがゆえに良い事と悪い事に利用された時代もあることに若い人には知られていない。
ある日、戦争中のおぢばの記事を見た、天理教教会本部を中心におぢばは軍事基地となっていた時期がある。
太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷であり、日本軍 初の特攻兵器「回天」の乗り組み員を育てたのもおぢばから死地へと見送った時代もあった。
1943年(昭18)年12月1日、三重海軍航空隊奈良分遣隊は約1万人の兵舎として天理教信者詰所等を接収してそれを任せた。
飾東詰所は軍需工場に、船場詰所は第1兵舎に、湖東詰所は通信講堂訓練所に、現おやさと各館が建つ場所には士官宿舎、旧高知詰所の東部分と現本愛詰所から南にかけて分遣隊関係病院、旧高知詰所、現天理大学体育学部学舎には第2兵舎、現天理大学体育学部のグランド一帯は練兵場、旭日詰所は第3兵舎、撫養・兵神・旧南海・水口・河原町の各詰所第4~第8兵舎、旧南海・水口・河原町詰所は練兵場、※天理本通り三島町の現本芝詰所では憲兵隊舎(信者を取り締まった)、天理本通り河原城町の天理教会郡山詰所は陸軍病院、天理教校校舎は第二一兵舎(北側の運動場は練兵場)、天理中学(現天理高校)の南側と東側には第七、第八練兵場、第七、第八練兵場は作 業の中心は天理教信者のひのきしんによるものらしい。天理中学校は軍需工場へ校舎地下 室と一階に開設。魚雷の部品等の製造に生徒が従事。高安大教会信者詰所の一部を分遣隊第二本部に、天理外語専門学校運動場も練兵場へと・・・
そのおぢばに赴任したある兵士の手記によると予科練生活は教官や先輩からも、ややもすれば鋭い罰直の鞭が飛んでくる。それは、声の出し方、話し方ひとつについても、同じで、声が小さければ、「聞こえん、やり直し」で何回も発声させられる。意地の悪い先輩には、理由もなく殴るのは朝飯前、出身地や名前などにも何かと因縁をつけてはいびるのがいた。朝起きて早くきちんと着替えをすませ、夜床について休むまで、何でも自分一人できれいにできなくてはならない。例えば衣服を綺麗にたたんで就寝すれば良し。もし、そうでなければ、容赦なくたたんだ衣服を崩される海軍名物が待っている、五分前というのは、起床時間に限らない。何でも五分前、集合するのでも何でも。その規律が守れないと、罰直が待っている。これがただの鉄拳であればまだいいかもしれない。それが文字通り、バットでスイング。
これ見た時、専修科時代を思い出した。
もしかしたら、専修科の軍列行進とかこの時代の名残なのかな?って思った。
おぢばが今ある形になるまではさまざまな時代の移りによって右往左往され、その陰で生きた信仰信者のご苦労ははかりしれない。しかし、時代とは辛いものでそんな奔走されたひとりひとりの信仰の物語は誰にも継がれることなく埋もれてしまっている、道の成り立ちも大事だが、天理教を何よりも支えたのはそんな名も知らない誠信仰を持たれたようぼく先人達であることを忘れてはいけない。
こかんさんの十三峠越えは、借金返済旅だったと本部員の妻が言ってました。事実を完全に布教美談に捏造してます。
私の実家が所属する大教会は、10年後には分教会が10ヶ所消滅ですって。今も分教会長婦人が名前貸ししたり、事実上の教会運営なし。
その現実を見据えず、年祭や創立の式典にむけて、大教会の経年劣化エアコンの入れ替え及び、神殿にエアコン導入希望。二千万円必要だとか。
この大教会、会長家族しか暮らしてないんですよ…
来賓で呼ぶ中田さん等、本部の人達に対する見栄だとしか思えません。
こやま 2017年3月31日 8:54 PM
その借金は、秀司の借金ですしね。秀司は 野菜を売って生計を立てていた。とありますが、本当は大阪で米相場博打打ってましたしね。これも捏造
因縁納消と偉そうに言っているが、一番因縁納消しないといけないのは、中山家です。
近親相姦の連続で未だに大亮でも近親者との結婚、因縁納消なんて考えてもいない無信仰者達それが教団本部の一部中核の本性 汚れた魂はまさに中山家でしかない!反省せずに他者だけに文句を言うは共産主義国家の上層部と何も変らない危険思想、経済面で逼迫して法を逸脱し始めたその集団は反社会性集団としてカルトと認定される日は遠くは無いでしょう。
堂島米会所
https://goo.gl/m77JlA
古い教会長 様
ありがとうございます。
そういう具体的な事実や事例は大変参考になります。
以前、自教会の古い書棚から見つけた昔の冊子の中に、
・「概観天理教」昭和18年4月発行
・「教典衍義新講」諸井慶徳、昭和18年1月発行
というのがありました。
戦争真っ只中の日本でこんなモノを発行する意味が分からなかったのですが、天理教が積極的に戦争に協力したという話からも、こういったもので教化を強め、本部が進んで信者を戦地に送り込んでいたのではないかと推測されます。
「概観天理教」は、教典(明治教典)と教祖伝と教会発達史と年表が一冊に纏まったものですが、満州・支那・南方伝導などの記載もあり、国威発揚と意気軒昂に大いに役立ったように思われます。天理教の歴史を知る上でも大変興味深いものでした。
古い教会長様
「須藤花井」さん記事では、私の記憶の補足をしていただきありがとうございました。
東風Z様(2017年3月16日 5:45 PM)
秀司は博徒でならず者様 (2017年4月1日 11:32 AM)
勾田村人別帳に「そよ」なる女性名が見当たらないのでないか、という疑義のお話、
興味深く読ませていただきました。史料集成部が非公開扱い(寄贈者に対しても!)に
してしまった理由は判らなくもありません。
その関連で言うと、地方文書(土地の行政等に関わる古文書)の中に、秀司様に
都合の悪い内容が残っている可能性も否定できませんね。史料集成部もそれに
気づいているのではありませんか。
「不燦然探知簿」についても、『復元』に公開されたものについて、その
内容を把握することが出来ますが、実際はどこまで公開されているのでしょうか?
匿名様(2017年3月29日 3:53 PM)
御長命といえば、増井りん先生(97歳御出直)くらいしか思い当たりません。
私の祖母(1902~1997)は、大正の終わりころに、本部でお見掛けしたと
よく話していました。
「須藤花井」と「島村ヒサノ」
以前 須藤さんの著書で「月よりの神言」について書きました。
須藤さんは、この本の原稿は「高知大教会の島村ヒサノさんが持って来てくれた紙に書いた」と話していました。
島村ヒサノ姉は、須藤さんに次のように話したそうです。
「私ら小娘の時から、先行ったら神さんは高知から出て来ると聞かされてきました。貴方がその神さんです。
神さんの話すことをこの紙に書いてください。」
この様に話して白い紙を束にして置いて行ったそうです。
神さんが話してくれた事を「島村ヒサノ姉」が届けてくれた紙に書きためて本にまとめたものが「月よりの神言」だそうです。
詳しい事はわかりませんが、「島村ヒサノ姉」は本部員の娘の立場から高知大教会へ嫁がれた方のようです。
そして、「須藤花井」は高知県出身です。
「須藤花井」は、「面足命」であり「おふでさき 3-85 4-35 5-49 しんじつの神」であり「みかぐらうた3-10 じつの神」だそうです。
「月よりの神言」の内容は終末予言というものでしょう。「おふでさき」と基本的に同じです。
そして、「須藤花井」の存在を確認できる人達は、中山善衛や夫人、ヒサノ姉などおや様存命中から繋がる本部のごく少数の人達だけでしょう。
このごく少数の人達は「おふでさき」の核心について知っていたと思われます。
しかし、中山善衛や夫人、島村ヒサノ姉も既に鬼籍に入られてしまった。
今では、本当の事を知る人々はほとんどいないのだろう。
飯降家や上田家では今でも密かに伝えているのだろうか。
仮に知っていても口には出さないでしょう。自殺者が出るほどですから。
「須藤花井」は三島神社について次のように話していました。
第3次世界大戦に日本は参戦しない。しかし、外国から攻められる。
日本の宗教施設は全て攻撃目標にされる。
本部は攻撃を受けて破壊され大きな穴があく。
三島神社もあそこに在ったら壊れてしまうから今の場所に移動して良かったと神さんが言っている。
大きな穴は池になり真ん中の島に「かんろだい」が建つ。
島に渡る橋が掛けられ、その橋から池を見下ろすと池の面に自分の前世が移る。
自分が前世に何をしたか映る。
これが本当の鏡屋敷だ。
「須藤花井」は、かんろだいも陽気ぐらしも鏡屋敷も全ては大掃除の後の事だと話していました。
現本部員や要会の面々は、本当の事は全くわからないのだと思います。
大事なのは目に見える事だけ。「札束」
天理教教団は、神が見えない愚か者の集団だと思う。
大教会長からの通達事項、
〇〇大教会にて、創立〇〇年には、真柱様・奥様、大教会の全名称に繋がるおつとめ奉仕者さらに、未来のおつとめ奉仕者全て、大教会神殿に結集して、「たすけづとめ」をする、ということで、一斉巡教に変え、「おつとめ推進員」を派遣するとのことですが、説明の箇条書きの中に、下記の文がありました。
・「おつとめ推進員」への御礼及び交通費は一切不要ですが、食事の世話はお願いします。ただし、食事は別室でなく皆と一緒にお願いします。
こちらのコメントやお供え掲示板などで、「巡教」に対する、末端教会の経済的苦境を、大教会長が目にしたのでしょうか?若い熱心な会長らしいですけど・・。
匿名様。
とても画期的なことです。
その、交通費は大教会持ちなのでしょうか、まさか推進員持ちではないですよね。
創立〇〇年の当日も、真柱様・奥様にお礼はなしで、食事は別室ではなくて皆と一緒だったらいいですよね。
古い教会長様
そうですね。今までそういう例が全く無かったのなら、画期的なことですね。これが今後も続けばいいのですが、大教会創立〇〇年ということで、大教会長さんが、気持ちが大きくなっての、今回だけのサービスで終わるなら、がっかりですけど。
しかし、推進員さんが来られて、御礼、交通費、要らない、と言われても、こちらとしては、全く何も渡さないという訳にはいかないでしょうし、やはり、気持ちばかり、と、いくらか出さざるを得ないのじゃないでしょうかね。
匿名様・古い教会長様
どこの大教会か知りませんがそう言うことは部下が行くときでなく、自身が行くときに言ったのだったら確かに画期的ですが
部下にそうしろと言うのは逆に特権意識をひけらかしているように思うのはひねくれ物の私だけでしょうか。まあ少しは前進と言えないことはありませんが・・・ 横やり失礼しました。
八町四面様。
>どこの大教会か知りませんがそう言うことは部下が行くときでなく、自身が行くときに言ったのだったら確かに画期的ですが。
確かに、そうです。自分が身を切る事をしないと、人は動いても、心を動かす事は出来ません。
部内の会長の心を、掴んでいる大教会長が、はたしてどれくらいいるのでしょうか?
いきなりごめんなさい。詳しくは分からないですが、今までは必要なはずだったのに「お礼や交通費はいらない」ということになったのは、お金のことになると脅迫罪や強要罪になる可能性があると相手が知ったからなのでしょうか?
さあ、どういうことで大教会長さんが、そういう決定をしたのか分かりません。今まで部内教会にばかり払わせてて反省した、なんて書く訳ないでしょうから。(笑)まあ、今後も続くかどうか、様子見ですね。大教会創立〇〇年祭では、どうせ、全ての名称から、盛大にお供えが上げられるでしょうし。
もっとも理想的なのは、天理時報やみちのとも誌上で「巡教等をいっさい廃止する」と、真柱が正式に宣言することだと思います。(10月の真柱神殿講話での発表ならベストだが)
普段末端教会のほとんどは、毎月上級や大教会に月次祭参拝しているのですから、なにか伝えたいことや学ばせたいことがあるのなら、末端教会長や信者が上級や大教会に集えばいい話です。巡教員がわざわざ狭い末端教会になんか来ないで、逆にみなさんが来てくれれば楽なんじゃないですか?それで十分なのではないでしょうか?もっと楽なのは「巡教のお話をネット配信(見逃し配信あり)」ですが笑
巡教員である会長は上級の会長とは違う会長が任命されてわざわざ来ます(うちの系統の場合)。巡教のある月は、巡教員に対する御礼と、上級会長に対する御礼が二重に発生します。全く意味が分かりません。なぜ上級の会長が巡教員として兼任で来ないのか?上級の会長が兼任して来てくれるのならわざわざ別のお供えをしなくてもいいわけですから。しかもいまだに巡教員には(もちろん上級の会長にも)別火別鍋の接待をしているところも多いと聞きます。
それをわざわざ立場の低い所に偉そうに赴いて、暗黙の了解で、御礼、交通費、食事等「忖度」せざるを得ない状況をつくり、上納金を発生させる悪習がうまれた動機は「世間で働いていないいわゆる道一条という人々に対する無理やりつくりあげたワークシェアリング」としか思えません。要するにただの「金銭欲」ではないでしょうか。
だいたい天理教には不可思議な悪習が多すぎます。大教会長から印鑑をもらうだけなのに、いちいちなんで御礼(うちの系統は3000円)が発生するんでしょうか?なんで「いりません。貴教会の活動費としてお使いください」と言えないのでしょうか?バイトひとつしたこともなく、右から左にお金が流れてくるのが当たり前の育ち方をすると、3000円(私には大金)なんて二束三文の小遣い程度にしか思っていないのでしょうね。部下教会の苦しみを慮れない人間(大教会長)が「ひとだすけ、せかいだすけ」ができるわけありませんよ。
創立記念祭ともなれば必ずといっていいほど通常のお供えとは別に、茶封筒が作成されます。
それも、役員会で決定した様に装うていますが、発案するのは当の大教会なり、上級教会です。それを持ち帰った会長が、さながら自分の発案のように見せかけて、今日あるのも親神、教祖はじめ上級があったればこそなどと恩着せがましくのたまい、既に作製した見本の茶封筒を役員に配布して、これを皆さんに配布させていただきたいが如何可と諮るのだが、このような茶封筒を見せられて止めときましょうなどと言えますか。
本部の年祭、大教会の年祭、さらには上級の年祭と重なると、二つの封筒があることが起きる。
通常のお供えの金封、年祭のお供え茶封筒が二つ、お鏡料の金封と四つの封筒があると、さすがに何とかしてよと言いたくなる。
一つ一つの封筒に、さも重みがるように神殿講話が行われる様は、宗教というより丸っきり別の世界の話だ。
このような宗教を信じていたことが悔やまれる5年以前の体験談です。
(偶然見つけたFBの記事です)
今朝、早くに所用で二人の教会長に電話した。
一人は、これから仕事に出かけるというから、用件だけ伝えて今晩その返事をもらうことになった。もう一人は、パートに出かける奥さんを車で送る途中ということで折り返し電話するとのことだった。
これが今の本教の現実だ。もちろん、朝づとめ後、多くの信者とともに布教に出る教会もあるだろう。部内教会の月次祭や信者の宅祭へ出かける道専務(本教の専務)の教会長夫婦もいるだろう。
ところが、本教には「事情働き」という言葉があり、また一方では「道一条」「道専務」という言葉がある。
ネット上で「事情働き」を検索すると、出てきた。
「事情働き(じじょうばたらき)とは、天理教信者が社会に出て働くこと。天理教では天理教に専念していること(道一条)が素晴らしいとされている。しかし、中山みき教祖は本業(自分の職業)をしっかりやれと教えていたので、本来天理教に専従せずに仕事を持つことは悪いことではない」。
ところが本教の空気は「道一条」が素晴らしくて、「事情働き」はその対極にある言葉として使われるので、「素晴らしくない」という意味だろう。
そして、事情働きをする教会長夫婦はおそらく全教会の半数近いだろう。本教中枢が次の年祭へ向かって、この現実をどう捉えて、どんな新しい手を打つか、大いに期待して早い段階でその方途を示してほしい。
先日、メッセージを送ってくださった本教本部在籍者の
「教会の窮状と言われますが、頑張っておられる教会も多くあります。窮状に陥っている教会は、全てとはいいませんが、そのの使命であるにをいがけ・おたすけが滞っている姿じゃないのですか。真剣に使命を全うすれば、教会の窮状なんて有り得ないと思います」
は、日当たりの良い場所にある一部の「木」の繁茂を見て、「森」を語る、無知な都会人に思える。
しっかりと現実を見てほしい。
(偶然見つけたFBの記事です)
近頃、本教に妙な動きがある。古い「道の友」が消えている。見ること、読むことができなくなったということだ。
誰かが意図的に回収しているかもしれないという噂を聞いた。
友人が過去の「道の友」を読みたいと道友社や天理図書館やその他関係各所に問い合わせたところ、「ない」と言われたり、閲覧を断られたそうだ。理由は聞かせてもらえなかったという。
幸い別の友人の教会には、創刊号からすべて揃っていた。早速、読んでみると興味深い記事がいろいろある。中には、今の本教には「不都合な真実」となるかも知れないなかなか面白そうな記事もある。
「これか!」と頷けるものもある。なるほど、もし、私が本教の中枢にいたら、回収したくなる内容のものも見つけた。
残念ながら私は本教の中枢にいないので、回収に協力するつもりはない。異端でもないので、殊更声を上げるつもりもない。ただ、全国の御用に励む教会長さんや布教に勤しむおたすけ人の皆様には、ぜひ読んで欲しい。勉強になる。
大教会長の印鑑の件ですが
私の友人が子供を天理高校に受験させようとし
忙しく仕事が休めない為、所属の会長にお願いしたところ上級、大教会すべて
本人と親がお願い(お礼?お供え付き)に行かないと印鑑を押せないと言われ受験を辞めました。
ただでさえ少子化で子供が少なく学校にも天理教以外たいした特徴もないのに(スポーツも吹奏楽も昔みたいに強くない、2類もたいした大学にいけてない)
最初から親を別席運ばせどこの所属か決めるのではなく、誰でも受験できるようにして
3年間学校に通ううちに天理教って素晴らしいなと思ってもらえるようにすればいいのに、
数少ない天理高校受験を希望する子供を天理教の組織がつぶしている。
もったいないですよ。
私学は入学してくれる生徒がいないと潰れます。いちれつ会が使える生徒ばかりでは運営できない。
(偶然見つけたFBの記事)
★反響が凄かったお話〜
3年前の『誰も知らない事実①』〜ノンフィクション(勝手ながら敬称は省略します)
2013年5月3日、大阪シンフォニーホール。
大阪教区おうた演奏会は1700の観客席を埋め尽くして開催された。
当日そのホール玄関で、スリムで長身、ダークスーツをスマートに着こなした責任者・Ntと彼の参謀のTuは、ホールの全扉が閉められ演奏が始まったのを見届けて、ホールの玄関から出ていった。
定員は1700名のシンフォニーホール。チケットの販売と頒布枚数は2000名分、その全員が当日ホールに足を運べば、300名が溢れる。これは大問題である。かといって、1700名分のみ販売・頒布すると多くの空席ができる可能性は否めない。つまり、何枚販売・頒布するかは過去のデータから割り出す統計学であり、予想であり、賭けである。
入場者は1697名。読みは的中、パーフェクトな数字が出た。阪大数学科出身のTuの計算が的中した。賭けに勝ち、ホッとした2人の仕事は終わった。
「責任者がどこへ行くんや!」「今始まったばかりやろ!」2人の後ろから、本部から送り込まれた2人の本部員・NとMがそう怒鳴った。
「わしらの仕事はこれで終わったんや、せやから2人でコーヒーを飲みに行くんじゃ!」
Ntはこう言い放って後ろも振り返らずに出て行った。
この日朝早くから、少しでもいい席を取ろうとホール前には観客の長蛇の列ができていた。
この列を見て、NtはTuに「大丈夫か?」と何度も聞いた。Tuは「大丈夫です」そう答えるしかできなかった。
そこへ例の2人の本部員が開場数分前にやってきて、「300名も溢れたらどうすんねん!」「責任はお前が取れよ!」と冷酷な表情で言った。この2人の本部員は、何か問題が起こった時に本部にその被害が及ばないように、「責任はお前らやで、本部は一切関係ないで」と念押しにやってきた。2人は本部からの伝言を運んできた「忠犬ポチ」みたいだ。ただ、本部からはそんな指示は出ていないと思いたい。
さて、演奏会も無事終わり、1700名の聴衆も帰路に就いた。
そして、会場となったシンフォニーホール、音楽研究会など、その他すべての支払いが終わった。
これで責任者Ntのお役ご免である。
その時、Tuが、「Ntさん、残った現金40万円を本部員の2人が『これはもらっておく』と言って持って帰りました」
「えっ、あの40万はDVDの費用とちゃうんか?」
その通り、40万は1年間練習に励んだ素人のコーラス隊に配るDVDの製作費用だった。
「そうです!」
「音研のギャラは払ったやろ」
「はい、きちんと支払いました」
後日、Ntの姿はおやさとやかた東棟4階の音研事務所にあった。
「すみません〜大阪教区のおうた演奏会の責任者Ntで〜す」
「何かの間違いで持って帰られた40万円返却してもらいにきました!」
静かなやかた4階ホールで、Ntの大声が響き渡った。
数日後、Ntの元に、音研の理事長・Kから電話があり、
「Ntくん、会いたいんやけど、都合つけてくれへんか?君と二人で話をしたいんや」
Ntが「それなら、私が先生の元に伺います」と言うと、
「いや、今回は私が大阪まで行く」との返事。
「わかりました。それなら大阪教務支庁で」
それから数日後、高齢のKが自ら軽自動車を運転しておぢばから大阪教務支庁までやってきた。
玄関で待ち構えていたNtが、応接室へ招くと、
「いや、ここでいい」
玄関先で、Ntに分厚い封筒を手渡し
「すまんかった、今回はこれでおさめてくれ」
と深々と頭を下げて、そのまま自分が運転してきた車に乗って教務支庁を後にした。
もちろん、分厚い封筒の中には現金40万円が入っていた。
文責 T R
天理教の信仰を捨てる行為とは、まず最初に「おかきさげ」を捨てることだと、今も思っている。
皆さん、その勇気をお持ちですか。
我が家系で唯一信仰を続けている97歳になる叔母が常々言っていた、二代さんは行く先々で女性と関係があったという話。そのような霊能者でない、むしろ不浄と思われる人からもらった「おさづけの理」なんて、何の意味も持たないと悟ったからです。
タンスの底に眠っていたとは言え、さすがに「おかきさげ」をゴミ箱に捨てるのは気が引けた。不要の仏具、位牌、みたましろなどを燃やしてくれるところがあった。自動車で約5時間の所へ老骨に鞭打って持って行った。5年前のことだ。
信仰生活を振り返るのも嫌だ。だが、このような惨めな思いをする人を一人でも出さないようにとの思いから投稿を続けています。信教の自由は心次第ですが、天理教に入信するには、気が向いた折に手を合わせておこう等と安易な気持ちでは絶対にダメ。物心両面で相当の覚悟が必要なことだけはお伝えします。
天理ボケという言葉がある。
確かに天理にいるとボケると思う。ただし、これは教内者として天理で生活した場合に限定した話だ。
何せ、教内の殆どの部署が9時・5時勤務。ある部署へ夕方5時過ぎに出向いたら、両手でをされた。
そうか、本部在籍者、勤務者の方々は5時半の夕づとめに間に合うためか。それなら仕方ない。
ところが、夕づとめ参拝者の何と少ないこと。東西南北の礼拝場はパラパラだ。本部在籍者や勤務者が家族揃って参拝してもかなりの数になるだろうに、ほんとに少な過ぎる。
本教教勢の低下、いや本教中枢者の意識の低下だろうか。
まさか、中枢者が天理ボケしているのか。
ありえるかもしれない。
(一日、参拝することもなければ、一度も手を合わすこともない本部勤務者の家族も多い。某氏の書き込みを参考にしました。)
「上級」「理の親」「本部員」という言葉は原典には全く見当たらない。
でも、その立場になると「俺は偉いんだ」と勘違いしている人をよく見かける。
とんずらしてしまった大教会長。
パチンコ狂いで一期講師中に自らの組の修養科生に、パチンコ代を無心する大教会長。
教区の一大イベントで「これはもらっておく」と勝手に大金を持って帰る本部員。
教内には親心の全くない「理の親」が多くいる。
(某氏の書き込みを参考にしました。)
私が所属していた教会長は、専修科を出ている。この専修科が曲者だ。
私が真面目?に信仰をしていたころのことです。春の大祭は遅くに始まるので当日出発でも間に合うと思い、子供に駅まで送らせて始発列車に乗った。ところが雪の影響か遅れてしまい、本部に着いたのは下半下りも中盤に差し掛かっていた。
ふと見ると、人目が付きにくい回廊の下の隅で、会長が数人の同年配者と談笑しているところを見てしまった。
各下りの終わりの「南無・・・」の時も話している気配だ。心から信仰しているのかと疑問が湧いた。
常々、元一日を忘れるなとか、御恩を忘れるなとか、天理教用語を連発していても形だけの信心では誰もついてこなくなるだろう。最近、大教会の責任役員に就いたと聞いたが、何が大教会の責任役員かと思ってしまう。
布教部の「教会長子弟育成プロジェクト事務局」より「教会長子弟 親の心得」なる小冊子が全国約1万7千箇所の教会に配られた。
読んで、唖然とした。
「何?これ?」
「今さら、当たり前のことをたらたらと?」
「なめとんのか?」
「印刷代、勿体無い」
これが、率直な感想だ。
一体何のために無駄な金を使って出したのか?
何が「教会長子弟育成プロジェクト事務局」だ。余程、おめでたいオツムの事務局なのだろう。
(私は洗脳プログラムの為の小冊子と思っている。
思い付きのような発想のプログラムで、すでに大失敗は目に見えている。
印刷代は布教部の予算に入っているので、いずれにせよ無駄に使われる運命にあるのだろう。
これは某氏の記事を参考にしました。)
教団本部及び本部直轄教会は、会計年度終了日から3か月以内に、前年度の収支書、財産目録、貸借対照表等の
公益法人会計基準に準じる会計書類をパソコン上に公開せよ。
教団本部は、そのための基準ソフトを作製して、一定基準以上の教会に無料配布すべきである。
これが実行できないような本部を始め巨大教会は、宗教法人の資格を剥奪すればいい。
このような当たり前のことが出来ないで、何が法人か。伏魔殿といわれないためにも、必要最低限の道徳基準だ。
東風Z 様
専修科が曲者、とはどういう意味なのでしょうか?
東風Z様の思うところを教えていただけますでしょうか。
睦輝 様
私は幼いころから、つい5年前まで天理教と関わってきました。
この間に、接した専修科を卒業された偉い人に接した人の感想ですので、この表現は適切ではなかったか部分もあるかとも思いますが、とにかく、この方たちは自分が得た教理や作法は絶対に正しいという感覚の持ち主でした。
箇条書きにしてみます。
1.何事も上から目線(例えば、直ぐにお前は・・・という)。俺より偉いものは居ないという感覚。従ってこちらが言っていることは否定する。相槌が打てないんです。
2.お勤めが雑でした(とにかくテンポが早い、おうたを味わうという感覚が感じられない。三代真柱が出されたCDのテンポは遅すぎると言って、勝手に早めたものまで持ってくる)。特に、私が高齢になってからは大変でした。
二下り目が終わって、三下り目に入る折の扇子の準備に手間取ったことが再々でした。もう少しペースを緩めても、お勤めの時間が1時間も伸びることはないでしょう。お入り込みの先生が、講話の中で、もう少し早くといわれても、ん?と思ったものです。
3.3月13日に書きましたように、言っていることと、やっていることが違うんです。結構遊び好きの方が多かったように思います。遊びがいけないとは言いませんが、マージャン・パチンコは絶対にやめてほしい。
詰所で、主任さんの目を盗んで花札をしている専修科生仲間を見たことが再々ありました。時間が有り余っていたのでしょうか。
4.とにかく声を張り上げればいいという感覚。講社祭りなど、小さな部屋で勤めるおつとめでも、教会の会堂で勤めるのと同じ声の大きさ。周囲への配慮など全くしないんです。専修科を出た人が初めて講社祭りに見えましたが、拍子木を打つ音が余りにも大きいので3人の子供たちは耳を塞いで部屋を出てしまい、それ以降、二度と講社祭りに参拝しなくなってしまいました。
5.完璧を求められる傾向が強かったです。式典、ておどり、鳴り物のなどすべてに完璧を求められましたが、自分たちと同じレベルを求めないでいただきたい。私はお立ち12下りをほぼ間違いなく勤めることが出来ましたが、それでも間違うことがありました。職場を休んで大祭に参拝させて頂くと、ふと、仕事のことが頭をよぎると一瞬戸惑うのです。
祭典後の講話で、本日はよくお勤めくださいました。しかし、親神様・教祖様にお喜び頂くには今一歩の精進をお願いしたい、くらい言っていただければ、また気持ちも変わるということです。
6.宗教者に求められるポイントは、優しさだと思うのです。私が接した方は総じてこれが欠けていたように感じました。
雑な表現になりましたが、遠い昔の想いです。比叡山の千日回峰行は死を覚悟した業です。あるいは、永平寺の修行僧になれとまでは云いませんが、道を求めた時点で出家したことになると思うのです。
天理教の目標は、山の仙人ではなくて、里の仙人を目指すと言われますが、むしろ、後者の方が難しい面があると思います。
しかし、知人が言うには、専修科に入るということは仏教でいう出家に当たると言っていることからも、もう少し俗人を離れる覚悟を持って、それでもなお、里の仙人になっていただきたいのです。
身内に教会長がいます。
道専従が美徳とされ、あばら家同然の教会襲名をしたのが約半世紀前。
貧に落ち切れの教えを忠実に守り、妻子にも極貧を強要し、家族の要望は一切受け付けず、たまに得る収入や食品、物品は即大教会へ。
大教会親族は当たり前のようにそれを受け取り、感謝の言葉一つもない。持ってくるのが当たり前。
妻は仕方なく残ったが、子供らはみな反発して大人になったら出て行った。
会長が死んでも、葬式には出ぬとまで憎んでいる。
その会長、当時の自分は悪かったと今は反省の弁を述べるが、一方で、仕方ないと割り切っている。なってくるのが天の理だからと。
猿でも反省はできる。反省の言葉を吐いても、微塵も心がないんだな。
天理教に限らず、どの宗教も組織に維持には金が必要だ。
この社会学でも、天理教以外の宗教にもスポットをあて、権力を握る中田某のような愚行を繰り返す輩を取り上げてみては如何だろう。
そして比較してみる。
いかに愚者蒙昧であることが、より輪郭を持って浮かび上がるのではないか。
残念ながら、天理本部は衰退しても解体はないだろう。
また消滅したとしても、純粋に教理を親しむ方々が路頭に迷う。
その時、愚かな会長や本部の連中が、そのあとのアフターフォローまで促すことは出来ないし、しないだろう。自分らの明日の食い扶持探しでそれどころじゃあるまい。
それは、神にすがるというより、本部にすがっていることの裏返しだと思う。
だとすれば、本人の自立心向上に繋がらない。
信仰は自由。でも自由の裏には責任がある。
その二つ一つをもって、信仰の土台にしていければと願う。
東風Z 様
回答ありがとうございました。
専修科を出られた方が、悪しき振る舞いをしていた、その批判だったのですね。
てっきり専修科自体の批判かと勘違いしてしまいました。
まあ、専修科への感情はあまり良くないようですが…。
卒業と同時に教人の立場となる以上、専修科生はある程度の完成度を求められる立場に居るわけです。
専修科を出た彼らにしてみれば、専修科で学んだものが正しくあり、身に付いた知識が正当、正義です。
それを学んだ当時のまま、見直したり改める事なく振りかざす卒業生が居るのは嘆かわしいですね。
自身の行いを見つめ直し、教理の理解を深める努力を続け、またお手振りや鳴り物の手直しもキチンと受け入れて、教人としてようぼくを正しく導けるよう努めて頂きたいものです。
今は後継者講習会などで簡単に教人が増える時代になりましたが、少し前までは教人は少なく、上の立場にある人が大半だったため、自身を偉いと勘違いする教人が多かったのだと思います。
専修科卒業生が…と言うよりも、教人が…と捉えた方が良いのかもしれません。
まあ道一条至上主義で考えると、高卒で専修科に行くと社会に出ずして純粋培養の教人となり、「若くして教人まで上り詰めた自信」「道一条に進んだ自負」「天理教人からの尊敬」を手にするので、専修科卒業生は偉ぶりたくなるものかも知れませんが。
私の家族に専修科卒業生がおります。
彼女は専修科時代に染み付いた、お手振りや鳴り物のくせは直らない、と卒業して何十年も経つのに言っております。
専修科とは、それだけ濃く天理教を学び続ける2年間なのでしょう。
(もちろん息抜きもあるでしょうが)
ただ、今の彼女は道一条の生活から脱した一信者でしかなく、変に偉ぶる教人ではありません。
専修科卒業生も多種多様、色々です。
私はその実例を見てきております。
一概に、専修科卒業生は…と批判しないで頂きたいと思います。
余談ですが、私はただのようぼく信者です。
ただし、現行の教団組織には疑問を持っており、教会や行事には距離を置いております。
長々と失礼致しました。
布教手帳の統計。
平成15年のようぼく数は97万8千931人。
平成28年のようぼく数は85万7千474人。
13年間で12万1千457人減
年平均9千342人ずつ減。
120年祭の「地方講習会」の参加者は34万3千人。
130年祭「ようぼくの集い」参加者は27万2千人。
7万2千人の減。
一応教会につながっている実働ようぼくは概ね3分の1とすれば、
平成28年の実働ようぼくは約28万5千人。
しかも、高齢者が占める割合が高い。
10年後、現在の教勢を維持するはまず難しい。
(最近もらったチラシ参照)
ある方からの情報です。
音楽研究会の理事長が「私も理事長の職を引かせてもらうから、みんなも一緒に引かせて貰おう」と理事全員とともに現職を辞した。
その内部関係者から「理事長は、数人の理事の灰色行為を知り、その責任を取って理事たち全員を引き連れて辞任された」と聞き、それにまつわる事実も知らされたという。
こと細くその実態を聞いたが、公表出来ない生々しい話。なんと情けないことか、こんな奴らが、今まで偉そうに演台を前にもっともらしい話をしていたのかと思うと、胸糞悪い。
まぁ、どこの世界でも見聞きする立場を利用して、私服を肥やすというコソ泥まがいの行為だが、人間がちっちゃ過ぎて呆れ果ててしまった。つくづく本部員、本部准員なんて立場はいらんと思った。
(某氏の記事を参考にしました。)
(何でもない普通の一信者さんの記事を参考にしました。ちょっとオカシイとおもいます。)
親神様、おやさまの御教えよりも、信仰心のない所属教会長の言う事が優先される。
信者の弱みにつけこんで、お供え要求、おさづけも、しに来ない。
嘘がとても上手な腹黒政治家性格の教会長がいる事実を知って頂きたい。
>親神様、おやさまの御教えよりも、信仰心のない所属教会長の言う事が優先される。<
現在、余命幾ばくも無い親の介護をしているのであるが、実親の親孝行よりは、本部、大教会の意向を受けた各種行事に参加させようと圧力をかける上級教会長夫婦。温もりも、優しさも、寄り添う気持ちも無い。
あらがうと、「神さん一番でもたれて通れば良いようになる。人間思案捨てて。」この一点張り。
天理教が言う「親孝行」とは、「上級信仰」のこと。信仰心のない上級・上々級・大教会に従う事が尊い実親の介護よりは優先させられる。
世間に向けて「親孝行」を叫ぶ「天理教」は至極まっとうに見える。しかし、一旦入会させられると、「親孝行」とは教団への献身であり、時間もお金も奪われ、自分らしく生きることの自由をも奪われる。親孝行とは、「理の親孝行」のことだったのかと後になって今頃判る。世間はこうして私のように騙される。
ここに天理教の世間向けと教内向けの、二枚舌、三枚舌の致命的な矛盾がある。騙されてはいけない。
うちの両親は、かつて詰所勤務者をしてました。
同級生には、色んな家庭の子弟がいました。
大人になってからも色んな事が耳に入ります。
天理幼稚園から同級生の本部員の娘(現在、某大教会婦人)の弟は、天理教から離れて一般企業で働き、一般の人と結婚しました。
結婚時に本部員の親から新築のマンションの一室を御祝いにプレゼントされてましたよ~
購入費数千万円のお金の出所は?
明らかに贈与でしょ~
彼はその後離婚して、その部屋で一人暮らし。
腐敗してるのは、音楽研究会だけじゃないですよ。
権力で階層を作って行くシステムは、『特定の一部人々の利益の為』には
良いのかもしれませんが、全体(皆)の利益のことを考えた時には
リスクがあまりにも多く、インターネットで多種な情報が飛び交うこの時代、
多くの人たちは既に目覚めていて、今後は、権力だけで従わせるような
やり方は、非常に難しくなっていくのではと思われます。
こういったシステムが全体(皆)にとって有効となるのは、権力を持つ人間又は中枢組織が
、「人間性の成熟した常識ある人格者」であるということが絶対最低条件だと思います。
皆をどう守っていくか、皆のお供えを、どう皆さんの為に役立てることが出来るか。
そうでないなら、任意のクループで会費制の勉強会にした方が、余計な被害は
少ないと思います。
欲に駆られた権力者、人を利用し、嘘をつくことをなんとも思わない権力者、
目障りな正しい事を言う邪魔者を権力で陥れ、排除しようとする権力者、
権力を持つ者は、こういった権力を持つ上での人間の弱さを知り、克服できており、
そして物事を正しく観、識別し、指導できる素養がないのであれば、
自ら辞退させて頂く位の良識のある人でなければ、権力の為の権力者ではなく、
真に「人々の為の権力者」という役割は務まらないのかもしれない。
権力者はなぜ「堕落」するのか:心理学実験
http://wired.jp/2011/06/03/%e6%a8%a9%e5%8a%9b%e8%80%85%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%9c%e3%80%8c%e5%a0%95%e8%90%bd%e3%80%8d%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%ae%e3%81%8b%ef%bc%9a%e5%bf%83%e7%90%86%e5%ad%a6%e5%ae%9f%e9%a8%93/
以下のページは、あまりに鮮やかに的を得ていて、神とは、宗教とは、と改めて考えさせられる。
本来、認めたくなく、見たくないことだが、このまま真実と向き合わなければ、
自分の人生の真の解決は始まらないだろう。
————————————————-
宗教とビジネス、なぜこの対極にあるもの同士が結びつくのか。それは、宗教は儲かるからである。
なぜ、宗教は、儲かるのか。宗教をビジネス的観点から見ると、特定多数から定期的に定収入、
つまり、税金のような収入を期待できる。反対に、税金がかからない。そのうえ、元手がいらない上、
仕入れも、あまりかからない。物によっては、タダである。しかも、物の品質は問わない。
信心も鰯の頭からと言うように、紙切れや木の札でも効能があると思えば、効能があるのである。
しかも、その効能に関しては、最初から保障する必要がない。
保証書付きのお札やお守りなど見たことがない。大体、そんな事すれば、有難味が薄れてしまう。
効能がわからないからありがたいのである。当たり前に、PL法などとは無縁である。
工業製品はこうはいかない。製品の品質を保証した上、問題が起きたときは補償しなければならない。
こうなるともとでもいるし、保険も必要である。つまり、経費がかかる。
更に 信者というのは、固定客のようなものである。商売であれば ほとんど固定客でリピーターである。
また、一人一人のお布施がわずかでも集まれば、巨額の金額が期待できる。
しかも、信者は、言い値で物を買ってくれる。更に 賃金を要求するどころか、信者自身が、金を出して
でも働いてくれる。これが一般の企業ならば賃金を会社が払ったうえ、賃金に見合って仕事だけしか
働かすことができない。無償奉仕である。つまり、経費がほとんどかからないのである。
これで儲からないわけがない。だから、金の亡者達が宗教に群がってくる。
そして、その利権を争って跡目争いのようなことも頻繁に起こる。
しかも、宗教で儲けようとする者達は、人の不幸につけ込む。
不吉なことこそ、忌み事こそが、宗教ビジネスには、格好の材料なのである。
だから、何か不幸があると金の亡者達は、神を騙って蟻が砂糖に群がるようによってくる。
しかも、どんな人間にも不幸や悩みの種は尽きない。特に健康の事、男女の仲、人間関係(家族の事)、
金や仕事の問題は、悩みの種である。人は、苦しくなると何かにすがりたくなるのが人情である。
その人情に彼等はつけ込むのである。
ただ、間違ってはならないのは、宗教ビジネスは、信仰とは無縁のところにあるという事である。
神に対する信仰と神を利用したビジネスとは本質が違うのである。宗教を利用した金儲けは、
宗教の方から見れば、信者の弱味なのである。信者の側から見れば現世利益なのである。
どちらにしても欲得づくの問題である。お互い様なのである。双方ともお互いを損得で利用しているのである。
故に、結局は同じ穴の狢(むじな)にすぎない。騙される側も騙す方も所詮は、神を利用しているのに
過ぎないのである。金儲けの世界は、最初から神なんて関係ない世界の話なのである。
だから、ビジネスが成り立つ。信仰心があったら、ビジネスなんて最初から入り込む余地などないのである。
神を騙(かた)りながら、はじめから神とは無縁である。そこにこのビジネスの不思議さがある。
神に縁遠い人間に限って神を利用して、儲けたり、だまされたりするのである。
それが真の信仰の妨げになる。つまり、金儲けと信仰は本来、対極にあるものなのである。
神を信じる者は、神を信じるが故に、艱難辛苦や貧しさに耐えることができる。
神を信じないが故に、弱味につけ込まれるのである。
(略)
宗教というビジネスは、確かに、儲かるのである。宗教を利用すれば金儲けが出きる。
この事は、ハッキリと自覚しておくべきである。さもないと、宗教を利用すれば金が儲かると
気がついた時に、誘惑に負けて、自分達が本来求めていた姿を見失いがちだからである。
人間は、弱い存在なのである。例え、利用すれば金が儲かるとしても、自らの信仰に反する行為は
厳しく戒めなければならない。さもなければ、結局神に見捨てられるであろう。
「神について思う 宗教とビジネス」 より
http://www.k-koyano.jp/gody.html
みなさんお久し振りです。
法人乗っ取り事件の舞台、中〇大教会の中枢から極秘情報いただいて参りましたよ!
すでに、警察や検察庁などの捜査機関に相談済みで、世話人(島村廣義本部員)、中山治信本部員、高井久太郎准員、羽成守弁護士ほか、部内の裏切り者たちも、すでに「捜査機関ロックオン済み」なんだそうです。
ああ、遂に、ここまで来ましたかあ‥今後は一体どうされるのでしょうか中〇さん‥。
情報提供の知人によると、先月までの会議と比べると今月の本部3名同席の大教会中枢会議は非常に温和に進み、ほぼ大教会側の思惑通りに進行されていたそうです。それで知人は不思議に思って色々と聞き取り取材したところ、これらのネタにありつけたそうです。
またさらに、とんでもない事件が起きたそうで(これは教えてもらえませんでした)、それで大教会側は激怒して、大きく行動を起こされたようです。
今日は教祖誕生祭。これから再び知人に会って、さらなる詳細を伺ってきたいと思います。
続報、乞うご期待!
法人乗っ取り事件の続報さま
2017年4月18日 11:11 AM
これは島村、中山本部員、高井準員、羽成弁護士等だけではなく、そもそも指示を出している山澤廣昭内統領、中田善亮表統領もご一緒に、ということですか?
うわ~本部ひっくり返りますね~。ホンマにヤバいんとちゃいますか~。
続報お願いしますね、しびれ切らして投稿しちゃいました。
国会の天理教災害救援ひのきしん隊の話はすごいですね!
内閣府がおぢば来られるのもそう遠い未来ではないですね!
大きなにをいがけです。
国会での天理教災害救援ひのきしん隊の話、ユーチューブで見ました。
素晴らしいボランティア精神と実際の活動があるのに、内に向いては「金集め集団」としての長い長い歴史を今に刻んでいる。どれだけの真面目な人達を自殺に追い込み、家族を離散させ、また教会家族の住まいを奪い、路頭に迷わせ、どれだけ多くの係わった人達を不幸に追い込んできたことか。
全く矛盾だらけの天理教。いっそ「神」を語らず、純粋な「ボランティア団体」として看板を掛けかえればよい。それならばみな共感の善意の活動資金を出すだろう。
神を利用し「お金」で「命」の取引をさせるような、そんなまやかしを公言している教団トップ。だからこれからも不幸な出来事が続くだろう。罪作りな団体である。この団体は善と悪とが同居している。表の顔のボランティアで騙されてはいけない。
一旦入会させられるとこの善と悪の矛盾に苦しめられるのだ。
天理教よ、もう「神」は語らなくていいからボランティア一本で真っ直ぐに生きてください。
>国会の天理教災害救援ひのきしん隊の話
ユーチューブをチェックしました。
議論が嚙み合っていませんでしたが、国会で取り上げられたのは意義がありますね。
個人的には「末端教会様」の意見に賛同します。
災害救助、万一の為の救援活動を天理教専従者全員で取り組むなら、信者さんが毎月出す「金銭」も、その装備品や救助物資、関係者の生活費ということで、納得されるし賛同者も増えるでしょう。
今、天理教専従者が何人いるか不明ですが、全国の教会まで含めれば数万人はいるでしょうか?
この人数が1年間活動をすれば、延べ人数は国会で取り上げられた人数の数千倍になるでしょうけど。
教内のひのきしん隊の動きは素晴らしいと思います。
阪神大震災でも、どこのボランティア団体よりも早く現場に入ったそうですしね。
紛れもなく素晴らしいです。これには一切の反論はないです。
ここからは私の経験談です。
東日本大震災の時、私は妊娠中で、切迫早産(気をつけないと6ヶ月とか7ヶ月とかで産まれちゃいますよって状態)で絶対安静でした。
その年の5月、私は出産まで1ヶ月半ほど入院することになりました。トイレ、食事、洗面以外は
起きることはできず、陣痛防止の点滴を24時間つけている状態でした。
そんな中、所属の教会の奥さんが何回か大教会婦人会として東北に行きました。
そして、その時の話をベットの上で起きることもできない私に延々と語り続けました。
また行ってくるんだ!と。
病院まで15分くらい、上級から5分くらいの病院までは
「忙しい中来ました」って顔するのに、当時の交通事情では1日近くかかる東北には
「また行ってきたい」なんですねって思いました。
日本中が知ってる大きな場所でのひのきしんはそれはそれはありがたがられるだろし、
このような大きな評価も得られるでしょう。
行動には間違いないと思いますし、どれだけの大きな活動して来ただろうと思います。
だけどその裏で、何代にもわたる信者さんの気持ちも知らずに自身の活動を語る。
出産当日、私は夜中に緊急帝王切開をしたのですが、まだ点滴や管だらけ。
オペから半日も立ってない状況なのに早速お見舞いに来て東北の話を30分以上して帰りました。
相手が信者になった途端に扱いが雑になるのは何故なんでしょうね。
訂正
病院から15分くらい→自教会から15分くらいです。
>相手が信者になった途端に扱いが雑になるのは何故なんでしょうね。
バ会長 > 信者
バ会長=理の親=神の声だから何言っても良い
信者=下僕=金ヅル
信者としてみてませんよ
信者と書いて儲かる
金を要求できる、命令をできる、名誉(信者が多いほど自分の)になる、はけ口をぶつけられる
そんな存在としかみてません
大概の教会長は、本部が右を向けと言えば右を向き、カラスは白いといえばそのようにする
「たんのう」とか「徳積み」という詭弁で片付けてね。
信仰すれば幸せになれるという押しつけしか出来ないのであれば、それは信仰ではありません。
洗脳の世界です。自己満足の押し売りです。
信仰して幸せになる?そんな事一度も思った事も有りません。
信者になった?ならなくて良いです。
キッパリ辞めなさい。
上記の皆さんへ。
その通ーり。幼い子供の頃から教会の親奥様(会長の母親)という方から耳にタコができるほど言われた次の言葉。
白いものでも親(教会長のこと)から黒と言われたら、口答えはせずに素直にハイと答えろ。
と、これが洗脳だと気づいたときには、すでに遅しでした。素直になれとは、こういう意味ではないだろう。
つくづく、天理教とは恐ろしい宗教だと思うに至った次第。
ずっと長い間貴女が考える以上に心配をされてたのではないでしょうか。
心配で心配でかけつけられたんだと思いますよ。
出産は危険を伴うので、いてもたってもいられずに来られたのではないでしょうか。
匿名です
4月27日1:17PM さん
私への感想だと思いますが、
もちろん心配というか気にかけてくれていたことは感じてます。
そこには感謝しております。
が、この奥さんは私に数回にわたり「あなたは苦労を知らないからこのくらいの苦労はしたほうがいい」
と言い放った方です。
私自身、母親(信者)の家出や借金、社会人になってからはバイトという選択で教会の御用を優先したので経済的にも裕福とは言えないということなどはちゃんと見て入れば分かったと思います。
御用のためにバイトを休んだこともありますが、当たり前のような言われ方もしました。
ちなみに先の「苦労を知らないから」は妊娠中に2回も3回も言われました。
そして先日、教会のお子さんが高校生になり、お弁当作りが始まったのですが、
私の母に「思い出すでしょ〜」と言いましたが、私が高校の頃は母は家出中です。
これが公の場であれば「失言」ですね。
この発言でなぜに奥さんが私に「苦労を知らない」と言ったかよくわかりました。
夫のDVを打ち明けた時も「そ、そういうこともあるって!」と聞かなかったふり。
「私らがお助けするので!」と実家にまで乗り込んできたのに。
(ちなみに実家は信仰家庭ではないです)
私が育児に疲れているだけだと思っていたようです。
こういうことが多々あったので、今は少し距離を置いてます。
マコ様
こういう教会関係者がいかに多いことか。彼らには人間の心に寄り添う姿勢はありません。生まれつき顔にあざのある娘さんが思春期にさしかかり周囲からいじめられることを悩んで母親(教会の奥さん)にすがった時、「それはあんたの因縁や。因縁が切れるまでしっかり世間から笑ってもらいなさい。」と言い放ったそうです。
洗脳状態にある年配の教会関係者は大なり小なり、こういう冷酷で、かつ残酷な、ナイフで胸をえぐるような事を平気でもっともらしく言いますから。
後継者不足で躍起になっている本部ですが、こんな親たちに育てられて、誰が教会の後継をしたいと思うでしょうか。
私が上級に困り事の対処の仕方について相談してみても、「そういう事情を見せられるのは何で見せられるか、よくあんたが考えることだな。」の一言。これじゃあ、世間の人が教会に助けを求めて来ても、何の解決も癒しも得ることは出来ません。問題解決能力ゼロです。
天理教はもう終わっています。マコ様の教会の奥さんの話を聞き、うちの上級が持つ同じ空気感、同じ匂いを感じました。
自分も教会を預かる身ですが、あまり深入りしないことをお勧めします。立派な人格者の教会関係者もいますが、マコ様の現在の教会につながっていても、悩み事が増えることはあっても、利用されることはあっても、助かることはないですよ。徐々に距離を置き、離れることです。
(半分自分の愚痴になり、申し訳ありません。)
マコさん
マコさんが心で泣いた分、貴女は強く優しく深くなってると思います。
それは今後の貴女の人生の糧になっていくと思います。
お母様が戻ってこられたのはマコさんが優しく受け入れたからですよね。
マコさんの頑張りは種となり、苦労が節からの芽となり、未来を形作りますね。
苦しい千切れる程の思いの涙がこぼれる日を越えてきた自分を自分で誉めてあげてください。
匿名です様
あなたが真摯に信仰されておられることは感じます。
しかし、何故、マコ様のコメントへのあなたのコメントは理解できません。
「おやさま」ならどうしたでしょうね。きっとベットに不安を抱えながら臥せているマコ様の腰などなでたり、手を握ったりして無言で側に励まされたのではないのでしょうか?
自分の話したいことだけ話ていくのはただの自己中心と思います。心無い教会の奥さまにしか思えないのですが。
匿名です様
次のコメントがあったんですね!
でも、あなたへの疑問は変わりません。
mami 様
本当ですね。教祖ならそうなさったでしょうね。
東北の震災のひのきしんで心痛む思いの奥様もまた、無事出産が終わったとほっとしての我が子のように思っているマコさんに甘えられたのかもしれないですね。
マコさんが心を許せる方だったのかもしれないです。
匿名です様
コメントありがとうございます。
また、励ましのお言葉もありがとうございます。
しかし、母が帰ってきたのは借金問題と私の結婚です。
自分が頑張ってきたことは自分で褒めてあげていいと最近思えるようになりましたが、
事情を抱えた信者親子への、教会の対応というのには今思い返せば愕然です。
教会の方が見ているのは信者さんの気持ちではなく上級や大教会、本部です。
だから、行動力や頭のキレる人は多いですが、教会が拠り所ではなく
天理教運営事務所になってきているのも事実では…と思います。
ひのきしん隊は基本的に一期一会ですから、
瞬発力という意味では本当に力になると思います。
そこからどう寄り添っていくのか…はまた違う課題だと思います。
mami様
ありがとうございます。
この話には続きがあって、ベットに寝たまま延々と話を聞かされた私はいたたまれなくなり、
その日部屋の空調を切ったんです。
病室の窓は大きく、天気の良い日は室温も上がるし、点滴の副作用で体温も少し上がります。
でも、空調を切ればそれだけ節約になる、これくらいしかできないと思いました。
その後しばらくして主治医がまわってきました。
そして、少し蒸し暑い部屋に気がつき「暑いでしょ、空調調節しときますね」と
快適な温度に変更してくれました。
そして何かを察したかのように「今こんな状況ですけど、節約とかは事務の方でやりますから。
マコさんは出産に向けて頑張りましょう。部屋の温度管理も大事な治療ですからね」と
声をかけてくれて、ようやく私は自分が今できることは何かに気がつきました。
もちろん主治医は天理教の人でもないし、お見舞いに来た人が天理教とも知りません。
もっと言えば、お見舞いの人がきていたことも知らないでしょう。
奥さんの口からは「向こうの人はもっと大変。今のマコちゃんはありがたいのよ」とばかりでした。
主治医もそうですが、天理教ではない個人で東北にボランティアに行った人も(男性)、
「今のマコさんと東北は比べるものではないよ。悩みや苦労の大きさなんてその人にしか分かりませんよ。」
と励ましてくれました。
SNSで見知らぬ東北のママさんが「こんな時に東北に助けに来てくれてありがとう。こちらでは救助隊の方が負傷したという情報は出ていませんから安心してください。マコさんもお身体大事にしてください」(夫が仕事で即日派遣されたので、同じ職種の方と情報を共有しあっていた時にこのようなメッセージをいただきました)と励まされました。今まさに被災してる人ですら思いやりに溢れていました。
私は、その方々の心の方がよっぽどおやさまのようだとおもいます。
マコ様
当時の様子がわかり、心が温かくなりました。大変な経験されましたね。その中での多くの温かな隣人の方々の励ましがあったのですね。嬉しいです。
人と人の関係がどんなものかわかるのは危機にあった時ですね。私にもそんな時がありました。
近いと思っていた人が遠く、普段、ただの知人が近い人だったり。
ありがとうございました。
末端教会様
私は末端の一信者なので内部事情まではよく分かりませんが、
信者として教会に関わった時、疑問に思うことは少なくないですよね。
私もですし、私の友人も仕事がなかなか決まらなかったとき
「徳がないから違う?」と言われました。
それで人が助かるなら、教会いらないと思います。
話を聞いたり寄り添ったり、時には厳しくアドバイスすることも必要かもですが、
「天理教の教会」を預かっているという気持ちはないのでしょうかと思いました。
行事をこなしていくことばかりが優先されている気がします。
マコさん
東北のために痛みを堪えて空調を切るために動かれたんですね。
おやさまも同じ状況ならそうされたのでしょうね。
お母様が帰ることが出来たのは貴女の心が包むようにあたたかかったからだと思います。
人を救助されるご主人様もDVに関しておそらく後悔されていると思います。救助しきれなかった時の悔しさをマコさんにぶつけてしまわれたのかもしれないですね。
話を聞くことが出来るマコさんは優しい方なんだろうとおもいますよ。
「自分が頑張ってきたことは自分で褒めてあげていいと最近思えるようになりました。」とマコ様が書かれているので今の状況はわかりませんが葛藤の中から前向きに生きておられるのだろうと勝手に私は安心させていただきました。
私は匿名です様は自分の好ましいと考える「マコ様像」を作り上げているように思います。
DVについても簡単考えているように思います。どのような理由があろうと許されない行為です。
mami 様
同意します。
匿名です様の発言は、
以前は、天理教批判への否定と反論、
その後、オカルト礼賛、
最近は、苦しむ人や悩む人への同調と擦り寄り発言が殆どです。
トータルすると、天理教組織や上級の人たちへの不満不平を逸らし、人を助ける気のない金集めだけの天理教関係者や現体制を擁護し、改善や改革を訴える人を否定、排除しようとしています。
また、お供え掲示板で「自分の所属教会はおさづけの効果があるが、他の人には教える気はない」という教祖様の教えに反するような裏切り発言をしています。
個人的には、どんな考えや解釈をしても自由だと思ってました(違うなら違うで議論できますからね)が、これほど現教団維持と擁護ばかりする人(しかも、議論すらしようとしない)が書き込むのは我慢できませんね。
匿名です様が、なぜ自分の頭の中にある妄想や理想の中だけに生き、
現実をありのままに見ることが出来なくなったのか。
そういったことも、「洗脳」による弊害のひとつと考えられます。
「洗脳」されて、本当の「自分の心」を取られてしまってる人の特徴は、教団からの
洗脳による上辺のきれいごとばかりを話し、相手の心や、現実を全く見ないし、
見えなくなっていることですが、匿名です様は正にこの状態と見受けられます。
共感する言葉や庇おうとする言葉を次々並べながら、やっていることは、
「現実」を無視して、ただ自分が依存しているもの(教団)の悪い面をもみ消したり、
良い話しにすり替えようと、まるで 『工作員のような行動』 をしているだけなのです。
人はそうそう馬鹿ではないので、上辺に親切な言葉だけを並べようと、
「相手が本当は何を言おうとしているのか?」、「何が目的で、そういう突飛な解釈をしてくるのか?」
ちゃんと行間から伝わっているのです。
なので、あなたの意図に反して、皆、毎回抵抗するようなコメントを寄せているのです。
もしかしたら、気付いていないのは、洗脳状態にあるご本人だけかもしれません。
無意識レベルまで洗脳されている場合でも、現実に戻ることは可能だと思います。
他人の心配をしている場合ではないと思います。
確かに信仰は自由とはいいますし、他人の余計なお節介ではありますが、
ご自分でも今一度考えてみることをお勧めします。
末端教会子弟様
ありがとうございます。私は匿名です様のコメントに接すると母を思いだすのです。世間的に見れば悲惨な一生と思いますのに本人は「たんのう」とすべては親神様のおぼしめしと。会話は不成立でした。私は天理教から離れましたがその母に育てられた影響は根深くものと感じます。自己主張ができないのです。自己主張=わがままと思ってしまう。自分の痛みに鈍感で自己を置き去りにしながらジグザグに生きてまいりました。
私の知る限りですが教会の子女は自己主張が弱いように思います。「お供え」、「社会学」は貴重な掲示板と思います。自分を大切にしてほしいと心から願います。「陽気くらし」とはまず、自分が生きている充実感を持つことだと私は思ってます。若い方々に是非読んでほしいと思っています。
自分の祖先は身上(=命)を救われ、豊かな生活をなげうってたんどく布教に入り教会設立。おさづけに救われたと思ったのでしょう。祖先ような方々が多くいたから教団も大きくなり、「搾取教団」とも呼ばれるようになったのでしょう。その当時の時代せいでしょう。
現在は通じません。お供え=お金など口に、文字に、せずとも教内では自明のことと思います。時代の変化を把握できないほど自明だったから表統領が発言されたし、天理時報にも堂々と掲載されたのだろうと思ってます。
末端教会子弟様のコメントからおかしなことを述べてしまいました。ごめんなさい。
”たんのう”の一言でかたずけられるのは、ソフトなネグレクトでしょう。mami様の悲しみと寂しさを感じます。私の母は境界性人格障害でした。詰め所の金曜日の煮えたぎるカレーを、頭から浴びせたり(滑る床の上で何度もカレーの上に転び、野獣のように泣き叫んだを覚えています)、ありとあらゆる予防接種を受けさせないようにし、ありとあらゆる感染症にかかり、挙句、酔っぱらうと”お前を生まないようにするために、サリドマイドを飲んだのに五体満足で生まれてきやがって”とのたまう始末でした。ですから、いまだに”親にもたれかかるように”というフレーズを聞くと、日本語の意味は判るのですが、私にとっては、体中に血を塗りたくりホオジロザメにその身をまかせよと同義語に聞こえます。こんな私でも、堂々と生きておりますので、貴方様も堂々と自己主張なっさて下さい。ただ、貴方様の心のつらさは、我が身のように感じることができます。家庭内暴力、幼児虐待は被害者に拭い去れない傷を残しますが、それに抗いたくましく生きる人たちもあなたの周りにたくさんいます。貴方様の心に、勇気と安らぎが届きますように。
>「たんのう」とすべては親神様のおぼしめしと。会話は不成立でした。
これ、本当にキツイですね。
私の両親(特に母が)がこれです。
暴力やネグレクトまでは有りませんでしたのでT様のような事はありませんが、上級や外に向いているお袋の意識(家族・家の中はボロボロでも、見栄えだけ取り繕って、外から見て羨ましい、良い人だと思われるような言動ばかりする)を修正するのに、半年間怒鳴り合いの大喧嘩を繰り返し、私は血圧と内臓が限界を超えてしまいました。
まだ修正しきれてない状況が情けないのですが、手を変え品を変え、様々な方法を取っています。
今取り組んでいる「被包括関係廃止の手続き」も、お袋との闘いから比べたら可愛いものだと感じられます。だって、法律と理論・理性的話し合いで進められるのですから。
私はT様や末端教会子弟様のようにきちんとした文章が書くことが苦手なことと、また、母に繋がる方々のプライバシーも考えてると中途半端なコメントになり、誤解を与えてしまったと反省しております。私は多分、お二方より上の世代だと思います。過去の事です。
以前、ある時、友人に「あなたはおかあさんの夫みたいね」指摘されたことがありました。びっくり。私には母はかわいそうな女性と思ってきたことは事実でした。
その夜、夢を見ました。私が参加しているグループに母もいて母は生き生きと自由闊達に話しているのです。
私にも反論したりして。時折、笑ったりもしているのです。なんだ母さん、ちゃんと自分の感情を素直にだせるじゃない。母に反論されながらも私は嬉しくなって。そこで目が覚めました。それで友人の言葉の意味が分かりました。母をかわいそうと言うことで私は自分の感情に蓋をしていたと。私にとって母は加害者であったと。母は母、私は私、と。
ただ、温かなコメントは心からいただきました。ありがとうございました。
それにしてもT様は大変な母子関係を歩まれたのですね。その中から現在のT様をご自分で築かれてきたことに連帯というかなんか歓声というか私はパソコン前で胸を熱くしておりました。ありがとうございました。
末端教会子弟様の行動は多くの後継者の方々に勇気を与えるだろうと興味を持って「お供え」を読ませていただいております。
時間は確かに進んでいると感じています。
T様のご投稿は、他と異なる意見を述べられる場合でも、人を傷つけないように配慮されているのが感じられ、T様の暖かいお人柄をいつも感じておりました。いつかの、「雨の中、放り出され事件」は読まさせて頂いてましたが、それだけではなく、非常に辛い経験をされていることに驚き、又、T様の現在の文章が、そのような気配を微塵も感じさせず、他への暖かい思いやりに満ちていることに感動を覚えます。どんなにか、苦しい葛藤もあったことだろうと、推察致します。
ご自分の辛いご経験を、人への優しさに昇華させたT様に、人間の心の自由自在さ、強さ、ということを、学ばせて頂きました。これからも、ご投稿、楽しみにしております。
匿名です 様
2017年4月27日 6:10 PM
>教祖ならそうなさったでしょうね。
あなたは本当の教祖をご存知なのですか。教団がデフォルメして流布した、きれいごとばかりの教祖像を信じているなんて、正に教団の回し者としか思えませんね。
私は、神が存在する事すら信じられません。東北を襲った大震災、それに続く原発事故、さらには、熊本地震、さかのぼれば、阪神淡路大震災、いやいや、過去に遡れば限りない自然災害。これらすべては親神のなせる業なのですか。
ガレキの中から見えた、いたいけな子供の足に付けていた靴下が、今も脳裏から離れません。
癒えることのない被災者に神は何の手助けができたのですか。お尋ねします。
匿名です様、いつもの抽象的な答えではなく、信仰者もそうでない方も誰もが納得できる具体的な答えを切望します。
追伸 よもや災救隊の活躍などは書かないでくださいよ。
みなさん、間隔空いて申し訳ございません。
噂の「法人乗っ取り事件」ですが、主犯格および実行犯の名前が判明しましたので、ここにお伝えします。
まず、指示を出しているのは、山澤廣昭内統領と、中田善亮表統領。
そして現場責任者が、島村廣義本部員(中〇大教会世話人)で、
続いて、中山治信本部員、高井久太郎準員。
そして部内が、現在会計を持っている日高 彰(役員で、赤見分会長)、
故人ですが、櫻井雅夫(かつて役員で、星山分教会長。存命の夫人もそうらしい。シズエとか聞いた)。
有名な弁護士会長、羽成守(準役員で、日帝分教会長)。
彼も会計らしい。邑楽分教会長、坂本敏夫。
そしてもう一人女性がいるらしい。ここは引き続き調査いたします。
以上、ご周知のほど、よろしくお願い致します。
復興特別委員会で天理教災害救援隊を絶賛されていた民進党の藤田幸久議員。
こちらの 天理教社会学研究所様のツイッターを拝見しましたら、
「過去に何度も天理教を参拝した記録がある https://y-fujita.com/archives/18526 」とのこと。
以前、Youtubeを拝見しましたが、藤田議員のその話し方から、団体の事は何も知らずに、
偶然、天理教災害救援隊のことを知り、その活動に思わず感動して発表したというような話し方でしたが、
確かに130年祭のみならず、社会学様の過去記事にも、
天理教本部での「お節会」の2008年、2010年、2011年の参加者に藤田議員のお名前がありました。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=518
今迄全く関係がなかったけど、最近、偶然何かの切欠で知り、感動したというようなお話しではなかったんですね。
なぜ伝えないのか?
なぜ伝えるのか?
と、つい考えさせられます。
一読者B 様
なるほど。
そういう事なら、民進党が最近の支持率低下から次の選挙が不安なので、天理教に媚を売って票を集めようという魂胆に思えてしまいますね。
末端教会子弟 様
そうですね。
裏を読まなければ真実や本質がわかりにくい世の中に生きている私達。
悲しいことではありますが、「不自然さ」や「違和感」を感じた時には、
その疑問から簡単に目を背けることは出来ないですね。
自分自身のリスク管理、そして世間を知り、人間を知る為の人生勉強としての意味も含めて。
東風Z様
真剣に悩んでいたら、ふっと答えに近いものが浮かぶ時があります。
人のためにと心を砕いていたら思いがけなく答えの概念が届く時があります。
私には分かりませんが、心のどこかに背負いながら歩いていくしかないと思います。
末端教会子弟様、お母さまの件 意思の疎通の難しさ拝見しました。お体ご自愛下さいませ。
mami様、”時間は確かに進んでいると感じています。”貴方様の心に勇気と安らぎが届きました事を確認し、私も安心し、勇気を頂きました。有難う御座います。
匿名様、過分な賛辞を頂き有難う御座います。この話は続いております。かいつまんで話しますと、私と兄の実印を偽造し、二人に総額3億円、使い込み、などを積算すると6億円近い借金が降りかかります。兄は自殺未遂、私はサラ金、闇金、やくざ、都市銀、地銀の弁護士と十数年にわたる泥沼の死闘を演じる事になります。ようやく片が付き始めたころ、私の足にまたホオジロザメがかみつきます。扶養の義務を果たせと、母が生活費月120万よこせと提訴しました。高裁まで争いましたが、扶養の義務は果たせとの沙汰あり、ただし月7万に減額となりました。(父母兄は自己破産しており、負債に対する義務はすべて私に降りかかります)この経験は、私に人間とは何か、幸せとは何か、陽気暮らしとは何か、etc、いろいろな考察をもたらしました。ですから、貴方様の信仰に関する悩みが危機的な状況にあるという事が察する事ができます。結論から申しますと、貴方様や、末端教会子弟様、のような優秀な方は本部の為にではなく、月日の為に天理に残るべきです。(残り方はいろいろあります。)決して無理はすべきではないと思いますが、あなた方の書き込みは多くの人々に、違う視点や、ひらめきを与えていると思います。
比較的規模の大きい天理教会には「常詰」と呼ばれる住み込みの家族が居る。
この常詰の子弟たちは、本当に可哀そうだ。朝は早く起こされて神殿周りや庭の掃除をさせられ、朝のおつとめ(勤業)に参拝を強要される。夏ともなれば朝の勤行は5時からだ。だから、掃除をするためには午前4時過ぎには起こされる。
勤行が終わって、ようやく朝食だ。学校に行っても眠気が襲ってくる。
学校から帰れば夕方の掃除が待っている。掃除が終われば夕方の勤行だ。参拝しなければ、会長さんに叱られる。時には、ひどい言葉も投げかけられる。もっともひどい言葉は「誰にメシを食わせてもらっているんだ」だ。中規模の教会で、このような言葉を投げ掛けられている少年を見たことがある。
小学校に行っているような、いたいけな少年少女に何をしろというのだろう。結局、常詰の子供達は常に人の顔色を見る卑屈な人間に育ってしまうのだ。
今時、僧侶だって労働基準法違反を訴える時世だ。15歳にもならない子供たちに天理教会は何をしろというのか。
教団本部は教内にこのような深刻な問題があることを把握しているのだろうか。
二言目には「ひとだすけ、ひのきしん」を連呼するが、体のいいこき使いのごまかしの言葉に過ぎない。おひざ元をしっかりと見据えよ、と言いたい。
教会に嫁いだと言う見ず知らずの火災保険勧誘員に言われた。
ドアを開けた私を見て、「まあ、会長さんがそんなおしゃれをしたらいけませんよお。みんながいう事を聞かなくなるでしょ。」「あ、はい・・・」「いつもそういう格好をしてるんですか」「ああ・・いけないんですかね・・・」
7,8年前に買った1000円Tシャツに値段以上に見える100円スカーフを首に巻き、30年程前に買ったイミテーションイヤリングをつけていた。
天理教信仰すると言う事は、そんなにみすぼらしい格好でないといけないのか。いかにも貧に落ちたみじめな格好ならいいのか?みじめな格好を良しとして受け入れるのは天理教内部の人間だけだ。世間一般からは気の毒がられるだけのものだ。身なりは人を表すのではないのか。贅沢は不要だが「身なり」は大事だ。小汚くしていれば良いと言うものではなかろう。
こうして天理教は学問も自由な自己表現も旅や文化的教養に触れることもタブーにしてしまう。
(ただし、大教会子弟は留学し、上等の衣類をお召しになり、また詰所の自室においてはほしい時に牛肉を焼いて食しておられます。夜中に「うん?焼肉?」と思うのですが、我々下々はその和牛の香しい匂いだけを嗅がせていただいております。
少しは配慮せよ。夜中の一人食いだから誰も気付かないと思っているのか。元々は誰のお金で詰所で勝手な真似をしているんだ?)
どこが陽気暮らしだ。
それから私はそもそも信者さんに「言うことを聞かそう」とはこれっぽっちも思っておりません。(怒り)
書き散らかしの独り言です。この場をお借りしたことお許しください。
T 様
お気遣いありがとうございます。
T様の歩まれた人生からすれば、私の苦労など児戯にも等しい内容でまだまだ修業が足らないと感じられます。優秀どころか、人生経験の足らない理想主義なのかもしれません。
「月日のために天理に残るべき」というお言葉、深く心に刻みたいと思います。
若い時は、「教祖様の本当の教えやお言葉が知りたい」でした。
後には、「教祖様の教えと矛盾する天理教組織や上級への批判」でした。
今現在、それなりに人生経験を積んできた中で、上級であれ末端信者であれ、それぞれの立場や環境や我欲や人間思案を認めることができても、教祖様の教えに触れることができる人が誤った道を歩んでいることへの静かな怒りです。たとえ熱心に信仰している信者さんでも「それは教祖様の本当の教えですか?」と問いたくなります。
非包括関係を廃止し教団からは離れる形をとりますが、教祖様の教え、月日親神から離れるつもりはありません。余計なお世話かもしれませんが、教団内に残る人たちに、常に情報発信をしていきたいと考えています。
>*適齢期の女性と、そのご両親の方々へ
>天理教の教会で紹介される縁談は、よくよく考えて下さい。
>教会長、教会長婦人は、貴方の幸せなど願っていません。
>とにかく、教会から離さぬよう、講社を守るよう、お供えを減らさぬようにする事しか考えていません。
satukiさんの投稿より。
正に、その通りですね。教会関係を見ても大教会長と親戚・縁戚関係者が大半。教会の信者さんを見ても同様で、がんじがらめの逃げ場がない世界を作り上げているだけです。
私が教会を離れた際も、叔母を始め遠い縁者にまで私の悪口を言いふらされた。私は教会の物を盗んだわけでもないし、何も悪いことはしていない。むしろ、長年にわたってお供えをしてきた。また、ひのきしんという名目で行事にも参加してきた。恩知らずなどと言われる筋合いはないはずだ。
職場を定年退職をした折も、上司の方々は、一応に、長い間ご苦労様とねぎらいの言葉を下さった。
教会長から、ねぎらいの言葉を貰おうとは思っていないが、悪者にされたのには正直参ってしまった。
所詮、天理教なんてこの程度のものだと思っておく方が良い。まあ。このようなことは天理教に限らず、宗教界では「離壇料」とかを請求されると聞いたことがあるので、五十歩百歩の世界だろう。
東風Z 様
その縁談に関する投稿は、私ではありません。「お供え」掲示板の
題名;「縁談には気をつけて!」匿名 投稿日:2017年 5月 2日(火)06時44分8秒 様 のものですので。
しかし、私も、自宅で母が教会を始めてすぐに、上級会長から、縁談(再婚)を勧められたことがありました。うちに養子に入ってもいい、ということで、「すごく良い方」だそうですが、お断わりしました。
今にして思えば、断ってて良かったと、本当に思います、その方と結婚してれば、私は、離婚でもしない限り、教会を続けなければならない羽目になってたでしょう。離婚する時、家を取られたりも、もしかしてあったかもしれない。(悪い想像を働かせ過ぎかもしれませんが。教会関係者の独身者は、教内関係者とくっつけさせるようにしているのかもしれませんね。教会と縁を切らせない(逃がさない)ために。
satuki 様
失礼しました。これからはもっとよく見るようにしますね。
それにしましても、この投稿は重要な示唆になります。縁談に乗られなくてよかったですね。
人助けなんて甘い言葉に吊られてはいけません。とんでもない世界が待ち受けているだけです。
本部員等の方々も、どこでどう繋がっているのか、正に魔界です。
未信者の皆さんにも、現行天理教(中山教と呼ぶ方が適切だと思っています)には絶対に近づいてはいけません、と言い続けたいですね。
東風Z様
私にも経験があります。
私はある教会の指子弟さんと付き合っていまして、彼の方では年齢的に結婚か別れるかはっきりしろという感じだったそうです。
その時の流れが、相手の教会の上級教会の後継者夫人が私の所属の教会の後継者夫人に
「はっきりしないなら別れて」と詰め寄ったそうです。そこで所属教会にバレてしまい、
どういうことだと私も詰め寄られる。
結果、お互いしんどくなり別れました。
その直後、所属教会の後継者夫人さんにその話が伝わり、「ラッキー!この忙しい時に若手を取られてる場合じゃないしー」と、それはそれはお喜びいただきました。
別れて3日も経ったかというくらいの時です。
当たり前ですがまだ傷心の私。「この人は私の幸せなど望んでいない」と思いました。
マコ 様
正に、人を数としてしか見ていないということです。悲しいですね。人の温みは微塵も感じることが出来ません。
ボランティアをされている方のほうが、もっと、もっと温かいです。
何故、このような宗教になってしまったのでしょうか。教祖も、さぞお嘆きでしょうね。本当に残念です。
天理教あるあるbotさんのつぶやき
>分かりましたが、八島氏はそこらへんを認めてはないですよね。八島氏は、生まれ変わりを否定していた>のですよね。つまり、教組がイザナミのミコトの魂、とか、道具衆の魂とかも認めてなかった筈ですが、>しかし、それだったら、なぜ裁判で「八島氏は異端ではない」などと、表統領さんは証言したのか?
いや、異端と決めつける証言はできなかったのではありませんか。仮に、異端だと証言すれば、八島氏側は当然、異端ではない教義の開示を求めて、法廷での議論が延々と続くことになりかねません。下手をすれば、史料集成部の全ての資料の開示を求められることになるかもしれません。教団自身がこれ以上に墓穴を掘ることを避けた、と見ることが出来るのではないでしょうか。
八島教学事件といい、三島神社移設問題といい、これが原因で多くの本部員の入院や出直しが相次いでいることから見ても、教団にとっては恥ずべき出来事ではあったのでしょう。
誰か、この方を助けてあがて下さい。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11173839776
天理教信者または教会関係者様に質問です
10代で教会に嫁いで10年近くなります。一般の信者だった私が悪いんですが…夫(会長)とは上々級の前教会長御夫婦のとりなしでお見合い結婚しました。
ただし、夫とは未だに1度も夫婦関係が無く離婚を考えてます。
夫とはスキンシップレスで会話も新婚当初からあまり無く、私に対して常に仏頂面で外面だけは紳士的です。教会では主人と使用人以下の関係で家政婦以下の扱いです。教会に1分でも居るのが辛くなり2ヵ所のパートと季節では短期泊まり込みのバイトをしていて教会にいる時間をなるべく短くしています。
教会には最初から私の居場所も地位も皆無で、未だに姑が采配を振い私の稼いだお金も1円の果てまで搾取されます。お金が全く無いので月々内緒で実家から1万円の援助を貰ってますが雑費で消えていきます。服もなかなか買えず、ボロを着ているので皆にバカにされます。
初めは神様に感謝して何とか夫に仕えていましたが見向きもされず、腕を触ったら払いのけられ、それでも近づいなら平手で殴られました。結婚して7ヵ月の私の誕生日ですからよく覚えてます。悲しくてしばらく泣いて暮らした記憶があります。5年以上経ち三年千日の始まる年に上級の親奥様に何時になったら子供が出来るのかとよく言われました。非常に辛くて泣くになけませんでした。そして年祭の去年春、あまりにもしつこく急かされた挙げ句、あんたの因縁が悪いだの産み育ての徳分が無い、夫を立てていない、高慢と怒られ、神様にも申し訳ないとは思わないのかと責められたので、夫は私との子供を作る気が無いかも知れないと言いました。それで大事になり、結局私が悪者にされまました。
このゴールデンウィーク5月2日の朝、夫に
『おい、明日は出掛けるから車綺麗に洗車しておけ。中も掃除しておけよ。彼女は綺麗好きだからな。』
“彼女”とは教区で懇意にしている人です。美人で独身で本部女子青年から真っ直ぐ帰ってきて地元でバリバリ活躍している人です。夫とは学生時代からの付き合いだそうで表向きは精算したとしてますが嘘です。何故その人と結婚しなかったかというと、姑が彼女の教会に対して届かぬ嫉妬心を懐いていたからで、信者さんは多い、部内に数ヶ所教会や布教所があり裕福で後継者もしっかりしていて何もかも彼女の教会に太刀打ち出来ないからです。夫は姑に彼女と別れろ、結婚は許さないと命令したようです。姑の醜い嫉妬で夫は彼女とは結婚出来ませんでした。それでも未練がある夫に姑は親として制裁を下したのがデブスで超不細工な私との結婚です。
夫は会長なのに親に反して彼女との結婚を望んでいた。天理教では親に逆らう事はタブーですから仕方がないとは思いますが、結局結婚しても彼女と男女関係があるなら逆らう事になると思うのですが、いかがでしょうか?
上級の前会長様には
『○○さん、あんたは前世で妻に対して飲む、打つ、買うのほこりを積んだ卑劣な男だった。その妻だった者の恨みは根深いだろう。だから現世は醜女に生まれつき、因縁の人の妻という持ち場立場で生涯苦労しなければ助からんのだ。助かりたかったらたんのうしなさい。これは神様の御守護だ。不足してはいけない。夫を恨んではいけない。○○さん(姑)を逆恨みしてはいけない。そもそも因縁が悪いのだから我が身を恨む他に道は無い。』
そう言われました。
このまま耐えるしか助かる道はないんでしょうか?確かにタイ人やフィリピン人に間違われるような顔で私は幼い時からいじめられ友達もいません。就活もその醜さから鼻で笑われバイトの面接も落ちまくってました。実の両親と似ても似つかない顔。アイドル顔の弟やタカラジェンヌばりの姉とDNAが違うのではないかと思うくらい別世界の人種に見えます。幸い家族で一番成績は良いだけが取り柄でしたが…他は家族からも悲惨な扱いを受けてきました。両親も厄介払い出来て好都合だったのでしょうか、この不毛な縁談に飛び付きました。
離婚は運命から逃避する事になりますか?私はもう助かるか否かに拘りありません。ただ、このまま不倫を横目に年老いて惨めに死んでいく事をたんのうした方がよいのでしょうか?
惨めに死んでいく…こんな質問を書き込む自体、高慢なのでしょうか?
回答宜しくお願い致します
何も考える必要はありません。すぐに離婚するべきです。よく10年も我慢されましたね。この教会長の旦那さんも、姑さんも、天理教信者とは、とうてい思えません。あなたを人間として扱っていません。あなたを守ってくれるべき旦那様は、不倫相手の女性のことしか頭になく、あなたに対して、愛情は全く無いようです。なのに、何故旦那さんも、あなたとの結婚を承知したのでしょうね。
弁護士さんに相談して、早急に離婚へと話を進めて貰う方が良いと思います。夫婦関係が、結婚以来全く無いことは、当然離婚を請求できます。10年間の、虐待とも言える、精神的慰謝料も、請求できると思いますし、するべきです。しかし、旦那さんと、夫婦関係が全く無く、子供さんもいなかったのは、不幸中の幸いでした。別れた方が、今後、いい方に出会えるチャンスがありますが、このまま、今の教会に居ても、一生、死んでいる状態と変わらず、辛い思いをされるばかりでしょう。
タイ人やフィリピン人の女性は、目鼻立ちがはっきりしていて、魅力的な顔です。あなたも、精神的に明るくなれば、いくらでも魅力的になれますよ。いい人が見つかりますよ。
>誰か、この方を助けてあがて下さい。
ヤフーの知恵袋に投稿されているんですね。
設定、内容、質問者を含めた登場人物の心情や行動・発言に、無理と矛盾が多すぎます。
「釣り質問」かと思われます。
当該の質問、もう消されていますよ。私がみた時には3名の方がお答えでした。
どういった回答が寄せられることを期待した質問だったのでしょうか
すみません、末端教会子弟さんが「矛盾」と思われる箇所はどこですか?
良かったら教えて頂きたいです。
確かに、Yahoo!知恵袋は釣り堀みたいですけど、釣りにしては釣果(コメント)1桁での本削は不思議ですね。
あと、投稿されていたカテゴリは確か、家族関係の悩みでした。天理教を明記して釣るなら、宗教カテに投稿しそうなんですけれど…宗教クラスタの大漁を狙えるはずですからね。
釣りではなく、フェイク無しで身バレした、又は身バレを恐れた…それゆえの質問削除かな、と私は感じました。
睦輝 様
設定では、質問者は30歳前となります。
・普通教育を受けた(しかも成績がよい)人が、家政婦・奴隷扱い、夫婦関係もなく、浮気され続け、収入は全て搾取されている状態を10年間過ごす事からしておかしい。
・それらの解決策(弁護士に相談するとか、行政の窓口を訪ねるとか)を全く知らないのも異常。
・姑が夫の恋愛相手を嫌う理由が不自然。自分達より上の教会から嫁を貰うのは歓迎されるのでは?
・復讐でデブスの質問者と結婚させるってどんな姑ですか?
・それを受け入れる夫はどんな男ですか?
・浮気相手の家族は黙認してるんでしょうかね?
・「デブス不細工」だから友達が出来ない、イジメられる、就職できないって有り得ますか?
→家族や同級生や社会の人全てが「女性を見た目だけで判断して嫌う」人間だとでも?
・それでいながら、本人は「不細工」の基準を「タイ・フィリピン」等と差別的発言をする。
・上級の前会長のお諭は、オカルト天理教でも使わない「生まれ変わりの輪廻転生論」です。
・両親と顔立ちが似てない事があったとしても、姉弟との落差表現が酷すぎです。
・「天理教っぽい言葉」がちらほら見えますが、使い方が悪意に満ちています。
つまり、一見質問者本人は被害者、悲劇のヒロインのように書かれていますが、家族や周囲の人間だけでなく、関わった人全てが「異常な性格や価値観を持っている」と書いてある文章なんですよ。
天理教だけでなく、社会そのものから「被害者意識」を持っている人物、もしくは、天理教をバカにする、貶める目的の愉快犯かも知れません。
古い教会長さんに転載されてしまったので、大事になったら(間違った用語使用がバレたら)困ると思って削除したのかと思われます。
末端教会子弟 様
インターネットは、取り扱いを一歩間違えると本当に怖いですね。
改めて、末端教会子弟様の投稿を教訓とさせて頂きます。ただ単に読むだけでなく、背後に隠された誘導なり、悪意に満ちた本意を読み取る訓練をしなければならないことを痛感しました。
ヤフー知恵袋にはきわどい内容の質問が多数あり、半分は信用していなかったのですが、今回のは教団内の書き込みと信じてしまった部分がありました。自戒と反省をしています。
ただ、これからも真の教祖像を求める知人の代弁者として、さらには自分自身のためにも事実や感じたことを投稿してゆこうと思っています。
回答ありがとうございました。
成る程、宗教クラスタを集めて炎上させるだけが目的ではない可能性がありますね。
矛盾の指摘もほぼ納得いきました。
ありがとうございます。
ただ、一点だけ。
>自分達より上の教会から嫁を貰うのは
>歓迎されるのでは?
これは上級教会や他の上級系統であれば歓迎ですが、彼女の教会が質問者の所と兄弟教会など、同じ上級に属する同ランクの教会である可能性が高いと私には読み取れました。
ライバル視しあう教会や一方的に敵視する・される同ランク教会は多々あります。
そういった関係性の中で男女が恋愛となると、まるでロミオとジュリエットの様に「敵対関係にある所属間での許されぬ恋」となるのは事実です。
これは教会子弟同士に限らず、それぞれの信者同士でもありえます。
(所属同士のライバル感を信者も察していると、そうなります。)
そして教会の人間、特に奥様に知られると、奥様が介入し別れさせる事が多いのです。
その時は、教会間の因縁があるだとか、相手教会をボロクソに言って、そのライバル教会と縁がある相手に「あなたを渡せない」または「そんな相手を自教会に繋げられない」と言ってきます。
そして言いくるめて別れさせるのです。
そうなることを察して恐れる男女は、お互いの教会関係者に隠れて付き合ったりもします。
これらの、破局させられパターンも隠れ交際パターンも、実際に私は知っております。
ただ、質問者の夫は、別れた後も公然と不倫関係にあったようで、それを姑が知ってて黙認か?姑にバレないように夫が行動しているか?は引っかかる点ではありますね。
長々と失礼いたしました。
睦輝 様
まぁ、モノにもよりますが一つや二つなら有ってもおかしくない、そういう人もいるだろう程度のことなんですが、これだけ無理や矛盾が見えると作り話の設定ミスとしか判断できません。
これでTVドラマを作っても、誰も共感しないと思いますよ。
>ライバル視しあう教会や一方的に敵視する・される同ランク教会は多々あります。
愚かなことですが、現実にあるのは私も知っています。
これで得をするのは、上級だけなんですよね。
封建主義的体制や組織で、上の者が下の者を支配するために使われる「手」です。
「一列兄弟」の考え方なら下の者が一致協力して上の者を倒さなければいけないのに、下同士で喧嘩したり無理な競争をしたりして、上の者を安泰にさせてるんですから。
教会同志の競争など、喜ぶのは上級教会や、その上の方々だけ。教会同志が競って、信者獲得競争、お供え獲得競争をしてくれたら、上にとって、こんな嬉しいことはないでしょう。上の方々は、もっと競争して、お供えをどんどんあげてくれ、としか思ってないでしょうに、踊らされてるのも気づかないで、ほんとにご苦労様、です。まして、教会子弟同士、互いの信者同士で、ロミオとジュリエットのような悲劇があるとしたら、なおさらバカバカしい、笑えない話です。
末端教会子弟 様
本来、上級の立場としては下のイザコザを諭すべきなんですよね。教えに反した心遣いで部内教会同士が争っているのですから。
しかし実際は見て見ぬ振りどころか「いいぞもっとやれ」なのですから呆れます。
競い合って教勢拡大に励み、結果信者やお尽くしが増える事に繋がるのですから、上級としてはオイシイ状態なのでしょうね。
まあ今のご時世、教勢拡大などは土台無理なので、我が身を削ってお尽くしを増やす不毛な争いにしかなりませんが…。
satuki 様
仰る通りです。上級に踊らされているのです。
実際にシェイクスピアのロミジュリのような結末に至った男女が、存在するのかどうかまではわかりません。
しかし見聞きした範囲では、駆け落ち同然で教会からも天理教からも離れてしまった男女とか、教会長夫人の介入で別れさせられた後に女性が自教会の男性信者と結婚すると「他系統やライバル教会に貴重なようぼくを取られず済んだ」と公言した教会長夫人は実在します。
ある方の書き込みです。
ご参考にして下さい。
投稿内にあったコメントをコピーしておきます。
かなり深刻です。
簡単に神が目標やと言わないで、思い当たることがあるなら、それぞれも改善し、おやさまの教えに近付かせていただきたいものと思います。
「信者という線引きがない教会って良いですね。
会長の仰る事は、神様が言わせて居る事だからっていうのを聞かされてから、疑心暗鬼になってしまって信仰はしていても素直に教会を見れなくなっています。
どうしたら、その新興宗教みたいな見方はやめて貰えるんでしょうか…
言うことを聞かないと、ほら見ろってなるし、怒るし。
教会に来なくて良いって言うし。
ギスギスしてるし。
普通に信仰させて貰える教会へ行きたいです。」
「①《おぢばがえり》を繰り返されたらいかがでしょうか?
②そして、《おつとめ》をさせていただく。
③その《おつとめの歌の意味を知る》よう、努力する。
※出来れば十二下りまで
④《おふでさき》を購入し、拝読し、その意味を知る努力をする。
⑤《おさしづ関連》の本を購入し、拝読し、意味を知る努力をする。
⑥病んでおられる方がいれば、《おさづけ》を取り次がせていただく。
⑦悩みを抱えてる方がいれば、《お願いづとめ》をさせていただく。
⑧夫婦仲良く、家族仲良く助け合って暮らし、同じ思いで、《みんなは家族だと思い、仲良く暮らす。》
《教会に所属しなくても、自分の心を高め、人様の思いに立って生きて入れば、それで良いと思いますよ。》
では、逆に何故、教会に足を運ぶのか?
それはいんねん寄せて守護すると教えられてる方が集まっているからです。
《同じようないんねんを持っている者が集まり、一手一つとなり、信仰を深めて行く》為ではないかと思います。
会長は責任者であり、神様ではありません。
また、神様の代理人でもありません。
幸せに向かう為の道先案内人です。
そう考えますと、心の治った会長のいうことを聞くことは、幸せに向かう道であるとも言えます。
しかし、それは同時に《会長その者も、修行を怠ることなく、成人させていただかねばなりません。》
会長は人様のたすかりを願うスペシャリストであるよう、努力を怠らないこと。
その姿を見て、信者さんは信頼関係が生まれることが、教会の姿ではないかと思います。」
「信頼関係が、崩れてしまったのかも知れません。
納得の行かない理由で離婚して、一番辛い時に怒鳴られた事があります。
心配していて怒鳴ったと言いますが、私にとってどれ程辛い時期かはお察し頂けると思ってました。
お話会があれば、何となく人を上手く動かそうとするお話の内容だったり、また私の事を言ってるなと思わされます。
奥様に、俺は宗教を作れると思うってご自分で仰るほど口の達者な会長です。
達者な会長の仰るお言葉を、そのまま受け入れて服従しろと言われて居る気分になってしまったのが原因だと思います。
私の見方がおかしいと思います。
ですが…
会長は絶対に間違わないかと言えば、私はそうではないと思います。
お互いに人間として修行中の身ですから。
どうしたら上手に理解して頂けるのか、日々思い悩みます。
純粋に神様のみを信じて来て、30歳から天理を信じて頑張って来た私には、難しい会長のお話が理屈っぽく聞こえてしまい、強迫観念になる時があります。
会長が天理教は、宗教ではないと仰ります。
では、宗教法人て何だろう…
私は、何も知りません。
真っ直ぐ過ぎて、たまに何も分からなくなってしまいます。
苦しいです。」
コメントをされてる方は心を病まれていますので、表現がキツイかもしれませんが、これは逆に言えば、心からの叫びでもあると思います。
《この道は押し付けるものではなく、互い立合い、助け合うものであると思います。》
会長、教会を神格化させることなく、教会はたすけ場所の道場として、また、会長はその道場の責任者(管理人レベルですよ)として、《陽気ぐらしの手本となって通らせていただきたいものです。》
他所様の宗派をとやかく言うより、足元をしっかり見て通らせていただきたいと思うのですが?
教理云々よりそもそも天理教教会本部が教義改竄していたのは明白な事実 それに 現表統領 中田善亮「お尽くしは金」現状も改竄し、恐喝の疑いもかかってる時点で違法行為の疑いもある。天理教教会本部がカルト認定されるのも時間の問題でしょう。以前のコメントでも在籍の中からも内部告発も始まっているので、数年の内に天理教教会本部摘発もまじかでしょう。
人の善意を利用して儲けるような、こういった図式は、本当に腹立たしく思う。
五輪ボランティアを炎天下で酷使、陰でJOCと電通は濡れ手で粟の大儲け
http://news.livedoor.com/article/detail/10769641/
本間 龍 ryu.homma @desler 5月9日 twitterより
はっきりしているのは、JOCと電通が4000億円にものぼるスポンサー料を集めてながら
その使途を一切明かさず、ボランティアを無償にして利益独占を図る構図です。
商業イベントならそこで働く人が無償なんてありえないのに、「オリンピックだから」と
都合よく人を騙そうとする。極めて悪質です。
中〇大教会の会議出席者から情報いただけました。最近は非常に穏やかに議論が遂行されているそうです。
以前、どなたかのコメントで、
「法人乗っ取り犯たちは、すでに捜査機関ロックオン済み」と、あったかと思います。その所為なのか、親玉である島村廣義本部員、羽成守弁護士らは以前までの横暴、暴言は鳴りを潜め、大変おとなしくしているそうです。
情報提供者によると、中山治信本部員は会議の席で、負け惜しみかのように、
「今までの会計の予算組みのやり方が悪かった」とか、「以前のまま今の量のお供え(神饌物)をしてるのだろうが、経済的に疲弊している現状を踏まえて予算減らすとか、台数を減らすとか、身の丈相応の御供え(神饌物)にしろ!」
とか言ったらしく、その方は大変怒っていて、
「会長さん方は関係上、言いにくいところもあるだろうから、俺らが取っ絞めて次回にでも会議から追い出してやろうか、あのヤロウ!」
と仰っておられました(笑)
私は現在、本部との包括関係の解消の手続きを進めている関係上、宗教法人法など法律のお勉強を行政書士の先生の師事のもとでやっておりますが、思うに本部員たちがその大教会の会議に出席していること自体、宗教法人法違反ではないかと思いますよ。
これは「包括団体と被包括法人の相互規定」といって、各宗教法人には「自律性や自主性(自分たちが主となって決める)」「独立性」などが認められていますので、たとえ本部であっても、一方的に人事を押し付けて勝手に異動したり、一方的に解任とかはできないはずです。
しかし聞けば、島村廣義本部員らは、会長家族に隠密に、一方的に会計の人事を決め、思惑の人間に異動させ(これは後で説明)、覇権を掌握し、大教会を乗っ取ろうとしていたようですが、それが大教会側にバレて、弁護士や捜査機関に相談されて事件が発覚したということのようですね。
また、なぜ現在の会計責任者にしたという件ですが、天理教教規の57ページに興味深い条文を見つけました。
【一般教会規定第23条】
教会長の後任者を定めるときは、左(下)の方法による。
一、直属教会では、当該教会の役員および部属教会長の推挙による。
【一般教会規定第24条】
前条の教会長は、任命を受けた後に前任者から速やかに当該教会の財産およびこれを証する書類などの引継を受けなければならない。
前任者が出直し、その他の理由によって欠けた場合は、当該教会の財産管理に当たる者をもって、前項の前任者に代える。
とあります。つまり、現在の会計責任者にしたのは、会計というのは法人財産の一部ですが、これにさらに法人印を手に入れると、不動産その他のすべての法人財産を掌握することになります。とりあえずは会計責任者に任命して、後に法人印を代表役員から手に入れて、この会計責任者を会長にしようという、まさに「法人乗っ取り事件」といえます。
また、茶番の会議で会計を異動させたときに中山治信本部員が、この大教会の会計室に入ってきて、大教会長夫人に、
「金庫こちらへ渡してください。奥さん覚悟して下さい!腹くくってください!」
などと言って法人会計の金庫をむりやりに奪ったと伺いました。
これもやはり前述の宗教法人法の「相互規定」違反ですね。しかも法人会計金庫を強取・強奪しているので、刑法の「恐喝罪」ないし「強盗罪」に該当するのではないですかね。
全体を見ると7、8名で実行している事件で、これは両統領の指示(教唆)ということなので、「組織犯罪処罰法」にもかかってくるでしょうね。罪名は「組織的恐喝とか、組織的強盗ないし、これらの未遂」とかでしょうかね。
また、うちの行政書士の先生が、
「弁護士がいながら、こんな事件が起こっているということは、この弁護士も明らかに関係してますよ。というよりも主導側にいるでしょうね」
と仰っていました。世も末です。
特命
2017年5月17日 9:20 AM
そんな金庫奪ったりしたらお終・・・本部は明確に有罪ですね・・・とうとう本部の暗部が露呈しましたということか・・・これじゃ誰も助けられない・・・金に困って他人の金庫奪うとか・・・
本部も資金繰りに困っていたとしても強盗はね・・・摘発が現実化されますね。
ひどい話ですね。本部員て、甘露台のまわりでお面かぶって「おつとめ」している人たちですよね。
せっかくなので、僕がこの系統の方から聞かせてもらったお話をします。
いわゆる「法人乗っ取り事件」が起きてしばらく、この大教会の本部との交渉役の人が中山治信本部員と話していて、本部と部内の裏切り者たちの法令違反行為や、教理からかけ離れた教祖の教えに反する行為だ!と指摘したところ、中山治信本部員は、
「あんたら、法律ならべたり、〝おさしづ〟ならべたりしとったら、ほんまに両統領に切られるで!」
とか脅迫されたそうです。
この天理教は、法律ならべたり、おさしづをならべたりしたら、両統領にクビにされるそうです(笑)
というか「ほんまに両統領に切られるで」ということは、最初から大教会長さんや奥さんをクビにするつもりで「乗っ取り」をしかけたということですよね!?
最低やん。お前ら、早よ捕まって、刑務所で頭冷やして来い!
なぜ弁護士がいたのにこのような事に成ったのか? これ弁護士が法人乗っ取りを口実に、天理教教会本部を嵌めたとしか思えない。以前より中田善亮 表統領への嫌がらせを耳にしましたがその話といいこの杜撰な違法行為を止めなかった弁護士に違和感しか感じません。 宗教法人法を見れば一目瞭然各末端教会でもそれは周知の事実、各法人は独立性を持った確固たる独立した集団です。なのにそれを弁護士がいながら違法行為をやらせたっておかしな話です。恐らくこの弁護士他の宗教団体や他の組織から金をもらって動いてるんじゃないですか?本部も騙されましたとおもいました。おかしいです。この弁護士凄い有名人ですよね?こんなミスを犯すわけが無い!
絶対この弁護士が本部を嵌めたんとしか思えません。
https://www.google.com/search?q=%E7%BE%BD%E6%88%90%E5%AE%88&source=lnms&sa=X&ved=0ahUKEwiq-4mxqvfTAhVFzLwKHcoGCW4Q_AUICSgA&biw=1920&bih=990&dpr=1
法人乗っ取り事件。これみんな捕まったら、組織崩壊しませんか?
この社会学さんの記事を読んでいると、山澤廣昭内統領、中田善亮表統領、島村廣義本部員、中山治信本部員、高井久太郎本部準員、羽成守弁護士と当該大教会の二、三名が事件に関わっているということですよね。
本部の5名が捕まったら、真柱様かて任命責任や使用者責任の追及は免れないでしょうからタダでは済まないですよね。
やはり、この法人乗っ取り事件が本部崩壊の引き金になるのでしょうね。本部、自業自得です。
羽成弁護士かて、本部の顧問弁護士みたいな立場なんでしょ? そんで、法人乗っ取り事件被害の大教会の部内教会長ということやから、被害大教会も裏切られた上に散々ですけど、三、四名の部内教会長を失うことになりますよね。
こちらには組織の再構築をして頑張っていただきたいものです。なんせ私たちに他の大教会とは違う、たとえ本部であろうが違うものは違う、間違っているものは間違っているとハッキリと物申せる素晴らしい姿勢を示して下さっているのですから。
陰ながら応援しております!
>なぜ弁護士がいたのにこのような事に成ったのか?
この方は弁護士ですが、教会長でもあります。少なからず洗脳状態でしょう。法律にはプロですが同時に天理教があり、本部があるのです。
伏魔殿と呼ばれる本部は絶大な権力を持っています。本部の意向を神の意向と思えば、自分の知識と合わせれば、何事も不可能はないと勘違いしてもしょうがないのかもしれません。(勘違いで成り立っているのが今の本部です。)
その勘違いから始まった一連の騒動です。
おそらく、この弁護士は教会長であっても深い信仰はないと思います。もし、深い信仰があるならば、今の本部の、ありかたはオカシイと気づく筈です。弁護士も教会長も、この方にとっては職業にすぎないのでしょう。
羽成守のような悪徳弁護士は、懲らし戒めてもらいましょう!
日弁連 懲戒制度
https://www.nichibenren.or.jp/jfba_info/autonomy/chokai.html
東京弁護士会のコンプライアンス
https://www.toben.or.jp/know/toben/kujyou.html
弁護士法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO205.html
弁護士職務基本規定
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/data/rinzisoukai_syokumu.pdf
日弁連会則
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/rules/pdf/kaisoku/kaisoku_no_1_160422.pdf
古い教会長
2017年5月18日 5:59 AM
ご返信ありがとうございます。本当本部上層部もそうですが天理教弁護士のこの愚行は信仰者の風上に置けない愚かな悪しき因縁年かいえません。中山家は戦争参加はしたでしょうが戦場参加はしたことないでしょう。なぜ先の大戦でようぼく初め神風特攻隊として日本の若者がお国の為に命を落としたか、戦場参加したことない日本人の魂がない教義も改竄する嘘吐き中山家では理解できないのでしょうね。このままでは教団ないからも本部を仕留める動きが出るのでしょう。
この頼りない本部を倒す直属教会初め分教会が多く出てくるでしょう。
古い教会様、中山家や天理教弁護士に見切りがつきましたありがとうございました。
昨日のテレビである芸人さんがやっと売れて
実家に仕送りが出来るようになった話をしていました。
母親に仕送りのお金使ってよと言うと
「自分が働いたお金でやっていける。子供が用意したお金は使えない、そんなもんよ、親は」と話した。
いつ売れなくなっても良いように子供の為に貯金しているそうです。
実家は家と言えないような所でした
トイレもありません。それでも子供からの仕送りを使わない。親とはそんなもんと
立派な家に住み、良いもの食べて、良い車乗ってもっとお金お供えしろと言う親ってなんなんやろなと思いました。
本部の二枚舌を表統領、直々に露呈した。
〈中田表統領〉
発信というのは、対象や内容をハッキリさせた上で行わないといけない。
お道から教外・世の中に向かっての事と、本部から教内に向かっての事はまったく違う。
また、本部から直接伝えるべき事と、教会や教区・地域を通して伝えてもらいたい事を整理し、いろいろな手立てを用いて発信していきたいと相談しているところだ。
〔みちのとも 立教180年2月号 53頁〕
表統領の言動は、最近の「みちのとも」や「かなめ会報」から消えている。
本部も問題視しているのかな。
匿名 様
2017年5月19日 7:30 AM
そのような人たちが、奈良県の高額納税者に名を連ねているのです。
もし、教祖が存命なら次のように言われるかもしれません。「世も末じゃ」とね。
古い教会長
2017年5月19日 9:12 AM
問題視どころか【お尽くしは金】失言声明を早急に 表統領 中田善亮 から撤回と謝罪をすべきですし、この失言のを真柱から正式に謝罪すべき教団始まって以来の事件です。これが出来ないのであれば、この失言は教団全体の寄付金の減少にもつながるので、中山家の存在意義は無くなるでしょう。日本人なら切腹して教団から立ち去れば良い。それが出来ないから、中山家は教団の代表に相応しくないのです。最近社会学さんの記事を教団内の多くの人が見ているようです。私の系統の周りでも真柱や中山家批判をよく耳にするように成りました。
「本部が異端をやらせてる張本人」と系統内の大きな分教会長も仰ってました。系統内では周知の事実と成ってます。
今回小職は、
「中〇大教会大教会長、役員に対して両統領よりお話/立教179年6月22日 お玄関奥洋間」
という題名の文書を、法人乗っ取り被害の大教会関係者より入手したのでご紹介します。
これは昨年の10月14日、この大教会の秋季大祭祭典後の教会長連絡会議で、中山治信本部員が配布、そしてその音声を全員に聞かせたそうです。
(提供者は「音声を聞きながら、この文書を目で追って読んでいたが、両統領とも音声では、もっと下劣なことを言っていた」と証言。文責は中山治信本部員らしいが、都合よく改竄したのであろう。)
全文掲載しますが、一つ留意点として、この大教会の「会長夫妻が悪い、悪い」という前提で攻め込む宣誓のような文章なので、こうした悪意あるプロパガンダ、ガスライティングに騙されないよう、つられないよう、惑わされないよう、注意深くお読みください。
中〇大教会大教会長、役員に対して両統領よりお話/立教179年6月22日 お玄関奥洋間
【山澤廣昭内統領】
今日、急遽来ていただいたのは、中〇のことというか、大教会の様子などを意識するようになったのは、それはちょうど十数年前、両統領との懇談があったが、あの当時それ以降いろいろと世話人(島村廣義本部員/内統領と兄弟)から話を聞いたり、周りから話を聞かせてもらうけれども。
また実際にいろいろな集計、大教会としてのお供えのことであったり、人の面のことであったり、いろいろと見させていただく中に、中〇が大教会として、なかなか十分に機能していないということが多々見えているように思うのです。
実際に本部に運ばれてくる理立て一つにしたって単立の分教会に劣る面がありますし、人の面のご守護も然りですし、大教会の中では役員会等々が全く機能していない。
いろいろな各会の動きにしても停滞している状況である、と言われるようなところであると思う。
それを以前から何とかしないといけなかったと思うし、本部としても実際、中〇の教会や信者ようぼく等のことを考えますと、このまま放置しておけないような状況にあるのではないかと思うのです。
そうした上から今日、本部として一つ決断したところをお伝えして、今後いろいろ本部も中に入って中〇の動きを相談していきたいという上から、こちらは両統領、世話人が入って、こちら、中山治信、高井久太郎。
そちら、大教会での立場と教会名等々、それぞれ教えてもらいたい。
※「本部も中に入って」
‥宗教法人法第12条5-12項「包括団体と被包括法人の相互規定」違反。各法人は自律性、自立性、独立性が保障されているので、中まで入ってかき回すのは言語道断!
【大教会長】
栗原政夫、大教会の役員。日高彰、大教会の役員。櫻井雅夫、大教会の役員。
【山澤廣昭内統領】
一応やはり本部としても関わるについて、複数の人間で関わりをもって、いろいろと相談をし、指導すべきところは指導させてもらって関わらせてもらいたい。
そういう上から世話人(島村廣義)はあくまでも一人ですが、それを補佐するかたちでこの両名(中山治信、高井久太郎)、計三名が、今後、中〇に関わっていきたいと。
特に、聞いてみれば会計面のことなど、いろいろと心配なこともあるようですし、実際に、先ほど言いましたように、中での相談が全く成り立たないというような状況にあるようですし、大教会としての動き、形を作らないといかんと思いますし、そうした上から足繁く、こちらからも運ばせていただいて事を進めていきたいと思うことで、今日おいでいただいた。
これは両統領の責任で、代わって3名に行っていただくというかたちになりますので、本部としても本腰入れて、ずっと中〇の立て直しに関わっていきたいと思いますので、その点、ご了承をいただきたいと思います。
部内の方にも流してもらわないといけないということで、今日、お集まりいただいて、おいでいただいたのは、そうしたことです。
※「会計面のことなど」
‥やはり、法人財産狙いですね。
※「これは両統領の責任で、代わって3名に行っていただく」
‥結果、刑罰法令にも抵触しているということなので、これは両統領の犯罪教唆の証拠となります。
※「ずっと中〇の立て直しに関わっていきたい」
‥これも「相互規定」違反です。立て直しどころかメチャクチャにしているから、こうして部内からリークがたて続くのではありませんか、両統領さん?
【中田善亮表統領】
ただ今、内統領から申しました通りで、大教会の役割に関してですが、大教会をはじめ繋がる教会、あるいは教会に繋がる方々の成人、あるいは教会活動、丹精、そういうものが、おぢばから真っ直ぐに理が流れて活性化を図っていく。これが大教会の上での一つの大きな役割と思います。
しかしながら、なかなかそういうふうには伺えない状況が続いているように思います。今のままでは、これが好転していく、良いようになっていくようにはちょっと伺えない(思えない?)という判断を致しました。
これから、なかなか一朝一夕に進むことではありませんので長い年月がかかるかもしれません。しかしやはり順序良く前に運んでいかなくてはならない。
あるいは、ある意味では、組織というような組織体(組織というような集合体の間違い?)がある。あるいは、その組織に勤める人たちの心、心根、思い、そういったものがやはり一手一つになっていかなければ、なかなか事が進まない。
営利団体ではありませんので、やはり何のための中〇大教会なのか、というとうなことが皆さんにしっかり根付かなければ、本来の在りよう、順序良く一手一つになっていくということが難しい。同じ思いを持っていても、なかなか難しいものですから、今の状況では、これからいろいろと状況を相談いただいて、本部としては一中〇という名称だけではなく、そこに繋がる教会、あるいは、ようぼくの方々が勇めるような状況になっていくことは、これはやはり大事なことだと思います。そのために必要なことは、思い切ってメスを入れていかなければならないと思います。今ある状況をこれからどうして行くか、こういう体制をとりますので、本部としてはしっかり、こちらも腰を据えて相談させていただきたいと思います。
※「思い切ってメスを入れていかなければならない」
‥メスなんて入れてはいけません!やはりこれも宗教法人法の「相互規定」違反です。
ただ中〇に限ったことではありませんけれども、大教会もいろいろと状況が違いますので、どんなスタイルが一番いいかということは、これはもう一概に申せるようなことではありませんので、つくっていかなければならないと思いますので、やはり大教会として陞級された、そこに戻って一から本部直属教会というものを拵えていく、拵え直すという、つくり直すというぐらいの、それほどの覚悟でかかっていかなければならない。こちらもそう働きかけをさせていただきたいと思いますので、急な話だとは思いますが、内統領も申しましたように、このことを、役員会議というものが成り立っていないように思っておりますので、直属教会長、あるいは必要な方々に、このことをお伝えいただいて、そして世話人はじめ3人を遣らせていただきますので、引っ掻き回しに行くつもりでもありません、喧嘩をしに行くつもりでもありません。
※「引っ掻き回しに…喧嘩をしに…」
‥引っ掻き回されて、役員さんが一人出直され、大教会を離れてしまった人も出て、会議では最近まで喧嘩のような状況が続いていたと伺います。
お道の教会として、やはり教祖に喜んでいただけるような状況を、何とか年限をかけてでも作らせていただくということが目的ですので、その点において一つ、心を合わせて話し合っていただきたい。
やはり今申しましたが役員会議、それがやはりキチンと働くようにならなければならない。そして何よりも会計状況。これの明朗化と、そしてこれからどういうふうに変えていくのか、立て直していくのか。そういうこともみなさんで、いろいろとご相談いただかなければならない。
失礼ですけど、会長さんと奥さんだけで会計をやっていただくのは、もうやめていただいて、しっかりと会計の役割の方々とともに、内容のことも、予算立てて、そして歳出、そして決算ということがキチンとなるように。これは使い方云々ということではなく皆さんの気持ちに通じることですから、やはり大事なことだと思いますから、そういうようなことも昔のような一昔前のような、まあまあ、まあまあということでは済まない時代になってきておりますので、もっと言えば、監督官庁さんにもキチンと報告してくださっていると思いますけれども、そういうところも、だんだんと厳しくなってきています。ごまかしの利かないような方にも、どんどんなっていきますから。
お道は、そういうことには全体的に弱い面もありますけれども、本部直属教会などはキチンとしていただきたい。大教会の中でキチンとどういう状況になっていて、どのようにこれからやっていくのかハッキリとしていただいて、やはり一度、責められるべきは責められなければならない部分もあると思いますし、また整理するところもあると思いますので、その辺のところまで、人様の台所まで足を踏み入れるようなこともさせていただくこともあると思いますけれども悪気はなく、先々の事を思って一つご協力をいただきたいと思います。
※「何よりも会計状況」
「会長さんと奥さんだけで会計やって…」
「やはり一度、責められるべきは責められなければならない」
‥伺うと、大教会長さんは会計はやっていなかったそうで、夫人と役員さん方と事務方だったと聞いています。嘘の情報が本部に流れていたものと思われます。本当に大教会長夫妻が詐欺や横領などの不正を働いていたなら、それ以前に監督官庁からお咎めがあったはず。最初から捜査機関を入れるべきだったのではないのでしょうか。監査権もない人間が攻め込んで責めたて、監査のママ事でやったから大モメ事になってしまったのでは?
※「人様の台所まで足を踏み入れるようなこともさせていただくこともあると思いますけれども悪気はなく」
‥悪気がある、ないの問題ではありません。失礼極まりない、これも「相互規定」違反。
詰所の状況などにつきましても周りからも聞きますし、周りだけでなく部内先からもいろいろ我々の耳に入ってまいります。それがどこまでがどうなのかは分からないですけれども、やはり心配なことが多いですので、ここらで注意しなければ本部としても申し訳ないと思いますので、そういう方向で島村先生中心にと思いますのでご承知いただいて、対処いただきますようお願い致します。
以上。
(無題) 投稿者:末端教会子弟さま 投稿日:2017年 5月18日(木)21時13分47秒
>「あんたら、法律ならべたり、〝おさしづ〟ならべたりしとったら、ほんまに両統領に切られるで!」
これは、両統領を始めとする上層部が、今の天理教本部は「反社会的組織」であり、教祖様・本席の教えを否定する宗教団体になった、と宣言していますね。
この言葉が真実なら、天理教内だけでなく多くの人に聞いて頂いて、その信を問いたいところです。どこかのマスコミが取り上げてくれればいいのですが。
「乗っ取り事件」そのものについては、乗っ取り全体が違法なわけではなく、その中で行われる手続きや言動に違法性があるかどうかで判断せざるを得ません。
大教会側の人たちがどの程度証拠を集めたかわかりませんが、落ち着いたということは、確たる証拠を握ったということなのでしょうか?
法人乗っ取り 投稿者:司法書士の卵さま 投稿日:2017年 5月19日(金)07時01分16秒
2017年 5月18日(木)21時13分47秒 末端教会子弟さま
仰るとおり、たとえば一般の株式会社であれば、その企業の筆頭株主になれば最大の発言力、影響力を持てます。また株を100%取得すれば完全子会社化です。あまり良い表現ではありませんが、これが一般社会における、企業の「乗っ取り」です。
この「お供え」さん、社会学さんに投稿されている乗っ取り関連記事を総合すると、この法人乗っ取り被害の大教会においては、失脚させるがために本部と弁護士ほか部内の数名が結託して会長家族に秘密裏に計画をすすめ、本来、人事権の及ばないはずの他法人の人事に干渉、代表役員の意向を無視して、あたかも役員会議決のように見せかけて一方的に人事(会計)を決定、勝手に異動して、まずは法人財産の一部である「会計」を手に入れ、後に「法人印」を代表役員から奪って大教会の覇権を手中にしようとした、ということのようです。
これらは宗教法人法の「包括団体と被包括法人の相互規定」ほかの違反になりますが、これだけでは刑罰法令には抵触していません。ですので教会本部の所轄である文部科学省(宗教法人審議会)ないし、各教会(各法人)の所轄である県庁の宗教法人窓口へ被害の旨を申し出られるとよいでしょう。
可能性として考えられる抵触刑罰法令は全体的には、
脅迫罪、威力・偽計業務妨害罪、強要罪、詐欺罪、恐喝罪、強盗罪。
また、両統領、現場責任者である島村本部員は教唆罪の可能性。
そして組織的に行っているので「組織犯罪処罰法」への抵触が考えられます。
「組織的詐欺」とか「組織的恐喝」ということになるでしょう。
個人的に個人をも告訴するというのなら、当然ながら名誉毀損罪、侮辱罪なども含まれてくるでしょう。
また弁護士においては一般法規以外に、弁護士法、弁護士職務基本規定、日本弁護士連合会々則などがありますので、それらに違反、抵触していれば、所属弁護士会や日弁連へ懲戒請求や申し立てができます。
会議などが落ち着いてきたようですが、これは大教会側が何かしらの手続をすすめていて、加害者達がそれを認識したか、抑止のために大教会側から何かしらの威嚇があったのではないかと想像します。
中〇大教会大教会長、役員に対して両統領よりお話/立教179年6月22日 お玄関奥洋間
↓
中〇大教会大教会長、役員に対して両統領よりお話/立教179年6月26日 お玄関奥洋間
訂正、お詫び申し上げます。
2017年5月19日 11:55 AM 両統領お話さま
素晴らしい情報提供をありがとうございます。
隈なく読ませてもらいましたが、どうしても疑問に思うことがあります。
誰の意思で、この「乗っ取り宣言文書」を配布して、音声を皆に聞かせたのかです。
この文書は、どう読んでも宗教法人法違反や犯罪教唆などの証拠と成り得るとしか受け取れません。
そんな文書を両統領が「配布しろ、聞かせろ」と言ったのか。それとも、島村、中山本部員らが両統領に許可をもらって聞かせたのか。
まあ、いずれにしても両統領の許諾がなければ出来なかったことでしょうから。
すると両統領、相当お頭ヤバいですよ!こんなん、まるで社会常識がなさ過ぎます。
一般社会通念すら理解できていない輩がそれぞれ、宗教法人天理教、宗教法人天理教教会本部のトップに居座っているわけですから、もう致し方のない、どうしょうもない組織だとも証明しているということにもなりますよね!
2017年5月22日 10:16 AM お頭(つむ)大丈夫か、本部さま
本当に社会常識がないと思いますよ、これ。
「内統領、表統領がこう言っているから、これが道の上では絶対だから、言うことをきけ!」
と思い込んでいて、本気で
「これ出せば、みんな言うこときくで!」
と思ってやったんではないかと推測します。
「井の中の蛙(かわず)」「お山の大将」「イッツ・ア・スモ-ル・ワールド(それは小さな世界)」
世間の事は何も知らない。
自分ら本部在籍者が選ばれし、この世の絶対的存在ぐらいに思い込んでいる大バカども。
本部の崩壊も間近でしょうなあ…。
2017/5/19 14:36
twitter てんりさん 様 ten_ri_san のツイート
大教会が組織として機能していないというのが本部の言い分であると理解しました。
こういった最小規模の大教会に本部が介入するということは、今後、他にも同様の事例が出てくるかもしれませんね。
しかし、立て直すことが目的なのに、まず会計云々の話をするところが胡散臭いと、個人的には思います。
神崎大教会の教会長さまの、なさりようはあんまりです。失望を隠す事ができません。天理教自体が大嫌いになりました。ネズミ講の集金システムです。会長さまの親心は、どうなっているのでしょうか。親心という名のモンスターです。
「お尽くしは金」が本部の本音です。何が天理ですか? おやさま おやがみさま に謝れ!
むしろ その乗っ取り事件は、お尽くしは金教団本部VS真の天理教の戦いに見えてきました。
それでは本部も勝てないわけです。
天理教ではよく、低い心を持てと聞きます。
ことわざに、低きところに水たまる、とありますが、お金が集まるところは、ひとが集まりやすいといった意味の他に、悪人たちが、悪人のいるところに集まりやすい、といった意味もあるとか。
天理教本部も、道徳心という心はかぎりなく海抜以下より低いですよね。
中田善亮筆頭に。
ただいまツイッターにて、五季納のアンケートを実施しています。
五季納は大教会によって制度が異なったり、実施していない大教会があったりします。
それを明らかにする為のアンケートです。
ツイッターアカウントをお持ちの方は是非とも御協力をよろしくお願いいたします。
https://twitter.com/o_muthuki/status/867960684591554560
2017年5月17日 7:56 PM 「大量検挙」さまのコメント
>いわゆる「法人乗っ取り事件」が起きてしばらく、この大教会の本部との交渉役の人が中山治信本部員と話をしていて、本部と部内の裏切り者たちの法令違反行為や、教理からかけ離れた教祖の教えに反する行為だ!と指摘したところ、中山治信本部員は、
「あんたらな、法律を並べたり、おさしづ を並べたりしとったら、ほんまに両統領に切られるで!」
と脅迫されたそうです。
>この天理教は、法律を並べたり、おさしづ を並べたりしたら、両統領にクビにされるそうです(笑)
中山治信さんて、奥様が大変な身上いただいているんです。確か去年の秋頃か冬口やったと思います。
脳梗塞か、脳溢血か何かで倒れはってから白川の施設に入ってはって、内儀(ないぎ/教祖殿の女方)や、御供所(ごくしょ)の奥様方が頻りに噂しているのが、聞きたくないけど耳に入ってきました。
「神さん、おやさん、見抜き見透しやで。夫の悪事は妻にも当然ながら掛かってくんねんで」と。
乗っ取り被害大教会に対して、強要や脅迫、恐喝などと、相当に悪いことをしはったみたいで、おぢばでもその噂で持ちきりですわ。大教会の金庫を奪ったとか、マジで強盗罪ですやん!
大教会側は怒り心頭らしいですが、最近は相当に押し気味らしく、もうもう捜査機関や司法機関に「そろそろイきませんか、本部」と、言われてるて噂で聞きました。
最新情報ですが、どうも、誘拐紛いなことも起きているらしい。その責任の所在は分かりかねますが、本部(両統領ほか)は、その乗っ取り被害大教会を相当に疎ましく思っているようで、子ども奪ってまで血縁の因縁を切ろうとしているらしい。
それやったら本部も、養子なんか貰わんと「後継者、継承者おりませんねん」言うて、互選で次期真柱決めるとかしたら良かったんやないですか?言うてることと、やってることが矛盾しすぎで、もうついていけません。切ったら切られる。切りまっくったら、切りまくられる。これが世の道理、天理です。
切って切って切られているのですから、今後は、繋いで繋いで繋いでくれはったら、私らや世界の信者さん方が繋ぎのご守護いただけるわけですから、本部の皆も、我がの保身ばかり思わんと、世界に打って出ようやありませんか!
在籍者(現役)様
貴重な情報を有難うございました。考えてみればN山H信本部員も、ある意味、組織の犠牲者にも思えてきました。
本当に、本部は罪深い組織です。
難しいことは言いません。教祖の教え通りに通って頂きたいだけです。
在籍者(現役) さま
貴重な情報を有難うございます。
>夫の悪事は妻にも当然ながら掛かってくんねんで
一点質問させていただきたいのです。
これは、「夫の悪事により奥様が脳梗塞か脳溢血かのお手入れを頂いた」というように解釈できますが、どのような教義の解釈や読み取りをすれば、このような結論が出せるのでしょうか?
「夫の悪事を知った妻が心労のあまりに病気になった」というなら理解できなくはないのですが、「月日親神が誰かの悪事を家族の者に身上で知らせる」という解釈が理解できません。
奥様方はどのような理解でそのような噂をしてるのか、教えてください。
2017年5月27日 5:00 PM 末端教会子弟 様
>「夫の悪事により奥様が脳梗塞か脳溢血かのお手入れを頂いた」というように解釈できますが、どのような教義の解釈や読み取りをすれば、このような結論が出せるのでしょうか?
>「夫の悪事を知った妻が心労のあまりに病気になった」というなら理解できなくはないのですが、「月日親神が誰かの悪事を家族の者に身上で知らせる」という解釈が理解できません。
>奥様方はどのような理解でそのような噂をしてるのか、教えてください。
お返事ありがとうございます。
説明できそうな おさしづがたあったと記憶しています。少しお時間いただけますでしょうか?
本部在籍者とは、字の通り、本部に籍が在る者を指す。
本部員、本部准員、本部青年。そして、
本部婦人、本部女子青年が本部在籍者。
上記以外は、本部在籍者(の)家族、本部在籍者(の)子弟です。
インスタ
@da.i.an813
見てください
>「夫の悪事により奥様が脳梗塞か脳溢血かのお手入れを頂いた」
○根大教会の奥様も以前同様の身上だったと耳にしました。
夫である大教会長様も同じように悪事を働いておられたのでしょうか…?
匿名希望2017年5月28日 3:59 PM さま
>○根大教会の奥様も以前同様の身上だったと耳にしました。
>夫である大教会長様も同じように悪事を働いておられたのでしょうか…?
教祖様の教えからするとそういう解釈が疑問なので質問させていただいたのです。
月日親神が、夫の悪事を見て奥様を病気にするって有り得ますか?
天輪王?天理王? 投稿者:たろう
投稿日:2017年 5月26日(金)15時37分38秒
教祖中山みきが天啓を受けた神の神名は「天輪王命」なのでしょうか?それとも「天理王命」なのでしょうか?
たろう 様 投稿者:東風Z
投稿日:2017年 5月26日(金)19時49分30秒
私の手元にある資料(2002年10月26日櫟本分署跡参考館発行のほんあづま12月号付録の「みかぐらうた」本)によりますと、「天理王命」の神名は明治21年東京の神道天理教会本部が、本席のおさしづで禁止しているのに、目標札を発行しました。その時から使われるようになった。と書かれています。
教祖が教えられた「みかぐらうた」では「南無転輪王よしよし」と書かれています。
どちらが正しいのかは判断のしようがありませんが、教団本部は今更、神名が間違っていましたとは言えないのかもしれません。
何れにしましても、本当の教祖像を披歴しない、あるいはできない天理教なんか信仰に値しないと思っています。
何故かといいますと、例えば、鈴木(すずき)さんに対して鈴本(すずもと)さんと呼びかけているようなもので、失礼極まりないことだからです。
教団にとって都合のいい、ヨイショ記事ばかり書いている天理時報と教会の実態とを見比べてみれば、おおよそのことはお察しできていると思うのですが。
Re: たろう 様 投稿者:たろう
投稿日:2017年 5月27日(土)17時40分38秒
東風Z様
ご回答ありがとうございます。
「天理教フリーフォーラム」というサイトの「明治15年頃のみかぐら歌本」(http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/hon-mikagurauta/hon-mikagura.html)にははっきりと「てんりんおゝ」または「天輪王」と書かれてあります。明治15年といえば中山みきがまだ存命中ですから、「天理王」はありえないと考えるのが常識的だとは思うのですが、どういう経緯で「天理」という名称が使われるようになったか知りたいです。
神名 投稿者:古い教会長
投稿日:2017年 5月27日(土)22時39分35秒
<天理教における親神・天理王命の神名>で検索して下さい。
天理教における親神・天理王命の神名 津井治郎
はじめに
天理教において神名というとき、親神・天理王命(てんりおうのみこと)を
指す場合と、親神の「守護の理」(はたらき)を説き分ける十柱の神名を指す
場合とがある。
本稿で問題とするのは、前者についてである。天理教の歴史に
おいて、親神の神名について文献の上では「てんりんおふのみこと」「てんり
おうのみこと」「天輪王命」「天龍王命」「天輪王明神」「転輪王命」「天倫王命」
「天理大神」「天理王命」など様々な表記がみられ、発音上はやや例外的な「天
龍王命(テンリューオウノミコト)を除けば、「テンリンオゥ」と「テンリオ
ゥ」の二種類の呼び方が存在したことが分かっている[おやさと研究所,1997 :2 16]。
それをめぐって、おもに天理教外の研究者lによってさまざまな
見解が提示されてきている。したがって、神名をめぐるいくつかの解釈を、詳
細に文献資料を整理した早坂正章、仙田善孝の成果と合わせて概観して整理し、
その上でどのように解釈することができるかについて最後に若干の考察を加え
ることにしたい。
(無題) 投稿者:末端教会子弟
投稿日:2017年 5月28日(日)09時30分29秒
>どういう経緯で「天理」という名称が使われるようになったか
「劇画 中山みき物語」によると、
明治17~8年頃、弾圧がますます厳しくなり教祖様が監獄に連れて行かれることも増えたため、隠れ蓑として「教会設置」を進め、5月に東京の神道本局から「神道直轄六等天理教会」として認められた。
この天理とは、明治5年以来、文部省、教部省の勧める「三条の教則」(敬神愛国、天理人道、皇上奉戴)から取ったもの(「てんりん」と「てんり」は似てるから都合がいい)だそうです。
本には記載がありませんが、何故弾圧が厳しくなったかは、明治13年に設立された「転輪王講社」が、明治14年に秀司が亡くなり、後を継いだまつえも翌年亡くなったために縁が切れて、教祖様の真の教えを説くお屋敷になったからだと考えられます。
在籍者(現役)様
”夫の悪事よりお手入れを頂いた” 本当の事は、神にしかわからない事をなぜ、天理教関係者は簡単に口にするのでしょうか。人の苦しみを神の目線で語ることは、天理教的には重罪(月日の規定する純粋な人間思案)に当たるのではないでしょうか。神を騙るのは、人間の居る地上に、神を引きずり落とす行為ではないのでしょうか。これに関してはスターリンが、(私はスターリンは好きではありませんが)無神論的神学論の立場でこう解釈しています。「本来、神は人間とは異質な存在で、人間の言葉では語りつくせない存在である。(スターリンはグルジアの神学生でした。)その神を人間の言葉で表そうとするとき、どうしても人間は神の姿、形に人間の願望を投影してしまいがちになる。」と。内儀、御供所のお話の中に、貴方様の願望が投影されていませんでしょうか。(もちろん、貴方様は人様の不幸を願う方ではないと思いますが、潜在意識を人は中々コントロールできないと思います。)私は常々天理教内の愛の不足を感じ、訴え続ける者ですが、本部員が末端の信者に対し、無意識に同じような事を述べるとき、天理教離れが生じます。神の手入れがあったか、どうかを決めるのは、やまいを得た本人だけができる事であろうと思います。天理教は、愛と天理教倫理に欠ける事がわかっていながら、誰もこれに異議を唱えないのは衰退の原因の一つではないでしょうか。
6号21、三人かたうでについて
転輪王講社の事情のあたりになるといつもこのおふでさきを思い出します。
おふでさき注釈には3人の実名がありますが違うのではないかと考えています。
私の思う3人とは
中山秀司 明治14年4月8日死 享年61
中山まつえ 明治15年11月10日死 享年32
山澤良治郎 明治16年6月19日死 享年53
です。
昭和3年の注釈にはいつも疑問を持っていますが如何でしょうか?
この @da.i.an813 さんはどちら様なんでしょうか?
2017年5月29日 1:28 PM やしきのそふじ様
おふでさき第六号は、明治七年の12月より明治八年の2月までに執筆されており、第六号21の「十人の中の三人片腕」は、教祖の片腕ともいえる位置に居り、そうした働きをすべき人間を指すものと推察します。
第六号の29より、元初まりのお話が始まっていることから、いわゆる「魂のいんねん」という尺度から見ると、この年の9月27日に出直している〝中山こかん〟は〝くにさづちのみこと〟の魂といわれるので、私の推論は、三人とは、この〝こかん〟と〝秀司(月よみのみこと)〟、〝まつえ(たいしよく天のみこと)〟であります。
大亮様の弟です。
◯亮様の弟です。
やしきのそふじ 2017年5月29日 1:28 PM さま
賛成します。
おふでさきを素直に読めば、教祖様の教えに協力しているようでも、十人のつとめ人衆に入っている内の三人は、「内心や心根では教祖様の教えに逆らっているので、いずれ火水風が退く(命がなくなる)ことになるよ」という厳しいお仕込みだと解釈できます。
書かれた時代が転輪王明神~転輪王講社の顛末を考えると、その三人が教祖様の教えに逆らった中心人物であり、その行動や生活ぶりに無理がたたって実際に命を落とすことになったのでしょう。
後の時代に、教祖様は「かんろだいつとめ」をお屋敷以外の場所でも認めていますし、「やまのなかでもあちこちと転輪王のつとめする」のですから、「つとめ人衆は十柱の神の魂を持つ生まれ変わり」等という解釈は、オカルト・荒唐無稽の作り話でしょう。
存命の教祖は姿も言葉もない事を幸いに、本部では好き勝手な振る舞いをしていますが、それぞれに、神から色んな身上や事情を見せられています。
もしかしたら、教祖は生まれ変わって居られるかも知れません。
存命の理ということにして、天理教教会本部はで教祖殿に留めて置いていたいのでしょう。
天理教道友社様。
◯亮様の弟の中田君。インスタ@da.i.an813で拝見致しました。
海外留学で青春を謳歌されていますね。個人的に陽気ぐらしを満喫されているようです。
少なくとも、神名流しも、においがけも一切されていないのは、明白ですね。
それは、個人の自由ですからいいと思いますよ。
でも、まさか天理に帰って来たら、本部青年とか本部員とかになって、「教祖のひながた」なんて語るのではないでしょうね。
古い教会長様
私もインスタ@da.i.an813 拝見しました。
しかし、彼もまだ若いんだからこんなことぐらい多めに見てあげては?
本部の人間だから、中山家の血をひく人間だから、20代の年齢からガチガチの布教師たれということですか?
むしろ羽目をはずすくらいの方が面白みがあると思いますよ。(別にインスタを見る限り羽目をはずしてはいませんが・・)
>本部の人間だから、中山家の血をひく人間だから、20代の年齢からガチガチの布教師たれということですか?
そんな事は思っていません。
それはそれで、いいと思いますよ。
それもいいじゃないですか。若いのですから。
ただ、末端の教会子弟には、どんな指導をしているかです。
年金も保険もかけられず、おぢばへ、おぢばへとお供えをして来た者からすると別世界の生活です。
そうだったら、信者子弟の若者も、教会子弟の若者も、もっと自由に羽ばたかせて上げればいいと思うだけです。
教会行事の動員ばかりに駆り出さなくてもいいと思っているだけです。
>私もインスタ@da.i.an813 拝見しました。
しかし、彼もまだ若いんだからこんなことぐらい多めに見てあげては?
本部の人間だから、中山家の血をひく人間だから、20代の年齢からガチガチの布教師たれということですか?
むしろ羽目をはずすくらいの方が面白みがあると思いますよ。(別にインスタを見る限り羽目をはずしてはいませんが・・)
海外留学の金を、だれが出してくれてんだってことでしょ
>むしろ羽目をはずすくらいの方が面白みがあると思いますよ。
何をしてもいいよ。好きにすればいいよ。若いのだから。
お道の若者よ、もっと自由に羽目をはずすくらい面白いことを一杯して下さい。
若いのだから。その方が魅力がありますよ。それが中田家の「ひながた」です。
そう言えば、お父さんも若い頃、羽目を外していた見たいですね。今は立派な表統領様です。
>むしろ羽目をはずすくらいの方が面白みがあると思いますよ。
今時の若者についての話しをしているのではありません。
今迄、教団トップの方々が、多くの信者さん、末端子弟に教えてきたこと、
強いてきたことを思えば、古い教会長様が疑問に感じたことは、
常識的に考えて当然のことだと思います。
かな子 様
大亮君の弟さんがどのような生き様をしようととやかく言うことはありません。でも、それって自分の力でされているのか、それとも、教団の経済力を背景におんぶに抱っこなのかが問題なのです。
私の母は、国民年金が創設された時から死ぬまでの50年余に亘って、神様を信じて年金の半分をお供えしてきました。教団はお供えをあぶく銭のごとく使っていたことを知らずに死んだことは不幸中の幸いだったかもしれません。
末端教会の子弟や教会住み込み(常詰)の子は、中学校を卒業するや否や天理高校二部に入学して、苦労(特に人権無視される)を重ねて居るのです。なかには、もっとひどい境遇に甘んじている子供たちも居るのです。
天理高校二部に入学するくらいなら、アルバイトをしながら公立高校の夜学に行く方が、はるかに自由があります。私の知人の常詰の子弟は天理高校二部に入学するに際し、教会長から次のようなひどいことを言われているのです。
それは「勉強なんかしなくていい。他人のメシを食って苦労をして来い」とね。このように、夢も希望もぶち壊すような言葉を平気で言うのが天理教の世界なんです。
大亮君の弟さんの年齢が分からないので、一概な評価は出来ませんが、成人年齢に達しているのであれば、一般的には自立できていることが最低の条件です。
そのうえで、他人に迷惑をかけない範囲で何をしようと、ご自由にされればいいんじゃないですか。
将来、道専務を目指しておられるのであれば、ランボルギーニを駆ってアメリカ大陸を縦横無尽に駆け回るようなことは止めて下さい。と言いたいです。
表統領なんか、このようなこと蟻の糞ほども感じていないでしょうね。
末端教会が、お供えを捻出する為に、自分達の子供の入学金すらもお供えするように上級から強要(その方が徳を積めるとか、諭されて)されて差し出し、そのせいで、中卒の学歴で終わり(その子供さんは、就職もままならず、今だにそのことで親を恨み続けているとか)、行きたい大学に進学できない子供さん達も多いとのこと。それらに比べて、この次男さんのインスタを見ていると、どうしようもなく不快な気分になる。
若者だから、自由を満喫するのはいいが、アホ息子で終わらないよう、留学したからには、きちんと勉学、知識を取得されて、中山家の血を引く者としての自覚と責任に目覚めて頂きたい、と思う。次男さんの生活費、留学費用、全てお供えなのは間違いなかろうから。
【天理教あるあるbot@プロフ変えたよ!】さんのツイートを転載させて頂きます。
大教会の為に長年御苦労なされた教会の先生が出直された。晩年は年金も払ってなかったから、梨の礫のお金で、入院しても手術しても国保にすら入るお金がなかったので全額実費で相当苦労された。そんな姿を青年時代から見てたから、従兄弟がポツリ。
「あの先生、人生楽しかったやろか」
あぁ…
大教会に尽くしすぎて、自分の足元が全然ボロボロで。そしたら病気した時、実際に助けてくれるのは医療であり金銭だけなんだよ。
大教会に長年尽くしても、屋根が落ちかけた貧乏教会の担任、息子達は教会から出て行き1人は事故死、1人は離婚。1人は自殺。ヨボヨボになってもバスに乗るお金もないから、自転車で数十キロの距離を何度もコケながら大教会に運ぶ姿を見てて、私は胸が張り裂けそうな気持ちになった。
青年という立場でそんなレベルがまざまざと見せつけられる。
そりゃみんな離れたくなるわな。
だけどそんな事情を知ってか知らずか、「お道は元気がない」とか言うてる表頭領とかおるしな。
弱者に寄り添うみたいなあざとい感情を通り越して、ほんとに無念で情けないという感じしかしない。
神様への御供えが、表さんちの次男のオーストラリア留学費用になってたら普通にショックでしょう。
末端が我が身を削り、子の進学も諦めて、必死で「尽くした」結果がコレなのです。
誰が上司の子の贅沢な学費を進んで負担したがりますか?
教団の要職に就いた時には、これまで尽くしてきた信者が納得をするような働きをして頂きたいものです。
末端教会に尽くして貰えれば最高ですね。
しかし、彼がいずれ教団で父親のような搾取を繰り返すトップになるのと、贅沢させてくれた教団に背を向け自由奔放に生きるのを目の当たりにするのと…どちらが信者の救いになるでしょうかね。
>>本部の人間だから、中山家の血をひく人間だから、
>>20代の年齢からガチガチの布教師たれということですか?
あたりまえじゃないですか! ヽ(`д´;)/
真摯な末端教会や信者はガチガチに幼いころから「貧に落ちきって」頑張ってますよ!!!
かな子さん、もしも「お供えリア充ぼっちゃま」を擁護したいのなら
「教団幹部が末端や信者から集めたお供えを、
恣意的(自分の好都合に)に湯水のごとく使用してもいい」という
原点根拠および教義的整合性を理解できるように説明していただけませんかね。
「教団幹部は徳があるからやり放題が許される」 なんていう
アホな選民思想(いちれつきょうだい とは真逆)にはもう騙されませんよ。
あ、それとも かな子さん、ぼっちゃまのご親族ですか?笑笑笑
10代までの若者なら、親の庇護のもとに多少の贅沢しようが遊ぼうが結構だと思います。それぞれの家庭の状況や事情はさまざまにあるでしょうから。
でも、今の天理教上層部が教祖様の教えを歪めて利用している単なる「職業宗教家」になっていて、集めたお供えや資産などを「教えの実現」のためには使わず、自分達の富貴や欲得のみに溜め込んでいるのは明白です。
そういう家庭の子弟たちが、20歳過ぎ(社会人として一人前の年齢)ても自分の置かれた状況や生活基盤などに何の疑問や考えも持たず、親の威光や立場そのままに「職業的宗教家」になってしまうのが、末端の私などからすれば、怒りや理不尽さを感じざるを得ません。
古い教会長さんの「まさか~」という言葉には、そういう末端の気持ちを込めた「いいかげん、勘弁して欲しい」という気持ちのこもった文章だと受け取れました。
そういう上層部の子弟たちが「職業的宗教家」になるかどうかを認めてしまうのか、容認してしまうのか、当然だと思うのか、絶対に許せないと思うのかは、それら上層部を支える我々「下の立場の者」の責任と義務でもあると思います。
>私の母は、国民年金が創設された時から死ぬまでの50年余に亘って、神様を信じて年金の半分をお供えしてき>ました。教団はお供えをあぶく銭のごとく使っていたことを知らずに死んだことは不幸中の幸いだったかもし>れません。
以上の投稿で皆様の誤解を招く点がありましたので、説明いたします。
国民年金制度は昭和36年4月に発足しています。この時点で母は障がい者でしたので間もなく障害福祉年金の受給が始まりました。
社会学とは関係がありませんが説明をしました。
私は中山家一族でも本部関係者でもありません。
主人が教会長をしているその家内です。
皆さんがおっしゃってることもよく理解できます。一れつ兄弟といいながら、教内には歴然たる格差がありますよね。しかし一方でこういう見方はできませんか? 布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か。布教をまったくしない教会は衰退の一途。私の教会の月次祭もまだまだ手が揃わない状態ですが、それでも賑やかな教会を参考にしながら細々とやっています。
うちの大教会、または上級はこちらのコメント欄によく書かれているような「厳しい搾取」はありませんね。言われるには言われますが、そもそも上級も私たちの教会に毎月いくら収入があるのか、こちらのフトコロ事情まではわかりませんから(^-^) 言われても馬耳東風です。
かな子様
>布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か。布教をまったくしない教会は衰退の一途。
それは違います。
この組織はトランプゲームの大富豪・大貧民と似ています。布教活動を活発にしていなくても、初めから、いらないカードを人に押し付け、最高の切り札を貰って来る教会と。布教をまったくしないのではなくて、切り札を始めから持って行かれ、動きの取れないのが教会があるのです。
あたかも、初めから徒歩と乗用車で競争している。そんなシステムです。
でも、信仰は競争ではありません。豊かな教会になるためでもありません。衰退していても構わないです。そこに真心が、ありさえすればいいのです。
あなたは上級に恵まれているのです。そんな教会ばかりではありません。
古い教会長様
申し訳ありませんが、「大富豪」の例え話よく理解できません。においかげした信者を上級が所属変更までして持っていくのですか?
「末端教会は年金もかけられない、保険もかけられない」とおっしゃっていますが、それは教会の信者が減ったからでしょ。信者が減ったのは本部の責任ではなく、そこの教会長の責任なのではありませんか?
>>布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か
いやいやいや根本的に教義解釈が違うでしょ。
かな子さんの解釈は、
「貧に落ちきれ」と教えられてきたのにもかかわらず
信者さんを増やし、お供えを集めて「そのお金で」経済的に豊かになっていいという解釈なんですね。
真摯な末端教会のなかには、
「年金もかけられない、保険もかけられない」のではなく
お供えが集まってきても神の御守護にもたれて
あえて 「年金もかけない、保険もかけない」 ところがあるのですよ。
(自己責任と言われてしまえばそれまでですが)
今の真柱が立命館の学生時代、母親である三代真柱の奥様に、自分の将来について切実に訴えておられたようです。
「いやや、絶対いやや・・・・」って。これは実話ですが、どんな立場にあっても陽気ぐらしっていう誰でも感じる事のできる職業ではないなって、思って我が運命とはいえ、将来を否定するのは正直な事だと思います。
だから何となく後ろ向きな感じに、俺よりましやって思ってました。
だから私たちは真柱よりははるかに自由なんですよ。苦虫をつぶした彼の顔を見るたびそーー思いますわ。
古い教会長様
なるほど。
実は私も「貧に落ちきれ」の教えにはずいぶん苦しめられてきました。いや、今でもストンと腹に治まっているかと言うとそうではありません。天理教をするということは、経済的に恵まれるのは悪いことなのかと、悶々と考えることもあります。
教祖が貧のどん底を通られたのは、ひながたの前半部分ですよね。後半は人々も寄ってきてお供え物を渡されていたようですし。
これって、一生貧のどん底を通れとおっしゃってるいる訳ではないと解釈出来ますが、皆さんはどう考えますか?
>教祖が貧のどん底を通られたのは、ひながたの前半部分ですよね。
教祖様は貧のどん底になってませんよ?(天理教に感じる疑問)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/kate/4499
中山家が貧乏になったのは教祖様が施しを続けられたからではなく、秀司の相場での失敗が原因ですから、教義として「貧に落ち切れ」が捏造と作り話です(証拠の資料やデータは櫟本分署跡保存会に)。
そもそも、信者さんに対して、「施しをして貧に落ち切れ」と説くならまだしも、「本部や上級にお供えして貧に落ち切れ」では、本末転倒どころか教えとしても滅茶苦茶です。
私個人的には、かな子様の「布教して信者を増やし経済的に豊かになる」は結構なことだと思います。
ただし、それは「教祖様の教え」ではなく、世間一般の「職業的宗教家」のやっている事です。
教祖様の教え(みかぐらうた)は、「なにかにつくりとれば、やまとはほうねんや」ですから、「皆で働いて何でも沢山作って、皆で豊かになりましょう」です。
「信者さんにお供えを出させて教会だけが豊かになろう」ではないと解釈します。
>>布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か。布教をまったくしない教会は衰退の一途。私の教会の月次祭もまだまだ手が揃わない状態ですが、それでも賑やかな教会を参考にしながら細々とやっています。
>>(年金が払えないのは)教会の信者が減ったからでしょ。信者が減ったのは本部の責任ではなく、そこの教会長の責任なのではありませんか?
結局、信者の数ありきってことですかね?信者がいれば、あがるお金でそこから賄えるでしょ、と。
このブログで本部の問題点、あるいはテーマとしてるのは、「形のふしん」に流れて行く本部組織の現状。
このかな子さんて人は、表棟梁が示す「いまの天理は元気がない、お金をもってくれば元気になる」という信仰にあるまじき持論を展開しているから叩かれているわけだが、この手合いの人種とおなじ意見に聞こえます。
信者のお供え=自分の年金保険代なんでしょ?
>>そもそも上級も私たちの教会に毎月いくら収入があるのか、こちらのフトコロ事情まではわかりませんから(^-^)
それは当然でしょ。他人が他家の会計に口出す権利なんてありません。
本部がとある大教会の会計に口出ししてるから、法人乗っ取りだとこのブログでも騒いでいる話題のひとつではありませんか。
自分の子供を海外留学させるとき、かな子さんは、信者さんから頂くお供えを、留学資金(に限りませんが、私的なお金の使い回し全般)に回して当たり前、と思ってらっしゃるわけですね。
信者さんたちにも、必ず自分を奥「様」と呼びなさいと言ってるのかな。
かな子さんと同じ考えの天理教で食べている人は多いと思います。
>>布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か
活発に布教活動する事はかまいませんが(路傍講演、個別訪問は迷惑ですが)
経済的に豊かになる為、お供えを集める為であればやめて頂きたいです。
お供えは神がもとめていませんので。
2017年6月1日 7:58 AM 時々ようぼく様
>>それは当然でしょ。他人が他家の会計に口出す権利なんてありません。
>>本部が、とある大教会の会計に口出ししてるから、法人乗っ取りだとこのブログでも騒いでいる話題のひとつではありませんか。
ですよねー(笑)「両統領の乗っ取り宣言」で表統領が「人様の台所まで足を踏み入れる」とか言ってましたからねー、サイテー!
それ真にうけて、金庫奪った中山治信本部員もサイテー!平気な顔で本部のおつとめとか、よう出てるわあ…恥ずかしないんかなあ…
>布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か。布教をまったくしない教会は衰退の一途。
豊かな教会と衰退している教会が、布教活動を活発にしているか、していないかというような
単純な理由のみが原因となっているとは思えません。
血脈主義や身分制、親族優遇意識の強い組織の中で、不公平、不公正な部分が多く見受けられ、
それらについては、「いんねん」「徳」「不足を言わない」「たんのう」「神にもたれる」などの
言葉と共に、己を省みることのみを求められ、
更に経済的に豊かな教会とそうでない教会については、努力をしているか、努力をしていないか
の違いであると、まるで「努力をしてない教会はもっと布教して努力せよ」とでも云わんばかりの、
単純なレッテル貼りで片付けてしまうような評価の仕方は、とても宗教の考え方とは思えません。
布教活動とは、まず正しい教えを広めることこそが一番大切なことなのではないですか?
そう考えると、
>布教活動を活発にしている教会は人も集まるし経済的にも豊か。布教をまったくしない教会は衰退の一途。
という考え方あり方こそが、そもそも本当に正しい教えなのか、正しい信仰のあり方なのか、
と考えさせられます。
かな子 様
教団本部は櫟本分署跡保存会をぶっ壊すことに執念を挙げています。
教祖が最後のご苦労で、寒い中にも拘わらず冷水まで浴びせられる拷問を受けられた場所ですよ。余のような大切な場所を「理」が無いとかの屁理屈を付けてまで跡形も無きようにしようとしている教団本部を信用することが出来ますか。
一度、保存会を訪ねてみてください。いろいろな資料が保存されています。その一つ一つが教団にとって都合の悪いことばかりなのです。
質問させて下さい。
今回の表統領の発言も含めて
なにが正しい天理教なのでしょうか。
みなさんいろんな議論をしていますが
おふでさき、おさしず、教典、伝え聞いた話等
すべて信じてよいのでしょうか。
私は最近この宗教はもともと中山家がお金を集める為に
はじめた宗教なんじゃないかと思っています。
そう思うと今の天理教がしていることがすべてつじつまが合い
納得できます。
天皇ごっこ、殿様ごっこがしたかったのではないでしょうか。
匿名 様
2017年6月1日 1:14 PM
仰る通りですよ。世界ろくぢにふみならすを謳う宗教がこともあろうに、今は亡き三代さんの奥方に皇室の女性をと画策した二代さん。週刊誌に暴かれてアタフタとこの話はなかったことにしようと腐心した教団。
信者が困ろうが意に介さずおカネ集めに執心する姿に宗教の宗の字の欠片も見えません。
匿名 2017年6月1日 1:14 PM 様
匿名様の仰る通り、「お尽くしは命のつなぎ」と発表する表統領さん(美人局強迫事件の噂付き)や、両統領関与による大教会乗っ取り事件などの投稿記事を目にしてますと、あまりに情けない実態が透けてみえますが、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という諺もありますが、そもそも「最初から、これだけのものだった」のか、という疑問も湧いてきますね。
啓示者などを、異端者と呼んで追い出してきたのも、自分達の権力が、本席様やナライトさんから半ば強奪した形で手にした脆い基盤の上に拠って立っている、という不安、自信の無さから、脅威を感じる天啓者は異端と呼んで、邪魔者を必死に追い出して来た歴史なのだとすると、「宗教法人天理教」に本当に宗教的な価値や、人を救う力があるのかと、疑問も湧きます。
匿名様。
>「宗教法人天理教」に本当に宗教的な価値や、人を救う力があるのかと、疑問も湧きます。
それは、ないです。
何故か、天理教に入っても助かる人と助からない人がいるからです。全員助けてこそ、その能力があると言えます。
助かった人は、それぞれの個人が持っている、力と能力です。
末端で、本当に神を追い求めて信仰されている方もありますが、教団上層部は、自分の立場の安泰と金儲けしか考えていません。
天理教を信仰するのではなく、神、教祖、真実を信仰するしかありません。
匿名 2017年6月1日 1:14 PM さま
>私は最近この宗教はもともと中山家がお金を集める為にはじめた宗教なんじゃないかと思っています。
教祖様は「こうをつくれ」と仰ってましたが、「教会を作れ」とは言っていません。
教祖様は「信心しなさい」と仰ってましたが、「宗教活動をしなさい」とは言ってません。
これは、当時の明治政府が推し進めていた、天皇が神であるという「三条の教則」を国民に周知徹底させることが「教会」や「宗教」の役割であり、これに逆らう教祖様の教えは、弾圧され処罰される対象だったという歴史的な事実があります。
教会本部側は、何度も拘禁される教祖様の身を案じて「隠れ蓑」として「教会設立」を進めたと伝えていますが、その中で信者を集め教えていたことは、明治政府が推奨する三条の教則が入り混じり、教祖様の教えが歪められ、嘘や捏造が多く含まれてしまった事も否定できないでしょう。
明治政府の勧める三条の教則は国家の力を天皇に結集させる為に行われている政策ですから、これを取り入れることは、上層部(中山家)にとって富と権力を得やすい内容であり、我欲にまみれた人間にはこれ程都合の良いものはありません。
終戦までの60年の間にその「上層部に都合のいい教え」にどっぷり浸かった天理教上層部は、終戦後もその方針や教義を修正することができず(復元の失敗)、現在では、その歪んだ内容が多くの末端教会や信者を苦しませている、騙したままで続けている状態が、今の天理教全体の構造だと言えます。
自浄作用の存在しない組織は、その内部ではどんな理不尽なことも常識ハズレな事でも通用してしまいますし、昭和の頃の「某学会」のような「他宗教潰し」を画策したり方針にあげる団体もない現在、教祖様の教えに帰ることの出来ない天理教は、ゆっくりと消滅の方向に向かうだけのような気がします。
質問に答えて頂き誠にありがとうございます。
古い教会長様の
>天理教を信仰するのではなく、神、教祖、真実を信仰するしかありません。
末端教会子弟様の
>教祖様は「こうをつくれ」と仰ってましたが、「教会を作れ」とは言っていません。
教祖様は「信心しなさい」と仰ってましたが、「宗教活動をしなさい」とは言ってません。
お二人の考えのように教団、組織は間違っているが教祖の教えは正しいと考えている方が多いのですね。
私は教祖、中山みきも本当はどうだったのかと思っています。
教団のやっている事を見ないで教えだけを見れば良い事言ってるのになと思いますが
言ってる人達を見てると、どの口が言ってんのお供えほしいだけでしょと思ってしまいます。
すばらしいと言われる天理教の人もいますが、私の中ではお供えを1円でも貰った時点でアウトと思っています。
亮氏の弟の海外留学などの件です
残念な気持ちになられた方々のお気持ち、お察しまします。
致し方ない事ともと思います。
私の母方の祖父母(かつて会社経営)は、大教会の娘三人(嫁ぎ先は大教会、政治家、大教会の次男?)それぞれに振り袖や海外旅行、多額の結婚祝いをプレゼントしてました。
私は実孫の私達に当然その振り袖がお下がりしてくると思ってました。
それは大間違いで、大教会から実孫達に「成人式に着ますか?」という打診もなく、祖父母は私達に買ってもくれませんでした。
実孫達より大教会の娘達が優先なんだ~違和感を持ちました。
しかしながら、彼らの稼いだお金をどう使うかは自由なのだと思い至りました。
こんな風に大教会の子供達に色々と援助したい信者もいるんですよ。
中田家にも、どなたかがお金を負担してるかもしれませんよ~
匿名 さま
>教団のやっている事を見ないで教えだけを見れば良い事言ってるのになと思います
私は、今の教団内で語られている、矛盾とオカルトだらけの教祖像、教祖様の教えを歪めて上層部に都合のいいように解釈や利用して使われている教義を見て、「良い事言っている」なんて微塵も思っていませんよ。
逆に、「どこが良いと思って天理教やってるの?」と訊きたいくらいです。
>私の中ではお供えを1円でも貰った時点でアウトと思っています。
この考えは潔癖で素晴らしいと思います。
でも現実にこれを突き詰めていくと、世の中すべての団体や法人がアウトになってしまいます。
ボランティア団体だって活動にお金は必要だし、一般の会社だって従業員に給料を払っていますがそれ以上に労働させているのですから。
ただ、この矛盾を突き詰めて考えていくと、教祖様の教えてくれた「みかぐらうた」の世界をひも解く切っ掛けになると思いますので、その精神を忘れずに思案を続けて頂きたいと思います。
匿名様。
>私の母方の祖父母(かつて会社経営)は、大教会の娘三人(嫁ぎ先は大教会、政治家、大教会の次男?)それぞれに振り袖や海外旅行、多額の結婚祝いをプレゼントしてました。
大教会や上級は、当然として受け取っています。「有難い、助かった、こんどお返ししなければ。」という考えは微塵もありません。
あなたは神様からご守護を頂いて下さい。というスタンスです。
>中田家にも、どなたかがお金を負担してるかもしれませんよ~
今のご時世、そんな信者さんは居ないでしょうね。
もちろん、本人の金でも無いでしょう。
本部のいちれつ会か、本部のどこかの金を持って来ているのでしょう。
本部の一部には、そんな特別なシステムが有るのかも。
もし、親の金だったら、そんな遊びほうけたような事は出来ないはずです。
親も注意をするでしょう。
それとも、それぐらいの金は、屁でも無いという位、親が貯めこんでいるのでしょうかね。
2017年6月2日 7:56 PM 匿名様
>実孫達より大教会の娘達が優先なんだ~違和感を持ちました。
>しかしながら、彼らの稼いだお金をどう使うかは自由なのだと思い至りました。
>こんな風に大教会の子供達に色々と援助したい信者もいるんですよ。
>中田家にも、どなたかがお金を負担してるかもしれませんよ~
こういった方々が、上層部優先で、進んでお金を負担されるのは、
具体的には、どういう理由からなのでしょうか?
又は、どういう理由が考えられますでしょうか?
↑は、ただただ嬉しいという自己満足でしょう。
自分が選んだ人(幼い頃からかわいがった)に与えることが喜びなのです。
貢ぎたいのです。
祖父母にとって天理教の信仰は、幸せの源のようです。神様にもたれてるから、全く不安がないようです。ありがたいなぁ、結構やなぁばかり。
実際、彼らは非常に幸せな人生を送ってます。
祖父母は、孫達に大教会の子供達への援助の件を一切一言も話しませんでした。
府に落ちてない親戚がこぼすから色々と露見しただけです。
まわりの信者さん達は、大教会が娘達それぞれに豪華な振り袖を買って…と誤解して眉をひそめてたかもしれません。
国産高級車は、別の方がお供えされてました。
ちなみに、今、その大教会は現会長夫婦と一人息子+離婚後行き場のない中年男性一人しか暮らしてません。非常にさびれてます。
教会の子供達が大人になって信仰してないことが判明したそうです。
110周年式典の翌週に、分教会子弟が大教会に集まっておつとめするそうです。
私のような一般信者は、二週連続で遠方の大教会なんかに行けませんよ。
もはや誰だかわからない人達との交流にも無理があります。
そもそも大教会の成功した親族(オリエンタルランド元重役など)ですら実家の大教会に来ないのに、私達に繋がれというのは本末転倒です。
ちなみに私は神様祭ってマシな人らしい。
先程の投稿で名前を入れ忘れました。
末端教会子弟様
私の言ってる良い事とは
人を助けなさい的な事です。理とか徳積とかのお金集めのカルト的な話は私も大嫌いです。
>私の中ではお供えを1円でも貰った時点でアウトと思っています。
この考えは潔癖で素晴らしいと思います。
でも現実にこれを突き詰めていくと、世の中すべての団体や法人がアウトになってしまいます。
私は天理教は仕事ではないので天理教をしたい人達も仕事をして給料を貰い、その中で時間を作り給料の中で出来る活動をするべきと思ってます。
同じ宗教をしてる者同志で金を出す側とそれで生活する側がいる事がおかしいと思います。
こやま様
ありがとうございました。
確かに、傍から見てどうであれ、自分のお金を何に使うかは自由ですね。
信じているものにお金を使い、そして自分を幸せにすることが出来たなら
決して無駄とは思われませんね。
祖父母様がお幸せな人生を歩まれたことは心から、なによりのことだったと思います。
一方、偏らない裏表の様々な情報、現実を知ることが出来てしまう現代において、
「お金を出す(お供え)」という行為に対して、手放しで喜んでさせていただきたい、
とは思えない人が多く出てきています。
そういった場合には、自分のお金を何に使うかの自由があるのと同様、
お金を使わない(お供えをしない)という自由も当然あると思うので、
自分は心からそうしたいのか、そうすることが幸せなのかをしっかり見極めて、
自分や周りが幸せになると思われるあり方を選択するのがいいのでしょうね。
2017年6月3日 10:43 AM 匿名様
>同じ宗教をしてる者同志で金を出す側とそれで生活する側がいる事がおかしいと思います。
一列兄弟の考え方からすると、本当にその通りだと共感いたします。
お金の流れだけではなく、厳しく明確な上下関係を作っていることも、今の組織のあり方を
見ていると何の為になのかとの疑問を感じます。
様々な職業、様々な地域、立場の人たちが、心を磨く為に、(明朗会計で)必要経費を
出し合って、変な上下関係を排除し、共に相手を尊重尊敬し合い、必要な役割分担を順番で
担い合って、勉強会(講)を開くなどして助け合った方が、多くの人が幸せになれるのでは
ないのだろうかと思えるのですが。
>一列兄弟の考え方からすると、本当にその通りだと共感いたします。
お金の流れだけではなく、厳しく明確な上下関係を作っていることも、今の組織のあり方を
見ていると何の為になのかとの疑問を感じます。
理が違う、徳がある、魂が良い
本部員や会長達がよく使う言葉です。信者の金で生活してるくせに偉そうに
それでいて本当に良い事していると思っている。勘違いするな裸の王様達よ
あくまでも教会の責任役員であって、お供えも教会の建物も教会家族の物ではない
高級車のってブクブク太ってタバコ吸って酒飲んで自分達は陽気暮らしのつもり。
信者は疲れているぞ、月次祭、お供え、年祭、何周年記念、きりがない、日曜日の行事、
みんな仕事して疲れている、自分達は日曜の行事の後休めるからいいかしらんが
教団本部は、「お供えは命の繋ぎ」と言っているが、では、いったい年間如何ほどの金額が必要なのかを全信者に披歴すればいい。これこれの金額が不足しています。しっかりとお供えに励んでくださいと云えばいい。
そのためにも、根拠となる貸借対照表くらい公表してから云うべきだ。というより作製して公表する能力も持ち合わせていないのではないか。貸借対照表を作るのって結構難しいよ。
とにかく、今のようなどんぶり勘定でお供えを要求しても、余程のお人よしでもない限りハイそうですかと一つ返事でお供えをする人は、そうざらにはいないでしょう。今時、買い物の際にレジから打ち出してくる金額を1円でもおまけしてくれるところはありませんよ。
そろそろ、さもしい根性は捨ててください、と言いたい。
天理教の新聞「天理時報 立教180年(平成29年/2017年)6月4日号の一面に、
「中山大亮様と上川布恵様 9月1日午前10時 教祖殿で挙式」
「御成婚慶びの集い 10月26日夕づとめ後」と出ているが、
実父中田善亮表統領の醜態や悪事をしっかり清算してからの方が良いのではないか。
美人局(つつもたせ/ハニートラップ)にハメられて金をゆすられ、兄である真柱にはとても言えないので、妻の伯父に頼んで神奈川教区やその各支部に依頼して3000万円を調達させたり(現在もゆすられていてお金を渡しているとすれば、「お供えは命の繋ぎ」発言での集金号令や、法人を乗っ取ってその資金にしようという彼の悪辣な思惑と合致する。裏会計絶対つくってるよね 笑)、もうやりたい放題ですけど、結婚できても、その後に実父や、指示されて乗っ取りを実行した取り巻きたちが摘発、検挙、逮捕とかなったら、真柱をはじめ、大亮氏も危うい事になりますよね。
まあそれは教会本部組織の終焉を告げる出来事になるとは思いますが…。
宗教法人天理教との、包括・被包括関係の解消の過程を克明に綴っていて、文学的にも評価されるべき作品(ブログ)ではないかと思います。
私も、同様の手続きを進めていますが、この描写力は凄いですよ!私はここまでの感性をもって表現はできません。
真剣に、本部との関係解消をお考えの方、本当に勉強になりますよ。
是非々々ご一読ください!
みかぐらうた研究
http://mikagurauta.grupo.jp/
包括・被包括関係解消 様
いや、あの、掲示板の管理人さんにしても、取り上げて頂けるのは嬉しいのですが、そんなにハードルを上げられると今後の記事を書くのがキツクなります(笑)。
教会関係者の方には一つの手段・情報として、ようぼくや信者の方には教会制度の実態を知る切っ掛けにでもして頂ければと考えています。気軽にコメントでも質問でも寄せて頂けたら励みになりますので宜しくお願いします。
末端教会子弟様
見事な文章力で、貴方様、御家族、大教会役員の心の流れを描かれていると思います。そしてそれ以上に、その行間に暖かな家族の愛、両親との絆、葛藤が見て取れます。いい御家族ですね。大教会役員の方々はブラック企業の中間管理職の様な立場で、ある意味気の毒に思えます。企業からベテラン社員が辞めるのをくい止めるのは、職場改革、福利厚生の充実等でしょうけども、一度やめる決心をした者は引き留めるのが難しい、という事は、古今東西の真実だろうと思います。天理教が戦後一時期成功した、集金ビジネスモデルが崩壊してゆくのは、貴方様の様な事情を抱えたあまたの教会の人々が、関係解消に動くときに一気に加速するのでしょう。金の卵を産むガチョウが、逃げていく理由の大きな要因の一つに、「自分は頑張れるかもしれないが、家族の苦しむ姿は見たくない」という家族愛に苦しむ姿に天理教は気づくべきです。(私は、幼いころ虐待死寸前のところまで行きましたので、貴方様の様ないい御家族を見るとうれしい様な、暖かい気持ちになれます。ご報告有難う御座います。)
大教会長は世襲制ですか?
<yahoo知恵袋より>
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1062586740
nkt1133さん 2011/5/1823:39:04
天理教の大教会の教会長は世襲制ですか?真の親よりも導きの親を重要視する宗教なので、教会長は実の子供が無能な場合、信頼がおける弟子にその職を後継するのが適切だと思いますが。
ベストアンサーに選ばれた回答
kanon1009jpさん 2011/5/2311:22:20
ほとんどは世襲制です。
その資質も無いのに、子供の頃から「お坊ちゃま」などと
ちやほやされて育ち、大教会長襲名したら
信者さんのお供えで、贅沢三昧!! 独裁!!
この人は、教会本部からやめさせられました。
末端の教会などは「お供え!お供え!」と言われて
とても貧乏しています。
現状は人助けより、お金集めの団体と化しています。
昭和11年に、管長(真柱)の所得が70余万円。
当時の100円は現在の170000円。
約12億円の所得だったとは、驚きだ。
昭和11年大阪都民新聞社『社会科学から見た新興宗教の暴露』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1097310
これでは金銭感覚がマヒしても仕方ないですね。若江の家と言い贅沢三昧の生涯だったとは宗教家にあるまじき実態です。
昭和11年と言えば母は未だ結婚していなくて、別科生だったと思います。ある大教会の詰所で餅つきをしている写真が残っています。母の残している手記によれば、信仰心に燃えて、今でいうハリキッテいたころです。でも、その学費は女中奉公をして貯めたものだったようです。
当時の母がこの実態を知っていたならば、信仰心も変わっていたのかどうか。亡き母に聞くすべもありません。
どうか皆さん、決してマインドコントロールされないように注意してください。今の天理教もそんなに変わっているとは思えませんから。むしろ、より悪くなっているかのもしれませんから。
そりゃあそれだけ稼げたら、本気で職業宗教家になってもいいかも。
>そりゃあそれだけ稼げたら、本気で職業宗教家になってもいいかも。
⇒そりゃあそれだけ稼いだら、本気で職業宗教家になっているかも。
当時、日本人口の1割以上が天理教信者と言われ、国家予算規模のお金(全てが中山家に集まる訳ではないでしょうけど)が動く組織のトップですから、その報酬として多いか少ないかの議論は難しいところでしょうが・・・。
自ら望んでその収入を得たのか、それとも周囲の親戚連合に財政や運営を乗っ取られて贅沢三昧・放蕩三昧・色三昧の生活をあてがわれ、結果、教義が骨抜きにされたのか、興味は尽きません。
現在の教団組織の在り方・・・
< Yahoo知恵袋より。>
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12161314612
ID非公開さん 2016/7/600:41:52
天理教分教会長です。
現在の教団組織の在り方に対する矛盾、教祖の教えからかけ離れてしまっている現教団への嫌悪。
知れば知るほど「天理教」から心が離れてしまいました。
(お供え競争、形や数字に力点を置いて、上層部の自己満足に振り回されています。親様不在です。)
あれこれ本を読み、現在の教えがいかに都合よく書き換えられているかを知るにつけ、会長としての朝晩のおつとめが苦痛でしかたなくなりました。(おつとめが大事なのは知っているのですが。)
信者は数名しかおらず、朝晩の参拝者はゼロです。心が折れてしまってここ数か月、おつとめはストップしたまま。その事実は伏せて、かろうじて月次祭のみ実施しています。
こんなおつとめが出来ない自分に対して、日々罪悪感にさいなまれております。
自分の心に正直に生きようとすれば、もう「おつとめ」は出来ない自分がいるのです。(教えは大好きです。あれこれ本を読み一人で親様の教えを求めています。)
教団に対し忠誠心も無く、当たり前の事が出来ない人間が会長職にとどまっていても良いでしょうか?自宅なので、出ていく所もありません。義務が果たせない自分を本気で責めだすと心を病みそうな気がします。
どなたかご助言をお願いいたします。
ベストアンサーに選ばれた回答
nozonotamagoさん 2016/7/613:50:21
あれこれ本を読み一人で親様の教えを求めていると書いてますね。
おやさまの教え、一つでも理解できましたか?
教会のやり方はそれぞれありますがおやさまの教えは変わりませんよ。
あなたは天理教を信仰していますか?それとも教会を信仰していますか?
どこも同じように上級の教会を信仰しているところが多いと思いますね。
お供えの多さが理の重さ、理の親に逆らえば罰が当たる。
それが当たり前のようになっているところもありますよね。
でもそんなこと、おやさまは一言も言っていません。
うちの会長は仕事しながらの兼務です。どちらかといえば仕事優先でしょうか。
月次祭と本部に行く時だけ休みをもらっていますが、大教会の行事等は日曜日が重ならない限り行くことはありません。
上級の教会とは10数年前に絶縁状態で、順序参拝以外行くこともありません。
なぜかって?その上級は勘違いの殿様になりきっているからです。
上級ともめたとき、大教会長が間に入って話をしましたが、当然のように上級の肩を持ちこちらに折れるよう言ってきました。末端の教会より大事なのは上級だし、その上級も大教会の犬みたいな存在だったからね。組織とは恐ろしいものです。
それに怒った会長が真柱さまに事の流れを手紙に書き送りつけたんです。
真柱様の行動は早かったですよ。1週間もしないうちに大教会長が謝りに来ましたもん。
それから大教会公認の絶縁となったわけです♪
親神様は「陽気ぐらし」を見てともに楽しみたいと言われています。
それは教会を任された人にも言えること。
自身が陽気ぐらしができなくて人を陽気にできますか?
お供えに追われ生活を切り詰めて強盗や自己破産する教会長も珍しくありません。
「陽気ぐらし」とは決して好き勝手するという意味ではありませんが、心のゆとりは大事です。
貴方が何代目の会長になられるのか知りませんが、続いてきた家業を絶やさずに次へとつなげていくのは宗教に限らず色んな職種の方がやられています。
今一度、本来の天理教の信仰を見つめなおしてみてください。
教会組織の信仰ではなくおやさまの教えに沿った信仰です。
うちの教会ももう数年すれば信者が・・・今の会長の兄弟だけになるでしょう。
月次祭の手も半分しかいません。
お供えもほとんどないので大教会にもお供えはできないけど、本部には毎月させてもらってます。
会長は仕事をしているので食べていくには困りません。
朝晩のおつとめもしています。
教区や支部、大教会の行事等できないことは多いですが、最低限できる範囲でのことはやってます。
上級からも縛られてない(お供えのノルマもない)自由な形でやっています。
なので貴方もできる範囲で自分流の流れをつかんでみてください。
ちなみに・・・・
教会費だけを本部に収め教会として登録したまま教会活動を一切していないところもあります。
質問した人からのコメント 2016/7/6 18:15:53
丁寧なお返事を有難うございました。
矛盾の一つは上級信仰です。私が上級に矛盾点を発言すると、周りから制止される体制です。自教会の信者さんからも注意される始末です。みな黙って従う事が信仰だと信じておられます。
今回、NOZONOTAMAGO様の教会の様子を知り、心強く思いました。自分の信念を曲げず、教会信仰ではなく、信仰の本質に迫り、親様を慕って信仰していきたいと思います。有難うございました。
すみません。
どなたか「みちのとも 6月号」をお持ちの方はいらっしゃいませんか?
その中に「被包括関係を廃止した教会」の情報が載っているらしいのですが、記事の内容を教えて下さい。
(残念ながら、私の実家の教会ではありませんが。)
末端教会子弟 様。
ー告ー
法人の所在地 ・・・・・
法人名 ・・・・・
代表役員名 ・・・・
責任役員名 ・・・・
責任役員名 ・・・・
右法人は、今般、宗教法人天理教から離脱し、宗教法人天理教とは関係のない宗教団体となったことにより、今後は、右法人はもちろん、右法人の代表役員、責任役員並びに今後とも右法人と行動を共にする信者は、右法人が宗教法人天理教と被包括関係にあった当時有していた権利及び享受していたすべての利益はもとより、信者として詰所を利用する利益など一切を喪失したのでこの旨公告する。
平成二十九年四月二十五日
宗教法人天理教代表役員 中 田 善 亮
この 告 なるものを みちのともで時々見ますけど、
掲載する意味があるのでしょうか?
みせしめのつもりなのでしょうか?
教団幹部連中の傲慢かつ無慈悲な体質を表す告示だとつくづく思う。
「宗教法人天理教と被包括関係にあった当時有していた権利及び享受していたすべての利益」
ってなんですか?
末端教会は1円たりとも給料はもらっておらず、むしろお供えをして教団を支え、
様々な教費を払っているんですよ。
享受していた利益ってなんですか?本部さん、教えてくれません?
もう詰所を使わせない?笑
いい大人が陰険なイジメですか?笑
法律上、被包括関係を廃止しただけで、
「貧に落ちきってこれまで教団に尽くしてきてた方々」に対して
おやさまがそんなみみっちい無慈悲なことを言うでしょうか?
金持ちの我がままな子供がケンカに負けて
「もうこのおもちゃ貸してあげないからねー あかんべー」と言っている図
が頭に浮かぶのは私だけでしょうか?大失笑
ほんとに情けない。呆れるほど恥ずかしい。
これが世界だすけを標榜する教団のやることでしょうか?
教団幹部連中の傲慢かつ無慈悲な体質を表す告示だと改めてつくづく思う。
古い教会長 様
転載有難うございます。
>被包括関係にあった当時有していた権利及び享受していたすべての利益はもとより、信者として詰所を利用する利益など一切を喪失した
この文言からすると、信者詰所というのは大教会の所有ではなく、本部の所有なのではないかと思えるのですが・・・。特に「おやさと館〇〇号」なんて呼ばれている(もしかして全部?)所は。
あるいは、全国の大教会の土地建物全て本部の名義になってるとか・・・。
それなら、大教会にも「出入り禁止」と言われる理由が分かります。
末端教会育ち 様
見せしめでもあり、腐ったミカンは早々に棄てるという意味もあるかと・・・。
おっしゃる通り、法律上の被包括関係を廃止しただけですから人間関係とは別のことなのですが、この告知一つで大教会や系列分教会の態度が一変し人間関係が全てなくなります。
こうして、たまに一つ二つが離脱したところで本部には痛くも痒くもないのでしょう。
一度に100とか200が離脱しないと、本部は真剣に考えないかもしれません。
5月27日、天理教表統領室 調査情報課が
「第9回 教勢調査―集計結果報告(全教)―」
を発表した。
【調査概要】
調査日 立教179年(平成28年/2016年)12月31日
調査対象教会 16,669 ヶ所 (17,126 ヶ所)
〔※()内は、10年前の第8回教勢調査の集計〕
提出教会数 16,522 ヶ所 (16,922 ヶ所)
提出率 99.12% (98.81%)
【集計結果】
信者総数 941,299 人 (1,216,137 人)
ようぼく数 648,005 人 (812,695 人)
ようぼくでない信者数 293,294 人 (403,442 人)
取り急ぎ、ご報告までに。
末端教会子弟 様
一つのおやさと館に複数の詰所が入っている所は、経費の節減のために詰所間で交互に風呂を焚くなど涙ぐましい努力をされているとか5月24日に天理へ行ったときに知人から聞きました。
一層のこと館入居の詰所だけでなく、近隣の詰所間でも話し合いで同様のことをされては如何ですか。
最も公衆衛生上問題がないか心配ですが。
それにしまして、第9回教勢調査さんの投稿された数値が教勢の劣化を如実に示していますね。このようぼく数の中に私も入っているのかと思うと失礼ですが笑っちゃいます。
教団は今一度教義について、真柱はじめ全教のそれぞれの立場の教徒が一丸となって談じ合いをするべき時ですね。神殿教話や月次祭後の教話など不要だということに何故気付かないのでしょう。
特に春秋大祭後の真柱の訓話なんか不要なものの最たるものだと思っている。
この場を始めいろいろな情報を見聞きして、天理教に対する感覚が、驚くべきことから恐ろしいことへと変化しつつあることです。
大教会長の教話の中で一番腹の立った内容は、信仰力が足りないから子供が出来なかった夫婦のことを話した時だ。では、四代真柱はどうだというのだ。これを見ているのであれば、大教会長は是非、反論してください。待っています。
末端教会育ち 様
全く同感ですよ。私などは怒りを通りこして、ばかばかしくて笑ってしまいます。
たしか前回までは離脱も社会的犯罪もすべて「懲戒」だったのが今回は「告」になっていましたね。
コトバンクによると
懲戒:不正または不当な行為に対して制裁を加えるなどして、こらしめること。
告:つげる。知らせる。
とあります。本部の重鎮の中にも多少常識をわきまえる方がいるらしく、さすがに「懲らしめる」はまずかろうということで今回の大英断?になったのかと想像します。
もし教団が懲戒、または告希望者を募ってくれたら本来の教えから全く逸脱したこの教団に属していても信仰的に何のメリットもないので真っ先に応募したいですね。
再度の投稿ごめんなさい。
教団本部へ
何も詰所を利用しなくても、月々の?万円のお供えを止めれば、近くのホテルに宿泊すればいいだけのこと。
奈良市内に行けば、いいホテルが安価でありますよ。ゆっくりと眠れるし快適です。
そもそも、再々天理に行くことも無い。せいぜい年に3回行くだけ。それも知人に会いに行くだけ。教祖墓地に参拝するが、三殿はパス。
散々尽くしてくれた教会をニベも無く切り捨てる非常極まりない教団本部。長い間ご苦労様でしたくらい云えばと思う。江戸幕府のお家取りつぶしに準ずる行為。自分たちが間違っていることに気付かずに何というハレンチ行為。
それでなくても、詰所の明かりが少ないと嘆いた三代さん。一人でも多くの人が利用してくれればとの思いにも天に唾するのと同じに見えてきた。詰所の運営に四苦八苦している多くの教会の現状に目をつむる教団本部。足元が揺らいでいることに早く気付くべきだ。
>この文言からすると、信者詰所というのは大教会の所有ではなく、本部の所有なのではないかと思えるのですが・・・。特に「おやさと館〇〇号」なんて呼ばれている(もしかして全部?)所は。
あるいは、全国の大教会の土地建物全て本部の名義になってるとか・・・。
詰所の普請をした時、我々の詰所の建築だと思って、信者さんにもお願いして、考えられない位のお供えをしました。
竣工式の日の挨拶で、「この建物は、一旦、本部にお供えして、改めて使用の許可を頂きました。」と言われました。
こんなシステムは、その日まで知らされていない事実でした。
だから、増改築をする時に、本部のお許しがいるシステムです。勝手に触る事は出来ません。
某・FBの投稿コメントです。
ある教会は、教会の住み込みをしてた人にまでノルマのお供えを強要していたようです。
そのご夫婦は住み込みなのでお金を払えるわけもなく、借金に借金を重ねて夜逃げをされ、遠い地で細々と始めたラーメン屋さんで生計をたてたとか。
そのご夫婦はそこまでされた教会を恨むこともなく、おやさまを一筋にお慕いしていたようです。
もぅ50年も昔の話です。実家の上級も自教会の上級もお金信仰です。
お供えの多さが徳の多さであり、真実の多さでもあるって考えなので、お供えを多くすると教会の筆頭役員にでもなれるのです。
昔からの役員はお供えができなくなったら外されます。
理とかないですね(´°ω°)チーン
>「この建物は、一旦、本部にお供えして、改めて使用の許可を頂きました。」と言われました。
>こんなシステムは、その日まで知らされていない事実でした。
>だから、増改築をする時に、本部のお許しがいるシステムです。勝手に触る事は出来ません。
やはりそうでしたか。
一般社会ではアパートでも賃貸マンションでも建物の修築はオーナーの責任なんですけど、どうして私の所属する大教会は「詰所修築ひのきしん」と称して信者さんからお金を集めてるんでしょう?
当教会は集めてませんけど。
某・FBのコメントです。
うちの会二代長は信者さんのお供えを会長が好きに使ってもいいという勘違いをしている人でした。大教会の仲の良い会長さんを自腹(信者さんのお供えなのですが)で北海道旅行に連れて行ったり、近所のスナックに飲みに行ったり、大教会にはいつも飛行機は当たり前でした。
でも、会長らしい事は全くしない人で、おたすけ・においがけに歩く事は全く無く、いつ行っても座ってテレビを見ておられました。息子さんが住み込んでいた信者さんには、教会で世話してやっているから、もっとお供えを出せと要求するし…餅を喉に詰まらせた時、その青年さんに助けられたのに、恩は感じていない、教会長としてより人間としてどうなんだという会長でした。
そんな会長だから、信者さんも次々離れて行き、教勢もどんどん落ちて行き、最後の方は大教会も飛行機ではなく夜行バスでした。教勢は現在も回復していません。就任時にこの人だけはやめて欲しいと、信者さんが団体で大教会長様に直訴したのですが、聞いてもらえなかったみたいです。(その頃は私はまだ他系統だったので、主人から聞きました)
二代会長は病院で出直されましたが、入院前は認知症で会長の職務が出来る状態ではありませんでした。最後まで信者に迷惑をかける会長でした。
↑上記のような所の会長は、裕福なお寺の感覚でしょう。
約10年前に私が受けた講習の講師は、確か更立分教会長(本部直属?)と言ってました。
大島紬の着物とハットで演壇に現れ「家内が用意してくれた大島です」「一流の人達に請われて、私がリーダーで一流の旅行をしてます」「一流の人達が朝席をしてくれと頼んでくるんです」
自分の交遊関係についての自慢話に辟易。
隣の席に座った方と共に鼻白む数日間でした。
まさにお寺の生臭坊主という印象。
そして、元公務員の信者が、定年退職後に統合失調症を煩い教会に住込むようになり、年金全額をお供えしてるという話も違和感たっぷり。
彼女の親族は全く教会に来ない、うちに預けっぱなしとか不平をブツブツ言ってました。
その方は公務員年金を全額提供してる訳ですし、親族は教会に対価を支払って、入院させてる感覚なんだろうなと思いました。
公務員年金は、国民年金とは額が違います。
私の実家にも統合失調症の人がいましたので、色々大変なのは理解できますが、大島紬で気取ってる彼が日常的に世話を焼いてる姿は想像できませんでした。
今までの来し方を振り返ってみると、家が天理教を信仰してきたから、こうなった。本部の中枢にあんな奴がいるから、こうなった。おやさまの教えを曲げて組織を運営している奴がいるから、こうなった。一生懸命、お金のない中を、これでたすかると思い御供をしてきたけど、こうなった。信じてきた結果、こうなった。このような思いを天理の教えでは、不足とか、たんのうができていない、とか言われますよね。教会長夫妻が、金の亡者で、御供を全部私利私欲に遣ってしまい、結局、教勢は衰退し、誰も教会に参拝しない状態に陥った。教会長のせいで、教会長夫人のせいで、大教会長のせいで、上級教会のせいで、本部のせいで、真柱のせいで、両統領のせいで、本部の中枢のせいで、今の自分はこうなった。すべては自分以外のせいで、こうなった。自分はもっといい環境で育っていたら、もっと良い教会の信者であったなら、もっと本部が親心をかけてくれていたら、もっと教会がおやさまの教えにそって導いてくれていたら。。。。。本部の息子は信者の真実の御供を海外留学に遣い、好き放題、自由な学生生活を満喫している。自分らは、俺なんか、私なんか。。。。 比べてしまいますよね。。。
組織の将来を案じているから、これからの道の将来を思っての示唆だから、こんな事では天理教が潰れてしまうから、間違った本部の状況を早く修復しないといけないから、間違いを糺さないといけないから。。。
この掲示板に書かれに来られている方々のご心情を察しますと、大変な思い、苦労をされて、物やお金のない中を一所懸命頑張って通って来られて、今、毎日を必死に生きておられるのがよくわかりますし、こんな上からのような事を書きだしますと、また反論を頂いたりもするのもよく理解しておりますので、それはそれで構わないのですが、、、。
皆さんの思いは、現在の天理教という組織はおやさまの教えから逸脱しており、おやさまの教えに沿った生き方をするように望むという事ではないかな?とも思いますし、それを早く周りの人々にも知らしめたいという思いももっておられるように感じています。
おやさまの教えに沿った生き方とは、いかなる生き方なのかな?と考えます。
2017.6.13 6:41PMの匿名 様
>おやさまの教えに沿った生き方とは、いかなる生き方なのかな?と考えます。
それが分からないのです。分かったようで分からないムズムズ感のようなものですね。確かなことは、教団本部は何かを隠しています。
既にご存知のことと思いますが、一例を書きますと、教祖の娘「こかんさん」は浪速の町へ神名流しに行ったという教団と。あれは教祖の長男秀司さんが借金をこさえて、その返済にこかんさんが浪速の町へ返済に行ったという人が居るのです。
借金の返済に行ったと言っている人が、教団を訴えた裁判で勝訴していますので、一般的には、この説が正しいと思うのですが、教団は認めていないのでしょう。とすれば、教団は何故裁判で反論しなかったのでしょうか。
私の想像ですが、教団が控訴をして裁判が延々と続けば、教団にとって不利な証言が次々と暴露されることを恐れて控訴をしなかったのかなと思っています。
更には、審理を通じて史料集成部の開示を求めらるような事態になれば、教団にとっては、正に晴天の霹靂となるような出来事になるでしょうから。
そもそも、宗教が秘匿しなければならない事柄とは何なんでしょうか。
某・FBの投稿記事より。
私は天理教に憤慨し、布教所を解散、神実様をお返ししました。
〇〇分教会二代会長様が出直した時や、三代会長様の就任報告祭も無視しました。
天理教はお供えした時だけニコニコして、事情なんてお供えお供えの連呼で何も考えてないじゃないか!?
と思案し、お道から遠退きました。
天理教撲滅運動や被害者の会にも所属しました。
さんざんやり合いました。
不思議なのは、私を天理教の人間だと知り、いろいろ自教会では言えない天理教の悩みや疑問等を質問しにいろいろなお道の信者さん達が私の職場に訪ねて来られた事です。
ビックリするような内容もありました。
教会のお供えがきつくて、
お供え出来なければ風俗で働け。と言って娘さんに脅迫まがいな教会長もいましたし、教会の神殿普請で強引に一家数百万円もお供えしろ。出来なければ神実様を取り上げる。
と考えられない内容ばかりでした。
そこで悟った事は私意外でも私以上にお道に悩んでいる人達が沢山いることに気がつきました。
私は何とおろかだったことか…。
一時的に離れた事で良い勉強になりました。
いまだにわたしを許してくれない先生方がたくさんおられますが、お道を精進しようと思います。
今後もご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。m(__)m
>いまだにわたしを許してくれない先生方がたくさんおられますが、お道を精進しようと思います。
某・FBの投稿者様は、先生方に対し、何か許されない様なとんでもない迷惑を掛けてしまった訳でもなく、
教団に疑問を持った末に離れる決意をし、自身の信念や良心に沿った行動や運動をされただけですよね。
それが、自分達にとって都合が悪いからといって、もしも「許さない」という発想をしているのだとしたら、
あまりに俗っぽすぎて、人様にお道を説く宗教者として相応しいあり方とはとても思えません。
客観的に見て、何か勘違いしているのでは、としか思えないので、
そういう話を読むと、「やはり離れてよかったですね~」、という言葉が、つい出てきてしまいます。
>おやさまの教えに沿った生き方とは、いかなる生き方なのかな?と考えます。
人生の目的:皆が陽気に暮らせる社会の実現
具体的方法:12下りの意味を理解し、かんろだいつとめをして、各々の心を入れ替え行動を変える
個別的事案:一列兄弟、たすけ一条、じっくり思案、こころ定め、世界ろくぢ、男松女松、貸しもの借りもの、八つの埃、たんのう、正直・働き、やさしき心、・・・・・。
天理教信仰をやめて5年余り、正直言って気持ちが軽くなりましたよ。所属教会、上級教会、大教会と本部の各月次祭に縛られ、ておどり学び等の行事に縛られ、平均すれば一周間に一度は何等かの行事があって職場を始め地域及び社会の行事との両立に悩みました。
転勤を拒んだがために昇進は遅れて、歩どまりに。友人との会合を断って疎遠になりました。それほどタフな体では無かったために尚更でした。信仰をやめてからは、風邪を引いて寝込むことも無くなり2年余り風邪とも縁が切れています。
それともう一件、天理教はお神酒が付きものです。これもいい加減にしてほしいですね。最近では直会時にお神酒が出ることも無くなったとは聞くものの、相変わらず飲む人は飲んでいるらしい。
何事も、ほどほどにしなければ三代さんのようになりますよ。私事で恐縮ですが、80歳目前ですが、血管年齢は50歳代前半、血圧は正常、骨年齢は40歳代後半と医師も驚くほどの体調です。ただ、物忘れはだんだんと進んでいます。
何事もくよくよせずに、食事はほどほどに、体は運動はせず、無理せずに適当に動かすだけ。道を歩くときは、ビニール袋を携え、目立つゴミを拾ってゆくのも体力的にも精神的にもいいものだと思っています。
自慢話のようになりましたが、日野原重明さんを尊敬しています。
末端教会子弟様。
記事拝見しました。大変重要な指摘だと思います。我々現代人は、科学、思想、哲学を知っていますので、天理教を手放しで賞賛する事はできません。江戸末期より明治にかけてのあの限定された時代の中での、限定された人々(登場人物 中山みき、修司、こかん、飯降以蔵、等)におりた神の啓示は、あの場限りのもので、我々はあの啓示を何かと結び付けて解釈してしまいます。その結果、八つの埃を持つ我々は、自分自身の欲望、希望を神の啓示に投射します。久しぶりに稿本教祖伝を眺めました。おびや許しの段にて、神に疑いをもった妊婦が苦しむ場面がありました。もし現在、病院嫌いの妊婦が、妊娠中に主治医を持たず、妊娠新中毒症にもかかわらず、おさずけのみにこだわり緊急入院する騒ぎを起こしたとします。天理教的に正しくとも、現在に生きる我々は、胎児のリスクを考え彼女を批判するでしょう。真の宗教とは、あの時あの時代、限られた登場人物におりた啓示までだろうと思います。現在の天理教信者は、その啓示を知ることにより応答義務が生じるという事を考えるべきです。(天理教信者であると決心をした者のみに義務は降りてきます)
某・FBの投稿記事です。
天理教を辞めた理由を今まで信仰していた人達に聞きました。
おじさんや両親が当時、教祖年祭りや大教会、上級、自教会の催しのさいに、なんだかんだでお供えを強要され、毎日生活がひもじい生活を強いられた思いと、おじさんや両親の家族の愚痴でよく覚えていると言っていました。
当然自分の代では、そのような事はしません。
お供えも心次第。
教会から強要されても教会の子供たちがすれば良いと。
大きな教会は教会子息を見聞を広める為と申して、海外留学をしている教会がたくさんあったそうです。
今のニーズに合わないのですよ。
お道は信仰するけど、教会の無理難題は両親の後ろ姿を見ているので、とても出来ません。
しかし、自分の心に信仰があるから、直々にご本部に参拝すれば良い。
と言う考えが多いのです。
お供えが出来なければソープで働け
と信仰の娘さんに対して平気で言う会長は罷免すべきです。
彼女は年頃なのに、着ている服はみすぼらしいボロボロの服です。
周りから見て天理教が素晴らしいと思いますか?
>古い教会長 @huruikyoukaityo 24時間24時間前
詰所 竣工式の日の挨拶で、「この建物は、一旦、本部にお供えして、改めて真柱様より使用の許可を頂きました。」と言われました。こんなカラクリは、その日まで知らされていない事実でした。だから、増改築をする時に、本部のお許しがいるシステムです。勝手に触る事は出来ません
上記の古い教会長様の書き込みをみて思うこと。
知らされた方は、まだ幸せです。知らない人達が殆んどでしょうね。詰所建築のために一生懸命お供えをした人、ひのきしんをした人。今も続く末端教会への詰所維持費の負担。何も知らずに尽くしていた両親を思うと、マインドコントロールに陥る恐ろしさを改めて感じます。
今思うことは、過去に教会建物の壁の一部を塗り替えるために、教区や上級の視察を始め、お運びとお許しに費やした時間と労力と費用の大きさに、これ以上の無駄は無いのではないかと感じたことです。
お許し、お許し・・・、わざわざ白鼻緒の下駄ばきで教祖殿に集まっていた当時のことを想い起こすと、本当にバカげた行事以外のなにものでもありません。
仮に、私が教会長だったら、さっさと壁の塗り替えをしてしまいますね。
そもそも。お運びやお許しの制度が、教団内部において規定化されているのでしょうか。そのようなことすら秘匿されているように感じます。
年を経た教会長が、それ上級だ、大教会だ、地区だ、教区だ、いや本部だと教団組織の事務的な処理に追われている姿を見ていて思うことは、一見は宗教活動のように思えるが、実は事務的な内容が多く、これが宗教活動かと思ってしまう。
東風Z 様。
詰所 竣工式の日、大きなカギの模型を作って、玄関前で真柱さんが大教会長にカギを渡す(下げ渡す)というセレモニーをしました。
当時は、意味も分からず、有り難く見ていました。
>大きなカギの模型を作って、玄関前で真柱さんが大教会長にカギを渡す
それ世間一般のイベントやセレモニーで、車を贈呈するのに「大きな模型のカギ」とか、賞金の授与で「大きな看板みたいな小切手」とかと同じですね。
見世物というか見物人には、そういう演出が「分かり易い」し「話題にもなる」でしょうが。
いや、問題はそこじゃないな。
大勢の信者さんが生活費を削って出してくれたお金で建てられた詰所や施設を、信者さんには何の相談も説明もなく本部に寄附し、その「使用権」だけを恭しく受け取って、さも「信者さんにとって良い事をした」とばかりに偉そうな態度と話をする大教会や上級が狂ってる。
「本部からお許しを頂いて使わせて貰ってる詰所なのだから、ご利益があるし低い心で使わせて頂きなさい」とでも言いたいのだろうか?
東風Z 様
>お運びやお許しの制度が、教団内部において規定化されているのでしょうか。
私の(父)教会の「教会規則」には、
(財産の処分等)
第十九条 左に掲げる行為をしようとするときは、責任役員全員及び天理教〇〇大教会代表役員の同意を得て、天理教代表役員の承認を受けた後、その行為の少なくとも一月前に、信者その他の利害関係人に対し、その行為の要旨を示して、その旨を公告しなければならない。但し、第三号から第五号までに掲げる行為が、緊急の必要に基づくものであり、もしくは軽微なものである場合、または第五号に掲げる行為が、一時の期間に係るものである場合については、この限りではない。
一、不動産又は財産目録に掲げる宝物その他の基本財産を処分し、または担保に供すること。
二、借入(当該会計年度内の収入で償還する一時の借入を除く)又は保証すること。
三、主要な境内建物の新築、改修、増築、移築、除去又は著しい模様替えをすること。
四、境内地の著しい模様替えをすること。
五、主要な境内建物の用途若しくは境内地の用途を変更し、またはこれをこの教会の主たる目的以外の目的のために供すること。
と、あります。違反に対する罰則規定はありませんが、事が役所・銀行や届出に絡む部分なら「手続きに不備がある」という事でそちらが受け付けてくれません。
分教会が「何かする」には大教会長の同意が必要で本部の承認を得なければなりませんが、上記の「詰所お供え」の事を考えると、大教会の規程は全く違うのでしょう。
「見せてください。教えて下さい。」と言っても無駄なんだろうな。
教会の名義関係について、あまりよく分かってない方もおられるように思いますので、投稿させて頂きます。
自教会の名義を「本部」にお供えしてしまってるので、辞めると教会を出なくてはならない、という投稿もあるようですが、本部が教会を、本部の名義にすることは、滅多にありません。
★本部のもの→ 宗教法人天理教教会本部の名義
*本部建物や直属の(昔の教務支庁教会)分教会など。
*例外的に本部の土地の分教会がある。(おそらく血縁など)
★大教会のもの→ 宗教法人天理教△△大教会の名義
★分教会のもの→ 宗教法人天理教〇〇分教会の名義
大概は、教会の名義は、「宗教法人天理教」〇〇分教会になっています。しかし、これを本部のものと誤解して解釈をしている方もおられるように思います。大教会なども、きちんと説明すべきだと思いますが、曖昧なのか、本部のものと思わせた方が都合が良いのか。
教会の名義を本部のものにしてしまうと、ちょっとした修繕も、営繕のハンコが必要になり、ややこしくなります。例えば、教会で事件が起きた場合、本部が賠償しなければなりませんが、本部は責任を被りたくないから、各教会名義の方が都合がいいのです。
*バブル期に、東京都内だったか、一等地の末端教会が移転しました。その際に宗教法人課が世話をする代わりに、移転の儲けを、上級、大教会すっ飛ばして、何億かは知りませんが、本部に直接お供えしろと強要しました。しかし、教会の名義は変わっていません。それをやってしまうと、法律上ひっかかるんだと思います。
正確には、各分教会は、「信者を含めて」宗教法人天理教〇〇分教会(自教会)のものです。
名義が「宗教法人天理教〇〇分教会」の場合、会長を辞めると出ていくことになります。個人所有ではなく、「天理教〇〇分教会」のものだからです。本部が追い出す訳ではなく、教会内 (上級や大教会も絡みますが) の「都合上」になります。末端教会長が教会を辞めたい場合、上級会長などの指示により、他の人が入って来て会長をやり、辞めた会長は出て行かなくてはならない、ということになります。
*実際にそうなった人を知っています。子供が独立していたから子供の家に行きましたけど。でも、他人がやるほどメリットのある教会はきょうび少ないから、辞めたいといい続けて死ぬまでやって、後は上級の次男とか奥さんが仕方なくやっている所もあります。
〇〇分教会を継ぐ人が他にいれば、その人が替りに住みます。自教会は会長の個人資産ではなく、役員や信者さんたちの物でもあるのです。だから、信者さんでやりたい人がいれば、信者さんが会長になって教会を担任します。
解散したら、土地は、上級か大教会が吸い取る形になります。「本部ではありません。」
しかし、元々は自分の個人名義だったものを、お供え(宗教法人名義にする)したり、あるいは、末端教会子弟さんのお父上などのように、本部の偉いさんの言われるまま「上げて」しまい、「宗教法人名義」になっている会長さんなどで、教会を辞めると出て行かざるを得ないが行き場が無いと嘆いておられる会長さん方、あるいは、現状の教団組織の中では、思うような教会活動ができないと思っておられる方は、現在、末端教会子弟さんが進めておられる、被包括関係解消申請をするのも、有効な方法と思います。教会を解散することは、表統領の承認が要る、と「天理教教規」には書いてますので、解散申請は、まず許可は下りないだろうと思います。本部との被包括関係解消することによって、本部からの承認を受けずとも、本部とは一切関わりを無くし、後は、信者さんと話し合い、自教会を解散して、元会長はそこに住み続けるか、あるいは、独立して教会を続けること、どちらも可能ではないかと思います。
古い教会長 様
末端教会子弟 様
匿名 様
それぞれのお立場からご教示を頂き有り難うございました。
古い教会長 様
本部は何かと威厳を示したいのですね。大教会の直轄教会で中規模の、私にとっては上級教会に当たりましたが、そこへ三代真柱がお入り込みの折は、十日も前から大騒動をして、当日は主な者はヘトヘトに疲れ果てました。大教会誌は会長以下全信徒は喜びに満ち溢れて・・・と報じましたが、実態は上記のごとくでした。
末端教会子弟 様
永年に亘り役員(責任役員ではありません。ただ、単に役員と呼ばれていただけです)を勤めましたが、教会の規則を見たことはありませんでした。本当にお運び、お許しの折は長旅もあって、ヘトヘトまでとは行きませんでしたが、正直疲れました。末端教会子弟様の教会の規定を見させて頂いて思うことは、一片の壁の塗装ぐらいでお許しが必要だったのか、判断に迷いますね。
今更とも思いましたが、思えば本部に振り回されていたのですね。
2017年6月16日 3:09 PMの匿名 様
私の知人の教会の名義は教団本部になっています。南都銀行からおカネを借りている関係からでしょうか。
負債の返済がおわれば、名義を教会に変更登記してくれるのかも知れませんが、知人が言うには、月々の返済がお供えに思えて、何か落ち着かない気分だそうです。古い教会長さんが仰って居られたように、多くの詰所は本部名義になっていると聞いたことがあります。
次に奈良に行った折に所属していた大教会詰所の登記の閲覧をしてみようかなと思っております。
何れにしまして、教団本部はことあるごとに“権威”を示そうと躍起になっているように感じます。よろこびこころなんて言わないでほしいです。
今年の3月から表統領が取締役に就任しとるけど、なにやっとんねん?
この会社と本部の関係をご存知のかたはいらっしゃいますか?
https://donburi.accountant/history/?ds=80196&do=7&cname=%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95%E5%A0%B4%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE
奈良国際ゴルフ倶楽部のことですね。
奈良で一番格式の高いゴルフ場。他の役員には近鉄の会長の名前もありますね。天理のふとんやの井戸太(前田)、日本酒の豊祝(豊沢)。。。。
このゴルフ場の創設者だったでしょうが、中山正善が理事長だった。中山正善がなくなった後は東井三代次本部員だったと記憶する。天理高校二部(定時制)の学生をキャディーにしていたという、以前話題になったあのゴルフ場。天理高校から分かれた天理女子学院高校(定時制)はすでに廃校。
過去の役員名簿に出ていた、横山一郎は天理医療大学をつくったときの憩の家理事長。この横山は公安委員もやっていたはず。今の公安員は、教団沈滞の原因を作った(海外ばかりにいって国内対策を怠った)前の表統領・前天理大学学長。。。。この二人で、御供え(それが回付金になる)が減ることがわかっていながら天理に二つ目の大学(医療大学)を作った。失政の連続、いろいろつながりますな。
ということで、中田が役員になっていても不思議はないところ。自然な成り行きでしょうね。ゴルフ株をもっていてどうするのでしょうか。国会議員相手に接待ゴルフ?
いままでは、こんなことは誰も知ることはなかったでしょうが、企業のディスクロージャーあるいはIRが進むと、いろいろなところで公開されてしまうでしょうね。インターネットの情報を信じるなということは、もはやナンセンス。襟を正そう。
ゴルフ場様
ご丁寧な説明ありがとうございます。なるほど、あのゴルフ場の母体でしたか。
さもありなん、ですね。
仰るとおり、ネット上では本人たちが教団信者にはあまり知られたくない情報も普通に開示されています。
世間知らずの中田氏が某団体の会合で、世間の荒波をくぐり抜けてきた経営者さん達を前に、当たり前のことをもっともらしく語っている記事などを見ると恥ずかしくなります。
教内で批判されているうちはまだいいですよ。ただ外に向かって恥をさらすのは勘弁して欲しいなあ。
東風Z 様
(2017年6月16日 5:04 PM)の疑問について、事情に詳しい者に心当たりが有りましたので、訊いてみました。
>私の知人の教会の名義は教団本部になっています。南都銀行からおカネを借りている関係からでしょうか。
その教会の事情は、外部からは分からない事でありますが、考えられるケースは、
① 最初から本部名義の土地に、何等かの理由があって、教会を任された。
② 前任者が、大教会がカバー出来ない程の負債があった。
等の場合があると思います。
本部名義の土地だったり、あるいは、自教会名義ではローンが組めず、お金を借りられないので、本部が代わりに借りて、本部に返済しているのではないか、と思います。
一般教会で本部名義の土地は、奈良に、部内を数か所持つ教会を知ってますが、他には、直属分教会以外では知りません。本部名義の一般教会は「滅多に無い」ということで、あるとしたら、よほどの事情がある場合だと思います。
>多くの詰所は本部名義になっていると聞いたことがあります。
詰所が本部名義なのは、税金対策だそうです。
詰所は神様を祀っていないので、大教会名義では宗教法人の土地建物として認められないようです。本部名義だと認められるようです。
大教会によっては広大な敷地ですから、無税になるのは有難い。天理市はこれに不満らしく、詰所の土地から固定資産税をとりたいようです。しかし本部は天理市へ、毎年多額の寄付してますから、どうなんでしょうかね?
とりあえず、詰所に関しては、利害が一致しているようです。
2017年6月16日 3:09 PMの匿名 様
ご丁寧な説明を下さり有り難うございます。
知人の教会は、地震で全壊をして建て替えのやむなきに至り、ローンが組めず、本部を通じて南都銀行から融資を受けています。それ故に本部名義になったのですね。あと数年ローンを払わなければなず、80歳になる知人もローンの一端を担い死ぬに死ねないと言っています。むごい組織ですね。
詰所の名義の件もよくわかりました。本部はおぢ場を始め、詰所、教務支庁等で1千万坪もの不動産を持っていると聞きました。宗教法人だからいいものの、一般法人だったら有効活用のために格段の努力が求められるところですね。通常では不必要な不動産は持ちませんもの。
山野辺の道を歩いていたら、このような辺鄙なところまで教団名義の土地があるのかと首を傾げます。
教団本部も、もう少し末端教会のことを考えてくれていたならばと思っています。残念な組織です。
いろいろと有り難うございました。
>大教会によっては広大な敷地ですから、無税になるのは有難い。
いくら宗教法人の土地だからと言って、大教会の個人宅の土地建物まで無税なのは、どうなのだろうかと思う。無税故に、大教会長達は、末端教会とは格段の差の、広くて贅沢といえる個人宅に住むことができる。信者さん達のお供えを使っているのに、分不相応に贅沢な個人宅を持つのは如何なものかと思う。
大教会長や、上級会長などの個人宅に対しては、天理市は、きちんと税金をかけて頂きたいものだ。住居部分の敷地、住宅部分の広さ、きちんと測り、世間と同じように、税金をかけて頂きたい。又、それが、上層部会長たちの、分不相応な贅沢の歯止めに、幾分かはなるのではないか、と思う。
皆さんの議論の場がこちらやお供えの掲示板からTwitterに移行してきているみたいですね。
毎日「天理教」でリアルタイム検索をかけて見てしまっています。
今、情報交換として一番時代に添ったツールだと思うので、天理教に違和感を持たれている若い方も確実にたくさんの方が同じように「天理教」でリアルタイム検索をかけていると思われます。
本部が、一般教会を本部のものにすることは滅多にない、ということですが。
うちの上級教会の土地は500坪もある。ましてや大教会は、1000坪を超えるところも多いのではないだろうか?大教会の、広々とした土地と、何十億(河原町大教会は、建築費だけで65億とのこと。)で建築した教会建物は宗教法人天理教「大教会」のもの。
末端教会の土地などは、せいぜい100坪もあれば上々、ましてや上物の教会建物は、既に全く値打のない古いものが多い。本部にとっては、末端教会の不動産などは要らないのだろう。不動産などよりも、お供えを永久的に本部にあげてくれるように、「宗教法人天理教」という枠で、末端教会が逃げられないよう縛り付けているのだから。
それよりも、三代真柱が、教祖誕生祭などで集まった、500億だかのお供え金で、不動産を買い漁ったという、それらの不動産は、今、いったいどうなっているのだろうか? 何に使われているのだろう?
東京天理教館という不動産管理会社、大都市に、高収入を生む賃貸し高層ビルを5棟も持っている本部のことだから、大方、中山家や本部幹部のための 高収入を生んでくれる利益企業に化けているのではないか、と推測せざるを得ない。
南都銀行は、借りるとき、法人にするのを条件に入れる
でも知人教会は大教会通してたような
でも繰り上げ返済ができたからか、法人にする前に返し終わり
法人にしてあらためて借りて増築した。
天理教に対する不満や、失態をここで投稿されるのを見るにつけ、まだまだお道も捨てたものじゃないなと感じます。みんな天理教の教えが素晴らしいと思ってる。だからこそ、失態が許せないんです。教祖の教えに沿って欲しいんです。無関心や、本当に嫌いで興味ないのであればわざわざ投稿しませんもの。このサイトもきっと見ないでしょう。
こんなにも多くの人がお道に関心を持ってることに、ある意味嬉しさを覚えます。
教会住み込み様
>みんな天理教の教えが素晴らしいと思ってる。だからこそ、失態が許せないんです。教祖の教えに沿って欲しいんです。
教祖様の教えが素晴らしい。現行天理教の「理の親教理」や「上の都合の良い解釈」はゴミ。
「失態」ではなく、「悪意」でこのような組織を作り上げたこと、悪意の塊だと自覚も反省もできずに相続によって上層部に居座る馬鹿共が許せない。
もう「教祖様の教えがなんたるか」も理解できないだろうから、教祖様の教えに沿って欲しいなんて虚しいだけだ。
興味関心は、ヒトラーの演説による大衆操作や、オウムの麻原のように大勢の部下を集めた組織作りなど、やってることは非人道的で極悪非道だが、結果を見れば「多くの人間の支持を集めた手法」が知りたいのと、歴史の裁きとしてその崩壊ぶりを実際に見てみたい、と思うからだ。
まぁそう熱くならないでください。色々な意見があっていいじゃないですか。何もそれを天理教に求めなくてもいいとおもうんですがね。
熱くなってるのではなく、貴方の認識があまりにも「お花畑」だから言ってるのですよ。
>何もそれを天理教に求めなくてもいいとおもうんですがね。
ここに書き込まれている方達の苦しみや悩みが理解できませんか?
家庭の事情や人間関係のしがらみで、抜けるに抜けられない、子供の頃からの「お仕込み」で罪悪感と後ろめたさに苛まれている姿を。
まぁ、勿論、「お花畑」の意見を否定するものではありませんが。
んー。私はそういう天理教で苦しんだことがないから何もわからないのですね。両親はじめ、みんなお道が好きですし、私自身も、素晴らしい教えだと思っています。多少、教えと違うなと思うことはありますが、それもこちらが成人するためだと思っています。
教会の信者さんも喜んで信仰されております。天理教にも色々あると思いますが、教会は離れても神様から離れなければいいのではないでしょうか。
「匿名です」の二代目登場か?
>多少、教えと違うなと思うことはありますが、それもこちらが成人するためだと思っています。
↑
これ自体が教祖様の教えではない事は明白ですね。
勿論、貴方がどんな宗教を信じ、どんな信仰をしようが自由ですよ。
教会住み込み 様
私は天理教に人格の一部を壊されたと認識しています。ですから、天理教に拘わらないようにとシグナルを発信しているだけです。
完全な階級社会をを築いて何が「一列兄弟」なのか未だに分かりません。教会常詰の子として育った知人の悲惨な人生を見ていますと、これが「人助け」の教えなのかとも思います。
>それもこちらが成人するためだと思っています。
と仰っていますが、一人の人間の希望まで奪ってしまうことが成人を促す教えだとは到底思うことは出来ません。
教会常詰めの子として生まれた知人は優秀な子供でした。高等教育を受ければ、きっと素晴らしい技術者になっていたでしょう。その彼が中卒後に教会長かいら云われた次の言葉をどのように理解すればいいのですか。
天高二部に入学させられた知人は、「勉強なんかしなくていい。詰所勤務を通じて他人のメシを食い苦労してこい」だったんですよ。そして、後々も「高校を出してもらっただけでもありがたく思え」と再々云われたと言っています。
この教会長は、大教会の理事(今でいう責任役員)だったんですよ。このような天理教を社会が必要としているのですか。
人を人と思わないような宗教が、宗教を名乗って欲しくないですね。
教会住み込み 様。
日々はご苦労様です。
皆さま、教会住み込み さんの意見が一般的な天理教の方の考え方です。
教会住み込み さんは、懲りずに、今後とも、是非コメントを寄せて下さい。
そして、反論も書き込まれますが、情報として読んで下さい。
天理教には、いろんな天理教があることも知って下さいね。
一列兄弟とはみんな平等という意味ではないと思いますよ。兄弟だったら、先に生まれたものもいます。兄や姉です。弟は弟です。神様から見て一列兄弟なのです。
平等とは違いますよ。
勉強なんかしなくていいと言った会長さんはちょっとダメですね。
落第生の会長さんです。
でも、もしかすれば神様がその人にお道を通ってもらいたかったんじゃないですか?頭が良いなら、それを世間で活かすのではなくて、お道の中で活かして欲しいとの親心だと思うしかないですね。私ならそう思うかな。
言葉はひどいですが、結局は全て理の世界なので、成ってくるのが天の理ですよ。
>多少、教えと違うなと思うことはありますが、それもこちらが成人するためだと思っています。
↑
これ自体が教祖様の教えではない事は明白ですね。
↑
なぜそう思うのでしょうか?
御筆先の最後に、しあんたのむで
で終わられています。
そう考えるということです。私はそう思うということです。
だって全て神様がされてることでしょう。それをこちらがどう感じるか、どう悟るのかということが大事です。全ては陽気暮らしをさせたいとの思いで人間を作られております。ポジティブに考えないと神様に失礼です。
世の中、これまでの歴史を振り返れば、不名誉なこともありますよ。でも、それをどう悟って今後に活かしていくかが大事だと思うのです。不名誉なことがあるのは事実ですね。お道にしてもそうです。でも、それをどう考えるかが重要ですね。
教祖御在世のころ、お屋敷にまつゑ奥様がおられました。すごいむごい言葉を出しておられて、よりくる信者にひどい言葉をかけておられたと聞きます。本席様もひどいことを言われております。でも、教祖はまつゑ、本物と偽物を選り分ける役目やと言われております。まつゑ奥様が嫌でお屋敷に来なく成った人も大勢います。ですがそんなの御構い無し。親神様、教祖を慕って来られた人は本物の信仰を持っておられるのです。その方々の子孫がいま、教会本部を支えているのも事実です。
お道の歴史を勉強されたら、納得できる部分も多いにありますよ。
なんども投稿すいませーん。
教祖のひながたは現代にもありますよ。ひどいお道の人たちもいます。本当にこの人お道のひとか?と思う人もいっぱいいます。それで心濁すこともありますが、私たちはどこまでも教祖のひながたを辿ることが大事です。
教祖の御在世当時もそうやったんですから、今も色々あるのは仕方ないことですよ!
>そう考えるということです。私はそう思うということです。
そう思っているから「教祖様の教えではない」と言っているのです。
書き込みを読ませていただく限り、貴方の頭の中に「教祖様の教えの総論と各論」が整理されていないように見受けられます。
総論は「月日親神は、人間が皆陽気に暮らすのを見て共に楽しみたい」
各論は「つとめを行い、12下りを理解して心に納め、世の中を建て直しなさい」
です。
この総論と各論から外れるものは「教祖様の教えではない」混じりものです。
「教えと違うところがあっても人間の成人のためだと思え」は、仏教的現実世界の対処法、処世術です。
「人間が皆陽気に暮らす」ためには「教えと違うところを修正して正すこと」が総論・各論に沿った考え方で、そういう行動をするのが「正しいこと」になります。
勿論、間違ったことを言う・間違った事をしている相手が巨大で強い存在なら、正面から立ち向かっても潰されるだけです。だから、その解決法の「しあんたのむで」になる訳です。
間違ったものをそのまま受け入れたり我慢することが教祖様の教えではありません。
洗脳というのは恐ろしいものです。
自分の本心や本音が眠ってしまっています。
自分自身で考える。判断する。ものを言うという事が出来ません。
「いやいや、自分で考えて自分の言葉で、しゃべっています。」と言われますが、それは、立場のある人から聞かされた言葉であったり、書物で読んだものと同じだったりします。
話を聞いて、文章を読んで、その後、自分で考え判断することが大切です。
かつて私もそうだったように、人の話をオウム返しのように語っているだけでは自分の言葉ではありません。
洗脳されている人は自分が洗脳されているとは気づきません。
いろんな情報を心の栄養として取り入れ、よく租借して自分というものを、取り戻さなければなりません。
洗脳されている人自身は幸せ感がありますが、周りの者は振り回されて大変迷惑します。
それにも気づかないのが洗脳の恐ろしさです。
教会住み込み 様
あなたの教会の会長様は心の温かい方だと想像します。ゆえに、あなたは素直に教えに溶け込むことが出来たのだと思います。是非、その素晴らしい感銘を周囲の人達にも伝えてください。
私の知人は、夜学の大学に入りたくて教会を飛び出しましたが、教会に残された両親と弟妹達は、会長家族から今まで以上に酷い扱いを受けることになってしまったのです。
中卒しかできなかった弟妹達も、やがて教会を出てゆきましたが、残された両親の晩年は、会長家族からの朝の挨拶さえ返されない人生だったのです。
人を人とも思わないと書いたのは、この一事に尽きるということです。
比較的規模の大きい教会で、大教会長の親族でもある四代会長ともなれば、高慢人間になってしまうのかもしれませんね。
私は教義の議論は出来ませんが、現行天理教を肌で感じることも出来ません。
余談ですが、私は企業の管理職につきました、でも、部下の皆さんを呼び捨てにしたことはありません。女性には「さん」付けで、男性には「君」付けでした。退職後も嘱託として勤務し、その時点で部下だった人すべてに「さん」付けで呼びました。人格を尊重するうえで最低限のモラルだと思っています。
>結局は全て理の世界なので、成ってくるのが天の理ですよ。
天理教洗脳の怖いところです。
貧乏も理、病気が治らないのも理、事情も理
あなたの心が成人していないから神様も働いて下さらない。
もっともっとお供えして教会の御用をして神様に受け取って頂けるように運びなさい
そして会長さんに不足してはいけません。布教していなくても、いい車乗っていても、子供達を若先生と呼ばせ年上の青年さんを奴隷のように扱っていても、せっかくのお供えやひのきしんの行為が無駄になります。
都合良すぎです。
末端教会子弟様
なぜあなたはあたかも自分が全て正しく、未だ教内におられる方々であろう方々のコメントをいちいち否定するようなやり口なのでしょうか?
一体なにをどうされたいのでしょうか?
勉強不足であるかもしれない方々を論破し、それでご満悦といったところでしょうか?
恐らくご自分なりに勉強されて、わかったことがあるのでしょう。
恐らく現教団の嘘を暴きたいのでしょう。
なぜわかった者としてもっとやさしく導くことができないのでしょうか?
海外より さま
「教会住み込み さま」の書き込みに関しては、以前の「匿名です さま」と同様の、「教団擁護と理の親教理」が満載され、印象操作によって「反教団・反体制」の意見を封じ込め、中間層の人達に良心の呵責を与えかねない内容なので反論否定させていただきました。
厳しい言い方は私の性格もありますが、「真剣に考えてもらいたいから」の事です。相手にも、読んでいる方にも。
「やさしく導く」等というおこがましい事は出来ません。
私も単なる「末端教会の一子弟」なのですから、立場的には同等です。
(もっとも、私は相手が大教会長だろうが同等だと思っていますが)
自分の考えが100%正しいと思っているわけではないですが、何かを主張するなら「自分が正しいという立場」で言う必要があるのもご理解いただけると思います。
私の教義解釈や主張におかしな点や疑問がありましたら、遠慮なくご意見ください。
「一体なにをどうされたいのでしょうか?」というご質問なら、「教祖様の教え」に関して忌憚ない解釈やご意見、様々な考えが知りたい、出して欲しい、です。それが私自身の思索や思案を深めることにも繋がるので。
教会住み込み様
「教理のわざわいなる転化」これは、ナチスドイツ政権が、プロテスタント教会を取り込んだ時にある宗教学者が言った言葉です。宗教は政権に迎合してはいけませんが、現在を生き抜き、生きた宗教であらねばななりません。”親にもたれかかるように”この、神の啓示に使われたフレーズをいいように解釈し、パワーハラスメントに使用するのは、月日親神を騙り汚す行為であると断言できます。天理教は教祖伝(ここで、教祖伝の真偽はあえて問いません)の登場人物と神の社を通し親神との間に交わされた会話、逸話のみが真実であり、それ以外の真実はあり得ません。現在の我々は、それを自分の経験と結び付けて勝手な解釈をしていきます。ここに百人いれば、百通りの天理教ができ「教理の禍なる転化」が生じる故があります。教会住み込み様、天理教信者を公言した時から、この教祖伝やおふでさき書かれた神の言葉に対する「応答義務」が生じます。ここに書き込みをされる方々に対して、傷ついた方々に対して現状を肯定されるのであれば、皆が納得できる現在の天理教解釈を提示しなくてはなりません。現実的な痛みを癒す努力と、現在に活きる教義研究、解釈は天理教衰退を止める正攻法であり、貴方様、そして天理教信者の課題であると思います。
末端教会子弟様
早速のご返信有難うございます。
そのような意味合いだったのですね。理解しました。
このブログにコメントを書くことはかなり勇気のいる行為だと思っています。
教内にいる方が折角勇気を出してコメントした際に、頭ごなしに全否定のような流れが続くと、
折角存在するこのサイトの意味合いが薄れてしまうような感じがしましたので意見させていただきました。
生意気お許し下さい。
もっと多くの方がコメント欄に参加されることを願っております。
一体なにをどうされたいのでしょうか?とお聞きしたのは、
端から見ていて挑発的な論破合戦を展開したところで、あまり意味が無いように感じたからです。
論破されたから自分の考えを悔い改めもっと真剣に考え直す人は恐らく少数派だと思います。
残るのは相手側の屈辱感であり、実際にその後、展開することが少ないように思います。
そういった意味で「やさしく」と個人的な意見をさせていただきました。
一度、このサイトにコメントを多く残されている方々と実際にお会いし、
談じ合いが出来る場があればいいのになぁと思っております。
今日は時間がありますので、自分なりの所説をこの後、述べたいと思います。
このブログ名は天理教社会学研究所さんなので敢えて社会的なことから少しアプローチしてみたいと思います。
ただ頭のおかしくなった人間の言葉としてお付き合い下さい。
有難いことに今の時代、自ら求める情報はいくらでも追求することが出来るようになりました。
私の場合はある意味、311が大きなきっかけとなりました。
マスコミから流される情報に疑問や不可解さ、また不信感が募り、自ら情報を集めるベクトルに一変しました。
性格上、そういったスイッチ入ると、とことん追求しないと気が済まない質で、
気になることや疑問に感じることが連鎖的に広がり、膨大な時間とお金を費やして自分の納得のいくまで調べて来ました。
インターネットや書籍だけに限らず、様々な方に実際にお会いしてお話を伺ったり、現地に足を運んだり…。
一つ事業を潰すくらいにです。笑
その結果、学校教育や一般社会通念とされている認識がいかに嘘で固められているかに気付かされました。
まずそのことについてから述べたいと思います。
大学等の学問と呼ばれるものが一部コントロールされていることがわかります。
特に医療、農業、化学、金融、歴史などは完全にコントロールされいるいっていいかもしれません。
「プルトニウムは飲んでも大丈夫」といった東大教授が存在したことがわかりやすい例だと思います。
東大は特にひどい教授が多いですね。(極端な偏見ですみません)
戦後、法律関係においても売国的なことを助長した人間が勲章を得ていたり、全くおかしな社会です。
悲しいことですが、特にワイドショーなんかに出てくるお金に魂を売った御用学者があまりにも多いことに驚かされます。
エリート養成のトップである東大がそんな体たらくですから、
全てとはいいませんが教育機関がおかしな社会を作り上げる一つの機関になっているようにも感じています。
真実なのかどうか自ら検証しない教員の多さに驚きます。
単にそれを正しいと教えられて来たから、それを若い世代に教える。
ひどい言い方かもしれませんが、学校教育とは最終的に「権威」に屈するように洗脳されているように感じてしまうのです。
また埋め込み学習洗脳で、自分で考える力が本当に弱ってる方の多さに驚きます。
テストで点数が取れただけで、その人が優秀だと判定する世界は全くおかしな世界だと思っています。
社会に出れば、困った時にこっそり答えを教えてくれる友達関係、人間関係を築ける能力の方が大切のように感じます。
わかった人がわからない人に教え合う喜びを学ばせることこそが、本来、教育の姿なのではないでしょうか。
点数による判定はあまりにも管理側の都合のように思えてならないのです。
戦後、教育制度そのものがおかしな形にされていることにいい加減気付かないといけないと思います。
兄弟が教員をしているため、良くそのことに関して議論をしています。
さて、学問は何にコントロールされているか、それはお金の流れにコントロールされているように思います。
要は本質的なことは一部の人の都合によって隠蔽、歪曲されてしまうということです。(教会本部と似ていますね)
本質的なことを突き止めてわかってしまった人は逆に排除されている悲しい世界のようにも感じます。
学問とは究極の「人間思案」なのではないかと思います。
要は川の流れに人間の理屈という笊で掬って上がったものをあれこれ言っているだけのように過ぎないように思います。
本質は笊に上がらないものがあるということです。
決して学問、または「人間思案」を否定しているわけではありません。
そういうものだということだけです。
だから教祖は「学問いらん」と言われた所以なのかもしれません。
学術的なことにあまり縛られると本質が見えて来ないのではないかということです。
もっといえば難しい論理や論文は一部の人にしかわからないということです。
真理とはもっとシンプルで美しいものだと信じたい自分の願望がそう思わせるのかもしれません。
人間の思考方を演繹法、帰納法、弁証法で縛らずに、
もっと霊的な直感や理屈で解明出来ない事象を受け入れる勇気が必要なのではないでしょうか。
お金に関して以前にも記述しましたが、お金には互換機能と貯蓄機能があります。
互換機能は大変優れた便利な機能ですが、貯蓄機能にかなり問題があるように思います。
最大の問題は「利子」です。
利子に関してはキリスト教においても諸説があると思います。
そのお金を発行している機関は民間企業なのです。
所謂、一部の株主(人間)によってこのお金の世界が支配されている現実があります。
以前は兌換紙幣でしたが今は既に不換紙幣であり、単なる紙でしかありません。
世界通貨と言われるドルを発行しているFRBは既に民間企業なのです。
日銀においても然りです。
51%日本政府が持っていることになっていますが、実態はわかりません。←これは日銀の方がそう仰っていました。
たとえ51%政府が持っていたとしても残りの49%は誰が持っているのでしょうか?
こういう本質的で大切なことをなぜ教育機関は教えないのでしょうか?
またお金に関しては自分の親からその概念を学んでいるので、親の環境に大きく影響していると思います。
深刻な環境汚染や社会情勢を見れば、今までのような経済発展では行き詰まっている現実に気付かれている方は多いのではないでしょうか。
私たちはいい家、いい車を「買う」ために、また人よりも贅沢な生活をするために生まれて来たのでしょうか?
現実、地球に我々は生きているわけですから、いい加減、作られた嘘の価値観から抜け出し、
そろそろ「本質」といいますか、そういうものに気付くべき時節に来ているのではないかと思います。
教祖はそういった人間としての「本質」を説かれているように思えてならないのです。
私は海外に長く生活する者ですが、こういった感覚は日本人がいち早く覚醒できるのではないかと直感しています。
故に日本語で説かれているとも感じています。(なぜ日本で日本語なのかは長くなるのでここでは割愛します)
教祖が説かれた「八つのほこり」とは深く思案していくと別の言葉を使えば究極の「滅私」を説かれているのではないかと思います。
心の中心に自我ではなく、自分ではない周りの人への思いやりを思考の中心に据えることだとも思えるのです。
それを更に大きくして行けば「人類」や「宇宙」という大きなことに繋がっていくのかもしれません。
それが人間としての「成人」、所謂、親と教えられる神に子が近づく「神人化すること」を説かれているのではなかろうかとも考えられます。
その具体的な方法として「つとめ」が教えられたとも考えられます。
これは特定の人だけができることではなく、全ての人間が心一つで出来ると教えて下さっているのです。
現状はまだ教会制度という人間社会に縛られ、またお金の世界に閉じ込められている感じがしますが、
そういった今までの社会通念や嘘の価値観に気付き、曲げられた教理を自ら正していく人が教内に急速に増えていって欲しいと願っています。
難しいことかもしれませんが、本来の自分のと向き合い、教えられた教理を一度疑ってみて、納得出来ないところは自ら求める姿勢になるべきです。
まずは自分でしっかりと思案し、教祖が仰られたことを「こういうことかもしれない」「あのことをいってるのかもしれない」と、
日常生活の中で考え、教内、教外を含めた知人と話をするだけでいいのかもしれません。
別席も人間が形式的に後に作ったものですから、いちいち誘わなくてもいいのかなと感じています。
お金によるお供えも必要ないと思います。
おさづけの理に関しては、教祖は現身を隠されておりますが、ご存命であると聞かされておりますので、
個々がそれぞれ教祖と向き合い、本人の心が「神一条」にすっきり定まれば、
本部でなくともどこにいても直接、教祖からいただけるのではないかとも感じています。
目に見えるものではありませんから、自分がしっかり理を頂戴したと強く認識することでいいのかもしれません。←全くの異端的発想ですが。
なぜなら海外にいる身としては日本に行かなければおさづけが頂戴できないなんて、ある程度の金持ちしかようぼくになれないということになり、
同じ話を何回も聞くだけという全くナンセンスな形式に思えてしまうのです。
また心一つが我の理、心通りの守護と教えていただいています。
「人間というものは、身はかりもの、心一つが我がのもの。たった一つの心より、どんな理も日々出る」
これは世俗的にいえば「引き寄せの法則」と言われている現実にあるとされる現象とも言えます。
社会生活の中で実感されている方も多いのではないでしょうか。
具体的にもっと掘り下げたいのであればジェームス・アレン著「原因と結果の法則」を読まれることを強くお勧め致します。
この本は世界中で「聖書」に次ぐロングベストセラーとなっており、ほとんどのビジネス書がこの本に大きく影響されていると思います。
この本に書かれていることや教祖の教えと照らし合わせると、
人間の想像(イメージ)することがこの物質的な世界の中で現実に落ちると教えていただいているように思うのです。
今の世の中は知らず知らずのうちにテレビ・マスコミによって完全に洗脳された思考・イメージが現実になっているのではないかと思うのです。
教育やテレビ・マスコミによってで情報を操作されている現実に一日も早く気付くことが大切だと思います。
気付いた人から日々考えることを変えて行くことが必要なのかもしれません。
そういったことが真実であるならば我々はまずそれぞれが教祖が教えられる「陽気づくめ」の社会というものを、
出来る限り具体的に日々イメージすることが大切なのではないかと思います。
「意を乗せる」ことによって「祈り」になると思っています。
長文、失礼致しました。
最後に最近、海外にて話題になっている動画をご紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=aW14RAJ35vs
時間のある方は是非、ご覧になってください。
今までの価値観を疑うきっかけになるかもしれません。
信仰関係の皆様
ひとつお教え頂きたいことがあります。私は、心から天理教を嫌っています。その一つの理由は、天理教が「一神教」(排他的)であることです。日本古来の信仰は、八百万神信仰で、仏教の伝来をすんなり受け入れたし、一般の神社でも複数の社があります。言わずもがな、イスラム教原理主義を日本人は理解できません。それに近いということです。
なーむーてんりーおーのみこ―と のなむが、「南無」と知って愕然としました。
南無はサンスクリット語で仏教用語です。
かりものかしもの で 仏教の無常を説く。 出直し、因縁は輪廻転生などから適当に引っ張ってくる。
助けたまえー で、神道の現世利益主義を説く。
日常の倫理規範 は、孔子の論語から。
高校の授業で倫理学を選択すれば、これくらいの初歩的知識は自然と頭に入ってきます。さらに、深くは大学4年間で宗教を体系的に学べますね。国士館大学、皇學館大学、佛教大学、龍谷大学、同志社大学には神学部があります。
天理大学に神学専攻はありますか?たとえあったとしも、4年間きっちりカリキュラムを組んだら、各宗教からのパクリ、寄せ集めがバレバレで、講義になりませんよね?
100年しか歴史がないことをあげつらうつもりはありません。キリスト教もイスラム教も仏教も、誕生100年で信者数は爆発的に増えていきました。
高校の教科書程度の活字数で、天理教の教理を体系的に示す資料があるのならば、ぜひお教えください。
海外より 様
素晴らしいご見識と思索を有難うございます。
出来るならもっと色々とお伺いしたいし、叶うならそれぞれのテーマで意見を交換したいところですが、この場では難しいかとも思うのでその機会が訪れることに期待して、1点だけに絞ります。
>お金に関して以前にも記述しましたが、お金には互換機能と貯蓄機能があります。
>互換機能は大変優れた便利な機能ですが、貯蓄機能にかなり問題があるように思います。
まさしく、この「貯蓄機能=蓄財」が人間の心を狂わし歪め、人間の精神を神の領域(人間が陽気に暮らすのを見て共に楽しみたいと思う、月日親神の願い)に引き上げることを妨げている大きな要因の一つだと思われます。
「みかぐらうた 一下り目」
三に さんざいこころをさだめ
四つ よんなか
五つ りをふく
六つ むしょうにでけまわす
七つ なにかにつくりとるなら
八つ やまとはほうねんや
「散財の心を定める事が豊かさの第一歩であり、その考えが広がると際限なく豊かになり、その気持ちで何でも生産すれば、その社会は物に溢れた豊かな社会になる」という意味かと考えます。
勿論、現在の天理教で言う「蓄財してはいけない(貧に落ち切れ)のだから神様にお供えしなさい」は間違いです。現実人間社会は「蓄財することが良いこと」という価値観で満ち溢れているのですから、その中で「一人で散財する」と豊かになれないのは当然です。
やるべきことは、この理を理解した人間が寄り集まって「散財心で豊かな社会」を構成し、それを広げていくことしかありません。その為の「こう」を作る必要があると推測します。
究極的には、蓄財機能を持たない貨幣経済社会を構築することが「みかぐらうたの世界」なのではないでしょうか?蓄財機能を持たない貨幣と考えると、紙幣や硬貨のような物質は不可になりますし、電子マネーのように実体は無くても数値化されるモノはダメです。保存の効かない数値化されないもの、例えば、人間の「ありがとう」という言葉や感謝を表す「態度」等が「交換機能だけを持つ貨幣」となりうるのではないかと考えます。
また、蓄財機能を持たない貨幣経済社会は、現在社会に比べてメリットや良い点が沢山考えられます。
まず、現在の犯罪、汚職、不正行為などが99%(予想)は無くなります。
お金に関わる職業が不要になるため、一人当たりの労働時間が大幅に減ります。
人間の思考が「自分のため」ではなく「相手のため」に変わります。
これにより、社会構造の変革や医療・福祉・教育分野は大きな発展を遂げると思われます。
「貨幣」は便利な道具です。便利すぎてその機能に人間の心が左右され支配されている程です。
どんな便利なものでも、危険性があるものなら捨てる勇気を持つことが「人間の成長・神の領域に近づく事」に繋がるのかもしれません。
長々と失礼しました。
また、海外より様が天理教とどのような関係・立場の方かも分からずに「みかぐらうた」を引用し勝手な解釈で理論を展開させた事をお詫びします。ご意見がありましたら遠慮なくお願いします。
末端教会子弟様
コメントいただき感謝致します。
貨幣に関しては仰られるようにまず地域通貨を作れるコミュニティーを作ることが理想だと思います。
その際に紙幣を発行するのであれば有効期限を設けることで、蓄財の問題は解決されると思います。
またそのコミュニティーは志を共にする仲間である必要があると思います。
少なくとも現状の貨幣社会は詐欺のようなものであることに気付き、欲の心を巧みに使われコントロールされた偽りの社会に気付き、更に教祖の教えられた「陽気づくめ」の世を実現しようという志が共有出来る仲間であれば尚、最高です。
個人的にはそういったものを形成する際に現状の教会制度が上手く活用出来るのではないかとも企んでいます。
無論、上下関係は一切無しにです。
深く思案すると究極はまず自ら自給自足出来る環境を整えていくことなのかもしれません。
有難いことに日本にはまだまだ自然に溢れる環境は残っています。
地方は過疎化が進み、チャンスは無限大にあると思います。
自然と向き合い、自然に学ぶ日々を目指すことが近道のような気もしてます。
教祖も「一に百姓たすけたい」と仰られていますから。
実社会において商売をしてきてずっと心の奥底に引っかかっていたことは、
「高こう買うて、安く売りなされや、値切るようなことをしたらあかんで」という教祖のお言葉でした。
最初は単に薄利多売のことなのではないかと一人合点していましたが、今では貨幣社会からの脱却の意味合いが含まれるのではないかとも推察しています。
思いついたら即実行、これが自分の性分であり、また深く思案するところもあり、実は早々にも今の事業を整理し、日本への本帰国を進めているところです。
帰国した際は是非、お会いしましょう。今から楽しみにしています。
お詫びなんてしないでください。私はただの変人ですから。笑
また帰国した後、落ち着いたら私も今までの膨大なインプットを徐々に自ら発信していこうと考えています。
「みかぐらうた」研究、陰ながら応援しています。
http://mikagurauta.grupo.jp/
このサイトは今後の教内の展開に大きな一つの道しるべとなる可能性が非常に高いと思っています。
楽しみにしています。
海外より 様
返信有難うございます。
驚きといいますか、現行の天理教の教えからよくぞその方向へ思索を進められたとある種の感動すら覚えます。しかも、私自身が漠然と構想し頭の中で組み上げようとしているシステムを実際に計画し実行に移そうとされているとは、もう表現する言葉がありません。
基本となるのは「農業を中心とする自給自足体制の確立」であることは間違いありません。
そして、それは閉じられた組織ではいけません。
過去に、自然の中で自給自足組織を作り、閉じられた団体として運営し消えていった幾つかの「カルト」と呼ばれた団体があったかと思います。外部との人の移動(参加や脱退)や物資の移動(売買)は不可欠です。
参考になるのは「農業生産法人ヤマギシ会」かとも思っているのですが、内部の運営方法や実態が調べにくく、まさか実際に参加することもできずに困っております。また、ヤマギシ会は「食糧生産」を主に行っているだけですが、こちらは規模の拡大とともにあらゆる物の生産に着手し、取り込む必要があると思います。取り込みきれない会社や産業は、投資等により経営の一翼を担って、此方の趣旨に沿った形での契約や委託をする形になるでしょう。
その為にも、内部での教育・人材育成が重要で、医療や技術開発、研究開発等も並行して取り組む必要があります。
もちろん、これら組織・会社の運営やあり方は、商業主義や強制的ノルマなどのない、互い立合い助け合い、一列兄弟、難渋する者のいない、といった教祖様の教えを実践するのが大前提です。
今の天理教本部がこの事に気付き取り組んでくれるなら、その資金力と組織力で数年のうちに形ができるのではないかと計算すると、残念でなりません。
サイトへの応援有難うございます。
自画自賛するつもりはありませんが、宗教関係のサイトで個人的に離脱や脱退するモノは数あれど、宗教法人ごと離脱する経緯を描いたサイトは日本初ではないかと思います。もちろん、たまたま私がそういう環境に生まれ育っただけの事ですが。
私は、長年エネルギー危機を研究していて、将来には絶対食料危機が来ると確信して、10年前、心機一転(サラリーマン家庭で育つ)、5反の田んぼと山林を購入し、新規就農いたしました。農地法の縛りが非常にきつく、実現までに数年費やしました。将来的には、「ヤマギシ会」的なものを目指して、現在地元の方々と交流中です。
翻って、田舎に住んでいる姑一族には田畑が残っていません。月給を稼げる職場がいろいろあることも一因ですが(都市化)、長年、田畑を切り売りして献金してきました。明治時代からの信仰です。
世間で揶揄されている
『やしきをはろうて、たうりたまえ、すってんてんのみこと』
を、見事に忠実に実践してきたのです。
先祖伝来の宗教を捨てて、新信仰に走った姑一族が、将来の食料危機を自給自足で乗り切れないのは憐れです。
天理市の広大な元農地の教団敷地。大金を投入した(元は全国信者の田んぼが資金源)コンクリ―ト建設ばかりで、もはや農地には戻りません。
この世に神がいるとしたら、この理不尽を見逃すはずはない。
姑が布教師で苦しんでいます 様
本当に天理教は恐ろしい宗教ですね。知人の教会は1955年(昭和36年)ころには、父(教会長)名義の田畑が2町歩ほどありました。ところが、教祖100年祭(1986年・昭和61年)には0になっていました。全てお供えに消えたのです。
挙句の果てに、地震により会堂が全壊して、今は教団本部を通じて奈良県内の南都銀行から借金をして、会堂を再建。いまだに借金を返しています。
地震の時、この田畑さえ有れば借金の額も少なくて済んだのではと思うと、今更ながら、教団本部ばかりがバカでっかくなって、余りのアンバランスに怒り心頭です。
挙句の果てに、代表役員が奈良県で一番有名なゴルフ場の取締役に就任しているなんて聞くと、バカバカしくて、お供えなんかしてられませんよね。ったく度し難いとはこのことです。
東風Z 様
ご返信ありがとうございます。
2町歩が0とはこれまたとんでもない被害額ですね。本部は不動産等ガッポリ貯めこんでいますが、万一宗教法人を解散することになったら、全財産は宗教法人役員の個人財産になるそうです(国庫に入るのではないらしい)。中山家本部員家は天理教が消滅したらウハウハ。彼らからしたら、一般信者はゴミくず以下なんでしょうね。やってられません。
腹立たしさに作文しました。ちょっと下品ですいません。
とにかく、まずは、「総括」が必要と思います。
:::::::::
「ヤマギシ会」とか「自給自足」とかアホぬかせ。
これまでさんざん、田舎のじいさんばあさんだまして、田畑を取り上げたやないか。
{屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと}
田舎で暮らすばあさんにとって、畑がないってどんなにミジメなことかわかるか?農作業で時間はつぶせんし、おすそ分けで作物譲り合う輪にも入れないんやぞ。食料危機でも来たら、子孫は田畑をだまし取られた先祖を恨むんやぞ。
オウムでさえ、教祖、幹部の過ちを総括し、「アレフ」と出直したぞ。過去の幹部の田畑の強制献金の間違いを認めるなら、総括して「エレフ」でも「オレフ」でも出直せ。
天理教信者に自給自足を語る資格なし。
末端教会子弟様
返信有難うございます。
私はそんな大それたことを成し遂げようという考えはなく、取り敢えずは自分を含めた家族を自然溢れる環境に移し、自給自足出来る形、またそういった環境での自立を目指そうとしているだけです。
都会は世俗的な欲望を満たすには大変便利なところなのですが、今の自分には既に興味がなくなり、何より子供の環境を考えたことが大きな要因のひとつです。
逆に言うとそういう環境に身を置かないとわからないことがあることに気付いたというか…そんな感じです。
現行の天理教の教えから今のような発想に至ったというより、まずは社会的な問題や噓偽りを追求し、本来の人間の本質とは何かを自分なりに研鑽していった中での影響が大きいと思います。
今までの色眼鏡が外れた頃、傍らにあった原典を読み返した時に、今まで感じ得なかったような意味合いがまるで頭を揺さぶられたように感じることができ、そこで改めて教祖の教えを研究し直し、今に至っています。
海外在住が長いという理由では済まされないかもしれませんが、恥ずかしながら「ヤマギシ会」という団体がそのような団体であることを知りませんでした。
早速調べてみて、更に驚きました。
自分の中で漠然としたものでしかなかった事を、70年も前から既に具現化し実践され、大きな結果を残されている方が存在されたということに驚きといいますか、何と言うか…言葉になりません。
私は農業に関しては福岡正信氏の思想に大きく影響を受けています。
既に故人であり、実際にお話を伺うことは叶いませんが、「わら一本の革命」という本に、とても深い感銘を受けました。
今後、「ヤマギシ会」を含め、創始者であられる山岸巳代蔵氏に関して勉強させていただこうと思います。
姑が布教師で苦しんでいます様
総括すれば「教祖の教え」と「教団の教え」は違うということです。
「教団の教え」は「教祖の教え」の一部を利用した悪質な教えということです。
私から言わせていただくと姑が布教師でまだ良かったですね。
ここに来られる方は実際の「母親が布教師で苦しんでいます」という方も多いと思うのです。
それは自分も含めてです。
私の先祖も明治時代に田畑、自宅全てをお供えし道一条になっています。
そこまでしなくとも良かっただろうにと今痛切に思いますが、恐らく今からでは想像もできないような空気感がそこにはあったことも事実だと思います。
人間である天皇を神と信じ込まされ、我が子をお国のためと戦前に送り出し、戦死が名誉とされた狂った過去があったことはご存知のことと思います。
そういった狂気に似た空気感の中で狂気沙汰が行われたようにも思うのです。
だからしょうがないじゃないかといいたいわけでなく、今、我々が出来ることはそういう過去があったということをまず受け入れるしかないように思うです。
受け入れた上でそれぞれが様々な行動をしていくほかないと思います。
これは人ごととしてではなく実際の当事者としての考えです。
本部の人達が信者に真実と教えて集めたお金を、最終的に個人資産にするようなことになれば(実際には既に為されているのでその日は遠くないと思いますが)、それこそご分家さんが自身で言われているように中庭に引きずり出されて撲殺されることになるしょう。
コメントの内容があまりにも「お前の母さん、で○○」的なレベルで閉口しました。
あなたこそ自給自足を語る資格がないように私には感じてしまいます。
管理人様
申し訳ございません。上記コメントの削除依頼をお願い致します。
管理人様
本日PM2:30に記載、送信した私のコメントの削除をお願い致します。
本意ではではない不適切な内容を記載、送信してしまいました。
不快に思われた方々に深くお詫び申し上げます。
海外より 様
お話の内容はよく理解できました。
私の先走った話をお許し下さい。
「ヤマギシ会」も以前、幾つかの点でマスコミに取り上げられ社会問題になった経緯があります。入会の際の「個人資産を寄付させる事」とか「子供の教育」「未成年者労働」「内部での家族関係」などだったかと思いますが、引き続き調べたいと思います。
姑が布教師で苦しんでいます 様
いきなり「総括」「総括」と連呼され、まるでどこかの団体のような印象を受けましたがどうなのでしょう?
問題点があるなら反省し改善改革を進めるのは当然でしょうが、今の天理教組織には全体的な改善改革を進められる立場である本部上層部が「問題だと思っていない」のですから反省もありません。
問題だと思っている人間が、それぞれ身を守りながら、それぞれの範囲内で出来ることをコツコツと取り組んでいくしかないでしょう。
私は、その為に「問題意識を持っている人」が情報交換をしながら協力体制を作ることが第一歩だと思っているのですが。
もちろん、天理教団に対して、それ以上の力で「外圧を掛ける」ことの出来る組織なり存在なりを動かすことが出来るなら話は別でしょうが、貴方にはそういう心当たりがありますか?
姑が布教師で苦しんでいます 様
返信下さり有り難うございます。
お父さん(教会長)名義の土地ですから、どのように処分されようとご自由とは思いますが、お供えという形になったのが、後々、子供さん連中で議論を呼ぶことになったようです。
本来ならば、農作業をされていた長男さん始め、他の子供さんに相談されるべきだったでしょうね。過疎地のことですから農業を継ぐ人も居なかったのかもしれませんが、それにしても、お供えに消えてしまって、当事者は困惑し、教団本部はヌクヌクとしているのですから宗教なんてサギみたいなものですね。
山名大教会のように、教祖百年祭に際して行った心定めは、3年千日の間、毎日百万円お供えしようなんて言って、部内教会長さんは抗議の自殺をされているのですから、三代真柱も一言「無理をしなくていいよ」くらい何故言えなかったのでしょうね。
〇〇な宗教にくっ付いている人達の心境が理解できません。
東風Z 様
農作業をされていた長男さんはさぞかし大変だったでしょうね。農業は結構トラクターとか耕運機とか設備投資が大変です。見込みが違ってくるのは、他に本業がなければ結構経済的にきついです。
また、2町歩とのこと、戦後の農地解放では小作一家に平均で3反が割り当てです(3反農家という言葉がある)。おそらく戦前からの地主さん、つまり、本当に先祖伝来の田畑であったと想像します。長男さんはじめご家族の方々が事態を呑み込むのにかなりの苦痛を感じられたことをお察し申し上げます。
>三代真柱も一言「無理をしなくていいよ」くらい何故言えなかったのでしょうね。
これで思い出すことがあります。結婚して、姑に夫婦そろって大教会に挨拶にいかされたのですが、大教会長は終始無言で全く笑顔なし。「おめでとう」「お幸せに」「仲よくね」・・・などお祝いの言葉も全くなし。姑は何らかのお供えをし、何かの粗品を「拝し戴いた」だけ。あとで「天理貴族」という(鳥貴族のような居酒屋さんみたい)言葉があると聞いて、なるほどなあと納得しました。庶民の心情や生活を知りもしないし、知りたいとも思わないんでしょうね。
① 天理教は長年、農村の信者に田畑を売って献金させ、教勢を拡大してきた
<屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと>
② これにより、一族および子孫が自立に必要な自給自足の貴重な手段を喪失
③ 天理教再生の方策として、今後は、農村での自給自足集団を目指す
これっておかしくないですか?
人としてのどうなの? 道義的責任はあるでしょう。
田畑を喪失した人すべて(子孫を含む)を受け入れる田畑は確保できるの?
(結論:できない)
農村はどこでも年に数回、水普請と道普請があります(手弁当での補修作業)。
自治体からはセメント材料費等の実費支給はある。これ、ほぼ9割がた、田畑周りの補修です。最近はどこも過疎で人手不足で、一人暮らしの田畑のない元農家のおばあさんも駆り出される。出ないときは一日につき不参金5000円を徴収される。年金収入だけで苦しいのならば出ないわけにはいかない。
そんな集落へ、集団的自給自足を目指す天理教集団がやって来るとします。集落維持活動へ参加を期待して自治体も集落も大歓迎ですよ(ただし宗教アレルギーがないこと)。噂を聞いて、どこからか積極的な誘致があるかもしれない。でも、そのおばあさんの家の田畑喪失が天理教献金が原因とすれば、その集団に優先的に入れてもらえるんですか?先祖の献金だったら証明できませんよ。入れてもらえなかったら、そのおばあさんの集落内の立場は、まさに生き地獄です。ミジメでミジメで。田畑を失ったミジメさ、集落の人から後ろ指もさされるし。
おばあさんの生産性も低いでしょうから、自立確度の観点からも集団から除外せざるを得ないのでは?だいたい過去に献金さえしなければ、田畑を維持できて、家族内で自給自足体制整えられたはず。
今、小さい集落に例えたけれど、自治体規模に拡大しても同じ「理」屈です。
こんなこと、道「理」にかなわない。
「理」不尽です。
<<<私が神ならば、絶対に許さない>>>
どうしてもしたいのならば、過去の教団の献金方法(田畑を売却させた)が間違いであったことを謝罪し、総括し、「エレフ」でも「オレフ」でも出直せということ。天理教は、あまりに適当に都合良く、「理」という言葉を使い倒しています。麻原は、天理教に集金システムを学び、最初は「真理教」の予定だったが、パクリがバレバレだからオウムをつけた と、ニュースで言ってました。
何度でも貼ります
(貴女こそ、自給自足を語る資格はないと逆ギレされましたが)
:::::::::::::
「ヤマギシ会」とか「自給自足」とかアホぬかせ。
これまでさんざん、田舎のじいさんばあさんだまして、田畑を取り上げたやないか。
{屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと}
田舎で暮らすばあさんにとって、畑がないってどんなにミジメなことかわかるか?農作業で時間はつぶせんし、おすそ分けで作物譲り合う輪にも入れないんやぞ。食料危機でも来たら、子孫は田畑をだまし取られた先祖を恨むんやぞ。
オウムでさえ、教祖、幹部の過ちを総括し、「アレフ」と出直したぞ。過去の幹部の田畑の強制献金の間違いを認めるなら、総括して「エレフ」でも「オレフ」でも出直せ。
天理教信者に自給自足を語る資格なし。
姑が布教師で苦しんでいます 様
この会長さんは、農業が好きで開墾し、後継者が居なくなった田畑をコツコツと買取り5人の子供さん共々に農業に勤しんでおられました。天理教なんて無くても良かったのです。
名称があったばっかしに、こんなことになってしまいました。名称は末代の理なんてほんぶにとって都合のいい理論を組み立て、末端教会をがんじがらめにしてしまったのです。
「理」が無いという言葉をよく聞きますが、理が無い所は、理のある所に比べて空気が薄いとでもいうのでしょうか。バカげた言い分に耳を傾けないことが肝要ですね。
私の祖母も、長く信仰していた天理教信者でしたが、持っていた田んぼをお供えしたら、子供も孫も、皆が良くなるのに、と所属教会会長からよく言われていたそうです。母から聞いた話です。祖母は田んぼはお供えしなかったようですが、商売もしていましたから、お金でのお供えは相当にしております。それでもまだ、そのように、田んぼもお供えしたら皆が良くなる、というように言われていた訳ですね。
教会は、信者が財産を持っていたら、お供えする方が良い、という考えだったのでしょうね。会長は会長で、運命がよくなるご守護を頂けるのだから、信者の為だ、という信念があったことでしょう。自分は貧のどん底で暮らしてる、善良な、いい会長でした。
教団本部の、信者の財産を取り上げる為の、偽教理の刷り込みが、全ての元凶ですね。
東井朝仁さんのブログ
http://www.k3.dion.ne.jp/~tooi/
その中の「私のスタンス」という記事を、こちらに紹介させて頂きます。
http://www.k3.dion.ne.jp/~tooi/yoisyuumatsu/yoi20130228.html …
さらに付言すれば、友人などから天理教の教えを聞かれた場合には要点を説明し、天理の地の見学を請われれば、奈良まで引率して案内することはしていましたが、こちらから入信(教団加入)を勧誘することはありませんでした。
なぜなら成人になってからの私の心の底には「宗教団体に入ると、神(教理)との純粋な対峙は遠のき、信仰を大義名分とした人間集団の俗的な行事や義務に翻弄される。だから、教理・経典の教えに救いを求めるとしたら、一人で教理・経典に触れ、神と自己とが静かに向き合える立ち位置をとったほうが良い」との考えが強かったからです。
勿論、宗教団体に加入することにより、「仲間が増え、孤独から解放され、同志から守られている安心感がある。また、指導者から教理を諭されて信仰に厚みが出来る」という人もいるでしょう。教条的に絶対的な帰依を求めることにより、全信者を組織防衛的に統括する宗教団体。その国家権力も容易に介入できない傘の下に入ること、不安と孤独とコンプレックスに陥っている人は、人生で今だかってなかった安寧が得られるのでしょう。
極端な例をあげれば、あのオウム真理教に加入した若者たちの心情も、かようなものであったのでは、と私は推察するのです。
だからこうしたほうが良いという断言は、私には出来ません。
しかし、もうその様な思惑や配慮が、私の心をとらえることは無くなりました。何故なら、私共家族は20数年前に天理教団を離脱して(離脱させられて)おり、どの宗教・宗派にも属していないからです。誰がどんな宗教団体に加入していようが、どんな教えを信じていようが「どうぞお好きに」という醒めた心になっているのです。
宗教団体に関しては全く興味がありません。
離脱した理由は、ここでは「抜き差しならない諸般の事情から」としておきますが、一言。
巨大なピラミッド型の天理教組織。その下部の一隅に位置する小さな教会の長(宗教法人法では代表役員という)を、戦前戦後を通じて40数年間必死に務めてきた父。その父が死去した際のことでした。
教団組織の上層部から、現住する教会(敷地)からの東井家の立ち退きを、突然に命令されたのです。本来はその地で長の任に当たって生活してきた父母の長男、私の兄が後継者となることは、教団内では衆知の事実となっていたのです。そこで教会関係者一同の嘆願書などをたずさえて、何回も請願に伺ったのですが、全く聞き入れて頂けなく、みな絶望のどん底に落とされてしまったのです。
私は「これは宗教上の問題ではなく、教団上層部の人間的な我慾(注・当時はバブル経済真っ盛りで、広大な教会の土地価格は高騰していた)に端を発していることだ。社会的・道義的に認められるものではない。宗教上の親(教団指導者)と子(下部組織の信者)の問題に歪曲化して、教団幹部は「真の信仰とは、親の言うことに子供は素直に従うことだ!」と有無を言わせずに恫喝しているが、問題のすり替えだ。これは一般社会の問題として、民事として法律的に厳正に処するしかない」と判断し、民事裁判に解決をゆだねたのです。
結果、4年にわたる係争は、私の敬愛してやまない老師に仲介に入っていただき、ようやく和解となりました。後日、地元の税務署長が「巨大宗教団体と個人の係争で、このように個人の側がつぶされずに対等和解で解決した例は、日本では初めてじゃないですかね」と感嘆されていたとのことでした。
父の死後、和解が成立するまでの期間、残された母親や長兄一家は、教団からの有形無形の圧力を受け続け、私にも、ある親しい人から「向こうは暴力団などを使って何をしてくるかわからない。朝チャン、くれぐれも駅のホームでは前に並ばない方がいいよ。気をつけて頑張ってな」と、密かな助言がありました。
仕事で疲弊して帰宅しても、神経は高ぶり、幼い子供3人の寝顔を覗きながらウイスキーをストレートでコップ一杯飲みほしても、全く酔えず、緊張した不安な日々が続いたのです。
この時こそ「宗教団体は恐ろしい組織だ」と痛感したことはありません。そうした事態を夢中で乗り越えてきたのですが、最近になってようやく、「天理」という実名を表現出来るようになったのです。
今でも教理は素晴らしいと共感し、教団の信者さんらには立派な方も多くおられます。みな温和で親切で腰の低い、良い人ばかりなのです。
しかし、信仰の名のもとに宗教団体が巨大組織化されていくと、必然的に集団は官僚制に組織化され、残念ながら権力の中枢にいる一部の指導者らによって、人間社会のどろどろとした欲望が渦巻いてくるのです。
ようやく歳月が苦しみや悲しみを洗い流し、今は静かな澄んだ心境から、懐かしく天理高校時代を想い出されます。
私は世界中のどの宗教でも、人々の心を励まし、生きる希望を与えてくれる素晴らしい教理・経典を持っていると思っています。絶望に伏した人を立ち上がらせ、涙にくれている人の心に、明日への望みをさとして
くれる。それは神や仏にすがるように向き合ってこそ生じる、信仰の光でしょう。
しかし!純粋に信仰を希求する人々も、集団に組み込まれ、ヒエラルキーが貫徹する上下関係が成立する組織となってしまうと、徐々に組織内部には名誉欲、権勢欲、金銭欲がはびこり、宗教団体は社会一般の常識は通用しない、排他的な特殊な人間集団に化してしまうのです。
だが現実は「正しい教えを広く国民に広めることが、弱者の救済と社会平和に貢献することになる。そのためには個人だけでは無力で何もできない。だから信者を増やし、統制のとれた強い宗教組織が必要になるのだ」と強弁する宗教関係者が多いのです。
私のつたない経験から、「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する・・」(憲法第20条第一項)「何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない」(同条第二項)とありますが、はたして日本では完全に信教の自由が擁護されているのだろうか、と疑問に思います。
敵は国家権力だけではないのです。憲法第20条をないがしろにするのは、不幸なことに各宗教団体自身でもあり(宗教間の争いは陰湿。世界的に見ても不毛で残虐な宗教戦争ばかり)、同じ宗教団体内の排他性にもあります。
私が中学を卒業して東京を離れるまでの幼少年期の頃、前述したように教会だった私の家の門には、人糞(当時はまだ汲み取り便所ばかりだった)が捲かれていたり、塀には白ペンキで「邪教!」と大書されたりする嫌がらせが、頻繁に起こっていました。
また、私が小学生のころ、近くの商店街の八百屋に買い物に行った時、店のおばさんから「天理教だね。あんたのとこには売らないよ!」と怒鳴られ、悔し涙で帰ってきたこともありました。
一方、所属の宗教団体から離れた人は、かっての極左暴力集団内のリンチではありませんが、「地獄に堕ちろ!」とか「子孫の代までたたりがあるぞ」などの嫌がらせ電話や機関紙などによる誹謗中傷を日夜受け、地域によっては村八分にされて一家離散したり自殺に追い込まれるという痛ましい事例を、私は教団・宗派を問わず、嫌というほど見聞きしてきました。
こうした経験から、私はいつの頃からか「宗教でも政治でも、教団や政党には入らない。自分達だけが正義かの様な独善主義と、人が人を隷属して成り立つような閉塞した人間集団は、必要悪かもしれないが、私はノーだ!」との信念を形成してきたのです。
ただし、様々な宗教において、日夜一生懸命に布教に没頭されている方や、政党の党員として志を高くして活動されている方の中には、人間的にも素晴らしい方がおられます。そのような方々とは、心楽しく交流を続けさせて貰っています。
毎晩、テレビの横に置いてあるフクロウの絵が描かれた七宝焼の絵皿に向い、神様、ご先祖様、今日も無事に過ごすことが出来ました。有難うございました。明日も一家揃って、無事に元気に過ごすことが出来ますよう、お守りください」と手を合わせているのです。
これが、私のスタンスです。
匿名
2017年6月26日 8:20 AM さま
全文、感動いたしました。
私の父は、毎晩布団の中で手を合わせ(ズボラとも言えますが)、旅立つその日まで
{神様、仏様、ご先祖様、今日も一日結構に暮らさせて頂きありがとうございました。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏}と言って眠りについていました。
東風Z 様
>この会長さんは、農業が好きで開墾し、後継者が居なくなった田畑をコツコツと買取り5人の子供さん共々に農業に勤しんでおられました。天理教なんて無くても良かったのです。
名称があったばっかしに、こんなことになってしまいました。名称は末代の理なんてほんぶにとって都合のいい理論を組み立て、末端教会をがんじがらめにしてしまったのです。
一般世間では、田畑を売るのは、儲けたいから(宅地開発とか)、いろいろ理由があります。でも、農業が好きで、しかもご家族仲良く暮らしていらっしゃるところで、想像もしない急な農地喪失。耐え難いこととと想像します。きっと、四季の移ろい、発芽するときのワクワク感、収穫の際の報われた満足感、五感で自然に感謝されていたでしょうね。こんな悲劇をお聞きすると、私まで胸がつぶれそうです。
「許せません、天理教」
この思い、また時間があるときまとめて投稿いたします。
姑が布教師で苦しんでいます 様
月日にわにんけんはじめかけたのわ
よふきゆさんがみたいゆへから 十四 25
天理教教祖の想いは、このおふでさきの一句に尽きますね。あまりにも程遠い教団の現実に何と表現すればいいのか、言葉が見つからないほどの悲嘆です。知人が余りにも気の毒に感じています。
今年は、殊の外おいしいコメが出来ました。一俵お供えします。と言ってはるばる天理まで運んできた米を見られて、教祖の喜びは如何ばかりかと思うのに、教団は田畑を売らせて現金を持ってこさせたのです。
この現金で、一時は笑顔になれても、田畑が無くなれば根はとだえ、枝葉も枯れてしまったも同然です。
カンロ飴 様
>私の祖母も、長く信仰していた天理教信者でしたが、持っていた田んぼをお供えしたら、子供も孫も、皆が良くなるのに、と所属教会会長からよく言われていたそうです。
>偽教理の刷り込みが、全ての元凶ですね。
書き込みをありがとうございます。天理教が長年田んぼの強制売却献金を奨励してきたかを示す、貴重な証言です。
普通、宗教での献金は信者の自発的行為であり、警察は不介入です。しかし、偽教理に基づく偽宗教ということがはっきりすれば、これは立派な詐欺罪です。外国では、カルトとして、厳しい取り締まりの対象です。今回、東風Z 様のお話で、2町歩というとんでもない巨額詐欺まで判明いたしました。
「天理教許すまじ」、私の頭はグルグルそのことが渦巻いています。
天理教機関紙「みちのとも」立教180年7月号の特集は「魅力ある教会に」である。
早速疑問だが、魅力をそなえた本部なら、それが伝播して各教会も魅力が増すのではありませんか?
こんな事を特集する前に、表統領の「お供えしなければ命が切れる」発言問題や、ハニトラ、美人局による金銭たかられ、ゆすられ問題。
両統領の指示による島村、中山治信本部員、高井準員らが実行し、失敗に終わったという大教会法人乗っ取り事件などの釈明や謝罪が先決なのでは?
こんな魅力のない本部に「魅力を増せ」と言われても、心はまったく動かない。
このままで本当に後継ぎの9月1日の結婚式は迎えられるのか?
まずは「魅力ある本部になってくれ」。そう願うばかりである。
早速疑問だが、魅力をそなえた本部なら、それが伝播して各教会も魅力が増すのではありませんか?
なぜそう思うのでしょうか?
魅力ある教会もありますよ。
下を言えばきりないですよ。
徳川将軍家 中山家
親藩 尾張・紀伊・水戸 中田家 山澤家他
旗本直参 本部在籍者
譜代大名 ゴマすり上手な金持ち直属大教会
外様大名 ゴマすりの下手な直属大教会
箸にも棒にも掛からぬ小規模直属大教会・分教会
農民・工商 何にも知らない善良な用木たったの68万人
実働用木は20万人?
年貢米の上納 多額の金を上納
江戸時代とそっくり
教会住み込み様
≫早速疑問だが、魅力をそなえた本部なら、それが伝播して各教会も魅力が増すのではありませんか?
>なぜそう思うのでしょうか?
魅力ある教会もありますよ。
下を言えばきりないですよ。
もちろん、 魅力ある教会も一杯ありますが、そうでない教会の方が圧倒的に多いのが現状です。
「下の事をいう」というより、最低限の条件として、本部に魅力を求める事は、間違いではないと感じます。
本部も、各教会も魅力一杯だったらいいですよね。
退職信者 様
水飲み百姓 末端教会(生かさず殺さず)
注釈:元気に生きていると本部にたてついて文句を言いだす。
死んでしまうとお供えをしてくれない。
弱りながらも、生かしているのが本部としては都合がよい。
伝え聞くところ 本部は五代目養子縁組の祝儀を直属教会に要求したらしい。
9月1日の結婚式では、更に更に多額に祝儀を直属教会に要求するんだろうな。
中小大教会や直属分教会の会長さんや奥さんは、今頃金の工面で夜もぐっすり眠られないだろう。
苛斂誅求は封建時代の話かと思いきやいまだに続く天理教。
こんな事やられたら大教会長さんだって自殺したくなりますよね。
西の方の大教会では、会長さん一家が夜逃げしたらしい。
ストレスから賭け事にはまってしまった大教会長さんもいるとのことです。
本部在籍者と要会の間には、我々一般信者には想像することができない大きな壁が有るらしい。
末端教会も悲惨な状況だが、中間管理職の様な直属教会や分教会の関係者にも悲惨な人生を送っている人達が多数いるらしい
本部在籍者は、ピラミッドの頂点のキャップストーンみたいだね。早く滑り落ちてほしいものだ。
末端教会(生かさず殺さず)
私は、関東に住んでいます。
私の町や周辺の地域の教会は、既に窒息状態です。
(生かさず殺さず)の域を越えてしまいました。
本部在籍者は、この現実を認識できないのです。
なぜなら本部神殿や周辺の建物があまりにも巨大だからです。
目に見える建物の大きさに惑わされて現実が認識できないのです。
(解っているけど認めたくない?)(まだ何とかなる?)
この状況は、天理から離れれば離れるほど顕著であると思います。
天理教は、既に関西の一地方都市のローカルな宗教団体なのです。
用木信者は、潮が引くように静かに静かに去っています。
祭典当日の神殿周辺のパイプ椅子が、がら空きになるのも遠い事ではないとおもいます。
2017年6月28日 11:58 AM 教会住み込み様のコメント
≫早速疑問だが、魅力をそなえた本部なら、それが伝播して各教会も魅力が増すのではありませんか?
>なぜそう思うのでしょうか?
>魅力ある教会もありますよ。
>下を言えばきりないですよ。
「魅力をそなえた本部なら」を言い換えると、「魅力ある本部なら」です。
私は「魅力のない教会ばかりだ」とは申しておりませんよ。
「本部に魅力がない」と言っているだけです。
その本部が魅力を増せば、我々部属教会も「現状から更に魅力を増せる」と申し上げているのです。
「教会住み込み」様、どうぞご理解ください。そして どうぞご自愛くださいませ。
イスラム教の自爆テロ(殺人)でさえ、ジハード聖戦という大義がある
天理教の、農家に田んぼを売らせて献金させることに 大義はあるのか?
@大義なんかあるか ボケ!!! ひたすら金集めたいだけやろ!!!
よって、天理教は宗教ではない。天理教は邪教である。
① 集金方法について 洗脳
1.「理」とか、天理用語独特の使いまわしをして、信者を抑えこむ
匿名 2017年6月21日 11:44 AM 様 より転載させて頂きます。
>結局は全て理の世界なので、成ってくるのが天の理ですよ。
天理教洗脳の怖いところです。
貧乏も理、病気が治らないのも理、事情も理
あなたの心が成人していないから神様も働いて下さらない。
もっともっとお供えして教会の御用をして神様に受け取って頂けるように運びなさい
そして会長さんに不足してはいけません。布教していなくても、いい車乗っていても、子供達を若先生と呼ばせ年上の青年さんを奴隷のように扱っていても、せっかくのお供えやひのきしんの行為が無駄になります。
都合良すぎです。
2.脅迫
徳を積んだら(献金したら)幸せになる=しなかったら地獄に落ちる (脅迫)
② 集団ヒステリー
年に2回も、何万人 何十万人(昔の話)信者を集めてお祭りし、信者のアドレナリン放出を高め、高揚させ、多幸感を与える。
よって、この「洗脳」と「集団ヒステリー」をもって、天理教は邪教どころか 「カルト」であると認定する
ちなみに、S学会はフランスでカルト認定され、布教禁止になったそうです。
天理教に比べればカワイイもんです。
洗脳を解くには
① 中山みきの素性がまず怪しい
私は、霊媒師くずれのみき婆はいたのだろうけど、「教理教義を語る教祖中山みき」は周りの人間が作り上げた虚像だと結論づけています。~の理とか、相当の博識なければ語れません。
#400 爆サイ掲示板 天理教を信仰されている方
みき婆さんが中山家へ嫁ぐ前の素性をご存知でしょうか?真偽の程は明らかではないのですが、私は以下の話を、ある奥様(実家は京都の宮内庁御用達、奈良の。。。店へ嫁ぐ、大正生まれ、話を聞いたときは60代)から聞きました。これ以上は身バレするので残念ながら書けません。
「みきが10代のころ、江戸末期、京都の七条で、商店の軒先で、父親と二人で、霊媒師(占い師)のようなことをして生計を立てていた。だから、明治時代になって、みきが「天理教」となって戻ってきた時は、周囲の人は大層驚いた。」
・・・・
おっしゃること、すべてがす~と納得です。どこかの文献で、日本全国の庄屋は5000軒ほどしかなかったと読んだことがあります。大金持ちで、かつ、人徳、博識、優れないと村を束ねられないし、名士名家揃いであったことでしょう。それにしては、中山みき伝に出てくる登場人物がお粗末だなあとずっと思っていました。教理教義が作り話満載なら、伝記も作り話満載で当たり前ですね。
「庄屋」「庄屋」と連呼すれば、信頼性が増し、多数の小作農が有難がると思ったのでしょうね。作り話を作った人たち、実に「やり手」です。賢いです。
たくさんの人が騙され、財産失いました。大金で庄屋前川家の戸籍を買うこと、あの時代(江戸時代から明治時代への激動期)、大いにあり得ると思います。だから、生年も没年も疑っています。
② 教理教義
あちこちの宗教からのパクリ満載で、永遠に理解不能ですよ。仏教の無常と神道の現世追及は共存しません。教理が矛盾だらけ。教理の基となる内容は各宗教のエエとこ取りの寄せ集め。しかも、ユラユラ中身が時代とともに変化する。
ごくの中身がいつの間にかはったい粉から米粒に変わっている。宗教から頂くものには「意味」があるはずですから、中身が変わるはずがない。ごくを売って稼ぐのが目的の「宗教ビジネス」だからこそです。神名も、転輪王、転輪王命、天理王命、ころころ変わる。あり得ません。
変わった段階
ステージ1 立教当初、みき婆が顔出ししていた仏教の「講」の知識
神社の元神職も加わる
ステージ2 真柱が、東京帝国大学宗教科在籍時、多くの優秀な学生の知恵を借りる。
ステージ3 戦争時、国家神道に入らんがため、崇拝信仰の体裁を神道に近づける
③ 教祖様の教理は素晴らしいが、現在の教団が悪いと嘆いているうちは、洗脳は解けません。
最初の宗教団体設立時、みき婆が頼りにしていた博徒が仲間に入り、最古大教会の初代教会長になった。博徒が改心してかたぎになるのは素晴らしいことだと思いますが、宗教団体の幹部となって人の上に立つことは自分の来た道を考えれば普通は控えます。立教の最初から、こんな程度の宗教団体です。
もっともっといっぱい書きたいことがあるのですが、なにぶん農婦をしていて忙しいです。時間がありません。「天理教を信仰されている方」掲示板では、神芝居『オウム天理教』が始まっています。ご興味のある方はぜひお越しくださいませ。
爆サイ掲示板
天理教を信仰されている方
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=4474393/tp=1/
天理教を信仰されている方の続きやで~
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=5551753/tp=1/
天理教のここがおかしい
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=4237660/osfp=1/
海外より
2017年6月24日 2:30 PM 様より、以下の投稿がありました。
>私の先祖も明治時代に田畑、自宅全てをお供えし道一条になっています。
<屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと>
これは、教団にとって、一石二鳥の、利点2つあります。
① 不動産が丸々、「現金」となって手に入る
② 布教師を「背水の陣」に追い込み、精神的に、布教活動に邁進させざるを得なくする
よく、話題に出てくることですが、昔の布教師は熱心だった、命がけで頑張っていた。。。。裏にはこういう背景があるのです。
天理教における道一条は、{ 破滅への<道> 直っしぐら }に思えてしかたありません。
20年近く前、新規就農のための農地購入の際、悪徳ブローカーの詐欺に引っかかり、裁判となりました。田舎の農地および農家住宅の売買は、農地法とかの縛りを外していくのが大変で、住友不動産とかの大手不動産会社は扱いません。取引価格が都会より数段低い上に手間ばかりかかる。外からやって来る者にとって、地元の良心的な不動産会社はどこかなのかわからない。今は過疎化で事情が変わり、自治体が助けてくれます。
公判中、何度も、被告席の悪徳ブローカーのデタラメ証言を聞かされ、血圧がグングン上がり、腹立たしさはMAXになりました。同情クレクレで、行きつけの美容院の先生に事情を話したところ
「まあね、騙される方も悪いのよ」
と、同情はもらえず、かなり、その先生に反発しました。
無事に農婦になれて、畑仕事に勤しんでいる今、ゆっくり振り返ると、
「世の中、詐欺に引っかかる方も悪いはなあ」
と、その先生の正しさに納得しています。
<屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと>
世間の人は同情していません。嘲笑しているだけです。
「「騙される方が悪い」」
先祖の宗教を捨てるからだ。
これらの嘲笑に耐え、農村で、田畑もなく、貧しく一人暮らしをしているおばあさん。それに対し、高級車を運転手つきで乗り回す天理貴族。明治維新で、江戸時代の封建的身分制度はなくなったのではないですか?
この点からも、天理教は宗教にあらず。
う~ん、遂に天理教を全面否定する意見が出てきました。私は、もう少し解釈を広げて神仏の存在自体に疑問を持っています。
一例として述べます。カインさんにお願いです。もし、これから書き込む内容がプライバシーを侵害していると思われたときは、直ちに削除していただきたくお願いいたします。
ある女性が旅行を終えた感謝のお礼を、日本でも有数の神宮にお礼参りに行かれる道中において、放火のとばっちりの被害に逢われて命を落とされた事件がありました。
神の加護があるべきはずの道中においてこのような最悪の事態に会われたことに、神の力が存在したのかという思いに至ったのです。
今は亡き職場の上司は言ってました。神戸の大空襲で生田神社が燃え落ちた時に、神の存在を信じなくなったと。
人間は弱い存在だと言われています。それを克服する手段の一歩が、先づ、自分に打ち勝つことが出来るかということです。満腹になっても目の前に置かれた大好物を見てグッとこらえることが出来るか。
何でもないことですが、これがなかなかできません。
だからこそ、自分に打ち勝とうとして神仏の存在を信じて信心の道に入るのかもしれません。勿論、心だけの問題ではありません。体が弱ければ、何故自分はこのような弱い体に生まれたのだろうとの思いが募り、目に見えない原因を知ろうとし、克服の手段を求めて信心の世界に入ってゆくのでしょうか。
人は十人十色と言われますが、人それぞれの想いは信心の世界でも同様ではないでしょうか。私は日野原重明先生の実行されている「腹七分目」を実行しようと日々努力をしていますが、達成できていません。
アルコールから抜け出せない人もあれば、酷い例では薬物から抜け出せない人、軽い例では、満腹になるまで食べ続ける人、いろいろな人が抜け出そうと思いながらも抜け出せない世界がある。
それらを克服する手段の一つが信心なのでしょうか。
天理教は、本当に「ようきゆさん」の世界実現のために存在するのでしょうか。いや、他の宗教もそれぞれの教義に基づいて説かれた世界実現のために努力していると思うのです。
ただ、天理教に関わってきて思うことは、どこかで、騙されているという気持ちが払しょくできていなかったことです。
東風Z 様
書き込みをありがとうございます。
私は、姑の「天理教どっぷり」に振り回され、天理教はもちろんのこと、宗教全般がいやになりました。世界中を見渡すと、宗教で幸せになっている人と宗教で不幸になっている人(イスラム諸国での戦争等)を総計したら後者の方が多いですね。米国でも、毎週教会に通っている人は減ってきました。
ただ、古来より日本は農耕民族ですから、そして、四季もある。極々素直に自然に感謝の念が沸き起こります。森に感謝する、川に感謝する、山に感謝する、花に感謝する、、、。それが「祈り」であると思います。祈る心があって、手を合わせる気持ちがあれば、それだけで、生きる「よすが」となります。八百万神信仰は、すべてを包み込みます。
「神様、仏様、ご先祖様、ありがとうございます」と常々手を合わせています。
お寺や神社にも、機会があればお参りしています(あちこち旅行した時とか)。
ところが、天理教は一神教だから、何でもかんでも親神につなげ、感謝の気持ちを「お金」ではかる。『おこがまし過ぎませんか、恥ずかしくはないですか』。私は、親神とやらを全く信じていません。たったの百年の歴史しかないのですよ。
実家の両親は、初詣は神社、そして、仏教の大宗派の総本山によくお参りに行ってました。亡き舅の一族も、熱心な仏教徒でした。ごくごく普通の家庭です。しかしながら、姑の天理教にさんざん引きずり回されて、疲れはてました。
以下の遺言書を 平成15年4月に記しました。
葬儀は「無宗教」でお願いします。バラの花と○○ちゃんのピアノ演奏でへ旅立たせてください。
{実家一族、舅をのぞく舅一族(姑の一存で、用木でもない舅を天理教で送った)がで待っていてくれるはずですが、会えないことは覚悟の上です}
すいません、一番大切なキーワードが抜けました。
『宇宙』へ旅立たせてください。
『彼岸』で待っていてくれる
姑が布教師で苦しんでいます
2017年6月30日 8:58 AM
すみませんが、何を仰りたいのかが良く理解できません。
ご自身が農地購入の際に、悪徳ブローカーに引っかかってしまい大変ご苦労されて、騙されたことに気付き、それを相談した人から「騙される方も悪い」と言われて、非常に腹が立ったが、畑仕事に勤しんでいる今は納得されている。
その上で私に対して「先祖の宗教を捨てるからだ」とのご指摘。
まとめると私も騙されて苦労したが、天理教で騙された人も自業自得、ざまぁみろ的なことでしょうか?
そしてご自身も騙されたご苦労されたが、天理教で騙された人は農業するな、と仰っているのでしょうか?
また「宗教」を否定されている立場で、八百万神信仰はされているということでよろしいでしょうか?
私の立場を明確にさせていただくと、
・天理教も含め多くの宗教教団組織はおかしい。(本来の真理が歪められている可能性が非常に高い)
・中山みき様の説かれたことは正しい。
です。
天理教でご苦労されたことは文面より大変良く理解出来ております。
どうか感情的にならずにお願い致します。
海外より 様
難しい議論は出来ませんが、曽祖父母の代から天理教に関わってきました。
感じたことを一言で書きます。私が地球上に生きていることが何か悪いことでもあるように感じてしまったことです。
ご恩報じをしろ、お供えをしろと言われ続けてきたからです。それ以外の何もありません。
東風Z 様
コメントいただき有難うございます。
何を返信させていただけばいいのか…言葉が見つかりません。
ただ、一つお願いすることが出来るのであれば、決して「地球上に生きていることが何か悪いこと」などとはお考えにならないで下さい。
東風Z様のここに書かれたコメントを全て読んではおりませんが、確かご年配の方であったかと思います。叶うことなら飛んで行って肩でも揉んで差し上げたい心境です。それは嘘偽り無くです。なぜなら元気のないお姿が父と重なり合うからです。何かお叱りを受けることがあるのであれば、遠慮なく叱って下さい。
海外より 様
温かい言葉をかけて下さり厚く御礼申し上げます。
この場に個人的なことを書き込むのは、少々憚れるところですが、ご容赦頂きたくお願いします。
天理教に関わってきて、全てが悪いことばかりだったとは思っておりません。現職中にお客様から次の言葉で問いかけられたことがあります。
あなたはひょっとしたら天理教を信仰していませんかと。そうです、と答えたところ、実は私もそうなんです。人との接し方が他の人と少し違ったので、常々そうではないかと思っていたと言われました。
その意味では、人を反らすことなくことなく過ごせたのではないかと思っています。
ただ、教会の人からは、お前は生まれてこなくてもよかったんだと取れる言葉を再々投げかけられて、今も心の片隅から消えることはありません。
若い頃は、死と向き合わなければならないほどの病気もしましたが、今は、80歳目前で薬の服用も無く元気に過ごせることは大きな喜びです。
天理教の方々にお願いすることがあるとすれば、余りにも権力的な形式にとらわれ過ぎた教団の姿を、もっとフランクな形に立て直すことではないかと思っていることです。
眞柱の教服は、真柱服と言い含めて梅鉢の紋の色も金色でなければならない理由などどこにあるのでしょうか。情けない宗教になったと思っているのです。
東風Z 様
「願わくばせめて今日という一日だけでも、生きたい」との思いの中、願い叶わず出直された方々も多いと思うのです。一日生涯というお言葉もありますが、日々、そのような気持ちで私は過ごして行きたいと思っています。115歳までまだまだ30年以上あります。日々、楽しんでお過ごし下さい!
梅鉢の紋のお話がありましたが、本来、教祖がお教え下されたのは12弁菊花紋なのです。あまり皆さんご存知ないかもしれませんが、この12弁菊花紋は現在の16弁菊花紋よりももっと古い由緒正しい紋章なのです。
「宗教」と言葉の概念は日本人にとって恐らく明治以降、極最近、植え付けられた概念だと思います。日本人には「宗教のようなもの」という感覚があると思います。その意味合いがわかるんです。外国語においても同じような表現を言語で表すことは出来ますが、日本人のイメージする「宗教のようなもの」という感覚と、外国人がイメージするその感覚とは異なると思うのです。なぜなら、日本人は正月に神社に初詣にいって、結婚式はキリスト教会で挙げて、お葬式は仏式という他国ではありえないことを平然と受け入れているんです。この感覚が実は大事なのです。
この続きはまた時間を作って投稿します。
『最凶最悪のカルト』オウム真理教が天理教に学んだ集金システム
「ストロー効果」と「紐づけ効果」
(分かりやすいように、私が命名しました)
夫婦で一緒にニュースを見ていた時ですので、たぶんニュースステーションだったと思います。オウムを報じている中で、いきなり「天理教」というキーワードが出てきてビックリしました。あれ以来、姑に全く頭が上がらない夫はそれまでのらりくらりと馬耳東風、私の愚痴をかわしていましたが、あの映像を見て、さすがにこれはマズい(ヤバい)と自覚したらしく、自分の代できっぱり天理教と縁を切ると約束してくれました。あの報道で、サーと波が引くように、天理教教団から多くの信者が逃げ出したことでしょう。
麻原は宗教(ビジネス)を始めるにあたって、どの新興宗教の献金システムが優れるかを勉強し、「天理教」だと判断したらしい。そして、さらに詳細の調査を、京都市内の調査会社(探偵会社)に依頼した。その調査員さんが、インタビューを受けられていた。顔出しか顔ボカシかは忘れました。調査報告に感心した麻原は、大変優れた天理教の集金システムを採用することに決め、最初は「真理教」の予定だったが、パクリがバレバレだからオウムを頭につけた と。
☆報告の内容 天理教の優れた集金システム
~ 二つのお金の流れを持っている
「ストロー効果」
まず、ピラミッド組織(階層)の教団をつくる。
底辺から、布教所→分教会→上級分教会→大教会→本部(この例では5階層のヒエラルキー構造) と積み上げていく。そして、ストローで吸い上げるがごとく、下から順にお金を上階へ上げて行き、最終的には本部の懐に入る。
これは、893の上納金制度、ネズミ講、もしくは茶道華道における家元制度と全く同じ。
新興宗教では、一番最初に組織した少数の幹部連中が、美味しい汁を吸えるようにできている。 そして、その美味しさを世襲制で子孫にごっそり引き継ぐ。これは北朝鮮と同じシステム。現状、現天理教団の中山家本部員家がそっくりそのままこのことに当てはまる。
「紐づけ効果」・・・天理教教団独自のすご技
各信者をそれぞれの階層にすべてつなぎとめ(紐)、常に、何らかの参加させるお祭りとかの行事を企画し仕掛ける。信者は絶対手ぶらでは来ないはずだから、それが集金(献金)となる。この仕組みを考えた人、なかなかのヤリ手です!本当にすごいです!
<姑の献金パターンと見事に一致する>
毎月の定期献金
・自宅での月次祭
・分教会での月次祭
・大教会での月次祭
毎年の定期献金
・本部へ団参 年2回 (春大祭と秋大祭)
隔年各隔年各各隔年・・・・の定期献金
(いつまでもエンドレスで続いていく)
・立教○○年祭
・教祖○○年祭
・大教会、分教会創立○○年祭
不定期の臨時献金
・分教会建て替えのための積立金
・大教会建て替えのための積立金
・詰所補修のための献金
・本部へ 孫が〇〇したからとか、お礼の献金
・「おびやゆるし」とか「ごく」を、本部に買いに行く
献金ではないけれども、教会関係者との冠婚葬祭の付き合い
今のところ、姑の年金の中で納まっているように見えます。だけれども、結局は子供世帯にしわ寄せが来ます。「宗教」が大義名分でついて来るから、本人には被害者意識ゼロ(実態は偽宗教カルトに騙されている)。老後資金が足りない時は、こちらに寄りかかる気マンマンです。子供は親を見捨てないという自信がある。何しろ、天理教の教理{子供は親に逆らってはいけない}で子どもを育ててきたから。
これらを長年貯金に回していてくれたら、今頃どんなにかゆったりとした老後資金になったかと思うと、口惜しさでいっぱい。
ここまでくると、もはや「信仰からくる献金」ではなく、『洗脳による搾取』である。仏教であれば、普段は檀家寺のご住職さまとの付き合いオンリーで、総本山に参拝するのは、遠方であれば、生涯において数えるほど。明らかに天理教の集金システムは、吐き気がするほど気持ち悪い。「異常だ」。
最凶最悪のカルトのお手本になった天理教も、やっぱりカルト。
あな恐ろし。
姑が布教使で苦しんでいます 様
あなた様の書かれていること、逐一、ごもっともと思います。ものの見事に、天理教の嫌らしい実態、悪賢い集金システムの仕組みを暴いておられます。史上最凶最悪の宗教、オウム真理教が学んだという、この集金システム、いったい誰が考え出したのか、詐欺の中でも、これほどの悪賢い詐欺はありますまい。
オウム天理教は、サリンを撒いたりの事件を起こして、結局は解散に追い込まれたが、天理教がいまだに、衰退はなはだしいとは言え、存在し続けているのは、オウムのように社会に迷惑をかけるという愚を犯さず、社会に物申さず、ひたすら社会からは亀のように首を引っ込めて、「信者をつくっては洗脳し、献金させる」事のみに専念しているからでありましょう。偽宗教教団として「賢い」処し方と言えるのかもしれません。
訂正です。
オウム天理教はサリンを撒いたり → オウム真理教はサリンを撒いたり
カンロ飴 様
返信ありがとうございます。
↑ まずは 大笑いしてしまいました。涙が出てきそう~ 腹イテ―。
昼食の準備中ですので、あとでコメントいたします。
姑が布教師で苦しんでいます 様
私は教団擁護派ではないので天理教団に対する批判は大いに結構だと思っていますが、過去の週刊誌ネタのような内容を引っ張り出して何を主張されたいのでしょうか?
書き込みにも若干の矛盾と無理があるようなので、何をされたいのか理解に苦しみます。
>自分の代できっぱり天理教と縁を切ると約束してくれました。
地下鉄サリン事件とそれに付随する報道ならもう20年近く前のことですから、そこで「縁を切った」のなら何故今でも「姑が布教師で苦しんでいます」という事になるのでしょうか?
過去のことであれ現状の問題であれ批判したい、というのなら分からなくもないのですが、事例を挙げた結果にレッテル貼りして非難する言い回しが「活動家の印象操作」のように思えて気になります。
どこの大教会が一番ひどいんですか?
末端教会子弟様
あなたの方こそ何をおっしゃりたいのでしょうか?
あれほど社会を騒がせた、凶悪な無差別テロの大事件を、過去の週刊誌ネタと、矮小化させているように思えますが、あなたの方こそ、印象操作のように思えます。
サリンの被害者は、乗客や駅員ら13人が死亡、負傷者数は約6,300人と甚大なものですし、負傷者の中には、いま尚、重い後遺症で苦しんでいる方々もたくさんおられます。結婚もできなくなって、赤ん坊のような状態で、寝たきりになっておられる女性の方の映像を見たことがあります。被害者本人は勿論のこと、ご家族にとっても、過去の事件ではなく、現在も重くのしかかっている現実です。
そして、その凶悪なオウム真理教が、天理教の巧妙な集金システムを真似た、というのは事実であります。どこが印象操作なのか、末端教会子弟さんの言っておられることの理解に苦しみます。
>書き込みにも若干の矛盾と無理があるようなので、何をされたいのか理解に苦しみます。
末端教会子弟さんが言われる矛盾とは、どこの部分でしょうか?
天理教がどのように巧妙に、金を信者から吸い上げるかを、解説しておられます。信者の洗脳を解くには、教団が仕掛けている巧妙な仕組み(仕掛け)を、はっきりと、衆目にさらけ出すことが、非常に効果があること、また、必要なことと思いますが。
カンロ飴 様
一連のオウム真理教事件は大きな社会問題、日本初の組織的テロ事件だったのではないかと考えています。被害の大きさやその手法など、歴史的事件として記憶にとどめ伝えて行くべき事件だと思います。
その報道の中で「オウムの集金システムは天理教を真似た」という情報は、当時現実に私も耳にしていますし、ほぼ間違いない事実でしょう。
その事は厳粛に受け止めねばならない事と認識しております。
確かに天理教組織の集金システムや方法などは問題も多いし、現実にその中で私の家族も苦しめられてきたのは間違いありません。それを指摘する事は悪い事ではないし、改善を求めるのも当たり前かと思います。
しかし、天理教からすれば「オウムに真似された」だけであり、その点で「全てオウムと同じ」とは断じえません。オウムの反社会的テロ行為と同一に非難する事は「印象操作」と言えます。
矛盾と無理について申し上げます。
>これは、893の上納金制度、ネズミ講、もしくは茶道華道における家元制度と全く同じ。
歴史的に見て、これらと天理教ではどちらが先でしょうか?
「ネズミ講」は戦後の話ですが、その前身となる「無尽講」や「頼母子講」等は江戸時代からあります。
そして、現代ではネズミ講は規制されていますが、家元制度などは誰も批判していません。
>各信者をそれぞれの階層にすべてつなぎとめ(紐)、常に、何らかの参加させるお祭りとかの行事を企画し仕掛ける。
これも、他の宗教なり組織なりにも「付き物」です。
それを過剰に用意し集金システムに結び付けることは「姑が~」さんも褒めておられるところですが、問題はそれを「教義」として正当化し、洗脳状態にしてしまう所に巧妙さがあります。長年信仰を続けている人ほど、そういう洗脳状態から抜け出る事は難しくなると思われます。
カンロ飴様には誤解の無いように申し上げますが、私の家族も天理教では辛い目や嫌な思いを沢山してきました。ただ、末端ながらも教会を営んでいる家として、何のメリットも利得も無かったにしても、その加害者側の一員だったことも否定はしません。
だからこそ、冷静に現状や問題を分析し、是々非々で判断した上で批判なり改善なりをしなければならないと思っています。
盲目的に「最悪のモノ」と結びつけて「悪の塊」とするような論調や批判は、あまり好ましくないのではないかと考える次第です。
被包括宗教法人の末端教会をあずかるものです。初代より代々「お供えの強制」で苦しんできたため、自分が会長になってからは「お供え」としての金銭は一切上に上げていません。
しかし「姑が~様」の言われる「建て替え・補修のための積み立て金」と銘打った呼びかけが各教会に一斉に来た場合、我が教会だけが拒否できる、理由がありますでしょうか?
大教会も詰所も老朽化してきており、各教会とも信者が減ってお供え金が上がらない現状を見る時、その修繕費用が各教会(教会家族)に割り当てられるのは時間の問題のようにも思えます。
「お供え」は強制ではない、とはっきり言い返せますが、「積み立て金」を拒否する正当な答えが見つかりません。組織の一員なので、どういう言葉で拒否したらよいものか。。。
「姑が~様」のコメントを見て組織の圧力、見えない恐怖を覚えました。どなたかご教示お願いします。
末端教会 様
教会の運営、大変ご苦労されていると思います。
>「建て替え・補修のための積み立て金」と銘打った呼びかけ
一つの提案なのですが、その積立金によって確保される末端教会様の権利や持分などを明確に説明して貰い、書類に残すようにしたらいかがでしょうか?
私のブログにも書きましたが、天理教のお金集めはどうにも不明確な理由や内容が多いように感じています。
「婦人会・少年会・青年会」の会費について、担当者に「会と名の付くものなら会の規則と決算報告書を見せてください」と言ったら何も言ってこなくなりました。
「大教会普請、詰所普請のひのきしんなら、当然、こちらの協力した分の権利がありますよね?」というと、曖昧な返事やあやふやなままで放っておかれたりします。
世間一般なら、お金を出せば(協力すれば)当然その分の権利や持分が得られるのが当たり前です。一方的にお金だけ出して何も見返りが無いのは「寄付行為」(お供え)だけです。
「世間一般なら当たり前」の事を堂々と主張し、頑張ってください。
カンロ飴 様
ご賛同の書き込みを大変ありがとうございます。
あの当時、<ああ言えばこう言う>の上祐と多くの識者やコメンテーターの方々との論争が全くかみ合わず、視聴者はもどかしい思いをしました。その結果のニックネームが<ああ言えばこう言う>です。信じる者のみ救われる・・・です。一方、相手はどっと疲れる。私は、深部で洗脳されている方ではなく、未来前途洋々たる若者が私の書き込みを読んで悩み、疑問を持ち、自らの力で洗脳を解いてくれることを望んでいます。一人でも多く・・・。そのスタンスで投稿しています。
私の子供たちは、私が、私の命をかけて、「姑の洗脳」から守りました。小さい頃は事態が呑み込めず困惑していましたが(楽しそうなこどもおぢばがえりとやらに行ってみたいと駄々をこねたりして、阻止するのが大変でした)、成人した今となっては、「よくぞ守ってくれた」と心から感謝されています。だから、若い世代の信者さんを救ってあげたい。母心から。
>オウムのように社会に迷惑をかけるという愚を犯さず、社会に物申さず
もちろん、同意いたします。
>ひたすら社会からは亀のように首を引っ込めて
この辺りは、私は少し異なる見解を持っています。ひたすら「善い人の仮面」をかぶって、世間に『安心安全』感 を振りまきながら、積極的に布教に進出していったように思えます。
① おさづけ
昭和初期まで、大多数の貧しい庶民に医療は高嶺の花で(国民健康保険は戦後の制度)、病気、ケガ、栄養不良、病死・・・は最も耐え難い試練であった。「おさづけ」は、現在は、「病は気から説」および「プラシーボ効果説」で解明されている。当時の、医学的知識の乏しい、お医者様につながらない貧しい人々にとっては、「おさづけ」は、最後にすがるよすがとして、大いに前向きに迎え入れられた。つまり、「おさづけしてくれる人は善い人」。
② ひのきしん
河原の清掃するのに、わざわざ、天理教の白文字を浮き出した黒い法被で参加させる。ボランティアは匿名ですることにこそ値打ちがある。江頭2:50の東北震災ボランティアは清々しかったですね。自前で調達したトラックに支援物資を満載し駆けつけ、帽子を目深にかぶり荷下ろしの作業を黙々としているうちに、周りの人が、気が付いた。『江頭さんですよね?』。
天理教災害ボランティアのことを、国会議員を使って国会で紹介させる。お金を握らせているのがバレバレ。『陰徳』という言葉を知らないのか?
③ 国家神道に入るべく信仰形式を神道に近づけ、国家にすり寄り戦争協力した
天理教を信仰されている方の続きやで~ より
#817 2017/06/24 19:34
同じ新興宗教の「大本教」は戦争加担に徹底的に抵抗し、政府からの弾圧で潰された。
「天理教」
・国家神道に加わるため、教義も崇拝様式も変更して、神道にすり寄った。それまでは、神道と呼べるものではなかった。
・詰所群を積極的に三重県?の空軍部隊の宿舎として提供した。
・満州に天理教開拓団として組織的に送りこんだ。
・信者の子弟に「ひのきしん」として、大阪の軍需工場へ労働者として送りこんだ。
・調べれば、天理教の名のもとに、兵隊志願させた例もあるのでは?
あの時代、どこの宗教も戦争加担したとも言えますが、天理教は大本教とは対極の極み。 戦争に、教勢拡大のため、「積極的に」加担したということ。
[姑が布教師です]
私の師である、どん亀様のさらに詳しい解説です
#821 2017/06/24 20:08
ワイも前に書いたことがありますけど、国策として国中が一丸となって戦争に引っ張り出されていたのは周知の事実ですわ。ところ戦争反対を唱えていた宗教団体もあったが、天理教は政府に対しての機嫌取りか双方の利害関係があるのを前提として考えるのが自然と思う事が多々ありますわ。
おまけに本部内で天皇を受け入れる施設を造営していましたで。
・旧海軍航空隊予科練習生の宿舎として詰所を提供していた。
・満州に開拓団を積極的に送り込んだ。
・子ども以外に信者を軍需工場に勤労動員を率先して送り込んでいた。
・入隊志願者を募っていた。
戦争に率先して荷担していた事案は、それ以外にも何ぼでもありますで。
天理教が戦争継続するために積極的に軍部を支持し荷担していたのは事実ですわ。
[どん亀]
天理教を信仰されている方の続きやで~
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=5551753/p=4/tp=1/
>>ひたすら社会からは亀のように首を引っ込めて
>この辺りは、私は少し異なる見解を持っています。ひたすら「善い人の仮面」をかぶって、世間に『安心安全』感 を振りまきながら、積極的に布教に進出していったように思えます。
表統領の集会での発言です。
〈M集会員〉
今、お道が世界に向けて「発信すべきこと」は何か、伺いたい。
〈中田表統領〉
発信というのは、対象や内容をハッキリさせた上で行わないといけない。
お道から教外・世の中に向かっての事と、本部から教内に向かっての事はまったく違う。
また、本部から直接伝えるべき事と、教会や教区・地域を通して伝えてもらいたい事を整理し、いろいろな手立てを用いて発信していきたいと相談しているところだ。
〔みちのとも 立教180年2月号 53頁〕
「教外の人には、羊のような優しい顔で近づき、教内に向かってはオオカミのような厳しい顔で指導し仕込みなさい。」
と言いたいように思える。
末端教会子弟様
>しかし、天理教からすれば「オウムに真似された」だけであり、
確かに天理教からの言い分としては、麻原に真似された、ということになりましょう。
しかし、麻原は収監されてからは、芝居か、実際に呆けてしまったのか、愚鈍な行動をしているようですが、性来はカリスマ性もあり、頭のいい(悪知恵に長けた)人物であったと思います。でなければ、高学歴信者が多数、麻原に魅かれてオウム真理教に入信したりはしなかった筈です。その麻原が、「天理教の集金システムに感心した」という点、この点に注目するべきであると思います。数ある宗教の中でも、天理教が、格段に、巧妙に集金する仕掛けを持っていた、と言えます。
>盲目的に「最悪のモノ」と結びつけて「悪の塊」とするような論調や批判は、あまり好ましくないのではないかと考える次第です。
勿論、サリンを撒いたオウム真理教と天理教が同じだ、などと言っている訳ではありません。そのような印象操作をしたつもりもありません。天理教は、オウムのような反社会性はないが、ヘタレな集団である、と書いたつもりであります。誤解を招く文章になっていたのなら、訂正お詫び致します。
>「ネズミ講」は戦後の話ですが、その前身となる「ネズミ講」は戦後の話ですが、その前身となる「無尽講」や「頼母子講」等は江戸時代からあります。
「無尽講」や「頼母子講」は調べた限りは、共済制度のようなものと思われますが、ねずみ講なのですか? 当方、知識不足で、末端教会子弟さんのご説明は、ちょっと、分かりかねます。
カンロ飴 様
>数ある宗教の中でも、天理教が、格段に、巧妙に集金する仕掛けを持っていた、と言えます。
その点は同意します。逆に言えば、天理教内の人間にも「その事を知らしめた」という良い切っ掛けになったと言えます。ただ「天理教があったからオウム真理教が生まれた」と言わんばかりの主張には賛同できません。
「無尽講」の発生は共済制度のようなものとされていますが、中には、掛け金をくじ引きで分配して儲かったら抜けてしまうという「ギャンブル性の高い講」があったようです。その変形が「ネズミ講」です。
全ての無尽講や頼母子講がそうだとは言えませんが、説明が足りませんでした。発生そのものが古い歴史を持つ、という事が言いたかったのです。
>誤解を招く文章になっていたのなら、訂正お詫び致します。
私はカンロ飴様の主張に関して、間違っているとか非難している訳ではありません。
逆に、天理教批判や問題点の列挙などに賛同されるのは、天理教団の組織や集金システムで被害にあった方なら当然だし正直な気持ちだろうと思います。また私自身家族を含めて、天理教組織の歪んだ教理から派生する尽くし運びの強要に苦しめられ追い詰められてきた一員として、言いたい事や思う事は沢山あるのです。
だからこそ、問題点や組織の異常さや教理の歪みなどを整理して、冷静に分析対処しなければならないと考えています。「自分は何が出来るのだろう?自分は何をするべきなのだろう?」と。
そして、天理教に関係する者であれば、その基準や指針は「教組様の教え」なのではないだろうかと。
勿論、教祖様の教えをどう解釈するか、どう理解しているかは人によって異なるとは思うのですが、それでも「姑が~様」の「総括・総括」と連呼されたり、書き込みの内容が「何か異質の思想」に感じられて仕方がないのです。それで一言「何がなさりたいのでしょうか?」と問いかけたのですが、どうやらお答えする気も無いようなのでこれ以上のお話は止めようと思っています。どうやら目的が「別のサイトへの誘導とそれによる別の思想への洗脳」という様子が伺えますので。
末端教会子弟様
>「天理教があったからオウム真理教が生まれた」と言わんばかりの主張には賛同できません。
申しあげておきますが、私はそのような主張は全くしておりません。私の書いた、どの文章が、そのようなことを示唆しておりますか? 私は、麻原が研究し、参考にしたという「天理教の集金システム」を問題にしているのみです。麻原が、驚くべき教理をでっち上げることによって、自らオウム真理教を創りあげたのは周知のことです。天理教がなければ、それ以外の、集金に長けた宗教を参考にしたことでしょう。
>発生そのものが古い歴史を持つ、という事が言いたかったのです。
古い歴史を持つから、どうだと仰ってるのか、よく分かりません。天理教の集金システムがネズミ講なのは、実際の金の流れから、間違いないことですが、そのネズミ講は、古い歴史を持つのだから、天理教の集金システムがネズミ講なのは仕方がない、というご意見なのでしょうか?
家元制度も、師範の免状などにかかる費用などを上へと吸い上げる、ネズミ講と言えると思いますが、宗教とは違いますし、今、論じる対象からは外させて貰います。しかし、家元制度に対して、批判の意見も多い事とは思います。
>だからこそ、問題点や組織の異常さや教理の歪みなどを整理して、冷静に分析対処しなければならないと考えています。そして、天理教に関係する者であれば、その基準や指針は「教組様の教え」なのではないだろうかと。
お供え集金システムに関して言えば、教組は、お供えせよとは言っておられない、よって、集金システム自体、教祖の教えに反したことですね。
カンロ飴 様
先程も書いているように、私はカンロ飴様の文言に言っているのではありません。
「姑が~様」への指摘であり意見です。
出来ましたら、こちらの文意を正確に把握して下さい。
姑が布教市で苦しんでいます様
読んで心がスカッとしてます。
近頃ウンザリするようなコメント多し!私のPCもご機嫌ななめ!
久しぶりにお利口になったPCで、あえてこのコメント読めてよかった。
秀司というチンピラのような、いやそれ以上に質の悪い人間を生み育てたのが中山みきです。
中山家と前川家の家柄ってどうなんだろう?
たまたま先代が魔がさして天理教に入信したとしても、それ以前の先祖は、これを是として受け入れているだろうか。氏素性からしたら、末端教会の方たちに武家出身の方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
歴史から、修業もせず神が降臨したと自称しているみきですが、今の時代にみきが受け入れられたでしょうか?あの時代ちょんまげ時代が終わろうとしていた混乱の時代、そして飢饉で餓死する人々。
その時代、みきは真に世の中の人の為になったなら、全ては一代限りです。
一代で完結させず、富と権力を子孫に残した天理教が素晴らしいではなく、残酷です。
古い教会長 様
2017年7月4日 9:17 PM
「宗教人は、生きていく上で背骨となる精神のより所を人類に普遍的に提示すべし」
にもかかわらず、
>お道から教外・世の中に向かっての事と、本部から教内に向かっての事はまったく違う。
の発言。
傲慢で、あからさまに損得勘定が見えて、ゲスですね。表と裏、本音と建て前を使い分けできるのは、俗世の人間だけ。こんな「自明の理」を理解できない無教養の人物を、<世襲制>というだけで、「宗教人トップ」として戴かなければならない皆様がお気の毒でなりません。心中お察し申し上げます。
徳子 様
2017年7月5日 10:10 PM
書き込みをありがとうございます。
>中山家と前川家の家柄ってどうなんだろう?
前川家の方が、名字帯刀を許された格上の庄屋さんだったらしいです。中山家はとっても小さい村のただの庄屋。だからこそ、みき婆の来歴を疑っています。大庄屋のお嬢様が、ヤクザの大親分(のちの一番大教会の初代会長)と日頃から付き合いがあって、宗教の仲間に入れるか?と。奈良市内の大店のある奥様(実家は京都の宮内庁御用達)から、かつて、「幕末、みきとみき父が二人で、京都の小路で、霊媒師のようなことをして、貧しく暮らしていた」と聞きました。その奥様のおばあ様の家が祈祷所のすぐ近くだったらしい。
私は、霊媒師くずれのみき婆はいたのだろうけど、「教理教義を語る教祖中山みき」は周りの人間が作り上げた虚像だと結論づけました。後に、大混乱の時代に乗じて、大金を使って、前川家の戸籍を買った(あるいは養女ということにしてもらった)と想像します。
(参照)
A.姑が布教師で苦しんでいます
2017年6月28日 6:32 PM の書き込み
B.スレ番号 #400 爆サイ掲示板 天理教を信仰されている方
神芝居 『元祖ヲウム天理教』
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=4474393/tp=1/
>氏素性からしたら、末端教会の方たちに武家出身の方がたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。
まさに、おっしゃる通り、その可能性は大だと思いますよ。
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」明治時代編
~天理教教団は富裕層を狙い撃ちした
を執筆中です。論理的にまとめ、誰からも納得して頂けるものにしたいがため、大変時間がかかっています。立教初期、みき婆一族とその仲間たちは、財産を持たないひがみや妬みを「宗教ビジネス」で取り返す勢いだったのかも。
みき婆とは「血縁がない」と断じないと、前川家の代々のご先祖様は、この現代の地獄(多くの人が天理教のせいで財産を失い不幸になっている)を見せつけられ、周りの仏様に責められ、極楽浄土で嘆かざるを得ませんね。
姑が布教師で苦しんでいます様が巧みに命名された、ストロー効果、紐付け効果、の巧妙な仕掛けに、信者達がどれ程、搾取されているか。
我々が、口には出せないが、毎度毎度(また、教会の年祭が来る、)(今度は〇代目の会長さんの年祭ですって)と心に重く伸しかかって来る、これらの「仕掛け」、確かに、これ程、行事ごとの続く教団が、他にあるのでしょうか?
教祖誕生祭。いくら教祖が偉大な方だと言え、あまりに盛大にし過ぎるのではないでしょうか?私らの系統では、一教会25000円です。他の系統の御供え金額は知りませんが、20000円として、教会数でかければ、3億強。天理教の信者でいるうちに、億単位の金額も、たいして吃驚しなくなりました。しかし、その3億強からの金を毎年徴収されているのです。その莫大な金額を、「教祖の為に」にどのように使われたか、全く信者に知らされない。このことは、考えれば異常なことなのではないか、と思います。教団は毎年「教祖の為に」それだけの金額を集めるなら、「教祖の為に」どのように使ったか、報告義務があります。まさか、どなたかの懐に入ったりはしてないでしょうから。
2017年7月6日 9:40 AMの匿名 様
いやいや、懐に入っていると思いますよ。近年は高額納税者の名前を公表しなくなりましたが、以前は奈良県の高額納税者名の一覧に教団本部関係者の名前が多数あったと聞いています。
このことから想像しましても、現在も相当高額の所得がある方が多いんじゃないですか。
地方税も課税されていない人たちから集めたお供えやお礼が、高額所得の方の懐に入っていると想像しますと、宗教の名を騙る一種のサギのようにも感じます。
おカネが嫌いな人は居ないでしょうが、これほどおカネが好きな宗教も珍しいんじゃないですか。
来月には、比叡山において世界宗教者会議が開かれますが、天理教はどのツラ下げて行くんでしょうか。ちょっとした見ものですよ。
東風Z様
「どなたかの懐に入ったりはしてないでしょうから。」というのは、嫌味でございます。勿論私も、どなたか、本部のお偉いさんの懐と大教会長さんの懐に多大に入っているのではないかと、睨んでおります。でなければ、何故本部はきちんと、全教会へ、収支報告しないのでしょうか。全教会から金を集めているのに。
教祖誕生祭で集められたお供えの使い道はいったい何があるのでしょう? 教組への毎日の献饌代、教祖のお風呂?などの光熱費、お食事代、教祖の赤衣の絹、御供(ごく)さんの米。金平糖、教祖殿の光熱費、修理費、維持費。私の頭にはこれ位しか浮かんで来ないのですが、毎年、3億以上使う程なのかな・・と。
また、今、どれくらいの信者さんが、誕生祭におぢばへ足を運んでいるか分かりませんが、20万人の参拝者が来るとして、一人2000円お供えしたとすると、4億からのお供え金になる訳ですよ。まさに坊主丸儲け。「おぢば」という聖地、これは、中山家にとって打出の小槌。中山家は、ここを中山家の所有地にしているということですが、中山家の本音がはっきりと見て取れるではありませんか。(宗教法人天理教本部に変わってるという投稿を見た覚えもあるが、どちらにしても。)
教祖130年祭の事業として、スロープ棟の建設がありました。全教会に号令をかけて、どれくらい集まったのかは分かりません。
建築の関係者に、「この建物、どれくらいの費用か分かりますか?」と尋ねたら「約一億かな。」と言っていました。
なんと、その総費用は二億五千万でした。竹中工務店一社だけの入札なしの見積もり額です。
もちろん、それ以上集まっていると思いますし、竹中と本部の癒着と、特定の人間に多分、金が回っていると思うのは私だけでしょうか。
インターネットの時代になって、今までのウソや隠蔽は通用しなくなったので今後の本部は大変でしょうな~
数々の疑問
元々真柱が本席に嫉妬して追放したんでしょ?異端と追放されたのは本当に異端だったのか?真柱って必要か?二代真柱の女癖?などなど天理教とは思えない横暴ぶり
天理教の片隅でも聞かれる噂の数々、「中山家は信仰無いで~」とよく聞かされましたが
中田善亮の「お尽くしは金」で中山家の異端は明確になりました。
この発言を機に本部関係者各員にも聞き取りを行ったところ、乗っ取り事件の話あたりからみんな恐々としていて、中田善亮の「お尽くしは金」発言で、中山家への忠誠心はいっきにガタ落ちしたとのこと、本部などの正式な場では一切話さないが、裏では異端本部への対応策を皆で話しあってると聞きました。中山家には正直落胆の色は隠せないようです。
つまり全ては中山家が元凶であった。本部から中山家を追い出せばまともな天理教にもどるとの意見も今では当たり前に語られているそうです。
そもそもこのようなネットで語られているような教団の真実を無視するどころか弾圧してきたのが中山真柱体制の本部、今後は中山真柱体制をお供えをドンドン減らして真柱本部体制を潰していきましょう。そもそもあんなに資産いらない!
即、中山家が教団から出て行くなら飯降家か上田家に本部をやって頂きたいものです。
中山家は天理教のお荷物です!
「本部から中山家を追い出せばまともな天理教に戻る」について
この視点は、外れていると思います。
なぜ中田家から中山家に養子を送り込まなければいけないのか。
なぜ中山家を残さなければならないのか。
その理由は、中山家は本部在籍者達の「金のなる木」だと思うのですが。
真柱家は現在3人しかいません。
真柱夫妻が贅沢な生活を送っているという話は聞いた事がありません。
では、信者が上納する莫大な金はどこへ流れるのか。
流れる先は、本部在籍者達でしょう。
中山家は、本部在籍者達の「金のなる木」だと思うのです。
今の天理教の基本方針は「教祖ひながた」です。
「おふでさき」ではありません。
「神の意志」ではなく「目に見える中山みきの行動様式」です。
この基本方針に他家の名前が入る余地はありません。
では、本部在籍者達とは何物か
それはおや様存命中からつながる、俗に言う「高弟」の子孫達でしょう。
その他には、二代真柱の庶子達や二代真柱が選出した教内の子弟達がいるかもしれません。。
しかし、もし居たとしても「二代真柱の庶子や正善選出の子弟」につながる人達は、本部の中では「日陰者」扱いになると思います。
八島英雄氏の経歴を見れば良く解る事と思います。
「高弟の子孫たち」が「彼ら」を自分達と同等に扱うなど考えられません。
(差別?)(区別?)していると考える方が至極妥当であると思います。
「高弟」で名が知られているのが「飯降家」「上田家」それ以外にも「前川・仲田・辻・松尾・中尾」等々。
ほかにもあると思いますが詳しくはありません。
信者が詳しくないほうが彼らにとって好都合な事でしょう。
本部在籍者の全てが腐敗しているとは思いませんが、極々少数でしょう。
私の知り合いの分教会長が、「飯降家の人が天理教を嫌ってこの街に移住している」と話してくれました。
本部では、「カリスマ性の無い善司」は使い物にならないから、早く「若くて元気な大亮君」を真柱職に就けたいと考えているのではないでしょうか。だから結婚も早く進めるのでしょうか。
私は、本部在籍者達が「中山家」に隠れて贅沢な生活を送っているのが実態であると思います。
中山家は、本部在籍者達の「看板」であり「金のなる木」なのです。
付け替えるなど不可能だと思います。
本部在籍者達の「ドン」は「山澤家?」なのでしょうか。よくわかりません。
退職信者
全く仰られる通りだと思います。
私は現教団本部は一派独立の際に(正確にはそれ以前より)、当時の国家権力と何かしら「取引」をしたのではないかと推察しています。
退職信者様
すみません、敬称が抜けておりました。お詫び致します。
半月ほど前に知り合いが「御存命の頃」(高野友治著 立教164年2001年 1月5日 初版第1刷)という本を貸してくれました。
文中には「取次の先生」という語句が度々出てきます。
本部在籍者達の先祖と言う事が容易に想像できます。
終末近くp423に次のように書かれています。
明治十七年のころ、刻限に、
「取次は一人もいらん、神一人でよい」と仰せられた。
すなわち、取次人には何も頼まん、神一人でやると言われたわけである。
更に、p437~439では、明治十九年5月二十八日の神道本局員視察に係る河原城の人力車夫北村嘉助氏の回顧談として次のように書かれている。
このとき教祖は視察団に対して、どう言われたか記憶してないか尋ねたら、北村老人は、しばらく考えていて、
「教祖はなあ、私はこれまで道を説いてきたけれども、私をたすけようとする人は一人もありません、とおっしゃっていました」
「取次の先生方」は、所詮この程度であり、おや様存命中に親神から明確に否定されているのです。
(高野友治氏は、上記に対し論評を書いて居ません。事実の記載のみです。)
親神から明確に否定された「取次の先生方」の子孫の「本部在籍者達」は、今でも黒い法被の襟に「天理教教会本部」と白抜きして八町四面の狭い空間を意気揚揚と闊歩しているのです。
祭典当日、本部で「天理教教会本部」と白抜きした法被を着ている人をみたら「私のお供えはあの人の食い扶持になっているのか」と思ってもそれほど間違っていないでしょう。
「天理教教会本部」のはっぴを着ている人の中には、地方から出てきている勤務者もいますよ。
どちらにしても、あの仰々しいハッピなんか着ている神経が分かりません。最も、天理教の制服ですから否定はしませんが、一度、好感度調査をすれば面白い結果が出そうですね。
「天理教教会本部」の白抜きを見ると、俺は一段上に居るんだというような階級意識丸出しにも見えて嫌ですね。背中に月日の紋だけで充分でしょう。色もそれぞれ好きにすればいいんです。
あのハッピを見て固まってしまった若者は多い。
わざわざ、東京から連れてきた二人の青年も法被姿、教服姿、おつとめ着姿の黒々とした服装を見て、二度と天理には来てくれません。
退職信者
2017年7月7日 9:43 AM
「金のなる木」と御座いますが、真柱実弟で表統領 中田善亮の「お尽くしは金」という異端発言において今後お供えはぐんと減っていきます。そもそも教義改竄してる時点で信仰者への詐欺行為とも言えます。 現状でも本部は人員&給料削減が続いてます。その発言以前に中山=金のなる木ではなくなってます。そもそも教団は、教祖の教えが素晴しくて成長したのに、真柱体制にして一時は良かったのですが、やはりインターネット時代が向かい風になり、教義捏造は一瞬で発覚し、過去の捏造も発覚しているのです。
最低でも 中田善亮 の追放処分をしない事には中山家も顔が御座いません。 本部自体も一枚岩でなく元々中山家の悪事を知っている方は大勢います。特に現在の中田善亮の評判の悪さは誰しもが知っています。「お尽くしは金」も稚拙な中田善亮の発想でしょう。もう取り返しの付かない状態であるから、法人乗っ取り や お尽くしは金 のような教理から逸脱した行為が横行しているのでしょう。 100年祭には部内教会長が 銀行強盗 等起しましたが、今では本部が教会に強盗に入る次代になったそれが現実です。 事件が発覚した以上本部は早急に正式に謝罪対応をとったほうがよろしいでしょう。いくら隠しても、影では社会学さんの書き込みが話題となってます。今まで「御本部!」と言ってた会長さん達も「本部はどうしようもない(笑)」と発言が変わってきてます。表立って言われないから良いわけではないです。
乗取り事件も人伝えで聞きましたがはやり事実だそうで本部員が相当悪さしたそうです。「本部は異端だし勝手に信仰しよう!」と言うのが当系統の主流に成っています。
どんなに低く見積もっても、中田善亮の追放処分はしない事にはことは治まらないでしょう。世の中そんなに甘くないです。
「天理教教規」より
第一章 総則
(略)
第 三 条 天理教は、中山みきを教祖と仰ぐ。
(略)
第 六 条 天理教を信奉する者は、立教の本旨を体し、教祖ひながたの道を履むことを修行の要義とする。
第 七 条 天理教の教義は、原典及びこれに基いて天理教教会本部が編術し、真柱が裁定した天理教教典による。
前項の原典とはおふでさき、みかぐらうた及びおさしづをいう。
第 八 条 天理教を統べ理める者は、真柱である。
第二章 真 柱
第 九 条 真柱は中山氏を名乗る。
真柱の継承者は、教祖の血統者の系譜に基き、本部員会議において推戴する。
教祖の血統者の系譜は、内統領がこれを保管する。
「天理教教規」に、真柱は中山氏を名乗る、真柱の継承者は、教祖の血統者の系譜となっています。他の方が真柱になるには、まず天理教教規を改正しないといけないようです。
2017年7月9日 1:07 PM
金の成る木ではなく 詐欺集団 です。様
>今では本部が教会に強盗に入る時代になった それが現実です。 事件が発覚した以上、本部は早急に正式に謝罪対応をとった方が宜しいでしょう。
本当ですよね。「大教会法人乗っ取り事件」なんて、まさに「本部による大教会に対しての強盗行為」ですよね。
両統領の責任で押し入ったそうですから、先ず、山澤廣昭内統領と中田善亮表統領は犯罪行為を指示した責任を取らなきゃならないですよね。
大教会の世話人島村本部員は現場責任を取らなきゃでしょうね。
法人金庫と法人会計を強奪したという中山治信本部員は実行犯としての責任を取らなきゃですね。
最近の噂ではどうも羽成守弁護士がブレインみたいです。弁護士がいたら普通こんなこと起きないでしょ。確実に黒ですね。
あとの協力者たちは共犯とか幇助犯とかになるのでしょうね。
天理教の最高責任者は真柱。各法人代表役員と本部員が組織犯罪を犯しているわけですから、責任は免れないでしょう。
本日、テロ等準備罪(共謀罪)の趣旨を盛り込む「改正組織犯罪処罰法」が施行されますね。
先月?今月?の乗っ取り被害大教会の役員会議で「出る所へ出よう。刑事告訴だ、告発だ、裁判所だ」とか議題に上がってたみたいですよ。
大教会側は なるべく本部の顔に泥を塗らないようにと、信者さん方に気づかれないようにと、裏での交渉をもちかけていたみたいですね。
しかし、島村本部員や中山治信本部員らが それらの交渉をすべて切ってしまったので、他に致し方がないということで公表に踏み切ったという状況のようです。
うちの教会で そんな「告訴だ、裁判所だ」なんて出たら信者さん方ドン引きするやろなあ…。
まあ、それほど本部が、部内に対して酷いことをした、という証なんでしょうが。
第 八 条 天理教を統べ理める者は、真柱である.
というのであれば、真柱が代表役員に就任すべきだ。教内からは真柱と崇められて、ちやほやされているが、一旦、火急のことがあれば社会的な責任は表や内に責任を転嫁して、逃れられるように逃げ道をこさえている最低の制度だ。
見え透いた使い分けをするような人間は最低だ。
何かことがあれば教規を盾にして一刀両断に切り捨てる、表か内かは知んないけれど変な人が居る。
処分をする前に聴聞会を開くなり、言い分を聞いて処分をしているのだろうか。
とにかくこのようなヤバイ団体には近づかないことが肝要である。
教会という名称を持ったばかりに、苦労の上にも苦労を重ねる人たちを見ていると本当に気の毒に思えてならない。
何が、陽気暮らしの天理教か。胸に手を当てて、よく考えてみよう。
>Twitter ツイート @huruikyoukaityo 「古い教会長」さま
>#婚活 で一言、現真柱さんの縁談の際、在籍の娘さんで、適齢期で声がかかりそうになると、皆あわてて嫁に行ったらしい。
>それ位、真柱の嫁という立場になる事が嫌だったようだ。
>#天理教
>2017/7/12 20:05
私も このご逸話(笑)は知っておりました。
現真柱夫人は、当時すでに縁談が調っており、九州地方のとある有力教会への入嫁が決まっていました。
しかし、前真柱婦人が「あの子(娘)がいい!」とか言って、本部員らに指示して破談に持ち込ませて「御成婚」と、相成ったそうでございます。
今現在お幸せならばそれで結構なのですが、実は第三者関与の「略奪婚」だったのです。
つくづく天理教とは恐ろしい宗教だと思う、というよりは、ハッキリと恐ろしいと断定してしまいたい。
そもそも、教会設立に際して関係者は、宗教法人法はじめ天理教教規、自教会の規定の作成等を熟知していたのだろうか。
どのような手順を踏んで設立されたのかは知らないが、余りにも不用意ではなかったのか。
お供え欄において終活教会さんが、解散をしたい旨次のように書き込んでおられます。
>事情教会の終活方法 投稿者:終活教会 投稿日:2017年 7月 9日(日)15時26分20秒 返信・引用
>末端弱小教会の息子(介護離職で無職)です。
>高齢の母親が会長ですが介護認定され施設に入居させました。
>信者さんは高齢で3名しかおらず上級へのお供えにわずかな蓄えを切り崩していますが、もはや限界です。
>この際、教会を解散したいと考えています。
>知り合いの教会長に相談すると「解散は本部が認めないだろう」と言われました。
>先日、本部教庁教務課に行った時に、書類棚に「解散」のシールを見ましたが・・・
>解散を認めないのは本当でしょうか?他に方法はないものでしょうか?
>上級にはまだ相談していません。
>ご存知の方良きアドバイスをいただけると助かります。
この中で特に気になる箇所があります。それは「解散は本部が認めないだろう」という部分です。
包括・被包括関係などと訳の分からない部分を持ち出してくるのだろうが、教団本部は教会設立時に「天理教教規」を明示して納得させた上で教会設置をするように指導しているのか。
宗教法人法第43条第1項において、解散について次のように定めている。
宗教法人は、任意に解散することができる。と法律で定められているのにも拘わらず、教団本部がこの法律の趣旨に反するような教規を定めることが可能なのか。
上級教会長はじめ大教会長及び教団本部はいい加減な取り扱いに終始しないように、教会関係規定集を各教会に配布すべきだ。そして、その法令・規定集の中に解散に至る手続き・手順も明記するべきであろう。
私は、公益法人に勤務していたが、入会を希望する人(法人を含む)に対して、会の定款を始め民法の抜粋等関係法令集を明示して、納得の上入会申し込みをするように指導してきた。
やむにやまれぬ気持から教会を設立したが、二代・三代となって情熱も覚めて、さて、辞めようとするとああでもない、こうでもないと訳の分からない規定を持ち出して、表統領の承認が無ければ解散をできないなんて規定を持ち出してくる。あとだしジャンケンの最悪の在り方だ。
そもそも、表統領が解散を承認する要件には、どのような項目があるのか、教団本部はハッキリと明示すべきである。
信者が一人も居なくなって、残された会長が生活保護を受けている教会があると聞いたことがあるが、天理教とは、そこまでしても教会の負担金を出させようとするのか。余りの恐ろしさに声も無い。
辞めたいという教会があればさっさと辞められる制度を確立すべきだ。
さて、今後のことですが、各教会は宗教法人法を根拠にして、各教会の規定を制定すべきでしょう。
特に、解散については、責任役員3名だけの決議でいいのか。それとも、信徒総会を設置し、その決議に従がわなければならないのか。残余財産の処分についても解散時に付いて廻る問題であるから、どのような手続きを経て処分するのか等はハッキリとしなければならないと思われます。
決して、どんぶり勘定ではすまされないので、十分に留意する必要があると思います。
法人は、解散をしたとしても、清算事務があります。清算人は責任役員が就任することになると思いますが、清算事務は清算決了時に残余財産がプラス・マイナス0でなかればなりません。この時点で清算決了の登記を行い法人が存在しなくなります。単に、解散をしただけでは、法人格は無くなりなりませんので注意が必要です。従がいまして、宗教法人名義の不動産がありますとこの処分をするのは大変難しい事務になります。
何れにしまして、教会を解散しようと思われてる方は、とりあえず都道府県庁の宗教法人担当部署へ行かれて説明を受けられることをお勧めいたします。
天理教は本当に罪な制度を作ったものです。
東風Z様
教団本部の意図は、一度教会を設立させれば、骨までしゃぶり尽くす、ということでしょう。
「天理教教規」を見ると、そう感じざるを得ません。本部のみが思う通りにでき、教会が全く自分の自由にならないという、非情な規定ですね。基本的人権にも違反してると思います。宗教法人法にも抵触しています。
国か、都道府県の、宗教法人担当部署に報告して、教団に「勧告」して頂かねばならない程の、酷い問題だと思います。
2017年7月14日 7:29 AMの匿名様
本当に困ったものですね。そもそも天理教教会は誰のためにあるのでしょう。まさか、本部のためにあるとは思えません。
信仰を求める人たちが講を作るべきだったのですね。ただ、すでに法人教会になっている方で、近い将来解散しようと思っておられる方は、次の手順を踏むことが重要ではないかと思います。
会長が教会を解散したいということではなくて、信者の総意として解散したいという意思表示があれば、教会本部は手の出しようがないと思うのです。
そのためにも解散の気配を悟られないように隠密裏に事を進めることが大事でしょう。上級に相談する時期は信者の総意が決まった後でなければ、絶対に言いくるめられて、ほぞをかむことになります。
奈良県のさる大教会のように会長が放り出されて、本部の意を汲んだ人物が会長に座ることのないように注意すべきです。
手順は、所轄都道府県の担当部署と連絡を執りつつ、次の事務を進める。出来ればすべて録音を録ることが大切です。はっきりと録音しますと伝えても良いのではないか。
1.信徒名簿を作成する(〇年〇月〇日現在の名簿であることを記載する。代表役員及び責任役員も記載すること。信徒の住所・氏名・生年月日の記載があれば完全。ただし、個人情報の取り扱いには十分な注意が求められます。うかつにも他人には絶対に見せないこと。名簿の表紙に「取扱注意」の文字を入れて注意を喚起すること)
2.責任役員会議を開き解散のための3名の合意を固める(議事録を作っておくこと)
3.信徒名簿に基づいて、各信徒に解散についての役員会の決定事項を伝えて、事前了解を得る。
4.解散及び残余財産の処分案を示して、信徒総会を開催する旨を通知する。
5.信徒総数の4分の3以上の出席(委任状出席を含む)のもとに、出席者(委任状出席を含む)総数の3分の2以上の賛成を得て前項の議題の承認を得ること。信徒総会の成立要件については、教会の規則に従うのがベターですが、規則が無い場合は、都道府県の担当部署に相談してください。総会は全員の出席がベターですが、高齢者や体の具合の悪い方もあると思われるので、委任状の出席は認めなければならない。
また、代理人の要件も、信者の身内に限るとか、議長(会長)に一任するとかの制限を加えておくことを勧めます。天理教に関係の無い人が代理出席すると混乱のもとになります。
6、信徒総会に基づく決定事項を議事録として作成すること。議事録は通常は会長及び議事録署名人2名の合計3名が署名捺印するが、信徒数が少ない場合は信徒全員が署名捺印し、各自が議事録を所有する
この議事録を根拠にして、上級教会、大教会、教団本部へと話を進めることが重要です。
宗教とは、宗派のためにあるのか。信者のためにあるのか。の視点を議論するべきです。
天理教の信者が0になることは考えられないが、5月の月次祭の直前に訪れた本部は、あの広大な神域が閑散として居ました。信者の数が減少を続けているのは間違いない現実です。
こまごまと書いてすみません。
天理時報に掲載している「中島みゆき」のエッセイが凄い。
園長先生を上級の会長(又は所属の会長・大教会長)と変えて読むと、全て合点がいく。
面白い。
宗教法人天理教も中田◎亮を表統領にした時点で、中山家の腹の底を見せましたね。
表統領は推薦制ですので、直属教会長は、これ以上教勢ダウンのダメージを受けてなるものかと思い、中山の家紋を恐れず◎亮を推さず、反対の姿勢をとり続けましたが、真柱を始めとする権力には勝てず、ついに天理教は◎亮を天理教の社長にしてしまい、それより悪政のはじまりとなりました。
そもそも兄である◎柱は発達障害系の障害が周囲に感じさせるほどのスタートでしたから、その死活問題は鬼気迫るものはその時点で始まったというのは、おそらく全教の思うところであったと思います。その中にあって、弟である◎亮が社長(表統領)に就任するということは、天理教の政局トップは甚だ稚拙な独善的方向に舵を切り、進むことを覚悟した人は少なからずいました。
その独善的な方策に意見をする人たちは自滅させ、中山、中田関係者を本部員として手元に置く。誰も意見は言えないという状態に追い込んで置く。まるで北朝鮮の鏡が存在するようになり始めたのは、天理教としては大きな損失でしょう。
現真柱が継承した時に、新聞社が数社取材に来た時、真柱に対する周りの気の使いようと、真柱の扱いを見て「まるで北朝鮮のようだ。」と言ったらしい。
2017年7月15日 10:25 PM ああ無情さま
就任してから したい放題、やりたい放題の悪政を敷き、組織天理教本部を滅亡へ牽引する天理教表統領 中田善亮と内統領 山澤廣昭。
天理教には「集会」という組織があるが、そこで表統領に対して「おつくしは金」発言問題や、ハニトラ美人局金銭ゆすられ疑惑、大教会法人乗っ取り事件などの質疑応答などはないのだろうか。怖くて誰も言い出せないのだろうか。それならば そんな組織は形だけのもの。まったくをもって不要である。
渉外課に上級教会との事情の相談や苦情を申し出ても「上級を通して下さい」である。まったく話にならない。
組織としては完全に死に体の「組織天理教本部」。
今後は何か問題が発生したら、本当に「人をたすけたい」のであれば、臆さず警察、検察などの捜査機関や、裁判所などの司法機関に申し出よう。これらが最善の「大人の対応」である。
「オウム天理教」
素晴らしい誤植です。
大亮様。。。。あなたにご注進しておきたい事があります。
ここにある一見批判的なようぼく、信者の気持ちのほとばしりを感じられますか?これを感じられなければ、あなたの路傍講演は欺瞞以外の何者でもありません。真面目に天理教はこれで良いって思ってますか?奈良教区の教会を修理されているのでしょう?行けば感じるはずです。来年この教会あるかなぁって思うのはましな方です。明日なくなってしまうかもっていう教会は山ほどあります。あなたが行く教会は、大教会が上や下やの大騒ぎで取り繕ってしまうからひょっとして見えてないかもですが。
大亮様。。。。あなたは、世界の人々とは違う選ばれた魂をお持ちと思っていますか?もし、心のどこかでそう思ってるなら、大間違いです。魂の価値に上も下もないからです。同じ泥海から親神に食された同じ魂のはずです。だから世界中いちれつはみな兄弟姉妹なんでしょう?与えられた仕事がちょっと違うだけなんです。
その中にあっておつとめの巡航で、真柱、本部員、に頭を深々と下げさせ、平気な顔しているやつらの気が全くしれません。物事が動くのは心からではありません。形が動くことによって心も動くのですよ。あなたがその天理教の悪癖を払拭させる役目にあるとは青もいませんか?本部員も成り立ては大阪の商人のように一二年はヘコヘコしてますが、三年もたてばすっかり本部員が板に付きます。
あなたには、路傍講演の心の低さをいつまでも周囲に感じ取ってもらえるよう、自らを律して、将来、周囲に移して行ってもらえることがせめてもの私の願いです。
ああ無情さま
無理無理。絶対無理ですって!!!!
信者激減、教会潰れ放題を見て見ぬふりしてるような連中だもの。
そうですよね。申し訳ありませんでした。
京都市のN大教会の直轄教会のO分教会(これも京都市内にある)の会長は、50歳代の若さで早逝された。
晩年は自教会の苦しい事情と教祖130年祭にかこつけた大教会からの数字攻勢の板挟みで苦悩の連続だった。宗教家としてはあらぬ方向に行かれた悲しい晩年ではあった。
この教会の設立は明治中頃の後半であった。歴史が古いだけでは如何ともしようのない実態があったと思うが、親戚縁者で固められた裏事情もあったのだろう。
これが天理教会の実態だ。天理時報はこのような実態も報道しては如何か。
ダイスケ様、ダイスケ様と叫んでいる場合か。
天理教本部の乗っ取り事件を起こし乗っ取りの歴史まで自ら認めてしまった 世紀の統領 中田善亮 山澤廣昭 と賞賛されるでしょう! 彼らのおかげで、本部への過度な上納金制度も解消される日が近い。違法集団に上納するとかテロ組織の片棒を担ぐようなもの、大亮がなろうが所詮 中田善助の息子だから期待など微塵も無い。そのうち大亮自身のスキャンダルもわんさか出てくるでしょう。先日うちの若先生が現在本部青年なのですが色々教えてくれました。表向き何事も無かったように振舞っているそうですが、実際戦々恐々としているとか 裏では青年同士でも 中田善亮 山澤廣昭 の文句が当たり前らしいです。このような話が私に入ってくる時点で本部の信用も糞も無い状態です。本部はいつ潰れるか? という話まで出ているそうですよ。 楽しみです。
嘘と追従これ嫌い。
>古い教会長さんがリツイート
>satuki @sazannkasatuki 13時間前
>その他
>「続き」 生前の八島先生が「貯めこんだ資産を持ち逃げしてもいいから、嘘を吐き続けている人達が教団>上層部から退いてくれれば、教祖様の教えは復活するし天理教は救われるのに」と仰っていた言葉が耳か>ら離れません。
年間予算額500億円を超える時期もあった巨大教団が、たった一人の八島氏に訴えられて勝訴できなかった。
情けないことに、この恥の上塗りをするように天理教青年会が「確かな教理理解のために」という578ページにも及ぶ本を出している。
このような本を出すのであれば、裁判の場において堂々と八島氏の論に反論すればよかったのではないか。
裁判が長期間に及ぼうと相手は僅か一人の人間だ。500億円もの予算を執行する能力があったのだから、費用は有り余るほどあったはずだ。
なのに、教団はいとも簡単に負けてしまった。教団擁護派の方々の反論を待ちたい。
余談ですが、八島氏の出自について知人から驚くべき話を聞いた。これ以上に語ることはプライバシーの重大な侵害につながるので終わるが、それにしても教団は何を隠しているのか。
2017年7月19日 5:38 PM 東風Zさま
言ってあげましょうよ!
中山正善二代真柱の落胤でしょ!
落胤 様
う~ん! ここまで仰いますと嘘だと言い切れません。ただ、この話はあくまでも知人に聞いたことであること念のため申し添えます。
この知人はなかなかの人物で教団本部にとっては、目の上のたんこぶ的な存在感のある人です。
八島氏のお母様は大変な美人だったとも聞いています。もう、これ以上書く必要はないでしょう。女性には目の無かった二代さんですからさもありなんというとこでしょうか。
東京大学を目指していた八島氏を天理大学に呼び寄せたのも二代さんだったとも聞いています。
これ以上に裁判の場において争わなかったのは、二代さんの一声があったのかもしれません。
何れにしましても、教団本部は何時まで嘘を通すつもりなのか。見ものです。
東風Z 様 2017年7月19日 8:00 PM
「言ってあげましょうよ!中山正善二代真柱の落胤でしょ!」
>う~ん! ここまで仰いますと嘘だと言い切れません。
祖父は元本部員(故人)で私の所感ではきわめて誠実に生きていた人ですから嘘は言わなかったと信じています。
祖父は八島氏に非常に近い人物から聞いたと言っていましたので信憑性の高いお話であると思います。
>教団本部は何時まで嘘を通すつもりなのか、見ものです。
ウソ教理をタテに教団エゴを満たすがために信者を抑圧し、ここ最近の反社会的行為の発覚を隠蔽、抑止するがためにウソ論評を機関紙みちのとも、天理時報で連発。もはや信者の信望さえも失った教会本部。
中田善亮表統領の美人局金銭ゆすられ事件や、両統領や本部員らによる大教会の法人乗っ取り未遂事件も既成事実であると本部在籍の知人からの証言、太鼓判をもらっています。
また彼らは本部管内では知らぬ存ぜぬと平静を装ってはいるが周囲からは戦々恐々と畏敬、怯えているのが見てとって分かるそうです。みんな「もうその日は近い」と。
マスコミにまで叩かれた中田氏の「お尽くしは金、命の繋ぎ」発言問題や、美人局、乗っ取りなどを公式に釈明や謝罪などをしないと本当に教会本部は終わってしまうというのに…。
そんなことさえも理解できない本部の執行部は教内世論から斬り捨てられるのはもう時間の問題。
間違いなく消え去る(ウソになる)ことになるでしょう。
7月16日の日曜日、お地場に参拝してきました。3連休のなか日だというのに境内の人影は本当に寂しい限りでした。
別席場を覗いてみましたが、なんと初席の誓いを行う場所は中央の通路が手前四分の一ほどの所で板で仕切られていました。
初席の誓いを行う人も中席の手続きを行う人もまばらにしか来ない状態でした。
以前は手続きを行う人で長い列が出来たのですがね。
アーケード街を行き交う人も本当に少なかったです。
というかそもそも行き交う人がいなかった。そんな感じでした。
昔は、祭典当日でなくとも土日なら参拝の人で結構にぎわっていたもんですけどね。
八島氏の事が出ていましたが、私は八島氏から直接聞きました。
「私は、正善から呼ばれて天理に来た」とね。
正善が死んだら八島氏はお払い箱へ捨てられてしまいました。
本部の人達は、本当に「すごい」ですね。
最近思うのですが、「教祖様の高弟達・取次の先生方」と言う人たちは所詮江戸時代の庶民ですよね。
何を勘違いしたのか、この「庶民あがりの高弟達や取次の先生方」は、おやさまの側に居るから自分たちには権威あると思い込んでおやさまを慕う人達に立ちはだかってしまった。
その「高貴な意識?」は、現在の本部在籍者たちに脈々と受け継がれております。
「しんのはしらに」にとりついた腐った肉でしかないのに。
小沢一郎ではないが「担ぐ神輿はパーがいい」
これからも「大亮君」を担いで「中山座敷乞食教」を繰り広げて行くんでしょう。
いまの本部の体制は幕藩体制そっくりだが、中に居る人たちは本当に品性下劣だと思う。
当時の侍は「武士は食わねど高楊枝」と揶揄されてはいるが、総じて清貧であり知性も持ち合わせていたと思う。
「庶民あがりの教祖様の高弟達」の子孫の本部在籍者は、知性も品位も無く、
「座敷にすわって金・金・金、 金よこせー」と叫んでいるだけです。
私は、戦後の生まれで小さなころからお地場帰りをしていたました。
100万人200万にも人々が寄り来る天理が、まさか自分がいきているうちにこれ程に衰退する日が来るとは思ってもいませんでした。
せっかくですから生きて居るうちに「中山座敷乞食教」の滅亡をこの目で見たいと思う今日この頃です。
楽しみです!
「中山座敷乞食教」の滅亡。本当に楽しみです。
私は子供の頃から祖父母、両親が上級教会から虐げらる姿を見て育ちました。息子ほどの年齢の上級会長にぺこぺこする祖母の姿。若い会長が大好きな祖母や両親に偉そうに振る舞う様子。殿様と子分の様な情景。本当に子供には見せてはいけない姿だったと思います。違和感を感じつつ、中学生、高校生と成人するにつれて、「何か違う、何かおかしい、」の違和感が今では「天理教・偽物・嘘もの」の確信に変わってきました。
昭和30年代、上級会長夫婦は、信者の給料日を把握していて、給料日翌日には必ず集金袋(当時は布の巾着袋)をさげて、自転車に乗って金取りに信者宅を回っていたそうです。その上級信者の一人は取り立てから逃れるため自宅の新築と同時に住所をくらませ、他宗教に鞍替えし、天理教会とは縁を切りました。
また、祖母が祖父の遺族年金を少し受給していたため、部内である我が教会へもそれを当てに頻繁に「金取り」に来ていました。お金を握らせなければいつまでも居座る、とよく祖母が両親に不足を言っていました。自転車で来る上級会長の姿を見る度に精神的屈辱、経済的貧困の原因を上級会長の中に見て、惨めな子供時代であったと思います。今に思えば、今も多くいますが、まさに「乞食」の姿ですね。
現在の衰退、消滅に向かう教団トップの焦燥感を見ていて、私は未熟な人間ですので積年の仕返しがやっと出来る「親の仇だ」とひそかに嬉しく思います。衰退、果ては消滅してほしい。
消滅は天然自然の理。世のため、人のためです。上層部は今までしてきた事を胸に手を当ててよくよく考えなさい。合点がいくでしょ?
昔、本部の西側に三島と言う名の小さな公園がありました。
その傍らの木造アパートに「須藤花井」と言う霊能者がいました。
ご存知の方も居ると思います。
昭和58年、その「須藤花井さん」から聞いた話です。
「あのな 皇太子はな 先行ったら 自分から位を降りると言う時が来るからな、覚えておきや」
昨年の7月、TVのニュースで「天皇陛下御自身に譲位の意思がある」と流れた時は本当に驚きました。
33年も前の話が、目の前に現れたのですから驚きです。
須藤さんは次の様な事も話していました。
「あのな 5月になったら天理にお参りに来る者はおらんようになるからな」
今、私たちの間では、「5月に何が起こるのか」「何年の5月なのか」と話題になっています。
みんな「本部の滅亡」が近づいているのかもねと話し合っています。
当時はまだ洗脳が解けていなかったものですから「そんなバカな」としか思いませんでした。
もっと詳しく聞いておけばよかったと少々後悔しています。
みちのとも8月号に懲戒の記事がありました。
―懲戒―
現住所 不明
(不明になるまでの住所)大阪市住吉区・・・
所属教会 天理教東〇大教会部属、同〇阪分教会部属、
同〇港分教会部属、同〇港杉分教会部属
〇〇〇〇
昭和〇〇年〇月〇日生
主 文
被審人〇〇〇〇を罷免に処し、胸内におけるすべての役職を免じ、同人の教人及び教会長資格登録を抹消する。
理 由
右の者は、教会の基本財産である境内建物を無断で解体撤去処分し、境内地についても無断で売却した上、売却金を着服し行方をくらました。このことは到底許されるものではなく、懲戒規定第二条第五号に該当するものと認定し、同人を罷免とした審判会の平成二十九年六月二十七日付審決を相当と認め、主文のとおり採決しこの旨申し渡した。
よって懲戒規程第十一条にもとづき、この旨公示する。
平成二十九年七月六日
天理教表統領 中田善亮
退職信者 2017年7月20日 8:34 AM さま
>何を勘違いしたのか、この「庶民あがりの高弟達や取次の先生方」は、おやさまの側に居るから自分たちには権威あると思い込んでおやさまを慕う人達に立ちはだかってしまった。
仰ることはよく分かるし、現在の状況を見ればこういう判断もありなのですけど、普通、「高弟」と言われるのは「教祖様の教えや理を深く理解し、その実践と教えを広めるために尽力された人」ですねよ?
教祖様の教えを理解していたら、心に納めていたなら、そんな「権威あると思い込んで」とか「おやさまを慕う人達に立ちはだかった」事はないはずです。
そういう人物は「教祖様の高弟」ではなく、最初からそういう権威やお金目当てで集まってきて、教祖様の名声を利用したのではないでしょうか?
後に、多くの分派や1400人もの布教師を追放したという事実から考えても、教祖伝や逸話編には名前の出てこない、でも、初代真柱や高弟たちに強い影響力を持つ人物(達?)が居たのではないでしょうか?
古い教会長さんの書き込みを見て思ったことは、天理教において、教会と呼ばれる法人は必要がないと断言できることです。講でいいんじゃないですか。
包括・被包括とかややこしいことを云わなくても信仰は成り立ちます。
四国の八十八か所のお遍路では、私のようなものでも宿泊させてくれるところはいくらでもありました。
どちらのお寺に所属していますかなんて一度も聞かれません。健康のために歩いていますといっても皆さん暖かく迎えてくださいましたよ。余談ですが、坂東の道は豊でした。
詰所は使わせないとか、その他の権利を失うとか、まるで役所のような言い分を聞いていると、なんだか気分まで暗くなってしまいました。
末端教会役員様が、「みかぐらうた」研究ブログ、ツイート全て削除されております。
いったい、どうしたのでしょうか?「みかぐらうた」研究は、被包括関係解消の手続きや、それに伴う上級や大教会の反応なども詳しく書かれ、非常に参考にさせて頂いておりました。その記事を含め、全部消しておられるようです。大教会からの、抗えない圧力がかかったのでしょうか?
心配です。末端教会役員さん、ご無事なんでしょうか?
末端教会役員さんは、ツイート全て削除されておりますが、昨日、削除理由として、ある方から、紳士的でないなどの指摘をされたことを挙げられ、「お詫びに、出来得る限り削除します」と書かれておりましたが、どうも、末端教会役員さんらしくないと思いました。末端教会役員さんは、「お供え」掲示板や、この社会学コメントでも、拝見してきましたが、他の方の意見で、簡単にご自分の意見を引っ込めて、引き下がるような方ではない、と思われるからです。
ツイートやブログ、末端教会役員さん本人ではなく、他の方が消してしまったような感じが致します。何か、よっぽどの圧力か、脅しにさらされてるとしか思えません。杞憂であればいいのですが・・。
末端教会役員さんの今日付けのブログが更新されておりました。
駅のホームで、突き落とされたのではないかとまで、危惧しておりましたが、ご無事のようです。
「みかぐらうた」研究
謀反の根その4(すくいあぐれば)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/kate/4511
末端教会役員さんのブログが更新されました。
組織は、宗教団体とは思えない程の狡い卑怯なやり方で、裏工作をしているようです。
「みかぐらうた」研究
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1828825
。
退職信者 (2017年7月20日 2:57 PM)様
何年の5月になるのか、今後に注目ですね。
信仰されている方でも、信じる、信じないの温度差が有るのが「不思議な現象が起きた時の反応」。
今、不思議な状況で教祖様が現れ出ておられる現象を耳にします。
引き続いておきるのかどうか、また、なぜ、今なのか、注視し、考え続けます。
宗教団体とはいえ、社会の構成員である以上、説明のつかない行為は糾弾されるのが当然でしょう。
一信者として、どうすれば封建的教団の空気を換えることができるのか。
それには現実の教会で「もの申す」ことにつきるでしょう。
ある信者は、大教会長婦人(当時)から〇〇万円のお供えを個人的に要求された際、二つ返事で断りました。
そして何人もの信者へその事実を話ました。(バラしたのです。)
お供えの目的が何も示されず、会長夫人が単にお財布代わりにしていた彼女に頼み、断られたということ。
経済的に裕福な教会で育ち、経済的に裕福な(今では不如意)教会に嫁いだ方ですから、頼めばお金ができると思ったのでしょう。お供えを断った彼女は現在もお元気です。
信者も考え方を変える時代です。
必要以上に天理貴族を育成してしまった私自身の前近代的(封建社会的)、教会の会長はじめ先生方に対してのへつらい。これを改めます。
顔を上げて一列兄弟道の友、道の同士としてお付き合いしようと心がけます。
さて、このような時代、ダイスケさんと上川女史はどのような代表者とその夫人になられるのでしょう。
経済的な苦労を知らないままでは他人の苦労を理解できません。
せめて、親である現真柱さまから「苦労してきなさい」と単独布教に出すくらいの親心をお見せいただきたい。夫人となる上川女史には新婚の同居はせず、別居で伏せこみする覚悟をおすすめしたい。
その程度の覚悟を教内に向けて示さなくては、今時の信者はついてきませんよ。
そのくらい、疑問の根がはびこっているのが現状です。
中山家がどうの、山澤某がどうの等の「ウンコ事件」は、(ウンコ、世間ではやっていますね。)世間様が注目したら、怖いくらいのスピードでスキャンダル化する可能性もあるかもしれません。
せめて9月にスタートする若い世代の二人には、真剣に天理教封建社会を変えることに取り組んでいただきたいものです。
代表者として行動・発言する気概を持ってください。無理なお願いかな?
末端教会役員様のブログが更新されました。
ブログの【お知らせ】というところに書かれておられますように、
「現段階では事情は明かせませんが、少しの間、投稿と削除を繰り返す形で更新を進めたいと思います」
ということですので、削除されないうちに、社会学さんの方に載せさせて頂きます。
謀反の根その6(ところのおさまりや)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1842601
匿名信者様へ(2017年7月23日7:48PM)
「不思議な現象」「不思議な状況」とありましたので次の事もそれにあたるのかなと思いました。
先日 本部の朝勤めに参拝してきました。その時のことです。
「あしきはらい・ちょとはなし」と続き「いちれつすます」の太鼓が打たれた時です。
突然「うぉー」という音が聞こえてきたのです。はじめは何処で鳴った音かと思いましたが、二度目の最初の太鼓が鳴った時、それが叫び声であることに気がつきました。
三度目の最初の太鼓が打たれた時も「うぉー」と叫んでいました。
この時は、「ま 世の中広いからな こんな人も居るかもな」とこんな感じで気にも留めませんでした。
夕勤めの時です。「いちれつすます」の最初の太鼓が打たれた時です。
「うぉー」と言う叫び声があがったのです。あっ 朝の人が居る。
お勤めが終わった後、側の人に今日は変わった人がいましたねと何気なく声を掛けたらその人が話してくれました。
「あの人は、今日だけじゃないんだ。何年も前から朝夕のお勤めにきている。
✖✖大教会の信者だ。
最初は、大教会も本部もお勤めに来るのを止めようとしたが駄目だったらしい。
困り果てた大教会は、うちの法被だけは着ないでくれと頼んだらしい。
あの叫び声は、最初だけじゃないんだ。
途中で何回も叫んでいる。
「いちれつすますかんろだい」のところでも叫んでいるんだ。
だから「たぁーおじさん」とか「かんろだいおじさん」と呼ばれている。
叫び声だけじゃないんだよ。叫んだ後は、何かにおびえるように震えているんだ。
最近は、体力が落ちたのか叫び声が少し小さくなっている。
初めの頃は、すさまじかった。叫び声が神殿全体に響きわたっていた。」
この説明を聞いた時、恐ろしさを感じました。
その訳は次の様な事です。
「須藤花井さん」から聞いた話のひとつです。
「あんたたち、いちれつすますの意味を知っているかい。
あれはな 地球を掃除する時の手だと神さんが言っているで
あんたたち 良い豆と悪い豆が混ざった中から良い豆 拾うときどうする?
豆を台の上に置いて手のひらで ばーと回し広げてから拾うだろ。
つまり人間たちをばーと回し広げてその中から真実の心を持った者を救い上げるという意味だ。
真実の心を10点満点で表して、4点以下の人間は掃除の時にさらしてしまうと言っているで。
(以下という事は、4点では駄目)
掃除の後、真実の心が4点以下の人間に陽気ぐらしの世界を作ることはできん。
もし自分に真実の心が無いと悟ったら今からでも遅くはない。
真実をつくして点を稼げと神さんが言っているで。」
あの「うぉー」と言う叫び声は、欲深な人間達がそうじされる時に発する断末魔の叫び声なのか。
本部員たちは、毎朝夕「じば・かんろだい」に響き渡る叫び声から何かを悟っているのか。
あの「叫び声」は、親神が本部員たちに差し遣わした「警告」かもしれないと思いました。
「本部員たちよ お前達の最後はこの様な叫び声をあげて掃除されるのだぞ」とね。
教祖130年祭の神殿講話で善司さんは次ように述べています。
明治19年7月に、教祖が「四方暗くなりて分かりなき様になる、そのときつとめの手、曖昧なることにてはならんから、つとめの手、稽古せよ」(天理時報 教祖130年祭特集号より)
「四方暗くなりて分かりなき様になる」この時掃除されるのですかね・・・。
怖いですよね・・・。
あまり深く考えなくてもいいと思いますよ。
「あまり深くかんがえなくてもいい」
確かにそうですよね。私にとっては他人事ですね。
本部があの叫び声から何かを悟るべきだ。
以前、かんろだいが倒された時、本部は何の意思表明を行わなかった。
新しく作り変えてそれで終わり。
体制変革は為されず、ただただ金をせびるだけ。
大亮君の養子縁組 祝儀を宜しく。
大亮君の結婚式 祝儀を宜しく。
「金 金 金」
信者は、どんどんと逃げ去って行くばかり。
陽気ぐらしの世の建設を標榜する天理教の聖地「じば・かんろだい」で毎朝夕響き渡る「叫び声」。
この異常な現実を本部員たちは直視すべきだ。
2017年7月26日 6:37 PM 退職信者さま
早速、今日の夕刻に甘露台が倒されたそうですよ!
さあ、来る日がそこまで来ているようですね。
退職信者様
須藤花井さんのお話、是非、もっと伺いたいです。
宜しくお願い致します。
甘露台が倒された!様(2017年7月26日7:55PM)
情報 ありがとうございます。
私の下へも9時少し前に天理教の実情に詳しい方から連絡がありました。
精神に異常をきたしたと思われる人が飛び込んで倒したらしいとの事でした。
やはり「おふでさき」に書かれている通り。
今日は、26日ですね。
これは、神から本部に対する「大亮君への結婚祝い」でしょうか。
直属教会にさんざん祝儀をたかったから、神からしっぺ返しを食らったのだと思うのですが。
いやいや 神にはそれ以上の思惑があると考える方が自然ですね。
本部は、今後どのような対応を取るのかこれからが楽しみです。
飾東の人らしいですね。
おぢばに帰って来た子供達にはタイムリーな事情です。
周東系列の説教日が楽しみです
Dさんが書き込まれていました。
思い切って書かせて頂きます。
内容に関して不適切な文があるかと思いますが学の無い者が一生懸命に知恵熱を出しながら書きますのでご勘弁ください。
私の母は信仰2代目の天理教が大好きな方でした。
教会の子供として布教先で生まれた長女でした。
その母も数年前に出直しました。母は足が不自由で所属教会まで自分では簡単に行けず、地元のH大教会の部内教会に参拝させて頂いておりました。その会長さんはS
支部の支部長も努めており
信用していたのだと思います。その内に母が自分で歩いてトイレにも行けない状態になり,その会長さんの世話で施設に入所することのになりました。会長さん 奥様は最初は
熱心におさずけの為に面会に来てくれていたのですが母が痴呆症になった途端に来なくなりました。
職員の方に聞いたら母が痴呆症になる前は何何祭だからお供えをと50万だ 30万だと言って持って帰ってたそうです。施設の方も母に注意をしたようですがお供えだからと言う事を聞かなかったそうです。お金はお供えをしたんだから文句はありませんが
母が痴呆症になってお供えをしなくなった途端にお見舞いににも来ないなんてひどすぎる。母の亡くなる前に世話をしたんだから貯金をお供えしろと言ってるとも聞きました。これにはさすがに私が反対して断りました。
母が出直した時は顔も出してくれませんでした。これが教会長で支部長まで務める人のする事でしょうか。
施設に入る時 私に断りもなく家財道具をお金に変えて
お供えにしたとも聞いております。k県のh大教会はそう言う教育をなさっておられるのかと不信に思います。
元々 母 H大教会の信者ではありません。私が思ってる事は間違っているのでしょうか?
母が施設に入り痴呆症になるまでの約2年半で合計金額がわかっているだけで600万近い金額です。
とんでもない話様
よろしければこちらのサイトへ書いていただけませんか?イニシャルも不可なので、プライバシーは守られます。
https://tasukeai0418.jimdo.com
とんでもない話様
二度もすみません。
パスワードはトップページからメールを
下されば、お伝えします。
https://tasukeai0418.jimdo.com
海外より様へ
かんろだいが倒れた事に驚き返事が遅れました。申し訳ございません。
須藤さんの話は、内容が多すぎてこの場で細かく書くのは大変な事です。
簡単に言えば親神が須藤さんに話した内容は、おや様に話した事と同じだと言う事です。
おふでさきに書かれた通り、「地球の大掃除」をするということです。
おふでさきには、「ざんねんはらす」「そうじする」「かやす」などと親神の無念な気持ちが現れています。
その理由は、かんろだいを取られた事と17号58に書かれています。
かんろだいが取られたからその「かやし」をすると明確に書かれています。
世界を救う為のかんろだいを中山家が取り払ったのだからもう無事では済まない。
行き着くとこまで行ってもらおう。
陽気ぐらしの世界は、きれいに掃除した後の事になると言う事です。
「海外より」のお名前からすると、国外にお住まいと思います。
おふでさきの内容や須藤さんの話、現在の世界情勢から考えると早く日本に帰国すべきと思います。
のんきに生活していると帰国する機会を失うと思います。
須藤さんは常々、「世界情勢から目を離したらいかんよ。逃げる機会を失うからな」
第3次世界大戦の事です。現代の戦争は、ボタンひとつです。その破壊力は凄まじいものです。
第一次第二次大戦など比較になりません。
ひとたび火を噴けば、あっという間に世界に広がるでしょう。その時日本に戻ろうとしても手遅れです。
須藤さんは、親神の話を次のように説明してくれました。
「戦争は、わしが始めるのでは無い。人間が勝手に始めてしまう。
子供がおもちゃで遊ぶように自分たちの作った兵器を使いたくてうずうずしてる。
自分たちの作った兵器を飛ばし合って世界が火の海になる。
この戦争に懲りた人間は、やっと武器を捨てる決心をする。
武器がこの世に有ったら陽気ぐらしの世界は作れん。
人間が勝手に始める戦争をきっかけとして世界を「ろくじ」にする。」
この仕組みを大本教の出口王仁三郎師は「神一厘の仕組み」と表現しているではと思うのです。
正善は、おふでさきの中身を全て知っているはずです。
この大掃除の核心部分の約5年分を抜き取って信者に配ったのです。
抜きそこなったのが「いばらぐろおやがけみち」「ひのなか」「ふちなか」
「てんび火のあめうみはつなみや」等々です。
「いつ来るかわからん話だから隠しておこう」こんな感じでしょう。
正善は、「須藤花井」の存在を充分認識していました。
今年の1月、天理在住の人から次の様な話を聞きました。
「正善の娘さんが須藤さんを訪ね「父親の噂は本当か」と聞いたそうだ。
須藤さんは「本当だよ、あんたのお父ちゃんは、あちこちに女が居るで」と答えた。
娘さんは、この事を正善に話したらしい。
お勤めを終えた正善が、神殿から教祖殿へ向かう回廊で須藤さんを見つけ二人がにらみ合いになった。
本当の事を言って何が悪いと怒った須藤さんが正善に向って「えいー」と九字を切ったら
正善はその場に倒れた。
そして一週間に正善が息を引き取った。
本部員達は正善の後ろにいたからみんなこの状況を知っている。
善衛も夫人も善司も 本部中枢の人間も皆「須藤花井」の存在を認識している。
そして皆一様に口をつぐんで何も話さない。
「そうじやかやし」は本当に来るのかなぐらいの感覚なのだろう。
おふでさきにかかれている。
「みえてきたならとくしんせよ」
しかし、見えた時は既に手遅れだと思う。
この内容を、「考え過ぎだろう」と思う人もいるだろう。
その様な人達に言いたい。「どうぞご自由に」
あの神殿の「叫び声」「かんろだいの倒壊」
この異常な出来事から親神の意志を本部は悟るべきであると思う。
海外より様へ
これが、今 私が答えられる限界です。
貴方の期待するところの答えになっていなかったらどうぞお許しください。。
「親神・中山みき」は偽天理教の専有物ではありません。
神の存在を確信する人たちの心の拠り所であると思います。
甘露台が倒された!様 2017年7月26日 7:55 PM
本部在籍者や境内掛からの情報によると、昨日だけで結界内侵入しようとした人が4人いて、そのうちの一人が夕刻18時20分頃に真座にまで侵入、ぶつかっていくような形で甘露台は倒されたそうです。
現在は下二台の状態のまま置かれていて、台と台とをつなぐホゾが折れてしまうほどの圧力だった模様。
なにも倒した本人や、その方に関わる関係教会や、そこの方々が悪いわけではありません。
悪事をはたらく両統領をはじめ本部の偉い先生方、よくよく思案して、あなたたちから心を入れ替えて下さい!
退職信者様、書込みありがとうございました。
退職信者様の事実の正確な記述力のお陰で、私のぼんやりした記憶が戻りました。
6月26日の朝勤めで私も同じく異様な声に驚かされました。
でも、深い悟りをめぐらすことの無い自分でした。
南の左前方席から聞こえてきたその声をめぐって後日、この場で退職信者様のお書きになった内容を拝見することになろうとは・・・・・。
加えて昨日(7月26日)の甘露台の破壊!
昨日は日帰りでの参拝だったので、朝夕のお勤めには出ませんで、明けて本日、本サイトにアクセスして知った次第です。
攻撃された(!)甘露台は据替られてまだ間もないのですが、思い出したことがあります。
据替られた翌朝の朝勤めの時のことです。
ぼんやり頭の自分なので、退職信者様のように事実をきちんと書き込む力がないことが残念!
ですが、たしか、あの朝のお勤めは21回めのカウントがあいまいだったのか、あるいはどなたかがお疲れで間違えたのか、21、もしくは20回目のあとにもう1回「あしきをはろうて・・・」と続いたので、もう、びっくり!!!
詰所に戻り、人に聞いてみましたが、「前夜からのお疲れがあったのでしょう。」とスルーされました。
確かに自分には間違いがあったように聞き取れたのですが・・・・。
本部でのお勤めでも間違うこともあるのかもしれません。
でも、その甘露台が、と、考えると何か、現状何か、悟るべきことがあるようにも感じます。
また、上記の2例が起きた際、その場に「たまたま」居合わせた自分、道をあれこれ迷いながら歩く自分。
深い思案を怠りなくと、とぼけた頭に自分で活を入れねば・・・。
退職信者様、自分も退職した関東地方在住者です。
本日は暑さも一休み。
明日からはまた、猛暑だとか。
どうぞお元気に夏を乗り切ってください。
退職信者さま
大変貴重なお話、感謝申し上げます。
深く考えるところがあり、9月遅くとも10月には本帰国する準備を進めております。
私は信仰5代目で初代は教祖に直接お目通りさせていただいております。
祖父が以下のような話を母親に伝えております。
明かりが下からではなく、上から灯るようになる。
座敷に居て世界中のことがわかるようになる。
針金の先と先で話ができるようになる。
わしはそんなアホなことをいうからお道は馬鹿にされると子供の時分思っておった。
だが、すべてこの目で見させてもろた。
ただ一つだけまだ見ていないお話がある。
それは「朝になっても雨戸が開かず、外は火の海になる。たすけてくれーと外から聞こえるかもしらんが、神名を唱えておれば大丈夫やで」というお話や。
わしに代わって見届けてくれ、と。
個人的には2020年東京オリンピック以降の頃合いではないかと考えていましたが、あまいかもしれませんね。
おふでさきに関しては、第六号と第十四号の四十一首以降において、また第十二号、十五号、十六号の終盤において、何かしら隠蔽されているお歌がある可能性が高いと思います。
甘露台について。
さっさと石の甘露台にすればいいのに、なぜ本部はしないんだろう?
このことについて本部の先生や教校の職員に尋ねても「わからない」の回答しかありません。
倒した方や関係者の方が不憫です。
精神を病んでる方なら尚更、誹謗中傷を受けて余計に混乱されるでしょう。
昔、石の甘露台だった時があったそうです。
現在の形ではなくて、石を置いていたとか。
それを競艇の笹川氏が手に入れたと本部に言ってきて、本物かどうか確証はないもののお金を払って引き取ったそうです。
本部員の妻が話してました。
甘露台が倒されたことをどう思いますか?
石の甘露台なら倒れないと思います。
次に立てるときは、地中深くに基礎を打ち込んで鉄骨入れて固定すれば倒れないと思います。
斧を叩きつけても、ビクともしない強化ガラスで、甘露台の周りを囲むしかないのではないでしょうか?
再建しても、また同じようなことが、起こるでしょうから。
侵入すれば、大きなベルの音が鳴る警報装置も付けておけば、より安心だと思います。
甘露台が倒されました。教団終焉も近いでしょう。
教団が消滅に向かう教団自身が犯した罪の一つ。「三島神社鏡池の埋め立て」の記事が目に留まりましたので添付します。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf
教祖ひながたをうたいながら、教祖ひながたにまつわる重要な遺跡を消し去り、隠蔽した教団本部。教祖様をも抹殺した神亡き団体。もはや宗教団体ではありません。
天理教 公式ホームページ より
【7月26日夕刻のふしについて】
2017年07月27日 (木)
7月26日午後6時20分ごろ、本部神殿結界内への侵入者により、かんろだいの上部が倒されるというふしを見せられました。
その後、定時に夕つとめが勤められました。
夕つとめ後、急遽、本部員会議が開かれ、その席で、真柱様からお言葉がありました。
引き続き本部員会議で、このふしについてねり合われました。
http://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/information/2017/07/27/25057/
しかし酷い文章だ。経過報告のみである。
そのうち、倒したご本人や所属する教会、その関係者らが悪いとか言い出しかねませんから、みなさんネット情報の注視をお願い致します。
倒したご本人は重度の精神のご病気でいらっしゃるということです。
〇〇大教会長さま、関係のみなさま、本部に謝罪なんて一切不要ですよ。
神が、教祖が、倒されたその方を通して、内統領、表統領、をはじめとする悪の枢軸たちの所業に対しての「残念・立腹の念」を、甘露台をお倒しになられてまでお見せ、お知らせになったのです。
表統領あなた、ハニトラ・美人局以降もお金ゆすられていませんか。
教祖の み教えに「献金しなければ命が切れる」なんてございませんよ。
搾取してまで どうして信者を苦しめるのですか。
傘下の法人格まで乗っ取っらねばならないほど資金繰りに困っているのですか。
気に入らない人間はポイなんて、それこそご教理に反していませんか。
どうか大変な事態に陥る前にお気づきくださいませ。
そして今こそが、心底よりの改心の旬です。
神が与え給う最後の機会ではございませんか。
この旬を外さずに、どうか若いお二人が教祖にお結びいただけるようにしてあげてください。
老婆心より
海外より様へ
「朝になっても雨戸が開かず・・・」とても驚きました。
私が小学3・4年の頃、風呂の竃で古い桐下駄を燃やしてしまい母からひどく怒鳴られました。
その時母は次のよう言っていました。
「なんて事するんだ。また戦争が来るのに。朝になっても戸の開かない家が並ぶんだ。物は大切にしろ」
私は、「戦争 そんな ばかな」と思い気にもとめませんでした。
須藤さんに会ってからこの話をふと思い出し、須藤さんに尋ねました。
須藤さんは次のように話していました。
「その話、今なら解る。戸が開かないのは中性子爆弾でやられたという事だ。
あんたのお母さんは会長さんから聞いたんだよ。
戦前の会長は、別科と言ってな半年は天理で過ごすんだ。
当時の天理には、おやさまに会った人が沢山いたんだ。
会長さんは、そのような人から聞いたんだよ。」
母から聞いたのはその時だけです。ほかの信者さんから聞いた事もありませんでしたから、会長さんは私の母にしか話さなかったのかなと少々いぶかしく思っていました。
この話が、ここ「社会学」のコメントに現れた事は、本当に「驚き」の一言です。
須藤さんは、続けて次のようにも話していました。
「その時はな、あしきをあろうてのお勤めをするんだ。
交代しながら途切れず勤めるんだ。
そうすれば相手の撃った弾は、向こうへ返って行くんだ。
神さんは、不思議な助けをするんだ。」
本部は、おやさまを100%信じていません。
親神がおやさまを通して本当に伝えたい「そうじ」の事を隠しているのです。
本部は「そうじ?そんな事は例え話だ」この程度の感覚だとおもます。
神の言葉に「例え」などと言う曖昧な表現は存在しません。
平成12年6月26日 祭典中にかんろだいが倒されました。
九下り 九つ ここでつとめをしていれど むねのわかりたものはない
悟りの無い本部に、神は使者を遣わした。あの「かんろだいおじさん」です。
あの「叫び声」は、本部に対する「神の怒りの叫び」です。
何年も叫び続けてきました。そして今 再びかんろだいは倒されたのです。
世界情勢と本部の事情から察するに
今は「あいづたてやいでたならば」の時期に来ているとおもいます。
倒れにくさを追求するより、あえて、ゴム素材でしなやかさを追求するのもありだと思います。
甘露台の真上は青天井になっている。亡くなった祖母がよく言っていたことは、甘露台に「かわらけ」を置いておくと天から甘露の露が降りてきて、それを頂くと病まず弱らずの長寿のご守護が頂けるんだと。そのためには、全ての人が南無天理王命と喜べる心ひとつにならなければならないとも。
幼い私はそれを信じ切っていた。何処からこのような発想が出てきたのかは知んないけれど、祖母は死の間際までこれを信じ切っていた。あの当時としてはめずらしく100歳近くまで達者で生きた祖母にとって甘露台は、それはそれは有り難い存在だったのかも知れません。
この度の事件から思うことは、甘露台は崇拝の対象なのかということだ。法律的には礼拝所不敬罪が適用されるだろうが、親告罪であれば教団本部はどう出るのだろうか。
精神を病んでいる人の行為だとの書き込みがありますが、私は天理教に遺恨のある人の行ないだと思っています。
一列兄弟陽気づくめを説く教団であるならば、少なくとも人の恨みを買うようなあり方があったのかを問い直し、万人が喜べる教理を説くべきであろう。
何かを隠していると疑われるような教団から一日も早く抜け出すことが一番求められていると感じる。
本部員会議において練り合う課題は今更云うことでもあるまい。
責任取って、両統領が辞職すべきですよね?
本来ならば真柱中山本家がやめるべき事態ですし、もし倒した人が心病んでいるなら、その原因は?それを治せない教団にある。教団がおかしいからでしょ?宗教家としての責任が中山家にあるのは宗教家として当然「お尽くしは金」と表統領 中田善亮 が発言してから教団の問題点が鮮やかに見えてきました。資金難、法人乗っ取り、お尽くしは金 との協議改竄 責任は真柱中山家、少なくとも両統領にある。
海外なら大事件です。ローマ法王もつど謝罪してます。
現状の天理教教団、教会本部と教祖、中山みき様の説かれたこととしっかり分けて思案する必要があります。
同一上のものとして思案すると本質がわからなくなってしまいます。
今、目の前に起きた現実が世界の縮図として見せていただいていると私は考えます。
先ほど最新記事にコメントしてきました。
天理時報に、今回の件について内統領コメントが掲載されているようですね。
Twitter「天理教社会学研究所」@tenrisyakaigaku
天理教幹部かたり架空の不動産取引 現金4千万円詐欺‐産経ニュース
宗教法人「天理教」の幹部をかたり架空の不動産取引を持ちかけて現金4千万円をだまし取ったとして、県警は28日、詐欺容疑で、不動産会社「新菱(しんりょう)」(千葉県松戸市)の社長、中山正山こと井上卓三(67)=京都市南区=と、会社員、平井千尋(80)=東京都品川区=の両容疑者を逮捕し、さいたま地検に送検したと発表した。
送検容疑は平成25年11月6、8日に岩槻市の建設会社社長の男性(54)に「天理教の幹部がおり、静岡県熱海市の不動産を購入して天理教に売却することになっている」などと話し、11日にさいたま市内の金融機関から指定口座に4千万円を振り込ませ、だまし取ったとしている。
同課は余罪もあるとみて調べている。
http://www.sankei.com/affairs/news/170729/afr1707290004-n1.html
Twitter「satuki」@sazannkasatuki
「天理教幹部を騙って、4千万もの不動産取引詐欺」をした容疑者は、
★【天理教幹部という人間は、不動産をたくさん持っている】ということを、よく知っていたということだ。
#天理教
2017/07/29 10:02
・ひとりごと
容疑者の一人「中山正山こと井上卓三(67)=京都市南区=」は、「なかやましょうざん」とでも読むのであろうか。巧妙とかではなく、もう「お笑い」の世界である 笑
本物の本部員が捕まる前の予兆のようです。
退職信者 様
ご返信いただき有難うございます。
祖父のお話にはそのような続きがあったのですね…驚きです。須藤花井さんにお会いしたかったです。やるしかないですね、その時、あしきをはろうてのお勤めを。
「天理の霊能者」162pに須藤花井さんのお話が紹介されています。「月よりの神言」という私家版の本がかなり気になるところですが、ここに紹介されている事柄はまさに世に言われている「ポールシフト」のことだと思います。2001年頃から北磁極がかなり加速してズレていっているのを知っていましたが、ここ数年はなぜか発表を見合わせられている状況で、現在どこまでズレているか一般庶民には知らされていません。いずれにしても核兵器の使用により、天変地異が起きると書かれていますね。もし、このような状況になった際に、人口が三分の一どころでは済まないように思います…。
http://www.lcv.ne.jp/~toyohumi/kantougen.html
『ほんあづま』2000年6月号巻頭言
「八島何故出て来ない。すぐ来い。天理大学が全国大会に優勝して、祝賀会が東本で行なわれているだ。」「私は柔道部ではありません。ラグビー部ですよ。」「東本で祝賀会が行なわれているのに、天大OBとして出て来ないという事があるか、早く来い。」「行きます、行きます。」
時は、天理大学が東本大教会を宿舎にして、柔道の全国大会に出場し、優勝し、東本大教会の三階大広間で優勝祝賀会が始まった時である。人は天理柔道の総帥、中山正信氏からの電話である。急いで東本へ行き、三階の会場に顔を出すと、挨拶もそこそこに「二人だけになれる所があるか」と言うので、一階の青年ホールへ行き、二人だけの話になり深夜に至るまで続いた。
『ほんあづま』の論調が、『稿本天理教教祖伝』のフィクションの洗い直しを進めて、すでに、こかんさんの大阪布教が、作り話である事が誌上で証明されていたのである。
分家「あまり教祖伝をほじるなよ」
八島「今、内部から発表しなければ取返しがつかなくなります。外部からあばかれたらどうします。山本周五郎が『樅の樹は残った』という小説を書いてから、極悪人原田甲斐が、実は仙台藩を救った忠臣であったと、常識が変わっています。今までの日本は天皇制軍国主義の思想統制があって真実が説けなかった。今から真実を説く、教祖伝の編纂をやり直す、と教会本部が発表すれば、混乱は起こりません。教内はうすうす気づいていながら、何時本部が真実を言ってくれるか待っているのです。後れたら皆が背を向けます。そうなったら取返しがつきません。」
分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して殺すだろう。」
八島「本部から発表すればそんな事は起こりません。」
豪気な御分家中山正信氏の言葉の中に怯えを感じた。私の頭の中に、戦後ニュースで見た、イタリアのムッソリーニがパルチザンに殺され、逆さ吊りにされた場面が走馬燈のように走った。
それから約二昔の歳月が流れた。正信氏が亡くなって十年、その間におつとめを教祖が教えた通りに復元すべき人が、また、ひながたを正すべき人が次々と世を去り、或いは教外に押し出され、みかぐらうたを歌い、教祖の教えを手踊りで、自分の身体で表せる人が次々と教団に背を向け、教えを求めても得られず、修養科生は十分の一に減り、教会は三分の一以上が活動を停止している。
拝み祈祷を営業政策にした神道天理教は迷信家の集団と化して教祖の教えは亡びようとしているのである。
昔、神道になるために、教祖を警察に売った。十余年前ひながたを顕彰し、おつとめの復元につとめている櫟本分署跡参考館を教外のものと断定した。然し今日櫟本のつとめ場所を見ると、捨てた良心の種が育って花咲くように教祖の教えた通り教祖と共に歌い、踊り、誠の心を取戻し、人の喜びを見て楽しむ心を我が身体で表す、世界たすけの働きの中心になるべき人が続々と誕生している。櫟本を苗床にして世界中に良心の花を咲かせなくてはならない。
こんな記事をみつけた。
『ある教会長が、面白い表現をした。
彼の所属する大教会は、太平洋に面した河口の絶壁の上に要塞のように立っている。大教会長は部下教会長たちに、この絶壁から飛び降りても、親神様のご守護で怪我一つしない。「安心して飛び降りて、おたすけに出かけろ!」と命令する。皆、その言葉を信じて飛び降りる。ところが実際はその絶壁の下では、瀕死の重症で皆苦しんでいる。大教会長自らは決して飛び降りない。運転手付きの高級車で絶壁と反対側にある緩やかなスロープを悠々と下って行く。飛び降りて瀕死の重傷で苦しんでいる部内教会長には見向きもしない。』
難解題教会ですね。
この大教会も大分問題があるのは有名です。異常性のあるカルト教会
このようなおかしな強要をしている分教会、大教会、本部関係なく今後とも監視し問題追及していきましょう。
はああ~。(ため息・・)もう天理教には近づかないことですね。私は深入りしない。恐ろしい~。教祖のみ教えを習って大教会長にまでなってるはずなのになぜ、あっちでもこっちでも大教会長、その家族の悪い噂ばかりが聞こえてくるのでしょう?高山に登ると、魂が腐る。
神様を語った社会悪ですね。「神様はお金と引き換えに命を守護するから金・金・金、自信を持って金を出させよ。」と時報で公言した「詐欺集団」。教祖の血を引く現幹部は貧に落ちきるどころか信者を騙して金集め。教祖在世当時も教祖を悩ましていましたね。時代が移り変わってもやっぱり中山家は貪欲の塊。変わりませんね。
崖からジャンプでなくても、実際に大勢の教会長を自殺に追い込んだのは殺人したのと同じ。オウム真理教と何ら変わらない。天の理によって消滅までは時間の問題と言われているが、今も大勢の関係者を苦しめている。
どなたか言われてました。「兵糧攻め」が一番だと。私たち教祖様を信仰する者の誠真実は堕落本部への資金源を断つ活動。「難渋の人を助ける心は神が受け取る」。
お供えを断つ活動は人助けであり、その輪を広げましょう。
難解大教会長の嫁は御分家の三女、つまり難解はご一統様。かなりの非常識人。よく部内教会は我慢してるなぁと思ってました。むかーし本部勤務してたとき、鏡池のベンチにスヌーピーのでっかい人形を抱き、たばこを吸っていている姿をよく見かけました。当時女性が外でたばこを吸っている人が見たことのない時代でしたから、でっかいスヌーピーの人形とたばこという光景のその破天荒さにびっくりでした。
ヤマダ制他老も多少のあばずれでもご一統様になりたいという純真さに、強蛮カラ人間であった彼もすがりついたんでしょうね。それ故、かれの性格の粗暴さと、中山一族の威光で教会を食い物にしている現実はもう真柱でさえ意見できない状況にあると思います。その参謀である◎亮ですら彼には頭が上がらない。まぁ、◎亮はもともとビビりですから仕方ないですけどね。
「難解大教会の嫁は御分家(初代当主は山澤?)の三女」
先日、知り合いから本が送られて来た。
天理教高知大教会初代会長 島村菊太郎物語 編・高知大教会 画・中城武雄
中身は、いつもの万歳天理教
第七章 出直しの内容
子どものいない菊太郎が重い身上になり、後継者問題が発生。
高井猶吉先生から、梶本松次郎先生の次男を養子に・・・
菊太郎は断るが・・・結局 押し切られる
明治43年大晦日 梶本國治郎 菊太郎の養子に p349
大正元年4月28日 國治郎 結婚 「妻は山澤為造の三女 サワ」 P373
直属教会の乗っ取り作戦がこんなにも早い時期から行われていた事に驚きました。
あっちに「山澤」 こっちに「山澤」 今も「山澤」 やれやれ
退職信者さま 2017年8月3日 8:09 AM
今話題の乗っ取り被害の大教会は 申し訳ないが教勢において芳しくないので やはり最終的には解体して土地の売却が狙いだったのでしょうかね?
ここ グーグルマップ見ると 山中の敷地持ち教会とは違い なかなかの立地ですよね!
今回の乗っ取りに関与しているのは中山、分家、山澤、永尾、高井系のようです。
でも〇〇大教会さん よく守り切りました、素晴らしい!今後の事件処理に期待です!
単立天理教会 国々所々つとめ場所の散歩道(非公認HP)
私の一番長い日(人のこころというものは)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1844646
私の一番長い日その2(いかなることも)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1844648
私の一番長い日その3(鏡のごとく)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1844657
私の一番長い日その4(心得違いはならんぞえ)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1844662
★ 事情により、数日間で削除するそうですので、早めにお読みください。
乗っ取り2017年8月3日 8:48 AM
乗っ取りを防いだわけですからむしろ教勢は伸びるでしょう。私も一連の記事の記憶で感想を書かせて頂きますが、乗っ取り側に弁護士が居ても防いだというその技を是非とも御教授頂きたいものです。私も小さいながら幾つかの部内を抱える分教会の会長をしていますし、教会と信者様を御守りするのが教会長としての役目です。私の方も数人の信用置ける方からこの話を聞き確信に至りました。天理教教会本部がこのような事をしかも以前からしていたと言うことですからまことに残念な思いで分離独立を決断致しました。確かにここ数年の教会本部の公式発言はおかしいですし見るに耐えない異端です。教団からは異端に成るでしょうが教団から出ないと教祖の教えに背く状態に耐えられなくなりました。部内も教義から熱心に信仰していたので全会一致で分離独立をするところです。 各ネットで真実の教祖の教えが多数上がり本部は必要無くなりました。むしろ異端は本部です。今後は当教会からもHP等で教会本部の協議改竄をして行きます。こちらの皆様には独立し次第御連絡させて頂きます。
時期 異端本部は朽ちて無くなるので皆様各教会の会長さんや役員さんも自分の教会と信者様を大切にしてください。異端本部や悪徳上級に騙されてはいけません。当教会も乗取られたくないので防衛の為分離独立を決断しました。しかし分離独立しないで防衛したその大教会は本当にすごいと思います。今後教団の台風の目に成ると期待します。教内に居ようが出ようが親神様教祖様はこの世界を見つめておられます。甘露台の倒壊 が良い合図 無駄なお供え強要されるのも心外です。
ご決断された由、一信仰者として心強く思います。
甘露台のような人間が便宜的に造作した「物」は信仰に必要ありません。
ところで乗っ取りを防いだ大教会は実存するのですね?
過去の記事を見ると大体分かります。一時期公開されていましたが被害者側への配慮として名前は公開しなくなりました。その分加害者側の名前は教会本部と言う著名で公にも知られた方々なので公開されております。両統領主導で違法行為をさせては本部も終わりです(ToT)教区や系統などで個人的に聞けば教えてくれる方が必ず居ます。私も教区と系統の仲居言い方からこちらのサイト教えてもらって以来です。教内の人の特徴として表では絶対に言いませんが個人的雑談で教えてくれます。もうこの話題で持ちきりです。様々なルートを使い確認作業をしてる人が居たりします。本部在籍者の中でも持ちきりだそうです。私の系統の若先生も「本部やってもうたわ!」と嘆いていました。異端本部など書かれてはじめはショックを受ける方多いでしょうが事実がたくさん語られるのがネットです。
匿名で申し訳ありません。様 2017年8月3日 4:30 PM
私二回目の修養科中なんですが ここでも社会学の噂で持ちきりで~す!!!
乗っ取りかけられたお教会は本部主導で子供を誘拐?されたとか?削除されましたが以前こちらの社会学さんで記事を見かけました。本当に気の毒です。異端本部とはまさにその通りだと私も感じます。天理時報などでは大亮御結婚 と囃し立ててますが、まったく持って喜べない自体です。天理時報が嘘つき新聞と言うコメントも見て以来私もその様に読むようにしています。おかしいのが本部関係者の方もこちらの社会学さんを見てらっしゃるように思います。気の性かも知れませんが以前こちらの記事で、教内の知的劣化?のような記事の後から天理時報が確実に反応しています。天理時報より真実を語っているのが社会学さんのコメントだと思い御拝見させて頂いてます。教内で一番信用できるサイトの一つと思わせて頂いております。
社会学さんと並び有名なサイトといえば
お供え掲示板
http://6706.teacup.com/5051/bbs
天理教教理を学び神意を悟る
http://blog.livedoor.jp/rokkouoroshini/
と上級の若先生から教えてもらいました。
うちの教養係の先生も内緒で
「社会学はあれ事実やで!汗 私も書き込んでるんや」
と教えてくれはったで(*^。^*)
本部はうさんくさいムードしかしないけど
教養係の先生が良い人しかもイケメンで最高やわ!
後は内緒!
facebookで天理教神殿なるページを見つけました。皆さんで正義を語りましょう。
https://www.facebook.com/pages/%E5%A4%A9%E7%90%86%E6%95%99%E7%A5%9E%E6%AE%BF/244377948917099?ref=ts&fref=ts&sw_fnr_id=1284337586&fnr_t=0&rf=154537674594136
本部は自分たちだけ会社を作って、しっかりお金を稼いでいます。
会社名 株式会社 東京天理教館
本社所在地 東京都千代田区神田錦町1丁目9番地
設立 1960年6月
資本金 410,500,000円
代表取締役 小谷 幹雄
社員数 55名(2017年4月時点)
本社 東京天理ビル
〒101-0054 東京都千代田区神田錦町1丁目9番
TEL 03-3292-0502
横浜支店 横浜天理ビル
〒220-0004 神奈川県横浜市西区北幸1丁目4番1号
TEL 045-319-3811
本郷支店 本郷天理ビル
〒113-0033 東京都文京区本郷3丁目16番4号
TEL 03-3812-2775
福岡支店 福岡ようきビル
〒810-0041 福岡県福岡市中央区大名2丁目10番29号
TEL 092-771-0503
駒込支店 東京スイミングセンター
〒170-0003 東京都豊島区駒込5丁目4番21号
TEL 03-3915-1012
(所有物件)
東京染井温泉SAKURA 東京都豊島区駒込5-4-24
本郷天理ビル第2駐車場 東京都文京区本郷3丁目102-8
天理三島荘 奈良県天理市三島町159-1
天理わらく荘 奈良県天理市指柳町318-1
天理駅前駐車場 奈良県天理市川原城町675
天理300番地駐車場 奈良県天理市川原城町300
熊本春日土地 熊本市春日2-746
http://tokyotenrikyokan.co.jp/
>そよかぜXYZ 様 2017年8月3日 4:51 PMのコメント
>「乗っ取りかけられたお教会は本部主導で子供を誘拐?されたとか?削除されましたが以前こちらの社会学さんで記事を見かけました。本当に気の毒です。異端本部とはまさにその通りだと私も感じます。」
以下のコメントのことですね。
保護者としての憤り 2017年7月22日 4:46 PM
「先日 天〇中に関するコメントがこの欄に寄せられていたのですが 次に閲覧したときには既に消去されていました。
それぞれ個人がハッキリと特定できてしまうような文章だったので被害者保護の観点からのWEBサイト側の配慮の上の削除だったと推測しますが 個人的には大事件の可能性も否定できないと思いますので 個人が特定できないように記して全教のみなさんへの周知を促したいと思います。
ある教会のご子息様が入学して来られたのですが このお子様は1月の入学試験は受験されていないそうです。入試を受けずに入学しているのであれば いわゆる裏口入学?本部や大教会の口利き?という噂です。
みなさんきちんと受験しているのに また入学したかったけれども不合格だったお子様がいらっしゃるというのも事実です。保護者の間ではこうした教会本部の「えこひいき」に怒りや憤りをあらわにされる方も多くいらっしゃいます。
またそのお子様をお母様(奥様)がご主人様やお教会のみなさんに何の説明もなく無断で連れて出てしまったそうで 学校においてはお子様にご自分の旧姓を名乗らせています(どうも「姓自体変わっていないのに強要している」ようです)。
これは社会問題として国会などでも大きく取り沙汰されている「片親による子どもの連れ去り」なのではないかと もっぱらの噂です。
同様に子どもの親としては 一方的に父親を奪われ 突然にまったく違う環境に放ち置かれたお子様の精神的な傷害や負担 そしてお子様の将来などを心底より憂慮しております。とても他人事として見て見ぬ振りなどできません。
もしこの連れ去り事件の背後に悪い噂が絶えない両統領や本部員たち またそのお子様の入学願書に押印した大教会長やその周辺の人間らが関与しているのであれば これは「組織的な子どもの誘拐」で間違いなのではないでしょうか。
噂では既に裁判所などが介入しているとも聞きます。一親として お道の人間として いち早い事件の解決を望んでやみません。」
犯罪じゃん! 2017年7月23日 6:23 PM
保護者としての憤り 様 2017年7月22日 4:46 PM
「この子どもの誘拐とか、もしかしてあの大教会で起こる大事件との併発ですか?
私も今日、知人から聞いたんですけどね。
なんかもう天理教の本部って、 することなすこと滅茶苦茶ですよね、もうもう犯罪行為じゃん!
両統領なんでしょ、これやってるの。今の世の中、こんな本部の言うこと誰もききませんよ!
個人の思いとしては〇〇大教会に 具の根も出ないほどに本部をコテンパンにやってもらいたいです!笑」
子の連れ去りは違法 2017年7月25日 6:31 AM
「子の連れ去り事件」告発のコメントをTwilog中に発見しました。
被害者保護の観点から伏せ字を施して転載します。
古い教会長@huruikyoukaityo 7月16日
社会学より
「〇〇〇○〇〇にあった〇教会の〇〇〇の息子さん(中1)が天◯中にいます。 受験の時にはいらっしゃらなかったので、入学試験を受けていないのでは?と思います。 入学試験を受けずに入学出来ているとするならば、本部が関与しているのでしょうか? 」
#天理教 posted at 17:36:49
古い教会長@huruikyoukaityo 7月16日
「〇〇〇のお子さんは、〇〇〇の奥さんが勝手に連れ去って、実家の苗字を名乗らせて、天中に通わせているようです。 〇〇〇○〇〇も違法ですが、たとえ母親であっても、片親による子の連れ去りは違法です。 本部がこの連れ去りに関わっていたのならば、重大な犯罪に関わっていた事になる。」
#天理教 posted at 17:38:44
古い教会長@huruikyoukaityo 7月16日
「〇〇〇の奥さんは事の重大さを分かっておられるのでしょうか? 同じ子を持つ親として、突然父親と引き離され、全く違う環境に投げ出された息子さんの心の傷がどれほどのものかと心配すると共に、きちんと受験して入学した他のお子さん、保護者の気持ちとしては、憤りを感じてしまう。」
#天理教
posted at 17:39:41
天理教関係の学校には行かせ無い事です。
かんろだい倒した人って刑事責任は問われてないのですか?
だとしたら、結構気軽に倒しに行けちゃうんですね。
次、8月24日ですよね。
いくら厳重警備といっても深夜に一目散に突っ込んだら可能性ありますよね。
しかも捕まらないみたいだし。
恨みを晴らすチャンスあるかな。
雛型甘露台などというものはない、というご意見もあった。全く意味のないものの再建に金を払わせられるのは、バカバカしい限りである。石の甘露台がほんものであるのなら、それ以外のものは立てる必要はない。
ましてや、いつ倒されるかわからないものを、無駄に金を捨てるだけではないか。
本部には、そのように両統領に意見できる人はおられないのだろうか。
真柱は、何も仰ってくださらないのだろうか。
匿名希望2017年8月3日 10:25 PM
匿名2017年8月3日 10:38 PM
本部は所詮異端なので雛形甘露台?それすらいらない。立てる権利はございません。
最近本部に天理教を辞めて頂きたいという言葉を良く耳にします。ごもっともです。会社などを営みながら末端教会をやってる方ほど教義を熱心に勉強しており異端本部への批判は激しいです。
https://www.google.co.jp/maps/@35.6865333,139.7431933,3a,75y,282.6h,99.23t/data=!3m6!1e1!3m4!1snhIcs75frJbukdMfUZdchQ!2e0!7i13312!8i6656
この、英国大使館’(東京都千代田区)の裏にある「中山」さんはどちらの中山さんでしょうか。
建造物はどこかで見たような外観ですが
お教会の部内の方から話を聞いたことがあります。その昔本部に教会整理などをされ分教会をお供えさせられたりと元々本部に対する猜疑心が強い系統。私自身も聞いて本部が酷いと思いました。おそらくそれを知らず本部が再度手を出してしまったのではないでしょうか?そしてその系統の方々から反発されたのではと想像できます。本部は魔境に触れてしまった。触れてはいけない天理教団の黒歴史を開いてしまったのではないでしょうか?黒歴史の中では結構有名なお教会です。大変苦労されたと思います。そこに手を出す本部も本部甘露台が倒れるのも偶然なのでしょうか?私は色々教内の人には言えない各教会の歴史を調べたりしていますが、この系統のこのお教会に手を出した時点で神の怒りに触れたとしか言い表せません。本部は本当天誅が下った。とまとめましょう。今後とも様々な不思議な出来事が起こると思います。ある日突然本部の重鎮が身上やお出直しもありえる事態と、とても危険な状態です。そのお教会の怒りを治めるべく謝罪を御本部もなされた方が賢明でしょう。本部は未だに謝罪などをしていないのでしょう。そうでもしないと御本部の存在意義は無くなってしまうでしょう。御本部だから異端行為をしても良い訳はございません。それを改められないなら御本部は早急に壊滅するでしょう。神はそんなに甘くございません。中山家を一番戒められているのです。中山家が一番それを知っているでしょう。
そよかぜXYZさま
御紹介頂いたブログ教祖のおことばと比較されていて一目瞭然で大変納得しました。表統領先生は間違いを犯し続けている。私はとある大学の教授をしながら信仰しています。 みちのとも など教団の機関紙を読ませてもらっても何か違和感しかなくはっきり申しますと説得力が全くないのです。これでは今後現代社会と対峙しなくてはいけない教団として全く持って戦いきれないでしょう。教団の信者数も減る理由は 教祖の教えに背いているからでは本末転倒です。これは課題をしない不良生徒と一緒です。それに本部と言う教授が教授の役割を担えないほどのなにか問題を抱えているのでしょうか?大変著名で優秀な先生が沢山いらっしゃるのに何故中田善亮氏のような無責任な発言をする方が表統領と言う教団の重責を担っているのでしょうか?真柱様の実の弟とは聞いてますがこれでは中山家自ら本部を壊してしまうでしょう。もしかして完全血族やお家柄だけで人事を決めているのでしょうか?本部のような教団の中枢であり大規模な組織を完全お家柄だけではまず無理です。中田善亮氏には原稿を書くライターはおられないのですか?官僚組織のような優秀なインテリは居ないのですか?本当のエリートが居ればこのような稚拙な事も発言できませんし、このような致命的な問題も起きません。エリート層を役員会に招集された方が宜しいでしょう。そして既存の実力のない役員と入れ替えた方が宜しいです。 それとも意図的に教義改竄をしていては教団は終わるでしょう。社会常識からも逸脱しております。任侠の世界でも「本筋や掟を破ったものは抹殺される」教祖の教えに背いた 中田善亮氏 は宗教業界ですら抹殺の対象となり宗教業界だから尚の事と言うべきでしょうか。本部のような問題を抱え過ぎた組織はやがて朽ち果てます。それに弱った所を他の教団に狙われるでしょう。これが自然淘汰です。自然淘汰も親神様の成す事 本部は今や教団の底辺と言うべきでしょう。落ちきったら次は と教祖も仰ってますが 中田善亮氏の言動を総合的に見てもとても教団の強制をを上げることも出来ないでしょう。まず理路整然としていない文言が論理性にかける論理展開 大学の卒論では不合格です。学習院大学卒と言うことですが本当に卒業されたのでしょうか?と疑問が浮かびますが私自身大学内部の事は分かっているので察しが付きました。このようにしてどのように肩書きを繕っても中身が伴って居なければ直に見抜かれます。以前こちらのでも知的劣化とのタイトルの記事が御座いましたが正にその通りです。
引用
「神は、内と世界とを一切隔てない。内も外も世界中、一切隔たりのない同じ一つの理なのである」
「面目で、世界(外)に対しては よい顔して話し、内へは内へで、また違うことを言っていると、これは間違うぞ。
内外の隔てなく、教えの理を諭してくれるように以前から諭してあるはずだ。こうした事情を皆々よく聞き分けてくれ」
などと仰るのに、表統領は、
お道から教外・世の中に向かっての事と、本部から教内に向かっての事はまったく違う
と「月日親神・教祖の教えの理」を真っ向から否定、正反対のことを言っていますので、 もう目も当てられない、とても始末に負えない状況です。
http://blog.livedoor.jp/rokkouoroshini/
【坊主は、寺の再建とか何とか言つて、金ばかり取りに来るがね、コツチの意見は、寺はつぶれるに任せるが善いといふ持論だ。】勝海舟名言集より
https://twitter.com/KatsuKaishuBot/status/893147125579632640
北朝鮮と例えられる真柱体制の本部今回は指導者を比較して見ましょう。
表統領 中田善亮
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山澤廣昭
https://pbs.twimg.com/media/CTxwZDXUYAASxw4.png:large
キムジョンウン
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中田善亮氏 山澤廣昭氏は意見優しそうに見えるが、共に肥満がなく苦労してない顔つきである。肥満である時点で強欲であると言えるし欲深いものは指導者としては向かない。それはキムジョンウンにも共通されることである。欧米では肥満では会社の重役に成れない。自己管理が出来ない者は他も管理できないという観点からだ。そして何より指導者に対して必要とされるものは魅力である。この3人に何の魅力もない。
世襲は悪いという短絡的な意見はしないが世襲なら確りとした教育が必要です。内統領 山澤廣昭氏もそうですが 表統領 中田善亮氏に関してはかなり教育が足りてないと判断できる。中山家は何を教育してきたのか?教義的改竄を見るからに嘘の付き方しか教えてないのではないか?と思われる。
不良信者改め40代不良信者 様
東京千代田区一番町一にある、中山家専用の東京母屋。
東京の一等地。皇居の西にある。表札は中山。
教内の人は殆ど知らない。
信者には赤貧を求めるが、幹部は贅沢の限りの生活。
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中山家と本部は都合の良い神を作り出しているが欲欲しい人に都合の良い神などこの世に存在しない。親神様と教祖は中山家と本部にとって都合の悪い神だから異端発言をするのでしょう。彼らが信じているのは親神様ではないのです。
中山家と本部の異端性を明らかにした 表統領 中田善亮 大先生に感謝いたします
昨年 天理で出会った布教の家にいる人が言っていました。
「布教の家にいる同僚の教会の後継者が、自宅に電話を掛けたら繋がらない。後でわかった理由が電話代が払えなくて止められていたそうだ。」
その教会の所属する大教会は。毎年、億の単位のお供えをするそうです。
>「教義改竄から見る中山家の嘘吐き教育」さま
>2017年8月4日 7:20 AM
>〈本部は〉嘘のつき方しか教えてないのではないかと思われる。
「乗っ取り被害大教会の会議出席者から聞いた」という話を聞かせてもらった。
島村、中山本部員(+高井准員)らは「島村先生が、中山先生が、こう仰ったので、こうしました」という大教会側の答弁に対して「そんなん知らん!そんなん言うてない!」などと平気でシラを切る(嘘をつく)らしい。
乗っ取るがためにその大教会へ入植(笑)したばかりの頃は、嘘空の「本部の権威」をタテに、またはそれを振りかざして、十字軍きどりで攻め込んだ勢いのまま、失礼かつ差別的な人権問題発言を連発していたらしい。
組織的犯罪行為があかるみになって以降は過去の言動を指摘されると「言うてない!そんなん知らん!」の連発らしい。すべてレコーダーに音声収録されているのにも関わらずである。
仰るとおり本部の人間には信仰心などなく「嘘つきばかりの中で長年暮らしていると自然と虚言癖が身につく」という素晴らしい「縦の伝道」が実践されているんだなあと感心した。
教理改竄嘘つき本部なんて絶対に見習ってはならない!
天理さん面白いことになってんなコミュニティーセンターでの茶飲み話にするわー天理さんには恨みある人けっこうおるしな
東京の知り合いが、今日 千代田区一番町一を訪れたそうです。
とても立派な建物だったと言っていました。
「貧に落ちきれ」 誰に向って言っているんだと怒っていました。
ストリートビューでも表札の「中山」確認できますね。
東京には、東京教務支庁と言う立派な支所が有るはずです。神殿もあります。
道を挟んだ反対側には、東京スイミングセンターもあります。
地続きで東京染井温泉SAKURAもありますね。
真柱や本部員、本部準員は教務支庁に泊まればいいですよ! 教務支庁に!
こいつら偉そうなこと良いながら私服こやしてんねんな!右翼の街宣車が何いうてるんやろおもうてたけどそういうことな部落開放同盟も一枚噛ませて貰いますわ 天理さんにおしかけたりますわ! いわしたる!右から左から挟み撃ちしましょや(*^。^*) ええ小遣稼いぎ見つけたわ
いったんで!もう全部いったりましょか!天理教信者の同志達!腐れ中山全部いったりましょ!神さん使って詐欺行為とかええ度胸してるやんか!しばくぞほんまに!
おはようございます。天理教教会本部は地元の方々から驚くほど嫌われてましたね。これらの事件から推測しても非常識で横暴な振る舞いをしてきたからでしょう。団体の顔が 中田善亮 だから嫌われるか問題起こして金巻き上げられて可愛がられるかですね。ヤレヤレ
最近SNSなど ネットで天理教さんの記事をよく目にします。内部から随分と騒がしいようですね。
最近、これ崇拝偶像か何かですか「かんろだい」というのは?これを信者が攻撃、倒壊したような事が書いてあるので 内部の不満分子らのクーデターか何かなのでしょうか?
以前たしか「サンデー毎日」だったでしょうか?天理教の代表者(中田氏?)が信者に対して「もっとお金を上納せよ!」と公式に号令をかけて問題視されているという記事を読んだことがあります。
ネットを見るとスゴイですね。その中田氏がハニートラップに嵌められて 強請られて お金が要るので 信者に必要外にも献金を強要しているのですか? それが事実ならば最低ですね 笑
うちは会費制のようなものですからイイですよ、余分に請求されないし。
あと詐欺行為で逮捕とか、幹部らによる法人(教会?)の乗っ取りですか?関係施設の土地を売却するなんて 教団運営自体が相当危険信号なのでしょうね。
以上、関係者と思われる人が驚くほどにボロクソに書いていらっしゃいますね 笑
内部からこれほど批判が上がる団体の今後、その日はそう遠くないでしょう。
古い教会長様(2017年8月4日 7:25 AM)
御教示ありがとうございまし。永年の疑問でした。
一時期良く見られた大教会風の建物、軒瓦はすべて梅鉢紋、表札は「中山」とありましたので、
これは何であるかと、仕事でこの建物の前を通るたびに考えておりました。
退職信者様(2017年8月4日 9:12 PM)
そうですね。東京教務支庁ありますね。山手線巣鴨駅から徒歩で行けます。
染井霊園の近くですね。創価学会の戸田会館もありますけど(笑)
桜の季節はいいですよ。あ、一番町のほうは千鳥ヶ淵が近いか・・・
教務支庁、神殿を敷地の隅に追い込むように据えているのが気になります。
天理教さん破綻ですか?2017年8月5日 7:57 AM
社会学さんのページもアクセス数も増えたのでしょう随分重たくなりました。天理教主催のイベントに参加してもこちらの話で持ち切りです。
あくまでも親の代は親の代です。我々の代は我々の代なのです。もしお子さんがいらっしゃるのであれば、自らの子供の代を親の立場として深く思案してください。今までは情報が広く出て来なかったのです。知った今、この嘘を今後も我が子に引き継がすのでしょうか?これ以上の詐欺行為を我が子にさせるのでしょうか?現実として、我々は我々の代で解決しないといけない時分に生まれて来ていると思うのです。我々の代で解決してやらないといけない問題なんです。人ごとの様に静観している場合ではありません。覚悟を決めて下さい。親との離縁覚悟の上で正すべきことは正す、今、それをやらなければ子の面前で全てが否定され、あなたの存在そのもの、全てが嘘になりますよ。
古い教会長 様
2017年8月4日 7:25 AM
有益な情報を有り難うございます。
奈良市内にも教団の所有地があります。奈良市高畑町にある浮見堂がある鷺池の南側の道路を挟んだところに、うっそうと木の茂る教団の研修寮と書かれた看板が下げられた数寄屋門のついた土地があります。
奈良市内では一等地ともいうべき景勝地のようですが、県はここに高級ホテルを造る予定があるそうです。
奈良市高畑町1194番地
この豪勢なお屋敷でなんの研修してるんですか?どうせ贅沢でしょー早く売却すれば良いのに、教団は二代の時に手を広げ過ぎて維持管理が出来なくなってきたんでしょう。これだけの土地建物は管理するのは大変人手と費用今後はもっと厳しくなります。
みなさま、お疲れさまです。
今年はもっと熱い夏にしたいな。
ご本部を赤く染め上がらせたい。
水浴びが気持ち良さそうだな。
甘露台が倒されるのなんて見ていられないよ。
もう二度と倒されないようにしてあげる。
奈良市高畑町にあるうっそうと木の茂る教団の研修寮と書かれた看板が下げられた数寄屋門のついた土地があります。(天理教校奈良研修寮となっています)
奈良市内では一等地ともいうべき景勝地です。
奈良市高畑町1194番地
https://www.google.co.jp/maps/@34.6794303,135.8386257,3a,75y,196.45h,94.43t/data=!3m6!1e1!3m4!1sSsSO33NbN2uagBdCiUiCHw!2e0!7i13312!8i6656
これから、またまた後継者講習会が始まるらしい。
これまで何度も繰り返されてきた後継者育成がいかに失敗しているか。
人材育成がいかにまずしいものだったのか。
誰とは言いませんが、ここで話題になっている、上に立つ人たちを見れば大体わかるでしょう。
親戚縁者、お友達、いうことを聞いてくれる人だけが、なにはともあれ後継者。それ以外は、頭数。
ブレーンもいるらしいが、ブレーンがブレーンになってない。だって人種(立場)も発想同じだもん。
そんなもんは百害あって一利なし。
失敗を身をもって示しているようなものです。
後継者講習会で嫌なことをいうやつを育てる度量があればいいのに。
あ、そうそう。
この掲示板を見て、講習会に出られる方。本当のこと言っちゃだめですよ。干されちゃいますから。
だれか言ってましたね。座右の銘は「面従腹背」
『本部が異端である』と分かった以上言う事聞くと異端ですよね。天理教をやる為には本部に背く方が正しいくなるから今後楽しみです。本部の方は所詮奈良の田舎者です。もうあの田舎の風習は飽き飽きです。
<金をためるとこの不始末やで>
(飯降政甚「新宗教」大正5年1月号における談話)
「秀司が息をひきとった時、教祖は門屋の右側、十畳の部屋に一段高くして居られた。
伊蔵が教祖に『親さん、先生(秀司)が今、息をお引き取りになりました』と知らせ、それを聞くと、教祖は、『あぁそうかい』と云って一段高いところから降り、別部屋に寝かされていた秀司の枕元にやって来て、
額をゴロゴロとして、『もう強情は張らせんやろ、張れるかい、張れるなら張ってみいや』と云い、
伊蔵を振り返って『伊蔵さん、うちのざまを見ておくれ。
金をためるとこの不始末やで』と涙一滴こぼさず云いなされ、元の所へ戻られた。
その時、父の感慨は、何とも例えるにも例えることができなかった。親様の御精神はこういうところにあるのかと無量の感慨に打たれたと云うことを父から承りました」。
(政甚は飯降伊蔵の息子)
「山澤が全ての元凶か」
良治郎、為造親子が「神への感謝」「おやさまへの思慕」を語りあっている姿が想像できない。
この親子 二人きりの時なにを話し合っていたんだろう。
為造は、母の実家村井家に養子に入り戸籍上の長男となって徴兵を逃れ
初代真柱の姉 梶本ヒサを嫁にもらい
梶本家の國治郎を高知大教会に養子として送り込み、
そこへ自分の三女サワを嫁入りさせる。
息子の為信を、真柱の姉玉千代の入り婿として「御」分家とよばせる。
為造は、職務摂行者として戦前の天理教を事実上支配する。
為造為信親子は、正善を「金と女」で篭絡し、陰で贅沢三昧な生活
正善は裸の王様ですね。実際あちこちで「裸になっていた」らしい。
そして今は、「軽ーい善亮大亮」を神輿に担ぎジタバタやってる山澤さん
山澤家に操られる中山家の連中は無能ですね。
そしてついに操る糸も古くなりこんがらかって切れそうです。
やはり「山澤が全ての元凶」だと思いますよ。
真柱4人、「真之亮 正善 前衛 善司」の中で一番まともな人は、「善司」でしょうかね。
善司さんは、真柱職に就くことをとても嫌がっていたそうですし。
そして真柱職に就くと「天理教の発展」に寄与するところが何も無いと言う素晴らしい業績。
本部員達の腐った実態を信者に伝えるべく、
いつもいつも暗い表情で、
いつもいつもカビの生えたようなくだらない神殿講話をおこない
信者の気持ちを萎えさせる。
善司さんの誰にも語らぬ「秘策」。なーんてね。
山澤をはじめとする本部員達に対する、彼なりの反抗なのか。
姻戚関係で強靭につながった本部の組織を「善司」一人で改革するなど夢物語であると思います。
善司さんは、時折ドライブにでかけるそうです。
愛車は、20年も前のボロ車だそうです。
出かけるその時だけが、一人になれ時間だそうです。
その時、彼は何を思っているのでしょうか。
走行距離は毎回ほぼ同じだから、同じルートを一回りするだけらしい。
戻ってくると、本部勤めの青年が車のメーターをチェックして走行距離を記録に取り上司に報告するそうです。
善司さんの車は、何月何日の何時に何キロ走ったか常に監視されている状態なのだそうです。
(本部勤めをしていた方が話していました)
あの無能を思わせる表情や話し方は、「善司さんの良心の現れ」と今は思っています。
善司さんも本部の犠牲者の一人かもしれません。
山澤が出兵逃れ~お恥ずかしい非国民やん現在右翼の街宣車にいびられる本部
おやさま「通り返しのみちやで~」
古いものですが若い人からの疑問です。
天理教の問題点をしっかり見ています。
封建的な体質のまま放置されているのですね。
天理教では「一信者」という人々は全く無視されます。(ひのきしんの時だけ員数扱い)
今でもその体質は変わらず、寮生活の中でも、力のある(金権体質の)教会の子弟はチヤホヤされ、お菓子などの差し入れも多いとか。
坊ちゃん、嬢ちゃんの世界。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13104897843?__ysp=5aSp55CG5pWZICDkuI3npaXkuos%3D
封建体質は教祖様の世界観とは真逆です。
真柱様は今後の人生をかけて教義の整理をすべき責任ある立場のはず。
天理教は神道ではないことを、きちんと教理整理してください。
ご自分のご先祖に親神様が降りたことではじまった道です。
信仰は原理主義であるべきです。
頑張ってください。
その手始めとして今回の甘露台破壊は最適なチャンスでした。
悟りは明らかに「甘露台不要」では?
むしろ人間宿仕込みの聖なる所であると、一般人にも近くで拝見できるよう、大改革をすべきです。
そして屋敷の掃除!!!
既得権益を手放さない天理村社会のメンメンを何故、罷免できないのですか?
命をかけて掃除に着手なさってください。
>むしろ人間宿仕込みの聖なる所である
これは間違い。
これが教団の「ぢばに理があり、それを管理する本部は偉い」に繋がる。
その他は概ね賛成。
某教会役員 様
ご教示ありがたく、勉強不足で失礼しました。
たしか、教祖様が歩かれて、ぴたっと歩みが止まった場所、足がすいつくように止まった所でしたね。
教祖様以外には一人だけ、同様に足が止まったとか。
何かの本では皆が試したところ、皆の足も止まったとかありましたが、真実は上記とか。
「聖なる所を管理する本部は偉い」という考え方は、まったくもって「うんこ」です。
恐縮ですが、重ねての質問、お許しください。
「人間宿仕込みの場」というのが間違いなのでしょうか?
いずれ「甘露」が天から降り注ぐという場所だと書いておられる方もいますね。
どちらが本当なのかと疑問に思っていました。
私的には聖なる場所=聖地という捉え方で、
甘露台を据えるという考え方そのものが神の望むことではないと悟った次第です。
御多忙中のお立場の方と存じますが、よろしくお願い申し上げます。
また、何かご教示いただければ、どなた様からのご教示も、さらにありがたく、よろしくお願い申し上げます。
「人間宿しこみの」と言ってると教団はやがて首を占める。DNAをたどってもアフリカに向かっていくし「地殻変動が」と言えど日本列島はユーラシア大陸からの別れ「人間宿しこみ」の場所 元始まりが日本列島 と言って教義破綻させた。
世論「うそやん所詮宗教やな」となるだけ
二代真柱「都合が悪いので異端にする!」
おやさま「心得違いは出直しや」
戦時中の日本帝国主義時に国家に媚び売る教義にかえた宗教は他にもあります。成長の家は「天皇万歳教団」に一気に変わりました。
「帝国主義下の教義からの復元だった。しかし未だ応法の教義の残骸の中」復元と良いながら二代真柱に都合のよいものは人の欲で残してしまった。
匿名信者 さま
>「人間宿仕込みの場」というのが間違いなのでしょうか?
おふでさきには「人間始め出したるもとのぢば」とあります。
これを、「人類創世の場所」と考えるのは科学的にも無理があります。
「神話の世界」と言ってしまえばそれまでですが、それでは「日本書紀」や「聖書」の創造神話と同じになってしまいます。
中山みき様は「月日親神の心を理解し、互立合い助け合い、人を助けて喜ぶ事の出来る陽気づくめ『人間』を始めだした場所(それまで世の中の人間が持っている価値観や考え方で生きているのは、本当の人間ではない、と言っている訳です)」として「ぢば」を定めてかんろだいを据え、そこでつとめをする事で「月日親神の心を銘々が修めなさい」と教えてくれたと解釈するとすっきり心におさまります。
かんろだいを囲んでつとめをするにはそれなりのスペースが必要ですから、当時の中山家には「その場所」しかなかったのでしょう。つとめをする意味やどのような事をするのか理解できない人は、その中心となる「かんろだいの場所」を決める事が出来なくて「足が停まらなかった」と考えれば、これもすっきり心におさまります。
つまり何処でも良い。とも言えますし、全てが「創生の場」とも言える。
「天理市のあの甘露台の土地だけではない」と言えるわけです。
おやさま「ここにしよか」で「印」をつけた程度
子供の頃学校の校庭で球技や絵を描くのに足で線を引くのと同じ
それが宗教か子供の遊びかの違い。本部はそれを大袈裟に盛り上げ過ぎて自分達が盛り上り教祖の教えを逸脱した。それが現在の「高山」状態と言える。
某教会役員様、お名前不明の2名様、ありがたく学ばせていただきました。
真摯になお答え、胸に収まりました。
なるほど、教えを知った私が「つとめ」をするということは、一層、親神の心を真にわが心の理として修めていく為なのだと気が付きました。
皆様のご教示でようやく心に納まりました。
教人なのに「つとめの手」が覚えられない、その理由もこれで納得。
皆さま、ありがとうございました!
>古い教会長 @huruikyoukaityo
>社会学より
>二代真柱。いかに応法の道とはいえ、いざひのきしん隊などともっともらしい名
>を付けて、炭鉱にもぐらせ、果ては弾薬を作るなど、老若男女こぞって、戦争荷
>担の道を歩ませた罪は、何回生まれ変わっても教祖から許しを乞えるものでは有
>りません。
私の母も九州の炭鉱にひのきしんに行っていました。坑外で石炭と石の選別に従事していました。大正5年生まれですから、まだ30代の半ばに届かない年頃だったのですが、余りにも暑いので女性陣も上半身裸でモンペ姿だったとも言っていました。約半月の期間で手の爪が剥がれそうになったり全身が真っ黒になったそうです。二代さんは、むごいことを要請したのですね。
今だったらセクハラ虐待と言われかねない事でも、当時は当たり前だったのですね。
天理教の歴史を詳細に紐解けば、まだまだ聞くに堪えない事柄が表面化するのではないでしょうか。
「おてふり概要」は山澤為次氏の著だ。手書きの絵と解説が付いているが、とても分かりにくい。
ある本部の方が「おつとめビデオ」の制作を企画しようとしたら、もの凄い剣幕で叱られた。
「おてふり概要」以外は認めないそうだ。
今、動画等で流れているのは本部公認ではない。
未だに本部公認のおてふり本は「おてふり概要」しかない。
山澤本に絶対権威を持たせている。
山澤がそんなに偉いのか?
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」明治時代編
~天理教教団は富裕層を狙い撃ちした
江戸時代の300年間の封建社会、幕府は、生かさず殺さず、水飲み百姓(自分の農地はないが重税の年貢米を納める義務はある)を搾取していた。日本の総人口3000万人の約8割を占めていたと言われる。居住地選択および職業選択の自由がなかった。身分と職業は、世襲制で固定されてきた。
日本全国数千軒の庄屋で、総300万町(300万ヘクタール)の田んぼを持っていた(日本の国土面積は3800万町、そのほとんどが開墾不能の山林)。1軒の庄屋が数百町(数千反)の田んぼを持っていることなど、珍しいことではなかった。(中山家は大変小さい集落の庄屋。)
明治維新で水飲み百姓の身分制度はなくなり、士農工商は等しく『平民』になった。自由に職場と居住地が選択できるようになった。明治の文明開化の殖産興業により、工場で働く工員の需要も徐々に増してきた。
しかし、しかし、土地の所有制度は温存され、地主と小作人の関係は、昭和の農地解放まで続く。参議院の前身は「貴族院」で、一定以上の税金を納める金持ちしか議員にはなれなかった。
庄屋クラスの大金持ちであれば、お寺の檀家総代、神社の氏子総代を、先祖代々務めてきたであろう。また、教養のある旧制帝国大学卒業者は、費用がかかることから全国の金持ち子弟に限られた。 等々の理由から、天理教団は勧誘には、庄屋クラスではなく、「中農」クラスを狙ったのではなかろうかと想像する。農地を持つものは中農、下級武士、郷士(苗字帯刀を許される半農家)に限られた。あとの大半は、農地を持たない小作人である。映画「ラストサムライ」で真田広之が自ら鍬を持って畑を耕していたシーンがあったように記憶する。
「中農」とは、庄屋の規模ほどではないが、代々、自分の家の田畑があり、自分の家族や使用人たちで自ら耕作してきた農家です。集落のまとめ人的な役割を果たす(名士とか村長(むらおさ)とか村の三役として、村人の尊敬を集めた)。
都市部であっても、江戸時代は大店、もしくは武家が土地屋敷を持っていた。一般庶民は不動産を持っていない。江戸やおおさかでは、商家の大店が所有する長屋で多くの庶民が暮らしていた。農村では、水飲み百姓が庄屋の土地に小屋を建てて住んでいた。
◎<現在、過半の国民が不動産を持つに至った経緯>
① 第二次大戦後、累進性の相続税ができて、多くの金持ちは相続のたびに所有不動産を処分してきた
② 銀行の住宅ローンが充実してきて、個人で自宅を持つケースが増えた。
② 累進所得税により、現代日本では極端な貧富の差は解消された。
◎日本の持ち家率は61.7%と高く、65歳以上の高齢者についてみると、単身世帯の58%が一戸建てに住んでおり、夫婦世帯の一戸建てに住む割合は78.8%にもなる(総務省の「2013年住宅・土地統計調査」)。
結論:明治初期、自分の不動産を持っていた人口は、ほんの数パーセントにすぎない。つまり、天理教教団(正式の教団設立はもっとあとで)は、最初から金持ちを狙い撃ちした。
<屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと>
これは、教団にとって、一石二鳥の、利点2つあります。
② 不動産が丸々、「現金」となって手に入る
③ 布教師を「背水の陣」に追い込み、精神的に、布教活動に邁進させざるを得なくする。よく、話題に出てくることですが、昔の布教師は熱心だった、命がけで頑張っていた。。。。裏にはこういう背景があるのです。特に、先祖が名のある立派な家柄であるのであれば、何としても布教に成功して新規信者を獲得せねば、あまりにみじめで、格好がつきません。
立教初期、みき婆一族とその愉快な仲間たちは、財産を持たないひがみや妬みを「神を騙る宗教ビジネス」で取り返す勢いだったのかも。立教の早々に、みき婆に、大変目先の利く、神社の元下級神職の○澤とか、古くからの知人のヤクザの大親分〇蔵が加わった。そりゃ~京都や奈良のお上品なお坊さんや神主さんは負けるわ~ はなから勝負にならんわ。
宗教というより、みき婆が最初に修身道徳を語りはじめ、その取り巻きたちが仏教神道儒教の知識を、いいとこどりで寄せ集めて、作り上げてきた「雑感」でしかない。無常と現世利益が同居する矛盾の固まりで、信者の心の中で整合性が取れず、『悟り』の境地には至りようがない。明治時代のはったい粉のごくさんが、いつの間にか、扱いやすくするために「米粒」に変わっている。宗教には必ず意味があるのだから、中身が変わることなどあり得ない。10粒の米粒を2,000円で売って稼ぐ「宗教ビジネス」だと思えば納得できる。信者は単なるカモでしかない。気づいた信者から、今現在、大量に逃げ出している。
天理教は初めからおかしかったのか、それとも、途中でおかしくなったのか?
私は前者だと確信している。
残念ながら、改ざんや捏造が得意の教団にあっては、その答えを示す資料は残っていないであろう。各人が、自身の人生哲学にのっとって、この状況を客観的に判断し、解脱するしか方法はない。
◎ #400 爆サイ掲示板 天理教を信仰されている方
神芝居 『元祖ヲウム天理教』
~「前途洋々の若者の未来を砕く、罪深きエセ教理」
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=4474393/tp=1/
◎天理教の一番教会である郡山大教会の初代教会長・平野楢蔵(1843年-1907年)は、「恩地楢」と河内・大和の国中一帯で一目置かれていた「やくざ」の大親分であった。
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」昭和時代編
~天理教教団は新地主層を狙い撃ちした
第二次世界大戦の敗戦後、GHQは、農村における貧富の格差の歪を解消するため、地主=庄屋から、強制的に農地を取り上げ、小作人に土地をほぼタダで分け与え、自作農を創設した。
当時は、今と違って、手作業での農作業も多く、代搔きはトラクターではなく、もっぱら「牛」が主体であった。最近、コンバインが稲刈りと脱穀の両方に変わった。6条植えの田植え機なんかは、当時は夢の話だった。一農家が1町(10反)も貰うと、あとあと大変な思いをすること(人件費を払って臨時作業員を雇うとか。。。)と、元々日本全国の農地面積に限りがあったこと(ハワイ移民とかブラジル移民の海外開拓、満州開拓の背景)からで、全国で平均的な割り当ては小作一農家あたり3反(3000平米)であった。全国で何千万人という新地主層の誕生である。
※※※
こぼれ話。。。戦後すぐの、○○市△△池の干拓事業で、川魚の漁で生計を立てていた漁民に、生活保証に、「好きなだけ田んぼをやる」と行政から通達があったらしいけど、漁民の方で、あとの農作業の労力の当てがないので(賃雇いの人件費が膨大になるので)、有難く、そこそこの面積のみもらって、残りは辞退したと。こんな機械化の時代が来ることがわかっていたら、目いっぱい田んぼをもらっていたのに。近年は、工業化が押し寄せ、工場立地で田んぼが大金で売却できたのに。今頃は大金持ちに。。。。等々のタラレバ話を聞きました。
※※※
戦後は、日本全体が高度成長期の波に乗って、農業の機械化と工業商業への労働者需要(給与所得が家計の中心になる)から、機械を導入できない農家は手作業に限りがあって3反の田んぼを持て余し、かつ、田んぼがなくても生きていける社会になった(工業製品で稼いだ外貨で食料輸入)。
機械化に乗り遅れた農家にとって、田んぼを売却することのハードルは一気に下がった。しかも、手作業主体であれば、田んぼ面積は少ないほど有難い。何と言っても、戦後、「タダ同然にもらった」もの。先祖伝来の土地を手放すという罪悪感も薄い。しかしながら、ここで重要なことは、例え所有権はなかったとしても、先祖はその田んぼで、長年、数百年間、極貧の中、汗水垂らして重労働をしてきたという事実に変わりはない。
そして、一度田んぼを手放すと、次々に手放すという連鎖が生まれる。兼業農家が、給与所得の向上につれて農業機械を導入すると、かえって、資産償却が困難になるという悲劇が生まれた。300万円のコンバインを購入しても、3反の田んぼの稲刈りには2時間程度で終わる。丸一日あれば、1町の田んぼの稲刈りは終了である。だったら、どうせなら、減価償却のため、もっと大きい面積の稲刈りをしたいということ(これを、機械導入による、スケール・デメリットと言う)。「農業機械導入」と「田んぼの経営規模の拡大」はワンセット。天理教に献金するために、一旦、田んぼを売却すれば、その後、次々に残りの田んぼも売却する方向へ流れるということ。売却理由が、天理教献金の他、いろいろ別の原因でも。結局、下り坂への誘因を、
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」
がトリガーとなったということ。
田んぼを売る原因
1. 本業の経営不振、経済面。
2. 跡継ぎ不在
3. 子供学費、結婚資金の捻出
4. 天理教への献金
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」バブル期編
~天理教教団も俗にまみれてバブルに踊った
<都市計画法>
(悪徳ブローカーに騙された悔しさをバネに、独学で宅建の資格を取りました)
1960年代~の高度成長期、田中角栄が列島改造計画を勧めた結果、乱開発が頻発した。虫食いで都市利用が進めば、インフラ等の行政管理が追いつかない。そこで都市計画法が1968年、「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与すること」を目的として定められた。
この法律では、市街化区域に指定された地域に存在する農地は、農地の売買を厳しく制限する「農地法」の縛りをはずれ、届け出だけで、宅地並みの評価で売買取引されることとなった。
外国からの帰途、上空から日本列島を眺めてみると、森林森林また森林です。
実体は山国ですから、山林山林また山林です。日本の国土の7割超が山林です。戦国時代が終わって、平和な江戸時代に入ると、新田開発がどんどん行われました。それにつれ、順調に人口増加をしますが、江戸時代後期には人口増は止まりました。可能な限りの平野部を田んぼに開発し尽してしまったので、お米の生産量が増えなくなったからです。
つまり、第二次世界大戦後、高度経済成長に必要な工業用地、商業用地、住宅地は、未開拓の平野部の平坦な土地などもはや日本には存在しないから、「田んぼ」に求めざるを得なかったのです。お米は外国から輸入できるけれども、土地は輸入できない。この点、戦後、新たな農地開拓地を求めて、政府はブラジル(新大陸)移民を奨励したこととも背景は似ている(日本の2000年の長い歴史で、平野部には未開拓の地は存在しない)。
<バブル景気>
1985年のプラザ合意で、急激な円高が進行。1ドル240円前後だった為替相場が1年後に1ドル120円台まで急伸した。円高による打撃を受けることの予想された輸出業界を救済するため金融緩和が実施され、過剰な流動性(金余り)により、銀行が不動産業や小売業、住宅への融資へ傾斜し、バブル景気が発生した。
バブル期、近所の市街化地域の田んぼが、坪40万円(宅地並み評価で)で売買された話を聞きました。1反300坪ならば、1億2000万円です。譲渡所得税を
払っても、1億円に近い現金が手元に残ったことでしょう。
1986年、教祖100年祭 はバブル景気のまっただ中。世の中は、イケイケドンドン、教団もイケイケドンドン。教祖100年祭に、各分教会に100万円の献金を呼びかけ(献金額を語呂合わせで決めるお粗末さ)、500億円をかき集める。
教団にとっては、農地=マネー。「田んぼ売れ売れ」がスローガンになってしまったのです。情けないの一言に尽きます。
◎東風Z 様より
2017年6月24日 7:55 PM
>山名大教会のように、教祖100年祭に際して行った心定めは、3年千日の間、毎日100万円お供えしようなんて言って、部内教会長さんは抗議の自殺をされているのですから、三代真柱も一言「無理をしなくていいよ」くらい何故言えなかったのでしょうね。
◎教祖100年祭には部内教会長が 金策に、銀行強盗 等を起しました。
厳しい修行に向き合っている比叡山や永平寺の僧がバブル景気に踊るはずはない。「金勘定」とは全く無縁の世界に身を置いているのですから。宗教人として、当たり前の矜持です。しかしながら、天理教団内の幹部連中は、俗世の世界と同様に、バブル景気に、金金金(カネカネカネ)と電卓を片手に踊ったのです。とても同じ宗教人のカテゴリーには入りません。
やっぱり天理教は宗教にはあらず。
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」 おまけ編
『20××年、元祖ヲウム天理教は宗教法人を解散する』
破産のしようがありません。
日本全国に不動産資産を、すでに、ゴッソリ貯めこんでいる。
東京には、収益ビルが複数建っている。
残余財産(数百億円?数千億円?主に不動産売却)は、宗教法人役員の梅鉢家および本部役員家の私有財産となるため、ウハウハ。
子孫の代まで、左団扇で暮らせる。
教団の本音は、宗教法人が続いても解散でも、どちらでも良かった。
信者の皆様、永いこと、大変お疲れ様でございました。
ただし、国税局との交渉は難航しそうですね。
長年にわたる、宗教法人としての固定資産税の免除。
そもそも、「性善説」から、「宗教法人」が膨大な不動産をガッポリ貯めこむことなど、税制は想定していなかった。 ← ☆当たり前☆
天◎市に天◎教が毎年10億円超寄付してきたと美談が語られますが、国民として当然の義務ですよ。全国から信者集まってきても、ホテルに泊まるではなし(観光業が潤うわけでもなく)、詰所に泊まるだけ。
その一方で、周辺インフラの維持整備は、自治体持ちですよ。
残余財産の清算方法を注意深く見守りましょう。
貯めこんだ不動産の多さに、日本国民はビックリするでしょうね。
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」
は、やっぱり本当だったんだ~~~!!!!!
{エセ宗教}のらく印を押されることが確定。
姑が布教師で苦しんでいます2017年8月6日 10:16 PM
その通りです。天理教は悟りに到達できない宗教です。
悟っていたのは 教祖 中山みき 本席 飯降伊蔵 上田ナライト 愛町分教会長 関根豊松 著名なのはこの4名だけ後は悟りに到達すると異端と言われ追放します。現に真柱の中山家は教団のお荷物ただの阿保一族いや馬鹿一族です。それを無理やり神格化させ崇拝させようとしていますがそれが失敗の始まり、
信者「あれ?天理教は 親神様おやさまの教えの宗教 真柱とか統領崇拝しても意味ないでしょ?」
真柱が制度が要らないことが皆さん分かってきたので事実上追放される運命でしょう。
ここ最近では咋に教義改竄し、終いには法人乗取りなど違法行為を本部自ら始めました。今まで強欲尽くしてきた始末です。早くいなく成れば良いのに
姑が布教師で苦しんでいます
2017年8月6日 10:16 PM
事実上の教団追放
2017年8月6日 10:41 PM
だから甘露台壊れ次は本部が壊れると言う事か!納得行ったわ!
「屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと」にされない様に自分の教会戻って戦う準備します!
お2人のおさしずに勝るとも劣らないお言葉に心からすみやかになりました!
ありがとうございます。
巨大宗教施設の画像を貼るスレ
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4091900.html
新興宗教は巨大な建物建てたいだけ
このセンセーショナルなタイトルすごい事になってますね!
天理教に献金しないと命がなくなる!? 天理教表統領中田善亮氏の発言は恐喝罪、詐欺罪に該当するか 天理教本部、教義を曲解し犯罪集団へ変質
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=1229
姑が布教師で苦しんでいます 様 2017年8月6日 10:16 PM
>破産のしようがありません。
>日本全国に不動産資産を、すでに、ゴッソリ貯めこんでいる。
>東京には、収益ビルが複数建っている。
>残余財産(数百億円?数千億円?主に不動産売却)は、宗教法人役員の梅鉢家および本部役員家の私有財産となるため、ウハウハ。
>子孫の代まで、左団扇で暮らせる。
>教団の本音は、宗教法人が続いても解散でも、どちらでも良かった。
>信者の皆様、永いこと、大変お疲れ様でございました。
大勢の信者が、教団のでっちあげた「貧に落ち切れ」「ご恩報じ」を素直に信じ、毎月毎月、無い中からでも何とか捻出して、教団にお尽くししてきた。信者らの、献身的なお供えにより、中山家始め、本部の名門と言われるお家の方々は、いったいどれほどの財産を築いていることだろうか?
教祖100年祭では三代真柱が、500億(それ以上かもしれない)もの信者のお供えで、不動産を買い漁っていた、と東風Z様の記事にもあった。
末端教会長らを苦しめ痛めつけ、財産を築いて来た本部や大教会長達に、これ以上お供えを上げる必要は全くない。もともと、教理にないのだから。
信者達のなけなしの金で財産築いた方々は、良心があるなら、自ら財産投げ出して、自分達に甘い汁をすわせてくれた天理教教団に「ご恩報じ」「お尽くし」すれば良い。
>信者達のなけなしの金で財産築いた方々は、良心があるなら、自ら財産投げ出して、自分達に甘い汁をすわせてくれた天理教教団に「ご恩報じ」「お尽くし」すれば良い。
言葉足らずであった。教団にお尽くしせよ、というのは、それをまた、自分達の懐に入れよ、という意味では勿論ない。天理教団を維持させるために、自分達の持っている財産を投げ出せ、ということである。
教団を破産させて、残余財産を自分達のものにするなど、とうてい許されることではない。
館群の維持管理営繕費、人件費、自分達の金で賄えば良い。八丁四方の鏡屋敷も、自分達の金で最後まで造るべきだ。二代が発案したバカげた権力誇示建造物、責任もって完成させろ。途中で放り出しては、二代の提唱したことが戯言に過ぎなかったと認めることではないのか?
ついでに、真柱への贅を尽くした接待費も、自分達の遊興費も、本部員子弟達の留学費も、自分達の金でやれ。牛馬に落ち切るか、貧に落ち切るか、だ。
【実験室】天理教っぽいお話
http://botiboti-icoka.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/25-c9ad.html
ブログより
「教祖伝は中山家にとってはいんねんの自覚の書でもあります。
もしもでありますが…。
編纂の際、秀司のことを始めとして、《中山家にまつわる史実を解っていて、伏せた》のであれば、中山家は末代たすからん道を二代真柱、自らが造ったことになります。
それは創作のレベルではなく、隠ぺいであり、史実を歪めた捏造でありましょう。
「ひながたなおせばどうにもならん。」
どうにもならんのは中山家とて例外ではないと言うことでございます。」
単立天理教会 国々所々つとめ場所の散歩道(非公認HP)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1850123
認証書の受取り
「被包括関係廃止実行編」の本編は本日で終了です。みなさま、長い間ありがとうございました。
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1850528
【緊急インタビュー】
単立教会役員さんから、「宣伝してくれるのはいいが、あの書き方では誰が投稿したか分からないので、読んだ人が勘違いします。」とのことですので、それもそうかと思いまして、補足しておきます。
【「被包括関係廃止実行編」の本編は本日で終了です。みなさま、長い間ありがとうございました。】という文は、ブログを書き上げた後の単立教会役員さんのツイートがあったので、それもついでにと私が付け加えたもので、ブログ記事内の文章ではありません、又、単立教会役員さんご本人が書かれてるような、誤解も受ける投稿になってました。注意不足で、先走ってしまいまして、単立教会役員さんにはご迷惑お掛け致しました。
単立教会役員さんの、「被包括関係廃止実行編」のブログ、教団に疑問を抱いている教会長さん方、多数の方々に見て頂きたいと思っております。(satuki)
ちょっとおかしな事になってるので、書き込みさせていただきます。
ブログにて「被包括関係廃止手続準備編・実行編」を書いていた元「末端教会子弟」です。
現実の教会離脱が7月いっぱいで完了し、ブログ記事も先日で一旦終了させていただきました。
多くの方からご声援、激励をいただき、感謝申し上げます。
また、事情により削除した過去記事については、加筆修正の上「1/17000の闘争と逃走」というタイトルの「フィクション」として別のブログに掲載を始めました。
http://ameblo.jp/kyoukai-sitei
決して宣伝のつもりではないのですが、再度読み返したいというお声も頂いてますので、宣伝です(笑)
個人的には、現在の教会制度を中山みき様の教えに近づけるには、一旦全ての教会が「被包括関係を廃止」して大教会や本部に支配されない内容に各教会の規則を変更し、その上でもう一度、本部と被包括関係を結び、改めて信仰と組織を見直すべきだと考えています。
これには下の立場の教会は賛成し、大教会や部下教会を多く持つ上級教会は反対するでしょうが、皆様には組織ではなく教義や信仰姿勢というものを真剣に考えていただきたいと思います。
既に教団から離れた形になった私がこういう主張をしても意味がないかもしれませんが、今の天理教を改革改善する具体的な方法だと考えます。
天理教の場合組織大改革は災害や戦争でもない限り起こせません。大改革をしたら一番困るのは本部だからです。そして現状これだけ異端と騒がれている状態ですので大改革等したら本部の上層部が一番危険命も危ない状態になるでしょう。「中庭で・・・黒門前に・・・」のお言葉通りなる日も近いのか・・・
中庭で・・・黒門前に・・・様へ
私も、同様に思っています。
数日前、植田義弘氏の「理の研究 第四部」鏡やしき・ぢばの理のp38に本席のさしずとして次のように書かれています。
「…澄んだ道から澄んだ心が鏡やしき。澄み切ったもの、曇りあっては世界は映ろうまい。
少しでも曇りあっては、世界は丸曇り。
まあ まあ まあ 言うて聞き捨てた(な)。」
神は、本部員たちの所業に心底 怒っているのですが、「おふでさき」も「おさしず」も信者の目に触れないように、本部は隠し続けて来たのです。
しかし、もう終わりですね。
やはり「黒門前に・・・」だと思います。
天理教市港分教会 中澤 忠喜 氏 の手記初めて拝見させて頂きました。 率直な感想ですが神は各所に降臨されると改めて思いました。親神様おやさまに対する思いすばらしい信仰者です。本部はこういう事ばかりをして来て訴えられることが無かったら今でも続けているのでしょう。唯の地上げ屋じゃないですか。身上事情が起ころうとも押し通す本部の傲慢な態度これを高慢といわずしてなんと例えるべきか。これは偉大なる預言書だ。神はいらっしゃる!と痛感させられる。「甘露台倒壊これは神による何らかの合図立て合いであろう。」と痛感しました。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/book/misima/kagami.pdf
単立天理教会 国々所々つとめ場所は散歩道(非公認HP)
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1860252
宗教法人法講話(抜粋)その1
ブログより
そして、本部から離脱する自由(権利)は、全ての宗教法人に認められた自由であり、天理教だけにはこの自由が認められない、というようなものではありません。ところが、この事を知らない、知らされていない天理教人が、実際の所大多数なのではないかと思われます。
中山家、山澤家等、本部中枢の手による「改ざん教理」を知らぬ間に信じ込ませられてる教友へ。
偶然行き着いた下記のブログは真実探求への手助けになる資料と思いましたのでご紹介します。
http://blog.livedoor.jp/pursue_the_truth/archives/2017-04.html
貧困教会にも太亮くん祝金請求が来た。さん
天理教は何を格好つけようとしているのでしょうか。教団本部がいかに厚かましいからと言えども、自ら結婚祝い金をくれとは言えないでしょう。出すか出さないかの判断は、あくまでもお祝いをする方の気持ちです。なのに何故貧困教会にも太亮くん祝金請求が来た。さんにまで請求が来たのですね。
上級教会長の意志なのか。それとも大教会長の鶴の一声なのか。いや、それ以上の教団本部の何等かの機関からの命令なのか。いずれにしても、最初に言いましたように格好付け以外の何物でもありません。
若い二人の門出ですから、おめでとうの一声を掛けるのは人としての暖かい気持ちの表れでしょうが、全ての教会に割り当てることを誰かが決めたとなれば、もう、お祝いではなく税に等しいものと思わざるを得ません。心の籠らないこのようなものを貰っても嬉しく思いませんが。
今回の二人の結婚に際しても、立場上お祝い金を出さなければならない人も多いとは思うのですが、自分の実力以上に良く思われようとするのであれば、切りがなくなるでしょう。
本部員及び大教会長は1万円。部内教会長は3千円で充分でしょう。それも強制ではなく、あくまでも自主性に任せてですよね。これが自然の姿です。
単立天理教会さん 快調にブログ更新!
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1860423
宗教法人法講話(抜粋)その2
ブログより
【仮に、大教会に皆、吸収されるようになったら、その大教会は今度は天理教教会本部に吸収・合併されないという保証は何処にあるのでしょうか?そして、天理教維持財団への一切合切の寄附というシナリオを想像する事が出来ないでしょうか?
今ですら、モノ言えぬ教団の中にあって、その時になって誰が異議を差し挟むことができるでしょうか?】
最終的には、天理教本部が全て吸収し、天理教維持財団を経て、相当数の超高層テナントビルに変貌するのだろうか?
東風Zさま。
>強制ではなく、あくまでも自主性に任せてですよね。これが自然の姿です。<
本当にその通りです。
まさか当事者から請求はないだろうとは思いましたが何でもありの教団ですから、もしや?と疑いました。
所属している大教会の意向なのか?とも思います。おそらく見栄の張り合いで、よその大教会がしたなら自分の大教会でもと思うのが人情。拒否する大教会は少ないと思います。
たとえ少額でも、祝う気持ちも、義理もない人から強制的に剥ぎ取るのは納得出来ません。
確かに上級・上々級は実力以上の「格好つけ」をしたがります。今までにも勝手に各種名目で大教会にお供え金を上げておいて、後から部内教会へ請求してくるので、たまったものではありません。いつか苦情を言わないといけないと思っておりますが、となると、今回の祝い金も上々級の見栄からかな?・・・
心の宗教のはずが、いつの間にか上にゴマをすって形にばかりこだわる、中身のない軽い集団になり下がってしまいました。
今後は一人で細々と嘘と真実の選り分けをし、教祖の残されたこの道の「本質」を探りたいと思っております。
ご心配をおかけしました。
貧困教会にも大亮くん祝金請求が来た。様
ご自分の信じておられる道を歩まれるのが最善です。ネットの皆さんも、きっと応援されていると思います。
こちらこそ、拙文にて失礼しました。
大亮ではあかんと神様のお告げが来たで
「善亮の血は五目混じり 汚れているならば清ませてからにせよ。9.1しきをしようものなら何が起こるかわからん ここは思案思案よう思案せ9.1はあかん遅らせよよう思案せ次ぐ者は他にもおることに」
satuki2017年8月12日 3:16 PM
さっちんさん お久しぶり!もっとがんばれよ!皆お前の意見を待っているぞ!
腐りきった本部を破壊しないと立て直すこともできず!
さっちんは神の使い 様
ひえ~~っ 神の使いなんて言われたこと、人生で初めてでござります。笑 しかし、天理教批判ばかりしているのに神の使いなんて、笑止です。私みたいな者を使ってる神様なら、ちりがみ様でしょうか?
satuki2017年8月12日 10:13 PM
いやさつきさん 素直に批判できるさつきを神はかわいいと言うよ!ちり紙でなくりさせる為の神がさつきに舞い降りたと神も言うよ!上級教会じゃなく 大教会で無く 本部がおかしいと神ももう知っておる!さつき今お前の出番ぞ!
神は困難を与えるしかしそれを乗り越えた物を縦横無尽に神は登用する!紙はちり紙でなく 神は神である!
それ以上があるなら反論求む!?
さつきお前の出番だ!両統領を倒し真柱し真の柱を立てさせ機会をサツキさんあんたがうけたまわったんだ!
臆せず行け!本部の唐人を倒せ!
さつきさんあんたをみんな期待してるよ!
さつきが天理教を変える! 様 2017年8月12日 10:50 PM
いやいや、こちらの投稿欄、拝見してますと、「神が舞い降りた」方々、大勢おられます。
私なぞ、もう出しゃばるのが恥ずかしくなる程の、神意を伝えようとされてる方々、教祖の思召しを受けた方々、たくさん来ておられます。
本部が、ネットの偽情報を信じるな!と、いくら時報で洗脳しようとしても、この社会学さん、お供え掲示板に集まって来る大勢の「神の使い」の方々によって、いつか、改革される時が来ることと思います。
明治期の天理教の教勢拡大に貢献した 「おさづけ」と「おびやゆるし」
「7歳までは神のうち」
明治中期、農村で大人になれた子どもは10人中7人
大阪学院大学経済学部教授 森田健司
https://thepage.jp/detail/20170605-00000003-wordleaf
自然に囲まれ、澄み切った空気、そして新鮮で栄養価の高い、おいしい野菜が手に入る、農村は今や都会に暮らす人々の憧れとなっています。子どもを自然のなかでのびのびと育てたい、退職後は農村に移住したいと考える人たちも増えています。
当時はさまざまな理由から、成人になるまでに命を落とす人も多かったといいます。
<農村での暮らしもまた厳しい>
冒頭に示したのは、明治時代中期の農村で撮影された手彩色写真である。多くの子どもたちが、思い思いの表情で写っている。しかし、この子どもたちの中で、成人になるまで生きられたのは、どの程度だろうか。多めに見積もっても、10人中7人だろう。残酷な現実である。
江戸時代中・後期における濃尾地方の調査では、一歳未満の乳幼児の死亡率は10パーセント台後半という結果が出ている(鬼頭宏『人口から読む日本の歴史』)。ほかの調査でも似たような数字となっており、江戸時代中・後期の農村においては、概ね2歳になるまでに2割の子が死亡していたと考えてよいだろう。
7歳までは神のうち――かつての日本には、このような悲しい言葉があった。簡単に言えば「7歳まではいつ死んでもおかしくない」という意味である。女児の背中に括られていた赤子は、いつ神様の元に帰ってしまうかわからない「脆い存在」だった。
<出産という一大事>
同時期の同地方における年齢別の死亡率を見ていくと、ある年代において、女性の死亡率が男性のそれを大きく上回っていることに気づく。その年代とは、20代~40代前半である。特に、20代後半の女性の死亡率は、なんと10パーセントを超えている(鬼頭宏『人口から読む日本の歴史』)。
この理由は、あえて説明するまでもない。出産に関連して、死亡しているのである。先ほどのデータから言えば、20代後半の女性のうち、10人に1人以上が出産の際、あるいはそのすぐ後で、命を落としているということになる。出産数約5.8人という数字の背後に、これほど厳しい現実があったことも知っておく必要があるだろう。
農村から都市に奉公に出た男性たちは、相当な割合で、家庭を持つこともなく亡くなった。また、農村に暮らす多くの女性は、出産の際に身体に多大なダメージをこうむり、若くして死亡することも珍しくなかった。更には、乳幼児期で人生が終わっている赤子たちもたくさんいたのである。
(ここまでが一部抜粋の引用)
ちなみに、私は、姑が本部に行って数千円(数万円?)でもらってきた「米粒」は気持ちが悪いので、飲まずに、庭に撒きました。「ゴミ収集車」に出したら、「罰」があるのかも。。。と、気色が悪いので。
生まれてくる子供たちが、延々と、いつまでも、
『五体満足で生まれてこられたのは、天理教のおかげだ。おやさまに感謝しなさい。』と
姑(子供達からすれば実祖母)から恩に着せられるのは目に見えていたから。
心から沸き起こる母の愛で、歯をくいしばって、飲みませんでした。
奈良市には、「帯解寺(おびとけでら)」という、安産祈願の有り難い有名寺がある(祈願後の腹帯は皇室の妃殿下に献上される)にも関わらず、です。
天理教は傲慢過ぎませんか?!
私は、実家の母と実家のご縁の神社で安産祈願のお参りしました。
ご先祖様にお守り頂いているという安心感に包まれて、無事の安産でした。
子供たちのためにも、今、心から、得体の知れない「米粒」をあの時飲まなくて良かったと思っています。
明治時代の農村で、貧困の中、医療に繋がらない大多数の小作人にとっては、「まじないもどきのエセ宗教」でも、すがるよすがとなったのです。今では、おさづけも、医学的見地の「プラシーボ効果」で説明されています。
いわしの頭でも神になります。私はお道の教理には矛盾を感じません。ご守護があったとかなかったとか、そんなレベルではないと思います。今問題なのは普遍的な教祖の教えが、いがめられようとすることを何とか止め立てしたいという事なんです。
ここに投稿している人の真実はそこにつきると思います。
人間なんてらららら2017年8月13日 8:04 PM
その通りです。表統領 中田善亮 内統領 山澤廣昭 の発言がおかしのです。
明治~昭和初期の天理教の教勢拡大に貢献した 「月次祭のあとの直会と称する宴会」
農村において、男女は平等に、誰もが、鋤鍬を持って田畑を耕し、農作物を収穫した。
きつい労働で体が悲鳴を上げても、自然相手の農業は四季折々の日めくりで決められた作業があって、雨天以外に休む日もなかった。明治、大正、昭和までの、機械のない時代の、手作業の農作業は、地面を這いつくばる厳しい肉体労働であった。
ところが、宗教(天理教)という大義名分を得て、堂堂と、朝から、月一で休むことができた。教会へ行けば、ご馳走とお酒の宴会が待っている。
月一も、第一日曜日とかではなく、「日にち指定(平日土日にかかわらず)」ができたのも、信者が農家だから。給料をもらうサラリーマンに、平日の月次祭参加はできません。
お供え物には、魚の干物なんかの動物性タンパク質まである
(仏教では禁忌み、あり得ない、仏壇に干物を供える家などない)。
お下がりは、結構な、酒の肴になりますね。野菜主体の「仏教の精進料理」では、酒は進みませんよね。
当方の上級会長、まあ、飲むわ、飲むわ、「ただ酒ほど旨いものはない」という勢いです。宗教人たるもの、信者の自宅で、毎月毎月、ベロンベロンに酔っぱらって良いのでしょうか?どうやら、月次祭の後の酒宴は、天理教ではスタンダードみたいですね。
立教当初には、博徒の親分さんが教会幹部で、その子分も信者だったのだから、ごく自然に、「ご馳走とお酒」はワンセットで天理教がスタートしたのでしょうね。
お寺さんに月命日に来ていただくと、ご住職の読経後は、せいぜいお茶菓子程度ですよ。昼間から、酒飲む僧職なんて皆無です。
信者の献金額は酒宴の御馳走代に見合わなかったであろうが、信者の方は、「ひのきしん」(肉体労働)で教会に奉仕するというギブアンドテイクがあった。
大教会とか分教会とかの普請です。
昔は工具機械類がないので、建築物は大工棟梁の指示の元、大勢の労働者の人力に頼った。今は、◎中工務店の一択ですか?
明治~昭和初期の天理教の教勢拡大と大教会建設
大教会建設&完成までの信者のそれぞれの役割
現金: 富裕層地主 → 「屋敷を払うて、田売って、スッテンテンになって」、献金
土地: 富裕層地主 → 広大な農地を現物として御供
材木: 富裕層山主 → 材木供給
労力: 一般の農村信者 → 農閑期のひのきしん
厳しい農作業で鍛えた体で、肉体労働は得意中の得意。
NHKの「ひよっこ」のみのるさん(出稼ぎ)のごとく
私鉄◎◎急行停車駅、大都市○○市まで15分の、☆☆駅まで徒歩5分のところに、☆☆大教会があります。すぐ近くは、◎◎百貨店です。電車の中から、大教会の看板が見えます。看板がなくても、独特の建築様式で、一発でわかります。敷地はもちろん、地元の農家が農地を御供しました。
昭和の戦後まで、あたり一面田んぼだったらしいです。☆☆市は、高度成長期に○○市のベッドタウンとして大発展を遂げました。
バブル期、この☆☆大教会に対して、マンションデベロッパーから敷地購入の申し入れがあったそうです。代替地は郊外に用意するとのことで、大教会長は移転を決めたそうですが、その敷地提供の子孫の信者役員さんが、「先祖はそんなつもりで御供したわけではない」と、大反対され、話は流れたと聞きました。
今時、大教会へ電車でやってくるものは少なく、ほとんどがマイカーだから、交通の不便(郊外移転)は気にならなかったのでしょうね。
<勝手に概算>
駅前超一等地: 坪300万円(バブル期) あるいは、もっと超えていたかも
面積 : 2反 600坪 (目測)
180,000万円= 18 億円
大教会長は、毎日、電卓で計算していたでしょうね。
反対する信者役員さんの説得に知恵を絞っていたことでしょう。
お疲れ様でした。
改称は 「転輪教」ですか?
天理教の再生に、「自給自足の農業集団を目指そう」とかの提案があったので、信者に田んぼを売らせて(田売りたまえ)、献金させてきた過去を反省し、「エレフ」でも「オレフ」でも出直せと、一喝しました。天理教の暗歴史に目をつむっての再生は、世間が許さない。
姑が布教師で苦しんでいます
2017年6月23日 11:30 PM
:::::::::
「ヤマギシ会」とか「自給自足」とかアホぬかせ。
これまでさんざん、田舎のじいさんばあさんだまして、田畑を取り上げたやないか。
{屋敷を払うて、田売りたまえ、スッテンテンのみこと}
田舎で暮らすばあさんにとって、畑がないってどんなにミジメなことかわかるか?農作業で時間はつぶせんし、おすそ分けで作物譲り合う輪にも入れないんやぞ。食料危機でも来たら、子孫は田畑をだまし取られた先祖を恨むんやぞ。
オウムでさえ、教祖、幹部の過ちを総括し、「アレフ」と出直したぞ。過去の幹部の田畑の強制献金の間違いを認めるなら、総括して「エレフ」でも「オレフ」でも出直せ。
天理教信者に自給自足を語る資格なし。
:::::::
<今回のテーマ>
天理教は初めからおかしかったのか? それとも、途中で天理教団によってゆがめられたのか?
御ふでさき
御かぐらうた
教祖の口から伝えられた御さしづ
(“御”をつけると、有難みが増すのでしょうね!“御”がいっぱいで腹いっぱいです。)
「教祖」の言葉、書き記した教えをしっかりおさめる。
教祖以外が発した言葉や、編纂した書物とは分ける。
↑ 本当にこんな事が可能だと思っているのですか?
改竄、創話の大好きな教団ですよ。都合の悪い文献は、とっくに始末していますよ。
立教の黎明期から、神社の元神職の◎澤とヤクザの大親分◎蔵がブレーンとして関わっているのですよ。
修身道徳を語る農婆のみき婆はいたのかも知れないが、教理を語る教祖中山みきは、本当にいたのかどうか、今となっては証明不可。
みき婆存命中に、口から発せられた言葉は、『転輪王』。
死亡後に、「天理王」なる言葉が教団内に生まれた。
・教祖の教えは正しくて、いつの頃からか、天理教団が天理教をゆがめた。
・教祖の教えに戻ろう
と、真剣に考えるのであれば、天理教を『転輪教』へと改称せねば、片手落ちですよね。
いいとこどりは、世間が、特に、天理教被害者が、許しません。
参照
天理教を信仰されてる方VOL.2
爆サイ掲示板 ♯523
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=5697859/tp=1/
姑が布教師で苦しんでいます さま
>修身道徳を語る農婆のみき婆はいたのかも知れないが、教理を語る教祖中山みきは、
「みかぐらうた」と「おふでさき」が意味する教理が修身道徳だと思ってるのですか?
>死亡後に、「天理王」なる言葉が教団内に生まれた。
存命中から「天理教会設立願」は出されていますが。
まぁ教団批判はある程度容認できる内容ですけど・・・。
某教会役員 様
2017年8月15日 9:48 AM
>存命中から「天理教会設立願」は出されていますが。
本文をよく読んでください。
「口から発せられた言葉」と書いております。
設立願は、取り巻き連中が出した可能性が大です。
だいたい、宗教の教祖たるもの、奉る神の神名を自ら「転輪王」から「天理王」へ変更することなど、片腹痛い。笑止千万。
「みかぐらうた」と「おふでさき」が意味する教理は、一体誰が取りまとめたのですか?
姑が布教師で苦しんでいます さま
>設立願は、取り巻き連中が出した可能性が大です。
応法派が明治政府に認可を貰いやすくするために「天皇の祖先の名を使った神名」として「天理王」と名付けたのはほぼ間違いない事だろうし、そのためにインド神話の王様名「転輪王」を改竄したのでしょう。
教祖自ら変えたのではなく、天理教会認可に動いていた応法派の仕業です。
>「みかぐらうた」と「おふでさき」が意味する教理は、一体誰が取りまとめたのですか?
誰も取りまとめていないから、今現在も解釈がバラバラなのです。
でも、素直に読んで解釈して「修身道徳」と受け取れますか?
大教会が本部に嫌気がさして独立する、なんてことにはならないですよね、ふふっ。。。
天理教の衰退の原因となった戦後の高等教育
1.日本史の授業
「神仏習合」。一つの宗教内でこれをやらかしたのが天理教。しかも、+陰陽道 +儒教 +修身道徳。良いものをてんこ盛りしたら、結局、化け物のような教えになった。真理はどこにあるの?
仏教から無常を取ってきて、神道から現世利益をとってきた。どっちやねん?
加持祈祷? おびやゆるし? おさづけ?
高校の日本史の授業で、「神仏習合は悪政だった。二度とこんなことはしてはいけない」と習う。
南無天理王命 な~む~てんり~お~の~み~こ~と~
南無(仏教用語、サンスクリット語) + 天理王 (奉る神の名) はぁ~ ???
2.漢文
否が応でも、テストで点数を取らねば落第する。義務教育ではない。返り点やレ点を駆使し、必死で意味を読み取ろうと苦戦する。ところが、漢字には、一文字一文字に意味がある。案外、古語オンリーの古文より点数がとりやすい。
高校で漢文にふれると、翻って、みかぐら歌は、ひらがなオンリー
@信者子弟 恥ずかしくなる
@非信者子弟 受け入れられない。漢字で意味を知りたい。
姑は尋常小学校がしかでていない。戦前の農村にあっては、それがごく普通のことであった。今は、高校進学率が90%になり、高校授業料無償化政策までできている。高等学校はもはや高等教育でも何でもなくなった。戦後生まれの日本国民の大半が、日本史と漢文を習い、「神仏習合」や論語を知っている。
一方、天理教人は、天理教内でしか通用しない、天理教用語を駆使して、何か教養があるっぽい錯覚におちいっている。奈良県大和地方の方言(なまり)が入っているのに。。。。教会長の姑の会話がまさにそれ。九州でも北海道でも、奈良弁で。こちらは、意味を知りたいとも思わない。談じ合う? はぁ~? 何で話し合うと言えないの? どんな宗教でも、宗教人が信者に語りかける言葉は、「日本語」です。
参照
天理教を信仰されてる方VOL.2
爆サイ掲示板 ♯554
http://bakusai.com/thr_res/ctgid=119/acode=4/bid=98/tid=5697859/tp=1/ud=1/
考えさせられるFBの投稿記事。
「居眠りはあかんやろ!」
「あんな上座でよく居眠りできるものだ!」
管内の学校の卒業証書授与式に出席した卒業生の父兄の言葉だ。
矛先は「真柱」。
子供達の晴れ姿を祝うその日に、誰よりも上座に置かれたお方のコックリ、コックリの居眠りが話題になっている。
管内の学校と言えども、近頃は未信者の子弟が多く入学している。その一番の晴れ舞台での出来事に、父兄たちの落胆は大きい。いくらその後の「お言葉」で立派な祝辞をお述べになられても、居眠りが前提なだけに彼らの心に響かない。
教内者は「お疲れなのだろう」と善意に解釈するだろうが、未信者父兄はそういうわけにはいかない。
ある父兄は「緊張感が足らなさ過ぎる。子供達にとって最高の晴れ舞台・卒業式での真柱の立ち振る舞いこそが、天理教をあまり知らない我々父兄をグッと天理教に惹きつけるのに残念だ」
「紋付・袴をつけてぞろぞろ追従していたお偉い方、少しぐらい注意したらどうなのか」と。
本部からの削除依頼。
ある方のFBでの投稿記事より・・・
また、大教会長から電話があった。過去の投稿への忠告。
「アレはマズいから、削除してくれ」だった。
「アレって?」
数年前、例の大阪おうたコンサートで本部員NY氏とMS氏が何を思われたのか会場費支払いのどさくさにまぎれて、コーラス隊に記念品として渡すDVDの製作費用だった40万円をお持ち帰られた一件の投稿だった。(念のため、その40万円は無事戻ってきました。)
今さら、削除してもネットの世界では、おそらくいろんなSNSで一人歩きしているに違いない。そう言えば、先日も「友達」から、私の投稿が転載されていると、ご報告を頂いたところだ。
まぁ、嘘じゃなく事実を書いているので全く気にしていないが、多くの人が私の投稿をお読み頂いている。有難いことだ。
この一件について、ある事情通の方から直接お話し頂いた顛末がある。
その時の理事長がお辞めになるとき、「わしも引くから、皆も一緒に引かせて貰おう」と、当時の理事を全員かどうかしらないが、引き連れてお辞めになったそうだ。その中には、NY氏とMS氏も含まれていた、という。誰もが、両氏のどちらかが、次の理事長だと確信していたそうだ。ご本人らもそう思われていたに違いない。ところが、この不祥事、失礼!この一件が理事長のこの采配となったらしい。
さすが、大御所、幕引きも上手だ。
もしや、私の投稿が原因でのその幕引きならば、私も本教の隅っこの埃のお掃除をお手伝いしたことになる。
まぁ、そんなことはないだろうが。(^o^)。
それにしても、私の投稿が、ガラケー愛用者でPCも使用されないし、もちろんFacebookなどSNSなど使われない大教会長に伝わるとは、とても奇妙だ。( ̄∀ ̄)
本部の皆さん、大教会の皆さん、本当に末端教会の実態を見にきて下さい。何だかんだ言っても表統領さんの本音がお金であるように、本部も大教会も信者を集める努力とお供え金を集める努力にのみ心血を注いでいるようにしか私には見えません。
信者さんは高齢で2人か3人。供えていただくお供え金も(合計で2,3万円)教会維持のための必要経費(支部費、月次祭費用、上級お礼、巡教お礼、大教会へ渡す神饌料、各種年会費、大亮氏婚礼祝い金、他にも大教会参拝旅費、宿泊費などなど・・・毎日の日供費用は自分持ちです。)の一部に充てたら後は自腹です。
雨漏りがしてます。修理できません。客間の冷房が壊れました。買い替えの費用がありません。古い木造教会のため白蟻被害が不安です。しかし予防を依頼することも、薬剤を購入することも、そんな余裕はありません。後は野となれ山となれで行くしか方法がありません。
体力があった時代はいち切り貢献してきました。しかし、今となっては本部からも大教会からも何のアフターフォローもなく使い捨てられ、今になってはつぶれるのを待つのみの心境です。
これが信者数、2,3人、末端教会の実態です。住まいは教団に取られ、老後はどこへ行けばよいのでしょう。後は野たれ死にです。
それでも喜べと。陽気に暮らせと。
虚しく響くメッセージ。「私たちは陽気暮らしの天理教」です。
>体力があった時代はいち切り貢献してきました。
いち切り貢献って?何ですか?
打算で、転輪王(仏教) から 天理王命(神道) へ チェンジした!
南無天理王命 な~む~てんり~お~の~み~こ~と~
南無(仏教用語、サンスクリット語)+天理王命(神道で奉る神の名)のチャンポンの所以
参考:
大国主命:おおくにぬしのみこと出雲大社の祭神 因幡の白うさぎの神話にでてくる
そもそも、転輪王(仏教)が始まり。天啓を受けたみき婆の口から出てきたのは、「転輪王」。
みき婆は、元々仏教に帰依していて、在家の得度まで受けていた。よって、南無転輪王~であれば、おかしさはない。
&&& 転輪聖王(転輪王)は古代インドの思想における理想的な王を指す概念。地上をダルマ(法)によって統治し、王に求められる全ての条件を備えるという。ヴェーダ時代(紀元前2千年紀)半ば以降から輪を王権のシンボルとする観念はインド世界に存在し、転輪聖王の概念もその延長上にあるものである。バラモン教においてもこの観念は継承されたが、「転輪聖王」の概念がよりはっきり形成されたのは、寧ろインドにおける非正統派宗教である仏教やジャイナ教においてであった。転輪聖王に関する記述は『転輪聖王師子吼経』や『大善見王経』といった仏典の随所に登場する。(ウイキペディアより)&&&
なぜ、仏教の転輪王から神道の天理王命へチェンジしたのか? (勝手な推測)
1.明治維新の廃仏毀釈
明治政府は、皇祖神を祀る天皇を戴く近代国家建設を目指し、国家神道を国家の中心に据え、廃仏毀釈を行った。それまでの僧侶の地位が低下し、逆に神職の権威が高まった。江戸時代の皇室の菩提寺は京都の泉涌寺。泉涌寺の現在の檀家総代は、秋篠宮殿下である。みき婆の取り巻きは、これに目をつけ、素早く、転輪王(仏教)から天理王命(神道)へチェンジした。
2.神道の加持祈祷で儲かる 「宗教ビジネスの成立」
・ごくさん(初期は、はったい粉、途中で扱い容易の米粒に変更する)
・おさづけ
・おびやゆるし
3.神社の元神職 ◎澤 が側近にいた。
神の中身は変更しても、礼拝様式のチェンジはさすがに信者も気がつくから「南無」は残した。チャンポン宗教の出来上がり。さらに、陰陽道、儒教、修身道徳の教えまで、これでもかこれでもかと、てんこ盛りに詰め込んだ。
南無(仏教用語、サンスクリット語) + 天理王命(神道で奉る神の名) であっても、尋常小学校しか出ていない信者は、その矛盾に気づかないであろうことをいいことに。
まさか100年後、こんなに文明が進歩した世の中になると想像していなかったのでは?
天理教は、『転輪教』として、出直せ!
~ それが、みき婆の思し召しである
参照
天理教を信仰されてる方VOL.2
爆サイ掲示板 ♯548
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匿名様
いち切りとは「出来うる限りの、最大限に」というニュアンスです。分かりずらい言い回し(方言かな)で申し訳ありませんでした。
某教会役員 様
私が持っている「みかぐらうた(復元版)解説付き」によれば、次のように書かれています。(要約)
教祖御在世当時、唯一の印刷本みかぐらうたである。
明治十四年己五月
拾貮下り御勤之歌
と明治十五年の教祖のかぐらつとめ改訂を基にして、
教祖が教えた「みかぐらうた」を復元しました。
これによりますと、「よろづよ」から始まり順次十二下りまで書かれており、それぞれの終わりには、「よろづよ」にあっては「南無転輪王よしよし」が一度切り。
一下りから十二下りまでは「南無転輪王よしよし」が二度繰り返されています。
以上が勤められた後に、「かぐらつとめ」が勤められます。
ちょとはなし~このよのはじめだし よしよし。次に、~たすけせきこむ~かんろだい。で終わります。
ちなみに、「あしきをはろうて たすけたまへ てんりわうのみこと」は明治21年東京に神道天理教会本部が出来た時、朝夕のおつとめとして、本席の許しもなく作られたものであります。神道天理教会本部が奈良に移転した後、東京で前川菊太郎の名前で出版された『御かぐら歌』に初めて載ったもので、教祖時代にはなかったものです。と説明されています。
更に、「天理王命」の神名は、明治二十一年東京の神道天理教会本部が、本席が「おさしづ」で禁止しているのに、目標札を発行しました。その時から使われるようになったのです。とも書かれています。
先の部分と重複しますが、もう少し書きますね。
教祖時代のおつとめは、よろづよから始まって十二下り、そして、かぐらつとめです。
よろづよから十二下りのておどりの部分で心を作って、かぐらつとめをする。だからこの順番になっていたのです。
立教160年1月26日の春季大祭の真柱の神殿講話で「教祖が教えてくださったかんろだいつとめを国々所々の教会でつとめるのがようぼくの任務である」
以上が、櫟本分署跡参考館立教165(2002)年10月26日発行、立教168(2005)年4月18日改訂の抜粋です。
と言っているにもかかわらず、未だに、教え通りのおつとめが出来ていないとは不思議です。一体、何が本当の教えなんでしょうか。櫟本分署跡参考館のものは、異端なのでしょうか。
東風Z様
詳細をよく存じられていると思います。
「かぐらつとめ」「よろづよ・・・」「ちょっとはなし・・・・南無転輪王よしよし」
過去に行われていた「おつとめ」に関して、また経緯は史実を基にされていると拝察します。
人間の思考とは浅はかなもので、何時の時代でも社会情勢の変化と共に適時、合致するように都合よく改革、改変しようとする者の考え方が隆盛します。それを推進したのが山○、梅ちゃん、諸○、源さんらの主流であるようです。それらの者達の利害と思考が迎合し現在の教理、おつとめの基盤を確立させたのだと思います。
明治30年後半、それに異を唱えた保守的な者達を「異端者」という扱いで力でねじ伏せ、追放という愚行を行った者達の子孫が現在の中枢部と老舗大教会長に君臨している。
当初の教えを継承、または復元しようとしている故八島氏の櫟本分署跡保存会、天理教豊文教会、植田氏等は教団(当時の主流派の子孫)からすれば目の上のタンコブ。
故に創作、操作された教えに異を唱え、従わなければ異端扱いされるのが実情かと。
どん亀 様
20年も前ならいざ知らず、今の時代は何もかもが見えてしまっているのに、本当に困ったことですね。特に、天理時報は死んでいます。
今の時代は端的に申せば、どのようなことも可能な信教の自由があるにも関わらず、何もできない教団本部なのですね。過去の行いを反省すると真柱が一言発すればよいだけのことが何故できないのでしょうか。下々の信者さん達には反省しろ、/\といいながら天理教の高山が反省しなければ、誰も反省なんかしませんよね。
かんろだい据替、大亮氏結婚、二代真柱50年祭ということで、今月立て続けに3千から5千の特別お供え要請が大教会を通じて来た。冗談ではない。本部行事は本部の年間予算の中から支出してほしい。何のための毎月毎月のお供えなのか!お金が少ないなら少ないなりにつつましく質素にやっていただきたい。それが宗教家のつとめでしょう。末端教会はどこもそのように行っている。本部には残念の理が相当まわってきている。残念の理ほど怖い恐ろしいものはないと聞く。正直、がっかりですね。
東風Z様
今の天理時報は教内の出来事・予定・結果報告・適当でポジティブ過ぎる内容の論評等を差し障りなく書いているだけで金を出して読むに及ばんようなものです。
「何もできない教会本部」
そのとおりです。
少し付け加えるならば「何もしない教本部」かも知れませんね。
「過去の行いを反省する」
2代目が提唱しつつありましたが主流派からの猛烈な反対を食らっていますから。
まあ上層部の者達は、自分達の曾祖父母祖父母がズレていたであろう「お道」と云う大義名分を曲がりなりにも懸命にやっていた事を覆し声を大にして否定する勇気が無いのでしょう。
どちらにしても今の真ちゃんにはそれだけの度胸も器量も無いように思えます。
どん亀 様
人助けができない教団本部に成り下がりましたね。
天理時報は、二代真柱を偲んでとか。三代真柱を偲んでとか言っていますが、何を偲ぶのでしょうね。
二方の成人病を偲べとでも言うのでしょうか。ったく115歳はどこへ行ったの。
どん亀様、東風Z様 お二方とも、面白すぎます。(笑)
爆サイ掲示板
http://bakusai.com/thr_res/ctgid=119/acode=4/bid=98/tid=5697859/tp=1/ud=1/ …
の、どん亀様のご考察、ご意見は、たいへん興味深く読まさせて頂いてます。
こちらの掲示板の方にも、是非これからも、どんどん、ご投稿お願い致します。
>爆サイ掲示板
少し読ませて頂いたのですが、言葉使いがちょっと気になる人が多い感じですね。
教祖様を「みき婆あ」と呼び、最初から「人を騙す目的で宗教を始めた」という理論を展開する人がいますが、これが気になります。
勿論、主義主張や解釈は個人の自由ですからどのような意見を述べるのも自由なのですが、教祖様の残されたみかぐらうたやおふでさきが現在の(過去も?)天理教団と教えと一致していないのは明らかで、それを一緒にするのはどのような教義の勉強をされてきたのか疑問に感じます。
その方から、せめて「みかぐらうた」だけでもどのように解釈しているのかご意見を頂きたいくらいです。
>せめて「みかぐらうた」だけでもどのように解釈しているのかご意見を頂きたいくらいです。
ここに記されるより、爆サイ掲示板で直接聞かれた方が良いと思いますが。
匿名
2017年8月25日 10:29 PM
解釈に関しては中山家はじめ本部が明確に出来ない実態が見え隠れしているのです。そもそも真柱体制に疑問が生じる事態問題があるのです。【本席】【おさづけの理拝たい】【水のさずけ 息のさづけ】等々教団史には矛盾を孕んでいるからです。このまま指摘だけされ反論が出来ぬまま真柱体制、中山教と化した天理教は衰退の一途を辿るのは明白でしょう。
「大亮さま~」などなどと浮かれている場合ではないのが現在の本部の現状です。裁判沙汰も耐えないでしょう。
〔天理教本部・天理市をかけまわる街宣車〕
の動画も見た時は違和感を感じましたが今では腑に落ちる。悲しきかな教団
天理教も末期なのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=ZKuiBPf5PH4
匿名様へ
2017年8月25日 11:46 PM
右翼(大日本定士団?)街宣内容を聞き入ってしまいました。
「親神様とおやさまの教えを忘れたばかりか親神様とおやさまを悪用していると言っても過言でない輩が存在しているのも事実」
教団を愁いて信者が頼んだのでしょうか?それか右翼が嗅ぎ付けたのでしょうか?2016/06/19 に公開この動画で約1年前、その数年前から良からぬ動きが本部を中心に行われていたとなるその後の事件の数々そして甘露台の倒壊全ての辻褄があう。張本人は名前が挙がる人々?事件などは後に成ってわかるものでしょうが今後も様々な事柄が明るみになるのでしょう。警察沙汰に成れば分かり易くて良いのですがね。今後とも社会学さんを愛読させていただきます。
末端教会 2017年8月25日 8:47 PM 様
確かに言葉使いは、ちょっとくだけすぎではあると思いますが、ご愛嬌として(笑)、いろいろと興味深いご意見を投稿されてると思います。
【爆サイ掲示板】
● 天理教を信仰されている方
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=4474393/tp=1/
● 天理教を信仰されている方の続きやで~
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=5551753/tp=1/
● 天理教のここがおかしい
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=4237660/osfp=1/
どん亀様のご投稿、一例、載せさせて頂きますが、どん亀様、無断転載お許しくださいませ。
「天理教のここがおかしい」 ♯81 より
【一般信者よりも分教会の関係者の方が煽りを喰らっていると思いますで。
分教会長は上級や大教会から毎月の圧迫を受けるし、その負担を信者に負担してもらわなければならない構図になっているから、実際に分教会の精神的・経済的なものは大きいと思いますで。
「信仰するのに何で金が要るんや!」
「感謝の気持ちをお金で代えさせてもらうのや!」
これを天理教の道理としてしまっとる事が天理教をおかしくしてしまっている要因やと思いますで。
中には「上から目線のお前が何で教会長やねん!(怒)」「上下関係は信仰に関係あるんかい?」と思えるような本部員や教会長がワンサカ居てるけど、宗教と云えども所詮は人間の集まりやから人間的な思考と思いが優先してしまう。
ワイも元々は教会の関係者やったから、そのところは理解できますけど。
結局は中山みきが説いた事が人間思案を優先していた者達に全て排除されたのが今日の教理として確立されたんやから、どうしょうもないない。
お勤めにしてもそうや、中山みきは宗教を否定していたから全く宗教的な教えは無く、当初はお勤めや神棚も無い。宗教組織と違うから宗教団体としての特色も無かったのが、いつの間にか宗教にしてしもた弟子達が勝手に宗教団体を創ってしもた。
宗教団体となれば組織を運営するのに金が必要やから「御供」と云う名目で信者から金を集めるようになった。まあこれが天輪講社から天理教になった経緯やけど。
屋敷を売ったり、大阪布教に行った話も事実と大きく違う。全くの後付けの話やし。
何でワイがこんなことを知ってるかと云うたらワイの先祖が明治初年から中山みきに接触していて熱心に信仰していたからやけど。
ワイのひけらかしでスミマセン。】
どん亀様、すみません。
【爆サイ掲示板】と成ると地域密着型でかなり影響があるサイトの一つです。このような方が出てくると成ると大分歪が生じているのでしょう。本部、大教会、分教会以前は大教会と上級がターゲットで書かれてましたが今では本部が主犯となる始末 その流れでおやさま、本席、真柱体制との不可思議な流れが露呈し過去に流れ去ったかのような教団からすると伏せたいであろう文献がネットを介して公開される。本部ももう出す顔ない状態・・・以前社会学さんの記事に「知的劣化~」などの記事がありましたがコメントの流れネットに氾濫する教団に無いする論調を見ても本部は打つ手無い状態が見て取れます。「現状がすばらしい、なぜすばらしいのか?」と明確な回答を出せず仕舞い。火消しのような動きを時より目撃しますがそれも失敗本当に「知的劣化」を起こしてしまっているのでしょう。そのような本部に信仰を預けられるのでしょうか?正直無理だと分かったもの達からこちらに書き込みをしているのでしょう。本部は維持運営に躍起に成り違法行為も辞さないとの記事やコメントを見た際、「この教団は時間の問題」と思っていました。時期に内外から訴えられたり各種メディアに嗅ぎ付けられたり、上記のコメントにもある様に右翼団体等に虚仮にされて消えていくのでしょう。
社会学さんでも話題に昇るお供え掲示板を初めて見ましたが良いこと書いてありますね。これほど天理教には賢人が多く居ると知り驚きです。それに引き換え現教団の方々は・・・
http://6706.teacup.com/5051/bbs
奈良の田舎者が暴れた性でネットが炎上してますな笑
今後も楽しみに拝見させて頂きます。
匿名 2017年8月26日 11:10 AM 様
どん亀氏なる人物の引用文章は、本部発行の「復元」にも掲載されている事ばかりだし、30年以上前から八島氏や他の方が訴えてる内容ですね。
逆に、今現在どん亀氏なる人物がどのような立場や位置にいるのかは不明ですが、祖先が明治初年から教祖のそばで熱心に信仰をされていたのなら、本部中枢に近い存在だということになりませんか?
もしそうならネットで本部批判の書き込みも結構ですが「本部改革に具体的行動で全力を尽くしてもらいたい」と思います。
現在、本部との被包括関係廃止といった具体的行動をネットにアップしている地方の教会もあるようですし、お供え等を上にあげないよう訴える人もいらっしゃいます。
情報や知識をお持ちの方は「具体的行動」で範を示して頂ければ参考に出来るのですが。
末端教会 2017年8月27日 10:14 AM 様
どん亀氏は、もう天理教信者は辞めてると書かれてました。確か、息子さんのお一人は、お寺の僧侶になられてるとか。まあ、どん亀氏が、天理教からは離れてることは確実です。
「具体的行動」を挙げることはもちろん大事ですが、天理教の呪縛から、解き放たれることも、同様に重要なことと思います。どん亀氏が仰ってることは、既に重々ご承知の方もたくさんおられるでしょうけれど、まだ洗脳から解け切ってない方も少なからずおられることと思います。
知識豊富な方から、天理教組組の嘘ごまかし、等々、教団が公にせず隠してきたことがあるなら、きかせて貰うことは、無駄ではないと思います。
>「本部改革に具体的行動で全力を尽くしてもらいたい」
真柱本人および中枢に近い血族でしか、無理です。
彼らが現行制度の受益者なのだから、改革は不可能です。
私が、華道のある流派の弟子だとします。その華道の体制に不満があっても、「
よそに移ってくれ」と言われるだけです。
天理教団はピラミッド構造の支配体制
真柱 → 本部 → 大教会 → 上級教会 → 分教会
1. 金の流れをすべて押さえている
しかも、これまでに、収益ビル等の不動産などかなりの資産を貯めこんだ
2. 人事権、役職配置の権限を掌握
3. 国会議員等の政治家をも抱き込んでいる
4. 聖地(ぢば)を所有
それでも、教祖の話は素晴らしいと信じるならば、天理教を離れ、『転輪教』として出直されたらどうですか?
どん亀さまの御言葉に、どれだけ救われたかわかりません。
先の見えているかたではなく、まだまだ長い人生が残っておられるお若い方が、少しでも天理教に疑問を持たれるのならば、爆サイ掲示板でどん亀さまのお話に耳を傾けてもらいたいと思っています。
私は、私の大切な子供たちを、姑の洗脳から守りました。
京都市長の門川大作と天理教
http://kyoto-daisakusen.jp/2013/06/07/%E6%9B%B4%E3%81%AA%E3%82%8B%E5%8F%8B%E5%A5%BD%E3%82%92%E8%AA%93%E3%81%84%E5%90%88%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%EF%BC%81%E3%80%80%E4%BA%AC%E9%83%BD%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%AB%E3%83%B3%EF%BC%95/
2013/06/07
更なる友好を誓い合いました! 京都・ケルン50周年記念式典
午後から天理教河原町大教会がケルン市に設置され、大変なご尽力をいただいている文化施設「天理日独文化工房」へ。
・・・
今回は井幡さんのご出席が叶わず残念でしたが、京都からは天理教河原町大教会 深谷 善太郎 会長ご夫妻を先頭に29名の方々がご参加。
引き続き、日本の学生とケルンの学生をつなぐ貴重な役割を果たしていただきたいと思います。
【ケルンで雅楽を 「天理・河原町アンサンブル」公演】
同じくケルン日本文化会館のホールで開催された「天理・河原町アンサンブル」公演を鑑賞。天理教河原町大教会の雅楽部と吹奏楽団の皆さんによる演奏です。皆さんの素晴らしい演奏、中でもケルンに伝わる音楽に挑戦されたアンサンブルは感動的でした。
皆さんには、午前中の50周年祈念式典オープニングでもお世話になりました。
ドイツ人も魅了する雅楽の音色に、改めて日本古来の伝統音楽を大切にしていきたいと意を強くしました。
・・・
これからの100年、更に未来においても「日本に京都があってよかった」、「世界に京都があってよかった」と実感いただけるよう、市民の皆さんと力を合わせて更に努力を重ねるとともに、「国家戦略としての京都創生」に向けて国へ働き掛けを強めていくことを改めて決意しました。
<雅楽といえば宮内庁ですが、外人さんには皇室も天理教も区別できませんものね!>
京都市と天理教は、WINWINの関係です。
京都市; 税金投入不要で、文化会館建設とか雅楽演奏してもらえる
天理教; 行政のお墨付きの宣伝活動になる
この大教会の下の下の分教会(〇県☆郡の田舎にある)を知っていますが、親戚以外の信者がもはやいなくて、つぶれる寸前です。大教会長夫妻が、ファーストクラスに乗っていたら、お笑いですね。
ついでに、門川市長も大教会に参拝していたら、もっとお笑いです。
↑ 上記文を京都市(京都市役所)へメール送信いたしました。
タイトル「政教分離を確立してください」
要返信にチェックを入れましたので、京都市役所からの返信を待ちます。
ついでに、S学会がフランスでカルト認定され布教禁止になっていることも追伸します。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u158209992
40年祭当時のお供え金の受領書。
↑ 貴重な資料のご教示ありがとうございます。
2,000円×2000= 約4,000,000円
先祖伝来の田んぼを売って得たお金ではないことを祈ります。
ヤフー知恵袋より
下の回答者様もお答えですが、 価格の根拠が資料により異なることと、 一定の年に限定した貨幣価値の資料が見つかりませんので、 大正期の食べ物の価格を記した朝日新聞社の「値段史年表」を根拠とします。
資生堂パーラーのアイスクリーム 20銭 (大正10年)・・約400円
銀座木村屋のアンパン 2銭 (大正6年)・・約40円
太田胃散 30銭 (明治31年-昭和18年)・・約600円前後
うな重(並) 40銭 (大正4年)・・約800円
映画 20銭 (大正7年)・・約400円
コンサイス英和辞典 1円30銭 (大正6年)・・約2600円
週刊朝日 10銭 (大正11年)・・約200円
銀座ライオンのビール 18銭 (大正7年)・・約360円
銀座天国の天丼 18銭 (大正2年)・・約360円
レコード(SP) 1円50銭 (大正3年)・・約3000円
当時の1円が現在の2000円前後と考えると ほぼ妥当な金額ではないかと思われます。
匿名 2017年8月27日 11:49 AM 様
本部批判は結構なことなんですよ。
でも「祖先が明治初年から熱心な・・・」という文言なら、大教会とはいわなくともそれなりのポジションや立場だったと思うでしょう?
教祖様に関する公表されていない資料や口伝などが伝わっているとか、それ相応の伝承とかを知っている上での本部批判なり攻撃かと期待したのですけどね。
ちょっと期待を裏切られただけです。あぁ、期待した私が悪かったのですね。
末端教会 2017年8月27日 9:26 PM 様
爆サイ掲示板には、中山みき様は、京都の小路で、父親と霊媒師をしていたとか、中山家は、ほんとは庄屋などではなく、「稿本教組伝」では、そのように捏造してきれいごに書いているが、庄屋などの役職をするような人々なら、もっと知識教養ある立派な人物達の筈だが、善兵衛さんといい、秀司さんといい、ちょっと、人品が卑し過ぎる、というような記事もありましたが、、。
そこらへんのところになると、私らには、判断がつきかねるところですが・・。
匿名 2017年8月27日 10:20 PM さま
>そこらへんのところになると、私らには、判断がつきかねるところですが・・。
判断というより、根拠もなくそのような事を言うのは単なる誹謗中傷でしょう。
「庄屋などの役職を・・・」に至っては、江戸時代を実際に生き抜き善兵衛さんと秀司さんに実際に会って来て、人柄を確認してきたような書き方じゃないですか。確かに幾つかの出来事(教祖伝等が真実なら)から感心しない行動をしている事はありますが、まるで週刊誌のゴシップ記事のような印象操作かと思われる文章に感じました。
いえ、「ご先祖が明治初年から教祖のそばで熱心に信仰されてきて、そういう記録や口伝が残っている」という事なら納得できるのですけど、私の気の回しすぎでしょうか?もっとも、私も氏の発言全部を読んだわけではないので、何処かでそのような根拠や証拠をあげていたのならお詫びいたします。
当時のについて少し書かせてもらいます。
天保十年まで中山家は庄屋敷村の庄屋として代官所等に年貢、取り決め覚書などの書類を提出していたので庄屋をしていたのはほぼ事実と思えます。
当時の庄屋は村の代表として代官所や藩庁、郡奉行と折衝する事が求められるので、それなりの格式と家柄でなければならず代々世襲されています。
ところが当時の村は地域地域によって個々に格差があります。財政が豊かな村は帰農した武士が庄屋を勤める場合が多いですが、財政の乏しい寒村では馬子や駕籠屋が庄屋を勤める場合もあったようです。
ですから庄屋は高い知識と学識を有している場合が多いですけど、村によっては多少の読み書きが可能な者でも庄屋を勤めていた例はあります。
当時の庄屋敷村は財政が豊かとは云えない状態であったようですから庄屋とは云え身分的に高いとは言えなかったかも知れません。
中山家は天保十年頃迄は庄屋として代官所に書類を提出していたが、それ以降は提出していないようなので、それ以降の中山家は庄屋として存続していたとは言い難いと思えます。
その天保十年と云うのが立教の翌年なので、どうも中山家が庄屋として勤める事が不可能になった何らかの事案が発生していたのではないでしょうか。
たいした参考にはなりませんが少し不思議な話をします。
現在では知っている人は少ないのですが、中山ミキの存命中に曇天の日に限って中山家の敷地内と近隣に一坪位の範囲に空から雫がパラパラと落ちてきて舐めると微かに甘く、中山ミキが「明日はどこそこの辺りに落ちる」と云うと信者や住民は事前に器を置いて落ちてきた雫を舐めていたらしく、それを甘露と呼んでいたらしです。しかし中山ミキの死後は甘露が降らなくなったようです。
その現象の科学的な根拠は不明ですが実際にあった話として聞いています。
第一次後継者講習会来た。
プログラムがぐだぐだすぎて、一同困惑している。
組わけ班わけもなあなあでバラバラの行動。
挙句引率の大人もいなくなる。
組の交流ワークショップも、今どきどこの大学でも新学期にやりそうな平凡なもの。
感話は、男女別の聴講にしたものの、内容は性別関係なく、お二方とも病気治しのやつ、しかも助からず出直し。
夕食は組でも班でも大教会でもなくバラバラで食べた。
これを通じてどう後継者を育てるつもりだ大亮さん。
この責任は主催者のあなたにある。
今のところお勤めしか楽しみと意義を見出せんぞ‼︎
単立宗教法人 天理教会役員(元末端教会子弟)様
激しく同意いたします。
姑が布教師で苦しんでいます 様
↑ 上記文を京都市(京都市役所)へメール送信いたしました。
タイトル「政教分離を確立してください」
要返信にチェックを入れましたので、京都市役所からの返信を待ちます。
ついでに、S学会がフランスでカルト認定され布教禁止になっていることも追伸します。
色々と学びたいと思っております。
そこで、
政教分離を確立して下さい、ということですが、具体的に記事の中でどの部分が政教一致にあたると断定すれば良いのでしょうか?役所にメールされるほどですので是非ご教示をお願いします。
私はどん亀さんの書き込みは好きですよ。
時代小説の作者のように、いろんな資料を読んで、
教祖の時代を想像している。
いろんなおかしな事を考えたときに
どん亀さんの「神芝居」解釈だとすっきり行くんですよね。
変に持ち上げられて脚色されたものよりも、
あながち間違っていないんじゃないかなと思います。
掲示板だと記事が飛び飛びになるので、ブログにまとめてくださるとおもしろいかも。
新興宗教から脱却するためには二段階あって
組織に疑問を感じたときに
①組織はおかしいけど、宗教は本物
という風に考えると、なかなか宗教の呪縛から逃れられないけど
②組織もおかしいし、宗教も本物ではない。(宗教を絶対視しない)
という風に考えると、簡単に覚醒できる。
(創価脱会ブログみて思いました)
①は「元末端教会師弟」さん
②は「どん亀」さん、「姑が布教師・・・」さんかな
元「末端教会子弟」です。
掲示板に名前が出てたので書き込みさせて頂きます。
コーヒーミル さま
同意頂けるのは嬉しいのですが、何に対しての同意なのか教えてください。
焼きもろこし さま
①の「元末端教会師弟」は私の事を指していると思われますが、その比較は誤解を生みます。
私が「本物の教え」と言っていたのは「中山みき」の残した「みかぐらうた・おふでさき」から読み取れる「社会改革の教え」であって、現天理教団が発信する書籍や講話などで聞かされる「教え」ではありません。
②で挙げられた方がどの程度「社会改革の教え」を読み取られているかは不明ですが、爆砕を読ませていただいた限りでは「みき婆ぁとその一党」というように、「中山みき」と「教団を作った不肖の弟子たち」を一緒くたにした表現や物語風の文章等を載せている所からすると、どの程度読み取っているのかちょっと疑問を感じる次第です。
もし、十分読み取られた上で書き込みをされているのなら、お詫びいたします。
読み取られているなら、中山みきの理想とした社会、『陽気づくめの世』というのが具体的にどのような世界なのか、現在の世の中と何がどう違うのか、議論をさせて頂ければ幸いです。政治、経済、社会、教育、職業等、幅広い議論になるでしょうが、どれからでも結構ですのでお声掛け下さい。
そもそも「中山みき」を絶対視しすぎじゃないでしょうか。
元「末端教会子弟」さんは、「読み取る」ことと「信じる」ことを同一視しているように感じます。批判的に読み取る人もいてもおかしくはないですよ。
「社会改革の教え」
理想ならいいこといくらでも書けますよ。
かっこいい理想いくらを説いても現実がうまくいかなければ、
議論してもあんまり意味がないんじゃないかな。共産主義がいい例です。
それに「いいこと」を書いている人はたくさんいますよ。宗教家・作家を問わず
「中山みき」さんだけが特別でもないと思いますよ。
僧祖父母の代から天理教に関わってきたのですが、曽祖父母の名前も原戸籍を見て知ったくらいで、その当時の入信動機を始め信仰に関する話など両親・祖父母からも聞いたことはありません。
ただ例外が一つ、祖母は両親から聞いたであろう甘露水の話はしていました。甘露台に水が降りてきて、それを飲めば115歳まで生きられると言っていたように思います。
だったら、初代さんのみならず、多くの取り巻きが甘露水を飲んでいただろうに、何故115歳まで生きられなかったのでしょうか。結局、この話も作り話以外の何物でもないように思います。
教団本部は、さっさと包み隠さず本当のことを披歴すべきだ。そうでなければ、天理教(転輪教)ではなく、中山教であることを自ら認めたも同然である。
天理教を信仰されてる方 VOL.2へ投稿
http://bakusai.com/thr_res/acode=4/ctgid=119/bid=98/tid=5697859/tp=1/
#687
>隋、百済、新羅の使節が難波津に上陸しますから、その使節を一時的に留めて歓待しながら大規模な建物群を見せ付ける意味もあったようですわ。
歴史博物館の古地図では、あの辺り、大阪湾と難波津の間に突き出た半島でした。使節団が船上から見上げる建物群は、壮麗な文明を感じさせたでしょうね。古代の日本人は、凄いですね。それも含めて、ケルン市でドイツ人相手に、雅楽の説明しながら、どや顔する大教会長、私がもし隣にいたら、「バチモンどすえ」と詳しく解説するのに。
<鳥取県人の方に>
バチモン=バッタモン=海外高額ブランド品の違法コピー等
横にいる、門川大作京都市長も情けない。新興宗教の広告塔に成り下がって。。。
『千年の都』が泣きまっせ。
選挙で恩義でもありますのん? 信者は「選挙ひのきしん」で駆り出しですか???
どれほどの総本山が京都市内にあるか、わかってますか?????
内科医
2017年8月28日 8:50 PM さま
ご質問ありがとうございます。
返信を心待ちにしているのですが、今のところありません。匿名にしているので、無視かな? 通信手段は記入したのですが。。。
若かりし頃、○○系の団体で働いていたのですが、とにかく、海外出張は「おいしい」です(たとえ下っ端であっても)。相手国が、「外交儀礼」で歓待してくれる。現地一般市民が入れないようなところに観光案内とか、食事とか、要人との記念撮影(その写真も当然タダ)とか。。。『おこぼれに与る』という感じです。式典参加での訪問と、お遊びの海外旅行では、質(クオリティー)が違います。
これが、天理大学もしくは天理高校雅楽部であれば、私も問題にしません。私立学校には、等しく学校助成の税金が投入されております。今回は、一宗教団体に過ぎない天理教河原町大教会のサークルを引き連れています。
私は子供の頃、趣味で、○○○を習っていたのですが、京都市の姉妹都市交流でその教室が京都市を代表して、20年近く、その相手国の☆☆市と子ども交流(訪問したりされたり)してました(その習い事の分野では専属的に)。京都市の姉妹都市は、世界で8か国ほどあったと思います。その教室はそこそこ大きかったのですが、中堅どころで、それより大手はあと少なくとも10校はありました。大人になって分かったことですが、その教室が代表に選ばれるには、○○◎◎館を巻き込んで、○○が飛び交ったとの噂あり。
所詮習い事ですので、子供が小さい時に海外で○○○を発表できるのですから、お金がかかったとしても親としては納得です。そして、希望者は誰でも参加できましたから、平等です。
で、大教会では、平等に、ケルン市訪問の生徒が選抜されたんですか?そもそも、その大教会に連なる、○○県○○郡☆☆村の田舎の信者の家庭は、雅楽サークルの楽器や衣装の購入費の間接負担ばかりで、雅楽とは縁のない生活ですよね。大教会の広報誌に、京都市長やケルン市長と並んで写る、同年代の生徒たちを見て、その家庭の子弟は悲しくなりませんか?
京都市内には、京都女子大雅楽部、立命館大学雅楽会、龍谷大学雅楽部、同社社大学雅楽会。。。無数にあります (検索しました)。
恣意的に、一宗教団体が選ばれた根拠は何か?
選挙応援 → 広告塔 の関係を疑わざるを得ません。
結果的に、「天理教の宣伝」と「信者の信仰心高揚」に多大の貢献を果たしております。
公費が使われる際は、競争入札が行われますが、親善訪問は参加者負担で、目に見える形での税金等投入はありませんので、幹部連中での随意契約が可能であったと想像します。全国区で有名になった、長年の、京都市職員縁故採用の背景もあります。
追記
「天理日独文化工房」がベースにあると役所がいうのであれば、ならば、
オウム日独文化工房は?
そのそも S会日独文化工房は、建設不可(EU全土で布教禁止らしい)
違いは一体何なの?
新興宗教の三大嫌われ理由(週刊誌に書いてあった)
1.オウム 地下鉄サリン、殺人
2.天理教 巨額献金
3.S会 強引な勧誘
姑が布教師で苦しんでいます 様
返信ありがとうございます。いわゆる政教分離というのは全くの門外漢でして、よくわかりません。それでお尋ねしました。私も出来る事ならそういう指摘をしてみたいと思っているのですが、いまいち上述のコメントからは核心の部分が理解できません。
先述の「市長の記事」から、政教一致として糾弾すべきはどこの部分に当たるのでしょうか?私もいち有権者として知っておきたいですし、政教一致に該当するならば糾弾すべき事と強く思っています。
ご協力をお願いいたします。
焼きもろこし 2017年8月29日 8:33 AM さま
>批判的に読み取る人もいてもおかしくはないですよ。
そういう人がいてもおかしくないし悪いことではありません。
私が言いたいのは、「読み取って批判する人」と並べられるなら良いけど、「読み取っていないのに批判だけする人」と並べられたら、書き込みを読んだ人が勘違いする、と言ってるのです。
ただ、焼きもろこしさんの挙げた2名が「どの程度読み取っているか不明」なので、あのような書き方をさせていただきました。
>理想ならいいこといくらでも書けますよ。
逆ですよ。
「みかぐらうた」と「おふでさき」には理想世界そのものより、その実行と行動をどうすればいいか、そしてそれが如何に困難な道のりであるか、という事ばかりが書いてあります。
素直に読んでみて下さい。
内科医
2017年8月29日 2:36 PM さま
有権者として、ぜひ、市政に鋭く突っ込んでください。
期待します。がんばって下さい。
① 市長参加の式典であれば、必ず、マスコミ報道があります。新聞誌およびテレビとラジオ。出発前、式典中、もしくは両方。それが、市役所広報課の仕事です。そこに、「梅鉢マーク」か、「天理教」の文字か知りませんが、電波に乗ります。堂堂と「天理教河原町大教会」が連呼されるかもしれない。何しろ、式典のメーンのイベントが任せられているのですから。
② 最低でも、市長の公式活動ブログ(市役所HPからリンクされる)に、河原町大教会長の写真をデカデカと載せている。市長は、特定宗教の宣伝をしているに等しい。
③ おそらく事前に市長への表敬訪問(市役所)とか、事後の市長主催のお礼会はあったであろう。ブログでは、市長の天理教への感謝感謝の文字列だから。これには、目に見える形で税金が投入される。
④ 親善ですから、同様のことが、ケルン市でも行われる。
ケルン市民には、『TENNRI』が宣伝される。
ケルン市民は、市長公認だから、S学会と同類であるとはつゆほども疑わない。
そして、「2000年の歴史の雅楽」とともにやってくるのだから。
⑤ S会はフランスでカルト認定され布教禁止になった。今はそれがEU全土に広がった。
天理教は、日本国内では、S学会と同じ新興宗教のカテゴリーにある。
将来的に、天理教もカルト認定される可能性はゼロではない。
そうなった時、恥をかいて損失被るのは、京都市民であり日本国民である。
⑥ 推測ですが、ケルン市の「天理日独文化工房」とやらに、市役所から、いろいろ便宜を図っているのでは? 今の市長以前、つまり、もっと前の建設時から。通訳助けたり、申請書類の作成を手伝ったり。。。
焼きもろこし様
「神芝居」についての言及を頂きありがうございます。
少し滞っていますが今後も爆サイの方で継続させて頂きます。
確かに私は②に当てはまります。
しかし神に代わるモノの存在はあると思っています。
宗教とは、ある一定の観念に基づいて教え・礼式・建物・しきたり等を画一化して行動する集団の意味ですから、宗教そのものは人間が作り上げた組織、団体です。
ですから私は神や仏の存在は信じますが、「これが本当の神の言葉です。教えです。信じなさい」と、人間が作った教義を基にした組織、団体には違和感を感じます。
その宗教に自分自身が求める答えがあると思えれば宗教を信じれば良いのであって、またその要因がなければ信じる必要もないと思えるのです。
一定の観念とは創始者の思いと思考がベースとなっていますから、それが自分の観念が合致し自分とって正しいと思うから宗教を信仰出来るのであり、信じるに足らんと思うならば信仰する必要はないと思っているだけなのです。
私はただ、天理教が史実を湾曲し創作、創作されている内容が多分にあると思うので批判をしているだけなのです。
東風Z様
私は甘露を飲んだら115歳までの寿命があると云うのは胡散臭いと思っています。何故なら当時、屋敷に落ちてきた甘露と云う名の雫を飲んだ者が115歳まで生きていたとされる伝承がありません。実際に甘露を飲んで115歳まで生きていれば必ず伝承が残る筈です。
それに115歳の寿命というのも後付けなのかも?と思っています。
私の場合は、祖母が祖母の曾祖母、祖母から直接聞いた話を私も聞かされたので当時の事を多少知っているだけです。また私自身が仕事柄、日本史に関わっていたので独自に調べた事も多くあります。
布教部部会があり(教務支庁)、部長(大教会長)より先だって,7/26の件で天理時報や、みちのともに載った記事通りの挨拶がありました。SNS(かなり意識しているし、ここもみているだろう)などの不足の発言等は、それぞれ思案して・・・なんちゃらかんちゃら。
その後、ある会にて、過日、道では無い方が訪ねられ、おやさまの教えは素晴らしいけれど、天理教人の通り方がおかしいんじゃ無いかと、?エッ
数時間話した後、やっぱり素晴らしいですね天理教は。といって帰られたと、委員の発言がありました。しっかりしてくれよ君たちみたいに(^^)
あほか! 「おまえに言われる筋合いは無い、見てきたようなことを言うな」みんな、分かっててなんとかカントか頑張ってんだよ。みんな、暇じゃないんだよ。
この方の、発言で、道の行く末を案じたのであります。 (でも、攻撃者を対処する口と知識は持っている。ある意味私の知らないすごい通り方をしているのかもしれない)
とはいうものの、一人、一人になれば素晴らしい方々だと思う。 組織に巻かれて言いたいこともいえない現状が歯がゆい。私もしかりである。
しかし、組織の長い輩達は、いったいどこをみてるんだろう。素敵な仲間がいる所だけに、残念でならない。
姑が布教師で苦しんでいます 様
ご回答ありがとうございます。申し訳ありませんが確認してもよろしいでしょうか。
というのも確証を持って政治を糾弾していきたいと思っています。
私が2回にわたりご教示を願ったのはあくまで「市長の記事のどの部分が政教一致に当たるか」だったのですが、その文章の指摘がございませんので、モヤモヤしております。問い方が悪かったようで申し訳ありません。改めて、再度ご指摘頂ければ私のモヤモヤも晴れそうです。
分かりやすく数字で表して頂きありがとうございます。
そこで、
①、②、③、⑥は事実確認が取れないのです。ソースがあれば教えて頂きたいのですが、ありますでしょうか。
④ではTENNRIの名が宣伝されることが問題であると捉えればよろしいでしょうか?
⑤は政教分離と関係ないように思えるのですが、余談としての記載でしょうか?
ご指摘をお願いいたします。
内科医
2017年8月29日 10:34 PM さま
出来得る限りご協力します。頑張ってください。子どものころ、○○市役所のすぐ近くに住んでいました。建物の外観は今も同じだけれど、中身にはガッカリです。
① 京都新聞あるいは大手新聞の地方版なんかは取り上げているでしょうね。(図書館で閲覧可)
市民だよりでも良いのでは? 放送局分は2013年だと関係者じゃないとしんどいですね。市役所広報課とか秘書課には、当然取材の記録は残ってますが、市民が気軽に閲覧できるものでもない。
② {今回は井幡さんのご出席が叶わず残念でしたが、京都からは天理教河原町大教会 深谷 善太郎 会長ご夫妻を先頭に29名の方々がご参加。また、ケルンの市民の方々も多数ご参加。感謝の気持ちでいっぱいに。}
この記載の前に、「天理日独文化工房」での書画展オープニングの写真がでてますが、これが大教会長ではないのですか?今さらで、大変申し訳ありませんが、私は顔を知りません。
③ おそらく事前に市長への表敬訪問(市役所)とか、事後の市長主催のお礼会はあったであろう。ブログでは、市長の天理教への感謝感謝の文字列だから。これには、目に見える形で税金が投入される。
ケルン市主催の昼食会の記述はありますね(タダご飯)。これって、ケルン市民の税金ですが、結局は、京都市民の税金です(相互交流)。表敬訪問で記念品くれるとか、必ず経費発生します。これ位の情報なら、秘書課で教えてくれるのでは?
4.ケルン市民には、『TENNRI』が宣伝される。
当然大問題です。雅楽のパンフや書画展会場パンフに、TENNRIの文字があふれる。
ケルン市民は、宗教と思わずに近づくことになる。
5. 「S会はフランスでカルト認定され布教禁止になった。今はそれがEU全土に広がった。」
この点、市長および京都市役所職員に最も意識してもらいたい問題点です。
京都の恥、ひいては、日本の恥です。たとえカルト認定されなくても、ケルン市民が日本文化と「TENNRI」に興味を持って来日し、その「TENNRI」が100年ちょっとの歴史しかなく、しかも信者激減の新興宗教と判明した時の残念感、半端ないですよ。1200年の古都・京都の看板を信じて来日するのですよ。
6.全くの推測です。昔は、コネ全盛で、何でもありの時代でした。
傍証1 私の○○○教室の件。20年近く京都市姉妹都市交流事業に乗っかったあと(税金利用)、さすがに周囲から疑念の声が上がり(特定団体の優遇)、それまでの実績を利用して、独自に私的に姉妹校協定を結ばれました。
傍証2 京都市職員の大量縁故採用
これも、批判から、近年は採用試験成績公開の公正さが図られるようになりました。
傍証になるかどうか?3
ケルン市中心部(一等地)に、姉妹都市交流をきっかけとして、KYOTO シュトラッセ(通り)ができました。もし、天理日独文化工房が、そのKYOTO シュトラッセ(通り)の近くに姉妹都市協定後に建設されたとしたら、市役所の関わりの可能性大ですね。ケルン市も巻き込んで。。。
その時代、教祖祭には、近鉄の臨時列車がでて、百万人単位の参拝者がありました。
外部の人間の京都市職員からしたら、まさか「エセ教理に基づくエセ宗教」とは、想像もしていなかったのでしょう。天理日独文化工房も信者からむしり取った献金が源泉と思っていなかったのでしょう。そして、今日の信者激減の衰退。今さら、ヨーロッパに、「一神教」の新興宗教を持ち込むべきではない。日本人は八百万神信仰です。
違憲、違法何でもありですね笑 今後ともスキャンダルが絶えないので野次馬の私は楽しみな出仕方ありませんが笑
野次馬うまうま様へ
私も野次馬の一人です。松井一代 事件の様に成ると大変楽しめるんですがね!
松井一代 公式チャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC-pLUs-plAxcPJOnUlIhbfg
うまうま様
さなえ様
新潮、文春、ポスト、フラッシュ、現代。。。。。
記事になったら、立ち読みで済ませないで、応援買いしてあげてね。私も、10冊ほど買い込んで、あちこちに、ゲリラ的に「忘れ物」するつもりです。。。。の待合室、。。。のロビー
これまでの献金額に比べたら、微々たるものです。
天理教のお偉いさんは強要しすぎじゃない? 「頭が高い 高慢だ」と何時代ですか?と思った事があります。
以前店員が土下座強要で逮捕された事件がありましたがそれを思い出してしまいました笑
【しまむら店員土下座事件】
https://goo.gl/Ur5k2m
天理教への「お供え」も 血税流れる政治活動費
http://www.asyura2.com/11/senkyo122/msg/902.html
これあかんやろ
匿名
2017年8月30日 8:54 PM さま
貴重な情報ありがとうございます。
「天理教側は「前原さんは天理教の信者なのです」と打ち明け、こう答えた。」
年始に毎年参拝とは、筋金入りの信者ですね。
天理教河原町大教会と京都の政界の闇、ただの農婦の私にはついていけません。
報道では、枝野氏より一歩リードとか。
天理日独文化工房に前原氏も絡んでいたら、代表選も吹っ飛びますね。
どうなのかな?
姑が布教師で苦しんでいます様
2017年8月30日 10:28 PM
天理教の本部と民主党の関係を私も耳にしてこちらのサイトに来ました。旧民主党系や社民共産の議員にはスパイ疑惑が多いのです。参考までに数点添付しておきます。
【民主党の正体】 韓国民団生野支部での民主党議員の挨拶
https://www.youtube.com/watch?v=ywZrmEwdbQE
韓国民団の新年会にて共産党の爆弾発言がヤバイ!日本の国益はどうでもいい
https://www.youtube.com/watch?v=tKz8f5CHtr8
民主党 民団
https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%B0%91%E4%B8%BB%E5%85%9A+%E6%B0%91%E5%9B%A3
宗教団体は他国の政治出先機関の隠れ蓑にさる事が多いのでよからぬ政治家との接触は非常に危険です。
民主社民系政治家は危ない
2017年8月31日 1:09 PM さま
貴重な情報ありがとうございます。
かと言って、過去には、政界ダブル不倫で有名になった、堂々と信者(ようぼく)を名乗り、天理教機関紙に寄稿文を寄せていた女性の自由民主党衆議院議員もいましたね。
天理教に関わる政治家は、政党に関係なく、除外するつもりです。
↑
この「ダブル」は、男女とも、現役の自由民主党の国会議員という意味です。
何度も細切れですいません。
・天理教の教えの基本は 「ふうふ なかよく くらしてね~」
・天理教機関紙であれ、天理教の宣伝をする = つまり、天理教もその女性議員の宣伝する
・でも、自分は、国会で不倫する
こんなんが、自民党の国会議員だったということです。
あとは、有権者の判断。
最近の天理教本部への国会議員の団体参拝、自民党が減ってきて、民進党が増えたとは、私も感じてました。
奈良・天理市長、公務の出張中にデリヘル利用「違法行為はなかった」
http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/31/tenri-mayor_a_23191927/
天理教○○員 ○ ○ ○ ○(中澤隼人)
(昭和42年2月10日刊 全天理教会に配布す)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
この小書を贈呈するに当たって
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今から30年前、父は単独布教から部属教会21ヵ所をつくって、当時の旧制分教会長として、65才で出直したのであるが、父は晩年最後まで、自分は御本部の庭掃きでも勤めさして頂きたいと、心から言い暮らして出直しをした。一昨年の12月、母は91才の高齢をもって出直したのであるが、毎日往診に来ていた医師も奇蹟だというほど、一日一日を保っていた。そしてその最後の出直しの日、私は教会長として母の枕元に坐った。最後のお授けを取り次がせて貰ったのである。あるいはこれが母との今生の別れになるかもわからないと思うと、70才に近い身でありながら、子としての感情がこみあげて来る動揺を、一切神に凭れて、平静に平静にと自分の心を抑えながら母に言った。「お母さん、今お授けを取り次がさして頂きますが、もう一度身上を貸して頂きたいとはお願いいたしませんよ。神様の御思召しのままに御守護下さいませとお願いいたしますよ。しかしお母さん、もしも出直しをされても、また○○の教会に生まれかわって来て下さいね」。母は床の中で合掌したまま、いとも安らかな表情で、「それが一番の楽しみだよ」 と小さい声で言った。平静に平静にと努めていながらも、お授けを取り次ぐ私の両眼からは、熱い涙がとめどもなく流れた。そうして、そのお授けが母との最後の別れとなったのである。
何回生まれかわって来ても、道の御奉公一念に撤しきっていた母であり、それがこの世における何よりも一番の母のたのしみであった。およそ道の子として親里を慕い、道を想い、したがって道の最高の親たる真柱を愛さないものが、一人でもあるだろうか。私は道の子である限り、そうしたものは一人もないと信じる。かつて真柱は、天理教を一番愛しているものは俺だとおっしゃったことを聞いたことがあるが、私もそうだと思う。真柱ほど、教祖様の理想実現に想いをこめられていられる方はあるまい。
しかし真柱を愛し、真柱への一番の親孝心とは、当面の真柱の御機嫌を伺い、真柱の御機嫌に終始することでは絶対ない。いかにして一日も早く教祖様の御理想である陽気暮らしを世界の人類にもたらすかにある。しかるに本教の現状を見る時、輪郭の美は非常な勢いで整って来ているが、教祖様の理想である助け一条の陽気さは、声のみ大きくしてその実力は教祖40年 祭当時より、その信仰の熱度において、信徒の量において、むしろ低下しているのではなかろうか。
私は先般、宗教史専攻の東大教授笠原氏とお逢いして、いろいろ御意見を伺ったが、現在伽藍宗教といわれ、わずかに旧蹟として世の観光者によって命脈を保っている数多くの仏教本山の、最盛期から衰退に及ぶ当時の仏教と本教の現在とが、そろそろ似て来たような感じがしてならない。もちろん、本教はそこまで下落するとは思わない。しかし、宗教の一番の生命である人の救いにおいて、現勢とあまり変わりのないようなことであったら、それこそ教祖様に対し、真柱に対し、どこに親孝心といえるだろうか。
先般挙行された教祖様80年祭は、道の子の想いに想った親の年祭だけに、本教史上かつてない盛大な式典であり、天候にもめぐまれて終始されたことは、われわれ道の者にとっては嬉しい極みであった。しかし、あの170万人といわれる祭典への帰参者の中、本当に教祖様を慕い、親里を信じて帰参した道の子は、果たして幾人あったであろうか。当時の集会員会では、約30パーセントの声が出ていたが、その他はそれ等の人たちに勧誘されて、地場を踏んだ観光者たちである。私はけっしてこれを悪いというのではない。たとえ本人は単なる観光のつもりで来たとしても、やがては大きな匂いがけとなるからである。ただ私は、ここでもし道の指導者である教会長級が、あの姿そのままが現在の道の教勢の実力と誤り信じた場合、それこそ最も恐ろしい危険さがひそんでいることを憂える。
仏教の衰微した当初の原因が、当時の仏教幹部たちが、その当時の形の上だけの盛大さに囚われて、そのままを本山自体の信仰の実状と思いあがった誤りからはじまっている。東京にある一流教会の婦人会と青年会の共同主催の座談会が開かれた時のことである。某教会所属の最も熱心な婦人教会長の質問であったが、「先生、われわれは天理教貴族をつくるための信仰であるならば、私は道の信仰を直ちに止めます……」と熱烈な口調であった。私は貴族的とは、その人の人間としての価値が、その人の生活以下であった場合に起こる現象だと思うのであるが、教祖様ほど民主的に徹底された方はないのではあるまいか。
物貰いに来た一乞食の赤児を抱きとって、御自身の乳房を含ませられたあの御態度こそ、教祖から示された本教としての全人類に対する行き方である。もちろん、つくし運びは本教信仰上の真理であるが、それはあくまで陽気さの上に立ってのつくし運びでなければならない。どんな身上事情の苦しみの中でも、あくまで陽気さだけは失わない指導こそ、用木の使命だと思う。そこにこそ天理教の魅力が生まれる。最近のある仏教関係の雑誌に、最近における本教の批判記事が載っていた。もちろん仏教関係の雑誌だけに、天理教的の記述ではないが、私はこれを読ん で、本教の指導者階級にも読んで貰いたいと思った。是非一読しておく必要があるとさえ思った。これが、「50年後の天理教を想う」と題してこれを転載し、この小書を全国の指導者の立場にある皆さまに贈呈させて頂く所以である。
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50年後の天理教を想う
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昭和20年の敗戦とともに、天理教は、他動的に国家の宗教政策の制限から脱して、立教以来、はじめて自由な天地に出た。多くの人がなお混迷と虚脱の境にある時、中山真柱は直ちに「復元」を打ち出し、これを教団最高の方針と定めるとともに、原典のみにもとづく天理教教典の編纂に着手した。「復元」とは、要するに、教祖の教えの本来にかえれということである。これはまず教理面からはじまり、現在の教典が24年に公布、つづいて31年には、本部の正式の編纂にかかる「稿本天理教教祖伝」が完成、これで、教理の基本コースは確定した。だが教団の組織、実態の復元はどのようにすすめられているだろうか。
これに関する構想は、具体的に明らかにされていない。私の推測によれば、組織を一挙に改変することなく、まず組織の内容を形成する信仰を統一し、向上させ、その成人を待って、次第に理想に近づこうという、現実的な方法論がとられているかに見える。まず破壊してまったく新しい組織をつくろうというのではなく、漸進的で、あいまいな面が強い。新しいものはほとんどないといってもよいかもしれない。
この復元の実行は、教祖60年祭、70年祭、そして昭和41年の80年祭を軸としてすすめられたが、この歩みの中で、教理的には「ぢば」中心主義、組織的には「ぢば」にある教会、すなわち教会本部絶対主義の方向がすすめられた。こうして、真柱の絶対権威は高まり、施設はいよいよ本部に集中した。そして教団の動きは、本部の方針が打ち出されてのち、それが地方に伝わり、時をおいて次第に実行されるという、上から下へ理を流すという姿が強化された。
この本部中心の権威と統制力は強固なものであって、かつての茨木事件のように、大教会が本部に異を唱えて離反するという事態はもはや想像もされない。大西愛治郎のように、天啓によって自分が「かんろだい」であると称するような人間も出て来ないであろうし、かつての大平良平のように、教理の純粋化を求める運動も、その存在理由がなくなってしまった。では天理教は、もはや、異端を生むべき条件も必然性も皆無であろうか。それほど天理教の方向は安定し、完成しているのであろうか。私には、そうは思われない。
教理的にも、組織的にも、整然として統制がとれているかに見えるが、燃え上がる信仰情熱、内的エネルギーは、衰弱しつつあるのではないかと思われる。この内的エネルギーの衰弱は、異端が出ることよりはるかに危険な徴候であると見なければならない。復元は教祖の理想に照らしてみて正しく、その努力が20年以上にわたって行われているにもかかわらず、その実が思うようにあがらないというところに、現在の教団の最大の悩みがある。教理面では、神一条の信仰が事あるごとに下部組織へ向かって流され、講習会も大規模に、かつ根気よく開催されているけれども、その浸透は、まだ本当の心の深い部分へとどかない。そして、多くの人の信仰の実態は、あいもかわらぬ病気たすけ、御利益信仰の域にとどまっている。
それだけではない。復元の教理を説くべき立場の人の間に、早くも教理の固定化、ドグマ化という現象が生じている。これでは、造花のようにととのっていて美しいけれども、悩んでいる人を救う本当の力を欠くことになる。戦後、天理教信仰の目的は、陽気ぐらしであると宣明された。これはたしかに教団の隅々まで知れわたったが、それは言葉の空転で、実際は陽気ぐらしと
相去ることはるかに遠いものがある。
組織面では、世襲制によって主な人事は固定化し、明朗で公正な競争がなく、20年先の構成が大体わかるという具合である。これを動脈硬化症と呼ぶ人もあるが、青年にとっては、これは甚だ意欲をそぐ原因となるために、多くの有為な若人が、自分の能力をフルに発揮できる 新天地を求めて教会の門を出てゆく。天理教は、かくして人物経済上、大変な損失を重ねている。(注:このことは将来の天理教にとって、何ものにも代えがたい一大損失である)
それほどの能力も気力もないものは、安易なプチブル生活の地を求めたり、漫然と教団の中に生きているだけで、教祖の精神を喪失している。教会の後継者が少なくなりつつあるという現実は、前途の楽観を許さぬ事実である。極言すれば、天理教は、理想は高く、本部は壮大なのに逆比例して、信仰のエネルギーが低下し、人間は卑小となり、求めるものが物質的、形而下的になっているのが現状である。私は異端を待望する人間ではない。けれども、空洞をもつ大木になりつつある現状を放置する時、おそらく天理教は立教の宣言にふさわしい世界宗教として脱皮することは不可能であると思われてならない。
ここに思いきった信仰と行動力を持つ異端的人物の登場を待望するのであるが、この種の人間は果たして出て来るであろうか。出て来るとしたら、どこから出て来るであろうか、本部からそういうラディカルな人間は現れないであろう。青年会にしても、その本部は、失敗を恐れぬ不屈の精神に欠けているから、これも期待薄である。最も有望で有効であるべき文書の面ではどうかというに、溌剌とした昭和初期の個性と自己主張の時代は去り、自由な批判精神は失われ、真柱の亜流ばかり増えている。それも真柱の打ち出す復元の教理を完全にマスターした上、自分の独創を出してゆくならよいが、顔色をうかがって書いているような感がする。書く姿勢がおかしい。
これでは真に世に訴え、人の心を揺り動かす大文章は生まれてこない。本来ならば、何がなんでも訴えねばならぬ問題が山積しているのに、筆を執ることをなるべくなら避けようという傾向が強い。この面でも退潮と衰微の感はまぬがれない。このように見てくると、天理教は深刻な危機に立っている。人類全体が危機に立っている以上、天理教だけが安泰であるべき道理はないが、この二つの危機を認識する度合の深いものこそ、現代と次の時代をになう人間像である。
天理教は、短いとはいえ、教祖没後80年の歴史を持っている。この80年祭は、生命も財産も名もいらぬという強い信念の持主によって築かれて来たものである。この種の人は今も数多い。こうした行為を天理教では伏せ込みといっているが、これある限り、教団は容易なことではビクともしない。けれども、教団がビクともしないことが理想なのではない。真に人類の苦悩に応え、それを救済するために、教団はどんな犠牲をも辞さないというのが、本当の伏せ込みである。私が待望するのは、この種の大勇に生きる人間であり、これは、教団の保守的な側から見れば、異端と映るであろう。けれども、社会はその異端を望んでいるのではあるまいか。
大正の末頃、増野道興は、天理教の海外伝道の可能性について、次のような演説をした。日本中に布教を終え、その余勢をもって海外伝道をすべしという論は、正論に似てその実きわめて皮相的である。そんな甘い考えで事が成るものではない。天理教が日本で大いに圧迫され、禁止され、食って行けぬ時代になって、やむなく新天地を求めて海外へ大挙して出て行く。こういう時、海外伝道の道は開けるであろう。天理教は神の道であり、神の道は人間の欲を徹底的に排する道である。しかるに世人は欲の世界で生きている。
天理教徒が欲を離れ、人にも欲を離れさせる生活を徹底して行った時、神の道と人の道は必ず矛盾すべきものである。その場合、世間と政府は己れを是とし、神の道に生きるものを非として圧迫するに至るであろう。私は何をいわんとするか。どこまでも神の道に撤し、ために世人の非難攻撃を受けるに価する天理教を待望するのである。欲のある世人からほめられる天理教は、畢竟神の道とは無縁のものである。これでは日本の人心改造も、海外布教も成るものではない。筆者のいわんとするところは、この演説の中に尽きている。天理教は、現代、社会にいい子になろうとしており、また多くの人々は、組織の中でいい子になろうとしている。ここに問題がある。
明治20年の1月、教祖が姿をかくされる直前、政府の弾圧をおそれて、お勤めをすることをためらっている側近者に対して、教祖は「律がこわいか、神がこわいか」とせまり、さらに「律ありても心定めが第一やで」と明示された。これが天理教最大の指針の一つである。現在天理教は、新憲法のもと信仰の自由を保障されている。一切の弾圧はもはやない。律と神とは鋭角的に矛盾はしない。けれども、律そのものがなくなったのではない。今や律は教団の中に存在している。それは、明らかに人間の心のつくりあげたものであって、天理教の中に、一般社会の常識や約束事、すなわち人間思案が多くなっているのである。何はさしおいても、この教団の中の律を打破するのが物事のはじめである。
ソクラテスはにくまれ役を一手に引き受けた。アテネを愛する彼は、アテネを巨大な牛に譬え、それが眠りこけないように、自分がアブとなってうるさく耳元で音を立てるのだと自負した。彼は不幸にして、牛の尻尾で叩きつぶされる羽目になったが、現在、私のもっとも待望するのは、このアブ的人間である。これが、差し当たって出現の可能性があり、しかもきわめて重要である。大なる異端像が現れるほど天理教は成熟していない。けれども、天理教は自己にとじこもって眠っていてよい時ではない。眠りこけていたら、社会はさっさと天理教を見捨てて行くであろう。差し当たって、アブ的人間が多く現れること。そこから一人のソクラテス的人間が出現することを私は期待する。
40代不良信者
2017年8月31日 9:16 PM さま
タイムリーな話題提供ありがとうございます。
・天理教の教えの基本は 「ふうふ なかよく くらしてね~」
・夫婦そろって、天理教天◎教会の信者(ようぼく)である
・でも、自分は、全国市長会出席の公務出張中に、デリヘルで浮気する 計2回
(中学生の男の子がいる)
こんなんが、天理市長であるということです。
あとは、有権者の判断。
日本維新の会 はぁー
{ 政教分離 は 民主主義の第一歩 }
わたしは以前、元東大阪市長 故清水行雄のことを書きこんだこともあります。
(知人女性の健康保険証を、虚偽の住民登録を行い取得させた)
知人?
やはり政治的なものとのつながりは、逆に利用されることの危惧をはらむと考えて
敬遠すべきものと思っています。しかしこの男、何を狙って天理市か。
http://tengen.jugem.jp/?search=%CA%C2%B2%CF%B7%F2
この会長。この教会は「中山みき研究ノート」にも出てくる古い教会。
http://roy.hatenablog.com/entry/20121129/p1
前回の選挙を踏まえた提灯記事。
神殿から食堂まで200mベンツのオープンカーでパレード
学生は学校休んでお見送りでしょうか?
池田大亮大先生ですからね笑 ベンツ等外車などを放棄するイメージ戦略も打てない時期トップには失望です。やはり天理教は未だ江戸時代 中山を徳川と勘違いしてます。
>>池田大亮大先生ですからね
誰?
ディスるならちゃんと名前書こうね。
近頃「只ディスりたいだけ」の有象無象が出入りし始めてますね
「悪貨は良貨を駆逐する」
まじめな匿名さん
良貨なあんたが駆逐されるやんか笑
怒らんでもいいところで怒る事無いスルーしとこや
天理教信者さん
まじめな匿名さん
今の天理教と御本部では何言われてもしょうがない。本部が過ちを犯しているのだから・・・
匿名の誹謗中傷は酷いかも知れない。しかし天理教信者くんもまじめな匿名くんもオブラートに包むのが信仰なのか?無駄に上級を立てるのが信仰か?違うよね。誠と真実が信仰ではないか? この二つの言葉が失われた教団であるから様々な事をお見せ頂くのだろう。 言葉が汚いぐらいで腹を立ててはそれも埃、得心させて頂くのが、おみちを行く者の本分、ここの誹謗中傷に腹を立て、上から物申してる自身が本当の御守護を見た事は無いから腹が立つ 腹立ちは未熟な精神から起こる。まずは誹謗中傷を書く人に「にほい」をかけられるぐらい自身を磨く事
腹の立つのも分かるが、君たちの文章にも心が無い。自分を見つめれば分かる事、そのような心しか仕えない。自身の無知さに気が付けず薄い教理を強要してるからこの教団は衰退したまさにその状態がここに現れたと私は私自身反省させて頂きました。
衰退して、崩壊しても仕方ないわけです。何言われても仕方ございません。
9月3日、掲載の中島みゆき「四十行のひとりごと」
~東京駅へ向かっていたのに~
(私の解釈)
懐かしい「おぢば」の風景。
何も変わっていないように思うけれど、
何故か昔の道に戻れない。
よく知っている道なのに、
何も変わっていないように見えるけど、
古い道は消えたのどろうか。
歩いている道は似ているけれど、
新しい住人しか住んでいない。
「元の場所まで戻れないの よく知っている街なのに 何も変わっていないのに 知らない人ばかりで混んでいる」
「誰か あたしの帰れる道を教えてよ」
と書いてある。
内科医さま
1.上川氏と次女布恵さんは、京都市姉妹都市交流事業にのっかって、何度もケルン市に行っているのではありませんか? (自腹で旅費工面できる市民はそうそういない、せいぜい1回、2回)。
2.上川氏が、「天理日独文化工房」建設が、ドイツ国内で{ケルン市}に選ばれた経緯を最も良く知っているのではありませんか?
頑張って下さい。心から声援を送っていますよ~
(読売オンライン 地方ニュース 奈良版より)
天理教の真柱しんばしら継承者・中山大亮だいすけさん(26)と、天理教河原町大教会役員・上川修二さんの次女布恵のぶえさん(28)の結婚式が1日、天理市の教会本部で行われた。
大亮さんは4代真柱・中山善司さんの長男で、関西大を卒業後、天理教青年会長を務めている。布恵さんは京都市出身で天理教校専修科を卒業した。
式には信者ら約500人が出席。「互いに助け合い、陽気に勇んでつとめさせていただく決心です」と誓いの詞ことばが代読された。
姑が布教師で苦しんでいます様
2017年9月3日 5:52 AM
天理教の真柱継承者 結婚式に信者ら500人
http://www.yomiuri.co.jp/local/nara/news/20170901-OYTNT50267.html
オープンカーに腰掛?野球の優勝パレードですか?www
>1.上川氏と次女布恵さんは、京都市姉妹都市交流事業にのっかって、何度もケルン市に行っているのではありませんか? (自腹で旅費工面できる市民はそうそういない、せいぜい1回、2回)。
>2.上川氏が、「天理日独文化工房」建設が、ドイツ国内で{ケルン市}に選ばれた経緯を最も良く知っているのではありませんか?
またまた不正の香がします。今後何か出てきそうです。
野球の優勝パレードですか?w
2017年9月3日 9:22 AM さま
いえいえ、「皇室」と張り合っているのですよ。
① 今上陛下の際、全国から近衛兵を呼び寄せての、何十頭の、ご成婚の馬車パレード
②(警備上}皇太子殿下の際、ロールスロイス・オープンカーのご成婚パレード
脳内では、(殿下と妃殿下だと思いますよ)
「腰掛」は、野球か大相撲みたいですけど。。。
蝿記者
2017年9月3日 9:26 AM さま
1.の推論の背景を書きます。
私の○○○教室の件。市役所としても姉妹都市交流だから、毎年、何らかの、『民間人的交流』が必要です。
旅費をどう工面するか、市役所としても、特定の個人を選んで税金から支給するわけにはいきません。
あの当時、$360~240円の時代でした。
結局、教室生徒のうち、ほぼ隔年で、毎回、姉妹都市交流でその国を訪問できたのは、「お金持ちのお〇様」だけでした。市役所としても、ある程度まとまった人数の参加者を確保するのには、特定の団体を利用するのが便利なのです。そして、毎回、京都市長を京都市役所に訪問し、テレビや新聞で報道される。お金持ちの親からしたら、十分にもとをとっています。特にお商売をしておられるおうちにとっては自慢ですよね!
{今回は井幡さんのご出席が叶わず残念でしたが、京都からは天理教河原町大教会 深谷 善太郎 会長ご夫妻を先頭に29名の方々がご参加。また、ケルンの市民の方々も多数ご参加。感謝の気持ちでいっぱいに。}
この内訳、残り27人のうち、どれだけ河原町大教会関係者なのか、数字を知りたいですね。
がんばってください。
その際には、20冊の購入を決めましたよ!
後継者講習会実行委員長で ある中山大亮さん。
道の後継者が、この日を祝って神名流しをしている画像がUPされていました。
教会子弟は、感謝と慎みを持って通るように指導されている。
披露宴会場までの僅か200メートルの距離をパレードするのに、まさか新車のオープンカーを用意されたということはないでしょうね。
もし、そうだったとしたら感謝も慎みもないように思うのです。
後継者講習会実行委員長は何を感じ、何を考えているのだろう?
蝿記者
2017年9月3日 9:26 AM さま
今の京都市役所のこの体たらく、『文化庁』を京都市に移転させる資格はありません。
1200年の古都の重みを自覚せよ!
と、思います。
先ほど宮内庁から眞子さまと小室圭iさんの婚約内定の発表がありました。豪雨被害を心配されての延期等、皇室の配慮もあり、私を含め大多数の国民が心からの祝意を寄せていると思います。
それに引き替え9月1日の太亮氏の結婚式に何人の天理教人が関心を寄せたでしょうか?本部在籍者を集めて500人?200mをベンツのオープンカー?末端の教会長でありながら「勝手にやってろや」とすなおに思うのはひねくれ物の私だけでしょうか.
八町四面様へ
2017年9月3日 1:33 PM
>本部在籍者を集めて500人?200mをベンツのオープンカー?
非常に少ないですね。何かに脅えているのか?それとも全教参加にして参加者が少ないと余計に惨めだから固定数500でしたのか 派手にやれば、人数的にはもっと集められるはず。小規模でやればもっと小規模にできる。何か中途半端・・・それがこの教団の本部の実態なんでしょう。
500人は少ないですね。一般人のちょっとした人物の令嬢、あるいは子息の結婚式でも400人500人呼ぶ人は普通にいますから。
オープンパレードに人がいなければ、婚礼の仮装をしたチ☆ドン屋が二人できょろきょろしながら歩いているのと一緒ですから。
たったの500人はそれに近い。笑えてきます。
凋落の途にある教団。本部取り巻きは別として、全国信者がもろ手を上げて慶祝ムードになっている訳ではない。ほとんど他人事です。甘露台倒壊直後の婚礼は、未来の天理教の行く末を暗示しているようです。500人は質素が旨のパーフォマンスなのか、単に人が集まらないのかどちらなのだろう?次期トップがたった500人でオープンカーとは、またまたチ☆ドン屋に見えて笑えてしまう。
人は集まらなくても祝金のお金だけは強制的だからきっちり集まるだろうけどね。
お詫びのコメントが出ていた。どういう事なのだろう。
『この度、大亮様と布恵様のお慶びの様子を皆さんと分かち合おうと、写真や動画でアップしましたが、ご本部の許可を得ずしてしまいましたことをお詫び致しますと共に、申し訳ございませんが、シェアされた方、お手数ですが、全ての写真動画を削除して下さるようお願い致します!』
肖像権の問題でしょう。
勝手に若者の写真をネットで拡散したり
古い元会長さんはネットリテラシーをもっと学んだ方が・・・
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/8229813.html
では、新聞社のオンライン記事の写真掲載は本部が許可済なのですかね。
そもそもオープンカー上の姿を姿批判されてしまったので、慌てただけのこと
のように見えます。
コメントは古い元会長さんのものではないのですから、肖像権云々を
古い元会長さんへ説くことは、少々、的外れのように思えます。
次期真柱後継者とその夫人ということで新聞記事にしたのは、
公人扱いという基準で新聞社も掲載したのでしょう。
皆さんはどのように受け止められましたか?
今後もお二人は内外から言動を注目されるはずです。
自覚が無くては誠に「アララ・・・」のことを招きます。
20歳過ぎれば普通は立派な大人。
「勝手に若者の写真をネットで拡散したり」とご指摘下さいましたが
本人が結婚前にはネットの機能を駆使して「お姿」を拡散していましたから
匿名様のご心配は杞憂かとも推察します。
しかしながら、コメントが正しく、本部の許可が無いお姿写真掲載は
今後、ダメということですと、
どうでしょう、「マ・サ・コatリトル皇室in天理」となりませんか?
若いお二人は信者数を増やすために、あえて、恥ずかしさを抑えて、
話のタネを提供してくださった、馬鹿を装ったとも考えられます。
うーん、深く検証してみよう~~。
次期真柱ですので公人です。
肖像権は、「日本国憲法第21条に表現の自由」に付随するものです。人権からの派生
全て許可制であると考えたら良いですが、公人となると「公の人」と成りその肖像権は薄らいでいく。
そして結婚式という披露の場であるという事で肖像権はより薄らいでいくでしょう。
そして本部も有名宗教団体天理教の本部として「公の団体」と位置づけられるので、法令順守は必須となります。
その次期長であるから公人と帰結するわけです。
肖像権
https://goo.gl/1noaG5
https://twitter.com/noir1011blanc
こちらはまだ、本部からのお達しはいっていないようで、にこやかなお写真が
見られます。
上記のお詫びコメントを確認したのですが・・・。
https://ja-jp.facebook.com/%E5%A4%A9%E7%90%86%E6%95%99%E9%98%B2%E5%BA%9C%E5%A4%A7%E6%95%99%E4%BC%9A-965918696813955/
連投失礼致します。
上記にコメントありました。
天理教って窮屈ですね。
>肖像権の問題でしょう。
>勝手に若者の写真をネットで拡散したり
という事なら、パレードを見送っている人やつい最近の後継者講習会の様子なども「肖像権」に引っかかりますね。
当然、顔が分からなくても後ろ向きでも背中からでも「肖像権」に該当するでしょう。
それを「オープンカーに乗っている二人」だけに絞って肖像権のどうのと言うのは片手落ちだし、一列兄弟世界ろくぢに反します。
天理教本部がそれらの写真に映っている人物全てに「承認を得た」という確証が出るまでは、結婚式パレードの写真等を削除するのは、片手落ちかと思います。
内科医さま
蝿記者さま
京都市:
日本人の信仰を集める多数の神社仏閣がある、千二百年年の歴史を誇る古都(首都)。
仏教の多くの宗派の総本山は、京都市にある。
ケルン市:
ヨーロッパ全土の信仰を集めるキリスト教(一神教)の聖堂<ケルン大聖堂>がある。
ローマ時代からの歴史のある宗教都市。
ケルン市街地は、威容を誇るケルン大聖堂を中心に、放射線状に都市は造られてきた。
(ヨーロッパ全土、古い都市はどこも教会を中心に造られている)。ケルン大聖堂は高さ150m超。奥行140m超。130mの京都タワーよりも高い。そのゴシック建築の迫力ある姿は、通りのどこからでも見上げることができる(高層建築物の制限)。そして、そのケルン大聖堂のすぐ近くにKYOTOシュトラッセがある。
若い信者が麻原に心酔し、麻原が「空中浮揚」の写真を公開した時点で警察や公安が動いておれば、松本サリンも地下鉄サリンもなかったのかもしれない。
多神教の八百万神信仰や仏教が裏目にでたとも言える(他宗教に対して寛容)。
しかし、この感覚で外国に出ていくのは危険だ。ヨーロッパ人はカルト宗教に対し、非常に厳しい。
世界三大宗教は、キリスト教、イスラム教、仏教 だと思わない方が良い。
現実の世界三大宗教は、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教(ユダヤ人はアメリカの金融、つまり世界金融を牛耳っている)。すべて、一神教である。だからこその世界戦争でありテロである。麻生大臣でさえ、先日失言して、米政府首脳をカンカンに怒らせてしまった。
そして、ケルン大聖堂の近くに、「天理日独文化工房」があれば、バカだと思う。
京都の恥だ、日本の恥だ。
天理教の奉る神は、「天理王命」という名の「親神」。当然、『一神教』である。
一神教の歴史ある聖地に新興宗教の一神教を持ち込んでどうするの???
しかも、教理は仏教と神道の寄せ集め。
ドイツ人には永遠に理解できないはず。
幸いにも、洗脳にひっかかるバカはいないとも言えるが。。。
大亮氏のお顔 う~ん 考え深いお顔立ち 特に両親の不仲が出ております。両親との決別など先々起こりうる事態でしょう。ここでは多くは語りませんが人相学を学んだ人間ならすぐに分かる。
https://pbs.twimg.com/media/DIrMdhnUQAA5aXL.jpg
>肖像権の問題でしょう。
勝手に若者の写真をネットで拡散したり
古い元会長さんはネットリテラシーをもっと学んだ方が・・・
2017年9月4日 12:27 PMの匿名 様は、私が以前ツイッターに、大亮さんの弟が海外留学先で女子と抱き合っている写真を、顔を隠して投稿したことに対して、おっしゃっている事と思います。
https://twitter.com/huruikyoukaityo/status/886739845208350720/photo/1
本部員の息子で、天理教のお金で留学して、将来かぐらづとめを勤めるであろう立場の人間は、若者とはいえ公人であると思います。
その頃、教内一般の若者は、行事に強制参加させられ、末端教会は教祖130年祭のお供えに四苦八苦している最中に海外で遊び呆けている写真を何枚も投稿する感覚が理解できません。
感謝、慎み、助け合いが一番必要な立場のお方であります。
数ある宗教の教祖と言われる方々は、どのお方も、贅沢を避け、質素な暮らしぶりであられたと思う。
教祖が亡くなり、教祖の血統をひく者が後を継ぎ、たまたま信者が増え、宗教教団として大きくなるにつれ、どの教団も、上層部の方々は贅沢三昧の生活を送るようになるのは、どうした訳か。それはもう初代教祖の理念などひとかけらも残ってない、搾取する特権を絶対に手放そうとしない、初代が断罪した支配階級が一つ増えただけでしかない。
教団を率いている方々は、自分達が特権階級だと大きな勘違いをしているらしいが、浅はかなことだ。
海外留学していた本部員の息子も、自分が、信者の貴重な金を使って海外留学している、という意識が少しでもあるならば、海外女性と抱き合っている軽薄な写真など、FBに載せられたりするものではない。教団の将来を見据え、責任の重さに、重圧をうけながらも、勉学に励んでいる筈だろう。
海外で遊び呆けたいなら、信者が、無い中でも苦労して出したお供えなど一切使わず、自ら汗水流して稼いだ金で行けばよい。それなら、海外女性と抱き合おうが、何をしようが、どこからも文句は出ないだろうし、いくらでも自由にすればよい。
代々続く家柄だとどんなにお金持ちでも質素な生活を幼少期より躾として身に付けさせられる。中田家に養子に行った善亮氏はその教育が足りてないと見る。足りてないと言うより、「成り上がりの成金」に感じてしまう。その下品な風習は、次男の素行、長男のお顔立ち、それら些細なものに出てきてしまうものです。そこ知れたものです
>その下品な風習は、次男の素行、長男のお顔立ち、それら些細なものに出てきてしまうものです。<
誠にその通りと強く同館致します。
見た目のお顔立ちは婚礼写真で見た通りです。品性のなさを感じるのは、私だけでしょうか?
たとえどんなお顔だちでも家庭に於いて受けた教育、躾、本人の学問に向かう姿勢、探求心など、それに裏打ちされた「教養の深さ」があれば、にじみ出る品格というものは自然と出てくるものです。
残念ながら、今回の大亮さんの全身からは緊張感も品性もオーラも、そういったトップに立つ人間としての魅力にはいささか乏しい。下降線をたどる天理教を牽引するトップとして、人としての魅力を身につけられますよう。ベンツ等での送り迎えを自ら容認しているようでは、本気度は伝わってきません。
父善亮さん、次期トップ大亮さん、己に厳しくあるべし。沈みゆく船は浮上出来るのか。教団にかかわってきた者として、誠に残念です。
素朴な疑問ですが
大亮氏に何故様を付けるのですか? 真柱にも様です。
人を持ち上げ過ぎの様な気がします。信仰対象は親神様おやさまですよね?
もしかして外国人が作った団体ではないのでしょうか?と思うぐらい日本語がおかしいです。
ご紹介させて頂きます。
宗派は違うが信仰とは何か、宗教とは何か、を改めて考えさせられました。
仏教、仏道とは何かをご自身そのもので表現されている。
真理、真実とは宗教や宗派などを超えて人の心に響くものなのだと思った。
このような素晴らしい日本人宗教家がいることを誇りに思います。
インドで1億5千万人の仏教徒を導く、81歳の日本人僧「私には黒い血が流れている」
http://www.jprime.jp/articles/-/10511
アンベードカル博士の言葉_bot (@babasaheb_japan) | Twitter
これに比べて「天理教は時代劇ごっこ」にしか成ってない事にすら気が付いてない。偉い偉くないなど位ばかり気にして中身の無い人ばかり、甘露代倒れ即修復して、時期真柱もよく結婚出来きますよね?今後宗教家の長に成る者として式を遅らせた方がよかったように思いますがね?これ程喜ばれない結婚式も久々です。
アンベードカル博士の言葉_bot @babasaheb_japanより抜粋してみました。
● 宗教は人間のためにある。人間が宗教のためにあるのではない。
● ブッダは仰いました。「真実を真実として、虚偽を虚偽として、まさしく知りなさい」。
● 人は、神の前でなくても平等だ。それが自然の姿である。
● 自助・自立・自己尊重。貴方を隷属から解放するのは貴方自身です。
● 思想や信仰は、人が依って立つ大地である。
だが決して、人を縛り付ける鎖にしてはならない。
● 活きた宗教は、人間の心の中にこそある。教条書の中には、ない。
● 身分の高低を云う者には、こう聞けばよい。貴方の心は深いですか、浅いですか?と。
● 力に屈して得られた安息を、隷属という。
それは、すべての尊厳と引き換えに自死や生贄によって細々と露命を継いだ野蛮な
時代へと戻ることだ。それは、平和ではない。
● 強者の矛(ほこ)を折り、弱者に盾(たて)を与えるのが『正法(Dhamma)』である。
しかるに邪悪な思想や迷信は、弱者から盾を奪い、強者に矛を持たせる。
● ガンディー氏は云う。「忍耐を知る者こそ強者だ」と。いやはや、笑わせないで欲しい。
彼は、社会的弱者に対してそれを言い、差別に甘んじよ・虐待に耐えよとお説教している
のだから、それでは独裁者礼賛もしくは悪魔崇拝と同じではないか。
● どれほど高価な燭台でも、灯りがともされ周囲を照らし出さなければ、簡素な松明に劣る。
それを知ることこそが、智恵の光明である。
● ブッダは人の子として生まれ、この世の道理を説いた。彼は超自然的存在でなく、
超自然的能力も使わず、奇蹟も起こさなかった。また、みずから神の子とも預言者とも
救世主とも名乗らず、ただ『道案内人』として生きたのである。
● カルマ(業)とは、道徳的秩序のための道具でしかない。カルマとやらを命令や習性の
言い訳にしてはならない。貴方の人生を決めるものは、運命や神の意志などではなく、
貴方自身の生き方なのだ。
2017年9月7日 1:59 PMの天理教は日本語がおかしい。 様
天理教並びに道友社は、日本語が分かっていないのです。大亮さんは大亮氏でいいし、真柱は、それ自体が敬称です。
創価学会の新聞公明新聞は、〇〇会長と報道しています。余程、常識的ですよ。
50年も以前に、教会長資格検定講習というものがありました。当時の教師に当たる人が次のようなことを言っていました。
天理教は成層圏を悠々と飛行するジェット機。一方、〇〇学会は超低空をすれすれの不時着寸前のオンボロ飛行機だと冗談交じりに言っていたが、今では、全くの逆ではないですか。常識的にもね。
ただ、私は〇〇学会員ではありません。宗教はもうコリゴリですから。
山階宮邸の宮殿跡地に建つ天理教河原町大教会。
全国100か所以上の天理教大教会の広大な敷地は、ほぼ9割方、農村信者の農地の現物お供えであろうと推察される。では、千年の歴史の古都の中心地で、そんな広大な敷地はどうやって見つかったのか? 明治維新によって、京都市内では、多くの宮邸や藩邸が不要になり、跡地には学校や工場(主に繊維関係)がどんどん建った。
特に丸太町大橋東詰界隈は、京都大学を始めとして、文教の府となり、古書店等のインテリ層相手の商売が盛んになった。
京都市民・・・宮邸跡地に教会ができて{さすが天理教は凄いわ}( ← 皇室の威厳を借りる )
農村の信者・・河原町大教会に参拝すれば、ついでに、京都観光もできる
<山階宮>
山階宮殿下直系の二男家三男家は、戦前の臣籍降下により侯爵伯爵となって今も続くが、直系には子孫がなく、皇族山階宮家は戦前に絶家している。
明治維新のドサクサ紛れで、新興宗教天理教は、京都市内のとっても美味しい位置に大教会を確保した。
『信じるか信じないか、あなた次第』
平安京への遷都に際し、あの地が選ばれたことの一要素に、北東の鬼門の位置に比叡山がそびえていることが挙げられる。比叡山は平安京の鬼門を守護している。平安時代は「陰陽道(おんみょうどう)」と呼ばれる、方角や風水の信仰が朝廷から民衆にまで広がっていた。この信仰に従い、平安京の鬼門を封じるために、最澄の比叡山延暦寺を初めとして、市街地にも赤山禅院や吉田神社などが建立された。
<鬼門>
・家の敷地の北東に、今でも南天(難を転じる)を植えている家が多い。
・家の中の北東の位置には、お手洗いをつくらないようにする。
・北摂は難波の北東にあり、昔は住宅地として人気がなかった(よそより地価が安かった)。
それに対して、裏鬼門の南西の位置には高い山がない。裏鬼門封じのために、東寺や石清水八幡宮、壬生寺などが建立された。東寺は官寺として建立が始められ、嵯峨天皇より空海に下賜された。
鬼門の比叡山・最澄と、京都の仏教界のシンボルとも言える裏鬼門の東寺五重塔・空海を結ぶ対角線の、ちょうど真ん中に、「天理教河原町大教会」はつくられた。
ワレは、平安神を奉る{平安教}の教祖なるぞ~。
平安京の結界に楔を打ち込み、都の安寧を打ち破る「邪神」をワレは許さじ。
畏くも畏くも、平安主命、助けたまえ~~~
どっかに、引っかかるバカはいてへんやろか?
楽して献金だけで食べていきたいもんどす。
Q.「藤原京」は、将来、世界文化遺産になるか?
A.天理市の存在が重しとなって、可能性はゼロです。
平城京も平安京も世界文化遺産となった。では、皇室の祖の地とも言える「藤原京」は世界文化遺産にはならないのか?石舞台古墳、橿原神宮、山の辺の道、談山神社、大神神社、石上神宮。これらの建造物群は現存し、なおかつ今も民衆の広い信仰を集めている。世界文化遺産に当然匹敵する、日本が誇る格調高い古代文明である。
<山の辺の道> 石上神宮HPより
山の辺の道は、石上神宮を中間地点として、北に行けば奈良へ、南に行けば三輪、桜井までおよそ35kmの道程となります。特に、神宮より三輪、桜井方面への約14kmの道は、「古事記」「日本書紀」や「万葉集」にたびたび登場し、自然地形にそってできた自然古道でもあります。
付近に点在する地名や旧跡、古墳は奈良時代以前より伝わり、行き交う人々を神話や古代ロマンの世界へいざないます。
この道を歩けば、四季の草花にあわせて、西に広がる大和三山(やまとさんざん)、遠く二上山(にじょうざん・ふたかみやま)、葛城(かつらぎ)、金剛(こんごう)の山々の眺望は時代を越えて美しいものがあります。
一方、天理教本部は、詰所だけでも100棟以上、神殿を囲む館(やかた)群。バリバリの鉄筋コンクリ―トの5階建でありながら、なぜか瓦をのせてわざわざ日本建築風に見せている。お隣りの山の辺の道の石上神宮の厳かな佇まいとの対極の、『成金趣味』全開のありよう。これを外国人に、「宗教」ですとは説明できない。
石上神宮に参拝しようと思えば、近鉄天理駅を降りて、延々と、どこの国かわからん異様な建物群をいっぱい見せつけられて、圧倒されて、半時間超歩いて、大鳥居に着く頃は、お腹いっぱいで、気分が悪くなっています。
年端もいかない若い後継者を「若先生」と呼び、昨日今日に来た右も左も分からない嫁を「若奥様」と呼び、「〇〇大教会長様・○○奥様」「○○前会長様」・・この気持ち悪い「ゴマすり」の呼称。
教会長が息子のことを「若先生」と呼べと、あえて信者に強要しているのを見聞きして、吐き気がした。
たまたまピラミッドの上に近い所に生まれ合わせただけなのに、こうしていつの間にか偉くなったような勘違いを起こさせる。
創られた階層社会である。本来は一列ろくじである。
神の前には、上も下もない。
末端教会、末端信者は卑屈になってはいけない。神の前には率直かつ真摯に、そして対等を意識して渡り合うべきだ。悪しき上下意識をはびこらせてはいけない。
>お供えはします。神様に。したいのです。心を。お金がどう使われたとしても。悔いはありません。
私ができるお供えは3千円です。
収入は一万えんです。二人の子どもがいます。
という書き込みがあった。考えてみれば我らも同じだ。
中間教会から上でこそ、下から上がるお供えから必要経費を抜いて上へお供えしているのであろうが、
例えば末端教会は、3万円のお供えを頂き、上級に5万円のお供えを持っていく。
差額は会長のアルバイトか年金か子供の仕送りで、それを賄っている。
(実際は、もっと多くの請求が上級からくる。)
将来、会長が病気になり、困っても「個人のいんねんだ。」と切り捨てる。
どこかで切り替えないと、全てが駄目になってしまう。
まず勇気を持ってお供えを減らしましょう。
>将来、会長が病気になり、困っても「個人のいんねんだ。」と切り捨てる。
それどころか、
「教会の芯である会長の身上は、その教会(信者全体)に対する親神様のお知らせだから、
なぜこんな事になったのか皆でねり合いをして、御守護頂けるよう教会あげて理立て(お供え)をせよ」
と、上級から(追い打ちをかけられるように)お仕込みを頂く事になる。
教会長はおいそれとは病気もできない。
勿體なや祖師は紙衣の五十年 句佛
爆サイ掲示板 「天理教を信仰されてる方VOL.2」 への投稿
http://bakusai.com/thr_res/ctgid=119/acode=4/bid=98/tid=5697859/tp=1/ud=1/
>大阪城のすぐ南側の都会のど真ん中にもM大教会が鎮座してますですねん。そこもホンマやったら固定資産税はどえらい額になりますわ。
興味津々、早速ストリートビューでのぞいてきました。間口は狭そうに見えて、奥行きと幅はタップリの立派な神殿ですね。先日、大阪歴史博物館の最上階から難波宮大極殿跡を見下ろしていたとき、そのすぐ近くにあったのですね。ビックリです。
河原町大教会・・・・京都御所の権威に乗っかる
大阪M大教会・・・・大阪城の権威に乗っかる
ついでに、すぐ近くに、四国K県の天理教K大教会大阪信者修練所なる建物を見つけました。どう見ても、「一般住宅+簡易宿泊所」です。ネーミングが軍隊みたいで笑えます。
四国の信者や大阪の分教会の信者(K大教会傘下)は、天理市本部に行けばK大教会の詰所があるわけですから、わざわざ、大阪市内のざわついた騒々しい環境で修行する意味はありません。
① 不動産投資 (固定資産税免除)
② 大教会長および親戚一族が、キタやミナミで遊ぶ時のための別宅
③ ①+②の一石二鳥
どれか?
さすが、不動産投資で財をなした「天理教ビジネス」、立地の目のつけどころが凄い。
ホテル業者、マンション業者からしたら、喉から手が出る程欲しい物件です。
天理時報 真柱に「様」をつける表記について。
古い時報を引っ張り出して下さい。以前は「真柱」と表記していました。
永尾教昭・道友社社長時代の途中から、「真柱様」と記述するようになりました。
なぜ変わったのかは不明。
道友社の方、この掲示板で理由をこっそり教えて下さい(^o^)
40代不良信者
2017年9月8日 6:35 PM さま
心打たれる句であるので、勝手にググらせていただきました。
「勿体(もったい)なや祖師は紙衣(かみこ)の九十年」
「勿体なや祖師は紙衣の五十年」
句仏上人【明治8年・1875・2月27日~昭和18年・1943・2月6日】とは、東本願寺第23世彰如上人(光演)。句で仏教を広めようとの願いをお持ちになり、膨大な句をお作りになったと伝えられている。
句仏人、【2月27日、2月6日】
真宗の生活(習俗・資料) より
句仏は句仏上人と尊称され、湖北地方では特にその名が知られ、俳句や書道の達人だったからその掛軸などは高価だった。 明治から大正期の東本願寺の23代門主だった。俳句をもって仏徳を讃嘆する、というまさに仏弟子そのものを自負する俳名であろう。
「勿体なや祖師は紙衣の九十年」。
もったいないことではないか。ご開山(親鸞)は冬の寒い日でも紙の着物で90年の生涯を送られたというではないか。
祖師は真宗の開祖・親鸞(1173〜1262)のことで、真宗の門信徒は「開山聖人」と崇め帰依している。ところで、紙衣(かみこ)とは珍しい言葉である。紙子、紙で作った衣服のことで、律宗の僧が用いはじめ、後に一般化した。軽くて保温性にすぐれ、近世以降安価なところから貧乏人が用いた。転じてみすぼらしい姿や惨めな境遇の形容の言葉にもなった。虚子の句に「纏うて古き紙衣を愛すかな」がある。
なぜ、ぼくが紙衣を持ち出したのか、親鸞という真宗開祖の生き仏さんが90年の生涯を紙衣で送られたということを「ああ、なんと。もったいないことよ」と句仏さんは感激されたが、それから100年後のわれわれでさえ、「ああ、もったいないことよ、今の世のこのぜいたくは」と痛切に反省させられるからである。
・・・・
http://www.shigayukan.com/2012/01/90.php
滋賀夕刊新聞社より
よく、災害時の非常時に、体育館やテントで寝るとき、防寒に「新聞紙」をかぶるようマニュアルがありますね。
姑が布教師で苦しんでいます
2017年9月8日 6:52 PM
ストリートビューで見ましたが、分教会風で記念写真取られてたので問題ないと思いましたが、一人現内統領 山澤廣昭氏そっくりな人が居るのですがあの乗取り事件の人が問題の人の写真じゃないですか? 内統領の兄弟とか書いてありましたよね?
写真
https://goo.gl/7ATBH2
匿名
2017年9月8日 7:16 PM さま
早速に、詳しい写真をありがとうございます。
玄関屋根(田舎の本軒入母屋造りで良く見られる建築様式)と大広間をのぞけば、一般住宅のジャンルと思います。「宮大工」でなくても、その辺の工務店で建てられる。分教会風であったとして、なぜに四国の大教会が自前の分教会を大阪市内の一等地に持つのか?
大変申し訳ありませんが、大統領にも棟梁にも、全く興味はありませんので、情報は持ち合わせてはおりません。K大教会の内情に詳しい方の書き込みを、どうぞ楽しみにお待ちくださいませ。
山尾志桜里氏不倫報道で民進党代表に成ったばかりの天理教信者の前原誠司代表も大変です。
前原誠司代表「コメントできる状況ではない」
http://www.sankei.com/politics/news/170906/plt1709060035-n1.html
道友社様
9月10日付けの時報の紙面より感じたこと。
大亮さんの結婚は「全教待望の慶びの日」などではありませんよ。信者も、ほとんどの教会も別段関心もなければ喜ぶ理由もありません。醒めて見ていますよ。そちらの都合勝手な華やかな見出しを書かないでください。
真柱の披露宴挨拶全文。
「・・皆様方には心よりのお祝いを頂戴いたしましたことを、心からお礼申したいと思います。・・・」
真柱さん。あなたは認識していますか?全国の食うに食われない末端教会が別段祝意もないのに大金3000円を無理やり取られたことを。高山の寝言など、見たくない。聞きたくない。
道友社は本部中心のきれいごとばかり書かないで教団弱者の実態も書かなければ共感は得られない。教会の7割以上は教団弱者なのだから。
購読者が年々減少しているのは経営面でも痛恨の極みだろうが、同船している船が泥舟であることをしっかり認識し、全国の苦しみながら死にゆく多くの末端教会関係者の実態に即した、彼らに共感される紙面を希望する。
現状、購読者減少は止められないだろう。
末端教会の者様へ
2017年9月8日 9:35 PM
私も天理時報見ました。式に際し本部の一方的な御祝儀集金問題が取り上げられ奇しくも甘露台倒壊も置き問題山積泥付き状態で「良く式挙げたな~」と祖父祖母両親家族一同で呆れてしまいました。祖父は古くからの信仰者現在の本部に対して懐疑心しか無いと苦言をていすのが日課です(笑)ここ最近の教内で噂される事件を祖父と話したら「珍しい事無いで昔からしとったで」と言われました。本部の悪行は今に始まった話ではないそうです。こちらでも書いているように本部が発刊する書物の脈略の無さや突如消えていく本席などの立場から考えたら「おかしな事だらけや~長年天理教やってるとそれが楽しみに成るねん」と言われました。昔から如何わしい組織運営をしていたが時代にそぐわなくなりこうやって道に集う用木の真実の声が届く様になっただけで昔から異常だったんだと改めて気が付かされました。
匿名様
2017年9月8日 10:38 PM
先代会長(父)は生真面目にお道一筋に生きてきた人でした。高齢の父は今のようにネットから情報を得るすべも持ち合わせず、理不尽な上級の言われるがままに命とお金を捧げて亡くなりました。
亡くなる数年前は私を含めた若い家族がこの教団の醜い実態をかんでふくめる様に父に説明しました。当初は半信半疑のような顔をして聞いていましたが、「それは、確かにおかしいなあ。お前たちが言っていること、それは、本当か??」と考え込むようになりました。父が信じて命をかけた道を否定し、少し可哀そうでしたが。
亡くなる数年前、「お前はお前の信仰をすればいい。お前達が上級を養う責任を感じることはない」と言って亡くなりました。
祖父様のおっしゃる通り、「本当に、おかしな事だらや~」です。
某氏の投稿記事。
(月次祭)また、彼の顔を見ることができなかった。
今日も仕事を休めなかったのだろうか、私と並んで上段に立つはずだったのに、若い教会長が代わりを務めた。若い頃は一緒に大教会の青年会副委員長を務めた。その頃、彼は勇んで勇みきってすべてに積極的に務めていた。
当時、彼の教会の月次祭は信者で溢れていた。
今やその時代の信者はほとんど出直し、参拝者は数人だそうだ。
晩婚だった彼には2人の中学生の子供がいるが、2人とも何年も不登校だ。
春、慶事に招いたら、「おめでとう。良かったな。でも、晴れがましい席には着きたくないねん。すまんな〜」だった。その気持ちは痛いほど理解できた。
天理時報、1面を賑わす記事は、真柱継承者のご結婚祝賀ムード満載、おめでたい。心からお祝いしたい。しかし、その陰には心から喜べない教会長も数多いることも、喜びいっぱいのお二人にもご理解いただきたい。
彼が心から、周囲の慶事を喜べるようになるまで、私は彼を励まし続ける。
中山家は天皇家を見習ったほうが良いですね。有名な話で「仁徳天皇 民のかまど」と言う話があります。
民の家から煙が出ていない事から天皇が不作を知り、課税を取りやめ、復活するまで課税せず仕舞に民から年貢を自ら納めた話
皆さん納めたくないわけじゃない。納められないんです。
苦しいだけなんです。好景気は富裕層だけ、貧困層は苦境で喘いでいる。
本当に参考にしていただきたいですし、周りの方に「民のかまど」の話を伝えてください。
仁徳天皇 民のかまどにみる聖帝物語
https://www.youtube.com/watch?v=KbeqYy8iXyk
これだけお布施に困窮してると、今後もっと様々な問題が出てくるでしょう。
【平将門の乱】も官僚の汚職による年貢高騰が原因ですし、あの【山口組と神戸山口組分裂騒動】の原因やはり上納金の高騰らしいです。不満がある人間が分裂し神戸山口組が誕生したそうです。これだけ経済的に不満が募ると天理教でなくても分裂問題も起きるでしょう。
経済問題は分離分裂の原因 様。
>これだけ経済的に不満が募ると天理教でなくても分裂問題も起きるでしょう。
残念ながら、天理教は分裂問題は起きないでしょう。
二代真柱が巧妙な組織体系を作り上げて、異論を言う人や問題点を指摘する人には「やれ不足だ」「やれ異端だ」と異端者にしてしまう。
教理や天理教の歴史を勉強していただっけでも、白い目で見られる。
思いを同じくするグループを作らせないように分断してしまう。実に巧妙だ。
天理教本部にもの申した人は、孤独に組織の外へ放り出される。
ネットが唯一の談じ合いのツールなのです。
かな子 さん
2017年9月8日 6:58 PM
>天理時報 真柱に「様」をつける表記について。・・・・。
>道友社の方、この掲示板で理由をこっそり教えて下さい(^o^)
そんなことお願いしても無理ですよ。でも、皆さんは全て承知の上で、それでもかすかな希望をもって投稿しておられるんじゃないですか。
掲示板のことはすべて「嘘」と切り捨て、独りよがりの教団本部がある限り、こちらも抵抗して、どのような小さなことでも本当のことを投稿し続けていれば明るい明日があるかもしれません。
末端教会の者(2017年9月8日 9:35 PM)様
教会の7割以上が教団弱者というのはその通りです。割合はもっと多いかもしれません。「天理時報」は、その教団弱者の末端教会が、一般信者家庭の購読料を教会教費から払っているのが現実です。負担は重いのです。しかし、当教会では最近も、ある信者家庭の方から「亡母は読んでたけど、私どもはもう読みません」と言われました。理由は、「天理ワールドの話ばかりや宣伝ばかりで面白くないから」です。教会関係者でさえ、今回の大亮氏結婚特集の時報にはしらじらと白けた感がありました。こんなことより、甘露台倒壊をめぐって、世界の事情を天理教的に考える教内有識者談話でもやってほしかった。
道友社の社長は代々本部員がなっています。一般信者のほうを向いて記事を書いてますか。ハッキリ言って、真柱や仲間の本部員に喜んでもらう紙面ばかり心掛けているのではないですか。真柱や大亮氏を様付けにしているのも、信者目線の書き方ではありませんね。教会本部の華やかなニュースの蔭で、末端教会では信者がどんどん去っています。きれいごとばかり書いても読者はついてきません。どんなに教団に不都合であっても真実を書いてほしい。
古い元会長様へ
2017年9月10日 8:39 AM
天理教は巧妙ではないと思いますよ。巧妙でしたらこれだけ具体的に批判が出てこないもの。他の宗教団体は事件や派閥闘争の書き込みが中心、天理教の場合宗教なのに教義を指摘されている時点でもう終焉を迎えている・・・ただ巧妙でなく強権を乱用していただけでしょう。しかも違法性がある強権それもネットの存在で乱用は出来なく成ります。現実的に分離分裂が起きなくても、皆さんの思いの中で心離れが起きてる時点でもう分離は発生していると言えましょう。後はその事が起きたら「やっぱり~」と皆さん思うだけのことです。もう宗教で教義問題が発ししてる時点で今後大きな分裂が起きます。社会でも習ったようにルターの免罪符でも起きたのですから
某氏の投稿記事。
300名を超える方々から、メッセンジャーでコメントを頂いた。
その殆どの方が、「私もそう思います」だった。そのうち教会長と思われる方は約220名。中には私以上に過激な意見をお持ちの方や私が知らない情報を下さる方が多く、信じ難い事実もあり、残念ながらとてもここに掲載はできない。益々、この度のかんろだいの一件はおぢばを守る立場の方々への神からの警告だと思うようになった。だからといって我々端々は関係ないとは断じて思わない。
本教は中心に近い内部から腐ってきている。内部から腐るものをくい止めるのは並大抵なことじゃない。メッセージを頂いた先生方共々、教え通りの道を進む。メッセージ、ありがとうございました。
(中略)
先日も知るはずのない所属の大教会長にここの内容の一部がリークされ注意を受けた。その文章は一旦削除したが、形を変えて再掲載した。ただ、ある先輩からこの部分は「異端」とされるであろうから削除するようにとのご指摘を受けたので、異端ではないので、これは「削除」した。
これからも自身の周囲に関わる方々を本教の教えを通して「陽気ぐらし」を体感して頂けるよう努力を惜しまぬ行動をしたい。
>今回の大亮氏結婚特集の時報にはしらじらと白けた感がありました。こんなことより、甘露台倒壊をめぐって、世界の事情を天理教的に考える教内有識者談話でもやってほしかった。<
本当にその通りです。本部や本部関係者を喜ばすための紙面なら、大金払って購読する意味がありません。そちらでどうぞご勝手に、と毎回白けた気分です。
今回の結婚式で浮かれる姿や、毎回本部が喜ぶようなイエスマンの従順な記事ばかり見せられては鼻白んで読む気がしません。
当教会でも、複数名から購読中止の依頼を受けたところですが、全国的にも購読者の減少にはもう歯止めがかからない実情ではないかと想像しています。
道友社様
貴社の視野には本部しか入っていないのですか?高山へのごますりはもう皆気付いています。だからこそ、この低迷、逼塞ではないのですか?購読料に見合う公平な内容と意識改革を望みます。
布教所の実家
読まれていない時報たくさん
断られた事を教会には言えず自腹でしょうね
手配りの意味も分かりません
聖教新聞にはなれませんでしたね
「オウム天理教」とは言い得て妙。
その昔新聞紙でお尻を吹いた。今ではトイレットペーパーも安いもの、天理時報はお尻ふくにも高い、内容も中山家中心に本部の真柱、統領 犬亮さま~とお偉いさんばかりしか書いてない。新聞紙以下穴もふけない新聞天理時報はちり紙以下の価値の無い紙を価値ある紙、福沢諭吉にさせたがってる。本部はなんて欲欲しい化け物なのだろう。
天理時報について母との会話
自分「天理時報って読んでないよね?封も切らずに溜まってるよ、読まないのならやめればいいのに。」
母 「ああ、〇〇新聞を読むのもおっくうになって時報も読んでないよ。やめようと思って会長さんに話したけどとめてもらえないんだよ。」
自分「お母さんも80歳過ぎたんだから読めないのはしかたないけど、お金はどうなってるの?」
母 「ずっと払ってたけど会長さんにやめるように話してからは払ってないんだよ。」
自分「じゃあ、お金を払わないのにずっときてるっていうこと?」
母 「そういうことになるね。」
自分「会長さんから購読料の請求はないの?」
母 「いっさいないんだよ。」
自分「やめるようにもう一回言ってみればいいのに。」
母 「一回だけじゃなく何回も言ったけどとめてもらえないんだからしかたないじゃないの」
自分「うーん、ーーーーーーん。」
五年前の母との会話、いまだにそのまま・・・・・・。
月一回の資源ごみの日に時報とビニールを分別してごみステーションへ直行。
会長さん、すみません!
匿名Z 様
道友社に直接断わりの連絡をされたらどうでしょうか?
それでも配達されるなら。郵便局で、受取拒否が出来ると思います。
https://www.post.japanpost.jp/question/121.html
昔天理で聞いた話です
八町四方にやかたが完成したらその内側の建物、神殿なんですけど・・は全部取り壊して芝生にして甘露台だけ置く・・・と聞いた気がするんだけど・・・確かに聞いた気がするんだけど・・・
天理教の信者の誰に聞いてもそんな話知らないと言われます
この話聞いた事ないですか?
芝生かどうかは分かりませんが、
二代真柱が打ち出した構想では、四方八方をやかたで囲み、神殿や他の建物を全て取り払い、かんろだいのみを残し、やかたの中から拝をさせる…
らしいです。
当時はやかた普請が可能だと思われていたようで…笑
川の上にあるやかたは橋(という理屈。実際は建物)だとか、国道を県道へ、さらに市道へと格下げして買い取らないといけなかったり(国会議員レベルの太いパイプと莫大な金)、全てのやかたが完成するまでに先に建てたやかたの老朽化、補修、再建築…
まさにきりなし普請ですね。(意味が違うか 笑)
意識の高い先生方は、今の神殿も仮普請であり、いちれつすましたら、本普請が始まる…ということらしいです。
いちれつすます から いちれつすまして
このへんの解釈や、誰が決めたのか、やかた普請は完成するまで止めないのか…
まだまだ知らないことばかりで、勉強不足で言葉足らずですが、こんな感じだったかと思います。
後継者講習会。10年前、20代で受講しました。
当時はまだまだ熱心にやっていた頃でしたが、なんとなく違うなぁという感じがしていまして、
ここ最近何がしっくりこないのか考えていました。
気がついたのは、例えば私は「鼓笛指導者講習会」にも参加してますが、こちらは鼓笛の指導をする人達が、鼓笛隊の指導する上での心構えや、音符の読み方、指導の方法などを数日間みっちり叩き込まれます。
帰ってから即実践につながります。
後継者講習会にはこれがない。
それぞれ立場も違うのに、とりあえずようぼくというだけの20代〜30代を集めてやるような内容ではなかったです。改めて教理を見直すでもない、当時は同世代のようぼくの一日(朝は参拝に行き、仕事に行き、休日は教会に行き…みたいな)をビデオで見せられたけど、なんの新鮮味もない。
講習という割には身についたと感じるものが何もない。班員も先生も良かったけど、一言で言えば講習会じゃなくて「交流会」なんです。帰ってから実践につながるものが特にない。
おぢばで信仰者と共に過ごす数日間、というだけでもモチベーションに変化があったりと意義があるとは思うんですが、今思い出しても何をしたかさっぱりです。鼓笛や少年会主催の講習会は何をしたか覚えてるし、学んだことを教会活動にも活かす事ができましたが。
もっと実践的な何かがあった方が教会活動や日々の生活に直結すると思うんだけどなぁ。
名称も、後継者交流会にした方がいいと思う。
教会関係者です。
後継者講習会が始まりましたね。
この『後継者講習会』っていうネーミングなんとかなりませんかね。信者子弟に声がけするのにまずネーミングの誤解から解いていかねばなりません。「後継者って、おれ教会の後継者じゃないって・・・」と一歩引かれてしまうんです。
たしか10年前の後継者講習会の実行責任者は、現表統領の中田善亮氏でした。
当時、この講習会全日程が終了して総括記事が(たしか、みちのとも?)に載りました。
参加者がふるわなかった理由を中田氏は「後継者講習会という名前がよくなかったのも一因である」と言っていました。
そして10年経ってまたこのネーミングm(_ _)m
後継者講習会。
私も
「なんで教会後継者じゃない人まで集めるの?人数が欲しいだけなの?」
と思っておりました。
本部としては「道の」後継者、と言いたいそうですね。
わかりづらいです。
表さんが名前が悪かったと言っていたのに、同じ名前を採用したのは誰?
青年会長のだいちゃん?
過去にお父さんがつけた(?)名前にケチつけられなかったのでしょうか?
青年会OBとなる40代以上の信者を対象に
「高齢者講習会」
なるトンデモネーミングな集いを企画している、青年会M和分会。
それを「面白そう」と拡散する、本部青年会公式ツイッターアカウント。
青年会員が40歳までの知識が無かったら
「天理教は40歳を超えたら『高齢者』扱いする宗教なのか!?」
となる一般的な感覚に気づかないんでしょうか?
今は60代でも年寄り扱いされたら怒るご時世ですよ。
教内だって、60代以上の現役教会長が多数いらっしゃるのに…。
後継者講習会の名前をもじって楽しく人集め、と思ってるんでしょうけれど…もっと常識あるネーミングセンスを身に着けていただきたいですね。
爆サイ掲示板 天理教を信仰されてる方Vol.2 #816
http://bakusai.com/thr_res/ctgid=119/acode=4/bid=98/tid=5697859/tp=1/ud=1/
先日来、湖東を200㎞超走り回っておりました。そこで、次々と4か所の分教会を目にしました。どこも大変立派です。北陸のお隣りゆえ、滋賀県は仏教県と認識していたので、ビックリでした。大阪、京都の都市部のごちゃごちゃしたところにある分教会、奈良、三重の山村の敷地目いっぱいに頑張って建てましたという分教会、それらとは全く違う、立派な邸宅然とした建物でした。ゆったりとした敷地に見事な庭もあって。。。田舎暮らし物件としてはかなり上等です。かつて、湖西もかなり走りましたが、分教会を見つけた経験はなし。
そして調べてみたら、湖東にズラーっと大教会が並んでいて、特に甲〇大教会が凄い。そして、湖西にはゼロ。明治大正時代、布教のパフォーマンスに優れる(人、金、交通の便が豊か)湖東を天理教団は優先的に選んだ結果でしょうか?
<湖東>
・多賀大社
・近江平野、近江米、近江商人、東海道 (経済的に豊か)
<湖西>
・延暦寺、蓮如上人(集落で蓮如忌を守っている)
・比良山系、冬季雪害(布教困難)
あの分教会で、立派な庭の草むしりをがんばっていたおじいさん、天理教団消滅のXデーには、あかの他人の財産の管理を長年にわたって無報酬で引き受けていたということになりかねない。不動産の所有権登記が、天理教本部へ移っていないことを祈ります。
偶然ですが、
40代不良信者
2017年9月8日 6:35 PM さまよりの投稿
勿體なや祖師は紙衣の五十年 句佛
姑が布教師で苦しんでいます
2017年9月8日 7:13 PM の投稿
http://www.shigayukan.com/2012/01/90.php
滋賀夕刊新聞社より
これの解説文に登場されているのは、湖西の高月町の浄土真宗のご住職様です。
斉藤由貴はモルモン教の教徒ということですが先日、テレビで彼女の今回の問題を放映している中で、斉藤由貴が「教えに反したことをしてしまったので教会から離れます。」と教会に伝えたとき、牧師さんが「教会のためにあなたがあるのではないですよ、あなたのために教会があるのですよ。」と諭された。と本人が言っていました。
私はモルモン教の教えには無知ですが、この話を聞いただけでこの教団の姿勢には本当に頭が下がる思いでした。
反対に、本来の教祖の教えを踏みにじって、どんなに建設的な意見でも意に沿わないものは排斥し、天理時報で大本営発表を強要し、事あるごとにお金を集め、組織を守ることしか思い浮かばない天理教教会本部には、もはや信仰はないと思います。
1万6千もの教会を率いているという責任感も、統率力も、信頼も、親心も、将来のビジョンもないこの教団に属している必要は、自身が信仰を続けて行く上でも、もはやないのかも知れません。本当に残念です。
>教会のためにあなたがあるのではないですよ、あなたのために教会があるのです<
大いに共感します。
上からの指令で各種行事に駆り出され、教会の大半を留守にせざるを得ない全国の教会長様。旅費もままならぬ中、それら行事をこなす事が信仰と勘違いしていませんか?最近の私は行ける時は行くが、行けない時は堂々と、欠席してます。自分の時間は神から与えられた個人固有のもの。信仰の本質を見間違えている上級、大教会の行事に時間泥棒・お金泥棒(旅費もお金)させることはありません。
今朝、ラジオで「人生の末路」を検証し、本を出版している鈴木のぶゆき氏が話していました。
「同調圧力を気にしない。」「自分は自分だ。」と思うと人生の多くの悩みは解消する。無理すると碌な事にならない。
しっかりノートに書き込んだ。
某・書き込みより。
>ご成婚・慶びの集い(天理時報・9月17日号の記事)
「今週号の天理時報見た?6面、あれ何?」
と科学者の従兄弟から電話があった。
「池辺晋一郎が書き下ろしたオリジナル曲だの、レーザービームや白煙噴射装置などが織り成す『光と音のページェント』って何?」
「東京にあるいくつかの教会は子供食堂を実施して、地域の貧困の子供たちに食事を提供しているというのに、天理では光と音のページェントですか?」
「しかも、ご丁寧に天理時報で1面殆どを使い宣伝までして」
「真柱継承者のご成婚は一ようぼくの私でさえお祝いしたい心でいっぱいなのに、天理は派手やね。やりすぎでしょ」
従兄弟はたまたま前を通った天理教教会の「子供食堂」の看板を見て、共感し、自分にできる唯一の協力と、それ以来寄付を続けているという。
一ようぼくからの辛辣な意見に耳を傾ける。
今、一番本教中枢部に欠けていること。
残念だ。
末端教会の者 様
行事をこなす事が信仰と勘違いしていないか
この言葉に同感です。それゆえに取り残されていく悩む信者。近所の高齢の信者夫婦(布教所住まい)がよく
「今の若いもん(会長世代)は教会にいなさすぎる」といつも苦言を呈していました。
私も、家庭の問題で悩んでいた時のこと、自分達から「我々がお助けします」と乗り出したのに、忙しいから1ヶ月くらいは顔出せないからと平気で言われました。
古い教会長様
私もその記事を見て思い出した事がありました。
現真柱様の継承報告祭。当時中学生だったと思うんですが、意味もわからず参加させられ、
教会の方から「ほらっ!万歳して!○ちゃん(同じ教会の子)がきてたらきっとバンザーイってやってくれるのに」と言われた事を。
一友人として布恵さんの結婚は祝福しますが、きっと当日も当時の私のような立場の人もいると思う。
立場があるので、披露宴に呼びたくても呼べなかった友人もたくさんいるだろうから、これはあくまで
「お祝いしたい人用に用意された時間」だと判断してほしい。賑やかし要員なんかいらないと思うので、
お祝いしたい人だけ参加してあげてください。
八町四面
2017年9月17日 10:40 AM
教会数16000となると、具体的な事をいったりやったりしない方が良いですね。具体的な事を本部という村で決めてしてるから各所文句が上がってくるんでしょう。一教会と違って、本部は各系統の統合の場であるわけですから、まずちゃんとした教理通り営む事が大切なんです。なのにこれをしない本部(意味不明)これだけで良いのに下手な横好きで、直属教会にチョッカイ出してやけどしてるのでしょう。所詮本部は浮世離れした貴族と変わらない。貴族が平民と同じ事したら平民の腕力や知恵に負けるに決まってますからね。皆さん各教会は各所各所々で現実と向き合いがんばっているのですから、貴族には到底その苦労は伝わらないでしょうね~
まず長い所本部員が1から作った大教会が存在しませんからね~
下から金取る事よりも大教会の一軒や二軒作ってみたらどうですか~?
本部の力量のなさは甚だしいですね笑
本部の月次祭で東筋で運転手付きで待ってる車どうにかならないんですか?歩行者の迷惑なんですけど。しかもみんな高級車だらけ。歩いて帰られてる人もいるのに。
偉くなりすぎてるんだろうなぁ。
私用でも運転手付きで買い物とか行く大教会長とかもいるらしい。
まぁその点俺んとこはましかな。
匿名様
本当にあの者達は何を考えとんのかわかりません。
大教会長、直属教会長達が青年勤めと云う名の下僕を専属の運転手にして高級車を乗り回しているのは久しいです。
あの者達は教会に上がる「収入(御供)」に比例した生活をすることは当然です。少しでも高額な車を乗るっているのは「自分自身で己を高い評価している表れ」です。
その理由として
「遠方の移動が楽」
「自分は高額車で移動するに見合ったお助けをしている」
「一般信者との差別化を図る」
「地位がある者の当然の結果」
「公共交通機関は庶民のみの移動方法」
結局は
「実るほど垂れる頭(こうべ)かな」
↓
「実るほど上がる頭(こうべ)かな」
でしょうな
徒然に
美談なる 浪速布教 ホンマは 借金返済 片腹痛い
常日頃 貧に落ちきれ いうものの ブランド志向 これ如何に
お粗末な 知識と思考 ひけらかし 金を集める こ れぞお道なり
お粗末
古い元会長(2017年9月17日 12:38 PM)様
時報の最終面には私もがっくりきました。今こんなことで慶びの花火を上げている場合ですか?扱いも大きすぎ、ページの無駄です。また、同時に第一面にはがっかりでした。雨乞い勤めが行われた場所を一巡して往時をしのび、自分も人生の思い出がありますなど、我々教会長ならだれでも書けるような記事を、署名入りでこんなに大きく一面に載せる必要があるのか?ようぼく信者教会長が本当に知りたいのは、そんなに雨乞い勤めが結構な御守護をいただけるのなら、なぜ天理教はいま雨乞い勤めをしないのかということです。
記事がないなら紙面を縮小したほうがいいです。天理時報は今の半分の紙面にして値段も半額にしてほしい。
匿名教会
2017年9月19日 1:55 PM
雨乞い勤めなどしないいやできないわけですよね。そもそもするだけの徳もないのでしても雨が降らない。物乞い勤めをしても金も降って来ないわけです。真柱様、大亮様、本席様はどこに行ったのですか?おさづけ、以外にも、息、水、扇など沢山のさづけがあったが、それを廃止したのは本部真柱体制です。本部はいったい何の本部なのでしょう?と教祖も嘆いてらっしゃるでしょう。ここまで来ると教祖に「真柱いらん」と言われそるでしょう。
うつ病の教会長が多い。そりゃ、お金がないわ、信者は減るわ、上級は理不尽に怒るわで先行き不安ですよね。
今どれくらいのうつ病の会長さんがおられるのでしょうかね。
原因がわかってない上層部の責任だ
>うつ病の教会長が多い。今どれくらいのうつ病の会長さんがおられるのでしょうかね。<
知り合いのまじめな教会長さん。表現は悪いが信仰による貧乏人の子沢山状態の中、嫁に愛想をつかされて、親子夫婦がばらばらに。逃げ出したお嫁さんは大勢の子供を連れて実家に逃げ帰り親がかり。
人を助けてわが身助かるで盲信した結果、上級は助けられたが(事情教会を引き受け上級は満足させた)一番近い家族に不足をさせてしまい、取返しがつかない状況になってしまっている。
こういう事例を見るにつけ、天理教の非情さと無責任さを感じる。
自分の人生は自分で切り開く。自分のより良い生活のための信仰であって、信仰のための生活ではない。
上級の言うことを無条件に聞く事が「信仰」だと思い違いをしてはいけない。ましてや、今の天理教は姿形、教えまで変えてしまっていて、人を助けられる体制にないのだから。
教会長ともなれば、今迄に代々に渡り多くのお供えをして教壇に貢献して来たはずです。
逆に困った時、教団は何をしてくれるのでしょうか?
例えば、天理教維持財団などから、今迄お供えしてきた分の半額でも返却してくれるような、
「心ある」制度などはあるのでしょうか?
また、止む終えず脱退する時には、希望をすれば、お供えした土地建物が返却されるような
「心ある」制度はあるのでしょうか?
一度お供えしたものは教団だけのものですか?
神に供えられた物ということは、教団のものというよりも皆のものではないですしょうか?
皆が幸せになる使い方をしないで、何の意味があるのでしょう?
立派な建物を建てるのと、功労者を不幸にしないこととどちらが大切なのでしょう?
下のものは一方通行で、ただただ尽くすばかりなのでしょうか?
それでもいいから、神様の為に、自分や周囲の愛する人々の為に、信仰しているのでしょうか?
もし神様が受け取っていたとしたら、尽くすばかりで報われないようなことをするでしょうか?
神様が受け取っていなかったとしたら、結局何の為に尽くしているのでしょうか?
教団を維持する為ですか?
宗教は人の為にあるのであって、人が宗教の為にあるのではない。とは有名な言葉ですが、
「心ある」こと というのは、そこに「神がいる」ということではないでしょうか?。
そして「心ない」こと というのは、そこに「真実の神はいない」ということだと思います。
結局、おじばに本席様の様な人達が不在なのが根本問題なのですね。
根本さまへ
2017年9月21日 10:22 AM
>結局、おじばに本席様の様な人達が不在なのが根本問題なのですね。
過去のコメントを読んできても居ないでしょうし歴史的に見て本部側が絶対に認めない。本部というか明確に言いますと真柱中山家が認めない。そもそも初代真柱体制が本席を廃止してしまったのがそもそもの間違い。おやさまの意思を告ぐものを抹殺し血縁に頼ったのが現在の天理教です。
そして中山家の「有能な人材は言う事聞かないから嫌い」は二代真柱から始まっているみたいです。現在の内、表統領を見ても数々の問題を起こし挙句の果てに甘露台倒壊・・・天理教組織には多くのインテリがいるにもかかわらず登用しない時点で「健全な組織運営」を為されていないと言えます。そしてこれら統領の責任は真柱にも「管理者責任」としてのしかかる。現在の統領を選んでる「任命責任」も真柱にある。これを現状の組織体制だと「誰も問えない(表立ていえない)からいいだろう」との慢心も見え隠れするし、「組織腐敗の温床の根源」とも言える。つまり腐敗して倒壊し崩壊するのは必然と言えるのです。
本部の悪い現在のイメージを変えるには、まず自ら統領が「甘露代倒壊の責任」をその役を自ら退く、或いは真柱から統領解任を申し付ける。とにかく政治家の様に辞意を持って責任感を示すことが大切
表統領 が問題多すぎて噂が絶えません。「真柱の実の弟だから問題起こしても今でもやってるんでしょう」と教団内でも「身内に甘い中山家」との印象が定着してしまいました。つまり現状表統領 中田善亮氏 に対する処遇の甘さは 真柱の責任ともなり真柱の問題となれば教団のイメージにも成りますのでにおいがけにも足枷にも成る死活問題なのでコメントが絶え間ないのでしょう。
よろずたすけ、たすけ一条のこのところとしてのお地場の実現には、超人的な人間が複数必要だと思うのですが、そういった魂は神がお地場に引き寄せるという仕組みになっているのだろうと想像します。
根本問題は歴代の中山真柱が、それを恣意的に見逃し続けているのではないかと思うところです。
人類たすけの為のお地場の人衆定めではなく、中山王朝の継続の為の本部人事に過ぎないのだろうなと思えて、北の金王朝とダブって見えてしまいます。
根本様へ
2017年9月22日 6:28 PM
中山王朝いい響きです。北朝鮮との類似点は今まで幾度となくコメントで語られてきています。似ていると言われるのがいやなら早いところ中山本部が改善をすることです。超人も幾度となく現れては皆に知られる前に消えてます。それは中山「真柱体制の本席に対する後遺症」と言うべき所業でしょう。中山真柱ははっきり申しますと能力はございません。東大卒の二代真柱ですらその頭は知れたものです。ただ政治家の友人が多く公共事業が天理を優先的に行われただけです。しかしその遺恨として残る「おやさと館」等の土地建物これが現在の本部へ重く圧し掛かっているのです。そもそもおやさと館は教祖がおっしゃったわけでないので建設中止し有り余る土地の売却をすれば健全な経営は為されるでしょう。それどころか余る位でそれを各教会の普請にあてれば教団の教勢も回復するでしょう。そもそも教勢が落ちたのも「中山真柱家をはじめとする本部だけ甘い汁を吸っている」と全教が気がついたからでしょう。それに本部が気がつくのが遅いだけです。本当間抜過ぎて呆れはて現在の教勢と言う訳です。
大亮氏の結婚のお祝いに続いて、今度は二代真柱の50年祭のお供えを集めますと連絡があった。「何だかなぁ!」
9月24日号の天理時報の記事です。
「またとない貴重書展観」
株式会社八木書店 取締役会長 八木壮一
数多くの貴重な古典籍を収集された二代真柱・中山正善様は、空前の大コレクターとして名を轟かせ、戦中戦後の混乱期に収集された貴重書の多くは「天理に入らなければ海外に流失したであろう」といわれている。
それらの貴重書を収蔵する天理図書館は「東は天理、西はバチカン」と称えられ、その後も蔵書を充実されている。
・・・・・・・・・・・・・・
と記述されている。
外から見ていると素晴らしいらしいが、世界たすけの為に、必死にお供えした信者からみると「何だかなぁ!」という感じだ。全財産お供えした人もいる。戦中戦後の混乱期に、よくそんな余裕があったものだ。
バチカンと並べられても嬉しくはない。
とにかく、祭りと称する行事が多すぎる。「つつしみ」なんて言葉、言い出しっぺが反故にしてしまっている。
本部のやることは、カネ食い虫以外の何物でもない。どこまでおカネに拘り続ける気なのか、空恐ろしい気がする。
言われるまでもなく、多くの天理教徒はつつましい生活をしています。
バチカンと張り合うなんて愚の骨頂。人は人、我は我です。バチカンの方すみません。
>今度は二代真柱の50年祭のお供えを集めますと連絡があった。<
今度こそ、このお供えは出さないでおこう。「出すものか」そう思う。
何だかんだで、お金を取る話ばかり。教団に尽くし切った当教会前会長出直しに際し、1円の功労金も弔慰金も霊前お供え金も本部からもらってはいない。取ることだけ。
小さな末端教会を馬鹿にしないでほしい。
大教会長の話。「甘露台倒壊に対して、大教会より本部にお供え金を出したい。よって、皆さん、お供え金をよろしく頼みます。」と教会長を前に。
何で教会や信者が埋め合わせをしなきゃいけないのか?神の知らせは教えを嘘で脚色した本部に対してである。
こうしてお金の要求ばかりが続く天理教の信仰。
この教団はことごとくおかしい。まだ気が付かないのか??もうつける薬がない。
人がこうして去っていく。
S東大教会は、普請の積み立て金をお詫びのお金として出したそうです。
もう、これからは金とコネ
カネコネでなんでも済ましてしまう形が当たり前になってしまう。
持ち場立場も(理)より(血)を優先。
経済優先、絶対的な階級、世情から乖離したままの旧態依然の変えられない流れ、しかし教えは変わる…
あかんやん!無理や!
本部中枢にいる者よりも、ここで書き込みされている方々のほうが格段に頭が良いですね。
高齢信者が亡くなるとお供えはがたんと減る。信者子弟がつないでくれても金額は少なくなるばかりであり、つないでくれるだけまだましなほうである。結局、末端零細教会では、自分たち夫婦の年金と教会家族の稼ぎでなんとかしのいでいる。上級へ上げるお供えも年々減る一方だ。
教会長仲間で、以前はおぢばで余生を全うしたいというはたくさんいたが、最近ではほとんど聞かなくなった。信者詰所も本当に人がいない。どの教会からも人を出せない状況が続いている。天理市も本部からの寄付金が減ったのに、なぜ10億もかけて意味のない凸凹広場を駅前に作ったのか。せめて天理市内の高齢者のために使ってほしかった。
自分が歳を取ったせいか、あんなみっともない醜聞をさらした天理支長が無風選挙で続投とは情けない。本部から推薦されたと以前聞いたが、だれも叱りつける者はいなかったのか。代わりの候補者は出せなかったのか。宗教都市天理のイメージがこれで、がた落ちになっていることを知ってほしい。
いほり
2017年9月25日 2:03 PM
>本部中枢にいる者よりも、ここで書き込みされている方々のほうが格段に頭が良いですね。
以前より興味深く観察しています。弁論部の立場から見ても、いほりさんの仰るとおりです。天理教の本部の側からの反論が時より見られますが皆さんの切実な意見に粉砕されており相手にされてない現状まさにここのコメンテーターの方が一枚も二枚も上手でより天理教を憂いて居ると私から見ても思います。組織の中枢が言論で負けていてはその組織はもう終わりを迎えていると言えるわけで、時事ネタで言いますと国会も解散したので天理教の中枢も解散した方がよさそうですね。
もっと優秀な言論者を中枢に置き全信徒に利益をもたらす政策を打たないとその王朝も終焉を迎えます。
2017年9月25日 2:03 PM いほり様
2017年9月25日 6:49 PM 某六大弁論部様
>本部中枢にいる者よりも、ここで書き込みされている方々のほうが格段に頭が良いですね。
こちらのコメント欄に集う方々は、煩悩の「欲」による曇りがないからではないでしょうか。
もし、欲があるとすれば、煩悩とは違い、本当の信仰を求めたい、真実が知りたい、
などの正しく生きる為、ものごとをより良くする為の、あった方が良い欲です。
身内がかわいい、お金も権力も欲しい、自分が上にいたいなどは、貪りと迷いに満ちた
煩悩の「欲」です。
おかしなこと、不自然なこと、理不尽なことをなぜするのか?
簡単です。「欲」を満たす為でしょう?それがわかれば全て解決するのではないでしょうか。
「神様が」、「理が」、「人助けしましょう」、などと、いくら立派な言葉で飾ろうと、
偏った行動、言動を見ただけで、
それは皆を良くする為のあった方が良い欲から出た言動なのか?
それとも一部の者の煩悩を満たす為の「欲」から出た言動なのか?
こちらのコメント欄に集う方々の様に、煩悩の「欲」による曇りがない目で見る
ことの出来る者からは、上辺の飾りなどに誤魔化されず、一目瞭然なのです。
>もっと優秀な言論者を中枢に置き全信徒に利益をもたらす政策を打たないとその王朝も
終焉を迎えます。
全信徒に利益をもたらす政策ということに共感いたします。
優秀な言論者とは、忖度ばかりではなく、正しいことを正しいと言い、間違ったことは
堂々と反論できる勇気のある、真の意味で愛のある、信頼のできる言論者でしょうか?
優秀でも教団の利益ばかり考えるような言論者でないのであれば共感いたします。
宗教とは何
2017年9月25日 7:33 PM
>身内がかわいい、お金も権力も欲しい、自分が上にいたいなどは、貪りと迷いに満ちた
煩悩の「欲」です。
それは、真柱、奥様、統領、大亮 のぶえ など役職、固有名詞の境無く 身内に【様】を付けてしまうその教団の体質に現れてます。「その対象を崇めなさい」と言う命令語のような誘導用法です。まず言葉の使い方の時点でその【欲】が見え隠れしています。無論日本語としても間違っており敬語の基礎として社会人なら誰でも習う一般常識です。つまり教語などと加固つけてますが一般常識から逸脱し世間との乖離をし人の道を外す違法行為をなす一つの要因と考えることも出来ます。
「天理時報」や「みちのだい」等の冊子によってその間違った日本語を乱用する非常識さは目に余る愚の骨頂です。
【天理世間知らず時報】 【道を外すだい】と揶揄されてもおかしくない所業に運営者が気が付くべき時が着ているのでしょう。
こちらのブログを見ていても【天理教の資金難】が取り上げられています。お布施一般人から上がっているのでしょうから、その【おかしな日本語】を改善するだけでもお布施の額は上がるかもしれません。なにせ世間の方は信用第一です。そのおかしな日本語でどれだけ信用を失っているのか?教団の方は知るすべも無いぐらい世間知らずなのでしょう。
「社長様」はNG 覚えておきたい敬語の基本
https://style.nikkei.com/article/DGXDZO51523590Y3A200C1W05001/
>身内がかわいい、お金も権力も欲しい、自分が上にいたいなどは、貪りと迷いに満ちた煩悩の「欲」です。
聖人でもない限り、誰でも身内がかわいく、お金も権力も欲しく、自分が上にいたいという煩悩の「欲」は
普通ありますよね。
また、自分と同じように、他人にも同じ欲はあります。幸せを望んでいるのは皆同じなのです。
しかし、お互い利益を分かち合い、助け合う気持ちがなければ、いち早く他人を陥れ、
踏み台にしてでも権力を手にして守り、そこに自分達だけはと安住しようとするのではないでしょうか。
表立って争うことは、双方にとって犠牲が多すぎるので、そこで「うまくやる、騙す」という
ずるい手法が生まれたのだと思います。
素直に自分の煩悩を認め、理解して受け入れ「理性」を育てなければ、本当の意味で、他人の気持ちも
理解出来ません。
錯覚を起こさせるような肩書きや立場、建前などで、自身の本当の動機や煩悩をオブラートで覆い隠し、
自分自身すらも騙していると、他人にも当然鈍感になり、
平気でを操作するようなこと(他人に敬意を払わない)や、都合の悪い者への理不尽な意地悪、
下々の者への上から目線の態度など、恥ずかしいとも思わず、罪悪感なく平気で出来るようになるのです。
本来宗教的な教えとは、こういった人間の過ちから目を覚まさせ、皆が平和で調和的な世界を築くための
礎である筈です。決して一部の既得権益者達に利用されるようなものではない筈です。
物事を本当に解決する為には、誤魔化しのない「本質」や「真実」を知り、その真の、根本の原因から
考えていかなければ、よくわからない献金やお詫びやお供えなどを続けるだけで、
上辺で堂々巡りするだけになってしまうのではないでしょうか。
それを「迷い」といいませんか?
以下
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2012/06/20120621T1717000900.html より抜粋
自分が宗教にカネをつぎ込んでいるのであれば、それはあなたがカモにされている証拠である。
また、自分が宗教に支払ったカネがどこに集まっているのか知らないのであれば、
それはあなたがカモにされている証拠だ。
詐欺師は悪魔のような格好でやってくるのではない。
詐欺師は天使のような格好でやってきて、最後は悪魔のように振る舞う。
大分まえに、ここのコメント欄に匿名で書かれていた
弱肉強食
という言葉を見て、昔は教団側が強者であり信者が弱者のようでしたが、今は教団側も弱者になりつつあります。
要は組織としては強者であり続けなければ生き長らえないことだと思います。
しかし、天理教の教理は、困っている人(弱者)を強者(助ける側)が喰らうのでは無く、「助ける」「互いに助け合う」そして最終的に「陽気ぐらしの実現」だと思います。
今は教団も助けてもらわないと生きていけない(存続できない)状態にあると思います。
誰か助けて!!
あ、神様助けて! か笑
2017年9月26日 11:23 AMの匿名 様。
>詐欺師は悪魔のような格好でやってくるのではない。
詐欺師は天使のような格好でやってきて、最後は悪魔のように振る舞う。
私も常々、思っていた事。
「羊のような顔をして羊のような態度で布教して、何かのきっかけでオオカミに変身する。」
羊でもオオカミでも、良いと思うが、羊なら羊のままでいて欲しい。
オオカミなら初めからオオカミでいて欲しい。
途中で変身されると戸惑ってしまうし、信用がなくなる。
何ごとも「承知をさせてもらい受ける」という基本は大事だ。
本当に相手に助かって貰おうとするならば、
都合の悪いこと、嫌なことは初めにちゃんと説明すべきだ。
古い元会長様(9月23日 9:05 PM)
>大亮氏の結婚のお祝いに続いて、今度は二代真柱の50年祭のお供えを集めますと連絡があった。
「何だかなぁ!」
そして、
末端教会の者様(9月25日 12:59 AM)
>今度こそ、このお供えは出さないでおこう。「出すものか」そう思う。
>教団に尽くし切った当教会前会長出直しに際し、1円の功労金も弔慰金も霊前お供え金も本部からもらってはいない。取ることだけ。
小さな末端教会を馬鹿にしないでほしい。
お二方のご指摘に天理教本部中枢の泥水浄化のヒントが有るように思います。
そもそも、50年祭のお供えって何に使う?
資金調達の機会としか思えません。
教祖の年祭と真柱の年祭は同義語ではありません。
普通の人間で単なる役職(いわば生業)についていた人の没後50年を記念して?何をするのでしょう?
法事に類する行事の関係者は自費で参集します。お車代なんて本部から支給されることもないでしょう。
年祭を執り行う会場費用もかからない。
その後に食事が提供されるのであれば、見合った額を出席者が世間相場と懐具合から寸志を包めばよいこと。
その機会を利用して資金を調達するのは「やくざ」や政治家のような組織でしょう。
そして末端教会様の書き込みで初めて知りました。
教会長出直しに際し、本部は何もしないとは!!!
万一、教会組織の大小で差別をしている結果であったとしたら、怒りは倍加!!!
何なんだ、天理教の金食い虫本部+周辺は。
このおかしな集金システムの「かなめ」は大教会です。
大教会長たちがもっと危機意識を持って、まず、本部へのお供えを再検討すべきです。
「わが身可愛い」ままでは死にます。
思考停止状態の大教会長たちは分教会に声をかけるだけでお金が集まると勘違いはなはだしい。
>「甘露台倒壊に対して、大教会より本部にお供え金を出したい。よって、皆さん、お供え金をよろしく頼みます。」
大教会長と言われる人々の中でどれほどの人たちが、信者さんのことを思って日々、活動されているか。
所属する大教会では代々、自分の一族・家族が大事で、かつ教団内での立場を強くすることに重きを置いているような人たちです。
六大学の一つ、立派な大学を出てもその視野は狭く(社会に出て苦労をしていませんから)月次祭講話の薄っぺらなこと、辟易する内容。
頭がついていかない上に、体も動かず、災救隊が関の山では無理もなし。
しかし、大教会長たちの覚醒を求めても、現実には実現は難しいことは想定範囲内の事です。
ではどうしたらよいか。
分教会長さんたちへの提案です。
一般信者たちを味方につけてください。
以下、説明を。
社会情勢から;
新聞報道によると、神社でも神社本庁からの離脱を実行した有名神社の例も複数あります。
取材によると、離脱の切っ掛けとなる考え方はそれぞれ違うものの、結果はどこも、上部組織への送金義務の解消が実現。
意味のない上部機構を養えるだけの賽銭が減少している状況であれば、上を斬って、自分たちの組織を守るという選択は納得できます。
地方のあるお寺では、昔から墓地の名義が各檀家名義であったものがいつの間にか寺の所有になってしまっていたことが発覚。
そこで、寺から離脱して、檀家集団で宗教法人化を図る試みが考えられています。
各家庭では;
天理教の各分教会、布教所においても少子高齢化はすでに現実のものとなっています。
各信者たちは、口には出さずとも、年金からのお供えは苦しく、まして自民党政権下で行われたバカバカしい施策のお陰で子供たちの年収は200万円程度で改善の見込みもない現実。
これでは子供自身が生きていくだけでも精いっぱいで親を扶養するなんて夢物語です。
もう、お供えが昔のように集まる時代ではないのです。
そこで、会長から、信者の皆さんに、上記の実情を踏まえて、お話しください。
「皆さんがこれまで真実のお供えを続けて下さったお陰で今があります。」
「皆さんの暮らし向きも様々、変わってきておいででしょう。」
「お供えの多少で御守護が塩梅されることはないのですから、お供えの額に悩む事はもう、やめましょう。」
「それよりも皆さんがこうして教会に集い、心おきなく神様の話や信仰の話ができる場としたいと考えています。」
ここからは信者さんへの提案として、
「つきましては、これまで、皆さんからのお供えは上級へ運び、加えて上級・本部へ納めなくてはならない少なくない額も運んでいました。私どもの教会ではこれをやめようと考えます。」
「と言っても、天理教本部から離脱するのではありませんよ。無い袖は振れないから、無理ないお賽銭程度を無記名でお賽銭箱にいれていただき、それをもって上級(大教会)へ運びます。」
「つまり、身の丈に合った信仰でよいのです。私ども教会もなんとか生活の糧を得る算段を考えなくては、今の世の中を実感できませんから。」
さて、こうなると最も困るのは大教会。
賽銭程度のお供えを差し出す部下教会には冷たく当たるでしょう。
でも、そんなこと、知ったこっちゃない!と、頭を低くして、可愛い信者たちを守り、自教会を守ってください。ゴキノウ?何、それ!
お供えの金額でいじめるような大教会長は信仰者として最低。
「ひとでなし」、人間とは言えません。
お供えの減額でいじめられたら、ありのままを信者さんに言いつけてください。
「会長がんばれ!みんなが付いている!」と励ましてくれますよ。
会長が頭を低くして信者の心に飛び込みましょう。
ここで注意。たしか、離脱教会の方が一案として会費制による教会運営を書いておられたかと思います。
が、宗教法人は「お気持ち」によるお布施が決まり。
お布施の性質上、額を決めて要求できません。
会費は課税対象になると法科出身の友人から注意を受けました。(間違いでしたらどなたかご教示ください。)
賽銭箱に無記名で!神様に受け取っていただきましょう。
しかし、人望が無い会長はここで淘汰されますね。
大教会長も然り。
人口が減少してきているのですから教会数が減少しても問題は有りません。
そして本部。
誰の結婚にあたってのご祝儀だろうが、年祭のお供えだろうがその金額は激減。
本部よ、困ったらこれまでの蓄財を吐き出してみなさい。
「売り食い」ってご存知かな?
一信者の自分でも、困って困って、いろいろな物を売って凌いでいます。
頭をひねって「これ、売れるだろうか?」とおじば帰りの足代を捻出しています。
本部から結構なお与えを頂く人々の(当たり前ですがお与えが少ない本部在籍、勤務者は対象外)金額を削減しましょう。
そして各詰所の整理統合に着手してください。
一大教会が詰所を維持管理できるほど財政的に豊かな大教会は少数でしょう。
広がっている詰所群は縮小します。詰所は本部へ供えられていますから本部が動くことで実現できます。
具体的には鉄道線路以西の地域は開発業者に売り払います。(裏金、癒着は神が見ています!これ、ダメ!!!)
特に天理駅近くの河原町詰所近辺は再開発して集合住宅を建設し、新住民を呼び込んで天理市の財政健全化を図るべきです。
天理市民の生活環境整備の足かせだった詰所群を整理すべきと重ねて主張します。
次に天理市以外にも在る教団施設を整理します。
これこそ至急、かつ、賢く動かなくてなりません。
「負の遺産」、「負動産」となりかねません。(すでになっているか?)
匿名教会様(9月25日 3:44 PM)のご指摘に賛同します。
>天理市も本部からの寄付金が減ったのに、なぜ10億もかけて意味のない凸凹広場を駅前に作ったのか。
せめて天理市内の高齢者のために使ってほしかった。
自分が歳を取ったせいか、あんなみっともない醜聞をさらした天理支(ママ)長が無風選挙で続投とは情けない。
本部から推薦されたと以前聞いたが、だれも叱りつける者はいなかったのか。
天理教は無責任のそしりを免れませんね。
宗教は、「人足と資金集め」と喝破した若者がいます。
なるほどなぁ!!!
バリ天の若者たちは気が付くまで現体制を支持するでしょう。
しかし覚醒している若者たちは、神の存在を信じる一方、泥水組織には足を入れません。
次期真柱と夫人、陽気なバカ殿さまとお水っぽい奥方を据えて、陽気暮らしを演出しようと画策しても、どだい、ローカルなニュース。
さて、10月26日の天理行きはどうしたものか。
かなめ会が表に出てきている慶祝行事であることが「みちのとも」に記載されていた。
イベント実行で仕事をした気になるレベルの頭脳集団ではバチカンとは程遠いなぁ。
残念を超えて、無念としか言えない。
流石に、まだ公式発言すらしていない次期真柱夫人を「お水っぽい奥方」などと揶揄するのはどうかと…。
河原町では一般信者と区別される事なく学生会・婦人会活動されてて、役員子女であるのを鼻にかける事もなく、とても気さくで良い子だったそうですよ。
彼女はまだ本部へ行ったばかり、自分の意思で活動出来るようになるのはまだまだ先でしょう。
婚礼のメイクですら、されるがままで文句も言えない状況だったかもしれません。
なにしろ地方から本部へ入ったばかり、ましてや「嫁」の立場で新入りです。
ガチガチ封建制度な本部の奥様方に、次期真柱夫人とはいえ「新参者」で「本部員血統でもない小娘」がどうあしらわれるか…想像に難くありません。
河原町の友人は「のぶりんがのぶりんらしく出来るか心配」ともらしていましたね。
話は変わりますが。
教会長(元教会長、教会長夫人も含む)の出直しの際、本部からは「内統領弔辞」が届きます。
だいたいは地方の人間に代読されます(本部から人が来るのは稀)。
その時に「玉串料」も頂くのですが、これは代読される方の名義だったような?
本部から金銭を頂いた、という話は聞いた事が無いですね。
大教会長クラスや本部員ならあるのでしょうか。
>教会長(元教会長、教会長夫人も含む)の出直しの際、本部からは「内統領弔辞」が届きます。
内統領ではなく、正しくは「表統領弔辞」です。
葬儀の際、本部からの玉串料はいったん教区が立て替えてあと、後日本部から教区へ立て替えた玉串料を納めるというかたちです。
仮に、私が教会長であっても、内・表どちらにしても、このような人から弔辞を貰っても有難くも嬉しくもないですね。
祭文も榊も要りません。静かに、身内に見送られるのが何より幸せです。人は亡くなれば水・空気・土に返るのみです。
地球創生期から現在まで何人の人が亡くなったのでしょうか。それでも地球が重くもならず、軽くもならず普通に回っています。
「表統領弔辞」は参考例集を見ながら支部の人が用意するのです。
だから文面はいつも同じです。
そして支部長が代読されるのです。
確かに心がこもっているとは、言い難いです。
失礼しました、表さんの弔辞でした。
本部からの玉串料も、一応はあるんですね。
古い元会長さん、それは代筆や代読の域を越えてますね。
支部が作成する「表統領名義にした弔辞」の読み上げ、じゃないですか…。
そりゃあ、16000ある教会の長が亡くなるたびに表統領がいちいち把握するとは思ってませんでしたが、せめて表統領室あたりに連絡が入って、文面指示くらいはしてて欲しかった…。
本部から末端へアクション?
ならん!ならん!
有り難みが減るやろ!本部やぞ!
大教会の上に教会本部やぞ!
かんろだいも本部だけやぞ!
睦輝
2017年9月29日 4:05 PM
各地の部内教会叩く前に、本部自ら自身のやる気の無さを自覚すべきなんです。お供えが運ばれても当然の如く頭一つ下げない。「お運びお疲れ様です」との労を労う姿勢もない。つまり「神へのお供えで無く自分達へのお供え」だと勘違いしているのです。本部は本当に末期状態です。言葉にせずとも自身を「神だ!」と思い込んでいるとしか思えない始末人は所詮人、人が神だと思った瞬間「自己肥大を起こし誇大妄想へと必ず変化する」その言動が、表統領「つなぎの意味を再度教えなくてはいけない!【金のつなぎは命のつなぎ】」などの平然と教義改竄するその無神経な異常性質、 中田善亮教等と言われても仕方のない異端ぶり、そして【甘露代倒壊】これを【神の怒り】としない天理教は宗教にあらず。流石 天理興行 と揶揄されるだけの 中田善亮 の無知劇場です。
天理教の信仰はもう死んだ。皆さんお気づきでしょう? 長年本部から大教会は生まれず 皆さんの周りでは過去に描かれた奇跡は怒らず。神に見捨てられているのです。その奇跡がある教会を本部は異端として排除し続けてきた。幸い残る 愛町 は金だけで繋がっているだけです。いつでも愛町教団として本部より勢力を誇れる信仰をしている。金を出すから特別待遇、本当は批判されると怖いからです。
関根豊松は、真柱の事を「しんちゃん」と小馬鹿にしていたのは有名つまり関根豊松の功績は本部は天理教をやっていない事を実証したに過ぎないのです。
睦輝様(9月29日 8:06 AM)
>流石に、まだ公式発言すらしていない次期真柱夫人を「お水っぽい奥方」などと揶揄するのはどうかと…。
お叱りありがとうございます。
私的には お水っぽい=清楚感が少ないという印象を受けているので、こうした表現が湧き出てしまいました。
ご不快に感じられた点、お詫びいたします。
「オミズ」という言葉のニュアンスが誰にでも届く表現ではないこと、学びました。すみません。
蛇足ですがメイクの問題ではありませんので。
可愛いお顔ですからファンもいらっしゃることでしょう。
今後の信者減少の歯止めとして活躍を期待する向きもあるようで。
ただ、現実には「大丈夫?」と心配する声もあります。
睦輝様がご紹介下された姿は、いわば「公式的な」一面。
想像で物を言っているわけではなく、行動を見聞きしている立場の方からの情報では、ちょっと、自覚に欠けるのではないかという声もあります。
複数の方から嘆きの声が有った事例です。
かんろ台倒壊前後にのぶりん様は東京デズニーランドへお忍びで遊ばれています。
初めてなのか、二度目なのか、情報は割れています。
いずれにしても、お供えでお出かけになっていたわけで、
「危機感も無し、感覚がぬるすぎる、そんなんで大丈夫なのかね。」が、複数の方の指摘点でした。
結婚したら行けないからと、軽い判断なのですね。
でも、天理養徳院の子供たちは行ったことが有るのかしら?と、大人としての判断を期待したかったですよ。
>なにしろ地方から本部へ入ったばかり、ましてや「嫁」の立場で新入りです。
>ガチガチ封建制度な本部の奥様方に、次期真柱夫人とはいえ「新参者」で「本部員血統でもない小娘」がどうあしらわれるか…想像に難くありません。
のぶりん様のお母上は井戸田の出ですから経済的にはかなり潤った環境でしょう。
天理教詰所のシーツなどのリースでおなじみの企業です。
最近はおじば帰り信者数激減と、コインランドリーで洗濯して経費節減を考える詰所もあり、昔ほどでの売り上げではないかもしれませんが、業務を拡大して9月には社名変更をしています。
井戸田さんも大亮さんの実の父親と一緒に仲良くゴルフ場の役員をしています。
天理教を取り巻くローカルな経済同盟(?)の血が恋愛結婚で繋がったという、うま味の有る結婚なのです。決してご指摘のような弱い立場からの嫁入りではないことは、押さえておきたいポイントです。
(余談ですがまた、躾ができていなかったのか、或いはそういう血筋なのか、のぶりん様の兄上様も褒められたものではないことも一次情報で聞かされています。)
そして、今度の婚姻でようやく納得した大亮さんの生物学的父親のかつての発言があります。
「日帰りでのおじば帰りではなく宿泊するように」 だと!
詰所経営が大変になっているから?
もっと言えば、宿泊しないとシーツやカバーで儲けられないから?
まさかね。
いや、まさかと思いつつ、案外、テンリコンツェルン擬きの号令だったかもしれませんが、ご本人に聞かないとわかりませんね。
教会の方と違い、自由時間が有って宿泊できるのは自分のような年金暮らしの者くらいで、社会で働いているうちは勤めを気軽に休める方は限られているでしょう。
世間を知らない人だからこそ、このようなバカバカしいことを臆面もなしに発言しているのです。
やりくりして交通費をねん出しての帰参。
私が同じような立場にいたら、帰参者がいるだけでも喜ばしいと、感謝の言葉を表明するが・・・。
以上、ご不快に感じる方もおいでのことと思いますが、話は決してきれいごとでは済ませない天理教の現状の一端なのです。
一信者ごときが大変失礼いたしました。
私は別にのぶりん擁護の立場では無いですし、上川と井戸田と中田の絡みも耳にしております。
ただ、例え井戸田の外孫で、井戸田が経済的な力を持っていようが、のぶりんは本部の新参者であり、「いち大教会役員の娘」で本部員子女でないのは事実です。
本部の奥様方は「名の知れた初代を持つ家柄」で「本部員として力を持つ家」かどうかで人を見る、と聞いた事があります。
天理教内でしか通用しない名家出身か否か、封建的で理の親だなんだで人間関係が出来てしまう代表例みたいですね。
それこそ本部の奥様方に「甘露台が倒れたのにディズニーへ行く子」「お里が知れる」などと陰口を叩かれていそうです。
天理教に限りませんが、『女の世界は怖い』ですよね?
それこそ大ちゃんからも、大ちゃんの実の父親からも目の届かない、本部婦人ネットワークでは何が起きるかはわかりませんよね…。
のぶりんがこの先「悪い意味で」本部婦人達に馴染んでしまわない事を願っています。
そう言えばこの頃、のぶりんパパこと上川役員の担当信者である、某党のM原代表の言動が色々とマスコミを賑わしてます。
河原町大教会は、次の選挙ではどこの政党を応援するよう部内へ通達するのでしょうねぇ…。
匿名信者
2017年9月30日 3:24 PM
睦輝
2017年9月30日 11:00 PM
こんばんは 中山家など本部の中枢部は大きな問題を二点ほど抱えていることに気が付きました。
それは「後退と閉鎖」です。
>そして、今度の婚姻でようやく納得した大亮さんの生物学的父親のかつての発言があります。「日帰りでのおじば帰りではなく宿泊するように」 だと!詰所経営が大変になっているから?もっと言えば、宿泊しないとシーツやカバーで儲けられないから?まさかね。
この交通機関が発展し東京⇔大阪 二時間強となりサラリーマンを初め自営業者もスケジュールをより酷使しされる現代で一泊するのも難しいです。あまりにも時代錯誤
>例え井戸田の外孫で、井戸田が経済的な力を持っていようが、のぶりんは本部の新参者であり、「いち大教会役員の娘」で本部員子女でないのは事実です。
井戸田って中山家と親戚でしたよね?また近親結婚ですか?中山家の血はそんなの綺麗なのですかね。血が濃くなれば奇形が生まれる確率が上がるのに・・・中山家は近親結婚を選ぶほど閉鎖的精神、他人を信用出来ない人間不信を感じざるおえませんね。
時代を逆行する発言と近親結婚を選ぶ閉鎖性、本部は長続きしないとしか思えないですね。
はじめて、投稿します。わたくし、末端教会の子弟です。
いつも、拝見させてもらってます。
自分自身言いたいことが有ります。
それは、天理教の教会の建物の建て方についてです。
いつの頃からか、おぢばの方向に向けて立てなければいけなくなったようで、自然に向くならかまいませんが、土地にたいして斜めにしてでも建てろ!と、ほんと、バカの所業です。見た目にも違和感が半端ない、というか異様!というか、精神にも悪影響を及ぼしかねないと、、、かんざねが据えられているならばどちらを向いても良いと思うんですがそこまでして忠誠を誓わせる従順さを要求する。正にカルト的だと思われます。
拝むことに対しては気持ちなどの内面が重要だと思われますがここでも形にこだわる、そして結局は末端に負荷をかけまくり疲弊させる!
誰がこんな愚かなことを思いついて、また実行に移したのか?なぜ、上は下を苦しめ続けるのか?考えれば考えるほどアタマが痛くなります。
まあ、組織もこんなことでは崩れ去るのもそう遠くはないでしょうし崩れ去るべきでしょう。
アーメマー 様。
どうでも良いことにこだわっているのが、現天理教です。
教会の方向ですが、大教会長の「お詫び書」というのを添付すれば90度向きが違っていても「お許し」が出たと聞いたことがあります。
「お詫び書」「お許し」って言うのもオカシな話ですが。
本部の権威を見せつけているように思います。
>誰がこんな愚かなことを思いついて、また実行に移したのか?なぜ、上は下を苦しめ続けるのか?
本部に自信がないから、制度として権威を振りかざしているのです。
凄まじい右肩下がりの教勢の責任を感じている本部の人間は誰もいない。
どうでも良い事に惑わされず、自分らししい信仰を貫いて幸せになって下さい。
教会の建てる方向をぢばに向けるようにさせているのもおかしな話やと思います。
結局は、おぢばは天理教の聖地やから足を向けるな、そやからこっちの方向に拝めと云うことですやろな。
国々所々につとめ場所が設けられた幕末から明治の初頭当時は、今日のように神を拝むと云う概念がなく、あくまで甘露台を中心に勤めていたから建物の向きなど全く関係がありませんでしたわ。
ところが何時しか天理教と云う宗教団体(組織)になってから神を拝むような教えになって神棚を奉るようになってから聖地の「ぢば」を崇めるために神殿をおぢばに向けさせて勤めさせるようになりましてん。
一例ですけど、河原町大教会が30数年前に建て替えられる前の神殿は神棚を北に置いてましてん。その当時はぢばを意識して神殿を建てると云う観念はあらへんし本部からの指導もありませんでしたわ。
希に当初から未だに現存している古い教会は北に神棚を置いていて、ぢば方向に向いてない所もありますで。 御無礼
桜井にある大教会は既存の建物を持ち上げて方向転換しませんでしたっけ?
上級、上々級の神殿の方角を改める普請のためにどれだけお供えの要請があったことか。
末端教会は自教会の修理諸々は後回しにせよと上級からのあからさまな強要。末端教会はいついつまでも未来永劫虐げられる。こんな信仰がありますか?
私は中学生くらいだったか、うちは末端なので本部、大教会、上級、上場級の各種年祭、記念祭のお供え、普請や修理のお供え要請がひっきりなしにあり、絞れるだけ搾り取られて陽気どころか一家は半泣き状態だった。
最近、亡き父の遺品を整理していたら覚え書きノートが出てきたが、神一条に生きた従順な父もさすがに我慢ならなかったのか、上級のいじめにも似た発言内容をその日時、時間まで数ページにわたり細かく記録していた。よほど腹に据えかねての記録だったのだろう。目を通してみると両親は上級より精神的、金銭的あり得ない待遇、抑圧を受けていた。生きていたら、よく耐えたと労いたかったが、もういない。
末端教会の惨状。理不尽を受け入れざるを得ない現状。みんなで声を上げて世間に知らしめたいと思う。
当該大教会甘露台の補償金のことなど、およそ宗教組織とは言えない本部の在り方上級も大教会も上にばかり気を遣い、いい恰好がしたいだけのこの上下制度。
最下位に位置する末端教会は声を上げよう。黙っていてはだめだ。
私達は丸い地球上に居ます。
どこから拝んでも巡りめぐって必ず甘露台の方角になるんじゃないでしょうか?
方角にこだわるのは、イスラムっぽいです。
教内の言葉遣い、やたら仰々しくてうんざりです。
教祖は学のない農民に易しい言葉で語られたと想像します。
自分が消化不良の借りてきたかのような言葉で講話されても伝わってきません。
皆様におかれましては。。と始まる話、興醒めです。
それにしても、本部が例の披露宴に招き、祝いのスピーチをお願いしたという前原代表、小池ゆりこに抱き付き戦法!天理教に旨味がなくなったら、モラルなく別の新興宗教に抱き付くのでしょう。
匿名様
確かに土台を持ち上げて向きを変えた教会の前例は多くありますわ。
桜井市所在の大教会がそうなのかは承知してませゆでした。
例えば一般住宅や倉庫、蔵の規模ならば容易に工事がてきますけど大教会規模の建物の土台を持ち上げて位置を変えるのは工事としては相当な費用と労力が必要なのは当選やと思いますわ。
ワイの知っている所で未だに西に向いたり東に向いている分教会が幾つかありますわ。
おじばがそれほど尊いところなら、中山家はじめ、そこにお住まいする人達は、神様の様に成人された人達なんでしょうね。
そんな神々しいおじばの人達にお逢いしたいものです。
K 様
仰る通りです。アルバート・アインシュタイン博士が同じようなことを説いておられえたと記憶しています。
間違っていらゴメンナサイ。
ところで、天理教のお偉い方々の表情には明るさが欠けているように思います。真柱氏はじめ本部員、大教会長諸々の役員さん、皆さん表情が暗いです。
昨日、臨済宗の僧侶が座禅を講義されているテレビ番組を見ました。ゲストの人達が一応に僧侶の表情が素晴らしいと評価していました。私も見ていて驚きました。天理教の人達にはない前向きで明るい表情と動作に感激しました。
精進料理の終わりには、たくわん一枚で全ての食器をきれいに洗って、水も使わずそのまま次の食事の時に使われるのだそうです。
本部の内・表さんのブタのように太った人とは雲泥の差を感じました。さぞかし、贅沢三昧をしているのでしょう。以って瞑すべし。
匿名信者 2017 9月30日 3:24 様
私ものぶえさんの交流があります。
確かに、清楚と言われたらのぶえさんのイメージではないですが、彼女はすごくほんわかして癒される、
あまり好きな言葉じゃないですが便宜上使わせてもらうと「天然」な部分もあります。
小さい子にも優しく、何事にも一生懸命な子です。
あまり詳しくかけませんがお道のことで葛藤し、涙ながら悩む姿も知ってます。
だからこそ本部…大丈夫かなと思う部分もあります。
また、お母様もいつも綺麗にはなさってますが、一度おさづけを取り次いでもらったときふと手を見たら
誰よりも荒れていました。きっと、いい暮らしをしようと思えばできると思うんですが、手荒れも気にしていられないくらいお忙しいと思いますよ。
ごきょうだいもみな関わったことがありますが、お兄様とは長男さんでしょうか?
確かに彼の方は好き嫌い分かれますね…それは納得です。
ただ、行動力は半端なく、長男さんが変えてくれたものもたくさんあります。
褒められたものではない、のは確かに彼の行動力から考えたら、嫌がる上層部はいるでしょうね。
布絵さんが、大亮氏にお嫁入りするにあたって、FBもお止めになった、という文を拝見しましたが、大亮氏も布恵さんも、これからは一切、ネット記事をご欄にならないのであれば、問題だと思います。
社会学研究所さんのブログや「お供え」掲示板をご欄になれば、天理教関係者や信者さん達が、どのようなことに苦悩しているか、即座に理解できる筈です。身分の固定した組織やお供えの強制など、天理教組織の抱える問題に対する疑問の投稿の数々を、じっくり読んで頂き、少しでも天理教組織を、より良い方向に変えて頂きたい、真の「陽気暮らし」ができる宗教団体へと、変えて欲しいと思っている。
「次期真柱」が、それらに一切目を通さないのであれば、教内の不満を抱える人達の思いも届かず、上と下とが乖離したままの現状が続く、ということである。
これから、大亮さんの巡教を受ける教会は、それぞれに、「次期真柱」を、下にも置かぬように扱い、過分に接待するだろうが、それらは全て、信者さんの財布から出た金で賄われているのである、ということを、よくよく理解して頂きたい。自分が真柱を継いだ時には、このような、真柱や大教会長などに対する、贅を尽くした接待は、是非とも止めさせて欲しいと思う。 いや、今からでも、「自分に対する過分な接待は止めて下さい。」、と宣言するくらいの思慮と賢明さがあって欲しいものだ。
マコ様、書き込み拝読しました。
以前のマコ様の書き込みからも布恵さんと近しい方なのだろうと思っていました。
誰しも知り合いが結婚したばかりなのに何だかんだ書かれては心が痛みます。
お気持ちを傷つけすみません。
ご理解いただきたいのは、一市井の立場の人の婚姻であれば、何もネットで注意喚起はしないということです。
反応していただきたいポイントは別にあること、キャラの点ではないことは冷静にお読み取り頂ければご理解していただけると思います。
この場は2chとは異なります。
多くの方々はこれまで天理教を信仰してきた中で、おかしい、変じゃないか?、
と、個々人が考えてきたことが、
「自分一人が疑問に感じていたのではなかったのだ!」と気が付いての書き込みなのです。
自分の場合、社会学さんのご尽力、膨大なご考察記録を拝読する中で、ボンヤリ感じていた種々の疑問が明確になった経緯が有ります。
申し上げたいポイント以下の通りです。
何か、反応の焦点が、「中山家に嫁いだ健気な弱き若嫁」を私が揶揄しているかのように、問題を矮小化しておられるようにも思えます。
失礼な言い方になりますが、自分のような一信者の者たちは、「お賽銭を受けとる教会の方々」とは受け取り方が違うのです。
はっきり書かなくても(これでも傷つける程度の軽減をはかって)読み取っていただけると思ったのが甘かったのかもしれません。(つまり、それほどに、お供えに関しての感度が、信者と教会で暮らす人とは隔たりがあるということでしょう。念のため付け加えますが、自分が知る、ある分教会の前会長は、子供たちに信者さんのお供えのお陰で云々と言い聞かしていると発言されていました。そういう方もいることを踏まえた上でのことです。)
デズニーランドへの費用は彼女がアルバイトでもして稼ぎましたか?
或いは周りの方からのプレゼントでしたか?
プレゼント?した方が社会で勤労した結果、得たお金でしたか?
お供えからのお与えは、イコール信者さんたちのお財布から出たお金です。
一信者たちであれば、誰とこの件で話しても、誰もが反応するポイントは、費用がお供えかどうかなのです。
それは決して、「女の世界は怖い」という矮小化した立ち位置とは異なります。
男女を問わず、一点は費用に関してです。
東京デズニーランドは入場料も高く、お供えを差し上げる側の者にとり、行くには躊躇する贅沢な遊戯施設といえます。
苦しいのは末端教会ばかりではなく信者たちなのだということ、クドクド、何度でも言います。
年金暮らしの人たちと話しますと、
「これまで頑張ってお供えしてきたがバカバカしくなった。」
「お供えできなくなったら言葉もかけてこなくなった。」
「自分たち一家のことしか考えていない。信者の事など『眼中に在るふり」』をしているだけ。」
そうした会話の最後には
「でも、教祖の教えは素晴らしい。教会がどのように濁っていても私は神様目標(めどう)でいく。」
なのです。
それはジジババたちの悲鳴です。
そして若い人たちは正規の雇用も難しく、結婚に踏み切れない人など「ザラ」にいます。
そうした世間の人から吸い上げたお金で結婚して、笑って、26日にはまた、お祝い?
社会をなめてはいけません。
大亮さんは一人で布教にでなさい。
大亮君へのはなむけの言葉 様。
>布絵さんが、大亮氏にお嫁入りするにあたって、FBもお止めになった、という文を拝見しましたが、大亮氏も布恵さんも、これからは一切、ネット記事をご欄にならないのであれば、問題だと思います。
天理教幹部は社会かい離も甚だしいです。教会本部のネット回線は反天理教の記事は見れなくなっているようです。
大教会の後継者や若い会長もFBを止める人がいますし、知らない末端の人とのFBの友人関係は拒否する人もいます。特別意識の強い後継者も大教会会長家族も多くいます。
大亮氏も布恵さんも、FB等でどんどん意見を言って、発信される方が良いに決まっていますが、本部としては都合が悪いのでしょうね。どんどん人の意見も聞いて論議して頂きたいものです。
匿名信者様
2017 10月4日 4:49
早速ご質問に答えますが、ここ最近はのぶえさんと直接の関わりはなかったので
確信めいたことは言えませんが、アルバイトらしきことをしていたような話は聞いています。
もし、テーマパークに行ったのがこのバイト代からであればよいのですか?
アルバイトしてたのか?とまくしたてた以上、もしのぶえさんがバイトなりなんなりで
社会で給料を得ていたとしたら恥ずかしい話ですね。
付け加え彼女はご結婚直前まで大教会女子青年として勤めていらしたので、お与えをいただく権利もあります。それはお供えだろうというかもですが、信者さんのために働いている人がお与え(お給料)をもらうのは何もおかしくないですから、そのお金をありがたく使うのは普通ですね。
同じく河原町内の大きな教会の後継者さんがお与えをコツコツ貯めてようやく指輪を買い彼女にプロポーズした話も知ってますし、女子青年しか経験していない方が結婚前(嫁ぎ先は教会)世間を知らないのは良くないからと半年ほどバイトもしていました。
もちろんいろんな方がいますよ。今時教会の娘さんだってオシャレだし、一般信者よりずっといい服着てるしお出かけもしてると思います。ただ、私が見てきた多くの方は、ちゃんとお金の使い方を知っているからありがたく使えるんだと思います。言われるがままにブツブツとお供えを出すよりよっぽど神様がお喜びくださるんじゃないでしょうか。
お供えなのだから…と言うならどう使うのが適切なのか伺いたいですね。
躾云々とも書かれていましたが、上川先生のところは比較的躾はきっちりしてるんじゃないでしょうかね。
あまり詳しい話はかけませんが、上川先生ご一家とは関わりもあるし、本当に頭の低い、心配りに長けた人ばかりですよ。
のぶえさんが可愛げもない、お道にうるさい人ならこんなことは言いません。
ご家族が嫌な感じならこんなことは言いません。
匿名信者様
2017 10月4日 4:49
では、のぶりん個人を糾弾するのではなく、本部へ苦言すべきですね。
パレードもブラスバンドも光のページェントやらも、のぶりんの知らないところで(結婚前に)本部が決めた事でしょうからね。
大ちゃんの関与の可能性は否定しませんけど。
ディズニー旅行の件ですが。
養徳院の子の事を考えて、全教が養徳院の子と同じ生活レベルになるよう自粛ムードになれば良いのでしょうか?
それは教祖の言う、親神の望む陽気暮らしでしょうか?
世界の難民の事を考えろ、君達は御供えで生きてるだけ恵まれてるんだって、養徳院の子にはオヤツ食べさせない訳じゃないですよね?
御供えでのTDLはダメで、生活保護でTDL行くなど贅沢する人達は良い訳じゃないですよね?
そちらにも苦言は当然出されているんですよね?
御供えで生活するものは、極貧であれど、あれもこれも贅沢と制限し、息抜きする場もないのが当然、なのでしょうか?
もちろん、人の御供えで生活してるのだから、行き過ぎた贅沢はダメです。
でも、人並みの幸せを得るのも、独身最後のささやかな想い出を作るのもダメなんですか?
海外へ長期旅行した訳でも無いのに。
のぶりんは京都の友達…天理教とは関わりのない子も含むメンバーで行ったんでしょう。
教外の子に「ごめん、甘露台倒れたからディズニー中止!」とか言っても理解できませんよ。
いくらTDLの入園料が高くとも、国内旅行なんてしれたもんです。
海外留学とか行ってる本部員子弟の方がよっぽど贅沢ですよ。
国内で進学もままならない教会子弟の事なんて、親も子も考えてないですよ!
匿名信者さんは常に養徳院の子たちを考えて御供えし、自制した生活をされているのでしょうね。
まさか「予想外のブーメラン」ではないですよね?
のぶりんのTDLなど少額の出費を叩くよりも、本部員や大教会子弟が湯水のように使う進学費を糾弾しませんか?
>ただ、私が見てきた多くの方は、ちゃんとお金の使い方を知っているからありがたく使えるんだと思います。言われるがままにブツブツとお供えを出すよりよっぽど神様がお喜びくださるんじゃないでしょうか。
なるほど、仰る通りですが・・。倹約もし、お金の使い方も心得ておられるのは、立派です。しかし、私はそのような言葉を聴いても、上層部教会の方々に対して、スッキリしないところが残ります。いくら上層部教会子弟の方々が倹約、金を大事に使おうが、その親御さん達は、下の教会から搾取する側だからです。その上層部教会子弟さん達が頂くお与えは、下から吸い上げた金だからです。生活の心配は全くないからです。
せいぜい、結婚相手にプロポーズするための婚約指輪を買うため、お与えをこつこつ貯めたり、ディズニーランドへ遊びに行くために半年、バイトしたり、所詮は、坊ちゃん、嬢ちゃんのお遊びの範囲にしか思えません。まあ、バイトをするなら、世間で3年位は、されてみたら良かったですね。3年千日と教祖も仰ってます。「嬢ちゃん」なんて、呼んでくれませんよ。
所詮、日々、生活費をやりくりして、お供えを捻出し、搾取され続ける下々の者達と、上層部教会方々とは、考えることが違いますね。
、
私らも、上級の教会から要求されるままに、ブツブツとお供えを出すより、自分達が使いたいことに使う方が、よっぽど神様がお喜びくださると思いますので、できることなら、是非、そうしたいものです。
今の真柱・中山家は、自分の家系・家族は神様と同じ位置に立っているというスタンツだ。
「お詫び書」「伺い」「お許し」という言葉がそれを感じさせる。
末端教会子女・末端信者と同じ目線で物事を感じようという姿勢は絶対に大事だ。
でも、現実には難しい。一番の問題は二代真柱が制定した「真柱姓は中山姓に限る」という決まりだ。
何故、右も左も分からない若者を真柱継承者にしてしまうのか?
だから、FBも閉鎖しないと、信仰的に浅い事がバレてしまうからか。
もっと真柱に相応しい、深い信仰をもった信仰者が教内には、いるはずだ。
本当にバカバカしい組織を作り上げてしまったものだ。
二代真柱の罪は深い。
>所詮、日々、生活費をやりくりして、お供えを捻出し、搾取され続ける下々の者達と、上層部教会方々とは、考えることが違いますね。<
全く同感です。
我々末端教会は上級、上上級、大教会、本部に至るまで、教会発足以来理不尽は搾取に泣いてきました。大教会などはお与えがあるそうですね。その原資は全部信者や下の教会からのお供えですよ。では末端教会の我々にはお与えがありますか?私も毎日教会のご用に従事してます。お与えをいただく権利があります。けれど信者激減の今、信者さんからのわずかなお供え金は各種年会費や不必要な巡教のお礼その他強制的なお供え諸々に消え、支部費、月次祭費用、日供費用、教会修理修繕に至るまで、全くの自腹なのですよ。権利があっても行使できないのです。甘いことなど言っていられないのですよ。
上は下から搾取出来ます。我々最下位に位置する末端教会はどこにも頼ることが出来ないのです。
お供えで生活しておられる上層部教会の方たちへ。
我々最下位に位置する極貧教会はお与えはありません。「人並みの幸せを得る事」も出来ません。
教祖の教えは「谷底せりあげ」ではなかったのですかねえ。
末端教会子女様
私自身も、いわゆる刷り込みってやつでしょうか、子どもの頃から「お金を持ったらお供えしなければならない」という全くおかしな価値観の中で育っていました。
いくら道専務といっても働いています。賃金をもらって何がおかしいんでしょうか。もらったお金を適切に使って何がおかしいのでしょうか。
私自身はその方々の普段からの心配りを知ってるので鼻で笑うような言い方に関しては苛立ちもありますけどね。その反面、当然いわゆる末端の苦労だって知ってますから私も疑問に思うことだって少なくはないです。
ぜひやってみてはいかがですか?
神様が喜ぶような使い方がしてみたいと。
誰にどう言われてもいいから、工面したお供えでテーマパークでもどこでも好きなとこにいってみてはいいのではと思います。できるわけがない!とおっしゃるのなら、半年だろうとアルバイトでお金を稼いだり、誰かを喜ばすためにコツコツお金を貯めた人達のことをあざ笑う事は出来ないと思いますよ。
その方々は誰にどうおもわれようと「やってみた」んですからね。
私の周りでも、後ろ指さされながらバイトしていた会長とかも知ってますが、その方は誰も知らない場所で地道にお助けもされていました。その人たちに会うための交通費、食費、通信費…それだって大事でしょう。
生活を工面するのは何も教会に限ったことではないです。ただ、どう使おうかって自分で考え出した時に神様がヒントを授けてくれることは多々ありますね。お供えに限らずだと思います。
末端教会子女様
ただ、お供えを豪遊に使ったり、意味のない建物に使うのは当然おかしなことと思いますよ。
何が違うって、そこにある気持ちが違うと思うので。
本部のことは詳しくないのですが、このサイトに書かれていることが事実であれば、
それは「適切」とは言いがたいですしね。
大きな教会といっても本部レベルとは違います。
やはり、慎ましさは感じますよ。
1つだけ付け加えておきたいのは、現真柱様ご夫婦は普段からかなり質素な生活をされていると言うことだけですね。
マコ様。
私が思うに、現真柱様ご夫婦や大亮さんご夫妻が問題ではなくて、今の天理教のシステムが問題という事です。
大亮氏の弟は海外留学して女子と遊び呆けていました。
ある本部員は教区のイベントのお金数十万円を「貰っておく。」と言って持ち帰りました。
その昔、ある本部員は芸者置屋の方との間に子供があります。
修理巡教先で、スーツを作らせた巡教員もいます。
多くの末端教会は子供を進学させるにも、夜間か天理の二部しか選択肢はない。
専門学校に入れようにも準備金が払えないのです。
考えられない位、高山と谷底を作り出しているのが現天理教です。
マコ様
>道専務といっても働いています。賃金をもらって何がおかしいんでしょうか。
別におかしくないです。道専務でも働いていれば、賃金を貰えるそうですね。それは大教会の方々や、本部員だけのことではないでしょうか? 末端教会では、道専務でも賃金など頂けないですよ。私達、末端教会では、その当然のことが、なされてないのです。処遇自体が違います。上の方々は、それだけ優遇されてるということです。まして、その賃金は、下からのお供えですよ。
>その方々は誰にどうおもわれようと「やってみた」んですからね。
私は別にテーマパークに行きたいわけではありませんので。ちょっと、仰ってる意味が分かりませんが・・。私は、身分も生活も保証されている方々とは違います、ということを言いたかったのです。
やってみよ、と仰りたい訳ですか? 私がやってみたいのは、上級教会や大教会などの「上からの縛り」から自由になりたい、ということですが、簡単にやれることではないと思います。テーマパークに行くなどということと、次元が違います。
>私の周りでも、後ろ指さされながらバイトしていた会長とかも知ってますが、その方は誰も知らない場所で地道にお助けもされていました。その人たちに会うための交通費、食費、通信費…それだって大事でしょう。
これも、仰ってる意味がよく分かりません。末端教会長さん達のことを仰ってるのではないですか? 末端教会長さん達は、そのような生活されてると思いますよ。大教会や、大教会役員さん、大きな教会の会長さん方が、そのようなことされてますか?
長々と進展の無いやりとりは見ていてしんどいです。
教団が発足してからは上下(天理教内なら親子)の関係が最初から厳然として有り、今も変わらずに続いている。権力も財力も下から上へのピラミッド構造。
教祖の現し身があり、多くの人々を救われた時代。現し身を隠されてから、本席派と真柱派との対立。東京から奈良へ教会本部を移し、明治から昭和までの全盛期と、第二次大戦後の二代真柱による復元とやかた構想、多くの分派や異端が出てきた時代。そこから現在に至るまで、天理教に関わる人々はどんな通り方をしてきたのか。
調べれば、これからの、良い方向へと向かう道筋は見えるはず。
封建的 封鎖的 上っ面のやりとりでは人は助からない。組織も助からない。
本音も建前も両方がバランス良く必要。
二つ一つ(相対するもの)が互いに立て合うことが天の理とするなら、「本音」と「建前」も二つ一つではないかと思う。「上」と「下」、「親」と「子」も相対するものではないかもしれないが、この二つが立て合えば、うまくいくはず。
匿名 2017年10月5日 12:29 AM 様
あなたの仰ってることは、建前ですよ。あるいは、単なる理想。
天理教が、今までどんな通り方をしてきたのか、調べたところで、「変えることができる方々」は、変える気がないのですから、変わることはない、と思いますね。 残念ながら。
マコ 2017年10月4日 10:36 PM さま
>いくら道専務といっても働いています。賃金をもらって何がおかしいんでしょうか。もらったお金を適切に使って何がおかしいのでしょうか。
賃金というなら、雇用契約に基づいた給与ですか?
労働基準法や最低賃金は守られていますか?
住み込みで食費や住居費を差し引いたとしても、きちんと計算されていますか?
教会長(経営者)が教会(宗教法人)から給与なり報酬なりを受け取る場合でも、役員報酬規定なり責任役員会の同意なりがないなら問題ですよ。
教団内では、こういった社会で当たり前のことが出来ていない例が多く、上の者の思惑一つで動く傾向があるのが問題なんですが、これを理解されていますか?
質素な生活をしてるとか、倹約に心がけてるなんて、法律や社会常識からすれば関係ない事です。
末端教会子女 さま
>私がやってみたいのは、上級教会や大教会などの「上からの縛り」から自由になりたい、ということですが、簡単にやれることではないと思います。
個人なら「天理教をやめる」ことです。
「上からの縛り」は教会規則によって規定されている事です。
教会ごと自由になりたいなら、この規定を変更して教会(宗教法人)と本部(宗教法人天理教)との「被包括関係を廃止」するしか方法がありません。
私の教会は既に実行しましたので、本気で行動に移したいならご相談にのらせて頂きます。
http://mikagurauta.grupo.jp/
準備さえキチンと出来ればそれ程難しいことではありません。
勿論、被包括関係廃止によるメリットとデメリットがありますので、判断はお任せします。
末端教会子女様
じゃあ、あなた位は一体何がしたいんですが?
小さいことでもやってみればいいと思う、といってるだけでテーマパークに行ってみようとも言ってないし、会長クラスでもお供えをただただ上に上げるのではなく、言われるがままの会議に出るだけでなく
その中から信者に会いに行ったりお助けに行く時間を捻出する工夫をしてるんです。
いつまでも「縛り」に中で生きていくしかないんですって諦めてるじゃないですか。
私も末端中の末端ですけど、ここで知り合った人に相談したり、教外の人に相談したりして今地道に
お道とは何かを考えてます。おかげで少しずつ、自分が好きだった天理教が見え隠れするようになりました。言われるがままの頃は分からなかったことも少しずつ分かってきました。
そういう気持ちはないんでしょうか。私闇雲な「何言ってるかよくわかりません」っていう言葉は嫌いなんで何言ってるか分からなかったらもう結構ですよ。
どうぞ言われるがままの中から1円でも自分の思うように使ってください。1分でも自分の思うように使ってください。神様はそこをみてるんじゃないですか。
大教会とか本部とか、末端とか関係ないです。一人一人が考えることでしょう?
ここでも「もうお供えはできません!」って上にはっきり言ってる人もおられますよ。
単純に言ってる事とやってる事があまりにもかけ離れているから信者が増えないんですよ
魅力が無いんですよ
天理教の人達は今の世の中を何時代だと思っているのですか?
士農工商の身分制度が厳しい時代に、人は平等だよと説いたからうけて広まった教えが
今では天理教内で身分制度が凄すぎて・・・上級、部下部内???
悲しいですね
つとめ場所様
私の理解が乏しいだけだったら申し訳ないですが、私は道専務も賃金をもらうべきだと思うし、
あなたがおっしゃる最低賃金云々等が守られていないと思うから、
それがたとえお供えからいただく賃金であろうと、適切な使い方をする方がいいと思います。
私に対して何か攻撃的に感じますが、私はまさにあなたがおっしゃるようなことを
「ちゃんとして欲しい」(それは上層部に対し)って言ってるんですけど。
難しい言葉並べてまくしてるような気がするのですが、私が「賃金をもらって何がおかしい」と思う意味を
理解されていますか?
マコ様
道専務も賃金を貰うべきだという考えは、間違ってるとは思いません。只、それなら、末端教会も含め、全ての道専務の教会長が、同じように貰わなければ、不条理だと思います。私の、先の投稿にも述べてあることですが、本部員や大教会だけが、賃金を貰っている現状は、上層部だけが優遇されていることになります。最低賃金だの、そういう、ややこしいことは分かりませんが。
上層部だけが賃金を貰っているのは何故でしょうか?上層部のやっていることが、下の教会よりも価値があるのでしょうか? 単に、本部員、とか、大教会という立場、地位から、それが当然であるという、教団上層部の偏った、勝手な理屈でしかないと思います。
末端教会が貰えないものは、上層部だって貰うべきではない。ましてや、末端が苦労して得たお供えではないですか。。上層部が貰えるものなら、末端教会だって貰わねば筋が通りません。
教団の作り上げたピラミッド組織によって、賃金にまで都合よく差配するのは、上層部の勝手が過ぎます。全教会、同じ条件であるのが、道理、本当であると思います。
末端子女様
一旦話を整理したいのですが、どこの業界でも当然役職が上の方がお給料は多いですよね。
それは企業でも同じです。
そして、(教団的に)上の方が受け取るお金というのはお供えですよね。
本部参拝者しかり各教会からのお供えしかり。
上の方から「いくら出せ」と言うのはおかしな話である、と言うのは当たり前だと思います。
だからこそ、末端だろうが道専務だろうが、自分の手元に来たお金(これだって信者さんからのお供えです)をどう使うか、テーマパークくらいであれば自己の楽しみのために使ってもいいし、美味しいものを食べること、信者さんや友人に会いに行くため、趣味を楽しむため…なんだっていいじゃないですか。
上のものが潤うのは下が出すからですよね?おかしいおかしいと言いながら差し出すからではないのですか?
もちろん、お気持ちわかります。言いたいことも分かります。私もそうですから。
だからこそ話を戻して、例えばのぶえさんがアルバイトをして友人とテーマパークに行くという一般的な感覚をお持ちだとすればきっとお供えの使われ方が変わって来ます。無論、どこまでそういうことに口を挟めるのか、それは私には分かりませんが…。
ちょっと皮肉も言えば、道専務はまだいいじゃないですか。
私ら(私の周りの用木友達とか)のように末端中の末端なんていくらひのきしんにかりだされてもお与えないんですから。
交通費も食費も何もかも自分で用意して仕事休んで行くんですから。
それでもお道の御用が楽しいと時間もお金も捻出してやってるんです。
末端子女様がどのようなお立場かは分からないし、ここで言いたくないかもしれませんが、
その中で自分はどうしたいかを考えることは大事だと思いますよ。
いただいたお供え、もっと違う使い方もあるんじゃないでしょうか。
マコ様。
教会もいろいろです。いくら説明しても理解して頂けない事も多くあると思います。
言うに言えない事も多くあります。
末端子女様。
実は末端教会の会長と言えど、お与えという給料を貰っているのです。
それは、本部から貰っているのではなくて、自教会から貰っているのです。
いくら零細教会の会長と言えど、会社の社長みたいなものです。自分の給料は自分(役員会議)で決められるのです。100万円貰っていても税金さえ払えば何の問題もありません。ただ、零細教会にはお金が無いだけの事です。(教会建物に暮らしているだけで現物給与という給料を貰っている事になっています。)
上級に持っていく「お供え」さえ減らせば良いのですよ。上級にお供えをしなくても捕まる事はありません。自分が納得できるお供えをして、自分が納得できる給料を貰う事に、法律上何の支障も問題もありません。
私が所属していた教会でも会長ご一家を始め常詰一家も市民税の申告をしていました。所得がないので税務署ではなく市民税の申告で良かったそうです。当然、その収入額は生活保護世帯並みでした。現金の手取りは少なくても、教会経費の住居費光熱費などの一部を居住者の収入として計算していたようですが、それでも会長ご一家(両親と子供3人)でも年間収入は200万円に足りませんでした。ですから、会長ご一家と言えどもつつましい生活だったと思います。
ただ、会長には巡教や葬祭の御礼などの臨時収入があり、常詰さんとは違った生活があったのではないでしょうか。信者さんが減った現在では、それも減りつつあり大教会の直轄教会という立場上教会の維持は大変なようです。
本部は、いつまで徳川幕府顔負けの封建体制(部内の部内の更に部内教会といったバカげた制度)を維持するつもりなのか。能がないとは当にこのことでしょうね。
余談ですが、常詰さん一家は、医療保護(生活保護制度の一環)の適用がありました。
教会の現物給与について。
教会従事者は確かに現物給与として教会建物に住んでいると言えるかもしれません。ただ当教会の場合、教会普請に係る信者さんからのお供えは微々たるもので(ひのきしんによる労働供与がほどんど)その費用の大方は両親が世間で働い自腹で建てた建物です。現物給与を受けているという認識は私ども一家にとっては違和感があります。自分で建てた家に自分で住んでいるからです。こういう実態の教会も多いのではないでしょうか。すべての末端教会が現物給与というお与えを貰っているというのは若干ちがうのでしょうか。(税金分だけはお与えですね。)
また現金によるお与えの実情ですが、当教会を含め、私の周囲の教会はみな貧困で、信者さんもゼロか親族信者のみ。お与え(現金での)など貰いようのない経済状態のところが多いと感じます。教会運営にかかる各種諸々の費用に対し、信者さんのお供え金を差し引いても個人的持ち出しのほうが断然多いです。ですので現金によるお与えなどあろうはずがありません。
大教会のようにお与えが出るなら、末端教会にも平等に扱われる組織運営、規則に変えていただきたいと思います。末端子女さまの投稿のように全教会、同じ条件であるのが、いちれつろくじの道理と思います。教団の作り上げたピラミッド組織によって、賃金にまで都合よく差配するのは、上層部の勝手が過ぎます。まったくもって同感です。
ですから当教会では上級に上げるお供えはストップして久しいです。
上級教会の人間も様々で、経済状態などの事情を鑑み「お供えストップ」を受け入れてくれている上級教会も中にはあるみたいですね。私の周囲ではそういう話を聞きました。上級と言えども鬼ばかりではないようです。上へのお供え金については言わなければ分からないです。上はこちらの無理に心が至っていません。上級には実情を声として届けるべきだと思います。そして一教会として、堂々とした自主性を持つべきだと思います。理不尽なお供えはどこへ上げようと神は受け取らないです。どぶに捨てるお金ならば身近な周囲の人に手を差し延べる為に使ったほうが神の受け取りになるはずです。
日々の怒りに任せて、長々失礼いたしました。
私の知り合いの教会は会長は仕事していない(たまにバイト)、嫁はバイトに行っています。
所得が無いので役所に言って子供の学費、給食費等免除してもらってました。
もちろん市民税等も払っていません。
おかしいと思いませんか。
免除等のお金は他の人が払った税金です。働けるのに働かない
一時テレビで話題になった生活保護の不正受給と同じです。
でも自分達は道一条やと尊い事をしてると思っています。
陽気暮らしってなんですか、感謝慎み助け合いってなんですか。
天理教人である前に日本人としての義務を果たしましょう。
みんな疲れてますよ
皆さんの仰る通りです。教会制度があるからこんなことになってしまったことに気付かれ始めたのですね。
本部の人たちに奈良県の高額納税者が多いということを考えますと、もう、滅茶苦茶な組織です。なのに、お供えが命の繋ぎだとか、よろこび心の涵養だとか、何を寝言云っているんだと言いたいです。
本部の人達は社会の現実をどこまで知っているのでしょう。今年の春に大学に入った孫娘が入学までの間、1ヵ月余りコーヒー店でアルバイトをしたのですが、客からは置き方が悪いだの、出すのが遅いだの、コーヒーがぬるいだの等と言われて一日中立ちっぱなしで時間給は870円、纏めてもらった給料から、きっちりと所得税が引かれていて、その税金が返してほしかったら来年の3月に確定申告をしろとまで言われて、源泉徴収票を貰ってきたが、もう、コリゴリだと嘆いている。そして、それを本業としている人たちは耐えて仕事をしています。そのような人たちに、軽々しくお供えをしろといえますか。
内さんや表さんも一度喫茶店のアルバイトを体験されては如何ですか。訳の分からない宗教(現行天理教本部)に関わったらよろこび心どころか、不足心が積もるだけです。
古い教会長様
昨日、諸事情で一時的にこちらを使えなかったため
別サイト(サイト名を出すのは良いのか分からないのでピンときていただければ幸いです)にて
返信をさせてもらっています。
よかったら目を通してもらえればと思います。
私も末端中の末端、所属している教会に対しても疑問に思うことは少なくないです。
ただ、私の場合はお供えより、信者としての扱いといいますか…そういう方に疑問が多いため、
比較的お供え(現金)に対してはまあまあ自分の価値観の中でやれていると感じています。
そのため、要求や制度に関しては無知な部分もあることは自覚しています。
一度だけですが奪うようにお供えを持って帰られた時があります。
確か婦人会の創立何年とかの記念の年だったかと思います。
あの時だけはやたらお供えの要求がすごかったので、何かただならないものを感じました…。
相変わらず貧乏な教会も多いのですが、最近は経済的に豊かな教会もあるように感じます。
信者さんの中には、貧しくても一生懸命教会に尽くしておられる方もあり、教会がそれにあぐらをかいているような状況もあります。
豊かになる事は結構なことですが、誰かの犠牲の上に成り立つのでは本末転倒です。
神様のご守護頂いた姿が、本部や大教会であると思っている人が多くいます。
だから中間教会もそれをモデル(ひながた)にして部内教会や信者さんに負担をかけているケースも多々あるのです。
お供えは上へ上へと集められます。ほとんどの末端教会長さんは、信者さんのお供えだけでは足りず、持ち出しの場合も多く、「お与え」を貰うどころではないと思います。
しかし、上の会長になる程、お与えとして、好きな程抜くことも可能でしょう。(勿論、余計に抜いたりしない、という真面目な会長さんもおられるでしょうけど。)
◎ 教会制度(ピラミッド制度)
◎ お供えの吸い上げ制度
これは言わば、「ネズミ講」による金集めであり、ネズミ講とは、上に行くほど、金が集まる仕組みになっている。
更に、年祭、時旬、心定め、仕切り月、誕生祭、婦人会等の各会と、吸い上げる名目は、いくらでも挙げられる。それらが、どのように使われているか、我々末端教会には、一切、知らされない。
東風Zさんの書かれておられる通り、本部の人たちに、奈良県の高額納税者が多いと言うこと、本部は、テナント貸し高層ビルなどをいくつか保有する不動産管理会社を経営していること等、それらの原資に使われているのだろうと想像されるが・・。 そして、大教会も同じことをしていない、とは言えないだろう。
つまり、上はいくらでも、その気になれば、私的な目的に、お供え金を使い込むことだって可能なのである。しかし、末端会長にはとうてい無理なことである。(上手く金をくすねて、自分の収入に使うことを勧めているものではありませんので、誤解されないように。)下の者は、一方的に出すだけの、滅私奉公を強いられるだけであり、自らが潤うことは一切ない、ということ。
このネズミ講である、ピラミッド吸い上げ組織が解体されない限り、天理教末端教会長さんに、陽気暮らしの実現はないのは確実である。しかし、本部や大教会が、自分達の「命の繋ぎ」であるネズミ講のピラミッド組織やお供え吸い上げ制度を手放す訳は無い。
ならば、末端教会長さんが陽気暮らし実現のために自らできることは、「お供えを止める(減額含む)」か「被包括関係解消」の、この2者択一、それ以外にはない、と改めて認識致しました。
後は、実行するかどうか、だけの問題となります。
このサイトで意見を交わしておられる一番大きな主題(テーマ)の根底に流れるのは、お金、お尽くし、上納金、お供え等と言われている金銭に関わる話が多いですね。上層部が働きもしないで、下から上がってきたお供えで悠悠自適に、快楽に暮らしているのが気に食わない。自分たちは今日、明日の生活を切り詰めて切り詰めて、本当にない中をお供えしているのに、それを湯水のごとくに遣う上級教会、大教会、本部が許せない。これは糺さないといけないから、このサイトに投稿して、本部、大教会、しいては自分が思っている天理教の悪い部分を発表してやろう。そうすれば、いつかは大教会、本部の耳に届いて、何らかのレスポンスがあるだろう。今の天理教は間違っている。上層部の人間がゆがめた。それを糺さないわけにはいかない。教祖の教え通りに沿った生き方を提唱しよう。という流れがここ最近の流れであるように感じます。
お供えをするのが経済上、難しい。でも、上級からの催促はひっきりなしにある。やれ、かんろだいの据え替えだ、ご結婚だ、という事にかこつけて、お供えを要求される。そんなお金もないのに。。そんなお供えを出す必要があるのか?まずは上層部がよく思案して、我が事と思って、お前たちからお供えをしろ! 我々はいつまでたっても搾取される側で、搾取する側にはなれない。だから、もうこんなシステムは間違っている。もうそろそろ、このシステムは時代とともに変遷してゆかなければならない。だって、私たちはいつまでたっても、苦しめられている立場、末端の末端の教会だから、一般信者だから。。。。
信仰という言葉は、信じて仰ぐという仰ぎみる対象を中心にして考える心の動きであるかと思います。そして、信心とは、言葉通り、信じる心であり、一人ひとりの心の動き、信じるという心の発動を中心に考える心の動きであろうかと思います。
もう一つ、信念という言葉もあります。自分はこう信じている、こう考えているという自らの主張を持って、その考えを主張します。「神様はいる」という信念を持つ人がいます。しかしその人が「神様」を信じているのでなく、「神様はいる」と主張する「自分の考え」を信じているという事です。
このサイトでの皆さんの考えは、信仰からですか?信心からですか?あるいは信念からですか?
そして、一番大切なことは、天理教の将来のためを思って、とか、未来の事を懸念して、とか、自分の事を他人の事、組織などに置換するような考え方を披露するのは、出来るならばそれぞれの皆さまの心にしまわれて、まずは、教えに沿った自分の動き方をそれぞれの歩みで進めていかれるのがよろしいのではないかと思います。
なぜ、自分の両親がお金のない中を、上級に、大教会に、また本部に尽くされてきたのか?ある種の洗脳、癖がついてしまい、そのような行動をとられているのか?それとも、子供達には知らされていない信仰の道程があったのではないか?と、考える事はできないでしょうか?両親の思いを汲み取る思案をされているのでしょうか?それとも自分の信念に両親の思いをまるめ込んだという事にはなっていないでしょうか? 親の世代はそうであったが、自分の世代はもうやめる。それはそれでいいでしょう。でも、そうするのであれば、粛々と進めて、このような場で、発表するのはいかがなものかと思います。自分と同じく、たくさん苦しんでおられる方がいるので、それをたすけたい、救いたいという考えは、少し横柄であるように感じるのは私だけでしょうか? ここに集う方たちが、大変な中を通ってこられて、葛藤の中で、どのようにすればいいか?という事を悩み悩んで投稿されているという事実はよくわかります。さすれば、その苦しみをわかっておられるのであれば、反対にお道の楽しみもわかることができるお立場であられるのではないかとも考えます。
しんどい中に楽しみの種あるというようなことをおやさまも教えて頂いております。どうか、その楽しみの種を撒いて、楽しみの芽を出されることをお願いしたいと思います。
長々とすみませんでした。また、反論、異論もあるかと思いますが、コメントは今日かぎりとさせていただきます。
匿名 2017年10月7日 10:14 AM 様
>自分の事を他人の事、組織などに置換するような考え方を披露するのは、出来るならばそれぞれの皆さまの心にしまわれて
>このような場で、発表するのはいかがなものかと思います。自分と同じく、たくさん苦しんでおられる方がいるので、それをたすけたい、救いたいという考えは、少し横柄であるように感じるのは私だけでしょうか?
このような場であるからこそ、発表しているのです。社会学さんの投稿の場は、お道を信仰していく上で、疑問に感じたこと、悩みなど、何でも発表できる場所である、と認識しております。お道の喜び、信仰の喜びを書かれておられる方も、勿論おられると思います。
苦しんでおられる方を、少しでも助けたい、救いたい、と思われて、意見を述べられる方もおられるでしょう。単に、不満、怒りをぶちまけて、スッキリされたい、という方もおられるでしょう。書くことで救われている方もおられるでしょう。いろんな方がおられると思います。
しかし、殆どの方が、それぞれ、ご自分が心から真実思うことを書かれております。だからこそ、共感者も多く、大勢の方に読まれているのではないでしょうか。教内の方からも、多く読まれているとのことです。
読者の方々が、それらの投稿を読んで、何を感じるか、考えるか、それぞれの自由であります。共感される方もいれば、違う意見の方もおられるでしょう。
お道の喜びを書く以外の投稿は、あまり出すべきではない、と制限するのは、如何なものでしょうか?お道の喜びを書いたブログは、他にたくさんありますが、自由に思うこと、意見を発表できる場は、滅多にありません。
管理人さんが、社会学研究所というブログに、コメントの欄を設けてくださったのは、いろんな方が、思うことを、自由に発表できるように、との主旨からだと思っております。
読者が、その投稿は読む価値がない、読むに堪えないと思われるのであれば、その投稿に関しては、読まなければ良いだけのことではないでしょうか。
匿名様。
>このサイトでの皆さんの考えは、信仰からですか?信心からですか?あるいは信念からですか?
そして、一番大切なことは、天理教の将来のためを思って、とか、未来の事を懸念して、とか、自分の事を他人の事、組織などに置換するような考え方を披露するのは、出来るならばそれぞれの皆さまの心にしまわれて、まずは、教えに沿った自分の動き方をそれぞれの歩みで進めていかれるのがよろしいのではないかと思います。
それでは駄目です。情報は心の栄養です。事実を知る事は、とても大事なことです。あらゆる事に関心を持ち、深めていく「根掘るもよう なんでして出ん」と言われています。自分をごまかして生きるのではなく自分の意志を持って生きる事が肝心です。
「ものを言い、ものを聞き、ものを見る」その姿勢が大事です。
どのように腐っても、おじばの事を見つめて通る事は大切だと思います。
おじばの先生方は人類のヒナガタなんでしょうwから。
↑の匿名 様
おぢばの何を見つめるのですか。腐りきった教団を見つめても何の役にも立ちません。
それとも、いいとこどりをするようにと仰るのでしょうか。それなら私は難しい内容ですが、歎異抄を読んでいる方がいいです。
天理高校二部を卒業して50年余の間、至らぬながらも教会と繋がってきました。しかし、本部の中枢にも籍を置いていた知人から本部の内情を聞いて、5年余り前に天理教とは縁を切りました。所属していた教会が悪いと思ったことはありません。しかし、歴代会長は本部の実情を少なからず知っていたとも思うのです。
そのことを故意に隠していたのか、それとも隠さざるを得なかったのか、その辺の事情がどうであろうと、今更どうでもいいことなのです。
今後、教団本部が隆盛を極めようが、あるいは、傾こうが私にとってはどうでもいいことなのです。
では、何故投稿を続けているのかと問われれば、現行天理教に入信しても決して、よろこび心が培われるとは思われないと感じるからです。知れば知るほど底なし沼のドロドロの世界があるだけです。
芹澤光治良氏が二代さんからの再三に亘る入信の誘いにも首を縦に振られなかったのは、教祖の真の姿を間近に見られ、その教えと現行教団本部の姿との比較に余りにも大きなギャップを感じられたからだと想像します。
何より、初代、二代、三代の各真柱の生きざまをご覧になればわかるはずです。
匿名様 2017年10月7日12:39PM
>おじばの先生方は人類のヒナガタなんでしょう
仰る通りです。
悪のヒナガタですね。
本席のお指図にも明確に書かれています。
「鏡やしき・ぢばが曇れば世界は丸曇り」と書かれています。
本席存命中から腐っているんですよ。それ以前からかもしれません。
当時は、悪事も隠せましたがインターネットの普及した現在では、
腐った「鏡やしき・ぢばの丸曇り」は「まる見え」ですね。
腐りきった「鏡やしき・ぢば」に住む本部員達の姿を見つめて通る事は大切です。
「他山の石」です。
10月7日の匿名さんは、自分が牧歌的に生きていかれたらよいのです。中田氏の例の暴言もイイネ!と鵜呑みにされるのでしょうか。
自分の頭で考えない人(発言しない)は、他人の思考のフォロワーのままです。
情報収集や意見表明は、自分の将来をデザインする行為の1つだと思います。
社会学さんと出会って、お供えを止めた信者さんを知ってます。信者も昔のように従順ではありません。
天理教世界で「みせられた」という表現がありますよね。
世間で働いた経験のない上層部の皆さん
「本当にみえてますか?」
日本の財政事情は、政府債務残高がGDPの205.7%!です。終戦直後の204%を超えてます!!
これからは、国民の大半が今よりも貧乏になるしかない状況で、ねずみ講的お供えシステムが続くはずがありません。
問題提起や上層部の実情が明るみにでることは、天理教の将来の設計図を地道に変えていくはずです。
「やさしいこころ」とは、互立合い助け合い一列兄弟世界ろくぢの教えを広め実現するために行動する心である。
「むごいこころ」とは、中山みきさんの教えに背き、強い者が弱い者を虐げ差別を助長し相争う現実世界を容認し、改善改革を否定する行動をする心である。
その場の批判的で核心を突く厳しい言葉でも、その先が月日親神の想いに沿っていれば「やさしいこころ」だし、その場で優しく苦しむ人に寄り添うような言葉でも、その先が月日親神の想いに反しているなら「むごいこころ」だ。
匿名2017年10月7日 10:14 AMさんは書き逃げをして議論を避けたようだが、教団への批判や提言を止めよというのは「むごいこころ」の塊だとしか思えない。
白いというて集めておいて、蓋開けたら黒かったら、世界に対して神に対して、どうゆう申し開きが出来ようか。
本席様没後の地場やしきは、人事的に、神の懸念する屋敷になってしまったのでしょう。
神文明の棟梁と呼ばれるような、スーパー啓示霊能者が、どこかで真柱の誘いを待っているのでしよう。
地場屋敷から、世界人類をたすけてゆく為には、先ず、仮トウリョウの善亮君が、地場屋敷と天啓者が不可分のものである事を発言すべきだろうと思われます。
これからはの天理教は大亮さんの手腕にかかっている。
本部員、大教会、青年会、色々なところで色々な人達とバトルを繰り広げ、次期真柱として、そして、真柱となってからの更に過酷であろう道中…
結果はともかく、とにかく変化を起こしてほしい。
ここのサイトを見ている天理教に関わる皆様も色々な変化を恐れずに通って欲しいと願います。
このままでは、落ちぶれていくのは明確。だからこそ、かわらなければ。良い方向でも悪い方向でも…現状からの変化が欲しいと切に願う今日この頃。
なんでもいいから変わりましょう、変えましょう。
人が動いて神が働く
今さら言うことでも無いけど、ものの見事に現行の宗教法人天理教は自組織の瓦解、崩壊をくい止めるのに必死のパッチで社会に貢献しようとか救済しようとかそーゆーのは一切無いね。布教の目的も助かってもらう!とゆーよりも頭かずをふやして銭を運ばせて組織の安定を図りたいというかなり悲しいとゆーかお粗末とゆーかほんと社会悪と言われてもしょうがない状況だね。
ここまできたら有る意味お笑いの世界だぜ!
みんなで笑ってやろう。
今さら言うことでも無いけど、ものの見事に現行の宗教法人天理教は自組織の瓦解、崩壊をくい止めるのに必死のパッチで社会に貢献しようとか救済しようとかそーゆーのは一切無いね。布教の目的も助かってもらう!とゆーよりも頭かずをふやして銭を運ばせて組織の安定を図りたいという魂胆見え見えで悲しいとゆーかお粗末とゆーかほんと社会悪と言われてもしょうがない状況だね。
ここまできたら有る意味お笑いの世界だぜ!
本末転倒?倒錯?ギャグ?もう笑うしかないな。
先のコメント重複しまして失礼。そして、訂正です。頭かずを増やして組織の安定を図る。安定はもはや無理で延命ですね。沈みゆく泥舟の延命です。
さて天理時報について、同じような意見が出ているかもしれませんが、内容があまりにもショッボイ。お金を出して購読するほどのものじゃ無いのは確か。(実質の献金ですね)
(ただし、その他の新聞も取っていないので天ぷら時の油取りに役立っている状況です。非)
内容もしょぼい上にいつもペラっペラで、、、
かなり前から思っていたんですがこんななら隔週にしたらいいのにといつも思っていました。その方が送料も節約にならないのかな?
もし、経費節約できるのに毎週刊しているんだったらやっぱり本部アホやね。
本部の財政などどうでもいいが、、、
あと、毎週毎週この内容の無いものが送られてくることが鬱陶しい。
まあ、あまりにお粗末、時代錯誤で笑えるので別の意味で読んでやってもいいけどね。とにかく泥舟本部はこのまま沈むでしょう。
腐敗臭を撒き散らし、構造的に破綻してるし、間違いない。
その姿を見届ける。
しかし、この今の状況を教祖さんどう思ってるやろね。
言葉を聞けたら聞いてみたい。
先のコメント重複しまして失礼。そして、訂正です。頭かずを増やして組織の安定を図る。安定はもはや無理で延命ですね。沈みゆく泥舟の延命です。
さて天理時報について、同じような意見が出ているかもしれませんが、内容があまりにもショッボイ。お金を出して購読するほどのものじゃ無いのは確か。(実質の献金ですね)
(ただし、その他の新聞も取っていないので天ぷら時の油取りに役立っている状況です。非)
内容もしょぼい上にいつもペラっペラで、、、
かなり前から思っていたんですがこんななら隔週にしたらいいのにといつも思っていました。その方が送料も節約にならないのかな?
もし、経費節約できるのに毎週刊しているんだったらやっぱり本部アホやね。
本部の財政などどうでもいいが、、、
あと、毎週毎週この内容の無いものが送られてくることが鬱陶しい。
まあ、あまりにお粗末、時代錯誤で笑えるので別の意味で読んでやってもいいけどね。とにかく泥舟本部はこのまま沈むでしょう。
腐敗臭を撒き散らし、構造的に破綻してるし、間違いない。
その姿を見届ける。
しかし、この今の状況を教祖さんどう思ってるやろね。
言葉を聞けたら聞いてみたい。
>布教の目的も助かってもらう!とゆーよりも頭かずをふやして銭を運ばせて組織の安定を図りたいという魂胆見え見えで悲しいとゆーかお粗末とゆーか<
・〇浦分教会の恥ずかしい土下座布教、やめてほしい。笑うしかない。
〇浦分教会の土下座布教も結局頭数を増やしていくのが目的であろう。人助けというより、何かに取りつかれていると言う狂気の空気感。
何を土下座してお願いするのか。頭を擦り付けて、人一人を数字の一つとして「落として」自己満足以外の何物でもない。
笑われそしられて通ったおやさま、だから頭を低くと自らに言い聞かせ、笑われてもそしられてもおやさまのひながた、結構、結構と敢えて土下座するのだろう。独りよがりの自己満足。世間からは、お気の毒様と嘲笑されているのに。
お互い開祖でも教祖でもないんだから、ただの人間。もっと自分を大切にして欲しい。
誰か指導はできないものか。
ここは2chでいうアンチスレみたいなものです。
もちろん「あ、確かに」と思うような意見もあるが、
(特に時報、上級へのお供え云々は・・・)
天理教を否定しなければ「思考停止」と言われ、
批判に反論しようと思えば
「読まなければ良いだけのことではないでしょうか」
と言われ、ここの方々と意見交換等は難しいと思います。
常駐している方々は多分教会関係者が多いと思いますが、
コメントの文量と時間見てみると時間が有り余っているんだなと思います。
もしくは
その時間に布教へは出ないのでしょうか。
「教会の信者さんが高齢になってお供えが微々たる額に…上級のお供えの催促云々」
とよく見かけますが、布教していないから新しい信者さんが来ないんじゃないですか?
ずっと前から疑問でした。
ここを見ている教内関係者へ。
ここを見ていても益はありません。
昔は考えさせられるな・・・と思っていましたが、
最近はカイン氏も心境の変化か
批判の仕方も雑というか、明らかに公平性を失っているので。
疲れているんでしょうか?
ここを見て腹を立てたり埃を積むくらいなら実動しましょう。
今後のお道を変えていくならネット上での活動より実動です。
本当に変えたいと思うなら、今から教会を盛り立てていく方法を
自分達で考えましょう。ネットに頼るのはもうやめましょう。
僕ももうここを見ません。
ですが、色々考えさせていただけた事は
大事にしていきたいと思います。
ありがとうございました。
カレーライス 様。
>「教会の信者さんが高齢になってお供えが微々たる額に…上級のお供えの催促云々」
とよく見かけますが、布教していないから新しい信者さんが来ないんじゃないですか?
ずっと前から疑問でした。
以前、偉い先生からよく聞かされた話です。「そして、そうだな。」と納得していました。
しかし、ちょっと考えて下さい。布教するのは信者さんを獲得する為ではないのではと思うようになりました。
布教とは教えを広めて、その方が幸せな暮らしが出来るように祈り寄り添うことです。
布教することは、教会の経済を潤す為に、新たな信者を獲得する事ではありません。
人を助ける事は、自分の時間もお金も力も捧げることです。
だから「布教していないから貧しくなる」のではなくて「布教しているから貧しくなる」のです。
この発言は、本当の布教をしていない人の発想だと、後々に分かりました。
カレーライス様
「読まなければ良いだけのことではないでしょうか。」と書いたのは私です。
教内の末端教会長さん方や信者さん達を苦しめている原因の、間違った制度だと思うことを、批判しました。充分に批判する根拠のある事と思い、また、重要なことだと思ってのことです。
それに対して、批判すること自体を、否定する意見を頂きましたので、不愉快と感じる方は、読まなければ良い、とそうお返事しました。批判を書かない方が良い、というのは、見て見ぬ振りをせよ、ということなのでしょうか?
教団が、どういう状態であろうと、そういう中でも教えに沿って歩まれようとされている方もおられるようで、そういうお考えの方は、立派だと思いますが、私は、そういう考えにはなれません。
意見交換が難しい、などと思われるのは、誤解でございます。
こちらのコメント欄は、真摯に意見交換してくださる方々多いので、できれば、今後も読み続けて頂きたく思います・
カレーライスさん、物事の実体、冷静に分析する力が無いのか、組織内の苦しい立場にないのか、すっとぼけたコメントしてますね。
まあ、それは自由勝手なのでいいでしょうけど。
お供えが増えないのは布教していないからだ!との意見でやはり布教の目的は金集め!ってモロに言っちゃってるとこがかわいいね。
まあ、せいぜい頑張って布教して頭数増やして金集めに励み被害者を増やし、人の人生狂わせ恨まれてください!そして気持ちよく天理泥船号と共に沈没してくださいね。
ガンバレ!
カレーライス様は、ある意味幸せな方だと思います。信ずるところを何の疑念も持たずに歩めることほど幸せなことはありません。
ただ、一言だけ言いたいことは、いま、宗教は何故窮地に陥っているかという現実です。天理教に限らず他の宗教も同じです。
その最大の原因はおカネです。お寺から離檀料を50万円も請求されただの、教会の壁を塗り替えるのに、大教会長・当該会長はともかく、教会役員が金魚の糞のごとく遠く数百キロも離れた本部まで出向いて、僅か数分で終わるお運びとお許しと呼ばれる、江戸幕府顔負けの将軍謁見に等しい愚行が未だに行われている事実。
少し長くなりますが書きます。路線バスが運行を始めた頃のことです。バス停が道路工事のため10日間程20メートルほど移動しなければならなくなりました。その移動のために所轄の運輸局の許可を得なければなりませんでした。その時に提出した書類は風呂敷包みにあふれんばかりの書類の山でした。それでもあれが足りない、これが足りないといわれて何度も遠くの運輸局へ足を運んだものです。
ところが現在ではどうでしょう。至極簡単です。安全性が確保されていればいいだけのことです。デマンドバスまで出現しています。それほど行政改革は進んでいるのです。
ところが、天理教はどうでしょう。バカバカしい制度をいつまでも御大層に残して権威を保とうとしているとしか思えません。おつとめ着に白鼻緒の下駄ばきで教祖殿に集まれだの頭の中が狂っているとしか思えない行事が延々と続いている不合理に何故気付かれないのですか。
もうこれ以上は書きません。あとは御想像におまかせします。本部よりはるか北越の山中より失礼。
ひのきしん隊で工具の使い方を教わったり、修養課で様々な人生に接し、学校では語学を、又病院にもお世話になりました。廉価なカルチャーセンターとしての教会本部にはネガティブなイメージを持っていません。これは皆さんのボランティア精神のお陰でしょう。
素人が想像するに、お地場において、教祖ご在世時に比べ、奇跡的な霊救現象や、法悦と云ったような宗教的な喜びが薄くなっているのではないでしょうか。
現在の教会長さんの中には教祖周辺の奇跡現象さえ信じられず、いずみ心の中で苦しんでおられる方も多いように聞き及びます。世界一列をタスケル親里地場になってゆくのが本当なら、お地場のつとめ人衆、本部人事に致命的な欠陥があったのではないでしょうか。
匿名 2017年10月7日 10:14 AM 様
>自分と同じく、たくさん苦しんでおられる方がいるので、それをたすけたい、救いたいという考えは、少し横柄であるように感じるのは私だけでしょうか?
匿名様のこの言葉が、引っ掛かっておりました。私は、自分が人を救えるなんて思ってませんし、そんなことができるとも考えておりません。しかし、天理教被害者が一人でも減ることに、ちょっとでも貢献できたとしたら、もちろん嬉しくないことはないですし、それは当たり前のことじゃないですか?
匿名様の上記の文章は、天理教の教えである、人をたすけること自体を、横柄だ、と否定されてしまっているように思えるのですが・・・。どう違うのでしょうか? 私には理解できません。
匿名様。
>なぜ、自分の両親がお金のない中を、上級に、大教会に、また本部に尽くされてきたのか?ある種の洗脳、癖がついてしまい、そのような行動をとられているのか?それとも、子供達には知らされていない信仰の道程があったのではないか?と、考える事はできないでしょうか?両親の思いを汲み取る思案をされているのでしょうか?それとも自分の信念に両親の思いをまるめ込んだという事にはなっていないでしょうか? 親の世代はそうであったが、自分の世代はもうやめる。それはそれでいいでしょう。でも、そうするのであれば、粛々と進めて、このような場で、発表するのはいかがなものかと思います。
それは、天理教を信じていたからです。そういった親々の巻いて来た種が今、芽生えて来ているのです。
お金のない中を、上級に、大教会に、また本部に尽くして来た結果。上級、大教会、本部だけが肥満を通り越す位ににブクブクと太っている姿をさらしています。
「何も言わずに粛々と止めれば・・」というのは本当に勝手な言い分です。
「盗人たけだけしい。」にも程があります。
部内を苦しめてきた上級、大教会、また本部は、しっかり、さんげして、責任を取らなければなりません。
信者が数人の末端教会の後継者です。全員が必ず助かる教えでも無いから、仕方ないですよね。
助かれば…心の切り変えが出来た、神にもたれ切れた、神がはたらいた、御守護を頂いたetc
助からなければ…まだまだこれから、助かっていないようで助かっている、前生のいんねんがある、自分だけでなく周りも変わらなければ、如何なる神の思惑か(人間には分からないこと)etc
私は、後出しジャンケンのようなことは言いたく無いので、はじめから「必ず助かる訳ではありませんが、多くの助かりを見聞きしてきました。少しでもいいので、教えを実践してみませんか?」と話をします。
予防線を張るなとか、そんな半端なことでは神がはたらくわけない と言われましたが、これでも良い方向へ向かっている方もいらっしゃるので、別に気にしていません。ほとんど外働きでまともなにおいがけはできていませんが…。
昔、超絶的な、大変な熱量を持った信仰者がお助けに出て、たくさんの人の助かりを経て、大きな教会がたくさんできました。
時代が経ち、代を重ねるに連れて、社会、人間関係の複雑化、科学、医療の発達により、今の教勢となっています。
時代が味方となれば、あれだけの勢いも生まれ、時代が敵(敵対、乖離)となれば今のかたちに。
真柱や本部が教理や規定を変えてきたように、その下の組織や人間も変わらなければいけないのではないのでしょうか?
とりあえず私は教会を継ぎますが、結婚は考えていません。結婚して子供を授かったとしても、継いでもらおうとは思いません 笑
カレーライス様
皆様が言っておられるように教会の困窮は布教していないからだとの発言は全くの的外れです。当教会の上級で思考停止している盲信教会長もあなたと同じ事を言っていました。自教会の経済的困窮を訴えた時の事です。布教してないからだと言われた時の虚しさを今でも忘れることが出来ません。布教して金を集めよ、そうすればお金の悩みは解決すると言わんばかりに。あなたと同じ認識でした。
布教イコール金集め。少なくとも私にはそんな思考はおぞましい。
私たちは現状の天理教の環境では「良心に恥じて」もうこれ以上の布教は出来ないのです。これ以上の犠牲者は出したくないのです。これがここに集う人たちの共通認識です。そしてここに集う人達は他人のお金をあてにせずに人助けを思い、貧しくとも自分の足で立とうとしている人ばかりと思っています。
布教しないのではなく布教できないのです。まじめな良心です。
【注意! 後継者講習会】
所属教会が、信者に無断で参加申込手続する事案が発生しています!
そろそろ人数獲得に苦しいところがやらかすかと思っていましたが、現実に起きています!!
今のところ私は2件聞いています。
(偶然?2人は同じ直轄大教会で、別々の教会所属の人です。)
参加対象年齢だけど、教会からの打診を断った方。
無断申込みされる可能性、頭の片隅にでも入れておいて下さい!
余裕のある方は、あらかじめキャンセル方法を調べておく事をお勧めします!!
所属教会が信用出来ないと思ったら、本部直轄の上級へ申込状況を確認して下さい!!!
参加を執拗に迫られたけど断った「つもり」が、本部から参加者向けの通知が届く。
ありえない事、あってはならない事です!
無料セミナーの水増し参加名義貸しじゃないんですよ、参加費も旅費もかかる講習会ですよ!
勝手にこんな事しておいて、「素直に受け取れ」だの「不足の心ではいけない」だの「親神様おやさまが呼んでくださってる」だのと諭せば信者が従うと思っている教会に、私は憤りを隠せません。
>昔、超絶的な、大変な熱量を持った信仰者がお助けに出て、たくさんの人の助かりを経て、大きな教会がたくさんできました。
お地場に、教祖、本席様が御在世だった事を見逃さないでください。
>布教しないのではなく布教できないのです。まじめな良心です。
観光スポットとしてならともかく、お地場に人様をお連れしても、信心の対象であるはずの本部の先生方の精神が人類の手本になるどころか、世間並にも劣る、ねずみ講の親分衆の様な人間さえ混じっている始末では、布教したら世間様に迷惑すらかけてしまうのではないかとさえ心配してしまいます。
目覚めない本部幹部のお陰で、神の残念は積み切り、お地場と世界の掃除の為に、目を覆いたくなるような現象が頻発するのでしょう。
疑問を質問。天理教会を横文字で表記するときTENRIKYOU CHURCHとしていてハッピなどもそうなってますがチャーチはあくまでキリスト教会のことじゃないんですかね
まあ、北朝鮮と体質的に酷似している団体なので細かいことは気にしてないのかな?
テンプルにしちゃうとお寺になるし?
まーどーでもいいっちゃいいんだけど、、、
そう言えばちょっと昔に「キリスト教との対話」ってゆーのが有ったけど、対話するのはキリスト教じゃねーだろ?
教内で必死に頑張って苦しみもがいている道の子供達とだろ!とあきれたもんです。
それにキリスト教側からすればこんなヘッポコ団体真面目に相手してないだろうよ。なんか勘違いしてるんだよな。
とにかく何をしてもズレてるのが今のご本部てすか?
キリスト教とも対等に、わたりあえる世界宗教天理教でございます!と内外にアピールしたかったのかな?
何をしてもいけてない、残念としか言いようがない。喜劇でございます!
今思ったけどこれまでの一連の出来事を映画化したりしたら面白いかもね!ちょっとしたコメディーになるかもね!かなりの資金と労力が必要だろうけど、、、
ひとつだけはっきり言えることは今の天理教と関わると精神を病む、そしておかしな人生を歩むことになる。周りの人間も巻き込む。軌道修正はなかなか難しい。ので関わらないことが最善。
やむなくの場合は距離をキチッと取る。ってことでしょうか!
人生は一度きり!自分の人生を大事にしよう!
構成員の人生をガタガタにしてそれと引き換えに成り立たせている団体ですなー。
長文失礼、とまらないなーかっぱえびせんみたいだなー
でもいつまで徳川幕府的運営を続けるんだろう?
愚かだね、ある意味かわいそうだね!
あわれんであげてもいいかもね!
でも、苦しんでいるのは末端の人たち。
誰かがだいすけさんの手腕に期待!ってコメしてたがキムジョンウンの手腕に期待?
徳川慶喜の手腕に期待!
チャウシェスクの手腕に期待!
構造的にダメなんだからダメでしょう!
これからも未来永劫世襲よろしく!笑
頭の中がお花畑?
長生きできるね!115までいけるんじゃ?
てか、115まで生きれても生きたくないわ!
80才ぐらいが丁度よくね!傘寿かせいぜい米寿
何がめでたい90才!とゆー本も出てるよ
天理教がCHARCHIはおかしいです。知り合いの教会が配った会長就任の記念手ぬぐいにも〇〇BRANCH CHARCHIと印字されていたのでチャーチはキリスト教のことだと思いました。適切な表現はないのでしょうか。
そこの教会は会長交代の際、前会長の「更迭」に際し今般私が就任しました。今後ともよろしく・・との挨拶文とチャーチの手ぬぐいとを大教会以下全教会に配布していました。「更迭」には一瞬目を疑いました。前会長は何かしでかしたのかと思いました。円満引退なのに「更迭」はないと思いました。チャーチと言い、更迭と言い言葉の意味を注意して発信しなければ天理教も素養を疑われ、世間に向けて恥ずかしいと思った次第です。
失礼いたしました。
報恩、感謝、報恩感謝、これらは天理ではよく聞く言葉の一つですね。
東京では恩賜公園というのがありますよね!はじめ恩賜ってなんだ?と思ったものです。
国もひとつの組織なので人民に対してあなたがたは国に恩があるんだよ!というのが統治しやすんだろね。
ところで、外部からまたは上部から報恩!感謝!と言われるのはこれはまぎれもない脅迫且つ強迫行為だと思います。
これは、天理教者のかたは意識的、または無意識的にこの脅迫により強迫、強迫神経症的になりかねないのではないかと、いつも何かに迫られている精神状態にあるのではと今感じましたので書いてみました。
とにかく息苦しい!こうであらねばならぬ!こうするべきだ的な空気を幼少の頃から感じていました。
仏教でいう融通無碍的な発想は皆無だと思われます。
また変な厳格グセというものでしょうか。これは天理のせいではなく一族の性質かもしれません。なんでもかんでも天のせいにするつもりはありません。でも、関係はあると思います。
”恩”というものに関しては本来は誰かに言われるものじゃなく自分自身が感じるものだと思いますが、、、アドバイスはいいと思うが
上から ”ご恩報じの意識を高めよう!”といわれても????ですね!
つまるところ ”ご恩報じの意識を高めよう!=お供えを頑張ってしよう!でしょ!直球で自爆!笑!
もうすこし、ひねれないかな?と思いますがおそらく台所事情が苦しいんでしょうか?
教祖さんが ”恩が重なりその上は牛馬の道が見えてあるぞや!”と残しておられるようですが、はっきり言ってこの言葉はわたし個人としては嫌いです。地獄におちるぞーといわれてるようなものなので。(はっきり言って脅しです。)
でも、とりかたひとつで簡単に言っちゃえば、してもらってばかりじゃだめだよ!してもらったら、ちゃんとお返しもしないとダメだよ!それを、社会、世界に対してやって行こう!ということだと感じますが、、、(これも社会通念上?一般的に道徳的に?認知されてる?考えかたとおもわれますが)
またそうじゃなく、その受けた恩を毎月毎月延々と特定の団体にお金で納め続けましょう!となってしまっているのがやはり問題ですね。まあ、実質破綻してると思われますが、、、
それに、その恩を感じ特定の団体にお金を納めるってことで外に対してはたらきかけができていないのが問題ですわな。組織の維持、管理、人件費、新しい建築物に使われて完全にもう組織の中だけで終わってしまっているのが現状でしょう。そこに、世界や社会に対してのアプローチが一切感じられませんが、、、
この宗教団体は完全に内向き、何がなんでも内向き、だと感じます。考えてみればよくもこれだけ内向的になれたもんだと感心するところです。いつから、なぜこうなってしまったんだろう?何かに怯えている?
天啓があったと思われる人が現れると排除、排除ですか?意見するやつも排除、はみだしものも排除、気に入らない奴も排除、何でもハイハイと言う事をきいて黙っておとなしい従順な人間だけが生き残ってきたということか?いろんな人がいて意見も有って個性もあって、おもしろい、よく言われる多様性ってやつですね。あそこには多様性は皆無ですか?多様性を大きな器で包含する器量も度量も無い。何かを守ろうとしているのか?(戦中の国家権力との対峙によって守りの体質になったと見てもまちがいではないか?) 金太郎あめのようにどこを切っても同じ顔かよ?人間じゃないな?ロボットの世界だ。
神の世界には多様性は必要ないか?邪魔か?人間には我というものが有るので、おれが、わたしが、の我が邪魔をするのかな?でもひとついえるのは画一的にはなりたくない。人間じゃなくなっていく、、、
今、ネット上で目にするものでNEW WORLD ORDER(新世界秩序)というものがあるという。それは新しい世界の管理者が一般市民を無機的に管理するというものらしいがそこでは多様性なんざクソ食らえ、で画一性が求められる。人間性の喪失である。似てるよね、天もそんなかんじかな?同じニオイがする気がする。
それと唐突ですが意見が既に出ていると思われますがこの団体は社会的にもひきこもっていると感じられます。今現在の日本は百万人単位の引きこもり者がいるといわれています。大きい社会問題です。無理につなげたんじゃなく先ほどのお供えを受け取る。で終わり、社会に向けてアクションできてないてことは立派なひきこもりだと思います。自組織がガタガタで外部にかまっていられないのが実状で社会に貢献していくパワーもないでしょうね!
最後にこの社会的にひきこもっていると思われる天ですがここにつながる構成員?のかた、わたしもそうですけど、この組織の社会的ひきこもり体質の影響を少なからず受けてませんか?
極端な内向性は何かに怯える!何かを恐れる!からくるんじゃないかと素人ながら思いますが、わたし個人は性格的な事もあるかとは思いますがかなり内向的です。まあ内向性が全てダメだということじゃないですが、度が過ぎると社会生活に支障がでますよね。
一企業の理念などでも社員は多少なりとも影響を受けますからね。良い影響なら全然いいんですけどね!
みなさんは大丈夫でしょうか?
今回も支離滅裂で長くなりました。失礼しました。
天理教によって一生癒えることのない心の傷を負った方は少なくない。その最大の原因は教祖の教えが正しく伝えられなかったという基本中の基本が欠けていたことだろう。
それが日常化して、日々の生活の中に様々な言動に現れて小さな子供たちの心まで蝕んでしまった。
貧のどん底に落ちきれという言葉が神の言葉だったのか。小学校の高学年の頃に天理教とは何の関係も無い周囲のものから揶揄され続けた「やしきをはらってたうりたまえてんりんきょうのみこと」の言葉は何十年という年月を経ようとも心の底に焼き付いているトラウマだ。
だいすけちゃんが天理駅前で路傍講演!てニュースあったけど、誰が聞くんだろう?そして何を話すんだろう?やってまーす!のパフォーマンスやな。しょっぼいパフォーマンスやな。だいいちクサイ。
えらそうにまさかあの時代錯誤のハッピでやってんじゃねーやろな?ほんまあれは天のダサい象徴だす。だいたい自分の所属している組織の屋号なりなんなりを背中にドーン!前襟に直属、所属とか?いつの時代や?わかった!江戸時代の火消しはあんな感じで時代劇でみる。
今はパナソニックになったけど松下電器の社員が背中に松下電器ぃーって書いた制服着てたらアホやで。どこも取引に応じてもらわれへんわ。恥ずかしいはず自分も恥ずかしい、見ている外野も恥ずかしいやっぱり、おかしい!センスもない、客観性も無い。裸の王様状態。
何から何まで江戸時代から変わってないないろんな意味で。
時間が止まってるわ。
こちとら神の世界なのだ!時代なんて関係ないのだ!時代がこちらに合わせるべきなのだ!ぐらいの感覚かな。
だいたい自分のお膝元でなんの障害も無いとこで一席ぶってもなんの影響も進歩も無い。つーかほんま誰も聴いて無いやろ!それなら、ネット上でいろんな意見当然不満もあるやろうけどそれらの意見を持っている人々と正々堂々と戦ってみろや!←現実的に無理やね。戦えんわ。戦えんし、けちょんけちょんになるのは確定。でも、自分はお高いところにとどまって涼しい顔してんじゃなく苦しんでる先輩教友の中に飛び込んでこないとあかんやろ!
まあ、飛び込んでこんやろな。聞く耳もあるかどうかだ?
その方が自分も勉強になるやろし得るものもあるはずや。それを無視してご近所の駅前で路傍講演。ほとんど、おままごとかマスターベーションやな。
時代が進み流れているってことはわかっているはずやから。あえてこの戦法?
ところで、天理教のくそでかい建築物群親さとやかたはじめ地方の各教会。ここでも徳川っぽく城、城を意識したような不合理極まる建築様式、親里やかたなんざありゃ要塞じゃ、軍事施設のようじゃ、アメリカのペンタゴンてあるらしいが似てるな。
で、いくらどでかいものを建ててくれても結構。それが、みんなの役に立って使われて利用されてるならドンドン建ててくれていい。しかーし、現実は超がらんどう、伽藍堂、正真正銘の伽藍堂ほとんど使われてまシェーン。
と、えらそうに言いましたがデータは無い。しかし、ざっと稼働率は間違いなく一桁?しかも、下手すりゃその前半じゃ無いかという疑いも。データも無いのにわかるってすごいな俺。
この伽藍堂群(詰所群も含む)何十年先には廃墟と化し、近い将来、地場もゴーストタウン化する可能性も充分考えられますな。
また今回も長ーくなってしもた許せ、、、
天理教の環境に生まれたら自分の好きなことをすることは罪、許されない。自分の可能性を追い求めるのも罪。
自分の事は横に置いといて、ひたすら自己犠牲的に生きることを強いられる。
それぞれの個人が自分の人生を思うように生きられたら天理教組織が成り立たない。ので洗脳され、精神的、経済的奴隷に成り下がる。でもそれをひながたとかいって肯定し納得させる。
みんながみんなそうじゃないとは思うがこういった環境で生きてきた人は多いと思う。
洗脳から抜け出さないと行けない。
天理教はよく有るいい加減な宗教とは違う!これが本当の人の道だ!と思い込ませられているパターン。
このウソを見破り現実を直視しみんなが目覚めないと行けない。
てか、目覚めてるか?もうすでに、、、
こんな馬鹿げた事はもういい加減やめにして自由でのびのび本当の陽気ぐらしってやつをやろうじゃないの。
「本部に花道が?」
14日、本部に行って来ましたが、東礼拝場と館の真東棟の間で、とんでもない長さの「花道」の設営が行われていました。
花道の高さは約1.5m、幅が約2.5mほどです。
足場の上に厚手の合板で作られたパネルが敷き詰められていました。
東筋の通りは、車が往来するためか花道は道に沿って置いてありました。
その部分の足場は車付きでしたから、人海戦術で動かして一気につなげるだと思います。
この「花道」は、もしかして「新郎新婦のお披露目花道」?
近くにいた人に尋ねたら、
「詳しい事はわからないが26日の午後か夜に新郎新婦がこの花道を歩くらしい」との事でした。
役者でもないのに花道を歩いて拍手喝采をあびるとはいやはやまったく。
本部の思考は、「停止」ではなく「異常」の方が似合っているかも。
「鏡やしき・ぢばは丸曇り」ではなく、もはや「真っ暗闇」ですね。
その太亮氏夫婦にもやがて子供が出来るだろうが、赤ちゃんは果たして幸せなのだろうか。いやいや、その前にまたまた出産祝いの督促が来るだろう。皆さん身構えておく方が肝要です。
カネ喰い虫のやることは何かにつけて派手ですから注意しましょう。生まれてくる赤ちゃんには何の罪もないのですが、周りが罪をかぶせてしまうのですね。そっとしておいてあげることは出来ないのでしょうか。
北朝鮮:ピョンヤン=(宗)天理教:おぢば
ピョンヤンだけはハッピーで問題が無いように見せている。
地方の人民は食うや食わずの悲惨な生活か?
何この、共通点!
東風Z様
だいすけ夫婦にもやがて子供ができるのであろうか?
できるかもしれないし、できないかもしれない。
二代続けて子供なし。も有り得る。
そうなれば、やはり神の意志は世襲はやめろ!との神意と悟るとこができるでしょう。
神の意志でなくとも世襲は弊害があることは明白だと思われますがね。
まあ、そうなったとしても、どこからか血をひくものを無理につれてくるやもしれませんがね。
これを、ごり押しともいいますね。
<ある書き込みより>
・・・・・
信者、教団発表約120万、実質信者推定42万余(民間各種団体調査機関発表)の立教200年に満たないローカル宗教は、あちこちで腐食感が目立ってきましたが、腐るにはまだまだ早い。
端々は「世俗・世間」という「空気」に触れるから、酸化・腐食が進んでも仕方ないが、中心に近いところから腐り始めるのはいかがなものか。
宗教内には、「特権」や「既得権」など、あろうはずはないと思うのですが、そういうものが見え隠れする時点で、腐りかけている。信者端々から集めた「真実」はせめて人助けのために平等に扱ってほしい。特に代々中枢にお仕えしたからといって、その方々の莫迦息子・娘に高額な投資をするのはやはり可笑しい。端々はきちんとそれを見ている。
今の世の中、或いはこの日本社会では表現しきれないほどの厳しさのなかでうつになって苦しんでいる人は数え切れないほどの多さになっていて社会問題化している事は言うまでもなく周知の事実だ。
さて、今の天理教がこれらの問題について少しでも貢献なり助け、救いになっているかというと残念ながらなりえていないと思われる。
それどころか、逆にこれら現実社会の苦しみの上に、もうひとつの苦しみを与えてしまっている。
特に天理教の末端の後継者や真摯に信仰し、道を求めている真面目な人間ほど苦しむ事になっている。
なので、教内で精神を病み、命を絶つ人も多いと聞くし現に私の周りにもいる。ひきこもりや不登校、社会になじめない人間の多さも調べるまでもなく相当数いる。
結果的に二重、ダブルの苦をうけている。そりゃ病むわ!耐えきれず自殺するわ!て事だ。
やはり、天理教者の苦しみは計り知れない。この悲劇的な現状を招いている原因はもう言うまでもない。しかしこの罪は重い!重すぎて、コチラも計り知れない。この二重の苦しみから少しでも解放され洗脳から解き放たれ人間らしい人生を歩めるようにと願わずにはいられないがそう簡単に解決できる問題ではなく複雑でもある。
罪は重い!と書いたが書くと軽くなる。
こんな文面で書きあらわせれるレベルのものじゃない。人の命と人生に関わるものだ。人間の尊厳に関わるものだろう。
そうなると、あの腐敗集団は人間の存在、尊厳を踏みにじっている。冒涜しているといっても過言ではなく、冒涜しているというレベルを超えて犯罪団体と言わざるを得ないレベルなのかもしれない。当の本人(団体)はそんな意識は無いだろうが、、、
>天理教者の苦しみは計り知れない<
天理教の教会は相談して解決出来る集団ではありません。帰ってくる答えは「では理を立てましょう」「後は神様にもたれましょう」これだけですから。
部内からお金を取ることが自分の信仰の深さと信じて疑わない上級一家の答えは、悩み事相談イコールお供えせよでした。私たち部内から絞り取るお供え金と彼らと同居していた女性の障害者年金が頼りの一家でした。その障害の女性を人目もはばからず、どれだけ虐めていたことか。
人として在るべき姿の基本的な要素の抜け落ちた世間に通用しない人達でした。最低の教会です。
その下に居た私たち部内教会も金銭的、精神的な面で当然のこといじめぬかれました。兄弟は心を病み、親子関係も分断され(上級が間に入って親子関係に亀裂をもたらした)上級から得たことは皆無でした。恨むと言う「ほこり」をかぶっただけでした。
こんな最低な人間でも、誰でも「人助けの教会長」になれるシステムもまた異常です。
本席様以後の中山家が、お地場をヨロズタスケの本拠地にする事を放棄した結果、世界中にご迷惑をおかけしています。
お供えを拒否するのが本部にとって一番のクスリ
<ある書き込みより>
教会長不在?
時代は流れ、どんなに大きく立派な教会も信者減少となった教会は祭典を終えれば閑散としてしまう寂しい教会がほとんどという時代となってしまいました、うちの自教会の会長も普段も人に使っていただけたらと考えるうちに策無く、気づけば平日は誰もいない教会となっています。
でもそんな教会はどこでも普通、親神様から見たら異常、教祖様から見たら悲しくて落胆されているかもしれません。どうせ、誰もいない教会なら、もっと有効に活用したい。端切れ一枚すらも大事にした教祖の思いを考えれば、教会というところもまた毎日、誰かのお陰でそこにあるわけですから感謝を忘れてはいけません。
上々級の教会では御用の無い期間は詰所を町内会の会合に開放してたりしているそうです。すばらしいですよね。
ネット検索しているとそんな教会が実はちらほらみつかります。
リンク先のこの方も教会を預かっている方で有効活用しています。教会は信仰している為の場所ではありません、人が集える場所ですから、多いにこういう活動は天理教の教会は可能な限り広めてほしいものです。
ある大教会の門前を通り掛かった。立派な塀をめぐらし、続く門は黒色一色に天理教〇〇大教会と書かれたいかめしい看板がぶら下がっている。
教会は、土地・所のひながたと自負しているが、敷居の高いこのような所に誰が相談に来るのでしょう。
仮に行ったところで、見すぼらしい姿であれば、あんたの来るところではないと追い返されるのが関の山でしょう。天理教は大切なものを見誤ってしまったのではありませんか。(✿✪‿✪。)ノコンチャ♡と気楽に行けるところではありません。
お供え掲示板の方で、こちらの方でも、かなり書き込みがあった、本部の大教会乗っ取りの件について、昨日、下記の意見が寄せられておりました。、
「本部の大教会乗っ取りについてですが、どなたか情報をお持ちですか? 噂で聞いたのですが、中○大教会長i氏が辞職して本部のs氏が代表になったと聞きました。部内で何があったのか知りませんが、結局、本部員が代表になったわけですね。
まともじゃない大教会も多いとは思っていますが、最近は本部から、大教会長を引退した本部員が、問題のある大教会を引き継ぐというパターンが増えているようにも感じます。」
ここのコメント欄では、本部が大教会を乗っ取ろうとしたことがバレて、大教会が本部を訴えるとか、そのような経過になっていると思いましたが、上の投稿によると、すっかり乗っ取られているようですが、いったいどうなったのか、詳しい方がおられましたら、情報を上げて頂きたくお願い致します。
悪いのは本部で、大教会長は被害者の筈ですが、合点がいきません。何か他に事情があったのでしょうか?
理をたてる=お供え
いつからお金が一番になったのか詳しい方
教えて下さい。
私は天理教=お供えと上と言われる人の言う事は絶対のイメージしかありません。
<お供え掲示板> はぐれ雲さんの投稿の転載です。
http://6706.teacup.com/5051/bbs
神様って本当に居るのだろうか?
僕は、神という個体有体はいないと思う。
だが、宇宙であり、地球であり、世の中の森羅万象自体が神なのではないだろうか。
そんな気がする。
昔に、母を介護し、病院で最後を看取った。
極貧の信者もいない、末端の天理教の会長を続けてきた母。
「苦しい、神様助けて!」と、病院のベッドの上で。
何度も口にした。
そんな母を、どこか冷めた気持ちで、看病していた。
宗教団体の中に、神様は居ない。
親神、祖様、神様と、天理教の人は、気なしにくちにするが。
言葉に出せば出すほど、神様は上っ面だけになってしまう。
神様は、公平も平等も与えてはくれない。
世の中は、不公平不平等で成り立っているのだから。
天理教の家に生まれた時点で、不公平なのだから。
神様に、公平も平等も求めてはいけない。
人は人でしかないのだから。
生まれ持った性分や個性があるのだから。
だから、人間なのだから。
教え教えと、口にするが。
何が、本当の教えなのだろか。
中山みきは、何を伝え残したかったのだろうか。
教えではなく。
本当は、提案であり、提言なのでわないのだろうか。
僕は、極貧の末端の天理教の教会に生まれ育ちました。
幼い頃から、沢山の理不尽を見て受けてきました。
沢山の理不尽な、天理教な大人達を見て受けてきました。
神様、教えという言葉に、逃げてばかりで。
行動が伴っておらず。
逃げる、その場しのぎ、手のひらを返す、上部だけの仲間意識…。
そんな、天理教な大人達を沢山の見て、争ってきました。
僕は昔に、天理教の教会を整理しました。
母の葬儀も天理教では執り行いませんでした。
僕は、天理教の家に生まれ育ち。
良かったな、楽しかったな…など。
思ったことなど一度もありません。
天理教も、大人も、理不尽だと。
子供ながらに育ち生きてきました。
僕の教会の上級は。
十何ヵ所を束ねる教会です。
大教会内でも、発言力はあったと思います。
前の上級の教会長には騙されました。
昔に、あとを継いだボンボンの若上級会長に。
僕は、こう言いました。
「貴方が神様を語るから、薄っぺらくなる。
末端の現状から目をそらすな!
成ってくるのが天の理…だと。
無責任にもほどがある。
神様を口にする前に、1つでも行動に移せ!
みんな、貴方から離れて陰口ばかりじゃないか。
神様神様じゃなくて、週一日でも、肉体労働の現場に行って。
泥と汗にまみれて、自分でお金を稼いでこい。
無駄な建物や、自分達の住居を何千万も借金して。
誰が、払ってる?
みんな、お供えじゃないか!
集金目的の月祭なんて、自分の所だけでやれ。
貴方は、神様神様と口で言っていれば良いかもしれないが。
末端の面倒も見れなくて、何が上級だ。
上にたつなら、もっと人間らしく成れ!
貴方から、だんだんと人は離れていく。
ずっと、本部や大教会の手足でいればいい。
貴方の言葉は、まったく響かない…」など。
立場、歳関係なく。
言ったこともありました。
天理教の本部や大教会や上級。
上層部は、ヤクザ以下の社会です。
上層部の陰口をする人は多いが。
変えようとする、行動する人はいない。
本部の中で、本部を変える動きもない。
集金に懸命で、体質を変える勇気が無い。。
末端も末端で。
デモや抗議をする勇気が無い。
まとまりも、熱量もない。
不平ばかりが募っていくばかりだ。
人が離れていくばかりだ。
でも。
天理教の中でも。
真面目に信仰心をもって、生きているいる人も沢山います。
それは、それで、素晴らしいことです。
僕も、子供おぢば帰り、学生会、などは。
ほんのり、楽しかった覚えはがあります。
社会に出てからは、大人になってからは。
逆になりましたが。
天理教の中の方々をすべて否定するわけでわない。
気持ちいい人も沢山いる。
ただ。
僕に対しては。
母も父も、上級も、同部内の教会長たちも。
僕の家庭の現実を見ずに。
後継者だ、因縁だと。
勝手な、恩着せがましい期待を、無理強いしただけであった。
天理教を信仰するならするばいい。
天理教からはなれるなら、離れればいい。
お供えをするなら、無理のないように。
お供えをしないなら、しなければいい。
それも、神様の受け止める森羅万象である。
僕は、天理教の行く末には興味はない。
天理教には、恨み辛みしかし残っていない。
僕は、天理教な大人達によって。
心身ともに、人生も壊された。
天理教な大人達によって。
子供や若者達の未来を。
決めつけたり、踏みにじることは。
絶対に許されるものではない。
不公平も不平等も、人間が造るもの。
神様でなく、人間が造るもの。
なら、人間が修復し、回復しなければならない。
天理教に可能性はあるのか、どうなのか?
それは、天理な大人達が向き合っていくことだ。
ネットで検索すると。
数々の天理教のサイトがあるが。
批判が多い。
批判のなかでも、時には。
天理教の良さを、載せる人がいてもいいのだろうに。
でも、批判が多いということは。
本部、上層部が、ブラックなだけの話だ。
人間として。
社会も天理教も、可能性や希望がある。
それを見いだせる人達が、もっと増えて欲しく願います。
そして、天理教被害が、もっと減ることも願います。
しかし、皆さん苦悩されてますね。わたしも他人事じゃなく苦悩してますよ。でも、これは、もう自分で解決するしか無いですよね。
ただ、この場で言われているように今のあの組織は本当の事を隠していて本来の教えが有るのか?この道は神の道なのか?今となってはわからないし、どういうスタンスで向き合えばいいのか?付くのか?離れるのか?悩ましい。混乱しますわ。
もし仮に天啓者が現れたとしてもまた隠されていた教えが有って明らかになったとしても結局自分の人生が劇的に好転するかどうかわからない。それとこれとは別で結局組織が腐敗していようが真っ当になろうが自分は自分と腹をくくらないといけないと自分自身自戒をこめて思います。
何かを期待しても儚いし依存しても虚しいしやはり自分を信じるしかないすよね。
私自身教友と呼べる人は一人もいませんし、家族ともこういったことで話したり相談しあったりすることも無く正直孤立している状況です。
しかし、
先にも書きましたがみんな、苦悩しまくっている、でも、この苦悩から逃げたらあかんし逆にこの苦悩を受けとめバネにして生きて行かなあかんと思うしそうする他に道はないだろうと思います。試練でもあり試されているともいえるのではと感じます。
人生は待ったなし!すよね。いつ死ぬかわからないしね。
まあ、あまり思い詰めないで気楽に行っても良いのではと思います。じゃないとほんまにうつになるからね。
なんだかんだで、自分を一番に、大事にしないといけないとこれまた自戒をこめて思いますです。
青年や教会住み込み家族、
さらには大教会長までも
夜逃げ、失踪が絶えませんね。
おやさまの教えを信心しているではなく、
本部や大教会が言うことを信仰している宗教。
まさに心ここにあらずで、
本部や大教会を信じて仰げと
呼びかける「信仰」ですね。
何を信じていいのか分からないし、
言ってることとやってることが違いすぎる。
そりゃ人も逃げるし、
逃げる方がまっとうだと思います。
本来、最高に成人した方々が、おつとめ人衆、おたすけ人衆として存在し続ける筈のお地場の御屋敷なんでしょうが、鬼上層部の問題も、結局宗教を支配欲に利用した、歴代真柱の任命責任なんでしょうね。
心の成人を基準にした本部人事を期待します。
非常に納得させられる意見です。
宗教の定義 – Chikirinの日記
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20060513 …
ここ数年仏教が見直され世間に受け入れられている。
坐禅瞑想など人気であり素晴らしいと思う。
ただ、仏教は基本的に女性蔑視的なところが有るようで専門の修行道場でもほとんどが男性のみである。
ひるがえって天理教、教祖が女性でこれは世界の宗教からみても珍しく、また男女の差別は無いという画期的な教えを説かれた。
当時日本は江戸時代末期でまだまだ、男尊女卑の考えが根強く有った中で、まさに画期的、時代を先取りする先進的革命的な教えだった。
そこで現行の天理教団、しんばしらは男子とする!
折角中山みきさんの画期的な素晴らしい教えなのになんでそうなるの?と思わずにはいられない。
何で男子に限るのか?神性、霊性の有る人なら男女なんか関係ねーやろ!
女性蔑視してないかえ?人口の半分は女性だし、教祖さん自身が女性なのにな!
天理教のええとこ、ぶっ潰してるやん、とゆーか教えに背いてるやん自ら、、、だめだこりゃ!
やっぱり二代さんは、いたんか?
菩薩 様
全く同感です。が、
>やっぱり二代さんは、いたんか?
というところ、何がいたというのでしょうか?
できればそこのところ、ご説明をお願いします。
二代さんは、修司さんから続く応法派ですからね。
そうでなければ革新は無かったし、ほんみちの分派も無かったかもしれません。
教祖派からすれば、異端…というか相容れないでしょう。
現在の本部には、教祖派と言えるような人は居ないのでしょう。
応法派で出来上がった組織ですから。
いや、意外と四代さんは「国々所々のつとめ場所」的な話もしているし、内心は教祖派で…ちゃんと復元したい人だったりして?
>やっぱり二代さんは、いたんか?は、女性が一杯いたんか?かも。
<ある書き込みより>
今回の衆院選で判ったこと。政治家はどいつもこいつも、自分のことしか考えていない。「国民の生活と安全」?笑わすな!これを最優先に考えている政治家なんかどこにもいない。
今回の衆院選で、唯一ハッキリしたこと。与野党すべての政治家の興味は、ご自身の去就のみ。当選しても落選しても、次回の当選のための準備にしか興味はなく、税金を無駄につかい、国民のためには何もしない。
おたすけ人がこうなれば、本教は終焉する。本部員の不祥事、直属教会長の「やーめた!」、上に尻尾を振り続ける本教の「学校法人天理大学」傘下の学校関係トップの方々も政治家みたい。
中枢にいる方々にも、本教末端の断末魔の叫びがハッキリ聞き取れるのにどなたも知らん顔、そして、能天気におぢばでは「光と音のページェント」。あ〜ぁ
少し前の記事で国会議員と幹部が写真を取っているのが有ったが、(票が欲しいだけのクズ議員と)そんな輩達と写真に収まっている天理幹部もクズ仲間と言われても反論できまい。
腐敗組織の中枢部は完全に疲弊している末端の存在や現状を把握しているのだろうか?
見て見ぬ振りか?(疲弊の規模があまりにも大きすぎて手のつけようがないのもわかる)
疲弊している現状を憂うんじゃなく金が集まらないことを憂いているからな。
末端を切り捨てにかかっているか?
金を運んでいるうちはそれなりに・・・
それができなくなった途端用無しでサヨウナラ
というよりも、元から集金のための道具、コマ、人を人と思っていないだろうから切り捨てるというよりも物を扱うぐらいの感覚か?
しかし、光と音のページェントって・・・笑える。いや悲しみの感情が・・・
あ、まだあった。花道も用意されてるらしいね。
どんな顔して歩くんだろう?別の意味で見学に言ってもいいかもね
やっぱりピョンヤンだな
本部の大教会のっとりの情報が全く入って来なくなってますね。その後どうなったのか、どなたもご存じない、ということでしょうか。「中○大教会長I氏が辞職して本部のS氏が代表になった」という噂が本当なら、本部は権力をごり押しして、無理を通した、ということになりますが・・。
何がどうなったのか、よくわからないうちに、大教会長の首がすげ代わっているとは、怖ろしいことです。
匿名2017年10月21日 11:27 AM
その噂が事実なら面白いことに成りますね!事実乗取りが行われた確固たる証拠が白昼堂々と公表されるのですから!本部側がどのような言い分を申してももう信じる愚か者は居ないでしょう。どのように公開されるのか楽しみです!語本部様の話題提供を心よりお待ち申しております!!!
この雨と風はいったい何だ?また、その日が選挙の投票日になるとは、、、
というか、ナゼ選挙をしたのかイマイチよくわからないのだが。
このめぐりあわせ。どう悟ればいいのやら。
日本という国がこれからどうなっていくのか、、、
例の組織は自組織の事でアップ、アップなので社会や国の事を憂う余裕もなかろうな
そんな視野の持ち方はとうの昔になくなっているか?
自組織の存在価値と存在意義が薄れゆく中で何とか存在感を示さねば!とゆー感じかな
ぶっちゃけ、無くなっても何ら問題が無いどころかいっそ無くなってくれた方がスッキリ、清々、すがすがしい気分になれるような気がする!とゆーか成る。
一言で言うと終わってるとゆーことだ、、、
これが現実であーる。言い過ぎか?
匿名
2017年10月21日 11:27 AM
傍観者の私で申し訳ないですが「本部の乗取り」は教内注目の最重要事件です。早く本部よりの発表が聞いてみたい。
どんな発表をしても何かしらの手はずが言ってるのでしょうね。表面綺麗に繕った話にもう誰も騙されませんし、それに実行され結果が出たのならば、それは真柱が許したと言う事なのでしょうからこれは大惨事です。真柱自らが各部内の乗取りを認めたということに成りますからね。慌しくなります。
以前の投稿で、「心のスタンス」というブログから引用されていた記事ですが(投稿を探すのが大変なので、記憶で書きます、悪しからず。)、ある末端教会の会長さんが亡くなって、教会を継ぐ後継者の方も、ちゃんとおられるのに、本部が突然、その教会家族に、教会を立ち退くように、と理不尽な命令を出し、息子さんは、4年がかりで裁判で争い、結局、ようやく最後に示談にこぎつけた、というような記事でしたね。しかし、そんなこんなで、天理教に嫌気がさし、今は、天理教からは離れておられる、という内容でした。
明らかに、本部のほうが理不尽なことをしているのに、4年も裁判で争わねばならない程、末端教会(下)の立場は弱いものか、と不可解に思いました。
今回の、本部の、のっとり事件でも、大教会は、本部の立ち退き命令には逆らえなかったのでしょうか?
いずれ、みちのともに大教会の会長交代が載るやもしれませんが、大教会長の交代ともなれば、曖昧なことではすまされないことと思います。本部は、天理教の顔として、教団関係者の方々に納得のいくような、筋道の通った説明が必要と思われます。曖昧に書かれていれば、かえって教内関係者の疑念を増すだけと思われます。どういう理由で、会長が交代になったのか、過程も含め、きちんと細かく理由を書いて頂きたい、と思う次第です。
匿名2017年10月25日 3:53 PM
>>みちのともに大教会の会長交代が載るやもしれませんが、大教会長の交代ともなれば、曖昧なことではすまされないことと思います。本部は、天理教の顔として、教団関係者の方々に納得のいくような、筋道の通った説明が必要と思われます。曖昧に書かれていれば、かえって教内関係者の疑念を増すだけと思われます。どういう理由で、会長が交代になったのか、過程も含め、きちんと細かく理由を書いて頂きたい、と思う次第です。
本部は真実を言うような団体ではないでしょう公式発表している歴史からまず虚構、虚構の歴史から成り立っている教団ですので全ては虚構と言えます。ですので過去から現在まで虚構を信じ信じ込まされて居るのが「教団内の熱心信者の方々」でしょう。その虚構を下支えしている事に気が付いた者からこちらのブログ等に書き込みをしていっているのでしょう。そして現実教団の虚構の信仰をやめる者が出てきているのが現在の状態です。この流れは延々と続くでしょうね。遅くてもジワジワと信徒数減少していき早ければ突如本部が銀行への不当りを乱発して新聞等の報道に上がってくるでしょう。
>早ければ突如本部が銀行への不当りを乱発して新聞等の報道に上がってくるでしょう。
本部が不渡りを乱発したりするかどうか? その前に手持ちの膨大な不動産を処分するなどして、一応、世間的に見苦しい状況には陥らないよう体面を保つだけの資産は、本部は充分に保持しているのではないかと思います。
しかし、その、当たり前のことを、本部がするかどうか、ということですね。
本部の資産を処分して、体面保つなどという殊勝なことを、本部がするようには思えませんね。本部が、人助けなどより、実は「金集めを目的」としている、宗教団体の仮面を被った輩であるなら、一度、掴んだ金は減らしたくないのが本音ではないでしょうか。入ってくる金はひたすら溜め込み、出来るだけ出したくない筈です。(悪い奴らは、そんなもんです。)
自分たちの資産を減らすくらいなら、また、乗っ取りの画策をするのかもしれませんね・・・。
こんなことを想像しなければならないのは、残念なことですが。
二代真柱は戦後政界に進出していた天理教関係の人材(常岡一郎氏など)に政界から撤退するよう支持した。
政教分離の観点から宗教と政治が完全に一体化するのは問題は有ると思われるが天理教徒といえども投票権を持つ一国民で有り日々生活を営んでいる以上関心を持ち積極的に関わっていかなければいけない、関わっていくべきだと思われる。それが、社会・世界を良い方向に向かわせることになり悪い方向へ向かう力へのブレーキの役目も果たす事になると思われる。
では、なぜ二代真柱が政界からの撤退を指示したのか?これが大疑問である。何か不都合な事情があったのか?詳細はわかりかねるが何となく推測がつく。
簡単に端的に言うと天理教側から言うと、こちらは神の世界である。政治の世界?それは俗である。聖と俗。次元が違う。なので俗な政治の世界なんぞに首を突っ込むな!となったのではと思われる。本来ならお道と呼ばれるこの教えを治めた優秀な人材を輩出し政界・実業界などに送り込んで活躍させるべきであった。またそれが自組織の活性化に繋がり相乗効果もあったはずだ。しかし、二代は完全にそれを放棄したわけで有る。
もう一つ考えられる事。
天理教側・・・天理教は世界宗教を目指している。世界を視野にいれている。
政治の世界。日本という特定の国家の話。我々は世界を視野に入れている。次元が違う。
とまあこんな感じじゃないだろうか。あながち間違ってはいないだろう。
そして、天理教組織は社会・世間・世界へのリアルな関わりを弱め、関心は自組織にのみ向かい内向していく事になる。
訂正。前出の記事。二行目。支持→指示。
どこかの国と同じ
民衆はその日のくらしにも困っているのに
人様に喜んでもらいなさいと教わりましたが
身内の為にはお金は使うが信者の為にはなにもしない
他の掲示板の投稿です。
https://www.youtube.com/watch?v=YBkaQIXkWmk
万歳三唱、
レーザービーム、
花火打ち上げ
は?
は?
はぁ?
ふざけんな!!!!!
自分は以下のような信仰者を知っている。(自分も複数当てはまるが)
子供の進学費用に泣いてる末端教会や信者さんたち
修学旅行代もお供えさせられた末端教会の子や信者さんたち
自分で稼げるようになるまでいっさい小遣いなどもらえなかった末端教会や信者さんたち
私服などいっさい買ってもらえずに、小学~高校までほぼ学校ジャージで過ごした末端教会の子や信者さんたち
お年玉はすべてお供えさせられる末端教会の子や信者さんたち
初任給全額お供えさせられた末端教会育ちの人や信者さんたち
幼い頃、貧しくて小さい靴を擦り切れるまで履かされるたために外反母趾になってしまった末端教会の子や信者さんたち
有名大学に合格できる学力があったのに学費がないので高校卒業後すぐに働かざるをえなかった末端教会育ちの人や信者さんたち
そして、「貧におちきるひながたをまじめにたどった」ことにより、経済的な理由が大きく影響して独身でいる末端後継者たち
まだまだ挙げればきりがないが、
そんな人たちの「真心のお供え」を、贅沢なパフォーマンスに使わないでほしい!!
何のための教団組織か?
誰のための教団組織か?(中山家のためじゃねーよ!!)
せかいをたすけるためではなかったのか?
使うのなら世間の苦しむ人たちのために使ってほしい。
今回の費用全額赤十字等に寄付すべきだったんだよ。
ほんと呆れるわ。
「あえて言おう、カスであると!!」
大亮夫妻とその取り巻き、
そしてお供えを湯水のごとく自分の贅沢のために使う幹部や大教会長たちに、
山村暮鳥さんの『桜』の詩をおくります。
『桜』
さくらだといふ
春だといふ
一寸、お待ち
どこかに
泣いてる人もあらうに
匿名
2017年10月27日 9:57 AM
「万歳万歳」マンセーマンセー!www
聴衆やらされてる感まんさいで肘が伸びず(苦笑)
これはまさにどこぞの某朝鮮と同じ状態と化しましたねwww
ここまで盛大にやるとはまさに不自然何が不安なのでしょうか?
自作自演で盛り上げないと不安な組織状態が見え見えです。
反中山?反真柱?反頭領?反善亮?反大亮?反のぶえ?
何がこの教団で起こってしまってるのでしょう。空虚な実情を埋めるべく派手な演出・・・
もう、教団を非難する言葉は出尽くした感です。バカげたイベントに付き合う程ヒマもおカネもありません。
今は、芹澤光治良氏著「教祖様」サブタイトル「ふしぎな婦(おんな)の一生」を読み始めました。
まだ、読み始めたばかりですが、稿本天理教教祖伝より余程人間味にあふれていますよ。
善本社(☎:03-5213-4837)から昨年7月第13版が出ています。お急ぎの方は森下神具店さんでも購入できるそうです。ちなみに、私は善本社さんとは何の関係も有りませんので念のため申し添えます。
慶びの集いを見て、心が折れてしまいました。
信者から集めたお金が一夜にして飛んでいく様を
目の前で見ました。
花火を三回も打ち上げる必要があったのか。
こんなに幸せでいいのだろうかと笑顔で語る
大○さん。
何千万もする光のページェント。
正直見ていられなかったです。
自然と涙がこぼれてしまいました。
特設の花道を歩くお二人と
それに群がる信者を見て、
前記の方と同じく
○朝鮮にしか見えなかった。
今日の青年会総会も
感謝と挑戦が
感謝と朝鮮にしか
思えなかった。
今までがんばってきたが
もう天理教を信仰する心が
粉々になってしまった。
仮甘露台の作製費がどれだけかかるか知りませんが、馬鹿大教会長が一千万円も特別お供えをしてしまいました。
本部の花火費用に消えてしまった訳ですね。
仮甘露台の次は、仮トウリョウが倒されないように、注意してくださいね。
今回の成婚披露について思うことを素朴に書いてみる
通常の感覚から言ってあのような派手な演出(光線、花火など)の必要性がどこにあるのだろう。説明を求めたいところだ。
これが、芸能人なら何ら問題ないだろうが、、、
天理貴族とはよくいったものだ。
そして、この催しに使われた元金の出所だ。
自分たちで工面したお金でやるなら何をしようがまあ構わない。だがやはりこの催しもやはり信徒からの血税といっていいお供えだろう。
天理教団は教内に慎みを説いている。今回の催しを見て言うことと、やっていることが矛盾しているというしかない。
末端教会などのおかれている状況を把握憂慮していればこんな神経を逆撫でするようなことはできないだろう。
人を助けることを掲げている教団ではあるが末端教会などの苦しみもがいている人々を助ける気はさらさらなさそうだ。ここにも矛盾が有った。
信徒をATMとしか見ていないのだろうか?金を運べなくなれば用無しで見捨てるつもりのようだ。
そして元始めた教祖がこの様をどんな気持ちで見ておられただろうと思う。まあ、あえて言うまでも無いだろうがおそらくは頭をかかえて、憂鬱な気分になられているだろう。
完全に教えからも、自分たちの打ち出している方針にも反する事をやるという節操のない中枢部である。
全く周りが見えていないし、みる気もないようだ。
やりたい放題。やりたいようにやって何が悪い。こちらは徳川幕府だぞ!てな感じかな、、、
どうも、まともな要素が全く見えない。
やはり、このまま消えていく運命にありそうだ。大ちゃんがラストエンペラーになる可能性もまんざら否定できなさそうだ。
大ちゃんは最後の挨拶で、世界一の陽気な夫婦になりたい!と言っていたがどんな夫婦だろう?わかりかねる
さすがゼンスケ君の血を引いているだけの事は有る?
お顔、表情からは緊張感というか危機感などは全く感じられないように感じるのは私だけだろうか?
自分たちの陽気より苦悩している教内の人々を何とかする気はないのか?
それが今一番の性急に取り組まないといけない問題だと思うが、、、無いだろうな、、、
やはり、ぜつぼーてき!ですな。おあとがよろしいようで、、、
大教会に人が来ないので役がつくようなりました 部内の部内所属だから役はついても立場はあがりませんただ呼ばれる回数だけ増えて失敗?したら怒られて幹部に伺い立てなければまた怒られて 断れたら気分も明るくなれるけどことわれない私は御用にこころをこめれないですまた怒られる諭したがるそれを聞くのがバカらしいから私の情熱と違うものをつくります 皆さん非常に仲が悪くトップからトップの家族それから役員幹部それぞれが陰で文句を言ってるすばらしい大教会の御用をしてあげています 私ひとり天涯孤独者なら断るのとまどいませんのにずるずると、、、疎外感が盛りだくさん煙草を吸おうにも計算してみるとあらもう今日吸えないよ 美味しそうに煙草をふかしてそんなに長く消してのもったいない 力?のある教会のお坊ちゃんの失敗は笑って堪えて俗に言う末端教会の坊主の失敗は何があっても許さない私にかばう力のないこと許してね 有無言わさず呼びつけ断るなど言語道断 体だけ拘束かと思いきや心も拘束とは少しツライ 心だけが自由のはずじゃ?人前で叱られて情けなくて恥ずかしくて私その日近づいてきた野良猫蹴飛ばしました その時に辞めようもう辞めさせてもらわないと力の弱い猫にあたってそこまで思考回路が悪くなってたことびっくりしました 優しく穏やかに毎日暮らしたい 今まで要職についてやめた人の話を聞かせてもらいたい
>世界一の陽気な夫婦になりたい!・・・?だね
大亮君 「陽気とは何ですか」と質問したら彼はどのように答えるのだ。
今まで本部が、「陽気」について明解に答えた事は無いとおものだが。
私の周辺では、善司さんが真柱職を退く前におさずけを頂こうと別席を運びだしています。
この25日に一人の方がお授けをいただきました。
かんろだいが倒壊した後、4人の方が別席を運び始めました。
・お授けを頂くなら善司さんから
・早くしないと善司さんが真柱を辞めてしまうかも
・大亮くんから貰いたくない
安心してください。
皆さん教会にお供えはしてませんから。
もちろん本部の賽銭箱にも金は投げ込みませんよ。
新しい記事がアップされてます。
大ちゃんのぶりんお祝いイベントに関するコメントは、そちらの方へどうぞ。
初めてコメントを書かせてもらいます。
こちらのコメントで「善亮、大亮」等と名指しで書かれてて今まで正直心よくなく読んでいました。ですが今回の【御成婚 慶びの集い】の無駄金のかけ様を見て今までのコメントが正しいと確信しましてコメントさせてもらいました。
本当この教団は何を考えているのでしょうとつくづく思いました。私は末端の教会長なのでいざと成ったら天理教を辞めれますので衰退する姿を遠巻きに楽しんでいこうと思います。本当浪費することしか考えてない本部だと言う事がわかりました。
大亮の挨拶の仕方も成ってない。手は体の側面につけて深々と頭を下げような
それにのぶえさんは何か苦痛を感じてらっしゃっるようです。30秒付近の動画で
礼の後に頭を横に振る姿があります。そのときの表情をご覧ください。
女性は敏感です。この歪な教団の矛盾をヒシヒシと感じてらっしゃるのでしょうか
ボンクラ大亮を尻目に現実を感じてらっしゃるのでしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=TT4iMrh63D0
真柱の嫁、はるえさんの巡教もお忙しいようだ。
随行員を引き連れ、物々しい雰囲気の中、黒塗りの高級車到着。駆け寄るドア開け係り。かばん持ち、先導役・・ああ馬鹿バカしい。ああ、このお粗末な景色の虚しさよ。
本部一族。一体何者なのだ?全国信者の血のにじむお供えで何不自由なく暮らし、権力を手にいれ、ばか息子のお祝いイベントに湯水のように信者のお金を使う。
たてまつり、雲上の人のごとくに祭り上げるバカ大教会長とゴマすり役員。「はるえ女王蜂」の有難迷惑な臨席のおかげで働き蜂である我々末端教会家族、信者一同はお金の負担も含めて全く遠慮会釈なく振り回される。
空しくなって大教会事務所の本棚に目をやれば「一列きょうだいという教えを求めて・・天理教」という表題のご立派な本が目に入る。何が一列きょうだいだ。天理教団と大教会長よ、あなたたちは一体宗教家として信者たちに何を示したいのか?一列きょうだいという教えを求めているのか?
まったく馬鹿馬鹿しさの限界を感じる。
そんな時、息子から電話が入る。「ほとんどの新興宗教は後10年もすれば消滅するらしいよ・・。」
苦労知らずの大教会長とその家族よ。天理貴族や女王蜂にぺこぺこしていい気になれるのもあとは時間の問題だ。あなたたちの今があるのは我々末端教会や、全国の多くの貧しい信者家族、そういった働き蜂がいるからであることを肝に命じてもらいたい。
彼らご一行は贅沢なご馳走を食べ、「何百万円もお礼金」を貰い、皆のうやうやしいお見送りを受け、黒塗り高級車で帰って行った。
ああ馬鹿バカしいの一言に尽きる。
退職信者 様(2017年10月28日 10:06 PM)
≫早くしないと善司さんが真柱を辞めてしまうかも
やはり同じことを危惧される方々がおいでになるのですね。
少なくとも現真柱には、比較すると後継予定者よりも内省的な印象が有るような感じがします。
現真柱には教祖の教義の確定をお願いしたいものです。
いくら言って声は届かないよ、と言う方もいます。
いえ、神様には届くはずです。
「裸の王子とお姫様」 様 (2017年10月29日 8:48 PM)
≫それにのぶえさんは何か苦痛を感じてらっしゃっるようです。30秒付近の動画で
礼の後に頭を横に振る姿があります。そのときの表情をご覧ください。
確認しましたが、そうですかね。
苦痛を感じながらも弾けた様子?を演技できた?
カメラ目線で弾ける姿は「陽気な夫婦」なんでしょうね。
>ある書き込みより。
天理教は素晴らしい宗教ですが、親神様、おやさまの御教えを無視して、お供え強要、嘘つき上手な教会がある事実上、
全ての教会が、おやさま目指して、信仰心があれば、信者は減っていないし、
かんろうだいのふしも、無かったと思います。
中には、においがけのチラシを見て、子供の頃の何処の教会か、わからないけれども、とりあえず、近所の天理教に行こう
天理教はどこも同じだと、勘違いして入信しても、天理教は言う事と、する事が違うと、残念になり、天理教に入らないようにしよう!
と、思う人がいる事実がある以上、誰がその責任をとるのですか?
私も、子供の頃から、良く友人に、天理教はやめた方がいいよ!
と注意された意味がわからなかったのですが
会長が長男に代わってから、
会長が代わるだけで、こんなに、悪くなり、信者も離れ、
でも、私の両親は不足しながら、妹の身上から、離れられず、苦労しております。
心の汚い教会に、おやさまがおられる気持ちになれないです!
古い元会長様のツイッターより引用
させて頂きます。
>以前、大教会の息子が詰所青年に向かって言った言葉。
「お前、お父ちゃんに言いつけて、お与え止めるぞ。」
こういった一般社会では悪の見本とされるような、傲慢、横柄、居丈高な言動が
当たり前に許され、まかり通っているとしたら、異常な世界ですね。
表向き、互い立てあい、一列兄弟と詠いながら、若い頃からこういったことを
許している親や周囲の大人たちの責任も重いと思います。
匿名
2017年11月3日 9:51 AM
そんな人ばかり!本部も名家がえらそうにして子弟が離れていく、大教会もそう、部内を多く抱える分教会ですらそう。負の連鎖でしかない。そして浪費家デビューした時期真柱候補夫婦、浪費の連鎖も始まり教団全体を食いつぶすのでしょう。
ある書き込みより
>私の理想の天理教
まず、お供え信仰は、やめる!
心遣いを見て、おやさま逸話編を元にして考える!
各教会信者へのアンケート調査をする場所を創り、教会がおやさまの御教えに添った日常を送り、感心した事、感動した事を書く
逆に、おやさまの御教えと違う事、
お供え強要、おさづけしない
我が子は可愛いがるが、信者の子供には冷たい
など、呆れる教会エピソードを書く場所と、教会変更したい所を書くその理由も添えて
本部から、教会変更許しを出すようにして頂きたく、思います。
信仰の自由があるのですから、教会を選ぶ自由は、今のままでは、無いのと同じなのです
教会がおやさまからの御教えに背いた生活言動して、信者は、因縁に縛られるのが、おやさまからの御教えですか?
>以前、大教会の息子が詰所青年に向かって言った言葉。
>「お前、お父ちゃんに言いつけて、お与え止めるぞ。」
お与えと聞いて思い出しました。天理高校二部時代の私のお与えは月額300円でした。これで、下着・靴下、歯磨き・石鹸等を買いました。1斤30円の食パンが欲しくて幾度となくパン屋の前に立っては、手にした小銭の少なさに買うのをあきらめたことか。それでも、あるだけでありがたかった。
当時、タイコ焼きが1個10円だったか、20円だったかは忘れたが、1個買って一度に食べるのが惜しくて、残りの半分を新聞紙(当時はビニール袋等は無かった)に包んで翌日に回したこともあった。
現在のお与えは300円ということはないでしょうが、その、お与えすら止められればどうすればいいのですか。まさか、下着まで大教会長家族のお古を使えというのではないかと疑ってしまう。
このような人が将来、大教会長になるなんて信仰の本質を理解しているのでしょうか。
大教会長さんは、是非答えてください。
私の本心は、現行天理教なんて無くなればいいと思っているだけです。
お与えについて最近伝え聞いた話です。
ある青年が本部勤めをして月の給料をもらったら1万円に届かなかったそうです。
彼は、給料明細を確認したら明細には11万円以上の金額が記入されていたそうです。
しかし、各種の項目で差し引かれてしまっていたそうです。
特に現物支給で7万円近く引かれていたらしいです。
彼は、本部から食事以外は何も貰っていないとこぼしていたそうです。
更に本部在籍者の子弟は、同じ勤務なのに2万円加算されていると怒っていたそうです。
本当に現行天理教は、早く潰れてほしいと思います。
天理教本部から神様がそして宗教で無くなった今でも続く最大の理由こちらを天理教の皆様方ごらん下さい。
【ナライト押し込め事件】抜粋
《この時の「おさづけの継承」こそ「おさしづ」時代の終焉を象徴する出来事であった。この変更は、それまでのように「おさしづ」に基づくものではなく、「本部員会議」によった。これにより天啓制が否定され、「本部員会議」の決定事項こそ「ぢばの声」となった。ここに中山家制天理教が完成したことになる。》
疑問点
・おさしづ等天啓(神の言葉)を無視し「本部員会議」が「ぢばの声」になった?
・本部員会議が神の声?
・議会上での多数決で決議されるなら親神様は本部で無くより大きい国会議事堂にいらっしゃいます。
これら上記の内容は、今でも本部が行ってる状態です。おかしいですよね。宗教団体の本部員たる高僧が神無視し、会議場の多数決等の決議が神の声になる訳ない。所詮人間の決定です。
・中山みきがはじめから神であった?
《 ・・・教祖傳で、教祖様を生まれながらの神としたのは、本席がお亡くなりになってから現在まで、お道の内外に、時々神がかりになって道を説く者が現れて、本部でも苦労した経験があるので、真柱様は、中山みきの場合は人間に神が降りたのではなくて、はじめから神だったとして、将来の安泰をはかっているのです。・・・》
人は親神様がおつくりに成ったです。それがはじめから神だった?真柱と本部員は親神様にさんげしましょう。
このような非社会的な現状が今でも続くなら反社会団体ですし《ありもしない嘘を吹き込む》洗脳が今でも続いていることに成ります。
これらから読み解くと、天理教が二代真柱から世の賢人から見捨てられ世捨て人のような浮世離れして理由が分かります。
・神は神であり人ではない。
・中山みき個人が天啓者であって、中山家が天啓したのではない。
このような《歪んだ教義宗教》を掲げていたら世の賢人から相手にされるわけ御座いません。天理大学が今一ぱっとしない理由がちゃんとした教義を教育として施してないのでしょう。
教内魔境と魔禅をさせられる信者
天理教は神や教義にそむき鏡屋敷どころか魔境を作り出し各隠者に魔禅をさせる如く、「因果に落ちなければそれは畜生道なり」と成る。
信仰してても「パッとしない!」「ご守護ってなに?」「不思議な助けは過去の話」と思ってる方は正解ですよ。教団の教えが邪教と化していると断定できます。
しっかり教団各所の責任者は教義を見つめなおして頂かないと奈落の底に
参考
ナライト事件
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_naraitozikenco.htm
魔境
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%94%E5%A2%83
野狐禅
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%8B%90%E7%A6%85
畜生
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%95%9C%E7%94%9F
私の家は末端教会で会長の父親は道一条というやつで勤めはせず収入ゼロ。子供の頃、月並祭、婦人会、上級などを合わせると月に5日から6日は祭儀にとられ親の意識は完全に天理教に、、、また自教会の信者の事に必死で当然意識を取られていて親子のコミュニケーションなど皆無、ろくに会話も無い、、、遊んでもらった記憶や抱いてもらった記憶も無い、、、子供は放っておいても育つ!の考え?今風にいうと軽いネグレクト?
優先順位が信者の方が断然上なのだ。
私はもういい歳をしたオッサンですがいまだに愛に飢えた感じが有り人生に暗い影を落としていると思われます。(いまだにさびしい気持ちが残っています)
現在の教会では親子のふれ合いは大事にしていると思いますが本当に優先順位は家族をいちばんにしてほしいというかするのが当たり前だと思います。
特に幼少期の子供に対しては充分かまってあげてほしいと、、、
人が成長する上で一番大事な事でしょう。
自分の家族すら守れないヤツに何ができる?
人様をたすける?地に足がついていない、、、
案の定、現在の教会からは人の姿は消えました。
ちなみにいとこも教会なのですが子供が多くて案の定愛に飢えている状態なのがわかっていました。
表情に愛情飢餓感が思いっきり出ていたのです。
結果、道を外してしまい苦しむ事になりました、、、
結局、弱い子供が天理教会の犠牲になってしまいました。誰かの犠牲の上に成り立ってきたと言っても過言ではないでしょう。
本当に悲しくさみしい事ですがこれが現実なんですね。
いつの時代も どこの世界も
弱肉強食
人間は 善悪、美醜、清濁合わさった複雑で強欲で強かだが、弱くもある生き物。
ほとんどの人は何かに縋って生きていく。
「縋るもの」が家族か、会社か、遊びか、友人か、宗教か…人それぞれ。
頭が悪いと手足は苦労する。
親が馬鹿だと子供が苦労する。
組織も同じ。
これからどうなることやら…
人生の時間は限られているからウカウカおかしな教会長の教会で信仰してはいられない。
天理教の教会はどこも同じとは言えないのが現実。
「色即是空さん」のご指摘通り、組織=教団・教会も頭が悪いと手足は苦労することになる。
一信者の立場の方々への提案。
現状の危急的避難策が一つある。
自分の大切な人生を無駄にしないためにも他の系統の教会・大教会に行ってみよう。
信仰の自由=教会の自由と考えてみよう。
天理教は信者の側が悟って出来の悪い大教会会長でも「生まれながらの魂のお徳がある」とかいって、
たんのうの心で不信感も自らの心の内に納めてしまう。
まるでSMの「打たれてもありがたい」状態で長年の内には洗脳されてしまう。
どうしたらスッキリさわやかに人生勉強が続けられるか。
天理教に限らず他の信仰・宗教も参考になるだろう。
問題は、どの宗教でも、金と時間を捧げる覚悟が必要ということ。
あるいは図書館で本を借り出して自習するか。
とは言え、大きく舵を切りたくない人もいるだろう。
天理教の中で何とかならないかと。
そうだ、普通の勉強や習い事だって先生を選んでから入会するよね?
ダメな師が説く講釈を我慢して聞いていても信者はむなしくなるだけ。
さっさと、そのような教会からお暇しよう。
真摯に信仰と自身の人生を深めるためにも別の教会に移る道もある。
どこへ行ったらよいかわからない?切り因縁になってしまう?
知らない人達の中に入るのはいや?
今生を大切にするか、又はこれらの心配事を優先するかは各人の覚悟による。
教会選びでは教内出版物での判断はお勧めできない。
本の内容はいずれも少なからず「編集」されているから、自分の目と耳と頭で判断したい。
真摯に求める人には必ず親神からの助けの綱がたらされるはずだから。
地域の、支部の催しで、直に接することができる他教会の先生と話すのもいいだろう。
近くの教会に「お参りさせてください」と出かければ断られることはない。
手探りで探し出すしかない。
信者側の積極的行動でぬるま湯天理教を少しでもかき回したい。
何もしなくても教会数の減少は現在進行中。
であれば、積極的に所属教会を移動するという選択肢も有るわけだ。
実際のところ、様々な事情から系統間を超えて参拝する信者は以前から存在する。
自教会の大教会では、自らの死期が訪れても、会長のお助けを拒む方々の話が耳に入ってくる。
心の中ではとっくに見切りをつけていたということだろうか。
聞くと、高齢を理由に距離を置くことから地ならしをしている方も複数いる。
このような話を聞くにつけ、この現象は自らが(教会が)まいた種だと納得できてしまう。
人間だから欠点は誰しもある。そんなことは承知している。
酷い言葉で批判するとブーメランで自分に帰ってくると非難する人もいる。
そういった常識的な判断の範囲内で発言しても何も変わらないのが天理教。
自分の人生をどうするか、子供たちの人生をどうするか。
「どうなるのか」ではなく、「どうするか」。
全て「見抜き見通し」の神様ではあるが、心の自由を得ている人間の務めとして
「考える」「行動する」そして機に応じて「反省し修正する」ことは当たり前のことだろう。
私はそう考える。
>心の自由を得ている人間の務めとして
「考える」「行動する」そして機に応じて「反省し修正する」ことは当たり前のことだろう。<
天理教は素直を良しとしますが、それは教団維持の為の都合の良い方便です。素直に思考停止になることが、上にとって都合がよいから。健康的な人間は何事も自分で考え、自分の意志で方針転換できるそんな自由と権利の上に生きています。天理教徒は自分の心の発露による自由を奪われ非常に不健康な生き方を強いられていると思います。
親神様からいただいた命です。人間思案の現教団に神は居ませんからそんなまがい物の権力に大事な時間を振り回されず、人生を楽しみ味わいましょう。贅沢のない範囲内で、旅行もいい。日本や世界に触れ、神の創り給うた天然自然の景色から生きる力を貰いましょう。コンサートで心を洗い、美術芸術で先人の精神に触れ、趣味の時間もいい、美味しいものを食べる時間も一つの幸せ。そうして心が満たされ、幸せな心境になって初めて、人は他人のことに手を差し伸べることが出来るのでしょう。しんどくて心が倒れて自分自身が辛い状況の中に居て、普通、人は他人の世話が出来る余裕があるでしょうか。
天理教は綺麗ごとを言い過ぎます。人間の生態を知りません。
この掲示板で見ましたが、金光教の教えでは神は人間が貧しい生活をしているのを見ても喜ばないそうですね。信仰で心を磨いて神の心に近づき、そして豊かになれよ、と言う意味でしょう。
天理教信者は心を磨き、その結果豊かになったとしても、その豊かさを表現するのをはばかります。まわりから、あいつは貧に落ちてない、最近身なりが良くなった等々、と批判するからです。信仰する値打ちがありません。
嘘の上に成り立っている教団、偽の教理が徐々に明らかになり、今は確信に至りました。親神様の御心を常に心のどこかに置きながら、人と自分の共生を目指して自分を大切に愉しんで生きることにしました。
神の言葉を会議で決めてる時点あかんやろしなんしか真柱はどないしたんや?真柱の価値ないやん。神の言葉が会議と聞いた時点で コックリさんを思い起こして身震いしたわ。コックリさんだったら狐やし下等霊信仰これ呪いやで
それに迷い込んだふりして家を破滅に追い込むらしい。もう迷いこんでるんちゃう?
狐の嫁入り
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%90%E3%81%AE%E5%AB%81%E5%85%A5%E3%82%8A
「狐の嫁入り」といわれるものには、昭和中期頃までの嫁入り行列の提灯の群れを思わせる夜間の無数の怪火、俗にいう天気雨、古典の怪談、随筆、伝説などに見られる異様な嫁入り行列などがある。いずれも伝承上で人間を化かすといわれたキツネと密接な関連があり平成以降の現代においても、それらにちなんだ神事や祭事が日本各地で開催されている。
夜間の無数の怪火(レーザー光線)
天気雨(晴天ですぐやむ雨あたかも甘露は振ってるかのように思わせた)
生成以降の現代(確かに天理教本部で行われた)
お稲荷さんで考えても
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E
「元来は五穀豊穣を司る神であったが、時代が下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神としても信仰されるようになった」
親神様おらんやん
呪いの信仰様
2017年11月6日 10:06 PM
あの違和感ある披露がすっきりしました。 正にキツネの嫁入り でしょうね。教団自体が長続きしないのでそうなる事も必然でしょうしあの金のかけ方に無駄な意地を感じました。浪費家大亮の異名を付けてもいいと思います。大亮を出汁に散財してる本部員も多いのだと分かりました。土地、館、大亮とまた負債が発生しましたね。
唐突ですが質問が有ります。どなたか解るかたおられましたら、教えていただけますでしょうか?
天理時報によく取り上げられている作家の山本一力氏この方は天理教とどういう関わりをもたれているのでしょうか?
それともロクな記事が書けないからなりふり構わず著名人を登用しているのでしょうか?
すきっと、という冊子にもいわゆる有名人と呼ばれる人が多数取り上げられていますよね。
支払うギャラもバカにならないと思うのですが、、、
よろしくお願いします。
どなたか教えて下さい
2017年11月7日 3:57 PM
山本一力
直木賞作家みたいですが天理教等宗教や政治団体との関係は見受けられません。道友社側の依頼を受けたのでしょう。百済らない人選ですが依頼者がただのファンじゃないですか?
私の推測ですが、天理教の偉いさんの知り合いか、予算に似合う人をチョイスしたか。
天理教の偉いさんで、世間に通用する文章を書ける人はいない。
かと言って、仮に部内や末端の中にも一般社会で十分通用して指導的立場にいる人があっても、そんな人には登場して貰いたくない。(理がないという理由からです)
ちょっと骨のある人には、せいぜい講演部講師ぐらいにしておいて、本部側の立場で物を言って貰う。
天理教の冊子には、もっと根本的で世間に通用し、感動を与えるような教理解釈を載せればいいのだけれど、そういう文章は現体制側にいる人には都合が悪いので、有名人に書いて貰って、お茶を濁しているにすぎないのです。
匿名さん、古い元会長さん、回答いただきありがとうございました。
回答いただいた中で特に古い元会長さんの
>仮に部内や末端の中にも一般社会で十分通用して指導的立場にいる人があっても、そんな人には登場して貰いたくない。(理がないという理由からです)
ちょっと骨のある人には、せいぜい講演部講師ぐらいにしておいて、本部側の立場で物を言って貰う。>
は印象的で、なるほどと、ある意味感心させられました。
教内にも素晴らしいかたがおられる・・・と、しかし、その人達にはあまり表へ出て欲しくない・・・
人材を活用する気がなく組織内の人材を埋もれさせ活性化できず、今風にいうとグダグダになり良い事が何も無い・・・
何か、この教団組織の体質がまた垣間見ることができました。
組織内からは金銭等の吸い上げはするが組織内の優秀な人材に出しゃばられると自分達の存在意義というか立場の確保、威厳とかプライドのようなものを脅かす・・・という感じなんでしょうね。
考えてみれば本当に民主的な発想やプロセスを持てていない硬直した、硬直しきった組織なんですね。
活性化されない淀んだ水溜りのようなものがイメージされますね。水も流れないと腐敗してしまいますからね。
わたしが思うにおそらく組織中枢部もこの流れはまずい!というのは頭ではわかっているんでしょうね。しかし、今までこのやり方でやってきて方向転換をしようにもできない。(なにせ硬直しきってるので)
自分達の非を認めたくいない。認めるわけにはいかない・・・という感じなんでしょうね。
物理的にも組織が無駄に肥大化してしまっているのでコントロールしきれない・・・
破綻・破滅に向かうまで非を認めないつもりなんでしょうね。(仮に破綻したとしても責任の所在はうやむやで誰も責任を取ろうとしないんでしょうね)
戦前の日本軍部になにか似たようなものを感じます。
とても神の道、誠の道、真実の道を説く教団とは思えない有様ですね。
これからこの組織に所属する信徒さん・後継者さんなどはこの組織とどう付き合っていくか?どう折り合いをつけるか本当に良い意味でも悪い意味でも正念場を迎える事になりそうですね。自戒を込めて気を引き締めないとと感じました。
長文失礼しました。
Twitterにて
「#天理教を改革する」タグを広めてみよう、と活動を開始しました。
ツイッターしてる方。
「#天理教を改革する」タグを付けて、天理教について好きにツイートして下さい。
文句だけでも構いませんし、こうあるべきだろうとの意見・提案が付属していると嬉しいです。
ココが変われば天理教マシになるかも。
ココが謎だよおかしいよ天理教。
これ改めろよ本部・教会。
こうすりゃ不満が減るんじゃないの。
こんな事やれるもんならやってみなよ。
泥舟だもの、改革とか言うだけ無駄。
毎月レーザービームしたら?(ネタ投稿)
などなど…
フザけたネタでもマジな意見でも、文句愚痴だけでも、暴露でも、改革をうたうヤツへの批判でも。
本当に何でも、なーんでも構いません!
と・に・か・く!!!!
まずは「#天理教を改革する」タグを使って下さい。
気になる意見には、リプライでコメントして下さい。
流行らせたいのです。
天理教人にタグを周知したいのです。
色んな意見がある事を知りたいし、知って欲しいのです。
ツイッターしてる方、どうぞ御参加下さい!
そして、良かったらお知り合いの天理教人にも拡散お願いします!
FBでの宣伝とかも大歓迎です!
どうか、どうか……
よろしくお願いしまーーすっっ!!!(Enterキー強打)
睦輝
2017年11月8日 11:07 AM
ハッシュタグいいですね!「#天理教を改革する」だと長いと思うと使ってもらえないので
「#天理教改革」か「#天理改革」で良いと思います。
いきなりですが、ふと頭に浮かんだ疑問?
少し前から教会の月次祭での祝詞の事。
その中の文言で親神様にもお勇みいただき、、、、とあり、それを聞いていてある時から何かモヤモヤ、、と
神が天理教でいうところの勇んだり、、、いずんだり、、、するものかな?そんなものではないだろう。人格神?、、、というものにしているのか?
また、子供である人間から親たる神に向かって、お勇みいただきたい、、、とはこれいかに、、、、と
それに神は森羅万象一時の休みなく寸分違わぬ働きをしてくださっているはず、、だから、やはり、、、
ちなみにこのことについては数年前に本部のとある部署に電話にて問い合わせしてしまいました。
ご教示いただけましたらよろしくお願いします。
祭文の作例集に書いてありますので、ほとんどの会長は、疑問も持たずに読んでいると思います。
祭儀式事態が神道の形式ですので、教祖の教えではありません。
文言や式の形式などの形には、意味がありません。
祭文は神が立腹すると怖いので、勇んでもらえるよう、おべんちゃらをしているようです。神はその手には乗りません。形より心の方が大切なのです。
止めてもいいと思います。
ご教示願います
2017年11月9日 11:47 AM
>神が天理教でいうところの勇んだり、、、いずんだり、、、するものかな?そんなものではないだろう。人格神?、、、というものにしているのか?
また、子供である人間から親たる神に向かって、お勇みいただきたい、、、とはこれいかに、、、、と
それに神は森羅万象一時の休みなく寸分違わぬ働きをしてくださっているはず、、だから、やはり、、、
あなたの仰る事は正しい。高慢甚だしい文面、神は上 人は下 本当神を理解していない愚かな人間の書く文章で真に恥ずかしい。
今後その祭文を天に唾はく「高慢祭文」或いは「唾はき祭文」と命名しましょう。
古い元会長様、匿名様ご教示ありがとうございました。
やはり祝詞なども、神道などの影響を受けているのですね。
神名も本来は転輪(聖)王?だとか、他にもたくさん有るようですね、仏教やヒンズー教も関係しているとか?(考え方によっては神名は特にこだわらなくてもいいのかなとも、、)所詮人が名付けたわけですよね
もう、何が何だか訳が分からなくなってくるんですが
祝詞に関しては、もう一つ《これの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に謹んで申し上げます》が有りますが(こういうのから豐文さんのようなのが生まれた?)心の中では『ここに親神さんはおらんやろ』とツッコミをいれています。『親神さん居るのはお地場だけやろ?』とまたまたツッコミをいれています。しかし、またお地場にも親神さん本当に鎮まってるのかなあと正直信じがたいところではありますが
やっぱり宗教ってのはややこしいものですね、、、
教祖さんは宗教をしたくて教えを説いたのではないとは思うんですが、、、
こんな事を考えていること自体が宗教に振り回されているような気がしてバカだなと思いますが、、、
ご教示願います 様
素晴らしいですね。自分の頭で物事をとらえようとされている事は素晴らしいことです。
決して思考を止めてはいけません。
組織(宗教)は思考を止めさせて洗脳に走ります。
それに気づいて「バカだなぁ」と思える事は素晴らしい事です。
はっきり言って「おぢば」に神は鎮まっていません。
神は世界中を駆け巡っています。
「〇〇ねばならない」と言う強迫観念をすてて自由に大らかに生きて行きましょう。
わたくし、信仰的には4代目(ヤクザかよ)となる末端教会の子弟、、、と言ってもすでに本気のオッサンですが、、、今日は相談があります。両親ともに教会の出でコテコテの天理です。父親は道一条ということで収入ゼロの家庭で、、、あまり詳しく書くと身バレするので、、、
正直天理教だけの世界、価値観、家族で遊びに行くとか旅行なんか有り得ない!子供に楽しい思い出を、、、とか皆無。
まあ、人助けのため、この世立て替えるため、、と子供ながらに思い替えながら過ごしてきました。ただ、これはもう過ぎ去ったことなのでどうでもいいのですが、今現在にいたるも何をするにも遊ぶにもお金を使うにも罪悪感らしきものがついて離れない。実際親おやは好きなことややりたいことなど一切せず生きてきて子供を育てた、、事は確か。
なので、何か裏切るような勝手をするような気持ちに捕らわれます。
実際、何か行動を起こすと(好きなようにして!と非難めいた事をよく言われました)自分たちが犠牲的に自分を押し殺し生きてきたので好き勝手する者は許せない!という意識は有ったと見る方が自然でしょう。
私自身、自分は自分、好きなように生きればいいと頭ではわかっていますが抜けきれない、、、
何かアドバイスが有ればよろしくお願いします。
と言うか恐らく同じ様な方が多数おられるのではと感じます。脱洗脳、カウンセリング的なものを本来は受けた方がいいと思っています。
まあ、もういい年齢なのでいまさらいいか!と思ったりもしますが、まだ若い方なら早めに脱洗脳したほうが得策ですね。
脱洗脳したいオッサン 様
信念を持って、自分の自由に生きて下さい。後ろめたさを感じる必要はありません。
世のため、人のため、人助けと言うのは間違っていません。
でも、天理教の為、上級の為、会長を助ける為というのは間違っています。
信念を持って楽しく、自分の周りの人達と助け合いながら自分の人生を作り上げて下さい。
正直言って教会の、あり方は間違っています。ただ、子供に負担を掛けているだけです。
もうお供えは必要ありません。その中の幾ばくかを人の為、世の為に使って下さい。
後は自分と家族の為に使って下さい。
ご教示願います
2017年11月9日 11:47 AM
Q、祝詞に関しては、もう一つ《これの神床にお鎮まり下さいます親神天理王命の御前に謹んで申し上げます》が有りますが(こういうのから豐文さんのようなのが生まれた?)心の中では『ここに親神さんはおらんやろ』とツッコミをいれています。『親神さん居るのはお地場だけやろ?』とまたまたツッコミをいれています。しかし、またお地場にも親神さん本当に鎮まってるのかなあと正直信じがたいところではありますが
やっぱり宗教ってのはややこしいものですね。
A、簡単です。そう思わせたいとの思惑がその文に入っているのです。
神床や地場だけにいるわけないです。 中山みき敵に言いますと「この世は神の懐~」なので、神の懐に人が住んでいると思うべきです。 そもそも 聖域とは、神との接点 接する場所なので、神自体はそもそも鎮座していません。鎮座するは、人の内面に居る神が鎮まる場所と解釈すべきでしょう。
そして神道の場合は、生前人であった御霊を神とあがめる為、鎮座が使われるのです。つまり極小の偶像的神を鎮座させているともいえます。
しかし、親神は創造の神或いはこの世の森羅万象の神であるので、鎮座するという言葉では収まらない神と言えます。
現在の天理教の神は、本部員会議で決まる神なので髪ではないです。先だって他のコメントでそれをコックリさんと表現しておられましたが、まさにその通りだと思います。オカルト的で人の欲が入った邪教だとなります。本部員会議神は真柱体制から始まっているので、それ以降、異端が発生したのは必然でしてその体制に立腹の神が各社に降りた。それを異端といい続けた本部員会議神どっちが邪教でしょうか勿論本部員会議神が邪教です。
おかげさまで、Twitterでの「#天理教を改革する」ハッシュタグ利用が進んでいます。
流れに乗りたいと、新規でTwitterを始めて下さるアカウントもあるようです。
タグとしては長い、とのご意見もありますが、タイムラインであえて目に止まるよう、意味も伝わりやすくわかりやすいように、文章ハッシュタグにしました。
(日本のツイッター界で流行るタグは長い文章が多いですし。)
この流れを一時的なものとせず、草の根運動的に継続して、いずれは色んな意見を取りまとめた上で実働組織に繋がればと思っています。
(実働しなきゃ意味無いよね、との意見も既に出ております。)
皆様の更なる御協力をよろしくお願いいたします!
愚痴、不満、意見、タレコミ、妄想、改革否定、改革不要論、天理教不要論、宗教不要論、などなど……天理教に関する投稿の全てに「#天理教を改革する」と付けるだけ!!
簡単ですので、お気軽に♪
ユーチューブで福島原発・ドイツのドキュメンタリーを見たのですが(リンク貼れなくてすいません)やはり尋常じゃない状況なんですね。大惨事から6年以上経過し少なからずも確実に風化している気がします。自分自身も関西在住で半分他人事のように感じてしまっているところも有ります。しかし、あれから東京オリンピックの開催がなぜか決まり株価も上昇したりして表面的には景気も上向きのように言われていますが・・・また
ラグビーW杯が開催予定などであの惨事がなかったことでは無いかと錯覚すら覚える現在です。ある意味情報操作され風化を促し忘れさせようとの意図を感じます。
本当になんと言って良いのやらこんな時にこそ弱い立場の人々になんらかの支援・援助を組織力を発揮してすることができないのかなと思います。社会で苦しみ、もがきどうしようも無い人々に手を差し伸べる。そういう仕事を宗教組織が受け持つものじゃ無いのかなと・・・そういうことなら喜んでお供え喜捨しても良いと思うが・・・
現実的に絶対無理だしそんな余力も無い何せ自組織がガタガタなので・・
本来なら信者から吸い上げた金、所有するビル不動産を売り払ってその金を支援に回せというんだ。それをすれば組織は息を吹き返すことができ本来の人の救済に立ち還れると・・・(まあ、息を吹き返さ無い方がいいが・)
それどころか組織は全く一切このことには触れない、禁忌というのか触れてはいけないもののように全く関係無いことのようにしている姿は日本の既得権益を手放したく無い原子力村と呼ばれている悪党となんら代わりはなく完全に無視を決め込み自組織のみに注力している姿は宗教以前に人として有り得ないことだと感じます。
そして意見すら発信しない・・・現実に起こっている諸問題からは一切目を背け神の世界だ誠真実だとか金科玉条?のごとく言い放ち自組織の保身だけに走り、正にこの世に救いはあるのかと考えさせられます。
先日の真柱後継者の結婚披露にしても大惨事で苦しむ人々がまだまだ多数いること。現在進行形で終息していないことを理解していればあのような慈悲の無い演出もできなかったでしょう。完全に関心が無い?共感力が無い?そもそも話題にも登らない・・・所詮は他人事?
大ちゃんニコニコで顔ゆるみっぱなしで・・・こんなに幸せで良いんだろうか?・・・って
地獄のような状況でのたうちまわっている人、放射能の影響で(発)がんなどの恐怖に怯えている子供達がわんさかいるんだよ
どう思ってるのか聞いて見たい・・ほんと
今日届いた天理時報の3面。どうして天理教は教会普請にばかりお金をかけるんだろう。部内を持つ上級教会長の教会普請に係る講演記事だ。テーマは御恩報じの実践へ。
「・・・部内教会の会長さんらと話し合い一人ひとり教会移転に際しての心定めをさせていただくことにした。おかげで不思議なご守護を頂き。無事移転できた。・・・」
勘違いするでない。不思議な御守護じゃないんだ。部内教会がどれだけ上級の圧力を感じノーと言えずに無理してお供えを運んでいるのがわからないのか。
箱ものばかりに注心して、箱ものに神は鎮座していないのを知らないのだろうか。そんなお金を部内教会に無理をさせて、借金を重ねさせ、これが信仰なのだろうか?「所詮は他人事さま」が言われるように、世間では、言うに言われる苦しみの中、泣きながら立ち上がろうしておられる多くの方々がいると言うのにまずはそちらの人助けではないのか?レーザービームや花火で巨額のお金を霧散する。神床の向きが違うといって無理な普請をさせる。信者激減の中、教会箱ものにお金をつぎ込む無計画さ。
この教団は人助けを叫びながら、本心はそんな気は微塵もない。本部は保身の内向き。教会は本部向き。本来の人助けなんて目に入ってない。
新築教会ができたとしても消滅寸前のこの教団を相手にする世間の人は一人もいません。自己満足の世界で何をめざすのか?不気味にだれもいない真っ暗の詰所群の例が既にあるではないか?
本部の手先はこんな記事を記載してご恩報じの実践だと言う。
本部よ、そろそろ親神様の望む本来の人助けをしようではないか。人助けの天理教ではないのか?
馬鹿馬鹿しくてやってられない。
末端教会の者様
心中お察し申し上げます。
そうですか!まだ懲りずにふしんに血道をあげている面々がいますか。
懲りない奴らですね。もう頭がおかしくなってるんでしょうね。
>「・・・部内教会の会長さんらと話し合い一人ひとり教会移転に際しての心定めをさせていただくことにした。おかげで不思議なご守護を頂き。無事移転できた。・・・」>
まだそんな愚かな事を恥ずかしげもなく言っている輩がいたのか・・・
でも、これよく使われる言い回しですよね。神の力が働いた!みたいな。
本当にその下でどれほどの人が苦しめられているかわかろうともせず
自分たちで勝手に酔いしれているんだからどうしようも無いですね。
つける薬が無い・・・ってやつですね。
人の痛みや現状を認識したり冷静に物事を観察する、客観的な物の見方などをできなくなってしまっているんでしょうね。一種の麻痺ですね。
ある意味かわいそうな人々とも言えますね。共感力というのでしょうか?全くもってない人もいますよね。(サイコパスてやつか?)
最近ふと思うことがあって・・・現在の中国(中華人民共和国)の建国の父として言われている毛沢東(1893〜1976)がいますが、彼は自らの権力のために自国民を何百万人(諸説あり)と殺害したんじゃないかと言われています。
文化大革命(1966〜1976)と呼ばれていますが革命でもなく文化的でも無い虐殺行為だったらしいですが考えられないことを人は時として行ってしまう。ことがあるということですよね。
単純に比較するのは危険かとは思いますが、今私たちが憂いているこの組織中枢部の人間も所詮はただの人間なんだと私は思います。だから平気で愚行を犯せる。前述した毛沢東が自己の権力を維持し、ままにしたいがために蛮行を行ったという点で共通点があり構図としても似ている気がします。(自組織の人間を苦しめているのが共通点)
考えようによっては命までは取られないからまだマシとも言えますがそんな単純な問題では無いですよね。
結論、人間は素晴らしい一面がありまた(表裏一体じゃ無いですが)愚かな面もある。て事ですか?
しかし、この毛沢東ですが人民大広場?に肖像写真が掲げられているのは不思議な事ですよね。人間て不思議な生き物ですよねほんと。
『所詮は他人事? 様(2017年11月10日 3:19 PM)』のご意見に全面的に賛成です。
ほんとにため息が出ます。
「君たちは人間なの?」と聞きたくなりますね。
「プロ市民」という言葉を昔、見たことが有ります。
「自分の頭で考え、言葉にして、発言する」市民を指すのかとも思いますが、否定的な意味も
有るのかもしれません。(意見なんて聞きたくない側にとっては)
そこに揶揄する気持ちも込められているのかもしれませんが、勇気を出して発言することで
人との交流も生まれますし、事態の変化も望めます。
発言を時として馬鹿にされる事もありますが、馬鹿にされて結構、低い気持ち実践の良い機会です。
めげずに 繰り返し あきらめず ですね。
めげやすい自分ですが愚直という美点も有るようなので仲間に入れてくださいね。
今日、奈良の櫟本分署跡へ行って参りました。
ナビが有るので意外とすんなり行けました。
建物は昔ながらの町屋風でとても警察施設が有ったとは思えませんでしたが当時はお寺の一部を借りて運営するケースも有ったとのことです。
中に入りましても意外に簡素質素で昔にここが警察施設だったと感じられるものは皆無でした。
少し拍子抜けしましたが、教祖の御苦労の記述を見ているとやはり89才の老齢でこの場に引っ張ってこられ2週間近くという長い間、しかも、季節は厳寒、よく耐えられたんだな!と思うと共にやはり、そこまでされてでも、譲れないものが有ったんだな!ということを感じた次第です。因みに、共に連行された仲田氏はその後体調を崩され若くして亡くなられたとのこと、、、
その譲れないものは何だったのか?について思いをはせてみる、、、まさか、腐敗教団を運営するために御苦労されたわけでもないだろうし、、、
やはり、大事なことが有ってそれを伝えたかったというのは間違いないと想像がつきますが、、、その辺りをもっと追求することが大事なのかなと、真意はいったい何なのか?どこにあるのか?
今の教団は形骸化された祭儀式と集金だけで終わってるからね。
ひとつ思ったのはこの史跡?天理教団としてはかなり重要だと思われますが、、、本来なら本部が保護、維持、管理すべきじゃないのかな?と思いましたが、なぜなんだろう?謎だ、、、クソほど金集めてるんやから大事にしろよ、、、その点賛否はありますが八島氏は偉いと単純に思います。なんなら礼拝の対象にすらなる場所かもしれませんので、、、
あの木戸窓から雪が振り込む中、正座を崩さず、凛としてかしものかりものの理を説かれ、私のこころを理解したものは、誰もいなかった。と帰り道の車夫の質問に答えられたんですよね。
そして間隔の広い窓の面格子からは、道を通る人が覗けば教祖のお姿がはっきり見える!
衆人環視の中でさらし者同様の環境であったことがはっきりわかります。
分署前の道は旧道の姿をとどめていて、たやすく往時がしのばれる所です。
教祖の「ご苦労」を語り継ぐ一方で、教団本部のぞんざいな態度は理解できません。
理解という生易しい言葉ではだめですね。
このことをもって教団本部は「真の馬鹿者」と言い切れます。
櫟本分署跡の保存状態は想像以上に良いように見受けられました。
しかし木造建築ですからメンテナンスには費用もかかるでしょう。
聞いた話では土地所有者さん?のご厚意も有って現存されているとか。
本部が異端と決めつけた教会の皆さんの力もあっての状況でもあります。
教祖の記念建物の中でも最重要の建物です。
これも聞いた話ですが、天理教本部は建物の引き取りを断ったそうですよ。
本来であれば「大金を積んで」でも、教団が維持管理すべきところでしょう!!!!!
私に「大金」があればお願いしてでも実行します。。。。。
そういえば天理教では最近、「大金」を一夜にして浪費しましたっけね。。。
うーーーーーん、人間の浅はかな考えではどうしようもなし。
神の思惑はどこに?
この保存の関しては八島のオヤジが誰に自慢してもいいところだと思いますね。
あれだけおやさま教祖樣中山みき様存命の理と言っておきながら、ご苦労様された場所は知らん、いらん、関係ねーって、、、一貫性も何も無い、、、
花火やレーザービームするんやったらそのお金で買い取り維持管理できるのに、、、
中山みきも教団にかかれば、銭儲けの道具か?
どこまで落ちれば気が済むんやろ?
外道の道まっしぐらやな、、、
日本は、経済格差という意味ではまだマシな国ではあるのだろうけれど、ひながたの国として、富の再分配に対してどういった考えがあるのかを教会本部で神様のお心を聞いてみたいと思っていたのですが、
トップの弟が恐怖信仰を捏造して貧乏人から巻き上げた浄財で、伽藍と花火とレーザー光線で楽しんでいた、金ファミリーが居たんですね。
金王朝マンセー
少し前に各教会には神が鎮まっているのか?と質問がありました。祝詞では『お鎮まりくださいます』、、、と謳っています。天理教では月次祭を仰々しくやります。神饌物など、、、
神に感謝申し上げる的な意味合いが有ろうかと思われますが、、、
裏返して見れば神が居る鎮まっている、ので礼拝の対象である。信者信徒を集めるための口実と言えば言い過ぎかもしれないが、そのような意図があることは充分考えられます。
例えば大教会を含めて上級が3ヶ所の末端教会の場合、自教会を含め月に4度の月次祭をやる。そして場合によっては婦人会と称してまた同じ回数おつとめとやらをやるところも有る、、、下手すると月に8回紋付き(袴)を着込みそれを毎月延々とやる、、、
いい加減嫌になるでしょ!嫌いになるでしょ、、、
また、これらの祭儀式をすることで思考しなくなる。できなくなる。何も考えなくなる。アホになる。そして『阿呆は神の望み』と聞かされる。考えていると何回もおつとめなどできない!そのうえに金銭が絡みついてくる、、、
人間性を失うか壊れるかどっちか、破綻するか?
これらを長年にわたり続けているのが現教団。
軌道修正とか見直しとか一切なしでここまで来ましたがもう限界にきていること、このままでは破綻するしかない事はわかっている事。今さらもう打つ手は無いこと、、、だけはわかっている。
既出御免 様
私も同じ境遇です。お察しもうしあげます。
何かに参加し、動く度に、お供えや参加費が出て行きます。
そんなものだと思っていたら、本部の人や、大教会長や上級の会長は動く度にお礼が入るというシステムになっている。
本当に自然に上へ上へとお金が流れるシステムを作り上げている。
でも、いくらお金を手に入れても、喜びも満足もない、欲にきりない泥水状態だと思う。
慶びや幸福感は得られないだろう。
部内であろうが、末端であろうが幸せに生きたいものだ。慶びや幸福感は下へ流れると信じたい。
「地持ち」といわれた中山家の土地について。
天理教教祖伝稿案第20稿(P61 1955 天理教教会本部)には、
「中山家の田地は約十五、六町歩と思われる。」
よのもと 1986年1月号(P35 高野友治)
「田地は四町歩ほど。大和ではあの時代に四町歩以上持っていた家は数えるほどしかなかった。」
あらきとうりょう149号(P49 1987 天理教青年会本部)
「四町歩から五町歩の間程度と推定するのが穏当と考える。」
中山みき研究ノート(P44 1987 八島英雄 立風書房)
「田地は四町歩以下ということです。中山家の記録でも三町歩余りが一番大きい時だったようです。」
随分違いが見えますね。特に1番上は…。
私は今まで生きてきて親と人生について話し合ったことが有りません。
何が自分に向いているのか?自分がどうやっていきていったらいいのか?など人生を生きていく上で大事な問題です。
本当に話し合ったことがありません。
親は天理教のことについては熱心でした。
天理教のことを一生懸命していれば総てはうまく行くと思い込んでいました。
親は子供と正面から向き合うべきでしょう。
なぜ、そんなに天理教に熱心になるのに子供に目を向けないのか?向き合わないのか?
とにかく意識やエネルギーのほとんどが天理教に行っている、、、
今から考えると気持ちの交流や深いレベルで心が通じていなかったなと、、、
そもそも自分の家族と通じ合えないのに信者と通じ合える?
そんなバカなことはない、、、
だから、やっぱりまずは自分自身を大事に、そして家族、そこからでしょ、、、順序がバラバラ
振り替わりの理、というのが有るらしい、自分の事は置いておいて他人の事をさせてもらうと結果自分のことが解決していた。というもの、、、
全否定はしないが場合によるだろう。
なんでもかんでも放っておいて後は神様任せ!って
現実を見ろよ、放置された子供の事を考えろよ
大事な時期に親子の関わりを持てなかった子供の気持ちは、、、何が人を助けるだ、、、自分の家族に対して関われないヤツ、守れないヤツに何ができる?
教祖とその家族との関わり方に影響されてるのかな?中山家は決して幸せな家庭環境じゃなかっただろうからね、、、
今さらですがさん。
私も満たされないまま大人になりました。
今さらですがさんと全く同じ思いです。
教会を営む家族の中であなたと同じ経験と思いを抱き続けて大人になりました。家族旅行の経験もなく適度な衣類も与えられず(風邪は引きませんでしたがボロボロ、穴あきズック)みじめな家庭生活でした。世間からかい離した生活状況でしたね。子供ですので文句も言えず、言えばうちは教会だの一言でした。陰気で劣等感が心を巣食い、自尊心も育たず、自信の持てない大人になりました。
今で言うネグレクトです。そんな環境で子供が心身健康で育つでしょうか。心に傷を負い、精神科のお世話にならなければまともに生きていけない。天理教関係者に精神の病を抱えた方が多いのは頷けます。
しんどくてどん底な人間が人を助けることが出来るだろうか。しんどくても人助けをせよ。「人を助けてわが身助かる」。これは一概には言えない。時と場合によります。
人間はやわなものです。辛いときは泣くもの。不安な時は、誰かに頼りたいもの。そんな貧乏教会を家族丸ごとで上は鞭でたたきたたき「人を助けてわが身助かる」とほざいてお供えや行事参加を強要してきた。
私もそんな親と天理教全体を許せなくて心を病んだ時期があります。こうして掲示板で過去への思いをさらけ出すことで癒されて、自分を取り戻している部分もあります。
自分を大切に生きていきましょう。
今さらさんの投稿に頷きます。
家族と向き合わなかった熱心家の父親は出直しましたが、我々兄弟が人の親になった時、天理教に対する忠誠心はほとんど無くなりましたが、子供に向き合えない自分達を発見します。
教祖、本席様以外のこの宗教の偉いさんは、特に専従者家族に対して、罪深い教えを垂れ流してきたのではないか?と感じます。
存命の教祖が居られるなら、そういった教団的な問題に対しても、お言葉を頂戴したいとつくづく思います。
おやさま教祖ひながた、家族を犠牲にしてまでも人を助けずにはいられない、この世人類を立て直す為には
多少の犠牲も致し方ない、やむを得ない、、(こかんさんとか?)
その苦難の道を通っていただいたので今の私達が有るのだ、、、ああなんと有り難い、もったいない(感泣
やっぱり、洗脳されてますね、大なり小なりどころかもろに影響を受けてると思われます。
『天理教、神懸かりから新宗教へ』を読みました。
天理王命の神名も何度となく名前を変えてそうなったようで。言ってみれば人によっての創作。
教祖についても後々美化、神格化された部分が多々あるようで、、、脚色されたようなもの?
YouTubeで新興宗教の建築物というのが見れるんだけどまあものの見事に醜悪で笑えた。立正こうせい会、霊友会、へんてこで無駄にデカいのが共通点でどこも同じ様な事やってるんやな、、、とその中でもダントツの天ですが、、、やっぱり宗教ってなんやろ?って考えさせられます、、、結局人間やもんねやってるのは(仏教でいう凡夫ってヤツ!)
天理教ようぼくに認定されて28年ですが、あまり熱心な信仰者ではなかったと思います。
実家であった隣は某天理教分教会でした。今はありませんが。
その教会の娘・息子さんとも幼いころ遊んでいた記憶もあり、地区での天理教の子供運動会も開催していた頃でしたから、
今おもえば、潤っていた時代だったと思います。私がご縁あったのは別の分教会でしたが、結局天理教に縁があったのだと思います。内情はいろいろあるのは当然です。どこの世界もそうであると思います。それは、それとしてできる範囲で今の教会に毎月の月次祭参加する。声があれば、献金もしています。天理教に限らず、地域の神事があれば、お供えしています。日常の習慣の一つですね。しかし、自分の生活が成り立たなくなるまでの献金はしませんし、できませんね。
現在の天理教団『この世治める真実の道』・・・とはほど遠く『自組織すら治めれないとんでもな道』・・・自組織が瓦解し食い止めるのに必死で・・
何がこの世治めるだ!・・・片腹痛すぎるわ
形ばかり建物、施設、それから祭儀式など格好ばかりでまさに精神的にも空洞化、伽藍堂化して、まだ続ける憐れさ。
形骸、形骸化この教団にぴったりの言葉
形ばかりにこだわり本来の中心・内容が欠落、(もともと内容など無かったのか?)スピリット、忘れられた、置き去りにされた・・・全く虚しい姿、
”おやさとやかた”と”サグラダファミリア”を同列に扱ったりして、なんだかなぁ〜外尾悦郎さんにインタビューなんかして・・・おバカ!
一緒にすんな全然違うわ!(向こうは世界遺産や)笑わせたいのか無理やりゴリ押しもいいところ・・・
末端から集金していかねば成り立たない組織
ご恩報じ、報恩・かね、カネ、金か?虚しい・・・
私は教会長から日々暴力を受け皹まではいつています。京都の西陣大教会上賀茂分教会の奥田晃会長です。この前京都地方検察庁へ刑事告訴をしましたが嫌疑不十分で不起訴でした。現金を200万以上脅迫されおまけに修養科まで無理やりいかされおまけにどこの教会でも行けとたらいまわしこの人は養子で奈良県十津川分教会の次男です。天理大学も5年で傷害事件を起こし示談前科なし。懲りない人です。5年で中退本当にバカな奴ですがこんな奴死刑になつてほしいとおもいます。教会長でもおやさまがいるかわからないそして私が修養科中肺炎になつた時詰所でオナ二ーばかりして私のことは知らん顔血のかよつた人間とはおもえない。みなさんどうおもわれますか?
そしてこの教会長の義父奥田和男は京都の西陣大教会の役員ですが相談するとあんたが悪い信仰とは金やお金がない者は助からないとさらに120万さんげで払えと要求京都検察審議会に起訴するよう要望そしてようやく昨日奥田晃会長を刑法246条の詐欺205条の傷害で起訴。大教会長の永尾隆司と奥田和男を詐欺ほう助で起訴。これから刑事裁判がはじまります。京都地方検察庁の検事さんがガさイレされ私に安心してください。天理教では別の事件でも捜査してたから私たちが懲らしめるから心を静めて公判まで共にがんばりましょうと激励されました。神様なんて本当はいないんだから今から修養科や専修科に行く人は冷静になつてほしいとおもいます。私は修養科にいつたこと後悔の毎日です。今回5人の検事さんが担当で心強いですがこの3人には恨みは消えません。また3人とも反省がないのががつかりです。可能な量刑を裁判所が判決することをねがいます。これは京都だけではなく全国の検察行政が今後取り締まる節目になるでしょう。
あとこの教会長の兄妹が精神病です。ちなみに措置入院を5回も十津川分教会で暴力行為があつたから。また教会長本人もいこいの家白川分院入院患者の1人です。保護室にはいつておられました。またさらに京都の西陣大教会では来年7月に大教会長が息子の永尾大和に交代しますがこの人物も金のもうじゃで冷淡な人物です。西陣もおわつたとおもいます。ただいえるのは金金のない者は助からないということしかも私は腰が悪くあまり働けません。給料を全額とあと銀行で借りてこいなど身上のため毎回12万要求されてました。おさずけをしても効果なし。病院の薬のほうが効果ありです。しかもあなたの家の近くには救急病院が2件あるからそこへ行けや死ねと言われもう死にたいです。ちなみに中山みきはいないと奥田晃会長がよくいいます。12月にはひのきしん隊にいつてエンジョィするようですが人の稼いだ金で遊ぶなんて^^許せない。京都地方検察庁の検事さんにすべてをお任せして私は前向きに500万近く取られましたががんばろうとおもいます。そのお金は看護師の免許習得のためてた大切なお金でした。本当にひどい教会ですし西陣大教会の永尾隆司が奥田晃教会長に指示していたことも明らかになりました。3人とも刑務所からでてほしくない。多分執行猶予もつかんでしょう。
たくや
2017年11月17日 12:11 PM
たくやさんがんばれ! みんな応援してますよ!天理教はいつから犯罪集団になったんですか?と憤りを隠せない信仰者ばかりです!
たくやさん
文面からは大変さがあらわれていますね。
かなり、複雑なように見受けられますが、頑張ってください。
おかしいものは、おかしい!と、ハッキリ主張するべきです。
応援しています。
たくやさん、応援しています。しっかり世間に知らしめましょう。それにしても上賀茂分教会、奥田一族は犯罪者ですね。厳罰を望みます。司法の良心を信じたいと思います。しかし天理教のこんな類の話は結構頻繁に聞きます。いかに犯罪の匂いに近い組織かと言う事です。いじめ、恐喝、詐欺。宗教の名の隠れみのに隠れてやっているのです。本部も知らないはずはないでしょうが、そんな指導が我々教会にあった記憶はありません。知らぬ存ぜぬの人の道に外れた無責任本部。
信仰とは金?金のないものは助からない?そうですよね。表統領中田善亮が声を大にして言ってますから。お供えは命のつなぎだ。金を積まねば命はつながらない、とね。
天理教のみなさん、一般のみなさん。天理教信仰者が布教に戸別訪問します。気をつけてください。天理教に足を踏み入れたら、金がなければ命はつながりません。貧乏人は助かりません。金がないなら余計な悩みがついて来ます。彼らは一見親切で善人ですが、間違って踏み入れたら命の引き換えにお供えの恐怖と戦うことになります。
昨日、天理で聞いた話です。
こかんさんは結婚していたそうです。
秀司が博打で借金作ったため、おや様が母屋を売った金で借金を払ったそうですが、
そのため大阪から帰って来た秀司は住むところがなく、
こかんさん夫婦の住まいからこかんさん達を追い出して
そこに入り込んだそうです。
これが原因でこかんさん夫婦は離縁し、旦那さんは出て行ったそうです。
その時点でこかんさん夫婦には、お子さんが居なかったそうです。
よくわかりませんが本部には、三大噓つきと言うものがあって、上記の件はその一つだそうです。
三つ話してくれましたが、こかんさんの話で驚き後二つは記憶に残っていません。
本部の高弟だか何だか解からん連中は、本当に江戸時代の大和の田舎の礼儀知らずで字も碌に書けない無教養で、そのうえ強欲で大嘘つきな連中だったそうです。
その筆頭が良治郎・為造親子だそうです。
そいつらのご子孫が、もったいなくも現在の高貴なご本部在籍者様達でございます。だってさ!
そんな事も知らずに、直属教会の初代の方々は必死になって神を伝えて生涯を終えたのでしょう。
思えば涙が流れてきます。
しかし、その初代の子孫達も本部在籍者達に完全に洗脳されてしまいました。
こかんさんが20歳の頃、教祖様の妹の息子で藤助という人を中山家の養子にし、こかんさんの夫として迎え入れたということです。3年ほど一緒に生活したそうです。秀司の不始末で母屋を売り、までは聞いていますが、住むところがないからこかん夫婦に出て行ってもらった、は初めて知りました。話の筋としては納得しますね。
表向きには、こかんさんが藤助を好まなかったので旦那が出て行った事になっています。
教団的にはあくまでも母屋を打ったのは「貧に落ちきるため」を前面に押し出したかった。信者をあおる美談への創作、ねつ造。
話の創作はどうにでも出来ます。貧に落ちきれと金品巻き上げられ、「屋敷を払うて田を売り給え」で裸同然になった今日までの騙された信者は詐欺にかかったのも同然です。
この教団の発信はあらゆる角度から真偽を確かめる必要があります。
「天理教の三大嘘つき話」の二つ目を思い出しました。
二つ目の嘘つき話は、「おかのさん」の話だそうです。
あの話は、作り話だと「正善」が本部員にじかに話したそうです。
「かの」という名前の女性はいたそうです。
秀司には複数のお妾さんが居て、庶子も複数居たそうです。
その中に「かの」と言う名の女の子が居たそうです。
「かの」は夫善兵衛の「愛妾」ではなく、秀司の「庶子」だそうです。
当時、本部は文筆家にお金を払って「みきの美談話」を複数書かせていたそうです。
おや様の逸話編にも創作話が沢山あるらしいですね。
私は、以前は完全に洗脳されていたから真剣に読んでいました。
そして、感激して涙流していました。
事実を知っている本部員から見たら、これって本当に「笑えるー」ですね。
洗脳がとけた今の自分で見ても大笑いです。
「やられたー」という感じですね。
ちなみに「天理教の三大嘘つき話」という言い回しは、本部の人達の会話の中で出て来る言い回しだそうです。
ご本部は、本当に嘘がお上手です。
退職信者様
「天理教の三大嘘つき話」の一つ目と二つ目、事実と全くかけ離れた嘘を、よく本部は、公に出す本に書くものです。おかげで、事実と思い込んだ大勢の信者たちは、美談に騙され、自分達も、教祖のひながたの何分の一でもと、金を、真実を、無理を重ねながらも教団本部に捧げて来ました。それを、本部自ら、「嘘つき話」と知っていながら、信者には嘘を平然と教えてきたとは、開いた口がふさがりません。
三つ目、も思い出されたら、是非、お教えくださいませ。
ホンマに皆さんホンマによくご存知ですわ。
「三大嘘つき話」以外にも中山ミキの伝承も多くが前述の○澤親子、諸○、山○儀○朗やらの操作で書き上げられたものですし
天保九年十月二十三日の加持祈祷の際にミキが神懸かりに陥り親神である「天理王」と名乗ったとされとりますけど、天理教が親神としての「天理王」と名付けたのはもっと後年の話やし、加持祈祷が行われた場に修験者の市兵衛は不在やった可能性もありますし。
ミキが「巡査の目前で水が一杯に入った大甕を持ち上げた」「秀司の足が動かなくなった場所が甘露台の位置になった」
留置されている時「明け方にランプを消した(巡査の許可なく立つことは不可能)」「退屈している巡査に菓子を買ってあげようとした(収監中、現金は取り上げられている)」などと云われていますけど、当時の警察は現在の警察とは比較出来ない位に容疑者の立場は人権が無視されて動きも制限されとるのに、実際はそんな勝手なことが出来るような状況ではありませんわ。
分署で巡査から水を掛けられた時は「冷たい」と言うて悲鳴をあげていたようやし、それが原因かもしれませんけど釈放時は風邪が悪化して歩くのは不可能やったみたいです。
ミキは神格化されて奉られていますけど、実際は人間染みた、どこにでもいるような婆さんだったようです。
明治三十七年には主流派が反対勢力のミキ派教師を大量に破門してしていますし、ホンマにやりたい放題してますわ。
そやからその前後に何人かの教師が天理教から分派して幾つかの小規模な宗教団体を立ち上げてますやろ。
長いウンチクになってしもてスミマセン
退職信者様
おそらくそれは八島さんの
『中山みき研究ノート』
に載っている内容かと思われます。
三つ目は「大和神社事件」だったはずです。
私はさらっと読んだだけなので、
不確定ですが、
もしお持ちの方は
教えていただけたら嬉しいです。
かのの話については、
『中山みき研究ノート』に、
二代真柱が話した内容が出ています。
昭和25年5月31日
教祖傳編纂についての本部員へのお話(記録橋本正治)
かのの話は芝居の台本を書く人が勝手に書いて、
その話が残ってしまったものである。
こんな事は何も伝わっていない。
なぜ分かっていても教祖伝に入れたのでしょうか?
本をお持ちの方がおられましたら、
ぜひ補足をお願いします。
うる覚えですが、「大和神社事件」の時、こかん様名義の債許状が取り上げられ、その後、秀司さんが地福寺へ行き秀司名義の債許状貰ってきて、お屋敷は秀司夫妻が取り仕切るようになり、日銭が秀司夫妻の懐に入るようになった。(当時でも、結構たくさんのお参りがあったようで、お金の他、お米などのお供えだったようです。)
教祖とこかんから、当主の秀司に利権が移って行ったので、
秀司夫妻はかなりのお金を貯めこんでいたようです。
この辺りのこと、詳しくご存知の方に教えていただければ幸いです。
退職信者様・ どん亀様の投稿を読ませてもらっていると、天理教というものの正当性というのか、「そんなものは無かった!」というしか無いのか!
天理王命の神名はいろいろな名前を経た末の創作(人間による)だった、というのは間違いないようですね。しかし、未だにその事実を知らない信者・信徒はたくさんおられるようですが・・・まあ、名前は百歩譲ったとしてもその中身は一体どうなんだ?というところが問題です。また、いろんな逸話なども都合の良いように創作(美化・神格化)され、物語の台本の如く人の手によって作られてきた可能性が高いようですね。
本当にイワシの頭も拝めばありがたく思えてきて、拝まざるをえない・・・
それを、10人、100人、千人、万人でやればそれこそなんとありがたい神様だ・・・となるのは確か・・・
この宗教団体は後の人々によって作られながら変貌を遂げてきたようですね私は教会で生まれ育ち、親も教会の出身、親戚もほとんど天理教・・・の環境で本当に教祖のひながたを通らねば・・・と思っていたクチです。三代真柱が教会内容の充実を打ち出した時には本当にそうせねば・・・と思いましたし。だいたい父親(末端教会長)は社会で仕事をすることもなく道一条という形で天理教だけをして人生を終えました。人間の、人の、人生がこんな風に展開し幕を閉じてもいいものか?と本当に考えさせられます。あり得無いと・・・
一体何が本当で何がウソなのかわからない。こうなったら全てを疑ってかからざるを得ない。
但し、何が本当で何がウソかが明白になったところで私の・・父の・・人々の・・失われた人生の時間が戻ってくることは無いということだけは確かですね。虚無感がハンパ無いです。
私たちは言わば人の作り上げた壮大なお芝居を見て酔いしれ熱狂し我を忘れたまま、芝居と人生を一体化させ、またその酔いを親から子供へ子から孫へと伝え、ずーっとお芝居を見せられてきたような感じですね。基本的に不安を抱えた人々が神という絶対的な揺るぎない対象を求めていたところに・・・てことか?
人は、酔いたい、何かに縋って生きたい、真実と事実の区別をつけるのを面倒くさがる。
本人が納得できれば、それは事実とは違っていても本人には問題ない。
さらに、確証のないものや、過去の人伝いの話を信じる。
誰かが書き込んだ「弱肉強食」という言葉がまさに天理教そのもの。
八島氏の指摘にもあるように、大和神社事件は現に同社の神官が「そんなことがある筈がない。神社の人間が警察のように人を拘束できません」と云う証言があるように架空の話やと思いますわ。
古い元教会長様が書いておられるように秀司は相談者(信者)から御礼として米、現金の取得をしていたようです。
ミキは相談に来た者達に「はったい粉」を手土産に渡していましたが、それは当時米の代用として年に二度収穫出来る大麦が栽培されて比較的安価に入手出来るので相談に来た者は現金での御礼の代わりに大麦を置いていったようです。
ミキが指摘していた「内なる者」と云う身内(秀司か?)の反逆によって蚊帳の外に置かれてからは、恐らく如才ない者(高弟達)の入れ知恵で相談事の御礼は現金または米にしたようですね。
米ならば毎食必要な物やし、余れば米屋に売って現金に変えられますし。
その直後に御供(ごく)が、はったい粉から米粒になったのかもしれませんわ。
とあることから、このホームページをみて、おせわになっているひとにみせましたが、「わたしはただおやがみさまをしんじるだけ」といってとりあえてくれません。かいかく・よくしようとする、かんがえがないほどなんでしょうか?(かんじにへんかんできません)
たくや様による
「京都地検が、西陣部内 上賀茂分教会長 奥田晃会長を刑法246条の詐欺、205条の傷害で起訴。
西陣大教会長永尾隆司、同役員 奥田和男を、詐欺ほう助で起訴。これから刑事裁判がはじまります。」
これらの情報は確証あるものなのでしょうか?信憑性は?
真実であれば、とんでもなく破廉恥な大事件ですから、私も情報の拡散に協力いたしますよ!
ただいまべっせきこうしゅうちゅう 様
殆ど全ての人が、この組織はオカシイと思っていますが、表立って言えないのです。
だから、「わたしはただおやがみさまをしんじるだけ」と言うのが精いっぱいなのです。
戦時中の言論統制に似た組織です。
身元がバレれば家族、親族、身内一同に迷惑がかかるでしょう。だから、匿名であったりするのです。
陰では、いろんな情報が飛び交っておりますが、ご存じないのは本人だけです。
裸の王様達が「かぐらづとめ」をつとめ「かなめ会」で議論をしている組織です。
ただいまべっせきこうしゅうちゅう様
混乱されているようですが、大丈夫です。
あわてず、騒がず、冷静に情報を見てください。
それで、疑問が出たらこのサイトでも書き込めば
皆さん答えてくれます。ので安心してください。
検察が容疑者を起訴するのはそれなりの証拠が整ったから起訴することになる訳ですわな。
今後は裁判所がどんな判決を出すかですわ。
これは天理教全体からすれば氷山の一角やけど、まあどちらにしても天理教の組織的な悪質行為の実態が犯罪として晒されるだけですな。
めでたしめでたしですわ
どん亀さま 2017年11月19日 10:10 AM
そうなんですね!
ところで、あの大教会乗っ取り事件はどうなっているのでしょうか?
とっても気になりますね。
信者をやめたいがネットに疎い、ネットを全く知らない人(特にお年寄り)に、どう働きかけをしていくか?
どう洗脳を解いていったら良いのだろうか。
乗っ取り事件は? 様
実はその話はワイも余り承知してませんでしてん。このサイトで初めて知りましたわ。
昔から分教会長が不在の事情教会に大教会から役員が出張ってきて古くからの信者と確執が発生したケースは多々ありますし、過去に本部の意向、仕来たりに差異がある大教会長が本部の命で更迭されて本部役員が一時的に大教会長を勤めた前例はありますけど。
件の大教会長がどの様な人物かは存じませんけど明らかに本部の考えと隔たりがあるから排除されたのは事実やと思いますわ。
そんな案件があるのに「理の親」などと勝手気ままなな事を吹聴しとる本部も道理が矛盾してますわ。
ただ本部の勝手な意向で信者が振り回されているのは気の毒なことですな。
本部から天啓者が出て行って年限が経つと、上層部は、魂への暴力集団へと落ちて行ったんじゃないだろうか? 代替わりするにつれ、その本部の汚れが広範囲に浸透、顕在化してきた結果が今の教団の有様なのでしょう。 宗教以前の問題として、弱い者いじめはいかんだろ。
神のかしものかりもの心通りの神の守護。
こころに感謝と喜びと優しさが深まっていかないならば、その宗教活動は無駄ではないか?
病まず死なず弱らず、健康長寿の現象が広まっていかないなら、その活動は無意味ではないか?
罪深い上層部の、気の毒な未来生を想像しちゃうのはオイラだけか?
匿名3様
病まず、死なず、弱りなきように・・・この教団でうたわれていますが、病まず、死なず、弱らず・・・って違和感バリバリありますが・・・
生身の生き物である動物に限らず、命あるものは病気にもなり、だんだん弱り、いつかは絶対に死ぬ。そのいつか死ぬことが逆説的だけど救いじゃないですか?いつまでも生きていたい。人によってはそう思う人もいるかもしれませんがいつか死ぬ、また死ねるから人生が尊いものになるんじゃないかと思いますが・・・ただ、現在、ips細胞などの研究が進み将来的に臓器の複製ができるようになるかもしれません。そうなった時に、それこそ死なず・・
な世界が現れるかもしれませんがそれで人類は幸せを感じれるかは疑問だと・・・教団は、教祖が残された子供のために25年の寿命を縮めてまでも・・・とうたってますが平均寿命50才ぐらい?の江戸末期で90年生きればそれは115歳生きたと同じぐらいのことだと思いますが・・・それを、恩着せがましく寿命を縮めてまでも・・・と言っているところがやっぱり作戦だなと思います。(恩を着せ、恩を売るのがうまくて好きな教団です。名前は恩売り教・・でも良かった。それか金好教、どこかにありましたね。)
でも意外と信者はそれを信じているかも・・・ですね
また、寿命を縮めた・・・と言ってますが人間として肉体的に限界がきて死んだだけのことでしょう。ここでも完全に中山みきを神格化していますね。
世界では現在、実際に115歳ぐらいまで生きられる方がおられるようで、教祖さんの言ったことは間違いじゃなく本当だ・・と思われる人がいるでしょう。
しかし、115歳まで生きれたとして生きていたいか?という問題ですよ。
そこまで生きれば体もガタガタで自分のことができなくなり、おそらくボケまくるでしょうし、周りもどんどん死んでいくし、逆事を見る可能性は高くなり良いことより大変なことの方が多いと思いますが・・・少なくとも私は115才まで生きれたとして生きたいか?と問われてもうなずけないですね。個人的には80〜90年生きれればもう十分なんじゃないかなと思うんですが・・・傘寿or 米寿ですかね・・・
この問題についてはいろいろ意見があると思いますので他に意見が有ればお聞きしたいと思います。
四十姿で心は二十歳、百歳超えても健康で元気で仕事もできるなら、長生きしたいですね。所謂ピンピンコロリで115歳が理想ですね。
現在115歳の方がおられたら明治35年生まれですから、本席様がご在世で、世界の戦争や革命を実体験した人達ですね。もし記憶力がしっかりしていれば、近現代史もお地場宗教史もゴシップも含めて、より事実に近い事を聞かせて頂けるのだろうと思いますね。
それだけ生きれば、周りの人間の生まれ変わりとかを想像できるようになるかもしれませんね。まあボケて周囲に大きな迷惑を掛けるなら、考えものではありますね。
来生に若返った方がいいと思えば、無暗な延命措置は拒否しますけどね。(遺族が捕まらない程度にですが)
これは、熱心家の医療拒否の問題にも通じますね。
たくやさん頑張って下さい。僕も上賀茂分教会の奥田晃にお金を60万供えろと怒鳴られコンビニのatmで60万渡した会社員です49歳です。京都駅で声掛けされ別席を5回運んでいます。僕も以前上賀茂で常詰で住んでいましたがトイレ掃除や修養科へ行けとたくやさんと同じで強要され断ると僕の左足をスライングキックされ打撲でしたが会社を2日休んだことあります。修養科はノルマだからここに住んでる以上参加せーと怒鳴り^^^結局教会を追い出され今会社の上司の家に間借りしています。上司は天理教は宗教だから金目当てだといいます。騙されるほうがいいかもしれません。僕も心臓にぺースメーカーが入れていて病気が治りたければ寄付{莫大な金額}をしたら治るとウソを付かれてきました。上賀茂の上級に真栄分教会{二条城}の近くありますが1ヵ月20万の寄付を本部にしているそうだす。そして上賀茂の奥田晃は青年会ひのきしん隊の部員で来年5月頃教養掛の任命もある方です。検察が起訴したことを知りホットしたというよりこれから勝負だと思います。大教会の永尾大教会長奥田和男役員金のことしか言わない正解です。金の切れ目は縁の切れ目こんなガキらプリズンから出てくるな。
天理教分教会か、やくざの組事務所か、見分けのつかない教会もあるようですね。たくやさんや、ゆうたろうさんのような経験をされた方、また、現在、そのような環境におられる方々は、至急逃げ出すか、人権相談所窓口、警察署などへ相談に行かれた方が良いと思います。
上に素直だのと、全財産渡すようなことになって、後で後悔しても、返って来ません。振り込め詐欺だろうが、投資詐欺だろうが、還付金詐欺だろうが、ATM詐欺だろうが、金を請求する所は詐欺だと、テレビニュースでも、町内回覧板に載ってる警察からの情報でも、そう知らせてくれてます。
お供えや理立てに〇万、〇十万請求する教会は、あきらかに、宗教団体の仮面を被った詐欺です。渡す前に、一度、人権窓口、警察なり、相談に行き、暴力振るわれたら、これは、確実に警察に被害届を出すことが出来ますし、殴った者は逮捕されます。どうか、泣き寝入りされないように、自分の尊厳を守るべきです。
大なり小なり、神を売り物にしている人達の大半は、高弟だの側近だのを含めて、詐欺師へと落ちてゆくんですね。
そういったものに騙されない為にも、神は地場屋敷に天啓者が永続する、神一条の道をおつけになるつもりなのでしょう。
これまでの教会本部の名家だの幹部だのの人達の思い違いは銘々でサンゲしていただくとして、
真柱はじめお地場の人事権のある人達は、一日も早く、天啓者の方々をお地場に登用されることを望みます。
そろそろお地場も神一条の道を始めませんか?
今の教団組織がおかしいので、教祖の存在自体やが説かれたこともおかしいと批判される方もいらっしゃいますが、それは個人的には非常に残念だなぁと感じています。今の教会組織は、教祖の説かれたこととは全く違うことをしているように思いますし(祭儀式を未だ仰々しく行っている時点でおかしいのは明白です)、正直、離れることが可能であれば、今すぐ離れた方がいいと思います。
ただ現行天理教(教義、本部含め)と、教祖の説かれた「お道」は別物として捉え、研鑽し直す価値は十二分にあると思います。
私の場合、宗教という概念を超越したところでしか中山みき様のお話は理解出来ないように感じています。
例えば「かしものかりものの理」という教えを深く思案させていただく必要があると思います。
私たちは自分の肉体が「自分」だと考えています。身体意識、肉体意識です。
では、汗は自分でしょうか。汗は皮膚から出ています。水分ですから蒸発するものもあれば流れ落ちるものもあるでしょう。汗をかくと喉が渇きます。目の前のコップに水を入れます。それを飲みます。目の前にあった水が自分であることに気付けると思います。また人間は食べ物や水分を補給し、排出していますので、ある意味「筒」のようなものとも考えられます。この筒の内と外、どちらが自分なのでしょうか。どこからどこまでが自分なのか、そこを深く思案すると「この世は神の体や、思案してみよ」との言葉が深い意味で理解出来ると思います。要は身のうちは全て宇宙と繋がっているということです。その中で「心一つが我がの理」と教えていただいているのです。
人間世界の何千年と歪んできた中で「本質」なる真実を説かれたのが天啓なる中山みき様だと思っています。
>人間性を失うか壊れるかどっちか、破綻するか?
と仰られている方もいらっしゃいましたが、これはまさに今の社会とそのものと同じなのではないでしょうか。
教内の問題だけでなく、社会全体がおかしくなっていることに深い意味で気付く必要があると思います。
そのことに気付き、人間性を失わないよう、新たな道を歩まれている方が既に多くいらっしゃいます。
「鏡やしき、鏡ならどういう事もこういう事も、皆映る。善き事悪しき事映るであろ。」
とのお言葉は、まさにこの事ではないかと最近、感じております。
事実は小説よりも奇なりとも言われますが、それぞれが「嘘」に気付き「本質」に目覚め、行動を起こす時なのではないでしょうか。
既に500万回以上、再生されている動画をご紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=dNVZ0ZPfE8s
8分24秒です。
※動画を見る時間のない方のために文字起こしを貼っておきます。
今この瞬間、あなたはどこにでもいられるし何でもできる。
なのに、あなたはこの画面の前に座っている。
一体やりたいことや、なりたいことから私たちを遠ざけているものは何なのだろう。
毎日、同じ部屋で目覚め、同じ道を通り、昨日と同じ1日を生きる。
かつて私たちの日々は、時間で縛られてはいなかった。
途中で何かが変わってしまったのだ。
今はすべてが計画されている。
これが自由になるための成長ということなのだろうか。
私たちは本当に自由なのだろうか。
—
食料、水、土地。私たち人間が生きるために必要なものは、今は企業だけに所有されている。
木々に私たちが食べる食物はなく、小川には飲むことのできる新鮮な水はない。 小さな家を1軒建てられる自由な土地もない。
それらの地球が与えてくれたものを、もし自由に手に入れようとすれば、あなたは刑務所に入れられる。
なので、私たちはルールに従って生きている。
私たちは教科書を通して世界を発見する。
若いあいだの何年もの間、私たちはただ座り、言われたことをオウム返しにして生きている。実験室で扱われる物質のようにテストされ評価される。
世界の中に違いを生み出さないように育てられ、違わないように育てられる。
結果として、与えられた仕事をこなすには十分な能力があるが、なぜそれをするのかということを問うまでにならない。
なので、私たちは、もう仕事ができないと言われる年齢まで働き続ける。けれど、その時には、私たちが働き続けた意味を考える時間は人生に残っていない。
その子どもたちもまた同じゲームを引き継ぐのだ。
子どもたちはひとりひとりは個性的だ、しかし、社会的にひっくるめれば、私たちの存在は「燃料」以外のなにものでもない。エリート存在を力づける燃料。大企業の看板の後ろに隠れるエリートたちの。
この地球は彼らの世界なのだ。
彼らのもっとも重要な資源は地下にあるのではない。
彼らの資源は「私たち」だ。
私たちは彼らの街を建設し、彼らの機械を操作する。私たちは彼らの戦争で戦う。
彼らを動かすものは金ではない。それは力だ。金は、彼らが私たちをコントロールするために使う道具に過ぎない。
私たちは食べるために、移動するために、そして楽しむためにお金に依存しなければ生きられない社会にいる。しかし、それは本来は価値のない紙切れなのだ。
エリートは私たちに金を与えた。
しかし、そのお返しに、私たちは彼らに世界を与えてしまった。
私たちの空気を清浄にした森のあった場所は、森を汚染する工場になった。私たちが飲んだ水のあった場所は、ひどく臭う汚染されたゴミ捨て場になった。
動物たちが自由に走り回った場所は、私たちの欲望を満足するために、永遠に続く虐殺の工場となった。
私たちには十分に食べ物があるにも関わらず、世界では何百万人もの人々が植えている。その食べ物はいったいどこに行っているのか。
私たちが育てる穀物の 70%は、私たちが肉として夕飯に食べる動物に飼料として与えられている。なぜ飢えを助長させるのか。それは、飢えを消滅されると、利益が得られないからだ。
私たちはまるで地球に広がるペストのようだーになってしまっている。
私たちは、私たち人間に生きることを許しているその環境を粉々に砕いている。
私たちは、この世界にあるすべてのものを売ることができる物質として見なす。まるで、この世に存在するものすべてが所有されるべきものであるかのように。
いつのになったら、私たちは、金という存在は食べることもできないまったく価値のないものだと気づくのだろうか。
私たちは地球を破壊しているのではない。その上に生きるすべての生命を破壊している。
もし、あなたがアメリカに住んでいるのならば、41%の確率で、あなたはガンになる。3人に1人は心臓疾患で死亡する。
私たちは、これらの問題に取り組むために、病院で処方された薬を飲む。しかし、ガンと心臓疾患の裏で「医療」そのものがアメリカの主要な死因の3番目だ。
科学者に金を投入すれば、科学者たちが私たちの健康の問題を消し去るような薬を発見し、すべての問題を解決してくれると私たちは思っている。しかし、現実は、製薬会社とガン社会は、私たちが病気になることに利益を依存しているのだ。
私たちは、自分たちが治癒の方向に向かって進んでいると思っているが、実際には「病気の原因に向かって進んで」いる。
私たちの体は、私たちが食べるものでできているが、その食べ物は、純粋に利益のために計画される。私たちは、有毒な化学物質や、薬や病気におかされた動物の肉を自分たちの体に詰め込んでいる。
でも、そんなことを私たちが知ることはない。メディアを所有する一握りの企業グループは、私たちにそのことを感づかれないために、「これが現実だ」というようなファンタジーで私たちを囲い込んでいる。
かつて人間は、天動説として地球が宇宙の中心だと考えていた。しかし、今度は、人間は、自分たちが地球の中心だと考え始めている。
私たちは科学技術を持ち出し、人間は最も賢いと言う。
しかし、コンピュータや自動車や工場が、私たち人間に知恵があるということを現しているものだろうか。それとも、それらはただ私たちがどれだけ怠惰であるかを示しているに過ぎないのか。
私たちはそのような文明の仮面を被っているが、その仮面を取ったら、いったい私たちは何者なのだろうか。
私たちはまるで自分たちが何でも知っているように振る舞う。しかし、見落としていることはたくさんある。私たちは小さなことを無視しながら通りを歩いている。
見つめ合う視線、分かち合う物語。すべてはまるで、「私には」背景なのだと思いながら、それを無視して歩く。もしかすると、私たちは自分ひとりではなく、より大きなものの一部だと感じているかもしれない。
しかし、私たち人間ははつながりを作ることに失敗している。
豚や牛や鳥、あるいは他の国の者は殺してもよい。でも、自分たちが理解し、愛する近所の人々やペットの犬や猫は殺してはいけない。
私たちは、自分以外の生き物を低く見、自分たちの行動の正当性のためにそれらの価値観を持ち出す。
しかし、自分たちが他のものものを低く見ているというだけで、殺害は正しいといえるのだろうか。
私たちは、崩壊間際の世界に生きている。
明日の戦争は、どんな勝者ももたらさないだろう。
なぜなら、暴力は答えにならず、すべての解決の可能性を破壊するから。
もし、私たち全員が自分たちの中にある欲望を見つめたなら、私たちの持つ夢はそう違わないことに気づくだろう。
私たちは同じ目標を分かち合っている。これは幸福なことだ。
しかし、その同じような喜びを求めて、私たちは世界を粉々にしているのだ。
私たちは、スマートフォンや大きな家や高性能の車を持ち、本当に幸せだろうか。
私たちは変化をもたらす誰かを待っている。
自分たちが変化になろうとは考えずに。
アメリカ大統領選挙はコイントスのようだ。ふたつの面がひとつのコインにある。私たちは、私たちが欲するそのコインの面であると同時に、作成された変化の幻影を選ぶのだ。しかし、人びとが真剣に選んで考えた何人もの大統領の登場の後も、世界は何も変わってはいない。
政治家が私たちの役に立つことは何もないということに気づくことに私たちは失敗している。政治家は、彼らに権力を与えるために出資するものに仕える。
この従属の世界の中で、私たちは「私たち自身を導くのは自分である」ことを忘れてしまっている。
変化を待つことを止めるべきだ。
そして、自分が見たい変化に自分が「なる」のだ。
この歴史の中で、人類が生き残った理由は、最も足が速いからでも、最も強かったからでもない。
人類は共に行動してきたから生き残った。
殺りくはもう十分に身につけた。今こそ生きる喜びを身につけるべきだ。
それは地球を救うことではない。この地球は、私たちがいてもいなくてもここに存在するだろう。
私たちが生きる時間はせいぜい 80年ほどで、その時間は地球から見れば一瞬の時だ。しかし、その影響は計り知れない。
私はしばしばコンピュータのない時代に生きたかったと思う。
しかし、私は気づいた。ひとつだけこの時代に生きる理由があるとすれば、それはインターネットが、私たちがメッセージを分かち合う力と、世界の多くの人びとと団結させる力を与えていることだ。
良かれ悪しかれ、この地球の未来の世の中を決めるのは、私たちの子どもたちだ。
私たちは、ただ、この破壊の仕組みに身を投じるのか、それとも、私たちは進化しているのではなく、退化していると気づき、目覚めるのか。
あなたは、自分自身のカーブする道を選ぶこともできる、あるいは、これまで数え切れない人びとが辿ってきた道に従うこともできる。
人生は映画ではない、脚本はまだ書かれてはいないのだ。
あなたがこれから書く脚本は、あなた自身の物語であり、そしてあなた以外の物語でもあり、私たちすべての物語でもあるのだ。
「鏡やしき、鏡ならどういう事もこういう事も、みな映る。善き事悪しき事みな映るであろう。」
「皆映る」の意味は、じば・屋敷の善き事悪しき事が世界に映るのでしょう。
おふでさきには
7号ー7 月日にはたんゝみえるみへるみちすじに こわきあふなきみちがあるので
8 月日よりそのみちはやくしらそふと をもてしんぱいしているとこそ
9 にんげんのわが子をもうもをもをなぢ事 こわきあふなきみちをあんぢる
親神は、地球の行く末を案じておや様を遣わしたのでしょう。しかし、屋敷の人々は、欲に負けたのです。
屋敷に広がる欲の心は世界に映り、そして 今やこの地球は「彼らの世界」になってしまったと思うのです。
>私達に今できることは「嘘」に気づき「本質」に目覚め、「行動」する事です。
おふでさきの本質は、真実と喜びの心だと思います。
私達人間が、真実と喜びの心で日々過ごす(行動する)ことが親神の望みです。
そして私達の「喜びの心」が親神の「心の糧」なのです。
上級に、大教会に、本部にお金をお供えする。
上級に大教会に本部に伏せこむ。
じばに真実を伏せこむ。
こられは、神の望みではありません。
親神の望みは、私たちが日々喜びの心で生活する事 それだけだと思います。
宗教でさえも支配欲の深い人間のものになってしまった。のですね。
ほぼ全ての宗教家が詐欺師だと思っていいほどに。ですね。
2017年11月19日 2:07 PMのいほり 様
>どう洗脳を解いていったら良いのだろうか。
正直言って無理です。97歳で永眠した叔母は数年前に老人施設に入所しました。自身が受給している国民年金と亡き夫の遺族年金の合計額では入所費用の全額が払えず、不足分を子供や孫に支払わせていました。
その叔母が無くなった折に、見た貯金通帳の残額は無いに等しかった。結果、例え、ささやかな葬儀であっても、その費用もいやがうえにも子供たちに追いかぶさってきた。更に、教会へのお礼を始め祭官さんへのお礼・お車料・粗飯料が付いて廻った。その上に30日祭だの納骨だのと費用の出費が嵩んだ。
生前の叔母は、このような施設に入れたのも親神様のお陰だと喜んでいたが、月額17万円近くの年金を受給していて貯蓄が無いに等しかった原因は、全て教会へのお供えに消えていたのだ。
残される者の苦労も知らずに、ただ自己満足のために続けていた信仰が真の幸せだったのか。
洗脳された恐ろしさを垣間見る思いだった。このようなおカネの積み重ねが、あの巨大で無駄な建物やレーザービームの費用の一部に消えたのかと思うと、信仰=おカネの姿がありありと浮かんでくる。
当然ながら、子供達や孫は信仰できなくて居る。当然の帰結でしょう。
「たくやさん」や「ゆうたろうさん」始め叔母のような人を出さないようにするためにも、今後とも声を大にして発信してゆきましょう。
マスコミ(新聞・テレビ)もこのような問題は容易に取り上げてくれませんから。
「天理教のお供え」に「甘露台座談会」の資料が掲載されていました。
興味深いのは、甘露台についての問いかけに山澤為造は無言であったという場面です。
為造は記録に残る座談会で口を滑らせて本当の事を言ってはまずいと思い無口になったのでしょう。
為造は、皆には知られたくない本当の事を沢山聞いているはずです。
信じる信じないは貴方次第という話になってしまいますが「須藤花井さん」に関する事もその一つだと思います。
「須藤花井さん」は、本部の西側にあった三島公園の傍のアパートに住んでいました。
当時、須藤さんは「おもたりさん」と呼ばれていました。
私は、最初の頃皆さんが「おもたりさん」と呼ぶ意味が分かりませんでした。
「おもたりさん」と呼ぶ意味が分かったのは、かなり後の事です。
「須藤花井さん」は、おふでさき1-7「かみがでてなにかいさいをとくならば」の神であり、
みかぐらうた3-10「じつのかみにはそういない」の神でありそして「面足命」だということです。
須藤さんは、平成7年4月に「月よりの神言」と言う本を著しています。
その本のp77に次のような記述があります。
三島のアパートに三十年前に間借りをした時の事です。はきだめに鶴がまいおりて来た様な婦人が見えました。・・・・
今までお月さんが話されて来た事を二時間近くきいて貰いました。
「神さんは高知から出て来ると小さい小娘の時からきかされて来ましたが、やっぱり間違いはなかったですね」・・・
この方は高知大教会の島村ヒサノ様でした。
島村ヒサノさんは、この時「神さんの言う事をこの紙に書いてください」と言って白い紙の束を須藤さんに渡したそうです。
須藤さんは、その紙に書き溜めてまとめたのが「月よりの神言」だと言っていました。
私は、長い間 島村ヒサノさんの出自が気になっていましたので、先月天理在住の知人に調べて欲しいと頼みました。
そして今月初旬に連絡があり、山澤家の関係者らしいと言うのです。
その後この知人は更に詳しく調べたら何と驚きです。
島村ヒサノさんは、山澤為造の五女だと言うのです。
為造は、おや様から聞いて知っていたのです。
為造は、高知の初代島村菊太郎の後継者に梶本國治郎を養子縁組させてそこに娘のサワを嫁がせています。
そしてサワが亡くなって後、かなりの時を経て五女のヒサノを嫁がせたと言う事を教えてくれました。
その後も山澤家は高知大教会と深い繋がりを持っていると知人は教えてくれました。
山澤が高知を特別扱いして来た理由はこの事だろうと知人は話していました。
私は、島村ヒサノさんは本部の中でもあまり目立たない家系の人だろうと思っていたのですが、何と本部のど真ん中の人だったのです。本当に驚きました。
昭和35年から約40年近くに渡って天理に「じつの神」が存在していたのです。
その事実を中山家や山澤家など本部中枢の人達は知っていたのです。
山澤家の人々は、今でも信者が知らない秘密を家の中で話しているのでしょう。
天理の知人は、天理市内に住む人が自費で「月よりの神言」を復刻したらしいと話してくれました。
たくやさん大丈夫ですか?僕も京都地検から証人尋問として今日京都地検で呼び出されました。そして京都地裁で裁判の出廷をお願いされました。ただ難しい裁判になるのは事実で3人とも京都拘置所に収監されてないようです。というのは、上級の真栄分教会の井上会長が京都ナンバー1の弁護士を確保したからだそうです。僕も今日初めて京都地検で5人の検察官と話をしました。正直怖いところのイメージがありましたが、とても優しく今までの経過やお金のこと暴力のこと2時間話をされこれ以上被害者を出さないため、僕が怪我をした左足の診断書を警察病院で即とられました。すると最初は打撲と考えていましたが、骨挫傷{骨の中の筋が折れてる}診断でギブス固定されました。今松葉ついてます。つまり保釈金か悪徳弁護士の仕業でしょう。僕は今日京都地検でこれはここ京都地検だけでは、起訴はしているが、手ごわいやくざなみの奴らだから、状況により大阪高検や最高検の助言をもらいながらしていくと言われました。宗教という目の見えない処だから、また、信仰、信仰者という実態を被害を警察や検察庁にもっと被害告訴するべきだと検察官から言われました。沢山の届があると、最高刑でそして全国の教会を解体しなければ、これから被害者は増えると言われてます。今から勝負で西陣大教会、永尾隆司氏、奥田和男役員、上賀茂分教会奥田晃教会長の起訴{被告}全国の被害者の方声をあげてほしいです。僕も別席やめました。おさずけなんか効くわけないと思います。例えばもし、おさずけが聞けば医者はいらんでしょう。僕もこの教会長奥田晃からおやさまなんているかホントよくわかんないんですよ^^と連発されたことも。この人は奈良県十津川分教会の次男で養子で西陣大教会奥田和男の長女の、ふみよ氏の養子です。僕も仕事で残業の時、会社にしつこく電話してきて、お供えしてくれ、修養科行ってほしい。必ず助かるからと、言い会社の近くのコンビニで60万おろし、払うとその後、僕が電話しても出ない、もしくわ、もう終わったと切られ、僕のボーナスのほとんど取られました。これは、事実です。防犯カメラに僕との姿鮮明に撮影されてました。今日京都地検で見ました。これは、京都府警察本部も捜査してると思います。是非、この3人とそれを擁護{犯人隠匿}する真栄分教会井上教会長{西陣部内}計4人最高刑に処し、全国の教会がなくなる{解体査察}ことを願います。
たくやさん。被害に遭った者同士、戦いましょう。僕も力になります。僕も仕事をしながらですが、京都地裁でお会いしましょう。そして、全国の皆さん{理の親}陽気ぐらしが本当だったら金{莫大}を請求したりするでしょうか?冷静に考えるとこれが、本当だったら{中山みき}は金の亡者ですよ。今天理教の青年さんや常詰さん教会を出て、避難したほうがいいと思います。そうしないと、人生くるってしまうと思います。
ほんなんでもない百姓の女一人・・・・と言われてますが・・・
以下のような著書がありましたので資料として投稿させていただきます。
『まつろわぬ日本の神々』:記紀が葬った異端の神々 から
中山みきの母方は、天理市新泉町に鎮座する大和神社の祠官(しかん)・長尾家である。この長尾家は、倭国市磯邑(やまとのくにいちしむら)(大和郷)に祀られた倭大国魂(やまとおおくにたま)の神主の市磯長尾市(いちしながおち)(大倭直の祖)おおやまとのあたい)の末裔である。
倭(日本)大国魂神は、崇神天皇六年(紀元前九二)、それまで皇居の内で同殿共床(どうでんきょうしょう)で奉斎されていた天照大神と倭大国魂神が、宮殿の外へ出され、前者の天照大神がのちに伊勢に鎮まって神宮になったとき、大和郷に鎮まった神である。このとき、倭大国魂神を奉斎した皇女淳名城入姫(ぬなきのいりひめ)は髪が抜け落ち、身体も痩せ細らせてしまっている。中山みきはその倭大国魂神を奉斎する斎姫(いつきひめ)の霊等を継承しているわけである。
中山みきに代表される女性教祖たちは、新宗教を否定する人々から、かつて<狂女>の典型のように言われたこともあった。その<狂>の原点に戻って考えるとき、彼女たちが民間の巫女として、すなわち神の神子で御子である神子として出現したことがわかる。そのとき、世界一れつをたすけるために、中山みきの身体を、<社>とした天理王命の本質が浮かんでくると思う。
天照大神につきましてはおふでさきでも〜これてしょうこのだいじんぐうなり〜と言及されてますね
上記の著書の抜粋を投稿しましたがどこまで本当かはわかりませんがあながち根拠のないものでもないのではと思います。
何かの参考になれば幸いです。
ほんなんでもない百姓の女一人・・・・と言われてますが・・・
以下のような著書がありましたので資料として投稿させていただきます。
『まつろわぬ日本の神々』:記紀が葬った異端の神々 から
中山みきの母方は、天理市新泉町に鎮座する大和神社の祠官(しかん)・長尾家である。この長尾家は、倭国市磯邑(やまとのくにいちしむら)(大和郷)に祀られた倭大国魂(やまとおおくにたま)の神主の市磯長尾市(いちしながおち)(大倭直の祖)おおやまとのあたい)の末裔である。
倭(日本)大国魂神は、崇神天皇六年(紀元前九二)、それまで皇居の内で同殿共床(どうでんきょうしょう)で奉斎されていた天照大神と倭大国魂神が、宮殿の外へ出され、前者の天照大神がのちに伊勢に鎮まって神宮になったとき、大和郷に鎮まった神である。このとき、倭大国魂神を奉斎した皇女淳名城入姫(ぬなきのいりひめ)は髪が抜け落ち、身体も痩せ細らせてしまっている。中山みきはその倭大国魂神を奉斎する斎姫(いつきひめ)の霊等を継承しているわけである。
中山みきに代表される女性教祖たちは、新宗教を否定する人々から、かつて<狂女>の典型のように言われたこともあった。その<狂>の原点に戻って考えるとき、彼女たちが民間の巫女として、すなわち神の御子(みこ)である神子(みこ)として出現したことがわかる。そのとき、世界一れつをたすけるために、中山みきの身体を、<社>とした天理王命の本質が浮かんでくると思う。
天照大神につきましてはおふでさきでも〜これてしょうこのだいじんぐうなり〜と言及されてます。
上記の著書の抜粋を投稿しましたがどこまで本当かはわかりませんが、あながち根拠のないものでもないのではと思います。
何かの参考になれば幸いです。
それから、海外より様〜素晴らしい情報ありがとうございます。感謝申し上げます。これからもよろしくお願いします。
どん亀
2017年11月19日 5:20 PM
本部が発表してないとなると現在進行中或いはきわどい結末になったのでしょう。
大教会長が検察に御用・・・天理教も末期ですね。
たくや さん
ゆうたろう さん
出来れば裁判の日程が分かりましたら、ここに投稿していただけないでしょうか。近畿地方に住む知人に裁判の傍聴をするように呼びかけようと思っています。
傍聴席が、N大教会始めS分教会やk分教会関係者で占められてしまう恐れが十分考えられます。
是非、よろしくお願いしますね。
退職信者 様
拙い文に補足いただき有難うございます。
須藤花井さんのお話はいつも大変興味深く拝見させていただいております。
他にも何か思い出されたことがありましたら、是非、お聞かせくださいませ。
叶うことなら「月よりの神言」も購入させてもらいたいと思っております。
「甘露台座談会」を読ませてもらいましたが、山澤氏の絶句しているところは私も注目しました。
また本席様のご子息、飯降政甚氏の発言が一度だけしかないのも不自然に感じます。
当時の方達の上下関係が垣間みれる史料ですね。
勝手な想像ですが、真柱と親戚関係にある松村、山澤の両氏が高井氏に対して「あまりベラベラとしゃべるなよ」といった表情を向けているような光景が目に浮かびました。
残念ながら数多くのことが未だ隠蔽されているように思えてなりません。
既出御免 様
コメントいただき有難うございます。
ご紹介いただいた『まつろわぬ日本の神々』この本は知りませんでした。
こちらこそ情報をいただき感謝致します。
引き続き宜しくお願い致します。
「おさづけ」
おさづけについて「須藤花井さん」は、自分にしてもいいと言っていました。
また動物にしても良いと神さんは言っていると話してくれました。
また両手の平を強くこすり合わせて熱くなった手のひらを具合の悪いところに当ててても良いと神さんは言っていると話してくれました。
植物については話していませんが、基本的に助ける事に制約は無いと思います。
>両手の平を強くこすり合わせて熱くなった手のひらを具合の悪いところに当ててても良い
以前読んだ、気功の本に、そういう動作をするものが、ありました。気功と共通している、というのは、興味深く思います。神とは「宇宙エネルギー」を人間に与えてくれる「源」なのかもしれませんね。
http://enkakukikoucenter.com/?page_id=58
【気功とは、気を知り、宇宙エネルギーの流れを感じ、エネルギーの流れが悪いところがあったらそれを正し、自分自身に内在する気を高め、また自然界から気を取り入れ、そのパワーを必要に応じて利用する方法という事です。】
因みに、私は、みき様に降りた神は、宇宙エネルギーの源というよりも、かつて人間として生を受けたことのある御霊(神社などにお鎮まりになっているような神様です。)ではないかと思っております。
この世創った、宇宙を動かす神が、人間にかかるということはないそうですし、「我は天の将軍なり」とか、「我は元の神・実の神」などと、ものを仰ったりするようなことはないだろうと思います。
みき様のご先祖、長尾市が祀っていた、倭大国魂の神(大和神社のご祭神、多分、昔の大和地方の豪族の長、の御霊)か、それに関係する御霊かもしれません。
今日は天理本部の11月の月次祭です。日曜日で比較的暖かいのも有ってか参拝者が大勢、多数詰めかけていました。親子連れ、家族揃って参拝している姿は何とも微笑ましく、幸せな姿です。
しかし、残念ながらそれは表面的なもので、内実はそれどころではなく、大変な教会や信徒の方々が存在していることを忘れてはいけません。
でも、おぢばに来て先ほどの微笑ましい家族を見ていると、何事もなく、幸せな信仰生活のみが有るように錯覚しますね。
みんなが、明るく楽しく心の底から喜べる信仰生活を送れるようになれるように祈ります。
少し過激的なことを書きますが、二代目以降は「盆栽」のように感じるのです。
天然自然ではないのです。是が非でも「剪定者」が存在するのは確かだと思います。
鑑賞用ではなく、自らの鉢を飛び出して地面に根を伸ばした二代目というのは極稀なんではないでしょうか。
特に恨み辛み妬みがあってこんなことを言っているわけではありません。
「現状」とはそういうことなのではないか、と思うだけです。
現在は説く側、聞く側の多くの方が、その実態が「盆栽」であることに本能的に気付いている世代になっているのではないでしょうか。
ふと感じ思う事、、、
報恩、報恩、ご恩報じ、ご恩報じの意識を高めよう!
と事あるごとに現教団は言い放ちます。
延々と聞かされるほうはいい加減うんざりします。
言っているほうも疲れないのか?と思いますがこれが一番効果的な方法なのでしょうね、、、
疑うことを知らない純粋な人ほどこの罠にドハマりしていくと、、、
そして組織にとって都合の良い人材に、、、
例え助けて貰ったとしてもそれを延々と恩に着せられたら嫌になるのは間違いなく、しかし、やはりこの言葉は純粋な人に一番効果的な洗脳になるのでしょう。
ご恩報じが金銭のお供えだと言うことを間接的に言っているし、行いも教団組織のみに対しての報恩になっていて、社会、世界に対してのアプローチという広い視野がほとんど無く内向しきって組織内完結して
しまっていることが終わっていると感じますが、、
今年も残すところ後、一ヶ月ほどになりました。
一年の経つのが本当に早く感じられます。
さて、とある会合で年初の天理時報に掲載される真柱夫妻の表情について意見?が交わされていました。
陽気ぐらしを掲げているのにも関わらず表情が暗い・冴えないと・・・
正直私も同じことを考えていましたし、おそらく教内の信者・信徒の方も同じことを考えられているのではと推測がつきます。
新年早々、さあこれから頑張ろう!と思っている時に失礼ですがあの紙面の一面に写っているあのお顔・表情からは全く陽気が感じられない(不安・怪訝さは感じます。)というのが本音です。正直私も『なんなんだろう?』といつも思っていました。
しかし、ある時から自分自身納得できました。
それは、こちらの思い過ごしでしかないかも知れませんし、真柱夫妻の耳には入ってはいないとは思いますが、やはり教内、特に組織の末端の人々の苦しみ・もがき・経済的な困窮があり、それと引き換えに教団は何十、何百億のお金を吸い上げている。これが現状、現実、事実です。
なので、真柱夫妻の表情が苦悶で歪んでいた方が自然だな、と思えるようになりました。
写真の表情が不安で怪訝そうでもそっちの方が自然だと思えるようになりました。
あれが、満面の笑顔だとしたらその方が逆に神経を逆なでするなと思います。
繰り返しますがおそらく、夫妻の耳には末端の窮状は伝わっていないでしょう・・・しかし、末端の多数の人々やひょっとしたらもうこの世にはいないが真っ当に信仰をされてきた道の先人の方の魂までもが訴えているかも知れません。
本来の道に戻って欲しいとの念が伝わっているのではないでしょうか?
この念がなるべく怨念にならないうちになんとか真っ当な道に戻って欲しいものです。
信仰とは、なんぞや?これには答えはないと思われます。病気が快癒した。トラブルがおさまった。家族関係が良くなった。など色々人の数だけ有るのではないかと思われます。信仰をした結果そう感じられれば素晴らしいことです。
信仰の結果素晴らしい御守護があり感動して信仰を続けたい。というものですね。
で、質問なのです。私は天理教教徒で今までお道の信仰目的は因縁の納消だと教えられてきました。そして最近までそう思ってきました。
人は生まれながらにして平等ではなく過去を背負ってきている。と・・・
(カルマというやつでしょうか?)
生まれながらにプラスの人もいればマイナスの人もいる。
魂の徳というものでしょうか?
マイナスがあればその借りを返していかねばならない。
返した暁には苦労をしたくてもできなくなる。
借金のたとえ話がありました。借金でも返すまでは借金取りがやってくる。借金を返済すれば取りに来いと行っても借金取りは来なくなる。(往還道?)と、他系統(愛町系統です)でお話を真剣に聞いてうなずいていました。
信仰を代々重ねることが末代の理と言われているものでしょうか?
因縁と言われても目には見えないし、よく言われているのが因縁の自覚が大事だと・・・でも正直因縁って本当に有るのかな〜と思っていました。
とにかく信仰するには目的が有ってしているのであって、その第一は因縁の納消・・・だと。(生きながらにして運命を変える?)
親は、悪い因縁は自分の代で納消し子供には苦労を持ち越さない。
子供はその恩を感じまた信仰に励む。という図式。
仏教の本を読んでいる限りでは因縁納消という概念はないように見受けられました。(浄土宗ではこの世は穢土なのであの世に救いを求める?という考えが有るように聞きました。)
キリスト教では原罪という概念が有るようですね。(勉強不足でほとんど知らないのですが)
考えてみるに、目には見えないからと全くのデタラメと一蹴するのもどうかとは思うのですが、どうもその因縁説を説いているところでは何か暗いものを感じられることがありました。重苦しい空気と言いいますか、息苦しいものを感じられました。とても陽気とは言えない空気感が有ったように記憶しています。
今こうして投稿していて思うのはやはり心が救われる、心の救い?
戦後焼け野原から出発したこの国は食べるもの着るもの住むところなど生活に必死で働き続けてきました。その結果物質的には豊かになり体裁は整ったかに見えこれで幸せが手に入ったと思われました。しかし、いざなってみてわかったことは何か虚しい、満たされない、求めているものがこれじゃない。など心の空虚というか飢餓感が逆にあらわになった形になりました。
物質的に豊かになったことからの必然だったのでしょうか。
それから猟奇的な事件なども多発するようになり家族も崩壊していると言われて久しいのではと思います。何か間違ってきたのか?そうしてオウム真理教などの事件が起こってしまいました。時代を象徴する事件でも有ったように思われます。
オウムの一件でもわかりましたが世界の人々の心には何か空虚感のようなものが有るのは確かだと感じられます。
この今の混沌とした時代、何か虚しいような違和感のような・・
何を信じれば?的な、天理教の神様を信じれば全てが解決するわけでも無い
でしょうし・・・自分を信じるしかないだろう・・と言われてもみんながみんな強い人ばかりじゃないですし・・・
答えは無いように思われますが・・・
支離滅裂な投稿になってしまいましたがご意見が有ればお願いします。
信仰とは何か? 様
現行天理教が救ってくれると信じるのは大間違いです。
人は、先ず、自分に打ち勝つことです。タバコ・酒・ひいては覚せい剤麻薬と際限なく無間地獄に陥ってゆく。これ全て、自分に負けるからです。
分かっていても止められない、と聞きますが、これは言い訳に過ぎないと思います。
日野原重明先生は、「腹7分目」ということを云っておられました。食べ物だけの話ではないと理解して、なるべくこの言葉に近づける生活をしてきました。
ただ、宗教を全く否定はしません。生まれた時から心身に障害を持った方々にこそ宗教は寄り添うことです。ところが、天理教は、信仰=おカネに結び付きます。表統領氏の言葉がそのことを如実に表しています。
宗教の在り方が問われているのです。そこに気付かない天理教がおかしいだけです。
東風Z様
早速、貴重なご意見ありがとうございます。
>人は、まず自分に打ち勝つことです。
なんでも無いような言葉ですが重い言葉ですね。
ともすると何かに依存してしまい自分と言うものを虚しくしてしまいがちですが人生を左右する大事なこと(自分の事は自分が責任をとる)だと思います。
>腹7分目・・・
仏教でいう中道という考えに通ずるものだと思います。
何事も極端に走ることを戒める教えですね。
>生まれた時から心身に障害を持った方々にこそ宗教は寄り添うことです。
その通りですね。天理教の捉え方だと体などに障害を持って生まれてきた人は因縁が悪い・・・と決めつけるところが有りますし、障害を否定的観点で捉えがちです。障害を持っていても持っていなくても人としての存在に優劣は無いし、ひとつの個性とも捉えれます。とにかく障害を否定すると障害を持っている人をも否定、差別することになりますからね。
これは大事な問題だと思います。天理教に身上さとしが有りますが障害を持っている人から見れば失礼どころか人権に関わる問題かもしれませんね。
余談。昨日の投稿で因縁の納消・・・と有りましたが、なっしょう→納消に変換できません。この言葉も天理用語かもしれません。
広辞苑(かなり昔のですが)で調べましたらやはり載っていませんでした。造語くさいですね(笑)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171128-00000102-mai-soci
<詐欺>天理教かたり1億円詐取、3人逮捕 兵庫県警
11/28(火) 21:24配信
毎日新聞
教祖の親戚筋をかたり宗教法人・天理教(本部・奈良県天理市)の所有地への架空の薬局出店話で1億円をだまし取ったとして、兵庫県警捜査2課と芦屋署は28日、東京都江東区、医療コンサル会社役員、山本実(69)▽京都市南区、元天理市議、井上卓三(67)▽東京都品川区、不動産会社役員、平出千尋(81)の3容疑者を詐欺の疑いで逮捕したと発表した。
逮捕容疑は共謀し2014年3~10月、兵庫県芦屋市の調剤薬局チェーン会長(77)に対し、天理市内の教団所有地への出店業務の委託名目で、山本容疑者の口座に1億円を振り込ませてだまし取った、としている。
同署によると、山本、平出の両容疑者が架空の出店話を持ちかけ、都内のホテルなどで井上容疑者が天理教幹部として登場し「工作資金に1億円が必要」などと持ちかけていた。3容疑者とも「だましていない」と否認しているという。
井上、平出の2容疑者は天理教幹部をかたる類似の手口で数千万円をだまし取ったとして埼玉県警に既に逮捕、起訴されている。【田辺佑介】
信仰が因縁納消の道ということであれば天理教に縛られる必要はないのかと思う。
因縁を果たすために徳を積むというということであるが、徳を積むという考えは
本来、禅宗(達磨大師)からきていて天理教独自の考えではないと思うからである。
おやさまが人を助けなされやといわれたことは、ひとりひとりが隠徳を積み人様に
喜ばれること、助かってもらうことをすることで世の中が陽気ぐらしにむかって
いくことであろうと思う。
つとめとさづけだけすれば陽気ぐらしになるはずはないので本当はどうすれば
ひとをたすけなされやといわれたおやさまの心になれるかを考えることではないのだろうか?
教団に縛られる必要もないし、教会に縛られる必要もないかと思う。
120億のお供えがあれば、どれだけ世界中の人を助けることができるのにと思う。
有志の人やNPO団体が頑張って世界中の困った人を助けようとしているのに天理教自らが
リーダーシップをとって活動を起こさないことに憤りを感じる。
天理教みずからが教団としての徳が切れている状態ではないだろうか?
真柱みずからがシンバ(アフリカでいうライオン)となってアフリカの大地で学校でも、病院でも、教会でもたて、天理教に隠徳をつけていただけるよう希望する。
130年も経ってたらJICAより強力な団体となっていたはずであるが、、、、
また、日本においては介護施設、擁護施設を天理教本部独自が、建設し運営してほしい。
それであればお供えしようかなという気持ちもおきるのであるが?
以前より真柱の呼称について意見がなされていましたが、、、
真柱そのものが既に敬称なので敬称に様をつけるのはいかがなものか?と、、、
まあ、呼び名など気にしなきゃいいし、呼びたければ呼ばせておけばいいし、、、と思っていたが、、、
例えば企業で例えると、、、大から中小零細有るがそこの社員が自社の社長の事を社長様!って言ってたらそこの会社ヤバイでしょ、、、てかそんな会社ないよね。
そのぐらい、様をつけるのは???になる。
社長様と言うのは得意先や営業などの外部から顧客に対しての呼び方としては自然だが、内部の者が同じ組織のトップ?に様をつけるのはやはり???に思える
宗教だから会社などといっしょにするな!との意見も有ろうかとは思うが、、、まあ、天理教では基本的に上、上部を立てるのが絶対のようになってるからね。
しかし、形もだが、その裏の心理が良くないね。
この国が戦前に天皇を現人神と奉ったのと同じ構造かもね。(支配、コントロールするため)やっぱり権威付けをし、ひれ伏すように持って行くためか?
最近聞いた話です。
真柱は、本部内では「お上」と呼ばれているそうです。
「真柱様」とは呼ばれていないそうです。意外というか驚きというか。
おふでさきには「上」の語句が出現しています。
恣意的に選んでみれば・・・
4-18 いままでのうしのさきみちをもてみよ 上たるところみなきをつけよ
4-69 うちなるは上をふもうていづみいる こわみないぞや神のうけやい
特に7号は象徴的・・・
1 月日より三十八ねんいぜんにて あまくだりたる元のいんねん
2 月日よりそのいんねんがあるゆえに なにかいさいをはなしたいから
3 上たるハそれをしらすになに事も せかいなみやとをもているなり
4 このところ元なるぢばの事ならば はぢまりだしをしらん事なし
5 上たるゑこのしんぢつをはやゝと しらしてやろと月日をもゑど
6 上たるハそれをしらすにめへゝの わがみしやんをばかりをもをて
7 月日にハたんゝみへるみちすじに こわきあふなきみちがあるので
8 月日よりそのみちはやくしらそふと をもてしんぱいしているとこそ
9 にんげんのわが子をもうもおなぢ事 こわきあふなきみちをあんぢる
更に
10-100 このみちを上ゑぬけたる事ならば ぢゆよぢざいのはたらきをする
そして
14-4 いつむのもどふしていつむ事ならば 上にハなにもしらんゆえなり
善司さんには是非とも須藤花井さんの著した「月よりの神言」を読んでいただきたいと思います。
もしかして 既に読んでいるのかも・・・?
以前にどこかの掲示板で見た覚えがあるのですが
詰所が天理市が植えている銀杏の葉が落ちて敷地内に入るので
勝手に切ったという内容でした。
たしかに不自然にその詰所の横の銀杏だけ小さく育っていません。
でも本当にそんな事天理教の人がするのでしょうか。
どなたか情報を持っている方がいれば教えて下さい。
お上とは、検索すると、「支配者、権力者」を表す言葉だそうですね。江戸時代の将軍様であったり、現代においても、政府とか警察などを指して、庶民が逆らえない組織という意味で、揶揄して使われますが、真柱が、そのように呼ばれているということは、おやさまの教えられた一列兄弟とは真逆の、縦一列世界ですね。
おやさまの教えを体現して、不平等や差別が庶民を圧迫している世間や社会とは全く別の、本来の人間が幸せになる仕組みやあり方を教内で作り上げ、信者たちに、心の平穏、やすらぎを味わってもらうべきなのに、一般社会よりも一段と強固な身分社会。その上に、捏造教義をたてに、善良な信者から金を巻き上げている。
これは神と繋がった世界ではない。反社会組織と言うしかない。
宗教団体と信じて、滅私奉公、ひたすら、金を献上している信者が、只、哀れである。
まあ、お上と呼ぼうが何と呼ぼうが構わないっちゃ構わないけどね。
お上に仕える?特権階級と搾取される側が厳然として有ることだけは確かなのでそこを何とかしないとどうしようもないわけで、、、
何とかせずに一旦破綻したほうがいいけどね(笑)
めちゃくちゃ画期的な事を閃いてしまった。
もう既に意見が出ているかも?ですが・・・
甘露台のおつとめをみんな?で勤める・・・それがいきなりなら12下りのおつとめからでも良い。とにかく参加、風穴を開ける。今のあそこは空気が淀んでいるから・・・
みんなと言っても人数が多いので、ある程度の資格(教会長が妥当か?)を持った人にしてもらう。
やっぱり教会長ならおつとめをする資格があるでしょう。
まあ、教会数一万七千箇所って言ってるけど実質正味数分の一だし、と言っても多人数なので希望者抽選でってことでどうでしょう。
予行練習などはきちっとしてね・・・すごい緊張感だろうけど・・
それでやってもらえれば伏魔殿のみなさんの特権意識は脆くも崩れ去る事でしょうし、何かが変わるのでは?動き出すのでは?と思います。
本部は中山家とその一派だけのものでは無い。という事を形に表す。
これは画期的?じゃないですか。ある意味革命やね・・・
新鮮な風がお地場に吹き抜ける気がする・・・
教祖、おやさまも多分喜ばれるのではないかな?「それはええことじゃ」とかなんとか・・・だって上も下もないんやから
でも冗談抜きでこれは検討というか実現してもなんら問題は無いでしょうしメリッットはあってもデメリットは無いでしょう。
既出御免既出さま
おっしゃる通りだとは思いますが、「かんろだいを囲んで国々所々の教会でつとめる」くらいの事でぶれるような本部員じゃないでしょう。
一円たりともお供えしないのが何よりのクスリだと思いますよ。
二代真柱50年祭での現真柱の祖霊殿における祭文の一部に
「・・・常に、親心もって道の芯として、全教の先頭に立って、道の子をお導き、お育て下さると共に、御教えの礎をお固め下さいました。別けても、三原典の公刊、教典、教祖伝の発刊、又、教え通りのおつとめの勤修(ごんしゅう)に心血を注がれましたが、それは正に復元の歩みであり、陽気ぐらしへの道でありました。更には、おやさとふしんを進め、人材の育成や教育に深く思いを致され、神殿、教祖伝、礼拝場のふしん、おやさとやかたの建設、学校、図書館、参考館、よろづ相談所憩の家の創設、さらには一れつ会、少年会の創立等その御生涯の中で遺された御事跡は枚挙にいとまがありません。・・・」
とありますが、教典一つを取ってみても嘘っぽいし、おやさとやかたを始め数々の建築や創設は、今や大きな負担となっているのではないだろうか。
そうでなければ、先年に発せられた表さんの「お供えは命の繋ぎ」なる言葉も出ないであったろう。
教祖、教祖、教祖と何かにつけて教祖を連発しているが、未だに真の教祖像を披歴できない教団を信じることなど夢の世界に過ぎない。酷な言い方とは思うが、社会の荒波の中に飛び出そうとする勇気のない方が、教会という名称にしがみついている姿が見られるように思う。このような状態がいつまで維持出来るのだろうか。
天理教によって虐げられた者にとっては、いほりさんが仰っているように >一円たりともお供えしないのが何よりのクスリだと思いますよ。< が、取るべき正解でしょうね。
いほり様
私の提案した甘露台づとめは各教会でやるのでは無く(それだと豊文さんになるので)本当のおぢばの甘露台でおつとめをする。という事なんですが・・・
甘露台でのおつとめは本部員さんしかしてはいけないのかな?
それだったらそれを変えればいいだけでは・・・と思いますが・・・
教祖さんが何とおっしゃったか?ですね。
教祖さんが甘露台づとめは本部員(世襲)のみに限る・・・と言われていれば今まで通りで良いのではと思いますが・・・
東風Z様へ
私には、あなたが、どこかにか、「へ」を付けると、天理教は、お道は更に良いと、何故書かないの思議できませぬ! それは、あなたが、たった今までの、たった今から後の人たちを、決して傷つけぬ道。それは四苦八苦してきたであろう、あなた自身が、あなたの投稿を読む人たちを、決して、傷つけることのない道であると、私は感じて思っています。そしてそれは、あなた自身が、決して傷つけられることのない道であると、私は感じて思っています。あなたの投稿が、あなたの人生が、まるで小説のようであっては決してなりませぬ! どうか、どうか御身大切になさってくださいませ。
東風Z様へ
何故書かないの(+か)思議できませぬ!
街路樹 さま
天理教だから出来た人間だとは限りませんよ。
逆に言うと天理教の人間だから世間の常識は自分達にとっては非常識なのかもしれません。神の思し召しだと勝手な解釈をして枝を切ったりすることが出来るのでしょう。
現に犯罪を犯して逮捕される会長も珍しくありません。本部員でありながら欲にかられ利ざやを得ようと投資して大きな損失を被っている者もいます。
本部員であろうと大教会長であろうとひとりの人間です。
信仰者だから人徳があり公明正大な意識を持っているとは限りません。
その逆を言えば出来た人間じゃないから、出来た人間になるために宗教を信仰しているんじゃないでしょうか。
既出御免さま
なるほどそういう意味でしたか。
しかし、かぐらづとめの役をそう簡単に手放そうとはしないでしょうね。
教祖存命〜明治時代は同じ床面で行なっていた儀式を、なぜわざわざ見えないようにしたのかがわかりません。
ありえない話しですが、本部の人間がかぐらづとめを盗み撮りして動画サイトにアップしたらものすごい反響を呼ぶでしょうね。
じろう 様
中堅教会や大教会に住み込んでいる家族(常詰と言われる方々)の子弟にとって教会生活は決して幸せな家族生活ではありませんでした。
幼いころから教理を「責め道具」として使われ、しみ込んだ恐怖から逃れるためにどれほどの時間を要した事でしょう。80歳になった今も、幼少の頃に受けた数々の呪いの言葉が悪夢となって甦ることがあります。
その言葉の一つを紹介して筆をおきます。
それは次のような内容でした。「誰のおかげでめしを食わしてもらっているんだ」これが小学校の低学年にも等しい少年に投げかけられた会長からの言葉でした。
街路樹様
天理でのイチョウの木の伐採について・・・ですが木の一本や二本切ることぐらいは普通にあると思います。
15年ぐらい前になりますが、とある盛大な教会内で会長さんが住み込み者のかたに刺殺されるという凄惨な事件がありました。
(新聞でも報道されましたのでご存知のかたもたくさんいらっしゃるでしょう)その会長さんというのは天理教内でも有名で生き神様と呼ばれた某分教会初代会長の一番の高弟と呼ばれたかたでした。
その事件が有った教会は天理教の中でも盛大(月次祭は広い神殿が人でいっぱいでした)で建物も古臭い屋根瓦のいかめしい様式では無く、垢抜けた現代風で合理的、信徒の方も明るく、自分が知っている教会の重苦しいイメージとは違い好感が持てるものでした。
私はそこに天理教会の理想、宗教組織の理想を見ていました。
「これが本当の教会というものなんだな・・・」と思っていました。
そして何度もお話を聞かせてもらいに参拝したものです。
ところが前述したような事が実際に起こってしまいました。
私は何を信用したら良いのかわからなくなりましたし、天理教組織のまた宗教組織のまた宗教の限界を痛感させられました。
人を救ける事を掲げている宗教(組織)の教会内で殺人による被害者と殺人者が生まれました。
この教会に理想的なものを感じ好印象を持っていただけに、やはり何かこの天理教(組織)の抱える闇のようなものがあるのではと思われました。また思わざるを得ませんでした。
かなり脱線してしまいましたが街路樹様にはかなり重苦しい事実を伝えることになりましたが、全てが悪いわけでは無く良い側面もありますので参考までに・・・ということでよろしくお願いします。
付け足し・・・
この事件では何があったのか?事件の原因は何か?等はよく知らないのですが私の感じるところでは、あまりに一生懸命になりすぎたのではないか?と思うのです。行きすぎ・・度がすぎたのでは・・と推察しますが・・・
やはり何事もほどほど、人を追い詰めたりしてはいけないし、いい意味でゆったりしていればこんな悲惨な事は起こらなかったと思います。
(良い音色を奏でる弦も張り詰めすぎると切れて音が出なくなるのと同じでしょうね。)
みんな何かに追い詰められているんじゃないかと・・・今、これを書いていて思いました。長文失礼しました。
貴ノ岩が懐にやすりを持っていなくてよかった。
優しくなる教えなのに、そうなれないのは払拭すべき支配欲が蔓延しているからでしょうか。
今、天理時報の元日号(今年の)を見ているんだけど真柱夫妻はなんとも言えない表情(無表情?)をされてますね。(少し前に投稿がありましたが、、、)
ちょっとぐらい微笑んでもいいと思うんだけど、笑顔はタダ、お金もいらないし、口角あげるだけでもね
こういっちゃ悪いですが被写体も悪いし、これを選択し載せているヤツもセンスのかけらも無いですね。道友社か?
これなら、写真を掲載しないほうがいいかもね、、
とにかく、教内購読者は一応見ているし、新春のお祝いの場面でこの顔されたら年頭からやる気も失せます。(それが作戦か?)
まあ、いろんな大変なことは有るのはわかりますが
愛が感じられません、、残念ながら、、、
おそらく来年も同じでしょうね。
あまり、人のことをとやかく言いたくは有りませんけどね、、一応公人ですしね、、、
笑顔のないのは毎年のことですね。お気楽な若夫婦は世界一陽気な夫婦になりますと宣言したけれど、舅、姑がこの陰気顔ですからね。ほんとに正月早々心が萎えそうになります。苦渋と言うか苦悶と言うか泣きそうな顔ですから。
実際、泣きたいのでしょうね。たたむにたためず、噓っぱちをやっている現実は本当は薄々かはっきりか自覚はしていて、トップとして、嘘に嘘を重ねる罪悪感が彼を苦しめているのでしょう。ましてや、教勢は消滅ラインに向かって限りなく突き進んでいるし。
現真柱は根っからの悪者ではなさそうなので、余計苦しむのでしょう。善亮、山澤あたりなら、悪党だからああ言う顔にはならないでしょう。善司さんは人としての器も小さいし、トップとしての才覚も疑問だし、嘘とはったりを上手に丸めるには善人過ぎて荷が重すぎるのか。自分はあくまでも引き受けたくなかったと言う真柱を長男という立場上無理に引き受けさせられ、自分の人生を棒に振ったお気の毒な人です。
私は教会の子弟でいいおっさんですが、独身です。(後継者ではありませんが)
修養科、検定講習なども終わっています。そこで伴侶(結婚相手)を見つけようと思ったりしましたが。その時はまだ純真な一用木でしたし・・・
結局、相手を見つけることができずに未だに独身ですが・・・(天理の人をお嫁さんにもらうと天理教をしなくてはいけない・・・の意識はちょっとあったかなと)
ひのきしん隊などにも参加したことがありますが、その時も後継者でいわゆる結婚適齢期を過ぎていて結婚できていない人が結構おられたように思います。
自分たちの親世代の頃は天理教も今のような状況ではなくまだ希望というか良いイメージがありました。なので教会の娘さんがお嫁さんとして嫁入りしてくれていたし喜んでとまではいかなくとも嫁いで来てくれる高貴な人もまだおられました。ので、結婚問題はまだ何とかなっていたでしょう。
しかし、今の天理教はどうでしょう・・・教会の娘さんがもう天理教はイヤだ!教会に嫁ぐなんてありえない・・・という感じじゃ無いのでしょうか?
その判断は間違っていないと思いますし、それはそれでしょうが無いことですが・・・(今の天理教なら誰も嫁には来ないでしょうね。特に末端。上部の教会ならまだ何とか来てくれる人もいますか?ここでも末端が苦しむ状況になっていますね。)
しかしその結果、ぶっちゃけ後継者(特に末端)があぶれてしまって結婚できていないところが多いんじゃないんでしょうか。推測でいってますが、おそらく大きな問題になっていますよね・・
まあ、自分の伴侶ぐらい自力で見つけてこい!と言われればその通りですが、ある意味特殊な世界ですし、かなりハードルが高いのは確かです。
一般企業でバリバリ稼いでいる人でも結婚できない人もいると聞きますからね。
とにかく、一人で教会をやっていくことは正直しんどいものですよね。
だんだん状況は厳しくなる一方に思われます・・・今後、より一層状況は悪化していくでしょう・・・
てっぺんの後継者さんは数ヶ月前にレーザー光線、花火、スモークに包まれてニコニコ顔でしたね・・・
末端が苦しんでいることなんてこれっぽっちも知らないんだろうな・・・
例え耳に入ったとしても他人事だろうな・・(まあ、打つ手もないしね)
教会後継者の結婚問題はどこもなかなか難しい問題です。天理教に魅力を感じているなら論外ですが、後継者でないなら天理教から精神的に決別する覚悟で家を出る等しないと・・看板を上げた教会建物に住んでいたら世間の女性は二の足を踏むと思います。経済力があることも大前提だと思います。
周囲の教会を見ていても、知力もあり体力的にも健康的な若者がどんどん年を重ねていってます。大教会住み込み、布教の家、本部勤務、自教会伏せこみと、何年も社会から離れ経済活動をせずに、いつの間にか30歳を越えて自立能力を奪われたまま、年ばかり重ねておられます。
今回の派手な婚礼も天理教は、世界助け、陽気暮らしを標ぼうしてますが、トップ達の我さえよくばの強欲が形に表れただけで、そんなキャッチフレーズは単なる宗教ビジネスのためだけのものです。上層部のやってる姿をみていたら、信仰者としての感動も納得も共感もありません。残るのは矛盾とため息と、冷めた感情、どうぞご勝手にやってください。
そろそろ泥舟から降りる時が来たかと思っています。はっきり言って利用はされたけど、いいことは何もなかったです。
先週の土曜日の夜、知り合いのお寺の息子さんと食事に出かけたのですが、そこでの話で、そのお寺の近くの分教会の事情を聞かせてくれました。
その教会には、娘さんが一人と息子さんが三人いるのですが、娘さんは両親と喧嘩別れの状態で家を出てしまった。
長男次男も家をでてしまい今は末っ子の男の子しか残っていないそうです。
更に教会のお風呂もトイレも壊れていて使えず、お金がなく修理もできない状態だそうです。
末の子は、トイレが使えないので夕方からは水も飲まないようにしていると話してくれました。
トイレは、朝出かける時に駅のトイレを利用していると話してくれました。
お寺の息子さんは、末の子が家で碌に食事が取れないのでよく食事に誘っていると話してくれました。
持っている携帯もとても古く、生活もとても質素で見ていても悲しくなると言っていました。
貧困状態の末端分教会の子をお寺の息子さんが心配して面倒をみているという話です。
これが陽気ぐらしを標榜する天理教の末端教会の現実です。
退職信者様
>お風呂もトイレも壊れていて修理することもできない・・・
冗談のようにも聞こえますが実際にそういった末端教会は存在するのでしょうね。
天理時報で状態の良い教会ばかりをこれ見よがしに紹介していて鼻につきますが、状況が悪化している教会の実態も紹介しろって、思いますが、そんな事するわけありませんね。
見向きもされず見捨てられ、勝手に消え去るのみ・・・金の切れ目は縁の切れ目は、天理教でもというより、天理教が露骨にしていることかも、ですね。
この日本の国は結構いい加減なところがあり腹立たしいこともよくありますが税金をとる代わりに福祉もそれなりにありますが、天理教では金を出させるだけ出させますがイザとなった時には本当に何にもしてくれないですもんね・・・冷たいものですね。何が誠の道だ。真実の道だ。
みんな愛想つかして逃げ出すはずだ・・・
苦しい末端から崩れている、ピラミッドで言えば下の基礎部分から崩れて来ているのでその上の中部、上部だけが安泰ということは物理的に見てもありえないことですね・・・崩壊は必然。
弱者救済なんかしたくない!
天理教です!
経済優先!
天理教です!
八つのほこりは他人に聞かせます!
天理教です!
数字がものをいうんです!
天理教です!
「理」や「徳」よりも「血統」です!
天理教です!
様々な矛盾を抱えています!
天理教です!
ありがとうございました!
>お風呂もトイレも壊れていて修理することもできない・・・
冗談のようにも聞こえますが実際にそういった末端教会は存在するのでしょうね。<
これは天理教を取り巻く確かな現実です。近隣の分教会一家も風呂が壊れたまま何年も修理できず、ちょっと離れた公衆浴場に週1回ペースで入りに行っていると言っておられました。夏場など申し訳ないがその教会長さんに近寄ると体臭と言おうか何とも言えない匂いがするので、世間的には普通に付き合えない範疇に入るのかなと思ってしまいます。
それでもそこの上級はきちんと上納金を集金するそうです。そのお風呂週一回の会長さんは律儀にも子や孫を巻き込み、言われるだけのお供えをかき集めているそうです。
この会長さん一家のような「洗脳」の恐ろしさを思うと同時に天理教という組織の血の通わない冷徹さ温もりのなさ、そもそも存在意義は何なんだろうと思います。
また、別の友人教会とはお互いに後継者がいないんだからもう教会の修理はせずに置こうよ、と話しています。その教会はどこかのアパートでも借りて教会を出る将来像を描いているそうです。修理代どころか、アパート住まいの資金を少しずつでも蓄えたい、教会にいる以上お供えも上げねばならず、修理出来るどころではないそうです。
この掲示板は本部も見ているはずです。そういった末端教会の窮状をアップすることは、単なる憂さ晴らしではなく、曇りに曇った「本部のお助け」になるはずです。みんなで今日まで教団を支えてきた末端の窮状をありのまま世間・世界に知らしめましょう。
そういう現実に見て見ぬふりをし、今回のような打ち上げ花火です。湯水のようにお供えを使う本部、おや様は貧乏せねば貧乏人の気持ちはわからないと貧に落ち切ったひながたがありますが、現本部員のようにぬくぬく人のお金で苦労知らずの者達には、貧乏人や貧乏教会の気持ち.が分かろうはずはありません。彼らからは弱い者いじめ、高慢、おごり、高笑い、の忌まわしい香りがしてきます。
天理教の限りなき消滅と言う天の理に添って、本部トップの背を見習いみんなで弱い者いじめ、高慢、おごり、高笑い、懸命の「においかけ」をしていきましょう。
何ともひどい窮状…
このサイトにもっと実状をさらして
いきましょう。
それがネットの強みであり、
天理教の現状を全体が知る
手がかりとなるはずです。
私も天理教の中にいますが、
このサイトで学ぶことばかりです。
特に窮乏してる教会の生々しい実状は、
ここでしか知り得ないと思います。
本当に。
すべて人間思案の茶番劇としか思えません。
神様とは自然の摂理と共に、遍くお働きになるだけではないでしょうか。
人間と同じようなレベルで、あれは良いから御利益授けよう、あれは悪いから罰を当てよう、
などと雲の上から考えたり、判断してコントロールするとは思えません。
ただ自然の法則=神の法則があるだけなのではないでしょうか。
不思議現象も、現代科学では未だ明されていないが、そういった自然法則の一端が働く
のだと思います。
その原因は、宗教団体等関係なく、ただ「要因」のみが存在するのであって、
教祖や霊能者、超能力者などは、何らかの才能才覚からその要因を働かせたり、
意思を感じ取ることが出来たのではないでしょうか。
そういった現象や作用は、宗教団体に入ったから、お供えをしたからという理由だけで、
普遍的な現象を起こせる訳ではないと思います。
それなのに、多くのお供えをしたら、組織に忠実だったら、引き換えに奇蹟や幸福を得られます。
というような錯覚や期待感を暗に与えているとしたら、そして、その期待感に引きずられて
気付いたら多くの時間や財産を失っていたとしたら、誰が責任を取ってくれるのでしょうか?
全て自己責任なので、教団側は責任を取ってはくれませんよね。
お供等を要求する時は、「神様に」との名目で集金し、上層部で使われますが、
お供えをし続け、教団を支えている末端側が困った時は「神様にもたれて」と神様に
責任を取らせる。
信仰者からの神様への奉げ物を奪い、責任だけは神様に押し付けるようなかたちに
なってはいないでしょうか?
正直、様々なコメント等を読ませて頂いてきて、信じられないような思いです。
人生、藁にもすがりたい気持ちになることはあると思います。
しかし、すべては自己責任です。自分の判断なのです。
一度失った時間やお金は戻りません。
若い人は結婚もできず、
仕事と御用の両立でへとへとになり、
安い酒で愚痴をこぼして、
悩みながら年齢を重ねていく。。。
風呂もトイレも修理できず、
修理しようものなら、
上級、大教会、本部へ伺ったのかと
なっていく。。。
巡教といえば、
大したこともない役員や上級会長が来て、
よく分からない話をして、
御車代とかお礼とかいうお金をもらって
酔っ払って帰っていく。。。
そして行事となれば
それ何人の心定めだ、
声かけだと叫び、
形ばかりで中身がない行事に、
時間をつぶし、
残るのは疲労感だけ。。。
そろそろ
気付きませんか?
特に若い方々。
洗脳から目覚めてください。
どう考えでも
今のままでは、
天理教は衰退していくばかり。
まさに沈みゆくタイタニック号。
親神様の思し召し、
それを説いたおやさまの教えを、
まっすぐにみつめ、
常に親神様と供にあるという真実を
心で信じる「信心」をしていただきたい。
おかきさげに
「かぎょうだいいち」
とあるのは皆様ご承知のこと。
漢字では私は稼業第一だと思ってます。
稼業、即ち、仕事の中で、
信心で以て、誠の心で以て、
相手を喜ばせる、
相手に喜んでもらう、
それが「なるほどのひと」
なのではないでしょうか。。。
一夜の間にも心を入れ替える
おさづけの理の拝戴の際にこのおかきさげをいただくのも、
稼業の中で信心を実践して
より良き世の中をつくってほしい
親神の言葉だと
私は思っています。
長々と失礼しました。
匿名3さんのご見解、ご明察ですね!!!
≫お供等を要求する時は、「神様に」との名目で集金し、上層部で使われますが、
お供えをし続け、教団を支えている末端側が困った時は「神様にもたれて」と神様に
責任を取らせる。
信仰者からの神様への奉げ物を奪い、責任だけは神様に押し付けるようなかたちに
なってはいないでしょうか?
確かにご指摘の通りですね。
これまで全く気が付かなかったお供えとお願い結果の関係性をズバリ言いきっておられ脱帽です。
匿名3さんは恐らく末端教会組織と上層部との間の事として指摘されていたかと思いますが、広く、
信者各人と上層部(お供えを受け取る側の人)として捉えても同じでしょう。
「神にもたれる」ことは信者にとれば美徳ともいえる、伝家の宝刀のような表現です。
息をして生きている毎日、寿命が来る迄を生ききる覚悟を、マルッと一言で言えば「神を忘れずに」
生きていくということになるのではないかと思います。
格別のご守護を願うためにお供えに走ることはある意味で、お金の都合さえつけば差し出すだけのことです。
「心を変える」という最も難しい策を取らずに、金銭で解決するという、ある意味で簡便な行動で助かる
のであれば、お助けは難しいことではないと言えるかもしれませんね。
でも、本来は心通りのご守護と聞いていたと思いますが。
実際には身上であればおさづけが伴うはずですし、昔は「添い願い」などという言葉を聞くことも無かった
のですが、修養科生の手記とか、若い会長さんの記事などのお助け話の中では「添い願い」が見られますね。
まぁ、気持ちの上で側の者も心から願うというのは理解できますが、古い信者としてはどうも落ち着きません。衆人環視の中で自分の心得違いを諭され、しかも皆で祈られては、なんだかおちおち病気にもなれない?
ような心地悪さを感じてしまうのは私が小心者だからかもしれませんが。話がそれました。
格別のご守護を願う際のお供えは、いわば安心料とでも考えて自分のお財布と相談するしかないのでは?
私の千円と別の信者さんの千円とではお財布の中での存在感が違うのですから、これを自己責任、自己決定と
呼ぶわけです。
少ないと言って増額を要求されるとすれば、もうその時点で天理教は信仰としてはアウトの宣言を投げつけられ、どなた様でも正当な物言いはつけられません。
お供えを明けて少額だったとがっかりする先生がおられたら、それはそれで人間臭いことと思えばよいかと。
お供えの多少でご守護のさじ加減が図られることは全くないと誰もが知っていますね。
ご守護と言ってもその助かる形には種々あって、病気が快癒するという形だけがご守護というものでもないのですから、我々人間の悟り方でいかようにもとれる、不思議の働きがご守護だと思います。
先生方は「神にもたれて」と、どこかのどなたかが最初に発した言葉を繰り返し定型的に発するのではなく、
相手の心に届くような言葉で説明していただきたいものですね。それこそが、神様に働いていただくポイントです。つまり心に届く適切な言葉を先生方の心に浮かばせて頂く事こそが神様の力を見せて頂く時なのです。信者さんに向けて「神にもたれて」というのではなく、自身に神からのアドバイスを願う必要があるのです。天啓者ではない普通の人間の心にもちゃんと神は働いてくださっているはずですね。
そして天理の昔からの高弟の家柄だとか、教祖につながる血筋だからと言っても、ネットで人の行状に関して情報収集は簡単にできる時代です。悪事は隠しようのない事と認識してホコリを立てないように心を修練する、厳しい生き方で自分を御する覚悟を持つことが人の上に立つ立場の方々の宿命です。
それが務まらないのであれば辞退するしか「責任の取りようは無い」のです。神に責任を投げては役目は務まらないのです。
何を生意気なことを言うのだと、いきり立つ方もいるでしょう。
しかし!威張るしか能のない上司は駆逐される現代ですよ。
交際費を湯水のごとく使うことでしか成果を挙げられない上司は即左遷の時代ですよ。
イベントを実行するしか能のない団体は予算の底が見えてきた時点で解散するご時世ですよ。
一人一人が人間としての完成度を上げる努力をしないまま、形だけのお勤めをしていても嘘っぽい匂いが
してくることを肝に銘じたいと改めて匿名3さんに触発されて考えました。
今日ふと思案が浮かびました。今日と言っても昔からの疑問ですが・・
それは、『みかぐらうた』の「やまいのもとはこころから」(病の元は心から)というもの
これは間違いのない言葉だとは思います。
心と体は一体で互いに影響しあっている。相互に関係しあっているので気を病めば心に精神に影響が出て体も病むことになる。と・・・なるほど
それは、わかるのですが、例えば家族の誰かが病気で倒れた、或いは命を返すことになったなどで、その亡くなった方が家族からも周りの誰からも心の綺麗な人として認識されている場合もあるでしょう。そんな時この言葉が慰めになるどころか傷口に塩を塗るようなことになるのでは?と以前から思っていました。
もう一つのお言葉で「難儀するのも心から我が身恨みであるほどに」・・・このお言葉も当人が我が身恨みできる身に覚えがあればいいですが、それがなければどうなのか?と・・・
現実に難儀している人に向かって、難儀するのも心から我が身恨みであるほどに・・・とは口が裂けても言えないでしょう。
わかりやすい例えですが先の戦争で亡くなられた多くの人々、原爆で亡くなられた方や先の大震災、津波、そして原発被害それに伴う避難生活など
で苦しむ人々にこのお言葉はあてはまらないんじゃないかと昔から感じていました。実際に困難に直面し、にっちもさっちも行かない人にこのお言葉は耳に入らないどころか怒りを生むんじゃないかと感じていました
宗教は普遍的であるべきだと思いますし、何よりも悩み苦しみ絶望してしまった、弱者にこそ寄り添い救済すべき物ではないかと思うのですが取り方によっては泣きっ面に蜂?的になってしまうのではと感じていました。
教祖は「むごいこころをうちわすれ やさしきこころになりてこい」とおっしゃられているので、そんな意味で言われているのでは無いと思いますが・・・
これらは私の知識、見識が狭量なためこういう解釈になっていると思われますが何か良い解釈があればご教示いただければと思い投稿させていてだきました。よろしくお願いいたします。
献金を受け取る先と功徳を出す側が違う…創価学会と同じですな。
献金は学会(&池田大作)が受け取り、功徳は仏が出す。だから仏の責任にされる。これでは仏がかわいそう。
天理教と創価学会は同種の新興宗教。
教会の人間がどれだけムカつく人間でも会長って理のある人だから
身上事情が起きた方にそらみたことかって言うようじゃ人としてどうかと思うけど
そんな会長でも何を言われてもいい覚悟で家族をたすけてくださいっていう姿に神様が働いてくれると思う
実は教会に何を言われても教会に繋がらなきゃたすからないって言ったのは旦那からのアドバイス
その時ほど旦那はやっぱり会長なんだなって思った
あるHPに書かれていました
あまりにも教会側に都合の良い解釈でびっくりしました
教会の嫁が書いているみたいです。
ある書き込みより
理の親教理にケチをつけるわけじゃないけど3歳児の親として悟った事
親の言葉を素直にハイとうけることと言われてるけど
現実の三歳児はイヤイヤ期真っ只中で素直にハイなんて言わない
力づくで反抗する(笑)
部内教会であれ信者さんであれ親の言葉を素直にハイとうけとめろといわれても理不尽な要求もあるし相手の内情も考慮せず上から物を言う教会がある
都合のいい理の親教理
私は親が子供をつなぎとめれないのは親の責任だと思うし
子供は親を選べない
子供は成人の途中であるならなおさら親は子に丹精しなければいけない
と思ってる
リアル3歳児と上級、部内をもつ教会として感じることである
ある書き込みより
末端教会長です。理の順序は教理ではありません。現在の上意下達のピラミッド組織にとって非常に都合よく作った「制度」です。同様に「理の親」は親神様、教祖以外にはないのですから上級が「理の親」と言うのは教理の改ざんであり、教祖の教えではありません。現在の天理教の衰退は教祖の思し召しに添わない教団のやり方への神の残念ですから、おかしいことはおかしいと上級交え、みんなで談じ合いすべきと思います。こんな風に上だ下だと言っていて、世界宗教と言えるでしょうか?みんなで考える時期が来ています。天理教はおかしな制度で多くの教会を踏みつけ、だからこそ沈没寸前の状況になっているのです。おかしな制度に惑わされず、建設的な意見ははっきり言うべきと私は思っています。後継者が逃げ出しているのもこうした悪しき偽物の教えで、下を踏みつけているからにほかなりません。
ある書き込みより
色んな教会を見てきました
お見合いで嫁いだ教会旦那は愛人がいて夫婦生活もないのに義両親に責められる奥さん
信仰がないとこから嫁いで信者さんもいないから自分の貯金が無くなったという奥さん
色々立場も違います
ある書き込みより
天理教特別語になってる人。
その‘いんねん’という言葉はどこからきましたか?
教祖様がご執筆時や 当時も、今 貴女が出会いたいであろう初めてさんばかりですよね?
内も外もなかった頃の共通言語として理解できる言葉を、文字もわからないかの、まずは現本部周囲の貧民(穢多)にでもわかる様に、ひらがな表記でお記しになられましたよね?
そこに‘天理教という団体の特別用語’という‘今風な後付け概念’はありましたか?
天理教の中に困った人がいます。
‘聖書’を拝読したこともないのに、うちが特別だ!と本気で思ってる人がいます。私、恥ずかしくなりました
本当に失礼な人だな。そう思いました
しかし、その人はその人の心にある垣根(ろくじではない心)に気づいてません
だからと言って、おふでさきを否定してはいません
悲しいのは順位をつけ支配したがる心です
その心は近代に国を支配する目的のために、あちらこちらの八百万の神様に順位付をしてしまった。そんな歴史と変わりません。
そんな使い方を教祖が教えて下さったのか。
高山に育つる木も谷底に育つる木も同じ魂 ですよね
信仰者として生きるのか
組織の構成員として生きるのか
それとも、何かに生かされているのか
さあさあ 思案 思案
先案じはいかんで
一名一人
何か言われたら
「人がなにごといおうとも、神かみている気をしずめ」
これだけで治るで!
とある会長の言葉。
再投稿です。
宗教というものは普遍的なものだと思われます。ある特定の人には心地よく別の境遇の人には受け入れられないようなものではないはずだと思います。
例として、広島で原爆の被害で亡くなられた方、後遺症で苦しまれている方など戦災に遭われた方、地震、津波による被害はもとより原発事故によって故郷を追われた人々にとって「難儀するのも心から我が身恨みであるほどに・・・』この言葉は災難に直面していない人にはいい言葉だと思うのです。
しかし、実際に災難に直面している人々にとってこれほど残酷な言葉もないように思うのです。
人的、物的被害に遭っていてもせめて心が救われる、癒される、「また頑張ろう」と思える言葉では無いと思うのです。
先にも書きましたが教祖は困難に直面している人に追い討ちをかけるような意味でこの言葉を残してはいないでしょう。本来の解釈があると思うのですが、どなたか良い解釈があればお聞かせいただけないでしょうか?
昔からの引っかかり様 2017年12月10日 2:57 PM
本来の解釈というのは存じませんが、個人的解釈で失礼します。
元々中山みき様の教えは、「ようきぐらし」ではなく「ようきづくめ」、「一列兄弟」であり「世界ろくぢ」です。これらの言葉から感じられるニュアンスは「個人救済の教え」ではなく「社会全体の救い、人類全体の救済」ではないでしょうか。
この視点で見たとき「難儀するのも心から我が身恨みであるほどに・・・」は、本来「皆が陽気にくらして欲しいという神の願いで産み出された人間」が、その長い歴史の中で我欲や自己中、我侭等の「ほこり」で「難儀する人」や「苦しむ人」を作り出してしまったわけです。
中山みき様は「神様の視点」で話し行動していますから、その言葉は「現在苦しんでいる個人」に向けられたものではなく、人類全体を「一つの身体」と考えての意味だと解釈するべきだと思います。
勿論、個人個人が救われれば、最後に「全体が救われる」という考え方もありますが、個人の悩みや苦しみは、地震や災害等の人間の力が及ばないものだけではなく、現実社会の差別や貧富の差、理不尽な上下関係やイジメなど、「人間自身が作り出したもの」が多いとも言えます。
そして、それらを一つ一つ解決し改善するのために行動するのが「たすけ」であり、そういう指針で日々を歩む事が「ひのきしん」と言えるでしょうし、そういう人生が「我が身助かる」と考えられます。
このような考えに立てば、先日行われた大介氏の披露宴での「世界一陽気な夫婦になります」という言葉がいかに頓珍漢な発言であるかが理解できるでしょう。
開祖がどんなに立派でも時代が下るにつれて・・・ということなのでしょうかね。
>現実社会の差別や貧富の差、理不尽な上下関係やイジメなど、「人間自身が作り出したもの」が多いとも言えます。
そして、それらを一つ一つ解決し改善するのために行動するのが「たすけ」であり、そういう指針で日々を歩む事が「ひのきしん」と言えるでしょう
実はこれこそがイスラムのジハードの一つなのです。イスラムのジハードにはいろいろな種類がありますが、決して「聖戦」と称して、他国に攻め込んだり戦争をして多くの人々を殺害することではないのです。IS国をみると、このジハードが悪い方面に解釈されたわけですが、天理教はテロこそはやらないものの、IS国と同じくらい悪い方向に行く解釈をしているような気がします。
匿名 さま 2017年12月11日 7:37 AM
>開祖がどんなに立派でも時代が下るにつれて・・・ということなのでしょうかね。
恐れ入ります。
私の書き込み(解釈)に対するご感想なのか、現状天理教団に対するモノなのかの判断がつきかねるので、もう少し詳しいご説明をお願いします。
私自身、イスラムのジハードに関してはあまり知識がないので、その内容についてのコメントは避けさせて頂きます。
とはいえ、「聖戦」という大義名分での戦争・虐殺行為は「全然違うだろう」という認識はしております。
中山みき様の存命中に、イスラム教の教えや共産主義思想などは日本に入って来ておらず、そのようなモノに触れる機会も無かったのではないかと考えられます。
しかし、世の中・社会に蔓延する、「人間のようきづくめの世界」を阻害するような社会制度や政治体制,悪習や価値観、風習などを排除する事でしか理想社会は実現しないという考えに至れば、その手段や方法論は別にして、短い言葉で説明するなら「似たような内容」と受け取られても仕方がないと思われます。
勿論、中山みきさんの教えは、暴力革命でもないし、テロなど考えも及ばず、また社会体制だけ変えればいいという訳でもなく、一人一人の心の建て替えが重要であり、それが集まって社会全体を建て替える事が出来ると教えておられると思います。
どこぞの神様のように大津波や大災害で地上を掃除して、神様の意を理解する人達だけ残すという教えでもないのですから。
>現実社会の差別や貧富の差、理不尽な上下関係やイジメなど、「人間自身が作り出したもの」が多いとも言えます。そして、それらを一つ一つ解決し改善するのために行動するのが「たすけ」であり、そういう指針で日々を歩む事が「ひのきしん」と言えるでしょう
これはつとめ場所さんの解釈ですよね?
この部分にいたく感動しました。天理教だろうがイスラムだろうが、正しいことは共通しています。
>一人一人の心の建て替えが重要であり、それが集まって社会全体を建て替える事が出来ると教えておられると思います。
これはきっと開祖が理想としたことで、「皆さん、ぜひこの方向を目指してください」といいたかったのではないでしょうか。
信者だけではなく、上層部もちゃんと「心の建て替え」ができれば、やたらと献金するように迫り、それこそ「献金しないと命がなくなる」なんて脅迫するような発言もしなかったわけです。
献金を脅迫によってゆすりとろうとする、まるで恐喝犯罪のような天理教に、果たして開祖の教えがあるのでしょうか?
そういえば2005年に少女たちへのセクハラで逮捕された、プロテスタント系の新興宗教聖神中央教会の教祖金保は、「献金しないと地獄に落ちる!」と信者を脅迫していたそうです。献金しないと死ぬみたいな発言をする人たちと、収入の一割のほかにもいろいろ巻き上げようとするエロ教祖と、いったいどこが違うのでしょうか?
>現実社会の差別や貧富の差、理不尽な上下関係やイジメなど、「人間自身が作り出したもの」が多いとも言えます。<
話の腰を折ってすみません。
本部婦人会の上下関係はすごいらしいです。上が下をいじめる、下はそれで精神を病む。
大教会婦人もいじめにあうのですね。
中田善亮ほか男連中は足の引っ張り合いで本部は伏魔殿だと聞いていましたが、女の上下意識も相当激しいらしいです。男の方がまだましだと、知人が教えてくれました。女は怖いですね。
人助けの天理教なのに、トップ女性陣まで仲間内でこれだから、我々はもうついていけないです。
びっくりしたので、情報としてアップします。
匿名
2017年12月11日 10:58 PM様
天理本部ドロドロですな〜
>天理本部ドロドロですな〜<
現実、やっていることが滅茶苦茶ですね。あの無責任な人の財布をあてにした婚礼といい。
実施に向けては本部員、ご婦人方も含めて、彼らが計画し承認をして行事化されているのでしょうから。
真柱は最後の「め〇ら判」を押しているにすぎないでしょう。
上の役付き婦人が睨みをきかすから、一度目をつけられたしたっぱ婦人は物も言えない雰囲気になるそうです。目をつけられた下は、その特定の上に対してびくびくなのだそうです。やくざの姉御か。
精神を病むまで、いじめるのですから恐ろしい世界です。
バチカンでも内部の権力闘争はかなりどろどろしているといいますから、天理教だとなおさらでしょうね。
カトリックの聖職者は出家していますから、給料は決して高くはありませんし(司教クラスでも十万円台の前半、修道司祭なんかだと月に数万円とか、修道会によっては給与を出さないので自分で賄うとか)、世襲が発生しませんので、子孫のために美田を買おうという発想がありません。
しかし天理市のメンバーは出家していないので、天理貴族という階層が発生しています。家族を抱えていれば、いい生活をさせたいと思うのは当然ですし、おいしい思いをするポストもなんとか世襲させようと考えるでしょう。
世襲というものが絶対に発生しないバチカンですら、それなりに大変というのですから、世襲が発生しまくりの天理市では、権力闘争は男女ともに激しくドロドロとしたものになることは想像に難くありません。
匿名 様(12月11日 10:58 PM)
女は怖いではなく、ダメな人は男女問わず×なんだということでしょう。
本部の婦人とはどういう方々なのですか。新聞に本部婦人任命の小さな記載を時折
見るにつけ、男性は本部員で女性は本部婦人なのか?位の認識でした。
修養科で同じクラスだった方が本部月次祭のかぐら勤めで附人として氏名が掲載されて
いるのを見たことが有ります。お面をつけている人の視野が狭く危険なので付き添う役
なのでしょう。きっと、本部婦人に出世していたのですね。
苗字が変わっていないので独身か養子さんでも迎えたのかなどと、
言ってみれば「どうでもいいこと」も感じながら質問している面がありますので、
スルーしていただいて構いません(笑)
さて、「いじめ」は日本人社会に満ち溢れています。
本当にあちらこちらでいじめが蔓延しています。
本部婦人の環境がそれほどひどいのであれば、本部婦人なんて地位にしがみつく
なんてバカバカしい選択ではありませんか。
自分は名誉欲が無い人間なので、地位に連綿とする方が理解できません。
婦人という(あるいは本部員)地位が神様の御用をさせて頂くありがたい地位だと
思うから我慢をされているのかもしれません。
でも、病気になるまで我慢していても、病気になってしまえば働けませんね。
天理教内も社会も同じです。病んで迄自分の仕事にしがみつくのは現代では美徳とは
言わなくなりました。自分の身を守れなくてはしっかりした働きもかないません。
もしもいじめがひどいのであれば、辞退することを考えてください。
辞退の理由は「いじめられました」で結構です。
実名を挙げて辞退するべきです。
いじめを表にあぶりだしてやってください。
ご自分は反発を受けてつらい目に合うかもしれませんが、その他の方が同じように
いじめられることを防げるかもしれません。
そうでもしなければいじめがはびこる環境は改善されません。
長い間いくつか職場を動いた経験から申し上げますと、いじめる人は強いのです。
なぜか、体も強い、心も強い、自分を一番愛している、動物として本能的に正しく、
エネルギーに溢れているのでしょう。繊細な人には他人をいじめられません。
どうぞ、誰かが勇気を出して言わなくては変わりませんから、信仰者としてお助け
するつもりで辞退してください。わが身も助かるのですから。
本部婦人と言っても尊敬されていますか?単なるお役にすぎないと思ってはいかがでしょう。
辞退後には新たな信仰上の役目が巡ってくると思います。
一言。現代ではいじめる側は年寄りとは限りません。
若い人でもいじめる側に回ります。
また、誤解されかねないのが年上の人が注意すると、逆恨みでいじめられたと吹聴する傾向も
ありますね。人にとやかく言われたくないという子供っぽさが抜けないタイプは男女問わず
教内にすら見受けられます。批判の趣旨を理解する能力が低いとどうしても自己弁明から、
いじめられたと言ってしまうようですよ。
あれこれ考え併せての判断から、いじめは表に出しましょうと申し上げます。
もしかするといじめではない、注意をしただけなのに悪く取られたというような
ケースも有るかもしれませんね。
天理の上層部の人間は選民意識(我々は神に選ばれし魂であり神に近しい人々である)が激しいようですね。というか選民意識の塊か?
鼻持ちならない人々です。
ピノッキオのように高くなりすぎた鼻をへし折ってやらねば・・・と思いますが・・・やはり世襲が諸悪の根源・・・でしょうか・・・
所詮はただの(同じ)人間ですからね・・・勘違いをされている方々がおられるようですね・・・なんとかして目を覚まさせないと・・・と思います。
現行天理教から逃れる方法は簡単ですよ。
とやかく言わずに、実名で上層部を批判することです。ある大教会長が祭事のあとの宴席で、現真柱に「子供を作る方法を」教えて進ぜようと発言して、家族共々教団を追われました。
言った方も言った方だが、更迭した教団側も大人げない。
所詮、天理教のレベルとはこの程度のものです。
>やはり世襲が諸悪の根源・・・でしょうか・・・
それはあると思いますね。金と力を持つポジションを得れば、こんなおいしい思いをぜひ自分の子供たちにもさせたいとなって、息子も娘も同じポジションにつけようとなるのは当然です。
仏教だって江戸時代は出家でしたので、世襲というものが絶対に発生しませんでした。でも明治以降・・・。
キリスト教でも仏教でも、聖職者に出家を義務付けたのは、やはり「世襲が発生すると堕落する」という道理があってのことで、出家制度は正しかったということがわかります。
要は、天理教を意識していてはダメです。教団内のあらゆるくだらない話(教団の緒行事、男女問題から金銭問題、上下関係のばかばかしさ、教団本部事務局内の陰湿さなど枚挙にいとまがない)の数々を聞いて、過去に勤めていた職場の方が、はるかに良好な人間関係だと感じています。それを上回る教団本部はじめ教内の人間関係の醜さに嫌気がさして、天理教を離れたのは正解でした。
私が言いたいのは、若い人たちが宗教と言う一見、心の深層にまで明るさを与えてくれるという幻想に囚われて、結局は心に深い傷を負うような状態にならないようにとの思いで書き込んでいます。
現在、天理教を称賛している人たちの多くは、中山家の親戚縁者、大教会長や上級教会長の親戚縁者たちの切るに切れない立場の人たちではないでしょうか。
血筋という目に見えない結びつきに、底知れない恐ろしさを感じています。
匿名 2017年12月11日 10:58 PM 様のご意見より
>本部婦人会の上下関係はすごいらしいです。上が下をいじめる、下はそれで精神を病む。
>大教会婦人もいじめにあうのですね。
>中田善亮ほか男連中は足の引っ張り合いで本部は伏魔殿だと聞いていましたが、女の上下意識も相当激しいら>しいです。男の方がまだましだと、知人が教えてくれました。女は怖いですね。
上層部ご婦人方は、まるで大奥にでも居られるかのようですね。
上層部の方々であれば、旦那様(本部員や会長など)の地位や立場によって、奥様にまで、上下関係が出来るのでしょうが、民間の会社宅の寮で、上役の奥様に、平社員や部下の奥様がこき使われ、逆らったら苛められたり、仲間外れにされ、精神を病んだりするという、それと同じ構図ですね。会社とは違い、天理教上層部ともなれば、旦那様だけでなく、親や子供、兄弟、親戚、縁戚、関係者等、あちこちに絡んで来るでしょうから、”がんじがらめ”の度合いも、より酷いものなのかもしれません。
「互い立て合いたすけあい」「陽気ぐらし}の精神を涵養するべき宗教団体のご婦人方が、世間の会社族の妻たちと同じような環境に苦しんでいるなら、世間に向かって、陽気暮らしのすばらしい教えを拡げる力など、あろうとは思えません。只の、血縁で結びついた特異な集団、村社会の一つにすぎない。
>現在、天理教を称賛している人たちの多くは、中山家の親戚縁者、大教会長や上級教会長の親戚縁者たちの切るに切れない立場の人たちではないでしょうか。
瓦解、崩壊し続けているのは負担の多い末端・・・末端から瓦解、崩壊しているのにその上に成り立っている中部、上部組織が安泰でいられるはずは無い。
崩れるのは時間の問題・・・隠し財産があるとのことだが・・・
ある意味、末端は基礎部分・・・基礎が崩れてきているんだからその基礎の上の建物も崩れるのは必定なわけで・・・
その崩れ去るものを横目にしながら既得権にしがみつこうとしている。
厚顔無恥でかわいそうな人々が我さえ良くばを実践しているのが今の伏魔殿か・・・
2017年12月12日 12:51 PM
匿名信者 様
>長い間いくつか職場を動いた経験から申し上げますと、いじめる人は強いのです。
>なぜか、体も強い、心も強い、自分を一番愛している、動物として本能的に正しく、
>エネルギーに溢れているのでしょう。
>繊細な人には他人をいじめられません。
大変失礼ですが、この部分は、言いたいことはわかりますが、
あまりに薄っぺらな見解に感じました。
はっきりと断言します。いじめる人は心が弱いから人をいじめるのです。
器が大きく、心が強い人で人をいじめるような人は見たことがありません。
恥の概念がなく 本能で動く「動物」と 「良心」や「理性」がある「人間」とでは
大きく違います。
神は自分に似せて人間を作ったといいます。
だとしたら、良心(=神)のある人間ほど神に近いといえるでしょう。
人に平気で意地悪をするような良心(=神)の少ない人間ほど神から遠く、
動物に近いというのは言わずもがなでしょう。
また、確かに繊細な人も他人をいじめられませんが、人として真っ当な人、
そして恥を知っている健康な人格を持つ人も他人をいじめるような卑怯なことは
出来ません。
もちろん、間違いや問題点を指摘したり、堂々と意見を述べることは、
必要なことであり、云うまでもなく、これらは「いじめ」とは言いませんし、
何の関係もありません。
私自身が様々な職場等で出会い経験して来た中で思った事は、
体も強い、心も強い人で、平気で人をいじめるような人間は見たことはありません。
特に立派な人ではなくても、人として真っ当な人、常識のある人であれば、
人を平気でいじめるなどという低次元な真似をするような人はいませんでした。
いじわるをするような人は、心が強いというより、本来心が弱く、心が歪んでいて
平気で人をいじめることが出来るか、自分の弱さや不安感を弱い者をいじめることで
優越感を得て誤魔化しているなどとよく云われますが、その通りだと思います。
>どうぞ、誰かが勇気を出して言わなくては変わりませんから、信仰者としてお助け
するつもりで辞退してください。わが身も助かるのですから。
>本部婦人と言っても尊敬されていますか?単なるお役にすぎないと思ってはいかが
>でしょう。辞退後には新たな信仰上の役目が巡ってくると思います。
立場の弱い側が辞退するのは、今の現実では致し方ないことともいえますが、
本来は、歪んでる側が辞退させられるべきなのでしょうね。
そうはならない、立場が上になるほど、ある意味やり放題が許される組織ゆえ、
理の通り、ますます人が離れ、衰退していくことでしょう。
>また、誤解されかねないのが年上の人が注意すると、逆恨みでいじめられたと吹聴
>する傾向もありますね。人にとやかく言われたくないという子供っぽさが抜けない
>タイプは男女問わず教内にすら見受けられます。批判の趣旨を理解する能力が低い
>とどうしても自己弁明から、いじめられたと言ってしまうようですよ。
きちんと話を聞けば、自己弁明かいじめかは、肩書きや立場、利害などのフィルターを
通してではなく、ある程度公平に冷静に物事を観ることの出来る人であれば
簡単に判別できると思います。
>あれこれ考え併せての判断から、いじめは表に出しましょうと申し上げます。
物事の透明化は、とても有効な解決法であり大切なことだと思います。
ただ、隠したい側は、誤魔化したりするでしょうから、完全中立な立会人のもとで
両方の話しを両者揃った場で公平に話してもらうような制度や場所があればいい
のですが。
>もしかするといじめではない、注意をしただけなのに悪く取られたというような
>ケースも有るかもしれませんね。
そのとおりですね。
しかし、現在問題になっているのは、平気でいじめなどを行うのは、デミサイコパスなど
「人格障害」の人達が多いと言われていて、そういった人達は「良心」というものが、普通
よりもかなり欠けている上に、非常に狡猾で悪知恵が働くので、被害者がいじめの被害
を訴えても、それこそ「注意をしただけなのに悪く取られた」などと、平気で嘘や
言い逃れをし、逆に相手が悪いかのように、相手を悪者にするようなことを簡単に
平気でやってのけるケースが多いらしいので、被害者が二次被害を受けないよう
注意をしてあげることも必要だと思われます。
こういったいじめによる被害者を理解したり、教内の被害者に寄り添うことなく、
人助けなどは出来ないと思い、日々勉強している中で、上記のコメントが気になった
ので、一言書かせてもらいました。
上層部を支えてきた下の人間=奴隷階級は、高齢化と子供たちの棄教によって急速に減っています。上層部は下の人間に何一つ関心を持っていませんが、これはたこが自分の足を食っているのと同じことなのです。上層部の愚かさは目を覆うばかり。下の人間を生かさぬよう殺さぬようという、昔ながらの知恵すらないのですね。
今日、またまた?たまたま?ふと頭によぎった事・・・
以前から不思議というか謎に思っていた事・・・
天理教の組織に大教会がありますが、ある程度?の大きさ、部内教会の数が増えれば必然的に分離させられてきましたね・・・
今、乗っ取りで話題になっている中◯大教会も元は郡山の部内ですよね・・・ここに書くまでもないですが相当な数の大教会が分離、独立を望んでしたのか?本部の命令によってさせられたのか?はよくわかりませんがまず間違いなく上の命令なんでしょうね・・・
これはいい事なんでしょうか、自分にはよくわかりませんが、全くうまく行っていないのではないかと・・・
分離させられた大教会が分離後、教勢が上向くことなく下向きになっているように見受けられますが・・・
私が一応所属している大教会(弱小零細ですが)は教祖御在世当時からの講名をいただいている大教会で、某有力大教会から分離させられたものです。
分離の際には教勢が芳しくない教会を寄せ集めて独立させられたとよく聞かされていました。
やることが汚いというかドギツイというか、えげつないやり方です。
とにかく詳細はよく知らないのでなんとも言えませんが上のやり方は下の
発展を願ってやっているのではなく上の都合の良いようにやりたいようにやっているとしか思えませんし実際のところそうなんでしょうね・・・
徳川幕府が幕藩体制で各藩の力を削ごう、無力化しようとした事と共通するものがあるように感じますが、考えすぎでしょうか?
所詮は人の考える事、やる事ですもんね・・・
匿名 様(12月14日 11:18 PM)
ご指摘ありがとうございました。
匿名様のご指摘は正しいと思います。
少し言葉が足りなかった点だけ補足させていただきます。
「心が弱い」に関して誤解を招きかねないとは思っていました。
業界が変われどどこにでもいる「いじめ」を平気で行う者たちは
主には男性でしたが、とにかく強い!(男性が男性をいじめる!!!)
正義感から、いじめに対して批判を口にしても気にせず聞き流します。
へこたれません。
心の中までは判断できませんが強いことが正しいということではなく、
とにかく心も面の皮も心臓も強い人たちでした。
天理教人ではありませんよ、一般社会での話です。
公平な立場の人が公平なジャッジをしてくれれば被害者も救われますね。
なかなかそうはいかないのが世の中です。
オリンパスの職場でのいじめでは裁判を起こし、最終的には勝てましたが
機会があって被害者の方と話したことが有りましたが、やはり弱い方でした。
もう少し、しっかりしなくては、と、失礼を顧みず申し上げた思い出があります。
他の例では、職場でいじめられた男性は心臓を病んでしまいました。
心が強ければ、何らかの反撃策をとることができたとは思いましたが、
相手が悪すぎましたね。私も陰ながらの応援で励ましましたが、自分の
為に戦える人ばかりではないのです。家族を養うため、職場では我慢と
いう方策で、ストレスをためこみ発病となりました。
この時はいじめの本人の仕事上の悪行を私がつかんでいたので、社長に
所謂「告げ口」をしましたが、それでも企業は弱い人よりは強い人を
選びました。いじめられていた人は家族の生活第一で我慢を貫きました。
言葉が足りないと誤解を招くので、補足しますが、能力的にはいじめる側が
劣っていました。人間的にも劣っていました。動物本能は強かったです。
学歴は関係ないのですが、念のため書きますといじめられた方は国立大卒。
いじめた人は漁業関係の高校卒。
彼からの今年の年賀状に初孫誕生の喜びが書かれていて、我慢の甲斐が
有ったように感じられたものです。
でも、本部婦人という立場は生活が懸かっているわけでもないでしょうから
退却して自分の身を守ることも弱い者としては選択の一つでしょう。
何も我慢して、いじめる人を喜ばせることはありませんから。
たまたま自分が歩いてきた40年以上の間での体験で、東京地域限定の個人的な
経験として受け止めて頂ければ幸いです。
といっても、いじめる者が東京出身ということではありません。
2017年12月16日 4:51 PM 匿名信者様
返信ありがとうございました。
匿名信者様も、表現は違えど同じご見解を持たれているということが判りまして
安心しました。
「いじめ」というものは根深いですね。
そこには様々な原因要因があると思います。
いじめの主犯者は、嫉妬や利害の対立、自分の劣等感解消の為に人を落として
優越感を得たいなど、動物的な欲望やエゴを満たすために、「人」としての自制を
効かせることが出来ず、表向きは巧妙にいい人を装いながらも、その影では
動物的な行動に走っている非常に迷惑で害のある人といえるでしょう。
通常は「人としての良心」等が自制心となるのですが、近年「人格」についての
研究が進み、その人として大切な「良心」というものが大きく欠落している、デミサイコ
パスといわれる人格障害の人が、一般社会の中で表向き普通に生活している
中に、実は一定割合混じっているということが判っています。
「デミ」ではない、「サイコパス」になると、ほとんど良心と言うものがなく、ハンニバル
博士に代表されるような猟奇殺人者レベルですが、そこまではいかない、表向き
一般人の顔をした「デミサイコパス」といわれる人格障害者の人々が問題なのです。
なぜなら、それらの人々は決して知能は低くはなく、悪知恵にかけては非常に
巧妙で、狡猾な為、被害者以外には良い人と思わせ、人を陥れることなど罪悪感も
なく喜んで出来る人々だからです。
あるサイトでは、サイコパスのことをこう表現していました。
http://s.webry.info/sp/bloom.at.webry.info/201412/article_2.html
以下、『サイコパスのイジメの特徴』より抜粋 ————–
私は「サイコパスは危険生物」だと思っているので、特別に警戒すべきであると
思っているが、社会的には、まだサイコパスの存在を知らない人が多い。
なぜ危険生物か?
例えば、カマキリが人間の姿に化けて貴方の隣にいるとしたら、貴方はカマキリを
「人間」として接するでしょう。しかし、カマキリは貴方を人間だと見ていない。
ただの獲物だと思ってる。サイコパスはカマキリ人間のようなものなのだ。
————————————————-
こういったサイトや掲示板等で、今迄様々な被害の現状を目にしてきましたが、
明らかにサイコパス、又はデミサイコパスと思われる事例も多く見受けられます。
知らないとは恐ろしいもので、もしも決して近づいてはいけないような人格の人に、
「宗教」「救い」という美名に惹かれ、近づいていたとしたら恐ろしいことです。
今後は、そもそも「宗教」とは何か、その役割や存在価値は何かという本質を
探求する他、「人間」というものについて、「人格」というものについて、
「それぞれにとっての幸せ」とは何かということなどについて、
ただただ、教団、上の言う事に機械のように従うのではなく、自分なりにそれぞれ
今一度、こういった知識や理解をも含めて見聞を広め、深めて行く必要がある
のではないかと思います。
どれだけ人間が進化、成人しても、
法律や科学が進化しても
弱肉強食は変わらない
まずは強くならないと
天理教だけでなく他の宗教でも、病気は神様からのメッセージで、その意味を考えて病を治すことをしています。また、人生は日々の徳積によってその後の未来が反映されることも教えられています。唯一天理教独自の教えが、かんろだい(人間創造の地)の教えです。この教えが荒唐無稽な虚言であれば、天理教の意味がなくなってしまいます。
現代の科学ではアフリカが人間発祥の地であることは変えざる事実でありますので、
例え、天理が魂レベルでの人間発祥の地であると言い逃れても、苦しいのではないでしょうか?「にんげんをはじめだしたるしょうこにかんろうだいをすへとおくぞや」とおっしゃられぢばさだめをされた地点が当時のおやしきの一地点であり、かんろだいづとめをするに十分な余地のある地点であったことは偶然なのでしょうか? 柱の真下にたまたま地点があり、母屋こわさなあかんというようなことになぜならなかったのでしょうか?あまりにもできすぎた話です。いずれにしましても150年前に人間発祥の地点と定めつけられたかんろだいも現代の科学においてはとても信じられるものではなく、これが天理教のよりどころとしては世界中の人々に笑われ、相手にされない原因であると思われます。いつまでこのおとぎばなしに振り回されなければならないのでしょうか?天理教はおさいせんのレベルで運用できるようなところまで縮小されなかればいけないのではないのでしょうか?神殿でおつとめをすると、なぜかほっとするという気持ちになります。それだけの信仰でもいいのではないのでしょうか?
誤字脱字が多くてすいません。
ざっと計算してみました。
15000の教会が年間80万円お供えする 120億(現在)
本部の1500人の給料 200万として30億 300万として45億
神殿、おやさとやかたの維持費として20億
残りは、一列会、憩いの家、天理大学、天理高校、天理教高、修養科だどの経費、で55億といったところでしょうか?
十年後、15000の教会のお供え半減 60億
本部の半分はくびで750人分の給料 200万として15億 300万として22.5億
神殿、おやさとやかたの維持費として10億
残りは一列会、憩いの家、天理大学、天理高校、天理教高、修養科だどの経費、で27.5億といったところでしょうか?
さらに十年後 15000の教会のお供え激減 10億
本部の9割はくびで100人分の給料 200万として2億 300万として3億
神殿、おやさとやかたの維持費として1億
残りは6、7億ですが憩いの家、天理大学、天理高校、天理教高、修養科などはなくなるでしょう?
それでも1部の管理者は私腹を肥やして残ると思われます。
組織はなくても信仰はできる様
お供え額激減、天理教組織の行く末の予想?面白く拝見させていただきました。
しかし、一万五千箇所の教会と言いましても現在のところ事情教会もかなりの数にのぼると見られますし整理統合もされています。また事情予備軍の教会も相当数あるでしょうし、これからも益々増え続けることでしょう。
一万五千箇所中実体のある教会は実際のところどれだけの割合になるのか興味深いものがありますが、教会全体が並列に並んでいるのでは無く、飽くまでピラミッド構造になっていて、末端から崩れてきているのでドミノ倒し的に順次崩れてきているのでは無いでしょうか?実質的な教会数は一層減っていくことになろうかと思われますが・・・
とにかく組織の基礎部分であり、下支えしている形になっている末端から崩壊、瓦解してきているのでその上に成り立っている上部だけが安泰ということは有り得ないと思われます。
刷新するためにお供え金を減らすことはこの崩壊を加速度的に早めることになるでしょうね・・・
また組織の上層部は体制の維持、崩壊の食い止めに必死で個別の教会の人々の苦悩や惨状など眼中には無く、集金のための駒、パーツぐらいにしか考えていないんでしょうね。
金を用意できなくなれば用無しで捨て去られるのがオチ・・・でしょうね
誠の心や真実の心などは微塵も無いように思われます。あるのは何度も言いますが体制の維持、それに必要なお金、それらに異議を持たない従順な構成員の確保・・・
事情教会率は70%と聞いています。これからは80%90%になるでしょう。
下の教会から搾取するのは愚劣なる自殺です。搾取は自分で自分の首を絞めているのと同じなのに。
大教会はわりと立地条件のいいところにあるので、地の利を生かしてそれぞれが独自に何らかの事業をやって、それこそ下が消滅して一円も入ってこなくなってもやっていけるように転換しなくてはなりません。宗教はもう商売にならないのですから。
手紙 消えない蒼い後悔」
僕は、高校三年の時に。
僕のささいな一言で、トラブルが起きてしまい。
僕自身も傷つき。
仲間や友達をも巻き込んでしまった。
十代の血気盛んな時期。
些細なかとでも、争いごとは起きてしまう。
そそれを引き金に、僕は少し対人恐怖症になりつつあった。
天理教の教会に、後継者として、生まれ育ち。
婿養子の父は、ギャンブル狂で、天理教も信仰もせず、借金ばかりを作って、借金取りも何回も来た。
跡取り娘の教会長の母は、家事もろくにせず。
天理教信仰に、天理教体裁ばかりを気にし、天理教信仰に逃げ込んでいた。
兄弟は、問題行動、借金を作ってくる人だった。
教会としても、信者さんは数人。
信者さんのご家族方々は、天理教が大嫌いだった。
家族家庭としても。
教会としても。崩壊し、成り立っていない僕の家だったが。
幼少期より、「僕が天理教をやらないと、みんながこの家を追い出される!」と、母に言われ続けてきた。
上級、同部内の天理教な大人達からも。
か家族の崩壊加減、理不尽を棚にあげられて。
は話しても、耳も傾けてもらえず。
後継者だから、因縁だからと。
家族の理不尽を、放って置いて。
僕には、後継者だからと、白羽の矢が何本も撃ち続けられてきた。
高校卒業後。
大学、専門学校、就職する。
同学年の人達を羨みながら。
高校三年生の時に起こした、トラブルを引きずりながら。
て天理教の修養科に行った。
四月に行ったことも あり。
に人数も多く、若い人達も多かった。
全国各地から、沢山の方々が来ていた。
皆、各々の立場や思い、事情身情を抱えていた。
修養科に通っていると、クラスがあり。
い色々な系統の人達と話す機会が増えた。
クラスや修養科生活も少し過ぎた頃。
ある時、同じクラスの詰所も同じ方向で。
他系統のKさんとう、天理教的にも、人間的にも、熱心な少し歳上の方がいて。
兄貴肌の方でした。
ある時。
Kさんが、Kさんと同系統の女の子を連れてきた。
「この子、◯◯君(僕)とはなしがしたいんだって!」と。
女の子は、Kちゃんという、同じ歳の女の子で。
す少し髪の毛を染めていて、明るい性格で。
お互い住んでる県は別でした。
教会の娘さんらしく、話を聞くと。
Kちゃんの教会は、里親をしているらしく。
天理教信仰してい教会の娘さんでした。
僕は、フレンドリーの方だけど。
相手を意識してしまうと、特に女の子には。
逆に、照れてしまって、うまく話が出来ず。
そっけない態度のようになってしまう。
携帯も普及していない時代で。
Kちゃんとは、偶然会うときしか、話が出来ず。
一度、Kちゃんから、喫茶店に行こうと誘われて。
照れながら、話をし、一緒に帰った。
本当は、Kちゃんといっぱい話がしたかった。
毎日、顔を会わせて、話がしたかった。
僕はKちゃんのことを意識していた。
Kちゃんのことが、好きになっていた。
でも、僕のひねくれた心が、弱い心が。
反面な天の邪鬼な態度をとってしまい。
Kちゃんとは、うまくはなしかけられずのままだった。
Kさん、Kちゃん、同系統の少し歳上の方で。
同クラスの、Iさんという、音楽好きな人がいて。
けっこう僕と話があって。
Iさんが、あるバンドのカセットテープをくれた。
「ザ ストリート スライダーズ」という、バンドの曲だった。
スライダーズのメンバーが、「ジョイ ポップス」という、ユニットで曲を出していた。
Iさんからもらった、スライダーズ、ジョイポップス、の曲は心に染みた。
三ヶ月の修養科生活が日に日に過ぎていって。
Kちゃんに僕からは、話しかけられずいられないままだった。
Kちゃんから話しかけてこないと、話が出来なかった。
ほんとは、毎日でも、Kちゃんと話がしたかったのに。
自分の気持ちの弱さを、本当に悔やみ。
そして、誤魔化していた。
修養科生活も、三ヶ月の過ぎて。
僕は、地元の崩壊した家族、教会に戻った。
修養科生活の最期まで、Kちゃんとは、うまく話しかれかれず。
地元の家の住所や電話番号も交換て出来ないまま。
尻切れトンボのような、お別れだった。
地元に帰って、上級勤めを終えて。
就職して。
事故を起こして、身体の一部を欠損し。
身体障害者になってしまった。
でも、健常者に負けないように。
崩壊した家族、教会を支えるように。
懸命に仕事をした。
社会に出て、色んな女性と出会い。
色んな形の恋愛を重ねた。
でも、修養科で出会ったKちゃんのことは。
ずっと、今でも、心の中に残っている。
今でも、Kちゃんともっと話が出来なかった自分。
連絡先も渡せなかった自分。
Kちゃんのとが、好きな自分。
今でも、これからもずっと。
Kちゃんのことは、心の中に想い残っていく。
スライダーズ、ジョイポップスの曲を今でも聴くと。
Kちゃんを強く思いだし、切なくなる。
兄貴肌だった、Kさんは。
熱心に、教会活動を続けているかな。
音楽好きだった、Iさんは。
親父さんが教会長を退くまで。
好きなように生きて、親父さんが退いたら。
教会を継ごうと思っている、と言っていた。
今は、地元に帰って教会を継いだのかな。
そして。
Kちゃんは、元気にしてるかな。
教会、天理教関係者、未天理教…。
結婚して、子供が出来て、明るい家庭を築いているかな。
僕も、色んな女性と色んな恋愛をしたけど。
今までも、今でも、これからも、Kちゃんのこと。
心の中に、想い続けていきます。
女の子の方から、話しかけてきたくれた勇気。
僕には、Kちゃんの明るい気持ちを受け止めて、伝える勇気がありませんでした。
今までも、今でも、これからもずっと。
Kちゃんに伝える勇気がなかった自分を。
責めて、後悔して生きていきます。
修養科に、何しに行ったの?って、話しになっちゃうけど。
天理教の勉強もろくにしなかったけど。
修養科に関しても、掲示板でも、色んな意見があるけど。
僕には、色んな経験をした、蒼い三ヶ月でした。
天理教の若い世代の方々へ。
十代、二十代、三十代の一年一日の、密度や重要性は。
四十代の何年分にも匹敵します。
天理教道に邁進する前に。
人として、恋愛して、仲間友人と。
かかえがたい時間を過ごし使って欲しいと願います。
僕は、修養科を三ヶ月過ごして。
今で二十六年の、年月を過ごしました。
そして、後悔は後悔のままで。
思い出に、変えられない想いもある。
歳は関係なく。
後悔は苦しいものです。
だからね。
これからの、天理教の若い方々には。
行動しない後悔よりも。
行動した結果を、思案して欲しいと。
僕は、強く願い思います。
僕は、天理教から離れたけど。
天理教で沢山苦しんだけど。
心身ともに、壊れたけど。
でもね。
Kちゃんや。
想う人が、天理教の中で生きています。
人を想う天理教になることを、思い願います。
誤字、脱字が多い文面になってしまいました。
お詫びいたします。
天理教なんて邪教でした。
天理教は幼少期強制入信させてきて。
暴力崇拝の偽神が祟ってきた。
そもそも天理教は神道ではない。
神社にいないし。
独自の教会持ってるし。
新興宗教。
天理教なんて居ないほうがいい。
コメントを削除する代わりに。
信じようが信じまいがこれが事実。
を突き付け。
我が家は弱小大教会の末端教会。元々は名前だけになっていた事情教会を親が引き継いで半ば強制的に受け継いだ教会である。
ぶっちゃけ、50年近くの年月が経ってしまった。
結構賑やかな時も有ったが今となっては月並祭と言ってもほんの数人で形だけ勤めているような状態だが、それでいいと思っている。
人を導くとか、助けるとかそんな事は簡単にできることでは無いと今更ながらに思う。天では神一条になれば良いと簡単に言うが・・・
それはそうと、もうすぐ今年も終わり新しい年が来ようとしているけど、2年か3年前の丁度元旦の日、神殿の窓から表の庭を見ていたら教旗を掲げるポールが根元からポキっと折れて電線にもたれかかっているでは無いか。
私は慌てて表へ飛び出しそのポール(長さは5、6メートルぐらいか)を降ろし何とか安全な場所へ寝かせた。(結構な重さが有る)
幸い何らの被害も出る事なく電線にもたれかかっている状態だったが人に当たれば大怪我、建物に当たればかなりの破壊力で被害をだしかねないと思われた。
このポールにも少し前には旗を掲げていたが天理教の衰退とリンクしているようにだんだん掲げる事が無くなって行った。自分が100年祭の頃に修養科に行き終了して帰ってくる時に(旗がかなり痛んでいたので)新しい旗を買って帰ったのも今では一つの思い出だ。
そのポールが根元から綺麗に折れて倒れた。それを見て私はもうこのポールが二度と立つ事は無いこと、旗が上がる事が無い事を悟った。
そうしてこの教団の行く末を暗示しているんでは無いかと思った。
これから年が始まる元旦にポールが根元からポキっと折れる。何かを感じずにはいられなかった。
各教会の皆さま。
ポールはおそらく鉄製だと根元から経年劣化で折れてかなり危険です。
人に直撃でもすればどうなるかわかりません。
建物などに当たったらかなりの被害が考えられます。
何十年も経っているならば点検をし処置を施した方が良いと思われます。
いっその事倒した方が良いと思われます。
とにかく危ないの一言です。
けが人など出ないよう祈ります。本当に危険です。
教祖100年祭までの3カ年で教会本部がお供え金を1500億円集めたと、このサイトで投稿されていましたが、これは本当のことなのでしょうか。
これが本当なら空恐ろしい事です。
正(当)に金の亡者たる所以となります。
ご存知のかたがおられれば教えて下さい。
よろしくお願いします。
大教会に行く機会があった。諸々の話し合いだが、信者減少の流れは止められず、教会長の兄弟姉妹、子どもや叔父、叔母、甥、姪頼みの教会が何と多いことかを目の当たりにした。地域に開かれた教会ではなく、自分たち身内による身内のための互助会みたいになっている。これが宗教法人か?
若い教会長夫妻は、信者一人作るよりは、子供を作った方が手っ取り早い、と冗談とも本気とも言える発言をしているが、確かに多くの教会で子どもをボンボン産んで詰所のホールは小さな子供がうじゃうじゃしている。一般信者さんの子や孫は一人もいなくておかしな風景。自前で子供を産んで彼らが成長し、それで教会が当分持ちこたえられる、とそんな計算を本気でしている。30代夫婦で4人、5人。どの教会もポンポン産んでお気楽な事。信者も激減、仕事もしてないのに、どうやって生活する気だろう。
天理教の教会は、社会の中でどう言う意味を持つ存在なのだろう・・
信者は空気だけといってもいい状況は、天理教だけではなく新興宗教全般にみられる傾向です。
身内頼みといいますが、その身内すらどんどん棄教しています。創価学会でも二世三世の棄教が当たり前になっており、幹部クラスの子弟も棄教しているのです。信仰の継承はまずありません。
子供が棄教したら、むしろ親は喜ぶべきです。なぜなら「自分の子供は正常な人間である」という証拠だからです。創価学会でも今なお教団に残っている二世三世はどこかおかしい人と思っていいと、棄教した三世がいっていました。
このあたりの事情は天理教も同じではないでしょうか。
匿名
2017年12月26日 8:12 AM様
天理教も今となってはとんでもな宗教団体に成り下がっていますが、創価学会は元々日蓮正宗の信徒団体でそれが本山?と揉めて独立し、今では芸能界、政界(公明党)あらゆる方面にに進出し、法曹界などにも人材を輩出しているのではと言われていますし(乗っ取りの動きとも取れますが)、フランスでカルト指定されていると聞きますし、ひとつ間違えればオウム真理教と変わらない側面も持ち合わせていると思います。
信徒団体として独立した時点で宗教団体と言えるのか?そもそも怪しいところが見受けられます。公明党として政界に進出している時点で政教分離に抵触していると思われますし、私的にはかなり不純な団体と認識しています。
純粋な宗教団体とは言えないと思われます。
ただ、創価学会の拠点で有る文化会館には若いサラリーマンや主婦などの現役世代が出入りしているのを見た事が有り、天理教がお年寄りの割合が多いのと比較して驚きました。私が不純と言いましたが何か惹きつける魅力が有るのでは無いかと思います。
(芸能人も多用し政治にも影響力を持っているので自分たちが世の中を動かしていると感じているのでは・・・と推測しています。)
不純と言いましたがそもそも宗教団体の定義自体が曖昧なのでしょうね。
基準と言うものが設定しようが無いのでしょう。
オウム真理教も宗教団体として認定されたんですからね。
昨日、ご覧になった方も多いと思うが、ある番組の中で、タレントのヒロミさんが、こども食堂の内装をリフォームしていた。毎度、見事なもので、感心したのであるが、それ以上に感心したのは、こども食堂をされている50代ぐらいの奥さんのことである。
親が仕事で家に居なかったり、病気で入院などしていたりで、一人きりで食事をしたり、満足な食事も食べてないような子供たちを見るに身かねて、こども食堂を始めた、ということである。ちなみに、こども食堂を全国最初に始めた方だそうである。
以前は居酒屋をしていたという、古い建物を借りて、狭い台所で、30人くらいの子供達に、おいしい、栄養のある料理を食べさせてあげたいと、奮闘されている。食事代は、ワンコインでいいそうだ。つまり、500円以下で、いくらでもいいそうだ。1円でも、5円でも、10円、50円でも・・。
経営的にも大変だろうが、それでも、子供達のためを思い、続けたいと言われている、穏やかでやわらかな物腰の奥さんを見て、神様だ!と思った。いや、現代の中山みきさんが、ここに居る!これぞ人助けだ!と。
この奥さんが神様なら、天理教教団は、悪の巣窟ではないか。こども食堂も、今、日本全国に何ヵ所かできており、更に、広がりつつあるそうだ。天理教より、一般の市井の方々の方が、困っている人を助けたいという、助け合いの心を持っているように思われる。
天理教団は、このような有益な福祉活動に対して、補助金でも出してあげればよいと思うのだが・・。
天理教とは、いったい何なのだろうか? 信者に寄生しているだけで、社会に役立つことを、何ら、していないのなら、存在している価値は無い。
天理教内でこども食堂を運営されている教会もありますね。
http://www.e-oji.jp/kodomo
偉いな!!!
もう1か所あります。
https://www.facebook.com/doukeikodomoshokudo/?hc_ref=ART1iZBTQSMATb6hSVgc0xdv4LLQ4SHY4bUnbhnnW7XYs0nu4QzNCM_lT2XHbCXaxIs&fref=nf
こちらは本部のお膝元で!!!
天理市での子ども食堂は「ひさまつ氏」が紹介なさっていた記事がソースです。
ひさまつ氏に敬意を表して。
http://aremocoremo.info/oh-really/
子ども食堂されてる教会は、他にもたくさんあると思いますよ。
一例を挙げますと…
Twitterアカウントを持たれてる、東大阪市の子ども食堂いっぺこっぺは勢河内分教会。
大和高田市では高田町分教会がたかだまちこども食堂を。
https://ameblo.jp/smoooooch030?utm_source=gamp&utm_medium=ameba&utm_content=general__smoooooch030&utm_campaign=gamp_headerInfo
麹町大教会でもやっているようです。
https://m.facebook.com/Kojimachi.kodomo/
多分「天理教」を前面に出すと、宗教施設じゃ行きにくいと感じる人も居るので、名前だけでは天理教の教会でしているとわからないように工夫されているのではないでしょうか。
追記。
東王子分教会さんのサイト
https://sites.google.com/view/eoji
に、天理教でこども食堂をされているところの一覧がありました。
「Q. ほかに「子ども食堂」をやっている教会はありますか?」の項をご覧下さい。
三年で1500億円集めたって本当? さん
聞くよりも見て納得ではありませんか。天理の近くに住んでおられるのであれば見に行ってください。
三島神社と鏡池をぶっ潰して建てた巨大建築、不動産屋顔負けの先代真柱の不動産欲ぼけ振り。このようなところまで教団本部名義の土地が有ったなんてざら。
詰所群だって目に見えないお供え。本当は1500億円どころじゃないでしょうね。
何事も、一見は百問にしかず、ですよ。
東風Z様
三代真柱の事は信用していたんですけどね・・・
不動産屋顔負けの欲ボケ振りだったとは・・・ショックです。
子供がゼンスケですからね・・・親の顔が見て見たい・・と言う事ですかね
孫がダイスケですね・・・先が思いやられますね・・・と言うか、先が見えてますね・・・
教会による子ども食堂は、やらないよりはやったほうがいい。
だけど、居場所のない子どもは常に居場所がないし、個食だろうし、ろくなものを食べていないだろう。
地域の中で、子どもがいつでも安心して出入りできる教会である方が、子ども食堂するよりも意義があると思う。
教会とは本来そのようなものではなかったのか。
とはいえ、今の教会長たちにそんな覚悟のある人間がどれほどいるのか。
現天理教組織がなし崩し的に延命するのはよく無い、子供食堂なり里親制度なり、現行の宗教法人天理教が組織や体制の維持、それに伴う集金体制など継続させるのは許されない事なのだから、とにかく、それらを一旦清算するのが筋・・・子供食堂やら里親やらは延命のための一手段に成り下がっているように見受けられる。
まず、人事だろうな・・・やっぱり世襲をやめる事。これに尽きるだろう。
世襲は百害あって一利なし・・・
まあ、もう遅きに失している感はあるけどね・・・
一旦破綻した方がいいとは思うけど・・・
「中山たまえ」は「たまえ」の魂ではなかった。
教祖殿は、捏造されているのか?
ある書き込みより
おふでさき七号65,67,72の解釈について
通説(『おふでさき註釈』)では、お秀の魂(明治3年㋂15日死亡)が、まつゑの子として宿し込まれ、「たまゑ」と名前まで付けておかれたとされています。
しかし、のちに初代真柱と結婚した「たまえ」は、明治10年に生まれ、その時の名前は「まち」です。7号が書かれた8年は、妊娠していた可能性が全くない時期です。また、明治12年に亡くなった「まつゑの子(智生童子)」がこの時期に生まれたのだとの説もありますが、この子は享年2歳とあって生まれたのは11年です。(復元39.68頁)
そうすると、明治8年に教祖の身近な人間で妊娠していたのは、こかんしかいません。
おふでさきの3~11号は、「高山の説教」である国の宗教政策についても語られていますが、身近な人間については、主にこかんが主人公です。この事が伏せられ、秀司やまつゑのこととして解釈されているために、大変理解困難なことになっています。
「天理教」はこかんを17歳の時とされる「大阪布教」でしか語りませんが、元治元年の吉田神社の裁許状の名前が「こかん」であり、「若き神」と言われたというこの人についてもっと語る必要があるでしょう。
創価学会は宗教団体か? 様
天理大学卒業の知人(二部の同級生)が言っています。
以前にも書きましたが、この山もあの山も教団のもの。山の手入れが出来ていないので近隣の住民の方からクレームが来て、本部の呼びかけで知人も山の清掃のひのきしんに出たが、何しろ経験がないものだから山の中をうろうろするだけに終わったとか。
その程度の教団です。どのようなことでも手に入れるのはおカネさえあればできるのですが、維持管理はそれ以上のものが求められると思うのです。
人を育てるにも同様のことが言えると思います。入信者をようぼくに育てるのも、育てる人間が余程成人していない限り無理でしょうね。果たして、本部にそのような人が何人居られるのでしょうか。口ばっかしでは駄目でしょう。かく言う私もダメ人間ですが。
今年も暮れようとしています。
今年は天理教組織にとって一つの節目になりました。真柱の後継者を決めたと言う事です。
次の体制に備えて準備を完了したと言う事です。
まあ、それはよしとして、もし仮にダイスケ君に子供ができなかった、として、どうするか、また今回のように中山家の血を引く人間をもってくる・・・と言うことになるんでしょう。
とことん血にこだわる・・・まあわからんでもない・・・教祖さんの血を引くもの・・・これを継承する。一理はあるだろう。
しかし、それでうまくいくか?本来の目的である救済が進んでいくのか、皆が陽気に歩んで行けるのか?と問われれば陽気は一部の上層部だけで大半は陰気に通らざるをえないどころか苦しみもがいている教友が数え切れないほどいるのは確かで・・・やはり世襲には弊害が多すぎる。
既得権益を守っただけのように感じるが・・・
教祖さんが本席さんを後継者に据えた時点で『血』に特に意味は無いと言う事が示されたのではないのか?
このような事がいつまで続くのか?続けるのか?行けるところまで行こうと言うことか?破綻せねばわからないのか・・・
これらは隣国の世襲体制を引いている独裁国とあまりにも酷似していて興味深いものがある。どうみても世襲でうまくいくとは思えないし、想像しても気持ち悪ささえ感じる。それほど世襲は危ないことだと思う。
世襲したい!と言う気持ちはその当事者からすればわからないではないが・・・私物化していると言われて返す言葉があるのかどうか?
この教団は誰のものか?中山家個人のものなら世襲なりなんなりすれば良いし、救済が進み皆が陽気に通れるならどんどん世襲をすすめてくれて結構!でも現状はどうだ?
もうどうしなければならないかは「言わずもがな」だろう
ある意味どうなってゆくのか危惧はするが興味深いものでもある。見届けようと思う。
年の瀬にふと思う・・・様
おっしゃることその通りです。ただ、私は布教の現場にいるだけ危機感は半端なものではないです。
かつて単独布教から教会長へ、さらには大教会長や本部員になるのも夢ではないという、柏木庫治流のサクセスストーリーが喧伝されたことがあった。しかし、柏木氏の場合、氏独自のキャラクターのほかに、大正から昭和にかけての特殊な時代背景があって、大教会長・本部員まで上り詰めることができたことを忘れてはいけない(なお本部員になれたのは二代真柱の抜擢があってのこと、いまの体制では無理)。たしかにいまも単独布教が行われているし、全国には布教の家もある。しかし、布教師たちの熱意にもかかわらず、現実にはうまく行っておらず、結果的に教会後継者の「単独布教してきました(どうだ偉いだろう)」という箔つけにしかなっていない。
なにも教団内で立場が上昇することに意味があるわけではないが、世襲制度によって階層が固定してしまっているために、一種の身分制度が確立してしまっているのが大きな問題である。いま教会長になろうと思えば、末端教会の場合はいつでもなれる。しかし、なりてがいない。そのため、大教会長家族で子どもを沢山産んで、配下の事情教会を継がせている。結果、ますます天理教内は身内社会化している。ところが、末端教会を継がせられた子弟の中には心を病んでアルコール依存症になったり、教会家庭がうまくいかず、離婚したりするケースもしばしば聞く。これはひとえに末端教会の大半が教会基盤が脆弱であり、教会だけでは生活ができないからである。(里親はどの教会にでも出来ることではない。安易に引き受けるのは子供にとっても問題が大きい。教会再生のために里親を勧めるのは本末転倒である。)
そもそも宗教者にとって「世襲」ということはありえないと思う。天理教では一名一人の理があるので、なおさらそうである。いまの制度を急に変えるのは難しいのはよくわかる。でも、本部員枠の半分は一般教会長から入れるとか、大教会長は形だけでも部内教会長で選挙して選出するとか、工夫はいくらでも可能であろう。少なくとも、今のありさまでは、将軍様の支配する隣国のことを笑えない。
また、教会として機能していない末端教会は思い切って整理統合したほうがよい。一般の人たちがみすぼらしい天理教の教会に行ってみたいということが考えられますか。それよりは、そこそこ人の集まれる教会を各市町村に1つか2つくらいにして、教会長資格のある者が輪番制でいるような形のほうが、負担なく運営できるし、未信者の方も足を運びやすいと思う。
中山家の世襲要員はまだまだ控えていることを、大亮夫婦の結婚披露宴で披露されていたそうです。
出席者の話によると、真柱夫妻をはじめとする中山家ご一統が壇上に上がったそうです。
それぞれの人が「叔父」「叔母」等というように関係が分かるような札を下げて子供から大人まで
登壇したそうです。
大亮夫婦にたとえ実子が無くても、替わりが控えているとばかりの中山家のデモンストレーション
だったようです。
列席者に向けて、子供を含めての親戚一同紹介なんて、天理教中山家の他にどなた様が考えるでしょう。
大手ホテル勤務の経験から言えば最近の披露宴では一般的に、親戚一同は。ほぼ末席に席次が割り振ら
れます。
友人・会社の上司・同僚が上席で披露宴進行も親戚一同の出る幕は全くと言っていいほどありません。
両親に感謝の言葉と花束贈呈はつきものですが。
アットホーム感を演出したなんていう言い訳は通りませんね。
この話をした人は大亮氏が実子ではない事など何処かに飛ばしてしまい、(養子も実子同様ということで)
「血が繋がっている」ことに、感嘆したそうです。
だからどうというそれ以上の内容は有りませんでした。
まぁ、天理教の場合、会長が話した事ですら、成熟している信者は噛分けて聞き取る「聞き取り上手」で
ありますから、右から左に聞き流す、害もない話ではありましたが何処か能天気な感想でした。
匿名布教所長 様
年の瀬にふと思う・・・様
本当に仰る通りです。
しかしながら、今の制度は決して変わりません。教区長は本部からの任命ですし、直属教会長が不祥事を起こしたとしても、後任には部内から選ばれるのではなくて本部から派遣されるのです。
必ず真柱さんに面会して許可を貰うシステムなのです。
大教会長の娘が恋愛して部内布教所へ嫁に行くのを、親の大教会長が必死で止めさせようとしたという話も聞いた。特権階級に居る者の愚かさだと思う。
>本部員枠の半分は一般教会長から入れるとか、大教会長は形だけでも部内教会長で選挙して選出するとか、工夫はいくらでも可能であろう。
普通なら、そう考えるのが当然だが絶対そうはならない。本部の知らぬ所で勝手な動きをされるのは嫌なのでしょう。
本部の方針のままに教団運営された結果、ものの見事に教勢は凋落の一途をたどっている。
本部中枢は、そんな事は関係ない。有り余るほどの貯えを持ち、子供を留学させ、遊び呆けている。
神が居るなら、こんな現状をどう感じているのやら。
↑ 見苦しい改行で失礼しました。
思い過ごしなのか、ここ社会学様に書き込みさせて頂く時にだけ、いつからか、
PC画面に異変が起きます。黒白フラッシュ現象?といいますか、表現が難しい。
慌てて他のサイトに飛びますと正常なのです。
大勢の方が集中してアクセスした場合とは異なる現象です。
自身のPCには当然ながらセキュリティソフトを入れていますし、
更新も毎日しています。
他の方は大丈夫ですか?
現在は幸い起きていません。
中山家は自ずから世襲をやめることは無いと思われる。なぜか?今までのやり方が間違っていたことを認める事になるから(たっぷり溜め込んだ財産を手放したく無いのが一番?)・・・それはできない、しない。
しかし、今のままではダメだと言うことはわかっているし、感づいているだろう・・・そこでジレンマに陥いっている?
まあこのままじゃジリ貧になることはわかっている。
天理教だけじゃあなく宗教法人たるものは社会の公器なのだ。
各地方の教会も、地域の社会の公器なのだ。決して一個人の所有物では無いし、所有物であってはならない。私物化することは許されないし、許されるものでは無い。そんな性質のものでは無い。
となるとやっぱり世襲するのはあかんとなる。
みんなの意見で話し合って世襲でいい、となったら世襲でいいが、世襲している奴らが勝手に世襲してたらこれは笑うしかない。
時代錯誤も甚だしい。
何時代ですか?江戸時代ですか?徳川さんですか?と質問しなければならない。
兎にも角にもまだ頭の中身は”ちょんまげ”を結っておられるようで・・・
早よ文明開化しなはれや。と言ってやりたい。
マリーアントワネットになりまっせ!てな感じ・・・
古い元教会長様 また皆々様
ふだん会社勤めなので、今回連投させていただきます。
私も事情教会の会長にならないかと言われたことが再三ある。しかし、そのつど断ってきた。教会と布教所ではまったく「理」が違い、教会になってしまうと、「理の親子」関係(教会制度)に完全に呑み込まれてしまうからだ。私が断った教会は別の人が家族ぐるみで引き継いだが、相変わらず事情教会のままである。布教力が強まるどころか、上級の御用を含む煩瑣な教会用務のため(お供えの重圧もあり)、かえって暮らしは苦しくなるばかりで、家族関係もギクシャクしてしまった。別の事情教会は教会長の成りてがないまま、上級預かりになっている。
中山家ご一統の大名ごっこは今に始まったことではない。二代真柱のときは、大名や貴族ではなく、将軍か天皇のようだった。お金も湯水のように使っていた。それに比べれば、こないだのレーザー光線など遊びのようなものだ。彼等のことは放置してもいいのではないかと思う。そのうちお供えも減って、そんなこともできなくなるだろう。大事なのは、我が家を、かけがえのない自分の家族をこそ、守ることである。自分たち自身を守れなくては、外に向けておたすけも何もない。自分が幸せな気持ちでないと、人は助けられない。そもそも、人助けの天理教なのに、その天理教の教会制度から身を守るなんて、考えてみれば悲しいことである。けれども、おぢばは四六時中オープンだから、本部や教会を通さなくても参拝できる。ありがたいことだ。
教友の皆様にとって、立教181年が良い年になることを心より祈っています。
来年は、茨木先生が罷免され、ナライト様が発狂された、大正7年、1918年からちょうど100年になります。
天啓者不在のお地場という異常事態が始まった分岐点だった訳ですが、そのことで救済能力が下降してきた事が、根本問題なのではないでしょうか?
支配を望む側が、誰かを何かを征服する為には、建前としての言い訳がいるというのは常識です。
「支配したいので、利益が欲しいので、一方的に言うこと聞いて私達に尽くしてください。」などという訳がありません。
その支配側の言い訳として、人間にとって絶対的な存在であり、尚且つ確認することは不可能という、
利用する側にとっては大変都合の良い、「神の名」が使われることは世界中で行われている。
「神に選ばれた特別な存在として」「神の使いとして」であれば、どんな理不尽な振る舞いも、
どんな残酷な行動も、神の名において正当化されてしまう。
世界中で人を誘導する為に使い古されてきた、この手法。
数々の矛盾がある宗教組織の「神」とは、一体なんだったのか、もう気付いている人々の方が多い
のではないかと思う。
次に出来ることは、「そこからどうするのか?」ということで、
それでもただただ従い続けることが、家族への思いやりであり美徳なのか?
その理由は自分が現実をしっかりと見ることへの不安、長い人生の時間が間違いだったかもしれない
ことへの恐れではないのか?それは単なる逃避や自己満足ということではないのか?
などと、いろいろ考えさせられています。
拠り所だと思っていたものが違った時、自分に寄り、自分自身に立ち返らず終えない状況となる。
本当の意味での自立した判断や客観性が求められている。
自身の内なる神との対話の大切さ。
正に「そこからどうするのか?」ということが試されていると感じています。
世襲がおかしくなる条件として、世襲してトップに立った人が決して小さくはない権能を有するという条件があります。
世襲であっても健全でいたいというなら、信者の統合の象徴として即位していただくだけで、現実的には権能がないという条件がどうしても必要になってくると思います。
江戸時代でも大店の主人は確かに世襲ですが、主人はオフィシャルな場に出たり、どこかに挨拶をしに行ったり、店の名前を売る宣伝の道具としての権能はあったかもしれませんが、実質的な経営権は主人ではなく、何人もの番頭による合議制でした。
天理教ではすでに真柱だけではなく、天理貴族という既得権をいっぱいもった階級が厳然と存在している以上、彼らがこんなおいしいポジションを禅譲することもありえませんので、カトリックのようにトップが出家して、血統ではなく法統による継続というのは100%不可能といえます。
年があけました。おめでとうございます。
年が明けたということで一応教会ですので元旦祭をしました。
で、ハテナ?なんですが、まあ、前々からのハテナ?なんですが月次祭でも神実様の扉の開閉・・・
開扉、閉扉なんですが、教祖さんは開けっ放し・・なぜか?存命にてお働き下されているから、ということらしい。まあ、それなりに納得。
ではなぜ親神さんを開閉するのか?がわからん。
親神さんは森羅万象一時も休むことなくこの宇宙の運行、太陽、月などのはたらき、地球の守護。人間の体内の働きを休む事無くされていると理解しているのだが・・・それを開けたり閉めたりなんでするの?と素朴に「変だな~」と思っていますが、こんな私こそがへんでしょうか?まあ、開け閉めするのも面倒だなと思っているのですがその意味、必要性がわからないので・・・そもそも、あの木で作った社の中に神さんが鎮まっているとは到底思えないんだけど、それを言っちゃうと元も子も無くなってしまうかな。まあ、火事になった時には真っ先に神実様を守る、持ち出すと聞いたことがあるからね。
でも、もし、火事で燃えたって神様は燃えないと思うけどね。それほど、あの神実様には不思議な力が有るのかな?今までそんなこと全然感じた事ないけどな・・・それから、神実様を有りがたく扱うようにしているけどこれは天理本部から下賜?されたものじゃないんだってね。自前で用意しているものらしいし。
どうも、だだの木製品にしか思えないんだけどな・・・それをカパカパ開け閉めしているだけにしか思えないんだけどな。そんな事を考えているわたしがおかしいのでしょうか?
そうそう、聞いたはなしによると近頃教会を辞めたり信仰を辞めたりする人が増えていて神実様を返しにくるんだってね。返しにくるということはやっぱり不思議な力が宿っているのか?いや、やっぱりただの木製品か?返されたほうもどうするんだろうね?神がやどっているという前提なら雑なあつかいもできないだろうし、と言って別で祭るのも大変だろうしね。て考えているとやっぱりあんまり意味の無いものの様な気がするな。親神さんがおでましになったり引っ込んだりしないと思うんだけどな・・・これ、神道の影響なのかな?教会数が一応1万6千箇所として1万6千の神実様があっても神はひとつで神が1万6千に別れることは無いだろうし。
私の母親は、布教所を開設していました。
その母親がいつも言っていました。
「火 水 風 ほかに神なし」
水を電気分解すると水素と酸素に分かれる。そして水素は酸素(風)と結び、火となりまた水に戻る。
火と水と風(酸素)は三位一体 まさしく神だ。
人間の体には、六割あまりの水と36度5分の熱(火)があり、風(酸素)が途切れる事無く出入りしている。
まさしく神そのものだ。
会長が、月次祭で社に向って「・・・お鎮まりくださる」という文句を言うと、私は心の中でいつも思いました。
「そこに神が鎮まってる訳ねーだろ 本気で神が鎮まっていると思っていたら本物の馬鹿だよね」
今の天理教の形は、神職であった山澤家が作ったものですよね。
表は中山、中身は山澤ですかね。
本日、天理市の知り合いから山澤家、梶本家の系図が届きました。
そこには、山澤家が天理教に入信した当時の社会的な地位がメモ書きされていました。
山澤家が天理教に入信した頃は、大和神社の信徒総代を務めていたそうです。
だから大和神社事件など起こるはずがないとの事らしいです。
大和神社の関係者も、神社は官憲ではないから人々を留め置く権限など無いと話ているそうです。
大和神社の関係者は、大和神社事件の話は天理教の作り話だと言っているそうです。
天理教は個人の救済をはじめ、この世の建て替えなどの壮大な目標を掲げここまで来た。
しかし、今となってはこれらは組織の維持のための方便。
集金のための方便。存在意義を維持するための方便。となり、これらが目的になってしまった。
本来の目的はひとえに一個人から世界の救済のはずだがそれらが目的じゃなくなり手段に・・・そして組織・体制の維持、そのための資金集め、そのための構成員の確保。これらが目的になってしまった。
今となっては目的と手段がそっくり入れ替わってしまった。
表統領はじめ本部の方々は決してこの世、人々の救いなどはもう思っていないと思われる。それは口では神殿講話としてしゃべっているが真剣に思い考えてしゃべっているとは到底思えない。
一応、それらしき言葉を並べているだけと考える。まあ、惰性でやっていると言っても過言じゃ無いだろう。
かなり、きつい言い方をするがこの世建て替えを掲げているにも関わらず自組織すら助けれていないどころか、自組織の人々を犠牲にし苦しめ続け下手すりゃ喰い物にしているんだから本当なら退場だ。(永久追放でもいいくらいだ)サッカーでいうならとっくの昔にレッドカードだ。自浄作用も無いし、とにかくもう上からモノを言う立場には無いと言っても言い過ぎでは無い。退場してもらわねばならない立場にいることをまず自覚することから始めなければいけない。決して上から偉そうに能書きを垂れることは許されないし、そんな時期は過ぎ去ってしまっていることを理解するべきだ。なので、まずは教内の人々に謝罪なりなんなりするのが本筋だろう。結果がすべてなのだ。世の中では結果を出せず悪化させているのにその立場に安穏と居続けるなんて有り得ないことなのだ。だから退場するべきなのだ。やはり感覚が麻痺していると言うか壊れていると言うか神経が図太すぎると言うか、やはり私有意識があるからそうなるんだろうか?
私有意識と言っても宗教法人として税制の優遇を受けているんだから私有なんてことは有り得ないし社会の、世界の公器なわけで・・・
悪政の結果もたらした疲弊、惨憺たる有様になって尚、体制を維持しながら同じことを繰り返すなんて一般常識や通常の観念で考えれば有り得ないことなのだ。本当にこの教団の上の奴らは信徒や教会関係の人々をなめている、愚弄している馬鹿にしている。いや、社会をまた世界を馬鹿にしている。
そんな気は無いと言ってもやっていることが物語っているのだ。
ふざけるな!と言ってやらねばならない・・・
複数の天啓者を含めた本部人事の再考を望みます。
もう30年以上前になりますが修養科へ行きました。
その時に、神実さんのお扉、開閉の際、拝(低頭)をしながら確か「ウォー」と声を出す。と教わり実際そのように練習した覚えがあるのですが今でもそうやっているのですかね?ふと思い浮かんだので・・・
これらはやはり神道の影響を強く受けているのでしょうね。
詳しい方がおられましたらご意見ください。
そういえば昔は榊を(鉢に入った)上段の間に置いてたっけ・・・
我が家は末端の教会ですが、建物が築何十年と経っていまして、それに加え建物の一部がバラックとはいかないまでもそれに近い、屋根部分がトタン屋根一枚それもプラスチック?樹脂?なのです。
当然この季節の寒気がもろに襲ってきて寒いのなんのって。
トタン屋根だと外気温とあまり変わりませんね。
周りの家いえは今風の建物で断熱も効いていそうです。
あまり愚痴をこぼしたくは無いですがやはりトタン屋根はこたえますね。(ぶっちゃけ見た目もかなりみすぼらしいのは確かです。)
それに引き換え天理教の平壌たるご本部では立派な建築物が乱立していますね。このアンバランスさは一体なんでしょうね。それでも有効に使われているならいいですが稼働率は怪しいように見受けられますが・・・
「おつくし」と称しての上納金のほんの一部でも積み立てれていたらトタン屋根じゃなく断熱の効いた部屋でくつろげていた事でしょう。
ほんと自虐的に生きるように洗脳された姿がこれです。悲&涙
天理教団は単独で存在しているわけでは無い。この世界、この社会、日本という国とも大いに関係しながら存在している。
そこで現教団組織はその世界、社会、国家にとってどういう存在か?
本来なら心の救い、魂の救い、人々の悩み苦しみに対しての救いであらねばならないはずである。少なくともそれらに寄与できていなければいけない。
またそれを前提に税制も優遇されているわけである。
今の教団組織は体でいうならガン細胞なのではないかと思ってしまう。
本来ならマクロファージやキラーT細胞などの免疫細胞であらねばならないと思うが現実は違っている。
存在しているのが望ましいのか、いっその事消えて無くなってくれた方が世の為か?と問われれば残念ながら後者を選択せざるを得ない様相である。
この組織はこのまま衰退して行くだろうと思われるが間違って息を吹き返すようなことがあれば身体中にガンが拡がり体を蝕み死を呼び込むことになるだろう。
有形無形の悪影響を及ぼしているのではないかと危惧するところです。
昔、ある盛大な教会でお供え金のことについてこう説いていた。
それは、助けていただいたお礼としてのお供えということだった。
その当時まだ純粋な用木だった自分はなるほど!と納得したものだった。
しかし、今でもその論理は納得するところではある。
「助かった、助けられた」という実感が有りそのお礼としての金銭のお供え・・・
まあ、そんな純粋な信仰も昔は有ったんだろう。
しかし、それも最初だけでそれを延々とやりお供え要求になり、毎月、毎月
生きている間ズーッとお供えせねばならないとなれば嫌になっちゃうのは確か。
それでも上は毎月、毎月お金を欲し吸い上げている。
そのお金は喜びや感謝、嬉し涙のお供えなはずが苦しみ、不満、恨みなどの負のエネルギーをまとったものになっていると思う。
それを延々繰り返している。
本部には負のエネルギーが充満しているように感じられる。
だからあまり参拝する気にもなれない。
おつとめをしていても気持ちが入らない。
何か大切なものが抜け落ちた感がいつも有る。
やはり感じられるのだ。
ここには大事なものが無いと・・・
人々の苦しみ、悩み、恨みなどの負のエネルギーを溜め込んで肥大化し延命を図っているこの組織には栄える道理がどう考えても無い。
やはり滅びゆくのがそれこそ天理。人を苦しめ栄える道理は無い。
社会学さんのtwitterを転載します。
天理教青年会の公式Twitterに関してのコメントです。
なお、青年会の書き込みに「本日」とあるのは1月9日なのか(多分そうなのでしょう)
確認取れませんでした。青年会のホームページのスケジュールを見ると、
9日の欄は記述はなく、カラーがオレンジになっているだけでした。
このように基本的な情報「いつ」が抜けていることからも、知的レベルに
疑問が・・・。
【社会学さんコメント】
特定の家系や天理教本部だけで天理教を独占せずに、研究というのであれば広く研究成果を公開すべきです。集合写真の中には国から研究費をもらっている研究者もいるようですね。天理教は誰のもの?
【青年会コメント】
本日、青年会本部にて天理セミナリウム(天理大学宗教研究フォーラム)が開催されました。
このフォーラムは、次世代を担う若手研究者の研究成果を発表する学術講演会として発足したものです。
青年会としても、教理を深め、求道面の充実に取り組んできます。
(発表テーマ)
1.二代真柱様とおふでさき研究
2.天理教と中西牛郎―復元以前の「天理教学」
3.道にたとえられる宗教―古代イスラエルの場合
4.「おさしづ」における一人(ひとり)と一人(いちにん)
5.「おふでさき」における動詞とその視点
6.医学研究にみられる 115 歳定命の問題
7.生命倫理学とはなにか
☆☆☆
興味深いテーマが並んでいます。
社会学さんのご指摘のように疑問が沸き上がります。
何故、研究成果を広く世に問うことをしないのか。
大亮氏が鎮座ましましているが、この発表会はなぜ、一般に公開できないのか、聞きたいところです。
仏教系の大学には正規の学生の中にも(欽ちゃんの他にも)退職した後に自費で学ぶ人々が大勢います。
天理教信者の中にも、自分の信仰に違う角度からの光を当てたいと考え、天大宗教学科で学びたいと思う方もいるやもしれません。
これでは研究も発表も、ちゃんとやっているとのアリバイつくり程度の認識なのかと疑われてもしかたないでしょう。
第一、発表者の氏名の記載が無いなんて!!!!!!!!!
いったい天理教の人たちって、ローカルすぎるのではないですか?
匿名信者
2018年1月9日 1:23 PM様
天理がローカルなのか?
教えに普遍性が有り組織も正常に機能していれば問題ないでしょうローカルでも。
ローカルというよりやはり内向していると感じられますが・・・
所詮自己満足的。現在の組織運営が大々的に公に自信を持って公開できるものではないことを本部も承知しているのでは、と思われますが。(後ろめたさも感じているのではと・・・)
よく言われる、人は騙せても自分は騙せないと・・
そして最近ふと感じること。
天理では”おつとめ”というものを重要視しその実践を熱心に説く。
しかし、思ったのは本当におつとめを勤めているのか。
もしくはお供えを集めるんだがお金だけを集めてはい終わりではさすがに格好がつかないから、言い方は悪いが格好をつけるためのおつとめに成り下がっている場合も有るのではないかと頭をよぎりました。
なぜこんなことを思ったかというと
①おつとめ自体が格好ばかりで形骸化していること。
②ほぼほぼ惰性でやられていること。
③祭典後の講話がなんの話しか?考えても理解できないこと。
これらからおつとめという奴はお供えを集めるための前儀式なのでは?と感じたのです。
現在の天理教のどこがどう素晴らしいのか?具体的に述べて下さい。
匿名
2018年1月10日 12:46 PM様
>現在の天理教のどこがどう素晴らしいのか?具体的に述べて下さい。
唐突な問いかけ?誰に向けた問いかけなのか、どういう意図で投稿されたのかはわかりませんが、この一文なかなか強烈なものが有りますね。
考えるに全く答えが出てこない・・・
どこがイケてないのか?なら容易に出てくるんですけどね・・・
なんか、さみしい、虚しい、情けない気分になりますね。
自分の意識もイケてないところにフォーカスしてしまっているので・・・
でも、やはり”アカンもんはアカン”と言わないと・・・
昔、コマーシャルで”うまいもんはうまい”というのが有りましたっけ・・・
天理教のどこがどう素晴らしいのか?
特命さんと同じように考えてしまいますね。
もし未だに信者として天理教に陶酔していた頃ならば天理教の全てが素晴らしいと言えるでしょうがね(笑)
現時点で素晴らしいと思うのは
巧みに確立された集金業務
教理という名文
自己満足を顔と言葉に出さない「ひのきしん」という草の根的なボランティア
縦割り社会を代表とするような近世の遺産とも言える封建的制度
7世紀に官吏が着ていた装束(教服)
お揃いのハッピ
自然破壊をすることも許された神殿の立派な檜柱
子どもに満足感を与えるイベント「こどもおぢばかえり」
「御供(ごく)」という万能薬
「いんねん、おそなえ、よふきくらし」という合言葉
本部食堂の肉無しカレーと朝昼夕3食の精進料理
おせちという名の焦げた餅の欠片が少し入った薄味の醤油汁
強制的動員力
その他、意図的に変質させた歴史的無形文化財の伝承
今日はこのへんで
お供えを集めるためのおつとめ? 様(2018年1月9日 7:23 PM)
発表者名の記載が欠けていることを指して「ローカル」と受け止めたのです。
発表の内容を今の時点では知ることができませんから、あくまでも伝達情報の一部が、
それも大事な一部が欠けていることを指摘しました。
どなたの研究発表なのか、AIの発表でもあるまいし、氏名を明らかにしないというセンスを問うています。
ただそれだけです。
お供えを集めるためのおつとめ? さんが「うちむき」と表現されたのは理解できます。
一般的に考えれば研究者という者は名前出しを望むもの。
名前を出さない研究発表では信頼されません。
でも、一人一人の顔がはっきり認識できる集合写真の同時掲載を見る限り、Twitter発信で顔を晒す覚悟があることからも、これは必要な基本情報に関する認識が甘いという状況レベルの話だろうと推測した次第です。
「Twitter発信の短所を自覚して、ホームページと連携した情報発信をしましょう」と、優しく呼びかければ良かったかなと反省しています。
ローカルルールでは世界で相手にしてもらえないことを言いたかったのです。
表現力不足は自分も同様でした。
ざっと計算してみました。
神殿1万坪として坪30万で30億
おやさとやかた内10万坪として300億
その周囲の詰所群100万坪として3000億
その他、白河、蛇谷山、各教務支庁などおたすけによりあがったお供えで蓄えた財産です。
同様に動産(現金、預金、有価証券)などもありますので現状からお供えが一円もあがらなくてもむこう100年は天理教本部は意味もなく存在しつづけるわけです。
そんな組織は無視して心ある人は無償でおたすけをするのではないでしょうか?
宗教(おたすけ)は無償でおこなうべきものだと思います。(理想ですが、できると信じたい!涙)
ガン細胞などと言いたくはないが 様
組織はなくても信仰はできる 様
ガン細胞は、この世の中で唯一自己矛盾を抱えている存在だと聞いたことがあります。
宿主が途絶える時ガン細胞も途絶える。このがん細胞は他の宿主に移ることは出来ない。天理教も同様の道をたどると考えることもできる。
太りに太った教団は、適正な維持管理が出来ずに、自らの身を持て余しているのだろうか。
要するに天理教という組織はバカだってことですよね。共存共栄をはかる寄生虫として利口にやればいいのに。
そんなことも思いつかないほど頭の悪い人材しかもう教団には残っていないということです。
末端の献金を一切あてにせずにやっていける大教会が存在しないという事実がすべてを物語っています。
下が死に絶えるのも時間の問題です。今度は大教会が飢え死にする番です。
私は弱小零細大教会の末端教会の子弟(すでに全力でおっさんですが)です。
天理教の末端で育つと当然のことながら経済的な余裕など有りません。
有りませんと言うより有ってはならないのです。貧乏でなでりゃならないのです。「おやさまのひな形を歩ませていただきましょう。」との洗脳を受けているのです。「ひな形たどりゃな、ひな形いらん」と・・・これほど怖いことは有りません。
そして、私も例にもれず「いちれつ会」からのお金で学校に行っていました。(育英会も二つ受けていました。)
で最近までそのことで「自分はいちれつ会から補助を受けているからお返しをしないと・・・いくら、しようかな?」と考えていましたが、「待てよ。そもそもいちれつ会から補助を受けないといけないのは親が天理教一本で収入も無く、また無い中でもお供えと言う上納金を毎月毎月納めてきたから、貧乏なんじゃないか、さんざん貧乏してきてもういいだろう。天理教は何百億と金集めてるんだし・・・」と思い直しお返しするのをやめました。(そもそも既に上納お供えを何十年に渡りしてきているのでお返しという言葉もおかしな言葉です。)それで正解だったと思います。危うく何十万円のお金が上へ行くところでした。汗
家族で旅行に行くことも無く、楽しい思い出も無く過ごした子供時代、天理教のことだけが頭の中に有った親の生き方、経済的困窮、もう十分、
身も心もお金も捧げてきています。(そのわりに何もうまく行ってませんが非)今更、もうこれ以上お金を出すことはないでしょう。
かなり洗脳から解き放たれていると思います。
良かった。良かった。
教祖や幹部は「親様のひな型」なんかたどっていないのですが?彼らはいったい誰のお金で暮らしているのですか?貧に落ちきれを実践せよといいますが、言う側は絶対に貧に落ちきっていません。
いちれつ会の返済なんかする必要はありません。原資がどこから出ているのですか?すべて末端の人たちが苦労してささげたお金なのです。自分たちで出したものなので遠慮なく使わせていただいて、「返済?自分たちで出してプールしておいた資金ですよ。うちは末端教会です。献金をするときは天に宝を積むという考えでやってきました。だから自分の貯金ですから使うのは自然ですし、もちろん返す義務もありません」と平然というくらいでいいわけです。
今日は上級教会の一月の大祭でした。とは行ってもガチの事情教会なんですけどね。
私は当然参拝せず・・・で思ったのが終わっている組織に関わり続けていると自分自身も終わって行くということ。
自分自身を大事にこれからの人生を有意義にするためにはこんなヘンテコな組織とはさっさと縁を切ること。
とにかく人生がおかしくなってしまいます。
だっておかしな組織でおかしなことを懲りもせずやってんだから。
さっさと手を切ることだ。
人生が終わってしまいますよ・・・
全く同じ意見です。おかしな組織に係わっていては、人生の浪費です。
私も上級教会にも、上上級教会にも、余程のことがない限り行かないと決めています。自分の人生は自分で責任を持つこと。それにはおかしな組織から距離を置く事だと思っています。井の中の蛙大海を知らずで、非常識な常識を誠と信じ、本部の餌食になっているとも知らないで、くそまじめに人数集めと上納金集めが信仰活動の目標だと思ってやっています。
そんな事に係わっていたら本当に人生が終わってしまいます。誰のための人生でしょうか。
自分を有意義に生きるための人生です。自分が人生を生き生きと楽しんで生きることがひいては人様の事を思う余裕も出て来ると言うものです。貧乏暮らしを強いられる為に生まれてきたのではありません。貧乏暮らしのぼろ教会を世間は憐れみを持って見ています。
信者の出入りもほとんど無く開店休業のぼろ教会を「あの人達どうやって食べているのかしらね?」と。信者にさえ教会の悲惨な生活状況を憐れまれる始末です。
こんな組織に捕まっていては自分を無くしてしまいます。
おかしな組織にさらばを言おう様 天理教被害者様
お二方のご意見を読み、末端布教所を預かる者として重く受け止めています。
それにしても陽気暮らしの天理教とはいいながら、これほど教内で怨嗟の声、内部告発の叫びが渦巻いている教団はいったい他にあるのだろうか? この状況について、教団トップがどう考えているかと思っていたところ、昨日届いた「天理時報」に「真柱様年頭あいさつ」の記事が一面に掲載されていたのに気が付いた。
真柱はこう言われたそうだ。「教会の活動にしても、それぞれの会の活動にしても、その本来の意味にふさわしく行われているならば、いま私たちが大変だと思っているような状態にならなかったのではないか」と。これを現状認識として言い換えるとこうなるだろう。「教会の活動にしても、それぞれの会の活動にしても、現在その本来の意味にふさわしく行われていないために、大変な状態になっているのである」と。つまり真柱は、教会の活動もそれぞれの会(青年会や婦人会など)の活動も、いまや本来の意味を失ってしまっているので、人が集まらなくなったのだという認識なのである。
だとすれば、教会の行事や青年会、婦人会といった会活動に対して、いやな思いをしてまで教会に足を運ぶ必要がないと思うのは当然だろう。わざわざ貴重な時間とお金を使い、義理や人情にほだされて教会に行く必要は無い。事情教会はしかるべくして事情教会になったのである。
しかし本当に悲しい。どんな教会でも最初はやる気満々で始まったはずであるが、いつのまにか教会活動という名前のルーティンをこなすだけになり、その上、上級教会・大教会の御用に人力(ひのきしん)と金銭(お供え)を上納し続けてきた結果、教会家族を疲弊させ、後継者にそっぽを向かれて事情教会化していく。尽して続けたあげくの果ては、親神様を祀っているのか、それとも貧乏神を祀っているのか分からないようなほど、老朽化してボロボロの神殿の中で、高齢教会長がぽつんと一人座っておつとめしている状態になっているのである。
私が聞いて一番つらいのは、人心が離れて開店休業状態のような事情教会になったのを、その教会の教会長のせいにするような発言である。こんな発言をするのは、その教会の事情にまったく無理解の上級会長・大教会長・本部員たちであり、しかもこの発言を真に受けて、当該の教会長が悩み苦しむので、ますます始末が悪い。教内を見回してみれば、うまく行っている教会など一握りにすぎない。大半が運営がうまく行かず、困窮している教会である。しかし、それが現代社会の波をまともに受けている最前線の教会である。もしかしたら事情教会となって消滅していく教会こそ、最先端を行っている教会だと言えるのではないか。
さすが教団トップだけあって、真柱は天理教が「大変な状態」に陥っていることを、しっかりと認識している。であるならば、何をどうしたらよいのか、もっと教内の英知をあつめて議論させてみたらどうか。教会制度が時代に合わないなら、事情教会は廃止して良しという英断を下すべきだと、私は思っている。天理教社会学研究所のTwitterでも批判されていたが、天理セミナリオ?などといって、御用学者たちを集めて、高踏的な内輪のアカデミーを作って喜んでいる場合ではないだろう。それとも、末端教会や事情教会の問題を真剣に考えてくれる学者はいないのか? そんなはずはないと思う。いずれにしても、これ以上、末端教会や末端信者を悲しませるようなことがあれば、陽気暮らしの天理教という金看板は降ろしたほうがよい。
真柱年頭あいさつより
「・・・道を伝えしっかり広めると云う誓いの元に生まれた教会があって、 こう言う状態になっていると言うことは、それぞれ一生懸命に動いているけれども、やはりそこに、何かつながらないようなところがあるのではないか。ともすれば、目前の事ばかりに力が入って、その先にある本来の目標を見失って、目前の結果に一喜一憂しているようなことを繰り返して、今日に来てしまったのではないか。
・・・私達には私達の目標があって・・あらためて目標をしっかり確かめて・・。」
匿名布教所長さんも言われているように、真柱は天理教の現状を認識していると思う。真柱のあの憂いに満ちた表情にその心情を察する。真柱一人ではどうにもならないほどに組織構造が巨大化してしまった。(組織と言っても内容充実にはほど遠い不活動の教会ばかりだが)
「私達には私達の目標があって・・」と言う言葉の意味は今の、人やお金に係る、「数や形」にこだわる不毛な活動は本来の信仰の本質では無く、教祖の教えた元一日の生き方をしましょう、という風に受け取りました。
しかし組織のトップとして、「お供の事は考えなくて良いよ、信仰はお金じゃないんだから。生き方、生き方だよ。」などとは言えない。真柱は弟の善亮ほどの悪党ではなさそうで、良心の呵責に苦しんでいるのかもしれない。
100年後と言わず、50年後でもいい。後世の人達が天理教をどのように評価しているのであろうか。
いや、評価にすら値しない集団に成り下がっているのかもしれない。
このような状態になる道筋を付けたのは初代真柱にあったのか。それとも、二代さんか、三代さんか。どちらでもいいことだが、今後を決定づける立場にある人は現真柱に他ならない。
ねつ造した似非ひながたと言われているひながたの実践を、と言っている場合ではないだろう。賢明な人たちは、何もかも分かってしまったんだから。
>真柱は弟の善亮ほどの悪党ではなさそうで
善亮はたぶんサイコパスじゃないですかね。弟の方が教祖としては適任だったかもしれませんね。新興宗教の教祖はサイコパスじゃないと務まらないといわれますので。
天理時報読みました。
御節会の餅の量を石(高)で書いてましたね。アホです。
やっぱり江戸時代から抜けきれないようです。(加賀百万石かよ・・・)
それから国会議員31名が来訪って???・・・
選挙の票欲しさに来とるだけやん・・誰でもわかる。こいつらは選挙で勝つためならどんな手でも使う。使えるもんは使う。利用できるもんは何でも利用する。
天理のことなんか、なーんも考えてません。間違いない。(断言)
だから、いちいち記事にするなっちゅうねん。(書くことないからしゃーないか)
ツッコミどころ満載の天理時報でした。
真柱がまともか、サイコかどうか?はよくわかりませんが、世の中のこと、天理組織の闇の部分など、何も知らなと思いますが・・・
もっと、外に出ていかないと・・・最小人数でもいいから連れて社会を観て世界を観て、話も聞き、匂いを嗅ぎ、実際に足を運んでやらないと、何も見えないでしょう。わからないでしょう。(もう遅いけどね)
あの要塞のような施設の中で崇め奉られて情報を制限されて良い情報だけ耳に入れられてズーッとやって来てるんだからそりゃ”井の中の蛙”にならない方がおかしいですわ・・・
まあ、次の後継者さんもそれをきっちり踏襲して世の中を観ることなく(若い身空で)、ご本部に鎮座されダイスケ様〜ってされて(親孝行、夫婦仲良くを目指しています。)いるからこの組織の先行きも見えてますね〜
これで良し、ですわ。ハハハハハ
もう同じことを何度も繰り返しますが、天理教の教会、特に大教会。と言ってもそんなに数多く見たわけではないのですが自分の見た中の教会、河◯町とか甲◯とか見たこと有るんですけど(芦◯も見たな城みたいやった)
正直なところ「何じゃこりゃ!こんなデカい建物要るか?」
異様で異常。庶民感覚、一般市民感覚からは考えられない。と、とにかく「何でこんな巨大な建物建てなあかんのやろ」どう考えても理解に苦しむ。首をひねるしか無かった。
一般の感覚からしたらとんでもない建築物なわけで・・・(世間ではささやかなマイホームのために30年とかローン組んで支払っているわけで神経逆撫でする)
また、建物の仕様が金のかかる、非合理な、簡素とはほど遠い、神さん祀るにはこんな”ごつい”建物建てなあかんのか?と???しか無い。
これが全国で展開されていて大教会の下の分教会でもやってるわけで・・・
天理だけでも大概見てて頭痛くなるんだけどこれが天理だけでは済んでいないという・・・
どんだけ建物を建てるのが好きやねん・・・それもいかめしい前時代的な見るからに威圧的な趣味の悪い。これだけでも宗教なんて糞食らえと言える。
これらが全て末端から吸い上げた金で建てているということに戦慄さえ感じるわけで・・・
ほんまこの団体アホやな〜とつくづく思う。思うしかない。狂っている。狂気というしかない。罪悪やなこれらは。犯罪になるかはわからないが裁かれるべき事案やろ・・・天が裁くかもな・・・
天理の幹部、真柱などにこれらについて聞いて見たい。「必要かこれらの建物?」と
こんな趣味の悪いクソ建物のために教内の善良な信徒たちが苦しめられてきたと思ったらほんま許せん・・・苦しめられているどころか人生を狂わされているからな・・・
やっぱりどう考えてもこの団体は消えるかリセットするしか無いやろ。
この悪政に対して清算しないとダメやろな。
責任の所在や反省をちゃんとするべきやろう。
でも無理やろな。規模があまりに大きすぎて再建できんやろ・・・
ひとつ貢献しているとすれば建築業界にはかなりの貢献にはなっているだろう。竹◯工務店とか・・・あと神具業界・・・
教内の善良な信徒にも貢献しろや!尽くすこと。金出すことばかり言いやがって・・・挙句は都会に収益ビルを何棟も持ってたとはな、悪質や。
極悪・凶悪と言っても差し支えないやろ・・・
百姓一揆ならぬ用木一揆起こすしか無い・・・(ネット上で少しづつでは有るが起こっているが)
天理教の信者は人がいいからな・・・それが良いとこで有り悪いとこでも有る。
戦うときは戦わなあかんとは思う・・・
下はもう金輪際一円も献金しないという献金ストライキをするしかないと思います。
信者が毎日のように出直すだけで、新たに入信する人のいない新興宗教では、広い礼拝施設は必要がありません。都内の教会はビルにして、最上階に教会を作り、下は貸し出してテナントの家賃で賄うシステムにすれば、下から搾取する必要はないし、ついでにいえば信者が0になってもやっていけます。最上階の教会で、ビルの管理責任者だけが天理教の神様を拝んでいるだけにすれば、万事めでたしめでたしです。
天理時報って・・・ 様
天高二部生の時です。年末になると詰所で餅つきをしました。食べ物が少ない時期でした。にも拘わらず、座布団を丸くしたような鏡餅を何枚も作って、リヤカーに蓆を敷き、その上に大きな鏡餅を何枚も積んで本部まで運びました。
詰所の青年さんが本部の人に米つきバッタのように何度もペコペコと挨拶をして鏡餅を降ろしました。
このお餅が節会になることは後になって知りました。何のことはない、これも信者たちの真心のこもったお供えの一部だったんです。
本部にお礼を言うよりも全ての信者さんにお礼を申し上げるべきですね。
大東亜戦争、太平洋戦争時代、軍部は国民のことをハガキ一枚で集めれて鉄砲の玉ぐらいにしか思ってなかったと検証番組などでよく観る。
遠方のニューギニアなどへ派兵された兵隊は戦闘で死んだのでは無く、補給が無く餓死や病死で死んで行ったことは有名な話だ。(インパール作戦なども同じ)
とにかく、人のことを人と見ていない。戦争の道具、物扱いだ。なので、戦死した後も遺骨を持って帰ってくることは無く石ころを代わりにしているとのことだ。いまだに有志の方が遺骨収集に旧戦地に足を運んでくださっているそうだ。
日本国と日本国民 そして 天理教と天理教徒
片や国家、片や宗教団体・・・だけどやっているのは対して変わらない、同じような人間がしているんだよね。
信徒の事を人間として見ているか?と問われれば???知らぬ間に物、道具
一つのデーター、数。
ぐらいの感覚になっているんでは無いかと・・・
天理教を通り、生活がままならなくなり困窮を極めても今まで散々お供えしてきていても上はまあ、知らん顔だろうし。
戦時中見捨てられた名もなき兵士に対しての扱いとなんら変わらないのではと思われるが・・・
国家の場合は運よく戦地から復員できた場合は軍人恩給というものが有るところはまだ救いだが天理ではそれらに該当するものは一切ないと思われる。
布教一筋自分のことを省みず人々のために一生を捧げてきた人たちには恩給のようなものがあってもなんら不思議ではないがそんなもの聞いたことも無い。「神が十分に与えている。水を飲めば水の味がする。」が出てくるだろう。(間違いでは無いが)
しかし、現実にお金が生活のために必要なわけで・・・
金を鬼の形相で集め倒し吸い上げ続け金満組織になり頭がパーになった。
困っている末端教会などに少しでも還元していこうという気などさらさら無いわな・・・取る一方、集める一方、天理の幹部は便秘が多いかもな
数年前に天理教一筋50年通って亡くなった父ですが葬儀の際、本部からの表か内か知らんが弔辞を偉そうに支部長?が読んでいた。
鼻についた「なにか偉そうなんだ。なぜか?読んでやってるんだぞ感・・
故人の労をねぎらうとか悼むとか哀悼の気持ちなんかこれぽっちも感じられんかった。
遺族に悔やみの挨拶もなかった。あくまで来てやっている。というスタンスだった。(まだ挨拶しに来い・・・と思ってたかもね)
ところで玉串料(香典)は確かなかったと思う。
自分とこが結婚するといえば祝儀をきっちり集め(半強制的)、年祭だと言っては集めしているが・・・
届かないながらではあったけど教会長として人生を捧げた一人の男にせめて金一封ぐらい、普通はするでしょ。(金の問題じゃ無く気持ちの問題でしょ)
あいつら血ぃー通って無い。まさにサイコパスいやスーパーサイコかも
神さんの話する資格ない。
まず、世間に出て額に汗してボロクソに言われながら日銭稼ぎからやり直せ。そして人の道から勉強し直せ。(神言)
社会学管理人さんのツイッターです。
「天理教の財政状況は悪化しているが私は天理教が財政破綻するには”まだまだ大丈夫”という認識だ。むしろ朝日新聞と同じく本業が業績悪化でも不動産業があるから潰れることはなく安泰だろう。天理教が全国にどれくらいの土地を所有しているか軽く調べただけでも驚きである。信者には一切関係ないだろうが。」
信者のお供えを貯めこんで、中山家やご本部の方々は、天理教が潰れても安心なように、不動産だけで食べて行けるように準備万端整えているようだ。既に現在、東京天理教館という不動産管理会社を運営し、貸しビルを数棟持ち、高額な収入を得ている。 http://tokyotenrikyokan.co.jp/
不動産を膨大に持っていれば、土地建物の販売、土地の借地料、今現在行っている、賃貸しビルなど、不動産を運用して、いくらでも金は入る。末端教会が、その日の生活にも困って苦しんでいるのに、この差はどうであろう。そもそも、不動産取得した金は全て、下から巻き上げたお供えではないか。
最近、着物レンタル会社が、成人式の着物のレンタル料金を大勢の客に振込ませ、行方をくらませた詐欺事件が話題になっている。思うが、これらの詐欺事件と天理教の上層部が行っていることと、そんなに違いがあるだろうか。教義を捏造し、「貧に落ち切れ」、お供えを出す事で「因縁切り」ができると教え、信者に、なけなしの金を上納させ、その金で我が懐を肥らせてきた。人道上、許されることではないが、法的にも許されるべきではないと思う。
宗教法人法を早急に改正して欲しい。(多分無理だろうが) 国税局は監査に入り、宗教法人が保持している不動産には、固定資産税をきっちり、かけてもらいたいものだ。
教祖は、貧しい人の気持ちを理解するために、貧に落ち切った、と信者に教えているではないか。自分達が溜め込んだ不動産、有り余る金、末端教会や信者たちに返還したらどうか?
「金銭二の切、施しをせよ」、そう、神様は仰っているではないか。
現天理教団の資産については第三者の立会いのもと公正な立場で不動産の売却などで整理し、信徒へ還元できるものならしていただきましょう。
しこたま、溜め込んだ資産を持ち逃げなど絶対許さんからな。
吊るし上げにしないと行けないかもな・・・
なんならやってみる・・・
しかし、老朽化したおやさとやかたの解体費用もかなりの費用になるだろな
やかた群を取り壊し、鎮守の森にして市民のみなさんの憩いの場にしたらいいと思うよ・・・
続・鎮守の森計画
企業が工場などを建てる場合、どうしても地域との軋轢や環境面でいろんな問題が発生すると言われているようです。
そこで昔読んだ本なのですが、工場などを建設する場合、緩衝という意味でも、また緑化をして地域住民に憩いの場として利用してもらうために鎮守の森的なものを作っているんだとか。
もともと人間は森に住んでいたそうなので理にかなっているのではないかと
森林ではフィトンチッドという人体にとって有効な成分が発散されているそうですし、有形無形の恩恵が得られそうです。
で、それと引き換えますが天理のあの要塞。完全、城壁化です。
威圧しています。
私は一応天理教徒ですが威圧感など心理的に圧迫を感じます。
この”おやさとやかた”こそが天理教団の心理を如実に表しているんじゃ無いかと思います。
威圧的、寄り添わない、上から目線、横柄、一線をひいている、近寄るな、内と外(上と下)をはっきりしたい・・・など考えると面白いです。
一般のかたならそれこそ不気味に映るでしょう。近寄りがたい雰囲気ですもんね。
二代さんがバチカンを視察してこうなったのかはわかりませんが相当いろんな意味でイケてない、イケてなさすぎる建物になってます。
ほんまに日本のペンタゴンと名付けてやります。
下手すりゃ軍事要塞ですわ。
理想はやっぱり森林公園化して必要最小限の施設だけでよかったでしょう。
緑化すればいいことだらけでいい考えも浮かぶでしょうがあんな要塞みたいな気色の悪い建物の中では伏魔殿化するのもうなずける・・・
木もすぐには大きくは育たないけど戦後ぐらい前から植林していれば、なかなか素晴らしい森林ができたでしょう。(高齢になる母が、夏、天理に参拝しても日陰で休めるところが無い・・と言ってました)
やっぱり今からでは遅いですね。今からやっても育つ頃にはこの教団がどうなっているかわからないし・・・
コンクリートで囲むんじゃ無く、木を植えるべきでした。残念
昔、まだ三島神社があった頃、西礼拝場から朝づとめの時に見える三島神社の木々の緑の綺麗だったこと。
心が洗われるような鮮やかな緑でした。
もうその緑もみることができなくなりました。
教団は緑、自然よりコンクリートがお好きなようです。
愚かです。
天理を信仰して、一番意味があるのは中山家と館を作る竹中工務店・参拝に通う教会長や信者が利用するJRや各種交通機関等が潤うだけで、他者は何ら意味すら無いね。
ただ毎月忙しいおもいして、往復してるだけで、得るもの無いし。。。。
二代目さんはわざわざバチカンまで見に行ったんですか!?
お金と時間をかけてバチカン視察に行った結果があれですか!?
バチカン・・・荘厳にして華麗
天理・・・威圧感
2000年の歴史と伝統ある世界最大の宗教団体カトリックと、百数十年程度しか時間のたっていない極東の新興宗教団体の違いですか。天理教は歴史も伝統もないので変なはったりをきかせるしかなく、心理的圧迫感を与える(それで献金をさせる下地になる)という方向にいったのでしょうか。
ちなみにカトリックでは献金トラブルはありません。神父は平日は世の仕事をしていることがほとんどです。
出家して世の仕事をしていますので、子供の教育費や家族の生活コストが発生しませんし、世襲が発生しませんので子供に財産を残そうなんて考える必要がないからです。
もちろん献金を信仰心とリンクさせる教義はなく、あくまで教会維持費程度の認識です。月に二千円か三千円程度でやっている人がいくらでもいます。
二代目もバチカンまで行ったのなら、カトリックのように軽微な献金負担でやっていく方向に転換すればよかったのにね。そうすればこんなことにはなっていなかったでしょうに。
某氏の書き込みより。
「みちのとも」昭和30年2月号に当時の本愛大教会長、秩父大教会長、牛込大教会長、高野友治(当時天理大学助教授)で
座談会が開かれた記事があります。高野氏の意見では教祖在世の頃の信仰初代は「おつくし」をしろとか説いていなかった、
なんでも助かってもらいたい、どうでもたすかってもらいたいと熱心に布教にも回っていたといいます。そして明治20年以降、
本席のおさしず時代以降に「つくせ」「運べ」というのは助けられた者が自主的に運ぶようになっていたことを言っています。
そして「教理にあるからつくし運びをやったんじゃないと思います。」と述べ、「しなくては居られんからやるという
のは、あれは大分後になってからと思うんですがね。」と述べています。
天理教は段階的におかしくなっていったということは以前の投稿でもわかりやすく時系列を追って書かせて
いただきましたが まずはじめの段階である明治期ですが、
1887年 明治20年 教祖現身を隠す
1891年 明治24年 教祖五年祭 神道本局直轄一等教会に昇格
1896年 明治29年 内務省秘密訓令 教祖十年祭の頃
1897年 明治30年 水屋敷事件(教祖に可愛がられていた飯田岩治郎に天啓、後に大道教会本部設立)
前川菊太郎がお道から離れる
1903年 明治36年 明治教典(神道の理論で説かれたもの)
1904年 明治37年 泉田藤吉などの教祖時代からの多くの教師(千人以上)を罷免
1905年 明治38年 中山正善(二代真柱)誕生
教祖が明治20年に現身を隠し、天啓者が一旦なくなってしまったが、本席に引き継がれ神の声は人々に届いていました。
それ以降、教団として布教の公認、弾圧を避けるため応法に走っていくわけですが、神はそんな道を間違える様子を見ながら
飯田岩治郎に神憑り、正しい道に行くように促したが、おやしきの皆は一派独立の為に異端として扱い、水屋敷事件はタブー
になったようです。その後、明治教典ができ応法のまま次の大正期に移っていったようです。
私が思うにはいつの時代にも教祖の原典を大事にし、どうでも人に助かってほしいと教祖が望んでいたように通ってきた
人にはやはり結構なご守護があったのではないかと思っています。中川ヨシ、関根豊松、など不思議な助けまでやってしまう
人たちは迷うこともなくひながたを通ってきたのかとも思います。
やはり一派独立を目指し、形的に宗教団体になり、大きな建物を建てるようになれば見た目には立派で人も集まるように
なるが、中身はそれと反比例していくことが起こるということも長い歴史をみて考えていかなければならないのかと私は
感じます。 又世界の宗教指導者達と天理教指導者自身の姿勢は我々には どう映ているだろうか インド仏教の佐々井氏は民衆の輪の中で 議論を交わし共に行進する ローマ法皇は庶民の生活を理解する為にアパート暮らしを行なってる しかしたかが200mの為ベンツを動かし 学業を休業させて迄 お見送りさせる さる宗教団体 神の目には どう映るだろう 教祖を愛するが故に 今以上に声を張り上げる 必要がせまってきているのかも知れない と私は考えるのですが
本当に世界救けを目指すなら、いろんな団体に寄付した方が世界救けになるような気がする! たとえば天理教ならAAA キリスト教ならばJOMASなど
JOMASについて
JOMAS (Japan Overseas Missionary Activity Sponsorship)
海外邦人宣教者活動援助後援会(代表 Sr.兄部純子)は、その名の通り、海外で活動する日本の神父、シスターに対して、その活動を支援するNGOである。アジア、アフリカ、南米等の貧しい地域に入り、活動している宣教者の申請を受け、例会において検討し、一般の方々からの寄付から支援金を出している。
支援下さる方々のほとんどが個人であり、その多くが創始者曽野綾子の著書や講演会等でこの会の存在を知り、応援して下さる方々である為、支援内容も、宗教的なものには使わず、貧しい方々への援助に限っている。具体的には学校、保育所、病院、診療所、孤児院等施設、奨学金、貧しい方々の生活向上プロジェクトを支援している。
運営は代表はじめスタッフがすべてボランティアで行っており、援助金、送金手数料など実費のみ支出している。また援助金の使用状況は、現地にいる邦人修道会の者が視察し確認、報告を行ない、帰国時にも現地の実情を例会にて報告している。
ご寄付をいただいた会員の方々にはご寄付の折の領収の葉書と、毎年2月初めにお送りする年間活動報告書と決算報告書をもって、報告を行っている。現在公式ホームページにおいてもお知らせと報告を行っている。
JOMASは1972年に作家曽野綾子が始め、2012年6月をもって代表を曾野綾子からSr.兄部純子(聖マリア修道女会)へ交代した。
ドイツでのキリスト教の聖職者、牧師の生活はどうなっているか?
ドイツから日本の禅を求めて渡って来て今現在、自給自足の農作業をしながら兵庫県の曹洞宗の安泰寺で道元禅師の教えを学びながら坐禅修行に励むネルケ無方さんは元々プロテスタント系の教会の人物ですがキリスト教に疑問や納得できず、はるばる海を渡って来られもう30年近くの年月を経ようとされています。
彼がいうにはドイツではキリスト教は社会に深く根付いていてキリスト教者ですと税金のように一旦国に納めるようになっている(給料からの天引き)ように著書では言っておられました。そこから牧師にお給料のような形で支払われているそうです。(天引きされるのが嫌ならキリスト教を辞めると届け出れば天引きはされないそうです。)金額も学校の先生ぐらいの金額だとのことでした。
政治と宗教の関係については色々問題もありますが、この制度は一つの形として悪くは無いと感じます。
天理教ももう少し改善や改革、第三者の意見なども取り入れて合理的な制度に移行でもしないと・・・
ドイツでは教会税になっているせいか、教会が信者に献金を求めることはありません。したがって信者は教会の中では献金をすることはありません。プロテスタントであろうが正教会であろうがカトリックであろうがです。
天理教は歴史も伝統もなく規模も小さいです。それなのに大きなことをやろうとしすぎです。身の丈にあった運営をしていれば、信者の負担も軽微なものですみ、教会長が困窮ゆえに自殺や犯罪行為に手を染めるなんてことにはならなかったでしょう。
要するに首脳陣が見栄っ張りなのです。中山みき開祖は虚栄心の強い人だったとは思えません。真柱と天理貴族の方々は、まずその見栄っ張りな性格をなおすべきです。
1887年 明治20年 教祖現身を隠す
開祖がおかくれあそばして百三十年くらいしかたっていません。
先日テルマエロマエという映画がテレビでありましたが、あれはキリストが処刑されて百三十年くらいたっているという時代設定です。
あの当時のバチカンは、丘の上に弟子ペトロの小さな御廟があっただけで、ローマ市民の大半にとっては全く無名のマイナーな存在でした。わずかな信者が御廟に時々お参りにきて、たぶんその時にでも開祖の祭祀をちょっとしていたくらいで、今からは想像もできないほど寂しい場所でした。キリスト教が隆盛するのは、ローマ帝国の国教になってからの話です。
日本国の国教にすらなったことのない天理教が、開祖の死後ようやく百三十年が過ぎたかというころに、あんなにも大きな建物がわんさか存在するのは明らかに不自然といえます。信者に相当な無理をさせたと素人目にもわかるではありませんか。本来なら開祖の墓所と親神様をおまつりしてある小さな祠があるくらいで、日本人の大半がそんなものを知らない場所というのが自然です。
もう30年以上たってしまいましたが、ベルリンの壁が取り壊され、その流れで大国であったソビエト連邦が崩壊しました。
あの巨大国家があっけなく消えて無くなってしまったのです。
いくら、壮大な理想を掲げていても、国民、市民、一般の庶民の生活ができなくなってしまったら元も子もありません。
なんだかんだ言っても毎日食べていかなければならないのです。
それが、できなくなったのでソ連は崩壊したと思っています。
天理教は国家では無く宗教団体ですが小さいながらも一つの国家みたいなものです。(現に中枢はバチカンのように独立国家的なものを望んでいたのでは・・・)
現在のこの組織は経済的に逼迫して来ていると感じられます。
私はここまで来たら改善などで立て直しするより一旦リセットさせてから一からやり直す方が賢明だと感じます。(当然旧運営者には退場してもらい)
その暁にはスモークをたき、レーザー光線を飛ばし、花火を打ち上げてもいいかなと思いますがいかがなものでしょうか・・・
以前に、修理巡教に来られた本部準員の先生に尋ねました。
「本部の準員先生方で談じ合いをされる事があるのですか?」
『それは、ありません。』
「本部を改革したり、良くする努力はされているのですか?」
『それも、ありません。私たちでは無理です。むしろ地方の会長さん方の声が集まる方が、改革の可能性があると思いますよ。』と・・
確かに、そう思えて来た。
これが嘘であったと言う証明として、後20年、生きている間に結末を見て死にたいです。
あと10年・・・
後継希望者が益々減リ事情教会が増える。本部に集まるお供えは激減する。本部は、今までの様なお金の使い方は出来なくなる。これまでの様な安易な考えが出来ない事を肌で感じる。あちこちの巨大建物は老朽化する。弱小大教会ではお供えが上がらず、その修理費用がまかなえなくなる。大教会が悲鳴をあげる。大教会は本部に直訴する。そんな事を言われても本部もお金がないからお前らで何とかせよ、と放りなげる。
贅沢三昧の本部は初めて事の深刻さを認識する。
その次の10年が終わる頃・・・
組織の再編成が為されるでしょう。その頃には大教会も食べていけない様になっている筈。生き絶え絶えの本部からお給金も出ず、下からの上納金も激減。大教会長もその家族も食べる為に仕事を探さざるを得ないでしょう。末端教会は自分の身は自分で守るしか無いと大教会からの理不尽な要求をもはねつける非常事態になっている筈。大教会はお抱え運転手などいるはずもなく、住み込みの青年も女子青年も居ない。神殿には上納金目標額、人数集めの目標人数の垂れ幕。信者激減ですっかり減額された目標金額。そんな垂れ幕が虚しく掲げられているのかも・・・
後20年後。
その頃私は、人生の終わりの時期を迎えている。私は教団に3代に亘り苦しめられた末端教会。組織再編が為され、中山家中心主義の巧妙なピラミッドが解体され、教祖の望まれた上も下も無い平たい世界が教団に実現されている姿を見て死ねる事を心の底から願う。この教団が嘘にまみれた宗教団体であった事、自分が感じていた事が間違っていなかった事、神が消滅を望んでいた事、この目で見て確認したいと思う。
匿名教会
2018年1月16日 10:44 PM様
この数年。でなければ数十年以内には何かが起こるでしょう。
起こらざるを得ないところまで来ている感じがしますね。
東南海地震がこの30年以内に発生すると言われてますがそんな感じでしょうか?
ただ、思うにこの教団がどうなろうと延命しようと崩壊しようと自分の人生には関係ない。と思うことにしています。
思うことにしているというより実際、関係するものではないと考えています。
一体化しない。宗教団体の盛衰と自分の人生を関連づけてはダメですね。
天理教団がどうなろうと陽気で明るく人生を歩みたいと思います。(とは言っても気にはなるんですがね)
でも、教会を預かっておられる方にはこれらは当てはまらないですね。
若い天理教徒の一人が某SNSで女子中学生や高校生の画像を集めて毎日自慰をしているのを発見したのですが、この行いは良いのですか?
>天理教は国家では無く宗教団体ですが小さいながらも一つの国家みたいなものです。(現に中枢はバチカン>のように独立国家的なものを望んでいたのでは・・・)
それは言えていると思います。二代目がわざわざ見に行ったのは、バチカン市国ならぬ天理市国の設立を夢見ていたからでしょう。しかし一番大事な点を見落としていた、いえ、無視したということなのです。
カトリックは歴史と伝統があり、国教にまでなったことがあります。最近は世俗化されてしまった国々が大半ですが、少なくとも第二次世界大戦前は、ヨーロッパでは国教と考えてもいい状態だったと思います。
そして聖職者は出家し、トップも選挙で決めるので、世襲の問題も発生しません。
出家や選挙は真柱と天理貴族にとっては都合が悪いということで、これは取り入れなかったのです。
バチカンは美術館を持っていますので、莫大な収入がありますが、天理教は世界遺産になるほどの建物や美術品があるわけではありません。世界史に掲載される画家や彫刻家の作品を多数所有していませんので、一般観光客に来てもらって収入を得ることはできません。
こんな状況で立派な建物だけはバカスカ建てたわけですので、信者や末端教会にとっては天理地獄が生まれてしまいました。
性欲に負けた者は永久追放しましょう。
人間としても終わっていると思います。
教会長のオッさんがマスこいとったで。
大教会は本部からのキックバックあるんですか〜
末端にもキックバックしなはれや!
上だけでうまいことやってる場合やないでしょうが・・・
でも、やりそうやな・・・
うちの大教会では干支の置物とかを送って来てたが(どうせ安いものだろうし、かさばって邪魔ですわ)そんなものいらんからたとえ五百円の金券でもいいから生活の足しになるもんをバックしろっていうんじゃ・・・こちとら余裕はね〜んだよ・・・
カツカツで生活しとるんじゃ馬鹿たれが
置物じゃ腹は膨れまへん・・・
そういや本部からも焼き物送って来てたな。
あれもいらん。邪魔。金券にしろ!てかお供え廃止にしろ!
こんな細かいことにも上の姿勢が伺える。
でも、下は黙って従うばかりで不服、不満があっても口には絶対出さない。出そうもんなら不足を言うな。で一蹴。
思ったこと感じたことすら口に出せないこの宗教団体って一体なんだ?
やっぱり海を隔てた隣国と同じですな。
あ、そこまでひどくもないか?隣国は身内でも軽く死刑にして殺してるもんね。
死刑にされないだけ良しとする?
先日の定例会で・・
他系統の会長さんの話では彼が所属する大教会の百数十ヶ所の分教会の内、80%がゼロ教会だと言う。ゼロ教会とはこの1年で修養科生も、初席者も、満席者も一人も出していない教会のことらしい。大教会長もハッパをかけるらしいが、既に地盤沈下が始まっている現状ではどうにもならないだろう。
不活動教会が90%と言われているがこれは実態に近い数字だと思った。高齢会長は年齢的にやる気を失いつつあるし、後継者もいないのが大方の実情だ。しかし高齢ながら、現教団の在り方に批判的な意見を持つ教会長も確かにいる事を知り、心強く思った。
今後、若い世代の会長が今まで様に本部や上級の言いなりにならぬ様、是は是、非は非で自分の頭で考え、間違った事にはノーと言い、いつの間にか洗脳されて巻かれてしまわない様にお願いしたい。
二代真柱50年祭を記念して?天理教会本部より記念品?が届いてました。
何やろ?中を開けてみるとしおりだ・・・
そして必殺の天理用語が記されてあります。
①神一条の精神 ②一手一つの和 ③ひのきしんの態度 ④陽気ぐらし ⑤たすけ一条の喜び 計/五枚のしおりでした。
何を感じたか?
いつまでおんなじ事言ってるねん・・・進歩ないな。これしか言うことないのかな・・・脳みそ固まってるんちゃうか?
だいたい、抽象的すぎるし天理用語やから普遍性に乏しいし理解に苦しむ
まあ、この言葉を何となくニュアンスだけでもわかってあげたとして、それをできなくしているのは”どこのどいつだ”?って問題・・・
①についてそれどころの話じゃない。言ってるあなた達が金一条の精神になってるやん・・・爆
②についてそれを乱し、苦しめ、できなくしてるのもあなた達です。
③について偉そうに言ってんじゃね〜金集めの態度を改めろよ・・・
④についてもそれをできなくし、壊しているのもやはりあなた達・・・
⑤についてそれどころじゃね〜わ・・・金をしぼり取られる苦しみだ。こっちは
とにかく、偉そうに能書き垂れてるけど状況がよくわかっておられないようですな。
状況分析しろよな。そして、腐敗し切った(意識的か無意識的かはわからないが)奴らに言われたくはないんだよ。
こちとら一般社会で生きて行くだけで精一杯なんだよ・・・
あんた達みたいに偉そうにふんぞり返って、たまに同じような話をしていれば勝手に金が下から上がってくるような特権階級じゃあないんです。
このしおり、ひょっとしてわしらを怒らそうとしているのかな?
それとも、かなりのブラックな高等ジョークか?
そんな、シャレが効くような組織ではないですな・・・
こっちからも提言しとく?
①まず本丸の世襲制をやめる②お供えをやめる。もしくは大幅減額なり何なりする。負担を減らす。③教会制度を一旦白紙に戻し再編する。てゆーか、一部の世襲者たちで運営するのでは無しに教内の優秀な人材を登用したりして改革を進める。④これまでの運営陣には退場してもらう。など・・・
しかし、しおり、なんていらないからもうちょっと使えるもの返せよな!
ほんま金集めてもお返しすることを知らん不義理な連中やで・・・
情けない(涙)トイレの後のケツも拭けんわ・・・クソの役にもたたん
すいません。転載ぶっこいてしまいました。
読んでいただき少しでも笑ってもらえたら幸いです。
記念品?と書きましたが、あれが記念品なわけ無いですね。しょぼすぎですわ・・・
しかし、天理の表現は何かよくわからない・・・
①神一条の精神 ②一手一つの和 ③ひのきしんの態度 ④陽気ぐらし ⑤たすけ一条の喜び などいちいち、それがどうした?どうしろと?意味が不明で・・・
例えばこれを一般企業として
①お客様一条の精神・・・とか?言い回し古っ・・・だし、精神をどうしろと????です。
②社員一丸の和?って・・・和でとめるなよ。その後になんかあるやろ?
③態度・・体言止めかよ。態度をどうしろと?
④陽気ぐらしがどうした?そもそも陽気ぐらしてなんやねん?やし陽気なのは一部の特権世襲グループでごんす・・・
⑤は末端的には、”被搾取一条の苦しみ”・・・です。笑えね~
しっかし、天理は印刷物多いですな。みちのとも?読まれずに放ったらかしで虚しい光景
結構上質の紙を使ってやがるからトイレットペーパーのかわりにもならね~
昔はお風呂を薪でわかしてたから燃料にもなったけど今は違うからただのゴミですわ。
考えたらもう紙の書籍を失くしてホームページにアップしろよな。どこかの木材を伐採してつくってるわけやから・・・頭かたいからな・・・融通とか臨機応変とか皆無か?
印刷物多すぎです。紙の無駄ぁあああああああああ。まじで無駄あああああああああ
ひょっとして教団の存在も無駄ぁああああああ????てか存在が悪ぅうううううううう
2018年1月19日 5:45 PMさんの書き込みを見て感じたのですが、事情教会率は70%と聞いていましたが、現実には90%とみていいのではないでしょうか。
2018年1月19日 11:37 PMさんの書き込みはごもっともと思いました。ただ四つの提案は100%不可能でしょうね
①まず本丸の世襲制をやめる
②お供えをやめる。もしくは大幅減額なり何なりする。負担を減らす。
③教会制度を一旦白紙に戻し再編する。てゆーか、一部の世襲者たちで運営するのでは無しに教内の優秀な人材を登用したりして改革を進める。
④これまでの運営陣には退場してもらう。
こんなことをやれば金が儲かりません。首脳部は今までのようなおいしい生活ができなくなります。
二代目がバチカンくんだりまで見学に行って取り入れたのは「でかい建物を建てること」くらいでしょう。聖職者の出家制度やコンクラーベや、ついでにいえば信者の献金負担を極力軽くするための様々な工夫(カトリックでは教会や聖職者が宗教専業でやっていることはあまりない。とくにクリスチャンの少ない日本では、大半の教会が学校や病院や福祉施設等をやっている)なんか、意地でも取り入れてたまるか!だったわけですし。
開祖は立派だったのかもしれませんが、それ以降がいかにして開祖の遺産で自分たちが楽して食っていくかしか考えていなかったのですよ。腐り果てた子孫です。天照皇大神宮教の開祖北村さよのように、「宗教で生活するな」という教えであれば、ここまで堕落しまくることはなかったでしょうに。
2014年8月29日 9:58 AM 元信者です。さんの投稿
>欲深い宗教団体です。
正にその通りですね。教団本部には東京ドーム(46,755㎡)1200個相当の土地があるとの書き込みを見ました。以前、教団の所有土地は1000万坪と書きましたが、それを優に超える1700万坪余と知り、開いた口が塞がりません。今は亡き叔母が永年に亘り、このような所に年金の大半をお供えしていたことを知って、虚しい気持ちの持っていきどころがありません。
不動産屋顔負けの三代真柱の欲深さにあきれるばかりです。天理教徒の〇〇さ加減が露呈した感がします。
甘言と脅迫の天理教用語を巧みに使い分けての結果がこれです。
更に、多くの信者さん方の悲しみを見てきた私には、呆れを通り越して怒りに近い感情を止められません。
この複雑な感情を、この場をお借りしてぶっつけるばかりです。
テレホン人生相談などでお馴染みのマドモアゼル愛先生のブログより
なるほどと思い、所々抜粋しました。
>歴史は人類が歩んだ記録のことですが、どうしても今を生きる権力者によって、ゆがんだものになりがちです。
>嘘には必ず目的がありますから、嘘にもいくつかのパターンが出てきますので、よく見ていれば、あああのパターンか、、次はこのパターンでそろそろ来るぞ、、、というように、競馬検討よりも簡単にできる面があると思います。
>すべて嘘というよりも、必ず、嘘が混じっています。嘘が90で本当が10程度ですと、本当の10を見せておいて嘘の90で人を支配するわけですね。
>現在の嘘も重要ですが、その嘘を決定づけるのに絶対に必要なことが、歴史なんです。本当の歴史を知ってしまったら、現在を維持できない構造があります。
>嘘をいつまで突き通せるか、、、嘘がばれて、真実の歴史を始めることができるか、、、大きな瀬戸際に来ているのが現在ではないでしょうか。
ちょっとしたほころびから、大きな嘘がばれていく出来事がこれから多くなってくるでしょう。
>やったことは必ず戻ってくるのです。私たちは今の時代からやがて投げ出されますが、それを投げ出されたと思うか、自由になったと思うかで、未来も違ったものになっていくと思います。
>もう歴史が元に戻ることはありません。無理に無理して築いた嘘は、崩壊の過程に入っています。すべてご和算にして出直すことで、大きな厄災をむしろ避けることができるようになると思います。
2018-01-19 歴史詐欺から目覚める時 より
https://ameblo.jp/mademoiselle-ai/entry-12345737410.html?frm_id=v.mypage-checklist–article–blog—-mademoiselle-ai_12345737410
>教団本部には東京ドーム(46,755㎡)1200個相当の土地があるとの書き込みを見ました。以前、教団の所有土地は1000万坪と書きましたが、それを優に超える1700万坪余と知り、開いた口が塞がりません。
遂に来るべきところに来たと言うところでしょうか?
もう、言い逃れはできませんね。
説明責任を果たさないといけないと思われますが、説明のしようが無いでしょうね。
昔から「理屈と膏薬はどこにでも引っ付く」・・・と言われていたようですが・・・
さすがに無理がありますね。
さあ、これだけ、信者の血税たるお布施、お供えを不動産に変えて蓄財に励んでいたと言うことで刑事事件になるのか?どうかはわからないですが最低でも道義的責任は問われますし絶対果たさないといけませんね。
ところで、私は全くの無知なんですが宗教法人といえども監査と言うものが存在しないのでしょうか?
一般法人?なら監査と言うものが当然あるとは思うのですが・・・
これ、完全に不正のレベルですよね。思いっきりメスを入れ膿を出さなければならないと感じます。
東風Zさん、貴重な情報お知らせいただきありがとうございます。
事実関係が明らかになり被害者が少しでも減る方向になることは嬉しいことです。もうこれ以上被害者、苦しめられる善良な人々が生まれることを阻止しなければと思います。
後継者が結婚します。はい、各教会何千円お願いします・・・
年祭します。はい、お金集めます。お願いします・・・
末端教会で人生を捧げた会長がなくなりました。
はい、弔辞読んで終わり〜〜〜って(格好だけ取り繕ってるだけやね)
ねぎらいや追悼の気持ちなんざ微塵もねぇ〜
「てめーら、人間じゃね〜叩き切ってやる!」の世界です。(昔の時代劇)
もしくは「てめーらの血は何色だ!」の世界です。
やっぱしサイコパスなのか?
宗教以前の問題です。人の道すらわかって無いようです。
これが誠真実の道を掲げる宗教団体の実態です。
みなさん!よーく肝に命じましょう。
こいつらは自分たちさえ良ければいい奴なんです。
教内の人々のことなんかな〜んも考えてましぇ〜ん
金運び虫ぐらいの認識でしょう。
ここまで来たら逆に笑えるな・・・
ほんま映画のネタになるで
だいたい、結婚式とか年祭とか勝手にしろや・・・てことや
いちいち集金するなってこと。
どこまで欲深いんじゃ・・
百姓一揆ならぬ用木一揆起こさねば、、、
とは、言っても鍬を振り回したり槍を飛ばしたりする事はせずとも現代にはインターネットという武器が有るのでこれによって集中砲火を喰らわし崩壊に導き、、、どす黒い組織を闇に葬り去りましょう。
でもね、世界を支配したローマ帝国でさえ外圧で崩壊したのではなく腐敗などによって内部から崩壊したらしいね、、、
だから、放っておいてもいずれ消え去る運命だろうけどネットの力で崩壊を加速させれるから皆さん頑張りましょうぞ、、、
>教団本部には東京ドーム(46,755㎡)1200個相当の土地があるとの書き込みを見ました。以前、教団の所有土地は1000万坪と書きましたが、それを優に超える1700万坪余と知り、開いた口が塞がりません。
こんな団体・組織が存在していていいんでしょうか?
かなり、悪質だと思われますが・・・
さすがに毒ガスはまいては無いが某凶悪団体となんら変わりはない・・・
と言うよりまだ、上を行っているように感じますが。
本当に存在が悪。無くても良い。と言うか無い方が良い。と思われます。
解体・解散を望みます。清々することでしょう。
わたしはこちらのサイトで教団のお金にまつわる問題点について投稿しています。
経済的に末端が疲弊し限界を越えている事など、、、
しかし、よく考えると経済的な面以上に、精神的なモノ、宗教で言う心の面、、というよりそちらの問題こそが深刻で既に破綻を迎えているのではと思われます。
それは、天理では他者に対して(ひたすらの)献身を説きます。(組織に対しての献身もですね)
人は献身ばかりで耐えられるほど強くは無いのです。
もっと、自分自身を大事にいたわる。ということをしないとバランスを崩し壊れます。
その破綻が既に蔓延しもう限界を迎え立ちゆかなくなり暗い影を落としているのでしょう。
本来救われるはずが真逆の結果になるなんて言葉も見つかりません。
あまりに根が深いと言うか根幹的な問題であり軌道修正も無理でしょう。
教団が打ち出してきた考え、方針に欠陥があったとしか言えないでしょう。
今後どうなっていくのか、、、
相当の資産をためこんでいながら、お供えを上にあげない教会(宗教法人名義にさせてある教会の場合)の会長は、お払い箱にして追い出し、本部や大教会に忠実な会長にその教会を任せるという手段を、教会本部が事実しているのなら、誠に悪質で悪辣なやり方だ。宗教団体ではない。
我々末端のものが、いくら声を挙げようが、上は知らぬ存ぜぬを決め込むなら、我々も、自分を守ることに専心せねばならない。
お供えを全部拒否するのは難しくても、大幅減額しましょう。お供えしなければならない、なんて教理は勿論無いのだから。本部が金欲しさに作った捏造教理にすぎない。
教会の事情により(信者が減った、教会修繕維持費に使わねばならない、等、なんでもよい、理由は何でもかまわない)、「お供えは減らさせて頂きます。」、とはっきり言ってもさしつかえない。
お供え、いや上納金だ。上納金を減らしましょう!できれば、きっぱり、止めるのが一番良いのだが。
>天理では他者に対して(ひたすらの)献身を説きます。(組織に対しての献身もですね)
信者には、人助け人助けと他者への献身を説きながら、上層部の方達は、人助けというものをしているのだろうか? 末端教会長は救ってくれず。これほど、言行不一致の団体も珍しい。
>教会の事情により(信者が減った、教会修繕維持費に使わねばならない、等、なんでもよい、理由は何でもかまわない)、「お供えは減らさせて頂きます。」、とはっきり言ってもさしつかえない。<
全くその通りですね。お供えを全く上納してない教会を複数知っていますが、実情を話して上に納得させたそうです。「出来ることはしますが、出来ないことはしません。」とはっきり言ったそうですよ。あっぱれ。
我々末端教会はもっと強く出ていいと思います。その話を聞いてうちも毎月のお供えはゼロにしました。上上からは白い目で見られますが知ったことではありません。こちらは命がかかっていますから。
教会建物のの修繕や維持管理費、細かく言えば教会ご用に使っている車の税金、車検代等、拒否する理由は教会として当然の理由です。
何か言われたら「じゃあとりあえず教会修理代〇百万円の請求書を回しますので支払いお願いしますね。昔から上級、上々級の教会普請の際には随分の金額をお尽くしさせていただきましたから、今度はうちがしていただく番です。」と。
「は?出来ない」と言ったら「ああそうですか。じゃあうちも出来ません。」
私はこれで、筋が通っていると思っています。何か言われたらそう言ってやります。
上層部だけが陽気暮らし出来る為の功名なルールですから、神様は知っています。だから何の罰もない。全く問題ない。お供えは減らしましょう。みんなでやめましょう。
匿名教会様
素晴らしいご意見です。
ウチも見習おうと思います!
>天理では他者に対して(ひたすらの)献身を説きます。(組織に対しての献身もですね)
からの追記・・・
”人を助けて我が身助かる”の言葉を聞いて子供心に感銘していたような記憶があります。
これは、教祖直々のお言葉かどうかはわかりませんが一つの真理でしょう。
しかし、ひたすらに献身(組織に対しても)することを良しとする考え方は
やはり、組織の都合に合わせた捏造、曲解教理なのでしょう。(信じ込むと極端に走る傾向に有りますね。集団心理?)
それに、まんまとハマってしまったわけです。
教団側にしてもそこまで、悪意もなかったのかもしれませんし、こんな悪い事態になろうとは思ってなかったのかもしれません。
どちらにしても、軌道修正をしない、できない、反省もしない、それに今更感がありますしね。もう、無理だし遅いでしょうね。
できるなら、とっくに改善してたでしょう。(改善という発想がそもそも無い?)
「神の計画に順じているので必要ない。」ということでしょうか?
今更、「本部が間違ってました!」なんて口が裂けても言えないでしょうね。
でも、薄々感じているかも・・・です。
残念な宗教?組織です。
この組織にたった一度きりの人生を捧げた人々がたくさんいることを忘れてはいけません。
末端様
2018年1月22日 6:20 PM
匿名教会様
>素晴らしいご意見です。
ウチも見習おうと思います!
というか、当然至極当たり前の事ですよね。
その当たり前が通用してこなかったのが今までの教団ですね。
時代は流れ変化していますし、いつまでも同じ手法が通用すると思っていたら大間違いです。
教団だけは時間の止まった(時)空間に存在しているかのようですね。
今まで苦しめられて来た末端教会の反転攻勢が望まれます。(問答無用でひたすら従うように教育されてきてますから)ここは対決するくらいの姿勢で望んでもいいのかなと・・・
そうしてまたそれが澱(よど)みきった空気を浄化・清浄化することになると思われます。
熊本地震で破損した神社で神社庁の包括下にある神社は、再建費用が神社庁から支給されていると聞きました。
一方、天理教団はどうなのでしょうか。聞くところでは1円の支援もないどころか、再建資金の借り入れも教団本部を通じて奈良県の銀行からのみ借り入れるシステムになっているとのことです。
当然、本部にキックバックもあるのではないかと想像します。だって、教団本部には雑収入が年間4億円以上あると管理人さんが書いておられるのを見たことがあります。
本部に入る4億円を超える雑収入の勘定科目っていったい何。
信者数が一定以上の宗教法人、例えば天理教教会本部、大教会等は、公益法人会計基準に基づいた財務諸表を全ようぼくまでとは言わないが、せめて全教会に配布すべきだろう。そうすれば、本部が如何ほどの面積の土地を持っているかも白日の下にさらされるであろう。私はある金融機関に一口5万円の出資金を出資しているが、毎年6月ころになると冊子になった決算書等が送られてくる。天理教だってこれくらいのことが出来ないわけがないだろう。
それとも、財務内容を知られるのが怖いのか。全く人をバカにした宗教教団だ。
下が上に抗議して献金ストライキをするのはいいアイディアです。そうですよね。今までさんざんむしり取ってきたのですから、本当に必要な時には援助してくれたっていいはずなんです。でもしてくれない。そんなのどう考えたっておかしいでしょ。
天理教はこういうことをおかしいと感ずる感覚がなかったのです。要するに世間一般と感覚が完全にずれちゃっているんですよ。感覚のずれがある限り、どんなににおいがけをしても新たに入信する人なんかいません。信者が減っているから新たに入信する人を増やしたいなら、まず金銭感覚も含めて世間一般の感覚を身につけなくてはいけません。
大教会はそのうち下から吸い上げることができなくなります。ストライキをするまでもなく、下の大半が消滅しかかっているのですから、一円も献金が上がってこなくなるのも時間の問題です。大教会はそのうち嫌でも収益事業をやらなくてはなりますまい。
匿名教会 2018年1月22日 5:36 PM 様
末端 2018年1月22日 6:20 PM 様
理不尽、過剰な上納金を出さないようにする方針には賛成です。
ただ、現状、人事権や建物の修理運用などの権利を全て上に握られていますので、全く出さない状態を長期間は継続できない可能性が高いです。あるいは、教会そのものを上に取り上げられる事だって有り得ます。
当教会が本部との「被包括関係を廃止」したのは、それが最大の理由です。
参考にどうぞ。
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei
思い出したことひとつ。
創価学会では親の目の黒いうちは脱会できない事情のある二世三世が、最近は一円財務というのをやっています(振込手数料のほうが高いのですがw)
一円でも財務は財務ですので、いちおうは「やったことになる」からです。
振込手数料のほうが高くなりますが、末端も一円財務を検討する時期がきています。
このあたりのことは末端教会の関係者だけではなく、創価学会を脱会した人たちや学会を一日も早く辞めたい人たちと連帯し、様々なアドバイスを受けてやっていくといいと思います。
理の親の言うこと(お供えをしろ!)を立てるべきか理(一銭二銭でたすけゆく)を立てるべきか
理の親という言葉そのものが、初代真柱の始めた天皇を崇めた明治政府に迎合する、組織(この場合政府)に素直にという考え方で
おやさまが教えられたのは「天皇も人間」「一列きょうだい」の教えです。
本当の親であればわが身が死んでも子供のためにというのが人間の親であるというのに
理の親という言葉の元に子供のほうがわが身死んでも親をたすけなさいというのが現在の教えになっています。
わが教会は月に3万円ほどしか日参が集まりませんので、大教会の教費(15000円)、支部費(7000円)、月次祭のお供え(5000円)を除いた3000円を上級にお供えすればいいかなと思います。交通費等は自腹となりますが、これで充分義理をはたしていると思います。
130余年前、大福や饅頭が1個5厘つまり、1銭で2個・1円で200個も買えた時代です。かけそば1銭、鰻重でも20銭で食べられたのです。200円あれば一家4人が1年近く暮らせました。1銭(今の貨幣価値では100円程度)
おさづけしても、100円、200円しかお礼はとらなかったと思います。
つまり、ほとんど只
===== 1月23日 大亮様御誕生日 ======
或る大教会の信者連絡報に記載されているそうです。
【 大 亮 様 御 誕 生 日 】
教会系列の異なる友人からきた新年最初の電話がこの報告だった。
連絡をくれた教友もびっくりしたそうだが、これはあまりに異常ではないかと感じる。
後継者(予定)の誕生日を一般信者が知る必要性とは何か。
いくら頭をひねっても、まともな答えは思いつかない。
やはりというか、大亮真柱早期実現を画策する一味の存在がどうも真実味を帯びてくる。
(この能天気な記載をした大教会はダイスケさんと結婚によって遠い親戚になっている。)
青年会の皆さん、「素直」と「考えなし」とは全く別物だと、いくら何でも同意してくれますよね。
誰かの指示が有っての記載だったのか、又は忖度の結果だったのか。
この様な「考えなし」の記載は「上」にむけての「おべんちゃら」としての効果はあるだろう。
しかし目にした人からは馬鹿にされるだけだ。
毎度の事だが、これも又、物事の判断基準が教会内部の基準でしかないことの表れだろう。
純粋培養(世間での就職経験が無い、等々)+世襲で「大教会長」となっている人々、特に若手は、教会といえども結構な経済的環境下で潤った生活しか経験してきていない。
祭典講話はするが信者と直接話をする事を何年もの間しないで自分の生活に捉われただけの人もいる。
本部の御用だけが自分の勤めと勘違いしているのか。
「神名流しをしています。パンフレット配りをしています。」
こんな形式的な事(やるだけマシと褒める人もいるが)をやることが免罪符となっている。
ダイスケさん然りである。
馬齢を重ねる結果が恐ろしい。
組織はなくても信仰はできる 2018年1月23日 11:16 AM 様
>わが教会は月に3万円ほどしか日参が集まりませんので、大教会の教費(15000円)、支部費(7000円)、月次祭のお供え(5000円)を除いた3000円を上級にお供えすればいいかなと思います。交通費等は自腹となりますが、これで充分義理をはたしていると思います。
【大教会の教費】(15000円)というのは、初めて聞きました。これは毎月支払うものなのですか?
被包括宗教法人教会が、毎年、包括宗教法人(本部)に支払わねばならない「教会教費15000円」(年に一回、真柱邸に払いに行っています)、それとはまた別のものなのでしょうか?
==== 1月23日 大亮様御誕生日 ======
或る大教会の信者連絡報に記載されているそうです。
【 大 亮 様 御 誕 生 日 】
どこの大凶会さんですか?
マジウケる!
こいつら、正真正銘のアホ、、、
金メダル級のアホ
死んでも治らないアホ
一生やっとれ、、、
やっぱりノースコリアをお手本にしてるようやな爆
ノースコリアでは独裁者のお誕生日をお祝いします。あそこも主体思想というカルト新興宗教やっているわけで、国家というよりはサティアンですので。
ただ金日成や金正日の生誕祭になると、国民にはいちおう菓子類や酒類が配られるそうです。天理教は真柱の誕生日に、お菓子やお酒がプレゼントされるわけじゃないのでしょう?
匿名布教所長さん
信仰継承は苦痛の連鎖さんの投稿より
>もう無理して天理教の教会などしなくていいんだよ!
あなたの人生の主人公はあなた自身じゃないですか!
このサイトにごちゃごちゃ投稿していますが正に、この二行がすべてを物語っているように思います。
天理時報にどこかの大教会の就任奉告祭が行われそれが8代目!と書いてあった。
この代を重ねる事に意味があるような言い回し、しかも8代目って・・・
いったいいつまでこんなことを続けるつもりか?いつまでも続くと思っているんだろうか?
歌舞伎役者か?落語家か?伝統芸能か?
続けば続くほど重重しくなりプレッシャーとなり拒否しようものなら裏切りの汚名・・・
本当に”信仰継承は苦痛の連鎖”になってしまっているんだろうな。
だから、精神を病んだり、ひきこもりになったり、最悪、自殺に追い込まれる・・・
どう考えているんだろう本部は・・・
本当にもういい加減にしないと、とんでも無い事、取り返しのつかない事になるよ。
各宗教施設が独立採算でやっている宗教団体は究極の格差社会です。神社しかり仏教寺院しかりプロテスタント教会しかり。檀家という先祖代々の安定した地盤を持っていると思われる仏教寺院ですら、宗教専業でやっていけるところは決して多くはありません。
儲かっている宗教施設は何の問題もなく、「信仰の継承に成功しました」とやれますが、貧乏宮・貧乏寺・貧乏教会では、子弟の棄教は当たり前になっています。だいいち親が継ぐことを嫌がります。「自分も親と同じ仕事をしたい」ともし子弟がいえば、親は「この仕事にだけはつくな」と猛反対しているのが現状です。
大亮様は知りませんが真柱の誕生日は、詰所の食事がちょっと豪華になります。
私は、ある京都の会長から騙され、お金を300万とられました。結果として修養科やお供えを強要され、しないとお手入れがくるなど言われ、会社から借金し身上も悪化し、会社も解雇されました。ゆうたろうさんやたくやさんの同じ教会です。その会長さんは、お金をださなければ、ウソの被害届を警察にだされ、会社もたとえ、天理教のウソでも、会社としては置いとけないとなり、懲戒解雇されました。今は生活保護を受給しています。この前私の失業を知った会長が退職金や失業手当を俺に渡せと言われ、拒否すると殴られ、頸椎捻挫の負傷をしました。その会長さんは青年会部員や修養科の講師や教養掛も今年されるかたです。34歳のかたです。私から言えば、お金目当て、毎日会社のホールで待たれ、お金お金と要求されてきました。警察にも相談しましたが、証拠がないと取り合うことが困難で、会長さんにお金をわたすと、ハハハとバカ笑され、しかも、その会長さんの義父が大教会役員で、御恩返しで100万給料日に、西陣大教会に持つてきてくれなど、しなければ、崇りがくると言われてきました。私は、今修養科に参加したこと後悔しています。私に身上がなければ、こんな宗教家がくることもなかつたし、状況も変わったと思います。全国の会長さんに言いたいことは、お金も大切です。しかし、身上があるからとそれを出汁にして、騙し、そして、俺には合わないという理由で捨てる行為は、信仰でしょうか。?
その会長さんは、もともと、奈良県十津川の方でした。いわゆる養子で京都の大教会の役員の娘さんと婚姻された方です。天理大学3年の時、部活のバスケ部の2つ下の後輩をボコボコにし、示談で解決し、警察も絡んでない方です。私がその会長さんとの出会いは、たまたま、私が勤務していた会社の近くで、帰宅途中しゃがんでおられたので、私が大丈夫ですか?と声かけしたのが、始まりです。その時お金もない、朝から何も食べてないと言われたので、私は可哀そうだと思い、コンビ二でパンとコーヒーをあげたのが始まりでした。そして、頭が痛いと言われたので、病院もお連れしました。もちろん、診療費は私が払いました。ここまで、させてもらつたのに、本当にひどい人ですし、天理教の方はこんな方ばかりで残念です。ちなみに、おさずけをいただいていますが、この会長さんは、どうでもよい、もし、いらんかつたら、ゴミで捨ててもいいよ。という方です。そして最後は、俺の信仰は女と金や俺のこと偉い人^^先生と云えなど^^俺の信仰にケチを付ける奴や金のない奴はいらんという方でした。私も会長さんからお金が底を付けたから捨てられました。人を助けることは助かる理を諭す。これは、私は、騙された1人です。会長は何をしてもいいのでしょうか?。34歳の会長ですが、お金がないというのは、本当でしょうか?。ちなみに、この会長さんは天理大学5年で中退^理由は、大学のお金を取ったからです。あと、セクハラ女性に対してして、退学を中退にした本当の悪等です。暴力団並みの悪です。修養科や天理教に関係したことで、不幸になり、職業もなくし、お金も取られ、災難です。もう2度とにおいがけなど、しないでほしい。早く忘れたいと今折に思います。全国の教会長、教人さんへ。、
京都市内で、今後においがけや青年会の方やめてほしいです。私は、天理教のハッピをもう2度と見たくないし、天理教の青年さんを含めて、会社でバイトや社員で労働することやめてほしいです。天理教の関係者は、大教会や教会から、出ないで、教会の御用のみで、社会との接触をしないで、教会に閉じこもることを願います。それは、一般の人が被害に遭い、迷惑です。私、天理教を信仰していると聞くだけで腹がたちます。時々、学校や刑務所で講演会をされるのも、迷惑です。この世から、天理教信仰者が消滅し、私を落としいれた会長には、早く出直してほしいです。
”においがけ” ?まだ仕事中で終わっていないのになぜか?この言葉が不意に頭に浮かんだ・・・
この言葉って、あくまでもこちら側が良いニオイで立場的に上、逆にニオイをかけられる方が立場的に下ということになってますよね。(基本的に)
今にして思うによくこんな言葉を使っていたなと・・・(これ教祖さんの言葉なのかな?)
とても、良いニオイでは無いし、それどころか、(今となっては)腐臭さえ漂っているし・・・
高慢はなはだしい文言に感じるが・・・
またまた今にして思うに今現在、自信を持って ”においがけ” などと言って布教できる人はもう皆無でしょう。(新規の信徒なら有りか?)
いますか?いたら、完全に客観的な状況判断などできていない、またその気も無い、情報遮断している鎖国状態の方達ですね・・・
またまた ”においがけ” なんて言葉はそのうちに「そう言えばそんな言葉昔聞いたことが有る!」という風になって行くのでは?・・・
またまた今となっては ”においがけ” してもらわねばならないのは
”天理教” さんの方ですからね・・・残念ながら・・・これが現実です。
認めるしか無いですし素直に認めるべきです。
此の期に及んで自信満々に ”においがけ” をしましょう!とか言ってる人や団体があればある意味危ないと思います。
こういう天理用語を冷静に見てみるとこの教団の姿勢がよくうかがいしれますね。
tokumei様
あなたに甚大な被害を与えた会長から、同じように被害を被った方の投稿を、ご本人様方には了承を得ず申し訳ありませんが、再び掲載させて頂きます。
たくや
2017年11月17日 10:28 AM
私は教会長から日々暴力を受け皹まではいつています。京都の西陣大教会上賀茂分教会の奥田晃会長です。この前京都地方検察庁へ刑事告訴をしましたが嫌疑不十分で不起訴でした。現金を200万以上脅迫されおまけに修養科まで無理やりいかされおまけにどこの教会でも行けとたらいまわしこの人は養子で奈良県十津川分教会の次男です。天理大学も5年で傷害事件を起こし示談前科なし。懲りない人です。5年で中退本当にバカな奴ですがこんな奴死刑になつてほしいとおもいます。教会長でもおやさまがいるかわからないそして私が修養科中肺炎になつた時詰所でオナ二ーばかりして私のことは知らん顔血のかよつた人間とはおもえない。みなさんどうおもわれますか?
たくや
2017年11月17日 10:56 AM
そしてこの教会長の義父奥田和男は京都の西陣大教会の役員ですが相談するとあんたが悪い信仰とは金やお金がない者は助からないとさらに120万さんげで払えと要求、京都検察審議会に起訴するよう要望、そしてようやく昨日奥田晃会長を刑法246条の詐欺205条の傷害で起訴。大教会長の永尾隆司と奥田和男を詐欺ほう助で起訴。これから刑事裁判がはじまります。京都地方検察庁の検事さんがガさイレされ、私に安心してください。天理教では別の事件でも捜査してたから私たちが懲らしめるから心を静めて公判まで共にがんばりましょうと激励されました。神様なんて本当はいないんだから今から修養科や専修科に行く人は冷静になつてほしいとおもいます。私は修養科にいつたこと後悔の毎日です。今回5人の検事さんが担当で心強いですがこの3人には恨みは消えません。また3人とも反省がないのががつかりです。可能な量刑を裁判所が判決することをねがいます。これは京都だけではなく全国の検察行政が今後取り締まる節目になるでしょう。
たくや
2017年11月17日 12:11 PM
あとこの教会長の兄妹が精神病です。ちなみに措置入院を5回も十津川分教会で暴力行為があつたから。また教会長本人もいこいの家白川分院入院患者の1人です。保護室にはいつておられました。またさらに京都の西陣大教会では来年7月に大教会長が息子の永尾大和に交代しますがこの人物も金のもうじゃで冷淡な人物です。西陣もおわつたとおもいます。ただいえるのは金金のない者は助からないということしかも私は腰が悪くあまり働けません。給料を全額とあと銀行で借りてこいなど身上のため毎回12万要求されてました。おさずけをしても効果なし。病院の薬のほうが効果ありです。しかもあなたの家の近くには救急病院が2件あるからそこへ行けや死ねと言われもう死にたいです。ちなみに中山みきはいないと奥田晃会長がよくいいます。12月にはひのきしん隊にいつてエンジョィするようですが人の稼いだ金で遊ぶなんて^^許せない。京都地方検察庁の検事さんにすべてをお任せして私は前向きに500万近く取られましたががんばろうとおもいます。そのお金は看護師の免許習得のためてた大切なお金でした。本当にひどい教会ですし西陣大教会の永尾隆司が奥田晃教会長に指示していたことも明らかになりました。3人とも刑務所からでてほしくない。多分執行猶予もつかんでしょう。
ゆうたろう
2017年11月20日 12:22 PM
たくやさん頑張って下さい。僕も上賀茂分教会の奥田晃にお金を60万供えろと怒鳴られコンビニのatmで60万渡した会社員です49歳です。京都駅で声掛けされ別席を5回運んでいます。僕も以前上賀茂で常詰で住んでいましたがトイレ掃除や修養科へ行けとたくやさんと同じで強要され断ると僕の左足をスライングキックされ打撲でしたが会社を2日休んだことあります。修養科はノルマだからここに住んでる以上参加せーと怒鳴り^^^結局教会を追い出され今会社の上司の家に間借りしています。上司は天理教は宗教だから金目当てだといいます。騙されるほうがいいかもしれません。僕も心臓にぺースメーカーが入れていて病気が治りたければ寄付{莫大な金額}をしたら治るとウソを付かれてきました。上賀茂の上級に真栄分教会{二条城}の近くありますが1ヵ月20万の寄付を本部にしているそうだす。そして上賀茂の奥田晃は青年会ひのきしん隊の部員で来年5月頃教養掛の任命もある方です。検察が起訴したことを知りホットしたというよりこれから勝負だと思います。大教会の永尾大教会長奥田和男役員金のことしか言わない正解です。金の切れ目は縁の切れ目こんなガキらプリズンから出てくるな。
ゆうたろう
2017年11月21日 2:46 PM
たくやさん大丈夫ですか?僕も京都地検から証人尋問として今日京都地検で呼び出されました。そして京都地裁で裁判の出廷をお願いされました。ただ難しい裁判になるのは事実で3人とも京都拘置所に収監されてないようです。というのは、上級の真栄分教会の井上会長が京都ナンバー1の弁護士を確保したからだそうです。僕も今日初めて京都地検で5人の検察官と話をしました。正直怖いところのイメージがありましたが、とても優しく今までの経過やお金のこと暴力のこと2時間話をされこれ以上被害者を出さないため、僕が怪我をした左足の診断書を警察病院で即とられました。すると最初は打撲と考えていましたが、骨挫傷{骨の中の筋が折れてる}診断でギブス固定されました。今松葉ついてます。つまり保釈金か悪徳弁護士の仕業でしょう。僕は今日京都地検でこれはここ京都地検だけでは、起訴はしているが、手ごわいやくざなみの奴らだから、状況により大阪高検や最高検の助言をもらいながらしていくと言われました。宗教という目の見えない処だから、また、信仰、信仰者という実態を被害を警察や検察庁にもっと被害告訴するべきだと検察官から言われました。沢山の届があると、最高刑でそして全国の教会を解体しなければ、これから被害者は増えると言われてます。今から勝負で西陣大教会、永尾隆司氏、奥田和男役員、上賀茂分教会奥田晃教会長の起訴{被告}全国の被害者の方声をあげてほしいです。僕も別席やめました。おさずけなんか効くわけないと思います。例えばもし、おさずけが聞けば医者はいらんでしょう。僕もこの教会長奥田晃からおやさまなんているかホントよくわかんないんですよ^^と連発されたことも。この人は奈良県十津川分教会の次男で養子で西陣大教会奥田和男の長女の、ふみよ氏の養子です。僕も仕事で残業の時、会社にしつこく電話してきて、お供えしてくれ、修養科行ってほしい。必ず助かるからと、言い会社の近くのコンビニで60万おろし、払うとその後、僕が電話しても出ない、もしくわ、もう終わったと切られ、僕のボーナスのほとんど取られました。これは、事実です。防犯カメラに僕との姿鮮明に撮影されてました。今日京都地検で見ました。これは、京都府警察本部も捜査してると思います。是非、この3人とそれを擁護{犯人隠匿}する真栄分教会井上教会長{西陣部内}計4人最高刑に処し、全国の教会がなくなる{解体査察}ことを願います。
ゆうたろう
2017年11月21日 3:02 PM
たくやさん。被害に遭った者同士、戦いましょう。僕も力になります。僕も仕事をしながらですが、京都地裁でお会いしましょう。そして、全国の皆さん{理の親}陽気ぐらしが本当だったら金{莫大}を請求したりするでしょうか?冷静に考えるとこれが、本当だったら{中山みき}は金の亡者ですよ。今天理教の青年さんや常詰さん教会を出て、避難したほうがいいと思います。そうしないと、人生くるってしまうと思います。
tokumei様、京都地方検察庁に告訴してください。
証人は多ければ多い程、犯罪者にとって不利になります。
80歳を超えた高齢の母親は中学を卒業するやいなや、ひたすら近辺の工場などで仕事をこなし教会のために親のためにと給料を運んだそうです。
給料袋の封を切ることなく全額お供えをしていたという事です・・・
その中からお小遣いさえ、なかなかくれなかったので親のあとを催促して回ったらしいです・・・
今となっては考えられない事です。
戦後のことなので世間一般も貧しかったと推測できますがそれに輪をかけて貧しかったんでしょう。
親の苦労する姿を見て放って置けなかったと言ってました。
(親思いで自己犠牲的な優しい性格が裏目に出るパターンですね)
おそらくかなりの年数そんな生活を過ごしていたようです。
そうして、また、教会に嫁ぐことになりました。(なってしまいました)
その際、親は娘に嫁入り道具としてほとんど何も用意せず(手ぶらで)嫁がせたようです。(布団も持たせなかったとのこと。非道い)
嫁ぎ先でも肩身の狭い思いをせざるを得なかったようです。
私の母親は自分の親を恨むような人ではありませんがやはり深層心理に深く影を落としていると思われます。
多分、心の奥底では涙を流して泣いていると思います。(これはあくまで一例です)
私は子供の頃から母親は少しかわいそうな人だなと感じとっていました。
でも、そういう境遇や扱いをされた人は、無意識にそれを次の世代にしてしまうことが有るんですよね。妙に厳しいとかですね・・・
深層心理に刻まれた(誤魔化せない)悲しみが子供にも伝染するんだろうと思います。
負の世代間の連鎖ですね。
影を落として行くんですよね。こびりついて取れないですよね。
お金の問題以上に深刻な問題です。
仮にこのような事実が有ることを組織が認識、把握したとしても受け付けないでしょうね。とても解決したり、なんとかなる問題では無いですからね。
どこまでも苦しまないといけないのは・・・
おそらく似たような事例、いやもっと非道い事例がゴマンと有るんでしょうね。
やはり、この組織の闇の深さ、罪の重さを感じずにはいられません。
>親は娘に嫁入り道具としてほとんど何も用意せず(手ぶらで)嫁がせたようです。(布団も持たせなかったとのこと。非道い)
嫁入り道具すら用意してやれないほど困窮していたという方が正しいでしょう。
娘がいれば、いずれ結婚するわけですから、世間や嫁ぎ先に対して体面を保てる程度の嫁入り支度をするのが普通ですが、天理教に洗脳されきった親を持つと、子供はしてはいけない苦労をするといえます。
匿名
2018年1月24日 7:20 PM様
>嫁入り道具すら用意してやれないほど困窮していたという方が正しいでしょう。
いえいえ、困窮していたというより、全額お供え金として突っ込んでいたんでは?と考えます。(または、上からの要求がすさまじかったか?普請?)
しかし、人の親として、可愛い娘が必死に我が身を省みず、尽くしてくれ、嫁ぐことになれば普通に考えて、どんな事をしてでも最低限の事はしてあげるはずです。(天理教であろうと何であろうと)それが、人(の道)っていうもんでしょう。
それに、全額お供えしたとしてもそのうちの一割でも五分でも三分でも積み立てていれば何も問題がなかったはずです。
ハナからその気持ちがなかったということです。
思いやりがなかったと言ってもいいでしょう。
家族の人生 < 天理教団 だったんでしょう・・・
こんな事を書いていると、それは、天理教のせいでは無く個人的な問題じゃ無いかと思われるかもしれませんが色濃く影響を受けているのは間違いないですね。(昔の人は純粋だったでしょうし情報も無く信じきっていたのでしょう)
やはり、おやさま、ひながた、この影響が強いと思います。
純粋であれば有るほどドハマりしてしまうんでしょうね。
優先順位が家族より教団、教会、普請などになってしまっているんですね。
いや、優先順位すらもなく犠牲にしてしまっていると言えなくも無い・・・
ありえないんですよ、こんな事・・・(時代考証云々の問題でも無いです)
恐らく母はこの一件で頭の中に???がいっぱい出たはずですし、それが延々潜在的にも有ったと思われます。モヤモヤですね。心の底から陽気になれない、上機嫌にもなれない。何か納得できない、消化不良でくすぶっているような気持ち。そして、その感情がその人の子供(私たち)にも間接的に悪影響を及ぼし連鎖を産みます。(前投稿にも書きました)
また、その物質的な事以上にそんな、薄情な事をされた本人は一生涯に渡ってその寂しさ、悲しさ、そして、時には怒りになった感情、また、非納得感、愛情飢餓感などを持ちつつそれを心の奥に封じ込め、それがいつまでも消えない!という苦しみにさいなまれる、ということになって行ってると思います。
(親が子に対して行った一種の仕打ち、裏切り行為だと思っています。)
高齢の母ですがそんな寂しさ、悲しさ、愛情飢餓感、満たされない思いなどを解消することなく、それを抱きしめながら、その感情と共に、この世にさよならを告げることになると思います。
(上記のような事を仮に天理中枢部に伝えたとして・・・
返答は・・・「知ったこっちゃね〜わ」・・・でしょうね)
最後に浮かんだのですが天理教を盲信すると人間性を無くす・・・
人間のいい意味での本能を無くすことが充分有り得る。
また人間的におかしくなるとも感じました。
『宗教は麻薬』と言われる所以でしょう。
長文失礼しました。
現在でも嫁入り支度どころか、それ以前のことーーー教育費すら出せない家もあるんじゃないですかねえ。
今の時代は娘を医者にするほうがタンスや着物よりもはるかによい支度といえます。
身1つでの布教が美徳なのだから、嫁入りも身1つで当たり前と思っている天理教人は居るでしょう。
結納したとしても、結納金などはなく扇一対で終了でしたっけね。
そんなですから、教育費はいちれつ会に頼るしか頭に無いでしょうし、その後は子どもが教団に携わり生きていくのが当然と思っています。
世間で働いて返すという一般的な奨学金返済と同じ方法も出来はしましたが、一般の奨学金返済ですら大卒新社会人には負担で問題になっている現在の日本。
いちれつ会から支援を受けた子どもの行く学校の学歴レベルで、まともに返済できるだけの給与がある仕事に就くのは至難の技かと思われます。
現教団に洗脳されている方は、教団に尽くす事が自分の幸せであり家族の幸せでもあると信じて疑いません。
身1つで嫁に出して苦労させるのも、教育費を用意せずいちれつ会頼みで子どもの将来を教団に縛り付けるのも「天理教人として当然」であり「子どもの幸せ」を願ってしている事なんですよ。
周りから「家族の幸せ < 天理教団への尽くし」になっていると言われても、本人の頭の中では「家族の幸せ = 天理教団への尽くし」なのです。
教団教理での洗脳は本当に危ないです。
この負のスパイラルに飲み込まれ、心を殺して教団に従う子。
負のスパイラルに自分で気付き、必死で世間に脱出する子。
この2パターンが増えたので、今の天理教団は人が減って陰気で元気が無いのでしょうね。
負のスパイラルを負と思わせずバリ天に育てる、次世代への洗脳が難しい時代になってきたのでしょう。
天理の子だから、教会の子だから…と色々と諦めそうになる子どもに「それは普通じゃない、異常だ」と外から気付かせる仕組みがあれば、もっとたくさんの子が洗脳されたり諦めたりせず教団から解放されるかもしれませんね。
そうして解放される子が増えれば、世代が進むにつれ必然的に教団から人が減り、組織も縮小するでしょう。
こんな雪の日ですが、明日の大祭後、琵琶湖の温泉で○○夫妻年頭会議です。
そんなお金があったら○教会の借金を返してほしいです!
天理教本部は年間の収支をみちのともで発表していますが、各○教会は発表しているのでしょうか?
世間ではどんな組織でも、1年の終わりか、年頭に収支報告があります。
お供えを何に使おうがもらったほうの勝手と考えているため、何の報告もありません。
なんのための○教会報かわかりません。
○教会の役員も誰一人反対意見の出せないような○教会ではお先真っ暗です。
真面目にやってる布教○○の会議はおにぎり2個です。それでにをいがけ実習にいかされます。
バカらしくて喫茶店かパチンコ屋で時間をつぶすのがおちです。
もう、早く死にたい。昨日、知り合いから、薬もらい、がぶ飲みして死ねるかと思いましたが、救急車で搬送され、胃洗浄され、助かりました。なんで、死ねなかつのか、考えています。
tokumei
2018年1月25日 11:01 AM様
あなたの事を疑うつもりは有りませんが、投稿内容が事実なら、あなたをそこまで追い込んだやつに仕返しの一つでもしてからにできませんか?
私なら自分を死ぬところまで追い込んだやつがいたら、悪いですが道連れにさせてもらいます。
だって自分も死ぬんでしょ・・・
付き合ってもらわないと・・・
借りは生きているうちに返しておいた方がいいと思いますよ・・・
でないと、成仏できずに幽霊となり、さまよう事になりませんか?
天理教教祖伝逸話「44 雪の日」
2018年1月25日 10:47 AM様
>明日の大祭後、琵琶湖の温泉で○○夫妻年頭会議です。
そうですか・・・明日ね〜年頭会議ね〜
で、なんで琵琶湖?
まあ、別にいいんだけどね〜
たまには天理を離れて気分転換てか?
さぞかしうまいもんでも食されるんでしょうな・・・
しっかし、時報に載っている後継者さんのお顔はなんとも◯抜けなお顔をされてますな・・・眼がね・・眼が飛んどる・・浮かれておる・・・陽気な眼か?ちょっと躁状態かもな・・・
綺麗な嫁はんと結婚できて、青年会長として持ち上げられて、気分はハイにならざるをえないか?・・
まあ、せいぜい頑張っておくんなはれ・・・
(でも、ほんと不思議とあの顔を紙面で見ると、拒絶反応が起こるね!
なんだろうな?)
tokumei
2018年1月25日 11:01 AM様
先ほどの投稿は死ぬなら?の前提で話しましたが、報復は生きながら合法的にできるでしょう。
とりあえず、死ぬのはやめて、合法的に報復なりなんなりしてからでも遅くは無いと思いますが・・・
犬死にだけはダメですね。何か爪痕を残さないと・・・
苦しみを与えた奴らと戦ってからでもいいでしょう・・・
死ぬ気があるならなんでもできるはずです。
tokumei 2018年1月25日 11:01 AM 様
★tokumei様 私なら、京都地方検察庁に告訴し、又、裁判の証人でも何でもして、少しでも恨みを晴らします。
「たくや 2017年11月17日 10:56 AM
昨日奥田晃会長を刑法246条の詐欺205条の傷害で起訴。大教会長の永尾隆司と奥田和男を詐欺ほう助で起訴。これから刑事裁判がはじまります。京都地方検察庁の検事さんがガさイレされ、私に安心してください。天理教では別の事件でも捜査してたから、私たちが懲らしめるから心を静めて公判まで共にがんばりましょうと激励されました。・・・今回5人の検事さんが担当で・・
ゆうたろう 2017年11月21日 2:46 PM
僕も京都地検から証人尋問として今日京都地検で呼び出されました。そして京都地裁で裁判の出廷をお願いされました。
京都地検だけでは、起訴はしているが、手ごわいやくざなみの奴らだから、状況により大阪高検や最高検の助言をもらいながらしていくと言われました。宗教という目の見えない処だから、また、信仰、信仰者という実態を被害を、警察や検察庁にもっと被害告訴するべきだと検察官から言われました。沢山の届があると、最高刑で、そして全国の教会を解体しなければ、これから被害者は増えると言われてます。今から勝負で西陣大教会、永尾隆司氏、奥田和男役員、上賀茂分教会奥田晃教会長の起訴{被告}全国の被害者の方声をあげてほしいです。」
いつもお世話になります。私、弱小大教会の末端教会の子弟ですが・・・
今現在教会からは信者さんというものが無くなり、形だけながら細々と教会をしているような事です。
で、そんな教会のお金事情、ことさら投稿するまでも無いとは思いますが何かの参考にでもなればと思い投稿します。
教会教費 1.5万円/年←そもそもこの費用の意味が解せぬ・・
支部費 5.000/月→6.0万円/年←こちらも今ひとつ意味がわからない
使い道もわからない。報告も無い
年間6万円は大きすぎる・・・
このお金が本部に流れているんでは?
と疑っている・・・有りそうだ・・
詰所費 8.000/月→9.6万円/年←これを書くと身バレしそうだが構わぬ
ほとんど誰も使用していない空き家の
ための究極の無駄経費
婦人会費 1.0万円/年
少年会費 0.6万円/年
青年会費 0.6万円/年
お供え金とは別に年間約20万円の出費(固定費)
お供えも片手は下っていないから軽く年間80万円が天理教の出費・・・
少し前までは片手+2万円していたとのことなのでざっと年間100万円が天理に消えていた・・・
繰り返しますが、信徒さんはゼロ。
その他、親は少ない年金での生活など・・・
生活は極貧とまでは行きませんがゆとりの無い面白みの無い生活です。
たまに家族で旅行に行ったりとか、おいしいものを食べに行ったりとかは無い・・・旅行なんてほぼ無し・・・
服装なども質素にするしか無い・・・
頭の中は「贅沢は敵!」ですね・・・
本部や直属教会以外はそんなものです。お地場帰り以外の親との泊りの旅行の記憶はありません。
馬鹿デカイ伽藍創りの為にみんなで貧乏自慢しましょう。という教えかと思っていました。
中山家のバカ殿が始めた道楽だったんですね。早く成人して天啓者を実現させなさい。ほんとにも~
先ほどの天理教であるが故の経費について書き込みましたが、これは、親の世代の熱心さ(洗脳の深さ)故の出費になってます。
冷静に考えて見ますれば、お供えという出費をしながら、また、別口で様々な名目での支払い、経費が有りそれをバカ正直に支払っていると言う・・・
どれだけ、お人好しなんだ!と思いますが・・・
あくまで、自分たちの日々の生活よりも天理ご本部、上級、大教会・・・
でもね、昔気質の高齢の親もさすがにネットの情報を見てはいなくともこのシステムはおかしいと気付き初めているようですね・・・
「出せば助かる!」と言う信仰は間違っていたと・・・
散々「出せ出せ!出せば助かるんだ!因縁も切れるんだ!ありがたいことでは無いか」・・・てな感じで幼少の頃からやられてくればもうたまったもんじゃ無いですわ・・・
前投稿でも書いたお供え、諸経費も自分たちの代になればもうなくなるでしょう。
棄教しなくてもお金はもう上には運ばない。絶対。(稼ぎも少ないから運びようも無い)運ぶぐらいなら、旅に行ったり、おいしものを食べたり、おしゃれな服を買ったり、今までしてこなかったことを出来うる限りやりたいと思います。
(おやさま、ひながたを刷り込まれているとなかなか出来ず、罪悪感すら有った)なので、年間100万円は限りなく0円になることは間違いないですね。
とにかく、同じような投稿を繰り返しますが今までの教団のやり方は狂気、狂っていやがる。
それを認めず、未だに続けようとしている、もう悪の他の何者でも無い。
こんな教団を有り難がって参拝している人たちがいるけど、事実認識、状況把握を冷静にした方がいいです。
とっとと滅びろクソ教団・・・
天理教でいう「陽気暮らし」というのはどういうものをいうんでしょうかねえ・・・
新興宗教に多い「究極のポジティブシンキング」でしょうか?
「出せば助かる」・・・逆に言うと「出さないと助からない」ということです。
親神様の教えというのは、そんな単純なものではないはずです。むしろ苦難が起こったら、それは決して不信仰や熱心さおよび祈りの欠如や献金の不足が原因ではありません。だいいち金銭という人間社会のものを、神様に提供しても、神様はそんなものを必要としないわけですから、本当は献金を教会にすることは何の意味もないのです。献金は信仰心とリンクして考えるものではないからです。
(カトリックでは月定献金を「教会維持費」と呼んでいるそうです。献金というから「神への信仰が云々」という話になるのであって、あくまで「教会維持費」とドライに考える方が、はるかに良心的だと思いませんか?)
天理教は新興宗教であるせいか、熱心さはあるのかもしれませんが、深く思索することが大きく欠けているように思います。
「灰色の断層」(ヨルダン社)にこういうことが書いてあります。
幸福でなければ生きがいがないかのように言います。しかし、人生は幸福であるはずだと考えるのはいったい何を基準にしてのことなのでしょう。人生が本来不幸なものであったとしても、別におかしくないではありませんか。人生は幸不幸になんの関係もない、生きるという単純な事実だからです。
金、かかり過ぎ・・・ 2018年1月26日 9:28 PM 様
>お供え金とは別に年間約20万円の出費(固定費)
これは会費のことでしょうか?こちらでは、教会教費や少年、青年、婦人会費、お鏡料(正月餅代)、献灯費(なんてものもあります) で、合計75000円くらいです。
上から、訳のわからない名目で支払わされてるような感じがしますね。私の方では勿論、「詰所費」なんてものはありません。最近まで、詰所の改修費を毎月〇千円払わせられてましたが、終わったところです。
あなた様の教会は、意味不明な金を、ずっと払わせてきたようですね。。上級教会か、大教会かは分かりませんが、信用できない所だと思われます。
金かかり過ぎ様の投稿に思う・・
私は高齢の一人暮らしの会長です。後十数年後、老人施設に入るまでの間と覚悟を決めてこの組織に付き合っています。
普通、教会子弟たちはアンチ天理教でも会長を引き受けるなりをしないと住居を失いますよね。私もその例に漏れずアンチ天理教ですが、生きる為に住居は必要。よって祖父母 、両親が建てたこの教会建物に住まい、命をかけてこの理不尽と闘っています。
私のように、棄教せずとも止むを得ず教会長を引き受けざるを得ない例は多いでしょうね。上納金はしていません。
上がのうのうとしていられる間は私達貧乏教会、信者一同、希望は持てませんから。上級、上上級、大教会の足腰がぐらつくまで、今それを希望に頑張っています。(本部は信者の金で不動産等全国各地に溜め込んでいるから存在自体消滅に追い込む事は出来ないかもしれませんね。)
私は若い頃から仕事をして来たので、贅沢しなければ普通に暮らせる最低限の年金、少々の預金があります。洗脳時代はどハマりでしたが、金かかり過ぎさんの様に、美味しいものを食べ、おしゃれな服を着、親神様が私達人類に用意して下さっている大自然を旅行したいと思って今に至ります。
天理教にどハマりの教友たちを見ていると、今は憐憫の情を持たずにいられません。女性なら化粧もせず、すすけた顔で洒落気の無い洋服に身を包み、金が無い、金が無い、天理に来る旅費を稼ぎにパートに行ってるなんて言う人も。私の知ってる男性の場合、緊張感の無いただ歳だけ重ねましたと言う、覇気の無い魅力に欠ける表情。
親神様の望む陽気暮らしはそうじゃ無いでしょと思う。天理教は完璧に人を不幸に導いています。
私が所属する大教会でも詰所費と言うのはありません。ボイラー修繕の時は、各教会を通して信者にお供えの要請がありましたが強制的なものではありませんでした。ただ、信者を前に「神様の修養所だからお供えすれば神様から御守護が貰える」と、大教会長がペテン師の様な事を言ったので胸が悪かったですが。
当方も大体年間7万少々の出費です。支部費についても会計報告を貰ったことはありません。教会教費は毎月5000円ですが、これについても会計報告無しです。
上は貰うのが当たり前と思っているのか、世間一般常識から言うと、あり得ないです。
末端 様
「教会教費」毎月5000円、というのも不可解です。「教会教費」と名のつくものは、包括法人天理教本部(真柱邸へ持参か振込)へ、年1回払う15000円のみの筈なんですが・・・。
詰所とは?信者の帰参時の、本部施設に勤務する人たちのための、
こどもおぢばがえりなどのイベント時のための宿泊施設と考えられる。
当方所属の大教会は大阪。最近寄りついていないので詳しくはわからないが
ほとんど、利用するものはいないと思われる。(稼働率、一桁前半は間違い無いでしょう)帰参してもわざわざ宿泊しない。当然日帰り。
それでも、建築時、それなりのものを建てないと格好がつかない、周りの大教会は皆立派なものを建てていると言うことで鉄筋3階建ての詰所を建設。
今にしてみれば、小さな一戸建ての民家のようなこじんまりしたもので十分で有った。(実際そのような民家のような建物を詰所にしている大教会が有った)と言うか、そもそも ”おやさとやかた” 自体がガラガラなんだからそこを間借りすればよ済んだはずだ・・・
とにかく、建物を建てることを良しとする体質。一体なんなんだろう?
建築会社と繋がっているのかと疑ってしまうほどだ・・・
建てる時に大きな負担をさせられ、建ってからは利用者がほとんど無く、維持管理費でまた負担させられると言う、全くもって馬鹿としか言いようが無い有様で・・・(利用者が皆無だが閉鎖するわけにも行かず、そのため詰所当番なるものの要請が有ってどこまで行っても愚かで)
無駄といえば教会の神殿の付属の会館もだ。
もう建てられてから随分経つが当時としてはなかなか立派な建物だったと思われる。
今となれば、ただの伽藍堂でほぼ何にも使われていないと思われる。(死んでいる)
何かに有効利用しようと(地域で使ってもらうとか)言う向きも無いと思われる。ただただ、老朽化していっているだけの建物になっているようだ。
もともと何か具体的に必要性が有って計画建設されたものじゃなく、本部のおやさとやかた構想の影響によって ”ふしん” をしよう!と言うことで建てたものだと推測がつく。何をやるにも深い思慮や計画性など何も無くただただ変なノリみたいなもので全てが動いてきたようで・・・
そのために大金が集められ負担をさせられ家計が圧迫させられてきた。
またそれらのことに未だに反省など無く、何も学ばず、問題意識など全く無い。
おかしいことをおかしいと思えない、感じれない、けったいな集団、天理教です。(行動に対しての検証が全く無い。客観的に物事を見たり思考したりすることが無い。必要もないと思い込んでいる節がある)
そういえば、子供の頃貧乏だったのでパン屋さんでパンの耳を買って食べてた時代が有ったな〜今にしてみれば懐かしい気もするが・・・
まあ、間違いなく大教会のかたや御本部の方はそんな経験はされていないでしょうね。自慢にもなりませんがね・・・
あ、そうそう、もう一つ言いたい大事なことが有ったのです。
大教会などで何かを建築する段になった時、誰かの意見を聞くとか検討するとかして、建築するのでは無く、ほぼ勝手にやってしまっているような気がします。一度立てれば50年〜100年とか使うものなので綿密な打ち合わせが必要だと思われますがそれらが行われたことを聞いたことが無い。ほんと愚かとしか言いようが無いです。
最近、教費金は年間15000円と知りました。ですので年間60000円は何だ?と今頃になって不審に思っています。おそらく教費金を含めた集金なのでしょう。教費金と言われています。言われるままに出していました。
会計報告を受けた事が無く、子沢山の上上級が色々自教会で名目を作って勝手なことに使っている様子です。(例えば子供おじば帰りの補助、夏の子供キャンプの補助などに。うちは数人の高齢者ばかりの教会でここ20年以上子供おじば帰りを実施していない為その恩恵にあずかれません。教会実態に応じて返金して然るべきで、子沢山の自分の所だけで勝手に自由に使うなよと思う。反論したとしても、あなたの所も子供を集めて実施すればいいんだよ。いつでも補助するよ、みたいなことになるでしょうね。)
折を見て会計報告の要請をしたいと思っています。人にお金を出させておいて、会計報告をしないとは、一般社会では考えられないことです。
天理時報1月28日号
一面大見出し
新年度全教区で「普及推進大会」開催へ・・・
組織の機関紙の普及のための大会を開催?アホか・・・
ようぼくの成人に時報は欠かせない・・・ぜんすけ君
そもそも成人てなんや?だし漠然とした表現で・・・
欠かせない・・・って、意味不明・・・
記事を読んでいると「時報の購読と手配りなどの活動がようぼく同志のつながりや絆になり得る。」
「お道に繋がり続ける可能性はぐっと高まるのでは無いか?」と述べているが・・・
スローガン
「ようぼく家庭に、もれなく『天理時報』を」
もれなくって???
「手配りひのきしんで、教友の絆を強めよう」
絆ってなんじゃ?ヘンテコ絆?
やっぱり笑える、と言うかダメだこりゃ!ですな
読めば読むほどアホさ加減が露呈していく。
正常な感覚の人たちがこれらを読んで見切りをつけていくのがよくわかる。
天理のアホさを確認するのに時報は欠かせない・・と(イヤ本当に)
あんまりそんなことをしていても時間の無駄ですが・・・
この機関紙はどう考えても読むところが無い。内容が無い。稚拙。間違いなく。
だから、誰も読みたくも無い。タダでもいらない。いやほんと
普及推進大会をするんじゃ無く、内容を購読者にとってメリットのある内容にすれば部数は必然的に増えるのは間違いないがそんな単純なことがわかってないようだ。
購読者にメリットになる情報を提供しようと言う姿勢スタンスが皆無で
サービス精神とかそんなものも皆無で・・・
そんなしょっぼい読み物を普及させようとしているバカさに呆れますが
自身を省みると言うことをやはり全く、絶対しないな・・・
かなり、やられているようですな。こんなのが組織の最上部にいるとは・・・・
知的レベルがやばい。自分自身の知的レベルが高いとは思わないが教団組織のレベルがやばいことだけはわかる・・・
おそらく正常で通常の感覚を持っている人たちがいないんだろうな。
天理時報の手配りについて・・・
本当に手配りしている人がいるのか?意外といるんだろうな。
あの、内容の無い読み物を配ることに抵抗は生まれないか?
無駄すぎるぞ。配る労力。紙も無駄だし、稚拙な内容で配っているこちらが恥ずかしくならんかえ・・・
だし、あれを読まれたら教団の知的レベルなどがバレバレになりアホさを宣伝しているのと変わらんし、はっきり言ってゴミレベルですわ。
冗談抜きでゴミ配ってどうするの?
とにかく人様に読んでいただけるような代物じゃ無いことだけは間違いない(断言)笑われるよ。嘲笑されるレベルですわ。
あれを普及、手配りとか言っている人間の感覚を疑う・・・
恥を知れ!て事。
さすが、ぜんすけ君 様
>「手配りひのきしんで、教友の絆を強めよう」
本気でそう思うなら、縦組織を解体するのが先だと思う。
直属の縦組織がある限り地域の教友の「真の絆」は絶対に出来ません。
>本当に手配りしている人がいるのか?意外といるんだろうな。
あの、内容の無い読み物を配ることに抵抗は生まれないか?
抵抗があるというより、上の方針ですから御用という感覚。
全く意味がないと分かりながら、全く意味のない読み物を週に一度配ってます。
結果より過程を重視する組織ですからね。
家庭より組織を重視するくせに。
実働していない、信者のいない、後継者の決まらない教会を布教所にしてしまえばいいのに。
これだけ情報が出回る時代なのだから、不都合なことを隠さずに、開き直ればいいのに
中山みきが、扉を開くか閉じるか
どうする?と聞いた時みたいに小芝居の一つもうってみればいい。
「おやさま〜!」
「はは〜っ!」
最後に真柱さんが「これにて一件落着!」
無いな
匿名
2018年1月27日 10:25 PM様
>実働していない、信者のいない、後継者の決まらない教会を布教所にしてしまえばいいのに。
私が一応所属する教会(実家ですが)ほぼほぼ上記のような状態ですが布教所になればどんなメリット、デメリットがあるんですかね?
わかる範囲でお答えいただければ幸いに思います。(宗教法人登録から外れたりするのでしょうか。被包括関係が無くなるとか・・・)
>私が一応所属する教会(実家ですが)ほぼほぼ上記のような状態ですが布教所になればどんなメリット、デメリットがあるんですかね?
現状、一般教会はほぼ「宗教法人」になっているでしょうが、「宗教法人」になっている布教所はほぼ無いのではないでしょうか?
宗教法人なら、その役員や境内地の使用、財産管理などが「教会規程」によって定められており、その手続きを経なければいけません。
そして、教会長さんならご存知ですが、一般教会の教会長人事権や教会建物の修築建設など、大教会長の同意を得て本部の承認を貰わないと何もできません。
これが天理教の縦型組織の根拠ともなっている規定であり、これがある限り、一般教会は大教会や本部に逆らう事が出来ないのです。逆らえば、首を飛ばされたり、教会不動産を取り上げられる事だってあり得るのですから。
私の知る限り、布教所にはそのような規定や縛りは無い様です。
あくまで、個人が所属教会の会長さんの承認だけで布教所が出来るのですから。
つまり、上の者にとって「教会」なら自分のコントロール下に置く事が出来るが、法人格のない布教所ではコントロール出来ないというデメリットがあります。
現実に布教所をされている方のご意見を頂ければ助かります。
信仰の上では、殆ど差は有りません。
社とおメドウの大きさが違う程度です。
愛町の部内の布教所がうまいことやってる例だと思います。
小さい大教会よりも立派な、沢山の信者さん方が参拝される神殿があります!
普請もさることながら、教区の活動や、特に鼓笛隊など、勢いと実績があります。
愛町の布教所を分教会にすると大変なことになるかと。
親(愛町分教会)を子(部内の布教所)が超えないため とよく聞きますが、実際は組織的な問題があるから、布教所のままにしてあると思われます。
本部での講習で教会規定の時間に、本部の先生が、愛町の布教所はうまくやっていますね と言っていました。
麹町大教会の中での愛町の立ち位置の話も色々聞きます。
色々な教会、布教所がありますが、
「信者」さんが寄り集わない教会は布教所にした方が、教団全体にも良いかと思います。
やってみないと分からないし、分教会を布教所にするための手続きや、おめどうさんの回収、教会の名称の扱いなど、問題は山積みです。
遅かれ早かれ 分教会は減る一方です。寂れた、朽ちた教会は近隣の方々には良くない布教の形として見られているのが現状です。
名称を別の系統に移してもたかが知れています。
私の教会も出来ることなら、布教所にしたい…
100年続いただけでも良しとしよう。
明日も1日頑張ろう
教団的には完全廃業されるよりは布教所という形であれ継続してくれた方が好ましいでしょう。
当事者としても現行の教団に対して反感を持っていても本来の(元の)純粋な教えを求めている人もいるわけですから・・・
少し脱線しますが・・・
究極的には本来は(物質的に)何もいらないとは思うんですが・・・
仏教などにしても木仏、金仏は本来必要無いものでしょう。
だだ、人間自体が肉体を持ち、何かに、またどこかに向けて礼拝しようとして神殿など物的なものを建ててきたという事なのでしょう。
ここ数年、坐禅瞑想がブームのようになっていますが、あれはある意味何かに、またどこかに向けて礼拝するのでは無く、自分という宇宙、自分の中に存在するであろう神に心を鎮めて礼拝(または同一化?)しようとする行為なのではと感じます。自分の中の神を感じる・・・自分の存在を尊ぶ?など
私は生まれてから教会で育ちもう何十年も経ってしまいましたが低頭し拝をしても気持ちは全然入っていません。昔は信仰心が足りないのかな?とか思っていた時代もありますが自分の心はウソをつけません。(一体自分は何に向かって頭を下げているのか疑問でした)
神を感じ無いのです。感じれないものはしょうがないですね。だから、拝をしても気持ちが入らないのです。
拝をするとはある意味思い込みのようなものなのかも知れませんね。
思い込んでいるので拝む・・・と
強烈な救済された体験などがあればまた話が別かも?です。
まあ、坐禅でも半畳のスペースだけは必要ですがそれだけで事たるところがいいところですね。(神饌物だの祭典だの必要ないですからね)
究極のシンプルです。将来的に無駄が削がれていくことになるでしょう。
おそらくは、自分の中の神を感じることが少しでもできたなら心の底から神たる存在に礼拝できるように思います。
アメリカに渡って禅を説かれた鈴木俊隆氏は坐禅は当然しますが、おでこが擦れるほど礼拝されていたそうです。
やはり、自分が自分に落ち着く・・・ってことが大事なのでは・・と
天理教者は真に自分に落ち着けていず、自分を無くしバタバタしているだけのように感じます。
心もバタバタ、体もバタバタ、そうやって年老いて死んで行くと・・・
エネルギー(物心共)を完全に教団に吸い取られて人生が終わる・・・と
一体自分の人生とは何だったのか?ということすら考えることなく一生を終えると・・・
夏目漱石の言った『則天去私』は自分というものを確立でき神を感じれた上での『則天去私』なのだと思います。
天理時報に必要な記事は何か?、と問われれば天理教史の詳細な分析記事を掲載する以外に無いのではないか。
教団にとって都合の良いことも、悪いことも全容をシリーズで掲載することが大切だと思う。そのようなことが出来るのも、立教から180年余を経た現在が最後のチャンスではなかろうか。時が経てば経つほどウヤムヤ度は増すばかりだ。
そのためには、包み隠さず談じ合える場が欠かせない。
櫟本分署跡保存会が出来たころは、多くの本部員も参画していたと聞く。なのに、今は教団が寄ってたかって潰しにかかっている。教祖が最後のご苦労の場所を物心両面で潰してどうするのか。
それだけではない、その他の教祖の足跡すら隠そうとしている節がある。
芹澤光治良氏や天理大学名誉教授までされた高野友治氏の著作物まで無視しようとする教団である限り、表さんが如何に説かれようと部数の回復は望めないのではないか。記事の内容に大きな変化が見られないのであれば、今季限りで購読を辞めることにしています。
それにしても、天理教に入信したばかりに、これ程までの苦労をしなければならない人達が多いのには驚くばかりです。
私の子供時代はやはり今振り返っても親は完全に天理の方を向いていました。
教会ですからそれが普通でしょうがないことでもあるとは思います。
しかし、こちらとしては放って置かれたという意識が無意識にもあったようです。
なので、子供側にとって放って置かれた原因は神にあるわけです。
神があるから自分は放って置かれた。みんなが普通に受けれる愛情や家庭の団欒的なものも皆無だったわけで。
その、自分にとって不都合な存在である神にそのうち拝をせねばならないと・・・
しないことは許されないことで・・・生存が脅かされるわけで・・・
なので、自分の中で自己矛盾が発生しているわけで
でもね、よくよく考えるに正直言って私の人生は無茶苦茶な人生なのですが(詳細はかけませんが)やはり、子供時代の愛情飢餓感や今、述べた矛盾感などで混乱し、結局人との関係も築けぬままここまで来たという感じです。
対人関係がおかしいので仕事をしてもうまくいきません。
人としての土台が脆弱というか無いというか・・・
それを幼少期の環境などが起因していると証明することはできませんし・・・
今まで、自分の責任として考えて来ましたがやはり、幼少期、子供時代の環境、モノの考え方、捉え方が偏っていると(親が・・・)おかしくなります
先ほどの投稿でも書きましたが自己重要感があまりにも乏しい・・・
本来なら自分自身が自分を何とかしないといけないのですがそれができない・・・
何と言えばいいのかわからないですが、これらがスムーズになっていないと何もかもうまく回らない気がします。
現に私がもろにそうです。
何かおかしいのです。そこに取り組むことなくここまで来てしまいました。
でもこれが一番大事なことは明白でしょう。
神の教えとか誠真実とかそんなことはどうでもいいぐらい大事なことです。そうなんですよ、神の教えとか誠真実とかどうでもいいそれ以前の基本的なところでつまづいて、満たされないままで苦しんで来ているのです。
今現在の教会の現状、環境がどういったものかは知りませんし、しっかり子供と向き合っている親御さんもたくさんおられるとは思いますがそうで無い場合はしっかり子供さんと向き合うことが大事なのはいうまでも無いでしょう。
考えるに、やはり ”ひながた” が影響しています。中山みきさんが我が家(しかも嫁ぎ先)の事をも犠牲にして世界助けの道に歩んでくださった。(感泣)
なのでそのご恩に報いる。「子供としゃべっている場合では無い」「幸せに浸っている場合では無い」の構図ですね。
自分の場合は親が子供と向き合うことから逃げていたとも言えます。避けていたと・・・なぜか?
しかし、自分の親も親から同じことをされて来たとも言えます。(連鎖)
ちなみに私は20歳とか30歳の若い世代ではありません。結婚もしていません。人間関係も本当にありません。教会の子弟ですが教友もいません。
家族はいますが何かおかしいですね。気持ちの共有など皆無ですね。
なかなか、すごい人生だと思っています。
未だに人生をさまよっているようなことです。(もう慣れてしまったようですが)さあこれからどうしてやろう・・・
これが宿命だと受け入れ運命だと受け入れ開き直って生きようか・・・
自死する根性も無いしね・・・
随分昔ですが、所属の大教会長がこんな事をいった覚えがある。
「わしらはおやさん(おやさま)に喰わしてもらっている」的なニュアンスの事を聞いた記憶が有る。
教会で住まわせてもらっている自分たちは・・という意味での発言であろう
その時は「ふーん」と思ったが考えてみれば「あなた達にしてみれば本当にその通り」だと思った。
どこに仕事行くわけでも無く、まさに天理教さまさまなわけで自分達みたいに仕事を探しまくってヒーヒーいうことなんて無いやろうし、小さい頃から大教会の坊ちゃんとして何不自由なく来れたのは間違いないことだろう。
自分達とは全然違う・・・
自分なんかお尻の破れたズボンをミシン糸で思いっきり縫い込んでそのズボンをまた学校に履いて行かされたぐらいだからね。
学校ではバカにされていました。子供に恥ずかしい思いをさすことなんて何にも思っていないからね。また「それが素晴らしいことなんだ」ぐらいの感覚だし(貧乏に耐えること、バカにされても耐えること)
最後に・・・その人は無理くり、ヅラ(カツラ)をのっけているんだけどそのヅラは自分で稼いだ金で買ったヅラか?それとも・・・なんて思ったもんです。
まあ、胡散臭いわけで・・・
現教団が今こんな風になっているのは一言で言って『高慢』がそうさせているのでは無いかと感じます。
人の意見を聞かない。取り入れない。聞く耳を持たない。
私たちは神の代理、名代だ。なので下々の者の言う事など聞く必要も無い。
そうやって、今の今までやってきた。
談じ合いも無い。意見交換も無い。一部の、一握りの人間(特権世襲者)だけで運営してきたのでは無いか。
しかも今言ったように高慢甚だしい人たちによって・・・
歴代真柱もそう言う風な体質、制度、システムにしてこなかった。怠った?
何もかも民主的に、多数決に、とまでは言わないが・・・
これでは、うまく行くわけがない。うまく言ったら嘘。うまく行くものも行きません。成るべくして成る。崩れ去るべくして崩れ去る・・・
「理はあざやか」と言ってもいいかもしれない。
奇しくも間違った心遣いの一つとして挙げられている『高慢』でこのような姿になってきているのは実に皮肉なものだと・・・
反面教師になっている場合でも無いしね・・・
淘汰される時期なんですかね。
落ちるとこまで落ちないと上がれないのかなー
縦の組織の 系統主体 から
横の組織の 地区、教区主体に切り換えたり。
機能していない、身内ですら続かない教会を減らす。
やかたの有効利用、または解体
まだまだ案はありますが、現実的ではないです。しかし、真柱さんや内表棟梁さん達がごり押しすればなんとかなるかも
もう遅いかもしれませんが。
宗教法人の情報公開に関する法律
宗教法人は、その巨大な施設にたいして固定資産税や都市計画税などを免除されており、その営む営利事業についても有利な課税条件が与えられている。しかし、宗教施設を利用してもっぱら政治活動や選挙運動をおこなったり、租税回避地を利用して営利事業をおこなったりする疑惑があり、本来の趣旨を逸脱しているという批判が根強い。また、入会の勧誘がしつこく、退会にあたって嫌がらせが報告される事例も後を絶たない。
カルトまがいのものもあり、魂の救済というよりも資金稼ぎの手段として悪用されている宗教団体もある。京都や奈良の有名寺院は、拝観料の名のもとに徴収した莫大な利益をため込み、これを銀行、サラ金などに預けて利子を稼いでいるものも少なくない。反社会的組織に乗っ取られ、脱税の隠れ蓑となっている宗教団体も散見される。
国から特段に有利な待遇を受けている以上、経営内容の見えない宗教団体の全貌を明らかにしてこれを国民に公表することが急がれている。フランスの反カルト法など、海外の法制を参考にして、以下のような情報公開法を制定してみたい。
(要綱)
1 宗教法人の職員または信者は、税の優遇措置を受けている宗教施設またはその通信設備を利用する選挙運動(公職選挙法または国民投票法の選挙運動)を行ってはならない。宗教施設またはその通信設備を利用して、信者に対し施設外において選挙運動を行うよう指示、教唆または示唆してはならない。
2 宗教法人の行う営利事業と非営利事業の経理は、別に定める宗教法人経理規則にのっとり明確に区分しなければならない。その経理は、公認会計士の監査を受けなければならない。(不正な監査をおこなった公認会計士は、処分の対象となる)
3 経理の内容は、別に定める様式により半年ごとに所管の自治体に報告しなければならない。報告を受けた自治体は、これを一般の閲覧の用に供するものとする。自治体は、これに関する質問権および立ち入り調査権を有するものとする。
4 前項の財務報告において、宗教団体(実質的にその支配下にある団体を含む)は、宗教活動による以外の収入はないことを誓約しなければならない。
5 宗教法人は、国内外を問わず、営利企業に投資もしくは融資またはこれに類する財務活動をしてはならない。
6 入会の勧誘にあたっては相手の意思に反してしつこく勧誘してはならず、退会にあたっては暴力、嫌がらせなどこれを物理的にも心理的にも妨げる行為を行ってはならない。
7 信者に対し、その宗教にかかる物品を購入または販売するよう強要し、または目標額を示すなど心理的な圧迫を加えてはならない。宗教法人に対する寄付、布施その他の名目を問わず、信者の資金の拠出についても同様とする。
8 宗教指導者による宗教教義の説明を伴わない宗教施設や庭園の拝観の収入に対し、20%の特別消費税を課すものとする。
9 所管の国または自治体は、本法律に違反する行為に関する通報を受け付け審査する機関として、宗教法人通報担当組織を設け、その通報受付要領を定期的に広報するものとする。受け付けた通報は、立ち入り調査など必要な調査を行い、違反の事実が確認された場合は、すみやかに勧告を行うとともに、その旨を官報または公報に掲載するものとする。
10 所要の罰則を設ける
天理教 お供え 掲示板より転載しました。
天理教用語ですか? 投稿者:匿名
投稿日:2018年 1月29日(月)14時36分46秒 通報 返信・引用
《因縁なっしょう》っておみち用語ですか?
私の所属する教会では《因縁なっしょう》の言葉がよく使われています。
文字通り、因縁を無くすのです。
その為にお供えもします。
《因縁なっしょう》と言われお供えするのですが、又新たに新しい悪因縁が出て来て又《因縁なっしょう》とこれの繰り返しです。
でも、この言葉国語辞典にもネットのWikipedia にも出て来ません。
天理教用語でしょうか?
天理教 お供え 掲示板より転載しました。
《因縁なっしょう》っておみち用語ですか?。その通りです。この言葉で多くの人が洗脳されたのです。
今から60年余り前までは、肺結核を始めとする結核菌を病原とする病気(脊椎カリエスや腎臓結核等)は、「死の病」と言われるほど恐ろしい病気でした。結核菌は主に空気伝染する性質を持っていました。従って、親が肺結核になると、その家族にも容易に伝染しました。伝染して発病すると、当時は有効な薬もなく親が発病するとその子供達にも次々と伝染して発病しました。
天理教はこの現象を「因縁」と位置づけました。親の病気を子が引き継ぐ、すなわち、因縁が出たと言ったのです。先にも云いましたように、結核菌は空気伝染しますので、同居の家族に容易に伝染するのです。その当時以前は食糧事情も悪く幼い子供たちは抵抗力もなく、次々と結核に罹患したのです。
その後、抗結核薬ヒドラジット・パスカルシウム・ストレプトマイシンが開発されて結核は劇的な回復を見るようになり、多くの人が助かったのです。
病気の機序も知らずに、天理教は因縁という言葉でかたずけてきたのです。そして、因縁のなっしょうという言葉で、半ば脅かしながら貧しい人たちからお供えを巻き上げたのです。
ただ、結核菌はしぶとく生き続けています。薬に対する耐性菌が生まれて、主に高齢者が結核を発病しています。また、容易に伝染します。時々、新聞にも結核が感染したことが報じられています。注意すべき病気ではあるのですが、因縁という言葉でひとくくりに出来るようなものではありません。
天理教用語には十分気を付けましょう。
中山家が諸悪の根源やって最近耳にするようになりました。真柱さんが中山である必要も無い。現在の中山家は信仰が無い。本当に信仰してるなら財産を放棄し困ってる信者救済に当てるべきです。教団の金で不動産業してる場合か?資金洗浄マネーロンダリングです。その金は中山家と違って信仰している方々の尊いお供えです。いい加減にしてほしい。
お供え上げない案が良く持ち上がりますが、それと同時に、中山家追放運動をしたほうがいいです。中山家の面々が本当の信仰者なら、立場も財産も放棄できるでしょう。そもそも徳があるので髪の導きも多くいくらでも宗教団体を立てられます。それでは中山家の真価を皆さんで問いましょう!徳の真価も皆さんみたいですよね?といってる間に中山天理教は崩壊します。各信者さんが中山天理教に拒否反応を示し始めた証がこの社会学さんの記事やコメントへのアクセス数で現れてます。
中山家が居なくても神も教祖の教えもなくなりません。早く因縁無座ぼる中山家は教団から出て行ってほしいものです。
開祖中山みきが今の天理教を見たら、あまりの堕落ぶりに卒倒すると思います。
強欲な長男に先立たれたとき「あんなに金をため込んだから・・・」的な発言があったそうですが、自分の子孫が滅びても同じことをいうでしょう。天理教に宗教改革が必要といえます。天理版マルチン・ルターはいつ出てくるでしょう?
「扉は開かれた」をYoutubeで見ましたが、これを見て感じたことは、やはり陽気暮らしというのは、「あなた方はお互いに愛し合いなさい」ということではないかと。キリスト教でも仏教でも天理教でも、神や仏がいうことは同じで、私たち人間が愛し合うこと。これに尽きるのです。そして人々がお互いに愛し合い、いたわりあうことが、陽気暮らしだということです。
相撲協会もそうだが天理教も本部も対外やなー
強引に貴乃花を切った池坊は国民に叩かれて大変、天理教も同じことやってるやん
天理大学の暴行事件もあったしな、アホばかりやろ
誰が 何処が 何が 神なん? ええかげんにせーよこの守銭奴どもが(笑)
何が天理教なん?中山教団に改名して天理教を信者に譲渡しろや(笑)
修養科などでもったいぶって読んでいる「おふでさき」は第1章から中山家当主である「秀司」が濁っていて神の目に余る、困る、と神の残念から始まっていますよね。(2章にかけて)
この濁り(秀司)を早く掃除すればその濁り水も澄んで綺麗な水になると書かれてあります。
おふでさき中の「高山」を中山家の事として読めば、確かに素直に脈絡がつながります。(お供え掲示板より)
しかし教団本部は、おふでさきに書かれている「濁り水」が本家本元の中山家とは言えない。だから時の政府だの、権力者だのに置き換えているのですね。
親神は教祖道開けの時から神(教祖)の邪魔をする秀司やその取り巻きの中山家の掃除をすると「おふでさき」ではっきり意志表明していると言う事です。
1号31 これまでのざんねんなるハなにの事 あしのちんばがいちのざんねん(秀司が一番の残念だと。)
1号32 このあしハ病というているけれど やまいでハない神のりいふく(神が立腹していると。)
更にこうも言っています。
1号36 このあくじなんぼしぶといものやとて 神がせめきりのけてみせるで(秀司のあくじはどんなにしぶとくても神が攻め切る、取り除いてみせると。)
2号25 高山のをいけにハいた水なれど てバなハにごりごもくまじりで。(秀司を池に例え、ちりやごもくが混じった水だと。)
そう思って読み進めると、今日まで本部が言って来た事は天と地がひっくり返るほどに中身が変わって来ると思います。
我々信者は自分で確かめる姿勢を持たないと、素直でアホウになっていたなら、あわや正反対の戯言に騙されると言う事です。
神の目に、悪事の基は中山家。現在の衰退ぶりは教祖が嘆き、神の残念が表に現れていると見てほぼ間違い無いと思います。
天理時報1月28日号
新年度全教区で「普及推進大会」開催へ・・・
「ようぼくの成人に時報は欠かせない」・・
「ようぼくの成人」?
魑魅魍魎、曖昧模糊な表現。このわけのわからぬ言葉に今までやられてきた。
この言葉の意味は教団にとって都合の良い信者信徒になれ!って事だ。
欠かせない・・・この言葉もあくまで教団にとって都合の良い信者信徒を維持、囲い込むためには欠かせない!と
記事を読んでいると「時報の購読と手配りなどの活動がようぼく同志のつながりや絆になり得る。」
「お道に繋がり続ける可能性はぐっと高まるのでは無いか?」と述べているが・・・
これも、完全に教団目線で教団都合。教団の存続のためのモノの見方しかできていない。
信者、信徒の事は眼中に無い。
スローガン
「ようぼく家庭に、もれなく『天理時報』を」
「手配りひのきしんで、教友の絆を強めよう」
全て、教団のため。自分たちのため。全く信者、信徒目線が無い。
一般企業的に見ると、天理教団は社員のことを何も、と言って良いぐらい考えていない。
そして、お客さん、のことも考えていない。
考えているのは創業者一族とその取り巻き世襲特権一族で回している組織のこと。
こんな輩たちはそのうち追放に成ることを望む。
企業においても初期は創業家の影響力が有るが株式上場なりし代を重ねるごとに経営の邪魔になって追放されてるケースが多々有るので・・・
規模が大きくなり株式上場した時点で創業家の私物化はできなくなって行くが・・・
天理教の宣伝は何かに似てるなーと思っていたのですが気がつきました。健康食品のCMと一緒ですわ
※あくまで個人の感想です。てき体験談しかアピールできない宗教ってもう宗教じゃないやん本部は宗教はやめて御供と名乗った米粒を飲めば「結構になります!」と言ってるだけの詐欺団体やん
一人一人の信者がみきの著作を直接読んでみるべきです。天理教の本部の解釈本なしにです。そうすればきっと違ったものが見えてきます。
軽々しく『ようぼくの成人』などと簡単にのたまう・・・
また、『心のふしん』『においがけ』なども頻繁に使われる用語だ。
『成人』などと簡単に言うが本当に都合の良い(教団にとって)用語だ。
成人できていない輩が成人をうたう。呆れる・・・
建物ばかり建て無茶をしていながら「心のふしんも怠るな」・・・と
どこまで行っても上から下への要求という構図になっている・・
においがけ・・・そんなもの誰彼なしにできるものじゃ無いしするものじゃ無い。
それなりの人格を兼ねそなえることができれば向こうさんからやってくるだろう・・・
現在この日本では伝統宗教の寺院、お寺さえも存続の危機に有るという。
住職のいないお寺、檀家の現象。お布施も減少。少子高齢化で厳しくなっているのは間違いない。しかし、本来の教えも説かれてこなかった・・・
葬式や法事のための仏教に成り下がってしまった・・・と
前にも書いたが兵庫県の安泰寺では曹洞宗祖道元の残した難解で有名な正法眼藏を勉強しているということだ。まず、自分が自分を高める。
そうしてから表へ出て行く。
天理教はどうだ・・
それらしいスローガンを掲げているが本来の教え的なものを伝えれているのか?追求しようという空気さえない。
月次祭、供え物を供え、鳴り物を鳴らし、紋付袴で踊って終わり、になってないか?完全に形骸化してないか?
教団のいう成人も、個人の人としての成人ではなく、あくまで教団にとって都合の良い成人を(ひたすら従順、異議を持たない。疑義を挟まない。上納金はしっかりする)求めているからね。
形骸化といったが、空洞化もしているな・・・
どこを目指しているのやら・・・こんな事が続くと思っているのか?
ぜんすけ君のことを考えてみた。
生まれた時から壮大な神殿が建ち、それを取り囲む、やかた群があり病院や小中高大学なども有る。
そうして、26日ともなれば少なくなってきたとは言えまだまだ結構な参拝者が有る。
これらを見て育てば、まあ普通に考えて勘違いはしてしまいますわ。(特権意識、特別意識が芽生える)
自分がその立場になったらそうならざるを得ない。なってしまう・・・
ぜんすけ君もはっきり言ってただの人だろうからこれにハマってしまっていると考えられる。なので、ムカつく面は有るが有る意味一人の犠牲者で有るかもしれない。
しかし、犠牲者かもしれないがその人の舵取りでもっと犠牲者を産むことに成るので、ここは良く考えなくてはならない。
システム、制度に問題がある・・・やはり世襲制、私物化などどう考えても弊害しか生まない制度・・・
これらについて議論してみたい、意見を聞いてみたい。
ディスカッションできたら面白いだろうな・・・
どんな考えを持っているのか本当に聞いて見たいものだ・・・
>中山家が諸悪の根源
中山家だけではなく、それを取り囲む天理貴族もいます。彼らも諸悪の根源でしょう。
そして特権階級の好き勝手を許してきたのは誰なのか?それはとりもなおさず彼らをのせたみこしをずーっと担ぎ続けてきた信者です。
天理教の一番悲しいところは、ルターのようにCHANGE!を叫んで改革を志向する人材が出てこないところです。
治安維持法があった時代、実は学習院出身者が思想犯で逮捕されることがよくあったそうです。庶民の苦しい生活を見て、こんなことはよくないと抗議の声を上げた華族の子弟は決して少なくはなかったのです。
天理王国では、なぜ王家や貴族の一族から「下の人間がこれではあまりにもかわいそうではないか」という人が出てこないのでしょうか?
カトリックのように世襲を発生させず、トップを選挙で決めるシステムは、宗教団体の公正さを保つために、やはり生まれるべくして生まれた本当に必要なシステムだったとよくわかるではありませんか。天理教をみていると。
教祖を輩出した家柄の人達がこの組織の中心にいらっしゃるのは、櫟本分署や鏡池や三島神社を保存されるのと同じように、おやさまのご生涯を想起するという信心にマッチしていて、違和感を感じません。
更に飯降家や上田家の様に天啓者とその後継候補を輩出した家々の方が本部の重鎮である事は、啓示霊能者の巣窟たる地場屋敷の将来像の一端を顕している様で、個人的には、自然と受け入れる事が出来ます。
問題なのは、本部がおやさま他天啓者のご事跡を軽々に扱い、中山権力者一族が、将来の地場屋敷の神屋敷家を率先して阻んでるように感じる事です。
個人的には、おやさまのそれは勿論ですが、正善さんより本席様やナライト様の御事跡を強調した催しの方が興味があります。
さらに、将来のお地場で御用なされる、天啓者候補の方々の所在を教えて頂ければ、なおいいのですが。
いずれ棟梁よにんいる、はやくうかがいたててみよ。ですよね。
将来は天啓者制と民主制の共存した組織構造になるのかしら。なんだかワクワクします。
天啓者と民主制は共存できません。独裁と民主制は相反する制度だからです。現行天理教はほぼ独裁体制です。しかし天啓者気取りの真柱中山家とそれを担ぐ天理貴族諸悪の根源なのです。
ちゃんとした天啓者が立ってほしい。真柱という役職は如何わしい以外の何者でま\もない。真柱と天理貴族の贅沢三昧に使われる寄付する意味ないですな
>教団本部には東京ドーム(46,755㎡)1200個相当の土地があるとの書き込みを見ました。以前、教団の所有土地は1000万坪と書きましたが、それを優に超える1700万坪余と知り、開いた口が塞がりません。
上記の書き込みがありましたが、これは絶対見逃せない案件です。
何気にスルーしてしまっていますが、これはただ事ではありません。
これが、本当なら教団は責任を取ってなんらかのアクションを起こさないといけないでしょう。
謝罪とかで済む話でもないでしょう。
これらの事実関係はどうなっているんでしょう。
これを教団本部はどう思っているんだろう。
認めながらだんまりを決め込んでいるんだろうか?
違うなら違うと公表するだろうし事実なのでだんまりを決め込んでいるのか?
これが、事実であってその状況で信徒、信者側がスルーしていたら本当のアホになります。
事実関係を問うてもおそらく回答しないだろうな・・・
事実関係を認めたら、ただでは済まされないことは間違いない。
これは背任というものに当たらないか?と思うのですが・・・
刑事事案になるかどうかはわかりませんが道義的には十分に問われる事案でしょう。
これらは絶対説明しないといけない、無視なんてありえない。
どんな形にしろ教団にこれらの事実関係を問わなければ・・・
そうしてこれが事実なら即退場してもらうしかないですね。
それが普通、当然、あたりまえなのは誰の目にも明らかでしょう。
こんな団体野放しにしておいていいんだろうか?というレベルです。
反社会団体だろう。
これひょっとしたら社会問題化するんじゃないか?
オウムもびっくりだぞ、本当に・・・
マスコミも動くレベルだな・・・
これ集団訴訟的な動きを取るべきなのかな・・・
かなり悪質だが・・・許せん・・・
仮に、責任を認めたとしても、その責任の所在はうやむやになっているんだろうな・・
本部お抱えの天理時報など機関紙はおろか天理大学などの学校機関すらいまだにでてこない。
どうどうと反論してこちらの異論反論はじめ誹謗中傷も一蹴したらいいやんな、辛いと思うで~表立ってはみな言わんけど市内近隣では悪評ばかり「本部さんいつおわるんやろな?」と噂しかきかん
時期天理市も天理教という宗教遺跡だけ残すだけになるんでしょうな~館などは廃墟マニアにはたまらない。軍艦島に並ぶ近代遺産になるでしょう。
話の流れを切るような投稿で失礼します。
ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、私は、宗教法人の「被包括関係廃止手続きや出来事」を物語として記事に掲載しているブログ『1/17000の闘争と逃走』の管理人です。
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei
先日、第二部の終了に伴い、モデルとなった教会の方からメッセージを頂きました。
ブログの記事にもUPしましたが、多くの人に読んで頂きたいと思い、記事原稿をこちらに掲載させて頂きます。
お読みになり、何か感じる事や思う事がありましたら、遠慮なくコメントやメッセージを頂きたいと思います。
読者の皆様へ
私は『1/17000の闘争と逃走(第二部)』のモデル教会の者です。
私共の教会はこのたび本部との「被包括関係廃止」手続きを完了、無事に組織から独立しました。
私は、末端教会子弟の長男として生まれ育ち、逃れようがない運命として不安と呪縛を背負って生きてきました。
幸いにも、近年インターネットが発達してwebからの情報収集とSNSによる情報シェアのおかげで理不尽な組織環境から合法的に離脱することができたのです。もちろんインターネット情報だけでなく、良識ある多くの支援者の応援や手助けがあったことが実行する勇気とパワーの源です。
インターネットの掲示板やブログを見ると、よく似た環境の末端教会子弟ご同輩がたくさんおられることがわかります。中には既に組織離脱を実行された方もおられるようですが、多数の末端教会子弟は理不尽な組織と抗えない末端の立場によって、猛烈なストレスを受け悶々とした苦痛の末端生活を送っているのではないでしょうか。
私も同じだったのですが、悩んでいてもぶつぶつ愚痴を言っても環境や事態が変わることはないのです。
また、誰かがそれを改善するために何とかしてくれることもありません。
ましてや、上級や大教会、本部が自らの事を反省し、改善や改革などをしてくれるなんて絶対に有り得ないでしょう。
自分の人生は自分だけのもの、自分で作り上げるものです。
上級や組織を潤すために自分の時間、お金、労力は使ってはいけません。
それらは全て自分や大切な家族のために使われるべきなのです。
この宗教組織は生産性が無いネットワークビジネスと同じ、早くスタートした奴らが儲かる仕組みになっています。末端教会は上納のみで搾取される側から逃げ出せないように組織に縛られているのです。
もしかしたら、運よくか熱心な信仰かは判断が難しいでしょうが、信者が増え部下教会が沢山出来て『自分が上の立場』になった時のみ、末端の苦しみから解放されるかもしれません。
でもそれは、自分と上との関係はそのままであり、自分が味わった苦しみや悩みを下の者に、数を増やして押し付けているだけです。
組織から解放されるには離脱することがベストな選択、そのためには本部組織との「被包括関係を廃止」する法手続きで簡単に実現できるのです。
組織から離脱した末端教会は独立した宗教法人になるので、上級や本部など組織から干渉されることは無く、当然、上納金(お供え、つくし)や無償労務提供(ひのきしん)などいっさいありません。自分達で信仰の方向や教会の実務を考え実践できるのです。
私の場合、まるで頭上の曇天から晴天へと変わる如くスッキリと晴れやかな気持ちになりました。
組織離脱のメリットは、精神的・経済的・時間的・労力的な負担が無くなることや教会不動産の最終的帰属先が教団本部になっている現在の状況から独立した宗教法人になることです。
デメリットは、教団本部行事や研修などに参加できないこと、所属大教会詰所が使えないこと、教団の縦横組織と断絶されること、しかし、これらは逆にメリットとも思えます。
当教会は大教会普請、上々級教会普請、上級教会普請が連続したので、長年多額の普請お供えを上納してきましたが、当教会が1995年阪神淡路大震災で当教会は被災して神殿は傾き一部損壊でしたが、上級からの支援はありませんでした。自力ではとても普請など出来ないので23年経っても未だ傾いた状態です。
この教団組織はそんなもんです。世界助け、人助けはやりません、誠にざんねんです。
現在、当教会は数名の高齢信者さん達と楽しく月次祭を執り行いながら心穏やかな日々を過ごしていています。また、個人的ではありますが、地元貢献になればと微力ながら地域コミュニティで高齢者の健康増進活動をお手伝いしております。
このブログ(1/17000の闘争と逃走)を読んで自分も一歩前に踏み出したいと思った方へ
現実は行動のみで変えることができます。
そのためには、刷り込まれた組織信仰からの呪縛を解き、思考停止している自身から抜け出すことです。
「被包括関係を廃止する」行政手続きは決して難しくありません、必要書類と手順を踏めば誰でも出来ます。私の場合は、役所の担当者が親切に教えてくれました。県庁や法務局の役人は書類と手続きに不備がなければ事務処理してくれます。もし不備があっても都度修正を指示してくれますので頼れる味方です。
必要なことは、正しい取組みへのブレない強い意志と勇気、行動です。
やる気スイッチ入った方応援します!
>教祖を輩出した家柄の人達がこの組織の中心にいらっしゃるのは、櫟本分署や鏡池や三島神社を保存されるの>と同じように、おやさまのご生涯を想起するという信心にマッチしていて、違和感を感じません。
違和感を感じない人もいますが、今は感じる人の方が多いのではないでしょうか。開祖の生涯を想起するために真柱や天理貴族が存在しなくてはというのは変だと思います。
キリスト教だって開祖であるイエスの生涯を想起するために、開祖もしくは弟子の子孫がバチカンのトップにいる必要はありません。世界中の人が開祖や弟子たちの生涯を想起していますが、ステンドグラスや絵画や彫刻や音楽といった芸術作品はそのためにあるわけです。
たとえばキリストの誕生を想起するにはバチカンのクリスマスミサをみればよくわかるではありませんか。神の側にいたキリストが、汚濁にまみれた人間社会に降誕なさったことをミサでちゃんと表現しています。そのミサに預かることで、人々はキリストの降誕に思いをはせることができるのです。
もし開祖やそれにつらなる人たちの生涯を想起するために現在も血統が重んじられなくてはならないならば、まず王家と天理貴族たちは率先垂範して貧に落ちきる生活をこそ実践すべきです。キリストは金持ちの青年が「どうすれば神の国に入れるでしょうか?」と質問したとき、こういいました「あなたの持てるものをすべて売り払って人々に施せ」
加藤ハルアキ様
法人でない教会の場合は大教会長にむかって「やーめた」といえばいいのでしょうか?
法人でなければ法律は関係ないので、払うべきものを払わねば自動的に上下の関係は消滅するものでしょうか?
今の天理教では、別席も、修養科も必要ないですし、神殿に参拝だけできれば御の字かと思われます。中学のとき同級生に「うちも天理教だけど教会がいやで何かあったら本部に参拝するだけだよ!」といわれ子供だったので意味がわかりませんでしたが、今となってはなるほどと思います。「神はみのうちめいめいにあり」ともいわれますので、本部である理由もないのですが、何かほっとする場所だなあと思うので、そこだけ許されるのであれば組織にいる必要はないのかと思います!
宗教法人の「被包括関係廃止手続きや出来事」をよんで 2018年2月1日 9:11 AM 様
>法人でない教会の場合は大教会長にむかって「やーめた」といえばいいのでしょうか?
>法人でなければ法律は関係ないので、払うべきものを払わねば自動的に上下の関係は消滅するものでしょうか?
早速のコメントありがとうございます。
宗教法人法に基づく「宗教法人」になっていなくても教会として看板を掲げ社やおメドウを置いて信仰している以上は、教会規程や規則などがあり、それを基に運営され組織に組み込まれていると思います。
ブログ記事のような法人格を持った教会(一般教会)の規程はほぼ同じなので判断しやすいのですが、法人格が無い場合は内容に違いがあると思われます。
まずは、事務所備付書類や教会規程をご確認いただけますでしょうか?
細かい内容や秘密情報などもあるかも知れませんので、掲示板ではやり取りに限界があります。
よろしければ、ブログの方にメッセージ(ブログの「プロフィール」から「メッセージを送る」)を頂ければ、折り返しメールアドレスを送らせて頂きますので直接ご相談させて頂きたいと思います。
天理教にはもはや社会的はおろか宗教的精神的利点がまったくないのが信者低下の原因
それはおろか大亮の散財結婚費用など中山家と天理貴族の贅沢を支えるためだけの組織構造に成っているより魅力のない宗教団体それが天理教の真の姿です。
天理教の人間が言う信仰の話は一杯の掛けそば程度の胡散臭い体験談、これは宗教でなく自己啓発セミナーのようです(笑)
成人式むけ呉服販売貸付専門業 はれのひ問題 がありましたが、教団は慢性的にはれのひ問題ですよね(笑)
被害者は晴れず と揶揄されてますが、天理教も 信者の心は陽気暮らしどころか貧困にされ陰気 もちろん晴れず。祖先の中山みきが作った礎も現行の中山が実現できず管理者責任を問われることは当然、現真柱も雲隠れとやる気のなさが露呈してるのが現状でしょう。
中山みき自身も真柱のしんのすけ は明言したがそれ以降はしていないので、中山世襲は是ではない。むしろ今後中山追放に向けての思いが噴出し追い出される日が近い。それをもともと見越して甘露台の土地を中山名義で私物にしているという巧妙さ、つまり地場甘露台もただの土に立ってる棒でしかない事がこれで判明したわけです。
勝手にだまされる信者の方々にも責任があるわけです。やがて【はれのひ問題】と類似した問題はおろか事件が発生するのは予測できるのでその日の為の準備をするのが急務です。
雲隠れ「はれのひ」社長登場も被害者へ「返済能力なし」と開き直り 被害者は晴れず
https://goo.gl/risVKE
親神様は甘露台にしかいないのでしょうか?
いえ、決してそうではありません。
親神様はお互いの心の中にいらっしゃるのです。
加藤ハルアキ様
>ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、私は、宗教法人の「被包括関係廃止手続きや出来事」を物語として記事に掲載しているブログ『1/17000の闘争と逃走』の管理人です。
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei
遂に始まりましたね・・・
リーサルウェポン(最終兵器)発動ですね・・
教団的にはこれが一番恐れていた事態じゃ無いでしょうか・・・
こりゃたまらんですよ教団的には・・・
しかし、神は有るね・・・神が味方しているように思われる。
今すぐにどうこうならないかもしれないが流れ的には離脱が加速するでしょう。
今の教団に居続ける意味が無いので・・・
「お供え金の減額しましょう」と有るがそんな生ぬるさでは済まない。
今まで従順だと思って居た部下が引き潮のごとく去っていくことになるなんて、恐怖でしょうね・・・
まあ、なんだかんだ言って最後まで残る人たちも当然存在するでしょうが一部の側近と建物などが残るだけになるんでしょうね・・・
殿様とその取り巻き連中がいくら偉く豪勢なお城があろうとも戦を戦ってくれる家臣、兵隊が居なければ戦にもなりませんわな
自分たち(教団)の今までして来たことに正面から向き合わないといけない局面に入って来ましたね。
もう、言い訳はできないし逃げることもできないでしょう。
私は三代真柱の世代です。
三代がよく話していたのは「自分に教えを合わすのではなく教えという定規に自分を合わせるように」・・・と
その頃まだ純真な信者でしたが「難しいことを言うな。そんな簡単に行くものか?」と思ったものです。
しかし、何となくニュアンスはわかったつもりでした。
この人(三代)は信者、信徒のためなら命をも差し出す人では無いか?と勝手に思ったりしたものです。
しかし、蓋を開けてみれば信者、信徒の血税たるお供え金を土地、不動産に化かしまくっていたとは・・・
まあ、結果的にとんでもなお方だったと言う他ないわけで・・・
そんな親だから「お供えは命のつなぎ」なんてバカな発言をする子息が生まれたんですね・・・返すがえすも無念、残念でなりません・・・
>この人(三代)は信者、信徒のためなら命をも差し出す人では無いか?と勝手に思ったりしたものです。
>しかし、蓋を開けてみれば信者、信徒の血税たるお供え金を土地、不動産に化かしまくっていたとは・・・
口ではいくらでも綺麗ごとは言えますからね。私も、月次祭では「互い立て合い助け合い、世界が一刻も早く立て替わりますように、神の前には皆わが子、」等々・・教団発行の「祭文例文集から引き移し、面映ゆい想いをしながら読んでいたものです。
しかし、いかな美辞麗句を教内で口走っていようとも、行動が、全くそれに伴っていなければ、いつまでも信者はついて来ません。徐々に化けの皮が剥がされ、遂には反感さえ持たれるようになります。教団の今の有様は当然のことです。おやさまひながた、貧に落ち切れ、と信者にのたまわっている教団本部が、莫大な隠し不動産を持っている、なんて、表と裏、二面性にも程があります。
末端教会がこぞって被包括関係を廃止したら、さすがに本部も目が醒めるでしょうか?大教会や上級教会は慌てふためくかもしれませんが、本部は、余裕しゃくしゃく、大教会などの混乱ぶりを尻目に、いよいよ、不動産業を本格的に、手広く始めるかもしれません。
すでに始めてますよー
教会本部の生き残りをかけた金と法のやりとりも「早い者勝ち」。
まずは行動
遅いと喰われて終わり。
食うか喰われるか…
闘争か逃走か…
宗教法人の財産と言うものは公開する義務などはないのかな?
個人の財産なら当然公開する義務はないでしょう。
宗教法人天理教は誰のものでもないはずだが・・・
今の運営陣も一時的に預かってると見たほうが自然でしょう。
それが健全な運営だし真っ当な感覚でしょう。
教団が全国に1000万坪だか1700万坪だかの土地を所有しているとのことだが、これらを秘匿していて通用するのかな?
所有しているなら、しているでその詳細を年に一度は公開せねばならないと思うんだけど・・・(収益ビルの件もですね)
共有財産とまでは言えないとしても宗教法人も言ってみれば公益の法人でしょう。
何度も言いますが社会の公器だと思われるのでお金の流れや財産の有無や詳細の報告は当然だと思うんですが・・・
やっぱり私物化ですか?天理のキーワードですね・・・
全く専門的なことはわかりませんが各分教会でも春前ごろになると教会の資産などの報告をしていますよね・・・
しかし、これだけの不動産を完全に把握できているのか?
東風Zさんが言っていたが土地の管理もズサンなことになっていると・・・
管理するのにも費用と労力が発生すると・・・
しかし、1000万坪だの1700万坪だのよく買い集めれたな・・
頭の中は土地のことでイッパイだったんだろうな・・・
その頭で神様の話もしてた・・・と
しかし、公益の法人が信者信徒のお布施で広大な土地を買い漁り所有し公開せず秘匿しているなんてどう考えてもヤバイとしか言いようがないんだけどな・・・
批判している方もあまりのことにピンと来ていないところがあるようですね。
今気づいたんだけど教団が全国に寝かし所有している土地は宗教法人登録しているから固定資産税などがかからないんですね。
宗教を隠れ蓑にしている悪徳不動産屋のやり口そのまんまやね・・・
巨悪の一言に尽きる・・・これ世間に知れ渡ったらやばくないか?
これで教団も終わるかもな 2018年2月1日 7:49 PM 様
ご意見ありがとうございます。
被包括関係廃止手続きが『最終手段』だとは考えていませんが、人も資金も無い末端教会側が上からの過大な上納金・無償奉仕の要求を排除して自分の生活を守る為には、一番簡単で確実な方法だと言えます。
もう教団には「いさいを説き聴かす」神は出現しませんし、おメドウやかんろだいにお願いし続けても組織ややり方を「そうじ」してくれる存在はありません。
下の者がどれ程訴えても上の立場の者が態度や考えを改めない事は、私自身も経験していますし皆さんも十分認識している事だと思います。
上からの上納金のや無料奉仕の要求の根拠になっているのは「教え」だと思ってる人がいるかもしれませんが、実際は「法律と教会規則」です。
もともと末端教会には本部や上級の規則ややり方を変えさせる力は無いのですから、具体的に出来る事は「被包括関係の廃止」が最も簡単で手っ取り早いのです。
そんなに収益性の高い不動産をたっぷり持っているなら、なにも信者の献金なんかあてにせずにやっていけるじゃないですか。献金のない宗教団体を作るという頭もないんですかねえ。あきれた。。。
不動産からの収益 プラス 信者の献金 イクオール 両手に花 (不労所得の方程式)
欲にきりないドロ水や・・
角居勝彦調教師引退 天理教が理由という記事がネットや週刊誌で飛び回りましたが!
今、このご時世ですばらしいというか、敬服いたします。
天理教の教会、大教会は法人となっているため、信者に土地の借金5000万、各教会で100万づつといわれても、実際は本部の名義となってしまいますので、実際には大教会のものにならず、すべて本部のものになります。こんなことが、当たり前になっている天理教の組織にあえて競馬の調教師をやめてまで飛び込むという精神に敬服いたします。自分も見習いたいが、○○○なのでしょうか?
全員が毎年お供えを半分に落として行きましょう。そうすれば本部収益は毎年半減していきます。100億>50億>25億>12.5億>6.25億>>>結果各地のお供えを無に近い状態にする。そうすれば本部の真価が表れます。各地の不動産収入をあてがうのか?それとも売却するのか?それとも天理教を手放すのか?
見物です。本部の真の力を皆さんも見たいですよね!私も見てみたいです。偉そうに教理改竄を繰り返す本部中山家と本部貴族 彼らの真価 それは悲鳴にもにた怒号かもいや楽園の皮をかぶった唯の地獄 各教会で隠された出直しの話を聞く。本部貴族の血統がモラハラを繰り返し死んでいった人々の悲鳴を現実に無念の彼らの死を彼ら純粋な信仰者の彼岸を実現させましょう!
1988年発行・著者:早川和廣氏・発行者:北原 章氏・発行所:株式会社あっぷる出版社
書名:天理教・その腐敗と悲劇
2章 信仰はゼロ、カネ集めは天才、天理教の裏は闇の一部を紹介します。長くなりますが、三代さんの真の姿が見えてきます。
●カネと力で土地漁り、「人を救う」はずの天理教が掲げる地上げ屋の看板
地元民の心情を無視し、カネと力を使ったやり口は、三島神社移転問題ばかりでなく、いたるところに見られるものである。「宗教文化都市」あるいは「緑あふれる歴史と文化とやすらぎの町」という天理市のキャッチフレーズが泣く、地元を無視した天理教による町づくりの犠牲になった人は多い。
いちいちあげていくとキリがないので、一例だけ紹介するにとどめておこう。教祖百年祭に当たって、天理教が周辺一帯を相当規模で開発した際の、白川台の臨時駐車場(約50ヘクタール)にからむ問題である。
つまり、この駐車場の造成に当たって、天理教は隣接する土地の所有者に、一言のあいさつもなしに造ったばかりか、山の形状を無視したいい加減な開発をしたため、駐車場と隣接地の間にあった里道(幅約2メートル)が、雨が降ると水路と化し、車が通れなくなってしまったのだ。
問題の隣接地の所有者は、昔からアマチュア・スポーツ界で活躍してきた森田正英氏(68)で、現在は奈良県ハンドボール協会会長の肩書きを持つ、地元の名士である。
以前に、奈良県柔道連盟会長を務めたこともあるため、柔道を通して前真柱とも親交のあった人物で、天理教の信者でもある。その意味では、それなりの手順を踏めば、何もこじれる必要のない相手のはずである。
「開発する場合は、当然、隣接者の同意をえなければならないことになっている。私の土地と天理教の土地の隣接部分は、400メートルにも及んでいる。その隣接部分は、里道になっていて、三分の二は地図に載っています。周辺はみんな土地を売っているから、里道のところで隣接するのは私のところだけです。ところが、駐車場に隣接するこちらの同意もなしに、しかも周辺の事情を無視して勝手に工事を進めてしまった。
彼ら天理教は、隣接者の意向など無視しても、カネをバラまいて、頭をおさえつければいいと思っている。つまり、高樋町自治会長が開発協力費として1300万円を受け取って、同意書を出しているんです。後に、このことは問題になって、自治会長はクビになったが、とにかくやり方がおかしい。しかも、天理教本部に問い合わせても、〝話はついている〟といって相手にしない」
こう、森田氏は怒りをぶつける。
当初から、駐車場というのは単なる名目で開発の目的は別のところにあるといわれていただけに、天理教側の動きには、かなりおかしな点があるようだ。
というのも、昭和58年末に、岡田忠一自治会長が、自治会役員の知らぬ間に、天理教からカネを受け取ったとの話がささやかれ、翌59年2月の総会で、追及されたことがあったのである。
そのとき、岡田会長は「天理教から1300万円をもらい、農協に預けてある」ことを認めたのだ。
高樋町民の中から、「役員に相談もせず、会計にもいわずカネを受け取るとは何事か」「天理教からもらうカネとしては、他の町に比べて少額だ。理由の無いカネはもらうな」
等々、様々な意見が出たが、結局、時間の関係もあって、役員改選に入り、その結果岡田氏は落選、新役員が選出されるといういきさつがあった。
その後、同意書自体はいまさらしょうがないが、岡田氏が受け取った金額が本当かどうかが問題とされたため、岡田氏はその領収書の写しを持参、申し開きする一幕もあった。その領収書には、「天理、白川開発同意協力費」との但し書きはあるが、宛先に天理教の名前はなく、西本世仲雄という天理教出入りの不動産業者の個人名であり、収入印紙も貼ってないものであった。
高樋町では天理教の土地と隣接する者は森田氏しかないだけに、直接、森田氏と交渉すればすむことを、天理教は出入りの不動産業者を使って、しかも自治会長に同意書を書かせ、協力費として1300万円を渡すのである。何のために、そんなことをするのか、不思議といわざるをえない。だが、何事もカネですまそうとの体質が行き渡っている天理教としては、開発の同意書さえ手に入れれば、それでいいのである。それだけに、中間に出入りの不動産業者を入れるのは、後々、面倒になったときの逃げ道を、最初から用意しているというわけである。
その意味では、端から面倒な近隣者など相手にする気などないのだ。だが、森田氏はこうした外部の者の意見に耳をかそうとしない天理教のやり方に首を傾げる。
「近隣者として、こちらはなんぼ向こうが偉くても、人間としては一対一です。前の真柱は、間違っていることは指摘されると、『ああそうか、悪かった』という人だった。自分の知らない知識を持った人を大事にする人でした。そりゃあ、女はあちこちにつくったが、ま、英雄色を好むですよ。柔道の試合にも女連れできた。それでも前の真柱を悪くいう人は居ない。私も柔道をやっていたので、前の真柱は尊敬しているし、ウチは明治の代からの信者でした。だから、天理教に対してはいいイメージを持っていたんです。それが、こんなことをするもんやからね……。
いまの真柱は耳を貸すどころか、逃げようとしている。部下のいうことばかり聞いて、外部のいうことに耳を貸さん。けど、それは失敗のもとや。
里道にU字坑をつくるのでもいいし、アスファルト舗装するのでもいい。そのために私の土地を提供したっていい。開発するなら、そういうことを話し合いにくるのが筋やないか。それを逆に、天理教は森田をいじめたら、土地を売ると思っている。天理教は安い値だったら、どこでもかまわん。自分のものにしようとしている。実際、天理教の意向をくんだ不動産屋から、何遍も土地を売らないかという話はあったが、私は売るつもりはない。『人を救う』とか『助ける』とかを表看板にしている宗教が、都合の悪いことは〝見ざる〟〝聞かざる〟式の宗教産業化しているのに、ただ呆れています」
確かに、天理教の土地漁りの実態は、最近、東京近辺をわがもの顔で跋扈し、世間を騒がせている地上げ屋の手口とほとんどかわらないようだ。
これは、ほんの一部だが、これらのために教会長の自殺、強盗事件が相次いだ。教団は事件の一つ一つに何のコメントも発しない。このような宗教団体に就いて行けば、言葉が悪いがケツの毛までむしり取られるのが落ちだと思われる。
東風Z
2018年2月2日 2:48 PM
合点のいく話です。
白河となると神殿から見ても北東の位置一般的に家相や風水などでは鬼門である。この場所は常に清潔にしないといけなく穢れを嫌う。天理教でいっても十柱の神たいしょくてんの方角切るその間逆は風と考えると白川問題以降天理教の風潮が一気に変わり今に至ることがわかる。これは天理貴族はじめ中山三代真柱も神を軽んじていた証である。たいしょくてんにより口火を切られ かしこねの風によりその化けの皮がめくれ続けているに他ならない。これは神の成す事神が中山家を始末する日も相当遠くないかと
たいしょくてんとかしこねですか興味深いですね。確かに言葉もかしこね人々の傾向を風潮とも言う。「風が吹く風が吹けば桶屋が儲かる」とありますが教団は「風が吹けば甘露台が倒れる」といえる事態でしたね。甘露台倒壊したのに後継者が結婚?つまり大亮氏は神を信じてないと言える曰く付の結婚と成った。結婚費用も散財し何をしたいのか?大亮氏の実の父からは悪い噂しか聞きませんし、生前のキムジョンイル親子を髣髴する滑稽さ教団も末期ですね。私達傍観者はXデーを待ち望むに限る。
お供えを半分に落として行きましょう。彼岸の為に
2018年2月2日 1:35 PM様
>>結果各地のお供えを無に近い状態にする。そうすれば本部の真価が表れます。各地の不動産収入をあてがうのか?それとも売却するのか?それとも天理教を手放すのか?
見物です。本部の真の力を皆さんも見たいですよね!私も見てみたいです。
本部の真の力とは?
言っては何ですがただの腐敗組織だと思いますが・・・
それもかなりの悪質な・・・いや悪質だという自覚はしていないかも・・・
です。
はっきり言いますが悪事をはたらいているのです。
そんな組織の真価を問う?真の力を見たい?
いやいや、だだの反社会団体ですよ・・・ほんと
認識が甘いように感じられますが・・・(自由ですけどね)
上納金も半分に・・・とか?????です。
どうせ、延命させるだけのように思います。
半分と言わず完全にやめる・・
何ならまだ教団から返金されてもいいぐらいだと・・・
土地を売却して今までの謝罪として金を返せ!ぐらいに思いますが・・・
それでもまだ気が済まない・・・が・・・
これからはこちら側(末端側、谷底側)が積極的にこのクソ組織を潰しにかからないと・・と思います。
それが、社会の為だし、悪は淘汰されるべきです・・・
淘汰された後にはすがすがしい風が吹くでしょう・・・
今の天理教団は悪性の腫瘍のようなものです。
天理信徒は人があまりに良すぎる・・・お人好し過ぎるのでは・・・
まあ、そこにつけ込まれているんですがね・・・
もうあれから、かれこれ25年ほどの歳月が経ってしまった。
その昔の7月の中旬、梅雨が開けるか開けないか、という蒸し暑い日のことだったように記憶している・・・
上級教会と言っても親戚だが、その教会の後継者で教会長になっていたイトコの兄貴がバイクで事故死した。
その日は月次祭の翌日で信者のお下がりを配って回っていた。
死んだ本人は生真面目で原付バイクに乗っていて、車と衝突し亡くなった。(車なら命は落とさなかったと思われる)
その従兄弟は学生時代の頃からこちらが参拝しに行っていても何ともスッキリしない腑に落ちない複雑な表情をしていたのが印象的で記憶に残っている。
もう、その頃から自分が教会を継ぐことに対して複雑な気持ちでいたのは間違いないと思われる。
で、(従兄弟の兄が)学生時代も終わり、とうとう教会を継ぐことになっていくわけだけど当然自分の中で消化できていない・・・
しかし、周りは会長になって当然のように振る舞う。
呼び方も「会長さん、会長さん、」と行って持ち上げてその気にさせていく。
で、結末は30歳にもならず死んで行った。
当然結婚もせず、やりたいことをすることもなく死んで行った。
はっきり言って、天理教会(環境)に殺されたと思っている・・・
もう、どう見ても無理をしていたのは明白だった。
自分を無くしたロボットのようなものかな?
頭では「やらなきゃならない」・・・
心では「やりたく無い、自由に生きたい、伸び伸び生きたい」・・・
でも、周りは当然のごとくのように振舞っているし、今更できないとも言えないし、逃げるわけにも行かない・・・
心の中ではすごい葛藤があったはず・・・(後継後も)
とにかく無理があった。
仮に教会長をするにしても世間や社会を体験させてあげるべきだったし、猶予を与えてあげるべきだった。(本人のために)
言ってしまえば有無を言わさず天理教に追い込まれた(追い込んだ)?
選択の余地が全く残されていなかった。あそびが無い。余裕がない。
何かに追われるように、迫られるように死へと向かって行った?
不幸としか言いようが無い。かわいそうとしか言いようが無い。
家風というかそんなものも融通の聞くような雰囲気ではなかった。
誰か一人でも本人に寄り添い、心の内を吐露できる相手がいればまた状況は変わっていたと思う。(素の人間として・・・)
天理教をやる人間としか見ていなかった。家族が(も)・・・
一人で葛藤し孤独だったに違いない。
そして、死んで行った。
そのあとにただ虚しさだけが残った。
一人の人間として認めていない。あくまで神の御用?のための要員?・・・
天理教を継がないとしても元気で生きていてくれる方が良いに決まっているはずなんだが・・・なぜかこうなってしまった・・・
誰も幸せにならない。誰の得にもならない。誰も笑顔になれない。
破滅への道が待っている・・・だけ・・・
(でも結局周りが当人の人間性を認めていなかったんではと、そして本人も自分自身の人間性を認めていなかったように思われます・・・)
ほんと誰も幸せになっていないような気がする・・・
人の人生ってなんだろうな?
時だけが虚しく過ぎ去りました。
黒門は壊したらもう建てないんですかね?
「宗教法人と不動産」
http://www.sttpln.com/religion14.html
天理教教会本部が不動産資産を隠匿し、そして、宗教法人法の優遇制度を悪用して、払わねばならない税金を払わず誤魔化していたとしたら、国税局や税務署から、査察や税務調査をされて然るべきです。
しかし、1000万㎡とか1700㎡とかの面積が知られているということは、その場所も割れて(調べがついて)いるのでしょうか?
東風Z様、本部の手持ち不動産1000万㎡というのは、どうやって、お判りになったのですか?
何かの本に記載があったのでしょうか?
ともかく、本部の隠匿資産(不動産、資産)の全貌、明らかにされるべきだと思います。
あれから四半世紀が・・・様
従兄弟様のあまりに早い出直しは、天理教の教理をどんなに並べ立てても、どうしても納得はいかないでしょう。まして当時は現役教会長夫妻であられたご両親様にとって、悲しみはいかばかりだったか。想像するだけに胸が痛みます。私も周囲に似たようなケースを体験しています(後継者の自死ともおもえる不審な出直し)、身内にとっては何十年経っても悲しみは癒えることはない・・・。
でも、どうしてそういうことになるのか。教会後継者という重圧は、他の宗教教団とは比較にならないもののように思われる。R会の教会長は教団本部から任期制で選ばれるし、S学会は支部長などの子弟がその職を世襲するわけではない。天理教の場合、教会数がむやみに多く、しかも実質世襲制。教会の大半は機能不全状態に陥って、自分たちをだましだまし運営している状況だ。多くの者はその重圧と葛藤を乗り越えて教会長を継いでいるが、今度はその子弟が重圧に苦しみ、逃げるに逃げられずに心の病にかかったりしている。後継者の重圧は確実に代送りに受け継がれている。
宗教を家業として継ぐという発想は、人生の選択肢を狭めてしまう。本当の豊かさとは、金や物が沢山あることではなく、人生の選択肢が沢山あることだと、インド人のノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・センが言っていた。してみると、教会が世襲制度となっている天理教において、生まれたときから教会後継者であるというのは、選択肢が一つしかない最貧困の状態ということになる。末端の貧困教会の場合、末端貧困教会長という最低カーストを継ぐということでもある。これがどんなに残酷なことか、教会関係者はよくよく反省してほしい。
天理教はあらゆるものが教会を単位にして回っている。そして、教会は教会長一家が家族ぐるみでやっていかなければならない。信仰は一名一人といいながら、所属教会を離れた信仰は邪道とされる。だから、止めたくても止められない。心の奥では必死に抵抗していても、意識の表層ではついつい周囲に従い、ハイハイと勤めてしまう。心の病が天理教後継者の間に蔓延するのは、これが最大の原因である。
内村鑑三のある弟子がこんなことを書いていた。「生きているキリスト教は後継者を指名する必要がない。だが腐敗した宗教は後継者を必要とする!」我々天理教者も内村鑑三の無教会主義を見習うべきだと思う。
加藤ハルアキ様
>ご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、私は、宗教法人の「被包括関係廃止手続きや出来事」を物語として記事に掲載しているブログ『1/17000の闘争と逃走』の管理人です。
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei
ふと思ったこと・・・
勉強不足で詳しくはないのですが旧約聖書?に出エジプト記というのがあるらしいですね。
その昔、ユダヤの民がエジプトで奴隷として捕らえられ虐げられていた。
それをモーゼという人が約束の地を目指しエジプトからの脱出を試み、ユダヤの民を引き連れ解放に導く・・・と
ちょっとその話が頭に浮かびましたので書かせてもらいました・・・
今の天理教も何か似たようなものがあるように思います。
奴隷のような、囚われの身のような、息苦しい、重苦しい・・・
標榜する陽気ぐらしとは程遠い・・・真逆の様相で・・・
そんな環境から離脱を試みれるというのは解放されることに等しいと・・・
具体的、積極的、能動的に行動できるというのは素晴らしいことです。
これからも、苦しんでいる教内のみなさんのためにも頑張っていただければと思います。
心より応援、支持させていただきます。
>末端の貧困教会の場合、末端貧困教会長という最低カーストを継ぐということでもある
それがわかっているからこそ、末端貧困教会は結婚しなかった人だらけ。信者も後継者もいない事情教会になっているわけです。
大教会だってさびれているところがあると聞きます。下からの献金上納が減れば、上が窮乏するのは当たり前です。そのうち大教会も結婚しなかった人だらけになって事情教会が続出しますよ。
天理教では立派な神殿などの建物が建つことをことさら賞賛し、素晴らしいことだとしてきた。
普請(ふしん)と言う言葉を使って・・・
それは、天理教施設を眼で見れば明らかである。
威圧感すらある建物群、地方の教会にも一宗教団体の本山ではないのか?と眼を疑うぐらいの大教会や分教会が本当にたくさん有る。
首をかしげる。この宗教団体は何を、どこを目指しているんだ?と・・・
とにかく豪勢な建物に価値が有ると思っているのは間違いない。
「結局形なのかよ?姿、形にこだわっているんじゃないか?」と懐疑的にならざるをえない・・・
そりゃ、今にも倒れそうなボロ屋敷よりそびえ立つ白亜の神殿の方がありがたく感じられるし、信者もありがたく感じるし、説得力も有るんだろう。
しかし、その感性、価値観は間違っていると思う。
天理教では『感謝、慎み、助け合い』とか横断幕まで作り掲げているが、まず、慎みが無い、慎みの精神があれば白亜の大建築物はいらない。
新興宗教団体は得てして大きい建物を建てたがる、伽藍仏教にしても結局自己顕示欲を満たしていると言うか、民衆を心理的に圧倒する事を狙っている。それだけ人間というものは弱く愚かなものなのだ。
「どうだすごいだろう。参ったか・・・」的な幼稚で稚拙な心理から発現したものだと思われる。
大名が城を築く時と全く同じ構図だと・・・
(この場合は支配と統治という目的があるが・・・)
釈迦にしろ、イエスにしろ、中山みきにしろ、デカイ建物に価値があるなどと一言も言っていないと思う。むしろそういう事を戒めたはずだ。(釈迦は王の位を捨て乞食しながら各地をまわる生活をした)
完全に道を外していると感じる。今さら感は拭えないが・・・
まあ、現在の人々の意識も向上し姿形では無い本質的なものを求めるようにはなってはきているとは思われるが・・・・
あまりに唯物的になり過ぎたという事か?
古来から本当に価値のあるものは目には見えないものだと教えられてきたが
信用、信頼、愛情、誠真実の心など天理教でも標榜されているが・・・
そもそも心自体が目には見えないものだが・・・
外側、姿形に重きを置けば置くほど内面、心が軽く扱われ本質から遠ざかって行く。それが今までの教団の姿を見ればわかる。
「人間にとって大事なのは姿形では無い、心なのだ誠真実なのだ・・・」と言っておきながらそれを説く本山は姿形に走ってしまったという笑うに笑えない事になってしまいました・・・
姿形などどうでも良いとは言わないがあまりに偏り過ぎ、バランスを欠き過ぎた(必要最小限で良かった)・・・やはり極端はダメだという事か・・・この考え方を教えとして追加した方が良さそうだ。
大きな建物を宗教団体が持っているとしたら、それはバチカンでわかるように、長い歴史の中で国教になったがゆえに王侯貴族から多大な寄進を受けられたという時代があったからです。
天理教は新興宗教ですので、バチカンから見ればほんのわずかの歴史しかありません。それなのにバチカンに張り合おうとしているのですか?と聞きたくなるような感じです。
宗教施設の世襲について、匿名布教所長 2018年2月3日 8:45 PMが書いていらっしゃいますが、これは自坊のお寺や比較的規模の大きくはないお宮にもいえることです。
お寺なんかは宗教専業でやっていけるところと、そうでないところで非常に大きな格差があります。(「寺院消滅」という本を参照してください)
最近は住職の後継者がいないとかで、事実上の廃寺になるケースもよくあります。(結婚しなかった住職の話もききます)
このあたりの事情は意外と天理教の内部だけで話すことではなく、仏教寺院の問題について語り合う場で話した方が、はるかにつらい立場や気持ちをわかってくれる人がいるんじゃないかと思います。
信者でもないのにどこかの大教会の朝づとめか夕づとめに行って、
「おつくし したから た〜すけた〜まえ てんりんおうの〜 み〜こ〜と〜」
と唱えたら、締め出されてしまいますかねぇ??
天理時報について・・・
いろいろ言ってますが・・・
内容が無いだの、稚拙だの、ペラッペラだの、正直褒めるところが見当たりませんが・・・
が、しかし、それでも発行し続けるにあたり一言申し上げる。
本当にペラッペラで内容も乏しいので隔週発行にしたらどうですか?
隔週刊にしてもう少し内容の充実をはかる。・・・そうして隔週にすれば送料も節約される。
コスト削減意識とか無いのかな?
で、手配りさせているらしいがその手間も半分になりゃせんかえ・・・
(あんなペラッペラなの毎週配らせるのってどうなんでしょう)
素朴にそう思ったので意見してみました。
あのペラッペラで貧相なのを受け取るこちらも何か貧相な気持ちになってくるんだよね・・・
上級教会は、長年部内教会から激しく上納金を巻き上げ、他の教会と競う様に上へ向かって上納金を上げていた。代が変わって自慢の息子は気の優しい人間で、自ら借金をしてまで上にお金を運ぶ様な人間だった。それなのに彼は50歳そこそこであっと言う間に癌で病死した。
上級教会も貧乏教会で彼は穴のあいたくつしたをはき、ヨレヨレの服にサンダルばきで世間からは蔑まれるような外見で、ある時は信者の家を、ある時は信者のいる病院を走り回っていた。生真面目な人間だった。彼は組織の歯車としては忠実で優秀な歯車だったと思うが、50歳そこそこの人生で人間としてどんな幸せを感じて生きていたのだろう。大教会や上納先の教会では惜しがられ残念がられたが、彼は人間として本当に幸せな人生だったのか。
「命のつなぎは金だ」が本当なら必死でお金をかき集め、上納していたのになぜ彼は50歳そこそこで無念の内に死んだのか。我々信者は合点がいかない。金が命のつなぎになっていない。
ぜんすけパンダ必見
2018年2月5日 11:04 PM
匿名
2018年2月5日 11:16 PM
下らない命令を掲載し新聞発行する。世間に相手されてない集団ですから「金が命の繋ぎ」などとありえない話を言ってのけられる。手配りは残った無知な信者を暇にさせない為だけの方策、世間の人はもう天理教をはじめ宗教に対して何も期待はしていないので相手にはしていません。指摘を受けても聞かないのでこのまま向かうはすってんてんの尊でしょう。
神の用木(ようぼく)を育てないのでただの(幼木)に成っていのが現状それはおろか、神の使いである用木を中山の用木と勘違いしている。現在さまざまな問題が噴出しているが、これはまさに奴隷解放運動となんら変わらない。天理カーストと揶揄される組織体系これも神は望んではいない。中山が望んで要るだけだ。教祖が了承したなら教祖もただの人間 「こうぼうも筆の誤り」真柱という何の価値も無い幼木はいつになったら神の用木に成るのか?と側近付近の本部員ですらあざけ笑てるそう。中山家をはじめ天理貴族は本音と建前を理解できないのだと聞く。
先だって、隠し子中山家の話が出てましたが、本部中枢付近でもかなりの綻びが出ていると言えるでしょう。どうせ消えるならレーザー光線より華やかにして頂きたいものだ。
私は弱小大教会に一応籍を置く用木で末端教会の子弟です。
そして母親はもう80歳を超えましたが純粋で愚鈍なまでの信仰をしてきた人です。
大教会では月次祭とは別に婦人会があり、昔はその婦人会でも紋付を着用してほぼ月次祭と変わらない祭典、おつとめをやっていました。
そこで、私の母が会議の席で「みなさん高齢化もし紋付を着替えることも大変になってきているので簡略化しませんか?」と問いかけたところ鳴り物無しのハッピでの”ておどり”でのおつとめになったそうです。
他の方も賛成し、そうなったそうです。みなさんも負担に感じていたようです。
が今までしてきたことを変えるということがなかなかできなかったようです。
そんな、高齢な母ですがいまだに炊事当番として動員されています。
きっちり、大教会の奥方から「炊事当番当たってますよ・・」と言ってくるそうです。(言っても80オーバーのお年寄りです)
年寄りであろうがなんであろうが下のものを使うことをなんとも思っていないようです。
使うことが当たり前、使われて喜べ!ぐらいの感覚なのか?
まあ、その方も大教会育ちのお嬢さんで大教会に嫁いできているので感覚がずれているようです。
死ぬまでこき使うつもりのようです。
炊事当番と言っても食事するのは片手ほどの人数らしいのです。
なのでそれぞれが手弁当(おにぎりなど)を持参すればわざわざ当番云々しないで済むはずなのです。お茶だけ用意すれば良いのです。
ことさら、たいそうにしたいようです。(大教会プライドがあるのでしょうか?)
簡素化、簡略化しようという気がないようです。(動員される側に立っていないので)
人が集まる事自体にこの上ない喜びを感じているようでバタバタひのきしんをしている姿を見て安心しているのでは・・と感じます。(ご本人は何もされないようなので・・・)
集める理は小さい
集まる理は大きい
本音と建前
区別と差別
いちめいいちにん
なぜ人が離れていくのか
なぜ人が集まるのか
上にたつ者はよく思案しないといけない。信仰しているなら、教祖の教えを真剣に真っ直ぐ真正面から真面目に…
書いていて虚しくなった。
先日、上級教会のいとこが会長になって間もなく事故死した事を投稿しましたが、ふと思ったのが、本人の意志、意思など確認したり、綿密な話し合いなど恐らくなかったのではと、、、
本人の意思確認など出来ていない、、、というか意思確認をすれば「やりたくない」と答えられる可能性が有るのでそこはスルーで本人の意思は多分無視されていると、、、どう考えても大事なものが完全に抜け落ちているようで、、、
人の一生に関わる重大な問題について時間をかけて熟考するとか無いと思われ、無言の圧力、暗黙の了解、流行りの忖度?などで個人の意思、人権も無視という事だと、、、
こんな非道な事をしているから心身に不調をきたしたり、自殺者や事故死などが無くならない。
結果教団的にも人材の損失になり誰も得しないというバカで愚かな事を続け共倒れに、、、
後継者の人たちには無理せず自分に正直に進路を選択していただきたく思いす。人生の主人公は自分!そんな
もうはっきり言う。
現教団はすべてにおいて調和を乱している。
理に反している、とも言える。
なので、その環境で生まれ育まれた人は調和がとれていない、、、ので、生きていく上で物事がうまく行かない傾向が見られる。
調和が乱されているので精神に不調をきたしたり、自殺したり、事故死したり、これすべて悪環境のせいであろう。
調和が乱れているので何をしてもうまく行かない。のが現教団。
まあ見てて下さい。
これからもっと悲惨な事になっていくのは間違い無いでしょう。
なかなか見応えの有る崩壊ドラマがまっているでしょう。
表頭領 中田善亮 が教祖の教えに背いてる時点でもう教団は終わりです。教団を支持すると教祖の教えに背く事ほど信仰する価値がない。やめられる人はやめたらしいですし、生活がかかってる人は支持してる振りしてればいいです。
教会本部自体が資金難に成ってる時点でおかしい。無駄な屋敷も土地もうりはろうて貧困に喘ぐ信者を一日も早く助けるのが本部の勤めですよね。それがいやなら中山家が教団を真の信仰者に明け渡す事だそれが出来ないなら教祖の教えに背いてる中田善亮を処分してもらわないと誰も信じないですよね。大亮くん溺愛してもロクな大人に育たないですしお先は真っ暗ですね
知らぬ間に5ちゃんねる(旧2ちゃんえる)にも飛び火炎上してますね
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1439828718/733-n
根源的、核心的な問いになりますが、中山みきさんの説いた教えは本当に、この世治める真実の道なんだろうか?
その疑問が湧いてくるんですが・・・
言ってもまだ立教してから180年ほど?でしょう・・・
そうして直系の子孫達が後を継いだ結果が今の惨状で・・
何度も言うがこの世治めるどころか自組織すら治めれていない、治めれていないどころか抑圧し、苦しめることになっているのが現状で・・・
これをなんと説明するのか?
運営側はそれを成人が足りない・・と此の期に及んでも尚、組織内構成員の努力が足りない、もっと身も心も金も尽くせとのたまう。
絶対運営側の非を認めようとはしない。
これってなんなんだろう?
もう神の道じゃ無く、人の道すらも完全に外しきっていると感じるが・・・
とにかくどこまで行っても要求が続くだけで・・・
なので、冒頭の教祖の説いた教えは本当に救いをもたらすものなのか疑問に
自組織の信者、信徒を裏切り(続け)元の教えを説いた教祖をも欺き、一体この組織はどこを、何を目指しているのか?
間接的ではあるが宗教法人として認可され活動している以上、世間や社会をも欺いていることになっていると思われる。社会悪である。
このしっぺ返しはただ事では済まされないだろうし、怖くて逃げ出したくなるのが普通の感覚だろう。
神も人も裏切りそれを自覚する事なく(?)平然と居座り続ける・・・
どんな神経をしているのだろう、恐ろしい・・・
後継者くんが27歳の誕生日を迎えるにあたり取り巻きの方々が初参拝者を27名作る。
そうしてその様子を映像にしたものをプレゼントする。
だいたいそれをプレゼントってなんだ???
大丈夫か?診てもらった方がよくね?
プレゼントするほうも????
されて喜んでいるほうも????
感覚がぶっ壊れている・・
映像をプレゼントされて何が嬉しいのかわからない・・・
かなりいかれた連中のようだ・・・
金正恩とその取り巻き連中もこのようなことをやっていそうだ・・・
謎が謎を呼ぶ・・・とても一般感覚からは理解できないし、したくもない。
狂った感覚。自覚も無い。虫酸がはしる。
だいたい青年会長様ってなんだ?敬称で呼べばいいってもんじゃ無いだろ。
頭がどうかしているな・・・
やはり希望はなさそうだ・・・これで良い。滅びを待つのみ・・・
三連休のなかびは本当にほっとする。ただ、休みとはいえ、パート勤務の妻にバイトに行く子供、家族がなかなか揃わない。おそらくごく一般的な信者家庭と同じであろう。我が家は布教所とは銘打っていても、あらゆる行事が簡略版だ。12下りは忘れない程度に私がやっているが、1月はよろづよと一下り、2月はよろづよと二下り・・・という感じでもいいのではないかと思う。実際、そういうふうにやってる布教所も多い。信者は外にはいない(昔はいた)。教会からのお誘いにはほとんど行かない(忙しくて行けない)。
そんな私でもごくまれに大教会や教区の行事に顔を出したりするが、信仰に関する講話や講演には、いつも違和感をおぼえてしまう。内容があまりに「天理ワールド」の中にひたっていて、一般勤労者の日常世界からかけ離れているからだ。これは「天理時報」を読んでも同じ気持ちになる。話を聴く人間、記事を読む人間がはじめから教会関係者を前提しているような内容ばかりだ。働き盛りの人間たちに訴えるメッセージがなさすぎる。これじゃあ、子どもおぢばがえりに子供たちを集めることはできても、一般勤労者の大人たちへの布教など不可能だろう。
大亮氏の27歳の誕生日にちなんで本部の若者たちが27人の初参拝者を作り、そのビデオ映像を見せてもらって、大亮氏はご満悦だという。会社組織の悪いところを真似しないでほしい。上司を喜ばせようと営業マン、営業ウーマンがハッスルしてみたいで痛い感じがする。もしそのことを初参拝した27人が知ったら、「自分たちは大亮さんを喜ばせるための手段なのか!?」と気を悪くすると思う。いやいや、これは宗教教団の中枢部で行われていることだ。むしろ、どこかの国の喜び組と首領様の関係にも近い。どん引きしてしまう。
2018年2月4日 4:06 PMの匿名様へ
「寺院消滅」という本を紹介していただきありがとうございます。私は布教専従者、職業的宗教家でないので、ドライな見方なのかもしれないけれども、時代のニーズに答えられなくなった寺院や教会は消滅してもいいと思っています。
仏教の寺院はまだ歴史があって地域との接点があるからいいが、天理教の教会の大半は教会のための教会になっていて、しかも教会があるために教会家族を苦しめるばかりの存在になっている。そのような教会は消滅させたほうが良いくらいです。へたに「宗教法人」になっているがゆえに、止めたくても止められない姿を見ていると、痛々しささえ感じる。むしろ早く教会から解放してあげたい。
この投稿意見欄もそうであるが、元信者の方々が天理教を離れても精神的な苦痛を訴えているのを見ると、天理教の教会制度の罪は大きいと思う。カルト信者の場合、脱会してもなんども心の揺れ戻しや不安感に苛まれて苦しむときいたが、天理教の場合もこれでは同じではないだろうか。苦しい胸のうちを投稿して、少しでも苦痛が和らぐのであれば、それはやっていい。ブログ主のカイン様も大目に見てくれるでしょう。アルコール・アノニマス(アルコール依存症から立ち直る人たちの会)のように、天理教「被害者」たちがお互いに匿名で集まって、傷ついた心を癒せる場などがじっさいにできると、さらに良いと思う(どなたかがやはり書いておられましたね)。それほどまで天理教は人の心や暮らしを侵襲しているということである。
天理時報最新号一面
真柱様『心の成人進める活動を・・・』
なんとも抽象的な表現で・・・言っていることはいつも同じで何ら変わらず・・
壊れたカセットレコーダー?
こうとしか言えないようで・・・
今の教団の閉塞性?死に体ぶり?を如実に表しているように思えますが・・・
立教181年年頭幹部会
活動方針
『日々に陽気ぐらしを実践しその喜びを子供達に伝えよう』
こちらも言っていることはいつも同じで変わり映えしない
陽気ぐらしというものの定義も定かで無く曖昧で・・・
陽気にもなれず、子供達には天理教から距離を置くように伝えたいところですし宗教団体の欺瞞に毒されないように要注意を促すばかりです。
いや、寄り付かない方が良いというより関わらない方が良い?
この教団を客観的に観てみると砂漠にタイヤを取られて(スタックし)身動きできないラリーカーのようなものかな?と
アクセルを踏んでも空回り?
死に体・・・では無いかと・・・
アニメ北斗の拳のケンシロウの名セリフ「お前はもう死んでいる」がお似合いのようで・・・
魂の抜け殻?ほんと枯れ木かよ?って感じで、それらしい文言並べてはやっているけど全然ダメじゃん・・・
ダメとわかっててもやめるわけにはいかないってか?
やってて虚しいやろうな・・・
自分には嘘はつけないからね
虚しい活動よ・・・
この虚しい活動をしつつ沈没してゆく・・・と
ふと浮かんだ事・・・
今の天理教団てもうほとんど古典の領域じゃ無いかと・・・
古典って、やる事は同じ事・・逆にやることを変えたらアカン
おんなじことの繰り返し・・・
古典芸能・・・落語とか?・・・歌舞伎とか?
古典は変化したらあかんし・・・
時代の変化に合わせる必要無いし、関係ないし・・・
まあ、古典落語なんかは昔の言い回しとかで現代に通用しないので説明(翻訳)しながら演じていることもあるようですが・・・
まあ、古典がダメとは言ってませんが古典にも真理が描かれているので・・・
しかし、やはり古典は生きていない(活きていない)
変化の激しい時代を生きる現代人にとって、今を生きる人々にとっての福音?になるのかどうか?
でも変化に対応できないとやはりダメではないかと・・・
古典落語も生まれた時は古典では無く、現代落語だったわけですからね・・・
棄教された方はぜひ脱カルト協会に連絡を取ってみられてはいかがでしょうか?脱会者の心の傷をいやすためのカウンセリングを紹介してもらえる可能性もあります。
また棄教された方が棄教したばかりの方(もしくは棄教を考えている方)にカウンセリングをすることもできると思います。協会ではいろいろなセミナー等をやっています。いろいろなカルト新興宗教からのサバイバーたちと交流することで大きなものを確実に得ることができます。
前記、ごちゃごちゃ書きましたが・・・
要約すると『温故知新』でした・・・
温故、温故、温故・・・
知新もしないとね。
天理時報最新号一面
真柱様『心の成人進める活動を・・・』
心の成人とは何か?
そもそも心とは何か?成人とは何か?
進める活動とは?ことごとく????
その向こうに何があるのか?
陽気ぐらし?か
この世が治まり世界平和が訪れるか?
今まで同じことを繰り返し言ってきた結果が今じゃないのか?
軌道修正する事は・・・
軽々しく言葉を乱用しすぎるのでは?
それらしい?もっともらしい?文言?・・
魑魅魍魎&曖昧模糊でごわす・・・
魑魅魍魎ー意味(人に害を与える化け物の総称。また私欲のために悪だくみをするもののたとえ。)
曖昧模糊ー意味(はっきりせず不明瞭なさま。「曖昧」も「模糊」もぼんやりしているさまをいう
同じ意味の二つの語を重ねることで意味を強調している)
立教181年年頭幹部会
活動方針
『日々に陽気ぐらしを実践しその喜びを子供達に伝えよう』
陽気ってなんだ?
陽気ぐらしって何だ?
その実践って何だ?
その喜びって何だ?
子供達に伝えるって何だ?
組織にとって従順で都合の良い構成員にしていき組織を維持する作業。
これだけはわかる・・・
本部中山神話が崩壊しましたね。この時点でもう以前のようなお布施額には到達しないしょう。つまり衰退する一方です。
「本部が財政赤字に転落した。」という情報を聞いたが本当か?
どこかにセッセ、セッセと隠しているのではないか。
また、ご本部が大変だからと「おつくし」「お供え」の大合唱になるのではないか。
もし本当に、お金がないなら黒門は再建しなくていいし、本部周辺の贅沢品は処分して、本部員は責任をとってお与えを返上するがいい。
本当に赤字なら、成婚の、あんな馬鹿げたレーザービームや打ち上げ花火をする訳がない。
多分、表向きに「赤字キャンペーン」「本部が大変キャンペーン」を張るつもりだろうが、その手には乗ってはいけない。
赤字だって嘘をついてお金を集めようとしているだけだと思います。本当に赤字だったら大亮の結婚にあんな派手な演出しないでしょ。とにかく出さない。それに尽きます。
赤字ならもっと赤字にすればいい!人の命を食いつぶして立てた神殿や館なんていらない。その責任を中山家が取ればよい。
だから言ってんじゃん・・・
教団は全国各地に膨大な土地、不動産、また都心には何棟もの収益ビルや施設を保有していることが暴露されていることを・・・(これらは信者、信徒から吸い上げた金銭が原資に・・・)
資産をきっちりストックしていることを・・・
教内の信者、信徒の経済的困窮を尻目に我が身かわいさ余って自分たちだけは先行き安泰にしているのですよ・・
教団組織がひっくり返ろうが、ちゃんと手を打って有るようですね・・・
えげつない野郎どもです・・・地獄行きですな
本部が「赤字だ」「お金がない」と言うのなら、なぜレーザービームや打ち上げ花火をするのでしょう?
天理教の(末端)教会の日々・・・
上級教会婦人会・・・祭典準備、当日祭典、後片付けひのきしん
大教会婦人会・・・以下同じ
上級月次祭・・・〃
大教会月次祭・・・〃
自教会月次祭・・・〃
本部月次祭参拝
これら現在は多少簡素化されましたが・・・
100年祭か120年祭ごろまではこのペースでやっていたように思います。
月あたり本部参拝を入れると六日間も祭典に時間を費やしていました。
バタバタやっているので親子の会話とか日常は無いです。有るのは神の御用ですか?
天理教の仕事はおつとめをすることか?というぐらい・・・
十分これだけでも大変な作業です。
現状は高齢化、信者離れ、棄教者続出で祭典自体が負担大に・・・
しかも昔はこれらをこなしながら ”においがけ” ”おたすけ” ”おさづけ” ”別席” ”修養科” その後信者信徒への ”丹精” ”おつくし” が大事だと教育(洗脳)しなければならない・・・どんだけ高負荷!
この時点で仕事に行けない。ので収入は天理教になりお供えが必要になる。
今にして思えば有りえない!こんな負担の重い事が続けれるわけがない
人間を壊す人間性を破壊するためのプログラムか?
天理教、特に末端は人間らしい生活、穏やかな生活など望めない・・・
”おやさまのご苦労!”というのがいつも頭に有り、ゆっくりくつろいだり、家族で楽しく旅行したりなど許されない・・・(強迫神経症?)
ゆっくり物思いにふける間もない・・・ので間抜け?マヌケ?
精神的ゆとりが無い。金銭的ゆとりも無い。いつも窮乏状態あっぷあっぷ。
頭の中が天理教のことしか無い・・それしか考えられないようになっていた
子供たちの進路とかそんなことも話題にも登らなかった・・・
「大学だけは言っとけ!」と漠然と言っていたがあまり真剣に考えていない・・・
神一条とのたまうが????だ
仏教でいう雑念すら湧かない状態?なのかはわからないがとても人間らしい生活では無い。
そもそも我々はスーパーマンでは無い、当然神や仏でも無い。
自分の家族すら守りきれないのにアカの他人を助けることができるか?
教祖ができたとしても我々凡夫には無理。それをしようとする事は高慢ですら有る。
教団にとっての素晴らしい用木で有るという事は人間性を失いかねない事、
下手するとロボットのようになる事に近いのかもしれない・・・
第二次大戦時のヒトラー率いるナチス一党独裁統制下のドイツ国民のようなものかもしれない・・・または某カルト真理教のそれ・・・なんら変わらず
とても陽気ぐらしとは言えない。
非常に危険な事だし「人間性を守りたい、大事にしたい」正常な感覚の人は生理的に受付けられないだろう。(子供は逃げられないのが問題)
(心の声)子供心にもっと親子の会話をしたかったな・・・
他愛もない会話でいいから、「今日こんな事があったよ・・」とかね
悩みとか相談できるような空気じゃなかったし、そもそもこっち向いてないし・・・
向いてるのは天理の方だし・・・涙
スーパーマンじゃ無いし・・涙 様。
本当に大変、ご苦労様でした。
以前の私の場合。
自教会月次祭・準備と当日・・2日
上級月次祭・準備と当日・・2日
上上級月次祭・準備と当日・・2日
・(上上へと続く・・)
・
大教会月次祭・準備と当日・・2日
大教会神殿当番・2日
詰所当番・2日
支部例会・1日
教区委員会・1日
大教会部会・1日
中には、もっと忙しい人もいる。いい加減に手を抜かないとやってられない。
これが神様の御用でしょうか。
古い教会長様
>
自教会月次祭・準備と当日・・2日
上級月次祭・準備と当日・・2日
上上級月次祭・準備と当日・・2日
・(上上へと続く・・)
・
大教会月次祭・準備と当日・・2日
大教会神殿当番・2日
詰所当番・2日
支部例会・1日
教区委員会・1日
大教会部会・1日
思考、冷静に物事を考えられないように、隙を与えないようにする戦略でしょうか?
意図したものかどうかはわかりませんが教団的には功を奏した・・・と
まさに忙殺・・・ですね。
考える隙を与えない・・・カルトの常套手段ですね。
人を裏切る・・・一番怖い事だと思います。
動物でも裏切られれば悲しみますし怨念も残すでしょう。
愛情を注げば喜び、それに応えてくれ感謝の念を残してくれるでしょう。
植物でも可愛がって育てれば花をつけ実をつけてくれます。
陽気ぐらしの世界がそこに現れます。
粗末に扱えば枯れて倒れます。
至極わかりやすい現象です。
教祖が伝えられた事はいたってシンプルな事だったのかもしれません。
思うに人を裏切るという事は一番避けなければならないし、やってはいけない怖い事だと思います。
それこそ末代まで祟(たた)られることになりかねないからです。
だから人は裏切る事を恐れます。
した事が自分に返ってくることをわかっているからです。
そこで、とある宗教団体・・・
神の名の元に・・・また神の名を借り・・・裏切りまくっています。
人々を欺いています。
これほど恐ろしい事はないんじゃ無いでしょうか?
怖くて普通の神経ではできないでしょう・・・
それこそ神をも恐れぬ所業。
悪魔の所業と言っても過言では無いでしょう。
裁きはいつか近いうちに下ることになるでしょう。
天に唾すれば自分に返ってくるのは確かですね・・・
各教会の会長や大教会長はおろか本部員まで ねずみ講をし詐欺紛いの勧誘をしてると聞きました。NPOや福祉法人などに手を出し問題を起こす事も今までも多々どこから大火が起こるか楽しみです。
すいません・・
またまたふと浮かんだのです・・・
中山みきさん。天理教では教祖さんと言われて親しまれてきました。
そうして現在教団の欺瞞が明るみになり教団内で不満が噴出し崩壊が始まっていると思われます。
で、教祖さんは天啓を受けたあと出家するという選択はなかったのかな?と素朴に思いました。
中山家を出て、教えを伝えていれば中山家もへったくれもなかったのでは無いかと・・・
今、現在抱えている問題も生じなかったのでは・・・と
釈迦は王家を捨てて出家していますからね・・・
まあ、その王家も隣国などの脅威にさらされその後滅んだと言いますけどね
その選択はなかったのかな?
出家するで!→「理の親」を切るつもりか!プンプン!
信者増やしてお供えたくさんあげるで!そして我が身も少し楽にするで!→まず「理の親」に持ってこい!まだまだ信心、求道が足りん!貧乏せい!貧乏せい!
あかん、時代が変化して今迄のようにはいかんくなった。助けて〜な〜…→知らんがな!神さんは見てるで!おやさまひながたたどるんやで!
あかん、下の者達が離れていく…昔の熱心な信仰者も亡くなっていく…建物は老朽化していく…
金が足りひん…
親子共倒れ
じゃあの
自身も出家という選択をとらず、道一条で教えを説く立場の人間のために出家制度を整えようという発想がなかったのが、開祖の限界であり失敗だったと思います。天理教は貧に落ちきれといいますが、それならアッシジの聖フランチェスコを見習えばいいでしょうに。
フランシスコ会の創始者である彼はもともと富裕な商人の息子でしたが、文字通り体一つで家を出て乞食坊主とののしられ、托鉢修行をやって貧に落ちきりました。森の中で小鳥や虫や草木に説法したという話ですので、きわめて日本的な繊細さを持った聖人でもあります。(彼はエコロジーの守護聖人でもあります。)
今でもフランシスコ会は聖フランチェスコの精神にのっとり、修道会の構成員には給与を出しません。自給でやっています。貧者と病者をかえりみるという方針ですので、西成でふるさとの家を運営しています。
天理教が今学ぶべきはアッシジの聖フランシスコだと思います。
匿名さま。
>天理教が今学ぶべきはアッシジの聖フランシスコだと思います。
天理教は高慢の塊りです。
「すべて、ぢばから打ち出す」と言って他者から学ぶ事はしません。
(そう言いながら、教内の雑誌は世間で成功した人に高額なギャラを支払って登場してもらっていますが)
本部の息のかかった人は別ですが、教内に埋もれている、才能の発掘はしません。
何故か?それは理がないという理由からです。
だから理のない他者から学ぶ選択肢は、今の本部にはありません。
まさに「信仰高慢」の極致です。
> 教内に埋もれている、才能の発掘はしません。
古い元教会長さんの言われる「才能のある人」とは、「本当のことを語る人」のことでしょう。
教団にとって、「本当のことを語る人」ほど危険な存在はありません。
そういう人は、教団を内部から崩壊させていきます。
「本当のことを語る人」は、神さまからも信頼され、人からも愛されるでしょうから、周りに人を集める
ことができます。すると、教団内で「力」を持ちます。力関係から言って、教団にとってこれはマズイのです。
明治政府が、おやさま達を「人を集めた」という理由で弾圧したように、天理教幹部も、天理教内で
力を持った教会を分散させたり、破門したりしてきたようです。
何より「本当のこと」は、「耳痛いこと」なのです。「本当のことを語る人」は、ウソを流しつづける人にとって
「耳痛いこと」「都合の悪いこと」を語ります。
ですから、「本当のことを語る人」は教団にとって<煙たい存在>になります。
その結果、宗教団体を支配して、個人の財産にしようと目論(もくろ)む人は、「本当のことを語る人」を排除する
方向に走っていきます。
教団にとって必要なのは、人が助かることではありません。「真実」でもありません。
おとなしくカネを出し、「理の親」を神さまのように伏し拝む人たちです。
天理教って一体なんなんだろうね・・・天理教とは・・・
もう少し時が経ったら、「天理教っていう宗教団体って一体なんだったんだろうね・・・」
という言葉が交わされるようになる日が来るのではと・・・
いい加減降参してもいいような気もするが・・・
天理版ポツダム宣言必要か?受諾するか?
なんかわけのわからん事を書いてますが・・・
これでもか・・・という大ダメージが無いのでヅルヅルやってますが・・・
ごまかし、ごまかしね・・・
何ごとも起こっていないかのようなふりをして・・・
大本営が発表していますか・・・
とことん追い詰められなければ大政奉還しないつもりのようですな
こんな教団のことを信じて尽くしてきた親や先祖、親戚一族・・・
言葉が見つかりません。
いいかげん目を覚ましましょう。
もっと幸せになれる方法がありますよ。早く見つけてください。
天理教って一体なんなんだろうね・・・天理教とは・・・
奴隷です!
自分の頭で考えることを放棄したほうが、楽だと思っている人は奴隷です!
時分の頭で考え、本当に正しいと思うことを実行すべきです!
甘えず、自分のことは自分で決めよう!
頭の中に『アウフヘーベン』という言葉がなぜか浮かんできた。
なんとなく意味はわかっていたが調べてみたので列記します。
『アウフヘーベン』(止揚)
ドイツの哲学者であるヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念。揚棄ともいう。
あるものをそのものとしては否定するが,契機として保存し,より高い段階で生かすこと。
矛盾する諸要素を,対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること。
という二つの意味を有する。
ドイツ語の aufheben には、廃棄する・否定するという意味と保存する・高めるという二様の意味があり、ヘーゲルはこの言葉を用いて弁証法的発展を説明した(ヘーゲル弁証法)。古いものが否定されて新しいものが現れる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持される。
このように、弁証法では、否定を発展の契機としてとらえており、のちに弁証法的唯物論が登場すると、「否定の否定の法則」あるいは「らせん的発展」として自然や社会・思考の発展の過程で広く作用していると唱えられるようになった。(wikipediaより転載)
今、私たちは矛盾に満ちた某組織について弾劾、中傷など否定の方向で動いていると思うのです。それもある時期必要でしょう。
しかし、否定だけでは何も生まれないのも事実だし、否定している対象と同じ次元、同じ土俵に存在することになっていると思います。
そこで頭にアウフヘーベンという言葉が浮かんだのです。
上記の『あるものをそのものとしては否定するが,契機として保存し,より高い段階で生かすこと。
矛盾する諸要素を,対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること。』
否定の段階から、新たな段階へ・・・
閉塞をぶち破るため、抜け出すための段階に進めればと思いました。
具体的な行動も含めて・・・
ふと浮かんだ言葉
2018年2月16日 8:50 PM
感慨深いお言葉ですね。その通りだと思ういます。現況団が現状を打破を出来れば批判は無用となります。館建設の中止でなく廃止、中山家はじめ天理貴族の追放と天理教の信者への譲渡、などでしょう。しかし実行は到底無理でしょう。中山家初め天理貴族は宗教利権にしがみ付いてる寄生虫だからです。このような種族はどの信仰宗教団体にもいますし類似したお家問題は起きています。講釈たれても天理貴族も諸全世間並みなのです。この様に過去の栄光にしがみ付く寄生虫天理貴族が存在するのでなおさら【天理貴族追放運動】が盛んになるのです。これは潜伏的に常に発生している。一般信者はおろか天理貴族の近親者あるいは近い立場の人間でも内心抱えている。表面化した時にはもうすでに手遅れでしょう。刻一刻と組織の機能不全は深刻化を増している状態です。それは時代の波に追いつけなかった集団の定自然淘汰されるだけでしょう。内部闘争がより盛んに成り天理貴族を追放しない事にはみなの心は陽気になりません。
天啓者待望論というのがありますね。
ドラマティックだし、面白いかもしれません・・・
天啓者が突如現れて救世主のように物事を良い方向へ導いてくれる・・・と
見てみたい気もします・・・
しかし、私はそれに対してどうも懐疑的なんですよね。
仮に天啓者が現れたとしてもまたそれを利用し権力を欲しがる者が現れたりして内紛のようなことが起こらないとも限らない。いや、起こるでしょう。
二度あることはなんとやら・・・
思うにキザな言い方をしてしまいますがこの世に生を受け生まれ出たということは実は天啓を受けてこの世に生まれ出たと言えるのではないかと・・・
皆がそんな意識を持つのは難しいと思いますが、実は人はそれぞれがすごい力を持っているんだと思うのです。(潜在的にも)
それを封印して社会生活を営んでいるのでは・・と思われます。
教祖も、啓示を受けられたとは思いますが、同じ人間です。
人間というレベルでは等価です。何も変わらないはずです。
それに気づいていないだけのように思われます。
実は天啓を受けていて、それを思い出す作業が生きていくことなのかもしれません。(今思いつきで書きました・・・)
釈迦もイエスも中山みきも我らも同じ人間です。
いや、これだけ高度で複雑化した社会を生きぬいているということだけでも我々は進化していると言えるでしょう。
同じ次元に立てる、また立つべき時代が到来しているような気がするのです。
時代は、世界は変化し続けています。
ひとりひとりが天啓者の意識を持って歩めば世界は変わっていけるのでは・・と思われます。
その可能性は十分考えられるのではないかと・・・
やはり受動的ではなく能動的に進むべきではないかと(理屈だけですが)感じます。
教団組織に捕らわれていると(肉体的、精神的に)個々の能力が発揮できないばかりか狭い檻(おり)に閉じ込められている状態と変わらないと感じます。一宗教団体という狭いカゴの中から羽ばたき飛翔しなければならない時がやってきているのではと・・・
それが今の教団の体たらくによって(逆説的ですが)教えられ促すことになっているのかもしれません・・
「飛び出せ!」と「飛び出すんだ!」と
また、一個人は無力だと思わされているのではと・・・
無力なので神の守護、加護がなければ生きていけないと・・・
本当は隠された力、能力、秘められたモノを持っているということに気づいていければ先ほど述べた『アウフヘーベン』に繋がっていくのではと・・・
現状はともかく、より成人した人間がお地場の人衆であるべきだと云う主張は至極当然の事でしょう。
その主張の延長線上に天啓者待望論があるのかもしれません。
成人していない天啓者は勘違いだろうし、世界最高に成人した方は天啓者であるだろうし、そんな方は当然お地場にお座りになって、人類を善導すべきでしょう。
ここまで本部上層部に対して不満が噴出してる以上、お地場の人衆として、啓示霊能者の検証は急務ではないでしょうか?
匿名
2018年2月17日 12:16 AM
その通りですが天啓者を探す前に、教義書の解読がまず先決です。以前の社会学さんの記事に載ってたリンクの天理おやさと研究所 の井上氏の論文にも書かれていたのに未だ成されずの状態なのでしょう。今までコメントでも「おふでさきの解読しろや」や「おふでさきは中山家への戒めである」等の書き込みもありましたが、本部はやはり意図的に解読させない方針なのでしょう。
例え解読したとしてもそれが偽教の可能性もあるのでしっかりした教授や博士号を持った人間に解読させるべきです。
天理教はどうも学位や法律など社会性を軽視している傾向があるので、天理貴族や反社会性等と言われるのでしょう。この様な組織ではこちらでの予想通り長くは続くことは無い事でしょう。
〈天理教幹部内での見解の相違はあるのか〉
「天理教おやさと研究所」
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=203
立て続けの投稿で失礼します。
現教団の人材の扱いについての問題で心の奥でくすぶっていた感情・・・
それは組織は人々の可能性について全くと言っていいほど無関心だということです。
これは私自身に対しての両親の意識、行動・・・ほとんど可能性について考えていなかったと思われます。(そのような事を話し合ったことが無い)
とにかく、「健康でいてくれたらいい・・・」と。
間違いではないですが・・・
反対に両親を観たときに両親も全く可能性を追求できなかった人生でした。
ひたすら天理教をするだけの人生・・・「なんと、もはや・・・」です。
私は個人的なことを言っているのではなく、この組織には『適材適所』という考えは皆無だと思うのです。
人には向き不向きがある程度あります。
例えば、人の上に立ち、導いていく・・というのは責任も重く誰にでも務まるものではありません。しかしこの組織は基本的に世襲をしていますので
適性に乏しくその気が無いとしても世襲させてきましたね。
有無を言わせずです。やらされる人たちにとっても悲劇ですし、下の者にとっても悲劇です。
人の可能性などほとんど頭にないと思われます。
人々が活き活き生きれない。
能力を発揮できないでいる。暗い・・・とても陽気とは言えない・・
エネルギー(能力)を発揮、発散できずにそのまま終わる。不完全燃焼。
花を咲かすことなく蕾の状態で枯れていくような・・・
なのでこの組織には活気というものが全くと言っていいほど感じられない。
どんよりした、重苦しいような・・・
教内の個性可能性を潰し人材が無いので著名人や芸能人を使って「すきっと」とかいうわけのわからない冊子を発行してますね(全く読んでませんが)
本来、個性豊かで能力を持っている人々の可能性を活かせていず、人を人として観ていないのかもしれない。信者ナンバー◯番ぐらいの感覚なのかもしれない。(飛躍しすぎになるかもしれないが今アウシュヴィッツを想起してしまった。共通する心理を感じる)
刑務所で服役している囚人でさえ社会復帰した時のために手に職をつけたり技術を身につけたりしているというのに・・・
とにかく人々の可能性を全く活かすことなく(一方的な)組織への忠誠と尽力を要求するばかり・・
画一化。ただひたすら従順で都合の良い(金太郎飴のような)ロボットを作っているだけのような気がする。個性は無用どころか邪魔かもしれない。
組織に意見をする個性は邪魔ですからね・・・
画一化と言ったが多様性も全く感じられない・・・
画一化が進み多様性が失われているのは(奇しくも)現在の世界的な問題と共通している・・・(息苦しい管理監視社会?)
こうやって観てみるとやはりこの組織は人間の尊厳を犯していると言えるのではと・・・(人間は管理されるべき存在か?)
私は人を管理することが嫌いですし反対です。また管理されることも拒絶します。なので社会とは大変折り合いが悪いです。学生の頃から管理されることに反発違和感を覚えていました。(個人的な事を述べてしまい失礼しました)しかし、世界の潮流は管理(監視)社会化が進んでいるようなので懸念を覚えます。人間の尊厳というものは守られないと・・と思いますが・・・宗教は人間の尊厳を守る方の力になるべきなのではと・・・
天理時報の一面からの・・・
青年会長様って・・・まだ組織内で敬称で呼ぶか?バカだね〜
そもそも青年会という呼び名・・
時代にそぐわねー
婦人会とか・・・
大日本帝国婦人会・・・みたいな戦前戦中を想起させる呼び名
すでに時代から取り残されている感満載
そうしてお入り込みって・・・
なんじゃお入り込みって・・・
お殿様のお入り込み・・てか
頭がまだ文明開化していない、チョンまげ結っているよ・・・
で、その青年会長様のお入り込みに際して動員された人々をバックショットで撮影し、いかにも盛況ですアピールをしているがほんの一部の人々であることぐらいはわかっているが写真の撮り方一つでどうにでも表現できるという・・・
一種のプロパガンダだね・・・
外国人がハッピを着て笑顔で写っているショットもそうだ・・・
実態(実体)では無いだろう・・・
いかにもインターナショナルで海外にも拡がりを見せているアピールだが実体では無いのははっきりしている。広告塔的効果か?
まあしかし組織としては実態を写すのではなく盛況ぶり健在ぶりをアピールしたいとこだろう、いかんせん、衰退、崩壊、縮小しているので情報操作してでもなんとかしたいところだろうが誤魔化すのも大変だな・・
太平洋戦争末期の東京大空襲のあと天皇が国民を慰問する事になった時、空襲の被害を片付けて綺麗にしたところを慰問させたとか・・・
実態を隠す隠蔽する・・同じだな
実態を見せられたら腰抜かすんだろうな、大ちゃんも・・・
逃げ出すかもしれないから実態は隠すしか無いんだろうな・・
各種天理教関連のサイトを見ての概算ですが、天理教教会本部の発表 信者100万人 は嘘です。いたとしても名前だけとっくの昔に離れて行った人も換算しているのでしょう。良い所万いたとしてももう一ケタ台でしょう。
アプリやサイトをいくら作っても流す内容が神にそむいた中山教では本末転倒、中山家の実力の無さ頭の悪さをヒシヒシと感じます。以前中島みゆきが幼稚園を捩っていましたが、現在の教団は中山教であり中山家の養護施設なのが実態です。天理貴族もさておきながら養護施設の被擁護者なのがその天理貴族と中山家です。まともな人ならその環境から離れていくのは当然です。教団をおかしくしたのはやはり、中山家と天理貴族ですね。
>各種天理教関連のサイトを見ての概算ですが、天理教教会本部の発表 信者100万人 は嘘です。いたとしても名前だけとっくの昔に離れて行った人も換算しているのでしょう。良い所万いたとしてももう一ケタ台でしょう。
天理信者・・・
さあ、一体どのくらいいるんでしょうね〜
100万人・・・大ウソでしょうね・・・
その半分くらい?
いや、怪しい・・・
一桁?私の感覚ではバリ天?熱心!と言われている人たちがそのくらいいるのではないかと・・・
(組織はピラミッド構造ですから上部はまだ生きている状態でしょうね。)
その数倍くらいの信徒数はあるのではないかと(昔ながらの)・・・
しかし、その信徒も高齢者がかなりの割合ではないかと・・
なので、10〜20年のうちにその高齢者もいなくなるわけなので急激に信徒数が減り出すのではないかと・・・
はっきり言えることは確実に減り続けているという事・・・
これからも減少の度合いは加速するのではないかと、そもそも少子高齢化しているし、それに輪をかける事になるのでしょう・・・
減ることはあっても増えることはまず・・・いや絶対ない事は確かでしょう
最近、大教会がハッパをかける為に送って来た当教会信者名簿を見ると、32名中実質活動信者はわずか7名。5分の1強が実際です。顔を見たことのない人物、出直し者、寝たきり高齢者、10年以上音沙汰が無い人の名前もあがっている。ですので名簿を見る限りでは20万人前後が実際と思います。この内、不活動信者の割合も高いとおもわれます。
(うちの7名の信者を見ても、実態は月次祭に1日参拝するだけで、活動は皆無です。遠方の数名の方は、ここ10年以上お供えも参拝もないです。幽霊信者です。信者とは言えないかも・・)
実態把握のされてない名簿で100万人と言われても、危機感を持つ本部の体裁保持としか思えません。いきなり20万人とは言えない本部の苦しさが垣間見えます。末端が生き絶えだえなので、お供えも上がらず、大教会の必死さを感じる今日この頃。しかし今更?です。長きにわたって徹底的に吸い上げて末端教会の体力を奪っておいて何を今更・・。無いものは無いですから逆さになっても何も出ません。布教意欲も削がれています。
いつかこう言う日が来ると踏んでいましたが、大教会、本部の皆様の頑張り、空回り、空振りを遠くから見るのみです。天の理はありのままが出て来ますね。怖いです。
20万人?そんなにいますかねえ?だって事情教会率は90%といわれていますけど?
おそらく20万人の内、高齢の不活動信者がほとんどですから、戦力になる信者はその半分いるか居ないか。
実際10万人もいるのかな?と。後継者候補にもそっぽを向かれている現状でもあり、徐々に減少、出直しで加速がつくでしょう。巨大建物林立、老朽化、信者の空洞化。天理時報も採算が取れない危機感で手配りだ、部数増だと躍起ですね。でももう無理でしょう。 全てに於いて限りなく減少の下降線は止められません。
多くの末端はもう捧げ尽くしましたので、人として生き抜く強さとこれ以上失う物の無い強さが有りますが、甘い汁で生きて来た上に属する人達にとっては、うかうかして居られない正念場でしょう。しっかりジタバタすればいいと思います。
天理教では御霊祭というのがありますね・・・
夏か秋にやっています。
その御霊祭で読み上げられる(祀られている)人は結構な人数にのぼりますよね・・
しかし、その御霊祭に参拝している人数はほんと数える程しかいませんね
故人ばかりが増えて、現在生きている人はほんの少しというのが現状ではないでしょうか・・・
信徒数減りお布施が減り追い詰められた本部は強要をより強め犯罪行為に及ぶでしょう。
カルト宗教の上層部は、職権乱用、贅沢な性格、不貞行為が定番です。宗教団体を見比べてみると天理教の上層部がいかに汚れていて犯罪予備軍かが分かります。参考までに米国のカルト宗教ブランチダビディアンの動画を貼っておきます。
ブランチ・ダビディアン事件
1 https://www.youtube.com/watch?v=GcS2T8i8AYQ
2 https://www.youtube.com/watch?v=kTcccSyAt24
>後継者候補にもそっぽを向かれている現状
大亮ちゃんからもそっぽ?それじゃあんな派手な結婚パレードって何だったんですか?
そっぽ向いている人は天理教を離れて普通のサラリーマンになって静かに暮らせばいーじゃん。
一昨日他系統ですが同じ町内の教会の(前)会長さんがなんと101歳という年齢で大往生を遂げられました。本当にご苦労様でした。ご冥福をお祈り申し上げます。
さて、私の父(元末端教会長)もなくなりもうすぐ7回忌を迎える事になるのですが、お葬式の際、支部長?が本部表(内?)統領の弔辞を代読する場面がありました。
なぜか、偉そうに代読していました・・・
で、思ったのが表統領から弔辞が届いているのなら読み終えた弔辞を遺族のところへ渡しに来ないか?と疑問に感じていました。
仮にも天理教の道に一生を捧げた人に対してそれぐらいのねぎらいはあるのが普通で当然の事でしょう。
しかし、弔文を代読したあと遺族に挨拶にくるわけでもなく弔文を手渡すわけでもなかったのです。
そのねぎらいの本部からの書面を見ていれば少しは気持ちも違ったことでしょう。ねぎらいの紙一枚すら故人に出さないこの教団、下のものに対する考え方、意識は完全に奴隷のようなものなのでしょうね。
それで、最近気づいたのはあの代読されている弔文は本部から出ているのではなく支部の方にすでに用意されていてそれを使いまわしているのだと推測がつきました。
どれだけ、信者、信徒、教会長をバカにしているんだと・・・
人一人が亡くなっているんだから文面は印刷でもいいから最後の署名は直筆の弔文、お疲れ様でしたと労をねぎらうものを渡すことぐらいわけないはずだがそんなことさえしない、ほんと冷血、悪魔、鬼畜だ。
許せない気持ちです。
完全にバカにしているこの教団は・・・
散々、こき使い倒し、金を吸い上げ続けておいて、死んでしまったらねぎらいの紙一枚も出さないなんて・・・
この教団は無くなるべきだし、無くさないといけない存在だということを確信する出来事でした。
青年会長様、バンザ〜イ(てか) さん
そうですね。青年部・婦人部でいいですね。トップの呼称もそれぞれ部長で充分でしょう。
これらすらも不要かもしれません。
様が付いたタイトルのある機関紙を部外者に見てもらうことなどは、ばかれるんじゃないかという想像力すら働かないんです。
何もかもが時代遅れの感覚。付き合い切れません。
いやほんと冗談抜きで天理教に一生を捧げた教会長が死んでも弔文
一枚もよこさないよ・・・
考えられないですが、今の教団らしい・・といえばそうなのかな?と
後継者が結婚するといえば各教会に祝儀を集めさせ、二代の年祭だと言ってはまた金を集める。
しかし、教内の教会長が亡くなっても香典(玉串料)どころかねぎらいの紙一枚もほんとないですからね・・・(どういう心理なんだろう?考察の余地有りですね)
多分、大教会とかなら何かあるんでしょうね・・・
末端なんか眼中にないんでしょうね・・・
結婚式とかするとお祝いの電報とか打つじゃないですか。
あんな感じでできないのかな?と・・・弔電?(安っいもんでしょ)
まあ、今さら腐りきった教団からはこちらが願い下げですが・・・
とにかく、アホですね。そんな小さなことでも人心が離れていくことがわからないようで・・・
亡くなってもねぎらいの書面一枚出しませんが後継者の結婚披露では花火とレーザー光線、スモークをたいていましたね・・・
この事実だけでも、もう言葉や説明は無用ですね。
腐敗、というレベルを超えてしまっているね・・・
『誠、真実の心』 を掲げているが一度たずねてみたいものだ。
どう説明するのだろうな?面白いぞこれは・・・
王家と門閥貴族たちの冠婚葬祭には金かけるけれども、一般人民は雑魚だから金を出させることはあっても、こっちから金を出す必要はないね。末端なんか雑魚だから代わりなんかいくらでもいるし~。(本部の声)
なあんだ、天理教って要するに天理王国じゃないですか。中山という姓を持つ王家と、そのお取り巻きの門閥貴族たちが贅沢三昧するだけのシステムでしょ?それ以外の人間は全員雑魚。雑魚だから一匹死のうが百匹死のうが、こっちは痛くもかゆくもないってことなんですよ。雑魚からは搾取すればいい的な。
世間の一般企業でも海外の拠点を縮小してる所は多いですよ。
特に少し前は銀行系。
流通系(主に百貨店等)はとうの昔に撤収してますが、 天理ヨーロッパとか伝道庁とかって何してるんですか⁇⁇
此方系も当然信者の献金で賄ってるんですよね。独立採算制なのでしょうか?
おぢばで外国人の観光客すら見た事無いですが⁇⁇
チョット聞いてみました。
こちらですね。https://www.tenrikyo.fr/ja/tec/
こちらですね。
匿名
2018年2月20日 10:37 PM
ヨーロッパ諸国等キリスト教圏で布教は現実無理でしょう。勢力を広げた時点で目に付き異教徒として問題化されます。現に創価学会や統一教会は各国からマークされています。天理教がマークされていないなら然程結果を出せてない。勢力拡大しても弾圧されます。海外伝道とはお飾りでしかないということです。これがキリスト教主導世界の現実です。
ahaha 何処だったか?寿司屋のHPが貼り付けてありましたよ。
おまけに植木屋みたいな出で立ちで登場して来たよ。
ワーホリで充分じゃ〜ん。٩( ᐛ )و
日本基督教団大阪教会
http://www.osaka-church.net/phone/index.html
マクドナルドやイタリアンレストランやケンタッキーのHPは何処にも貼り付けてないですよ?
欧羅巴に関しては、バチカンも最近は「布教対象地」という感じになってきているそうです。イスラム系の移民が増え、世俗化で昔のように毎週日曜日にはミサに預かるという人は都市部ではかなり少なく、せいぜいのところ高齢者くらいではないかと。田舎でまだ多少は宗教的といわれますが、それでも時代の流れでやはり若い世代は世俗化の波にたゆたっています。
天理教が今のままの教義で布教活動をしたら、たぶん創価学会や真光やオウムと並んでカルト(フランス語圏ではセクト)認定されるのが落ちです。献金の要求がはなはだしく、信者の精神の不安定化をはかるからです。
どうしても欧羅巴で活動したいのなら、フランスではどういうものがセクト認定されるのかを、まず知ることから始まります。そしてフランスで学んだことをまず日本で活用しなくてはなりません。日本の天理教を健全化して、フランスでも「この宗教はセクトではない」とされるようになるまで、教義や組織の改編を徹底しなくてはなりません。
2月21日 12:03 匿名様
寿司屋のHPは貼り付けて有りますが、文化紹介や活動等は解り易く写真で紹介はしてます。
植木屋の様な出で立ちも、ひょっとしたら日本庭園を手入れしてるか、空手柔道等の練習等に当たっているのかも知れません。
寿司屋のHPはご愛嬌と言うことで。
活動が全く解らない所も有ります。
まず、お祭りの日の車止まってるのあれやめたほうがいい。本部もなにも言わないのかな。直属の会長自分で運転したらええやん。なんで、運転手付きなの?車椅子とかお年寄りの人の乗降場にした方がよっぽどおやさまの教えにかなってるんやないの。まぁ、その辺から変わらないと本部も潰れるな。
天理教ヨーロッパについて・・・語られていますが・・・
天理教の教義はともかくとして、祭儀、祭典時の紋付、袴の出で立ちについて・・・
日本人の感覚でも時代錯誤感、違和感があるんですよね・・・
自分で着用していても、「これって時代錯誤だな、あまり、人には見せれないな、知り合いとか友達がこの姿をみたらどう思うだろうな」・・と正直思ったものです。
なので、文化の違うヨーロッパでは相当違和感、不気味に映るのではと思われます。
と言っても和服など、華やかで綺麗な柄や模様の着物はオリエンタルでまた違う印象を与えると思いますが・・・
おつとめなどにしても西欧人には受け入れがたい理解しがたいものがあるでしょうね。
そもそも正座の文化が無いのでそのあたりから全く相いれないものと感じますし。
教義にしても日本語を翻訳し伝えることになりますが翻訳された時点で意味合いやニュアンスなどの微妙なものが伝えれるかと言われれば難しいのでは無いかと・・・
最後に、今述べたのは教団が健全に機能していた場合の話です。
どうみても現教団は健全とはいえず自国においても受け入れられない状況なので海外布教においては『なにをかいわんや』が実情でしょう。
なので、海外布教も実質的に形骸化しているのではと・・・
「みちのとも」の最後らあたりに教勢を数字で表していますが実体が無いと言っても過言では無いでしょう。
あくまでもモーション、アピール、プロパガンダ的なものに映りますが・・
絶望的と言えるでしょうし、腐敗したものは捨て去られるべきでしょう。
濁った水はどこへ持って行っても濁った水で飲めはしませんね。
澄みきった水を喉をならしながら飲んでみたいと思いますが・・・
それはもう現教団には求めることは100%できません・・・
匿名教会
2018年2月21日 10:49 PM様
あまりにも、激しく同意できましたので無断ですが転載させていただきました。
今月のみちのとも。また離脱の公告が2件出ていました。いよいよ活発に離脱の気運が高まっているようです。
「・・・天理教とは関係のない宗教団体となったことにより・・・今までの権利、享受していた利益一切を喪失したのでこの旨公告する。」中田善亮
全国各地の末端教会からの支えで今がある本部が何を上から目線で言うか。全国の支えに恩をあだで返す行為だ。
よく読むと詰所を利用する利益など一切を剥奪すると書かれているが、詰所を建てたのは他ならない当該教会、分教会、信者一同であり、その権利を剥奪するとはどういう道理からか?出資したのだから、利用する権利は十分あると思うが。
今後、離脱の気運が高まることを期待している。
>今までの権利、享受していた利益一切を喪失したのでこの旨公告する。
どんな、権利、利益を享受できていたというのでしょうか?
本当にこの組織はバカですね。
この離脱の動きに対する対応を誤ると一層反感を買うことになり離脱を加速させることになるでしょうね。
教団の真摯な反省がなければ一気に崩壊が起こるかも・・・です
離脱した方がいろんなメリットがある(理に叶っている)ことがはっきりしてきましたね。
そのうち雪崩のごとく離脱が起こる可能性が考えられますね・・・
その方が自然な流れですね。
積年、長年の不条理な苦しみ、閉塞から解放(開放)されそうで希望が見えてきましたね。
離脱という言葉が離陸、テイクオフとも感じられますね。
クソ腐敗組織からのテイクオフが始まりそうです。
ついに新しい希望の光が微かですが見えてきたような気がして嬉しく思います。
濁った水は飲めない・・・ 2018年2月21日 9:27 PMさんのコメントを読んで感じたことですが
時代錯誤的なものは受けないといいますが、決してそうではありませんよ?たとえば元祖キリスト教といわれる正教会ですが、今も漢詩文調だったり教会スラブ語という独特の言語が使われていたりします。現代においても聖体礼儀は非常に古式ゆかしく粛々と行われています。そして聖体礼儀は立ったまま行われます。(椅子はどうしても立っていられなくなったお気の毒な方のためを思って少しは用意してはありますが、全員の分はさすがにありません)
正教会では立つという姿に宗教的な意義があるので、現代においても二時間近くは立っていなくてはなりません。(掲示板でも正教会の復活祭に行きたい人は二時間くらいは立ち続けることを想定してくださいとアドバイスされています)
ニコライ堂を拝観するときの注意として、女性は帽子かスカーフをかぶるというのが礼儀になっているのをみても、正教会はかなり時代錯誤といわれますが、そんなところが魅力だという人も決して少なくはありません。
本家キリスト教といわれるカトリックでも、年に一度はラテン語ミサが行われます。古代ローマ帝国の公用語であるラテン語は「現代では話者もいない死んだ言語」というイメージになっていますが、ところがどっこいバチカンでは今も公用語の一つです。公的な書類や世界中に発する文書はラテン語です。
そして元祖でも本家でも神父たちの装束は今も古めかしいものです。バチカンのミサの映像をみてもわかりますが、枢機卿の制服はもう何百年も前から同じです(400年前の枢機卿の肖像画でも同じ制服)。
キリスト教にお引越し下さいませ。
何、詰所を利用させないだと。トンチンカンなこと言ってるね。それでなくても三代さんは詰所の明かりがなくて寂しいと言っていたと聞く。
詰所利用者は激減して詰所運営に四苦八苦しているのが現状だろう。四国八十八か所のお宿の方が少々高くつくが、余程暖かい。本部の方々、一度、お遍路周りをしてみたら如何か。
匿名教会
2018年2月21日 10:49 PM様
>今月のみちのとも。また離脱の公告が2件出ていました。いよいよ活発に離脱の気運が高まっているようです。
>「・・・天理教とは関係のない宗教団体となったことにより・・・今までの権利、享受していた利益一切を喪失したのでこの旨公告する。」中田善亮
>全国各地の末端教会からの支えで今がある本部が何を上から目線で言うか。全国の支えに恩をあだで返す行為だ。
>よく読むと詰所を利用する利益など一切を剥奪すると書かれているが、詰所を建てたのは他ならな>い当該教会、分教会、信者一同であり、その権利を剥奪するとはどういう道理からか?出資したのだから、利用する権利は十分あると思うが。
長年に渡り、教団の教えを信じ金銭、労力、時間共に貢献してきた教友。
離脱の決断に至るまでも、様々な矛盾に迷い苦しんできたことでしょう。
お世話になったのは、立場を超えお互い様であったことは事実。
せめてお疲れさま、ありがとう、これからもお幸せに、などの言葉はないのでしょうか?
相手の人生、生き方に対する結論に対して、リスペクトする言葉は一言もないのでしょうか?
上から冷たく断罪するかのような規正の言葉だけですか?
これが宗教のやり方?
詳しい事情はわかりませんが、現状を知る人は、尽くして尽くして、疲れて、あるいは疑問を感じてついに仕方なく離脱を決めたのだろうと誰もが想像します。
それに対し、利用価値がなくなったらもう結構、係わらないで下さい、という風な冷たすぎる反応にしか映りません。
以前、ネットワークビジネスに懲りすぎていた人が、ビジネスに誘っても断った友人や、ネットワークビジネス仲間だったが辞めてしまった人は、もう友達ではないし、付き合う必要も無いと言っていたのを思い出しました。
「ビジネスライクな付き合い」とは正にこういうことなのでしょうか。
親とか子とか都合の良い時だけに利用している言葉だったのでしょうか。
創価学会というインチキ宗教詐欺集団。いきなりですが、このブログではこれが基本です(笑)。「いくらなんでもそれは言いすぎだろ」とか「とはいえ多少は宗教的な要素があるんじゃないか」などと思っている人にとっては、このブログで多くの人が語っている創価学会員としての体験には納得がいかないと思います。
例えば「聖教新聞をやめるとバチが当たるんじゃないかと恐ろしい」とか「今朝は勤行をサボったから嫌なことがあった。明日からはサボらないようにしよう」とか、あるいは「創価学会も日蓮正宗の信徒だった頃はちゃんとしていたんじゃないか」などと宗教とオカルトと詐欺の違いがわからないというか、考えようともしないのが多くの創価学会員であり、その「自分で考えない」というより「自分で考えることの罪悪感を植えつけられている」というのが実際のところではないでしょうか。だから、創価がおかしいと思えることも、めちゃくちゃな屁理屈で自分を納得させているんですよね。
もう一度言います。いや、何度でも言います。創価学会は最初からインチキ宗教詐欺集団でしたし、今もタチの悪い詐欺集団でしかありません。いくら衰退の一途をたどっているとはいえ、まだまだ創価による詐欺の被害は計り知れません。この「創価学会というインチキ宗教詐欺集団」という結論に納得できない限り、学会員は創価学会のインチキに惑わされ続けるということです。また、創価はインチキでもご本尊には力がある。お題目をあげるといいことがある。過去世の罪障消滅ができるなどといったオカルト思考が抜けないのも、結局は創価学会の詐欺に引っかかったままでいるということだと私は思います。「この信心を続けていれば、いつかきっと幸せになれる」という考えは、「いつか王子様が白馬に乗って私をお城に連れて行ってくれる」というのと一つも変わりませんが、創価ではいい大人が現実にこんな子供騙しの詐欺に引っかかっているのです。
私は生まれた時からこのような創価学会のインチキを徹底的に植え付けられ、というか、創価以外の宗教も哲学も間違っているという考えしかできない人間に育てられました。今思えば本当にとんでもない洗脳教育です。実際の日蓮正宗や日蓮宗の教えがどのようなものかは知りませんが、少なくとも創価学会は日蓮正宗の排他的な教義を利用して、このような極端な考え方しかできない人間を量産し、お金と労働力をまんまと搾取してきました。
何度でもいいます。創価学会はインチキ宗教詐欺集団です。かと言って、これまでのことをああだこうだ騒いでもしょうがありません。1日も早く立ち去りましょう。静かに、さっさと立ち去りましょう。もうそれしかないと思います。
もしこのブログを読まれている方の中で「創価学会はインチキ宗教詐欺集団だというのは言いすぎなんじゃないか」「創価にもいいところがあるじゃないか」「創価を信じるのは個人の自由だから他人がいろいろ言うのはおかしい」と言った考えの方がいらっしゃいましたら、わかりやすく意見を述べていただいて結構です。ただし、そうした考えと、創価の現実が矛盾しないことをきちんと説明できる方に限らせていただきます。もっとはっきり言いますと、創価がインチキ宗教詐欺ではないという根拠を示すことができる人との対話を試みてもいいのかなと思った次第です。
とはいえ、ブログを始めてから5年間、まともに話のできる学会員さんはいませんでした。唯一ここでまともな対話のできた学会員さんは白いブランコさん一人だけだと言ってきましたが、その白いブランコさんも、結局は一方的に対話をシャットアウトして、ご自分のブログも何の経過報告もないまま閉じてしまわれました。白いブランコさんは創価を離れたのかどうか、また活動するいたったのか、それとも創価が詐欺だと認めることができたのかどうかもわかりません。
私が思うには、学会員は対話する能力を洗脳によって剥ぎ取られてしまっていると思います。対話する能力がないんです。常に自分の言うことが絶対に正しくて、創価を否定されたら創価スイッチと創価シャッターが発動するので、つまり感情でしか物事を判断できなくなるので話にならない。ほとんど絶望的ですが、まともに話のできる学会員さんがいらっしゃいましたら、私は喜んで対話をする用意はあります。もし我こそはと思う方、まず池田大作が元気だというのに6年以上も会員の前に姿を表さない納得のできる理由を述べてください。その理由が一般人にも通用する内容であれば、私が対話に応じます。
私があえてこのスレッドのテーマとして「インチキ宗教詐欺集団」と表現したのは、もうこの時点で創価脳は創価スイッチが発動して創価シャッターをガラガラと下ろしてしまうからです。本当に自分の考えで創価が正しいと信じているのであれば、正々堂々と冷静に建設的な意見を述べることができて当然なのでしょうが、学会員には誰一人としてそんな冷静な態度で対話のできる人は現れませんでした。「創価はインチキ宗教」と言っただけでカーーーッ!と頭に血が上ってまともな話ができなくなるのが創価脳である証拠です。つまり自分で物事を考えられなくなっている。つまり創価に洗脳されて創価のいいように操られている証拠でもあります。私はこの5年間、このブログを運営してきて、数え切れないほどの創価学会経験者のお話に接してきて、創価がインチキ宗教詐欺集団であることの確信を得ることができました。同時に自分が生まれた時から騙され続けてきたことの悔しさとの戦いでもありました。創価学会の最高幹部以外は全員騙されてきたんです。残念ですが、これが現実です。私の父の親友でもあった副会長ですら騙されてきたんです。少年部時代から一緒に活動をしてきた県青年部長も騙されてきたんです。本当にごくわずかの創価学会最高幹部以外は被害者であり加害者でもあります。
池田大作はとうの昔にいないのも同然です。ただ元気でいることにしなければこの巨大組織が運営できないことが最高幹部にもわかっているので、池田大作が今も正気でいることに無理やりにでもしています。6年以上も人前に姿を見せない健康な人間がいること自体無理がありすぎます。「池田先生はお元気です」と側近が何度言おうが、動いている池田大作、話をしている池田大作を見たという記録はこの6年間ただの一度もありません。何度か抜け殻のような池田大作の写真が聖教新聞に載りはしましたが、決して学会員の前に現れたわけではありません。それでも会長や副会長は「池田先生はお元気です」と言うしかない。そう、言うしかないんです。そういう意味ではもはや創価学会は末期だと言えるでしょう。少なくとも今以上に会員が増えることはありえません。ただまだまだ聖教新聞や財務と言った巨額の集金システムは稼働していますから、お金を貢ぐ会員がいる限りは、創価学会中枢はどんな嘘でも吐き続けるでしょう。
まあ、そもそも創価学会はインチキ宗教詐欺集団なので、中枢が嘘を吐くのは当然といえば当然なんですがね(笑)
ということで、今回のテーマは「創価学会というインチキ宗教詐欺集団」です。これに違和感を感じるか感じないかで、創価脳であるかどうかの判断がつくと思います。
覚醒した方の一番の悩みは、覚醒していない親族との人間関係をどうするかといったことのようです。なにしろ冷静に話のできない相手が一緒に住んでいる親だったり配偶者だったり子供だったりするのですから、文字通り話にならないし、愛する家族が騙されているのに、指をくわえて見ているだけしかない自分は辛いでしょう。そして家族といえども創価を否定するものには容赦なく罵声を浴びせ、見下し、親子の縁さえ切ろうとするのが創価脳です。このブログでは常々「自分で気づくしかない」と言ってはいますが、創価脳の家族との生活は本当に辛いと思います。
創価学会は史上最大のインチキ詐欺集団です。だからそのことに気づいたからといって、あっさりと問題解決できる人ばかりではありません。新聞(会報)一つやめるのにも精神のバランスを崩すくらい大変なインチキ集団なのですからね。それなりの覚悟は当然必要だと思います。私もまだその後遺症は残っています。時々「どうしたらいいでしょう」と言う質問もありますが、まずは目の前の現実を受け止めることが先だと思います。現実を受け止める精神的な受け皿のないままだと辛いばかりで何の解決にもならないと思います。一つひとつこれまでの自分に起こってきたことの現実を現実として受け止めていくことから始めないことには、それこそパニックになるだけのようです。
このブログに創価の現実が山のように積み重なっています。これらの真実の声を受け止めること。騙されてきたのは自分だけではななかった。自分だけどころか、もうすでに何百万人もの人が騙され続けてきたという恐るべき現実にきちんと向き合うこと。このブログはそれができると思います。
創価学会はインチキ宗教詐欺集団
まずはこの恐るべき現実を受け止めましょう。そしてこの現実に対して自分はどうあるべきかを自分で考えましょう。自分がこれまでどんなに考えることができなかったのかを知るにつけ、辛さも襲ってきますが、それは仕方のないことだと思います。創価脳の家族との軋轢もどうしようもないと思います。でもそれを乗り越えなければならないと思います。生半可な気持ちでは乗り越え切れない場合もあると思います。でもここにはそんな辛さを理解できる人たちがたくさんいることが励みになると思います。私もそれだけが励みとしてここまでやることができました。
このブログのアクセス数がこの夏の終わりには600万を越えると思います。何百人もの創価経験者が「創価学会はインチキ宗教詐欺集団だ」と証言しているサイトのアクセス数が600万を越えようとしている。これも現実なのです。創価学会がインチキ宗教詐欺集団であることに気づく学会員が日に日に確実に増えているというのも現実です。一人また一人と創価の現実に気づいて静かに去っていけば、創価学会によって不幸になる人が確実に減っていきます。それだけが創価の現実を知りえた者の希望であるような気がします。
このスレッドでは、「創価学会はインチキ宗教詐欺集団」と聞いてどう思われるかを、皆さんそれぞれにコメントいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
匿名2018年2月22日 12:21 PM
ビジネスライクでなくビジネスでしょう。以前も「天理教は宗教でなく天理興行」というコメントがありましたがその通りです。今回離脱した教会はそれに早々に気が付いて信仰面と生活面を兼ねての決断と行動でしょう。本部が倒れる前に、本部や上級に金銭苦からの嫌がらせを受ける前に離脱素晴らしいです。そもそも本部天理教に所属する利点はないです。離脱をしたら上級への無駄なお供え、各種会費などの諸経費が浮く信者を苦しめないで済むとなれば正常な精神を持っている方なら離脱一択です。
詰所や教区上級で人が減っても何食わぬ顔をしている人が多いですが、気の知れた友人達は(真実の道の友)の間では教団の先行きと本部や上級の異常性を語る場にしかなっていません。私の友人はもう離脱の準備を終え後は「自分達の絶好の機会での離脱」を待っている者達ばかりです。本部からの離脱は今後永続的に増え続けるでしょう。
包括関係解消により一切の権利を失う。
本部は脅し文句ともとれる文言を恥も外聞も無く公表する。
地に落ちたものだ。
とはいえ、これが天理教だ。
しかし、どっこい、天理教組織と天理教信者は同一ではない。
心の中ではとっくに「天理教本部」から離脱している信者は多いと思う。
信者として堅持する「神一条」、「おじばに心を寄せる」、これって本部への忠誠を言っているのではないんですよ。
人間を創造した神は地上何処ででも感じることはできるのだが、信仰という心に伴う行為には、聖地というシンボル的な所が有れば心を寄せ易いといえる。昔から各宗教の聖地に人々が集まることからも、人間心理として自然な事のようにも思えてくる。だから本部に参拝しているのだ。
これを踏まえて本部中枢の方々に申し上げたい。
いいかげんに、狭い、奈良県天理市という枠内から事を眺める癖から脱却してはいかがか。
「参拝する誰へも開かれた宿泊施設」としてしか詰所は生き残れないという事が、まだ、判らないのだろうか。信者の減少は少子化と団塊世代のこの世からの退去という2つの要因から、天理教だけの現象ではないことくらい分らないのか。
「そんなことできやしない」「教会を通してじゃなきゃ受け付けられない」等々。
やりたくない事だから、面倒だから、長年、思考停止のまま組織人として生きていくと、この様だ。
窓口を作り、受け付け業務の流れを作ることは簡単な仕事だ。
(本部の人にできなければ、できる人を教内から探せばよいだろう。)
建物のメンテナンスも踏まえ、詰所群の整理統合は喫緊の課題のはず。しかし、みちのともの記事からは具体的な結論は読み取れなかった。いったいどうするのか。表さんの思いつきレベルで号令が発せられては「いい迷惑」だろう。
問題解決に動くことができるのは誰なのか。
真柱こそ動いていただきたい。
統合的なリーダーに動いていただきたい。
天理教はは天理興業というより、営利法人中山商店が実態です。創価学会と同じで単なるカルト新興宗教にすぎません。創価学会も最初は「学会は世襲をしない」といっていましたが、池田教祖様のあとはやはり池田の息子でしょうから、あそこも事実上は営利法人池田商店なのです。
上記サマ⬆︎
2018年2月22日 8:47 AM様
キリスト教にお引越し下さいませ。
まあまあそう言わずに・・・
大きな心で受け入れましょうよ・・
何かの参考にもなりますし・・・
他宗教の勉強にもなり見聞も広がりますし、懐の深さを見せましょうよ・・
いろんな方の意見を聞くことはいい事だと思われます。
離脱一択・・・素晴らしすぎ・・・
離脱サイコーあっぱれ・・
腐敗沼からの脱却・・・
先陣を切って離脱されている方、敬服申し上げます。
後に続いていきたいと思います。
希望が見えてきたきた・・・
長く暗いトンネルからようやく出口の明かりが見えてきたような気分です。
離脱サイコー 様 2018年2月22日 8:16 PM
是非、後に続いてください。
何が起きるか、どんな事を言われるか、不安もあるかも知れませんがさほどの心配は要りません。
離脱後にどうしたら良いのか、どんな信仰をするのかという問題もありますが、自分達で信じる道を進めばいいのです。
末端教会の一つが離脱したところで全体には大した影響はないかもしれませんが、少なくとも離脱した教会は救われます。そして、小さな波の連続が大きなうねりとなる事を期待したいと思います。
応援致しますので、頑張ってください。
質問や相談したい事がありましたら、サイトを通してメッセージをお寄せください。
離脱完了まで無料(笑)でサポートさせて頂きます。
http://mikagurauta.grupo.jp/
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei
(先陣と言う程ではありませんが、少し以前に離脱した教会の情報です)
匿名
2018年2月22日 3:09 PM
「正常な精神なら離脱一択」とは力強くそして説得力のあるお言葉! 金取だけの本部や上級に関わる必要は無いですよね。上級が嫌で嫌で仕方ないなら離脱すべきですよね。信仰は自由ですし本部天理教を離脱した方が、お供えで信者さんも自分も苦しめる事なく真の親神様を信仰できるのなら離脱すべきだと納得しました。
加藤ハルアキ
2018年2月22日 8:55 PM
ブログ見ませてもらって、なんとも馴染み深い写真に感動しました。本部や上級に苦しめられた姿が建物のシミが物語ってます。私も家族親族一同でお供えが集まらず末は一家心中と考えてまでいましたが、離脱しても建物は残るという現実を目の当たりに出来た事をに希望が見えました。その離脱した教会の風格に本部のおかしさがやっと見えてきました。
皆さん自由に親神様を信仰すべきです! 本部や大教会 上級が何の関係が有るんですか!用木である以上親神様と共に有るべきです。我々は神の用木であり、中山家の用木では無い!中山本部天理教は、親神と共にいない!いれば甘露台は倒壊しない!神に背き金に目が眩んみ阿保デカイ無駄な館を建てて自己満足してるだけの無能共です!
皆さん立ち上がり、少しの戦いと旅に出ましょう!その旅先で共に誇らしく笑いましょう!それが真の陽気暮らしでしょう!
真の陽気暮らし様
2018年2月22日 11:06 PM
中山本部天理教とは分かりやすいネーミングですね。以前「こころえちがい」の論争を目にしましたが中山本部天理教こそ「こころえちがい」をしたので「出直し」と言う事だと思いました。私も立ち上がります。勝利の先で皆さんに出会う事を楽しみにします。
>我々は神の用木であり、中山家の用木では無い!
本当に魂の叫びのような言葉ですね・・・
離脱教会に対してのゼンスケ君名義の公告を見ていると完全に幕府側の立場(権力をカサにきた)に立った物言いですね・・・
本音は制裁でも加えたいところじゃないでしょうか?
江戸時代なら離脱教会征伐〜て感じで兵を出している勢いでしょう・・・
この裏切り者め!ぐらいの勢いでしょう・・・
全く、苦しみ抜いてきた教会関係の人々の気持ち、心の内を理解していないする気もない、わかっていない、横柄で高慢はなはだしい態度ですね。
いつまで虚勢を張っていられるかが見ものです。(内心怯えているのかもしれませんね)
どちらに理があるか?神は知っているでしょうし、これから姿、形になって現れる事になるのでしょう・・・
もうこの流れは止められないのでしょうね・・・
蟻の一穴から・・・というやつでしょうか?
来月は5件くらい離脱する教会が出てきそう 笑
4月には8件 5月は10件 6月は…
といった感じで、来年の本部員の会議や、かなめ会(本部直属教会長の集り)で大問題になってそうな勢いになると予想してます。ここまで来たら、法的な対抗措置や、本部から新たな通達が出そう…笑
おやさとやかた、詰所、大教会…
教会本部にとって頭が痛い、大きな建物の喫緊の課題が山積みですが、末端の小さな教会も急速に頭痛の種になりそうです。
誰が蒔いた種かは分かりかねますが、
神は見ているのでしょう。
昔、某匿名掲示板に書き込まれていた宗教と道徳の違いを思い出しました。
お前はみられている が宗教
みられていなくても が道徳
青年会の100fesが終わったら、次はどんなfesが始まるのか…楽しみです 爆笑
お前はみられている が宗教
みられていなくても が道徳
なら道徳と良心の違いは?
コモンセンスで測定するのが道徳
コモンセンスは関係なく自分の内面で測定するのが良心
教会ごと離脱がどんどん出ていますが、離脱以前の問題で、信者自体が減っているわけですからね。
離脱しない教会はどうなのかというと、信者がいない事情教会で宗教活動は全くせず、完全に休眠しているわけでしょ?
離脱できるほどの力があるならまだいいほうなのかもしれません。教会という建前の建物の中に祭壇こそあるものの、おばあさんがなくなってからはおつとめもしない(子供たちも棄教してしまった)状態で、離脱するほどの覇気すらなくなった教会が山ほどあると思います。
カトリックのようにトップから末端の聖職者まで全員出家で世襲を絶対に発生させず、しかもトップは選挙で決めるシステム、もしくはイスラムのように聖職者の出家はないものの、職業的聖職者はおかず開祖ムハンマドを見習ってお道を説く仕事はボランティアでやるシステムを作ることができなかった・・・これが開祖中山みきと天理教の最大の欠点であり大失敗だったというのはみんなが認めるでしょう。
末端教会が苦しめられている事に間違いはありませんが
一番の被害者は信者です。
教会は一時でも本部側にいました。
お金集めの手先として信者から金を取っていたんですから。
加藤ハルアキ 様
よくぞ離脱をされました。お祝い申し上げます。
年に3度天理を訪れます。二部同窓生に会うのが楽しみです。が、神殿始め教祖殿、祖霊殿には参拝しません。
教祖のお墓に参拝します。他の中枢部の方々のお墓にも参拝しません。教祖のお墓にひざまずき長い祈りを捧げます。今の教団の姿をどのように思っておられるのかが聞くことが出来ればいいんですが、これは無理な願いでしかありません。教祖70年祭の頃は多くの信者が何かに酔っていたのかもしれません。例えば、おやさと館構想に誰一人として異論をはさむ者はいなかったと思います。それが今では大きな重荷になりつつあるのですね。
浮かれるのでは無く、地に足のついた確かな道を進まれんことを祈っております。
匿名 様
>末端教会が苦しめられている事に間違いはありませんが
一番の被害者は信者です。
教会は一時でも本部側にいました。
お金集めの手先として信者から金を取っていたんですから。
本当にそうですね。言うならば振り込め詐欺の出し子みたいな存在ですね。
100年祭当時、何故あんなに狂ったように、競うようにお供えをかき集めていたのだろうか?
それが世界助けの一助になると信じ込んでいたのです。
教会の中には金目の物は無くなり借金が残った。(それが、ひながたと思っていた)
でも、上級は高級車を乗っていたのに何故かオカシイとは思はなかった。
今、頑張れば上級のように結構になる道だと信じ込まされていた。
冷静に考えればオカシナ理論なのに、信じ込まされていた。
これが洗脳だと気づいたのは大分後の事です。
世間の人が1日1万円稼ぐためにどれだけの人に頭を下げ、どれだけ心を砕いているかを感じてほしい。○○の息子に生まれたというだけで、何の努力もなしに常に上から目線で
自分より、年上の信者や部下会長にどんな偉そうな説教たれても何も心に感ずるところがないので、表向きはみんなうなづいたふりをするが、内心は馬鹿にされているのがわかっていない。天理教という斜陽産業の中でこれからどう生きていくべきか、考えた方がいいのでは?
神様は天理教でなくとも、人類全部を救けてくれるはず!
「至誠天に通ず!」ともいわれるようにおさづけがなくても、心の誠さえあれば救けてくれるはず。
神殿がなくても、教会がなくても心に誠さえあれば信仰はしていけると思います。
組織はなくとも信仰できる!様
2018年2月23日 4:16 PM
阿保な上級、大教会長でも飽き飽きなのにその上の本部員や本部員はたまた真柱となると相当な世間知らずの阿保なんだろうと思いました。現にこちらのコメント見て、天理時報などに目を通すと内容の薄さ 考えの無さが一目瞭然です。終焉を迎えた集団の末期の姿はやはり白けたあっけないものなんでしょうね。
素人が見たって衰退期のカルトだってわかるでしょ。事情教会率90%という話ですし。
信仰のある人がいたとしても、まともな感覚を持っていれば「この組織に神はいない」と判断して、とっくの昔に教団から去って「組織はなくとも信仰できる!」と布教活動もせずに、一人で「お供えとひのきしん全廃」でやっています。そしてそうやっている人たちこそが本当に親神様の御心にかなっています。
本部は世間知らずの阿呆で能天気にみえますが、空元気ではないかと思います。実はもう余裕がなくなってきているんじゃないのかしら。金銭的にも精神的にも。。。
未だ、信仰の真似事をしている頃でした。天理に行った折に、ついでにある本を借りたくて天理大学附属図書館へ行ったのですが、受付で一枚の紙を渡されて、これに所属教会長の印鑑を貰ってくるように言われて、追い返されました。天高二部を出て教会にもつながっているのにと思いながらも、自分の迂闊さを嘆いたものでした。
後ほど、ネットでこの本300円で購入できました。運転免許の提示で借りられる公的図書館の方が余程親切です。
教団を離脱されれば、図書館も利用できないことになりますね。天理は益々遠くなりました。
阿保で能天気な本部の行く末を黙ってほくそ笑みながら見ていましょう。下降線は紛れも無い事実。道友社も経営悪化で必死。1教会で三部増やせ、と言ったって、そもそも信者が居ないと言う実態を知らない。
詰所は真っ暗で幽霊屋敷同然。商店街もシャッター通り。昔は法被で郊外の商店街を歩いても何ら違和感がなかったのに、今は、振り向いてジロジロ見られる。天理教お膝元に置いて既にマイノリティー。隔世の感がある。
当教会も完全なる事情教会ですが、離脱して新しい宗教活動するまでの元気は無い。よって今は老体と相談しながらお供えもひのきしんもせずに親神の御心に心を添わせて、感謝いっぱい悠々と日々を愉しむ事にしております。腐敗した教団の偽教理を語る布教など良心が痛んでさらさら御免です。今後どうなろうと、こちらに責任は無いと確信しています。「金?ありません。」単にそれだけの事です。
20年後、30年後、下支えする信者の劇的減少。末端教会の劇的消滅。老朽化で待った無しになった伽藍堂の詰所や館群を持て余す本部。間違いなくこう言う構図になると確信します。「余れば返す、足らねば取る。天の帳面につけてある」と神言があります。神の目から見て、明らかに強欲に神を欺いて取り過ぎた本部が何らかの形で親神に返すのは天然自然の法則だと思います。
私が言うのもなんですが、たくさんの信者さんがおられる将来ある教会については、真摯な信仰に向けて新しい道を探られ、無意味な労力、人生の無駄ずかいをする前に、離脱に向けて行動を起こされます様にお祈り致します。
離脱に向けて心強い協力者の方がこの掲示板にて申し出、発信しておられます。
もう何年も前の話になりますが冬のある日、何かの用で滅多に行く事のない「おやさと館」内のある事務所にいきました。
事務所に入ったところ暖房がやたら効いていて少し暑いぐらいだったことを覚えています。違和感をすごく感じました。
私の家では生活費、光熱費などをできるだけ節約するため、部屋の中でもダウンジャケットを着込んだり、窓に断熱効果のある梱包材(プチプチ)を何枚も重ねて張ったりの涙ぐましい努力をしています。(家が古いので断熱材が入っていなくやたらに寒いというのも有りますが)
暖房温度をできるだけ下げ、灯油の消費を抑えることに躍起になっているぐらいです。おそらく末端の各教会も同じようなことでしょう。
教祖も「菜の葉一枚粗末にしてくれるな」とおっしゃられたと聞きますし・・・
勿体無い・・・という言葉が一時話題になりましたが・・・
日本(人)の素晴らしい習慣ですよね。
末端が涙ぐましい節制をし、教えにも有り、慎みを説いているにも関わらず必要以上に暖房をしている天理本部、ここはお役所かな?と錯覚しました。
コスト意識もなく、運営できている原資が組織の人々の苦労の末の上納金、お供えだ!という事を周知、理解していないんだな・・とわかりました。
運営者がそのような意識を勤務者に教育していないんだなとわかりました。
本部はクソだなと思いました。
この組織はダメかもな・・・と思った出来事の一つです。
それはそうと・・・
同じ部内で高校を卒業し、かれこれ35年ほど本部勤務(保安)している知り合いがいます。
ある意味「おぢば」は平和で過ごし易いとは思いますが、よく世間に一度も出る事なく天理にい続けれるな・・と不思議に思います。
あの特殊な環境で感覚が世間と乖離しないかと感じますが・・・
死ぬまで天理にい続けるのかな?家族子供もズーッと天理ですもんね・・・
なんだろう?
そんなに居心地がいいのかな?
聖地を守っているというプライドかな?
それとも一般社会に出るのが怖いのかな?まあ世間は厳しいですけどね・・
ぬるま湯だと思うんだけど・・・
一種の引きこもりではないのかな?と感じますが・・・
だいたい世間や社会の事を知らないで人を助けれますか?って話・・・
耳で聞くのと体験するのとは違いますからね・・・まあ自由ですけどね・・
謎です・・・はい。
http://netradio.febcjp.com/2018/2/17/cbi180217/
キリスト教でも教会の高齢化、子息への信仰の継承が出来ない、献金が集まらないといった問題が起こっているようです。収入の10分の1を献金するという什一献金制度があるようです。調べてみると、神の計らいにより、働いて給料を得ることが出来た御礼ということだそうです。
キリスト教では、財産も体も全てイエスのものであるという考えがあるようです。死後は全て神にお返しするという考えがあるのは天理教とそっくりです。
キリスト教は高齢化により信者数が減り、危機的状況であるとラジオ番組ではっきりと述べられている。
ラジオ放送も献金により支えられており、献金の減少により継続が難しいともよく述べられています。
天理教もはっきりと状況を公表すればいいのにと思いました。
天理教と北朝鮮の共通点
https://www.youtube.com/watch?v=FWk-lBtP6c8
動画を作った勇者が現れましたね。
動画を作った勇者様
2018年2月24日 1:11 AM
動画添付ありがとうございます。
関西の方となると天理教のお膝元でもこれだけの文句がでてるんですね~タイゾウさんという方みたいですね。皆さんで応援してあげましょう!
動画を作った勇者様
2018年2月24日 1:11 AM
他の動画を見て泣けてきました (T_T)これが道一条の被害ですよね。
天理教って知っとるけ!(天理教という特殊な環境に生まれ育って)
https://www.youtube.com/watch?v=BYmP_rrEcxE
天理教と北朝鮮は確かにそっくりですよね~。営利法人金商店か営利法人中山商店かの違いだけじゃない?
キリスト教でも仏教でも同じ問題を抱えていますよ。寺院消滅を読めばわかりますもの。
ちなみに什一献金を言ってトラブルになるのは、英語でevangericalと呼ばれるプロテスタントでも新興宗教系の宗派です。同じプロテスタントでもメインラインと呼ばれる伝統宗教系の宗派では献金を強制することはほとんどありませんし、カトリックですとそもそも什一献金制度じたいが存在しないそうで。
仏教とプロテスタントでも伝統宗教系とカトリックでは、貸しビルや駐車場やホテルや学校や福祉施設や病院といった各種事業をやっていることが多く、信者の献金のみによって運営されているわけではないのです。
檀家や信者の減少は憂慮されるべきことですが、天理教のように献金収入だけに頼っていないところが多いですね。
もちろん新興宗教でも信者の献金に一切頼らずに、収益事業ですべてを賄っている教団もありますよ。開祖はたぶん天理教をみて「信者の献金に頼る宗教はおかしい」とわかったので、信者に献金負担だけは課さないシステムを作ったんじゃないかな(ちなみに奉仕はしっかりあるので二世三世はそれが嫌で棄教するのですが)
>当教会も完全なる事情教会ですが、離脱して新しい宗教活動するまでの元気は無い。
事情教会になってしまうと離脱しようという気力すらもうないわけですかそうですか。私の知っている小さな分教会もまさに死んだ教会ですわ。
>よって今は老体と相談しながらお供えもひのきしんもせずに親神の御心に心を添わせて、
それでいい。それが一番。無理すれば損をするのは自分です。みきも長男の強欲さが頭痛の種だったのに、献金なし奉仕なしでやるべしとおふでさきに書いておけば、こんなに後世の人たちを悩ませずにすんだんじゃないの?
>末端が涙ぐましい節制をし、教えにも有り、慎みを説いているにも関わらず必要以上に暖房をしている天理本部、ここはお役所かな?と錯覚しました。
コスト意識もなく、運営できている原資が組織の人々の苦労の末の上納金、お供えだ!という事を周知、理解
していないんだな・・とわかりました。運営者がそのような意識を勤務者に教育していないんだなとわかりました。本部はクソだなと思いました。
そんなのいまさらいわなくてもわかりきったことじゃない。だって皇太子さまの結婚の時のあの盛大な花火みればわかるでしょ。末端は結婚しようという気持ちすら持ちようがなかった高齢独身の男女だらけ。
匿名教会 様 2018年2月23日 8:21 PM
>たくさんの信者さんがおられる将来ある教会については、真摯な信仰に向けて新しい道を・・・
逆なのです。
そういう信者が沢山いる、部下教会が幾つも有るような「結構な」教会が「被包括関係を廃止する」と、本部や上級と縁が切れると共に、部下教会とも縁が切れ、信者さんも殆ど引き抜かれてしまいます。
それでも「真摯な信仰」をするには廃止するべきなのでしょうが、今までのやり方で結構な状態になっているのを、何もない自分の教会だけの状態で放り出されてしまうのですから、「自分の身を切る改革」に二の足を踏むのも「人情」というものでしょう。
おそらく、現体制に不満を持ちながらも何もできないでいる本部員たちも似たような人間思案でいることかと想像できます。
逆に言えば、ブログ記事のような末端教会、匿名教会様のような苦境に喘ぐ教会こそ、早急に『被包括関係を廃止する』必要があるのです。
というのは、信者も居ない、後継者も居ない教会には、上級や大教会の子弟が教会長として任命されてきます。これは、先祖が苦労して建てた教会の土地建物を全て奪われる事になります。
しかも、「教会は末代の理」などと教えていますが、現実は、教会名称を変更し、場合によっては移転してしまいます。これによってその不動産の管理は、その教会初代の家族から離れ、大教会や本部の好きなように処分されてしまうことも有ります。
「みちのとも」に離脱教会として告示が出るのは稀ですが、教会名称変更、移転の告示は毎月のように沢山されているのは、そういう不動産の乗っ取りとも言える事が行われているのです。
「被包括関係を廃止する」のは、教義の解釈や信仰姿勢などの違いとは別問題なのです。
先祖伝来の土地建物を守りたい、とか
教会は継いでくれなくても自分の子供に土地建物を残したい、とか
本部や大教会の贅沢に使われる位なら、売却代金を本当に困っている人に直接寄附したい、
という理由だって良いのです。
このままの状態が進めば、匿名教会様がお考えのように、多くの末端教会が潰れるでしょう。
でも、それは、末端教会の資産(土地建物)が順次大教会や本部に吸い上げられ、最終的に本部が全てを管理・運営・処分するという信者不在の「不動産管理宗教法人 天理教」の出来上がりとなるでしょう。
そこには教祖様の教えも人助けもありません。
参考記事 → http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1860252
こんな状態は、あの世から見なくても簡単に予測できます。
現実に。今現在それが進行している最中なのです。
そうならない、そうさせない為にも、ブログ記事に登場したような末端教会と同様、匿名教会様のような教会から率先して「被包括関係を廃止する」事に取り組んで頂きたいのです。
ご質問や疑問があれば何でもお答えしたいと思いますので、遠慮なくお問い合せ下さい。
加藤ハルアキ様。
有り難うございます。ブログも読ませていただいています。
当方、子供達全て完全なるアンチ天理教で親の代で静かに閉じてくれ、土地財産は要らぬ。という環境下にあります。私自身、先祖の汗と涙の土地建物を、教団にくれてやるのは悔しい一言に尽きますが、子供達は天理教と戦う(関わり合いを持つ)事すら嫌悪していて、一切を捨てて出てこいと言います。教団の思うツボにはまる形になりますが。
現在、私物の処分はもとより年代物の教会備品、扇風機、ストーブ、テーブル等の処分、100年祭当時のタスキの束、のぼり旗、大きく教会名の書かれた傘の束、信者さんから返された講社のお社の数々、古びた座布団の山、宿泊用布団等、全て焼却場に持ち込み処分しました。投げ入れた後の安堵感。ああ終わった、と言う感触。後に入る人に残す物は神具以外は残さない積りです。
私はぎりぎりまで教会地で気楽に人生を楽しみ、折を見て子供達の所へ行くつもりでおります。
土地建物を守り、子孫につなげて行くのが権利としての筋道ですが、高齢化し、闘う気力が無い教会が大半の様な感じもします。上記で紹介された天理教子息の方の動画でも感じましたが、高齢化し後継者のいない多くの教会は天理教組織の理不尽に飲み込まれ、自然に沈没して行くのかなあと感じた次第です。
天理教と北朝鮮の共通点
https://www.youtube.com/watch?v=FWk-lBtP6c8
動画面白かったです。「大亮様~ってなんやねん(苦笑)」たいぞうさんの話を聞くと、大亮は金正恩だという事に気がつかされます。
課も知れないではなく、天理教はカルトです。中山本部がある以上天理教の衣を借りた中山カルト
天理法被を着ての一般的に異様な光景である神名流しをするのは確かに時代遅れで一般市民の方々から違和感と嫌悪感しか呼ばない。動画中にタイゾウさんが言ってる動画がしたURLです。
https://www.youtube.com/watch?v=f97L7…
元動画
天理教は残念ながらカルトかもしれない
https://www.youtube.com/watch?v=ZWpaMRkiBW4&t=91s
こんにちは
現在の天理教の実情どおりで、とても参考になるコメントばかりです。
ところが読んでいけば行くほど疑問を感じることが大きくなっています。
天理教が正しいのか正しくないのかは別として、皆さんのコメントは、単に天理教に対しての不満、愚痴、実情をこぼしているだけ。
動画を立ち上げたら喜ばしいことだというだけで、さ皆さん自身は現状を打破しよう、改善しようと何か行動を興されていますか?
言い換えれば
実情を打破しよう、改善しようとする意気込みの言葉だけ、さらけ出しているだけ。
それについて何も行動しようともせず実情に甘んじて不満の捌け口だけで結局はその場の実情に流されているだけのように思えます。
私も不満の気持ちからのコメントとお思いでしょうが、皆さんも愚痴と不満の捌け口だけの投稿なのでしょうか?
愚痴、不満を書き込むのも投稿サイトの役目でもありますよね。
失礼しました。
匿名の元信者
2018年2月25日 1:49 PM
そう一瞬思う気持ちもわかります。ネットは自由言論の言論の自由は憲法でも保障されてます。つまり何かいても自由です。そこで議論が発生してもし勝負に成っても負けをおう自由もあるわけだし、損した気持ち嫌な気持ちを背負う自由もあります。日本人の特性として、日本人ルールをネットの場に持ち込みたくなるそうです。つまり可能性を狭めているの等しく例えこちらの場がゴミの山だとしても玉石混合で地中に金やダイヤが埋まってるそれこそ自然状態です。
行動に関しては、こちらに集うが方は1教団の修正 2自法人の独立 3自身個人の離脱 の三者に分かれていますので行動してないと言うことはないでしょう。これから行動を移すという4準備段階であってもそれも立派な行動です。
それより本部や大教会や上級などが正しい事信者さん一人ひとりの利益にならない事を強いているのが問題で、それらよりよっぽどこちらのコメントの方が 反教団の方は愚か熱心に信仰し食い物にされている可愛そうな方々に有益だと思います。
Taizoさんの動画、
天理教は残念ながらカルトかもしれない
https://www.youtube.com/watch?v=ZWpaMRkiBW4&t=91s
の動画のコメントが酷すぎます。
真柱様 と呼んでいる以上教団擁護派なんでしょうが
これが天理教信者のクオリティー(質)なんですね。
情けない限りです。
匿名さんへ
2018年2月25日 4:09 PM
確かに酷いですね~これは脅しなども入ってる言葉の暴力です。これが天理教という宗教を信仰してる人間の本性なんですね~まさにカルトだという尻尾を出してますね。
つらださくら
23 時間前(編集済み)
それから宗教をバカにするのはやめとけ
只のバカに思われるから
まあお前の場合元々馬鹿だけど
つーか人混みって言えるほど人混んでないしwwww
基準ズレすぎやろwwww
つらださくら
つらださくら
23 時間前
テメエのしゃべり方がキメェんだよ
お前の顔が不気味や
お前の顔見て子供が泣くんとちゃうの?
そんなに文句が言いたいなら教会の方に言えよ
真柱様に言えよ
んなこと出来ねぇんだろどーせ
気の小せぇ中年ジジイが
タイゾウさん新しい動画上げてますね。
この方話し方はやる気ない感じですがブレてないですね。
天理教はオワコン?やっぱりカルト?
https://www.youtube.com/watch?v=h0d9VYDVGMc
お供えで不動産業やってるのは背徳行為ですよね。
人助けを掲げる天理教が全国に膨大な不動産を買い占めていただと
https://www.youtube.com/watch?v=T2lelsV29tQ
おい偽善者中山!早く不動産処分して貧困に喘いでる信者に返還しろや!
何が宗教家だ(笑)悪代官と暴君しかいない教団(笑)
不動産業をやってそれなりに収益があるなら、末端教会の経費もそれで賄っていけばいい。
(もちろんそれには大リストラして削れるものは削りまくって縮小したうえでですが)
不動産の収益で賄えれば信者の献金はカトリック並みで、末端教会は上納する側じゃなくて、上から様々な費用を支払っていただく側になれ、献金トラブル皆無の新興宗教になるので、少なくともカルト新興宗教の汚名は返上できますが?
真柱様に言えよ んなこと出来ねぇんだろどーせ さんへ
2018年2月25日 9:11 PM
【つらださくら 】のように、言論風封殺をしてきたのがこの教団の真の姿です。中国共産党や北朝鮮ならまだしも自由主義、資本主義国家ではあってはいけない教団だということが明らかです。これぞカルト宗教のカルト信者の醜態です。これが末端階層でも行われていると考えても上層部はもっと辛辣な病的状況であるのは明らかです。カルト宗教と関わってもなんの意味もないので離れるのが懸命です。
タイゾウさん 今回の話は各教会のリアルな現状を赤裸々に語ってくれてます。
それにしてもタイゾウさん賢いでよね。単語も要点も抑えて理路整然としてて分かりやすいです。
天理教の末端後継者は危機に直面している
https://www.youtube.com/watch?v=mQnzfPL-SBE
taizoさん真柱より良い事いってるやん 中山追放してtaizoさんに真柱やってもらおや(*^_^*)
タイゾウさん、とつとつとした語り口の中にも賢い方である事が伺えます。あらゆる仕事をされ、苦労に苦労を重ねて今に至っておられる。能力が有るにもかかわらず天理教で人生を振り回された側面は大いにあるでしょう。
教会に生を受けた者の一人として逃げように逃げられない、足に重りのついた奴隷の様な、自由の無い、そんな末端の叫びを生の声として世間に暴いて欲しいです。大きな人助けだと思います。誰一人死なせてはいけない。
タイゾウさん いい感じやで!臆すること無い 淡々と続けてくれたらいいですよ!分かりやすいし一信者の本音として皆さんに伝わりやすいです。
宗教法人天理教は法人を私物化していると言わざるをえないのですが何か?
https://www.youtube.com/watch?v=6iMFrTMvsaI&t=18s
不採算業態は時代と共に消えていく淘汰される。その不採算業態が宗教全般そして天理教です。
上からはお布施 下からはお布施が上がらない。そんな法人をあなたは運営したいですか?悪いことは言わない皆さん逃げる準備をしてください。被害は末端、上級、大教会、本部 と来る。つまり末端教会が一番危ない。逃げるなら今 独立するのも、廃業するも、脱会するでも何でも良いです。とにかく逃げてください。
震災の際も津波が来るぞ!と警報があっても逃げなかった非難しなかった人々がお亡くなりになった。気づいてるのに行動をとらないのが罪です。
天理教が温故し過ぎてウンコになっちゃった
https://www.youtube.com/watch?v=nGEBuEgm6hQ
タイゾウさんのこの動画ですがタイトルがあれですが、内容はすばらしい。教団内の人なら見たほうが良いです。
皆の発言まとめ
天理教とは?
教理 御恩法事、お尽くしは金
とある教会では体は神の貸し物だから借用料を払えと恐喝しているのが現状
やらされる事
ひのきしん 青年 などと言う 半強制労働、丁稚奉公、基本費用は自腹
つまり奴隷労働である。
誰が頭?
真柱が教団の頭、実務は表統領 内統領 が頭で上記の内容は、現表統領 中田善助が機関紙「みちのとも」で公言した内容である。
跡取りは?
世襲制、宗教法人を中山家だけで私物化してるのが現状
組織体系は?
完全なるピラミッド構造で 本部>大教会>分教会>布教所など で上下関係があり、資金は完全に上納金制度、経済的に困窮した末端の布教所や分教会から文句続出、大教会ですら実質破綻しているのが現状
教団の正体
日本全国に膨大な土地を所有、別会社でビル管理など不動産業を主としている。その購入資金の元金は勿論 騙されてきた代々信者層のお布施
三島神社移転問題の際も地元住民との間に争いが生じたが住民の意見を無視する形で移転となった。
現在疲弊した教団だが軽々しく神を移転した事による罰が当たったとの噂もある。
追伸
皆さんで付け足していってください。
問題だらけ様
2018年2月27日 9:20 PM
これじゃ天理教改めまさに金理教ですわー天理親神に背いたのですから罰当たって仕方ない。
真柱の弟の発言でしたよね?中山さんの家はお金に苦しいのかな?神を傘にかけて詐欺とは・・天理教やめたんですね。私の家も家族で相談してます。離脱して天理教もできますのでこちらのブログのおかげで明るい未来が見えてきました。
タイゾウさんの動画を見てふと思った事がある。天理教と北朝鮮の酷似とおっしゃっていたが、北朝鮮 金正恩はとても肥満体質である。本部月次祭に言った際目に入る本部員の人々になんと肥満体質が多い事か。体系まで酷似しているとは・・・ 高慢で傲慢で肥満韻は踏めど洒落に成らない現状です。
分教会以下信者層には貧困生活をおくらせ、上層部は肥満・・これぞ高慢、傲慢の心遣い。
本部はじめ私の所属する教会、上級、大教会は年々人の足が遠のいて居たがここ最近一期に減り始めた。表統領大先生の「金銭による御恩法事」からであろう。大教会長も二言目には金、上級も金、所属教会は今にも壊れそうな貧乏屋敷・・・教団上層部は末端の貧乏屋敷を見たことないのだろう。名も無い私ですら教団の急激な衰退と異常な変化を感じております。正直私も所属教会の会長に相談している。
天理時報より天理教社会学研究所の記事やコメントの方がどれだけ為に成るのかこれも皮肉なものだ。この教団は終わるだろう。終戦間際の日本軍と同じで民には嘘しか教えてない。敗戦に敗戦が相次いでいるのに以下にも勝利者を気取った上層部に正直白けた。
問題だらけ 2018年2月27日 9:20 PM誰が頭?さんの
「真柱が教団の頭、実務は表統領 内統領 が頭」はちょっとわかりにくいと思いました。ここはこのような表現に変えたほうがわかりやすいのではないでしょうか?
「真柱は教団の帽子、実務を担当する表棟梁内統領が頭」
タイゾウさん
天理教関係の投稿だけ削除されてますね
どうしたのでしょうか
私も同じような環境で育ったので
見ながら「分かるは―」と共感していました。
うちの上層部は信者獲得に向けて、出来ても出来なくても兎に角、開拓を頑張れ、と言う。偽教理で推し進めている限り、声掛けなどしないし、無意味、無駄な労力。その時間をもっと他の意義ある人助けに使うべきです。信仰初代のうら若い会長の妻は、新規開拓で人の丹精せよと言われる。しかしそれより私自身を丹精してほしい、と泣きべそ状態。大勢の子供を抱えて、夫は金にもならない行事に走り回り、これから先々、子供を食べさせ、育てる経済的不安が大きいらしい。彼女が天理教に嫁ぎ、大好き な人と結婚し、最初は生き生きした表情をしていたが、段々顔が暗くなって来ている。天理教の常套句の「不足をするな」と、蓋をされ、「神にもたれて」と、無責任な言葉で、自身の心にむかい合う事をさせず、心を解放できないまま、最終的には精神を病むのか。天理教では多くの人がこのパターンを進んで行く。
冷酷非道の天理教。人助けの前に、身内の人助けが喫緊の課題。身内から潰れていくと言う本末転倒の姿。
新聞やテレビなど今まで、有料で価値のあると思われていたメディアが情報代無料のネットに潰されようとしています。
同様に宗教も今まで、有料で価値のあると思われていた組織信仰が、信仰代無料のネットに置き換わられようとしています。
アナログしかわからない年寄連中はいまだに、新聞やテレビ、組織といった実態のあるものしか信じません。
新しい宗教はインターネットの中から生まれるかもしれません。
既に天理教社会学研究所教や天理教のお供え掲示板教などが新しい信仰なのかも!
教会関係者さん 2018年2月28日 2:05 PM
まさにその通りです。人の気持ちも分からない人並みの経験をしてこない中山はじめ上層部に「人たすけ」などできるわけはないのです。彼らが語ってる「教理らしきもの」こそタイゾウさんがおっしゃってた作意であり作為なのです。その作為のまま教団の組織は作られている。教会や信者の皆さんなら身の回りを再度見渡せば見えてくるでしょう。寄進によって集められたお供え(お布施)は上に吸い上げられるだけで上からは降りてこず。「真柱」と言うのは名ばかりで着たことの無い教会ばかりでしょう。つまり柱でなくタダの棒「でくのぼう」に成ってるのです。何が柱か?皆さんのお布施です。中山家は教団がつぶれても不動産と言う柱があるので、と踏ん反り返ってるだけです。宗教法人で得た資金でビルを建てたわけですから、マネーロンダリング(資金洗浄)したのは確実、「合法的です」といくら言い逃れしようとしても、国税庁や文部省、公安警察に目をつけられたらおそらく大事件になるでしょう。政治で抑えを聞かそうとしても、宿敵創価学会傘下の公明党が与党にいます。
組織はなくとも信仰できる!さん2018年2月28日 2:37 PM
がおっしゃったように、宗教はもうすでに死語でどこも疲弊しています。つまり内部崩壊はもちろんのこと、創価学会など他の新興宗教団体との潰し合いも激化していくでしょう。
天理教の資金洗浄は社会問題化する可能性は大です。教団の信徒世論が寄付の私物化を許さないからです。各種違法行為が出てくるでしょう。のちに元本部員からも内部告発が出るでしょう。中山家と言う強欲な怪物を生み出した皆さんの最後の仕事、親神 教祖 の思し召しかもしれませんね。
タイゾウさんの一連の動画が「圧力がかかったから削除した」のは、圧力をかけた某宗教団体がタイゾウさんの発言を事実として認めた、ということですよね。
タイゾウさんの身の周りに不吉な事が起こらないのを心からお祈りするばかりです。
みきお
2018年2月28日 5:29
「自らの削除」とあったので自身で削除されたと思います。教団の圧力 はありえそうな話で実際無いです。むしろ圧力かけてくれた方が タイゾウさんはじめ皆さん戦いがいがますます出てよろしいと思います。
なので本部にそんな力は無い。聞いた話、大教会もそうですが本部も「腑抜けのお坊ちゃま 」しか居ないそうです。
本部の現状は「カネカネカネ」だそうです。金に成るなら何でもする状態だそうです。中山不動産のお家芸はまさに土地の売買なので皆さんの教会の土地の方が危ないです。
「御恩法事はカネ」「カネのつなぎは命のつなぎ」これは中山家の事だということですね(笑)バブルの頃と違い不動産収入も右肩下がりで目減りしてますので土地を売るなら今しかないです。
教祖百年祭以後、天理教という大樹の凋落は誰の目にも明らかになっています。枝先の葉は落ち、ほとんど花は咲かず実も結ばない樹木に比べられる現状といえるでしょう。
天理教を少しでも客観的に観ることができる人は誰でも、今のままでは、将来発展するどころかジリ貧になっていくことは自明の理と実感しています。
仮に部内教会が何カ所・何十カ所あっても、枝先の末端教会が枯れていけば、幹も枯れてしまいます。幹や根にあたる直属教会や教会本部は、社会の土壌から養分を吸収して枝葉に送り込む力を失っています、もちろん肥えとは金銭だけではなく、現実に対処するためのあらゆる情報が含まれています。
今や枝葉が落ちて枯れ木寸前の状態があちこちで見られます。世の中の人々も天理教に無関心で、振り向いて見ようともしなくなっています。
もちろん1万7千カ所の教会の中には、特別に環境や肥料に恵まれた樹木に例えられるような教会もあって、今でも珍しく花を咲かせています。教内の報道機関は、そうした珍しい花や果実ばかり探して紹介しているのが現状です。
それでは天理教という教団を活性化する方法はあるかと言えば、殆ど再生のエネルギーは残っていないと断定せざるを得ないのです。
何故ならば、先々の教会の後継者の多くは、上級教会を支えるために自分の一生を費やしたいとは思わないで、教団の改革を望むより教会を離れて社会に出て働くことを選択するほうがよいという空気になっているからです。
まして高齢化したようぼくの次の世代は教会に近づこうとはしません。教会数からいえば、こうした末端教会が全体の3分の2を占めているのです。
すでに10年20年前から私は、今のような状況に陥ることを事あるごとに予測し発言してきましたが、現実はその通りに進んでいます。
親神様・教祖は、真実の教えを知らないまま道から離れていくようぼくを、何より残念と思われるに違いありません。私の目的は、教会で通用している教理と、原典に基づく神一条の理という二重構造が原因となっている矛盾を知らせることにありました。その原因は、天理教の歴史と現実を直視しなければ自覚することはできないのです。
突然にこの文書をお届けしますのは。天理教の歴史と現実を知った上で、 各々で何が本当かを判断して頂きたいと願うからに他なりません。
天理教全体の構造改革のエネルギーは教内に蓄積されていないとしても、 各々のようぼく個人の意識革命は可能である筈です。
現実の天理教に一切を託して生きていくにしても、失望して離れていくにしても、天理教の本当の歴史と現実を知り、親神様・教祖の思いと教えを元に自立して頂きたいのです。教団や教会がどうあろうと、一人ひとりが自立した信仰、元の神・実の神に向き合う信仰を確立しようではありませんか。
植田義弘著「天理教の歴史と現実=信仰の自立にめざめよう」より
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/blomaga/rekishi-genjitu.pdf
『不足をするな』に隠された本当の意味
本席を廃止し真柱体制にしてからつまり初代真柱時代に異端のゴールドラッシュが起こった。二代真柱時代に、優秀な人材が天理教に加わり後に批判本を続々出版した。教団ではこれらを纏めて『異端』と呼ぶ。ではこれらは「本当に異端だったのか?」と考えた事がありますか?批判本に天理教の本部の中山家の正体が書かれてきて異端ではなくまさに真実なのです。中山家を中心に本部がその『不都合な真実』を隠してきた。やはり中山本部天理教が異端そのものなのです。組織維持と言う名の中山一党独裁の為に、『不足をするな』が多用され、意見を抹殺された。タイゾウさんもおっしゃって多様に、中山家の『法人の私物化』が脈々となされてきた。天理教は中山でなく中山も天理教ではない。天理教は信仰者のものであり中山がおかしいのであるから追放するべきだ。ビル、学校、病院など各種法人の利益や売却益を宗教法人に返却し中山家は天理教を後にし中山教でも発足すべきだ。
天地逆様さんへ
2018年2月28日 9:13 PM
「不足をするな」とは無責任な言葉ですよね?不足させる方も有るから不足が起こる。不足を聞き入れる体制も無かったので現状のありさま、御守護がないから金も集まらない(笑) それに『中山教』と言われて初めて腑に落ちました。天理教でなく金理教でその教団は中山家の私物化だった。本部中山家以外はATMと言うことですもんね。もう呆れました。我が家も独立の相談し始めます。大変勉強に成りました。
タイゾウさんのこのタイトルを見て、削除依頼をかけられて天理教関連の動画を運営に削除されたんですね。
基準も曖昧なので良くあることですが本部もアコギやな、どもまで抑えられるのかな?
動画削除トラブル後なぜか北アイルランド問題の事が脳裏によぎった話
https://www.youtube.com/watch?v=itzAGcsn1fU&t=26s
古い元教会長
2018年3月1日 10:03 PM
表統領は、全国の教区を回って、手厚い接待を受けながら、
相変わらず「ご恩報じ」「順序の道」「いんねんの自覚」「おつくし」を説いている。
そして、「おつくしの分かる人は信仰の理解も深い。たすかりも早い」と講演している。
では「おつくし」は誰にすれば助かるのか?
天理教か?本部か?中山家か?神か?
まさか、自分が神の代理だとは思っていないだろうな。
なんで中山本部天理教はこの社会学の記事や皆さんのコメントで書かれている通りの方向「拝金教団」に突き進んでしまうのでしょう。それは明確に「異端」と言われているのに、
「中山家が異端」と言うコメントを見た時理解に苦しみましたが、「善亮氏の拝金言説」を聞き理解できました。中山家を代表とし善亮氏が「中山は異端!」と表明しているんですね。彼を呼ぶ教区や大教会にも問題がありますよね?もう当教会も水面下で独立の準備をすることに決めました。こんなの親神、教祖も言ってない。もう天理教と確信しました。
こちらのコメントで懇切丁寧に天理教のさまざまな問題を教えてくださった皆様に感謝いたします。
天下の某宗教団体についての動画を削除した件について
https://youtu.be/_Uc4I5T7JB0
身内から動画削除の圧力があったとの事です。
これはお身内を教団の一員と考えるべきですかね?
>>身内から動画削除の圧力があったとの事です。これはお身内を教団の一員と考えるべきですかね?
実家が分教会とおっしゃってたので教団の一員と大きく見れば教団の一員です。
「教理的問題より組織批判をしたら他の教団の信徒に何を言われ嫌がらせを受けるか分からない」と言うのが実家で分教会を営んでる方の意見でしょう。つまり唯単に怖いと思い真偽善悪関係無くそれに従ってしまうカルト信者特有の反応です。「親不孝だ」「高慢だ」「あの人は頭が可笑しくなった」等と言われ事実を抹殺していくのがこの教団の体質です。それらの言葉に当てはまるのは実際は 本部 表統領 中田善亮氏なんですがね。 怖いから考えたくないと思考停止させてしまうのです。
皆さん神様より頂いたその頭でしっかり考えましょう。そうすれば誰が間違っていて誰が異端かはっきりわかります。簡単過ぎて「まさか」と思ってるだけでその「まさか」の状態が天理教と言う教団で起きているのです。
対岸の火事でなく、教区、系統、近所の他系統の教会 どこから被害を蒙るかわからないとても混沌とした皆さん迷った状態です。それをおやさまと呼べますか?その状態を作り出してる本部を異端と言うのです。皆さんは悪くありません。本部が異端になったのが悪いのです。
柔道界 相撲界そしてレスリング界でもパワハラ問題が出てきましたね。
年功序列などの封建制などが悪習として残ってるこの日本社会では必然的に発生する事案でしょう。一方その制度が濃厚な天理教では、パワハラは愚か教義改竄と言うモラハラまでなされている状態 これでは各所から問題が噴出するのもそれもまた必然 引き返せない泥沼の道をどのように通り返しできるのか?その帰り道はもう無いと思う。もう帰り道の無い地獄への一本道を歩んでいるとしか思えない。
伊調馨のパワハラ騒動で“吉田沙保里の悪評”も噴出! ギャラや集金パーティ問題で評判急落していた?
http://tocana.jp/2018/03/post_16186_entry.html
お目標様を返すことになり、いろいろ整理してました。
上級会長が、一tトラックと、後継者の息子や部内会長引き連れて、お社、鳴り物、教会のもの全て引き取りに来るまでに、不要なものは処分しようと、いろいろ見てましたが、笛が10本以上、胡弓や三味線や琴などの鳴り物に使う道具の予備品が山ほど、新品の扇子の入った箱も、何箱もあった。他にもいろんな用具が、たくさん出て来て、教会とは、こんなにたくさんの道具類を買い込まねばならないものか、どれぐらい金を使ったろう、と、空しさ、寂しさ、ほっとする想い、いろんな感慨が胸に湧き上がってきました。
随分昔に居たであろう、名前も知らない、信者さんのおかきさげが、いくつも出てきました。なぜ、おかきさげを教会に置いてあったんだろう。信者さんに渡すべきものを・・。信者さんも要らない、と思ったんだろうか・・。
ともかく、教会を整理できることは、ありがたい。そして、教会を整理する今になって、何故か、おぢばが恋しいというか・・背負ってきた荷物を降ろして、空手で、ようやく晴れ晴れとした気持ちで、おぢばに行ける、との思いが込み上げてきます。
匿名 様 2018年3月3日 12:06 AM
>お目標様を返すことになり、いろいろ整理してました。
大変なご苦労の末に教会を整理されたと推察いたします。
出来ましたら、そこに至るまでの経緯を詳しく教えて頂く事は出来ませんでしょうか?
ご存知かもしれませんが、私は「1/17000の闘争と逃走」というブログの管理人です。
弱小末端教会が本部・上級から要求される尽くし運びを跳ね除け、自分達の生活や家屋敷を守る為に離脱するまでのストーリーと手順を情報として公開しています。
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei
教会を整理するまでには様々な葛藤や上級・大教会との話合い、事件やトラブルなどがあったと推察しますが、そこに至るまでの出来事は、今なお末端教会の立場で苦しむ人にとって役に立つ情報化と思います。
教会長としての信仰、信者さんの気持ち、後継者の問題、上級からの圧力、不動産の問題、様々な事が入り組んでいたかと思われます。
可能ならばこの掲示板で事情や状況を公開して頂きたいと思いますし、或いは、そういった事を取材させて頂ければ幸いです。
加藤ハルアキ様
加藤様に、「本部との被包括解消」ということを教えて頂けたことは、上からの理不尽なお尽くし要求等に苦しむ末端教会にとって、天啓ともいえる、大変ありがたいことだったと思います。加藤さんのブログ、私も、大変興味深く拝見しております。
教会の人間が、天理教組織を外れることなど、思いもよらないことと、教内関係者の方々は、今まで、そのような固定観念に捉われていたと思いますが、それも、単に思い込みに過ぎないことと、皆様方、既に気が付かれているように思います。
徳川400年続いた江戸時代も、庶民は、将軍様と士農工商の身分社会が、ずっと続くものと思っていた、それが、江戸を火の海にしたくないとの、勝海舟、西郷隆盛、徳川慶喜らの英断による大政奉還によって、一夜のうちに世の中がガラリと変わりました。
天理教本部は、教団が火の海になるまで、ひたひたと押し寄せる教団危機にも気づかず、いや、気づこうとせず、「本部にとっての太平の世」を続かせるつもりなのでしょう。
加藤様のご依頼には、残念ながら応えられそうもありません。うちは、初代が持っていた土地建物は、上級へのお尽くしに消え、二代、三代と、個人宅を教会にしているような、教会とは名ばかりの弱小末端教会です。信者さんも既におりません。
教会としては宗教法人にはなってますが、幸い、拙宅は個人名義ですので、殆どの教会が抱える、宗教法人名義で悩まされることはありませんでした。只、教会ですので、教会を辞めない限りは、お供え、会費、上級から請求されますが、もう、信者さんからのお供え金も入りませんから、こちらの懐から、いつまでも払い続けることもできませんので、それで、整理した次第です。
「信者さんも居なくなりましたし、他に金の要ることが多々ありますので、出せる金はありません」と、お供え金を極力減らし、会費を払うのも止めてました。教祖誕生祭や大教会の年祭のお供え要求にも、「今まで、随分と出して来ました。教祖もご迷惑でしょう。」「大教会長様には、教祖100年祭には、多額のお供えをさせられました。大教会年祭に、もう一銭も払う気は起こりません。」と、その都度、断って来ました。上級への参拝も行ってません。高い旅費をかけて、行く程のこともありませんので。
金の切れ目が縁の切れ目、上級としては、うちを抱えていても、実入りがないと、見限ったのでしょう。
これぐらいです。がっかりさせたと思いますが、ほんとに申し訳ありません。
教会が不動産名義になっていて、教会を辞めるに辞められない会長様方の手助けしたい、という加藤様のお心は、名義問題に悩む方々にとって、大変ありがたい、貴重なものと思います。これから、どんどん被包括解消を申請する教会も、増えてくるかと思います。
加藤様のご活躍、楽しみにしております。
睦輝さん、情報アップありがとうございます。
★天下の某宗教団体についての動画を削除した件について
https://youtu.be/_Uc4I5T7JB0
埋もれてしまいそうなので上記貼りました。
私は残念なことに削除前に見ることができませんでした。
しかし、視聴できるこの動画だけからでも、一つの発見ができますね。
分教会のようないわば組織の一員である方々であっても、天理教の土地・ビル所有に関して知らないという事実。「噂」レベルの受け止め方をなさっているのです。
発言者様が伝える内容に関して「事実確認をしたのか?」という責め言葉。
「えっ、知らないのですか?」と自分は返したい!
確認方法として、地図情報や登記情報をネットで見ればできること。
自分の場合、多くの天理教会がいつの間にか宗教法人として登録されている現状を確認したのもネットで公開されている情報からでした。
ネットを知らない方々は、ネット情報は「噂」だと思い込んでいるのかもしれません。
不動産は「負動産」なのです。
推測すると、教団は「金さえあれば不動産を維持・所有し続けられる」と考えているのでしょう。
耐震補強をしなければならない、そのほかのメンテナンスも必要。
巣鴨にある温泉施設とプール、維持管理にどれほどの資金が必要か。
早く手放すべき施設であると断言できます。
何しろ、布教には何のかかわりもない施設であること、こういった施設を作る背景は簡単に透けて見えます。
「金」余りの時代に企業や個人へ銀行あたりから働き掛けが有ったのは日本中で見られましたね。
経済活動の一環ですから、「悪い」と言っているのではありません。
しかし、「機を見る」能力がなければ、保有するだけでは、負動産化を止められません。
今、丸ごと買ってくれる企業があるかどうか、赤字を出さずに売却できるかどうか。
実例は自分のような一般人であってもいくつか挙げることができます。
実例1.
個人所有のプール施設の例:東京近郊の施設で、それなりに賑わっていたが設備更新の費用負担が難しくなり、市に無償譲渡を持ち掛けた。市には維持管理の負担能力すら無かったので断られ、更地にし、跡地に平屋の自宅を建てた。広々とした敷地に広々とした鶏舎までできあがった。
実例2.
渋谷の温泉施設が爆発事故を起こしたことを契機とし、施設関連の法令が変わった。(安全方向に)
天然温泉(黒湯)が湧き出る温泉設備を持つマンションが都庁近くにあったが、法令順守を満たすための改修工事費用が賄えないため閉鎖された。今もマンションの中には温泉が眠っている。
実例3.
北海道の某市にプールもある健康施設を所有していた企業は、良心的なプール設備管理を続けていたが、企業自体の衰退から売却を決断。水質管理には金がかかること、サービス(タオル等)にも経費が嵩むこと。何よりも、古くなればなるほど、維持管理費が嵩むことから、企業の副業としてはリスクが大きすぎ。因みにこの企業は自分が20年近く勤務していた企業であり、つぶれて職を失う前のことでした。つぶれる前の判断で、売却できたことは運がよかったのですが、そもそも、素人が副業で手を出すこと自体が問題だという認識が持てなかったことが反省点すべき点だと思います。
天理教団に集まる金はお供えで集まっているのですから、くれぐれも金融業からの甘い誘いには耳を貸さないよう、教内関係者は神に誓ってください。
本部関係者は、負動産(不動産)の売却に着手するための適切な人材を集め、売却に動いてください。
@@@@表さん@@@@、統領職から引退してください。
息子がいずれ天理教を代表する地位に就くうえで、実父としての伏せこみをすべきでしょう。
「貧に落ちきれ」とは信者に対しての言葉ではなかったはず。
教祖様に親神が求めたことでした。
子孫である表さんは中山家の血を引いているのですから、中山みき教祖のひながたを通らないですましていては、誠に申し訳が立たないでしょう。
「ふ・せ・こ・み」しないで上に立てますか?
息子夫婦に説く前に、自分が実行しなければいけませんね。
いくら息子夫婦の取り巻き青年隊を作っても、「てんのかやし」はいつか夫婦の上に。
おつくし・お供え論を説いて回っている、この滑稽さ!
誰も表さんに教理を説かないでしょうから、あえて、言わせていただきました。
同じ宗教の中で上下は無いので上級や部内等の言い方は嫌いですが
分かり易いように使います。
下の意見や思いはすべて不足
上の人間の言う事は神の言葉
なんでもかんでもお供えさせる話に持って行く、上の人間は
ほこりだらけだと思ってます。
いちれつ兄弟 一手一つ 感謝慎み助け合い 御恩報じ
言ってる人ほどやっていません。
天理教の教団の顔 中田善亮君が 「御恩法事は金」と子供でもわかる嘘を付いてる本部は事情と言うかもう頭の身上やろ それを黙認している本部員や大教会長、上級教会 布教所 全ての責任 早く失脚させないと天理教無くなるで~
内輪もめだったみたいですね。カルト宗教は家族関係も壊すと言うことですね。
動画削除圧力をかけてきた方にモノ申す!
https://www.youtube.com/watch?v=zJQYgY22JwI
匿名 様 2018年3月3日 10:45 AM
ご丁寧な返信ありがとうございます。
依頼といいますか、期待なのですが、同じ末端教会で苦しめられてきた経験上、「無理な尽くし運びなどしなくて良いんだ」「封建組織の最下層で虐げられるような立場でいなくても良いのだ」という当たり前のことを、今なお悩み苦しむ人に伝えたいだけです。
「信者さんも居なくなりましたし、他に金の要ることが多々ありますので、出せる金はありません」
「今まで、随分と出して来ました。教祖もご迷惑でしょう。」
「大教会長様には、教祖100年祭には、多額のお供えをさせられました。」
「大教会年祭に、もう一銭も払う気は起こりません。」
という匿名様の言葉にも、多くの人が励まされたと思います。
私の両親なども「尽くし運びをしない」という事に物凄い罪悪感を感じて教会運営をしてきたのですから。
そのしわ寄せが、全て子供達や少ない信者さんにのしかかっていた訳です。
個人的な内容のやり取りは掲示板の趣旨に沿わないと思われるのでここで止めておきますが、出来ましたら上級・大教会などからどのような言葉や態度、仕打ちがあったかを具体的に知りたいと思いますし、それを匿名様がどのように跳ね除けて来たかを知りたいと思う次第です。
タイゾウさんいいこといってるな~
天理教教祖に楯突く気は有りませんが・・・
https://www.youtube.com/watch?v=FyOCYwfa2_s
動画削除の理由 様。
>内輪もめだったみたいですね。カルト宗教は家族関係も壊すと言うことですね。
動画削除圧力をかけてきた方にモノ申す!
https://www.youtube.com/watch?v=zJQYgY22JwI
確かに内輪もめにみえますが違います。この組織の巧妙な静かな無言の圧力です。本部は決して自ら手を汚すことはしません。
何か問題を起こすと、本部は大教会長を呼びつけます。大教会長は関係の上級会長を呼びつけます。上級会長は当該会長を呼びつけます。当該会長は親を呼びつけます。そして親・兄弟・親戚に多大な迷惑と心労を与える事になるのです。
正に忖度(そんたく)で成り立っている世界です。
サングラスをしているといえど、顔を出しての告発ですので関係者が見れば、どこの誰かは一目瞭然です。
自主的に削除したようですが、親・兄弟・親戚・上級・その他関係者からの執拗な説得があったのだと思います。
でも、本当に勇気ある行動でした。関係者以外は応援していると思います。
先日、お目標様を引き取ってもらうために、教会の道具などの整理をしている、と書いた者です。
教区の、最後の支部会に出席してきたが、そこで、こういう事情で、最後になるから、と挨拶しましたが、その時、驚くような(私には初耳である。)ことを、支部長さんから教えて頂いた。
例え、お目標を上級に返したところで、「教会名称が残っている限り」は、教区に「喜納金」というものを治め続けねばならないらしい。今まで、毎月5000円程の支部会費を納めて来たが、その内の半分弱ぐらいは、「喜納金」とかいうもので、お目標、教会道具全て、上級に移したところで、それで、教区と縁が切れる訳ではないらしい。私が「喜納金」を、教区へ支払わずにいると、教区が立て替えて払わねばなりませんが、それはできませんので、上級とご相談ください、とのことである。上級会長が、上級教会の方の教区へ「喜納金」を払えば、こちらの方には払う必要はなくなりますが、どちらかへは払わねばならないとのこと。
そして、毎年一回払う15000円の「教会教費」、これも、教会の名称が残っている限りは、その教会の会長が払うか、預かった上級か大教会か、いずれにしても、本部に払わねばならないらしい。
名称を上級に吸収合併して失くせば、どちらの会費も、支払う必要は無くなる、とのことだ。だが、上級会長が、教会名称の吸収合併など、するだろうか。名称を潰すことはまかりならん、と言ってる会長だ。
以前、下記の投稿がありましたが、
>無担任教会の事情の因って来る原因は、戦時中(70年前)に軍国政府の宗教統制に応じた教会制度の改変にある。つまり当時は232ヵ所しかなかった分教会を1年以内に1万1千ヵ所以上に増やしたまま現在に至っている。ブログ<原典からの出発>(植田義弘氏)
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/blog-date-201109.html
教会が存在している限り、その教会の教会長が払おうが、替りに上が払おうが、「喜納金」と「教会教費」は、名称を吸収合併するかして、失くさない限りは、天理教団がある限り、未来永劫、発生する会費なのだ。本部は、金を得るために・・・金を払わせるために、教会を増やしたのではないか、と疑わざるを得ない。何と、金に汚いことよ、と。
これで天理教団とは縁が切れると、せいせいしていたが、そうは簡単に行かないようだ。
本部との「被包括関係」を解消したなら、勿論、こんなことにならずに済む。もしかして、そちらの方が良かったのではないか、という考えも頭をよぎる。
教会教費と喜納金、さて、上級と話し合ってみないと分からないが、どうなるだろうか・・。
匿名様。
>お目標を上級に返したところで、「教会名称が残っている限り」は、教区に「喜納金」というものを治め続けねばならないらしい。今まで、毎月5000円程の支部会費を納めて来たが、その内の半分弱ぐらいは、「喜納金」とかいうもので、お目標、教会道具全て、上級に移したところで、それで、教区と縁が切れる訳ではないらしい。私が「喜納金」を、教区へ支払わずにいると、教区が立て替えて払わねばなりません
ありえない話です。
現役の教会でも教区費納入困難教会ということで、教区費は納めていない教会もあります。
それに「喜納金」なんて勝手にその教区が決めて集めているだけで、他の教区は集めていません。
後は、上級の問題ですので、もう教区・支部には近寄らない方がいいでしょう。
当分の間、上級にも大教会にも近寄らない方が良いでしょう。
上級が勝手に「会費だけは納めろ」と約束させられかねません。その支部は放っておいた方が良いでしょう。
その言った担当者も、理解しないまま発言していると思います。金輪際、教会教費も含め支払わなくても良いと思います。
強い意志を持って断って下さい。
上級も上級やけど教区も教区 御恩法事は金で有名な 中田善亮 大先生の金理教 布教の御蔭で腐りに腐って今にも切れて組織崩壊寸前ですやんか VV 上が阿保やと崩壊も早い\(◎o◎)/オワタ
喜納金?
初めて聞きました。
喜んで納められないのでしたら、出す必要は無さそうな集金名称ですねw
教区独自や直属独自の集金名目は多いと思いますよ。
修養科の費用だって直属により異なるのですから。
完全に棄教してしまっているのでしょう?それなのに金出せって・・・あきれた。頭がおかしいんじゃないの?天理教は。強欲な。基地外沙汰です。こんなものを払う必要はありません。
これはカルトに詳しい弁護士に相談して処理してもらうべきです。個人で対処できる問題ではありませんので。統一教会やオウムと渡り合ってきた弁護士なら、脱カルト協会のサイトがありますので、そこで紹介してもらうのが一番だと思います。
喜納金(笑) 中山家が喜んで不動産売却して教団の危機を率先して救や(笑) それできないからマネーロンダリングと言われるわ 仕舞には 「善亮さん高飛び資金集めてるんちやうか?」 と言われるし、カッコ悪くてもう立てられませんわ
中山家はビルうっぱらって、「この危機の為に不動産を所有してたんです!キリ」とカッコ付けないと、本気で中山家追放運動起こるで、何せ、真柱は代々中山家がやり責任は中山家にしかないしな(笑)真柱の必要性が感じられし おやさまの教えに背いてるし 真柱はおろか天理教がこの世から消えてるしな なんだか色々おきてるみたいやけど本部は阿保やから気づこうとせんし みんなの意見を見てても 善亮筆頭の中山教 対 天理教の戦いにしか見えん
古い教会長様、ご助言ありがとうございました。
「喜納金」ですが、支部長の方から、お宅の方で払うのか、上級会長さんが払うのか、決まったら連絡ください、でないと教区も、どう処理していいか分かりませんので、お宅の方の払いがたまってしまうようになってしまいます、と言われましたので、知らぬ顔でほっとく訳にもいかず、恐る恐る、上級会長に、こういう次第ですが、どうしたらいいでしょうか?とお伺いを立てましたら、「そんなことは無い筈だが、支部長に連絡しておく。」、という返事で、あっけなく形がつきまして、ほっとしております。
古い教会長さんの仰った通り、払う必要のなかったものだったのですね。
支部長からは、上級会長さんと折半にする場合もありますし、どちらかが払うなら、ご相談してください、と言われておりましたので、もし、こちらが払うことになった場合、ずっと払い続ける(教会を引き受けてくれる人なんて、なかなか居ない、という上級の話も聞いていますから)なんて、金の支払は我慢できても、教団と縁が切れないのが耐えられない、どうしようか、と考え込んでおりました。
加藤様のブログを参考に、お目標と、教会看板を隠して、「喜納金とかいうものを払わねばならないのなら、被包括解消申請させて貰います。」と談判しようか、などと考えたりしてました。(看板は、公示用の写真を撮る為に置いておこうと。)
が、そういう訳で、心配はなかったようです。
只、「教会教費」の方は、やはり、ずっと払い続けなくてはならないように、上級会長は言っておりました。それは、また、どうなるか、分かったら、お知らせ致します。
皆様にも、ご心配頂いたようで、ありがとうございました。m(_ _)m
匿名 様 2018年3月4日 8:41 PM
「喜納金」とかいうのは、他の方がご指摘の通り「支部で勝手に決めて集めている」だけでしょうね。
教会規程や天理教規定にも見当たりません。
本部への教会教費(年額15000円)は、被包括関係の法人である限り発生します。
もちろん、法人が払うべきものですから、法人の代表役員に請求が行くことになるでしょう。
おメドウや祭式用具一式を処分したとしても、法人名義・代表役員などの変更登記をキチンとされているかどうか確認しておいた方が良いかと思います。
例え教会教費を上級が払っていくとしても、登記上匿名様の名前のままでは「縁が切れた」事にはならないのです。
名義がそのままでは、匿名様の知らない所で印鑑や役所などへの提出書類に匿名様の名前が使われる事になってしまいますので。
喜納金、大爆笑しました。
踏み倒しで十分じゃ無いですか?
不服なら裁判所でも弁護士でも警察でも何処でも訴えて貰えばいい。
キッチリすっぱり綺麗に手続き処理される事をお勧めします。
真の神の教え に 身分税度 も 贅沢な高級車 も 豪勢な宿舎 もいりません。面白い資料を発見しました。以下
調査報告 天理市における教団と地域住民間の土地利用をめぐる諸相
石坂 愛
ISHIZAKA Megumi
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ejgeo/11/1/11_299/_pdf
①『本研究では聖なる場の創造の政治的研究という枠組みの中で,教団と地域住民の土地をめぐる葛藤に着目し,その実態と要因を明らかにした.戦後,多くの新宗教が誕生し発展していくなかで,各々の教団によるイデオロギーが都市形成において欠かせない要素となる事例は,今後増加していくであろう.』
と論文がまとめられている。
次に
②『天理教の教理である「陽気ぐらし」の雛形として二代真柱が1953年に提唱した構想が「八町四方構想」とよばれる都市計画である.』
とやはり 二代真柱 が「八町四方構想」と名づけて打ち出してしまった現在皆さんもご存知の教団を破滅の道に進めた構想である。
そもそも神の意思であるなら近隣住民とも揉めるはずはない。では何故もめたのでしょう?それは『二代真柱が1953年に提唱した構想が「八町四方構想」とよばれる都市計画」』都市計画つまり神の意思では無いからです。再度強調して言います。『神の意思ではないのです。』つまり『真の神の教え に 身分税度 も 贅沢な高級車 も 豪勢な宿舎 』と辻褄が合に合うのです。
教団の人間はこの理由を「神さんの思し召し(意思)だから」と言い訳するでしょうが、再度言いましょう
『二代真柱が1953年に提唱した構想が「八町四方構想」とよばれる都市計画」』都市計画つまり神の意思では無いからです。
教団はこのような論証をしてきた人間を『異端と言う』でしょう
しかし、明確に異端をはじめたのは、八町四方これは八百屋などの感じに見られる多くのなどの比喩的用法なだけです。それを現実の八町四方に語読解し、信徒にさせた二代真柱と言える。
真柱は神ですか?もし神様ならこの世は平和で館も、マネーロンダリングを疑われるビル等不動産経営もしなくていいですよね?神様なら やはり真柱のしんのすけ 以降に 人に選ばれた 偽の真柱が異端にさせたのです。それに気がついた親神様の用木である皆さんが気がつくのも自然とも言える。『屋敷を払え』 は再度再び、『こころえちがいは出直し』 教団と中山家は最低でも一から出直す事を要求されているのでしょう。このように近隣住民とも軋轢と葛藤を抱えている本部は恥ずかしさ極まりない。 それを解消する日がやってきて何よりです。
神の用木として再度真相を明らかにし本部教団を是正する事が必須になるでしょう。その為には本部が破綻する事も神様は辞さないでしょう。神様は物はおろか人も不必要なら消す。それを人がやると、オウム真理教の麻原彰晃と同じように凶悪犯罪者に成るのです。
教団も土地問題のように組織問題を人間思案で行ってしまったので今では潜在的カルト性を孕んでいるのです。
天理教と言うより教団呪われてる。二代真柱の呪い
用木を騙した真柱それは破滅の道だった。
2018年3月5日 6:00 PM
二代真柱のワガママに付き合わされたんやな~と改めて思った。 どこかの書き込みで館心の器が無いのに館など人の器を作ったから壊れる的な書き込みがあったがそのまんまですやん神の意思ちゃうやん!
用木を騙した真柱それは破滅の道だった。様
おはようございます。初めてコメントさせて頂きます。おかしいと思ってたんですよ。神様の言うとおりにしていたら、資金難や各種問題が起こるわけが無い。事情、問題がおきている現状は特に二代真柱以降の やかた構想だった。と合点がいきました。神に背くそれはほんみちはおろか地獄への道だったわけですね。やかた建築を即中止してもらわない事には、当教会の熱心な信者さんにも申し訳が立たない。信者さんからも、こちらのサイトの質問が多くて困ったのでじっくり読ませてもらいました。周りの会長さんは「あのサイトは不足しか書いてないから見るな」とおっしゃる方もいらっしゃいましたが信者さんの質問には答える為にはと思い読ませて貰ってましたが、残念ながらやはり本部がおかしかったのですね。代々の真柱初め本部は本当に天の理にかなおうとしていたのか?天の理でなく二代さんの叶わぬ夢の実現の為だけに奔走させられたと得心しました。
お供えの催促も多いと信者さんからも困惑の声が増えてましたところでこのままでは信者さんも離れていってしまう悪循環が止まらないので、上級を大教会を通して本部にやかた建設中止の嘆願書を送ろうと思います。それを破棄されたなら、離脱も辞さない覚悟でやります。本当の天理教をやる為には、真柱でなく 親神様 おやさま 本席様 をお慕いしないとはっきりわかりました。
追伸
こちらに集う方々の知識量には長年教会長をしてきた私ですら正直脱帽するしかございません。自身の不勉強ゆえに信者さんにも偽りのにおいをかけてしまった事を末代までの恥と心得教団の過ちの是正に携わらせていただきます。
>周りの会長さんは「あのサイトは不足しか書いてないから見るな」とおっしゃる方もいらっしゃいましたが
怖いのでしょうか。
都合が悪いのでしょうか。
この言葉に誰もが余裕のなさや不信感を感じると思いますよ。
『人助け』は、理不尽に苦しんでいたり、困っている人の言葉に対し、上から目線ではなく、
相手の立場に立ち相手を尊重する気持ちを持って、先ず耳を傾けることから始まると思います。
苦しんでいる人、困っている人の言葉を、「我儘な不足」としか捉えられないのであれば、
人助けなどとても無理なのではないでしょうか?
今、教団の中で何が起こっているのか?
理不尽に苦しみ、疑問を抱き、悩んでいる人々に対し、安心して発言出来る機会を与え、
本音で語り合える、こういった掲示板の方がよほど本当の人助け、心助けになっている
のではないかと思われます。
こちらの社会学さんに書かれていることは全て我儘な不足なのか?
それとも本当に何か原因や問題があるのか?
こちらの記事を読めば、洗脳で判断力を失ってしまったような人以外のほとんどの人は、
当たり前に、簡単に理解できることです。
現実に蓋をして逃げ、保身を図ろうとする姿は、益々「信頼」という信仰上の大切な宝を失うことに
なるのではないでしょうか?
それと同時に
そういった環境の中で、誠実に信者さんの不安に耳を傾け、ご自分で真実を確かめ判断された、
目覚めた教会長様の勇気には励まされました。
周りの会長さんは「あのサイトは不足しか書いてないから見るな」
5年くらい前に何かの集まりで大教会長が似たような事を言っていました。「ネットの天理教の評判・情報は全て嘘だから見るな」と。
社会学さんを久々に見たら内容が濃く充実されていて正直驚きました。もう変わらぬ本部体制に見限って 離脱や脱会 褫奪準備 脱会準備 など皆さん行動に移されているのを見て私もがんばらないと と思いました。
「善亮さん拍手されて喜んでるけど、まるで あやされている赤子 のようだ。」とうちの大教会の長老がおっしゃってました。「善亮さん教理分かってないで~間違ったにほいかけてはる」と発言したら、他の会長も否定できなかった。辞める会長も続出するだろう。
「あのサイトは不足しか書いてないから見るな」という言い方はすなわち
「自分達にはそれが真実とわかっているけど認めたくないんだ」ということでしょう?
真剣に考えるのがめんどくさくて開き直るなんて、なんてかわいそうに。
聞けば誰もが納得できるような『明確な理由や根拠』があって、
>「あのサイトは不足しか書いてないから見るな」
>「ネットの天理教の評判・情報は全て嘘だから見るな」
と言っているならまだわかります。しかし、
例えば具体的にどの部分が不足が書いてある部分なのですか?
例えば具体的にどの部分が嘘なのですか?
と聞いても、おそらく明確には答えられないのではないでしょうか?
もし答えられないのだとしたら、実はそこに明確な根拠も理由もなく、ただ
相手を悪者にして自分達を正当化したいだけ
という単なるエゴであったことということになります。
自分の話している言葉が、本当に「真実」であり「真理」であると自信があるならば、
どんな疑問や誤解と思われるような質問が来ても、ただ相手を悪者にして誤魔化すのではなく、
誤解を解くべく、また相手に理解出来るように、堂々と、明確な説明ができるのではないでしょうか?
中山善司 誰? 善亮 誰? 大亮 誰?なんか偉そうに教団全員騙して来たらしいな
おうたことも無いしどんなやつか知らんから情もわかんから無くなってよろしw
教会のお目標を返したものです。
「教会教費」の件ですが、これからは払わなくてもよい、とのことでした。教会教費は、払い続けて貰わねばならんなあ、と言われるかと不安でしたが、杞憂に終わりました。随分とあっけなく、全て終わりました。
神饌道具も、鳴り物も、全て上級が持って帰り、神殿はガランとしてます。残ったのは、空っぽになったお社が3つ。お社も持って帰ってくれるものと思ってましたので、こんなもの、残されても困りますから、お社、どのようにしたらいいのか尋ねますと、神様はもう、お出ししましたので、壊して普通にゴミに出してかまいません、との事でした。しかし、お社を壊すなんて、何だかためらわれます・・。
今の心境は、例えは悪いですが、テレビドラマで見るような、刑期を終えた受刑者が刑務所から出され、呆然と立っている、あのような状態と言いますか・・もう束縛されることもない、晴れて自由になった、という思い・・ちょっぴり寂しさもありますけど・・。
そう言えば「棄教」という言葉を書かれてた方がおられたようですが、私が棄教したのは「中山教」であり、中山教団を外れたのだ、と思っております。
私のおふでさきも置いてますし、これから手に取ることもあるでしょう。ネットで、知識のある方のブログもたくさんあるようですから、本来の教祖の教えを理解するのに不自由することは無いと思っております。
加藤様
印鑑とか、登録とかの件、尋ねることはできませんでしたが、「これから何も払わなくてよい」という言質は取りましたので、それを信じることに致します。
いろいろご教授ありがとうございました。感謝いたします。
中山本部の検閲によって無き物にされていた映画がユーチューブに上がってました。
本席が締める流れが気に食わなかったんでしょうかね? 中山家の本席嫌いはとてつもないと思わされる傑作です。
天理教教祖の物語「扉はひらかれた」
https://www.youtube.com/watch?v=DGLcPWB4r14&t=5146s
匿名 様
>お社、どのようにしたらいいのか尋ねますと、神様はもう、お出ししましたので、壊して普通にゴミに出してかまいません、との事でした。しかし、お社を壊すなんて、何だかためらわれます・・。
確かにそうですね。買うとなれば、とても高価なものです。
ネットオークションかメルカリで安く売れば、欲しいい人もあるかもしれませんよ。
ネットに恥ずかしい書き込みをする本部に幻滅した(笑) 上から目線であしらわれて論破(笑)言論の自由を脅かす酷い違憲集団丸出し危ない危ない。だから自ら異端指定したやつに負けるんだよ(笑)
本部総務課 :01/11/06 22:27
各 位
2001年11月5日
インターネット上の掲示板等へ投稿について
最近、本教団に関するいかなる根拠なき意見・情報等についてもインターネット上の掲示板等へ投稿することはこれを自粛するよう厳重に注意を呼びかけます。
発言はこれを教内で建設的に行うように心掛けて下さい。インターネットは信徒各位・関係者各位その他全世界に向けて解放・発信されております。
悪意あると思われる根拠なき情報がインターネット上に多数流され、これが教団の存続そのものを危うくしかねない信用不安の原因の一端となる可能性が存在します。
なお既に若干名を各方面の協力のもと特定済みで対応検討中です。その他の各位においても本日以降対応がなされない場合は、
悪意ある投稿者を特定調査し警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を取る場合もありますのでそうした事態にならないよう重ねて厳重に注意を呼びかけます。
心当たりのある諸君は、各方面の協力のもと徹底追求に協力をお願い致します。
本教の現況を冷静に判断し自覚と責任を持った行動をして下さい。
尚、信徒各位・関係者各位に於かれましても、この掲示板に書かれている悪意あると思われる根拠なき情報を信用なさらないようにお願い致します。
関係者への対応も改善しておりでますので何卒ご安心下さい。
3 :k:02/04/23 01:26
「あなた方が送ってきた文書は全く何の力にもなりません。
さながらあなた方の思い上がりと専門馬鹿のやっていることです。
一人相撲するならいくらでもやって下さい。頭だけの信仰は全く駄目です。
よーく考えて下さい。全くあなた方の一人相撲にすぎませんから。
そこのところをよく思案しておいて下さい。天理教の教団は潰れようと
再生しようと、そんなことは全く関係ありません。潰れるなら潰れたらよろしい。
再生するなら再生したらよろしい。どんなことがあっても、朝日は東から昇り、
西に沈むというこの現実があるばかりです。天理教が沈滞すればそれでよろしい。
ただし、お道という哲理は、時代がどんなに変わろうと、変化はありません。」
https://etc.5ch.net/test/read.cgi/psy/1019492471/
本部総務課様
>各 位
2001年11月5日
インターネット上の掲示板等へ投稿について
最近、本教団に関するいかなる根拠なき意見・情報等についてもインターネット上の掲示板等へ投稿することはこれを自粛するよう厳重に注意を呼びかけます。
どの部分が「根拠なき意見・情報」なのでしょうか?
もし、そうであるならば、そんなに過敏にならずに放っておくか、丁寧な説明と反論を聞かせて下さい。
>発言はこれを教内で建設的に行うように心掛けて下さい。インターネットは信徒各位・関係者各位その他全世界に向けて解放・発信されております。
全世界に発信されているから値打ちがあるのです。だから本部も全世界が納得できる情報と反論を発信して下さい。
教内で建設的な発言をすれば、「不足だ」という一言でもみ消されてしまいます。
>悪意あると思われる根拠なき情報がインターネット上に多数流され、これが教団の存続そのものを危うくしかねない信用不安の原因の一端となる可能性が存在します。
どの部分が悪意と思われるのか分かりませんが、思うほど世間の人は見ていませんし関心はありません。
それに、教団の存続の為に信仰しているのでもありません。教団の信用不安の原因は本部にあるのです。
>なお既に若干名を各方面の協力のもと特定済みで対応検討中です。その他の各位においても本日以降対応がなされない場合は、悪意ある投稿者を特定調査し警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を取る場合もありますのでそうした事態にならないよう重ねて厳重に注意を呼びかけます。
この文章が出されてから17年になりますが、特定調査されたり警察・法曹関係者と相談してしかるべき態度を未だ取られていません。これは脅しだったのでしょうか。
>心当たりのある諸君は、各方面の協力のもと徹底追求に協力をお願い致します。本教の現況を冷静に判断し自覚と責任を持った行動をして下さい。
この教団の現況を冷静に判断して、真の教祖の教えに復元されるよう、教団中枢は自覚と責任を持って行動して欲しいと希望します。
>尚、信徒各位・関係者各位に於かれましても、この掲示板に書かれている悪意あると思われる根拠なき情報を信用なさらないようにお願い致します。
信徒各位・関係者各位の皆様は、色んな情報を見て聞いて、自身で判断して真実を探求して欲しいと思います。
本部のする発信情報以外は「見ざる、聞かざる、言わざる」にならないようにして欲しいと思います。
ネット上で批判・指摘されると何故か「警察・法曹関係者に相談する」となりますね。
対応が短絡的のように見えます。
事実と違うのであれば、違う点を同じ土俵で開陳・説明するという、現実社会で普通に
行われている大人の対応を、ネット上でもとれるでしょう。
勿論、世の中には犯罪といえるネット上での行為もあります。
話の通じる相手でない場合もあります。
しかし天理教に関する書き込みは、少なくとも現信者、元信者などの教会関係者が
「思い余って」書き込んでいる例がほとんどのように見受けられます。
匿名での書き込みは天理教特有の事情が有るからです。
何しろ一族郎党、同じ教会に所属しているのが普通ですから、他の者に迷惑は
かけたくないから、匿名にならざるを得ないのです。
しかし書き込む情報の確かさに関しては、系統を超えた長年の人脈から耳に入りますし、
「耳に入る」こと自体が親神様の思惑があってのことだと確信しています。
指摘事項が事実だからこそ、反論を、説明を、言えない、書き込めないのでしょう。
教団としての責任ある対応は社会の一員として、必須です。
「不足」を不足のまま放置しては怠慢だと親神様から言われるでしょう。
放置プレーは怯えの表れかもしれませんね。
因みに、言わずもがなですが、法曹関係者=正義の味方ではありませんよ。
法律に照らし合わせて、突っ込みどころを見つけ、主張を代弁するという、
あくまで仕事として請け負うと考えておきましょう。
極言すれば手数料稼ぎの一つということです。
弁護士に相談して得られるのは法律的助言です。
中には各地に在る「法テラス」には良心的な弁護士もいますが、個人差が大きいこと、
実際に身内の例として2例経験しています。
最近、天理を訪れた際、天理市の知人と本部の夕勤めに参拝しました。
その時の夕勤めには真柱はおらず、本部員が数人しかいませんでした。
知人が色々と話してくれました。
「真柱がいない時は、いつもこんなもんだよ。
真柱が出張か何かよく分からないが、長期間いない時など本部員はほとんど出てこないよ
仮に出て来ても勤めが終わった後、教祖殿、祖霊殿まで行かず回廊の途中でみんな曲がって出て行ってしまうよ。
真面目に仕事してるのは真柱一人だね。代表者だから仕方がないが可哀想な人だ。
顔は暗いし、言葉もつまる、責任を果たしていないなどと真柱を責める人がいるけど、あの様な状況に置かれたら普通の人なら誰だって鬱になると思うよ。
善亮が、山澤が、と批判する人も多いが、この二人だけじゃないんだ。
山澤、梶本、飯降から始まって本部在籍者達全部が腐っていると思うよ。
一般信者は、ごく一部の本部員しか知らないから仕方ないけどね。
信者に知られていない駄目な本部員は、沢山いるんだよ。
そんな腐った本部員やその家族集団が、信者のお供えした金にダニのように張り付いているんだ。
本部員の子供でも たまにはまともな人はいるけど、そのような人は大学を卒業すると皆天理から逃げ出してしまう。
残っているのは、自分で考える事の出来ない、思考力の無い無能な子供達ばかりだ。
そんな無能な親戚連中が、これから先の本部員になるんだよ。
だから天理教の改革なんてできる訳ないんだよ。
一般信者の人は、良く分からないと思うけど、今の天理教は、梶本や飯降、永尾や山澤などの親戚連中が動かしているんだ。
真柱だって遺伝子的に言ったら、Y遺伝子は梶本だよね。
秀司のY遺伝子ではないんだよね。
御分家だって偉そうにしてるけど始まりは、山澤からの婿入りだろう。
だから御分家の中山だって山澤のY遺伝子だよ。
中山みきの血筋だといくらわめいてみても、そのY遺伝子は、梶本であり山澤なんだよね。
そんな梶本、山澤の周りのに集まった親戚連中がこれから先も本部員となってのさばって行くんだよ。
天理教ではなくて拝金親戚教だ。
神様、おや様から見たら血筋なんてどうでもいいけどなんだけどね。
中山家が天理教を私物化していると言う人がいるけどそれは実態を知らないんだよ。
今の天理教の実態は、親戚連中の金集め集団なんだ。
みんな騙されているんだ。
中山家という名前に信者の目を向けさせてその陰で親戚連中が飯食っているんだよ。
善司さんは、十字架に磔されたイエスと同じだよね。
次にはりつけられるのが大亮君という訳だ。
善亮さんは、自分も神輿に担がれているのが分からないんだよ。
「お供えは命のつなぎ」なんて どうせ周りの親戚連中が頭の軽い善亮さんに言わせているんだろう。
過去の資料を集め丁寧に考察している人達もいる。その熱意にも努力にも感謝もする。
しかし、結局はみんな過去の事なんだ。古い資料をいくら読んでも仕方ないんだよ。
今の天理教を作った連中は、そのほとんどがおや様が亡くなった後に入信した連中なんだよ。
その連中をまとめて今の天理教を作ったのが山澤為造だよ。
そんな連中の書いた資料なんていくら読んでも答えは「騙されていた」事が解るだけだ。
過去の事より今だよ、今、まさに今が腐っているんだよ。
「騙されて金を出す」ことに疲れた人達は、既に来なくなった。
ここ見ればわかるだろ。ガラガラだよ。
後は、崩壊するのを待つだけだね。
過去の資料なんか読まなくても、道を間違えた原因を追究しなくても大丈夫だよ。必ず潰れるからね。
そもそも天理教がどこで道を間違えたか考える意味なんかないんだ。
途中で間違えたんじゃないんだ。
最初から偽物だっただけだよ。
それがネットの普及でその嘘がばれて来ただけだ。
ガラガラの本部を見れば、潰してしまうのが親神やおや様の本意と、至極当然に思えるね。」
私は、その方と昼すぎにも本部を参拝したのですが、東礼拝場から別席場に広がる境内に人っ子一人いない、そんな状態が度々見られるほどガラガラでした。
ネットの情報を嫌がるのはカルト新興宗教の大きな特徴の一つです。
まともな感覚を持った人ほど棄教してしまって教団に残ることはありません。創価学会でも二世三世の棄教が毎日のようにあるわけですが、棄教してしまう二世三世は頭の正常な人だということです。「ネットでいくらでも情報収集ができる時代に、あえてカルト新興宗教に疑問も持たずに残っているのはどこかおかしなところがある人だ」と棄教した学会員がいっていたのを思い出しました。
天理教も創価学会と同じで、今やすっかり衰退期のカルトであるといえましょう。
飯降 梶本 永尾 山澤 それら中山家の血族が真柱と善亮を動かしてるということか
おはようございます。
朝から核心に迫る流れですね。本部の実態化けの皮が剥がれたってことですね。
その血族が「御恩法事は金」をやめさせないのは金が本当に無いんだと思いましたがまじめな信者ほど貧困に落ちたので無理ですよね?
不思議なのが社会学さんの記事や皆さんがコメントで懸念していたまま本部が進んでいることです。現在の本部がネットはと批判してるがその方向に進んでいる。まるで予言のように、面子や体裁を気にする本部は方向転換できない状態までにまで陥ってるのだと思います。以前被害を被らないようにとの言葉の意味をヒシヒシと感じてきます。Xデーはいつなのか?も気に成るところでありますが当教会も独立準備をした方がいいとおもいました。私も天理教を信仰してますが、親神様 教祖 を信仰しているだけであって大教会や本部はおろか正直真柱様を信仰している訳ではないです。いくら金に苦しいと思えど「ちゃんと経営してたのか?」と本音が出てしまいます。私は道兼務 で会社を経営してますが正直本部の運営の仕方には呆れました。私は縁もゆかりもないので所詮他人事です。道兼務の方ならこの御時勢経済的に裕福なわけではない昨今に無心をされても無理は無理です。善亮さんの 「御恩法事は金」の話は現場で聞きましたが、正直右から左に抜けていくような話です。「結局は金払えって話」は大教会や上級に言われ続けているのでもう飽き飽きしました。
社会学さんの記事やコメントの懸念通りに進んでいる本部の方が問題があると思います。本部は本当に浮世離れを超えて社会性が欠如しているのではないか?いや欠如しているのでしょう。
ネットで書かれたくないのは分かりますがそれを真摯に受け止め改善していく体制は必要です。
意見箱などの設置はもう省けるわけですから、ご覧に成られているなら即改善するだけです。それができない組織は淘汰されて消えていくだけです。
信仰は御利益があれば程度です。上級からのお供え要求というかもう無心をされ呆れているのも実際のところです。本業が立ち回らないほどお供えするつもりは一ミリも無いのでいい加減にしてほしい。そこまで無心されたら払いたい金も払いたくなくなります。現に断りました。本部の底も知れた気分で信仰する気分もなくなりました。
>現在の本部がネットはと批判してるがその方向に進んでいる。まるで予言のように、面子や体裁を気にする本部は方向転換できない状態までにまで陥ってるのだと思います。
もう自転車操業状態に入ったと解釈していいでしょう。つぶすにつぶせないということです。最悪のパターンという・・・(苦笑)。
飯降家は、本席没後それほど力は持っていないと聞きます。
流石に本席の出た家ですから、本部としても露骨には邪険に扱えませんが、現在の飯降家には中山家や本部を動かす程の力は無いようですよ。
本家の教会も大きくないと聞きます(大阪分教会だったでしょうか)。
結局は、教団は教祖以外の天啓者を軽視したいのでは無いでしょうか?
中山一族とその姻族・血族が、ピラミッドの頂点で搾取出来る仕組みの維持に必死となっています。
他の本部員や大教会長レベルの家は、そのおこぼれ欲しさに群がり搾取側が肥大化しているのが今の教団です。
飯降家は元々教団設立や国家への迎合に消極的な立場をとる本席の家ですし、今もそれほど搾取側に回ろうとしていないように個人的には感じています。
退職信者さん
2018年3月8日 12:04 PM
>最近、天理を訪れた際、天理市の知人と本部の夕勤めに参拝しました。
>その時の夕勤めには真柱はおらず、本部員が数人しかいませんでした。
>知人が色々と話してくれました。
>「真柱がいない時は、いつもこんなもんだよ。
>真柱が出張か何かよく分からないが、長期間いない時など本部員はほとんど出てこないよ
>仮に出て来ても勤めが終わった後、教祖殿、祖霊殿まで行かず回廊の途中でみんな曲がって出て行ってし>まうよ。」
ってことは、教会でする教祖→祖霊の四拍手礼拝・四拍手一拝を省略しちゃってるってこと???
まさかねぇ???
教祖 祖霊・・・省略しちゃってるってこと???
その様ですよ。
その日の夕勤めで教祖殿 祖霊殿まで回った本部員は、6人でした。
私は、祖霊殿まで回って指差し確認して数えたから間違いありません。
私は、祭典日に合わせて本部参拝することが多く、朝勤め、夕勤めに出ると真柱の後ろに本部員がゾロゾロと歩く場面ばかり見てましたから、いつもその様な状態なのだろうと思っていました。
余りの少なさに驚き、知人に尋ねたら前述の様な返事が返って来たのです。
真柱がいる時といない時で態度を変えるんだそうです。酷い人達ですよ。
こんな人達が世界助けなんて・・・もうお笑いぐさです。
世界助け?無理無理日本でも創価に勝てないんだから(笑)天理教は世界宗教と言ってるが、実際日本はおろか奈良の天理市のあの辺の村の変な宗教と言うのが妥当。衣装は黒が多すぎ異様 危ない宗教団体である事は間違いないと思います。
本部もそうなんですか。大教会でも大教会家族は大教会長以外誰一人朝勤め、夕勤めに出て来ませんから。(笑)
それでいて何かの会合に出て来ては偉そうな事を言ってますよ。自分は実行できてないのに、笑えてきますよ、本当に。裸の王様、否、裸の女王様です。この程度が天理教団の実力です。いくら大上段に立ってしもじもにハッパをかけても、しょせん上に立つ者に誠が無いのですから、行く末は押して知るべし、です。
時期大教会長になるはずの若ボンボンの顔など、見た事がない。この上下組織は上の者にとっては甘く出来てますね。ぬるま湯に浸かった能無しボンボンでも時期が来れば大教会長になるのですから。お抱え運転手をつけて、お料理番をつけて、何不自由なく事が運ぶ・・でもそんなに世の中甘くありません。
これからは、頭でっかちで、立場に甘んじている生活力の無い者は淘汰されて行く。天理教社会でも同じです。神が許さないでしょう。
大教会のボンボンも遊んでばかりいないで率先してお勤めに励み、自ら貧のどん底に身を置いて、食べる厳しさ、世間の厳しさを知らないと、信者を前に示しがつかないです。
さて、これからは、本部に学んで、親神様だけ拝むことにします。おつとめの大切さを叫ぶ本部が教祖も御霊様もスルーしている事実を全教会に周知しましょう。真柱が、本部員に苦言を呈さず、それを黙認しているのであれば本部としてそれを良しとしていると理解します。
上に立つ人間は、全てに襟を正し、手本となる姿を見せなければ、いくら金、金、人を集めろ、と叫んでいてももう無理でしょ。
天理教のお勤め が魅力が無いんでしょう。 衣装、内容の無い呪文 座りはまだ良いが 何故か立って踊る を物々しい建物の中でやってる不気味さそれでご守護があるのか?見たことない 本部も 大教会も分け隔てなく共通の本音なのでしょう。 お勤めと言う言葉は仏教でも使われます。仏教の場合はもっと精密に段階をもって悟りに導く。天理教それを教えられませんよね?教えてませんよね?教義書の解説をしてませんよね? それを中山家が検閲してるって意味不明です。宗教家のする判断ではございません。宗教家たるものは全てを甘んじて受けそこに解決を求めるものです。なんと心の狭い宗教なのでしょう。中山独裁体制を保持する為だけに協議改竄してるなんとも次元の低い危険な宗教です。そういう考えだとオウム真理教のように、ポアの観念 抹殺してやろう と成るわけです。危険ですね。今までどれだけ抹殺されたのでしょうね? 異端異端は実は抹殺された人々で被害者だった方も多いのではないでしょうか?因縁積みの牛馬ども天罰も下り聖地も倒壊するわけです。オウム真理教の地下鉄サリン事件も尊師 麻原彰晃 の終末予言を実現させる為に起こされたことです。集団心理と言うものもありますが教団と成るとその集団心理に教義と言う絶対と思わしき言説が乗っかってしまうのでその個人の心理では強固に感じてしまいよりその集団心理を強固にします。危険です。とても危険です。大事件が起こらないこと、そして善良な信徒の方々が巻き込まれない事を願います。
【武田邦彦】ハッキリとは言いませんが、「伊調馨と栄監督の関係」は異常です!
https://www.youtube.com/watch?v=cDmHYv5Enik
教団の人間関係も異常際ありないですがこの動画で武田邦彦先生が「生徒は師を越える」と当たり前の事を仰ってます。方や天理教は「教祖の雛形を手本に」と言う割には教祖と同じ力を持った人間を異端と決め付け追放してきた天理教史の矛盾もし教祖の雛形を否定しては教義は成り立たない。ここが中山血族体制の困った矛盾なのでしょう。昨今真柱や統領、大亮様と無意味に様を付けてアピールするも大失敗に終わる。出過ぎた故に中山血族体制の矛盾が露呈 教祖殿 祖霊殿を軽んじる本部は本当別の宗教へと変貌したのでしょう。ただ人の目が有るから神殿で形骸化の参拝する姿 もし信仰していたとしても享楽信仰であるとは言える。自分達は大丈夫だ。徳があるからと疑うこともしない。求道者はおろか唯の無知なピエロ達 教団を救いたいなら血族支配者達が思い切って教団を去る事で一気に改善はされます。大胆な決断をもってでしか組織の腐敗は治せないのは常です。でも彼らにそのような勇気も善良な心も持っていないでしょう。なので神のさわりが有るのです。
「竜頭が狂えば皆狂う」と教祖が仰っているのに責任を他に向ける血族支配者達 いい死に目には会えない事でしょう。
古い会長さんが 善亮氏の活動を応援していた意味がよく分かる。彼の精力的な行動で教団の間違いに気が付く善良な信徒が目覚めるからです。
退職信者さん
2018年3月9日 4:40 PM
>教祖 祖霊・・・省略しちゃってるってこと???
>その様ですよ。
匿名さん
2018年3月9日 6:59 PM
>さて、これからは、本部に学んで、親神様だけ拝むことにします。おつとめの大切さを叫ぶ本部が教祖も御
>霊様もスルーしている事実を全教会に周知しましょう。
もう空いた口が塞がらない。。。。
本部員がおやさま、みたまさまを軽視しているのが事実だなんて。。。。
所属教会の会長がわざわざ読むなと警告があったので、調べて読んでみた。
まさか天理教がこんなだったとは。驚愕した。
と共に自分の疑問だった事にも答えが出たが、さて。
この掲示板が出来てから10年余り。
最近は年に4〜5件の更新内容で、その更新内容に永遠にコメントが続く内容。
一体天理教とは何なのか?
カルトに等しいでは無いか。
カルト以上にカルトである。
自分にもきちんとケジメをつける時が来た様だ。
今迄どれ程の会長の無心にも答えて来ただろう。ある時は家族を犠牲にし、又ある時は自分みずから犠牲となった。
こんな事をいつ迄続けて居れば良いのか?
家族の将来の為にも、キチンとした形を取らなくてはと、最近早急にそう思う今日この頃だ。
力強く断れる自分を作るべきだ。
要求に応じ無い自分になると共に、綺麗にケジメはつけておきたい。
宗教・宗教家と名乗りながら、やる事は姑息でエゲツない事ばかりである。
現役信者さんへ
私も、5,6年前まで天理教がこんなに腐敗してるなんて知りませんでした。
退職して時間ができたのでネットで何気なく天理教を検索したら「天理教 衰退」の言葉が出て来て驚きました。
所属の会長は、信者が激減してる事を一言も言いませんでした。
上級や大教会、本部の状況を語ることはほとんどなかったのです。
要するに会長の立場が悪くなる様な話は、信者にはしなかったという事です。
働いている頃は、夏休みや冬休みなど子供たちの都合に合わせて天理に行っていたので信者の減少をさほど感じていなっかたのです。
私は、信者がどれくらい減っているか確認するため秋の大祭に参拝しました。
行って見て本当に驚きました。
私が見た90年祭や、100年祭前年の秋の大祭とは比較にならない程減少していました。
翌27日所属教会の夕勤めに参拝し、会長に文句をありったけぶちまけてやりました。
「神様、おや様は金を供えろなんて一言も言っていないのに本部が金、金というからみんな逃げて行ったんだ。
本部が間違っているから信者が逃げるんだ。
俺は、今日から1円だって理立てなんかしないから。」
今は、本部に行っても賽銭は入れません。神社でもお寺でも賽銭を入れることは止めました。
昨年末の大掃除で鏡は、市の不燃ごみに投げ込みました。
お社も教会へ帰そうと思いましたが、今更会長とごたごたもめるのもめんどくさいし神棚がスカスカになるからお社はそのままです。
日々、お水をお供えするだけです。
数年前の事ですが、会長が余りにも不誠実だから「お前がここの会長をやってる間は、俺は絶対に教会になんか行かないからな」と毒づいてやりました。
教会は我が家から200m程の所ですが、いつも素通りしてます。見向きもしません。
教会から離れたら本当に清々しく開放感一杯です。
教会なんか行かなくても平気です。
空気が神様だから、毎日神様と一緒です。
お金を出すこと止めたけど、眠っている間も息が切れません。
善亮に言ってやりたいです。お供え止めても死にませんよってね。
所属教会の月次祭も、今はガラガラだと近所の人が言ってました。
会長の子供達も寄り付かないと言ってました。
御恩が沢山あると言い続ける現況団は信者を牛馬と言い放っているのと同じ
中山血族本部教え信者は馬鹿でも阿保でもなく奴隷でも無かく唯の家畜扱いとなる。中山血族本部は自ら以外を奴隷はおろか家畜だと思っている事が分かった。「ごおんほうじは金」と各地で布教活動に勤しむ表統領が言ってるそうだが
ふとおふでさきをおもいだした。
おふでさき八号、
たんへとをんかかさなりそのゆへハ きゆばとみへるみちがあるから 八 54
だんだんと恩が重なりその故は 牛馬と見える道があるから
おふでさき五号に、
いまゝでハぎうばとゆうハまゝあれど あとさきしれた事ハあるまい 五 1
今までは牛馬と言えば、ままあれど 後先知れた事はあるまい
おふでさきの、五号と八号の「牛馬」の話しを挟んで、「善と悪を分ける」(五6、八53)
彼らの教義書では、最低でも中山血族 あるは 本部関係者以外 は全て牛馬(ぎゅうば)と言っているではないか、つまり家畜だと言う事だ。奴隷はおろか牛馬という家畜扱い信者を人とは扱っていない。残酷に見えるがこれが 教祖 本席 亡き後と異端として排除したり不都合な人物を追放したりと中山血族のその姿ともぴったりと被る。事実は小説より奇なり、残酷な中山血族の行いの結果が明るみになりますね。カルト宗教家は決まって虚言壁がおおい。他人の痛みは関係ないサイコパス的結末を常に招いている。どんな言い逃れもできない。教義書から見たら家畜扱い。教義書とは神そのものだ。つまり教義書から見たその目は神の目そのものだ。法的にみても、天理教教会本部 とは宗教法人という法の下に許された宗教団体であり、中山家やその血族 の私物ではない。明確に違法行為を常習化させそれを定着させたから今まで疑う目を持つものも少なかった事もあるだろう。方や疑う目を持った人間は追放してきたのであろう。「御恩法事は金」の強化は、信徒を牛馬扱いし牛馬化しているに等しい。これもまた 親神に反する。おたすけを謳う天理教とはかけ離れた教義内容だ。
あれか本部は
「家畜乳(金)出せや~」
「出さんかったらトサツするで~」
と言うことか
うわ~アカンやつや
牛馬ですか。人を人とも思っていない最低のカルト新興宗教ですね。唯一の救いは二世三世棄教しまくりで、衰退期のカルトといわれる状況になってしまったことでしょうか。
>「ごおんほうじは金」と各地で布教活動に勤しむ表統領が言ってるそうだが
ひょっとして、ひょっとすると、表棟梁はみき開祖の長男の生まれ変わり?だってやたらとカネに執着する性格なんですもの。
私は教会長ですが、現教団本部の嘘に彩られた腹黒い歴史を信者さんにお伝えしています。
真実に蓋をして騙し続ける事は出来ません。
なぜ、今、人がこんなについてこないのか、この教団のカラクリ、カネ集めの実態、教理にないご都合主義など、噛み砕いて説明しますと、最初はびっくりされますが全てに納得してくださいます。
無理に無理を重ねさせ、あたかも神の意志であるかのお様な強固な上下意識を押し付けゴリ押しして来た厳しい歴史を知っている信者さんは、そう話す現会長の私に対して安堵感と、自分は自分の生活を守っていいんだと言う当たり前の事を再認識されます。
お供えで助かるのでは有りません。互いが神の子として助け合う姿こそが神の望む姿であり、お供えで命が繋がるなんてそんな教理をおやさまは伝えていません。欲に切りない中山家以下、権力を手に入れた本部員の人間思案で、そんな嘘を神が許すはずがありません。
神の名を借りてとんでも無い嘘で信者を騙す。神の怒りに触れているからこその衰退ですから、破滅に向かうのは道理であり心配ご無用なのかも知れません。
まずは自分の面倒は自分で見る。そして周囲と助け合うう慈愛の精神を忘れず、天の恩恵は与えとして感謝して受け、無理して不幸を求める事をしない。
こんな当たり前の生き方を天理教団は「無理して不幸な環境に自らを落とし込む事」を神の意志と教え込み、多くの大切な人々の人生を踏みつけて来ました。
取り返しのつかない罪を重ねて来ました。
金集めしか興味のない本部の真実が徐々に暴かれ、教祖殿も祖霊殿もその存在を軽んじる本部が今更何を言おうと、虚しいばかりです。
匿名会長 様
>お供えで助かるのでは有りません。互いが神の子として助け合う姿こそが神の望む姿であり、お供えで命が繋がる
>なんてそんな教理をおやさまは伝えていません。
同意いたします。どうかこのことを、天理教の人はじめ一般の皆さんにお伝えください。
>無理に無理を重ねさせ、あたかも神の意志であるかのお様な強固な上下意識を押し付けゴリ押しして
要するに教祖家と貴族たちにとって、中山みき開祖と親神様とは、自分たちの金儲けの道具にすぎないってことじゃないのかしら?
>こんな当たり前の生き方を天理教団は「無理して不幸な環境に自らを落とし込む事」を神の意志と教え込み、多くの大切な人々の人生を踏みつけて来ました。 取り返しのつかない罪を重ねて来ました。
これは天理教に限らずカルト新興宗教なら、仏教系でもプロテスタント系でもよくある話です。
>神の名を借りてとんでも無い嘘で信者を騙す。神の怒りに触れているからこその衰退ですから、破滅に向かうのは道理
衰退期のカルトと呼ばれるのも親神様のご意志と申せましょう。みきは子供のころから熱心な仏教徒ですが、みきが深く帰依した仏教では「諸行無常・・・すべてのものは永遠に続くことはなく、栄枯盛衰は世の道理」と説いています。もしみきが天理教の現状をみたら「これでいい。仏様のおっしゃる通りになったのだから。仏様も親神様も隆盛したものはいずれ高慢の罪を犯して衰退すると教えている」というと思います。
天理教の栄枯盛衰を見ているとバベルの塔とそっくりです。人間が高慢の罪を犯して天に届く高い塔を作ろうとし、神の怒りに触れて言語がバラバラになってコミュニケーションがとれなくなりました。今まさしくそうではありませんか。首脳部と末端はもう言語すらまともに通じなくなっており、まったくコミュニケーションが取れない状況です。
天理教は末端の教会より、上の立場の方ほど、お供え(お金)と、社会的地位の高い人間・社会的地位の高い信者が大好物。
お金お金と本部が言っているようになってますが、別に真柱が贅沢しているようには思えないんですが?中田表棟梁も贅沢しているように見えないんですが?そんなにお金集めしてるようにも思えないんだよなぁー。組織を維持して行くために最低限のお金は必要ですけどね。
「御恩法事が金」が金と言うなら、その恩は本部をはじめ上層部の方が信者たちに恩がありますよね。どう考えても信者のお布施だけで生活してきた人間の方が信者に対して恩があります。
おふでさき八号、
たんへとをんかかさなりそのゆへハ きゆばとみへるみちがあるから 八 54
だんだんと恩が重なりその故は 牛馬と見える道があるから
つまり上層部が牛馬家畜のように頭が無く何も考えられないけど養殖しろや~!と云ってるのが教団の現状です。
それに、なぜ私達のような末端が上層部をしかも教理をもって指導しなくてはいけないのか?しかも反論できないその時点で本部は本部としての役割を失った。
匿名 2018年3月12日 11:17 PM 様
>組織を維持して行くために最低限のお金は必要ですけどね。
今迄出してもらってきたお供えは、組織を維持する為の「最低限」だったんですか?
それでは、どうして数々の商業ビルや不動産などを持ち得たんですか?
中田君は若かりし頃ランボルギーニカウンタックを乗り回していたのですが。
これが贅沢じゃないの?
たいぞうさんが動画を上げていた。
現在の天○教団は完全に教条主義(ドグマティズム)に陥っていると思われますが・・
https://www.youtube.com/watch?v=do-6cr1YQBg&t=24s
ドグマティズムとは?
教条主義
きょうじょうしゅぎ
dogmatism
https://kotobank.jp/word/%E6%95%99%E6%9D%A1%E4%B8%BB%E7%BE%A9-52721
ドグマティズムともいう。哲学上では定説主義や独断論をさすが,マルクス主義理論では実践による検証を怠り,マルクス,レーニンらの教義を無批判に盲信するような知的怠惰をさす。とりわけ 20世紀後半の歴史的変化に対してマルクス主義が生命をもち続けるには,教条主義を脱して創造的な理論の深化を試みなければならないとされる。
確かにそのとおりだ。
それにこれは、原理主義とも云えよ。
原理主義
げんりしゅぎ
げんりしゅぎ【原理主義】
https://kotobank.jp/word/%E5%8E%9F%E7%90%86%E4%B8%BB%E7%BE%A9-169836
① 聖典などに根拠をもつ教義・規範などを厳守し、世俗主義に対抗しようとする宗教的思想・運動。
② 特に、イスラム世界の西欧化・世俗化を否定し、原点に帰ってイスラム法の適用された国家・社会を築こうとする思想運動。イスラム復興主義。イスラム原理主義。 → 根本主義
③ 一般に、原理・原則を重視し、その徹底をはかろうとする立場。市場原理主義など。
しかしもう一つ悪質な状態なのは、それらの状況を信徒に求め半強要しながら、「ご恩法事は金」等と教義改竄を行っていることだ。
このような複雑な教義と組織の捻れの解き方を上層部の誰しも気が付いてないといえる。このような巧妙な捻れは作為的に行われた事ではないからだ。では何故この状態に?とお思いだろうが、実際は、中山血族の上層部だけがよければ との単純な思惑によっておきただけの事
神さまは凄いですね。そのような 「われさえよくば」などのホコリや「ゆうずがくるえば」とその環境的な問題をちゃんと解いてくださっている。
つまりそれを理解できてないな上層部 中山血族を追放すべきであるということをまた彼らは自らしめしてしまった。
2018年3月12日 11:17 PMの匿名 様
>組織を維持して行くために最低限のお金は必要ですけどね。
あくまでも私見ですが、↑のような組織は不要です。害あって益なしの組織です。60年余り天理教と関わってきた経験から得た結論です。
>>退職信者さんへ
2018年3月11日 12:47 AM
>>数年前の事ですが、会長が余りにも不誠実だから「お前がここの会長をやってる間は、俺は絶対に教会になんか行かないからな」と毒づいてやりました。
懐かしい思いです。私も、「おまえが次いだら、信仰はやめる」と、昔はよく言われました。
それは、私がそういった日々を送っていたからだと申し訳ない思いです。
でも、一旦遠のいたものの、そう言われた方々の元へ足を運んでおります。
今では、そんなことも忘れ、懐かしく「よく来てくれたと」お茶を入れてくれるのが本当に嬉しいです。
退職信者さんが、不誠実だと感じた会長さんは、お元気ですか?
>>教会から離れたら本当に清々しく開放感一杯です。
教会なんか行かなくても平気です。
空気が神様だから、毎日神様と一緒です。
お金を出すこと止めたけど、眠っている間も息が切れません。
それを、神様のご守護と言うのだと私は思います。日々感謝の心で通れるほど素晴らしいことはありませんね。色々、本部、大教会、上級とかありますが、私は、まずは、かしものかりものの感謝から、家族親族、教会に繋がるすべての一人一人が第一であり、神様、おやさまを見えぬ目で慕いながら、通らせて頂いる昨今です。
>一旦遠のいたものの、そう言われた方々の元へ足を運んでおります。
>今では、そんなことも忘れ、懐かしく「よく来てくれたと」お茶を入れてくれるのが本当に嬉しいです。
なかなか、一旦遠のいた信者さん方のところへ、足を運ぶのも、勇気が要りますね。
昔、教会に居て、今は遠のいてしまった信者さん方の所へ足を運ぶことを、上の方から奨励されますが、尋ねても、いい顔をされない場合もありますし、何しに来た?金が欲しくて来たのか?と思われそうで、尋ねるのは勇気が要ります。
まだ使える雑巾様が、昔の信者さんとの間に、温かい交流ができているのは、会長さんとして、経験も積まれ、精進されたのが、信者さんにも分かったのでしょう。なかなか、できない、ご立派なことと、思います。
おはようございます。
また2つの教会の離脱が広告されてました。近頃本当に離脱が増えましたね。さまざまな問題を抱えて被害被るとなれば誰でも離脱しますよね。天理教もちゃんとしてないし、
批評はさておき思ったのですが本部側はどこまで広告し続けることが出来るのでしょうかね? あまりにも大量だと広告しなくなるような気がします。
今、官僚の“公文書改竄”が大きな問題になっています。
官僚は東大出身者が多いのですが、京大出身の安富歩という東大教授が「東大話法」という本を出しておられます。
東大生は学生の頃から、将来、自分が日本の国を動かすと自負している、と聞いた事があります。
政治家にも官僚にも多いのですが、頭の中に色んな引き出しがあり、何事があっても正反対の事柄でも「東大話法」によって整合性を付けて、どんな言葉を使ってでも、相手を説き伏せ、組織に都合のいいように、納得させてしまう話法なのです。
嘘であっても、辻褄が合わなくても、どんな手段を取ってでも自分や組織に、都合のいいようにしてしまう驕り高ぶった話法なのです。
二代真柱も東大出身でした。天理教の教理や復元、組織作りの上にも東大話法が使われているように思います。それが「天理話法」なのかも知れません。
教祖の教えも中山家の都合の良いように改竄され、組織防衛の為には為になる意見も無視し、資料も隠ぺいし、有益な人であっても、組織に都合の悪い人を排除してきたのです。
今、世界を「ろっく」に踏み鳴らす道具として、これからは世界を覆いかぶせるネットという網が神から与えられました。
もうこれからは「天理話法」は通用しません。本部は真実を明らかにして一日も早く、真の復元に取り掛かって頂きたいと思います。
天理教に限らず、宗教界は奇を衒う巨大な建物を作り人心を惑わせる作戦に出るが、特に、天理教はこの傾向があるように思われる。
ある大教会長(現本部員)の弟(今は故人)にあたる人が部内教会の養子に行かれた。大教会が神殿と教祖殿を取り壊して、本部に向かって拝が出来るように建て替えた。費用は約11億円と聞いた。
立派な神殿が完成したある日、この弟さんに立派な神殿が出来ましたねと語りかけました。喜びの言葉が返ってくるものと思っていたところ、意に反して次の言葉が返ってきたことを覚えている。
「広く大きな神殿は要らないですよ」と。20年以上も前のこの言葉が今の教勢を予測されていたのでしょうか。大祭というのに、会堂の信者さんはまばらと伝えてきた知人。久しぶりに来た大教会報の下段に大きく「大教会の月次祭に参拝しよう」の呼びかけが何よりも実情を物語っているのであろうか。
立派な建物を建てたはいいが・・・の典型的な話ですね。
建物が大きければ大きいほど傷みやすく、維持費もかかりますし、何かと出費は多いものです。
信者が順調に増えていれば大した負担とは感じませんが、衰退期のカルトでは・・・・
ニコライ堂のような重要文化財ではありませんので公的支援もなく、すべてを信者の献金で賄わなくてはなりません。棄教者が年々増えていますし、末端教会でも本部との包括関係を解消する教会もあるくらいですので、このさき立派な建物を維持できるほどの力はまずないといっていいでしょう。
(有名な教会の中にもかなりの借金を抱えている教会があるとかで、台所事情は大変という話もあるやに聞いております。)
2018年3月18日 9:06 AMの匿名 様
仰る通りです。この大教会その後、創立記念祭に合わせて来賓棟を建てたのですが、数千万円の返済が進んでいないと聞きました。
ただ、債務は利息さえ払っていれば不良債権にはなりませんが、さて、いつになったら完済できるのやら。
バカな建物を建てたものです。真柱以下は近くのホテルに泊まってもらえばいいものを、億円を超すような建物を作るなんて思考が正常じゃなくなっているんです。
お寺でさえ寺院消滅でどこの宗派も危機感を感じているというのに。。。
>創立記念祭に合わせて来賓棟を建てたのですが、数千万円の返済が進んでいないと聞きました。
これじゃ経営的な能力がお世辞にもあるとはいえないと思いました。
これからは信者がどんどん減っていくことを前提にやっていかなくてはなりません。教団全体で縮小傾向がますます進みます。もちろんそれに加えて比較的立地条件のいい教会はなんらかの収益事業をしたりして、信者0になっても維持できるようにはからなくてはならないのに。
うちの近所の大教会も駐車場として隣接地を買い占め、2億円を越す借金をこしらえています。大教会長が高圧的で尊大だから、信者の中に不満が渦巻いていて次世代の信者は育ちません。2億円の利息も相当でしょう。毎月利息を払って元本支払いに至るのはいつのことか。
生まれついてのボンボン大教会長はどこかでお金が湧いてる位の考えしかないと見えて、周囲の反対など、聞く耳持たない。
広大な駐車場は信者頼みで用意したが、はたして、この急激な教勢衰退。今では駐車場が活躍する機会がそれほど無い。
だから言ったじゃないか。必要な時だけ借りたらいいんだ、と。部内教会と信者の嘆きが本人に届いているのか。いないのか。
この組織は宗教団体ではありません。特定個人の野望に、洗脳された周囲が振り回され、陰気暮らしを強いられるだけです。そっと距離を置き、ジリジリと離れる機会を狙ったほうがいい。首に縄をつけて引っ張られるわけでも無いし、まして教会や個人の財布に手を突っ込む事も出来まい。
権力を握ったアホとの付き合いはそこそこで良い。関わっていてもどうせ手がつけられない。ほこりはよけて通った方が良ろしかろう。頭を突っ込んでいても、お金と人生の浪費、ただその一言。アホらし。
悪い事は 隠してしまおう 天理教
東京の知り合いが道友社の書籍を扱う都内の書店を何軒も回ってみたが教祖物語の4巻5巻が見つからないとメールしてきました。
早速道友社のホームページを開いてみるとやはり4巻5巻が発売されていません。
教祖物語特別限定版が載っていましたが中身は1部~3部で、やはり4部5部がありません。
我が家の書棚から2000年版全一冊 愛蔵版 教祖物語を探し出し4,5巻を読み直してみました。
結果、5巻には次の様な事が書かれていました。
・昭和30年10月26日だけで別席場に一万人の長蛇の列
・教祖七十年祭24日間
・立教129年よのもと会総会に20万人参加
・昭和45年4月18日に教会数16001ヶ所に(日本の教会寺院で最多)
・教祖九十年祭 200万人が参拝
・教祖百年祭前年 炊事本部完成 一日24万食の給食可能に
・教祖百年祭 1月26日から2月18日まで 海外33か国より帰参
・昭和62年 子供おぢばがえり8日目で30万人突破(最終参加者数381116人)等々
私の妄想
本部 「おい道友社、教祖物語の5巻は都合が悪い。出版はやめろ」
道友社 社長「えー 止めるの・・・はい」
部下「5巻が無いなんて・・それって変じゃねー?」
社長「そうだ、教祖が出直したところまでにしよう」
部下「4巻5巻が消えたら信者が・・・それって変じゃねー?」
社長「三島の販売所の一冊ずつ飾っておけ」
部下「飾るだけ?・・・信者が買いに来たらどうすんの?」
社長「只今在庫切れです。申し訳ございませんと言わせろ」
部下「はい・・・?」
私の妄想だから三島の販売所では、今でも4巻5巻は買えるでしょうね。
知人からこんな話が・・・
「今日、別席場の直属教会の写真見たら、札が付け替えられているんだよ。
先月までは、 教会名称
所在地 ○○県○○市・・丁目・・番地
設立年月日
大教会長名
今日見たら、 教会名称
英語表記
所在地 ○○県 これだけしか記載されていないんだ。
何を隠そうとしてるんだ」
私の妄想
これは、中根大教会乗っ取り事件と関わっているのかも。
別席場の郡山大教会の写真を見ると、会長名は「飯降政彦」と書かれています。
事情通に聞いたら「平野さんは不始末やらかして追い出されたらしい。
辞任か罷免か分からないが、九州方面に追い出された。要するに島流しか遠流ってとこかね。」
とすると中根大教会の「石塚某氏」もそのうち「山澤✖✖」とか「永尾ペケペケ」とかになるのかな。
本部・・「これはまずい。乗っ取り事件は、ネットを通じてみんな知ってる。
そうだ、札を作り変えよう」
「住所も設立時期も会長名もみんな消せ」
担当者 「えー - 消しちゃうの・・・?・・・はい・・・?」
「消した理由聞かれたらどうしよう・・・・・?」
本部 「・・・そうだ個人情報保護法だ。そう答えておけ」
担当者 「・・・? はい・・・?」
「どこの企業だって団体だって代表者名や所在地、電話番号発表してるのに。・・・?」
知人に中根は、どうなってるのと聞いたら、名称と英語表記と栃木県しか書いてなかったと言ってました。
「人の口に戸は立てられぬ」とか「悪事千里を走る」とか言われています。
大教会159ヶ所 直属分教会80ヶ所余りもあります。隠そうとしてもいずれ漏れてきます。
悪い事は 隠してしまおう 天理教 今はネットで あばかれる。
もうじき3月の月次祭ですね。
皆さん、おぢばにお帰りの際には、三島の道友社販売所や別席場の直属教会写真をご覧になってみてはどうでしょうか。
先月も、26日の10時頃から11時頃まで北大路の駐車場で「月よりの神言」が配布されていたそうです。
今月の26日も配布するのですかね。
駐車場と言っても、本部のそばで配る事は無い筈だからもっと西の方の駐車場ですね。
天理の知人は、天理で生まれ育ち、大学を卒業後市内の職場に60歳で退職するまで勤めていました。
町内の役員を幾度も担当したと言っていました。
その知人が次の様な事を話していました。
「本部はね、市内の関わりがある町内会に毎年多額の寄付をしているんだ。
それは別に悪い事では無い。会計報告もしてるし、こっちだって迷惑掛かっているからお互い様だ。
問題はね、本部が住民の反対にあうと直ぐに金をまくんだ。
三島神社だけじゃないよ。
俺の近くの地区でも住民の反対が起きたら、本部は役員に多額の金を掴ませて書類に判を押させたんだ。
それがばれて役員は辞めさせられた。
とにかく、本部は、いつも金で解決しようとするんだ。
市内じゃ本部は、すごく嫌われているんだよ。これほんまでっせー」
「善亮さんとも何度もあったことあるけど、外部の人には腰は低いし愛想はいいでっせー。
でも天理教の人は、誰も褒めないから、外面だけが良いんですわ。
要するに裏表のある人間ですな。」
だそうです。
「きりなしふしん」「きりなしおそなえ」で、多額の借金を抱えて、利息を払うだけで青息吐息。
それじゃ利息という名の使用料を払って、その建物を使う権利を毎月支払っているのと同じじゃない。
毎日しっかり使うならまだしも、フルで使うあてもないわけでしょ。
来賓棟にしろ駐車場にしろ、必要な時だけレンタルという発想がないなんて馬鹿ですか?
しかも衰退期のカルトなのに駐車場拡大なんて、誇大妄想狂としかいえませんわねもう。
まあ、とにかく本部が債務保証しているんでしょう。これらの金銭消費貸借契約は、住宅ローンのように優遇金利ではないと思われるので、金利もバカになりません。
あくまでも想像ですが、本部と南都銀行が損をしないように仕組まれているのでしょう。
教祖百年祭前後には、多くの教会が金銭問題ですったもんだの問題を起こして、本部も弱りはて金銭の借り入れは本部の意を受けた南都銀行以外からは借りられないようになっていると聞いています。
本部が、カネが敵の世の中を作ってしまったと言っても、言い過ぎではないように思います。
現在、「御供え掲示板」が事実上使えなくなっています。
そこで「よふぼく助け合いサイト」の公開掲示板(すっきりしようぜ掲示板)へ、これまでTwitterで行った天理教関連アンケートのまとめを投稿する事にしました。
https://tasukeai0418.jimdo.com
・御霊祭
・五季納
現在、上記2つのアンケート結果を投稿済です。
今後もTwitterで、色々な切り口でのアンケートを取り、天理教の実情を調査しまとめた結果を投稿していきます。
Twitterをされている方は是非「睦輝@o_muthuki」をフォロー頂き、アンケートにご参加頂ければ幸いです。
なお、現在は「月日の紋」「月日の扇」についてのアンケート中です。
なお、「#天理教を改革する」タグ普及活動も平行で続けております。
沢山の方から色んな意見を集めたいと思っています。
タグを使ってつぶやいて下さる方、大歓迎です。
よろしくお願いいたします(^^)
Twitterでほんみちの実態https://twitter.com/honmichihantaiというのを見つけました。
私の住んでいる隣の大阪府泉南市にほんみちの巨大な建造物があります。
天理教から分離した宗教団体だそうです。下記はそのままコピーを張り付けしたものです。
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ほんみちの実態
@honmichihantai
2017年8月8日
その他
大人のほんみち教徒は男女共1ヶ月のうち半分以上をほんみちの業務に費やさなければならない。それも無償で。残りの半月で必死にバイトをして生活費を稼ぎ、多くの子どもたちを養っている。当然生活保護を受けている家庭が多く、泉南市の生活保護の支出額は群を抜いて高くなっている。
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こんな恐ろしいことが天理教でも近い将来起こりえるのでしょうか???
こんな恐ろしい事が天理教でも
本部在籍者は、まず起こらないでしょう。
天理教は膨大な不動産を保有してますから。
市内のスーパー万代の土地は本部が貸しているそうですし、市役所近くのセブンイレブンの土地も本部が貸しているそうですよ。
この程度の話が関東に居る私にも伝わってくるくらいだかもっと多くの稼ぎがあるはずですよ。
しかし、末端分教会は、生活保護を受ける人が出て来るかもしれませんね。
末端教会は、逃げるに逃げられない。
逃げたらその日から路頭に迷う、奴隷の様な扱いです。奴隷奉公です。
本当に天理教の仕組みは恐ろしいと思います。
おや様が、教会を作るなと言った意味が良く解ります。
なら本部に上納金なんか出す必要ないわね。だって大地主なんだからそのあがりでやりなさいよ!
開祖が教会を作るなといっていたのに、教会なんか作るから生活保護者製造機ができちゃった。バカみたい。
退職信者 さま 2018年3月20日 9:53 PM
>末端教会は、逃げるに逃げられない。
逃げるのは簡単です。
本部との「被包括関係」を廃止する(離脱)手続きをすれば良いだけです。
手続は本部や大教会が相手の交渉事ではなく、所轄の官庁への申請手続きですから、書類用意し段取りを踏めば誰でも出来ます。
まぁ、大教会だの上級だのが首を突っ込んで来るでしょうが、なんら法的根拠も無いのですから無視したって問題はありません。
逆に言えば、教会関係者ご自身が『被包括関係を廃止すると大変なことになる』『上級や大教会に逆らったら生きて行けない』などと信じ込まされている『自分との闘い』だと言えます。
被包括関係を廃止するには、不動産の問題や、親戚友人関係の問題もあるかも知れませんが、銘々の人生ですから銘々が思案して決断すればよい事だと思います。
3年も前に、二部同窓生から聞きました。大阪市内の分教会長が生活保護を受給していると。
廣い敷地の教会で会長が独り住まいの方だと言っていました。
>退職信者さんの「この程度の話が関東に居る私にも伝わってくるくらいだ・・・」の投稿同様に、地方に暮らす私に大阪の情報が入ってくるのですから。現行天理教本部は終わっていますよね。
教団本部は1千万坪の土地を持っているのですから、正に、欲に切りない天理教本部ですね。
加藤ハルアキさんが仰るように、このような教団とはさっさと縁を切ることが、ストレスを溜めこまない良作です。
余談ですが、この二部同窓生は、ただ者ではないんです。名前を書けばこの欄への投稿者の多くの方がエッ!と驚く著名人です。この彼から円照寺(山村御殿)の秘話を聞いたときはビックリ仰天した覚えがあります。内容を書くのは憚れますが、知る人ぞ知る実話です。
加藤ハルアキさんへ
貴方は、強い信念と決断力、そして行動力をお持ちの方といつも思っております。
その信念と決断力、行動力を兼ね備えた方だからこそ、本部とのつながりを断ち切る事ができたのだと思っております。
誰でも容易にできる事では無いと思います。
貴方だからこそなしえた事と私は思います。
残念ながら、現実はそう簡単ではありません。
おや様亡き後、130年余りの長きにわたって、本部・大教会・上級という至上主義に縛られた従順な組織内信者の意識はそう簡単には変えられないのです。
私の所属の会長夫婦に私は、幾度となく話してきました。
献饌は神道の作法だから止めたらとか、信者が持って来てくれるものを供えればいいとか、毎月上級大教会、本部なんか行くなとか、少ない年金からお供え出すなとか、何年にも渡って幾度となく話してきました。
しかし、何一つ変わりません。
なぜ変えられないんだと聞いたら、答えは「ずっとやってきたから」でした。
私は、他系統の体の不自由な会長にも話してきました。しかし答えは同じでした。
その会長の娘さんが話してくれました。
「父に話してもだめなんです。出来ない自分自身を責めるだけで何も変わりません。」
洗脳とは、本当に恐ろしいものです。
この本部上級至上主義は、末端だけではないのです。
上級・上上級・直属にまで及んでいるのが現実なのです。
この至上主義が及んでいないのは、おそらくピラミッドのキャップストーンの様な本部在籍者グループとそれに繋がる10ヶ所足らずの姻戚関係を持つ大大教会ぐらいでしょう。
弱小大教会や直属分教会の子弟が本部内で尊重される事は無いのです。
「姻戚関係」の無い人間は、たとえ直属でも本部から見たら低賃金の労働者です。
これが本部の実態です。
手続きは簡単だと思います。しかし、誰にとっても経験のない事は困難に思われるでしょう。
ましてや巨大な組織から逃げ出す事は、教会関係者にとっては恐怖さえ感じるのでは思います。
私が思うには、教団から離脱した方々が協力して、天理のアーケード街に事務所を開設し、書類の作成や提出方法など現実的で具体的な行動サポートをされたら、より多くの教会関係者が奴隷の様な状況から解放されるのではと思っております。
私は、天理から遠く離れた末端教会の一信者です。
義務も責任も無い者の勝手な感想で申し訳ありません。
「お供え」は何故、月一回払わねばならないのか? 年一回だったら駄目なのか?
神様のご守護は一か月が有効期限なのか?
命の繋ぎ?・・そもそも、お供えしないと、ご守護が頂けない、そんなケチくさい神様なのか?
要は本部や上の方々が、座して「月収」を得る為に、毎月のお供えを必要としているだけではないか。
以前、ある方の投稿で、「月次祭」は、信者からお供えを集めるために作られた決まりごとに過ぎない、とあった。 そう言えば、月次祭ばかりでなく、天理教でやっていることの殆どが、人間思案の、本部や上の人間が、左団扇で坐して金が入って来るために作られたものばかりではないか。
人助けをしたいなら、本部は、暖かい部屋で飽食してないで、においがけでも、路傍講演でもしたらよい。まず、自分達から動くべきである。 自分達は何もしようとせず、上から、きれいごとのご高説を垂れ、金の入るのを待つのみ。
日本人は、滅私奉公のマゾ的性向が染み付いている。何か、苦労や、辛いことをしないと、神様のご守護は頂けないものと、思い込んでいる。このような信者の思いを利用し、教団は、末端会長や信者の尻を叩く。「お尽くしは命の繋ぎ」と、つけあがる。
本部へお参りしたって、あの大きな賽銭箱に、金を入れる必要など無いのだ。有り難く親神、教祖に感謝して、御礼を申しあげ、多くても〇百円、あるいは数十円、小銭を喜捨させて貰えば充分なのだ。勿論、何も金を出す必要はない。お会いしに行くだけで、足を運ぶだけで、親神、教組は、「ようきた、ようきた」と、お喜びになる筈なのだ。
お供えを使うなら、上納金などではなく、日日、おたすけに苦労されている末端会長さんが、ご自分の教会の為、教会の信者さん達の為、地域の助けを必要としている人達の為に使う方が、神様、教祖のお心に叶うことだと思います。
本部の狡猾な洗脳から目覚めよう 様
>「お供え」は何故、月一回払わねばならないのか? 年一回だったら駄目なのか?
神様のご守護は一か月が有効期限なのか?
払わなくても、何の問題もありません。
>命の繋ぎ?・・そもそも、お供えしないと、ご守護が頂けない、そんなケチくさい神様なのか?
要は本部や上の方々が、座して「月収」を得る為に、毎月のお供えを必要としているだけではないか。
その通りです。
愛町の初代が言っていました。「その会長がが欲しいから言っているだけだよ」と。
>以前、ある方の投稿で、「月次祭」は、信者からお供えを集めるために作られた決まりごとに過ぎない、とあった。 そう言えば、月次祭ばかりでなく、天理教でやっていることの殆どが、人間思案の、本部や上の人間が、左団扇で坐して金が入って来るために作られたものばかりではないか。
そうです。組織運営の為にお金を集めるシステムを巧妙に作り上げました。
>人助けをしたいなら、本部は、暖かい部屋で飽食してないで、においがけでも、路傍講演でもしたらよい。まず、自分達から動くべきである。 自分達は何もしようとせず、上から、きれいごとのご高説を垂れ、金の入るのを待つのみ。
人を助けるという発想はありません。批判をして組織を去った人には詰所も使わせないと言っている。
自分と自分の子孫の事しか頭にはないです。本部内でも足の引っ張り合いをしています。
>日本人は、滅私奉公のマゾ的性向が染み付いている。何か、苦労や、辛いことをしないと、神様のご守護は頂けないものと、思い込んでいる。このような信者の思いを利用し、教団は、末端会長や信者の尻を叩く。「お尽くしは命の繋ぎ」と、つけあがる。
不幸を無理して喜ぶ(喜んだ振りをする)習慣が身に付いてしまっている。
>本部へお参りしたって、あの大きな賽銭箱に、金を入れる必要など無いのだ。有り難く親神、教祖に感謝して、御礼を申しあげ、多くても〇百円、あるいは数十円、小銭を喜捨させて貰えば充分なのだ。勿論、何も金を出す必要はない。お会いしに行くだけで、足を運ぶだけで、親神、教組は、「ようきた、ようきた」と、お喜びになる筈なのだ。
その通りです。
>お供えを使うなら、上納金などではなく、日日、おたすけに苦労されている末端会長さんが、ご自分の教会の為、教会の信者さん達の為、地域の助けを必要としている人達の為に使う方が、神様、教祖のお心に叶うことだと思います。
全く、その通りだと思います。
退職信者 さん
私は普通の人間です。
特別強い決断力や信念を持ち合わせている訳ではありません。
でも、仰られる事も良く分かります。
私の両親(特に母)が「ずっとやってきた」という言葉を何度も口にしてましたし、私自身は教会子弟という立場ですから「ずっとやってきた」事は少ないので行動を起こせたというのも確かです。
また、これまで手続き上の事や具体的な取り組みなどの問合せや相談は、教会長ご本人より後継者や子弟の方が多いという事実も退職信者さんの仰ることを証明していると思います。
>私が思うには、教団から離脱した方々が協力して、天理のアーケード街に事務所を開設し、書類の作成や提出方法など現実的で具体的な行動サポートをされたら、より多くの教会関係者が奴隷の様な状況から解放されるのではと思っております。
流石に事務所を開設することは出来ませんが、ネット上で相談を受け付け具体的なサポートをさせて頂いております。
申請書類の事、手続きの段取り、具体的な行動など、離脱を終えた経験者が『複数名』で応援、サポートさせて頂きます。
その奴隷のような環境から、組織への不満や愚痴を言う面従腹背の毎日から、「抜け出したい」と思う気持ちを具体的な行動に移して頂きたいと期待します。
再度申し上げますが、手続きや申請方法はそれ程難しい事でも専門知識を必要とする訳でもありません。
上級や大教会と真っ向から対峙して話し合いや解決するモノではなく、行政に対する書類の提出です。
上級や大教会がちょっかいを出してくるのも何ら法的権限や根拠もなく、「ずっとやってきた」から「部下教会を従わせよう」と勘違いしているだけです。
ほんの一歩、足を前に出して頂きたいと思います。
月次祭の実施日は末端から順番に振られています。最末端から順にお供えを集めて、最後は大教会に上がっていく。まずは最末端から7日、10日と兄弟教会が実施してお供えの集金をし、中間教会(上級)へ上納。中間教会は15日に月次祭。その上は19日に実施日し、最下位教会から上がったお供えをとりまとめる。最終の月次祭が24日で大教会。月次祭とは集金目的の行事で最下流教会から順番にお金が上へ上へと流れていくシステムなのです。日にちの設定が集金都合で設定されてることに最近気がつきました。私はアホでした。
月次祭をしろと教祖が言った訳じゃないのですね。毎月、トップにお金を集める為の、その流れを作る神の名を借りた狡猾なシステムなのですね。
匿名会長 様
よくお気づきになられました。少し酷い表現になりますが、正に、これが洗脳手段だったんですね。実に巧妙な仕掛けです。私は一信者に過ぎませんでしたが、所属教会、上級教会(大教会直轄)、大教会、本部のそれぞれの月次祭、さらには上級教会では月に一度「おつとめ学び会」があります。これらに行こうとすれば交通費だけで年金の五分の一以上が消えてしまいます。さらに、これにお供えが加わるわけですから付き合い切れないのが本当のところです。
天理時報に日参の実態をほめたたえる記事が出ることがありますが、バカげた洗脳手段に騙されないことを祈るばかりです。
日頃の火・水・風に感謝を忘れず、身の丈に合った生活を心がけることが、教祖の意に叶うと思っているんです。
現行の教会所属制度で一番矛盾を感じる出来事は、信者さんの葬儀の時です。500㎞以上も離れたところの信者さんの葬儀に、会長さんと住み込みの青年さんが駆けつけて祭官を勤められるのですが、喪主は二人の宿泊場所の確保はじめ交通費(高速道路使用料等)の負担等予想以上の費用が必要になります。このようなことをいつまで続けるのでしょうか。葬儀こそ信者さんの居住地区で行えばいいものをといつも思っているのです。
矛盾を一杯抱え込んだ教会制度が一日も早く無くなることを願っています。
退職信者 さん
加藤ハルアキ さん
私の父も後期高齢者教会長で、生活保護を受給しています。父以外の家族は教会を去り、父一人で教会をしています。信者数名しかいないので、おそらく上級の大教会には保護費の中からお供えを出していると思われます。
天理教を信仰しているというより、すがっている、寄生しているといった方がいいかもしれません。天理教以外に何もないのです。無理して天理教から離れることもない。数十年も信者をはじめ周りから「先生、先生」と呼ばれ今更現実を直視しなくてもいいのです。
最近は大教会や本部にめったに行かなくなりましたが、当時は、毎月のように高い旅費を支払って行ってました。大教会や詰め所に行くと、お仲間、お友達がたくさんいて、信仰の話をするでもなく、さながら仲良しクラブのごとく、談笑し酒を飲むだけです。月に一回同窓会があるようなものです。
きっと、このまま現役のうちに出直すのでしょう。その時は、大教会から別の誰かが来るだけなのです。
私も法務事務に携わっていますが、現実的は切羽詰まっていないと敷居は高いです。
どのみち、洗脳が解けたあとの行動ということになるでしょうから、洗脳状態の人はする必要がないのです。
洗脳から脱するときのあの恐怖はいまだに忘れられません。
洗脳が解けた状態で信仰しています。
自分の目で見て、自分の頭で考えて、人間を創造した神を信じて行動しています。
教内にはいろいろな人がいて、いろいろな事を言い立てます。
人間に高低は無いという教祖の教えを根拠として、教内組織で立場が上とされる人の言説も
鵜呑みにはしないで自分で判断します。これは当たり前でしょう!
因みに洗脳脱出恐怖感は単なる脅し文句におびえているだけの事です。
人類の親である親神様は天理教を離れた人たちを罰したりなどしません。
自分が結婚した時に住んでいた団地では、子供の同級生の母親で教会の娘さんだった方が
2人いました。天理から離れていると告白されましたが幸せに暮らしていました。
むしろ信仰している自分の方が困難な道を通っています。
天理を離れた人は他にも3人知り合いにいますがお供えする機会が無い状況でも、けっして
命がなくなることはありませんから安心なさってください。
つまり、人間には寿命が有るのだから信仰の有無で生死が決まるとは理論的にあり得ない事なのです。
明確に表統領の説は彼の洗脳された頭の中での妄想を説いているだけなのです。
話は変わりますが、自教会の会長の言説を聞いていると不安に感じることがあります。
やたら御霊様のお陰というのです。御霊様に感謝するという気持ちならばわかります。
そうではなく御霊様を親神様と同列に感じている様なお陰話をするのです。
私ら信者は御霊様を信じているわけではないのに、何をトチクルッテイル?
神の存在を感じることが人生経験上、まだ無いからなのか?
ここで浮かぶのが彼は神道派なのかという疑惑。
日本会議。天理教内にいるであろう神道派。
だめですよ!!!!!
天理教は神道ではないのですよ。
もしも天理教信者の中に日本会議のシンパがいたら、教祖の教えとは相いれないことを
教えてあげてください。
天理市出身の菅野完氏の著作を読めば日本会議がトンデモナイ連中だとわかります。
彼らは日本中で、今、仕上げの機会だとばかりに一気に攻めています。
東京都でもアノ小池さんがついに正体を現しています。
こんなアホなことをしようとしています。
東京都迷惑防止条例改正案によると以下が「ノー」となるそうです。
「みだりに」うろつくこと(取材等も対象に)
権力を批判するメール(SNS、ツイッターも)
国会前政府批判デモ、集会
首相夫人等をネットで批判
9条改憲反対などの民主的署名集め個別訪問
>上級の大教会には保護費の中からお供えを出していると思われます。
生活保護から献金させて教団を維持なんて、天理教は単なる貧困ビジネスやっているようなもんじゃないですか。そのうちホームレスを路上で拾ってきて生活保護を受けさせて、保護費の大半をピンハネして・・・となるのではないでしょうか。
>天理から離れていると告白されましたが幸せに暮らしていました。
>むしろ信仰している自分の方が困難な道を通っています。
創価学会を棄教した二世の人は「今はとっても幸せ。買い物や旅行といった人並みのことができるのは本当に楽しい」といっています。カルト新興宗教をやっている人の共通点は「全然幸せそうに見えない」です。
カルト新興宗教に対する最大の復讐は「幸せになること」です。これに尽きるといってもいいでしょう。
献金しないと地獄に落ちるとか命をとられるといって脅迫するカルト新興宗教は多いのですが、脅迫に負けてはいけません。天理教を棄教した人は必ず幸せになってください。これが天理教にとっては一番こたえることなのですから。
>生活保護から献金させて教団を維持なんて、天理教は単なる貧困ビジネスやっているようなもんじゃないですか。
既に『里親』が時報にも掲載される位全教あげてお勧めしてるじゃないですか。
家庭のない子供を引き取り、行政からの助成金や補助金を受取り、里子を教会の住み込み人か召使のように働かせ、天理教に洗脳していく。
ホームレスを扱った貧困ビジネスより質が悪いのは、里子の将来を奪ってしまうという点で悪質すぎます。
匿のとんちゃん様
>日本会議。天理教内にいるであろう神道派。
だめですよ!!!!!
天理教は神道ではないのですよ。
もしも天理教信者の中に日本会議のシンパがいたら、教祖の教えとは相いれないことを
教えてあげてください。
次期後継者さんの揮毫の言葉・・・『親孝行、夫婦仲良く』・・・これは意識してか無意識かはわかりませんし、なんでもないような言葉のように思われますが、戦前の修身、明治憲法下の教育勅語の思想を匂わせる言葉です。
(国民を統制、支配し、これから大陸に進出するにあたって滅私奉公させるために「天皇は臣民にとって恩のある親で神なのだ!」の洗脳の施策だったのです)
日本会議は戦前の大日本帝国憲法の時代への回帰を目論んでいるそうです。
天理教団は腐敗状態から日本会議寄りか?またはもろに影響を受けている、迎合している(繋がっているかも?です)と見受けられます。
傍観できない事案だと考えられますね。
教祖が案じておられた状況に再び自ら進んで行っているように感じられますね。
やはり正統のふりをした大異端でしょうか?
>やたら御霊様のお陰というのです。御霊様に感謝するという気持ちならばわかります。
そうではなく御霊様を親神様と同列に感じている様なお陰話をするのです。
私ら信者は御霊様を信じているわけではないのに、何をトチクルッテイル?
形(形式)はどうでもいいのですが、天理教各教会での祀り方・・・
この世作られたと説く親神と御霊様が同列に祀られていることに子供ながらに変だな〜と感じておりました。
先祖、祖先を敬うのは大事なことだと思いますが、祀り方に疑問が湧きますね。
昔の大教会では祖霊殿は神殿と別棟で建てられていたそうですね。
それを本部が良しとせず「一緒に祀れ」となったと聞きましたが・・・
しかし、本来なら別で祀るのが正統じゃないかと思われますが・・・
やはり祖霊を神格化するところが神道の影響を受けていると言えますね・・
神道のやり方、流れを取り去ると、お勤めとおさづけ以外は何もオリジナリティが無くなるからできないのだと思う。
注連縄を止め、大幣(榊)を止め、次は御簾(すだれ)が無くなるかもと言われていましたが、これはまだ取れないようです。
この間のことですが、笹の葉に酒を数滴つけたものでも良いと教祖は教えていると聞いたことがあります。
まあ、今の教団では新しい行事はできても、祭事は何も変えることができない
したくないし、できないのだろう。
歴史も浅く、教団(組織)を残していくために神道の枠の中で仕方なくやってきたことが、今になって足枷になっている。
教会制度は今の時代に合わない。
布教所と教会の自由度の差は歴然。
愛町の布教所を分教会にしたら大変なことになる。
これからは組織や形骸化してしまったものに縛られてはいけない。
神は いるといえばいる。いないといえばいない。以外略
大事なことは、教祖が何を伝えたかったのか
どうやって日々を過ごすのか
どうやって陽気に暮らしていけるのかを考えること
試される信仰心
組織や個人を信仰対象としては、間違った、ざんねんな方向へ向かいやすくなると思う
神と自分が大事
天理教を信仰している人が大変な苦労をしていて、天理教を信仰していない人が陽気で楽しい暮らしをしている現実があるということ。
匿のとんちゃん
2018年3月22日 4:07 PM
天理教は日本会議から相手にされてないですよ。日本会議は、現政権など自民党右派と呼ばれる派閥の最大支持母体ですが、現政権与党には創価学会政治部の公明党が入閣している。創価学会と天理教は犬猿の仲です。日本会議が近寄る分けない。日本会議の発起人は霊友会系ですしね。それに伊勢神宮や出雲大社など神道の大御所が入会している怪物連合体です。そこから比べたら天理教は微々たる物小物。
方や天理教の動きとして、自民系を中心に超党派の会 憲法九条を守る会? や 従軍慰安婦反対 などの左派的なロビーがかかっている状態です。
従軍慰安婦問題に関しては以前こちらのコメントで論破されていました。「従軍慰安婦の強制連行は無く、慰安所は現代で言う売春小屋で慰安婦は売春婦である。」とこれら慰安婦問題は日本ではさまざまな資料が出てきてその存在は売春婦であると確定されてます。韓国側では市民団体(韓国挺身隊問題対策協議会(かんこくていしんたいもんだいたいさくきょうぎかい)がいまだに騒いで国家ぐるみでやらされてしまっている状態なだけです。
韓国挺身隊問題対策協議会(かんこくていしんたいもんだいたいさくきょうぎかい
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E6%8C%BA%E8%BA%AB%E9%9A%8A%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%AF%BE%E7%AD%96%E5%8D%94%E8%AD%B0%E4%BC%9A
憲法九条護憲問題も宗教関係者は引っ掛かりやすい(騙され易い)問題でしょう。
条文
1日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
との内容ですが、これが制定されたのはGHQの占領下です。
日本国憲法
1947年(昭和22年)5月3日に施行された[1]。ブルジョア憲法(資本主義憲法)の一種。
昭和憲法(しょうわけんぽう)、あるいは単に現行憲法(げんこうけんぽう)とも呼ばれる。
1945年(昭和20年)8月15日に、ポツダム宣言を受諾して連合国に対し降伏した日本政府は、そこに要求された「日本軍の無条件降伏」「日本の民主主義的傾向の復活強化」「基本的人権の尊重」「平和政治」「国民の自由意思による政治形態の決定」などにより、事実上憲法改正の法的義務を負うことになった。そこで連合国軍占領中に連合国軍最高司令官総司令部の監督の下で「憲法改正草案要綱」を作成し[4]、その後の紆余曲折を経て起草された新憲法案は、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続に従い、1946年(昭和21年)5月16日の第90回帝国議会の審議を経て若干の修正を受けた後、同年1946年(昭和21年)11月3日に日本国憲法として公布され、その6か月後の翌年1947年(昭和22年)5月3日に施行された
https://goo.gl/EF8o7O
憲法九条が何故改正されなかったか?
吉田ドクトリン
吉田ドクトリン(よしだドクトリン)は、日本国憲法の制限の中で安全保障の多くをアメリカ合衆国に担って貰い、日本政府は予算を経済成長と経済発展を最優先課題とした軽武装・経済外交に基づく国家方針・国家戦略[1][2]。戦後、内閣総理大臣としてこの方針を打ち出した吉田茂にちなんで呼称される[3]。
吉田の狙いは、国力の全てを第二次世界大戦後の疲弊した日本の経済復興に充て、その間の国防をアメリカ合衆国に担わせることにあった。アメリカ合衆国は朝鮮戦争勃発後になって日本の軍事費を増加させるよう再三要求したが、吉田率いる日本政府は日本国憲法のうち第9条の「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と定めた条文を盾に警察予備隊と海上警備隊から保安隊・警備隊、最終的に1954年に陸上自衛隊と海上自衛隊を創設したが歳出を占める軍事費の割合を増やすことを拒んだ。
第二次世界大戦で疲弊した日本は朝鮮戦争での再びの疲弊を避ける為にとった策なだけです。
江戸の開発を理由に朝鮮出兵を断った徳川家康と同じです。
憲法九条は平和憲法か?
【憲法九条は平和憲法】等との言い分が官邸前デモ等をしている人間左派と思わしき反日反国家分子の言い分です。
米国は日本の軍備増強を懇願している。
米国はオバマ大統領時代に「世界の警察をやめる」と成って中東はじめ極東アジア等世界中で紛争が勃発しました。この大統領の政策に猛反対したのが国防省ペンタゴンです。 中国が付け上がり南シナ海に軍事基地建設、日本では尖閣諸島問題が起こりました。オバマ大統領の末期には、米軍艦船が中国近海を威嚇航行したのは皆さんもご存知でしょう。
米国が世界の警察を辞めたといった理由は軍事費が国庫を圧迫しているからです。ここで米国はお財布国家日本に軍事的独立を要求し、極東アジアの出城として強化したいのです。その証拠として、今までは旅客機の開発も反対していたのに、現在では独自の戦闘機開発もOKしたのです。
国産ステルス機、初飛行=次期戦闘機開発向け
https://www.youtube.com/watch?v=_0AjLV1bUJw
つまり同盟国米国は日本には採算分離で極東アジア情勢を押さえさせる方針です。
それをされると困る国が【憲法九条は平和憲法】とほのめかしたり【九条改正反対】をしてるのです。つまりそれは中国です。中国は四方八方を侵略しようと拡張政策を取っています。日本での尖閣問題もその一部です。
中国共産党など共産党の起こり以来ウソの情報を敵国に流すのがお家芸です。なので日本国内で官邸前デモなどで踊らされている人々 その中には東大教授など旧帝大の教授ですらだまされているのです。上野千鶴子などはいい例です。
日本の同盟国は米国です。その同盟国は日本の軍事拡張を戦後早々要求しているという状態なのに、憲法改正反対するのはおかしいですよね?
憲法は絶対的存在でなく、創り出したり改正するものです。 しかし日本の憲法学者はほとんど護憲派でまるで憲法九条教と言われています。憲法学者が憲法のしもべな時点で学者失格です。
憲法学者の中では 東大の井上達夫が誠実な論者です。
【朝生】ウーマン村本が井上達夫に徹底論破され大炎上となる問題発言を吐き捨てる《田原も大発狂》
https://www.youtube.com/watch?v=mC5cTYvEqRs
匿名 様(2018年3月22日 11:30 PM)
何とかならない中で、少なし御霊様信仰ではないと認識しつつリアル人生を充実させたいと思います。
解説ありがとうございました。
天理教は左派に食い物にされてる弱者 様(2018年3月23日 11:24 AM)
自滅的日本人と自滅的似非用木 様(2018年3月23日 12:09 PM)
お二方、コメントありがとうございました。
歴史の勉強は退屈でサボっていた者ですから、真正面からの受け答えができずすみません。
無学の者と切り捨てて頂いて構いません。
せっかく貴重なお時間とエネルギーを注いで下さったお二人のコメントに、答えられるだけの
学問的下地が自分には無いのが残念です。
ただ、友人、知人が大陸からの引き上げ経験を語ってくれた際には、リアル歴史を学ばせて
もらった感がしたものでした。
大陸での父上の仕事が満鉄総裁のお抱え運転手だった友人一家の話とか、従軍看護婦として
引き上げる際、わずかな私物も持ち帰りをとがめられ、イギリス兵に港の岸壁から私物を
海中に投げ入れられたとか、戦争における一般市民の艱難苦労話は自分の歴史知識欠如を
補ってくれました。
近所に住むお婆さんが生前、スーパーの入口で語った戦後史の一部は従軍慰安婦に関する
ものでした。(なぜ自分に語り掛けてきたかは不明。)
≫これら慰安婦問題は日本ではさまざまな資料が出てきてその存在は売春婦であると確定されてます。
頂いた上記のコメントに関して、そのお婆さん=当事者から偶然聞かされた内容では日本人だけで
はなく外国人(白人)もいたこと、日本人の大陸からの引き上げには、そのお婆さんがリーダーと
なるしかない状況下で苦労して帰ってきたそうです。
勿論、数か所に存在した施設だったから、これは一例にすぎません。彼女が訴えたかったことは、
日本軍の非道さ・卑怯なふるまいでした。女たちを取り残して軍は先に引き上げたそうです。
国に見捨てられたそうです。それが戦争というものの一面だったのです。
職業的売春婦だったから捨てられたのでしょうか?売春婦として貶めた者たちがいたことは事実です。
戦争だったから仕方ないというのであれば、なおの事、戦争をするわけにはいかないのです。
まぁ、こんな些末な事例を書いたところで、戦争反対の気持ちを理解してただくことは難しい
かもしれません。
ただ、一つの物事の見方として言えるのは、戦争体験、戦時中の生活を体験した方々は、
金輪際、戦争をしてはいけないという事が骨身にしみているから、デモなどを通じて
戦後生まれの我々に教えてくれているのだと思えます。
それも一つの貴重な発言ですね。お二人のコメントも同じように貴重なご発言として、
自分の考えを深める参考にさせていただきます。
ありがとうございました。
動画を削除したチキン 様(2018年3月22日 9:17 PM)
&
チキン 様(2018年3月22日 10:38 PM)
&
いほり 様(2018年3月23日 10:46 AM)
コメントありがとうございました。
一般社会では「親孝行」は教える事柄ではなく、生きていく中で経験することも有るだろうし
無いかもしれないような事柄と思っていればお互いに追い詰めることも無く、気が楽になります。
戦前回帰をもくろむ人たちは、果たして親孝行を実践しているのか、もしくは子弟から大切に
され、親孝行のお陰をこうむっているのか、質問してみたい点です(笑)
何が言いたいかと言えば、「親孝行」は個人的な事、個別の家庭の事情によるものなのに、
あえて現代に持ち出しても大方の人は「はぁ?」ですよね。
チキンさん、例のもの、拝見していますよ。大丈夫ですか?
信仰は一人一人の心の中のことなので、家族の中でも捉え方は違いますね。我が家もそうです。
この社会学のようなばを提供してくださる方のお陰で思いを書くことができ、ありがたく思っています。
自分はチキンさんのように顔出しして伝えるという事は考えてもみませんでした。
新たな時代が始まったのかもしれませんね。応援しています。でも、慎重に!!!
天理時報購読部数10年間の比較データがみちのともに記載されていた。4月号。
購読部数 平成20年 128645部。平成29年 89176部。10年間で実に31パーセント減。
購読部数0部教会 4825件。
1部から10部教会が9265件。(38092部と記載があるので1教会平均4、1部)
ちなみに行事は月次祭だけと言う日頃はシーンとして空気の流れの無い、不活動教会の当教会は3部です。ですから4、1部と言うのは活気が無くてほとんど実質的な活動をしていない教会だと想像出来ます。
ぼんやりとした全体像ですが、日頃布教活動していない静まり返った教会が85パーセントに上ると言う事でしょうか。
今後このペースで減少すれば、10年後は61531部。20年後は42456部。道友社は破綻するでしょう。
減少率のペースはもっと加速すると思われます。
教団本体も同様で今後、限りなく低空飛行し、老朽化した建物だけが寒々しく残るのでしょう。教祖の顔に泥を塗ってる自覚があるのでしょうか。嘘とハッタリで上層部に良心が無いから出来る業だろう。
匿のとんちゃん
2018年3月23日 6:20 PM
白人に関しては、白馬事件やスラマン慰安所事件といわれるものでしょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%83%B3%E6%85%B0%E5%AE%89%E6%89%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6
しかしこれに関しても漫画家小林よしのり が反論していましたので貼って置きます。
小林よしのりライジング
白馬事件とオランダの過剰な
http://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar495642
基本東京裁判で裁かれた事柄は偽証がほとんどだといわれています。
南京大虐殺は何万人だったのか? 年々増え今では30万人 当時の南京の人口が10万そこそこだったのに?
従軍慰安婦の強制連行はあったのか?まずこの日本語がおかしいです。連行は強制的に行われるので、強制連行 という日本語は存在しません。つまり日本人は敗戦国なので戦勝国の連合軍の言い分を甘んじて受けるしかなかったということです。
満州引き上げ者に関しては、白人だけでなく、中国人や朝鮮人 現代の韓国人も暴行 性暴行はじめ殺害惨殺もされてます。そして日本軍も解散させられてからです。唯一命令を無視した一部の隊が当時の八路軍(毛沢東)中華人民共和国とロシア軍に応戦していたのがやっとだったのでしょう。
引き上げ者の話に関しては欧米の教科書にも採用されている
“竹林はるか遠く”
が参考に成るでしょう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E6%9E%97%E3%81%AF%E3%82%8B%E3%81%8B%E9%81%A0%E3%81%8F-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E5%B0%91%E5%A5%B3%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%BD%93%E9%A8%93%E8%A8%98
そんな天理教も当時満州に天理村という開拓地を持っていました。
天理鉄道
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%90%86%E9%89%84%E9%81%93
教派神道だったおかげでしょうね。国の庇護の下大分潤ってたようです。
戦後天理教も独立して初めはよかったが現在では寄付の強要をしているようですね。また神社本庁の傘下にでも入って神道に成った方が今後は潤います。
独立後は 左派で反国家的思想が天理教には目立ちます。教祖中山みき が当時の警察に苦しめられた話を誇張しすぎなのではないでしょうか? 本部や各協会でも 違法行為をさらっと容認する言動が目立つそうですね。それをカルトというので本当にお気をつけに成った方がよろしいです。
天理教教祖の物語「扉はひらかれた」
https://www.youtube.com/watch?v=DGLcPWB4r14&t=480s
以前コメントに書かれていた 相良準三, 宮坂政男, 八島英雄脚本「扉はひらかれた」をなぜ本部が発売禁止にしたのか?見ていて気がついたのですが、天理教の中山みき は仏教の熱心な信仰者で天理教の教義を見ていても仏教の亜流 あるいは各種宗教の良い所取り宗教だとわかりました。中山みき は良く言えば影響を受けた。となるでしょう。しかし所詮新宗教なので悪く言えばパクリといいようしかない。現に天理教の皆さん「陽気暮らし」してますか?どんな言葉で繕っても現実は今や拝金宗教つまり本音は陽気暮らしは出来ていないとなります。天理教自体も教義書も見ても陽気ぐらいの答えを教えてないとしか思えない。中山みき事態も陽気暮らしについて語っているようですが感想文程度で論知的ではない。やはり残念ながら所詮新宗教特有のパクリとしか言いようが無いです。面白いのが他の宗教を学ぶと天理教の人間が求めている答えが書いてある。つまりその影響を受けた宗教の協議書達です。仏教をはじめ東洋の宗教を皆さんも機会をもって学ぶことをお勧めします。現教団もこの動画や各種出版物の発売禁止をし検閲をかけてきて体裁維持を図っていたようです。しかし本質的に教祖中山みきの足取りを史実に基づいて語ることが本当の 雛形 でしょう。つまり天理教は不誠実である。何が誠真実ですか? こんな言葉使うのは100年早い ただの嘘吐き集団へと成り下がってしまいましたね。教祖のひながた をも 改竄する不誠実な輩 それが中山みきの 出来の悪い子孫が音頭取っている天理教と名乗る中山血族本部天理教団 というおろかな 天地逆様 な親不孝推進教団だということになります。
用木の皆さん騙されてはいけません。教祖の真実の雛形を取り戻しましょう。
自滅的日本人と自滅的似非用木
2018年3月23日 12:09 PM様
>日本の同盟国は米国です。その同盟国は日本の軍事拡張を戦後早々要求しているという状態なのに、憲法改正反対するのはおかしいですよね?
この場でこのような改憲論を述べられるのは場違い感があるように思われますし、あえて議論するつもりもありませんが、「アメリカは同盟国!」とおっしゃられますがアメリカさんは日本のことを同盟国だと思っていないように思いますが・・・
日本はアメリカの属国、実態は植民地でしょう・・隷属している状態でしょう・・・
同盟国だなんてアメリカさんを買いかぶり?すぎじゃござんせんか(笑)
それこそ平和ボケと言わざるをえません・・・
もう少しアメリカと言う国の本質を見た方が良いと多いますよ・・・
例えば南米チリで1973年9月11日の軍部のクーデターまでにアメリカが何をやったか?(「チリの闘い」というドキュメンタリー映画で知られています。)
他にも枚挙にいとまが無いほどアメリカという国は世界各地でいろんな工作をやらかして混乱に陥れています。世界の警察というより世界のヤクザと言った方が的を得ているのではありませんか。
これら歴史の事実がアメリカという国家の正体を如実に表していますね。
ここは天理教関係のサイトとなっております。
教祖はこの人類の危機を危惧されて筆先に残されました。その中でとうじん(唐人)に注意せよ?的なことをおっしゃられていると思いますが私はこの唐人はアメリカ(広義ではアングロサクソンWASP)のことではないのかな?と感じています。
アメリカとの戦争の末期での民間人に対する無差別大量爆撃による殺戮(原爆投下も含む)などこれも歴史的事実が物語っていてアメリカの本質を顕しているように感じます。
まあ、人それぞれ感じ方や捉え方があって良いとは思いますが事実関係はきっちり押さえておかないといろんな意味でまずい、同じ過ちを繰り返すことになりかねないと思われますがいかがでしょうか。(だからと言って憲法を何が何でも変えてはいけないとは思いませんが・・・)
反WASP
2018年3月23日 10:15 PM
Q日本はアメリカの属国、実態は植民地でしょう・・隷属している状態でしょう・・・
同盟国だなんてアメリカさんを買いかぶり?すぎじゃござんせんか(笑)
それこそ平和ボケと言わざるをえません・・・
A同盟国で無く、隷属関係 それはもちろんそういう状態ですその状態を導き変更してないのは吉田茂の吉田ドクトリンだということです。つまりあなたのおっしゃるように同盟国を事実上放棄し隷属関係のままで甘んじているのが日本人自身だということ、つまり米国の問題でなく日本事態の問題と成るわけで平和ボケと成るのは日本人事態です。
WASP (ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)はメイフラワー号からなるアメリカ建国神話の一部、陰謀論では彼らが支配しているそれもわかります。
Qアメリカという国は世界各地でいろんな工作をやらかして混乱に陥れています。世界の警察というより世界のヤクザと言った方が的を得ているのではありませんか。
Aこれは米国に限った事ではなく、ロシア 中国 英国 フランス等国であればどこの国も大小工作活動は行ってます。警察 軍 やくざ どの表現も間違っていませんが、国家というものの本質はそういうものです。なので米国だけが悪いという表現をされたいのであれば間違いだということです。
東京大空襲や原爆投下の民間人大量虐殺は許しがたい戦争犯罪ではあります。しかし後の朝鮮戦争での原爆使用が出来ない世界中からの非難という代償として払わなくてはいけませんでした。日本の勝利意向実際米国はベトナムで敗戦 中東でも結果撤退を余儀なくされるわけです。
WASP(ワスプ)とは、「ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント」 おそらく白豪主義の話をしたいのでしょう。
しかし唐人問題も欧米の白豪主義だけがとお思いなら間違いです。方や唐人の本場中国でも中華思想という自民族中心主義がありまさにこれも唐人と言えることでしょう。
総括すると反WASP氏の発言にも相当の偏りが見られます。反WASPと名が体をなしているのでしょうがそれに、あたかも事実のようにお書きになっていますが、残念ながらあなたの言論も日本人的でなくおそらく共産圏中国というよりロシアや旧ソ連の米国批判に近いものに成っています。
安易に批判される前に良く読んでから批判してください。
ですが私が「自滅的日本人と自滅的似非用木」と名を打った様にそれを反WASP氏が体現してくださった事にお気づきに成ってもらえるとうれしいのですがね。
ここは天理教のサイトです。等という前にコメントの流れをよく読まれることもお勧めします。
匿のとんちゃん
2018年3月23日 6:20 PM
の憲法や戦争など政治のコメントに対して返信したのです。
もっと視野を広く持って政治等治める事を考えないと間違った方向それこそ繰り返しになります。
自滅的日本人と自滅的似非用木様へ
2018年3月23日 11:23 PM
政治も宗教もそれが正義だと正義感にかられ騙されていくのだとわかりました。本部や大教会上級に騙された自分がなんとも情けない。政治は逃れられないが宗教はやめたらいいわけですのでやめる決心がつきました。天理教団もご守護ご守護と連呼してるだけの実現できない某デモ隊と同じですわ
自滅的日本人と自滅的似非用木様
>東京大空襲や原爆投下の民間人大量虐殺は許しがたい戦争犯罪ではあります。しかし後の朝鮮戦争での原爆使用が出来ない世界中からの非難という代償として払わなくてはいけませんでした。日本の勝利意向実際米国はベトナムで敗戦 中東でも結果撤退を余儀なくされるわけです。
あなた様は非常に知識も豊富で頭脳明晰な方とお見受けしました。またいろんな考え見方で大変勉強になりお礼を申し上げる次第です。
しかしながら、朝鮮戦争で核を使用できないために日本人が大量に焼き殺されるのはやむを得なかった、致し方なかった、払わねばならない代償だった・・・というのはどうなんでしょう?・・・
日本人の発言とは到底思えませんが・・・
また、アメリカのベトナムや中東からの撤退についても余儀無くされるというより、そもそも他人の家に土足で上がり込んで暴れまわって殺戮をしただけのように思うのですが・・・
私の歴史認識が甘いのでしょうかね?
あなた様は極めて親米のように感じられるのですが気のせいですかね?
一言言えるのはアメリカさんは一体今まで無辜の人々を何人殺してきているのか?といういたってわかりやすい判断材料があると思うのですが・・・
(あなた様の言い分だとそれはアメリカだけじゃ無いどこの国でもやっていることだ・・・ということでしょうか?アメリカが同盟国だとおっしゃったのでアメリカさんについて述べさせていただいております。)
私の言っていることおかしいでしょうか?
疑問に感じましたのでコメントさせていただきました。
Q しかしながら、朝鮮戦争で核を使用できないために日本人が大量に焼き殺されるのはやむを得なかった、致し方なかった、払わねばならない代償だった・・・というのはどうなんでしょう?・・・
Qアメリカのベトナムや中東からの撤退についても余儀無くされるというより、そもそも他人の家に土足で上がり込んで暴れまわって殺戮をしただけのように思うのですが・・・
私の歴史認識が甘いのでしょうかね?
Aけして歴史認識も日本人としての思いも間違ってないとおもいます。それに私の論調を見ると親米だと思われるのもたしかかだと思います。
では解説します。
私が語ってるのは、現在から未来に対しての現実的政治バランスの話です。確かに歴史的に原爆投下されイエローモンキーだから殺して良しとした米国はにくいでしょう。方や鬼畜米英と言っていた我らの祖先もいたのです。これは武力衝突してるときの政治姿勢でしょう。GHQの占領下におかれ憲法九条により武力行使を放棄した状態なので今や植民地と思わしき米国の保護国家状態であるのはたしかです。つまり憲法九条改正しないと保護国家状態でいる自立できない国家といえない状態といえます。何故ならば国家とは領土 人民 排他的権力と大きく三要素に分かれるといわれます。現行憲法ではこの排他的権力 軍事を現実では自衛隊として存在しているのに憲法として明文化されているのは否定文と矛盾を抱えた状態になっています。では成文では否定していて現実に存在しているこの矛盾と現実を実現させたのは、解釈会見という考え方です。これは自衛隊は軍隊ではないです。戦艦で無く護衛艦です。と成分的に言い方を変えて実現させているのです。では軍隊を廃止軍事を廃止にすればいいじゃないですか?というのと、国家三要素 排他的権力の行使 は真っ向からぶつかるわけですし、排他的権力を持たない国は侵略され滅びるのが常です。「ポリネシア方面に軍隊を持ってない国がある」などの意見もございますがそういった国は、軍隊並みに強化された警察や国境警備隊があったり第三国の軍事協力があるのが現実です。
何故親米的に聞こえるのか?
それは軍事バランス的に米国が同盟国であって敵国でなくてよいという考えです。米国は軍事大国を超えた超軍事大国です。中ロ英仏など軍事上位国を足しても足らないほどの軍事力を持っています。なのでこの国を敵国にしたら第二次世界大戦後よりももっと酷い惨敗をするのは目に見えているという現実が有るからです。
悲しい現実でしょうが国家間のバランスは軍事と経済で成り立っています。そして今ではネットのような情報空間もその戦場になっています。
かつて欧米視点からアジア各国の植民地争奪戦をグレートゲームと呼んでいましたが、現代はそのフィールドは世界中地球全土に広がっているのが現状で今後は宇宙にもそのフィールドは広がるでしょう。
国家バランスはパワーゲームなのです。
現実は理想通りにいかない。とは聞きなれた言葉で、政治にもそれは理想はございますが資本主義と共産主義の対立は未だ終わらない現状ですがどちらの主義も未だ理想とは言いがたいのが本音でもあります。方やそれらのつらい現実から救うのが宗教であるはずなのにこの天理教は教祖の教義まで改竄するほどの落ちぶれようで人身救済どころか教団自体が救済を受けるべき危機的状態でしょう。まず教義改竄したもの達を探し出して公開処刑に処するべきです。教義改竄した人間はもちろん皆さんのご存知の方々ばかりでしょう。宗教は政治よりも崇高であるべきであるのは勿論の事 しかし教団の上層部はもう知的問題が発生しているので自らの過ちも気が付けないほどの愚者なのでしょう。 何をきれいごとを言っても、失敗に終わった共産主義はおろか、拝金主義では資本主義以下でもあるわけです。 「世間は汚い?」 それを発している自らの世界自らの心のほうが汚いしかしそれを啓発する人材がいないのがこの教団の病理とも言えるでしょう。なにか特効薬はないかと考えても、末期だとどんな特効薬も名医も無意味というのも現実です。
ここは宗教のサイトでしょう しかし 天理教社会学という名前で社会学視点で考察するなら、そこには教団内の決定事項政治的影響も大いにかかわるのです。宗教と政治は全然違うように見えるでしょうが実際はほど違いはございません。 憲法は改正すべきか否か?という議論はもちろんすべきです。 しかし宗教で教祖の教義を改竄していいなんて議論は発生しないだけでしょう。 教義改ざんされたものを宗教学では偽教と言われ相手にされない三文文献になります。つまり 「ご恩法事は金」と言ってしまい訂正も是正もしないこの偽教は三文教義であると言うことです。
長々と書きましたが、長文に成るであろうと見越して大分割愛して書きましたので行間の読解は皆様にお任せします。
けっして皆様のような人身救済を真摯に考えている信仰者を否定してるのではなく、あなた達を平気で騙すこの教団を残していけない変われないなら消えるまでと教祖の思いをしたい代弁させて頂きました。
こんにちわ 読ませて頂きましたが私は難しすぎて熟慮には至りませんが、最後の文面
「けっして皆様のような人身救済を真摯に考えている信仰者を否定してるのではなく、あなた達を平気で騙すこの教団を残していけない変われないなら消えるまでと教祖の思いをしたい代弁させて頂きました。」
はなんとなく分かりますね。家柄生まれだけで本当に優遇されるこの組織はおかしい おやさまはおっしゃってない わけですからウソを押し通しているのは現教団ではもう末期でしょう。
先日内統領 表統領 の顔を過去の天理時報で見ましたが、肥満体のおじさん2人が教団の顔ではと思いました。自分の管理が甘いから肥満になるわけで自分の体系管理も出来ない人が他人をはじめ組織という多くの人を管理できるわけはございませんよね。
中田?山澤?名家か何か知りませんが、本部という内輪で名にやってるんですか?頭悪いとしか思いません。私みたいな末端には何も関係ないので「早く教団から消え去ってほしい」と思います。社会性の欠如を始め違法行為まで推進してるなら宗教家以前の問題だと言う事を再度自覚して頂きたい。
みちのとも立教180年年間統計の教区教人の欄に不明5,774人とありましたが、これは何ですか?
質問 様
教徒は、亡くなると本部に連絡する必要があるようです。私は教会を離れて(参拝しなくなって)6年が過ぎましたが教徒登録されています。登録を抹消してくれれば一層気が楽になるのですが、簡単に抹消してくれません。仕方がないので、死んでも教会に連絡しないように家族に言ってあります。
教団本部は、くだらない統計をしているんです。ただ、不明の意味は分かりません。
道の友立教179年180年年間統計の比較です。(P76)
立教179年(平成28年) 別席者 70087 (初席 中席 満席の合計人数)
180年(平成29年) 別席者 51281 ( 同上 )
別席者のべ人数が一年間で、約19000人の減少です。
この様子だと今年の別席者数は、3万人近くまで減少しそうですね。
別席場が完成した年の10月26日の午後席だけで、一万人の長蛇の列が出来たと教祖物語5巻に書かれています。
天理教本部は、本当に沈みゆく泥船ですね。
布教部長や次長は、どんな顔してるか見たいものです。
どうせつまらない人間だと思いますが。
信者さんのお供えで食べさせてもらっているんだ、と言われれば子供心にも納得してしまう。縦の布教の恐ろしさが身に染みる教会の子供達。こうして夢も希望もむしり取られて行くんです。
どなたか本部月次祭の様子を(神殿内は無理でしょうから、せめて周囲だけでも)動画あるいは写真に撮って、どこかのサイトへアップロードしていただけないでしょうか?
天理教HPのWEB動画は人が密集している部分だけを写しているとしか思えません。
現実が知りたいです。
自滅的日本人と自滅的似非用木様
間が空きまして恐縮です。長文にての解説ありがとうございました。
そこで、せっかく解説いただいたので、このサイトにはあまりふさわしく無いかもしれませんが、具体的にどのようにしていけば良いのか見解をお聞きしたいと思うのですが・・・
私的に感じるのはやはり核武装や徴兵制度は仕方ないことになるのでしょうか?
また、今の安倍政権(日本会議?)が推し進めている戦前回帰的な動きもやむを得ないものなのでしょうか?
私が思うになんだかんだ言っても結局はアメリカの思惑どうりに動かざるを得ない・・・独立すると言ってもアメリカの支配下での独立?アメリカの世界戦略の計画内での独立?になるのでは無いかと思われるのですが・・・
あとはやはり教育でしょうか。独立の気概を子供たちにどうやって持ってもらうか?今の政権は幼稚園児に教育勅語を唱和暗唱させる事を良しとするような動きを見せ戦前回帰しようというような極端な動きを見せているように思われます。
政権の閣僚の大部分が日本会議に属しているようで右傾化?していると言えるのでは無いかと思われますが・・・
国旗国歌法でも自主的な愛国心を育てるのでは無しに上からの圧力によって強制的に思想を押し付けるような事になっているのでは無いかと思われます。非常に息苦しいものを感じますが・・・
愛国心に関してはこれから外国人の流入も今まで以上に多くなると思われ日本という国、国家に帰属するという意識が希薄になってくるのでは?と感じます。
これらの問題に関しては答えは無いかもしれませんが見解をお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします。
いほり 様
既にご存知のことと思いますが、天理教ライブカメラ・アーカイブスをご覧になれば如何ですか。
http://tenrikyo.jp/yoboku/wp-content/cam/archives.php
ただ、現在は黒門の解体工事中で神殿の様子は見ることは出来ません。
反WASP
2018年3月25日 11:32 AM
返信を書いていたのですが、消えてしまいました。また長文だったため書く気力を失ってしまいました。
なので簡単に率直に書きます。
徴兵制は戦争末期にでも成らないと起こらないでしょう。戦前回帰も起こりません。このような論調はTVはじめ左派的論調で視聴者のあおり視聴率を上げるためと政敵の安倍伸三を倒す為だけに利用されてます。それぐらい安部自民党の憲法改憲をされると困る国とはどこか?と考えれば察しの着くことで、大本は中国共産党が日本の共産党と共闘していると言われています。
核武装は別に悪いことではございません。理想は武装中立 これこそ真の独立国家です。しかし現代の世界は国家の空白が無い状態なので近隣諸国や地球の裏側までも交流をしなくてはいけない状態なので、古い言い方をすれば、強く信用ある一等国である事現代でも必須なだけです。
本当に心配なのは、インターネットという世界とつながった道具に日本人の認識が追いついていないことだと思います。この目まぐるしい世界情勢も確かに心配です。しかし起こるまではわかりません。まさかという事で戦争は起こります。偶発的誤射や経済摩擦でもです。国家があるから駄目なので!と左派はいい 「地球市民」という造語をよく使ってますが、これは地球連邦 地球国 などの形態になるので、これもまた一部の支配者の管理化に置かれるという恐ろしい状態ですし、また地球外の敵でも現れない限りこのような連合体の形成はされないでしょう。 そもそも現在EUヨーロッパ諸国連合のような国家を超える規模の構成主義は英国の離脱とともに実質上失敗に終わりました。なので国家も消える事は無いでしょう。国家への愛国心と帰属意識は、今後強まっていくと思います。そもそも国家なくしてパスポートという信用も寄与されませんのでその信用なくしてどこにも移動できません。それに愛国心は、自発的に芽生えるものではなく、国家という家族、地域、藩などの集合体を統合する為に出来たものでので、国家から与えられその国家からの恩恵があり国家への愛国心が芽生えるのです。今の日本は総合的に考えても超先進国であるがゆえにこの国にいる幸せを感じられないのもあるでしょう。
戦後占領軍であったGHQは反WASP様のおっしゃるように、日本人が白人の最強の敵で脅威に感じたがゆえにしたことがたくさんあります。日本国憲法もGHQという他国が作ったものです。これは異常です。それにWGIPウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(英語:War Guilt Information Program)敗戦史観を日本の教育に盛り込みました。これは日本人に戦争は悪で、君達の祖先は悪い事をしたんだ!と言うことです。あと公職追放と良い、これはレッドパージの逆で、日本の優秀な日本人を役職から追放して、反国家分子を刑務所から開放して占領政策の要員に利用したのです。現に東京大学を始め旧帝大には左派教授が多いのです。つまり天下の東大であっても戦後左派の御用聞き学者に成り下がってしまっているのです。つまり骨抜き国家にされたのです。なので現代でも憲法改正と他国では数十回数百回もしていることですら日本はできないのです。彼ら敗戦利得者のエリート左翼がそれにしがみついているのが現状です。
なので、一般の日本人は右傾化の心配より左傾化していた事にすら気がつけないのです。それは未だに敗戦国意識を持っているからです。よく安倍伸三が戦後レジウム(つづく旧体制)といてますがそれは上記に書かれた国家の役割をなせないネジレタ組織構造をさしているのでしょう。
とこんな事を語っているうちに、どこぞの宗教団体と似てきましたね(笑)
前回も書きましたが、憲法改正議論はもっとすべきです。もっと多角的にさまざまな情報を日本国民に提供すべきTVメディアの怠慢ともいえますが、情報は自ら求めなくては行けないともいえます。
それにこの教団の競技改竄は許せるのでしょうか?教祖はおろか親が身への冒涜と答えははっきりしています。「竜頭が狂えば?みな狂う」天理教に所属している人、中田善亮の似非教理を是とする人間はみんな狂ってると教祖の言葉でもうすでに語られている。
天理おやさと研究所 のてだれ論客でも現れてねじ伏せに来れば良いがこれないでしょう 彼らも戦後御用聞き学者のように、中山の御用聞きに成り下がったというわけです。中田善亮の教祖や神を冒涜した似非教理を批判もできない研究所は何を研究しているのでしょう。
ろくでもない学問や道理論理に不誠実な学者は学者にあらず。はじをしれ 神から罰せられる日が来るでしょ。
理の違いは気の違い 現代で言う精神病状態に現教団の者たちがなるのは当然と教祖と親神が言っているんです。
神の用木よ いつ立ち上がるのですか?
と問いかけて終わりにしましょう。
私は一読者として天理教社会さんの記事とコメントを見守らせていただきます。意見交換ましてや論争 討論でも良い自由な言論の場であるからこそ淘汰され誠実な答えが導き出される。それを邪魔するものは人間と学問と歴史と文明の敵である。つまり現天理教団は人類の敵に成り下がった。天理教というのもかわいそうだその舵を担う中山家が人類の敵になっている事を再度認識させて頂きました。
自滅的日本人と似非用木と似非教理の共通点様と反WASP様のコメントを興味深く拝見させていただいてます。
一見こちらのサイトとは関係ないかのような話題ではありますが、教団の問題とリンクしてる部分多くあると感じました。
どちらの問題も当事者である信者、あるいは国民が、次々と後出しで出てくる情報や現実に困惑し、非常に困惑混乱しています。段々わかってきたのは、真実や本当の核心の情報が伏せられている為、正しい判断が出来ていなかったのではないかという疑惑で、皆少しづつ目が覚め始めていると思います。
今迄はひとまかせであったことも、主体的に物事を調べて熟慮しなければ、非常に危険だと思い始めています。
自滅的日本人と似非用木と似非教理の共通点様のお話は、大変勉強になりました。
しかし、今自分が危惧していることは、下記のHPに載っている様なことなのですが、自滅的日本人と似非用木と似非教理の共通点様は、こういった件についてはどの様に思われますでしょうか?
日本会議のような天皇制国家復活の思想を元にした考え方の方が国民は幸せになれるとお考えでしょうか?
http://www.mag2.com/p/money/8039
https://ameblo.jp/walker-memo/entry-12209128143.html
自滅的日本人と似非用木様
長文に渡り見解を聞かせていただきありがとうございました。
いろんな考え方捉え方が有る事を知ることができ勉強になりました。
とくめい
2018年3月26日 5:20 PM様
現在与党連立政権の公明党は実質的に日蓮正宗それからの創価学会なのは周知の事実ですね。
そうして、不気味な動きを見せている日本会議は元は生長の家、その元を辿れば大本教になってたんですね。
もう完全に政治イコール宗教と言ってもいいですね。
分けて考える方が無理があるような気もします。
ドイツでもキリスト教系の政党がありますしね・・・
結局、宗教といえど人々の生活に直結するものであるし、政治もまた然りな訳で「宗教は高尚で次元の高い(違う)ものである」と言っても社会にとって良い意味での寄与ができてなければ意味が無い虚しいものになってしまうと思われますね。今の天理教団には何も期待できないですが・・・
それにしても日本会議には胡散臭いものを感じますが、生長の家の本体は現在は日本会議からは撤退しているらしいですが、その他の新興宗教団体をも巻き込んで勢力を序序に広げているとのことです。
反WASP様
ご見解、どうもありがとうございます。
宗教とは、本来ひとりひとりの心が救われるため、皆が幸せになるためにあるのではないか
と思うのですが、その性質上、利用しやすく、利用されることが多いのでしょうね。
皆が豊かで幸せになるための利用であればいいのですが、
一部の偏った考えに従わせたり、結局主権民が利用されるだけの形に導かれること
になるのであれば、とんでもないことです。
今は、今迄信じてきたことの知らなかった事実や情報が次々と出てきて、
どの様に受け止めたらいいか困惑しているところです。
物事を偏ることなく主体的に判断出来、騙されないためには、
自分達も様々な情報に触れて見聞を広げ、見る目を養い、
世間を知る努力をしなくてはと、最近はつくづく思います。
東風Z様
天理教HPのライブカメラ・アーカイブスはもちろん承知しています。
でもそれは遠目で見た、ごく一部の映像であって詳細はわかりません。
WEB動画の祭典の様子などを見ても、あえて人が多くいる場所だけを写しているとしか言いようがありません。
だから事実を知りたいのです。
いほり様
教団の実情を知りたいとのことですが、なんだかんだ言っても天理はそれなりに人は、まばらながらもいることは確かですし、その一場面だけを見て判断するのも無理が有るような気もします。
お家に教団発行の「道の友」は無いのでしょうか?もしあればその冊子の最後のあたりに統計を掲載しているので、それを見てもらうと教団の衰退の状況がよくわかると思うのですが・・・と言ってもまあ数字なのでリアルさにはかけますがね・・・
修養科なんかは100年祭ごろと比べれば比較にならないほど人数が減り実質的に存在も危ぶまれかねないことになっているのでは無いのでしょうか?
やはり、ご自身で天理に来て確かめられるのが一番でしょうか?
教団自体に籍を置いているが信仰心はまったくないという見せ掛けの惰性信仰者が増えるでしょう。
自滅的日本人と似非用木と似非教理の共通点様(2018年3月26日 12:34 AM)がおっしゃっていた様に、天理おやさと研究所が 表統領 中田善亮 氏 の「お尽くしは金」どのような研究発表を出すか?が今後の争点に成るのですが、所詮天理おやさと研究所と言えど やはり中山血族統治研究所 なので否定見解はおろか肯定見解も出せないでしょう。以前教団の有識者(大学関係者)伺いましたが天理おやさと研究所ですら誠実であっても現体制に不都合な研究結果を出すと中山家やその血族からの圧力で左遷や解任などの圧力がかかるそうです。こんな不誠実な研究所運営は聞いたことがございません。何が研究所なのでしょうか?学問の自由は日本国憲法はおろか世界中の崇高な理念として保障されています。
学問の自由
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%A6%E5%95%8F%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1
このような教団をカルトと呼ばずして何と呼ぶのでしょうか?片腹痛くて笑いが止まらないほどの滑稽さです。
中山みきの「阿呆になれ」は阿保のふりをしろ という意味で本当にアホになっては終わりです。
いほり 様
失礼しました。
そうですね、何からお伝えすればいいか迷うのですが、天理を訪れた折りの経験を述べます。
年に三度天理に行きます。4月のご誕生祭に参拝しますが、行く先は墓地のみです。
昨年5月25日天理を訪れました。月次祭の前日なのに人影はないに等しかったです。60年以上前の天理高校二部時代の状況とは比較になりませんでした。寂しすぎました。
次に、今年の1月26日のことです。教祖が出直された日でしたが、墓地に30分近く居たのですが人影はまばらでした。私は三殿は参拝せずに墓地のみ参拝をして天理を後にしました。
今の教団本部は信用していません。嘘つき教団から得るものは有りません。余計なことを書いてすみません。
反WASP様
東風Z様
大変ご丁寧な返信ありがとうございます。
やはり行って自分の目で確かめるのが一番ですね。
初めてコメントさせてもらいます。
天理教社会学研究さんの噂を耳にしたので読ませてもらいました。私個人としては教会に参詣などよりも教理教義におもきを置き、天理おやさと研究所から公刊される書籍に目を通すのがもっぱらでした。近年見られる教団自体の様々な事情、身上の原因は?と思い探していた矢先でもございます。しかしこちらのコメントを見てやっと疑問が晴れました。
自滅的日本人と似非用木と似非教理の共通点様
2018年3月26日 12:34 AM
のコメント「竜頭が狂えば 理の違い」 この二つでたしかに纏まりが付きます。
どうしても真柱様やその側近の方々を善という前提で見てしまう。しかし上層部を任された彼らですら過ちを起こす人間です。しかしその過ちをいつ修正 是正 悔い改めるのでしょうか?そこが今後の重要な局面になるのですが果たしてできるのでしょうか。私は出来ないと見ます。
思想問題は連鎖反応をはおろか突発的に遠方にも突然人が変わったようにも変化をもたらします。共時的と言えばいいのででしょうか はたまた カルマ と言うべきなのでしょうか 教義改竄 との原因が 教団内の様々な事情 身上の原因であるとは言えましょう。
ここで私も愛読していたおやさと研究所の出番のはずですが、こちらの記事でも オピニオン団体 等と揶揄され、現体制に忠告を出せるほどの独立性を持った機関ではないでしょうから 誠に残念です。
ましてや、「お尽くしは金」の教義改竄に おやさと研究所 が加担しているのでは?と一瞬よぎってしまいました。
あまりにも大胆な改竄それをどうどうと言えるその人格はざれるおえません。それを後押ししたのが研究所ならありえない話ではないと考えたからです。
私も良心の葛藤をして来ましたがやっと答えにたどり着きました。それは教団が決定的な過ちを起こしたということ 誠に残念ですが 今後大変なことが起こるでしょう。神様もさぞかしご立腹です。
コメントの内容の流れが凄いので思わずコメントします。
上層部がどれほど力強く改革したとしても その決定事項が天理教の教義から外れている時点で天理教と名乗れど天理教にあらずということになるわけですね。
以前宗教法人法をざっと目を通したことがあります。その中に教義上の問題が発生した時 被包括関係(本部以外の各教会)の法人は独立する権利があると見たことがあります。裁判の判例でも勝訴してました。
各教会にはもうすでに独立する権利が発生していて、現表統領 中田善亮 氏が「お尽くしは金」を推し進めていくと、事実上教団の本部と各教会との教義的繋がりを切っており、教団分裂が起こり最後には教団解散の危機が起こってもおかしくないと言うことですね。
今までこちらのコメントを見ていて何とも誇張している内容だな(笑)
と思っていましたがそんな理解力の自分自身が恥ずかしくなりました(笑)
世の中には賢い人が居るものですね。私の四半世紀の信仰と教理勉強を踏まえてもこちらの賢者達には脱帽です。
老兵様
>以前宗教法人法をざっと目を通したことがあります。その中に教義上の問題が発生した時 被包括関係(本部以外の各教会)の法人は独立する権利があると見たことがあります。裁判の判例でも勝訴してました。
天理教団完全終了ですな。
完全崩壊乙ってやつ?
湯河原、天命庵に行ってみました。全国の天理教信者の方々、教会長の方々、多数お見えでした。私は初めてでしたので、皆様にお話を伺うと、現教団に籍を置き、所属分教会とも繋がったままだそうです。そう言う方々が多い印象を持ちました。
一人の方は、所属教会には天命庵に来ている事は絶対に「秘密」で、密かに天命庵の教えこそ真実と、遠路大徳寺様、親様に会いに、又人として生きるお勉強の為に来ていると仰っていました。
北海道、福島、東京、岡山、九州、全国各地から来られていて、中山みき教祖様の道開けの頃が想像出来るような、この場所が真摯で敬虔な求道者の集まりである事がその空気から感じられました。現教団と比べて、威圧感がなく、「愛」と「希望」に溢れた場所でした。
現教団に疑問をお持ちの方、一度出向いてみてはと思います。私は初めてでしたが、心が満たされ、色々と考えさせられました。
ですので、教団が広報している数字の中にこう言った方々は含まれていて、当てにならないと感じました。
「歌うま選手権」出場者大募集!
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カラオケ教内ナンバーワンを決める初めての大会!
あなたの美声をおぢばで沢山の人に聞かせてください!
【100Fes】歌うま選手権
10月27日に青年会100Fesのイベント「歌うま選手権」を開くそうだ。
これが未来を担う天理青年の目指す「陽気暮らし」なのか?
多分、天理青年は、私が上記を何故非難するのかすら、判断できないだろうね。
判らなければ、判る迄、じっくり考えてごらん。
答え;
イベントで陽気暮らしを演出しても、現実の苦しい生活を覆い隠すことはできない。
社会では多くの非正規社員が年収200万円以下で結婚もできずに暮らしている。
この現実はカラオケで癒されるのか。
カラオケに支出する金より、家賃支払いが優先されるのがリアル社会。
天理教青年の懐具合が一般社会よりも豊かなのは結構な事だ。
しかし豊かな生活は一方で怠惰と結びつきやすい。
楽しく遊んで暮らすことが怠惰に結びつかないよう、天理青年に自覚を促したい。
匿のとんちゃん様
青年会100fes、歌うま選手権・・・
さすがに皆さん、もう呆れて言葉も無い、見つからない、ここまで来たら好きにしなはれ!という感じでしょうか?
末期的というより、それを通り越した何かが有りますな・・・
本当に言葉が見つからない。見つける気にもならない。どうでも良い。
関わらない方が良い。無視するに限る。
◯◯は死ななきゃ治らない・・・と言いますが死んでも治らない勢いです。
やはりこの組織は絶望的というより絶望です。一縷の望みすら無く滅ぶのを待つのみ。
宗教法人格を返上した方が良いように思われます。体をなしていないでしょう。
カラオケ大会をやれば陽気暮らしのイメージを保持できるとでも思っているんですかね?浅はかな。
末端の生活は赤貧洗うがごとしなのに。末端の苦しみに無関心な首脳部をもし開祖がみたら、
きっと怒りに震えて「秀司が大量に発生している!?」と叫ぶでしょう。
話題は逸れますが、豊田山舎の納骨幣帛料が、来る6月から従来の1万円以上から5万円以上に値上げされるとか。5万円じゃなくて、5万円以上というところがミソだね。10万円も、100万円もありなんだ。
地方公共団体運営の共同墓地なら、納骨料は5千円前後なのに、豊田山はその10倍以上ってありなの。
同山舎への納骨は、教会長、ようぼく、信者であればだれでも可能と言ったって、5万円以上を払って入る人があるのだろうか。私しゃごめんだね。本部はおカネが無いんだろうか。
つまりですね、「正直者には勝てない」ということでしょうね。
正しい思考の持ち主はバカをみることはないんですよ。
深谷善太郎先生が本部人事から外れました。
なぜでしょう?
深谷善太郎氏って、慶びのつどいを張り切って取り仕切り、表統領の座を狙っているのではと推測されていた方ですね。
慶びのつどいの評価が両極端だった事が影響したのでしょうか。
中田善亮氏が表統領に再任されたのにも、意味があるのでしょうかねぇ…。
睦輝様
>中田善亮氏が表統領に再任されたのにも、意味があるのでしょうかねぇ…。
善助が再任?終わってますね天理!
バカな発言をし組織を混乱させ信者に不信感を抱かせた責任を全く取ろうともしない・・・
バカ組織。やっぱり終わってますね・・・
ところでこのバカを再任て、誰がどう再任してるのでしょうか?
再任されたやつもバカ!再任したやつらもバカ!これを野放しにしている組織は完全に終わっている・・・今さらですが・・・
組織の崩壊を加速させているという面では功労者といっても良いでしょうが・・・
新人事発令・・・私も見ましたが・・・
昔の新人事発令の経歴を見ると東京大学卒業の本部員が何人もいた記憶があります。
それが今では天理大学卒業のオンパレード。
学業をおろそかにしているのか・・・それとも、やはりバカばかりなのか・・・?
もし仮に本部在籍者や直属の子弟達が、天理大ではなく他の国立で学んだら、本部の存在に疑念を抱く若者達が沢山生まれてしまうかもな・・・
天理小・中・高・大は、洗脳教育機関かもしれないな・・・
道友社長に就いた「松村義司」は、布教部次長からの移動になっている。
後任の布教部次長を見ると、「松村登美和」となっている。
松村登美和氏は、東京分教会の会長らしいが、「道の友」の年間統計を見ると、ここ2年間初席者はゼロである。
私が本部にならって年間統計を出せば、この一年間で初席4人、おさずけ拝戴3人となる。
(皆さん 教会へのお供えはしていません)
私は「松村登美和氏」に言ってやりたい。
「登美和さん あんた本部員だろう。
御本部のお徳 があれば一年間に50人や60人の初席者が出るんだろう。
違うかい?」・・・なんてね
本当にバカバカしい「御本部のお徳」
2年間初席者ゼロの東京分教会の会長松村登美和さんが布教部次長・・・?
沈みゆく泥船天理教にぴったりの人事発令ですなぁ・・・ お見事!
今日 天理の知人に道友社長と布教部次長の名字が同じだけどどの様な関係か尋ねたら
「ふたりは、兄弟で兄が義司氏、弟が登美和氏、二人の母親は3代真柱の妹だ。
善衛さんの妹が松村吉太郎の家系に嫁いだ。
そして、兄の義司氏が高安大教会に養子として入った」だって・・・
天理教本部は、実績や能力は無視、血縁重視が最重要事項なんですね。
そして有力大教会は、本部在籍者の婿入り先なんでしょうね。
古くは、高知大教会の2代会長や最近では郡山大教会の「飯降政彦氏」・・・
私達一般信者が知らない在籍者の婿入り先は沢山ある事でしょう。
「飯降政彦氏」は、平野前会長を追い出した後釜からだからちょっと違うが・・・ま いいか。
本当に天理教本部は、親戚互助会ですね。
真柱室長に就いた「中山治信氏」は、中根大教会乗っ取り騒ぎに出て来た方ですか?。
もしかしたら 事が成就した論功行賞としての真柱室長・・・?
次の中根大教会会長は誰になるかと別席場の直属教会写真の会長名表記の変更を興味津々に待っていたら、全ての直属教会の会長名が消されてしまった。・・・残念 してやられた。
悪い事は 隠してしまおう 天理教
次に消えるのは「道の友 年間統計」かな・・・?
それとも、「新人事発令の経歴」だったりして・・・笑。
今頃何いってんだ!とお叱りを受けそうですが(とっくの昔に教徒にもなっていますが)昨年倒壊したことで教内が騒然とした甘露台のことで誰か教えてくださいませ・・・
現行の甘露台は木製になっていますが教祖御在世時に一度石の甘露台を製作していますよね・・・
でも、それを阻まれたと・・・
で、今ならいくらでも本来の石製のものにできるはずですが、そうしないのは何故なのかと?いうことを知らずにきましたが・・・
おそらく「信者、信徒の成人がまだできていない!お前らの成人の歩みが遅いから石にするわけにはいかない」というような上から目線の論法なのでしょうか?
お詳しい方おられましたらご教授願いますでしょうか?
よろしくお願いします。
中山家という王家がある以上こういうことになるのは当然です。だってその血縁者は天理貴族ですもの。天理教に入信する条件は「中山家の血を引いていること」。これにつきます。中山家と血縁関係のない人は入信してはいけません。
ミニ北朝鮮ですよ天理は。金日成の一族と彼らと姻戚関係にあるお取り巻きの赤い貴族以外はまともな生活ができないじゃないですか北朝鮮は。
今頃何いってんだ!といえば
そもそも、立教のとき天の将軍が天下ったという部分から疑問が生じます。
理が神であるということからすれば、人格を持った神がこの世を支配しているのではなく
天然自然の理とか天の理(とおりかえしの道)がこの世を支配しているのであって人格を持った神が
ああでもないこうでもないと考えながらこの世を支配しているのではないと思うのです
霊能者のように何かが降りたという、ところが新興宗教とドン引きされる原因ではないでしょうか?
大徳寺さんも同様です。本当におやさまであれば、おやさまにしかわからないことを証拠として語るんではないでしょうか?
中山家にしかわからないこととか、教祖殿の奥の話とか
理が神であるという点だけを抑えて信仰すればいいのではないでしょうか?
睦輝
2018年4月2日 12:35 PM
退職信者
2018年4月3日 12:40 AM
誰がバカを再任?
2018年4月3日 1:00 AM
匿名
2018年4月3日 6:42 AM
組織はなくとも信仰できる!
2018年4月3日 9:14
本部が中山血族本部教団としての馬脚を現しました。そしてここに集う真の用木がその悪の真実に到達したと言うことです。 私もこちらの書き込みを始めは過激に誇張されたものだと思っていましたがいつしかこちらのコメントが予言の書に代わっていた事に気がつきました。批判コメントに従って教団が動いているかのように批判される為に中山血族が動いている。いや元々批判されるべき行為をしていた。 拝金信仰者中山血族の自閉的人間不信は最高潮に達したのでしょう。徳川幕府末期のように中山国鎖国 外敵黒船の到来を予測しているかのようにです。外敵と共に討幕軍が内部から出てくるのも必然 内乱内戦の火蓋を脅えた中山血族が切ったのです。
理が考えの道でありその先に神がいる。 中山血族=理ではない。 そもそも中山血族に理はない。 つまり組織の論理ににこびり付いているのが中山血族なのです。そして天理教の私物化 これは神の信仰者のすべき事でなく むしろ悪しき埃 煩悩信仰 誰がこの悪魔を退治するのか?この手柄は神から褒章を得られる大手柄 どの分教会なのか?それとも大教会なのか?それとも信者たちからか?悪魔は真価を見せ神がそれを見つけたら神はどんな用木もお使いになりその悪の組織を壊滅させる。
黒船は神の姿を明らかにしたインターネット
討幕軍は用木
また楽しくなってまいりました。
持ち場立場である者はしらけ離れ あるものは怒り周りを壊し ある者は未来を愁い決起する。これ全て壊滅の道 神への信仰であり中山血族への信仰にあらず。
平家物語
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。 たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ」
中山家は平家 中山家にあらずんば人にあらず と言わんばかり さーさー用木源氏よ 一所懸命 いざ鎌倉
3月8日に勤めをさぼる本部員について投稿しました。
天理市の知人は、真柱のいない朝勤めや夕勤めに本部員が出てこない事に気がつき、誰が出て来るか良く観察していたそうです。
その結果、真柱がいない時でも欠かさず勤めに出て来る本部員は二人しかいないと話していました。
そして、昨日 その二人の名前がわっかたと教えてくれました。
どうしてわかったのか聞いたら、天理時報の新人事発令の顔写真だと話してくれました。
二人の名前は、総務部長になった鹿尾さんと教務部長になった木村さんだそうです。
この二人は真柱がいない時でも欠かさず勤めに出て来ると話してくれました。
だからと言って二人は正しいと言ってるわけではないよとも言っていました。
真に世界平和を願っているのか数を数えているだけなのか俺にはわからん。
二人の心の内は神のみぞ知るだね。
この二人以外の本部員は、真柱がいない時は、勤めに出たり出なかったり、出て来ても教祖殿までいかずに帰ってしまったりだよ。
本部員達は、信者に観察されている事に気がついていないんだろうね。
本当にバカな奴らだと話していました。
こんな事をさらしてしまうと来年の新人事発令の記事から顔写真まで消えてしまうかも・・・笑
お勤め欠席の本部員は、巡教などで不在の可能性もありますね。
教祖殿・祖霊殿を回らずに帰ってしまう本部員が誰なのかを知りたいものです。
退職信者
2018年4月3日 5:50 PM
鹿尾氏も現真柱 中山善司の女兄弟を嫁に貰ってる血縁者です。それが教務部長・・・
近親血縁の血縁人事・・・人事も近親 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中山王朝の異常性が明るみです。近親相姦は遺伝子異常を起こすのでやっぱり生物としても異常性を持っているのでしょう。生体異常と言うことは脳にも異常をきたすのでしょう。
宗教の中には性行為を儀礼ごとに盛り込んでいくカルトが存在します。天理教と看板を掲げた中山家を中心とした血族は上手いことセックスカルトの実態を隠してきただけなんですね。
各種異常性のその真価が見えてきました。ただのセックスカルトです。
https://goo.gl/WsDq5G
中山家の色情の歴史は、教祖中山みきの旦那 善兵衞から続く悪しき因縁 息子 秀司 二台真柱正善 そして現代の近親血縁体制 中山みき が何を戒めてきたのか? つまり彼らの下の緩さ です。頭で考えないで血縁と言う下半身で人事を決める・・・宗教は下の緩さを認めるものではない。煩悩の中の煩悩 それを悟りとしてはその教団は破滅するのは歴史の常
東洋宗教史を遡っても仏教やヒンデゥーでは
マーラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9
煩悩の化身であるマーラにとって、釈迦が悟りを開く事は自身の破滅につながる。そこで手始めに釈迦のもとに美しく技に長けた三人の娘達を送り込むが、釈迦は数々の誘惑に屈せず、続いてマーラは恐ろしい形相の怪物達に釈迦を襲わせたが、なぜか釈迦に近づくことはできなかった。岩石やありとあらゆる武器を降らせ、周囲を暗闇に覆っても釈迦は動じず、最後はマーラ自らが巨大な円盤を振りかざして向かっていくが、円盤は花輪となった。こうしてマーラは敗北を認め、釈迦は悟りを開いた。
とある。色情は煩悩の最高位であり、釈迦の悟りの妨げにもなった。つまり色情にまかれその因縁の中にいる中山家は誰一人悟ってない。
そして
魔王マーラ・パーピーヤス(Māra Pāpīyās、天魔波旬、魔羅、天魔、悪魔などの漢訳がある)。マーラの語義は「殺すもの」であるとも、「死」の人称形とも言われる。パーピーヤスは「より以上悪いもの」の意。
とあるように魔ものと称される。「殺すもの」であるとも、「死」との話ですが思い出したのが
教祖中山みきの終末思想の話で死体の山の表現があったでしょう。現在の高山は色情にまかれた因縁の中の死んだ人々と言う意味であるのかもしれません。
中山血族本部上層部は誰一人悟っていない。なのに宗教家?彼らが口にする御守護は呪いでしかない。事に成る。
皆さんの教団の人には言えなかった悩み 思っていた事 は確証に至りました。素直に目を見開き 耳を開き そして考えそれを真のおたすけ の為に口にしましょう。 仲間を作り色情の城を大掃除にかかりましょう。
皆が勇めば神もいさむ
鹿尾氏も 真柱中山善司の女兄弟を嫁に貰っている血縁者・・・
表統領室 仲野芳行氏の嫁も 真柱中山善司の女兄弟
経理部長 増野清春氏の嫁も 真柱中山善司の女兄弟
教義及資料集成部主任 山澤廣昭氏と 会計室長 島村廣義氏は兄弟で共に永尾家から婿入り
飯降家の娘と上田家の息子が結婚して名乗ったのが永尾家・・・
大和の土田舎の親戚連中が「神とみき」を笠に着て日本中から金集め・・・
こんな親戚連中が偉そうに座敷に座って金を無心して来る。
須藤花井さんが言っていました。
「神さんが、本部の奴らは座敷乞食だと怒っている」
※現在、須藤花井さんが著した「月よりの神言」がネットで検索できます。
P17の後半に高知大教会夫人の島村ヒサノさんに係る記述があります。
このヒサノさんは山澤為造の五女です。
山澤家の人々は、須藤花井さんを「実の神」と認識していたのです。
平成9年4月18日まで天理に「面足命」が実在していたのです。
そして、その事実を中山善衛を始めとする本部中枢は認識していたのです。
須藤さんが亡くなった時も須藤さんの息子さんが亡くなった時も、
葬儀に善衛さんからの供花が供えられていました。
「月よりの神言」を一読することをお勧めします。
そのうえで、「おふでさき17号」もお読みください。
ヨーロッパの王侯貴族のように血が濃いと感じました。天理貴族たちが世間の常識から外れているのもわかるような気がします。頭がおかしいんだから世間の常識なんか理解できるはずがありませんよね。
昨年の甘露台倒壊の動揺が覚めやらない中今度は真柱が高いところから落下した。本部の人間が総動員でお願いづとめ、見せられて お触りがあって(罰)があってやっと真柱の為にお願いとめとは・・・本当悟れてない本部の阿保ども・・・甘露台倒壊の際に当時の統領 中田と山澤が真柱に内緒で甘露台を修復した。それ以来真柱は立腹が治まらない。そして落下・・・突然の非協力を「ハシゴを外す」と言うが、誰がハシゴを外したのか?本部では有名な話 統領が率先してハシゴを外すとは前代未聞だ。「甘露台の修復に真柱知らず」それは真柱も怒る。
言わない統領が悪いのか?真柱が悪いのか?真柱は不必要なのか?それとも統領が不必要なのか?中田が山澤が不必要なのか?それとも真柱中山家が不必要なのか?甘露台倒壊そして真柱落下 次は何が落ちるのか?
現教団的に考えても今の甘露台は真柱の許しのない偽物なのでまた消える。真柱が落下するとは本部が天理教団が落下すると言う事少し勉強すればわかる事 真柱落下とは歴代の真柱で前代未聞である。
4月4日 9:39PMの投稿
経理部長 増野氏の名前を誤記入しました。
増野正俊氏に訂正致します。 失礼いたしました。
真柱落下事故とは驚きましたが、人間だれしも、病気・けがは避けて通れないもの。
回復を祈ります。
さてさて、甘露台!
≫「甘露台の修復に真柱知らず」それは真柱も怒る。
ムムム・・・あり得ない運びです。
かねてより表統領の頭の中は問題だと思っていたが、「心」迄もが問題だと判明しましたね。
さて、「ネット情報は嘘だと」、本部お得意のコメントが出てきますかね。
「嘘だ」というだけでなく、間違った情報であるのならば、しっかり天理時報で「誤報」が
流れていると説明記事を掲載するべきでしょう。
甘露台を軽く見ているのか、真柱を軽く見ているのか。
両方を軽く見ているとしか思えません。
表統領の職分を超えての越権行為を誰が諫めるでもなく通ってしまう状況。
これが本当の事ならば、「表統領罷免要求」を出します。
たかがネットの書き込みと軽く見ますか?
欲の無い信者の心は濁りがありませんから、必ず神に通じるはずです。
「表統領罷免要求」は会社組織に例えれば、株主(信者個人)が要求していると同じことです。
教団組織に属する一員が、「見ざる言わざる聞かざる」では、社会の一員としての責任を果たせません。
どのような経緯で表統領が再任されたのか、仕組みは知りません。
再任に賛成した者たちの責任も問わなくてはなりません。
自分たちの生業だから立場を守りたい?
そんな根性は宗教者としては失格です。
このコメントを読まれて、「こいつは過激派だ」と思われる方へ。
私はごく普通の人間です。
信仰を通じてより良い世界を目指すものです。
ダメな事を放置していては世の中は変わりません。
一人一人が自分の頭で考えて行動するという、結構な「体」を貸し与えられているのですから、
十二分に活用することが親神様の意志に添っていると思いませんか?
退職信者様のご投稿にあるように、中山家始め、天理教を牛耳っている上層部の方々は、婚姻による親戚、縁戚者ばかり。宗教法人天理教、その実態は、同族経営会社、中山笑点(あっ変換のミスです、しかし当たっている気もするので消さない)、中山商店です。
大教会、中間教会、あるいは有力部内教会など、婚姻、養子を取ったりと、あちらこちら、蜘蛛の糸を張り巡らしたような血縁ネットワークでがんじがらめ状態。これでは、逃げるに逃げられず、これからもずっと、北朝鮮のような自分達の世界、血縁村社会で、彼らは生きて行くのでしょう。一抹の哀れも感じないことはないですが。
もう、30年程前、早川和広氏が、「天理教・その堕落と悲劇」で、天理教団の金まみれの実態、金を搾取される教会長達の悲惨な奴隷のような実態を顕わにしましたが、それから、何ら上の意識は変わっていないようです。著書も絶版のようですが、是非、再出版して欲しいと思います。
古い元教会長様が常々言われている通り、下が金を出す限り、上の意識は変わらないのでしょう。
金を搾取されながら、教団にしがみ付いている程の価値が、天理教団にあるかどうか、とくと考えて、我々末端教会の者は、今後のことを決める時期に来ていると思います。「被包括関係解消」という、国によって保障された、合法的な手続きによって、教団とすっぱり縁を切る道もあります。
ともかく、まずは、古い元教会長様も常々仰っている通り、極力、お供えを減らし、自分達の生活を守ることだけは、是非ともしなければならないことと思います。
次期後継者さんの婦人が懐妊された!との情報・・・
めでたいのか?めでたく無いのか?何とも微妙・・・
ところでまたお祝い集めするんやろか?
一教会いくら?とか・・・
真柱転落の話私も第二専の同級生から聞きました。真柱 中山善司 教祖殿の上段 御社から転落したとのこと教祖存命と言われてますが、真柱は教祖から落とされていると言うことです。これは良からぬ兆しです。
匿のとんちゃん
2018年4月6日 9:55 AM
確かに天理時報が全てを記事にしたらいいんですよね。
【真柱(様)教祖殿から落下 一命は取り留めるも 神 教祖の立腹か?!】
と言う見出しで書けば面白いので購読者すうが増えますよね。
【真柱の実弟 中田善亮 謀反の疑い!!!】
実の息子を養子へ 後継者決定から 真柱の実の兄が邪魔なのか?!
などとの見出しなら最高です! 天理時報見たくなりますね! うちも辞めましたが再度取り直します(^.^)
皇太孫様ご誕生を名目に金集めが前にもましてますます激しくなるだけです。むしり取られる前に脱会するか、教会ごと本部との包括関係を解消するか、道は二つに一つです
同年齢の男性ならば厳しい社会で生き抜くためにエネルギーを使い果たしているだろうに。
もう、懐妊?
もう、懐妊?
もう、懐妊?
単独布教なんてことは下々にやらせておけ?
自分は一生食べる心配無しに、嫁と仲良く陽気暮らし?
バカバカしい結婚の大騒ぎの後に今度はお誕生祭でもやるのかね。
誕生祝いの割り当てがきても皆さん払うことないですよ。
お金なんて有りませんと言ってみてください。
上の者たちは初めて気が付くでしょう。
ここまで信者の心が教団組織から離れていることに。
山澤と中田が勝手にかんろだいを修復したってどういうことですか?真柱が知らないとは?
匿名
2018年4月6日 10:37 PM
私も聞きましたよ。知人の友人の本部員がある日本部員召集がかかりいってみると、真柱様がご立腹 内容は「真柱に許しなく甘露台を勝手に修復したとの事」大亮の結婚式も控え浮かれていた中田善亮が甘露台倒壊を焦り勝手に治したらしい。
今回の人事で 河原町の深谷善太郎と山澤に動きがあったのは、善太郎は結婚式不評と借金問題の為 山澤は中田善亮の責任を被り左遷らしい。こちらのコメントが熱いように、実際の本部も相当ワラワラしてるみたいです。
中山血族人事を露骨にしてるのでやがて中山家だけの民族浄化?でもするんですかね?
2018年3月18日
退職信者さま ≫知人から、こんな話が・・・
≫「今日、別席場の直属教会の写真見たら、札が付け替えられているんだよ。先月までは、
≫「教会名称」
≫「所在地」○○県○○市・・丁目・・番地
≫「設立年月日」
≫「大教会長名」
≫今日見たら、
≫「教会名称」
≫「英語表記」
≫「所在地」○○県のみ
≫これだけしか記載されていないんだ。何を隠そうとしてるんだ」 ≫私の妄想
≫これは「中根大教会乗っ取り事件」と関わっているのかも。
≫別席場の郡山大教会の写真を見ると会長名は「飯降政彦」と書かれています。事情通に聞いたら「平野さんは不始末やらかして追い出されたらしい。辞任か罷免か分からないが、九州方面に追い出された。要するに島流しか遠流ってとこかね。」とすると、中根大教会の「石塚某氏」もそのうち「山澤✖✖」とか「永尾ペケペケ」とかになるのかな?
≫本部「これはまずい。(中根の)乗っ取り事件は、ネットを通じてみんな知っている。そうだ、札を作り変えよう。住所も、設立時期も、会長名も、みんな消せ!」
≫担当者「えー、消しちゃうの?・・・はい・・・消した理由を聞かれたら、どうしよう?・・・」
≫本部「・・・そうだ、個人情報保護法だ。そう答えておけ!」
≫担当者「・・・? はい?・・・」
「どこの企業、団体だって、代表者名や所在地、電話番号も発表してるのに??・・・」
≫知人に「中根は、どうなってるの?」と聞いたら、名称と英語表記と栃木県しか書いてなかったと言っていました。「人の口に戸は立てられぬ」とか「悪事千里を走る」とか言われています。
≫大教会159ヶ所 直属分教会80ヶ所余りもあります。隠そうとしてもいずれ漏れてきます。 ≫「(教団にとって都合の)悪い事は、隠してしまおう天理教。今はネットで暴かれる・・・」 2018年3月19日
退職信者さま ≫天理の知人は天理で生まれ育ち、大学を卒業後、市内の職場に60歳で退職するまで勤めていました。町内の役員を幾度も担当したと言っていました。
≫その知人が次のような事を話していました。
≫「本部はね、市内の関わりがある町内会に毎年多額の寄付をしているんだ。それは別に悪い事ではない。会計報告もしてるし、こっちだって迷惑かけているからお互い様だ。問題はね、本部が住民の反対に遭うと、直ぐに金をまくんだ。三島神社だけじゃないよ。俺の近くの地区でも、住民の反対が起きたら本部は、役員に多額の金を掴ませて書類に判を押させたんだ。それがバれて、役員は辞めさせられた。
≫とにかく本部は、いつも金で解決しようとするんだ。(天理)市内じゃ本部は、すごく嫌われているんだよ。これ、ほんまでっせー」
≫(表統領中田)善亮さんとも何度もあったことあるけど、外部の人には腰は低いし愛想はいいでっせー。でも、天理教の人は誰も褒めないから、外面(そとづら)だけが良いんですわ。要するに裏表のある人間ですな」だそうです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
んー、本当に致し方のない、救いようのない教団のようです。
事を有利に都合良く進める場合や、自らが不利な場合に本部は、われわれの真心からのお供え(献金)を躊躇もなく、いとも簡単に撒いてしまうのですね…怒。
そういえば「中根大教会乗っ取り事件」では、関与した人間らは告訴される寸前だったんだそうです(驚)。
そこで本部は石塚某氏を審判会?にかけ、一方的に教会長不適任というレッテルを貼り、巨額を提示して辞任を迫り「この金を受け取って辞めれば、みちのともや天理時報(天理教の機関紙)に罷免と載らずに済むぞ!」のように脅し、辞任に追い込んだのだそうです(退職金というより「訴えるなよ!」という示談金の要素が強いのかしら?)。
そのお金、本部が全額支払うならば一理ありとも思われますが、本部は後日、可哀想にも中根のご部内、信者さん方から徴収(回収?)したのだそうです!驚
どこまでも卑劣でゲスい本部。
われわれのお供え(献金)が本部のくだらない愚行に使われているという現状です。
皆さん、お供え(献金)など絶対にしてはいけません!
あなたも「中山血族となかよしクラブ」の悪事の一協力者となってしまいますよ…
匿名
2018年4月6日 11:47 PM
乗っ取りも金まいたらしい
2018年4月7日 3:10 PM
やはり火のないところにはだったんですね。
大教会を乗っ取ると示談家金はいくらなんでしょうね?数億はくだらないかな?それを部内に払わせた?どういうことなんですか?本部が乗っ取ったのに? しかし乗っ取りってその教会の役員も加担しているんだろうなと思ってましたが役員も役員でろくでもないのか
別席所の表記も変えていくという事は他の血族外の大教会も乗っ取るということでしょう。平野さんは平野ならぞうで有名なので無理でしょう(笑)うのすけはもう中山血族なので次は河原町の深谷や甲賀の山田でも乗っ取る気でしょうか。河原町がある日 深谷からの ぶえちゃん の実家の上川姓に変わってそうで怖いです。この教団ならないことはないのも面白みです。
これだけの重要情報が漏れてくるという事は中山血族本部員VS血族外本部員の戦いなんだろうと思いました。
中田善亮 の 協議改竄や大亮様の無理強いを血族本部員が支えているがそれを是としない血族外本部員このクラスで無いと出てこない情報ですよね。
血族外本部員を応援します!近い将来血族外本部員を排除しそう(笑)中山家の血族は書物読んでも性格悪いですからね。ガンバレ血族外本部員!ですね。
次期後継者婦人がご懐妊!の報を受けて・・・
男の子か女の子かわかりませんがいずれにしろ生まれてくる子供には何の罪も無い。
しかし、この教団は世襲をしているので恐らく、いや性懲りも無く世襲を続けるだろう・・・
しかし、やはりもうこの制度には無理があるでしょう。
真っ当な教団だったとしてもその最高責任者となることはとてつも無い重責であることは間違い無いでしょう。
自分が親だったらこんなややこしい(いろんな意味で)団体のトップなんかにさせたく無いでしょう。
自由も無い。一度成ったが最後、人生のほとんどをそれに捧げないといけない。(適性がなかったとしても)
血を重視か?
生まれくる子供さんのことを思うと何とも言えない気持ちにならざるを得ませんが・・・
ロイヤル系本部員VS非ロイヤル系本部員の確執ですか。
>ガンバレ血族外本部員!ですね。
そういいたい気持ちはわかりますが・・・。
しょせんは営利法人中山商店なので非ロイヤル系の勝利はきわめて難しいような気がします。
中山王家と天理貴族に反旗を翻したら組織の中では生きていかれないでしょう。
匿名
2018年4月8日 1:43 PM
たしかに現教団内だけで考えたら追放されるかもですが、信仰は教団がないと出来ない訳じゃないですし、教団を悪用してる中山血族に問題があるので、非血族系で被害者の会でも発足されたら少数の中山血族も太刀打ちできません。
本部員なら内部情報もたくさん持っているので作ろうと思えば、被害者の会 教理中心の教団 教理天理教 など発足は可能です。教理天理教と書くと現教団が 中山天理教 と言うことが明白です。
被害者の会 を中枢部の非血族から起こされたらそれなりの争いと組織への打撃は大きく
その勢いで新教団 教理天理教 を発足されたら、中山破滅は自明の理です。現在放置してても自滅の道を歩んでいる中山血族ですからそこから逃れられないでしょう。
大きいから強いはイメージだけで、実際のダメージは大きいほど比例します。非血族本部員が裏で反旗を翻している以上 そのほころびがこちらに現れているわけですし、それが正しい意見だからこそこれだけの盛り上がってるわけです。
よくある創業者一族と後発の合理的感覚の経営者との戦いと同じ構図ですか・・・
どこの企業でも一度は経験することですね・・
例外は無いような・・・
役員会で決を取り追い出されるパターンですね・・・
ただ公平な役員会が開かれることは無いでしょうからね・・・
まあ、そうやってとことん腐っていけばいいことでしょう・・・
ある意味面白いところでも有るし人間の醜さ愚かさを見せてくれてるので
反面教師じゃ無いですが・・・どこまでズタボロになれるか?見もの?
仮に創業者一族が退場したとして、希望はあるのかな〜
無いような気がするんだけどな・・・
もうこの組織的な運営形態は時代にそぐわない、古臭いものになろうとしてんじゃ無いのかなと感じますが・・・
2018年4月7日9:35 匿名さんへ
>次は河原町の深谷や甲賀の山田でも乗っ取る気でしょうか。
河原町は、既に永尾家から養子が入っているそうです。もう乗っ取りは完了しているそうです。
甲賀が狙われる可能性は大有りでしょうとの事でした。
敷島も狙われている可能性があるとの事でした。
しかし 現状、一般信者が直属教会の会長名を知る機会はなくなったからあいつ等はやりたい放題でしょうね。
以前、どなたかが現天理教の実権を握っているのは永尾家だと書き込まれていました。
修養科主任は永尾さん
山澤廣安昭さん・島村廣義さんは永尾家の人
河原町の後継者は永尾家の人
大亮君の嫁 のぶえさんは河原町の人
現在は、重要な情報が次々と本部内から出て来る状態ですね。
それも「あっという間に」の様な状況ですね。
本部在籍者が叛旗を翻している事は事実ですね。
次は、本部在籍者の査問・粛清・追放でも始めるのでしょうかね・・・
もう、大教会長に就任すれば、一貫の終わりですね。本部の顔色を窺いつづけて、自分を殺して生きなければならない。かと言って、被包括関係を解消する勇気もなし。数字の悪夢に明け暮れて、人助けどころか我が身も救われない環境に身を置くことの愚に早く気付くこと以外に救われる道はないように思うのですが。
退職信者 様
≪しかし 現状、一般信者が直属教会の会長名を知る機会はなくなったからあいつ等はやりたい放題でしょうね。
櫟本の分派(本部から見れば異端?)教会には各教会のファミリーツリーが記された台帳があるそうです。
実際に見た人から聞きました。
これをネットに載せ、各教会の「心ある」信者からアップデート情報を集めたら面白いですね。
退職信者さんからの情報で3月の月次祭に駐車場を歩き回りましたが、須藤花井さんの「月よりの神言」を配布している方を見つけられませんでした。がっかりしていましたが、ネットアップのお知らせ情報を頂き、感謝しています。今後も貴重な情報を頂ければと、思います。
「非中山家」と「中山家」という対立構造は有るだろう。
ここで疑問に思うのは現真柱様の立ち位置だ。
一見、「中山家」とひとくくりにしても問題の根は見えないかもしれないと想像する。
兄・現真柱 対 「弟・表統領一派」こんな構図は考えられないだろうか。
甘露台再建に真柱が蚊帳の外に置かれた事からも案外、的外れとは思えない。
真柱様のお考えは如何に?
一時期真柱の声が出にくいと聞いたが、息子に嫁を貰うと親たちは「言いたいことも言えない」という、世間の傾向同様、真柱家でも「養子夫婦」に遠慮して、言いたい事をグッと飲み込んでおられるのではないかと見ている。(実際、この症状を起こしている人を見ると、このような状況下に居る人が多い。会社でもよく見かけるのは新入社員指導の際、先輩が良い人過ぎると陥ってしまうようだ。)
まして八つのホコリに鑑みれば、良い人とならねばならないから。
お道の舅・姑たちは世間にもまして、若夫婦に言葉をかける際には気を遣う。
世間でも、「口にチャック」状態の家庭は多いようだ。
とはいえ、時代が変わったから、批判する気は毛頭ない。
けれど、子供を授からなかったからといって、(養子夫婦にすぐに子供ができたからといって)、
養子夫婦に遠慮をすることはないのではないか。
本来、後継者として大亮さんを養子とするならば、もっと子供の時に養子とし、手元で育て、教育することが望ましかったと思う。少なくとも表統領の影響を少なくできただろう。
産みの親より育ての親・・・。
しかし、血は教育に勝ってしまうか?
以上のような想像は、一部の方には「皇室にたてつくような考えだ!」と不愉快に思われる向きもあろう。
けれど、一家庭の話ではないのだ。
巨額の御供え金を取り扱う教団には社会的責任もある。信者に対して責任がある。
自由が無い世界に生まれて気の毒だという人間的な情は判断を鈍らせるのでないだろうか。
自由が無いと言っても嫌なら家出という選択肢は個人に残されている。
真柱後継予定者を甘々の状況に置いていては無責任のそしりを免れられないだろう。
後継者を育てることの重要性と困難さは世間でもお道でも変わりはない。
この板での皆さんからの情報によると、表統領一派は既に手を打ってしまっていて、強固な血による支配を固めている。理不尽なことがまかり通っていては信仰の正当性が疑われる。
真柱が今回の落下という事情から、ご自分のなすべきことを悟っていただき、表統領罷免にとりかかっていただきたいと切に願う。
その上で、大亮養子夫婦を後継者として教育していただきたい。
匿のとんちゃんさんへ
「月よりの神言」の配布場所がはっきりしました。
北大路を西に向かい天理警察署を過ぎ、JRのガードの先の天理教営繕部支度小屋(現在は駐車場)の向かい側の駐車場だそうです。
配布時間は、26日の午前10時~11時だそうです。
祭典時間に合わせたのは、欲深な本部員達の無意味な神楽勤めを暗に批判しているとおもわれます。
ネットの「月よりの神言」の検索数も現在上昇中です。
「月よりの神言」を手にして読んで見たい方は、本部の祭典を無視して駐車場を訪れてみてはいかがでしょうか。
「月よりの神言」は無料で配布しているそうです。
幾度も書きますが、山澤為造の五女で高知大教会夫人の島村ヒサノさんが須藤花井さんのアパートを訪れた際、須藤さんに白い紙の束を手渡したそうです。
その紙に神さんが話すことを書き溜めて、それを纏めたのが「月よりの神言」だと須藤さんから直に聞きました。
島村ヒサノさんに関する記述は、本文P77~78に載っています。
ネットの「月よりの神言」ではP17に載っていたと思います。
山澤為造、為信、為次や為造の五女島村ヒサノさん達山澤家や中山血族本部員達、その他のゴマすり直属大教会長達の思惑とは全く外れてしまったと思われる内容の「月よりの神言」を是非ご一読してください。
信じる信じないは、貴方次第ということになります。
退職信者 様
更なる情報、ありがとうございました。
JRを超えて探す熱意が足りなかったと反省します。
4月は参拝できないので、また、機会を逃してしまうことになり残念です。
須藤花井さんを尊敬している人は教内だけにとどまらないようですね。
予言能力に関して信奉している方の書き込みを読んだことも有ります。
以前、退職信者さんが書かれていらした 須藤さんと「福島」をめぐるドライブ経験。
貴重な経験をされていたのですね。
またそれを書き残してくださった退職信者さんにお礼を申し上げます。
信仰って何でしょう?天理教を信仰するとは?
親神様 教祖の雛形(経験)を崇拝して崇めるそして実行して教祖に近い存在になる事でしたよね?
真柱や統領はじめ本部はそれ理解出来てないですよね?理解できてないから大亮と言う固有名詞に様など過剰敬語をつけて崇め様としているわけです。こんなのナチスドイツと変わりないですよね。現在ドイツではナチス式敬礼も禁止です。 第三帝国と名を売って、ユダヤ人を迫害して経済圏を奪い他の国民の水準を上げた。
昔からこのような現象が起きている。破滅の方向です。フランス革命後の皇帝ナポレオン 大日本帝国など似た現象でそして全て滅びています。求心力を得たいと短絡的に思うのは勝手ですがそれが見え見えで恥ずかしい。
子供に様ごっことかいつの時代ですか? ラストエンペラーも「天子様」過度に過保護に育てられ晩年苦労し死んでいきました。
信仰?何を寝ぼけたことを言ってるんですかね? 信仰なんて白けましたよ。今は新喜劇を見る方がよっぽど楽しいです。その新喜劇は大阪で無く 奈良県の天理市で行われてるんですね。新喜劇なのにバカ殿様を公演していて一粒で二度楽しいです。
その新喜劇のタイトルは「中山王家崩壊物語」にしますか?それとも「営利法人中山商店倒産」にしますかw?
天理教教会本部教株式会社〜もう後には退けない、開き直った人々〜
お楽しみに!
知ってる事は 曝してしまおう 天理教
私は、子供の頃から地図を見るのが好きでした。
そんな私が、グーグルマップの航空写真で天理市内を見ていた時、ある区画に目が止まりました。
そこは、東大路沿いの沼津詰所の正面の路地を入った奥で、東大教会詰所の東側です。
大きな屋敷が五つ並んでいる場所です。
市内の他の場所と比較して、明らかに雰囲気が違う様子が航空写真で読み取れます。
マップには、3棟に詰所の名前が記されていました。(豊路 大阪 鍛冶惣)
しかし、2棟には名前がありません。
ストリートビューで路地の入口を見たら、(これより先一般車両の進入はご遠慮ください)とか(私有地並びに・・・天理教管財)と書かれた看板が立てられています。
路地の奥は、通り抜けが出来ないように高い塀でさえぎられ袋小路になっています。
更に路地の入口をストリートビューで見まわしても詰所の所在を示す標識もありません。
どこの詰所を見ても(一般車両の進入は・・・)とか(私有地・・・天理教管財部)などの看板は立っていないのに、ここは不思議な場所だといつも思っていました。
そこで天理市内の知人たちに聞いてみました。
「いったいあそこはどんな場所なんですか。
地図には詰所の名前があるのに入るなだって・・
それに詰所の所在を示す看板もないんだよ・・・変でしょ・・・」
その答えが次の様なものでした。
Aさん「あそこはね、山澤・永尾・梶本(鍛冶屋惣)飯降本家(大阪)飯降分家(豊路)の屋敷が並んでいる場所だよ。
山澤廣昭さんは永尾家からの婿入りだけど、なんて事は無い 隣の家に移っただけだよ」
Bさん「あの場所を、じばりーヒルズと呼んでる人が居ると聞いた事がある。
どれくらいの人がそう呼んでるか知らないけど、上手いこと言ったもんだ。」
更に次の様な事も言っていました。
「本部員は、皆あんなでかい屋敷に居ると思ったらそれは違うよ。
あの人達は別格だ。
天理警察の傍に7階建てのアパートがあるだろう。
あのアパート住まいの本部員もいるらしいよ。
どうやら本部在籍者の中にも格差というか差別というか、そんなものが有るのかもね・・」
皆さんお地場帰りの際は、ぜひ「じばりーヒルズ」を訪れてみてはどうでしょうか。
「話のタネに」・・・
我々が信仰している、いや、信仰させられている「天理教」とは、いったい、何なのだろうか。
「天理教 神懸りから新宗教へ」 島田裕巳 著 P225より
『しかし、復元の作業は、みきの教えに戻ることを目標にかかげたものではあったが、それは、実際にみきが説いていた呪術的で土俗的な教えに戻ることを意味してはいなかった、二代真柱として教団の中心にあった正善は、宗教学を学ぶことによって得た知識をもとに、天理教の近代化、合理化を推し進めていった。そして、序章でも述べたように、正善はキリスト教をモデルにしながら、新しい天理教を創造していったのである。』
天理教教典は、正善氏が宗教学知識を元に創造した、みき様の教えられたものではない部分も、入っているのだろう。それが、どの部分かは、私には到底分からないことであるが、教理に明るい方なら、理解できるのであろう。
それはともかく、我々が実際に信仰し、その教えに従って行動している「天理教」とは、教団が作り上げた、「理の親信仰」、また、「お供えは徳を積むこと」など、誠に怪しげな教義である。
「理を立てる・・(理立て)」とか、こじつけ、と思われることが当たり前のように行われている。
そして、中山家=神に近い者?=理がある者?、を頂点とした、階層的組織の中で、それぞれ、下は上の階層に尽くし抜く(献上金を捧げる)ことが、徳を積むことだという、誠に上にとってのみ都合の良い、金を搾取するという意図が見え見えの薄汚い教団の教え、これが天理教である。
図書館で『天理教・その堕落と悲劇』を借りて、読んでみました。
「復元」について、
〈復元とは、元に帰る。
長い夢から醒めて、忘れていた元の理を思い出す。その元の理とは、教祖中山みきを通して、解き明かされた人間創造に対する神の思惑、すなわち、陽気暮らしの世界実現のため、「一列みな兄弟」と仰せられるご神意に徹し、真実の道の姿に帰るべく、うち出された意味だと思っていた。
ところが軍国主義的弾圧により、自由を奪われていた天理教が、ようやくその手から解放されて、再び、天理教独自の世界において、封建的姿に帰ることが、復元と称する内容であった。〉
と、妹尾俊男氏の『聞いてなるほど』という本の内容が紹介されています。
>正善はキリスト教をモデルにしながら
「うそつけ!」と怒鳴りたくなった人が多いでしょ。
キリスト教をモデルになんかしてないじゃん。世襲を発生させないように出家制度を設けたわけではないし、トップも選挙で決めるシステムもないしさ。
だいたいバチカンに行っても「キリスト貴族」なんていませんし、バチリーヒルズもありませんぜ?
もちろんキリストの弟子の子孫なんかも存在しませんけど?
退職信者
2018年4月10日 9:43 AM
地場リーヒルズ?何を言ってるんですか!そこが本当の地場なんですよ!!!
「我々が地場や!」そこが教団を私物化してる血族のアジトです!!!
「甘露台はただの棒やしな 我々が地場やし!」と牛耳ってる甘露台倒壊して金儲けしてる人間甘露台のアジト
つまり異端の巣窟です。
さとさとたおとたおとびょうさまびょうさま~
御後がよろしいようで~
教祖は見抜き見通しやで~
「じばりーヒルズ」は国会図書館のデジタル図書にて確認できました。
昭和11年12月天理教教庁総務部調査課発行の「天理教職員録」
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1030239
山沢為次 丹波市 布留16
梶本宗太郎 同上
永尾正信 同上
飯降政甚 同上(地番のみ未記載)
昔々からの居住地だったようです。
因みにこの記録には電話番号までも記載されていて、現代とは個人情報の
取り扱いに大きな違いが有ります。
また、興味深いことに哈爾濱の天理村の一般職員4名までも掲載されています。
天理村の責任者としては次の記載が有ります。
天理村建設事務所
所長 青年会本部理事 深谷徳郎(河原町大教会)
主任 々 参事 橋本正治
天理村事務所
村長 橋本正治(生琉里教会長)
助役 馬場義興
時間の有る方には、ご一読をお勧めします。
皆さんよくご覧に成って考えてほしい。天理教教会本部がおかしな裁判を起こしている。
平成 16年 (ネ) 2393号 名称使用差止等請求控訴事件
http://husei.hanrei.jp/hanrei/uc/763.html
控訴人 宗教法人天理教豊文教会
同訴訟代理人弁護士 岡田弘隆
被控訴人 宗教法人天理教
同訴訟代理人弁護士 今中道信
同 羽成守
同 日野修一
同 鳩谷邦丸
同 別城 信太郎
同 大畑道広
本部側が離脱した教会を 訴えた裁判のようだ。結果は最高裁で敗訴
不正競争?の裁判で敗訴した時点でその後も【天理教】の名称使用で嫌がらせすると独占禁止法で訴えられてもおかしくない状況を本部は自ら作り出してしまった。
それにおかしくないか?天理教という宗教が商法の裁判?つまり本部は【天理教】を宗教でなく商売として考えている確固たる証拠となった。
裁判の敗訴 と 「お尽くしは金?」との教義改ざん のこの二本立てで教会本部は法的はおろか宗教上の正当性すら自ら失った。勿論今まで教団内でも本部中山家の信頼も失墜しているのだろう。
1 【天理教】の名称は信仰していれば誰でも使え、
2本部は【天理教】の名称を使っている【宗派 中山教】 でしかなくなった。
天理教宗派時代に突入したといえる。
天理教を信仰したい人が、宗派中山教 に居てはそれは違和感を感じで当然なので離脱して各別宗派をすれば良いと教祖も仰っていると言える。
中山家とその血族が傲慢で高慢であるが故に【天理教】の名称で人を叩き金をせしめようとした報い。
【天理教】の【本部】である との正当性を失っている。ここも裁判起こされると名称変更が要求される可能性が出てくる。この回避策が天理教と本部の間に【宗派中山】と入れないと行けなくなる可能性も出てきているわけだ。
現行 他の教団でも天理教を名乗れるとなるので、もうすでに、【天理教 宗派中山 教会 本部】 と成っているのである。
無益な戦いをし大敗 天理教の名称を奪われた 中山家とその血族 と言うのが妥当だ。
これも 中田善亮 が起こした裁判である。
天理教という名称をそんなに使われたくないんなら商標登録でもしとけばあ?
ま、実態は営利法人中山商店でしかないんでしょ?
もう何年も所属の大教会には参っていないのだが・・・
毎年5月に用木大会というのを開催している。
そこで、おつとめをするので、おつとめ奉仕者として参拝してくれるよう直々に電話をされてきた。
零細弱小大教会なので正直おつとめの手が足りているとは思えない・・・
とにかく一人でもいいから、多くの参拝人を作りたいというのが本音だろう。
賑やかさが一つの指標のようだ。
人が少ない、閑古鳥が泣いている、さみしい・・・
でもだ、人が多ければ良いというものでは無いのは誰もがわかること。
量も大事かもしれないがやはり質でしょ・・・
おつとめをするのは構わないがもう少し教理の理解を深めるとかをやっていれば良いがそんな事をしたと聞いたことが無い。
ただ人が集まり祭典をしそれで終わる。
研鑽らしきものは皆無だと思われる。
今までのやり方で人が消えてゆく、離れてゆく、なのに、ただ、参れ!と言う・・・
やり方を変えようとはしない。そもそも反省らしきものが無い(と思う)
上のやり方にならって・・・
そこに真摯な態度がうかがえない・・・
まあいいんだけどね・・・
もう何も期待などしていないので・・・
時間だけが答えを出してくれるでしょう・・・
虚ししさん
それはどこの大教会ですか?
もはや崩れゆく教団なので、
勇気があればさらしてくださいませ。
中田善亮、
やっぱり頭が足りないですね。
國學院大学出身ですが、
大学時代は単位が足りず、
なんとか卒業できたことは
天理教内では有名な噂だそうですよ
その裁判起こしたが故に判例を作ってしまった。[現教団だけが正当な名称者じゃない]と成ったと言う事は、これすごい責任問題ですよね? 中田善亮 がやったならやはり 中山家と血族の責任ですよね~ 冠を奪われたわけですから判例は重い消えない絶対に消えない。
法的に見てそうなら世間や社会から見てもそうなるわけですから
【天理教】と名乗る教団は多数存在し、現教団は宗派中山 と呼ばれるわけで、教祖の血筋だからと正当性を訴え教団を私物化しているのが現状
と そのうちwikiに書かれますね(笑)
それに【本部が裁判で敗訴】と天理時報で何故報じなかったのか?ここも天理時報やみちのともなど各機関紙の説明責任の欠如ですよね。
何故中山家とその血族が暴走して勝手に裁判起こして、天理教名称の冠を奪われなくてはいけないのか、これは末代までの重罪である。
早く教団から出て行き【中山商店にかわる】か【中山宗教ごっこ幼稚園】にでも名称を変えたら良いともう。
本当に無責任極まりない恥さらし 教団のトップの器にあらずだ!
真柱が落ちたのは、
教祖殿の大掃除の時だったと
知人から聞いたが、
そこに入れるのは本部員はじめ、
本部在籍者だけ。
最初の書き込みの時間を見ると、
あの時点で知り得ることができたのは
本部在籍者だけじゃないか?
もしかしたら、
本部在籍者もこのサイトを見たり
書いたりしてるのかもね。
匿名
2018年4月12日 7:03 PM
裁判お越し敗訴(敗訴判例保持者)
ハニトラ疑惑(女性関係にだらしない)
教義改ざん(教祖に背く)
寒露台倒壊
息子の結婚式で散財
暴走は激化してますね。
残すは教団ごと犯罪組織化ですね~オウム真理教も麻原彰晃の夢の実現のために地下鉄サリン事件など各種テロを起こしましたからね。
教義改ざんほど危ないことはない。
オウム信者も
「麻原の言ってる事(テロ行為)は過激だが教義的には間違っていないので麻原が言ってる事は間違いはないのでやった。」
と証言している。
[ご恩法事は金]と連呼してると、銀行強盗や闇金融すら曲解の末に正当化されているわけです。
もう銀行強盗は既に起きている事件です。
社会学記事
【30年前に頻発した天理教の不祥事。教勢拡大は、不祥事に繋がるジレンマ。天理教幹部による8000万円脱税事件の背景。】
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=628
「昭和59年5月28日、船場大教会(大阪市)の部下教会である埼玉県の大請分教会長が、東京・足立区の平和相互銀行千住支店(当時)に包丁を持って押し入り、強盗傷害の現行犯で逮捕されている。」(p21)
百年祭のお供えの強要 でこれだけの事件が起きていたわけだ。現状はそれ以上に酷い 気が付いた者から脱会し、残った者だけにシワ寄せが来る状態になるので早く逃げるのが懸命だ。
上層部の舵のとり方の問題でもない。皆さんもご存知の天理市内にある教団の巨大建造物群の維持修繕費が「金~かね~カネ~」と叫んでいるのだ。
そんなの宗教でもなんでもないただの闇金と一緒です。脱会をお勧めします。
4月5日 教祖殿で真柱落下・・・
天理の知人の今日のメールによると、真柱さんはいまだに朝夕のお勤めに出ていないそうです。
おさずけのお運びだけを行っているそうです。
かなり危険な落ち方をしたらしいとの事でした。
私は、「真柱落下」の文字を見たとき、「世界が倒れる」予兆ではと思いました。
朝夕のお勤めの「一列澄ます」の時に叫び声をあげる人、かんろだいの倒壊、黒門の腐朽(倒壊)、教祖殿での真柱の落下等から察すると、世界の事情は深刻の度を深めているように思います。
「鏡やしきじばが曇れば世界は丸曇り」という意味合いの言葉がお指図に幾度も書かれていると、植田義弘氏は「理の研究」に書かれています。
そこに思いが至らない本部員達の無能ぶりは、「世も末」だと思うのです。
考えすぎだと言う方もいると思います。
でも私からすればその様な方は、現本部員達の思考パターンとさして変わりは無いと思います。
否定しまえばその場で思考は停止します。改革も変更も決して生まれません。
今、目の前に見える現実から何かを考え、悟る事が大切だと思います。
私事になりますが、昨年の夏以降、初席者4名、おさずけ拝戴3名 更に6月までに複数の方が別席を運ぶ予定を立てています。
皆さんが別席を運びだした要因は、かんろだいの倒壊とそれに続く9月1日大亮君の結婚式挙行です。
重大な出来事が起きたにもかかわらず結婚式を挙行したり、更に日本国の首都が「崩壊」した関東大震災の9月1日を選ぶという無神経さには呆れてしまいました。
善亮等は、真柱の早期交代も目論んでいるかもしれないと私達の周囲では話題になっていました。
知り合いの方々は、あんな大亮君からおさずけを頂く事は考えたくない。
善司さんが真柱の内に早くおさずけを頂こうと言う事になったのです。
その様な時に、真柱さんの落下の情報は本当に驚きました。
今日も、別席を運ぶ人は、今予定している人で終わりにしようかと地元の人と話していました。
「あいつらは、突然 善司さん身上に付き真柱交代なんて言い出しかねない。
上田ナライトさんの事もあるしね。」・・・
真柱さんの早々の回復を心より願っております。
二部同窓生から聞いた話によると、真柱氏は痛風を患っておられたとか。この話が本当なら、何かの拍子に痛みに耐えきれず落下されたのではないかと想像する。
とにかく天理さんは、上層部をこれでもかともてなしをする悪い風習がある。もういい加減に気づけよ。人は一生に食べられる量は決まっていると、天理の偉い人から聞いたことがある。それならば、そのことを実行あるのみではないのかと問いたい。
感謝 慎み 助け合い が泣いている。
痛風とⅡ型糖尿病は昔から贅沢病といわれていますからねえ。
しかし真柱転落って・・・シャレにならないでしょ。衰退期のカルトになってしまった天理教では。
きっと本部でもスタッフ同士でひそひそと耳打ちしあっていると思います。
「衰退期のカルトの教祖が転落したんだって」
「教団自体はもうとっくに地盤沈下しまくってるじゃん」
真柱が落ちた…
「わいが始めた天輪王教をなんでこんなにゆがめたんじゃーーー!とっとと出てゆけーーー!!」
みきさんが嘆いたんですね。
みきさんはきっと、いつ気がつくか、いつ心を改めてくれるのか、今までずっと我慢し寛大な思いで静観してたんでしょうけど。
とうとう来てしまったんですね。
もう手遅れなのか。あるいは本気で考え直すのか。
存命の理ですし、実際に、みき様のお姿が見えた方もおられるようです。
もしかすると、みき様のお怒りになっているお姿が見えたか、あるいはお声が聞こえたか、で、真柱が畏れおののいて転落したのでは、と想像してしまいます。
天理教名称裁判の敗訴の末 天理教の看板は中山家や血族 現教団のものだけでなくなった。
天理教を信仰していれば誰でも天理教を名乗れるのだ。この敗訴は正しい。信仰は中山家の独占できるものではない。と国家の法が決めたのだ。
一方中山宗派ではその敗訴から連なる責任を誰が取るのでしょう?取れてませんよね。取ってませんよね?それを無責任という。この裁判は原告が 中田善亮 聞く 何故こんな人間が統領をやっているのだ?やはり中山の血筋だからですか~(笑) これぐらいの失笑ものだ。
これが神の一番のお示しだ。 天理教から一段下がった宗派中山 勿論天理に背いた代々の因縁からそうなったのだ。甘露台を立てた教会に敗訴したのだ・・・つまり神は本部から消えた。教祖ですら愛想をつかせた。
中山派は偶像崇拝の如く 巨大建造物を信徒の支持を得ず建築し 多額のお布施を事実上強要している悪しき教団である。現に詰め所と呼ばれる宿舎はやかたに入らない教会の方が多い。これこそ指示のない姿である。
各系統、ほとんどの直属教会が教費などの各種上納金が払えてない状態と判明 大教会でも 小規模 中規模だけでなく、大規模大教会ですら各種未納を乱発している。これに対して宗派中山本部は、強制徴収を解した模様 未納状態なので徴収 はあたかも正しい気もするが 教費?は教費として使われているのか?疑問である。 やかたの維持費 は宗派中山 本部の暴走から作られたものだろう。
しかもこの やかた建設 は何故一工務店 が何故独占しているのか? 工務店の言い値ど通りか掛かっているのか? 50億?100 200 300 400億? そんなにかかるわけがない! 数百億の水増し請求の中から 本部担当者と山分け その裏で ビルを建設しているのでは?と冊子が付く
数年前に税務署が本部会計に手入れしたのはこのマネーロンダリングが本丸 今後が楽しみである。
天理教 宗派中山 からの脱会や離脱するなら早急に
株式会社天理教館
http://tokyotenrikyokan.co.jp/
宗派中山 これは分かり易い!天理教の看板をはずしていっその事中山教にしたら潔い 中山血族たちに呆れて物も言えなくなってきた
天理時報に桜の写真が載っていた。
それは別席場の近くに有る桜だ。すごく大きくて立派な桜だ。
その桜を実際に見たことが有るが立派なのは間違いない・・・
だが、たくさんの枝をたくさんの木の角材を組み、足場のようにして人為的に支えている。
なのでその桜は立派なのだが妙に不自然に感じる。
全く自分の力で立ててないのだ。
支えがあってやっと立っている状態なのだ。(と言うか幹の割に枝を無理やり伸ばしすぎていてアンバランスなのだ)
まあ、そんなやり方も有るんだろうけど・・・
やっぱり自分の力で立つべきだと思うし、そのほうが自然なのは間違いない。自立できないほど枝を伸ばすべきでは無い。(と思う)
いくら立派でも支えがなけりゃ立てないようじゃ不自然だし滑稽に感じる。
この桜を見て、(奇しくも)今の教団の姿に重なるものを感じたし、自分自身の戒めとしてもその桜を見ていたような気がする。
どう考えても自立、自律しているものは文句なく美しくそれが自然だ。
自立できていないものは醜く不自然でやはり美しく感じられない。
植物だけの事じゃなく人の生き様人生の処し方として考えさせられます。
宗派中山とか中山教なんて名称はきれいすぎ。実態を率直に表現した営利法人中山商店で十分じゃない?
虚しし様。
全く同感です。無理して虚勢を張る。あの桜は一見、美しく見えるが、相当無理した姿です。今の天理教団の姿と重なります。
自立出来ない枝を無理矢理に伸ばして虚勢を張る。あのトンネルの様な桜の中に入ると、今にも地面をこすりそうな絶対に自立出来ない、痛々しいほどの細い枝を無理矢理に副え木で結わえてある。
正に、一見美しい2基の桜の巨木は今の天理教団の来た道、行く道、長きにわたって遣って来た心の様、今現在も遣っている心の 向きを象徴的姿として示している様に思えます。
現教団は形ばかりを追う。虚勢を張る。一見巨大建築群に囲まれて素晴らしいと勘違いさせる体裁は整えているが、宗教法人としての本質を見失っている。虚しいの一言です。心を培う宗教と言う看板を上げているが、あちこちから「営利本位」と言われてもその方が的を得ているのが現状です。
さて、金、カネ、かね、と要求するなら、その金が人助けの為に具体的にどう言う事に使われているのか、公表すべきです。
竹中と癒着し、貸しビルばかりを建て、信者に命の引き換えだと脅してお金をを出させ、その一方では営利に勤しんでいる。
真柱が転落するのも天の理。神が教組様が許すはずが無い。本当に頭の悪い、悟りの悪い、根性の悪い、此の期に及んでつける薬の無い低脳な教団トップ達ですね。
裁判の敗訴 中田善亮 も責任が有りますがあの裁判を仕掛けた弁護団 にも十分に責任あります。
弁護士は裁判を基本勧めません。裁判は勝敗が付いてしまうので示談交渉を求めます。裁判をなぜしたか?
中田善亮 に 弁護団に裁判を説得するだけの頭があるとは思いません。つまり弁護団が暴走したのでしょう。「最高裁判事も内心も「宗教法人が商法で・・・?」と思ったと思います。これは笑いものです。とんだ恥さらしこれぞ末代までの恥 「行列のできる法律相談所 と言う番組がありますが あの弁護団でも意見は分かれます。なのになぜあの裁判をしてしまったんでしょう? 中田善亮 もそうでしょうがこの弁護団も相当出来が悪いです。
こんな教団に行列ができるわけがない。
質問です。
天理教本部の方で115才まで生きた人は何人くらいいるのですか?
立教から180年も経ていれば相当な数に及ぶでしょうから、ざっとで構いませんので教えていただきたいです。
なぜ、教祖御在世時に一度、石(材)にて制作され始めた甘露台がいまだに木製の仮の姿なのか?
初歩的な疑問で有り(不良用木としても)根源的な問題、「今頃何言ってんだ!」と叱責されるのを覚悟で質問していましたが・・・
いくつかのブログなどですでに見解がなされていましたが
素朴な疑問として・・・胸の掃除をし、陽気ぐらしの世界に立て替えるためにまず甘露台を据えるのが先だったのでは?と思ったのです。
順番からして・・・素材云々が問題ではなく、石にて甘露台を据えると・・
(教祖は甘露台は石以外は頭になかったのでは・・まさか木製の甘露台になっていると思っていないかも・・・)
じゃないと石にて二段まで制作された事との整合性?が取れないではないかと・・・
しかし、その疑問に対して
おふでさき17号の
10 このだいがみなそろいさいしたならば
どんな事をがかなわんでなし
11 それまでにせかいぢうう(じゅう)をどこまでも
むねのそうじをせねばならんで
の教祖直々のお言葉が有りました。しかし、教祖に盾突く気は毛頭有りませんが・・・
11の世界中をどこまでも・・・とありますが世界中の人々の胸の掃除をやり遂げるのは困難を極めるでしょうし(不可能と言ったほうが現実的ですしょう)、それを待たずに人類が滅ぶほうが先でしょう。
もう待った無し!のところまで人類はきているのでは?と思いますが・・・
それよりも当時のお屋敷に詰めていた人々の胸の掃除をせきこまれていたのでは?と考えられますが・・・
そもそも胸の掃除!と言われてもそれをどうやって測るのか?という問題も有りますし、なかなか難しい問題です。
このぶんだと甘露台は本来の姿を見る事なくこのまま行きそう(終わりそう)な感じですね。
100年祭時に本来の姿に復元してもよかったのでは?とも思いますがそれより教団はお金を集めることに注力し、ウハウハになっていましたからね(笑)・・・
あともう一つ、教祖在世時二段まで石で作ったのなら今のそれも(せめて)二段まで石にて据えるのが本筋では無いのかなと・・・
それが親の思いに応える(沿いきる)ことになるのでは無いのかな?
そして10年ごとに一段ずつでも石にしていくとかなんとか(何か工夫をし)、本来の姿に近づけて教祖の無念を晴らす方向にできるのでは!と考えますし、信仰者側からも本来の形に近づけていくことで気持ちも勇むのでは無いのかな?と・・・
今の教団の状態を見ていると胸の掃除どころか胸の散らかり、濁りになっていると見受けられるので絶望的?デショウネ・・・
≫教祖在世時二段まで石で作ったのなら今のそれも(せめて)二段まで石にて据えるのが本筋では無いのかなと・・・
私もそのように考えていました。
平成の復元として昨年の飛び込みを契機に考えられても良かったと思っていました。
ところで官憲に取り払われた石は、そのまま没収されたのでしょうか。
捜索したという史実をご存知の方はおられるのでしょうか。
こういう時こそ、「中山家」の血筋の面々に役立っていただきたいですね。
おばさまが子供の頃聞いた話では、という調子で
「取り払われた石の甘露台は官憲が数人がかりでどこぞへほかしたと聞いている・・・」
「いや、どこぞの川に曳いて行って流したそうだ」
なんて言い伝えが残ってませんかね。
一度払われた石はただの石と見なすから誰もその後を気にしなかったのでしょうか。
人間の情として、それはあり得ないことと考えますが。
取り払われたかんろだいについて 八島氏は次のように話してくれました。
「秀司の妻まつえが、かんろだいがあると信者がお参りにきてしまうから持って行ってほしいと奈良警察にたのんで取り払ってしまった。
その依頼書は今でも奈良警察に保管されている。」
伝聞になりますが、戦後になって、かんろだいの石は笹川良一氏に渡り、それを本部が買い戻したそうです。
もしかしたら笹川氏から話が持ち込まれ、高額で買わされたのかもしれませんね。?
かんろだいの石は、今でも本部の真柱邸の中庭にあるらしいです。
以前、天理教関係の出版物に写真で掲載されていたそうです。
本部は、特に隠していると言う事でもなさそうですね。
なぜ、かんろだいを立てないのか?
私が思うには、かんろだいが建ってしまったら完了です。
かんろだいが完成したら「やかたはどうでもいいのでは」という考えも出て来るでしょう。
「きりなしふしん」に説得力がかけてしまい、金を要求しにくくなると思います。
つまり本部にとって、かんろだいは未完のままの方が都合が良いのでしょう。・・・?
あるいは、かんろだいを建ててしまうとお勤めの「いちれつ すしまして(から)」と整合性がつかなくなるからなのでしょうか。
ここに石の甘露台の写真がありますね。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou1/kanrodai/kanrodai.html
現教団は親(教祖)の願いのこもったこの二段の石をただの石くれとしてしか扱っていないんでしょうかね・・・
なぜ、(おそらく)そんな瑣末、粗末?な扱いができるのか?不思議でなりません・・・
この世を建て替えたい、建て替えようとして制作されたものをそんな扱いにするなんて信じられない事です。
ないがしろ・・・反旗・・・裏切り・・・
なぜ、その二段だけでもいいから甘露台に据えないのか?新たな疑問が沸き起こります・・・(何か問題でも・・・)
退職信者さんのおっしゃていることがやはり図星なんでしょうか?
ここに現教団の根源的な間違いが有るような気がしてなりませんが・・・
(甘露台に据えるために制作された石ですから、そこに据えられていない時点でただの石くれですもんね)
私のような不熱心な信徒でも教祖の残念な気持ちが伝わってくるような気がしますが・・・
2018年4月15日 10:00 AMの いほり 様
ご質問の意に沿えませんが、手元にある高野友治天理大学教授著の「天理教史参考年表」という冊子の中に「人物表」があります。
1869年(明治2年)~1974年(昭和49年)までに出直しされた教団の主な方168名(内2名の方の享年記録は無し)の享年(数え年)が記録されています。
168名中166名の方の平均寿命は64.5歳です。また、最年長の方は増井りん・昭和14年12月17日97歳。最年少者のお出直しは清水芳雄・28歳となっています。
その他、主な方は以下の通りです。中山こかん・明治8年9月27日享年39歳。守屋筑前・明治12年9月3日享年71歳。中山秀司・明治14年4月8日享年61歳。仲田儀三郎・明治19年6月22日56歳。教祖出直しの明治20年5月19日には、梶本惣治郎・享年61歳。上田ナライト・昭和12年1月12日享年75歳などで、1974年以降のことは分かりませんが、115歳定命とは程遠いことはハッキリしていると感じています。
退職信者様、いほり様、ご教示ありがとうございました。
写真は1回目の破壊後、平成16年の記事のようですね。
2度の倒壊という歴史がある木製甘露台には「理が無い」事が露わになったように感じます。
現甘露台が据替の儀式を経て迎えた最初の朝勤めでは、21回の数をどのパートかが勘違いしました。
エッ、本部でこの様な事が起きるなんて、と、びっくりしたものです。
所詮、据替儀式は儀式にすぎず、悟りという裏打ちが無ければ「理が無い」木製品建立でしかないのかもしれませんね。
時報に掲載された倒壊に関しての悟りには大きな違和感を持つ人も多かったと記憶しています。
また、教会長によっては個人的に悟りを信者に講話の形で話されてもいました。
公式見解を装った時報での発表も含め、皆、あくまでも「個人の悟り」が語られていただけです。
残念ながら史実を踏まえた教義研究による、教団としての悟りを追求する契機にはなりませんでした。
数年かかっても「平成の復元」として成し遂げるべき事の一つであると、今でも強く思います。
本当に真柱邸の庭にあるとすれば、いくら何でも、甘露台を軽く見ているとしか思えませんね。
せっかく買い戻したのに放置とは、もはや天理教を信じている人の所業とは思えないこと。
人間思案での整合性を求めたところで、失礼ながら、神の思惑を超える事はできませんね。
今回の倒壊では結婚式直前、外観だけを整えたにすぎないとの指摘も有りました。
もっと、下世話に言えば、天理教独特のもうけ方だとも言えるかもしれません。
飛び込んだ信者さんの所属からはお詫びの御供えが本部へ上がったはずです。
いくら素晴らしい木であっても、おそらくは入手(又は御供えの木であったかどうか)金額を大幅に上回る額が差し出されたことでしょう。つまり会計的にはもうかった訳です。
昔の話になりますが、ある大教会では海外進出に向けて御供えを集めたところ、かなりの額が集まったので、全額回さず、教会の金庫に現金を取り分けて置いていたそうです。その金庫には大きな風呂敷が掛けられていたと、目撃者から、直に聞きました。
事の善悪を問うているのではありません。「天理教あるある」の一例として書きました。
真柱さま、今からでも遅くはありません。
長年、放置されてきた課題解決にお力を発揮されてはいかがでしょうか。
明日は教祖のご誕生祭と婦人会百周年の大会、総会?だそうです・・・
高齢になる母(一応末端教会長婦人)も老体に鞭を打ち、用木の方をお連れして参拝参加するようです・・
ただ、しかし、そこで何が行われるのか?
いつもと変わらぬ同じような耳タコなお話し・・・であろうことは想像がつきますが・・・
動員をかけてとりあえず人をたくさん集める集まってもらうことが目的になってしまっているのが?????です。
人を集めて自己満足かな?
集まることに意味が有る?
おやさまに喜んでいただく?
進歩がほとんど感じられませんが・・・
世の中は目まぐるしく変わり複雑化し到底追いつかない、追いつけない・・・かも?ですが・・真理は一つかもしれませんが・・・
なんだかな〜こんなでいいのかな〜いいわけないしな〜
でも何をどうすればいいのかも分からないし・・・
マンネリかもしれないがこうするほかないでしょう・・・て感じかな?
ふと中田善亮氏のことが知りたくて検索して遊んでいましたら見つけました。
皆さん周知の事実であれば、今更って感じなのですが・・・
奈良ゴルフ場株式会社の取締役をされているんですね。
https://donburi.accountant/history/?ds=84875&do=5&cname=%E5%A5%88%E8%89%AF%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%95%E5%A0%B4%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE
上記のサイトに略歴として天理教表統領 (現) と書かれていますから確かな情報でしょう。
株も保有されているようです。
表統領が取締役ですよ。
皆さん!胸を張って仕事をしお金は大切に貯金するなり自分の喜びのために使うなりして楽しみましょう!
自分を犠牲にするのはばかばかしいですよ。
神は自己犠牲を嫌います。
皆神の子だから。神は子どもたちの幸せを願っているのだから。
神は決して罰など与えません。安心して喜びのある毎日を!
訂正です。
明日は教祖のご誕生祭・・・
ご誕生祭は4月18日の今日でした。
失礼しました。
公務員は、地方公務員法や国家公務員法で定められている通り、職務専念の義務があり、他の職を兼職することが禁止されています。国民の税金から給料を頂戴している以上、当然のことだと思います。宗教団体の幹部も信者の「お供え」で生活している以上、公務員と同様、宗教活動に専念しなければならないはずです。天理教表統領が私企業であるゴルフ場の取締役を兼職すること自体、不適切極まりないことだと思います。末端分教会長あるいはその家族が、自らの家計を維持するために天理教以外の仕事をすれば「事情働き」をしているということで、天理教組織では非難されます。ひたすら教団維持の集金活動に奔走・専念しなければなりません。表統領は株も保有されているとのことですが、株の購入費用の出処は一体どこでしょうか? 本当に馬鹿馬鹿しくて話にもなりません。
パンダ統領がゴルフ場の役員をしていることについて・・・
個人の自由・・・と言えるかもしれません・・
法律的にも問題ないのかもしれません・・・
しかしながら、法律に触れなければ何でも許されると言うものではないでしょう・・・
自己を律することを求められ宗教を生業にしている人なら当然ですが宗教団体、法人のトップと考えられる人物がゴルフ場の役員なんてことは道義的に許されるのでしょうか?
人だすけ、世界たすけ、人類の救済を標榜し、信者・信徒には清貧の生活を説き勧める天理教の考え方、方針からしても問題が有るのではないかと・・・
末端教会でお布施・お供えでは生活できず止むを得ず生活費を稼ぐために仕事をして収入を得るのとは訳が違いますからね・・・
このパンダは一体どういうつもりでこのような事を恥ずかしげもなくやっているのか?
徹底的に糾弾してもいいでしょうね・・・
どうせならもっと社会的に意義のある団体の役員などならまだ問題ないでしょうがね(福祉関係や社会問題・国際問題などに関する団体とか)
よりによってゴルフ場の役員とは・・・情けない・・・
仮にも次期真柱となる人の実父でしょう・・・バカですな・・・
まあその程度のレベルなんでしょうね・・・
今の時代はこのような神経の図太い人間が幅を効かせれる時代のようですな
>仮にも次期真柱となるひとの実父でしょう・・・バカですな・・・
東京の信者さんから聞いた話です。
善亮さん國學院大學卒業ですが、卒業時点で単位が足らず卒業できない状態だったそうです。
なぜ卒業できたかというと母親が大学に行って頭下げて卒業させてもらったらしいです。
國學院で単位が取れないとは・・・?
東京では、この事を知っている人は少なからずいると話してくれました。
善亮さんは、馬鹿だと私も思います。
彼は、頭ではなく「心がバカ」なんです。
お供えは「命のつなぎ」なんて事は普通の人は考えません。
やはり彼は、心が馬鹿です。
善亮さんは、崩壊する現天理教の表統領にぴったりな人です。
彼は、腐った天理教にとって最高にふさわしい人だと思います。
昨日、天理に行ってきました。
神殿は、隙間だらけでした。
あの巨大な神殿や神域が人で埋まる事は二度と来ないと思いました。
山澤為造が始めた、「偽りの教え」は「心が馬鹿」な善亮さんとその息子「ラグビーボーイの大亮君」で終わりを迎えるのかも知れません。
「心が馬鹿」ということは、「頭脳も馬鹿」ということではないでしょうか?つい最近、辞職された某県知事も同様だと思います。学歴では人間を総合評価することはできないと思います。いくら立派な学歴をもっていても、人間としての常識を逸脱した行為をする人は、頭脳も馬鹿だと思います。國學院大學で思い出しましたが、私の知人で、幼い頃に父親を亡くされた為、学資が稼ぐ為に、昼間は働いて高校の2部(夜間)に通学し、大学も國學院大學の2部に進学され、昼間は働き学資を稼ぎ、夜は大学に通われて、教員免許を取得し、中学校の教諭となり、定年まで勤め上げられた方がおられます。幼い頃から苦労の連続で世間の辛酸をなめられた方で、中学校の教諭になられてからは、放課後、家庭の事情等で荒れている生徒や困っている生徒を毎日のように訪問されていました。生徒や保護者、同僚、皆から慕われる本当に良い先生でした。本当に利口な人とは「心も利口」で「頭脳も利口」な人ではないでしょうか? 他人様に宗教を説く人間は少なくともそうした条件を満たす人物であるべきだと思います。
>他人様に宗教を説く人間は少なくともそうした条件を満たす人物であるべきだと思います。
確かにそれが理想的ですが、しょせんは理想論といわれるだけでしょうね今の天理では。
誰とは名指ししませんが、銀のスプーンをくわえて生まれてきた天理貴族たちをみればわかるではありませんか。天理貴族の子弟たちは辛酸嘗め尽くす経験を持たない苦労知らずのおぼっちゃま君ばかりです。
天理貴族たちにいいたいのです。一万円という利益をあげるために、スーパーがどのくらい大変な思いをしてものを売りさばいているのかを考えたことがありますか?と。
お金を稼ぐ苦労を何一つ知らないために平気で他者から搾取しようとする。お金なんか楽してゲットできるという頭しかないから、ああいう脅迫めいたセリフが出てくるのでしょうよ。
心は、人間の根本であり、頭脳以前の存在であると考えます。
>本当に利口な人とは「心も利口」で「頭脳も利口」な人・・・
これに対しては、絶対条件があります。
それは、「無欲であること」です。
「欲の心」は、人を狂わせます。
「欲の心」は、この世の全てを狂わせると思います。
何気ない日々の営みを「無欲」で過ごす「本当に利口な人」は、私たちの周りには沢山いるはずです。
対して、天理教の本部には「欲にまみれた心の馬鹿」の何と多い事か。
結論
中山王家と天理貴族たちが一番「心のちり」を除けていない。
天理では「ほしい」は心のちりだからはらわなきゃいけないと教えています。
でも王家と天理貴族たちは全然はらえていない。
自分たちが払えないものを誰がはらえますか?
>天理では「ほしい」は心のちりだからはらわなきゃいけないと教えています。
でも王家と天理貴族たちは全然はらえていない。
自分たちが払えないものを誰がはらえますか?<
全くその通りですね。本家本元が「ほこり」まみれの状態では如何ともし難いですね。「ほこり」まみれの物の「ほこり」を払いに行って、払いに行った者自身も同じように「ほこり」まみれになってしまうかもしれません。やはり、「君子危うきに近寄らず」というスタンスがベストなのでしょうかね。
今、一つ前の天理時報の一面を見て投稿ぜずにはおれなく書き込んでいます。
表統領が再任・・・バカくさくて話にならないですが・・・
内統領が新任・・・宮森与一郎・・・
わたしは天理内部に疎いのでどんなかたが存じ上げませんが・・・
写真を見た素朴な感想・・・
何と人相の悪い人だな〜
これが陽気ぐらしを掲げる教団のトップの顔かいな?
特に目つきが悪いですな・・・
目は口ほどにものを言う・・・
目はこころの窓・・・とも言われるので・・・
しかし、その横の表さんのお顔も何と間抜けなお顔をされてらっしゃる笑
典型的なアホボンの顔か?
とても神の名代とは思えないお顔立ちで・・
残念な人事て事ですか・・・
人の容貌をどうのこうの、というのは憚れるところですが、在職中に職場によく来られた人で、キリスト像の相貌に似て、話し方も非常に温厚な話し方をする人が居られました。ある日、思い切って何か宗教を信じておられますかと尋ねたところ、クリスチャンだと言われました。
信じる神は違っても信仰を積まれた人は、見るからに温厚な容貌になられることを実感したことでした。
果たして、天理教を信仰されている方に、教祖の容貌に似てきている方が何人居られるのか。多くの方は怖い顔の方が多いように見受けられるのは私の思い過ごしでしょうか。
東風Z
2018年4月21日 9:09 AM
近頃社会学のコメントに無駄な反論が減りました。無駄な反論と言うにはおこがましいほどの荒らしと言うべき低脳中山商店従業員(笑) 彼らは悟ったから大人しくなったのか?夢から覚め現実教団が中山不動産という土地転がしだった事に気が付いたからだ。中山商店の人間は現実を見る力がないという証です。
3代真柱の話が出てきましたが、二代の夜と建築悪癖に隠れているが、三代もとんでもない事をしています。
教団内で、道一条 と 道兼務 と言う言葉があり、それらの人々がいがみ合っている。この発端は何を隠そう 3代真柱の発布した諭達 起因する。 「世情働きをせずに道一条であれ」的内容であった。私も詳細には覚えてないが、諭達 は代々各教会に配布されているから、探されたり教会長に聞くといいでしょう。
3代は、道一条発言で、教団世間知らず を招き
2代は、隠し子沢山 やかた構想 を打ちたてた 教義所詐欺
初代は、天理教を本席追放で乗っ取り 首の癌・・・
今後諭達でこれらの説明と釈明をするのが必須である。過去の過ちから是正するのはトップの役目
現真柱の次の諭達を出すならこれしかない。今後諭達の内容は反省しかない。
通り返しの道 は教義なのか?それとも美辞麗句なのか?
それを選ぶのは真柱と血族の心次第
行わないなら 神への慇懃無礼
無礼であるのは明確である。
現況団が衰退の一途、地獄への階段を下っている 勿論心が成ってないから自明の理
不動産屋に得はあれど徳は無し
特別意識はあれど徳は無し
徳の無い姿 とはまさにこの事ー
知り合いの教会の息子さんが話していました。
皆「正善・正善」と非難するけど善衛はもっと酷いのだ。
正善は、外部の人でも有能な人は受け入れた。
しかし、善衛は外部を全て否定し身内で固める体制を作った張本人だ。
中山血族姻族体制を作ったのは善衛だ。
今では、本部の人間は血族姻族ばかり。
そして、みんなFランクの天理大卒の無能ばかりだ。
善衛は、慶応義塾大学だが、住まいは田園調布にあり付き人もいた。
大学時代は、銀座や六本木で飲み歩いていた。
東京では有名な話だ。
正善は、女と骨董品と古書集め、館建設と金を浪費した。まあ それでも図書館と参考館は認めよう。
善衛は音楽に多額の金をつぎ込んだ。しかし、何も残っていない。
あると言えばあるが、つまらない楽曲だ。
八島氏は善衛の人柄について次のような話をしていました。
「高校の体育の授業で野球をやった時、ヒットを打っても一塁までタラタラ走るからいつもアウトになる。
善衛は、そんな奴なんだ。あいつには一生懸命なんて気持ちは無い。」
善衛時代の100年祭に向けての活動中、昭和59年1月5日早朝に肥長大教会長が詰所で自殺したことは有名だ。
その他にも、自殺した教会長、強盗事件を起こした教会長など悲惨な出来事が起こった。
原因は、多額のお供えだ。
その他にも、三島神社移転騒ぎも起こした。
正善の路線を変えようと思えばできた立場にあるのに、全てを悪い方向に動かしていったのが善衛だ。
善司さんは、何もしないから正善や善衛より、はるかにマシだ。
しかし、正善や善衛の付が回って来て 全く損な役回りだ。
しかも その付が払えないと来ている。
真柱と言う役回りをさっさと大亮君に回したほうがいいかもね。
天理教は、どのみち 潰れる 道だから。
この息子さんは、教会を継がないと言っていました。
久方ぶりの書き込みです。
https://www.youtube.com/watch?v=w5AjtwBR0Pw
何気なしに韓国天理教関係の動画を見ていました。
祭式として違和感を感じてハングルを翻訳にかけたら
「魂結婚式」
韓国土着の宗教儀礼である「冥婚(死霊と死霊の結婚)」だったわけですね。
韓国伝道庁は、韓国民の感情に対応すべく、神鏡、日の丸の扇など戦前の
日本ならびに神道習俗を思わせるアイテムを消し去りましたが、その分、
本来の教義にはない土着宗教儀礼が入り込む隙を与えたのかもしれません。
としたら、祭壇上にかんろだいを据える、八島先生の影響を受けていると
思しきグループは、どういう「つとめ・祭儀式一般」を行っているのか
気にかかります。
東風Z様
>人の容貌についてとやかく言うのは憚れる・・・
その通りですね・・・
しかし、天理時報の写真を見れば言わずにはおれないんですよ・・・
『陽気ぐらし』を掲げているだけにこれはいかがなものかと・・・
確か、『男は四十を過ぎれば自分の顔に責任を持て!』だったかな?
内面が顔に出るんですよね・・やっぱり・・・隠せないものですよ・・
日本最大の暴力団と言われているY組の組長の方がまだいい顔してますわ
この宮森って言う人の表情、顔の相から教団を理解できるような気がしますし伝わってくるものがありますね。
天理教の道一条は決していい結果を生まなかった。「道一条では経済基盤が健全に築けない。献金依存体質から脱却して教会ごとになんらかの収益事業を行ったほうがいい」と思っても、「道一条でやっていくべき。収益事業をやろうとするのは人間思案だ」と却下。その結果がこれではないか。
不健全→信者減少→衰退期のカルトと呼ばれる(今ここ)
匿名様。
>「道一条でやっていくべき。収益事業をやろうとするのは人間思案だ」と却下。
と言っていた割には社会で成功すると、手の平を返したように、教内の機関誌でもてはやす体質です。
以前の陽気誌を始め教内の機関誌は教会長の記事だけでしたが、今は会社経営者や福祉関係。弁護士や医者、スポーツ選手、芸能人と信仰が有るのかないのか分からないような人間が登場している。
いま、一番陰に隠れてしまっているのは、末端で地道に仕事しながら道兼務で通っている会長さん方である。
数という成果が上がらなかったら、何もしていないように扱われている。
天理時報を探してご両人の顔を確認しました。
確かに、表さんはアホボン。金はあるけど勉強は嫌い。自由気ままに過ごしたんでしょうね。締まりが無い緩んだお顔ですね。
内さんは、目が怖い。目が座っている。こんな人相の人に「おしこみ」を受けたら震えるでしょうね。
頭も悪い、徳もない。こんなトップでは泥舟も引っ張れんでしょう。確かに昔の本部員は東大卒、京大卒、ざらでしたね。
学歴至上主義とは言いませんが、國學院、天理大・・厳しく自分を律する事をせず、勉学に励まず、遊んで過ごした人間の集合体が特権意識を盾に好き勝手をする。(天理大宗教学科卒の次期教会長候補の人に天理教の教理を聞いたがしどろもどろで何も知ってません。何勉強したんだ?と感じた事があります。)
東大京大等で勉学に励んだ見識の高い高学歴者は、世の為人の為になる活躍の場は世間にいっぱいあって、こんなどうでもいい、つまらない腐った組織に寄り付かなくなったのが現状でしょう。
不良用木 様
本当に仰る通りですね。教団の中枢の方々に、温和な目線の方はあまり見かけませんでした。
皆さん苦労が足りないのです。苦労を経験して、初めて下々の心が理解できるのではないでしょうか。
ただ、所属外の中部地方の大教会長さんで、私のように部外者で知人のつてで詰所に一泊のお世話になっている時も顔を合わせると、いゃーご苦労様、と声を掛けてくださる方が居られます。詰所の皆さんも明るく、心と心のつながりを大切にされているように見受けられます。
噂できいた話。
この宮森という人の息子は、
本部青年になったが、
一年も経たずに逃げ出したらしい。
自分の息子も導けない人が、
天理教全体を導けるのか。
見ものですな。
匿名
2018年4月22日 10:41 PM様
>この宮森という人の息子は、
本部青年になったが、
一年も経たずに逃げ出したらしい。
本部を逃げ出した・・・
今の(腐敗)教団から逃げた・・・
意外とまともな感覚をお持ちの方なのかもしれませんよ・・・
逃げ出す方がまともなのかも・・・です。
味をしめて居つく人間の方が危ないかもです・・・
なぜ 宮森さんが内統領に?
調べてもらったら 宮森さんの奥さんは、道友社長の松村義司、布教部次長の松村登美和の女兄弟でした。
つまり宮森さんの奥さんの母親は正善の娘と言う事です。
これが、「御本部」の実態です。
不良用木 様
>本部を逃げ出した・・・
今の(腐敗)教団から逃げた・・・
意外とまともな感覚をお持ちの方なのかもしれませんよ・・・
逃げ出す方がまともなのかも・・・です。
味をしめて居つく人間の方が危ないかもです・・・
私もそう思います。
よくやった。
頑張れとエールを送りたいが、食えなくて、数年たったら帰って来たとしたら、シャレにならないぞ。
≫つまり宮森さんの奥さんの母親は正善の娘と言う事です。
≫これが、「御本部」の実態です。
いやぁ、そうですか!
知りませんでした。
本部中枢の人々の繋がりを図解して「天理の血脈」なんていう本を出版したら
購入する人も多いかもしれませんね。
そして、蜘蛛の巣のように張りめぐされている婚姻による「きずな」の実態を知れば
事象を見る目も変わり、「御供え」の使い方を見る目も厳しくなるのは当然でしょう。
これ迄に指摘されてきた数々の金にまつわる問題点。
教会で育つ子供を守ることは絶対的に必要です。
けれど、社会的に見て、生活水準をどこに求めるか、ここがキモ。
成長する中で、所謂学齢期では公立を選択することは常識でしょう。
習い事をさせられない家庭は、天理教教会だけではないことも知るべきです。
現実社会を知るべきです。
子供お地場帰りだって、経済的には贅沢なんですよ。
一般家庭の中で、どれだけの家庭がサッと費用を支払えると思いますか?
まして親子で参加しなくてはなりませんから費用がかさみます。
現実的には各地の教会でのお泊り会実施が参加者の負担感が軽減される良い方策だと思いますよ。
Face Bookの投稿記事より
他系統の話。
ある教会の会長就任奉告祭。
参拝した最上級の理の親として、部内の若い会長の門出を祝う立場の某大教会長が、客間で嗜好品の様々なワインの接待にご満悦の様子だった。
賑やかに盛り上がる参拝場での直会には一度も顔を出さず、信者や参拝者を労うこともなく、客間でダルマのように鎮座したままで、ワインのウンチクを傾け続けた。
美味しいワインを求めてソムリエの友人とフランスまで出かけた。なんでもソムリエの資格を得るため勉強しているらしい。
そんなに好きなら、ソムリエになったらいい。
ただ、その前に大教会長は辞めるべきだろう。
悲しくなる。
本部、大教会の家系図があると分かり易いですね
どなたか詳しい方作って頂けますでしょうか。
この度、天理教表内統領、新体制始動・・・と時報には載っていますが
表統領再任についてですが、『お供えは命のつなぎ』発言をし本来なら即刻更迭されて然りなはずですが、腐っていながらも一応会議にて選ばれているんですかね・・・
それとも、いわゆる、なーなーで決めているんでしょうか?
古い元教会長さん 2018年4月22日 7:26 AM
>一番陰に隠れてしまっているのは、末端で地道に仕事しながら道兼務で通っている会長さん方である。
数という成果が上がらなかったら、何もしていないように扱われている。
本部から見れば末端は、カスみたいなものでしょう。
直属でも、血族姻族でなければ雑魚扱いでしょう。
18日のおや様誕生祭の祭典の時の事です。
結界の中の雅楽の楽員に本理世大教会の会長さんがいました。
道の友の年間統計によれば本理世大教会のここ2年間の初席者数は314人です。
部内は、59ヶ所ですから一教会当たり5.3人です。
この数字は、麹町大教会の9.1人に次いで 2番目に多い数字です。
しかし、本理世大教会は統計表の順位は154番目で、本部との血族姻族関係も薄いらしいです。
本部の大好きな「数」で成果が上がっていても、親戚でもない新参者は直属大教会長といえども雑魚扱いですね。
結界の中で笛を吹く役回りが来るだけです。
以前にも書きましたが、布教部次長になった東京分教会の松村登美和さんのここ2年間の初席者実績は、「0」です。
母親が正善の娘で、お兄さんの義司さんが道友社長に移動した為、空席になった次長席に収まっただけです。
本当に、「本部は腐りきっている」のです。
血族姻族関係の薄い直属の皆さん、こんな組織に居たら死ぬまで奴隷の様な扱いをされるだけですよ。
本来の天理教の役目は幕末の天皇やお殿様を崇めて通る上下の決まった世の中を一列兄弟にかえて
「天皇も人間」「すべての人は平等」ということを広めるための教えであったはずです。
今では、天理教の中だけがしんばしらや本部を崇めて通る上下の決まった世の中を続けている状態です。
「いつまで江戸時代なんだ!」
末端に生まれたら、一生末端!
「いつまで奴隷なんだ!」
江戸時代っていうより北朝鮮でしょ。だって下はとことん貧乏こいてるも~んw。
えーっとですね。
私は既に本部役員さんと言えどもその役職の前にひれ伏す気持ちは持っていません。
江戸時代ではないのですから。
今や、こういう人も多いと思いますよ。
人間相手に頭を下げるのは、感謝またはお詫びを表す時でしょう。
表統領と真柱後継者夫妻、そこに繋がる親戚一同。
問題有りだと指摘されることが多い方たちですね。
デズニーランドへ行っていた問題もありましたね。
小さい子供なら夢のデズニーランドへ一度は行かせてあげたいと思います。
高額な入園料金ですから一般家庭同様、小さな教会では経済的な無理をしなくては実現できそうもありません。でも子供には行かせてあげたいですね。
しかし結婚を目前に控えた大人が独身最後のお楽しみに、しかも不労所得と思われる金で行けば、その後のド派手な披露宴と行事の経費も考えあわせ、非難の声があがるのは当然の事のような気がします。
周囲の関係者が誰一人として忠告をしなかったのか?不思議です。貴族階級のつもりでいるから、非難される事なんて予想もしていなかったのでしょう。
このように自分の立場を勘違いしている人々は、この場で種々指摘されている事を知っているのでしょうかね。出会いの機会が有る方は聞いてください。
まぁ、自分はもしも真柱後継者の時代になったら、バカバカしくてお地場帰りもやめると思います。
現真柱と共に天理の地から離れます。
これは虫けらのような一個人ができる、最大の抵抗の姿と思ってください。
後継者夫妻に代替わりする天理教では社会的にも恥ずかしい。
放置されているとみられる甘露台の解決と、血筋による後継の問題を解決できなくては、天理教はその衰退に拍車がかかると思っています。
すでに大亮夫婦レベルに似合った青年がウエブで説教する時代です。
Twitterでいくら偉そうにお道の言葉を唱えていても、ひとたび自分の外観を「太った?」とつぶやかれると、明るく返すことができない人がウエブ講師になっていますね。
相手が弱い女性だからなのか、居丈高にTwitter拡散を非難、彼女を脅していましたね。
あれを読んでから、わかったことが有ります。
いくら教祖の教えを元に立派な説を書き込んでいても、個人の問題となると、化けの皮がはがれ、人間性は隠しようがないのです。ネットの怖さですね。
昔から天理教の弱点として内外から指摘されている一つに、教師の資質が問われないことが挙げられます。
教祖存命時代から、助けられた者が更なるお助けをするというシステムだったので仕方ない面もありました。
しかし宗教者は世間から尊敬される資質が有ること、これが必須であるのが現代でしょう。
(資質とは、単なる学歴を指しているのではないことを念の為に付け加えます。)
「人を見て不足をするのではない」という教えが拡大解釈され、結果、現況を招いたことは明らかです。
社会にその存在を許される宗教教団として強い責任感を持ちたいものです。
マニュアルを暗記したり、教典を勉強して立派なうんちくを話すことは誰にでも出来ます。
難しいのは、「それを生きること」なのです。
自分が出来ないことを人に勧めたり強要することに説得力はなく、はっきり言って「余計なお世話」になるのです。
自ら学びたいことを学び、そしてひけらかす必要もなく、ただ淡々と己の信じた生き方を生きる。
そこに何か魅力を感じた人は、教えて下さいと来るかも知れないし、相談されるかもしれない、
それは魅力があるからです。魅力があれば自然と広がって行きます。それが自然の法則(神の意思)
また、経費が掛かる場合は、常識的な必要額を明示して、集金した頂いた場合はどの様に使わせて頂いたかきちんと会計報告をする。お供えの場合も同様。それは誠実さでもなんでもなく、社会では当たり前の事。
現教団がそうだといいませんが、新興宗教が警戒されるのは、ズルさがばれている時です。
道徳的な教えを説く宗教組織で、トップがあからさまに贅沢してたり、組織の現状を無視して何かと集金ばかりしていたり、質素や素直などを良しとしながら、自らは自分よりも肩書きが下の人に対し、まるで下々の者に対するかのごとく上から目線の態度で偉そうにしていたり、
その割りに結局は上層部以外には全く還元がないとしたらどうでしょう?
洗脳されている人の目線ではなく、一般的な目線に立った場合、魅力を感じますか?ばかばかしくなってはきませんか?警戒しないでいられますか?
【天理教】と掲げてる宗派中山 中山不動産?中山カルト?悪名が実態なだけか
天理教は女王蜂が居なくなったアリと一緒だ。一生懸命作った巣を教祖中山みきと言う女王蜂の死と共にカネという砂糖でアリを騙しだした教祖の子孫たち 本席というその後継者の追放と抹殺女王蜂が居なくなれば皆暴走しまいには砂糖も無くなり自分たちが作った巣であるやかたを食べ始めた。
気が付いたら働き者の黒アリはシロアリに成っていた。白が善なのか?黒が悪なのか?その区別すら付かなくなった。、そんなアリの一族は滅亡する。なんの正しさもない宗教とも呼べない。欲欲しい豚しかいないキリスト教ならそれをサタンと言う。もう終わりだ
御恩奉じをしろという本部からの呼びかけが、やたらと多い。
では、何に対して感謝するのか。天然自然に対してなのか。神(天理王の命)に対してなのか。教団本部に対してなのか。いや、もっと身近な大教会に対してなのか。親なのか。そもそも親とは、実父母なのか。それとも理の親なのか。焦点がさっぱりわからない。ひのきしんをしろ、だとか、天理時報を読めだとか、真綿で首を絞めるようにせっつかせるが、要は、せっせとカネを出せということに尽きるようだ。
ご恩報じの意識を高めよう・・・
これが表パンダ統領が打ち出していた方針だ・・・
私も、ほんの少し前までは真面目な信者であった・・・
なので言われている意味を自分自身で考えたりしてみた・・・
いまいち漠然としてよく分からない・・・
何を求めているのか?・・意識を高める?・・で、どうしろと?・・
とにかく言えるのは一方的な要求・・・
自分たちのことは棚に上げて要求してくる・・・
で、つまるところ結局は金の要求だと言うことがパンダの発言からあらわになりはっきりとした・・・
この事実を見ずに目をつむり現実を見ようとしない信徒がまだ存在しているのも事実・・・
洗脳状態なのかな〜
でもかなりの割合で目が覚めてきていると感じる・・・
この調子で悪を駆逐せねばならないと思う・・・
事態は意外といい方向に向かっているのかもしれない
希望を持って行こうと思う・・・
洗脳されやすい、空気に弱い、流されやすい、というのが日本人の特性だが、
日本人である自分にもそういう傾向があるのだと今後はよくよく弁えて意識していこうと思う。
宗教、政治、今日本で噴出している様々な問題の責任の一端は、自分自身にもあるのだと意識しなくてはと思う。
大きなものに寄りかかっていたら、難しいことを考えずに済むし、いうとおりにしていたら安心安全なのだというような、おめでたい安全神話は捨てて、本当の意味での自立に向かおうと思う。
自身を省みて共感致しましたので、
「日本人は洗脳されやすい国民性なのか?」より 抜粋させて頂きました
http://gonta0057.at.webry.info/201509/article_2.html
日本人はいまはただ逆方向に洗脳されているだけだ。
自分で考えていない。
自分で情報を探さない。
自分で本当の事実を探さない。
全体を見ない。
マスコミの言うことを信じてどうする?
官僚や東大の学者の言うことを信じでどうなる?
自分で「考える」ことを教えていないからなのだろうか?
この馬鹿さ加減は教育だけの問題なのだろうか?
そこには知性がない。
何かそれ以上のあやしさを感じる。
「違う意見」を認めない、怪しい精神土壌。
それこそが「軍国主義」を生んだのではないのか?
日本人の問題点
上で触れた「怪しい点」それは
この社会は「同調圧力」が強すぎる、という点だ。
皆が同じ方向を向きたがる。
だから、見たくないものを見ない。
それではだめだ。
視る者、考える者にとって「思考停止」は最も忌むべきことだ。
見たくないものを視よ!
そして考えろ。
若い人にはそう言いたい。
あらゆる権威を疑え!!
「同調圧力」と「思考停止」。
この日本人の問題点を改めなければならない。
視る、考える力をつけなければならない。
以前沸いていた社会学への荒らしの天理教信者と言うなの中山教の信者さんががめっきり減りましたね。気が付いたのかな~信じていたな御本部が実は誤本部だったって~
天理時報が天理誤報 ましてや天理教が中山教だったわけだしショックですよね~中庭で処刑も実現されるかもですね~
とあるブログ主の方の言葉・・・
>天理教、あれだけ沢山の信者が毎日お唱えをしているのに、私には「陽気暮らし」をしているようには見えません。
よく考えてみましょう。
・・・「陽気暮らし」を目標にしてしまうと、いつまでたっても「陽気暮らし」は出来ません。なぜなら、今現在「不足している」という感情を持っているからです。
との事。
人間生きているとなかなか陽気な心持ちにはなりにくいと思われ・・・(自戒)
生きている以上問題ばかりと言ってもいいかもしれませんし・・・
現に私などはとても陽気暮らしとはほど遠い生活をしていますが・・・
なので陽気暮らしと言うものは多分条件付きのものでは無いんでしょうね
仕事がうまく行き、家庭生活も円満、健康そのもので元気はつらつ、悩みは無し・・・否が応でも陽気にならざるをえない?
まあ、順風満帆に越したことは無いでしょうけど・・・
そうではなく、次元を
超えたところのあり方みたいなものなのでしょうか?
仕事はダメ、プライベートもダメ、健康状態、精神状態も優れない・・・
どう考えても陽気にはなりにくい状況ですけどね
無理に陽気に振る舞うのも違うでしょうし疲れますしね
生きているだけで丸儲け的な心境になれればいいのかな・・・
世間にはいつもニコニコしていて微笑みを絶やさない方がおられます。
私は正反対で笑顔がほとんどできません・・・
”笑う門には福来たる”とのコトワザもあるので笑顔にならないといけないのはわかっていますが・・・
無理に笑っても引きつりますしね・・・
なかなか難儀なところです・・・
考えても陽気にはなれないと言うことですね・・・
死んでしまえば陽気も陰気も無いですけどね・・・
頭でわかっていてもなかなか体現できてませんが・・・
これを本当にできれば悟りとも言えるのでしょうね
幸せと言うものも本当に相対的なものでしょうしね・・・
砂漠の真ん中で倒れ渇きに苦しんでいれば一杯のコップの水が黄金の塊より有り難いものになりますしね
と考えればやっぱり欲なのでしょうかね悩み、苦しみは・・・
長駄文失礼しました・・・
教団は修行の場で悟れてないからこそ修行する場でもあるはずなのですが、天理教と名乗る 中山派本部信仰では一切悟れません。「ご恩法事は金?」宗教界もたまげるトンデモ論です。他の宗教界では笑ってますよ。「それ言いたいけど、それ言ったら宗教じゃなくなるわ(笑)」と言うのが宗教団体運営の本音でしょう。
天理教中山派は一歩踏み出してはいけない線を越えてしまったわけです。そもそも宗教とは世俗とは別の世界であるのが最低条件であり世俗と同じであるなら宗教看板を語れずとなり、宗教法人の資格剥奪もそう遠くないでしょう。
「ご恩法事はカネ」は「信仰はカネ」と類似しています。つまり 真柱 中山善司 の実弟 中田善亮 発言は現実運営も可笑しいどころか教義もおかしい事を表し、それと同時に 「中山家は未だに 教祖の教えを理解できません。」と言ってるのです。
教祖の教えに
「竜頭が狂えば皆狂う」
と有りますが運営上の 竜頭自体が狂っている事に気が付けないほどの ロクデナシ であるのです。
皆さんが 偽善者の竜頭に オヒネリ を投げすぎたのです。なので現在の狂った暴走妄言教団上層部が誕生したのです。彼らを反面教師とし、脱会はおろか、教義改ざんを公言してしまっているので、離脱も容易に出来る状態なので、離脱し 真の教祖の信仰を目指す選択もあるのです。
生きる上で必要以上の欲を持つと 悩みや 苦しみになる。悩みはともかく苦しみは生きているからこその苦しみ 一切皆苦 と釈迦もおっしゃっている。
中山みきは熱心な仏教の信仰者でもあったので、それを 煩悩をホコリと言い換えそれを八つあるとし分かりやすくしたのでしょう。
つまり 天理教自体 仏教の亜流でしかないのは事実です。 本部にも仏教界から見学が訪れます。あれはどう考えても亜流を監視しに来ているのです。 教団上層部もこれ以上暴走すると、一般人はおろか、神社、寺 宗教界学者 など 宗教界からの批判や問答を仕掛けられる日も遠くないでしょう。
亜流ならまだしも、邪教ですので、何れ外側から批判されます。その際教団の人間でその問答に耐えられる人間が居るのでしょうか? 中山善司 中田善亮 筆頭に問答に出すようにしたほうがいいです。
ご恩法事はカネ の発言の説明と責任は取って頂かないとご自身の因縁納消に成りませんからね(笑)
嘲笑がとまらないほどの三文喜劇です(笑)
信者の寄付で飯食わせてもらってるのに、もっと払え?とは中田善亮さん何事ですか?(笑)
おやさま は お菓子を三度もらいに来た子供を叱りましたよね。
中田善亮 氏も 叱られ足りないのでしょう。
足りない割には何故あなた方には肥満が多いのですか?飲み食い贅沢に散財してるからでしょう。説得力が無いんですよ。人の上に立つ人間が肥満?心身の自己管理ができてない証なんですよ。昔から欧米では言われてますし現代の日本でもブルジョワの嗜みです。ブルジョワにも成り切れてない自己管理も出来ない上層部に誰が期待の寄付をしますか?魂が足りない。徳も無い その姿が肥満です。欲欲しい豚 と カトリックでも忌み嫌われる 肥満 肥満は病気です。人を助ける前にまず自身の病気肥満を治してから人前に立つべきですよ。 おやさまは それを 牛馬 と呼んだのです。
人はお腹が減ると食欲が出ます。それが栄養となり生態維持をします。教団上層部が妄言を吐くようになったのは頭の栄養が理解からでしょう。それは知性です。人は知性が有るから善悪の判断をはじめて取れるのです。善も悪も判断つかない発言をしている時点でそれが妄言なのです。成長段階の子供は保護者の庇護の下育つからまだいいのですが、成人男性で妄言を吐くとなるとそれは統合失調症昔で言う精神分裂の方に多く見られる症状です。知性が足りないと欲望で人は動きます。「ご恩法事はカネ」等と欲にまみれた発言を根源できる時点で相当な危機的状況なのでしょう。 教団の運営上の危機 それに悩む運営人の精神状態を案じます。
通り帰しの道 と教祖がおっしゃるように、真柱体制への振り返りはおろか教祖時代までさかのぼって振り返る事が大切です。 この屋敷に因縁有り と 因縁が深いのでしょうから 良く良く中山家の反省をすべきです。反省が出来てないから 初代から数々のおさわりを見せられてきてるのは自明の理と言うべきでしょう。
自明の理を克服できない事には、あなた方に教理を説く資格はございません。人が許しても 神が許さない なので自明の理が発生するのです。
しかし残念ながら彼らは治らないでしょう。
「泥の海その中よりもどじょうばかりや」
これは泥は教義改ざんや嘘とツイショウ を意味する。泥が住みやすいのはドジョウ のような単細胞な知性と言う事です。
その話は元はまりの話で現代とは関係ないのでは?
とお思いの方はそれは世俗にとらわれた思考で見過ぎているのです。 元はじまり はいつまでも 元はじまり 常にその連鎖 中核を担って今も脈々と行き続けています。
ビックバーン は 宇宙の始まり ですが ビックバーンの余波により 宇宙は膨張し続けていると言えばわかりやすいでしょう。
つまり もとはじまり は 余波を生み出す 原因であり 余波は要因 と成るのです。
物理学上 分子 原子 より小さい世界 素粒子 などの世界では、同じ原因と要素で動いていると言われます。
おやさまも 陰と陽 を用いて話出ますよね。
なのに子孫の上層部は未だ解らず 解らないので未だに伝えず。つまり恥ずかしいので中山家とその血族は宗教やめた方がいいです。
上層部が悟ってない事を論文で発表しても良い位証拠は十分に出ている状態だと言う事です。今後この状態の教団に目をつけた銭ゲバ宗教学者に批判される事は確かでしょう。
現に おやさと研究所の論文を見ていても、現教団を遠まわしに批判している論文は数多くある。しかしこれは批判でなく、学術や論理など 理 から逸脱している中山家とその血族が居るとの自明の理なだけです。
以前 地場リーヒルズが本当の地場 と仰ってた人が居ますが、それを見た瞬間 上層部を見透かしてる人が居るもんだな~と感心しました(笑)
それぐらい 中山とその血族 の信仰規範は信仰でなく 血脈依存 だと言う事です。血以外に信じるものが無いのでしょう。それは信仰にあらず 一族の存続 に囚われた人々だと言う事を考えるべきです。これは
おしい ほしい にくい かわいい うらみ はらだち よくこうまん が全て含まれる ホコリです。人に八つのホコリ 血脈にも八つのホコリはおろか悪しき因縁 も含まれているのですから
やはり教祖が提唱した天理教に復元するには、彼らホコリの血脈を掃除する必要があるのでしょう。
残念ながら神に相手にされない神に届かない人々の劣等感から教団は乗っ取られ、そして機能不全を起こしているとしかいいがありません。
このまま衰退惰性で破滅を迎えるか?教理に明け渡すか?の瀬戸際に迫られているのが現教団の血脈上層部であるといえるわけです。
教団本部にどのような意見、要望あるいは一信者からの視点としての問題点を書いても聞く耳を持たないでしょうね。というか、血縁でがんじがらめになっている教団本部はじめ大教会組織。
所属していた大教会組織も三分の二近くが、どこかで血縁で繋がっていて、迂闊にものを言うこともできない雰囲気を作り出してしまっています。
どこどこの教会の娘があの教会に嫁に行った等、際限なく続く話です。
身内どうしでも、バカ丁寧な挨拶を交わして、さも組織立てているように装うが、もう見ちゃいられないって雰囲気だ。いとこ同士なら、「いよっ!元気にしているか」で済む挨拶を長々と、先日は御遠路のところをわざわざと・・・、と続けるバカバカしさ。いとこ同士の大教会長と直轄教会長の間で交わされているんです。
もう終りですよね。
東風Z
2018年4月26日 9:41 AM
それだけ血縁者が多いと科学敵意問題です。近親婚の障害が出る確率は[23倍程]だそうです。
因縁納消 と言うのに その因縁を23倍に増殖している。それに近親婚は倫理的にも問題があります。
一般的に第二次性長期の女子が父親を「臭い」と思うのは、近親婚を避けるための本能的習性と聞きます。
しかしそれら近親婚が多く行われている。一教団というその狭い環境下で致し方ないのでしょうか?いや宗教はそれらの家柄の文献はたくさん残っているので調査すればいくらでもわかるはずだ。今でも行われているのは倫理的、科学的にも大変な社会問題です。
つまり近親婚被出世児として生まれてきた者が多くいるその集団では、もう本能的嗅覚は麻痺ししているということですからもう生態的にも異常が見られるのではないでしょうか?
科学的 倫理的 宗教的 に明確に問題がありそれらが明るみに成ると社会問題に発展すると見られます。
優勢(遺伝)主義も問題ですが、劣勢(遺伝)主義と言う逆もしかり大変な問題です。
例えるならば、
【教団と名を借りて、統一教会のような合同結婚式がその組織図内で脈々と受け継がれ尚且つそこで近親婚を推奨している】
こんな組織は大変危険だ。
ある国や地域では同じ顔をした人が大勢いる。それは近親婚が多く行われた地域である。その地域にはその種別特有の疾患症状が見られる。ことは知る人ぞ知る話
つまり因縁?とかこつけている現象はその劣勢遺伝であることは明白である。
中国の歴史書 魏志倭人伝や三国志には、国勢調査のようなものがある、人口 世帯数とともに、その地域の気質と性に関して書かれている。
【性に淫ら】という文言が出てくるがそれは近親相姦のことです。
悪しき因縁 等といってる人達等が 血統主義と勘違いした 劣性主義者達ではどうしようもないです。
中山みき が 戒めたのは 善兵衛 と 修司 の【性の淫らさ】 であると言う事でしょう。
それをそむく しょやしき 天理村の人々
むしろ嫁にも婿にももらいたくない地域になってしまう。
こちらページがご覧に成りやすいので参考までに貼っておきます。
近親相姦の是非について、質問します。社会規範などの倫理的な見地からでなく、できれば科学的・論理的に答えてください。
http://q.hatena.ne.jp/1089710692
天理村という表現がぴったりです。
昔天中グループというのがあり、どこどこの娘と息子がつきあっとる
というのが周知で元彼、元カノを含めると村の中全部が関係がある感じでした。
大教会レベルでもどこどこの大教会の娘が東寮を抜け出して、、、、、とか
大教会長の息子がロックミュージシャンになりたくてアメリカへとか
本当にこれが天理教の息子といった人ばかりでした。
あれから35年、なるべくしてなった今の姿だなあと思います。
>「泥の海その中よりもどじょうばかりや」
>これは泥は教義改ざんや嘘とツイショウ を意味する。泥が住みやすいのはドジョウ のような単細胞な知性と言う事です。
一体、そもそもこの問題に思えることの本来の正当性や正統性とは何なのか?
そしてその正当性や正統性をどう守っていくのか?
という大きな視点を常に判断の背景に持たなければならないのではないか。
その視点がなければ、見たくないことは無価値化させて大切なことに蓋をしてしまったり、何かに乗せられてしまったり、誘導されてしまったり、知らずに違った流れに加担していたり、というような間違いを犯してしまうリスクが高まるのではないか。
常に「これって、本当にそうなのか?」を自分で考え、一番大切なことは何かといことや、次に大切なことなどの優先順位を、漠然とでも自分自身で知っておかなければ、その時その時の情報操作で、あちらが良い、あちらが悪いで、思い込まされ、誘導され、利用されたりして結局自分達の首を絞めることになりかねない。
自立する為には、本音で意見を言い合い、皆で考え、その中で精神的にも成長していけたらいいのだが、日本の文化は自分の意見はなるべく殺して、ただ権力に素直に従うのをよしとする教育を受けているので、それが良い面もあるが、今問題になっているようなことはその弊害の部分が表面化しているのではないか。
菅野完という人は好きではないし、実際どういう人かはよくわかりませんが、タイトルが気になってたまたま下記を読んでみたら論説自体には説得力があり、文章自体に共感しましたので参考に載せさせていただきます。
宗教も政治も、今日本全体がこういった空気に包まれ鬩ぎ合いになっているように感じます。
知らずに煽られ、誘導されて自分達で自分達の首を絞めるようなことは本当に悲しい。
当たり前の正当性や正統性を大切にし、物事の核心部分を厳しく守ろうとする意識は、騙す者、ずるい者を排除し、結局自分達の生活人生含め、自分達のことを守る事に繋がるのではないかと思います。
バカとの戦い
http://gekkan-nippon.com/?p=13301
天理村・・・と言う表現
原子力村・・・などと同じ響きですね・・・
国民を犠牲にしてでも既得権益を死守する姿なんかはまさに同類ですね
誠実で純粋な信者、信徒、末端教会を犠牲にし(食い物にし)、重荷を背負わせ自分たちはおいしい思い、楽をしたい・・・全くそのものです。
今、一番解体されなければならない集団です。
ガン細胞が大手を振って、主体たる体を蝕み死に至らしめていると・・・
早急に駆除しないと本当に手遅れになります。
ぢばがくもれば丸ぐもり・・・
鏡のごとくに映るなり、見事に映ってますね・・・
近親婚のような状況を作ったのは善衛さんらしいです。
善衛さんは、直属の年祭に呼ばれた時、直属の息子さんに本部勤めをするように声をかけるのだそうです。
直属側からすれば、真柱直々のお呼びなので拒否も出来ず、有難そうにして息子さん達は本部勤めに出るのだそうです。
しかし、いったん本部勤めをすると結婚するまで出られなかったそうです。
そして結婚は、全て善衛さんが決めるのだそうです。
直属の後継者の結婚相手は、当然直属の娘さんです。
嫁にもらったり、婿入りしたりです。
善衛さんが真柱当時は、後継者が本部勤めに決まると「かわいそうに結婚が決まるまで出られない」とこの様な会話が直属の間では普通に交わされていたそうです。
この様にして善衛さんに無理やり結婚を決められた直属大教会長は、現在も多数いるはずだと聞いています。
善衛さんは、一見柔和な顔つきをしているが、根性はひねくれた男なのでしょう。
努力して東大を目指せばいいのにそんな根性も持ち合わせていない。
父親に比べ 学歴は劣るし人脈も劣る。
善衛が偉そうにふるまえるのは、天理教の中だけなのです。
自分より学歴の高い東大や京大、国立卒はムカつくから排除してFランクの天理大を採用する。
直属の結婚を仕切り、周りは身内で固め、本部人事は血族で支配する。
そして、内にこもって、偉そうに振舞っているだけです。
天理教がこの様な陰湿な体制になったのは、善衛のひねくれた根性が原因だと今は思っています。
八島さんも「善衛はひねくれた男だ」と言っていました。
今更な話になりました。
>直属の結婚を仕切り、周りは身内で固め、本部人事は血族で支配する。
そして、内にこもって、偉そうに振舞っているだけです。<
まるで江戸幕府の将軍様ですね。本部敷地内には大奥のようなものがあったという噂は聞いたことがありませんが、直属教会や親族教会が大奥の役目を担っていたということでしょうか?
中山王朝は血が濃いせいかろくでなしの王様ばかりでしょうか。
教祖様が結婚相手を決めるなんて統一教会みたい。
カルトの特徴としてよくあげられるものの一つに「結婚に干渉する」というのがあります。
天理教も統一教会同様のカルトということです。
テリー伊藤の発言には「馬鹿じゃない?」と市井の者も見破っています。
テリー伊藤の生業はテレビ界の「太鼓持ち」と思っています。
あれでも大学出ですよ。
「学歴信仰」とはウマイ表現ですね。
学歴が有るから思想・言動に正当性・正統性が有るとは言えない=信仰宗教は聖なる正しきものだから、教えられること全ては正当性・正統性が有るとは言えない。
共通点が有るからこそのネーミングなのですね。誰が作った言葉だろう、今更ながら関心。
自分の頭と心で検証する姿勢の有無が問われますね。
なるほど、「結婚に干渉する」のがカルトの特徴。ご明察ですね。
組織存続第一主義だという事ですね。
知り合いの婆さまに「こんな話があるよ、」と、本部批判の話をすると、真顔で言います。
「天皇陛下にたてつくような意見だ」と、聞く耳をもっていません。
現実直視ができないタイプなのでしょう。日本人に多く見られます。
けれどその一方では、お供えが以前のようにできないから、もう、参拝には行かないのだと言っています。
そして、教会から「元気にしている?」との電話一本かかってこないと嘆いています。
時報は積読ですからド派手な結婚の集いの様子も全く知りません。
この婆さまと日本国民とがダブって見えます。
大切にしているのは、身近な人へ、人から人へ、真実は何かをお互いに話す機会を持つこと。
明日は高校時代からの知人と会い、心を開いての話ができると思うと楽しみです。
教内でも忌憚なく考えを話せる(メールも有りですね)仲間を大切にしています。
その様な仲間と出会えることは神様の采配だと感謝しています。
天理教が大きく変わる為には英断を下せる立場の人の動きを期待する気持ちは最後まで持ちつつ、
けれど、寿命に限りある個人としては今できる事として、周囲から変える努力も継続します。
あの婆さんの相手をしつつ。
>バカとの戦い
<馬鹿という言葉の語源>
その昔、趙高という宦官が、馬を見て「あれは鹿だ」といった。
そうしたら、そばにいた、お追従ばかりしている側近官僚が、「たしかにあれは鹿ですね」と言い出した。
これが「馬鹿」という言葉の由来になっている。
>直属教会や親族教会が大奥の役目を担っていたということでしょうか?
大奥の役目というより 体のいい労働者の方が合っているようです。
だから、呼び出されたのは姻戚関係の薄い直属や弱小直属、新参直属の子弟達らしいです。
弱小直属同士を結婚で結び付け、姻戚関係でがんじがらめにして身動き出来ないようにしたのでしょうか。
本部が違うと否定しても、結局のところ直属は反抗心を失った奴隷の様な状態になってしまったと思います。
末端分教会は、逃げられます。どんどん逃げていきます。
逃げるに逃げられない直属は、船底に張り付いた「フジツボ」みたいな存在かもしれません。
泥船本部と一緒に沈んで行くのでしょう。
しかも 直属のほとんどは、自分達が本部の奴隷になっている事自体に気がつかないほど洗脳されています。
本当に悲劇的です。
天理教と言うタコ壺とタコとフジツボという感じですかね。
タコツボが世界の全てと思いその中で長年生活してきた
ツボ内にはフジツボが多く住み着きタコですらフジツボで怪我をする
それを結構やタンノウと意味不明に喜ぶ
タコツボに住むタコだが自分を人間だと勘違いしている。
所詮タコほどの知能なので後にタコ漁師に捕獲される。
壷から出される際抵抗しても出されてもフジツボが痛い。
漁師もそれでは困るので壷は壊される。
本部も大教会も上級も 繋がったタコツボ
漁師にも見捨てられたタコツボで長く漂流していたがとうとう捕まる。
先の
> <馬鹿という言葉の語源>
が誤っていたので訂正させていただきます。
うる覚えで不確かなことを書き込んでしまい失礼しました。
知人の指摘で改めてWikipediaなどで調べてみると、実際には様々な説があるらしく
この話しはその中の一説で、史記の「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」の故事を語源とする説だそうです。先の記載コメントとは鹿と馬が逆で、説の内容も、
秦の時代に権力をふるっていた宦官の趙高が、宮中で皇帝に「珍しい馬が手に入りました」と鹿を献じ、左右の廷臣に「これは馬に相違あるまい?」と聞くと、彼を恐れる者は黙っているか「そうです馬です」と言って話しを合わせ、彼を恐れぬ気骨のある者は鹿と答えた。趙高は後で、鹿と答えた者をすべて殺したという話しのようです。
この場合の意味合いは、権力に追従する廷臣の愚かさというよりは、権力ある立場の者が自らの驕りやエゴで人を欺いたり、矛盾したことを強引に押し通そうとしたりする愚かな様のことを指しているようです。
追従する廷臣は、自分を守るために追従するしかなく、このような場合は追従する廷臣よりも問題は歪んだ権力の使い方をして一、人々を不幸にしている趙高ということになります。
多少強引に権力を用いたとしても、結果皆が平和で幸せになる方向へ導くことが目的だったならば「馬鹿」という語源に引用されることはなかったのでしょうし、秦が短期間で滅亡することもなかったのでしょう。
また、調べていると、<阿呆という言葉の語源>も出てきました。
こちらも同様様々な説があるようですが、代表的なのは、
同じ秦の時代に始皇帝が、自らが持つ絶大なる権力の大きさを誇示するために、恐ろしく大きな阿房宮(あぼうきゅう)という宮殿を作ったことからくるという説だそうです。
二つの説があり、攻め落とされて炎上しきるまでに3か月もかかった事から馬鹿げた事を「阿房」というようになったという説と、もう一つは、豪華絢爛で大きな宮殿を建て過ぎたことから、中国全土から農民たちが強制的に徴用され、労働のために酷使され続けて不満が高まっていった上、維持費に費用が掛かり過ぎてついに財政が困難になり国が滅びてしまったことからくる説とのこと。
皆が権力を預ける人は、決して馬鹿や阿呆にならず、皆全体を幸せや発展に導ける能力と見識のある、相応しい人になってもらえるかどうかで、自分達自身の幸せも、国や組織の行方も左右されるのでしょうね。なので、やはりトップは皆で公平公正に選び、不正や不公正が発覚すればすぐに辞めて頂くことが出来るというのが理想なのかもしれません。
一読者B
2018年4月27日 10:21 AM
読んでいて教団本部と被り過ぎてて笑えないほどです。二代真柱は凄かったという話は良く聞いたがとんでもない。
「指鹿為馬(しかをさしてうまとなす)」
本席を異端や気違いと追い出し真柱体制発足
二代真柱が馬鹿デカイ阿保宮立てまくり
三代が教理を綺麗事だけ取り上げ、一条と兼務でいがみ合わせ
4代で衰退 変わりに実弟の子を養子に その実弟を摂政に陰政で権勢を振るい過ぎとうとう異端の頭角と馬脚を現す。
からやと言うてと教祖はからを戒めたのに、唐者のばかりのその子孫
5代?異端の息子・・・終了
真柱を異端柱と改名したほうがいいですね。
世間的にも傲慢で強引で虚言の中国への嫌悪感が高まっている昨今真柱異端体制では布教はおろか誰も騙せません。
致命的な阿保で馬鹿な所業
天才と馬鹿は紙一重と言うが、天才は薬を作れるが馬鹿につける薬は無い・・・
真柱体制事態 教祖中山みきの望まぬ体制だったわけだから本末転倒体制だったと言うことでしょう。
転ばぬ先の真柱 に成れず 杖が折れれば皆転ぶ 杖を落とせば歩く事もできぬ となるか~
となると、真柱落下の意味は教団の現状から未来を表したできごとだったか
くわばらくわばら
天理教がバチカンみたいにトップを選挙で選ぶシステムを作ったとしても、出家制度すら存在しないわけですから・・・。
しょせんは営利法人中山商店です。トップの候補者である枢機卿クラスの人間は、すべて中山王家の血を引く人材で独占ということになります。そして中山王家の一族の中で互選という形で、一族の誰かが王位につくだけの話です。自浄作用なんか期待するだけバカです。王家以外の血を引く人間がバチカンのようにフェアな選挙システムで選ばれるなんてことは絶対にありません。
宗教法人 中山不動産の悪循環一覧
1権勢を王が振るうとミスした時その刃は自らを切る。
2経済が困窮していると言うことは、実質人気も低迷し続けている惰性右肩下がり、
3神様屋さんなのに、その商品の説明ができない。説明が間違っているのが致命的です。
4その商品の説明下記に中山家が得するように改竄してしまっている事実を暴露されて顔真っ赤(笑)
5しかも寄付金でやかた構想はおろか 営利ビル所有www 一般信者激怒 呆れて潜在的脱会者激増 余計に右肩下がり
6一般信者の寄付金が下がり分教会も運営困難 潜在的離脱教会激増
この悪循環責任と改善jは誰がするのか?勿論一般信者の性ではございません。 宗教 中山不動産 の責任です。
宗教法人の悪意用も考えられる教義改ざんの末に出来た虚構教義とかりそめの村
八島文献の 中山分家発言「中庭で上層部の処刑」 はありえない話ではない。
そもそも日本人なら中庭で責任を取るため切腹したらいい。 下には江戸時代より酷い封建を強要してるわりに切腹(自らの責任も取れない)根性無しでは魅力どころか誰も信用しません。
意気地も無ければ根性も信仰もないむしろ異端 と馬鹿の極み
様様 大げさな過剰敬語
利用価値の無い大げさな建造物
伯も無いから、数千万円レーザーで後光の光
馬鹿のやる事は品がないと言うか、人として下品? 神はもっと美しいぞ?
メッキははがれるし、お遊戯会に無駄がね使って何に成る?(笑)
砂と塩の城 塩(サラリー)が無くなり大人は消え、子供しかいない砂場の城なのが現在の教団
信者が神様にお供えした金を、本部員や大教会長などが、自分達の私生活を贅沢なものにする為、また、自分達の望みを満足させる為に、例えば、子弟の海外留学や、贅沢な邸宅などの建築、収益ビル経営などのために使っているとしたら、非常に怖いことだと思う。自分の手で汗水流して稼いで得た金なら、どのように使おうが自由だが、神様に供えられたもの、それは、人助けにこそ、使うことを許されるものであり(信者達はそれを願ってお供えしている、決して、上層部に贅沢をさせるためにお供えしているのではない)、お供えを、私的な欲望に使うということは、「神様のものを盗んでいる」ことに他ならない。
その怖さを、理解しないのだろうか、と不思議に思う。どんな、取り返しの道に、落とし込まれるかわからないが、先々、覚悟しておいた方が良いだろうと、老婆心も湧かないが、そう思います。
>自分の手で汗水流して稼いで得た金なら、どのように使おうが自由だが、神様に供えられたもの、それは、人助けにこそ、使うことを許されるものであり(信者達はそれを願ってお供えしている、決して、上層部に贅沢をさせるためにお供えしているのではない)、お供えを、私的な欲望に使うということは、「神様のものを盗んでいる」ことに他ならない。<
全くその通りですね。いずれ天罰がくだることでしょう。いや、現在進行形で天罰がくだっていると思います。親神様は「見抜き見通し」です。世間の人達も同様です。教団が崩壊する日は間近に迫っています。
某氏のフェイスブックの書き込みより
>豊田山舎の納骨にかかる費用が6月1日より、従来の「1万円」から「5万円」になるという。
その理由は、「世間の相場と比べると一万円は破格の価格で、安すぎる」らしい。
だから、一挙に5倍。凄い!
不思議だ。なぜ、お道(本教)が世界に合わせていかなければならないのか?ここに原典を引用すると、異端扱いされそうだから、差し控えるが、親神天理王命があってこそ、世界があるのだろうに、ここでは世間の相場に合わそうとしている。理解に苦しむ。
「教会長、ようぼく、信者なら、どなたでも可能です。」の文言も、実に巧妙な書き方で、幣帛料5万円以上になってから「どなたでも〜」が可能になる訳ではない。「1万円」の今でも可能だ。
納骨してもらえるのは、5万円以上出せるものが「最低条件」になり、ようぼくや信者ではなくなる。
信者資格の定義が曖昧な本教において、今後「5万円ならまだ安い!」と似非納骨信者がでるのは必至だろう。と同時に、5万円を支払うことができなくて、行き場のない遺骨を抱えたままの本教正真正銘の信者も出るだろう。「5万円は安い」と、みな思っているのか?
やっぱり、理解に苦しむ御達?だ。
教祖の教えは「高う買うて 安う売れ」だが、ついに悪徳商売人になったのか「高く売る」方針に転換したようだ。
いづれ商売は行き詰ることになるだろう。
地方公共団体が運営する共同墓地の納骨料は、永代が5~8千円、短期だと3千円。年に春秋の2回供養も営まれる。これで十分ではありませんか。
しかも、その市町村に住所が無くても以前に住んでおられたことが在ればいいですよ、とのことでした。(近畿のK市)
古い元教会長さんが仰る通り、死んだ後までカネが付きまとうのは御免ですね。この報が天理時報に掲載されたときに思ったことは、教団は本当におカネに困っておられるんではないかと思ったことです。世間の相場に比べてなんて、体のいい言い訳にしか聞こえません。
豊田山舎、当方も駆け込み納骨しました。いよいよお金に困って来ているのですね。いっきに5倍ですからね。
金が無ければご先祖の行き場が無い。死んでからも金。
それを救うのが世界助けの天理教じゃないんですかね。
だめの教えと言いながら、世間並みを基準にする。世間並が基準なら天理教が存在する意味、価値は何なのでしょう。
本部トップがお供えで贅沢する件。本部に移築している2代真柱が青年時代に過ごしたわかえの家。あの私邸の豪華さ、贅沢を尽したあの建築物は何なんでしょう。
見るたびに、胸が苦しくなり、吐き気をもようすのは私だけでしょうか。今回豊田山舎に眠ることになった先祖達の汗と涙のお供えが人助けでは無く、こんな贅を尽した個人邸に使われたのかと思うと・・・
納骨の件、私のところでも先月駆け込み納骨しました・・・
一般世間でもいろいろ値上げなどが有り致し方無いのかな?と一瞬思いましたが、考えるまでもなく天理教徒は生前になんだかんだ結構な額のお供えをしているのでそれで賄うのが筋でしょうし賄えるはずです。
『亡くなってからでもまだ金を取るのか!』という気持ちが湧かざるを得ない・・・
金は吸い上げるもの・・教団の思考性があらわれている出来事だと感じますね。
世界助けとはどの世界を言っているのか?
地球全体という世界?
日本全体という世界?
関西だけ?
天理教団と言う世界だけ?
いや精々大きく見積もっても
天理村の世界助けなのでしょう(笑)
金銭苦は自明の理 周知の事実 しかしそれは本部外に要求するものでなく中山家とその血族を中心とする無謀な散財そしてそれを諫められなかった天理村の住人の責任
中山家とその血族は天理村の住人の声しか聞こえてこない。しかし住人は中山家と血族の悪政に歯向かえない。しかし「自分達は悪いことしていない!してるのは中山家とその血族だ!」と声を上げたのが事実なのでしょう。
中山家とその血族 の悪政や苦情がt出てきたのは教団はじまって以来前代未聞 不足?してるのは中山家と血族の徳の足りなさ 親神の受け取り方の足りなさ を素直に血族外が意見し始めているだけですね。
正直言うと、世間知らず過ぎて一般常識すら足りない。 社会経験も無いからサービスや方針の知恵も足りない。
不足をしているのは 中山家とその血族に他ならない。
親神にも 金が足りない! と文句を言っている餓鬼でしかない!
そりゃ 天罰も下る 真柱も落ちる 甘露台も壊れる。人間性も壊れている。
教祖は 戒めの言葉をたくさんおろしている。
おたすけにんがたすけを呼んでも誰も助けてくれへんで
と
それを伏せて通って来た 中山家とその血族 を誰も助けようとは思わない。時がたつに連れて事は顕著に実は如実に現れる。 根が腐れば 木も枯れる。腐った根に水をやれど水は吸わず。
根自身が腐っている以上もうどうにもならない。
墓とは最後の場所 最後の場所に手を付けた。もう終わりだ
教団の生まれ変わりの教義も嘘だ。そんなものありえない。証明すら出来ない。
安易に生まれ変わりを語るもの信ずるものは悟りが足りない。悟れぬもの人としては生まれ変われぬ。
これが本当の生まれ変わりの話だ。
牛馬が何をたくらんでも所詮は牛や馬 そこに鹿がやってきてもなんの助けにもならない。
私は妻に遺言をしています。もし、私が先立ったらまかり間違っても、豊田山舎には納骨などしないでほしい。
私の遺骨は公営火葬場の「産業廃棄物」として処理してほしいと。天理教では死ぬことを「出直し」と教えられています。死ぬことはは「古い着物を脱ぎ捨てて、新しい着物に着替えるようなもの」と教えられています。ある意味では真理をついています。新しい着物に着替えれば、埃まみれの汚れた着物など邪魔になるだけで不要なものです。汚れた衣服や着物(死滅した肉体)を綺麗に洗濯してリサイクル品として他人様に使っていただくわけにもいきません。大仰しい墓石を建てて自分の名を後生に残そうとしても、時が絶てば、いつかは忘れられていくだけです。私にとっては、自分の遺骨などどのように処理されてもどうでもよいことです。個人個人によって死生観は様々に異なると思いますが、納骨料を値上げしてまで金儲けをしようとする教団に憤りを覚えます。
そういえば王家と地場リーヒルズの貴族たちの納骨はどうなっているんですか?
まさか下っ端雑魚と同じところに5万払って・・・じゃないですよね?
まさかクフ王のピラミッドと同じものがあるとか、仁徳天皇や始皇帝なみの巨大墳墓とか?
必殺!天理時報に後継者講習会全日程終了・・・
全25次2万1千人受講・・・と
えらい勢いで書かれてましたが、これってなぜか20〜40才の年齢制限なんですよね・・
参加を推奨してるはず?なのに同じ後継者に年齢制限(上限)設けるってどういう意味なんやろ?
41才の後継者は参加したくてもできないわけなんや・・・
41才以降の後継者で張り切ってやろうとしていておぢばでの講習会を希望しても拒否るのかな?このスットコドッコイ教団は?
意味がわからん・・・50才でも60才でも70才でも後継者で希望すれば参加させるべきだろうに・・・ある意味切り捨ててるのか?
今の教団のわけのわからん線引き基準が謎・・・
(古い教会長さんの言ってたことはわかってるけども・・・)
それにしても、なぜ、そんなところで制限つけるのか?
こういうところでも教団のアホさ加減がわかるね・・・
衰退して行っているにも関わらずまだやる気の有るかもしれない人間を年齢という枠組みで排除するという・・・(年齢というもので切り捨てていると言われてもしょうがない)絶望的にアホですね・・・
アホもここまできたら笑えるけえどな・・・
誰が決めてんやろな・・・パンダかな?
匿名
2018年4月29日 5:19 PM
血族もある意味人柱ですからね~中庭で公開処刑が行われたら本望と思うべきでしょうね。
人柱で思い出したのですが、教団では「こころのふしん」とよく言ってますが?具体的にどのような事でどなたが不振完了されているのですか?勿論真柱様ですよね~。しかしそう言わない教団 「真柱様を見て真似ろ!」と何故いえない?心の出来た真柱が中庭でしっかり説明したら良い。
やはり意気揚々と講話しても結婚式でレーザーだしてももう公開処刑の場に様変わりし始めてますな(笑)
みんなの笑いもの しかも 教祖が言う あほう ではなく ただの馬鹿 つまり やはり牛馬なのか
あららまた牛馬になってしまった。どれだけ牛馬が出てくれば気が済むのか・・・
北朝鮮と韓国のリーダー同士の和解のニュースが、連日報道されているが、何やら、張りぼてのパフォーマンス感、、、いつまで続くのだろうか、北朝鮮と韓国が連帯して、日本に、ゴネドクとばかり、無理難題を吹っかけてくるのではないだろうか、という漠然とした疑心暗鬼しか感じない。
そして天理教団、、、ひたすら、陽気暮らし建設めざして、心のふしん、おやさとやかた普請、おさづけ、においがけ、〇〇件達成!、初席者〇〇人!!などとパフォーマンスは盛んだが、その実、信仰集団としての充実は何があるのだろうか?と疑問に思う。数を達成して、だからどうだと言うのだろうか? 中身がスカスカだという事を、露呈しているだけなのではないだろうか?
>本部トップがお供えで贅沢する件。本部に移築している2代真柱が青年時代に過ごしたわかえの家。あの私>邸の豪華さ、贅沢を尽したあの建築物は何なんでしょう。
65年近く前、天高二部時代、この瀟洒な建て物はなんだろうと見ながら通学していた。そうだったのですか。詰所の物置小屋に毛の生えたような所で寝ていた頃に気付いていれば、天理教に対する見方も変わっていたのかもしれないし、それとも、単に、徳のある者と徳のない者の差ぐらいにしか感じなかったのかもしれません。
有り余るおカネの使い道に困ったと二代さんは言っていたと聞く。二代さんの徳の取り越しが今の教団の姿になったのかもしれません。
良い人もいるだろが、天理教は組織として早い消滅や壊滅を願う。
それか中山一族、とくに真柱の弟は死ねとは言わんが、永久追放しろ。
息子のダイスケも、結局はバカそうだ。
そもそも、天理に限らず、宗教法人て必要ないと思う。
時代的に、NPO法人の方が、組織のシステムとしては理解しやすい。
納骨の件
須藤花井さんから次のように聞きました。
「おや様はね90歳で亡くなったから供養の事まで説いてないよ。
教会長が祝詞よんだって成仏はしないからね。
弘法大師は神が地上に現れたんだよ
だから、供養はお大師さんでないとダメなんだ。」
須藤さんは、毎月高野山奥の院と塔頭寺院の不動院に参拝して沢山の方から依頼された先祖供養をされていました。
皆さん、冷静に考えてみてください。
修養科を終えて講習を受け資格を受ければ誰でも会長になれるんですよ。
酒飲みでもぐうたらでも、高慢な人間でもでも欲深人間でも。
そんな人が祝詞を読んで亡くなった人が喜びますか。
成仏しますか。
そんな事は絶対に無いと私は思います。
お骨は豊田山舎に納めても供養はお大師さんにと私は思います。
天理教に先祖供養の力は無いと須藤さんから聞いています。
私は、教会の御霊祭は無視です。
知り合いが4月18日付の天理時報を見せてくれました。
高井久太郎さん 本部員だって?
この人、確か中根大教会乗っ取り事件の首謀者の一員としてネットに上がっていましたよね。
中山治信さんの真柱室長 高井久太郎さんの本部員 やはり論功行賞ですね。
高井久太郎さんの学歴が時報に載っていました。
天理教第二専修科です。
私は、学歴至上主義ではありませんが衰えたとはいえ今でも20万人位の信者がいる宗教団体の本部員が第二専修科ですか。
この専修科は、善衛さんが労働者確保の為に作った仕組みと聞いています。
そして、現在は後継者が逃げ出してしまい 人員確保が困難になり廃止されたそうです。
その第二専修科卒の高井久太郎さんが本部員に登用です。
やはり 中根大教会乗っ取り完成の論功行賞だと私は勝手に思っています。
本部員登用は、乗っ取りの真相の口外を押さえるエサでしょう。・・・?
「地獄に落ちろ!」て感じです。
麹町大教会長や部内の会長、本理世大教会長や部内の会長が表や内や本部員になれば良いんですよ・・・。
掃除するとおふでさきに書いてあるから もう どうでもいい話ですが。
本部神殿の地下構造について
唐突ですが幼少期より抱いていた素朴な質問をさせていただきます。本部神殿のいたるところに見受けられる「賽銭箱」の中身は、いつ、どなたが回収しているのでしょう? また本部神殿内の円柱下部に設けられている賽銭を投げ入れる穴の下の構造はどのようになっているのでしょう? 子どもの頃、本部神殿の床下には何台ものベルトコンベヤーがあり、穴の中に投げ込まれた賽銭が、どこかに運ばれていくのではないかと勝手な空想にふけっておりました。長年抱いていた私個人の勝手な好奇心からつまらない投稿をさせていただきますが、どなたかご存知の方がおられましたら教えていただけないでしょうか?
大分以前の話ですが(二代真柱の時代)、本部中枢の娘を嫁に貰った方が地下に入れてもらったと言っていました。
お供えで上がったものなのでしょうか、棚に金の延べ棒がズラーッと並んでいたそうです。
また別の方で、ある本部員の隠し子の方と知り合いなのですが、地下に入れてもらった事があると言っていました。今度会ったら詳しく聞いておきます。
噂が噂を呼んで教団本部はとんでもないモンスターになってしまったんですね。
さっさと、本当のことを云えばいいのに。財産は目いっぱい持っていても、心は満たされていないのでしょうね。
悲しい人たちかもしれません。
教団本部は秀司みたいね。天理教が滅びたとき、ここの人間はきっとこういうでしょう。
「 あ ん な に 金 を た め 込 ん だ か ら ・ ・ ・ 」
>お供えで上がったものなのでしょうか、棚に金の延べ棒がズラーッと並んでいたそうです。
数々の不動産、そしてこういったことが事実であるならば、
御本部が、これから滅びる、大変だ、との意見が多く見受けられますが、
御身内、御本部は全く困らないのではないですか?
今の世界の経済はお金で動いています。全てのサービスはお金次第です。
本来上下など、力関係などないといっても、実際お金がある方が上の立場になり、より自由があるのが現実なのです。
いくら世の中お金ではないと言っても、結局お金が無ければ相手にされないのです。
世の中はお金で動いているというのも一面では真実、現実なのです。
もちろん、よほど陰徳を積んできたような方はお金が無くても、それまで助けられたり幸せを与えられた多くの人達に後々逆に支えられることはあるでしょう。
しかし、そこまでの純粋な徳を積み続けることは凡人には難しいのも現実です。
結局お金が無ければ困ることが多いのではないでしょうか?
御身内、御本部は、実はしっかりとそういう現実を知っていたのではないですか?
いかにお金や財産を自分達に渡してもらえるか?
本来価値のあるもの(お金)を、当たり前にもっと価値のあるもの(信仰心や心など)を引き合いに出して、執着を捨てることを教え、それを社会に還元するならまだしも、自分達で集め、自分達のみの為にはどんどん還元するが、それ以外が困った時には全く還元は無し。
結局困るのは、乗せられてしまった末端教会末端信者達なのではないでしょうか?
住宅の名義までお供えしてしまった人もいるでしょうし、代々何千万もお供えしてこられた方々もいるでしょう。そして、今どうなりましたか?
気付いてみたら、結局豊かな陽気暮らしをしているのは、御身内、御本部だけですよね。
これからも無理しながらお供えするばかりで、このまま何の還元も無いまま教団が傾いた時に、一体一番困るのはだれでしょう?
教団が倒れようが、無くなろうが、たっぷりとお金や財産のある方は全く困りません。周りに同じように優遇され、恵まれた身内や仲間に囲まれているので淋しくもありません。
こうして考えると「特別意識」の罠というものの恐ろしさを感じます。
この教団は、本当に一列兄弟という信仰に基づいているのでしょうか?
現実というものは厳しく、現実には「自己責任」という言葉が重くのしかかります。
見たくないことから目を背けずに、現実を知る、見るのは、責任ある大人として判断をする為には必須だと思いました。
>気付いてみたら、結局豊かな陽気暮らしをしているのは、御身内、御本部だけですよね。
仰る通りだと思います。
以前、「じばりーヒルズ」について書き込みましたが、その後天理市内の知人と他の本部員達の住居を見て回りました。
案内されて見た住居は、本部所有の二階建てアパートや棟割りの建物でした。
ここに住む本部員、本部準員は無資産です。
「お与え」という上下意識丸出しの低賃金でお仕えする下僕でしょうか。
しかし、彼らは完全に洗脳されているから仕方が無いですね。
では 直属はどうなんでしょう。
直属も自分たちの生活を守ることに必死です。
一列平等という意識を持つ心の余裕はありません。
本部に金を吸い取られるばかりで資産はありません。
逃げ出せばその日から路頭に迷うのです。
しかし、彼らも完全に洗脳されているから、これも仕方ない事ですね。
(贅沢している奴らもいるが無資産である事に気がつかない程洗脳されている)
結局、豊かな陽気ぐらしをしているのは、中山血族だけです。
(莫大な不動産や金融資産を保有しているのでしょうね)
教団の財産は教団の財産なので中山家と血族の財産ではございません。お布施に関しても勿論そうです。個人は所得と所得から購入した個人所有のものだけとなるでしょう。今現在各地の土地建物に対する所得税はかからぬ者の維持管理費とそれそ賄う人件費は膨大です。どれほど掛かっているのか?その公開はなされているでしょうか? 100億前後現在ではおそらく100億弱かそれ以下と推測されますがその膨大なお布施による益があっても「カネの繋ぎは命の繋ぎ」と教義改ざんをしてまで悲鳴を上げる状態
簡単に考えましても、それら土地建物をそこまで保有させる方針を取った者の責任です。そうなると二代真柱 中山正善 と成るでしょう。その子や孫が管理できなくなった。散財の挙句 宗教法人の資産を 中山家と血族だけで資産運用を決定しその末に損益を出してしまった付けが今この形になって出てきているだけでしょう。
ですので、中山家とその血族に責任を取らせる方針を今後するのが常識です。教壇で言えばそれが理といわんばかりの事態です。
そして持ち逃げや今後の資金洗浄は無理でしょう。世間的にも有名な教団が衰退 自分達だけ逃げようものなら 【教団トップ家族と血族 が法人資産持ち逃げ?マネーロンダリングの疑いもあり】 との見出しが飛ぶでしょう。
これだけの不信感が募らせたことが、今後の中山家とその血族の運命を決定付けています。
宗教家が教義改ざん? 宝石屋が宝石の変わりに ガラスやメッキを売るようなものです。それでは霊感商法となんら変わりない。
霊感商法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E6%84%9F%E5%95%86%E6%B3%95
霊感商法では、人の不幸を巧妙に聞き出し、霊能者を装った売り手が、その不幸を先祖のたたりなどの因縁話で説明する。そして「この商品を買えば祖先のたたりは消滅する。」と効能を訴えたり、「このままだともっと悪いことが起きる」などと不安を煽り、相手の弱みに漬け込んで、法外な値段で商品を売りつける。扱われる商品としては、主に壺や多宝塔の美術品を初め、印鑑、数珠(念珠)、表札、水晶などがある。
【人の不幸を巧妙に聞き出し、霊能者を装った売り手が、その不幸を先祖のたたりなどの因縁話で説明する。そして「この商品を買えば祖先のたたりは消滅する。」と効能を訴えたり、「このままだともっと悪いことが起きる」などと不安を煽り、相手の弱みに漬け込んで、法外な値段で商品を売りつける。】
あ! 天理教も例外では無かったですね。
お布施の米に法外な値段を付けて売ってますね。それも最近値上げしましたし・・・
カネの繋ぎは命の繋ぎ も駄目ですね~
その収益で教団トップは贅沢な暮らし
典型的新興宗教カルト丸出し
時期 官公省や他の教団ルートでメディア 政治団体 などに叩かれて終わるのでしょうね。
やはり各教会が本部から独立した教会組織となるしか生き残る道はないようだ。
包括関係を整理して親神・教祖の元に本部、各教会が並列する身分の上下の無い組織にしなくては
収まりがつかない。所属変更の自由は信教の自由が保障されている日本国民としては当然の主張。
これを機に、教会をたたみたいところも出るだろうが、それも自由。教会と信者の痛み分けか?
痛み分けなんて甘すぎる。本部の財産を整理して明るみに出す必要を忘れてはいけない。
時報掲載の人事を解説した匿名信者氏のお陰で、噂ではなく、本当に中山家人事だという事が明らかに
なった今、御供え金の本部集中はストップすべき、これも古い教会長氏がかねてからご教示下されていた通りだ。信頼する教会長へ協力したいと思えば、その形は御供えとなるだろうから、生き残る教会・布教所は誠の信仰者の集まりとなる。
新たな普請は中止、現詰所群の統合整理は必須。維持が難しい教会ごとの詰所問題も解消するか。
音楽研究会とやらは参加者・利用者が公平にレッスン料を払うのが筋だろう。
海外留学なんて個人が能力に応じた方法で行くしかない。社会ではそんな事、当然だろう。
「とくめい」氏が指摘の通りだ。
天理教が何か大きな事件でつぶれでもしない限り、組織改革はできないだろう。
次善の策として、せめて包括関係だけでも全教的に改正するしかないだろう。
・・・・この程度しか、私の頭では適切な解決策は浮かばない。
ところで包括関係を解消した後に「みちのとも」に掲載される
「天理教本部から離れた奴には詰所を使わせないよ」という「いじめ文句」を発案したのはパンダ父ちゃんか?教養が全く感じられない文言だ。
「離れるんだから権利はないんだよ」と、賛成する若手がいる。そいつらは心が無い。心が狭い。
権力者にすり寄って、みんなの前でお説を垂れる任を得て、舞い上がっている。Twitterに自分の顔写真を出している自己顕示欲が強い奴にはあきれるばかり。その根拠のない自信の強さは教祖の言葉に乗っかっているだけにすぎない。そんな人種が多いと嘆いても仕方ないか。
もう、本当に瀬戸際なんだと思っている。
号令をかける役目は真柱だと、しつこく繰り返し言い続けるしかない。
『天理教団のやり方が霊感商法となんら変わりは無い』とのご意見・・・
私も残念ながら同意見ですね・・
みんながみんなそうだとは言えないにしても総じてその傾向が強いというか今までの集金方法がそのようになっていると言えるでしょう。
天理教では因縁の話を持ち出します。
これについてはそのようなもの(因縁のようなもの)は全く無い!とも断言できませんし、実際に有るかもしれません・・・
でもです。仮にあったとしてですが結局それにつけ込む形になってしまっているのです。
その因縁話で恐怖による支配をして金銭を出させていることになってしまっているのです。
徳がないものは出せ!と出せば助かるんだ!と・・・
因縁の悪いものは何もかも教団に捧げて悪い因縁を切ってもらうのだ!と
今現在の教団を支えてきた高齢の信徒たちは総じてこのロジック?にどハマりして惜しむことなく献金してきたのは事実で、今になってお金の事で家族間でギクシャクしている教会も有るようです。
私には熱心な叔母がいます。もう90歳になろうとしています。
年齢のせいも有り痴呆の症状も有るようです。
ですがそんな状況に有りながらでも未だにお供えをしようとしているのです。
というかその事しか頭に無いようで痛々しく思えます。
条件反射的にお供えをしないといけないと考えているように思います。
まあ、このような人々がいた結果今の無駄な建築物が立ち並んだりすることになったのでしょうが・・・
しかし、冷静にみて正直異常な世界だと感じます。
趣味なども無く、人と自然な会話などをするのも苦手な人です。
厳格グセ?でしょうか?自分のためにお金を使うということを知らないようです。
とても陽気な人生には見えません。
教団からすれば模範的な信徒になるでしょうが・・・
小さい頃から教会で育ち厳しく育てられこのようになったのでは無いかと私には思えます。(元々の性格も有るかとは思われますが・・)
この叔母も天理教団の一犠牲者だと私は感じています。
教団は道理に合わない 矛盾の理 矛盾の因縁 で衰退しるでしょう。
中山血族真柱体制を形成する際に、「理の親」を用い立て割の組織を形成した。しかし理の親は、親神と教祖 だけに用いられるべき文言だ。例えば実験などで、論理に現実を合わせるから実験は成功する。しかしその理の親の用法は縦割り組織を作りたいという現実があり、教理と言う 理を現実に合わせたに過ぎない。これは研究資金が欲しいが為に研究結果を改ざんした 皆さんもご存知のスタップ細胞問題となんら変わらない。
それを道理が合わないという。どんな言い訳をしても 道理が合わないのは確かである。
仮に中山血族が理の親としよう。しかし 善亮発言 「金の繋ぎは命の繋ぎ」と公言してしまっている以上明確に教理を知らない親となり何の親とも呼べない。道理に合わない余計な事を言うから矛盾が発生する。その矛盾を修正できない中山血族と本部 これを宗教だと思って信じる人も信じる人で、こんなのでは にをいがけ と言うなの布教に出ても結果が出ないのは自明の理、いったん成功しても組織体系と教義の矛盾を知ったら皆離れるのは当然です。
皆さん安心してください。にをいがけ の数字が上がらない。そもそも今まで布教に成功したこと無い人も居るでしょう。それは貴方の性で無く、道理に合わない矛盾に満ちた組織体系と教義を伝える側で総責任者の中山血族に多大なる問題があるのです。怒りに狂う人も居るでしょう。おふでさき を手に取り 中国の文化大革命のような革命を起こしますか?無益な血を流す事は勧めません。脱会や離脱によりカルト教団を立ち去る事をお勧めします。
文化大革命
https://goo.gl/idRQ8y
>大分以前の話ですが(二代真柱の時代)、本部中枢の娘を嫁に貰った方が地下に入れてもらったと言っていました。
お供えで上がったものなのでしょうか、棚に金の延べ棒がズラーッと並んでいたそうです。<
本部神殿の地下は、「金の延べ棒」の倉庫だったのですね。いかにも天理貴族のやりそうなことですね。欲まみれ、埃まみれの教団ですね。麻原ショーコーが天理教の教団システムを真似たということが良く理解できます。
そのうち、大手警備会社のプロの警備員が、ヘルメットや警棒、防刃ベスト等の護身用具を装着して本部のいたるところを警備するかもしれませんね(笑)
後継者講習会終了時の中山大亮氏のあいさつ。(みちのともより)
>「皆さん方がより魅力ある人になっていけば、その空気が信者さん方に広がり、教会はより明るく、皆が行きたくなるような魅力的な場所になっていくはず。そして、そんな教会が増えていけば、お道全体がもっと明るいものになっていく」・・・・と呼びかけられた。
教会の現状が全く分かっていないし、天理教衰退の根本原因が分かっていない。
まず、最初の文言は「本部員を始め、中山家に繋がる全ての人たちが、魅力ある人になっていけば、その空気が世界に広がり、・・・・」と始まらなくてはいけない。
「・・・その姿を見て、自信を持って道を広めていただきたい。」と結んだらどうか。
全て、あなた達の行動、思考、努力が何よりも大事です。
人には呼びかけるが、自分たち自身は何も努力せずに天理教が発展すると思っているように思う。
何を言われても「立て板に水」ですよね。
無責任な中山血族が支配している本部が何を言おうと、教内の信者は耳を塞ぐ
例えるならば
雨の日に歩道を歩いていて高級車に水溜りの水をかけられるようなものだ。
それは皆避けるし防ぐ しかも高級車に乗車してるのは中山血族です。
泥水ならまだしも、泥水ではなく糞尿なら、おかしな臭いがする。
そんな にほい は他人にはかけられない
それが本音だ。番人に共通する本音だ。
このようなところに中山血族の異常性があるのです。自身達の穴拭いもできず。穴拭いてくれや~と言ってるだけの生意気な子供
教内全体黙認は続けてきた。我慢も仕切れないぐらい我慢もした。なので不対応はもうない。中山血族が教団を明け渡さないなら、脱会 離脱 或いは 文化大革命のような言論闘争 をする以外にないでしょう無い。
中山血族の愚かさ教団の世も末 教団の内戦は末恐ろしい。
中山分家の「中庭処刑説」は回避したのではなく 長引いただけでしょう。
時期に教団の末なのか 新しい形が現れる。
昔から修理巡教とやらがある。我々教会長は修理を要するポンコツか?高山そのものの本部員、本部準員とやらに何を修理されるんだ?今まで代々ひたすら金も誠意も出し尽くして来たのに。
修理を要するのは本部に属するトップ層。顔を洗って出直して来い。今に至る衰退は天理教指揮層の「やってきた事」であり、「自分可愛い方針」であり、その為の「教理改ざん」故である。善は社会に神に、必ず受け入れられるが、悪は滅びの道である。神に見放され、消滅の道を辿るのは自然の理。
一般の会社でも、事が起これば社長が表に出て謝罪する。社員に謝罪する。なんとか君達を守るという。しかし 天理教トップはこの衰退の事態に於いても絶対に謝罪しない。社員(多くの貧しい末端教会、食べるに食べられないその家族達)の事も守らない。
それどころか、金出せ、金、金。
今起きている末端教会、その家族達の実態を知ろうともしない。
冷たい親だ。子供を慈しまずして、親孝行だけさせようとする。
何が修理巡教だ?笑わせるな。
「修理巡教」とは、いかにも上からから目線的で、天理教ヒエラルキーを象徴する言葉の一つですが、実態は国々所々の部内教会や末端教会をさまよい巡り、「お供え」をまきあげ、「御馳走」を頂戴し、「接待」を受けることにほかなりません。誰が考えたのか知りませんが、天理教には色々と便利な「言葉」があるものですね。楽して金を儲け、贅沢するという上層部の気質は「修理巡教」という行為一つにも現れています。
穴も拭けない中山血族様
>何を言われても「立て板に水」ですよね。に関して・・
すいません、恐れ多くも指摘させていてだきます。
そこは『立て板に水』はちょと違うのでは無いかと・・・
『暖簾(のれん)に腕押し』または、『糠に釘』などの方が意味合いが合っているのでは・・・
ちょっと気になりましたので・・・
王家と門閥貴族たちは「立て板に水」じゃありません。「蛙の面に小便」でしょ。
大亮もこれじゃあねえ。王家と門閥貴族たちがちり・ほこりまみれになっているのだから全然魅力的じゃない。こんな連中が上にいて下の人間が魅力的になれるとでもお思い?
彼らをして寄生虫と呼ぶ人もいるでしょうが、それって寄生虫に失礼じゃないの?だって寄生虫は宿主を殺しませんよ?宿主を殺しまくっている彼らは頭悪いのなんのって。少しは寄生虫の賢明さを見ならえばあ?
教会関係者、用木、信者の皆様へ。
本部や大教会から、どんな無理なお供えの要求が有っても、どんな無理な人の動員要請があっても「はいはいはい。」と聞き流し、「蛙の面に小便」を決め込みましょう。
それが、天理教を立て直す為の一助になるかも知れません。
後継者講習会終了時の中山大亮氏のあいさつ。(みちのともより)
>「皆さん方がより魅力ある人になっていけば、その空気が信者さん方に広がり、教会はより明るく、皆が行きたくなるような魅力的な場所になっていくはず。そして、そんな教会が増えていけば、お道全体がもっと明るいものになっていく」・・・・と呼びかけられた。
大ちゃん、流石にまだ若いだけあって夢をお持ちのようですな・・・
まあ、悪い事ではないし、その気構えで無いとやってられないのも事実。
でもね・・現状認識はきちっとした方がいいよね・・・
現状はそんな甘っちょろい状況をすでに超えてしまっているんだよ・・・
なので、認識するつもりが無くてもそのうち否が応でも厳しい現状を目の当たりにすることになるだろうよ・・・
まあ、厳しいと言っても自分たちの生活は全く困らないようにはしているだろうが・・・
まあ、大ちゃんも二度と浮上する事のないこの腐敗組織の衰退が加速する中で”お鉢が回ってきた”というのは有る意味で気の毒かもしれないね・・・
まあ、大ちゃんがどんなにゲキを飛ばしてもどうにもならない、何も変わらない、変わる気も無いのでせいぜい頑張ってください。としかいいようが無い・・・
大ちゃんが現状を完全に認識し今までのことも理解し自分を捨て切って、限りなく神に近づくことができたのなら何かが変わるかもしれないけど、まあ無理というか無駄かもね・・・
立て板に水 改め 立て板に尿 上善水如 改め 上悪尿如(じょうあくにょうのごとし)にほいがけの真実は 尿や糞 だったのか こっれは酷い・・・ しかし教団は何を教え何を布教しているのか 分かりやすい例えです。
みちのとも5月号・特集よふぼく
本部員・中山慶純(よしずみ)氏の投稿
>成人の段階として、理想的なのは、まず教会に日参して朝夕のおつとめに参拝することです。所属教会が遠く、普段なかなか足を運べない人は、住まいの近くの教会にお願いして、参拝させてもらえばいいと思います。その場合も、所属教会にきちんと理をつなぐことが大切です。
本当に教会の実情が分かっておられないですね。ゆったりした教会ばかりではありません。急に参拝されても困る教会も沢山ありますし、おつとめも、そこそこに会長がアルバイトに行っているケースもよくあります。
また、「所属教会にきちんと理をつなぐことが大切」なんて本当に面倒くさい話です。
本当に信者の成人と人権を思うのなら、縦割りの組織を解体して、もっと自由で平等な組織づくりをしなければならないでしょう。
みちのとも5月号・特集よふぼく
本部員・中山慶純(よしずみ)氏の投稿
>教えを知る最も確かな方法は、おふでさき、みかぐらうた、おさしづの三原典や、『天理教経典』『稿本天理教教祖伝』『稿本天理教教祖伝逸話篇』を読み深めることです。
おそらく、いくら読み深めても本当に教えを知る事は出来ないでしょう。
それは、これら全てが中山家にとって都合の良いように一部が隠蔽され、改ざんされているからです。
もうそろそろ『稿本』という文字が消えた本物の『教祖伝』を出すべきだと思います。
いくら本部中枢に都合が悪くても、資料集成部の資料を開放して、もっと深く教理研究をするべきです。
みちのとも5月号・特集よふぼく
本部員・中山慶純(よしずみ)氏の投稿は、突っ込みどころ満載です。(他の本部員もそうですが)
根本的な話はなく、枝葉の話ばかりで、平気で「理の子」なんて言葉を使っています。
知り合いの会長連中は「みちのとも」なんて誰も読まないから、あえて苦言を申した次第です。
古い元教会長 さん 2018年5月3日 7:41 AM より
≫本当に教会の実情が分かっておられないですね。
≫急に参拝されても困る教会も沢山ありますし、おつとめも、そこそこに会長がアルバイトに行っているケースもよくあります。
≫また、「所属教会にきちんと理をつなぐことが大切」なんて本当に面倒くさい話です。
≫本当に信者の成人と人権を思うのなら、縦割りの組織を解体して、もっと自由で平等な組織づくりをしなければならないでしょう。
「古い元教会長」さんのご指摘通りですね。
陽気誌掲載の体験記にも「遠隔地の自教会に理をつなぐよう、近所の教会の会長さんに言われて云々」という記事がありました。「理をつなぐ」って、信者にはピンとくる言葉ですが、教外の方もこの場を読んでおられるので解説しますと、多くの場合、「お供え」を送金することを指します。人によっては手紙・電話での交流も有るでしょうが、中山氏は当たり前のように御供えを念頭に置いているのではないでしょうか。
教会と信者をつなぐのは「金」!
このように思い込んでいては「カルト」と指摘を受けても反論できない。
この点を教会本部は真摯に受け止めなくてはならんでしょう。
さて、「みちのとも」は独立教会の報告を見るために役に立っていますよ(笑)
また、所属大教会がいつまで分教会数を誤魔化し続けられるのかもウオッチしています。
50か所で大教会に昇格して以後の減少した数で現況として「みちのとも」に掲載されてはいます。
でも、その統計も実態をごまかした数ですから。
大教会⇒分教会という構成は社会的に問題ないとされた時代も有りました。
けれど集金システムとして「ネズミ講」と名前が付けられるほどに社会問題が取りざたされるようになり、人々の意識は変わっています。犯罪組織構成と似たシステムで本部へ集まる御供えに批判の目が向くのも当然で、天理教のみならず神社仏閣でも同様の動きが見られる時代です。
狭い狭い天理村から見ていては気が付かないのかもしれませんが、せめて日本中に在る教会・布教所の人々の実情を知る努力をしなくては本部は無責任のそしりは免れません。
<<<<< 中山先生、ご理解いただけたでしょうか? >>>>>
大ちゃんはお道をサークル活動ととらえているんでしょう。
資金の心配もない楽しいサークル。
そのうち夫人の趣味を生かして、軽チャー(カルチャー)まで開くかもしれませんね。
(既にインタビューで答えていましたから)
人集めさえできれば良いと考えている証左でしょう。
姪のダンナは中部地方にある大企業の管理職だが、帰宅するのは毎日夜中の12時前後。土曜日は休みといっても前日までのやり残しの仕事があれば否応なく出勤する。日曜日はクタクタで昼前までぐっすりと寝込んでいる。
これを見守る家族も大変だ。なのに教会に日参せよとは寝言に過ぎない。
日本のサラリーマンの現実をご存知ですか、と教団本部の方々に問いたい。第一に、あなた方は一体、何を言いたいのですか。苦虫を噛み潰したような顔をした会長さんの顔なんか見たくもありませんよ。
部内教会長さんたちを苦しめ倒して何が陽気暮らしでしょうか。胸に手を当てて思案してください。
>部内教会長さんたちを苦しめ倒して何が陽気暮らしでしょうか。胸に手を当てて思案してください。<
天理貴族が望むのは、自分達の陽気暮らしであり、末端教会や一般信者は、天理貴族の陽気暮らしを実現させるための道具・手段(=用木)に他ならないのです。天理教で用木と称される人達はこの事実に気づくべきです。天理貴族の贅沢三昧の生活を維持・実現させる用木になってはいけません。
修養科にいた頃、真柱邸や本部員らの食事のお世話に当てられた若い人達が、一様に言っていたのは彼らの豪華な食事の事。
彼らは皆声をひそめ、眉をひそめて見てはいけないものを見た様に言っていた。
お世話係の若者達が失望し、心が冷めて去って行くのは本部中枢がこうした姿をウブな若者に見せる事の影響に対し、神の道に生きる人間としての良心と想像力が頭の中に無いからだ思う。
彼らは選民意識を持ち、特権意識に溺れているから一列ロクジの理想に心惹かれて入信した人の心を逆なでし、傷つけている事に気付いていない。
こんな太った豚に仕えるのは、決して神の道ではありません。
黒門について
教会本部の黒門は、現在、解体撤去され何も無い状態ですが、一体、あの黒門は天理教にとって何の意味がある構造物だったのでしょう? 神道の鳥居を真似た物だったのでしょうか? 目と鼻の近くにある桜井市の大三輪神社の大鳥居に負けないように、本部が訳の分からない意地を張って造ったものでしょうか? また、今後、大三輪神社の大鳥居にも負けないくらいの規模の鳥居のような構造物を造るつもりなのでしょうか? 天理教は「きりなしふしん」と称して数々の建築物を信者の「お供え」で建築してきましたが、大教会の信者詰所は、昼夜、人の気配すら感じることはできません。本当に無駄です。信者さん達の「お供え」をまきあげて造った建造物であるのであれば、本当に世のため、人のためになる施設として活用するべきです。黒門の跡にどういう構造物を造るのか知りませんが、何の意味もない建築物や構造物を建造して、これ以上、信者さん達の血と汗の結晶である「お供え」をドブに捨てるようなことは、絶対にしないでいただきたい。
前回にも書きましたが私の叔母について・・・
90歳になろうとしていますが若干?痴呆も出ている模様・・・
なのに未だにお供えをしようとしているようです(いや、しています)
ほとんど強迫観念に近いものが有るのでは・・・と
で、考えました。『もういいでしょう・・』と、お供えとやらは・・・
散々してきたでしょう・・・今まで・・・数千万単位になるのでは?と・・・
それでもまだ、やる?(お供えを・・・)
そんな事をするなら可愛い孫にお小遣いをやるなり、学費の足しにあげるなり有効な使い方がいくらでも有るでしょう・・・
此の期に及んでまだ「御本部へ!」という考え方に囚われているようです。
哀れ!と言っては語弊が有るでしょうがもういいでしょう・・・
ボクシングの試合で相手に叩きのめされレフェリーが止める前にセコンドがタオルを投げ入れるのがありますがそれと同じ気持ちになります。
また、教会の方もそのお金を『はい』と受け取っています。
「もういいじゃ無いですか。」言ってもそんなに先は長く無いでしょうし、自分のため、家族のために使って楽しく過ごして欲しいと思います。
そっちの方がよっぽど陽気な生活を過ごせます。
教会側には、「受け取るな!」と言いたい・・・教会側も身内ですが・・・喜んでいるのは上級と教団だけだ・・・
天理教内で、
表統領のハナトラの問題、
中根大教会の乗っ取り、
過去を遡れば、
100年祭時の本部員の脱税疑惑、
三島神社移転問題など、
なぜもっと議論されないのか?
天理教教規規定があるとしても、
法的拘束力はないし、
表統領のハナトラが本当であれば、
社会的にみて
犯罪でしょ。
トキオの山口達也より、
もっと謝罪しなきゃならないと思います。
それに、
そのお金がこのサイトにあるように、
神奈川教区から出たのであれば、
どの口が
「お尽くしは命のつなぎ」
と言えるのでしょうか?
お尽くしでつながったのは、
自分の首の皮でしょ。
どうやったらこの問題が事実なのか、
そして、もしそれが本当ならば、
教内にさらすことができるのでしょうか?
どなたか知恵をお貸しくださいませ。
また中根の問題も、
今どなたが中心となっているのかも
知っている方がいれば教えてください。
2018年5月3日 5:18 PMの匿名 様
>修養科にいた頃、真柱邸や本部員らの食事のお世話に当てられた若い人達が、
>一様に言っていたのは彼らの豪華な食事の事。・・・・・
それはそうでしょう。70歳を過ぎて二度目の修養科(数合わせのために入った)に入った知人が、修養科生は本部食ですから、70歳を出ていても、さすがに粗食過ぎて参ったと言っていたのを覚えています。
詰所が余分に準備してくれた「漬物」だけでは、まだまだ比較できないでしょうね。
一事が万事ですよ、この世界は。不足を積ますようでは宗教家失格ですよ。
不良用木 2018年5月3日 10:10 PM 様
>また、教会の方もそのお金を『はい』と受け取っています。
「もういいじゃ無いですか。」言ってもそんなに先は長く無いでしょうし、自分のため、家族のために使って楽しく過ごして欲しいと思います。
そっちの方がよっぽど陽気な生活を過ごせます。
教会側には、「受け取るな!」と言いたい・・・教会側も身内ですが・・・喜んでいるのは上級と教団だけだ・・・
不良用木様のご意見は、誠にその通りのことと思いますが、それは世間一般なら当たり前の道理ですが、天理教教会の会長さんの中には、残念ながら、そのようには思っておられない方も居るだろうと推察しています。
勿論、不良用木様の仰られてる通りのことを承知していながらも、上級や教団の「お供え要求」に抗しきれず、内心では申し訳ないことと思いながらも、敢えて、お供えを受け取っているのかもしれません。
が、お供えを受け取ることが、相手をたすけてることだ、と信じ込んでる会長も少なからず居ることと思います。90歳になろうとしている叔母様は平均寿命よりも長生きされておられますが、それは、天理教信仰のお蔭、ひいては、お供えをして、命を繋いで頂いているからだ、と、そのように信じていると思います。
中田表統領が、軽率にも「お尽くしは命の繋ぎ」と明文化してしまい、散々悪評を被りましたが、そのような言葉をはっきり口にせずとも、身体は神様からお貸し頂いている、という「かしものかりもの教理」から、お供えをしているからこそ、たすかっている(身体を元気に生かさせて頂いている)という考えを持つ会長は少なくないのでは、と思います。
そして、叔母様も、お供えをすることが、心の支えになっているのかもしれません。もし、お供えを無理に止めさせて、他に使いなさい、と忠告したところで、かえって、拠り所を失わせ、不安な精神状態にさせてしまうかもしれません。
長年の信仰が、お供えを献上することと思い込まされた人達は本当に哀れとしか言いようがありません。教団の罪の重さに怒りを覚えます。自分達は、散々贅沢な生活をし、欲しい物を買ってるんだろうに、と。
年金者のお布施が無くなれば終わる。となれば早かれ遅かれ終わる。遅くなるよりより早くなるということですね。若者が今から改めて爆発的に増えるわけも無い 組織の体質も爆発的に改革をしないのにそのようなことが起こるわけは無い。宗教もやってない。天理教は宗教では無いとと改めて感じます。
近頃ジャニーズ TOKIO 山口達也事件 未成年に対する強制猥褻事件 淫行を行って世間に多大なるショックを与えている。 他のメンバーの会見はするが思惑すら見えない会見 淫行を擁護するような会見に成ってしまいファンもショックを隠せなかった。ファンはジャニーズを愛してるのでなく山口達也をそこまで好きでなく、アイドルに対する清純さ誠実さを愛しているのだ。ここでこれら問題の責任はジャニーズ事務所であると事が判明した。淫行者を何故即刻解雇しなかったのか?ジャニーズ事務所の異常性を浮き彫りにした。日本のメディアでは報道されないが海外メディアではここ数年ジャニーズの契約体制を【奴隷契約】とまで明示し辛辣に叩いている。
《教団の上層部 露出度の多い人名 機関紙 ファンの思い》 の捻れと教団のジレンマと大いに被る。ジャニーズが日本市場で幾ら稼いでいてもですら世界基準には到底及ばない。むしろ叩かれるジャニーズ事務所 日本人として恥じるべき悪習と文化 ジャニーズですらこの始末 世界だすけを掲げる天理教だが到底無理だろう。
山口達也事件、テレビ局がジャニーズ批判を解禁…幹部は雲隠れ、ジュリー新体制の脆弱性露呈
http://biz-journal.jp/2018/05/post_23233.html
日本では報じられない?ジャニーズ事務所の闇を海外メディアが暴露している
https://matome.naver.jp/odai/2147175277961809701
>長年の信仰が、お供えを献上することと思い込まされた人達は本当に哀れとしか言いようがありません。教団の罪の重さに怒りを覚えます。自分達は、散々贅沢な生活をし、欲しい物を買ってるんだろうに、と。<
洗脳の怖ろしい一面です。長年の洗脳によって「お供えは命のつなぎ」という間違った思想が頭の中に刷り込まれてしまいます。よく似た例は過去にもありました。日本では、いわゆる「皇国史観」です。日本国民は、「教育勅語」の思想を公教育の場で刷り込まれ、日本国民は天皇陛下の赤子(せきし)であると教えこまれ、天皇陛下の為に身を捧げ、国の為に戦死することは美徳であり名誉なことであるとされました。戦死すれば東京の靖国神社に英霊(=神)として祀られました。結果として、理不尽な戦争は長期化し、幾多の兵士を含む日本人が戦争の犠牲となりました。ドイツにおいても、ドイツ民族はユダヤ民族より優秀であり、ユダヤ人は劣っているという誤った選民思想が、ナチスドイツによって刷り込まれ、おびただしい数のユダヤ人が強制収容所に送られ、虐殺されました。現在、天理教を信仰されている皆さん、過去の世界の歴史を顧みて、自分が今、信仰している宗教が正しいものか間違っているものか、冷静に考えてみてください。信教の自由は日本国憲法第20条でも保障されていますが、どのような宗教を信仰するかは皆さんの良識次第であると思います。
「レリジョン(宗教)」の語源は・・・で、たまたま調べていましたら次のように書かれていました。
>英語の語源は、ラテン語や、ギリシア語をもとにした言葉が多い。
「レリジョンreligion」の語源は、ラテン語の「レリギオreligio」であるが、「縛る」という意味である。
なるほど!と変に納得した次第でした。
不良用木 様
幼少の頃よりの様々の天理教用語の刷り込みにより心が縛られていました。
特に、「牛馬の道に落ちる」は今も脳裏に焼き付いています。幼い子供にまでこのような残酷極まりない言葉を、しかも無造作に投げかける宗教なんて、宗教じゃないですよね。
子供おぢ場帰りや鼓笛隊に参加していた子供たちも、何に気付いたのかは知りませんが、いつの間にか天理教から離れて行きました。正解でしょうね。
>特に、「牛馬の道に落ちる」は今も脳裏に焼き付いています。幼い子供にまでこのような残酷極まりない言葉を、しかも無造作に投げかける宗教なんて、宗教じゃないですよね。
子供おぢ場帰りや鼓笛隊に参加していた子供たちも、何に気付いたのかは知りませんが、いつの間にか天理教から離れて行きました。正解でしょうね。<
牛馬は、家畜として古来から農耕や交通の手段として人類に貢献してきました。また貴重なタンパク源として食用にされ、人類の生命維持に貢献してきました。牛馬に限らず、その他の動物も人間にとって大変恩義のある生物です。神様は、人類が豊かに幸福に暮らせるように、そうした動物を創造されたのだと思います。人類以外の動物に対して感謝しなければなりません、「牛馬の道」というように蔑視することは恩を仇で返すことに他なりません。子どもの心は、大人が想像する以上に敏感です。大人の間違った不条理な言動には敏感に反応し、反感を抱きます。子どもおぢば帰りや鼓笛隊に参加していた子ども達も、天理教という宗教につくづく嫌気がさしたのでしょう。私は若い頃、別席の話を9回「拝聴」させていただきましたが、「障がい者」を蔑視、差別する表現である「つんぼ」「おし」「いざり」「めくら」・・・等々の言葉が、黒い教服を身にまとわれた取次人のお偉い先生の口から次々と出てきました。私は大変な違和感と反感を感じ、天理教という宗教に対する幻滅感を抱かずにはおれませんでした。「世界一列は皆きょうだい」と説く天理教の教えとは全く違います。子どもおぢば帰りや鼓笛隊に参加していた子ども達も、天理教の実態に幻滅し、天理教に関わらなくなっていくのだと思います。
両手がそろってない人はおさづけが貰えないとか、手が合わせられないひとは貰えないとか、理不尽で、おやさまの温かい教えからは程遠い、正に教えに反する様な現実がこの天理教団にはあります。
この決まりはおやさま存命中に決まっていたのでしょうか?非常にオカシイ話だと憤りを感じます。
カルト新興宗教では障碍者が排除されることがよくあります。オウムでも障害のある人はカルマの法則によって差別されていました。関西方面ですと、天理教ほど規模は大きくありませんが、交野市に本部のある某新興宗教系プロテスタントの教会では、障碍者が求道して教会に訪れると大して戦力にならないから追い返されていましたし、もちろん障碍者を勧誘することは禁止されていました(逆に障碍者を勧誘して広告塔にして利用するという姑息な教会もありますがw)。
創価学会でも障碍者は差別され、障碍者は最低の地獄と教えています。昔は子供が小児麻痺になることが多かったため、小児麻痺の家に押しかけて「創価学会に入らないから子供が小児まひになる」とやっていたそうです。
ただ池田大作の長男の家に障碍者が生まれたことで、障碍者は最低の地獄という教義はおおっぴらに語られなくなりました。
天理教だって考えてみれば、開祖は電波ですし、こんなものを信じてついていった連中も、どう考えても頭がおかしいわけです。なあんだ、王家や天理貴族たちは精神障碍者じゃないか!
障碍者はおさずけがもらえないというなら、王家と貴族たちが一番おさずけを受ける資格なしですねw。
牛馬と聞いて次の一説を思い出しました。
「月よりの神言」より
いざなぎ、いざなみの生みおろした、九億九万九千九百九十九人の、元の子数は何辺生まれ直してもさほど心配はないが、畜生の生まれ直しは空で見ていて見るの見られん。
人間の心遣いをしてはおらん。
牛馬は、畜生は殺される時、殺される事が分かっておるから動かんと涙を流す、酷いと思う。
お前を、お前の親を、お前の子供を殺して食うたらどう思うぞ。
人間が人間の肉を食うたら人間の種もつきる。
牛馬を交尾さしてお前たちの食糧に与えてきたが、この営みはもうやめたい。
牛馬は、畜生は、殺されるとき、人間はえいなあ、わしも人に生まれたいと思うものはたいてい人に生まれ直してやってきた。なんぼ畜生を人に生まれ直してやっても、畜生は畜生の心遣いしかしておらん。
この営みはもうやめたい。
お前達はこの世のあるゆるものを食らい尽くし、罪の限りをつくしておるが、牛馬を、畜生を食うてもらうと、油が体内にとどまって血管がつまり神経痛等いろいろの病気の元になる。
脳に油がたまると物事を考える能力を失い、心も荒々しく強暴になって人殺しでも平気でやるうつ病になる者と癌になる者が後を絶たん。
どうしようもない。
助けようもない。
>恩が重なりその上は牛馬の道が見えて有るぞや!
地獄に落ちるぞ!という意味でしょうか?
で、恩てなんやろ?
これらは天理教教祖の言葉・・・
>ご恩報じの意識を高めよう!
>おつくし(お供え、お布施、献金)は命のつなぎ・・・
(命が欲しけりゃ金を出せ!)
これは教祖の子孫で教団トップの発言・・・
今の教団は教理の歪曲、曲解をしていて、教祖の教えを捻じ曲げている。と言われていますが・・・
牛馬の道、云々の言葉・・・
正直言って脅しとも取られかねない言葉でも有るのでは・・・と
命が欲しけりゃ金を出せ!も脅しですし・・・
共通点が有るような気がしてなりません・・・
こう言ってしまうと天理教的には身もふたもなくなってしまいますが・・
あともう一つ・・・
>情けなや、どのよに思案したとても人を助ける心ないので・・・
私の親たちもこの言葉を胸に、ならない中を「にをいがけ」「おたすけ」をしていたと思います。
ぶっちゃけ、子供のことを放ったらかしにしてでもやっていました。
しかし、実際は困難を極めますし、そんな簡単に人様を助けることなどできないように感じます。
教祖の立場と我々凡人とはやはり違うように思われます。
桝井伊三郎さんの有名な逸話・・・
助からない!と言われても、なんとかして助かってもらいたい・・・
じっとしていられなくて教祖の元にお願いに行く・・・
何度か繰り返した末にその誠の心をお受け取りになり母親に御守護をいただけた・・・と
そんな奇跡が起きるんだな!と、誠の心は天に通じるんだな!と子供心にも思いました。
誠の心を神が天が受け取ってくださる・・・と
しかしです、教団批判になってしまいますが教団中枢は教祖の血も受け継いでいますし真柱さんも当然誠の心であふれているはずです。
少なくとも中枢部に一人くらいは誠の心の持ち主がいて不思議な助けがあってしかるべき、有るはずですよね・・
しかし、そんな事を聞いたことが残念ながらありません・・・
酷な言い方になってしまいますが自分たちが助けられていないものを下々のものに葉っぱをかけて促すのはどうも違うように思われます。
おまけに命が欲しけりゃ金を出せ!などと言ってくる輩もいますし・・
それこそ、どのよに考えても誠の心が有るようには到底思えません・・・
人のことをあまりとやかく言いたくはありませんがこの教団、宗教法人は社会の、世界の苦しみ悩む人々の心を救うことを目的としているはずですので、これは看過するわけには行かないので言わずにはいられません・・・
長文失礼しました。
にをいがけ、おたすけをしてみたが、結果としてにをいがかからない、助けてもらえていない。
↓
それは助けてもらう人間の心も大事や!それにな、ひとにわらわれそしられて、珍し助けするほどに というやろ!
助かってないと思うかも知れんが、ほんとは助かってるんやで!よくよく考えてみぃ!(相手に自らが納得できる事象を見出させて、こう考えたら助かっているなと思わせる。)
どれだけ尽くし、人助けをしても、残念な死に様の信仰者もいます
↓
天の定規は、人間には分からんのや。帳簿は神さんがちゃんとつけてるでな!もたれるんやで!
要は受け取り方次第ですね。
どんなに悪事を働いても、幸福のうちに天寿を全うする人間もいれば、
人のために尽くして、多くの人から慕われる様な器量の大きい出来た人間でも、突然の不幸で倒れて世を去る人間もいる
これは仕方ない。
かんろだいが倒された
↓
ただただ申し訳ない。お前らも、このことを自らのことと捉えて、気を引き締め日々を通るんやで!
ギャグかな?
合法的に宗教団体を解体するには
①宗教団体が犯罪行為で捕まる
②宗教法人法81条に定める解散命令を受けるとで裁判所から解散を命じられる(憲法20条1項が定める信教の自由に抵触しない場合)
宗教法人法(解散命令)
第八十一条 裁判所は、宗教法人について左の各号の一に該当する事由があると認めたときは、所轄庁、利害関係人若しくは検察官の請求により又は職権で、その解散を命ずることができる。
一 法令に違反して、著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為をしたこと。
二 第二条に規定する宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと又は一年以上にわたつてその目的のための行為をしないこと。
三 当該宗教法人が第二条第一号に掲げる宗教団体である場合には、礼拝の施設が滅失し、やむを得ない事由がないのにその滅失後二年以上にわたつてその施設を備えないこと。
四 一年以上にわたつて代表役員及びその代務者を欠いていること。
五 第十四条第一項又は第三十九条第一項の規定による認証に関する認証書を交付した日から一年を経過している場合において、当該宗教法人について第十四条第一項第一号又は第三十九条第一項第三号に掲げる要件を欠いていることが判明したこと。
ふたつの要因
著しく公共の福祉を害すると明らかに認められる行為
宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたこと
宗教団体あるいは宗教法人が解散したとしても信仰は一人でもつづけられる
セクハラやパワハラがこれだけ世間でいわれているのに
お道は上級のパワハラが横行している
ひどい教会は横領、性犯罪が横行している
時代とともに淘汰されるべきである。
本当は、教会本部に教祖の教え通りの信仰があればさえ良い話なのですが、これを望むことは神から見れば
「無理な願い・・」かも知れません。
本部が何かしでかして、外部からの圧力で解体される事になるやも知れません。
>本部が何かしでかして、外部からの圧力で解体される事になるやも知れません。<
天理教教団組織を手本にした麻原ショウコウ率いるオウム真理教が行った世界でも類をみないような一連の凶悪犯罪が発生しないことを切に望みます。
>それまでに世界中をどこまでも胸の掃除をせねばならんで・・・
教祖が甘露台の据付を切望されていたにも関わらず官憲に取り払われてしまった結果、据付を断念し据付は世界の胸の掃除が出来た(完了した)後にすることに変更になった・・・
この言葉が有り、今のひな形(模型木製)甘露台になっているとの事・・・
しかし、それから胸の掃除が出来た人(完了した人)はどのくらいおられるのか?
「人のことを言ってないでお前がさっさと胸の掃除をせんかい!」と怒鳴られそうですが・・・
はっきり言って私はただの凡人なので胸の掃除は?ですし、あまり意識していませんし・・・
そもそも胸の掃除と言われても漠然としていてつかみどころがないと・・・
それより、もっと徳のお高い御本部の方々や大教会長様の方々ならとっくに胸の掃除をされているのではなかろうか?
一人ぐらいはおられるでしょうから話を聞いてみたいものです。
そうしてそのやり方をぜひ伝授してもらいたいものです、具体的に。
言葉遊びになってはいないか?
または言葉だけが虚しく一人歩きしているのではないかと思わずにはいられません。
二段までできていた甘露台が官憲に取り払われ、これ以上の残念は無いと言われ、結果、この反動でどんなことが起こるやしれない。
どんなことがあっても恨むことのないように・・・とおっしゃられていると思いますが・・・
>反対するのも可愛い我が子、念ずるものは尚のこと・・・と
おっしゃられた愛深き人類の親たる教祖?
頑是ない子供の一時の迷いで取り払われただけであったなら最初の計画通りに遂行されてもよかったものを、なぜ甘露台の据付の計画を変更されたのか?
神の思惑はどこに有るのか?
疑問を感じざるを得ません・・・
崩壊 様
古い話題に言及して申し訳ありません。
神殿の地下構造の話ですが、私は賽銭箱から御供え金を集める業務(本部では会計係と呼ばれているそうです)に携わった人から、過去に神殿地下の話や御供え金回収の話を聞いた事があります。
Twitterで連続ツイートした履歴が残っていますので、良ければ下記URLからご覧下さい(^^)
https://twilog.org/o_muthuki/date-170326/allasc
残念ながら、金の延べ棒などは目にする事のない下っ端の方でしたw
お供え金を集める業務
この業務に係る人は基本的に本部在籍者だそうです。
本部勤めの青年には、直属の子弟もいますが、お供え金回収の仕事を月に数回行うだけだそうです。
業務の大部分は、本部在籍者が中心になって行っているそうです。
つまり供えられた金は、「俺たちの金だ」 自分達(本部在籍者以外)には触らせない。
こんな雰囲気が漂っているそうです。
記入ミスをしました。
供えられた金は・・・自分達(本部在籍者)以外には触らせない。 です。
本当に欲深な連中です。
不良用木さんの投稿より
>英語の語源は、ラテン語や、ギリシア語をもとにした言葉が多い。
「レリジョンreligion」の語源は、ラテン語の「レリギオreligio」であるが、「縛る」という意味である。
私も、非常に納得しました。
私は以前、真柱は本部内で「お上」と呼ばれているらしいと投稿したことがあります。
その実態が分かってきました。
本部勤めには、ごく普通の本部勤めのほかに別枠で「お宅勤め」と呼ばれる真柱邸勤務があるそうです。
この「お宅勤め」をする青年は直属の子弟なんだそうです。
この直属の子弟達が真柱邸に勤めた時に、内々の会話で真柱を「お上」と呼ぶように指示されるらしいのです。
例えば、真柱さんからお宅勤めの青年達にお菓子が届いたとすると、
「このお菓子はお上から頂いた」というように仲間内で話すよう指示されるらしいのです。
お宅勤め以外の人が側にいる時は、「お上」と言う言葉を使ってはいけないそうです。
この「お宅勤め」は、24時間勤務で、休日も無いそうです。
宿舎は、真柱邸裏門内の寮に寝起きし管理担当者から許可がもらえないと数時間の外出も出来ないようです。
まるで「タコ部屋」に寝起きする奴隷達のようですね。
更に、酷い話ですが本部在籍者の子供たちは「お宅勤め」をしないそうです。
真柱邸の仕事は、雑用だから手下の直属の子供達にやらせておけと言う事でしょう。
当然の事ですが、本部員の子供が養子に入った直属は「お宅勤め」をしないそうです。
いつ頃から始まったか詳しい事はわからないがどうやら善衛さんの頃からではないかと言う事です。
直属の子弟達は、この「お宅勤め」の期間に完全に洗脳「縛られる」状態になってしまうのだろうと天理の知人が話してくれました。
この奴隷奉公を嫌って逃げ出した青年もいるらしいが極々少数らしいそうです。
善司さんは直属の子弟達を呼びつける事はしないし、縁談にも関わらないそうです。
では今は誰が、直属の子弟達を呼び出しているのか知人に聞いたら、どうやら誰の指示も無いらしいのです。
直属の会長たちが、本部の指示も無いのに息子に本部勤めや「お宅勤め」を進めるらしいのです。
みんな完全に「縛られている」状態らしいそうです。
これが天理教本部の実態です。
本部は、一列平等と言いながら直属の子供達を奴隷の様にこき使っているのです。
本部在籍者の子供たちはお気楽ですね。
お金に困る事もなく、海外留学も出来る。
本部でも電話番や別席場でのハンコ押しなど楽な仕事ばかりして
そんな仕事が辛いといえばさっさと逃げ出してしまう。
直属以下は、完全に「縛られて」奴隷状態です。
※私は天理市内に複数の知人がいます。
皆さん、長く天理に住んでいるので本部の内情にとても詳しいです。
誰から聞いているのか決して言いませんが、皆さん本部筋とどこかで繋がっているのでしょうね。
その内の一人の知人は「内統領 宮森さんの息子さん」について市内で情報を聞き集めたらどうやら東京の方に逃げたらしいと話していました。
「世界一列皆平等」・・・ バカバカしい。
これからこういった子が増えてきそうです!
神様は小学5年生
https://www.sunmark.co.jp/detail.php?csid=3682-4
退職信者 様
私の投稿への反応ありがとうございます。
補足ですが、聞いた方が業務についていたのは50年近く昔の話です(^^;
当時は御供え金も多かったからなのか、本部在籍者どころか本部勤務者で組織…でもなく、専修科生まで会計係に呼ばれて作業していたようです。
教会子弟とか身元が確認とれる人に限定されていたかもしれませんが…。
≫本部在籍者の子供たちはお気楽ですね。
お金に困る事もなく、海外留学も出来る。
本部でも電話番や別席場でのハンコ押しなど楽な仕事ばかりして
そんな仕事が辛いといえばさっさと逃げ出してしまう。
≫直属以下は、完全に「縛られて」奴隷状態です。
本部で仕事をする者には氏名明記の名札を付けさせよう。
天理村の歴史的苗字の者を見かけたら、皮肉の一つもいってやろう。
「お気楽ですね」
本部はお賽銭が大量に集まる場所ですのでものすごい金額でしょうね。地場リーヒルズとは要するにお賽銭御殿であります。
こんなにお金が集まればそれだけで十分にやっていけるはずです。本部の建物の維持費や王家や天理貴族らの生活はこれで賄えるのです。その上になお金が欲しいと末端から取り立てる!
「ほしい」という心のちりを取り除きなさい!開祖は何度もお菓子をねだりに来た子供を図々しいと叱りました。激怒した彼女がよみがえって王家の人間と天理貴族らを食い殺さないのが不思議でなりません。
>こんなにお金が集まればそれだけで十分にやっていけるはずです。本部の建物の維持費や王家や天理貴族らの生活はこれで賄えるのです。その上になお金が欲しいと末端から取り立てる!
末端教会も事情教会などが増えているのだから、これ以上、末端からお金を取りたてるのは、薄情、冷酷に過ぎるというものでしょう。親なら、子が成り立つように、自分達のやり方を変えるべきです。
本部には、お賽銭が十分に集まり、ましてや、東京、横浜、福岡にテナント収益高層ビルを持ち、他にも営利企業などで収入を得ている。本部勤めの者達を薄給でこき使い、また、信者達のひのきしんで、そう人件費は要らないのですから、おぢば建築群の維持費など、賄えない筈はない。もし、それらで足りないのなら、無駄な建築群は、処分、整理、売却するべきだと思います。
本部も、自転車操業で、末端から取り立てるのではなく、会計士を入れ、効率的な経営、というものを勉強して頂きたいものと思う。
何より、自分の生活費は自分で稼げ!、それが、あたりまえなのですから。
すみませんが、ひとつ苦言を。
本部を「天理村」と揶揄するのは避けていただきたいのです。
なぜならば、戦前の満州には「天理村」が実在していたからです。
天理教団が過去に布教と国への協力を兼ねて実施した「満州開拓事業」で出来た村です。
そこへは開拓団として家族ぐるみで渡満し、現地で苦労を重ねられた信者さんが多数おられました。
終戦後には、命からがら身一つで引き揚げてこられ、二代真柱の用意した「開拓地」とは名ばかりの未整備な荒地をあてがわれ、必死で耕作し出稼ぎで飢えを凌ぎ、それでも神を信じてやってこられた方達の子孫が、今も生琉里分教会系統に繋がっておられます。
その方達にとっての「天理村」は、先祖が苦労された満州天理村の名前なのです。
ですので、本部を侮辱する名称として「天理村」が使用されるのは、不適当ではないかと私は感じています。
満州天理村を知らない方は、ぜひネットで検索して調べてみて下さい。
ウィキペディアで「天理鉄道」を見れば、天理村についての概要も載っています。
(天理鉄道とは、満州で天理教団が敷設した私鉄の名前です。)
一部の大教会長や上級会長の中には、組織の中での立場だけで俺は偉いと勘違いした小悪人は沢山いるが、組織が作り出した小悪人であり、気の毒な人たちでもある。
それとは別に、桁違いの大悪人がいるのです。それが本部中枢の伏魔殿に住む人たちなのです。
教えが間違っていると批判しているのではなく、本部が腐っていると知らせたいのです。
沢山の教友の為にも後継者達の為にも子々孫々の為にも、真実を知らせ続けます。
末端は今後びた一文本部には献金を上納するのをやめたらいいと思うよ。下の献金が上がってこなくても本部は全然金に困らないし。
親神様の教えは谷底上げなのだから、金に困っていない本部に信者からの献金を上納するよりも、その金でたとえば大阪駅の前で売っているビッグイシューを一冊買ってあげるとか、西成のふるさとの家の慈善活動に寄付するほうが、よほど親神様の御心にかなっているわけだからね。
本部巡教員が来る。顔も見たく無い。話もしたく無い。お礼なんてさらさらしたく無い。勝手に来る輩だが、来るなとも言えず、この板挟みのやるせなさよ。
ああ馬鹿馬鹿しい。本部の腐った埃をまとってまき散らしに来るなら御免こうむる。
古い元教会長さん始め多くの匿名諸氏の投稿を見ておりますと、本当に身につまされますね。
本部はじめ大教会長さん等中枢の方々はどのように受け止めておられるのかと空しい思いで一杯です。
上から下への一方的な流れ、おカネと諸々の数を競う姿に哀れさえ感じます。
例えば、教会に日参せよとの講話。いつぞや、金巻とよじさんの漫画が有りましたね。お賽銭は音がしたらアカンのや わかるやろ?、と。誇張に過ぎない表現とは思うが、仮に、そのようなことをすれば、日参で毎日毎日お札を入れれば月額は3万円以上になりますよ。
宝くじにでも当たらない限り無理な相談ですよ。
皆さんの教団の姿にメスを入れられる投稿は、ますます重要になると思っています。
仕事をする様になってから毎月5万、ボーナス時にはその倍以上のお供えをしてきました。
子供も出来いろいろとお金がかかるので、月々のお供えを辞めたいと親である会長に伝えた所、
お供えのおかげで貴方たちの家族は暮せているんですよ、働いて給料もらえるのも神様のお蔭、身体を借りているのに借りっぱなしでは徳が減りますよ。
この屁理屈必ずお供えで生活している人達は言いますよね。
子供や孫よりも上級や本部が大事なんですよね。
お金払わないと天理教の神様は助けてくれないのですか?
親も年金、保険等支払っていない為、親の生活費と割り切って渡していましたが、ほとんどが上に行くだけ。金が欲しいのは人間です。神さまはお金は使いません。
それでも親だからと思ってお供えしてる人多いのではないでしょうか。
睦輝
2018年5月11日 6:31 PM
諸悪の代名詞二代真柱にが満州天理村構想をしき生琉里分教会系統の祖先が散々な目にあい荒地だけもらって奴隷扱いで二度苦労したということですね。天理村を生琉里分教会系統の侮辱に使ってるわけでないので問題はないと思いますが、混同されるならまったく新しい言葉を当てたほうがいいかもしれません。
「地場リーヒルズ」などで「ぢば」をよく使われてますしそこに住まう中山血族は「地で馬鹿を言っているので「地場で馬鹿を言っているもかけて」の略で[地馬村]で良いでしょう。
音はそのまま訓はより詳細にその集団を語ってますしね。
今日 東京の知り合いの信者さんから「表統領室長 仲野芳行さんの息子さんが東京の布教の家に来ているらしい」と言う連絡がありました。
確か 仲野芳行さんの母親は、善衛さんの女兄弟だったと思います。
皆さん 今、本部生え抜きの青年「表統領室長 仲野芳行さんの息子さん」が天理教東京教務支庁内の布教の家に居るそうですよ。
布教の家に居る青年達は毎朝9時頃JR巣鴨駅北口前で神名流しをしてるそうです。
皆さん、本部員の息子さんが巣鴨にいるんですよ。
町の中でじかに会えるなんて事は滅多にあり得ません。
親神は、素晴らしい機会を皆さんに与えてくださったと思います。
皆さん、巣鴨のとげぬき地蔵尊に参拝するついでに(参拝しなくても)「表統領室長 仲野芳行さんの息子さん」に会って「御礼」「激励」「陳情」「直訴」「批判」「詰問」 何でも出来ますよ。
開かれた天理教?ですから遠慮は無用ですね。
今がチャンスです。
天理教の現実を赤裸々に伝えたら宜しいのではと思います。(伝えるだけになると思うけど)
来年の3月までいるはずです。(途中で逃げ帰るかもしれないけど)
聞くところによると2日は教務支庁の月次祭なので神名流しは無いとの事でした。
布教の家に居る青年は、名札を付けているので分かるはずだと言ってました。
ま それでも「仲野さんいますか」と問いかければ済みますね。
一人で行く勇気がなかったら集団で訪れるのもいいですね。
知り合いは、駅前の神名流しを何度か見たけど「ドン引きする」と言っていました。
今の時代、東京の真ん中であんな事やっても誰も近づかないよ。時代錯誤だよ。・・・
全国の天理教の皆さん、所用で 観光で 東京を訪れた際は是非ともJR巣鴨駅までお越しくださいませ。
神名流しの時間は、朝の9時頃だそうです。(見るだけになっちゃうかも?)
おや様は拍子木叩いて「神名流し」なんかしてませよね。
こかんさんの「大阪の神名流しは秀司の博打で負けた金を持って行っただけだ」と八島さんは言ってたし。
大嘘付きの「宗教法人天理教教会本部」「宗教法人天理教」・・・
ここで「天理村」という表現で書かれている方々は、けっして、地理的固有名詞として使用しているのではないと、読み手の自分としては理解しています。
「▲▲村」という表現は現代における封建的な、或いは前近代的な、遅れていると思われる「地域」を、或いは「集団」を指し示す際に、一般的にも普通に見られる表現です。
「村社会」ともいいますね。
これは決して、現存する、例えば「何々村」の皆さんを侮辱しているわけでもなく、まして満州の天理村を想起させ二重の意味で揶揄しているのでもないのではありませんか?
同じ日本語を母国語として暮らしていても、読み手によって誤解されることも有りますね。
しかし「天理教の村社会」イコール「天理村」と理解することは、それほど難しくないと感じます。
スルーしてもいいかとも思いましたが、言わずもがなの事が理解されにくいのであれば、「天理村」と書いておられた方々の名誉挽回に出しゃばりました。
国語のセンスに言及しただけであって、全く他意の無いことを申し添えます。
匿名 2018年5月12日 3:04 PM 様
>仕事をする様になってから毎月5万、ボーナス時にはその倍以上のお供えをしてきました。
子供も出来いろいろとお金がかかるので、月々のお供えを辞めたいと親である会長に伝えた所、
お供えのおかげで貴方たちの家族は暮せているんですよ、働いて給料もらえるのも神様のお蔭、身体を借りているのに借りっぱなしでは徳が減りますよ。
この屁理屈必ずお供えで生活している人達は言いますよね。
そのような会長に付き合ってることはありません。神様は、身体を貸しているお礼として、お供えしろ、なんて教えていません。明らかに間違った、自分に都合の良い、身勝手な教理を押し付けて、金を出させようとする会長などに従うことはありません。その会長が、生活費を確保したいなら、上級へのお供えを減らせば良いのです。あなたが、会長を養ってあげなければならない義務も義理も一切ありません。
はっきりお断わりになった方が良いと思います。会長が、あれこれ言うなら、もう、教会に顔を出さない方がいいんじゃないでしょうか。
>今日 東京の知り合いの信者さんから「表統領室長 仲野芳行さんの息子さんが東京の布教の家に来ているらしい」と言う連絡がありました。
確か 仲野芳行さんの母親は、善衛さんの女兄弟だったと思います。
退職信者さんからは、いろんな教団中枢部の姻戚関係の情報が聞け、私のような全く疎いものには有る意味新鮮?な情報と言えます。
しかしながらこれらを見させてもらうと本当に『血』を尊んでいるように見受けられますね。
結果的に教祖の『血』を汲むもの・・・
天理教では教祖を神として崇めています。まさに神格化しています。
その神の『血』を受け継ぐもの、「我が体に神の血が流れている・・」ということなんでしょうね・・・
人にもよるでしょうが、自分に神の血が流れていると思えばどうしても自意識が過剰というか特別な意識を持ち得ても不思議では有りません・・・
『血』を汲むもの・・と汲まざるもの・・・ここに大きな隔たり、というか差別があっても、また不思議では有りません。
まあ、『血』というもので水戸黄門の印籠よろしく特権意識を持ち振りかざしたところで何の値打ちも感じることができないばかりか振りかざした時点で(人として)終わっていると言えますが・・・
(仮に特権意識を持っていたとしてもいわゆる神と繋がり神の声を聞き対話ができ不思議な救けが行われていれば何ら問題はないですが特権意識だけでそれを良いことに金集めに血道をあげていてはほんと世も末です)
害になりこそすれ全く益にはなり得ないです。・・・
やはり、徳川時代でも家康(日光東照宮では大権現として祀られている)の血をひくものと引かざる者でかなり待遇、処遇などは格段に違ったでしょうからね・・・
徳川家と姻戚関係を持ちたい!それが家の安泰にもなりいろんな面でプラスにはたらく・・・
おそらくこぞって姻戚関係を持とうと当時の大名連中は画策したと推測がつきます。
そんなことをしているうちに権力の中枢部が腐敗し地方の藩などは言いがかりや言われのない謀反の疑いでお家を取り潰しになることが多々あった事は既知の事実です。
「もみの木は残った」の物語では有名な伊達藩でもとんでもないことが起こっていたように描かれています。
やはり、今更ですが天理教団だけに限らず宗教組織だけに限らず『権力は腐敗する』これがキーワードだと言えますね。
権力側にいて腐敗し、そこから抜け出せない、抜け出す気も無いような一団は有る意味哀れな人達とも言えるのでは・・・
しかし、あれですねこうやって教祖の『血』をひくものと言ってもねずみ算式にどんどん増えていくことになりますが・・・
天理(腐敗)村が拡大か?
「天理村」については、国語のセンスの問題ではないと考えます。
ネットで天理村の語を使って天理教批判をしていますと、いずれ検索などで引っかかるようになります。
天理村を知る教外の人が見たら、どう思うでしょうか。
「この人達は批判的な意味で天理村を使用しているようだが、教内に居ながら『満州天理村』を知らないのか?」となりかねません。
教団本部がいわゆる村社会だとの批判で使用しているのは、読めばわかることではあり「言わずもがな」です。
しかし、誹謗中傷ではなくキチンと批判をするならば、やはり歴史的な事実を踏まえ、誤解を招く可能性のある言葉は避けて投稿するべきではないかと私は思います。
批判が気に食わない方からは、どのような観点で批判文の揚げ足取りをされるか、判ったもんじゃありません…。
「無知な奴が組織を叩きたいだけ」などと言われるのは、私はごめんです。
>しかし、あれですねこうやって教祖の『血』をひくものと言ってもねずみ算式にどんどん増えていくことになりますが・・・
天理(腐敗)村が拡大か?
子供が増えれば食わせるのがたいへんです。
どのような対策を取っているのか?
それは、縁談だそうです。
本部員の息子や娘が直属教会や部内の役員級分教会に婿入り嫁入りすると本部在籍から外れ、その後は本部在籍には戻れないと聞いています。
本部在籍から外れると、金銭関係も切れるそうです。
ようするに天理教的口減らしですね。
(もしかしたら今では縁組しても減らしきれないぐらい増えてるかも?)
当然の事ですが、縁談候補は上納金の多い有力教会になるのでしょう。
有力本部在籍者は婿入りして本部在籍から外れても、人事的には本部員として残るので組織的には変化は無いとおもいます。
彼ら本部中枢者にとって一番大切なのは、やはり「血筋」と「金」ですね。
おや様が亡くなってから130年以上も過ぎています。
今では強欲と権勢欲で濁りきった「汚い血筋」です。
(・・・おや様存命中から濁っていたかもしれないな・・・?)
日々のおつとめ・にほいがけより、何よりもまずカネと血筋が大事な天理教。
末端教会の苦しみを見て見ぬふりする、人助けの立場にありながら人を助けることができない宗教団体。
奪い取ったお供え金で悠々自適の大教会長・教団幹部。
こんなところはもうやめてしまいましょう。
睦輝 様
>崩壊 様
古い話題に言及して申し訳ありません。
神殿の地下構造の話ですが、私は賽銭箱から御供え金を集める業務(本部では会計係と呼ばれているそうです)に携わった人から、過去に神殿地下の話や御供え金回収の話を聞いた事があります。
Twitterで連続ツイートした履歴が残っていますので、良ければ下記URLからご覧下さい(^^)
https://twilog.org/o_muthuki/date-170326/allasc
残念ながら、金の延べ棒などは目にする事のない下っ端の方でしたw<
私が子ども心に抱いていた素朴な疑問に対して、大変興味深い情報をご提供いただき、ありがとうございました。私も神殿の地下にまさかベルトコンベヤーがあるなぞとは、今になってこそ、有り得ないことだろうと思うのですが、子どもにまでそうした疑問を抱かせる天理教とは、一体、いかなるものなのか改めて考えずにはおれません。また、信者の「お供え」が大きな郵便袋のような袋に行き着き、その先の行き着くところは、一部の人間以外知り得ないという事実を知り、私の両親や先祖が本部神殿に参拝する都度、「お供え」していたお金は一体、何であったのか。虚しさと憤り以外のいかなる感情も涌いてきません。
何億、何十億、何百億と金を集めてそれを目の当たりにすれば真っ当な人間でもおかしくなり狂ってしまうのはわかります・・・
人間なんて弱いものです。
おそらく一時はお金が集まりすぎて戸惑ったんじゃないでしょうか?
しかし、もう集めてしまって返すわけにもいかず「もらっとこう!」となったんじゃないかと・・・
結果、金の使い道がわからず、とりあえず盗まれもせず、燃えもしない土地に換えておこう!となったんでは・・とこちらも推測がつきます。
そんな風に、今まで惰性(集団思考または集団浅慮)で来てしまったような気がしますが・・・
そもそもそんな大金を集めてしまったことが間違いだったわけで、そのことに中途でも気付いて方向転換すべきだったんですよ。
全く軌道修正というものをしない。今まで多分したことが無いんじゃないでしょうか・・・
傲慢としか言えない有様です。
呆れてものも言えないとはこのことですね・・・
現行の天理教を信仰の対象にしてはいけない。
天高二部同窓生の名簿を見ていると、物故者の中で教会長が多いことで理由は成り立つ。
二部生には、末端教会の子弟が多いから、なおさら苦労がしのばれる。
>何億、何十億、何百億と金を集めてそれを目の当たりにすれば真っ当な人間でもおかしくなり狂ってしまうのはわかります・・・
人間なんて弱いものです。
おそらく一時はお金が集まりすぎて戸惑ったんじゃないでしょうか?
しかし、もう集めてしまって返すわけにもいかず「もらっとこう!」となったんじゃないかと・・・<
「欲にきりない泥水や 心澄み切れ極楽や」と説く天理教が、自ずから、汚泥の中にはまり込み、抜き差しならない状態となり、地獄の苦しみをこれから味わっていかなければならないとは・・・・ 何とも皮肉極まりない話ですね。これまで苦しめられてきた信者さん達の塗炭の苦しみを教団も味わったらよいでしょう。まさに「通り返しの道」ですね。神様は見抜き見通しです。
理が神であり
真実が神であるとすると
このまま崩壊することが、真実なのか
続けることが真実なのか
>物故者の中で教会長が多い
皆さん貧乏で死んだんですね。わかります。
貧に落ちきった結果がこれですかそうですか。
誰ですか?貧に落ちきれば陽気暮らしが待っているっていったのは。
陽気暮らしというのはあの世に行ってするんですかそうですか。
お供え金回収業務の補足です。
今日の情報によると、昔は専修科生も手伝っていたそうですが、金を盗む者が多くて困り果てた本部は自分達(在籍者)が行うようになったそうです。
「奪う者は奪われる まさに鏡屋敷だ」と知人は笑っていました。
本部の賽銭箱の下に「座敷乞食と盗人」が待っていたなんて・・・
騙されていた自分達が馬鹿だったですね。
何だか怒りを越して笑いがこみあげてきます。
日本は、既に人口減少時代に突入、少子高齢化社会です。
洗脳状態の高齢者は、ドンドンお出直しです。
新しい信者も増えず、奪う相手がいなくなりますね。
私は、教会に行くのを止め お供えを止めたら支出は減るし、心は開放感一杯です。
お尽くしをやめても 夜眠っている間も「息ひとすじの守護」も頂き元気に生活しています。
とにかく良い事づくめです。
お供え金を止めて死ぬのは信者ではなく「本部」です。
じばりーヒルズのご連中は、これからが生き地獄ですね。
※詳しい事は分かりませんが、本部の支出の内、教育関係(小中高大等)に約30億円、病院に約10億円ほど支出してるみたいだそうです。
その他施設維持費も莫大でしょう。
本部の財政状況は 相当逼迫しているのかも・・・
病院に支出する・・・? それって赤字という事ですか・・・?
専修科生も盗むとは。よっぽど貧乏こいているんですねえ。。。
末端が献金を一切上納しなくても、実は本部と地場リーヒルズの住人は金には困りません。永遠に贅沢三昧できるほどの資産があるからです。
各教会はなんらかの収益事業をやって信者が一人もいなくなっても経済的に困らないようにするしかないでしょう。特に大教会は立地条件が恵まれていることがほとんどですから収益事業はしやすいと思いますよ。
>本部の財政状況は 相当逼迫しているのかも・・・
末端を苦しめてきたのですから、末端の苦労の百分の一でも味わえばいいのです。
ですが、本部は、不動産、隠し財産など、多く蓄えている筈ですから、本当に困り切っていれば、不動産売却などするでしょうが、そこまで手を付けないなら、まだまだ余裕はあるのでしょう。
本部のご教理によれば、おやさまは、貧しい者の気持ちを理解する為に貧に落ち切ったそうですので(実際は、秀司の商売の失敗などが原因であるのを、本部はそのように説いている)、どうか、本部の方々も、貧しい末端の気持ちを理解する為に、貧に落ち切って下さい。
親神も、おやさまも、やっと、本部が谷底の気持ちを理解できるようになった、と、大変お喜びになると思います。
>各教会はなんらかの収益事業・・・
無理無理無理・・・
彼らは何代にも渡って信者の金で飯を食って来た人達です。
事業経営を行う程の知恵も能力も経験も文化もありません。
事業経営で黒字になる事は夢のまた夢です。
憩いの家も、設立当初は東洋一の病院と評価されていたそうですが、今では本部が金を出さなければ自立経営も出来ないのでしょう。
本部は、東京や横浜、福岡などで貸しビルを所有しているそうですが、大都市の一等地だから利益があがるのです。
各地の大教会の所在地を確認してください。
駐車場経営も成り立たないような土田舎の教会が多数あります。
既に日本は、人口減少時代です。消費活動が拡大することはありません。
私の住む市も人口は7万人程ですが、空き家が3年前にすでの3000棟を越しているのです。
現実は、不動産を売却しようにも買い手がいない時代に入っているのです。
本部所有の塩漬け不動産になってしまった一等地で最近有名になったのは、浮御堂で有名な奈良公園の鷺池の南側の広大な土地です。
奈良県は、ホテル不足解消の為にこの土地にホテル建設を計画したが景観を壊すと大反対が起こり立ち消えになりました。
天理教校奈良研修寮の広大な敷地は、余りにも一等地すぎて結局は手が付けられない塩漬け不動産の評価がついたのです。
隣の直属天御津分教会の広大な敷地も同様です。
景観保持の名目で奈良県に安く買いたたかれて売却するのが関の山でしょう。
どなたかが投稿していました。
「有り余る金を持て余し、土地でも買っておこうか」程度で買い集めた土地です。
天理教本部は、理想も経営戦力も持たない単なるおバカな不動産王です。
本部員達や教会長たちに天理教本部を維持するための多額の純利益をあげる事業経営ができるとは到底思えません。
天理教校学園高等学校 2018年度 募集要項(抜粋)
【募集人員】
普通科 第1学年210名(男女)(内、奈良県内中学校出身者の募集人員は、102名を上限とする)
【出願資格】
次のいずれかに該当し、最上級教会長が保証する本教よふぼくの子女。
※出願時に両親いずれかがよふぼくであること
(1)平成30年3月、国内の中学校を卒業見込みの者。
(2)天理教海外部長の推薦する帰国子女及び海外からの留学生。
【出願手続】
・出願は、志願者または最上級教会からとします。
・郵送で出願する場合は、本校所定の封筒(簡易書留)を使用し、出願期間内必着のこと。
・志願者は、次の諸書類を提出してください。
【試験科目】
(1)学力検査 国語、理科、数学、英語、社会の5科目
(2)実技検査 おてふり(すわりづとめ・よろづよ八首)
(3)面接試問 志願者本人のみ。
※出願資格(2)に該当する者は、天理教海外部担当者の同席とします。
【入学手続】
合格者は、以下の手順で入学手続きをしてください。
平成30年3月22日(木)までに入学金50,000円を本校所定の用紙によって納入。(当日消印有効)
※備考 一旦納入された入学金は理由の如何を問わず返金しません。
【通学及び宿舎】
(1)全員学寮に入寮するものとし、自宅からの通学は認めません。
(2)学寮費
入寮費 10,000円(入寮時)、寮費 110,000円(年額/11回分納)、食費 220,000円(年額/11回分納)
※寮費、食費については、物価の値上がりに応じて増額する場合があります。
【諸経費】
入学金 50,000円 一括納入
授業料 年額 300,000円 10回分納 ※入学時及び入学後、定められた方法にて納入
維持費 年額 30,000円 10回分納
校友会費 年額 10,000円 10回分納
育友会費 年額 5,000円 10回分納
課外活動維持費 10,000円 入学時のみ一括納入
※授業料については、入学後「高等学校就学支援金」を申請することにより、所定の金額が減額されます。
※その他、教科書(約7,500円)、男子制服(32,750円)・女子制服(32,080円)、体操服・体育館シューズ(15,680円)、通学用カバン(3,500円)、ハッピ(2,200円)等の購入費用として約65,000円が必要です。
『天理教校学園高等学校の第1回入学式において、中山善司現真柱様は次のように述べられています。
「この学校は、天理教校の名を冠しているのであります。そういうところから私の望むらくは、同じ信条教育を基盤にしているとはいっても、そこはその教校の名の如く、その教育も教校らしく徹底したものがあってもらいたいと思っているのであります。…これは何も、勉強をしなくてもいいとか、そういうことではないのであります。私たちの場合は、教祖の教えを将来広く伝えていくのだ、どんな中でもこの道を通り抜くという信念の上にあっての勉学でありますから、信念を培うということを第一にしてほしいということなのであります」。』
なんか、、、ありきたりですね。。。。
>本部の賽銭箱の下に「座敷乞食と盗人」が待っていたなんて・・・<
私は、「どうせそんなことだろう」と思っていました。予想が的中したようですが、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、情けなくてコメントのしようもありません。
>彼らは何代にも渡って信者の金で飯を食って来た人達です。
事業経営を行う程の知恵も能力も経験も文化もありません。
事業経営で黒字になる事は夢のまた夢です。<
その通りだと思います。事業経営など「ど素人」のできることではありません。教団はたちまち自滅し、「崩壊」することは目に見えています。「百害あって一利なし」の組織など「崩壊」してしまったほうが「世のため 人のため」になると思いますが・・・・。
天理教業界人とナマポの共通点ーーーどちらも他者のお金で暮らしているにもかかわらず、自分の目の前にあるお金は他人が苦労して稼いだお金であるという認識を持たない。
海軍士官の家で育った人の回想録を読んだことがありますが、その家のお母さんは子供たちに「うちのお父さんの仕事は世間で働いてお金儲けをする仕事ではありません。よその家のお父さんが毎日働いて稼いだお金を税金としてお国におさめて、そこから給料をいただくのです。つまり給料はよその家のお父さんが苦労して稼いだお金ですから絶対に無駄遣いをしてはいけません。贅沢なんかもってのほか!」と言い聞かせていたそう。
>>崩壊 2018年5月15日 5:24 PM
>>「百害あって一利なし」の組織など「崩壊」してしまったほうが「世のため 人のため」になると思いますが
おっしゃる通りです
社会学さんの以前の記事 10年で50億円減 の記事 最高域だった百年祭前後これは教団の力でなく高度経済成長と団塊の世代が現役だった時代の話 もともと教団は努力など何もしてなかった。 そもそも努力より部下に無理をさせるだけさせた結果百年祭以降現象の一途を辿っていると言える。 銀行強盗など教会長の犯罪なとが天理教離れを一気に加速させたともいえる。
今に始まったことではないですし遅かれ早かれ崩壊する。もう崩壊は始まっているここ最近目に見えるようになってきただけです。真柱体制が始まったという事は神の取次ぎ人本席を抹殺したから始まった。真柱体制とは名ばかりの中山血族体制なので中山家が追放されるかそのまま朽ちて息絶えるかだけでしょう。
「お尽くしは お繋ぎは ご恩法事は 金」と馬鹿丸出しの意見を言えてしまう中山家に未来は無いでしょう。皆さんあきれて心は離れる。これは中山血族外の本部員ですら心が離れている。血族ですら 中田善亮 はおろか 真柱 中山善司 氏に対しても離れて行っている。 上層部や中核の情報すら筒抜けになってきている。もう信用も信頼も尊敬も無くなった証拠でしょう。真柱体制から信仰はもう死んでいた。そこに皆さんが気がついただけでしょう。 「組織だけを運営して金だけ掠め取ってやれ!」その悪しき思いから始まった真柱体制の集大成が
「信仰は金」と言い放ってしまったのです。もう後には退けませんどこまで彼らが切り抜けられるか今後も楽しみです。
天理教の財政的変遷 -天理教本部に集まるお供え金は2013年は126億円だが、10年ごとに約50億円ずつ減少している-
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=600
>各地の大教会の所在地を確認してください。
駐車場経営も成り立たないような土田舎の教会が多数あります。
都内だと上野と新宿は駅から至近距離なので収益がとれるでしょうね。でも関西の方だとかなりの田舎にあると聞いていますので・・・
本部巡教員からのお供え、開けてびっくり!1000 円でした。普通の感覚では本部からなら最低でも3000円だと自分的には思っていました。本部からですよ?何回も1000円札をこすってみたけど1枚ポッキリでした。
こちらが出すお礼は指定どうりの1万円。あちこち回って1000円で1万円お持ち帰りです。結構なアルバイトですね。
私達は侮られています。だから各教会はお供えしてはダメなんです。本当にお供えをするのをやめましょう!お金で本部や、本部に近い周辺の人間を潤している限り、教団改革を遅らせているんです。
うちも1000円でした。人のよさそうな若い先生でした。
本部殉教の先生に「インターネットでいろいろ書かれて大変ですね!」といったところ「悪口ばかり」と返されました。
私どもが、自分の信者の祭典日に立場的にお礼をもらうのが心苦しいのですが(ほんとは断りたいが)彼らにはその感覚は麻痺しているのだと思います。平日は本部勤務をして土日に3年間で300件、年間100件をノルマとして課せられているそうです、若い者は僻地で年寄は都会と振り分けがあるそうです。一通り、こちらの近況を聞いて最後は因縁の話でまとめるといった内容でした。教会の元一日、教会の初代の因縁を悟り信仰に励んでくださいといった結論でした。まあマニュアル道理かなと思いました。
教祖100年祭までは、何日間もお祭りやってたんですよね?
110年祭以降、1日だけで済ませてしまうのは真柱や本部員が毎日かぐらづとめするのがめんどくさくなっちゃったからですか?人が集まらなくなっちゃったからですか?
組織はなくとも信仰できる! 様
>教会の元一日、教会の初代の因縁を悟り信仰に励んでくださいといった結論でした。
>まあマニュアル道理かなと思いました。
教会だけではありません。教会上層部(?)は、信者一人ひとりに対しても「元一日」を強調します。曽祖父母は何が原因で入信したのか。いや、僧祖父母の名前さえ知らなかった(除籍謄本を取り寄せて初めて名前を知った)のに、入信の因縁など知るわけがないだろうに。
知りもしない昔のことを忘れるなと言われても、知らないものはしらない。そもそも、先祖代々の名前を知っている人なんて何人いるのか、ですね。
僧祖父母の両親名は除籍謄本に書かれていたが、それ以前の先祖の名前は、寺の過去帳が消失していてわからなかったのが現実です。
父母の父母は4人。その4人の父母は8人。8代先の先祖は256人いる。その人達の元一日なんて、いちいち知っているわけなどないだろうに。
まったく、〇〇の一つ覚えのように「元一日忘れるな」を繰り返すのも、洗脳戦術の一つなのだろうか。
「元一日を忘れるな」ではなく「今 生きている」 この本質を説くべきだ・・・
人間の本質とは何か・・・
人間は何をするべきなのか・・・
これらを説けない本部員達は やはり無能だ。
神に金を捧げても神は金を使わない
神に献饌しても神は食べない
神は人間に何も求めない
神の願いは「日々 真実に通ってくれよ」これだけだ
組織はなくとも信仰できる!
2018年5月16日 10:50 AM
>>本部殉教の先生に「インターネットでいろいろ書かれて大変ですね!」といったところ「悪口ばかり」と返されました。
1000円と10000円を交換するというつり銭詐欺みたいですね(笑)粗利益9000円 多額のお布施は見込めないと見て本部関係者総動員でつり銭詐欺(笑)インターネットは全て悪口(笑)その悪口と言ってるのは信者さんの本音なんですけどね?やはり「不足は言うな」とパワハラ モラハラ体質はなんの改善もされず。つり銭詐欺に明け暮れる大先生方(笑)流石お尽くしは金教団 中山血教団
悪口と言うなら、その拝金主義教理を治してから発言した方がよろしいですね。だから世間から相手されない。
悪口どころか社会学さんに書いてある通りに本部はじめ教団全体がなっていますよね?まるで予言のように
私の周りの教会長も「中山を崇拝してるふりは簡単だからね。でも誰も現体制をよく思ってないし 減らせる所から(金)減らしてる」と口揃えてます。大教会どころか上級も金金うるさくなりもう末だと やはり ご恩法事はカネ と教理改ざんしたのが皆に決意させたようです。善亮さんはじめ教団の上層部には健常者の成人男性として必要な知能が達してないのでは?」と疑わざる負えない状態ですよね。
一箇所9000円で年間100教会、90万円の上がり。自己負担たったの1000円で3食の食事付き、ホテル付き、交通費付き。最後は支部で打ち上げだとか。彼らの出費の原資は、我々のお供えである。我々にしてみたら何と理不尽であり、彼らにしてみたら、なんと美味しいバイトか。
修理巡教との事だが、粗利益を稼ぎながらお気楽に全国に出張する本部員を通じて、むしろ我々末端が苦言を呈する事で「本部の修理」に尽力している様なおかしな錯覚を覚えた。
本部からの巡教の件について・・・
>教会の元一日、教会の初代の因縁を悟り信仰に励んでくださいといった結論でした。
>まあマニュアル道理かなと思いました。
これって結局は恩着せ・・・
お供え献金を続けさせるための根拠を植え付けに来ていると・・・
一体何があったのか?元をたどれと・・・
すると、ほらあっただろう・・助けてもらった元一日があるでしょう・・と
それがあったおかげで今のあなたがあるんですよ!と
まあ、実際そういったことがあったかもしれないし、全く否定することもないかもしれませんが、いつまでその恩を着せ続けたら気が済むんだろうか
>ご恩報じの意識を高めよう!=金を出せ・・・
結局そこに帰結してしまう。
恩を着せ、感じ恩返しし続けろ!と
逆に言うと恩を感じ、恩返し(お供え献金)する人が激減していて財政が逼迫している証明。
そしてこのクソみたいなやり方が破綻していることも事実・・・
そこに、この世を、この世界を、この社会を良くしていこうとかそんな考え思考思想など微塵も無いような気がする。(一応うたってはいるが宗教法人の体裁だけは取り繕っておかないとまずいのでね・・・)
ただただ宗教法人天理教、天理本部(実体は搾取団体)が平々凡々と安泰でいられたらそれで良いと・・本当に座敷乞食とはよく言ったもんです。
目(眼)とは外側に向いてついているものです。がしかし、天理教団に限っては目は内向きで眼球がひっくり返ってるんじゃなかろうか? と思わせられるほどの内向ぶりです。
全てが破綻しているように感じられますが・・・
掲げた崇高な理想が荒唐無稽化し無駄に空回り破綻。
組織、特に上層部中枢部が腐敗汚職。
人民の生活自体が立ち行かなくなって破綻した共産社会主義とあまりに酷似していて笑うに笑えない。
組織内で粛清がよくあるところも似ています・・・
だいたいまともな方が粛清されるという・・・汗
結局人のすることはお愚か!だということ・・・
そうして権力は必ず腐敗する・・と
それがわかっているので大統領制などは任期が定められているわけで・・・
これらは人間の失敗から学んだ知恵じゃないでしょうか・・・
「我らは神なり!」とでも思っているのかな?
長文しっつれいしやした・・・
人を動かすには何らかの動機付け、英語でいうところのモチベーションが必要になってきます。
ましてや、お金を出させる!となると強力なモチベーションが必要になってきます。
今現在多くの信徒信者が大なり小なり教団の欺瞞にうすうすながらでも気付き始めているのは確かでしょう。
なので当然の事ながら活動は停滞し教団の大好きなお金も集まらなくなっています。
で、本部員さんとやらが、「これではいかん!」と、いちいち廻って元一日などと言って再動機付けをしているのではないでしょうか?
そもそも、もう本部にはなんの徳も霊性もないでしょうし感じられませんが・・・
先の投稿にあったように、まだ末端の方が本部員さんに現実の厳しさや社会の大変さなどを教えて差し上げなければならないくらいでしょう。
お礼をもらうのはこちら側ではないでしょうか?
逆転してるように思われます・・・
だいたいネット上の投稿が教団の悪口云々だと言っている時点で終わってますしね・・・そこから学ぼう改善しようとする姿勢は皆無で・・・
悪口でも何でもなく、それを悪口と捉えている時点で救いようの無い、絶望しかない人達で団体だと自己証明していると言う・・・
一体何がしたいんだろう?
自分達自身もわからなくなっているんじゃ?
どちらにしても迷惑被るのは末端の教会信者信徒ですけどね・・・
自浄作用の無い組織は将来的に破綻する。
これは仕方ない。
教理と組織を混同させて、複雑に煩雑に乱雑にした結果が今の「姿」
もう立ち止まれない。振り返りはしても、過去の事。
反省はカタチだけ。
頭を下げて舌を出す。
こりゃあかん
日本航空に勤務していた人が破たんする数年前から「もうだめだよ日航は・・・」と、あざけるような表情でよくつぶやいていたのを思い出しました。
天理教の現状は日本航空の末期とそっくりです。自浄作用もなく、この状況をやばいとわかっていても改善しようアクトを起こす人材もいないのですから。
【見るも因縁、聞くも因縁、世話取りするはなおのこと】 と天理教の教祖 おやさま は言ってましたよね?ネットに書き込んでる熱心な信仰者に向かって「悪口」とツバしかはけない馬鹿しかいないのか(笑)教団上層部は理どころか因縁も理解できてないな(笑)だからか!「神の取次ぎ人 を抹殺して真柱と言う 中山家の強欲の柱を建ててしまったわけだ。」この意味が本当に愚か過ぎて理解できなかったんですがやっと理解ができた。
中山家とその周辺の本当の愚かさは、【因縁】を未だに理解できてないから異端教理をはき続けている。そもそも元来いたんだったとも言えるし 神 教祖(おや)のいう事を聞けないから今の歪な教団が誕生した。
見るも聞くもで検索すると 末端の信者さんのブログ が出てくるし天理大学の論文も出てくる。それも私は因縁と理解します。つまりネットの悪口だろうが論文だろうがそれも因縁だという事を理解できてない偽善者集団だということです。
http://fukyoushi.blogspot.jp/2016/11/blog-post_24.html
>修理巡教との事だが、粗利益を稼ぎながらお気楽に全国に出張する本部員を通じて、むしろ我々末端が苦言を呈する事で「本部の修理」に尽力している様なおかしな錯覚を覚えた。<
「錯覚」ではなくて、「現実」ですね。「本部の修理」など、もはや遅きに失したと思います。天理教は崩壊に向かってまっしぐらの道をたどっています。いや、すでに崩壊しつくして残骸や瓦礫だけがくすぶっているにすぎない状態かもしれませんね。「くすぶっているだけの残骸・瓦礫」に近づいて「大火傷」や「大怪我」をしたら馬鹿を見るだけです。天理教が自らの原因で全焼・全壊する様子を冷静に見届けたほうが、大変残念ですが賢明かもしれません。全焼・全壊しつくしたものは、「本来のもの」に新築しなければ「再生不能」です。
日大アメフト違反行為問題で加害者大学 日大・内田監督 が雲隠れしてますね。 レスリング パワハラ問題と同じ流れでしょうか 結局この教団本部も 相撲 レスリング 柔道 そして今回の日大アメフト の様に ただの旧態依然 時代錯誤の悪しき隠蔽体質 なだけですね。宗教と呼ぶには程遠いです。
関学大が会見、日大に遺憾の意「選手へ直接の謝罪ない」
https://www.asahi.com/articles/ASL5K3PH0L5KUTQP00P.html
青学大・原監督
https://www.youtube.com/watch?v=Q1bh0TVaAkQ
奈良県・薬師寺の住職が女性と不適切な関係があったとして、14日付で辞任したことがわかりました。
辞任したのは、法相宗大本山薬師寺の最高責任者・村上太胤管主(71)です。薬師寺によりますと、14日、村上管主が、近く週刊誌に自身の女性問題に関する記事が掲載されると話し、辞任を申し出たということです。当面の間、管主は加藤朝胤執事長(68)が代行するということです。
「宗教者として、本来であれば、責任を持って指導する立場の者が、こういったことでは申し訳ないとおっしゃっていました」(薬師寺 加藤朝胤執事長)
村上管主は薬師寺での活動ができなくなる退山の届けも提出し受理されたということで、「私の不徳の致すところで、多くの方々の信頼を裏切り、皆様にご迷惑をおかけ致しましたことを深くお詫び申し上げます」とコメントしています。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3370404.html
奈良県の天理教でも不適切な関係ありまましたよね?先々代でもありましたよね?
通常聖職者はこのように処罰 退陣に追い込まれるわけです。徹底的に追及したほうが良いです。
>通常聖職者はこのように処罰 退陣に追い込まれるわけです。徹底的に追及したほうが良いです。
聖職者、聖職者と言っても、例の教団は性職者ですけど・・・何か?
>辞任したのは、法相宗大本山薬師寺の最高責任者・村上太胤管主(71)です。薬師寺によりますと、14日、村上管主が、近く週刊誌に自身の女性問題に関する記事が掲載されると話し、辞任を申し出たということです。当面の間、管主は加藤朝胤執事長(68)が代行するということです。<
天理教に限らず、世界的にも有名な古刹でもこうした事象が発生します。仏教に限らず、キリスト教やイスラム教でも同様です。人間とは所詮「ほこりまみれ」の存在にすぎません。仏典や経典を深く勉強し、自らを厳しく律し、他の人々に「人間のあるべき姿」を説く立場の人でさえ、こうした過ちを犯します。週刊誌やその他マスコミが騒がなかったら、法相宗大本山薬師寺の最高責任者として居座り続けたのでしょうか? 私は宗教とは人間にとって本当に必要なものなのか考えずにはおれません。宗教者以外でも、豊富な人生経験を持ち、人間としての常識や良識を兼ね備え、立派に生きておられる方々は大勢おられます。そうした人達の生き方こそ人生の手本となり、参考となります。
どうしても人というものは楽をしたい。
そうして『胡坐(あぐら)をかく』ようになってしまう・・・
『胡坐をかく』類語で調べていると・・・
自分を過大評価すること 増長する ・ 付け上がる ・ 思い上がる ・ いい気になる ・ 図に乗る ・ 調子に乗る ・ 調子づく ・ 調子をこく ・ 驕る ・ 驕り高ぶる ・ 慢心する ・ 自惚れる ・ 高ぶる ・ 偉ぶる ・ 憚る ・ 世にはばかる ・ 分をわきまえない ・ つけ上がる ・ 胡坐をかく ・ テングになる ・ 傲慢になる ・ 思いあがる ・ 先輩風を吹かせる ・ ふんぞり返る ・ 自分を過信する ・ 自信過剰になる ・ 自己過信する ・ うぬぼれる ・ 畏れを知らない ・ 神をも畏れぬ ・ うぬぼれが強い ・ 大物ぶる ・ 大きな顔をする etc
当てはまりすぎ・・・
教会本部の黒門は、現在、解体されていますが、数年後、また、新築するということです。本当に普請の好きなカルトですね。信者の「お供え」をいくら無駄遣いすれば気がすむのでしょう? 数年後ということなので、当面の手持ちの資金(=お供え)が不足しているのだと思いますが、『胡坐をかき』、虚勢を張るのもいい加減に止めるべきだと思います。黒門を新築する前に、カルトとなりはてた「天理教の新築」こそ喫緊の課題だと思いますが、聞く耳を持たない「お偉い様」方にいくら訴えたところで無駄なことですね。無駄なことに使われる「無駄なお供え」はしないことです。
きりなし普請=きりなし献金ですものね。いいかげんにしてほしいですよ。本部と地場リーヒルズの人間たちは信者の献金に頼らずに、都内のビルの収益等で十分に賄っていけます。黒門だって収益でまかなえるわけですから、信者は一円も出す必要がありません。
崩壊様
>当面の手持ちの資金(=お供え)が不足しているのだと思いますが、
ありえないです。
100年祭当時のように腐るほど、有り余っていることはないでしょうが、本部の経済は豊かです。
昔ほど、お供えが集まらないだけで、十分集まっています。
これを本部が「有難い。」と思うか、「まだ足りない。」と思うかは本部次第です。
本部は不足を思わず、部内信者の為に喜び心も、物も財産も散財して皆が満足することだけを考え続けられるならば、この危機を乗り越える事が出来るでしょう。
>本部は不足を思わず、部内信者の為に喜び心も、物も財産も散財して皆が満足することだけを考え続けられるならば、この危機を乗り越える事が出来るでしょう。
古い教会長様
上記について・・・
腐敗と堕落に満ちた上中枢部にまだ望みをお持ちのようですね・・・
危機と申しましても苦しんでいる末端からすればチャンスです。
危機は腐った奴らにとっての危機なだけです。
よって乗り越えなくても良いです。
乗り越えられるならもうとっくに改革改善され乗り越えているはずです。
そもそも不足に思わず・・・とかそんな次元にはもう無いでしょう。
それは真っ当な運営をしているのが前提の話です。
腐りきった運営陣には付ける薬もありません。
自浄作用も無く改善する気も無い輩達は早々に退場、掃除されることを望みます。
下手に教団側にとっての危機を乗り越えたとしても腐っている以上また今までの繰り返しを続けるだけです。
学習すると言うことを知らない運営陣ですからね。
我らは神の使い!・・ぐらいの高慢な輩なので何も学ぼうとしませんから。
悪事を繰り返すだけの能無しですよ。
天理教は、一見すると優しさにあふれているように見えるが、実態は微塵の欠片もない。
上級さん、上級さん、御本部さんと封建体制そのままの集団に優しさなどあろうはずがない。月次祭に遅れてきた部内教会長を怒鳴り散らしていた教会長。100㎞近く離れたところから参拝に見えたのだから、途中で何かあったのかと尋ねもせずにいきなり、もっと早く来いなんて言えた間か。毎月毎月遅れずに参拝しているのだから遅れた時くらい、何か事情があったのかと尋ねる方が先だろうに。ましてや、70歳を超えられた老教会長さんなのだから猶更だろうに、優しさの欠片もない投げ言葉だと感じてしまう。
この集団に入ってみれば大切なものが掛けている事実を悟るのみです。
本部のアホな連中に、部下教団内でこのような理不尽なことが起こっている事実を信者たちがどのような目で見ているのか分かっているのか。本当にとんでもない集団を作ってしまったものだ。
だから、部内の部内の末端教会の後継者と呼ばれる若い人が、このような現実を見知って何も言わずに教会を捨てていくのだ。
本当に、バカにつける薬は無いとはこのことではないのか。
欲にキリない泥水や・・・心澄み切れ極楽や・・・
欲から離れることによって救われる・・・と
そこに輪をかけて教祖の極貧生活を説き示しお金を出させることに成功大成功した。
ところがその欲から離れることを促し説いて聞かす側(人間)が欲の塊である金を取り込み(社会に役立てるなどの有効利用することもなく)欲の権化となってしまったという・・・
外に向けて説いていることと自らの行動が真逆でまるで手本になっていない
お前らは出せ!俺たちは貰う!と・・・
まるで王制時代の王と奴隷の関係のようで・・・
これを何と表現すれば良いのか?
これぞ倒錯。倒錯とはこのこと。大倒錯。
そうして散々搾り取り疲弊させ生活苦になっている末端の実状を顧みることなく献金額が減少し財政が苦しくなりそこで放った言葉が『命が惜しけりゃ金を出せ!』でまだ金を出させようとしていると言う・・・
その言葉を放ってからも組織のトップに居続けているというこの狂いっぷり
これが政治家だとしたら更迭を超えて議員辞職、追放ものだと思われるが、さすが腐敗堕落教団だけ有ってなかなかの人事をしている模様で・・・
共産主義末期のチェコスロバキアではトップが銃殺されていたが匹敵する愚行と言わざるを得ない。
匿名 2018年5月19日 10:53 AM様
>古い教会長様
上記について・・・
腐敗と堕落に満ちた上中枢部にまだ望みをお持ちのようですね・・・
これは、最大限の嫌味です。悪しからず。
お供えは個人の固い決意でやめることが可能。
周囲に迷惑もかからない。(教会は困るだろうが。)
では、「ひのきしん」はどうか。
断ればしわ寄せが他の方にいく。その方に申し訳ないからと無理をしてしまう。
ひのきしんは辛い。
困ったことに天理教の年寄りは案外と健康な方が多いから、自分が動けるだけに、
他人も同じように動くことができると思っている様だ。
ひのきしんが辛い。
断れば怠けていると思われる。
思われても構わないが、断りを受け入れてもらうにはクドクド説明しなくてはならない。
だから教会へ参拝しなくなる。
だいたい、陽気誌をはじめとして機関紙に掲載される体験談では、体に不具合があろうが
それを乗り越えて「ひのきしん」「においがけ」「おつとめ」で「助けて頂いた!」となるから
天理教では体が辛いから動かないという理由は成り立たないのだ。
「ひのきしんで徳積み」なんていうのもある。
残り少ない人生だから、徳はいらないと言うと、子供や孫のためと言われる。
もう、欲も徳も望まないから「ひのきしん」を信者にお願いするのはやめてほしい。
そんなことでは人手不足で教団が回らないだろう?
確かに教祖様も、この屋敷にはいくらでも用があると言われたそうだ。
昔は読み流していたこの言葉、体が衰えた今になって見ると、教祖様はなかなかの
組織維持の「やり手」だったと思えてしまう。
宗教組織では無償の働き手によって維持されるのは当然なのかもしれない。
「ひのきしん」は喜びだと感じる人にお任せしたい。
大げさな表現ではなく、お地場帰りの往復のマイクロバスと自宅までの電車乗り継ぎ、
これも体力勝負だ。3月に帰宅した際には本当にベッドに倒れこんだまま動けなかった。
着替えなどを詰め込んだバックも重く、天理教の信仰は辛いことばかりだ。
自家用車で往復なさる各教会長夫妻はこの辛さを知らないだろうね。
生きているだけで、息をしているだけで「ありがたい」と感じています。
でも疲れることは事実。
疲れ知らずの、痛み知らずの体がほしい。
毛沢東語録を掲げた文化大革命ではないが、本部や上級と戦うにはやはり「おふでさき」を掲げなければ
いけない。
我々信者には、「おふでさき」という強い味方がある。
天啓者がいない今の我々信者に親神が残してくれた「おふでさき」を掲げて本部や上級に対抗すべきだ。
お筆先に「金」も「ふせこみ」も「徳積み」も「ひのきしん」も「鎮まる」も「献饌」も・・・無い
「きりなしふしん」も「元一日」も「教会」も「においがけ」も「神名流し」も無い・・・
「感謝」も「慎み」も無い・・・
「五季納」も「喜納袋」も無い・・・
本部の言う事 やる事の殆どが「おふでさき」には何処にも書かれていない。
私は会長に信者が激減したのは、「金・金・金」と本部が叫ぶからみんな逃げたんだと言った。
「おふでさき」に金出せなんて書かれてない。
だから、もう今日からは一円だって理立てしないと他の信者さんのいる前で叫んだ。
会長は、黙って下向いたままだった。
母親は布教所を開設していた。
百年祭に向って「白紙に戻って一から始める」のスローガンの下 熱心に教会に足を運んでいた。
百年祭が終わってしばらくしたら、「白紙に戻って一から始める」と言っていたのにちっとも変わらんと愚痴をこぼすようになった。
母親が亡くなったから布教所は止めた。
看板は壊して燃やした。
「おふでさき」に載っていない事は止めるべきだ。
本部の言う事やる事は、全てが嘘で固められたご都合主義だ。
私は、もう騙されない。
「教会」いかない・・・「おそなえ」出さない・・・「ひのきしん」いかない・・・
>ありえないです。
100年祭当時のように腐るほど、有り余っていることはないでしょうが、本部の経済は豊かです。
昔ほど、お供えが集まらないだけで、十分集まっています。<
見た目では単純構造の黒門の新築も、南海トラフの巨大地震にも耐えうるように、きっと一流の建築士が構造計算し、設計するのでしょう。デザインも一流のデザイナーがデザインした斬新な黒門になるのでしょう。きっと構造計算や設計、デザインの考案等に時間を要するのでしょうね。潤沢な本部経済をもってすれば、黒門の新築などコスト的にはたやすいのかもしれませんが、その本部経済の原資は信者から搾取した「お供え」であることに違いはありません。一体、あの「黒門」とは宗教的にどのような意味合いがある構造物なのでしょう? 黒門に限らず「おやさとやかた構想」で巨額の「お供え」を投じて、これまで造られてきた、建築物や構造物は宗教的側面、社会的側面、文化芸術的側面から見て、一体、どのような意味があるのでしょう?また、施工は天理教教会本部御用達の某工務店やその下請け業者が随意契約で請け負うのでしょうね??(詳細は存じませんが・・・・)
退職信者さんの投稿で布教所の看板について言及がありました。
私の実家は末端教会で立派な事情教会です。
小さな看板も掛かっていますが無垢のヒノキかなんかで墨筆の看板です。
今まで何度となく墨が消え失せてきて当時現教団に疑いも何も持ってない頃だったので墨が消えても大丈夫なように一生懸命彫刻刀で彫りこみ綺麗にしたものです。
親の道を通る姿を見て応援する気持ちで彫っていました。
時は流れ今また看板は薄汚れてきています。
しかし、もう全く何もする気もありません。
彫刻刀で彫った後は残っていますが薄汚れたままです。
これで良いと思います。
教会も消えていけば良いと思います。
それが腐った宗教団体の息の根を止めることになるでしょう。
「命のつなぎはお金」の表統領が出した改ざん教理は、教会長を対象にしたのに、全体に広まってしまったとおかしな弁解をしている本部の人間がいるらしい。
教会長だろうが、一般信者だろうが、教理は普遍的な物である。相手を見て教理が変わるはずがない。
お金を全面に出して不信感と共に信者離れが進み、本部の評判が地に堕ちて慌てているのかも知れないが、おかしな言い訳をすればするほど、浅はかさが浮き彫りになる。
あれは本部トップの本音である。一度口に出してしまった「本音」は、幾ら言い訳してももう消えない。
綸言汗のごとし。
上にたつものとして致命的でしたね表さん。
もうあなたはおしまいです。
天理教は無能な王家と天理貴族とともに滅びてゆくのです・・・
匿名
2018年5月19日 10:32 PM
>「命のつなぎはお金」の表統領が出した改ざん教理は、教会長を対象にしたのに、全体に広まってしまったとおかしな弁解をしている本部の人間がいるらしい。
教会長だろうが、一般信者だろうが、教理は普遍的な物である。相手を見て教理が変わるはずがない。
>>>
その通りです。教理教義は普遍です。 中山家とその血族の統率は勿論普遍ではございません。普遍でないものに合わせ教理を改ざんしたのでその教理も落ちたもの教理が落ちれば人も落ち人も落ちれば教団も落ちる。真柱も落ちましたよね。神は見てるし見抜き見通し それを理解できぬ愚者の偽善者ばかり鬼畜としか言いようが無い。不特定多数の熱心な信仰者の意見を「悪口」と言い切れるのも頭の悪さからなのでしょう。流石徳の高い人たちらですね。特と言えど【悪徳がお高い】だけですがね。鍍金は剥がれ 牛馬 の 馬脚を現す 悪徳の顔は牛なのか?これは西洋の悪魔の化身です。
2018年5月3日
匿名さま
≫天理教内で、表統領のハニトラ(ハニートラップ/美人局?)の問題、中根大教会の乗っ取り…なぜもっと議論されないのか?
≫天理教教規規定があるとしても法的拘束力はないし、表統領のハニトラが本当であれば社会的にみて犯罪でしょ。トキオの山口達也より、もっと謝罪しなきゃならないと思います。
≫それに、そのお金がこのサイトにあるように、神奈川教区から出たのであれば、どの口が「お尽くしは命のつなぎ」と言えるのでしょうか?
≫お尽くしで繋がったのは、自分の首の皮でしょ。
教会本部は中山真柱家を頂点・中心に真柱家に親等(しんとう)が近い順や家柄で権力の序列が暗黙の了解で決まっていて、また、みき教祖の中山家入嫁以前より、いまだに狭い社会内で近親交配を繰り返す血族ですから周囲は親戚だらけ、必ずと言っていい程どこかで繋がっているので間違っても下手な事は言えないそうです。もし批判などをすれば「出る杭は打たれる」らしいのです。本部や直属教会の人間が表立ってハニトラ事件や中根事件、その他ネット記事(特に社会学さま)の話題など出したら「正論を主張しても、それが本部に不都合な場合は排除されかねない。それこそ生活できひんくなってしまう雁字搦めの恐怖支配的社会やで」と知人から伺いました。
大教会も当然、本部には言えないし逆らえもしないでしょう。分教会も然り。信者も、会長さんや奥さんに込み入った話はなかなか…といった組織構造のようですね。
その点インターネットは公平で良いですね。そうした人間関係や組織のしがらみなど軽く飛び越えて世界中、情報伝達や収集が一瞬で出来るのですから。
不良用木さまがお調べ下さった宗教religionの語源、
≫『英語の語源はラテン語やギリシャ語をもとにした言葉が多い。
≫religionの語源はラテン語のreligioであるが「縛る」という意味である』。
雁字搦めとreligioでファシズム(結束主義)という言葉が脳裏に浮かびました。イタリア語のfàscio/縛る・結束するを語源とするムッソリーニが率いたファシスト党の思想・運動・体制の総称です。
天理教も中山血族、本部在籍者らを「結束」させ、教会や信者らを強制力(結果パワハラも多々)と改竄教理、強権的な天理教教規で「拘束・束縛」して献金することが当たり前かのように欺罔、洗脳し強要しているのです。
然るに組織天理教はファシズムやヒトラーのナチス・ドイツなどと質的には何ら変わりはないのだということに気づかされました。
中田善亮表統領夫人の実家は神奈川だそうです。また仲野芳行表統領室長は神奈川台分教会ですから、実兄善司真柱に内緒でご親戚らにお金の工面を要請したというハニトラゆすられ事件の最初のお金が神奈川教区から出たのは確実な話でしょうね。各数字からも資金力は全教区中でも屈指でしょうし。
不貞行為も問題ですが(表統領、薬師寺の村上太胤管主は辞任されましたよ!)、この事件の核心は最初に支払ったとされる大金以降も巨額をゆすられ続けているのではないのか?ということです。それで表統領は「お尽くしは命の繋ぎ」言い換えれば「命が欲しければ本部に献金しろ」等と中山みき教祖の教えに無い教理をでっち上げて機関紙で公布、中根事件を皮切りに過去の大教会などの乗っ取り行為の数々も遂にバれ、あげく自身の言動を週刊誌に叩かれても講演などで信者らに更なる献金を募り続けるという超絶な教理異端ぶり、メンヘラぶりを披露され続けておられます。裏返せば本部は、それ程迄に資金的に切羽詰まった状況に陥っているという証明でもありましょう。
本部は土地買収が難航したり、本部構成員の犯罪行為が発覚すると直ぐに示談金や慰謝料の支払いを提示するそうですが、まさか取引先や被害者らが一万、二万で承諾する筈はありませんから…個人的には、まだ間に合うのであれば真柱と両統領がしっかり釈明と謝罪をし、天理教全体の結束を固めた方が損失は減少するのでは?と思うのですが…教会本部のあなた方が湯水のように使うそのお金は我ら信者の真心のお供え(献金)ですよ!お忘れなく。
常軌を逸したメンヘラちゃま方には社会的常識の理解など不能なのでしょうね、残念。
2018年4月3日
退職信者さま
≫真柱室長に就いた「中山治信(はるのぶ)氏」は、中根大教会乗っ取り騒ぎに出て来た方ですか?
≫もしかしたら事が成就した論功行賞としての真柱室長・・・?
2018年4月30日
退職信者さま
≫高井久太郎(ひさたろう)さん、本部員だって?
≫この人、確か中根大教会乗っ取り事件の首謀者の一員としてネットに上がっていましたよね。
≫中山治信さんの真柱室長、高井久太郎さんの本部員、やはり論功行賞ですね。
≫…やはり、中根大教会乗っ取り完成の論功行賞だと私は勝手に思っています。
≫本部員登用は、乗っ取りの真相の口外を押さえるエサでしょう。・・・?「地獄に落ちろ!」て感じです。
記事によれば中山治信本部員は、山澤廣昭前内統領、中田善亮表統領らの指示のもと、中根において島村廣義本部員、高井久太郎本部員、羽成守弁護士らと共謀して法人金庫を強奪し、法人会計業務も茶番の会議で騙し取り、日高彰大教会役員に譲渡するという宗教法人法違反やその他の刑罰法令抵触行為、また会議その他で侮蔑(ぶべつ)、誹謗中傷を繰り返す人権蹂躙(じゅうりん)事件を起こし、あげく刑事告訴される寸前のところを中田表統領らが支払ったという巨額の慰謝料のおかげで現状お咎めが無いだけの、れっきとした犯罪者たちではないのですか?その方々を真柱室の長や本部員に登用するという「私たちは何も悪いことはしていませんアピール」のつもりなのでしょうが犯罪者に何ら変わりはありません。
中根事件は実行犯らが月次祭当朝に通報されて車両で逃走した程の犯行失敗により真柱以下本部全体が窮地に立たされたので、表統領が一方的な慰謝料の支払いで収めたというのが真相のようだと伺いました。このお金は当然、信者からのお供えですよね?こんな使われ方をされて皆さんどう思われますか?
表統領の再任、前内統領と島村本部員(山澤廣昭、島村廣義は永尾家出の実兄弟)の本部員留任、中山本部員の真柱室長登用、高井準員の本部員登用など、法令違反を犯した犯罪者らを重用した人事こそ、天理教本部は狂気に満ちた伏魔殿という何よりの証明ではありませんか?世も末、拝金主義的犯罪カルト団体の末期的人事、愚の骨頂としか言いようがありません。
おつとめや祭典での回廊移動の際の真柱以下の大名行列で、我々信者一同に人員チェックされ、うしろ指をさされ、せせら笑われていることに気づいて、一刻も早く改革を断行していただきたいものです。
天理教組織が引き起こす数々の事件をこうしてネットにアップすれば、警視庁サイバー犯罪対策課の監視の目に止まるそうなので(とっくにマークされているでしょうが…)、皆さん挙って悪態の事実を書き連ねましょう。すれば、かつて殺人をはじめとする数々の凶悪事件を引き起こした集団や、宗教の名を騙った巨額詐欺団体の如く、悪の枢軸の本部員や加担する大教会長、弁護士らの一斉検挙もそう遠くない未来に起こり得ることでしょう。
かつて中山正信「御分家」が八島秀雄氏に言ったという「中庭での処刑」が、こうしたかたちで実現するのでしょうか?
この社会学さま内でも、いまだに中山善司真柱を擁護する声が多いですが天理教教規をみると「両統領を含む全ての本部役員の任命権、任命責任は真柱にある」との旨が明記されています。彼らを登用、任命する責任、彼らの役職上の言動の全ての責任も実は全て真柱にあるということなのです。両統領以下、本部の役員らの傍若無人ぶりを見ると、真柱が天理教全体どころか教会本部単体ですら統括できていない無能ぶりは明白です。天理教の最高責任者として、いち早く一連の事件について釈明なり謝罪をすべきではありませんか?
また個人的に気になる点ですが、同じく教規には「真柱は教義を裁定する」とあります。裁定とは「物事の善悪・可否・是非を考えて・判断して決めること」なのだそうですが、でもこれ、少し乱暴に解釈すると「真柱は、教祖の教えを勝手に改竄できる」と受け取れませんかしら?
残念なことに初代真柱から恒常的に教理の改竄が行われてきたようですね。主なものを並べますと、眞之亮初代は「みかぐらうた」の改竄。正善二代は「教典」と「教祖伝」を編纂したが不都合箇所は不掲載または改竄掲載。善衛三代は「逸話篇」を編纂、二代同様に不都合箇所は不掲載または改竄掲載をしているそうです。また、隠蔽する「おふでさき」や「おさしづ」なども数多あるそうですよ。宗教という名を冠した、とんでもない嘘つき拝金主義的詐取・詐欺団体に他なりません。
その真柱の養子となった、真柱実弟中田善亮表統領の長男大亮氏の言動も頓珍漢で実父譲りの無能ぶりを露呈、近親血族に多発する発達障害らしき思考や発言は流石の一言です。
中山みき教祖は「血筋をひくと言うが血筋ではなく、親の心の筋を子がひくのやで」と仰います。嗚呼ますます壊滅的ではありませんか…五代目はもうありませんね。
昨年の甘露台崩壊、今春の教祖殿大掃除中に中山善司真柱が中山みき教祖に突き落とされた事を思えば、まさに「神の立腹、今ぞあらわす」の前哨ではないかと思えてなりません。
まったく反省のない教会本部の輩(やから)たち。このままいけば遠からぬ将来、必ずや「中庭での処刑」が実行されることでしょう。
大教会で生まれ育った人間(大教会長の兄弟)でも人を平気で鼻で笑い、見下す人間もいます。
しかも、自分の兄弟に民⭕党に所属し、政治にたずさわっている兄弟がいるにもかかわらずですよ。人格がおかしすぎます。
ハニートラップという個人的なスケベ心で犯した過ちのしりぬぐいを信者の献金でという発想自体がおかしいわ。だいたいビルとか資産いっぱい持っているし、ポケットマネーもたんまりなんでしょ?
なら支払うべき金は自分のポケットマネーからすりゃいーじゃん。信者が肩代わりしてやる義理も義務もありませんけど?金持ちなんだから自分のしりぬぐいくらい自分でなさい!
≫2018年5月21日 匿名さま
≫ハニートラップという個人的なスケベ心で犯した過ちのしりぬぐいを信者の献金でという発想自体がおかしいわ。だいたいビルとか資産いっぱい持っているし、ポケットマネーもたんまりなんでしょ?
≫なら支払うべき金は自分のポケットマネーからすりゃいーじゃん。信者が肩代わりしてやる義理も義務もありませんけど?金持ちなんだから自分のしりぬぐいくらい自分でなさい!
真柱に内緒で工面してもらったんでしょ?
内統領と二人で真柱に内緒で勝手に甘露台の再建も決めちゃったり…それなりに持っているでしょうからね…
ワンパターンな行動で、事実と三千万円の信憑性が高まりましたね笑
黒門建築にお供え金要求してくるんじゃないでしょうね。
婚礼祝金を一律要求されたものとして、戦々恐々。
幣帛料を5倍に跳ね上げた豊田山舎に御主人を納骨した友人教会長は、「今後年間維持費などと要求してくるのは必死だよ。そうなったら返してもらう。天理教は堕ちたなあ」といって憤っています。
>2018年5月19日 匿名さま
>『表統領が出した改ざん教理は「教会長を対象にしたのに、全体に広まってしまった」と、おかしな弁解をしている本部の人間がいるらしい。
>教会長だろうが一般信者だろうが、教理は普遍的なものである。相手を見て、教理が変わる筈がない。
>お金(献金の強要)を全面に出して、不信感とともに信者離れが進み、本部の評判が地に堕ちて慌てているのかも知れないが、おかしな言い訳をすればするほど、浅はかさが浮き彫りになる。
>あれは「本部トップの本音」である。一度、口に出してしまった「本音」は、幾ら言い訳しても、もう消えない。』
改めて表統領の発言を見てみましょう。
① おつくし(=献金)についても、しっかり(信者らに)説かねばならない(直属教会長・教区長らに、献金について信者らに説けと教唆、強要しています)。
② おつくしが出来なくなると、たすかる道が途切れてしまうからである(「献金できなくなった者は、たすからなくなる」と言っています)。
③ お金のこと(=献金について)は言いにくいと避けていては、ようぼく(一定条件を満たした信者)は、おつくし(=献金)の意味がますます解らなくなる(改竄した嘘教理ですから解らなくてよいのです)。
④ おつくしは命の繋ぎであり、親神様にお受け取り頂く真実である(全くの嘘教理です。月日教祖は「命の繋ぎは心」であり「金銭の心は受け取らない」と仰います)。
⑤ おつくしについても、しっかり説かねばなりません。おつくしが出来ないのは、その意味が分かっていないからだと思います(これ以下⑥⑦⑧も公刊機関紙「みちのとも」を通して発言しています)。
⑥ おつくしは負担ではありません。親神様にお受け取りいただく真実です。教会長はこれを丁寧に、そして自信を持って説いていただきたいと思います(負担です。教会や信者の苦悩を全く解っていません。ここでも嘘教理を説き、献金の強要を教唆しています)。
⑦ 真剣に、たすかりを求めるなら、おつくしは必ず出てくることです(「たすかりたいのであれば献金が必須」と言っています)。
⑧ 考えてみれば、おつくしも、ひのきしんも、すべて日々が基本です。こういった日々の行ないを自然に身に付けるには、子供の頃からの丹精が大切です。親の態度が一番の丹精だと思います(子ども達まで献金地獄の毒牙にかけようとする危険極まりないカルトです。 貴殿の態度と丹精で史上一番、教団が大きく傾いたことに早く気づきましょう)。
以上が表統領の「おつくしは命の繋ぎ」発言です。
その「インターネットに色々と書かれて大変ですね」に対して「悪口ばかり」と発言した本部の人間と、「教会長を対象にしたのに全体に広まってしまった」と、おかしな弁解をする本部の人間、二人とも名前を晒してあげては如何ですか?
本部の皆さんへ
悪口を云われているうちが華ですよ。云われ無くなったらお終いです。
まぁ、どんな組織の中にも玉石混交でいろいろな方はおられる。
かく言う自分だって、誰かにとっては「こん畜生!」と思われていないとも言い切れない。
自省を済ませたうえで、放置できない輩がいるのでこの場をお借りする。
因みに自分はこの輩をさして、これ迄にもこの場で、判る人にはわかる程度の晒し方で
批判をしている。批判の契機は、睦月さんがTwitterである輩にいじめられているのを
知った時だ。
その輩は普段は教えを元に立派な事を書きこんでいる。
また、自分の能力を「みてみて!僕ってこんなにすごいんよ」とばかりに書いておられる。
まぁ、そうなんだろう、きっと。判断する物差しは人それぞれだから
自己肯定感に溢れた人は簡単に自慢するから。
無関係の自分だが、放置できない事がまたまた(少し以前にもこの両者の間にトラブルがあった。)
あり、見過ごせなくなった。
この言葉で驚いた。ウェブ講話の講師を務める人物の言葉だ。
*****このおばさんしつこい(゚∀゚)******
「西●×▲2.0@自由人(非公式)」 ←本名でTwitterを書いておられる。
「あんましつこいから、身元調べたろかな、このおばさん。
大教会長さんの車も割れてるし、4月8日に巡教があったのも分かるし、
元詰所主任の孫ってことも、教外の人と結婚したってのも分かってるし。
まー、めんどくせーからやらないですけどねー(゚∀゚)」
睦月さんを「おばさん」呼ばわりする「一連のやり取り」を追うと
見えてくるのは執拗に嫌いな相手をいじめ倒す性向。
「女に馬鹿にされた!」悔しさがにじみ出ているようだ。
偉そうに本部で講話をしていても、一皮むけば・・・・。
睦月さん、応援している人達(男女ともに)もいますよ。
いや、応援?というのも軽すぎるか。
彼のような人物でも務められるのが天理教講話なのだろう。
あまりにレベルが低すぎる。
>黒門建築にお供え金要求してくるんじゃないでしょうね。
婚礼祝金を一律要求されたものとして、戦々恐々。
幣帛料を5倍に跳ね上げた豊田山舎に御主人を納骨した友人教会長は、「今後年間維持費などと要求してくるのは必死だよ。そうなったら返してもらう。天理教は堕ちたなあ」といって憤っています。>
婚礼祝金にしろ、豊田山舎の幣帛料の値上げにしろ、本部経済は決して潤沢ではないと思うのですが・・・。
それとも、金銭感覚のない「お偉い先生方」も、さすがに将来の「天理経済」の展望が悲観的な状態であることにやっとお気づきなのでしょうか?
>本部経済は決して潤沢ではないと思うのですが・・・。
そうは思いませんけどね。都内に収益ビルも持っていますし。実は一円も献金が下から上がってこなくても余裕でやっていけるでしょう。今まで搾り取りまくったものをお持ちですので。永遠に潤沢ですのでこちらが心配してやる必要はないのでは?こちらは資金潤沢な本部のことを忘れて、今日明日の自分の生活だけ考えて暮らしましょうや。
>>大教会で生まれ育った人間(大教会長の兄弟)でも人を平気で鼻で笑い、見下す人間もいます。<<
大教会どころか、 大教会一勢力のある直属分教会の若い息子が、軽度の障がいを持つ大教会青年さんを馬鹿にしたように叱責し、見下した横柄な態度ともの言いをしているのを目撃しました。苦々しくて見ていられませんでした。日頃ニコニコした好青年だと思っていたので、彼を心底軽蔑しましたね。
これが天理教上層部の上下組織体系が知らぬ間に醸成する「本当は阿保なのにお偉くなったと勘違いさせる」環境なのですね。
世界一列ろくじ 、人間は皆きょうだいを説かなくてはいけない将来の若い教会長が、差別意識を持って、弱者を見下す。教祖様は谷底せり上げ。弱者の味方でした。今の天理教は言ってる事も実際も教祖の教えとは真反対。頭でっかちのホントのあほうの多い事。魅力が無ければ人は去ります。
霊感商法ーWikipedia一部抜粋
霊感商法では、人の不幸を巧妙に聞き出し、霊能者を装った売り手が、その不幸を先祖のたたりなどの因縁話で説明する。そして「この商品を買えば祖先のたたりは消滅する。」と効能を訴えたり、「このままだともっと悪いことが起きる」などと不安を煽り、相手の弱みにつけ込んで、法外な値段で商品を売りつける。扱われる商品としては、主に壺や多宝塔の美術品を初め、印鑑、数珠(念珠)、表札、水晶などがある。
天理教では因縁の話を必ずと言って良いほど持ち出します。
前世の話だとか、そういったまずわかり得ないことを持ち出すこともあります。
そうしてこの天理教の信仰をすることによって生きながらにして生まれ変われる。
運命を好転させる。など・・・
これらは教団が公式にうたっていることです。(ポスターなどの印刷物によく表示されていました)
しかし、そんなに運命など好転させることなどできるのだろうか?と疑わざるを得ない。
そうして、別席、おさづけ拝戴、修養科、お勤め奉仕、ひのきしん、お供え、献金、においがけ、おたすけなどなどができる従順なロボットを養成すると・・・
しかし、上記に記載したように基本的に霊感商法とかわりが無いのでは?(霊感商法はまだツボとか多宝塔とか数珠とかくれるけど・・・笑)
天理教はえんえんとお供えし続けないといけないのがやっぱり謎だな・・・
それがわからん・・・金がかかり過ぎ・・・金を要求し過ぎ・・・
やっぱりうさん臭い・・クサすぎる
まあ、もう今までのようには行かないだろう。
現実的に一般社会での生活自体が困窮を極めかねない状況になってきているので・・・お供えどころじゃね〜し、こちらが助けてもらわないといけない状況で・・・
純粋に苦しんでいる人を助けたい。助かってもらいたい。と思い活動をされている方もおられるとは思いますが、今となっては活動が信者獲得のための手段に成り下がっていると言えるでしょう。
道の友の最後にある各教会の統計を記したものがそれを証明しています。
この世界、苦しみ悩む人を救済するべく始まったはずだが今ではその団体組織の維持安泰(戦時中の国体護持だね)のために構成員たる信者信徒が苦しめられているというあってはならない許されない逆転現象が続いている。
危険タックル問題で日本大学 アメリカンフットボールの内田監督がくだらない謝罪会見をしてましたね。
監督は辞める が 日本大学の役員は辞めない? このような人材を抱えていたら日本大学も終わるでしょう。
日本大学ですらこれですから天理教の本部員はもっと酷いのでしょう。 内田氏は役員で人事も担っているということであると、中山血族がこのような感じなのあろうと想像できました。
何に謝罪しているのか分からない。謝罪する気が無い?ピンクのネクタイ?本題から逃げようとしているだけでしょうね。被害者家族は訴えたそうです。仕方ないですよね。
悪質タックル問題で辞意 内田監督ノーカット会見(18/05/19)
https://www.youtube.com/watch?v=sOXkSPlJ-Sw
>今まで搾り取りまくったものをお持ちですので。永遠に潤沢ですのでこちらが心配してやる必要はないのでは?こちらは資金潤沢な本部のことを忘れて、今日明日の自分の生活だけ考えて暮らしましょうや。<
それもそうですね。いつか天罰が下ることでしょう。クワバラ クワバラ。
>世界一列ろくじ 、人間は皆きょうだいを説かなくてはいけない将来の若い教会長が、差別意識を持って、弱者を見下す。教祖様は谷底せり上げ。弱者の味方でした。今の天理教は言ってる事も実際も教祖の教えとは真反対。頭でっかちのホントのあほうの多い事。魅力が無ければ人は去ります。<
若い教会長だけでなく、老若男女を問わず天理教にはそういう気風が見受けられます。具体例を挙げればキリがありません。そうした体質に嫌気がさして天理教から去って行く信者さん達を大勢見てきました。近い将来、信者数は加速度的に減少し、天理教教会本部という組織は有名無実化するでしょう。(既に、そうなっているのかも知れませんが・・・)
ところで質問があります。
割と立地のよさそうな教会の関係者に「これからは信者が減って収入も減っていくのは明らかだから、幸い立地も悪くないので収益がとれる事業でもしたほうがいいのでは?」といったら、「個人的にはいい意見だと思うが本部が許してくれるかどうか・・・」といわれました。天理教の各教会が何らかの事業をするときは、本部の許可を得ないといけないのですか?
先ほど夕方のニュースを見ていると麻生太郎はなぜやめないのか?とやっていた。
妄言、失言など失態ばかりに関わらずなぜなのか?と・・・
麻生は吉田茂の孫で義父が鈴木善幸だそうだ、吉田茂といえば戦後の日本の復興の道筋をつけたように聞いているが・・・
その余徳で生きながらえていると言うことか?
あまり賢明な人物とは思えないが・・
セメントでも巨富を得ているようで、権力も手中にしている・・・と
とても世間一般の感覚は持ち得ていないだろう・・
いや、それでも良い仕事をしていてくれれば構わないのだが・・・
発言を聞いていると世間をバカにしているようにしか思えない。
そこで某宗教団体の話。
教祖の血をひいてはいるがとんでもない発言をしているお方がおられる。
こう言う輩はプライドだけは高いようでタチが悪い。
今の社会の負の事象ではないかと・・・
国会議員も世襲率が相当高くなっているらしいし世襲はロクなことがないと言えるだろう。北朝鮮がいい例だ・・・
非難を浴びながらも辞める気配はなく、しぶとくトップの座に居座っているここでも鏡のごとくに映し出されている光景が見られる。
反省皆無の天理教本部の末路は 様
ちなみに羽成守弁護士は、
中根大教会部内の会長です。
>天理教の各教会が何らかの事業をするときは、本部の許可を得ないといけないのですか?
各教会の規則をお読みください。
教会建物を改修したり境内地を別の用途に使う事は、大教会長の同意のもとに本部の承認が必要です。
収益事業の利益でお供えが増やせる、と言っても宗教の体面ばかりを気にする大教会や本部が承認するかどうかは微妙です。
収益事業で利益を出し、教会家族の生活や信者さんに還元できると考えるなら、離脱して気息を変更するしかありません。
本部は建前があるので難しいということですかそうですか。しかしもう建前だけでは立ち行かなくなっているんですけどねえ。。。プライドかなぐり捨てないとだめなところまできていますけど?
実際に火の車とか自転車操業になっているところもあるでしょう。
末端の経済的窮状改善は本部が直接関わる事ではなく、それをするなら大教会だ、と本部に近い人間が言ってたそうです。
本部は究極の無責任団体です。全ての指揮命令、教団としての意志決定は、大教会長集めて本部からじゃ無いのですか。長きにわたり、各大教会が勝手にやってきた事ですか?
底辺の窮状など、本部は知った事では無い。「大教会よ、お前やれ。」
そんな認識で組織のトップ に君臨してるから、現状の責任認識も反省などもある筈も無く、当然の事ながら改革の意志などある筈も無し。
普通、会社だったら、こんな無責任会社に忠誠を誓い、命を懸けて働きたいと思いますかね?
障害者の方々がある日突然、給料未払いで解雇されたと昨夜ニュースがありましたが、天理教も、働き蜂たる過半数以上の末端教会は上手に使い捨て。生きようが死のうが後の面倒は見る気はありません。
メディアに取り上げられてもおかしくない現状。
>2018年5月22日 匿名さま
>反省皆無の天理教本部の末路は 様
>ちなみに羽成守弁護士は、中根大教会部内の会長です。
匿名さま、ご教示ありがとうございました。
調べましたら中根直轄の「日帝分教会」の会長のようですね。
法人情報
http://japanese-religions.com/kanto/tokyo/天理教日帝分教会/
ひびき綜合法律事務所
http://www.hibiki-law.gr.jp/staff.html
匿名 2018年5月23日 9:00 AM 様
>末端の経済的窮状改善は本部が直接関わる事ではなく、それをするなら大教会だ、と本部に近い人間が言ってたそうです。
本部は究極の無責任団体です。全ての指揮命令、教団としての意志決定は、大教会長集めて本部からじゃ無いのですか。長きにわたり、各大教会が勝手にやってきた事ですか?
底辺の窮状など、本部は知った事では無い。「大教会よ、お前やれ。」
そんな認識で組織のトップ に君臨してるから、現状の責任認識も反省などもある筈も無く、当然の事ながら改革の意志などある筈も無し。
普通、会社だったら、こんな無責任会社に忠誠を誓い、命を懸けて働きたいと思いますかね?
障害者の方々がある日突然、給料未払いで解雇されたと昨夜ニュースがありましたが、天理教も、働き蜂たる過半数以上の末端教会は上手に使い捨て。生きようが死のうが後の面倒は見る気はありません。
メディアに取り上げられてもおかしくない現状。<
全くその通りです。
日大のアメフト部で言うと。
日大 ⇒ 本部
監督 ⇒ 両統領始め本部中枢
コーチ⇒ 大教会
選手 ⇒ 末端教会
教団内の責任は本部にあるに決まってるじゃないですか分教会も大教会ただの名称です。分教会長が銀行強盗しても存続する宗教団体?異常です。確かに裁かれるのは犯人だけでも良いでしょう。しかしお布施の強要があったから銀行強盗も起こったのでは?と考えるのが大切です。組織全体や社会全体などの問題の場合はそのような「追い込んだ条件や状況」を考えるのです。アメフト問題でも「ラフプレーに追い込んだ状況」を分析され始めました。日大の不自然な対応も今まで有耶無耶にして臭い者に蓋をすして問題解決してきた証拠でしょう。古い教会長さんがおっしゃるとおり 日大 ⇒ 本部 監督 ⇒ 両統領始め本部中枢 で彼らの責任だからこそつい今日が及んでいるのです。 コーチ以下の勝手な指示なら現場にいる監督にコーチが注意受けて終わる。ラフプレーは 生徒を煽ってやらされたある種洗脳であるという解説が説明されてますね。
首謀者の理事で監督を守り過ぎると日大も廃業する可能性があります。
日大 アメフト問題 加害者生徒が大学側の対応を見かねて自ら会見を開きました。会見の内容で監督やコーチなど集団での指示があったと公言しました。今や社会問題へと発展したこのパワハラ問題ですが不道徳を強要した面から考えてもモラハラとも言えます。
「お尽くしはカネ」問題も明らかに強要で倫理に反したモラハラとも言えます。教団上層部事実上トップがこのような発言を公言し訂正してない時点でその教団はいかがなものか?「教会だけに言ったことだ」と言い訳しただが、そもそも宗教法人法でもお布施寄付の強要は許されてない。宗教上法律上考えても明らかに黒です。
日大問題と天理教の類似性は、問題の原因は明らかに組織の体質に他ならない。自浄自制を取れないから外部から叩かれ潰されるのは世の常 教団の末も見えたものです。
日大アメフト部宮川泰介が緊急会見で暴露した”ある真相”に一同驚愕!「内田監督は…」
https://www.youtube.com/watch?v=oDVpWtFuDAU
2018年5月23日 6:03 AMのコメントをした者です。すみません。言葉足らずだったのかも。私がいいたかったのは、大教会も本部も苦しいんじゃないの?ということなんです。末端でも大教会でも信者が減っていくのは同じです。せめて立地のいい教会だけでも何らかの金稼ぎはしたほうがいいんじゃないのかなあ。(表さんの発言も「本部だって苦しいんだよお」という意味もあるんじゃない?)
あちらこちらで様々な事件やトラブルが頻発しているようです。
政治の方でも森友の件で関与していると思われる役人が自ら命を絶ったことは記憶に新しいところです。
それだけドロドロとした一件であるにも関わらずトップはのらりくらりし辞める気配は無いどころか次期総裁選で再選を目指していると言うことです。
モラルハザードと言うのが起こっているようです。
アメフトの件でもあのようなプレーは考えられないあり得ないプレーです。
まさにモラルハザードです。
表面的に様々な事が起こっていますが根っこの方で繋がっているようです。
例の宗教団体も然りです。
こちらも同じくモラルハザードを起こしていますがそれをなんとも思っていないのか反省や改善する様子は見受けられません。
もうこうなったら終わりです。
社会の模範になるどころか先頭を切ってモラルハザードを起こしその上にあぐらをかいています。
救いようの無い奴らです。
自分たちのことをどう思っているのか聞いて見たいものです。
社会的に制裁を与えないと目が覚めないようです。
相当図太い神経を持っているようですがこのしっぺ返しを考えると怖くなってきます。
普通の神経なら怖くなってなんとかするところでしょうが・・・
加藤ハルアキ 様
曽祖父母の代からの信者でした。特に、母は役員(責任役員ではありません。ただ単に役員と言われた旧制度の役員でした)でしたが教会の規則なんか見たこともなかったようです。私も長い間信者でしたが、規則は見たことはありません。
規則があることすら知らなかったというのが本当です。教会も知らせる気持ちは全くと言っていいほど無かったと思います。あるいは、知られたくなかったのかもしれません。
全く閉鎖的な団体です。本部は教会長をどのように指導しているのでしょうね。無責任にもほどがあるという事実が分かっただけでも気持ちが軽くなりました。
もっとも、もう教会とは何の関係も無いのでどうでもよいことなのですが、教会に繋が定る方たちには是非知って欲しい大切な事柄です。
法人とは、一応社会的に認められた存在ですから最低限の運用知識は持ってほしいですね。
迂闊だったと言われればそれまでですが、良い勉強になりました。
東風Z 様
>曽祖父母の代からの信者でした。特に、母は役員(責任役員ではありません。ただ単に役員と言われた旧制度の役員でした)でしたが教会の規則なんか見たこともなかったようです。私も長い間信者でしたが、規則は見たことはありません。
規則があることすら知らなかったというのが本当です。教会も知らせる気持ちは全くと言っていいほど無かったと思います。あるいは、知られたくなかったのかもしれません。
一般教会長も同じです。我々も見たことがありません。
教会長になる時は、精神論だけで「親孝行になる」とか「世界助けの御用」とか言われるばかりで、教会規則の存在など、知らないまま会長になり、出直している人の方が、はるかに多いと思います。
その存在を知ると、独立や離脱という事も可能だと言う事がバレてしまうから。知らさないし、教えないのです。
創価学会でもこの手の規則を見たことがないしよく知らないということがあるようです。カルト新興宗教はどこも同じなんですね。
古い元教会長 様
ご丁寧な解説を有り難うございました。
この教えでは隠し事はいけないことの一つとして教えられていたように思います。
教団は最初から本当に残念な組織だったんですね。二部同窓生が戦後間もない頃の復元の第1号を入手したと言ってきました。天理で会った折に見せるとのことで楽しみにしています。
何時になるか分かりませんが、内容をここに投稿しようと思っています。
匿名 様;5月23日 5:31 PM
≪ 私がいいたかったのは、大教会も本部も苦しいんじゃないの?ということなんです。末端でも大教会でも信者が減っていくのは同じです。せめて立地のいい教会だけでも何らかの金稼ぎはしたほうがいいんじゃないのかなあ。(表さんの発言も「本部だって苦しいんだよお」という意味もあるんじゃない?)
お供えが減ってきて苦しいのは本部も末端も同じ。
確かにそうですね。
だ・か・ら・こ・そ!なのですよ! この板で繰り返し指摘しているのは。
表さんが「金が欲しい!」と叫ぶ前に、猛省すべきは息子の結婚の一連の行事でしょうが!
こんなことを指摘するのもバカバカしくなる。
お供えの用途を決める立場の人達は緊縮財政に見合った予算を立てる、常識でしょうが!
結婚披露宴なんて1回で済ます。
客が多いから仕方ない、なんて寝ぼけた事を言うのは「金ボケ」(色ボケのもじり)。
一生に一度の事だからと言って結婚式に金をかけるのは馬鹿のやる事。
すんだことを今更嘆いても建設的な事に繋がらないが、言いたくもなる。
それは天理教にありがちな、いったん出した「御供え」の使い道にあれこれ言うのは
「ひもつき」だと言って、何に使われているかに関してアレコレ言ってはいけない、
このようにお供えを集める側にとって都合の良い考えを教えられてきたのだ。
お供えに関する洗脳の一つだ。
建築道楽をやめろ!
子供が生まれても祝い金を集めるのはやめろ!
結婚式費用は自分たちで働いた金で賄え!
真柱・奥様・大亮氏入込の際のお礼の慣習は廃止!
(入込は経費として本部予算から支出するべき)
以上のことを実施できるかどうか、親神様が注視していますよ!!!
これ本当の事。
>建築道楽をやめろ!
子供が生まれても祝い金を集めるのはやめろ!
結婚式費用は自分たちで働いた金で賄え!
真柱・奥様・大亮氏入込の際のお礼の慣習は廃止!
(入込は経費として本部予算から支出するべき)<
以下は、私なりの思いです。
建築道楽をやめろ!
子供が生まれても祝い金を集めるのはやめろ!
ハローワークで仕事を見つけ、万が一雇ってもらえれば、「働くことのしんどさ」を体験せよ!
「働くことのしんどさ」が理解できれば、「お供えの搾取と無駄遣い」は止めよ!
結婚式費用は自分たちで働いた金で賄え!(世間では当たり前)
真柱・その妻・大亮氏・本部幹部、上級教会長及び役員どもの入込慣習は全廃!
言いたいことは山ほどありますが、とりあえず、これくらいで留めおきます。
人体でいうなら頭脳に相当する本部自体が腐りきっています。表は明らかにおかしいのに、王家一族の中にも天理貴族の中にもおかしいと指摘する者は誰一人としていないではありませんか。
本部のおかしさは金は出さないのに口だけ出す点です。たとえばここに立地条件のいい大教会があるとして、立地を生かしてなんらかの事業を企画したとします。しかし本部は変なプライドから待ったをかけ、せっかくやろうと思ったことが白紙撤回になるわけです。でもこの大教会が事業もできず信者が減って窮地に陥っても助けてくれません。
>真柱・その妻・大亮氏・本部幹部、上級教会長及び役員どもの入込慣習は全廃!<
その通りです。
みやげ(お礼金、お供え金)を持たさずには返せない事を重々知っているのに、上級教会長も含めて彼らは「要りません」とは絶対言わない。必ず持って帰る。
真柱やはるえさんなどに 入り込まれる不幸に接すると、大教会はどれだけ札束を準備しなきゃいけないか。そんな事はあちこち入り込んで集金業務をしていれば分かってる筈だろう。確信犯だ。その金は我々末端教会、信者の金だ。はっきり言います。入り込まれて有り難いだなどと、これっぽっちも思っていない。
贅沢三昧、高額納税、衣食住、食う、寝る、着る、遊ぶ、子供の教育等々に至るまで、人のお金で海外留学、高級車両購入、何不自由ない生活を与えられ、その上貧乏教会、貧乏大教会に入り込んで身に余るお礼金の受領。笑いが止まらないだろう。これがホントに教祖が開いた教えに通じているのですか?
これ以上神を利用して神を汚さないで欲しい。
間違いなく信者はこれ以上増やしてはいけない。
>ハローワークで仕事を見つけ、万が一雇ってもらえれば、「働くことのしんどさ」を体験せよ!
「働くことのしんどさ」が理解できれば、「お供えの搾取と無駄遣い」は止めよ!
結婚式費用は自分たちで働いた金で賄え!(世間では当たり前)
上記。ド正論。
ほんと、ずーっと働けとは言わないまでも一度でもいいから仕事探しをして労働してみろって・・・
ほんとに働くことのしんどさ、ツラさ、大変さが身にしみて分かるだろうしお金を稼ぐことがどんなに大変なのか分かり、一般世間の人々の感覚が理解でき寄り添えるだろう・・・
あんたらは浮世離れした天上人になってしまっているんだよ・・・
その身分にあぐらをかき安穏を貪っているんだよ。
本当に天理教団中枢部の方々にはこの経験を体験することを大オススメするよ。
特にまだ若い後継者さんには進んで体験をすすめますし、今までと同じようにふんぞり返って王家を気取っているようでは先が無いことを早く理解すべきでしょう。
まあ、教団がなくなっても何も困らないどころかいっそ消滅した方がいいかもしれませんがね。
>真柱・その妻・大亮氏・本部幹部、上級教会長及び役員どもの入込慣習は全廃!<
その通りです。
みやげ(お礼金、お供え金)を持たさずには返せない事を重々知っているのに、上級教会長も含めて彼らは「要りません」とは絶対言わない。必ず持って帰る。
ほんまに天理御本部の面々はなぜ頼んでもないのに入り込みと言う形で乗り込んできて、銭を持って帰るのかね?
「有り難く気持ちだけ受け取らせていただきます。」と言って帰れんもんかね。と言うかこの習慣自体を無くさないといけない。
やっぱ銭欲しいのかね?
卑しい奴らだね。
お茶と茶菓子だけで十分だろうに・・・
散々お供えとして吸い上げておきながらその上にまだ巡回して集金して回るとは表現のしようもない・・・
自分たちのしていることが時代錯誤も甚だしい。ということにいつになったら気づくのだろうか?(徳川時代の大名気分だな)
愚か!と言っても言い過ぎではないだろう・・・
入り込みって・・・要するに体のいい押し込み強盗じゃないですかw。しかもお金のあるところに押し込むならともかく、お金のないところにまで押し込んでくるわけで。。。
信者さんの財布をあてにするのももう限界ですよ。第一信者自体が年々いなくなっているんですから。で、お金の工面をするために何らかの事業をしようとすれば本部からの干渉でしょ?これじゃバカらしくてやってらんなあ~い!
Twitterで興味深いやりとりを拝しましたので貼らせて頂きます。
>@furuikyokaityoさま
>社会学より
>改めて表統領の発言を見てみましょう。
>① おつくしについても、しっかり説かねばならない。
>(直属教会長・教区長らに、献金について信者らに説けと教唆、強要しています)
>② おつくしが出来なくなると、たすかる道が途切れてしまうからである。
>(「献金できなくなった者は、たすからなくなる」と言っています)
>③ お金のこと(お供え=献金)は言いにくいと避けていては、ようぼく(一定条件を満たした信者)は、おつくしの意味がますます解らなくなる。
>(改ざんしたウソ教理ですから伝えなくてよいのです。解らなくてよいのです)
>④ おつくしは命の繋ぎであり、親神様にお受け取り頂く真実である。
>(全くのウソ教理です。月日教祖は「命の繋ぎは心」であり「金銭の心は受け取らない」と仰います)
>⑤ おつくしについても、しっかり説かねばなりません。おつくしが出来ないのは、その意味が分かっていないからだと思います。
>(これ以下⑥⑦⑧も公刊機関紙「みちのとも」を通して発言しています)
>⑥ おつくしは負担ではありません。親神様にお受け取りいただく真実です。教会長はこれを丁寧に、そして自信を持って説いていただきたいと思います。
>(負担です。教会や信者の苦悩を全く解っていません。ここでもウソ教理を説き、献金の強要を教唆しています)
>⑦ 真剣に、たすかりを求めるなら、おつくしは必ず出てくることです。
>(「たすかりたいのであれば献金が必須」と言っています)
>⑧ 考えてみれば、おつくしも、ひのきしんも、すべて日々が基本です。こういった日々の行ないを自然に身に付けるには、子供の頃からの丹精が大切です。親の態度が一番の丹精だと思います。
>(子ども達まで献金地獄の毒牙にかけようとする危険極まりないカルトです。 貴殿の態度(素行)と丹精で史上一番、教団が大きく傾いたことに早く気づきましょう)
↑
>@Chiukai1987さま
>(上記、表統領発言について) いつから、このような金集め教団に成り下がってしまったのでしょうか…
>これが『先ずはしっかり人助けをさせて頂こう…』ならば納得はまだできるのに。
↑
>@furuikyokaityoさま
>昔からです。大教会の巡教ではよく聞いた話です。ただ、本部の先生があからさまに、こんな発言をしたのは初めてなので問題なのです。
(※しかも真柱の実弟で表統領、大亮継承者の実父がである)
>「少なからず本部は末端の気持ちを分かって(くれて)いる。分かっていないのは大教会だ」と思い込んでいたのですが、(実は)全て本部の体質だ(った)と言う事がバレてしまったのです。
↑
>@Chiukai1987さま
>この教団は完全に腐ってますね…
>現在所属中の(教会)長も、その息子も、ご恩報じ(お供え・献金)のことしか言いませんし…
>恐らく考えているのは、何もしないで如何にお金を集めるかだけでしょう。
↑
>@sazannkasatukiさま
>「ご恩報じ」というなら、集まったお供えを、人助けに使うべきですのに、そういう発想は浮かんで来ないのは不思議ですね。
↑
>@Chiukai1987さま
>仰る通りです。使い方を間違えていると思います。
>私腹を肥やすことが目的であるならば、今すぐ天理教の看板は下ろすべきです。
同感です。教祖を裏切り、人々をも裏切り、人だすけを騙った、ただの拝金主義的詐取団体、天理教教会本部(異端天理教中山家派)と追従する教会は、今すぐに天理教の看板を下ろすべきです。
東京のある大教会(T●▽▲n)に真柱ご一行の入込予定がある。
ある直属分教会は親戚縁者の他の信者も高齢化でお供えも厳しい。
教会の成長期の子供たちはこれからますます金がかかる。
奥さんは最近になって仕事に就いたが、契約が取れなくなれば
外交の仕事は先細りだろう。
で、この話、ここからが問題だ。
この直属分教会に熱心な高齢信者がいる。
この人(Aさんとする)は他系統の高齢信者で親しく行き来している知人がいる。
Aさんはこの教友(Bさん)を、これまで何かと自教会と大教会に誘い込んでいた。
誘われたBさんは気前よくお供えやら、皆にご馳走したりしてきたそうだ。
二人とも高齢ながら仕事を持っているし、昔からの洗脳結果でお供えの額は万単位だとか。
トラブルはAさんの所属教会長がBさんに、ある行事に際してのAさんのお供え額を教えたことから始まる。
私の感覚では、行事に誘われたBさんは頭数を増やすための、「にぎやかし」で十分お役に立っているはず。
Bさんは所属移籍を望んではいるわけではない。
行事に誘われるままに、いわば全く考え無しに行っているだけだ。
ところがAさんはBさんを自教会の困窮ぶりからか、お供えを当てにするようになったようだ。
Aさんから直近の大教会へのお誘いが来て、そろそろ疑問が湧いてきたBさんはそれを断った。
すると、その翌月分のお誘いもついでのように口にしたそうだ。
「なぜ、毎月、他系統の大教会月次祭に行かなければならないの?」
「会長さんに聞いたら人によって5万くらいは・・・、ですって。」
と、腹が収まらないから私に聞いてくる。
Aさん本人へ、はっきり「NO」を言えばいいものを、天理教だから
「たんのう」した振りをして、本人へは何も「こころつかい」していないふりをする。
「気持ちが収まらないのよ」と、長電話で何回も何回も繰り返される繰り言。
聞くのもお助けだから、頑張って聞くが、聞いているうちに疑問が湧き出てくる。
何故、これほどまでにお供え金の確定をしたいのか。
なぜ、お供えの額を漏らして、競い合わせるのか。
会長にそのつもりはなかったかもしれない。
しかし結果的には二人の高齢者のお供えを何故か、この時期、確定したがっている様子が窺える。
この一連の話のやり取りには、会長が物理的にAさんの傍らにいる気配がしたそうだ。
推測だが、真柱ご一行入込に備えての集金対応ではないかと思われてならない。
金銭的に家計も苦しい教会。
そんな中でも、おそらくは割り当てがあってお供え金を集めなくてはならない。
T大教会の号令に、分教会も分教会信者も乗っかってしまい、別系統の信者までをも
巻き込んでいる状況のように見える。
一般的に、来賓として招待するのだから「あご・あし代」を持つという考え方もある。
けれど宗教法人の傘下団体の記念行事に出席するのは、職務の一つとも言えるだろう。
出張代で清算すべきだろう。
真柱が決めればだれも文句は言えないのではないか。
強欲な弟が文句を言っても「お前は間違っている」と言ってやればいいだろう。
それを言えなくてはトップの責務を果たせない。
生きている限りは真柱として改革に着手していただきたい。
実質権力を弟や未熟な息子に代替わりされては社会的に恥ずかしくて恥ずかしくて
表通りを歩けなくなる。
迎える側の意識改革も望みたい。
どれだけのお礼を用意するのか。
畳替えやら、接待する女性は着物を着なくてはならないとか?
二代真柱の悪習が消えたものの、まだまだ真柱御一行様をありがたがる気風は残ったままだ。
こんなことを言っても変わらないかもしれない。
それこそ親神から見れば、劣化・衰退する天理教の行く末であり、人間の努力なしには行く末は変えられないと、ため息をつかれるのかもしれない。
>畳替えやら、接待する女性は着物を着なくてはならないとか
忠臣蔵?
真柱が綱吉か。。。
「天理フリーフォーラム」さんが「満州天理村について」、2018年5月付けで
取りまとめてくださっていますのでご紹介します。
ご一読をお勧めします。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou2/siryou2.html
>畳替えやら、接待する女性は着物を着なくてはならないとか
まんま、江戸時代・・・
悲惨な有様・・・
なんの進歩もない・・・
進歩する気もない・・・
進歩しなくて良いと思っている・・・
なんと言えば良いのやら・・・
御愁傷様です・・・
民◯党に所属してるのは、
もしや名◯屋大教会長
の兄弟ですか?
弱小大教会で金も無いのに◯◯年祭だの、◯◯記念祭だの、その度に畳替えしたり鳴り物を新調したりする。まあいいさ、今の内。と思っている。
信者が減ってるんだからいずれ出来なくなる。後20年の内に確実に来る。
想像してみるに、20年後の大教会。こんな筈ではなかったと、苦い顔した大教会一家が振ってものぞいても入ってこない財布の中のお金を数えてため息をつき、今更のごとくに末端教会、信者の窮状ぶりとその心情を自ら体験する。大教会も老朽化し、雨が漏るが食べる方が優先なので、バケツで受ける。(現在の当教会の雨漏り事情です。)
その頃の末端教会は限りなく信者ゼロ状態ですので、もうお供え金は出来ません、とはっきり言える時代となっているでしょう。その時やっと自分らしく生きる事が出来る。理不尽な上級や大教会を養う負担も無く、慎ましながら陽気暮らしが出来るのではないかな?
現在、大教会長付き運転手になる青年は誰も居ず、大教会に居るのはよろよろの高齢者ばかり。何かあっても迎えに来る人がいないから大教会長は代行タクシーか電車を使わないと家にも帰れない。昔の栄光は影を潜めています。今既にこんな状況になっているのです。大教会のこうしたマイナスに向かう変化を私はずっと見て来ました。だから、天理教の破綻は後は時間の問題なのです。心配しなくても神が導いています。
Twitter
中山大亮 @daisukeke123 5月24日、最初のツイート
https://twitter.com/daisukeke123/status/999472668142223360
>>資本主義から価値主義へ。
>>自分との対話を通して、自分自身が何に熱狂できるかを追求することが必要な時代。
>>これからの時代が楽しみだ!
このアカウントが次期、五代目真柱大亮氏本人であるかどうかは怪しいが、
あまりにも能天気なので、本物の「大亮氏」であるという前提であえて突っ込ませていただく。
大亮さんよ。自分との対話ではなく、
「末端教会や信者との真摯な対話を通じて、天理教真柱の後継者として、どうしたらこの現教団の惨状を立て直すことができるのかに真剣に向き合うことが必要な時代」
なんじゃないのかい?
これからの時代が楽しみだって?笑
そりゃご自分は潤沢な資金とゆるぎないお立場で安泰な生活を
この先将来送ることが保障されているのだから、
どんな状況でもこれからは楽しみでしょうが、
このままいけば教団は収支上においても、信者数においても、
30年後には確実に消滅するんでっせ。
それをわかっててこの能天気なツイートしとんのかいな?
ていうか、これだけ末端や信者に「貧に落ちきれ」と言いながら、
本部や大教会長一家等、幹部が贅沢な金の使い方をしていることや、
父親の表さんの「おつくしは命のつなぎ発言」が
週刊誌にまでも取り上げられて猛批判されているにもかかわらず、
最初のツイートが『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』に対してのツイートって、
どう考えても皮肉、いや、ギャグとしか思えない。
やはりこのアカウントはフォロワーを釣って楽しむ変質者的、
愉快犯的な大亮氏のなりすましアカウントだろうか?
そういえば、「御供え掲示板」も、
参謀だか実態だとかいう変質者になりすましの粘着されて閉鎖されたなあ。
その人だったりして。
>20年後の大教会。こんな筈ではなかったと、苦い顔した大教会一家が振ってものぞいても入ってこない財布の中のお金を数えてため息をつき、今更のごとくに末端教会、信者の窮状ぶりとその心情を自ら体験する。大教会も老朽化し、雨が漏るが食べる方が優先なので、バケツで受ける。(現在の当教会の雨漏り事情です。)
盛者必衰の理、奢れる者は久しからず。いつまでも、無理が通る世界が続く訳がない。
平氏が滅び、源氏が滅び、・・権力を握った者は、いつかは次に出てくる者にとって代わられ、滅んでゆく。中山家も、頂点を極めた後は、緩慢に、あるいは急激に、縮小崩壊するのが、理(ことわり)である。
今までのような奢ったやり方をしている限り、その流れが変わることはない。
血縁、姻戚関係の無い教会は、上に巻き込まれないように、致しましょう。
苦労お察し申し上げます。
20年も持たないかもしれませんよ。
あと5年後には大教会家族にお金は尽きる状況かもしれません
どこの大教会なのでしょうか?
いっそ岡山大教会の会長一家のように
夜逃げしたらいいのに
中山大亮 @daisukeke123 · 22時間22時間前
https://twitter.com/daisukeke123/status/999472668142223360
中山大亮さんがリトル 天理垢をリツイートしました
****** 本物です ********
褒めることができるのは「顔スタンプ」だけ。
特徴をとらえていて上手ですね。
何か「自信」をもって書き込んでますねぇ。
きっと本物なのでしょう。
大亮体制になった青年会は、もはや高齢者層を見限ってますね。
早くも自分の御代を見据えて、若者たちを集めたい一心。
能天気な人の周囲を能天気な若者たちで固める策か?
アプリやらウェブセミナーやら道具立ては今風。
中身を知ったら黙って見過ごせなくなりませんか?
ウェブセミナーのN(男性)講師は話術を駆使することに酔っているとか。
自分で自分を褒めまくって宣伝術にもたけている。
大亮神輿担ぎ連中のお目に留まったか?
どおりで上級の若い会長が最近急にハイテンションになっている意味が分かりました。だいすけ君の能天気でお気楽、且つ未来は自分達の手ででバラ色に変えられる!みたいな空気に酔っているのだね。もの言いが、男なのに声まで高くなって気持ち悪いなあと思っていました。納得。
上下組織の封建体制含めてまた、改ざん教理含めて、根底から改革しない限り、そんなに簡単には変わりません!
若者は皆んながアホではないので、自分達が置かれているステージと、だいすけ君夫婦が置かれているステージに、雲泥の差がある事に気ずき出したら阿保らしくて皆ついては行かないよ。
我々の様に、過去に洗脳された者が最近になってその異常さ、理不尽さに気づき始めてアンチ天理教になった様に。
世の中そんなに甘くない事は現教団の最近の悪あがきぶりを見ても分かります。
だいすけ君、はしゃいでいないで組織改革しろ!!
Twitter投稿
>@minminubwさま
>これは(以下は)残念ながら真実です。
>詳しくは言えませんが、犯罪者擁護はあたり前のように行われています(怒)
↓
>@sazannkasatukiさま
>「社会学」投稿
>教会本部は中山真柱家を頂点に、親等(しんとう)が近い順や家柄で権力の序列が暗黙の了解で決まっていて、いまだに近親交配を繰り返す血族ですから周囲は親戚だらけ、どこかで繋がっているので下手な事は言えないそうです。もし批判などをすれば「出る杭は打たれる」らしい。 #天理教
>「続き」
>本部や直属教会の人間が表立って、中田表統領のハニトラ事件や中根事件その他ネット記事(特に社会学)の話題など出したら、正論を主張しても、それが本部に不都合な場合は排除されかねない。それこそ生活できなくなってしまう、がんじがらめの恐怖支配的社会やでと知人から伺った。 #天理教
>「続き」2
>本部は土地買収が難航したり、本部構成員の犯罪行為が発覚すると直ぐに示談金や慰謝料の支払いを提示するそうですが、・・あなた方が湯水のように使うそのお金は、信者の真心のお供えですよ!お忘れなく。
>あと長すぎて書ききれないので読んでけれ~汗 #天理教
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?page_id=405#comment-103221
↑
>@my_melody_sunさま
>私もここでは言えないけど〜!
>世間一般から見たらおかしいやろ!っていう擁護(を)見てます!
↑
>@minminubwさま
>マイメロさんもですか…
>本部の傲慢さには本当腹が立ちます!
↑
>@my_melody_sunさま
>私が知っているのは本部ではないのですが、
>結局、教団という体質がそういう流れなんだろなって感じの事例です。
私も興味深く拝読したこの記事について「残念ながら真実」と肯定されているので貼らせていただきました。
教会本部とそれにつき従う教会は、このまま放置すれば無知がままに同じ事を繰り返すでしょうから、本気で潰しにかからなければならないでしょう。
若い世代は天理教には来ません。このさき信者が増える見込みはなく、完全に衰退期のカルトになっています。
大亮がハイテンションになって天理駅で毎日ハイタッチをやったとしても、ただのイタイ人でしかありません。
信者が減っているからといって(たとえ立地がよくても)事業をすることもなかなか難しく、財布はどんどん小さくなっていくばかりです。
まあまあダイスケくんも立場上やらなアカン立場になってしまったんだからある意味仕様が無いでしょう・・・
神輿に乗せられ担がれたら踊らないとしょうがないところです。
本人もイマイチ今までの事やらをわかっていないようですし、情報遮断されているかもしれませんし・・・
とりあえず頑張らせてあげましょうや・・・
でもこの教団は確実に下り坂真っ只中なのでもうどう仕様もないでしょう。
若者も馬鹿ではなくちゃんとネットなどで情報を仕入れているので今までのようには行かないのは確かでしょう。
いつ、その現実に気づくか?時間の問題でしょう。
なんだかんだ言っても、『なるようになる』って事です・・・
皆さんの話題から逸れてすみません。
青年会の目標に「初参拝」とか。今更何を寝言を言ってるんですか。教会常詰の娘さんと結婚をした男がお礼のために夫婦で初めて天理教教会の門をくぐった。が、もう二度と教会には行かなかった。
常詰が居るくらいだからそこそこの規模を持つ教会だ。だからといって、初めて来た人間を上から目線で見るバカが居るか。それが、天理教教会には居るんだ。居るからこそ、男は教会に近づかなかったのだ。
グダグダと説教をされたくないんですよ。敷居の高ところに誰が行くんですか。
今の時代に、封建制度の見本のような場所(天理教教会)に気楽に行けると思っている感覚は、完全にずれている。
次の話題。
専修科生が自殺されたが、その方の葬儀に本部関係者は一人も来なかったとか。
そういえば、天高二部時代の時も同級生が自殺したと聞いたが、葬儀に参列せよとの話は一切なかった。
今の時代ならば、学校関係者始め多くの級友が参列するだろうに、教団ではそのような温情は一切ないのだろうか。冷たすぎて言葉を失う。
人助けを謳う天理教なんて、二度と言わないでほしい。
学校法人日本大学がスポーツの不祥事で大炎上しています。
しかし、これらは枝葉の話だと感じる。
日本大学といえば全国的に展開し高校も十数校もあるらしく規模的に言うと日本一だと言う事・・・
で、動いているお金も千億単位らしい・・・
ちょっとした小国もびっくりの財政レベルらしい。
そりゃね(年間)2000億、3000億のお金がうごめいたら利権だのなんだの腐ってきますわ・・・間違いなく。
トップの理事長の顔を見ましたがほとんどカタギでは無いですね。(まだ正直でよろしい・・・どこぞの宗教団体は顔はカタギだがハラの中はヤクザもびっくりなんで)
相当腐っていると見ましたねこの一件・・・
根が深い・・・と言うか、規模の大小だけで国の縮小版て感じかな。
どうも、天下りの巣窟にもなっていたり卒業生に警察関係者などを大量輩出しているとかで俗に言うズブズブの関係とも言われている様ですが・・・
そしてこちらも法人は法人でも宗教法人天理教。
こちらも本当はバチカンよろしく『天理市国』になりたかったのは明白。
こちらも何千億の金がうごめくどす黒い組織ですが・・・結局金は人を狂わせる・・・と、なのでそれを防ぐために風通しの良い腐敗の起こらないよう制度なりを整えなければならないですがその気も無く終わっている組織です
全く似た様な構造というか問題が表面化しているが根本的にはなんら変わらない事が起こっていると言えるでしょう。
ただ、今回の件はマスコミに晒されバッシングを受けてますが・・・
犠牲者というなら天理教は数え切れないほどの犠牲者を生んでますがあまりに多い事と因果関係を証明しにくい。というのが有ってなかなか突っ込みにくいですが今回の件など比にはなりません。
仮に責任を問われたとしても誰も責任を取ることは無いでしょう。
故人に責任をなすりつけて終わりでしょうね。
>バチカンよろしく『天理市国』になりたかった
出家制度一つ整えられない天理じゃ、どんなに頑張ってもバチカンには近づけませんなw。
世襲が発生しまくって、王家と天理貴族の利権の巣になっただけ。自分が働くのは嫌だが子孫には財産残そうと考えるようになっちゃえば、下から搾取していくことしか考えないでしょ。
こちらのらまとめは
こちらのまとめはエイミーツジモト氏の「満州天理村「生琉里」の記憶」を元に天理村の実態としているようですね。
エイミーツジモト氏は、あの南京大虐殺も事実と考えているジャーナリストです。
731部隊については、細菌研究をしていた事は事実のようですが、人体実験はしていなかったと公式にはされており、終戦後の東京裁判でも人体実験をしたとの罪では裁かれておりません。
あまり氏の主張を鵜呑みにするのはどうかなと思います。
参考までに、私の読後感想ツイートはこちらです。
https://twitter.com/o_muthuki/status/988635803982049280?s=21
5月26日 天理見聞録 その①
>どこの大教会なのでしょうか?
いっそ岡山大教会の会長一家のように
夜逃げしたらいいのに
26日に天理に行ってきました。そこで聞いた話です。
専修科生は、卒業前に教会実習が有るそうです。
実習先が岡山大教会になった専修科生は、実習当時岡山大教会の会長さんと夫人の関係が非常に険悪な状態であったと話していたそうです。
食事の時もピリピリとした雰囲気が漂いとても食べられるような状態ではなかったそうです。
その専修科生が天理に戻ってしばらくしたら大教会長一家が夜逃げした話が伝わってきたと話していたそうです。
岡山大教会夫人は、未信者からの嫁入りだそうですが、それがが結果的にはプラスに働いたのでしょう。
家族は、無事夜逃げを決行することができ 目出度くも本部から逃げ切れました。
逃げられなかったら、会長さんは自殺したかもしれませんね。
肥長大教会長さんの自殺は有名な話ですが、その他にも私が聞いた話では
秦野大教会長さんの自殺
愛静大教会長さんの自殺 なんてのがあります。
自殺した直属関係者は、まだ何人もいるかもしれませんね。
別席場の愛静大教会の写真を確認したら大教会長に夫人名が書かれていました。
(残念ながら今年の3月から会長名は全て抹消されてしまい信者が他系統の会長名を知る事は出来なくなりました。)
ちなみに追い出された郡山大教会長の夫人も未信者からの嫁入りだそうです。
夫人が天理教関係者と姻戚関係が無いと会長さんは命拾いをするんですね。
天理教は本当に不思議な組織です・・・?
夜逃げを無事 遂行された岡山大教会長ご一家が、親神の守護のもと平穏に過ごされる事を念じてやみません。
未信者というか非信者としての人生を二十年以上送った奥様方は、さすがにコモンセンスが身についていますので天理教のおかしさに気づき、取り返しのつかないことになる前に説得することができたのだと思いますね。コモンセンスこそが天理教二世を救出したのです。
満州天理村「生琉里」が731部隊と関係していたことを知った時は大変ショックを受けました。
東京裁判で731部隊が裁かれなかったのには理由があったのではないかと思ってます。
最近読んだ『飽食した悪魔の戦後ー731部隊と闇と戦後史の謎に迫る』(加藤哲郎著・花伝社2017・5・25)から日本は細菌研究をしていたのではと思ってます。
ネットで 「加藤哲郎のネチズン・カレッジ」などからも。
なんであれ鵜呑みはいけないとわたくしも思っております。
いちれつに はやく たすけを いそぐから
せかいの こころも いさめかけ
いちれつに はやく おそなえ いそぐから
せかいの こころも すさみかけ
5月26日 天理見聞録 その②
最近 逃げた人に敷島大教会の後継者さんがいるそうです。
逃げてしまったから後継者ではありませんけど。
置手紙して逃げ出したそうです。
彼は、本部の「お宅勤め」を強いられたのですが、一週間で逃げ出したそうです。
「お宅勤め」は、体のいい奴隷奉公です。
何しろお宅勤めの青年に真柱を「お上」と呼べと監視役が強制するよう所ですからね。
逃げて当然ですね。
「お宅勤め」の雑用なんぞは、仲野の息子や永尾の息子がやればいいんですよ。
ま とにかく敷島の息子さん逃亡成功おめでとうございます。
これから自由な生活が送れますね。神様をお忘れなく。
誰かが言ってました。
「中根の次に狙われているのは、甲賀か敷島か?」
こんな事情があったのですね。
731部隊の細菌研究は事実のようです。
終戦直前、部隊の存在自体を抹殺しようとした軍部上層部に反抗し、研究成果を本土へ持ち帰って自分のものにした学者がいるとか。
ただし731部隊の細菌研究はワクチン開発の為、満州の人も含めた民を守る為であったという見方もあります。
病気感染から人々を守るのに、ワクチンは極めて有効です。
また、満州の水事情が劣悪だったところ、浄水設備を各地に設置し改善したのは731部隊あってこそとも聞きます。
天理村民や部隊でマルタと呼ばれた人々が、細菌兵器の人体実験をされていたのか、単に開発中ワクチンの被験者だったのかは判りませんね。
わかるよう むねのうちより しあんせよ
入信したら 一族 滅びる
尽くしましょう、運びましょう、誠真実の心を使いましょう、誠の心が大事です・・・長年聞いて来ました。このフレーズ。しっかり洗脳されていました。
何を隠そう要するに、「お金を教団に尽くしましょう、運びましょう」と言ってるんです。尽くすは「お金」運ぶも「お金」誠真実もつまり「お金」。誠の心とは天理教的に翻訳すると、「お金を出しなさい。」
長年の信仰生活で、心に目を向けると言うより、お金のことがチラついて、割り切れない気持ちでした・・・お供え金を出さなきゃ・・来月はもっと・・これじゃ少ないかな・・などとお金に心を縛られたままの歳月でした。心が救われている実感はありませんでした。
「信者の皆さん、お金を出しなさい。お金を出せば救われる。」
「信者の皆さん、お金を出さないと、救われませんよ。」
今もって中田善亮さん、いよいよはっきり
「信者の皆さん、お困り事も、あなたの命をつなぐのも、最後はお金が解決してくれます。」と言ってますね。
これを信者にしっかり説けと全国の教会長にハッパをかけました。
本部や王家や天理貴族は実は全然お金に困っていません。末端が一円も上納しなくても大丈夫だというのに。
末端はその日暮らしみたいになっているのではないでしょうか。末端から搾取するのはやくざのひもとホステスの関係みたいです。
ひどい生活をしている末端に収益事業の許可を出すこともなくお金を上納しろというだけ。それなら収益事業を奨励して末端を富ませて、その結果上納も期待するという方向にいけばいいのに。トップの頭の悪さよ。
5月26日 天理見聞録 その③
直属大教会の夫人が後継者に「世間から嫁をもらったら教会が潰れる」と言ったそうです。
後継者さんは、大大教会夫人の上の伯母にそのことを話したら「その通りよ。教会の御用を務めるのなら教会の娘さんでなければいけないわ」と言われたそうです。
後継者さんは、世間の人と結婚した下の伯母にそのことを話したら「なんて馬鹿な事言ってるの。そんな話は無視しなさい。人を助けることが一番大切よ。教会を残すことじゃないわ」と言われたそうです。
直属の皆さんは、神の意志を伝えるのではなくて、自分の教会を維持するのが本質と本気で考えているのでしょうね。
いくら頑張っても結局は本部の資産なのに。
本部が間違っていることに気がついた直属後継者さん達は、命が惜しかったらやはり書置きして逃亡するのがいいかもしれませんね。
731部隊、
以前Nスペでも特集番組をやっていましたね。
731部隊の真実 ~エリート医学者と人体実験~ —————
当事者たちの肉声を記録した22時間に及ぶ音声テープ。終戦から4年後、
731部隊の幹部らを裁くために旧ソ連で開かれた軍事裁判の音声記録だ。
細菌兵器開発のために、生きた人間を実験の材料として使ったと証言されていた。
「秘密中の秘密というのは、細菌戦をもって攻撃をやるという研究をやったということと。
それから人体実験を行ったという2つの点であります」(関東軍 梶塚軍医部長の証言)
————————————————————
信じたくない、出来れば間違いであってほしい歴史ではありますが、もし本当だとしたら
謙虚に受け入れ、何が誤りだったのかなど過去と真摯に向き合わなくては
形は変わっても、また同じような過ちを繰り返してしまう危険もあるのではないでしょうか。
それでなくても、我々日本人というのは、洗脳されやすい国民性なのです。
「洗脳されやすい」ということは、「いいように利用されやすい」ということでもあるのです。
戦争体験者 瀧本邦慶さん(94)の言葉 ——————————-
「戦争は年寄りが決めて若者が死ぬ」――。
「国は国民を騙す。国のウソを見破る力をつけないと、また騙されてしまう。
国のウソを見抜く力を投票にあらわさなければならないのだが、忘れてしまうのか。
日ごろから関心が薄いのか……。もっと賢くならないと、子どもや孫たちを守れませんよ」
————————————————————
与党でも野党でも、右でも左でもない、ただ本当に日本国民の幸せを考えられる人達が
トップに立ってほしいのです。
不正を正すために、正義のために、厳しい追求をすることはもちろん必要ですが、
利権の巣、嘘で成り立っているような、人を平気で騙すような汚らしい世界にはもううんざりです。
どの様な組織でも、本当に組織の人々全員の幸せを考えてくれる人達がトップに立ってほしいのです。
おはようございます。初めて書かせて頂きます。私は 代々信仰してきた一般信者として教団にかかわりを持ってきた程度ですが今まで社会学の記事やコメントを拝見させて頂きかんがえさせて頂いておりました。現在世間では日大アメフト問題がニュースで取りざたされ見ているうちに過去の会社勤めでの体験とこちらで語られる組織の問題が理解できるように成りました。
教団は今までその収入形態で行ってきたので改革する事は出来ないでしょう。教会に行って何を話すだけでも金もらえると言う事ならいい話をしようと勉強するきもおこらないでしょう。金をくれる信者様が減ったら「もっとかねだせ!」と言いたい所だがそう言うと問題があるので「御恩法事は金」と教理改ざん、教義改ざん と言う絶対的タブーをしてしまった。天に唾をを吐き我が面にかかって 大慌てで「教会にだけ言ったんだ!」そんな言い訳通用するなら警察いらないです。
私は本部員の方とは直接面した事はございませんが、日大アメフト問題 の 内田氏 と 日大 謝罪はしない 対応は遅い 言い訳ばかり と 見ていて憤りと共にこの教団組織にも被ります。
お供えしている信者層は少なからず社会経験はしています。日大 アメフト前監督や日大のような人間は会社は無数に存在したでしょう。しかしそのような会社は必ず消えていくどんな大手企業ですら セクハラ モラハラ パワハラ 等が乱用されている会社をブラック企業と呼ぶようになりました。そのような企業や法人からドンドン叩かれて居るのが現状で 定年退職した身としても報われた気持ちに成ります。経済界も世界標準の波に押されて変化しています。
方やこの天理教は何を基準にしているのでしょう? 「神の定規」と言う言葉を考えて見ます。信仰してる方は神の定規と口にしますがその定規とは?なんなのでしょう?はじめに言っておきます質問しても絶対に答えられる人はいないでしょう。もし答えても間違った答えしか出ません。何故なら人は神で無く人でしかないからです。これ位天理教はじめ宗教と呼ばれる無数にある集団は詐欺団体の本性を隠し活動を続けているのです。
日大問題に関しても、アメフト前監督 内田正人 の定規で行った末の末路を見ているだけです。その道中かれは 責任逃れと虚言しかしていません。
方や天理教は、真柱 中山善司 氏 或いは 中田善亮 氏 の定規でしか組織を動かしていいない。すなわち神の定規など信じていない事になる。 【御恩法事は金】はおろか【神の定規】ですらなんら確証の無い虚言であると言いけれます。
世間一般的に考えれば、健全な人は 決して 宗教団体、特に天理教など含めての新興宗教団体などに深入りしません。では仮に天理教が心を治す場所と言っても、先ほどの、【御恩法事は金】【神の定規】など私利私欲と確証のない虚言では決して人の心は治りません。その言葉の放った人物の心をむしろ心配します。まず自分を治す方が先決ですから
退職信者さま
>5月26日 天理見聞録 その②
>誰かが言ってました。
>「中根の次に狙われているのは、甲賀か敷島か?」
>こんな事情があったのですね。
私は教区長に「中根の次は都賀」と聞きましたよ。
中根と都賀は色々と近いんちゃいます?
5月26日 天理見聞録 その④
なるほど 都賀も狙われているとは・・・
狙っていると言えば・・・
26日 今月も天理教の旧仕度小屋前の駐車場で「月より神言」が配布されていました。
そこには、数人の人が訪れていました。
その中の一人の会長さんが次の様な話をしてくれました。
「私の部内ではね、今 ある噂が広がっているんだ。
その噂はね、あの善亮さんが真柱を狙っているらしいんだ。
理由はね、大亮君が真柱を継ぐにはまだ若すぎるからという事らしい。
だから、その間に橋渡し役として善亮さんが真柱になると言う話なんだけど。
これ噂なんだけどね」・・・
この会長さんは、四国にある大教会部内の末端の会長さんです。
四国にある大教会と言えば・・・なるほど信憑性のある噂だな。
「火のない所に煙は立たぬ」という言葉もあるし・・・
あのバカな善亮さんなら考えそうな事だなと思いました。
善亮さん 安心してください 噂ですよ ウ・ワ・サ ・・・
息子を真柱という玉座に座らせて、父親である自分が背後で垂簾政治を行うのかと思いきや、自分が玉座に座ることを画策しているのですか?つくづく玉座に座りたいんですねえ。。。
退職信者さま
噂の真偽はさておき、そこまでいくと「Mad Religious(狂気の宗教家)」と呼ばざるを得ないですね。
善亮さんアホなんは教内周知のことですが、ハニトラ、乗っ取り、性懲りもなく前にも増して献金しろしろ言うて…やる事なす事みんな裏目に出て…もう後に引けへんのかなあ…
麻原彰晃、オウムみたいな事にならんことを切に願います。
もうアホすぎて背筋がゾクッとするほどの恐怖をおぼえます。
>真柱 中山善司 氏 或いは 中田善亮 氏 の定規でしか組織を動かしていない。すなわち神の定規など信じていない事になる。 【御恩法事は金】はおろか【神の定規】ですらなんら確証の無い虚言であると言いけれます。
全く同意します。
大教会長は事あるごとに、「各教会は本部と心を一つにせよ。本部のお打ち出しに懸命に心を添わせよ。」と言うのですが、本部に神の言葉を聴ける天啓者が居ない今日、教勢低迷の本部上層部は今や本心は金の事しか興味が無いではないか。本部の金集めの為に我々教会長に人を集めさせ、金をあつめさせ、奔走させるか?
我々教会長を、本部カネ集めの駒だと思っているのか。我々教会は本当にしなければならない事がある。うちの初代の入信理由は「人を助けて我が身助かる」に共感し、人助けに奔走した。それが初代の元一日の心だ。
本部の金集めに奔走する事が我々教会の信仰だと私はサラサラ思っていない。
彼らの本心に信者の幸福など考えにありません。お供え金低迷の一途をたどっている今、民衆の幸福を追求するべきの宗教団体にあるまじき画策、天の定規どころか「我が身可愛い定規」で犯罪まがいの事をやっているではありませんか。
本部の画策。次の被害は都賀大教会ですか・・
>>あの善亮さんが真柱を狙っているらしいんだ
なんの冗談だ。www
「おつくしは命のつなぎ」とかぬかす「善亮」が渡すおさづけじゃ、ますます効かなそう。
>>あの善亮さんが真柱を狙っているらしいんだ
なんの冗談だ。www
「おつくしは命のつなぎ」とかぬかす「善亮」が渡すおさづけじゃ、ますます効かなそう。
善助が真柱?面白いんじゃ無い?
笑えるし、おそらく今以上に別席とやらを運ぶ人が減っていくでしょう。
とどめの最終兵器、善助弾て感じじゃ無いでしょうか。
もうここまできたらコントの域ですよ。
でもまじで善助が真柱はんになったら歓迎だわ・・・
完全終了ってことでこの世が少しスッキリ気持ちよく住みやすくなるかもです。
世の中もよくなっていくかもしれませんよ・・・
5月26日 天理見聞録 その⑤
「月よりの神言」を配布していた駐車場で出会た市内の人が言ってました。
「知ってまっか 天理大とか図書館の職員の退職金が5000万円でっせ。
教授とちがいまっせ
ただの職員でっせ
5000万といったら政府の次官級官僚の退職金でっせ
それがただの職員の退職金に5000万 もう ほんとに狂ってるわ
まだ ありまっせ
本部は、テレビやその他もろもろの備品を買うとき見積もり取りまへん
みんな 業者のいい値のままですわ
本部の人間は ほんとに馬鹿としか言いようがありまへん」
天理大や天理高、図書館や参考館の職員に未信者が採用されますか?
あり得ませんよね。
必ず本部在籍者つながりの人がコネで採用されると考える方が当然ですね。
その様な職員に5000万円の退職金は、悪徳金融機関の迂回融資と同じでしょ。
本部の人間は、まるでヒルのようだ。
信者に張り付いて金を吸い取る吸金ヒルだな。
こういうのを「お手盛り」って言うんですよね。
村社会かつ、コネ社会!
原資はお供え。
資金洗浄されてコネ採用者の退職金となる。
しかも! 5・0・0・0 万円 !!!!!
組織維持のために使われるお供えで、命が助かる?
冗談・漫才・ブラックコントとしか思えない。
この話、周囲に拡散します。口から口へ伝えます。
衝撃的な話だ。
>「知ってまっか 天理大とか図書館の職員の退職金が5000万円でっせ。
教授とちがいまっせ
ただの職員でっせ
5000万といったら政府の次官級官僚の退職金でっせ
それがただの職員の退職金に5000万 もう ほんとに狂ってるわ
まだ ありまっせ
本部は、テレビやその他もろもろの備品を買うとき見積もり取りまへん
みんな 業者のいい値のままですわ
本部の人間は ほんとに馬鹿としか言いようがありまへん」<
仕事をして日々の生活の糧を得た経験の無い、金銭感覚など皆無に等しい連中のやりそうなことですね。こういう情報を得る者でさえ、頭がおかしくなり金銭感覚が麻痺しそうになります。まさにmad rerigion(狂った宗教)としかいいようがありませんね。東大法学部卒のキャリア官僚のように退職金5000万だけに留まらず、結構な「天下り先」も用意されているのでしょうか? 必要以上に巨大な宗教施設や構造物の建築、備品の購入も見積もり合わせや入札無しの随意契約。受注者はさぞかし儲かることでしょう。発注者には相当なキックバックでもあるのでしょうか????。 原資は全て信者の「お供え」ですよ!! こんなことが当たり前のようにまかり通ってもよいのですか。
5月26日 天理見聞録 その⑥
反省皆無の天理教本部の末路は さんより
2018年5月21日 1:51 AM
>中田善亮表統領夫人の実家は神奈川だそうです。また仲野芳行表統領室長は神奈川台分教会ですから、実兄
善司真柱に内緒でご親戚らにお金の工面を要請したというハニトラゆすられ事件の最初のお金が神奈川教区
から出たのは確実な話でしょうね。各数字からも資金力は全教区中でも屈指でしょうし。
側にいた人が南礼拝場の階段を見て次のように話してくれました。
「ほら見てごらん あそこの階段の所に境内係りが立っているだろう。
あの人の母親が神奈川にある教会の会長さんで神奈川教区の会計係りをしてるらしい。
随分前の話なんだがね、善亮さんがあの人の教会をよく訪れると言う話を聞いた事が有るんだが、善亮夫人は神奈川出身だから親しい間柄なんだろうと思い気にもしなかった。
教会は、湖東の部内の部内の部内ぐらいの末端に近い教会らしい。」
「21日の反省皆無さんの書き込み見て合点が来たよ。
威張り腐ってる本部中枢の善亮さんが末端教会を度々訪れるなんてやっぱりあり得ないよな。
やはり金だ。
反省皆無さんの書き込みは事実だと思うよ。
こんな所で後継者を見るとは思わなかった。
21日の書き込みを読んでいなかったらあの人に目が止まらなかったと思うよ。
神さんが教えてくれたんだね」
5月26日 天理見聞録 その⑦
以前、東京の知り合いの信者さんが、道友社の書籍を扱う都内の書店を回ってみたが教祖物語の4巻5巻が見当たらないと話していました。
そこで、天理の知り合いに暇な時でいいから三島の道友社をのぞいて見て欲しいと頼んでおきました。
その答えが「教祖物語の第5巻は絶版です」・・・
第5巻の後半は、戦後から100年祭までの大発展する天理教が数字やグラフで説明されてます。
昭和30年10月26日 午後席だけで一万人の長蛇の列・・・
90年祭 帰参者 200万にを越す・・・
100年祭 1月26日から2月18日までの なんと24日間・・・
この数字 今では 恥ずかしくて 遂に絶版・・・
過去の歴史を消し去るのは本部の常套手段です・・・
都合の悪い真実を知らせないとか、過去を隠すとか、歴史の改ざんとか、まるでジョージオーウェルの1984年の世界そのものです。天理王国という世界の中に信者たちは閉じ込められ、情報遮断の状況に長く置かれていました。しかしネットの普及した今、天理王国を見捨てて逃げ出す人が増え、天理崩壊物語です。
5月26日 天理見聞録 その⑧
5月の月次祭の様子は「驚き」の一言でした。参拝者の激減です。
祭典に向う本部員の一団が歩いて行く前にも後ろにも殆ど人がいないのです。
お勤めが始まった時点で東の回廊には、右に6人 左に4人しか座っていませんでした。
その先 教祖殿に曲がる角まで誰もいませんでした。もちろん角を曲がって教祖殿に向っても一人もいません。
教祖殿の外回廊にも誰もいません。
内回廊の角に4人座っていました。
御用場の中はスカスカ ざっと見渡して200人程度でした。
その先 祖霊殿までの回廊も数人が座っているだけでした。
中庭のパイプ椅子は、二基の灯篭の間に並んでいるだけです。
座っているのは、殆どが天理小中高生徒たちです。
南礼拝場前のパイプ椅子も少なくなっていました。座っているのは天理大の動員学生たちです。
境内に立っているいる参拝者も本当に少数でした。
南礼拝場の後ろの方は人がいません。東礼拝場も西礼拝場も隙間だらけでした。
以前の投稿で「天理教は関西のローカル宗教団体」と書き込みがありました。
26日は、気候も良く土曜日の休日です。それでも人がいないのです。
奈良、大阪、京都など近郷近在からも人が来ていない状況なのです。
もはや「関西のローカル宗教団体」以下の存在です。
神楽勤めの地唄が流れているのに境内の東にも西にも中庭にも回廊にも人がいないのです。
礼拝場も御用場も畳が見えるのです。
天理教本部など潰れてしまえばいいと思っている私でも、祭典中のほとんど人影のいない境内を眺めているとその衰退ぶりに少々恐ろしさを感じてしまいました。
人のいない回廊や御用場を歩いて行く本部員達は、心底青ざめていると思います。
何を聞いても、何も見てもお金集め以外考えていない宗教
良い所が分かりません。
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/
以前天理教青年会のことがこのサイトであがっていたので、
調べてみたが、
正直驚いた。。。
婚活パーティー
無人島プロジェクト、
英会話合宿。。。
やることはいいのだが、
採算は取れているのか?
天理教がやることだから、
おそらくお金はとらないのではないか。
とすると、
お金の出所は信者のお供えだよな。
だいすけくん、
君が目指すのは
金遣い荒い棟梁育成か?
宗教団体の青年部ではなく
イベント企画会社にしか見えなくてならない。
これに賛同するのは、
「ワクワクする」とかほざくアホな若者だけだろう。
ワクワクしようがしまいが、
混迷する社会でにおいて、
率先して真実の働きをする人となってくれ。
それこそが神が言う荒木棟梁ではないか?
日大の内田正人常務理事が辞任 「学内外に迷惑かけた」
https://www.asahi.com/articles/ASL613F7VL61UTQP00X.html
日大問題も一端収まりが付きそうです。一方 新興宗教天理教は?日大ですら世間からだけでなく保護者会、教職員組合など内部から内田体制が崩壊した。中山真柱体制は?今崩壊最中でしたか失礼しました。
5月26日 天理見聞録 その⑨
中山真柱体制が内部から崩壊する可能性は低いと思います。
その理由は、洗脳状態に陥っている要会員達の存在です。
以前、大亮君の養子縁組祝儀を断った直属は一つあると聞きました。
今回、その直属の名称が分かりましたが、さすがにこればかりは書けません。
会長さんが断った理由は、「祝儀に出すような金は、うちにはない」だそうです。
ほかに追随する会長さん方が一人もいないのです。
他の239人の直属会長は本部の言われるままです。
要会員は腑抜けた人達なのです。
本部を実質動かしているのは10人ほどだろうとのことです。
中田善亮・久保善平(二人は兄弟)
宮森与一郎・鹿尾辰文
松村義司・松村登美和(二人は兄弟 正善の女兄弟の家系)
仲野芳行
山澤廣昭・島村廣義(二人は兄弟・永尾家の出)
ほかに飯降・永尾・土佐・・・
この程度らしいです。ほとんど親戚だと知人は言ってました。
要会員240人の男どもが、この10人余りの人間の言いなりです。
全く馬鹿げた組織です。
要会員が日大の教職員組合のように叛旗を翻すことは、まずあり得ないでしょう。
やはり信者がお供えを止めるのが最良の方法と思います。
後は時間の経過と共に自滅するのを待つだけです。
しかし、自滅の進行は意外に早いかもしれません。
今月のガラガラの月次祭を見てその様に感じました。
>要会員が日大の教職員組合のように叛旗を翻すことは、まずあり得ないでしょう
カルトの中では反乱は起こらない。
信者一人一人がもう金輪際金は出さないこと。天理教に献金する=陰気暮らしです。天理教に献金する金があるなら、ビッグイシューでも買った方が神の御心にもかなうわけですし、本当の陽気暮らしだって達成できます。
退職信者さん
>以前、大亮君の養子縁組祝儀を断った直属は一つあると聞きました。
>今回、その直属の名称が分かりましたが、さすがにこればかりは書けません。
勇気ある行動なんだからむしろ実名を出して褒め称えるべきなんじゃないの?
実名を出せない理由がわからない。
5月26日 天理見聞録 最後です
なんということでしょう。
真柱御夫妻と大亮君夫妻の住まいが入れ替わっているらしいのです。
真柱御夫妻が離れに移り、大亮君夫妻が本邸に移っているというのです。
いつ頃からか聞いたら、はっきりしないがどうやら結婚式前後ではないかと話してくれました。
とんでもないことです。
真柱が離れに・・・・
本当に 本部は終わってますね。
今回、天理では何人もの方に多くの情報を頂き、感謝申し上げます。
これで終わりにします。
退職信者様、
多くの情報をありがとうございます。
いちれつに はやく 高額おそなえ いそぐから
せかいの こころも すさみかけ
退職信者様、貴重な情報をアップしていただき、ありがとうございました。
6月には自分の目で状況を確認します。
以前、退職信者様が須藤花井さんの予言を紹介してくださった中に、
「黒門前に死体が重なる」というような意味合いの文言が有ったかと思います。
そうなる前に黒門を撤去したのかと、姑息な対応に「感心」しています。
撤去は経年劣化を理由に挙げていたが、それだけの理由かどうかは神のみがご存知の事ですね。
世の中にはネットの匿名性を非難して、まるでネット情報は「偽」情報だと言わんばかりの
無知蒙昧の流れを作る輩がいます。
これは間違いです。
匿名での情報開示は正義に繋がります。(勿論、ウソはダメですが)
情報を見聞きした後の判断は、各人にゆだねられる訳です。
都合の悪い事を書かれる側は、自分の言動を反省することなく、匿名性を非難しても
説得力はゼロですね。
匿名での通報は企業内でも保証されつつありますが、まだまだ発展途上としか言えません。
ネットだけの発信ではなく電話での匿名情報のやり取りも有ります。
公衆電話が激減した今、公衆電話に代わる存在としての固定電話。
手続きが面倒で名義変更を放置しただけの電話が、今や貴重な存在になりました。
日本では今、正義がないがしろにされる世の中になっていますから、
聞き耳を立てて世の中の情報を集め、的確な部署に抗議する、これも一つの世直しでしょう。
社会的地位がない人間や貧乏人大嫌いな天理教
2018年6月2日 11:35 AM様
まさしく貴殿の投稿名の通りでしょうね・・・
宗教というのは弱者の味方、弱者に寄り添うべきものであるはずですし、教祖もその様な考えと立場を貫かれたと思いますが組織となると真逆にシフトしますね。
弱者の味方をしているふりをしながら全く力になっていない。
それが露わになって来たのでそっぽをむかれている。
国家も基本的には同じですよね。
弱者はやはり切り捨てられかねない存在です。
弱者を踏み台犠牲にして成り立っている組織など早く壊滅することを願うばかりです。
弱者は本当に弱者なのか?と問われればそんな事はないわけで・・
弱者に寄り添って弱者を味方につけれない組織は滅んで行くでしょうし実際にその様相を見せています。
貧乏人大嫌い!というのもその通りでしょう。
貧乏人からは組織の求める金銭を思った様に収奪できませんからね。
大嫌いであるにも関わらず貧乏人を大量生産する構造になっているという・
とにかく収奪し貧乏にさせておいて組織の献金額も減り完全に負のスパイラルに陥ってジリ貧になっているという・・・
真正のアホもしくはバカですね。
考えてみれば本当に最低な組織であることがわかりますね。
まさか天理教がこれほどバカだったとはほんの少し前までは思いもよりませんでした。
「天理教2.0になるためのコムヨシBLOG」さんが6月1日、又もや的確な考察をアップされています。
http://com-yoshi.hatenablog.com/entry/2018/06/01/%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%82%92%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%9F%E4%BF%A1%E4%BB%B0%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%81%8B%E3%82%89%E8%84%B1%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81
大亮さんにコムヨシさんほどの頭脳を望むことは無理にしても、せめて一読され、若くてもこんなに深く考え抜いて信仰をされている方もいると、ぜひ、学び取って頂きたいものです。
創価学会の池田大作が、本当は死亡しているにもかかわらず、死亡の発表が出来ないのは何故なのか。どこの組織も何故、人助けそっちのけで組織存続に執心するのか。大作は神様だから生きている事にしないと信者が離れるからか。
天理教でも本部を唯一無二のパワーポイントとし、教祖も生きて働き、存命とした事で、崇拝の土地・対象者が確保され、何とか信者の心を繋ぎ止めている・・
しかし学会も天理教も宗教は美味しいものとみえて、組織存続、保身の為の方策を恥じも外聞も無く考える。神と崇めた人間が死んだら普通、人は離れます。学会は今後、大作を200年も300年も生かす気か・・
その点天理教は存命として、上手にやった。今後学会も天理教の手管を真似るのかな。しかし、学会も天理教も金、金、カネと金集めにご執心していたら人心は間違いなく離れます。
宗教は上手くやれば甘い汁が吸えるのか知らないが、神の心に背いた事を続けるならば確実に親神に掃除される事を、何処のトップも知るべきです。
現真柱を離れに追いやり、だいすけ夫婦の住まいが本宅、と入れ替わっているのが本当ならば、善亮の目論み、腹の黒さが透けて見えます。頂点に君臨したい善亮と高山削ってロクジに踏みならしたいとおっしゃる親神と、どちらに軍配が上がるか言わずと知れた事です。天理教は教理改竄含めて、泣き面を見ない内に冷静な判断と実行は出来ないものか。
雑談、失礼しました。
教理と組織 どちらが大事?
教理あっての組織?
組織あっての教理?
これも二つ一つなのか?
信者増やして発展させたいなら、過去の事実と時代の流れを把握して、先を見据えて動かなあかん。
あっ、そういえば天理教は「先案じ」はあかんかったな。
結果より過程が大事。
良い方向に向かえば神の御守護
悪い方向に向かえば自分が悪い
悪い方向に向かっている、助かっていないように見えるかもしれないが、「実は助かっている」「こう考えれば助かっている、有り難い」
要は受け取り方次第のご都合主義な解釈なんやな。
またこれを上の人間が下の人間に求めてしまうからタチが悪い 笑
下の人間が上の人間に同じ理論言うたら叩かれるからな。あかんわ。
だいすけさんがツイッター始めて、青年会にも推奨しとるらしい。何故今頃始めたのか?検閲されているか分からないが、本当に本人の書き込みなのか?
LINEの青年会の公式もあるみたい。
はてさて、どうなることやら
>教理と組織 どちらが大事?
教理あっての組織?
組織あっての教理?
今の教団にとっては教理もへったくれもないんじゃないでしょうか?
とにもかくにも金さえ集まればそれでOK!てな感じじゃないでしょうか?
金さえ集まれば教理なんてどうでも良い、どうとでもなる、組織の維持存続のためならどんな手でも使う。
目的のためなら手段を選ばないというやり方でしょう。
パンダ統領がそれを証明してくれています。
人を救けて我が身救かる
ひとを たすけて わが身 たすかる
これは真理だと思います。
商売でも儲けたい、儲けたいでは儲かりません。
商売の継続さえあやぶまれます。
なるべく高く仕入れて、取引先に喜んでもらう。
できるだけ安く提供しお客さんに喜んでもらう。
そうやっていればそんなにボロ儲けはできないかもしれませんが、ちょっとやそっとでは潰れない商売ができるでしょうし、一番に信用というものを得ることができ手堅い商売ができるということです。
人生においても然り、幸せになりたい・・・だけでは幸せになれないでしょう。
他人の為にも働いて自身の人生も道が開けると・・・
まあ、社会自体がその様に原則的になっていますね。
漁師さんは人のために魚を取りに行く、お百姓さんは人に食べてもらうためにせっせと作物を作る。
天理教はこの真理を説いています。
で組織的にはどうなのか?
組織の信者、信徒、末端の教会の人々、苦しみもがき、のたうち回っている人々を救けることができているでしょうか?
救けることができているなら組織も真理のままに救かることができるでしょう。
しかし、救けるどころか苦しめているので真理のごとくたすからずに滅んで行くでしょう。
しかも、苦しんでいる原因、要因を自ら作り出しているという愚行・・・
苦しめておいて、救ける事はないでしょうね。
救ける気持ちがあるならはじめから苦しめないでしょうから・・・
子供を苦しめる親・・なんなんでしょうね。
>子供を苦しめる親・・なんなんでしょうね。<
彼らは言います。
「苦しめてるんじゃない。因縁の自覚をする事が大切。自覚して、因縁の納消をする事があなたの幸福、あなたや子孫の行く末の幸福の為なのだ。」
そしてそこには必ず「金」の話が出てきた。何百万むしり盗られたことか。
天理教は、色々御託を並べるが、彼らの本心をはっきり言っておきます。
「最後は金で解決に向かう」と言う偽教理です。
天理本部中枢部の人々・・・
当事者たちの意識・・・
「我々は神に選ばれし魂」・・・
もしくは「神の血を引く特別な存在」・・・
宗教カーストの最上位に君臨する神に近い存在で有る。と思っているのだろう。
実態は・・・
ただのな〜んでもない人間・・・
煩悩にまみれた、仏教で言うところの(我々となんら変わらない)ただの『凡夫』でしかない。
「楽をしたい」、「お金も欲しい」、「うまいものも食べたい」、「ちやほやされたい」など・・・
一般世間の人間となんら変わらないどころか
苦労を知らない、人の痛みを知らない、特殊な世界に生まれ育ち、特殊な世界で生き、世間を知らない「井の中の蛙」・・・
プライドが高い分、扱いずらい、タチが悪い、潰しがきかないなど
「虎の威を借る狐」ならぬ「教祖の威をかる・・・」だな
今、大炎上している日大問題。
アメフト部監督兼常任理事、コーチなどなど一部を処分した格好だが所詮はトカゲの尻尾きりにしかなり得ない。
これらは長年にわたって形成された負の体質だろうから抜本的な改革、しかも部外者による第三者的且つ客観的な視点で改革しないとなんら変わらないであろう。
しかし、今までの既得権益を享受してきた者たちの最大の抵抗により事はそう簡単には進みはしないだろう・・
これらは国の改革についても同じことが叫ばれて久しい・・・
このサイトで議論されている天理教団についても然りであろう。
こちらも負(腐敗)の体質から脱却できないでいるが・・・
全く、鏡のごとくに映るなり・・・である。
>今の教団にとっては教理もへったくれもないんじゃないでしょうか?
とにもかくにも金さえ集まればそれでOK!てな感じじゃないでしょうか?
金さえ集まれば教理なんてどうでも良い、どうとでもなる、組織の維持存続のためならどんな手でも使う。
目的のためなら手段を選ばないというやり方でしょう。
パンダ統領がそれを証明してくれています。<
当たり前のことですが、天理教システムを真似た麻原ショーコー率いるかつてのオウム真理教とそっくりですね。怖ろしいほど酷似しています。麻原は天理教システムのエッセンスを吸収したのですから、当たり前と言えば当たり前ですが、先々、天理教が地下鉄サリン事件に代表される一連の凶悪事件を引き起こさないことを祈ります。
宗教法人天理教を返上して、営利法人中山商店にすればいいのに。
宗教法人だからまともに納税しないでしょ?こんなに儲けているのに。
実態通りの営利法人に変更して、ちゃんと税金納めなさいよ!!!
天理教の方々にお願い。
因縁とか徳という言葉を使って志を奪わないでください。
恵まれた環境に生まれても、薬や賭け事に手を出して身を滅ぼした人は多い。一方、貧しい環境に生まれても心身ともに健康に育った人は多い。
ところが天理教家庭に育ったものは、幼少の頃より天理教用語を浴びせ続けられて、志までも奪われてしまうのです。天理教を継ぐのは当たり前という感覚。これが一番恐ろしいのです。
退職信者さんの投稿にあった大教会長クラスの自殺、夜逃げ、小さいというと語弊が有りますが、教会子弟が修学旅行に行けなくなった話など、は聞くだけでも心に大きなダメージを受けます。
天理教は、もう少し大らかな教えであるべきです。かく言う私も工業高校夜間部に受かっていたのですが、天高二部に行かされることになったのです。悲しい人生のスタートでした。
知人の娘さんも高校に合格していたにもかかわらず、入学金のお供えを上級教会から強要され、その結果「中卒」の学歴しか得られていません。
今もって就職もままならず経済基盤も不安定なまま。世間の「普通」からは明らかに下流の生活を強いられています。
こうした一人の人間の生涯にわたる不幸とその貧困の連鎖に対して、天理教は決して責任を取りません。
もう一度言います。
天理教はお金を取り上げた後の個人の貧困や困難などに対し、当事者意識は皆無です。決してアフターフォローも寄り添いも手を差し伸べる事も、相談にも乗ってはくれません。
このことを、声を大にしてこれから天理教に入ろうかと思っている人達全員に訴えたいと思います。
天理教は「いざ」と言うとき、本当に困った時、心からの力にはなってくれません。
修養科に入ろうとしている方々、別席を運ぼうとしている方々、絶対に金づるにだけはならないで下さい。「真実のお供えを神が受け取る。」などと言われても、神はお金は受け取りません。お金は絶対に出してはいけません。神が受け取るのは「心」です。
本部に集めたお金は人助けに使われていないと言うことを是非知って頂きたいです。
あなたが出したお金で上級や本部の人間を養っているに過ぎないのです。
あなたの大切なお金をドブに捨ててはいけません!
大亮!!、
2018年6月3日 9:48 PM の匿名 さんの書き込み、しっかり読めよ!!
だいすけさんのツイッターに、ここの書き込みを知らせてあげよう!
ツイッターで情報発信しているようぼくにこのサイトを教えてあげよう!
カルト新興宗教にマインドコントロールされた親は子供を守らない。天理教は確実にカルトです。
天理教は、全ての人を幸せにする宗教ではありません。特定の人のみが幸せになれる宗教です。
世界助けなんていう資格は間違いなくゼロです。
諸氏の天理教はカルトとの投稿に http://www.jscpr.org/boardmember のS.S氏は
どのような見解をお持ちだろうか?興味深いところだ。
匿名さん
もう一度言います。
天理教はお金を取り上げた後の個人の貧困や困難などに対し、当事者意識は皆無です。決してアフターフォローも寄り添いも手を差し伸べる事も、相談にも乗ってはくれません。
このことを、声を大にしてこれから天理教に入ろうかと思っている人達全員に訴えたいと思います。
天理教は「いざ」と言うとき、本当に困った時、心からの力にはなってくれません。
現役信者も一人残らずこの真実を知るべきですね。
匿名Z様
2018年6月4日 12:42 PM
諸氏の天理教はカルトとの投稿に http://www.jscpr.org/boardmember のS.S氏は
どのような見解をお持ちだろうか?興味深いところだ。
カルト宗教所属の人 が 脱カルト協会所属?名前だけ所属で何も理解できてないのでしょうね。他の方脱会経験やある程度の学位を持っている方々ですが正直恥ずかしい。
この鈴木正一(すずきしょういち)
1956年北海道生まれ。奈良県在住。天理教宗教事情調査研究会委員。
24年前に統一協会員の説得に関ったことから、天理教団内でカルト問題の啓蒙及び相談を行うことになる。現在は 教団内に限らずに広く啓蒙及び相談に関るようになった。
誰ですかこの人?この人が教団の各種問題に当たるべきですよね? 教義改ざん 問題をどうするんでしょうか? 天理教は名前ばかりのハッタリ宗教は確定です。片腹痛いわ
>天理教は「いざ」と言うとき、本当に困った時、心からの力にはなってくれません。
現役信者も一人残らずこの真実を知るべきですね。<
力になるどころか、根拠の無い意味不明な「因縁話し」を引き合いに出し、正直で真面目な人の傷口に塩をすりこみ、より多額の「お供え」を搾り取りにきます。まさに「弱り目に祟り目」の状態となります。騙されないよう、よくよく気をつけなければなりません。
退職信者 様
> 真柱御夫妻と大亮君夫妻の住まいが入れ替わっているらしいのです。
> 真柱御夫妻が離れに移り、大亮君夫妻が本邸に移っているというのです。
こちらの話ですが、私の信頼出来るとある筋の方からの情報によりますと、ガセネタだそうです。
こんなガセネタが信じられてしまう今の風潮に、危機感を持って欲しいところですね、大ちゃんに。
ちなみに、その情報元の方によりますと。
教団擁護派には自主的にネットをパトロールしてる人がおり、内容によってはそのパトローラーから大ちゃんへ情報が届いてるそうですよ。
直接では無いかもですが、ココへの投稿も大ちゃんに届く可能性はあると言う事です!
私はこれからも諦めずに、教団改革に向けた発信をしていきます!!
http://twilog.org/o_muthuki
#天理教を改革する
困っている時に助けてくれることもなく上納金だけは図々しく要求する。
信者が減って上納ノルマが大変だから、好条件の立地を生かして事業でもと思っても、本部が許可するわけでもなく。「お金出さないのに口だけ出す」という最低の存在が本部です。
お金を出すわけでもなく助けてくれるわけでもないので、いざというときの保険の機能すらないのに、なぜ口だけは出すのでしょうか?お金を出さないし助ける気持ちもないなら、口だって出すべきではないでしょうに。
大ちゃんや教団トップにとって「確信をついた都合の悪い内容」については、側近は今時流行りではありませんが「忖度」して恐らく耳には入れないのでしょうね・・
本人自ら自覚して世間の声 に敏感に、その声を自ら収集し、善いことは「善い」、悪い事は「悪い」でみずからの足元を見つめ、改善していく誠心誠意の良心と英断の実行力を持たないと。
人に教えてもらわないとわからないようでは、そんなリーダーは本当に馬鹿ボンボンで先が思いやられます。
仮にも本人に対し、情報遮断をしているようでは、天理教の未来は推して知るべしです。
一生懸命考えたのでしょうが、上滑りのお楽しみ会的行事で若者がついて来ると思う、その発想そのものが世間の若者を見くびっている。
世の中には深い思慮と、真理の探求に真向かっている賢い若者が、また、自分はどう生きるべきかを深く追求している若者が大勢居ると言う事を、お忘れなく。
教団擁護派?と言うのは意味が分かりません。 中山擁護派なら意味が分かりやすいですが、問題点は 中山擁護派の 中田善亮 が協議改ざんした事が天理教の終わりを告げた。その息子の大亮に何を期待するのでしょう?中山擁護派 は 教団はおろか天理教 破壊派です。何をもがいてももう終わりは見えてます。その終焉に対して大亮くんがどう対応するか?が見物なだけです。 中山家の罪を贖罪できるのか?これが出来ずして宗教家にあらず。
根本的な根絶やしにするためには
森友や日大のように告訴するしかないと思います。
それで世間の注目をあびれば無視はできないかと思います。
そこで、誰が、なにを告訴するのかとう議論が問題となります。
ある教会はもう6年も裁判をしていて一度は判決がでたのですが、その後もうじうじと係争中です。
さすがにしびれを切らしてきましたのでパンチ力のある議題が必要だと思います。
それを告訴できればいいのですが、新潮や文春への投稿でもいいかと思います。
本部は大教会をたすけ
大教会は分教会をたすけ
各教会は信者をたすけ
信者は世間の人をにをいがけでなく、親切心のみでおつきあいをする
たったこれだけのことができない団体は宗教とはいえないと思うのです
何故信仰しなければならないのか
何故天理教なのか
この答をめいめい違った答えでいいので説明できなければならないと思います!
5月26日 天理雑感
5月26日 新緑の頃 天理を訪れたのですが、境内の木々に芽吹きは感じられませんでした。
昨年から別席者のお供で、度々天理を訪れていました。
別席場の東駐車場の木々の枝先が枯れているのは気がついていました。
ケヤキや桜、カエデ、つつじその他の木々も皆非常に弱った状態でした。
今回、本部境内を歩いて回ったのですが、5月の芽吹きが無い木々は境内のあちこちに見られました。
三島神社の交差点から見た北大路のケヤキの殆どがその梢に新芽が見られないのです。
本部西の楠も梢が枯れていました。
振り返って見れば三島神社の杜は、新緑の若葉で溢れているのです。
商店街の吉川屋こんぶ本店前の広場に植栽されている桜の幼木でさえ枝先が枯れているのです。
私が見て、かろうじて元気な木は第三御用場の北にある5本のケヤキぐらいかなと思いました。
日本の各地にある神社には、かならずと言ってよいほど豊かな杜が存在しているのに、なぜ本部の木々は、これほど梢が枯れているのか・・・・?
私は、枝先の枯れている木々を見て、本部は神の守護が切れていると感じました。
教団改革・・・ 私から見たら馬鹿げた話だと思います。
秀司や山澤良治郎・為造親子が始めた偽りの教えです。
最初から詐欺なのです。
詐欺の何処をどのように改革するのでしょうか。
偽物をどんなにこねくり回しても 偽物は偽物です。
神からすれば「潰すしかない」存在です。
・・・・・
「月よりの神言」について
この本は、須藤さん存命中に3500冊出版されたそうです。そして、今回500冊の出版です。
天理教の信者数に対して合計で4000冊は、あまりに少ないと思いました。
この数字を聞いた時、この本の出版の本質は、人間に対する「神のことわり」だと思いました。
おふでさきにある「そうじ」「かやし」につづく最後の「ダメ押し」である思いました。
神が人間に対して
「ワシは、須藤花井(面足)を通して最後の大掃除の確認をした。その証拠が月よりの神言だ」・・・
「月より神言」は人類救済の書でもないし、人間にたいする警告の書でもないと思いました。
須藤花井さんが所有していたおふでさきの16号75・77は黒く縁どられ赤の3重丸がついていました。
16-75 もう 今日は なんでもかんでも 見えるでな 刻限が来たら 月日連れ行く
16-77 連れ行くも ちょっとの事では無いほどに 多く見えるが 誰も知ろまい
長い間 投稿させて頂いた事を感謝申し上げます。
本日をもって、投稿を終了させて頂きます。
弱肉強食なんやなー
生まれた時に立場や階級が決まる天理教。
どうあがいても…
となれば、離れていくわな。
天理教という枠から出れば、別の価値観や生き方、糧を得ることができる。
天理教という枠の中では限界がある。縛りがある。しば理、やな縛理。縛る理 笑
信仰しようがしまいが、組織に属そうが属さまいが、幸せを感じることが出来ればええんやないかな。
退職信者様
退職信者様から、「神様に感謝しながら陽気に生きるだけで良い」ということを教えて頂いたことは、私にとって大きな救いになりました。たいへん感謝いたしております。
これからも、教団に取りこまれて洗脳され、教団から離れるという選択肢も浮かんで来ない人々を救い上げるべく、警鐘を鳴らし続けてくださることを、切にお願い致します。
2018年6月1日 5:02 PM
退職信者さま
>5月26日 天理見聞録 その⑨
>中山真柱体制が内部から崩壊する可能性は低いと思います。その理由は、洗脳状態に陥っている、かなめ会(本部、大教会長、直属分教会長らの会)員達の存在です。
>以前、大亮君の養子縁組祝儀を断った直属は一つあると聞きました。今回、その直属の名称が分かりましたが、さすがにこればかりは書けません。
>会長さんが断った理由は「祝儀に出すような金は、うちにはない」だそうです。ほかに追随する会長さん方が一人もいないのです。
>他の239人の直属会長は本部の言われるがままです。
>かなめ会員は、ふぬけた人達なのです。
2018年6月1日 6:22 PM
名無しさま
>退職信者さん
>以前、大亮君の養子縁組祝儀を断った直属は一つあると聞きました。
>今回、その直属の名称が分かりましたが、さすがにこればかりは書けません。
≫勇気ある行動なんだから、むしろ実名を出して褒め称えるべきなんじゃないの?
≫実名を出せない理由がわからない。
調査の結果、中根と判明しました。祝儀を断った理由は、他の直属教会長には届いているのに唯一、中根だけに招待状が届かなかったという事だそうです。
この責任者は山澤廣昭前内統領で、後の成婚祝賀も含めて、気に入らない本部在籍者、つまり、悪の枢軸体制反対派の本部員にも招待状を出さなかったというから驚きです。おやしき(本部在籍)の「きょうだいの中のきょうだい」に対しても差別やイジメ。まさに身びいき・えこひいきの世界。世界一れつきょうだいなど何処へやら…。
社会通念上、招待状が届かなければ、お祝いもお届けできませんですよね?
島村廣義本部員が中根の世話人に就任したのが10〜11年前だそうで、それ以降10年にわたって会長夫妻に対して兄弟である山澤廣昭同様、執拗に、まるで小学生のようなイジメ、嫌がらせを繰り返したそうです。
大亮継承者の養子縁組が4年7ヶ月前ですから、まさにイジメの真っ只中だったのではないでしょうか。それで「本部がこういう酷い事をするならば」と、祝儀を断ったという経緯ではないかと推察します。
中根の石塚氏は素晴らしい。ここにその栄誉を称えます。
今回、他にも驚くべきお話をたくさん伺いましたが、詳細については皆さんのコメント状況を見ながら機を見て順次公開していこうと思います。
中根事件ネタは、間違いなく本部に引導を渡すツァーリ・ボンバと成り得ることでしょう。本部最低。
婦人会本部が創立110周年なのでお供えを集めるそうです。
趣意書の文面です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
会員の皆様へ
立教181年2月吉日
創立110周年 日々のお供え
趣意書
天理教婦人会は、陸橋183年(2020年)に創立110周年を迎えます。
この長い歳月は、私たちの親や先輩たちが、陽気ぐらしを目指して親神様のお心を
たずね、教祖にお連れ通り頂いた日々の積み重ねに他なりません。
そして今、創立110周年を迎えようとするこの旬に、道をつなぐ私たちは、今日ま
でお連れ通り頂いてきたお礼と、尽きせぬご守護への感謝と喜びの心を実行にうつし
て、親神様、教祖にお受け取り頂ける歩みを進めてまいりたいと思います。
その一つとして日々のささやかな節約の中から真実を積み重ねて、感謝の心を込めて
お礼のお供えをさせて頂きたいと思います。
会員の皆様には、この趣旨にご賛同頂きますようお願い申し上げます。
期間 立教181年(2018年)4月より陸橋183年(2020年)4月までとします
*お供えは、それぞれの所属委員部へお届け下さい。委員部より所属教会へ納め、
直属教会を通してご本部へ運んで頂きます
*賛同された方の氏名は、直属支部より婦人会本部へ届けます
天理教婦人会
創立110年の日々のお供えについて。
うちの大教会は独自のお供え願いを配布しており、本部が出した趣意書とは文面を微妙に変えているのが気にかかる。
昨日投稿されている本部趣意書を読んだ。
本部からの趣意書では「お供えはそれぞれの所属教会へ納め、直属教会を通して、本部に運んで頂きます。」と書いている。本部に行くお金と理解した。
しかし、うちの大教会では独自に作成した文書を配布していて、「お願い」と書かれた信者宛文書には、「賛同頂いた方のお名前は、婦人会本部へ届けます。」とだけ。昨日投稿された文面と比較してみたが、「お供え金は本部婦人会に運ぶ」とは書いていないのです。
昨日の投稿で今気がついたのですが、つまり、うちの大教会は、名簿は本部に納めるがお供え金は大教会でピンハネするので「本部に運ぶ」の一文は書けず、意図的に省略したのだと、感じました。
天理教のお金の流れと言うのは、途中でピンハネでも、何でも出来るのか。
言い方次第でどうにでも出来るんですね・・誠に不透明。少々のお金かもしれないが、チリも積もれば山になりますから、お金に困っている弱小大教会においては、110周年はピンハネの良いチャンスなのかもしれません。
だから文書を書き換えてまでも、信者に明瞭な説明が出来ないのでしょうね・・
上記の趣意書には、どこか悲壮感が漂っているように感じる。特に、「親神様、教祖にお受け取り頂ける歩み」って具体的にどうゆうことなの。結局、お供えをしろということなの。
あらゆる記念祭を「節」と呼んで、節から芽が出ると洗脳する。
一方で、「日々の積み重ね」を強調して、更なる洗脳を測る教団。
大教会の創立記念祭の参拝者数を3千人と見込んでいたが、実数は2千人に満たなかった。準備された3千食近い、サンドイッチ昼食の余りはどうなったのかと、あらぬ心配をしたものだ。
仮に、他系統の信者まで呼び込んで目標を達成したとしても何の意味があるのだろう。ゲスの勘繰りだが、真柱への取り繕いにすぎないように思う。
教会制度を廃止すれば、意味なく、かつ、際限なく続く「節」等消し飛んでしまうと思うが。
教会の人達を見ていると、もう、疲れ切ってしまっている感が漂うだけである。
婦人会も 中田善亮 と変わらん神を悪用した詐欺ですか終わってますわ 真柱はじめ中山血族は本当に当てにならない。大亮 のぶえ 夫妻もこの環境下で育つのだから尚更悪質な結末 早く中山血族を大人しくさせないと日大問題のようにとんでもない事態に成りますね。日大も来年の受験者数1万人減は下らないと言われてます。卒業生の就職に関してはアメフト部など直接の関与がない人間はさほど影響はないとのことです。
教団が信仰者が世に教えられること自体が宗教として体をなしていない。中山教でもよいけど、信者から部下から金まきが上げる事しか考えない泣かせることしか考えない 内田容疑者となんらかわらない。
もしかりに信者が消滅して、法人の土地を売却して逃げよう と甘く考えてるかもしれないが 信者は消えても人は消えないです。その頃には 天理教(中山家)被害者の会 が教団の対抗勢力 として反比例して増徴していき集団訴訟に発展する恐れはあるでしょう。宗教の皮で隠し切れないほど、露骨過ぎる もうすでに霊感商法に引っかかる可能性はある。それが大量に集団で告訴されたら中山家でももう太刀打ちできません。
世の中人の不幸を喜ぶものです。世間の人も オウム事件の再来? 日本史上最大の詐欺事件! 名を売って大騒ぎする日も違いでしょう。
>「親神様、教祖にお受け取り頂ける歩み」って具体的にどうゆうことなの。
>結局、お供えをしろということなの。
空疎な言葉の羅列で飾ってはいるが、意味するところは、金を出せ、という以外にはない。「親神様、教組」のところを、「天理教本部」と正直に書いた方がよい。神様は「嘘」はお嫌いである。
「我々本部は金が欲しい。多ければ多い程良い。大教会から末端教会まで、我々本部に、もっと金をお供えしなさい。取り敢えず、今度の「婦人会創立110周年記念」のお供えを、期待しています。
日々、節約して、誠真実の心を、本部にお供えしなさい。以上」
>教会の人達を見ていると、もう、疲れ切ってしまっている感が漂うだけである。<
確かにそう思います。
大教会へ久しぶりに参拝してみると、薄暗い部屋で化粧っけ無しのご婦人達が法被姿で、座っておられた。
天理教の教会長夫人などの集まりを見ていると、殆どが洒落気が無い。女性ならもう少し身なりに気を配ればいいのにといつも思う。
男か女かわからない様な顔では魅力的とは言えない。天理教の教会長婦人たちは、洗脳状態にあるから、自分を見失っているので、身なりにお金を使う事は罪なのだろう。自分を魅力的に見せると言う事は向上心の一つでも有り、活力の源なのに。
女性が女性として自分の良さを見つめる試行錯誤、女性としての当たり前の興味から目を背け、自分を無くする事を良しとしている人が、全てに於いて人を正常な方向に助け上げる事が出来るのだろうか?
色々な意味で、自分を大切にする事から「人助け」は始まるのだと思う。
洗脳は自分を見失わせ、自分を生きる事を出来なくさせる。教会の方々は生きると言う人生の舞台において、自分が主人公である事を無意識の内に否定させられ、「自分」に気がつかず楽しむ事もせず、命を閉じる。哀れな人達だなあと憐憫の情にかられます。本当にご愁傷様です。
教会にもよるのでは?
子供が生まれるまでは「つけまつげ」をしていた会長夫人もいるし。
親会長夫人は70過ぎてもバッチリ?メーク。お下げ渡しの服をバザーで見ると、ケバ系?というのかな、派手な模様で買う人いるのか、っていう感じ。
でも匿名さんの言わんとする点はよくわかります。
自分の人生だから、一度だけの人生だから大事に生きなくてはいけないですね。
ハッピやお勤め着って、廃止してほしいよね。
そもそもハッピって旦那が雇っている使用人や、出入りの人に配ったらしい。
我が家の古い写真に金持ちだった祖父が姓を染め抜いたハッピを着た写真が残っている。
天理教団として、所属教会としての「一団の帰属意識」を表す意味合いとしか思えない。
(私はぼろ隠し兼作業着の一つとも感じているが)
信者はお勤め着を購入するわけだが、結構な価格だから亡くなった方のお古も使われる。
一般信者にとっては借り着で十分だ。
教会経営者は事業の一環で必需品だろうが、業界保護の観点も有るのかもしれないね。
天理本通りの宮森さんって内統領の親戚?まぁ、どうでもいいや。
本部と青年会の状況に虚しさを感じるせいか、ついつい投げやりな感じになってしまう。
もう、つぶれる流れにはまっている様だ。
書き忘れを追加させてください。
婦人会の貯金箱としてペットボトル利用の物が配られていましたよ。
あいさつ文がボトルに巻き付かれていたが誰も読まないだろうね。
110周年記念と言えば、当然10年ごとに又ありますね。
そもそも10年刻みの記念祭なんて世間では聞かないのでは?
賢明なる皆さんが既にご指摘の通り、「お供え」の補強でしょう。
入る額が減るのならば出すのを調整するのがまっとうな人でしょうね。
親は絶対
滅私奉公
尽くして伏せ込め
不足は命が途切れる
本部が至高
子に繋げろ
あかん!カルトや!笑
>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
会員の皆様へ
立教181年2月吉日
創立110周年 日々のお供え
趣意書
天理教婦人会は、陸橋183年(2020年)に創立110周年を迎えます。
この長い歳月は、私たちの親や先輩たちが、陽気ぐらしを目指して親神様のお心を
たずね、教祖にお連れ通り頂いた日々の積み重ねに他なりません。
そして今、創立110周年を迎えようとするこの旬に、道をつなぐ私たちは、今日ま
でお連れ通り頂いてきたお礼と、尽きせぬご守護への感謝と喜びの心を実行にうつし
て、親神様、教祖にお受け取り頂ける歩みを進めてまいりたいと思います。
その一つとして日々のささやかな節約の中から真実を積み重ねて、感謝の心を込めて
お礼のお供えをさせて頂きたいと思います。
会員の皆様には、この趣旨にご賛同頂きますようお願い申し上げます。
期間 立教181年(2018年)4月より陸橋183年(2020年)4月までとします
*お供えは、それぞれの所属委員部へお届け下さい。委員部より所属教会へ納め、
直属教会を通してご本部へ運んで頂きます
*賛同された方の氏名は、直属支部より婦人会本部へ届けます
天理教婦人会<
上記文面、どこのどなたがお考えになったのか存じませんが、見事な詭弁ですね。悪質さに脱帽しました。
人を騙すテクニックにかけては、天下一品ですね。しかし、これまでのように事は運ばないでしょう。信者は馬鹿ではありません。「人を騙して己助かる」という虫の良い考えは、いつまでも通用しないことをお忘れなく。
1
またお金集めるんですか?あきれた。中抜き横行すると思います。新興宗教じゃ献金を上納するときに中抜き当たり前です。それで家建てたとかね。どこの新興宗教でも噂はいろいろありますわ。
天理教の女性たちがおしゃれも化粧もできずといいますが、天理教だけじゃないですよ。新興宗教は献金ノルマが大変で、物質的にも精神的にも疲弊しきっているので、北朝鮮の女性たちみたいにおしゃれもできず年寄りじみてみえます。新興宗教をやっている人が全然幸せそうに見えないのはこれが大きいでしょうね。
まあ、教会に繋がっている限り、他の人の手前もあり、幾ばくかのお供えはせざるを得ないのでしょうね。講社祭りの際に金封を持ってこられれば無視できないでしょうし。全く、腐れ縁とはこのことでしょう。
この10年を顧みただけでも教祖100年祭、大教会創立記念祭、大教会長就任奉告祭、上級教会の神殿補修及び創立記念祭と、今回の婦人会、青年会記念祭、さらには近々発令される所属教会の記念祭あり。
もう、止めてけれー、と言いたくなるでしょうね。幸いにも私は無関係でした。
匿名
2018年6月6日 4:27 PM
>>親は絶対
>>滅私奉公
>>尽くして伏せ込め
>>不足は命が途切れる
>>本部が至高
>>子に繋げろ
>>あかん!カルトや!笑
その通りです。
これまでに歪められた教理の多くは
神の権威を利用した「教団に絶対服従する奴隷化のための洗脳システム」といっていいでしょう。
教祖は組織化には反対だった。
金銭で救済されるなんてことも説かなかった。
現教団の「利権化による腐敗」も見抜き見通しだったのでしょうね。
>教祖は組織化には反対だった。
>金銭で救済されるなんてことも説かなかった。
失礼ながら少々違うと思います。
「こう(講)をむすぼやないかいな」とのお言葉からすれば、信者の組織化、拡大は推奨していたでしょう。
勿論、当時の「天皇を神とする国家神道しか説けない教会」という組織には反対だったでしょうが、教祖の教えを守る人達が寄り集う「講」は認めていたはずです。
また、「金銭で救済される」とは説かれていませんが、一下り目の文言を考えれば、『金銭を使って救済する方法』は認めていたと思われます。勿論、貧困者や貧乏人に「施しや分け与える」といった単純な事ではありません。「金銭を使って皆で働き、皆が豊かになる事」がうたわれています。
勿論、現教団の説く「お供えをすれば病気が治る」とか「お礼の金額が多ければ多いほどご守護が有る」等という論法は完全な頓珍漢ですから無視しましょう。もともと、自分個人が救われれば良いという教えではないのですから。
おやさまは金銭を「本部」に運ぶ事で救われるとは言っておられない。自分の金銭は周囲の弱者、困難者の為に使って、互い立て合い助け合いをしなさい 、と言う事だと受け止めています。働くとはハタハタを楽にさせる事だと、聞いた事があります。働くとは自分はもとより「ハタハタの為に働く」事。これは神の心ですね。困難に遭遇している者もいつ迄も施しを受ける事を当然としないで、「働く」と言う事を念頭に生きること。
加藤ハルアキ様が書かれている様に、「金銭を使って皆で働き、皆が豊かになる事。」が神の望みだと思います。
それにしても、人を助けて我が身助かると叫びながら、現本部のしている事は「金銭かき集めて、自らは働かず、人に助けられながら、ハタハタを泣かしている。」現実があります。
親神様の心に一番遠い所に居るのが現本部なのではないでしょうか。
先ずは、6月6日の投稿で教祖100年祭は、教祖130年祭の誤りでした。失礼しました。お詫びいたします。
ところで、話題は逸れますが、蓮池薫さんの言葉が朝日新聞に掲載されましたので、その一部を紹介します。
>「子どもたちも『お父さんに言われたから日本に来て暮らした』というだけでは、彼ら自身の人生にならない。苦労してもいいから、自分の考えで自分の進む道を決め、達成できればうれしさを味わえる。そういう経験をしてほしいと願いました。北朝鮮には今も、自分の人生を何ら決めることを許されないまま拘束されている拉致被害者がまだいることを、ぜひ想像してほしいとおもいます」<
天理教も北朝鮮と似たようなところがあります。天理教の教会に生まれたものは、有無を言わせず信仰を継がなければならないという固定観念を植え付けられてしまうのです。その矛盾に気付く年齢に達した時の心の葛藤は言葉に表せないほどの苦悩に満ちたものになるのです。
教団本部の中枢の方々、少しは蓮池さんのような厳しくも慈愛に満ちた考えをお持ちですか。
誠真実だとか親神・教祖にお受け取り頂ける歩みのためのお供えを催促するような態度は、あまりにも恥ずかしいと思いませんか。
訴訟要点
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
①日参、お供えの強要
②おさづけのお礼の強要
③ひのきしんという無償労働の強要
④上級教会への上納金ノルマ
拒否したのであるなら、強要という不法行為となり、慰謝料請求ができます。
但し、3年以上前のことは、時効により請求権が消滅し、時効援用があると請求は認められません。
昨年10月以降何も更新されていませんが・・・
もう更新はされないのでしょうか?
Twitterで発信されている内容があまりに面白いので紹介します。
恐らく婦人会の話し合いの中の事でしょう。
真柱夫人から後継者問題が話された。
これを受けて教区、支部でも形になる事をしようと。
「ど天然の奥さん」が提案。
**** お接待の勉強会 ****
後継者?お接待?
「接待は質素にすべし」と、本部は一言発信してほしいね。
大亮さんにネット情報をご注進している人がいるとの噂を受けて、
これこそ「ご注進」してほしいとお願いしますよ。
婦人の皆さん、だれも反対されなかったようですね。
ところで!
この掲示板に書き込みをしているせいか、PC画面に嫌がらせを受けています。
目障りなのだろうね。ウイルスソフトは毎日更新しているのでITに詳しい人がやっているとしか思えません。この掲示板を閲覧したあとにだけ起きる現象だからです。
症状はフラッシュがピカピカするように画面が黒白反転します。
対応としては一度ネットを遮断すれば解消します。
他の方々は同様の嫌がらせを受けていませんか?
被害は自分だけとすれば、過去の投稿でよほどの痛手を負わせることに成功していたからか?
まぁ、どうでもいいけどね。
天理教に文句を言うことに腹を立てる人って、想像するとネトウヨとの共通点を持つ人かな?
おかしいことを「そりゃぁおかしいだろう?」と指摘することは信者としての責任感からの行動。
本部の言いなりに動く人は本部崩壊に加担していることを自覚せよ!
>天理教も北朝鮮と似たようなところがあります。天理教の教会に生まれたものは、有無を言わせず信仰を継がなければならないという固定観念を植え付けられてしまうのです。その矛盾に気付く年齢に達した時の心の葛藤は言葉に表せないほどの苦悩に満ちたものになるのです。
教団本部の中枢の方々、少しは蓮池さんのような厳しくも慈愛に満ちた考えをお持ちですか。
誠真実だとか親神・教祖にお受け取り頂ける歩みのためのお供えを催促するような態度は、あまりにも恥ずかしいと思いませんか。<
私が、その典型的な例です。私は末端分教会の長男(天理教的に云えば後継者)として生まれましたが、幸いにも、大学卒業後、直ぐに社会に出て働きました。大学で習得した知識や社会経験の蓄積は、私が現天理教から離脱する良いきっかけとなりました。私の両親は現天理教に完全に洗脳されているので、世間的に家を継がなければならない立場にあった私は、「家=現天理教」を選ぶか、「一般社会の良識・常識」を選ぶか、随分、思い悩みましたが、結局、現天理教から離脱する道を選びました。私と同じように「心の葛藤」に悩み苦しんでいる若き後継者と呼ばれている皆さん。皆、それぞれ複雑な事情があり、思い悩んでおられることと思いますが、「何が正しく、何が間違っているか」、しっかりと自らで見極め、自らの良心に従って、しっかりと己の人生を歩んでください。
婦人会本部から趣意書なるものが出ましたが、文面に・・・道をつなぐ私たちは、今日までお連れ通り頂いてきたお礼と尽きせぬご守護への感謝と喜びの心を実行にうつして、親神様、教祖にお受け取り頂ける歩みを進めてまいりたいと思います。・・・・とあるが、本部婦人会がこのことを趣意書で訴えるのは良しとしても、各婦人会員には、色々な実行の仕方があって良いのではないか。それなのに、婦人会本部自らが本部へお供えをしょうとしか強調していない。下部組織が趣意書を全婦人会委員に呼びかけるならまだしも、お供えをする気持ちを受け取るのは神様でも、実質は本部に集金される。受け取る側が皆さんお供えをしましょう!氏名を届けます。はあり得ない。 婦人会員には・・・日々のささやかな節約の中から真実を積み重ねて、感謝の心を込めてお礼のお供えをさせて頂きたいと思います。・・・・2年間に渡り、薄く、広く集めようとのことだが、相当の金額が本部に集約されるのではないか。会員には節約させておいて、集まった資金はどのように使うのか不明なままでは、あまりにも酷いのではないだろうか。特別に集めたお供え故、使途の公表があってしかるべきではないか。
本部に勤務している人は、あんな違法な低賃金のようなとても安い給料でよく生きていられますよね。
神に対する感謝を示す行動=献金という発想が理解できません。神に感謝した結果の行動は隣人愛の実践で十分ではないでしょうか。神にとって人間界で使用される現金などなんの価値もありません。むしろ隣人愛の実践こそ神の望むところです。
崩壊 様
天理教は、余りにも形式になりすぎたのでしょう。
大教会長の就任一つをとっても、何故こんなに大層になるのでしょう。お運びからお許し、事前の事務処理たるや想像を超える煩雑さ。続く就任奉告祭。それに伴う真柱夫妻及び大亮夫妻のお入り込み。2時間にも及ぶ祭典の仰々しさ。何一つとっても、辟易することばかり。これらを神が喜ばれるとは思いませんが。
何事も簡素化が図られる今日、何一つ進歩が見られないように感じます。
二部同窓生が末端教会の祭典時に扈者を勤め、膝行する時に膝が痛くて大変だと言っている。80歳ともなれば致し方がないことですが、後を継ぐ者がいないそうです。
教祖はこのようなことをせよと仰ったのか。いつまで神道形式を続けるのでしょうか。
本部の人達は末端教会の悲しいほどの現実を何も分かっていないと断言できますね。
東風Z様
〉二部同窓生が末端教会の祭典時に扈者を勤め、膝行する時に膝が痛くて大変だと言っている。80歳ともなれば致し方がないことですが、後を継ぐ者がいないそうです。
扈者を勤めるのに膝が痛い? 代わりをつとめる後継者がいない? それは本部の責任ではなくて、人を育ててこなかった自分たちの責任でしょ? 何でもかんでも他人のせい、本部のせいというのはいただけない。
かな子
2018年6月8日 9:52 AM
本部に責任はあります。まず教義に背き今の上下組織を形成してきたなど上げたら限はありません。
本部といいましても本部機能に悪しき因縁拝金主義の中山家とその血族がいるのが大問題です。真柱が発布する 諭達(ゆたつ)を全豪代々ご覧に成るとわかる。教団の大半の人はその諭達通り実行してきた。【道の者は道一条】は最たるものしかしそれを実行してきた集団が今の様 この責任を他人の性?と言い切れるわけはない。仮にその責任を取らなくてもいいとする しかし真柱の中山家には 諭達の失敗の責任 はとって頂く それはおろか教義改ざん を平気な顔して行うその人間性を疑うべきだ。中山家もその血族も真柱すら神ではない。もう一度いう真柱は神ではない。責任は必ず取らせる。人が取らさなくとも神が取らせる。
現行本部は【ご恩法事は金】の教義改ざんも言い訳をして責任逃れをしているようだが内心落ち着かない日々が始まったと思っているだろう。「蚊の鳴くような日が来るで お助け人が助けを呼んでも誰も助けてくれへんで」
教祖もそうおっしゃっていたがそのような日が来ただけだろう。もう本部員はおろか中山血族の心にも蚊が飛んでいる。
かな子 様
仰ることは、ごもっともです。自己責任ですよね。嫌なら私のように見限ればいいだけのことですから。
でも、考えてみてください。天理教がそんなに素晴らしい宗教でしょうか。天高二部同窓生の名簿を見ていても出直し者の多くは末端教会長なのです。哀れですよねぇ。苦労して苦労した末のこの結果ですよ。
同窓生の教会の雨漏りのした会堂の屋根のブルーシートを見れば涙が出ます。本部ばかりが立派になったって何が素晴らしいんですか。
私も仕事の上では苦労をしましたが、80歳の今も薬の服用もなく、10㎞位だったら楽に歩いています。
ただ、同窓会での会話やこの欄への投稿を見ていると、性懲りもなくいつまでも神道形式を維持している教団本部に愛想が尽きたことです。
自己責任だけでは片付かない問題が多すぎると感じているのです。それだけのことですよ。
教祖がお出直しになった翌日に、はせ参じた信者さんの集合写真を持っています。皆さん、ハッピ、おつとめ着や教服は誰一人着ていません。寒い時期だったから大人も子供も普段着にどてらのようなものを着込んで写っています。
それでいいんじゃないですか。教祖が亡くなる直前に勤められたおつとめ着は今のようなものでは無かったことだけは確かでしょう。形式に流れ過ぎた天理教なんて真の姿ではないと思っているんです。
かな子 様
>扈者を勤めるのに膝が痛い? 代わりをつとめる後継者がいない? それは本部の責任ではなくて、人を育ててこなかった自分たちの責任でしょ? 何でもかんでも他人のせい、本部のせいというのはいただけない。
80歳の信者さんが扈者を勤めておられて、膝が痛いと仰っているのですから、もしあなたが信仰者であるならば、「ご苦労様です。会長さんもお喜びですよ。」と励ましの言葉は出ないのですか?
また、人を育てると言うのは本当に大変な事です。
本当に人を育てて来た経験のある人は「あなたの責任だ。」なんて、切って捨てるような言葉は決して出ないでしょう。
それは、人を育てると言う事の大変さが分かっているからです。
>それは本部の責任ではなく人を育てて来なかった自分たちの責任でしょ?<
何をお気楽言っておられるんでしょうか。
教理を捻じ曲げ、「つまり金が欲しいんだ。」と言う最終的意図が透けて見えるから人々は苦しみ、長年の内に人が逃げたのです。
本来の教理を曲げる事なく今に至っていれば放っておいても人がどんどん増えている筈です。何も80歳越えの人が膝が痛いのにもかかわらずそんなお役はしませんよ。とにかく人が居ないんです。信者が居ないんです。我が教会でも足腰に痛みを抱えた高齢者ばかりで座椅子を上段に上げて、お互い声をかけ会いながら、身体をかばいあって勤めています。
信者は両親が一生懸命育てて来ました。しかし本部、上級からの金集めの号令には逆らえなかった現実があります。
だから新たに人が増えない。あまりの不真実に子、孫世代もそっぽを向く。「天の貯金とか言われてお金をいっぱい教会に持って行った。自分らは我慢させられ、天理教していて何かいい事あるんですか」と言われてしまう。本当にそうです。お金じゃ無いんです。信仰は。
ハッキリ言います。責任は、本部にあるんです。両親は本部の言う事に一生懸命従って来たに過ぎません。育てなかったのでは無い。真実誠の心を持って育てる事が、その環境下に於いてどうしても不可能な現実があった。
その結果としてこの衰退です。近い将来、信者が居なくなると言う「宗教団体としての消滅」(ただし、建物、不動産は残るでしょう。本部の人間は食いつないで行くのでしょう。)が現実味を帯び、この責任は本部にある、と断固としてそう思います。
>ハッキリ言います。責任は、本部にあるんです。両親は本部の言う事に一生懸命従って来たに過ぎません。育てなかったのでは無い。真実誠の心を持って育てる事が、その環境下に於いてどうしても不可能な現実があった。
その結果としてこの衰退です。近い将来、信者が居なくなると言う「宗教団体としての消滅」(ただし、建物、不動産は残るでしょう。本部の人間は食いつないで行くのでしょう。)が現実味を帯び、この責任は本部にある、と断固としてそう思います。<
全く同感です。先祖の教え通り真正直(クソ真面目でクソ正直・・・下世話な表現で申し訳ありませんが決して軽蔑の意味ではありません。)に本部に従ってきたに過ぎません。洗脳された者が辿る最も情けなく哀れな結末です。本来、真正直で善良な人達を騙し、洗脳したのは本部に他なりません。近い将来、「宗教としての天理教」は間違いなく消滅します。消滅後に残るものは、形骸化した建築物や構造物の残骸、そして、残された「お供え」で安楽に食いつないでいく一握りの愚かな人間達です。
少し手前勝手な投稿になりますが、あえて書きます。
規模の大きい公益法人の管理職をしていました。部下の男性職員には「君」付けで、女性職員には「さん」付けで呼びかけていました。定年退職後は他の公益法人に再就職しましたが。その日から元の職場の職員全員に「さん」付けで呼びかけました。これが良好な人間関係を維持する基本です。
ところが、天理教ではどうでしょう。就任直後の若い上級教会長は、年配の部下教会長を呼び捨てにしている姿を見ました。何という失礼な態度かと悲しくなりました。
人助けを標榜する宗教にあるまじき傲慢さは信頼関係を失うのに十分すぎると思いました。
それが現行天理教の姿です。
昔だったら「不足するな」で切り捨てられ、物言えば唇寒しでしたが、ネット社会になり、今では皆さんそれぞれが歩んでこられた人生からの真の言葉を交換することができるようになりました。
そうした中で、「かな子様」が発信された言葉は婦人の言葉とは到底思えません。温みの心が婦人の本分と婦人会で話されているようですが、もしや「なりすまし」かとさえ感じてしまいます。
「婦人としてのなりすまし」だとすると、「婦人」を貶めていることになりますね。天理教内にも見られる男尊女卑の感性の持ち主が語っているように見えます。
ネットだから「なりすまし」もアリだと承知していますので内容そのものに目を向けます。
かな子様は日本に蔓延している「自己責任論」の悪しき風潮に影響されておられるようにも見受けられ、信仰者としてはいかがなものかと、余計なお世話かもしれませんが、ちょっと、考えてみてはいかがでしょう。
「自己責任=自分たちが蒔いた種」は天理教の場合、一般社会と比較して「種まき」に教理的意味を付加して受け止めますね。その際、各人の背景にまで目配りをしないままに「自分たちが悪い」と指摘したところで、本当は何のアドバイスにもなり得ません。
責任の所在についてのかな子さんのご意見について。
>自己責任=自分たちが蒔いた種」は天理教の場合、一般社会と比較して「種まき」に教理的意味を付加して受け止めますね。その際、各人の背景にまで目配りをしないままに「自分たちが悪い」と指摘したところで、本当は何のアドバイスにもなり得ません。<
全くその通りです。「かな子さん」のような短絡的な発言が出来るのは恐らく、教団の理不尽に苦しんだ経験や教理が捻じ曲げられていると言う認識の無い人だからなのでしょう。衰退の元凶、その「背景」に目を向けて居ない。
そのお気楽さこそが、今日の衰退を招いた原因の一つでもあるのです。かな子さんの思考の浅はかさは「本部スタンス」と同等で教会を預かる人間の一人として一言申し上げずにはいられません。
教団都合に偏った偽りの教理を改め、教祖の教えの回復を含めます。
組織改革、誠真実の善なる精神に基づいて、早急なる改善、英断 を本部に求めます。
「含めます」は「求めます」の入力ミスです。
後継者を育てようにも子供たちはどんどん棄教し、もちろんこれからの人が新たに入信するはずもない衰退期のカルト。未来なんかないよ天理教なんかに。沈みゆくタイタニックからどんどん逃げ出していく。。。
本部は下からの上納金0でも経済的に困りません。大教会以下は自分たちの糊口をしのぐことだけ考えるべき。本部からの献金上納は断固としてお断りすべし。そして本部の勅許なんかいちいちとらなくていいから、立地条件のいい教会だけでも、なんらかの事業をして信者が0になっても生活していけるようにするべき。
神の代弁者だと勘違いしているのでしょうね。人間集団天理教本部は。
教会長の任命をもらう時のうやうやしさとその仰々しさに笑ってしまった!ハハあ~と頭を下げてお殿様から紙切れを扇子の上に乗せてもらったかな。しっかり下からお顔を見たが、お殿様はお世辞にも幸せに溢れたお顔では無かった。あの、心が何処にあるのかわからないような芯の無い顔。行事としてやらされてる感の漂う空虚な異様な空間。虚しさがこみ上げて来た。
問題山積のトップの席に座らされ、密かに背後で誰かが手綱を引いている・・自分らしく生きる事を封じられた、苦いお顔。したく無かった聞いている真柱職。可哀想としか言いようがない。
上記の匿名さんの投稿にありました、>自分らしく生きる事を封じられた、苦いお顔。<
本当にお気の毒ですね。人は何故このような立場の人を作りたがるのでしょうか。もっとフラットな立場、形にすればと思うのですが、その気配すら感じられません。
表彰制度を非難する気はありませんが、天理時報も、教信徒の表彰記事を掲載するよりも、フラットな立場、形の雰囲気づくりの記事を考案すればいいのに、随所に「様」付け記事を書いて、その上に、時報は「神様と教友を繫ぐ“道具”」として使われる・・・、と書いているが、そうであるならば、教祖の真の道すがらを披歴することが先決だろう。隠し事ばかりの教義記事なんて道具たりえない。
ある人から聞いた話。こかんさんは十三峠を越えられたと教えられたが、実は暗峠を越えられたのが本当だと。どちらが本当なのか。当時の十三峠は治安面でも危険だったそうだ。一方、暗峠は当時から峠茶屋もあり安全な道だと聞いた。少々、遠回りでも安全な道を選ぶのが常識だろうに。ましてや、大金を携えての道中であれば尚更だろう。今も暗峠を行くハイカーは多いと聞く。
今日、又聞きですが、真柱様が出先の東京で、脳血栓になって入院されていたとか。天理に帰ってからリハビリされているそうですが。六星占術、健弱の年、4.5.6月と大殺界のど真ん中、大当たりです。何度も警告が出されていたのに、霊感のある者ゼロの中山家では気付く事ができないようです。
閉鎖された「お供え掲示板」でどなたかが、ふらついた真柱に早期の検診を勧めていた書き込みを読んだ記憶が在ります。霊感が無くても一般常識からでも責任ある立場の人の健康管理には高い意識をもってほしかった。
神の立腹ですね~ 真柱にもしものことがあるならば 好き放題やりたおした 中田善亮 は教団追放 大亮 連帯責任で 失脚 した方がいい。 近頃当教会や上級でもあからさまに本部批判がはじまってます。そうしないと信者を繋ぎ止められない状態です。「真柱に頭の身上」と聞いたら当系統の人は「ほらみてみ~善亮さんが阿保!いや馬鹿やしたからや~」て成るのが目に見えます。何故これほど愚かなのでしょう。何故真柱を大切にできないのでしょう。ならば真柱は要らぬとなるだけです。後継者候補の大亮さんは真柱に成らなく良いという声も聞こえます。高校時代の同級生から非常に評判が悪いです。父親と似て女好きだとか聞きました。正直中山家は何してるの?と信者さんでもいう感じです。
>本当にお気の毒ですね。人は何故このような立場の人を作りたがるのでしょうか。もっとフラットな立場、形にすればと思うのですが、その気配すら感じられません。
表彰制度を非難する気はありませんが、天理時報も、教信徒の表彰記事を掲載するよりも、フラットな立場、形の雰囲気づくりの記事を考案すればいいのに、随所に「様」付け記事を書いて、その上に、時報は「神様と教友を繫ぐ“道具”」として使われる・・・、と書いているが、そうであるならば、教祖の真の道すがらを披歴することが先決だろう。隠し事ばかりの教義記事なんて道具たりえない。<
「世界一列は皆、兄弟姉妹」というのが天理教本来の教理であったはずです。いつのまにか、誰の仕業が存じませんが、教理が歪曲されて、本来の教理と正反対のものになってしまいました。本来、フラットであるべきものが、今ではピラミッドと化しています。もういい加減に「将軍様ごっこ」や「皇室ごっこ」のような「悪質極まりないお遊び」は、お止めになったらいかがでしょうか。
>ある人から聞いた話。こかんさんは十三峠を越えられたと教えられたが、実は暗峠を越えられたのが本当だと。どちらが本当なのか。当時の十三峠は治安面でも危険だったそうだ。一方、暗峠は当時から峠茶屋もあり安全な道だと聞いた。少々、遠回りでも安全な道を選ぶのが常識だろうに。ましてや、大金を携えての道中であれば尚更だろう。今も暗峠を行くハイカーは多いと聞く。<
こかんさんの「大阪布教」も眉唾ものであるという説もどこかで聞いたことがあります。(真偽の程は不明です)。当時の交通事情は全く存じませんが、暗峠や十三峠を越えるよりも、奈良県王寺町から大阪府柏原市へと通じる現国道25号線を辿るルートの方が安全だと思うのですが、所詮、私にとっては「どうでもよいこと」にすぎません。
真柱様はご自分の健康には気を使われていなかったのではないでしょうか。そして真柱という地位にも執着が無く、それは着任されてからずーっとだと思いますが。まるで傀儡政権のようであり、お気の毒です。ご夫妻共に覇気が無く心の底からの笑顔を見せられる事はあったのでしょうか。因みに弟さん、表さんの今年を調べたら、何と(達成)となっていました。悪だくみが願い通り達成とは!どうしてこうなるのでしょう!
2018年6月2日 12:02 PM
>匿のとんちゃん様
>世の中にはネットの匿名性を非難して、まるでネット情報は「偽」情報だと言わんばかりの無知蒙昧の流れを作る輩がいます。これは間違いです。
>匿名での情報開示は正義に繋がります。(勿論、ウソはダメですが)
>情報を見聞きした後の判断は、各人にゆだねられる訳です。
>都合の悪い事を書かれる側は、自分の言動を反省することなく匿名性を非難しても説得力はゼロですね。
匿のとんちゃん様が仰る通りです。
特にこの天理教社会学研究所の存在のおかげで、中山みき教祖存命時からの中山血族や教会本部の教理改ざん、詐欺、詐取行為。中根事件で発覚した数々の部内教会乗っ取り行為、表統領のハニトラゆすられ事件などが暴露され、実はとんでもなく破廉恥な犯罪集団であることが認知され、代々騙され続けた信者らが、洗脳や呪縛からようやく解放されようとしているのです。
「ウソだ」と言うならば、真柱や本部員が神殿講話で釈明すればいいのです。みちのともや天理時報にて釈明すればいいのです。
天理教社会学研究所は「天理教版ウィキリークス」ですからね。
>真柱は、六星占術の「健弱」の年、4.5.6月と大殺界のど真ん中、
>表さんの今年を調べたら、何と「達成」
何やら、今後のことが、暗示されるような、それぞれの年回りですね。
六星占術で占うなら、真柱さんが引退同様になって、今後は表さんが、天理教を牛耳ることになるんでしょうか? 『大亮さんの今年の年回りが、何か、知りたいところです。』
教組は、「日に、悪い日というものはない」、というようなことを仰っているそうですが、天理教の中心にいる人達に、六星占術通りの「こと」が起こってしまうとは、いったい、どういう訳でしょうか?、それとも、真柱や表統領に、天理王命のご守護がなかった、ということでしょうか?
真柱職を引き受けたくなかったと言う真柱様。 就任してからこのかたまで、心ここにあらずの様な、見るからにお気の毒なお顔をされてました。ご夫婦揃って陽気暮らしの天理教の看板には相応しくない暗いお顔でしたね。
引退でも何でもされて、今こそ自由に、すべての重荷を降ろしてご自分の人生を生きてほしいです。
代表者にこう言う姿を見せられる親神様の思いに本部は深く深く思いを致して下さい。今までの様に、甘露台倒壊の時の様に、我々信者の成人不足のせいにするのは間違いです。本当に災難続きで神の立腹なのか・・
真柱様の早いご回復と、人としての真の幸せを必ずや手に入れられます様お祈り致します。
大亮さんの今年を見ると、(緑生)りょくせい で、去年スタートして運命が良い方向にかわりはじめ、大地にまかれた種が芽を出し、根を張り、グングン成長する時期。運気も上昇を開始。家族関係お金とほぼ順調に進んでいく。しかし、この芽はまだひ弱でちょっとした環境の変化でポキリと折れてしまわないとも限らない。調子のいい時に限って意外な落とし穴にはまりやすいので、緊張する必要あり。と、でていました。
書いておいて言うのも何ですが、六星占術に関心を持たれて本を買うのはやめて下さい。細木数子は、弟子入りという形で入り込み、恩師の研究された成果を盗作して都合よく脚色し出版した物です。騙されて大金を失った人多数、あの島倉千代子さんも死ぬまでしゃぶり尽くされた被害者です。テレビに出られなくなってからも、まだ高額な講演会や占いに行っている人多数。自分の寿命は250年と豪語してたのが80歳の今激やせと噂されているけど年齢相応でしょう。でも、極悪非道の怪物ですから長生きするかも。親神さま、どうして、悪い政治家やブラックな企業家は長命を堪能し、他人の為に無報酬で活動する心美しい人達が不遇の死を遂げるのでしょうか⁈守護霊さんの有無でしょうか。我が家はいい加減な信仰できましたが、家族全員が不思議な奇跡に近い御守護数知れず。上級や本部を立てるのではなく、自分に身近な家族を第一に考え、そして、毎日ご先祖様にお礼を言ってください。真実のお礼を言うと涙が溢れてきます。ご先祖様に守護霊様になって頂くのが一番確かです。もう無駄なお金と時間を親心の無い人たちに費やすのはやめにしましょう。今年は、方向転換、スタートの年です。
表さんはサイコパス確定ですね。カルト新興宗教の教祖は麻原や文鮮明をみればわかるようにサイコパスじゃないじゃないとつとまりません。
現真柱夫妻にいいたいことは結婚のときに作られた中島みゆきの糸の歌詞「縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布はいつか誰かを・・・」のくだりです。この夫婦の織りなした布は、誰一人として温めもせず癒しもせず。信者の財布を寒からしめ、時には首をしめでした。
豚木和子カルト教祖は一人で天理教の本部みたいなもんですねw。
次のような言葉が頭の隅に残っている。
天理教は「里の仙人」、他の宗教は「山の仙人」と。里の仙人は山の仙人に比べて気楽さが違うんだと、天理教以外の宗教を見下げた見方のように受け止めた。
でも、考えるまでもなく、道を求める信念は、例えば比叡山の大阿闍梨の方々が、数段どころか数十段も上だ。
托鉢で1合のお米を受け取られるときの恭しさは尊敬に値する。
天理教本部の中枢部の方々に道を求める本気度は有るのだろうか。とにかく数とカネが始めにあるように感じる。
所詮おカネを持ってこない信者は信者ではないのだ。そのような事例を見て悲しくなった。
教祖が五重相伝をうけられたとき、法然上人がなぜお念仏を勧めたかが理解でき、信仰が深まり、法然上人のご法 語にある「生けらば念仏の功つもり、死なば浄土にまいりなん。とてもかくてもこの身に は、思いわずろうことぞなし」に幸せと思えば幸せ、不幸せと思えば不幸せ、しかし、思うだけでいいんだっしゃろかとおっしゃられた様子が「扉を開かれた」の中で表現されています。思うだけでは駄目で人をたすけてわが身たすかるの境地まで進むのには、命がけの修行のような道があったのだと思います。今のお道には誰一人そんな人はいないかと、、、、、
真柱の身上に対して、全直属教会に送ったFAXの内容の一部です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前略
・・・・・(略)・・・・・・
信仰の芯、理の親たる真柱様のご平癒を願う私共の行うべき事は、お
つとめに徹し、ぢば一条に尽くし運び、にをいがけ・おたすけの実働に邁
進する事にあると思います。
私共一同、精神を引き締め直して、全教の先頭に立って、芯に肉を巻
く働きをさせていただきたいと存じます。
よろしくお願いいたします。
早々
立教一八一年六月九日
かなめ会委員長
山田清太郎
【ぢば一条に尽くし運び】 この言葉を見て かなめ会も所詮この程度であるのが明らかです。直属教会長の集まりかなめ会は本部追従団体なのがわかってますが、その地場を守るべき本部や中山血族 が教理は無い 心もないからこのような事態が起きている事にまず気づこう。気づいて本部に物も押すのがかなめ会の役目ではないか?こんな腑抜け大 分 教会長 しかいないから組織はおろか教理も腐ったのでしょう。
【各種事件がおき甘露台倒壊 大亮結婚急ぐから 甘露台修復(真柱知らず) 大亮のうのうと結婚(散在結婚式で不評) 真柱教祖殿 社から落下 真柱頭の身上】
どこまで神に背くのか?中山血族の舵取り次第では?かなめ会も結局言いなり
中山血族が真の犯人だという事が明らか、
皆が動かずも神が動く
本部から末端まで上から下まで教団の輩【一条と言えど二心有り】その本山が中田善亮とその血族達でしょう
神の現しは、真柱の次は大亮でしょう。
>真柱の身上に対して、全直属教会に送ったFAXの内容の一部です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
前略
・・・・・(略)・・・・・・
信仰の芯、理の親たる真柱様のご平癒を願う私共の行うべき事は、お
つとめに徹し、ぢば一条に尽くし運び、にをいがけ・おたすけの実働に邁
進する事にあると思います。
私共一同、精神を引き締め直して、全教の先頭に立って、芯に肉を巻
く働きをさせていただきたいと存じます。
よろしくお願いいたします。
早々
立教一八一年六月九日
かなめ会委員長
山田清太郎<
「ぢば一条に尽くし運び」・・・また、「お供え」の催促ですか。教祖は「人が目標やない 神が目標やで」と説かれたと記憶しています。真柱は「信仰の芯」ではありません。「信仰の芯」は神様のはずです。確かに、真柱は建前上、現教団(ピラミッド)の頂点かもしれませんが、もし仮に、名も無き一末端分教会長や布教所長、信者さん達が病気になった場合、「かなめ会」は文面こそ違え、こうしたFAXを全末端分教会や布教所、信者さん達に送るのでしょうか? また、「芯に肉を巻く」とは一体、どういう意味なのでしょうか?大変、失礼な言い方ですが、現真柱は「紙を使い果たしたトイレットペーパーの芯」のような存在なのでしょうか? 今やらなければならない一番大切なことは、真柱が病気になられた根本的かつ本質的な問題を探り、真柱という一人の人間の病気回復のために何をなすべきか、医学的、科学的に専門家のアドバイスを仰ぎ、メンタル面も含めた総合的治療に最善を尽くすことではないでしょうか。ともあれ、上記「かなめ会」のFAXの内容は極めて不可解であり、理解できません。
調べたところ山田清太郎先生(本部員・南海大教会長)ですので教団異端の中山血族教団の輩でした。
以前社会学さんのコメントでもあったように[根性試しに崖から飛び降りを強要していた]カルト大教会認定を受けていた悪名高き大教会の会長です。
やはり中山血族教団はろくでもない人間の集まりです。さすがこのおかしな天理教とは思えない文面を書けるだけわけです 笑 結局これらの事情 身上の張本人 中田善亮 とその血族(中山血族)達が真柱をおかしな教理で追い込んでいるわけですし気が付くことは決してございませんね。
これで真柱にもしものことがあったらどう責任を取るのでしょう。楽しみです。
追伸:社会学を批判、否定する前に、こちらで書かれている内容をよく読んでそうならない様に勤めては如何でしょうかね?笑 悔い改める事すらできない自称宗教家 中山血族の愚かさ これを教祖は 牛馬とおっしゃったわけです。
神はあざやかじゃのー中山血族は不透明ーであざといだけじゃのー
治す治めるどころか食い止めることもできぬ。神に逆らった その守護はあざやかじゃーあざやかじゃー
金持ちいらぬ 誠真実が神はほしいでー
高山中山が高慢だから用木が不満するのやで高慢過ぎて気が付いたら 神の道を歩む足がのうなったから 皆が足がないというのやでそれを不足と言う不足と言う用木は不足はしておらん 加足してるのやで 足がのうては神の雛形歩めん歩めん 中山は歩んでると言うてるが 歩んでいたらこうは成らん成らん
どうもならんことになった。本部に五目混じる五目が語る神は神でない。高山は神でない神でない 中山は神で無い神でない 神は神や 神は嘘吐きを嫌うで嘘吐きの周りに神は現れるで気が付かぬなら嘘吐きを引き取るで引き取るで用木に加足させてるは神やで神は止まらん 神止めたら皆とまるでもう見せてるのに見ようともせん
古い元教会長さまがアップしてくださいました!!!
ご自身に代わって(お許しください)紹介させて頂きます。
かなめ会の9日付け文書全文です。
https://twitter.com/huruikyoukaityo(画面下方向へスクロールしてくださいね。)
東京の病院にまだ入院中。
そういえば東京ドームで本日天理大の野球試合が有ったはず。
観戦予定だったのか?
1週間での転院とは、大丈夫なのか?
無理をされないことを願います。
誰が心から心配して適切な判断をしているのだろうか。
大亮夫婦では心もとない。
訂正です!
https://twitter.com/huruikyoukaityo
現真柱が入院したことは、一人の人間として、早い回復を願う。
一週間で転院ならば、推測だが早期で軽度の脳卒中であろう。左半身に軽い麻痺があるらしいが、言語障害に至るのは右麻痺を持つ方に多い。
しかし脳梗塞は繰り返す。
57歳で発症とは、よほどの不養生か、強いストレス環境に長くいたか。
他人の不幸につけこむのは不謹慎だが、教団のトップとして扱うなら、今こそ本部は、騙し搾取した信者ようぼくの金物を、素寒貧になるま施しを行うときだ。
尽くしは金と言い切るナカタゼンスケのドカス野郎に、神がそれこそ見せたのか。
ダイスケの結婚式で何億も注ぎ込めるなら、痛くも痒くもあるまい。それで実の兄に鮮やかな御守護が待っている。
本当に、この組織の言動はやることなすこと真逆なことばかり。
本部こそ、そのど真ん中にいる連中こそ、信仰心は皆無、神さん自体信じちゃいまい。
真柱様の平癒願いとして、末端教会に一教会幾らずつお供えのお触れを出した日にゃ、もうこの教団終わり。
もう終わってるけどね。ほんとのthe end。
Facebookの投稿より
>今日、衝撃的な話が青年会の友達から聞いた、真柱様の今回の一件でかなめ会が大教会長さんにだけ送ったとされる書面がカメラで撮影され、ネットで拡散された事がかなり大きな問題となっている。
一万7千箇所の教会を隅から調べるのは難しいが大教会長が公に内部の者に公開すればすぐに足は着く。
1990年代のネットやスマホの普及で日本は情報社会となり、日本のみならず世界に情報が流されて、その暴露話が噂や偏見を呼び、世界で布教に励むようぼくの足枷となっているがしかし、それのほとんどが出所不明の噂にしかない、しかし今回の暴露は天理教のかなめ会の代表者の名前もはっきりかかれた正式な書面であると内部が認識しているがゆえにこの公開はもしかしたらかなりやばい!
内部で崩壊が起きている?と信者に不安を募らせるものであれば、たおられ、苦しんでおられる真柱様をまさかの内部の人間がさらに心労を増やし追い詰めていると見えてもおかしくない。
世界の信仰者が助かりを願い、親神様にお願いづとめをしているのにまったくもって情けなく憤慨するものである。
嘘でない真実の情報が流れているだけだから、何がやばいのだろう。
真実を知らして、もしそれがやばいのであるならば、その組織自体がやばいにと言うことになる。
真に真柱を思うのならば、本部中枢は神から与えられたメッセージを、しっかり読み解かなければならないと思う。
正にあなたた達の問題なのです。
信者が病気になったら何かと因縁説いて献金させるくせに。
古い元教会長 様
ご紹介のFacebookの投稿を拝見しました。文書の中身もさることながら、文書自体が外部に漏れたことが問題になっているのかもしれません。だったら、文書の余白に「トップシークレット」とでも朱書しておけばいいのにと思いますが、バレるときはバレます。
多くの直轄教会長さんが居られるのですから、一枚岩とは行かないんでしょうね。世の中は、壁に耳あり、障子に目ありで隠し事は出来ない仕組みになっていると思います。
プライベートな内容以外は隠し事はしない方がいいんじゃないでしょうか。その辺のことは本部はハッキリとした基準を設けておけばいいと思うのですが。本心がバレたからヤバイなんて、正式な文書だからこそ何も問題は無いと思うのですが、何か文書配布の前置きで一言あったのでしょうか。
事情のお運びなんかさっさとやめて、文書決済にするだけでも身軽になれると思うのですが、行く方も羽織袴に白鼻緒の下駄ばきで来いと言われて一度は付き合いましたが、以降は勝手な理由を就けて二度と行っていません。いつまでもこんなことに拘っている姿は理解できません。真柱さんは経済的な不安は無いと思うので、周囲は必要以上の心配(世界の信仰者が助かりを願い、親神様にお願いづとめをしているの・・・)などせずに、一日も早く職を退任されて自適の生活を送られることが何より先決だということが何故分からないのか、視点がずれている。
それにしまして、後ろを見たら誰も居なかったなんてことにならないように、本部もこの機会を教義及び組織の在り方を根本的に見直すチャンスと捉える時でしょうね。
余談ですが、町内のお宮の新年祭で神主が後ろを見たら、自治会長と2人の副会長の合計3人しかいなかったので、来年から役員全員及び各班長も参拝してくださいというお触れが回っていました。
天理教も末端教会では似たような状態のところもあるのでしょうね。本部だって油断召されるな、ですよ。
真柱とて人間なのだから病気にかかることはある。
風邪ひき程度では一信者に知らす必要は無いけれど、今般のような病の場合、所属する組織の人々には知らせる必要があるはずだ。隠蔽する理由は何一つ考えられない。情報に接した後に、それぞれの立場で、それぞれの心に浮かぶことを実行するなり、或いは身の回りに起こるであろう関連問題の善後策を考え始める人もいるだろう。
Facebookの投稿者は「この公開はもしかしたらかなりやばい!」と書いているそうだが、これは心配する振りをしながら騒ぎ立てているだけの見物人でしかないだろう。要人に関する情報公開の必要性に関しては全く気が付いていないのだろう。視野が狭いバリ天なのか。
Facebookの投稿者さんへ:
「暴露話が噂や偏見を呼び、世界で布教に励むようぼくの足枷となっている」?????
そうなんですか? もしも流された情報が間違っているのならば、布教者は正々堂々と間違いを指摘して海外の人に説明するべきでしょう。文化の異なる世界では何よりも情報開示が世界のスタンダードです。逃げていては世界から相手にされません。異文化交流は、だから、エネルギーがいるのです。忖度世界の中でノホホンとボーっと生きている様にはいかないのです。「足かせ」と感じるのはFacebookの投稿者の貴兄が説明を面倒くさいと感じているからのように思えます。
情報開示は真柱を苦しめる事にはなりません。救うことになるのです。
FBでの「かなめ会FAX漏洩はヤバい」投稿、どうやら削除された模様です。
自分の住んでいる地方の各教会は、自分達がやりたくない嫌な仕事は下の人間にむりやりなすりつける腹黒い人間しかいません。東北です。
Facebookの非公開グループ「天理教」に親神が入り込んで書き込みをさせられている人が現れました。
https://www.facebook.com/groups/515955428440122/
「親神です。
昔、中山みきの身体にワシのエネルギーを与え、中山みきの心を使うて皆を諭した。
話をするおりにみきの身体を神の社としてもらい受けたい!
と、話をした事で誤解を招いておるが、ワシは遥か彼方に存在しており、みきの身体に存在した事は1度もないのである。
今も同じ。
〇〇さんの身体にエネルギーを与え喋らせ、動かせたりはするが、昔と同じくワシはこの地球上に存在しておるわけではない。
遥か彼方より、地球を始め様々な星々や生き物達を見守っておる。
親神」
とのコメントがありました。
不謹慎な盛り上がりを見せる今日この頃。
情報の在り方、扱い方が複雑に、自由になればなるほど混沌としてくる。
正に情報の泥海時代!
これを味気なく思われたなんちゃらかんちゃら…
と、後に語られていくのかなーと思いました。
≪ 後に語られていくのかなーと思いました。
↑ 確かに後に語られるでしょうね。
しかし情報の海は泥海ではありません。
混沌としているのは時代が、世界情勢が混沌としているのです。
「不謹慎な盛り上がり」?
要人の動静を追うことは必要事項でしょう。
不謹慎とは時代錯誤も甚だしい感性ですね。
喧嘩を売るつもりは全くないのですが、病気なんて人間誰でもかかるのだから、
隠し通そうとか、ネットでのやり取りはいけない等という感覚こそが、
今まさに病んでいる真柱にとってはマイナスになる事なのだと気が付いて頂きたいだけです。
検閲本部は本当日大のようなカルトですね。 真柱が倒れてのその後の対応と言うことであるという事は確実に真柱以外の画策が教団を動かしてますね。
今回の真柱の身上の原因は 様 様 さん のコメントに書かれてますね。
身上 事情 も理解できなくなった 天 理 教 御本部 様 様 笑
2018年6月11日 12:48 PM
【各種事件がおき甘露台倒壊 大亮結婚急ぐから 甘露台修復(真柱知らず) 大亮のうのうと結婚(散在結婚式で不評) 真柱教祖殿 社から落下 真柱頭の身上】
甘露台修復(真柱知らず) 真柱知らずに甘露台修復したさせた者が犯人じゃないですよね。 この時の
内(うち)統領に山澤廣昭氏(65)
表(おもて)統領に中田善亮氏(53)
が犯人じゃないですか
日大問題も 内田 元監督 元常任理事 も日大教職員組合の追放運動が活発になっています。
だれがこの両人を追放されてもおかしくないのでですし自分で責任を感じて自ら辞退すべきです。
本当宗教以前の問題で組織が人がその心が腐りきってる上層部
破滅は必然でしかないですね。
https://www.sankei.com/west/news/150327/wst1503270041-n1.html
今日、友人から下記の新聞記事が届きました。書棚を整理していたら本の中に記事の切り抜きがあり古いがあなたには関心あるのではと?!「〇幌で火災2人死亡ー 天理教の分教会兼住宅」要約すると車椅子の教会長(83才)と介護していた2男(54才)の遺体が発見された。父親の教会長の首に絞められた跡があるものもやけどがほとんどないことから介護に疲れた2男さんが無理心中したのではとの疑い。〇走大教会所属。年月日がわからずでした。知っておられる方もあろうかと。切なさと怒りを感じました。普通なら教会仲間の支えがあるのが当たり前ですよね。普通の感覚なら。
ずっと昔に天理教を離れたのにどっか尻尾が繋がってるのか天理教に無関心になれません。気になります。
次期後継者の結婚式にはあきれて果ててしまいました。内容のそうですが9月1日にも。ついていけません。
やはり過って教祖殿で1時間ほど座っていたことがあります。膳を上げたり下げたりするのをずっと見ていて教祖が生きていると思ってしているのか、でも、そう思ていようがいまいが転ぶことでもあればこのご婦人たちは「鬱」になるのではと思いました。真柱が教祖殿で落下されたのであれば大層ショック受けられただろうと思っていたところ脳出血されたことをこの掲示板で知りいろいろ感じています。
親神からのメッセージです。
「真柱になるにも教会長になるにも、教祖の心に近い心を持っ人間がなるのが1番ふさわしいであろう。
心が出来ぬまま頭となれば、世は狂う。
現にワシの想いとは全く違う世になってしまっておる
親神」
mamiさんの投稿久しぶりですね。外部からこの教団を見ていても疲れることばかりです。ましてや、教団内の人はもっと大変でしょうね。
人助けなんて気安く言っていますが、心身ともに、これ程難しいことは屈指の難関です。
芯の柱となっておられる方がこの状態ですから、信者さん達は教団中枢部から、我々の信仰心が足りなかったんだから、もっと心を寄せ合おうとか手前勝手な責任の一端論を浴びせられて、ますます心身が疲れることになるのでしょう。
私は神から遠い所にいる人間だから、教会の内部の信者、はたまた教会長、その夫人たちに受け入れられないのでしょうか。
無意識の洗脳の過程に貧に甘んじる事を良しとしている教会夫人達(本当はもっと豊かに暮らせる種や可能性を持って居るし、本当は豊かに暮らしたいと思っているに違いないけど、天理教の中にどっぷり浸かって貧こそ神の受け取りだと信じているのか・・)の冷ややかな視線が痛い。
私は新米教会長だが、世間で働いて来た人間なので、世間並みの年金暮らしだが、金持ちだとやっかみ、いい服を着て来る馬鹿だと陰口をたたく。今まで着ていたあたり前の外出着を着て行く。ある程度品よく暮らしたいと言う向上心も持っている。理想的な歳の重ね方に努力を払いたいと思っている。歳相応の汚い老人には成りたくないと思っている。しかしこの世界では通用しませんね。
今度からは、 ぼろ服を着てみんなに会えば皆さん満足、仲間に入れてもらえるのでしょうか。やっかむと言う事は、自分もそうなりたいと思う願望の印。
陽気暮らしを願う宗教家がこんな些細な事に「妬み、嫉み」の心を持ちながら良い事嫌いで排除する姿が真実の生き方でしょうか。親神様に聞いてみたい。子供達が見すぼらしく小汚い老人になるのが望みですか。
貧が行き着くと心までねじれる気がするなあ。
あたりまえに働いて、その結果、適度な豊かさのご守護を賜り、それを喜び受け取って心豊かに暮らす事。
天理教では、神の理想世界に生きる事を否定する本末転倒を強要するのですか?
東風Zさん いつも読ませていただいております。年代が少し先輩らしいことから天理教団の関わりで人生に影響受けたのが似通っていて親近感を勝手に持たせていただいております。
教団内部から教義や組織に真摯に取り組まれていた植田義弘氏がお亡くなりになり、植田氏の考えにすべて賛同をしている訳ではありませんでしたが尊敬しておりました。
今の教団は教義も組織もあまりにも変わってしまっているようで空しさばかりで。
ただ、現天理教団に関わり信仰しておられる方々には上部の言葉の影響は大きいと思うと上部の言葉の「軽さ」は
やはり無視できないですね。
2018年6月13日 10:50 AMの匿名 様
>私は神から遠い所にいる人間だから、教会の内部の信者、はたまた教会長、その夫人たちに受け入れられないのでしょうか。
無意識の洗脳の過程に貧に甘んじる事を良しとしている教会夫人達(本当はもっと豊かに暮らせる種や可能性を持って居るし、本当は豊かに暮らしたいと思っているに違いないけど、天理教の中にどっぷり浸かって貧こそ神の受け取りだと信じているのか・・)の冷ややかな視線が痛い。
私は新米教会長だが、世間で働いて来た人間なので、世間並みの年金暮らしだが、金持ちだとやっかみ、いい服を着て来る馬鹿だと陰口をたたく。今まで着ていたあたり前の外出着を着て行く。ある程度品よく暮らしたいと言う向上心も持っている。理想的な歳の重ね方に努力を払いたいと思っている。歳相応の汚い老人には成りたくないと思っている。しかしこの世界では通用しませんね。
今度からは、 ぼろ服を着てみんなに会えば皆さん満足、仲間に入れてもらえるのでしょうか。やっかむと言う事は、自分もそうなりたいと思う願望の印。
陽気暮らしを願う宗教家がこんな些細な事に「妬み、嫉み」の心を持ちながら良い事嫌いで排除する姿が真実の生き方でしょうか。親神様に聞いてみたい。子供達が見すぼらしく小汚い老人になるのが望みですか。
貧が行き着くと心までねじれる気がするなあ。
あたりまえに働いて、その結果、適度な豊かさのご守護を賜り、それを喜び受け取って心豊かに暮らす事。
天理教では、神の理想世界に生きる事を否定する本末転倒を強要するのですか?<
お尋ねの旨、某氏を通して親神に聞きしましたら、メッセージが届きましたのでお伝えします。
「親神です。
ワシはみきを通して色んな話をしてきましたが、人間達に貧乏をするように!とは、一切申してはおりませぬよ。
授かった物や金、大切に使こうて下されな。
今の時代何でも使い捨て
何故、その事を第1番に諭さぬかな。
実に情けない。
親神」
カラオケ大会や将棋大会をやっている場合ではない!
ひのきしん隊で毎晩酒盛りをやっている場合ではない!
西郷どんや坂本竜馬のような20代、30代の若者が命を懸けて、この国をよくしようとした。必至さが今の時代でも感動をよぶ!
尊王攘夷ではないけれど、、、、ふざけた幕府(本部)を潰して
新しい神の世界をつくっていただきたい!
大亮くんのツイッターを見ていて恥ずかしさが先だってしまいます。
まず早々に初ツイートでお金の話をしている。
流石善亮の息子と言われんばかりで笑いました(笑)
フォロアーが捨てアカウントばかり
教内のフォロアーもリスクを前提に捨てアカウントを利用しているのでしょう。
しばらくたつのに フォロアー800人?(少ない)
ツイッターは全世界からフォローができ 翻訳機能も付いてる。天理教は100万人と言っている。社会学さんでも30万~10万などと言われている。そこから考えるとものすごい低い支持率・・・ 仮に捨てアカウントだとしてももっといても良いだろう。つまりこのツイッターによってどれほど教団の勢いが無くなったかが分かる。
アイコンにして緩きゃら売りしたいのか?
緩きゃら?それとも頭が緩いのでは?と思わざる終えない多角的ゆるさ(笑)
本人だとしたら流石に汚点になりかねませんし プロデュースしている方がいるならセンスが乏しいとしか言いようがありません。惨めな思いをするでしょうし、やがて社会学からでなく 他の宗教組織からも叩かれる恐れが出てきますので危機管理対応の面から考えてもお粗末な企画です。
宗教家ですので 宗教家とは?をまずしり宗教を語る方がよっぽど効果的なのですがやはり宗教はおろか天理教理もわかっておられないんでしょう。
若いからでは収まりきらないほどの出たがりで お恥ずかしい。公人であるのでツイッターせずとも人の目に触れるのに、成果が出ないで不安を抱えてツイッターをはじめてしまったのでしょう。それらが全てツイッターに現れてしまっている事にお気づきになられた方がよろしいです。
私は教団に批判的な立場ですが流石にこの惨めなツイートに心中察せざる終えません。
中山大亮 @daisukeke123
大亮くんのツイッターは一人で頑張ってる感が漂っていて、掛け声や感謝、ありがとう的な明るさや、勢いを演じるような文言が続き、背伸びしてる、頑張ってる感を否めませんね。一人盛り上がりかな。
共感者たったの800人?少ないですね。哀れですね。
何を頑張っても砂上の楼閣ですから、いずれ屋台骨は傾きます。基礎たる教理をきちんと復元する様、上下組織もきちんと解体する様に、お金大好きのお父様に進言して下さい。ワクワク、ドキドキはそれからの方が盛り上がりますよ。
フォロワーが少ないのを暴露してるのと同然で、天理教次期代表者としては、世間に対して恥さらしです。今の天理教の実態がオーバーラップして見え、孤軍奮闘感がありますね。せいぜい頑張って下さい。
大亮くんという 青い若者のお陰で 中山家が信仰をしていると言う嘘がバレ 信仰していないと言う事実が浮き彫りになっただけですね。天理教自体が噓だった事もそのうち明るみに成るでしょう。青い若者を表に出すのは早過ぎました。信者からしてみたら その程度かー これが時期真柱・・・ と何も期待できないのが本音でしょう。かたや本部では「大亮さま~」と持ち上げ過ぎて当人には届かぬ声 皆偽りの顔しか彼には見せない。そのようにして 歴代の裸の真柱 が誕生し成長し不遇な最後を遂げていったのだろう。現真柱も裸にしたのはその側近たち かなめ会が芯に肉と言うのは意味が無い そもそも 甘露台の無断修復 の際の 表統領は 実弟の 中田善亮 ではないですか 滑稽極まりない美辞麗句を超えた虚言でしかない。 天理教は虚言を許しているならそれは宗教と呼ばない。所詮中山教ですとアピールしだしたに過ぎない。
なぜ社会学を批判する割りに 社会学の批判記事や批判コメント通りに本部が動くのか謎です。いい加減中山商店の反論者も消えてしまいましたね。
まず、真柱の条件が中山姓であり、教祖の血を引く者だそうですね。
信仰があるとか、神聖があるとかは関係ないのです。
中山家のお坊ちゃん、お嬢ちゃんは他人から叱られた事もなく大きくなり、人の上に立つのです。
親父の善亮氏は大学時代、アメリカで高級外車を乗り回していたのですよ。
それもいいでしょう。そのまま世間で就職して生計を立てているなら問題ないですが、今では天理教の表統領ですよ。
天理教は本当に、そんなに人材不足なんでしょうか。
「理の親」とか言っていますが、子供が親心を持って親を見守っている状態です。
自分の住んでいる地方の各教会は、自分達がやりたくない嫌な仕事は下の人間にむりやりなすりつける腹黒い人間しかいません。腹黒過ぎます。東北です。
営利法人中山商店ですよ所詮。開祖が一番忌避したかった方向性で最も恐れていたことでしたが。
王家は今や裸の王様です。
何事もおカネに結び付ける教団ですから、この度のことでも、仮に1教会3千円のお見舞い金としても、約5千万円が集まるわけです。ゲスの勘繰りかな。
当分のおさづけ拝戴とおはこびが延期となるようですが、この機に見直してはどうでしょうか?
お運びは事務処理で片付くもの、おやさまがせよとおっしゃったわけではありません。
今月の教会長任命講習をうけてもいつ教会長のお運びができるか不透明となったわけです。
対象者はかわいそうですが、いたしかたありません。これからなられる方は当分計画ができないと思われます。
大教会・教会に生。まれ育った人間でも平気で嘘をつくときがあります。足元を見て、嘘をつきます。教会制度はなくなってほしいです。教会の生活を支えるためのお供え(お金)までするほどの余裕はありません。信者がかなり少ない(限りなく0に近い)ので
初代二代三代と批判受けてますが四代はおいといて五代はそれを上回る【教団をつぶした男】として名をはせそうですね。かなめ会資料がネットに出回ったとなると、それは大教会長でも現本部(中山教体制)に反発して不満を持っている証拠です。中山血族VS非血族 とも言われてますが聞いた所によると 血族内でも 中田善亮が作り出しだ 大亮体制に不満を持っている人が多いそうです。それぐらい過去中山家が犯した罪が根深いのでしょう。
大教会でも不満分子が現れる現在そして今後がますます楽しみです。
私はどうしても 近親相姦の事が気になり昔の同級生や知人に聞いてみた所やはりそのようです。一般的にもそうですが医学的にも異常性をかんじてなりません。普通遺伝的に近い人の香りを嫌うと聞きますが、一度近親相姦をするとその辺りの機能が麻痺するのでしょうかね。 大亮くんが元気な顔をツイッターやネットにアップしてもどうしてももう性的異常者にしか見えません。どう考えてもおかしいですよね。中山家の異常性はまずそこですよね。その因縁を断ち切らないのに誰を救えるのでしょうか?救えるはずはないわけですね。だから現在の教団の姿があるのでしょうから
教会制度は集金をするためには都合のいいシステムであったでしょうが、現在にはそぐわないシステムになってきていると思います。情報はSNSで発信されますし、集金はいろいろな方法があるからです。教会制度を廃止し新しい集金システムとして集金はコンビニ振込とするとかすれば、余計な詐取はなくなると思います。お供えするもしないも自由ですが上級への献金システムもなくなると思います。どちらにしろ早かれ遅かれ誰もお供えしなくなると思います。おつとめも直会もなくなって、本当に心と心だけの神様とのつながりになる日がくると思います。
>大教会・教会に生。まれ育った人間でも平気で嘘をつくときがあります。足元を見て、嘘をつきます。教会制度はなくなってほしいです。教会の生活を支えるためのお供え(お金)までするほどの余裕はありません。信者がかなり少ない(限りなく0に近い)ので<
本当にそうですね。信者数は激減し、教会の月次祭に参拝に来られるのは高齢者ばかりです。ご高齢の信者さん達も「なけなしの年金」からお供えをされていますが、それでも足りないので、末端分教会では教会長自身も自らの「なけなしの年金や老後のための預貯金」まで足して上級にお供えされています。「誰が見ても異常な宗教」としか表現のしようがありません。
>大亮くんのツイッターは一人で頑張ってる感が漂っていて、掛け声や感謝、ありがとう的な明るさや、勢いを演じるような文言が続き、背伸びしてる、頑張ってる感を否めませんね。一人盛り上がりかな。
共感者たったの800人?少ないですね。哀れですね。<
800人の共感者も、俗に言う「サクラ」かもしれませんね。常識ある人間なら誰が共感するでしょうか?
組織はなくとも信仰できる! 様
何度もいいます。お運びほど合理性に欠ける行事も珍しいですね。経験者として感じたことは、大の大人が真面目腐ってやることとは到底思えません。遠近を問わず、本部まで来いなんてよく言うよです。
もっとも、行く方も行く方で、終わった後は詰所で、ご苦労様とか言いながら一杯やるのですから、何おか言わんやです。
事情教会率90%と今やいわれていますからねえ。。。
99%を超えるのも時間の問題です。
あと二十年もたてば・・・
お供えこそ御守護と長年にわたり洗脳されてきた信者が、ふたを開けたらお供えが上に上がらず所属教会内の維持費に使われていたのを知って怒り狂った。信者云く「私は今まで騙されてたのか」と怒り心頭、教会長はお手上げ状態。
教会は上にお供えを上げる事が仕事ではない。信者からの浄財を元に自教会の教会活動を充実させる事で社会に還元する。それが大きな仕事である。宗教法人とはそう言うものであろう。
「お供えこそ御守護の元」と言う善亮さん言う所の間違った教理を長年植え付けられ、自分のお供えを当該教会長が自教会活動、維持管理に使ったと、怒り狂う。偽教理を信じこまされた信者もお供え至上主義を洗脳されて完全なる被害者だ。
閑古鳥の鳴く教会で信者のお供えを全部上に上げるなら、当該教会は教会活動の手足をもがれる。壁のトタンが剥がれても修理は出来ない。お手当がある訳でもない。それなら教会責任者は死ねと言われている様なもの。こうして偽教理の蔓延で、末端教会は信者からも見くびられ、加えて上級教会からも金銭的いじめが常習化し、末端教会長は頭を抱えて「死」を思う。
この信者は「自分の供えたお金は上に上に本部まで上がっていくもの。」と思っている。本部に届いたお金で守護が頂けると長年思わされてきた。だから騙された、と怒り狂うのも無理もない。
本当にこの教会制度はもう破綻している。いつ死者が出るかわからない。
末端がいよいよ疲弊しても上の温情は無い。上級も大教会も「あんたの頑張り次第」と冷たく見過ごすなら、いよいよ末端は生る望みを失う。騙され続けた信者も結果的には天理教偽教理被害者として人生を浪費する。
偽教理による罪深さを本部も自覚すべきだ。甘露台がたおれた。真柱がたおれた。次に本部は何を見るのか。
Facebookにこんな書き込みがありました。
>私の祖母は自殺未遂をした事がある。
包丁で喉を突き刺したのだ。
何を気に病んでの事か…母から聞いて驚いた。上級の教会や大教会から求められるお供えが原因だったのだ。
天理教では、いくらしなさい!と金額を決め信徒に求めるのか?
それは違うやろ!と憤りを感じた。
お供えは、一人一人のお心でさせて頂くもの。
今では、まるで商売やな!とさえ思ってます。
1人にでもそう思わせている時点でアウト!
天理教に限らずどの宗教も人々の心のよりどころ。
決して人々の心を傷つけ、悲しめ、苦しめてはならん場所でなければならないと思う。
Byヒロ
親神のワシは、難しい事をするよう言った覚えはないほどに。
いくら高額のお供えをしたとしても、仕方なく…やむを得ず…と心を病ましてしてもろうでも喜べぬ。
お金に限る話ではないが、一人一人の心で出来ることをすれば良い。
皆の心見抜き見通し。
出来なかったとしてもワシは心を受け止めておるでな。
よいよい。
親神
Facebookにこんな書き込みもありました。
今を生きる人間は親神の目から見れば学力的にも他のことに関しても昔の人間より優れており、そこへの努力は実に感心するものがある。だが、その傍らで見失ってしまっておるところがあり実に残念!
結果や形あるものばかりに執着し、目に見えぬ心を大事に想う人間が減ってきておる。これほど残念な事はないものぞ。
頭脳が優れたばかりに、あー言えばこう言う、こう言えばあー言う…。なんとも面倒臭い生き物と化したものか。
特に天理教を信仰しておる者に対しては、
人間思案が入り交じった教えを正しいと思い込んでおる姿が実に情けない。呆れる姿ぞ。
理屈や屁理屈よりも大事なことがあるであろう。
人間社会において
初心忘れるべからず
という言葉があるが、人間が存在し始めた時代からをよく振り返ってみるが良い。
親神
>私の祖母は自殺未遂をした事がある
教団関係者の死因に自殺はよくあり。自殺率高し。
>人間思案が入り交じった教えを正しいと思い込んでおる
表さんは「ほしい」というちりを払えず人間思案たっぷりの教えを・・・
真柱後継予定者大亮さんのTwitterを読んで気が付いた。
===6月12日付Twitterでは紺谷 清一郎さんをリツイート===
【いろんな形の初参拝があっていいこれは面白い!】 ←この部分が大亮さんの書き込み。
12日といえば真柱が東京の病院に入院したばかりの頃だ。
え?その間にこの内容のTwitter?
参考までに紹介すると50円で仕事を請け負う女性が紺谷さんから50円で教会参拝を依頼されたというもの。本人と大亮さんは、匂い掛けの新手法と捉えている。
立派な教会に若い女性が参拝してくれたことで喜んでいるのだが、50円のいわば日当を払って初参拝を「ゲット」して陽気に喜んでいるというキ劇的内容。一読をお勧めする。
【天理教の教会で参拝する】 https://note.mu/chrkzk/n/n8d8ef7af91dc6gatu12niti
考えてみよう。(考えるまでもないか)
自分の父親が新幹線と近鉄で4時間かかるような遠隔地で倒れた!
幸い命は助かった。けれど、その体はマヒ状態にある。
普通の血の通った家族であれば、心配で心配で、この様な内容のTwitterをアップできないだろう。
愕然としてしまう。
養子夫婦というのは血のつながりが無いだけに、親になった人に対して、実の子以上に気配りするものではないか。嫁はどうしているのか!旦那がノホホンとしているタイプならば嫁として一層の気配りをすべきだろう。些細な事とも言えるから、気が付いてから暫く様子を見ていた。が、一向に削除されないので、指摘した次第。余りにも能天気。繰り返し指摘される「能天気さ」は本人がこれまでの成育環境では注意されることなく来たのだろうから、誰か身近にいる人が注意して教育しなくて使いものにならないだろう。
人間世界では後継者として決まっているようだが、親神様の胸の内はいかに。
50円依頼?やらせ臭www
天理教も地に落ちたものだwww
50円で初参拝?
目的の為には手段選ばず・・数さえ上がればいいのか、発想が下劣。
それを面白がる大亮くんの頭の程度も推して知るべし。
『初参拝者ゲット』 って思いっきり人を見下してますね。
しかもゲーム感覚。
この人にとって参拝者、信者はポケモンと同等あるいはそれ以下に見下しているってことでしょう。
そしてそれを 面白い と称賛する真柱後継者。
完全に終わってます。
こういう形で初参拝者をカウントできるのなら
宅配や出前のお兄ちゃん、デ〇へ〇嬢のお姉さんだっていいってことですよね。
こんなドーピングみたいなことしないと、
もう天理教は世間の人に相手にしてもらえないということなんでしょう。
なんという低能集団なんでしょうか。
大亮は能天気というより体育会系脳筋バカで、ものを考える習慣じたいがなさそう。みこしにのる人は軽いほうが。担ぐ方が楽ですから。
確かに担ぎ手は楽!
懸念しているのは「神輿」そのものの実態と、主なる担ぎ手の面々の資質。
神輿が親神様の教えを正しく表しているのか。
担ぎ手の面々は誠の人なのか。(一般信者は担ぎ手と言うよりも山車の引手?)
担ぎ手は本部・教庁をはじめとする「選ばれし者たち」。
今や担ぎ手の真実が問われているのが現状であり、多くの疑義が暴かれている。
「みちのとも」誌に記載される本部・教庁人事を暇に任せてながめて見ると、いずれの方も見知った歴史的苗字の面々、又は繰り返し狭い地域で縁組された中山家の血をひいている。
上記は繰り返し先輩の皆様から指摘されてきた事・・・。
=====さぁーて どうしたものだろうかね?=====
体育会の脳味噌筋肉じゃ日大コース決定ですねー
天理スポーツ会も暴〇だらけだですしねー
Facebookの書き込みより
>何故?何故?何故なの?
どうして、人助けやひのきしん、匂いがけに執着するの?
お道を通してでなければ人助けにならないのでしょうか?
人を前にして立派なことを言わないと匂いがけにならないのでしょうか?
教会から声がかかったからとひのきしんに参加しないと意味が無いのでしょうか?
もし、そのようにしか解釈が出来ていない人がいるのだとしたら…それは心の視野がとても狭いように思います。
親神様はただそれだけを望んでいるわけではないです。
天理教を信仰している人に対しても信仰をしていない人に対しても同じで平等に愛情を注がれています。
幼子が「ままに喜んでもらえたら…」と、健気にお手伝いをする姿。
一生懸命に仕事をする姿。
尊い命を救おうとしている医者の姿。
皆を笑わせようとセリフを考え頑張っているお笑い芸人の姿。
歌で人々の心を癒したり救ったりしている歌手の姿。
相手の立場に立って、相談にのってあげてる人の姿。
人助けやひのきしん、匂いがけに執着しなくても、日にちの何気ない言動が、人助けやひのきしん、匂いがけになっているのだと思います。<
教会運営でお悩みの教会長さん。天理教教会長による「コムヨシblog」と言うのに行き着き、救われています。
瀬戸内寂聴さんの仏門に入りながらも自身を解放し自分がしたい事に没頭する自由な生き方から感じる事などなど。
天理教の蘇生は100年前の古い体質からの脱却である事。
教会長はもっと自由にやりたい事をしなければ。この衰退の原因は上下関係に頭を押さえつけらる教会長自身の閉塞感ではないか・・などなど
我々天理教教会長がいかに理不尽な上下関係でがんじがらめになり、主体性を失い、不幸な生き方をしているかなどなど。教会長よ甦れ!と言った応援メッセージですね。こんな人も居るんですね。力をもらいました。
中山血族は贋作集団
中山血族は美術界で例えると贋作偽造集団ですね。天理教と看板掲げて内容は実は中山家とその血族だけが有利な教理(笑)そんな宗教はこの世に存在しないそれは宗教と言わない。中山教ならまだしも実態は中山不動産販売(笑)それでは判にも負けるわけです。首の身上で死んだ初代新柱から教理贋作は始まったと言えましょう。甘露台も木製の贋作 教義改ざんは恒例として行われてきている歴史なので、中田善亮 も躊躇なく教義改ざん と 贋作にまた一つ筆を入れたのです。
そもそも皆さんが買わされた作品が贋作なので、真柱体制が始まった時には贋作になっていたのでいくら修正を加えても贋作は贋作です。贋作を売りつけて世界中の美術品を買いあさった二代真柱 皮肉な手法です。信者を馬鹿にしすぎです。
それを本物だと思い込まされて買わされたのが、中山家とその血族以外の教団のかたがたです。その贋作が贋作であるとする証拠の本当の教義書も古い教会には沢山残っている。中山家都合で改ざんするほど彼らにとっては信仰はだましの道具と言えましょう。どこまで検閲が出来るのでしょうか?(笑)そこの試算を図らず始めてしまった検閲ですので無意味なんですけどね。
では贋作を売りつける天理教という教団とはおさらばして、むしろ彼らが 異端と 言う 他の団体に所属するなり、自ら 天理 天輪 なんでも名を売って 親神 と 教祖の教えを全うする信仰生活をした方が信仰者の醍醐味といえましょう。天理教の宗派 中山 は 教理から考えると 邪教でしかない。ただの異端です。
真柱の事故そして身上 これだけでも前代未聞 大変なことが起こる前に 中山家とその血族は教団から退去した方がいいでしょうに、中田善亮の教義改ざん そして実の息子 大亮 のSNS狂い を見ていると 意地に成ってるようにしか見えませんね。
>『初参拝者ゲット』 って思いっきり人を見下してますね。
>しかもゲーム感覚。
>この人にとって参拝者、信者はポケモンと同等あるいはそれ以下に見下しているってことでしょう。
上に立つ人間でしょうに。
どんな教育をされてきたかが手に取るようにわかります。
それでも信者の皆々様は「偉いお方」だとお神輿をお担ぎになられるのですね?
いやはや、ほんとに意志のない人達ですね。。。
戦前は真柱とは呼ばれておらず、
管長と呼ばれてたのを、
戦後になって真柱と改称。
そもそも真柱ってどこからそう呼ばれるようになったのか?
ラグビーボーイ大亮くんと
インテリな善司さん。
どう考えても仲が良いはずはないよな。
以前の退職信者さんの書き込みを見て、
先日天理へ行った際、
枝先を見てみた。
自立できないしだれ桜も、
別席場の近くのイチョウも、
教祖殿の中庭の木も、
祖霊殿の庭の木も、
みんな枝先が枯れて葉っぱが出ていない。
トップが病んでいる。
真柱邸の玄関近くのモミの木も枯れていた。
病に倒れた真柱を象徴しているかのように。
あの書き込みは本当。
皆さんも天理へ行った際はぜひご覧ください。
あまり知られている方ではありませんが「神がかり」と言われている方に、
「お供え」についてどう思われるか質問してみましたので、以下お伝え致します。
その方が本物かどうかはわかりません。内容が正しいかどうかもわかりません。
ご本人も、ご自分の心に響くところがあれば参考にしていただけたら、しかしそうでないならば
そんな考え方もあるのだ程度で聞き流して下さいとおっしゃられてました。
人生の正当な流れの中で与えられたものは神からの恵みと受け止めよ。
与えられたものをお返ししなくてはならないという考え方は、地球上にともに存在する者同士への礼儀や
思い遣りなどからくる感覚や考えである。
神はお返ししなくてはならないような次元の存在ではない。
それでは、与えられた時どうするのか?
答えは、与えられたものを愛すること。
愛するとは、喜び、深く味わうことじゃ。
たとえ誰かを助ける為に手放したとしても、それが喜びであり、助かる姿を真に望み、そうすることが
心からの喜びであるならば、恵みは力を持ち生きる。
しかし、恵みを「人助け」など表向きの看板だけを見てその内容をよく確認も理解もせず、
手軽に信じて手放す者もいる。
なぜ大切な恵みと思うならば、調べもせず、内容を理解しようとすることもしないのか。
それは、実は神からの恵みをもっと何か他の自分の願望や欲望と引き換えにしようとしているのだ。
それは「誠」ではなく、ただ「自らの願望が信じたいこと」を信じようと盲目になっているのに過ぎない。
盲目ゆえに「真実」が見えなくなるのだ。
そのことこそが『不足』の真の意味である。
欲望は欲望を引き寄せる。
売り渡すから、それを取りに来る者たちが存在するのじゃ。
流れる時の中、自然に与えられるものことを喜び、そこにある豊かさを味わえる者は簡単に搾取されることはない。
搾取される必要も感じていない。
不足というものは、「もっともっと」という思いから始まり、「もっともっと」という思いで終わるのじゃ。
ゆえに不安のある者は自信のなさを埋めようと同じ考えの仲間を増やそうとする。
自信のある者は徒党を組む必要はない。
様々な価値観を認め合う自立した者同士は、協力はし合うが、依存したりもたれ合う必要もない。
「もっともっと」は本当に自分自身の願いなのか、自分に巣食うエゴに惑わされてはいないのか。
こういった問いは、世界中に降ろされた真の宗教的指導者が常に此れまでも問い掛けて来たことである。
答えを求めても、既に腐敗し、形骸化してしまった宗教組織の中に答えはない。
一から己の中にすべての答えはあるのじゃ。
>『初参拝者ゲット』 って思いっきり人を見下してますね。
しかもゲーム感覚。
この人にとって参拝者、信者はポケモンと同等あるいはそれ以下に見下しているってことでしょう。
そしてそれを 面白い と称賛する真柱後継者。
完全に終わってます。<
天理教は「崩壊へGO」どころか、完全に終わってしまいましたね。「再生」への道は無いものでしょうか?無いかもしれませんね。
この度の真柱氏の病は、だれの責任でもありません。自らが蒔いた種にほかなりません。
三代さんが130年祭を待たずに亡くなったのは、我々教信徒の信仰心の足りなさが原因だと大教会長は言った。
さらに、この度の四代さんの病の原因も教信徒一同の信仰心の足りなさが原因云々は、うぬぼれ発言以外の何物でもありません。それでも教信徒の信仰心の足りなさが原因というのであれば、大教会長クラス以上の取り巻きのせいだと思う。
何処へ行くのにも自動車で乗り付け、行った先では、ご馳走攻めにしているようでは成人病まっしぐらではないか。40歳代の若さで痛風を患うようでは、余程、不摂生な日常生活だったのだろう。
天理教の人達は、何故このようなことに気付かないのか、不思議というよりバカとしか言いようがない。
個人の家庭では子供たちが社会人となって他人に迷惑をかけることなく、勤めを果たしていれば、それ以上のものを望むのは親の甘えだろう。仮に、自分が何かの病を抱えた時に、原因の一端が子供にあるなど、口が裂けても云えないだろうに、天理教は平気でこのような発言をする。これが甘えとか、バカ発言と言わないで何と表現すればいいのか。
それとも信仰とは、そういうものなのか。日常生活を通じて感謝の気持ちから出来る範囲でのお供えを続けてきた人に言える言葉ではないように思うが。それでも信仰心が足りないと言われれば、さっさと天理教から離れる方が精神面にも、はるかに優しい。
天理教の幹部連中は、上記の、とくめいさんの
>一から己の中にすべての答えはあるのじゃ。<
の通りだということに早く気付くべきだ。
感謝 つつしみ たすけ合い
金持って来い!
朝起き 正直 働き
金持って来い!
月次祭
金持って来い!
こどもおぢば帰り
金持って来い!
正善 善亮 大亮
お金大好きやで~!
冗談で書いた積りがそのままであった・・・
だいすけくんの初参拝お金ゲット賞賛ツイッター、
自らのレベルを公表してますな。
以前噂で聞いた
卒業旅行で海外の風俗に行ったという話は
お金で買うという彼の考えからしたら、
単なる噂じゃないのかもな
その弟も海外留学で金髪ねーちゃんとの写真を公表するぐらいだし
これも噂だが、
姉も妹も頭が悪いくて気が強くてわがままらしい。
そりゃ
大学時代に単位が取れない能力で
おもてとうりょうになり、
女と金に狂った様をさらしつづける
ぜんすけの子どもだから
仕方ないか。
善司さんの早い回復を祈ります。
大亮くんの、あのお顔からは、どう見ても知性を感じないです。宗教法人のトップになるお方ですが、少なくとも私にとっては見るに耐えない人相ですね。聡明さを感じない。
性的異常者の顔だと誰かが書いておられましたが、確かに。先祖代々、色情の因縁、父親善亮氏の女癖の悪さも周知の事実。女性との後始末に公金(信者のお供えを)横領。次男息子も金髪女性と見るに耐えない写真が出回っている。
この一家はどう見ても神聖なる神の世界に立つリーダーのお顔には見えないです。
Facebookの書き込みな対する某氏のコメント。
>真柱様か6月7日東京へご巡教に行く途中でお車の中でご気分が悪いと言われましてを崩されまして、
東京都内の病院に診察の結果、脳内出血と言う身上を戴き早期治療と療養に成っています事を所属の会長様からお聴き成りましたが、大事には至らすでしたが左手が麻痺しています。
私達はこのfacebookcommunity天理教の中で、批判的掲載文章を載せています方々が目立っています。
しかし私達ようぼくが成人半ばではどうもならんとのお言葉からの大変厳しい親神様のお仕込みがあったのです私たち全教ようぼく心の成人が届き至らなかった事が原因であります。
又お道の信仰の在り方・務めの在り方・お道の通り方等を今一度見直して反省重視して戴き、真柱様にはごゆっくりとご静養して戴きまして又再びお元気なお姿を拝見致しましてご回復のご守護を祈りたいと想いますからよろしくお願い申し上げます。<
>又お道の信仰の在り方・務めの在り方・お道の通り方等を今一度見直して反省重視して戴き、真柱様にはごゆっくりとご静養して戴きまして又再びお元気なお姿を拝見致しましてご回復のご守護を祈りたいと想いますからよろしくお願い申し上げます。<
大変、残念ですが遅きに失しました。天理教は既に終焉を迎えました。本来お道の信仰のあり方・お道の通り方を、信者に伝え教える立場にある教会本部幹部連中が欲にまみれきって腐りきっています。土の腐りきった苗代には雑菌が増殖するだけで、稲は育ちません。
>三代さんが130年祭を待たずに亡くなったのは、我々教信徒の信仰心の足りなさが原因だと大教会長は言った。
さらに、この度の四代さんの病の原因も教信徒一同の信仰心の足りなさが原因云々は、うぬぼれ発言以外の何物でもありません。
それをいうなら末端が病気になったら、首脳部の信心が足りないからだと罵倒してもいいことになるね。なんでも人のせいだとなすりつけあうのが教えなんでしょ?
上級会長が亡くなった時、上上級会長が、お前らの信心を見直せ、と言った。
??が頭の中を渦巻いた。非常に違和感があったが、上に行く程頭の中が「お偉いさん」になっていて、何でもかんでも下々が悪い、と言う教理か?じゃあ上上級のあなたはお酒ばかり飲んで飲んだくれているけど、それはどうなの?と言いたい。
自分たちの立場に都合のいいように、一列不平等の教理を教祖に許可なく勝手に創作、構築し、あぐらをかく傲慢さ。
事情教会9割に上ると聞くが、上の不幸が常に自分たちの責任にされるなら、陽気暮らしなど、やってられない。反省すべきは当事者に決まりきっているじゃないか。
そんな身に覚えの無い反省をさせられる異常な世界観。後継者が逃亡するのも無理はない。なんだかんだ言ってるとどのつまり、要するにお金なんですよ。
災害救援ひのきしん隊の速やかな派遣をお願いいたします。
大亮君のツイッター で大阪の地震はおろか、真柱の身上の事も未だに取り上げられないのはなぜ?
遊びのツイッターなのかな?世間知らずなのかな?と思わざる負えない。
教団の後継者はやはり新聞に名前が出るほどの立場である自覚が足りないですね。公人はおおやけの人であるわけなので、残念ですね。社会学の予想以上に出来の悪い親方候補です(笑)
真柱は「教祖の血統者の系譜に基づき、本部員会議において推戴する」ことになっているそうだ。
真柱継承者も本部員会議において推戴したのだ。
もし、真柱継承者が原因で教勢が衰退したり、真柱継承者に問題があったりした時には全本部員は責任を取る覚悟はあるのだろうか?
もし、そうなった時には又「部内、よふぼくの成人が足りない」と我々の責任にされてしまうのだろうか。
教祖、本席時代は「おさしず」で物事が決まっていたが、それに代わるものが本部員会議になっている。
と言う事は、本部員という人たちは責任が重い。神の残念、立腹も現れやすい。
いくら金もあり、贅沢三昧していても決して幸せとは言えないだろう。
完全に話の 流れに外れてすみません。
年金暮らし、独り暮らしの新入り会長で、月次祭に関して悩んで居るのでどなたかご教示下さい。
田舎の末端教会で、長い間信者がいません。毎月の月次祭を上級会長と二人でしています。
恥ずかしながら無知な人間なのですが、月次祭は必要最低限の行事でしょうか?神饌物の野菜や諸々を購入するのもお金だし、体力も要ります。お下げを上級と分けるのも多すぎて困っています。近所は農家ばかりで、信心の無い家ばかりなので差し上げたくてもありがた迷惑がられます。神様はお供えする心を受け寄られる事は分かりますがが、残って腐ったり、処分に困ったりと現実的ではないのが悩みです。
そこで解決策として台数を減したいとも思ったりしますが、一箇所15台の台数を減したり月次祭そのものをやめたりすることはあり得ませんか?上級は堅物です。
事情教会9割の今、全国的にも独り暮らしで信者の居ない教会の超高齢会長もいる筈です。月次祭準備には体力も経済力も入ります。実際の所、そう言う独り暮らしで自分の高齢の身の世話で精一杯の会長は月次祭をどう言う形で実施しているのでしょうか。柔軟にしても良いのではと思っていますが、恥ずかしい質問で失礼しております。ご教示お願いします。
>又お道の信仰の在り方・務めの在り方・お道の通り方等を今一度見直して反省重視して戴き、真柱様にはごゆっくりとご静養して戴きまして又再びお元気なお姿を拝見致しましてご回復のご守護を祈りたいと想いますからよろしくお願い申し上げます。<
>三代さんが130年祭を待たずに亡くなったのは、我々教信徒の信仰心の足りなさが原因だと大教会長は言った。
さらに、この度の四代さんの病の原因も教信徒一同の信仰心の足りなさが原因
>上級会長が亡くなった時、上上級会長が、お前らの信心を見直せ、と言った。
ブラック心理学か何かの本で読んだ事がありますが、
人をコントロールする時に使われる典型的な手法ではないでしょうか。
本来相手とは何の関係もない事柄を、あたかも相手のせいであるかのように話をすり替え、
相手に罪悪感を植え付け、自分たちに「尽くさなければ」と思わせる。
こういった言葉に触れると、
そもそも何の為の、誰の幸せを願う、組織なのかと悲しくなるばかりです。
2018年6月19日9:39AMの匿名様 日々ご苦労様です。
いづれ当教会もそうなると思い、他人事とは思えません。
宗教法人法的にはすべて拒否できるとはいえ、永らくの上級との関係上無下に拒否するのも難かしかろうと思われます。
何のために月次祭をやるのかという点から考えますと
第一に神様にその月の報恩感謝をするということだと考えます。
そうであれば、それはお金でもないし、上級への義務でもないと思います。心が神様に受け取って貰えればいいので本来、お供えもひょっとしたらおつとめも不要かと思います。
「親神様この月も神様いかせていただいてありがとうございます」
この言葉だけで充分かと思います。
2018年6月19日9:39AMの匿名 様
教祖ご在世中のおつとめの形はどのようなものだったのでしょうか。先ず、そのことを知る必要があると思うのです。
ところが、本部は何もかも隠していて本当のことを教えてくれません。本部の史料集成部が開かずの部屋と呼ばれる所以です。今の月次祭の在り方は、本部の都合のいいように仕向けているだけです。月の初めに末端教会から始まった月次祭が、日を追うごとに上級教会へと進み、大教会の月次祭が26日の直前に執行されて、とどのつまり、集まったお供えが26日に本部に届くように設計されているだけです。このような見え透いたお供え作戦なんか無視することです。教祖は、悪い日は無いと仰ったわけですから26日に月次祭をすればいいのですが、多分、本部は許可しないでしょうね。
おさづけの取次時の「あしきはらい たすけたまへ てんりおうのみこと」は、教祖の時代は「あしきをはろうて たすけせきこむ いちれつすます かんろうだい」と唱えておさづけの取次をしていたと聞いたことがあるのです。
菜の葉、一枚も粗末にしてはいけない、と教えられたのであれば、神饌なんかもテンコ盛りではなく、かつ、15段も必要ないことが分かると思うのですが、本部の神饌を見ていると、いかに強欲張りであるかが分かるのです。
形式ばかりに囚われた現行天理教の姿が本当の姿だとは思っていません。隠し事ばかりの現行天理教本部なんか信仰に値しないと思っているのです。
教会が宗教法人の許可なり、認証を受けておられるのであれば、さっさと、被包括関係を脱することをお勧めします。
上級等に少しでも反抗心を示すと、本部は会長職を更迭して、都合のいい人物を送り込んできますよ。
あの郡山大教会長さえ、放り出されたのですから、末端教会であればいとも簡単なことです。
都道府県庁の宗教法人担当課へ出向かれて被包括関係の解消に向けた手順をお聞きになることが先決です。
匿名様(6月19日9:39AM)
お気持ち、お察しします。自分は一般信者なので適切なことを書けず残念です。
ただ、「組織はなくとも信仰できる!」様のご意見を拝読し、心から、あぁ、そうだなぁ、と思いました。
組織の中で最も厄介なことは人間関係でしょう。(正直申せば多くの苦労はお金で解決できると実感していますが。)本当は返上なさっても良いかとさえ思います。身近で聞く話も系統を問わず、教会・布教所維持が困難な状況に陥っても解決策は個人の力で動くしかないようですね。
参考にならないかもしれませんが、何かの決断をされる際の、慰めにはなるかもしなるかもしれないと記します。
教会宙ぶらりんの例
●名称は残したまま、実態は空き家。みちのともに掲載されている大教会部内教会数はウソになっている例。
月次祭は他所の先生が務める。独身会長で身寄りが無く、信者もいなかった。
●両親の出直し後、長男が実家である教会に住んでいる。信者はその姉たちだけで、事情から姉たちが後継者にはなっていない。上級から若い会長が月次祭の日だけ来て努めていく。教会の土地建物は姉弟のものであり、弟は働けない身上。拝殿に布団を敷いていたのを会長に知られ、出て行けと言われたものの、弟の行き場は無い。出て行けという言葉は、この家族の事情を知る天理教会長としては猛省すべき点。若いだけに人間理解が浅いのか。現状は、のらりくらり作戦で居住している。姉妹は70~80代で、体は足腰悪く維持は無理。弟が追い出されないように願っている。
布教所返還の例
●家族で続けていたが布教所長である兄が80代、姉妹たちも80代。話し合ってお返しした。その際、×本系の教友は硬直した受け売り教えを振りかざし、お返しするのはおかしいと、むごい言葉を吐いたそうだ。私にポロッとこぼした内容を書いてしまった! ×本系は意地悪な人が多いという感じがする。初代が厳しい道を通り切ったからなのか。凡人にそれを求めて厳しい道を通れというのは最早いじめ体質に見える。その教友同士は大人なので表面的には仲良くしているが。
教会閉店?名称の理返却の例
今、まさに会長亡きあとの教会を返したくて準備している教会も有ります。仕方ないことです。
お供えは質素で構わず、下記は実際の例です。
煮干し(汁物の出し、又はおやつとして食べる。)
切り干し大根パッケージのままでOK(水で戻して、煮物にするだけでなく、水気を絞り醤油をかけただけも美味しいですよ。)
個別パックされた餅(台に3個も載せれば十分。下げた後は冷蔵庫に保管し、召し上がってください。)
干しわかめ パッケージのまま(軽くて買い物も楽に!)
お供えに文句をつける人がいたら、その人は天理教信者とは言えませんよ。
本部はじめ、各上級は空き家の教会でも「数」として確保できるだけでもいいじゃぁないですか?
心のふしんと形のふしん
形に現れてくる状態を見れば、心の使い方がわかる。
親(上)である教会や人間の子供(下)達の姿が残念。
子が悪い、親は悪くない と突き離す様を見て神はどう思うのか
神からしたら、そんな親でもかわいい我が子なのか…
どんな事情を起こそうが、人を殺めようが、大罪を犯そうが、かわいい我が子なのか…
慎ましく暮らしている人間を虐げる様は、昔も今も世間は変わらない
天理教も変わらない
しかし、これは組織あってのこと。
組織と離れ、各々の心が神と向き合い、教えを実践すれば、組織が関わる問題に触れずに日々を過ごせる。
なるほど、人が離れていくわけだ。
明治大正昭和の頃より、教養も食糧事情も医療技術も収入も情報伝達方法も向上した。
これから、どうしたら組織が繁栄していくのか。
答えを見出せる人間はいるのだろうか。
助かったら、御守護があったら神のおかげ
助からない、御守護がないのは人間のせい
ははっ、カルトやん。
さいなら
>上級等に少しでも反抗心を示すと、本部は会長職を更迭して、都合のいい人物を送り込んできますよ。
あの郡山大教会長さえ、放り出されたのですから、末端教会であればいとも簡単なことです。
都道府県庁の宗教法人担当課へ出向かれて被包括関係の解消に向けた手順をお聞きになることが先決です。<
既にご存知かもしれませんが、長野県諏訪市にある天理教豊文教会が天理教教会本部との被包括関係を解消し、天理教教会本部から独立される際、当該教会と教会本部との間で最高裁までの訴訟となり、結局、最高裁で天理教豊文教会が勝訴され、教会本部から独立されました。つまり、被包括関係の解消に成功されたということです。日本の場合、最高裁の判例は、以後の裁判の判決の「決定打的意味合い」をもちますので、最高裁の判決以後、教会本部との被包括関係を解消することが、事務的作業も含め非常に容易になっているということです。どのような理由で、教会本部からの独立を希望されているのか詳細は存じませんが、都道府県庁の宗教法人担当課なり文化庁も、行政機関として、天理教豊文教会が独立されるまでの経緯は十分把握している筈ですので、あまりご心配される必要はないかと推察します。詳しいことは、「櫟本分署跡保存会」なり、都道府県庁の宗教法人担当課にお問い合わせになればいかがでしょうか。
2018年6月19日9:39AMの匿名 様
崩壊様が補足説明された通りです。天理教教会本部は人助けどころか、冷酷無比な団体です。自分の意に沿わないと判断すれば即刻追い出しにかかりますよ。酷な言い方をすれば、野垂れ死にしようが知ったことではないということです。今は亡き八島英雄氏を追い出した本部ですから、これが何よりの証拠でしょう。
余談ですが、「櫟本分署跡保存会」が立ち上がった当初は多くの本部員が訪れていたと聞いています。正しいと思われることすら否定する教団本部とは一体何者なのでしょう。
事情教会99%はもうすぐですね。それなりに活動できそうな教会は本部と絶縁ですし。そんな中で能天気な大亮ちゃん。関西は天理のおひざもとなのに地震があっても知らん顔。高槻市だけでもボロ教会は大量にありそう。
皆さまご教示ありがとうございました。我々下々の教会なんて、本部 にとっては正に使い捨てと言うのが正直な感情です。
散々尽くせ、運べ、で逆さまになってやってきましたが、子供がどんな目に遭おうが野垂れ死にしようが知らん顔ですか。それは薄うす感じてきました。
今回、大阪が震源の地震が起きましたが、今後それが元で教会堂が損壊したらどうしよう?と本気で恐ろしくなっているところです。信者の居ない教会を会長が自力で復興させよ、でしょうか?あり得ません。
万が一、損壊教会の立て直しなどの責任が、私独りの肩に掛かってきたら悪夢です。冗談では無く本気で早いうちに逃げ出す事を考えた方がいいのかも?と思います。光熱水費、すべての口座を解約し、夜逃げも有りかとも思います。こんな冷酷無慈悲な世界にうっかり居ると、本当に殺されかねない。
私は後から入った会長で、入った段階では土地建物は本部にお供え済みでした。ですので裁判を起こしてまで自分の物にしなくてもいいのですが、信者一人も作らない等々で気に入らないからと、私を追い出しに掛かってきたら、居住権剥奪されるなら、弁護士に出てもらいます。
恐ろしい所に身を置いてしまったと改めて恐怖を覚えています。皆さま、ご教示ありがとうございました。
真の陽木
真の教祖の教えを学び取る者は人は見ない。真柱であろうが、本部役員であろうが、後継者であろうが、
吾輩のチップで食べさせていると思い参拝の際には堂々と回廊のど真ん中を歩いている。
教祖様ありがとうござりますと念じ参拝するのである。人を見るとどうしても不満が出るのである。
参拝の際には皆堂々と回廊を歩くべきである。式服を着た者に遭遇すると「俺様のチップで食べさせてやっているのじゃ」と思えば何の不満も生まれない。
神殿はあくまで象徴、伊勢神宮と思えばよいのである。
崩壊 様 2018年6月19日 5:10 PM
>既にご存知かもしれませんが、長野県諏訪市にある天理教豊文教会が天理教教会本部との被包括関係を解消し、天理教教会本部から独立される際、当該教会と教会本部との間で最高裁までの訴訟となり、結局、最高裁で天理教豊文教会が勝訴され、教会本部から独立されました。つまり、被包括関係の解消に成功されたということです。日本の場合、最高裁の判例は、以後の裁判の判決の「決定打的意味合い」をもちますので、最高裁の判決以後、教会本部との被包括関係を解消することが、事務的作業も含め非常に容易になっているということです。
すみません、ちょっと誤解があるようですので修正させてください。
豊文教会と天理教本部との裁判の争点は、『天理教』という名前の使用に関してです。
『被包括関係廃止=離脱』に関しては役所への申請ですから、本部も大教会も上級も関係ないし、手続きに関して『裁判などは起こらない(起こせない)』のです。
そして、この手続きは「書類さえキチンと用意すれば誰でも簡単にできる」モノです。
豊文さんの裁判に関しては、本部から「天理教の名前を名乗るな」という「嫌がらせの裁判」のようなものですが、これも豊文さんが勝ちましたので、その後は同様の裁判などは起こせません。
詳しくは、『1/17000の闘争と逃走』のブログ記事をご確認ください。
天理教は災害時、被災地の天理教会・布教所名を公表しない。何故なのか、いつも不思議に思っている。
まさか、被災するのも因縁などと言わないだろうね。
ホームページにも被災関係の記事を掲載しない。
なのに、災害救助隊の活動は大きく記事になる。
そもそもの視線の先が間違っていると断言できる。
もしかすると、名前を発表してしまうと金銭的・物質的支援が教会本部の下部組織に流れてしまうという構図を懸念しているのか?
相変わらず、今もって、Twitterで大亮君は地震に言及しない。
そういえば嫁さん、法被姿の写真を見たが、おなかが大きくなっているね。
信者さんから祝福されない夫婦の子供ってかわいそうだね。
衣食住が保証されている立場って、うらやましい。不自由さは有るだろうが金銭的苦労のない生活の中で子供を持てるんだから、こんな幸せな夫婦はいない。陽気暮らしも金次第???
未来の真柱誕生祝に金吸いとらなきゃならないから、被災した末端教会Aに信者たちのお金がいかれちゃたまらないよ~。誕生祝献金しないと命のつなぎにならない。被災した教会への見舞い金や義援金にまわされちゃ、こっちの取り分が減らされるじゃん!
本部では、不要不急の不動産を売り払い始めたと聞きました。所詮、この程度の宗教だったのでしょうか。
助かりを願って、無い中をお供えをするのが誠真実等と説かれて、その気になってお供えをしてきた人たちの気持ちを教団本部はどのように思っているのでしょうか。
ミミッチイ話になりますが、仮にコンビニで1円を値切っても絶対に駄目ですよ。なのに、大教会役員はお入り込みの際の講話で、給与の2割くらいお供えするのは当たり前だと、なんの衒いもなく話されるのを聞いて、教団の中枢部はこのような感覚で生きているのだと思ったことがあります。
日常生活の現実を書いておきます。市町村民税すら課税されない収入では住宅ローン一つでさえ組むことが困難なんですよ。そのような家庭にさえ教団はお供えをしろと言ってくるんです。天理教はお供えを云う前に、少しでも貯金をして家を買う努力をしてくださいよ、と言うのが先ではないのですか。
天理教は本部さえ太ればいいだけで、信者個々人に対しては、所詮その程度の認識すら持ち合わせていないんです。これは私の経験談です。
東風zさん、
その通りだと思います。
本部が残れば全てオッケーと考えているのです。
だから私はこの宗教から離れます。
本部の人じゃない末端はどんどん離れたらいいんですよ。
もはやこの宗教に神の守護は無い。
以前投稿されていたように、
境内地の木々の先が枯れていることを
指摘した方がおられました。
私もその文章を見て、
神の守護が無い様を表していると感じました。
皆さんは神がいないこの欲にきりない泥水教団にいつまでしがみつづけますか?
出エジプト記20章より
神はこれらのすべての言葉を告げられた。
「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、『 奴隷の家 』から導き出した神である。」
モーゼの十戒 (新共同訳)
1.あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
2.あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の
水の中にある、いかなるものの形も造ってはならない。
あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。
わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、
四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える。
3.あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
みだりにその名を唱える者を主は罰せずにはおかれない。
4.安息日を心に留め、これを聖別せよ。
六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、
いかなる仕事もしてはならない。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、
七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。
5.あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きる
ことができる。
6.殺してはならない。
7.姦淫してはならない。
8.盗んではならない。
9.隣人に関して偽証してはならない。
10.隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切
欲してはならない。
(出エジプト記 第二十章より)
「イエスはお答えになった。
第一の掟は、これである。
『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。
心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』
第二の掟は、これである。
『隣人を自分のように愛しなさい。』
この二つにまさる掟はほかにない。」 (マルコによる福音書 第十二章)
教祖伝に
おやさまがよろめかれた際に、
これは世界の動くしるしや。
と言ったと記憶している。
今回の真柱の身上も、
もしかしたらそうなのかも。。。
真柱身上からの
各地で起こる地震、噴火。
本当に世界が動いちゃうかもね。
四方暗くなる大掃除の刻限は、
刻一刻と迫っているのかもしれません。
平らに成る平成が終わり、
新たな時代に突入する今後は、
大災害と大戦争の幕開けなのかも。。。
善を司る善司さんが神様より託された仕事は、
想像以上に大きいのかも。
早い回復を祈ります。
世界の大掃除様、思わずうなずいてしまいます。
須藤花井さん、26日でしたか?
詳しい方、再度ご教示頂ければありがたいのですが。
>おやさまがよろめかれた際に、これは世界の動くしるしや。
と言ったと記憶している。
今回の真柱の身上も、もしかしたらそうなのかも。。。
真柱身上からの各地で起こる地震、噴火。
本当に世界が動いちゃうかもね。
略
善を司る善司さんが神様より託された仕事は、
想像以上に大きいのかも。
申し訳ありませんが、教団以外では全く相手にされないであろう理屈です。
一般世界に向かって堂々と同じ事を言えるでしょうか?
一般の常識ある人達にはあきらかに笑われます。
教団かわいい気持ち、教団を信じたい気持ち、皆に真柱の権威を示したい気持ち
から出た言葉とは思いますが、個人的な真柱信仰から出たであろう空想から
根拠のない無責任な迷信を作り出し、ただ煽るようなことを言うことは、
もはや既に夢から醒めている人々が多く集うこのサイトの中では虚しく響くだけ
ではないでしょうか。
こういった理屈は、むしろバリ天サイトでご投稿された方が、共感を得られる
のではと思いますが、なぜわざわざこちらにご投稿されたのか、その本意の方が
不思議に感じますし、辛口気味のコメントになり大変申し訳なく思いますが、
空想話よりそちらの真意の方にこそむしろ『リアル』が隠れていて興味があります。
空想より、あなたの素直な本音が聞きたい。
根拠のない思い込みや空想は、あくまで思い込みや空想でしかない。
あなたの『リアルな本音』にこそ常に動いている『リアルな世界』と対峙するヒントがあると思われます。
>豊文教会と天理教本部との裁判の争点は、『天理教』という名前の使用に関してです。
『被包括関係廃止=離脱』に関しては役所への申請ですから、本部も大教会も上級も関係ないし、手続きに関して『裁判などは起こらない(起こせない)』のです。
そして、この手続きは「書類さえキチンと用意すれば誰でも簡単にできる」モノです。
豊文さんの裁判に関しては、本部から「天理教の名前を名乗るな」という「嫌がらせの裁判」のようなものですが、これも豊文さんが勝ちましたので、その後は同様の裁判などは起こせません。<
確かに裁判の争点は、「天理教」という名称の使用に関してのものでしたが、天理教豊文教会の現会長様や「櫟本分署跡保存会」の関係者の方々に私が直接お会いして聞いた話では、天理教教会本部から独立された理由は、端的に言えば、現天理教教会本部が天理教教祖「中山みき」様の本来の教えから著しく乖離しているからだということでした。独立理由の概要や裁判の経緯、判決文等については、当該教会のホームページにも掲載されていますが、私が豊文教会の現会長からお聞きした内容をそのままここに記載すれば、大変な長文になり誤解も生じやすくなるので、今回は控えさせていただきます。興味や関心のある読者の方々は、「櫟本分署跡保存会」に事前にアポをとり、直接、保存会の関係者の方々から、お話を聞かれたほうが良いと思います、豊文教会の現会長様も長野県の自教会よりも「櫟本分署跡」敷地内の教会に滞在されている日数の方が多いとお聞きしておりますので、現会長様から直接、お話をうかがえる機会もあると思います。ともあれ、現天理教教会本部から独立するための「一つのテクニック(語弊がありますが)」として、豊文教会の例を紹介させていただいた次第です。それにしても、当該訴訟で天理教教会本部側の「天理教という名称は商標である」という主張は、「天理教はもはや宗教ではなくビジネスである」と自認し主張していることに他ならず、「中山商店」となりはててしまったことをうらづける典型的な一例であると思います。
事情教会を預かった方が悩みを吐露してましたが、悩むぐらいなら逃げるが勝ちだと思います。
逃げてもおそらく上級教会は追ってこないでしょう。
置き手紙でもしたらどうですか?
あなたにその勇気があればの話ですが。
別席場の横のしだれ桜の近くに、
馬、もしくは鹿が頭から地面に突っ込んで身動きとれない像があるのを
皆さんはご存知だろうか?
天から落とされた馬鹿や
頭突っ込んで尻隠せずな馬鹿など、
いろんな姿が考えられるが、
まさに今の教会本部の状態を表してるな
と思い出してしみじみ感じた。
いつ、誰がつくったかは
まったくわからないが、
まさに馬鹿な
中田善亮、大亮親子の出現を
予言していたかのようだ。
青年会の金遣い荒き棟梁の姿を見てると、
本部財政はもう何年も持たないであろう。
(青年会がイベント会社になれば別だが)
これだけ教勢が衰退する中で、
残った人で、
馬鹿でかい神殿・やかた・詰所、
各地の大教会、分教会を
維持するのはもはや無理。
システムが崩壊してる。
神の守護があるなら
今の状況にはならなかったであろう。
こんな様になったのは、
神の守護がもはや切れている証拠ではないか。
おやさまが教会本部、
また各地の教会をお許しにならなかった理由がやっと分かった気がする。
危機感を感じている方は、
この教団から離れる決心をしてはどうですか?
親神様、おやさまの信心と、
天理教を信仰することは違うと
このサイトを読んでる方なら分かったでしょう?
分かったなら一刻も早く逃げて、
仕事するなり、別の道へ進むなり、
新たな生活をされることをお勧めします。
以前月よりの神言をもらいに行った者ですが、
26日の10時から、
指柳の万代の近くの小さな駐車場で配っていたように記憶しています。
かぐらづとめが終わってからでも間に合いますよ。
看板が小さいので探してみてください。
あと、インターネットで、
「月よりの神言」と検索すれば、
内容が載ってるサイトがあるので、
そちらも見てみてはいかがですか?
本部を中心とする天理教(仮にバチカン系天理教)と本部にとらわれない天理教(仮にプロテスタント系天理教)の2つがあってもいいのではないかと?
まあ当面は面従腹背でバチカン系とおつきあいしていつかは、、、、でいいのでは
投稿は終わりします。と書きましたが真柱の事で少し書かせていただきます。
前言を翻してしまい 申し訳ありません。
>善を司る善司さんが神様より託された仕事は、
想像以上に大きいのかも。
この書き込みをされた方は、本部否定の方と思います。
それは、上記の文章に先立つ文を読めば明白な事です。
この方の基本的な考え方は、おふでさきとおさしずだと思います
おふでさきは、親神が地球の大掃除を決定するまでの経緯が書かれています。
おさしづの刻限の要旨は、屋敷の連中に対する警告です。
本部は、おふでさきとおさしづの根本的な部分には決して触れません。
触れてしまえば本部は、崩壊します。
私は、天理に複数の知り合いがいます。
その中には、本部の人もいます。
その方によると、善司さんは大亮君とほとんど会話をしないそうです。
善司さんの蔵書はかなりの量だとも言っていました。
ラグビーボールを追いかけて成長した大亮君とは、思考パターンが違うのだと言っていました。
善司さんは、真柱職を嫌っていました。
夫人との結婚は、善衛さんが勝手に決めたそうです。
大亮君の養子縁組も善衛さんが決めたそうです。
善司さんは、小学校時代いじめられていたそうです。
真柱になったら手も口も出せなくなるから今の内にいじめておけと言う感じだろうと話してくれました。
「そのいじめた連中がしらっとした顔で周りにいるんだよね。
こんな中で明るくできる訳ないだろう。
暗くなるのも当然だ。
あの暗くて無口なスタイルは、本部の連中に対する無言のレジスタンスかもね。」
「善司さんVS本部の連中」の構図だそうです。
孤立無援だそうです。
私は、今まで善司さんが「斧(よき)統領」となって本部をぶっ潰してほしいと思ってきましたが、今回の状況でそれも無理な事かなと思っています。
先月、市内の方から須藤花井さんが所持していた「おふでさき」お借りしました。
今 手元にある須藤さんの「おふでさき」を見ながら書いてます。
要所要所の歌が黒く縁どられ 赤の二重丸や三重丸が書かれています。
印のついた歌は、ほとんどが掃除に係る歌です。
その中で一か所だけ赤の書き込みがありました。
第7号 7 三重丸が書かれています。
月日にはだんだんみえるみちすじに こわきあぶなきみちがあるので
この歌の下に「善司様」と朱書きされていました。
7号 8 二重丸が書かれています。
月日よりそのみちはやくしらそうと をもてしんぱいしているとこそ
7号 9 赤く塗りつぶされた大丸が書かれています。
にんげんのわが子 をもうもをなじ事 こわきあぶなきみちをあんじる
>おやさまがよろめかれた際に、これは世界の動くしるしや。
と言ったと記憶している。
今回の真柱の身上も、もしかしたらそうなのかも。。。
真柱身上からの各地で起こる地震、噴火。
今 見ている7号7~9の歌は、世界情勢と鏡屋敷の内情を考え併せてみると非常に象徴的であると思いました。
※in deep と地球の記録‐アース・カタストロフ・レビューと言うブログがあります。
東日本大震災以後、地球の各地で大噴火や大地の亀裂が発生している状況が報告されています。
昨年までは、南北アメリカ大陸の亀裂の報告が幾度もありましたが、今年の3月末頃からはアフリカ大陸の東に延びる大地溝帯の大規模な亀裂の記事が度々あがっています。
須藤さんは生前「ろくじに均すは人間だけじゃないからな、地面もろくじに均して人間が使い易くするんだ」と言っていました。
「ロッキー山脈もアンデス山脈も叩き潰すと神さんはいってるよ」と話ていました。
「大砂(たいしゃ)高山取り払い」だそうです。
真柱さんは孤独の人なんですね。幼少時代はいじめられ、かつてのいじめっ子に取り囲まれてトップにまつられて操り人形。自分に蓋をして殻に閉じこもりたい所だが各種行事に振り回され、心から閉じこもる事も出来ず・・その苦しさは想像に難くない。
幼少時代の心の傷は、大人になっても癒えないと言うが、正に我々兄弟姉妹、教会の犠牲になってそだち、今もなお、大人になっても自信が持てず、何をするにも自信がもてず、罪悪感との葛藤である。自分は悪い子、大切にされてはいけない子、自己主張してはいけない子、等々・・自分という存在を自分で大切だと思えない。また認められない 。そんな不安定な精神状態です。
田舎の教会の子供でさえそうですから真柱職がいかに過酷で孤独か、お気の毒です。そりゃ、精神を病みます。御本人にとって、暗くしている事がご自分の心の安定なんです。明るく振る舞うなんてそんな自分らしくない振る舞いは決して出来ない精神状態なのでしょう。
嫌だった真柱職を押し付けられ、最後まで自分を生きる事が出来なかったとなると、本当にお気の毒としか言いようがありせん。善亮でも大亮でもいいから 、早く職を渡して自分を取り戻していただきたいです。
いずれ沈みゆく舟ですから、今更先の心配要りません。未だ間に合いますから、残った時間を自分らしく自分の為に使っていただきたい。本部、末端の 違いはあれど、彼に対する人権じゅうりんは同じです。
我々教会 に育ち、教会内部で生きて、牛馬のごとき扱われ方は、衣食住豊かだったか貧しかったかの違いはあれども、真柱さんも同じ。
彼は目先の欲にきりない人間達に人生を奪われました。
崩壊 さま
櫟本や豊文さんの事は個人的にもよく知っていますので、離脱の経緯や裁判の事などはある程度聞いていますし、裁判記録なども調べました。
その上で、崩壊様の書き込みを読ませて頂いて、本部との被包括関係を廃止するのは「裁判になるが、豊文さんが最高裁で勝ったので今は簡単に出来るようになった」という文章になっていたので、修正させて頂いた次第です。
再度繰り返しますが、被包括関係廃止手続きそのものは『役所への申請」ですから、難しい事でもないし、専門的な知識を必要とする訳ではない、問題になるのは「教団内に広がる人間関係に縛られていること」だと言えます。
現実に、私が関係する教会やアドバイスさせて頂いた教会は、裁判も大きな問題もなく「被包括関係廃止手続き」をすませ、離脱しています。
以前、退職信者さんが投稿をやめると書かれていて、とても残念に思っていました。
再度投稿され、大変嬉しく思っています。
退職信者さんの投稿が待ち遠しく、時間があればいつもチェックしていました。
お陰様で「月よりの神言」も無事、頂戴致しました。
In Deepや地球の記録も数年前からチェックしていました。
(大摩邇からといった方が正確ですが… )
思い出されたことなど何でも結構ですので、引き続きの投稿を切に願っております。
教祖職に向かない人が病に倒れ、サイコパスが現在は教祖代行し、いずれは軽いみこしになってくれる脳筋バカが教祖ですか。ますます衰退に加速がかかりますね。本部以外は全部事情教会になる日も近いw。
Facebookの投稿記事より
>日大の醜態の原因が分かってきた。
「教育」に全く興味のない体育会系のトップ1、2が、大学を私物化し、巨大資本に寄生してきた。この2人とこれに金魚のフンみたいになびいてきた輩を跡形もなく綺麗に取り除かないと日大に未来はないだろう。
炎天下、部活の数時間の練習が終わるまで水を飲むことが許されなかった時代の体育会系を経験し、それを今なお踏襲する莫迦指導者が今も世に存在する。
変えてはいけないことは、いっぱいある。しかし、変えなくてはならないこともいっぱいある。
>長年努めた末端信者の心の拠り所、豊田山舎への納骨、その幣帛料が一気に5倍になった。
5倍になった理由を事情通に聞いたら、「教会本部の財政の危機」らしい。
ならば、たった2時間程のイベントにレーザー光線やら花火をド派手に使って多額のお金を消費するのは何故か。
変えてはいけないことを変え、変えなければならないことを変えない。
日大と本教を重ねたくないのに、重なってしまうのは、どーゆうこと。
2018年6月20日 6:47 PMの匿名 様
仰る通りです。ただ、残念なのは善司さん個人として何故逃げられなかったのかということです。真柱継承者としての立場はあったでしょう。また、それなりに世間(特に教内)にも名が知れ渡っていた事でしょう。それでも逃げることが出来たはずです。善司さんは真柱職としての適性があったかどうかはご自身が一番ご存知だったはずだと想像します。
何時かの投稿にお父さん(三代さん)に職に就くのは嫌だと仰っていたとありました。それならば、なおさらだったのではないでしょうか。
周囲からは祭り上げられ、食べたくもない、飲みたくもない飲食が、若くして重篤な成人病の発病の原因になったと想像すると、これほどつまらない人生は無かったと言っても過言ではありません。
人は、先ず、自分に打ち勝つことが第一ではないでしょうか。善司さんを、それすらが出来ない立場に追い込んでしまった組織の一つが天理教なのです。
市井の一市民として生きられた方がどんなに幸せだったのではないかと思うと、罪な組織を作ってしまったものだと、つくづく感じます。
真柱職はなりたい人がなればいいだけのことです。真柱職としての徳分があるか無いかはご自身がご存じのはずですから。その結果、組織が発展しようが、衰退しようが、結果はすべて真柱職に就任した人の一身に属することですから。少なくとも、他人のせいにするようでは失格間違いなしです。
>再度繰り返しますが、被包括関係廃止手続きそのものは『役所への申請」ですから、難しい事でもないし、専門的な知識を必要とする訳ではない、問題になるのは「教団内に広がる人間関係に縛られていること」だと言えます。<
おっしゃる通りだと思います。豊文教会の「勇気ある行動」で教会本部からの離脱は事務手続き上も非常に容易なっているようです。豊文教会の判決以後、離脱している教会もチラホラと出てきていると聞いております。私は、「現天理教教会本部は間違っている」と判断し、最高裁まで争われた豊文教会の「英断と勇気」に敬服しております。訴訟を起こした以上、必ず勝訴するという保障はどこにもありません、最終的に判決を出すのは裁判所です。また、最高裁まで争うからには、弁護士費用等の訴訟経費も相当額準備しなければなりません。もしも敗訴した場合、自らの訴訟費用のみならず、勝訴した側の訴訟費用も負担しなければなりません。訴訟を起こすからには「相当な覚悟と勇気」が必要です。「教団内に広がる馬鹿馬鹿しくナンセンスな人間関係やしがらみ」を気にしていれば事をおこせませんが、大半の末端分教会は、「つまらない人間関係やしがらみ」に束縛され、がんじがらめになって「泣き寝入り」されている状態にあると思います。
退職信者様
貴重な情報をありがとうございます。
ご迷惑を顧みず、退職信者様に、この場にどうしてもいて頂きたくて引っ張り出すような書き込みをしたものです。機に応じての引き続きの書き込みをお願いできればありがたいと思っています。暖簾に腕押しのような天理教に、幾ら書き込んでもなぁという、徒労感ももしかすると感じられているのかと、勝手な推測をしていました。しかし、誰かがいつか読んでくれる時に確実に役立つ情報が残されているのがこの場です。Twitterと異なり、記録性の高い場です。それだけに私は大事に感じています。書き込まれている古くからのメンバー(?)の皆様方ともども、退職信者様の書き込みは貴重です。
この度の情報を拝見して、以前からの疑問に感じていた点(真柱を取り巻く事情)に合点がいきました。
≪ 大亮君の養子縁組も善衛さんが決めたそうです。
≪善司さんは、小学校時代いじめられていたそうです。
≪そのいじめた連中がしらっとした顔で周りにいるんだよね。
≪善司さんVS本部の連中」の構図だそうです。
≪孤立無援だそうです。
胸糞悪くなるような天理小学校~今に至る環境なのですね。
卑近な例から見ると、幼少期に「いじめっ子」だった者は大人になってもその心根は変わらないようです。
何処が変わらないかというと他人とのコミュニケーションにおいて、他人を尊重しない、尊重できないという傾向があり、自分に利する人との関係性を築きたい時に、初期の段階で物を贈ってつなぎとめようとする人を複数例知っています。(例はいずれも同性間)何故この人は私にプレゼントをくれるのか納得いかない経験ってありませんか?
天理教に限らず、また、信仰の有無を問わず、身上・事情を通じて脱皮できるような悟り方をする人は、これも日本人に限らず、世界に存在していること、これは事実です。天理教のように顕在化していなくても、そのような心の動きを通して次の段階に進むことができるのです。
そこで、真柱も確実に脱皮できるのではないか、そう思うのです。
これは「真柱教」なんかではありませんよ。文章の真意を前後から読み取る力を養っていただきたいですね。
今後、衰退するにもそのプロセスへも目を向ければ、真柱に残りの人生を賭してもやり遂げて頂きたい事、それは天理教の改革。
これ迄皆様からのご指摘にもありました。そして退職信者様からも又。
≫本部は、おふでさきとおさしづの根本的な部分には決して触れません。
≫触れてしまえば本部は、崩壊します。
加えて、真柱邸庭に在る、二段の石の甘露台放置状態の収拾も。
次期後継者は聖域を軽々しく侵す 無信仰しゃです。
大亮氏のツイッター
https://twitter.com/daisukeke123/status/1004517555246174209
本人発言「天理教ニューヨークセンターの神殿。上がガラスになっていて、空から光が差し込んでくる、なんともおしゃれな造り。かっちょいい。」
大丈夫ですかこの方社 神床も写っている写真で「かっちょいい」うーん宗教家として失格 神聖なる社 神床 を軽々しく写し晒す時点でこの人神信じてません。甘露台を軽々しく写しますか?各教会の社は、甘露台の分社で親神 教祖 祖霊 が鎮座された場所 それを軽々しく公開している 後継者候補者の 中山大亮(旧姓 中田大亮)候補だけで終わるべきです。社会学の方でも次期後継者である大亮に一抹の期待をしていた人も居たのにことごとく踏みにじる。いくら管理者でも神床を軽々しく大衆の面前に晒してはい。それに「自分は神より上」と思ってそれが行動に現れてると言われても仕方ないです。
貴族ゴッコ
中山家とその血族が最終的に浮き彫りになって以来私も注目してみさせてもらってます。気に成る所は多々あり過ぎ一から上げて行くと限が無いので違った視点で意見をして見ます。
「真柱様 大亮様」等で様の使い方がおかしいとの声が上がっています。もちろんそうだと思います。そしてこれとまったく同じケースを発見しました。よくNHKのドラマ等でも取り上げられる欧州の貴族と雇い主と使用人の関係で、召使や執事が 「旦那様」と呼ぶそれと同じです。資産家の私用での人事構成なのでとても曖昧な呼び名になります。方や天理教は私用ではございません。宗教団体なので公共です。つまり中山家は法人の私物化とその為に教義改ざんを幾度と無くして来たと言うととんでもないことです。「所詮新興宗教なので」と切り捨てる事も出来ますが、その教義には「不可解な師弟関係をあたかも神が命じた」用に書かれているのが問題です。他の各宗教被害者(特に新興宗教)もこのような形で騙されてきました。
「理だ理だ」と連呼する割りに非論理的で道理に通らない教えばかり。組織上はその強要が目立つようです。
そもそも宗教にしてはお粗末と言うか宗教とは呼べません。宗教法人は思想信条の自由を元に文科省の認可で誰でも出来る。宗教としてみると宗教としてはその教えの不明確さと現実の矛盾が酷過ぎて乖離している危険な状態にあるといえます。そこに所属している人は、意識、無意識関係なくその矛盾を感じています。それがどのように出るか?各種様々な形で矛盾に不満を持った人々が体制側を攻撃し始めるでしょう。日大の理事会と教職員組合の関係がまさに似ています。教職員組合は訴えたり署名を取ったりメディアにも訴えて理事会を攻撃しています。やがて天理教と名乗るその貴族集団も民衆の反乱に幕を閉じるでしょう。例えば中山家が理事会等で正当性を主張しても、そもそもその正当性が元々無いので現行体制の維持の為に正当性の主張をしているというお粗末な目的を果たそうとしている集団でしかないということに成ります。ので宗教ではございません。と成るわけです。
大きく分けて3層
組織的にも 本部などの上層 大教会 分教会などの中間層 信者と末端教会の末端層 大きく分けて3層で見ると良いでしょう。そこに所属する人々の考えや思いも3層あると言えます。
末端層
「真柱様 大亮様」等の文言に違和感を感じる人は常識人で社会性も身についている人、信者さんに多く気づいている「人や金銭の関わりを減らし被害を最小限に抑えようとしている」こういった方は、親族や親等の流れで「お付き合い」でやってる人
教団活動でそれらの類似した質問を教団関係者にしても明確な解答が買いって来ないので社会学などで質疑応答や批判コメントをしている人が多い
中間層
本心は「おかしい」と思っていながら表向き「真柱様 大亮様」と合言葉として心にもない事を言ってる人々が大半
全般的にどの立場でも多いタイプ 天理教の人々が嘘付であるかのように見えるのはこれが要因で現に嘘つきは多い
中山家と血族と上層
「中山家の人間がやらなければいけない」や「他人でも真柱の姓は中山であるべきだ」とこれらの事を誰も疑わずに思っている末期的症状
中山家とその血族それに近い本部員 大教会など直属の会長と後継者に多い
同じ組織でも3層有り意見もこれだけ違うのです。末端に行けば行くほど人も多いので確実に数でも負けます。それに教義性も失っている教団なので各信者個人の心を抑える事は無理でしょう。
最近では かなめ会と言う本部直属組織にしか配られない資料まで公開され始めているということに成りますと体制崩壊は間近 現に上下関係でも信頼を喪失している時点で体制は崩壊しているといえます。
ではこれら3層に「御恩法事はカネ」を発布した批判の格好の的になった 中田善亮氏ですが、当然のことでしょう。批判炎上してから本部関係者「あれは教会だけに言ったんだ」と苦しい言い訳をしたようですが一般的に言いましても「神への恩はカネなんです。」とこの考えは宗教家のすべき発言では無いでしょう。
そもそも宗教自体分かってない方が宗教をイヤイヤしているしかし金にはなるからそれをしている。と言うその姿どおりの発言です。新興宗教で有っても黒歴史です。それを発端に、中山家への不信感が高まっているのは確かでしょうし、その「宗教と銘打った騙す手口」の宗教自体のルールをかえでしまったので唯でさえ変な宗教がもっと変な宗教に変わってしまったのでしょう。つまり宗教でなく 成り上がり中山家の貴族ゴッコなだけだったんです。金が無くなれば貴族のふりもできません。もともと貴族でもないので庄屋に戻るべきです。
法律的に考えても、中山家がやるべき正当性は存在しないので北朝鮮のキム家のように絶対王政をしようと思っていうのが問題なのです。役員の互選 によりと書いていますがその互選を出来レースの茶番をして中山家が続くようにしている議決でなければ中山が続くわけがないのです。宗教法人で一つの家が続く事自体がおかしいのです。その辺も北朝鮮や中国ロシアなどと同じ政治後進国のような茶番政治をしているのです。
>末端層
「真柱様 大亮様」等の文言に違和感を感じる人は常識人で社会性も身についている人、信者さんに多く気づいている「人や金銭の関わりを減らし被害を最小限に抑えようとしている」こういった方は、親族や親等の流れで「お付き合い」でやってる人
教団活動でそれらの類似した質問を教団関係者にしても明確な解答が買いって来ないので社会学などで質疑応答や批判コメントをしている人が多い<
付け加えさせてください。先祖代々、天理教を信仰し、天理教教会本部を聖地のように崇め奉り、天理教教会本部の云うことは絶対的に真理であり、本部や上級教会のおっしゃる事には、絶対に服従しなければならないと洗脳されてしまった末端分教会長や信者さんも今だに大勢おられます。戦前の「神国日本」「皇民化教育」「教育勅語」といった思想を彷彿とさせ、怖ろしくて鳥肌がたちます。
「ごおんほうじ」について、
これは、神様から受け取った「恩」に報いるという意味で、「報ずる」という動詞を名詞形にしたものですから、「御恩報じ」でなければ、意味が伝わりません。
ところで、このサイトを読ませて頂いていると、天理教本部には、もはやまともな人材が残っていないように思われます。
四代目真柱の段階で、教団全体の組織及び教理の見直しを行っておくべきでした。
五代目と目されている人物は、お世辞にも真柱の器とは言えません!
あとは、崩壊を待つだけでしょうから、心ある方は、早めの対策を講じられるよう、祈っています。
御恩法事と投稿される方がいることを気にしていました。棄教希望者の方のご指摘の通り、「御恩報じ」です。デマではなく自分の考えや意見を責任をもって投稿する以上、正しい言葉で訴えるべきだと思います。
話は変わりますが、真柱が脳内出血という身上になり入院したと、かなめ会からも会員の会長に発信された文書がSNSで流れましたが、かなり信頼度が高い出来事だと思われます。しかし、教会本部からは2週間たった現在も、天理時報、みちのとも7月号、ホームページなどでもいっさい掲載されていない。多くの信者にその日のうちに、その情報が飛び交ったと思われ、中には誤情報もあるものと思われます。多くの方が、真柱の病状を心配しています。この情報が教会本部には都合の悪い事と感じているのかも知れないが、勇気を持って事実と現状を発表する決断をすべきではないでしょうか?多くの熱心な信者さんを軽視しないで欲しい。仮に事実でないというのであれば、事実でないと発表すればよい。
真柱の身上は本部にとって都合が悪い事なのです。「ヘェ〜、本部トップでも身上になるんだ、御守護ないんだ」となると、「命のつなぎは金」と叫んでる手前、信者に示しがつかない。だから隠す。
「本部、何やってんだ。真柱に御守護は無いのか?命のつなぎ、やってんのか?」って言う事になる。
真柱様ご自身が(仮に身上がある程度回復されて)今月の本部の月次祭の祭文で何と仰るかは誰もが気になるところですね。大亮様と違ってご自身の話をされたことは今まで全くなかったので尚更。
かんろだい事件については、「お互いの心のつなぎが欠けているとのお知らせのように思えた…。」、「一手一つになれとのお仕込みだと感じた…」と仰いましたが、さすがに今度ばかりは…
真義徳 様
本部の月次祭の祭文は、真柱自身が書いているのではなく、原文を書く人、正書する人があって、最終的は真柱はチェックするだけのようです。
ですから、真柱の思いがあっても、そのまま正直に祭文の文言にはならないと思います。
よほど強い思いがあって書き換えさせるなら別ですが。
とかくに人は群がりたくなります。我が道を選択の結果は、昇任も昇給もべた遅れになりましたが、同期で入った者は既に全員が故人となってしまった。一人残った我が身。何が良かったのかは結果を見るまでは分かりません。
東風Z様は天理教内でのご発言で大きな力を発揮されていらっしゃいます。
親神から、そういう役割を果たすよう使命を頂いておられるのでしょう。
楽々なお役目ではないと思いますが、今後もお体を労わりつつも、この場でのご発言を続けて頂ければと思っています。
中山家の貴族ゴッコ 3層
2018年6月21日 5:49 PM
御恩報じでなく お尽くしは金 と簡単に表現した方がいいかもしれません。
3層論の話し分かりやすかったです。私自身教団への文句を言う人と信仰しているふりの人しか見たことございません。3層ですと中間層と末端層に当たるのでしょう。 中間層と末端層の問題はすべて上層部の悪行による問題と改めてわかりすっきりしました。説明ありがとうございます。
退職信者様、わかりやすい解説をどうもありがとうございました。
世界の大掃除様のコメントに込められたであろうお気持ちはわかりました。
世界の大掃除様、ご自身の真意に沿わない辛口コメントで不快な思いをされ
たとしましたら、どうかお許し下さい。
とかく普通の人間を祭り上げて、お金集めを目論む信仰宗教などに対する
拒絶感が強く、つい辛口過ぎるコメントをしてしまいました。
個人的には 影響が大きい仕事、ほんの小さく見える仕事、色々あっても、
そこに上下や貴賎等は無く、全ての人が等しく神様からの仕事を託されている
と思っているものですから、
新興宗教等で、教祖様等の立派な働きや人間性などを敬い尊敬するのは
分かるのですが、立派な教祖亡き後、一緒に尊敬して学びましょうではなく、
別な教祖を立てるかの如く、普通の人を祭り上げ、特別に肥大化して
神話を作ったり、~様などと皆でひれ伏すようなことに対して、
違和感や拒絶感を覚えてしまうんですね。
色々なことがありますが、単純に考えたら、
おかしい、変だ、不透明で信用できない、と思う所には近づかない、
心安らぎ、公平公正、透明感があり、平和で豊かな気持ちになる所、人には
近づきたい、大切にしたい。
感覚は神様が人間に与えてくれた大切なアイテムであり宝。
自分が安心感と豊かな気持ちに溢れていれば周囲にも幸せが波及する。
先ずは個人のレベルからそういった土台を作り守りたい。
この信仰で一人一人の大切な人生に於ける確かな土台は作れるのか、
未だ心は揺れるばかりです。
上層部である中山王家と天理貴族どもが腐り果てているから中間層と末端層も腐り果てるわけです。
魚は頭から腐るといいます。そして腐ったものは落ちるしかない・・・・
昔からリンゴ箱をのぞいて腐っているリンゴがあったら速やかにとりのぞけといいます。
ひょっとして親神様が腐ったリンゴをとりのぞこうとしているのかも。
2018年6月22日 3:23 PMの匿名 様
私ごときの発言が大きな力を持っているとは思っていないのですが、生まれた時から天理教会の常詰の子として生まれ、21歳で教会を飛び出しながらも、天理教から離れることが出来ずに73歳を迎え、天理高校二部の同窓生から天理教の疑問点の数々を聞くに至って教会から離れる決心をしました。20年余りの教会生活とその後の社会生活の体験と思いから、この場をお借りして投書を続けております。私の思いは、私のような経験をする人が二度と出ないことを願ってのことです。
更に、この場への皆さんの投稿も大いに参考にさせて頂いて、残り少ない人生を有意義に過ごせることが出来ればとの思いもあります。
振り返れば、天理高校二部生には、末端教会の子弟が多く居ました。その子弟が教会長の職を継ぎ苦労を重ねて歩みながら、震災や水害に遭遇し、再建のためのローンに苦しみ早逝していった姿を見るとき、教団の救いとは何だったんだろうと大きな疑問が湧くばかりです。教団にはどうか現行の縦社会である教会制度の見直しという大英断を実行していただきたいと願うばかりです。それが教祖の教えに沿う第一歩だと思っています。
>震災や水害に遭遇し、再建のためのローンに苦しみ、震災や水害に遭遇し、再建のためのローンに苦しみ
末端教会が被災して関係者が赤貧状態で苦しんでも本部は知らん顔。でも本部が被災したら・・・?w
>末端教会が被災して関係者が赤貧状態で苦しんでも本部は知らん顔。でも本部が被災したら・・・?w
そりゃもう末端教会のお供え金で大々的に改修するでしょうに。
あ、ついでに増築もかな。
弱者救済(お金をお供えしすぎてまずしくなった人間)なんかしたくない!
天理教です!
お金の切れ目は命の切れ目!
天理教です!
八つのほこりは他人に聞かせます!
天理教です!
数字がものをいうんです!
天理教です!
「理」や「徳」よりも「血統」と「お供え(お金)」です!
天理教です!
お金! お金! お金!
天理教です!
週刊誌に取り上げられようが、自分達は悪くないといいわけして逃げました!
天理教です!
天理教のないぶは
人間関係がわるい!いじめもあたりまえのようにある!
天理教です!
被包括関係廃止をしようとする教会には、裁判をおこし多額のお金を使わせ嫌がらせをします!
天理教です!
天理教を辞める人間にはひどくつめたくなります!
天理教です!
様々な矛盾を山のように抱えています!
天理教です!
ありがとうございました!
2018年6月23日 7:01 AMの匿名 様
教会は全国に所在し且つ大きな組織ですから、何かの被害に遭遇される確率は0ではないと思います。
教団本部に、本当の親心があるのであれば、お供え金の一部を共済制度に当てれば、訳の分からないローンに苦しまなくてもいいのにと思ったりします。
仮に、被害に遭った額の全額を支払わなくても、被害総額の何割かでも共済金が支払われれば、いいと思うのです。
実際に被害に遭った教会の知人に聞くと、印ばかりの見舞金は本部から出るそうです。でも、それは焼け石に水どころか、砂場に落ちた米粒を探すような額だそうです。
この欄に最初にコメントされた元信者ですさんが投稿された言葉「欲深い宗教団体です」は、正に的を得た言葉です。
ただ、不思議なことに、投稿すればするほど、感情が高ぶってくるので、いい加減に投稿をやめようと思いながらも、ついついグチをこぼしてしまいます。
>そりゃもう末端教会のお供え金で大々的に改修するでしょうに。<
>あ、ついでに増築もかな。<
末端教会は、「火の車」「虫の息」「危篤状態」です。自らの日々の生活を維持するだけでも大変な状態です。とてもそんな余裕などありません。教会本部が仮に被災し、損壊しても修理などしないで放置しておいたらよいと思います。一体、誰が困るのでしょう?社会的には誰も困りません。困るのは一握りの教会本部の「お歴々」だけです。自業自得です。天罰として甘んじてお受けになられたらよいでしょう。
>末端教会は、「火の車」「虫の息」「危篤状態」です。自らの日々の生活を維持するだけでも大変な状態です。とてもそんな余裕などありません。
余裕がなくても、それでもなお金を要求するのが天理教なんじゃないの?
ツイッター等で大亮氏の信仰的レベルや人間的レベルが低いと書き込まれているが、私はやっと「レベルが低い」と言われる所まで上がって来たと思っている。
それまでの歴代本部中枢はレベル以前の「裸の王様」だったからである。
某大教会子弟が50円で初参拝を依頼したと非難があるが、歴代の人間は、そんな努力もして来なかった。
私は「やっと低いレベルまでに上ってきたな」と思っている。
願わくば普通の人間のレベルまで一日も早く上がって来て欲しいものだ。
神殿を見てこのコメントとは…….。実に軽薄でチャラいと感じるのは自分だけだろうか?
↓
真柱後継者様大先生殿 のTwitterより
>>中山大亮 @daisukeke123 · 6月7日
>>天理教ニューヨークセンターの神殿。
>>上がガラスになっていて、空から光が差し込んでくる、なんともおしゃれな造り。
>>かっちょいい。
ランボルギーニとか乗り出して、SNSで自慢して「かっちょいい」とか言い出さないことを願います。
>余裕がなくても、それでもなお金を要求するのが天理教なんじゃないの?<
いくら要求されても無い袖は振れません。
大亮ちゃんたら幼稚園児みたい。
「見て見て~、僕の新しいおもちゃ」
>いくら要求されても無い袖は振れません。
ない袖をつくりだしてでも振れといわれるので末端は陰気暮らしなわけですけど?
本部は袖がちゃんとあるんですから、末端の袖あてにしないで自分の袖振りましょ~ね~。
>ない袖をつくりだしてでも振れといわれるので末端は陰気暮らしなわけですけど?
>本部は袖がちゃんとあるんですから、末端の袖あてにしないで自分の袖振りましょ~ね~。
まさにその通り。人を貶める天理教。
天理教本部の人は以下をよくお読みください。特に真柱後継者の方は熟読(じゅくどく)してください。(「熟読」とは「その内容を十分に考えながら読み味わう」ことです。「穴が空く(あながあく)ほど読む」という言葉があるのをご存知ですか?)
「貶める」(「おとしめる」と読みます。)
「貶める」とは、「自分より劣った(おとった)者とみなす。みさげる。さげすむ。軽蔑する。」という意味です。用例:大教会長を貶める。
「さげすむ」とは、「他人を、自分より能力・人格の劣るもの、価値の低いものとみなす」ことです。漢字で「蔑む・貶む」と書きます。用例:末端教会の会長や信者を貶む。
「軽蔑」(「けいべつ」と読みます。)とは、「ばかにすること」。用例:本部員を軽蔑する。
50円で初参加者の依頼をしていたのは大教会の子弟なのですか!
上に扇動された頭の悪い一般信者の一人かと思っていました。
しかし親神は笑っています。情けない、アホな事するなよって。
本部をはじめ、大教会に於いても既にこんなレベルに堕ちているのですね。
だいすけ君、頭が悪ければ、当然判断力にも欠ける筈です。そうなれば怖い者知らずですから今後もびっくりする様な発信をしていく事でしょう。
天理教にこれ以上の泥を塗って、天理教信仰の低レベル(低レベルにも届きません。100年以上にわたり神の名を語って金品の詐欺行為を実行してきた冷徹、傲慢、一般社会にも通用しない集団です)をご披露いただき、益々の衰退を早めていただけますよう心よりお願いし申し上げます。
無い袖を振る事を強要され、生き絶え絶えの被害教会より。
だいすけ君、確か天理駅前で、何かのトラブルに遭遇した時、自分が真っ先に逃げた人ですよね。
瞬時に的確な判断の出来ない人は、トップにたっても同じ間違いをするでしょう。
リーダーの資質の無い人が、神輿のトップに祭り上げられ、神輿を担ぐ人達も50円参拝程度の低脳者集団でしょ?
布教をしろと言われても良心の呵責で、出来ません。
50円初参拝ゲットは飾東大教会の後継者と聞きましたが、正しいのでしょうか?
陽気ぐらしを標榜する天理教なのに、鬱やパニックになるまで信者(しかも教会関係者)を追い詰めるのは、本当に悲しいことです。
>陽気ぐらしを標榜する天理教なのに、鬱やパニックになるまで信者(しかも教会関係者)を追い詰めるのは、本当に悲しいことです。<
精神的障害は身体的障害へと波及していきます。経済的困窮、心身の病等で、既に幾多の自殺者までだしています。天理教は宗教法人名義を日本国に返上するべきです。天理教という名称を「商標」と主張するからには、当然そうするべきです。
50円で初参拝者ゲットしたと喜んでいる紺◯さんは、飾東大教会子弟で間違いないと思います。飾東大教会長の苗字は紺◯さんです。
>だいすけ君、確か天理駅前で、何かのトラブルに遭遇した時、自分が真っ先に逃げた人ですよね
>資質の無い人が、神輿のトップに祭り上げられ
大亮を後継者に決めた前真柱は偉い!リーダーの資質のない人を指名したのですから。なまじっかリーダーの器だと軽いみこしにならないから、営利法人中山商店の実質経営者たちが持てあますじゃないですかw。もし彼が頭脳明晰なら衰退期のカルトを継ぐと自分がバカをみると後継者に指名される前に逃げ出したでしょう。
紺〇さんは、後継者です。そろそろ会長就任でしょうか。
全国の末端分教会、布教所、信者さん方へ
江戸時代さながらの「重い年貢=お供え」に苦しんでおられる末端分教会、布教所、信者さん方、あたりまえのことですが、「お供え」は税金のように法律で義務づけられたものではありません。強要されて納めるものでもありません。納めなくとも法的責任を問われることはありません。納めなくとも法的処罰の対象にもなりません。常軌を逸した法外なお供えを上級から請求されたら法的手段に訴えましょう。また、お供えの使途についても情報開示の請求をしましょう。法的根拠の無い金銭を強要されてまで払い続けるほど馬鹿馬鹿しいことはありません。法律の専門家である弁護士に相談するのも一案です。
弁護士といっても全員がカルトに詳しいわけではないので、相談するなら霊感商法被害に取り組む弁護士しか無理です。「全国霊感商法対策弁護士連絡会」で検索するとわかります。
五十円参拝の紺谷氏は飾東。
去年甘露台を倒したのも飾東。
次は何が起きるのか。
話しは変わりますが、飾東の詰所の前は、よく通るのですが人が居住している気配は殆ど感じませんね。夜間も電灯は殆どついていません。おそらく殆ど空室の状態なんでしょう。飾東に限らず他の大教会詰所も同様です。修養科生が激減してしまった一つの証拠です。信者からまきあげた「お供え」で、よくもまあ無駄な箱物を造り続けたものだと思います。空室の何か有意義な活用方法がないものか考えずにはおれません。
さぁ、今日から真柱の形骸化が、公のモノとされる。
残念だ。誰が書いたシナリオだろうか。
今日の祭主は?
事情運びは?
誰が行うのですか??
どなたか月次祭の速報をよろしくお願いします。
へえ、表の垂簾政治がいよいよはじまりましたか。
しかしクーデター一つ起こらないんだから天理教はカルトですな。
カルトの特徴の一つは「内部で反乱がおこらない」
>カルトの特徴の一つは「内部で反乱がおこらない」
天理教は仲良しクラブだもの。
垂簾聴政とは、「皇后・皇太后のような女性が代わって摂政政治を行うこと」ですが、さすがに真柱夫人が祭主を務めることはありえないでしょう。天理教は女性の教会長は多いですが、本部レベルではほぼ完全に男の世界です。
いほり 様
更に言えば親戚・縁者クラブカも?最早、宗教法人ではありません。終わっていますね。
こんな書き込みを見つけました。
私はおぢばにはめったに行かないが○○大教会には頻繁に行く。その大教会の今の雰囲気がとても悪い。とにかく居心地が悪すぎる。大多数の者は賛同するが結局「黙認」になっている。
○○大教会長はもっと親しみを持てる人格にならないと人は離れていくばかりである。恫喝や、時には暴力で末端の教会・信者を威圧してきたその歪みが今、部内のあちらこちらで噴出しているんだろう。
後継者は上層であればあるほど「自分は徳があるから特別扱いされて当然だ」という考えを捨て、もっと部内の声を素直に聞く耳を持ち、自分自身こそ末端の模範となるべく襟を正す努力をして欲しい。
〇〇とかイニシャルとか、、、
そろそろ実名で晒しません?
>そろそろ実名で晒しません?
上に関してはネタ元も名指しでの書きこみじゃなかったものですから、どこの大教会なのかは私もわかりません。
教会関係を見ても大教会長と親戚・縁戚関係者が大半。教会の信者さんを見ても同様で、がんじがらめの逃げ場がない世界を作り上げているだけです。
私が教会を離れた際も、叔母を始め遠い縁者にまで私の悪口を言いふらされた。私は教会の物を盗んだわけでもないし、何も悪いことはしていない。むしろ、長年にわたってお供えをしてきた。また、ひのきしんという名目で行事にも参加してきた。恩知らずなどと言われる筋合いはないはずだ。
職場を定年退職をした折も、上司の方々は、一応に、長い間ご苦労様とねぎらいの言葉を下さった。
教会長から、ねぎらいの言葉を貰おうとは思っていないが、悪者にされたのには正直参ってしまった。
所詮、天理教なんてこの程度のものだと思っておく方が良い。まあ。このようなことは天理教に限らず、宗教界では「離壇料」とかを請求されると聞いたことがあるので、五十歩百歩の世界だろう。
今や誰でもスマホを持ってる誰でも写真をブログに上げるツイッターに書くラインで友人に、そこに個人の感想が付くのは当然のは当然のことです。つまり総監視状態とも言えます。そこを気に出来ない天理教団の方がおかしいのです。
その昔から、創価学会 統一教会のスパイは幾らでも入り込んでいた。その対応をしてこなかったマヌケ本部、今では部内の信者から乗っ取り事件や教義改竄などの指摘を受けてるだけなのに、「ネットの情報は嘘だ!誹謗中傷だ!」と書き垂らす天理時報に皆幻滅、(大教会長でもまったく同じことを言う人間がいる)こんな教団だから今のこの様になってるんです。今後の本部の不祥事はドンドンネットに上がってくることでしょう。皆がスマホを持ちネットに繋がっているのですから、乗っ取り事件の情報の速さと正確性はまさにネット社会の賜物と言えるいい教訓だと思っております。
天理教が、信じるべき唯一無二の宗教と、親に小さな頃から教会に連れて行かれ、進学、就職、結婚、出産と節目の折に、理立て、お供えもして来て、それが実際はカルトも同然であった、というのは、むなしい限りですね。
考えてみれば、金をお供えして、運命が好転するなんて、そんな、金が欲しい神様なんて、「ありえへん」筈なんですが、そんな事、頭に浮かぶ事すらなく、言われるままにせっせと、お供えしてきましたが、それらを貯金にまわしておけば、とっくに家も買えてただろうな・・・。
常にパワハラは起こってるな
大教会直属のカッパ禿げになるくらいの年齢の教会長でも信者を所有物として高慢の権力を振りかざす
そもそもおやさまは宗教法人は作るなとおっしゃった、そこを作ったんだからズレは常に修正しないといけない
ところが働きもせず、人助けもしてない無能な輩(大教会長・教会長)に限って自覚がない・分からない内にパワハラしてるんだよ。
今日参拝の身上の信者様にお伝えしました。
親神さまは太陽、月、この世の全てを司っておられる大宇宙のパワー、これが親神さまです。あなたや私の身体の中に入り込んで、昼夜御守護し続けておられます。何か物やお金を差し出せば、御守護に特別のえこひいきする様な神様じゃ無いんですよ。大事な事は、その御守護に気ずき感謝の心を持って日々を暮らすと言う事ですよ、と。
信者様は深く頷き、にこやかに帰って行かれました。
>考えてみれば、金をお供えして、運命が好転するなんて、そんな、金が欲しい神様なんて、「ありえへん」筈なんですが、そんな事、頭に浮かぶ事すらなく、言われるままにせっせと、お供えしてきましたが、それらを貯金にまわしておけば、とっくに家も買えてただろうな・・・。<
同様の後悔をしている信者さん達を(布教所、末端分教会を含む)をたくさん知っていますが、「後悔先に立たず」です。今はやりの「振り込め詐欺」に騙されたようなものです。何らかの法的救済策があればよいのですが、騙す側は「宗教という隠れ蓑」を纏っているので、今のところ如何ともしがたい状態です。「洗脳の怖ろしさ」を改めて感じます。
まあ、天理教は余計なことに「口だけは出す宗教」ですからね。
>天理教は「いざ」と言うとき、本当に困った時、心からの力にはなってくれません。
>金をお供えして、運命が好転するなんて、そんな、金が欲しい神様
親神様は簡単にお金で買収できるっていうのが本部の教えじゃないの?献金で命つなぐとかさw。
祭主も事情運びもダイスケくんがやったらしいです。
4年ほど前に、「お書き下げ」捨てました。気持ちが楽になりました。
ダイスケ君からおさづけ拝戴しても有り難味0でしょうね。貰わない方がすっきりしますよ。
何かに拘りを持つほど気が重い。こだわりは少しでも持たないことです。
もっとも、この欄にフィードバックを投稿することも拘りではないかと問われれば、う~ん、返す言葉が見つかりませんが。
ダイスケ君から頂く「お授け」!?
いただかない方が、スッキリするでしょう!
今後、別席を運ぶ人の数は、激減することでしょうね。
天理教の青年会が、今年創立100年を迎える。
どデカイイベント(前日祭)の後、
記念総会がある。
果たして、どうなることやら
青年会長(だいすけさん)は楽しみにしてるみたい
総会が青年会の絶頂期にならないように頑張れるのかな?
後は日に日に落ちていくのだろう…
だからこそ、ここで最大限の盛り上がりが欲しい
後は野となれ山となれ
みたいな?
ブログから引用させていただきました。
末端分教会の後継者の仲間が首吊り自殺した。
古い教会の外に神殿の裏手。
窓から覗く、そびえ立つ木。
朝、両親が起きたときにすぐに分かるように、目立つ場所を選んだ。
俺は思った。
「苦しみから解放された。」
自ら命を絶つことは許されないだと?
その状況から逃げ出せなかったかだと?
命がもったいないだと?
それは、死ぬほどまでの苦しみを味わったことのない浅はかな人間の詭弁だ。
生きてるだけで”丸儲け”なんていう慰めはもう聞き飽きた。
死ぬことが”勝ち”だ。
死ぬことが”価値”だ。
「あのバカたち」に何がわかるっていうんだ。
「無給」で働かされる。
名目は「ひのきしん生」だ。
次は本部勤務で「お与え」という名の給料は毎月9,700円だ。
次は大教会青年で、またもや「無給」に逆戻りだ。
衣食住は約束される。
そのかわり、少しだって遊べやしない。
ストレスを抱えたまま、日々「御用」と「食って出して寝る」だけの生活だ。
仲間が死んだのは、大教会青年を終えて、実家である「自教会」に戻って一年後の出来事だった。
享年30歳。
7~8年間もこんな生活だったんだ。
ストレスを抱えたままの「御用」と「食って出して寝る」だけの毎日は監視されたロボットのようなものだ。
そのロボットが解放される。
ロボットが自我を取り戻し人間に戻っていくとき。
抑圧された苦しみが居場所をなくし表に現れる。
人間が人間であるために、その苦しみに答えを出さなくてはいけない。
そいつは優しい。
心から優しい。
問題提起をしながら死んでいった。
最後まで人のために生きたんだぞ。
俺は怒りに震えた。
ようやく涙が流れた。
天理教組織を絶対に許さない!
命を粗末に扱う人間を人間と認めない!
死んだ仲間の親はどんな奴だ?
今度50日祭が執り行われる。
仏教の49日のパクリか?
どんだけ中途半端な宗教なんだ。
クソが。
俺はそれに参列する。
俺は、死んだ仲間の親や上級教会の人間から目をそらさないぞ!
真犯人がそこに居たら、俺がそいつを殺してやる。
何が神だ。
仲間の命すら守れないくせに。
ふざけた夢見心地の人間なんか死んじまえ。
この流れでだいすけくんが
真柱になったら
ほんとうに天理教も終わりだ
後ろで糸を引くのは
実父の中田善亮だな
死んだ前衛さんも
天から大喜びじゃないか
衰退期のカルトにこのままいるのは夢も希望もない人生を意味する。
悩み苦しむよりさっさとあの世に出直したほうが幸せと判断する人がこれからも出てくるでしょう。
おやさま100年祭前も
多数の自殺者が出たと聞いたが、
今回の青年会100周年前も
自殺者が出たか。
一件だけじゃないかも。
こんなよくわからんカルトイベントのために、
なんで多くの人が動き、
金を出し、
天理教万歳!だいすけさま万歳!
ってせなあかんねん。
アホらしい。
全教あげて青年会総会ボイコット
しましょう
ブログ引用元の「末端分教会の後継者が自殺」の話は
ずいぶん前の事
青年会100周年とは関係ない
誤解が間違った批判を招く
やめてほしい
経済困窮からの 自殺 ですから関係無いとは言い切れません。ボンクラ浪費養子の大亮お坊ちゃま は無意味レーザ披露、挙式から披露全て丸々3億円の男金のかかる世間知らず 世間知らずのトップの性で 自殺者は増えると予測できる。本人は頑張てる事をアピールするかのごとくツイッターで青年会の側近大教会、直属指定と馴れ合い。なんの解決策にもなっていない。大亮のツイッターは内向きの宣伝?それとも外向きの宣伝?どちらにしても魅力も無く 内側には贅沢してるねボンボン 外側には誰も感心もたれない。そんな無意味なツイッターで自己満足 この程度が天理教 所詮新興宗教のカルトと言うわけです。 まだ宗教といえるだけカルトでもましかもしれません。贅沢はー!や質素倹約を強要しお布施を巻き上げ、悪趣味な行事 建物 高級車 だけにそのお布施をつぎ込む世間知らず。 夜は血族だけで宴会 所詮 田舎の潰れかけてた庄屋 が 宗教を利用して金儲け してだけにすぎなかった。
私の友人には天理大学を追い出された者がいます。その物は天理教の歴史を忠実に調べれば調べるほど矛盾しか生じないと話していました。教義に関してもそうで教団側が何らかの意図を持って歪めていてもう宗教ではなくなったといってましたが、その意図が 中山血族利益独占主義 がそうさせていたのだと明確に分かりました。
悪い事は言わない皆さん早く離れ 田舎庄屋の悪事を止めるべきです。
ブログ引用元の「末端分教会の後継者が自殺」の話は
ずいぶん前の事
青年会100周年とは関係ない
誤解が間違った批判を招く
やめてほしい
随分前だろうと今だろうと、末端後継者が置かれている環境は変わっていない。正に食って寝るだけ。この世界では将来設計など持つ事自体が 悪。神にもたれていれば良い方向に向かうと言う、無責任さ。本人にとっては無気力の増長。
プライドを傷つけるお手当という表現。人を人とも思っていない。意味のない行事に駆り立てて、ただの駒の一つなんだ。そのうち婚期を逃し、社会経験も積まないまま、社会に出て自立することも出来ない。
将来ある若者を、何年も時間をかけて無能な老人に仕立て、その後の責任はとりません。何が青年会100周年だ。地方の教会から大勢の若者、教会長を駆り立て、肝心かなめの信仰の教会道場は、空っぽです。
本部のやっている事は本末転倒の見栄はり集団。教会は空っぽ。教会を訪ねる信者、未信者、そんなのは無視。皆んな切り捨て。教会長、後継者はみんな本部集合!打ち上げ花火の準備に来い!誠も真実もありません。
そんな使い捨てで人をタダ働きさせて、実態は人の命を軽く扱い、自死の実態があっても、自己責任だと見向きもしません。
青年会はキムジョンウンを祭り上げ、感涙にむせび北朝鮮人民と同じに見える。
だいすけサマを 中心にして感涙にむせぶ低脳な青年集団。ダイスケさまにごますりし合って、何遊んでるの?
人民はお供え地獄で生き絶え絶えです。天理教は北朝鮮と変わりない。
中山血族の強欲な剛権 を宗教だと差し替えてきた教団の歴史 その強欲な剛権も 中田善亮 山澤廣昭 による 甘露台真柱無許可立替 を機に血族の亀裂を生み不信の的に成り宗教ではないと皆さんが気づく切欠に成って良かったのでしょう。真柱不要と血族自ら表明したのは驚きです。
真柱様もおそらくこのブログを御覧になっていることでしょう。ここに書いてある心の叫びに心を痛めておられるでしょう。
教会の御苦労の上に私達信者の心の喜びはありました。生かされているということを喜べるような日々をもたらしていただいたのは、まぎれもなく天理教なのです。そしてそれは、それぞれの教会の御苦労が紡ぎだしてくださったものでした。
今回の大阪地震で屋根に貼られたブルーシートで雨をしのいだ方々もおられるでしょう。それは天理教の災害ひのきしん隊の御苦労もあるようで、助かった方々もおられると思います。
教会の御苦労には頭が下がる思いです。真柱様も心を痛めておられるでしょう。
真柱様のお話を拝聴好きです。仕事で休みの時しか聞けませんが、あたたかいお声が染み入ります。
>真柱様もおそらくこのブログを御覧になっていることでしょう。ここに書いてある心の叫びに心を痛めておられるでしょう
そんな繊細な感性があるなら、末端教会の赤貧ぶりや自殺率にとっくの昔から胸を痛めていたでしょうな。この宗教は確実におかしい。末端があんなに困窮しているというのに本部だけがどうしてあんなに金あまりなのか?
真柱にまともな感性があるなら、末端を自殺に追い込むまで困窮させることはなかっただろう。現在の首脳部は執政官としてまったく無能者ぞろいではないですかね。
◯柱「はぇ〜、やっぱりこの世は弱肉強食なんやな。神様は有難くも怖ろしき存在なんやな。」
まずは強くならんとな。
生まれた時点で、時代、性別、遺伝子、家庭環境、経済力…
スヌーピーで有名な作者の言葉に
「配られたカードで勝負するしかないのさ。それがどういう意味を持つにしても」みたいな言葉がある。
天理教は15才まで親のいんねん、そこからは本人のいんねん やらなんやら説いているが…。どんな親のもとに生まれてきても、それは自分を成長させてくれるものになる。と言われた。実際、生まれてすぐに殺される子供や、抗う術を持たず、虐げられ、命を奪われる子供からしたら、なんの救いにもならない。
さっさと115歳定命を見せて欲しいものだ。
中山みきは凄い人物だが、25年命を縮めた云々という本席の言葉はどないやねん!わろてまうわ
ま、今の時代に合うか合わないか、よく見させてもらうわ
真柱には早く元気になってもらいたいです。
>ま、今の時代に合うか合わないか、よく見させてもらうわ<
多分、合わないでしょう。大名屋敷のような詰所を作っている限り。その詰所に人影が無いのですから。
>真柱には早く元気になってもらいたいです。<
奇跡でも起こらない限り無理ですね。一旦壊れた脳の組織は回復しません。ばかりか、壊れた脳が支配していた機能は時間を掛けて衰えてゆきます。厳しいリハビリが待っています。真柱職を勤めながらそのようなことが可能でしょうか。さっさと辞められることが何より優先です。天理教の将来を案ずるよりも、先ず、自分の将来を案ずることをお勧めします。
教団の将来は、野となれ山となれ、くらいの気持ちの方が大切ですよ。
匿名です 2018年6月28日 11:30 PM 様
ヌミノーゼ心理について
自分が無力であることを認めて、力のある者に頼ろうとする心理を宗教心理学では「ヌミノーゼ心理」
という。
他力信仰をしている人達は思考力の欠除した人達なのである。自分が弱者だということを認めている
から、自分よりも強い者に頼ろうとするのである。
ヌミノーゼ心理を持つ者は、自分よりも力があると思われる人を信ずると、その人は本来持っても
いないのに、あの力も持っていられるかもしれない、こういう力も持っていられるかもしれないと、
勝手にその人に力を附与して、ますますその人を偉大なる力を持つ人として崇め尊敬してゆく
という心理であり、ヌミノーゼ心理は虚為のものを実在だとして信ずる虚構の心理である。
たとえば、創価学会員の池田大作会長に対する信仰、オーム真理教信者の教祖に対する信仰を
見れば、ヌミノーゼ心理がいかに恐ろしいものであるかが分る筈である。
以下
邪宗教から抜け出せない理由 より抜粋
http://kansindo.mods.jp/blog/?p=6690
教祖を神格化し、盲信狂信をして、正しい知性と理性、あるいは批判精神を失わしめるのがヌミ
ノーゼ心理である。だから、ヌミノーゼ心理を克服しないと、正しい宗教の信仰はできない。
略
ヌミノーゼ心理はなぜ起るか。
人間は、なにか神秘的なものに憧れ、できればそういう力を自分も持ちたいと思うものである。
ところが、そういう心は、自分を自分で信ずることができない自立性のない心の弱い人に多い
ところも否定できない。
具体的には劣等感、罪悪感、無力感、無能力感などを持っている人の場合が多い。
また反面、無力感、無能力感、劣等感などの反動、裏返しとして、神秘的な力を身につけて、
その力を人に誇示し、あるいは利用して権力を持ちたいと思っているような、極端に自己顕示欲
の強い者ほどヌミノーゼ心理に陥りやすい。
だから、ヌミノーゼ心理に陥る者は、いわば一種の精神的アンバランスな人間であって、
健全な心の持ち主とはいいがたいのである。
このようなヌミノーゼ心理に陥った精神アンバランスな者を、日本の宗教団体は、信仰が純粋
であるといっているが、とんでもない間違いを犯している。
『病気が治らないのは信心が足りないからだ』、『生活が豊かにならないのは拝まないからだ』、
『疑問や不信をもってはならない』と正しい判断力や疑問をなくさせて、盲目的に狂信させる
宗教は邪教であり、正しい批判精神をなくして盲信狂信させるのがヌミノーゼ心理である。
ヌミノーゼ心理に陥った者の集団では、神秘力を身につけて自己顕示したいと思っている権力志
向型の者が神秘力に憧れていて、無力、無能力感を脱し切れず、力強く自分を指導してくれる者
が現われることを待っている気の弱い者を、思いのままに支配するという現象が起ってくる。
かつての〇ー〇真理教もそれの最たるものである。
略
ヌミノーゼ心理とエゴイズム(利己主義)
強力に教祖を神格化し、教祖の力を背景にして自分の権力欲、支配欲を満足させようと思って
いる者は、しきりに教祖の機嫌をとって、そうでない者、そこまでしきれない者達を支配して
ゆくという支配体制が、組織の中に現われてくるものである。
そうして、本当は教祖自身の間違いであっても信者達は、「教祖がそんなことをいわれるはず
がない。側近が悪いのである」という形の批判が出てくるようになるのだ。
ヌミノーゼ心理は、次のようなものに心をひきつけられる心理状態から、その人の心の隙に
起ってくる。
深い崇高なもの。尊厳で偉大なもの。人に祝福を与え、それを犯す者には罰が当ると考えられ
ているもの。人を畏怖戦慄させるもの。なぜかわからないがゾッとするようなもの。うす気味の
悪いもの。人を恐れさせ遠ざけながら、なんらかの点でひきつけるもの。ありふれていないもの。
見なれていないもの。日常のレベルを超えたもの。
このような力を持っている者があると、その人物にあやかりたいと思い、また、その人物を
異常に神秘化し、神格化し、絶対化して、その人物と自分とを一体として見ようとする自己同
一化が起る。それがヌミノーゼ心理である。
ヌミノーゼ心理が起ると、各人はそれぞれに、教祖が本来はそのような力は持っていないの
にもかかわらず、こういう力も持っていられるはずだと勝手に想像し、その想像を現実のもの
と錯覚し、その錯覚から起る異常神秘力を持っているものという想像は、ますます膨れあがり、
そのため、盲信狂信がさらに進むことになる。
そしてその人物を神聖視し、神秘化し、これに反対する者、従わない者を、神に対する反逆者
すなわち悪魔だ、異端者だ、敵だとみて、神の前にはそのような敵の存在は一切許されない
として、批判者を排除、抹殺しようとする。
略
だからして、ヌミノーゼ心理者の集団の中では「悪魔だ」といわれた人の方が正常だという
ことがいえるのだ。
そうして誰が考えても正しい意見をいってる人達が、その教団をやめてゆくという現象が起って
くる。
ヌミノーゼ心理者の集団では、正しいこと、真実であることが拒否され排除され、自分達に
都合のよい情報だけを集め、そういう情報を提供する人間のみを重要視し、信用するという
ことになる。
この心理状態が強くなると、正しい健全な情報は通らなくなり、正しい意見をいう者は発言
を封じられ、遠ざけられ、寄りつけなくさせられる。
そしてますます閉鎖的になり、公開の場で第三者を交えて話をするというようなオープンな
態度は絶対にとられなくなる。
略
ヌミノーゼ心理者は、いかに自分を正当化しても、絶対に調和ある世界をつくり出すことは
できない。
自分は神の側に所属する聖なる使徒であって、相手はまだ神の恩恵にあたらないかわいそう
な者であると見るから、相手に一方的に話すだけで相手の話を静かに聞こうという心の余裕など
全くないのである。
参考
新興宗教・カルト教団の問題14点考えてみた
http://neutral-life.hatenablog.com/entry/%E6%96%B0%E8%88%88%E5%AE%97%E6%95%99%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88%E6%95%99%E5%9B%A3%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C14%E7%82%B9%E8%80%83%E3%81%88%E3%81%A6%E3%81%BF%E3%81%9F
新興宗教の問題点と有害性
https://tenryu90.info/207/
ヌミノーゼ心理とても良い説明です。感心しました。
失礼しました。コメントが途中で途切れました。教団にとってこの様な心理状態の人間が集まってしまうと、教団は、ゆっくりと自壊することになってゆくのでしょう。自ら考え抜く力のなき者の集団は、生きながらえるのが困難です。教団は理性ある普通の人間が集まるべきです。前出の匿名様が訴えておられる、115定命についてこの様な数字 84/115 を考察してみます。84は日本人の男女の平均寿命です。教祖存命の江戸末期は平均寿命は30~40歳ぐらいでした。平均して35/115とします。つまり江戸末期、定命の約30%しか生きられなかった日本人は、現在73%まで生きながらえるようになってきているということです。これは、天理教が広まったせいではありません。43%近い伸びは、第二次大戦後の公衆衛生の向上、国民皆保険、医学の進歩によるものです。教団はこれをどう説明すべきか。弁証法的に言えば、天理教が社会に近づいて行ったのではなく、知らない間に社会が陽気ぐらしに近づいてきた。となります。ならば、115歳まで生きた人の人生を観察し、その真理を探る事、そして世間に提言する事を考えねばなりません。私は。たとえこの数字が115/115になっても、戦争、貧困、差別、が無くなっているとは理性的に考えられません。天理教の本質は、おふでさき、おさしづの中にあります。天理教を信仰すると宣言した時より、これに基づいて行動するのですが、人間は、人間のルールの中でしか生きられません。(世捨て人は別です)貨幣経済からのがれるのは現在不可能でありますし、それがなければ、薬を作ることも買うこともできません。ですから、戦争も貧困もなくす努力は神の喜ぶ所ですが、なくなりません(抗争、狩猟は動物が生きるために身につけた、進化の過程です)。天理教を現代に生きる人の為に、理性を持った一般人に届く言葉に翻訳する、真の天理教神学を確立する必要があります。
ヌミノーゼ
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ヌミノーゼ(Numinöse)とはドイツの神学者ルドルフ・オットーが定義した概念である。オットーは「聖なるもの」のうち合理的な理解にかなう部分を除けた概念をヌミノーゼと呼んだ。
ヌミノーゼ体験の特徴として以下のような点が挙げられる。
宗教体験により原始的な感情が沸き立つものである
・概念の把握が不可能で説明し難い
・畏怖と魅惑という相反する感情を伴い、身体の内面から特殊な感情が沸き起こるものである
・絶対他者の存在を感じさせ、人間が本来備えるプリミティブな感覚により直感するものである
以上書かれているように 合理的に理解しがたい内的現象をさす言葉で一概に悪いとは言えない。しかし カルト宗教はこれを善用でなく悪用するのが共通点ということです。
善用を前提にしていたら、もう天理教神学も完成されていたでしょうが、それを阻止して隠してるのが中山家の一党独裁の強欲からの権力の悪用によって封印されているのは明確です。
しかし神学も学問として言うには程遠いもので キリスト教義を風習、生活を前提とした学問なだけで特にカトリックの洗脳を強める為行われたといえます。現にカトリックの支配権は今でも貧富の差が激しく社会矛盾を抱えた歪さを抱えています。
ヌミノーゼに話は戻りますが、天理教ではどうしてか甘露台と呼び、そこにしか甘露が落ちないと言われているようです。しかしこれは宗教学的に調べるとまったくおかしな話で、甘露とはそもそもインド神話に遡りヌミノーゼ体験中に起こる生態現象です。
ここにヌミノーゼの悪用が明確に現れていたのです。中山みき 自ら虚言を吐いたのか?理解できなかったのか?勘違いだったのか?と言えるのです。
宗教学的には、まったく持って誠実性の無いのが天理教の教義と言えるほど反生命的ともいえる宗教の風上に置けない教義であるのです。なので 「誠真実などの」美辞麗句を連呼しているともいえます。
甘露 アムリタ っで検索してください。各種出てきます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%82%BF
甘露とは甘露台の独占でなく、人間であるなら修行の末に体験できる生態の神秘的体験であり現象なのです。
理解しがたいでしょうが、一ついえるのはここのコメントしている方々の熟成された意見交換とそれを見聞きして理解した人には、その甘露が降りる可能性は大いにあります。
私はこのサイトの誠実な意見交換を信じています。
非課税、不明瞭会計、人の無知弱みに付け込む宗教。高額なお金をお供えとして無理矢理お供えさせる。
以前は、公益法人は毎年の資産額の登記が必要でした。更に、定款や寄付行為等いくつかの重要書類の公開も義務付けられていましたが、ところが何時の間にか公開の必要は無くなっていました。
宗教法人は以前から資産の公開は必要なかった。宗教法人法を改正して公開を義務付ければと思うのですが、先ず、一番に〇〇党が反対するでしょう。自分に都合の悪い動きが出た折は、宗教団体は一致団結するのでしょう。非課税だからこそ公開すべきだと思うのですが。
大切な事項が闇に葬り去られてしまうような宗教は、信ずる方が悪いのです。さっさと縁を切りましょう。
私は、ある金融機関の出資者になっていますが、毎年、今頃になると決算書と配当金の詳細を記した書類が送られてきます。わずかな額の出資者に対しても丁寧な対応があります。
天理教にお供えをしてきた額は、この出資額よりはるかに多額であっても、返ってきたのは「御供」だけでした。
宗教法人も今後は詳細な報告等をする方が、信頼を得られるかもしれません。
「甘露」とは、世の中が理想の世界になった時に降る甘い水で、石である真の甘露台は、その理想郷が成ってから据えられるとか。天理教とは、つまりはその理想世界(陽気世界)建設を究極目的としているが、そのために、天理教上層部は、真柱は、本部は、いったい、どういうことをしてきたのか。
「病助け」「一列兄弟」という点では、医療技術が日々進歩し、何かと人権問題(行き過ぎもあるとしても)が騒がれる世間の方が、はるかに陽気世界への途上にあり、天理教は儒教的な因習世界にヘドロのように固まったまま、利得を手放さない為のネットワーク作りに邁進しているのみ。
我々は、教団のしてきた事を冷徹に見据えるべきだ。信者や下々の教会に、陽気世界建設、おやさとやかた建設と称して、無駄な金をどれ程、使わせてきたか。「陽気暮らし」とは真逆の世界建設にひた走り、天理教に関わる人々を不幸に落とし込んできたか、その現実を直視しないといけない。
既に遅きに失してはいるとしても・・。
甘露 アムリタ はインドに遡る 様へ
2018年6月29日 4:26 PM
とても勉強に成りました。やはり甘露台はおかしいと思っていたんですよね。陽気世界実現でふる? 現実に甘い雨がふる分けないですし、陽気世界実現も中山家筆頭の教団では到底無理と言う事が皆さん気がついたのでしょう。
西遊記などでもあるように古来アジアではインドを天竺(てんじく)と呼び中国 唐 と並び文化の中心地でした。 中山みきも その 唐 天竺 への 憧れから 甘露(かんろ)の 台 として 甘露台 と命名したのでしょうね。
荒唐無稽でかつ自然崇拝的に考えても天然自然に反する現実を拝ませるのは宗教ではなく むしろ邪教として歴史的にも排除される傾向です。
教団の不祥事から社会学さんのコメントも盛んに成りましたが、教義書の矛盾点まで突かれるようになるとその宗教は衰退どころか歴史の片隅に消えてなくなるでしょう。
>宗教法人は以前から資産の公開は必要なかった。宗教法人法を改正して公開を義務付ければと思うのですが、先ず、一番に〇〇党が反対するでしょう。自分に都合の悪い動きが出た折は、宗教団体は一致団結するのでしょう。非課税だからこそ公開すべきだと思うのですが。
大切な事項が闇に葬り去られてしまうような宗教は、信ずる方が悪いのです。さっさと縁を切りましょう。
私は、ある金融機関の出資者になっていますが、毎年、今頃になると決算書と配当金の詳細を記した書類が送られてきます。わずかな額の出資者に対しても丁寧な対応があります。<
天理教豊文教会が、天理教教会本部との被包括関係を解消し独立された際、天理教教会本部側は、最高裁で敗訴するまで、「天理教」という名称は「商標」であると一貫して主張し通しましたが、結局、最高裁で天理教教会本部が敗訴しました。天理教教会本部自ら「天理教」は商標であると主張する以上、教会本部自ら宗教法人ではないと主張していることになります。さすれば、宗教法人ではなく営利企業として登記するべきであり、「天理教」という名称も「商標登録」する必要があります。営利企業である以上、企業活動で得た利益や財産は課税対象となり、納税の義務が生じます。また、信者は天理教教会本部の営利活動のために「お供え」をしていることになり、信者=出資者(株主)ということになります。天理教教会本部は営利事業で得られた収益の一部を配当金として信者に還元しなければなりません。また、当然、定期的に株主総会も開催しなければなりませんが、建前上、宗教法人であるため、そうした諸々の義務から逃れることができます。
日本の政権与党の一つである〇〇党も母体は宗教団体であり、政教分離の原則を定めた日本国憲法に抵触すると、かねてから私は考えていますが、矛盾点を指摘するような国民的議論もありません。
宗教と普段からあまり関わりの無い世間一般の人達は、日々の生活を送るのが精一杯で、宗教法人のあり方について深く思いを巡らす余裕など無いのかもしれませんが、宗教被害者が現に出ている以上、日本国憲法との兼ね合いも十分考慮しながら、「宗教法人法」の改正を考える時期にきていると思います。(遅きに失した感もありますが・・・)
もはやこの「天理教」という組織に神の守護はない。
早く崩壊することを願うのみ
心ある人は逃げろ
青年会なんてやめちまえ
婦人会なんてやめちまえ
信者なんてやめちまえ
会長なんてやめちまえ
教会なんてやめちまえ
真柱が倒れた今、
もう全部やめちまえ
逃げ遅れる前に逃げろ
もう一度言う。
心ある人は逃げろ
もうみんなこんな衰退期のカルトから逃げていますが?(中にはあの世に逃げる人もいますが)。今や沈みゆくタイタニック。誰がこんなもんに乗っていようと思うでしょう?とっくの昔に氷山に激突して、ほら、みてごらんなさいあなたの足元。水がどんどん入ってきているでしょ?
Facebookの投稿より
>「国民を舐めてはいけない」
小泉進次郎氏が、公選法の参議院定数6増へ異論を唱えた。
さらに「もりかけ問題」にも疑問を呈した。
おかしいことは、おかしい。
ダメなものはダメ。はっきりものをいう。
小泉氏が評価され人気があるのは当然だろう。
友人の教会長が、豊田山舎納骨幣帛料が一気に5倍になったことに言及していたら、「教会長は、本部のすることにつべこべ言うな!」と本部のポチ・大阪のドンと言われる方が、高圧的に怒鳴ったという。
やっぱり、おかしいことはおかしいし、ダメなものはダメだろう。
「さんさい7月号」に、信仰エッセイ「 『子供は全て天才を持っている』と信じること」と元渕鉱名高分教会教人の文章が掲載されていた。それを読み、その感想は「結構なご家族やな〜さぞ徳のある方々やろな〜」だ。
才能ある娘さん方がいて、そして本教から金をだしてやろうというチャンスに恵まれた。その結果、オリンピックや弦楽の世界で活躍され、親として素直に嬉しいやろな〜
と思う。
ただ、娘さん方のそのチャンスには、才能にもチャンスにも恵まれない子供を持つ大多数の熱心な本教信者からの真実のお供が、惜しみなく使われている。だからこの文章は、その言い訳にしか聞こえない。
留学させるお金はない。そんな余裕はない。でも、本教のお偉方からも指導者からも「金の心配は無用」と言わんばかりに懇願されたから娘たちを留学させたし、学ばせた。言い訳だろう。
大多数のおぢばから離れて暮らす信者子弟は、お金がなかったら、余裕がなかったら、そんなことは諦めざるをえない。だいたい、ダイビングやバイオリンやコントラバスの弦楽器を習わせられる環境がどこにあるだろうか。
本教は、信者からの真実のお供で成り立っている。そのお供はすべて「谷底せり上げ」で人助けのために平等に使わねばならないはずだろうに、ごく一部の限られたおぢばに住む才能をもつ者に多額の金を使うのは如何なものか。谷底はせり上げられたのか?真に才能あるものは、公が放っておかない。日本国の支援を受ければいい。
そして、過去に本教から多大な恩恵を受けた天理ムラ住人の方々は、それをベラベラと本教内外で公にしないでほしい。今日の夕食にありつけないものが、この世界にいる以上、今日、子供にかける費用をほとんど削り、上級教会・大教会を経由して本部にお供えする教会長や信者がいる限り、眩しすぎるご守護を頂けたおぢばの一握りの人々の華やかな姿はいらない。知らない方がいい。
天理教教会本部に集まるお金は著しく減っているという。
信者はきちんと見ている。
信者を舐めてはいけない。
本部教団の元渕一家への優遇は本当に納得出来ない。彼ら両親の講演を聞いて、よし、私もお供え頑張るぞ、と心を新たにした経験がある。
彼らの文脈は、「自分たちは、ただ給料の◯割お供えしただけで、こんな御守護が見せてもらえた」、と言っていた。ただ、その時の表情から、歯切れが悪いな、と一瞬の感想を持ったが。
そりゃそうですよね。本部から特別融資(だだで)されて本部の顔作りの為の人材育成に乗っかっていたのだから。◯割お供えしようがその何倍も数十倍も(確か娘が3人いたのかな?飛び込みとビオラと・・)の特別待遇を受けていただけのこと。
「お供えで今の幸せ」なんて、素人を惑わすぺてん師的講演だったと今頃知りました。
最近、しょっちゅう、天理教の御守護の顔として、時報の記事のネタになってますね。信者、教会、貧しい人達の汗と涙のお供えを、教団都合で湯水の如く、自由に使うんです。人のお金だから痛くもかゆくもなかったんでしょう。
今、お供えが著しく減っているとの事ですね。欲に固まった人間思案のツケが、現実に見せられているのですね。豊田山舎の幣帛料5倍もその流れで間違いありません。巨大な給食配送センターの維持費にも困っているようです。今、修養科生も殆どいないし、詰所はガラガラ。どれだけの食事数でしょうか。参考館も同じ。金食い虫です。文化財なら24時間空調です。
中島みゆきの今日の時報のエッセイ「崖っぷちのカメ」。
「カメは崖っぷちで途方に暮れる、飛ぼうにも翼はない。・・前には進めない、上にも飛べない、下はどうかと足元を見る。今居る地面を掘ろうか・・自分の掘った穴の途中で、いいあんばいの墓掘りという有様になりはしないか・・」最後の部分で、「来た道を後ろへと、歩み出す 。後ろの後ろまで。辿ったこともない後ろの後ろまで。とことん遡れたらそれも進むことの一つかもしれない。」とつぶやいている。
天理教団は、もう前にも後ろにも上にも飛べない。たった一つ残された道は、今まで辿ったことのない「原点」まで遡ること。とことん「原点」に向かって歩み出すこと。
中島みゆきのエッセイから「それが天理教が前進することである」と読み取れた。
太古の昔、人間、この世、宇宙を創造した親神が物やお金を対価に御守護を始めたとは、誰が考えてもあり得ない。
現天理教は、金で命の守護を引き換えると言う。
にせものの証明です。
「崖っぷちのカメ」は「崖っぷちにカメ」でした。訂正します。
教会に繋がっていた頃の同年配の信者さんに、久しぶりに電話をしてみた。開口一番、真柱の入院をご存知かと。
答えは、なんと知らないということだった。月次祭も済んでいたのに、教会からは知らされていなかったのだ。
「よらしむべし、知らしむべからず」なのか。何という教団か。件の信者さんは一人住まいで、スマホは勿論パソコンも苦手で情報が届かなかったのだ。だったら、教会が一言伝えるべきではないのか。
時々届く大教会報では、近く大教会長就任奉告祭があるという。真柱夫妻・大亮氏が来るという。真柱のお入り込みはあるのだろうか。先述の信者さんは大教会は遠くて費用も掛かるので行かないと言っていた。
真柱は今、何処に居るのか。いまだに東京の病院なのか。それとも天理の憩の家の病院なのか。いや、自宅かもしれない。教団本部は、知らすこともしないで信頼を得るなんて、ありっこないことを知るべきだ。
教会長自身が情報を得てない。今、東京に居るとか憩いに居るとか、あなた知ってる?と他系統の教会長の友人に聞かれたが。そばにいた一般信者も、え?と言ってびっくりしてました。何も知らされてない模様。
その会長いわく、そもそも治療の為に東京に行ったと言う噂があるんだがと。
なぜ教団代表者の身上をここまで隠そうとするのでしょうか?時報でもダイスケくんフェイスブックでも避けているかのように一切触れません。父親の身上に際しているのに、ハイテンションな空気感しか感じませんが。
時報の中島みゆきのエッセイは、掃き溜めに鶴のような感じで、何かそぐわない印象だったのですが、匿名さんの
<天理教団は、もう前にも後ろにも上にも飛べない。たった一つ残された道は、今まで辿ったことのない「原点」まで遡ること。とことん「原点」に向かって歩み出すこと。
中島みゆきのエッセイから「それが天理教が前進することである」と読み取れた。>
という感想を読んで、中島みゆきという人のすごさを感じてしまいました。
ただ、頼まれたから適当に書いたというのではなく、しっかりと依頼者の状況を把握した上で書いているのでしょうか。それはいままでの、中島みゆきが他の歌手に書いてあげた歌を聞けばわかるような気がします。
さて「原点」とは「原典」なのでしょうか。あるいは「天保9年10月26日」でしょうか。さてまた「人類発生の基」でしょうか。
いまの私の願いは、教会本部の意向を受けて道友社がこの連載を打ち切るような事だけはしないでほしいということです。
中島みゆきは棄教してもまだエッセイだけは書いている。やはりまだ母親が教団に残っているからかな。
上納金は減っていますが本部は実はお金にはこまっていません。ビルも持っているわけですし。
だから数分間に派手な花火で散財もできるのです。本部は下からのお金をあてにしなくてもやっていけるので大丈夫。
中島みゆきのエッセイについて
天理時報社が、この期に及んで、中島みゆきという国内での超有名アーティストまで持ち出して、そのエッセイを掲載しているということは、天理教教会本部も相当な危機感を感じているようにもとれます。中島みゆきさんご自身が、天理教についてどのように感じ考えているのか、天理時報社の記者と中島みゆきさんとの「直接対談」という形式で連載をしたほうが、中島みゆきさんの本音が分かるのではないでしょうか? もっとも彼女は非常に多忙であるので、そうした時間の余裕もないかもしれませんが・・・・
真柱様は頭の身の上ですよね?道友社?から出版されている公式の 身上さとし これはでは高慢の因縁であるといわれてるわけです。 本部員の皆さんはどどう考えているのか? 社会学さんでは 本部員の中でも中山血族といわれる人々が全てを牛耳っていると聴きますが、血族のかはどう考えているのか?
どなたかが 真柱の身上は、甘露台無断復旧させた 山澤廣昭氏 だと言ってますが確かにそうとも思えます。 真柱という立場から許しを出さなかったかもしれませんし、即修理の下ったかもしれません。その最高位の真柱の意見を無視したらそれは如何なものか? これは明確に 山澤廣昭氏 の高慢の成せる悪行だと誰でもわかりその末に真柱 頭の身上 これは教理道理の出来事です。
以前から見ていて、山澤廣昭氏 と 中田善亮 しの両名を追放処分に とのコメント多く有りましたがまさにその通りだとおもいます。教団は改善するどころか過ちを認めずでやって行けると思っているのでしょうか?これでは信者も減るそしてお供えも減るのは自明の理です。そしてこの教団を中山血族が牛耳っているのならばその血族の方に多大なる責任があるのは誰でもわかっている事です。
このチグハグナ教理と教団をいつまで天理教と呼ぶのですか? 皮肉な話ですが中山教団に名称変更したらよろしいのではないでしょうか?そうすれば好き勝手しても 中山教団なので仕方ないとおもい 天理教信者は去っていくだけの事です。
中島みゆきさんのお母様は亡くなられたと聞いています。ご自身も信者さんのようですよ。
身上さとし を読んで
2018年7月2日 11:17 AM
おそらく深谷忠政の 身上さとし でしょう確認しましたが印刷が天理情報社 発行者が養徳社と成っています。
この本も問題ありで天理教の霊感商法の話がありましたがその手口として大いに活躍した本と言えるでしょう。
青年会が怪しいと感じることがまた一つ。
Twitter書き込みより
百田尚樹氏を8月25日に青年会が呼ぶことに対して一部の会長さん方が反対しているというが、反対なら行かなければいい。行きたい、話を聞きたいという人の機会を奪うなと思う。
いくらなんでも百田尚樹では天理青年の知性が疑われるだろうに。
百田尚樹氏ですか。
だいすけくんの意向というよりかは、委員長の安藤くんの意向かな?
それとも文書部の誰かの強い思いかな?
百田尚樹って!!青年会、アホなネトウヨと同レベル。あんな売れてる本の殆どが、苦労して何年も掛けて出された作品のパクリですから。「永遠の0」と真逆の「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」を書かれた鴻上尚史さんを呼ぶなら、高齢ばあちゃんの私でも何をおいても駆けつけますが。あー鴻上さんが来てくれる訳ないか…世間知らずの低脳坊ちゃん達よ、しょうもないこと考えてる暇が十分ありそうだから、身体を使って下さい。被災地にも継続した支援を頼みます。過労死や過労自殺の人達に関わる機会も気持ちも持ち合わせていない、人助けなんてどこの宗教?程度のあんた達が天理教をますますおかしくしていくんですねえ。私は今、神名流しやにおいがけへの意欲は完全に消滅し、国会前デモなどの市民運動に参加したい心境です。
「百田尚樹って!!青年会、アホなネトウヨと同レベル」
その通りです。右派言論の中でも百田尚樹はね~となる。しかし右派取り入れて大丈夫なのか?となる下手すると二代真柱時代のように百田尚樹など今の勢いのある右派言論人に叩かれるのが目に見える。
それに言論人は宗教の色や匂いが付くのを嫌う 信用を失うからだ。
毒か特効薬の博打(笑)教団には毒にしかならん(笑)
それに百田尚樹は関西ローカルとも言える天理教はやはりならの田舎庄屋なんですね。
百田尚樹と教団が抱えてる旧民主党系の政治家は犬猿の仲 これは百田に粗相を起こした時点で、百田に「天理教は反日勢力隠れ蓑だ!」と言われたら日本中のアホウヨがわんさかきて教団を叩くだろう いまやある意味日本の最大勢力と化したネトウヨを味方につける能力やポテンシャルは教団に無い。ネトウヨは調査能力も高い。万種天理村からの現在の流れも調べるだろう。愛国教団からいまや反日教団に近い反社会教団の様相もある教団はネトウヨのおもちゃになる。やめたほうがいい禁じられた玉手箱を開くのと同じだ。
>真柱様は頭の身の上ですよね?道友社?から出版されている公式の 身上さとし これはでは高慢の因縁であるといわれてるわけです。 本部員の皆さんはどどう考えているのか? 社会学さんでは 本部員の中でも中山血族といわれる人々が全てを牛耳っていると聴きますが、血族のかはどう考えているのか?<
頭の身上は「高慢の因縁」であるとしたら、信者があくせくと必死の思いで働いて納めた「お供え」の上にあぐらをかき、何不自由なくノウノウとお暮らしあそばされている天理教の「お偉い高慢なお目出たい先生方達」は、すべからく、頭の身上になられているということになります。皮肉なことに、的中しているのかもしれませんね。先生方は「正常な思考回路」をお持ちではありません。
天理教北アメリカ・グループより
>(深谷先生身上さとしによると、頭の身上は高慢とさとされています)
https://sites.google.com/site/tianlijiaobeiamerikagurupu/home/02-ba-mu-ji-hong-zhe-zuo-ji/b-yuanno-li-lian-zai/2-yuanno-li-lian-zai2
谷底からし搾取しまくり贅沢三昧は高慢の罪。ばちがあたった。
件の方は、去る6月16日だったかに、新幹線で京都まで、京都から近鉄特急で大和西大寺まで、そこへ迎えの車が来ていて憩の家へ直行とか聞いた。
それにしても、なぜここまで隠すのか。天皇陛下がめまいの症状で公務を休まれていることが新聞に報じられているのに、教団本部は真柱のことを報じないのか常識では考えられない。考えるまでもないが、本当にお気の毒な方だとつくづく思う。
最もプライベートなことだと言われれば、それまでのことだが。それは真柱職を辞職されてからのことでしょう。とにかく、今後の日常生活には何不自由が無いお方ですから、さっさとお辞めになることが、教団にとっても、ご本人にとっても最善の選択肢でしょう。
古い元教会長様が紹介下された記事を読みました。(下記に一部抜粋)
≫Aさんは教会によく参拝される熱心なようぼくでありました。
ところが頭痛に悩まされ、自分なりにせいいっぱいつとめさせて頂いたのですが、なかなかご守護を頂けなかったそうです。
ところがある日、自分の参拝の仕方が、頭を下げるのが足りないのではないかと思いあたり、額をそれこそ参拝場の畳につけるくらい低く低くして神様を拝まれるようになりました。
そうしましたら、いつの間にか頭痛がうそのようになおったそうです。
身も心もより低くさせて頂くところに、神様のご守護を頂かれたわけです。
そういえば、本部6月月次祭に参拝して気が付いたことと、偶然ながら合致するのです。
真柱が参加しないとすると誰が行列の先頭か確認したくて本部員の着席を見ていました。
そこで気が付いたのは、上段に座る本部員の頭の下げる角度と、下段の教服姿の人々(本部員でしょう!)とは明らかに違っています。
下段の一群は深く、上段の群れは浅いのです。
これって有り???
親神の前には子供たちは等しいはず。
予想していなかった事実に驚きました。
高慢の表れとしか思えませんね。
本部は偉いのだという「選民意識」。
中山家の血筋は尊いのだという「拡大解釈」。
明治の時代に教祖様が打ち出された、人間は皆可愛い神の子供、男女平等の教えを忘れてはいませんか?
我々個々人も、その意識を体現しましょう。
人としてのマナーは当然ながら必要だが、現状の行き過ぎた本部と中山家に対する土下座対応は、このあたりで、もう、止めませんか。
着席を待つ間の頭下げっぱなしは本部員様ご一行に対するものだから、不要なのです。
勘違いを正すには組織の下からの改革も有効です。
東風Zさま、いつも書き込まれておられるご趣旨に、100%納得しながら読ませて頂いています。
でも、なのです。
「真柱職からの退任」をお勧めになっている点、どうでしょう?
次は大亮君ですよね。
私は現真柱が身上を通じて命を賭して、組織改革に着手するよう願っています。
大亮君+表統領の世になるのが怖いからです。
天理教が衰退の道をたどっていることは誰の目にも明らかです。
そのプロセスで多くの信者に更なる苦労を強いる可能性が懸念されませんか。
大亮君の「御代」になる前に責任ある立場の人として、やるべきことをしていただきたいのです。
東風Z様は、或いは健康面を勘案しての退任、真柱個人としての選択を考えられてのことかもしれません。
私はどうしても「立場の責任」を優先したくなります。
>そういえば、本部6月月次祭に参拝して気が付いたことと、偶然ながら合致するのです。
>真柱が参加しないとすると誰が行列の先頭か確認したくて本部員の着席を見ていました。
で、誰が行列の先頭だったのか?
背の高いひとでしたよ。
大亮君か?
正直なところ見分けがつかなかった(汗;
2018年7月4日 10:01 AMの匿名 様
仰ることは正論なのです。そうあるべきだと思うのです。
しかし、3年も前になるでしょうか。教団中枢に通じた知人が次の話をしてくれました。
本部員連中の善亮・大亮参りが始まった。この時点で本部員諸氏は真柱を無視し始めた証拠だと。
真柱氏は孤独でもあるとも言っていました。
ハシゴを外された真柱氏が降りるに降りられず、かといって、改革に取り組もうにも本部員連中はどちらを向いているのか分からない状態。
破れかぶれになる覚悟で改革に取り組むには、精神的にも肉体的にも限界を超えられているように感じるのです。
人間として遺された余生を少しでも心安らかに奥方共々に、本部の近くではなく、市井の片隅で送られることをお勧めします。
>本部員連中の善亮・大亮参りが始まった。この時点で本部員諸氏は真柱を無視し始めた証拠だと。
真柱氏は孤独でもあるとも言っていました。
ハシゴを外された真柱氏が降りるに降りられず、かといって、改革に取り組もうにも本部員連中はどちらを向いているのか分からない状態。<
もはや、天理教団は宗教団体ではないことを裏付けていますね。「ほこり」にまみれきった「愚か者達の集団」にすぎません。憤りを通り越して、情けなく、むなしくなります。「おつとめ」と称する今となっては空虚なセレモニーも廃止したらいかがでしょうか。現教団こそ「あしき」であり、「あしきをはらう」ということは「悪しき愚か者達の集団」が、まず先に崩壊・消滅することです。江戸幕府が崩壊・消滅したように、現天理教にも明治維新に匹敵するような革命的改革が必要です。それが果たして可能でしょうか????
>現天理教にも明治維新に匹敵するような革命的改革が必要です。それが果たして可能でしょうか????
不可能です。すべてはおそきに失したのです。革命的改革をやれる能力のある人材はとうに沈む船から逃げ出してしまいました。創価学会でも今なお残っている二世三世は覇気のないのばかりときいていますので、新興宗教の状況はどこも同じです。
東風Z様
返信ありがたく拝見しました。
現真柱を無視し、大亮・善虎にすり寄る輩は要するに拝金主義者・権力志向の者たちと言えるようですね。
明治時代から引き継いだ天理村社会の狭い世界で生きているだけの、喜劇的一団でしょう。
何しろ上段に座る者と下段に座る者では頭を下げる角度が違うという、田舎芝居をまじめに演じているのですから。
そういえば、6月月次祭と朝のお勤めの行列を見た隣の婦人もつぶやいていました。
何だかすっかり若い人に入れ替わっているね、と。
どこぞの兄ちゃんたちで大亮体制を固めるつもりなのでしょう。
浅はかな連中です。
厳しい意見で恐縮ですが、真柱の今後の動きを見届けたいと思います。
年齢から見れば成熟期はこれからです。世間でもまだ、現役世代です。隠居という選択は贅沢ですよ。死ぬまで働かなくてはいけないのが日本の多くの人々の現状です。真柱にもその様な生き方を選択していただきたいものです。
一つの例として挙げるのですが、たとえマヒが残ろうが、体が動くうちは真柱職を全うすべきです。
とはいえ、大亮・善虎と取り巻き連中の動向には注意が必要ですね。
残り資産を彼らの食い扶持にされる事だけは避けたいので、心ある情報提供者からの更なる情報を求める次第です。
天理教はもう無くなってます。残っているのはテンリ教と称した中山教だけです。甘露台の倒壊 真柱倒れ 頭の身上 そのままの出来事です。 天理教とであろうとするならば、教団を牛耳り中山教に仕立て上げている中山血族を一掃するだけです。もう限界が来ていますね。資金的問題もで教団からの利益に比べたらビル管理の純利益は微々たるものでしょう。だから教団に教義改ざんをしてまで集金しようとしたのです。それが全ての過ちでした。残念な宗教の成れの果てを皆さんが今までそしてたった今も目撃しているだけです
2018年7月4日 5:23 PMの匿名 様
>残り資産を彼らの食い扶持にされる事だけは避けたいので、心ある情報提供者からの更なる情報を求める次第です。<
有り難うございます。そうですね。多くの信者さんたちは、無い中からするのが誠真実とおだてられてお供えをされてきました。それを仇で返すような行為だけは許せませんね。
特に、哀れなのは、会長と親戚関係にある信者さんです。逃げるに逃げられない立場。名前だけの布教所。
五季納だけでも年間10万円を超えています。もう60歳は越えておられるはず。老後のことを考えなければならないのにどうされるのだろう、と思っています。いつも沈んだ顔をされている奥さんを見ていると、陽気暮らしの名が泣いています。
いとも簡単に100億円を超える年間予算を執行する教団本部の罪は何処までも深いんだろうと空恐ろしくなります。
企画会社天理教青年会がまたしょーもないイベントをするらしい
「西野亮廣・革命のファンファーレ講演会in天理」
と題して、8月26日やまのべホールでお笑い芸人キングコング西野の講演会を開催するとのこと
その中心人物は、なんと50円売人の問題の飾東後継者や中田善亮の娘を嫁に迎えた本愛の後継者らだそうだ
百田尚樹といい、もはや何がしたいんだか訳が分からん
ほこりとほこりが寄り集まって、勝手に沈んでいけばいい
>現天理教にも明治維新に匹敵するような革命的改革が必要です。それが果たして可能でしょうか????
不可能です。
おふでさき17号をよく読んでください。
「かんろだい」を取り払われたから掃除をすると明確に書かれています。
お勤めも「いちれつすます」から「いちれつすまして」と掃除が完了した後にかんろだいを建てるとはっきり歌われています。
本部から末端教会に至るまで全ての教会で毎日お勤めで 掃除が済んだ後に「かんろだい」を建てて下さいとお勤めしているのです。
誰のせいなのか?
もちろん山澤為造です。
為造が「まつえ」をそそのかして奈良警察署に「かんろだい」の撤去を依頼したのです。
このいきさつを八島氏が奈良警察署の古文書で確認したと話してくれました。
現行天理教を中山教と揶揄する方がいますが、私は、山澤為造教と言いたいです。
現行天理教が行っている行動様式は「神道」です。
親神がみきを通して伝えた行動様式ではありません。
神が我々に伝えた行動様式は「真実」です。
八島氏は、山澤為造こそ悪の権化だと怒っていました。
こんな天理教を改革するなど本当に馬鹿げた話です。
「崩壊」こそ現行天理教に与えられるふさわしい道筋です。
中山教というのは間違いです。もう宗教の様態すらなしていません。ただの集金マシーンに成り下がっています。営利法人中山商店のほうが適切です。
対岸で沈みゆく船を見物といきますか?
いちおう手をさしのべて助けるふりをしながら!
https://www.news-postseven.com/archives/20170201_480409.html
そして原点にもどる!
おやさまの許された講のレベルまで
信仰に高低はない!
上級も部下もない!
あるのは神様を信ずる誠の心だけ!
講であれば毎月上級にお供えしている○○万円を自分たちの講の維持費として使える
おつとめ、おそなえ、なおらいの費用もしかり
信者さんからどうしても本部へといわれたお供えのみ、講の代表が本部へ届ける
大教会も分教会もないから看板は天理教○○教会となる
仲のよい信者さんどうしでおつとめ日も曜日で決めることが可能
他の系統だろうがきにせず近くの講で参拝ができる
我々は本部を信仰しているわけではなく、親神様、おやさまを信仰しているのだから!
「親を選ぶことはできない」 この言葉でどのようなむごい仕打ちも耐えてきた天理教信者。
親は選べないという、子供の側のあきらめ。
教外からは、まるでSMプレーとしか見えないだろう。
ひたすら親神を胸に教祖さまを胸に抱いての信仰。
教会制度はその恩恵にあずかっている一部の人たちの支持で現状を維持しているだけ。
多くの信者の心中では、既に封建的な教会・本部を信用してはいない。
まともに対応していては自分の心が濁るから「ほっておけ」なのだ。
各人の心の中に、分派(本部から見れば異端)が出来上がっていると言えよう。
そうした自立した(盲信ではない)信者が寄り集まれば、講を結べるだろう。
Twitterの或るウオッチャーを名乗る人物は、匿名での天理教批判を非難するあまりなのか、あたかも本掲示板のような場での書き込みは「若者を非難する年長者」という図式を作ろうとしている。
何も知らない人が鵜呑みにすることを期待しているのだろうが、不毛な策略だ。
自分自身も匿名なのだが。想像するに、実名でアカウントを持っている人物が、別にウオッチャーと名乗る匿名アカウントでの書き込みで失言したことに気が付かなかった?
文意を読み取る力は個人個人で差はある。だから中学までの義務教育で、文意を問う内容のテストを散々受けてきたわけだ。
単なる若者に対する批判ではないことは流れをくみ取る中で理解できるだろうに。まぁ、いろいろな人が居る世界なわけだ。
批判は「悪」と信じる人々、批判を許さない一団の人たちに天理教を任しておいていけない。
何故なら、それでは心ある在野の若者たちをはじめ、昔の若者たちが浮かばれないからなのだ。
天理で育つ若者たちが、すべて「イケイケゴーゴー」の気質の人たちばかりではないだろう。
本来、信仰とは心の営みがベースに無くては、その深みを掘る作業などできないものだ。
陽気に踊っているだけの教団と言われても言い返せないだろう。
本部もお供えが今の十分の一以下になると思うので
神殿の維持のみであとは不要
おさづけも不要
修養科も不要
詰所も不要
館も不要
そうなると人も今の1500人から150人で済む
炊本も不要
電話課も不要
水道課も不要
営繕課も不要
学校も不要
病院も不要
必要なのは参拝するための神殿と境内係のみ
ほんとはそれも不要かもね!
大亮の結婚の時の花火であれだけの散財ができる財力があるわけで、無駄を徹底的に削れば信者の献金が一円もなくてもやっていけます。
青年会が頑張ってるようですが、彼らが先々教会を後継しても、信者が2,3人しか居ない教会が大多数と言う現実の 中、食べていけないのを早晩悟るでしょう。
夢物語を実行する事が如何に苛酷な事か、不足が出るに決まっています。
とぼけた大教会長が、巡教に来て「喜べ喜べ」と講話の中でほざいていたと。高齢信者が「何を喜べといってんだ、喜ぶ種があるんかい?お供え、お供えばかり言ってる大教会長に「あんたに言われたくないわ」と白けていました。そこは数と形に徹底的にこだわるらしく、何かあるといつも数字の報告をさせるそうです。もう宗教ではないですね。信仰の本質を忘れてます。
衰退と言えば、子供おじばがえりでもです。高齢会長がいくら誘っても、大事な子供を預けるとなると、不安がられて、声をかけても相手にもしてもらえないとぼやいていました。布教に歩いても行事に誘っても、もう世間から相手にしてもらえてないそうです。一人の信者を作るのに10年かかる昨今、出直し続きで教会は閑古鳥が鳴いてます。天理教は後10年持たないとの記事が昨年出ていたそうですが、早くその方向で一定の結論が出ればいい。先に光はほとんど見えないのに夢のような事ばかり言って競走馬のように尻を叩かれながら数字の報告を競争させられる。目くそ、鼻くそで会長同士が競い合う。数字に大した差がないにもかかわらず。
虚しい組織活動です。天理教に未来はありません。若い人は早く真実、現実を見て、人生を棒に振ることのないよう、社会に出て、自立して下さい。とぼけた大教会長みたいに、喜べと言われても喜べない人生があなたを待っています。代々の人生を棒に振った経験者として、老婆心ながら未来ある若い青年達一人一人に伝えたいです。まとまりのない話でした・・
真柱の病気(身上=天理教用語)について、天理教教会本部渉外広報課に電話により問い合わせたところ、事実に相違ないということでした。一宗教団体(私自身は宗教団体と認識していませんが)の建前上のトップ(トップという表現自体、使いたくありませんが、この際、敢えて使います)が病床におられるという事実を、大教会や中間分教会、末端分教会、布教所、一般信者に、どのように周知したのか問うたところ、「かなめ会から各大教会を通して情報を伝えた」という返答でした。教団には「天理時報」という機関誌があります。また、ご立派なホームページもありますが、どうして、そうした媒体を情報伝達に使わないのか問うたところ、「かなめ会」から情報を流しているとの一点張りでした。それ以上問いただしても馬鹿馬鹿しく無駄であると思い電話をきりましたが、「かなめ会」なる組織が教団内でいかに重視されているのか、私なりによく理解できました。
教団トップの身上は神のお陰が無い姿の証拠を披瀝するようで、信者の手前、格好がつかないですよね。
まして「命のつなぎはお供えだ!」と叫んでるわけですから。真柱、或いは本部の神へのつなぎが切れてる証拠、と言う理屈になるのでもうこれからは信者にあからさまに「命のつなぎは金だ。」と言えないでしょう。
時報なんかで発表したら「本部トップでもお陰無いじゃん!」と言われる。言いたく無いのが本音でしょう。
カナメ会に投げて、責任回避しているだけの事です。
事情教会率90%だもんなあ。。。現実は「教会」の看板だけあげたボロボロの建物で暮らす貧乏サラリーマンというのが天理教教会長の姿。もちろんんおつとめもありません。みんな棄教しているからです。そのうち100%でしょ?事情教会。下からは文字通り一円もあがってこなくなります。
そんな中で本部だけはお参りが行われ、大亮の子が派手な花火で結婚祝いパフォーマンス。上納金をあてにせずともやっていける本部だけは金満で永遠に金コマにならない。
本部巡教員が来た時、うちは信者3名です、と小さくなって言ったら、それはいい方です、信者がいない所も大勢あります。と言われた。衰退を素直に認めるなと感じた。事情教会90%はどうも本当の事かもしれない。
高齢社会だから会長が居てもおつとめしてない教会は多々あるだろう。会長の居ない閉めてる教会も多数知ってますが、当然ながらおつとめ無し。上級が月一来て月次祭して帰るだけとか、上級がお目どうを持って帰って自教会でまとめてしているとか聞いています。とにかく名称だけで活動実態の無い教会は多いようです。
みちのともによると布教所数も教会数と同等数有りますが、うちの布教所長は長年寝たきりで布教どころか、家族の信仰はありません。名ばかり布教所と名ばかり分教会が数字となって踊る。だから公表信者数も実態がどこまでなのか疑問です。実態は20万人居るかいないか辺りでは無いかと思います。
人をたすけてわが身たすかるの信仰とは何かを考えさせられるブログ
本部から離れ講を信仰している方のブログ
http://yogananda.cc/daily/in/002.html
宗教、宗派を飛び越えアフリカ救済をしている方のブログ
http://acef-jpn.com/aceftotenrikyou/
ベトナムへひとりで神名流しをしている方のブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/ukishima0011/folder/1677214.html?m=lc&p=3
小かん様の神名流しは本当は秀司さんの借金払いのために出向いたと言う事実が、本部によって捻じ曲げられている事を知らずにいる方々が今だに大多数である事に、複雑なきもちにさせられます。
ノーベル賞候補者にも期待された世界的研究者の弟さん、村上先生が関わっておられる講の存在、アフリカのNPO活動、ベトナム布教、素晴らしいですね。しかし、ベトナム布教の真実の方が小かん様の真実を知らされないまま、と言うのは教団本部の無垢な信者に対する欺きを感じて、モヤモヤが残ります。
どちらにしてもこうした真実の草の根活動の上にこそ、神の応援が有ると信じます。嘘の上塗りの現教団に神が働く訳が無いから、こうして甘露台が倒れ、若くして真柱が倒れ、行き詰まりの形相を見ることになっているのでしょう。
ベトナムで活動された方のブログに例の百田尚樹講演会に関しての書き込みが在ります。
達意の文章・内容に感じいりました。
「天理教を宣伝する」Twitter上のバリ天書き手に感じるモヤモヤ感。
平易な表現で、しっかりと書き表して下さっています。
ご本人の承諾を得ないまま、コピペします。
https://blogs.yahoo.co.jp/ukishima0011/folder/1419300.html
☆☆☆以下コピペ☆☆☆
百田尚樹講演会が天理教青年会本部主催でおこなわれる。
facebookで中高年のおっさんたちが反応し、いかがなものか、と物言いをネット上に書き込んだ。
だけど、反応はほぼナシ。
ツイッタ #あらセミナー百田反対 なんてもう ^^;
(百田氏は)誤解されてるんだ、発言の一部を切り取って攻撃する輩がいるんだ、みたいな、擁護する人があるにはある。
だけど、誤解じゃないと思うんだよね。
ツイッタで差別発言くり返してるのは確かだから。
ツイッタは文字数が少ないから、ってことじゃない。
かりにも言葉を綴って飯のタネにしている人なのだよ。
こんな記事もある。
百田尚樹氏「中国文化は日本人に合わぬ。漢文の授業廃止を」
えと、『日本書紀』は漢文なんだけど。
合う合わない以前だわ。
天理教は韓国で布教している人も多い。
韓国人の信者さんも大勢いる。
なのに、呼ぶのかと。
聴衆が少ないと各分会に動員がかかるという話もあり。
ま、青年会年齢層からの反応の鈍さがいちばんの問題なんだが (T.T)
大亮さん、お父上である真柱へ「おさづけ」を、しっかり取り次がせて頂いているかい?
息子として(義理息子ではあるが)の心定めも必要だね。
子供が生まれたら、親子3人で布教にでも出たらどうかね。
できるわけないよね。
こんなに早く子供ができたなんて・・・。この先まだまだつくるだろうね。
信者たち:ブルッ;お祝い金要請、くるかな?。
村上先生 ベトナムといえばこのブログ
https://sites.google.com/site/tianlijiaobeiamerikagurupu/home/04-kamisorino-zhichan/1-su-yanyokogao
ウガンダ布教といえばこのブログ AAAもでてきます。
http://seisyoto.blog.jp/tag/%E3%82%A6%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%80
初めての投稿失礼します。
大亮氏の「即位」がいよいよ迫っている中で不安が募っています。
青年会総会も花火ドンパチレーザービビビの再来になりそうな予感がしてなりません。
共産党も創価学会も創立100年を控えていますが、やはり組織の賞味期限というのは100年が限界なのでしょうか?
定命115年というのは組織のことだったとは!
百田尚樹講演会といい、今の青年会はセンスが最悪です。
善司さんにおさづけもらって本当に良かった。
大亮氏がこれ以上バカやらかすなら教団からの独立を検討します。
大亮氏の「即位」が迫っていると書かれましたが、何か情報をお持ちなのでしょうか?
設備の整った病院の有る東京から、天理へ鉄道を利用して帰られたのですから、重篤な病状とは思えないのですが。
片マヒが残ったとしても、ご自身の考え方ひとつで職務遂行は可能だと思います。
体に障害を抱えながら働く人々は大勢います。真柱が頑張る姿を見せる事の意味は大きいでしょう。
定命115年は組織を指しているかも、これは新鮮なご指摘ですね。
どうなんでしょうね。
近い血縁間での結婚を2~3代繰り返している教会・本部の欠陥が表れているのかもしれませんね。
新鮮な血を注入するにも時機を逸した感があります。なので定命説に一理ありとなりますね。
百田尚樹講演会「後」のバリ天たちの感想が楽しみです。きっと燃えるんだろうな。内輪で飲み会、and気勢をあげる?
彼らは社会を見る目を持たないから、有名人というだけで飛びつき、結果、自分たちが天理教の首を絞めていることに気が付かないのです。
天理教だけが信仰の道ではないから、初代であれば身軽にキリスト教などへの転向も良いかもしれませんね。
キリスト者である遠藤周作の著作を読むと、天理教信仰者にとって、その内容は違和感なく受け止められ、神と信仰に関する共感を持てます。
ただし、天理教が系統・教会によって、黒白異なるほどの相違点が有ると同様、キリスト教会も新旧の違いだけでは無しに、教会によって牧師によって違いがあるそうです。
知人のキリスト者は息子さんの死後、所属教会の牧師の言葉に納得がいかず、納骨を別教会にお願いし、参拝はまた、他の教会に通うようになりました。
所属する前に評判を聞き出すことは、なかなか難しいことかもしれませんが、必要ですね。
>教会によって牧師によって違いがあるそうです。 知人のキリスト者は息子さんの死後、所属教会の牧師の言葉>に納得がいかず、納骨を別教会にお願いし、参拝はまた、他の教会に通うようになりました
プロテスタントは聖職者が変わると教会がドラスティックに変わることがありますからね。ちなみに正教会やカトリックでは末端聖職者が恣意的にやることはできませんので、聖職者が変わってもこういったことはあまりないと思いますが。(あるとしたら例外中の例外〉
大亮の即位式も、そして大亮の子供の結婚や即位式も、天理では花火やレーザーでお祝いするでしょう。お金を派手に使って。もちろんそのころには下からの上納金は一円もないのですが、お金には全然困っていないことをPRし、中山王家と天理貴族たちはただのセレブごっこを永遠にし続けるでしょう。
2018年7月6日 11:38 PMの匿名 様
脳梗塞は、軽くても油断してはいけません。これから生涯を通して薬を服用し続けることになるでしょう。それも中途半端な量ではありません。知人も脳梗塞を患い4年が過ぎました。当初は外見上はどうってことは無かったのですが、毎食後に5錠~6錠の薬を服用しています。それでも、数年を過ぎたころから片方の手足が不自由になり始めています。人間の体は機能を失うと縮んでゆくのです。
知人が薬をやめればと医師に聞いたところトンコロだと言われました。
何度も云いますが。真柱氏は極力ストレスのない生活を送られることが何よりの薬なのです。真柱職はさっさと辞められることが最善の道です。それとも、鮮やかなさづけの効用が現れることを期待されている教内者が多いのかもしれません。
余談ですが、善亮氏におさづけを取り次いで貰っても果たして結果は?
大迫率いる鹿児島城西に負けた 滝川二高 中西隆裕選手(当時高3)の号泣
大迫半端ないって!
あいつ半端ないって!
後ろ向きのボールめっちゃトラップするもん
そんなん出来ひんやん普通
そんなん出来る?
言っといてや 出来るんやったら
新聞や 全部新聞や
撮られたしもう (大迫)また一面やし
またまたまたまた2ゴールやし
1ゴールにしとけばよかった!
大迫うまいなぁー
どうやったら大迫止めれんのやろ?
あれは絶対全日本入るな
御供えに苦しむ天理教信者の号泣
中田善亮半端ないって!
表統領半端ないって!
堂々と「お供えは命のつなぎ」って言うてまうもん!
そんなんできひんやん普通!
そんなんできる?
言っといてや、できるんやったら!
週刊誌や サンデー毎日や
書かれてたしもう 思いっきり二週にわたって書かれてたし
俺、またまたまたまた2万円御供えしたし
10円にしとけばよかった!
拝み祈祷の教団用偽教理をつくったやつうまいなぁー
どうやったらこの搾取、差別、腐敗を止められんねやろ?
これじゃあ確実に天理教はカルトに入るな
東風Z様
脳梗塞の怖さ、トンコロなのですね。
そうなるといよいよ陽気夫妻の御代が現実的になるわけで、衰退は加速されるように思えてきました。イヤデスネェ。
ひょっとして平成天皇と自分たちを重ね合わせて代替わりを画策するくらいの事を考えているのかもしれないとさえ疑ってしまう人も出てくるかもしれません。
ヤフオクをチェックしていると、布教所なり教会なりを閉鎖した結果なのか、売り払われる天理教のお道具も見受けられます。
墓じまい同様、身の振り方を考え、実行するのを急いだほうが良いかもしれませんね。
信者さんたちを信じて、まずは相談でしょう。
産みの親は当たり前ですが選べません。
しかし新たな信仰の仲間は探せば得られます。
組織はなくとも信仰できるさまの紹介下された講のように、各教会が自らの方向を真剣に考えて頂きたいものです。
天理本部に「集う」、封建性を良しと、軽い神輿を自分の利益のために担ぐ者たちは放置するしかないですね。
大亮くんのアホさに苦しむ青年会員の号泣
中田大亮半端ないって!
青年会長半端ないって!
堂々と花火上げて「世界一陽気な夫婦」って言うてまうもん!
そんなんできひんやん普通!
そんなんできる?
言っといてや、できるんやったら!
あらきとうりょうや 天理時報や
書かれてたしもう 思いっきり2誌にわたって書かれてたし
俺、またまたまたまた出産のご祝儀しなきゃならんし
10円にしとけばよかった!
大亮くんをまつりあげるやつうまいなぁー
どうやったらこのアホなノリだけの青年会を止められんねやろ?
前の匿名さんが半端なさすぎて
思わずかぶせちゃいました笑
天理教青年会はお供え金を使って今度は無人島だと!
大亮君も「いいね」だと!
〜若夢プロジェクト〜
無人島に学ぶ「火・水・風」
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/events/unpopulated-island-1/
企画責任者は顔出しせよ!!!
おいらのお供えは1円たりとも使ってほしくない。
バブル期のテレビ局企画じゃあるまいし、頭が軽すぎる。
企画責任者は顔出ししなさい!!!
青年会に許される予算は本部にたむろする大亮青年会のお遊びで消えている。
オウム死刑囚の死刑執行について思うこと
昨日、オウム真理教死刑囚の死刑が執行されました。ご存知の方も多いと思いますが、かつてのオウム真理教トップであった故麻原ショーコー氏は、オウムとういうカルトを作るにあたり、現天理教システムを参考にし、真似たということです。あたりまえのことですが、真似られた側の現天理教の基本的実態は、かつてのオウム真理教と酷似しています。既に現天理教にマインドコントロールを受け、洗脳されてしまった信者さん方、「信教の自由」は日本国憲法で保障されていますが、その権利は「公共の福祉に反しない」という大前提の元に保障されているものです。不特定多数の罪も無い人々を殺傷するために保障されているのではありません。今後、あのような世界にも類を見ない悲惨な事件が二度と繰り返されないことを切に願います。
天理教の若いやつ。
アホを露呈しすぎ。
マジで引くぐらいアホ。
わざとやってんの?
神経逆撫で?
と、疑うレベル。
斜め45°ブッ飛んでますね。
もっと社会勉強してこい。
マジで社会舐めてるでしょ。
おつむユルすぎ。
大切な人が重大な病気で、
大雨の災害で命が危機なんやで。
本心からの優しさは生まれてこないものなのかね。
真心の思いやりがあれば、誰から教えてもらうでもなく、自ずと出てくる言葉や思いがあるでしょうに。
>知人が薬をやめればと医師に聞いたところトンコロだと言われました。
何度も云いますが。真柱氏は極力ストレスのない生活を送られることが何よりの薬なのです。真柱職はさっさと辞められることが最善の道です。それとも、鮮やかなさづけの効用が現れることを期待されている教内者が多いのかもしれません。
余談ですが、善亮氏におさづけを取り次いで貰っても果たして結果は?<
善亮氏におさづけを取り次いでもらったら逆効果でしょうね。即トンコロになると思いますよ。もっとも、取り次ぐ側は、それが「ねらい」なのかもしれませんが????
「病むほどつらいこと」はありません。真柱も何も好きこのんで、中山家の長男としてお生まれになったのではないはずですが、残念ながら人間は生まれ落ちる場所を選択できません。しかし、自分の「生き方」の選択はできます。つまらない教団組織に翻弄され一生を終えるほど馬鹿げたことはありません。科学技術が格段に進歩した今日、「おさづけ」のような非科学的「拝み祈祷」にたよるよりも、精神的・身体的安静と医学治療が「唯一の頼みの綱」です。つまらない教団組織などに思い煩わされず、「一人の人間として」、ゆっくりと静養してください。
オウムから分かれたアレフは宗教色を消してヨガと称して近寄って来ると言う。
愛町系も天理教の名を伏せて、近くの公民館などを借りて良い話が聞けると言って勧誘して来る。宗教と知らずに気軽に講習会に行って、互いの内信頼関係を築いた後で、どうやら天理教だと気ずく。
その時には人情的に断りづらくなっていてズルズルと関係が続く事になるのだろう。
愛町系のどこら当たりかのトップの後継者の贅沢三昧は10年位前に聞いたが高級車を数台乗り回し、彼女を捨てた、取った取られたとか、女性を泣かしたとか色恋話も聞いていた。
しかし 衰退真っしぐらの本家本元の教団本部は、本部をしのぐ愛町の勢いに注目しているようだが、愛町の手法はアレフと似ている。人寄せの効果的な方法を実行しているのが、誠真実を説かれた教祖のスタンスから見れば、名前を隠す手法は人寄せのスキルだろうが「嘘」が見え隠れして気持ちが悪い。
後継者の趣味は車と言う、高級車を乗り回ししている実態も気になる。(10年前の話なので今は少し落ち着いておられる事を願います。)
神の言葉を取り次ぐ当事者が、贅沢三昧。本部も本部をしのぐ愛町系もどうして上に行くほど矛盾した姿になるのでしょうか。
お助けをしてそのお礼の気持ちとしてお供えを頂く。
お礼は金銭もあれば野菜や魚、労働もあり。
そんな素朴な時代がまっとうなんだろう。
一律いくらという要請が本部や上級から下へ出されることがおかしいのだ。
天理教は歴史が浅いだけに、仏教やキリスト教のような社会からの信頼度が低い。
それだけに布教のために開かれるセミナー講師や、教内発行文書の著者の人選には注意をして頂きたい。
ネット社会のお陰で人物の表裏が透けて見える時代になっている。必ずしも教内の人々だけが媒体を目にするわけではないから注意が必要だ。
天理教では教祖様の言葉を引用すれば、それなりの品質の文章が書けてしまうから、筆者の日ごろの言動が酷いものであっても、人選する人がそれをキャッチしていなければ、選考に反映することは難しい。
一例をあげると「みちのとも7月号」で、後継者講習会の世話人として手記の冒頭を飾っている人物は、Twitterや社会学様のこの場でも、「おかしいんじゃない?」指摘を受けていた人物だ。
Twitterは不思議な世界だ。炎上していたはずの当事者N氏とM氏は、M氏がN氏にTwitterでのトラブル(M氏のなりすましが登場したとか)解決方法のアドバイスを受けたとかで(それは良かったですが)手打ち式が行われたようだが事情は外野にはわからない。
うがった見方をすれば、「みちのとも」に掲載されるので身辺を掃除したのか。謝罪があったのかどうかは藪の中で不明。みちのとも読後のモヤモヤ感だけが残る。
人間は神様ではないから間違いはおこす。
ホコリを積んだらお掃除をすることを教えられている。
だからこの書き込みの趣旨はM氏を断罪しているのではない。
教内に提案したい。
執筆者・講師の人選には一定の水準の判別ができうる経験・能力の有る人たちで専門の担当部署を構成していただきたい。
(・・・選定できる人をどうやって選ぶのか、そこが問題と突っ込みを期待!)
宗教云々から語たらず。経営者管理者として中山家を見たほうがいいです。
ビル等不動産業でも社会学さんの意見交換で度々出てきますが、あの規模程度の不動産事業からは教団の最高粗利益550億は叩き出せません。つまり中山家は教団の資金が入るんだとの思惑があって教団を手放せないんです。そもそもビル等他の事業で成功していたら信仰心が実は無い中山家にとって教団は辞めていたでしょう。
まずここを前提にあるので宗教でないんと言われるのです。そして皆さんがカモにされているのは当然と言えるでしょう。そもそも経営管理能力は無い。天理市内の教団の施設を見れば明らかで、無計画に立てられた建物 なぜあのような不採算な施設を建ててしまうのか通常理解に苦しみます。その昔、「教勢教勢倍加運動?」なる活動が有ったようですが、勢いに任せるものなのでしょうか? 中身のない組織を作り上げて今の様ではないですか?この運動は 松村吉太郎? 成る人が発布したようですが、この方は責任取ったのですか?全ての責任を中山家が取るべきではないですか?教団の金を散在したその責任を?
今は中山家の教勢でなく強制倍化運動中とも言えます。
教勢倍加?強制倍加?教養倍加?強要倍加?
このような覚悟が定まらない組織の末路は皆同じですから楽しみです。
覚悟様の言うとうりだと感じます。私も、以前天理教の信者でしたが、お供えや教会長の無理な要求に対応できず、そのうち会長から捨てられました。いわゆる、{お金}です。私は、天理教の内容は良く知りませんが、自分の生活を壊してまで、教祖は求めているんでしょうか?だいぶ前、ある教会の会長さんに教祖は、お金が要るといわれているんですか?と問うてみました。答えは、なく、沈黙というかんじでした。皆様は、こんな、天理教のありかたなのにどうしてお辞めにならないのかと不信に感じます。ご意見あれば、よろしくお願いします。
>人間は神様ではないから間違いはおこす。
ホコリを積んだらお掃除をすることを教えられている。
だからこの書き込みの趣旨はM氏を断罪しているのではない。
教内に提案したい。
執筆者・講師の人選には一定の水準の判別ができうる経験・能力の有る人たちで専門の担当部署を構成していただきたい。
(・・・選定できる人をどうやって選ぶのか、そこが問題と突っ込みを期待!)<
選ぶ以前の問題ではないでしょうか? そうした人材は、教団幹部には皆無だと思います。また、教団側もそういう人材を幹部に登用したがらないはずです。なにせ「我が身かわいい」ほこりまみれの方々ばかりですから。今の教団に矛盾や疑問を感じている人々は、教会本部から離脱もしくは、分派独立していくのではないでしょうか? 情けないことですが、今の日本の与党政治と酷似しています。ただ、日本の政治の場合は、国民世論に左右される場合もありますので、閉鎖的な一新興宗教と比較すること自体、間違っているのかもしれませんね・・・・。
>ある教会の会長さんに教祖は、お金が要るといわれているんですか?と問うてみました。
お金を必要とするのは人間だけです。神様はお金を必要とはしません。
みちのともより、だいすけ君が後継者講習受講者全員に手紙を書くという。それはすごい、本気だな、と思って読み進めて行くと、肉筆の手紙を印刷して一人一人に出すと言う。だいすけ君、一生懸命考えてるのはわかるが、その程度で、飴玉をなめさせる手法か。馬鹿にしてるのかな。やっぱり甘いなあ。このお坊ちゃんは。
そんな印刷貰ったって、有難くもなんとも無いし、大きな後押しでもなんでもない。
郵送料だって、我々のお供え金だ。
大した事してるわけでも無いのに、だいすけ様の後押しだと有難がっている側近の揉み手している様子を思うと、気持ち悪いの一言です。
本当に何とかして下さい。お願いします。
みちのともより。やる気のない幹部のインタビュー記事。
特集「後継者講習会後の丹精」
「長期的な視野を持ち手間暇かけて丹精を。」から。
質問者: 後継者講習受講者の今後の丹精の方向性や施策について実行委員会から提
唱 していることはありますか
飯降力氏の回答: 具体的な提唱は特にありません。(特にありません?!)
終了に当たり、事後の 丹精についてアンケート調査を実施し、そのまと
めを直属担当者に配布させていただきました。・・・今後の参考にしてい
ただければ・・
やる気の無い幹部は、人寄せはしてもその後の丹精の具体的提唱はする気が無い。今こそ、鉄は熱いうちに打てでしょう。具体的方向性を出さなきゃ!
アンケート結果だけ配布して、後は丸投げ。丹精の方向性を教団本部が示さなくてその後の結果に繋がると思っているのか。あなた任せだから、時間と共に受講者の熱は冷めて行く。やっぱりこの教団のトップは頭が悪いのかな?
もっとも受講者達の熱が早く冷めて、本部にとって割りに合わない苦労のし損に終わった方が、我々は有難いですが。
https://youtu.be/OSuNMpjvgh8
これが人間の器でしょ。
お前らにできるか。
>https://youtu.be/OSuNMpjvgh8
これが人間の器でしょ。
お前らにできるか。<
こんなに志の高い若者がいるのですね。頭が下がります。
天理教は一体何をやっているんでしょうね。呆れ果てます。
天理教教会本部の皆さん方へ
大雨災害の被災者の方々のために、今年は「こどもおぢばがえり」を中止し、天理市内の詰所を含む全教団施設を、被災者に無料で開放し利用していただいたらいかがですか。「ひとだすけ」を説く宗教団体は、それぐらいのことはやってしかるべきでしょう。
天理教は、身近で起きる天災・人災に対してどのような教理を説くのか聞き耳を立てて待っているが、期待する方が無駄なのか。
最早、宗教の救いの限界を超えている事象だろう。それにしても悲しい出来事が多すぎる。
早速、道友社あたりで募金活動をするのだろうが、天理教の名前を売るよりも、今回はお供えを止めてでも近くの募金団体に寄付してくださいと云うべきだろう。教団本部に、それほどの度量があるのだろうか。
期間を短縮(7月31日まで)とか 行事を半分に減らすとかして 人員を災救隊にまわすべき
もともとおやさまがはじめた行事ではないので本当はなくてもいい
行事がなければ参拝だけしてそのままUSJへマイクロをとばしたらどうか?
本部「逆に考えるんだ。被災しても、こどもおぢばがえりできるんだ…と。ありがたいとなぁ、と。
」
いつだったか、東日本大震災から6年経ってようやくこどもおぢばがえりできた団体の記事を見た。どの教団誌か忘れましたが。
内容は、本部の言いたいこと、帰参者側の言いたいこと、曖昧で、よく分からない表現で、とにかく苦労からの感謝感謝の文章でした。
大阪の地震後の災救隊のテレビニュース映像では、ヘルメットの天理教の文字を隠さずに報道され、これはすごいなと感じましたが、今回の西日本の大雨のタイミングと被害状況を踏まえて、「教会本部」はどう動くのか。
日馬富士、角井調教師、真柱の身上、次々と「みせられている」ことをどう捉えて、教団としての方向性を示すのか…
黙って、静観するのか…
とりあえず災救隊に期待。
東日本大震災のときは被災地から大漁旗をかかげてかえられた団体もありました!
http://d.hatena.ne.jp/seinenkai/?of=38
2013/08/18 – 今年も 「こどもおぢばがえり」 に参加しました! … 震災復興シンボルの大漁旗を掲げて、おぢばに帰らせて頂きました。
先日 上級の教会で会長さんの長男さんをこれから教会後継者として扱うようにとのお達しがあった。
いつまでこんなことを言っているのだろう!
天理教の現状、未来に対する危機感を全く感じられない!
立場よりも本人にやる気があるかどうかが重要なのでは!
信者さんがそれを見て「なるほど」と思わせるような雰囲気がなくてはたとえ立場として会長になってもだれもついていかない!
自分への戒めでもあった!
一体、「こどもおぢばがえり」なるイベントは、いかなる意味をもつのでしょうか? 参加者が少ないために、参加者を増やす目的で、「こどもおぢばがえり」の帰途、大阪の某有名テーマパークや、三重県の某有名遊園地等に、子ども達を連れて行く教会もあるようですが。
有用情報を教えてもらえた。
幸い、Tポイント、1275 貯まっていた!
わずかですがポイント全部寄付しました。
結果; 262,905人 212,322,728円 集まりました!
ヒカキンって動画を見ても知らない顔だ。
有名人なのかな?
ひのきしん隊はいつ出すの?
協会制度がどうのお供え負担がどうのという前に、おさづけでは病気は治らない、おつとめでは世の中はよくならない、という事実を天理教人は認めるべきだ。おさづけで人が助かってたら、おつとめで陽気ぐらしになっていたら、いまごろ世界中の人たちが天理教の信者だよ。けっきょく教祖が生きてたときの期間限定的な教えだったのです。この事実に気がついたら、憑き物が落ちたように心が自由になりました。ひのきしん隊をだすべきだと言っている時点で、もうおつとめでは災害を食い止められないことを認めているようなものです。
繰り返えされる「おさづけは効くのか・効かないのか」に関して、どちらに与するかは自身の体験の差による認識の違いと言える。
その上で言えば、不思議な治癒は現代社会においても、天理教の専売ではなく、他の宗教でも観られる。
不思議体験は自分の経験から、確実に有ると言える。
おさづけ否定者の中には、過去に書かれた書き込みで、いくつかの理由を挙げてきているが、こればかりは実際に自分の目で見ない限りは納得してもらえない領域と思う。
断っておくが、自分はここ、社会学掲示板の支持者だ。
バリ天や本部青年会や本部関係者が忌み嫌う、バリバリの社会学掲示板支持者だ。
ただし、おさづけに対して正直な感想を一言付け加える。
時報などで紹介される修養科生たちの「添い願い」には気色悪さを感じてしまう。
気持ちは貴いが、「何か、違うな感」、違和感がある。
まぁ、皆さんの心は神様も受け取ってくださっているのだから、おさづけの後押しにはなっているのだろう。
でも、違和感は残る。
確かに仏教だってその昔から多数の坊さんが集まり天皇の病気回復の読経をするような映画の一場面も有ったような記憶がある。
集団での祈りはその場のエネルギーが高まる?これは計測したことは無いので疑問符付き。
私が教会の息子と結婚してうん十年、不思議なおさづけの効果を見聞きしたことはありません。皆さん病院の治療を受けていて、気安め程度のおさづけなのかなと。信仰初代の母のおさづけは怖いくらいに効きました。手術前に検査したら、摘出するはずのものが消えていたので医師が仰天したり、トイレも間に合わない位ひどかった私の膀胱炎も一度も薬を飲まずに直後に直りました。お隣のおばあさんは病院で色々してもらっても便が出ず苦しんでおられて、母が下着を取って直肌におさづけを取次ぎ終わると同時に便が出たので両手で受けたと、嬉しそうに話してました。他にも色々奇跡的な御守護がありました。母は見えて聞こえて予知もする霊感がある人だったので、それは関係あるのかもしれません。母のような能力があれば、私ももっと張り切って取り次がせて頂くのですが、、、私の手のひらからは何も湧き出てきません。おやさまは、本当にこどもたちを助けたいと働いて下さっているのでしょうか?それならば霊能のないほとんどのようぼくが取り次ぐおさづけに効果を見せて下さい。信じていないのに形だけのパフォーマンスはやめましょう。そして、会長さんに取り付いて頂いたから、御礼を渡さないといけないなんて、誰が言い出したのかもわからない悪習は金輪際やめて下さい。そして会長も受け取らないで下さい。「効果が無ければ返金します」と謳っている会社もあるのですから、御守護がなかったのなら素直に謝ってお返しして下さい。
教会に居て、見えない圧力と息苦しさの毎日。自分らしさに蓋をして生きるこの生きていることの無意味さ。虚しさばかりが押し寄せて来るのはなぜでしょう?
天理教って本当にロクでもないと、心の底からそう叫びたい。人生踏みにじられた!
後継者はいない。教会を出たいがたちまち住居が無い。しかし逃げ出したい!どうやって逃げようか?逃げれるだろうか?上級はどう言うだろう?行く所も無いのに。まずは2.3万の格安のアパート探しからか。それなら働く!家賃は稼ぐ!稼がねば住むところが無い!虐げられる生活からの脱却だ!
遠くに飛ぼうか?誰も知った人のいない場所へ。居場所が見つかったら天理教組織とはすっかり縁を切りたい!
自由に生きたい!組織から離れて、今こそ自由に!自由を手に入れた暁には、一人静かに教祖の教えに向き合いたい。なんの強制も、圧力も綺麗事もない、そんな世界に逃げたい!!
私はなんの為にいきているんだろうか・・
虚しい教会長様
一つの提案です。
これからは開き直って生きられたらどうでしょうか?
このままで良いから、生き生きと生きる。
最低限の教会活動だけする。
自身が勇める場所にだけ顔をだす。
お供えは、減らすか止める。
会費等は無理をせず、払えないものは払わない。(後継者がいないのですから、上級以外には迷惑は掛かりません。決して捕まったり訴えられたりはしません。退職金代わりに上級が払えばいいのです)
自分の好きな事をする。
大切な人と楽しい時間をすごす。
親神も教祖も決して怒りません。怒るのは上級と大教会だけです。
そんなものはヘラヘラと笑って、やり過ごして下さい。
強い信念を持って実行して下さい。それが心を定めると言う事です。
古い元教会長様。
ご心配、ご提案、ありがとうございました。
自教会の蝿を払うのに精一杯でお供え金は止めていますが、周囲から浮いているのでしょうね。教会組織内で上からも下からも陰湿な陰口が囁かれているようです。誰かが扇動しているのかも知れません。天理教はいじめ体質だと聞いた事がありますが、世間への体面は綺麗事に過ぎまん。居場所が無く、楽しくも無く、この世界に身を置いている事自体が虚しさの極みです。開き直ってやってきましたが、精神的に限界が近いです。
完全に組織から足を洗い、一度人生をリセットしたいと思い立ちました。よくもこんなおぞましい世界で涙を押し殺して極貧と極度の理不尽の中で生きた代々の先祖の心情を思うと尊敬と憐憫以外に言葉がありません。脅迫観念と洗脳の恐ろしさでもあります。
幸い、自分はまだ働ける年齢なので、何でもして働き自分らしく生きるのも幸せを感じる一つの道かと思います。
ここでは陽気暮らしなんぞは出来ません。喜びの種を見つけよ、だなんてこのページで綺麗事を誰か言っていましたが、そんな生易しい世界では無いのが天理教組織です。みんな本心を隠して無理矢理喜んだ気持ちにさせられているだけ。自分を見失っていて心から喜んでないのに本心の自覚がないだけです。
人間の心は思う程強靱では無いです。鬱や精神疾患に罹患する教会関係者が現実に多いのは人間、綺麗事では生きていけないと言う事です。不眠と得体の知れない不安が心を襲い、目覚める度に心が重いです。鬱になる前に飛び出さねばと!
確か、辞める固い意志を持ち、上に辞任届を出せばいいとこちらで読んだ気がします。前途多難ですが静かに覚悟を決めています。
虚しい教会長 様
>確か、辞める固い意志を持ち、上に辞任届を出せばいいとこちらで読んだ気がします。前途多難ですが静かに覚悟を決めています。
そう覚悟を決められているのでしたら、それも良いと思います。辞任届は出て行ってから郵送してもいいでしょう。
しっかりと生活の糧を得ることが大切です。まだお若いようですので頑張って下さい。
世の中は結構厳しいです。住む所と仕事を、きちっと確保してから行動して下さい。
応援しています。
虚しい教会長様
心中お察し申し上げます。わたくしも古い元教会長様のいうように生きているつもりですが
きってもきれないのが人間関係です。
いっそのこと東南アジア(ベトナムとかタイ)に逃げてしまおうかとも考えるときもあります。
ベトナムなどは平均月給2、3万 タイなどは5万くらいで暮らせる国です。まあピンキリでしょうが、、、
バンコクなどですと1万もだせば泊まれるアパートもあり外食でも1食100円から150円ほどです。
日本との人間関係は切れてしまいますが、今はNETも充実していてSNSで日本の状況を垣間見ることもできます。
余生がどれほどあるか人それぞれでわかりませんが「私はなんの為にいきているんだろうか・・」の答えがあるかも!
深い事情も知らない私ごときが口をはさむこと、お許しください。
うちの豚児もタイで暮らしたいとか言っています。
発達障害らしい嫁さんとの関係に疲れ果てた昨年、ポロッと口に出していました。
タイに行けば生活費が安いことは事実ですが天理教の教会も有りますね。
狭い日本人社会でいつか天理教関係者に出くわすことは避けられないのでは?
タイで人間関係をコントロールできるのであれば日本でもできるかもしれませんね。
ハッキリと自分はこう考えるとおっしゃることで覚悟も決まりますね。
人生を変える第一歩としての資金を得るためには就労してはいかがでしょうか?
厳しい現状ですから思った程には収入も有られないかもしれません。
それが現実世界だと身に染みて感じることが第一歩ですね。
タイに移住するのはそのあとになさってはいかがでしょう。
(息子にはその様に言いました。)
確かにタイ出張所はありますが、ここは系統に関係なくお参りできるところですし、必要なければいくことはありません。
上級や部下ということを意識せず。純粋にお参りだけできますが、いきたくなければいかなければいいのです。
日本で働くことはもちろんのことでその上でということです。
ただ、日本ではそれこそ僻地でも見つけ出されて連絡がくると思うのです。
どちらにしてもただで飛行機に乗れるわけはありませんので
まず、働いて渡航費くらいためないとダメでしょう!
何を発見するかは人それぞれなので、いち日本のいち宗教に縛られることのないように願います!
皆様、アドバイスありがとうございました。強い意志を持つ事と、日本に居ればどこかで出くわす人間関係のリスクは覚悟しなければなりません。ネチネチやられても、辞任届を出した後なら関係御座いません、何を今更?とヘラヘラ笑っていれば良いのでしょうね。海外へ出る自由は有りますが、勇気がいる事ですね。
円満に辞めたいと思っていますが、難癖つけていつ迄もズルズル引っ張られるようなら、ご指導の様に、実力行使した後での辞任届の郵送で良いのですね。
しかし辞任届一枚を郵送するだけで、本当にそんなに簡単な事務処理で、放免されるのですか?小難しい事務手続きや用紙が想像されるのですが・・・本当にそれだけ?
辞任届の提出先は直接の上級でしょうか?それとも大教会でしょうか?
ご教示いただけたら幸いです。
宗教は心の問題です。とても自由なのです。
それに、上級から給料を貰っている訳ではありませんので、それで十分です。
提出先は上級でも大教会でも、どちらでもいいです。
私の知り合いは、ある日、突然家族で失踪しました。
別の教会に繋がっている人もあります。
殆ど機能していない教会が多くなっています。
あちこちで、こんな事態が起こってくるでしょう。
そんなことで、親神も教祖も怒らないでしょう。
反対に応援してくれる筈です。
古い元教会長様
そんなものなんですね。気が楽になりました。ありがとうございました。
虚しい教会長 さま
教会ごと離脱すれば、そのまま教会に居続ける事が出来ますよ。
天理教関係の人間関係は殆ど無くなりますけど、上級や大教会からの圧力も一切なくなります。
後は自分で働きながら生活し、教会で親神様と教祖様に直接向き合う静かな「信仰」を続けられます。
単なる行政手続きですから、教会長なら誰でも簡単に「離脱手続き」は出来ます。
虚しい教会長さんへ
>円満に辞めたいと思っていますが、・・・
現行天理教に「円満に解決」という感覚は存在しないと思います。
古くは肥長 愛静 秦野の大教会長の自殺
分教会長・後継者の自殺多数
本部に逆らった郡山の大会長夫妻は、九州方面に追放
数年前、岡山大教会長一家は夜逃げ
最近の事、中根の大教会長は金を掴ませて追放
今年の春、敷島大教会の後継者夫妻は置手紙をして逃亡
「円満に解決」と言う感覚が有ればこの様な事態は起こらなかったと思います。
一番スッキリする方法は、やはり逃亡かな・・・
頭を下げてまでして 辞任する必要はないと思います。
あんな連中に届など不要です。
まずは働く場所と住まいの確保をする事が肝要だと思います。
天理教の青年達は上記の条件をクリアーできない為、組織から抜け出せず老いて行くのです。
高校卒業時や大学卒業時の重要な時期に本部や大教会に呼び出されてしまうので就職決定について完全に不利な状況に追い込まれてしまうのです。
青年達が抜け出そうと気がついた頃、26歳? 28歳? それとも30過ぎ・・・
もう まともな就職先は望めないでしょう。
でも気がついたら訣別の行動を取るべきです。
早く 早く 早く ・・・抜けてください。
虚しい教会長さまへ
加藤ハルアキさまがおっしゃるとおり、単なる行政手続きですから、教会長なら誰でも簡単に「離脱手続き」は出来ます。煩雑な事務作業は一切必要ありませんのでご心配には及びません。具体的手順については「櫟本分署跡保存会」にお問い合わせになれば、親切に教えていただけると思います。もし、直接、訪問されるのであれば、事前にアポをとられたらよいと思います。同保存会の住所、電話番号等は以下のホームページに記載されています。
http://www.ichinomoto.com/
包括関係を解消して教会ごと離脱か。天理教の教会だったぼろい建物に住んでいるだけの状態が一番いいのかも。事情教会率90%といわれ、現在進行形で100%目指して休眠していくという・・・
上納金0でも金には困らない本部というのがなんとも。。。
皆様ありがとうございます。
「円満解決と言う感覚は存在しない」。確かに。そう思って進めます。
いよいよ今朝から私物の処分を始めています。先祖の思い出の品もこの際処分せざるを得ません。心を空にして取捨選択し、身軽にならねばなりません。
敷島、郡山、岡山・・そうそうたる大教会が夜逃げなんですか!置き手紙の逃亡!?自殺者多数は知っていました・・
追い詰められたら何をしてでも皆様逃げてるんですね。逃げるが勝ち。これが健全な感性と言うものだと思います。
離脱手続きの件、ご助言ありがとうございます。一時その事も考えた事がありますが、今の自分の心の中を冷静に見た時、現教団全ての人的関係から完全に解放されて、人生のリセットをしたいと言うのが正直な気持ちです。
敷島、郡山、岡山・・その他多くの脱走に成功した方々の心情が、貧しくともいかに自分らしい幸せ感に包まれている事だろうかと想像する時、心を強くします。
これからの助走期間を何食わぬ顔で過ごし、出るタイミングを探ります。それにしてもガラクタを多く持っていたものでした。
不幸にして今回水害に遭遇された多くの方々。高価な家電も思い入れの家具も一瞬にして価値を失い、山積みされた品々の延々続く惨状を見る時、一番大事な物はただ一つ、「命」だけであると思いました。命一つが全てだなあと感じました。
思い出の品々もさっさと捨てようと思います。
皆様、ご助言ありがとうございました。
虚しい教会長さまへ
上級始め本部に逆らう姿勢を見せてはいけません。
そのような態度を見せれば、会長罷免という残酷な仕打ちが待っています。
先ず、此処にに投稿されている皆さんの仰る通り、教団から離脱をする手続きを粛々と進められることが第一です。
その次に生活の基盤である仕事のことですが、近くの職業訓練校を尋ねられて、ご自分に適した訓練コースがあれば、それを受講されることです。高齢の方も受講されていますよ。技能の基本中の基本を教えてくれます。
例えば、「やすり」一つでも掛け方の基本があります。それを丁寧に教えてくれるのです。溶接の技能者も足りません。電気回路の基本であるシーケンスを学ぶコースもあります。多くの技能コースが設けられています。ネットで検索されては如何ですか。
信仰を続けながら学ばれることは不可能ではないと思っています。どのような仕事でも楽なことはありません。健康に気を付けられて励まれゝば、きっと明るい未来が開けてくることでしょう。
虚しい会長様。
私は、幼少の頃より詰め所住まいで、下働きの子供でした。ただ、天理学園の同級生(今も親交があります。)は名だたる教会長の息子が多く、会長宅に遊びに行くと自分との差にため息が出るばかりでした。日本が高度成長期の真っ只中にあり、同級生の下には地方の信者さんよりおもちゃのお供えがあり、よく遊ばさせて貰いました。そして、自分の詰め所へ帰ると、下働きの次男坊はごみくず扱いでした。生まれた時より天理教団の差別体質を肌で感じ取っていた、同級生の下働きの子供友達は、それをばねにして、成功している人間も多数おります。何故か、海外で頑張っている連中も多いです。ただ、早くに気が付けたアドバンテージがそこにはあります。私は、医学を志しました。不思議です。あれ程、天理教団の偽善的姿を焼き印のように押し付けられても、ごみくず扱いされても、もう天理市には近寄りたくないと思っている自分がいるのに、人助けを職業としました。認めたくはありませんが、天理教が自分の人生に深く影響しているのを感じます。朝起、正直、働き。正直をぬいて、もう自分の一部です。虚しい教会長様。天理教外の世界は、あまくもからくもありません。人間の掟がどこまでも続く良いも悪いも一緒くたの世界です。自分の中の天理教は、無視していても熟成され、天理教とは無関係に魂の匂いを発します。それが、良き方向へ向かわせてくれますようお祈り申し上げます。
虚しい会長様
再度の投稿お許しください。
Tさんのお仰ったことは真実です。天高二部生で詰所勤務生でした。詰所勤務がゴミくず扱いとまでとは思わなかったのですが、嫌な経験をしました。おカネを放り投げて電車の切符を買って来いと云った教会長。雨が降ったからと傘を持って来いと言った大教会役員の娘の一部生。数え上げればきりが無いほどの屈辱の二部生活でした。勉強はしなくてもいい、他人のメシを食って苦労してこいと放り出された先は、まさに、ごみくず扱いだったのかもしれません。
卒業後も教会勤めが待っていました。我慢がしきれず教会を飛び出したのは20歳を過ぎていました。昭和の30年代前半は就職先もありませんでした。
手あたり次第のアルバイトをしながら電気の資格を取った時は30歳目前でした。それでも、詰所生活や教会生活とは違った充実感がありました。
>天理教とは無関係に魂の匂いを発します。<は、私にも知らず知らずのうちにあったのかもしれません。その後は順調な人生を歩むことが出来ました。60歳の定年後も引き続いて勤めることが出来、73歳で退職して80歳の今も大きな病気もなく過ごしています。
信仰の対象は人間ではありません。教団が発する神言は何処までが本当かは測りかねますが、どうか神意を胸に秘めて一歩を踏み出されることをお勧めします。
虚しい教会長さまへ
>離脱手続きの件、ご助言ありがとうございます。一時その事も考えた事がありますが、今の自分の心の中を冷静に見た時、現教団全ての人的関係から完全に解放されて、人生のリセットをしたいと言うのが正直な気持ちです。<
お気持ちはよく理解できます。天理教内よりも天理教外の世界のほうが、「まとも」なのかもしれないと私も考えています。今回の大水害一つとっても、天理教がわざわざ「災害復旧ひのきしん隊」なるものを派遣しなくとも、全国各地からボランティアの人達が自主的に被災地に駆けつけて、酷暑の中、復旧活動をされています。本当に頭の下がる思いがします。また、誰が呼びかけるでもなく被災地への「募金活動」も始まっています。人間には、生まれながらに備わった「良心」や「たすけあいの心」があるのだと感じずにはおれません。天理教から絶縁し「人生のリセット」をされても、人として「人らしく生きる」ことはできるはずです。今後のご健勝をお祈りします。
皆様へ。
皆々様の自ら辛酸を舐めた挙句のお言葉には、心に響く温もりがあります。
温かい励ましのお言葉、ありがとうござい ます。これから粛々と進めます。
心より重ねて御礼申し上げます。
虚しい教会長さまへ
>離脱手続きの件、ご助言ありがとうございます。一時その事も考えた事がありますが、今の自分の心の中を冷静に見た時、現教団全ての人的関係から完全に解放されて、人生のリセットをしたいと言うのが正直な気持ちです。
失礼ながら、置手紙をして夜逃げ同然に消息を絶つのは、ただ単に天理教の組織や人間関係から「逃げる」だけでなく、普通の一市民、国民としての存在からも逃げ出す事になりかねません。
今までの教団の人間関係から解放されるには、正々堂々と正面から闘い、正当な権利や立場、そしてその後の人生を手にするべきではないでしょうか?
その方法の一つが「離脱手続き」だと言えます。
教会関係者の中には離脱することを、「裏切者」とか「親不孝者」などと信じ込まされている人がいますが、現組織の方が『親神の思い』や『教祖様の教え』を裏切っているのは明白でしょう。
それに苦しめられてきた虚しい教会長さんが、どうして夜逃げ同然にコソコソと逃げ出さなければならないのでしょうか?
間違っているのは、現教団組織とそれに所属する人間達なのですから、貴方は正々堂々と自分の正しさを主張すれば良いだけです。
離脱をすれば、天理教関係者との人間関係から完全に開放されます(笑)。
離脱を裏切りだあ?親不幸だあ?それって児童虐待しまくって子供を働かせ搾取しまくっている親がいうセリフじゃないだろw!子供を餓死させて自分だけ肥え太っているなんてふざけんな!!!
加藤様
提案が在ります。
離脱で教会・お名前が知れ渡り、恐らくは表統領も知っているはずです。
なので、天理教へ公開質問状を出されてはいかがですか?
内容はこれ迄加藤様が感じてこられ、離脱に至った事情等々。
ネット世界で意見交換をしていても、なかなか全国の諸事情を抱えて困っておられる教会の目に確実に留まることは難しいようです。
みちのともの記事だけでは単に何かの不祥事から本部から罷免されたかの印象すら与えていましたね。
加藤様の離脱完了すらも知らないまま悩んでおられる、特に高齢者ばかりの教会も有るかと思います。
離脱は手続きだけすれば良いという加藤様の気持ちを一歩進めて、教団に正面から問題を突きつけるお役目をになってはいかがでしょうか?
今は教団の外に出られたのですから、宛先は表統領でよいのか、組織の事は判りませんのでどなたかのアドバイスをお待ちします。
匿名 2018年7月14日 11:22 AM さま
>天理教へ公開質問状を出されてはいかがですか?
折角のご提案ですが、「公開質問状」の意味が分かりません。
仮に、本部への質問状をコピーしてマスコミ各社に送ったところで、全て握りつぶされて終わりです。
また、離脱の理由や教義解釈などの「本部側の問題」を指摘したところで、世間から見れば、匿名様が言うように「教会経営に失敗して上層部に文句を言ってる末端教会」としか受け取らないでしょう。
更に言うなら、離脱に関して「本部は何もしていない」し、おかしな事や発言をした大教会や上級教会への「監督・指導責任」を本部法人課に問い詰めた所『本部は一切関知していない』という回答でした(録音してあります)。
本部発表のみちのともへの『告知』も、本部との包括関係から離脱した教会に対する当然の内容であり、大教会や他の教会に対して『離脱教会の人間と縁を切れ、という意味ではない』との回答でした(録音しています)。
つまり、本部に質問をしたり問題点を問い詰めても「何の意味もない」のです。
しかし、ブログで記事を書かせて頂いた事は意味のある事だと自負しています。
私自身の離脱の時に比べて、私に相談を寄せて離脱手続きをした教会、現在手続をとっている教会は、上級や大教会とのトラブルや問題が減っています。
(聞くところによると、上級や大教会の人間の中には私のブログ記事を読んだ人間がおり、無茶をして記事にされては堪らないと考えたとか・・・(笑)。)
おそらく、この先離脱をする教会は、何の問題もなくトラブルもなく、手続きを進める事が出来るでしょう。
逆に言えば、「離脱は教祖様に逆らう事だ」「異端だ」「裏切者だ」「縁を切らなければならない」と上級や大教会に言われるままに信じる一般教会や信者さんの方が「問題だ」と言えます。
>私自身の離脱の時に比べて、私に相談を寄せて離脱手続きをした教会、現在手続をとっている教会は、上級や大教会とのトラブルや問題が減っています。
(聞くところによると、上級や大教会の人間の中には私のブログ記事を読んだ人間がおり、無茶をして記事にされては堪らないと考えたとか・・・(笑)。)
おそらく、この先離脱をする教会は、何の問題もなくトラブルもなく、手続きを進める事が出来るでしょう。
逆に言えば、「離脱は教祖様に逆らう事だ」「異端だ」「裏切者だ」「縁を切らなければならない」と上級や大教会に言われるままに信じる一般教会や信者さんの方が「問題だ」と言えます。<
私も全く同感です。「長いものには巻かれろ」的考え方で、現天理教の方針ややり方を「やむを得ず甘んじて受け入れ」、「泣き寝入り」している末端分教会や布教所は多数存在するはずです。現体制のあり方を「しかたなく受け入れている」、あるいは教会本部や大教会、上級教会の言うことを「盲信」している末端組織や信者さん達は、これ以上の被害を増やさず、「教祖本来の教えや原点」に立ち返るために、現体制こそ「異端であり、教祖様に逆らうことだ」と堂々と主張する時期にきています。
現代は江戸時代の封建制度や、明治以後の軍国体制の時代ではありません。誰もが自ら正しいと思うことを自由に言論で主張できる民主主義の時代です。現天理教が「教祖本来の教え」と乖離していると思われる人達は、つまらない教団組織に束縛される必要など毛頭ありません。離脱に対して本部側が異議・異論をはさむ余地など全くないはずです。
「無人島に学ぶ 火・水・風」????????????
天理教青年会が、「無人島に学ぶ 火・水・風」というタイトルなるイベントを企画されているようですが、わざわざ、瀬戸内海の無人島に出向いてまで、「火・水・風」のご守護を体験しなくとも、豪雨災害の被災地に出向いて、災害復旧のボランティア活動をされたほうが、ライフラインを寸断されている被災者の方々、また、被災ゴミの処理に困っておられる被災者の方々、水道等のインフラが損傷し、困っておられる、医療機関や患者の方々、酷暑の中、熱中症を発症しながらでも、復旧活動をされている全国の善意あるボランティアの方々と共に、一ボランティアをたとえ短期間でも体験されてはいかがですか???????。そのほうが、被災された方々や一般ボランティアの方々が、酷暑の中、被災後の後片付けをされている「ご苦労」を身をもって体験できるはずです。更に、「火・水・風」のご守護も身をもって体験できるはずです。下記ホームページのような「つまらないイベント」は即刻、中止され、現地に復旧要員として、今すぐにでも、ボランティアとして参加されることをお勧めします。天理教教祖は「難儀しなければ、難儀している者の気持ちは分からない」と教えられたはずです。私も一個人として、明後日に被災地に出向き、微力ながら少しでもお手伝いできるよう、今から準備をします。
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/events/unpopulated-island-1/
>更に言うなら、離脱に関して「本部は何もしていない」し、おかしな事や発言をした大教会や上級教会への「監督・指導責任」を本部法人課に問い詰めた所『本部は一切関知していない』という回答でした(録音してあります)。
本部発表のみちのともへの『告知』も、本部との包括関係から離脱した教会に対する当然の内容であり、大教会や他の教会に対して『離脱教会の人間と縁を切れ、という意味ではない』との回答でした(録音しています)。<
本部は、反撃を恐れているのか、それとも、少しは大人なのか、あるいは、高い空からほざいておれと見下しているのか。その後の本部の対応を見れば、明らかに本部の方が恩知らずと云えるだろう。
散々、搾り取っておいて、役立たずと知れば手のひらを反すような仕打ちを見れば、これ以上言うに及ばない。
”恩“とは一体何なんだろう。私事で恐縮だが、教団本部のように贅沢三昧しているわけではない。ぢばリーヒルズのような家でもなく、30坪にも満たない築50年以上を経た我が家。わずかな年金でつつましく暮らしている。タバコもお酒もやらず、免許はあっても自動車も持てず、腹八分目を節制の目安として暮らしているにも拘わらず、何を求められるのだろう。
本部員の方々の丸々と太った体躯を見ていると、どちらが恩知らずなのかと思ってしまいます。
菜の葉一枚も粗末にするなと言われた教祖の言葉が本当ならば、この言葉をそっくり教団本部はじめ上級教会、大教会にお返しします。
災害救助隊 頭が下がります
https://www.facebook.com/doyusha/videos/1771514586266596/UzpfSTIxNzE4MzQ2NTAzMzA1NzpWSzoxNzcxNTE0NTg2MjY2NTk2/
親不孝? 一番の親不孝は中山血族がしてると神が言うてます。真柱が頭の身上ですから前代未聞です。
そのうち深谷忠政の身上 事情 さとし の販売も禁止するんでしょう。 おやさま物語 も発売禁止にするほどですからね。
無人島で火 水 風 と青年会 大亮くんがやるんでしょうが、これは 教団が近い将来 無人島 になると言うことだと思いました。人も居なくなり、ガラッとしたあの街を 中山血族が維持管理に奔走することでしょう。そうなったらその姿でも見学しに行きます。
将来楽しみな教団です。
>人も居なくなり、ガラッとしたあの街を 中山血族が維持管理に奔走することでしょう。
雑魚がいなくなっても、別にお金には困らないし、王家の一族と天理貴族の面々だけでちゃんとやっていけるという自信があるからこそ、派手な花火あげて数分で大枚使い果たすこともできるんですってば。地場リーヒルズの連中は余裕ですけどね。
”にほいがけ”に“おたすけ“だと言う。
三代さんの時代の話をしよう。大教会の神殿を本部に向かって拝をできるように建て替えた。余談だが、敷地にマッチングしない不格好な神殿が出来た。
ところが借入金がなかなか返済できず、信者一人に付き3万円をお供えするようにとのお達しが出た。しかも、ご丁寧に領収証まで発行すという異例のお供え要請だった。
にほいがけ、おたすけに励めよということは、この3万円をお供えする人間を一人でも増やせよと言うご都合主義の教えに他ならない。未信者の皆様、天理教にはくれぐれもご注意を!
追伸
>しかも、ご丁寧に領収証まで発行すという異例のお供え要請だった。<
を、しかも、ご丁寧に領収証まで発行するという異例のお供え要請だった。
に訂正します。
私の死後、今までに投稿した主なものを、教会の実名入りで投稿するように子供たちに遺言書として残しています。子供達が匿名で投稿するのかは分かりませんが、少なくとも現行天理教には近づかないようにとの遺言もしています。あくまでも、現行天理教ですよ。これって駄目でしょうか。
東風Z様
>私の死後、今までに投稿した主なものを、教会の実名入りで投稿するように子供たちに遺言書として残しています。
その手がありますね!
昔からのドロドロした教会内の事情を知る者も少なくなってきました。
とても信仰者とは言えないような事情の数々を知っているのは子供の頃から参拝する私たちのような高齢者だけ。嫁入りしてきた人たちは知る由もないような、つまり、口にはできないような、主には色情にまつわる話。当事者はきれいさっぱり終わったこととして、高い地位で平気な顔でいます。知る人がいないとでも思っているのか、都合よい話にすり替えての話になっているケースもあります。
むしろ、事情を知る者には早く出直してほしいと思っているかもしれません。心が冷え冷えとする教会なのは、昔の悪事を忘れたいがために、心を開いて話すのが怖いからなのか。視線を逸らしたり、必要のない場合にも言い訳をしたり、不自然な言動が多すぎる。そう、あなたたちの昔をしっかり知っています。あなたたちの立場では、何年もの間にさんげする機会は毎年毎年、いくらでもありました。けれど色情に関しては家族もいる事からさんげできなかったのでしょう。その程度の理解はできます。ならば少なし、偉そうに振る舞うことだけは慎みなさい。
教会というところは色情的な間違いを起こしやすい環境なのかどうかは知りません。教会内で知っている者は残り少ないことは事実。いずれ死にいく者の記憶に残る事柄を遺言のように記すこと、こんなアイディアを考えついた東風Z様に座布団5客進呈します!
この投稿コメントを閲覧されている皆様に提案があります。
上級の理不尽なお金の要求や、大教会長家族の力の暴力や言葉の暴力を録音もしくは録画しておきましょう。
何かあれば本部に提出してもいいですし、ネットに上げてもいいと思います。
若い会長が役員や部内会長に怒鳴りつけている声を録音しておいて下さい。
必ず役に立つ時が来る筈です。
(私も、今まで幾度も聞いて来ましたが、録音はしておりません。今なら、いつでも誰でも録音、録画することは可能です。天理教が真剣に改革しようとする態度が見えるその時まで、手をゆるめずスマホに保存し続けて下さい。)
天理時報連載エッセー。
「中島みゆき」と「ロバート・キャンベル」は私でも知っている。
人間的な言動から尊敬に値する方たちだと納得できる程度には、広く社会的にも業績を挙げておられる。
https://www.tenrikyo.or.jp/yoboku/jiho/?jiho=4580
「多彩な執筆陣による連載エッセー」としてプロフィールが紹介されている。
紹介文を読んでもなお、知らない人たち。
つまりはローカルすぎて、その業績がピンとこない人たち。
天理では有名人なのか?
原稿料もローカルレベルなら納得だが、選定が残念な感じ。
川村優理・・・知らないな
澤田瞳子・・・知らないな
白駒妃登美・・知らないな
妹尾和夫・・・知らないな
>上級の理不尽なお金の要求や、大教会長家族の力の暴力や言葉の暴力を録音もしくは録画しておきましょう。
これはいいですねー。「このハゲー!」みたいにワイドショーで取り上げてもらいましょうや。昔は「こどもおぢばがえり」のCMを高い金払って電通に作らせてテレビに広告を出していましたが、少子化の今はテレビCM売ってもたいして宣伝効果がないのでやっていません。つまり教団は今はもうテレビ局のお得意さんではないので、天理教のひどい実態を報道してくれます。カルトネタは視聴率がいいのでワイドショーではネタを募集しています。
結論から言うと、私は信仰には納得している、しかしそれは教会長先生の人柄の良さに裏付けされてるのであり、他の信者とくに青年には嫌悪感を抱いており、元締めたる大亮氏に不信を募らせている。
うちの教会長先生は、収入の少ない私の大祭の時だけ用意した3千円ばかしのお供えを、収入がない人からは受け取れないと再三固辞してくれて、私が無理やりいつもお世話になっていますしめでたい大祭ですからとお渡ししている。
一月に渡った身状のときは毎日家までおさづけに来てくださり(お子さんが来てくれたときもあった)、たくさんのおさがりを連日持ってきてくださった。
私は教会長先生ににおいがけされた訳ではなくたまたまそこの教会所属になったが、本当にこの先生の教会で良かったと思う。
それと比較して大教会青年の下品さ。
まだ十代の信者はいい。
私が初代だと知ると心底驚いて喜んでさえくれる。
しかしこれが大教会青年になるとふーんちょいとはなしも満足にできないの(当時)とか、ておどりほとんど覚えてないじゃんとバカにしてくる。
徒歩団参のときだって、コミュニケーションの苦手な方をバカにしたからかいをしたり、寄った店で不手際をした店員に怒鳴り散らかしたり、到着しても参拝せず帰ろうとする始末。
信仰者としてなさけないし、次の世代の宗教家になると思うと目眩がする。
言うまでもなくほこりが積み切った連中だと思う。
もちろん老害もいるけども、年の功を重ねた老齢教会長の方がまだしっかりしていると思う、本当に。
青年会長の大亮さんね・・・もうこれ以上言いたくないけど話はつまらない、スベるおふざけをする、わけのわからない企画を立ち上げる、もう見ていられない。
イスラム教が分離したように中山家から離れた信徒有志の新(真)天理教が必要だと思う。
そうそう、系統の縛りなんてもういらない。
近所の教会に参拝してもいいだろう!?
そうそう、後継者講習会の時、飲酒禁止なのに年長者が率先して酒を買ってきてましたよ。
ビール瓶1ケース持ち込んでた系統さえ見かけました、まったく。
>>青年会長の大亮さんね・・・もうこれ以上言いたくないけど話はつまらない、スベるおふざけをする、わけのわからない企画を立ち上げる、もう見ていられない。
>>イスラム教が分離したように中山家から離れた信徒有志の新(真)天理教が必要だと思う。
>>そうそう、系統の縛りなんてもういらない。
>>近所の教会に参拝してもいいだろう!?
もっといってほしい!
十年以内に信者激減
お供えも激減
こどもおぢばがえりも激減
その先の対策はめいめいで
「たとえ一人になってもたすかりたいと思う人がいるかぎり、教会はたたまない」これも真実
「教会はいらないから月日にむかっておつとめする」これも真実
「天理高校の野球の応援はするが信仰はちょっと」これは私
東北以南のここ数日の暑さは半端ではない。梅干し食べて水分補給をしましょう。
ところで、おつとめ着の暑さも半端じゃない。思い出すだけでも汗が出てくる。9月の月次祭が終われば、おつとめ着を洗濯に出さなければ、汗臭くてそれ以後の大祭・月次祭には着ることが出来ない。
もう、いい加減に夏の間の4か月間のおつとめ着の見直しをすればいいのにと思っていたが、未だにその気配すら感じられない。
おつとめ着上下の洗濯代はバカにならない高額だ。いつまでこのような不経済なことを続けるんだろう。
おつとめ後のビールが美味いなんて思っているなら、とんでもない思い違いだろう。
教団本部は、クーラーすら入れられない末端教会の現状をご存知か。さっさと、おつとめ着の服制改革に取り組まれば如何か。巷ではノーネクタイが定着しているというのに。ったくおつむがどうかしている。
現在だって事情教会率90%で、日々100%目指し・・・w
PL学園の野球部はとっくに解散、教会も統廃合、撤退した地域もあります。
まあ縮小にも体力を要するわけですからねえ。天理教にいたっては、縮小しようにも衰退しすぎて撤退する体力すらなく、もう自転車操業状態に陥っているのかもしれませんけど。
水没、土砂崩れ、近年の度重なる災害で今迄どれだけの数の教会が被害に見舞われて来たことかと思います。
今回の倉敷市真備町の水害では、テレビの報道などでは二階の屋根近くまでの浸水です。屋根まで水没した古い日本家屋の家などは、土壁などはすっかり濁流で洗い流され、竹のコマエが残っているだけだそうです。天理教の安普請でしかも異常に古い教会建物はリフォームなど出来る筈もなく、かと言って新築出来るだけの金銭的体力はもう無いでしょう。この地区にある4.5軒の教会も例外無くすざましい地獄絵図の中に放り出されています。
昔は信者が大勢いて信者の力で再建出来たでしょうが、昨今はいずれの教会も閑古鳥が鳴いていて、居ても数人の高齢信者ばかりです。現実を無視して再建しろと言う従来通りの論法でお達しするなら、それは死ねと言われているに等しい筈です。
こう言う時、教団本部はどのように手を差し伸べて来たのでしょうか。馬鹿にしたような無責任な金額の「見舞金」などでお茶を濁しているだけで本当に良いのでしょうか。
長きにわたり教団に尽くして来た人達の重い人生が路頭に迷おうとしています。
本部はなにかにつけてお金集めるでしょ?もし屋根の雨漏りでもみつかったら、それこそ大騒ぎで修理のためにお金集めに奔走しますよ。末端が教会はおろか住居まで失っても雀の涙程度の見舞金返すだけなのにねw。
岡山県真備市にある分教会へ個人的に支援にいった知人からの話。
そこの教会の奥さんがこうボヤいておられたそう。
「大亮様、表統領先生が来られるんですけど、いろいろと用意しなくちゃいけないらしくて、、、私たちは被災者なのに、、、、」と。
なんと本部からだいすけクンたちが視察に来るだけで、接待しなければならないらしい。
それを聞いた時、実に腹が立った。被災された方のお気持ちを全然分かっていない。やはり本部はクソムシの集まりなんだろう。
あとで聞いた話だが、だいすけクンは接待のことについては何も言っていないらしく、周囲が騒ぎ立てているようだ。それにしてもそれを察せないだいすけくんのアホさ加減と相変わらずの天理教のしょーもない体勢には脱帽である。
被災された教会や信者さんたちのお気持ちを本気で考えた行動とってほしいと切に願う。
7月9日の下記投稿について。
> 一例をあげると「みちのとも7月号」で、後継者講習会の世話人として手記の冒頭を飾っている人物は、Twitterや社会学様のこの場でも、「おかしいんじゃない?」指摘を受けていた人物だ。
> Twitterは不思議な世界だ。炎上していたはずの当事者N氏とM氏は、M氏がN氏にTwitterでのトラブル(M氏のなりすましが登場したとか)解決方法のアドバイスを受けたとかで(それは良かったですが)手打ち式が行われたようだが事情は外野にはわからない。
> うがった見方をすれば、「みちのとも」に掲載されるので身辺を掃除したのか。謝罪があったのかどうかは藪の中で不明。みちのとも読後のモヤモヤ感だけが残る。
>
> 人間は神様ではないから間違いはおこす。
> ホコリを積んだらお掃除をすることを教えられている。
> だからこの書き込みの趣旨はM氏を断罪しているのではない。
私とNさんの件が、こちらに書き込まれるとは思ってもいませんでした。
確認が遅くなり申し訳ありません。
先にお伝えしておきますが、私、睦輝はNさんに懐柔された訳ではございません。
確かに以前は対立しており、また、Twitterに私のなりすましアカウントが登場してトラブルになっておりました。
そして、なりすましの解決(アカウント停止)に動いて下さったのは仰る通りNさんです。
ですが、それは彼からの提案ではなく、懐柔策でも無かったと明言します。
あの時の私は、教団改革派の一部の方の協力を頂き、なりすまし犯の特定をすすめ、その情報をもとに私からNさんへ問題解決を依頼しました。
何故ならば、なりすましは彼の周辺の方がやっていたからです。
なりすましアカウントの停止後、Nさんは私に、なりすまし犯に代わって謝罪されました。
また、対立していた経緯で起きていた他の問題についてもお詫び頂きました。
その後、彼の天理教教団に対する想いと教祖の教えへの想いをきき、私の想いと一致するところもあった為、和解しました。
教団内の立場があるので、露骨な事は私からは言えませんが、彼は彼なりに教団を変えたいと思っています。
私や改革派の批判や提案に対し、目を背けたり耳を塞ぐことなく向き合っています。
まだまだ旧態依然の考え方・行動が幅をきかせている教団内にNさんは身を置いているので、表立っての動きは難しいようです。
ですが、目指すところは私と同じであると話して感じましたので、私はNさんと和解し、それぞれのやり方で頑張ろうという事になっています。
なお、「みちのとも」掲載については本人に昨日尋ねましたが、タイミングは偶然だったとの事でした。
私の提案て始まった「天理教を改革する」活動は、教団批判派だけでは組織の外からヤイヤイ言うだけになってしまいます。
教団側の人間を巻き込み、実働して中から変えていってこそ、改革は可能になります。
【教祖の教えに沿った教団組織にする】
これに同意してくれる方は、たとえ批判派だろうが教団側だろうが関係なく、手を取り合っていくべきではないかと私は思っています。
敵対しても、何の得にもなりません。
むしろ対立する事で私達が疲弊し、活動意欲が低下してしまうと、現行教団体制を守りたい人達にとって都合が良いのです。
足を引っ張り合うのをやめ、互いに助け合って、本来の教え・あるべき姿の教団組織を求めたいと私は考えています。
天理教改革に賛同頂ける方は、Twitterの「#天理教を改革する」でツイートをご覧くださいませ。
よろしくお願いします。
https://twilog.org/o_muthuki
2018年7月19日 10:43 AMさんの書き込みを読んでこれは悲惨だと思いました。ある被災者が掲示板にこう書き込んでいます。「皇族や政治家は来ないでほしい。警備等の費用がかかり大変だ。他にいくらでも費用を使うべき場所があるのに」
自分達が動くとかえって迷惑という発想がないのは困りもの。黙って見舞金を出したり、本部の一角で支援バザーをやって、その収益を被災地義援金に充てるべき。
2018年7月19日 10:43 AM匿名さんの投稿には同感させられる。
話の内容は少し違うが、日頃は人付き合いの良かった人が入院した。早速教会からおさづけに行こうとしたが、くだんの人は一切の面会を断ったと聞いた。
多くのチューブに繋がれた自分の哀れな姿を見られたくなかったとのことだった。
集中治療室で、「あしきはらい たすけたまえ・・・」なんてやられれば、一寸待ってと言いたくもなるだろう。天理教の人は周囲の状況を読むことすらできない自己満足の典型的な存在だ。
状況を読んで、そっとしておいてあげることも大切なことが何故分からないのだろう。
今は、必要な物資を送るなり、教友の支援を送る方が余程人助けですよ。ね、大亮さん。
余談ですが、教会建築物の再建は、自己資金が無いのであれば止めるべきです。
借入金で再建するとなると、本部が出てきて所属大教会長名で奈良県の銀行から借り入れすることになります。その時点で全ての不動産の名義が教会名でなくなります。
また、住宅ローンの優遇金利の適用もありません。返済期間も15年に限られます。返済期間を20年にと希望しても認めてくれませんよ。毎月の返済額は生活を圧迫すること間違いなしです。
去る地震で会堂を再建したものの水道光熱費すら支払いが滞る教会があるんですよ。いい加減な覚悟で会堂再建なんか始めたらとんでもないことになりますよ。自分の住居を再建することを優先するべきです。
人の不幸に付け込んで最後に笑うのは誰かは、言うまでもないことです。
教団本部は形の教会再建を願うのであれば、なぜ共済制度を作らないのか不思議でなりません。これからは災害の多発が予測されていますから、なおさら、お供えの数%を共済金として積み立てておけばいいだけのことなのにと思うが、そのような親心は微塵も感じられません。
本部の建物群が如何に立派でも中身ががらんどうでは、どうしようもないことですがね。
聞いた話では壁は流され、床板ははがされ、神具もお社も何にも無い。柱等の枠組みが残っているだけだそうです。大教会経由で畳や太鼓などの神具は不要になった古い物を回すそうです。それにしても新たに土壁を塗り社を買ったり建具の修理や諸々の出費はこれからでしょう。瓦礫の搬出には本部や大教会のひのきしんが大勢入ってひと段落したそうですが、再建となると本番はこれからです。
信者が居ないか極少数となると何もかも当該教会の負担でしょう。大教会や本部の災害救援隊は、それは労力だけであり経済的支援はやはり、当該教会持ちになると思われます。
本部や大教会の建築、増築、修理には下から随分献金して来ました。本部には不要な建築物も贅沢な造りの大教会詰所や吐き気を催す2代真柱のわかえの家なども記念館の様に移築し、それらの維持管理費に莫大な信者のお供え金を費やしています。
今こそ、親なら青年会100周年などそれに付随するつまらぬ行事などに予算計上するのでは無く、災害支援として予算組みをするべきです。私達信者もそう言う方面にお金を生かして使ってもらいたいです。血が通うお助けとはそう言うものです。
綺麗事だけならもう結構です。
○○さんのFaceBookでいかにも災害救助してますといったパンダ棟梁の写真発見! あさはかです。
これを機会に教会を消滅させようと決意する教会長が続出するんじゃないですかね。
再建する金も用意できないし建てたところで衰退期のカルト。信者は減る一方。
>教団本部は形の教会再建を願うのであれば、なぜ共済制度を作らないのか不思議でなりません。
人助けを信条とする天理教、のはずがこれですもの。
もし仮にですよ、本部あたりを震源とする想像を絶するような大地震が起きて、神殿もろとも崩壊するような事態になったとしましょう。
信者の人たちは本部を再建してあげよう、という心持ちになれるのでしょうか?
関東大震災のときですら共済制度を作ることのなかった天理教。でもそれは今となっては正解だったのかもしれませんね。年々信者が減少する現状をみるに、新しく建てても意味がないわけですから。
第二次阪神大震災が起きて、本部も天理貴族たちがお住まいの地場りーヒルズの邸宅群も全部倒壊したら、きっと教団に関係していた人も無関係の人も大爆笑しますよ。
>第二次阪神大震災が起きて、本部も天理貴族たちがお住まいの地場りーヒルズの邸宅群も全部倒壊したら、きっと教団に関係していた人も無関係の人も大爆笑しますよ。<
南海トラフの巨大地震が起きても、天理貴族の邸宅群は残るでしょう。天理教お抱えの国内一流ゼネコンが耐震診断をし、耐震補強も施しているはずです。末端教会や布教所の「あばら家」が倒壊し、死傷者がでたとしても、天理貴族たちは「見て見ぬふり」を決め込むでしょう。なにせ「我さえ良くば」という利己主義と「惜しい・欲しい」という「ほこり」にまみれた連中ですから。
西右のやかた「憩の家」の基礎工事を見た職人さんが、こんな凄い基礎は見たことがない。霞が関ビルが建つ位の基礎だ。と言っていました。
あの「憩の家」の下には活断層が走っていると聞いたことがある。
>西右のやかた「憩の家」の基礎工事を見た職人さんが、こんな凄い基礎は見たことがない。霞が関ビルが建つ位の基礎だ。と言っていました。
あの「憩の家」の下には活断層が走っていると聞いたことがある。<
図書館で奈良県の活断層地図を確認してみますが、私が現在記憶している限りでは、生駒山麓から金剛山麓にかけて大きな活断層が走っていたと記憶しています。また奈良県の吉野川から和歌山県の紀ノ川沿いにかけて「中央構造線」と呼ばれる日本国内で最大級の活断層が走っています。「憩いの家」という施設は病院なので、それなりに頑丈な基礎が必要だと思いますが、建物の構造計算は、あくまでも、人間がコンピューター等の電子機器を併用し、机上で計算したものであり、天気予報と良く似ています。100パーセント完璧ではありません。自然現象は、人間のレベルでは、ほとんど予測不可能だといえるでしょう。もし、親神様が現在の「ぢば」のあり様や、貴族連中の「ていたらく」等をご覧になり、立腹されたら、「ぢば」が壊滅するような巨大地震も起こりかねませんね(ああ怖ろしや)。
でも王家も貴族たちも95年には被災者にはならなかったし、これからもなることはなさそう。きっとこれが親神の意志なんでしょう。「下っ端は死ね。王家と貴族たちだけ幸せならそれでよし」です。資産があるので下から一円も上がってこなくても、実際にあの人たちはお金には全然困っていません。
親神←宗教 と思うから混乱するのです。
カルト偽宗教と思えば、本人一族および周辺者のみにカネが集まり豊かになれる。
世界共通です。
横浜天理ビルの空き室情報です。
http://tokyotenrikyokan.co.jp/office/yokohama/
相場ですと1坪16000から22000ですので
1フロア400坪 27階ですからざっと800万x27=2億
1年で24億の家賃収入です。
これに東京3つ福岡1つのビルの家賃収入でも
○十億の収入があるわけです。
お供えがなくても1500人くらい楽に食べていけると思います。
他にも
東京染井温泉SAKURA 東京都豊島区駒込5-4-24 【HP】
本郷天理ビル第2駐車場 東京都文京区本郷3丁目102-8
天理三島荘 奈良県天理市三島町159-1
天理わらく荘 奈良県天理市指柳町318-1
天理駅前駐車場 奈良県天理市川原城町675
天理300番地駐車場 奈良県天理市川原城町300
熊本春日土地 熊本市春日2-746
管理人には土佐など天理教でよく見られる苗字があります!
東京天理教館という不動産管理会社は、信者のお供えを資本金としている。
http://tokyotenrikyokan.co.jp/company/
資本金額、実に、4億Ⅰ千万強。
また、そこが管理する、東京、横浜、福岡の大都市に建つ5棟の高層収益ビルも、信者のお供えが、土地購入、建築工事費、人件費などに当然使われた訳だが、いったい、どれほどの金が使われたのだろう? 自分達自身の稼いだ金から捻出して出した金が、いったい、いか程あったのだろうか?一銭もないだろうと思う。道一条で、働くのを良しとしない方々なのだから。
>相場ですと1坪16000から22000ですので、1フロア400坪 27階ですからざっと800万x27=2億
1年で24億の家賃収入です。
これに東京3つ福岡1つのビルの家賃収入でも、〇十億の収入があるわけです。
お供えがなくても1500人くらい楽に食べていけると思います。<
この収入は、ごく一部の人達が独占できるものなのだろうか? 社会学さんのブログでも、既に書かれていることであるが、お供えが原資であるならば、全ての天理教教会への補助金として、下されるべきものではないのだろうか? あるいは、大雨による被災教会への建て直しの為の補助金として、災害寄付金として、支出されるべきものではないのだろうか?
東風Zさんの書かれていたように、ビルの収入を原資とした「共済制度」を起ち上げるとか、そのような事を、思いつくような本部の人間は居ないのだろうか?
天理教館の持ち主達の安泰な生活を未来永劫、確保する為だけに、テナント収入がプールされているのだとしたら、誠に無慈悲な、情けない天理教上層部の欲に塗れた姿である、
社会学さんブログより【天理教の雑収入4億6千万円はどこからきているのか いずれ宗教法人の透明性を問う時期が必ずやってくる】http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=917
天理教はもはやビジネスであり、各地の分教会と本部は働き蜂と女王蜂の関係である。
おさづけもプラシーボ効果であり、100人おさづけすれば1人ぐらい自然治癒力で直るであろう
そうやってかき集めた全国からのお供えを資本として不動産賃貸で利益をあげているのである。
非参なのは全国の末端分教会である!!
それでもこの組織をつづけますか?
今年になってからの天理時報に可愛い女の子のドレス姿が大きく掲載されていた。
音楽研究会?の発表会の出演者だったと記憶している。
天理教信者としての歴史的苗字の子供だった。
そうか、本部近くに住んでいれば、本部のお金で音楽教育を受けることも可能なんだ・・・。
一般信者にも同様に門戸は開かれているのだろうか?
確か本部員の中にも東京音大出身者がいる。
音楽教育にはどれほどの資金が必要か。
一説には一人の音楽家を生むには三代かかるそうだ。
初代の志=経済的基盤作りからスタートして、莫大な教育資金を準備する必要があることを指している様だ。
一般信者の我が実家では、音楽教育の資金など、望めなかった。
せっかく小学校の音楽教師が私の才能を見込んで、放課後のピアノレッスンを提案してくれたものの、両親はそれを断った。
残念な気持ちは今でも残っている。
費用は楽器購入だけではない。ドレスだって無料では入手できない。あの女の子には何も恨みはないが、無神経に、或いは有名家族へのおもねりからか、大きなスペースを割いての記事掲載は、その趣旨が見えず、嫌な気持ちだけが残った。有名家族は子供の頃から費用の掛かる教育も施してもらえるとしたら、天理教ビル群からの収入の行先に疑念も湧いてくるというものだ。
スポーツ選手育成にしても公平性・選考の透明性は有るのだろうか?お供えが減少しているのだから、こうした習い事は個人負担でやらせるべきだろう。内輪で甘い汁をすすっていると見られても平気な神経の持ち主ばかりか?常識人だっていると思いたい。
さらに言えば、スキット執筆者・みちのとも執筆者選定への疑問が本掲示板で指摘されていたが、天理市というローカルを中心にした狭い範囲での選考は、全国に在る教会、全国の信者が納得できるものなのだろうか?
被災地への救済に回す金、「無いとは言わせない!!!」
最新の天理時報に被災地への募金を募る記事が出ていました。本部会計から支出するつもりは無いようです。
本部会計の予算組みは当初はしているのでしょうが余裕資金は予備費として計上している筈です。こんな時、本部こそ貧に落ち切る精神を発揮しなければいけないのでは無いか。日頃そう叫んでいるのでは無いのか?
災害救援隊出して形的には整うが、それも全国の天理教に居ても展望のない、それを自覚して居ない若者の労力を使っているだけ。自分の手は汚さない。本部は手持ちの金は決して出さないのだ。
今回も募金と称して新たなお金を集めようとしている。パーフォマンス、格好付けでしか無い。こう言う所にもずるい本部の本心が透けて見える。
>東京天理教館という不動産管理会社は、信者のお供えを資本金としている。
http://tokyotenrikyokan.co.jp/company/
資本金額、実に、4億Ⅰ千万強。<
信者のお供えを資本金としていれば、信者が出資者ということであり、定期的に株主総会を開催し、営利事業で得た利益の一部を配当金として信者(=出資者)に還元しなければならないはずです。東京天理教館なる会社は俗にいうブラック企業でしょうか? 宗教という「隠れ蓑」を纏ったブラック企業だとしたら、国税当局や検察庁が即刻、査察や調査に入る必要があると思いますが・・・・。
全国にビル5棟ですか。いちおう今知られているのは。でも都内だけでも二けたの棟くらいたぶん隠し持っていると思いますよ。花火を打ち上げてあっという間に大枚燃やしちゃったのをみれば、上納金0でも本部の財布は相当な余裕だってわかりますもの。
>天理教はもはやビジネスであり、各地の分教会と本部は働き蜂と女王蜂の関係である。<
全くその通りだと思います。信者の「お供え」を食い物にしてはびこる「ブラックビジネス」以外の何ものでもありません。今まで騙されて「お供え」を続けてこられた善良な信者の皆さん。「残念・無念」という単純な言葉では言い表せない、怒りと虚しさの入り交じった複雑極まりない思いがありますが、金輪際、本部や上級への「お供え」など止めましょう。
スイスのプライベートバンクにかなり隠してあるのでは?その運用益だけでかなりの収入だと思います。本部は永遠に金満でしょう。親のいうことを聞けといいますが、親ならまず子をしっかりケアすべきです。児童虐待して子供に過酷な労働をさせ搾取し、子供を食い物にしまくる親が何をいうのか?といいたいです。
言えることは、絶対に親ではない。
親ならば、少なくとも子供を愛しみ育てることを無上の喜びとするが、
この親たちは自分の事しか考えていない。
親が親孝行を説くのも可笑しな話だ。
親ではなく、「理の親」。
親神、おやさま以外に理の親というのは、存在しないのに、「理の親」だと自称して、あれこれ、子供に指図しますが、毒親と解した方が当たっています。親孝行せよと説きながら、子供を虐待し、金を収奪し、我が身の安泰のみ思案しているようですね。
理の親信仰が幅をきかせている天理教とは、おやさまの説いたものとは、天と地程違ったもので、現行天理教は、幸福の科学並みの、おかしな宗教に成り下がっています。
>理の親信仰が幅をきかせている天理教とは、おやさまの説いたものとは、天と地程違ったもので、現行天理教は、幸福の科学並みの、おかしな宗教に成り下がっています。<
今は亡き、オウム真理教の開祖、麻原ショーコーが世界でも類を見ないカルトを作るにあたり、天理教システムを真似たという事実が、悲しいかな立証されたということです。天理教は「とんでもない手本・ひながた」となったということです。「人を助けて 我が身助かる」というよりも、「人を殺傷して 我が身儲かる」という、とんでもないことを実行したカルトの「手本・ひながた」となってしまったとは・・・・・絶句します。
私はとある事情教会の子弟。
分教会長である父に遺産が入った。
普段から収入はお供えに消える家庭では
貴重な大金、私の大学の学資になるはずだった。
そんな時期、
大教会は大教会・大教会長宅・詰所の改築を決めた。
教会の規模に「関わらず」各教会に一律で普請金のノルマが課された。
事情教会には当然信者のお供えで賄えるはずがない。
大教会は遺産を出すよう父に圧力をかけた。
結果、父はそれに従い全て「お供え」。
月次祭で大教会長はその現金を三宝に乗せさせ、
皆の前で供えた。
そして、
「この事情教会でも出せた、皆励んで負担金を出すように」と。
他の事情教会長から恨みを買うだけ、
今や誰も泊まるものがない詰所、
月次祭でも埋まらない広い参拝所、
広くて明るく綺麗な大教会長の生活の場。
これらを造るためだけに
私の学資になるはずのなけなしの蓄えは全て消えた。
結果私は某国立大学進学後、働きながら学費と生活費を稼いだ。
大学入学時は上位だった成績も、仕事に疲れ手が回らず、
大学院進学は諦め就職し、氷河期の洗礼を浴びた。
同年代の大協会長の後継者は悠々と大学院に通い、
今は広くなった大教会長宅に住み、
幾人もの子供とのうのうと暮らしている。
信者の数が減り苦労が絶えないそうだが、
寝言は寝ていえ、
生まれた家が良かった前世の徳とやらのおかげで
のうのうと暮らしているくせに、
お前は大学院に行っても就職もせず
結局ムダ金になった学費は誰が出した、
お前の置かれた状況が苦労だというなら、
信者は地獄同然の暮らしではないか…
私がした苦労は全て
「徳がないから」「因縁」だからか。
そんな戯言でお前が豊かで
私が貧しい不条理を納得しろと言うのか。
生涯天理教も大教会も
因縁話も集金システムも
生涯許さない。
絶対に。
この教団は非常に軍国主義と親和性が高い。
教義についての疑問、組織運営に感じる違和感、
繰り出される因縁話などなど、
天理教に関わると頭に浮かぶ、
合理的な説明がほしい事項を口にすると
「理屈ばかり言うな」
「不足言うな」
「信仰が足りない」
ごちゃごちゃ言わないで黙ったいうことを聞け、
徳がある目上の教会長の言うことを聞け、
お前の人生に口は出すが責任は持たない、
金は出させるが意見は聞かない、
いざとなればさあひのきしんだ
人手も寄越せもちろん無給だ、
非効率だ?そんな不足を言うな
黙って言う通りにしろ
それでも「陽気ぐらし」にならないのは
お前の信仰や前世のせいだ、
ふせこみをしろ…
こうした思考停止をよしとし、
盲目盲従する人間を理想的な信者とし、
結果が次期真柱の婚約発表で
花火・レーザービーム、
(一律五千円の祝い金を徴収されたが
会長不在の教会には返礼品も無し。)
誰も止める者もいない。
来月の「あの」レイシスト、
軍国主義賛美者、安倍政権礼賛者の百田尚樹講演会も、
こうした性質・性向を持つ天理教なら
喜んで行うだろうというもの。
かつて第二次大戦で天理教は
遠く満州までひのきしん隊を出し、
わが身より勝利をまず祈れと額書し教会にかけ
教義も建国神話に合わせ書き換え
十分に軍国主義を支えた。
おそらくこの組織もそうした過去の反省は
「十分には」なされていない。
そしてそのDNAは悪しき拝金主義、
幹部連の選民思想、そして政治との結託、
(自民など議員団の定期的な参拝や松下政経塾との連携など。
特に最近政治との関係が密接になっているように感じる)
こうした一連の動きの背景には、
利権となった教団内部の地位や資産を
内内の血縁で継承するための宗教法人優遇制度の維持…
これがあるように思う。(創価学会と同じだ)
こうした既得権益者、
それを守るために権力に保護を求め、
そのためには教義の「世界一れつみなきょうだい」も
否定するような言説をまき散らす
百田尚樹のような人間も喜んで呼び、
昨今の好戦的・右傾化した政治に喜んですり寄る人間、
これにより運営される宗教団体に天理教はなってしまった。
いや、昔からそうであり、特に最近ひどくなった、
と言うべきか。
信者を地獄まで導き、
隣国を戦争に巻き込み、
国と教団幹部だけが潤い、
他のものは死に絶える…
そんな軍国主義でもかまわない。
自分さえ良ければ。
これが天理教の行きついた先なのか。
恐らくそれは「堕ち切った先」なのではないか。
一部訂正します。
(誤)そしてそのDNAは悪しき拝金主義、
幹部連の選民思想、そして政治との結託、
(自民など議員団の定期的な参拝や松下政経塾との連携など。
(正)そしてそのDNAは悪しき拝金主義、
幹部連の選民思想、そして政治との結託、
(自民など議員団の定期的な参拝や松下政経塾との連携などの
形となって今も断ち切られず確かにある。
二つ上のコメントを一部訂正します。
長々失礼しました。
(誤)結果私は某国立大学進学後、働きながら学費と生活費を稼いだ。
大学入学時は上位だった成績も、仕事に疲れ手が回らず、
大学院進学は諦め就職し、氷河期の洗礼を浴びた。
(正)結果私は某国立大学進学後、働きながら学費と生活費を稼いだ。
大学入学時は上位だった成績も、仕事に疲れ手が回らず急落、
大学院進学は諦め就職し、氷河期の洗礼を浴びた。
(誤)生涯天理教も大教会も
因縁話も集金システムも
生涯許さない。
絶対に。
(正)生涯天理教も大教会も
因縁話も集金システムも
賤しい賤しい、人を導く資格のない「先生方」も
許さない。
絶対に。絶対に。絶対に。
煉獄行けさんの怨恨に満ちた言葉に胸がつまされます。
人の志まで奪ってしまう天理教っていったい何なんだろう。中学生の時に持っていた夢をことごとく潰されてしまった悔恨の念は80歳になった今も心の片隅から消えることがない。
何時までも恨み節を書いていてもしようがないとはいえ、未だにそのような立場の人が後を絶たない現状を見ていると、宗教の持つ恐ろしさが改めて身に染みる。
己が善と信じる事は否定しないが、その志を他人に押し付けないでほしい。求めてくる人には誠意をもって寄り添って行けばいい。少しでも「ネギかも」のごとき卑しい心が宿っていたならば、最早宗教とは言えないだろう。
本部上層部特に中山家が資金的に余裕という説は私は間違っていると思います。勿論庶民感覚からすれば大きな収入はあるでしょうしかしそれと見合って出て行く額も大きい。土地建物維持管理費だけで数億円は下らない。 社会学さんの記事にも最高550億、現在100億の収益とあった。ここから経費が差っぴかれていき純利益と成るわけですから、それに550億の感覚で土地建物をたて各地に本部所有 各主要都市にビルを建設しているがその利益も550億と比べたら微々たるもの、現状から考えて、本部へお布施の激減は本部は愚か教義への不信感からとも言えます。人気取りなら即効性が有り効果的なのが、ばら撒きです。 自民民主などがおこなった子供手当てなどの手段は政権への人気を一気に高め落とした金額の分それなりの好循環などの活性化を生み経済効果に成ります。不信と不振に喘ぐ本部は、各種問題を起こし挙句の果てに「ご恩報じはカネ、お金の繋ぎは命の繋ぎ?」と脅迫し 教義改ざん をしてしまったのです。国で言えば、「無理やり法律をを変え 収入に対し税金率100%じゃないと殺す」と言ってるようなもの 愚の骨頂 愚の極み でしかございません。これでは国民に喧嘩も売ったも同然各地で反乱とまりません。
お金が有り知識があれば、ばら撒き政策 を取るしかない状態で、法を変えてしまったその組織は ナチスの第三帝国のファジスム 共産主義国や中東の独裁こっかの悪政 戦争状態 内戦状態突入するのは明らかです。
この状態を起こしたのは本部や中山血族と言われる上層部が事の原因であると学の有る者なら誰でもわかる話です。
2018年7月19日 10:43 AM > 「大亮様、表統領先生が来られるんですけど、いろいろと用意しなくちゃいけないらしくて、、、私たちは被災者なのに、、、、」と。なんと本部からだいすけクンたちが視察に来るだけで、接待しなければならないらしい。
それを聞いた時、実に腹が立った。被災された方のお気持ちを全然分かっていない。やはり本部はクソムシの集まりなんだろう。あとで聞いた話だが、だいすけクンは接待のことについては何も言っていないらしく、周囲が騒ぎ立てているようだ。それにしてもそれを察せないだいすけくんのアホさ加減と相変わらずの天理教のしょーもない体勢には脱帽である。 被災された教会や信者さんたちのお気持ちを本気で考えた行動とってほしいと切に願う。<
今週の天理時報2面の右上段に被災地を訪問した表統領が、被災した教会の関係者なのだろうか、一カ所の教会に集めて話をしている写真が掲載されている。7月15日と記載されている。まさにこの時期、猫の手も借りたいほどの復旧作業で大忙しのはず、自らスコップを持って作業するならともかく、招集がかかって話を聞いている場合ではないでしょう。被災した当事者にとっては、有り難迷惑も甚だしい。被災者の信条を理解していない証拠を本部自らが露呈しているようなもの。発行にあたって、相応しくない写真とならないところが今の本部を物語っている。チェックが入らないのは重症のような気がします。天皇陛下や首相でもこんな愚かなことはしていないでしょう。
皆さんの意見を聞かせて貰い一番の問題点は宗教と言う進行すべき団体で何故か血族だけが持てはやされる実情です。実際以前のコメントでもみましたが、現在の本部の組織人事も主要箇所は全て血族で占められている。これを血族至上主義といって過言でないでしょう。その血族は本当の信仰者なのでしょうか?本当の信仰者なら現状にはならなかったでしょう。結局血族至上主義の崩壊とその責任をその血族が取らされる時代がやってきたのでしょう。聖地甘露台は倒壊、真柱は病に伏せ、教団は崩壊寸前被害者を増やさないように最小限のまま血族一同責任を取るべきでしょう。
確かに中山家と古くからの信者として続く歴史的苗字の血を継ぐ人々の楽園が天理にあります。
この人たちの信仰者としての意識の鈍さは現代社会において、到底容認されません。
その事に気が付くことなく連綿と逸話に題材をとった繰り返し話される昔話。
明治大正の頃はそれも結構でした。
けれど天理教の現状は、
「責任ある立場の人の責任を問う」
「責任者は身をもって改革に取り組む」
喉元に刃物の切っ先を当てられているような緊急事態のはずでしょう。
パンダ統領とその実子(大ちゃんと、「ちゃん」づけ呼称を非難するような程度の低いレベルでのやり取りのTwitter書き手がいるのが天理教の若手です・・嘆息)
どうしたらあの二人に緊急状況を感じ取ってもらえると思いますか?
多分、無理でしょう。
教内馬鹿のすそ野が広すぎます。
一部青年会の馬鹿さ加減がそれを表しています。
≫来月の「あの」レイシスト、
≫軍国主義賛美者、安倍政権礼賛者の百田尚樹講演会も、
≫こうした性質・性向を持つ天理教なら
≫喜んで行うだろうというもの。
百田尚樹氏を待ち望むウマ・シカども(汚い言葉で申し訳ないのですが)が天理教に居る事だけでも宗教として社会から非難の目で見られること必至です。
こうなったら積極的に天理教のウマ・シカ状況を表に出し、批判を待つしかないのかもしれません。
でもね、いくら宗教にドップリつかっていても、百田尚樹にあこがれる心境ってなんなんだろう?
嫌韓・嫌中の傾向に流れる信者もいる。布教させて頂く相手国やその隣国に敬意を示すことなしに布教はできないだろうに。
そして批判=悪と捉える、ナイーブな若者たちの存在。
批判は悪い事では無いと教えられなかったのだろうか?
言いなりになること、無批判は奴隷ですよ。
間違いには間違いを指摘して改善することは人として当たり前の事なんだが・・・。
カリメロ @KODiMAvvdlBssyO · 7月13日
Febookの天理教のグループには親神様の声を伝える人(おやさま)と、その人の代わりになって説明する人(本席さま)が居るのに、やっぱりTwitterにはいないんだね~
Facebookに親神様がいるよって、中山大亮に知らせた方がいいのかな?
↑↑↑↑↑
これって何ですか?
Facebookやっている方コピペお願いできませんでしょうか?
一昔前ですがあまりにもひどい悲劇が…….言葉がみつかりません
天理教をかたる!
https://thebbs.fc2.com/thread/79477/ より
[479] ○○ 2004/11/24 02:01
初めて書き込みさしてもらう○○です。私の家は古くからある教会です。
私は三年前天理教ではない嫁をもらいました。私は長男ではないので協会をつがなくて
よい立場でしたので嫁もとまどいながらもわたしと結婚し、天理教を信仰してゆきました。
しかし、昨年の秋ぐらいから妻の様子がおかしくなりはじめたのです。
私は両親とは就職の都合から離れてくらしておりましたが月に一度こうしゃ祭のために
両親の片方がうちにきていました、
妻はこうしゃ祭の最中よくトイレでもどしていました。そして日に日に物を
口にしなくなりました。夜中も練れないようでいつもなにかにおびえていました。
私は妻に尋ねました。すると妻は泣きじゃくりながら私にうったえてきました。
「本当は天理教を信じていない。けれど結婚する前にあなたのお母さんとお父さん
に信仰しなければ結婚は認めないといわれた」と、いうのです。
私はそんなことがあったことには気づかず自分の情けなさにはらがたちました。
次の日にでも両親とはんしあおうと思い、その日はとこにつきました。
次の日妻は死に」ました。自殺です。
それから私は教えの意味がわからなくなりました。教えは人々を救うはずでは
なかったのか。なぜ夫婦だからといって同じものを信仰せねばならないのか。
人には人の考えがあり、私たちが信じているからといってほかのヒトに押し付ける
のはどうなのか。この書き込みをみていると天理教のヒトとと結婚することについて
の悩みがたくさんある。ねぇ、皆さん。天理教の教えはすばらしい。
しかし、その教えだけでは世界はすくえない。いろいろなヒトがいるから。
天理教を信仰することをよい宗教だから、すばらしい宗教だからと結婚をまよってるかたに
進めるのはちょっと安易すぎませんか。私は妻を失ってからそんなことをかんがえています。
>本部上層部特に中山家が資金的に余裕という説は私は間違っていると思います。
たしかにそういう見解もありますね。でも上層部の「お金がない」はせいぜいのところ「バブル期はブランド品買えたのに今は贅沢できない」程度のものでしかないでしょう。やたらお金をいろいろな名目で集めたがるのも、ただ単に自分の財布からは出したくないだけのことじゃないかと。
2018年7月26日 1:17 AMの匿名さんの投稿を見て思うこと
私の妻も天理教を全く知りませんでした。それでも、母の勧めを素直に受け入れてくれて別席を運び、おさづけ拝戴しました。
ところが、匿名さんの投稿の通り、講社祭りが重なるにつれて天理教が嫌になってゆきます。県営住宅に住んでいた頃のことである。狭い6畳間で打ち鳴らす拍子木の音がコンクリートの壁に反射して耳に痛いほど響き、更に、異教徒には異様と映る教服姿に馴染めず、更には、未信者には怪奇に映るておどりとその強制、時には諭達の拝読、どれ一つをとっても、馴染めることが出来なかったそうです。
結局天理教の信仰とは、おカネを取られるだけという世間一般の評価に行きつきます。それでも私が教会に繋がっていることには反対しなかったのですが、6年前に、ここには書けないほどの人をバカにした会長の一言が妻の胸に突き刺さり、教会との繋がりを切ることになりました。
妻の実家は仏教です。たまに行く法事の際のお主さんの読経は声は小さいが、時間がゆっくりと流れるようで実に丁寧だ。読経が終わるとお経の意味を説いて、日常の心の糧となることを願われる。実に心が落ち着く。
一方、天理教はどうか。まるで義務のように、せかせかと進む。諭達や稿本教祖伝の拝読も、読み方が早すぎて付いて行けない。終わった時の気持ちは、やれやれ静かになったと思うだけで、感動が残らないんです。
思い返せば、教会の教話で大教会長は次のように言った言葉が残っている。「手踊りの速度が遅すぎる」と。特に、専修科を出た人のておどりはスピードが速すぎるように感じていた。
ておどりの一挙手一投足に心を込めてこそ意味があるのではないのか。バタバタバタと終わってしまったおつとめにはむなしさと疲れたという感覚が残るのみであった。
(Twitterの書き込みを本人の承諾を頂かずにコピペ)
ズバリ、天理教の現状を表していますね。
社会学掲示板で紹介させて頂きます。
たしか、大亮さんは以前、何かに書いていたが、夫人の手作りアクササリーをお道に生かすことを考えていたなぁ。
あのですね、そういう布教方法は後継者夫妻になる以前に通ってきてくださいよ。
まったく、頭の中が軽すぎて指摘するのもあほらしくなりますね。
☆以下コピペ
中山大亮、Facebookで妻の作品を軽くアピール自慢。
それに500近い「いいね」 アホな会長連中がこぞって友達申請したFacebookで妻の作品自慢して、それに答えるようにアホな教会関係者たちが褒めまくり合戦してる……なんとも情けない話
次期真柱になる人は、青年会と妻のアピールはしても、西日本が被災して災救隊まで出動してても、労いの言葉も何もない。
被災した教会も多いのに、朕関せずじゃつまらんにも程がある
やはりこの人は危うい。
お二人+女神さんのやり取りから透けて見えるのはN氏の青年会ウエブ講師としての危うさ。
表のTwitter書き込みだけを読んでいては見えてこないやり取りに、人間性が表れているという事は、いかがなものだろう。
人間だれしも発展途上であるだけに、講師選定の段階での照査が必須。
自分で自分を売り込む人には特に注意が必要だろうに。
N氏は自分でウエブ講師というステータスを最大限、広告しまくっている。
発展途上のお互いではあるが、慎みを忘れては恥をかくだけであろう。
だれか身近な大人がN氏に注意をしてやる時期にきているのではないか?
社会学でもおなじみの加藤氏のTwitterで展開されています。
https://twitter.com/haruakikatou_PN/status/1020897429153910785
全てのやり取りを読むには下記から入って順に辿ってください。
https://twitter.com/haruakikatou_PN
本日午前、オウム真理教死刑囚の2回目の死刑が執行されました。彼らは法律に基づいて裁かれ、死刑囚として収監されていました。さて、天理教という団体には、法律だけではなく人間として道義的にも裁かれ、死刑に値するような人間は何人いるのでしょうか? 少なからずいるのではないでしょうか?
フォローしていない人には、見られない部分もあると思いますので、西岡氏と加藤氏のツイッター上の会話をコピーさせて頂きました。西岡氏は、加藤氏の鋭い質問に正面から答えようとはせず、はぐらかして(逃げて)いるように思えます。やはり、保身ということがあるのかと感じます。
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
@hiromaro0422
親孝行、夫婦仲良くは、家庭で味わえる陽気ぐらしの実践である。
ただ、これが出来ずに苦しんでいる人も多くいる。
素晴らしい妻のお陰でここを味わうことができている自身の幸せを噛み締めつつ、出来ずに苦しんでいる人の声にも耳を傾けて、寄り添っていきたい。
8:15 – 2018年7月20日
加藤ハルアキ(ペンネーム)さんが西岡寛麿2.0自由人(非公式) をリツイートしました
【『おふでさき』や『みかぐらうた』に『陽気ぐらし』という言葉があるか確認して貰いたい。】
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月20日
おさしづに5つありますねー。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月20日
「陽気ぐらし」が中山みきさんの言葉・教えではない、という事を知っている訳ですね?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月20日
で?
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月21日
知っていながら「陽気づくめ」ではなく「陽気ぐらし」を使い、しかも「親子仲良く」位ならともかく「親孝行」という忠孝道徳を真っ先に結び付けている。
いったい、「陽気」という言葉をどのように捉え解釈しているのだろうか?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月21日
いったい、陽気という言葉をどのように捉え解釈してるんでしょうね。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月21日
ん、よそに丸投げか?
じゃぁ具体的に訊こう。
子供を虐待したり、がんじがらめに言う事を聞かせようとするような親に対しても「親孝行」をするのが「陽気ぐらしの実践」なのか?
こういう親に対しては、どういう対応をするのが「親孝行」だと考えているのか?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
そういう人に対しては、無理に親孝行しようとは言わないでしょうね。
ゆっくり話を聞くことから始めます。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月21日
で?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月21日
で?
加藤ハルアキ(ペンネーム)
こちらの「そういう親に対してはどういう対応をするのが『親孝行』だと考えているのか?」という質問に答えが無いから「で?」と訊いているのだが、そちらの「で?」はどういう意味だ?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月21日
意味は、ない。
ってか、何でそんなに偉そうなんですか??
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月22日
偉そうなのはお互い様だと思うが。
意味もない「で?」という一言ツイートを何度もする人は初めて見たよ。
とはいえ、偉そうかどうかの議論で話が逸れてもつまらないから、普通の文章で質問を続けましょう。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月22日
貴方は「陽気ぐらし」という言葉が「みかぐらうた」や「おふでさき」にない事を承知で、これまた「みかぐらうた」や「おふでさき」にない「親孝行」という言葉と「陽気ぐらし」を結び付けて、「信仰を実践する上で最重要な事」という解釈をされていました。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
これは、その話を聞いた人が、現行教団教理の『理の親への孝行』へと結び付けかねない大変危険な話だと認識できるのですが、いかがお考えでしょうか?ネットでも『理の親』は『月日親神』と『教祖様』だけであるとの主張も見受けられますが、貴方は教会制度の『理の親』を容認されていますか?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月22日
なぜ見ず知らずの人にいきなりオープンな場で高圧的に質問されてるんでしょう?
そして私の質問をはぐらかして連続して高圧的に質問を続けられている。
そういうスタンスを否定はしませんが、どう答えても揚げ足を取られるだけな気がするので、忙しいしお相手は遠慮致します。ありがとうございました。
satuki
7月22日
西岡氏は、敷島分会委員長、青年会本部認定ウェブセミナー講師、布教所長と、指導者たる立場を明確にして公に向けて発信されておられますので、内容についての質問を拒否するよりも、真摯なお答えを期待していました。
「『理の親』を容認されていますか?」への返しは明らかに「逃げ」と思えます。
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月22日
別に逃げてはいませんが、誰しもが見ていると場で答えるものではないと考えています。
どうしても聞きたい場合は、どうぞDMにて聞いて下さい。140文字では誤解を招く恐れも十分にありますので。常にDMは開放してあります。
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
公の場で公の答えを聞きたい場合は、実名で立場を明かした上でお聞きください。お待ちしております。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月22日
公の場で「自説」を公表し、質問やツッコミが入ると「公の場では答えられない」と言う。
質問するなら「実名で」というが、ネットで実名かどうかをどうやって判断すると言うのだろう?
貴方の「西岡寛麿2.0□自由人(非公式)」だって実名とは思えないけどな。
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
なぜ、面識がないのに高圧的にこられるんですか??
不思議ですね。
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月22日
私の名前が実名とは思えないのだったら、立場も架空かもしれないですね。
架空かもしれない人に、なぜ執拗に質問されるのでしょう?
不思議な精神構造ですなー。
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月22日
架空の人だと言われるのならば、架空の人として楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願い致します。
加藤ハルアキ(ペンネーム)
7月22日
もうさ、私やこの場で答えなくてもいいけど、「理の親制度を容認するんですか?」という質問の答えを期待してるsatukiさんにDMでいいから答えてあげたら?
そのくらいは出来るでしょう?
西岡寛麿2.0自由人(非公式)
7月22日
satukiさんからDMが来たら、答えます。
加藤さんに指示されていきなりDM送るほどガサツな人間ではありませんので。
架空の人物かも知れませんがね。
会話の終了
>大亮さんは以前、何かに書いていたが、夫人の手作りアクササリーをお道に生かすことを考えていたなぁ。
はあ~全身脱力。ラグビー&手作りアクセで人々との交流をして布教につなげる・・・なんてまあ能天気なこと。頭おめでたいというか。金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんの道楽でどうにかなる考えているうちは財政的にはまだまだ大丈夫です。財政的心配が本当にあればこんな極楽とんぼな発想はでてきません。
匿名 2018年7月26日 5:01 PM 様
>西岡寛麿2.0自由人(非公式)
>公の場で公の答えを聞きたい場合は、実名で立場を明かした上でお聞きください。お待ちしております。
実名、立場を明かさなければ質問には答えないと言っている訳ですね。
立場とは、大教会、所属教会を明らかにせよ、ということでしょうか?
非常に尊大なものの言い方ですね。そして、その後の報復(本人だけに留まるものではない)をも予感させるような言い廻しです。今の体制を保持したい本部や大教会の人間の思考そのもののように思われます。
>西岡寛麿2.0自由人(非公式)
やり取りを読みましたが、教義の理解や知識は質問者に及ばないのでしょう。
天理教関係者は普段から信者からの答えられない質問や議論を嫌うので、
結果底の浅い話をされることが多いです。
私は学生時代より視力が悪かったのですが、巡教に来た大教会長夫人が
「眼が悪いのは、眼=ガン=ガンコだから。素直に人の言うこと聞け」
と、ありがたぁいお言葉をくださいました。
「英語ではeyeでガンコとは無関係ですし、そもそも神様はホントにそんなこと言ってるんですか」
との質問には、「それがガンコなんだ」と。
日本語的にも道理的にも不思議な話ですが、それこそこじつけ、屁理屈でごまかされる
(と幹部連は少なくとも思っている)信者しかふだんから相手にしていないのでしょう。
所詮は奈良県という田舎のローカルな宗教から、教義を深め再解釈し現代世界に広げる真の努力を怠り
集金宗教に堕した結果が今なのでしょう。
そもそも、教祖が隠れられた後、中山家(血統重視派)と本席派(祖神至上主義派)とで
対立が激化し、中山家が排除する形で決着したのは大学の宗教学の本で知りました。
なお、中山家が私物化している一つの事例として、
本部神殿の敷地について挙げられていました。
無論神殿の敷地は宗教法人の所有なのですが
甘露台のある3.3平方メートル四方(くらいだったと思うのですが)の土地のみは
中山家の私有地として登記されているのだそうです。
つまり、教義上非常に重要な土地である甘露台は
何があっても中山家の意向に沿わない処置ができないよう
巧妙に中山家以外の法人乗っ取りに備えた組織となっているようです。
つまりは、明治の時代から今の状況になる布石はされているわけで、
本当に教祖の時代に協議を復元し、さらに現代に合う再解釈や組織改革を
行うのは、本当に至難の業であるし、そもそもそんな必要を感じていたらとっくに
やっている、という話だと思います。
まあ、このネットの時代にそんなやり方では到底持たないと思いますが、
それでも教団幹部は一向に困らない。だからこそ、こんな状況なのでしょう。
ただただ、これ以上「被害者」が増えぬよう、これ以上邪教となった天理教が広がらぬよう、
そしてあわよくば天罰が下るよう願うばかりです。
>大亮さん
この方とはひょんなことから、とある宴席でごく近くの席から数時間をご一緒する機会がありました。
既に次期真柱内定後だったので、ひっきりなしに様々ないい「大人」がお流れ頂戴に行き来し、
大亮「様」もご満悦でした。ありがたい教義の話などは宴席だからでしょうか、もちろん
ありませんでしたし、オーラもなくただただ甘やかされた世間知らずの「お坊ちゃん」にしか
見えませんでした。それだけなら無害なのですが、教団の意思決定権と膨大な資産、
そして教会長の文字通りの生殺与奪の権を握るのですから「たまったものじゃないな」と
つくづく思ったものです。
宴席が終わるまで彼の周りには人が押しかけ、その点では大変だと同情もしますが、
さりとて「様」付で人の流れや酒の酌み交わしに小うるさい順序格付けや儀礼めいた手順があり、
本当に皇室ごっこ、社会人ごっこ、封建体制ごっこをしているようにしか見えず、
滑稽にも思えました。
(私もそのごっこに参加させられ、お流れも頂戴しました。
普段から酒を飲まない私には断言できる、生涯で一番まずい酒でした)
あんな社会経験もない、薄っぺらい若造が大勢に頭を下げられ、
生まれながらに特別であると吹き込まれ、感覚が狂わないわけがないでしょう。
乗り回すベンツや、くだんのレーザービーム・花火、アクセでの布教、
百田尚樹講演会など、さもありなんと思われるもの。
恐らくこれからさらに想像の斜め上をいく、
最悪とは何なのか分からない低劣な意思決定が次々と出てくるでしょう。
それは天理教の異常性を白日にさらすので結構なのですが、
末端の信者や教会のことを思うと不憫でなりません。
> あわよくば天罰が下るよう願うばかりです。
昭和55年の3月、須藤花井さんから直に聞きました。
「大掃除の時、本部員の三分の二はさらしてしまうと親神は言ってるよ」
その話を聞いた時は、洗脳状態だったのでひどく腹が立っていたのを覚えています。
今になって見れば、本部員達はやはり天罰が下されるべきだと私も思います。
「みき」に取りついた大和の土民の末裔の魂は抹消ですね。
おや様が話していたそうです。
「黒門の前に死体の山を築く時が来る」
黒門を撤去すればこの話は成就しないとでも思っているのか・・・
親神は本部員達を始末することは決定済・・・by須藤花井(面足命)
本部は、既に神から見放されているんです。
だから、次期真柱に「大亮君」が選ばれたのですね。
崩壊する天理教にピッタリの人選だと思います。
つまり「大亮君」の様な人が選ばれたという事は、掃除が近づいているという証なのか・・・
おぢばがえりが始まりましたね。
天理に集まってリアルな実情が交わされる期間ですね。
多分、なんとなく参加させられてる後継者や、疑問を持ちつつ天理に帰ることになる信者も多いと思います。
この場でのリアルな実情の発信を期待しています。
なんとなく、おぢばがえりが始まった天理がどんな感じだったのか気になります。
西岡寛麿 氏を検索してみたところ 一個人にしてはヒットしました。経歴まででていました。
敷島大教会・敷岡布教所
奈良教区・桜井支部
1978 年 4 月 22 日生まれ
奈良県立郡山高等学校 卒業
敷島大教会系との人みたいですが、教理無さを晒してしまって恥ずかしい限りです。ネット初心者にありがちな典型的勘違いの出たがりなんでしょう。
名前や所属を明かしての議論などそれ以外の迷惑行為に遭遇する可能性が高いのでネットではありえない行為です。ただの既得利権者の意見です。つまり他人の個とをまったく持って考えない教団の人間としてあるまじき発言をされている事にも気が付かないほど世間知らずなのでしょう。
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/wp-content/uploads/2018/03/404daeff2edbd118f716ec194079b53a.pdf
西岡寛麿 さん
2018年7月26日 10:24 PM
新興宗教の上層部の勘違いは社会的に見ると恥ずかしい限りです。このような高圧的な世間知らずの対応が多いので、世間では新興宗教はカルト と言われても仕方ないのでしょう。
>大亮君
天理の知り合いは、ある宴席で大亮君のごく近くの席から大亮君の会話を聞く機会があったそうです。
会話の内容はタイへ出かけた時、女を買った話だったそうです。
その時は、既に次期真柱候補に決まった後の事だそうです。
周りの人に自慢げに話す大亮君を見て天理教は終わったと思ったそうです。
こんな人物が偽甘露台の前で神楽勤めだなんて・・・笑ってしまいます。
本部を参拝する気持ちが消えました・・・
「眼が悪いのは、眼=ガン=ガンコだから。素直に人の言うこと聞け」
笑った~wwww。確か「人のいうことをはいはいと聞けないから肺病になる」といっていたっけw。
王家も貴族もだめだめだから、こんな人材しか育たないんですね~w。
煉獄行け さん
子供の頃から教会の親奥さんと呼ばれていたおばあさんから聞かされた言葉は今も忘れられません。
戦後間もない頃は肺結核が蔓延して多くの死者を出していました。肺病ともいいました。幼くしてこの病気に罹患しました。この肺(ハイ)にこじつけて、次のような言葉を浴びせ続けられました。
肺病はハイハイとハイ登る道だと。白いものも黒と言われればハイと応えよと。そうすれば肺病は治ると。
西岡寛麿さんに言いたい。小学校1年生の頃からこのような話を聞かされて育った者の胸の内はいかばかりかと、想像してください。今になれば如何にくだらない宗教かが分かっただけのことです。
幸いにも、抗結核薬のストレプトマイシン、パスカルシウム及びヒドラジットのお陰で死の淵から生還して80歳の今もピンピンしています。
改めて、煉獄行けさんの言葉が身に沁みます。有り難うございます。
≫会話の内容はタイへ出かけた時、女を買った話だったそうです。
≫その時は、既に次期真柱候補に決まった後の事だそうです。
≫周りの人に自慢げに話す大亮君を見て天理教は終わったと思ったそうです。
≫こんな人物が偽甘露台の前で神楽勤めだなんて・・・笑ってしまいます。
退職信者様、情報ありがとうございました。
人間の第六感は時に怖いほど当たることが有ります。
なぜか大亮さんの顔と時報記事、Twitterの書き込みを読んでも「後継者」として受け入れがたい印象しか持てずにいました。
現真柱の時には感じなかった疑念。「何となく漂う嫌な感じ」も情報によって裏打ちされたように思います。
天理教は飲酒・宴席の機会が多い団体です。本来、心打ち解けて親交を結ぶ場であるはずの席でしょう。(飲めない私でもその程度には理解できます。)
何とも呆れることに、その酒席で女性を買った(?)話をしていたとすると、もう、奈良県天理市の天理教本部は終わっていますね。
話に同調していた周囲の人々も終わっていますね。
今時、買春を男の成果のような感覚で話す馬鹿男は、社会から「蔑みの目」で見られます。
これ迄も二代真柱のお手つき話や、戦後もあちらこちらの教会で耳にする色情因縁のもつれ話等々、モラルに欠けた教団だと感じる事が多かったのですが、この件で止めを刺された感がします。
この様な人間たちを敬うのもおかしなものです。
今後、私は本部おつとめの際に、中山家をはじめとする本部員がゾロゾロ歩いている間に頭を下げるのは止めます。
皆が着席して拝をするときに親神に向かって頭を垂れればよいのでしょう。
人間である本部の皆さまに数分間にわたって土下座をするのは滑稽だと思いませんか?
布教先の国の一つであるタイで買春をしたような男に向かって土下座をしてたのです・・・。
今後、後継者予定夫人は恥ずかしくて顔をあげて表を歩けないでしょう。
産まれる子供と三人で、一から布教に出ることをお勧めします。
どなたかがご指摘のように、大亮さんが後継者に選ばれたのも「神の思惑」の表れだったのですね。
Nさんの名前で投稿された方へ。
> 名前や所属を明かしての議論などそれ以外の迷惑行為に遭遇する可能性が高いのでネットではありえない行為です。
これは、私達批判側だけでなく、教団側も同じです。
批判側が匿名でないと威勢良く批判展開出来ないように、教団側であるNさんは名前と立場を明かしては発言出来ない事もあります。
NさんがTwitterで「メッセージでのやり取りなら回答します」とした意味合いを汲んで頂きたいです。
表だっては言いにくい、オフレコ回答ならば答える、そのニュアンスは伝わりませんか。
立場的に、ダイレクトに上へ楯突く教理解釈は実名でツイート出来ないよね、とは思えませんか。
真柱のようにトップならば、誰からも咎められず「理の親は教祖だけである」と教団内の暗黙の了解を無視して実名発言出来ますが…。
Nさんのやり取りを批判されてる方は、彼の言質を取ってNさんを今の教団内で追い詰め、一家を路頭に迷わせるのが目的なのですか?
それは、教祖の説いた教えに沿う行為ですか?
教団への怒りは判りますが、実名をあげての個人攻撃はほどほどにお願いします。
最近のココでの大ちゃん批判も、ちょっと行き過ぎている気がします。
顔だ、色情いんねんの血筋だ、雰囲気だで決めつけるのは、ただの誹謗中傷になってしまいます。
タイでの話は、個人的に裏を取りたいですね。
実話なら、改革を大ちゃんに期待するのも難しいなぁと思いますので…。
ココでは、過去に
「鮮京と真柱邸を渡り廊下で繋ぐ予定があるらしい」
「真柱夫妻は真柱邸の離れに移り、既に大ちゃん夫妻が真柱邸の主室を使っているらしい」
などのガセネタがありました。
鵜呑みはしないように心掛けています。
https://twilog.org/o_muthuki
>Nさんのやり取りを批判されてる方は、彼の言質を取ってNさんを今の教団内で追い詰め、一家を路頭に迷わせるのが目的なのですか?
それは、教祖の説いた教えに沿う行為ですか?
外野から失礼します。
感情的な受け取り方ですね。
講師としての仕事は一家を支える経済活動ではないはずですが?
ニュアンスも含めて、講師という本部に保障された立場から皆さんの前で話すには疑問がある方だと判断しますが、むろん、そんなことは無いよという判断をされる方もいるでしょう。それが天理教教団の実態でしょう。
大亮さんの話にしても読んだ各人がそれぞれ判断するのがネットというものです。
鵜呑みするもしないのも各人に任さられています。
ネット情報で右往左往して感情的に反発したところで子供の喧嘩になってしまいます。
裏とり情報があれば再度検討すればよいだけ。
勘違いしないでいただきたいのは「個人攻撃」出は無いという事です。
ネットが無い時代では知り得なかったから放置されていた暗黒の事情が、今や表に噴出してきているのです。
天理教を代表する人たちにせめてモラルレベルの品質保証を求めることは当たり前のことではないですか?
>鮮京と真柱邸を渡り廊下で繋ぐ予定があるらしい<
↑は現時点ではガセネタとは思っていません。先ず、予定があるらしいとは言っていません。
このような話が内々に出たというか、思っていた本音が善亮さんの口から直接に出たのか、あるいは、そのことを知っている周囲から出たのかということでしょう。先ず、これが実現する可能性はあり得ないでしょう。公道を跨ぐのか。それとも、地下道を掘るのかは知りませんが、親里館を布留川の上に建てるくらいのことを平気でする団体ですから、このような話が出るのに、何のためらいも持っていないのが教団でしょう。
私の街では家の前の小川に出入り口用の橋を架けるとなれば役場の許可を得たうえで、毎年使用料を払う義務が生じます。本部は布留川を跨ぐために使用料を払っているのでしょうか。何の必要性もない(公的な必要性)ものが建設できたことが不思議でなりません。近くには立派な橋があります。
先代の真柱に近かった筋の人から出た話と聞いているので、実名で書けばビックリ仰天になるでしょう。
山奥に居る私にまでこのような話が耳に入ること自体に驚いているということです。
この話をしてくれた知人は、天高二部・天理大学を出る間、本部の要所に勤務し、知人の兄弟さんも天理時報に何度か掲載される人で、決して口から出まかせの話をするとは思っていません。他の兄弟さんは本部のトップに近い立場でひのきしんをされていた方でした。これ以上書けば身元が割れますので控えますが、多くの首をかしげる話を聞きました。
中でも、二部生でありながら、その二部にキャディーの養成コースが有ったなんて、この知人から聞いて初めて知ったことなんです。史料集成部が開かずの部屋と呼ばれていることも、天理教史参考年表が発禁になったことも、櫟本分署跡保存会が出来た当初は多くの本部員が来ていたが本部が行くことを禁止したことも、あげればきりが無いほどの本部の嫌な出来事を聞きました。
三代さんは三島神社の移転問題で橿原神宮宮司との話し合いで、移転の結果教信徒が減少しても構わないと言った、という話を聞いたときは信じらなかったが、反対派の人がこの事実を録音していたことで納得したのです。
年に3回天理に行きこの知人と会います。その際に再度、知人に「鮮京と真柱邸を渡り廊下で繋ぐ予定があるらしい」が事実か嘘かを確認して再度投稿する予定です。
睦輝 様
睦輝様の、表ではやり取りできないこともある、というご意見も理解できますが、しかし、その前に、加藤氏がリツイートされた、一番最初のN氏のツイートについて。
「親孝行、夫婦仲良くは、家庭で味わえる陽気ぐらしの実践である。・・・」
という内容が、おやさまの教理に添ったものでないなら、おおいに問題があると思いますし、質問を受けることは当然でありますし、それをN氏が拒否するのは、甚だ身勝手だと思います。N氏が、ご自分の肩書や地位をバックに公に発信されているなら、よけいに、表の場で答えるべきではなかったのかと思います。
決してN氏一家を路頭に迷わせたいとか、教団内で追い詰めたいなどということは一切ありませんが、彼の一連のツイートによって、被害者を増やす可能性もあると思われる以上、それ相応の責任は追わねばならないと思います。よって、N氏の加藤氏に対する対応の仕方は、あまりに無責任、また「公の場で公の答えを聞きたい場合は、実名で立場を明かした上でお聞きください。お待ちしております。」というツイートは、質問者の立場を不利にすることを分かっていて発した、卑怯なものと感じられました。
N氏の、宗教者としての資質にも疑問を感じます。
睦輝さんの認識には驚かされました。
本気ですか?
貴女の天理教改革という根底にはもしかするとこれがあったのでしょうか?
ひっくり返るほど驚いています。
Twitterより
百田氏の講演会を中止したい人々は、人権蹂躙しているかも知れませんが、天理教が憎い訳ではないと思います。
むしろ左派的な(平和主義と言う名で先人や日本国を貶める)思想の、今まで通りの天理教・教団を守りたい人々ではないかと感じます。
睦輝さまの意見には全く同意できません。
天理教は宗教団体であり、宗教法人として公的に優遇されてる以上、公的な存在であり公の利益になる活動が求められます。
加えて人に道を説く立場である以上、特に教団幹部の行動には倫理観や人権意識、もちろん教義への深い理解やそれに従った行動が求められます。
こうした存在・立場である以上、政治家などに準じ、メディアを含めた様々な人間による活動その他へのチェックは当然行われるべきです。
それは根拠のない批判のための批判や、人格攻撃を肯定するものではもちろんありません。
しかし、裏が取れないから、で思考停止してしまうのなら、公的な存在と対峙するのに不十分な態度だと私は思います。
ここであなた様が混同されているのは、
・公的な存在である宗教団体の幹部である時期真柱としての大亮氏など幹部連
・私的な一個人としての大亮氏など幹部連
この二つを混同しているように思います。
大亮氏はあくまで公的な立場として婚約発表やそれに伴う式を
教団内部で祝い金を強制的に徴収するなどし、組織として祝われる立場にありました。
そして、その結果がレーザービームやら花火やら、返礼品を返さないやら…
公的な力を使い公的組織時期トップとして扱われ特権的にふるまい、その結果があまりにもお粗末であること。
何よりもそうした事実があるからこそ、ここで出てくる否定的批判的な情報
(それは恐らく裏を取ることは個人的にすぎる情報も多いのでできないものもあるのに)が
共感をもって語られるのでしょう。
まずそうした雰囲気が何もないところから生じるでしょうか。
逆に、この種の批判がここのような非公式な場で多くなされる事実と、それらが天理教の公的な場では一切なされえないこと、
この二つをこそ重く見るべきではないでしょうか?
そういったことを一切無視して、彼が一個人の存在で批判されるのは気の毒である、
というならばそれはダブルスタンダード、「都合の良い」弱者論です。
彼はそんなにもか弱い存在でしょうか。少なくとも私のような人間からすれば十分な権力者ですが。
彼がもし純粋な一個人であるなら、そうした憶測とも言える情報から批判されるのは問題でしょう。
しかし、実際金銭の強制徴収がなされ、今後教団の意思決定など多くの信者を始めとする教団関係者の生殺与奪を握るのです。
厳しい目が注がれるのは当然ですし、そうしたことが怪しい教義解釈からねじふせられ物言えば唇寒しで現状に至ったのではないでしょうか。思考停止を促す議論封殺は天理教の悪弊です。
出てきた情報を裏を取ろうと思うことも重要ですが、(まず取れないものもありますから)そうした否定的な情報も頭に置いて、
教団や彼の言動をつぶさに分析し、実像に迫るのが現実的です。それが公的な、特に権力を持つものに対峙する正しい姿勢だと思います。彼らは裏が取れないようにすることすら可能な立場なのですから。
そして、フェイスブック上のアクセ議論などからして、
その斜め上をいく愚劣ぶり・教団幹部取り巻きの甘やかし振りが見て取れることから、
こうした情報も当たらずとも遠からず、全くの事実無根とは言えないものだと多くの人が感じるからこそこのように言われるのではないでしょうか。
なお、百田尚樹講演会について、この開催中止を求めることを原論封殺という人もいるようですね。
彼の主張は「言論」に値するものではなく、「事実に基づかない差別発言」や「ヘイトスピーチ」です。
(私個人はかつての日本の戦争も肯定的にはとらえていません。終戦直後に日本軍・政府は公的文書を自治体レベルまで徹底して焼却させています。もし百田氏などが言うように「正義の戦争」であったならその必要はないはず。「戦争犯罪」として裁かれる危険性を日本国自身が認識していたからこそ、証拠を隠滅したのです。この指示の文書自体も焼却対象とされているので現存しているのは「長野県の阿智村」所蔵の文書のみなのです。興味ある方は検索してみてください。こうした「当事者すら戦争犯罪と認識した侵略戦争」に加担したのは戦前の天理教です。こうした復古的な運動に参加する百田尚樹に警戒感を抱くのは、感情的な反発とは言わないと思います)
しかし、どれほど差別的でも、そういった思想を「抱くだけ」なら「思想信条の自由」で保障されるでしょう。
しかし、講演会と言う公的な場面、
しかも教義を持ちそれを広めつつ社会に貢献する義務を負う宗教団体が宗教活動の一貫として
教義に基づき行うべき講話の一つとして、発信する「言論」としては不適切でしょう。
彼を招き、広く信者に話させるというのは、彼の思想を教団として是とし
これを公的に認めることになります。
彼の思想はこれまで発信されてきた刊行物やツイッターなどを見る限り、天理教が看板として掲げる思想に反するものばかりです。
(しかし、前に書きこんだように、戦時中の天理教の活動の背景にあった思想が
今でも教団に脈々として生きており、それを認め、その中に位置づけるなら論理的一貫性はあります)
そうしたことをよく思わないのは、天理教を公的かつ教義に基づき行動する宗教団体として見ている人間には当然のこと。
こうした人間を講演会に招き、教義を毀損することを批判しない、できない。
これが、理屈にならない理屈を押し通し、意見を封殺し、血統による支配を無条件に肯定し続け、
その結果が腐敗堕落した拝金至上主義の宗教もどき天理教の情けない現状と言えるのでなくてなんでしょうか?
これ以上被害者が増えるのはもうたくさんです。
次期真柱の不行状はどんどん表に出るべきです。批判的な目を注ぐべきです。彼らは公的な存在、権力を持っているのですから。
耳障りの良い理想的な教義を入り口に、奴隷への一歩を踏み出す人がいなくなりますように、心から願っています。
★Nさんの件について
加藤ハルアキ氏の切り口が言質取りになっているので、Nさんはそれをかわすために言ったのだと思っています。
Nさんは私と過去揉めた時も、私の特定に動くような発言をしてしまった事がありました。
確かに褒められる発言内容ではないですが、単にいなしたかっただけだと私は受け取りました。
なお、私はオフレコで理の親についての回答を貰い、彼と敵対する気にはなりませんでした…お察しください。
★百田氏講演会の反対活動について
別に私は天理教団を右寄りの組織に改革しようとしてる訳ではないですよ。
個人の右寄りだの左寄りだのの思想と、天理教改革を結びつけるのはやめてください。
ツイートを読めるなら、反対の会のビラ画像も見ておられますよね?
https://twitter.com/o_muthuki/status/1022679193102864384
教団批判側で左派思想の方なら「青年会」だけでなく「教団本部」への批判も含めそうなものを、そうは書いてません。
そして、百田氏の講演会への批判は、実際に教団側の左派思想の方がFBでされていました。
それを読んでの個人的考察が、コピペされたツイートです。
煉獄行け さん。
不賛同表明、受け止めました。
確かに「噂が出る時点で問題である」とは思います。
宗教家はある種の聖職であり、人々(天理教であれば信徒)の模範となる言動を求められて然るべきです。
そして、大ちゃん自身は「真柱後継者」なる肩書きの重みを理解しきっていないなと私は感じています。
余りにも「普通の青年」として振る舞い過ぎているかな、と。
ですが、事実を元にした批判ならまだしも「あの親にしてあの子」「元ラガーマンは脳筋」「あのツラ構えじゃ」などは勝手な決め付け、誹謗中傷になります。
そこは気を付けた方が良いです。
根も葉もない噂に踊らされて、逆に名誉毀損で訴えられるような事が起きてはいけないと思います。
睦輝さま
上記リンクでの一連のやり取りを拝見しました。
反対の会のビラなどは存じ上げませんでした。
会の呼びかけや活動そのものについては手落ちがあり、
その指摘は同意できるところもあります。
>左派的な(平和主義と言う名で先人や日本国を貶める)思想
こちらの発言は、どういった事実を「貶める」とおっしゃっているか
分からないのですが、場合によると歴史認識の大きな違いはあるやもしれません。
上記のように、私は戦後一貫した自民党政権の歴史認識は反省も自己分析も不十分であり、決して戦前の大日本帝国の行状は褒められたものではないと考えているからです。
(欧米の植民地支配は肯定できないものですが、それが日本の犯した戦争犯罪を免罪することにはなりません。)
証拠文書をことごとく焼却しているため、耳障りの良い戦争についての主張がここ二十年でなされ、
多くの日本人はそれに感化されてしまいました。
反発されるでしょうが、戦争は支配者層や資本こそ潤わせますが、大半の人間は命や財産を奪われる人災です。これを全力を尽くして避けつつ、自分たちの利益を得ていくのが政治の責務です。(欧米ではクラウゼビッツの『戦争論』からして常識です。)
容易に敵を作り戦争を煽る方々の言説に理解を示す人は、現状認識が甘いと思います。
(そもそも、西洋ではナチスドイツに早々に降伏し、兵士と国民の命を守り
再起に賭けたフランス政府のように、国のために国民を殺す発想は希薄。
こうした思想のない日本で戦争を行うと、沖縄戦のように国民を守らず国体を守る戦争になるのです。)
加えて、天理教は体外的に掲げている教義があり、それは日本会議系の百田氏の言説とは
相容れないのは明らかだと思います。
政治思想を持ち込みたくはありませんが、こうした講演会が公然と
企画としてあがってくる以上、教義との齟齬をきたすことになり、
当然宗教上の問題にもなるでしょう。
政治の問題も絡む講演を行おうとするのですから、政治思想も議論に絡むのは当然。
教義と矛盾をきたす企画をするくらいなら、宗教団体の看板を下ろすべきです。
あと、ツイートの中で「人権蹂躙」とありますが、
百田氏の言動は社会的弱者を攻撃するものもあり、そちらこそが人権蹂躙です。
思想=頭の中に留め置くこと は「思想信条の自由」ですが、
それを作家・講演家の立場で 公に発信することは 無節操に何でも認められることはありません。
(個人の立場でも発言した時点でそれは認められないものになります。
あくまで、発言が相手の人権を守る前提があった上での「言論の自由」です。)
講演会中止を求めることを「人権蹂躙」という方々はそこをはき違えてらっしゃる。
彼はLGBT一つとっても無理解で小ばかにしたような発言を繰り返し、無理解に苦しむ人を傷つけ、誤解を広げています。これはLGBTの方の「人権蹂躙」です。この発言が自由だ、彼の言論の自由をを守るべきだ、というのは、もう一方の人権を無視した、主張になっていない主張です。
(そういった指摘を睦輝さまはツイートの中でそういった立場をされていないので、
どう考えておられるか分かりませんので、一応言及しておきます。)
宗教団体として行う講演会としても不適当であり、かつこれまで「人権蹂躙」をまきちらす言動をしてきた人間の講演を、蹂躙される側の人間の立場に立ち中止を求めることを「人権蹂躙とは言わない」です。
睦輝さまはご自身を少なくとも 「左派的な(平和主義と言う名で先人や日本国を貶める)思想」と
書かれるくらいですから、ご自身は「左派」でも、「平和主義という名で先人や日本国を貶める」ことにくみすることもないのでしょう。
それが具体的にどういったことを指されているか分かりかねますが、
「先人」にはA級戦犯なども含むのでしょうか。
日本国の戦争犯罪を認め、今後こういった行為がなされないよう求めることも「日本国を貶める」行為なのでしょうか。
決して戦争犯罪を認めない、先の戦争を称揚する百田氏の「天理教が催す」講演会をめぐる文脈で発言されているので、どうしてもこういった話題が含まれてくるのです。
反対する会にも手落ちはあるでしょう、ですがそれを指摘し
客観性を持たせたところで、宗教を標榜するなら、掲げた教義があるなら、
そして講演会の論者が人権蹂躙しかねない言説をまき散らしている人間なら、
宗教者として反対するのが当然であるように思います。
それこそ、戦争で守らなければならなかった国益より、
よほど身近で守らなければならない宗教としてのラインだと思います。
こうしたレベルの議論が必要な企画が天理教から公然と出てくること、
そしてそれをめぐって「百田氏ばかりの人権が守られること」、
「差別も言論であり言論の自由で守られるべきだ」という内容が平然と語られる
天理教だけでない今の世の状況は、非常に危ういと思います。
そして繰り返しますが、
その危うい世情に距離を取り正すべき教義を持つ宗教団体天理教が
こうした人間を呼ぶこと自体、本当に堕ち切っているというのです。
※百田氏が支える日本会議は現憲法を占領軍の作った鎖だと公然と主張しています。
戦前の国家神道が理想だとも。現憲法を否定し批判する人間が「言論の自由」という
現憲法で保護される人権をここぞとばかり主張するのは滑稽ですらあります。
日本会議系の自民党議員西田昌司氏は「そもそも国民に主権があることが間違っている」と
主張しています。現憲法を全面的に否定する・人権の制限に熱心な改憲案を出してくる勢力を
熱心に支える日本会議。これを支える百田氏の講演会を「人権蹂躙」と言うことは、
決して「人権を守る」ことにはならないでしょう。
睦輝さま
行き違いになりました。上記コメントは「受け止め」いただいた文を読む前に書いたものです。
行き違いはご容赦ください。失礼しました。
>ですが、事実を元にした批判ならまだしも「あの親にしてあの子」「元ラガーマンは脳筋」「あのツラ構えじゃ」などは勝手な決め付け、誹謗中傷になります。
そういった指摘は、私も全く擁護いたしません。
あくまで、公的な存在としての次期真柱たるか、この判断は事実判断をもとに
慎重に価値判断すべきと考えています。
私も批判のために批判するつもりはありません。
ただ、論にならぬ論、筋の通らぬ話しか聞こえてこない天理教、
そして実際浮世離れし信者を苦しめる現実しか見えないことに
憤っております。
教義は評価されるべきものももちろん含んでおりますし、
一生懸命ひのきしんに励む末端を否定するつもりもありません。
ただ、批判を封じ盲従を強いた先の堕落しきった現状、
これを認める気もありません。
私は被害者が今後少しでも減ってほしい。それが一番です。
煉獄行け 2018年7月27日 5:31 PM 書きこみ最後の部分
(誤)これを支える百田氏の講演会を「人権蹂躙」と言うことは、
決して「人権を守る」ことにはならないでしょう。
(正)れを支える百田氏の講演会の中止を求めることを「人権蹂躙」と言うことは、
決して「人権を守る」ことにはならないでしょう。
訂正いたします。長々失礼しました。
煉獄行けさんの投稿「私は被害者が今後少しでも減ってほしい。それが一番です。」
その通りです。被害に遭った者の一人として投稿しています。それのみで投稿してきたつもりです。難しい議論をする能力は持ち合わせていません。
誠真実、真真実と叫び続けてきた教団。それがおカネと分かった時に熱が冷め、目が覚めただけのことです。
一人の被害者も出ないようにとの思いで投稿しているだけです。
天理教は宗教の面をかぶった〇〇〇です。〇〇〇に入る言葉はいろいろあるでしょう。ご想像にお任せします。
西岡寛麿さん
教祖が最初に著わされた教義は、ちょとはなし かみのゆうこときいてくれ あしきのことはゆわんでな
このよのぢとてんとをかたどりて ふうふをこしらへきたるでな これはこのよのはじめだし よしよし
と聞いています。親孝行なんて道徳の範疇です。いい加減なことを云わないでください。
(長文失礼します)
100年祭以後ぐらいでしょうか、青年会の呼ぶ講師は基本的に保守系の人々でした。『あらきとうりょう」に明治憲法礼賛の論文がのったことがあります。家族、親子、性差の保持、といったことは、保守系の論壇の人が好むことで、天理教で今しばしば説かれていることはこれとそれほど変わりません。だから、保守系の人に『期待している』などといわれます。
ただ、昔は保守系の人でも、戦争反対の人は少なからずいました(中曽根・野中…)。ところが安倍さんの今が顕著ですが、保守系の人がどんどんと戦争に近づいている、危機をあおりナショナリズムを高めている。百田さんもその一人だと思います。国際情勢が変わったのも事実ですが、その方向でいいのですか?そこまで保守についていきますか?
百田さんの主張が、いちれつきょうだいや、せかいろくぢにふみならす、という教えとあっているのかというところから、青年会が議論をしているのかが知りたいところです。日本中心の議論をしていていて、教祖の教えがいかされるのか、韓国や台湾などアジアの教友はどう思うのだろうか、人権を大事にするヨーロッパの人々にも理解されるのか、と問い直したうえでのことなら、そのように宣言して開催したらいいのだと思います。私は百田さんがしばしば主張する点と、教祖の(天理教の)教えは違うと思います。青年会の人が百田さんと天理教の教え(たとえばいちれつきょうだい)で議論を重ねることを期待します。長いので全部は書きませんが、引用したところのすこし前から見てほしいと思います。出典は何かすぐわかるでしょう。先の長くない年寄は行く末が心配なのです。これすら忘れているのかと…
『かくて、我も人も共に和し、一手一つの心に、楽しみづくめの陽気ぐらしの世界が守護頂ける。それは、親神の望まれる真の平和世界であり、これぞ、この道の目標である。道の子は、存命のまま導かれる教祖に抱かれ、ひたすら、世界人類の平和と幸福を祈念しつつ、たすけの道に弥進む。』
失礼します。
知らぬ間に自分のツイッターでのやり取りがコピーされ、この掲示板に貼られているとは驚きました。
ネットの世界では「問題ない」のかも知れませんが、個人的には気分のいいモノではありません。
ご意見があるなら、このような形でなく、ツイッターの方に参加して頂きたかったと思います。
貼り付けた『匿名(匿名ばかりで誰が誰だかわかりませんが・・・)様』には、この意図をお伺いしたいと思います。
加藤ハルアキ様
加藤氏とN氏とのツイートでの会話全てコピペした者です。
ご気分を害されたようで、大変申し訳なく失礼致しました。
何故、N氏との会話を逐一貼り付けたかと申しますと、N氏のツイートが、加藤氏の質問に誠意を持って答える気がないことが見て取れ、なおかつ、加藤氏の追及を封じようとする意図が見える。そのことは、宗教的指導者の位置に居る者として、天理教団を担う青年会を率いて行く長として、疑問を感じました。その、私が感じた不愉快さ、疑問を、この社会学の読者の皆様にも、読んで頂いて、感じて欲しかったのです。
勝手に判断し、不愉快な思いをさせてしまいましたことは、重々お詫び申し上げます。
度々長文失礼いたします。
>匿名さま 2018年7月27日 9:30 PM
百田さんの主張が、いちれつきょうだいや、せかいろくぢにふみならす、という教えとあっているのかというところから、青年会が議論をしているのかが知りたいところです。
私も前に書きましたが、全く同感です。私には齟齬するようにしか思えません。
>日本中心の議論をしていていて、教祖の教えがいかされるのか、韓国や台湾などアジアの教友はどう思うのだろうか、人権を大事にするヨーロッパの人々にも理解されるのか、と問い直したうえでのことなら、そのように宣言して開催したらいいのだと思います。
これも同感です。ここまでの熟慮と熟議があり、
講演を聴くまで(まだ聴いていない段階で)これだけの反発反論もあるだろう、
それでもなお「開催された講演会を聴いてほしい。そのうえで判断してくれ」と
主催側が胸を張れるようなら、逆に気概を持った本物の講演会開催だと思います。
私もそうした趣旨なら反対はしません。
あくまで、教義にどう考えても反する、そうした一貫性すら捨てて
国の意向に無批判に追随するため、おもねるための講演会、というさらに下をいく
意図での開催にすら思えるので、批判しております。
もちろん開催して聴き、さらに納得がいかなければまた批判はするでしょうが、
そういったものならむしろいったんまず聴いてみたい、とすら思います。
しかし、そういった覚悟や決意のあるようには…
様々な前後の文脈を見る限り思えないのです。
匿名様のように考えられるご年配の方の経験や哲学が組織運営にも活かされ
私のような怨恨まみれの天理教関係者が今後出ないことを切に願います。
しばらく書き込みは控えます。
度々長々失礼いたしました。
すみません。もう一言だけ。
東風Zさま
思いを共感いただき、少し気持ちが楽になりました。
本当にその一言が実の親からもらえたなら、ここまで怨恨をこじらせなかったかもしれません。
加藤ハルアキさま
横から失礼いたします。
こちらの掲示板にてあなた様のやりとりを知り、拝見しました。
私はツイッターをふだんやらないものですから、存じ上げませんでしたが、
かなり教理について深く学ばれたご様子で、きちんと原典にあたった意見のやり取りを
しようとなされている御姿勢には尊敬の念を禁じえません。
あなた様のような方が当たり前に天理教内でそれなりの立場を得られ、
また私の身近にいらっしゃったなら、私の天理教との関わりも違ったものになっただろうに、
と思います。
少なくとも、私はTwitterでは参加できませんが、私のように思うものもあるご縁を
この掲示板で結んでいただきました。
御気分を害されることもあったかもしれませんが、
そう思う者もあることをどうか心に御留め置き下さいませ。
もし、何か直接問いかけなどなければ
こちらはしばらく書き込みせずやり取りを拝見するだけにいたします。
長々失礼いたしました。
8月25日の百田尚樹氏の講演は「あらきとうりょう」誌に掲載されると思いますが、おそらく問題部分は、すべてカットされ書き直されると思いますので、聴きに行かれる方は録音をしておいて下さい。そして、どの部分が書き直されているかお知らせ頂けたら有難いです。
匿名 2018年7月26日 5:01 PM
2018年7月27日 10:50 PM さま
キチンとしたお返事をして頂きました事を感謝いたします。
謝罪して頂く必要はありません。私もツイッターの方では、誰かのツイートを無断でコピーして意見を述べたり、批判したりなどは当たり前にやっています。その拡散の先がこの社会学掲示板だったので、ちょっと驚いただけです。
出来るなら、何らかの固定IDやハンドルネームを付けて頂いて、意見交換なりさせて頂ければ幸甚です。
N氏の件を補足させて頂けるなら・・・、
N氏のツイッター上での書き込みは以前から知っていましたし、その中身や傾向が、青年会の講師という立場のためか『若者をまとめ引っ張って行こう』という意図が感じられるものが多いと感じていました。
組織をまとめ引っ張っていくには、皆が理解しやすい、納得しやすい話や内容を発信していく、異論や反論は封じ込めるという事はよく使われる方法です。
その話の中身や反論をすることを許さない雰囲気作りなど、上に立つ者の苦労や気配りなどを十分に感じさせる人物ではありますが、その姿が『現行教団組織の上層部』と同じ態度や言動、やり方になっているようにも感じられます。
睦輝さんのお話によると、N氏は組織の中に居るものの「改革派」であり「教団批判派」とのこと。
でも、自分の立場や生活を守る為に組織の中では声を挙げられないでいるとのこと。
まるで「応法の理を個人で実行している」と言わんばかりのお話には、言うべき言葉も見つかりません。
私には、N氏が本当に天理教改革をしたいと思っているのかどうかは分かりません。
現在の寂れつつある教団や各教会を何とかしたいと思う気持ちはあるのでしょう。
自分の元に多くの若者を集めて、数の力で上に対抗して改革させる、という手法なのかもしれません。
青年会にしろ教会にしろ、銘々個人個人が「しっかり思案」の上で、意見を出し合える場にして頂きたいと望むばかりです。
>睦輝さんのお話によると、N氏は組織の中に居るものの「改革派」であり「教団批判派」とのこと。
「改革派」であり「教団批判派」なわけ無いでしょう(笑) 西岡寛麿 氏はただの敷島大教会系の人間で太亮ともやり取りしているただの大亮親派です。本当の「改革派」であり「教団批判派」なら善亮、大亮親子に排除されるだけです。
今日 天理の知り合いから訃報のメールが届きました。
亡くなった方の名前を見て思い出した事があります。
亡くなった方の母親と須藤花井さんが会話する場面に同席していたことが有りました。
この母親が次のように須藤さんに話していました。
「先日、徳島で開かれた隆法の会に参加したら、隆法から私の会に来ないか言われたので、
あんた 誰から力をもらったと思ってるのと言い返してやりましたよ。」
大川隆法は須藤花井さんが霊能力を授けたそうです。
本来は、ひっそりと人助けするようにとの思いで霊能力を授けたようですが、現実はとんでもない方向へ向かってしまったようです。
欲の心は、本当に恐ろしいものです。
>大川隆法は須藤花井さんが霊能力を授けたそうです。
須藤さんが、大川隆法に霊能力を授けた、なんて、「幸福の科学」の被害者が聞いたら、何てよけいなことをしてくれたんだ、と怒るでしょう。須藤さんは、大川隆法が、欲の心で、とんでもない宗教を作り上げることを予期できなかったのでしょうか。
親神が、世界たすけたいと、みき様に降りられたが、結局、欲ボケの本部が、天理教という金まみれ宗教を作り上げてしまった、それと共通しておりますね。
人間は、なかなか、神の心で生きるのは無理なのでしょうね。 力を持つと、欲の心が発動してしまう生きものだということなんでしょう。
これ以上、ここへ何か書くと
「睦輝は実は教団側だ」だの
「睦輝は結局教団側に懐柔された」だの
「睦輝は教団を右傾化方向へ改革しようもしてる」だの
好き勝手に言われそうなので、しばらく投稿自粛します。
最後に。
Nさんは改革に賛同している人であり、御自身も中から教団を変えようとされています。
ですが、あくまで教団側の人であり、批判派ではありません。
そこは加藤ハルアキさんの認識違いです。
改革派は、批判派だけではありません。
私の想いとしては「今の教団を変えたい・良くしたい」と思う方ならば、批判派でも教団側でも「改革派」を名乗って頂いて構わないですし、手を取り合い助け合えば良いと思っております。
https://twilog.org/o_muthuki
#天理教を改革する
名指しで「認識違い」と言われたので回答させて頂きます。
「批判派」とは、普段から批判的言動を繰り返す人の事でしょうから、N氏は教団に対して『批判派』では有り得ませんね。私が睦輝さんの文章を読み違えたようです。お詫びと訂正をさせて頂きます。
確かに「改革派」を名乗るのは個人の自由でしょう。
でも、一言で「改革」と言っても、
真柱や本部員の世襲制度をやめろ、
教会の縦の繋がりを廃止(教会規則の変更)し全ての教会を本部直轄にしろ、
と云うのも改革でしょうし、
部下教会や末端教会に「もっとお供えを揚げろ」「信者を増やさないとクビにする」と云うのも改革(現在は信者を増やさなくてもクビにはなりませんから)だと言えるでしょう。
あるいは、誰かが「俺に大教会長をやらせろ」と主張するのも「現状を変えるという改革」なのかもしれません。
つまりは「今の教団を『このように』変えたい・『誰にとって』良くしたい」が分からないと、改革派かどうかなんて議論は無意味です。
どこを変えたい、何を良くしたいのかを表明せず、現状の教団に流れに従っている、助長しているような言動をしている、黙認して盲従している人のことを「改革派だ」と言われても、何を信じれば良いのか判断が出来ません。
手段や方法、実現の可能性なんて構わないのです。
現状のどこに問題が有り、それをどのような形にするべきだと主張し、その目的達成のために言動が一致している人を「改革派」として信用できると思います。
その主張の内容も方向も見えないのでは、手を取り合う事も助け合うことも出来ません。
現行天理教の改革は、名称も含めて教祖の教え通りの宗教になれるのか、なれないのか一点のみです。
少なくとも、これまでの皆さんのご意見を始め経験からは、決して教え通りの姿ではないと感じています。
東風Z さま
>現行天理教の改革は、名称も含めて教祖の教え通りの宗教になれるのか、なれないのか
「教祖の教え通り」という点に異論はありません。
また、現状の組織の状態、そして本部発信や全国で語られる教義解釈が「教組の教え通りではないのではないか?」という疑問を私も感じています。
それに、東風Z様がたびたび言及されているように「本部は重要な文書や教えを秘匿している」ようですから、教祖の教えは『誰にも分からない』という事になってしまいます。
また当り前のことですが、「天理教」の「教義裁定者」は真柱です。真柱が「これは間違っている」と断じない限りは「間違っていない」という強弁も組織の中では通用してしまうのです。
だからこそ、個人個人の思案でいいから一つ一つの解釈や具体的な改善部分などの意見交換を行い、少しでも教祖の教えに近付ける継続的な作業や活動が必要だと考えます。
私は護憲派です。改憲派ではありません。
このブログを通して知ったことを調べるうちに、また真柱様の祭文を通して国家神道の考え方が天理教に影響を与えたこと、詰所が世界大戦時に軍部に使用されたこと、かつて柳本に飛行場があり、そこから特攻隊が飛び立っていったことなどを知りました。
お墓地に東條英機書と書かれたお墓があります。
天理教の縦の厳しさも理解できた今繰り返したくないという思いでおります。
亡くなられたみさとブログの先生のことも非常に気になりました。
繰り返したくないというのは、詰所が軍部に使われることです。
なので百田氏のビラの文章は賛同させていただきました。
>睦輝は実は教団側だ」だの
>「睦輝は結局教団側に懐柔された」だの
>「睦輝は教団を右傾化方向へ改革しようもしてる」だの
>好き勝手に言われそうなので、しばらく投稿自粛します。
この社会学を読み返しても、どなたも上記のようにMさんを断定的に評価している記述は見当たりませんね。
疑問を投げかけることはあっても、TwitterでNさんに投げかけられたような内容、すなわち、
Nさんを脅すような言い回し、
訴訟をちらつかせる文意、
これらは社会学の中にはありませんよね。
緻密な考察はTwitterやFBでは表現しにくいのかもしれません。
Twitterは当初、短文をつぶやくというその表現は新鮮でした。今では短文で達意の文を書く難かしさを感じています。
社会学の皆さまのから寄せられた一連の内容には(文章の長短を問わず)長年の経験を心の中で反芻され熟成されてきた深いご指摘、
或いは緻密な思考を余すところなく、しかも心を開いて寄せられた長文、感服ものです。
訂正!
疑問を投げかけることはあっても、TwitterでNさんに投げかけられたような内容、すなわち、
Nさんを脅すような言い回し、
上記の「N」は「M」に置き換えて下さい。
大変失礼しました。
>私は護憲派です。改憲派ではありません。
このブログを通して知ったことを調べるうちに、また真柱様の祭文を通して国家神道の考え方が天理教に影響を与えたこと、詰所が世界大戦時に軍部に使用されたこと、かつて柳本に飛行場があり、そこから特攻隊が飛び立っていったことなどを知りました。
お墓地に東條英機書と書かれたお墓があります。
天理教の縦の厳しさも理解できた今繰り返したくないという思いでおります。
亡くなられたみさとブログの先生のことも非常に気になりました。<
日本国憲法は、日本国内外を問わず、広島や長崎、沖縄、硫黄島、ガダルカナル、アウシュビッツ等、その他数え切れない程の戦争の惨禍が二度と繰り返されないように作られた、世界にも類を見ない立派な憲法であると、私は一日本人として誇りに思います。アメリカから押しつけられた憲法であるという批判もありますが、日本国憲法全文を読むにつけ、この憲法の趣旨(精神)こそ世界平和と人類の幸福を維持存続させていく指針となり、不可欠のものだと確信しています。
太平洋戦争中、天理教教会本部は軍国主義に抗いきれず、「教団の保身」のために、一般信者さん達を軍需工場に「ひのきしん」という名目で「勤労動員」し、結果として軍需工場がアメリカ軍の空爆を受け、幾多の信者さんや勤労学生が犠牲になったという「歴史的事実」があります。また、特攻機が飛び立ったかどうかは存じませんが、柳本に小規模ながら戦闘機の飛行場(滑走路)があったことも事実です。天理教の縦社会ピラミッド構造は、戦時中と何ら変わっていません。二度と繰り返してほしくない、あの忌まわしい戦争が万が一繰り返されるようなことがあれば、教会本部は「教団の保身」のために、同じ過ちを繰り返すことでしょう。教会本部の「幹部様達」は「我が身かわいい」方々ばかりで、一般信者や末端教会がどのようになろうと「知らぬ存ぜぬ」を決め込むに違いありません。
「きてみてんり」何のことか分かりますか。
久しぶりに近畿に出て京都市営地下鉄に乗りました。近畿日本鉄道と京都市営地下鉄とは相互乗り入れしているらしく近鉄の車両が来ました。これって、その車両の乗降扉のガラスに20cm角くらいの四角い張り紙に書かれていた天理大学をアピールをする張り紙です。
天理大学に志願するなとは言いません。お好きな方はどうぞと言いたいが、天高二部同窓生が天理大学に進み教義を深めようと史料集成部に入室を希望したところ全く相手にされずじまい。あんたが来る場所じゃない雰囲気。
このようなところに入学して何を学ぶのか。仮に、私が高校生で授業料無料でも行かないね。
この同窓生は、そこそこの教会の息子でした。
史料集成部の中身って、廃棄されずに残っているだけマシとは言え、教団にとって余程都合の悪い史料がいっぱい詰まっているのでしょうね。
父の叔父は柳本に住んでおられました。その叔父は父や祖父母の生活を支えました。英語を予備校で教える程の英語力をお持ちでした。そしてその方に英語を教えて頂いたことがありますが、退屈で続きませんでした。
その方は私に米軍の解読をしていたことがあると伝えてくださいました。解読とかなら東京とかでやるんじゃないのかと胡散臭く(申し訳ないです。)思っていました。けれど、柳本に予科連の飛行場があったと御高齢の方にお聞きし、また父の叔父の息子さんに御葬式でお会いした時、その米軍の解読の話を息子さんが御存知なかったこと、軍事機密の存在などを知り、また本土決戦に備えて天皇陛下を迎えるための場所のひとつであるどんづるぼうの地下壕を作りかけていたことなどを知り、柳本が日本の軍事的通信場所の補欠のような(?)場所を有していたと知りました。
多く人の集まる天理に近かったこと、それが関与していると思えてきました。(これは想像です。)また予科連の飛行場は練習場だったと書かれている文章がありました。
天理に集まる心身のしっかりした人材を戦地に赴かせたくありません。現在天理に北朝鮮の対策の施設が出来るという文章を読んだことがあります。
しっかりと考えて進んでいかねばならないと思います。
現在、事情教会の数が全教会の8割とも9割とも言われています。
この状態が長年続いてきた背景には、大教会の設置基準があるのではないかと考えています。
正確な数字は忘れましたが、部下教会の数が50を越せば、大教会の名称が許されるというようなことだったように思います。
従って、自分の部下教会の数が50を割ると、大教会の名称が取り消される可能性も出てくるので、事情教会であれ何であれ、部下教会の数だけは減らしたくないという意識が働いているのではないでしょうか?
こういう状況を解消するには、現行の教会序列を解消して、すべて本部直属の教会というフラットな組織にするというのも一つの考え方ではないか・・・などと思量しますが、如何でしょうか?
ただ、大教会という既得権を守りたい大教会長ばかりが居る限り、こういう改革は実行される見込みはありませんが、このまま推移すれば、現行の天理教システムは、崩壊への道を辿る意外に選択肢はないでしょうね!
数のことやフラットにすることも大事だと思いますが、課税もひとつの手かなとおもいます。税金を払ってまで宗教をやりたい人はいないと思いますので、崩壊が一気に進むかと、、、 今の安倍総理ならそのうちとれるところから、、、、
天理教の現状は事情教会率90%。100%目指して絶賛衰退中というところですからね。部下教会の定義を「活動している教会」にし、事情化したら実質的には廃教会なのですから部下から外せば大教会は皆無になると思いますw。
もう信者もおらず、後継者も居ない、教会を盛り返す力もない高齢の会長さん方からも、彼らが出直すまで、「お供え」や「会費」などの名目で、年金を使わせたり、酷い話では、生活保護の金からも払わせたりしているらしいが、血も涙もないと言われても仕方が無いだろう。
もう教会としての活動は無理だと判断したら、金を取るのは止めてあげたらどうですか?
「今まで長年、神様の御用に、お尽くしくださいましてありがとうございます、これからは少しのんびりして、ください。」そう言って、やすらかな老後を過ごさせてあげる、それぐらいはしてあげて欲しいものだ。人間として。
>部下教会の数が50を越せば、大教会の名称が許される
ある直属の関係者が少々困惑気味に話してくれました。
「大教会の名称が許される」は間違っている。本当は本部の命令なんだよ。
分教会側から大教会になりたいと言い出すことはないんだ。
本部が大教会になれと言い出して、その後 分教会側から願い出る形になってるんだ。
その目的は、金だよ。
一つの大教会から、三つ 四つと大教会が出来れば、新たに本部に金が流れるルートが三つ四つと増えるんだ。
このやり方で戦前に、沢山の大教会が生まれたんだ。
だから、部内分教会を沢山持ってる分教会を狙い撃ちにして大教会にしてるんだ。
例えば、甲賀大教会の直属に近愛分教会があるけど その近愛を差し置いて、その部下教会から中野や岐美、東農など大教会にさせられたんだ。
上級の近愛は今でも分教会のままだ。
福島の磐城平は部内が48しかないのに無理やり大教会にさせられたんだ。
嶽東大教会部内の千葉県にある館山分教会は、千葉県で最初に大教会なるのではと言われていたが金銭に係る事情からかその部内の網走が大教会になってるよ、
要するに金の集まる分教会を狙って大教会にしてるんだ。
網走は善衛と個人的に付き合いがあったみたいだし、元々ゴマすり派かもね。
>自分の部下教会の数が50を割ると、大教会の名称が取り消される可能性も出てくるので、事情教会であれ何であれ、部下教会の数だけは減らしたくないという意識が働いているのではないでしょうか?
分教会は個々に本部に金を納めているが、それとは別に大教会も部内の教会数に応じて金を納める事になってるんだよ。
大教会側は、本当は事情教会を整理したいが、本部側は数が減るとその分 実入りが減るから大教会側が事情教会を整理したいと本部に要望しても本部が絶対に認めないんだ。
更に今年になって、本部は事情教会の未納分を過去にさかのぼって大教会が支払えと要求して来たんだ。
部内が増えれば増えるほど大教会側が本部に納める金が増えるんだ
部内が400を超えるのは敷島しかないのにわざわざ400でラインを引いて敷島の納入金を更に増額してるんだよ。
これじゃ敷島の後継者夫婦だって置手紙して逃げ出すのも無理ないよな。
あいつらは、本当に金に汚いんだよ。
部内教会が50や60の直属は、部内のほとんどが事情教会だと思うよ。
別席場においてある道の友の統計表見れば分かるよ。
初席者の数が軒並みゼロだろ。
末端分教会は被包括関係を解消して離脱できるが、直属は多くの部内を抱えているから身動き出来ないんだ。
夜逃げした岡山大教会家族や追放された郡山大教会夫妻、札束で叩き出された中根大教会長達は存外幸せかもね。
うちの会長夫妻だっていつ追放されるか分からないし、追放されたら住むところは無い、収入はゼロ、隠し資産もゼロ、結局は生活保護者になるかもね・・・
だから、直属はみんな黙って現状に甘んじているんだろうな。
でもね、今では直属の子弟の殆どが世間に出てしまっているんだよ。
直属は、大体四つの分けられるんだ。
一つ目は後継者が順調に決まるパターン
この場合は、本部にすり寄るゴマすり派と自分で考える事ができない洗脳状態派で占められる。
二つ目は、後継者が優秀だと世間に出る(逃げる)パターン
後継者が優秀だと大学卒業後に就職してしまう。次男が優秀だと次男も逃げる。
こうなると後継者は無能な弟に回って来る。
こう様にして世間で通用しない無能な会長が誕生するんだ。
三つ目は、大教会夫妻に子供が生まれないパターン
子供が生まれない直属の例はけっこう多い。近親婚の影響が強いのかも知れない。
この場合、金のある大大教会には、本部から養子に入るんだ。
高知の島村は永尾から、高安には松村が、河原町も永尾から
本当にあいつらはずる賢い。
四つ目は、後継者が鬱になったり不祥事起こしたりするパターン
八木や網走、神川は後継者が鬱になってる。
金に係る不祥事や賭け事、DVや不倫など沢山ありすぎて説明しきれない
会長に就いた後、苦悩を処理しきれないと自殺してしまう事になるんだ。
本部在籍者も似たようなもんだ。優秀な人は世間に出てしまう。
例えば西浦さんの三男は、外資系保険会社チューリッヒの日本支社代表だし、四男はヨーロッパのオーケストラの奏者をしてる。
逆に37とか38で本部に戻ってくる奴もいる。
そのわけは、本部準員になる目安が40歳らしい。だから、アリバイ作りに40前の2年から3年本部勤めをして本部準員なるんだろう。
この春も、本部に戻ってきた本部員の息子がいる。数年したら本部準員だね・・・
世間に居ても大して優秀じゃなかったんだろう。
優秀だったらこんな組織に戻ってくる訳ないし・・・
この様にして本部や直属は、無能な連中が集まる組織になったんだ。
百年祭では、「白紙に戻って一から始める」のスローガンで多額の金を集めてきたが現状の本部は帰参者激減だ。
近鉄天理と京都の直通運転も昼間は廃止されてしまった。
既に、奈良や京都や大阪からも信者が来ない状態になってるんだ。
「白紙に戻って一から始める」の言葉通りだ。
本部は、これから徐徐にそして確実に白紙に戻っていくんだ。
自分も、早く身の振り方を考えるんだ。
もし会長夫妻が追放されたら、自分が食べさせていかなければいけないからね・・・
>数のことやフラットにすることも大事だと思いますが、課税もひとつの手かなとおもいます。税金を払ってまで宗教をやりたい人はいないと思いますので、崩壊が一気に進むかと、、、 今の安倍総理ならそのうちとれるところから、、、、<
宗教法人法や税法を改正し、宗教法人に課税できれば、宗教を「隠れ蓑」にして金儲けを企む連中も減るのではないかと思いますが、日本の政治家は、選挙の「票集め」のために、宗教団体と敵対したくはないので、課税することはないでしょう。まして自民党は公明党と敵対したくはないはずですし、「英霊」を祀る靖国神社や、伊勢神宮、橿原神宮等の「皇室ゆかりの神社」から反感を買いたくないはずなので、宗教団体への課税は実現しないと思います。
愛町分教会も、本部から大教会になるように打診があったそうです。条件を満たし、教会数を50にすることは難しくないですが、「親(上級である麹町大教会)を超えない」という理由で、断ったらしいです。
愛町の部内教会はひとつ。
大教会クラスの布教所がいくつもあります。
布教所は増改築に関して、教会のように届け出や、教区長や大教会長の立ち会いもいらないので、非常に動きやすく、本部の講習の先生(本部員)も、「愛町の布教所はうまいことやってますね。鼓笛も盛んです。建物の増築の手続きも楽です。やはり、教会と布教所の違いが明確に見えますね。」とおっしゃってました。
部内数が40すらない大教会もあります。
青年会が作ったアプリに、教会の系統図がありますが、山名から分離した名京ですが、山名から山名と名京に分かれています。
他の大教会の分かれ方と違う表記なのですが、どういった流れがあったのでしょうか?制作ミスではないとはおもいます。
わかる方がいましたら、教えていただけると幸いです
天理教 諸井国三郎で検索してみてください。
諸井国三郎先生について(宗教)-天理教教祖中山みき口伝等紹介として簡単に載ってます。
後継者争いの結果のようです!
災救隊の皆さん、熱中症にはくれぐれもご留意頂いて無理はしないようにしてください。
無理を重ねると年齢を経て腰痛が出ることが多いんですよ。
ところで、宗教活動とは本来「かみのりいふく」が無いように祈り、活動することでしょう。
でも、そのようなことが可能なのでしょうか。具体的にはどのような祈りや活動をすればいいんでしょうか。
少なくとも、おカネ専一では駄目ですよ。立派な神殿はじめ普請をしても、災害は一向に減らないばかりか、増える一方ではないですか。
30年後にはもうこの世には居ないんですが、孫たちは居ると思うんです。その頃の気温は、真夏になると44℃にもなると予測されています。
それこそ、神さん助けて、といいたくなります。神のご守護はあるのでしょうか。
>少なくとも、おカネ専一では駄目ですよ。立派な神殿はじめ普請をしても、災害は一向に減らないばかりか、増える一方ではないですか。
30年後にはもうこの世には居ないんですが、孫たちは居ると思うんです。その頃の気温は、真夏になると44℃にもなると予測されています。
それこそ、神さん助けて、といいたくなります。神のご守護はあるのでしょうか。<
将来30年以内に、南海トラフ巨大地震が発生する確率は70%と言われています。非常に高い確率です。また、自動車や機械の燃料として石油をはじめとする化石燃料を大量に消費してきたため、大気中の二酸化炭素量が増え、結果として、地球の温暖化に拍車をかけています。このところの猛暑や異常気象の原因かと思われます。また、海抜の低い国々は海水面の上昇により水没の危機に瀕しています。現代文明は人間の生活を非常に便利にしましたが、その裏返しとして、地球規模で環境問題を真剣に考えなければならない時代となってきています。こうした問題を解決していくには「神さん」に頼るよりも、原因を探り、世界人類の英知を結集して解決策を見つけていく以外、方法はないと思います。いくら人間の英知を結集したところで、巨大地震の発生は不可避であり、甘んじて受けなければならないと思いますが、被害を最小限度にくいとめるための知恵や術は見つかるかもしれません。
この何年か、自然の猛威は増すばかりである。
エデンの園に成っていた知恵の木の実を、蛇にそそのかされて、こっそり食べたアダムとイブは、神の怒りに触れて追放された。これが、キリスト教の言う、人間の原罪である。
しかし、知恵の木の実で得た知恵と、人間が本来持っていたエゴイズムで、人間は文明を進化させてきた。それは他の動物を絶滅させ、戦争を起こし、化学で作った毒物を巻き散らし、地表をコンクリートでおおい、地球環境を悪化させるものであった。
最近の天変地異は、神の、人間のエゴの肥大への警告であろう。
天理教でも、神の大掃除という言葉を、よく目にするようになった。親神、みき様の教えられた、「一列兄弟、互い立て合い助け合い」という言葉を、もっと人間たちが、天理教お偉方たちが、理解し、素直に聴き入れていたら、少しは、違ったものになったかもしれない。
愛町の布教所は固定資産税どうしているのでしょうか?
うちの家の布教所は教会の飛び地境内地にして税金払わなくてもよくしています。
土地建物すべてお金はうちで出しましたが名義は教会になっています。
親が決めた事とはいえ教会に出て行けといわれたら家を失います。
初めて書かせていただきます。教会で見るな見るなと言われて見に来て見ましたが、私も書かずにはいられなくなりました!中山家とその血縁の方々の横暴ぶり本部組織が酷いです。真柱さんも身上になりますわ!神様はお怒りなんでしょうね。
百田直尚樹氏の講演会があると知った時はここまで来てしまったのかと思いました。
教外の私がとやかく言うことではないのでしょうが明治から入信しそれに繋がる者の一人として自分の人生に多大な影響を受けた者として何とも言えない思いです。
主催者ははっきり記載されてませんがチケット窓口が青年会本部もしくは道友社の書店なら世間的には天理教主催と言うことになりましょう。
煉獄行けさん(2018年7月27日5:31PM)のコメントは代弁していただいたように思いました。
また、匿名さん(2018年7月27日9:30PM)の信仰者としてのコメントには私もそう願いますが無理だろうなあなどと思いながらも感動いたしました。
ごめんなさい。 訂正 百田尚樹氏です。
愛町の布教所は愛町の飛地境内地になっていると思いますよ。Googleマップで検索すると愛町分教会愛○町布教所とでるのはその為だと思います。
愛町が今でも初代の頃と同じように栄えてるのは天の理に沿っているのかと思います。他の教会も真似をすれば同じようになれるのかな?
国家神道の十六弁の菊。
これが天理教の表に据えられることのないように願っています。
>愛町が今でも初代の頃と同じように栄えてるのは天の理に沿っているのかと思います。他の教会も真似をすれば同じようになれるのかな?
失礼ながら、2~3ヶ月程前、ツイッターに「愛町分教会系のとある布教所」の信者さんと名乗る方が、良く書き込みをされてました。
その布教所夫人の講話が「どう考えても教祖様の教えに反する」のだそうです。
たとえば、
「子供でも一番上の子は10の徳、2番目は半分の5の徳、3・4番目はその半分の2~3くらいの徳しかない。」
とかいうような内容だそうです。
残念ながら、ツイッターに書き込んでいるのがバレて責められ、ツイッターからは消えてしまいました。
初代の頃がどうかは不明ですが、確かに、どう考えても教祖様の教えに反してます。
そんな布教所が栄えているのが不思議でなりません。
たとえ栄えるとしても、そんな教えを説きたいとは思いません。
愛町は男尊女卑でもあり、旦那様を三つ指ついて迎えろとか、女は男の徳分の半分にも満たないから、男を立てろと。そうすれば家庭が上手く行くとか。
夫にしてみたら「愛町に通いだした妻」が優しくなれば反対する理由が無いから、こうして家族丸ごと信者にするんだ、と思いました。
近所の公民館の「良い話が聴ける会」に行ってみたら天理教愛町の名前を伏せてそんな話を聞かされました。今の世の中、男女平等意識は当たり前。当然、徳分も同じであり、教祖はお松め松のへだて無しと仰るのに、この愛町は本当に天理教名乗っていいのですか?教祖とは教理が違うし、関根豊松を神のように崇めているし、関根教では無いかと思ってしまう。
天理教は大教会毎に教理の主張や信者への強制の流れが違うと聞きますが、教理に一貫制の無いこの「宗教法人天理教」とは一体何なのか?
奈良判定
ボクシング協会問題
接待リスト
盛大なお出迎え
言う事には逆らえない等
天理教と同じですね
天浦、本理世も栄えてますけど、
土下座とか母親講座とか
いい評判は聞かないですね。
栄えてるところには、裏が
あると思います。
いずれも洗脳です。
そんな事を本部は望まないだろうが…。
「教祖の教えに無い教え」を暴くべきなのだろう。
各系統、大教会によって説かれる教えが異なっていては「当たるも八卦」の世界になってしまう。
教学、宗教学の研究者の方々が教会本部に邪魔されることなく研究ができる環境なのかどうか。
資料の開示に関する非協力的な本部の対応に関しては社会学にも投稿されている。
天理教の根本が揺らぐような資料が隠されているとすれば、その隠蔽こそを親神が立腹されているのではないか。
真柱の身上がスッキリ快癒されるには、もしかすると、この一点の心定めが必要なのかもしれない。
いやいやながらであったかもしれないが真柱職をこれ迄務めてこられた集大成のお勤めとして、資料室の門戸を研究者に開くという英断を期待する。
2018年8月1日 10:15 AMの匿名様の仰る通りです。
秘庫を開放することです。実現するまで同じことを云い続けましょう。私が所属していた教会の信者さんたちは、史料集成部があることすら知らされていませんでした。私も天高二部に行っていなかったら多分知らずに終わっていたと思います。
匿名です さま
ご存知の事と思いますが、念のため。国家神道の十六弁の菊の紋と、月日の紋とは似て非なるものです。月日の紋は十二弁の菊です。つでに、月日の扇も現在のおつとめに使われる扇とは似て非なるものです。片方は日の丸ではなくて三日月です。
梅鉢紋が天理教の紋なんて、思い上がりも甚だしい。
現在の日の丸の扇を何の違和感も無く使って来ましたが、これは天理教が応法の道に進んだ時に国旗をかたどって作ったものだと思いますが、二代が教理を不完全ではあるが復元した時、扇も日と三日月になぜ復元しなかったのでしうか。
資料集成部をかたくなに閉め切る意図は、公開されるとトップ集団に不利益な事が隠されていると思う以外に考えられません。面は天使、腹は悪魔で神を語った人間思案のこんな強欲集団に、我々信者は命をかけて振り回されて来たのかと思うと、虚しい限りです。
>天理教は大教会毎に教理の主張や信者への強制の流れが違うと聞きますが、教理に一貫制の無いこの「宗教法人天理教」とは一体何なのか?<
ずばり言います。法律上は「宗教」ですが、本質はビジネス以外の何ものでもありません。天理エンタープライズです。
>うちの家の布教所は教会の飛び地境内地にして税金払わなくてもよくしています。
土地建物すべてお金はうちで出しましたが名義は教会になっています。
親が決めた事とはいえ教会に出て行けといわれたら家を失います。<
おっしゃる通り、「教会本部から出て行け」と言われたら家を失うことになります。同様の事情で悩んでおられる末端分教会や布教所は少なからずあるはずです。唯一の方法は天理教豊文教会のように教会本部から離脱独立することです。
百田さんの講演はいつどこであるんですか?
>本質はビジネス以外の何ものでもありません。天理エンタープライズです。
ビジネスとは、正統な、仕入れや販売などの商業行為をして、利益を得る行為であるが、天理教のやっていることは、ビジネスにも該当しない。
それにビジネスであれば、法人税、固定資産税など、きちんと支払わねばならない。
天理教がやっていることは、教団教理(中山みき様の教えとは乖離した、教団に都合の良い捏造)を、まことしやかに信者に吹き込み、洗脳し、信者から金を巻き上げるという、悪質極まりない詐欺行為に過ぎない。 そして、「宗教法人法」を隠れ蓑に、税金を一切払わない卑劣な団体である。、
以上のことを、言い過ぎだと言えるだろうか? 的確に事実を述べたと自負している。
>初めて書かせていただきます。教会で見るな見るなと言われて見に来て見ましたが、私も書かずにはいられなくなりました!中山家とその血縁の方々の横暴ぶり本部組織が酷いです。真柱さんも身上になりますわ!神様はお怒りなんでしょうね。<
教会が「見るな見るな」と言うこと自体、見られたら困る内容が投稿されているということですね。要は教会が「我が身かわいい」というホコリまみれになっているということです。教会が「見るな」という権限などどこにもありません。
>ビジネスとは、正統な、仕入れや販売などの商業行為をして、利益を得る行為であるが、天理教のやっていることは、ビジネスにも該当しない。
それにビジネスであれば、法人税、固定資産税など、きちんと支払わねばならない。
天理教がやっていることは、教団教理(中山みき様の教えとは乖離した、教団に都合の良い捏造)を、まことしやかに信者に吹き込み、洗脳し、信者から金を巻き上げるという、悪質極まりない詐欺行為に過ぎない。 そして、「宗教法人法」を隠れ蓑に、税金を一切払わない卑劣な団体である。、
以上のことを、言い過ぎだと言えるだろうか? 的確に事実を述べたと自負している。<
「ビジネス」、「エンタープライズ」という表現は、語弊を生む不適切な表現でした。即、撤回します。「天理教のやっていること」は、上記のとおりに相違ありません。全く同感です。
所詮は営利法人中山商店。神を商売道具とする中山家の個人商店でしかないのでしょう。本部にいる貴族たちは月次祭=かき入れ時くらいの感覚だと思います。
そういえば開祖はビジネスを成功させる秘訣を「高く買って安く売る」といっていましたっけ。宗教は元手0ですから「元手なしで高く売る」でやっていますよね。
宗教法人法など行政に守ってもらいたいために、親安倍、親自民党アピールの百田講演でしかないと思いますよ。
信者やその他一般人には天理教主催であることはできればバレたくないでしょうけど、保守派に忖度してるアピールを優先させるためにはまぁ致し方ない程度のことだと思います。
献金をあてにするよりも、法人への優遇をなし崩しにされない方をとったのでしょう。
いずれにしても姑息だとは思いますが、正しさよりも延命をした糞みたいな集団であることには変わりがありませんね。
>天理教がやっていることは、教団教理(中山みき様の教えとは乖離した、教団に都合の良い捏造)を、まことしやかに信者に吹き込み、洗脳し、信者から金を巻き上げるという、悪質極まりない詐欺行為に過ぎない。 そして、「宗教法人法」を隠れ蓑に、税金を一切払わない卑劣な団体である。<
それはそうと、いつまでこうしたことが「公然とまかり通る」のでしょうね? 既に、自殺者を含む多くの犠牲者がでています。「大きな社会問題」として世間一般に周知し、「巨悪の根」を断ち切ることはできないものでしょうか? オウム真理教の「地下鉄サリン事件」のような前代未聞の事件でも起こらない限り、国家は動かないのでしょうか?
こんなご意見も
http://www.asyura2.com/13/hasan81/msg/671.html
まあ○○と○○などはキャッシュバックなど方法はいくらでもあってお友達内閣ならなんとでもすると思います!
こんなご意見も
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13168802808
うちの信者さんにも元愛町の方がおられ色情のことは結婚するまで男も女も○○をしてはいけないといわれているそうです!
脱税しているよりはいいかも、、、やはり駄目かも! おやさまの教えはにないので
おやさまはひとをたすけなされやといわれたのでまずはそこから正していかねばと思います!
お金のことよりも人をたすける、ひとをそだてる、それを第一義に考える団体であり、自分でありたいです。
渦中のボクシング協会ですら、会長に様はつけていません。
あの組織以下・・・
東風Zさん
>月日の扇も現在のおつとめに使われる扇とは似て非なるものです。片方は日の丸ではなくて三日月です。
匿名さん
>二代が教理を不完全ではあるが復元した時、扇も日と三日月になぜ復元しなかったのでしょうか。
これ、修養科とか、信者になる前の過程で「なんで日の丸の扇になったか」の説明があるんですか?
おつとめは天理教にとって最も重要な儀式ですよね?
信者マン2号さん
>教会が「見るな見るな」と言うこと自体、見られたら困る内容が投稿されているということですね。要は教会が「我が身かわいい」というホコリまみれになっているということです。
「見るな」という人は投稿内容が事実なのを認識してるから、何か聞かれたら返す言葉がないんでしょう。
>教会が「見るな」という権限などどこにもありません。
まったくその通り。
いおり様
扇がなぜ日の丸になったかの説明は修養科でも聞いてない気がします。
私は応法の道に進んだ時に天皇を象徴する日の丸に変えたと勝手に想像しています。
おつとめが最も大事な儀式なら、復元の時、三日月と日の扇に変えるのは簡単な事だった思います。
昭和40年代だったでしょうか、復元の一環として、神殿上段にぐるりと張り巡らせていたしめ縄や、白い紙のひらひら(呼び方が判りません)や、左右に榊の木を配置する形式などを廃止した経緯があるのに、なぜ、儀式の要のおつとめに使用する扇を教祖の時の形に復元しないのか不思議です。
皆様はお知りになってると思いますが15年ほど前に愛光分教会長(当時)大野佐七氏(88)が住み込み(59)に殺される事件があり慄然としたものです。裁判経過は知りませんので二人の間になにがあったは存じませんが住み込み年数は20年くらいとのこと。その間もっとも近くの関係であっただろうと推測して。
大野氏は愛町分教会初代会長関根豊松氏により入信した方で著書『人間は魂の徳に立つ』『お助けの中で神を見た』などがあります。
謝罪文を出し削除したそうです。削除された内容は、会長である山根明氏の責任を認める文だそうです。
日大問題と言い、トップの責任逃れが甚だしい日本社会 かたや宗教である天理教も例外でなく 教義改ざん 違法行為の上層部の責任逃れが横行している。 真柱は頭の病気になるのも当然だと思う。
ここまでくると天理教や中山家やその親族血族は呪われているとおもうのは私だけでしょうか?
日本ボクシング連盟 山根明
https://brandnew-s.com/2018/08/01/yamaneakira/
大野佐七氏が住み込み男性(20年間!の住み込み)に殺害されていたことは知らなかったので検索したところ、真柱に関する思いがけない記述を見つけた。
http://tenkoku0805.blog9.fc2.com/blog-entry-4.html
出直された、みさとブログの植田義弘先生の記述
「わが人生 逆転の日」2009.12.30
長文なので是非植田先生の原文にあたることをお勧めする。
先生はかねてより「世界たすけ」を標榜する前に「復元」を徹底することが先決ではないか、また、戦後の体制が神一条と隔離した二重構造になっていると考えられていた。
これを指摘した「復元へ更なる歩みを」という文書をまとめられ、善司真柱の手元に届けられたばかりか、読んでいただくことができ、しかも全集会員を前にしての質疑応答の機会も設けられようとしていたそうだ。
ところが実現せず、その経緯が簡単に記述されているので一部分転載する。
以下コピー;
主査室主任は、直ちに異端に近いとの批判を含んだ答申を表統領はじめ集会に配布するとともに、私を集会に呼ぶことは「集会の歴史に汚点を残す」とまで言って反対の意向を表明したのであった。このままでは引き下がれないと判断した私は、主査室の批判に対する弁明書を提出し、そのコピーを再び全集会員に配布してもらった。
主査室主任は私の所属する大教会長を呼び出して、真柱様が激怒されているからお詫びに行くようにと脅かしたので、あわてて大教会長が真柱様にお会いすると、怒るどころか検討するようにと表統領に回付されたことが判明した。
真柱は少なくともこの件では「聞く耳を持たない人」ではなかった!
異端と決めつけたのも当時の主査室主任。
天理教団の社会的トップは真柱であるはずが、部下が越権行為をしていたのか。
先の甘露台倒壊事件の際に真柱に相談もなく、木製甘露台がすぐに据えられてしまい、真柱が立腹したとか聞く例が思い出される。
このように真柱を軽く見る連中は何なのだろうか?
教団の中に巣くう利権集団が有るという指摘が当たっているように思えてならない。
恐らくは性格的に穏やかな真柱はこの、どうしようもない連中の事は「神が見ている・・・」とばかりに気を収められたのかもしれない。
けれど、立場の責任を全うする勇気を持って頂ければ、神様も後押ししてくださるはずだ。
・木製甘露台は倒壊後の再建を通じて、私のような素直な信者には、単なる木製模型であることが判ってしまい、以前のように拝む気持ちは雲散霧消してしまった。(雲散霧消という表現を使ったのは人生で初めてだ!)
・研究者に資料室の門戸を開くことは本当の親神の教えを確認するためには必須。
・おつとめの扇の文様を本来の月日に戻すことは別派のおつとめで使用されている事と問題を切り分けて検討すべき。月日文様にしても別派では上品な金色だったように記憶する。
蛇足だが殺人事件でヒットした書き込みはみさとブログに投稿されていた。(以下コピペ)
(投稿者の気持ちはわかるが、フグ料理は誰かに招待され、ご馳走に預かっていたのかもしれないし、ちょっと判断は保留したい。)
>大野佐七が我が身殺されるの見本だからだ、財産全てを奪って夜警小屋に住まわせ
>生活態度が悪いと言っては天理教的に言った「おしこみ」財産を全て奪っておしこみ
>没した会長の嫁は大阪で懐石料理を息子と食っていた、愛光分教会の厨房ではミンチ入りの
>冷めた、タマネギのあんかけの粗食、会長の嫁はフグ懐石。信者も減った。
大野佐七の高級な背広に身を包んた肖像写真を著書巻頭に載せていたのを思い出す。ご立派な神の道を説きながら、周囲に奉られ、慮られ、自然と奢っていたのではないか。ボクシングの山◯会長みたいに。
著書で言ってることは素晴らしいが、部下に殺される程の怨念、怨みを買う様では只の人以下だったのだと思う。その著書で持てはやされる反面、その贅沢な身なりに甘んじているのを疑問に思っていたが、本人云く、自分が要求したのではない。どうぞ身につけて下さいと周囲が献上してくるので、有り難く着させてもらっているみたいな事を書いていた様に思う。そういった忖度に甘んじる精神がやはり只の人レベルなのでしょう。
教祖の様な正真正銘の本物なら、固辞して清貧に生きるのだろうが、やはり欲望には勝てない凡人だった。山◯会長レベルの人だったのかも知れない。知らずしらずのおごりは怖い。
こどもおぢばがえり中の修養科辞退がとまりません
なんのためにここにきたのかわからなくなっているそうです!
組織はなくとも信仰できる! 様
それは「ひのきしん」が原因ですか?
>こどもおぢばがえり中の修養科辞退がとまりません
なんのためにここにきたのかわからなくなっているそうです!<
横から口を挟むようですが、お許し願います。
おそらく、修養科に来る前に聞いていた話と、「おぢば」に来て感じた現実のギャップにショックを受けたのでしょう。社会経験のある常人なら当たり前のことだと思います。誰しも辞退したくなるはずです。
>15年ほど前に愛光分教会長(当時)大野佐七氏(88)が住み込み(59)に殺される事件があり慄然としたものです。裁判経過は知りませんので二人の間になにがあったは存じませんが住み込み年数は20年くらいとのこと。
http://blog.livedoor.jp/mkosetu/archives/21190403.html
この記事によると、
会長に「講和が長い。出ていけ。」と言われ、カッとなり、分教会長の左胸を刺した。(朝日放送)
信者に行った講話の方法や生活態度について、大野さんから注意されたといい、「カッとなって刺した。自分も死ぬつもりだった」などと供述している。(読売新聞)
ということであるが、住み込み20年の間に、随分とうっぷんが溜っていたであろうことが想像される。
大野会長が、どのような態度で接していたかは知る所ではないが、この住み込み人にとっては、忍耐することが多かったのではないだろうか。
天理教の「住み込み」は、主人と使用人の上下関係であり、おそらく無報酬であり、いいように使われていたのだろう。私は、はなはだ疑問に感じるが、「住み込み」という制度は、信仰に、良い効果をもたらすものであろうか。
本席は、みき様の、屋敷に住むように、との言いつけに、何度か迷ったあげく従ったが、まつえさんの心無い冷たい言葉に、本席一家は辛い思いをされたようである。心折れることも多かったと思われるが、わずかな手間賃などを稼ぎながら、神様のようなお心の本席だからこそ、お通りになることができたことであると思う。
この大野会長刺殺事件は、「住み込み」という不自然で理不尽な天理教独自の制度が引き起こしたのではないか、と思えるのである。
「住み込み」についてよくわかりませんがこの住込みの方は20年前の大野氏との出会いは人生が180度も変えるものだったのだろうと思いました。60代後半の大野氏は30代後半の彼にとっては親というか敬愛に足る師ではあったのでしょう。大きな喜びであったでしょう。私はそう思うのです。だからこそ慄然としたのです。すべてを捨てて大野氏にならってお道一筋に生きようと住み込みを決意した。そう思えるほど大野氏の存在は大きかったのだろうと思います。
しかし現実は日々こんなはずではないということが蓄積していったのではないでしょうか。「みなきょうだい」「陽気づくめ」の生活とは違う生活。抜け出すには違う価値観がなければなりません。この世界しか住むところのなかった彼は殺人という形の自殺ではないかと思いました。59歳は普通に生きていても難しい年齢です。
飯降伊蔵は神(中山みき)に出合っていますし、神(中山みき)は本物でした。残念ながら大野氏は神ではなかった。
Facebookの投稿より。
『ボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太が、自身のfacebookで放った一言。
「そろそろ潔く辞めましょう、悪しき古き人間達、もうそういう時代じゃありません。新しい世代に交代して、これ以上、自分達の顔に泥を塗り続けることは避けるべきです」
健全なはずのアマチュアスポーツを食い物にする寄生虫みたいや輩はまだまだいっぱいいるんでしょうね。この際、しっかりと消毒と漂白しないと、日本も中国みたいになってしまいます。』
健全なはずの宗教を食い物にする寄生虫みたいな輩が天理教にはいっぱいる。しっかりと消毒と漂白をしないと天理教に未来は無い。
https://buddha-christ.com/2018/07/05/ より(ご参考までに)
危険なカルト宗教の見分け方
カルト宗教と呼ばれる新興宗教のうち、本当のカルトを見分ける方法はあります。
「セクトの構成要件10ヶ条」と呼ばれるリストの10項目のうち、1項目でも当てはまればその宗教は危険なカルト宗教です。
精神の不安定
法外の金銭的要求
住み慣れた生活環境からの断絶
肉体的保全の損傷
子供の囲い込み
反社会的な説教
公序良俗の錯乱
裁判沙汰の多さ
従来の経済回路からの逸脱
公権力への浸透の試み
知人の娘さんが被災の苦しさや諸々の辛さで生きている事が苦しい・・と言って天理教本部に夜中、悩みを聞いて欲しいとして連絡したが、自動音声が虚しく流れてくるばかりで、「ありえない、天理教本部は最後の命綱じゃないの?」と泣きながら私の所へ連絡してきた。確かに夜中だった。しかし、死にたい人は、夜中なのだ。その後、天理教の教会にもあちこち掛けたらしいが、一軒だけ電話に出てくれたそうだ。泣いている様子に少し寄り添ってくれた感じがしたが、こんな時間だからと、あっさり切られたそうだ。確かに真夜中だった。一般教会は仕方ない。
「天理教は終わってるね。何のための宗教なの。人の命を救う、人助けの宗教じゃないの?せめて本部は、自動音声では無く、当番制でもいいから人間の声が聞きたかった・・虚しくて感情のない音声を聞きながら悲しくなって泣いてしまった・・」と言っていた。
天理教本部は、24時間いつでも開放してるなんて言ってるなら、遠方の生きるか死ぬかの悩みを抱えている人々への温もりある対応が出来て然るべきでは無いか。聞いてる私もあまりの事務的な体制に腹が立った。天理教本部は一体、何を目指しているのでしょうか?人に寄り添う血の通った温もりは、災害救援で目に見える活動は世間に知れるが、真夜中の「死に行く人」には寄り添う気持ちは無さそうだ。地味な目に見えない事は宣伝にもならず、興味が無いらしい。ホットラインの当番制くらい出来るだろう。
私の様に、天理教から心が離れていくのは当然の事だと感じた。
被災者の心のストレスは、場合によっては命をも投げ出しそうになる。そばに居て想像を絶する過酷さだ。
本部は、一銭にもならない世間への宣伝になる様な派手なパフォーマンスでは無いが、ホットラインの設置なんかは当たり前の事では無いのか。そう言う発想は無いのか?情けない団体だとつくづく思う。
一銭にもならない世間より、宣伝になる様な派手なパフォーマンスが大事なのでしょう!
そういった人を上手に修養科に誘い願わくば毎月御供をしていただける信者に育てる。今のご時世そんな人はおりません!ご愁傷様! 期待するのが無理だと思います!
1円の御供ができるなら、アフリカの子供や日本の不幸な子供たちに寄付したほうがいいかと思います!
>天理教本部は一体、何を目指しているのでしょうか?人に寄り添う血の通った温もりは、災害救援で目に見える活動は世間に知れるが、真夜中の「死に行く人」には寄り添う気持ちは無さそうだ。地味な目に見えない事は宣伝にもならず、興味が無いらしい。ホットラインの当番制くらい出来るだろう。<
教会本部は、一途に「保身と金儲け」を目指しておられます。スローガンは「感謝・慎み・助けあい」ではなく「金儲け・金儲け・金儲け」です。もはや宗教ではありません。社会悪です。
崩壊様
>天理教本部は一体、何を目指しているのでしょうか?人に寄り添う血の通った温もりは、災害救援で目に見える活動は世間に知れるが、真夜中の「死に行く人」には寄り添う気持ちは無さそうだ。地味な目に見えない事は宣伝にもならず、興味が無いらしい。ホットラインの当番制くらい出来るだろう。<
聞いた話です。以前、事情相談の窓口があったのですが、一般の相談よりも上級に対する末端教会の不足や不満の相談ばかりだったそうです。
ホットラインが出来たら、恐らく相談に来る人は教会長ばかりになるかもしれません。
死ぬか生きるかギリギリの所で右往左往しているのは、取りも直さず一般教会長なのですから。
本部は末端の教会長の意見を聞く耳は、決して持ち合わせてはいないと思う。
「住み込み」の問題について、本席様が、みき様の屋敷に住み込まれたことと、今の大教会やその他の教会に住み込みさんが入っているケースとは、レベルも意味合いも違うことで、本席を引き合いに出すべきではなかったと、訂正お詫びいたします。本席は、教組に魂を見定められた故に、ですから。
だが、今、大きな教会などで見られる住み込みさん達は、何故、その教会で、神様の御用、並びに、教会の雑用を、殆ど無給で勤めなければならないのだろうか? 所属会長の返事は、徳を積ませる、あるいは神の用木として勤めさせる、と答えるだろうと思う。が、その実態は、前の投稿でも述べたように、無給の使用人に過ぎず、死ぬまで便利にこき使われる存在でしかないように思える。せめて、相応の賃金なり、渡すべきだろうと思う。
匿名 2018年8月2日 3:32 PM 様 のご投稿の中に
>大野佐七が我が身殺されるの見本だからだ、財産全てを奪って夜警小屋に住まわせ
>生活態度が悪いと言っては天理教的に言った「おしこみ」財産を全て奪っておしこみ
大野会長を刺した住み込み人が、財産を全て大野会長にお供えしたような記述が見て取れる。財産を全て会長に献上し、尚且つ、20年間もの間、奴隷のように仕え、会長から厳しい口調で叱責されてきたとしたら、私は、刺された大野会長よりも、その犯人の方に、深い憐れみを感じざるを得ない。
普通に考えると洗脳であり、搾取であり、人権無視であるのに全財産をお供えをさせる者もさせられる者もそう思わないところが信仰(?)の怖いところですね。お供えしたことにより位置関係も変わってしまい無財産者になり、ただただ仕えることになってしまう。20年、長いです。私も殺人を犯した方の方に気持ちがいってしまいました。
「人間は魂の徳に立つ」「お助けの中で神を見た」それにしてもすごい題名です!私には怖くて近寄れないです。
天理教・哲学・思想ブログ『ボチボチ曖昧模糊な日々』小田久一氏より
新藤兼人監督の『1枚のハガキ』の冒頭シーンに天理教本部が出てるのですね。よく許可したと思って。
お地場が、たすけ一条のこのところ、だったのは本席様の香りが残っていた時代までなんでしょうか。
>普通に考えると洗脳であり、搾取であり、人権無視であるのに、全財産をお供えをさせる者もさせられる者もそう思わないところが信仰(?)の怖いところですね。
仰る通りですね。 現に全教会、毎月お供えを半ば強制的に上げさせられ、行事ごとやひのきしんにも、否応なく、金や労力を提供させられている、それらも含めて、上記のことが、多分にあてはまっていると思います。
一体、何の為に、信仰をなさっておられるのでしょうか?
愛町分教会が、大きくなったのは、初代、関根豊松教会長の、お助け、お授け、があったからでしょう?
この門をくぐって、助からぬ者はいない、とまで言われた、関根豊松教会長のお助け、霊能力でしょう。
息子が天理高校 2部に行っております、女房が、ようぼくで、私は、ただの父親と申します。
古い、村松吉太郎の著書にも、当時は、直ぐに、なにかと親神様に、お伺いを立てており
人間が勝手に、決める事は、無かったと、書いてあったかと思います
また、おじばで、神殿で、神の不思議、守護が得られてこその、天理教だとも書かれていた様に
記憶しておりますが・・
教会長なら、お授けの不思議、神の守護を取り次げてこその、教会長でしょう?
天理教は、ただの、講和宗教では、無かったと、思ってましたが、違うのでしょうか?
息子が、作業で捻挫した時、何人かが、お授けしてくれたそうですが
大半は効かなかったけど、陽心寮の寮長のお授けを受けた時、痛みと腫れが、急激に引いた
これには、息子も内心、驚いたそうです。
これが、あっての、天理教でしょう?
今の、別席、真柱様の、お授けの授与? には、正当性は無く、本来、本席様のはずですが
それでも、神は守護を下さる・・
教団の運営に問題があり、神の守護も、忘れ去られて、形骸化させたなら
それこそ、天理王の命は、教団から、手を引かれてしまうでしょう?
もう、教団からは、引かれているのかもしれませんけどね
本席の地位に就ける能力者を復活させ、神殿での、神の守護を実体化させなければ
次の真柱様に、変わったら、おそらく親神様は手を引かれるでしょう
そう、感じませんか?
私の知り合いの、天理教に関わる霊能者ですが、そう言っておりましたし
私も、そう思っております。
ネットによるおたすけ 心が洗われます。
https://ameblo.jp/sikitou2027/entry-12216784052.html
古い元教会長 様 悩み苦しんでおられる方々へ
何度も同じ内容を投稿いたしますが、教会本部が目指しているのは「教団の保身と金儲け」以外の何ものでもありません。教会本部の「お偉い先生方」は「我が身かわいい」「我がさえよくば」というホコリまみれの方々です。ホコリは長年にわたって、こびりついてしまったため、毎日、朝夕、「あしきをはろうて」と唱えて、形だけの「おつとめ」をしても、ホコリははらえません。難儀・苦労をし塗炭の苦しみの渦中にある人達の相談を365日、24時間体制で受ける気持ちなど、毛頭ありません。また、全教規模でそうした体制を整えていく意思すらありません。
しかし、今にも自らの命を絶つほどまでに悩み苦しんでおられる方々の話を、365日、24時間体制で「ひたすら聞いてくれる」団体があります。社会福祉法人「奈良いのちの電話協会」です。この団体は、かつて私がしていた仕事上、関わりをもち、公的な講演会の講師として電話相談員を講師として招いたこともあります。電話相談員は専門的な講習を受けた方ばかりです。また、公的な組織なので、相談される人々の「思想信条・宗教の違い」等には関係なく、話を聞いていただけます。天理教の訳の分からない「いんねん話」を聞かされ、今にも自死しようとして錯乱状態にある心を、余計に乱されることもありません。電話相談員の方々は、ひたすら、「相手の言いたいことを聞く」ことに徹しておられますが、悩み苦しんでいることを第三者に冷静に聞いてもらえば、気持ちも少しは楽になるはずです。「奈良いのちの電話協会」のアドレスは以下の通りです。
http://www.nara-inochi.jp/m3_1_3.html
家族より組織が大事ですか?
組織より家族を優先したほうが良くないですか?
大事な家族を守れなくて
何のための天理教なのですか?
理の親といわれる人々が理の子を捨てているのですから
理の子も親を捨てることになるでしょう!
立場よりも人を慈しむ心があるかないかが重要だとおもいます。
立場のある人はより上から目線で人に接してないか重々自重する必要があるかと思います。
人の恨みは20年たっても30年たってもつもり重なっていくものなので、、、、、
真柱が頭の身上も治せない天理教、人一人の病気も治せない宗教は宗教といえないでしょう。真柱の中山家の通り方が悪いと神様がおっしゃったわけでしょう。以前より天理教団から中山家とその親族を追放しようと言う過激な意見が見られましたがあながち間違っていないと思うようになりました。 違法行為、法人乗っ取り、など宗教家として有るまじき行為を許してはいけません。どの用意して世間に顔向けするのか精神を疑われます。当教会もただでさえ信者が少ないご時勢 この一年で離れていった信者が3分の1以上になりました。信者さんは本部への不信感を募らせての事です。私達布教師には中山家より信者さんの法がどれほど大切か中山家は一切関係ない。親孝行 などと本部も大教会や上級は言えど、親は神様だけです。それ以外の親がいるのでしょうか?いい加減虚言と虚構の教理をほざき倒すのは中山家の責任とも思えてくる。その「理の親」政策で得したのはまぎれもなく 中山家とその親族 出しかない。
知人に聞いた話本部員はボクシング協会の山根明とそう変わらないらしい。大教会長も偉そうな輩ばかりだが本部員となればそれ以上 古き悪しき体質がドンドンバッシングを受けるこのご時勢 いつまで中山家とその血族は教団にしがみつけるのか 教団を悪化の一途をたどらせたのは代々の真柱つまり中山家に他ならない。世間知らずの田舎者なのでしょう。
アマチュアボクシングで333人が不正告発
https://www.youtube.com/watch?v=KL5tm3MDMok
天理教に、教団の求心力があるとすれば、神の力、神の守護だけでしょう?
理屈や生活で付き合っているのは、惰性と言う物でしょう?
理論理屈なら、本だけ読んで、家でお勤めしてたら良いんです
何の為に、信仰してるんでしょうか?
今は、人で不足です、教会やめても、生きていく手段はございます・・
お授けで、何にも感じない、神の実在が信じられないなら
教会長でも、辞めた方が良いです。
それは信仰では無く、本部員も教会長も、ただの仕事ですよね
ただの、ワークです
次期、真柱様、予定者も、真柱は、ただの仕事ですね
神殿の写真に、かっちょいい!って・・終わっております (笑)
教祖殿には、教祖の姿がうっすらと感じ取れます、きっと信者の
祈りも、嘆きも、聞いておられると思います。
皆さん、さっさと、教会長とか、信者とか、辞めたらそれで済むけど
それでも、本部が変わってほしいと、願い、中山家を嫌うのは
やはり、心では、神への、神を求める、信仰があるからだと思ってます。
それがあるから、親神様は、まだ信者を見捨てる事はせずに
正当性の無いお授けでも、信者の本心の祈りには答えて下さる
まだ、間に合う? もう間に合わない?
残された、猶予の時間は少ないと感じますよね・・・・
真柱様が頭の身上 高慢てことやろ 中山家やその周辺は高慢で有名 市内でも金のつながりある人以外は 天理教に迷惑してるしな 中山家は良く思われてないあからな 高慢では有る 真柱は代々高慢やろ
>それがあるから、親神様は、まだ信者を見捨てる事はせずに
正当性の無いお授けでも、信者の本心の祈りには答えて下さる
まだ、間に合う? もう間に合わない?
残された、猶予の時間は少ないと感じますよね・・・・<
「親神様の鉄槌」が下るまでの残された時間は、ほとんど無いでしょう。親神様は現天理教の有様に絶望しておられることでしょう。「だめ(最後)の教え」を広く伝えるために、中山みき様の身体に降臨された親神様の思いは、ものの見事に裏切られてしまいました。親神様は天理教以外の宗教を新たに立ち上げようとしておられるのかも知れません。あるいは、人類の有り様に絶望し、一旦、人類を絶滅(出直し)させて、全く新たな「creation(創造物)」を造ろうとしておられるのかもしれません。現人類には想像すらつきません。
地場には親神様はいません。そういえばシスターがこういっていたのを思い出しました。「神様はお互いの心の中にいらっしゃるのよ」
教団の中は北朝鮮です。脱天者は毎日出ています。ある教会関係者が愚痴っていました。「びた一文金を出さないのに口だけ出す」。お供えだけでは無理なので事業をしたいのに本部の許認可を必要とするのはおかしいです。苦しいのに助けてくれたことがあったでしょうか?
天理教プロテスタントのすすめ
プロテスタント
プロテスタントとは、カトリック教会に批判的になったカトリック教徒、
マルティン・ルターが指導者となって新たに築いた教派のことです。
元々「プロテスタント」の語源となっている言葉には、「Protest」(抗議する)
という意味が込められているので、カトリック体制に対して強烈な反発意識を
もって名づけられた教派ということになるでしょう。
プロテスタントの最大の特徴は、組織の簡素化にあります。
先ず、教派の長となる人が存在しません。
プロテスタントの聖職者はみな「牧師」であり、その中で、特別大きな権力を
もった人はいないのです。
そして、面白いことに、牧師を本職とせず、何かと兼業しながら牧師としての
活動をしている人も多数います。
また、他教派では聖職者の婚姻に関しては非常に厳しい規則があり、例えば
トップに君臨する人には婚姻が許されていないという規則は多く存在しますが、
プロテスタントの場合はその点においても自由で、婚姻関係を結び、家族を
作ることもできます。
プロテスタントの場合は、牧師がいて祈祷ができれば、全てが教会となり得る、
そのようなニュアンスに似た考え方があるからか、聖堂などを立派に構えては
いません。
教会も非常に簡素で、装飾されていないこともまた特徴的です。
こんにちは。 関根豊松、分教会長さんの、古い講演レコードのデータを聞かせてもらいました
身を捨てて、親神様に委ねよ、と仰っておりました。
天理の至宝と言われた、関根分教会長さんの、霊能力は、凄かった様ですね
やはり、天理教は、神の不思議、守護あっての天理教だと思います。
私は、お供え掲示板で書いた様に、女房が、ようぼくでも、私は他の信仰を持ち
そこの会員であり、そこから神霊能力を得た、ただの父親ですから
天理教にも、神のお力、守護にしか、興味はありません
私は、天理王の命は、絶対神とは違うと認識しており、天理王の命様が、教団から
手を引くと言う、友達の霊能者のお告げを聞いても、実は気にしておりません
人類全体の問題には、ならないと思います。
手を引いた場合、それでも、親神様を身を捨てて一心に祈る信者だけには
守護を与えて下さる、再び関根豊松先生の様な方の出現を、待って下さるのか?
一切、お勤め、お授けに対して、守護をなさらないのか?
どちらなのか? これについて、模索しております。
一切、守護をなさら無いなら、お勤めも無意味になり、自然と、人々が
さらに、教団から、離れてしまい、甘露台も自然に倒壊するでしょう
関根豊松先生の様な方、一心に祈る信者には、守護を下さるなら
教団本部を離れた所から、新たな、天理教を率いる人材が、生まれてくる
可能性が、あると思っております。
どちらでしょうね? 私が、おじばにて、天理王に祈り、問いかけて
感じるのは後者の方であり、中山みき様の、御心ですかね?
熱心に人助けに奔走している、教会長とか信者とかを
見捨てる事は、しないと、信じたいですね。
ここで、天理教を、非難する気持ちは、判りますけども
それだけだと、神から見たら、教団本部の方と同じに見えるかと思います。
関根豊松先生の様な、方の再来を期待したいですね・・
「天理教プロテスタントのすすめ」のようにいけば理想的ですが人間のやることなので現実は。。。
プロテスタントは賢者だけで構成すれば中で哲人政治ですが実態はそうではありません。原理主義的解釈で顕正会と同じになりお供えも重たくプチ麻原がぞろぞろ。まだカトリックのほうが出家制度がありトップも選挙で決まり、本山が管理するため麻原が出現せずお供えも軽く信仰生活も楽な分ましです。実際お供えの重さに辟易しプロテスタントからカトリックへ宗旨替えする人多いです。
教団本部の人達は借金をして、その返済の苦しみを経験したことがあるのですか。
経済的な苦労だけではない、気持ちも重いものを抱え込んでしまうのです。15年間に及ぶ返済期間中を病気をせずに、無事に過ごせるだろうか。いや、家は買わずにこのまま借家に住み続けようかと葛藤する。
さらに追い打ちをかけるように、子供の学費のことを考えなければならない。
銀行に相談する段階に入ると、銀行は積極的に貸してくれるかというと、そうでもない。返済期間を20年にした方がいいですよとか、奥さんもパートに出ることを考えてくださいとか、生命保険の補償額を増やした方がいいですよ、さらには、過去に思い病気をしたことがあるか、サラ金に借金はしているか等と思いもつかない注文が出てくる。
ようやく、融資が決定して、さて返済が始まると元利均等返済では月々の返済額が8万円の内、7万円近くがが利息でした。元金はなかなか減らないのです。
真柱はじめ本部中枢の方々はこの実情をご存知ですか。大教会が神殿を建て替えたり、真柱用の来賓室を建てるために借金をするのは勝手です。このようなものは有っても無くても生きてゆけるんです。
でも、家は生きてゆくための最大の要件です。30坪にも満たない中古住宅はローンが終わった頃には、風呂は痛み、壁は罅が目立ち始める。畳も入れ替える時期だ。
そのような中からも、少額ではあるが教会へのお供えは続けてきた。6年前に教会を離れる時、会長からは一言のお礼の言葉もなかったばかりか、因縁が出るなどと脅しとも取れる言葉が出た。
その時、本部は何をしてきたのか。土地を買い漁り、収益ビルを建て、派手な子供おぢばがえりというパフォーマンスを繰り返して、肝心の教理の研鑚は何もされていなかった。
隠し事をしている教団の実態を知った時が、離れる決断時だった。今の思いは、ただそれだけです。
鼓笛隊、子供おぢ場帰りに参加していた子供たちも、二度と教団に近づかない、それがせめてもの心の安らぎだ。
お供え掲示板に投稿されていた大量の「ただの父親さん」のご意見は拝見していました。
ご自身の霊能力に関しての言及部分には、何か表現ができないモヤモヤ感を感じていました。
社会学の投稿を拝見して、もしかすると私が感じていたスッキリしない感覚は父親さんの基本的な立ち位置に在ったのかなぁと思い至りました。
①
≫私は、お供え掲示板で書いた様に、女房が、ようぼくでも、私は他の信仰を持ち
≫そこの会員であり、そこから神霊能力を得た、ただの父親ですから
≫天理教にも、神のお力、守護にしか、興味はありません
②
≫私は、天理王の命は、絶対神とは違うと認識しており、天理王の命様が、教団から
③
≫ここで、天理教を、非難する気持ちは、判りますけども
≫それだけだと、神から見たら、教団本部の方と同じに見えるかと思います。
天理教の教学と宗教学の研究でどのような見解が展開されてきているのか、無学の極みの私には承知しておりません。
研究者の方々に、或いはどなたでもご存知の方がおられれば、きっと、スカッ!と説明下さるでしょう。
因みに私の受け止め方を書きます。
①に対して
「神霊能力を得た」ことは良かったですね、と申し上げます。
所謂「行」、修行をする中で能力を得る方々もいるようですが、霊能力獲得に興味がある方は得られた力をどのような場で発揮したいと考えているのでしょうか。
それこそがオウム真理教に入会した人たちが目指した点でした。
もしも霊能力が有るのならば、その力を人様のためにやくだてること、これこそが欠けていては、ダメでしょう。有名にならず(名声を求めず)、人知れず幸せを祈って行動することが必須だと思います。
天理教だけではなく、世界の宗教では、「神の力・守護」だけではなく、心使いに言及しています。人間の心に対しての教えを説いています。「神業」にのみ重点をおく傾向は残念です。
②絶対神だと思います。キリスト教を代表とする一神教の一つであり、天啓を受けた開祖により始まった宗教です。
③ちょっと承服しかねます。父親さんがご指摘の「天理教を非難する」人の一人であるかもしれない私は、非難する気持ちだけだったら棄教するだけで事は足りるわけです。
ところが神様の存在を頭ではなく、実際に体験すると、絶対神の存在を知ると、単に教団を批判するだけでは人間として無責任になることだと考えが至るのです。
単純に言えば、何がダメなのか、どうしてダメなのか等々、これらを指摘され社会学掲示板に書き込んでおられる方々の共通認識はここでしょう。
天理教団には未来が無いと書いておられる方にとっても、「現状の問題点」が存在し、それを放置することは、誰かを不幸にしてしまうかもしれないという認識があるのです。
つまりは皆さん、自分のためではなく「他の誰かのため」に投稿されているのです。
謙虚な心で考察すると、批判する方々の事を現教団と同じとは思えないと考えます。
真正面からの反論になってしまいました。
しかし、父親さんに喧嘩を売る気持ちで書いたのではないことを強調しておきます。
「ただの信者」としての私見を書きましたので、まともに反論されないようお願い申し上げます。
キリスト教のように公式見解が編纂される日が望まれます。
失礼しました、訂正します。
誤:無学の極みの私には承知しておりません。
正:無学の極みの私は承知しておりません。
十年先に天理教本部がなくなることを想定して、教会の後継者といわれる方々は自分で食べる手段を考えておいた方がいいですよ! 道一条で通れた今までが奇跡だと思います!
天理教はなくならないと思うので、小さな町の小さな教会で半分サラリーマンでいいと思います。
匿名 さん、こんにちは。
反論、ありがとうございます。 反論は、当然でしょう
お供え掲示板でも、何度も書きましたが、この世界の成り立ち
神と人間世界の成り立ちの、認識が、天理教と私では、全く違うのです
だから、天理教や、グレートサムシング、と言う発想、思考からすると
私の言う事は、モヤモヤしてしまうと思いますが
ここで、長々とする話でもありませんよね。
私なりに、いや、そうじゃ無いんですよ、こう言う意味ですって
何度も繰り返せば、へえ〜 そう言う見方をしてるんだ? とご理解頂けると
思っております。
それは、また、別の機会、場所を選びたいと思ってますので、ご了承下さい。
天理教の友人、教会長、著書類を読んで、天理の霊能者とか、道の80年とか読んで
天理教世界観と、自分の知る大霊界世界観は、重なり、見方、捉え方の違いも判ってきました。
機会があれば、そう言う、お話の練りあいがしたいとも思っております (笑)
>天理教プロテスタントのすすめ
プロテスタント
プロテスタントとは、カトリック教会に批判的になったカトリック教徒、
マルティン・ルターが指導者となって新たに築いた教派のことです。
元々「プロテスタント」の語源となっている言葉には、「Protest」(抗議する)
という意味が込められているので、カトリック体制に対して強烈な反発意識を
もって名づけられた教派ということになるでしょう。<
カトリックとプロテスタントが袂を分かち、分派したそもそもの原因も「お金の問題」です。学校の歴史の授業で習われた方々も多いと思いますが、当時のローマカトリック教はキリスト教の贖罪思想を悪用し、「免罪符」という「紙切れ」を大量に印刷発行し、「免罪符」を買えば、この世で犯した全ての罪は許されるという「ふれこみ」で、純粋な信者に売りつけ「金儲け」をしていました。今で言う「霊感商法」、「詐欺」です。そうしたローマカトリック教に反旗を翻し、抗議(protest)したのがマルチン・ルターが率いるプロテスタントと呼ばれる信者です。今の天理教と酷似していると思います。教会本部をローマカトリック教に例えれば、教会本部に異議を唱え抗議している人達はプロテスタントということになります。「歴史は繰り返される」という諺がありますが、「万物の霊長」と呼ばれる人間は一体、同じ過ちをいくつ繰り返したら、過ちに気づくのでしょう? 広島の平和記念公園の碑文にも刻まれているように、戦争に限らず、過ちは二度と繰り返してはなりません。
ルターが分派してからカトリックのほうはいろいろと試行錯誤や紆余曲折を繰り返し、第二バチカン公会議にまで至ったわけです。かつての悪い親父は現在はお供えでもめることのない宗教団体に変貌しましたが、出ていった息子は今やすっかり放蕩息子でお供えトラブル。天理の場合は悪い親父がお供えでもめない宗教団体になれるでしょうか?また息子も放蕩息子にならないという保証はあるのでしょうか?
関根豊松さんが、真柱職に就いておられたら良かったのでしょうか。
現行天理教は、なぜ教祖の教えを正しく伝えることが出来なくなってしまったのでしょうか。
高野友治氏著「教祖おおせには」に次のようなことが著わされています。
「てびき」の教理がどうして
「いんねん」の教理にかわったのか
に、教祖のお話の主体は、よふきゆさんの世界づくりにあるとを考察した。この節においては、どうして「てびき」の教えが「いんねん」の教えにかわったものか、それを考えてみたい。とあり
さらに、ここで、ほんとうなら、明治20年(1887年)までの教理書を調べ、そのなかに「いんねん」の教理があるかないかを確かめ、つぎに明治20年代の教理書を調べ、そこに「いんねん」の教理がどのように展開しているかを調べ、その変遷の状況を割り出すべきだと思う。
しかし、それは省略し、筋だけを書くことにする。とし、次に続いている。
明治20年までの書きものには「いんねん」の話はなかったと思う。「おふでさき」にはある。しかし、それは「もとのいんねん」の意味であって、善因善果、悪因悪果の意味ではない。
明治20年代になると、因果応報的な「いんねん」話が、胸をしめつけられるように強く出てくる。そういう印象をもっている。「以下略」
教祖亡き後に、すでに教理の改竄が芽生え始めていたのである。「おたすけ」の目覚ましい成果が教理の研鑚より先行してしまったのであろう。
第2バチカン公会議までのカトリック教会は「ヒラ信徒」という呼び方さえあったように、信徒の役目は、ただ 「従い、祈り、献金する」(Obey, Pray, Pay)と思いこまされてきた人たちが、自分たちが教会なのだという悟りを得て、受け身の生き方から「主体」としてイエスに従う者の共同体つくりに参加するようになりました。
また「ミサを捧げる主役の司祭」と「ミサに預かる受け身の信徒」から、教会共同体が積極的に参加し、ともにいのちを生き、養う感謝の祭儀が実現されるようになったことも、公会議のもたらした有意義な新しさなのです。
神の子として等しく対等な立場にある兄弟姉妹としての教会共同体において、女性の働きは、無視されてはならないでしょう。どの小教区を見ても、女性の存在がなければ日常的にその潤滑な営みが、はなはだしく損なわれることは明らかです。今一度、イエスがどのように女性と関わられたかを、祈りのうちに観想し、深め、祈り、識別することが求められています。
諸宗教対話
第2バチカン公会議までのカトリック教会は、「教会の外に救いなし」という「真理」を固く守り続けてきましたが、公会議は仏教、ヒンズー教、イスラム、ユダヤ教など他宗教について、教会がそれぞれの宗教の中にもある真理を受け入れ、相互理解を深めることを勧めました。また、ヨーロッパの歴史と文化の中に根をおろしてきた反ユダヤ思想を否定し、さらにすべての人は等しく神の似姿であること、人種、宗教、肌の色、生活の条件などによって差別されてはならないことを強調しています
ただの父親 様
すみません、いくつか質問させていただけますか?
>天理の至宝と言われた、関根分教会長さん
関根分教会長さんの事を「天理の至宝」と誰が仰っているのでしょうか?本部からの発表ですか?
>私は他の信仰を持ち、そこの会員であり、そこから神霊能力を得た、ただの父親
「神霊能力」というものがよく分かりません。
これがある人と無い人では何が違うのでしょうか?
>天理王の命は、絶対神とは違うと認識
「ちょいとはなし」でも月日親神は「このよの地と天とをかたどりて、ふうふを拵え来るでな」程度しか述べられておりません。その後、人類にちょっかい出したとか手を加えたという記述は見当たらないようですが、絶対神とはどのような存在ですか?
>関根豊松先生の様な方、一心に祈る信者には、守護を下さるなら
おふでさきには「たすけでもおがみきとうでいくでなし」(3-45)とありますが、一心に何を誰に祈るのでしょうか?
私が修養科中に関根豊松氏の逸話について耳にした中では、
「ある晩近所の犬たちが吠えて煩いので、関根豊松氏が『犬が煩くて嫌だなぁ』と溢したところ、翌朝には近所の犬が皆死んでいた。」とか、
「関根豊松氏は、必要なモノや欲しいモノを口に出さんくても、すぐに誰かが持って来てくれたり用意してくれるほどの(徳の有る)人だった。」というお話がありました。
こういう逸話は「事実だ」として伝わっているのでしょうか?
いきなりの不躾な質問で申し訳ありませんが、ご返答頂ければ幸いです。
宜しくお願いします。
>かつての悪い親父は現在はお供えでもめることのない宗教団体に変貌しましたが、出ていった息子は今やすっかり放蕩息子でお供えトラブル。天理の場合は悪い親父がお供えでもめない宗教団体になれるでしょうか?また息子も放蕩息子にならないという保証はあるのでしょうか?<
宗教を信仰するのは「不完全な人間」なので、同じ過ちを繰り返さないと断言はできません。「放蕩息子」にならないという保証はありません。現代でもアイルランド紛争のように、カトリックとプロテスタントが対立し、悲惨なテロも発生しました。また、ミャンマーではロヒンギャという少数派イスラム教徒が、圧倒的多数を占める仏教徒の国ミャンマーから追放され、難民となり苦労しています。宗教は人間が幸福に生きていくために本当に必要なものなのか、私自身考えずにはおれません。
マタイ伝(21-42)に、イエスが<詩篇>から引用されて話されたところがあります。
「家を建てる者たちの見捨てた石、それが礎(いしずえ)の石になった。これは主のなさったことだ。私たちの目には不思議なことである」
ここにある「家」とは教団組織のことでしょう。とすると、「家を建てる者」というのは、その教団の中枢幹部、ということになります。天理教で言えば、真柱・本部員、というところですか、そういった人たちが見捨てた信者さんが、新たに生まれ出る教団の礎(いしずえ)の石となった、という意味でしょう。
イエスご自身、ユダヤ教の幹部によって除外されたのですが、その後新たに生まれ出たキリスト教の礎(いしずえ)の石となられました。そしてキリスト教は世界に広まりました。
こうしたことは、神がなさることだと思います。
<詩篇>に「これは主のなさったことだ。・・不思議なことだ」 と書いてあるのですが、おやさまも「不思議が神」と言われているように、神のお働きによるものだと思うのです。
「たれにたのみはかけねども みなせかいがよりあうて でけたちきたるがこれふしぎ」
と言われているように、教会ができるのは、神の不思議なお働きがあるからだと思います。
無理にやってはいけないのではありませんか?
無理にやると、前者の轍(てつ)を踏んだものとなり、また同じような矛盾を抱えた教団をつくってしまうことになりはしないかと危惧します。
(信仰は教団のためにするのではなくて、やはり各個人の心の中で培(つちか)うものだ、と思うのですが・・)
↑すみません、ぶたまんです。
>明治20年までの書きものには「いんねん」の話はなかったと思う。「おふでさき」にはある。しかし、それは「もとのいんねん」の意味であって、善因善果、悪因悪果の意味ではない。<
因縁話で心を呪縛され、長年に亘り多くの信者達は如何に苦しい信仰生活になった事かと思います。
二代真柱正善氏は昭和35年に書いたその著書、「陽気暮らし」32ページの中で次の様に述べています。
天理教では来世というものを問題にしていないことを言っておきたいと思います。来世の安息であるとか、極楽浄土、地獄焦土と言うような死後の世界像は描きませんし、したがってこうした死後の世界と現世の因果応報的な関係などにも言及しておりません。
天理教では現世のみを問題にするのです。現世での人間の幸福を考えるのであって、教理では来世とか死後の世界の為に現世があるのでなく現世は現世の為にある、と言うことになっております。
そして現世での幸福の究極の姿が「陽気暮らし」なのです。
「陽気暮らし」中山正善 著より抜粋
教理と言うものはこのようにして徐々に歪められるのでしょうか・・
やはり教祖の生きた時代の教理には因縁話は無かったと言うのが事実でしょう。
正善氏の後、今現在に至るまで、教団は因縁話をあたかも真の教理の様に信者の心の中にすり込んで来た。因縁切りを理由に根拠の無いお供え金をも取り上げて来た。
因縁と言う脅しの様な教理に我々は洗脳され恐れ苦しんで来ましたが、教団はその時々に教理を歪めて来たと言う事実を、命をかけて信じた信者はどう受け止めたら良いのでしょうか?
二代真柱は、天理教では現世のみを問題にするとハッキリ言っている。そして因果応報的な関係には言及しないとはっきり言っています。
因縁の呪縛から逃れる考え方
刷り込みによって強迫観念となっている因縁のさとし。
お供えやら、ひのきしんの手が欲しいからといって、いつ迄も因縁話を説いていては真の解決にはならない。
これは各自が以下のように認識すれば、強迫観念から回避できるので参考にしてください。
人間は生物なので両親から受け継いだ形質、DNAは間違いなく体内に持っているから、代々の人間が考えたり感じたりする「傾向」は似てくるのは当然と受け止める。
何か事に当たって、取捨選択する場合も、おそらくはそうした形質が働いているだろう。
だから、良い方向に行くのも、又はついつい悪い方向を選んでしまうのも、自分の選択の結果、これは当たり前の事。
天理教教師から、悪い結果を因縁と決めつけられても、これは自分の形質の結果だと、事実そのままを受け止めればよい。
身上の場合は上記がもっと鮮明にかかわっていることは、現代では常識のこと。諭す側が学ぶべきだろう。
その場合、ストレスが原因・引き金になって発症する病気も有るのだから、「心の傾向」を分析して諭すことは有効になる。
勿論、自分で悟ることも可能なわけだ。
つまりは人間に対する理解力を深めることが大事ということだ。
ぶたまんさん、賛成です。上記の匿名です。
こんにちは。 私がここに書いたのは
私の女房の祖母が天輪教徒であり、女房もようぼくであり
実家には、天理教布教者も出入りしており、うちの子も小さい頃から
おじば帰りに参加していたので、その流れか
長男が、天理高校2部に進学したので、その関係で私も別席に
参加する事になりましたし、いろいろと天理教の友人もでき
天理教とは、何であるのか? 興味のある事から、勉強しております
ですが、私は、30年来の、日神会の会員であり
大学生の時、人生に行き詰まった時に、日神会教祖の本に書いてある通りに
自己浄霊を行なったら、強いエネルギーが全身に流れ、体の不調が回復して
以来、会員になって、自己浄霊、他者浄霊、魂の向上を目指しています
会の守護神に導かれて、ここまで来てますので、私が天理教徒に
なる事は、あり得ません
ただ、天理教に参加していても、何も困らない、過度のお布施も
強要されないし、ごちゃごちゃ説教を受ける訳でも無いしね
基本、自分の立ち位置をハッキリさせてるから困らない
なので、教団運営に興味が無く、興味があるのは、実在神である
天理王の命様です、この実在神にアクセスしてみる事
中山みき様の、想いを聞く事でしょうか
ここでは、あまり、そう言う神の話が出ないので
逆に、なぜだろうって思うんですよね。
って言うだけですよ・・まあ私は、こんな感じです。
関根豊松先生のお話は、天理の霊能者と言う本と、今度友人が
資料を貸してくれるらしいので、それも読みますけど
そこからのお話です。
因縁につて。
因縁を軽々しく口にする人間を簡単に信用してはなりません。現時点での事象が、過去の自分、もしくは先祖の因縁であるかどうかは、神に聞かねば正確な事は解らないからです。事故で片腕をなくされた私の患者さんと、ドイツ軍との戦闘で片腕を無くした、アメリカ上院議員ダニエル イノウエ氏が同じ因縁を背負っていると言い切る天理教人は大罪を犯しています。何故か。それは、神に聞かねば分からぬ事を、神に成り代わり語る行為は、語るのではなく騙る行為であると断言できるからです。そうであるか、そうでないのかわからぬ時、そうでなかった場合、神の威光を利用した詐欺行為になることを肝に銘じるべきです。先日、ある方にこう言われました。娘さんが軽い妊娠中毒症をおこしていましたが、おさずけを頂き無事出産しました。いつもこのおびやゆるし類似案件には疑問をかんじます。もう天理を離れて40年になりますので記憶は定かではありませんが、稿本教祖伝に、妊婦の信心を改めて、体調を回復する話があったと思います。この一件は、教祖の口を通じて、天理王の命が語った神がかかわった事実があります。しかし、この方の場合、神が関わっていたと仮定しても、生まれて来る子に、何もわからなない胎児に天理教を押し付けていることになります。神を騙る行為の可能性、生まれ来る子供の信仰の自由に対する人権侵害、軽々しく因縁を口にしたり、過去一度きり神が関わった事実を、時空を歪め勝手に現在に当てはめる行為は、何か恣意的で、どこか安易なのではないのでしょうか。
日神会
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11120401691
匿名
2018年8月8日 2:30 PM
なるほど 日神会も天理教も同じですね
そして創価学会も幸福の科学も その他の諸宗も・・・
親神は教会(宗教)を否定してます。
要するに神と人の関係を、宗教と言う概念で捉えては駄目だという事でしょう。
>事故で片腕をなくされた私の患者さんと、ドイツ軍との戦闘で片腕を無くした、アメリカ上院議員ダニエル イノウエ氏が同じ因縁を背負っていると言い切る天理教人は大罪を犯しています。何故か。それは、神に聞かねば分からぬ事を、神に成り代わり語る行為は、語るのではなく騙る行為であると断言できるからです。そうであるか、そうでないのかわからぬ時、そうでなかった場合、神の威光を利用した詐欺行為になることを肝に銘じるべきです。<
全くその通りだと思います。精神的に弱っている人に、根拠のない、訳のわからない「因縁話し」をすれば、その人の心をより一層傷つけ、ダメージを与える場合もあります。
なるほど? (笑)
くだらないネットの情報を持ってきて、何か、悟られましたか?
宗教と信仰は、もちろん違うものでしょうね。
まあ、理論理屈を学ぶ位なら、神に直接、教えを請う方が良いと思いませんか・・
天理教からは、それが失われてしまった様です。
残念な、事だと思いませんか?
私は、理論理屈を学ぶ宗教には興味が湧きません、神と直接つながる
信仰を欲しているのです、だから、御筆先に興味は湧きません
天理王の命 様、 存命の教祖様と、直に交流をする事に、興味があるんですよ
息子の関係とはいえ、せっかく、別席を運んでいるんです
その時間、無駄にはしないつもりですよ・・(笑)
神を信じる人は日常生活の中の折々に、それぞれの形で神につながろうとしているものです。
宗教の種類を問わず、です。
言わずもがなの事ですが、神と直接つながる方法はひとつではありません。
神の働きを感じる能力は、修行など、必要としないものです。
父親さんはご自分の宗教が最上の道と捉え、修行に励んでいることがこれまでの投稿で読み手に伝わっています。
繰り返し何度も長文の投稿を「お供え」掲示板に投稿されていたのか、当時は宣伝活動だと判断していましたので拝読するにとどめていました。
けれど最近になって場所こそ違え、ここに投稿が再開されたものを読み、気が付きました。
父親さんは奥様と腹を割って信仰に関して話ができていないのではありませんか?
ご自分的には折り合いをつけ、息子さんの進学も認め、別席も認められたのでしょうが、父親さんの「いらだち」は、奥様に対するいらだちを、この場への投稿という行為で解消しているように見えます。
上記は非難しているのではなく、分析しただけですから、見当違いであればスルーしてください。
人間って、自分の心の奥底は自分でもわかっていない事って有りがちです。
一番大切な家族との腹を割っての話し合いは霊能力の向上よりも大切でしょう。
余計な事を申し上げましたが、家族あっての自分という立ち位置を外してしまう結果、泣きを見るような例が社会には溢れています。
ご返事ありがとうございます。
現在、女房も、日神会の会員です。 女房は何でも良いんですよ・・(笑)
女房がようぼくなのは、修養課を、出ているんですが、天理教についての
知識は、ほぼ無いんです・・それは、日神会に対しても同じ
そう言う人って、珍しく無いですよね・・ただ、おじばに参拝だけしてる人
参拝して、賽銭投げて、満足してる人、うちの女房もそう言う人です〜
宗教を作るな! 神的に言えば宗教を作ると、神から離れ、理論理屈が
先行して、人の我欲に左右されるからでしょうかね
だから、日神会は、会員同士の横のつながりが一切無いんですよ
天理教の布教者に、寂しい宗教ですね・・と言われましたが
神と私だけだから、これが信仰ですよって、答えました。
所属してる、◯邑教会長とは20年来の関係で、息子の面倒も見てくれるから
感謝もしてるし、会えばお布施も、包みます
でも、私が神に濃い事を承知してるので、対等な関係ですよ
この間、初めて、教会長に誘われて、おじばの夕勤めに参加しました
教祖殿で、壇上を見上げ、想念を教祖様に合わせる様に向けた時
ああ、見てらっしゃる、聞いてらっしゃる・・と感じました。
そんな感じですね。
天理王の命は、金色のオーラ・・、高い神様、正直、畏怖を感じますが
想いまでは、まだ、判りません
私はそう言う感じです・・楽しませてもらってます
こんにちは。 投稿はこの位にしておきます
天理の霊能者を読んで、息の授け、水の授け、昔はいろいろあったんですね
関根豊松先生の項目を読んで、凄い! と思いました。
この方は、別格の新霊能力者だと言う印象ですが、友人に頼んで
関根先生の講演のレコードのデータも聞かせてもらいました。
愛町分教会は、女房の実家の近くですので、一度見学でもしたいと思いますが
ネット上では、現在の愛町分教会は、何か評判が悪いですね (笑)
関根先生は、本席様に授けを受けた世代、正当な授けを受けた世代ですね
現代の天理教では、これほどの、お授け? で良いんでしたっけ?
神の奇跡を実現したと言う、それができると言う話の方は
聞いたことがありません。
現在、お授けの効用、神の効力、落ちていると友人も言っています
天理王の命様が、次の真柱になったら、完全に手を引くと、おっしゃっているらしい
そうなったら、完全に、効かなくなるのか? お勤めもカッコだけになるのか?
それとも、真剣に親神様を求める信者には、答えて下さるのか?
どっちなんだろう?
別席を運んで思うのは、泥海古記でしたっけ、聞かされてる話も
松村氏の著書では、学者を入れて、公認の為に作ったとも、書いてありました
10回、ボケ〜って聞いたら、授ける? 何とも言えない印象ですけども
私は、経験の為に、真剣に聞いてますが
10回目は、次の真柱様になりそうですからね (笑)
まあ、これも、私の為に、経験しておこうと思ってますよ。
ありがとうございました。
訂正 新霊じゃ無く、神霊能力者
別席を9回聞いて、10回目に、真柱様から、授けを受ける? ですよね
自分の、信仰を深める為に、せっかくの機会ですからね、ようぼく の
称号も、授かって見ようと思ってる訳です。
それも、経験であって、私の信仰、自分の御守護神様への
祈りが、深まることがあっても、ぶれる事はありませんよ
私は、日神会の会員ですが、天理教を否定してる訳ではないんですよ
息子に縁があるからから、私も、経験しておこうと思ってるだけですよ。
失礼いたしました、ありがとうございました。
こんにちは。 投稿はこの位にしておきます
天理の霊能者を読んで、息の授け、水の授け、昔はいろいろあったんですね
関根豊松先生の項目を読んで、凄い! と思いました。
この方は、別格の神霊能力者だと言う印象ですので、友人に頼んで
関根先生の講演のレコードのデータも聞かせてもらいました。
愛町分教会は、女房の実家の近くですので、一度見学でもしたいと思いますが
ネット上では、現在の愛町分教会は、何か評判が悪いですね (笑)
関根先生は、本席様に授けを受けた世代、正当な授けを受けた世代ですね
現代の天理教では、これほどの、お授け? で良いんでしたっけ?
神の奇跡を実現したと言う、これ程の事ができると言う人の話は
聞いたことがありません、あったら、教えて欲しいです。
現在、お授けの効用、神の効力、落ちていると友人も言っています
天理王の命様が、次の真柱になったら、完全に手を引くと、おっしゃっているらしい
そうなったら、完全に、効かなくなるのか? お勤めもカッコだけになるのか?
それとも、真剣に親神様を求める信者には、答えて下さるのか?
どっちなんだろう?
別席を運んで思うのは、泥海古記でしたっけ、聞かされてる話も
松村氏の著書では、学者を入れて、公認の為に作ったとも、書いてありました
9回、ボケ〜って聞いたら、授ける? 何とも言えない印象ですけども
私は、経験の為に、真剣に聞いてますが
10回目は、次の真柱様になりそうですからね (笑)
まあ、これも、私の為に、経験しておこうと思ってますよ。
ありがとうございました。
Facebookの書き込みより。
中○○亮が天理高校の柔道部が優勝しためっちゃ嬉しいとかってFacebookにアップしてたけど、あの人は自分の知り合いが本部参拝してくれたとかそんなんばっかりやけど、道友社が本部の災救隊が広島に向けて出発したとかって載せてるやつでもシェアして「頑張ってきてください」とか入れればもう少し株が上がりそうな気もするけどな。
国内で災害おきても、その件に関してはなーんも言わん。
人が言うには「○柱の後継者としてではなく、いち個人としてのSNSなので」って。
いやいやいや、いち個人でもボランティアにいってる人は何万人もいるわけで、被災地に対してもエールを送る人も多い中、なーんも関心を示さないのってどーなん?
誰かれなしに、山のようにフレンドになってるのに。
いち個人でも最低ラインな人が○理教の最高位になるわけ???
なんかゾッとするわぁ(≖ᴗ≖ )
皆さんの意見を見ていくと本席(飯降、上田)の話か関根豊松(愛町分教会初代会長)だけしか良しとされていません。中山家の 教祖 中山みき しか良しとされない。しいと言うと こかん ぐらいでそれ以外の中山家の人気のなさはおろか悪と言われる中山家 中山家は天理教をやめて不動産屋でがんばっていた方が見のためでしょうね。出て行くなら今のうちじゃないですか?今後時と共に事件事故や新事実 も出てくれば中山家の側近もボクシング協会の山根明元終身名誉会長のように本家を追放せざるおえないでしょう。
中山家も終身いや未来永劫真柱中山体制 とでも思っているのでしょうか?これがまかり通るならこれも違法性があり争点に成りえる重大な欠陥である事は学がある者ならわかることです。この体制を維持をする為に教団はインテリ層の排除をしていたそうです。しかしインテリ層が居なくなった教団の未来が現在のこの有様なのです。 中山を立てようと思うと教団が潰れ 天理を立てようとすると中山が追放され。この現実を知っての中山家の横暴なのでしょう。その旧態依然の組織体制ももう維持できなくなったのはこの掲示板を見れば一目瞭然です。理を潰すか中山が追放されるか?の二者選択であるのは中山家とそれ以外が自他共に認める本当の真実でしょう。
>「○柱の後継者としてではなく、いち個人としてのSNSなので」ってバカですか?もうその辺に転がっているおにいちゃんではありません。公人といってもよく私事は一番後にしなくてはならない立場です。天理皇太子に個人のSNSは不要です。全然自覚ができていません。教育係はいないのですか?普通なら脳筋にーちゃんを皇太子にふさわしい言動ができるよう厳しくしつける人を置くものではありませんか。
養子としてもらい受け、後継者としてたてるのであれば子供の頃から引き取り育てなくては駄目だったのでしょうね。
うがった見方をすれば、実親が自分の手元に置く期間が長ければ、それだけ子供(大亮さん)に自分の影響力を及ぼせるとでも考えたのでしょうか。
大学卒業後なのか、在学中だったのかは知りませんが、ネットで紹介されたようなアメリカ生活をおくっていたのが本当の事であったとするならば、好き放題な人生を楽しんでいらしたのでしょう。
真柱になると自由がきかないから気の毒だとおっしゃる向きもありますが、だからなのか、自由を謳歌させて、後継者に据えたのでしょうか。甘すぎます。
一般家庭の養子夫婦ならば社会学の場でうるさく指摘されることも無いわけですが、もはや日本の国中だけではなく世界に広がった信者たちからも集められる巨額のお供えで暮らす養子夫婦になったのですから、この養子夫婦を公人といっても誰も反対する人はいないでしょう。
大学まで出た大人です。子供じゃないのですから、本人がよほどの「ウマシカ」でないかぎり、ましてや天理教を日常的に身に着けられる最適環境にいる(はず?)なのですから、きっと、天理教のレベルを彼が具現化していると見るのが適当なのかもしれませんね。
いろいろ指摘されるのが嫌ならば、公式に後継者を辞退してください。今後大亮ご一家の家族が増えていくと経費も掛かることから、生活費丸抱えの地位にしがみつくかもしれません。地位にしがみつきたいのならば、自分に厳しい人生を送るべきでしょう。
次期真柱として信仰者としての自分を見つめる毎日でなければ信者は納得しません。大亮さんを後継者とすることに納得できません。早期に辞退されることを望みます。その上で真柱職の再考を、本部員組織の再考も含めて平成の改革を考えるべきです。
一信者であっても、天理教を心配しているなんて、何なんでしょうね。これ迄も厳しいことを書いてきましたが、一信者は私利私欲が湧きようのない立場だからこそ、忖度もなしに自由に発言できるのです。生意気な奴と感じる方もおいででしょうが、その様に感じる方は封建社会をいまだに生きていると言えますね。
真柱の身上のニュース続報がないまま、本部周辺の空気が大亮体制になりつつあるのではないかと心から心配しています。
現天理教の教理整理に現真柱が取り組み、たとえ片麻痺のままであろうと真柱職を全うしていただきたい、そう願っています。
その姿を世間に見せることには大きな意味がります。現行のおさづけ授与も昔と変わっていないのであれば、例の、おさづけを渡す際の、両掌がつかない人はダメというバカげたチェックを止める良い機会になるからです。
その差別根性に、若かった当時の私は大きなショックを受けたものです。言葉一つで助かることも有るのですから、もしも現在も同じようなチェックが行われているとすると、問題を大きくして社会問題にしたいほどの憤りを感じます。
教祖がそんな馬鹿なチェック項目に言及していたとは思えません!!!
>自由を謳歌させて、後継者に据えたのでしょうか。甘すぎます。
「世間は自分を見て天理教信者とはこういうものとみる」という自覚のなさは目に余ります。真柱をただのセレブと勘違いしています。19世紀までの欧州の貴族のように、幼いころから教育係が貴族にふさわしい立ち居振る舞いや高度な教育を厳しくたたきこんでから、他の国を見てこいと欧州全土を旅させるのならわかりますが、普通の子と同じように育てられた人間に好き放題をさせてはいけません。
現状、大亮さんを「真柱」として仕込み、教育する人が、周りに誰も居ない、ということではないでしょうか? 現真柱の善司さんが、大亮さんを真柱としてきちんと教育してきた、ということは想像しにくいでしょう。ご自分も、真柱になりたくなかった方のようですから、次期後継者として養子に迎えたとしても、放置状態だったのではないかと思いますけどね。。 そして、唯一、大亮さんを仕込める人間といえば、実父の善亮表統領しか居ないと思いますが、その実父は、全くあてにならない、「お尽くしは命の繋ぎ」などという「勝手教理」を発信するような、天理教を私物化する人物。
次期真柱にもの言える人が誰も居ない、ということは、天理教団も、大亮さんの思い付き次第、紐の切れた凧のように、どういう方向に進んで行くか分かりません。乗組員は不安な気持ちで、見ているしかない。
天理教団の行く末が、明るいものとは、とうてい思えません。求心力を失って、瓦解するのではないでしょうか? いや、瓦解するなら、まだしも、上の要求のまま、金だけ出さされて、あいも変わらず、ひのきしんや行事ごとに、下々の教会は追い使われ、大亮真柱は、下々の生活状態など、全く頭に無い人物のようですから、能天気に、「陽気暮らし」を連発しているのでしょう。
関西ローカルのニュースと言えども、新聞に取り上げられるような人を公人と言うのです。人の鏡や皆が知るべき人であるとの前提があり新聞などメディアが報じるわけです。これが悪しき人なら勿論 犯罪者として新聞に載るわけです。責任感や教育 教団用語で言う仕込みが不足してることが露呈しています。カエルの子はカエル と相も変わらず成長のない親子そして教団である事は間違いないでしょう。
天理教の真柱継承者に22歳の中山大亮氏
奈良県天理市の天理教本部は5日、第4代真柱(しんばしら)、中山善司(ぜんじ)氏(54)の継承者を養子の大亮(だいすけ)氏(22)に決めたと発表した。10月24日の教会本部員会議で決定した。
https://www.sankei.com/west/news/131105/wst1311050050-n1.html
大教団の後継問題は、大変ですよね・・
ただ、天理教ってのは、実在神信仰を元にする、宗教団体なのに
中心に立つ人が、天理王の命 様の指示を受けられる? とか
存命の教祖様 と、霊的に交流できるとか無いと、カッコつかないですよね
どこかの人が、教祖様の声を代弁してたりしますが
私的には、教祖様は、今や老婆と違いますので、そんな憑依は
しないでしょう・・と、思ってます。
信者なら、誰でも、中山みき様の想いは、感知する事はできると思います
教祖殿に座って、壇上の、あそこにいらっしゃる! と心で決定して
想いで、話しかけてみる事だと思います。
しかし、若すぎる後継者様ですね・・しかも、軽い印象
天理高校の学生達ですら、あまり良い事言ってないらしいですね
天理王の命 様じゃ無くても、次期真柱様になったら、教団から手を引くのかな
もっとも、誰が、真柱だろうが、親神様への信仰には関係無い! と思ってる
人が多いように、感じます。
そんなものでしょうか?
ボクシング協会と天理教の酷似様
2018年8月6日 11:40 AM
ボクシング協会と天理教の酷似様のご意見に強く同意します。
ボクシング連盟の山根明会長の記者へのインタビューを聞いて驚くのが、言葉遣いが汚い。関西特有と言いのがれは出来ずむしろ関西のイメージを悪くしている。くしくも奈良出身となんとも惨憺たる酷似です。
天理教は世界宗教と明言しているのに教団作成のビデオを見て出てくる方々が何故標準語でなく関西弁で話すのか疑問です。しかも中田善亮氏に関しては日頃の汚い言葉遣いがその言葉の端々やイントネーションに出ている事にも気が付いてないのが伺えます。
その昔 「京言葉」はその地域で話された言葉 と 天皇や公家と 外交する為の共通言語でもありました。しかし現在は明治以降、標準語が作られ、標準語で国会運営されているのです。つまり現代の 京言葉 は標準語 になるのです。関西ローカルのTVは確かに関西弁です関西弁宗教は関西ローカルの宗教とエリア限定化されるのです。天理教の上層部 特に中山家など本部員は日本全国の文化に触れる機会も多いの方言で話しているようではやはりローカル宗教と言わざるおえないのです。
日本は江戸時代の藩の影響で方言と言う各地の言語が発生した歴史があり明治維新の際 長州 薩摩などが国を各地の方言ででは伝達うまく行かず標準語が作られ現代では全国で通用する言語になったのです。
関西の方が全員関西弁に拘っているわけではなく 「郷に居たら郷に従え」と関東や他の地方でその地域の方言を話している賢い関西のかたもいらっしゃいます。芸能人でも綺麗な標準語を話しているが実は関西出身の方も多いでしょう。
「世界や全国と言う郷に入るならば、その郷の標準語 に従えない 天理教と本部は田舎者」と言わざるおえませんね。
進化や適応が出来ない種は自然淘汰されるのが自然の理です。
山根明会長と中田善亮が被るさんへ
2018年8月6日 11:40 AM
今まで善亮さんに感じてた違和感がすっきりしました。そうですよね~変ですもんね。最近周りの人にも変化が現れ「善亮さん 昔 あれやこれや どったらこったら」とおっしゃる方が増え皆さん最後に決まって「これ不足ちゃうで~真実やで~(笑)」と付け加えるんですよね(笑)善亮さんゴン太とは聞いてましたが、それだけでは済ませないぐらいの、暴言、暴力等々の噂をたくさん聞かせてもらってます。本部では 「大亮様大亮様」と持ち上げているそうですが、大教会や教区で知人同士で談話する際は「所詮善亮さんの息子やから期待はできませんね~それに本部では普請などとこじつけて寄付も増える一方やし」といい事は一つも聞きません(笑)「世の中経済的に大変なのに本部は何を考えているのやろか?」と皆苦笑いです。「あのお供えどうする?はらえんよ~そやな~じゃーうちも」と言う流れの会話だけが賑わいを見せてます。
表棟梁も息子にいずれ・・・と考えているならしっかり教育すべきといいたいところですが、親が苦労知らずのおぼっちゃま君なのですから、帝王学を厳しく叩き込むなんてできるはずもなく。
こんばんは、やっぱり、書かさせてくださいね。
神霊能力とは、一番は、神霊と交流して、エネルギーを頂き
自身の魂を導いてもらう事、自身の想念を導いてもらう事
神の叡智、心、力を、頂く事だと、私は思ってますが
天理教的には、神が天啓者を選び、苦痛を伴い、強制的に降りて来ますが
私らの場合は、私らが、神に近づき、神に降りてもらうんです
神の心は、謙虚、敬い、礼節の極みです
神の心は、愛と慈しみと、尊びの極みです
究極の、愛、慈愛の塊が、神の心だと思います
神に近づく場合、自分の想念を、謙虚礼節敬いの心
愛慈尊の心にしなければ、神は拒否されます。
つまり
罵倒したり、傲慢、高姿勢で、神とつながる事は不可能です。
天理王も、私は絶対神だとは認識でませんが、人の位置から見たら
相当な、高位の神霊だと思います
天理王の命 様とつながり、天理王の命の叡智、力、エネルギーを
頂き、お授けの取次を行うなら、それ相応の、心を
自ら、得なくては、無理だと想像できます。
教団のトップである、真柱様なら、究極に
謙虚、礼節、敬いの心
愛と慈しみと、尊びの想いが、普段の態度に
あふれる位で無いと、親神様の守護は、得られないでしょう?
私は、そう思ってます。
この話を、友人であり、所属先でもある、◯邑分教会長にすると
ん〜〜〜私はそう言う教えは・・・・って言われます (笑)
バリ天は、私の話、拒否されますねえ。
天理教団内でも、以下のタイの例のように、お供えで贅沢をする教団中枢幹部、本部員や大教会長など、
「天理教と末端教会や布教師のイメージを損ねた」ということでどしどし逮捕していただきたいものです。
また、大教会長などにパワハラを受けている部下教会の方々、
ぜひスマホで録音、録画により証拠をたくさんつかんで、
現在スポーツ界で次々に巻き起こっているパワハラ告発の波に乗り、
天理教団弱者の方達もどんどん告発していきましょう!!
タイ「ぜいたく僧侶」に異例の判決
http://news.livedoor.com/article/detail/15142819/
2018年8月10日 20時8分 日テレNEWS24
去年、逮捕され詐欺などの罪に問われていたタイの「ぜいたく僧侶」。言い渡された“異例”の判決とは。
サングラスをかけ、オレンジ色の袈裟を着た男。タイの元僧侶・ウィラポン被告。自家用ジェット機を持つなど「ぜいたく過ぎる」暮らしぶりで知られたウィラポン被告。信徒から寄付金をだまし取った詐欺などの罪に問われていたウィラポン被告に対し、裁判所が言い渡したのは驚きの“長期刑”だった。
裁判所が言い渡したのは114年の禁錮刑だった。自家用ジェット機に乗り込み、高級ブランドのバッグを持つその暮らしぶりは「ぜいたく僧侶」ともいわれ、批判されていたウィラポン被告。ほかにも豪邸や多くの高級車を所有していたという。
地元メディアは「タイの仏教と僧侶のイメージを損ねた」ことが異例の厳罰につながったなどと指摘している。
ただの父親様、初めまして。
あなた様の投稿は、お供え掲示板の頃から興味深く拝読させていただいております。
私の場合は、訳あって母親が入信。
私も小学三年の折に、こどもおぢばがえり初参加。
それからいろいろ家庭内に事情があり、それが絡んで縺れて尋常ではない道中となり、
いつの間にか信仰を心の支えとし、そして何かの時には「不思議な御守護」と思える出来事で救われ生き延びて来た経緯を持っております。
そんな道中で、いつの頃からか
「神と教団は別物」
「神は天理教団を仲介所として使い神と自分を結びつけた」
「神は自分に因縁果たしをさせるためにこの家に生まれ落とした」等と言った事を感じ取ったり、悟るようになりました。
幸か不幸か所属教会も法人格も持たず、更には地理的その他の理由でもう何年も訪ねておりません。御供えは些少な一月分を半年ごとに六か月分まとめて現金書留で送金してます。
随分と緩い関りですが、それで良いと思ってます。
日々の生活の中「神の存在」「神の目線」「神の思惑」と言ったものを意識し、人の道から外れぬよう心掛けていれば「人智を超えた大いなる存在」は導いてくれると信じておる次第でございます。
追伸・よろしければツイッターにて、いろいろ対話出来る事叶えば誠に嬉しく思う所存にございます。https://twitter.com/ysak837
ハンドルネームの入力を操作ミスしてしまいました。
陽輝朗、以前「縁の下」のHNで投稿させていただいてた者です。
>日々の生活の中「神の存在」「神の目線」「神の思惑」と言ったものを意識し、人の道から外れぬよう心掛けていれば「人智を超えた大いなる存在」は導いてくれると信じておる次第でございます。<
私も、かつて投稿していた「天理教のお供えについて」という掲示板や現在投稿させていただいている「天理教社会学研究所」の掲示板で皆様方の投稿を読ませていただき、また、世界中で発生している様々な宗教の違いが引き起こす、戦争やテロ等の「人類を不幸のどん底」に突き落としかねない悲惨な事象や事件のニュースをマスコミ等の報道で見聞するにつけ、宗教とは人類にとって「必要悪」ではないかと思うようになりました。確かに、「宗教的情操」あるいは「道徳・倫理」は人間が、人間らしく、人間として「幸福」に生きていくために必要だと思います。しかしながら、「人間の愚かさ」ゆえか、人間は宗教を「我が身保身のため」、あるいは極端に言えば「金儲け」のために、濫用・悪用しているのではないでしょうか? もっと極端に言えば「覚醒剤等の薬物に侵された患者」のように、既に幻覚症状が発症し、自ら信じる宗教を盲信するに至るマインドコントロールの状態にあると思います。
人間には、人間として持って生まれた「良心や理性、愛情」という感情(本質)があります。ともすれば、人類が持って生まれた人間としての良き感情(本質)は、天理教で云う「八つのホコリ」という「悪しき感情」に侵されてしまいますが、おっしゃる通り、日々の生活の中で『神の存在』『神の目線』『神の思惑』と言ったものを『意識』し、『人の道から外れぬよう』心掛けていれば『人智を超えた大いなる存在』は導いてくれると思います。宗教団体など必要ないと思います。
親様が、教会設置を反対されたのも、宗教を作れば、金儲けなどに血道をあげるばかりになり、堕落するということが、見えていたのかもしれませんね。
>宗教団体など必要ないと思います。
その通りだと思います。神から啓示を受けた人間たちが説いた教えを、「宗教」というものに作り上げたのは、神ではなく人間です。キリスト教もイスラム教も、あらゆる宗教、作ったのは人間であって、神ではありません。そして、愛を説くキリスト教は、多くの戦争を引き起こしました。人間の愚かさ故に。
宗教、宗教団体は必要ないと思います。宗教団体が必要なのは、教祖の教えを信者に教えると言いながら、教団を私利私欲に利用している教団幹部などの人間達だけです。
> 親様が、教会設置を反対されたのも、宗教を作れば、金儲けなどに血道をあげるばかりになり、堕落するということが、見えていたのかもしれませんね。
>宗教団体など必要ないと思います。
当時の歴史を振り返ると、「教会」というのは国家神道(天皇の祖先を神として天皇を崇拝する神道)を説く場所だったと分かります。明治教典にも「尊皇の章」が真っ先に出て来ることからも明らかでしょう。
そして、中山みきさんは「こうをつくれ」「ひとつのこうもみにゃならん」と仰っています。
これは、信者組織や皆で同じ信仰を持つ「組織」まで否定したものではなく、勧めていたと考えられます。
つまりは、天皇の祖先を祀る「教会」を否定し、中山みきさんの教える「一列兄弟」「互い立て合い助け合い」等を実践する「信者組織」を作ることを推奨していたのではないでしょうか?
というのは、中山みきさんの教えに含まれる社会改革や世直しは、個人だけでは無しえないことは明らかなのですから。
この掲示板にも「個人の信仰で神と心が繋がればイイ」とか「教会や組織がどうでも自分だけの信仰をすればイイ」というご意見を持たれている方がいらっしゃると思われますが、出来るなら、じっくり考えて頂きたいと思います。
勿論、最初は中山みきさんの教えを守る「こう」だったものが、時代の流れや代替わりなどで全く教えに反する組織になってしまう事だって、無いとは限りません。
(OSHO 「夜眠る前に贈る言葉」 より)
私の提案はこうだ
愛を探し求めることから始めなさい
直接、神に向かうのではなく
直接、神を探し求めると
その神は単なる想像の所産となる
ヒンズー教の神であったり、イスラム教の神であったり
キリストであったり……
それは真実の神ではない
愛を通して探し求めることだ
愛には神にはない素晴らしい点が一つある!
それはつまり
愛には
キリスト教もヒンズー教もイスラム教もないということ……
愛はただ愛であり
いかなる形容詞も付随しない
愛の比類なき素晴らしさは、そこにある
人類が、神の代わりに愛を探し求めるなら
いともたやすく、人類に偉大な愛の絆が結ばれることだろう
「神」という言葉を口にした瞬間
神は遠くかけ離れた存在になる
それはまさに、創世期以来語り継がれてきたことだ
神はどこか上のほうーーはるか遠くに離れた天空のどこかにいると
だが「愛」というとき、神はハートのすぐそばにいる
いわゆる聖職者のたぐいは、押し並べて抜け目なくずる賢い
彼らはこのかた、神が遥か彼方の存在であることを
証明しようとし続けている
神が遠くにいなければ
神の代弁者、媒介、代理人にはなれないからだ
神という言葉を使うとき
それは人格を持った人という感覚を与える
神は限定されたもの、定義されたものとなる
だが愛は、人格を持つものではない
それは質であり臨在だ
花というよりは、芳香だーー
限定されることのない、果てしなく無限の広がりを持つものだ
「神」というと、あなた方はただ無力感を感じるーー
゛どうしたものだろう?”と
だが愛があれば
それに関して何らかの事はできる
愛に満ちていること、それは人間の最奥の本質だ!
ゆえに私の教えのすべては
「愛」という言葉に中心を置いている
イエスは言った、「神は愛である」と
私は言う、「愛は神である」とーー
陽輝楼様、こんにちは。
私、ツイッターやってないんです。 天理教系では、ただの父親
日神会系では、別のHNですが、ネット世界は以外と狭く、私は知られており
私のアンチ等もいますので、ここでは出せません。
むしろ、実名のFBでの交流が安心なくらいです (笑)
同じ神を奉じる、日神会の会員同士ですら、人間の自我から
人間的な対立や、不仲を起こします、人の意思は自由ですからね
それぞれ、魂の格や、理解度、想念にも違いがありますしね
なので、会員同士でも、不要に関わらないのが正解、と言う感じです。
公開掲示板での交流が、一番良いと思ってるので、
お供え掲示板の様な、存在がありがたいですね。
私は、もちろん、毒を吐いたり、罵詈雑言は、大嫌いですよ。
毒を吐きながら、神と通じてますって、ありえないんで・・(笑)
悪しき因縁があるなら、払ってあげるのが、信仰者ですよね
悪しきをはろうて〜助けたまえ〜ってのは、その為ですもんね
因縁を引き合いに、人を脅しちゃいけませんよね? って思います。
ここに書かれる人達から、実在する神についての想いが、滅多に聞かれないから
ちょっと書き込んで見たのですが、ようやっと、陽輝楼さんから聞けて
良かったです〜 また、ふさわしい場所があれば、交流よろしくです〜
「神」とはなんなのか
各々が考え、感じ、悟れば良いものなのか…
人間の力が及ばないものを神と呼ぶのか…
人間以外に「神」という存在を感じられる、考えられる生き物はいないのか…
人間だからこそ「神」という存在を感じられるのか
何故、数多の「神」と「宗教」が存在するのか
空飛ぶスパゲッティモンスター教というものまで出てくる。
「神」も、人間の考えることは完全には分からないのか
神はあなたの心の中にいます
うまいこと言うなあ
>神はあなたの心の中にいます
システィナ礼拝堂の天井画はミケランジェロの作品ですが、その中にアダムの創造があります。この絵をみると脳が描いてあります。これが何を意味するかもうみなさんおわかりですね?
うきしま掲示板からの転載です。
https://6308.teacup.com/ukishima/bbs/760
何故、天理教は衰退しつつあるのか? 投稿者:阿南ヒロシ 投稿日:2010年 6月29日(火)17時28分28秒
① 昨年の5月16日(土)の書き込みで、私は、下記の様に書きました。
* 簡単に言えば、「現在の天理教団は、組織の上に行けば行く程、『8つの埃』の中の『欲と高慢』にまみれ、中山ミキさんや飯降伊蔵さんの教えに反しているので、その結果、宗教としての実力を失いつつあるのだ。」という事です。
② 上記の点に関して、もう少し分かり易く書いてみましょう。
③ 例えば、昨年5月9日(土)の書き込みで、私は、下記の提案をしました。
* 「お尽くし(=献金)」受けたにも拘わらず、病気治癒に失敗した場合は、天理教団の方から自ら進んで、「相談者(特に、非信者)」に献金額を返還すべきである。
④ 現在の天理教団では、‥‥「病気の原因は、『欲と高慢』である。 従って、『欲と高慢』を取り去る為に、天理教団にお尽くし(=献金)しなさい。 尤も、お尽くし(=献金)をしても病気が治らなかったとしても、一度、神様に御供えしたものは神様から取り戻す事は出来ません。 病気が治らないのは、貴方の過去世からの悪業が大きいからであって、なお一層、多額のお尽くし(=献金)をする他は無いのです。」‥‥というのが返還しない理由となってますね?
⑤ 所が、下記の「名古屋クリスチャン・センター」では、
‥‥「あなたの病気の為に、イエスキリストの名によって祈ります。 祈りを受ける為の料金や、癒された後の謝礼は戴きません。また、宗教への入会を勧誘するのでもありません。ただ、多くの不治の病の人が癒され、イエス・キリストが崇められる事だけが私達の願いです。この働きが広がる為の自由献金のみお受けしています。」‥‥となってます。
http://www.nagoya-christian.com/pages/sos.html をクリックして参照して下さい。
⑥ 現在の天理教団と、「名古屋クリスチャン・センター」の「アーニー・下村」牧師さんの在り方とは、何という大変な相違でしょう!
⑦ これでは、「現在の天理教」は、印鑑や壷を売り付ける所謂『霊感商法』と、その本質に於いて異ならないのではありませんか?
⑧ これまでに、数多くの友人に「天理教」を勧めて来ましたが、その殆んど全ての友人が、「天理教」と聞くだけで断って来ました。
⑨ これは、「天理教は、病気を治しも出来ないくせに、金を騙し取る詐欺宗教団体なのだ。」というのが、日本社会一般の「常識」となっているからなのです。
⑩ 「知らぬは、天理教の信者ばかり。」であって、天理教の信者は、所謂「裸の王様」となっているのですが、誰も、わざわざ御親切にその事を指摘する人が居ないだけなのです。
⑪ これは結局、天理教団が「欲」にまみれている事の結果ではありませんか?
⑫ 次に、「天理教団」の何処が「高慢」なのか説明しましょう。
⑬ 例えば、「分教会長」・「大教会長」の「服装」は、「明治時代の大審院(=現在の最高裁判所)判事」と同じ「服装」ですね?
⑭ 誰もが気付いている様に、「服装は、その人の心の表れ」なのです。
⑮ 「最高裁判所・判事」と同じ服装というのは、一体、どんな心の表れでしょう?
⑯ これは即ち、「私が、お前達を裁いてやろう。」という心の表れではありませんか?
⑰ 即刻、明日からにでも、「真柱以下、全国全ての分教会長・大教会長」は、あの背中に「天理教」と書いた「ハッピ」だけを着用するのが当然なのです。
⑱ 私は、これまでに、「関根豊松」先生の写真を書籍やインターネットを通して、4~5枚拝見した事があります。
⑲ 所が、「関根豊松」先生の「大審院判事」の服装の写真に出会った事は、一度もありません。
⑳ おそらく、「関根」先生も、儀式の時には、「大審院判事」の服装をした事でしょう。 しかし、私が見たのは、全て「単なる和服姿」でした。 おそらく、彼は、その姿の写真が残る事を望まなかったのでしょう。
* 120年前の天理教は、全国、何処の「分教会」・「大教会」に行っても、「天理王の命」と出会う事が出来ました。
* 所が、現在の天理教では、「分教会」・「大教会」に行っても、ただ単に、「分教会長」・「大教会長」が「ふんぞり返っている」だけで、「天理王の命」に会えるるのは、極めて稀です。
* これは、おそらく、「天理王の命」が、「現在の天理教団」の「欲と高慢」の「悪臭」に耐えられず、「分教会」や「大教会」から逃げ出したのでしょう。
* これが、「飯降伊蔵さんが亡くなって以降、天理教団は『欲と高慢』にまみれ、その結果、宗教としての実力を失いつつある。」と、私が主張する理由なのです。
* もし、「真柱」という制度を置く事無く、「飯降伊蔵」さん亡き後、「茨木基敬」さんが「本席」を継ぎ、その後、「関根豊松」さんが「本席」を継ぎ、その後を「柏木庫治」さんが「本席」を継ぎ、更に、「筒井敬一」さんが「本席」となっていれば、天理教の信者の数は、現在の数十倍となっていた事でしょう。
(OSHO 「夜眠る前に贈る言葉」 より)
フリードリッヒ・ニーチェは言っている
「神は死んだ」と
だがニーチェにこう尋ねた者はいなかった
「誰が神を殺したのか?」と
可能性は二つしかないーー自殺か他殺だ
が、神に自殺はあり得ない
それは不可能だ
というのも、神とは至福を意味するからだ
どうして至福が自殺できるだろうか?
神とは真実を意味する
真実が自殺を犯せるものかね?
だから自殺は不可能だ
神は抹殺されたに違いないーー聖職者たちに
あらゆる宗教の聖職者たちは
大きな陰謀の一部をになってきた
彼らが神を殺したのだ
むろん本物の神を殺すことは不可能だ
が、みずからが創り出した神ならば可能だ
宗教という名を借りた
一万年にものぼる愚かな歴史のためにも
私はこう提案したい
愛を探しなさい
神のことなどすべて忘れて
すると神聖さがおのずと訪れるだろう
それはきっと訪れる
それは必然だ
イエスは言った
神の王国はあなたの内側にあると
それは目覚めたる者すべての、本質的な教えだ
どこにも行く必要はない
外側に探し求めないことだ
そこでは何一つ見つかるまい
あなたは空虚なまま満たされず
挫折感に打ちひしがれたままだろう
そもそも、本当の王国、本当の富は
あなたの内側、あなたの主観、あなたの魂にあるのだから
神性さは私たちの本質、私たちの実存そのものだ
それは外側にある何かではなく
最奥にある核、内側そのものだ
それを探し、見つけ出そうとする必要はない
ただ想い起こすことだ
神性は、私たちから失われてはいない
ただ自分自身が誰なのかを
私たちがすっかり忘れてしまっているだけだ
すべては神聖だ
実のところ神はいない、あるのは神性さだけだ
神とはある種の質、臨在であり一個の人格ではない
神を人とみる概念は擬人観であり
人々は自己のイメージから、神のイメージを創りあげてきた
それは人間の投影にすぎない、真実の神ではない
だからこそ仏陀は、神について沈黙を保ったのだ
仏陀は神性については語ったが
神については一言も語らなかった
私自身の経験したことも全く同じだ
神はいない、だが神性さは存在している
存在全体は神性に満ち溢れている
神と世界を分かつものは何もない
存在は神聖だ
この洞察、こういう眼で存在を見つめ始めなさい
するとあなたは驚愕するだろう
決してそれまで見たこともなかったものが見え始めるからだ
あなたは毎日同じ物を見てきた
同じ木々、同じ鳥たち、同じ人々をーー
だがいったん、すべては神聖だというこの洞察が開けたなら
万物を新しい光のもとに見始める
そうなると、世界はもはや入り組んだものではなくなる
もはや、何の問題もなければ何の疑問もないーー
それは解明されるべき問題ではない
生きるべき神秘だ
この地球全体、この存在全体が
神に満ち、神でみなぎっている
神は木々の緑、赤、そして黄金だ
神はあらゆる所に偏在している
神を回避することは不可能だ
私たちは神と毎瞬、対峙している
神を見逃し続けるのは
私たちが抱いている神への概念のせいだ
神は遥か彼方の天国に存在しているという考えゆえに
私たちは見逃し続ける
そういった馬鹿げた考えは落としてしまうことだ
そうすれば、神を至るところに見出すだろう
神はすぐ間近にいる
かつてラーマクリシュナはこんな質問を受けた
「神はどこにいるのでしょうか?」
すると彼はこう答えた
「神のいない場所はどこなのか言ってごらん
私は神のいない場所を探し続けてきたが
見つけられなかった
神のいない場所など
私はいまだに知らないのだよ」
≪所が、下記の「名古屋クリスチャン・センター」では、
あなたの病気の為に、イエスキリストの名によって祈ります。
祈りを受ける為の料金や、癒された後の謝礼は戴きません。また、宗教への入会を勧誘するのでもありません。
ただ、多くの不治の病の人が癒され、イエス・キリストが崇められる事だけが私達の願いです。
この働きが広がる為の自由献金のみお受けしています。‥‥となってます。
↑↑↑天理教の中にもこういった教会長はいますよ。
詳細は書けませんが、或る分教会長さんの態度は上記同様です。
助かった人たちは信者になることも無く過ぎ去るそうで、ちょっと、淋しそうですが「そんなものですよ」と仰っています。
けれど、お金は頂ければありがたいのは正直なところ、あるそうですが「やせ我慢」だそうです。
私はこの教会長さんと出会ったことで、本部がどうなろうとも、この分教会には参拝続けると思います。
不思議な助け、不思議な出来事、実際に自分の身に起きた不思議、神様の働きがあるのです。
貧乏教会ですが(会長さん、ごめんなさい)信者の心の拠り所になっています。
最近の社会学の書き込みを読むと、霊能力が無いとお助けできないという論調が有るように感じます。
霊能力者から授与される「おさづけ」でないと効能が無いということでしょう。
けれど私は謙虚な方からの授与であれば納得します。
このまま真柱が復活せず、大亮さんに代替わりなどしてしまったら、別席としての意味合いは残るかもしれないが、どうでしょう・・・・。
私見では、いよいよ雪崩を打って天理教団から脱出する教会が増えていくと予想します。
中山家と親戚関係のない大教会は包括関係を解消したうえで、何とか生き残るでしょう。
問題は親戚関係にある大教会ではないでしょうか。信者ベースでの脱出という選択肢がありますから、信者数の減少は止められないでしょう。
話を戻して、しかし、この会長に霊能力が有るわけではないのです。
助けるのは神様ですから。会長の傍らに教祖がついているのです。
そして、その「助かり」にも様々な形があることは言うまでも有りません。
・・・この点、天理教信者に限らず、キリスト教信者の方と話しても共通する認識ですし、共感をもって話がはずみます。
社会学の場で主に(私自身も含めて)指摘している天理教団の問題点は「人間・組織」の欠陥に対してが多いと思います。
ですからその気になれば、謙虚に自己を振り返れば、その欠陥を立て直すことは可能なのです。
関係者が謙虚でないからいつまでも封建的な「江戸村ごっこ」に終始してしまうのでしょう。
これは霊能力の有無とは関係ないことです。あくまで人間が問題なのです。
この点、問題を切り分けて考えないと、「霊能力」という一部に焦点を当てるだけでは現教団の問題解決には至りません。
私自身、多少の霊感があるので、なおさら、霊能力に焦点を当てる書き込みは危険だと、敏感に反応してしまいます。
霊能力は、あくまで他人様のために役立てるという気持ちが無いと、危うい方向に一気に流れてしまいがちですから、注意深く考えたいものです。
もしも天理教幹部たちが霊能力者を受け入れる気持ちがあれば、「伊藤青年」を放置してはいなかったでしょう。
須藤花井さんに至っては、(退職信者様が詳しい!)中山家の一部の人は須藤さんの力を認めていたのですから、迎え入れる可能性はあったかもしれないのです。
今更ですが、これらの事情を含めて、人間社会の天理教の行く末が定まったと見るしかないのでしょう。
教団がどういう姿になろうとも個人的には心の信仰を続ければ良いのですが、社会に迷惑をかけるようなことになりそうな芽は摘まないと信者としての責任が果たせませんね。
だからこそ、この場で書き込みをされる方(元信者・現役信者共に)が絶えないのではありませんか。
天理教のホームページには大亮さんの第一子(女)が今朝、13日に誕生したことを午前中、早々と掲載している。
真柱の身上は掲載されない。
なぜ?と本部に聞いてみよう。 (電話)074-363-1511
こんにちは。 少し毒のある事を書きます。
おじばには、衣食住を保証してもらいながら、働いてる若者がいます
その為、給料は無く、こずかいとして3万位の手当てなんだとか
しかも、そこからも、お供えを要求されるらしいです・・
次期真柱様の子が生まれたら・・また、お祝い金が要ると
憂鬱な顔をしてるらしいです・_
結婚して、家庭を持っても、そこに留まる限り、その様な生活が続くらしい・・
息子が、寮関係の大人が、お父さんは、ようぼくになれたのか
別席は進んで要るのか? 良く聞くらしいです・・それ、おっかねえな?
適当に、やってると言っといてくれって、言いましたけど
ようぼく、になっても、天理教に従うつもりは無い
息子に、今、貯めてる、寮の貯金、卒業時にお供えしろって、言われたら
教えてくれ、世間に公表するから (笑) その可能性が、ありそうだ・・
絶対、断れよ・・ってね。
もう、公表したいくらい、ええ〜って、話を聞きますが、卒業後にしますわ・・
ただの父親様、お気を付けください。
と、私が言ったところで父子共に大丈夫なようですが。
御子息も二部に進学され寮に入られても洗脳された気配がない御様子で良かったです。
私家族も一時期ですが傾倒・没頭し洗脳されかけましたが幾度かの教団関連のトラブルを経て早期に覚醒出来ました。そして、その後は教団を飛び越えて「神」だけを見つめて信心する事に徹底したのです。
この教団で言う私の「理の親」は大伯母(母の伯母)ですが、その弟である私の母方祖父は天理教団に良い印象を持ちませんでした。今思えばそれが何かしらのブレーキになってのでしょう。因みに私は祖父を人間として大変尊敬しております。
大伯母は布教所を始め、時経て教会となりましたが法人登録は敢えてしなかったのか、出来なかったのか詳細・真偽はわかりません(私はそこまで首突っ込む程の親族関係でもないし)が
、信者も数えるほどしかなく、後継者になる若手もいない当教会が終焉を迎えるのは時間の問題ですね。
でも法人格になってないし、土地・建物名義は現会長ではなく非信者である他の親族者なので没収されるものがないのは大きな救いです。
私が幼少期から抱いていた大変素朴な疑問があります。天理教という宗教を「宗教団体」という視点から見た場合、仏教と国家神道を混ぜ合わせた、中華料理に例えれば「チャンポン教団」、沖縄料理に例えれば「チャンプルー教団」、英語的に表現すれば「ミックス教団」ではないかということです。天理教の「お勤め」に出てくる南無天理王命の南無(なむ)という言葉は、私が学校で習った記憶では、本来、サンスクリット語(梵語)であり、仏教の念仏の「南無阿弥陀仏」の南無は「帰依する」という意味で、「南無阿弥陀仏」の意味は「無条件に仏に帰依する」という意味であると学校で教わったと記憶しています。また、天理教の「お勤め」で奏上される祭文は、国家神道の儀式で奏上される祝詞(のりと)と酷似しています。また、お供え物の「献饌」のやり方も国家神道そっくりです。天理教の黒い教服や帽子も国家神道の神主の装束とよく似ています。大変語弊のある表現かもしれませんが、天理教という宗教団体(?)は、仏教と国家神道を真似て(パクって)作りあげられた団体なのでしょうか? 詳しいことをご存知の方がおられましたら、ご教示願います。
封建制度に固執する天理教団幹部に思う。
天理教団がこの封建的上下組織を解体したなら、本気と受け止めます。災害救援だ、何だと、はた目は良い事を言ったりしたりしていても、所詮、信者のお金が原資の実働で、現場で汗を流して居るのは洗脳された若者たちです。中田善亮、だいすけ親子などは生きるか死ぬかの非常時に現地の視察などして当事者に迷惑がられる事しかしない。だいすけ君は作業服着てスコップを持ったりしている腰の引けた写真を見るが、天理時報掲載用のパフォーマンスでしか無い感じがする。坊ちゃん、こんな時こそ泥々になって先頭に立ってやらなくちゃ!恐れ多いと忖度されたら自ら強く否定する位の気概を持たなくちゃ。次期真柱でしょ。あなたはただの甘たれボン坊。娘が生まれて夫婦仲良く世界一の幸せ家族になりますと思うのは幻想ですよ。あなたの乗ってる船はただ今沈んでるいる最中なのよ。
甘い汁が上に吸い上げられる組織構造に固執している限りは、少なくとも私は信じられません。金のメッキはいずれ信者達のあがく爪跡によって、早晩露呈します。
この欄への投稿も4千件を超えましたね。
皆さんの投稿を見て感じたことを率直に述べれば、現行天理教団は、恐ろしいの一語に尽きます。
本部は、ネットの情報を信じてはいけない等と天理時報に報じていたらしいが、三代さんが命じた、神殿を本部に向かって拝が出来るように建て替えよ、ひとつをとってもこんなにバカバカしい事が現実に起こったことです。
11億円余を使って完成した大教会の建物は、見かねるほどの不格好さ。敷地と建物が整合しない建造物に違和感を感じざるを得ません。借入金の返済も進まず、信者に無理強いを頼まなければならなかった現実。
今では、その神殿もガラガラ。
挙句の果てに、本部は専修科生までも三島の住民に仕立て上げて、移転賛成派として署名させ、三島神社の移転と鑑池の埋め立てを強行してしまいました。心の普請を建物の普請にすり替えてしまい、バチカンに負けないものを作ろうなんて数百年どころか、1000年近くも早かったように思います。
何一つをとっても教団がおかしいと感じるのに、ネットの情報を信じるなという天理時報の報道には頭を傾げます。
神の存在がどうのこうのという前に、今までに、やってきたこと、これから行おうとしていることに注意を払うことの方が余程大切ではないでしょうか。その上で、すっきりとした気分で、信仰論を論じるのが筋ではないかと思っています。
現行天理教に陽気暮らしだの、人助けだのを論じる資格があるのかとの思いが心の片隅にあります。
一天高二部卒業生の愚痴かも知れませんが、言いたくなりました。
まあごちゃごちゃいってもどうもならんと思います。
組織はなくとも信仰できる!さん
全くその通りですね。これほどの投稿があっても本部は感じているのか、どうだかですもんね。
でも、ついつい投稿したくなるのはお節介やきかもしれません。ただね、未信者の方に少しでも参考になればとも思っているのですよ。
きっと苦言を呈する我々が死ぬのを待っているんですよ。
何を指摘しても変わり様がない天理教。
このまま変わらなければ衰退するだけだが、自分の生きているうちは大丈夫と高をくくっているのだろう。
表統領だって実物は見たことは無いけれど、写真では若々しく肌の張りもなかなかのもの。
孫も生まれた今、我が世の春状態だろう。
女子誕生という事は、将来、嫁に出すことでガッチリと中山家の姻戚として本部に逆らわない教会を作ることができるわけだ。
ところで奈良県の世話人は大亮さんだとか。
奈良県って最近は呪われた地名になりつつあるのかな。
奈良県の信者さんたちは彼と一蓮托生?
そんな馬鹿な。奈良県の信者さん、自分の人生を大切になさってください。
10年後には組織としてなりたたなくなることはわかっているので一人、一人が今からその準備に入ればいいだけのことだと思うのです。お供えが1万しかなくても、それを神様にこれが今月の当教会のお供えですと堂々としていればいいのです。月十万円のノルマなんて法律で決められているわけでもないので無視でいいのです。これから信者さんも右肩下がりで減っていく教会ですが、たとえ一人でも助かって頂けるのならそのために存在する教会でいいではないですか?自分が最後の信者でいいと思います。神様なんていなくてもいいじゃないですか?この道は一人ひとりの心の道なので、こころさえすっきり掃除がされていれば、どんな事が起ころうといいじゃないですか?信仰は人それぞれ、これからの若い人に希望をもたさられるようバトンを渡すのがわれわれの役目ではないかと思うのです!
お供え1万円で堂々としているのですが、現実は1万円以上の義務的上納金があり、その上月次祭お供え物だけでも相当な額になります。教会経営は自腹支出が常態化しています。
信者が一人も居なくなったら月次祭はやめたいです。たった一人でカチカチ拍子木を打つのでしょうか?虚しい時間になりそうです。
生活費を削って各種会費やお礼金を教会長の自腹で払い、布教したとしても世間は見向きもせず、信者が増える見込みはありません。全国の後継候補者が継ぐ気にならないのは当然です。
10年後には組織として成り立たないなら、末端の当方も気が楽になります。
上が力を失って、早くガタガタになって欲しいです。
個人的な意見ですが、お金が要ると言われれば、出してもいいです。
ただし、その会長さんの生き方に誠があればの話です。我々信者に対して横柄(おうへい)な態度をとったりする人にお供えは出したくないです。
誠の人は実に謙虚ですから、横柄な態度を取ったりはしません。私は、横柄な会長さんは誠がないとして、そこに足を運ぶことはありません。したがって、お供えすることもありません。誠の無いところに足を運び、お供えをすると、やはり無理が起きてしまいます。宗教は無理をしてするものではないと思っています。
組織がないのに義務的上納金は払う必要はありません。お供えも水、米だけでいいでしょう! 要はその後一人、一人が独立した天理教と名乗り、いかに人様をたすけてぃくか、いかに自分の心を掃除していくかということではないでしょうか?
中山家およびご親族は社員数50名の東京天理教館の年間40億の売り上げがあるので天理教がなくても食べていけるので天理教がなくなってもなんとも思わないはずです!そのお金は組織のあがりですので、勝手にこずかいにはできませんが!
天理教団が改心するのなら今すぐ病院、大学、天理市への寄付をやめ、本当に困っている、世界、国内の奉仕団体、NPO、NGOに寄付をするのなら、少しはお供えをする気になるのですが、無理でしょう! はずかしくて私は天理教ですといえない現実です。昨日も朝の参拝で学修の子らが「神様なんて本当にいるのかいないのかわからん」といってました。なるほどなあいないと思うけどと思いました。
おはようございます。
天理高校の授業では、教義もあるので、学校で、先生から
神様を信じない、いないと思う人? って、聞かれる事があるそうです
うちの息子も、いないと思う! と言う方に手をあげるんだとか・・
そう言うのは、よくわからない、とか言ってますけど
生まれた時から、天理教しか知らず、教会を継ぐように
育てられた子供が、親神様を肯定的に育ってるのは、正しいのか?
そう言うのは、洗脳と変わらないとも、思います。
私は、我が子に、自分の信仰を強要しておりませんので
うちの子は、私の信仰を、知っていますが、同じ考えではありません
2代目、3代目の教会長達は、ガチガチの思考で、自由度が無さすぎる・・
だから、私の信仰の話を聴く度量も無く、自分の話を一方的にする事しか
しないタイプの方が多い。 天理王の命様について、自分で、心から
模索しておられないのか、他の見解を示されても、知らない、判らない
否定するだけなのは、宗教者としても、力不足を感じる。
普通の市民の私から、逆に、本当の神、大霊界世界の話をされると
ただただ、困惑するだけな人が多いのは、それがただの洗脳の域を
出ていないからだと思います。
私は、我が子に、信仰を強要してません
私の信仰が正しければ、息子の魂の親様が、いずれ、本当の
神のエネルギーを欲して、息子を、導くだろうと信じております
だから、今は、天理高校に進む事が、息子の守護霊、魂の親様が
必要な事として、決めた事だと思い、自由にさせております。
信仰は、自ら求めて、得る物だとも、思いますからね。
天理教の教会長を始め、指導的立場にある人たちが、ただの父親さんのように心の広い人たちばかりだといいんですが、現実は全くの逆です。
ただ、このようになった背景には、天理教は「だめの教え」と自ら広言していることです。ここに他宗教を見下したような高慢の心使いが、端々に見受けられるからではないでしょうか。当然、反省の気持ちが湧いてくるはずがありません。
所属していた教会の信徒の10人の人に真柱が入院している事実について告げたところ、6人の人が知らなかった事実一つをとっても、本部や大教会更には所属教会までもが、いかにだんまりを決め込んでいるかです。そして、その背景に高慢の心使いがあるように感じているのです。
御神饌物、そろえるのは大変だろうと参拝しながら思っています。
先日の大教会ではアレッ?と思うほど質素でしたが、単に人手が無い教会だから準備に失敗しただけだったようです。
本来は御神饌物なんて形式的なものなのです。
神は犠牲を求めてはいないはずですし、神道を倣った宗教儀礼に縛られている天理教を示す一例がご神饌なのです。
スッキリと取り払う時代が今なのかもしれませんね。
仏壇にまず、上げて、おさがりのように食するという、今も残る先祖崇拝の習俗の流れとも言えます。
拭き清め、お水を取り替えることだけで、尊敬の念を表せると考えます。信者は説明されれば納得するでしょう。
信仰をする中で、まじめな方ほど「継承する」ことに重きを置いているように見えますが、所謂「道」は日本の文化の中で何種類もあります。
「××道」、例えば茶道、華道、書道等々、「道」が付く技能は単なる技術に精神性迄をも付加してありがたみを増している一面が有ります。
全ての道は神につながるという論理です。
日本文化を否定するわけではありませんが、いずれも形式を継承する文化は同時にヒエラルキーを作り上げ、上下の身分が行動の規範を超えないという明確な縛りをその構成員に求めます。
形式の継承を重んずることが正しいとは言えないことに、世界での布教を目指す方には、とりわけ注意していただきたいと思います。
気が付いた人から直ぐにスッキリしましょう。
昨年こちらで話題になっていた
「サンデー毎日」における
記事ですが、
読みたい方は
Kindle Unlimitedで
読めます。
(初月無料だったはずです。)
「サンデー毎日」
2017年3月26日号
2017年4月2日号
です。
中○氏のお尽くしは命のつなぎ発言、
東京天理教館のことについて
取り上げられています。
もし読みたいと思っていた方がおられたら参考になさってください。
>日本文化を否定するわけではありませんが、いずれも形式を継承する文化は同時にヒエラルキーを作り上げ、上下の身分が行動の規範を超えないという明確な縛りをその構成員に求めます。
形式の継承を重んずることが正しいとは言えないことに、世界での布教を目指す方には、とりわけ注意していただきたいと思います。
気が付いた人から直ぐにスッキリしましょう。<
本当にそうですね。天理教では「中身」より「形式」が非常に重視されます。月次祭で「鳴り物」の演奏を間違えたり、「祭儀式」での手順や所作を間違えたりすると人前で手厳しく執拗に注意されることがありますが、真の宗教とは「形式」よりも「人間の心のあり方」を最重要視するものだと思います。人間は完璧ではありませんので、「おつとめ」の楽器の「演奏の仕方」を間違えることもあります。「祭儀式の手順や所作」を間違えることもあります。しかし、そうした「形式上の間違い」は宗教においては、取るに足らないエラーだと思います。プロ野球やメジャーリーグの選手でもエラーをしますが、彼らのエラーは試合の勝敗に関わる大事なものです。また、オーケストラ等の演奏会で楽器の演奏を少しでも間違えれば、曲全体が台無しになることがあります。しかし、宗教を信仰する者にとって最も重大かつ致命的エラーは天理教で云う「こころえ違い」だと思います。教会本部幹部並びにそれに追従する方々が「こころえ違い」をすれば、一般信者を誤った方向に導くことになり、また、一般社会にも悪影響を及ぼしかねません。仏教や国家神道の「形式だけ」をパクって混ぜ合わせたような天理教の「形式」など、間違えたところで、所詮「意味の無いどうでもよいこと」だと思います。
二代真柱は復元をしたが、うわべだけの復元だったのか。
この組織は、戦争協力をした時代から何も変わっていないように思う。
我々が魅力を感じていたのは、教祖のひながたと、当時の現役布教師の講演や道すがら、だけだったようだ。
本部は前線で現役の布教師達に語らせておいて、それが天理教だと思わせて、自分たちは安全地帯でぬくぬくと暮らして来た。
国家間の争いを教祖の教えで説いて、助け合いの世界を実現する理想は本部には初めから、なかったようだ。
もし戦争が再び起こったら一番に協力するのが天理教になるだろう。
本部中枢は教祖のひながたを通るつもりはサラサラなく。本部に忠実に従う若者を養成して来ている。
最近の中田善亮表統領の言動と、青年会の動きを見ているとそう感じずにはおれない。
真柱入院を公にしない事が、本部、信者、諸々関係者にどんな有効をもたらすのだろう?
>国家間の争いを教祖の教えで説いて、助け合いの世界を実現する理想は本部には初めから、なかったようだ。
もし戦争が再び起こったら一番に協力するのが天理教になるだろう。<
本当にそうですね。とにかく「我が身かわいい」「我がさえ良くば」という利己主義の方々ばかりで、己の保身しか考えない人達です。「長いものにさえ巻かれていれば」という非人道的な、人間として卑しい考え方を持ち、真っ正直な信者さん達が「ひのきしん」という名目で「軍需工場」にかり出され、死傷されても「知らぬ 存ぜず」です。とにかく、時の国家権力に盲従し、教団や自分達が安泰であれば、それでよいのです。現天理教はそういう団体です。宗教ではありません。社会悪です。
いほり様
>真柱入院を公にしない事が、本部、信者、諸々関係者にどんな有効をもたらすのだろう?
本部にとって、そもそも真柱が入院していることその事が、都合が悪く、言い訳も出来ません。
今まで信者に言ってきた事と整合性がとれないからです。
本部の誰も反省も「さんげ」もしていません。このまま黙り続けるでしょう。
知り合いの前大教会長や奥さんが重篤な病状になった時も、正式な発表はなく噂で漏れ聞こえてくる情報しかありませんでした。
理のある人が身上になった時の、身上さとしが出来る人が教内には誰もいないのです。
真柱の病状を大教会長に尋ねてみたが、大教会にも詳しいことが伝わってこないと言っていました。
確かに、今まで言ってきたことと整合性が取れない。信者にお願い勤めをして貰う訳にもいかない。本部にとってこの状況は誠にバツが悪く都合が悪い。そっと隠しておきたい気持ちはよく分かる。本部のご都合主義と体面としての損得感情と言う、人間思案をしている心の様が、手に取るように透けて見える。浅はか、浅知恵。
甘露台倒壊の時、信者に道の通り方を見つめ直せと反省を求めたが、さすがに真柱が病に倒れたのは信者の道の通り方が悪いからだとは言えないから隠し通すのでしょう。
公表して全国の信者に助かりを願うのが本来の教団としての信仰の姿では無いのですか。真柱はお道の芯ですよ。
真柱の身上は神では無く「医療」に頼り、信者が「祈る」と言う宗教団体としての専売特許は棚に上げてる。天理教は本当に宗教団体なのですか?
真柱がその程度の軽い存在で扱われているなら、今後我々にとっても軽い認識で良いと思う。祀り奉る存在では無いと言う教団の本心が見えた。
>信者にお願い勤めをして貰う訳にもいかない。
一般教会ではどうしたか知りませんが、本部と海外拠点では7月21日(土)~23日(月)の三日間お願いづとめが行われました。
>信者にお願い勤めをして貰う訳にもいかない。
一般教会ではどうしたか知りませんが、本部と海外拠点では7月21日~23日の三日間お願いづとめが行われました。
9月にある教会長の路傍講演デーの教会長の参加率が、昨年は50%だったらしい。
私はよくぞ50%も参加しているなと思っているが、本部布教部は参加率が低いので、教会長は全員参加して欲しいらしい。
神名流しや路傍講演が意味はないとは言わないが、教会長に一斉にやらせようと言う意味が分からない。
やりたい人はやればいいが、やりたくない人にまで無理に参加を呼び掛ける必要もない。
この日の写真が天理時報等に掲載されているが、やらされているという感じと雰囲気が漂っています。
やりたい人は、大いに勇んで参加して頂いたら結構ですが、神名流しや路傍講演に意味を見出せない教会長の皆さんは、この度は、自分の意思でボイコットしたらどうでしょう。
天理教は、いつも上からの指示待ちで自らの意思で行動することは、めったにありません。一度自分の意思で行動してみましょう。それが天理教を変える第一歩になるかも知れません。
Facebookの投稿記事です。
▼百田尚樹講演会の反対のハガキを!
〇〇市の天理教教会の〇〇さんから「天理教が8月25日に開催予定の百田尚樹講演会。開催まで時間がないので、以下に反対の手紙を郵送してください」とから依頼がありました。同教会には「百田尚樹氏を招請することに反対する会事務局」が設置されています。
文面(例)
8月25日の天理教青年会主催の「百田尚樹氏講演会」を中止してください。百田氏は、差別発言・ヘイト発言を繰り返し、天理教の教義からもっとも遠い人です。
住所
名前
宛先 632-0012
天理市豊田町155
青年会本部内
中山大亮 様
百田尚樹氏講演会詳細
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/even…/hyakuta-tenri-event/
Facebookの投稿記事です。
▼天理教よ、おまえもか!
8月25日、天理教が百田尚樹氏を招いて講演会をする。
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/even…/hyakuta-tenri-event/
主催の天理教青年会の会長は、次期真柱中山大亮氏。
そのような人物が、
百田のような差別主義者でヘイト発言者と近づくとは!
天理教の根本にある平等の思想とまるで違うではないか。
あまりにもきな臭い。
幸い、内部にも反対の声を上げる人がいるが、
残念ながら大きな動きにはなっていない。
これを読んでいる天理教の方々、
ぜひ反対の声をあげてください。
青年会の方、講演会のボイコットを!
▼百田尚樹氏 講演会 in天理 2018.8.25 | 天理教青年会
戦争を美化するのだけは出来ません。常徳作戦に従軍した今は亡き父は、日本軍がシシ・ババ(小便・大便)を垂れながら行軍した実情を語っていた。ウンコがゲートルの上に溜まったまま行軍するので、臭いのなんのって、これが前線の現実なんです。
映画に出てくるような規律ある姿ではないのです。少しでも隊から離れた兵士(落伍兵)には確実な死が待っていた。
小説やドラマでは成り立っても現実は生死の間を彷徨う凄惨な姿があるのみです。
敵が打った銃弾がピューンと空気を切っている間は少しは安心なんだそうです。ところが、銃弾が地面に突き刺さるブスッブスッという音になるともう怖くて一歩も歩けなくなるとも語っていました。
今まで一緒に歩いていた同僚が返事が無いと振り返ると既に息絶えていたそうです。
〇〇中尉が戦死された。〇〇上等兵が亡くなった。〇〇軍曹が足を撃たれて歩けなくなったなど、父が語ったものを母が書き留めている。
天理教は平和を求める努力をしてください。それこそ、ようきづくめの世界でしょう。
百田尚樹氏が、差別主義者でヘイト発言者と仰ってますが、私は、違うように思います。
在日韓国・在日朝鮮、あるいは韓国の人々の方が、我々日本人を差別し、ヘイト発言をしながらデモを行ったりを繰り返しています。それらの人々の、目に余る行動について、日本人に警告、警鐘を鳴らしている百田氏の発言は、愛国者として当然の発言であります。(行き過ぎの部分はあるのかもしれませんが。)
日本の政治家が靖国参拝をすることを阻止したり、慰安婦像を全世界に拡散する活動を国を挙げて行ったり、日本人に化けて沖縄でデモを行ったりと、常軌を逸した行動の在日や韓国の人々の方が、はるかに酷い、日本を貶める差別主義者、ヘイト発言者達です。
そして、百田氏の講演を許可したという大亮氏が全く、百田氏の講演について、何の意見も表明しなというのは、誠に無責任で、他人事のように思っているのでしょうが、所詮、真柱の器ではないのでしょう。
匿名様 (2018年8月16日 10:12 AM)
同じく匿名を名乗りますが私はあなた様とは別人です。
あなた様の下記のご主張は事実誤認です。
≫ 百田尚樹氏が、差別主義者でヘイト発言者と仰ってますが、私は、違うように思います。
≫ 在日韓国・在日朝鮮、あるいは韓国の人々の方が、我々日本人を差別し、ヘイト発言をしながらデモを行ったりを繰り返しています。それらの人々の、目に余る行動について、日本人に警告、警鐘を鳴らしている百田氏の発言は、愛国者として当然の発言であります。(行き過ぎの部分はあるのかもしれませんが。)
東京の新宿区では最近、公園課の発案で、かつ、議会で承認を受け、数ある公園からのデモ出発を一か所だけに絞ることとなりました。
初期の報道によると、地域住民の迷惑を考えてとありましたが、全くのところ迷惑を受けている地域住民の顔が見えません。
邪推かもしれませんが、日本会議の特異な手法かと思いました。当たらずとも遠からずのはずです。
最近、吉住区長がようやく発言しましたが、本音は政権にたてつくデモを抑えたいというところのようです。
「政権にたてつくデモ憎し」、「お上にたてつくデモ憎し」、このような幼稚な感情が根底にあるのです。幼稚な人ほど厄介な人はいません。説明しても感情で反発するだけですから議論が成り立たないのです。
そこにつけ込むのが政治家です。
自国を貶されば誰だって気持ちの良いものではありません。けれど注意しなければならないのは、自分がどれだけ相手国の人間を理解できているのか、いないのか、なのではありませんか?
個人ベースで交流がある人達は、お互いにそれなりの理解がありますから、ヘイトスピーチの発言者たちのような乱暴な文脈で決めつけたりしないでしょう。
第二次世界大戦のあとに知ったのは、たとえ戦争中であっても敵国の兵との交流があったと、時に紹介されてきました。人間にはいろいろな側面が有ると言えますね。
現在、日本と周辺国の関係で敵対関係を作り上げておく方が何らかの利益につながると考えている人たちが自分たちの勢力拡大に躍起になっているようです。
ヘイトデモに参加する人たちの中には暴力団も関わっています。彼らも生活の足しになるから参加しているようです。時折見かけるヘイトデモを観察すると、ご指摘のような在日外国人は少ない様ですよ。
日当をもらってヘイトデモに参加している高齢者もようです。
これは私自身の見聞で、参加者を観察した結果ですから、証拠を出せと言われても有りません。しかし、少なくとも「ネトウヨ&ネトサヨ」の書き込みを丸呑みしての意見ではありません。
一年ほど前になりますか時期は覚えていませんが、都庁の横で警察と右翼とが衝突していた場面に遭遇しました。一般人は少数。首都圏の右翼は暴力団と等しいとハッキリわかるような場面でした。
地方に住まわれていると、なかなか、実態を観察する機会も少ないと思いますが、どうか、冷静に判断していただきたいと思います。百田氏を支持するのは個人の自由ですが、天理教団が招へいして講演会をするとなると別問題です。
これをもし、東京で開くと仮定すると、おそらくは問題は国内だけに留まらないことになると思います。天理という目立たない所でやろうという、双方の思惑が合致しているのです。
日本会議に利用されてはなりません。
百田尚樹講演会開催は真柱様も承認済みだそうです。
ガ ~ ン
真柱様も承認済み
真柱様も承認済み
真柱様も承認済み
これは確実な情報です。
真柱様に意見を言える人はいないのか?
いないのなら次善の策として世論で圧力をかけるしかない?
結果、天理教人として社会で大恥をかくことになるが、しかたないだろう。
Twitterで以下、拡散をお願いします。
教理と矛盾する主張の百田尚樹が天理教の依頼で講演会!
韓国での布教の長い歴史をもつ天理教がとち狂った!
百田氏と右翼と日本会議とヘイトデモの関係が不明です。
https://hyakuta.tenri-event.info/
上記青年会の紹介ページの最下部に下記アドレスが紹介されていますので参考になさってください。
日本会議ファミリーの櫻井よしことお友達だと二人がのんきに表明しています。
https://www.youtube.com/watch?v=Mff2n3Yj3nc&feature=youtu.be
日本会議と街宣右翼との関係も不明瞭。
桜井氏は昔から天理系の雑誌に出てるケド。
又、百田氏は作家であって政治家ではないだろう。
右派であることの問題点が不明。
じぶんで自分で勉強してね。
本来の天理教の教え→世界たすけ
百田尚樹の思想 →日本たすけ
現天理教の本音 →天理教の弥栄
本部中枢の本音 →中山家に連なる子々孫々の弥栄
青年会本部の思い →日本中心思想による世界征服
本来の天理教の教え→世界たすけ・・・これはいいだろう
百田尚樹の思想 →日本たすけ・・・内容次第では許容範囲
現天理教の本音 →天理教の弥栄・・・これは末端を無視する形になるのは明白なので×
本部中枢の本音 →中山家に連なる子々孫々の弥栄・・・王家と天理貴族のみ肥え太るなんて最低!
青年会本部の思い →日本中心思想による世界征服・・・ただの電波系
本来の天理教の教え→世界たすけ・・・これはいいだろう・・・やってないだろう
百田尚樹の思想 →日本たすけ・・・内容次第では許容範囲・・・どうでもいいだろう
現天理教の本音 →天理教の弥栄・・・これは末端を無視する形になるのは明白なので×・・・自然淘汰
本部中枢の本音 →中山家に連なる子々孫々の弥栄・・・王家と天理貴族のみ肥え太るなんて最低!・・消滅
青年会本部の思い →日本中心思想による世界征服・・・ただの電波系・・・どうでもいいだろう
いきなり巨大権力を得た青年会長と、その周辺の苦労知らずの大教会子弟達の発想は、諮り知れません。何が起こってもおかしくない状況です。
過去にあったように、世界情勢が怪しくなった時、国家権力に擦り寄って、戦争協力もあり得る話ではないでしょうか。
本部の年配の先生方も何も発言をされません。60代・70代の本部員が大亮様って呼ぶのは、もう正常な組織ではありません。
古い元教会長さま、匿名さま、ご教授ありがとうございました。
組織のトップが病に倒れたことを下の人間が心配し、一日も早い回復を願うのが人間あるべきの姿だと思うのですが、天理教はそうではないんですね。
「信者に言ってきた事と整合性がとれない」という理由だけで祈りの心も持たせないなんて、どうかしてると思います。
そんなに天理教ってクズなんですか?
八木大教会と京城大教会の方々は、百田氏の講演を聞きにいくのかな?
いうほどみなさんの意見を全く気にしてないと思います!
もっと違う形で訴えたほうがいいと思います!
たとえば何月何日何時に神殿前でデモをするとか?
そんなことよりおみちの人かと思いました!
第二の人生にボランティアで人助け!
ほんま、偉いなぁ〜
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1835479243200063&id=100002140141526
9POST.TV
【山口2歳不明】周到な準備と長年の勘で捜索開始から20分で発見!ボランティアの男性(78)が格好いいと話題に!
尾畠さんのような、「人の為に尽力される方」「人として学ぶべきこと多い方」そのような御仁は、お道の人以外にも沢山おられます。
思い返せば、天理教人が集まると「天理教を信仰してない人はどうのこうの…」「世上の人達はああだこうだ…」との話が頻繫にあった記憶がありますね。
少年期の終り頃、私はだんだん教団関係者に疑問を抱くようになりました。それと共に「人間、視野を広く持たないといけないなあ」と感じるようになりました。
海外にしても災救にしても有志の人が頑張っています! 本部はお供えの勘定をしているだけの団体と割り切って自分の頭で動いた方がいいです!
おはようございます。
松村氏の著書に、朝鮮併合、満州国に満州鉄道が出来た時
布教師が大陸に渡っており、この鉄道の駅毎に、街に天理教の
教会を建ててみせる、大陸を教科していくぞ!と言った記述があります
当時の天理教は、時代の寵児、国内だけでも、相当の勢いがあった時代ですね
旧来の宗教とは違う、実在する、神が降りて居る、画期的な信仰であり
宗教で、あった訳です。
だから、上から目線の教科意識は、当時からの流れでしょうかね・・
それでも、終戦後の部分で、いろいろ反省もあり
神殿に神の不思議、神の守護のお力が無ければ、天理教ではない
と言った、事も言われております。
我が子は、帯や許しを頂き、無事に産まれておりますけども
今も、本席が存在して、神の御告げや、息の授け、水の授け、扇の授け
などがあり、神殿に神の守護のお力や、常に新しい時代への
お指図が、今も、あるなら、天理教も、国内最高の宗教でしょうけどね。
古い資料を聖書にするだけなら、キリスト教と同じですよね。
そして、人間中心の中枢部が腐敗していく・・
バチカンなどの大聖堂と、おじばは、同じかもしれません。
いやあ、なんか違いますよね・・・
もっと、天理王の命、親神の方へ、心を向け無いと、ソリャ終るでしょう。
ただの父親さん=我田引水?
教科 → 教化 大陸に天理教を布教して、世界宗教にする!
と言う位の、勢いが、当時はあった、と言う事ですね
国内も、信徒数 800万とか、当時は最大だった時代ですね
その当時は、布教師が、神の守護、神の不思議をやれたと言う
逸話が残ってますよね、関根豊松さんの、逸話も、神の奇跡を
いくつもある訳ですよ・・
だから、天理教 最高! と言う時代と歴史があったから
上から目線は、その名残じゃ無いだろうか? と思った訳ですよ
できる事なら、今の天理教も、そこへ、回帰して欲しいですね?
と言う、個人的希望でございます。 (笑)
いほり 様
クズもクズ、大クズだと思っています。
人助けを標榜しながら、本元のトップが病に倒れるという大失態。その責任の一端を一般信徒たちの信仰心の足りなさへと責任転嫁するのですから終りです。
真柱が行く先々でご馳走攻めにしたのは誰ですか。一般信徒ではありません。すべて取り巻きの画策です。
こうなる前に、一度フルマラソンとまではいわないが、せめてハーフマラソンでも走られれば良かったものを、何処へ行くのにも自動車での送迎、おつとめの間は座りっぱなし、終わればご馳走攻め。これでは病気にならない方がおかしい。何故、このようなことに気付かれないのか、毎日、天理大学のグラウンドを10周も回れば本当にいい運動になるのにと思われないのか。
真柱が一晩宿泊するのに億円を超える建物を建て、挙句の果てに、来賓棟は神殿の延長だから建設に向かってお供えするのが当たり前だと広言した教会長たち。
兎に角、やること為すことのすべてが、ひと昔も、ふた昔も前の発想ですから。
全ては、この欄への投稿を読み解けば,おのずから解決の糸口は分かろうというものです。
行方不明の2歳の幼児を発見された78歳のボランティアの方の行動を見れば分かろうというものでしょう。
この方は、人は、動いて汗を流すことが、いかに大切かを示されていると思っています。
問題解決の手段である学習能力が欠けたところに進歩は無いと思っています。
匿名 様 8月17日 2:01 PM
< 八木大教会と京城大教会の方々は、百田氏の講演を聞きにいくのかな?
皆さん、困惑しているのではないでしょうか。
真柱様が了解しているという事は天理教にとり致命傷ですから。
私もショックを受けました。
天理教のこれ迄を残念に思っている自分ですかr、今更ともいえるのですが、真柱様の身上の原因はここに在ったのかと思いいたりました。
方から上の頭の身上は、親神&教祖の残念の表れなのでしょうか。
隣国を貶め、日本は素晴らしいと言い募ることを飯の種にしている人を、わざわざ、呼んで皆でご高説を聞こうなんて、いくら何でもトチクルッテイル。
百田氏を支持するのは個人の勝手、それは当たり前。
けれど、青年会行事は個人の嗜好で軽く決めてはいけない。
イベント会社の「のり」で宗教活動をすることは大きな間違いだと、多分理解できない人たちなのでしょう。
Twitterだから、つぶやく自由はあるが、百田氏招へいに反対している私を含む人々を、
「左翼」と決めつけるのは、あまりに幼稚すぎる。
反対勢力を「左翼」と決めつける手法は戦中・戦後、一貫して日本の社会の至る所で見受けられ、今も根深く残っている。
単純すぎる思考方だから、気が付いた時点でやめましょう。
嫌韓・嫌中傾向の方たちは、個人ベースで海外の人と交流した経験があるのだろうか。
「異文化」交流に恐れを感じるのだろうか。
知らないことは恥ではないのだから、今日、今からでも、人の受け売りで判断することをやめようよ。
所謂、「文化人」の質を見抜く目が無くては、人助けも方向違いに終わってしまいかねない。
自戒を込めて書かせて頂きました。
>行方不明の2歳の幼児を発見された78歳のボランティアの方の行動を見れば分かろうというものでしょう。
この方は、人は、動いて汗を流すことが、いかに大切かを示されていると思っています。
問題解決の手段である学習能力が欠けたところに進歩は無いと思っています。<
本当にそうですね。78歳のボランティアの方は、災害被災地へもボランティアに行かれています。本当に頭が下がります。天理教の「ひとだすけ」を自らの自発的意思で実践されています。宗教は人間にとって本当に必要なのかということを改めて考えずにはおれません。
>真柱が一晩宿泊するのに億円を超える建物を建て
あほくさ。シティホテルの中の上クラスの部屋をとれば十分じゃないですか。一晩か二晩寝泊まりするために一億超える建物?大きくて豪華な建物は傷みやすいので維持費もかかりまくりです。合理的に考えることもできないほど教会長たちは思考停止に陥っています。
うちの上上級もかつて、真柱入り込みの際、接待用客殿建設しました。末端教会、信者一同これでもか、これでもかの上納金に毎月苦しみました。
その教会は今どうなっているか。末端の我が教会と負けず劣らずの閑古鳥教会になってる有様。広い敷地に立派な神殿、立派な客殿。主役は信者のはずだけれど、信者が通ってこない。建物が立派だけの教会です。
あのお供え地獄は何だったのか。あれが神への報恩だったのか。虚しい姿ですね。
真柱様の身上はどんな様子なんでしょうか?
心配です。早く良くなってほしいですね。
昔は確かにそうでした。教理の実践の一つに「ひのきしん」があり、「ひのきしん」をしたり「お供え」をしたりすることによって心の成人がもたらされる、と考えていたんでしょうか。「心の成人に先立つ「形の普請」とかいった標語が生みだされました。そうして、本部は館(やかた)建築などのひのきしんを‘作った’りしたのですが、芹沢先生の本にあったように、建物を建てることが信仰だとカン違いしていたようです。
私自身、「館を建てる」ひのきしんに参加しても、それが心の成人に役立ったとは思っていません。
間違えました。 「心の成人」に先立つ「形の普請」 → 「心の普請」に先立つ「形の普請」
匿名
2018年8月18日 11:50 AM
御本部も何を考えているのだかですよね(笑)
百田尚樹 氏を呼ぶにはもう旬が過ぎていると思います。俗に言うネトウヨの神様だった人です。しかしネトウヨも一般化された昨今百田氏の問題発言を警戒している保守 右翼層もいるぐらいです。百田氏は問題発言も多い人柄であるが故にわかりやすさから、ネトウヨで過激な【チョン!キムチ!】など差別用語を連発する朝鮮人差別主義層が支持層です。しかもどんな人でも当たりか会わず朝鮮民族であるだけで差別する下劣な人たちです。方や表看板は宗教と天理教の本部がこのような支持層を持つ方を呼んでよろしいのでしょうかね。韓国にも天理教があるとも考えると韓国人からの支持は一気に薄れます。
それに朝鮮民族差別をするような集団ですので民族派となり最も過激な政治集団に成りますのでどのようなバックがいるかわからずおそらく、百田氏が講演した時点で注目が集まり、朝鮮民族差別主義者から教団内部調査をされるでしょう。教団関係者には多くの在日朝鮮人の方をはじめ朝鮮帰化人の方もおられます。
方や、百田氏を注目してるには 在日朝鮮人と帰化人そして被差別部落の方から構成されているシバキ隊なる反日系左翼集団もいますので、百田氏を呼ぶ事により 天理教は右翼層はおろか左翼層そして反日団体からも格好の的になるでしょう。
こちら社会学のコメントで皆さんが本部を始め教団に注意喚起をここまでしても取りやめない本部をもう見捨てたほうがいいと思います。【天理教の看板】を掲げているだけで、右翼と左翼からカモにされるような教団にはもうついていけなくなるでしょう。
教団始まって以来の混沌が始まるのは間違いないでしょう。
教団の混沌はとっくに始まっておりあとは終わり方でしょう!世間の注目をあびるための一手と思ったのでしょう!
あさはかな教団の2世、三世、四世後継者たちは自分達の無能さに気づくことでしょう!何代も自分達では1人も信者が作れなかったくせに親からの信者のお供えを当てにしてきた業が神様に受け取ってもらえなかたっただけでしょう!
教団消滅後はあなたしだいです!天理教社会学を見てる場合ではありません!
百田氏講演会後、何らかの社会的騒ぎが起きても、本部は得意の
「金で解決」を図るのでしょうか。
情報をトコトン隠蔽する体質は、そうか、延命措置の一環だったのですね。
その罪はあまりに大きい・・・。
天理大学朝鮮語学科を卒業されて釜山総領事まで勤められたM氏は今も韓国に住んで日韓の友好のために努められています。みちのともの信仰フォーラム講演会にこの方の講演内容が掲載されていたことがあります。
百田氏の講演後にこの方の感想をお聞きしたいものです。
教団本部は、いろいろな方の講演を開催されるのに異論は有りませんが、結果が人々の努力を無にしない方策を望むところです。
また、聴衆の方もその辺の事情を理解の上、今後に備えて頂きたいものです。
一歩間違えば、一列兄弟、陽気づくめや世界たすけの信仰の理念が揺らぐことになり、天理教そのものが台無しになってしまいます。
百田尚樹氏は立派な思想を持った人だと思うが、天理教がレクチャーされるというよりも、天理教がレクチャーしなければ、いけない人だと思う。
もう、天理教のレベルが低くくなりすぎて、世界の有名人ばかりが教内の雑誌には登場しています。
本当に何の魅力もなくなりましたね。陽気ぐらし講座も教外の人に頼む方が良いかも知れません。
百田氏について色々なご意見を持たれるのは結構な事かと思います。
しかし、「差別主義者」とか「右翼」というレッテルで講演会に反対するのは短絡的のように思えます。
私は百田氏の著書や主張などを全て精査した訳ではありませんが、その発言や主張には一つの筋(価値観)が通ってると見受けられます。
百田氏が攻撃する朝鮮人・中国人は、日本への不法入国者であったり、日本人や日本文化を傷付け貶めようとする人達、歴史事実を検証せずに慰安婦問題や南京事件などで政治宣伝をしようとする組織の人達の事であって、日本人と共に日本社会や国の為に活動する人達、普通に生活する一般の中国韓国人を、差別や攻撃を加えるような事はしている事実は見受けられません。
また、日本国内に向けても、イジメやブラック企業、災害対策や政治家個人などにも、一般庶民の視線に立ち、批判や口撃(こうげき)を加えています。
中山みきさんの教えを受け継ぐのであれば、どのような発言や意見も封殺する事無く、一列兄弟・互い立て合い助け合い等の「神の理に沿った考え方」で議論を深めてもらいたいと思います。
なお、私個人的には、百田氏が現在の自民党支持・政策擁護をしている点は全く賛同できません。今の自民党の政策は、外国人移民を増やして優遇し、日本人を経済的に苦しめ、ますます少子高齢化を進める政策が多すぎるからです。
政治的信条は人それぞれです。日常生活で政治的信条を問われることは、選挙時の投票位なものです。
今般、図らずも、百田氏招へいを契機に、天理教に関係した・している人々の中にも様々な意見があることが、当たり前のことですが表に現れました。
人によって異なる意見を持つのは当たり前なのですから、私も自分の意見を言うだけで、けっして相手を折伏するのが目的ではないから、ディベートすることは望みません。
言えることは、重層的な目を持たずして世の中を分かったつもりでいると、いつの間にか戦争ができる国になるかもしれないと。老人たちは危機感を持っています。
あえてご尊名は指しませんが、いつも頭脳明晰なご意見を展開されていることで有名な方の書き込みを拝見して、正直なところ、絶望的な気持ちになりました。
また、Twitterでもご活躍の女性陣も同様な立ち位置でご意見を開陳されている様で、日本会議、産経新聞などの見解が広く浸透している実態に、もう、止めようのない民族主義(本人が意識するかしないかは別として)への傾斜が既に完了し、平らにする「地ならし」すら始まっていると感じています。
(付け加えて、私は朝日の読者ではありませんし左翼主義でもありません。私は私であり、発展途上人という自覚をもって生きています。)
一方で、「民族差別主義の支持層 と 左翼の監視下にある 百田尚樹」様の明晰なご指摘は、或る程度の年代の方々であれば了解できるようなご見解ですし、説得力がある内容に感心しております。
けれど、どうも私はのんき過ぎたようです。実際のところ、長老、東風Z様のご意見に落ち着くしかないようですね。
現状は、後の時代に振り返えれば、衰退が始まっている天理教団の一つの歴史的ターニングポイントだったと観るかもしれないと思います。
幸いにも内部での反対者もいることを示す行動をとられた方々もいたことは幾分かの慰めにもなりましょう。
私の身内には現在も海外で幼子を抱えて暮らす者がいますし、国内で食い詰め、近々の海外移住を計画する者たちもいます。その者達を安心して送り出す根拠は神様なので、私は民族主義とはハッキリと線を引くものです。
移住先ではその国の医療、教育のお世話になるのです。医療費や教育費の事でアレコレ言う人とそのご家族は、一生、国外に出ないのでしょうか?どうか「外国人」と直に交際してみてください。目が開かれることも多いはずです。
お金が有ったら天理へ行って、今回の「百田騒動」をこの目で見たいものです。
でも、行かない方がいいかな・・・。 多分、黙って見ていられないかもです。いえ、武闘派ではありませんよ。写真撮りまくり…。
この講演が百田さんじゃなくて、安倍晋三さんだったら、やっぱり批判されるのかな?
どちらも聞いてみたいが、現在の天理教の混乱状況を把握したうえでの講演内容だったら、尊敬しますね。
反対のビラがまかれたり、結構すごいことになってきましたが、肝心の本部、青年会がピンと来ていません!
天理教だけでなく、創価学会、政治団体など注目度が高くなってきているにも関わらずおそらくこのままでしょう!
名古屋の本愛の安藤氏が責任をとるべきでしょう!
facebookのあるかたの投稿より
安藤氏へ
百田尚樹氏の講演会は絶対に止めて下さい。
お道の組織内に大きな亀裂を残します。
天理教並びに中山大亮氏が右寄りである印象を世間に残します。お道を離れる人もいるでしょう。
貴兄の責任は重大と言わねばなりません
おはようございます。
信仰を持っていようと、宗教を学んでいようと
政治信条は、別れますね、世界は、信仰や宗教では、決して
まとまる事は、無いでしょう。
天理教者でも、百田受け入れ派と、拒否派に別れておりますね
ただ、信仰者、宗教者であるなら、やはり、重要なのは
笑っちゃうかもしれませんが、愛と、慈しみと、尊びじゃ無いですか?
謙虚に、礼節を持って、敬う心の姿勢じゃ無いですか?
人を大事にし、国民を大事にするなら、国同士でも
お互い様です、お互い様リスペクトが、要るでしょう
自分を大切にする事は、人も、大切にする事でしょう。
私個人は、今の政権と、それに連なる人達には
国民への、優しさも、愛も感じ得ませんし
他国に対しても、従属か支配か? 嫌な姿勢に感じます。
百田某氏も、とても、宗教団体が、講演会に呼んで良い
人物だとは、思えませんが、それが今の青年会の信仰レベル
宗教心のレベルだとも、表しており
私個人としては、非常に残念な思いですねえ。
ただの父親さん
親神様、教祖様はなんとおっしゃられていますか?
歴史を深く勉強したものではありません。あくまでも、断片的な出来事をもとに意見を述べているだけです。
二部同窓生の知人は韓国布教を経験しています。彼が言うには玄関に入れてもらうのにも1年を要したと言っていました。それほど日本人は信用されていないのだとも言っていました。
日韓両国間には難題が山積しているようです。
京都市東山区に「耳塚」という遺跡があります。秀吉が朝鮮出兵の際に首の代わりに、耳や鼻を削いで持ち帰り埋葬している場所です。耳塚で検索してみてください。こともあろうに秀吉死後にこの耳塚と目と鼻の先に豊国神社を創設して秀吉を祀っているのです。朝鮮半島の人達にとっては屈辱以外の何物でもないでしょう。
では、元寇の役で韓半島の人達は対馬を襲い、多くの女性の手のひらに荒縄を通して連れ去った事実を半島の人達はどのように受け止めるのでしょうか。日本人はこのことに余り触れません。
近代に目を向けても、半島の植民地時代には、半島の人達に言語まで日本語を強制したと聞いています。これが事実であれば、正に、文化を否定したと言えるでしょう。一方、竹島は日本の領土だと信じています。
このような矛盾を抱えてでも両国は親善関係を維持していかなければならない現実。
人の心の恐ろしさは底知れず、これを解決する手段は戦争しかないのでしょうか。考えれば考えるほど苦悩は増すばかりですよね。
私は間もなくこの世からお別れするでしょう。でも、若い人たちは此の苦悩を背負って生きていかなければならないのです。
天理教が神の力を信ずるのであれば、どうか少しでも明るい未来への指針を示してほしいと願うばかりです。天理教のおカネのことなんかどうでもいいことなんです。
今の日本は「離間工作」が進んでいるんだな~と思います。
誰が仕掛けているのでしょう?
右寄りに行けば、朝鮮が、中国人が、また、野党が、石破さんが~と
あら捜しと悪口ばかりで、逆に好ましい所や良い所はないもよう。
左寄りに行けば、安部政権と統一教会やオウムとの関係、日本会議、893などとの繋がりや
日本に巣食うディープステート(戦争屋)とのおどろおどろしい関係や絶望的な話ばかりで、
安心出来る話は皆無な状況。
これらはすべて本当のことなのか?
だとしたら、どちらか一方だけの悪口を言い合い、そしてどちらか一方だけを不自然に持ち上げる
合戦だけに気を取られていていいのか?
政治も組織も無名でしがらみの無い、本当に信頼の出来る、純粋で強く、志のある人たちを
探して集めてやり直すことは出来ないのか?
そういった人たちほど、無名無欲で地味に活動されているので目立つことはないが、
方々から尾畠春夫さんのように、誰が見ても文句のない立派な人格者を集めてお願いすること
はできないのだろうか?
しかし、そうなると国民すべての利益が優先となり、組織であれば会員全ての利益が優先となり、
特権階級はなくなり、真の一列兄弟の実現に繋がる為、既得権益者は黙っていないのだろう。
既得権益者にとり、下々のものには、「真実」を知られるよりも表面的な悪口合戦に気を取られていてくれれば、都合がいいのだろう。
そのようにして出来ている世界には他人に対する、人間に対する真の「愛」や「思いやり」といったものは存在しない。
自分だけ、自分の身内や関係者だけ、という個人の欲やエゴから来る「思いやり」に似たようなものは存在するが。。
百田尚樹氏は民族主義者、差別主義者だということで、おやさまの、人類一列兄弟、世界平等の教えに反しているので、講演会は反対であるというご意見が多いように思います。
しかしながら、今、ツイッター上でも問題になっている、中国人旅行者などの、日本の健康保険ただ乗り問題、日本の生活保護を目的に外国人がどんどん入って来ている問題、ずっと以前から言われている、教科書の近隣諸国へ忖度した日本史を、日本の学生に教えている問題、そして言わずもがなの、中国の日本領土侵犯、韓国の慰安婦像世界拡散、もうあまりに近隣諸国との軋轢問題が多すぎて、暗澹たる気持ちにしかなりません。
民族主義、差別主義だと、日本に対してだけ問題にするのは如何かと思います。韓国にも天理教があるのだから、韓国が嫌がることは一切言ってはいけないのですか? どちらかが言いたいことも言わずに辛抱することによって平穏が保たれている状態が、良いのですか? 日本は今まで言いたいことも言わずに黙って、相手国の意を汲むよう務めてきたと思います。その挙句の、最近の、最初にあげた、日本の社会制度を食い物に侵入してくる、中・韓国の人達が増えているという現実です。
日本も黙って辛抱しているだけが能ではない。主張するべきことは主張すべきです。相手に遠慮して黙っていることが、世界一列兄弟を実現しているということでは、絶対ない。
日本の殆どの識者が、はばかって何も言わないから、百田氏が目立っているところもあると思います。そして、日本の一識者の意見に対してのみ、民族主義者、差別主義者と責める前に、相手国に対して、当然の意見を言うことも、必要大事だと思うのですが。そして、民族主義者、差別主義者は、勿論、外国にも大勢居ります。 日本を利用し、日本を貶めるべく活動していることに対しては、見ざる、聞かざる、言わざるを決め込むことが、おやさまの教えなのでしょうか? おやさまは、社会の差別構造を、社会悪を、厳しく糾弾された方だと思います。外国の、日本人に対しての姑息な攻撃には、黙って内向きの、平和主義を決め込むのがよいというのでしょうか? 世界も日本も一列平等は、言いたいことも自由に言いあってことではありませんか?
百田氏の講演が行われようと禁止になろうと、どちらでもいいのですが、ただ、民族差別主義者だから反対だという意見に違和感を覚えましたので、失礼致しました。
韓国には生まれつきの大金持ちが多くいる。小学生以下の億万長者が70人。その中には赤ん坊もいて10億円以上を持つ子が7人いる。普通の人が一生かけても稼げない大金だ。日本もそれ以上であるが、日本には1600兆円の借金があり、オギャーと生まれた瞬間一人1300万円の借金がある。日本のお金のことなんかどうでもいいけど、天理教のお金のことはどうでもよくないと思いますよ!それはもとは信者さんの真実ですから。大教会の息子に産まれただけで何の力もないくせに見栄を張った結果がこうなったのです!
問題点は、宗教が 百田尚樹 氏 などのような政治色を強い方を正式に呼び講演させることです。その昔で言えば、三島幸雄 を呼ぶようなものです。三島幸雄ファンだとしても宗教の場に呼ぶのはどうだろう?と普通は考えますし呼ばないでしょう。天理教は創価学会や生長の家のような政治色強い教団になっていくのでしょうか?創価学会は公明党 生長の家は天皇万歳 これが宗教と呼べないからこそ世間からも後ろ指差されているわけです。
それに天理教には、多くの在日朝鮮人の方や韓国朝鮮帰化人が沢山おられます。本当本部と中山家は何も考えてませんよね。彼らも普段はなんら問題のないないのですが、政治の話になった瞬間意見は変わります。朝鮮人の考え 対 日本人の考え と相対する考え方になります。もしかすると天理教は教団内で江戸時代の士農工商エタヒニンのようにより階層を作って、日本人信者に朝鮮系信者を差別させるような状況を作るようなものです。
百田氏ですが、ちなみにこんな発言してます。
引退したら政治家になって、中国に行ってハニートラップにかかりたい!中国4000年の秘術を尽くした性技を堪能する。しかし国は売らない(キリッ)。で、恥ずかしいビデオを暴露されて、嘲笑の中で晩年を過ごす。: 引退したら何して過ごすおつもりですか?
こんなことも
講演の中でちょっと言った冗談を、ここまで取り上げるか。「今日はNHKの経営委員としてきたわけない」と前もって言ったにもかかわらず、これや。ほんま、呆れるわ。
こっちが呆れるわ!
天理教の上層部は、部内教会や末端教会。また、信者さんの事を軽く見ています。
親孝行・素直という事を刷り込んでいますので、強く意見をすると必ず従うと思っています。
もう無理でしょう。末端・信者もそれぞれが意見や思いを発信するようになると思います。
上層部は弱い相手には強いですが、しっかりとした考え、思い、強い決意を持っている人には、とても弱いです。
皆さん、それぞれが強くなって自分の意見が言えるようになって下さい。
どうせ呼ぶならちんけな作家(芸能人)じゃなく ダライ・ラマとかローマ法王を呼べ!
組織はなくとも信仰できる!さん
失礼しました。天理教のおカネのことなんかどうでもいいことなんです、発言は舌足らずでした。教団は何時までおカネに拘っているのかとの思いで投稿しました。組織運営に必要なおカネは必要でしょうが、年間130億円ものおカネを何に使うのでしょう。先のことを何も考えずに手を広げてしまって、金食い虫になってしまった天理教は、もう、宗教の資格を失ってしまったのではないでしょうか。
挙句の果てに、トップが全て贅沢病に倒れたなんて言い訳が出来ないと思うんですが。
>組織はなくとも信仰できる!
2018年8月17日 4:32 PM
そんなことよりおみちの人かと思いました!
第二の人生にボランティアで人助け!
ほんま、偉いなぁ〜<
「おみちの人」ではないと私は直感しました。「おみちの人」がすべからく、あるいは、たとえ少数の人でも、78歳のボランティアの方のように「高邁な人間性」を備えた人であれば、天理教はこれほどまでに、堕落、腐敗しなかったと思います。人間が人間らしく生きていくために、本当に必要なものは、「宗教」では無く、人間が生まれながらにして持っている「良心」だと思います。「良心」という一語では表現しきれない、人間が生まれながらにしてもっている「人間らしさ」「人間性」というものだと思います。
組織はなくとも信仰できる!2018年8月20日 11:16 AM 様
>日本には1600兆円の借金があり、オギャーと生まれた瞬間一人1300万円の借金がある。
失礼ながら、いわゆる「日本の借金1600兆円」というのは「日本政府」の借金です。
貸しているのは国民であり、つまり国民の債権であり財産です。
生まれた瞬間に借金を抱えている、等というのは有り得ません。
それに、日本国政府自体が多くの不動産、インフラ資産、海外投資債権などを持っており、財務諸表上の「マイナス」はほんの僅かしかありません。
日本は借金を抱えた国だから増税しなければならない、というのは財務省の嘘です。
> 日本は借金を抱えた国だから増税しなければならない、というのは財務省の嘘です。
政府の持っている多くの資産はそのまま持ち続けて、増税することによって‘、借金’を国民に支払わせよう、というコンタンなんですね。でも、この図式、〇〇教の幹部たちがやりそうな感じに見えませんか?セーフも〇〇教も、何か出費があれば、己(おのれ)の懐(ふところ)はいためずにおいて、一般国民(または信者)に、さらなる税金(または上納金)を課すことによって、支払わせる・・う~ん、組織の上層部の考えることって、どこもいっしょじゃないですか?
日本は一年一年やっていけているのですから、1600兆円は、ゆっくり1億年ほどかけて払うことにしましょう。
国と天理教じゃ規模やその性質が全然違います。国は紙幣を刷れます。それにより為替調整が出来ます。しかし教団は出来ませんしたら教団おとりつぶしです。国は増税しても国民は逃げられませんが、教団がお布施を推進すればするほど宗教色が薄れ人が逃げていくだけです。教団が金に困り信者に迫れば迫るほど信者は逃げていく構図です。善亮さんの「御恩報じは金」から当教会も教会もどんどん信者が減っていきます(ToT)
みなさんいろいろなご意見ありがとうございます。なるほどごもっともです。
80代の方が貰われている年金が私達の時代にはその半分以下になることも予想され、世代間格差、ご老人に若者世代が政治的にやられてしまっている感がぬぐえません。国も天理教も自分達の負の遺産を若者世代に残さぬようご一考願いたいです。まあ、もう遅いかなという気がしますが?若い世代に希望を与えられる天理教であってほしい!
おはようごさいます。
私は、ここで政治の話はしませんが、もし、明治の時代に、某氏の講演会について
お伺いを立てたら、親神様は、なんとおっしゃったのか?
皆様、だいたい、予想はつくでしょう? 私は、必要が無い! と仰ると思います。
親神様は、独立請願や、宗教法人にする事も、願っていたとは思えず
真に、神への信仰と言うものを、重視していたと、思ってます
だから、当時の真柱様達の行動を、叱ったりしてた、話が残ってますよね。
人の想念は自由です、人間界は混沌の世界です、ここは完全一致はしない世界
高き神様は、人間の雑事に、拘泥される事は、しない・・と思いませんか?
祈る者を、導いてくださる存在でしょう?
と・・私は、感じております。
私の友人の霊能者は、このまま、次の真柱様になったら、手を引くと
天理王の命 様は、言ってらっしゃると言う事です
私は、直接言葉を聞いた事は無いですが、神殿で、息子が天理教にお世話に
なっている事を感謝する祈りを、神霊的にした時、天理王の命 様の片鱗に触れ
息子の事は心配ない、と言うのと、親の私が、自分の御守護神のエネルギーを
息子に送る事は、親の想いは、親の自由、我関知せず・・構わぬと言う
想いが、フッと、飛び込んで来たくらいですね
それでも、普段から、天理王の命 様の、エネルギーの、末流に触れる事は
よくあります、信者の、祈りを聞いておられると思いますよ。
じゃなければ、私は、ここには書きません
実在しない神様を想う宗教には、興味も何も無いですから
天理王の命 様は、実在する・・この事を、想うには
時期真柱予定者さんは、まだ、あまりに未熟だと、感じております。
決定は人間の思案、欲の想いがあり、親神様は、受け入れておられない?
ここに書く、大半の皆様の、感じておられる通りでしょう・・・・
さらなる上納金を信者に課そうにもすでに事情教会率90%ですけど?信者がいないのでもう遅いでしょう。立て直すこともできません。滅亡に向かってひた走るだけの衰退期のカルトだっていうのは中にいる人も認めざるをえないと思います。
言いたいことをお互いに言い合う。言って何が悪いのだ、これでは全く子供の論理です。幼稚すぎます。
国家間では規模が大きくてわかりにくいのであれば家庭に置き換えて考えてみてください。
家族が言いたいことを言ってばかりいてはハチャメチャな混乱を招きます。
少なくともお互いの心を理解しあう努力が無ければ家庭は安らぎの場にはなりません。
まして国家間の歴史的問題の解決には忍耐と努力を双方が持ちつつ、理性的に(あたりまえのこと!)話し合う事でしか望めないでしょう。
問題点の指摘は必要な事です。大事なのは、そこで瞬間湯沸かし器のようにならないことです。なぜなら、一般人の心を操作し、自らの利益に導く輩が世界にはいるからです。
問題解決に向けて世論を情緒的に憤慨させる操作にやすやすと乗っかってしまう国民性。
自戒を込めて、「匿名2018年8月20日 11:15 AM」様に送ります。
Facebookの投稿とコメントより。
>ここ1,2年で上級の祭典は人が激減しています。先月は務められなかったのですが部内入れて12,3人だったと。。。
以前の半分以下。。。
部内は6箇所。それでこの人数です。由々しき事態です。
> 中間教会が、長年部内教会にあぐらをかいていた姿やと思います。
ウチの上級さんも、直轄の信者さんがどんどん老齢化しおつとめ辞退。会長さん家族も全員がつとめられない状況。部内は、昔は専業主婦の役員さんが居られて上級までつとめていましたが、今は、部内教会長夫妻と一部部内教会の会長の弟夫妻、若先生夫妻がつとめて、なんとかなってます。しかし、女鳴り物(や、奉仕者)18人が居ないことが多いです。昔なら、考えられなかった状況です。ちなみに、部内教会15箇所です。
>ちなみに上級のようぼく数は100人以上居ます。
その中で昨日勤めたのは教会家族以外たった一人です。
他の人はどうしたのか。
来年110周年。
時だけが流れる。
>上々級は部内教会33ヵ所ですが、月次祭に来られてる直轄信者は皆無です。
部内教会が集まり賑やかにやっていますが、これで良いのかと。
>Facebookの投稿より
「国民を舐めてはいけない」
小泉進次郎氏が、公選法の参議院定数6増へ異論を唱えた。
さらに「もりかけ問題」にも疑問を呈した。
おかしいことは、おかしい。
ダメなものはダメ。はっきりものをいう。
小泉氏が評価され人気があるのは当然だろう。
友人の教会長が、豊田山舎納骨幣帛料が一気に5倍になったことに言及していたら、「教会長は、本部のすることにつべこべ言うな!」と大阪のドン・本部のポチと言われる方が、高圧的に怒鳴ったという。
怒鳴られても、やっぱり、おかしいことはおかしいし、ダメなものはダメだろう。
「さんさい7月号」に、信仰エッセイ「 『子供は全て天才を持っている』と信じること」と元渕鉱名高分教会教人の文章が掲載されていた。それを読み、その感想は「結構なご家族やな〜さぞ徳のある方々やろな〜」だ。
才能ある娘さん方がいて、そして本教から金をだしてやろうというチャンスに恵まれた。その結果、オリンピックや弦楽の世界で活躍された。親として素直に嬉しいやろな〜と思う。
ただ、娘さん方のその活躍の陰には、才能にもチャンスにも恵まれない子供を持つ大多数の熱心な本教信者からの真実のお供が惜しみなく使われている。
留学させるお金はない。そんな余裕はない。でも、本教のお偉方からも指導者からも「金の心配は無用」「子供の才能を伸ばしてやれ!」と言われたから娘たちを留学させたし、学ばせた。という。余程お徳のあるご一家なのだろう。
大多数のおぢばから離れて暮らす信者子弟は、お金がなかったら、余裕がなかったら、そんなことは諦めざるをえない。教会子弟や信者子弟で才能があるのにおぢばから離れているから、その才能を伸ばすことなく埋もれてしまった子供も数多いる。だいたい、ダイビングやバイオリンやコントラバスの弦楽器を簡単に習わせられる環境がおぢば以外のどこにあるだろうか。
本教は、信者からの真実のお供で成り立っている。そのお供はすべて「谷底せり上げ」(この言葉の出展は全く分からないので、どなたか教えて欲しいw)で人助けのために平等に使わねばならないはずだろうに、ごく一部の限られたおぢばに住む者に多額の金を使うのは如何なものか。すでに谷底はせり上げられたのか?そんな訳はない。真に才能あるものは、公が放っておかない。国の支援を受ければいい。
おかしいことはおかしいし、ダメなものは、ダメだろう。
おぢばの旧東寮(現第12母屋)北側駐車場に、夕方になるとバイオリンを持った子供たちがクルマから降り、おやさとやかた東棟に消えていく。天理教音楽研究会弦楽部部員のレッスン日だ。子供らは本部在籍者、本部勤務者、そして彼らに誘われた天理市近郊に住む信仰に全く興味ない未信者子弟だ。その親の一人が「あの人が真柱さん?」と指をさしたのが、本部員の前川某だった。真柱様さえ知らない未信者の子弟に多額のお供が使われている。因みに指をさされた前川某は大阪教区おうた演奏会終了後に、大阪教区おうた合唱団に配るCD製作費40万円を勝手に持ち帰ったあの前川某wだ。(念のため、その場に同席してそれを黙認した西田某本部員も同罪だろう。なお、40万円は後日、当時の音研理事長K氏が謝罪とともに大阪教区に返還されたが、持ち帰った前川某本部員・西田某本部員の処分は聞いていない、世間では窃盗罪・横領罪ってのがあるのだが)
誰も本部員が全て人格者で立派な方ばかりだとは思っていない。
おかしいことは、おかしいし、ダメなものはダメだろう。
だから〜
過去に本教から多大な恩恵を受けた本部員などの本部在籍者家族や本部勤務者で構成されている「天理ムラ住人」の方々は、それをベラベラと本教内外で公にしないでほしい。今日の夕食にありつけないものが、この世界にいる以上。今日、子供にかける費用をほとんど削り、上級教会・大教会を経由して本部にお供えする教会長や信者がいる限り、眩しすぎるご守護を頂けたおぢばの一握りの人々の華やかな姿はいらない。知らない方がいい。
信者はきちんと見ている。
信者を舐めてはいけない。
匿名 2018年8月21日 7:32 AM 様
>言いたいことをお互いに言い合う。言って何が悪いのだ、これでは全く子供の論理です。幼稚すぎます。
国家間の歴史的問題の解決には忍耐と努力を双方が持ちつつ、理性的に(あたりまえのこと!)話し合う事でしか望めないでしょう。
そのようなこと、わざわざ指摘されなくても、当然のことです。
「お互いに言いたいことを言いあう」というのは、相手の気持ちや立場を尊重しながら、理性的に行うことを前提としなければなりません。
しかしながら、韓国は日本の主張を「妄言」と決め付け、日本は韓国に忖度ばかりして、日本側からは、殆ど意見を言っていない、と思われます。
韓国大統領が替わる度に、既に済んだ筈の慰安婦問題をその都度蒸し返されては賠償金を請求され続ける、こういう現状一つをとっても、なんとか話し合い、少しでも変えて欲しいものです。が、韓国大統領にとって、国内で支持率をあげる効果的な方法が、反日政策ですので、腹を割った話し合いが実現する見込みは薄いと思われます。
どう解釈されますか。
—–
とふぢんがにほんのぢいゝ入こんで まゝにするのが神のりいふく 2-32
たん/\とにほんたすけるもよふだて とふじん神のまゝにするなり 2-33
このさきハからとにほんをハけるてな これハかりたらせかいをさまる 2-34
上たるわなにもしらずにとふぢんを したがう心これがをかしい 4-16
にち/\に神の心のせきこみハ とふぢんころりこれをまつなり 4-17
いまゝでのうしのさきみちをもてみよ 上たるところみなきをつけよ 4-18
これさいかみなみへきたる事ならば せかいの心みないさみくる 4-19
なにゝてもせかいの心いさむなら 神の心もみないさむなり 4-20
韓半島との問題を見ていて思うことは、際限のない問題に入ってしまったと思う。
耳塚の存在に恨の感情を表す韓国朝鮮の人たちが居られる。
では、元寇・文永・弘安の役において、日本女性の手のひらに穴を開けて紐を通し、船べりに立てて盾としたり、赤ちゃんの股裂きまでした高麗軍の仕業、対馬の人達はほぼ全滅に近かったと伝えられる事実を、韓半島の人達はどのように捉えているのかと思ってしまう。
国内の話をしてみよう。能登半島のノトとは、アイヌ語で突き出たという意味があると聞きました。ギフやスルガもアイヌ語だったそうです。昔アイヌの人たちがこの辺まで住んで居られた証拠でしょう。
そこへ大和民族が来てアイヌの人たちを追い出してしまったと考えられる。
際限のない恨みを持っていては問題の解決は永遠にできなくなってしまう。どこで妥協点を見つけるのか、人間の英知が求められる所以でしょうか。
天理教の教えがこの複雑な問題を解決できるのかが問われているのでしょうか。それとも、ローカルに落ちぶれてしまったと思える教団には重すぎる課題なのか。
それとも、先の大戦に積極的に協力した事への反省も出来ていない教団には、その資格すら持ち合わせていないのかもしれない。
皆さん政治や民族問題詳しいですね。是も非も各種有ると思われますが答えは出ないでしょう。問題点は天理教は宗教団体であり政治団体でないのに政治色が強く民族問題や差別問題を起こす支持者が多い 講演者 百田尚樹 氏を公式に講演させることです。しかし天理教団は本部や大教会や分教会 と階層差別を有している歪んだ宗教組織なので本性を表したと言えるでしょう。やはり差別意識が高いんですよ本部も大教会も自分達は徳が高いと思って信者を見下していると聞いたことがありますが事実なのでしょうね。
ペリー来航 1853 お筆先執筆 1869 神国日本を支配しようとする外人を疫病によって退散させる。という事?
大教会の息子と住み込み人は徳が違うとよく聞きます!
なんの根拠もないでたらめです。差別です!
昔、大教会の娘さんに「あんたらいずれ、私の家来やでな!」と言われたことはいまだに忘れません!
ある人のTWITTERで高安のハッピを着た人が幸福の科学の前で座り込みをしている。すごい!
全くタイムリーな本の紹介記事を目にして、これも親神の采配かと、皆様に紹介するのが私の役目かもしれないと思い、投稿させて頂きます。
東京新聞2018年8月19日付 読書欄より
「歴史修正主義とサブカルチャー」 倉橋耕平 著 青弓社1,728円
2011年、博士論文で慰安婦問題を扱ったNHKの番組改変問題を取り上げた。
その後、在日コリアンの知人がヘイトスピーチの被害にあうことなどを契機に考察を深めた。
具体的には
「どうしてこんな考え方が広がるのか。彼らが考えていることは何か」
彼らには彼らなりの「知の形式」があり、批判・無視ではなく、その仕組みに目を向けるという考察で、その一部を紹介。
◇歴史修正主義は1990年代、「新しい教科書をつくる会」がルーツの一つ。
この会は歴史の専門家ではない「アマチュア知識人」がその中心となっていた。
当時、右肩下がりの出版界の苦境の中で彼らの主張は売れる「商品」として論壇誌、漫画などで拡散。
◇これらの言説は上からの押し付けではなく、それを心地よいと受け止める消費者がいて、双方のやり取りがキャッチボールのように交わされる中で強化されていった。
◇彼らの思考法が端的に現れてくるのが90年代に浸透してきたディベート。二項対立の問題設定下での説得競争。相手を言いくるめることを優先するだけで、事実かどうかの吟味は後回しだから、「それはデマ」であるという指摘は彼らの胸には刺さらない。
◇基本的に彼らの言動は事実をゆがめること。論壇誌などのメディアを通じ、理性的な形で見せているだけということになる。
歴史修正主義はなぜ、かくも一般人から支持されるのか。
専門家が「事実と異なる」と指摘し、また、「反知性主義だ」と指摘しても、関連本は売れ続け、SNSではネトウヨ的つぶやきが支持される現象に満ちている。
こうした社会の背景を36歳の若い著者の考察で言葉による説明はついたのかもしれない。
しかし、歴史修正主義にひとたび染まると、その心地よい世界から生還する人は少ないような気がします。
それは「愛国心」という、誰もが否定しにくい気持ちがベースに有るからだと私は見ています。
人によっては(下重何とかさんの本もこの部類)親兄弟の愛は否定できても、「愛国心」は「持ち合わせていない」と口にするのは存外難しいことなのです。
「愛国心」は正しい・・・これを全否定することは難しい。部分的に、或いは条件付きの否定は可能ですが。
かつて「愛国心」の強要で戦争で多くの人が犠牲になったことは、団塊の世代が死に絶える頃には、忘れ去られるでしょう。
そういった社会を、現に、百田氏やお友達の櫻井良子さんたちが目指しているのですから、天理教の中にも存在する「宗教右翼」、「歴史修正主義者」がいくら大声を上げようと、私は懲りることなく愚直に繰り返し反対を表明するしかないと腹を決めています。
天理教信者として社会に果たす責任の一つとして、出直すまで繰り返し、機会あるたびに発言します。
百田氏やお友達の櫻井良子さんのどの辺が、歴史修正主義者なんでしょう?
教科書、マスコミ修正主義ではあるでしょうが、
修養科に行っていた時でしたが、詰所でも、他の大教会の信者の方がたずねてきただけで「はいってくるな!」とおこっていた人間(教会長)がいました。くだらない理由で。 意味不明すぎて
頭がおかしいのかと思いましたwwwww
今月の修養科生もおさづけはいただけない。残念!
はるかブラジル、コンゴからの修養科生も無念であろう!
でも、不思議なご守護は、やはりあって神様を実感した修養科生、一期講師もいるようだ!
教義やおてふりはちっとも習得できなくても、このおぢばで修養した事実はふせこみの種となって
いつか神様からご守護いただく日がくると思います!
おはようございます。
おさずけは、もらえなくても、守護はいただける。
天理の霊能者 と言う著書にも、そう言う逸話があります。
本来、本席に該当する人だけが、おさずけを与える事が出来るのであって
真柱様は、あくまで、教団運営の真柱様 だったはずです。
本席様がいなくなっても、神の守護、不思議は、頂けている
息のさずけ、水のさずけ、扇のさずけは、さずける人がいなくなり、失われてしまった
関根豊松先生は、正当に本席様から受けている、最後の世代ですね。
今、現在、天理教の友人も、おさずけの力は、限りなく下がっている
弱くなっていると、言っていて、そうなのかな? とも思います。
誠に、私的な話ですが、嘘だと思って、読み流して笑って下さい。
天理王の命 様が、次の真柱様から、手を引くと言っていると言う
友人の霊言、これは、天理王の命 様につながる、ある龍神を介しての
予言ですが、私は、その意味を掴みかねております
守護が失われると言うことだろうか? 模索しておりましたが
模索してる時、パッと、私の守護霊か、魂の親様が、エネルギーを受けました
悪しきをはらいて・・お勤めの言葉が口を突いて出て来て
望む者には、守護は与えられよう・・と言う言葉が浮かんで来ました
私が、理解したのは、我を望む者には、守護は与えられる
真柱のお授けは、もはや、無用である・・
教団を離れても、構わぬ、我を求めよ・・
と言う事だと、理解しました・・ 真実の心で求めれば
今また、誰しも、関根豊松先生の様な事が、できるのだと感じました。
ここまでくると、ただの父親も、ただの神、きちがいですね (笑)
まあ、こう言う意見もあると、軽〜く読んで
お許し下さいませ〜
差別ばかりする天理教
2018年8月22日 12:20 AM
やはり差別的ですよね。本部は韓国朝鮮系の信者をいびって差別してお布施でも上げさせるつもりですかね?百田尚樹 さんに私はなんら問題ないと思いますが歴史の真実を知るとおそらく日本人は韓国朝鮮系に憎悪を抱きます。それらの憎悪を抱いた人達が 百田尚樹 さんの支持者で有るといえるわけです。どんな組織でも二分するような状態が出来ると弱体化していきますしね。朝鮮系信者を日本人信者が差別するのは必然。私は教団がどうなろうと知った事ではないので良いですがつくづく呆れる上層部ですね(笑)
匿名 2018年8月21日 10:53 PM 様
中国が主張してきた「南京大虐殺」は、既に、元朝日新聞記者 本多勝一氏(在日朝鮮人)の捏造だとバレています。 http://japan-plus.net/182/
また、本多勝一は朝日新聞で、日本軍が中国人に数々の残虐な行為を行ったという「中国の旅」という記事をも連載していましたが、これも全くのデッチアゲです。
【本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない 『月刊正論』 2014年10月号 】
about:blank
また、韓国が主張している従軍慰安婦は、吉田清治の捏造です。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n1.htm
これら中国・韓国の、日本を貶める為のプロパガンダの捏造が、驚いたことに、日本の中学・高校の歴史教科書で教えられてきたのです。 そのことに対して、日本のまともな学者たちが、日本の子供たちのために、正しい教科書を作ろうとした活動を、「歴史修正主義」などと、決め付けるのは、正統な評価ではないと思います。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%F2%BB%CB%BD%A4%C0%B5%BC%E7%B5%C1
【ここでいう歴史修正主義とは、「南京大虐殺まぼろし論」や「アウシュビッツのウソ」(ガス室による組織的虐殺などなかったとする論)のように歴史的に存在したことをあえて無かったと強弁したり、侵略戦争や植民地支配、軍隊などによる組織的虐殺行為など、今日批判的な評価が定着している事象について評価を逆転させて支持・擁護する主張をさす。】
天理に関わる人を右と左にわけ、教団より百田尚樹へ目を向かせ、教団に反感を持つ人同士がぶつかり合うように仕向け、相打ち、自滅を狙っている。
天理教内には大教会の坊ちゃん達に従順な人々だけを残し、百田尚樹招聘反対派は次世代の教団には要らぬ老害だと選別が出来る。
天理教青年部は上手いこと信者をふるいに掛けたものだ、素晴らしい。ここの人もまんまとのせられているのだから。
天理教の差別意識の原因 徳が高いとの言葉 様
事実ですよ。私は教会住み込み人(常詰と呼ばれています)の子供として生まれました。
あんたは徳も無く、因縁が深いから常詰の子として生まれたんだと言われ続けました。会長家族とは徳が違うんだと。常詰めとその子孫は最初から低く位置づけされていた何よりの証拠です。
行きたかった公立の夜間工業高校へも行かせてもらえず、天高二部へ詰所勤務生として行かされました。
敢えて、行かされましたといいます。お与え(給与)も3年生から月300円だったと記憶しています。
当時、食パン一斤が35円程度だったと記憶しています。
たまの夏休みに教会に帰っても、教会の外へ出る時も、いちいち事務所に行く先を告げなければ教会から出してもらえませんでした。
詰所勤務は奴隷のようなものでした。4年間一日の休みもなく、教庁勤務や天理時報社勤務の定期的な休みがある職場をうらやましく思っていました。一番、精神的に参ったことは、詰所に大教会役員の子が天高一部生として居り、この子の召使のようなものだったことです。
雨が降れば傘を持ってこいだの、遅れたから自転車に乗っけろだとか、散々こき使われたことです。
この子がいた3年間に何度夜逃げをしようかと思ったことです。持ち金が無かったことも一因ですが、実行すれば教会に居る父母がどのように思うだろうかと思うと足がでませんでした。
この時のトラウマは80歳になった今も心の片隅にうずいているんですよ。天理教なんて、無くなればいいんです。高校卒業時に貰った「おかきさげ」も5年前に捨てて、少しは心も軽くなりました。
百田教祖 様
百田氏や桜井氏がどのような方かは存じ上げません。その上で、少し長くなりますが見聞きしたことを書きます。
1989年12月人物往来社が発行した別冊歴史読本「未公開写真に見る東京裁判」を持っています。
東京裁判で死刑が確定し処刑された7人の一人に、松井石根(マツイイワネ)大将が居られる。
主な経歴は
昭和8年8月 台湾軍司令官
昭和10年8月 予備役(現役ではなくなること)※カッコ内は投稿者の補筆。
昭和12年8月 招集・上海派遣軍司令官(再び現役に戻られる)※カッコ内は投稿者の補筆。
昭和12年10月 中志那方面軍司令官 同年12月兼上海派遣軍司令官
このように招集着任早々に要職に就かれ、勤務地の関係から、いわゆる南京虐殺事件があったとされ、その責任を問われて処刑されたまことにタイミングが悪い境遇に居られたということです。雑誌の文中に次の記述があります。
・・・松井はもちろん虐殺事件を知っていた。ただ、それを制止するだけの見識と指導力を持っていなかったのだ。しかし、個人的にはいささかの痛みを感じていたフシがないでもない。その証拠というわけでもないが、南京占領の翌年(昭和13年)2月、日本へ凱旋したあと2年ほど経ってから、「興亜観音」と名づけられた観音菩薩像を、熱海市伊豆山鳴沢山に建立した。もちろん虐殺の文字はその石碑の文面からは全く読み取れない。ただ、同じ敷地内に建てられた本堂の祭壇には「日本国民戦死者霊脾」「松井将軍部下戦死者霊脾」と並んで「中華民国戦死者霊脾」というものが掲げられている。
「(松井)大将は南京から凱旋されたときは、たいへん、しおれていらしたと聞いています。私どもにも残念であったと繰り返しておられました。虐殺とか、いろいろあったそうですから」と、建立当初から40年近くも供養を続けてきたという伊丹キヌさんは語っていたという。
松井の南京事件に関する唯一ともいうべき直接的な心情の吐露というものが、(死刑執行直前に)教誨師の
花山師によって書きとめられている。
「南京事件ではお恥ずかしい限りです。南京入城の後、慰霊祭の時に、シナ人の死者もいっしょにと私が申し出たところ、参謀長以下何も分らんから、日本軍の士気に関するでしょうといって、師団長はじめあんなことをしたのだ。
慰霊祭の直後、私は皆を集めて軍司令官として泣いて怒った。そのときは朝香宮もおられ、柳川中将も方面軍司令官(編集部注・第十軍司令官)だったが。せっかく皇威をかがやかしたのに、あの兵の暴行によって一挙ににしてそれを落としてしまった、と。
ところが、このことのあとで、みなが笑った。甚だしいのは、ある師団長のごときは「当たり前ですよ」とさえいった。したがって、私だけでもこういう結果(処刑されること・投稿者注)になるということは、当時の軍人たちに一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変にうれしい。せっかくこうなったのだから、このまま往生したいと思っている」・・・
何という不運な人なんだろう。温厚な方で名の通った松井大将。写真を見ても7人の中でも広田弘毅氏と並んで温厚な容貌を見ると、なおさらその感が増してきます。
ちなみに、B・C級戦犯の刑死者はオランダ関係236名。フランス関係63名。フィリピン関係17名。中国関係149名、合計987名の方々が刑死されています。例えば高〇上等兵の遺書「泣きたいくらいしにたくない」を読んでいると涙が止まらなくなります。辛い過去の記録です。
次に、私が未だ勤めている時の話です。公的職場を退職された大正元年生まれの方が嘱託職員として来られた。父の同年配のネズミ年で話し振りも父にそっくりで親近感を覚えた。
この方は看護兵で、くしくも昭和12年に南京に衛生隊長の付き人として進駐された。南京は長江(当時は揚子江と呼んでいたようだ)に沿ってあり、川幅は広いところでは3㎞近くあるそうだ。
たまたま、中隊長の持っている双眼鏡を見る機会にあり、揚子江を見ていると来る日も来る日も、ポンポンに膨らんだ死体が流れていったと証言されていました。
此処には書けないような体験もされています。ただ、当時の南京には30万人もの人口が有ったのかとの疑問も示されています。南京虐殺で30万人もの人々が殺されたのかは物理的にも不可能だろうとも言われていますが、子供や女性を含んだ多くの人々が揚子江を流れていったのも事実なんでしょう。
何が本当で何が嘘なのか、現在に生きる我々には検証のしようがないのも事実です。でも、戦争という人人が殺し合う悲惨な現実があったことは事実でしょう。
日本だけでも330万人の死者があり、アジアでは600万人という気の遠くなるような死者があった事実を深く受け止めなければなりません。
終りに、ラングーン裁判第1号事件で銃殺刑にされた直後の2人の大尉と1人の中尉の写真(池宮商会提供)を見ています。何が原因で処刑されたのかは知る由もありませんが、頭に白い布を着せられて太い棒に後ろ手に縛られ、それでも前のめりに倒れておられる姿を見ていると涙が出てきます。前途有望の青年がこのような形で生きることを絶たれた無念。どうか、二度とこのようなことが起こることのないように祈るばかりです。
私は、母方の祖母が、霊友会支部長でした。 天理教で言う教会長みたいな存在です。
ただ、自分で信者を500人集めないとなれません。 基本、世襲もできませんが
信者が承諾すれば、引き継げます。
孫で唯一、私が霊友会に参加しており、祖母は、私が継いでくれると期待
しておったと思いますが、私の人生において、霊友会は、ステップには
なりましたが、肝心の時に役に立たず、大人になって、付き合いで参加してもね
もうね、くだらない・・幹部や会長の講演を聞いて、本当につまらない
仏の事も知らない人が、仏を語ってると感じて、祖母は、悲しみましたが
霊友会には感謝しつつも、縁切りです・・
私は、私の信仰を、我が子に強要はしません。 当然でしょう・・
生まれた時から、我が子に、教会を継ぐ事が決まってる?
可哀想に、人生の可能性を試せないなんて・・私が親なら
外に出しますよ・・
それは、さておき、嫌なら、グズグズ言ってないで、さっさと
捨てなさい! キッパリ捨てて、親神様のみ、求めたらいいのに・・
恨みつらみも、憎しみも、傲慢高姿勢、差別とも、決別するのが
信仰であり、宗教じゃあないでしょうか?
謙虚に礼節を持って、敬いの心を持って、穏やかに
愛と、慈しみと、尊びの心を、我が身に育ててこそ
陽気暮らしであり甘露も降ってくるという物でしょう?
それが、ないなら、そんな物は、さっさと捨てましょう!
と・・・思うのですが・・・・・・・・
東風Z様、貴重な情報をありがとうございました。
東風Z様の貴重な時間とエネルギーを傾注してくださった記録を胸に、子供・孫に記憶を伝えていこうと思います。
昨今の日本社会の危うさを、危険視することなく受け入れる人々がいる一方で、東風Z様のような方がおられることは一条の光と感じます。
受け売りの情報で慰安婦問題で韓国を非難する知り合いもいる一方、慰安婦を引き連れて帰国した本人から、私自身、直接、話を聞いたことも有ります。
私がかつて勤務した会社の社長夫人の親戚に戦犯として巣鴨プリズンにいた人がいると知り、身近な人の戦後の浮き沈みを感じたものです。
正論読者の方々に一言。
戦争中、派兵される先にも親の身分による差別・えこひいきが有ったのですよ。
国家中枢の者の息子や何らかの力のある家の息子は外地に送られることなく血筋を温存されていました。
いくら百田氏を応援したところで(比喩ですよ!)、一般人の読者の多くは差別される側として戦地に派兵されるのですよ。
現代は男女平等ですから、女性の貴女も戦地で日本国のお役に立てる時代です。
どうか、差別の根深さを見据えてほしいものです。
匿名
2018年8月22日 11:45 AM
教団が正式に 右に舵を取ったということですので信者を乗せたつもりが左や朝鮮系からのお布施が減るとい予測が付い てなかったのでしょう。いくらかき混ぜても自分達の田んぼですので教団上層部が自らの田んぼを荒らしてるようなものです(笑) それに宗教が政治と密接になるとやはり他の新興宗教のようにきな臭くなるなのが落ちなのでまたしても天理教としての教団の魅力が落ちそれと連動し中山家への忠誠心もより落ちます。政党でも自民や民進やで嫌がる人も多いのにそこにある種の政治思想を持ち込むとより亀裂は生まれます。
現在の天理教の人は教理が理解できてないない所で強い政治思想が入っただけでその影響が大きくなります。右と言えば愛国や保守などが代表的思想です。、それが真柱などの役職や中山家となればいいですが、それら影響を受けた者の終着点が愛教と教理の保守となるので、真柱と中山家は関係なくより賢くなった信者たちからの監視をされ間違いがあればより過激に糾弾される状態を作るようなものです。
私は現体制否定派なのでこの状況が楽しみです。
困った時こそ 極右極左と極端な意見に流れやすいものなので現執行部の迷うをより感じられますよね。
>B・C級戦犯の刑死者はオランダ関係236名。フランス関係63名。フィリピン関係17名。中国関係149名、合計987名の方々が刑死されています。<
を次の通り訂正します。
B・C級戦犯の刑死者はアメリカ関係140名。イギリス関係222名。オーストラリア関係153名。オランダ関係236名。フランス関係63名。フィリピン関係17名。中国関係149名。これにA級戦犯7名の合計987名。と訂正します。
皆さんの書き込みを興味深く読ませて頂いておりますが、一つ気になる事があります。
自衛隊増強や憲法改正、百田氏に反対される方のご意見や主張はよく理解できます。
しかし、逆の意見を述べる人に対して、「戦争を起こそうとしている」かのような論調は間違いです。
今の日本に「戦争を起こしたいと思ってる人」がいると思っているのでしょうか?
人それぞれですから、中には「戦争でも起きれば良い」と思ってる人が居ないとは言えませんが、自分や家族、愛する人が犠牲になるかもしれない「戦争」を自ら起こしたいと思ってるような人がどれ程いると言えるのでしょう?
話は「戦争を起こす、起こさない」ではなく、周辺諸国で紛争や戦争が起きた時に「非武装中立」か「武装自衛」かの問題なのですが、ご理解頂けますでしょうか。
お道の修行はどう 説明されますか
世の中には仏教、神道、キリスト教等 いくつもの宗教があります。
この信者の皆さんはみな 教義の意味 修行の方法を説明でき、加護の取得が可能ではありますが、
天理教については、教会長はじめ 本部の先生方についても納得できる説明できる、また
奇跡を起こせる様な先生方がいないに等しくなってきております。
私、30年程前に 3年程住み込みするなかで なぜ人は助かる人と 助からず地獄へ落ちる人が
起こる原因について 深く研究した事があります、その中で教祖や愛町初代の通る心の修行方法
について 参考になるものは全部真似をして通ったものです。
そのなかで 文書ではうまくは説明出来ませんが 心(考え方)、口(言葉)、行動(他の利益)この3つ
を教祖や愛町初代のひな型に合わせていきます。
人というものは自分を基本的に名誉とか得しよう 楽しようなど これを欲と神様は言いました。
八つのほこりといいます。これをなるべく使わない様心がけます(基本)それとウソとついしょ
これは 神様は一番嫌いな心遣いです。簡単にいうと人の濡れ衣くらいかぶっても平気という気持ち
になるくらいの心になれということです。神様のいう「人の道」は人間の知恵で考えるのと正反対の心です。
だから 世界なみの人には 反対の摂理がおこってくるのです。
それと貸しもの借り物という原理 この世界のものは 資産、反対に借金や 親さん、子供、奥様、夫は
借り物であって魂の徳分に等しく与えてもらいます。貸りたものに対して あなたは普通
「ありがとうございます」と借りた人に対して言うのが普通ですよね、仏教でも教えますが 「感謝の心」
を常に持つことです、実親、子など家族に対して常に
感謝することです。これも修行です。不足いわず、「たんのうの心」というのは ここから来ています。
最後に元の理について ですが、必ず本部「ぢば」から始まり「ぢば」に返していく お金とかではなく
私は人を助けて貰うと必ず「ぢば」に参拝し 報恩として理を立ててきました。その中で色々里る事が
多くありました
昔の人は八つのほこり、貸しもの借りものの話、元の理で助かっていたと言うのは
このことからからかなぁと感じたものです。
このこころをコツコツと延々と続けていく中に気が付いたら見える世界が変わってきた。
見る、聞く、みな楽しという「陽気くらし」の世界(天上界)につくことが因縁の深い人でも、誰でも
いくつくことが出来ると神様は言われています。
みかぐら歌にも 神様は やまとはほうねんや、 ここまでついてこい といわれます。
誰も知らなくてもいいのです。自分と神様だけは真実はしっかりと見てくれています。陰でしたこと
はいづれ その種が時期重ねて芽吹いてきます。
神が教えた 細き道、真の道は 人間が通るべき正道です。これが雛型の道というものです。おやさま
も 雛型通らねば雛型いらんと厳しく教込みされました。
教祖の教えた天理教は拝んだり 参拝したり、祈祷すなわち 願かけ等の道ではなく 人の正しい理解、
神様と一つになった行動の積み重ねであると言い切れます。その中には ざんげとして人の為に祈る事
人助けの境地こそが徳を積み悪 ほこりの世界からの解脱だと考えます。
にちにちに心尽くしたものだねを神は確かに受け取りている
真実に心尽くしたものだねは、いつになりても腐る芽はなし
だんだんとこのものだねが生えたたら これ末代の高貴なるぞや
金くれ 助けてくれと乞食の心の者が 人を助けられる大名みたいな高貴な者に運命を変えていただく様なすばらしい
雛型のお道だと神様は教えてくれました。
神様は里の仙人になりなされやと いわれたものです。
この現代の時代に一人でもこの話を聞かれ お道の一歩でも参考になればと投稿させていただきます。拝
加藤ハルアキ 2018年8月22日 8:24 PM 様の
>話は「戦争を起こす、起こさない」ではなく、周辺諸国で紛争や戦争が起きた時に「非武装中立」か「武装自衛」かの問題なのです
最近の報道番組で耳にしましたが、ある日本人記者がトランプ大統領に、もし戦争が起こった場合、米軍は日本を守ってくれるのか?と訊いたそうですが、トランプ大統領の答えは、米軍は日本を後方から支援する、というものだったそうです。つまり、米軍が直接、相手国と戦ってくれる訳ではない、ということだそうです。
チベットは現在、中国に占領され、チベット人は弾圧され、中国人との同化政策が進んでいますが、日本もチベットと同じ状態にならないとは断言できません。中国人が今、猛烈な勢いで北海道の土地を爆買いしているそうですが、既に、中国人が買い占めた土地は、静岡県の面積を超しているそうです。中国人が大勢入植し、もし中国軍が入って来るようなことがあれば、北海道が占領される事態になるかもしれません。現に、尖閣諸島や南シナ海を、中国は領有権を主張して実効支配しつつあります。
今のところ日本がチベットのようになっていないのは、日米協定、沖縄に米軍が駐留しているからです。しかし、トランプ大統領は、中国が万一日本に攻めて来たとしても、直接、米軍を中国と闘わせるつもりはないのです。
中国に対して非武装中立が可能かどうか、「通州事件」のようなことが起こらないかと、恐怖すら感じます。加藤氏の仰るように、戦争をしたいなどと思っている人間など一人も居ないと思いますが、自国を防衛する手段を持つことは、当たり前のことであり、国際的な常識です。
平和を叫んでいれば、攻められないと思うのは、泥棒など入ったりしないから警察は要らない、と言っているようなものです。
天理教関係の意見を述べる場所で、政治問題をあまり深入りして述べるのは気が進みませんが、いろいろ危ない情勢になっておりますので、あえて、投稿させて頂きました。
最近のコメントより、ホテルでかんづめのようである。25日はおぢばにくるようであるが、、、
@hyakutanaoki
敗戦後、天皇陛下が初めてGHQを訪れた時、マッカーサーは天皇が命乞いか、言い訳に来たと考えていた。しかしそうではなかった。
天皇陛下は「すべての責任は私にある。私の命はどうなっても構わないが、どうか国民を助けてほしい」と言った。百田尚樹さんが追加
百田尚樹
@hyakutanaoki
「日本史」を書き終えて、あらためて思ったことは、昭和天皇は本当に偉大な人がだったということ。
どれだけ素晴らしかったかは、私の日本史を読んでもらいたい。
天皇も人間といわれたのがわれわれの教祖です!
おはようございます。
中国人は、投資対象として、この先、値上がりしそうな土地、物件を買われていますね
東京の億ションも、中国人投資により、バブルの恩恵を受けております
中国人の金持ちは、自国政府を信用せず、日本の方が、投資対象として、安全だと
考えているのです、いくら中国人が日本の土地に投資しようと、そこは
日本の統治下です、過剰な反応はしないで、冷静に見るべきですね
日本人は、政府の政策で、今後ますます貧乏になり、
今後も、日本は、海外からの、投資対象として、買われて行くでしょう。
経済的な、話ですけどね。
里の仙人様の、お話、私にも、理解できます。
天理教って、難しくは無いと思いますけど、ほんと
人により、解釈、考えの違いがあって、どちらかと言うと
その人教に、なりやすい面もあると思います。
友人で、所属先の分教会長と話していても、分教会長さんの
解釈、生き方が中心になっている様に、感じています。
我が子に、教会を継がせるのが、正しいと言う理屈は、しかし
私の生き方としては、到底、受け入れられる理屈では、無いんですよ
キリスト教など、聖書のお話を、拡大解釈して、いろいろ話すけど
哲学や、考え方であって、理論理屈信仰だよなあ〜 って思います。
私の信仰の基本は、この世に生まれ変わる事は、二度と無い
この世で、肉体を持てるのは、一度だけなのです。
関根先生はおさとしでその方の前世もみえたらしいですよ!これも全否定ですか?
中国には生まれ変わりの村があるそうですが、
https://nicorobin.info/moritaken/fushigi.html
語彙 訂正させて頂きます。
11行目
中国人が大勢入植し、 ⇒ 中国人が大勢移住し、
天理教青年会本部は今までにない改革の動きをしているらしい。
やりたい事をやりたいようにしている事は、良い事かもしれない。
今までは、組織の本音が見えにくかったが、見えやすくなっただけ良かった。
言えることは昔も今も本音は変わらない。
人を集めるために末端会員に負担をかけているだけ。
今までにない立派な活動をしているつもりでも、腐った土台の上に築き上げた組織は崩れるしかない。
青年会が本気で改革をしたいのなら、今の執行部は総退陣して、新たな基礎作りの捨て石になるかしかない。
生まれかわりの村 中国・湖南省・懐化市・通道侗族自治県・坪陽郷の村民たちのことです
https://japan-info.asia/asia/china/5097/
皆さん神や教祖の言った教義にお詳しい方々ですね。確かに宗教なので教義の話は大切ですが、現在の天理教の組織を運営している執行部は 倫理問題 反社会的問題 犯倫理的問題 それらの問題がある時点で宗教といえません。宗教を語ってはいけない状態です。これらの問題は 中山家至上主義の維持によって教理教義からかけ離れた現実がありその歪みによって生じたおき続けている問題といえます。何が何でも中山家の支配と言う人間思案の体制 中山家のジレンマ とおしゃってた方が居ましたが正にその通りだと思います。
こんにちは
天理教社会学での、お題から、ずれましたが、すいません、簡単に言います
天理教から、日神会に来た、ネット友人も、戸惑ってましたね
生まれ変わり否定・・ うちの教祖の神霊活動からの結論ですが、私も支持します。
私も、もう、私の、魂の親様は、私や家族を十分に守護できる存在です
霊界での行き先も、見えてます。 今後残りの人生、さらに、私の体中で
ご守護神のエネルギーを受け、向上し、肉体の私が死んだら、
ご守護神の霊流の流れに乗り、絶対神の、お膝元まで、登りたいのです。
我らの、御守護神は、絶対神の足元に届いておりますので・・
だから、生まれ変わったり、したいとも思いません。無理です。
大霊界の話は、全宇宙規模の話ですから、地球だけの話では無いです
生まれ変わりは、あまり向上していない魂が、人間の背後霊となり
人の守護や、共に過ごしながら、肉体の生活を再体験をしてるだけですと言う・・
それが、霊視上、前世に見えるだけだと、考えております。
勝手なお話ですが、友人の霊能者は、天理王の命 様も、この200年で
絶対神の足元に届いている様だと、言ってましたね。
私は、そこまでわからないですが。
絶対神は、地上に降りないし、代理人も出さないです
巨大な存在です。
この物理的宇宙も大霊界に浮かぶ存在、他に、いくつも存在するそうです。
絶対神はビックバンの外に、存在しております。
さてさて、これだと、ただの父親も、相当、イカレた親父ですなあ〜 (笑)
荒唐無稽な、ホラ話だと思って下さって、結構ですよ・・
だって、直接、人に見せられないんだもの・・
まあ、世の中、天理教だけじゃ無いって事ですよ
もっと、自由に模索探求してみては、いかがでしょうか? (笑)
ただの父親さんはこの世に二度と生まれかわりたくない。そういうことだったんですね!
そして天理王命より上の絶対神があるということですね!
なるほど!
皆様方へ
歴史、政治に関する天理教の関わり方について、天理教の公式見解がどの様になっているのか聞いたことがありません。歴史は、その民族の書く物語りであると思います。明治維新は薩長の人々には正義の革命であり、会津の人々には、将軍に逆らう逆賊の暴動でした。伊藤博文暗殺は、明治政府にとってテロリズムであり、韓国政府にとって、は英雄伝説となります。各国、各民族はそれぞれ自身の利益を最大限高める為に、外交と言う名の戦争をおこないます。有名なクラウゼウィツの戦争論で、”戦争とは外交の一形態である”と言う一節があります。ですので、日中韓で歴史認識が全て一致する事はあり得ず、戦争がなくなる可能性は今のところありません。その上で、天理教倫理に照らし合わせた政治、愛国、リベラルの在り方が議論されてしかるべきです。人間は、生きるためになにかを信じようとする宗教的動物です。私は、なるべく素晴らしい物語りを心の拠り所にしようと思います。
私も百田尚樹さんの講演会を天理教青年会が主催することに疑問を持つ一人です。
Twitterでは開催中止を求める意見に対して、「聞く機会を奪うな」という論旨の書き込みが勢いを増しているようです。
「反対する人は心が淋しい」と情緒に訴える人もいる程です。
真柱様の了承を得ているのだから、もう、社会の目を気にすることなく中央の「有名人の生の声」を聞き感激するのでしょうか。
以前の外部講師招聘にはこれほどの反対意見は出なかった理由として考えられるのは、百田さんのファンが年齢的に比較して若年層にもいるからかもしれません。
若年層は天理教を見る外部の目を気にするなんて事はあまりないでしょうから。
中年層と思われる賛成派は、反対派を「左派老人」と決めつけ、しきりと煽っていますね。
Twitterを見るかぎり、不毛の書き込みのように感じます。
ネットで百田さんの評判を詮索していて昨年11月にこんな記事を見つけました。
作家の百田尚樹氏から「悪魔に魂を売った記者」という異名をいただいた。
出世のために初心を捨て、偏った記事を書いているからだという。
数百人の聴衆がどっと沸き、私も笑ってしまった
先月末に名護市で開かれた講演会。事前に申し込んで取材に行くと、最前列中央の席に案内された。
壇上でマイクを握った百田氏は、最初から最後まで私を名指しして嘲笑を向けてきた
特異な状況だからこそ、普通に取材する。そう決めたが、一度メモを取る手が止まった。
「中国が琉球を乗っ取ったら、阿部さん(記者のこと)の娘さんは中国人の慰み者になります」
・・・・百田氏が講演の中で阿部さんを目の前にしてこのような発言をしたそうです。
この内容を「やんちゃ」という軽い言葉でかたずける信者はいないとは思いますが・・・。
「慰み者」という言葉を平気で口にする時点でアウトです。
講演会は沖縄で開かれました。沖縄ではいまだにアメリカ兵に「慰み者」にされる少女の事件が後を絶ちません。
そのような場で平気な顔をして発言する彼なのです。それこそが彼の流儀なのです。
天理の講演で聴衆がどういう場面で笑うか。それにより、百田さんに天理教の右傾化度をチェックされる?なんて心配もしています。
恐らくは自分の本の宣伝が一番の目的でしょうが。
2018年8月23日 1:39 PMの至上主義のジレンマ さんの投稿に全面的に賛同します。王家と天理貴族たちの生活を守るための組織になっていますよね今の天理教は。神様は人間が陽気暮らしをしているのを見たかったのであって、王家と貴族たちだけが贅沢な陽気暮らしをし、末端はひたすら貧困にあえぐ陰気暮らしをしているのを見ようと考えていたわけではありません。天理教の現状は神の御心にかなわないのは事実です。
天理は田舎だから有名人の生の声を聴く機会が少ないから聞いてみたいんだろうね。
わざわざ講演料を払って呼ぶまでもなく、動画を見れば無料なのにね。
自分の書いた日本史の本の宣伝だろうね。
有名人の「片棒担ぎ」に、「光栄です!」とばかりのTwitterがあがるだろうね。
はしゃぐ様子を見るのが楽しみだ。
「イイネ」の数を数えるのも楽しみ。これはブラックジョークですよ、念のため。
ただの父親様のコメントにありました
>日本人は、政府の政策で、今後ますます貧乏になり、
今後も、日本は、海外からの、投資対象として、買われて行くでしょう。
共感といいますか、ずっと危惧し続けています。
日本が危ない、軍需予算を増やさねば、などと言い続けている割に、肝心な問題は野放しの政府。
それどころか、多くの国民が望んでいない、
種子法(参考 https://www.youtube.com/watch?v=hmXWJoafHUs )、
TPP、働き方改革、特定秘密保護法、共謀罪、カジノ法案、水道事業民営化などの悪法案を
強行採決、または推進して来ている他、
所得税増税、
住民税増税、
固定資産税増税 ・
相続税増税、
贈与税増税 → 最高税率50%が、2015年1月から55%
退職金の住民税控除廃止(退職金にかかる住民税10%の控除廃止)
年金支給0.7%減額
国民年金料引き上げ
厚生年金保険料引き上げ
高齢者医療費負担増
診療報酬引き上げ(医療費値上げ)
後期高齢者医療保険料引き上げ
40-64歳介護保険料引き上げ
児童扶養手当減額
石油石炭税増税 → ガソリン代リッター5円UP
電力・ガス料金大幅値上げ
消費増税5% → 8%(還元セール取締り、便乗値上げは放置)
高速料金大幅値上げ、
ETC割引縮小
自動車重量税増税
軽自動車税は7200円から1.5倍の10800円、
原付きバイクは倍増
タバコ5%増税
株の譲渡益税 → 10%→20%
NHKの受信料UP
公務員給与減額停止
とニュース等で大きく話題にされることもなく、いつのまにか次々と国民の負担が増え続ける
その影で、モリカケスパをはじめとする身内や仲間の問題はいくら疑惑に対する具体的な証拠
が出てきても、何が悪いとばかりに無視して逃げるばかりで、公文書を改善し、嘘をついて
までも権力に媚を売る者だけが出世する今の世の中。
外国人の日本の土地漁り問題もしかり、日本人が不利益を被るこういった問題に対し、
なぜ、政府はきちんと前向きに制度検証や法整備をしないのでしょう。
カジノよりこちらの問題を何とかして欲しいと思っている国民は多いのでは。
と長年自民支持だった自分ですが、
数年前から、さすがにおかしいと思うようになりました。
賛成派、反対派、どちらも中立に耳を傾けてきた自分ですが、
やはりどうしても、今の政府のやり方には不自然さや不気味さ、不安や気持ち悪さを感じてしまうのです。
百田氏に対する感情は、
こういった、まるで国民が良いように馬鹿にされているような様々な事案を一切無視して
問題のすり替えをしたり、時には無理のある、そして説得力の無い(失礼)大袈裟な言葉で
ただただ無条件に時の政権を祭り上げる、所謂ネトウヨといわれる人々に対する不信感が
どうしても拭えないことから来るものかもしれません。
何でしょう、自分は日本の国を愛し大切に思ってますし、同じ愛国者なのだから信じたいと思うのですが、
何か騙されているような、誘導されそうな気持ち悪さが沸いて来てしまうのですよね。
自分の周りでも、同意見の人は多いです。
そして、上記のような疑問(現実)を正直に述べると、頭から左翼だとか野党支持とか、中国人
だとか変な理屈を持ち出して決め付けられ、見下されて、そのものずばりの問題には耳を傾けて
くれなさそうな、そんな恐怖心を持ってしまうのはなぜなのでしょう。
何か「独裁」のような息苦しさや匂いを感じてしまうのです。
憲法改正ももしかしたら必要なのかもしれません。
しかし、大切な憲法は、誰もが信頼の出来る人々の下で信頼の出来る内容でなければとても恐ろしい。
少なくとも嘘のある人々や独裁的に強行するような人々には預けることは出来ないと感じてしまう。
そして、これらの問題は、今の教団のあり方に対する問題とリンクして見えてもしまうのです。
↑
素晴らしい!!!
言い尽くされていますね。
人それぞれですから、中には「戦争でも起きれば良い」と思ってる人が居ないとは言えませんが、自分や家族、愛する人が犠牲になるかもしれない「戦争」を自ら起こしたいと思ってるような人がどれ程いると言えるのでしょう?
加藤様
そういう人が国の内外を問わず実在し、権力を持っているのが実情です。
最新のtwiiterより
百田尚樹‼️天理教は差別を容認するんですね
百田尚樹‼️立派なポスターです。講演会謝礼も高額なことでしょう。胸を張ってヘイトスピーチされる差別主義者への高額謝礼❕教祖様が嘆かれます。お供えさせて頂く気持ちが萎みます。
百田尚樹‼️一列は皆々神の子平等や・・・と語れなくなりますね⤵︎
百田尚樹‼️差別的な発言が目立ち嫌悪感をもつ人も多い百田尚樹を青年会が講師として招くとは!天理教にはリスクマネジメントする部署は無いんですね⤵︎にをいがけの阻害になりますよ
ひのきしんがある天理教によい印象もありましたが、自著を買った読者を”クズ”と罵倒する作家を呼ぶことは本当に残念です。
おはようございます。
何の為に、信仰をするのでしょうか?
私は、心の自由を得るためですかね・・
私の信仰は、会員自体が神霊能力者になって来るから
当然、会長は3代目でも、最高レベル、職員も会員を指導できる
神霊能力レベルで、無ければ、勤まりません。
そして、神霊能力が、上がれば上がるほど、謙虚敬い礼節です
絶対に、威張らない・・
職員は、会員より、腰が低く、すごく厳しくも、すごく優しいです。
威張ったり、偉そうにするのは、一番、レベルが低いんです。
全員が、御守護神の下では、先達、後輩ではあっても、存在は
平等です・・
天理教にて、私の所属する、◯邑分教会の会長とは、一歳しか、違いませんが
分教会長は、私の息子の様子を見てくれ、何かと、世話をして下さるから
お布施も渡すし、感謝もしておりますけど
存在は、対等だと思っております・・
私は、理の親とか、そんな事は、知らない。
人は、神の下では、存在として、対等だと思ってます。
東風 Z さんのお話、ビックリ! しました。
昭和の話とは言え、そんな奴隷の様な事が、天理教にあったなんて・・
そして、80歳になっても、心の傷になっておられるとは・・
私は、自分の心の自由を得る為に、実在する神を信仰しております
私の人生、これで良かった、これで満足だ・・はればれと生きたい
誰かから、抑圧される宗教なんて、まっぴらゴメンですよ〜
偉そうに言って、申し訳ありません。
ここに、書かれる方のお話は、教団組織に抑圧され
振り回される、お話が多く、神について、話される方は少ない
しんどいお話、嫌な出来事が、多いです
お供え掲示板でも、そうでした・・
そんなに、振り回されるなら、さっさと辞めたらいいのに
あるいは、毅然として、神様の方だけを向いていたら良いのに
そうは言っても、友人でもある、◯邑分教会長も、教団への不満は
一切、口にされませんが、もしあったとしても、そっちへの不満には蓋をして
親神様のみ、信じて、勤めておられる様にも見えますからねえ
教会に生まれ育つと言う事、とは、大変なのかな?
とも、感じます。
ここで、書かれてる、苦労話しは、総じて、人間的な都合の話で
神様とは、関係無いよね? とも、思います。
私は、そう言う感想を持っております。
いろいろ、個人的に思う事を書かせて頂き、大変ありがとうございました。
ただの父親 様
>そんなに、振り回されるなら、さっさと辞めたらいいのに
あるいは、毅然として、神様の方だけを向いていたら良いのに<
とっくに辞めていますよ。おさづけのお書き下げも捨てました。渡す資格のない方から貰ったおさづけなんて何の意味もないと思ったからです。
なぜ、渡す資格が無いと判断したのかは、芹澤光治良氏著・死の扉の前でを読んだからです。
私が投稿する理由は、このようなつまらない現行天理教に入信しない方がいいのではないですかとの思いで投稿しているだけです。
神仏の存在も否定的です。何十年に一度の秘仏のご開帳なんて言われても、その機会に逢われない方も多いことでしょう。たまたま、その機会に恵まれた方はラッキーだったのかもしれませんが、信仰という普遍的な在り方ではないと思うのです。
いつぞや、外国旅行の御礼に有名な神宮にお礼参りの途上、他人の放火で亡くなられた女性がおられました。善行をしに行くために死に会うなんて神の加護があるのでしょうか。
ただ、他の方々が神仏を信仰されて、人格の向上に資されるのにさぶさかではありません。
比叡山千日回峰行の修業では、死を覚悟で9日間お堂にこもり飲まず食わずで不動明王の真言を唱え続ける荒行、1日に80㎞を歩かれる京都大廻の荒行、その途中では道端でひざまずく人々に数珠で祝福をされている姿は人間業ではできないと思うこともあるんです。
多分、この方々には仏の加護があるんでしょうね。大阿闍梨・酒井雄哉さんが亡くなる3日前の言葉にこそ
宗教の本質を見ることが出来るのではないかと思っています。「ただ、ただ、感謝・・・」この言葉を残された酒井大阿闍梨。私には望むべくもないでしょうが、その何十分の一でもいいですから、その思いで死ねればいいと思っています。無神論に近い私では無理かもしれませんが。
東風 Z さん、ご返事、ありがとうございます。
もちろん、前に、おかき下げを、捨てたと、書いていたと記憶しておりますので
東風 Z さんは、天理教を、辞めておられると、思ってました。
まあ、全般に向けて、言っただけですので、お気を害したら、すみません。
一般的な、神仏、仏像、神社と、私の言う、神とは、全く違うと言う事は
ご承知だと思います。
千日回峰行や、修験道なども、 私は、私の言う神とは、関係無くて
全く、人間的な物だと思いますよ、肉体の持つ念力を極限まで鍛え
強い強い意志を練り上げ、神仏の加護を願い、不思議の力を得るのと
天理王の命 様や 私の御守護神の様に実在する神様に導いてもらうのとは
まったく、別物でしょう。
しかし、せっかく、実在する神様に触れて育ったのに
それが原因で、無神論者になるのは、致し方無いですね
本音を言ってしまうと、私は、天理王の命 様に実在神として
興味があるだけで・・天理教団については、教義も含めて
まったく、どうでもよかったりします〜
「天理フリーフォーラム」資料2に八島英雄氏の「私の教理勉強の顛末」が掲載されています。
「天理時報筆禍事件:昭和44年28日発行所天理教道友社が全国の教会に対して緊急全紙回収を図った、天理教機関紙<天理時報>第204号の筆禍事件と噂された。
『天理健康長寿法(8)』
・食物の問題②脚気と肺病の原因
太古から、日本は「チイホアキ・ミヅホノクニ」といって、五穀豊穣のくにであったから、国民は菜食主義で、鳥と魚は食べたが、獣肉(牛・馬・羊・豚)などは、賎民(エッタ)以外は決して食べなかった。ゆえに、現在でも神前のお供物は、野菜・穀物・果物・塩・魚・鳥などで砂糖や獣肉などは決してお供えしない習慣になっている。たまたまエッタ以外の国民が獣肉を食べる場合は「ケガラワシイ」といって、庭に筵(むしろ)をしいて、その上で食べたものである。私の家などでも私の子供の頃、同じようなことをした事を覚えている。~、、、、、、、、、、、、」
『岐路に立つ天理教ーその歪められた姿と改革の叫び』神宮寺真著エール出版社・昭和49年1月15日発行より一部
抜粋させていただきました。
「天理フリーフォーラム」を読ませていただいて今まで知らなかったことがわかり新しい感情を持ちました。
筆禍事件当時の表統領は高橋道男氏で病死でなく自殺だったと知りました。
過って日韓条約締結に反対して友人と政府宛か外務省宛か忘れましたが電報打ったことを思い出しています。
韓国は思想・表現の自由が制限されていた軍事政権でした。日本の政権とお互いに利害が一致したのでしょう。締結されました。従軍慰安婦の方々は置き去りのままに。韓国はその頃と変わりました。
当事者が置き去りのままでは国の在り方が変われば問題は表に出てきます。
私は感情は大切だと思っています。が、その感情もいろいろな事柄がわかってきたり(未知が既知)で変わってきます。
日本はとか、中国はとか、韓国はとかと言われても違和感を持ちます。私は私であって日本政権にすべて委ねたわけでないと思うのです。
先日、NHKで戦災孤児の番組を見ました。私などは父が戦死したけど母がいて最低な生活だったけど、この方々の苦労に比べたら苦労に入らないと思いました。
戦争をほとんどすべての方は望まれていないと私も思います。でも、という不安を感じます。
もの言えぬ時代に知らず知らずに強くなってきているように思います。
中山みきの「いちれつみなきょうだい」「おまつめまのつへだてなし」はユートピア(どこにもない社会)かもしれない。
でも当時の弟子はそうは思わなかった。実現していたのでしょうね。
なんかだんだん言いたいことが纏まらなくなりました。次の機会にします。ごめんなさい。
天皇も人間と宣言し、時の政府に迎合しなかった我らの教祖はそのため何度も櫟本に拘留され、厳寒の中、扶持されながらも決してその考えを曲げなかったとお聞かせいただいております。いよいよ本日、時の政府に迎合した者の講演がおこなわれます。中山みきの「いちれつみなきょうだい」「おまつめまのつへだてなし」はゆがめられようとしています。
真柱さまの御身上平癒を妨げる遠因はできるだけ取り除いたほうがいいと思います
青年会長様、青年会本部委員長様できるだけお願いします!
「私の教理勉強の顛末」によると天理教内の差別「徳の違い」が説明できなくなってしまう恐れが本部内にあったからではないでしょうか?本部が一番「「いちれつみなきょうだい」「おまつめまのつへだてなし」」から程遠い!
天理教は何度も差別問題を起こしています。
私が聞いた話では、解放同盟の方が「むつかしい事は言いません。あなた達は教祖の教え通りに通って下さればさえ良いのです。」と言われたそうです。
おはようございます。
世間的には、天理教が、百田氏を呼んで講演を行う事は
別に話題になっても、おりませんよね。
2部生の、高校生の息子も、へえ! 知らないよ〜 って言ってます。
勉強会ですからね? 毒を持つ人物の講演も、よく聞いて
勉強をなさって、自分の判断軸を、磨いたら、よろしいかと思います。
息子も言ってましたね、2部生は、上下関係が厳しいって・・
うちの子、教会の息子の先輩に、締め上げられ、腹を殴られたり・・
厳しい、(しどう)・・を受けたそうです。
これ詳しく書くと、関係者が、バレますが・・
うちは、一般信者家庭なので、直ぐに問題にしていただきました
これが、教会子弟同士だと、うやむやになる事もあるそうです
そのような、状況下でも、息子は、いろいろな事を学び、強く成長しております。
大丈夫、俺は平気だよ・・頼もしい事を、言っております。
天理高校2部関係者には、私は、感謝しております。
どの様な状況下に置かれても、自分を見失わない様に
たくましく、育っている息子を、応援してます
人は、成長すれば、する程、謙虚、敬い、礼節、の心を持ち
愛と慈しみと尊びの、存在になり、優しく、決して威張らないはずです
我が子には、先輩に、なれば、なるほど、決して後輩に威張ってはならない!
そう言ってます・・
もちろん、私も親として、我が子には、その様に接しております・・
私も、親として、謙虚、敬い、礼節、愛慈尊の見本にならねば、なりません。
宗教と差別。
人は生きるために何かを信じようとする宗教的動物です。(無神論も、運命を自分の手に取り戻そうとする宗教です。)盲目的な宗教観は差別を確実に生むことは、北朝鮮を類比で考えると理解できます。(共産主義が、人類の幸福をもたらすと言う考えに無条件に従う事は、宗教と類比できます。)この北朝鮮の共産主義は
、主体思想と言い、この場所で以前も論題に上がりました。簡単に言うと、共産主義の理想を実現するために主体的に革命に加わり、自らを導こう、その為には首領の懸命な人民に対する指導が必要不可欠である。という考え方です。(朝鮮思想専門家の方々、足りない部分お許し下さいませ。)結果、この思想の磨きをかけてゆくと、金一族の富権力の独占、血筋の近い者の繁栄、共産党幹部の繁栄、一般国民の疲弊となります。ところが共産主義は、世界的な潮流の中で資本主義に惨敗してきました。何故か。それは、資本家達は革命を起こされないよう、定休日、有給日、産業医療、福祉を自腹をきり企業利益を還元する仕組みを創ったからです。(共産中国は、この仕組みを折衷させているようです。)現在、共産主義が威力を振るいそうなところは、世界的に見て、貧しく治安の悪い地域に限られています。この類比は天理教を見直す良い道筋を示唆してくれています。
こんにちは。
神のお心は、民主主義だと思います。
日本の神様は、年一回、集まって、会議してますよね・・
日本の神道は、本来、開放的で、民主主義なんだな? って思いませんか?
それでいて、あっちに傾き、こっちに傾き、意見は揺れますよね?
全体主義なら、1つに、ガチーン! って締め上げられますよね。
人類も、私は、基本的に民主主義が、一番だと思います。
基本は、民主主義・・
その上で、資本に任せる、資本主義
金持ちはさらに金持ちになる、新自由主義
ある程度、再配分を、政治的に行う、社会主義
それを強化すると、共産主義
個人の尊厳と、自由を守った上で、資本の強欲を抑えて
社会に再配分を行うには、基本的に民主主義の上で
運営を社会主義、共産主義にある程度持っていく必要がありますね。
政治は、理想を持って、強固に、資本から独立しておらねばなりません。
神は、知恵を人類に、与えてはくれますが
強制的に、地球に干渉する事は、無いでしょうね。
人類が、学んで、そう言う社会を目指さねばできないでしょう。
宗教、というか、信仰と言う物が、個人の欲を抑制するには
必要・・と言うか、そう言う働きをした方が、良いと思いますよねえ・・
個人的な、意見です。 書かせて頂き、ありがとうございます。
>T
2018年8月25日 9:32 AM
現在、共産主義が威力を振るいそうなところは、世界的に見て、貧しく治安の悪い地域に限られています。この類比は天理教を見直す良い道筋を示唆してくれています。<
現天理教は、ある意味で共産主義と酷似しています。天理教は、日本では宗教団体として認可された法的に「宗教」と呼ばれる範疇に属しています。一方、共産主義は「政治体制」です。それぞれ全く、別の次元に属しているように見えますが、本質は同じです。いろいろな政治体制や宗教も、発足時はともあれ、つまるところ、「一部人間の損得勘定や我が身都合、利己主義」によって動いているのではないでしょうか? 人間には、「他者に対する無条件の愛」という崇高な側面ももちあわせていますが、「我がさえ良くばそれでいい」という利己主義の側面もあります。過去の歴史や現在の状況がそれを物語っていると思います。例えば、共産主義体制を覆し、全く新しい政治体制に変革するためには、一般民衆が蜂起し革命のような大規模な行動にでなければなりません(幾多の犠牲者がでることでしょう)。今の天理教の一般信者さん方にそれだけのエネルギーなり気力が残っているのか、私には大変疑問です。極論を言えば、宗教など存在しなくても人間は一生物(語弊がありますが)として生存し続けることができます。本来、宗教とは「人間が人間らしく幸福に生きる」ための「心の持ち方」や「行動の規範」を教えるために存在すると思うのですが、現在の天理教はそれと真逆の状態にあり、天理教を信仰すれば不幸になるという状態です。そんな宗教を無理に信仰しなくても、天理教から容易に去れる人達は、どんどん去っていかれるでしょう。今後の天理教が辿る道は自滅崩壊です。天理教から容易に去ることができる人達は、被害を少しでも最小限にくい止めるために、早々に去られたほうが賢明だと思います。(現に信者数は激減の一途を辿っています。)
みちのとも9月号によると、月次祭の手が揃わない教会が50%を超えているそうです。数字の上では残り50%の教会は手が揃っていると言う事になりますが、それは 違います。
上級、上上級の場合には部内教会長が夫婦で集まって来ているからであって、うちの上級も大教会直轄の上上級も単独では完璧、手は揃っていません。驚く事に、大教会自体が単独では手が揃わないのです。事情教会90%と言うのは現実味を帯びています。
みちのともの統計表によると、本部直属教会は247箇所あるにもかかわらず、7月分の本部の実績は別席の誓い1人、三日講習終了1人、修養科1人です。本部でさえも、たったの1人や2人しか出していないのです。びっくり仰天の実績です。本部がこれなのに、地方の教会が実績が上がるはずが無い。地方教会は青息吐息で看板が泣いている閑古鳥状態です。
表統領の弁:みちのとも9月号。教勢調査結果をどのように見ているか?との質問。
「・・・あらゆる面で人数の激しい減少があるのは明らかだ。・・ここが下げ止まりになるように、気持ちを前に向けていくことが大切だと思う。・・・諦めてしまわず、歯止めをかけようという気持ちをつくっていくことだと思う。・・勇み心を出し、この数字が下げ止まるように変えていかねばならない。・・教勢は全体で言えば停滞、下降線をたどっている。本来するべきことをしていれば、こうはならなかったのではないかと言うことがあるならば、それは決して根本的に間違っていたと言うことでは無く、多くの 場面で、物事を進める順序がほんのすこし違っていたり、相手に思いが届いていなかったりしているのを見逃してきたと言う事だと思う。だから目新しいことや画期的なことをしようとは思っていない。・・・」
激しい減少の歯止めは、勇み心や、気持ちの問題では無い。画期的な事をする気も無いと言う。根本的問題がある事に彼は蓋をしている。彼はその事に気づいているが我が身可愛いから変えられない。
この封建的上下組織を根本から崩して新たに神の心に沿った形にしないと今現在の低空飛行が墜落に向かうのは時間の問題。
表統領も焦って色々な考えを巡らせている様だが、気持ちの持ちようで頑張らねばと言う様な受け止め方や、「画期的なことをしようと思っていない」と言うこの発言にこれから先10年の教勢が変わりようも無く、いよいよ今後が楽しみに待たれます。
組織はなくとも信仰できる! 様
真柱職にある中山善司氏の回復を願わぬ天理教徒は居られないと思うのですが、先ずは、現在の症状を教信徒につまびらかに説明することが肝要ではないかと思うのです。
次第によっては真柱職を辞されることもやむなしと多くの信徒が判断する材料となると思うのです。
コント55号の坂上二郎さんを引き合いに出して申し訳ないのですが、脳梗塞発症時に近くに医師が居られて超早期発見だったので殆んど正常に回復され、芸能活動に復帰されておられたのですが、ストレスや体力の消耗が激しかったのでしょうか、発症から8年後に再発症されて亡くなっています。
脳梗塞は重篤な病です。大量の薬の服用と傷ついた脳の支配下にあった機能の喪失。真柱職務を続けられることは、病状を悪化させることはあるんですっても、快方に向かうことは稀有のことと認識するべきです。
もっとも、神の守護があれば別ですが、人間思案では真柱職に復帰されることは死期を早めるだけだろうと想像します。
随分以前のことですが、大教会の創立記念奉告祭にお入り込みの際の真柱の様子は、私達が日頃教会から指導を受けていた立ち居振る舞いとは、余りにも違い過ぎていて直近の方々は何故気付かれないのだろうと不審に思ったことです。あるいは、真柱に注意喚起する人はいなかったのかもしれません。
早くから痛風を患われていて、日常生活にも不便があったことは想像できました。
なのに、誰一人として諫める人が居たのか、居なかったのかが一番の問題点です。変な表現ですが、この世の中に、この人が居なければ物事が一歩どころか半歩も進まないことなんてないんですよ。どうにかなると思っているんです。
おさづけなんかなくっても、教祖の教えに沿い切れば不思議なたすけは現れると教えられていたんじゃないでしょうか。この辺のことは私の勝手な想像ですが。
天理教の将来なんて、取り巻きが考えればいいことです。善司さんは静養に尽くされて一日も早く病状の進行を止められて、二度と真柱職に就かれないことです。
失礼な言い方ですが、後は、野となれ山となれ位の気持ちを持たれることをお勧めします。115歳定命まで50年以上もあるんですよ。
ただ、80歳の今に思うことは,人生は一度切り。長いようで短いものです。葬儀社も決めて埋葬場所も決めて、死に支度を急いでいる者の思いです。
東風Z様 ごもっともでございます!
過ぎてしまったことはもうどうでもいいことでございます。組織が破滅しようとも私には何の関係もございません!
教祖のおっしゃった 八つのほこりとかしものかりものの教理 おつとめさえあればあとは何もいりません。
うちの教会でたった一人でもあと50年のなかで助かって頂ける人がいればそれでいいと思います。
よしんばいなくても当教会の最後の信者が私であればいいと思います。
最新のTWITTERより
天理教社会学研究所
@tenrisyakaigaku
54分54分前
その他
もちろん天理教がやっている災害救援も社会福祉活動もアピールすべきだろう。どれが本当の天理教か、天理教に神は存在するのか大いに議論すべきだろう。中山家を神のように扱っている人間ピラミッドの現状では、どんなイベントを主催しようが陽気ぐらしなど到底できるわけがないだろう
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天理教社会学研究所
@tenrisyakaigaku
1時間1時間前
その他
さすが百田尚樹氏だ。天理教青年会の内輪のイベントが、百田氏のネームバリューで一気に全国区になった。これを機に、どんどん天理教に注目してもらい天理教を調べてもらえればいい。天理教の金の不透明さや表統領の「献金しないと命がなくなるぞ」発言もね。
百田さんの講演、無事に終わったようですね。以前左マイの大学の自治会の圧力で公演中止になった事件が在りましたが、よかったですね。
>百田さんの講演、無事に終わったようですね。
どなたか直接聞きに行かれた方がいらっしゃったら、講演の内容を解説して貰えないでしょうか?
中山みきさんの教えられた「一列兄弟」「互い立て合い助け合い」などと合致するかどうか思案したいと思います。
あっという間の一時間半だったようです。
日本の素晴らしい歴史と聖徳太子の時代から和を(民主主義)大事にしてきた民族である事を誇りを持って世界に貢献して行こうと言う話(伝聞)
事前に、青年会、編集者と話し合いがあったようで、天理教、差別についての発言はなかったようです。
内容的には日本史の本の宣伝、さすが芸能人といったところでしょう!
>事情教会90%と言うのは現実味を帯びています・・・90%が休眠というのは噂じゃなかった
>ここが下げ止まりになるように・・・99.9999%休眠に向かってまっしぐら
あと十年もすれば本部以外、「そして・・・誰もいなくなった」
組織はなくとも信仰できる! 様
ありがとうございます。
>日本の素晴らしい歴史と聖徳太子の時代から和を(民主主義)大事にしてきた民族である事を誇りを持って世界に貢献して行こうと言う話
こういう誤りを平気で言うから百田氏は「右翼」と言われてしまうのでしょうね。
日本人が和を重んじ、自然を尊重しながら平和な社会を築いてきたのは事実ですが、それは2~3万年から住んでいた縄文人のことであって、2千数百年前に大陸から渡って来た弥生人が「武力」で征服した事は記紀二典や言い伝えなどからも明白です。
「聖徳太子の時代」は身分や上下関係が確立し、大和朝廷が日本全部を征服し終えた頃です。
それでも、縄文人は弥生人と融合・混血しながら和と自然崇拝の精神を継承し、世界でも稀にみるような平和で平等精神を持った民族として独自の文化と社会を営んで来たと考えられます。
その縄文人の持つ「和の精神」を、征服民族である「大和朝廷」が日本にもたらしたかのような「聖徳太子の時代から~」等という勝手な解釈は、政権や支配者におもねり、征服民族の末裔である彼らの所業を擁護しようという意図が見え見えです。
まぁ、「民族の誇りをもって世界に貢献していこう」という主張には同意しますが。
百田尚樹さんは @hyakutanaoki Twitterでこんなことを書いていました。
主催者に聞いたのですが、「講演やめろ!」という電話がひっきりなしで、大量に署名された手紙も送られてきたそうです。
ただし、電話の声はたいてい同じ声で、署名も同じ筆跡がほとんどだったそうです。
その人、私に親でも殺されたのでしょうか。
私も1回だけ青年会に電話をかけましたが、他にもかけた人がいたようですね。
でも電話を通して感じた青年会の雰囲気では「ひっきりなし」に電話がきたかどうかは話を盛っている感じもしますが。
「その人、私に親でも殺されたのでしょうか。」百田さんはこのように書いていますが、
飛躍したこの切り返し方に、会場のファンの皆さんはわいたのでしょうか?
電話の主の一人として、百田さんの意味不明な反応に、一応、お答えします。(馬鹿らしい!)
「いいえ。」
「匿名8月23日 5:29 PM」を書いたのは私なのですが、昨年の11月付けで書き込みされていた文章をみつけ、コピペしたものでした。
あまりの乱暴な、人でなしの内容に心が痛くて投稿せずにはいられませんでした。
失礼ながら、「おもろいおっちゃん」という顔の皮の下には悪魔が透けて見えると感じ取ったほどです。
いくらなんでも見過ごすことはできなかったのです。
けれど、百田ファンの心には届かなかったことは、Twitterでの彼へ向けての数々の賛辞をくまなく読んでわかりました。
天理教信者の方も含め、熱狂的なファンが講演会に来ていたのですね。殺害予告なんて馬鹿なことをする人のお陰で小さい人を大きく見せた結果にもなりましたね。
警察の警備がついていたとか。どこかでまた、話の種にして、自分を大きく見せるのでしょうか。
もう、日本も天理教も・・・。
まぁ、馬鹿の一つ覚えで反対する人を「左翼」と決めつけるのは止めた方がいいとお伝えしたいです。
あなたの知的レベルがこの一言で疑われますから。
私に限って言えば、ただの信仰者ですから。右や左の旦那様からは1円たりともお恵み頂いておりません・・・・。
*****残念なファンが大勢いるので今一度、コピペさせてください。*****
作家の百田尚樹氏から「悪魔に魂を売った記者」という異名をいただいた。
出世のために初心を捨て、偏った記事を書いているからだという。
数百人の聴衆がどっと沸き、私も笑ってしまった
先月末に名護市で開かれた講演会。事前に申し込んで取材に行くと、最前列中央の席に案内された。
壇上でマイクを握った百田氏は、最初から最後まで私を名指しして嘲笑を向けてきた
特異な状況だからこそ、普通に取材する。そう決めたが、一度メモを取る手が止まった。
「中国が琉球を乗っ取ったら、阿部さん(記者のこと)の娘さんは中国人の慰み者になります」
百田氏が講演の中で阿部さんを目の前にして上記このような発言をしたそうです。
この内容を「やんちゃ」という軽い言葉でかたずける信者はいないとは思いますが・・・。
「慰み者」という言葉を平気で口にする時点でアウトです。
講演会は沖縄で開かれました。沖縄ではいまだにアメリカ兵に「慰み者」にされる少女の事件が後を絶ちません。
そのような場で平気な顔をして発言する彼なのです。それこそが彼の流儀なのです。
講演会は沖縄で開かれました。沖縄ではいまだにアメリカ兵に「慰み者」にされる少女の事件が後を絶ちません。
そのような場で平気な顔をして発言する彼なのです。それこそが彼の流儀なのです。
あまりにも賛辞ばかりで逆に?な感じがします。
Twitterも編集者を含め関係者ばかりのような気がします!
@yotton_ando 青年会の安藤さんのページを紹介します。
takemaroさんがThe Sea of Fertilityをリツイートしました
百田尚樹、天理講演が終了。流石大御所。大笑いの後に涙を誘う見事な講演だった。観客の大多数が肝を震わせたと言っていい。
公安法曹関係者の姿も散見されたが、執拗な言論妨害活動については、今後、刑事、民事双方での提訴が必要となろう。
天理青年部の挑戦に敬意を表したい。
#天理教 #百田尚樹
「公安法曹関係者の姿も散見されたが、執拗な言論妨害活動については、今後、刑事、民事双方での提訴が必要となろう。」
ハァ?
ナニコレ?
刑事・民事での訴訟?
そっか、例の訴訟云々という脅し文句はこの周辺の得意技だと推測できるね。
とうとう始まりましたか!さあこの戦いどうはどう決着が付くのでしょう!本部も警察のお世話に成る時代に成ったということですか物騒な世の中です。
最近の青年会は人だすけよりもイベント屋になっているような感じがします!
BEATにしろたった1日のために輸送費込みで100万円もするものを設置したり、ひとを集めるだけが目的で
どこに天理があるのだろうかと思ってしまいます。そしてそれをたしなめない周りの人間もおろかだと思います。
もっと人だすけのために若い血潮をもえたぎらせるものが他にあるだろうと思います。
天理教以外の宗教と関係ない団体のほうが学校のない国に学校を作ったり、給食の食べられない子に1食10円の寄付を
したり100万のお金で何年も食べていける国の人からみたら1日でパーッつと使うことがどれだけ悲しいかわからない立場のひとばかりなんだろうなと思います。
もっと天理教の枠をこえてあらきとうりょうは天理教の外を見てほしいと思います!
昨日のお祭りに、善司しんばしら様のお姿はあったのですか? ご容態は如何なんでしょうか?
戦争と天理教。
皆様方の百田氏批評、興味深く拝見いたしました。彼は、エンタテイメント業界にて生計を立てていますので誇張表現が多いのですが、虚飾を排し彼の主張に耳を傾けると一つ私と同じ意見があります。それは、太平洋戦争の膨大な数の犠牲者の上に、今日の我々の繁栄があるという事です。先人に感謝と哀悼の意を表する時、愛する人の為に特攻隊に志願した穴澤利夫大尉のような方もおられれば、無謀なインパール作戦にて数万の犠牲を強いた、牟田口廉也中将、ノモンハン事件以来兵の命を軽んじた、大本営特に辻政信参謀、そして、広島、長崎の市民、この方たち、私からすれば万死に値する、牟田口、辻さえも我々の繁栄を願っていたと言う一点に収束焦点を合わせることができると思います。宗教弾圧があった太平洋戦争当時、人間魚雷回天に参与せざるをえなかった天理教は、せめて戦塵に散った魂に毎年祈りを捧げるべきであろうと思われます。そして、百田氏とは、立場を反対とする論客を呼び両方の意見を聞き、天理教の中で意見を熟成させるべきです。
百田尚樹を呼んだ所で百田尚樹はファンを獲得できたが、天理教は大きな損失を出した事に気が付かないのですかね?
今頃 在日や帰化をされた朝鮮系信者の方から、朝鮮総連や在日本大韓民国民団 にも連絡がいってるでしょう。右翼を敵に回した後は 朝鮮系を敵にすると・・・
右翼の街宣車に脅されて右翼に迎合してしまったのでしょうか?しかしネトウヨや右翼の人に天皇の真似事をしている中山家と教団は受け入れられるわけがないの・・・
日本のタブーに触れるとその組織は終焉を迎える
天理教本部・天理市をかけまわる街宣車
https://www.youtube.com/watch?v=ZKuiBPf5PH4
天理教青年会の100田氏講演は、結果がらがらだったそうです。ちょっとほっとしたけど、それは同時に恐ろしいほどの無関心を表してもいると気づき、またどんよりしてます。
怖いな様、匿名様。
太平洋戦争は、語る者の立場、職業、思想などによって色々な切り口があり、歴史を語る難しさの代名詞のようなものです。私は、おじばがえりにて自身が関わったカンボジア難民より、カンボジア内戦を読み、その原因であるベトナム戦争を読み、朝鮮戦争に触れ太平洋戦争と読み続けました。いずれも、共産主義と言う思想が大きくかかわるのですが、太平洋戦争は吉田松陰の思想が大きく関わっています。アヘン戦争にて英国に惨敗した清国がヨーロッパの餌食にされるのを見て、吉田松陰、松下村塾塾生は、攘夷論に傾きます。松陰は安政の大獄にて30歳で獄死しますが、松下村塾の塾生たちは、伊藤博文、山県有朋など維新勝利者となって、富国強兵策をもって攘夷の思想を変化させて維持してゆきます。途中変遷はありますが、その底にアヘン戦争の恐怖、ロシアの恐怖がずっとありました。その結果、一人の優れた思想家の意志は国を動かし、国を滅ぼしました。現代の天理教から優れた意見が出てこないのは、硬直したその組織を見れば明らかです。ありとあらゆる議論が俎上に乗せられる闊達さが求められます。
>天理教青年会の100田氏講演は、結果がらがらだったそうです
ガラガラだった原因は「恐ろしいほどの無関心」ではありません。そもそも少子化もありますが、子供たちがどんどん棄教していったのが大きいでしょう。天理教のみならず宗教全般にいえることですが、伝統も新興も年寄りだらけです。(あの創価学会ですら状況は似たようなもので、座談会の会場もかなり統廃合しているくらいです。)
>T
2018年8月28日 1:33 PM
松陰は安政の大獄にて30歳で獄死しますが、松下村塾の塾生たちは、伊藤博文、山県有朋など維新勝利者となって、富国強兵策をもって攘夷の思想を変化させて維持してゆきます。途中変遷はありますが、その底にアヘン戦争の恐怖、ロシアの恐怖がずっとありました。その結果、一人の優れた思想家の意志は国を動かし、国を滅ぼしました。現代の天理教から優れた意見が出てこないのは、硬直したその組織を見れば明らかです。ありとあらゆる議論が俎上に乗せられる闊達さが求められます。<
ペリー提督率いる4隻の巨大な黒船が、黒い煙を吐きながら浦賀沖に現れ、日本に開国を要求した時、世の人々は、さぞかし驚愕したことでしょう。「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず”」という有名な狂歌まで残っているように、黒船を見た武士や庶民は、黒船4隻を見て夜も眠られなかったことと思います。松下村塾の塾頭であった吉田松陰、また、その門下生であった伊藤博文や山県有朋は日本の将来を極めて憂いていたはずです。しかし、吉田松陰のとった行動は性急すぎました。弟子の金子重之輔と共に夜陰にまぎれて黒船に乗り込もうとしてアメリカ海軍に捕縛され、野山獄に幽囚され、結局、安政の大獄で斬首刑となりました。一方、吉田松陰とは別のアプローチをした人物がいます。同志社大学の創立者で有名な新島襄です。彼は、日本を近代国家にするためには教育が必要であると考え、キリスト教に基づく教育こそ日本人にとって必要であるという考えから、周到な準備の後、女装をし、夜陰に紛れて一人で脱国を試み、北海道の函館からロシア船に乗り込み、途中、アメリカの商戦に乗り継ぎ、インド洋、大西洋を経る西回り航路でアメリカのボストンに到着し、10年間、アメリカでキリスト教はもとより、その他の近代的学問も修めて帰国し、「同志社英学校」を創設しました。話しは大変、長くなりましたが、現代の天理教組織は、硬直化しつくし、何かしら「カビ臭い、腐敗臭」すらします。幕末の江戸幕府に酷似しています。江戸幕府の「封建制度」が今の天理教組織そのものです。明治維新のような「革命」でも起きない限り、天理教の規模は今以上に縮小し、自然消滅していくのではないでしょうか。 江戸幕府から明治維新への大変革の激動期に起こった、二つのアプローチの仕方(吉田松陰と新島襄)を引き合いにだしましたが、天理教は、そのような大仰しいことをしなくても自滅崩壊していくと思います。
>百田教祖
2018年8月27日 5:50 AM
昨日のお祭りに、善司しんばしら様のお姿はあったのですか? ご容態は如何なんでしょうか?<
脳梗塞、くも膜下出血、心筋梗塞をはじめ、血管系、循環器系の疾病は、手当が一分一秒を争う疾病です。本年6月17日に真柱が東京で体調不良を訴えられた際、どうして、東京都内で大至急、救急搬送を消防署に連絡し、救急病院で精密検査や、救急処置が施されなかったのでしょう? 私は不思議でしかたがなりません。東京から京都まで新幹線で帰られたということですが、少なくとも2時間以上要するはずです。更に京都駅で、近鉄戦に乗り換え西大寺駅で下車されるまでに、少なくとも30分以上は必要です。西大寺駅で下車されてから、教会本部の乗用車で「憩いの家」まで搬送されたということですが、医学的常識から考えれば、常軌を逸しています。天理教教会本部は「真柱」という「一人の人間」を間接的に殺害する意図でもあったのでしょうか?
>江戸幕府の「封建制度」が今の天理教組織そのものです。明治維新のような「革命」でも起きない限り、天理>教の規模は今以上に縮小し、自然消滅していくのではないでしょうか
もうすでに自然消滅しつつあり、衰退期のカルトになっていますが?本部は末端の窮状を知らず、建前だけ通そうとしているわけですからね。経営的才覚もなく古い考えにしがみつき、これでは年寄りだらけになるのもあたりまえ。
教団本部は、もっと人間、特に日本人の特性を知るべきでした。
日本人は、過去の長きに亘り大名等の一部の人間を除いて粗食に耐えてきました。ところが戦後しばらくの間を経て経済成長期に入ると、欲望を満たす物資が容易に手に入るようになりました。
天理教は上の人をもてなす手段として、たらふくのご馳走を提供することが手っ取り早く、かつ、最良と考え粗食に耐えてきた日本人の体質に考慮することなく、これでもかという程の酒食を提供することになったのです。
その結果は火をみるよりもあきらかだったことは、各代トップが成人病になられた事で明白です。
特に、直会の席にてお流れ頂戴はもっとも忌むべき行為でした。
以前、花街の芸妓に聞いたことがあります。客からの返杯は飲む振りをして、胸元に入れておいたタオル等に流し込んで飲酒を避けると。返杯をすべて受けていれば、それこそ体は持ちませんよね。
このようなことに気付かなかった天理教の人達は、本当にバ〇としかいいようがありません。
体が神からの借り物であると説くならば、細心の注意をもって使う(天理教では、使わせていただくという)のが信仰の神髄だろうに。
二代真柱の揮毫に一日一善というのを見たことがあります。それを言うならば、一日に一度は体を動かして汗を掻こうと書くべきだろうに。
東風Z
2018年8月29日 9:30 AM
天理教の本部や大教会の人に限って肥満が多いですよ。 中田善亮 表統領 山澤廣昭 前内統領 も肥満でしたよね。現在の宮森氏はすらっとされてますから清清しい。
肥満は何らかの病気や薬の副作用ではない限り精神的問題です。甘えや他人を意識していない証ともいえます。今時国や会社など組織のトップで肥満はいません。恥ずかしい限りです。
飯降も肥満。
修養科生のツッコミあるある
「 貧に落ちきれ と教祖傳を教える講師が、ビールっ腹のメタボ体形って矛盾してない?」
いろいろな評判をあつめてみました。
レイシストに講演頼む宗教って自己否定もいいところだわなw
天理もエセウヨ宗教団体に堕ちたか
日本会議が古くなった弱小新興宗教を取りまとめてホールディングス状態なのは知っているけど
天理教も、ぶら下がっている?
天理教はまだ、勢いあるほうよね?高齢化が進んでいるのなら、ぶら下がってる可能性高いな
日本中のカルトが融合していく
リーマンショックですごいやばいことになってるという話は聞いた。
また点が線になる by 一平ちゃん
百田呼んでるってことは、日本会議と関係ないわけがないよな・・・常識的に考えて
どちらかと言えば穏健派だと思ってたのに
カルトですか
百田呼んだ時点でカルトは確定よね
天理教って嫌儲が唯一認める公認宗教じゃなかったのか
天理教のイメージ地に落ちたわ
最悪
天理教は新宗教では珍しく宗派があって一枚岩ではない(のに瓦解しないのが稀)
変な分教会あるからなー
そら、天理なんて糞カルトだかんなあ、
宗教も大変なところは大変なんやね
天理教青年会は会報に昔から「正論」とか「諸君!」みたいな雑誌に
連載する評論家の記事を載せてたからね。基本的に保守系なんだよ。
ダメだこりゃ
PL教に切り替えていく
宗教は危険だな。
考えてみれば世界の争いはみな宗教が絡んでいる。
天理教にウヨのイメージは無かったわ
金に困ってネトウヨ化とか、新興宗教にしても何か悲惨やのう・・・
屋敷を払うて田売りたまえ
すってんてんのみこと
これが天理教の教義の全てなんやで
いやマジで
朝六時から太鼓叩くんやめてくれないかな
天理教ってネトウヨだったのか…
神道系?なのかな
パヨク教は無いの?
浅草の東本願寺(京都の東本願寺とは敵対)が百田を呼んだ時は何も文句言わなかったくせにお前ら本当にダブスタ大好きだよな
死ねよ
票田になるのか?
天理教には思想の締め付けとかないから・・・(小声
実践倫理ナントカとかモラロジーは天理教の流れだし、親和性はあるのかもな
もう少し政治から距離を置いてるとは思ったが
こどもネトウヨがえり
仕事関係で知り合った天理教の人、手帳持ちのガイジしか会ったことないんだが偶然かね?
リベラル寄りの宗教ってないん?
とうとう天理教を洗脳したのか
真宗大谷派
ガチリベラルな声明を宗派として出してる
http://www.higashihonganji.or.jp/category/news/declaration/
天理は市長が維新出身だったかな
んで朝鮮人の強制労働に触れた看板も撤去された
天理教と市政の関連は言うまでもないし、要は本当の姿が見えたってことでは?
天理教は江戸時代末期にでけた老舗の新興宗教。
フランチャイズ方式の教会のねずみ講方式で巨大化。
信者から、各教会、上級教会、本部へと集金システムが構築されてる。各教会は世襲。
お道とはカネや
という言葉に代表されるように、信者からのカネ集めがひどすぎ、今は末期状態。
昭和初期に信者500万人を誇ったが、二代目真柱になり、バチカンを模した巨大建築構想が始まり、信者からの収奪が激化。
何が何でも金を納めろという本部、上級教会からの要求に、自殺者や銀行強盗をするものまで続出。
最盛期は年間500億円を超える本部収入を誇ったが、今は10年毎に100億収入が激減中。
また本部の資産管理法人が投資失敗で兆円単位の損失を出したというウワサ。
今は凋落の一途。あと20年で消滅すると予想される。
うち天理教やけど、1円も払ったことないよ
ンー。許せんな
けんもうは天理教をこれより敵とみなします
しかし百田はねーよな
何考えてんだか
天理は嫌儲の敵
スラップで後妻共々負けまくってるからなー
うち天理教なんやけどこれは幻滅だわ
しかしカルトと右翼の親和性は高いなー
どちらも知性のない奴らを食い物にしてるからかな
最低な宗教だな、天理教
天理市民会館にはモアイ像がある
天理教
日本国民のための宗教と認めます
そんな危険な宗教だったのか
布教と集金のえげつなさは創価に負けんからな
右翼って一種のスピリチュアリズムだからね
理屈を超えた民族の精神性への信仰だから
ほとんどカルトと紙一重
日本会議はそんな宗教右翼の連合体
カルトが融合して異形のモノになっていく
天理よお前もかw
老舗宗教も軒並み極右カルトに飲み込まれるんかw
やはりハリボテだったかw
ほんとこのおっさん金に節操無いな
かくありたいものだ
なるほど中島みゆきが脱退したわけだ
浅草の本願寺は元々保守系のイメージしかないし意外ではないからな
1円も払わないって天理教としての信仰の実態が無い(信仰していない)ということでは?
教会に参拝すればお賽銭くらいするのではないかい
なぜか天理は叩かれない
いや批判的なレスはつくよ
ただ擁護する人が必ず出てくる
2
百田のどこが「保守」だよw
天理教も落ちたもんだな
日本会議会員。
百田尚樹氏は保守を自認していて
その界隈も彼が保守系であるという認識なのだと思っているんだけど
そうでもないのか
ちなみにだけど天理教には自民党の国会議員もいるし旧民主系の国会議員もいるよ
ほとんどの宗教団体が戦時体制に従順だった
天理教も同様
神さま仏さまは衆生を守ってくれないからなあ
原義の「保守」という言葉はこの国から消えたよ
もう少しネトウヨ界隈に触れた方がいい
百田尚樹も日本の侵略戦争を反省してるぞ
幕末から戦前にできた仏教系新興宗教は
国粋主義色が強いからな
wikiで教義読んだけど意味不明
よくこんな設定思いつくなという感想以外ないわ
従順でなかったところは潰されて残っていないだけだけどな
天理教のすごさは身分が全て世襲。
中山家を頂点とし、本部の幹部、大教会長から末端教会まで役職が全て世襲。
教会飼い殺しの下男の身分の一家に生まれたら、教会長に奉仕する下男になる。
めっちゃ中世だな
国政とかに進出しないのもこういう内部利権さえ守れればいいからなのかね
天理市役所だよ
日本の保守主義の英訳はメンテナンスだからな
本来の保守主義とはかけ離れたものになってるw
ネトウヨって自分がカルトに嵌ってるの理解してんのかね?
天理教の知り合いって全員ガチ左巻きのお花畑ばっかだけど、実は右だったの?
お前らにはオウムがお似合い
お東さん(浄土真宗大谷派)と新興宗教なら大本(エスペラント推し)おすすめ
どさくさに紛れて大本の名前を出しているが国家神道は大本の影響が強く出ている
ユダヤ人にしか信者に慣れないユダヤ教と誰でも信者になれるキリスト教の関係と似ている
神道の国際化が国家神道だとすればその先鞭をつけたのは「関西人が世界を支配する」という大本だろう
囲いの完成はまだ?
カルト天理教www
螯匁ー玲囓縺�
共産党支持者だか地方議員だかも赤旗に出てたりしてたな
統一教会、幸福の科学、日本青年会議所、日本会議、天理教…現政権は新興宗教とズブズブの関係だしどーすんのこれ?
リベラモメンは生長の家しか信仰できないじゃん
カトリックを弱めるための分派活動がプロテスタントで
プロテスタントを弱めるための分派活動がバプテストとか根本(原理)主義とか
旧約聖書を重視したりイスラエルに献金したりしている
これらはみんなユダヤ教のキリスト教つぶし工作なんだけどね
イスラム教シーア派-スンニ派の対立も
過激なイスラム原理主義者もアルカイダもISISも
ユダヤ教の組織の工作だ
生長の家から批判されている生長の家原理主義者(稲田朋美等)は
朝鮮宗教統一協会と結託している偽装右翼だ
創価も乗っ取られて池田の過去の発言とか無視されているし
宗教はだいたい内部工作でやられている
○シオンの議定書17
「決定的にローマ法王を破壊する時が来れは、
メディアを使い国民を扇動し襲わせ、国民が襲いかかろうとしたら、
あたかも過度の流血を防がんとするかのように、
われわれはローマ法王の擁護者を装って進み出る。
この転換によって、われわれはかれらの深奥にまで足を踏み入れ、
間違いなくかの最強部を腐食し切るまでは二度と出て来ないであろう。」
天理教の末端教会や天理教徒はガチの貧民。
生活保護受給水準以下の生活レベル。
まともな進学も就職もせず、ようぼく、修養科で天理教の奴隷として非生産活動に人生を浪費してるから。
中山家や本部幹部の海外運用してる資産は何千億円とも兆円とも言われてて、日本の支配階層に食い込んでるのと、末端教徒の思想が異なるのは仕方がない。
生長の家が一番の大元やんw
今の生長の家は違うよ。
日本会議は生学連の残党が生長を抜けた連中が作った日青協が実働中心部隊ということだけでしょ。
王家や天理貴族たちがデブねえ。。。
麻原もそういえばデブだった。文鮮明も。大川隆法はかつてデブだった。今はダイエットに成功したけれど。
池田大作も油狸の異名をとるほどのデブ。あ、そういえば池田大作って生きてるの?
大亮さんを後ろ盾にした不勉強な青年会委員長をはじめとする百田支持者たちは今頃、自己満足に浸っているだろう。
しかし、この一件でのTwitter書き込みで、各人の常識・知識レベルが露わになったといえる。
日常的な事では常識人的な書き込みをしている人が、例えば「講演会を妨害するのは聞く権利を奪うことになる。」というような趣旨を書いていた。
これなどは、単に反対する人に対して「反対行為はダメだよ」と言っているだけの意味ない反応なのに、気が付いていない。
「話を聞いてみたいから反対するな」では、その時点での社会的常識・知識が無い自分を棚に上げて言っているにすぎない。百田さんの本質が判っていたら、天理教としての招聘はアウトだと気が付くはずだ。
招聘してしまったことで今後の天理教が何を発言しようが、日本会議との親和性を持つ教団として、社会の目にさらされることを自覚しなければいけないことを、青年会諸氏はどの様に受け止めているのだろう。
今後の韓国をはじめとする国外布教を踏まえて、青年会長並びに青年会委員長は差別・ヘイト問題に対する考えを発表するべきだろう。
青年会の中にも百田氏がなぜアウトなのか理解できている人々もいるだろうが、なにせ100年のお祭り気分に浮かれているような皆さんが権力を持っているのが現状だ。
その権力の裏打ちが「お供え金」なのだから、あきれるばかりだ。人の金で遊ぶ味を知ってしまったわけだ。どうしようもなく腐りきった、この青年たちは、同じようなことを繰り返してきた「親々」の姿から学んだ行動なのかもしれない。
◆支部の9月の匂いがけデーには「積極的不参加」で、信者として、百田問題への一つの社会的責任の取り方としたい。
◆お供えは会長さんを尊敬しているから応援の意味で続けるが、教団への帰属意識は今回の件でスッキリ消えたことを表明する。
◆子供たちへ別席を推奨することを止める。賢明な皆さんは、その理由、簡単に推測が付くでしょう。
匿名 様
2018年8月29日 5:55 PM
全く仰る通りです。百田氏が南京大虐殺は無かったと主張さるならば、その責任を問われて刑死された松井石根大将は、いわれなき冤罪で絞首刑にされたわけで犬死ですよね。
再度書きます。松井大将は死の間際に花山教誨師に次のように語っておられたことをどのように受け止めればいいのでしょうか。
・・・私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人たちに一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。せっかくこうなったのだから、このまま往生したいと思っている。・・・と。
悲しくとも、何と潔い言葉でしょう。
>松井大将は死の間際に花山教誨師に次のように語っておられたことをどのように受け止めればいいのでしょうか。
・・・私だけでもこういう結果になるということは、当時の軍人たちに一人でも多く、深い反省を与えるという意味で大変に嬉しい。せっかくこうなったのだから、このまま往生したいと思っている。・・・と。
「事後法」で無実の人を裁いた「東京裁判」
http://tokyo-saiban.aikoku-tochigi.com/
日本の立派な軍人さん達は、死を前にして、清く運命を受け入れ、桜が散る如く潔く散って行かれましたが、南京大虐殺に対する罪の意識なのか、自分を含めて戦争に突入して行った愚かな人間の反省の弁なのか、本人以外には分からないですね。そういう、日本人の潔さが、かえって、冤罪を受け入れ、それが定着してしまった、日本の今日の状態をつくった一因かもしれない、とも思います。
日本人の、自分が罪を被り、他者に罪を着せず、という美は、外国人は理解しませんからね。
今回の天理教と百田尚樹の反応で検索してましたら、徐々に天理教が政治思想の記事に飲み込まれていく現状だと確認できました。インターネットの反応は
右翼からは「百田尚樹がんばれ」的内容
左翼からは「天理教はネトウヨだったのかよ!」
と天理教を擁護する書き込みは無い。
それより天理教が政治思想の記事に飲み込まれていく現状だと確認できた。
真柱身上の今 善亮 大亮親子 が許可出したから今回の状態を招きこんだのですから責任取れますか?
しかも教会長も所属を明かし自信のブログで反対を出してるじゃないですか
こういった状態を天理教では[事情]と言うのではないでしょうか?
真柱身上の今 善亮 大亮親子 が許可出したから今回の事情は善亮大亮親子が責任を取るべきですね。
教会長の正々堂々としたご意見を一部紹介
うきしまブログ
天理教浮嶋分教会長のブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/ukishima0011/58135528.html
道友社販売所で買い物をし、出口付近で1枚のチラシが目にとまった。
日本を代表する大ベストセラー作家
百田尚樹氏が天理にやってくる!
ネトウヨを代表する…、のマチガイと思うのだが。
なにしに来るの?
詰所で天理大学生にチラシを見せ、知ってる? と訊いたら、
(百田尚樹って)だれですか? だって ┐(´-`)┌ マイッタネ♪
青年会本部主催ってヾ(・・;)ォィォィ
こんなひとなんだが。
百田尚樹のトンデモツイート集におけるネットの反応
28日付の沖縄タイムス・琉球新報も百田氏暴言特集紙面に「戦前回帰」指摘
戦前・戦中の思想弾圧、宗教への迫害干渉を忘れちゃいけない。
呼ぶな、とは言わないけれど、「日本を代表する大ベストセラー作家」なんぞと持ち上げていないで、『朝まで生テレビ!』 並に言うべき事は言ってくれ。
右翼で天皇万歳しても良いですが中山家だけには付いていきたくない。民から搾取しすぎの中山家は所詮エセウヨ(笑) 教内の女性を喜び組みのようにたらしめた慰安婦正善の子孫たち どう考えても右ではないw現に信者達は右ではない事も各教会の声明を見ればわかる。のに右の論者を呼ぶ馬鹿ぶり。世の中の右も左も分からないとはこういう事なのか中山家に舵は取れないわけだ。教団から早く退去した方が良いですいよ 問題が大きくなったらマネーロンダリングの財団やビルも没収されるでしょうから、早いところ逃げた方が良いのでは?インターネット社会ではもう手遅れか
産経ニュース
「百田尚樹という、自分たちが気に入らない人物に話をさせないことが目的」「言論弾圧だ」百田氏見解語る
https://www.sankei.com/politics/news/170605/plt1706050032-n2.html
ひきのエフェクトのブログ
https://hikino-effect.at.webry.info/201808/article_7.html
百田尚樹氏の著書や主張などを調べて・・・・・
その前に、自分達の教祖に対する理解を深めるべきだと思う。教祖をマルクスやレーニン毛沢東と重ねているんではなかろうか?
いずれにせよ、百田尚樹氏のレクチャーについて趣旨をはっきり説明できない本部・青年会と唐人化した信者ではお先真っ暗である。
天理教2.0コムヨシブログ
天理で開催される2つの講演会が賛否分かれていることについて
https://www.com-yoshi.space/entry/2018/08/21/%E5%A4%A9%E7%90%86%E3%81%A7%E9%96%8B%E5%82%AC%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%EF%BC%92%E3%81%A4%E3%81%AE%E8%AC%9B%E6%BC%94%E4%BC%9A%E3%81%8C%E8%B3%9B%E5%90%A6%E5%88%86%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84
でも天理教青年会としての主催はやっぱり微妙
などと、メジャーメディア産経新聞から各信者のブログまで賛否が分かれている。意見の相違が有るのは結構なことだ。それよりも問題なのが宗教団体が政治畑に足を踏み入れた事が問題だ。今やインターネットは政治言論の魑魅魍魎一時のネトウヨVSネトサヨの盛り上がりは陰りを見せ時代は先に進んでいる。そのご時勢でネトウヨに今でも根強い支持を得ている百田尚樹氏を呼んだ事で上記のような事態になるのは必然だったといえる。以前より2分化されているのでは?との声も有ったが、今回のもって右左で明確に2分化されたともいえる。
(被包括関係の廃止に係る不利益処分の禁止等)
第七八条 宗教団体は、その包括する宗教法人と当該宗教団体との被包括関係の廃止を防ぐことを目的として、又はこれを企てたことを理由として、第二十六条第三項(第三十六条において準用する場合を含む。)の規定による通知前に又はその通知後二年間においては、当該宗教法人の代表役員、責任役員その他の役員又は規則で定めるその他の機関の地位にある者を解任し、これらの者の権限に制限を加え、その他これらの者に対し不利益の取扱をしてはならない。
http://www.houko.com/00/01/S26/126.HTM#s9
「宗教法人法でも 包括法人の教義にそぐわない時は包括関係解消の正当性が出る」との前例がある。
5 宗教法人法78条をめぐる主な争点
宗教法人法78条の解釈は、従来それほど十分に論じられてきていない。論文
等でも網羅的に整理されているものは殆どない。そこで、ここでまとめて整理
しておくこととする。4)
争点1
保障される被包括関係の廃止は、信仰上の理由による場合に限定されるか
(世俗的な理由による離脱でも、宗教法人法78条の保護があるのか)。
http://religiouslaw.org/cgi/search/pdf/200305.pdf
日本国憲法第20条
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC20%E6%9D%A1
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
信教の自由は国家より補償されているものであり、包括関係は教義に基づく信頼関係である。天理教教会本部はこれらの遵守を怠ってきた経緯と政治思想を取り入れた時点で、天理教を信仰するすべての者に 本部からの独立する権利が発生したなるわけです。
包括関係解消すべき事態をまたもや本部から作り出してしまいましたね。
筒井敬一おやさと講演会アーカイブ
https://www.youtube.com/watch?v=bD6Il5N6tzo
の中にこんなくだりがあります。
子供に尊敬されない親。
どうしてうちの子供はこんなに言う事きかないんでしょう?
うちの子供が言う事きかないのはどういうわけだろう?というのは、それは親が尊敬されてないから。
尊敬されていないという事は尊敬されないような事をするから。
(6’40″あたりから)
子供を「信者」「末端教会」、親を「本部員」「大教会長」「大教会」などに置き換えてみると、なるほど納得、だと思いませんか。
匿名 様
2018年8月30日 10:04 AM
東京裁判について判事団の一人インドのラダー・ピノド・パール判事は少数意見書を出されて、次のように述べておらる。勿論判決として採用はされませんでしたが。
「法律的外貌をまとっているが、本質的には政治的である目的を達成するために、本裁判所は設置されたに過ぎない、という感情を正当化し得るような行動は、司法裁判所として、本裁判所のなし得ないところである。・・・・・
単に執念深い報復の追跡を長引かせるために、正義の名に訴えることは、許されるべきではない」(新人物往来社別冊歴史読本特別増刊1989年冬号・未公開写真に見る東京裁判より引用。)とし、また、訴因の最重要の訴追事項の第一である「全面的共同謀議」も否定して被告全員の無罪の少数意見とされています。
パール判事はだからと言って日本が正しかったとは言っておられません。
ただ、この内容にも拘わらず従容として死に赴かれた松井大将の意がどこにあったのかを考える必要があると思うのです。
トランプ大統領も安倍首相にパールハーバーを持ち出しています。東京裁判を否定する意見についてはアメリカは神経をとがらせます。ニューヨークの教会の居心地が悪くなるようなことは慎みましょう。
昨年末にハワイ旅行でパールハーバーに行った子供たちがジャップと呼ばれたと気分を害していました。いまだに、こだわりが残っているのです。
少なくとも教団はいさかいをあおる行為は慎み、平和を希求するべきではないかと思うのです。
結果、組織はなくとも信仰できる!さんが紹介された評判が出てきたのではないでしょうか。
天理教団は、いまこそ宗教活動に専念しなければ再生の道はないと思います。いよいよ、時報購読も辞め時が来たようです。
御守護御守護成って来るのが天の理やで~
神に背き 信者を欺いたらそれなりの御守護
なんでも御守護やで~
そんな神の声が聞こえました(^.^)
つまり神様
成って来たのが天理教 成って来たのが中山家ですか~
天理教青年会創立100周年スローガン
「さあ俺たちの100周年を共に体感しよう」 だそうだ……..。
https://www.tenrikyo-seinenkai.jp/kinensokai/
やたらと内輪だけの盛り上がりのために無駄遣いばかりを連発しおって、
どれだけ能天気な脳内お花畑の連中なんだ?
おっさんどもが1日100万ほどかかるビニールアスレチックではしゃいでいる場合じゃないだろう orz
×「さあ俺たちの100周年を共に体感しよう」
〇「さあ教団滅亡の危機を共に実感しよう」
天理教青年会歌「栄えある羽翼」とあるが青年会は右翼と間違えてしまったのだろうか?本当理解がし難い。
天理教青年会々歌
http://yusan.sakura.ne.jp/library/seinenkaikaika/
東風Z様から寄せられたパール判事と松井大将に関するご指摘、貴重な証言として孫に伝えたいと考えています。孫が歴史を学ぶ頃には私自身の脳内がお花畑と化す頃なので、文書にする必要があるでしょうが、教科書だけでは知り得ない歴史として伝えさせていただきます。
そして東風Z様がなおも指摘された、以下にも共感します。
≫ 昨年末にハワイ旅行でパールハーバーに行った子供たちがジャップと呼ばれたと気分を害していました。いまだに、こだわりが残っているのです。
≫少なくとも教団はいさかいをあおる行為は慎み、平和を希求するべきではないかと思うのです。
≫結果、組織はなくとも信仰できる!さんが紹介された評判が出てきたのではないでしょうか。
≫天理教団は、いまこそ宗教活動に専念しなければ再生の道はないと思います。いよいよ、時報購読も辞め時が来たようです。
アメリカしかり、韓国しかり、戦争の痛みは日本人も含め、人から人へ語り継がれることで戦争抑止の働きをするはずです。一人の力は弱くても、事実の重さは伝える相手に響くものです。
小さな経験ながら、戦後派の自分が、しかも右派が批判する戦後の歴史教育を受けた自分でも戦争の痛みを全く認識できていなかったと、ショックを受けた事例を紹介します。
▽英国から観光に来たお爺さんを連れて地下鉄を利用した時のこと。乗り換えの通路の壁面に大きく長くスペースをとって戦災の模様(東京大空襲か?)が描かれていたもよう。(私自身は全く気が付かず通り過ぎたので絵がらの記憶はない。)
お爺さんは飛行機で日本を空襲した経験が4回あるとか。で、私に強い口調で言うには、自分に(爺さん)これを見せるためにここに連れてきたのか?というのです。びっくりして否定する事しかできませんでした。十分な気持ちを伝えるには私の語学能力が低すぎました。
▽英国の有名な庭園キューガーデンズで出くわした車椅子の老女。介添えをしていた男性は私が日本人と知ると、「この方は日本と縁の深い方なのですよ」と言われました。上記の経験から、日英の戦争内容に関して無知蒙昧の自分は、臆病風に吹かれました。馬鹿丸出しで「そうですか」としか言えなかったような気がします。ショックのあまり気が動転した次第です。勿論、英語で話す能力欠如を自覚していたからともいえますが。
戦争の記憶は市井の市民にも深く残っている事を「うかつ」にもわきまえていなかった愚かな私でした。だからこそ、百田さんや招聘に関わった天理教の人々の愚行を「我がこと」として事前に反対を表明した次第です。
匿名様
8月30日 3:56 PM
声をだして笑ってしまいました!
「ヤマダさん、座布団1枚!」ですよ。
「ビニールアスレチック」ですって! いやぁ、お見事!
「おっさんども」が肉弾戦で100万円を使い果たすのですね。
再録;
やたらと内輪だけの盛り上がりのために無駄遣いばかりを連発しおって、
どれだけ能天気な脳内お花畑の連中なんだ?
おっさんどもが1日100万ほどかかるビニールアスレチックではしゃいでいる場合じゃないだろう orz
×「さあ俺たちの100周年を共に体感しよう」
〇「さあ教団滅亡の危機を共に実感しよう」
>やたらと内輪だけの盛り上がりのために無駄遣いばかりを連発しおって、
どれだけ能天気な脳内お花畑の連中なんだ?
おっさんどもが1日100万ほどかかるビニールアスレチックではしゃいでいる場合じゃないだろう <
天理教に関わっていると、頭の中が「お花畑」どころか「雑草野原」になりますね。みなさん、早々に天理教から退散しましょう。
ある方のお話
http://feynmanino.watson.jp/5538_Nauru2.html
>おっさんどもが1日100万ほどかかるビニールアスレチックではしゃいでいる
こんなバカげたことをするほどゆとりがあるんですか?ずいぶんお金がありあまっていらっしゃいますこと。
なら困窮した末端が食うもの食わず着るものも着ずで献金する必要なんてありません。資産をたくさんおもちですので、末端が心配せずとも自力でお金の用意ができるってわかるじゃありませんか。
天理教はコミュンテルンの工作員が入った歴史があるの??
その昔の信者数が多かった時期はあったかも知れません。衰退した今では精々創価学会等の他の新興宗教団体程度。今では自ら信者が辞めていく時代なので工作員というより他の勧誘が入ってきてるかも知れません。
確かに。霊感と神の実在は本来、リンクしないんだけどね。
一神教の世界と、日本のようなそこいらじゅうに神様がごろごろいる世界での宗教とではなかなか同じ土俵で会話しにくいね。そこを理解しないと、いたずらに相手が自分の話に入ってこないからと軽く非難の気持ちが沸き起こるようだね。霊と神とは世界観が別物。勧誘するなら天理教内でも、多神教や、神社神道と勘違いしたまま信仰している皆さんは引きずられる可能性も有るから、まぁ、信教の自由だから放置するしかないけれど、ちょっと、頭の片隅にでも置いておいて頂ければ、何かの時に「こういう事だったのか」と感じて頂けるかもしれません。
皇室の解体思想を持った人もいるとか?
コミュンテルンの謀略思想とマッチする部分もあるのかな?
百田教祖
2018年9月2日 6:06 AM
>皇室の解体思想を持った人もいるとか?
コミュンテルンの謀略思想とマッチする部分もあるのかな?
出生側面
現在の中山家やその血族自体が 紅色貴族、共産貴族 ですからね。中山家自体がそもそも元々庄屋という農民頭程度です。
宗教側面
天理教と名乗る以上本来守るべきは教祖が説いた教理と呼ばれる教義です。しかし現在の教団体制は、中山家とその血族の利益確保と維持しか考えてないのでとても矛盾した状態です。
これらの側面から見ても教団にコミンテルなどの共産主義工作員が居るのでは無く、中山家とその血族自体が共産主義的で共産貴族と酷似しているのです。先だっての 百田直樹 と 保守 愛国で考えましても、保守するも愛するも 中山家という一族でなく、宗教としての教義 教祖が説いた教義に順ずる順法ならず順教精神が天理教の信者として必須になるのですが、現在の中山家とその血族は、教祖の教えに反し階級制度を設け自らの懐を暖めることしか考えられていないのです。そのような矛盾を孕んだ中山家とその血族が愛国者から敵対的に見られるのは当然のことでしょう。皇室の真似事をしその昔は皇室に擦り寄って居たそうですが、ただの偽装工作でしょう。百田直樹氏を呼んでくださったおかげで右派系左派系に現教団の問題点も露呈されたので良かったのでしょう。今後各種政治団体から食い物にされて消えて無くなるのが稚拙な人間の集まった腐った集団の自明の理でしょう。
天理青年さん、10月はお楽しみ行事満載ですよ。
https://twitter.com/100fes_tenri
もう、何を言っても聞く耳を「持てない」青年会は「兵糧攻め」するしかないだろうに。
天理のお偉いさんが推進しているから、それも実現の可能性はなさそう。
100Fesにかける経費を人助けに振り替えたら・・・。
日本の現状を理解していれば、遊んでいる場合かどうか判断付くだろうに。
「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る。」
空の青さを知る意欲すらない哀れな人たち。
人助けは後回し、宴会準備は大あらわ。
そりゃ、頭のキレる人はあきれてやめてしまうでしょう。
恐らく、ことごとく失敗するでしょう。
失敗から学ぶ事もあると思いますが、決して失敗とは認めないでしょう。
それじゃ、本当に意味がないですね。
今までの天理教と何ら変わりません。
無人島での体験ツアーも、詳細の報告もありません。
ただ、行って遊んだだけたったのでしょうか。
各分会の青年会の責任者は、それどころじゃありません。
ただ、一連の行事が通り過ぎてくれるのを待つだけです。
ラグビーやフットサル大会? 教内行事に何の魅力も感じてない信者しか居ないのに青年会が主催しても何も魅力は無い。ただその現実を受け入れられない。しかしそれ以外やることが無い。なのでただやるだけでしょう。信者からしたら「知人の教会長や友人に頼まれたしその日は時間が空いてるから参加するか」程度です。賞金も出さない大会に何の魅力も無いですしね。主催者側からしたら賞金は出したくない。となるだけ何の意味も無い大会
ラグビー好き サッカー好きは 趣味でやってるだけ無意味な行事ばかり。それより天理教の教理や教団の真実を知れる天理教社会学のこのサイトの方がよぽど楽しいだけですよね。
教団より社会学さんの方が宗教らしいこの教団の現実が痛々しい。
大亮が青年会会長に成っている以上「青年会が悪い!」と言い切れない現状百田尚樹問題も善亮大亮親子がどうやって言い逃れするか楽しみです。
https://twitter.com/100fes_tenri
大亮が青年会の会長している間は、スポーツ大会か手作りアクセサリーコンテストくらいでお茶を濁すのでしょうか。ただの無駄遣いでしかないのに。
こんなもので新たに信者を獲得できると思っている極楽とんぼぶりにあきれます。教団の現状を全然わかっていません。会社にたとえればいつ倒産してもおかしくないのではありませんか?
中山家と血族の性で天理が汚さたと今回の百田尚樹氏の講演を決行した大亮さんの判断を知ってはっきりすっきりしました。各教会でも名前を公表してまで開催に疑問を持っているのに決行した意味が分かりません。
天理教は宗教です。天理教は中山家の所有物ではありません。正直私達のような一信者からすれば中山家でなくてもいいのです。ちゃんとした神と信者を思う人なら佐藤さんでも高橋さんでも良いのです。中山家の人々は、信者は愚か神を信じる心も無いではないですか!真柱の身上を見せられてるのは、中山家とその周りに対してでしょう!手本に成らない人はもういりません。
善亮氏 大亮氏に対しての誹謗中傷も行き過ぎだと以前は思っていましたが、今では社会学に集う方々の意見の方が真実ではないですか!
今や天理とは程遠い やはり中山教 所詮中山教 だから中山教 と顕です。中山一党独裁体制維持の為にだけ善亮大亮親子は頑張っているのでしょう。しかし教団の次世代を担うその親子は自身の周りの人間も信じることが出来ずにただの目立ちたがりになってしまったようにしか見えません。目も当てられません。
古い元教会長 @huruikyoukaityo さんのTwitterをコピペさせて頂きますね。
≫本部の先生方も、大教会長さんも、日々の御用はひのきしんではなくて、ちゃんとお与えという給料を貰っています。
≫部内教会も働いて給料を貰って生活することは何も恥ずかしい事ではありません。
≫部内教会は上級や大教会や本部のひのきしんは、まるまるボランティアです。
そうか、だから大教会では子供が年子でボコボコ生まれてもお金の心配ないんだ!
来年、又、年子で産まれると4人連続だって。3年連続で1組は双子だそうだ。
にぎやかで良いと思うが、信者が少ないから暮らしていけるのかと心配していた。これで安心。
子供4人が友達100人作って、奥さんは学校のPTA会長をずっとやっていけば地域に貢献できるだろう。子供食堂を開いて大教会会長自らが体をつかって人助けに励んでほしい。
「人情だすけ」はお助けにならないなどと間違ってもうそぶかないでほしい。
ガラガラの拝殿が人で埋まるのは7年後かな?でも、公立学校へ通わせるのかは微妙だそう。
産めよ増やせよ!
今や中山家は直属や大教会からもかなめ会資料が流出するような後ろ指を刺される状態。天理教を中山家が牛耳らなければカルト化しなかったと言える。カルト化しているのは勿論中山家でありその中山家が中山一党独裁を続ける為だけに協議も改ざんしている。中山カルトで教団全体を実質中山教にしている。結局本席から奪った教団です。
天理教は死に中山教という邪教が生まれている。なので中山家の人間がどれだけ頑張ってもご守護は無い。真柱は身上、善亮も大亮も事情からやがて身上になるでしょう。神に背いているのですから
真柱を中山家がやらなくてはいけない根拠もない 真柱は中山家でなくても良い。追放して中山家を解体して信者のお布施で溜め込んだ資金や土地建物など不動産の利益や売却益を信者に再配分した方が良い。
天理教の全員が中山家とその血族に対して狂気し狂喜する日が来るのが恐ろしい。
中山家、中山家と多くの人が書き込むが勘違いしてはいけない。
中山家は秀司が死んだ時点で終わっている。
秀司の妻、まつえは秀司の死後、前川と不倫して妊娠した。
堕胎の為に飲んだ薬で死んだか、関係者に毒を盛られて死んだのかどちらかだ。
死んだ場所は中南の門屋の右側の部屋だ。
口から泡を吹いて死んでいたと古老から聞き取ったと八島氏は話してくれた。
本部勤めをした事のある直属関係者が話してくれた。
中南の門屋の右側の部屋は、全ての壁が漆喰で塗り固められて入口が無い。
現在、何処からも入れないようになっている。
本部に取って中南の門屋の右側の部屋は、途轍もなく都合の悪い部屋なんだろう。
中山家の実態は、山澤や梶本や飯降や永尾や上田や前川や澤井や土佐や西浦や宮森や・・・
外にまだまだ居る・・・
みんな中山家に婿入りしたり、嫁を貰ったりして親戚になり・・・
大和の土民の末裔どもが中山の名字を利用して、信者の金にダニように吸いついている。
本当に汚らわしい奴らだ・・・
何度も書くが、本部の実態は、「奈良のならず者」の「集団」なのだ。
本部の構図は、「善司」VS 「ならず者の集団」です。
善司さんは、ならず者の集団に潰されたんです。
大亮は、ならず者達のプリンスです。
ならず者のキングは表さんですかそうですか。血のつながりのある者同士でも主導権争いと内部抗争やってつぶしあいなんて。とてもまともとはいえないですよね営利法人中山商店は。
中山みきは自分と血のつながりのある人間たちが争い事をするのを見たくて天理教を作ったといわれてもしょうがないでしょう。
退職信者様、以前書き込んでくださったものを再録させて頂きます。
重要な内容ですね。
退職信者 2018年6月20日 4:37 PM
投稿は終わりします。と書きましたが真柱の事で少し書かせていただきます。
前言を翻してしまい 申し訳ありません。
>善を司る善司さんが神様より託された仕事は、
想像以上に大きいのかも。
この書き込みをされた方は、本部否定の方と思います。
それは、上記の文章に先立つ文を読めば明白な事です。
この方の基本的な考え方は、おふでさきとおさしずだと思います
おふでさきは、親神が地球の大掃除を決定するまでの経緯が書かれています。
おさしづの刻限の要旨は、屋敷の連中に対する警告です。
本部は、おふでさきとおさしづの根本的な部分には決して触れません。
触れてしまえば本部は、崩壊します。
私は、天理に複数の知り合いがいます。
その中には、本部の人もいます。
その方によると、善司さんは大亮君とほとんど会話をしないそうです。
善司さんの蔵書はかなりの量だとも言っていました。
ラグビーボールを追いかけて成長した大亮君とは、思考パターンが違うのだと言っていました。
善司さんは、真柱職を嫌っていました。
夫人との結婚は、善衛さんが勝手に決めたそうです。
大亮君の養子縁組も善衛さんが決めたそうです。
善司さんは、小学校時代いじめられていたそうです。
真柱になったら手も口も出せなくなるから今の内にいじめておけと言う感じだろうと話してくれました。
「そのいじめた連中がしらっとした顔で周りにいるんだよね。
こんな中で明るくできる訳ないだろう。
暗くなるのも当然だ。
あの暗くて無口なスタイルは、本部の連中に対する無言のレジスタンスかもね。」
「善司さんVS本部の連中」の構図だそうです。
孤立無援だそうです。
私は、今まで善司さんが「斧(よき)統領」となって本部をぶっ潰してほしいと思ってきましたが、今回の状況でそれも無理な事かなと思っています。
先月、市内の方から須藤花井さんが所持していた「おふでさき」お借りしました。
今 手元にある須藤さんの「おふでさき」を見ながら書いてます。
要所要所の歌が黒く縁どられ 赤の二重丸や三重丸が書かれています。
印のついた歌は、ほとんどが掃除に係る歌です。
その中で一か所だけ赤の書き込みがありました。
第7号 7 三重丸が書かれています。
月日にはだんだんみえるみちすじに こわきあぶなきみちがあるので
この歌の下に「善司様」と朱書きされていました。
7号 8 二重丸が書かれています。
月日よりそのみちはやくしらそうと をもてしんぱいしているとこそ
7号 9 赤く塗りつぶされた大丸が書かれています。
にんげんのわが子 をもうもをなじ事 こわきあぶなきみちをあんじる
>おやさまがよろめかれた際に、これは世界の動くしるしや。
と言ったと記憶している。
今回の真柱の身上も、もしかしたらそうなのかも。。。
真柱身上からの各地で起こる地震、噴火。
今 見ている7号7~9の歌は、世界情勢と鏡屋敷の内情を考え併せてみると非常に象徴的であると思いました。
※in deep と地球の記録‐アース・カタストロフ・レビューと言うブログがあります。
東日本大震災以後、地球の各地で大噴火や大地の亀裂が発生している状況が報告されています。
昨年までは、南北アメリカ大陸の亀裂の報告が幾度もありましたが、今年の3月末頃からはアフリカ大陸の東に延びる大地溝帯の大規模な亀裂の記事が度々あがっています。
須藤さんは生前「ろくじに均すは人間だけじゃないからな、地面もろくじに均して人間が使い易くするんだ」と言っていました。
「ロッキー山脈もアンデス山脈も叩き潰すと神さんはいってるよ」と話ていました。
「大砂(たいしゃ)高山取り払い」だそうです。
天理教青年会のプータロー諸君へ
遊び呆けていないで、しっかり働きましょう。世間の常識が分かってくるはずです。
青年会に限らず、本部共々何をアピールしようとしているのかが分からない。
この欄の投稿を見て、詳細に分析すればおのずと答えが見つかるだろうに、10月26日~28日は何をしようとしているのだろう。
出てくる結論は、尽くしと運びに収束するだけだろう。お金持ちと暇人は頑張ってください。
青年会長に提言しても無駄だろうが、せめて、教団の梅鉢を月の紋に変更するように提言してみては如何か。
それすらできないのであれば、似非天理教の烙印を押そう。
↑ 「月の紋」を「月日の紋」に訂正します。失礼しました。
9月4日に退職信者様の再録をさせて頂いたのち、本日未明の北海道の大地震。
思わずブルッとした次第です。
「地面もろくじに均して・・・」
「大砂(たいしゃ)高山取り払い」
被災された皆様には何も落ち度がない事、声を大にして申し上げます。
心からお見舞い申し上げます。
このうえ、本部は被災された方々へ、傷に塩をぬるような話をしないよう、強く求めます。
甘露台倒壊、真柱身上と続く天理教団への警告を人間思案の塊で対応しているだけの本部。
本日の北海道の災害を見ても、心得違いを改めないのだろうか。
いいかげんに信仰者としての良心に目覚めないことには日本はつぶれるかもしれない。
天理教がつぶれることで日本を救うという道もあるかもしれない。
少なくとも青年会は一切の百周年記念行事を中止するべきだろう。
真柱が平癒されるまで少なくとも天理教は一切の百周年記念行事を中止するべきだろう。
匿名
2018年9月6日 12:18 PM
>いいかげんに信仰者としての良心に目覚めないことには日本はつぶれるかもしれない。
天理教がつぶれることで日本を救うという道もあるかもしれない。<
天理教の教えと同等の「良心なり常識」は天理教の信者以外の人でも、人間としての当たり前の「良心や常識」として持っています。むしろ、世界には、天理教の教えよりも遙かに尊く崇高な「良心や考え方」を持ち、活動しておられる尊敬するべき方々は大勢おられます。天理教という「得体の知れない新興宗教」は、無いほうがよほどましだと思います。天理教の消滅によって日本に限らず、世界の人々は少しでも幸福になれるはずです。
天理教はねずみ講と同じ。
重症信者には、何を言っても無駄だったねぇ。
おはようございます。
台風に地震、立て続けに起きました
被災された方には、心から、お見舞い申し上げます。
地球は修行の場、物理的な存在です
災害は、普通に起きます
神の意志もありましょうが、それより
みんなで、力を合わせて、災害などに備えなさい
人々が、安心して暮らせる社会を作りなさい
異なる考えの人同士が共存共栄できる様になりなさい
単純な事だと思います。
宗教の存在価値は、本来、人々の心をそう言う方向に導く事でしょう。
信仰は、個人的に、神に自分を導いてもらう事でしょう。
神様は、怒って、天罰を与えたり、脅したりしない存在だと思います
ほぼ全て、人間の想いに問題があり
神様は、気がつく様に教えて下さっているだけだと、私は、思っております。
天理教も、人の心を、導く事が出来なくなったら
多分、だから親神様も、次の真柱様から、完全に手を引かれる。
後の揉め事は、人間思案の問題でしょう・・・・
皆さまも、自分の心は、どう言う物か?
毒にまみれておりませんか?
本部がどうであれ、自分は、毒に、まみれない様にされるのが
一番だと思いますけども・・・・
などと、思っております。
投稿、失礼致しました。
ただの父親
2018年9月8日 7:01 AM
成ってくるのが天の理
甘露台の倒壊までは教団全体が?と思われますが、 真柱が倒れる 時点で本部、中山血族、中山家に問題があるんでしょう。毒の大本は中山家ですので毒されてる人は社会学研究所などのネットに目を向けてないで、「大亮さまー!」と馬鹿の一つ覚えで持ち上げてる人々、こちらでコメントしてる人は毒されてない人が教団の中枢部中山家を解毒しようと頑張ってるんでしょう。
以前より書かれている「中山家世襲制問題」私も中山家の世襲制は反対です、宗教法人法にも世襲であれ と
は書いてません。新興宗教によく見られる一族一党独裁体制は問題が起こるのは必然です。今までの教団の責任は教団代表の中山家です。初代二代三代四代そして中山大亮の時期後継者の決定まで行われている時点で、中山家の一党独裁と断定できます。問題が大きくなる前に責任を取ったほうがいいと思います。他の宗教団体でもお家問題は無残。ヤクザの跡目争いも無残 国家の独裁者が倒される際も無残です。
文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19510731001/t19510731001.html
おはようございます。
私が、見ている世界観と言うのは人間的な面と霊界的な面は別なのです。
今の天理教は、ほぼ全て、霊界的な面が失われ、キリスト教みたいな
教条主義的宗教に陥っていると思います。
本来、お勤めも、悪しきを払いて・・・・
毎日の、お勤めから、心の中から、体から、
悪しきを払いて、助けたまえ・・天理王の命・・
と言う、深く深く、天理王の命に向けて祈り、その守護を頂く物では
無いだろうか・・・・
途切れて、投稿してしまいました、続きです
私、おじばに居るとき、お勤めに、友人の教会長が誘ってくれるのですが・・
そう言う、説明とか、教えてもらって無いので
ただ、ただ、一緒に座って、お手振りをしていたのですが・・
何の予備知識も無く、参加した、立場から見ていると
本来、そう言う物では、無いだろうか? などと思った訳です・・
私個人は、息子の事があるので、天理教には、感謝しております。
かたちの上で、別席を運ぶ様に、要請されてるので
在学中は、ポツリ、ポツリと、ゆーっくり運んでおり
息子の卒業時に、教会長の顔を立てて、ようぼくまで、経験しておこうとは
思っておりますが・・それは、私にとって、人間的な、都合です。
教団に、必要以上に関わろうとは思いません・・
私にとっては、天理教は、魅力が無いからです・・
だけど、教会長とは仲良くやってます・・
必要に合わせて、お布施も渡します・・
息子も卒業したら、一般社会に戻ります、天理教を信仰するかしないかは
息子の自由です。
批判は、大事ですが、それは、社会的な物です
正当に、批判をする事は、大事です
それが受け入れられない組織なら、離れたら良いんです。
天理教は、一 宗教に過ぎません。
何より、自分自身が、スッキリと明るい方がよろしいかと思います
神様と共に歩み、スッキリと明るく、生きた方が、楽しいです
そう言った、事が、言いたかったのですけども
気に障っておりましたら申し訳ございません。
天理時報9月9日の記事。
>布教部と道友社は現在、よふぼくの成人を促すうえから、系統と地域が一体となって『天理時報』の普及活用と手配り活動に取り組むよう呼びかけており、各教区で順次「『天理時報』普及推進大会」が開かれている。
何十年前から同じことを定期的に呼びかけてきているのに、20万部減部してしまった原因は、いったい何なのか。
何の反省も根本的な問題意識もなく、ただ増部だけをお願いに相変わらず全国をまわる。
それは、信者や末端教会に負担をかけるだけである。
普及活用や手配り活動をして、どうして「よふぼく」が成人するのか。変な理屈だ。
まず成人しなければいけないのは、布教部長、道友社長を始め本部中枢の人達ではないだろうか。
まったくその通りです。週刊発行で年に合併号(単なる休刊では)が数回あり、読者の手に届くときには、毎年変わりばいしない教内行事や時報の普及促進等の啓発記事ばかりで教内にとって都合の悪い記事は載ったことがない。 スポーツ欄でも話題の学校の部員の親が天理教信者云々、有名人を載せてのプロパガンダ、顔写真付きで議員のおさづけ拝戴記事、もっとお助け・布教第一線の信者さんや本部員の活動の特集とか教理の復元、色々な病の悟りとか、最近の自然災害や節と思われる出来事についての本部の思案や神様からのおさしづなど宗教新聞らしい記事を載せて欲しい。今の天理時報はスクラップ記事など皆無です。読者のほとんどが購読しているだけで、目を通してないのではと思える時報ばかりです。どうして内容のない時報の活用や手配りで成人につながるのかがわからない。大幅な減部の要因は天理時報そのものにあることぐらい明白でしょう。普及促進集会ではなく、もっと紙面に関する一般読者の生の声に耳を傾けて欲しいものです。昔はもっと記事の意味があったのではないでしょうか?いつからつまらなくなったのか?無料なら言うことはないが、購読料と手配りでも送料を徴収しているのですから。
人様の知能レベルを云々するのは良くないと思いますが、料金を払っての読者であれば言いたいことを言うのは許されますね。
時報をはじめとする教内出版物の内容の乏しさは救いようのない状態です。
そこに見られるのは「天理中華思想」ともよべるような、関西地方限定ローカル色の濃さです。関西に在る天理市だから仕方ないという意見も有るかもしれませんが、全国への配布が前提の機関誌(紙)であれば、全国に目配りした編集方針が必須のはずです。
取り上げられる著名人と著名人もどきの人たちからは魅力も感じられず、記事にも興味がわきません。(謝礼金の額には興味がわきますが。)
地道に信仰されている一般信者が全国にはおられる事でしょう。そういった方々の記事が読みたいものです。かつ、道友社のテンプレートに沿った記事などはお断りです。
この泥水で濁り切った教団の海で、おぼれずに信仰を続けるには、教祖の教えに則った信仰を続けるにはどうするか。
私が実行しているのは信頼できる人を個人ベースで探し当て、掘り当て、系統やら地域やらに邪魔されることなく能動的に行動することです。それしかないと、経験上、思い知らされて以来の事です。
社会学に書き込んだことで嫌がらせを受けています。
本部、特に表統領と大亮さんに関わることを指摘して以来、ネット閲覧と書き込みに妨害を受けています。
以前、Mさんの周辺で起きた嫌がらせとは異なる内容ですが、犯人のITレベルは同じ程度のような気がします。(あくまでも印象です。)
ウイルス対策はしていますが、Windows10の基本ソフトを利用されているようなのです。
犯人も天理教信者。この点を重く受け止めています。Mさんは「謝ってもらったから」許すような意味の事をTwitterに書いておられたように思います。私は謝るとか反省するとかいうようなことには関心ありません。
「犯人も天理教信者」
この点を重く受け止めています。
本部の中にネットパトロール担当者がいるということを聞いていますが、まさか、関連は無いでしょうね。
まぁ、社会学板での各種指摘に反論することなく、単に相手を恫喝するだけ、
「おまえ、だまれ!!!」というだけの者にすぎないのでしょう。
(「おまえ、だまれ」を関西言葉で言うとどうなるのでしょう?もっとやーさんぽくなりますね。)
おバカな天理教信者なのでしょう。
よっぽど相手に刺さるような内容だったんだね。
百田 キンコン につづいて 方正 何がしたいのやら!
客寄せなら 宝塚でもストリッパーでも呼んで来い!
現役信者の皆様へ
天理教は行政上、宗教法人として認可されていますが、実質(内容)は宗教ではありません。実質は、かのオウム真理教も真似たほどのカルトです。ひどい目にあわないうちに早々に退散しましょう。被害は可能な限り早期に最小限にくいとめることが大事です。
>天理教は行政上、宗教法人として認可されていますが、実質(内容)は宗教ではありません。
その通り。実質は「営利法人中山商店」です。
教団を守りたい人と、教理を守りたい人が混同してるように思います。
教団を守ろうにももう無理でしょう。守りたい人は実際は時間稼ぎをして逃走資金を作るためだとお見受けする。
教理を守りたい人は、現在の中山家とその血族が私服を肥やす為の集金教団である事から中山家とその血族の退去を願ったり、教団崩壊を唱えているとお見受けする。
他の宗教を見ても キリスト イスラム 仏教 ですら各種分派してきているですし、天理教に関しても中山家は異端と称してきましたが実際は現在の本部が宗派中山で最大の異端団体であるとお見受けします。天理教も各種分派が発生していたとなります。教理が確りしていればその教義を元に分派はあれどその教えは残るので心配せず現在の中山一党独裁本部を壊滅させた方がよろしいでしょう。宗教上なんら問題もなく、宗教法人法上も何の問題もございません。「御恩報じは金」などから始まり、教団側が政治的に偏ったものを薦めている時点で教義的に問題が発生しています。信者個々人には日本国憲法思想信条の自由が発動し権利が認められます。
宗教法人法ですと
26条
(規則の変更の手続)
これに際し妨害行為は受けない権利も認められています。
78条
(被包括関係の廃止に係る不利益処分の禁止等)
http://www.japaneselawtranslation.go.jp/law/detail_main?re=&vm=1&id=2084
各信仰者には個々にも信仰の自由の権利がございます。一部本部側の妨害工作なども相手せず。本部がおかしな教理を唱えだしているので早急に独立や脱会をお勧めします。皆さん計画的に進めていきましょう。
こんばんは。
天理教愛のある方も、多いようですね。
だから、本部に批判的になってしまう・・それも判ります。
だからこそ、親神様は、天理教から手を引かれても、求める者には
与えられる・・という事なのでしょうね。
神様は、人間的な都合など、どうでも良いんですよ
だから、本部がどうであり、真に、親神を求めてくれる
そう言う人に、守護を下さる。
教団本部の都合など、実在神には、無用なのです。
もっと、神の道、陽気暮らしの、神意、真意を理解して
求める、信仰生活こそ、本当は、重要だと、思います・・・・
なんだかなあ〜・・・
この決着は、わたしには、判りませんけど
天理教は、唯一絶対の宗教では、無いと感じてますが
天理王の命は、大霊界で、絶対神の台座に到達している
超神霊です。
もちろん、私の信仰する、御守護神も、同じ・・それ以上です
超神霊、その守護は、絶大だと思います。
もったいないけど、そんな物でしょうか?
独立や脱会は計画的に
2018年9月10日 6:39 PM
とても分かり易く勉強に成ります!私も宗教法人法を見る様になりましたがどう見ても世襲制に適さないルールになっていますし近年の本部事情を見ているとその限界が表面化したのだと思います。
社会学さんにコメントされる方は本当に善人だと思います。無償でこれほどの事を教えて下さる事を明快で痛快そこに皆さん魅力を感じるのだと思います。やはり中山家だけで一部の血筋だけで運営していくのが無理なんですよね。一党独裁体制からの世代交代は着実に迫っていると思います。
おはようございます。
今や、天理教には、信仰、宗教的指導者が、存在せず
人間的な、知恵と知識でのみ、運営されているようで
人の欲や、悪心を戒める、規範も、人間の知恵のみで
運営されているようですね。
まだまだ、天理教愛のある方も多い・・
私が、言うのも何ですが、神様って、人の思惑とは全く違う存在ですよ
人が、知恵で想像と創造する、神と、実在する神の想いは違う・・と
私は、想います。
本来の神様は、教団運営とか、教団人事とか、そう言う都合には
感知されない・・
人の、心、魂のあり様こそ、見ておられる・・・・
真柱様が、神を求めないなら、手を引き、放置されるだけですよ
心配されておられるのは、やはり霊界に上がられた
みき様とか、関根豊松様とか、教団に尽力を尽くした
先人達の、魂でしょうね。
余計な事を言いました。
息子が、好んで天理高校に進み、おじば生活をエンジョイしておりますので
私、個人としましても、天理教と関わる事になり
いろいろと、問題点も、こうして、見えて来ました。
今の天理教の衰退問題は、一切、人間的な管理運営に原因がありますよね
それに対し、直接、神が降りて来て、直接、神が、変えて下さる事は無いでしょう。
真に天理王の命を求める、信者、信仰者に神の想い、智慧が降りると思います。
この私ですら、祈りで、天理王の命の裾に触れて見るだけで
ここに、我が存在を知らしめよ・・と言う想いが伝わります
だから、書かせて頂きました。
天理教愛のある、信者、信仰者から、
再び、天理教が実在する、神の信仰、宗教に戻せる存在、人が、
出てくる事を、願っております。
書かせて頂き、ありがとうございました。
「百姓と年貢は搾り取れるだけ絞れ」「百姓は生かさず殺さず」という江戸幕藩体制の有名なキーワードがあります。「感謝・慎み・たすけあい」という美辞麗句を表向きは掲げていますが、教会本部の考え方は、江戸幕藩体制と何も変わりません。一般信者や末端教会は江戸時代の百姓と同じです。骨の髄までシャブリ尽くされ、シャブルこともできなくなれば、後は捨てられるだけです。何度も同じ内容を投稿しますが、シャブリ尽くされない内に、教会本部のシステムから離脱しましょう。
本部が一番人間思案で動いているんだね。宗教では本山とは教義の逸脱を防いだり異端認定する役割を果たすのはキリスト教を見ればわかる。でもバチカンとお地場の違いは、バチカンは世襲を発生させないが、お地場は世襲を発生させたこと。やはり出家制度を整備しなかったのは最大の失敗だったと結論が出たわ。
教団というか教会をなんとか維持しようと収益事業を考えている人もいるけれど、本部が許可しないとかでできないそうです。教義もだめで教会も維持させない本部って何考えてるの?
中山家というより結局は各それぞれの大教会が立派過ぎて、信者の御供えが大教会でストップしてるんと違うか。大教会も維持がかかりすぎる気が私はするなあ。
こんにちは。
補足・・・・信仰、宗教的指導者と書きましたけど
哲学的、教義にのっとった、理論理屈の指導者では無く
天理教的に降臨される様な、天啓者か・・
神霊能力を持ち、天理王の命・や、教祖
途切れてしまいました
天理王の命 様 や 教祖 様と交信できる人
新時代の本席様が、宗教的指導者と言う意味ですからね・・・・
このままでは、御筆先を聖書とする、キリスト教みたいな
教条主義宗教にしかならず、真柱様は、バチカンの法王か?
ってな事になってしまいますよね?
だったら、せめて、根比べ? じゃあないコンクラーベで
真柱様を選出しないと、バチカンならず、バカチン本部と言われても
いたし方無いでしょうね・・(笑)
失礼しました〜
バチカンにさえ失礼だろ!
世界が荒廃し、文明も政府も崩壊、人口も激減、食うに困る、明日をも知れない命…
人間の世界がこういった状況まで廃れたら、宗教が活きてくると思います。神も降りてきそうです。
現代には降臨しないと思います。
降臨しても、狂言やキチガイ扱いされておしまいかと。
神もタイミングを見計らっているのだと思います。
匿名 様 (2018年9月11日 7:40 AM)書き込みより
≫ 中山家というより結局は各それぞれの大教会が立派過ぎて、信者の御供えが大教会でストップしてるんと違うか。大教会も維持がかかりすぎる気が私はするなあ。
大教会に集まった部内教会信者からのお供えの全額が本部へ行くのではないことは知っているが上記匿名様の書き込みが理解できない。
上記匿名様のご意見の趣旨は、大教会がプールしている金を問題視されているように読み取れるのだが、これは本部側目線からのご意見では?ついにプール金にまで目をつけて文句を言い始めたのは表統領か?(さもありなん・・・)
個々の大教会の内容には大きな差があるし、維持費云々を言うのは単純すぎる指摘であり、更に言うならば、本部自らの金の使い方を顧みる必要があるのではないかと怒りを感じてしまう。
なりふり構わず金集めにかかる本部のすぐ目の前では青年会のお楽しみ行事にパッパと金がばらまかれているではないか。今からでも100周年記念行事は中止し、予算の一部でも災害避難者救済へ回そうという優しい気持ちはないのだろうか。
もっと言えば、今の日本で困難な状況下に置かれた方々を想えば、大亮さんの子供の誕生祝い金集めの音頭取りする天理教人って、いったい全体何なのか。頭の中にオカラでも詰まっているのかと疑いたくなる。
どうせ、指摘したところで高慢の塊、我欲の塊の諸氏の耳には留まることもないだろう。そういう人達を「馬鹿者」というのだと悪口の一つも吐きたくなる。
子供の誕生は喜ばしい。けれど、全教団で祝う事なのか?狭い組織の中でしか生きていない人は過剰にその組織の上層部におもねってしまう。これは教祖様の教えの「八つのホコリ」のうちの「ついしょう」にあたるだろうに。
大亮さん夫婦は、単独布教のような布教者としての道すら通らずに組織の頂点に立とうとしている。せめて一人の女の子の誕生を契機に視野を広げていかなくては、親としても成長できないだろう。
その背後には表統領の笑い顔が透けて見えるようで不快感もマックスだ。
こんな状況の中、いまだに真柱の近況は一切報道されない状態は、全くおかしい。
内部で何が起きているのか、起きていることを知られないようにしているのだろうが、それでよいのか?
修養科では本部直轄分教会の子弟も同級生にいて、今では本部のかぐら勤めにその名前を見たことも有った。以前は教内誌にも責任ある者としての名前が載るほどの人。当時は本部直轄分教会子弟でありながら、多分、不本意な参加だったのか、いつも、憂鬱そうな表情だった。不満があったその頃の気持ちは吹っ飛んでしまったのだろうか?
もし、この一文を読まれたら、内部情報の漏洩を強く望む。内部の情報が表に出ない限り、正常化は望めないので覚悟を決めてほしい。
多くの大教会がお金プールどころか教会の維持すら難しくなっている。事業をしたくても「人間思案」と本部の許可が出ず手足縛られかわいそう。本部は花火や青年会の無駄使いをみれば資金潤沢と思いますが?それでももっと上納金を出せという。親様はお菓子を二回もらいに来た子を叱ったが、誰も中山王家と天理貴族を叱る人がいない。天理教の最大の悲劇は図々しくて足るを知らない上層部を叱る人がいないことに尽きる。「不足をいうな!」と怒鳴りつけたくなる。
大教会資金への指摘はこれでしょうかね。
コピペして検索で開いてください。
tenri-urawa.net/member/shibuhou/shibuho0810.pdf
〔 本 部 関 係 〕
一、 表 統 領 挨 拶 ○ 非常に重たい話を御報告させて頂きます。みちのともの教報に山添哲、 平成20年9月13日教人登録を取り消すと載っております。 (みちのと も参照)
本年1月16日の会合における真柱に対する失礼な言動が発端、1月19 日にお詫びをしましたが部内教会が反発し、会長との話し合いが続きまし た。
3月22日、日野大教会の月次祭での話し合いで前会長の発言がきっ かけとなり、大教会長更迭願いが部内93ヶ所の内85ヶ所の会長名で上 奏され、両統領の元、直轄教会長との話し合いがもたれた。
借財の返済を 何十年に亘り部内は頑張ってきたが、これ以上大教会長の理不尽な言動に ついて行けない。そこで大教会長夫妻を呼び猛省を求めたが、聞く耳を持 たなかった。
部内教会長から上申書が提出され、再び大教会長を呼び話し 合ったが、反省の色がみられなかったので審判会にかけることとなった。 8月13日常詰会議にかけ、8月25日、26日、9月3日の3日に亘っ て審判会を開催し、上記の結果となった。
・大教会長を利し、女子青年に性的行為
・右翼の暴力団に3千万円 ・オーストラリア日野出張所を弟の無断処分により私した
・梶本國彦氏が代表、宇野表統領室長が補佐、
・責任役員から梶本先生に特命代表役員の承認願が出され受理
>世界が荒廃し、文明も政府も崩壊、人口も激減、食うに困る、明日をも知れない命…
人間の世界がこういった状況まで廃れたら、宗教が活きてくると思います。神も降りてきそうです。<
私は、この掲示板に投稿させていただいていますが、正直言いまして、私自身は神仏の存在を信じておりません。神仏は、「人間が人間らしく幸福に生きる」ための「よすが」として、人間が人為的に想像によって作り出したものであると考えています。とてつもない大きな自然災害に見舞われ人類存続が危機的な状態になった時、あるいは、世界規模で核戦争がおこりかねない状態になった時、その他、人類の存続が危機的状態になった時、人類はそうした危機を克服し、乗り越えていけるだけの叡智をもっていると信じています。これまでの人類の歴史をふりかえれば、「より便利で快適な生活を送りたい」「生産性の効率を上げてより多くの利益をあげたい」「自国の領土を拡大し、他国よりより多くの資源を確保したい」等、極めて利己主義的な考え方で人間の安楽や利便性を盲目的に追求してきた結果、とどのつまり、地球が温暖化し、北極や南極の氷山が溶け出して海水面が上昇する等、人類の存続を脅かしかねない現状となっています。また、地震で被災した東北の原子力発電所を確実に廃炉にできるという目途さえ今のところたっていません。しかし、私は自らをとりかえしのつかないような「崖っぷち状況」に追い込むほど人類は馬鹿ではないと信じています。南海トラフメガクェークのような大規模地震に遭遇し、甚大な被害がでても、きっと様々な叡智を出し合って、時間をかけながらでも克服していけると信じています。
私が、この掲示板に投稿させていただいている理由は、つまらない新興宗教に騙されて、生活が破綻するほど無駄なエネルギーを費やし、経済的損失を被るよりも「人類の良心と叡智」を信じ、未来を切り拓いていく術を考えたほうが、よほど意義があると思うからです。
おはようございます。
世界が荒廃し、文明も政府も崩壊、人口も激減、食うに困る、明日をも知れない命・・・
アタタタタ〜 お前はすでに死んでいる! ヒデブー!!!
北斗の剣の世界を想像してしまいます・・・
そんな状態で人は何にすがるのか?
私は、神が現実に姿を持って降りて来る事は無いと思います。
まあ、誰かが率いて、新たに共同体ができて、社会が形作られるでしょう。
私の個人的な意見ですからね
中山みき様に、降りて来たときの天理王の命様は、超神霊では無い
一神霊だった、これが、天理教の守護神として働く事で
大霊界で向上され、絶対神の世界への壁を超え、超神霊になられた
守護力は絶大ですが、もう人に降臨される事は、無いと思ってます
信者の祈りに、答えて下さる・・しかし、その祈りを、教え率いる
教団の、神霊能力を持つ、指導者が不在のまま
人間的な、知恵だけで運営されているのが、現天理教・・
これが、私の、個人的な、基本的な天理教に対する見方です。
日々の祈りと、信仰の中で、神の叡智は、人間の心に降りて来ます。
心が脳の作り出す存在なら、脳の衰える、年寄りは心も衰える・・
事実、魂の存在を認めず、頭しか認め無い人は、ボケるんです
実際は、心は、別次元の意志体であり、年齢と共に
大きく自由に進化して行きます。
これが、わかる人は、ボケたりしないんです。
頭に代わって、心と魂が、体を支配します。
神の叡智は、この、心に降ります。
悪魔、悪霊の力は、頭に取り憑きます・・
自らの、霊性を認識して、自分の中に神の存在を自覚していないと
神の叡智は、降りて、来にくい・・とも、思います。
肉体の持つ欲を抑えて、神の愛で生きるには、神の導きが必要でしょう
神仏を信じなくても、哲学的に自制して生きられたら、良いんですけど
そう言う人って、あんまり見かけません。
信仰には自らの霊性を認識して、生きる
神の叡智を、頂き、導いてもらう
神霊能力とは、まさに、神と交流する能力を指します
神仏を信じなくても生きられますけど、あの世の時間の方が
人生、長いですよ? (笑)
あの世 という概念
これを利用しない手はない
前世 現世 来世
実に便利な世界観
ドッペルゲンガーや並行世界等、今、五感で分かること、過去の記憶。これ以外の世界や存在を作ることで、無限の可能性を感じることができる。
実際のところ、人の命や行いには限りがあるのだが。
夢 希望 理想
どれも素敵で、前に進むための大きな力になる。
文明が発達する速度に比べて、生物が進化する速度はあまりに遅い。
人間も同じ。
さあ、このさきどうなることやら。
天理教という枠の中でも混沌としている
この世はいつの時代も混沌としている。
表も裏も入り混じる魑魅魍魎。
ただ、分かりづらくしてあるだけ。
人はなにかにすがることで生きている。
ほぼすべての人間が、生まれた国の法律、言葉、文化を強制的に受け入れている。
君たちはどう生きるのか
勝手にしやがれ
豊臣秀吉の辞世の句のようなもんだろ実際
何をしようが有象無象なんだから、自分の心になるべく従うのがいい。少しでいいから、慎んだり、他人に手を差し伸べたり、自分の子孫を残したり、残さなかったり…
なに書いてるか分からなくなったから寝ます。おやすみ
露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢
地球は、とてつもなく広大な宇宙の一天体にすぎません。その一天体で暮らしているのが人間という生物です。その一天体にすぎない地球で最も進化し、文明をもった生物が人間ですが、とてつもなく広大な天体には、人間以上に進化した生物が存在しても決して不思議ではないと思います。仮に天理教の教理を借りて解釈すれば、親神様は、人間という生物が「陽気暮らし」をするのを見て共に楽しみたい、いわゆる「神人和楽」の目的で人間を造ったはずなのに親神様の意に反した暮らしをしているので、どこか別の天体に存在する人間よりも遙かに優れた生物に自らの望みを移し替えられ、その秀逸な生物が陽気暮らしをするのを見て共に楽しんでおられるということでしょうか???。つまり人間に失望しつくされ、すでに見切りをつけられたということですね。なにか、SF映画のような話になってきましたが、私個人としては神仏の存在は信じておりません。
某氏のフェイスブックの投稿です。
空席ができた。
「天理教音楽研究会弦楽部」での部員のことだ。一流のスタッフが一流のレッスンをひと月1000円の会費でしてくれる。レッスン回数は習熟度により月3〜8回くらいある。バイオリンやチェロなどの楽器は無料で貸してくれる。
市井にはこんな弦楽教室はない。
「そろそろ下の娘さんに、ここでバイオリンをならわせなさい。私がみてあげるから」と部員の母親に声がかかる。声の主は音研の最高指導者I女史だ。ニューヨークジュリアード音楽院出身の一流バイオリニストで、何人ものこの世界ではちょびっとだけ有名なバイオリニストを育てあげた実績を持つ。声をかけられた母親はすでに上の娘もここに通っており、本部在籍者の家系だ。その2歳になる下の娘にバイオリンを習わせろということだ。このように空席は内々、身近で埋められていく。
「天理時報」やその他、本教の出版物での公募は全くない。
本部在籍者の子供、本部勤務者の子供、そして彼らが布教のつもりだろうか、「バイオリンやチェロが月千円で習える弦楽教室があるのよ、習わなきゃ損よ」と声をかけられて入ってきた信仰に全く興味がない方々の子供たちも数多いる。実際、天理小学校に通っているとき、こう誘われて入った未信者の子供の親から直接聞いた。
何度も言うが、教内での公募は一切ない。部員の3〜4分の1は本部在籍者の姓を名乗り、その他は勤務者、そして真柱様のお顔も知らない信仰はおちゃらけ程度のええとこどり未信者の子供。信仰してるか、しっかりとお供をしているかどうか知らないがあちこちで支店を出している焼肉屋の娘もいる。
が、天理教音楽研究会弦楽部の運営費全ては、本教信者からのお供金で賄っている。
知人の教会長が弦楽部員の欠員が出たという内部にいる関係者から聞いてすぐに、娘を音研の弦楽部に入れてもらおうと直接電話したところ、「そちらでプライベートレッスンを受けて下さい」と断られた。プライベートレッスンとは、勝手に先生を見つけるか、近くのバイオリン教室に通え、ということだ。プライベートレッスンの月謝は最低でも2〜3万はする。バイオリン教室でも、月3〜4回のレッスンで8000円以上する。
音楽研究会のそのときの空席は本部在籍者の子供で埋められたことを後日聞いたそうだ。
昔は、いや今も、教会長の子女にバイオリンを習わせようものなら、「徳もないものが、贅沢な」とあちこちから、お叱りを受けた。今も受ける。
徳のある本部在籍者や勤務者や彼らが誘って入った信仰に全く興味のない方の子供なら弦楽を習うことにお叱りはないのだろうか。
ただ、音研弦楽部の運営費は、本教信者からの現金のお供から捻出されている。その断られた教会長子女の教会も大教会を通じて運んでいる現金のお供も微々たるものだが、間違いなく含まれている。本部在籍者や勤務者の給与もそれらから支払われている。
本部在籍者や勤務者の福利厚生は分厚い。と思われても仕方がない。
さて、何が言いたいか。一言で言う。「平等」にしろ。ということだ。本部在籍者も本部勤務者も大教会も教会も布教所も講社を祀っいるようぼく家庭も平等にしろということだ。特に本部在籍者に告ぐ、一般非信仰者への布教に音研弦楽教室入部を利用するな。まず、教えを説き、別席を運ばせ、講社へ参拝させ、おつくしも、ひのきしんも、しっかりさせて真の信仰者に丹精すべきだろう。
一部の者がコソコソと福利厚生のようにを特権を享受するようなことはやめにして、堂々と公募して覚悟やスキルを審査して、選別したらいい。
そうできないなら、正直こんな「谷底せり上げ」に不必要な「おうた」やそれに関連する音研は、廃止すべきだ。本部在籍者の先生方から、音楽研究会の大義名分・前真柱様の「おうた」をなんと心得る!とのお叱りを受けそうだが、「世界だすけ」に必要かと問い返す。断じて必要ない。
おはようございます。
バイオリン教室のお話は、一般信者の知るところではありませんから
事実なら、貴重なお話ですね
事実なら、今なら、ツイッターなどで、ドンドン、公表拡散して
運営のあり方を、多くの信者が、疑問に思い
多くの信者が、そう言うのを、本部に伝える事で、変わってきますよね。
ドンドン、公表、拡散して、周知の疑問にすべきでしょう。
しかし、まったく、神様とは関係の無い話なのです・・・
まったくの、人間的な、管理運営の問題ですね。
おそらく、親神様は、関知も興味も、持たれない話だと思います
それを、徳だの、何だの、こじつける人も
神の想いを知らず、知恵のみで、神を当てはめてるだけです
因縁も、そうです、因縁をこじつけてしまうのも
人の知恵が、多いんです。
私は、そう思います。
神仏を信じなくても生きられます。
天理王は、絶対神でも無ければ、天理教は絶対的な信仰でも無いです
地球は、まとまらないんです
まとめようと努力して、自分を磨く場所なのです
陽気暮らしを目指して、努力する場所なのです。
教団運営が、間違っているなら、声を上げるのも、神の理です
世襲の真柱様を、おろし、みんなで、選出するのも有りでしょう?
教団運営は、人間的な問題です、変えるもの人間に任されていると思います。
人間の知恵で、神を利用して、教団運営されているなら
廃れても、信者が変えても、神の理でしょう。
親神様は支配者ではありません。
私は、そう想っております。
「一人の音楽家をうみ出すには三代かかる」と聞く。
天理の恵まれた環境で稽古ができれば一代でも可能という事になる。
天理村社会でがっちり囲い込み、恩恵を外に漏らさないようにしている実態がこれで明らかになった。
音研に所属する皆さんは信者のお供え金で自分らが学んでいることを当然と思っているのだろう。
少しレベルの低い悪口を言わせてもらう。
友人の妹はバイオリンを学び演奏者として活動している。
しかし兄である友人曰く「妹は美人じゃないから・・・」、そう、ルックスがものをいう世界でもあるようだ。
ずば抜けた才能の持ち主以外は何処もそんなものだろう。
お供え金を集中させて音研を存続させたところで、これ迄全国的に知られるような、つまり、教団の表看板になるような美形のスターはでたのだろうか?
勿論私は美形の演奏者を望んでいるわけではないし、天理教の看板なんて「看板倒れ」になるに決まっていると思っている者だ。
即刻お供えからの資金提供をストップしていただきたい。それで困るのは音研の人だけだ。
世間では著名な音楽家のレッスンは高額。音研育ちで活躍されている方がいるのであれば、その皆さんが自分のレベルに見合ったレッスン料で弟子をとれば天理教から離れても生活できるだろう。むしろお供えで今の地位を得たのならば恩返しを考えないか。全国各地に出向き、オーディションを行い、才能の有る子供を発掘し、自腹で教えていただこうか。
繰り返すが、天理の音研は解体すべきだ。
そんな事は無理という方に一例を紹介する。
世界のオザワを育てた斎藤先生は地方在住の貧乏高校生の演奏を聴き、桐朋音大のオーケストラに入れたいと、しかも学費の心配はいらないとまで言ったそうだ。しかしアルバイトしながら生活費を工面しなければならない家庭環境。当時、桐朋ではアルバイトする時間が自由にならないという理由から、その申し出をあきらめたそうだ。
世間には立派な人がいたものだ。自腹とお供えからでは違いすぎる。
音研の皆さんは、たとえノーギャラで(ギャラに関する情報はないのでわからないが)天理で演奏会を行ったところで、そもそもが発表の場を与えて頂いている恵まれた環境であることを知っていただきたい。世間の無名演奏家たちはノーギャラどころか持ち出しが普通の世界。バイオリン演奏であればピアノ伴奏をつけるにもお礼が必要、会場を借りる莫大な費用等々、切符の売れ行きを心配する親は遠い昔の部下に迄、買ってくれと連絡を取る始末。
もろもろ動けば大きな金が出ていく世界なのだから多少の財産では追い付かない。こんな例を見ているから、嫌みのように書きつけてしまった。
それにしても「陽気」最新号での特集は「おつくし」だ。体験談を寄せている方々は皆、教会長か教会長夫人だから、「出しても入ってくる」訳だ。信者は異なる。臨時収入、遺産相続、このような幸運に恵まれ、毎月の収入以外に入ることが有れば、また、その分、おつくしが発生するから、何処まで行っても出るばかりだ。
それで命が助かれば結構なのだが。たとえ助からなくても喜べるのが信者であるのだが、何か陽気の体験談を読んでいてすっきりしない感じにとらわれる。
そうか、表統領の意をくんでの特集なのだ、と、気がついた。ここまでやるかいと。入るのが減少する時代なのだから、音研なんぞ、即刻リストラすべきだろう。
何時見ても問題だらけの宗教組織で話題が尽きませんね。
一部の本部や一部の大教会だけが優遇されるこの不平等な制度が問題ないわけはございません。
私の知人も今まで熱心な信仰者でしたが本部の真実を知ったとたん本部の悪口しか言わなくなりました。そして他の知人は辞めたり、離れたり私の周りだけでも大多数の人が本部批判をし始めたということですと全国的に見たら多くの本部批判者が日々増えてっているのでしょう。このままでは大部崩壊は時間の問題でしょう。私はなって来るのが神様の思し召しと思っていますので、甘露台倒壊から真柱様が倒れる その時点でもう終焉を迎えている事は確信しました。
いくら本部が偉そうに、お尽くし おさづけ 助け合い などいうても 真柱一人回復させられないおさづけ、真柱様を身上にさせた側近のものどもが問題ある事は理解しました。
神の思し召し をまじまじと見させてもらうのが信仰者なの役目
皆さん崩壊していくのも思し召しと心得ていきましょう。
何もかもが神のなすこと
人間のできること、やったことなど、神の手の平の上のこと。
人間はなにもできない。神が全てを司り、動かす。人間は心だけが動いている。体は心の乗り物みたいなもの。
熱心な教会長さんから言われた言葉。
これは異端とは言えないとは思いますが、結果も過程も全てが神の業
と言われると、どうなのかなぁと…
人間が互いに助け合って、陽気に暮らす様を見て、ともに楽しみたいのが神の思いではないのだろうか…
この一文が一番大事だと思うのだが、色々な思案があるようで…
心だけが自分のもの。体は借りもの、貸しものである。と。
人間の力が及ばないものが神 という友人の話も分かる。
天体や自然現象が神だと言う。
なるほどな、と。
人間も自然の一部では?と問うと、なんとも言えないと返ってくる。
難しく話を進めると色々と拗れたり、空気が悪くなるからすぐにやめる。
酒が入ったら勢いづくから、気を付けています。
ここの書き込みや、twitterなどのSNSも、書き込む人のテンションや機嫌で変化すると思います。
皆さま、気を付けましょう。
次期真柱の方のtwitterでのやりとりがざわついてきました。(ブロックの多用?)
天理教本部では、10月末に青年会の大きなイベントがあるようで、雲行きが気になりますが、『人がなにごといおうとも 神がみている気をしずめ』
これを胸におさめていきたいと思います。
おはようございます。 何度も書いて、申し訳無いです。
人間が互いに助け合って、陽気に暮らす様を見て、
ともに楽しみたいのが神の思いではないのだろうか?
天理教の基礎ですよね、判ります。
ただ、これは、指針だとも、思います。
人間が、考えることは自由であり、多種多様です
この地球は、物理的な、社会です、限りがあります。
戦後の政治家も、国民も、二度と戦争を起こしたく無いから
国交を重視して、平和外交にも積極的でしたが
戦争を知らない世代になった現代の、政治家も国民も
今の日本は、先軍政治になって来ており、アメリカの軍事産業の
お財布君です・・人権も軽視されて来てます。
また、戦前の様な空気感が、戻って来たとも言われてます
たとえ、陽気暮らしの世界ができても、永続的にならないのが
地球です
絶えず、押し戻される、転がる坂を、常に登り続けようと
努力し続けること
陽気暮らしを目指して、努力し続ける事が、必要なのが
この、地球なのだ? と判ると・・自ずと心構えも
変わって来ると思います。
人間の思考で、神を論じても、まとまる事はあり得ません
互いに異なる考え方を持つ人々が、安心して生きられる
継続可能な社会を目指して、努力し続けるのが
この地球です。
それでも、世界には未だに、戦争も起きていれば
環境破壊、人権無視、混乱は、存在し続けております
目指して、努力し続けるのが、地球です
どんどん、変えて行けばいいんです。
神は、人の祈りに、叡智を下さる
だが、地球で行動するのは、我々、人間だと思います
天理教も、御筆先、お指図を聖書にして
天理王の命 を、大いなる神、主 と言った存在にしてしまうと
キリスト教の様になり、教条主義宗教になってしまい
返って、親神様を、信者の心から、遠ざけてしまう様にも感じます。
信者を、導くのが、人の知恵でしか、無くなるんです。
前に出た、東風Zさんのお話の様に、教会長の立場にあるような人から
生まれつきの徳だの、何だの言われて、差別されるのは
ただの、未熟な人間であり、神と程遠い・・
上に立つ人が威張っている・・これは、未熟なだけなのです
まったく、神から程遠い・・
ですが
同じ、実在神から、神の心を、導いてもらってる同士でも
人の知恵の部分では一致せず、人間の欲を出すと
喧嘩になったりします
そう言う物なんです。
信仰って、ほんと、プライベートな物ですよ・・・
それぞれ、親神様に祈り、神の叡智を頂きながら、心の努力を行い
より良き方向に、歩んで行こう! 完全な物は、この地上に無いんだから!
ダメな物は変えて行こう、と言う行動をしたら良いんじゃ無いかと思います。
その、祈りを、導くのが、本来必要とされる宗教の存在で
上から、道を指示するのでは、無いとも思います。
判りにくいですね? 私も未熟者なので、ごめんなさい。
この9月12日の古い元教会長さんの投稿を見て、教団本部が闇社会であることがハッキリしました。
現行天理教を信仰する価値は限りなく0に近くなったいうことです。
教団が救われる道は、一刻も早く教祖の道すがらを包み隠さず披歴することです。教信徒はその時点で信仰を続けるのか、それとも棄教するのかを選択すればいいのです。
>分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して
殺すだろう。
何という悲しい言葉なんだろう。これが宗教家の言葉なのでしょうか。櫟本分署跡保存会が発足した当初は多くの本部員が訪れていたという。本部が禁足令を出したことで分家の言葉が証明されるだろう。
東風Z
2018年9月14日 9:00 AM
>>分家「八島が知っている嘘だけではないのだ。真実を知ったら皆が怒って、我々を中庭に引き出して
殺すだろう。
何という悲しい言葉なんだろう。これが宗教家の言葉なのでしょうか。櫟本分署跡保存会が発足した当初は多くの本部員が訪れていたという。本部が禁足令を出したことで分家の言葉が証明されるだろう。<<
現天理教は宗教ではないことを裏付ける根拠の一例です。
天理時報の小かん様浪速布教に思う、と題した「視点」記事を読む。
小かん様が兄秀治の博打の借金払いに浪速の地に出向いた史実を、布教と言う美談に捏造したまま今日に至る。
こんな作り話をかくも美しく時報の記事にする。騙されてやろうと思う人は良い。しかし騙されていることを知らない人は救われない。背中が寒くなる様な虚しさに襲われる。
おはようございます。
いつまでも、書くつもりは無いのですが、もうしばらく、お願いします。
崩壊 さんから見たら、私は、ただの精神異常者かもしれませんね (笑)
ただ、おじばで、私を見かけても、敬虔な天理教徒にしか見えないでしょう。
中身は、異教徒であり、その信仰がブレる事はありません
私の信仰の場合、神について、論じ合う事は無いんです
存在が、ハッキリしておりますからね。
だから、神の心に合う生き方、神のエネルギーをより強く引く方法
心構え、心のあり方について、論じ合う事になります。
信じられない、エネルギーを感じない人は、います
そう言う人は、離れますし、嘘だと言いますが
仕方がないんですよね、そう言う存在です。
なので、ザ、グレートサムシング、主よ! と言う、考えは、私には
ありません。
宿命は、あります、ですが、主の采配だとは思ってません
私は、たまたま、ここに生まれた、たまたま選ばれたのだ?
位の話ですかね、そこは 変えられませんからね。
運命は、変えていきます。 今の御守護神に出会えたのは
私の背後に存在する、守護霊、先祖霊、背後霊などの
導き、ご縁もあると思ってます。
だが、運命は、選べるし、変えられる!
私は、御守護神の守護と導きを得て、自分の運命を、切り開く
御守護神の導きにより、私も、神になり
子々孫々を守護してあげよう、本当の主、大霊界の中心に居る
創造主の足元に到達しよう! いつか 私も、神々の列に加わろう!
その為に、私達は、はるか遠い、地球に、小さな小さな命として
造物主から、その、命の種を、頂いたのだから・・・・
危ない、親父ですね〜 (笑)
私の、信仰とは、そう言うものなのです。
崩壊さん から見たら、精神異常者でしょうが
私は、謙虚、敬い、礼節、の心を磨き
愛と慈しみと、尊びの心を、自分に育てている
ごくごく、普通の、ただの父親です。
信仰とは、内面的で、プライベートなものですよ。
創造主、造物主、同じです、書き間違えました。
もちろん、エネルギーを引く、周りに与える事で
いろいろな、天理教の、おさずけ、の様に、病気を治したり
不可思議な霊現象などの、除霊、浄霊、ある程度の霊視
いろんな、諸問題に対する、御守護神のアドバイスなども
頂いており、運勢の好転もあるんですけども
反面、心の持ち様に、大変厳しく無いと、神から戒めもあるんです
傲慢、高姿勢、威張ろうものなら・・一瞬は許されますが
長時間、持ったら、戒めを受け、自分が寝込んでしまいます
極端な話、魂が離脱して、霊界に言ってしまう
人間生命が、終わってしまう可能性もあります。
だから、高い神様の守護を得て、生きると言う事は
自身の、心の持ち様に、大変、厳しく無いと、返って危険です
本来、天理教も、そう言う方向だったとも、思います
上の立場に、立てば立つほど、謙虚、礼節、敬いの心を
強く持つことにならなくては、神の心に合いません
上が、威張っている・・・・この時点で、ダメです
本来の、親神様は、宗教団体、天理教を作りたいのでは無かった
陽気暮らしを目指す、信仰を、地上に広げたかった・・
これは、正しい、話だと思います
私は、その様に、感じています。
近々、拙者所属だった教会に善司さん夫婦とダイスケくんが来るようです。
金集め人集めで、人助けどころではないようです。
お助けに来られても、
お前は生まれつき因縁が悪い、徳がない、もっと教会に足を運び、伏せこみ(献金)、教会でひのきしんしろ(最低でも月に3回)!
と、言われるのがオチですよね。
そもそも天理教的中途半端な因果応報論?は、仏教のものとも全く違うような気がします。
また天理教神学者?は、キリスト教やイスラム教、仏教のいいとこ取りで構築しようとしたつもりでしょうが、見事に破綻させてますね。(特に、聖書のパウロの一節、働かざる者食うべからず的な・・・・病人や生まれつき心身障害を忌み嫌う・・・これも天理教だと因縁が悪いにされてしまう)。
陽気暮らしというのも、プロテスタントのニューソート思想の模倣に過ぎません。詭弁です。
人間には光と闇があります。
生まれながらにして天理教と関わってきて、修養科も終えましたが、なにひとつ魂が揺さぶられるものはありませんでした。
お地場の神殿でも教祖殿でも。感涙の涙というものは全くありませんでした。
おかきさげも、どなたが仰ってたように、7年前、タバコを一服つけると同時に、自分でライターで燃やしました。
乱文ごめんなさい。
2018年9月14日 11:58 PM 匿名様
天理時報の視点を見ました。あなたに同感です。教団本部が言っている一言一言、書いている内容の全てに素直になれるといいんですが、今更何を書こうと何を言おうと疑ってしまうんです。
真柱はじめ教団幹部の方々、私はこの欄に投稿されたものの中から要点をピックアップをしてコピーをして親戚一同(28家族80余名)に郵送して天理教の実態を知らせています。結果、私達家族を始め兄弟姉妹、親戚一同は二度と現行天理教に入信することはあり得ないと思っています。人の心というものはそういうものなんです。
一時は、教会の50畳足らずの会堂に大人も子供も溢れんばかりに集った賑わいは何だったんでしょうか。
本部はシッカリと思案をしてください。
中山大亮 @daisukeke123 · 9月13日
昨日は、
毎月楽しみなタッチフットの日。
ラグビー好きの人が集まり、
ただただラグビーを楽しむ。
楽しくて、
走りすぎて、
身体はバキバキ。
でも、その疲れが心地良い。
やるときはやる。
楽しむときはおもいっきり楽しむ。
さあ今日も一日楽しもう✨✨
上記は大亮さんのTwitterの書き込みです。
本人なのでしょう。
私はタッチソフトってスポーツを見たことが無く、知識もないのですが屋内スポーツなのですか?
野外スポーツであれば照明設備の有るグラウンドでのプレーでしょう。
9月12日は平日。職務が終わる夜間のお楽しみなのか、明るいうちに野外のグラウンドでのお楽しみだったのか、どちらかでしょう。
Twitterではブロック祭りで読めない人、続出だそうです。でも、Twitterやってない人は読めるんです。
大亮さん、自分のアラ・欠点を人から指摘されたくないならば、すべて承認した人にだけ読ませるようにしなきゃね。
だから馬鹿にされるんだろうね、何をやっても、行き届かないのだから。
× タッチソフト
タッチフットに訂正願います。
天理時報視点のこかん様の浪速布教に思うから、神名流しは当時としては、めずらしい出来事であるから、大阪の街の神社仏閣はじめ旧家に何らかの記録が残っていると想像するのですが、本部はそのような事実について調査や問い合わせをされたことがあるのでしょうか。
そもそも、その当時「なむ天理王命」という神名があったことについても疑問が呈されたことがあったと思うのですが、歴史上の出来事には確たる証拠が提示されることが求めらると思うのです。
何故、このような慰問を持つのかといいますと、「1995.4月、八島に対する立退き要求の訴えは東京地裁で却下の判決が下った。本部の控訴は無く結審した。」本部が八島教学が異端であるというのであれば、何故上級審へ控訴しなかったのかという一点につきます。潤沢な資金を持っていた本部であるなら、当然控訴すべきであった。
ニューソートをやっているのはプロテスタントといっても新興宗教系です。アメリカや韓国で生まれたプロテスタントは大半が新興宗教で仏教でいうなら創価学会と同じものです。陽気暮らしと似ているのはやはり同じ新興宗教系だからということでしょう。ニューソートの教祖の中にはガラスの教会を建てた人もいますが、子供の代になってその教団は経営破たんしました。最近では繁栄の福音というニューソートもはやっています。中南米・アフリカで猛威をふるい深刻な問題になっています。
おはようございます。
しつこいですけど、もうちょっと、繰り返します。
社会学的には、宗教とは、思想なのかもしれませんね
だから、神について、論じ合うと、結局、思想を論じ合う事になり
喧嘩にも、なるのでしょう。
思想、または、哲学、人間の頭で考える、理論理屈の神様
天理教って、そう言う、宗教でしたか?
そうしてしまい、人間の管理下に神様を納めたのが
教団本部だと言うのは、判ります
多くの人が指摘する様に、それが限界に来た
と言う事ですね・・・・
本席の復活、天啓者の復活以外に
天理教が、再び、旺盛に盛り上がる事は無い
多くの人が、指摘してますもんね。
私は、どうしたら、天啓者が復活できるのか? と思ってます。
再び、関根豊松氏の様な、神霊能力者が、出てくるのか?
私は、我が子が天理高校に進学してるので、天理教に関わってますが
自分の信仰なら、もう、この世の仕組み、大霊界の仕組み
神霊の存在を、知っておりますし
自分達の御守護神なら、安全に交流する方法を心得ています
しかし、その感覚だと、天理王の命には、直接つながれない
合わせ様と探ると、金色のオーラ、畏怖と恐怖を感じてしまい
私の様な、中途半端な能力では、想いを感じはしても
それ以上は、やめなさい! と、背後からブレーキがかかります
基地外話で、すいません、聞き流して下さい。
天啓者は、特別だと思います
関根豊松氏も、別格ですよね・・・
私は、普通の人ですからね (笑)
天理教の信者さんから、天啓者や、関根豊松氏の様な方が
再び、現れると、良いですね。
息子の事があるので、天理教の今後の成り行き運営なが
気には、なるんですけど・・・・
私の要望的には、天理教は、思想的、哲学的な理論理屈の
宗教って感じで、そこには、興味を感じないんですよね・・・・
因縁とかね? 因縁なんて、人の知恵で勝手にこじつけたり
できてしまいます。 本来の因縁は神霊能力が無ければ
見えないし、見えたら、さらっと神霊の力で解消できます
そう言うものですよ
私は、いろいろ、思想的、哲学的な理論理屈を論じるのは
宗教であって、信仰では無い、と言う想いです
私は、天理教徒の方で、実は、天理王の命とアクセスできます!
とか、天理教で、神様に触れました! と言った
危ない人 (笑) と、実在する神様の話が、したいです (笑)
私の信仰に誘うつもりは、まったありません
そう言うのは、個人の自由ですから
陽輝郎さんの様な方と、お話できたら幸いです
普段は、ララ掲示板、聖の神、研究会で、別のHNで投稿してます
ただの父親と、実在する神様のお話が、したい、危ない方 (笑)
いらしたら、どうぞ・・・・
こかん 様は、みき様の霊統を引き継いでおられたのですね
ただ、結婚願望があり、天啓者としては、独身を通せと言われ
拒否したともありますね・・
こかん様の死後、みき様は、今日はこかんが、秀司が会いに来てくれたとか
言っている記録もあるんですね・・
こかん様から、飯降様に引き継がれ、ナライト様で終わりにされてしまった
そんな感じでしょうか?
結婚願望があり、スラリとした美人だった、こかん様
神名流しなどしたら、嫁入りに響くでしょうし
もしやったら、当時でも、話題になって
もっと、記録に残るでしょうねえ?
などと、思います
ただ、この、みき様が、霊的にこかん様、秀司様と
交流があった事は、私にとっては
私の、p大霊界世界観に合致するんですよね。
パワハラ問題が日本のアマチュア業界から続出近頃では体操の塚原夫妻から重量挙の三宅会長まで出てきました。三宅会長は「なんでいまさら」と過去の話にしたがっているのか?それとも過去の話は終わった話と考えていたのか何にせよトボケて責任逃れとも取れる発言が報道されています。
天理教の上層部も中枢部も天理時報、みちのとも等機関紙での真柱の様態など公式発表しないといけない事があるはずなのにトボケているんでしょう。以前の書き込みで、真柱一人を助けられない宗教 の様な内容を見ましたが宗教として致命状態ですよね。教団目線で考えても おさづけを授けるのは真柱 その真柱が頭部の身上(病気)つまり神はもう現体制に授けさせない事をお決めになったということでしょう。真柱身上問題と言うこの件に関しては上層部中枢部以外はもう分かってます。
その当事者の本部上層部中枢部は何を思案するのでしょう。今後が楽しみなところです。
塚原夫妻の職務一時停止措置を発表した具志堅副会長
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6296474
重量挙げパワハラ 三宅会長にあの女性選手も“三くだり半
https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12136-087781/
秀司が母親に会いに来た?そりゃてっきり金の無心でしょ。たぶんあの世でも事業や投資に失敗して、債権者から「母親に尻ぬぐい頼め!」・・・
>東風Z
2018年9月15日 8:32 PM
何故、このような慰問を持つのかといいますと、「1995.4月、八島に対する立退き要求の訴えは東京地裁で却下の判決が下った。本部の控訴は無く結審した。」本部が八島教学が異端であるというのであれば、何故上級審へ控訴しなかったのかという一点につきます。潤沢な資金を持っていた本部であるなら、当然控訴すべきであった。<
理由は明らかです。教会本部は事を荒立てたくなかったからです。事を荒立てれば、教会本部自体が異端であることが社会的に明白になるからです。上級審へ控訴しなかったのは、事を「うやむや」にしてそのままピリオドを打ちたかっただけのことです。しかし、傷口をそのまま放置しておいたので、傷口は益々化膿し教団の致命傷となりました。宗教としての天理教は既に終焉をむかえています。
こかん様もならいと様もたまえ様も天啓者候補であったのでしょうが、その全てを台無しにしてしまった教会本部って、なんなんでしょうね。?
>こかん様もならいと様もたまえ様も天啓者候補であったのでしょうが、その全てを台無しにしてしまった教会本部って、なんなんでしょうね。?
教祖が見込んだ人達が、ことごとく神の社とはなり得なかった、ということは、勿論本部の罪ではあるが、本部に潰されることを見抜けなかった、みき様ひいては天理王命の見込み違い(責任)ではないかと。
つまり、天理王命は完全無欠の神などではなく、中山家の遠いご先祖で、神霊にまで昇った御霊様、というのが、私の認識です。
訂正します。
中山家のご先祖ではなく、みき様の遠いご先祖、長尾市が祭主となった、大和神社(奈良県天理市)の祭神、倭大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)に関係があるかと思います。
みき様の魂が日御子(卑弥呼)として、又、古神道の巫女としての過去生があった事を否定はできませんが、全知全能の神名としての天理王命という名前でしょ。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?page_id=405#comment-93554
ただの父親様、御指名を賜り光栄の至りです。
二年程前の旧HN縁の下での、こちらへのコメントです。
不思議な体験と言えば言える、それともただの思い込みか思い過ごしだったのか。
笑われるかもしれませんが是非御一読ください。
おはようございます。
陽輝朗さん、こんにちは、ちょうど今、某、掲示板で
生まれ変わりと因縁について、論じ合っているところです
天理教から、日神会に切り替えた参加者で、友人になった人が二人いて
私の教祖は、生まれ変わりを、完全否定しているので、その思考の
すり合わせ、飲み込む事に、難儀をしているので、練りあってます (笑)
美輪明宏さんの著書、霊なんて怖くないよ〜 って言うのに
その、天皇の話が出ており、瀬戸内寂聴さんが、天皇の付き人の
生まれ変わりであり
東北のお寺に、住職で入ったのも、天皇に呼ばれた、と言う
逸話が、あります。
陽気朗さんの、お話は、あながち、嘘では無いと思いますよ
古の縁は、存在すると思います。
因縁説は、使い様で、人を支配する道具にもなり得ます
今、起きているのは、魂を向上させるために
起きている事・・でもね別に前世と結びつける必要は無いんです
私は、そう思ってます
今は、今なんだよねって、思ってます
釈迦の教えの輪廻転生は、魂とあの世を否定しています
即日、転生します
キリスト教は、本来、死んだら眠り、最後の審判を経て
地上に復活するんです・・エホバと同じです
そこが、楽園、天国です
ただ、最近のキリスト教は、変わってきてるんでしょうね?
魂が、霊界に行き、また戻って来ると言う説は
神道でも、ありませんしね
先祖供養と言う、概念にも、一致しません。
私の個人的、感想ですけど
天理王の命は、大和地方の豪族、古代人の霊、みき様に血筋あり、
と言う印象がありますし
その陽気朗さんのお話も、気になるのであれば
何か、つながりが、あるとも思いますね。
続き・・私は女房と結婚するまで、天理教には縁が無かったのです
私は、前にも投稿しましたけど、霊友会の支部長の子弟です
10代まで、お経をあげてる子でした
霊友会は、先祖供養の宗教です、だから輪廻転生してしまうと
先祖供養が、必要無くなるので、前世の話は、ありません
私は、そこから、21歳で、いろいろあって、今の信仰に出会い
教祖の著書から、自己浄霊に成功して、会員になり
はや、30年・・なので、前世の因縁とか、輪廻転生とか
まったく関わらない信仰生活を、50年やってるので
私は、生まれ変わりと、前世の因縁は、完全否定派です
ただ、全てを知ってるわけでも、見えるわけでもないので、人の話は
何か、あるかもしれませんねえ〜 って否定はしません、わからないですから
そんな 感じですね (笑)
崩壊 様
ようやく、八島英雄氏著中山みき研究ノート及び天理教青年会編確かな教理理解のために、の2冊を読み終えました。読み終えたといいましても一読しただけで、確かな教理理解のためにのように578ページにも及ぶ中身を80歳の私が完全に理解は出来ていません。
天理教を離れましたが、僧祖父母から両親まで繋いできた信仰とはどのようなものだったのかを知りたくて、少しの本をかじったものです。
何が本当で、何が嘘なのかは十冊程度の関連本を読んだだけでは答えはでてきません。ただ、切っ掛けを得た本は早川和廣氏著天理教・その腐敗と悲劇、という本でした。
大教会長始め教会長の自殺事件、強盗事件、おカネにまつわる数々の事件を知った時、今までの天理教に対する印象が180度かわってしまいました。
その頃の天高同窓生の苦渋に満ちた人生談も拍車を掛けました。そして、この社会学でした。
過去には二度に亘る死の淵に立たされる大病を患いましたが、その時ですら神仏の存在を信じていなかったのですが、僧祖父母の代からの信心を容易に切れなかったのも事実です。
あらゆる宗教用語を駆使してマインドコントロールをする、言ってみれば人の弱みに付け入る実態が宗教であると確信できたことが大きな収穫です。
隠し事をするなと説きながら、真柱氏の病状一つ明らかにできない教団本部なんてうそつきの最たるものでしょう。
>宗教としての天理教は既に終焉をむかえています。<は至言ですね。
此処の所、輪廻転生や因果応報を説く方が多いように感じます。
宗教観や魂の捉え方は人それぞれで、考え方は自由ですし、それを意見交換されることは大いに結構だと思うのですが、それが中山みきさんの教えや天理教の教義解釈に絡んでくるとなると、一言申し上げさせて頂きたいと思います。
この世の中は「ある」か「ない」かのどちらかで成り立っています。
まず、「ある」ものを「ある」、「ない」ものを「ない」と言うのが真になります。
また、「ある」ものを「ない」、「ない」ものを「ある」と言うのが嘘になります。
勿論、時間の経過や何かの出来事によって「あるもの」が「なくなった」り、「ないもの」が「あったり」と変化するのも当然です。
人の心は真実を知った時、スッキリし喜びを感じられます。
真実か嘘か分からないと、モヤモヤし疑念や不安を感じます。
人の心はモヤモヤや疑念を感じているより、スッキリと喜びを感じたいと持っていますので、常に探求心や好奇心をもって世の中の事を考えます。
しかし、世の中にはどうしても「あるかないか判断できない」ことが沢山あります。
目に見えない魂の、しかも生まれ変わりや天界の存在などもその一つでしょう。
なのでモヤモヤや不安を解消するために、神様が、偉いお坊さんが、天才的人物が言った事だ、などと理由を付けて、「一応の納得」をしている人が大多数だと思います。
中山みきさんは「元のいんねん」で、月日親神が10の道具を集めて、それぞれが『互い立て合い助け合い』の精神で人間を産み出したのだから、人間には『互い立て合い助け合い」の精神が宿っている、と教えてくれました。
最初の人間が『互い立て合い助け合い』で産み出されたのだから、その子供達、子孫たちにも同じ『互い立て合い助け合い』の精神が宿っています。
あなたの親(ぜんしょう)もそうですから、あなたにもその精神は宿っています。
その精神を呼び起こし、あなたが『互い立て合い助け合い』の精神で人生を歩めば、末代までシッカリと伝わり治まります。
これが中山みきさんが説いた、人間の「いんねん」です。
みかぐらうたやおふでさきには、生まれ変わっただの霊界だの天上界だのといった記載は有りません。
また、人間を産み出した月日親神にお供えしろとか、産み出した場所(ぢば)を拝めなどとも言ってません。
色々な考えや解釈があると思いますが、ご意見のある方は遠慮なくどうぞ。
ただの父親 様
>私は、生まれ変わりと、前世の因縁は、完全否定派です
>天理王の命は、大和地方の豪族、古代人の霊、みき様に血筋あり、と言う印象があります
失礼ながら、仰っている事に整合性のとれないことが多いように感じるのですが、ご説明頂けると助かります。これまで投稿を読ませて頂いておりますが、モヤモヤが晴れないのです。
こんにちは〜 モヤモヤしてますか〜 (笑)
加藤さん、こんにちは。 生まれ変わりは否定派です
霊体になり、こちらには戻って来ない、という意味ですからね。
肉体人生は、一回だけ、という意味です。
だから、あとは、霊体として、存在し続け、絶対神の元に帰り着くまで
いく層もの、世界を登っていくのですよ
そして、私は、それを、理論理屈で語っているのでは無く
ある程度は、知覚できるのと、上にいらっしゃる、御守護神の霊流を引いて
向上を目指していると言う事を、何度も書かせてもらった訳です。
上に行けば行くほど、謙虚、礼節、敬いであり、愛と慈しみと尊びの塊に
なってくるんです。
体中に存在する、魂は生きながらに、このかい層を上がる事も
地獄に落ちる事も、できます。
だから生きながら、向上を目指して行きましょう
それが、信仰だと、言ってるだけですよ。
天理王の命は、教祖物語の状況なら、最初は高級神霊では無く
なになにの命を名乗る段階は、神道でも、高い神様では無いように
みき様を台にして、守護をしながら、向上された、古代人の霊
の・・・・様に、思えると言う意味です。
私が、天理王への祈りの中で、感じた事でもあります。
加藤さん、この、ただの父親の、荒唐無稽な、基地外話を
留めおいて下さって、ありがとうございます。
天理高校オープンスクール時には、おじばに行きます
別席の義務もありますしね・・
機会がありましたら・・・
神は いると思えばいる。
いないと思えばいない。
願う…以外略
つまり、信じて、思い念じて、御守護を得られた、助けられたと受け取れるなら、それは神の存在だ と。
信じていなかった、思い念じていなかったが、思いがけず良い結果が得られた。これは神ではない。
ということなんですかね?
天理高校時代、テレビで、間一髪助かった方や、奇跡的に一命をとりとめた方のニュースが流れた時、普段は教理も口にしない、お勤めもだるそうにしたり、教義の授業も赤点を取る同級生数人が、『御守護やなぁ』『神さんやなぁ』と言いはじめ、自分はなんだかモヤモヤしました。
信仰していない、天理教の存在や教理を知らない人達からしたら、助かったのは天理教の神さまのおかげだぞ!と言われてみても、ピンと来ない、それどころか、異常な宗教だ、教えだ、おかしな人間だと、思われることになるだろうと考えました。
天理教を信仰している方々も、「今あなたが生きているのは、◯◯教の◯◯様のおかげなんですよ。」と言われたら、どう思いますか?
相手の立場、心情を思うことが、思慮が足りない方々が多いのが現状です。
にをいがけをするとことにより、波風が立ち、諍い、すれ違い、歩み寄りの無いコミュニケーションとなる話をたくさん聞きます。
もっと柔らかく、広い視野と知識、教養を得た方がいいと思います。
まあ、教祖原理主義の方々の思いもわかりますが、何事も度がすぎると良くないです。
ただの父親 様
ご回答ありがとうございます。
前述のように、霊体だの絶対神だのという話は中山みきさんの教えとは全く関係のない話なので、私個人の感想となります事をご承知おきください。
お話を読んでいると、ますますモヤモヤが増えてしまうのですが、
①人間の肉体を離れた「霊体」なるものがどうして存在するのか?
②その「霊体」なるものが人間同様に考えたり感じたりできるなら、肉体の存在とは何なのか?
③絶対神とは誰が作りだしたものなのか?
④上とか下とか地獄とか、差別的な世界を造ったのは誰か?
⑤私には知覚できませんので、普通の人間が知覚する方法や手段などご教授いただけたら幸いです。
何しろ、仰るような霊界だの輪廻転生だのという思想は「差別的要素」が強く、権力者に都合の良い宗教ですから、内容をお聞きするだけでモヤモヤが増えてしまうのです。
ただ、生きながらに「魂の向上を目指して行く」というお考えには同意できます。
人類全体が「一列兄弟」「互い立て合い助け合い」等の中山みきさんの教えを心に修め、それを行動に現し、社会を変革することによって、人類は他の生物より一歩進んだ生き物になる事ができ、皆が喜び溢れた人生を歩めるようになるでしょう。
加藤ハルアキ 様
私も霊界とか輪廻転生は信じません。この地球が生まれてこの方、数知れない命が生まれ亡くなってゆきました。
死とは何なんだろうと考えることがあります。先に書きましたように二度に亘る死の淵に立たされ、全身麻酔を受けました。痛みや意識を一切感じることが出来ない、正に死の世界に居たと思っているのです。ですから、麻酔の中にいた時のことは何一つ思い出すことが出来ません。3時間後のかすかに名前を呼ばれる声が聞こえて目覚めます。
もしも、麻酔が覚めることなく死の世界に直行したと仮定しますと、霊界など何の意味も持たないと思っているのです。
ただ、人は夫々違う経験をされていると考えますので、それらがあると信じる方には存在するのかもしれません。
教祖が仰った教えは、体に備わった機能をいかに如何に上手に使って人間らしく生きるのかという規範を示されたのではないでしょうか。
難しい理論を述べるよりも、先ず、いかに自分に負けない生き方をするのかが問われているのだと思っているのです。そして、この難題にいかに取り組むのか、体が神からの借り物であるならば、いかに大切に使わなければならないかの答えは生きている間の問題だと思うのです。死後のことなど考える必要は微塵も感じていません。
異なる宗教の人が話をするのは難しい。
概念が違うのだから正誤を求めての態度が根底にあると、一方の相手はそれを敏感に察知するからモヤモヤ感が残るのだろう。
父親さんの悩みの根底(ご本人は気が付いていない?)には案外身近な人々とのコミュニケーション不全が有るように思える。
まぁ、人の心の奥底は本人でもわからないのだから私のような他人は想像するだけ。父親さん、失礼の段、お許しください。
加藤さんは誠実に対応されていらっしゃるのでさすがだな、と思いながら、私はどちらかというとスルー。ただ、多くの方が読まれる場なので、私のような感想を持つ方もおられるだろうと思い投稿させて頂いた次第。
わたしなんかは父親さんの話、なるほどなあと思うところもありますよ!
絶対神と実在神の違いがよくわかりませんが?
土地に神名をということで土地についた天理王命ということと 守護をくださる神様の名が同一ということもいまだにわかっていませんが? 土地の神名が守護?
天理王命が宇宙にただ一つの神としたら地球と同じような別の星の人間のようなものも守護しているのかとか わからないことだらけになってしまって その守護をあの一坪のかんろだいのところでしているわけないとかいろいろ思ってしまうのです。
証明できないことを証明するのは無理なのでしょうがないんじゃないでしょうか?
こんにちは。
加藤さん、コメントありがとうございます。
捉えている基礎的な枠組みが違うので、説明すると、長くなります
ここ、社会学では、遠慮したいので、他の掲示板等で、お願いします。
我が子が天理高校に進学したので、教団運営は、人事でも無く
卒業するまでは、天理教に関わる事になるので、いろいろ見てます。
私がここに書いた理由は、1つは、天理王の命 は、実在神であり
だから、哲学的に親神様の意志を論じるより、どうしたら
親神様に通じることができるか? 昔の様に、本席様を、復活させる
方法を考えた方がいいよね? と言う個人的な、意見と
生まれた時から、天理教で、天理教が絶対的に染み付いてる方が
教団運営に不満が有れど、教団に逆らう→神に逆らう
教団を離れる→神から見放される・・と感じているなら
教団運営は、人の問題であり、神の御意志とは離れている
教団から離れる事は自由で、親神様は、怒りはしないだろう
私が個人的に祈る中で、感じた事ですが・・
私の様に、天理教徒でない、人間には、天理王の命 様は
唯一の神では無く、並列に存在する、世界の神の1人であり
主では無い、1神霊と言う思いしか、無いと言う事を
伝えたかったのです。
だから、教団を批判して、良い方向に変えて行くのは、
親神様に逆らう事では、無いし、教団を離れて
どこにいても、本心から祈れば、親神様は、聞いておられるでしょう
と言いたいのです。
どうもすみません、ありがとうございます。
こんにちは。
加藤さん、コメントありがとうございます。
捉えている基礎的な枠組みが違うので、説明すると、長くなります
ここ、社会学では、遠慮したいので、他の掲示板等で、お願いします。
我が子が天理高校に進学したので、教団運営は、人事でも無く
卒業するまでは、天理教に関わる事になるので、いろいろ見てます。
私がここに書いた理由は、1つは、天理王の命 は、実在神であり
だから、哲学的に親神様の意志を論じるより、どうしたら
親神様に通じることができるか? 昔の様に、本席様を、復活させる
方法を考えた方がいいよね? と言う個人的な、意見と
生まれた時から、天理教で、天理教が絶対的に染み付いてる方が
教団運営に不満が有れど、教団に逆らう→神に逆らう
教団を離れる→神から見放される・・と感じているなら
教団運営は、人の問題であり、神の御意志とは離れている
教団から離れる事は自由で、親神様は、怒りはしないだろう
私が個人的に祈る中で、感じた事ですが・・
私の様に、天理教徒でない、人間には、天理王の命 様は
唯一の神では無く、並列に存在する、世界の神の1人であり
主では無い、1神霊と言う思いしか、無いと言う事を
伝えたかったのです。
だから、教団を批判して、良い方向に変えて行くのは、
親神様に逆らう事では、無いし、教団を離れて
どこにいても、本心から祈れば、親神様は、聞いておられるでしょう
と言いたいのです。
どうもすみません、ありがとうございます。
捉えている前提が違うので、本意が通じて無いのですが
誤解は、致し方無いけど簡単に補足しますね
①人間の肉体を離れた「霊体」なるものがどうして存在するのか?
肉体は、殻です。 体を管理するのは脳、脳とつながるのが心、意志体
同時に魂、魂は肉体消滅後、意志体と合体し、霊界で存在する
魂も心も、肉体の中で、育ってる訳です
だから、頭が老化しても、心は、老化しません。
脳の部分は消滅しても、心が私を霊界に引き継ぎます
②その「霊体」なるものが人間同様に考えたり感じたりできるなら、肉体の存在とは何なのか?
殻です、現世は混沌とし、それぞれ波長の違う人も一緒にいられるのです
心はエネルギー体です、肉体の中で守られて、成長します
思う、あなた自身です。
③絶対神とは誰が作りだしたものなのか?
わからないです、私らが聞いてるのは
約2000億年前、大霊界に生まれた、最初のエネルギー体・・
その後、意志でエネルギーを集約して、物質宇宙を
いくつも作り、何度もビックバンを起こし、進化させた
私達のいる宇宙は、4度目のビックバンの後の現在らしいです
他に、物質ではない、エネルギー体の世界もある様です
荒唐無稽な話ですが、9億9千のお話と同じ事でしょう(笑)
④上とか下とか地獄とか、差別的な世界を造ったのは誰か?
差別ではありません、区別です
霊界は、エネルギー体です、肉体が無いので、波長の違う存在は
一緒にいられない
⑤私には知覚できませんので、普通の人間が知覚する方法や手段などご教授いただけたら幸いです。
胸の中心を意識して下さい、嬉しい時、悲しい時に感じる
胸の中心に、心、意志体が、あるんです
ここを意識して、ここで、祈って見て下さい
胸で想う、胸で祈る、胸が神に通じる場所ですから
人間には、悪想念と神の良心と動物の心と3つあります
この混沌とした地上は、エネルギー体、単体よりも早く、
魂と心を磨き成長させる為に作られた訳です
エネルギー体だけだと千年かかる成長時間も
人間だと、1年でも達成できる・・・と言う訳です
ザックリ説明すると、こんな感じです。
こんにちは、コミュニケーション不足ですか?
ありがとうございます、よく考えて見たいと思います。
神に通じる場所は、胸です、想う心は胸にあります。
祈りを胸で行う、想う祈りです。 心のそこから
強く強く、祈って下さい。
頭では、念力が出てしまいます。
そう言う感じですかね・・・・
ただの親父様。
貴方様は霊的な直観の鋭い方なのですね。私はその様な直観が無く、霊は見えず神も五感で(もしくは、第六感で)捉える事ができません。ここにいらっしゃる皆様方の大部分は、そうなのではないのでしょうか。ですから、私は過去の事実や、現在の事実を演繹して皆様と意見を交換いたしております。簡単な事例で申しますと、”神はタイムマシンを持っていないか、持っていたとしても 使う意思がないか能力がないかどちらかだ”と言う命題に対しては、第二次世界大戦や、阪神淡路、東日本大震災を見れば論じることが可能です。神や霊に関しても私は存在すると思っていますが、本質的に証明不可能です。証明不可能な事柄を論じる場合、我々の様な普通の人々に可視化できるように論じる事が必要となります。そして、宗教を論じる場合大前提になるのが、神の超越性を信じている事(もちろん、タイムコントロールの不可能性は、超越性への挑戦ですが)です。なぜなら、神のいない宗教は単なる道徳物語りになるからです。ここにいらっしゃる方々は、天理教の枠組みの中で神にアプローチし、難問を解こうとしています。証明不可能な霊感を持って論じ合うのは、ここでは理解されない行為ではないのでしょうか。ところで私の家内はかなり強い霊感の持ち主です。患者さんのご臨終や、死因を高確率で言い当てたりします。不思議で興味深いのですが、こんな直観はない方がいいといつもぼやいています。
こんばんは。
テキストで書いて、コピーしてるので、最初の投稿は二重になってしまい
申し訳ございません。
T さん、こんばんは。
この物質宇宙に永遠の世界はありません、太陽だって、寿命があります
時間は、止まりません。
地球人類が存在できる時間は、短いんです、前世も何も
絶対神は、大霊界2000億年の長さで、物事を考えておられます
地球には、地球を管理する、神霊が配置されている
神の世界も細分化され、様々な存在がいるんだと、思いますよ。
大霊界は、永遠のエネルギー体の世界です
霊体は、時間を超越して、過去を見れますが、変えられないらしいです
霊体は、未来も見えますが、未来は経過と共に変わるそうです
人の百年の寿命は、そこから始まる、永遠の時間に比べると
一瞬です・・何の為の、100年なのか?
そこに、私の信仰の、本意が、あるんです。
日神会とは、そう言う宗教であり、信仰なのです
天理教も、従来の宗教と変わってますが
日神会の方が、より、キチガイじみてますね・・(笑)
まあ、荒唐無稽だと思えると思えます。
そんな事を言う宗教もあるんだなあ〜 へえ〜 って
思って下されば、私は、それで良いんです。
ただの父親 様
ご丁寧な解説・お答えを有難うございます。
益々モヤモヤが増え、突っ込み所満載のお答えですが、天理教の教義とはかけ離れた部分なので終わりにしておきます。
最後に、これだけ(笑)。
>天理教も、従来の宗教と変わってますが
>日神会の方が、より、キチガイじみてますね・・(笑)
そう感じるのは、ただの父親さんが、オカルト・心霊現象・摩訶不思議大好き人間だからですよ。
天理教の教義解釈には二通りあって、
オカルト不可思議輪廻転生大好きな人達の解釈と、
オカルトを排して理路整然と論理立てて考える人達の解釈です。
そして、これまでただの父親さんが話し理解し受け止めているのは、「オカルト大好き派」の人達の解釈する「天理教」です。オカルト排斥派からすれば、全く意味のない解釈です。
そして、本部から発信されている情報は「どちらとも受け止められるし、どちらにも解釈できる」事ばかりで、どちらか断定的な事は言っていないのです。
だから、教内で解釈がまとまらず、信者同士でも考え方や信仰の仕方が異なるのですけど。
ちなみに私は、オカルト否定派です。
オカルトと言っちゃうと異様で異質な世界を思い浮かべますね。
でも自分のここまでの道中を顧みると目には見えない人智を超えた存在が何かしらの作業をして、ここまで導いてくれた、運んでくれたようにしか思えないのです。
その代わり私自身も天や神から課せられた務めをこなしたと自負しております。
それをこなし終えるまでの支えがこの教団の教えだったと思います。
「節から芽が出る」「八方塞がりでも天は開いてる」
その他にも世間で言う「待てば海路の日和あり」「人間万事塞翁が馬」などの言葉を自分に言い聞かせて参りました。
例えるなら、喉を渇かせ砂漠を彷徨えば思いがけない所にオアシスを見つけたり、川に行く手を阻まれ対岸に渡れず難儀してれば突然小舟が流れて来たり。
幾度かこのような経験をして生き延びて来た身にございます。
人間の力では及ばない領域の「運」と「縁」、それらのものを神が用意してくれて、そこまでの道順を途中間違えたりしたら何かで気づかせ修正させ、時には回り道をさせ必要なものを取り入れさせて糧にさせ、ここまで導いていただけたと信じている次第です。
おはようございます。
オカルトにしか、見えないのは、致し方ありません。
加藤さんは、理屈に縛られて、返って真実が見えないのです。
あえて、極端な部分を見せて、天理教の教義に縛られた思考を
揺さぶって見ようと、意図して、書かせていただきました。
神様は、理論整然と世界を運営されております。
だから、過去を変える様な事はなく、寸分の狂いもなく
物質宇宙も、外側の大霊界も、運営されています。
ですが、私は霊が見えた、聞こえた、と言うレベルに興味は、ありません。
神は寸分の狂いもなく、厳然と法則に乗っ取って運営されています
ただ、我々は、かなり自由に、作られており、選択の自由があり
未来は絶えず、変わっているんです
神は、我々に、自由を与えて、我々を育てているんです
この、神の意図を理解するには、人間の脳みその思考では
限界があるんです。
だから、胸で、想い、思考し、神に祈るんです
それが、できると、世界が広がります。
神の意図は、頭では、理解しきれません
胸の想い、心でのみ、神の意図が、判るんです!
心の存在が意識できなければ、神の悟りは得られません。
心こそ、神に通じる場所だからです。
本当に伝えたいのは、その事ですよ。
神に書かれた文章を読んでも、悟りは、得られませんよ。
神の意図は、神に教えてもらうしか、無いんです。
そして、神に通じるのは、心だけです
神に通じる祈りを行うには、心で祈るしか無いんです。
本を読んで、考えていても、得られるものでは、無いんです。
私は、普段、2000億年の話など、しません。
謙虚、礼節、敬いの心を、磨き
愛と慈しみと尊びの、心を、自分に育てているだけです。
そう言う事しか、口にはしません。
人をみるのも、心で見ます。
その人の心が、どの程度、世界を見ているか?
一目で、判ります、それが、心眼です。
もう一度、言います。
神の意図、悟りは心でしか、判りません。
本来、天理教も、時代と共に進化し
21世紀は、天理王の命 に直接導いてもらえる様な
そう言う信仰になる、ポテンシャルはあると思うんです
毎日の、お勤め、心で祈ったら、何か、感じないかなあ?
そう、思ってるんですが・・・・(笑)
ここまで、書かせていただき、ありがとうございます。
感謝いたします。
>ただの父親
2018年9月19日 5:36 AM
本来、天理教も、時代と共に進化し
21世紀は、天理王の命 に直接導いてもらえる様な
そう言う信仰になる、ポテンシャルはあると思うんです
毎日の、お勤め、心で祈ったら、何か、感じないかなあ?
そう、思ってるんですが・・・・(笑)<
私は、「天理教は宗教ではない」という私個人の考えから投稿させていただきます。そもそも、仮に宗教であったとしても、宗教とは「宇宙の真理」「人類その他生物」の真理を追求し、人間はいかにあるべきか、また、人間の生き方ということを追求し、解明するために「万物の霊長」とも呼ばれる人間の素朴な疑問から生まれたものであると考えています。天理教の教理では、人体は神からの「かしもの」であり人間にとっては「かりもの」であると教えられていますが、近年になって、IPS細胞の発見と医療への応用技術の研究開発が格段に進み、「かりもの」である人体の臓器の複製や移植も夢ではない時代となっています。「天理教が時代と共に進化する」というよりも、近い将来、「天理教の教理が、その時々の現状と矛盾する」時代がやってくるのではないかと考えています。
毎日、朝夕の「おつとめ」にしろ、私の知っている某末端分教会では、毎朝、「おつとめ」に参拝に来られるのは、隣近所の有閑な御高齢の女性ばかりで、「おつとめ」の前後にされるのは「信仰の話」ではなく、
孫やひ孫の自慢話、その他、「隣近所のうわさ話」をひとしきりされ、ご自分の話したい「どうでもよいこと」を話し終えれば、満足してお帰りになられます。「おつとめ」の場が、隣近所の有閑「おばあちゃん達」の井戸端会議の場と化し、「おつとめ」自体は、意味の無い毎日のルーティーンと化しています。そうした井戸端会議と化した末端教会は少なからずあると思います。
天理教はと言うより、中山血統体制派終わりですね。信者目線信用できませんしね。このまま衰退するか、中山血統体制が逃げ出すかでしょうね。
>隣近所の有閑な御高齢の女性ばかりで、「おつとめ」の前後にされるのは「信仰の話」ではなく、 孫やひ孫の自慢話、その他、「隣近所のうわさ話」をひとしきりされ、ご自分の話したい「どうでもよいこと」を話し終えれば、満足してお帰りになられます
新興宗教の使い方としては正しいでしょう。所詮は新興宗教なんて主婦の暇つぶしですので。今は有職主婦も増え、こういった光景はみられなくなりました。
>中山血統体制が逃げ出すかでしょうね
これは絶対にありません。営利法人中山商店なのですから。このまま衰退していくだけです。世間からは衰退期のカルトと笑われながら。
おはようございます。
オカルト? オカルトって言うと、怖い怖いって、話ですね・・(笑)
私は、霊が見えた、聞こえた、と言う段階なら、オカルトかもしれないと
思いました。
人間、原子、電磁波、今、確認できる存在
最初の段階の見える霊、幽体は、幽子でも、素粒子より小さい
次の段階の、霊、霊子は、さらに小さい、霊の次を仮に仏、仏子、さらに小さい
神は、さらに、小さい構成粒子、神子、とでも言いましょうか?
絶対神は、一番小さな粒子で、一番エネルギーポテンシャルの多い粒子で
構成された存在だと、思って下さい。
人の、想いも、エネルギー・・実は、この素粒子より細かい、粒子の存在
心、心は、肉体と同時に存在する、この細かなエネルギー粒子で
構成された、存在であり、魂の存在も、それと同じです
だから、光子より、小さい存在なので、機械では測定できません。
人間の心、エネルギー体の部分でのみ、感知できるんです
そう言うイメージを持って下さい。
この、心と魂は、体中で、幽子から、神子まで、進化させる事ができます。
高い、神は、細かな粒子のエネルギー体です
神と交流するには、自分も、そこまで、エネルギー体を、上げなければ、ならない
肉体と言う殻には、本来、エネルギー体同士なら、交流不能な
粒子の違いを超えて、交流できる、機能が備わっています
だから、人間は、自分の意思により、心の持ち様で、神と交流でき
高次元のエネルギー体の世界も、(見る)事が、可能なんですよ。
科学なのですよ、人間が、まだ、測定不能な科学の存在なのです。
理論理屈だけで、考えると、なぜ?、なぜ?、なぜ?
ツッコミばかり、生まれるでしょうけども、
素直な、心で、祈り求めると、自分の心の波長
粒子の存在が、一時的に細く、高くなるんでしょうね?
仕組みは、判りませんが、そう言う風に、捉えて欲しいんです。
オカルトではない、科学の延長です。
私は、そう想う。 この話は、会の正式な説明ではありません。
私が、個人的な、祈りの中で、会の説明以上に
感知し、御守護神に、導いてもらった、世界観です
こう言うと、オカルトに聞こえる?
紙一重かなあ? (笑)
人間の、心が繰り出す、想いは、いろいろな構成の粒子で
波長を持っているようです
だから、人の想いは、人に、このエネルギー体の波として
伝わるとも言います。
憎しみも、波動の違うエネルギー
脳みそが繰り出す、念力もエネルギー、これは粒子が
荒く、念写の様に、物質に近いようです。
エネルギー体が、どうして、意志を持つのか?
判らないです、説明もできない・・
でも、このエネルギー体の存在を意識すると、神と言う存在が
判って来るかと思います。
肉体には、そう言う機能が備わっているようです
そう言う感じでしょうか?
ツッコミどころ満載でしょうが? 一度、想いを馳せて
想像してみて下さいな。
書かせて頂いて、ありがとうございます、感謝いたします。
高次元の粒子、高い波動を、人間の感覚で捉えると
謙虚、礼節、敬い、であり、愛と慈しみと、尊びに
なるようです・・・荒唐無稽な、話ですが、そう言う感じです
愛の想いも、エネルギー体の波動、波でしょうか?
だから、愛に溢れる人からは、暖かい、愛のエネルギーが
細かな粒子のエネルギーとして、放射されてるんです
だから、そう言う人って、そう言う雰囲気を感じるんです
もちろん、感じるのは、心ですよね
憎しみも、エネルギー、怒りもエネルギー
波長と構成粒子が、違うのです
エネルギー体だけだと、これが違うと、交流不能な様です
人間の肉体は、違いを緩和して、交流できる機能が備わっているようです。
そんな感じでしょうか?
そう言う風にイメージして欲しいです。
我々人間は、生きながらに、この、心を
より細く、高い波長の存在まで、向上させて
肉体消滅後は、神子の存在、神となっていった方が良い
これが、霊界の存在であり、向上の意味の
少しは科学にのっとった、説明になりましょうか?
神とか霊は、オカルトではなく、科学の延長線上にあるんです (笑)
加藤さん、そう思って下さいな。
神とは、火・水・風とは言い得て妙です。
人体は、火という体温絶妙の37℃。水とは、血液リンパ液を含む体液、風とは、呼吸。
呼吸が乱れると無無呼吸症候群が待っている。体温が上がっても下がってもシンドイ。水分が不足すれば熱中症が待っている。
このバランスを保つためには、欲求をコントロールすることが大切。酒が飲みたい、うまいものを腹いっぱい食べたい。あれも遣りたい。これもこれも遣りたい。すべて欲求です。ヨガをして呼吸を整える。これは宗教ではない。
80歳の今、歯は27本。体重は57㎏、体脂肪14%。BMI19.血圧は収縮期95前後、拡張期65前後。服用薬は一切なし。骨年齢35歳。ただ、爪水虫薬を使っている。
今の心境は眠るがごとく死を迎えられればいい。それだけです。
宗教無き科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目である 。
by アインシュタイン
>中山血統体制が逃げ出すかでしょうね
これは絶対にありません。営利法人中山商店なのですから。このまま衰退していくだけです。世間からは衰退期のカルトと笑われながら。
天理教は何度も言われていますが、ブラック企業である。世間のブラック企業は社員の流動が激しいので、常に新人募集している。それと同じく、天理教も信者が減らないよう、上からは常に、においがけ、布教デーなどと、信者獲得を叱咤されている。
教団の意図など、とうに見抜いて、布教にいささかも熱意を感じない信者さんもいる一方、教団の悪評などは自分には関係ないこと、自分は自分。 自分はひたすら神の御心に沿って、親神、おやさまの教えを広めたいと、真剣に布教しておられる会長さん、布教師さんも少なくないだろう。だから、天理教も勢いは衰えたとはいえ、潰れるところまでは行かず、縮小しつつも続いていくのだろう。私らから見たら、上に利用されているとしか思えないのだが、彼らにとっては、そういうことに心を煩わすのは、誇りを積むことなのだろう。
故に、会長さん達や布教師に導かれ、教団に足を踏み入れてしまった人達が、いつか迷い、天理教に疑問を持ち、そして、目にする機会があった時に、今後の指針となる為に、この社会学さんのブログや、告発も含め、次々と投稿される意見は、非常に意義深いものであると思う。
>匿名
2018年9月20日 9:09 AM
宗教無き科学は欠陥であり、科学無き宗教は盲目である 。
by アインシュタイン<
宗教は科学的根拠を基礎として成立し、科学的根拠を基礎として人類を真理に目覚めさせる。
by 崩壊
初代真柱 首腐る
二代真柱 女癖悪く婚外子多数(教内特に本部在籍に多い)
三代真柱 歌しか歌わなかったおじいちゃん
四代真柱 頭の病気で復帰不可能の模様
時期真柱 SNS中毒
注意!意見修正求む
>>匿名 2018年9月20日 11:48 AM
>>天理教は何度も言われていますが、ブラック企業である。
天理教の末端教会長(お道専従)よりブラック企業勤務のほうがはるかにまし。
ブラック企業も勤務はしんどいかもしれないが
少なからず給料も貰えるし、退社するまではそれなりに経験値も積め、仕事のスキルも研鑽されるだろう。
天理教の末端教会長は、給料は1円たりとも貰えない。
福利厚生なんていっさいない。
一方的にお供えはじめ、さまざまな会費を徴収される。
老後はすべて自己責任であり天理教本部はなにもしてくれない。
(もちろんうちの場合大教会も何もしてくれない。)
生活の窮状を訴えれば
「お前ら末端教会の生活が苦しいのはおまえらがおたすけやにおいがけをせーへんからや。」
と、仕事もせずにお供えで贅沢している大教会長や上級の教会長達は当たり前のように言い捨てる。
「一方的に金銭を徴取し身分を永続的に固定する差別的な組織」など、この現代日本においてどにあるのだろう?
これのどこが「世界ろくぢ」なんだろう?
要するにやつら本部員、大教会長、上級会長達の本音は、
「お前ら世間で働くなんてあかんぞ。そんな時間があったらもっと金集めて来いや。人集めて来いや。文句言わずにもっとひのきしんせーよ。」ってことだ。
それで集められたお金を「お供えされた金は何に使ってもええねん。」と平気で言い切る。
世間で騒がれているパワハラなんて甘い甘い。「あまーーーーい!!」
天理教の末端教会長はいわば 『奴隷』 のようなものなのだ。
あーあ、 もうちょっとだけ濃い味のポテトチップが食べたいなあ……..。
「パトラッシュ、疲れたろう。
僕も疲れたんだ……..。
なんだか、
とても 眠 い ん だ…….。」
おはようございます。
私の友人であり、所属先の教会長は、6人の子供を育てており
全員、天理教高校学園に出し、専修科、天理大学に行かせ
おじばで、一定期間、お礼奉公させて、終わると自教会に
帰らせて、就職するか?って、やってます
長男だけには、継いでくれる様に、言っていると・・
お供えは、出せる分しか出さない、と言うか、出せない
自分が生きる分のお金は、確保している、と言いますので
そういうのも、系統によるんでしょうかね?
よく、道を通るとか、なって来るとか、天理教用語を用いて
いろいろ言いますが、頭の体操見たいな、話に聞こえます。
東風Z さん、80歳で、いろいろお書きになっているなら
自身の、心と頭の関係、意識できませんかね?
私は、40代まで、心と頭を、別けるより、やはり、頭中心で
いろいろ考えておりました。
私の教祖は、50代からは、いよいよ、頭の役割は終わり
心が、前に出て、中心になる、魂の親様への体の制限が減り
だんだん自由になる、また、そうならないと、行けない、と言います
心のエネルギー体が、私の中心になる
若い時は、よく判りませんでした・・
今、50代になって、あ! こう言う事か!
心で想う自分、と言う物が意識できて来ました。
その分、理屈には弱くなったし、記憶も悪くなった 頭は、老化を始めたようです・・
でも、心は、ハッキリとして来ました。 人の話も、心で、パッと掴む感じなのです。
それで、考えも、心にパッと出てくるんですよね・・
祈りも変わりました、より強く、心で、いのれているんです。
より強く、守護神の霊流を、感じております。
若くて、頭脳明晰な、天理教者の繰り出す、お話も、判りますけど
若くて、頭脳明晰なほど、祈りも、頭中心になります。
私の話は、頭脳明晰な人ほど、理解しにくいとも思います
50代を過ぎた人ほど、老化が進んでしまう頭より、自身の胸の中心
心、想念、想う自分と言うものを、意識されて見ては、如何でしょうか?
匿名
2018年9月20日 10:52 PM 様
全くその通りです。上級教会は大教会からせっつかれて各種会合を設定する。
当方、行きたくもないのに勝手に会合設けて、各教会の参加お供え3000円。旅費もタダではない。
いい加減にして欲しい。こちらも働かなくては食べて行けないんですけど。つまらん行事に浪費している時間の余裕もお金の余裕も有りません。
参加お供えって何ですか?強制的に金額決めておかしいでしょ。お供えは、するもしないも自由でしょ。食事費用なら食費として金額明示してくれれば、食い逃げはしませんから。うやむやのお金を盗るのはやめてくだい。
ただの父親さん、宗教の枠組みの違いを超えて共感を求めていらっしゃるのでしょうか?
ご自分のホームページで意見を開陳なさってはいかがでしょう。
ホームページよりも社会学の場での方が、より多くの人々に読まれることは確かですが。
この場で日神会の教えとご自身の考えを宣伝されても、読まされる私は辟易します。
日神会は天理教批判派の受け皿選択支とはなり得ないと感じています。
神は幾つも有るという概念は昔からありますが、私は神様に段階が在ったりというような人間的な概念は受け入れがたいと思うからです。
>匿名
2018年9月21日 3:26 PM
ただの父親さん、宗教の枠組みの違いを超えて共感を求めていらっしゃるのでしょうか?
ご自分のホームページで意見を開陳なさってはいかがでしょう。
ホームページよりも社会学の場での方が、より多くの人々に読まれることは確かですが。
この場で日神会の教えとご自身の考えを宣伝されても、読まされる私は辟易します。<
匿名様のみならず、この掲示板を真剣に読み投稿している全ての方々が辟易されているのではないでしょうか? 匿名様がおっしゃるように、ご自分のホームページなり掲示板を開設され、不特定多数の読者とネット上で議論されたらいかがでしょうか? 大変、失礼ですが、父親様の投稿を読んでいると、かつて存在した「天理教のお供えについて」という掲示板が、何者かの度重なる投稿に荒らされ、閉鎖された苦いくやしい思い出がよみがえってきます。あなたに対して私が投稿を控えてくださいと言う権利など全く無いことは重々承知しています。
ただの父親 様
私は、何事も大上段に構えることはしませんが、やる以上は慎重を期しています。人助けも同様です。
それ以前に、この年齢になって自分の足で歩き、自分の口で何でもおいしく食べることが出来、排泄も出来ます。健康保険もほとんど使いません。
当たり前のように思われるかもしれませんが、老人ホームを訪ねてみてください。これらの機能を失った方々、若くして認知症を発症された方が如何に多いことかが分かります。畳一枚が我が世界と言われる所以です。
私の住む町は目の不自由な方が多いのです。時に、この方たちに声掛けをするくらいしか人助けはできません。
何故、目の不自由な方に声掛けをするかといいますと、母が全盲に近く多くの人に助けて頂いた経験から、少しでも目の不自由な方の一助になればとの思いからです。
天理教は人助けを標榜しますが、人助けなんてこんなに責任が重い行いは無いと思っているのです。余程の性根を入れてかからなければならない重責を負っていると思っているのです。だからこそ、目の不自由な方を案内するにも基本を習い細心の注意力を持って取り組んでいるのです。仮にも私の瑕疵により当該者に万が一のことでも起きれば取り返しがつきませんから。その意味でも自身の行動以上に注意力を払って取り組んであるのです。
自分に負けない克己心を養うのに宗教は必要ありません。自分自身が自由に動けるためのエネルギーは如何ほどかを知ればいいのです。それ以上のものは必要が無いと思っているのです。
>東風Z さん、80歳で、いろいろお書きになっているなら
自身の、心と頭の関係、意識できませんかね?< これ以上何を求めておられるのか分かりません。私は頭が悪くて、仰っている意味が分かりませんのでスルーさせて頂きます。悪しからずご了承ください。
ちょっとこの場をお借りします。
「みちのとも10月号」に離脱教会の告知が出たというお話を聞きました。
不肖ながら、私は現在「ひながたの会」の世話係をさせて頂いております。
「ひながたの会」は、単立宗教法人(包括・被包括関係のない宗教法人、離脱教会)の情報交換の場です。
もし、今回の離脱教会の関係者の方がこの掲示板を読んでいらっしゃったら、是非とも「ひながたの会」に参加されませんか?
離脱された原因や理由は色々あるかと思いますし、今後どうされるおつもりかは分かりませんが、信仰を続けるにしろ、たとえ教会を解散整理する方向にしろ、情報交換と相互協力の場として「ひながたの会」をご利用いただければと思います。
よろしければこちらをご覧ください。
http://mikagurauta.grupo.jp/
また、疑問やお問い合わせなどございましたら、上記HPの「お問い合わせ」からメールを下さい。
宜しくお願いします。
他の皆様には、私的な事に掲示板を利用しているようでお詫び申し上げます。
失礼しました。
>その後のちくわさんのツイッター(ブログ)
ツイッターで、「中○大亮氏にブロックされた!」との投稿が相次いでいます。
その多くは、彼やその周りに対しての批判ですから、耳の痛い話なんでしょう。
『そうか、そうか』と思い、私も投稿しました。
「お偉い方からの押し付けは、読む気が起こらないから、フェイスブックの友達申請もしていません。
現在の立場のまま、友達関係は無理な話で、一方通行の関係ならば、時報やあらきとうりょうで事足ります。」
その後も緩やかな投稿の方からも「ブロックされた!」との投稿が相次ぎ、なんやら、「安政の大獄」のような、思想犯狩りを感じました。
で、今日、「中山○亮」と検索しましたら、名前が出て来ませんでした。
つまり、私もブロックされてると言うことですね♫
一層のこと、SNSだけでなく、リアルな世界でもブロックしてくれたら良いのにと思います。
ブロックされてる方の主催行事に参加すると迷惑がかかりますから、なるべく参加しないよう、行動には注意したいと思います。
SNSには副作用もありますので、ブロックも必要ですが、公の立場として投稿するのであれば、それなりの覚悟を持ってもらいたいものです。
ブロックをすると、仲間内では平和でよろしいが、「器の小さな男」というレッテルを貼られ、「一列皆兄弟という教えは蚊帳の外」になってしまってる感があります。
無理して参加せず、SNSを止めるという選択もあるわけですけどね。
こんにちは。 これを最後にしますね
ありがとうございました。
共感できる人がいたら、幸いです
私は、世界観の一つを、提示しております。
読んで、しんどいなら、自身の信仰心の問題でも、あるかと思います。
教団批判のオンパレードが、お望みなら、どうぞ〜
神の話が、出てきませんので、残念に思っておりました。
自分の信仰心が揺るぎない物なら、へえ〜
そういう世界観もあるんですね?位のものでしょう。
絶対神、2000億年前に、出現して、物質宇宙の外側、大霊界の中心に存在し、
それから、いくつもの物質宇宙を作り、何度もビックバンを起こし、自分の命を
分け与えた、エネルギー生命体を育て、大霊界に、エネルギー生命体の世界を
作り出している存在、絶対神・・造物主
そんな絶対神の大きさは、人間の感覚から見たら、銀河系一つくらいは
あるとか? ・・・・
人に直接、関わってくる様な存在では、無いと言えます。
ただ、世界は、それら、過去からの、エネルギー生命体も、存在して
多く、関与しており、それらの中には、人間が、主! 絶対神!
そう考える存在も、地球には、多く、いると言う事です
ここに、天理王の命の様な、存在が、あるんです
それだけではなく、先祖霊他も、いろんな段階のエネルギー生命体として
我々に関わっていると言う訳だと思います。
我々は、神のエネルギー生命体の萌芽を、いただいております。
それと、自由意志です。 神も関与できない、自由意志です。
私が、どうなって行くのかは、私が決めている?
そう、私の中心、エネルギー体の心が、何を想うかで
私から、そのエネルギーが放射され、それに呼応する他の生命体が、
関与してくるのだと、思います。
1人の神が、人類の、人の人生の流れを司ると言う考えは、判りますけど
実際は、その様な1人の神は、存在せず
自分の、想い、出すエネルギーに応じて、いろんな神や霊が関与して
カチャカチャと人生の歯車が、切り替わって行く様に思えます。
なってくるのが、天の理、それは、私の心がどうあって、何を想うかで
私の、天の理と言うものも、決まって来ると、私は、思ってます。
毒を吐いていれば、心が毒の波動を出します、そうなると
神は離れて、魔が寄って来ます。それで、ガチャガチャと
理が変わる・・・
因縁も、心が何を想うかで、引き寄せるものが変わる?
心で、何を想うかで、心のエネルギー体の姿が決まって来るはずです
それにより、自分が出すエネルギーが変わり、周りも替わり
未来は変わって来る・・・・
それを、良い方に、導くのが、信仰じゃあ、無いでしょうか?
胸の中心にある、心、エネルギー体の存在抜きに
神の事を、論じ合っても、意味が無いと思っていますし
あなたが想う、あなた自身が、全て、あなたを形作っている!
自分の教団の宣伝など、関係もなく、
人としての有り様の一つとして、書かせていただきました。
ありがとうございます、私は、ここまでに致します。
皆さま、機会があれば、おじばで、すれ違っておりましょう (笑)
ただの父親様、ではこれにて。
もう天理教関係の掲示板でお会いすることはないでしょうが、あなた様から御案内された掲示板で、また新たな勉強をさせていただいております。
頃合いを見て、あちらの掲示板にも投稿させていただきたいと希望しておりますので、その節にはまたよろしくお願いいたします。
陽輝郎さんこんばんは、釘刺さないで〜
息子の天理高校のいろんなネタがあるんです (笑)
お供え掲示板とか、再開したら、息子が在学中は
気になった、天理高校ネタは、書くかも・・・
ここは、迷惑かけた様ですから、もう終わります。
件の掲示板は、管理者も、天理教出身の神霊能力者なので
全然オッケーです、神について、練り 愛 ましょう (笑)
気にくわないやつはブロックなんて本当に器の小さな男だな大亮は。清濁併せ呑む度量もないのは組織のトップとして致命的な欠陥だ。
立正佼成会の庭野開祖は、組織の一部によるクーデター計画が発覚したあとも、そのグループをそのままスタッフとして雇い続け給与を払っていた。なぜなら自分に批判的な意見もまた組織には必要という判断からだ。
>中山大亮さん大量粛清(ブロック)
震え上がるよね。
これが次のトップかよと。
批判リプもたんのうせい。
スルーするだけの懐の深さを見せんかい。
>「借金してでもお供えしろ!」
これはもう狂信としか言えません。
もし、仮にウチで教会長やそれ同等の立場の者がこの様な行為をした場合、恐喝と見なされます。
>100年祭の頃、そんな教会(借金してお供えする教会)は多かったです。
「借金してお供えして、ご守護があった」という講話も沢山ありました。
それが天理教の美徳のような話でした。
>現役の教会長や信者をブロックするとは、どう考えてもまともな指導者とは言えません。
投稿内容を吟味する知恵がないのか、運動部のノリで目下は絶対服従が当然だと思っているのか、意味不明です。
このまま取り巻きに煽てられ自省できないなら、教団全体がオウムや独裁国家化します。
>堪能の心が大切ですね。この先どんなことをお見せ頂くことになるのでしょうか?後継者さんからは地震に伴う災害のお見舞いの言葉を聞きたかったです。思いやる言葉なども。何かできることがあればお手伝いさせて下さい!とか。ご祝儀は要求し、安易にブロックする排他的行動で世界救けができるのか!
>天理教内において、私的な中山○亮などあるのか?
一度じっくり思案し、自分はSNSには向かないと知るべきです。
このままでは、リアルに評判落とします。
婚礼のお祝いセレモニーで呆れ果てたことをまた思い出しました。
あーーー大亮ちゃま 社会学のコメント陣で心配されてた通りにまた成りましたね(笑)消したり遮断するとインターネットではその情報はより拡散されてしまうんですよねー!彼は求心力の為にツイッターをはじめたならブロックや削除はやらないほうが良かったですねー。先日呼んだ 百田尚樹さんや右派言論人でも反論者をむやみやたらにブロックや削除はしません。議論の相手として話し合います。ツイッターはブロックしても別アカウントなら見れますし、反論や誹謗中傷が嫌ならカギ付きアカウントですれば良かったのにー
大亮ちゃまは新聞に載るほど公人なので一般人のようにプライバシーは求められない事を考えてから自身のアカウントをやるべきでしたね。
ツイッターで何を拡散したかったのか?自身の無知さ?無能さ?社会やインターネットでの常識の無さ?ネットだからと言う時代はもう終わっているのにネットだから良いとは限らないわけですよね。日本大学アメフト問題 相撲 柔道 ボクシング 体操 各所 旧態依然の組織がドンドン潰されていく中何を勉強しツイッターを使ってのでしょう?後継者候補と言う事でしょうが真柱に成る前にそのような素行の悪さ 無知で無能さが信者層分って良かったのでしょう。それでも大亮ちゃまを真柱にしたらその側近や中山派に大いに問題がある事が皆さんにもお分かりいただけるように成り周知されるいい機会に成るのでしょう。
ツイッターやSNSで暇潰ししてないで、真柱の様態をツイッターでつぶやけば良いのにちゃんと仕事してくれませんか?(笑) お前らだけの真柱じゃなく教団全体の真柱ですからね。
善亮大亮「真柱は勝手に病んでろや!(笑)」
と善亮くんからして実の兄 大亮ちゃまから見て実の叔父で義理の父親を目の上のタンコブが居なくなってセイセイしてるようにしか見えません。教会行っても教区でも陰でそうとしか聞きません誠に残念です。神も残念 は次はどこに見せられるのでしょう。神様の思し召しを待つことにします。
>教人講習を終え
大教会に行くと役員から
「会長は芯であるから、会長が手振りを間違えたら同じように間違えるように。それが親を立てるということ」と言われたが
未だに
それを実行したことはない。
私は素直になれない
親不孝者なのかも知れない(^ワ^=)
>私の関係では教会の月次祭の前後の夜は部内で酒盛りと賭け麻雀。
本部の月次祭前後の夜も酒盛り。
これで上級の搾取に苦しむ貧乏部内……とはとても縁遠い気がします。
これが、ごく一部ならまだしも。
私が詰所に行くと、そこら中で酒盛りしてます。
その中心が道専務です。
>ちょっと
特殊なお助けをした時のこと。
専門家と道の人の
両面から意見を聞きたくて
ある有名な先生に電話をした。
多分、知らない人はいない。
(わかっても名前を出さないで下さい)
私は「私は〇〇大教会部属〇〇分教会所属の〇〇と申します。
誠に恐縮ではございますが、只今〇〇のお助けをしておりまして、私には知識がないのでご教示願いたく電話をさせて頂きました」
と言うと……
「あんたさぁ、うちの所属じゃないんだから、教会じゃなくて事務所に電話しなさいよ。有料で受け付けてやるから」
と言われて切られた。
私も非常識だったかも知れないが
彼の対応も悲しいものです。
>実家が他系統の名ばかりの布教所です。主人はまだ後継者なので夫婦とも仕事をしていますが、実家も生活が厳しいので仕送りをしています。するとそれを知った上級から、他系統にお供えを送るとは理が違う。と言われてしまいました。お供えではなく仕送りなんですが、理が違うという意味が解りません。
>系統が違う、という名目にかこつけて、お供えを全部自分のところに上げろ、という上級のイヤらしい意図が見え見え。「理が違う」などという言葉は、上の理不尽を通すために作られた教団用語。
嫁が実家に仕送りするのに文句つけるのは、嫁は婚家先の物と思っているからだろう。ケチくさいことだ。
こんばんは。
異端とも言える、天理教を超えた、神の世界に、辟易するのに
教団批判は、心にしっくりと、くるんですか?
辟易するのは、生まれた時から、天理教しか、知らないからでしょう?
あなたの心が想う事が、あなたの姿を形作り、あなたの理を決めて行きます
教団の姿を、変えましょう、 どんどん反乱起こして変えましょう
天理王の命も、今や、大霊界の大神霊の一人ですよ、あなたの心を、見ておられますよ
今や、誰でも、天啓者になれそうです、降臨してくれそうです
心を定めて、行きましょう!
ありがとうございました、さようなら。
2018年9月22日 7:48 PMさんの投稿をみて上級教会の金クレクレはすさまじいとあきれました。親が困っていたなら育ててもらった恩もあるのだから・・・と思いますが。きっと親が入院したら「見舞いに行く暇があるなら教会に来るべき」と言い出すでしょうね。
>天理教を本当に変えたいと思っている人で何か行動できればとつくづく思う。
天の理は本当に素晴らしいのに。
世間で仕事をしていてもこの教えに沿えば間違いないと確信している。
>教団は組織 それを変えるには、権限を握る中心の者が真っ当な内容に変えれるか!中心の者達が代わるか!一旦組織が 消滅するかの三択でしょうが 精神が依存するイメージが芯となるだけに 難しいと思いますが 変えたいグループで 神言と教義とシステムと現実と矛盾の比較データで陳情詰め寄るかと
>実態把握は必要ですね。
個人で動いても、結局は組織がでかすぎて、返り討ちに遭うだけ、ブロックされるだけ。系統関係なくチームで行動しないといけないですね。
>改革タグは、まずはみんなで声をあげようという所から始まりました。
声をあげる方はそれなりに増えたと思います。
今は、実動できる方が加わるのを心待ちにしている状態です。
>このままではダメだという考えを持つ方、声をあげる方がどんどん増えて欲しいですね。
天理は本当に素晴らしい教えです。天理は変わりません。
天理教は変わらないといけません。
天高同窓生から電話があり、本部は近々重大発表をするとか。
秋季大祭を目前にして切羽詰まってきたのでしょうか。真柱職の交代か?それとも現真柱の病状の発表か?
いずれにしても立教の記念大祭を前に何のコメントも出来ないようでは終わりですからね。
天高同窓生も大なり小なり現行天理教に嫌気がさして来ているのは事実です。いや、もう、諦めてしまっている者も居るんです。
どちらにしてもご苦労なこってす。このようなことでストレスを感じるなんてばかばかしい限りですが、かく言う私も、この場をお借りしてストレスを発散しているのかもしれませんが。
昨日も、小学校の同窓生とチェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団の演奏会を聞きに行き夕食会を開いて一日を過ごしました。言えることは、変な宗教に拘っているよりも、心身ともに健康でわが道を行く方がはるかに楽しいですよ。
>昨日も、小学校の同窓生とチェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団の演奏会を聞きに行き夕食会を開いて一日を過ごしました。言えることは、変な宗教に拘っているよりも、心身ともに健康でわが道を行く方がはるかに楽しいですよ。<
全くの同感です。
当方もお供え一切やめてそのお金でコンサートや旅行に行き、命のながらえるのを実感しています。お供えしていた時は、してもしても目に見えない脅迫観念が背後にあって「これで良し」と言う満足感は遂に有りませんでした。エンドレスの脅迫にさいなまれるのです。年祭続きのお供え強要。終わりなき旅。死をもってお払い箱です。こんな事に関わっていても、人生一度も満足感は味わえない。
この教団は、 人間思案が構築した金儲け組織ですから、たくみに組織信仰させられている事に早く気ずくべきです。旅先で、又、コンサートの夢見心地の中に居て、神様一筋を想って行きて行けば良いのです。
陽気誌9月号の特集は「おつくし」。
巻頭言は富松幹禎(とみまつ もとよし)さん。
≫おつくしをして初めて味わえる世界がある。・・中略・・信仰が深まるのである。
と、まぁここは人それぞれなのでスルーする。
しかし引っかかる一文がこれだ。
≫今はみな結構になり、徳分以上の生活をしてしまいがちである。
≫絶えず「おつくし」の声をかけてもらって、ちょうどいいのである。
何と、お供えせよという上からの号令を肯定しているわけだ。
≫今はみな結構になり、徳分以上の生活をしてしまいがちである。
世間の状況を知らなすぎる。社会人として、お助けする側として、世間を知らなすぎる。
「結構に」なっているのは一部の上級教会と本部周辺なのではないか?
教外に目を向ければ就職氷河期の40代はいまだに非正規での就業で、人手不足と言われていても
実際には企業は新卒を望んでいるから転職活動は成功しない。
このまま非正規ででも、職を失うよりはマシだそうだ。
本気で人手不足を解消したいのであれば、企業の中堅を担う人材として氷河期の人々を対象に採用活動をすすめたら良いではないか。
入社後の教育で経験不足を補う方策も考えられよう。
現状では「結構に」暮らせているの一部の人間だけだ。
生きているだけでありがたいという精神論では乗り切れないほど疲弊している日本の真の姿。目をそらしてはいけない。
それなのに!!!日本の惨憺たる現状を嘘で塗り固めて笑っている首相が、何故か、多くの人から支持されている。
百田さんも、なりふり構わず朝日新聞社を攻撃しまくっているが、自分の経済活動の一環で、あさましい姿だが収入に結び付けたいのだろう。
富松さんよ、表統領の意向を汲んでの一文なのか、多くの信者を敵に回してしまったかもしれませんよ。
お供えに関して教祖は「わずか」でよいと言われたと聞いていますよ。本部員さんであればそのあたりの出典にも詳しいだろうから調べてはいかがか。
Twitterはアカウントを持っていなくても読めますよ。
全てではありませんが。
恐らくは真柱交代が近いのではないでしょうか。
それを踏まえてブロックで身辺を身綺麗にしているつもりなのかもしれませんね。
真柱様の身上は信者がおさづけの理を使っていないから、教祖が皆におさづけはもう、いらないのかと言っていると、他系統のある大教会で話していた先生がいるそうですよ。
皆さんはどう考えますか?親の病気は子のせいか?天理教では身上の悟りは自身が反省して悟るものだと思ていましたが教会系統によっては、この様な悟り方も有ることを知ってびっくりしています。
大亮真柱が出現したら皆さんどうします?
喜ぶ人もいますね。ウエブ講師のN三なんて、「キタキタ・・」。
もう、バカバカしくて別席を数回聞いても9席目指したところで大亮真柱からの御授くんでは拒否したくなる人も出てくるかもしれません。
Twitterからの無断転載(リツィートのつもり)お許しください。
「天理の若い人」さんが書いておられます。
100周年記念総会に、お笑い芸人を数組呼んでいたらしいが、全てキャンセルになったらしい。
百田尚樹氏の招聘が原因かというもっぱらの噂である。
お笑い芸人を呼ぶことが正しいことかはともかく、もしそれが本当ならば、あの人選は失敗だったのではないか。
なるほどね。にぎやかしに芸人さんを呼べるっていう事は、お金が有り余っている事、これは確かだね。
それなのに大亮さんのご令嬢様のお祝い金を集めたり、陽気でおつくしを説いたり、「欲に切りない泥水や」。
一般人はお金が無いと困る事ばかり。思い詰めているせいか夢の中で40万円の紙幣を封筒から頭出しでパラパラ勘定してしまった。
実現する宛は無し・・そこで思いついたのが死ぬ時は犬死しないように、せめて保険金だけでも出るような事故死で死にたいと、同級生と電話で盛り上がった。
アドレナリンがフツフツと分泌して体が熱くなった。こんなことは初めての事。今後、同じような死に方を画策する老人たちが出てくるだろう。
日本の権力者たちに「イタチの最後っ屁」をかましてやろう。
富松幹禎 様
信仰が深まってどうした。尽くして、尽くして、尽くし切って(年金の殆んどをお供え)最後は老人ホームで一人寂しく出直した人に対して言える言葉か。信仰が深まった挙句の姿がこれではねぇー?
シッカリとした子供連中がいたからできたお供えだが、それぞれの子供の連れ合い連中には不満が鬱積、、不足を積ませたことを知らないから言える言葉だということを胸に手を当てて思案しろってんだ。
私達夫婦も子供に迷惑はかけられないからと、歯を食いしばって40年間年金を掛けてきている。その年金をすべてお供えに回して、子供たちに生活費と小遣いをくれとは口が裂けても言えませんよ。仮に、言ったとすれば、子供たちの連れ合いはさっさと離婚してしまうでしょう。
つつましい生活をして年に2回程度の演奏会を聞きに行くことがそんなに恵まれた生活ですか。少なくとも、「おうた」を聞きに行くよりは安いんですから。もっと世間のことを勉強して書いてください。
教会長がよく口にされる勉強が足りん、という言葉をそっくりあなたにお返しします。
何度も云います。現行天理教に騙されてはいけません。
2018年9月23日 3:05 PMの匿名さん。あなたの投稿内容の一部を拝借してすみません。
9月9日の日曜日に本部を参拝してきました。
12時過ぎに第五食堂で昼食を頂きました。
その時、食堂に居た信者さんは、私を入れて10人もいませんでした。
食事後、神殿に向ったのですが、第一食堂前から見た神域には人影がほとんど見られませんでした。
あの広い神域を一目見まわして20人足らずの人しかいませんでした。
南礼拝場で参拝した後、記念建物に向ったのですが、西礼拝場の下を抜けて記念建物に行くまで誰ともすれ違う事はありませんでした。
第3御用場の辺りにも誰もいませんでした。
記念建物を見た後、別席場の東の駐車場に向ったのですが、教祖殿前で3人見かけただけでした。
東礼拝場の下には境内係りの青年が一人いただけです。
東礼拝場前の広場には、誰もいませんでした。
第一食堂脇の通路で一人の人とすれ違い、駐車場近くで一人の人とすれ違いました。
9日の日曜日、12時から午後1時頃までの本部境内の様子です。
80年祭、90年祭、100年祭には、200万人も帰参したと言うのに・・・
本部は、既に記念建物に成り下がってしまいました。
今日、天理の知り合いから聞いた話です。
教祖殿が、夕勤め後に閉められた後、教祖殿係りの本部員は毎晩酒盛りをするそうです。
教祖殿係りの青年は、その酒盛りに毎晩付き合わされた揚げ句に深夜の警護を行っているそうです。
午前4時過ぎになると奈良大教会の会長さんが教祖殿の掃除に来るそうです。
こうして、本部青年の退屈な一日が またまたはじまるのだそうです。・・・
8月末に聞いた話です。
大亮君が国常立命の神楽面を付けてお勤めをしているそうです。
たしか大亮君は、大学の卒業旅行でタイだか何処だか出かけた時 女を買って楽しかったと本部青年に話していた男です。
こんな売春男が国常立の神楽面を付けて、聖なる地場に立つなんて・・・
汚らわしい・・・
やはり穢れた地場は、火と水を入れて掃除しないといけませんね。
大亮君 貴方の周りの青年達は、みんな面従腹背の族ですよ。
青年達は、自教会に帰るとみんな あなたを馬鹿にしてるんですよ・・・
「大亮君は、あの子はカワイイとか、あの子のおっぱいはデカイとか、いつも女の話ばっかり」・・・
沈みゆく天理教にピッタリな、奈良のならず者たちのプリンス君・・・頑張ってね
冨松幹禎、今年の春には憩いの家で入院してたのに、
病気が良くなったら言うことは
お尽くしお尽くしか、、、
さすがお尽くしで生かされている
本部員は言うことがぶっ飛んでるな
入院費も生活費も桜井大教会のお尽くしからでしょ
徳分以上なのは言ってる本人じゃん
こういう人が
神殿でおたすけ掛を
してるんだから、
そりゃ誰もたすからないよな
>>退職信者 2018年9月23日 9:45 PM
>>8月末に聞いた話です。大亮君が国常立命の神楽面を付けてお勤めをしているそうです。
>>たしか大亮君は、大学の卒業旅行でタイだか何処だか出かけた時 女を買って楽しかったと本部青年に話していた男です。
>>こんな売春男が国常立の神楽面を付けて、聖なる地場に立つなんて・・・汚らわしい・・・やはり穢れた地場は、火と水を入れて掃除しないといけませんね
大亮がくにとこたちってもはやギャグ。
だから今年は大災害が多いのかもね。
神が怒っている。
東風さん情報の本部の重大発表って何だろう。
五代継承ってことかorz?
批判派片っ端っからブロックマンのヘタレ裸の王様大亮じゃあ先が…….。
PS.
退職信者さんの書き込みは内部情報が濃くて素晴らしいです。
いつも楽しみにしています。
知人から聞いたこと〜その①〜
・筑紫の大教会は1羽あたり最低でも5千円はする伝書鳩を100羽以上飼っており、それを住み込み青年に世話をさせている。エサ代ももちろんお供えからまかなっている。そして、筑紫の後継者も金遣いが荒いキラキラ系男子。部内からはめちゃくちゃ嫌われている。
何人にも同じようなことを聞いたのでこれは本当だと思われます。
上にいる方々はいつだって金満生活で羨ましい。こんな素敵な日常を送っているのをみても、お金には全然困っていないとわかります。上納金があがってこなくても十分にやっていけるではありませんか。
それでもなお「金出せ」というなんて、これじゃ「きりなしおそなえ」です。みきは貧に落ちきっていない上層部を嘆いています。
2018年9月23日 11:02 PMの匿名 様
>東風さん情報の本部の重大発表って何だろう。
残念ですが、重大発表の情報は聞いたのですが、中身までは分からないとのことでした。ただ、真柱不在のままで立教の記念日大祭が執行されるのは異例だと思ったので何かがあると想像したまでです。御免なさい。
幕末の越前藩主・松平春嶽は将軍に対して参勤交代を辞めるように進言した。参勤交代に要する費用の莫大さや江戸藩邸の維持費に藩の財政がひっ迫してきた挙句の提言でした。
詰所の維持管理費も大変でしょう。そろそろ本部直轄教会の財政も余裕をなくしてきているんじゃないですか。大教会長の中に教団の改革を進言できる人は居ないのか。教会制度を廃止せよなんて、口が裂けても云えませんよね。先ず、自分の食い扶持が無くなるもんね。でも、これを実現しなければ天理教は下り坂まっしぐらです。火野正平さんじゃないが、下り坂サイコーなんて言ってる場合じゃないんだが。
大亮さん、へらへら笑って歯をみせるなって。笑うことと陽気暮らしは結び付きませんよ。陽気暮らしって、そんなに甘いもんじゃありませんから。足るを知って堪能するのが陽気暮らしの基本でしょ。
ただの父親さんが参加している掲示板です。
https://rara.jp/hijirikenkyukai/
ただの父親さんが参加している掲示板です。
https://rara.jp/hijirikenkyukai/
Y様、教団批判派の心がすさんでいるとのご指摘ですが組織批判をすることは悪ではありません。
もっと言えば、何かを批判することは悪ではありません。
批判は悪という見方は「お上にたてつくな」という世界での処世術から派生した根性です。
批判・指摘を受ける側は、その批判・指摘が間違っているのならば、答えれば良いだけです。
こうしたやり取りからより良い世界になっていくのです。感情的なレシーブではだめですが。
Y様、神様の事、不思議な事象に関しては社会学での開陳は適当ではないことから私自身の経験は書き込んでいません。神様が確かにいる事は経験上知っていますが、こうした話はネットでの書き込みには向かないと思っています。人を見ての話になります。教内には不思議な助けをされる方もいますし、本部が異端とする?別派では真摯な信者さんたちが親様のお話に耳を傾けられています。中には現役の天理教の先生も出かけるそうです。
Y様、教団批判派を汚いもののように見る事だけはやめてください。器の大きさを養ってください。まだ、若い方のようですから広い視野でリアルの世界の中で同じような人を見つけ、神様の話を交わしてください。
大変、出すぎたことを書いて申し訳ないのですが、カルトはカルトなのです。私自身、オウムの信者を知っていましたが、カルト教団である中で信仰を純粋にしていた彼女は良い人でしたが、大枠がカルトであるという事は、いくら彼女自身が信仰を深めた立派な人であっても、行きつくところ、カルトの仲間と見なされるのです。
そうした結果が犠牲者を生み出してしまったのですから、ご注意されてはいかがでしょうか。
繰り返し申し上げますが、身の回りにも不思議体験をされて方は探せばいるでしょう。
まずはリアル社会での深堀を心からお勧めしたいです!!!
>匿名
2018年9月24日 6:56 AM
上にいる方々はいつだって金満生活で羨ましい。こんな素敵な日常を送っているのをみても、お金には全然困っていないとわかります。上納金があがってこなくても十分にやっていけるではありませんか。
それでもなお「金出せ」というなんて、これじゃ「きりなしおそなえ」です。みきは貧に落ちきっていない上層部を嘆いています。<
上層部の金満生活を羨ましがることなど全くありません。天理教は教団内だけではなく、一般社会でも痛烈な批判を浴びています。一般社会で天理教を良く言う人は99%いません。耳にするのは「お供え」がらみの悪評ばかりで、悪い噂しか耳にしたことがありません。社会的に最低レベルの評価を受けているのが天理教です。天理教が完全崩壊するのは近い将来のことでしょう。まさに「通り返しの道」をまっしぐらに歩んでいます。金満生活は逆方向に進むことでしょう。「因果応報」とはまさに天理教の末路の姿です。
父親さん、貴兄の参加している掲示板は簡単に検索できました。
キーワードは「日神会」「天理教」、これだけですぐに見つかるのです。
暫くは拝読させて頂くだけでした。父親さんが社会学から貴兄の参加される掲示板に来たのはYさんだけだと持ち上げているのもしっかり読みました。
そして、どうやらYさんがご自分のTwitterで掲示板のアドレスを紹介されていて、貴兄に詫びておられる事に気が付きました。
Yさんが気の毒なので、実際には検索ワードの入れ方で簡単に見つかることを明らかにするべきかと思い本日投稿した次第です。
父親さんが日神会関係の掲示板は社会学掲示板とは雰囲気が違うからと、やんわりとYさんへの苦言を書いておられるのも拝見しました。どうなんでしょう。フェアにいきたいと考えアドレスを張りましたが、社会学に投稿されている皆さんは大人ですから貴兄の掲示板において「アラシ」行為をする心配は無いと思いますよ。
>崩壊
2018年9月24日 6:12 PM
天理教は教団内だけではなく、一般社会でも痛烈な批判を浴びています。一般社会で天理教を良く言う人は99%いません。耳にするのは「お供え」がらみの悪評ばかりで、悪い噂しか耳にしたことがありません。社会的に最低レベルの評価を受けているのが天理教です。天理教が完全崩壊するのは近い将来のことでしょう。<
上記私の投稿で、更に補足いたします。かのオウム真理教を立ち上げた今は亡き「麻原ショウコウ」が天理教システムを真似たということは、世間一般でも広くよく知れわたっています。つまり天理教システムがオウム真理教の「手本・ひながた」となったということです。「陽気くらし」を標榜する天理教が、「地獄くらし」の手本となったという事実には言葉もでません。この掲示板をお読みになっている天理教残留信者の皆さん。一刻も早く天理教との関わりを絶たれることを(強制はしませんが)、強くお勧めします。
更に補足させていただきます。教団がヨダレを垂らして欲しがっているものは、ズバリ「金(かね)」です。金(かね)を集めるには信者が必要です。信者は教団にとって「金儲けの手段」以外の何ものでもありません。残留信者の皆さん、信仰を続けられるかどうかは、個々の「信教の自由」ですが「後悔先に立たず」です。何度も繰り返すようですが、被害が拡大しないうちに天理教との関係は早急に絶たれるべきだと思います。
>本部勤務をさせていただいて、早9ヶ月。
二万円のお与えの全てが、借金の返済や携帯の支払いに消えていて、欲しいものはおろか、必要な物すら買えず、うつ病治療のための通院すら出来ない状態の今日この頃、そろそろ限界が近づいてきました。
一番良いのは、やはり転職する事だと思いますが、次の仕事が決まるまで無一文の宿無しになってしまうんで、中々それにも踏み込めず。
やってみたい仕事は有るのですが、資格が必要なんで、それを取るにも金かかるし、まさに八方塞がり。
さて、このピンチ、どう切り抜けるべきか?
本部勤務というのはオウムでいうなら出家信者サマナですね。サマナも毎月「業財」という小遣い銭が与えられていました。FBウォッチャーさんの投稿にうつ病治療の通院もできないとありますが、天理教は病院を持っているのだから、たった二万円の「おあたえ」しかないなら無償で治療を受けられるようにすべきではないでしょうか。
FBウォッチャー さん
兎に角、一度職業安定所に相談に行かれてはどうですか。公的機関の職業訓練所があります。いろいろな技能を教えてくれます。次男も訓練所でシーケンスを習い大企業に勤めています。
本部の離職証明書を貰って少しでも雇用保険が受給できれば何とかなるんですが、本部が雇用保険にすら入っていないのであれば、本部は完全にアウトです。〇〇企業以下ですね。
京都に本部がある寺で僧侶が労働問題を提起されたことがありましたが、僧侶ですら労働者・勤務者と見なされている事実があります。本部勤務者も当然労働者であるべきです。ひのきしんという言葉は教団にとっては都合のいい言葉ですが、よくよく考えれば使い捨てに似た、本部にとってはご都合主義以外の何物でもありません。
雇用保険と労災保険はすべての勤務者に適用されています。本部はそのようなことすら知らないのであれば、もう、救いようのない集団です。
私は70歳を過ぎても週に2日から3日程のアルバイト的な仕事をしていましたが、雇用保険の適用は年齢的にも適用は無かったのですが、労働保険は適用されていました。雇用主が社会事情をしっかりと把握しているかどうかがポイントです。
その辺のことを調べられては如何ですか。天理教は、ひのきしんという名のもとに余りにも気安く人を使い過ぎます。
追伸です。
労災保険、正式には労働者災害補償保険と言います。政府が管掌しています。
雇用主は、例え一人でも人を雇えば労災保険に加入しなければなりません。というか。加入しておかないと雇われた人が仕事上でケガや病気を負った場合は、国民健康保険は使うことが出来ません。治療費の全額を雇い主が負担しなければならなくなります。
一週間だけ手伝いに来てくれないかといった場合でも、労災保険の加入をしておくべきです。加入の方法については、労働基準監督署に問い合わせればいいのです。
教団本部はそのようなキメの細かなこと考えているのかな。
何かとおさがわせの迷走ツイート王子 中山大亮 氏の界隈を見ると出てくる出てくる
各直属の師弟と見られる面々そこに異様な服装をして 紺谷 との苗字 紺谷 と言えば飾東大教会 と言えば 甘露台 倒壊の 飾東大教会
後継者か子弟か知りませんがこんな子弟が居るんじゃ、そりゃ部内も頭おかしくなるでしょうね。
一般常識を逸脱しすぎて言動や服装の選択も出来てないのでしょう。全身赤の服装教祖中山みき にでもなったつもりでしょうか?ただの出たがり変人 これじゃ教団も衰退して行くわけですね。
中山大亮
https://twitter.com/daisukeke123/with_replies
紺谷 清→郎
https://twitter.com/say16_kontani
赤い服は紺谷さん自身ではなかったけれど、やはり目立つことが好きなようだ。
紺谷 清→郎
https://twitter.com/say16_kontani
中山大亮さんを真似てなのか、女性の体の嗜好がたまたま同じなのか。
或る日の本屋の店舗の記事の中、紺谷さんのTwitterでは胸の大きな女子のエロっぽい表紙の本をわざわざ撮って載せていますね。
何を思っているのか、情報発信することにとらわれすぎているようだ。
最近の青年会諸君に共通している「発信」偏重傾向は真に危うい。
その情報に発信するだけの価値があるか、謙虚に自分を見直してほしい。
お祭り気分で浮かれているのは「猿回し芸人太鼓持ち」。意味わかるかな?
直接天理教に関係している訳ではないことを願うが、昨今流行りのネットビジネス界での危険な出来事が百田氏講演会の流れで飲みに行った店の女子オーナーの身におこったそうだ。
セクハラだそうだが被害者本人は事情を有料記事にして配信しているためわからない。男女が明るいノリで飲食する姿をTwitterで載せているし、天理教のTwitterながれで見つけた記事だけに、苦言を呈したい。
男女の青年会の皆さん、仲良く顔を寄せての写真をアップする危険性に気が付いてほしい。天理本部の境内で手をつないで歩く法被姿のカップルが、後ろ手でお尻をなでる姿は他の者にとっては見苦しいだけではなく、もはやお地場は男女交際の発展場所かとさえ感じさせる。
「仲良きことは・・」とおおらかに言う人もいる。世間の風潮同様の事だと見過ごすのか、または、注意喚起をするかはあなたの周囲の男女青年の姿しだいだろう。
西野西野いうから誰かと思ったらお笑い芸人キングコングの西野ですか・・・ 相方梶原が生活保護不正受給から芸能活動がままならなくなったあのキングコングね・・・
芸能人に被れるのも個人の自由だが、たにまち活動で問題になった業界関係者も多いので見上げる趣味ではないですね~
天理教は宗教では?大亮くん筆頭にそのつぶやかれる内容をみてると「嬉しい 楽しい 喜べる」と多用してるだけの内容のない自己満足な文章 その対照も何の事やら意味不明な活動や事柄ばかり
私たち迷走してるんです。言ってるに等しい・・・
信者の金でを無駄遣いがようきぐらし これが教団の悟りですか(笑)
>FBウォッチャー
2018年9月24日 9:33 PM
一番良いのは、やはり転職する事だと思いますが、次の仕事が決まるまで無一文の宿無しになってしまうんで、中々それにも踏み込めず。
やってみたい仕事は有るのですが、資格が必要なんで、それを取るにも金かかるし、まさに八方塞がり。
さて、このピンチ、どう切り抜けるべきか?<
FBウォッチャーさんをはじめ、若い本部勤務者、詰所勤務者、教会住込人さん、その他、「ひのきしん」という大義名分のもとで、信じられないような低賃金、劣悪な労働条件で「労働」されている方々、一刻も早く天理教から離脱してください。一旦、離脱して、たとえアルバイトでもよいので、自らの生計を維持するだけの収入だけでも確保してください。そして、社会保険の制度や、雇用保険、労災保険、最低賃金、年金等の制度について勉強してください。不明な点があれば、労働局や労働基準監督署、年金事務所に行けば詳しく教えてもらえるはずです。まず自らの生計を最低限維持できる収入さえ確保すれば、自ら希望する職業に関わる仕事はハローワーク(職業安定所)の端末機で探せるはずです。もし、その仕事に何らかの資格なり免許が必要であれば、その資格なり免許を取得するためには、どうすればよいか、ハローワークで相談にのってもらえるはずです。機を逸して一生を棒にふらないために、今すぐ天理教から離脱しましょう。
この手の問題はカルトに詳しい弁護士に相談された方がいいと思います。霊感商法被害対策弁護士のサイトは「霊感商法の実態」で検索すると出ます。もし裁判をするとしても、その費用は分割や後払いでも応じてくれると思います。オウムや統一教会の出家信者も教団を相手取って裁判を起こし勝利しています。天理教というカルト新興宗教に風穴をあけこれ以上の被害者を出さないためにも、天理教被害者の会を結成して裁判を応援に傍聴するのもいいでしょう。
暴力事件の告発状を事実無根と認めろ!と相撲協会からの圧力があったそうだ!
これは大問題ですね!
http://news.livedoor.com/article/detail/15353775/
FBウォッチャー さん
更に、追伸です。
あなたの年齢が分かりませんが、20歳になって居られたら年金の加入が義務付けられています。
本部にお勤めのことから想像しますと、厚生年金に加入されていると思います。もし、そうでなければ国民年金に加入しなければなりません。厚生年金の加入が無く、2万円のお手当では国民年金保険料は払えませんよね。
是非、天理市役所へ出向いて、国民年金保険料の免除申請をしてください。万が一にも身体障がい者になるような事態になれば、生涯にわたり障害年金が支給されません。
身体障がい者で障害年金を支給されていない方を知っています。天理教はそのようなことに無頓着ですからご自分で対処されることが重要です。老婆心ながら申し添えます。
>匿名
2018年9月25日 5:11 PM
この手の問題はカルトに詳しい弁護士に相談された方がいいと思います。霊感商法被害対策弁護士のサイトは「霊感商法の実態」で検索すると出ます。もし裁判をするとしても、その費用は分割や後払いでも応じてくれると思います。オウムや統一教会の出家信者も教団を相手取って裁判を起こし勝利しています。天理教というカルト新興宗教に風穴をあけこれ以上の被害者を出さないためにも、天理教被害者の会を結成して裁判を応援に傍聴するのもいいでしょう。<
大変、良いアイデアだと思います。「天理教被害者の会」を結成し、日本国の暗部に巣くう深刻な社会問題として「得体の知れない団体」の実態をマスコミ等の媒体で広く国際的に暴露し、「根絶させる」ために、国民の意見を広く問うべきです。第二のオウム真理教が二度と発生しないように、これ以上、「何の罪も無い不特定多数の被害者」を出さないために、大手マスコミが天理教と呼ばれる団体の真実の実態を詳細に取材し、報道(国際的に公に広く明るみに出す)してくれることを切に望みます。第二の「オウム真理教」は、人類を確実に不幸にします。日本国にとっても、国際的な信用を失墜することになります。これまで、大変な被害を被ってきた信者さん達、布教所、末端分教会は「得体の知れない団体」に対して、もし現実的に可能であるならば、集団訴訟を起こすのも有効な方法であると思います。
天理教の本部スタッフが月に二万円の御手当だけで他になんの保証もなく・・・的な話は、カルトに詳しい弁護士がつけば裁判をしても勝てる見込みがあるのではないでしょうか。実際にヤマギシの村人だった人がヤマギシ会に対して参画時に献納した財産の返還訴訟を起こしたケースでは、元村人の訴えが認められ財産の返還に応じてもらえました。
統一教会も霊感商法の被害に対しては最近ではお金を返すことをしていますし、元信者が起こした青春を返せ訴訟でも元信者側が勝っています。
「天理教被害者の会」は私も賛成ですね。
現在の流れ的に、中山教と呼ばれるほどの「悪政独裁中山体制派:天理教の信仰者派」の構図が明確になってきました。天理教信者派 の先鋭化された手段として「天理教被害者の会」が自ずと結成されていくでしょう。そして自ずといずれ打倒悪政独裁中山体制派 の動きは激化して行く なので今のうちお布施を減らして行くことが大切です。
「お尽くしは金」 と 教祖の教えを逸脱した 中田善亮 が居る以上もう宗教と呼べない状況です。教団側の弁護士も何を助言してこの発言をさせたのか疑問です。はっきり言って教団側弁護士は何も弁護できて居ない現状、教団側敗訴は濃厚です。皆さんで打倒中山体制を着実に行っていき、天理教を取り戻しましょう。
教団側の弁護士が王家や天理貴族らになんらかのアドバイスをするとは考えにくい。オウムだって青山弁護士はこれといったアドバイスはしていなかった。ただ裁判のために駆けずり回っていただけで、「真理の弁護士頑張るぞ!」なんて本をオウム出版から出してたが、実態は「騙され弁護士振り回されてるぞ!」だったというw。
被害者の方々は最低でもブログをやって自分の意見を積極的に発信し、被害にあった人は必ず見ているから、彼らからたくさんのメールが届く。そしてみんなで集まって結成すればいい「天理教被害者の会」を。
「天理教の本部スタッフが月に二万円の御手当だけで他になんの保証もなく」
月2万は最初の2年間の「ひのきしん」期間(世間で言うところのインターンシップ、ボランティア)だけで、3年目からは奈良の最低賃金(月10万前後)で社宅も与えられます。この点はお間違えの無いように。ただ近年は財政難のため3年以上の正規勤務者は削減の方向にあります。
最も手っ取り早い方法は、テレビのドキュメント番組等で天理教の実態を詳細に取材し、報道してもらうことだと思います。テレビ局に実際に被害にあわれた方々、あるいは今現在、被害にあわれている方々等を匿名で取材してもらい、広く報道してもらうことです。マスコミ報道、とりわけテレビ報道は広く世論に訴えかけ、社会を動かす大きな力をもっています。インターネットの掲示板やブログ等の媒体は、世界中の人達が閲覧できますが、そうした媒体を閲覧したり、投稿している人達は、私も含め一握りの少数の限られた人達に過ぎません。何とかして、テレビ報道で取り上げてもらうための良い方法はないものか、私は常々考えているのですが、良い考えが思い浮かびません。この掲示板の読者の方で、何か良いアイデアをお持ちの方は、どうかご教示ください。「社会悪」と化した天理教をいつまでも、このまま野放しにしていくわけにはいきません。
おやさと館の維持費って月どれくらいかかるんだろう?
>真義徳
2018年9月26日 5:53 PM
「天理教の本部スタッフが月に二万円の御手当だけで他になんの保証もなく」
月2万は最初の2年間の「ひのきしん」期間(世間で言うところのインターンシップ、ボランティア)だけで、3年目からは奈良の最低賃金(月10万前後)で社宅も与えられます。この点はお間違えの無いように。ただ近年は財政難のため3年以上の正規勤務者は削減の方向にあります。<
教会本部は、具体的に、一体、どのような状態で「財政難」なのでしょうか? 具体的、客観的な数値等を根拠にご説明願います。また、3年以上勤務しリストラされた正規勤務の方々は、「財政難」を理由にトイレットペーパーのように「使い捨て」にされるのでしょうか? 将来、何の保障も無いのでしょうか? また、3年間の正規勤務者としての期間中、法律に則った社会保険、雇用保険、労災保険、厚生年金、その他「労働者」としての諸々の社会保障制度に加入されているのでしょうか?
「削減」と言うのは「リストラ」ではなく、退職者が出ても補充しないと言う意味です。解雇は(国の法律を破らない限り)基本できないことになっています。教会の後継者は大抵5年でやめますし、後継者以外の人材は減少しています。
カルトは視聴率がとれます。オウムの時もワイドショーが取り上げましたが、最初のうちは二時間オウムをやる予定はなく、一時間オウム特集で残りは芸能等をやっていましたが、視聴率調査で芸能に移った途端オウムを追って他局に移動する結果が出たので、どこも二時間フルでオウムをやるようになったとか。
ただワイドショーに取り上げてもらうにしても、最低でも統一教会のように北海道から沖縄まで網羅する被害者の会を組織し、「人生を返せ訴訟」を起こすのはマストアイテムです。この二つがそろってはじめてワイドショーに取り上げてもらえるのです。
2日前に小倉さんの番組で天理市の村八分が放送されました。これに天理教がからんでいれば火を噴くのですが!
blog.livedoor.jp/ninji/archives/52491546.html
真義徳 様
教会後継者が5年間本部勤めを終えた時点で何が残るのでしょうか。一般社会で言われる必要最低限の福利厚生は適用されているのでしょうか。例えば、本部勤務を辞した時点で、離職票を請求すれば交付されるのでしょうか。
自ら求められた道であれば言及する言葉は有りませんが、本部直轄教会は目に見えない糸かヒモでがんじがらめに縛られていて、当該後継者が少しでも異端の道に進もうとすると、現職の教会長に難癖をつけて放り出そうとしたりするのではありませんか。
それを思えば、後継者は否が応でも本部に住み込んでひのきしんをしなければならいハメに陥るのではありませんか。
被包括関係には、そのような恐ろしい思惑が潜んであるような気がしてなりません。
再度書きます。後継者が自ら望んでその道に進まれるのであれば、何も申し上げることは有りませんが、そうでなくて見えない糸で縛られていると感じて、いやいやその道に進まなければならないのであれば、一層のこと一れつ会の扶育なども受けることなく、苦労をしてでも自分の思う道に進まれることを勧めます。
一生涯天理教と付き合うなんて約束は、100%できるのでしょうか。かく言う私も教会長の一言で天理教を離れる決心をしたのですから。
9/26日 しんばしら様はお勤めに出られていたんでしょうか?
テレビもいいですが、新聞はいかがでしょう!
朝日の投稿欄
https://www.joho.asahi.com/
天理教本部の実態 不法行為 被害とか 次期真柱の○○とか
>組織はなくとも信仰できる!
2018年9月27日 3:19 PM
テレビもいいですが、新聞はいかがでしょう!
朝日の投稿欄
https://www.joho.asahi.com/
天理教本部の実態 不法行為 被害とか 次期真柱の○○とか<
良いアイデアをご提供いただき、ありがとうございます。早速、私なりの投稿文を検討の上作成し、弁護士にも相談し、文案が最終的に煮詰まれば投稿したいと思います。
村八分事件は乙木町のよう。乙木町の神社は夜都伎神社。大量に移住してくる天理教信者VS天理教に町を乗っ取られることを恐れる地元住民の話だったとなる。ということで、夜都伎神社氏子VS天理教信者の「天理市宗教戦争」。
新聞の投稿欄に載せてもらうなら、読売新聞のほうが購読者数は多いですよ。朝日は慰安婦の嘘がばれ今や購読者数激減で、天理教の極悪非道を一人でも多くの人に伝えるには不向きです。
ちょっと横から失礼いたします。
みなさん、以前にの掲示板。それと20年近くまえから大小問わずの掲示板に投稿し続けた?いまでもどこかで投稿し続けている?人・・・・・。わかる人にはわかるでしょう?
散々めったくそに教団や教団が説く教理教会批判をするにもかかわらず、どうしたことか歴代真柱(ダイスケも含む)を異常なくらい養護する輩がいたのをご存知の方もおられるとおもいます。「天理教原点原理主義者」「天理教はカルトオカルト」「テ〇〇スト」「何処どこの〇〇王」「たった一人の真柱派」「たった一人の中山みき派」「赤衣の悪魔」などひとりご満悦のかたがいましたね。
冷酷無残なそのひとに騙され罵られた人、沢山います。皆、泣いています。皆、苦しんでいます。
わたくしは、反中山みきです。反天理教です。わたくしも上記のひとに泣かされつづけているひとりです。
宗教は、その昔には哲学も、芸術も、医学も、科学(世界の成り立ち)もいろんなものを含めて、人間の疑問や不安や問題に答えていました。特に医学に相当する癒しには宗教に頼るところが大きかったのです。ですが、時代が進むにつれてそれぞれの学問は独立した領域を持つようになり、それを教える学校も先進国では充実してきたので、だんだんと宗教の領域が狭まっていきました。ですが、近世まではまだ、心の問題だけは宗教に頼るところがあったのです。心の悩みや問題を抱えた人は宗教に頼り、宗教に解決を求めました。ですがそれすらも、近世に入ってから変わってきました。それは心理学や精神医学の発達です。心の悩みや問題を抱える人々は、宗教の門をたたく代わりに、そのような精神科や心療内科や心理カウンセラーの門をたたくようになってきたのです。それはある意味で、宗教のしがらみから解放されたいという思いもあってそのような方向が出てきたのです。先進国では、そのような受け皿が多く用意されているので、人々は宗教の門よりも精神医療のほうに流れていったのです。その結果、宗教は特に必要ないと思う人が多くなってしまいました。宗教離れの背景にはそのような学問や医療の進歩と教育の充実というものが先進国ほど完備されているので、宗教離れが進んでいるものと思われます。
都会ほど宗教に頼る人が減るのが、世界的な現象のようです。
世界が都市化する以上、信仰心は田舎者に多くなります。
アメリカなどは、明らかに都市部と田舎で、大統領選の結果が別れますが、これは候補者の宗教が何かによるようです。
かつて、ブッシュ陣営は、それを利用して、田舎の州の票を取って、大統領になれました。
田舎には、不安がいっぱい、暇いっぱい、近所づきあいも濃いという事情があるようです。
とだと思います。その原因は教団にあります。教団は宗教の布教で経済的収入を得ている宗教事業者です。その収入源は信者が納める会費と寄付金です。
宗教施設にいる指導者や職員は教団の従業員です。人間集団、つまり組織は社会的繁栄と経済的繁栄を目指します。ゆえに、教団は信者を増やそうとします。また、信者は宗教施設に通わなくなると会費や寄付金を収めなくなるので、教団は信者が定期的に宗教施設に通うことを求めます。つまり、人々を入信させて日常的に宗教施設に通わせることが教団経営の基本なのです。ゆえに、教団は人々に「入信して宗教施設に通うことが信仰(宗教を信じること)である」と示唆します。現代の人々は、この教団の基本方針に嫌悪感を感じているのだと思います。
第二に科学技術が進歩した現代でも、教団は人々に神や悪魔や仏などの超自然的な存在や神や教祖による超常現象的な出来事を信じることを信仰の基本としています。また、現実的な出来事と神を関連させています。現代の多くの人々は、このような非科学的なことを信じていません。
宗教の教典は、神と教祖を主人公とする物語です。宗教は物語を通して人々に人生観や倫理観を教えて心の幸せの実現に貢献する思想体系です。入信しなくても、宗教施設に通わなくても、宗教の教えに基づいて努力することで心の幸せを実現することが宗教の真の目的であり、真の信仰です。ゆえに、真の宗教と教団の教える宗教には違いがあるのです。現代の人々は、このことを潜在意識の中で感じて教団離れをしているのです。
現代の人々は、宗教に関心を抱いていても教団離れをしているのです。
9月26日 天理雑感
FBウォッチャー
2018年9月24日 9:33 PM
>本部勤務をさせていただいて、早9ヶ月。
二万円のお与えの全てが、借金の返済や携帯の支払いに消えていて、欲しいものはおろか、必要な物すら買えず、うつ病治療のための通院すら出来ない状態の今日この頃、そろそろ限界が近づいてきました。
26日の本部月次祭に参拝した折、旧支度小屋前の駐車場に行き「月より神言」を10冊頂きました。
そこで出会った方の事です。
首に包帯を巻いていたので、理由を尋ねると癌の手術をしたとの事でした。
系統を尋ねたら、・・大教会の詰所主任を長く勤めていたとの事でした。
具合が悪い事は承知していたが検診を受ける金も時間も無く、我慢していたら末期症状になってしまったと話してくれました。
現状を聞いたら、仕事ができないので詰所にはいられない。
毎週 憩いの病院で検診を受けるため天理を離れる事も出来ないのでアパートで一人暮らしをしている。
生活費は、お与えが2万円しかないので実家から仕送りを受けていると話してくれました。
話を聞いた時、言葉が出ませんでした。
やがて、宗教は信じるものではなく学ぶものに変わって行きますよ。
2018年9月27日 9:57 PM
>教団は宗教の布教で経済的収入を得ている宗教事業者です。その収入源は信者が納める会費と寄付金です。
これができなくなったため収益事業と思っても本部が・・・なんですよ。場所がいい教会はお供えがなくてもやっていけるようにならないと。宗教の新たなビジネスモデルを作らないといけないのに。
2018年9月27日 11:52 PMさんの書き込みにあるケースはカルトに詳しい弁護士に相談すれば訴訟をやっても勝てると思うが。こういう人達が中心になって被害者の会を結成して裁判を全国で起こせば、きっとワイドショーで取り上げられる。
お与え2万円で癌治療もままならない・・ひどいですね。教団に身を尽くして、その結果、得たのが末期症状を甘んじて受け入れる事なのですね。
天理教団の罪は全国津々浦々に及び、この方は氷山の一角です。
信者が数名しかいない上々級の後継者が結婚する際、新婚旅行にも行かさない、収入も無いで、一般から来た嫁の両親が見兼ねて毎月生活費を援助しているそうです。いい歳をして、親の援助に甘んじている、こんな乞食の様な生活をしながら彼ら後継者夫婦は世間に「人助け」が叫べるのでしょうか?人助けどころか、信仰の無い一般人の親の生活を圧迫させて、親不孝もいいとこです。教団による不幸の輪が世間にまで広がっている印象を受けています。
何かおかしいです・・この教団は、やってる事が 何かおかしいです。
憂慮すべき最近のだいすけ君の行動ですが、自分に都合の悪い意見をブロックしている様ですね。
「少数意見に耳をかさない国は貧しくなる」と言います。後継者自身が衰退する道を自ら選択している事に天の計画を感じざるを得ません。
また、道を担うべき青年会集団が、おかしなアトラクション集団と化しています。浄財を的外れな行為に霧消し、それをだいすけ君も面白がっている。
神も、これでは救えません。
本部の動きが知りたい。
真柱の病状は軽いと聞いていたが問題はリハビリの進み具合。おつとめを務めることは無理であっても、おさづけを渡す際は介助者がつけば解決できると、前向きな判断ができるはずだが。
大亮さんに全てを任せなければだめだと短絡的な解決法をとりそうな予感がしてならない。床に臥せっているような状況であるのなら無理は言えないが。
兎にも角にも現状の大亮さんとその取り巻き連中に権力を握られては私は組織から離れるしかないと考えている。神輿は軽い方が良いと言っても、その結果で今以上におかしな組織になっては法人としての社会に向けた責任を全うできないということになる。
だからといって別派を作るという動きには入らない。自分一人で信仰をすればよいからだ。別の宗教団体に入るという選択支はありえない。神様は一つであり、霊魂と神とは別物だから、霊魂にフォーカスした宗教を私は信仰できない。これは霊魂の存在を否定しているのではなく、霊魂信仰は自分にとってはそこいらに在る神社仏閣と同じようなレベルの対象だからだ。
本部の疑問を感じるお供え金の使い方に関して税務署に相談をしたことが有る。大亮さんの結婚に関わる催し物にかかる費用が本部の経費として支出されていてはおかしいと、税務署から調査(所謂おたずね)をして頂きたいと一信者としての依頼をした。電話口の女性は真摯に受け止めてくれたが実施された否かは不明。
直近の青年会の行事に関しても無駄使いとしか思えないが、それを許す頭の軽い面々の存在は神の御業をもってしても掃除できないのが現状だろう。だから、しつこく批判をするしかないのだ。批判は悪ではないのだから。
お金に余裕のある人がいれば、天理教本部、中田善亮を告訴したらどうだろうか 同時に状況をネットにあげ
テレビ、新聞にも投稿 大体600万ほどあれば裁判は可能であるが、罪状を何にするか、弁護士をだれにするかが重要!
教会の後継者が結婚の際に新婚旅行に行けない・・・。?行かせない親が悪いのか、貧しいからなのか、どちらの例もあるだろう。
新婚旅行に金はだせないという教会長がいれば、褒めてあげたい。自分で稼いで嫁げと私の父は言ったので高校卒業以来、全く援助してもらったことはない。反対に無い中からの親への孝行はしたが。我が家の経済状態を納得していた。
道一条で金がない親(教会長)ならば、子供は平素の生活を知っているのだから新婚旅行に行きたいなどとは言えるはずもない。もしも行きたければ自分と嫁候補が働いて資金を作り、正々堂々と行けばよい。
実家の親に経済的に援助を求める前に自らが自立して働く気概を持たなくては恥ずかしい。今時働かないで食べさせてもらおうという奥様は少数派だ。働かなくてもやっていける方には勿論「よかったね」と申し上げるだけだ。
「乞食のような」と表現されては夫がかわいそう。実家に対しての甘えは捨てる。(そのためには自分の価値観を再検討しよう)問題解決のために夫と共に行動しないことの言い訳をしているだけでは何も変わらない。人を当てにしている人は自分に対して甘い人だ。
問題は天理教を職業としている人たちの働きに対しての正当な対価が支払えているかどうか(含む:労働者の身分を保証する制度と福利厚生)だ。少なくとも奈良県の最低賃金は実行されるべきだ。
しかし労働する側の意識も変えて頂きたい。給料をもらう以上はプロとしての能力がもとめられる。酒盛りばかりしている姿からはプロ意識は見受けられない。
9月26日 天理雑感 「取る者達」と「取られる者達」
祭典前に回廊から礼拝場を回って自分なりに気がついた事があります。
それは、参拝者の中に特徴的な二つのグループがある事です。
一つ目のグループは「取っている人達」です。
恰幅の良いやや年配のご夫婦や、幼子を二人、三人連れた若いご夫婦や、身なりも恰幅も良い男性達です。
見るからに上級・上上級や直属関係者の皆さん・・・
皆さん笑顔で楽し気に談笑しながら礼拝場に入っていきます。
「私には、悩みなど在りません」
その様な雰囲気を感じます。
皆さん 夏用の涼し気な絽や紗の法被を着ています。
もちろん着ている服や法被には皺など入っていません。
皆さん 衣服や持ち物から とても裕福な感じが見て取れます。
麹町大教会・愛町と書かれた法被を着た男性も3人見かけました。
恰幅が良いと言うか 太っていると言うか・・・
もちろん夏用の涼し気な法被です。衣服には皺などありません。
不思議な事に 男性達の多くは手ぶらです。
きっと側に居る夫人たちの素敵なカバンの中に必要なものが入っているのでしょう。
あるいは、車の中に置いて来たのでしょうか。
その対極にあると思われるグループの存在がありました。
「取られている人達」です。
それは、白髪混じりの初老の男性や高齢の男性達です。
末端分教会の会長達と思われます。
連れの人も無く 礼拝場から遠く離れた回廊や礼拝場下の渡り板などに一人静かに座っているのです。
何をも思っているか、目をつぶり静かにうつむいているのです。
身に着けている衣服は、質素な物と見受けられます。
これらの人達が夏用の法被を着ている事は見られませんでした。
皆さん 身の周りの物を入れたと思われるカバンを持っていました。
衣服もかなり質素で、日に焼けた法被を着て、使い古したカバンを肩にかけうつむきながら一人静かに回廊を歩く高齢の男性も見られました。
毎月26日の祭典当日、「世界一列」を唱える天理教本部の鏡屋敷に、「取る者達」と「取られる者達」が帰り集うのです。
この悲しい現実を見て取れるのが「本部の月次祭」です。
お金に余裕のある人がいれば、天理教本部、中田善亮を告訴したらどうだろうか 同時に状況をネットにあげ
テレビ、新聞にも投稿 大体600万ほどあれば裁判は可能であるが、罪状を何にするか、弁護士をだれにするかが重要!
そこはやはり霊感商法に取り組む弁護士ですよ。ヤマギシに全財産を献納して参画し、無一文で出た人も裁判を起こせたのです。(もちろん勝っています)
>「取る者達」と「取られる者達」
夜は飲み屋をはしごしてスナックやラウンジまで・・・
かたやお下がりの酒をペットボトルにいれてきて詰所で・・・
これが徳の差?
どちらにしても天理教の人酒飲みすぎです。
搾取した金で豪勢な生活をし、隠し子たくさん・・・
かたや末端教会長は生涯独身極貧で孤独死まっしぐら・・・
これが徳の差?
どちらにしてもカルトです。 とっくに終わってます。
https://twitter.com/daisukeke123/status/1045628153278783489
↑
この動画を見るともはや『世界をたすける宗教』とはとても思えない。
金持ちの中山君の赤ちゃんのお披露目に、単に友人知人を招いているだけ。
みんな奈良のど田舎の中山の大ちゃん家にお呼ばれされているだけ。
もうめっちゃくちゃローカルなただの『中山教』
いやもはや宗教じゃないな。
ただの一時的に金持ちな 『中山らの集団』 だ。
神殿をバックに
「ひろーいぼくの豪邸においでよ。面白いおもちゃもいっぱいあるよ。」
って貧乏人に見せびらかして釣ってるだけ。
中山家による教団の私物化意識が完全に露呈した動画だ。
↓
https://twitter.com/daisukeke123/status/1045628153278783489
大亮ちゃんのやっていることは「セレブごっこ」ですな。世界一大掛かりな人形遊びです。王家と天理貴族以外は通行人Aでしかありません。わかりやすくいえば「バンドやろーぜ」。ヴォーカルが大亮、ドラムやベースは貴族たち、それ以外はライブハウスの中でこぶし突き上げタテノリ盛り上げをやっているファン程度です。
犯罪を犯していないので告訴はできませんが民事ですので提訴はできます。天理教で理不尽な人生歩まされたと感じる人は被害者の会結成を。
もう、ダイスケさんはフリーパスですな。何でも好きな事を思いっきりやっていいよと。
幸せ家族感を猛アピールしまくって、天理教のイメージつくりをしているのだろうね。
自腹でやってよといいたいね。年金掛け金で集まった大金を使いまくってコケた奴らも誰にも刺されなかったから「気分良く」
箱ものつくりに励んで、仕事をした気分でいた。いつか刺されるわけだ。
比較したくなるのがTVで秀逸な宣伝ができている創価学会。
学会自身のCMも良くできているが、スポンサーとして絵本の紹介をする番組も素晴らしい。
絵本の番組の際のCMで母子が「ギュッ」する姿は見るたびに感心させられる。
我が家のお嫁さんと孫も「ギュッ」しあっている。
これは彼女の知り合いの学会の女性からの伝授かもしれない。
天理教は「昔基準」のスタンダード家族の姿を良しとする教えだから、現代の多様な家族の姿は基準外として認めない。
「夫婦仲良く」・・・そりゃぁ結構ですよ。でもね、男性の貧困問題だけでなく、「貧困女子」問題もあるだろう。
結婚するにも経済的な裏付けが無い人々は、まじめに考えれば考えるほど、結婚には踏み切れない。
こうした世相を踏まえれば、いくら匂い掛けをしたところで集まってくる人々からは、もうこれまでのような「おつくし理論」(教理ではない!!!)を説いたところで無い袖は振れないのだ。現状認識にかけた表統領と富松さんは自分らが豊かで、結構な生活をおくっているから、信者たちの財布にはまだ金が隠されていると思い込んでしまうのだろう。人の財布から金を出させようという心根は醜い。助けて頂いた信者が自分の身の丈に合ったお礼をする、それを待てずに催促しまくっている二人は汚い。
本部はお供え・おつくしを説くべきではない。即刻やめるべきだ。お賽銭程度の細かい金を集めて成り立つすべを考えよ!
神社仏閣で投げ入れる賽銭程度で十分と心得よ。
退職信者さん、私は夏用の紗のハッピがあるなんて知りませんでした。
高級なハッピが存在するという事は需要があるんですね。
なるほどね。和服の生地は高価だから紗のハッピもいくらするやら。
天理教はカルトかどうかは断定できないように思います。
天理教も日本伝統の技芸と同様、日本文化の中に隠れている「道」意識が問題の根にあると考えます。
「道」を進むということは、それが悪路であっても道から外れない限りは正しい行為になるという事が共通認識としてあるようです。
それが日本の伝統文化を学ぶ裾野にいる人間のモチベーションになり、所謂「精進」する、努力する気持ちとなるのです。
裾野の人々のはるか上方には家元・上層部・本部周辺組織構成員・ネズミ講講元が鎮座している。
ここに巧妙な集金体制が仕組まれていて、一部の者達に金が集まる仕組みが伝統文化に隠されていることに気が付くと、極言すれば日本文化はネズミ講で成り立っているとさえ言えるのです。
いくら精進しても自分が別派を立てない限りは家元にはなれないシステム。信仰の深い者であっても一般信者からは本部員は出ない。講元は本部周辺の一塊の人間だけ。
別流派の家元になれば下から吸い上げる事ができる。華道、茶道、伝統文化はネズミ講が隠されていることは経験者は誰でも感じる事だろう。
英語の教師がいくら生徒を集めてもネズミ講式に金が集まるわけではない。「道」組織には伝統的に集金システムが組み込まれている。道を通るための路銀は天から与えられるのだが、生徒・信者を大勢持たなくては実現は難しい。狭き門を通過できる者は限られるということだ。
Twitterでは大亮夫婦がいよいよ次期講元としてデビューを果たした。
青年会に参加すると発信している取り巻きたちのTwitter、そこまで靴を舐めるのか?
名前出しだから言うに言われぬ事も有るという擁護する方もおられるが、Nさんや青年会関係者のTwitterと行動には、もう、反吐が出るほど嫌悪を感じてならない。
世間では、だーれも興味のない天理教のことなんてメディアに取り上げられるどころか鼻で笑われて一蹴されてしまいますよ。
大規模殺人か少なくとも、巨大木造建築(本部)放火で全焼失くらいのインパクトが無くては無理でしょう。
地方のちょっと名の知れた宗教団体の不祥事なんて世の中の巨悪に比べればスケールは落ちますしネタとしては弱すぎます。
結局、(目立つ形で)人が死なないとメディアからは何も起こりません。
夢見すぎです。甘いですよ。
天理貴族について、考えてみた。
考えたからって、別になんにもならないんだけどさ。
なんとなく、2種類いる気がしたんだよね。
①大きい教会の会長家族
大教会に限んないよね。
っていうか、ビンボーそうな大教会より、部内が多い分教会の方がヤバい。
どうヤバいのか?
一番無責任に、上にも下にも言いたい放題じゃねぇ?
一番、詰所や信者会館で非常識なことする奴らじゃねぇ?
一番、既得権益にしがみついてるんじゃね?
大教会長のみならず、分教会でも、けっこうヤバいの多いよね。
というわけで、①は言うなれば『地方貴族』かな。
②本部にいる貴族
彼らはね、天理貴族と言われても、否定するんだ。
『決して贅沢なんかしてない』ってね。
けどね、末端な我が教会から見たら、天と地の差だよ。
・給料ある(こっちは、ねえよ)
・住宅ある(台風で瓦やられたけど、直す金ないよ)
・年金ある(俺は未払いだよ)
・社会保険ある(ガチでねえよ)
・一れつ会もらえる(もらえないよ)
贅沢してるかどうかじゃない。
同じ天理教専従なのに、『必要最低限の文化的な生活』が保証されている者と、そうじゃない者とがいるってことだ。
まぁそれでも、大教会長でも中間教会長でも、本部員でもそれなりの者だったら、まだいいんだけど全然足らないんだよなぁ~
大亮一家の「幸せいっぱい」感たっぷりの映像を見て、自らの身の上と比較して嘆き悲しむ末端天理人が山ほどいるんじゃないのかしら。高齢独身者多いですよね男女とも。無年金者多いですよね男女とも。
王家も天理貴族も末端の苦しみを知らない。いつ革命が起きてもおかしくない。現状は1989年の初夏の一触即発のパリと同じかもしれません。
もう全末端教会で、一斉に被包括法人解消がベストだと思います。
そうすればとりあえず、末端教会の人たちの土地建物居住権は確保できますから。
その後本部に離脱した末端から集団で改革を迫る。
一斉が無理ならある程度まとまってから漸次解消を繰り返していくというのも、
本部に改革の本腰を入れさせるきっかけになるかもしれません。
教会名称録のほか、今はスマホアプリでも簡単に天理教の教会が地図も住所も系統も簡単に検索できて、末端教会なのかどうなのかさえも簡単に調べられます。
苦しむ末端が本気で改革を望むなら、系統を超え、情報を密に交換して
苦しむ末端教会同士で改革派のネットワークを作り、離脱をまとまって行っていけば、
単独で離脱をするよりはるかに大きな力となるとは思うのですが。
加藤ハルアキ先生はじめ、みなさんどうでしょうか?
まあ離脱したら「陽気づくめ○○教会」のように
単立で静かに信仰していくほうを望む方が多いでしょうけどね。
匿名 2018年9月30日 2:06 PM 様
>加藤ハルアキ先生はじめ、
「先生」はやめて下さい。私は「ひながたの会」の単なる世話係に過ぎません。
仰るように、数百~数千の教会が一度に離脱すれば、本部も何らかの改革や対策を立て、改革が断行される可能性が高いです。
ただ、それでも「離脱教会は異端になった」という言い訳を主張し、頑なに自分達の立場や生活を守ろうとする本部・大教会・上級がいる限りは、何の効果もないかもしれません。
法律上は、被包括関係は本部と各教会との問題で、年間15000円の教会教費だけで成り立つ関係です。
しかし、各教会の規則に、事情運びや教会長就任の際に「大教会長の同意を得て・・・」という文言を入れられてしまっている事で、ピラミッド型の封建的組織関係が成り立っています。
大教会長に逆らう事は、事情運びをさせて貰うことも出来ず、教会長を続ける事も出来なくなります。
ましてや、神様のご守護が本部から直属、上級教会から順に下りてくるなんて歪んだ教理がまかり通っている状態では、末端教会はずっとお供えやお礼を上に揚げ続ける存在でしかなく、「一列兄弟」も「互い立て合い助け合い」の精神もありません。
教祖様の教えを正しく伝え、実践するには、組織の解体が必要なのです。
その為には、全国の教会が一旦本部との被包括関係を廃止して規則の変更をする必要があるのですが、その途端に『異端だ』と言われて周囲から縁を切られるため、踏み出せない人が多いようですね。
でも、「誰か人格者が現れて教団全体を改革してくれる」というスーパーマン待望論や「悪はいつか滅びる、神様が掃除してくれる」という他人任せ信仰をしている人でないなら、
「自分で思案し、心定めが出来たら最善の選択をしよう。負の遺産を子供たちに残す訳には行かない。」という当たり前のことに気が付き、行動してくれるものと信じて、
その選択の一つとして「ひながたの会」は存在しています。
我が家はとある大教会直轄の事情働き分教会長(大正7年創立)でした。10数年前土地家屋法人すべて清算しました。(事業をしているので衣食住には困りません)
教会してる時も現在も家業をしていますので信者はそこそこいましたがお供えはほとんどいただきませんでした。
そこの大教会はカネカネ全く言いませんでしたね。あるいみアットホームでした。いちれつきよたいでしたね。
ところで、我々は、中山美伎子の教えに子供のころから違和感があり魂に全く響きません。
親族一統全て潔く棄教しました。
教団の金満の原因は、なにも秀司でもなんでもなく、中山美伎子が金儲けの天才で詐欺師たる所以だと信じます。
ある大昔の掲示板より
>>中山家は大和神社の信徒総代、そういう因縁因果で、
>>金貸しで財産を増やし土地を奪われた無産農家を生みし、長子には足のちんばを返しされる悪因が縁となりであった。
>>これが世界の農家で起きている現実であり、共産社会でも資産家と無産農家がいる社会になっている。
>>なにもかもちがハん事ハよけれども
>>ちがいあるなら歌でしらする (1-23)
>>しらしたらあらハれでるハきのどくや
>>いかなやまいも心からとて (1-24)
>>天災は人間の身体では「やまい」。病は世界の事情では「天災」
>>中山秀司は、中山正善の前世であり、債務奴隷をつくってきた中山家への、神の立腹を受けた人物。
>>屋敷はひながたを残す現場であったということです。
ある、おふでさきを1711首暗唱できるドレスティックな教人には、天理教辞めたら死ぬぞ、神罰があたるぞと長きのあいだ執拗に恐喝されたことをよく覚えております。
私はお供えよりも何よりも、中山美伎子自体が金儲けの天才、詐欺師だと思います。
こんな教団になったのは中山美伎子、全ては秀司の母、中山美伎子が因です。
全く魂に響かない。中山美伎子なんて嘘だ。
中山美伎子が新宗教の詐欺師の元凶だ。
それと大暴れしたドラスティックな教人あんたは脅迫罪恐喝罪だ。もう15年以上昔の話だが・・・・。
今は元々の菩提寺である高野山真言宗の寺の檀家です。墓もその寺に移しまして高野山に供養塔も建立しました。
大変失礼をば致しました。
>匿名
2018年9月29日 10:41 PM
世間では、だーれも興味のない天理教のことなんてメディアに取り上げられるどころか鼻で笑われて一蹴されてしまいますよ。
大規模殺人か少なくとも、巨大木造建築(本部)放火で全焼失くらいのインパクトが無くては無理でしょう。
地方のちょっと名の知れた宗教団体の不祥事なんて世の中の巨悪に比べればスケールは落ちますしネタとしては弱すぎます。
結局、(目立つ形で)人が死なないとメディアからは何も起こりません。
夢見すぎです。甘いですよ。<
そうですね。友人の弁護士にも相談しましたが同じ事を言われました。所詮、「骨折り損のくたびれ儲け」にしかならないということです。しかし、現状をこのまま放置するのは、決して私の本意ではありません。あと何年生きられるのか分かりませんが、この掲示板も利用させていただき、「天理教被害者」を少しでも減らす努力はしていきたいと思います。
N県の山村にある天理教会。近い将来、集落そのものがなくなる日が来るだろう。だが、当面はどうかといえば、先ず若い人が居ないんです。居ても50歳代に入った独身者が数人。あとは高齢者ばかり。それも教会に来ていただくためには車が無ければならない。そのような経済力のある老人は極く少数。車があっても運転もおぼつかない。どうすりゃいいの。
これが本部が言っていた教会名称の理は末代。名称だけが残ってどうすんの本部さん。答え言ってよ、大亮君。
笑っている場合じゃないよ。人間の存在とは何かについてもっと真剣に考えろ。天理教が解決すべき問題点はそれに尽きる。陽気暮らしだの、夫婦円満などいってる場合か。人が居なくなる現実とは何なんだ。
宗教と詐欺
久保博司『詐欺師のすべて』を読みますと、インチキ宗教も詐欺とやり方が変わらないんだなと感心しました。この本にある「詐欺の鉄則十五箇条」から抜粋して、インチキ宗教の手口を考えてみましょう。霊感商法や法の華などを念頭にして読んでいただくとなるほどと思われるでしょう。
第一条 自分は詐欺師ではないとの信念を抱け
・相手を騙す前に自分を騙せ
自分は嘘をついていると思っていては人を騙せません。自分でも嘘を本当だと信じ込めば良心は引っ込みます。もし良心を感じても平気で耐えられる神経が必要です。このことは次の条文につながります。
第二条 演技力を磨け
・強靱な神経をつくれ
・服装はスキのない紳士風に装え
・ゆったりと余裕をもって話せ
ありがたい雰囲気を作りましょう。ぼろを出さないためには、広い教養と深い専門知識と立派な服装が不可欠です。無欲さを強調して質素な服を着るのも手です。しかし安っぽいのは信用されません。サイババのように手品で驚かすのもいいでしょう。
第三条 権威を利用せよ
神の生まれ変わりとか、神の声が聞こえるとか言います。著名人と親しいことを強調します。
何とか教などといった大げさな教団名、壮麗な神殿、盛大な儀式などは、これだけ立派なのだから間違いないと思わせます。
第四条 人の弱みをにぎって活用せよ
・相手を選べ
病気・縁談・仕事・家庭などに悩みを抱えている者、何とかしなければと思っている人は、おいしい話、つまりすぐに問題が解決できますという話に乗りやすいのです。
第五条 無価値のものを価値あるように見せかける
お札、お守り、壺、印鑑などなど。教祖の本もこのたぐいだと言ったら怒られるでしょうか。
あるいは占い、予言といったでまかせ。たとえば、「あなたの家に松があるでしょう」と尋ねます。本当にあればビックリするでしょうし、なくても大丈夫。「ない? ああ、よかったあ」と言います。どちらとも取れる言い方をすれば必ず的中するのは当然です。
第六条 真実を核にして嘘を構築せよ
新興宗教の教義は仏教やキリスト教、そして一般的な道徳・常識や科学知識、それに霊の話を混ぜて出来上がり。
「このままだったらガンになるぞ」といった脅しも嘘ではありません。誰でもガンになる可能性はあるのですから(お前はガンだと言えば嘘になります)。ガンになれば、私の言ったとおりだろうと言い、ガンにならなければ、私の力でと言えばよいのです。
第七条 最初はまともな話で相手を安心させよ
・誠意を見せかけよ
・最初のハードルを低くせよ
最初は耳に心地よいことを言います。あなたの悩みはよくわかります、お金はいりませんとか、お気持ちだけで結構ですと言いながら、次第に要求がエスカレートしていきます。おいしい話には裏があると思ったら間違いないでしょう。
お金が儲かる財布とかいったインチキ商品の値段は、大体2~3万円程度です。これよりも安かったら信用されないし、高かったら訴えられることがあります。この程度ならだまされたと思っても、文句を言うのも面倒なのであきらめるそうです。
第八条 騙すなら徹底して騙せ
騙されていることに気づかせないのが本当の詐欺です。しかも我々は詐欺にひっかかったことを認めることは、自分が愚かだったと認めることになるので、詐欺ではないと思いたいのです。それでいつまでも騙されてしまうのでしょう。
第十一条 相手をあわてさせ、冷静さを失わせよ
・カモの不安をかきたてよ
先祖が迷っているとか、このままほっておけばとんでもないことになるなどと言って脅します。そしてあわてさせ、冷静な思考を鈍らせます。考える時間を与えてはいけません。間髪を入れずに入信させ、献金させ、高価なものを買わせます。
・カモを孤立させよ
相談相手のない一人暮らしの老人がひっかかりやすいのは定説です。
第十二条 あらゆる手段を使って時間をかせげ
・相手を諦めさせよ
騙されたと気づいても、時間や手間がかかれば、たいていの人は諦めるそうです。
第十三条 引き際を心得よ
あまりしつこく何度も金を要求されると、誰でも不信を持ちます。ということは、ほどほどの要求なら疑いを持たずに騙され続けるのでしょう。
第十四条 強い返済要求には応じよ
・法律の抜け穴を巧妙にくぐれ
・何を言われても動じるな
インチキ宗教がなかなかつかまらないのはこのためでしょうか。
結論
一,金、金とうるさい宗教
二,しつこく勧誘する宗教
三,教団の大きさ、信者の数や建物の自慢をする 宗教
四,願い事が簡単に叶うように言う宗教
五,従わないと脅しめいたことを言う宗教
こうした宗教には眉に唾をつけてみる必要があります。
組織はなくとも信仰できる! 様
天理教団は、第十三条「引き際を心得よ」を失敗したので、これだけ信者に不信感が募ってしまったのですね。
10月2日夕方、ライブで首相が演説している。それにしても安倍ちゃんの顔が怖い。人相が悪すぎる。沖縄の結果がよほど悔しいのだろう。
青年会委員長さん、百田発言、どう思うよ。
「玉城デニーが勝つと、中国が沖縄を乗っ取るか、あるいは沖縄に攻めてくる」
本当にそうなるのか。ちんけな物書き百田を持ち上げての天理教青年会。
まさか日本会議ともお友達ではないだろうね。
いくら何でもそこまでおバカでないことを祈る!
道一条の青年さん達、
どうか世間勤めして下さい
お願い致します
世間は人手不足で本当に困ってます
本当に助けてください
少しでも週一でもいいからお願いします
もし他の天理教人から世間勤めする事について否定的に言われたら
世間は今人手不足で困っているのでお助けのつもりで働いています
とお答えして下さい
匿名 2018年10月2日 8:51 PM様。
>道一条の青年さん達、
どうか世間勤めして下さい
お願い致します
>もし他の天理教人から世間勤めする事について否定的に言われたら
世間は今人手不足で困っているのでお助けのつもりで働いています
とお答えして下さい
殆どの青年さん達は、自分の意志で行動出来ません。
上に伺いを立てて許可を貰わなければならないのです。
自教会であっても、上の当番があったり、行事があったりで自由に動きがとれません。
余程の問題意識を持ち、真実を学んだ上で、なお且つ強い意志が必要です。
匿名
2018年10月2日 8:51 PM
>道一条の青年さん達、
どうか世間勤めして下さい
お願い致します
世間は人手不足で本当に困ってます
本当に助けてください
少しでも週一でもいいからお願いします
もし他の天理教人から世間勤めする事について否定的に言われたら
世間は今人手不足で困っているのでお助けのつもりで働いています
とお答えして下さい<
「道一条の青年さん達」、天理教教祖は「朝起き・正直・働き」と教えられたはずです。教会本部は、世間で働くことを「世上働き」という言葉を使って、あたかも悪いことをしているようなニュアンスをあなた方に与えているのかもしれませんが、世の人々の中には、警察官や消防士、看護師や警備員、老人介護施設で働く人達、その他、「朝起き」どころか、昼夜をいとわず、社会の治安や人命を守るために働いておられる方々が多数おられます。24時間交代勤務とは言え、その仕事をした者でないと理解できない肉体的、精神的苦労があります。「世上働き」とは、教会本部上層部が自らの経済基盤を確保し、「ぜいたく三昧の暮らし」をするために造りだした「造語」です。決して騙されないでください。天理教団という組織は、そうした「世上働き」をしている方々が、艱難辛苦の労働で得た収入の中からの「お供え」で、今、かろうじて成り立っているのですが、現状は近いうちに「完全崩壊」するでしょう。収入を伴う「働き」や、収入を伴わないボランティアも立派な「社会貢献」であり「人だすけ」です。
真柱様は青年会総会でサラリーマンでも神一条になれると仰ったことがあります。
(巨大掲示板の書き込みより)
大亮一家だけが幸せなんだよね天理教は。真柱夫妻は全然幸せそうに見えない。で、下の人間はどうかというと、貧乏で腐っているので陽気暮らしではなく陰気暮らし。陰気暮らしから脱却したいと事業をしようとすれば「人間思案」で却下でしょ? これじゃ下の人間は永遠に陽気暮らしなんてできない。陽気暮らしをするためには世間並の生活できる程度の収入がどうしても必要なのに。
天理教は「陽気ぐらし」ではなく「陽気づくめ」だと、書いてあります。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou2/pdf1/youki.pdf
表統領はご恩報じ、お尽くしを説きに全国行脚してるんですかね。
人助けと言っても、ご恩報じの上に「人助け」ができるのであって、ご恩報じの気持ちはせめて毎日せよ、と教区に来て講演したそうです。
人間社会の盆暮れの贈り物に話を絡めて、「普通50000円の物を貰えば、それに見合うお返しをするでしょ。3000円位にしておこうかとは考えませんよね。それと同じで、我々は親神様からお金に換算出来ない程のご恩を貰っている。だからご恩報じは時々それを思うんではなくて、せめて「毎日」ご恩法事の事を考えなさい。」と言ったそうな。
いよいよ息子だいすけ君の次期真柱のより良き環境ずくりに金が、金がと全国行脚なのですか。信仰者として信者の安寧は二の次。金、金、と貧乏信者や貧乏教会から金を取ることばかり考え、我が子の事しか考えていない模様。
換算出来ない程の神からの守護を頂いているのだから、それに見合うだけの金を出せよ、と言っているのです。その事をせめて「毎日」考えろと。
人助けの前に、毎日御恩報じの金を出す事を考えろと。
本部は異端も異端。最大異端。
おやさま、何処にいらっしゃいますか?
>真義徳
2018年10月4日 4:51 AM
真柱様は青年会総会でサラリーマンでも神一条になれると仰ったことがあります。<
大変漠然として意味不明なのですが、一体、真柱のおっしゃっている「神一条」とは具体的にどのような「生き方」なのでしょう? 天理教でいう「神一条」とは真面目な労働者の収入から「お供え」を搾取するという印象しか受けないのですが。私には「神一条」という言葉は、教団が造りだした「詭弁」にしか聞こえないのですが。
実務経験のない大亮ではまだ無理なので、実質的な仕事はすべて表さんがやることになります。垂簾政治ですね。垂簾政治するにも金が要るってことなんでしょうかねえ・・・。しかし「人助け」をしたくても、自分に金や力がないとできないのです。信者をすってんてんにして「人助けしろ」といっても無理です。毎日の生活に追われていると人を助ける余裕はありません。
表さんは何を考えているのですか。世間のことに全く無知というか、知っていても知らないふりをしているのか。
総務省は老後の資金は、夫婦で月29万円必要ですよといっている。実態はどうですか。国民年金を夫婦で40年間掛けてきても月額13万円です。その13万円全額が支給されるわけではありません。後期高齢者保険料に介護保険料の合計額が差し引かれます。夫婦で29万円も貰っているのは公務員位です。民間企業の厚生年金でも月に29万円も貰っている人は余程の大企業の役員位でしょう。厚生年金の平均は月18万円です。
お供えが欲しいのであれば、こういう高給年金受給者たちに「にほいがけ」をしてください。分かりましたか。貧乏人を相手にしていてもお供えは集まりませんから。
「神一条」の道とは、おじばに天啓者が永続し、地場屋敷がたすけ一条の力を増し続けるという意味なんでしょう。ナライト様を中心から遠ざけ、茨木先生を罷免し、啓示霊能者達を無視し続けてきた、中山ご一統様の本部人事責任者達こそが、本来のお地場の理からすれば背教者になってしまっているんでしょうね。
善亮君も、本部の救済力を増す事を考えないで、献金集めだけを説いてきたら、詐欺商売と同じです。
この事に気づくまでは徳ある中山真柱家でさえも、気の毒な雛形になってしまうのではないでしょうか??
そんなにお金が欲しいなら開祖の精神「学者金持ちあとまわし」は廃止しなきゃ。これからの天理教は真如苑の精神が必要ね。
開祖伊藤真乗の名言「貧乏人は創価学会へ行け。中流は立正佼成会。金持ちだけが真如苑に来ればいいんだ。」
だまっていても今80代の人はあと10年たてば、いなくなってしまうので現在の本教の中心世代 50代から80代の4分の1は消滅します。50代の方々が80代になるころには完全に消滅はしますが、なんだかなあ、、、今までの人生はと思えてきます!!50代から80代の方々がせっせとお供えをして、40代以下がぱーっと使っちゃうそんなイメージです!新しい真柱はその流れを早くするかもしれません!
匿名
2018年10月4日 8:43 PM
>善亮君も、本部の救済力を増す事を考えないで、献金集めだけを説いてきたら、詐欺商売と同じです。
この事に気づくまでは徳ある中山真柱家でさえも、気の毒な雛形になってしまうのではないでしょうか??<
本部には人を苦しめる力はあっても、「救済力」なる有り難い力など、あろうはずがありません。天理教を「手本・ひながた」にしたオウム真理教のように、せめて、罪の無い人達を不幸のどん底に陥れた凶悪事件は
起こさないでほしいと願うばかりです。昨晩、オウム真理教の地下鉄サリン事件を取り上げたテレビ番組を視ましたが、オウム真理教の教団内部の階級組織や、信者を洗脳する方法など、天理教そのままのコピーを見ているようで、本当に怖ろしくなりました。皆さん、決して騙されないようにしましょう。
真柱が身上に成り「おさづけ」と言う治癒を有してるにも関わらず治せないのが事実 善亮大亮を筆頭に教団中枢部どんなに笑顔を振りまいてるつもりでも、それすらも道化の所業。互いが互いを笑顔で騙し合っているライアーゲームです。 最近世の中では、人狼と言うゲームがはやっています。 村人と人狼 で騙しあうゲームです。村人、占い師、ハンター、対 狂人 人狼 と言う役柄です。流れとしては、教内の談し合い 会議形式に話は進みます。人狼ゲームから考察しますと、今まで、徳だの さづけ だの偉そうに言ってきた割に、「真柱一人完治できない」 中山家を初めとする教団中枢部はまさに嘘付きの人狼です。宗教と言うより、神名を悪用している詐欺集団だったと言うことです。
崩壊さんがおっしゃるようにオウムとそう変わりないと言っても過言では無いでしょう。
人類で最も進化・成人した人達の集まりが本来の地場屋敷の面々の筈ですが、現在は我々凡夫と大してかわらない人達が、説教だか献金の要請だかをしている訳です。100年前に還って天啓者達を擁立するという本来の方針に還らないと、中山教本部は人類のお荷物になってしまうかもしれませんね。
Twitterで紹介されていた一文。
≫本部員の中でも表統領派が幅を利かせている。真柱さんは長弟が表統領になることを非常に反対したらしい。
≫それを押し切る形での表統領就任。
これが本当の事ならば天理教本部も世間も変わりない。声の大きい者、慎みの無い者は自分の欲望に忠実に恥じらいも無しに行動できる。だから自分の願望の実現率は高いのだ。
いくつかの企業での勤務経験を通じて思った。「素晴らしい人が出世することは稀。人間的に欠陥のある者ほど上に行く。」
20年間勤務した会社では陸勤になったキャプテン2名のうち、一人は大卒。彼は継母に育てられた心優しい人。もう一人は漁業高校出身のキャプテン。これが悪い奴で大卒のキャプテンを苛め抜いた。結果、常務になってしまった。
私は会社から発信される彼のメールを私が見られるようにしていたので、彼の悪事を知っていた。石巻出身者だから今も存命かどうかは知らない。
信仰していて一つだけ納得がいかないことは、声の大きいだけで、能力もない、人から尊敬もされない男なのに、どうして恵まれた環境で暮らすことができるのか。
質問を投げかけた時に受け取った答えは「ご先祖様のお徳があるからだ」だった。
彼には息子と娘がいたが就職氷河期にもかかわらず職を得ていた。息子は大日本印刷。頭が良いとも思えない子供たちだが不思議なことだ。
彼の夫人はキャプテンの長い航海中に浮気をしていて、あいびきに出かける間、幼い子供を同じマンションに住む同僚の奥さんに頼んでいた。
後年、陸上勤務になってから自分たちの恥を隠すためにこの夫婦がとった行動は酷いものだった。
子供の世話をしてくれた人を「○○さんは頭がおかしい」と執務中の部屋で仕事に関係ないのに大声で話すのだ。頭のおかしい彼女のいう事は信用できないとでも言いたかったのだろう。彼女は秘密を漏らすことは無かった。彼女が守っていた秘密を私に話した理由は、精神的にまいってしまい相談を受け、カウンセリングの先生を紹介してあげたからだった。
事情を知る私は「でも、○○さんは頭がいいんですよ。株で儲けをだせているんだから」と、情けないけれどこの程度の反論しかできなかった。
けれど、私が退職する時には上司の一人に秘密をばらしてから辞めてやった。聞かされた彼は信じなかったけれど。
どうして悪人家族が長きにわたって幸せなのだろうか。
人を蹴落として幸せな人生を生きている人たち。天理教本部にもいるから、もしかすると、この世界は「やったもの勝ち」なのかもしれない。
首相や取り巻き連中の嘘つきたちも生き残っている。首相なぞは大病からよみがえってしまった。百田氏だって信者のお供えの一部をしっかり受け取っている。
表統領はせっせと金集めはするが兄である真柱快癒のためにどのような「心さだめ」をしているのか、していないのか。
大亮夫婦はギリとはいえ戸籍上の父親である真柱のためにどのような勤めをしているのか、していないのか。家族一丸となっての心定めがなされていないのではないか。
「財産なっしょう」の機会となるだろうに、大亮夫婦が持ち物全てをお供えしたとは聞いていない。
さっさとお供えして家族で関西圏の外に布教にでたらどうか。
自分の身に変えてでも親を助けようとも考えず、青年会のお祭り騒ぎにうつつを抜かし、早くも授かった子供を「様」付けで見せびらかし(?)能天気な姿を夫婦揃って晒している。
もう、バカバカしくて見ていられない。これが信仰者の姿だと言えるか?
大亮夫婦の取り巻き連中はそれが生きる道だと思っているのだろうか。大間違いだ。
信者は尊敬できる信仰者についていく。馬鹿な者たちのことは相手にしない。
大亮様ご夫妻に授かった魂の前生を透視できる人達はいないんですか?
ライアーゲームの善亮大亮とその取り巻き 様
2018年10月5日 5:37 PM
引用
真柱が身上に成り「おさづけ」と言う治癒を有してるにも関わらず治せないのが事実 善亮大亮を筆頭に教団中枢部どんなに笑顔を振りまいてるつもりでも、それすらも道化の所業。互いが互いを笑顔で騙し合っているライアーゲームです。 最近世の中では、人狼と言うゲームがはやっています。 村人と人狼 で騙しあうゲームです。村人、占い師、ハンター、対 狂人 人狼 と言う役柄です。流れとしては、教内の談し合い 会議形式に話は進みます。人狼ゲームから考察しますと、今まで、徳だの さづけ だの偉そうに言ってきた割に、「真柱一人完治できない」 中山家を初めとする教団中枢部はまさに嘘付きの人狼です。宗教と言うより、神名を悪用している詐欺集団だったと言うことです。
崩壊さんがおっしゃるようにオウムとそう変わりないと言っても過言では無いでしょう。
返信
まったく持って御もっともです。その通り!私も好きでスマホからプレーしています。人狼ですよ人狼!ゲームの人狼では、人狼や狂人を人外(じんがい:村人以外をさす用語)と呼び村人の振りをする騙しの技があります。人狼や狂人が占い師の振りをするんです。それを言動から考察し、白黒で判別して行くんです。そこから考えると、「徳がある。ならおさづけも効く、理があるならそのおさづけも効く」と成ります。実際は「・・・」はい皆様方御名答ございます。中山家と中枢部は黒なんです。中山教(善亮大亮教)なら白 しかし天理教です。つまり真っ黒です。つまり人外の人狼か狂人です。
簡単に説明しますと、天理教を大きな村とします。そこは村人の為の村です。しかしそこで人の振りをして、占師の振りをしている。人狼や狂人と言う 人外という村人以外の存在が居るということです。それが中山家と中枢の人間たちなのです。
再度言いますが
徳があるんだからならおさづけも効き、理があるなら真柱を完治させろ!
で天理教と中山家と中枢部の真価が試されている。それが出来ずして、中山家の教団での存続は神の目からは無理に成ります。教団内の信者層でも許すはずかございませんよね。
今まではお勤め前後に社会学さんを拝見するのが勤めに成っており私の周りもそのような認可に成って居る人が大変多いです。今後はお勤め前後に書き込むことが勤めに成りそうです。
だいすけ君もお授け貰っているはずですよね。そのお授けで人一人、義父を助ける事が出来ないんだから、今後彼から貰うお授けも、「効能が無い。」と見るのが常識です。教団的には治らない真柱は隠しておかねばならない。詳しい現状は大教会長にさえも知らされていない。我々布教最前線の平民にはなおさら知らせない。「信仰の効果・効能も無い」新興宗教の布教、金集めの邪魔になるからです。
匿名様
もしやあなたは本部の方ですか?
本部員だったりして笑
内部情報ありがとうございます。
>匿名
2018年10月5日 9:46 PM
いくつかの企業での勤務経験を通じて思った。「素晴らしい人が出世することは稀。人間的に欠陥のある者ほど上に行く。」
20年間勤務した会社では陸勤になったキャプテン2名のうち、一人は大卒。彼は継母に育てられた心優しい人。もう一人は漁業高校出身のキャプテン。これが悪い奴で大卒のキャプテンを苛め抜いた。結果、常務になってしまった。
私は会社から発信される彼のメールを私が見られるようにしていたので、彼の悪事を知っていた。石巻出身者だから今も存命かどうかは知らない。<
確かにそうですね。要領が良く世渡り上手な人間ほど出世や昇進が速いものです。私も長い間「世上働き」をした経験があるので、よく理解できます。しかし、要領が良く己の出世ばかり考えている人間を上層部に抱えている企業は短命です。業績が悪化し倒産していく企業の大半はそういう上層部を抱えています。己の立身出世や金儲ばかり考えている企業の上層部は社会の動向にはあまり関心がありません。とにかく、己がその企業で立身出世し、高額な報酬を得たいというその場かぎりの欲望に駆られているので、企業が将来的にどうなっていこうと、どうでもよいのです。己自身が儲けるだけ儲ければ、後は、「野となれ山となれ」という考え方です。いわゆるワンマン経営、無責任経営です。そうした企業が上層部を牛耳っている企業は、あたりまえのことですが、部下はついてきません。部下は「やる気」を喪失し、企業の業績は悪くなる一方です。成長していく企業の多くは現場で働いている部下の声に謙虚に耳を傾け、意見を吸収し、将来を見据え、企業が存続し発展していくためにはどのようにしたらよいのかということを常に真剣に考えているはずです。今や世界トップクラスの自動車メーカーとなったトヨタの社長職ですら、社外から有能な人材を招き入れていた時期があります。時代の動向を絶えず注視、研究して対応していかなければ、その企業はたちまち立ちゆかなくなります。それほど社会の変化は激しくて早いのです。企業と宗教団体を同じような次元で比較して論じるのは間違っているのかもしれませんが、教団内部を中山一族、また一族に迎合する輩で固め、いつまでも古くさい、カビ臭い、間違った体制をとっている限り、天理教に将来はないでしょう。
眺柿亭(ちょうしてい)
真柱邸の離れの名前です。名付けた人は三笠宮殿下だそうです。
離れから見える庭先に柿の木が一本あるのだそうです。
殿下が離れに宿泊した当時、離れの名前が無かったので、その木に由来して殿下自ら名付けたそうです。
昨日 天理の知り合いから聞いた話です。
大亮君が離れを住まいにした年に、その木は病気になり、実った柿は一つだったそうです。
真柱邸では、柿を収穫する時、一本の木に一つだけ実を残すのだそうです。
つまり大亮君が離れに入った年は、離れの前の柿は収穫ゼロだったそうです。
「眺柿亭」ではなく「不実邸」ですね・・・
昨年の6月頃から、真柱夫妻と大亮君の住まい交換が始まったそうです。
大亮君は真柱でも無いのに既に本邸住まいです。
そしたら真柱邸の門の脇の樅の木らしい大木が枯れ始めました。
昨年の夏に見た時、木の全体が茶色くなっていました。
先月、参拝した時に改めて見たら枯れた枝を切り落としたのか、木全体がスカスカになっていました。
その内、この木も枯れてしまうのでしょう・・・
昨年の7月に木で作った甘露台が倒れ
今年の4月に真柱が教祖殿で落下、6月には真柱本人が東京で倒れる
「理は鮮やか」とはこの様な事を言うのでしょうか。
善亮大亮親子は、「不実」だと私は思います。
ノーベル賞本庶教授の言葉が天理教の在り方と重なってくる。
「教科書を信じない。疑い、自分の目で確かめる。納得するまであきらめない。」
天理教信者も教会長もあまりにも教科書(不実な本部が作った虚実を混ぜた教理、教本)を信じ過ぎてきた。何も真実を知らされないまま。
真実はどこにあるのか、疑い、自ら確かめる作業をして来たか?3代続く当教会の先祖の姿勢が正しかったのか・・。金銭、物品含めて多くを剥ぎ取られ、砂を噛む様な生活を、これが神の道と自らを無理に喜ばせ、納得させながら生きて命を閉じた。もっと楽しんで生きる事も出来たはずなのに。
我々教会長はもとより、信者の方々、天の理が鮮やかに出始めている本部の実態を知るべきです。退職信者様の仰る通り、甘露台倒壊に始まり、真柱落下、真柱身情倒れ、真柱邸柿の木の枯死間近・・。
理不尽な嘘を混ぜ込んだ不実な教理で信者を惑わして来た「本部を疑う事」からが、自らの信仰生活のスタートです。我々教会長は間違った教理で、信者の人生を奪ってはいけないと断じて思う。
退職信者様。
四代さんと大ちゃんの住居交換、私はガセネタだと本部筋から聞きました。
木が枯れた、柿が実らないなど、もっともらしい枝葉をつけて投稿されてますが、退職信者様にその住居交換なるウワサを話した方は、信用のおける本部筋の方なのですか?
ただの天理在住信者や本勤さんだと、ガセネタをよく掴まされるみたいです。
睦輝様
柿の木の話も母屋の話も真柱邸に出入りしてる方から聞きましたよ
結構外部からも出入りする方がおられるらしいですが、
本部の方でも真柱邸に出入りできない方いるらしいですからねー
匿名様
農事部は真柱邸の柿の木の手入れをするために出入りすると聞いたことがあります。
私は退職信者様にお伺いしたのですが。
匿名様…?
どういう事でしょうか。
私も、真柱邸に出入りする本部筋の人間から聞いたのです。
それも毎日のように出入りする方です。
後継者と真柱が居住区域の交換、ましてや現役の真柱夫婦を離れに押し込むなど、時代が時代なら謀叛ですね。
去年6月なら、大ちゃんは結婚前。
結婚して子供が産まれて手狭になった為…というならまだしも、タイミング的にもありえません。
すべては表さんの差し金でしょう。シナリオ通りってことですよ。垂簾政治ですわ。
平成7年の阪神淡路大震災や7年前の東日本大震災で、住居が倒壊し、あるいは火災で消失し、あるいは津波で流された被害者の方々は、狭小で住環境の悪いプレハブの仮設住宅に住むことを余儀なくされ、住環境の劣悪さが原因で亡くなった方々も大勢おられるようです。いわゆる震災関連死と呼ばれているものの一例です。GOOGLE EARTHで真柱邸の航空写真を見れば、敷地・建物の広さに、驚かずにはおれません。一体、あの広大な建物に何人の方々が常住されているのでしょう? おそらく限られた少数の方々が住まわれているのだと思います。教祖は「難儀せねば難儀している者の気持ちは分からない」とおっしゃったそうですが、住居を失われた震災被害者の気持ちは、真柱邸の住人には理解できるのでしょうか???
https://www.google.co.jp/maps/@34.602267,135.8447697,182m/data=!3m1!1e3
崩壊 様
この屋敷の中には、お宅勤めとして直属の多くの青年、女子青年が下働きをしています。屋敷の管理も本部のどこかの部所がしているのでしょう。
東京都心にある真柱専用の東京母屋は管理人が常駐しているようです。
天理教という組織は、中山家の為にあると言っても過言ではないでしょう。
真柱私邸、巨大神殿。グーグルマップで見ました。
こんな個人の欲望の塊の様な私邸や社の為に、飲まず食わずの献金をして人生を棒に振った先人の無念を思うと、宗教にあらざりし地上に現れた悪の権化を、早く駆逐せねばと言う思いにかられます。早い段階で朽ち果てる事を切に願わずにはいられません。
教えを学び・・などと婦人会でもよく耳にします。又、共に唱和しますが、教えを辿れば辿るほど教祖の教えと乖離している現実につき当たり、支離滅裂で怒りを覚えます。
教えを学び・・だなんて、よく言うよ!真面目に学べば学ぶほど、現本部が向かっている方向は教祖の教えと方向が違うじゃないか。
精神が混乱するのは、私だけでしょうか。
いちれつ会などの学費や災害支援、本部勤務者の生活費、道友社、各種維持費、学校、病院への援助費など思いつくだけでも多くの項目の維持費が浮かびます。
真柱邸ってすごく広くて立派に見えるけど、中はボロボロですよ。三代さんの亡骸にお別れに行った時に入りました。贅沢してる感じではなかったですね。三代さんの追悼号にも、真柱邸では昔ながらのものを使ってるや、サッシは桟がすりへって強く閉めると、外れるということが書かれてましたよ。東京の邸宅は、組織のトップとしては、別にあってもいいんと思いますがねぇ。どうなんでしょう。中山家と言うより、どちらかといえば、天理教は大教会長クラスの方が贅沢してるイメージですがね。その辺をもっと考えていかないといけませんよねぇ。中山家もお金はなんぼでも困らないと思いますし、贅沢しようものならなんぼでもできますよねげ。けど、敢えてしないのはなんでなんでしょう。
匿名 2018年10月9日 12:28 AM さま
>中山家もお金はなんぼでも困らないと思いますし、贅沢しようものならなんぼでもできますよねげ。
>けど、敢えてしないのはなんでなんでしょう。
色々な理由は考えられますけど、真柱邸や上層部のお屋敷には多くの青年さんや女子青年さん達が「ひのきしん・ご奉仕」という名目で詰めており、働いていますよね?
それらの青年さん達は、全国の教会子弟(どちらかというと大教会や大きな分教会)じゃないですか?
その人達に「私達は贅沢はしていないんだよ」という事を見せて洗脳するのが目的なのでは?
でも、「中はボロボロ、サッシや桟がすり減って・・・」というのを「贅沢じゃない」と考えるのは見当違いです。
最新の住宅に建て替え、掃除にしろメンテナンスにしろ機械や最新の道具を使った方が人件費も掛からず手間も少ないというモノです。それを敢えて昔のまま、古いままで多くの青年さん達に掃除や維持管理をさせるのは、現代では余程の大金持ちか、中東の王侯貴族でもなければ出来ない程の『贅沢』です。
何と言っても高いのは「人件費」なのですから(もっとも、天理教の中では、人件費は異様に安く計算されているようですが・・・)。
それに、中山一族が奈良県の高額納税者に名を連ねているのをお忘れですか?
納税は実際に収入として明かになっている分から計算しますけど、宗教関係の場合、目に見えないお金の流れも相当ある事を忘れてはいけません。
匿名 2018年10月9日 12:28 AM様
>中山家もお金はなんぼでも困らないと思いますし、贅沢しようものならなんぼでもできますよねげ。けど、敢えてしないのはなんでなんでしょう。
中山家が本当に質素な暮らしであり、それが習慣となっているのであるなら、地方の教会へ行ったときの豪華な接待は居心地が悪いと思います。
箸を口元へ持って行こうとすれば、手元がしびれて食べられないでしょう。
なぜ、地方の教会が過剰な接待をするのか。それは本部から細かく指示があるからです。
目の前にあった三島神社を、邪魔だからと移転させてしまう感覚は、贅沢を通り越しています。
なぜ、そんなことが出来たのか?三代真柱は使い切れない程の金を持っていたからです。
>加藤ハルアキ
2018年10月9日 4:11 AM
でも、「中はボロボロ、サッシや桟がすり減って・・・」というのを「贅沢じゃない」と考えるのは見当違いです。
最新の住宅に建て替え、掃除にしろメンテナンスにしろ機械や最新の道具を使った方が人件費も掛からず手間も少ないというモノです。それを敢えて昔のまま、古いままで多くの青年さん達に掃除や維持管理をさせるのは、現代では余程の大金持ちか、中東の王侯貴族でもなければ出来ない程の『贅沢』です。
何と言っても高いのは「人件費」なのですから(もっとも、天理教の中では、人件費は異様に安く計算されているようですが・・・)。<
そうですね。世間の常識から考えれば、一番高いのは「人件費」ですね。お宅勤めとして直属の多くの青年、女子青年が下働きをされているようですが、それほど多くの「お宅勤め」の人員が必要なのでしょうか?屋敷の規模が大きくて老朽化し、維持管理に多くの人手を要するのであれば、現「真柱邸」を解体・撤去し、別敷地に「適切な規模」の住居を「本部の潤沢な資金」で新築されたら良いと思います。そうすれば古くから地域の氏神様として地元の人達に信仰されてきた、三島神社を移転する 必要も無かったのではないでしょうか?(当該神社の移転の経緯は他にあったという噂は耳にしたことがありますが・・・)多くの青年、女子青年を「お宅勤め」させるのは、中山家の威信を誇示するためという解釈もできると思います。ともあれ、今や天理教は「中山教」とも呼ぶべき得体のしれないシロモノとなり果て、宗教と呼べるものではなくなったという事実を立証する一例だと思います。
真柱邸の前を通り過ぎる際に、玄関の方へ向き直り拝をしている人を見かけますが、何の意味があるのでしょうか。
人を人として尊重することは大切ですが、崇め奉ることには抵抗を感じます。最も、拝をしている本人が納得しているのであればいいんですが、見ている方としては異様に感じるのです。
真柱邸の目前に有った三島神社が目障りだったのではないでしょうか。異常な思い上がりです。
東礼拝場を作るよりも北礼拝場を拡張して、中庭が狭いと感じるのであれば、教祖殿を北側へずらせばいいだけのことだったのではないでしょうか。何にしても、全てが遅きに失した感じを受けます。
天高二部同窓生からも、真柱(三代)は質素な生活をされていると聞いたことがありますが、だったら、芹澤氏の死の扉の前に書かれている二代さんの贅沢極まりない食生活や三代さんの名が夜の銀座では有名だったという話とは整合性が見当たりません。真柱邸の中身は全く魑魅魍魎の世界です。
「中はボロボロ、サッシや桟がすり減って・・・」というのは保守管理の悪さを露呈しただけのことです。
恥さらし以外の何物でもありません。資金が無いというのであれば、高額納税者の真柱のポケットマネーを出せばいいだけの話です。誰だって自分の家の修理は自分のおカネでするでしょうに。
「中はボロボロ、サッシや桟がすり減って・・・」というのはパーフォーマンス以外の何者でもないと思います。お手伝いの若い子たちに贅沢を悟られぬ様。
質素・人助けを謳っているのですから「言行一致の辻つま合わせ」には必要な道具なのです。
ボロボロを敢えて残し、質素をアピール出来る賢い材料ですから、直しません。
ところがです。銀行には山ほどの隠し金を持っていると見るのが常識でしょう。
なにせ、高額納税者ですから。彼らは賢く立ち回ります。表向きは質素。後ろに向いては舌を出しての高笑い。
現真柱を早々に裏に隠し、次期真柱の息子を手なずけ、沈みそうな舟を必死で浮上させようと躍起の善亮あたりの脳内は間違いなくそんな所だと思います。
トップとして今以上の贅沢の保障が欲しいから、金、金、金と全国行脚してるのです。(教勢発展には逆効果になるのは、分かる人には分かる事なんですけど、哀れな親子です。)
中田善亮様は、東京などへ行くと、夜の街で接待漬けです。
もうそれが当たり前、日常茶飯事の出来事なので、嬉しくも有難くもないのかも。
当たり前に入ってきた、お供えや、お尽くしが減っていることは、善亮様は我慢ならんのでしょう。
おそらく貴方の行動をみて、神様は我慢ならんと思われていますよ。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
中山家始め本部中枢の方々に上の言葉を送ります。宗教者は低きに徹する心構えとそれに伴う行動があるのみです。私は低きに徹する心構えを持ち合わせていませんが、残念ながら高望みを実現させる財力が無いのです。
「天理教を信仰しているなんておこがましい @jQKaskzH1laxBbc」 さんのTwitterです。
≫「人がめどか。神がめどか。神さんめどやで」この言葉を心に納めながら本部批判している。
≫何も教団が悪いことしていない、無駄使いしていない、結婚式で花火ドンパチしてない等、こちらに何も映ってないのだったら批判しません。
≫だが、よくないことが見えている以上は神がめどでも発信する必要がある。
そうなんですよね。「人が目堂ではない」、この言葉で教内の「とんでもない人々」を野放し・放置してきてしまったのです。
天理教は修行がいらない宗教で、しかも人格は問われず教会長・夫人・教師になることができる。
「人の幸せを願ってお世話どりできる心を持つ人が望ましい」と、せめて文言に明記してほしい。
とはいえ、まぁ、そんなことは実現しないだろう。「あなた失格!」とばかりに言われてしまう人間が続出だろうから。
いったい真柱後継者とされる大亮さんと取り巻き体制をこのまま放置することは親神の目から見てどうなのだろう。
答えは既に出ているはずだが人間思案しかない本部ではどうしようもないのだろう。
問題多すぎの教団。
解決の道の一つとして包括関係を終了させる教会が増え、教団体制が揺らいできている。
自分は信仰者として何ができるか考えた。包括関係を終了した教会関係者を裏で支えること、これは良いアイディアかも!
これは別に新しい考えではなかった。聞くところによると、異端とされたり、あるいは別の理由から、信者が普通に利用できる様々な便宜を禁じられた元教会関係者をサポートされておられた方々がいるそうだ。
「みちのとも」に表統領名で記載される「教内村十部宣言」を見る都度に、金の切れ目が縁の切れめとばかりの天理教本部の仕打ちを恥ずかしく思っていた。
そうした仕打ちをうけている教会につながる人々の、誰一人として淋しい思いをさせてはいけない、孤立させては信仰者とは言えない、強くそのように考えている。
今、自分にできるサポートを見つけた。Kさん、そういう事でコンタクトを取らせて頂いた次第です。
訂正します。
教内村十分です。
>東風Z
2018年10月9日 11:16 AM
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。<
「壇ノ浦の合戦」に敗れた平家一門は、討ち死にし、あるいは、落ち武者として全国に離散しました。「自業自得」で崩壊した教団の方々は、いかがされるのでしょう? 宗教からビジネスの世界へ転向されるのでしょうか? ビジネスの世界へ転向しても「放漫経営」の体質が身につき、変わらないので、長くは存続しないでしょう。「おぢば」は「夏草や つわものどもが 夢の跡」と成り果てるのでしょうか? 「天理市」という自治体名は、「丹波市市」にでも変わるのでしょうか? まさに神のみぞ知るところですね。
崩壊様のご指摘↑
≪「自業自得」で崩壊した教団の方々は、いかがされるのでしょう? 宗教からビジネスの世界へ転向されるのでしょうか?
青年会層が夢中になっている講演会。西野についで第二弾の講演会を大亮さんがリツイートしていて、思わず「ハァ?」
まったく後継者はよほど暇なんだね。
先日の東京新聞の読書欄で社会学者の古市氏が一文の中で嘆いていた。
「たいした実績のない、自己アピールがうまいだけの人」に集まる若者たちの存在。苦々しく思っているようです。あの古市氏がですよ(笑)
青年会層が夢中になっているオンラインサロン・オンラインビジネス。気軽に手が出せることから天理青年が目を向けたようだ。
何をやるのも自由。けれど元手資金は自分の体で稼ぎ出した金でやるのが筋だよ。
お供えからの転用では泥棒行為に等しいからね。
教会宿舎だって多くは信者さんのお供えでできているから、そこに寝泊まりしている以上は仕訳して使うべきだよ。
そういえばネット講師で自己アピールしまくりのNさんもタレント気取りで番組で大活躍しているね。
自己アピールするにしても天理教の看板が無くなればただの中年おっさんなんだよ。
天理教で商売しようと、目下、名前と顔を売る段階か?
面白がっているお友達連中もみな、もう少し現状をしっかり考えて行動していただきたい。
婦人会員より。
そのうち、大教会単位で離脱するところが発生すると思う!
本部でなくても、各地の大教会で参拝すればOK
そもそも神様は世界中どこにでもいるはず!
信ずるところはおやさま存命の理だけ
それ以外は何も信じなくていいはず!
おさづけもおやさまが働いていただけば、真実のあるところにはご守護があるはず。
早く、うちの大教会長も離脱してくれないかなあ!
最終的には中山家ご親族の大教会のみとなるであろう!
ぜ~んぶ離脱しちゃえ!別に下から上納されなくても本部カネコマにならないじゃん。隠し資産だってあるしさ。天理教は天理市の本部だけでやっていけばいいのよ。
匿名
2018年10月9日 3:17 PM
>青年会層が夢中になっているオンラインサロン・オンラインビジネス。気軽に手が出せることから天理青年が目を向けたようだ。
>そういえばネット講師で自己アピールしまくりのNさんもタレント気取りで番組で大活躍しているね。
「なんでもすればいい」と思ってやっては後が怖いですしね~ 「ネットは皆の便利な道具」 と言われます。誰えでも手が出せます。 ですがテレビなど既存の組織に付随した特定の集団だけが良かれと思って出している情報だけで勝ち残れると思ったら多い間違いです。ある個人からはじめた人が斬新なアイデアを持っていてそれが共感を受け大ヒットこれがインターネットのサクセスストーリです。つまり「斬新なアイデア」が無いとだめです。そして青年会はじめ教団本部が勝ち残る為には、実名にこだわらずとも、匿名でもまず社会学のコメントを何とかして見てはいかがですか?それもできない。そして病気を治せる宗教なのに真柱の病気も治せない宗教が勝ち残るどころか生き残れるわけが無い(笑) ネットは善悪どちらの情報も拡散されます。天理教と名乗り社会と信者を騙してきた中山教団はその状況で生き残れるわけが無い(笑)有名に成れば成るほど、黒歴史も知られ成功の結果を上回る悪評が全世界に広がる事を未だに分って居ないのが、善亮 大亮 青年会 とその取り巻き という残念な状況をアピールしているだけです(笑)
「平家物語」ならぬ「天理教物語」なるものがつくられて、琵琶法師ならぬ、中島みゆきのようなシンガーソングライターが、「天理教の歌」をつくったら、はたしてどんな歌ができるのでしょうね。命があれば聞いてみたいものです。でも、私は「命のつなぎ」である「お供え」は一切していないので、遠からず死ぬのでしょうね(笑)。
大教会直属で多くの部内を束ねて来た分教会があります。最近どうも下から上がる上納金に事欠いているらしく、例年開催していた各種行事の金策に困窮する事となり、今後廃止の方向で検討中の模様です。
部内から開催賛助金を徴収しているにもかかわらずです。とにかく信者、教会に足を運ぶ「人間」がいないのです。原資のお金が集まらない。
顔ぶれを見ると当該教会の親族とその家族。総数の内訳は約8割が教会長や教会親族で一般信者はたった2割強でした。行事を開催する意義があるのかと常々疑問に思っていました。
往時は行事を開催すればする程、手元にお金が残ったのでしょうがまさに祇園精舎の鐘の声、何も知らずに入って来た若奥さんの苦渋の顔が痛々しいです。
今はもう上も下もない状況に突入した感があります。表さんの様に金、金、カネと言っても下も降る袖が無い状況に陥っていますから、かつて傲慢がまかり通っていた所も、今頃末端の苦渋を味わっていると言う事です。
いづれこう言う時代が来ると、右肩下がりの現教団の実態を肌で感じていましたから遂にじわじわ直轄教会にも及んで来たかと言う印象です。
今後は、大教会に及ぶでしょう。いえ、既に及んでいます。大教会も人手不足、信者不足でガラガラなのです。
この衰退は親神が人類の救済、一人の人間も不幸に巻き込んではならぬと、働いて下さっている気がしてなりません。
神をないがしろにして来た「人間創作宗教」に成り果てた今、最早信仰者では無い一部本部の人間の欲望活動に多くを巻き込み犠牲を強いています。
神へのご恩報じと謳い、1箇所にお金を集約すると言う活動は、宗教では有りません。神へのご恩報じは一宗教の財布の中に集める事ではなく、互いの人間が人間同士で助け合うこと。平たい社会を実現する事。これが教祖の教えなのですから。
手を変え品を変え、威勢の良いイベントをどんなに開催して人心の歓心をかおうとも、神の思いに背いた活動が成就するはずが無いと思っています。
人間を創った壮大な愛である親神の、その親神の意思を、欲望を持った心で騙す事はそれは無理な計画を画策しているという事です。徒労に終わるのが天の意思かと思います。
行事やイベントをやったってお金が出ていくだけでかえって骨折り損のくたびれ儲けです。事情教会だらけなのにあほくさ。このまま静かに滅びていくしかないと思います。
最も進化・成人した魂達が、おやさまよろしく、たすけ一条をおつとめ下さるところが地場屋敷なのですから、
自他共の健康長寿を実現した啓示霊能者達をお地場に招くのが中山真柱家の仕事の筈でしょう。
そうすれば中山真柱家自体もう少し、健康長寿のご利益にあずかれると想像するんですけどね。
その人事に対する抵抗勢力は誰だろう??
匿名 2018年10月10日 5:25 PM様
>行事やイベントをやったってお金が出ていくだけでかえって骨折り損のくたびれ儲けです。
青年会本部は、イベントの経費くらい、屁とも思っていません。
毎年、青年会費という使い切れない程のお金が、何の努力もせずに、黙っていても入ってくるのです。
反対に、今までの歴代・青年会本部は、そのお金を何に使っていたのかと思います。
バカなイベントのオンパレードですが、今まで知らぬ間に闇に消え、誰かに吸い取られていたお金が、見える形で会員に返していると思えば、闇の中から陽の当たる場所へお金の流れが見えるようになったと、思っても良い。
だからこそ、天理教の諸団体は公益法人会計基準に基づいた会計帳簿を作成して、せめて全信徒に公表すべきなのにそれをしない。何故なのか不思議でしようがない。貸借対照表だけでも公表しろってんだ。最終的には一般の信徒が推薦する3人程度の公認会計士に署名捺印を求めるべきだ。
少なくとも、会費を徴収する行為を伴う場合は、絶対条件だと思う。いやしくも会費には消費税は課税されませんから。
>毎年、青年会費という使い切れない程のお金が、何の努力もせずに、黙っていても入ってくるのです。
元はといえば全部献金じゃないか!放漫経営もいいとこだよ。もう出せる人はいないんじゃないのかい?事情教会率90%といわれているくらいなんだからさ。
放漫経営 。傲慢神経のつけが結果として現れ始めました。
だからこそ、近年では大教会直轄でさえもまた、大教会でさえも、生き残るのが困難になり始めているのです。なにせ本部と言う頭が狂った指令を出し続けているのだから。長い目で見れば皆犠牲者です。
上に行く程お金が集るシステムに乗っかっている事を彼らは「徳の違い」だと傲慢に開き直り、弱いもの虐めをして来ました。17000ヶ所全ての教会がみんなで生き残る術を考えて来なかった。虐めても黙ってついて来ると見くびって来た。
その傲慢さが今、末端は上納する力も布教するやる気も無くし、今では結果として彼ら自身が生き残れなくなり始め、貧困と言う形が上層教会の彼らの所に忍び寄って来た。虐めたら虐められる。因縁を説く彼らなら、因果応報が分かるはずだろう。
我々弱小教会は今は出す金の余裕も無く、よって上納金もストップしている。過去の苦労が報われ、今頃では悠々と人間らしく生きている。上級教会がそろばんはじいて苦渋している姿を面白い図だな・・だなんて、密かに見ている。
誠に天が味方をしてくれている感を強くする昨今だ。
先日の月次祭も60人くらいかなと思ったら 70人も見えた。
洗脳状態の70歳、以上の方の熱意はなかなかさめない。
それが幸せならばいたしかたないであろう!
ただ、当たり前のようにお供えを受け取る、20代、30代のバカ後継者には
我慢ができない!
≫進化・成人した魂達が、おやさまよろしく、たすけ一条をおつとめ下さるところが地場屋敷なのですから、
≫自他共の健康長寿を実現した啓示霊能者達をお地場に招くのが中山真柱家の仕事の筈でしょう。
≫そうすれば中山真柱家自体もう少し、健康長寿のご利益にあずかれると想像するんですけどね。
現在見えている事情から悟れることは、中山家に現れている事象は霊能者としてではない普通の人間におきている事象だというだろう。
霊能者としては教祖お一人。だから真柱様とて我々と同じ人間。けっして「進化・成人した魂達が、おやさまよろしく、たすけ一条をおつとめ下さるところが地場屋敷」とは考えられない。普通の人々なのだとハッキリ言える。
普通の人々であるのにもかかわらず、いたずらに神格化したり、特別な存在にしたくなるのは教団としての体面を取り繕う行為にすぎない。もっとも、教祖様は真柱職には意味を持たせておいでだったが、どのように職を全うできるかは、本人次第であることは言うまでもないだろう。
「天理の霊能者」にまとめられているような霊能者が、現在もいることはいるが、天理教団という組織にはなじまないであろうし、もう既に慕う人々が寄り集まって、活動されておられるから、今後、合同体制をとることは無いように推測している。
教祖様の言葉を直に聞きたくて参拝したことが有る経験から、そのように感じている。
話は変わるが世間に溢れる霊能者・霊能力が有ると言っている人々のその内容は様々だ。一神教の親神が時にお見せ下さる「不思議」現象は、霊現象とは全く違うということを再確認したい。また、先祖崇拝ともきっちり区別しなくてはいけないと考える。信仰する中で見える感じる不思議な事の受け取り方を勘違いしては悟りに繋がらない。自分の能力が高いから見えたとか感じたとか受け取ってしまっては、肝心の悟りが抜け落ちていく。ようきろうさんに気が付いて頂きたい。
信仰の自由が有るから、お稲荷信仰だって信仰の一つ、富士山信仰も有り、何種類もの神をあがめる宗教も有るだろう。否定するものではない。けれど注意したいのは「不思議体験」が得られるのはけっして本人の「霊的レベル」がどうのという、誠に人間臭い捉え方で言えることではないという事だ。
自身の「何か」を向上させることはよい事だ。人それぞれの考えで方法を選択するわけで、余計なお世話に感じる方々の反発も有るだろう。一信仰者の私見として投稿させて頂いた。
組織はなくとも信仰できる! 様
≫先日の月次祭も60人くらいかなと思ったら 70人も見えた。
≫洗脳状態の70歳、以上の方の熱意はなかなかさめない。
≫それが幸せならばいたしかたないであろう!
≫ただ、当たり前のようにお供えを受け取る、20代、30代のバカ後継者には
≫我慢ができない!
高齢者だって洗脳からは脱出しています。
40代の苦労知らずのお坊ちゃま会長よりも自分たちの方が悟っているだけのことなのです。
そのうち体の自由がきかなくなれば自然と教会からは足も遠のき、お供えをわざわざ書留にしてまで送るなんてこともできないでしょう。
お供えだけではなく「当たり前のように」個人的な用を言いつける若嫁会長夫人にもレッドカードを渡したい。
旦那にやらせなさい。世間では夫も子育てをやる時代なのだからお手伝い代わりに信者を使うなんて世間知らずの田舎者。
会長がお助けに奔走している?あり得ません。子供を作る作業は夫婦連携プレーなのだから、子育ても同じでしょうに。
何よりも会長は車を持っているのだから。言いつけられた当人はいつも何事も「ハイ」とだけ言って頑張る。けれど、その頑張りの結果、しりぬぐいをする人もいる。
これを全て因縁納消と言ってしまうのはおかしい。上に立つ者は自分に厳しく行動する前に考えるよう、これ、人間として当たり前のことです。
王家と天理貴族の一番バカなところは下から徹底して搾取しまくりつぶしたこと。下をきちんと生かして、富ませて物質的陽気暮らしさせておけば、細く長く上納できるので長い目でみれば利口なのに。大教会が窮乏しているのも自分の手足である下をつぶしたから。タコが自分の足全部食ったわけ。そのうち本部以外は全部つぶれるでしょう。
天理教では、「不思議が神」という言葉を耳にしますが、私は「不思議な現象」には何か科学的根拠があるものだと信じています。かつて「不思議」という一言で片付けられていた現象が、科学技術の進歩により、次々とその謎が解明されてきています。地震という自然現象もその一つです。子どもの頃、母親から「地震は地下に巨大なナマズがいて、そのナマズが大暴れするから地震が起こるのだ」と聞かされて育ちましたが、今となってはバカバカしくもあり、懐かしい思い出です。また、子どもの頃、急な発熱や腹痛を起こした際、天理教で「ごくさん」と呼ばれている生の米を歯で噛まずに水で飲み込めばご守護いただけると聞かされ、飲み込んだものの一向に効果(御利益?)がなく、「おさづけ」なる「まじない」まがいのものを取り次いでもらっても一向に効果がないので、あげくのはて、近所の医院で診察をしてもらい、処方された頓服薬を服用してみれば、たちどころに痛みがやわらいで楽になったものです。また、切り傷や擦り傷をした時、天理教で「お息の紙」と呼ばれる紙切れを傷口に貼っておけば、すぐに良くなると聞かされ、貼ったものの、傷口は一向に良くならず、むしろ化膿するばかりでした。結局、近所の医院で傷口をきれいに消毒してもらい、処方された軟膏等を塗り、通院しているうちに、程なく治癒しました。天理教立教時(幕末)には、科学的知識も十分普及しておらず、そうした非科学的な手段に依存する以外に手段は無かったということがよく理解できます。したがって、私は、「おさづけ」や「お息の紙」、「ごくさん」等の霊感手段は、いまだに全く信じておりません。
結局もう無理なんだよな教団の維持自体が、どんなに有名人を呼んで公演させたり、インターネットを使ってコミュニティー拡大を図っても、根本のピラミッド体制がそもそもインターネットに合わない。ネットで人が近寄っても組織体制が「なんじゃこれ?」実質トップが若造夫婦(笑)有名人を呼んでもそのうちその有名人たちに叩かれるのでは?と二代真柱時代の似の前に成るでしょうね。
善亮大亮の出たがり猿回しは面白いので今後も続けて欲しいです(笑)
教団維持は事情教会率の高さで一目瞭然。でも本部だけはセレブ。下は「貧に落ちきれ」。下が物質的陽気暮らしをと事業をしたくても「人間思案」で却下。新たに信者を獲得しようとたとえ本部が躍起になっても「親の言うことを聞け」で下に自由なしの実態がネットで明るみに。こんな理不尽な団体に誰が?
日参するのが、まるで手柄のように伝える時報。「お賽銭は音がしたらあかんのや、わかってるやろう」で1年間に36万5千円が消えてしまう天理教の世界。
自分で一人もにをいがけをして信者を作ったわけでもないものが、親から会長の立場を譲りうけさも当然のように信者をあごで使う。こんな組織が続くわけがない。あごで使われた恨みは死ぬまで消せないであろう!
今まで100年以上もそんな状態が維持できたのが、おかしくてしょうがない。早く世間様と同様にだめな組織は早くつぶれて、ちゃんと人のために働いて、自分で稼いで1円の重み、1万円の重みを感じてください。
世の中に当たり前なものはないのだから!
真柱が身上?信者には関係ない。おさづけの理を止めてるのは誰だ?真柱だ善亮大亮中山家とその取り巻きやんけ でも天理教もやって無いからしゃあなし(笑)真柱一人助けられん さずけはいらんしな もう中山教に改名して楽に成ればいいやんか 賞味中山や上層部が歯がゆいわ 取り巻きも何時まで中山家に従えるか見物 本席復活させて 飯降 か 上田 から おさづけ もらいたいわな
きかんさづけ 人を病気にする宗教 これで布教? アホを超えてただの馬鹿やろ そら 信者も減りますわ こどもおじばがえり も激減したもんな 表向きへ依然としてるが 減ったからな 内部の人間なら分ってるで
青年会100周年の動画 焦って作り 嫁子供まで出すバカ後継者(笑)
真の信仰をしているものなら当然やが 一日でも早く 中山家が天理教から消えるよう毎日お勤めで天理王の命に祈ってるで、おかげさんで 御守護 だらけでお供え増えたが 上納はせんで~ やはり神さんは見抜き見通しみてはるわ
>東風Z
2018年10月13日 9:56 AM
日参するのが、まるで手柄のように伝える時報。「お賽銭は音がしたらあかんのや、わかってるやろう」で1年間に36万5千円が消えてしまう天理教の世界。<
お賽銭は音がしたらあかんのやったら、新聞広告でも折りたたんで、お供え袋に入れて無記名でお供えしたらよいのです。なんという低劣で、とても宗教と呼ぶのも憚りたくなる団体なんでしょう。
みきがどんなに悲しむか・・・
各教会の後継者が今の天理教の実態を咀嚼して「私は教会は継ぎません!、解散します!」と心に思っていただければ10年で天理教はなくなります。いずれ宗教は教養としてだけのこり、私はキリストの教えを胸にいきていきますだの、中山みきの教えを胸に生きていきますといった概念としてだけのこり、組織だの団体だのはいらない時代になるだろう!必要な情報はAIとかネットから受け取り、理の親だとかわけのわからない存在は皆無となるでしょう!
皆さんのおしゃる通りです。
入信される皆さんに伝えたいのは、当初は良かったと思えることが、後々になってこんなはずじゃなかったと思えてくることが多々あります。
特に、時間とおカネについて際限がなくなります。元一日を忘れるなという言葉で縛られるのです。それなりの覚悟を持って入信してください。そうでなければ近づかないことが最良の道です。
>東風Z
2018年10月15日 10:34 AM
皆さんのおしゃる通りです。
入信される皆さんに伝えたいのは、当初は良かったと思えることが、後々になってこんなはずじゃなかったと思えてくることが多々あります。
特に、時間とおカネについて際限がなくなります。元一日を忘れるなという言葉で縛られるのです。それなりの覚悟を持って入信してください。そうでなければ近づかないことが最良の道です。<
全くその通りだと思います。
そうなのです。人をお連れして本部に初参拝して頂いても、お尽くしの話が後々出て来る世界なので、皆さんが仰る通り、こんな筈ではなかった、になるのです。
我々も騙したような気分になるのです。
本部が「お尽くしは金、ご恩報じは金」と言う偽りの教理を完全撤回してくれれば、我々教会は自信を持って布教致します。
我々は世界平和の為、教祖の教えを広めさえすれば良いのです。みんなが幸せになれば良いのです。
勢いに乗って建てた無駄な本部建物の修理費?本部や大教会家族の生活費?そんな出費の為に新しくお連れした人にお供えの嘘っぱち教理を説いて巻き込むわけには参りません。
ですから現状、布教は致しません。する気が起こりません。時報の増部など興味も関心もさらさらありません。「身から出た錆び」と言うことわざが有ります。本部も時報社も潰れるのを恐れるならば、身を浄化する事が先決です。
>当初は良かったと思えることが、後々になってこんなはずじゃなかったと思えてくることが多々あります。
なんだか大恋愛の末に結ばれた二人が、何年かたって相手の本性を知って、愛が冷めて別れるような感じですね。天理教の現状は秀司そっくりです。彼は老いた母親にとって頭痛の種でした。天理教という組織もさっさと出直すがよろしいでしょう。
上級教会は、ターゲットを決めて人を見下し反面教師として利用していながら、実の子供は問題を抱えたまま。ざまあ見やがれwwwwww
自分達側で何か問題があった時は隠すか、詳しくは話さない。人の事情は、引くぐらいしつこく詳細にきいてくる。思いやりなどあるように見えて、実際は無い。損得しか考えていない。 東北にある教会。
友人の話です。友人の親は教会をしています。その上級は信者がただの一人もいないそうで苦しい経済事情らしいです。友人の親は事業をしていたらしく裕福な教会なので、上級は何かと接触して来て何かにかこつけてはお供えをする様に言って来るそうです。友人の親は「理の親」の言う通り、100万円のお供えをしたそうです。するとしばらく時間を置いて軽自動車を買っていたそうです。
お金がある筈も無いのに自動車を買うなんて、あの100万円が車になったんだ、と友人は怒っていました。
因みにその上級教会は、身上、事情でがんじがらめだそうです。乞食根性丸出しの理の親教会。親心も使えない人間が、「親」の権力を振り回し、立場を利用した宗教ビジネスで生き延びています。徳の切れた姿ですね。中国地方にある教会です。
匿名
2018年10月15日 8:17 PM
その上級教会だけ出なくそもそも真柱中山家がそうですから、中山を見習った姿 ですから実質中山教の教団ですので仕方ないですよ。その様な上級教会を無くす為にはその根源の真柱中山家を失脚追放し 体制を改変すべきです。
>匿名
2018年10月15日 8:17 PM
因みにその上級教会は、身上、事情でがんじがらめだそうです。乞食根性丸出しの理の親教会。親心も使えない人間が、「親」の権力を振り回し、立場を利用した宗教ビジネスで生き延びています。徳の切れた姿ですね。中国地方にある教会です。<
そうした教会は中国地方のみならず、全国に散在しているはずです。私が知っているだけでも複数あります。末端分教会長が自教会の神殿で縊死された教会もあります。大教会役員が大教会敷地内の信者詰所3階から飛び降り自殺されたこともあります。教会本部は「見て見ぬふり」を決め込んでいます。悲しいかなそれが現実の姿です。一体何が「陽気づくめ」でしょう? 「陰気づくめ」です。
>真柱中山家を失脚追放し 体制を改変すべきです。
これは無理でしょ。営利法人中山商店は開祖の血を引く人間が社長を務めるのが筋という考えがあります。開祖はカリスマ的支配、それ以降は伝統的支配で今に至ります。王家と貴族だけが絶対に貧に落ちきることのない陽気づくめ、下は事業をすることすら禁じられ永遠に貧に落ちきっているしかない陰気づくめです。
ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。どこまでいっても教えは正しく、間違っているのはお前たち信者だ。
あわよくば一枚の辞令でもって役員信徒に取り立てて、お供えを搾り取ろうとする上から目線が見え見え。
死んでからも、うかうかしていられない。役員の葬儀は立派にしてあげましょう。10日祭、30日祭、50日祭で納骨。
これらに伴うお供え。さらに、祭官さんへの御礼、お車料、御膳料と続き、墓地への幣帛料が5万円でとどめを刺す。うかつにも死にも出来ない。
いっておきますが、1億年後には日本列島は海に沈むのですよ。ぢばは何処へ行くのですか。何、その頃にはこの地球上には人間は居ないって。そうですか。それで安心しました。
何をいったところで天理カーストをやめるべき!
信者からのお金がまわらなくなったらつぶれると思います。
天理ビルの資産だけで食べていってください。
横浜か東京でお暮しください!
人類発祥という大嘘に皆がだまされました。
現代科学でアフリカが発祥と証明されています。
かんろだいもぢばもすべて大嘘です!
天理教の皆様、騙されることのないように注意してください!
>人類発祥という大嘘に皆がだまされました。
> 現代科学でアフリカが発祥と証明されています。
ぢばは人間宿仕込みの地点であり、発祥の地ではありません。
教祖の教えを都合のいいようにねじ曲げないでくださいね。
かな子
2018年10月17日 11:22 AM
「人間宿仕込みの地点」」と「発祥の地」はなんら変わりは無いです。
宿し込んで発祥した との文章が出来るので、それが アフリカか奈良かの違いです。
アフリカ起源説として名高いこの言説に対し 中山みき が 奈良起源説をといていると言う宗教団体が天理教と名乗る宗教である。と言うことだけでしょう。
この起源説に対して、研究学術論文を提出するのは天理大学やおやさと研究所の役目であるだけです。DNAや文明をさかのぼるとどう考えてもアフリカ起源になる世界中の科学者も認める学説をどう覆すのか楽しみです。 つまり天理教は起源を奈良から変えられないでしょうからカルトと成るわけです。日本の学界でも天理教が笑われているのはここだと気が付きましょう。
>かな子
2018年10月17日 11:22 AM
>人類発祥という大嘘に皆がだまされました。
> 現代科学でアフリカが発祥と証明されています。
ぢばは人間宿仕込みの地点であり、発祥の地ではありません。
教祖の教えを都合のいいようにねじ曲げないでくださいね。<
人類学的、また進化論的見地から見れば、人類と呼ばれる生物はアウストラロピテクスアフリカヌスと呼ばれるアフリカで発生した類人猿から進化したという学説が非常に有力ですが、天理教で云う「人間宿しこみ」とは、一体、どういう意味でしょうか? 若かりし頃、別席で9回も同じ話を聞かせていただきましたが、人生も終盤にさしかかった今になっても、全く理解できません。別席の話の内容に多々、不明な箇所があっても、学校の授業のように挙手して質問することすら許されませんでした。今でも、別席の話はそういうプロセスで、居眠りを必死でこらえて、ひたすら聞くことに徹しなければならないのでしょうか? もし、そうだとしたら、別席の話とは天理教の洗脳手段の一つに他ならないと思います。
>別席の話の内容に多々、不明な箇所があっても、学校の授業のように挙手して質問することすら許されませんでした。今でも別席の話はそういうプロセスで、居眠りを必死でこらえて、ひたすら聞くことに徹しなければならないのでしょうか? もし、そうだとしたら、別席の話とは天理教の洗脳手段の一つに他ならないと思います。
別席の、どじょうやかれいやふぐなどの話を、人類進化の過程を寓意的に表したものとして、肯定的に受け取る人もおられるし、荒唐無稽の理解不能な作り話として否定的に聴く人もおられるでしょう。
否定的にしか受け取れない人でも、その同じ話を9回聴き続ける、ということは、嫌なことでも黙って耐える忍耐力、上に従順な姿勢を養う為に、おおいに役立つでしょう。
崩壊さんの書かれたように、天理教の素直なようぼくにするための有効な洗脳手段になっているとも言えますね。
>信者からのお金がまわらなくなったらつぶれると思います。 天理ビルの資産だけで食べていってください。
事情教会率の高さをみればわかるように下からお金は上がってきません。本部は別に上納金をあてにしていません。今までにこさえた財産だけでやっていかれます。
別席は寝ていても良いと聞きました。同じ話を9回聞きましたが、40年以上も前の事でもあり、今だにさっぱり覚えていません。内容をさっぱり覚えていないのに、天理教的には立派な用木です。
寝ていても、そこに座っているだけでお話が徳となって身体に染み込む様なものだと聞きました。9席あくびをしながらただ座りましたが徳がついたとは思えません。
こんないい加減でもお授けを頂ける。しっかり人助けしろよ、と。
しかし、どんなに教祖を慕い、人助けに燃える心を持っていても、両手が合わせられない障害を背負った方々には、お授けは渡さない。この人権意識の無さ、差別意識、冷酷な仕打ちを当たり前に押し通す天理教を、私は理解する事が出来ません。
障害を背負った方々は「人助けなど出来ない」と烙印を押している様に思えてなりません。互い立て合い助け合いと謳いながら、障害を背負った人は、別枠なのですか?夫婦仲良く、親孝行など聞こえの良い事を言っていますが、両手の合わせられない障害の方々は燃える信仰心があっても、たとえ死にゆく親を目の前 にしても、おさづけが取り次げないんですか?こんな差別意識を親神が許しているのですか?
人間を創造した親神が障害者はお助けは出来ないと、そう言っているのですか?天理教教会本部の方々、お答えください。根拠を示して下さい。
無常という言葉は仏教でよく聞かれる言葉です。無常、常は無い。全てのものは千変万化すると・・・
ここで、議論されている天理教の教えが有り、それについては普遍、不変なのかは分からないが余りにも傲慢というか、時代の変化に無頓着すぎた。
飽くまで人々の為の教え・・・で有るはずなのだがどちらが主体なのか分からなくなって行った。
と言っても時代におもねり、媚びろと言ってるわけじゃ無い。
筋は通していても言葉も時代と共に変化し、生活様式なども変わり、価値観さえもめまぐるしく変わる中で余りにも泰然と構えすぎた。
結局、構成員からは見放される体になってしまっている様相だ。
まあ、それ以前に組織としても問題が噴出し腐敗していると取られてもしょうがない事が起こっているが・・・
どちらが主体なのか?と言う提起をしたが何も人間側だけが主体だと言ってるのでは無い。神も主体でよい。お互いが主体でいいわけだ。それがなぜか、神が有っての人間なのだ!本部が有ってのお前たちなのだ!とやるから反発も起き得るわけで・・・
何も上から目線でものを言うことも無いわけだし、そんな時代はとうに終わっていると思われる。
上も下も無い、貴賎も無い、それを説かれたのはミキ婆さんだったわけでしょう・・・
それなのにおかしなことを性懲りもなくやっているんだから救いようも無いわけで、組織の真っ当な信者信徒も絶望しか無いわけで・・・
いつになったら気づくことやら・・・
誰の為の何の為の宗教、教え、おつとめ、祭儀式、儀礼、様々な催しなどなどどう考えても信者信徒が置き去り、組織の為の手段としてのものになってはいないか?
ここのところをよく認識してもらわないと・・・もう遅いか・・・
アフリカ・奈良起源説について。
ぢばは人間宿仕込みの場所であって、生まれだしの場所とまでは言及していません。人間や動物だって子を宿仕込む場所(sexする場所)と産む場所が違うのは普通のことじゃないかな?
かな子 2018年10月17日 9:41 PM さま
>子を宿仕込む場所(sexする場所)と産む場所が違う
そうですね、仰る通り宿し込む場所と産む場所は違って当たり前ですね。
では、人間にとって「故郷」と言えるのは何処でしょう?
天理教では、天理に来た人に「お帰りなさい」と言いますものね。
「宿し込んだ場所」ですか?
「生まれた場所」ですか?
「子供時代を過ごした場所」ですか?
「親がいる場所」は違いますよね?
おはようございます奈良SEX起源説はウケた(笑)
かな子さんは間接的に教義批判をしたかったんでしょうね。確かに天理教の二代真柱は教団の女性に宿しこみ(SEX)しまくったので間違いではございませんね。それを中山みきが予言したのであれば確かに間違いございません。
>どんなに教祖を慕い、人助けに燃える心を持っていても、両手が合わせられない障害を背負った方々には、お授けは渡さない
カルトはしばしば障碍者を排除します。統一教会では障碍者を連れてくると「ああいう人は戦力にならないので連れてこないで」と霊の親に叱られるといいます。創価学会でも障碍者は最低の地獄という教義がありますが、実は池田教祖の孫は障碍者だそうで。。。wそのうち王家や天理貴族に障碍者が生まれるでしょう。割と血が濃いみたいですからね。
おやさまは「ひとをたすけなされや」ということを第一に教えられたのであり、
ご恩報じは金とか一言もおっしゃっとおられません!
おつとめも「あしきこころをはらって人をたすける心にならせてください」という教えを自分にいいきかせるために何度も何度も朝夕行うのだと思います。
そのおつとめはぢばでなくても各地でおこなうことができます。
決して、おぢばとかかんろだいとかにとらわれれることなく人を助ける心になることがおやさまの教えだと思います。そのほかの天理教本部が作った教えはすべて偽教理だと思いますので信じなくていいと思います。神様はどこにでもいます!
すべての天理教信者がその点に気づいて組織もお供えもなく「人をたすける」という1点で活動していただけたら世界が天理教のなかがもっとよくなるような気がします。
世間のボランティアやNPOの人のほうがよっぽどひとだすけをしているので天理教の人々は何も直接的な
ひとだすけができていないと思います。最近は「こども食堂」や里親などちらほらでてきましたが、全体的にはいまでもおさづけのみがひとだすけのような風潮で「医療」がすでにおさづけに代わってひとだすけに
なっているのにもかかわらず、それしかひとだすけではないような活動をされている教会もあります。
もっとひとをたすけるとは何ぞやということを意識していただけたらと思います。
>かな子
2018年10月17日 9:41 PM
アフリカ・奈良起源説について。
ぢばは人間宿仕込みの場所であって、生まれだしの場所とまでは言及していません。人間や動物だって子を宿仕込む場所(sexする場所)と産む場所が違うのは普通のことじゃないかな?<
思わず大爆笑しました。なんともグローバルで壮大な学説ですね。コメントのしようもありません。
かな子 様
この場への投稿されている方々は、断片的な教義ではなくて、教祖が示された50年に亘るひながたを通して説かれた教えであって、それを知るためには何が必要なのかということだと思うのです。
何か隠し事をしている教団には素直になれませんよね。たとえ、正しいことを説いているとしても裏に何か隠しているんじゃないかと思われてしまうところが最大のネックになってしまっているだけです。
でなければ、教学を談じ合うことすらできないでしょう。
何故、教団は隠し事が多いのかは、この欄の投稿を読まればおおよそのことは分かってくると思うのですが、未だに霧に包まれた部分があるために皆さんはすっきりとされないのです。
一例ですが、教祖は教会制度を説かれたのでしょうか。根幹に関わる制度なのに議論すらされない現状を見ていて教団本部が言うことを信用することは出来ません。なぜならば、教会制度が多くの人々を疲弊させてしまっているからです。教会は、土地ところのひながたと教祖が仰ったのでしょうか。多分、本部が後付けした偽の教義でしょう。もっともこれが教義とは真柱は裁定していないでしょうが、よく耳にする言葉です。
青年会100周年!みんなで着ようよTシャツだそうです。
だいすけさんがお勧めしている・・・。
しょぼい作りのサイトです・・・。
何やってるんだろうと、いつもながらのため息が・・・。
https://100fes.thebase.in/
教会は土地所のひながたとよく聞きます。教祖が言ったのか偽教理なのかは分かりません。どちらにしても土地所でひながたを通ろうにも、つまらない各種行事が多すぎます。駆り出されて一月の半分以上教会を留守にしている有様です。旅費もかかります。
大教会や本部行事に従事する事が信仰だと勘違いしている教会長が多いです。本部や大教会の操り人形では無いです。腰を落ち着けて土地所の教会に居て、教会を預かる責任者として、土地所の教会活動こそ充実させるべきでは無いのでしょうか。本当に言ってる事に矛盾が多い。
また、時間と労力、旅費 などの出費など、そんな事お構い無しで呼びつけます。人助けにもお金がかかりますから地方の末端は相当疲弊して居ます。部内教会、末端まで、子等がみんなで支え合う親心の持ち合わせが無いから、昨今の様に最後はみんなで転けるのです。教会は今、かつてのにぎわいは無く、9割の教会は月次祭の手も足りてません。うちなど月次祭する費用にも事欠いて居ます。往時は年間数百万のお供えを上げて来たものです。今は夢の跡です。
巡教お礼だなんてとんでもないです。信者も高齢者数人の教会です。高齢となると、教会には来ません。誰も講話を聞く人が居ないです。巡教に来る理由がありますか?一人で喋って帰りますか?小遣い稼ぎ、集金回りと言われても仕方ないです。子を思う親心があるなら、こんな迷惑でしかない慣習は見直して欲しい。希望は持ちようもないが、変革を求めます。
>匿名
2018年10月17日 7:26 PM
別席は寝ていても良いと聞きました。同じ話を9回聞きましたが、40年以上も前の事でもあり、今だにさっぱり覚えていません。内容をさっぱり覚えていないのに、天理教的には立派な用木です。
寝ていても、そこに座っているだけでお話が徳となって身体に染み込む様なものだと聞きました。9席あくびをしながらただ座りましたが徳がついたとは思えません。<
要するに、用木とは上級教会や教会本部に対してひたすら盲目的に忠誠を尽くす、「お供え」を納めさせるための「道具」に他ならないということです。「天理教的に立派な用木」とは、教会本部や上級教会に対して「犬のように忠実」であり、且つ、教会本部や上級教会が、ヨダレを垂らして欲しがる「お供え」をしてくれる人達に他ならないということです。別席の話の最中に、「あくび」をしようが、「居眠り」をしようが、「爆睡」をしようが教会本部にとっては、どうでもよいのです。とにかく9回同じ話を聞かせ、訳の分からない「おさづけの理」なるものを授け、用木という天理教内でしか通用しない肩書き(?)を与え、「忠実な犬」(語弊があることは重々承知していますが、敢えて犬という言葉を使わせていただきます)の頭数を増やし、「お供え」の金額を増やすという「最終目的」を達成したいだけのことです。教会本部や上級教会にとって「人だすけ」とは「お供え」を納付させるための「大義名分」にすぎません。
>しかし、どんなに教祖を慕い、人助けに燃える心を持っていても、両手が合わせられない障害を背負った方々には、お授けは渡さない。この人権意識の無さ、差別意識、冷酷な仕打ちを当たり前に押し通す天理教を、私は理解する事が出来ません。
障害を背負った方々は「人助けなど出来ない」と烙印を押している様に思えてなりません。互い立て合い助け合いと謳いながら、障害を背負った人は、別枠なのですか?夫婦仲良く、親孝行など聞こえの良い事を言っていますが、両手の合わせられない障害の方々は燃える信仰心があっても、たとえ死にゆく親を目の前 にしても、おさづけが取り次げないんですか?こんな差別意識を親神が許しているのですか?
人間を創造した親神が障害者はお助けは出来ないと、そう言っているのですか?天理教教会本部の方々、お答えください。根拠を示して下さい。<
教会本部にとっては、「障がい」をお持ちになっている方々は、「お供え」を集金する上で、不都合だからです。たとえ「障がい」をお持ちになっておられる方に「おさづけの理」なるものを授けても、おさづけを取り次いでもらう立場の人達にとっては、「効能が無い」という先入観や偏見を与えかねないので、「お供え」の集金をするうえで、非効率、ともすれば、逆効果になりかねないという人間思案からだと思います。親神様から見れば、そうした差別体質は「残念・無念」以外の何ものでもないはずです。「世界一列を助けたい」のが親神様の本意です。「金・金・金」「お供え・お供え・お供え」しか頭に無い教会本部を、いつか打ち砕きたいときっと考えられているはずです。
↑ なるほど、納得の説です。共感します。
納得の見解です。我々末端会長が信者さんにおさづけをとりつがせて頂いても信者さんからは大して有り難がられず、上級や大教会長などからのおさずけなどは、勿体無い、有難いと言って、また、効果効能も別格みたいに思って惜しげも無くお礼をボンと包んで渡しているようです。彼らも当たり前に受け取りますが。
私などは神が働くのだからお礼は不要で通していますが、障害の方のお取り次ぎは有り難みや効能さえも無い、お供え集金には効率が悪いと言うことですね。
上下意識や差別意識が本部による長年に渡る刷り込みで信者の意識は自教会の会長は教会の管理人程度。上級、大教会、本部と、上に行く程崇拝する意識が行き届いています。刷り込まれて本部の思う壺にしっかりはまってきたと言う事ですね。上下関係を平らにすると言う教祖の基本教理など、信者は一度も本気で聞かされておらず、お供えしてからおかげを貰う、ただそれだけの事を信仰だと思わされて来たんだと思います。(自分のお供えは、順序を持って上へ上へと上がるからおかげが貰えると思っています。自教会が人助けに使う事は良しとしないです。)
天理教はつくづく罪深い団体で、人助けとは真反対の所にいる気がします。
人の心をコントロールし、都合よく上に行く程潤うシステムを構築し、人助けどころか社会悪に匹敵すると思います。
以前、教会に参拝に行っていた頃に会長は、学会のI会長が消息がハッキリしないことを非難してとんでもない宗教だと言っていた。
ところがです。真柱のことについて、知っているのか、知らんぷりをしているのか分からないが、信者さんたちに何のコメントもしないそうだ。
秋季大祭も目前なのに何も知らされない信徒たちは、どのような心理状態にあるのでしょうか。
会長は学会を非難していた言葉をそっくり教団本部に投げかけるべきだろう。そうでなければ本心を疑われるだけだ。
また、本部は各教会長さん方の立場をどのように受け止めているのか。真相を知られたくないのか、あるいは、ある日(10月26日)に突然元気な姿を現して周囲をビックリさせようとしているのか、本当に情けない教団になってしまったものです。
>東風Z
2018年10月19日 2:55 PM
ところがです。真柱のことについて、知っているのか、知らんぷりをしているのか分からないが、信者さんたちに何のコメントもしないそうだ。
秋季大祭も目前なのに何も知らされない信徒たちは、どのような心理状態にあるのでしょうか。
また、本部は各教会長さん方の立場をどのように受け止めているのか。真相を知られたくないのか、あるいは、ある日(10月26日)に突然元気な姿を現して周囲をビックリさせようとしているのか、本当に情けない教団になってしまったものです。<
天理教という「教団」と呼ぶのも憚られる団体が、団体のトップである真柱の病気を表沙汰にしたくない理由は、「お備え」の集金に支障がでるからです。また、天理教から離れゆく人達が今後、益々増加するからです。教会本部は「我が身かわいい 我がさえ良くば」という利己主義の「ほこり」にまみれきっています。
↑
誤字訂正をさせていただきます。
「お備え」(誤)→ 「お供え」(正)
本部員さんに提案。
<<特別企画>>
9回も同じ話を聞くわずらわしさはもうありません。
賽銭箱に1円でも入れればその日からあなたもYOHBOCK!
今なら『みかぐらうたCD』プレゼント。さあ、踊って踊って踊りまくろう!!!
※信仰には個人差があります。
どう?
青年会100周年、いよいよですねー
だいすけくんを裏で操る
だいすけくんの姉の夫の安藤くんや
のぶえさんの兄の上川けんたろうくんは
どんなシナリオを考えてるのかな?
だいすけくんを中心とする
新しい姻戚関係が構築されつつあります
崩壊 様
四代さんが身上なのは信徒さんたちも、薄々感じているようですが、具体的なことは知らないのです。また、超高齢者はスマホもパソコンも駄目なので、当方からの電話で初めて知ったというのです。
おさづけの効能が無くなるなんて、思ってもみなかった椿事ですよね。最も最初からなかったのかもしれませんが。
天理時報は相変わらずの記事ですが、訃報欄で知人(会長さん)がまた一人亡くなったことを知りました。いい人だっただけに残念です。
>東風Z
2018年10月20日 4:50 PM
崩壊 様
四代さんが身上なのは信徒さんたちも、薄々感じているようですが、具体的なことは知らないのです。また、超高齢者はスマホもパソコンも駄目なので、当方からの電話で初めて知ったというのです。
おさづけの効能が無くなるなんて、思ってもみなかった椿事ですよね。最も最初からなかったのかもしれませんが。<
過日、天理教教会本部渉外課に四代さんの容態について電話で聞いたところ、病気で入院されていることは確かであるが、病名や容態については「個人情報」であるので返答できないということでした。私は、天皇陛下や皇后陛下が病気になられても、病名や病状、入院先の病院名までマスコミ等で報道され、国民に周知されるのに、天理教の真柱の場合は「個人情報」であるという理由で公表できないのかと問い詰めたのですが、教会本部の言い分は、真柱は「公人」ではなく「私人」であり、個人情報については公表できないとの一点張りでした。いやしくも国家から宗教法人としての認可を受けている団体の代表者は「私人」なのでしょうか?私は「公人」であると思います。
また、「おさづけの理」についても、別席場に9回も忙しい中、足を運び、別席の話を、居眠りをしながら、あるいは爆睡しながら、あるいは何も理解できないまま(通常の人は如何なる高学歴の人でも理解できないはずです)聞いたふりをしていても「おさづけの理」なるものを拝戴できます。しかし、手指等を欠損した「障がい」をお持ちの方は拝戴できません。私は「おさづけの理」なるものは「まがい物」以外の何ものでもないと考えています。
真柱は王様ですので公人ですよ。断じて私人ではありません。現にずっと顔と名前を出して仕事をしてきたではありませんか。
投稿された崩壊さんの情報が正しく、真柱の容態が個人情報だといって突っぱねるなら、大亮夫妻の第一子誕生も命名も立派な個人情報ではないでしょうか?天理教のHPでニュース欄に2回も発表されています。「まさえ」と命名したとか、生まれたときの体重まで。第一、天理教のHPに発表されること自体違和感を覚えます。中山家の慶事であって天理教の信仰とはまったく無縁です。中山家に近しい人々でお祝いをすればいいことであって、一名称〔教会〕からお祝いを強要するものではありません。やっていることは不条理だらけです。
>真柱の容態は「個人情報だから公表できない」といって突っぱねるなら、大亮夫妻の第一子誕生も命名も立派な個人情報ではないでしょうか?
矛盾だらけ。
↑ ↑ ↑
あえて言うなら頭も悪い
なんかね、とても軽々しいですよ。
都合の悪いことには黙っておいて嬉しいことはじゃんじゃか垂れ流す。
ほんっと、ガキですわ。
連続投稿失礼しました。
いやぁ〜天理教青年会100周年盛り上がってますねぇ〜
めっちゃおもしろい動画見つけましたよぉ〜↓
https://youtu.be/7Ub7WvOzFjQ
パロディもあるみたいですよぉ〜↓
https://youtu.be/i5Z60w8hOHw
ネタにされるうちが華ですねぇ〜
>匿名
2018年10月20日 8:16 PM
いやぁ〜天理教青年会100周年盛り上がってますねぇ〜
めっちゃおもしろい動画見つけましたよぉ〜↓
https://youtu.be/7Ub7WvOzFjQ
パロディもあるみたいですよぉ〜↓
https://youtu.be/i5Z60w8hOHw
ネタにされるうちが華ですねぇ〜<
天理教青年会も、とうとう狂いだしたんでしょう。お気の毒に。
まとめ
娘の誕生・・・集金の口実になるから発表するか
真柱の病状・・・集金の口実どころか妨げになるから発表しない
青年会の動画見ました。思わず、「な、なにやってるのあんたら、恥ずかしいわっ」声に出ましたわ。勤務の忙しい息子とは縁のない集団で、ひのきしんなんてカッコつけてるだけで、連日あのようなユルユルの日中を過ごし、夜はただ酒飲んでるんでしょう。青年会だけじゃなくて会長さん連中も同類ですけどね。
>匿名
2018年10月21日 6:29 AM
まとめ
娘の誕生・・・集金の口実になるから発表するか
真柱の病状・・・集金の口実どころか妨げになるから発表しない<
図星、御名答です。何もかも集金のためです。
小生も青年会の動画を見ました。コッケイの極(きわ)みです。 こういったプロモーションビデオは人を集めるために作られたんでしょうが、実際は逆効果・・、見た人は逃げ出してしまうでしょう。
人はやっぱり火水風のあるところに集まります。火は温(ぬく)み、水はうるおい。風は神の言葉、真理。
うるおいや」ぬくみ、真理といったものは、人が生きていく上で欠かせないものなんだけど、それは神様から与えられるもので、こんな動画にあるような作り物ではない。
御ジュクン、お授けの理拝戴、というイニシエーションは今どうなっているんですか?善司様の奥様が代行されているんですか?
今月の時報の表紙に載っているた◯◯分教会の女性会長の教会は、10年位前、この不景気な時に信者も生活があるのに、お供え原資で豪華な教会建物に着手してます。もう完成したのかな。
当然の事、部内や信者のお供えを当て込んでの建築です。
まずは豪華な周辺建物から着手し、神殿の新築は最後に残していました。なぜ神殿を先に建てないのか疑問に思い、そこに居た気のいい会長さんか信者さんらしき人に聞いたら、「神殿を先に建てたら周辺建物の建築に着手する頃には、信者が息切れしてもうやめようになるだろう?
だから周辺建物から始めて神殿建築は最後に残していた方が良いんだよ。神殿を最後の目標にして息切れがしようがどうしようが、信者に頑張らすんだよ。」
周辺建物も神殿も両方信者に頑張らせたいこの女会長の意図が見えた。
信者や部内教会の悲鳴が聞こえてくる様な建築現場だった。衰退激しい昨今、教会長の見栄なのか欲なのか、この部内を沢山抱える上層教会の奢りを感じた。建物ばかり立派になってどうする?天理教は既に沈んでいってるこのご時世に。神の名の傘の下で弱いものいじめが為されているのでは無いかと、嫌な気分を味わった。
衰退期のカルトがそんな金かけて建物建てたってねえ・・・どうせローンが払えなくなってあぽーんするのがオチでしょw。
≪だいすけくんの姉の夫の安藤くんや
そうだったのか!
彼も中山一族と繋がっていたのか!
だから時報でもフューチャーされていたのか!
上川&安藤両氏の活動が天理教の崩壊速度を速めていることは、
そもそもの血筋のなせる災いの故だと納得のいく情報でした。
このような「あんちゃんレベル」の言動は見るに堪えない。
上川君よ、「壁に耳あり障子に目あり」ということわざを知っているかい?
君の「ここなら羽目を外しても外へ漏れないだろう」という行状は神様が見逃さないから、
私のような一信者の耳にしっかり届くのだよ。
ネットでばらまくのは適切な時期を待つことになるね。
女性大臣なったとたんに過去が暴かれるのと同じ・・・。
君の過去を暴露するころには天理教の衰退は酷いあり様になっていて、私がそんなことに手を染める必要もないかもしれない。
サウジアラビアのムハンマド皇太子の強権悪政が話題となっている。天理教と名乗る教団の善亮大亮親子とその取り巻きを彷彿とさせる。サウジアラビアの記者をサウジアラビアが暗殺したと見られている。領事館のトルコは元より米国メディアもサウジアラビアのムハンマド皇太子をいっせいに叩き始めた。強権を振るい悪政を行う者の末路を見るいい機会に成るだろう。
サウジ外相、記者殺害は「大きな過ち」 米テレビで発言
https://www.cnn.co.jp/world/35127365.html
>サウジ外相、記者殺害は「大きな過ち」 米テレビで発言
2018年10月22日 3:24 PM
強権を振るい悪政を行う者の末路を見るいい機会に成るだろう。<
世界一リッチな産油国と云われるサウジアラビアも、地球の温暖化等、地球規模の環境破壊により、世界の石油への依存度は近い将来、激減するでしょう。人類は石油に変わる代替エネルギーを否が応でも開発、実用化せざるおえない状況にあります。オイルマネーで潤ってきた国々の末路も目に見えています。話の次元は全然違いますが、今まで、「信者のお供え」に依存し潤ってきた日本の一新興宗教も、信者が矛盾に気づいて教団から去り、「お供え」が激減しつつある今日、末路は目に見えています。
下らない動画作るぐらいなら、徳のお高い 善亮様 大亮様 親子で 頭の病気に成った 真柱を助けるドキュメントを取るべきですね。宗教ですから宗教が宗教上の結果を出せないなら意味がない。
ようきぐらし?陰気を隠す為の ようきぐらし演出でしょう(笑)しかも用木に何させてるのか?天下の中山家も地に落ちたな(笑)早く病人治せやwww
何が親神天理王の命だwww
中山転離王の金命だろwww
あのレーザービームから一年かー
こんな動画も出てますね
https://youtu.be/MtqkRunT_gc
ムハンマド皇太子の今回の一件は確かに・・・。でも皇太子は石油依存体質をやめ改革しようとしているのは事実。(そのため保守派からはにらまれている)
同じ皇太子の立場でありながら大亮は献金依存体質をやめようとはしない。よきマイホームパパでイクメンではあるかもしれませんが、それだけでは教団をどうにかできるわけもなく。
>あのレーザービームから一年かー
こんな動画も出てますね
https://youtu.be/MtqkRunT_gc
南kai分会の委員長、yamada作雄氏の制作ですね。
サポートしているのか足を引っ張ているのか、分からない動画ですね。
南kaiも、とんでもないdai教会です。
匿名様
○○分教会の神殿建築はただ今頓挫しております。○○分教会の直属である○○大教会には過去に無理な建築から破綻してしまった教会を出しておりまして、その建物は本部に買い取られておりますので同じ過ちを犯すわけにもいかず、建築費用を分割でなく決済できる費用が無くては大教会としても許可を出すわけにもいきません。で、費用のめどがついたのでお運びをしていざ!ってなったけど、見積もりした会社が「大震災の影響で材料高騰してしまいその金額では無理」
噂によれば1.5倍から2倍の金額。で、再び取り消しのお運びをしておりますので、神殿は雨漏りするお粗末さながら古いまま健在でございます。
ハワイの天理教の会長は、ソーシャルネットワークビジネスで表彰されたぞ。
こんな所に天理教が来たかと、驚いたが、自分で稼いでるんだから未だマシだわな。
まあでも似た様なもんだわな。人の懐宛にするのわ。皆もどうですか?1個330円の水で健康って。
本部よりはよっぽどマシよ。
どんぐりころころ様。
情報ありがとうございました。神殿は結構古くて修理を要する様な建物でした。案の定、頓挫してるのですね。
周辺建物の内部を見る機会あり、その贅沢な作りにびっくりした次第です。あのぼろい神殿はそのまま朽ち果て、本丸本体が建ち上がる前に本元教会も部内教会も共々こけてるかもしれません。この会長さん何を考えてるんだか、世の中甘く見過ぎです。自分で払うならともかく、あくまでも他力本願ですからね。
本部に買い取られた例の教会については、あの馬鹿でかい建物が空っぽと言う事に、世間の冷笑の的になっています。
本年度天理教YouTube大賞候補作
笑えます!!!
https://www.youtube.com/watch?v=4AwLUzqXM_w
本部に買い取られた教会はどこの教会ですか?
匿名様
本部に買い取られたのは元K岡大教会部内のK辺分教会。
元K辺分教会会長は「うえはらほうし」という名で道友社からも本を出版しております。
道一条のいい先生でした。神殿普請の件はほとんどが奥様主体で行われていましたのでこのような結果に。
今は本部直轄のあきよ志分教会が入っております。
本部直轄とはいえ地方の小さな教会がいきなり大教会レベルの教会に移されたのでそこもある意味被害者。
支払いができないとなったときに大教会に資金の相談に伺ったとき、当時大教会の会計担当だった○○分教会会長が即座に断ったので資金繰りに詰まり今のような結果となりました。
○○分教会の会長が「大教会も苦しいが、兄弟教会の危機を何とか助けたい」と一言大教会長に伝えていればこのような結果にはならなかったと言われています。
兄弟教会に先に神殿普請されたことに妬み嫉妬していたところを見ると○○分教会からしたら「ざまあみろ」の一言でしょう。
○○分教会の神殿普請が進まないのは兄弟教会を潰した因果応報だと口にはしませんが皆思っています。
あきよ志分教会も家族だけでご飯を食べるのも、広い食堂に衝立をして小さなストーブで寒さをしのぎながら食事をしておられました。
中身がないのに大きいだけの教会がむなしいです。
未来の本部の姿かもしれません。
>匿名
2018年10月23日 10:43 AM
本年度天理教YouTube大賞候補作
笑えます!!!
https://www.youtube.com/watch?v=4AwL<
思わず大爆笑しましたが、見た後、何ともいえない「くやしさ」と「かなしさ」が残りますね。
この動画、アンジェラ アキの歌詞と共に、彼ら若者達の哀しい姿を言い得てる。ただただ哀しい。人生を棒に振ってる彼らが愛おしい。
誰を信じて生きたらいいの・・・
扇動され馬鹿な動画の小道具となる。いい若者達がヘルメットの頭を叩き、スコップ抱えて踊る。なんと可哀想な姿か。そして疑う事を知らない彼ら天理青年の知的レベルはどうなっているのか。教理と現実の乖離、教えに無い上下組織等々に疑いを持つならこんな馬鹿な企画には拒否反応を示すはずなのに。
阿呆は神の望みと教祖は言われていますが、意味を取り違えた本当の阿呆を大量生産しても天理教の将来に展望は持てない気がします。(彼ら に罪は無いので、失礼をお許し下さい。)
あきよ志分教会、マップで見ましたけど、大きいですね。そうだったんですか。維持とか大変そうですね。他に方法はなかったのですか?
なんか寂しいですね。
https://www.youtube.com/watch?v=4AwLUzqXM_w
『「天理教青年会~だいちゃん万歳~…」は 天理教道友社 による著作権侵害の申し立てにより削除されました。』
せっかく見つけた大賞候補作でしたが、念のためパトロールしたところ、早速の削除。
またまた道友社の申し立て。以前、十二下りのおつとめ動画も道友社によって削除されました。
それにしても素早い!
私がアップしてからほどなく道友社へご注進した人がいたわけだが、取り巻き青年会あたりの輩だろうか。
大亮さんが札まみれの画像は一見の価値がありました。
YouTube社も驚いているんじゃない?天理教の内紛勃発か?って。
天理王とはなんとむごい「神」いや「霊」なのだ!中山みきという「女」はなんとむごい「人間」なのだ!
病気や事情に苦しんでる俺に向かって、やれ徳がない・因縁が悪い・道の遅れ・道の通り違い・初代会長様のお徳・親会長のお徳・関根の言う僕の言うこと聞かないから・・・・
歴代真柱・後継者のバカ若造・教会のいかれた信者ども。愛町関根かぶれな奴。
そして20年近くあらゆるチャンネルで大暴れした貴様、教団批判・理の親批判を強烈にするくせに歴代真柱・ダイスケを異常に擁護する貴様。貴様はことあるごとに「天理教辞めたら死ぬ」「神罰があたる」と煽動しまくった。
やくざよりもひどい。極悪非道。お前らまとめて地獄行きだ!
パトロールの成果。
http://twpublic.com/daisukeke123/
中山大亮’s Twitter Friends と
中山大亮’s Twitter Followers リスト。
ブロック祭りの対象にならなかった人々のリストとしても読めますね。
すなわち大亮さんからの粛清を免れた人達のリスト。
隠しても隠し切れないのがネットの世界。
このk岡大教会から枝分かれしたT島大教会(関係性は逆だったかな?)は、神一条を至上とし、信仰者の社会生活を二の次にし、また職につく事を否定していて、それでいてお供え至上主義で部内、末端に至るまで結構しんどいらしいです。上下関係がはなはだしい。
先代のT島大教会長は雲上人扱いで、不要だと言う信者や部内の言う事を聞かずに無駄に土地を買い広げて未だに返済に下々が苦しめられているようだ。
本部に買い取られたあきよし分教会も馬鹿でかいが、町中の一等地に建つT島大教会もでっかくて、(どちらも同じ大教会からの枝分かれだと思うが・・)建物建築の借金に泣かされる信者、分教会の信仰者としての存在意義は一体何なのだろうか。
肩書きを持つ一個人が、欲望や見栄や権力を傘に、他人の大事な人生を無駄に振り回しているとしか思えません。雲上人の殿様と家来の様な関係性で、信者も分教会もお金を絞り出すマシーンだと思っているのでしょうか。借金払いの霧が立ち込め、信仰の本質をどこかに置き忘れている様にしか映りません。
何故天理教は、こうして建物にばかりこだわるのか理解に苦しみます。
「普請好きが寄りおうて・・・」
「でけたちきたるは これ 不思議・・・」
目に見える、形になるものしか信じられないのでは信仰者とは言えないだろうにね。
☆人の「ふんどし」(金)で相撲(仕事)をとる人々。
広告代理店
銀行・証券会社
不動産業界特にデベロッパー
☆人の資金でイベントにウツツをぬかす人。
天理教青年会
イベント企画実行で何か大きな事をなしているかの錯覚に陥っている。
つまりは「お調子者」と言ってもよいだろう。
世間では資金調達からが仕事なのだよ。
恥を知れ!!!
>疑う事を知らない彼ら天理青年の知的レベルはどうなっているのか
キリスト教系でも仏教系でも新興宗教の特徴として「反知性主義」があります。天理教も神道系の新興宗教ですので、やはり反知性主義をやっているのでしょう。
k岡から枝分かれしたT島大教会はk岡前大教会長より殿様でおられました。
信者ごときがお会いになれるような存在ではございませんでした。何日も前から「予約」して時間が遅れようものなら、昔なら切腹ものです。今でいう金正恩のような?今の代はどのような殿様か存じませんけども。
いずれにせよ、K岡からの流れなのが○○分教会もT島も殿様です。末端教会や信者とは「身分」が違うといいます。
末端教会や信者に食べさせてもらってるくせに「身分」言う?
>どんぐりころころ
2018年10月24日 3:53 PM
末端教会や信者に食べさせてもらってるくせに「身分」言う?<
江戸時代の封建制度、大名と水飲み百姓の関係そのものですね。時代錯誤も甚だしい宗教(?)には誰もついていきません。信者は離れていくばかりです。
信者の減少に歯止めのかからない教団は、今度は全国に焼き肉店チェーンでも展開するのでしょうか? 従業員は全て人件費のかからない青ヘルひのきしん隊でまかなうのでしょうか? 一体、何をお考えになっているのかな?
https://niku-fes.info/
T島大教会前会長は結構な私的贅沢品を買い物していたと人から聞きました。
信者や部内教会には何かにつけてお供えを頑張らせる月を設けているのに、トップが贅沢品の買い物は無いでしょう。こっそり買っていても壁に耳あり障子に目ありでいくら内緒の買い物でも世間の口が実情をさらすのです。
天理教の内部の人間は表立って意見をしませんが、彼らは面従腹背で、惰性と諦めに近い感情を持っています。
お殿様は、みんなに尊敬される存在でなければ統治は出来ません。心身共に成熟して初めて求心力になるのでしょうが、ただ権力を振りかざし、上下意識、差別意識にこり固まり、例え雲上人に祭り上げられたとしても、自身が内面を見つめ、謙虚な人間性を持ち合わせていなければ、その存在の意味は害であり、一列きょうだいの陽気暮らしの足を引っ張っているのに等しいと思います。
K 大教会もT大教会も同じ所から分かれ、それぞれ建築物や不動産で資金繰りに信者の頭を悩まし、K大教会部内のあきよし分教会には世間的にもぶざまな姿をさらす事となり。部内の女会長教会も資金繰りで頓挫し普請撤回のお運びとは。神の許しが無ければ物事は成就しないと言う事です。
天理教はどうして目に見える建物や不動産にばかりに心が囚われるのでしょう。
信仰は目に見えない世界の追求じゃあ無いのですかね。
焼肉Fesなる意味の無いイベントにこだわる訳ではありませんが、「神戸牛」と「松阪牛」の赤字確定の対決もするようですね。赤字がでたところで、所詮、信者の「お供え」で実施するイベントなので、教会本部にとっては、「痛くもかゆくも無い」ということです。「お金儲けのしんどさ」を知らない「教会本部の坊ちゃん・お嬢ちゃん達」の考えそうなことです。信者さんや末端分教会がどんな思いで「お供え」をしているのか分かっているのか!!!怒・怒・怒・怒。
https://niku-fes.info/
肉フェスとやらのイベントをやらかすのを見ましたがどうやら天理教という団体は完全に別物に変貌をしてきたようですね。
良い方に変貌するのは良いがどう見ても宗教団体とは思えない。
人の苦しみや悲しみなどに関わる宗教で肉のフェスティバルとは・・・(全くイベントがダメとは言わないが・・・)
ここ、2〜3年ほどメディアで肉の販売促進の風潮が顕著でテレビ番組などでやたら肉の店などの紹介などが多いと感じていたが全くその流れそのままに乗っているのは恥ずかしいやら情けないやら、何でも有りで全く今の政権と同じスタンスで有る。
矜持とかいい意味でのプライドなんかクソ喰らえで何でも有りの盛り上がったもの勝ち!という感じ。
地に落ちた宗教法人天理教、もう完全に化けの皮を剥がしやがったな。
このまま低俗路線を歩んで宗教法人格を返上し解散する事を望む。
実体としてはもう宗教を名乗れる状態ではなくなっていて危ないものさえ感じられる。
https://youtu.be/uYUDOyWS1_I
なんやこのラップww
これぞ天理狂!?
>実体としてはもう宗教を名乗れる状態ではなくなっていて危ないものさえ感じられる。
お地場のおひざもとがこのざまで、この国にも世界にも天理教全体にも、とんでもない大掃除が迫っているようにしか思えない。
ユーチューブの動画、
今日もう一度見ようとしたら
消されてました。。。
削除申請を出すってことは、
道友社も青年会も
天理教社会学を見てチェックしたんですね。。。
ということは彼らは、
天理教社会学を見ていて
なにが批判されているのが
分かってやっている。。。
彼らは改善点が分かってるのに
変わらないんだから
もう改革などを期待するのは
馬鹿馬鹿しいですよね。。。
青年会100周年後の天理教の崩壊が
楽しみです。。。
どうせ信者の献金に頼れないわけだからイベント企画会社として生き残っていくつもりなんでしょうかねえ。
「営利法人中山商店はもともと新興宗教だったらしいよ。でも信者がいなくなって献金収入がゼロになったからイベント企画会社に商売替えしたんだって」
youtube見てたら
こんな動画を発見!?
https://youtu.be/w6i1YlfTf4I
同じチャンネルには
こんな動画も!!!!
https://youtu.be/f_FsHyJBdtk
私は大亮氏にすごく腹が立ちます。
フェイスブックやツイッターにアカウント立ち上げて、大勢の教会長・信者と繋がってどんな発信をするのかと思えばくだらない事ばかり。そして夏以降は総会の事ばかり。
豪雨災害や大阪や北海道の地震で被災人にメッセージを発信するでもなく、そのことを指摘した人たちをブロックして何がしたいんだろう。
総会に浮かれる前に、真柱様の身上について内容までは言わなくていいけれど、「青年会総会にはぜひご臨席いただきたいので各教会においてもお願いづとめをよろしくお願いします」とか何とか言うかと思っていましたがそれもなく、頭の中は遊ぶことしかないのか?総会がすべてなのか?
そんなオツムで次期真柱になれると思ってるのか?
信者0を目指すのか?
稀に見るアホではないかと思うのです。
>どんぐりころころ
2018年10月25日 4:08 PM
信者0を目指すのか?<
目指さなくても、いずれは信者0になると思います。
どんぐりころころ
2018年10月25日 4:08 PM
素晴らしい!貴方が時期真柱候補で大亮より濃厚だわ(笑)
そして
匿名
2018年10月25日 1:28 PM
動画が陽気で何より(^。^)
大亮が玉座につくのは、「みこしは軽いほうがいい」という周囲の大人たちの思惑が大きくはたらいているのもありますが、やはり親神様のご意志です。つまり天理教というカルト新興宗教団体が年々衰退していくように、親神様が仕向けているのです。一年一年ゆるやか~に衰退し続けていきます。
肉フェスの画像を見て、天理狂は中山みき婆自ら「金集め人集め」ありきで起こした、偽善宗教をみき婆の子孫が証明しているようで、こんな馬鹿げた団体に身を滅ぼした祖先に哀しき思いがあります。
未だに天理狂に属している青ヘル軍団に、「早く気づけ!目を覚ませ!」と言いたい。
天理時報の出直し記事を見ていると、いかに超高齢の会長さんが多い事。13名のうち7名の方が教会長で101歳、 95歳 、92歳、89 歳、88 歳 、87歳、83歳 のお出直しです。
これは天理教を取り巻く実態を表していて100歳超えても後継者のなり手が無いことを表していると思う。101歳まで長寿され目出度い事だが、会長職を全う出来ていたかと言えば疑問が残る。高齢会長を思い、後継しようと言う周囲の意思が無かったことに他ならない。(そもそも、信者が皆無で1人会長だったなら仕方がないが。)
踊りまくりは百歩譲って受け入れるとしても、「高級な肉食い」が天理教にどう言う意味を持つのか?衰退著しい天理教世界に若者を取り込む為におもねているだけの事であり、今後肉食いの時だけ蟻のように寄ってくるだけの事だろう。子供達が夏だけ集まってくる子供おじばがえりの様に。
苦しい末端や信者の真実のお供えを飲み食いイベントで霧散しているこの理不尽組織が親神によって早く掃除される様、だいすけ君には1日も早くトップになって頂き、馬鹿騒ぎを続けてくれる事を望みます。
肉など食べてる場合じゃない!多くの被災者が日本全国のあちこちで苦しんでいる!多くの社会的弱者に目を向けろ!親父さんを早く助ける事を考えろ!目出度い次期真柱の精神年齢は何歳なのだろうか。
責任者として天理教組織の終活に勤しんでほしい。後10年もたない気がする。組織の終活。人生賭けて尽くした末端がいる。未だ生きた人間が組織の末端で苦しんでいる。それらの行く末を必死で考え、宗教家らしく温みを持って対処する。浮かれている場合じゃない。今後は見事な形で閉じてほしい。それがこれからの次期真柱としての大きな仕事だと自覚してほしい。会長職を背負ったまま、後継者も無く、超高齢で亡くなり行く全国の多くの教会の事を思ってほしい。
楽しい事ばかりを考え実行し、浮かれていて天災地変や世間の片隅で苦しんでいる人々の心に寄り添えない宗教家が何の意味を持ちますか。
いまや、教会を継げるのは部内が居てヌクヌクの教会だけでしょう。
信者もなく、子供はみな就職していたら教会長なんてできません。
足元から崩れてきてるのは大教会でも気づいてるはずです。大きな立派な詰所建てても今では団参の時でもいっぱいになる事はありません。
一泊1000円の詰所も修養科生が3か月払うのが9万円としたら、100年祭までの最盛期60人前後居たので3か月で540万、月に180万詰所に入っていた計算になるけど今は一人の時もあるので月3万円。
180万の収入が30年で3万円に・・・これじゃ維持も厳しくなるわ。
大亮のおこちゃまな脳みそは学生並みに「パーリーピーポー的なイベントすれば信者が集まる」と思ってるのでしょう。
自分の披露宴で境内地を埋め尽くすほどの人が来てくれたので自信があるのでしょうね。
神様がおられるとしても天理王なる神はもはやいないのでは?
土地に神名をということは本来日本の神道にある地主神とか屋敷神のレベルであり、天地創造の神とは違うと思われます。ですが、もはやかんろだいにも天理王はいなくなったのではないでしょうか?いたとしてももはや消滅か?ぬくぬく育った本部の天理カーストは本来それにきづいていても隠すのに必死でしょう!
昔、営繕のひのきしんに行ったとき目の見えない方が、総合案内所の階段を上った瞬間目があいたという話を本部の人が聞いて、「その話をもっと詳しくお願いします。」とせっつかれました。よほど本部はそういった奇跡話がほしいのでしょう!それにしてもある年祭での話ですが本部員が祭主できて故人の名前を7度も8度も読み違えて平気な顔してお礼を貰っていったことがあり、何てレベルの低い人だと思ったことがあります。本部の知能の劣化、人間のレベルの低下はいたしかたないことだなと思います。
10月23日 9:59 PMに投稿した下記のサイトも確認したところ削除されていた。
http://twpublic.com/daisukeke123/
中山大亮’s Twitter Friends と
中山大亮’s Twitter Followers リスト。
ブロック祭りの対象にならなかった人々のリストとしても読めますね。
すなわち大亮さんからの粛清を免れた人達のリスト。
隠しても隠し切れないのがネットの世界。
よほど出したくないリストだったのだろ。
でも、見てしまった。
ブロックしていない人たちの存在。
なんだかなぁ・・・。
人間性が透けて見える・・・.
Twitterなんてものは所詮軽い存在なのかも知れないが。
大亮さんが自分を誤解されるのが嫌で削除したのならば、
今後のTwitterでは賢明な判断のもとでおやりくださいとしか言いようがない・・・。
これ以上、何を求めたところで天理教中枢部は変わらないだろうし、変えたくもないのだろうし、何をどのように変えるべきかどうかの判断力すら持ち合わせていないと断言できそうな感じがする。衰退の原因は「人」に在ったことが今更ながら今回も確認できたわけだ。
社会学さんの新しい書き込みが残念ながら発表されない事情はいろいろあるのだろうが推測するに、理由の一つは
「もう、何を言ったところで衰退⇒崩壊は確定」・・・なのかも。
>匿名
2018年10月25日 7:12 AM
どうせ信者の献金に頼れないわけだからイベント企画会社として生き残っていくつもりなんでしょうかねえ。
「営利法人中山商店はもともと新興宗教だったらしいよ。でも信者がいなくなって献金収入がゼロになったからイベント企画会社に商売替えしたんだって」<
当たり前のことですが、企業は資本金がなければ成り立ちません。資本金を「お供え」に依存する企業などありません。かつての豊田商事のように、「人様から騙し取った金」で巨額の収益をあげていた「ヤカラ」もいましたが、結局、社長が殺害され破綻しました。「お供え」という「本来の目的以外に無駄に使われる金」をあてにするような「商店」は、イベント企画会社であろうが何であろうが、タイタニック号のように巨大な氷山に衝突し、海底に沈むことでしょう。
滅びるのなら、せいぜい華麗に滅びればいいのだ。。。。
世代交代のないまま教会長出直し、今日も一つ明日も一つ・・櫛の歯が欠けるように教会が消滅していく。事情教会率90%はガセじゃない。後世の歴史家が天理教について語るなら、きっとこうなるだろう「天理教という宗教団体があったがバカで滅びた」。そう、天理教はバカで華麗に滅びるのでありますw。
つくして、つくして、つくし切った挙句に残ったものは、葬式代の借金だけだった本当の話。
冨松 幹禎さん、天理教っていったい何者。
https://niku-fes.info/
これを見たら誰だって、天理市内の、天理教とは無関係の焼肉屋のイベントだと思うでしょう。
ふざけるにもほどがある。
本当に誰のおかげで悠々自適の生活が送れると思っているのか?
人の苦しみを見て見ぬふりして、それが上に立つ者の姿だと正々堂々言えるか?
なさけないと思わないか?
今日の祭典講話はどなたがされたんでしょうか?
動画といい日に日に出される情報の濃さから考えて、真柱身上中にフェスとかお祭り騒ぎして不謹慎だって気が付かない 善亮 大亮 親子に側近達も呆れてるのですね。
「善亮大亮親子はそんないらんことせんとはよ 真柱の身上治せや」
と言う台詞を耳にする今日この頃
やはり中山みきは金儲けの天才。稀代の詐欺師だったのだ。
神でも人類の親でもなんでもない。単なる狐だ。
我は天の大将軍なり、と、うそぶいているようでは神であろうはずがない。
みきの血が流れるダイスケとその実父の行動(いんねん)は、神・・・否、邪な霊としておこう・・・の望みというものであれば信心するに値しない。
おふでさきも、みかぐらうたも、おさづけもばかばかしい。
みきの教えは嘘だった。
気付くのが遅かった。
AM5:16 匿名さんと同じ考えです。
今の天理教が最悪ではなく、中山家は貧農家に高利でお金を貸し返せないと即座に田畑取り上げ無産農家に陥れた稼業に神憑り(天理教の教え)にあう40歳まで平気で暮らせた人が「貧に落ち切れ」の教えも「貸しもの借り物の理」も中山家の「借りた者は早う返せよ」の生活の中から生み出された教えではないでしょうか。
徳子さま。
人間思案を捨てよと、みきや教団は説くが、
我々は人間だ。人間の考えしかできない。
不幸であっても、神の為さること、たんのうしなさい、喜びなさい、そして勇みなさいなんて
精神が崩壊するだけだ。
喜び・ウキウキ・ワクワク・・・・ダイスケくん。。笑わせないでくれよ。
そして、自称神と名乗るよこしまな魂のみきさんよ、その血筋の歴代中山さんよ、ダイスケよ、その実父へ告ぐ。
これ以上、人間を人類を責めて陥れるのは止めてくれないか。
中山家一統、天理教団、そしてどこそこの様々な掲示板で長年にわたって大暴れした真柱擁護派が犯した罪は、われわれ人類を人間を不幸にした罪は、あまりにも重く、極悪非道だ。
貸し物借り物。借りた身体の借り賃は早う返せや、ですね。借り賃を親神様に、とご恩報じと言う言葉であおっているが、はっきり言える事は、「神様はお金を使わないし、使いようが無いお方」と言う事です。結局本部を聖地化して中山人間本部へ一点集中させる。狡猾な高利貸しの精神が連綿と生き続けて今に至るのですね。
だから人助けに興味を持たず、意味のない軽いイベントにばかり「ご恩報じ」と称して取り上げた浄財で肉など赤字が出るまで食らう競争などさせるのでしょう。
だから、お供えなんぞしてはいけない!赤十字か地域の福祉課に寄付する方がお金が生きる。本部なんぞへお金を運んではいけない!
歌って踊って、肉食うて馬鹿騒ぎして、本当にアホか。親の顔が、いやトップの顔が見て見たい。
「滑稽な高利貸しの精神が連綿と生き続けていくためには、信じた者にその本性を見抜かれないように人間思案を棄てよ」と教える必要があったんですよ。
本当に人を助けた僧侶・ギリシャ正教の聖職者・エジプトのコプト正教会の聖職者のみならず普通の人間は、業が悪い因縁が悪い徳がない献金せよ寺や教会に尽くせ助かったら全財産を教団にお供えしろ
などとは、絶対に言わない。葬式坊主であってもそうだ。(プロテスタントは什一献金でうるさい)
イスラムの教えは良くわからないし色々物騒だし日本では現実的ない。
良いところもあるイスラムは聖と俗は分けないし完全にアッラーフの下に皆平等(聖職者を立てない。先導する人はいるが先生ではない)。
在日のムスリムなんてみんな優しいし、富裕者が貧困者に全面援助するのがクルアーンの教えであり信者の義務だそうだ。まさしく相互扶助弱者救済だ。
ムスリムにも2.5パーセントの喜捨義務があるが、生活困窮者は完全に免除されモスクから全面援助される。喜捨はモスクに払うがモスクの維持費には使ってはいけないとクルアーンに書かれている。
ムスリムはクルアーンにないことを行うと地獄行きだと皆固く信じ守っているのでよこしまなことは絶対しない。
一日五回の礼拝はイスラムの義務だが、病気の人、精神の痛みを持ってる人は免除。これもクルアーンに明記されている。
みきや、いにしえから天理教の先生というのは、お諭しと称して人の核心を突き詰め謗ることをとことん突いて言って、挙句の果てに全財産をだせなんて言うセリフを吐き捨て、困ってる人病んでる人を平気で奈落の底に突き落とす冷酷な獣どもだ。
みきや天理教には優しさ思いやり慈しみの微塵もない。
天理教辞めたら死ぬ天理教の悪口言ったら死ぬ神罰があたる不幸になる精神病になるガンになる。。。。なんてね。
所詮、カネカネカネなんだろ。みきからして。。。。
助かったら助かりっぱなし。
助けたらそれを恩着せがましくしない。
中山家が地主で裕福だったとは聞いていたが、高利貸しの様な胡散臭い生業で所の名士に なっていたとは知りませんでした。修養科でもそう言う都合の悪い事は教えませんものね。確かに払えない所から土地を奪えば大地主になりますよね。
普通に聞けば裕福で何不自由無いお方が欲をはなして貧に落ちた、と言う美談にしか聞こえません。天理教は何でも話を変えて美談に持ち込むのが常套手段ですか。
こかん様なにわ布教もその一例です。弱いものを傷めて儲けた金で金持ち息子の博打うち、色情狂いと言う、中山家の実情はそう言う所であったのは確かな気がします。
中山みきさんや伊蔵さん、そして因縁で脅す関根がいうところの、
心低くして何でもハイハイ通らせていただく、陰徳を積まさせていただくんだよ、天理教辞めたり僕のの悪口を言ったものは皆いのち取られるよ・・・・。そしてたくさん神様の御用とお供えさせていただきなさい。
あと洗脳されたバカ信者の常套句「会長様のお徳で云々」「会長様のお徳を頂戴して。。。」
なんとも詐欺的で、詭弁。人を馬鹿にした見下した侮辱的な言葉だ。
自称神のみきは、人の好き嫌いが激しいですな。
立教の時の激しい神がかり、いや「霊がかり」も
作り話だろう。
人を恐怖心いっぱいにさせて不幸にする神・・・いや「霊」だ。
みきという名の「霊」よ、これ以上類を苦しめるのは即刻止めなさい。
みきなる神?がゆるしても我々人間がゆるさないからね。
愛町関根かぶれの輩って腐るほど沢山いますよね。
他系統の講話でも「愛町の関根先生は~」とか、「関根先生にご指導賜った当教会の親会長様ガー」とかね。それに心酔するバカ信者も気持ち悪い。
たしか以前に関根にかぶれた、◎州▲谷とか伊〇高〇というヤフーブログで、
ケニア布教かなんとかの記事で、未信からようぼくになった人が、ある時から天理教がいやになって神の悪口を言い始め、関根の悪口を言って、その後すぐ不慮の事故で死んだなんて記事を写真付きで堂々といけしゃあしゃあとアップしてました。削除されたようですが。おさづけ一万回とかも自慢げにアップされてました。
天理教や関根にかぶれた人って、おさづけ一万回とか数を競うことや、天理教に反感を持つ人が死んでゆくのが至福なんですね。
私もネットで悪口いってるから明日にでも死ぬのかな(笑い)。
教会にグラフを掲げ、部下教会・布教所・洗脳された信者同士の時報の部数を競う、別席者の数を競うことを好む人は、カネカネが好きな傾向がありますね。
あのさ、みきさんよ。
あんたの血が繋がった子孫たちをよく見てみな。
みきさん、あんたと同じであんたの血筋の子孫も社会的弱者から金をまきあげる、毟り取るのが好きだのう。
「お供え」で調達した「お肉」のお味はいかがだったでしょう?美味しかったですか? 私ならば、申し訳なくて。到底、お肉など喉を通りそうにもありません。「菜の葉一枚粗末にしないように」と教えられたのは、一体、どこのどなただったのでしょう?「お肉」も命ある生き物の命を頂戴して人間の口に入るものです。感謝して食されましたか?信者さん達は「お肉」を買って無意味な馬鹿げたイベントをしていただくために、「お供え」をしているのではありません。「人だすけ」に使っていただくために「お供え」をしているのです。お分かりですか?「赤字覚悟」という「鳴り物入り」で信者を愚弄するような馬鹿げたイベントを強行された以上、イベントの収支決算は、きちんと公表してください。公表の義務があります。
赤字覚悟だなんて。赤字の穴埋めは私達のお供えですよ。だいすけがポケットマネーで出すんじゃ無いでしょ。人のお金だからそんな無責任なキャッチコピーで人を扇動できるのですよ。
人だすけのお金になるのならと信じて献金してきた事を心底後悔してます。
もうお供えなんかする気がしない。
イスラムの場合は2.5%の喜捨が義務付けられているといいますが、ラマダンの時期は多少はしても、普段はそんなにすることはないでしょう。職業的聖職者はおらずモスクで説法はボランティアです。もし謝金が出るとしても小遣い銭程度。聖職者も自分の生活費は会社に出勤して得ています。
教会が収益事業をしたいといっても人間思案と却下するのに肉のイベント?こちらのほうが人間思案でしょうに。
新しい『記事』って、なんで増えないんですか?
サイトの管理人さんの都合?
誰か教えてくださいな さん
ツイッターの天理教社会学アカウントで、本業が忙しくサイト更新できないと仰っておられました。
昨日の100フェス
今日の総会、よかったですね!頑張りましょ!
生駒の天理教の教会の中とか周りに警察とか救急車とかいっぱいやってんけど、なにがあったんや!
今日ツイッター見ていたら上記の記載を見ました。確かに広い境内地には何か行事が有ると聞けば警察のパトカーが時々来ています。奈良県警幹部が創価で天理教に嫌がらせをしているとか聞いた事があるけど、国家公務員が勤務時間中に信教の違いでそんな子供じみた嫌がらせをするとも思えないし。太鼓などの騒音公害とかその他の苦情が出ているのでしょうか。何年も前からパトカーが入って来ています。
>匿名
2018年10月28日 3:56 PM
昨日の100フェス
今日の総会、よかったですね!頑張りましょ!<
何が、どのようによかったのか、具体的に教えていただけないでしょうか。また、一体、何を頑張るのでしょうか? 上記の文章だけでは、さっぱり分からないのですが。
まぁー、カネ集めに頑張りましょ!、とでも思っておけばいいんじゃないですか。
関西風に言えば、しょーむない。関西の人ごめんなさいね。
肉フェス、大層ご盛況だったようで(笑い)
しかしこの教団、殺生好きですねぇ。わたくしもお肉はありがたくいただきますけどね。
肉フェスって「殺生イベント」ですね。
見事に弱者を食い殺す教団を自白しましたね。
人殺し教団決定!(笑い)
社会学のメインの管理人さん、今年2月に出直されてますよね。
とても残念です。
天理教の教えは確かなものです。
どんどんと人間都合に、上級都合に塗りなおされてきていますが私は教祖の教えは本物だと思っています。
「洗脳」と思われる方もいるかもしれませんが、「洗脳」されてないから今の本部の嘘が見えるし上級にも大教会にも反発する。
正しいことは正しい、間違いは間違いと区別しています。
>>匿名
>>2018年10月28日 8:59 PM
>>社会学のメインの管理人さん、今年2月に出直されてますよね。
>>とても残念です。
どこソースですか?
なぜあなたが知っているのですか?
Twitterはどなたが発信しているのですか?
書ける範囲でよろしくお願いいたします。
>匿名
2018年10月28日 8:59 PM
社会学のメインの管理人さん、今年2月に出直されてますよね。
とても残念です。<
上記投稿内容だけでは、社会学研究所の掲示板を攪乱し、情報操作を意図しているとも解釈されかねませんね。誰しも情報ソースや、なぜあなたがご存知なのか、疑問に思うでしょう。あなたに差し支えない範囲で投稿内容の根拠を明らかにされるべきだと思います。
匿名2018年10月28日 8:59 PM様
もしかして、ここの管理人が植田義弘氏と勘違いしておられるのではないのですか?
それは勝手な思い込みです。
>匿名
2018年10月28日 8:59PM
〜管理人さん〜
残念です。天理教の悪口言うと命取られるという なにかそうしたものを 思い起こされました。私は 管理人さんが問題提起をしてくれたお陰で 天理教の いい面 悪い面 両方から知ることができたことを とても感謝しています。
はじめは 管理人さんの記事ばかり目立っていましたが 、今は 色々な方の意見が多く 最近の意見を見ようと思うと 立ち上げてから そこにたどり着くまで一苦労です。教会のことで 真剣に 真面目に悩むことがあっても 相談する人を間違えると 悪意ある解釈で上に告げ口されたり へんなうわさ話にされたりします。そういう境遇や環境に風穴を開けてくれた ココに 私は感謝しています。
盲信して(させて)道につく(つけたい)のか 、 いい面悪い面もわかったうえで道につく(つけたい)のか、、、
ここの管理人は元創価学会のカイン(ガッカイン)さんです。
昨日のダイスケくんの発言
①天理教にはまだ可能性がある。
②新しいにをいがけの手法を提案していきたい。
③この2年間、私にとって大変な変化がありました。部内のない教会から急に後継者となって、周りの方々の対応が変わった。
①ありません。
②押し付けないでいただきたい。人それぞれの方法がある。あまうらの方法はやりすぎだが?
③言い訳にならない!
あまりダイスケくんを批判しないでと言われましたが、、、、
以上
善司さまの御容態とオサズケのイニシエーションの再開予定はどうなっているんですか?
ガッカインという話も身近な方から聞かせてもらっております。ここの意見はガッカインさんに騙されてあるのでしょうか? すでに一人歩きしているようにも思えます。目的地にたどり着くまで ルートは1つしかないですか?
コミックの紹介です。
レディースコミック界の女王・井出智香恵の未発表作・後に天理教の教祖となった中山みきの生涯を一人の女性として描く 『愛の究極』が、2018年10月16日よりeBookJapanにて独占先行発売されます。これを記念して、期間限定で井出智香恵作品14タイトル48冊を50%OFFにてご提供いたします。
愛の究極 (1) 神が降りてきた日
全10巻のうち最初のころはみきさんの心が読めて、かなり描きやすかったです。しかし、後半みきさんが裏に隠れて代理人が表に出たころから、みきさんの心が読めなくて困りました。みきさんが書いたものといわれる文章から彼女の心を洞察して描きました。
https://www.ebookjapan.jp/ebj/content/author/3080/index.asp
匿名 10月28日 3:56 PM
「昨日の100フェス
今日の総会、よかったですね!頑張りましょ!」
上記の「匿名」さんは時々現れる大亮さんに好意的な方の書き込みでしょうかね。
ご苦労様です。
100フェスはどう見ても、天理関係者の「秋の運動会+文化祭」でしょう。
問題視できない、思考回路が異なるのはまさに天理教で食べている人だからでしょう。
大亮夫妻はともに世間で、社会で働いた経験なく頂上にのぼってしまったわけです。
少なくとも親子三人で布教に出るくらいの、天理教人であればスタンダードな道を通る経験を積まなくては、信者たちからそっぽを向かれますよ。
上記の「匿名」さん、ぜひ、夫妻にお伝えください。積極的に苦労をしてこいと。
・・・まぁ、そんなことが判るくらいの人であれば上記のような書き込みはしませんよね。
嫌みだったかな?
もしもカインさんが学会さんだとしても、この掲示板に開陳されておられるご指摘には、所謂「他宗教批判」の立ち位置からのご意見「くささ」は微塵も感じられません。
むしろ中立的(右左ではなし)で、しかもベースには正義感がしっかり存在していると思います。
ともすると他宗教の方からの意見はいびつになりがちですね。
何らかの事情が有っても、この掲示板を引き続き提供してくださっている事実に感謝するしかないのでは?
カインさん、ありがとうございます!!!
YAHOO知恵袋内でも教団関係の質問と回答の中から削除依頼されたものが出てきているそうです。
「削除依頼」と「訴訟の可能性がありますよ」とは天理教組織防衛団メンバーの得意技ですね。
頭脳があまり緻密ではない方々が多いのでしょうか、このメンバーは。
やっきになってもぐらたたきゲームをされているのは勤務時間中(一般的には9~17時)のように見えます。
恥を知れ!
恥を知れ!
恥をしれ!
以下は知恵袋に本日健在の回答です。(無許可のコピペをお詫びします。)
天理教の質問妨害、ホント困ります。
一昨日、昨日と連日で真面目に回答した質問投稿が既に削除されてましたよ。
回答者側からすれば何が気に入らないで巻き込むのか不明です。
明確な質問形式の文章にしていないと消される可能性高い傾向にありますね。
最初、他団体が天理教信者の仕業にナリスマシタ悪戯かと思ってましたが違いますね。
逆に他団体の仕業とナリスマシタ天理教信者の仕業と感じました。
質問が気にいらなければ堂々と反対意見で回答するか、回答しなければよいだけで質問を消すって誠実性の欠如した行為です、よほど心の埃を積みたいのでしょうか。
この質問も消される前に早めに解決済にした方が無難かもしれません。
>匿名
2018年10月29日 3:28 PM
もしもカインさんが学会さんだとしても、この掲示板に開陳されておられるご指摘には、所謂「他宗教批判」の立ち位置からのご意見「くささ」は微塵も感じられません。
むしろ中立的(右左ではなし)で、しかもベースには正義感がしっかり存在していると思います。
ともすると他宗教の方からの意見はいびつになりがちですね。
何らかの事情が有っても、この掲示板を引き続き提供してくださっている事実に感謝するしかないのでは?
カインさん、ありがとうございます!!!<
おっしゃる通り、この掲示板に投稿されている方々の殆どは、人間としての当たり前の常識や良識、正義感から投稿されていると思います。人間として「間違っていることは間違っている」「正しいことは正しい」という「当たり前の判断能力」を有した方々が殆どだと常々感じております。もはやカインさんなる方が、どのような思想信条の持ち主かということは問題外となってきています。たとえ掲示板の主催者が不在となったとしても。この掲示板は良識ある人達の投稿の場として存続するものと信じます。
>>昨日のダイスケくんの発言
>>①天理教にはまだ可能性がある。
「 ま だ 」 可能性がある。
この言葉をどの程度の感覚で発言したのかわかりませんが
皇太子ダイスケさまも現教団存続の危機感は多かれ少なかれ感じてはいるという事が伺えます。
今回の100フェス、それなりに盛り上がったそうですが
「ともしび消えんとして光を増す」
といったところでしょうか。
天理教で苦しめられている皆さん、もうこの教団からは距離を置いて、
しっかりと自分の人生を充実させ、それなりに楽しんで生きていきましょう。
おやさまの教えは「天理教団」や偽教理である「理の親」達のためにある教えではなく、
世界中一人一人の方々が幸せになるための教えです。
しっかりとまず自分で自分を幸せにしてあげて、(自己中に生きるという意味ではなく)
それから人を幸せにしていくのでもいいんじゃないですか?
自分を幸せにするために天理教の教えがある。
(その実践の中に、人をたすけること ほこりをはらうこと ということも勿論ある)
あまり他人のために自分を犠牲に生きていくと、
結局自分で自分を苦しめることになってしまいますヨ。(自分の経験上)
まずそれぞれの個人が「自分のために自分自身が幸せに生きること」。
そんな「自分軸を大切にすること(自己中に生きるということではなく)」も、
初老を過ぎた最近、非常に大切だなあと思うのです。
シンプルに言うと
「自分で自分の機嫌をとる。 やりたくないことは無理してやらない。
悩んだり苦しんだりしている人がいたらできる範囲でおたすけする。」
皆さんの周りにも イライラしている天理教人 いませんか?笑笑笑
自分のまわりにはよくいます。笑笑笑
そのくせ熱く陽気ぐらしを語る。笑笑笑(昔は自分もそんな時がありました)
これじゃ世間の人は近寄らない。笑笑笑
極論ですが教団や建物や組織なんてなくても、
おやさまの「教え」さえあれば、(教えがどの程度正しく伝えられているかの問題もあるが)
世界中の一人一人がその「教え」を実践し、
結果世界中の一人一人が幸せになれれば
最終的にはそれが大きな意味での「講」であり、「陽気づくめの世界」だと思うのです。
(実現は難しいでしょうけれどね。)
長文失礼しました。
≪古い元教会長 2018年10月29日 1:20 PM≫投稿のコミック紹介
【愛の究極 (1) 神が降りてきた日】
を見てみました。
天理教教典や稿本教祖伝の神の降臨の場面から始まり、その神は「天理王命」です。
稿本教祖伝が出た昭和31年、教典が出た昭和24年からすでに約70年が過ぎ、その間には「天理」の神名が出てくるのは明治18年以降であるという論文「親神称名私考」(『天理教学研究21号』1981)がでて、天保9年に「天理王命」という神名は存在しえないのに、今頃、『教典』『稿本』に沿った内容でコミックが書かれることに大きな違和感を持ちます。誰でも気軽に読めるコミックだからこそ、きちんとした資料に基づくことが必要ではないでしょうか。
コミックの紹介です。
レディースコミック界の女王・井出智香恵の未発表作・後に天理教の教祖となった中山みきの生涯を一人の女性として描く 『愛の究極』が、2018年10月16日よりeBookJapanにて独占先行発売されます。これを記念して、期間限定で井出智香恵作品14タイトル48冊を50%OFFにてご提供いたします。
愛の究極 (1) 神が降りてきた日
全10巻のうち最初のころはみきさんの心が読めて、かなり描きやすかったです。しかし、後半みきさんが裏に隠れて代理人が表に出たころから、みきさんの心が読めなくて困りました。みきさんが書いたものといわれる文章から彼女の心を洞察して描きました。
https://www.ebookjapan.jp/ebj/content/author/3080/index.asp
天理教本部は史実は史実として忠実な歩みを我々に示して頂きたいと思います。適当に繕った都合の良い事ばかりまことしやかに教本にしていては、全国の信者、教会を馬鹿にしていると思います。
私もかつて調べてみたのですが、天理王命の神名は天保9年よりもっと後に出て来たと認識しています。当時は転輪王、天輪王とかで出ていたのではなかったでしょうか?梅鉢の教旗も菊の御紋で、扇も月日だった様に記憶しています・・
座り勤めや12下りの音程も教祖の頃から年月をかけ変わって来ている様です。ネット上で随分さかのぼった頃の貴重な音源を聞いた事がありますが、音程も歌い方もいま現在のものとは違います。
教理も同様に長い歳を経て別物に変わってしまったと言う事なのでしょう。伝言ゲームの初めと終わりでは中身が変わってしまう様に。間に欲にまみれた策士が入れば今の様に全くの別物に変わってしまうのですね。
芹沢光治良先生の死の扉の前で、を読めば少なくとも二代真柱の悪行を認めざるを得ません。教祖在世当時、面白い程集まってくるお供えの旨みを知った秀司から始まり二代に続き、今だに既得権を棄てる事は出来ないのでしょう。
この期に及んでも目が覚めず、「お供えしないと命はつながらんぞ」と金盗ろう教理を全面に出してますね。今の天理教は別物です!宗教では無くなった!
匿名
2018年10月29日 4:26 PM
>今回の100フェス、それなりに盛り上がったそうですが
「ともしび消えんとして光を増す」
といったところでしょうか。<
まさにその通りです。蝋燭の灯火はまさに消えゆかんという頃に、一層、明るくなります。
>天理教で苦しめられている皆さん、もうこの教団からは距離を置いて、
しっかりと自分の人生を充実させ、それなりに楽しんで生きていきましょう。
おやさまの教えは「天理教団」や偽教理である「理の親」達のためにある教えではなく、
世界中一人一人の方々が幸せになるための教えです。
しっかりとまず自分で自分を幸せにしてあげて、(自己中に生きるという意味ではなく)
それから人を幸せにしていくのでもいいんじゃないですか?
自分を幸せにするために天理教の教えがある。
(その実践の中に、人をたすけること ほこりをはらうこと ということも勿論ある)
あまり他人のために自分を犠牲に生きていくと、
結局自分で自分を苦しめることになってしまいますヨ。(自分の経験上)
まずそれぞれの個人が「自分のために自分自身が幸せに生きること」。
そんな「自分軸を大切にすること(自己中に生きるということではなく)」も、
初老を過ぎた最近、非常に大切だなあと思うのです。
シンプルに言うと
「自分で自分の機嫌をとる。 やりたくないことは無理してやらない。
悩んだり苦しんだりしている人がいたらできる範囲でおたすけする。」
皆さんの周りにも イライラしている天理教人 いませんか?笑笑笑
自分のまわりにはよくいます。笑笑笑
そのくせ熱く陽気ぐらしを語る。笑笑笑(昔は自分もそんな時がありました)
これじゃ世間の人は近寄らない。笑笑笑
極論ですが教団や建物や組織なんてなくても、
おやさまの「教え」さえあれば、(教えがどの程度正しく伝えられているかの問題もあるが)
世界中の一人一人がその「教え」を実践し、
結果世界中の一人一人が幸せになれれば
最終的にはそれが大きな意味での「講」であり、「陽気づくめの世界」だと思うのです。
(実現は難しいでしょうけれどね。)<
引用が長くなり申し訳ありませんが、私が常々考えていることに全く相違ありません。先ず「教団ありき」では無く、「自分ありき」です。教団や組織を第一義・最終目標に考えるので、「思考回路」がおかしくなってくるのです。自分自身が幸せになってこそ、他者に眼を向ける心の余裕が生まれるのだと思います。「人をたすけて我が身たすかる」のではなく、「我が身たすかって人がたすかる」のです。まず自分自身が幸福になることから始めましょう。
ところで唐突では有りますが、先日の大祭に善司さんはお出ましになられたんでしょうかね?
もし、出てこれてないならやはり麻痺などの後遺症が残っていると思われますね。
わかるかたおられたらよろしく・・・
大ちゃんに代替えするのも無理あるしね〜
まだまだケツの青い若輩者やしね〜
荷が重過ぎるやろうし、説得力が無いもんね・・・
まあ、下り坂爆走中の団体なんで誰が代表をしても変わらないやろうけどね・・・
100フェス人は集まった見たい見たいですが肉のチケットはすぐ完売でしかも貧困信者には変えない金額で不評が耐えなかったみたいです。人が集まったのも物珍しさだったみたいです。ユーチューバー等が集客の為に過激に成り逮捕されるなどと言った事があるように 今後も集客をキープしようと思ったらドンドン過激にしていかないといけないので大変!結論続かない企画である事は明らかです。人は集まれど、運営力無しとなると悪評が広がるだけです。
大亮率いる青年会は急激な変化を起すべく過剰な宣伝、新しい企画と打ち出してるように見えますがやはり焦りからの行いであるのは拭い切れません。一般の信者が思うよりも、こちらで危惧する方々よりも現状は悪化しているのは確かでしょう。善亮の越した各種問題、真柱の身上からおさづけの理は止まり、おさづけは効かず、助けられない事実との三重の打撃 から目をそらすべく大亮は青年会を悪用してドンちゃん騒ぎを演出しているそうです。本当に醜い。今までの古き良き教団は一夜の間にも否定された気分で裏では皆不快感を示す意見を発しています。
匿名
2018年10月29日 9:24 AM
元創価学会のカイン(ガッカイン)ワロタwww
それなら君は天理教のキョインだなwww
それより中山教の善亮大亮スケイン親子の方よっぽどカルトなんですが?www
真柱善亮頭の病気で治せない。時点で天理ってなんですか?天理教という宗教は宗教なのですか?スケイン親子の無力で無責任を創価学会の性にしたいだけやろwww
スケイン教団は学会が関与せずとも自滅していますが?www
こんな頭も力も無い上層部はいらないから中山家は出ていけばええのに、
笑顔で恥さらしの次期後継者大スケイン大先生万歳!
理の親とか言うてるけどこれも詐欺やろ(笑)
まだ神様に言うのはいいとしよう。上級や大教会長はおろか真柱すら理の親ちゃうしな
世間では オレオレ詐欺と言われているが、この教団は親親詐欺(オヤオヤ詐欺) やな(笑)
仮に、真柱が理の親としよう。現在その理の親頭の病気やで(笑)これを善亮大亮初めとする上層部と中枢部はどういうことと心得るんや?
あとブログの管理人さんを創価学会やなんや言う前に、天理誤報をちゃんとしろや(笑)それか 創価学会社会学研究所 というサイトでも作ったらよろし(笑)
教団運営陣は安定運転してて嬉しいわ衰退に向けての安定運転でな(笑)
まあ~きばりや~
2018年10月29日 7:00 PM崩壊 さんのコメントにもろ手を挙げて大賛成です。人を助けて我が身助かるは、助ける側に力がなければ盲人の手引きをする盲人で、どちらも穴におちてしまいます。中山みきの言いたかったことはあくまで隣人愛の実践であり金集めではありませんでした。今の天理教に隣人愛の実践があるでしょうか?
人は集めど埃が集まる様
>今までの古き良き教団は一夜の間にも否定された気分で裏では皆不快感を示す意見を発しています。
実は今までの古き教団は、今より、もっと酷かったのです。
東大出の肩書や国会議員や宮家までも利用して、さも由緒正しき教団と思わせて、全財産をお供えする事が、神の陽気世界実現の手助けと全教会長、信者を洗脳して天理教という大教団が生まれたのです。
それは洗脳の上に立った「古き良き時代」だったのです。
その時に蒔いた種が今、芽吹いていつだけで、もう、昔のような悲劇は少なくなると思います。
善亮、大亮君たちのお陰で、真実がより一層、見えやすくなっています。
有難い事です。
>もう、昔のような悲劇は少なくなると思います。<
その通りだと思います。昔の様に借金してまでお供えする教会 は今ではごく少数派になっていると思います。そもそもうちの様にお供えをしない教会も増えているのではないのでしょうか。その証拠に上、上の教会が貧乏人の子だくさん状態で入るものも入らず、首が回らなくなり始めている現実があるのです。砂糖に群がる蟻の様になりふり構わず末端にすり寄って来る上級もあるやに聞きます。末端の娘である友人はもう今後は出来ません、と振り払っていると言ってました。
うちの母親も100年祭の頃、上級の命令で「実家に借金して来い」、と言われ理の親の言う事に拒否する術も無くて、実家の高齢の母親の所に借金に行きました。老齢の祖母は天理教徒ではなかったのですが、可愛い娘が困っているとなけなしのお金を工面した様です。今思えば、天理教は親孝行を謳いながら、現実では親を泣かせる親不孝を強要していたのです。私達子供達もその哀しい姿を目に焼き付けていました。
今は亡き母がどんな気持ちで一人親の老母に借金を頼みに行ったのか、母と、祖母の心情を思うと可哀想でなりません。
よって、私なりの結論です。この組織は天の理に背き、多くの人を泣かせて来たのだから現天理教には発展する「理」も「種」もありません。今後徐々に衰退し各種イベントをしようにも、花火を打ち上げようにも、善亮、だいすけ親子の大好きなお金そのものが入ってこなくなるのです。お二人にご愁傷様との言葉を贈らせて頂きます。
>借金してまでお供えする教会は今ではごく少数派になっていると思います
まずは自分の生活ありき。これが普通の人間の常識というものです。
この考えが違うと思うあなたは洗脳されています。間違っています。
自分のお供えが上層部の贅沢な暮らしのために使われているのが悔しいと思いませんか?
悔しいと思わないあなたは異常です。「仕方がないから」で済ませてしまってはいけません。
明らかに間違っています。
ぜひ気づいて下さい。
一刻も早く足を洗っていただきたいです。
今日も明日も、命があるかぎり、ご自分を大事に生きていただきたいです。
教祖、本席さまの不思議・奇跡物語を集めた本があったら教えて下さい。
自分のお供えの一部が結婚直前の大亮夫人のデズニーランド行に使われたなんて聞いた時は腹が立った。
デズニーランドってすごく金がかかるんだよ。普通に会社つとめをしている家庭でも子供を連れて行くにはちょっと考えてしまうくらいだからね。
Twitterで肉フェス紹介の写真を見て気が付いた。
なんだ、業者のテント村じゃないか。
こんなの東京でもあちこち移動しながらやっているのを見るが、手が出ませんよ。高くて高くて。
東京でやっているのを天理にも呼んだというだけじゃないか。
どこに信仰の香りが有るのか?
肉の匂いだけだろう。
天理の神苑を例えば(実際に見た)歌舞伎町や代々木公園と同じように単なるイベント会場扱いをしたわけだ。
頭のねじが飛んでるね。
真柱の身上そのものだね。
神の御業に恐怖さえ感じてしまう。
西野が香川県のキリスト教教会のコンサルをするAbema TVを見た。
「ニシノコンサル」だとさ。
まぁ、役にも立たない言葉をポロポロこぼしている。
言葉数は多いけれど・・・。ただ口を動かすだけ。
こんな人を尊敬して講演会を企画する天理青年。
あのですね、貴方の周囲にはよほどダメ人間ばかりがいるのでしょうかね。
教会から世間にでなさい!
オンラインサロンなんてものに執着しないでしっかり足をつけて働いてごらんよ。
いろいろな人がいて、それぞれの人生を死ぬまで生きている姿を自分の目で見て考えようよ。
コンサルタントの話を聞いて、良さそうだからやってみよう、こんなのは自分の頭を使えない人だよ。
もっとはっきり言えば、君は西野の飯の種に協力しているだけだよ。
コンサル内容は貧しすぎて苦笑いしてしまった。幼稚すぎる。
今はネット環境にあり天理教の実態が広まっていますので、これから入信する人はいません。信仰の継承もうまくいっていないでしょう。子供たちが次々と棄教していくのは創価学会も天理教も同じです。信仰を継承しているのは王家と天理貴族だけです。彼らは下からむしり取って生きてきたわけですが、これからは下がいなくなります。自分で稼ぐ力もなさそうだし・・・
お供えさえしていれば、身上・事情は助かると教え込まれて田畑を失った人を知っています。
それも教会長さんがですよ。初代の会長さんならいざ知らず、三代目の方ですよ。その果てに見えた姿が助かっているとは到底思えません。天理教の洗脳手段の空恐ろしさを感じているのです。
洗脳手段の一例として書いておきます。肺結核は何事もハイハイと素直な心を持たなければ助からないと説き、白色を黒色と決めつけてしまったのです。お供えをしなければ助からないと信じていた人たちは、おカネを借りてでもお供えをしたのでしょうね。貧しい時代は魚を食することが出来るのは月に2回。肉を食べることなんて夢のまた夢の世界の出来事でした。結核が容易に治らないのは当たり前のような世情でした。
肉フェスなんか及びもつかない時代の貧しさの中に、素直な心になってお供えをしろと付け込んだ過酷な天理教の教えに過ぎなかったのです。
現在では都会の立派な歩道になっている道にも、戦後のひと時にはサツマイモやバレーショを植えて飢えをしのいでいたのです。来る日も来る日もコメなど見たこともない日々が何年続いたか。サツマイモの葉や茎までも食べていたのです。サツマイモの葉を煮た煮物のヌルヌルとした食感は80歳になる今も覚えています。
その時代にも二代さんは輸入のワインと刺身を食べていたなんて信じられないんです。
これが天理教教会本部の実態だったんですね。
フェイスブックで大亮が100フェスも総会も大盛況でしたと喜んでました。
これからも楽しい青年会活動にしていきたいとか・・・
少年会から抜け切れてないようで、そのうち秋の青年会おぢばがえり~♪ってやりそうな勢い。
今や真面目な天理教信者はアホな大亮を持ち上げることが最大の信仰心と思っているようで
「大亮さま」「ありがたかったです」「大亮さまがすぐ横にいらして・・」などなどの書き込みがすごい。
大亮が偉いんじゃないぞ。大勢のひのきしん者や営繕の方々の力があってこそ。
フェイスブックやツイッターでつぶやくなら「営繕の方々ありがとう。おかげて十分楽しめました。」
「ひのきしんご苦労様でした」って言ってあげて。
中山家は内輪固めに必死なだけ、まあ組織体制だけでなく教義と言う根幹ですら間違ってると言われそれ中山みきですら間違って居る元の理ですら間違って居ると言われ反論して取り戻すことも出来ないのですから仕方もないでしょう(笑)
私も以前より「アフリカ起源説があるのに天理教は何を言っているんだ?」と切実に思っていましたが教内の他の方にもそこに気が付いている方が居て安心しました。
科学や考古学の進歩により他の宗教も否定され淘汰されつつありますので一新興カルト宗教の天理教がもがいてもどうにも成らないことです。
一方「奈良起源説」の天理教団は、教義や教祖その根幹の元の理を捨て、「イベントイベントイベント」と新興宗教やカルト宗教の特徴と言えるイベント開催で信者を騙し続ける路線を選んでいるだけでしょう。新興カルト宗教としての選択は間違って無いですが教内で育つ真の信仰者はその違和感に気が付くのは当然です。天理教と名乗るにはもう限界でしょうから、潔く「中山教」と改名したほうが中山家の今後のために成りますので改名をお勧めします。
>新興宗教やカルト宗教の特徴が顕著に
2018年10月31日 3:05 PM
私も以前より「アフリカ起源説があるのに天理教は何を言っているんだ?」と切実に思っていましたが教内の他の方にもそこに気が付いている方が居て安心しました。
科学や考古学の進歩により他の宗教も否定され淘汰されつつありますので一新興カルト宗教の天理教がもがいてもどうにも成らないことです。<
私が、始めて別席の話を聞いたのは17歳の時ですが、最も奇異に感じたのが人類の「おぢば起源説」です。既に、中学生の時に人類の起源はアフリカ大陸で、人類の先祖に最も近い生物はアウストラロピテクスと呼ばれる類人猿であるという事を学校で学習しておりました。また大陸移動説についての知識も個人的な読書を通して学習しておりましたので、私にとって別席の話は「おとぎ話の世界」以外の何ものでもなかったのです。あれから50年以上の歳月が絶ち、DNA鑑定等の科学技術が飛躍的に進歩し、人類の起源はアフリカ大陸であるという説はほぼ確実なものとなりました。それでも、なお、教会本部は人類は「おぢば」で宿しこまれたと別席の場で話をするのでしょうか? それとも「宿しこみ」と「人類の発生進化」は別であるという「屁理屈」を説いていくのでしょうか?
崩壊
2018年10月31日 5:04 PM
そこまで重症な教義だと宗教は愚かその偽説で騙せないので詐欺にも成ってませんね(笑)
青年会の次のイベントは「アフリカに甘露台を立ててかぐらづとめ!」と称して体裁を保つしかないでしょうwww大亮君ならやってくれそうで楽しみです!
私はハンドルネームの通り末端教会の信仰4代目の一応信徒です。
高校生の時に別席を運びおさづけ拝戴。
19で修養科、30歳までに検定講習の前期・後期を終えた教徒です。
その教徒である私が最近よく思うのが天理教には夢も未来も無いという事。
有るのは挫折と挫折感、徒労感、希望も無い。有るのは挫折の次にやってくる絶望と絶望感。この事をしみじみ感じています。
なので、正直、家族ともあまり話をしません。なぜか?挫折と絶望しかないので話が展開しない。明るい話題も無い。暗い空気しか漂わない。
陽気暮らしとは真逆です。
夢の有る話など出来ないからです。
もうそれしか無いのです。誰が何と言おうと挫折と絶望しか無いでしょう。
それを認めたく無いので、いろいろごまかしたりしているようですが・・・
日本の国自体もこれから先、時代と共に大変化(移民受け入れなど)を余儀なくされ先行き不透明でまだまだ混迷の度を増していく事でしょう。
混迷し続ける世の中にあって天理教団は何の役にも救いにもならないでしょう。
自組織がガタガタで崩れつつ有る中で世間の事や信者信徒の事など構う余裕も残っていないでしょうからね。
4代目末端様、うちの教会に所属していて棄教して行った元信者さんが言ってた言葉は、「天理教にいつまで居ても展望がない。」でした。
どうぞ、この組織からは適度な距離を置き、自分の生活を第一に考え、社会的職業を持ち、自分の生活は自分で支えると言う形を基本にして下さいね。
はっきりご忠告しておきますが、この組織は教会の個人、個人また信者一人一人の将来の責任を持ってくれる訳ではありません。搾り取るだけと心得ていて下さいね。後は困窮しようが落ちぶれようが、知らぬ存ぜぬ、「もっと出せば助かる」と言われるだけです。お金も労力も使い捨てですからね。
私も末端で離れようがないのですが、信仰は自分のより良い生活の為の信仰であり、信仰の為に自分が生きているのではないと思っています。現在のような無意味な行事や活動に生活を振り回されてはいけません。教祖の教えのみ心で温めていたら良いですよ。極力、各種ひのきしん等の要請は断り、もし職業人であれば仕事を最優先させて下さい。すってんてんで何かご利益が有ったのか?と疑いたくなるような事情だらけ、身上だらけの教会の何と多いことか、です。
ご利益は教団組織から降りてくるのではありません。あくまでも自分の心が天の親神様の御心に添ったものであるかどうか、利他の心で生きているか、自分は今日も充実して喜べたか、などを振り返る。
おかしな組織に身を投げ出し、意に反して心を腐らす事は神様も嘆かれていると私は長年この世界に身を置いて、見て、聞いて、体験して、そう言う揺るぎない思いを持っています。全くナンセンスな世界に身を置いたものですね。
まずは自分の為に生きましょう。お互いに頑張りましょう!
<人類の先祖に最も近い生物はアウストラロピテクスと呼ばれる類人猿であるという事を学校で学習しておりました>
学習不足です。
天理教の教えは人間宿仕込の場所、泥海の中からの始まりです。
人類は猿が進化したというのは始まりから幾度となく生まれ変わり進化して、陸上の生活ができるようになってからの話。
人間の細胞は魚類が進化したものだって、最近学者が発見したってニュースで言ってたけど、天理教じゃ180年も前から言ってる。
>>はっきりご忠告しておきますが、この組織は教会の個人、個人また信者一人一人の将来の責任を 持ってくれる訳ではありません。
>>搾り取るだけと心得ていて下さいね。後は困窮しようが落ちぶれようが、知らぬ存ぜぬ、「もっと出せば助かる」と言われるだけです。
>>お金も労力も使い捨てですからね。
↑
心の底から激しく同意
私たち人類は受精卵が成長して生まれるそうです。(何をいまさら、ですが。)
たまごがヒトの形になる迄の間、何とも言いようがない塊から魚のような外見になったり、ある種の脊椎動物の外観になったりと、エーリアンもどきの変化を遂げるのだそうです。
ヒトという種が気の遠くなるような時を経て遂げた進化の過程を、受精から出産までの10か月の間に、母親の胎内で再現しながらヒトとして生まれ出てくる。不思議としか言えませんね。
不思議で終わらせることなく研究されている方がいるのかいないのか、残念ながら知り得ません。
何が言いたくて投稿したか。
学習不足と指摘した方はあくまでも天理教学の説に立っての物言いでしょう。
もう少しキャパを広げてお話されてはいかがでしょう。
天理教では言及されていませんが、恐らくは親神様は人間を作っただけではなく、地球上の生物全てを作ったと考える方が筋が通りますね。
生物だけではなく、地球環境の整備にもかかわっておられたでしょう。
重箱の隅をつつくような投稿は本意ではないのですが、天理教学が未整備であることに触れたかったのです。
長い歴史を持つ仏教界では今や重箱の隅をつつくような研究論文の発表がなされているとか。(仏教系大学の研究者の弁)
天理大学には社会人枠での天理教学研究者に門戸を開くようなアイディアはないのでしょうか。
グローカル天理(天理大学おやさと研究所発行)を購読されている方も多いことと思いますが、あくまでも印象ですが、どうも天理教学研究といっても教内発行文書の枠を超えない、何処かで目にしたような一般的な解説の域を超えてはいないように思われてなりません。
言葉を変えると、真に自由な(真理追及においての自由)研究は本部への一種ソンタクがあるのだろうか、とさえ勘ぐりたくなります。
多分そうなのでしょう。この社会学板をはじめネットに溢れる本部への不信感は今や(大亮夫妻誕生を一つのきっかけに)Maxに。
組織に対する不信と、教理に対する疑義の二つは信仰継続の困難、混乱につながります。この現状はネットを見ていれば誰が読んでも受け取れる状況。これを放置する天理教上層部は「頭のねじが吹き飛んでいる」と表現するしかないようですね。
文句を言う奴はけしからんという反応しかできない方は引退してください。
お供えせよと号令をかけるしかノウの無い方にはいずれ神様からのお知らせが下るでしょう。
信者は「ひのきしん要員」としか見ていない会長夫人(上から下に至る)には、仕事の内容を吟味して、真に必要な仕事なのかを検討、改革する姿勢を求めます。勿論あなたが先頭に立って実働してくださいね。
単細胞原始生物の一部が突然変異によって有性生殖を始めた海中だったところ?
人間完成への進化が始まったところ?
完成された人間、天啓者としてのおやさまが実現したところ?
たすけ一条のお話や神楽舞にふさわしい人類は、おやさまに近づいた人類で最も進化・成人した人達?
現在の中山ご一統様方が世界最高に進化・成人した人達には見えない。
>>匿名
2018年11月1日 1:11 PM
<人類の先祖に最も近い生物はアウストラロピテクスと呼ばれる類人猿であるという事を学校で学習しておりました>
学習不足です。
天理教の教えは人間宿仕込の場所、泥海の中からの始まりです。
人類は猿が進化したというのは始まりから幾度となく生まれ変わり進化して、陸上の生活ができるようになってからの話。
人間の細胞は魚類が進化したものだって、最近学者が発見したってニュースで言ってたけど、天理教じゃ180年も前から言ってる。<<
学習不足であれば申し訳ありません。しかし天理教の「泥海古記」なる考え方については、どうしても私自身、理解しかねます。一体、「泥海」というのは何でしょう? 地殻の下のマントルでしょうか? マントルであるとしたら、灼熱の溶解物ですので生物が発生するのは不可能です。また、別席の話では、人類は生まれ変わり出直しを繰り返し、最後に残った「雌猿」から進化したということですが、雌猿一匹では「受精卵」をつくれません。これ以上、馬鹿馬鹿しい議論の展開はこの掲示板の趣旨から逸脱していくような気がしてきましたので、私が疑問に思う数点を(疑問点は多々ありますが)述べさせていただき、終わりにさせていただきます。
100フェスに参加した知人からの話。
夜の部は、別席場前の広場で行われたそうだが、そこで開催するのははじめてでで、ゴミ箱などの設置が行き届いていなかったそう。その為、ゴミがそこら中に散乱していたそうだ。それだけでも天理教人のモラルを疑うが、その散乱したゴミを自主的に拾って歩くハッピ姿の母親と幼い子どもの姿を見かけたらしい。
ステージや店周辺では自分勝手にギャーギャーと騒ぐ天理教人。その一方で、健気にゴミを拾って、結果的に尻拭いをしている真実の天理教人。
だいすけくんの言う楽しくって自分勝手に楽しくなったら、それでいいのか。
それだったら天理教を信仰する意味はないだろう。
この100フェスでの対比が搾取するものとされるものを象徴している気がする。あー虚しい。
匿名
2018年11月1日 1:11 PM
>人類の先祖に最も近い生物はアウストラロピテクスと呼ばれる類人猿であるという事を学校で学習しておりました>
学習不足です。
天理教の教えは人間宿仕込の場所、泥海の中からの始まりです。
人類は猿が進化したというのは始まりから幾度となく生まれ変わり進化して、陸上の生活ができるようになってからの話。
人間の細胞は魚類が進化したものだって、最近学者が発見したってニュースで言ってたけど、天理教じゃ180年も前から言ってる。
魚類?細胞だとしても奈良は海の下だったと言うことですね。そうであったとしてもなぜアフリカにDNAが集約されるのか?の説明には成って居ないです。 魚類が陸上にあがったならどの世界の陸上に上がれるはずです。なので矛盾が生じますし何の説明にも成ってませんしより元の理がファンタジー説が濃厚に成ります。元の理が真実とおもいたいなら、もっと世界により広めたらいいのじゃないですかね?学説でもいいですし布教の一環でもいいですし(笑)
むしろキリスト教徒が多い有色人種に差別的な西洋を初め世界の学者がなぜアフリカ起源説を提唱するのか?を考えた方がアフリカ起源説の方が信憑性があります。そもそも考古学など証拠や論文をへてのちゃんとした学説です。
陰徳を積む
お陰様
結構やないか
人の世話して、側々(はたはた)を楽にして働かせて頂ける。
闇が深いほど光は輝きを増す。
光が輝くほど闇は深みを増す。
私は照らす方、照らされる方
どちらだろうか
両方ともだろうか
さて、教勢は、今月からゆるやかな下り坂に入ります。
徐々に降下し、堕落し、なあなあになり、人が離れていきます。
これはなるべくしてなってきた道。
人が悪いのか、神のおもわくなのか…
今日も一日陽気ぐらし
わたしは陽気づくめの方が好き
本当中山教団の人は呆れるわw
元の理の信憑性より 二代真柱の信者に対して行った淫行の預言書説のセックス起源説の方が信憑性有るからワロタwww考えた人天才やと思うwww
中山家がそんなに徳人ならレーザーもフェスもいらんやろwww甘露台も真柱も倒れないしなwww
全てが破綻w教理も破綻w科学が追いつくまでの限定教義だったと言うことwww
今後は善亮大亮バカ親子を崇め祭る宗教だと割り切って信仰したら良いやんwww
うちは末端やけど、教団離脱準備中やしな
オヤオヤ詐欺はもうお腹いっぱいw
無性生殖生物から突然変異で有性生物が発生して以来、進化と共に個体の死という現象も始まったんでしたっけ?
なんだか進化論否定のプロテスタント系新興宗教みたいですね。新興宗教の特徴反知性主義や献金トラブルはキリスト教でも神道でも同じですわw。
>散乱したゴミを自主的に拾って歩くハッピ姿の母親と幼い子どもの姿を見かけたらしい・・・これぞみきの精神です。隠徳を積んでいるので神の御心にかないます。
>教勢は、今月からゆるやかな下り坂に入ります。
20世紀の後半から下り坂で、今やすっかり衰退期のカルトですわw。
>だいすけくんの言う楽しくって自分勝手に楽しくなったら、それでいいのか
それでいいと思っているんじゃないの?大亮は自分さえよければという考えみたいだし。「我が家さえ陽気暮らしをしていれば信者だって幸せなはず」と能天気に構えている。困窮した末端に「パンがなければお菓子をお食べ」と言い放つタイプです。
紀南のある教会をグーグルアースで見た。2017年11月撮影となっているからさほど時間は経っていない。
未だに、屋根にはブルーシートが全面にかかっている。会長さんは二部同窓生で今夏に出直しされた。
生徒の頃は笑顔が明るい人だった。苦労があったのだろうか同窓会にも参加されなかった。
教団本部は分かっていますか、末端教会の実情を。肉フェスなんて、おおよそ宗教行儀とはかけ離れたと思われることをやっている場合じゃないだろうに。
同窓生名簿から教会長さんばかりが消えてゆく現実に何が起こっているのだろう。
神による突然変異の積み重ねを進化と呼んでいるんですね。ゆっくり起こる適者生存によるダーウイン論にも旧約創世記の進化論否定説も双方に誤謬があるんでしょう。
当時の教祖周辺には、進化の先端の魂達がいらしたんでしょう。完成のヒナガタとしての天啓者達の実在があれば、もう一度お地場を中心とした天理教の再生も可能かもしれませんね。
現状の中山教が、無いよりマシなのか無い方がいいのかも、お地場で神様に聞きたいですね。
>匿名
2018年11月1日 7:22 PM
ゴミがそこら中に散乱していたそうだ。それだけでも天理教人のモラルを疑うが、その散乱したゴミを自主的に拾って歩くハッピ姿の母親と幼い子どもの姿を見かけたらしい。<
>ステージや店周辺では自分勝手にギャーギャーと騒ぐ天理教人。その一方で、健気にゴミを拾って、結果的に尻拭いをしている真実の天理教人。
だいすけくんの言う楽しくって自分勝手に楽しくなったら、それでいいのか。
それだったら天理教を信仰する意味はないだろう。
この100フェスでの対比が搾取するものとされるものを象徴している気がする。あー虚しい。<
東京でもハロウィーンの馬鹿騒ぎを夜を徹して楽しんだ人達の中に、ゴミ袋をコンビニで買って、自分達が散らかしたゴミを持ち帰る人達がいたということです。人間として最低限の当たり前のモラルであり、常識であると思います。ハッピ姿の母親と幼子は人間として当たり前の行動をされていたのだと思います。その母親は幼い子どもに人間としての当たり前のモラルや常識を教えようとされていたのかもしれませんね。100フェスなる意味の無いイベントで騒ぎたいだけ騒ぎ、食べたいだけ食べ、そのまま去って行った参加者の皆さんは天理教人と言うより「人間以下」の存在ですね。「黒いハッピを着たカラス」のような印象すら受けます。
現状教団の確証とは
「大亮様と呼び 大亮様がおっしゃったから無駄遣いネットビジネスSNSなど何でもして良い」
と、崇拝とそれに伴う自動承認機能ぐらいしか無いでしょう。中山教と言うのも可愛いもので実際は何の経験も無い二十代の子供を祭り上げる大亮教に成っているだけ
教団の運営陣も衰退末期にどうしていいか分らずただただ後継者候補大亮とその父善亮を祭り上げる依存性が高い状態だとも見て取れます。
善亮、大亮親子も自分達の実績が早く欲しいが故に、今までに無い 判断や決断を思慮無く強行してしまっているのでしょう。
最初は物珍しさで人も集まりますが、アフターケアもその仕方もしらない教団には裏目に出るでしょう。
かたや、SNSやネットビジネス に興味を持っているのでしょうがこれらも殆ど詐欺ですので良いカモに成りそうですね(笑)
広告塔を作りたいにも、超一流か今旬かが絶対条件でキングコングの西野氏はあまりにも評判は悪いしこれぞまさに終わったコンテンツです。
教祖存命中、かぐらづとめは雨乞いづとめの際にも行われた。また、山名でもかぐらづとめが許されて面が作られかぐらがつとめられていた。その際、つとめの中央、かんろだいが置かれる場所には、教祖の依頼で明治6年に伊蔵が作った六角の柱の上下に、六角の板を付けた模型のかんろだいのようなものが置かれたのだろうか。
ところが、明治二十一年四月、神道天理教会が東京で認可され、翌二十二年三月十八日、神道天理教会山名分教会所が許可となった。山名ではかぐらづとめを今まで通りつとめるつもりであったが、念のため本席に伺ったところ、教祖の教えと違う神道教会にはかぐらづとめ許さないと、かぐらは「ぢば」のみとのさしづが出たのである。だとすれば、神道教会になった「ぢば-三島町271番地」でも、本来ならば、かぐらづとめは許されるものではなかったのかもしれない。
教祖存命中は、三島町271番地以外でも、かぐらづとめが許されたということは、教祖の教えは、ぢばで人類が誕生したのではなく、かんろだいを囲んでするかぐらづとめによって、十全の守護が宿し込まれて一人の人間、赤ちゃんが誕生するのである。かんろだいとは、種苗代の理で、男女一対である。世界中で毎日、数多くのかんろだいづとめが行われ、新しい生命が誕生している。ただ、そこには「陽気ゆさんがみたいゆえから」という意味が教えられていないのである。その意味を教えたのが教祖である。
>青井小豆
2018年11月2日 3:25 PM
教祖存命中、かぐらづとめは雨乞いづとめの際にも行われた。また、山名でもかぐらづとめが許されて面が作られかぐらがつとめられていた。その際、つとめの中央、かんろだいが置かれる場所には、教祖の依頼で明治6年に伊蔵が作った六角の柱の上下に、六角の板を付けた模型のかんろだいのようなものが置かれたのだろうか。
ところが、明治二十一年四月、神道天理教会が東京で認可され、翌二十二年三月十八日、神道天理教会山名分教会所が許可となった。山名ではかぐらづとめを今まで通りつとめるつもりであったが、念のため本席に伺ったところ、教祖の教えと違う神道教会にはかぐらづとめ許さないと、かぐらは「ぢば」のみとのさしづが出たのである。だとすれば、神道教会になった「ぢば-三島町271番地」でも、本来ならば、かぐらづとめは許されるものではなかったのかもしれない。
教祖存命中は、三島町271番地以外でも、かぐらづとめが許されたということは、教祖の教えは、ぢばで人類が誕生したのではなく、かんろだいを囲んでするかぐらづとめによって、十全の守護が宿し込まれて一人の人間、赤ちゃんが誕生するのである。かんろだいとは、種苗代の理で、男女一対である。世界中で毎日、数多くのかんろだいづとめが行われ、新しい生命が誕生している。ただ、そこには「陽気ゆさんがみたいゆえから」という意味が教えられていないのである。その意味を教えたのが教祖である。<
私の頭が悪いせいか、上記の説明文を何回読み返しても、私には理解できません。とにかく、ご説明いただきありがとうございました。
人間宿仕込の場所が泥海だったとしたら、天理かアフリカのどちらでもないということでしょう!
まだ、天も地も区別がないところなので!
ニの部分が天理とはいえない。まだ泥海 トの部分はアフリカ
イ 親神様おやがみさまは陽気ぐらしを見て共に楽しみたいと思召おぼしめして人間を創造された。
ロ まず夫婦の雛型ひながたをこしらえようと、うを と み を引き寄せ、最初に産みおろす子数の年限が経たった暁あかつきに、神として拝をさせるとの約束のもと、承知をさせて貰もらい受けられた。
ハ さらに、六種の道具衆を引き寄せ、承知をさせて貰い受け、食べてその性しょうを見定め、それぞれに応じた役割に使われた。
ニ 泥海どろうみ中のどぢよを皆食べて、これを人間の種たねとし、夫婦の雛型に月日つきひが入り込み、元のぢばで、九億九万九千九百九十九人の子数を宿し込まれた。
ホ 最初は五分ぶから生まれ、九十九年ごとに三度の出直し、生まれ替わりを重ね、四寸すんまで成人して皆出直した。
ヘ そののち、虫、鳥、畜類ちくるいなどと八千八度はっせんやたびの生まれ替わりを経て、最後にめざるが一匹残った。その胎はらに男女各五人の人間が宿り、五分から生まれだんだんと成人するとともに、海山、天地なども次第に形作られ、五尺になったとき,世界は出来、人間は陸上の生活をするようになった。
ト この間、九億九万年は水中の住居すまい、六千年は知恵の仕込み、三千九百九十九年は文字の仕込みをもって育てられ、子数の年限を経過した約束の時が立教の元一日である。
匿名
2018年11月3日 11:19 AM
>ヘ そののち、虫、鳥、畜類ちくるいなどと八千八度はっせんやたびの生まれ替わりを経て、最後にめざるが一匹残った。その胎はらに男女各五人の人間が宿り、五分から生まれだんだんと成人するとともに、海山、天地なども次第に形作られ、五尺になったとき,世界は出来、人間は陸上の生活をするようになった。<
陸上の生活をするまで、虫、鳥、畜類などは、水中で生活していたのでしょうか? 無呼吸でも生きることができるのでしょうか? また、「めざる」は一匹で妊娠し、男女各五人の人間を宿したのでしょうか?
その他、常識では考えられないような点が多々あり、私には到底理解しかねます。(笑)
神によって、有性生殖生物が突然変異的に最初に現れた海底の一点をかたどっている?
神によって、魚類から両生類が突然変異的に現れたと同時に、その環境も整えた?
人間の魂は神によって進化変異した生命体を借りながら進化してきたが、生殖形態も神の理想に近づくよう、進化してきた。?
キリスト教の旧約聖書に描かれている「天地創造」や「人間創造」の話にしろ、日本の新興宗教「天理教」の「泥海古記」の話にしろ、仏教の「仏陀誕生」の話にしろ、その当時の科学では解明できなかったことは、すべて、現在の常識では信じがたいような「おとぎ話」「絵空事」「神話」として描かれていますので、軽はずみに信用してはいけません。今まで謎とされてきたことは、科学技術の飛躍的な進歩により解明されてきつつあります。宗教を信仰している方々、あるいは全く信仰していない方々、くれぐれも根拠の無い「つくり話」に惑わされたり、騙されたりしないように注意しましょう。 以上
なぜ元の理の教えを信じる事をそこまで否定されるのでしょうか?
信仰は自由なのですから、別に信たいならそれで良いのでは。
別に放っておいても無くなる宗教なんですから。
あの・・・、
世界中の「神話」が荒唐無稽の科学的根拠もない作り話なのですから、文章そのままの事を「信じる」とか「信じない」などという議論は無意味ではないかと。
その神話が語られた背景や神話に含まれる主張や意味が重要なのであって、神話の文章そのものをどうこう言うのは、イソップやグリム童話、日本の昔話などを「動物が言葉を使う訳がない」「科学的に有り得ない」というのと同じくらいバカバカしい事ですよ。
天理時報第4595号を見ての感想。天理教は通常は考えも及ばない言葉を連発しておカネをむしり取ろうとするから問題になるのと、何かにつけて権威をひけらかすというか、俺より偉いものは居ないんだよという態度が鼻につくのであって、そうでなければ、いいことも言ってるんですが、秋季大祭の祭文の中にあったように秀司さんやこかんさんを誉め湛えているようではまだまだまともな宗教とは思えないんです。
それと、もう一つお運びだとかお許しなんてバカバカしいことを何時までやっているんだろう。会堂の壁一つを塗り替えるのにも、教区の視察だとか、大層な文書の作成だとか。挙句の果てに大教会長以下、当該教会長及び部内教会長、役員までもが本部まで出向いて、金魚の糞よろしくゾロゾロとしているさまを見ていると呆れてしまうね。
お運びの最後には、真柱の奥さんまでお礼が要ったと聞いて、やっぱりおカネかと思ってしまった。
どうしてもおカネが必要ならば、口座番号を伝えておいて、これこれの金額を振り込んでおいてねでいいんじゃないの。
信者さんたちの多くは、このような実態を知らないんじゃないの。宗教を盾にしているだけに振り込め詐欺よりたちが悪いと感じていまうね。
大亮様は祭分の中で、長の年限、十全の守護をもってお守り、お育てくだされ、世界たすけの道を付けて、陽気暮らしへとお導きくださる親神様の親心に、御礼申し上げられた。と天理時報は報じているが、何が陽気暮らしか。日本中で災害が頻発し、部内の、さらに部内教会の屋根は何年を経てもブルーシートが掛けられたままの姿や多くの人々が居場所を失い塗炭の苦しみの中に有り、世界に目を向ければ人類の三分の一以上の人々が飢えに苦しんでいる状況なのによく言えたもんだ。
本部だけが有り余るおカネでどんちゃん騒ぎをしているだけで、その姿を見て大亮さんが陽気暮らしだと言っているだけじゃないの。
目標を見つめなおすのであれば、今後は一切お金のことは言うな。コンビニで1円が足りなくてもパンを売ってくれないよ。ただ、私は守銭奴ではなくクレジットカードを通して、国境なき医師団に毎月寄付をしています。
天理時報第4595号一面のタイトルは、「ぢばに真っ直ぐに」おカネを持って来いと聞こえるね。
東風Zさま、お運びの裏で動いている「お札」。
お運びとは「お札を運ぶ」ことと言えますね。
なんでもお礼が伴う・・・人間思案の結果が資金の中央集中だったのですね。
人の金で何をしても許される?そんなバナナ!(滑る結果はバナナが招くもの)
青年会の背後には、コンサルタントの浅知恵が有るのだろう。
コンサルタントは結果責任を負うべきだろう。
今回のフェスでの未信者⇒入信率。数字を出しなさいよ。
「初参拝者」は単にお地場のにぎやかし要員。
人でにぎわっているかのような演出効果。
こんな言葉を書き連ねても虚しさだけがつのります。
誰が見ても大亮さんに次期真柱職は任せられないことは明白。
だから、現真柱がなし得なかった子作りを、せめてもと励んだのか。
どうしたものかね・・・。一段と寒さが身に染みる ブルッ。
だいすけさんはいい人とのコメントがあったが、いい人だけでは真柱の器にはなり得ない。
善亮ほど悪賢くはないのかもしれないが、やる事為す事、彼は軽い、浅い、深い思慮がない。タイで女性を買ったなどと嬉しそうに公言した、と聞いただけで、次期真柱後継者と言う立場の自覚がない。そんな事は黙ってろ!黙っていられないのが彼の頭の弱いところと見ています。
楽しい事ばかりを考えつく。「類は人を呼ぶ」と言う諺があるが、似たような軽い若者に人受けがいいだけではこの衰退は食い止められないだろう。
後ろでたずなを引く悪賢い善亮は、ご恩報じを説いて全国行脚をしているそうだ。やはり彼も頭が弱いと見る。衰退激しいこの教団が益々どツボにハマっていく早道だと言うことに気がついていない所がだ。
人の金を掴むのではない。人の心を掴まなくてどうするのか。それは決して目先のお楽しみ会をしてでは無い。
お供えをしないキャンペーン。
古い元教会長さんがキャンペーンしておられます。今、上納金を止めている教会があちこち存在する事を全国の教会の皆様にお知らせ致します。
そんな事出来ないと、恐れなくて良いです。「無いものはない」が理由になります。「入ってくるものが無い。」これも理由になります。「信者がいません」これも良いでしょう。本当ですから。
出来ない理由はシンプルです。それでも出せと言われたら、「自分は最低限生きていかなけれないけませんから。」これで良いと思います。それでも生きる事を否定するなら、それ以降は弁護士等の法的世界です。
ちなみに、今だに給料袋の封を切らずに教会へ出せ、と言う教会が有ります。その教会は案の定、お金の事情で身動き取れなくなっています。大きな教会です。人を泣かせて我が身泣く。天の理そのままです。
教理が間違っているのは当然ですカルト宗教なのですから 流石 新興宗教 カルト宗教 論ずるまでも無いとも言えますが、どこに異常性があるか?を論ずる事も悪質な宗教を理解する上では重要な課題です。今まで論じてこなかった事が天理教と言う教団の今日を生んでしまったのです。どこが学会員なのか?どう考えてもこのブログで使われている用語は天理教用語で溢れていて殆どが教内の人のコメントに他成りません。教内の人はこの真柱様が身上に成ってからの実の弟 善亮 養子の大亮 によるお祭り騒ぎをしかと理解しないといけません。不謹慎極まりなく 宗教を抜きにして考えても人として憤りを感じて成りません。一刻も早く 善亮と大亮の狂乱としか思えないお祭り騒ぎを辞めさせましょう。本当に恥ずかしい上層部を持った皆様方が気の毒で成りません。
大亮能天気過ぎ。事情教会90%が何を意味するのかわかっていない。彼は実態を知っていても見て見ぬふりをしていれば何とかなるという甘い見通しでいるのでは?イベントやればどうにかなるなんて生易しいものではないのに教団の現状は。(今の教団にとってイベントは教勢拡大どころか金の浪費でしかない)
宗教を信じるも信じないもと考えれば自己責任ですが騙す騙されると考えるとこれは自己責任で無く人の道を外した非道な行為に成り大きく違います。
もしもあなたがある日信仰していた宗教団体に騙されたと気が付き今までの損害賠償をその宗教団体に請求しようにも法で訴えても中々対応はされないことが多いのです。お布施に関しては個人の意思が有っての献金 と認識されることが多いので返還は難しいのです。
宗教だから騙されても良い!なんて思う人は居ません。誰も騙されたくは無いですから
ここ最近の談じ合いは大変有意義にみめました。 教理の根幹 の 元の理にまで否定した方はとても勇気のある方とお見受けしました。
>加藤ハルアキ
2018年11月3日 8:18 PM
あの・・・、
世界中の「神話」が荒唐無稽の科学的根拠もない作り話なのですから、文章そのままの事を「信じる」とか「信じない」などという議論は無意味ではないかと。
その神話が語られた背景や神話に含まれる主張や意味が重要なのであって、神話の文章そのものをどうこう言うのは、イソップやグリム童話、日本の昔話などを「動物が言葉を使う訳がない」「科学的に有り得ない」というのと同じくらいバカバカしい事ですよ。<
失礼ながら、全文引用させていただきます。私の投稿した文章の内容では「元の理」や「泥海古記」についてのみ言及しているとの誤解を生んでしまう結果となり、お詫びいたします。確かに「信教の自由」は日本国では日本国民全員に保障されていますので「元の理」や「泥海古記」を文字通り、そのまま信用するのもしないのも個々人の自由ですが、私が一番言いたいことは、「現実では到底あり得ないこと」や「科学的に立証できないこと」を洗脳により盲信してしまったあげくのはて、本人自身は身を滅ぼす結果となり、また社会や何の関係もない人達を不幸のどん底に突き落としたオウム真理教による地下鉄サリン事件をはじめとする一連の悲劇的出来事が、平成の世に発生したという事実です。主導した犯人はご存知の通り、今は亡き麻原ショーコーですが、彼の配下には、世に言う最高レベルの高等教育を受けた医師や弁護士もいたという事実です。最高レベルの教育を受けた人間ですら、洗脳されれば善悪の判断がつかなくなり、非人道的な凄惨な事件を引き起こしてしまいます。イソップやグリム童話、日本の昔話は、人間の生き方やあるべき姿を子ども達がわかりやすいように登場者を動物に例えて創られた教訓的寓話であり、全く次元の異なるものと考えます。信じることと洗脳され盲信すること(=騙されること)は全く違うと思います。いくら正しく立派な宗教であると信じていても、本当にそうなのか、常に一歩距離を置いて客観的に考えることが重要であると考えます。どのような宗教も「両刃の剣」的側面を持っていることは、過去の歴史や今現在発生している事象を見ても明らかです。人間にとって毒にもなり薬にもなります。(毒にしかならないカルトと呼ばれるものもありますが)。
米国のモルモン教原理主義派では現在でもポリガミーと言う重婚がなされそこで交わされる台詞はまさに教内の「理の親」の誤認によってなされる会話と同じです。
動画の台詞
女性「これは神の御意思なのよ。」
男性「私に従うのがお前の義務なんだ。質問をしたり疑問を抱いてはいけない。」
と、15歳の少女を洗脳している様子が映し出されています。
これは社会実験の映像と言えど、教団内ではこれらの光景は日常茶飯事に見受けられるでしょう。
この 「理の親」とのやり取りを思わせる台詞はとても危険です。つまり理の親を神以外に称するのは間違いです。例え真柱であっても
二代真柱はこのようにして教内の女性に淫らに手をつけ未だにその子孫は本部を初め各教会にいるそうです。 何が 親神様だ! 社会や正義の敵でしかない。それはもう悪魔としか言いようが無い。親神が教祖が悪なのか?それを装い騙している現教団の上層部が悪だといえるでしょう。
WWYD?:少女(ポリガミー) /日本語字幕
https://www.youtube.com/watch?v=kZFZ6p7JrcM
一、教祖魂の因縁 進化の先頭におられた魂であるから、人類最初の天啓者になられた。
二、その教組周辺には、進化の先導者であり功労者である、同じく進化の先頭付近にいる魂達が居られた。
三、旬刻限(1838)が来て、教祖を先頭に、その付近の魂達が、オタマジャクシに手足が生えるように、凡人から見れば突然変異的に天啓者達が出現してゆき、世界一列を善導する人類史的転換点がやって来た。
四、したがって世界一列をたすける地場屋敷には、天啓者達が増え続ける因縁がある。
元の理から読み取れるおじばのイメージです。
原理主義はイスラムでも神道でもキリスト教でも仏教でもろくなことになりません。女性に対する教祖の性犯罪は聖神中央教会事件を見てもわかるじゃありませんか。教祖=神です。韓国系のプロテスタント新興宗教ではよくありますが、日本でもこのあたりの事情は韓国より数的には少ないとはいえ同じです。
仏教にも修行者の戒律から発する差別的偏見と女性蔑視の観念が刷り込まれた人達が居ますが、創世記的原理主義に女性蔑視観念が存在するから、そういった世界最大規模の宗教群に属する人達の潜在意識に刷り込まれた病根が、醜悪な現象を多発させているのでしょう。天理の教えは、そういった病根を解放させる働きを持っていると感じています。トップの人事問題は別として、天理さんの教えにはうなずけるものが多いように思います。
ここは信仰者が意見を出し合う場かと思ったら、信仰者じゃない人が集まって宗教の悪口を言い合う場所だったのか。
知ったらしく屁理屈ばかり並べて「知ったか自慢大会」じゃねえか。
誰かがああいえばこういう、こういえばああいう
オウムの上〇と同じ。
もう一度「魂」的にアダムとイヴあたりから勉強してこないと天理教の教えを本当に理解するのは無理だね
栗 2018年11月5日 1:29 PM
>ここは信仰者が意見を出し合う場かと思ったら、
こちらは天理教という一教団についての様々な問題をテーマに開かれている
ブログ&掲示板(コメント、ご意見欄)ではありますが、信仰者だけではなく、
一般に広く開かれている場であることは大半の方が理解されていると思われます。
「信仰者が意見を出し合う場」というのはあなた様の思い込みです。
>信仰者じゃない人が集まって宗教の悪口を言い合う場所だったのか。
>知ったらしく屁理屈ばかり並べて「知ったか自慢大会」じゃねえか。
>誰かがああいえばこういう、こういえばああいうオウムの上〇と同じ。
何を感じようと自由ですが、はっきり言えることは、
それはあなた様の偏った、単なる抽象的で感情的な悪口であり、
なんら説得力も無く、筋の通らない屁理屈を並べて悪口を言っているのは
あなた様に思えます。
>もう一度「魂」的にアダムとイヴあたりから勉強してこないと天理教の教えを
本当に理解するのは無理だね
そのような上から目線の偏った物の見方をし、感情失禁を撒き散らすような
コメントをされるあなた様こそ、天理教の教えを本当に理解されている
のでしょうか?
もしそうだとしたら、教えを本当に理解しても、そのような言葉しか出てこない
ものかととても恥ずかしく思いました。
>栗
2018年11月5日 1:29 PM
ここは信仰者が意見を出し合う場かと思ったら、信仰者じゃない人が集まって宗教の悪口を言い合う場所だったのか。
もう一度「魂」的にアダムとイヴあたりから勉強してこないと天理教の教えを本当に理解するのは無理だね<
私は、末端分教会の長男として生まれました。天理教では分教会長の長男として生まれた者は、世襲的に教会長の職を継がなければならないという暗黙の「慣わし」がありますが、私は某ミッション系大学を卒業後、直ぐに一般社会で働き、定年を迎えて現在に至っております。
幼年期から一般社会に入るまでの若かりし頃は、天理教は立派な教えであり、教団は素晴らしいという思いで一杯で、天理教に心酔(半洗脳状態)した時期もありましたが、一般社会で働くうちに、世間の常識に目覚め、上級教会や教会本部の有り様を見ている内に、とんでもない宗教であるということが分かってきました。大学はミッション系でしたので、宗教学は必修科目であり、キリスト教だけではなく、ユダヤ教や仏教、イスラム教、についても学びました。もちろん、旧約聖書創世記のアダムとイブについても学びました。旧約聖書を読まれた方はお分かりかと思いますが、宗教的というよりも多分に文学的要素をもっており、私にとっては「一文学作品」という印象しか残っていません。アダムとイブの話もいわゆる「神話」という「文学作品」の類いであり、そうしたものを勉強したところで、全く別宗教である天理教の教えなど理解するのは不可能だと思います。
このよふハほんもとなるハどろのうみ もとなるかみハ月日さまなり
それよりも月さまさきゑくにとこを みさゞめつけて日さまにだんじ
それゆへにくにとこたちのみことさま このかみさまハもとのをやなり
で始まる「泥海古記」和歌体14年本には、8柱の神様の魂について、以下のように記されている。
(分かりやすいように具体的な名前も記しておく)
いざなぎのみこと 当年已の十六才(前川菊太郎様)
いざなみのみこと 当年巳の八十四才(教祖様)
くにさづちのみこと 今年から三十年後に誕生(たまひめ様)
月よみのみこと 当年已の六十一才(秀司祖父様)
くもよみのみこと 当年已の五才(タマヘ母様)
かしこねのみこと 当年已の八才(飯降政甚様)
たいしよく天のみこと 当年已の三十二才(マツエ祖母様)
をふとのべのみこと 当年已の十六才(真之亮父様)
教祖魂の因縁といっても、教祖は、秀司さんやその妻のたまえさんなどと同様に数ある神様のうちの一つの魂を持っていただけで、特別な存在であったわけでなない。また、主なる月日の神様は別にいたので、教祖存命中、教祖を慕ってくる人々が教祖を「神様、神様」と呼んでいたという話をこの「泥海古記」は否定していることになる。もし人々が「神様、神様」と呼んでいたならば、それは単なる勘違いであった。
(私見-この「泥海古記」の作者はあまり教祖を評価していなかったのだろうか。また、教祖がこの話を作者にしたのであれば、「このたびはかみがおもてへあらハれて なにかいさいをときゝかす」といって、おふでさきやみかぐらうたを残した教祖は、月日という「神」の名を騙(かた)ったことになるのだろうか。)
『 「魂」的にアダムとイヴあたり 』 大爆笑
どなたかこの言葉を理解できるように説明していただけませんか?
教祖と周辺の魂とて虫であった時代もあったのでしょうが、進化の先頭であり続けた魂群が、また最初の突然変異として、天啓者になって人類を善導する時代が現れているのではないか??
まだ180年くらいの、人類の歴史からすれば、この神一条の天啓道は始まったばかりだから、我々は、人類の突然変異的進化をオカルトのゴミBOXに詰め込むか気づいていないだけで、もしかしたら我々の身近なところにも、隠れ天啓者がいらっしゃるのかもしれないですね。中山真柱家にお生まれになる可能性もあるでしょうしね。
卑弥呼はおや様の過去生に一つだったと言ったら笑われるでしょうか?
ではアダムとイブはおや様ご夫妻の過去生の一つだと言ったらイジメられるでしょうか?
栗 様へ
2018年11月5日 1:29 PM
天理教の本当の教えなんて誰も知らされていないのです。知りようが無いのです。おふでさき・おさしづ・おつとめを含む教義は教団本部が中山家の都合のいいように、いいとこどりをした似非教理だからです。
何故なら、教団本部には一般の信者が入りたくても入れない史料集成部という開かずの部屋があるからです。天理大学宗教学科に学んだものでさえ入ることが許されないところです。
教祖50年に亘るひながたの道を包み隠さず明らかにせずして、何が教理というのですか。
何故、書き込んでいるのかと問われれば、宗教の仮面をかぶった団体に入信する人が無くなることを願って投稿しているだけです。~ 天理教の一被害者より ~
「魂」と「神」とを同じ平面で語ることは何か「ごった煮風」の宗教観であり、天理教的には無理ではないかと考えるのですが・・・。
十の神名はそれぞれ働きを分類し名称を付けたものと理解しています。昔の人たちにとって受け入れやすい神の名前を付けたと思われます。
といっても、証拠を出せと言われてもね・・・。一信者のたわごととスルーしてください。
奈良県天理市の片田舎で教祖様が説いた教えは当時の周囲の人々の頭にどの様に理解されていたのでしょうか。おそらくは理解しやすい説話としての形をとらざるを得なかったでしょう。
それこそ、加藤ハルアキ様がご指摘のように、文字面を読むだけでは真意がくみ取れないと言えるでしょう。加藤ハルアキ様に大事な点を指摘していただきました。
誰それがどの神様であるという説は、中山家の血筋を貴いものとしたい考えが底にあると断言しても良いかと。(これも一信者のたわごとです。)
「天啓」という現象が起きた事には少なくとも家族と中山家に出張してきた寄せ加持祈祷の職に在った人という目撃者がいるわけです。
「天啓」このこと自体がでっち上げだったとする説は今のところ見聞きしてはいませんので、この一点だけは信じています。一信者として。
教祖様以降、ナライトさんをはじめとする所謂「天理の霊能者」として不思議な力を持っておられた方々は天啓を受けたのでしょうか?教祖に元の神が降りた現象とは異なるでしょう。
一信者の私見ですが、「今の天理教、お地場には天啓者がいない」というご意見を目にするたびに、落ち着き悪い感じがしていたのがこの点なのです。
真柱職にある人は立教当時から天啓者ではありませんでしたね。今の時代、天啓者と言えるかもしれない人は大徳寺さんあたりでしょう。現に教祖様の言葉を大徳寺さんの口を通じて聞くことができますから。
教祖様の言葉を聞きたいと集まった人たちで、狭い敷地はいっぱいです。立教当時もこのような雰囲気であったかもしれないと思わせられる感じです。しかしそこに集う皆さんは大徳寺さんを霊能者として受け入れているようには見えません。教祖様が表れるとして言葉を聞いている、参加した経験からその様に感じます。
信仰宗教のプロ集団である天理教本部の権威のようなものは微塵も感じられないスガスガしい空気が流れていました。
真柱さんは大徳寺さんとお会いになるとよいと思います。孤独な立場の真柱さんの心を受け止めてくださるのは教祖様でしょう。
二人の間を仲介できる方がいなくても手紙を書かれれば世紀の対面が叶うでしょう。実現できれば少なくとも真柱さんの心は救われると思います。
どなたか真柱さんへこの提案をお届けください。
(言わずもがなですが、私は大徳寺さんの所の所謂信者ではありません。回し者でもありませんよ。)
栗
2018年11月5日 1:29 PM
>ここは信仰者が意見を出し合う場かと思ったら、信仰者じゃない人が集まって宗教の悪口を言い合う場所だったのか。
知ったらしく屁理屈ばかり並べて「知ったか自慢大会」じゃねえか。
誰かがああいえばこういう、こういえばああいうオウムの上〇と同じ。
もう一度「魂」的にアダムとイヴあたりから勉強してこないと天理教の教えを本当に理解するのは無理だね
どこの業界でもこう言う人いるよな(笑)あなたが同じ信仰者ならばあなたは1番宗教を知った法が良いでしょうね(笑)
屁理屈が屁理屈だと気が付かないのはキミ(笑)
オウム真理教 上祐史浩 より酷いのはキミ(笑)
「韓国民がこの事件をきっかけに倫理的・霊的に生まれ変わることを望む」とローマ法王からの言葉をキミへ(笑)
https://nihonsinwa.com/page/752.html
これが天理教信者の実態か、もしかして本部の人発言ですかね?これが本部の人間や教団上層部の発言なら崩壊しても仕方ないですね(笑)
Twitterでこんなことを書いている人がいたのですが、誰の事を指しているのかどなたかご教示頂けませんか?
中山家に精神科医がいた?ちょっと信じられない事のような気がします。
著作があるようなので読みたいのですが、いったい誰なのでしょうか。
≫ 戦後日本のおそらく一番の知識人が精神科医で、そのひとが天理教の創始者の血縁で、そのひとの代表作が奈良盆地と宗教の始まりを論じた文章であるってのは、ちょっとした奇跡だよねって思う。
ほらな。やっぱ出てきた反論するアホ。
ローマ法王が好きならわざわざこんな「うさんくさい天理教」のところへ出てこなくてもいいのに(笑)
素晴らしい言葉を言う人は沢山いるしそれなりの行いをしてる人も多いが、それらがすべて教祖の言われていることに違いがないことを証明しているに過ぎない。
ちなみに本部の人間でもなければ教会の人間でもないよ。
さてと、まともに教理について語れて本部の腐った組織の問題に取り組んでるところを探そう。
ここは名前ばかりでコメントする人は天理教いつ崩壊するかを楽しみに待ってるやつらばかりだ。
精神科医って治療文化論書いた中井久夫氏?・・なわけないか。
東風Z様。
中山家世襲にした時から天理教は道を外してきています。
今までは我慢できた部分もありますが、さすがに今の状態(大亮)を見ていたらどこを取って子供や孫につなげていけるか不安しか残りません。
真剣に教理と向き合い次世代に堂々と胸を張って繋げていける天理教になってほしい思いであります。
「世間ではこのように言っているが真実はこうなんだ」と言えるよう研究されている所を探しております・・が、ここは少し違うようでした。
正月肥の授けは、やれ珍しい。にっこり授け貰ったら、やれ頼もしや。散財心を定め。世の中、理を吹く。無性に出来まわす。何かに作り採るなら、大和は豊年や。ここまでついてこい。採り目が定まりた。
神霊力の伝授が先ずあって、頼もしい大安心と大らかな分かち合う心で働けば、自他共の社会が豊かになってゆく。
なにか 今までも 上がどうであろうと 私たちさえしっかり信仰すればと 信仰姿勢を説く諸先生方はいました。そして 今日にいたる、、、
組織の構成員として信仰していくのか
信仰者として組織に関わっていくのか
そして、人助けができているのか
自分は幸せなのか
都合の良い解釈はしていないか
八つのほこりは積んでいないか
嘘と追従はしていないか
うーん、難しい
このままの形、流れのまま信仰していくこと、組織から離れて信仰していくこと。
どちらにもメリットデメリットがある。
難しい
難しい
年配の教会夫人(故人)の話 (大学受験失敗の時)
「下手に学問つけると お道から離れるから これでいい。」
学問がおかしいのか?お道がおかしいのか?
それとも 手足になる人間は あほでいいという怖い本音なのでしょうか?
とんとんと、正月踊り始めは、やれ面白い。不思議な普請、掛かれば、やれ賑わしや。身に付く、世直り。
いづれも付き来るならば、謀反の根を切ろう。難渋を救い上げれば、病の根を切ろう。心を定めようなら、処の治まりや。
とうとう神が現れて、とんとん拍子に物事が好転してゆく様は、踊り出す他ないほどの福音だ。未だかつてなかった、神のたすけ一条の普請が始まれば、我も我もと賑やかに集まってくるだけで、幸せが身についてくる。
殺伐とした戦争や流血革命も無くなり、皆が健康になり、神の方向に心が定まれば、どの家も穏やかに治まって、それまでは世知辛く陰気だったとしても、穏やかな陽気に包まれる社会に建て替わって来る。
色々意見が出てきていい流れだと思います。 組織は批判したいが、教義は信じたいと言うのがここに集う人の本音と言うことでしょう。でもそれですら危険です。信じると 騙されるでは大違い2018年11月4日 4:06 PM さんがおっしゃったように、真実じるのは勝ってですが誰も騙されたくは無いわけです。組織批判の流れで教義への懐疑と 元の理とアフリカ起源説の間に矛盾が生じている時点でやはり今後も追及されるべきポイントになってしまうのは仕方の無いことでしょう。一般的に考えても、日本神話を鵜呑みにして居る人も居ない。この史実はどうなのだ?という試みを在野の研究家から教授まで皆さんしているわけです。当然の流れだと思います。このような全うな探求も以外と崩すのは権威や社会的地位を持っている大学教授などが多いのも事実です。大学の教授もお金や今までの既得権益や既存概念を崩して教授の座を追われたくないから保守的な論文しか出さないのが殆どです。日本は理系は強いですが文系はもう時代遅れ歴史に関しては戦後の政治的圧力で見るも無残な歴史認識と化しています。米中冷戦に突入しているのにTVメディアでは大々的に取り上げないですしなんとも滑稽でならない。
本部に関しても真柱身上なのにその様態を公表しない。実弟の善亮氏 義子の大亮氏は 青年会でイベント三昧にしか見えない。これを世間からもちろん信者からも異常性を感じるのは当然のことでしょう。組織崩壊に関しても、法にお詳しい方のコメントにより本部が崩壊しても各法人は生き残れるのでなんら問題も無いことも分ってきているので、中山家とその周辺が如何に教義通り行えるのか? が信者の関心事にもなっているのでしょう。おさづけと言う人を癒す儀礼をもった宗教が、教団の長が病気、癒しの儀礼を持っても治せない となれば存続自体が矛盾している事を打開できない上層部の実力の無さを明らかにしているだけでしょう。なって来るのが天の理ならばそれが天の意思 と教団上層部がしかと受け止めるのが常では無いでしょう。それをして居るように見せるのも大切なことなのでしょうが何故かイベント三昧をしてしまい これが宗教なのか?と疑問を皆さんが持っているのは見て取れる流れでした。
霊能者ということであれば木村藤子さんのような神様が見え、病気直しのできる方が、多々おられるようです。
東北大震災のときに海岸沿いの神社や寺の寸前で津波がとまったという事例から各神社や寺に出向きそこにおられる神様や眷属に
お話を聞いて回られた霊能者もおられました。お社に神様がおられなかった神社もあったようですが、すべからく
先の震災で疲れ果て祝詞をあげてもお姿がかすんでいた神様や眷属もおられたようです。
各教会はおぢばの出張場所でお社には神様が鎮められていると思いますが、もはや不在ということはないでしょうか?
神道的に考えると天理王命の分霊となるのですが、霊能力のない我々にはなんともいえないところです。
いずれにしましても天理王命がいようがいまいが、人間をご守護していただいている神様は
真実を受け取ってご守護を下さっているのでそこだけ間違わなければと思います。
>各教会はおぢばの出張場所でお社には神様が鎮められていると思いますが、もはや不在ということはないでしょうか?
事情教会が九割といわれていますので、まともに祭祀がされているのは一割ということです。事情教会に神様はもういません。ついでにいえば末端が何かをしようとすれば「人間思案」と却下するくせに、自分たちは肉イベントなんて人間思案をやっている本部にだって神様はいません。
栗 様
2018年11月6日 10:19 AM
この場には、真面目な方も居られれば、ひやかしの方も居られるようです。取捨選択をしてください、といわざるを得ません。
一度、櫟本分署跡保存会を訪ねられては如何ですか。多くの史料が遺されていますよ。
開設当初は多くの本部員が参画されていたようですが、本部はこれを禁じてしまいました。本部にとって都合の悪いことが出てきたのでしょうね。
こかんさんが、浪速の町に神名流しをしたなんて嘘っぱちで、本当は兄秀司の借金を返しに行ったんだと保存会が発表すれば、本部としては到底容認できませんよね。どちらの言い分が本当なのか霧に包まれたままです。
教祖百年祭は天理教が宗教ではなくなった瞬間かもしれません。早川和廣氏著・天理教 その腐敗と悲劇を読めば、話半分としても天理教が宗教じゃないってことが分かります。
天理教の教えは、難しい理論は必要ではないと思っているんです。日常生活をいかに陽気に過ごせるかだと思うのです。陽気とは、どんちゃん騒ぎをすることではないですよね。人を助けるなんて安易な気持ちではできませんよ。それよりも、先ず、自身が日々こころの平安を保つことが出来るかということだと思うのです。私は、僧祖父母の代からの信仰から離れました。70歳に近い年齢でしたが、今は晴れ晴れとした気持ちで過ごすことが出来ていますよ。教えの中で培われた良い面は活かしてゆくことが出来ます。例えば道に落ちているゴミを躊躇なく拾って帰ることが出来ます。これも天理教が言うひのきしんだと思っているのです。サッカーの試合後にサポーターがゴミを拾い集めているのも立派なひのきしんだし、目の不自由な方を見かけた時に声掛けをするのも、ちょっとしたひのきしんだと思うのです。
その行為の都度に天理教です、なんていう必要もないし、人としてお手伝いができる。それでいいんじゃないでしょうか。
昨日のNHKの朝のニュース番組で、奈良市にある「まるかつ」という豚カツ屋さんが、経済的に困窮されている人達を対象に、無料で料理を提供されているという報道を見ました。大変、感動しました。世の中には、人知れず、困っている方々の「人たすけ」をされている方々が大勢おられます。天理教の「人たすけ」も本来、そういう趣旨のものではないでしょうか。困っている人を見かけたら、出来る出来ないは別として、少しでもその人の役に立ちたいという思いが自然にわき起こるのが人情であると思います。「まるかつ」さんのCMをするわけではありませんが、参考までにURLを紹介させていただきます。
https://marukatsu912.com/muryoshokudo/
↑ ↑
肉は肉でもやることがニクいとんかつ屋さん。
他人の不幸を見て見ぬフリする、アホんだらなんちゃって宗教集団とはワケがちゃうねん。
東風zさんの言われている事、全くその通りだと思います。
子供の頃、天理教の発表する子供向けの歌が、人への親切、お年寄りへ親切などを奨励する明るくてリズムの良い歌に慣れ親しみ、知らず知らず純真な子供の心に親切をする心がけと言うものが染み付いて今に至っています。何も難しい事はなくて、困った人を助け、手を取り合って生きる姿勢を天理教をしている両親から学びました。
大人になって教会を預かる事になり、小難しい事に悩まされる事になりました。厳然たる上下関係、黒でも白、と押さえつけられる体制。お供えの取り立て。お供えの為の借金。
子供心に天理教に良い印象を持ち、素直に育ったはずなのに、大人になって実態を知った時の失望感。
天理教は二重教理と良く言われます。世間一般、表向きの顔と教会長向けの裏の顔。これが教会を預かる者としての気持ち悪さの原因です。善亮さんが、ご恩報じはお供えだ、と説いた時、これは教会長に向けて言ったまでだ、と言い訳をしているが、一本の筋が通らない教理と言うのが有り得るのですか?
先ずは自分が幸せになる事。その為に信仰してるのじゃないのですか?幸せであれば人にも手を差し伸べる事が出来る。生きる事をを否定する様な、給料袋を封を切らずにお供えせよ、と言う様な、そんな教理があるのでしょうか?全くの疑問です。心底ついていけません。
天理教に限らず、すべての宗教が教えていることは「隣人愛の実践」。これに尽きると思います。現在の天理教はきっとこうじゃないでしょうか「天理教の本当の教義は隣人愛の実践ではない。においがけしておそなえをする人をどんどん集めてこい」。これでは中山みきの精神を体現しているとはいえません。天理教という組織に依存せず、むしろ組織から離れて一人一人勝ち隣人愛の実践をすべきです。これこそが親神様の御心です。
>匿名
2018年11月7日 5:12 PM
天理教という組織に依存せず、むしろ組織から離れて一人一人勝ち隣人愛の実践をすべきです。これこそが親神様の御心です。<
全くその通りだと思います。真の「陽気暮らし」「幸福」のためには、教団や教会という組織など不要であるということです。むしろ弊害になる場合のほうが多いのです。最近、スーパーボランティアとして話題になり、被災地に手弁当で駆けつけ、高齢にもかかわらず、ボランティア活動されている方の姿をテレビ報道で視るにつけ、本当に頭の下がる思いがします。誰しも彼のような真似事すらできないかと思いますが、自分のできる範囲内でよいので、たとえ実践できなくとも「人たすけ」の心をもつことが、真の「陽気くらし」「幸福」への糸口になると思います。一部の人間の「ぜいたく暮らし」のために「お供え」する余裕があるのならば、本当に困っている人達のために寄付しましょう。
知り合いから聞いた話。
善司さんは10月でようやく歩けるようになったのだそうです。思っていたより、状態は良くないのかも。
何階か分かりませんが、憩の家本館の特別室にいるみたいです。お早い回復を祈っております。
でも、いざ退院するにしても善亮、大亮が牛耳るお宅には戻らないかもしれませんね。だって嫌でしょう、そんなホコリだらけのところ。
天啓者としてのこかん様が、おじばで成立していたなら、こんなメチャメチャな教会本部ではなかっただろう、という事は誰も言わないの? もしかして教団全体が馬鹿なの??
崩壊さんの2018年11月7日 6:05 PMのコメントにもろ手を挙げて大賛成!組織に入らねば隣人愛の実践はできないなんて誰が決めた?われわれがやるべきことは隣人愛の実践なのだ!!!神のいない教会に行って献金するなら、その暇と金で支援バザーに行くほうが隣人愛の実践になる。
≪小寒様御逝去
明治八年九月廿七日、若き神さんと呼び奉りたる小寒様、御死去被遊。是より前、明治五年姉春子様、赤児をのこしてみまかりし故、その赤児を養育する為に、来てくれとの頼みにより、御教祖様、御許しあらざるに、小寒様は無理にもゆきたいと被仰、教祖様の御止めに成るを聞かざりしかば、仰せらるゝには、
『夫では三年だけやで、三年の後には、赤ききものをきて、上段の間へ坐つて、人に拝まれる様になるのやで』
と御咄しあり。
其時は、何のさとりもなく、もしも、そんな事になる様やつたら、どうぞ止めて下されや。わしや、そんな事かなわぬさかいに、とある人々にたのみたりしと。然るに、梶本様へ行きて、のちぞひ同様にくらしけるより、遂に神様の思召にそむき、よぎなくみまかるに立至り、はしなくも人に拝まるゝ様になるとの仰せに帰したり。≫
と『正文遺韻』は記す。
明治5年、こかんの姉おはるが死んだ。その後添いとしてこかんが梶本へ行くことになったのだが、教祖は反対し、それでは3年だけと期限を切った。3年とは足掛け3年、明治5年、6年、7年はちょうど3年目である。
しかしこかんはお屋敷には帰らず、明治8年、梶本の子を宿して、その子の早産が原因で8年9月27日(陰暦8月28日)、その短い生涯を閉じた。
三号8.しんぢつに神の心のせきこみわ しんのはしらをはやくいれたい
28.人のものかりたるならばりかいるで はやくへんさいれゑをゆうなり
73.十一に九がなくなりてしんわすれ 正月廿六日をまつ
七号65.このたびのはらみているをうちなるわ なんとをもふてまちているやら
九号5.月日よりやしろとなるを二人とも べつまへだてゝをいてもろたら
36.このたびのなやむところハつらかろふ あとのところのたのしみをみよ
37.さきよりにせへいゝばいにことハりが ゆうてあるぞやしやんしてみよ
十一号1.むなさきへきびしくつかへきたるなら 月日の心せきこみである
11.月日より一どふゆうてをいたなら いつになりてもちがう事なし
12.それしらすそばの心ハたれにても せかいなみなるよふにをもふて
33.あれいんでこらほどなにもすきやかに たすかる事をはやくしりたら
34.それしらずどふどいなさすこのとこで よふぢよさしてをことをもたで
35.こんな事はやくしりたる事ならば せつなみもなししんバいもなし
36.にんげんハあさないものであるからに 月日ゆハれる事をそむいた
59.ことしから七十ねんハふうへとも やまずよハらすくらす事なら
78.なんどきにかいりてきてもめへ/\の 心あるとハさらにをもうな
79.どのよふなものもしんからとくしんを さしてかいるでこれをみていよ
上記のおふでさきはすべてこかんに関するものである。
2018年 11月7日 東風Z 様 のコメント 拝読できてよかったです。
あるツイッターより
>笠岡系の高屋分教会の信者さんは給料袋を封を切らずにそのまま渡しています。高屋が怖いから皆いいなり要するに奴隷です。誰でもいいから高屋分教会の悪行三昧を拡散して~。<
怖いから皆いいなり、とは!こんな搾取を放置していていいのでしょうか? 信者達は偽教理で時間をかけて心を縛られ、お供え至上主義を信じ込まされ、神の報復を恐れているのでしょうか?洗脳の怖さです。こんな恐ろしい事が平気で出来る教会長の神経が信じられません。世間を知らず井の中しか知らずにいると、かような理不尽も善き導きだと思ってしまうのでしょうか。こんな社会悪を野放しにしていて良いものか。天理教によって脅され生活困窮にあえぐ人々が少なくともこの教会の周囲にいると言う事実。
陽気暮らしの天理教の実態をもっと世間に広く周知させなくてはならない。犠牲者をこれ以上出してはいけない。
匿名 様
2018年11月8日 9:37 AM
私のつたない投稿に好感を持って頂いて恐縮です。日々心の平安を保つことは本当に難しいです。あらゆるストレスにどのように向き合えるのか。一つのヒントは河野義行さんでした。あの方の冷静沈着な思考と姿は見習うとこが沢山あります。人のふり見て羽が降り直せ、といわれていますが、この言葉を良い意味に理解するようにしているんです。
宗教歌に対して恐怖感を抱くことがあるんでしょうか。あってはならないことですが、子供の頃に会長さんやその家族に対して、この感情を抱いていました。何かにつけて因縁という言葉で責められましたから。
本部は、教会関係者への正しい教義教育が出来ていなかったのでしょうね
↑一部訂正します。
「人のふり見て羽が降り直せ」を「人のふり見て我が振り直せ」に訂正します、失礼しました。
隣人愛といえばキリスト教の教会は愛を注がれる場所とも言われます。教会にキリストがいるわけではなくて教会を通してキリストに繋がり、祈りをささげるものに愛を降り注ぐそうです。天理教の教会は愛で満ち溢れているでしょうか?
天理教の教会よりも世間の施設のほうが、信仰などなくても愛で満ち溢れているところがあります。それを信仰心があるというのかわかりませんが、愛に満ち溢れた素晴らしい施設です。
天理教の人のほうが遅れているような感じさえします。
匿名
2018年11月8日 9:44 PM
>笠岡系の高屋分教会の信者さんは給料袋を封を切らずにそのまま渡しています。高屋が怖いから皆いいなり要するに奴隷です。誰でもいいから高屋分教会の悪行三昧を拡散して~。<
事実であれば、社会悪というよりも、日本国憲法で保障された「生存権」を侵害する「犯罪」だと思います。すぐに司法当局に通報するべきです。司法当局が動き出せば、マスコミ等も動きだし、天理教の実態が白日の下にさらされることでしょう。
崩壊 様
匿名2018年11月8日 9:44 PM様。
>>笠岡系の高屋分教会の信者さんは給料袋を封を切らずにそのまま渡しています。高屋が怖いから皆いいなり要するに奴隷です。誰でもいいから高屋分教会の悪行三昧を拡散して~。<
これは間違いでしたと書き込み主が訂正されています。
真相は部内教会が、自教会の月次祭のお供えの袋の封を切らずに、高屋分教会へ運んでいるという事らしいです。
>組織はなくとも信仰できる!
2018年11月9日 8:56 AM
天理教の教会よりも世間の施設のほうが、信仰などなくても愛で満ち溢れているところがあります。それを信仰心があるというのかわかりませんが、愛に満ち溢れた素晴らしい施設です。
天理教の人のほうが遅れているような感じさえします。<
人間には持って生まれた「愛情」「人情」「善意」というものがあります。「愛情」も「人情」も「善意」も言葉の違いこそあれ、同じものだと思います。コンビニやスーパーのレジに自然災害の被災者や、その他色々な事情で困っている方々のために、募金を入れるプラスチックの小さな箱が置かれています。箱の中には、1円玉や5円玉、10円玉等の硬貨が入っています。買い物を済ませたお客さんが、釣り銭の中から硬貨を入れられているのを見かけることがあります。私も自分の受け取った釣り銭の中から自分のできる額を入れるように心がけています。「塵も積もれば山となる」という諺がありますが、全国規模のコンビニでは相当額の募金が集まっているようです。世の中には、たとえ少額の募金でも困っている人達のために何かの役に立てればという温かい人情を持った人達が大勢おられるのではないでしょうか。普段、買い物をするスーパーやコンビニですら、人間の愛情を感じ、心が温かくなります。教会本部の神殿に置かれたおびただしい賽銭箱を見るにつけ、虚しさや冷たさ、怒りの入り交じった複雑な気持ちになるのは私だけでしょうか?
古い元教会長 様
2018年11月9日 4:28 PM
早々にご連絡いただきありがとうございました。了解いたしました。
はじめまして
神道系他宗の信者をしております、ししまると申します。
信仰対象は違えど同じ信仰人としてシンパシーを感じ、数年前より天理教用語を学びながら、皆様の投稿に共鳴、共感しながら拝読いたしております。
天理教然り、我が教会組織然り、教祖亡き後、人が神を司る事は不可能で、人間が運営する新興宗教組織というものは、奢る運営側と信者との対立など迷走していくものなのかなと感じています。
私は、親の代より信仰を持つ二代目となります。
神と共に人間としての生きる道を説く教祖には共感する事が多いものの、新規信者の勧誘が信仰である。と信者を使い回し疲弊させ、一向に信仰へ導こうとしない組織に辟易しながらも、教祖に共鳴するので信仰を続けています。
そんな私は10代20代と世間の価値観に羨ましさを感じながらも、信仰が人生が開くと信じ切っていたため、したい仕事をやめ、時間に余裕のある好きでもない仕事を選び、信仰を中心に生きてきました。
30代になったある時、社会人として何もなく、信仰以外何もない私人生が急に虚無感を覚え、鬱とはいはないまでも、人生を無駄にしてしまった。と後悔がとても大きいです。
やはり、自分のしたい事はしておくきだった。この選択は自ら望んだともいえるものですが、二代目となると生まれた時より信仰の環境で育つので、信仰するのは当然という価値観で生きてきた事が原因だとおもわれます。
天理教に限らずこちらのページを読まれている中に若い方がいらっしゃるなら、
私の経験を踏まえ当たり前のお話ですが、一言お伝えさせて下さい。
あなたの人生は、親や教会組織などの枠にとらわれない、あなた自身のものなのです
自分で責任を持ち、自分らしく生きていく事があなたの人生
そこにあなたならではの味や色があり、それを磨き研鑽したあなたを、世のお役に立たせる事に、神様がお喜びになられる「人の道」というものがあると思います。
真柱病気、善亮大亮ドンちゃん騒ぎ、教理が良くとも悪人がいい事言っても誰も信じませんよね。しかも教理も怪しいと問題も発生している。これはこれは・・・私も末端信者ですが崩壊するし無いどちらでもいいと思います。このままでは崩壊すすでしょうしその末には単立として宗教を続けるだけですしもともと本部は疑わしい所だと教区に集う各教会の会長さんは疑っていましたし多くの方が気が付いてきて安心してます。
>これは間違いでしたと書き込み主が訂正されています。
真相は部内教会が、自教会の月次祭のお供えの袋の封を切らずに、高屋分教会へ運んでいるという事らしいです。<
しかし、お供え金が各教会のお助け活動の原資になるはずなのに、それを全額上納していて、宗教法人としての活動は出来るのでしょうか?
宗教法人は宗教活動してこその宗教法人の筈です。部内の活動の手足をもいでいる状況に上が黙して受け取るのは無責任、自分勝手としか見えませんが・・就業収入があるのなら良いのですが・・上の顔色見ながらの上納金なら何の意味も有りません。パワハラで虐待を受けている様なものです。この組織、教えの原点に戻って平たくならないものか。
東風Z 様
11月8日の匿名です。まだ所帯盛りなので ネットを見過ぎないよう気をつけているので 間があいてしまって すみません。11月8日以前のコメントの方が あまりに失礼かなと思ってしまったので、、その方にはその方の意見や正義があるのでしょうが、、
東風Z様の大人になってからの 真摯な人生の歩み方に 励まされていました。
子供時代は、大人の言う事は 大きな影響力があると思います。自分が そういう事を言われたら 深く傷つくと思います。
ただ 自分の友達がそんな事を言われていたら 、「そんな、因縁がなんだっちゅうねん あほかそんなこと言う奴」と 言いたくなります。(戦後育ちと言うこともあって 無礼ですいません。)
本当にすみません。恐怖心等、私ごときが何か申し上げるなどおこがましい事です。
ただ 後から歩む私にとって 自ら人生を切り開いていかれた姿は圧倒的です。
匿名 2018年11月9日 7:46 PM様。
これが、ツイッターでのやり取りです。
A:すいません訂正があります。先ほど給料袋を封を切らずと言いましたが、正しくは〇〇の部内教会が祭典などで信者さんからのお供えを封を切らずにそのまま〇〇教会に渡しているです。改めて訂正します。すみませんでした。
B:そーなんだ?
じゃぁそこの部内はどーやって生活してるんでしょうね。
A:普通に仕事をしています。そうでないとやっていけないと言ってました。
古い元教会長様
匿名 2018年11月9日 7:46 PMです。
その教会はちゃんと自立しているのですね。安心しました。ありがとうございました。
『或る秋の末のこと、一人の女乞食が、垢に塗れた乳呑児を背負い、門口に立って憐みを乞うた。教祖は、早速、粥を温めて与え、着物までも恵まれた上、
「親には志をしたが、背中の子供には何もやらなんだ。さぞ腹を空かして居るであろう。」
とて、その児を抱き取って、自分の乳房を含ませられた。』
と、教祖伝に、そんな話しが載っていました。・・・(つづく)
(つづき)・・みなさんが言われていた<隣人愛>というものはこうしたことでしょう。
こうした行為は、行為そのものも尊いのですが、行為の中にある、その時のおやさまの気持ちも尊いのではないでしょうか。こうした行為が異彩を放っているのは、おやさまの心の中には、誰かれと区別することなく、すべての人に平等に与えて喜ばせたいという気持ちが溢れているからだと思います。
確か、中川よし伝にも、このようなことが、書かれていたように思います。
よし先生は、物乞いに米を与えられましたが、その時、米を袋に入れて、それをお盆にのせてわたされました。(つづく)
時報最新号届きました。
青年会100周年記事が出てましたけど、総会で壇上に上がって話したのは、
大亮会長、善亮表統領、安藤委員長・・・。
身内ばかりで行われる記念総会に気分がめいる。
(つづき)中川よし先生の方は、記憶違いがあるかもしれませんが、要するにお二方とも、恵み与えると言って高いところから物を投げ与えるようなことはなさらなかったのは、言うまでもありません。
善行をする時、その時の気持ちがやはり大切だと思います。人に愛をお与えする時、心遣いにホコリが混じると、その愛の行為は「愛」ではなくなるかもしれません。
おやさまは、人にお与えになるとき、心は喜びに満ちておられたようです。<隣人愛>は喜びに満たされてやることが肝腎なのではないかと思います。(おわり)
>共感ってある程度は大事な概念だけど、それ一本槍ではやっぱダメなんですよね。
少し病んだ人に寄り添い続けた結果当人までおかしな方向に行ってしまった…という事例を見るたびそう思うのです。
やはり自分が安全な所にいないと、崖から人は引っ張り上げられないですな〜。<
全くその通りと思えたツイッター。何処かのお坊様のつぶやきです。
天理教は貧に落ち切れと言う。落ち切るとは限りなくゼロを目指した貧である。そして直ぐにおや様のひながたを出して来る。けれど生活にあげいている生身の人間にそれを求めるのは非現実的過ぎます。苦しいから宗教に何かを求めてくるのです。崖っぷちに立っていて人など救えないのです。もろとも転落するのが関の山です。天理教は寄り添うどころか、こんな冷酷な無理強いを長年してきた結果、本人はもとより誰をも救い上げられない現在の状況を見ることになった。
温もりが無いです。
古い元教会長 様
2018年11月9日 4:28 PM
>これは間違いでしたと書き込み主が訂正されています。
真相は部内教会が、自教会の月次祭のお供えの袋の封を切らずに、高屋分教会へ運んでいるという事らしいです。<
今、読み返してみて改めて感じることは、やはり、旧態依然とした集金システムが今もなお現存するということですね。江戸時代の幕藩体制そのものですね。明治維新で江戸幕府が崩壊したように、中山教団も近いうちに、時代錯誤、自己矛盾により崩壊することでしょう。
教団幹部である本部員や大教会長達に質問。
貧に落ちきると何がどうなるんですか?
どんな御守護があるというのでしょうか?
あなたたちは貧に落ちきったことがありますか?
そもそも「貧に落ちきれ」と教祖が仰った証拠はどこにあるのですか?
それは間違っていたと訂正謝罪し教理から排除するつもりはありますか?
あなたたちが貧に落ちきってもいないのになぜ末端や信者にはそれが重要な実践徳目であるように説くのですか?。
政府は「子どもの貧困対策法」まで整備して「貧困の連鎖を断ち切る」取り組みを行っています。
その反面、貧困を社会的問題として解決していかなければならない時代に、
現天理教団は貧困を促進する教理を堂々と説いていますよね。
あんたがたが常々小バカにして見下している世間の方が、
はるかに経済対策的な意味でも、教祖の教えに沿った「ろくぢ」な取り組みを行っていると思いますがどう思われますか?
やっぱ自分だけ良ければいいってことですか?
自称お徳のある神に選ばれたお貴族様だから?www
あんたたちの本性はつまるところ働かずに他人のお金で飯が食いたいだけってことですよね?
「おつくしは命のつなぎ」ってことは
「金出さへんと命はあらへんで。お前たちが稼いだ金は贅沢せんと俺たちによこしや。その金で俺たちは贅沢してレーザーに使おうが、花火に使おうが、海外留学に使おうが、キャバクラ行こうが日本庭園に鯉を放とうが何に使うてもかまへんねんけどな。」
ってことになりますけど、もはやあんたがたがやってることは盗賊みたいなもんですよね。
信仰を利用した巧妙な詐欺だ。騙された本人は気が付かない。
「経済的ジェノサイド」と言ってもいい。
座敷乞食の教団幹部である本部員や大教会長さん達、
あぶく銭でふやけた頭じゃ無理でしょうけど、納得のできる回答をよろしくお願いいたします。
全く共感します。
この教団は上下意識を末端やその信者に植え付け、大教会や本部に生まれし者は生まれながらに高い徳を持つと聞かされる。
落ちぶれ果てた末端に願いもしないのに勝手に巡教し、たった千円のお供えをして1万円のお礼をもらって帰る。
貴方達、「儲けになる」とわかってしてますよね。千円で1万円もらって美味しいものを提供されて。
何が貧に落ち切れ、ですか。こんな人を小馬鹿にした様な事を平気でしているから皆呆れ果てて逃げていくのですよ。全国津々浦々、後継者がそっぽを向く理由、わかってますか?少なくとも私の周囲では二つの上級教会がそれぞれ2つの空っぽに限りなく近い教会を掛け持ちしていますよ。なぜって、そこの後継者が絶対嫌だと言って、頭を縦に振らないのですよ。
のんきに巡教と称して宿屋付きで金儲けにあちこち廻り、奉られて調子に乗って。我々末端は生活費を切り詰めて貴方達のお礼に回し、これ以上貧のどん底に落ち切らせるのが目的ですか?そうしたらお助けが上がると思っているのですか?それなら本部こそ貧のどん底に落ちきった姿をまず見せるべきではないのですか?生まれながらに徳の高いお方は自ら谷底には降りてはこれませんか。ああそうですか。
「みちのだい」という婦人向けの雑誌をみて驚いた。
青いヘルメットをかぶってひのきしんをする人々が着る白のつなぎ服、これを洗濯する女性たちがいる。
洗濯だけでなく繕う事も全て、ひのきしんだそうだ。
なにやっているんだろう。バカバカしいにもほどがある。時代錯誤だ。
そのひのきしんを通じて「ものを大切にすることを学んだ」という女性たち。
貴女たちは子供の時代から今に至る成育歴の中で、物を大切にするということを学んできていなかった訳ですか?
チ子ちゃんに言われてしまいますよ。
「ボーッとして生きているんじゃないよ!」
男の着るものを洗うのは女性の役目とばかりの役割分担に疑問は無いのか?
男たちも偉そうにひのきしんをしていても、自分の汚れ物を自分できれいにするという精神は無いのか?
これではまるで子供。お母さんにお任せ。気持ち悪くなるほどの甘々な役割分担。
だから夜間に酒を飲む時間があるのだね。
何も真っ白なつなぎ服を着る必要もないはずで、作業に適した服を選べばよいだろうに。
白い服の泥汚れを、一生懸命に落として得る達成感なんてサドマゾの世界そのものだと気が付きませんか?
本当に精神構造がおかしい。
教内向けの(内向きの)ひのきしんを推奨するために昔から続けられていたようだ。
そのひのきしんに費やす時間を、世の中の困っている人向けに有効活用しようよ。
古い元教会長 さんがTwitterでつぶやいておられます。
≫時報に青年会青年会記念総会に国の内外から3万人参集とあった。
≫一教会二人という計算だ。
≫例えば、100か所の大教会で200人の参加。大人・子供を含めてもそんなにいただろうか?
≫皆さんの所属ではどうですか?
天理教得意の集計方法でしょう。
その期間中、天理で教会長夫妻の講習会も開かれていて、そういった参加者も天理に滞在していたから計算に入れているのでしょう。
痛々しいですね。
並んで手にした肉片は、とても小さかったそうですよ。
誰かの自己満足の結果はみじめなものだった模様。
バカバカしくて天理青年なんて名乗るのを遠慮していただきたいですよ。
>>天理教得意の集計方法
うちの80歳を超える会長も、
青年会総会不参加にもかかわらず、参加票に名前だけ書かされたそうです。
戦時中敗戦を隠し続けた「元祖大本営発表」とそっくりですな。
そこまでして教勢がキープできていると装いたいのは逆に本当に焦っている証拠です。
衰退期のカルトの断末魔ですわ。
匿名 様 2018年11月10日 11:49 PM
>うちの80歳を超える会長も、
青年会総会不参加にもかかわらず、参加票に名前だけ書かされたそうです。
そういえば、思い出したことがあります。全国一斉ひのきしんデーの時、
受付に座っていた支部の役員が、せっせと参加票に来られていない信者さんの名前を書いていました。
参加票の数さえ多ければ、大教会も教区も本部も満足して喜ぶのですものね。これも親孝行ですか。
ブラック企業体質で下を大切にしないので下は離反して逃げていく。衰退期のカルトと呼ばれて当然です。本部だけは金満なので下がいなくなっても余裕でやっていけるのでしょう。なんのかんのいっても無駄遣いしまくりなのをみれば金銭的にはかなり潤沢ではあるわけですから。
資金が潤沢と言うのもどうなんだろうと疑問に思いますがね。教団自体の収入は激減でしょう。それより信者のお供えで作った企業の利益が分配、されていのが問題なんでしょう。
中山家だけに都心や地方都市の一等地の土地やビルを買う収入があるわけ無い確実に教団の金を使って立てたのですから「例え違法性が無かったとしても信者の金で企業その利益の行方は?」と誰しも疑問が起こるのは当然です。マネーロンダリングと言われても致し方ない実体です。
匿名
2018年11月11日 1:20 PM
>中山家だけに都心や地方都市の一等地の土地やビルを買う収入があるわけ無い確実に教団の金を使って立てたのですから「例え違法性が無かったとしても信者の金で企業その利益の行方は?」と誰しも疑問が起こるのは当然です。マネーロンダリングと言われても致し方ない実体です。<
そもそも、信者は「人たすけに使ってほしい」という目的で、「お供え」をしている訳ですから、目的外に使用することは、信者に対する背任行為だと思いますが・・・。
信者に還元しない裏資金は潤沢にあると思う。
しかし教団には金が無いのだと思う。だから金、金、金と教理を歪めてまで必死に言う。恐らくここ昨今は上層部の「お給金」も確実に減額されてると思う。お供え収入総額に応じて支払われているはずだから。
ビルレンタルなどの有り余る収入は裏金として握ってはいるが、それとは別に教団から支払われる莫大な給料が年々減るのは困ると言うところでしょう。
イベントなどを開催して必死になるのは、信者を増やして世界平和、陽気暮らし世界の建設を一途な目標にしている訳ではない。イベントなどをして人を引きつけお供え金集めて益々教団を発展させ、その結果として、いや栄る自分たちの安泰を願っているだけの事だと思う。
ビルレンタルなど、明らかに信者のお金で生み出されているお金は当然、信者に還元すべきで、それをネコババ同然に黙秘し、隠している現実は、これは詐欺である。
本部は強欲すぎ。お菓子を何度も貰いに来た図々しい子供と同じ。献金収入激減とはいえ、レーザーだの花火だのに無駄遣いできるうちは、本部の「お金ないんですう~」は金巻き上げるための嘘と判断してもいいだろう。
つまらんイベントして散財しているうちは金には困っていないと思ふ。
匿名
2018年11月11日 4:43 PM
>イベントなどをして人を引きつけお供え金集めて益々教団を発展させ、その結果として、いや栄る自分たちの安泰を願っているだけの事<
社会経験をし苦労したことのない天理貴族達の極めて幼稚で単純極まりない発想としか思えませんね。なんとお目出たい方々ばかりなんでしょうね。(笑のち怒)
婦人会から8月末現在の最新ようぼく数が出ています。
850,521人だそうです。しかし85万人もいるとは思えません。超高齢者で教会に足を運べなくなり、長期にわたり教会から遠のいてしまっている方々、遠方に居て自然と教会に繋がらなくなってる方々等、実働も無く名簿上で名前だけが生きている方々は、私の場合、信者としてカウントし報告しています。生きておられるのですから、勝手にゼロには出来ないからです。また、天理教は脱退手続きと言うのがありませんので、一度名簿に載ると出直すまで、信者名簿に残ります。会長としての丹精が足らないと言えばそれまでですが、そう言う幽霊会員のような数字が相当数を占めていると思います。実際の実働人員は半分もいれば良い方なのではと思います。
本部はこの数字をリアルに信じているのでしょうか?現実の見たくないものには目を伏せて、大げさな数字を掲げて虚しい自己暗示にかけているのでしょうか?
匿名 2018年11月11日 8:03 PM様。
>婦人会から8月末現在の最新ようぼく数が出ています。
850,521人だそうです。しかし85万人もいるとは思えません。
(中略)
本部はこの数字をリアルに信じているのでしょうか?現実の見たくないものには目を伏せて、大げさな数字を掲げて虚しい自己暗示にかけているのでしょうか?
実はそうではありません。
各直属教会が婦人会本部へ支払う婦人会費は、会員数×〇〇円となっているのです。
実態が無くても、幽霊でもいいのです。数が多いほど会費が増えるのです。
今期、婦人会では100万会員を目指すというのが、今のスローガンです。
取りも直さず、より多くの会費集めの為に、会員を増やしたいのです。
今現在、各教会が納めている会費は平均50人分になります。
1教会10人として16600箇所、1布教所5人と見積もって16000箇所。合計しても24万人余り。
1教会単独で10人も信者がいる所は少数派と想像します。うちの上級教会の月次祭でも部内教会や上級会長を入れても10人にならない。上、上級の大教会直属教会でも信者4,5人です。周囲を見回しても月次祭の手が揃わない教会の方が多いです。その上住む人の居ない建物だけの事情教会もあちこち見受けます。
それで85万人は有り得ません。24万人いるかどうか。
金が無い、金が無いと吹聴し『国の借金は1000兆円超えています。』
『国民一人当たり借金◯◯◯万円有ります。』と言って脅し税金を吊りあげる算段をし一般会計と別に特別会計という二重の会計で国民の目をごまかし官僚をはじめとする公務員は賃金アップという茶番を見せ外資に資産を売り渡して、外国人移民を受け入れているどこかの美しい国が有るが手口を真似ているのかもしれない。
そのうちこのクソ教団も外国人を優先させて日本の民を切り捨てにかかるかもしれないな。
4代目末端
2018年11月11日 9:36 PM
>『国民一人当たり借金◯◯◯万円有ります。』と言って脅し税金を吊りあげる算段をし一般会計と別に特別会計という二重の会計で国民の目をごまかし官僚をはじめとする公務員は賃金アップという茶番を見せ外資に資産を売り渡して、外国人移民を受け入れているどこかの美しい国が有るが手口を真似ているのかもしれない。<
おまけに次は消費税増税。どこかのクソ教団も「弱い者いじめ」を真似ているようですが、そうは問屋が卸しませんよ!
中国に、もはや死んでしまって活動していないのに、政府から資金を注入してもらっている企業があるんだそうで。
世に言う「ゾンビ企業」。むろん、国営企業なんだけど、その中には株式上場しているのも多くあって、倒産でもされたら社会的影響が大きいため、政府は資金注入しつづけなければならないんだそうだ。これって、社会主義市場経済の中国ならではの現象だけど、まあ、一般的に死に態(しにたい)となったら、さっさと淘汰されるのが経済の掟というものじゃないでしょうかね。資金注入と言っても、輪転機を回してお金を刷り、それをそのままゾンビ企業に手渡したりもしてるんじゃないかと思われる。なぜなら、今中国では悪質なインフレーションがおきてるんだから・・(つづく)
(つづき)インフレーションが起きると、困るのは民衆(一般庶民)で、言ってみりゃ、民衆がゾンビ企業のツケを支払わされていることになりますよね。恐ろしいですね~・・・
で、天理教ですが、教会16、600ケ所で、布教所16、000ケ所ですか・・・このうち何ケ所か「ゾンビ教会」があるようで、何かの行事を行っても、参加者などの数をいろいろ多めにゴマカシているみたいですが、それで天理教の「ゾンビ化」を隠蔽しようとしているんでしょうか。寂しいですね~・・・こう言ってる私メも、おやさまの精神をどっかに置き忘れてきているような気がするんですよね。おやさまを見失うと、私メがゾンビになってしまうからね。
ようぼく数85万人?それはあくまで名目上、統計上の数では・・・
今までのおさづけ拝戴者数(生存者)の数でしょう・・・
まあ、多めに見てあげて3割?で25万人有るかどうか・・・
いや3割生きて無いやろね。いいとこ2割かも・・・だ
どちらにせよ少子高齢化もあいまってこれからも猛烈な勢いで減り続ける事は間違いない。
これは天理だけでなしに仏教関係の教団も同じことのようです。
無人のお寺が増えその整理に各地を回られているそうですね。
よっぽどの奇跡でも起こらない限りこのまま減少の一途をたどるでしょう。
仮に教団が正常な状態に戻ったとしてもこの減少の波は食い止められないでしょうね。(なので今の腐ったままで朽ちてくれれば良いと思います。)
あともう一つ、信者を数でカウントしている時点でこの教団は今さらですがアウトです。
数でカウントするということは牧場の牛を数えているのと大して変わりません。
そんなことは信仰の世界となんら関係の無いことなのです。
上層部は信者の事をそんな味方で見ているのかもしれません。
家畜(ゴイ)と思っているのかもしれません。
今、世界を実質的に牛耳っているのはアメリカでもなく政府でもなく政府の上に座している国際金融家の集団だそうです。
その集団が世界をコントロールしようとしているのは本当だそうです。
その悪魔のような奴らは普通に生活している一般市民の事を豚などの家畜のようにしか思っていず富を収奪しているとのことです。
教祖が筆先に示された『から』がこの悪魔たちに当たるかもしれません。
とにかく人の事を数で数えるなどは傲慢極まりない時代錯誤の所業です。
こう言った例を一つとってもこの教団は終わっていることがよくわかりますね。
エゴと支配欲に塗れたトウジンがままにした世界になっちゃったのか?
日本最大のカルト新興宗教である創価学会ですら、信者数は実質的にはとっくに100万切っているといわれています(聖教新聞の部数で発表するので正確な数は信濃町でも把握できない)。
天理教は戦後の新興宗教ブームにはのれなかったので、すでにそのころから衰退化の兆しはあったわけです。事情教会率の高さから行っても、まともに活動している信者は20万もいるかどうか。しかも大半が高齢者となれば30年後には・・・
もう天理教団の衰退は止められない、また、それが当然の摂理であると思います。
嘘と捏造の上に築きあげられたものがいつまでも続くなんて、その方が有り得ないことです。まして、宗教教団の信者が減りつつある世の中の風潮なら、よけいに、でしょう。
天理教団の消滅を嘆く必要もなく、やっと、来るべきものが来た、成って来る理が成ったと、淡々と受け入れ、自分達の行く末のことを今のうちから考えておいた方が良いでしょう。
ただ、中山家や「かなめ会」(かなめ会とはいったい何だろう?)の人達は、天理教の信者から代々巻き上げて来た金を溜め込んでるだろうし、莫大な不動産資産、収益ビルや営利事業などで、生活は安泰でしょう。それが、腹立たしい・・・。
実態は、衰退の一方だが、認めようとしない。
婦人会本部では、「100万人の会員を目指す」といって、はっぱをかけているが会員が増える見込みはない。
ただ、教会から上がってくる数を集計して、心定めが達成したと言って喜だろう。
その会費を負担するのは各教会だ。
一人の会費が100円とすれば、一億円。200円とすれば二億円が入る計算だ。正に金満教団だ。
個人的なことですが、お金をお供えしてしまいますと信仰したような気になります。会長さんもお金を見れば喜ばれたし、
私メも懐(ふところ)が寂しくなった分だけ神様に尽くした気がしました。それで 「お金を出したらそれでいいんだ」 と思ったりしたこともありました。 しかし、今にして思うことは、おやさまはお金を請求されてはいない、ということです。神様は人にお金ではなく、誠を求められていると思います。(厳密に言って、お金も神様のものです)。 それで、何が誠で何が誠でないか、を自分の行動を反省することによって、きちんと整理していくことにエネルギーを使いたいです。
ぶたまん
2018年11月12日 1:30 PM
>個人的なことですが、お金をお供えしてしまいますと信仰したような気になります。会長さんもお金を見れば喜ばれたし、
私メも懐(ふところ)が寂しくなった分だけ神様に尽くした気がしました。それで 「お金を出したらそれでいいんだ」 と思ったりしたこともありました。<
「お供え」したことがある誰しもが持つ、恐ろしい「錯覚」です。今まで、どれほど多くの人達がその「錯覚」に騙され、一生懸命働いて得た収入を無駄にし、泣かされ、身を滅ぼしてきたのか分かりません。「お供え」さえすれば、「助けていただける」「お供え」すれば「会長や本部が喜ぶ」(考えるまでもなく当たり前のことです)。誰しも陥る可能性がある「宗教の落とし穴」です。宗教団体(全てとは言いませんが)は、人間心理の弱点をつくことに秀でたプロの詐欺師集団以上のノウハウを持っています。「お供えは命のつなぎ」という馬鹿げたことをほざく「ヤカラ」も同様です。人の心の弱みにつけ込み己の安楽しか考えない、とんでもない「ヤカラ」以外の何ものでもありません。これから入信しようと考えておられる皆さん方、また、信者の皆さん方、絶対に騙されないようにしましょう。
なんやかんやいっても信者さんからお金がもらえるうちは本部も大教会も上級もなんとも思ってません!
今の収入確保に必死でしょう!本部や大教会に反抗できないのはそうすることで自分の収入がなくなってしまうからでしょう!
自分の収入を信者さんからいただくのではなく、別に用意できている人は平気で反抗できる強い立場の末端教会といえると思います。
1日も早くすべての末端教会が自分で生計を立て本部や大教会に白いものは白、黒いものは黒とはっきりいえる立場になれるように
と思っています!
あれから何十年とたちましたが、本当にひどい教会、教会長を一杯見てきました。犯罪者です。詐欺師です。皆様お気を付け下さい!
神様にとって人間世界の貨幣なんか何の価値もありません。貨幣をもらって喜ぶのは王家と天理貴族だけです。神様がほしいのは貨幣ではなく愛です。貨幣を出すのをやめ愛を出しましょう!ギリシャ語で「アガペー」という単語を今は「愛」と訳しますが、キリスト教が伝来したとき「御大切」と訳しました。つまり「愛」とはお互いを大切にすることです。天理教もキリスト教もアガペーの概念は同じです。
崩壊様
「宗教の落とし穴」・・これ、実にたくさんあるようです。例えば秀司さんみたいな、おやさま側近の人もこの落とし穴に落ちたようです。秀司さんは天理教を地福寺の傘下に入れようとして金剛山に行きましたが、目的は、口うるさい「お上」の目をくらますことによって、誰に遠慮することもなく、おおっぴらに金儲けができるようにするためだったのでしょう。おやさまの所へ物・カネが集まるようになるのを見て、彼は慾の道に走ってしまったんです。そして間もなく出直しました。
これは今もそうで、一般信者ばかりではなく天理教幹部の人たちだって「落とし穴」に落ちることはあると思いますよ。
今の天理教が行きづまり感があるのも、幹部の人たちが皆(皆?)「落とし穴」に落ちたからだ、と言っていいかもしれません。
表さんの二重基準発言は一般信者向けではないというが、その発言が真意であるとすれば、それこそが二重基準の最たるものだと思います。崇高な目的を持つ宗教の責任者にあるまじき発言だということに、教内関係者は何故気付かないのでしょうか。
話の内容がそれますが、東京裁判を非難する声が多いように見受けますが、国としてはこれを受け入れて講和条約に結び付いていると思う。一方、韓国では徴用工問題で受け入れられないとする意見が大勢を占め、日本国内で非難の声が上がっている。
であるならば、国際間で受け入れられた東京裁判を受け入れられないとする日本国内の意見はどうなのか。
パールハーバーを非難したとされるトランプ大統領は、今更バカな発言をと思っているように想像するんですが、見当違いな見方でしょうか。
状況が異なるとは言え、その場その場の基準で論じ合えば収集がつかなくなる恐れが十分あり得ることとなります。
教団は、今こそ確たる教義を打ち出す時でしょう。この場で充分に論じられていることを、何故、素直に受け入れることが出来ないのでしょうか。今がその絶好のチャンスだと思うのですが、このタイミングを逃せば、後から出てくる全てがボロばかりになってしまいそうです。
東風Z様、骨太のご指摘、賛成です。
「確たる教義」を打ち出すための人材はいるのかどうか、能力のある方々の実名を知りたいものですね。
社会学板にアクセスされる方々の中には推薦できるような方を知っておられる方もいるのではないでしょうか。
確かに天理教の衰退は免れないと見ていますが、一方では衰退する過程でも生きていく信者たちに真の教義を手渡したいと、教祖様は思われていると考えます。
なお、徴用工を「応募してきた労働者」と、首相の低レベルの言い換えを喜ぶような人たちに申し上げます。
第二次大戦中の日本国内では朝鮮半島から徴用して連れてきた人々が大手企業で働かされていたことは事実です。
東芝は当時、横浜に徴用員を使い、地下工場を建設していました。その監督の人から直接聞いた話です。
話はそれますが土光さんは「めざし」を食べたお陰か、神様のように持ち上げられる記事ばかりですが、戦後、川崎市堀川町の東芝工場に姫路の疎開先工場から戻って勤務していた女性の話では、土光さんの部屋には金の風呂が有るという話を聞いていたそうです。噂ですが、噂は何がしかの真実が種になり、成長したとも思えるので、この話は興味深く記憶に残っています。
ホーキング博士は宇宙人の存在を肯定しましたが、元の理的には宇宙人をどうとらえていいのやら、天理王命は宇宙の神なのか、地球の神なのかでとらえかたが変わってくるとおもうのだが?
匿名
2018年11月13日 11:38 AM
>なお、徴用工を「応募してきた労働者」と、首相の低レベルの言い換えを喜ぶような人たちに申し上げます。
第二次大戦中の日本国内では朝鮮半島から徴用して連れてきた人々が大手企業で働かされていたことは事実です。
東芝は当時、横浜に徴用員を使い、地下工場を建設していました。その監督の人から直接聞いた話です。<
掲示板の趣旨から少しそれますが、奈良県香芝市に「どんづるぼう」と呼ばれる、二上山の噴火で噴出した火山灰が堆積した名勝があります。その堆積物の真下に、太平洋戦争末期、本土決戦に備え、大本営が朝鮮半島から強制連行してきた人達に掘らせた大規模な「地下壕」があります。若い頃、何回か入ったことがありますが、かなり規模の大きな地下壕です。現在は出入り口が閉じられ、中に入ることはできません。国はそうした歴史遺産を後世の人達にあまり知られたくないのか、公にはしていません。天理教にも立教前、そして、立教後の過程で、事実が歪曲され、美化されて伝えられている部分が、かなりあるように思うのですが・・・。
>天理教団にとって不都合な教会を切るが、世界一列を助けるという矛盾<
目にした何処かのツイッターからです。
ここは教団の方々も見ていると思いますので、この点について解説して下さい。
教祖を慕い、矛盾に苦しみ、やむなく離脱して行く教会に対し、親心も温もりも寄り添うそぶりも微塵も無く、「すっかり天理教本部とは関係ない組織になった。よって今後は一切の恩恵は受ける権利がない。」と言う様な冷酷な切り言葉で、「切る心」を使っておられますが、一方では世界一列を助けると格好良い事を吹聴していますね。離脱した組織は天理教教会本部では世界一列の中に属さず、例外なのですか?
世界一列を助けると言いながら、「例外」があるのですね。その例外とは、教団にとって不都合な人達の事ですね。世界助けに「例外」がある事自体、この教団は「人を騙す大嘘組織」だと、誰が考えても答えは1つしか出ませんが。
壮大な甘い言葉で世間を扇動、騙しなさんな。善良ぶった事を言いなさんな。貴方達が現在進行中でやってる事は、都合の悪い人達はスカッと切り捨ているのだから。
匿名 様 2018年11月13日 7:33 PM
残念ながら、離脱教会を本当に切り捨てているのは、それまで兄弟教会、部内教会、同じ支部などで活動していた、かつての仲間たちですよ。
本部法人課に問い合わせたところ、部長と名乗る人物は、
「みちのともの告知は、友人親戚関係などの人間関係の縁を切れなどという意味ではありません。法律上の問題であって、違う宗教団体になった教会に所属する者に対して、天理教の施設や行事などの恩恵を使わせることは出来ないのだから当然のことです。人間関係などの縁を切るのは、各大教会や教会、信者さんが勝手にやっている事なので本部は口出しできないし、する事でもないでしょう。」
という回答でした。
とはいえ、
「離脱した教会であっても誰とでも仲良くしろ、というのが中山みきさんの教えだし、そうするのが本部の役割じゃないですか?」
という質問には無言の回答でした。
どんずるぼう が
大本営が朝鮮半島から強制連行してきた人達に掘らせた大規模な「地下壕」とは初耳ですが、
出典を教えて下さい。
奉仕の1日は何もかんも忘れる事が出来た。 甘露台の前で理の相談をしたり病人におさずけを、取り次いだり
していると、お屋敷そのものがお助け道場にも等しかった、御在世の頃が偲ばれ、今日まで投げやりに
していた事が申し訳無くてならなかった。
教祖様のお隠れ後、ようやく40年余りにしかならぬ。 それが早くも教祖立教の精神を忘れて、ただ教派の
宗政面にばかりとらわれたり、安易なその日その日を過ごして、その安易さを親神様のお恵みだと考えて
いた日頃が恥られてならなかった。 そうして神前奉仕の実が上がって行く事が同時に、ぢばの真偽を
明らかにする事であると思った。
近頃の一般信者の言動を見ていると、本部にお参りする気分が濃い。 この道は詣り信心やない とは
教祖様の教えである。 それにもかかわらず、おぢばが、ただの詣り所になりつつあるのは、
今日まで、神殿において、お仕込みもおたすけも無かったからである。
これが次第に一つの習慣となってゆけば、おぢばは単に全国の教会を統べるところ、その事務の
元締めとなるところだけになってしまって、ぢばの真偽は消滅してしまうであろう。
道の80年、松村吉太郎著より、抜粋
文字や言葉で、ぢばの理を説くと共に、事実に、ぢばの理の
尊厳を証さねばならぬ。 神前奉仕は、その第一歩を踏み出したのであった。
私達老人5人での奉仕が二年ほど続いた。 その中に若い人達から
それはわれわれにも務めさしてもらいたい と申し込みが出てきた。
もとより、おたすけ精神の湧き上がってくるのを抑えるわけがない。
やがて大勢の人々が交代当番で務める様になった
神前奉仕、道の80年からの抜粋
御供えじゃなく、賽銭にした。
教会にはお世話になってるし、お供えは上級へ流すためじゃなく教会で使ってほしい。
なのでお供えはやめて、その分賽銭箱へはだかで入れてる。
グダグダ言っても組織も変わらないけど、おやさまの教えだけは本当だと思うから、子や孫の為にそれに続く信仰であるために自分流で行く。
(教祖様のたすけ一条の精神を、おぢばで生かさなければ、申し訳の無い事です)
そんなら、一つ、松村さん、あんた責任持って、やって下さいますか?
神前奉仕・・
昭和2年の頃から、基本に立ち返れ?とか、やっていたのですね
それからも80年、今は、どんなものでしょうね。
ただの父親 様
だったら、ぢばの理とお供えはどのように結びつくのですか。
一にお供え、二にもお供え、三・四が無くて、五にもお供え。私の実働人生の100%はお供えに明け暮れました。教会は、住宅ローン・教育ローンを抱えているのを知っていても、お供えを控えて下さいねとは、一言も言ってくれたことはありません。むしろ、百年祭の折は袋が何枚あったのか、思い出すのも嫌ですね。
本部は百年祭の前年に540億円も使ったのですから。その裏に大教会長さんや複数の教会長さんの自殺事件、強盗事件があったことも、70歳を過ぎてから知ることとなったのですから、なんてバカな自分だったんだろうという思いと、これが宗教かとの思いが重なり合っているのです。
バカバカしい話の続投で失礼します。
大祭事にお入り込みの上級さんには直会の席で特別の料理が提供された。準承事以上の者は必ずお流れを頂戴することになっていた。日頃の厚恩に御礼を申し上げて一杯の杯を受けるのだ。
この上級さんの幼少期から少年期を知っている自分には、お流れを頂戴する気分になれなかった。すると会長さんが行くように言ってきた。いやいやながら進み出て挨拶だけで杯は受けずに退席した。
ところが、後になって何故杯を受けなかったと、少々の愚痴を聞くこととなった。お酒は好きだったが、飲みたくない時は飲みたくないんです。
勤めていた頃の忘年会や新年会でさえ、専務はじめ常務・部長などの上司のお流れを受けるなんてことはなかったのに、天理教ではこのようなことが慣習となっていたのだ。
お帰りの際は、青年さんが運転する黒塗りのハイヤーもどきの車に、万歳三唱で送り出していたが、今も続いているのだろうか。
加藤ハルアキ様
答えられない小心者の本部法人課部長(課長か?)に成り代わって申し上げます。
離脱教会と言っても包括関係を解消しただけの所謂「単立教会」となっただけのことですから、現在も天理教教会であることに間違いありません。
他宗教の例を見ても、金と権力の一極集中に疑問を持つ人達が、有るべき姿に近づく為の行動を起こしているようですね。中には寺に対峙した檀家一同の例が茨城県にあります。リーダーは駒沢大学で学んだ方です。
同じ教祖の教えを学んでいる天理教信者は皆さん、教友です。
信者といっても一人一人の心や考え方に違いがあるのは当たり前ですし、現教団としての教義の深堀が放置されている現状では、大げさに言えば個人的解釈がまかり通っているといえるでしょう。
その意味では組織的には昔からの流れのままに各教会の信者になっているものの、信仰上の心根は所属教会から離れている人が多いと実感しています。組織からは、とうに独立しているのです。
だからか、本部は躍起になって青年会行事などで所謂「ひきしめ」をやっているのかもしれません。宗教者、信仰者として、一人一人は既に心では独立しています。いまだ昔のままを良しとする人たちは現行で利益を得ている人たちだと断言してもよいかもしれませんね。
所属大教会では分教会長の立場にある人々であってもこんな言葉を口にする、枕詞のように広く定着している悲しい現実が40年来続いています。
「こんな親(大教会長と夫人を指します)しか持てないのだから・・・」つまりはダメ親をもつ自分の徳の無さを嘆いて自身を納得させているのです。これでは悲しすぎませんか。
会長とて人間ですから色々な道を通るでしょう。けれど親心に裏打ちされた言葉を発するような努力をする、これは必須では?
東風Z さん、道の80年、松村吉太郎著
天理教の歴史について、学ぶ上で、重鎮、松村氏の著書は参考になりました
今も、言える事では無いか? 本部は先人のご苦労、思いを、読んだ方が良い
私は、そう、思っているだけですよ。
ただの父親 様
失礼しました。御趣旨を読み切れず申し訳ございません。
教祖70年祭の頃、天高二部生としておぢ場に居ました。人並みと、その熱気に満ち溢れた光景が未だに目に浮かびます。でも、これが嘘だったんだと知ってしまったんです。
同窓生だった多くの教会長が出直し、残った教会長も決して安楽の道ではありません。
私のように社会に出た者の方が、少しは安楽に暮らしているのです。一体、この落差は何なんでしょう。
嘘に固められたところに関係する書籍は、どのようなことが書かれていても読む気持ちが湧いてこないのです。
多くの教会が塗炭の苦しもの中にある現実に、教祖が説かれた陽気づくめの世界なんかあるはずがないと断じています。
ここに投稿する目的は、一人でも多くの人が天理教に近づかないようにとの願いあるのみです。
自分をわきまえて日常を送ることが出来ればいいのです。私事ですが、生涯所得税を払う必要が無いほどの低い給与で過ごしてきましたが、家族にも恵まれて、子や孫もそれなりの生活を送っています。名誉もなければおカネもありませんが、それぞれが社会に迷惑を掛けずに過ごすことが出来れば一番の陽気暮らしではないでしょうか。
今、思えば、教会の月次祭のお供えはいくらしようか。講社祭りの御礼はいくらしようかなどと妻と財布の中身を相談しながら決めていたことは何だったのかと思いめぐらしているのです。過ぎ去ったことにくよくよする必要は有りませんが、このような想いがときどき頭をよぎるのです。
自ら信仰を求める人にまで止めよとは言いませんが、何も知らい人には、たとえ内容が如何に立派でも天理教の書籍を勧めることは出来ません。洗脳されればお終いですから。
僧祖父母の代からの天理教でしたが、少なくとも父母が通った道を顧みても決して陽気づくめの世界ではありませんでした。ただ、そのように装っていただけのように感じます。
東風 Z さんの、お話も、貴重な事実として、学ばせて頂きます。
私は、天理高校2部にいる息子の都合上、別席を運んでおりますけど
ご存知の通り、別の信仰に生涯をかけていますので
天理教徒に、なる事はありません。
いろいろ学んで、いろいろ話して、交流するのが好きなんです。
それでは、ありがとうございました、失礼いたします。
今週は、天理高校の2部もオープンスクールです
息子の学校参観におぢばに詣りますし、遠方なので、岡◯詰所に泊まります
ついでに、別席も、一つは運んでおこうか? と思っております
ちょうど、所属の分教会長も、居るそうなので、夜に詰所で
お話できるそうです。 もちろん、たまに会う時は
多少のお布施を渡しますが、教会長は、うちからのお布施の
1割を息子の名前で、一列会への寄付に回しているそうです
その分教会、大教会は、そんなお布施は要求はしない? と、私には言いますが
せっかくなので、神前奉仕について、東風Zさんのお布施のお話についても
聞いて見ようと思います。
ありがとうございました〜
徴用売春婦
2018年11月14日 12:09 AM
>どんずるぼう が
大本営が朝鮮半島から強制連行してきた人達に掘らせた大規模な「地下壕」とは初耳ですが、
出典を教えて下さい。<
私が、初めて屯鶴峯(どんづるぼう)地下壕掘削の話を耳にしたのは、地元の住民からですが、その後、「NPO法人屯鶴峯地下壕を考える会」という組織が結成され内部の調査に入られました。調査の模様は、新聞の奈良版やテレビのニュース等で、度々、報道されました。以下のホームページにも記載されている同会メンバーの田中正志 氏は私の知人です。田中氏によれば、戦時中、朝鮮半島から強制連行されてきた人達が、過酷な掘削作業に従事させられたのは事実であるということですが、それを立証する記録や文献が存在するのかどうかまでは確認しておりません。田中氏には久しく会っておりませんが、今度、会う機会があれば確認しておきます。以下に屯鶴峯地下壕に関連するホームページを紹介させていただきます。
http://voiceofnara.jp/news484.html
毎月会費のようにお供えする時点でカルトであると思われます。お賽銭で十分かと!
参拝したときに感謝の心で出すだけで十分!
それを組織の上部の人に差し出す時点でおかしい。各教会でつかえばいいだけ!なければないでよし!
キリスト教 十分の一献金
イスラム教 zakat(お布施の税金)
幸福の科学 毎月1口1,000円からお申込みいただける「植福の会」(口座振替)
お寺 毎月のお布施(金額の相場は3千~5千円程度)
学会 1口1万円で任意でお布施(寄付)します。年間30口くらいお布施(寄付)
キリスト教 十分の一献金・・・マジョリティであるカトリックでは1/10なる単語すら聞くことはありません。マイノリティであるプロテスタントでも一部の宗派だけです。
お寺 毎月のお布施(金額の相場は3千~5千円程度)・・・これは月参りのある地域の話。月参りのない地域では数年に一度の仏事のときにまとまった金額です。
学会 1口1万円で任意でお布施(寄付)します。年間30口くらいお布施(寄付)・・・12月は財務の月ですが生活保護でも容赦なく取り立てです。百万単位や千万単位の財務はざらです。
崩壊 様
天理大学朝鮮語学科を卒業されて、駐韓公使を勤められた町田貢氏は現在もソウルに住んでおられます。
今回の徴用工問題で、朝日新聞に町田氏の談話が掲載されています。
屯鶴峯(どんづるぼう)地下壕掘削のお話とも、全く関係が無いとも言い切れませんので、談話の一部を引用します。
町田さんは韓国の大法院判決が53年前の合意を覆したことについて、日本の努力不足がないわけでわけではないが、大きな要素とは思わない。過去の取り決めも、現在の判断で覆しても構わないという韓国の国情が大きい」と指摘、さらに後段で「民族を抹殺して統治した日本への遠慮は要らないという感情が根底にある」と話す。と掲載されています。
東風Z 様
2018年11月14日 6:40 PM
>過去の取り決めも、現在の判断で覆しても構わないという韓国の国情が大きい」と指摘、さらに後段で「民族を抹殺して統治した日本への遠慮は要らないという感情が根底にある」と話す。と掲載されています。<
情報のご提供に感謝いたします。
日韓関係や日中関係には常に感情論がつきものです。朝鮮半島は過去から日本にとって大変、恩義があります。中国もまた然りです。日本の文化の大半は朝鮮半島や中国大陸からもたらされたものです。具体的な例を挙げればきりがありませんが、文字や土木建築技術、仏教、漢詩等の文学が、分かりやすい例です。そうした恩義ある国に対して、日本は「恩を仇で返すような行為」をしてきたことは紛れもない歴史的事実です。金銭的な賠償だけでは本当の解決にはなりません。朝鮮半島や中国の人達に今まで誠意ある謝罪をしてこなかったからだと私は考えています。口先だけの謝罪や金銭的賠償だけでは何の解決にもなりません。日本の「誠意ある謝罪の心」を示してこそ、お互いの理解が深まっていくと私は考えています。この掲示板は国際関係を論じる場ではないので、私個人の意見はこれぐらいに留めておきます。 以上
崩壊様
東風Z様の投稿を受けてのご指摘、お二方の投稿に啓発される人は私だけではないでしょう。
今年を振り返ると、例の坊主頭の男性(!)を青年会で大騒ぎをして迎えた講演会がありましたね。
先日の新聞に日本史に関する彼の本の「広告」が大きく掲載されていました。広告文を読むだけでウンザリさせられました。
彼の生活費の一部に信者のお供えが供された事実は今年最大の天理教界の汚点とさえ私は受け止めています。
政治信条は人それぞれで構わないのですが、全体の流れを観察する姿勢を持ちたいものです。
特に今年気が付いたこととして、韓国・中国を嫌う天理教信者がいるのは不思議です。活発にTwitterで発言される方だけに、天理教の教えとどう、折り合いをつけておられるのかが気になるところです。
他国の人との個人的交流経験がない方にその傾向が強いのかもしれませんね。子供たちは中学での英語教育を通じて親世代を超えている現実を踏まえて、親世代の意識が変わる事を願っています。
そして今年最大の懸念事。真柱様は10月になってようやく歩ける程度の回復だと、どなたかからの情報が有りましたね。
東京の病院から天理に戻られたという事から、案外軽度だったのかと感じていましたが、どうなのでしょう。
その後の病状に関するかん口令は、信者と真柱との距離を広げる状況となりつつあります。一方、表統領と大亮さんの暴走にブレーキがかかる気配もなく今年が終わろうとしています。
来年の始まりは黒い雲に覆われているような感覚すらしています。止めようのない天理教本部の崩壊の過程を見ているといえる我々ですが、生まれ変わりは誰も証明できないことから、今の人生をしっかり生き抜くことに集中したいものです。生まれ変わる保証など、どこにもないのですから。
>日本の文化の大半は朝鮮半島や中国大陸からもたらされたものです。
漢字は中国から伝来したと学校で習いますが(その当時日本には文字がなかったともされていますが…)、どうして日本語での意味合いがここまで類似しているのでしょうか?偶然と考えますか?
真柱に表棟梁と大亮を止める力はありません、てゆーか止める気力さえなさそうです。彼はもうすべてに投げやりなんじゃないですかね。「後は野となれ山となれ。天理教なんか知ったことか。あいつらの好きなようにさせとくよ」
三代真柱は、三島神社移転の際、神社側の人達との話し合いのなかで、
「こんな事をしたら、天理教はつぶれますよ。」と言われたら、
「天理教が、つぶれても良いので、神社を移転させる。」と言われたそうです。
真柱さんは、レームダック?真柱さんがレームダックになろうと、なかろうと、何であろうと、私メはただ信じたこの道を黙って歩いていくだけ・・(←どっかで聞いたような歌の文句?)
一匹のドン亀になって、ゆっくりゆっくり歩いていくだけ。まわりに「落とし穴」に落ちた人がいても気にせず、地位があるからと言ってその人を拝むわけでもなく、地位がないからと言ってその人をさげずむこともせず、また、私メ自身「落とし穴」に落ちることがあっても、そこからまた這い上がって歩いていくだけ、です。
天理教教会本部はお金に毒された時点で宗教ではなくなってしまった。
部内・部部内教会が塗炭の苦しみの中にあるというのに、何時までおカネにしがみついているのか分からない。教団本部にとって必要最小限の金額とは如何ほどなのかをハッキリさせれば、皆も少しは納得するだろうに。
三島神社の移転大作に政治家に流れたお金は億円単位だったと聞いている。信者さん方が聞けばビックリしただろうに。
ただの父親様にお尋ねいたします。
ご子息が天理高校二部に在学中と伺っています。二部生は本部在勤とのことですが、身分はどのようなお立場でしょうか。
雇用であれば、最低賃金法の適用があるはずです。また、福利厚生制度にも加入しなければなりません。勿論、労災保険の対象にもなります。
そのような具体的な雇用内容について契約書が存在するのでしょうか。
一方、単なるひのきしん扱いであれば、食住の補償があるのみで、給与もなく、いわゆる「おあたえ」程度の小遣いが支給されるのみでしょうか。
私の二部時代の状況は、詰所勤務生でいちれつ会扶育生として、月1000円の給付が年に10回、そのうち710円を学費として学校に納付し、残りの290円が小遣いでした。1年生と2年生の時は詰所からの給付は一切なく、3年生になった時から月に300円が支給されるようになりました。
又、週休二日制の現在からは考えられない年中無休でした。夏休みに家に帰っても教会の常詰めの子として遊ぶ暇は一切ありませんでした。
今、思えば過酷な生徒時代でしたが、教内で育った関係からそれが普通の生活に思えていたのです。
ただ、同級生たちが日曜日ごとに休むことができる職場に勤務していた人たちをうらやましく思っていたことが苦い思い出です。
一度、投稿したことですが、中卒時は公立の夜間高校電気科に合格していました。勿論、会長さんには内緒でした。仕事も夜学に通うことを認めてくれる電器店でした。
ところが、このことが教会にバレて叱られ、已む無く天高二部に行くことになったのです。
天理教は小さな子供の夢までも奪う過酷な宗教だったのです。
ご子息が今後についてどのような希望をお持ちなのかは知り得ないところですが、幸いにも一般家庭にお育ちですので、ご自分の意志を実現できるお立場に居られます。余計なことかも知れませんが、是非、大学に進まれて後悔をすることのない人生を歩まれることを望みます。
終りに、天理学園に学ばれる方は、おさづけ拝戴が卒業の条件になっていると思います。これって、どう考えてもおかしいですよね。入学時の条件になっているとしても、15歳の少年少女に拝戴の可否を判断できるものではないと思っているんです。保護者が了承したのであれば子供に十分に説明すべきですね。
二人の子供たちが中卒時は月参りを欠かさないほどの信者でしたので、天理高校も選択肢の一つでしたが、本人たちが高専に行きたいというのでその道を選ばせました。今に思えば正解だったと思っているのです。
目に見えない神仏を崇める行為は本当に難しいですね。
6年前に「お書き下げ」を捨てて気持ちのわだかまりがスッと取れました。
長い苦悩から目覚めた時でした。
私は子供たちを天理に行かせ寮生活をさせました。
寮生でいちれつ会の扶育を受けてないのは1割ほど、あとは皆教会の子でした。
子供たちは「行ってよかった」と言ってます。自分から望んでいったので後悔はないと言うことでしょうか。
教会の子は寮生活をすれば親の目の届かないのをいいことに結構自由にやってます。
地元の高校に進んだ子はこれまた自由にやってます。
時間までに帰ればいいわけだから、クラブが無くても「クラブで遅くなる」
嘘つき放題。
親や信者の前では良い子で通ってるけど結構裏表ありますね。
他の子と違う押し付けられた感のある生活からはじけたとでもいうのかな。
盗難・いじめ・援助交際・
自分の子は大丈夫と安心しきってる教会長夫妻、子供の裏の顔を知ることも大事だよ。
教会の子が管内の高校に行くと詰所に行っても「アイドル」みたいに「○○ちゃん頑張ってるね」って
いろんな人から声かけられるけど、信者の子は何も言われない(笑)
でも声かけられるだけで何ももらえない
うちの子は会長さんや信者さんがジュース代と言って小遣いをくださって多い時には2万円になる事も。
ありがたかったですね。
崩壊 2018年11月15日 5:02 PM 様
>朝鮮半島は過去から日本にとって大変、恩義があります。中国もまた然りです。日本の文化の大半は朝鮮半島や中国大陸からもたらされたものです。具体的な例を挙げればきりがありませんが、文字や土木建築技術、仏教、漢詩等の文学が、分かりやすい例です。<
中国文化は日本文化に大きな影響を与えたことは事実ですが、朝鮮からはそれほどの恩恵は被ってはいないと思います。漢字や儒教は中国から、仏教はインドと中国から伝わったものです。朝鮮が日本に影響を与えたのは、古代における建築様式と、戦国時代に伝わった陶器ぐらいだと思いますが、陶器をつくっていた人々は、朝鮮では身分の低い者として扱われておりました。朝鮮は、労働を卑しいものとして蔑む(さげすむ)お国柄ですから。日本が朝鮮の陶芸職人を日本に呼び寄せて数多くの陶器を作らせたが、彼らは日本の待遇に感激して日本に永住したとのこと。
>そうした恩義ある国に対して、日本は「恩を仇で返すような行為」をしてきたことは紛れもない歴史的事実です。<
上の文章の「日本」を「朝鮮」に変えた方が真実だと思います。
以下のブログを是非参照して頂きたいと思います。
【韓国を助けるな、教えるな、関わるな】
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43424
【学校が教えない朝鮮通信使の真実】
https://ncode.syosetu.com/n4357cw/78/
こちらの掲示板で歴史問題に対する投稿はふさわしくないとは思いましたが、お許し願います。
私が先の投稿で述べたように、過去からの現代に至るまでの日中・日韓関係について議論すれば、当掲示板の趣旨から、どんどん脱線していき、他の投稿者に迷惑がかかりかねませんので、本件に関する私の投稿は終了させていただきます。あしからずご了承願います。
古い元教会長 様
2018年11月16日 8:29 AM
>三代真柱は、三島神社移転の際、神社側の人達との話し合いのなかで、
「こんな事をしたら、天理教はつぶれますよ。」と言われたら、
「天理教が、つぶれても良いので、神社を移転させる。」と言われたそうです。<
天理教が、つぶれても良かったら、何も無理矢理、三島神社を移転させる必要などなかったと思います。三代真柱は一体何を考えていたのか理解に苦しみますね。今現在、天理教が「崩壊」に向かってまっしぐらにつき進んでいることが自分なりに分かっていたからでしょうか? それにしても理解できません。
崩壊 様
>天理教が、つぶれても良かったら、何も無理矢理、三島神社を移転させる必要などなかったと思います。三代真柱は一体何を考えていたのか理解に苦しみますね。今現在、天理教が「崩壊」に向かってまっしぐらにつき進んでいることが自分なりに分かっていたからでしょうか? それにしても理解できません。
三代真柱さんの真意は分かりませんが、真柱宅の目の前にある、三島神社が、余程、目障りだったのでしょうね。
売り言葉に、買い言葉での発言だったのかもしれません。相手は神社関係の相当立場がある人だったようです。
お金が潤沢にあった時代です。
古い元教会長 様
2018年11月16日 4:16 PM
>三代真柱さんの真意は分かりませんが、真柱宅の目の前にある、三島神社が、余程、目障りだったのでしょうね。
売り言葉に、買い言葉での発言だったのかもしれません。相手は神社関係の相当立場がある人だったようです。
お金が潤沢にあった時代です。<
天理教教祖が、近所の幼児の黒疱瘡(天然痘)の平癒を祈り、「自らの命と引き替えに子どもの命を助けてください」と三島神社の氏神様に願掛けまでされた天理教とは切っても切れないゆかりのある神社を「目障り」だという理由で移転した時点で天理教は終わっていますね。まして。「売り言葉に買い言葉」で一般信者に周知もせず、自らの勝手な判断で移転を強行したとすれば、三代真柱の「人間としての資質」を問いたくなります。移転には某代議士も関与していたらしいですが、代議士に流れたお金や移転費用は莫大な額であったであろうと素人が考えても分かります。いくらお金が潤沢にあったとしても、そのお金の元は「信者のお供え」です。一般常識を逸脱し社会通念上、到底考えられない暴挙です。私の個人的な感想ですが、旧三島神社は、周囲を小さな池に囲まれ、天理教立教時の田園風景を彷彿させる心和む場所でした。周囲の景観にもとけこんでいました。決して目障りなものだったとは思いません。
>天理教とは切っても切れないゆかりのある神社を「目障り」だという理由で移転した時点で天理教は終わっていますね。
崩壊様の仰る通りですね。そして何故三代さんが三島神社を邪魔に思ったのかを、是非にとも知りたいところです。地元の人達に長く信仰されてきた由緒ある神社なら、こちら側を曲げてでも尊重するべきところですが、もしも、おやさと館など、天理教関連の建物を建てるために邪魔だと考えたのなら、思い上がり、高慢も甚だしい。おやさまが諌められた高慢そのものですね。
金で解決してまでも無理を通した、「理が無い」真柱を頂いた教団が、衰退するのも当然の天の理です。
>三代真柱さんの真意は分かりませんが、真柱宅の目の前にある、三島神社が、余程、目障りだったのでしょうね。
別席場の真東棟から、神殿を眺めると三島神社を移転した理由が分かる気がします。
障子の開け放された東礼拝場、西礼拝場を通して遠く生駒の山並みを見る事ができます。
皆さんも是非 真東棟の下から神殿を見てください。
東西礼拝場を見通す事ができます。
四方正面を言い出して東西の礼拝場を建設した善衛にとって、真東から見た三島神社は邪魔で邪魔でしょうがなかったのだと思います。
真柱宅から見た三島神社が目障りだったのではなく、真東棟から見た三島神社が目障りだったのだと思います。
移転した理由は、それだけの様な気がします。
正善の様な学歴も、カリスマも、更には世間に広い人脈も無い善衛にとって 誇れるものは四方正面の神殿だけだったのでしょう。
そもそも血筋で繋ぐ体制自体が狂っているんですけどね。
盆暗でも血が繋がっていれば真柱・・・
三代真柱の逸話ですが、小さい事でも、こだわる方だと思いました。
ある年の「こどもおぢばがえり」の行事で、アニメの「一休さん」の歌を子供たちと歌ったところ、「あれは、坊さんの歌やなあ。」と言われたそうです。
それを聞いた周りの人が、忖度して、次の日から歌を変更したそうです。
一言、つぶやくだけで、周りはピリピリしていたようですね。
みはらしを自分の思い通りにしたいという、実にくだらない理由で湯水のように金を使うなんて、わがままぼんぼんですな。おぼっちゃま君ですらそこまでのわがままはいわないでしょう。金は自分で稼いだものではなく信者の献金ですよ。宗教で暮らすというのは他人の金で暮らすわけで生活保護で暮らすのと同じです。
古い元教会長 様
2018年11月17日 6:59 AM
>ある年の「こどもおぢばがえり」の行事で、アニメの「一休さん」の歌を子供たちと歌ったところ、「あれは、坊さんの歌やなあ。」と言われたそうです。<
なんと了見が狭いというか、器の小さな偏狭な人物だったのですね。やはり、世間知らず、苦労知らずのボンボンとしてお育ちになったのでしょう。中山家は先祖代々、仏教(浄土宗)の熱心な信者で、中山みきさんは浄土宗の五十相伝まで受けられる程、熱心に信仰されていたはずですが・・・。
ぶたまん 様
2018年11月16日 9:09 AM
真柱さんは、レームダック?真柱さんがレームダックになろうと、なかろうと、何であろうと、私メはただ信じたこの道を黙って歩いていくだけ・・(←どっかで聞いたような歌の文句?)
一匹のドン亀になって、ゆっくりゆっくり歩いていくだけ。まわりに「落とし穴」に落ちた人がいても気にせず、地位があるからと言ってその人を拝むわけでもなく、地位がないからと言ってその人をさげずむこともせず、また、私メ自身「落とし穴」に落ちることがあっても、そこからまた這い上がって歩いていくだけ、です。
フランクシナトラが歌って大ヒットし、確かアンディウィリアムズもカバーした「マイウェイ」という大変有名な歌のように人生を歩んでいかれるということですね。信教の自由は個々人に保障されていますので、私からは何も申しませんが、「落とし穴」ならまだしも、這い上がれないような「底なし沼」に落ちる危険性もあることに十分ご注意ください。ご多幸とご幸運をお祈りします。
>宗教で暮らすというのは他人の金で暮らすわけで生活保護で暮らすのと同じです。
宗教で暮らしてはいけません。許されるのは、神の御心に沿い、誠真実、世の為を思い、人を思って自分を後回しにして生きている人にのみ許される事。そうでないなら、他人のお金に手を出してはいけません。
本部のお偉いさん、わかってますか?誠真実の心が有りますか?人を助ける誠が有りますか?既得権は手放せないですか?我が身の打算で生きている様では世間様、信者各位のお荷物ですよ。半人前にも届きません!恥と言うものを知って教理再編纂を手始めに天理教立て直しに励んで下さい。
平将門の首塚を粗末にした者は祟られて、命を落としたり病気、事故に見舞われたという。
また、お稲荷さんの小さな祠(ほこら)でさえも、潰したりすると、これも災厄に見舞われるそうだ。
由緒ある三島神社を無理に移転させ、まして大きな鏡池を埋めてじまったりすれば、何かの災いが起こらない筈はない。はっきりと口に出すのは憚られるが、思い当たる事は、教団内に数多くあるのではないだろうか。
匿名 様
2018年11月17日 7:24 AM
>宗教で暮らすというのは他人の金で暮らすわけで生活保護で暮らすのと同じです。<
生活保護制度について、読者の方々に誤解や偏見が生じてはいけませんので、少し補足させていただきます。日本国憲法では「全て国民は健康で文化的な最低限度の生活をする権利を有する」として「生存権」が保障されています。世の中には「障がい」や「病気」その他様々な「やむおえない理由」で働くことができず、自分で働いて生活の糧である収入を得ることができない人達がおられます。そうした方々を救うセーフティネットとして生活保護制度があります。「お供えによる人たすけ」ではなく「税金による公的な人たすけ」です。近年、法律の網の目をかいくぐり、生活保護を不正受給しているとんでもないヤカラが増え、大きな社会問題となっていますが、善良な信者から巻き上げた「お供え」で「贅沢三昧の貴族暮らし」をしている「お偉いさん」も「お供え」の不正受給をしているとんでもないヤカラだと思います。
知人にご子息が高専に行かれた方がいます。天理高卒業後就職もままならず 専門学校か 天大に進み(授業料がバカにならない)就職までの諸経費を考えると 良い選択であると思います。経済的に苦しい家庭は 本人の学業 人格等考慮して 免除という制度もあります。油断してサボらないように その都度申請しなくてはいけませんが。卒業後の進学 就職 共に恵まれた環境であると思います。
そちらにご子息が進まれた 東風Z様は 理知的な方と思われます。(賢い子しかいけないとこもあるから 特別っぽいですが)
私、カウンセリングの先生と話していたところ 宗教といってもいろんな人が集まってくるから、理知的だったり 真面目な人には 、男女にだらしなかったり お金にだらしなかったり 酒癖が悪い 暴力的な人等同じ宗教のひとまとめでいることは難しいから距離を置くようにした方が言われました。(文章書いてて 男女 お金 暴力 恫喝〜カルトで言われてるこことかぶってる?と気づいたような)
お肉のイベント 楽しいイベントドンドンやってください。ただ 私たちのような真面目な信徒を脅し または泣き脅しで 金を巻き上げるのでなく イベント大好きな人達の自腹で楽しんでくれれば 何にもいうことありません。行きたい人 イベント楽しみの人だけで やって下さい。徳積みとかいって 馬鹿騒ぎの嫌いな 真面目で仕事の忙しい人間まで しつこく巻き込んでお供え協力させないで下さい。
真面目をバカにするけど そのおかげで いい仕事についてもらうボーナスは 詰所で励まされてもらう2万の何倍でしょうか?(笑)
子供の頃のうろ覚えで、祖母や同世代のおばあちゃん達が おやさまでも死にたくなるまで頑張ったんだ やりきれ!と 励ますだけなら教会長のいい話だったと思うのですが、 その時一緒に 何かの袋もあった気がする。
移転も なんとも言えませんが 鏡池とおやさまのおすがたを そういう風に利用するのも、、、
教会に生まれ育った人でも、平気で嘘をつきごまかす・足元を見て見下す人は結構いますよ。月に一回の教会の掃除では信者さんなどをあごで使います。20代・30代の人でもかなりいます。人を助ける職業(看護師)に就いている人でもですよ・・・。一般の人と比べて、かなり裏表があったり、闇が深かったり、性格がひねくれていたり、根性が汚いような気がします。 信者さんにとっては何も手本にはならないような・・・。むしろストレスがたまるだけだと思います。 生かさず殺さずのような感じです。 関西からは遠く離れている所の複数の教会の人の感じがこのような状況です。
ととか匿名様
教祖は「ほこりは避けてとおれ」と仰いました。ストレスがたまるだけの所なら、よけて通ってくださいね。
そんな場所に自ら寄っていかない事です。他山の石として学びの元にするなら良いのですが、人生はそんなつまらぬ関わり合いで時間を浪費する程長くない事を認識して下さいね。多くの先人が時間を巻き戻す事も出来る筈もなく、大切な一生を教団上層部の人間思案の為に、ドブに捨てた様な形で命を閉じておられます。何人もこの哀しくも虚しい人生の二の舞をしてはいけないです。
ずいぶん古い書籍になりますが田中一京著「新興宗教 金儲けの手口」内容は天理教もドンピシャリです。一読しても良いような本です。
ちなみに私は、アマゾンの中古1円で購入しました。
崩壊様
ご忠告ありがとうございます。たしかに、行く手には 「這い上がれないような底なし沼」 もあるかもしれません。十分注意して歩いていきたいと思います。
以下、匿名の方が言われている通りだと思います。誠のないところは避けて通らなければいけません。
あの時代一列はみな平等を教えてくれたおやさまに対して、今の時代一番平等から遠いのが天理教です。
既得権にあぐらをかいた卑怯者の集まりです!
>宗教で暮らすというのは他人の金で暮らすわけで生活保護で暮らすのと同じです。<
全くその通りであります。恥ずかしいとは思わないのか?
お金を欲しがったり惜しがったりするのは、どの社会でも同じような気がします。企業では資金の内部留保で、従業員の給与アップにカネをまわさない。給与アップがないため、デフレを脱却することができない。外国人労働者を受け入れる法案が通ったようですが、これも、賃金を安くしたまま人をコキ使おうとする表われではありませんか?そこへもって来て、消費税を10%に引き上げ、法人税を引き下げるたあ、何事ぞ。
かくて、ビンボーニンはますますビンボーになり、金持ちはますます金持ちになっていくのであった。
このままでは、格差社会が広がっていきます。アベさん私メみたいなビンボーニンにも顔を向けてくださいよ~。神様はおさしづで、「分け合って食べてくれ」 と言われてます。企業の人も、分かち合いの精神で給料やボーナスをはずんでくださいね。
欲にきりない泥水や 心澄み切れ極楽や と神様は言われてますが、なんか空しいですね。慾って人間の本質となって心の中に住みついているみたいです。慾を取り除くことは至難のワザですね。
足元を見るのは この人はいくらお供えできるか値ぶみしているのでしょうね。人を助けるより たくさんお供えしてもらって 自分が助けて欲しいという気持ちの表れでしょうか?
人助けの看板に騙された方なので 自分自身あ〜あと嘆くこと多いです。失敗の見本です。よいこは真似しないで下さいです。
ぶたまん 様
2018年11月18日 11:22 AM
>お金を欲しがったり惜しがったりするのは、どの社会でも同じような気がします。企業では資金の内部留保で、従業員の給与アップにカネをまわさない。給与アップがないため、デフレを脱却することができない。外国人労働者を受け入れる法案が通ったようですが、これも、賃金を安くしたまま人をコキ使おうとする表われではありませんか?そこへもって来て、消費税を10%に引き上げ、法人税を引き下げるたあ、何事ぞ。<
「資本主義の宿命」というよりも、「人間の本性」に関わることですね。「欲にきりない泥水や 心澄み切れ極楽や」と説く天理教の幹部が「欲まみれ ほこりまみれ」の状態です。そんな宗教に関わるよりも、思い切って離脱して、人間の人間としてのあるべき姿を模索、追求したほうが、人生はより意義あるものになると私は考えます。特定の宗教にとらわれることなく、宗教や民族、国家という垣根を越えて、人道的な活動や仕事をされている立派な方々は大勢おられます。
おっしゃっていることは、すべて正論と思います。
>「欲にきりない泥水や 心澄み切れ極楽や」と説く天理教の幹部が「欲まみれ ほこりまみれ」の状態
これでは、天理教は何のために存在しているのか解りません。万一、世の中が<崩壊>に向かっていったとき、誰がブレーキをかけるのか・・
「天理教フリーフォーラム」http://www.yousun.sakura.ne.jp/index.html
のサイトに「天理教教理の虚偽と真実への復元(PDF)」という大変興味深い内容がアップロードされていましたので、勝手ながらリンクを張らせていただきました。特に「教祖本来の教えて」の部分は必見だと思います。
http://www.yousun.sakura.ne.jp/public_html/siryou2/pdf1/kyori.pdf
皆さま、こんにちは。
昨日は、息子の授業参観に、天理高校とおぢばに行きました。
詰所に泊まらせていただきましたし、別席も、久しぶりに運びました。
土曜日の、朝席の、別席の将棋椅子に、何と!背もたれが付いていて
思わず、持たれて、うとうとできましたよ (笑)
日曜日の朝席には、背もたれが無くて、眠りませんでしたが
補足、補足で、話をして下さる先生で、聞いて居られました
私は、そこで、初めて、天理王の名前の意味が、やっと理解できました
それまでの、別席では、理解してませんでしたね。
ただ、2時間かかったので、しんどかったわ・・
所属の教会長も、わざわざ、天理に出て来てくれたので、わざわざすみません
しかし、今日は、お供えを用意していません、と言ったら、別に構いません
と言う話で、詰所で、お供えに付いて、質問して、その教会長の話を聞きましたけど
その考えは、このコメント蘭に出て来る、例とは、また違っていましたけどね
朝勤めも、一緒に案内してもらいました
お供えが欲しくて、出て来た訳では無い、お供えは、後から付いて来るものですから・・
人を助けて、我が身助かる・・と言う道の道も、聞きました
まあ、25年近い付き合い、私が、日神会の信者である事を承知で付き合っているから
まあ、突っ込んだ話もする関係ではありますけども、この教会長から
教団への、不足を聞いた事は、ありません。
年齢も、一つしか違いませんけども、この人は、お道に生きているんだな・・
いつも、そう感じさせられます。
ところで、昨日は、教祖殿、たしかに、聞いておられる
丸い光の様な、存在が、壇上に、浮かんで見えました・・
そんな感じでした。
他宗教の方に ワザワザ自組織の恥をさらすような 悪いことは言いませんよ。
いいお話を聞いて その気になって お金と仕事を犠牲にして 組織に組み込まれてからが 怖いところなので みなさん心配していると思います。
で、天理王の名前の意味は何でしたか?
土地に神名をということで
地球の神様であれば宇宙の人にもにをいがけをしなければならなくなります!
こんにちは。
その教会長とは、女房の実家からのつながりであり、長い付き合いです
当時から、私が、別の信仰を持っている事は、承知の関係です
だから、私が、天理教の事を正式に学ぶには、事欠きません
松村吉太郎氏の、道の80年は、読んだことが無い、関根豊松氏についても
良く知らない、ネットは、見ない、と言ってますね・・
私が、用木になるかどうかは、未定です、まだ判りませんけども
あくまで、自分の勉強と経験の一環であり、息子が、天理高校にて、学ばせて頂いてる以上
父親も、用木を目指して頂きたい・・と言われてますからね、運ぶくらい、訳は無いんです。
私は、息子が何を信仰しようとも、それは息子の自由意思だと言っていますが
教会長は、自分の長男にお道を継がせるのが、当たり前だと、言っています。
私が、別席をなかば強制されているのは、教会長の年間の初席数もあると承知しています
お供えも、年間、数万円、すでに、自分の所の会費より多いですよ・・(笑)
まあ、いろんな関わりがありますけども、息子が卒業したら、私自身は、そこまででですね
あとは、個人的な、お付き合いのみで、良いかと思っています。
息子の事は、息子の自由ですからね、ただ、天理高校2部で、リアルに組織を見ていますので
卒業後は、同級生とは、友達でも、教団組織とは距離をおきたいな・・とこぼしています
お道の信仰に関しては、息子の中で、いろいろ逡巡してる様です
親としては、見守りたいと思います。
ぶたまん 様
2018年11月18日 8:24 PM
>これでは、天理教は何のために存在しているのか解りません。万一、世の中が<崩壊>に向かっていったとき、誰がブレーキをかけるのか・・<
私は現天理教の存在意義など無いと常々思っています。むしろ、現天理教は真面目で善良な人々を不幸に陥れています。多くの人々の人生を<崩壊>させています。極論かもしれませんが、オウム真理教と同様、現天理教は無い方がましなのです。今現在も、地球環境の温暖化が原因で海水面が上昇しつつあり、またアメリカでは大きな山林火災が発生しています。日本でも異常気象による大水害が毎年のように発生し、多数の犠牲者がでています。二酸化炭素の排出量を減らし地球の温暖化を防ぐために人類はすでに、風力発電や太陽光発電等の化石燃料に依存しないエネルギーシステムの開発に取り組み、実用化に向けて研究を進めています。また、ゴミの分別収集により、再生可能なゴミを再生し資源の再利用にも取り組んでいます。医学の分野ではIps細胞の研究開発や新薬の研究開発が進み、今まで治癒不能と言われてきた病気も完治が夢では無くなりつつあります。結局、人類の<崩壊>にブレーキをかけることができるのは人類だけなのです。今まさに<崩壊>に向かってまっしぐらに突き進んでいる現天理教は、エセ教団をなんとか維持存続させることに四苦八苦しており、世の中の<崩壊>にブレーキをかけるという壮大なことに考えを巡らす余裕などないのです。
>私は現天理教の存在意義など無いと常々思っています。
激しく同意します。
法律上罰することができないだけで、人道的には許されることのない団体だと思います。
人のいい、やさしい人が天理教の中には多いのでそれにつけこんだ悪の集団だと思います。
天理教に寄付(お供え)をして何が嬉しいのか意味がさっぱり分かりません。
私たちの年代は戦後の貧しい時期にユニセフの支援を受けて育ちました。天理教が支援してくれたのではありません。
二次大戦の敵国人支援に反対の声が満ちていたのですが、ユニセフは子供たちに罪はないとの決定で脱脂粉乳や乾燥卵の支援を受けることが出来たのです。
今の若い人たちの多くはユニセフに寄付しても中抜きで半分は消えてしまう。と言っています。しかし、私たちは間違いなく支援を受けてきたのです。その恩返しはしなければなりません。天理教に寄付しても何の意味もありません。天理ブルジョアを産み続けるだけです。本部のブタみたいに太った人達を見ればわかるでしょう。
天理教にお供えするくらいなら少額でもいいですからユニセフや国境なき医師団に寄付してください。
少額の寄付でも数が増えれば大きなうねりとなるでしょう。
大きな建物を建てれば多くの人がビックリするくらいの単純な動機で、余り意味のない建物群を作って苦労しているのは自業自得以外の何物でもありません。天理教にうねりなんか必要ないんです。
身の丈に合った日常に喜びを感じることが出来れば、その喜びの一端をユニセフや国境なき医師団等に寄付してください。その寄付はきっと生きてくるものと信じています。天理教にお供えをして、不足を積んでいるようでは何のための信仰でしょうか。
ただの父親様(文面からでは こちらの勘違いの受け取り方もしている事もあるので 先におわびさせてください。すみません。)
一体いつ 誰が長男にお道を継がせるのが当たり前といったのでしょうか?(としたら おやさまは絶対秀司先生に継がせたかったはずですよね)
結婚で新たな親族関係ができて そこに信仰を持つ方がいて すすめられて お断りすると、こちらが徳がないから話がわからない とか言われると 内心困りますよね。
長男とかいっても 案外昔からつぎたくなくて 家を出た長男の方もいます。また 結婚されてから長男一家で出ていかれた方も。(残った教会の方々は出ていった人の不幸ネタを探してたり、、)本人に任せるのが今の時代のおおかた(世間一般)の意見だと思われます。(大祭 総会で何百何十万参拝と言われますが 大都市の主要駅は毎日どれ位の人が利用しているのだろうと不思議に思うひねくれ者です)
寮生活されているとのこと。子供が人質にとられているような感じもあって 適度な距離感でお付き合いするのは なかなか難しいと思われます。
???用木を目指してほしいということですが、ところで 今現在おさずけはいただけるのでしょうか?お仕事で ご家族を支えているのなら 仕事を理由に 上手にお子さんの卒業まで 引き伸ばしてもいいのでは、、
断りの言葉としては 「是非運ばしていただきたいんですが、どうしても仕事で またの機会に」こういうような断り方をして上手に教会と距離を置いている古くからの信徒さんを見たことがあります。
(仕事を理由に断った場合 奥さんの立場もあるから奥さんへのねぎらいやフォローの言葉を忘れず そこは夫婦円満にやっていただきたいところです。)
ながながと失礼しました。
昔ひのきしん隊にいったときに某大教会の住込み青年の方が、「私らと大教会長とでは徳の違いがある。」とぼそっといったので
愕然としたことがあります。どこで、いつからそんな教理になったのか?
現状の諸悪の根源が今の時代になっても長子相続というように
長男だから大教会長、長男だから会長としばりつけてきた弊害であると思います。
明治維新になって廃藩置県となり大名の子は大名といったお家の決まりごとが
なくなったはずなのに天理教だけが今の時代もお家に縛られているといえます。
もうやめましょう!やりたくない子はやらなくて十分、やりたい人だけが後を継げばいい。今にそんな後を継ぐ家さえもなくなってしまうのに
何を考えてんだかと思います。
東風Z 様
2018年11月19日 7:51 PM
>今の若い人たちの多くはユニセフに寄付しても中抜きで半分は消えてしまう。と言っています。しかし、私たちは間違いなく支援を受けてきたのです。その恩返しはしなければなりません。天理教に寄付しても何の意味もありません。天理ブルジョアを産み続けるだけです。本部のブタみたいに太った人達を見ればわかるでしょう。
天理教にお供えするくらいなら少額でもいいですからユニセフや国境なき医師団に寄付してください。<
私も、小学校の給食はスキムミルク(脱脂粉乳)で過ごさせていただきました。今の牛乳と比べるとお世辞にも美味しいと呼べるものではありませんでした。粉乳という名前が示すように、粉乳を湯で溶いたもので、給食のアルマイト容器にいつも溶けきれなかった粉乳が溜まりました。しかし、その当時は、現代のようにスーパーやコンビニに行けば牛乳パックがすぐに購入できる飽食の時代ではありませんでした。毎月の給食費すら払えず滞納している家庭の子ども達もいました。日本の国全体が未だ貧しかった時代です。そうした時代の子どもにとって、学校給食の時間は毎日の何よりの楽しみの時間でした。給食室で調理したての温かいおかずや脱脂粉乳は子ども達にとって何よりの「ごちそう」でした。東風Z 様がおっしゃるように、私たちは間違いなく、他国の人達の温かい善意と支援によって生かされてきました。テレビのCMでご覧になった方々も多いと思いますが、ユニセフマンスリーサポートという飢餓に瀕している子ども達の命を救う国連の事業があります。天理教に訳の分からない「無駄金」をお供えするのであれば 、「真の人たすけ」に使われる事業に寄付しましょう。私も自分のできる範囲内ですが寄付させていただいています。ユニセフマンスリーサポートのホームページを下記に紹介させていただきます。
https://www2.unicef.or.jp/webapp/controller/bokin/monthly_input.php?mstype=lp
近頃の天理教青年会、しかも関西地区での「はしゃぎっぷり」は上に立つ者の頭のねじが吹き飛んでしまっているからのようだ。
大亮夫人の兄の上川君。子供がぞろぞろいるから稼ぎたいのだろうが、実生活では天理教の看板を背負っているのだから、稼ぐにしても社会的に問題を起こしそうなことは止めておいたらいいのでは?
Twitterの絵柄と彼自身の外見とのものすごい隔たり感はブランディングの実行なのかどうかは知らんが、何やってるんだろうね。
4000円で販売しているTwitterの指導。
ここに書かれている「Twitterプロ作家」「雑誌の元編集長」・・・誇大広告そのものじゃないかい?
「雑誌」と言えば少なくとも街の本屋に新刊ごとに並べられるような雑誌をイメージする人が多いだろうに。
まさか天理教内の雑誌出版経験を指しているとしたら、経歴を盛っているね。
そもそも「Twitterのプロ作家」と自称するほどの人であれば、飯をTwitterで食べていけるだけの収入が有るとはずだ。
盛りすぎだろう?恥ずかしくない?子供のために稼ぐならシフト勤務で介護の仕事を勧めたい。社会勉強ができるよ。
コンビニのシフトは厳しすぎて天理教と両立できないかもしれないね。
兎にも角にも「地道」な「正業」とは程遠い彼のビジネス。
https://coconala.com/services/652426
言葉が、人を熱狂させる。独自の視点で、あなたの心に火をつける。
Twitterプロ作家。雑誌の元編集長。ことだま3500。しるし書店・人気店。
ツイッターの学校長、おはなし塾主宰。ツイッターから熱い本を作ろう!プロジェクト発動中。
料金4000円
☆上川君のTwitterの自己紹介文には
ツイッターの学校「フォロワーの増やし方」を教えます
ブランド力が変わる。言葉の力が変わる。繋がり力が変わる。
☆上川君の支持者のTwitterによると、
「大亮様義兄にて天理教青年会前出版部長。 今でも彼を慕う青年会員は本会の委員さんを含め多勢います。」だそうだ(笑)
だらしない日常生活の一端を知る人たちはTwitterなんてやっていないもんね。
偽装がまかり通るTwitterの自己紹介は、上川君に限らずN君なんて「デザイナー」なんて付け加えている。
実態を知らないで信じる人もいるだろう。
天理教の青年会の皆さん、縁の下の力持ちのように社会で働いている教内の大人の体験談を聞きなさい。
ぶたまんさんの話を聞きなさい。
親孝行という言葉 心優しい人間なら 大事な事と実行します。親孝行をお金に換算し 他人の人生をむしりとる事をする人がいるとは思いもしませんでした。熱心な信仰をすすめられ 被害者が加害者になるというのもわかります。こんな不幸が繰り返されませんように願ってやみません。
今日は(今月も)信者のいない月並祭をつとめました。(一応私は信者ですが・・・)
ホント静かなものです。静寂も良いものです。・・・心が落ち着きますね。
(天理教はガヤガヤうるさ過ぎるような気がします。個人的に・・・)
誰に気を使うでもなくお世辞をいう事も無く済ませれるので良いのでは無いかと思っています。
昔、親が元気で現役の時はそれなりに参拝者もいて直会の準備やなんやで結構大変でした。バタバタしてましたね。
それはそうと、ここで質問するのは場違いなのかなと思うのですが良ければ回答いただければ(お詳しい方)と思い素朴な質問をしたいと思います。
ちなみに私は修養科も検定講習も済んでいますが悪しからず・・・
質問は『みかぐら歌』に出てくる『こえをおかずにつくりとり』や『やまとはほうねんや』など農作物の収穫の事を述べられていると思うのですが
これは教祖の教えたとおりに通れば農作物の収穫なども心配ない。という事なのでしょうか?
天理教が起こった当時は『天保の大飢饉』などで庶民の生活は惨憺たる状況だったようですし、先ほどネットで気になり調べた『大塩平八郎の乱』は丁度立教の前年?の1837年に起こっているようなので、この時代の混乱が伺えると思います。まさに合致しています。
正直言いますと『こえをおかずにつくりとり』に関しては恥ずかしながら『おかず』は食事の「おかず」だと思っていました。(つい最近まで)「置かず」だったんですね。(恥。ほとんど「うさぎおいし・・・」と同レベルです。)
それにしても教祖は『神一条』に通り切れば農作物の収穫も心配ないと本当に思っていたというか言い切られたのか?と不思議に思いましたので、良ければ回答お願いします。(教祖在世時は”肥の授け”というものも有ったそうですね。)場違いかもしれませんが良ければお願いします。
今の腐敗しきった天理教に献金するくらいなら、マザーテレサの施設に寄付したり支援バザーに行って買い物する方が、よっぽど祖神様の御心にかなうと思いますわ。
組織はなくとも信仰できる! 様
2018年11月20日 4:15 PM
>明治維新になって廃藩置県となり大名の子は大名といったお家の決まりごとが
なくなったはずなのに天理教だけが今の時代もお家に縛られているといえます。
もうやめましょう!やりたくない子はやらなくて十分、やりたい人だけが後を継げばいい。今にそんな後を継ぐ家さえもなくなってしまうのに
何を考えてんだかと思います。<
私は、末端分教会の長男として生まれましたが、若いうちに現天理教の矛盾や理不尽に気づくことができたので教会を去りました。末端分教会の長男としてお生まれになった方々に対して一言申し上げます。無理に天理教を信仰する必要も義務もありません。信教の自由は日本国憲法でも保障されています。自分の意思や良心に忠実に生きてください。若いうちは、人生の選択肢はいくらでもあります。天理教の矛盾や理不尽に不平不満を感じながら、「教会の長男に生まれた」という理由だけで天理教に縛られ、妥協しながら生きることは、大変、不幸なことです。
崩壊様は、若いうちに現天理教の矛盾や理不尽に気づくことができたので教会を去りました。と仰いますが、実行されるには相当の心の葛藤があったことと拝察いたします。
更には、それなりのご苦労をされたことと思います。でも、今のお立場に拍手を送らせていただきます。
言うに言えない葛藤を経て発言されているからこそ、心に響くものを感じております。
長男に生まれたがためのトラウマは大変ですね。天理教は未だに長男、長男といいます。
長男の甚六だとか、家名の存続だとか。何を考えているのだろう。生まれてから死ぬまで、このようなつまらないことに囚われて生きるなんて、それだけで人間性を否定されているように感じます。早く生まれたから何なんでしょう。遅く生まれれば何なんでしょう。万人が納得できる答えなんてあるはずがありません。
民法は、第3条第1項に次のように謳っています。
「私権の享有は、出生に始まる。」人は生まれた時に平等に私権を享有しているのです。誰が先で誰が後ではありません。
現に、四代さんのように、養子縁組しなければならなかった立場を考えますと、これほどの苦悩は無いんじゃないですか。一般家庭であれば夫婦が手を取り合って人生を全うすれば済むものを、わざわざ養子縁組をしてまで家名と職籍を続けなければならなかったことは、正に、封建制度の一番いやな部分を背負い込んだといえましょう。
わが家も向後30年を経ずして家名が無くなる日が迫っています。孫は全員が女性。現在の家族制度から考えれば、ほぼ間違いなく家名は無くなります。
仮に、孫たちが家名に拘って家名を維持しようとして、自分を無にするような人生を歩むのであれば、これほど不幸なことはないと思うんです。苦労を買ってでもいいので、自分で進路を決めて納得のゆく人生を歩んでほしいと願っています。
こんにちは。
私は、自分の興味から、別席を運んでいますし、用木と呼ばれる存在になってみようか?
と思っています。 もちろん、所属の分教会長も、私が長年の日神会の信者だと承知した上で
是非、やってみて下さい・・と言ってます。
もちろん、用木になったからと言って、私は、お供えを強制されないと言う前提ですし
分教会長も、承知しています。 その分教会長は、大教会へのお供えは
ある時は、出すし、無い時は、すいません、集まりませんでした・・で済ますと、言ってます
だから、用木になるのは、個人的な、勉強と興味からであって、それだけです
女房は、用木ですが、サボ天であり、今は夫婦で日神会であり、そんなに、家族で
天理教に、巻き込まれてはいないので、別に困りません。
天理高校2部の長男は、いろいろ現実を見た様で、すでに、卒業後は、普通に仕事すると
決めているので、何も困りません。
ご心配、ありがとうございます。
まあ、今後も所属の分教会長との付き合いの中で、常識的な範囲で、お供えはさせていただきますよ
長男に教会を継がせると言っているのは、教会長なんですよね・・
私は、一回、教団から、離して、ご子息に、社会勉強させたらいかが? って言うんですけどね
余計なお世話、みたいです。
ここで、困った状態に置かれているのは、ほぼ、天理教子弟だと見受けられます
私の様に、外から関わってる人間は、適度に距離を取っているので、ほぼ困りませんから。
〜それは結局、よい血筋にさえ生まれれば、無能や無学な者でもそれなりの地位につけてしまう幕府の古い体制に対する憤りに外ならなかった。
明治維新の原動力に一つに、栄一のような豪農子弟層の活動があったという説がある。おそらく栄一のような憤りの経験が多かれ少なかれ、当時の日本各地の学問ある商人や農民たちに共有されていたにだろう。(「現代語訳 論語と算盤」)
洗脳的な組織の教えに苦しむ事なく 苦しみに心を奪われすぎることなく、、
思いやりや愛情深く育てられた人が弱い者いじめするとも思えません。
☀️睦輝☀️(muthuki)姉さん、快調Twitter!
22日は河原町月次祭。
直属の月次祭日に思い付き、その日中にサイト作成・公開・生徒初指導まで!
今朝も8時台まで頻繁にリプRTされてますね。
河原町の役員子弟レベルのお方ですと、教会長でも直属月次祭に追われないのですね。
大教会月次祭って、前日から教会長達は多忙なイメージですが。
大亮義兄氏の日ごろの行動を知っている人はTwitterをしていないけれど、
姉さんのような人にかかれば調べつくされ暴かれる!
義兄夫妻の実物を見ている人は「なんだかなぁ」と感じる事が多いのが事実。
大亮さんの周囲はどうもこんな程度の人ばかりのようですね。
後継者教育ってどうなっているんだろうね。
大教会の月次祭準備は直轄教会長が全部してくれるイメージしかありません。
うちの大教会だと直轄でなくてもひのきしんに行きます。
なので役員子弟あたりは出なくても手は足りていると思いますね。
聞いた話ですが、本芝房の教会は高卒・大卒で住み込みを希望する若者が多いとか。
会長さんが「まず社会に出て仕事をしなさい。3年たっても気持ちが変わらなかったらその時また話をしましょう」って言うらしい。
教会長になる子弟も社会で学んで人の上に立ってほしい
東風Z 様
2018年11月21日 8:32 PM
>崩壊様は、若いうちに現天理教の矛盾や理不尽に気づくことができたので教会を去りました。と仰いますが、実行されるには相当の心の葛藤があったことと拝察いたします。
更には、それなりのご苦労をされたことと思います。でも、今のお立場に拍手を送らせていただきます。
言うに言えない葛藤を経て発言されているからこそ、心に響くものを感じております。<
東風Z様のおっしゃる通り、教会を去るにあたっては、筆舌に尽くしがたいような軋轢や葛藤がありました。両親が天理教を熱心に信仰しておりましたし、親類縁者も熱心に信仰しておりましたので、まさに孤立無縁の絶縁状態、四面楚歌の状態で単独で天理教を去りました。私が天理教を去るにあたって最も大きな「きっかけ」となったのは大学在学中に受けたキリスト教をはじめ、新興宗教以外の様々な宗教について学んだことだと思います。そのおかげで私の宗教観は根本的に変わりました。それまで正しいと信じ込んでいた(信じ込まされていた?)現天理教がいかに間違った教えかということを実感しました。現天理教を盲信されている若き人達に改めて申し上げます。「視野をできる限り広く持ってください」そうすれば、自ずから何が正しく何が誤りか自然に見えてくるはずです。今現代、世界で惹起している様々な問題に常に興味や関心をもち、その解決方法について、自分なりにでも良いので考えて見てください。自ずから視野が格段に広がるはずです。洗脳ほど恐ろしいものはありません。
ニュースでは、日産元CEOのカルロ・スゴーン容疑者の話が取りざたされているが中山家と一族が・・・もうコメントするまでも無いでしょう。
金の亡者ゴーン容疑者、バレた会社私物化 日産・西川社長「権力の集中が不正を誘引した」
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/181120/soc1811200015-n1.html
教団も私物化 様
2018年11月22日 6:21 PM
ニュースでは、日産元CEOのカルロ・スゴーン容疑者の話が取りざたされているが中山家と一族が・・・もうコメントするまでも無いでしょう。
金の亡者ゴーン容疑者、バレた会社私物化 日産・西川社長「権力の集中が不正を誘引した」
私も某教団本部と「生き写し」だと思い、毎日のニュースを見ています。やはり「人間の本性」なのでしょうね。人間の欲望にはきりが無いということですね。自然の生態系を維持し、種の保存をするために、けなげに自制している動植物の方が、人間よりもよほど優れていると感じるのは私だけでしょうか? 本当に悲しくなりますね。
>質問は『みかぐら歌』に出てくる『こえをおかずにつくりとり』や『やまとはほうねんや』など農作物の収穫の事を述べられていると思うのですがこれは教祖の教えたとおりに通れば農作物の収穫なども心配ない。という事なのでしょうか?
「教祖の教えたとおりに」という点を現行天理教の教えとしっかり分けて研究する必要があると思いますが、概ねそのようなことを教祖は説かれていたと私は考えています。「こえをおかずに」という点で自然農の福岡正信さんの書籍が参考になると思いますが、個人的には川口由一さんの「妙なる畑に立ちて」を読まれるとより具体的に深く理解できると思います。天理教団は神名さえも変えてしまった究極の異端組織だと私は考えております。教団が嘘だから教祖も嘘だと簡単に結論付けされる方も多く見受けられますが(それも自由ですが)、個人的には教祖は本物だと確信しております。
崩壊様
年収10億とか11億近くとかいっていましたが、生涯使い切れないくらいのお金を1年で稼いでるんですね。まぁ、何と言う大金でしょうか。それは、千円とか二千円とかいった小銭じゃありませんよ。1万円以上なんでしょ?
(私メの言う大金は 1万円まで。それ以上は、測量不能)
この世のものは、神様からの借り物なんですから、どんなに取ったってダメ。金は、死ぬ時に置いていかんならんのです。
ゴーンさんは、・・いや、ゴーンさんに限らず我々人間は、金を自分の物と思ってしまうんでしょうね。
「・・・かりものを しらずにいてハ なにもわからん」 (3ー137)
神さまのこ教えを必死に思い起こして、自分の身の内に発生する「欲」と戦うのみです。
4代目末端 様 2018年11月20日 11:22 PM
月次祭、お疲れさまでした。
>質問は『みかぐら歌』に出てくる『こえをおかずにつくりとり』や『やまとはほうねんや』など農作物の収穫の事を述べられていると思うのですがこれは教祖の教えたとおりに通れば農作物の収穫なども心配ない。という事なのでしょうか?
あまり回答される方がいらっしゃらないようなので失礼します。
一下り目の「やまとはほうねんや」、七下り目の「こえをおかずにつくりとり」を、農業の事に限定して考えるとドツボに嵌ります。まして字面のまま「肥料をやらなくても豊作になるのだ」等という受取り方は「拝み祈祷」になってしまいます。
まず、神の願いが「誰も苦しむ者の居ない、陽気づくめの世の中を見たい(造って欲しい)」という事から考えて、その手段として「みかぐらうた」を教えてくれた訳です。
「世の中=社会」を構成するのは「経済と政治」です。
そして一下り目では、誰も苦しむ者の居ない「豊かな経済社会」にする方法です。
三つ、散財心を定めた人達は、
四つ、豊かになり、
五つ、この理が広まると、
六つ、どこまでも豊かに回ります
七つ、なんでも作り、生産すれば、
八つ、皆が豊かで物に溢れた世の中になります。
九つ、ここまで付いて来なさい。
十で、誰も苦しむ者のいない豊かな社会ができました。
どれだけお金や食べ物や家や車や物があろうが、「自分のモノだ」「他人にはやらない」という人ばかりの世の中では、本当に必要としている人には行き渡らず、持てる者が使い切れないほどのお金や物を持っているだけの「偏った社会=差別社会」(今も昔もそうですが・・・)になってしまいます。
だから、皆が「他人に喜んでもらおう」「必要な人に使って貰おう」という「散財心」で分け合えば、「豊かな社会になりますよ」ということです。
もちろん、単に消費するだけでは無くなってしまいますので、「何でもどんどん生産しなさい」「生産するために必要な材料や土地や資源や水やエネルギー(全てひっくるめて『こえ』です)は、授けてありますよ」「それで作って、皆で分け合えば困る人のいない豊かな世の中にしなさいよ」という教えです。
ただ単に「貧しい人に施しをしなさい」とか「自分が貧乏になっても他人を助けなさい」という教えではありません。人間そのものの価値観や社会の基準、在り方の根本から変えなさい、というお話です。
単に「食料」の事を考えても、世界の人口増加で食糧危機になる、などと言われています。
本当にそうでしょうか?
現在でも、食料が不足して多くの餓死者を出している地域や国があるのは確かです。
でも、欧米先進国では食料が余り、過剰な摂取で肥満の人が沢山いたり、売れ残りなどの廃棄食料は膨大な量になります。
その差は、「お金があるか無いか」の違いでしかありません。
お金が無い人たちや国にも、お金のある人達が「散財心」で食料を提供してやれば、飢える人など居なくなります。
もっと人口が増えたって、余ってる土地を耕し作物を作れば良いだけです。
家畜を殖やしてもっと生産すれば良いだけです。
「食料」以外のモノだって、同じことが言えますよね?
これが一下り目の「教え」です。
ちなみに二下り目ハ「政治」の事が書かれています。
長々と失礼しました。
次期真柱の奥さんの兄が月次祭の準備せずツイッタービジネスww
祭儀よりインターネットビジネス優先かよww
天理教がインターネットビジネス集団になりつつあってまじ草ww
友人より聞いた話。
東愛大教会のやつが、
教校学園の幹事をしながら
ネットワークビジネスをして稼いでいたとか。
あの腐った本部ですら要注意人物として扱うほど。
最近ではYouTubeに月次祭で自分が話す動画もあげているらしい。
https://youtu.be/Apl94oncg0o
教内の皆さま、ご注意ください。
蓮(ハス)の花、というと、仏教では大切な花のようです。仏像の足元に蓮の花が彫られているのがあります。どうも、ドロ沼の泥に染まらない蓮の花は、世俗の汚れに染まらない仏の精神を現しているのかもしれません。
天理教で、仏教の蓮の花に当たるのは、ドジョウじゃないかと思います。「ドジョウは泥の中で生きているけど、ドロを吸ってないらしいよ。それで、神さんは人間の種にドジョウを選ばれたんかもしれんね」 と、そんなことをオフクロが言っていたのを覚えています。 昔の天理教は、世俗の汚れとキッパリ分離されていたと思います。大袈裟かもしれませんが、気高いものが感じられたんですよ。今の天理教は・・そうですね、世間一般と同じような感じになっているかもしれません。
4576億のうち50億ちょろまかしたゴーンさんより
120億のうち50億ちょろまかした○○教のほうが罪が重いと思うのですが!
戦前の天理教の修養科は6か月あったと聞いております。
半年間、あの狂った世界に身を投じていたら誰でもが洗脳されます。
今の天理教は、社会からも相手にされずひっそりしていて静かでよろしいんじゃないでしょうか。
30年前、まだ20代でしたが自教会を売却した時は周囲から袋叩きにあいましたが、今では教会を閉じるところが増えてるそうで、私がしてきたことを評価してくださる方も天理教人の中におります。
時代が変わったのか、天理教が撃沈したのかどちらでしょう。
徳子 様
2018年11月23日 7:06 PM
>戦前の天理教の修養科は6か月あったと聞いております。
半年間、あの狂った世界に身を投じていたら誰でもが洗脳されます。
今の天理教は、社会からも相手にされずひっそりしていて静かでよろしいんじゃないでしょうか。
30年前、まだ20代でしたが自教会を売却した時は周囲から袋叩きにあいましたが、今では教会を閉じるところが増えてるそうで、私がしてきたことを評価してくださる方も天理教人の中におります。
時代が変わったのか、天理教が撃沈したのかどちらでしょう。<
今の修養科は3ヶ月間ですが、天理市内を散歩していても、修養科生と記されたハッピを着た人はほとんど見かけません。また、各大教会の信者詰所も夜間、電灯がついている部屋はほとんど無く、修養科生がいかに激減したかということは、誰が見ても分かります。現在のような状態に至るまでに、教会本部はなぜ自らの過ちに気づかなかったかということを考えるにつけ、教会本部はBAKAの集団かと考えずにはおれません、実際、BAKAの集団だと思います。30年前、教会を閉じられ、売却されたとのことですが、20代の若さでそうした的確な決断ができたということは、よほど冷静にまた客観的に天理教について考えておられたということの証だと思います。相当な勇気が必要であったことでしょう。また、あなたご本人にしか分からないようなご苦労があったはずです。あなたの冷静な分析力と判断力、実行力に対して、私も敬意を表します。あなたがおっしゃるように確かに時代は変わりました。30年前はインターネットで天理教について論じあう機会さえありませんでした。「理の親」なる存在の言うことは絶対であり、服従するように洗脳されている状態でした。しかし、時代は確実に変わりました。現天理教は、あたかも、戦時中、アメリカ軍戦闘機の総攻撃を受けて撃沈し「海の藻屑」と消えた「戦艦大和」のように藻屑と消えようとしています。
崩壊さんと同じく私も信念を曲げずに、天理教と戦ってきました。
明治20年当時、日本の人口の3割が天理教信者になっていたそうで、私の曾祖母も引っかかったんです。
90年祭,100年祭は天理教も勢いがありました。勢いがあるってことは多くの信者を不幸にしてきたことと同じで、現天理教がここまで寂れてしまうことは今まで信者から金を巻き上げるばかりで、信者の暮らしぶりを考えない冷酷な天理教に気づいた人がたくさんおられて良いことです。
教団が成長したのは明治時代ですね。戦後の新興宗教ブームには乗れませんでした。最近は戦後に成長した新興宗教団体が衰退期に入ってきましたが、天理教は戦後は一貫して衰退期のカルトといわれる状況をたどってきました。天理教の現状は明日の創価学会や立正佼成会やPL教の姿です。
結局、天理教は恩を売る宗教だったんです。恩を売るからには対価を求めるでしょう。それがお供えです。
感謝の気持ちを捧げるだけでは駄目だったんです。騙されてしまったんです。
東風Z 様
2018年11月25日 1:32 PM
>結局、天理教は恩を売る宗教だったんです。恩を売るからには対価を求めるでしょう。それがお供えです。
感謝の気持ちを捧げるだけでは駄目だったんです。騙されてしまったんです。<
天理教が信者に恩を売るということは、信者は天理教から何らかの「恩恵」を受けているはずですが、「恩恵」どころか、とてつもない「被害」を被ってきました。「法外なお供え」の要求に耐えかねて、自死された末端分教会長さんもおられます。また、真面目すぎる性格ゆえか精神を病み自死された分教会長さんも私の身近におられました。さらに「法外なお供え」を納めるために銀行強盗のような犯罪行為にまではしられた分教会長もおられます。また、戦死された息子の遺族年金を全て「お供え」されていた布教所の母親も、私の身近におられました。現天理教の云う「陽気くらし」とは、信者も含む世の全ての人々の「陽気くらし」ではなく、一部の天理貴族の「贅沢ざんまいくらし」が目的であったということの証明です。悲しくて悔しくてしかたがありませんが、結論的には、エセ宗教団体に騙されてしまったということですね。
ツイッターの学校長である、大亮氏の義兄上川氏は、役員子弟なだけではなく大教会直轄の現役教会長でございます(^^)
斯・栄・分教会です。
今日お父上が熱心な信者さんだった、と言う60代の娘さんと話す機会がありました。娘さんご自身は教会に疑問を持って離れていると仰ってました。湯河原におられる教祖様の関係で時々本部に参拝されるそうでした。
「昔、教会本部はピカピカだったのに、最近行くと、何か薄汚れた感じがするのよね。窓のさんや、手摺りあたり、どこもかも埃まみれなのよ。昔は人が拭いた後を又人が拭いて行くという感じで、どこもかしこもピカピカだったんだけどねえ。人がいないのかねえ・・?」
「それはね、本部自体が埃をかぶっているって言う事なんですよ。人間思案で埃まみれなのです。だから人がついて来ないって事なんですよ。」
「ああ、そう言う事なんですか。」
「お金、お金って本部は断末魔の叫びなんですよ。」
「父は、家中のお金をかき集めて生涯教会に運んだけど、当該会長さんは父の死に目に駆けつけてもくれなかった。父は一人で亡くなったのよ。何か家族と共に一緒に祈ってくれるとか、駆けつけてくれるとか、何も無かった。以降私自身、天理教の教会の在り方に疑問を持つようになったのよ。父は亡くなる最後の頃、神さんって自然そのものなのかも知れないって、そう言っていて、よく分かったんだと思う。」
「そうなんですよ。教会ってね、お供えを貰ったら、後は神様任せで、もたれなさい、と言うばかり。冷たいものですよ。それにお供えって教会家族の生活費になってるんですからね。今の天理教は人間思案だから、お陰は無いですよ。人様をお連れする様な所ではありません。」
「共に寄り添ってくれる様な教会なら、私は参りたいんですけどね。」
「耳の痛い話です。私も上の命令に黙って従うのでは無く、自分のカラーでそういう求められる教会を目指さなければいけませんね・・」
本部が正に埃まみれだと言う現実を世間の方から知らされて、いよいよ来たか、と言う思いにかられました。
崩壊 様
教会長 様
全く仰る通りです。時報11月25日付け一面コラムで、上之郷大教会初代の山本藤四郎の入信欄に、藤四郎は
「この道こそ我が踏み固む道」と入信を決意し、ご恩報じの人だすけに力をつくすようになった。とありますが、これが真実の道というのであれば、何故、ご恩報じの道にお供えが前面に出てきたのかと思ってしまいます。
何処でどう間違えたのかを本部は説明すべきです。それが出来ないのであれば終わりですね。
全く、言っていることと、やっていることが真逆の世界の最たる宗教です。
東風Z
2018年11月26日 10:59 AM
その通り納得させられます。教団の人は綺麗事を並べても内面が無い教義も理解できてないない。ユーチューブやツイッターなど各種ネットメディアを活用してもそれら実力の無さを露呈しているだけでお恥ずかしい。そして叩かれても成長は皆無です。組織の中枢の中山家とその血族が宗教と神を悪用しているのでどんなに頑張っても神の思いに通づる分けもない。神の悪用となるとそれはもう悪魔教団ですしね。呆れたカルトです。
遊山 @ezGpmu55AzXIK8t · 11月24日
少し前に「なぜ百田氏を招聘したのか」を聞く機会がありました。
正直、非常に驚きました。
そこまで細かくあらゆる現状を調査、分析して、練りあいに練りあいを重ねて立案していたのかと。
その結果、現状の彼らの解が、「百田氏」です。これが現実です。
個人的に百田氏は嫌いではありませんが。
++++++++++
Twitterに上記の書き込みがありました。
遊山氏によると青年会本部は現状分析の結果、百田氏を講師として選定したとあります。
「これが現実です。」の一文は飛躍しているから残念ながら何の現実かが判りません。
思うに、天理周辺の頭脳を集めただけで分析しても、貧しい結果しか生まれていないという現実を指しているのでしょうか。
青年会層の、中には分教会長をも含む面々が、ネットワークビジネスに夢中になっている現実も見過ごせません。
天理教の看板を背負っている人たちがネットワークビジネスの主を兼業する際ことは人の心をもてあそぶ結果を招かないかと、老婆心ながら疑問を感じています。
宗教家らしい心を生かした兼業をする寺の傾向と比較して、天理教は下世話だなあと、つくづく感じる今日この頃です。
ネットワークビジネスの主を兼業する際ことは⇒「際」を削除願います。
ネットワークビジネスは、ねずみ講とよく似たピラミッド構造で、自分の傘下に次々と販売員を増やして行き、下の販売員が売り上げた金額から一定の手数料が入る仕組みになっている。天理教組織と同じ構造である。
教会のお供えが減りそうなので、天理教団とよく似た形態のネットワークビジネスに興味を持ったのかもしれないが、被害者を多く出しかねない。
どうせ、仕事をするならもっと手堅いものをしたら良いと思うが、一獲千金を夢見ているようで、危なっかしい。人助けの天理教ようぼくが、やるようなことではないと思う。
顔出しでネットワークビジネスを仕掛けている天理教関係者たちは時流に乗っているかのように、自分に酔いしれている姿は滑稽ですね。
服装も襟無し丸首シャツに細身の上衣。髪型もデザイン性の高いもので自分を商品としている心が透けて見えます。
演出しているつもりだろうが浅いねぇ。
本業で(天理教)人を助けるという実績をあげることができない者たちだからか、頼るのはネット社会だけ。
編集経験と言っても教内誌だけとか誇大広告と言えるような内容。
彼らのあまりに幼稚な文章を見るにつけ、子弟教育に失敗した両親の顔を見たいとさえ思ってしまう。
新興宗教というねずみ講商売が最近はうまくいかないので苦肉の策でしょうな。ネットワークとか言い換えていますが、要するに単なるねずみ講でしかないわけですよ。生まれてからずーっとねずみ講の世界で生きてきたので、収益事業をするにもまともな商売ではなくねずみ講商売をする、なぜならこれは今までの自分たちと同じ考えだからです。発想や思考じたいが貧しいってことなんです。
天理教(「てんりきょう」とよみます)のご重役(じゅうやく/ここでは「本部員(ほんぶいん)」や「大教会長(だいきょうかいちょう)」など、あたまのあがらないえらいひとのことです)は、「類(るい)は友(とも)を呼(よ)ぶ」ということわざの意味(いみ=ことばの内容/ないよう)をことのほか(予想外に/よそうがいに=おもいのほか。ここでは「普通(ふつう)の信者(しんじゃ)さんよりも」「天理教でないひとよりも」という意味でつかいましょう)ご理解(りかい=よくわかってること)のご様子(ようす=ありさま)です。
うえのぶんをわかりやすくまとめると、つぎのようになります。
「てんりきょうのえらいといわれるひとたちはみなとんちんかんです」
>本部が正に埃まみれだと言う現実を世間の方から知らされて、いよいよ来たか、と言う思いにかられました。
10月26日 秋の大祭に本部を訪れました。
帰路につく前に参拝をと思い、午後4時過ぎ本部に向いました。
南礼拝場の西階段から上がると礼拝場の中ほどの畳の上に茶色の小さな物が落ちているのが目に入りました。
キーホルダーなのかと思いましたが、近くでお勤めをする人や歩く人はその落し物を拾おうとしません。
なぜ誰も拾わないのか不思議に思い その落し物に歩み寄りました。
近寄って見ると落ちていた物は、『一枚の枯葉』でした。
私が礼拝場に入るまでに何人もの人がその枯葉の傍を通っているはずです。
でも誰も枯葉を拾っていなかったのです。
その枯葉を見た時、天理教は本部だけでなく 遂に信者まで劣化して来たと思いました。
「礼拝場に 枯葉が落ちる 本部かな」・・・
衰退する天理教を象徴する情景なのかなと思いました。
その枯葉は 今 我が家の神棚に飾ってあります。
大正7年3月の上田ナライトのおさづけまでにおさづけを頂いた方のおさづけは本当に効いたのかもしれない。
日本の人口の3割までが天理教となったのはこのときまででそれ以降は右肩下がりである。大正7年におさづけをいただくには明治40年以前の生まれでなければならず現存の教会や大教会の初代と呼ばれる方までが対象であったであろう。それ以降の2代目、3代目のおさづけは効いてなくてもそれまでの遺産で今まで食べてこれたのであろう。
ネットの出現で今までの嘘が全部ばれてしまったので、何をいおうと衰退の流れは止まらない。それでも信仰するのだという熱い思いの人だけは残るであろう。
それはおさづけではなく真実誠のみが神様に受け取られるのだということに気付いた人たちだけである。現状の無能であるのに既得権の上に胡坐をかいたエセ信仰者たちはみな、神様から掃除されるであろう!
4人の棟梁は、たまえさんと政甚さん、まつえさんとシンノスケさんの魂なのかな?とか空想していたのですが、ツキヨミの魂の秀ジさんや正善さん、又、クニサヅチの魂のこかん様等が本部で天啓者になれなかったのは色情問題があったという説に、下世話な噂話とだけ片付けられない問題が含んでいるんだろうと思いました。
honnseki
本席本席神不安定という身上を理由に、ナライト様が中心から外れて、18年間存命で本部近くで居られたのに、復職されなかった理由は、中山家ご一統による権力闘争があったのでしょう。
本席様時代でも水面下では、中山グループと本席グループの反目があったのではないか?と想像しますね。宗家が居ればいいという一介の宗教団体にしたがった人達と、世界人類の魂の更生を願う啓示霊能者達を中心にした、救済の本拠地としてのお地場の姿に憧れた人達の双方がいらっしゃったのでしょう。中山ご一統様方は中心から全ての啓示霊能者を拒絶する傾向にあったのでしょう。
「正しいことをするか、親切なことをするか、どちらかを選ぶなら親切を選べ」ウェン・W・ダイアー
と思い親切なことを心がけようと思いましたが、やはり正しいことを追究してしまいます。ある会議で正しいことを発言したらある方の逆鱗にふれてしまいました。A大教会をはじめ、こうこうこういうこともあるといっただけなのに、「○○はダメです!」の一けりでした。こういう意見があったと大教会長に提言してほしかっただけなのに!
本席本席神不安定→精神不安定。
最も進化し、且つ成人した人達が、たすけ一条を勤める処がお地場でなければ、人類のヒナガタ屋敷になるはずはないのだから、病まず、死なず、弱らずのヒナガタと共に、それを分かち合う不思議なタスケが噴出していなくては詐欺と言われても仕方がないだろう。
これまでの中山真柱家ご一統は、「反対するも可愛い我が子、念ずるものはなおのこと、なれド念ずるものでも用いん者は反対するも同じこと」と言われる、反対する者達に列する、云わば、背教者達だったのでは無いか?
思うに1度白紙にすべてもどし(大掃除)新しい天啓者の存在をまって新たに1から作り上げるのも道かもしれない!
母の実家の教会の上級はとても厳しい(信仰に厳しいと言うよりすでに殿様と家来の関係)ところで、信者も部内教会も呼ばれたら即座に行って「はっ!」と返事をする姿は、今でいう時代劇で殿様に呼ばれて駆け寄る家臣のワンシーンそのものだったとか。
母方の祖父が教会長をしていたけど、上級の思いやりのかけらも信仰心のかけらもない態度に堪忍袋の緒が切れて、教会長の辞表を上級に出して教会を後にしたのは70歳くらいだったか・・・
「動けんもの(ひのきしんできない者)は一人とていらん(用は無い)言うこと」と祖父が言ってました。
その上級も祖父の代の教会長は痴呆になり息子(現教会長)が座敷牢を作り母親が20年にわたり介護するも息子夫婦は一切手伝わないばかりか、父親が出直すと母親を追い出し兄弟と縁を切り、我が息子を大学までいかせ縁を切り、教会の跡取りは居ない状態。
頭おかしいんか?って思うけど、殿様になってしまった教会が滅びていくのはいいことだと密かに思う。
これからも、どんどん教会は減ってくる。
これも親神様が残すべき物と人、ふるい分けされてるんだなと。
私もそのうちふるいから落とされるべき人ではあるけど、地味に信仰を続けていきたい。
組織のやり方はおかしいところ多いけど勝手にやらせとけばいいと思う。
自分は自分なりに教祖さまについていくだけ。
そーゆー信仰でいいと思う。
子供達も組織を見ずにおやさまの思いを判ったうえで信仰をしてる。
神「好き勝手に生きてもええけど、わしに命握られてるんやで。森羅万象もわいが司るんや。お前らが楽しく助け合って生きていかないと創った意味ないでな。頼むで。心は自由なんやからな。」
匿名 様
2018年11月27日 4:25 PM
神「好き勝手に生きてもええけど、わしに命握られてるんやで。森羅万象もわいが司るんや。お前らが楽しく助け合って生きていかないと創った意味ないでな。頼むで。心は自由なんやからな。」
頭が悪いせいか、私には意味不明なのですが、具体的に一体どういう意味なのでしょうか?
啓示霊能者 様
2018年11月27日 11:59 AM
>病まず、死なず、弱らずのヒナガタと共に、それを分かち合う不思議なタスケが噴出していなくては詐欺と言われても仕方がないだろう。<
病まず、死なず、弱らなかったら、限られた地上の面積に人が増えすぎて、食糧難となり、人類や他の生物までも滅びるのではないのかな?(爆笑)
健康、長寿、アンチエイジング。安全、繁栄。とでもいいのかな? 天理教の功績かどうかは知らないが、幕末に比べればはるかにそれに近づいている事は確かだろうし、今のところ餓死者の割合が死亡原因として増えているとは思えない。人口は飛躍的に増えているにもかかわらず。
退職信者 様
>その枯葉は 今 我が家の神棚に飾ってあります。
いいことをなさいました。篤い信仰心が生きておられますね。心温まるお話です。
何気ない所作の一つ一つに信仰心が表れておられると解しました。
啓示霊能者 様
2018年11月27日 8:53 PM
>健康、長寿、アンチエイジング。安全、繁栄。とでもいいのかな? 天理教の功績かどうかは知らないが、幕末に比べればはるかにそれに近づいている事は確かだろうし、今のところ餓死者の割合が死亡原因として増えているとは思えない。人口は飛躍的に増えているにもかかわらず。<
経済的貧困国や民族や宗教の違いによる戦乱に明け暮れている国は別として、世界の平均寿命は確実に伸びています。医学の飛躍的な進歩や栄養状態の改善、その他、様々な要因が考えられますが、いくら寿命が延びたとしても、不老不死は不可能です。この世に生を受けたものは、いつかは必ず死を迎えます。それが自然の摂理です。「病まず、死なず、弱らず」というのは戯言・虚言でしかありません。
「病まず、死なず、弱らず、世界世の中処繁盛」 「健康、長寿、安心、繁栄、アンチエイジング」
言葉足らずではあるけれど、それは単なる揚げ足取り、言葉狩り、イチャモンの類というものです。
徐々にそんな世界に近づいているとすれば、心の成人した人の魂には、その成人にふさわしい「健康、長寿、安全、繁栄」のご守護を世界に先駆けて賜る事になるのだろうし、掃除の後のお地場に集うお道の人達の平均健康は、世界と比べて永くなるのが、本来の教えに含まれているだろう。統計をとって、それが実現できていないとすれば、その原因も探求するのが、本部の先生方を含む宗教家の仕事だろう。
啓示霊能者 様
2018年11月28日 1:52 PM
>「病まず、死なず、弱らず、世界世の中処繁盛」 「健康、長寿、安心、繁栄、アンチエイジング」
言葉足らずではあるけれど、それは単なる揚げ足取り、言葉狩り、イチャモンの類というものです。<
揚げ足取りでもなければ、言葉狩りでもばければ、イチャモンでもありません。この世に命あるものには寿命というものがあり、寿命には長い短いの差はあるものの、生あるものは、いつかは必ず死を迎えるのです。自然の摂理です。天理教では教祖様は「ご存命」と教えられていますが私は信じていません。仏教の言葉を借りれば「生者必滅」なのです。
>徐々にそんな世界に近づいているとすれば、心の成人した人の魂には、その成人にふさわしい「健康、長寿、安全、繁栄」のご守護を世界に先駆けて賜る事になるのだろうし、掃除の後のお地場に集うお道の人達の平均健康は、世界と比べて永くなるのが、本来の教えに含まれているだろう。統計をとって、それが実現できていないとすれば、その原因も探求するのが、本部の先生方を含む宗教家の仕事だろう。<
「心の成人した人」とは天理教の信仰者であるのか、あるいは、他の宗教の信仰者も含めて言及されているのか存じませんが、もし、天理教という教団のトップの地位にあられた歴代真柱、並びに現真柱は「健康、長寿、安全、繁栄」という極めて世俗的とも言えるご守護を世界に先駆けて賜られておられるたのでしょうか?誰が考えてもそうではないということは自明の理です。天理教教会本部の先生方は、崩壊寸前のエセ教団を何とか維持存続させるために、無い知恵を絞り日々汲々とされており、統計調査をしている暇などありません。まして統計調査の結果分析ができるような能力をお持ちの方は皆無です。もしそうした方がたとえ一人でもおられ、本部に物申す方がおられたら、天理教がこれほどまでに凋落することもなかったでしょう。
https://mobile.twitter.com/o_muthuki/status/1066645573296476161
こいつ知ってる
ヤリチンで有名なやつや
ある掲示板よりーーー(立地のいい教会なら収益事業もありですが、立地がよくないならこうするといいですね)
「30年間うちの教会では、信者さんからのお供え及び上級教会へのお供え全て千円と決めています。一生続けようと思っています。気持ちだけといいつつ多額なお供えを要求する教会があり、同じ天理教の教会として名前を怪我され迷惑しています。」
フェイスブックに面白いことが書いてあった。
上級の会長が2025年問題について取り上げてる話だけど、ようは140年祭以降人口が減り、当然信者も減ってくるわけでお供えの目減りは避けて通れない問題。それを大教会や本部はしっかりと把握してないと大変なことになる。って。
末端はすでに大変なことになってますがな(笑)
それを見てみぬふりをしてやり過ごしてるやつらがどう転ぼうと知ったこっちゃない
大きな大木、枝先から枯れてくるのをぶら下げたまま見栄を張って大木気取りでいるか
枯れた枝先落として縮小させて新芽が出るのを待つか
時報の教会関係者の訃報欄を見れば、お出直しの平均年齢は世間並みか、又は、それ以下とお見受けします。
何が115歳定命か。本部は教義と現実の乖離を納得のゆくように説明してください。
今年も、生涯、怒った顔を見たことが無いと、奥様が述懐された教会長が出直しをされた。私も同窓会で何度か会話を交わしたことがあったが、惜しい方が亡くなられた。残念の一語に尽きる。80歳だった。
天理教に関わったがためと思われる節がある。
>天理教に関わったがためと思われる節がある。<
激しい上下関係を押し付けて来た上級会長夫婦は日本人の平均寿命に届かず二人とも癌で出直し。後継者の息子もその後、壮年で癌で出直し。残ったのは数々の未解決裁判。
がちがちの天理教徒で彼らがおかしな偽教理に侵され、悪行を悪行とも思わず、長年にわたり我々善良な一般市民に近い末端教会家族、信者一同を奈落に落とした。もしかしたら彼らが天理教に関わっていなければもっと長く生きたかも知れない。
我々家族が平均寿命をはるかに超えて生かせて貰っているのは、少なくとも信者さんはじめ世間の人達を不幸に巻き込まないて来たからだと思っている。
悪行を重ねた不徳は不徳の種として芽吹いてくる。現教団本部はどれだけの不徳の種を伏せて来たのか。人の命も精神も健全な自由も家族関係までもどれだけ破壊し、奪って来たか。
「たすかる教団」が元々売りなので真柱に御守護が無い限りもうこの教団は終わります。
その後継者候補がSNSを利用始めてそれを皮切り各教会の教会長や後継者がネットでアピールを始めたが実力の無さとSNS中毒を晒しただけでした。本部も各教会もなんら実力も魅力も無い集団だったと言う事が明るみに成っただけです。ネット進出が起死回生の手にならず教団崩壊を加速させた事は間違いないでしょう。カルト宗教の特徴として信者は夢を見させられているだけと言えるでしょう。「こんなに素晴らしいのです」とアピールを続けても布教相手の世間の人には「何が素晴らしいの?」と質問されて答えられる人が何人いるのでしょう?この時点で布教は成立しません。なので皆さんの教会運営、布教活動は衰退の一途を辿っているのです。
それに洗脳されている方に限ってこの現実を受け入れられないのです。コメントを見ていても現実を語っているコメントに対し理由無き批判で返している方が多いです。
「宗教は教義と現実の一体」 が求められます。これはどの宗教団体で求められ教義と現実の乖離がその組織の分裂闘争や離脱などを起し衰退し消滅するのです。
天理教理でも成ってくる理は天の理 とあるように 甘露台倒壊、真柱身上 次は何が起きるのでしょう。
森田市郎氏のインプットは毒!?【インプットが成長を止める理由】なる動画を見ましたがトンデモ論ででした。【インプットVSアスとプット】? 最後に「自己重要感?」なる造語 しっかり勉強されてからセミナーを開かれた方がよろしいですね。ちょっと見てて正直恥ずかしいです。
インプットは毒!?【インプットが成長を止める理由】
https://www.youtube.com/watch?v=gjzWmxcsYeE
↑ ↑
森田市郎氏なる人は一体何者ですか? 失礼ながら極めて精神年齢が低いようにお見受けしましたが、一体、何を言いたいのかさっぱり分かりません。また訳の分からない新しいカルトでも立ち上げようとしているのでしょうか?
宗教は教義と現実の一体 様
2018年11月29日 3:13 PM
>天理教理でも成ってくる理は天の理 とあるように 甘露台倒壊、真柱身上 次は何が起きるのでしょう。<
次に起こるのは教団の自然崩壊だと思います。
次に起こるのは・・・ってw。もうすでに起こってますがな自然崩壊www。だって事情教会率90%ですぜ?90%wwwww。
自然崩壊しそうで、しないのが天理教です。
事情教会率90%といっても、本当に息の根がないのは30%。青息吐息が60%です。
元気なのは10%・・・10%といっても1600か所あります。
この元気も空元気で部内・信者を泣かせながらの元気です。
本当に教会らしく自立してやっている教会は1%。160か所位でしょう。
少しでもお供えが上がっている限り、本部は、まだまだ崩壊まではいかないでしょう。
本部内からの改革を望むばかりです。
四人棟梁とは、おやさま、夫ぜんべえ様、こかんさま、しゅうじさん、の四人とも考えられるが、現在どこにその魂が生まれ変わって出てきているのか?が問題ですね。
おやさま自身の魂が再臨される可能性も含めて、過去生を感知できる人物(啓示霊能者)が先ずお地場に居なければ、人類の棟梁達を見分けて用いることさえできないのではないか?
講演家は以前は大勢いたけれど、いまはどうなさっているんでしょうか?
今は、若手の講師が増えてきています。青年会でも若い講師陣が頑張っています。
概ね経験が浅いので内容も薄いです。何でも喜びなさいと無責任な話が多いですね。およそ宗教家の話とは思えません。こんな話でお礼を貰っていては、先々心配になります。
それは、偉くもないのに、自分が偉いと勘違いしてしまうからです。
一昔前は講釈師のようなハッタリ講師が多く、人気がありましたが、それに比べたら、今の方がまだマシですね。
そのハッタリ講師の一人が柏木〇〇さんとかいう方でしょうか。
母はこの方の著書をたくさん持っていました。とにかくお供え一辺倒でしたね。
だからお前たち(我々子供や一部の孫連中)は苦労はしたが、徳があるんだとも言っていました。何が、徳があるんだと言いたいです。70歳を超えた弟なんか未だに家のローンを払っています。75歳までにローンを払い終わった途端に、あの世行きなんてことになれば悲しすぎませんか。お供えの一部でも弟に回してやればよかったのにと思うと悲しくなりますね。それほど多くの金額をお供えしていたのです。ったく洗脳されていたんです。
それ以外にも、山本○○さんのカセットテープも一杯ありました。もう、思い出すのも嫌ですね。
以前、支部の婦人会で、どこかのお偉い会長夫人の講演を聴きましたが、
「天理王命、天理王命・・・・・と、一心不乱にお祈りしていると(私はⅠ時間以上はずっと、そう念じています、と仰ってましたが)、事が良いように動き出します。」という、ほんとかな~?と思うようなお話でした。
東風Z 様
柏木氏は、人助け、世界助けを目指した人ではなく、大教会長、立派な神殿、本部員を目指した野心家でした。
その講演を聞いて野心家の布教師が巷に溢れ、事情教会の種が蒔かれました。
無責任な悟り話で人を惑わしたのです。
匿名様
>「天理王命、天理王命・・・・・と、一心不乱にお祈りしていると(私はⅠ時間以上はずっと、そう念じています、と仰ってましたが)、事が良いように動き出します。」
これはその夫人の信念の話であって、誰でも、必ずそうなるという話ではありません。
ここだけ読むと、これも無責任な話です。事が良いように動き出さなかった時に、この夫人は責任を取れるのでしょうか。
教祖の教えにない嘘の話をしては駄目です。
古い元教会長 様
やっぱりそうなんですね。二部同窓生から櫟本分署跡保存会を知って千分の一か、万分の一かの教祖の教えの一端を知ったように思います。
その思いに沿うように生きようと決めて、貧しいながらも80歳の今を元気に過ごさせていただています。
人助けなんて大それたことは出来ませんが、例えば、目の不自由な方を見かけた時は迷わず声掛けをしようと一家で実行しています。
古い元教会長 様
2018年11月30日 8:29 AM
>元気なのは10%・・・10%といっても1600か所あります。
この元気も空元気で部内・信者を泣かせながらの元気です。
本当に教会らしく自立してやっている教会は1%。160か所位でしょう。
少しでもお供えが上がっている限り、本部は、まだまだ崩壊まではいかないでしょう。
本部内からの改革を望むばかりです。<
1% 160ヶ所くらいだとしても、信者はほとんどが古くから信仰されている高齢者だと思います。一般的に幼少期から洗脳されてきた高齢者は、お亡くなりになるまで、自らの思想・信条は絶対に正しいと「思い込まれる」傾向にあり、柔軟な思考力や判断力は非常に困難になっていきます。また、そういう方々は認知症を発症しやすいとも言われています。比較対象するのは間違っているのかも知れませんが、卑近な例を挙げれば、高齢者による交通事故の多発です。「自分の運転は長年の経験で培ってきたもので、絶対に正確で間違いが無い」と思い込んでおられる高齢者ほど、常識では考えられないような単純ミスにより、重大な交通事故を起こされています。「自分の運転能力が低下し、これ以上、安全運転は無理だ」と冷静に客観的に分析し判断できた高齢者は運転免許証を自主返納されています。高齢化社会が進むにつれ、硬直的なものの考え方しかできず、人様の言うことに柔軟に耳を傾けようとしない俗に言う「頑固爺や頑固婆」も、いつかは自らの生命を全うされることでしょう。そうした方々がお亡くなりになっていけば、1% 160ヶ所という数値も格段に減るのではないでしょうか? ちなみに、私の生まれた教会も、毎月の月次祭に参拝に来られる熱心な信者さん(高齢者ばかり)が激減しており、近い将来、誰も来られなくなり、自然崩壊するであろうと考えています。
「天理王命、天理王命・・・・・と、一心不乱にお祈りしていると(私はⅠ時間以上はずっと、そう念じています、と仰ってましたが)、事が良いように動き出します。」
創価学会婦人部のおばちゃんたちも「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経・・・と、一心不乱にお祈りしていると(以下同じ文)」といっています。新興宗教やっている婆どもはみんな一緒。
>「天理王命、天理王命・・・・・と、一心不乱にお祈りしていると(私はⅠ時間以上はずっと、そう念じています、と仰ってましたが)、事が良いように動き出します。」
拝み祈祷ですか?
各教会や信者さんでも、朝夕の「おつとめ」をお祈りかお願い事をする時間だと思ってる人が多いようですけど、中山みきさんの教えではありませんね。
宗教団体や組織の崩壊なんて風船が破裂するように一瞬で消え去るものではありません。
少しずつ空気が抜けるように萎んでいくものです。
あのオウムでさえ、残党や洗脳された信者が今でも活動を続けている位ですから。
妄信する高齢信者が亡くなり、教義の矛盾、理不尽な組織、反社会的な集金方法などに気が付いた人が抜けて行って消滅に向かって行くだけでしょう。
今だに中山みきさんを広告塔にして布教やにおいがけをし、教団や自分の生活を守ろうとする関係者が居るようですけど、そういうのは詐欺のようなものですから社会の害悪にしかなりません。
宗教の無理な強要 金銭の要求(あちら側では 熱心なおたすけと いんねん納消という) に 困惑したので 個人の感情的には 早くなくなってくれたらいいと思える組織です。
その組織で生活が成り立っている人が多くいる場合(関係する金融機関 工務店も含めて)急に無くなるのは 失業者を多く出し 新たな社会不安の元になるので 風船がしぼんでいくような感じがちょうどよいのかもしれません。
加藤ハルアキ様
>拝み祈祷ですか?
各教会や信者さんでも、朝夕の「おつとめ」をお祈りかお願い事をする時間だと思ってる人が多いようですけど、中山みきさんの教えではありませんね。<
恥ずかしながら基本的な質問なのですが、教祖の教えとして警察が踏み込もうとしていた時も「勤めのせきこみ」を言われていますが、おつとめの実行は教えではないのですか?どうなのか・・・ずっともやもやしています。
教祖の教えは「心」に関する事であり、個人的には「おつとめ」は拝み祈祷だと思っています。ですので今ひとつ、朝夕のおつとめに意味を感じないのです。
私の所属教会の会長さんは毎月おぢばへ参拝に行かれますが、教会に繋がってくれる信者さん達(仕事で本部に行けない、あるいは身体が悪くておぢばへ行けない信者さん達)の為に本部を参拝し、信者さん達にお徳を頂いて帰る、という意識があると思います。
教会での朝夕のお勤めには、信者さん達の身上が良くなるように、事情が解決するように、神様にお祈りされています。
それが教会をやる者の勤めだと思っておられると思います。そして、信者さんも、会長さんがそのように一生懸命、自分達信者をたすけてくれていることを感謝し、毎月の月次祭に、少なくないお供えをしていると思います。
拝み祈祷なのでしょうけれど、同じように思っておられる会長さん方も多いでしょう。そのような会長さん方なら、彼らなりの信仰を真摯にされてれば、上級、大教会と、位置が上になる程、部内教会の分も拝むとするなら、お祈り時間が長くなるのは当然でしょうね。
天理の講釈師達の話しより、真柱中山氏の話しに嘘はなかったのか?
もう随分前の話です。教会に行っても お供えの金額が少ないとか 教会の意向に従わない(何事もハイと従え 仕事休んでも月次祭に参加しろ)と 目をつけられて 人前で 怒鳴られる。 直会では 先生のお立場の方々が お酒を飲まれて 醜態をさらしている。
人が目標か 神が目標かとこんな状況で言われても 神様の言葉の悪用にしか思えない。なかにいい先生もいると言われても、いい先生に出会うまで そこまで深入りするほど 時間もないから、いい印象はありません。いい教会長さんに出会えてたら ここにコメントもよせてないでしょう。
いい教会長さんを天理教というだけで 意見してるわけじゃないんですよ。お酒を飲んで 暴言はいて 醜態さらす姿は 信仰あるなし 宗派関係なく (みんなが言うわけではないですが)苦情が出るところです。
匿名 様
2018年12月1日 1:45 PM
>お酒を飲んで 暴言はいて 醜態さらす姿は 信仰あるなし 宗派関係なく (みんなが言うわけではないですが)苦情が出るところです。<
どこの教会でも同じようなことがあるのですね。私の生まれた教会では、月次祭の最中に上級教会の会長が教会の炊事場に来られ、直会の食事の準備をしている母に、コップ一杯の日本酒を所望されたことがありました。母は断り切れずに、日本酒をその教会長に差し上げました。どうやら、その教会長はアルコール依存症の兆候があったようです。また、直会の席での口論や言い争いも頻繁にありました。飲酒後、平気で車を運転してお帰りになる信者さんもおられました。私が天理教に嫌気がさし、教会を去るに至った一つの原因です。そもそも、直会とは信者さん達の親睦をはかるためのものであると思いますが、私の生まれた教会では、直会は「酒盛りと喧嘩の場」でした。楽しい思い出は何一つ残っておりません。
>>妄信する高齢信者が亡くなり、教義の矛盾、理不尽な組織、反社会的な集金方法などに気が付いた人が抜けて>>行って消滅に向かって行くだけでしょう。
>>今だに中山みきさんを広告塔にして布教やにおいがけをし、教団や自分の生活を守ろうとする関係者が居るよ>>うですけど、そういうのは詐欺のようなものですから社会の害悪にしかなりません。
この教団にコミットすることが何よりもの最上最善の真理であると信じ切り、
貧に落ちきって人生のすべてを捧げてきたバリ天の両親、
そしてそれに振り回され棒に振った自分の人生。
嗚 呼、天 理 教 と は 何 だ っ た の か ? 教 え て く だ さ い 神 様
全ての問題は、おやさまが生まれ変わったら解決するのかもしれませんね。
ほんぶしんさんや、大西玉さんの主張は個人的には信じられませんが、彼女はお地場に生まれ変わって、教会本部の大掃除を預言して出直したという噂は本当なんでしょうか?その後どうなったんでしょうか??
啓示霊能者 様
もし教祖が、おぢばに生まれ変わったとしても、異端にされてしまいます。
匿名 様 2018年12月1日 9:45 AM
>恥ずかしながら基本的な質問なのですが、教祖の教えとして警察が踏み込もうとしていた時も「勤めのせきこみ」を言われていますが、おつとめの実行は教えではないのですか?どうなのか・・・ずっともやもやしています。
>教祖の教えは「心」に関する事であり、個人的には「おつとめ」は拝み祈祷だと思っています。ですので今ひとつ、朝夕のおつとめに意味を感じないのです。
3号45「たすけでもをかみきとふでいくてなし うかがいたてていくでなけれど」
教祖様は「つとめ」を急き込まれましたけど、「拝み祈祷」は否定しています。
教祖様が教えてくれたのは、かんろだいを囲んでする「かんろだいつとめ」と面を付けてする「かぐらつとめ」です。
各教会で行われているような『三殿に向かって一列に並んでするつとめ」では、神様に向かってお祈りをしている、祈祷をしているという勘違いをしてしまうのも無理はありませんが、教祖の教えではないと断言させて頂きます。
「かんろだいつとめ」と「かぐらつとめ」の意味と内容と目的は「銘々の心を入れ替える・建て替える」為であって、詳しくは櫟本分署跡とかをお尋ねください。
加藤ハルアキ 様
2018年12月1日 11:43 PM
>各教会で行われているような『三殿に向かって一列に並んでするつとめ」では、神様に向かってお祈りをしている、祈祷をしているという勘違いをしてしまうのも無理はありませんが、教祖の教えではないと断言させて頂きます。<
全くその通りです。今の礼拝形式は国家神道を模倣したものです。
加藤ハルアキ様
>各教会で行われているような『三殿に向かって一列に並んでするつとめ」では、神様に向かってお祈りをしている、祈祷をしているという勘違いをしてしまうのも無理はありませんが、教祖の教えではないと断言させて頂きます。<
ありがとうございました。やはり、今現在全国の教会でうやうやしく実行されているおつとめ様式は教祖直々の祈りの様式ではないとの事。他人の為に祈ると言う行為は尊い事だと信じます。しかしその様式が教祖の言った事とは違う様式だとなれば、全くもって今の様式に従う理由は無いです。
教会長として信者一同や他人のこと、世界の事を祈る行為としては、日々、心の中で、また空に向かって、又は太陽や月に向かって祈りを捧げる・・
当教会は信者数名で面をつけてのかぐらずとめも甘露台つとめも、たちまち出来ない地方の遠方の教会ですがこう言う祈りの行為でも神の御心に添いますか・・?祈りの行為としては甘露台つとめ以外に方法は無いのでしょうか?
もう一つ質問させて下さい。本部に行けばお徳が貰え、教会長はそのお徳を持って各教会に帰って徳をを分け合うと言うような事を聞きます。不勉強な私は徳は本人の心次第と思うのですが、人類宿仕込みの地点には行くだけで人に「徳」を与える力があるのでしょうか?
基本的な質問でお恥ずかしいです。櫟本分署跡へは一度行こうと考えています。
匿名 様 2018年12月2日 12:38 PM
>祈りの行為としては甘露台つとめ以外に方法は無いのでしょうか?
いやあの・・・、教祖様の教えてくれたかんろだいつとめもかぐらつとめも、お祈りやお願い事やお伺い信仰をするためのモノではないのです。
誰かの幸せや病気平癒や世界平和を祈る心は悪い事ではないと思いますが、かんろだいを囲んで「お願い」や「お祈り」をするなら、それは「拝み祈祷」になってしまいますから教祖様の教えではないのです。
>本部に行けばお徳が貰え、教会長はそのお徳を持って各教会に帰って徳をを分け合うと言うような事を聞きます。
良い事が起こる人には「徳がある」、悪い事が起こる人には「徳が無い」などという結果論や、生まれた家や環境などの違いを「徳の有る無し」などという、目に見えない物差しで現在の差別や扱いの違いを「容認、追認」するような理論を、一列兄弟・互い立て合い助け合いを主張した教祖様が教えると思いますか?
教会長が本部に行って「徳」を仕入れて来て、教会に戻って信者さんに「お供えと引き換えに徳を配る」という商売が成り立つと思いますか?
世間から見れば、そんな布教師や教会長は「詐欺師」と同じですよ。
勿論これは私個人の解釈ですから、「おぢばに行けば徳が貰えるんだ」「大教会長や本部員は生まれながらに徳が高いんだ」と主張する人のご意見を伺いたいと思います。
社も八咫鏡も要りません。朝、目覚めれば、その場で目覚めたことに感謝し、今日も一日むごい心にならないよう努力をして、優しき心になることを誓えばいいんじゃないでしょうか。神饌も要らないと思います。
夜、床に就くときは今日一日の暮らしに感謝の気持ちを持って眠りにつくことができれば、これ以上の幸せはないのではないでしょうか。
どこかの社長のように1年間で我々の一生かかって手にする給与の数十倍の報酬を手にして、さらに、退職時には年数に応じた、更に数十倍の報酬を得ようとする人が本当に幸せなのか。(貧乏人のひがみかもしれませんが)
元の理に、神が泥海を見て味気ないと思し召し、人間を作って陽気暮らしをするのを見て、共に楽しもうと思いつかれた。なんて書いてあるが、思い付きで醜悪な人間を作った罪は問われないのでしょうか。
この話は二代さんの全くの創作話しにしか過ぎないと思っています。
地球という天体に人間が派生したことは稀有の現象だとは思いますが、これをネタにして空想話をでっちあげ、お供えを要求するようでは、詐欺の最たるものだと思っています。
お供えは、あくまでも個々の人の気持ちからするものであって、お供えが少ないからといって、りつけ、お供えの額を競争させるようなことが頻発する宗教が宗教と云えるのでしょうか。百年祭前後に起きた教会長を巻き込む自殺や強盗事件を思うとやりきれなくなるのです。
↑
「お供えが少ないからといって、りつけ、」を「お供えが少ないからといって、叱りつけ、」に訂正します。
失礼しました。
天理教の神様とは
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/1864857
加藤ハルアキ様
トンチンカンな理解をしておりましたが、教えて頂きありがとうございました。
真実を知らないまま無意味な事に時間を過ごす事は、親神様に対し、申し訳ない事です。
東風z様
毎日の感謝の捧げ方については仰る通りだと同感です。社も鏡も、神饌物でさえも要らないと常日頃から思っています。現教団のしている形や様式や見栄や体裁ではなく、教祖の求めは究極「心」の世界を掘り下げていくことだと信じます。
神の目から見たら神饌物などどうでもいい事です。人間側の自己満足、ただそれだけでしょう。そんな山盛りの神饌物を見て、「よしよし」と頭を撫でてくれる様な神はそんな存在でないのは明らかな事です。
どうでも良い事をあたかも真理の様に思わされ縛られて来た教会を維持するものとして、白黒を見極めながらしなやかに生きて行こうと改めて感じた次第です。
仕事もせずに(熱心に)お祈りだけしてしている親子が、参った人に神の言葉を取り次ぐそうです。
天理教と同じ神だそうですが、教団には属していないとか、こんな状態ってカルトですか?
匿名 様
2018年12月3日 10:15 AM
>東風z様
毎日の感謝の捧げ方については仰る通りだと同感です。社も鏡も、神饌物でさえも要らないと常日頃から思っています。現教団のしている形や様式や見栄や体裁ではなく、教祖の求めは究極「心」の世界を掘り下げていくことだと信じます。
神の目から見たら神饌物などどうでもいい事です。人間側の自己満足、ただそれだけでしょう。そんな山盛りの神饌物を見て、「よしよし」と頭を撫でてくれる様な神はそんな存在でないのは明らかな事です。<
社も鏡も神饌者も、所詮、国家神道の「猿真似」です。山盛りの神饌物を見て神様は喜ばれるでしょうか?
山盛りの神饌物を、たとえ少しずつでも、その日の食費にも窮しておられる方々に差し上げたほうが、神様はよほどお喜びになるはずです。
匿名 様
2018年12月3日 6:15 PM
>仕事もせずに(熱心に)お祈りだけしてしている親子が、参った人に神の言葉を取り次ぐそうです。
天理教と同じ神だそうですが、教団には属していないとか、こんな状態ってカルトですか?<
間違いなくカルトです。参った人に取り次ぐ「神の言葉」とは、とりもなおさず、詐欺師の口上です。決して騙されてはいけません。
おつとめは人をたすけたいとの真実を神様にお供えしている行為ですので
意味がないとかあるとかをゆうよりも
それで充足感を得ている方がおられるのならそれでいいのかと思います。
一列よこならびだろうが、六角形にならぼうがどうでもいいことかと
天理高校の寮生活のとき7:30ごろになると寮生全員でおつとめがありました。
わたしどもは不真面目なので「なんでこんなことせなあかん」とずっと思っていました。
年をくってそれはそれでよかったのかなと思っております。
要は朝夕のおつとめは朝夕「人をたすけさせていただきます」「たすけさせてください」という心の確認
毎月のおつとめも同様と考えます。
人間はすぐ忘れてしまうのでそれぐらいの回数やらないと心に染み込まないため神様が教えてくれたのだと思っています。
人間の思想が全て現行天理教の教義に帰結してしまったらどうなるのだろう。考えるも恐ろしい世界になってしまうのではないでしょうか。
お供えをしない人は助からないんだから。宗教はアヘンといった人は、人から思考が無くなることを恐れたのでしょうか。
教祖伝逸話篇など、余りにもいいことばかりが書かれていて、よくもこのような史料が残っているなあと、返って疑ってしまうんです。中山家にも、もっと人間臭いどろどろとした世界があったと思うんですが、如何でしょうか。
組織はなくとも信仰できる!様 2018年12月4日 12:04 PM
>一列よこならびだろうが、六角形にならぼうがどうでもいいことかと
>要は朝夕のおつとめは朝夕「人をたすけさせていただきます」「たすけさせてください」という心の確認
文字にすれば「心の確認」とも言えるのですが、教祖様の教えてくれた「かんろだいつとめ」はその内容が違います。「人をたすけさせていただきます」「たすけさせてください」と、神様に向かって言う(誓う)のでは、神との契約か約束のような状態になってしまいます。
教祖様の教えてくれた「かんろだいつとめ」は、月日親神が人間を創造したときの様子=10種類の個性も働きも役割も違う道具を集め、その道具衆がそれぞれの持ち味を生かし、互いに助け合って働いて人間を創った=を現わしています。だから、面をかぶったつとめの手振りが、みな違うのです。
そうやって創られた人間は「一列兄弟、互い立て合い助け合い」の精神を持ち、その状態が実現されたときに「生きている」ことを実感して喜びを感じられる『にんげん』なのです。
その『にんげん』が、親から子、子から孫へと命を繋いでいるのですから、今現在生きている我々も同じ精神「一列兄弟、互い立て合い助け合い」の状態の中でこそ喜びを感じられ、イキイキと人生を楽しむ「ようき暮らし」が出来るのです。
この「にんげん」が本来持っている性質や本質を、かんろだいつとめによって思いだし(前世)、今の自分がそうであると自覚し(今世)、これからそのような世の中を創っていこう、自分がそのためにはたらくのが自然なのだ(来世)と心に納めるために、7回+7回+7回=21回のかぐらつとめをするのです。
単に、困っている人を助けよう、人助けしようというのは、この教えの中の一部でしかありません。
文章を読んだだけでは理解できないでしょうし、何も感じないでしょう。
一度、「かんろだいつとめ」の説明をよく聞いて、体験されることをお勧めします。
誰が舞っても同じなら、ロボットで神楽を舞ってもらったら、間違いがなくていいだろう。
問題なのは、人類で最も進化・成人した人達が舞い人であるという事ではないか? そうでなくては不思議なタスケ守護が噴出するとは思えないが?現在の本部に不思議奇跡な霊救現象が無くなっているとすれば、すべては本部人事が間違っている事の証明だろ。
加藤ハルアキ 様
2018年12月4日 2:18 PM
>一度、「かんろだいつとめ」の説明をよく聞いて、体験されることをお勧めします。<
「かんろだいつとめ」の意味合いを正確に説明出来る人は、教団内にいくらおられるのでしょうか? 偉そうに言う私も「かんろだいづとめ」の意味合いは、ほとんど理解できていません。各末端分教会や大教会の月次祭で毎月、勤められる「おつとめ」も毎月の集金のためのルーティンと化しており、「おつとめ」の意味合いなど理解できていない人がほとんどだと思います。とりわけ、末端分教会は信者が激減・高齢化し「おつとめ」の人員すら揃いません。また世間の人々からは「天理ダンス」といって揶揄されています。「おつとめ」の最中に「ダンス」や鳴り物を少し間違えただけでも、皆の目前で古参の役員から大声で怒鳴られ叱られます。信者さんの中には、忙しい中仕事を休み、遠路はるばると「お供え」を携えて参拝される人も昔おられましたが、つくづく嫌気がさしたのか、天理教から他の宗教に改宗されました。誰が天理ダンスをしてもよかったら、近い将来、ロボットがダンスをし、楽器を演奏する時代がくるかもしれませんね。月次祭で奏上される祝詞(国家神道の猿まね)もパソコンに保存してある過去のフォーマットを所々アレンジし、プリンターで印刷して「奏上」されていますが、本当に神様に届いているのでしょうか?????
きっと神様の心にもそのように届いているのでしょう。
事情教会率90%。高齢化と子供たちの棄教や脱会で誰が見ても衰退期のカルト(死に体のカルト?w)。人間がいなくなる以上、人が歌ったり踊ったり祝詞を唱えるのはもう無理。ロボットでいいんじゃないの?
加藤ハルアキ様
いつも理路整然とした投稿、感服しております。
さて、「7回+7回+7回=21回のかぐらつとめをするのです。」とありますが、1回+1回+1回=3回じゃダメなんでしょうか?
勉強不足で申し訳ないのですがご教示いただけたら幸いでございます。
青年会総会のフォトを見ていたら3万人集まったと下の方に書いていた。その総会写真をよく見てみると、とても青年には見えない頭の白い老年期の方々が結構な数で写っていた。
本部は大袈裟な数字を出す傾向があるので本当のところ青年に当たる数字はどれ位いなのか?
60万だ80万だと信徒の数を公表しているが、次代を担う青年会総会に集結したのが老人入れて3万人なら、天理教信徒は精一杯好意的に多く見積もっても20万人に足らないのが現実的と思う。
20分の3が青年で、20分の7が中・高齢期の方々ならゼロにはならなくても、限りなく消滅に近い状況を見るのは後10年かと思ってしまう。教会は自教会含めてどこを見てもひっそり、締めてしまっている教会もあります。遠方の上級が締め切った部内2箇所の鍵を預かり月次祭の日だけつとめている所もあります。恥ずかしながら自教会含めて看板掛けてるだけで殆ど活動無しの死に体教会が多いです。実際、活動資金もありませんし。
ただ、自分の生活費は最低限稼いでいますが、上級を養う余剰資金はありません。なので上納金は出来ません。各種会費は自腹です。
今の時代、本部が望む様な滅私奉公出来る信徒に少年会員が育つとは思えません。いつまでピラミッド組織が維持出来ると思っているのか、本部はわかっているんでしょうか?
愚痴のついで。少年会員の名簿を毎年出すのに、居ないんだから書きようが無い。空欄はダメだと言う。猫の名前でも書いて出そうか・・しかし、住所はどこにしよう・・本部様、実態を知って下さい。
崩壊 さま 2018年12月4日 10:01 PM
>「かんろだいつとめ」の意味合いを正確に説明出来る人は、教団内にいくらおられるのでしょうか?
教団では、「かんろだいは人間宿し込みの場所で、月日両神がお鎮まり下されている有難い場所なのだから、手を揃えておつとめをすることで神様に喜んで頂き、それで守護を貰えるんだよ。」というような教えを説いているのですから、大勢いると思いますよ。
私のような解釈を主張すると「異端だ」と言われますし。
いほり さま 2018年12月5日 2:06 PM
私も「なぜ7回×3なのか?」と考えた事はあるのですが、関連するようなおふでさきやお話は見つけられませんでした。申し訳ないのですが「教祖様がそう教えられたから」としか言えません。
青年会に白髪頭ぞろぞろだって?wーそりゃ青年会じゃなくて元青年会じゃんw。事情教会90%じゃ上納金0。本部だけが金満で他は赤貧。こんな宗教いったい誰が入信するんだあ?うわーっはっはっはっ・・・
どこかに7と3は切る数字なので、因縁切りとかほこりを払うに通ずるとありましたよ!
匿名 様
2018年12月6日 9:02 AM
>どこかに7と3は切る数字なので、因縁切りとかほこりを払うに通ずるとありましたよ!<
天理教の何ら根拠のない「語呂合わせの得意技」の類いですね。例えば、結核を病む人に対して「何事にもハイハイ(肺肺)と言って素直に従わないから結核を病む」とか、喘息を病む子の親に対して「親が全速力(ぜんそく)で走るから子が喘息を病む」とか、「心が素直でなく頑固だから癌(がん)になる」とか、全く何の根拠もない非科学的な訳の分からない「屁理屈」で人心を惑わせ、苦しめ、教団側に有利なように人心を洗脳してきた手口の一つです。現代では全く通用しません。
ハイハイと素直になれない、ハイと言えない、ハイと言えん、からーの
肺を病む、肺炎ですね。
この素直という言葉。これほど厄介なものも無いんですよね。
素直なことは良いことで大事なことでは有りますが間違ったことに対して『素直』ではとんだ悲劇が待ち構えています。
結局はその何に対して素直になるか?その判断は各々の個人に任せられるわけですが・・・良心ということになるのでしょうか。
仏教でいう無我の状態、欲などの無い状態なら正常な判断ができるのかもしれません。
オウム真理教然り、戦後の教育も間違っているところは多々有ります。
国家や社会にとって都合の良い人材を作る、言わばロボット的な・・・
それはこの教団についてもモロに言えることです。
この教団の教えでは人ひとりなんてものは本当に、か弱い無力なものである、と神様に連れて通って頂いて何とかやっていけるのだ!という話をよく聞きました。全面的に間違ってもいないがあまりに人間を矮小化し過ぎだと思われます。卑小とも言えると思います。取るに足りない存在なんだと・・・
ある意味人間の存在を見くびっていると言えるのかもしれません。
個人個人の潜在的な力、パワーを否定しているように思われます。
神は偉大で我々は無力だと・・・
自信を持つと言う言葉が有りますが天理教団に関してはそのようなものは全く必要ないようです。
自信より神に帰依する。下手すると自分というものが無くなってしまいます。精神の無力化?自分達には世の中を変える力なんてものは無いんだと・・・できるのは神に祈るだけなんだと・・・
祈り、銭を運べば神が働いてくれると・・・
他力過ぎるでしょう・・・あまりにも
神が人間を作ったのなら神の力を人も持っているはずだと・・・
神の子なのですから・・・
無力かもしれないが無限の力を秘めているのも我々人間だということをもう一度思い出す、目覚める時期にきているのでしょう。そうしないとこの世を悪い方に導いている悪魔のような一団に乗っ取られる日もそう遠く無いかもしれません。
個々人が自らの無限のパワーを認識し目覚め、繋がった時、今世界を覆っているどす黒いものを払拭できるのでしょう。
その後には理屈抜きの抜けるような青空が現れるのではないでしょうか?なので天理教団云々言っている場合じゃ無いんですよね。
やまいのダジャレ的表現をもっと教えて下さい。
ブロックが解けた数ヵ月後に読ませていただきたいです。
私あてに御質問御意見など返信できずにすみません。
書き込むと即ブロックがかかりますのでお許し下さい。
少年期の頃には、多くの結核患者さんたちが次々と亡くなりました。名曲荒城の月を作曲された滝廉太郎氏も23歳の若さで、この病気が原因で他界されています。
私も3人の青年さんがこの病気で亡くなられるのを見てきました。当時は薬もなく、入院もままならない経済状態でした。亡国病とまで言われた結核に、なすすべのなかった当時、天理教は、ひたすらにハイハイと這い登る道と説いて病気を蔓延させていったのです。
今でも、感染者が出るとテレビが報じるほど神経を使う病気なのです。結核は感染しても、即発病とは限りませんが、高齢者や体力の無い人が感染すると発病するリスクが高く、開放性肺結核になると空気伝染ですから周囲の人たちに伝染し、感染することになるのです。
その意味でも、この病気を侮ってはいけません。信仰で治るなんてとんでもない思い違いです。
当時の天理教の上層部の人達がこの病気にならなかったのは、比較的贅沢な生活をして体力があったからではないでしょうか。
私の詰所勤務の時代の夕食を振り返ると、麦飯がどんぶり茶碗に七分目に、メザシが二~三尾、キャベツの具が入った味噌汁一杯、自家製の黄色い大根の漬物二切れでした。秋の大祭の折のみ赤飯が出ました。
修養科生が明けても暮れてもキャベツのみの具の味噌汁に業を煮やして保険所に垂れ込み、保険所から指導が入ったことがあったが、主任さんは、無い袖は振れんと一喝していました。
そのような時代に、二代さんや三代さんは贅沢三昧していたのですから、成人病になって当然だったのですね。皮肉にも、貧しい食事が今となっては薬だったのでしょうか。
いや、そうでもないような気もします。同級生が自殺をしたのを聞いたのも、その頃のことでしたから。
五重相伝を受けられたところか鑑みると仏教の影響を受けているのではないでしょうか?
転輪王も仏教の言葉ですし、三とか七も仏教数字であると思われます。
いわゆる十王信仰という、閻魔さまをはじめ十人の地獄の裁判官が亡者の生前の行いを裁き、死後の世界へ導く・・・というのは、中国、道教の影響が多分にあるようです。
そして、それが今の日本の法事に大きな影響を与えているのも無視できません。
人が亡くなってから七日ごとに法事をし、七回目(49日)のあとは百ヶ日、一周忌、三回忌とほうじをしますね。これは、その法事ごとに十王一人一人の前で裁かれる亡者を、子孫や親類が追善供養してあげて、極楽に導く・・・という意味合いがあり、これが後の仏教的な法事に影響を与えたそうです。
また、八大地獄というのは倶舎論や長阿含経などに説かれているようですが、八という数字自体にはさほど意味はないようです。
が、これもまた中国の影響が大きいと推測されます。なぜなら、「割り切れない数字(3や5や7など)」が好きな日本人と違い、中国では4や8などの数字が好まれるからです。
(日本ではよく三大~といいますが、中国では四大~というのが多い)
本当に天理王がおりてきたのか、石上の神がおりてきたのか、三島の神がおりてきたのかわかりません。教義の根幹に吉田神道や仏教、儒教、道教、修験道などいろいろまざっているような感じもします。
匿名です 様
2018年12月6日 10:24 PM
>やまいのダジャレ的表現をもっと教えて下さい。
ブロックが解けた数ヵ月後に読ませていただきたいです。
私あてに御質問御意見など返信できずにすみません。
書き込むと即ブロックがかかりますのでお許し下さい。<
ダジャレは、吉本新喜劇や落語のように「お笑い」の場面で適切に使われていれば、人の心を愉快に楽しくさせる効能もあるのですが、宗教で、また天理教のように日本語でしか通用しない場面で使われた場合、ダジャレが一人歩きし、その宗教を盲信している人達は、とんでもない落とし穴に落とされます。天理教の訳のわからない「語呂合わせ因縁話しや病さとし」等の話の類いは、作ろうと思えばいくらでも作れるはずです。例えば(あくまでも例えばという前提です)現真柱に子どもが授からなかったのは、「子無しの因縁」があるからだとか、頭の病を患い入院しておられるのは「頭が高く高慢だから」とか、根も葉もない「根拠の無いこじつけ」で、ダジャレなど作ろうと思えば、いつでも誰でも作れるのです。これまで、どれほど多くの善良な信者さん達がそうした馬鹿げた迷信を真に受けて騙され、心を傷つけられ、人生を反故にされてきたことでしょう。
追伸:どうして、「匿名です」様の書き込みにブロックがかかるのでしょう? 言論の自由は公共の福祉に反しない限り日本国憲法で保障されているはずです。もし、誰かが「匿名です」様のIT情報を不正に取得し意図的にブロックしているとしたら、大問題だと思います。
崩壊様。
匿名ですさんは、意味のない一言コメントを延々とされたことがあります。
それで、他のコメントが見えにくくなった事があります。
人の質問にも真摯に答えないので、会話にもならなかった過去があります。
ちゃんとした意見や人のコメントに耳を傾ける事ができるのならと思いますが。
そういう経緯から「以下のようなコメントは削除します。通常の迷惑メールに加え、敬語を使わない、10語以内、他者の意見に耳を貸さない、名前を変え何度も同じようなコメントをおこなう、非論理的文章など読者に配慮しないものも含みます。なお1度削除しますと、以降自動的に同じIPアドレスからはコメントできません。悪質な場合は自動的にアクセスブロックとなります。」というルールが出来ました。
古い元教会長 様
2018年12月7日 12:08 PM
過去にそうした経緯があったことを存じませんでした。了解いたしました。早々にご連絡いただきありがとうございます。
組織はなくとも信仰できる! 様
日本人は何故数字にこだわるのでしょうか。車のナンバープレートもオール1やオール8が良いとか、4242は死に死にと読めるから縁起でもないと避けたり、5678はしり上がりで良いが、反対に尻下がりはの数字はダメだとか、いい出せばきりがない話です。オール1なんか、1111で墓が4本立っているように思うのですが、考えすぎでしょうか。4242だって良い荷良い荷と読めば、芽出度く感じられるでしょうに。そうでなければ、4月2日に生まれた人は一生涯死にと付き合うことになってしまいます。
10進数は人間が便宜的に考え出した数字であって、本来は2進数でしょう。
エコー計画なんかπや自然対数の底を2進数に変換して、他の天体に生息しているかもしれない未確認高等生物に向けて、メッセージとして発信したそうですから。
教祖も、確か日々が良い日だと仰ったと聞いています。悪い日なんて本来無いのですから、奇数とか偶数に拘っている方がおかしいと思っています。
東風Z 様
確かに私の知り合いの誕生日も4月2日で42ですが、なんとも思っていません!42番の野球選手もかっこいいと思っております!
数字にこだわるのは日本人だけではないと思いますが?
余談ですが新興宗教はわりと数字にこだわりをっ持つ傾向があると感じます。たとえばものみの塔聖書冊子協会がそうですし、世界基督教統一神霊協会(旧称 統一教会 現 世界平和家庭連合)もそうです。
「7回+7回+7回=21回」の質問にお答えいただきました加藤ハルアキ様はじめ皆様、ありがとうございました。
崩壊様
生き方と病気に関係があるということが、現在分かってきたのではないでしょうか?荒唐無稽だとは思いません。もっと深いものがあるように思います。
もし他に御存知ならば教えて下さい。
最近、「かむなびの郷」の井上代表の講演(好縁)を聞く機会がありまして・・・、
ご存知の方も多いと思いますが、「天理教」や教会とは名乗らずに農業生産法人「かむなびの郷」の代表として「おたすけ」をされている方です。聞くところによると、その効果はすさまじく、医者から見放された癌患者や、余命いくばくもない重病人まで助かってしまう、というお話です。
講演の最初に司会者(天理教関係者)から「井上代表のおさづけは凄い効き目があるので、お話を聞いた皆さんもおさづけの効果が上がるかも知れません」等と言っていました。
しかし、登場した井上代表は色々と人を助けた話をされましたが、「おさづけをした」等とは一言も言ってません(笑)。また、医者から見放された癌患者に対して「癌は、頑固な人か頑張りすぎる人がかかる病気ですよ」とお諭ししたと言うので、私も「何だ、ダジャレかよ?」と思ったのです。
が、その後の話で納得がいきました。
井上代表の続きは「その患者さんが3時間後に帰る時には痛みがなくなって・・・。」です。
3時間ですよ?ダジャレ一つで3時間もお話しできるわけがない!
私の解釈になりますが、おそらく、井上代表は、ダジャレを切っ掛けにして色々なお話をされたと思います。日常生活の心遣いや家族の関係や心遣い、友人関係や会社での振る舞いや考え方など、色々な話しの中で、その癌患者さんが「自分の心使いや考え方が間違っていた、自分も周囲ももっと明るく楽しくなるような心使いをするべきだった、これからそういう生き方をしよう」と決心させるだけのお諭しをしたのではないかと想像します。
教祖様のお言葉からしても、そういう真真実の心になったなら、神が受け取り働いてくれるでしょう。
「癌がなくなる」かどうかは別にしても、本人も周囲も救われたと思います。
オカルト否定派の私でも、これくらいは分かります。
加藤様
教えていただいてありがとうございます。
ひとつ気にかかることがあります。僭越ながら向かいの動きが見えたらいけないのではないでしょうか?自分と対をなす者の動きはこちらからは見えないのではないでしょうか?
匿名です 様
2018年12月7日 9:43 PM
>生き方と病気に関係があるということが、現在分かってきたのではないでしょうか?荒唐無稽だとは思いません。もっと深いものがあるように思います。
もし他に御存知ならば教えて下さい。<
確かに、人間の精神状態と疾病との因果関係は、現代医学でも解明されてきつつあります。日常生活で受ける様々なストレスは、人間の身体にも悪影響を与えることは確かなようです。しかし、肺結核や肺炎のようなウィルス感染による疾病まで、「何事に対してもハイハイ(肺肺)と素直に従わない」からだというのは、私は根拠のない「こじつけ」以外の何ものでもないと考えます。かつて「死に病」とまで言われた結核も抗生物質の実用化により治癒率は飛躍的に向上しました。(最近、ウィルスが抗生物質に耐性をもつようになり、抗生物質が以前ほど効かなくなってきているようですが)また、天然痘も種痘の普及により、地球上から根絶したとまで言われています。現代、未だ治験段階で臨床の場では使用されていないオプジーポと言う癌の新薬も、今後、研究開発が進み、癌の特効薬となる可能性は無きにしも非ずです。今や癌は日本人の二人に一人がかかると言われています。癌にかかる人はすべからく、「性格が頑固だから」という「こじつけ」は、通用しないのではないでしょうか。とにかく唯一確かなことは、人間をはじめ他の生物は、この世に生を受けた限り、長短の差こそあれ、時が経過すれば必ず老いて死ぬということです。それが自然の摂理です。(事故死や病死等もありますが)「病まず 死なず 弱らず」ということなどあり得ないのです。
根拠のないこじつけはバカげた迷信です。そんなことが通用するなら真柱は「末端を苦しめて自分はのうのうと生きてきたから脳の病気になる」といってもいいですよね。w
ある掲示板より 「天理教のお供えは千円にしませんか?」
先程の夜2時頃に当直をしてもらっている信者さんから投石が有りガラスが割られましたと連絡がありました。
60年間誰でも24時間入れる教会としてやってきましたが、このような事ははじめてです。投げられた石二つには千円と書かれていました。
ガラスを割られた方はお辛い思いをされましたね。
お金への執着を断つことは辛いことですね。
崩壊様、私は意味を追いかけていきます。
金への執着を絶つなんてできるはずないじゃないですか!だって王家と天理貴族たちをみればわかるでしょ。彼らが一番金銭に対して異常なまでの執着をしていますよね。
井上先生の所(布教所の場所とは別の纏向駅から徒歩20分くらいの所)へ親戚の者が相談に行きました。
お話の他におさずけをしていただいたそうです。教会で見られるおさずけパフォーマンスと比べるとちょっと驚くかもしれないそうです。
何事も話だけでは全貌を知ることは難しい一例のようです。
参考までに投稿させて頂きました。
匿名です様の投稿は、相も変わらず理解しかねます。
崩壊様の投稿は、意味を追いかけるまでもなく十分に理解できています。
又、お金への執着を断つことは辛いことなら、現行天理教の信仰はさっさと辞めることです。あなたが天理教の信仰を続けられるのであれば、、おカネへの執着をさっさと捨てて、どんどんお供えをしてください。真柱はじめ表・内両統領、ダイスケさまは歓喜されるでしょう。助かりも早いそうですよ。
東風Z様
以前様々な御意見をいただきながら読めないまま時間がたち、無反応になってしまい申し訳ありませんでした。
意味とは天理のやまいの解釈についてのことです。
お金への執着に関してですが、成人に近づいていきたいと思っています。
匿名です 様
厳格な階級社会を形成してしまった天理教団に人助けができるはずがありません。
給料の15%から20%くらいお供えするのは当たり前だと、シャーシャーといった大教会役員が居ましたが、社会の現実をご存じない、それこそ天理貴族の一員ではありませんか。
天理教用語の成人とは、おカネに対してどのような意味を持つのかは分かりませんが、ご健闘をお祈りいたします。
【成人】というのは、教団教理にすっかり洗脳されてしまい、上のいう事に全く疑問も持たなくなり、お供えが〇〇必要だと言われれば、無くてもかき集め、自分の食費や生活費を削ってでも金を工面し、献上する。
有り金全部はたいて上に出し切ろうが、神様の用木として、理の親(上)のお役に立てた、神様のご用を務めきった、、、自分は明日の米が無かろうが、おやさまの雛形を通らせて貰って有り難い、喜び勇むという、珍しい境地に達することです。 教団、大教会・上級教会にとって都合の良い奴隷でしかないのだが、本人は、満足しているという気の毒な人のことです。
匿名です 様
あなたの投稿を読ませていただき、余計なお世話ですが、
あなたに下記の言葉を贈りたいと思いました。
「やまいのダジャレ表現の意味」を考えたり、
「お金への執着」というものの意味合いを深く理解せずに
ただただ「お金への執着を断つ=成人」という単純な構図を信じ、
思い込むのではなく、下記の意味についてこそ、よく考えてみて欲しい
と思います。
インドの哲学者クリシュナムルティの言葉
「信じやすい人々は、与えられるものの正邪善悪におかまいなく、
常に進んで信じこみ、受け入れ、従おうとする。
信ずる精神は探究心とは違っており、それは公式や原理原則の
限界を出られない。それはちょうど柱につながれた動物のように、
ロープの範囲でしか動きまわれないのである。」
心理学系ツイッターより
依存性が強い人はずるい人達に何度も利用される。
利用されただけと気づいて離れようとすると、
ずるい人はまだ利用したいから優しい言葉を言う。
依存性の強い人はその言葉を信じたくてまた騙される。
利用したい人は利用できる人を見つけるプロである。
だから利用される人はそういう人ばかりに出会う。
幼児期に愛された人は、「愛」というものを知っている。
だからあなたを利用しようとして「好きだ、信用している」と
言葉巧みに騙してくる人を「何かおかしい」と感じる能力がある。
しかし愛されていない人(愛情飢餓感が強い人)は、
このような言葉にコロっと騙される。
だから最後はいつも傷つく。
本当の幸せを得る鍵は、あなたの中にこそあります。
本当の幸せを得る力は、あなたの中にこそ備わっています。
匿名です様。
私が知っている人です。洗脳されている彼女は本部に上納するのが全てと信じています。赤十字に募金しましょう、と言ってもそれは彼女にとっては無意味な出費なので、同意しません。上下差別も上に行く程徳が高いと信じているから、上級、上々級会長には胡麻をすってペコペコしてます。こんな信仰の在り方だから、お可哀想で笑えてしまいますが、自分で気がつかない限り無理だとも思っています。
教祖が言った様に人間に上も下もありません。順序もへったくれもありません。匿名です様、良く理解してくださいね。この上下組織はお金に溺れた秀司から始まり、中山家、中山家に近い本部の小狡い人間が考えたシステムですよ。
教祖は一列ろくじと宣言されたのに、今ではその真逆の差別システムにあなたも私もまんまと引っかかって、大勢の信者が騙されて来たのです。あなたの様に未だ目が覚めない人の無駄金で現教団が維持されています。
所属教会、上級教会からお供え依頼があっても、あなたはそのお金を赤十字でも市の福祉課でも或いは自分で始めるボランティア活動などでも良い。周囲の人の為にあなたのお金を使う事が出来るなら、匿名です様は、「お金への執着が取れて来た」と認識すれば良いです。そんな匿名ですの事を親神様は手を叩いて讃えて下さると言うものです。こう言う助け合いの姿を見たいと親神様が人間を創ったのです。
東風Z 様
2018年12月10日 9:18 AM
>厳格な階級社会を形成してしまった天理教団に人助けができるはずがありません。
給料の15%から20%くらいお供えするのは当たり前だと、シャーシャーといった大教会役員が居ましたが、社会の現実をご存じない、それこそ天理貴族の一員ではありませんか。<
東風Z様のおっしゃる通りだと思います。天理貴族の皆さん方は、労働して生活の糧を得るという経験が全くありません。彼らにとって、「お金」とは一般信者や布教所、末端教会から労せずして自動的に上がってくる「上納金」であって、労働の対価として得られるものではないのです。一般社会での労働経験が無いので、「働くことの辛さや苦しさ」が理解できないのです。また「働くことの喜びや充実感」も理解できません。「給料の15%から20%くらいお供えするのは当たり前」という発想自体異常であることが、天理貴族の皆さん方には理解できないのです。理解できなくて当たり前だと思います。何も理解できない人達の言うことに素直にハイハイと従う必要などありません。
匿名 様
2018年12月10日 3:22 PM
>教祖は一列ろくじと宣言されたのに、今ではその真逆の差別システムにあなたも私もまんまと引っかかって、大勢の信者が騙されて来たのです。あなたの様に未だ目が覚めない人の無駄金で現教団が維持されています。所属教会、上級教会からお供え依頼があっても、あなたはそのお金を赤十字でも市の福祉課でも或いは自分で始めるボランティア活動などでも良い。周囲の人の為にあなたのお金を使う事が出来るなら、匿名です様は、「お金への執着が取れて来た」と認識すれば良いです。そんな匿名ですの事を親神様は手を叩いて讃えて下さると言うものです。こう言う助け合いの姿を見たいと親神様が人間を創ったのです。<
まったく、おっしゃる通りだと思います。「お供え」とは「真の人たすけ」の為に使われるべきものであり、天理貴族達の安楽で贅沢な「悪い意味での陽気暮らし」のために使われるべきものではありません。
クリシュナムルティーもoshoラジニーシも斎藤一人さんも木村藤子さんも素晴らしいと思うんだけどさ、おやさまってそんな人たち全部のいいとこどりをした様なイメージなんですよね。
いつかお地場にはそんな人達が大勢現れるんじゃないかと、御神楽歌を歌ってて思うんですよね。
今は偉いさんの多くは陰気に見えるし「悪い意味での陽気暮らし」でさえマシに見えるんですよね。
支配欲とエゴの深さを見ていて、神様の応報を想像して気の毒に感じますね。それでも神様がお地場を見捨てる事は無いのでしょうから、未来への希望を唄っていたいです。
プロテスタント系新興宗教でよくいう什一献金ですらクリスチャンの間では非難ごうごうで、これを言う教会からは即座に逃げろ!といわれているくらいです。天理教は強欲すぎます。キリスト教では七つの大罪の中に「強欲」が入っていますが、天理教でも強欲は大罪の一つになっているのでは?秀司は強欲の大罪を犯したから、みきは「あんなに金をため込んだから・・・」といったのです。
いずれ棟梁よにんいる。早く伺い立ててみよ 様
たまたま自分が共感でき、覚醒させられ考えさせられるような言葉を、
故クリシュナムルティーさんが残された言葉の中に見つけたので
引用させていただきました。
正直なところ、それが近所の子供でも、隣に座ったご婦人の言葉でも
良かったのです。
クリシュナムルティーさんを特別敬仰している訳ではありません。
>クリシュナムルティーもoshoラジニーシも斎藤一人さんも木村藤子さん
も素晴らしいと思うんだけどさ、おやさまってそんな人たち全部のいい
とこどりをした様なイメージなんですよね。
この方達が全て同列に並べられるのかわかりませんが、ひとついえること
は、全て「有名人」ですね。素晴らしいご活躍功績が切り取られ、
多くの人がそこから良い影響を受けることが出来ますが、しかし
それ以外の部分は知る由もなく、知る必要もなく、
スポットライトが当たるというのはそういうことで、
特にスポットライトが当たっていなくても、名前が売れていなくても、
無名の方々の中にも素晴らしい方達は沢山いらっしゃると思っています。
なので、誰かを特別に崇拝することはありません。
いつでも心も体も自由でありたいからです。
その時々、有名無名に係わらず、様々な方々から日々学ばせて
頂き、その全ての方々全てのものに感謝しています。
「無知は罪なり」というソクラテスの教えもありますが、
様々な話も、根拠のない他力本願に導く「夢想」ではないか?
地に足の着いた、自分の現実に良き影響を及ばす様な「希望」なのか?
を考え、無知に陥らないよう、これからも自ら真実真理を知る努力
をして行きたいと思います。
ご意見ありがとうございました。
多くの教会長さん達に言いたい。もっと、もっと教理の勉強をしてください。なんでも、かんでも本部の言いなりになっていてはお先真っ暗ですよ。
5000件余りの投稿の1%にも満たない教団本部ヨイショ投稿を除く、99%以上の投稿が全て嘘だと断定されるのであれば、最早救いはありません。
大教会を含む会長さん方が声を上げて、教団本部に対して、全ての史料の開示を求める時期が来ているのではないでしょうか。
そうでなければ、これから入信される方々が哀れではないですか。こんなはずじゃなかったと思われる日が早番訪れるのは間違いないでしょう。
>これから入信される方々が哀れではないですか。こんなはずじゃなかったと思われる日が早番訪れるのは間違いないでしょう。
その心配には及びません。どうぞご安心を。だって新規に入信なんてありえないでしょ?こんな衰退期のカルトに。沈みゆくタイタニックに乗るバカはいませんからねw。
今、アルコール9%の飲料を飲んで投稿しているのでおかしな投稿になったらすいません。
えーっとですね、結局この組織は双方向のコミュニケーションが無いんですよね。全く、ほんと全く・・・
双方向これが一切無い。
「てめえら下々のモノは一方的に上の言うことを聞いていれば良い。
意見するなどもってのほか・・・」
まさにこれでしょう。
意見したら怒られるもんね・・・
結局下々のものはつまらないもの、黙って言うことを聞いていれば良い。
なので、意見交換とかそう言うのはほんと無いでしょ。
この組織、教団がもっと良くなって欲しいなど前向きな意見で有っても一切受け付けない、てか、そう言う環境が無い。この事にずいぶん昔、子供の頃からでも違和感を覚えていたものです。
一般企業でも営業さんがお客さんのところに行っていろんな事を言われたり苦情も含めて、様々な意見や要望を聞いてそれを持ち帰って話し合いをして次にどうして行くか?を考える、その繰り返しだと思います。
なので、そのフィードバックをほぼ遮断しているこの教団が滅んで行くのは当然と思われます。
また会議など意見交換をすれば全て解決するのか?と言われれば100%解決するか?しないでしょ・・・でもしないよりした方がいいのはわかりきった事でしょう。
おそらく本部員会議というものもあるとは聞きますが自由に発言できるような空気じゃ無いんでしょうね。
閉塞空間。伏魔殿。
弱小大教会の末端教会の一人として大教会の祭典のあとの会議がある事は知っていますが(教会長じゃ無いので参加した事は無い)とんでもない面白みも何も無い暗い重苦しく且つダラダラとした時間だけが長い会議のようです。
とても耐えられない、耐えるとアホになると言う・・・
ようぼく名簿調査なるものの一覧表が大教会から降りてきた。信者数は5本の指にも足らない零細教会なのに、何とも40人以上の氏名が連ねられている。初代時代の信者さんの子、孫、ひ孫あたりでその昔にようぼくになった人達です。時が流れ、全く音沙汰無し、こちらも会ったこともない人達、別宗派に行った人や、行方不明者もきちんと名前が載ってます。前回調査で行方不明と通知しているのに、出直すまでは延々名前が消えることは無さそうです。出直しのチェックのみがこの調査のスタンスで、棄教者の手入れと言うのは前提としてありません。体裁を重んじるこの教団は空気をいっぱい注入した大きな風船の様で、ところが中身は空気。実態が有りません。ある時何かの要因で衝撃をうけた時、パン!と割れて萎んだ風船がその本当の実態を表わす・・
哀れですね。
天理教の公的信者数はこうした天理教と全くの関わりを持たずに20年以上も一般社会で無信仰の生活している人達、行方不明者までも出直しの情報が把握されるまでようぼく扱いになるようです。
この名簿調査を見ていると実際の信者数は8分の1、実際は多く見積もっても10万人も居るのかな?と思ってしまいます。80万人は絶対にあり得ません。
昨日知人が出直したという訃報をうけました。ある教会の後継者でした!
まだ40代かと思います。人間の一生はだれにもちょっと先はわからないものだなと思います。
皆様、決して後悔のない人生をお願いします。これからの教会には何も希望がありませんので現存の信者さんがお参りにこられる間は教会を維持しなければと思いますが、その先は、、、という感じです。
現在の80代のかたが貰われている年金の半分ほどの年金しか私たちの代は受給できません。
その中でも幸せを感じて生きていけるように自分の思うことをやろうと思います。
昨日同時にある方(憩いの家で長年事情部に勤務されていた)から現教会の体制(会長やお供えに対する)への檄文をいただきました。
現会長の交代要求や他の部内教会の会長交代要求や事情があった教会の解体、売却費用の使い道に対する反対など大教会長にも同様の檄文を送ったという内容でした。
単独布教からのたたきあげの前会長でしたのでなるほどという部分もあるのですが何をいまさらという部分もありました。
あいづたてあいで2つのことが重なったため余計自分の思うように生きるべきの思いが強くなりました。
皆様、くれぐれもわけのわからない弾圧にまけないで、信ずる道をお進みください!
>大教会を含む会長さん方が声を上げて、教団本部に対して、全ての史料の開示を求める時期が来ているのではないでしょうか
本部が組織を挙げて改革を行う事は絶対に有り得ないと思います。
天理教は、中山家を筆頭に本部在籍者や要会員、直属教会部内の有力教会の殆どが姻戚関係で繋がっている異常な組織です。
彼らは何代にも渡って自ら働きもせず、他人の金で飯を食って来た人達です。
この血で繋がった巨大な組織を、内部から改革するなど夢のまた夢です。
異常な組織と感じた人は、逃げ出すしか方法はありません。
逃げ切れない人は、精神を病んだり自殺に追い込まれてしまうのです。
直属教会長の多くは、天理教の衰退を感じている筈です。
しかし、多数派同調バイアスが掛かりごく少数の本部員の言う事に、「ハイ」の言葉しか出てこないのです。
そして、最後は神様が良いようにしてくれる。
これで話は終わってしまうのです。
気が付いた人から逃げ出すしか方法は無いでしょう。
10月に天理で聞いた話です。
大祭の神殿講話をした宮森表統領の息子さんは、本部勤めを始めて半年程で逃亡したそうです。
彼女と共に関東方面に逃げ出したそうです。
末端から始まった崩壊は、遂に本部員や直属家族にも及んで来ているようですね。
青年会の動画のパロディー版が流れると即座に削除された事は、本部在籍者や道友社の関係者は毎日この掲示板を見ている証拠です。
彼らも同調バイアスがかかり、不味いと分かっていながら何も出来ないのです。
山澤為造が始めたこの詐欺宗教が、余りに大きくなりすぎてしまい、縮小しようにもその手立てを立てられない状況に追い込まれているようです。
パソコンで「天理教ライブカメラ」を検索すると真南棟からカメラが捉えた礼拝場の様子を見る事ができます。
「これまでの記録を見る」をクリックすると2日前からの画像が流れます。
土曜日、日曜日の参拝者はパラパラ、平日に至ってはものの見事にスッカラカンです。
しかも、黒門を撤去してしまったので、ガラガラの南礼拝場が丸見えです。
本部の実情に詳しい信者さんが次の様な事を言ってました。
「本部は、『止め筆の黒門の前に死体の山を築く』を気にしてるらしい。
黒門を取ってしまえば、門は無いのだから止め筆の預言は成就しない。
こんな感覚で門を撤去したらしい」
まあ、噂話かも知れないが黒門を撤去した為 ガラガラの本部が丸見えとは皮肉な事です。
現実の日本社会から乖離した天理教社会を認識できない集団が、本部を頂点とする天理教親戚集団なのです。
本当に「井の中の蛙」です。
みんな 外の世界を見るのが怖くて 日本社会の現実に背を向け 木で作られた六角形の台にひれ伏しているのです。
現代の若者の殆どがスマホを見ています。
天理教に興味を持った未信者が、天理教を検索すれば即座に天理教の実態を知る事ができます。
だから未信者が天理教に近づく可能性は、ほぼ無くなりました。
100年祭のスローガン「白紙に戻って一から始める」は現在進行中です。
限りなく『無』に近いづいています。
退職信者 様
2018年12月12日 2:54 PM
>現実の日本社会から乖離した天理教社会を認識できない集団が、本部を頂点とする天理教親戚集団なのです。
本当に「井の中の蛙」です。
みんな 外の世界を見るのが怖くて 日本社会の現実に背を向け 木で作られた六角形の台にひれ伏しているのです。<
江戸時代の鎖国状態を彷彿とさせますね。本部を頂点とする天理教親戚集団やその他天理貴族の皆さん方は、世間で仕事をすることもなく、天理教教会本部という温室の中でぬくぬくとお育ちあそばされたので、外気の厳しさがわからなくて当然でしょう。日本社会、ひいては世界の現実に背を向けているというよりも、理解できないのではないでしょうか? しかし、こうした状況は長くは続かないはずです。近い将来、幕末の人々が浦賀沖に突然現れた黒船を見た時のように、頭のてっぺんから氷水を浴びせられるようなことが起きるような気がします。
年々信者減少で毎年頭から氷水をぶっかけられています。でも誰もアクトなんか起こしません。王家も貴族たちもあれですしね。このまま衰退期のカルトとして滅びるなら華麗に滅びてくれといいたいです。
大教会長も必死の様ですね。でも衰退の根本問題に気がついてないから空回りしている様に見える。教団の本質的間違いに気がつかず、本部よりの熱弁を必死で振るう様子が痛ましい。もう覚悟しましょうと言いたい。衰退は止められないんです。
封建的上下組織。平成も終わり、新しい時代が来ようとしているのに旧態然と古臭い縦組織。誰が理解し、納得し、ついてくるか。これが諸悪の根源なのにそれに気がつかないのか、分かっていても言えないのか。
「まずは組織を一列ろくじ、平らな組織にしましょうよ、」なんて大教会のあの立場では言えないのでしょうね。自分達もたちまち食い扶持が無くなるし。
本部からはハッパをかけられ、お供えの年間ノルマを課せられ、なんかもう振り回されてお気の毒です。
我々端々の教会はもう他人事の様に冷めきっていますので、お供え金なんか出来るはずもなく、するつもりもなく、今後は教会が成り立たない事を覚悟して将来に向けて生き抜く方策を考えてます。本部も真の柱が倒れたまま空回り。大教会ももう衰退に付き合うしかないんです。バタバタしても無駄なんです。
4代目末端 2018年12月12日 12:10 AM 様
>この組織、教団がもっと良くなって欲しいなど前向きな意見で有っても一切受け付けない、てか、そう言う環境が無い。
上は、下からの意見は一切受け付けないでしょうね。聴く耳も持たないでしょう。
自分らは徳があるから、と下々を見下し、ピラミッドの頂点に居座り、お供えを集め、自由に使い、あるいは自分達の懐へ入れる。
そうやって甘い汁を吸って肥え太って来たのが今の教団です。下の意見を聴いて改革などした日にゃ、自分達のしてきたことが、教組の教えとは真逆であったことを認めることになる。
下が何を言おうと知らぬ存ぜぬで、今までの体制を維持するしか、自分達の立場及び、生きて行く術はない。
下がお供えを出さず、あるいは極力控えて、上を兵糧攻めにするか、あるいは、理の親だと称して搾取し続ける大・上級教会などに義理をたてる必要もなし、退職信者様の仰るように、逃げ出すこと(離脱)が最良の方法でしょう。
ツイッター アカウント作っていないからこちらで失礼します。
>丸裸になることが、立派な教会長であり、立派な布教師だと偉い先生は言っていました。
集団洗脳で、私も、そう信じていました。
うちの母(一般家庭です。曽祖母から信仰はしてましたが本人は全く信仰とは関係のない生活をしていました。)も父の身上をきっかけに近所の教会に通うようになりました。そして 偉い先生方の話を信じてしまい 子供に お供えする事 会社を休んで月次祭 参拝する事 強要し出しました。
兄弟の中には 月次祭休む事で 職場との関係が悪化し 転職する事になったものもいます。でも 洗脳されている人達からは 神様の真実の受け取りが少ないからそういう事になるのだと切り捨てです。
姉妹の中には 海外赴任の方と縁談がありましたが 、母をはじめ教会や信仰熱心な方達が 結婚するなら用木にと 口出ししてきて、その方から 海外では 宗教はデリケートなった問題だから仕事に差し障りが出るので強要しないで欲しいと言われて破断になりました。その子は今も独身です。これも 信仰が足りないせいだからだそうです。
で 、その教会や熱心な信者さんの子供達はどうかというと 親の甲斐性(?)で のんきに暮らし 働いて神様につなぐとか 家にお金を入れるということもさしていなかったです。その事を さりげなくおたずねすると 教会も 信者も 自分の子供は苦労してきているから そういう事はしなくていいそうです。
こういう教会は 丸裸にまでなって 伏せこむのに ふさわしいのでしょうか?
子供が受験にさしかかり 天理大をみると FランクかBFとなっていました。あの教会の方々にたずねれば お道と世間は違う。偏差値で人間をはかる世の中が間違っていると言って 自分至上主義をつらぬいていくのでしょうか?
あの時の母とそれに関係した方々 過去のものにして 新たな人生歩んでるいきたいです。
教会に嫁ぎました。何も知らず普通の家庭からです。旦那や旦那の兄弟は教会で養ってもらってきたようですが、私が世間からきたので私達(私?)の子供達はどうも様子が違っていました。半分以上は 実家から助けてもらっていました。旦那は 子供の小さい頃 教会の御用だといって 出かけては飲んで帰ってくる事多かったように思います。教会の御用というものは子供を育てる上での収入源ではありませんでした。飲んで帰ってくる事 子供にかかるお金の話になると 「もっと信仰心のある人と結婚して理解してもらいたかった。」と言ってました。それからアホらしくて 喧嘩していません。頼りにもしませんでした。子供も独立した時 決心しました。
自分達が飲んで騒ぐだけの事に ひのきしんだと付き合わせ 大切な人生の時間を奪ってきたこの宗教に 不満 不信感を持っていたので ここを見つけて思わずコメントさせてもらいました。人の親切心につけ込んで ここまで害をなすとは、、、 庇を貸して母屋を取られるというのは 変わってないのだと平成の時代にも実感するなんて
私みたいなバカはいないから 私のように何も知らず教会に嫁に行く人はもういないだろうと思いますが 、いい教会もあるかもしれませんが 、こういうこともあります。参考までに
子育て支援してくれた実家の親は当然 老後の資金はありません。母は70半ば過ぎた今も働いています。教会の親には親孝行を強要され 実家の親には親不幸するために 結婚したような気がします。
よそには 教理のきれいな事 いい事を言いますが 、内実は(うちの場合)このような事でした。
12月13日の匿名様
本当に無駄に時間を過ごしたと言ったらお気の毒ですが、うちの上級が全く同じ状況なので、その奥さんが投稿したのかと思いました。そこは子供さんがまだ小学生、幼稚園児なのでまた違う教会なのですね。
一般から恋愛で嫁ぎ、実家から仕送りを受けて生活しておられます。旦那はそれが男として恥ずかしい自覚は有りません。それを受けるのは自分がやっている人助けへの援助だと、当たり前の感覚なんですね。いい男が道一条だと拍子木持って歩き回り、子供の同級生を集めてお楽しみ会。将来の用木作りの種まき、と言えば聞こえは良いですが、老親の仕送りの上に成り立っている事です。おっしゃる通り、実親に親不孝して親孝行せよ、とは天理教の思考回路はショートしてます。単なる上層部の欲なんです。私の両親もその昔、上級の命令で実親に借金に行ってました。両親は共働きだったので上級へはしっかり上納していたのに、欲にまみれた上級は取れるところから取る、と言う人達でした。子供にとって自尊心が傷つき、情けなかったです。
匿名様。本当に理不尽極まりない極悪非道の組織ですわ。うちも同じ道を歩かされました。自分で歩くんじゃ無いんです。歩かされるんです。自分の人生じゃ無いんです。人に有無を言わず歩かされるんです。人の命を平気で、罪悪感なしに無駄にするんです。人を踏みにじった自覚が無いんです。
心を平静に持ち、ノーを言える人間になりましょう。
これからの将来の長い子供達を馬鹿に仕立てる組織から死守しましょう。埋もれた悲惨な実態をを世間に知らしめるのは、親神様も望む所です。
久しぶりに教会の信者さんに会いました。その信者さん曰く、最近、お供えを持ってゆくと教会の方が「お預かりします」というんだそうです。
だったら、預かってどうするんだろう。上級に持ってゆくだけか。預かったのであれば、利子を付けて返すべきだろう。次々と陳腐な言葉を生み出す天理教。よくもまあ次々と騙す言葉を考え出すものだ。
親神がお金を預かるのか。預かってどうするのだ。
権力に対する強欲が中山家と取り巻きが強すぎますね。中山家とその周辺が本当に信仰者であるという証明に現在の教団を捨てて違う教団を作ればいいのではないでしょう。中山家が真柱になる必要性はまったく持ってございません。今回の真柱も頭の身上の時点でお里が知れてます。本部自ら公式で出版している身上さとし に 頭の身上は 高慢 とはっきり書いてます。 自業自得で不徳の致す中山家とその取り巻き
神の立腹以外にございません。
確かに「頭の身上は 高慢 」ですが、指導者の身上の場合、信者全員の問題にすり替わってしまうんですね。
確かに「頭の身上は 高慢 」ですが、指導者の身上の場合、信者全員の問題にすり替わってしまうんですね。
中田善亮 表頭領「教団は衰退しているのでみんなで頑張ろう」といい続けてるのですね。私はみんなで?今まで頑張って来たのにまだ頑張れと?と疑問に思っていました。近年起きた事情の原因は本部と教理の改ざんをし続けてきた中山家とその周辺に原因があるので自分たちだけで頑張ればいいと思います。自身の失態は自身で始末するべきです。
「頭の身上は高慢」という典型的な天理教的「身上さとし」ですが、何らかの科学的根拠があるのでしょうか?
無いはずです。私の知人で大変、腰の低い謙虚な方がおられますが、気の毒に脳梗塞を発症され、半身不随の後遺症と言語障害に苦しんでおられます。しかし精一杯頑張って生きておられます。日々リハビリにもめげることなく熱心に取り組んでおられます。病気の原因を十把一絡げにして、「あなたの身上の原因は〇〇だから」という安易な「天理教的身上さとし方程式」をその身上を病む人万人にあてはめるのは、極めて非科学的であり、病む人の心を深く傷つけかねません。私が大嫌いな天理教の側面の一つです。
4代目末端 様(12月12日 12:10 AM投稿分)
「結局この組織は双方向のコミュニケーションが無いんですよね。全く、ほんと全く・・・」
「会議など意見交換をすれば全て解決するのか?と言われれば100%解決するか?しないでしょ・・・でもしないよりした方がいいのはわかりきった事でしょう。
おそらく本部員会議というものもあるとは聞きますが自由に発言できるような空気じゃ無いんでしょうね。」
上記のご指摘、共感する人は大勢いるでしょう。
全くおかしな組織です。←こう感じているのは一般人だけで、本部中枢と周辺の人々には「あたりまえ」なのですから、むなしくなります。
そこで、むなしく感じるだけでは生きてきた甲斐が無いので、私(一般信者=教人)本年からは各種できる事を実行してきました。
簡単な事ですが誰でもできるのでお勧めです。本部へ電話で意見を言うのです。
「一人一〇」〇の中には危険な言葉が入るのでここには書けませんが、昔の方々にはピンとくる言葉です。
要するに一人の動きで隣の人に働きかけることができるよ、という意味です。(平和な表現を借りれば。)
電話口に出た人がバリ天の人であっても遠慮はいりません。
大亮夫妻の結婚後の花火大会、百田さんの講演会と、黙っていることは罪だとさえ言える行事を、見て見ぬふりはできませんでした。
自分の考えを電話で述べました。
生意気な信者からの電話だとばかりに悔し紛れに切った男もいました。
意見交換という概念を持っていないからなのでしょう、話し合うというレベルの教養すら持てない人たち。
これが実態です。
さて、来年も上記のような狭量な天理教人に向けて教育するための「愛の電話」をかけましょう。
私が出直すまで続けるつもりです。
匿名 様
2018年12月14日 4:53 PM
>簡単な事ですが誰でもできるのでお勧めです。本部へ電話で意見を言うのです。
「一人一〇」〇の中には危険な言葉が入るのでここには書けませんが、昔の方々にはピンとくる言葉です。
要するに一人の動きで隣の人に働きかけることができるよ、という意味です。(平和な表現を借りれば。)<
一体、教会本部のどちらへ電話をしたらいのでしょうか? 教会本部に電話をすれば、先ずオペレーター(交換手)につながりますが、教会本部の何課につないでもらえばよいのでしょうか? 私は、今まで渉外課に電話して疑問に思うことを問いただした経験が幾度かあるのですが、教会本部上層部の指示どおりとおぼしき回答が返ってくるばかりで、納得できるような回答は何一つ返ってきませんでした。電話しても全くらちがあかないので、今度は電話ではなく返信用封筒をを同封し、教会本部の誰が受け取られたか分かるような方法で郵送し、書面での回答を求めようと考えているのですが、具体的な宛先等をご存知であればお教え願います。
もう何十年前になるんだろう?ご存知の方はたくさんおられる事と思いますが『よのもと会』と言うのが有ったんですよね。
いわば信徒団体ですよね。
まあ、その存在を知った頃は私はまだ青臭いガキでしたが、「そんなものも有ってもいいんじゃないか!」と思った記憶が有ります。
しかし、知らぬ間に忽然?と消えましたね。笑
教団的にはそんな信徒たちが結束されては困るとの意向があったんでは無いかと推測できます。
結束されて提言などされては本部の威信?が落ちるとかなんとか・・・
とにかく無くなりました。どう言う経緯で無くなったのかは全然知らないのですが・・・
まあ、公明党の支持母体である創価学会も元は日蓮正宗の信徒団体で教団と対立し信徒団体が独立したような形になって現在おかしな事をして日本の国政に悪影響を及ばしていると思われますが・・・
中国などの共産圏などでも権力に対して脅威となるような結社や集団を恐れ弾圧迫害を加えますよね。それに似たようなものを感じますが・・・
・・・一せん二せんでたすけゆく。このような心はどこ吹く風の現行天理教。
謳って踊るだけじゃぁ能がない。
一振り二振りって意味ですか?
「さづけ」は助けの道の路銀。一銭二銭なのか。それとも、一洗二洗なのか。
僅かのお供えで助けに励めか。一にも二にも心を洗って助けに励めなのか。どっちにしても、今の本部の有り様とは距離感のあり過ぎるみかぐらうたです。本部は何もわかっていないんです。
みかぐら歌九下り
一、ひろいせかいをうちまわり 一せん二せんでたすけゆく
二、ふじゆうなきよにしてやらう かみのこころにもたれつけ
本部は神の心にもたれず、お金にもたれているのです。
もはや、こんな馬鹿げた宗教とも呼べないような団体にいつまでも関わっていても、時間を浪費するばかりでなく、金銭や財産までも詐取され、あげくのはて命まで落としかねないので、今すぐ去れる立場にある人は即刻、退散したほうが賢明だと思います。またこの団体に加入を希望をされている方は、一切関わらない方が賢明だと思います。
天理教専従者の給与 お与え 2、3万円の話がありました。一人暮らしで給料から家賃 光熱費食費等 払っていたら 2、3万も自由に使えるお金はないかもしれない。でも 裕福でない教会なら 若い大事な時に 働いて自立の訓練をしていかなくてどうするのだろう。裕福な教会子弟なら 青年勤めが終わって 自教会に戻っても なんとか暮らしていけるでしょう。
30 40 にもなって 専従で 2、3万のお与えの方と 結婚したいと思う女性はいるのでしょうか? 独身で 暮らしていくには 困らない生活なだけで、、、、否 普通に結婚とか将来を考えれる人は見切りをつけて 出て行くから、こちらが心配することでもないことでしたね。
不勉強な者で失礼します。教祖は金儲けとは対局の人で、無償で助けに出た筈ですが、一銭二銭 が当時のどれくらいの価値なのか判りませんが、一銭、二銭のお金を受け取っていたのでしょうか?
ずっとこのみかぐら歌に疑問を持っていました。
「いっせんにせんでたすけゆく」 の「いっせんにせん」は、「一千二千」 という意味らしいです。
神は、千も二千もの方法(ありとあらゆる方策)を用いて 人を助ける・・つまり、一度助けそこなっても、次に、二の手三の手、・・千の手、二千の手を用意しておられるということだそうです。
先日ある中部地方の仕事場に行った時の話です。
近くに天理教の大教会があったので、仕事終わりに訪ねてみたんです。
あと10分ほどで夕づとめが始まる時間だったんですね。「夕づとめ○○時」という看板が掲げてあったので。
すると痩せ細った男性が現れて「お参りですか?どうぞ。」と促されたのですが、「いえ、ちょっと興味があっただけなので。ありがとうございます。」と引き返しました。
外でおつとめが始まるのを待っていたのですが、時間になっても拍子木や太鼓の音が全く聞こえてこなかったんです。
大教会でもおつとめをしない、なんて事があるんだろうか、とても疑問に思いました。
言ってみれば、「千」 は 「千手観音」の「千」 ということになるようですが、神は何度も何度も救いの手をさし伸べて下さるのですね。その救いの手をつかみ損(そこ)ねて、救われることに失敗して、「あ、失敗してもた。おかん、堪忍やで」 と、おやさまにお詫びを言いたくなることがあると思いますが、大丈夫。おやさまは、次の手を用意していてくださいます。そうして、失敗して失敗して、助かり損ねていても、まあ、538回目とか1627回目とかに助かっても、いいではありませんか。(なるべく早く助かっていただきたいとは思いますが・・ま、神さまは気の長い方です。いや、ほんま。)
ぶたまん様
ありがとうございました。このお歌に長い間マイナスイメージしていました。やっぱりお金か?と。1000回でも2000回でも救いの次の手を用意して下さっているとは
何と温かな御心でしょうか。
もう一つ、千に関するお歌ですが、
「無理な願いはしてくれな、受け取る筋も千筋や。」これは願いは色々あろうが、受け取れない願いはどんなに願っても受け取れないでと言う事で良いでしょうか・・
千筋って何でしょう・・
崩壊様
返信が遅くなりすみません。
以前、入手した手帳に直通電話番号が掲載されていました。
直近の青年会に電話した時点では(百田講演会)有効な番号でした。
広く私のような一般信者にも配布されている手帳ですから、ここで公表しても差し支えないと判断します。
何しろ「問い合わせ」は関心が有る証拠ですからね、拒まれる理由は考えられません。
明るい声で電話をかけることは、関心を示す行動なのです。
天理局番(0743)
教義及び史料集成部史料掛・・・63-1693
表統領室調査情報課・・・・・・63-1256
教務部宗教法人課・・・・・・・63-2157
かなめ会・・・・・・・・・・・63-4808
婦人会・・・・・・・・・・・・63-3096
青年会・・・・・・・・・・・・63-4748
天理教教会本部大代表・・・・・63-1511
*部署によっては手帳に内線番号のみ記載のところもあり、その場合は代表に部署名を告げて繋いでもらいます。
匿名様
ご返事をありがとうございました。千筋のことですが、私は一知半解の知識しかない上、信仰も浅いので、匿名様にもの申すことは釈迦に説法というところなのですが、あえて思うところを述べさせていただきますと、千筋とは、「一筋」 の」 反対語だとしか申し上げれません。では、一筋とは何かと問われれば、それは 「誠の心」 としかお答えできません。変わらぬが誠とか言われますが、神一筋のぶれない心というか、己(おのれ)を超越した利己心のない心、そのような心が 「一筋心」ではないかと思います。
神さまは、「一筋心になりてこい」 とか 「一筋に神にもたれる」 とか言われていますが、人は、私心のない一筋心を通してのみ、神さまに受け取ってもらえるのではないかと思います。反面、我欲にまみれた心の人は、無理な願いをするものなのでしょう。そのような願い事は、自分の利己心を満たすだけのものでしかないでしょう。ですから、神さまが、その人にどのようなことを言われても、その人に神の思いは伝わらず、千筋に受け止められるのではないかと思います。私は、そういう風に解釈しておりました。答えになっているかどうか解りませんが、どうか判じてお読みくださいますよう・・
>痩せ細った男性が現れて
>外でおつとめが始まるのを待っていたのですが、時間になっても拍子木や太鼓の音が全く聞こえてこなかったんです
衰退期のカルトですからねえw。大教会でこれなら他は推して知るべし。
ぶたまん様
そうですね。その通りですね。ありがとうございました。お歌の判読は難しい部分が多いですね。
私は勝手な理解ですが、神の受け取りはそれぞれに真心さえあるならば、個々人どんな形であれ受け取るよ、千筋だよと。それが 利他の心で行われる行為であれば、秘かにする早朝の地域のトイレ掃除良し、子供達の通学路での見守り行為良し、独居のお年寄りの見守りも・・地域のゴミ拾い良し、みたいな。
現本部はお金が最上級のお供えであると言う様な本音が強く伝わってくるのですが、教祖は利他の誠を持ってする行為ならどんな行為でも全て千筋に受け取るで・・みたいな。
要は誠真実の心、一筋心ですね。色々ご教示頂きありがとうございました。
最近の大教会は人手不足ですから、老人ばかりです。予定時間より随分と遅れてお勤めをしたのでは?大教会がお勤めをしないのはちょっと考えられないのですが。
もっとも当方の所属大教会は大教会長以外に家族が誰一人出て来ませんから今の時代はそう言うこともあるのでしょうか?
一般教会ですと、一人暮らしの教会長なら風邪をひいて寝ている間は4、5日はお勤め出来ません。超高齢独り暮らし会長も今では多勢いますが、これから厳冬期に入り、零度以下の教会に早朝から出れば脳梗塞、心筋梗塞で一発で出直しです。出来ないのは仕方がないし、むしろそんな無理なお勤めをしてはいけないと思います。しかし大教会がしていないとなると、末期ですね。
いほり様
中部地方の大教会に行ったとありますが
もしや◯岡大教会ではないですか?痩せ細った男性がいたとの事ですが。
本部へ問い合わせをしたいと思うことがあるが、数年前電話でお助け相談した時、
所属名、上級名、大教会名、また教会内での立場、年齢までも聞かれた様な記憶があります。詮索されている様で とても嫌な気持ちになりました。
匿名で電話してもこちらの個人情報を電話番号でつかまれてしまうなら、面倒です。携帯電話番号なども上級に伝えていますので。教会の固定電話番号は本部は把握しています。本部の電話交換機にこちらの番号が表示されるのでしょうか。
恐ろしくて、二の足を踏みます。
匿名 様
2018年12月18日 5:02 PM
>本部へ問い合わせをしたいと思うことがあるが、数年前電話でお助け相談した時、
所属名、上級名、大教会名、また教会内での立場、年齢までも聞かれた様な記憶があります。詮索されている様で とても嫌な気持ちになりました。
匿名で電話してもこちらの個人情報を電話番号でつかまれてしまうなら、面倒です。携帯電話番号なども上級に伝えていますので。教会の固定電話番号は本部は把握しています。本部の電話交換機にこちらの番号が表示されるのでしょうか。
恐ろしくて、二の足を踏みます。<
お気持ちはよく分かります。私が初めて教会本部へ問い合わせの電話をした時も、同様のことを聞かれましたが、私は自分の実名(姓のみ)を名乗り、その他の情報については個人情報であり、質問するにあたって返答する必要はないという理由で返答しませんでした。教会本部には、その当時の私の携帯電話の番号が記録として残っているかもしれませんが、私は意に介していません。ただ単に質問しているだけで違法なことなど何一つしていないのですから、教会本部を恐ろしく思われることはないかと思います。また、教会本部は問われたことに対して嘘偽りなく誠実に答えるべきだと思います。
匿名 様
2018年12月18日 5:02 PM
>匿名で電話してもこちらの個人情報を電話番号でつかまれてしまうなら、面倒です。携帯電話番号なども上級に伝えていますので。教会の固定電話番号は本部は把握しています。本部の電話交換機にこちらの番号が表示されるのでしょうか。
恐ろしくて、二の足を踏みます。<
何度も、同じ事を繰り返しますが教会本部など恐れずに足りずです。教会本部の方こそ、一信者から質問や批判の電話がかかる度に、ビクビクして怖じ気づいていると思います。信者から正論を言われれば、教会本部側としても正論で返すべきですが、返ってくる返答は正論どころか、通り一辺倒のマニュアル化された当たり障りのない説得力のない返答ばかりで、とても納得できる内容ではなかったので、私も電話するのが馬鹿馬鹿しくなり止めました。教会本部を恐れるという心理は、とりもなおさず、教会本部の術中にはまることになります。正々堂々と「物申すべきことは物申す」という毅然とした態度で、電話に限らず、自分が正しいと思うことを主張されたらよいと思います。
崩壊様
>正々堂々と「物申すべきことは物申す」という毅然とした態度で、電話に限らず、自分が正しいと思うことを主張されたらよいと思います。<
常日頃から、その姿勢を心掛けています。全国的に信者も減り、今は上級も部内も無いほどに上級も経済状況が悪化しています。下が苦しい!と言えば上も手に取る様に分かるので自分も苦しんでるから無茶な反論もしてこない。それ程教会の経済状況は上も下も無く悪化しています。
なので、この世界も段々怖いもの無しに成りつつあります。上は下から突き上げられても、自分の蝿を追うのに精一杯です。内の上級は代替わりし、今の会長夫婦は余程の悪党では無いので最近は助かっています。一緒に沈むk船に仲良く乗ってる感じです。
良い時代に成った、としみじみ思います。当たり前の筋道は通さなければやってられません。
親なる神は人間の全ての心と、勿論願いをも聞いて受け取っているが、それをどう返すかは、神が天の理に則って千差万別に返っているよ。 これからもこれまでも。だよね。
匿名 様
2018年12月18日 10:48 PM
>親なる神は人間の全ての心と、勿論願いをも聞いて受け取っているが、それをどう返すかは、神が天の理に則って千差万別に返っているよ。 これからもこれまでも。だよね。<
バリ天の方のおっしゃることは、極めて漠然としていて意味不明ですね。詐欺の手口として使うのには便利なのかもしれませんが、もう少し具体的な表現なり説明でないと理解しかねます。
タイタニックとそっくりですね。とっくの昔に氷山に衝突して水がどんどん入っているのに、「この船は大丈夫です」なる建前だけが語られ、特権階級は毎晩美しい衣装に身を包んで豪華なディナー。
匿名様
>利他の誠を持ってする行為ならどんな行為でも・・・
要は誠真実の心、一筋心ですね。
ご意見に賛同いたします。元の理に、親神さまが、「うを」と「み」を夫婦のひな型にしようとされた時、「その一すじ心なるを見澄ました上・・」 とあります。 一筋心が大切だと思わせていただきます。「世のため人のため」というか、そういう利他的な行為を神さまは喜ばれるようです。こちらこそ、ありがとうございました。
匿名さま
>中部地方の大教会に行ったとありますが、もしや◯岡大教会ではないですか?痩せ細った男性がいたとの事ですが。
ご想像にお任せします。。。
>予定時間より随分と遅れてお勤めをしたのでは?大教会がお勤めをしないのはちょっと考えられないのですが。
定刻を30分以上過ぎても、何の気配も感じられなかったんですよ。敷地内の住宅は明かりがついていたので、その男性以外に人がいないことはないと思ったんですが。
もしかして自分達の都合でおつとめの時間をコロコロ変えているのかしら?だとすると訪れる信者には良い迷惑ですよね。
もっとも、時間前に入っていく信者らしき人は一人も見かけませんでしたが。
しかしまあ、本部員・大教会長の愚行をさらされるのが屁でもないのに、黒門の迷信は信じるんですね。
へんな人たち。
今は朝勤め、夕勤めに誰一人信者が来ない教会が多いです。いつ勤めようと来る人が居ないから教会の都合に合わせる。それで困る人は一人も居ないから。時間がいつであれ勤めた事実で会長は責任を果たした事になるのでしょう。
しかし巨大な神殿が真っ暗なのですか?お灯明もつかない?青年さんも一人も居ない??お勤めもしない?どうなっているのでしょう?あり得ない現実です。本当でしょうか??びっくりしました。激しく衰退してますから本当なんでしょうね。
天理教は140年祭の頃にはどんなになっているのでしょう。
いほり様
想像に任せてもらいます。痩せ細った男性は、青年として勤めていまでは壮年となり10数年あそこで生活しています。飼い殺しと言うのか奴隷的従属と言うのか物扱いです。朝は献饌、掃除、朝勤の芯を務め(会長家族は出て来ない)、撤饌、電話番、接客対応、その他雑用を祭典日以外はほぼ一人でやっているのではないか?いつまでいるのかわからないが
、早く抜けだせば良いのだが。国民年金保険料も払ってないのかもしれない。タダ働きかもしれない。まさか一生いるのか・・・
飼殺しになった高齢独身者ね。全国的にこんな人多そう。
>>飼殺しになった高齢独身者ね。全国的にこんな人多そう。
そんな『飼殺しになった高齢独身者=末端の教会長』は沢山いるよ。
末端教会が貧に落ちきる
(天理教本部は自分達は棚上げして 貧に落ちきること を末端や信者に教義化し奨励)
↓
末端教会後継者はまともな学校行けない(行かない)
↓
まともな職に就けない(就かない)→なんせ たすけ一条 だからね
↓
結婚できない(人が多い なにせ女性はが貧乏教会嫌がって嫁に来たがらない)
↓
当然子どもも持てない
↓
跡継ぎができない
↓
孤独死
↓
無担任教会のできあがり
↓
当然信者は増えない
↓
当然天理教団全体が衰退(厳然たる事実)
↓
崩壊(現在進行中)
↓
滅亡(20年~30年後)
でも「偽教理歪曲教理」が消滅するのなら」、これでいいのかもねかもね100%そうかもネ
商売で、売る商品が腐っていたら売るに売れない。
せっかく商品を売ろうと思っても、ホローもメンテナンスもいい加減だったら、
お客さんの事を思って、売るのを躊躇して当たり前。
天理教本部の腐った体質を何とかしなければ、一歩も前に進まない。
腐った本部を売り出す訳にはいかない。
それでも、天理教は「道と世間は裏腹」と本部自身を正当化する。
全く大亮さんの取り巻き連中はボケばかり?
実名は上げられないが昔からの東京の大教会の坊ちゃん会長たちは大亮さんに夢中(ウフッ~!)
不気味だ。
彼らが夢中になるのは個人の自由だが、大勢の信者・部下教会を率いる責任者としてはいかがなものか。
自らの目線が大亮さんに夢中になることと、信者を想う親心のどちらが責任者としての本来業務なのか。
信者に対する親心のカケラも無い会長の話は聞いているだけでドッと疲れる。
上に向けた目線を恥じらうことなく話す能天気さ。
もう、何度も感じてきたから今更なのだが、もう、ダメだね。欠陥人間なのかもしれないとさえ思えてしまう。
年明けから参拝する機会を減らしていこうかな・・・・。
別に教会にまつられている三殿が礼拝の対象物ではない天理教なのだから。
本来は教会は集う人々とのコミュニケーションの場であり、交流を通じてその人を知り、理解し、何らかの場合には助けあうこと、これこそが神ではない人間にできる助け合いだろう。
天理教の教会序列のような世界の中でしか自己を認識できない会長たちは、たとえ高学歴であっても、私から見れば「なにやってんのかい?」と一言でかたずけたくなる。
(高慢な奴と思われる事、覚悟で書きました。だって本当の事だからね。)
ローマ法皇が来日するらしいが、飛行機はエコノミークラスで来ると言う。普段の移動も電車とバスらしい。この謙虚さ。真に神に仕える者はこれが疑いもなく当たり前の姿なのだろう。
翻って、歪曲教理で現在沈没中のどこかの教団幹部は、二十代の若造がちょっとそこまで行くのに高級外車に臆面もなく乗って崇め奉られるがままを黙認している。恥ずかしい気持ちが湧いて来ない所が、本物の宗教家でない証拠。「いえ結構。自分は歩きます。」ただそれだけ言う実行力が無いのだ。黙認は自分を崇める周囲を否定していない証拠。良しとしているのだ。
こんな厚顔無恥の青年を真柱だ、崇め奉れ、と言われても・・・困ってしまう。
この気のいい勘違いボンボンがいつ目覚めて真に皆の尊敬を集め得る人間に成長するのか?
夫婦仲良く、世界一の陽気な夫婦を掲げるのも良いが、天理教が真に世界助けを謳うなら、ローマ法皇の様に、地球規模で日本国の広島、原爆、悲惨な歴史に目を止め、世界平和へのメッセージを世界中から固唾を飲んで待たれる様な、そんな崇高な精神構造で居て欲しい。
天理教は今正念場です。夫婦仲良く、は無理に宗教団体が叫ばなくても、もっと目を向けるべき方向が他にあるのでは?もっとシリアスな問題が世界中を覆っています。一信仰者として宗教団体なのに、お祭り騒ぎとお金集めばかりが目について虚しくもあり、恥ずかしくもあり、です。
ツイッター 使いこなせないので(挑戦してみましたが)この場をお借りします。以前 70の母の話を書いた時 共感してくださった 若い教会のお嫁さん。こんな古いしきたりに困らせられる最後の世代と自分を思っていたから 若いお嫁さんの状況にびっくりしています。
そして応援しています。(私が応援するまでもなく 私よりしっかりしている方と思いますが)
社会学板に書き込むとその後のネット閲覧の画面がフラッシュを点滅させるような状態になる。
誰がやってんのだ?
バリ天の小生意気な小僧だろうか?
恥を知りなさい!
そんな妨害をして黙らせようとするのは神様の心に背く行為だと思わないのか?
そんな事をする暇が有ったら社会に出て働き、人生を学びなさい。
教会本部を守ろうとしての行為だろうが、君たちは方向性が狂っている。
君たちは狂っている。
君たちは狂っている。
末端の教会長に結婚しなかった人多いですが信者にもいます。詳細は書けませんが、両親ともに熱心でたくさんお供えして、いつも貧乏こいていた家。変な宗教やってる貧乏家の娘を嫁にもらう男はいない。男に限らず女だって金がなければ嫁の貰い手はないです。(同じ天理教の信者の家だってそうなのに、ましてや宗教とは無関係の家ならまず貧乏家の娘とは結婚しません)
結婚はしたけども 離婚してしまったという事も多いです。
れんだいこ氏のブログより・・・
1918大正7「ナライト事件」
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_naraitozikenco.htm
1918(大正7).3月、ナライト様が身上お障りで「おさづけ」不能に陥る。度々本部員会議が開かれ、平癒のお願いもされが、お運びに出ていただけない状態が続く。この間、さづけの理を待ち望む者が多数となり、その上、別科(修養科の前身)の生徒の卒業を目前にしていたことにより、本部員会議の結果、大正7.7.11日に初代真柱夫人たまえがナライトの後を継ぐことになる。
この時の「おさづけの継承」こそ「おさしづ」時代の終焉を象徴する出来事であった。この変更は、それまでのように「おさしづ」に基づくものではなく、「本部員会議」によった。これにより天啓制が否定され、「本部員会議」の決定事項こそ「ぢばの声」となった。ここに中山家制天理教が完成したことになる。
本部に(神様ではなく)尽くしても尽くしても人並みの幸せが手にが入らない現実に、教会専従者の方々は、なんかおかしい?と疑問に思わないのでしょうか。世間の人の方が余程人間らしく幸せな生活を送っています。欲にまみれた人間に仕えているに過ぎないのだから幸せになる筈もありませんが。
どこかの大教会の男性も、大教会家族から者扱いされても、怒るエネルギーも無く、
それが幸せなのか不幸せなのかも思考力を奪われているのかも知れません。
そう言う姿は私の大教会でも目にします。世間に放り出されたらおそらく自立出来ない程に長く長く大教会につなぎとめられています。人権蹂躙ですね。気の毒です。
生涯独身の教会長も多いです。皆の貧乏教会です。
私の様な末端の信者であっても善亮さん大亮さん体制でこの2人に問題があると教会の会長さんの口から聞きました。「善亮さんが表さんになり大亮さんが後継者の発表があってからの天理教は酷い、甘露台倒壊そして真柱様が頭の身上これを一向に治せずご守護ももらえない善亮大亮親子彼らの伏せこみの足りなさだと教団内でも持ちきり勿論表では誰も言わないここだけの話」と聞かせてくれました。
私が所属している教会長さんも「これを言わずには天理教の面目た立たずとの判断」での発言なのでしょうと察しました。どんなに天理時報などでどれほど綺麗事を並べても、甘露台倒壊と真柱の身上は「誰が見てもこれが見えんか?」とのこれぞ神のお言葉だと気が付かないのでしょうか?これを認められない本部の存在価値は一切ございませんよね。
善亮さんは「みんなで頑張ろう!」と各地で言ってるようですが、まず自身の通り方を改められたほうがよろしいと神様がおっしゃってますよ。
それでは失礼します。
本部じばの声に一手一つで応え、ご恩報じの道に邁進しましょうなどと、本部最上主義の口だけたけた大教会夫人が叫んでいる。
天啓制を闇に葬り、本部員会議で全てが決定されるなら、これは神不在です。我々が精神を研ぎ澄ませ、命がけで求めているのは、親神の御心です。
善亮、大亮親子の様ないかにも人間的な欲を持つ人間集団、本部員会議とやらが、イエスマンばかりを周りをかためて決定して行く。
少数意見もあるだろうに、皆表向きには黙りを決めて、双方向の意見交換も出来ていないであろう腐った会議が教団にとって最終決定権を持つと言う独裁体制の危なかしさ。
じばの声に心を合わせて、と言われても、中山家可愛さに欲の心で本物を排除し偽物が決めている事に心を合わせる事は出来ません!これは信仰では有りません。天啓者こそが信仰者の真髄であり、教祖様亡き後我々はその天啓の言葉を求めているのです。
れんだいこブログより
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_naraitozikenco.htm
1918(大正7)年【北大教会初代会長の茨木基敬父子が正式に免職処分される】
2.15日(1.16日?)、北大教会初代会長の茨木基敬が、長男の基忠と共に正式に免職される。この日をもって絶縁処分となった。この処分を下したのは、当時の最高実力者であった高安大教会初代会長の松村吉太郎。
明治30年に発生した飯田岩次郎免職事件(いわゆる水屋敷事件)が尾を引いていた。天理教機関誌「道の友」大正7年2月号の松村吉太郎の「茨木父子免職の顛末」によれば、茨木基敬の天啓を封じ込める為に本部が休職を命じたのが大正6年。その際、北大教会教会長を継いでいた基敬の息子の基忠と同教会役員一同が自発的に「今後、基敬の天啓を信じない」とする詫び状を本部に提出している。
但し、基敬の天啓が続き、基忠らがこれに従った為、「詫び状を無視し、引き続き天啓の降下を一層盛んに宣伝するをもって本部としても取締り上捨ておくべからざる場合に立ち至った」としている。大正6.12.5日、松村とその配下の者が北大教会信徒詰所内の茨木基敬宅へ出向き、暫くの談じあいをしている。
その後、松村、梅谷、諸井が出向き、茨木父子と面会、談じあいしたが平行線をたどった。その後、茨木父子の免職処分が決定された。北大教会の後任には山中彦七が就任することになった。
本件につき、次のように解説されている。
「現体制を乱すとして基敬を追放した松村吉太郎は中山家と姻戚にあり、基敬を2代目本席にすれば中山家が弱体化すると恐れ茨木父子を免職したとある。 既に中山教化しているのが見て取れる。 基敬と絶縁した北大教会配下の教会が本部直轄になったのは組織の妙だ…」。
>「現体制を乱すとして基敬を追放した松村吉太郎は中山家と姻戚にあり、基敬を2代目本席にすれば中山家が弱体化すると恐れ茨木父子を免職したとある。 既に中山教化しているのが見て取れる。 基敬と絶縁した北大教会配下の教会が本部直轄になったのは組織の妙だ…」
元の天地組が北大教会である。
今、天地会という北大教会から分かれて、本部直轄になった大教会・分教会のグループがある。
「上級を理の親」とするならば、理の親を裏切って本部に魂を売った(北大教会とその部内を除く)教会の集まりが、天地会といえるであろう。
そんな「ひながた」が本部内にはある。その本部が理の親を説くのも、おかしな話だ。
中心に天啓者達が居られてこその地場屋敷な訳ですが、大正七年までは、なんとかその意味を保ってきたが、それを否定してからは、だんだんと目に見えない信仰精神も下降してきたんでしょうね。
今では本部の偉いさんを見ても、宗教者らしからぬ佇まいの方もいらっしゃるようですね。
>(大正7).3月、ナライト様が身上お障りで「おさづけ」不能に陥る。
これは 「伏魔殿」 内での出来事。疑惑はいっぱいあります。
ともかく、ここで天理教の天啓はなくなったわけですね。
以降、天理教は人為的な宗教となりました。
これでは、「理の親・理の子」の関係は結べない。屁の親・屁の子の基地外か。←辺野古をかけています
理の親制度を利用して圧力をかける輩がいれば、「私はあなたを理の親だとは思っていません」とはっきり言いましょう。理の親は親神様ただ一人であります。(教祖も天啓者ですから我々の理の親と言えます)理の親はこの2つ存在だけです。
世間知らずの上級会長が臆面もなく末端の私に「理の親の言う事だ。黙って言う事を聞け」と言い放ったことがありました。教理にない制度で人々を惑わして来た現天理教の罪は計り知れません。
神を排除した人的組織が宗教と言う看板をあげてはいけません。神を利用した営利団体です。法人を上手く利用した税金逃れの詐欺組織です。
全国の善意の信者様達、私たちは本部によって飴と鞭で、神を利用しお供えしたら助かるで、と上げたり脅されたりしながら一生懸命勤めて来ました。天理教の辿って来た歴史を知れば詐欺集団と言うのは明らかです。悪事を匿秘し、都合の悪い資料は天理図書館の奥深くに隠し、我々が知らされて居ないに過ぎません。真偽を見極めこの偽物組織に惑わされません様に、きちんと上に物申して下さいね。
れんだいこブログより
【ナライト押し込め事件考】
「ナライト押し込め事件」につき、芹沢光治良著「死の扉の前で」(P75~76)は次のように記している。
「教祖様が昇天してから、飯降伊蔵先生が本席として、約二十年間、神のおさしずを取次ぎましたね。その間、初代真柱様は行政の柱として、本席は信仰の柱として、天理教を支えたが、信者は言うまでもなく先生方も、神の取次ぎ者であり信仰の柱である本席に、自然に心を寄せがちでした。教祖の孫であり、相続者である初代真柱様夫妻は、そのことがご不満であったが、教祖の定められたことですから、どうにもできなかったのでしょう。
本席が亡くなると、また神のおさしずに従って、上田ナライトさんが「おさづけおはこび」をなさることに決まっていました。「おさづけおはこび」は、また、信仰上の中心行事であるから、信者はナライト様を本席に代わった信仰の柱と仰いだのです。それはまた、初代真柱様夫妻は喜べなくて、若様こそ行政の柱と信仰の柱とを兼ねた強い真の真柱に育てようとしたのです。
初代真柱様が大正三年に四十九歳の若さで亡くなられると、十歳の若様が管長になったが、ご母堂様は、後見人の山沢や松村という大先生方の力を借りて、少年真柱を絶対権力をもつ真柱に成長させようと懸命でした。その手始めに、大正七年にはナライト様が狂気だとして、御母堂様が自ら「おさづけおはこび」をなさるようにしました。これで、行政の柱と信仰の柱とを、中山家の掌中におさめて、現真柱様にゆだねたという、歴史があるのです。
・・・教祖傳で、教祖様を生まれながらの神としたのは、本席がお亡くなりになってから現在まで、お道の内外に、時々神がかりになって道を説く者が現れて、本部でも苦労した経験があるので、真柱様は、中山みきの場合は人間に神が降りたのではなくて、はじめから神だったとして、将来の安泰をはかっているのです。・・・
絶対神(宇宙に唯一の神、理の神)と天理王命(天の将軍)を分けて考えるべき
将軍は王様ではないので、王様の命に従って地球に現れたのが天理王命と考えるべき
人格を持った時点で真理の神とはいえないと思う。
教祖に降りた神は天理王命であり、元の神、実の神ではないと思う。
古い元教会長
2018年12月21日 8:47 PM
れんだいこブログより
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_naraitozikenco.htm
1918(大正7)年【北大教会初代会長の茨木基敬父子が正式に免職処分される】
2.15日(1.16日?)、北大教会初代会長の茨木基敬が、長男の基忠と共に正式に免職される。この日をもって絶縁処分となった。この処分を下したのは、当時の最高実力者であった高安大教会初代会長の松村吉太郎。
明治30年に発生した飯田岩次郎免職事件(いわゆる水屋敷事件)が尾を引いていた。天理教機関誌「道の友」大正7年2月号の松村吉太郎の「茨木父子免職の顛末」によれば、茨木基敬の天啓を封じ込める為に本部が休職を命じたのが大正6年。その際、北大教会教会長を継いでいた基敬の息子の基忠と同教会役員一同が自発的に「今後、基敬の天啓を信じない」とする詫び状を本部に提出している。
但し、基敬の天啓が続き、基忠らがこれに従った為、「詫び状を無視し、引き続き天啓の降下を一層盛んに宣伝するをもって本部としても取締り上捨ておくべからざる場合に立ち至った」としている。大正6.12.5日、松村とその配下の者が北大教会信徒詰所内の茨木基敬宅へ出向き、暫くの談じあいをしている。
その後、松村、梅谷、諸井が出向き、茨木父子と面会、談じあいしたが平行線をたどった。その後、茨木父子の免職処分が決定された。北大教会の後任には山中彦七が就任することになった。
本件につき、次のように解説されている。
「現体制を乱すとして基敬を追放した松村吉太郎は中山家と姻戚にあり、基敬を2代目本席にすれば中山家が弱体化すると恐れ茨木父子を免職したとある。 既に中山教化しているのが見て取れる。 基敬と絶縁した北大教会配下の教会が本部直轄になったのは組織の妙だ…」。
元の天地組が北大教会である。
今、天地会という北大教会から分かれて、本部直轄になった大教会・分教会のグループがある。
「上級を理の親」とするならば、理の親を裏切って本部に魂を売った(北大教会とその部内を除く)教会の集まりが、天地会といえるであろう。
そんな「ひながた」が本部内にはある。その本部が理の親を説くのも、おかしな話だ。
古い元教会長様の投稿を拝読する中で思い出しました。少しばかりの情報ですが参考になれば幸いです。
天啓者として芹沢光治良先生が著書の中で「伊藤青年」の名前で紹介している大徳寺さんの集会に参加したことが有ります。
ちょうど芹沢先生のお嬢様が出直された直後であり、大徳寺さんのお話の中でもお嬢さんに触れておられました。
大徳寺さんの話では、「おさづけ」は芹沢先生のお嬢さんが渡されていたとのことでした。亡きあとは大徳寺さんが渡されているのでお忙しいとのことでした。(言葉の表現では「忙しい」という言葉使いではなかったのですが、意味上、その様に受け取りました。)
余談になりますが何も予備知識のないまま座敷の隅に座った私のすぐ目の前には座り心地の良さそうな椅子が置かれていました。大徳寺さんが中野の芹沢邸に来れれる際に座っていただこうと、お嬢さんが用意された椅子だったのです。座敷に置く椅子として用の美を備えた椅子でした。
本勤めをする日とお話の日と定められていて、お話の日には終了後、玄関先に列を作り、順番に直接大徳寺さんと話すことができます。
本勤めは狭い庭さきの小石をひいた磐座の上で勤められ、私のような一信者には金輪際見ることはかなわないお勤めの姿を見る事ができました。
「みちのとも」に掲載される祭典役割にある「附人」なるものが何か、初めて理解できたものです。すっぽり頭にかぶる面が視界を遮るため、手をひく役でした。
天理教教会本部でも上段に上がって勤め、皆に見えるようにすれば良いのにもったいぶっているのでしょうか。教祖様在世当時は皆に見える形で何事も務めていたはずですから、甘露台を囲んだ上段での円陣を組んだ元の姿での勤めをすることが望まれると皆さん、思いませんか?
一般家庭の規模の一戸建てでの集会。座敷に納まりきらない人々は庭さきの桟敷席に座り、狭小の庭に立ったままのの人も皆、優しい雰囲気を醸し出していて、教祖様の言葉を声にする大徳寺さんの話に耳を傾けていました。その話は自分の所属大教会の若い会長のような、常に上から目線の「だめな信者たちへの話」とは異なる、暖かな親心を感じさせる内容ですから、聞く側の人々の受け取り方は素直なものなのでしょう、終了後には見知らぬ人同士が和やかに挨拶を交わす集まりでした。
天啓者不在と叫ばれる今、確かに天啓者はいるのです。けれど、天啓者を迎えても宗教法人天理教団では受け入れるだけの「徳」が無いと、皆さん思いませんか。
天理教お得意の「徳」理屈です。教団自身に徳が無いと、これはお断りしますが、ブラックジョークです。「徳」理屈は「屁理屈」ですよ。
人間一人一人(地球上の生物・無生物すべて含みます)の価値を知らずして切り捨てる言葉。天理教人が相手に対して「徳が無いからだ、徳積みをしなさい」なんて、呪いの言葉をかけるのは教祖様の教えが心に入っていない証拠なのです。
大徳寺さんの元に集まる信者さんの中には、お手ふりを覚えたくて修養科に入る方もいたそうです。ゆるく連携しているのが現状ですね。それで十分だとも感じます。何も汚れた本部(甘露台倒壊とその修復の際の模様は全く信仰の香りのない行動でしたね。)に天啓者を据えることもないのでしょう。神様の気持ちを考えると、きっとそうすることを望んではおられないように思えますから。
長くなりましたが教団が自浄力の無い集団である以上、一人一人の信仰をおさめることで対応するしかないのかもしれませんね。
具体的には自分の心を成熟させ、人間としての資質の完成度を高める努力を心がけて生きていく。
組織に対する対応は、ほどほどの姿勢を装って、喧嘩は避ける。でも、意見はしっかり述べる。それをどのように受け止めるかは相手側の問題。
本部の賽銭箱には近づかない。
朝夕の勤めの際に大亮さんはじめ入室してくる先生方に、やたら長々と、ひれ伏すことなく一般礼儀上、適切なタイミングで頭を上げる。(長々と首を垂れることは体に負担がかかるので注意しましょう。)
顔を見れば「ひのきしん要員」として話しかけてくる婦人さんには、できない事情説明をきちんと述べる。(教職舎で生活しているあなたの家族たちにも仕事を振りなさい!)
本部の電話番号を再掲します。電話の際に、名前・所属を聞かれる事もありますが、回答を求めての電話ではなければ名乗る必要も有りません。世間でも現状、通報制度ができているくらいですから、一般社会の状況を相手に説明してはいかがでしょう。
しつこく言う相手には「名乗ればあなたも所属教会と氏名を私におっしゃいますか?」と切り返すのも有効でしょう。
上席者はいきなり電話口に出ないでしょうから、要件を述べた後に責任者に取り次いでもらうか、それを断られた際には伝言をお願いします。
ここで大切な事があります。「復唱」です。
電話の相手に「忙しいところ、お手数ですが今、私が申し上げた内容・要点を繰り返していただけますか?」という事です。
電話のマナーのイロハである「復唱」をお願いすることは非礼ではなく、当然のマナーです。
そして相乗効果として、天理のその電話の周囲にいる他の人々にも、貴方のかけた電話の内容を知ってもらう事ができるのです。ポイント高いと思いませんか?
自分の電話番号を知られてしまい、何らかの不都合(たとえば脅迫・いやがらせなど)が起きた場合は、相手のレベルの低さが露わになったわけですから、リアル立ち話やネットで披露することもできますね。
教会の電話は、私でしたら使いません(笑)
天理局番(0743)
教義及び史料集成部史料掛・・・63-1693
表統領室調査情報課・・・・・・63-1256
教務部宗教法人課・・・・・・・63-2157
かなめ会・・・・・・・・・・・63-4808
婦人会・・・・・・・・・・・・63-3096
青年会・・・・・・・・・・・・63-4748
天理教教会本部大代表・・・・・63-1511
*部署によっては手帳に内線番号のみ記載のところもあり、その場合は代表に部署名を告げて繋いでもらいます
古い元教会長様のご投稿をPCに残す作業の途中で書き込んだ為、ご投稿分までアップしてしまいました。
大変失礼しました。
匿名
2018年12月22日 10:04 AM 様
>理の親は親神様ただ一人であります。(教祖も天啓者ですから我々の理の親と言えます)理の親はこの2つ存在だけです。<
と申し上げましたが、
仰る通り、理の親は親神様ただお一人で、この世、世界を創られた絶対神と人間であった教祖を同一視するのは間違いですね。教祖は人間を創った訳ではありませんから。
神扱いにしたかったのは、中山家の道の安泰を望んだ本部の思惑でしょう。
時代を経て五代目、六代目となられた大教会長さんたちが、上記に投稿されている内容の詳細をご存知なのでしょうか。何も知らず、または知らされず、さらには知ろうともせずに会長に就任されて、今更ながら教団の越し方を勉強される意志さえも失ってしまわれたのでしょうか。ただただ、本部の言うがままに。
真実を知った時に訪れる恐怖にも似た感覚に襲われる余り、教学や教団史に目を瞑り続けられるのでしょうか。
正しい教義を追及されないのであれば、正に詐欺にも等しい行為となることに、何故、恐れの感情を抱かれないのかが不思議です。
別席を運ばせても、天啓者でない立場の方が渡すおさづけは、正に、詐欺行為そのものではありませんか。
その意味からも、私は「お書き下げ」を捨ててしまったのです。
れんだいこ氏の天理教研究より
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_naraitozikenco.htm
芹沢光治良著「死の扉の前で」(P200~203)は次のように記している。
三十年祭の二、三年前に早稲田大学の漢学者の教授で広池千九郎が入信すると、天理教では大袈裟に本部に迎えて、天理中学校長にして、熱心に布教宣伝にあたらせたが、三十年祭が終わると、博士はいつのまにか天理教を去ったが、その理由も期日もとどめていない。
三十年祭の二年前(大正三年)には、教祖殿も本部神殿も落成して、信者は勇んだと誌しているが、その年の十二月三十一日に、初代真柱が四十九歳の若さで死去したね。翌四年に十一歳の嗣子正善が真柱に襲職したが、その後見人として本部で最重要な大黒柱である松村吉太郎が私文書偽造容疑で奈良監獄に、翌年まで収容された。その私文書偽造容疑が、どういうことか明瞭でないんだ。
大正五年の一月に教祖の三十年祭が執行されて、八月「播州の井出くにむほん」とあるが、その前年四月一日、当時お地場で最も求道的な知識人だと評された大平良平が「新宗教」という個人雑誌を創刊して、若い天理教人を勇気づけたものの、三十年祭が終わって、井出くにのむほんとある月、八月に、十九号で廃刊した。
この年本部員の増野正兵衛の息子、道興が弱年二十六歳で、異例にも本部員に抜擢されて、道友社の編集主任になり、天理教の機関紙「みちのとも」に、はじめて青年信徒の魂を奮起させる随想を多く発表して、自らそれを実践するために大教会長となって信仰活動を始めたが、間もなく死亡した。
上田ナライトさんの事件の後、本部では、真柱中心にすんなりし信仰の灯火を輝くようにはかったのだが、突然のその若い真柱が三十年祭直前に亡くなったし、ナライトさんは狂人だと噂が流れて、福井氏のような青年達は、天理教の危機感におののいていたそうだ。その危機感のなかで、親神の約束どおり、三十年祭に神がおもてに現れるという希望が、若い人々の胸に蘇って、密かに心の準備をしようと、心掛けたそうだ。大平良平の「新宗教」も、増野道興の感動的活動もその準備の一つだそうだ。
三十年祭は一月二十六日に行われて、いつ神が現れるか、若い人々は期待と不安をもって毎日待望したそうだ。
茨木先生の天啓は明治末年ごろからと云われていますから、初代真柱とはかぶっていますが、ナライトさんの事件は、大正7年ですから、初代真柱が無くなってからの事件ですね。
初代真柱は、茨木先生の天啓現象を耳にしていたでしょうが、大正7年に立て合った、茨木先生達の罷免とナライト様の解任までには既に亡くなっておられた訳です。
この「大正七年事件」の首謀者は松村氏だけではなく、中山、飯降姓を含む、全ての偉いさん達だった訳ですね。
大徳寺さんの小さなお宅に一度伺いました。多くの人が入りきらないほどに参って来ておられ、お宅の内、外、譲り合って、にこやかに穏やかに、皆笑みをたたえておや様のお出ましを待っておられました。
おや様のお言葉は常に明るく前向きで、天理教の教会で聞く様な脅しの言葉も神との交換条件も無く、ただただ安心していれば良い、神は常に愛を持って導いてくださっている、大丈夫、あなたは今幸せですよ、あなたは何時も神様に愛されて居ますよ、と全身を愛で包まれる様な安心感を得て帰りました。
おや様のお言葉には上から目線の圧力も、脅しと受け止められる様な高圧的な言葉もありません。安心感と大きな愛に包まれて、明日を生きる力、ほっこりとした気持ちにさせられます。
最後にお手を取っていただき、現行天理教で苦しんでいる事を伝えると、顔を曇らせ、「右から左に流しておられたら良いですよ。」と静かに言って頂きました。
「貧に落ち切れと言うのは絶対に間違いですよ。」とも。
大徳寺さんは天理教に深い関わりがあり、修養科も出ておられますが、その後神がかりがあった為、天理教本部から異端として危険視され、締め出され、念書まで取られたそうです。
大徳寺さんは教祖ミキ様の魂を持ち、大徳寺さんのお口を通して語られる教祖様の言葉は慈愛に満ちています。ご在世当時のお屋敷の様子はこの様であったのかと、当時を彷彿させる様な、純粋な空気感をたたえていました。遠いので中々行けませんが。
排除した異端こそ神の真実に最も近いのではないか?大徳寺さんのお口から語られるおや様のおさしずに日々の安心感と生きる力を頂いている者です。
ツイッターでのやり取りです。
S: 山田清太郎かなめ会委員長が真柱の病状を流布したのは、今思えば真柱の退任を正当化するためのものだったのではないだろうか。風評では病気は治っているが憩の家に幽閉されているようなものだと聞く。真柱が退任すれば次は誰?山田清太郎を憩の家理事長に任命したのは表統領だ。
F: 宮森内統領が「みちのとも」1月号で真柱は「憩いの家」でリハビリしている。
リハビリのない日は、お宅にも帰っている。
執務室で書類に目を通している。
時には神殿へ参拝へ行く。
少しの距離なら、杖をついて歩いている。と言っています。
S: 本当は、スタスタひとりで真柱は歩いている。問題はノイローゼだそうだ。山田清太郎と山中忠太郎が結託し、飼い殺しにしていると院内では噂されている。
酷い話ですね。院内で噂されているならその噂もすぐに流れるでしょうね。真柱の善司氏に対しての謀反を企てているのは実弟の善亮氏だと言うのはこちらのブログでは周知の事実でしょう。宗教団体が持っている病院がそのような非人道的な企てをしていていいのでしょうか? 現真柱の善司氏を早期引退させて、全回復の御守護を頂けないまま若年の大亮君は真柱として務まらないでしょう。 それが おさずけ と言う 人を癒し助ける事を掲げた教団が取れる判断なのでしょうか?まず人云々でなく団体やその教え自体にも疑いう目で注目を集めることでしょう。滑稽で醜く呆れることしかできません。
現在の真柱 善司氏は 終身 真柱であること 身上回復したら、おさずけを再開すること これが神の思し召しと 教団信者一同 天理教を信仰する者として心得ていて当然です。
人の我欲で神のご意思を捻じ曲げるなら次こそ何があるやら
現真柱は「もうどーでもいーよ」という心境かもね。もともとやりたくてやってるわけじゃないし真柱。しんどいだけで責任も重いので。正直なところ「甥っ子を即位させて弟が実権を握って垂簾政治がいいならさせとけばいーじゃん」と思っているのかもしれない。。。
今年は真柱夫妻の正月写真、見れませんね。毎年陰気なお顔をされていてお気の毒だと思っていました。
弟と違って正直で真面目な性格に見受けられ、この重責は余程身にこたえていたのでしょう。人間はストレスをためると病気になる。天理教のテーマ「陽気」から程遠い正月写真でした。天理教によって陰気に閉じ込められ、身を滅ぼす。
なんか末端教会の姿そのものを真柱が実地で証明されている様で重苦しいです。もうこの際、あれも倒れ、これも倒れで、その都度に信者に責任を押し付ける事はやめて、本部は物事の原因の本質を謙虚に猛省して欲しいです。
本部こそしっかりお尽くししてお供え金減少の穴埋めをすればいい。貧に落ち切るひな形を上が見せないで何処に説得力があるか?小狡い考えで信者を扇動するのは神の逆鱗に触れる事。次期真柱にどんな身上、事情が見せられるやら、天の理は正直です。
★☆天理教は危険な団体★☆
天理教の理不尽で法外な「お供えノルマ」に耐えきれず、自ら命を絶たれた末端分教会長、「お供え」を無理に払おうとして、銀行強盗をするまでに精神的に追い込まれた末端分教会長、天理教の集金システムを真似たオウム真理教、その他、天理教が社会にもたらした弊害や被害は甚大です。もはや宗教ではありません。私は団体と呼ばせていただきます。暴力団組織よりもはるかに恐ろしい団体です。これから天理教に入会しようと考えている皆さん。また、現在、会員の皆さんに何度も繰り返し申し上げます。即刻、天理教から去りましょう。真の宗教と呼べる宗教は他にもあるはずです。
カルト新興宗教の教祖はサイコパスでないとつとまりません。弟のほうがサイコパスなので適任でしょう。サイコパスでない兄のほうはリタイアして、関西から離れて天理教の少ない地方に移住し、宗教とは一切無縁の生活をした方がいいと思います。つまり「普通のおじいさん」になるということです。そうすれば表情も明るくなり陰気臭さも消えて、本当に陽気暮らしができるようになります。普通のおじいさんの生活こそが陽気暮らしなのですから。
2018年12月24日 7:22 AMの匿名さんの仰る通りです。
この方法以外に人間らしい生き方はありません。変な肩書をもらっても重荷になれば結果は分かっています。
無位無官の人生ほど楽しいものは見当たりません。元首相の細川さんが示されています。そりゃあー食べたいものも我慢しなければならない清貧を受け入れられるか、どうかの度量が求められますが。
本部は各地に広大な土地を持っていますから、ほんの一部の土地で農耕をするなり園芸に取り組むなり、おカネには困らないでしょうから、生きる方法はいくらでもあるでしょう。
どちらにしても、この団体は言っていることに対して、行動が伴っていません。その原因は、一にも二にも、取り巻きが悪すぎます。
続投ですみません。
三代さんは、うどんが好物だと聞いたことがあります。聞いただけですから本当のことは分かりませんが、本当だとしたら、三代さんのお入り込みに際して特別の料理を出すよりも、鍋焼きうどんの一杯でも出せばいいのにと思ったことがあります。
これを実行できる会長連中が居たなら、これこそ本当にいい取り巻きだったでしょう。残念ながらそのような会長連中が居なかったことが不幸の始まりでした。
匿名 様
2018年12月23日 9:02 AM
>今年は真柱夫妻の正月写真、見れませんね。毎年陰気なお顔をされていてお気の毒だと思っていました。<
本来ならば、たとえ車椅子に乗った状態でパジャマ姿でも天理時報の第1面に自らの写真を掲載し、真柱という「団体の代表者」としての自らの奇譚のない率直な思いを述べるべきだと思いますが、所詮、傀儡の身です。「取り巻き連中」が許さないでしょうね。お気の毒な人生です。
東風Z 様
2018年12月24日 9:09 AM
>三代さんのお入り込みに際して特別の料理を出すよりも、鍋焼きうどんの一杯でも出せばいいのにと思ったことがあります。<
鍋焼きうどんは贅沢なので、何も具のない「かけうどん」で十分だと思います。
崩壊 様
全く同感です。思わず笑ってしまいました。お腹の空いている時は温かい「かけうどん」でも十分おいしいですから。
かけうどん、刻みネギたっぷり、自分でつくると尚更おいしいですね!
ところで私は真柱様には責任を果たしていただきたいと考えます。
普通のお爺さんのような余生をおくらせるわけにはいきません。
責任放棄では信者として納得できません。
マヒが残っていても務まる御用は勤めて頂きましょう。
世の中では今、障害のある身でも就業することができるような環境を整える
事を目指しています。真柱の現況は最適事例なのですから、近況を時報に掲
載し、身上の方々の暮らし方を啓発することは前向きな信仰者集団として勧
めることだと思います。そうはさせまいとする人々がいても、奥さんが補助
して神苑を車椅子で動き回る姿を見せてください。奥さん、なぜ、連れあい
の緊急時に活躍しないのですか?養子夫婦は頼みの綱にはならないのですから
自分が頑張ってください。まだ若いのですから頑張りがきく体でしょうに。
逃げていては何も変わりませんよ。自分の置かれた立場の責任から逃げよう
とすると必ずしっぺ返しが来るものです。いやいやながらでも続けてきた立場。
そのおかげで食べるものを食べ、着る物を得てきたのではないですか?
全うするだけの気概を見せてください。
他の宗教ということでしたら、桜井識子さんをお勧めします。
神仏のことがよくわかります。
何も組織がなくても神様、仏様はいたるところにおられるので信仰はできます。
天理王命でなくても、何の神様でもかまいません。
おさづけはなくても真実さえあれば同様の奇跡はおこせるはずです!
私の表統領、大亮さん批判がよほど憎いようですね。
以前にも書きましたが投稿するとすぐに嫌がらせを仕掛けてきます。
今日も真柱様に責任を果たすよう書き込んだところやられました。
私もあなた方と同じく信者なのですよ。教人ですよ。
あなた方は信仰者として失格です。
理解できるだけの頭脳が無いことは気の毒ですから、私は怒りませんが、
人間として恥ずかしい行為を恥じる感性を親から受け継いでいないとしたら
出直して学び直してほしいものです。
車いすの真柱を教団は隠したいでしょう。病気治しのようなご利益宗教は、ご利益で信者を増やし、ご利益に殺されるのです。二代前のローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は晩年はパーキンソン病を患いましたが、世界中の人たちの前に車いすの弱った姿をさらしました。世界はその姿に人間の弱さを読み取り、まったく動揺が広がることはありませんでした。トップの弱った姿に人間の弱さをみて観想をするか、弱った姿を敗北とみて戸惑うか・・・カトリックと天理教の違いですな。
匿名 様
2018年12月24日 3:23 PM
>二代前のローマ教皇ヨハネ・パウロ二世は晩年はパーキンソン病を患いましたが、世界中の人たちの前に車いすの弱った姿をさらしました。世界はその姿に人間の弱さを読み取り、まったく動揺が広がることはありませんでした。トップの弱った姿に人間の弱さをみて観想をするか、弱った姿を敗北とみて戸惑うか・・・カトリックと天理教の違いですな。<
まったくその通りだと思います。この世に生きとし生けるものは、長短の差こそあれ、必ず死を迎えます。老いて死ぬ場合もあり、病気で死ぬ場合もあり、事故で死ぬ場合もあり、自然災害で死ぬ場合もありますが、いきつくところは死です。それが真理です。宗教の指導者とは人間がいかなる境遇におかれても、いかに生きるかということを身をもって示す責任があるはずです。
人間の弱さと向き合うことをせず、車いすの弱ったトップを見せることがない姿勢は、弱さについて深く観想することもない。つまりそれは弱さから目を背けるということ。弱さは悪ではなく人生の厄介な伴走者。そしてその厄介な伴走者を受け入れつつ日々を生きることを、信者一人一人に深く考えさせないのはおかしい。
弱さを否定する=弱さを認めない、ということ。それはとりもなおさず弱い人々を切り捨て、彼らに寄り添う信仰姿勢がないことを意味する。これは中山みきが目指した方向とは正反対だ。みきならこういうだろう「人間は弱い。だからこそその弱さを見つめなさい」と。
H様の12月16日ブログにこう、書かれています。
≫大徳寺さんは、おぢばで皆さんに親様のお話を取り次ぎたいんです。でも、今の状態では、狂人扱いされて教祖殿から引きずり出されて、怪我させられますよ。井出くにのように。
確かにおぢばで直接、教祖様の声を話を聞くことができればよいですね。
でも、本部はもとより各地の大教会長が腰を抜かすこと必須ですよ。
説かれる話は天理教団のようなお尽くしやひのきしんに拘泥した内容とは違うのだから、自分たちの地位を脅かされると受け取るだろう。
信仰は各人のものだから、何も本部の承認など必要は無く、自分が教祖の声を聴きたければ、出かけよう。
現に現役教会長の中にも参拝している方もいる。
広く教祖様の話を多くの方々に届けたいという気持ちは私にもあるが、躊躇ってしまう。
大徳寺さんのところに集う方々の幸せを奪いかねないと思うからだ。
あの場の皆さんは明らかに天理教団の先生方や信者集団とは色合いが異なる。
お叱りを覚悟で言えば(私も一信者なので自身をも含め)悟りの形を借りて人に刃を向ける導き方に洗脳され続けてきた、SMプレーもどきの天理教の中に、あちらの皆さんを沈めてしまうことになりはしまいか。
いやいや、そのような人間思案は不必要、親神様の計画に乗っかっていけばよい?
ここは各人の求める心が大切であり、大徳寺さんには親神様がずっとついていてくださっているのだから心配はないか。
同時並行的に現教団内で良心的信仰心を表明しつつ、組織の理論に盲従することなく一人の人間として発言・行動することで、きっと周囲に「良い匂い」を漂わせることができるようになると思う。
何しろ生まれ変わりなんて人間には誰も証明できないのだから現生を精いっぱい生きなければね。誰にでも予定されている出直し。制限時間いっぱいの努力が大切!
最近、大教会の集会に参加しました。大教会に集まるお供え金総額は、大教会施設(詰所も含む)の維持管理費に消えてしまい、本部にお供えするお金が無いのだそうです。大教会長が我々に何が言いたかったのかと言うと、本部に供える分のお尽くしがもう少し欲しい、もっと尽くせと言う意味の話だった。
不必要な建物の為に、その維持管理費の捻出に今では首が回らなくなっている大教会。どうりで本部にお金が回って来ないはずです。おそらく多くの大教会の上納金が大教会止まりになっているのですから。
ここで分かった事です。
大教会は上にお尽くししてないんです。
だから我々末端教会も大教会のひな形通り、上にお尽くしする必要が無いんです。これ、親(大教会)のひな形、後ろ姿ですから。
大教会がお尽くししてないのに、なんで下々末端がお尽くしを頑張らないといけないんですか?
大教会が本部にお尽くし出来ないと言う。じゃあ、我々末端も親に習います。大教会以上に苦しい会計ですからもうお尽くし出来ないとはっきり言いますよ。
人(末端)の褌で相撲を取ろうと言う発想は筋が通りません。どこまでも甘くて上から目線。自分は出来ない。だけど下々のあなた達は頑張って!それはないでしょう?
>>大教会に集まるお供え金総額は、大教会施設(詰所も含む)の維持管理費に消えてしまい、本部にお供えするお金が無いのだそうです。大教会長が我々に何が言いたかったのかと言うと、本部に供える分のお尽くしがもう少し欲しい、もっと尽くせと言う意味の話だった。
そのアホクズ大教会長に言ってやってください。
「維持管理ごときがしんどいのなら、白紙に戻り、雛形通り貧に落ちきって、土地建物すべて売り払い、バイトしながらアパート暮らしで単独布教から始めなさい」 と。
>本部にお供えするお金が無いのだそうです。
先日、天理の知り合いからの話です。
「本部は、石上神宮の先の交差点近くの広い土地を県の開発公社に売り払った。
その価格が割高だと県議会で問題になったと奈良新聞に載ってた。
本部は、その売却代金で一息ついたみたいだ。」と話してくれました。
本部は、相当金に困っているらしいとも話してくれました。
山澤為造が始めた偽物天理教を潰すには、やはり金を断つのが一番効果的ですね。
退職信者様
全くその通りです。本部へのお金の流れを断つのが肝要です。
幸いにして大教会が上納出来なくなってきている実態があるので今後その流れは加速していく事でしょう。信者が減る一方で新参者は殆どいないのですから。真柱に身上を見せてお授けも親神様に取り上げられていますし。土地の切り売りですか。いよいよ切羽詰まって身を切り始めましたか。悪事を働いた顛末ですね。
予想どうりの流れです。そんな事は素人の私でさえ20年以上前から予測がついていました。やっと来るべき時が来たと感慨深いものがあります。もうこれ以上、信者、教会長を丸め込んで洗脳するのはやめないと、今後だいすけ君にどんな姿を見せられるか、老婆心ながら恐ろしいものを感じます。天の理は正直です。
東礼拝場の前にあった元の御池の近くに植えられた二本の大樹は、完全に枯れていました。チリチリのドス黒い葉っぱが無残でした。真柱邸の松の木の後ろにある大木も枯れている様に見えました。新芽が出る春が来れば判明します。どなたかがこの掲示板で枯れ木の様子を語っておられたので、確認した次第です。
本部の息の根も、金の流れも、少しづつ枯れ始めているのかも知れません。
調子に乗って買い占めて来た土地を切り売りし、今後は苦しんだ人の気持ちを味わえば良いと思います。皆その昔、田畑売って苦しんだのです。本部中山家の皆さんも貧に落ちねば、人の苦しみは分かりません。人生は諸行無常と言われます。都合の良い事がいつまでも続くはずはありません。甘い汁はいつまでも吸えないと言う事です。
売る土地がある間は本部はまだまだ大丈夫ですが?売るものがなくなったときが正念場です。大教会も本部上納金が出せなくても、教会維持費が賄えるうちは体力があります。すべての大教会を救うのは無理でも、立地条件のいい教会なら本部上納金まではともかく、維持費くらいは事業で捻出できないわけでもありません。多少体力のある教会は、維持費が賄えるうちに事業を考えて、お供えから事業の儲けにシフトする方向を考えるべき。
あれだけの施設があるなら、介護や学童など本当の人救けになることがいくらでもできると思います。
もう、おそいぐらいです!
私たちがいただいたおさづけやおつとめに何の意味もなかったんだと思うと悲しいですが!
「ひとをたすけなされや」「くせしょうぶんをとりなされや」「やさしいこころになりなされや」
といわれた、おやさまの思いだけは踏襲せなばと思います!
退職信者 様
2018年12月25日 11:06 PM
>「本部は、石上神宮の先の交差点近くの広い土地を県の開発公社に売り払った。
その価格が割高だと県議会で問題になったと奈良新聞に載ってた。
本部は、その売却代金で一息ついたみたいだ。」と話してくれました。
本部は、相当金に困っているらしいとも話してくれました。<
奈良県は不当に高い価格で本部の土地を買わされたということですね。つまり、県民税が不当に使われたということになり、県議会で問題になるのは当たり前のことだと思います。
また、金に困っているのに、次期真柱の結婚披露宴をあれほど「ど派手」にやる金はあるのですね。教会本部のなさることは全く間が積んでおらず、矛盾に満ちています。信者がどんどん去って行くのも無理はないでしょう。信者の減少に歯止めがかかることはないと思います。
組織はなくとも信仰できる! 様
2018年12月26日 12:10 PM
>あれだけの施設があるなら、介護や学童など本当の人救けになることがいくらでもできると思います。
もう、おそいぐらいです!<
全く同感です。天理教教会本部は「おやさとふしん」と称してハード面の整備にばかりに力を入れた結果、ハード面が肥大化しすぎて維持すらできなくなったのです。人間に例えれば、毎日「喰って寝て、体を動かさない」という生活を続けた結果、体重が200㎏以上となり、自分の足で歩行できなくなったようなものです。私は、かねがね、いつの日かこのような状況になるだろうと予想はしていましたが、私の予想していた時期よりも、はるかに早く現実のものとなりました。施設の維持管理に本当に窮しているのであれば、この際、思い切って「いこいの家」や大教会詰所、その他教会本部の建物群を民間の医療団体や社会福祉団体、教育文化機関に寄付したほうが、よほど「人たすけ」のために有効活用ができるはずです。天理市は宗教文化都市というよりも、むしろ世界に最たる社会福祉文化都市として生まれ変われるかもしれませんね。
天理時報の元日号に掲載された表統領は良くここまで肥えましたね。益々肥えた気がします。
さぞいいものばかりお腹一杯食べているのでしょう。そうで無くてここまで太れません。貧に落ち切れって、こんな丸々太って教祖のひな形を下々に叫んで、どの顔して言ってるんだか。貧に落ち切ってたらこんなに太れませんて。
真柱が倒れて、我が息子と自分の世が来たと嬉しさがこみ上げてる様なお顔でございます。
以前 介護福祉科の高校のコースがあったように思います。
おや様といわれる方のお言葉はヒトの心の琴線にふれるものがある。(この欄を読むといろいろ捏造されて 本当の教えは何であったのかと疑問があります。)
教団として大戦中、国の方針に従った名残でしょうか、 教会の方のいわれる(年配の方でした。故人です。)「貧に落ち切れ」と信徒にいう姿が 「欲しがりません 勝つまでは」と 言っている姿と重なりました。
「貧乏もまわりも同じならそう気にならない」亡くなった祖父母が言っていました。
戦後 焼野原から復興していく時 まわりが冬に暖のとれる住まいを手に入れていく時、 あいかわらず「貧に落ち切れ」「ひながたの道」と言っている教会 教団。
入信のはじめに 「ハイ」と受ける素直な心と教えていました。ハイと受ける心の素直さ 器の大きさにお徳が頂ける、間違ってはいないと 周りが従い実行しました。そのうち 教会長はまわりは自分に従うものと 勝手なことし出し 無理な普請に失敗し 隠居(雲隠れ?)生活しています。
親孝行は 人間社会や生活にとって 大切な事と思いますが、教会のいうところの親孝行というのは 本当に子供のためを思ってのことだったのか 自分に都合よく従わせる為に言っていたのならおそろしい事だったと思います。
最近は 毒親といわれる あなたのためと言いながら自分の考えを押し付け 子供の意志をなくする親の存在が認識されています。人助けという言葉に引っかかって とんでもないことに人生の時間を使ってしまった愚か者の長い愚痴です。
介護施設や学童保育はいいですね。それ以外だと詰所はどうせもう使わないところがほとんどなので、外人向けの安宿にすればいいとアイディアが出ています。
其れ以外では、上野や新宿といった山手線の駅の近くは、教会の一部に小さな個室をたくさん作り、会員制の安宿というアイディアもあります。(天理教友の会を作り会員のみ素泊まりで利用可。支援金という名目で一泊あたり二千円か三千円置いてくるシステム)
ご無沙汰しています、ただの父親です〜
昨日は、天理高校生の帰省日でしたので、車で、女房と迎えに行ってきました。 電車で帰って来れば良いんですが、たまには迎えに行ってやろうと、思い立ち、行ってきました。 26日は、天理教の月並祭なので、おじば、は大勢の人でした。
せっかく天理に行ったので、せめて参拝はしておこうと言う事で、参拝しましたが、息子は、朝行って来たし、毎日だから、もういいわって車で待っていました。
女房と二人、お勤め無しの、簡易の参拝をしました。 さすが大教団ですね、月並祭ですから、大勢の参拝者が見えました。
みんな、参拝をしに来てる訳です、甘露台を前に、多くの方は、お勤めを行なっています。 教祖殿も大勢の人でした、皆さん、姿を隠された、教祖様に、会いたくて参拝してる訳ですよね?
自分で、参拝しておいて、言うのも何ですが、何の為に参拝するんでしょう? もちろん、私は、今年は観光旅行で太郎坊宮と言う神社に観光参拝していますが、ここでも、大勢の参拝者が見えました。 太郎坊は勝負の神様です、みんな、ご利益を求めて (宝くじとか?) 参拝してるんですよね。
天理教は、一般的には、縛りの緩い教団なので、おじばの参拝は自由です・・だから、しっかりと教義に沿って参拝してる人、連れられて何となく参拝してる人もいるでしょうね。
昨日は、教祖殿で、定時2時の参拝にちょうどピッタリと重なったので、大勢の参拝者が居たんですが・・参拝後に、女房と小声で、前に来た時は、壇上にまあるい光の玉が見えたんだけど今日は人が多すぎて判らないわ・・それでも教祖様が、見ている、聴いていると言う気がすると、どうでも良い話をしていたら、隣にいた人が、聞こえたのか?ジーっと壇上を見たので、ささっと帰って来ました・・(笑)
天理教は、宗教団体だけに、やはり親神様に触れたい、教祖様に触れたい・・と言う信者の方が圧倒的に多いと感じます。 ただ今の天理教には、公式に神様に通じる人は存在しませんので、参拝して、何かを感じるか、あるかは、個人的な物しかありませんけど、触れたいのは、おそらく神様の声、やはり愛と言うか、大きな力に触れたいと言う、信仰する信者の思いかと感じます。
ご利益を優先で、祈願する、参り信仰の神社詣でとはやはり、違うと思いますよね。
真柱様のおさずけが止まってしまったのも、残念ですが、親神様の思召しかもしれませんね・・天理教教団に再び、親神様の想いを取り次ぐ、本席様が復活しない限り・・やはり、回らなくなるのかな?と感じました。
まあ、今更、本席様を認定できる、審神者の様な人すらいないから、無理なお話でしょうかね。
私個人は大徳寺さんとか、知らないので知りませんが、あの方は、教祖様の取次の様ですから、大教団には、親神様の取次と、おさずけの守護を見せられるレベルの人が現れて欲しいですね・・・・
とりあえず、息子が卒業するまでは、教団運営が、止まる事は無いと思いますし、そうなっても困りますので、なんとかお願い、いたしますよ・・・・
ありがとうございます。
大教会にお金がないことは感じている。以前から漏れてくるヒソヒソ話では逼迫した教会会計というよりも、自分の懐からは出さずに、信者の懐から出されるのを待つという姿勢が見えるばかりなのだ。
「売り食い」という行為を知らないのだろう。信者はとうの昔に実行しているのだが。
大教会には別荘も有れば前会長夫人はダイヤモンドの指輪を持っていて、嫁さんに譲りたいという話しを聞かされている。
鷹揚な方々は、「別にいいじゃない」と言っていたが、私は内心、「良いわけないだろう」と思っていた。
部内教会の前会長夫人から聞いていた、ご自分の納消経験。宝石類全てを売り払ったそうだ。
部下たちはとっくの昔にしてきたことを知らずに能天気な話だ。
今時の大教会長やその家族たちは高学歴者が多い。しかも高額費用のかかる私大に、それも小学校からのエスカレーターときては、その学費を体で(労働で)信者たちに返せよ言いたくもなる。
(まぁ、感情的なこの言葉は心の中だけの叫び声としてスルーしてください。)
言いたいことは一つ。詰所利用者が少ない弱小大教会は無理して自教会の詰所を持っている必要が無い実情を大教会長は本部へ説明し、打開策として何処かの詰所を共同宿泊所とする制度を作るよう、提案してください。
交通事情が悪い天理本部周辺は身上者や高齢者には徒歩での移動も苦痛だ。本部周辺に共同詰所望む。
大教会と言う物は、上層部にとって都合の良い講師を迎えて講演させますね。
「はいと言え、上級の言う事には、はい、はいの心が大切。」と言い、「はい、はいの心、理の親を立て切る心」が神様に受け取ってもらえる道だと熱弁し洗脳しています。ピラミッド組織にとってこんな都合の良い洗脳はありません。結構若い年代がその上手い話で洗脳されているように感じます。人間信仰が信仰になっており、不思議な事に彼らは疑いの心を持ちません。皆、よし頑張ろうと再確認している様です。上の思うつぼです。
この偽教理もなかなかしぶとく生き残って行くのかな、と感じる次第です。
匿名2018年12月26日 7:49 PM
>>天理時報の元日号に掲載された表統領は良くここまで肥えましたね。益々肥えた気がします。
さぞいいものばかりお腹一杯食べているのでしょう。そうで無くてここまで太れません。貧に落ち切れって、こんな丸々太って教祖のひな形を下々に叫んで、どの顔して言ってるんだか。貧に落ち切ってたらこんなに太れませんて。真柱が倒れて、我が息子と自分の世が来たと嬉しさがこみ上げてる様なお顔でございます。
こういう人をキリスト教等他の宗教や一般常識的にも強欲と言うのです。醜い姿です。天理教ももう終焉を迎えているのでしょう。
肥満は自分の意思で改善できる現代病なので世間的にもデブなどと嫌われています。意思が弱くだらしない人が多いので人は離れて行きその寂しさを食欲に向けまた太る悪循環をしているのでしょう。
>自分の懐からは出さずに、信者の懐から出されるのを待つという姿勢が見えるばかりなのだ。
これじゃ話にならない。乞食と一緒でしょ。
さて問題です。キリスト教には七つの大罪というものがあります。王家と天理貴族たちは七つのうちいくつ大罪をおかしているでしょう?
れんだいこHPより
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_naraitozikenco.htm
1918(大正7)年6.22日、諸井国三郎が出直し(亨年79歳)。
1840(天保11)年、7.20日、遠江国山名郡広岡村下貫名(現・静岡県袋井市広岡)生まれ。1882(明治15)、諸井家に寄留していた吉本八十次が、織物教師・井上マンの歯痛をお助けしたのがきっかけで匂いがかかる。
1883(明治16)年、子供の病から夫婦で信心の心を定め、この年初参拝。
1887(明治20)年、7.14日、本席よりおさづけ。
山名分教会(現大教会)初代会長。葬儀で、先妻の娘婿で二代会長の清麿と、後妻の娘婿の戸主の慶五郎が、互いに譲らず喪主が二人並び立つと言う、異例な継母継子騒動が勃発し「教統問題」が起きている。
いちにだいくのうかがひに なにかのこともまかせおく
と書き残されているように、神さまは、おやさま亡きあとの後継ぎ(あとつぎ)を本席にまかせていました。本部員は、「それはあんた等人間が勝手に決めた地位やろう」 と,言われて、本部員に権威を附与されませんでした。一番の権威は 「本席」 にありました。実際、病気の苦しみや悩み事を本部員に訴えても、癒してもらえなかったろうと思います。
勢い、信者さんは中山家一族にではなく、飯降伊蔵の方に信頼をおくようになったハズです。
このことは、野心家の松村吉太郎にとって受け入れ難いことでした。「血族」を利用して、中山家にニジリ寄っていたのに、これでは思うように教団に働きかけることができません。しかも、伊蔵亡きあと、茨木基敬に最も権威のある 「本席」 の座に座られると、中山家一族は、力関係上弱い立場に立たされることになります。そこで、松村は茨木を免職にしました。
・・・・・権力争い。組織化されると、組織の中で、必ず「俺の方がエライ」 といった権力争いがおこります。天理教もこうした権力争いがおきた時点で、おやさまが残された遺産(富)の解体は、すでに始まっていたといえるでしょう。
↑古い元教会長様の、れんだいこHPを見て推察したことです。
誤りがあれば、ご指摘をお願いいたします。
不勉強者です。だいくは伊蔵様なのですね。何も考えずにうたっていました。
いちにだいくのうかがいに なにかのこともまかせおく
教祖様は飯降伊蔵様に全ての事柄をその伺いに任せるで、とハッキリと仰っておられますね。
その後の天啓者を封じ込め「うかがい」の出来ないただの本部員が全てを本部員会議なるもので決定してしまう。この姿は神不在の単なる人間組織で教祖が口がきけるなら人間思案はええ加減にせえ!と怒っておられるでしょうね。
改めて、我々は愚かにも中山家に続く人間やその取り巻きのほこりと欲望の渦に巻き込まれ翻弄されているに過ぎない事を再認識しました。この団体はよくもここまで嘘の上塗りして来ましたね。そりゃ甘露台も真柱も神の怒りに会いますわ・・
れんだいこホームページで勉強させていただきます。
ケンブツ 様
2018年12月27日 4:26 PM
>肥満は自分の意思で改善できる現代病なので世間的にもデブなどと嫌われています。意思が弱くだらしない人が多いので人は離れて行きその寂しさを食欲に向けまた太る悪循環をしているのでしょう。<
肥満は民間企業によっては、ボーナスの査定や昇進にも悪影響を与えます。自分の体すら満足にコントロールできない社員は、部下を統率する能力が無いと見なされるのです。大変、厳しい世界ですが、それが現実です。表さんの肥満は、長年、労せずして安楽な生活を続けてきた天理貴族並びに教団の実態を裏付けるものと考えてもよいでしょう。
こんばんは。 松村吉太郎氏の著書を読むに、松村氏は、本席様がいた当時は、必ずお伺いを立てて進めていますよね。 その後の展開も、日本全土を、おさずけ人で席巻する、日本中を天理教徒にする、と言う位の勢いで、行動されており、その思いたるや、現代の本部の方などとは比べものにならないでしょう。 自分の教会の祖霊に、寄進者名簿を祀って、必ずや、教えを広めて行くと決心を立てる所はすごい迫力を感じます。それに、詣で信仰では無い、神殿に神が不在では行けないと、自ら、神前奉仕、神殿奉仕? 神殿での、おさずけ、相談にも立っていますよね、とても、お供えを私物化してる様な所は、ありませんでした。 まあ、自著だから、批判は、書いてはありませんけどね。 吉太郎氏は、教えとか教義を編纂して、教団を整え、教勢を広げ、日本中に教えを広め様とされていたのだと、思いました。
それ自体は、私欲では無いと感じます。 でも、どこかで、神不在、人間信仰、金集めになったんでしょうね? 松村吉太郎氏の著書を読む限りは、天理教の拡大と大きくなるにつれて、大教団として、実在の神から離れ、教義信仰への変化と言うのも、なんか、判りましたよ。
ところで、最近の、若い教会長のブログ等も見ていますけど、皆さん、実在する神より、教義や、仕組みに翻弄されて、苦労されてると感じます。 教会でハロウィン? なにそれ間違ってね? と言うのも、でもこの教会長、頑張ってるんだよね・・とは、思います。
教義信仰なのか、実在の神信仰なのか、なんだかわからない物になっているのも、本部の責任でしょうね。
ただの父親 様
もちろん、松村吉太郎氏は、信仰者です。でも人間思案から誤った判断もあったでしょう。我が身、わが一族可愛さの余り、教祖の教えを曲げて都合よく利用した面もあったでしょう。
その証拠に高安大教会という巨大教会を設立しています。
自身の通ってきた80年の道を顧みて、晩年になって、初めて信仰者らしい思案にたどり着いたのかも知れません。
「天理教の間違った歴史の生き証人として80年の定命を授けられた」と聞いた事がある。
「組織せられた教会や眼前のおたすけなどをもって最高の仕事であるが如く考え、もっと根本的な、もっと本質的なこの神霊に対する考えを忘れているが如く観ぜらるるのは、何としても遺憾にたえないところであります」。(大正15年、教祖40年祭の翌年、第八回青年会総会でのスピーチ)
「教祖様のお隠れ後、ようやく四十年あまりにしかならぬ。それが早くも教祖立教の精神を忘れて、ただ教派の宗政面にばかりとらわれたり、安易なその日その日を過ごして、その安易さを親神様のお恵みだと考えていた日ごろが恥じられてならなかった」。
と語っている。
古い教会長さん、こんばんは。
道の80年 を借りて、2回ほど読んで見ただけなので、私は浅い理解の様ですから、すみません。
ただ、ここの天理教の本部の話が本当なら、吉太郎氏なら、なんとおっしゃるでしょうか?
私は、お尽くしは命のつなぎ? でしたっけ? きっと怒るんじゃ無いだろうか? と思いました・・
吉太郎氏はおやさまから、「この道は知恵学問の道やない。来る者に来なと言わん。来ぬ者に無理に来いと言わんのや」
とおさしづを受けられました。
イエスや釈迦が教会を組織しなかったように、私も教祖が亡くなられた後、教会は組織しない方がいいと思っている人間なのですが、吉太郎氏は教会の倍化運動をしました。こtれは結果的に、来ぬ者(信者)に無理に来い、と言うことになったのではないですか?教会を維持するためには、信者が教会に定期的に集い、お金を置いていってくれなければならないからです。吉太郎氏は倍化運動をしている時、そうすることは正しいんだ、と思っていたかもしれません。
しかし、結果的に教会側に負担を強いつづけることになったのではありませんか?
ただのおやじ様の・・・>吉太郎氏は、教えとか教義を編纂して、教団を整え、教勢を広げ、日本中に教えを広め様とされていたのだと、思いました。
というご意見ですが、私は、吉太郎氏のこの気概に敬服いたしますが、反面、教義の編集などは要らないんじゃないかと思うんです。天理教で最も肝心なことは知恵学問ではなく、誠一筋だと思います。教義化することは教理を難しくすることであり、学問的に立派でも逆に天理教の魅力を減じることtなるのではありませんか?
松村氏という、先人の立派な方に難クセをつけて足をひっぱるようなことを言ってしまいましたが、信仰は、目に見える壮麗な神殿とか大組織とかいったものにとらわれるのではなく、一人ひとりの信者さんが教えを通して心の内面を高めようとする時においてのみ、必要なのではないでしょうか
神さまは吉太郎氏に、「(神一条は)、一寸も難しい事はないで」 とも言われています。といことは、、吉太郎氏は、教えを難しくとらえていたのではないかと思うんです。
>教会を維持するためには、信者が教会に定期的に集い、お金を置いていってくれなければならないからです
貧・病・争が社会保障や医学や家族関係の変化で起こらなくなった結果、今は入信する人がいなくなりました。詰所や立地条件のいい教会が介護や学童保育や安宿業を行って、なんとか維持していける収入を確保するくらいしかできません。信者がいないので献金ではなく事業で収入を得るしか手立てがありません。
>吉太郎氏はおやさまから、「この道は知恵学問の道やない。来る者に来なと言わん。来ぬ者に無理に来いと言わんのや」とおさしずを受けられました。
松村吉太郎は、知恵学問の優劣で人の価値を判断して「来る者に来な」と言い「来ぬ者に無理に来い」と言う人間だったのでしょう。
だからおやさまは、松村吉太郎に向って釘を刺すように言ったのだと思います。
しかし、吉太郎はおやさまの言葉を悟ることが出来なかったのです。
前にも書きましたが
奉仕の1日は何もかんも忘れる事が出来た。 甘露台の前で理の相談をしたり病人におさずけを、取り次いだり
していると、お屋敷そのものがお助け道場にも等しかった、御在世の頃が偲ばれ、今日まで投げやりに
していた事が申し訳無くてならなかった。
教祖様のお隠れ後、ようやく40年余りにしかならぬ。 それが早くも教祖立教の精神を忘れて、ただ教派の
宗政面にばかりとらわれたり、安易なその日その日を過ごして、その安易さを親神様のお恵みだと考えて
いた日頃が恥られてならなかった。 そうして神前奉仕の実が上がって行く事が同時に、ぢばの真偽を
明らかにする事であると思った。
近頃の一般信者の言動を見ていると、本部にお参りする気分が濃い。 この道は詣り信心やない とは
教祖様の教えである。 それにもかかわらず、おぢばが、ただの詣り所になりつつあるのは、
今日まで、神殿において、お仕込みもおたすけも無かったからである。
これが次第に一つの習慣となってゆけば、おぢばは単に全国の教会を統べるところ、その事務の
元締めとなるところだけになってしまって、ぢばの真偽は消滅してしまうであろう。
道の80年、松村吉太郎著より、抜粋
文字や言葉で、ぢばの理を説くと共に、事実に、ぢばの理の
尊厳を証さねばならぬ。 神前奉仕は、その第一歩を踏み出したのであった。
私達老人5人での奉仕が二年ほど続いた。 その中に若い人達から
それはわれわれにも務めさしてもらいたい と申し込みが出てきた。
もとより、おたすけ精神の湧き上がってくるのを抑えるわけがない。
やがて大勢の人々が交代当番で務める様になった
神前奉仕、道の80年からの抜粋
松村吉太郎氏は、高学歴でもありませんし、道一筋の、信仰者だったと思います。
教義を編纂して、この道を世界に広めようとしていたと、思います。
教会の設置、会費制にしなかった事は、現代では裏目に出ていますけど、
今の、お布施、お布施のお話とは、何か志が違うと感じています。
女房の実家が天理教と言うご縁で、息子が天理高校に進学していますし、おかげ様で天理教には知り合い友人がいる関係ですが、私自身は、もう30年来の、別の信仰者ですしね、それこそ神に直結した信仰なので、今更天理教に惹かれる物は無いんです。 でも、友人の教会長も、親神様、親神様と言う割には、キリスト教徒と同じ感じでしか無いのです。 何であっても、親神様の思召しとして、理屈をつけて、納得されているのは、私には、受け入れられません。 本来、本席様がいらして、お伺いを立てられるのなら、私は、結婚パレードとか、親神様は、やめよ! とおっしゃったと思います。 結婚パレードなんて、人間信仰ですからね、そんな事も、今の、天理教の偉い人達は感じないなら、ほんと、どうかしています。
前にも書きましたが、友人の親が、神様所を運営しており、龍神を通して、天理王の命、親神様にお伺いを立てた所、時期候補が真柱に立ったら、我はじばから完全に手を引く、と言ったそうです。今の真柱様の身上も、その前段階と言う事でしょう。
私は、息子がお世話になっているので、反天理教ではありませんが、オカルトと言われようと、実在の神様不在の天理教は、この先は・・続かないと危惧していますよ。
吉太郎氏は茨木氏を破門にしましたが、これも、退職信者様の言われるように、・・・>「来る者に来な」と言い「来ぬ者に無理に来い」と言ったことになったと思います。二人は論争したが平行線をたどって決着がつかなかった。で、吉太郎氏は中山家の数の力を味方にして、茨木氏に「あんたは我々に反対するのか。じゃ、もうぢばに来なくていい」 という処分を申し渡した、と私は見ます。親神様なら、「反対するのも、かわいい我が子」と言ったでしょう。親神様は広く大きいのですが、吉太郎氏は狭く小さく感じます。つまり、教団組織のことを思いつめたために、一生けん命になりすぎて、天理教は~~(こうこう)でなくちゃ)いけない。天理教はこうあるべきだ」 というところがあって、排他的(はいたてき)になった気がします。
松村吉太郎は茨城事件にも、山名の分割にも、天理教の一派独立にも携わってますからね。
山名の分割は、諸井国三郎の山名の勢力が目障りだったからとか。
山名側は最後まで分割しないよう本部に折衷案を出したのに、
それを断固として受け入れなかったは松村吉太郎だったそうですよ。
一派独立の際にも、
政府の役人に多くのお金を渡したとか。
結局金によって独立した宗教なんですよね。
退職信者様
ライブカメラ見ました。
ガラガラな本部の様子がよく分かりますね。
本部に参拝する人たちが激減してるのが、
一目でわかります。
本部はライブカメラによって、
自分たちから人が離れて行く様子を晒しているようですね。
ライブカメラがなくなるのも時間の問題かもしれません。
匿名様
>山名の分割は、諸井国三郎の山名の勢力が目障りだったからとか。
山名側は最後まで分割しないよう本部に折衷案を出したのに、
それを断固として受け入れなかったは松村吉太郎だったそうですよ。
この頃は、各直属教会の勢力争いがあったようです。
郡山が一番に教会の届けをしことも、他の教会は納得出来なかったようです。
この頃から天理教の上層部は、天理教組織の中で、助け合わずに足を引っ張り合い、信者獲得を争っていたのです。
皆様、よくぞ言っていただきました。そういうことがあったんじゃないかな、と思っていたことが、やはり、多少なりとも現実にあったようです。本部の人は、己(おのれ)のことを先に考えて、己の為になるように天理教運営をしていったのではないですか?それは、天理王命やおやさまを、ないがしろにすることにならないですか。
宗教は 「信者主権」 です。主権は信者に在ります。信者さんがあってこそ、天理教教会も存在できます。本部の方々は、このサイトでの皆さまのこうしたご意見を読まれることがありましたら、過去の反省すべき点を深く反省されて、どうか、信者さんを第一義にされるよう、広く大きな心をもって通っていただくことを願います。
今年も暮れようとしています。
一年の経つのが早い事、早い事・・・
空恐ろしくなります。
ところで、天理時報の元旦号が届いておりました。
最近はてっきり読まなくなっていましたが「元旦号はどんなだ?」と思い読んで見ました。
真柱さんの事も有るので・・・
そうしたら一面には例年通り?新年の挨拶は掲載されていましたね・・・
ところが人の影が無い・・・
建物だけが写っています。
人が写っていない。
奥さんもおられるだろうし、陽気で勇んでいるはずの次期真柱さんもおられる。その奥さんも、新しく生まれた赤子もおられる。
なのに誰一人写っていない。
建物だけが写っている。
何か暗示的なものを感じさせられましたね。
人が消えて行く・・・いや既に消えていっている。皆去って行っている。
寒々しいような、活気の無さ、この国も高齢化が叫ばれお年寄りが増えていますが、そのあとに来るのは人がいなくなって行く姿じゃ無いでしょうか・・
その未来の姿を見せてくれたように感じました。
それでは皆さん良いお年をお迎えください・・・
天理教ほど、目くらます言葉を創り出し、かつ、連発した宗教も珍しいのではないでしょうか。
例えば、末代だという。十代遡れば1024人が居る、その血を受け継いでいるが、認識できるのはせいぜい3代前まで。その3代前の祖父の顔すら知らない。写真で知るのみです。
人は、一人ひとりの個性というか、徳分を活かして生きればいい。先祖の因縁だとか、末代の徳分だとか、そのような概念に囚われていては、委縮してしまうだろう。かく言う私がそうだ。教会の常詰めの子として生まれたばっかりに、進みたい道(決して楽な道ではない公立夜学工業高校)でさえ閉ざされてしまったのです。
天理教なんて、無くなってしまえばいいと思っています。中山家のみで極楽浄土を築けばいいだけのことです。それも、他人の手(お供えやひのきしん)を一切借りず汗水たらしてです。
この1年の皆様の貴重なご意見を糧にして残り少ない人生を生きていこうと思っています。感謝あるのみです。ありがとうございました。
この一年社会学を見続け、年の終わりに東風zさんの悔やんでも悔やみきれないただ天理教に
すがる親の元に生まれた子の悲哀。
私も同じような境遇でした。
世の為、人の為に一日でも早く天理教が消滅することを願っています。
東風Z 様
2018年12月31日 10:06 AM
>人は、一人ひとりの個性というか、徳分を活かして生きればいい。先祖の因縁だとか、末代の徳分だとか、そのような概念に囚われていては、委縮してしまうだろう。かく言う私がそうだ。教会の常詰めの子として生まれたばっかりに、進みたい道(決して楽な道ではない公立夜学工業高校)でさえ閉ざされてしまったのです。天理教なんて、無くなってしまえばいいと思っています。中山家のみで極楽浄土を築けばいいだけのことです。それも、他人の手(お供えやひのきしん)を一切借りず汗水たらしてです。<
私個人の人生と重なる部分があり、共感を禁じ得ません。おっしゃる通りだと思います。私は末端分教会の長男として生を受けましたが、幸いにも天理教の矛盾点や理不尽さに若い内に気づき、両親をはじめ、上級教会等の周囲の期待に反して、天理教にドップリとつかることなく私自身の判断で人生を歩んできました。しかし、今から思えば、天理教の教会にさえ生まれなければ、まったく別の人生を歩めたかもしれないと思うことが多々あります。人生に後悔はつきものだと思いますが、悲しいかな人間は生まれてくる所を選べません。若い読者の皆さん、軌道修正がきく内に、自ら正しいと信じる道を歩まれたらよいと思います。天理教にとらわれる必要など毛頭ありません。
私も、この1年間、皆様のご投稿を読ませていただいて良い勉強をさせていただきました。ありがとうございました。来る年が皆様にとって幸多き1年となりますように。
本部が閑散としているくらいですから各教会は推して知るべし。年寄りは出直し若い世代の入信なし。棄教者だけは山のよう・・・こんな状況では宗教専業でやっていくのは不可能です。
本日元日の定点継続観測(元日の昼間、数十年間)をご報告いたします。
A.豊田山
ガラガラ。駐車場もガラガラで、毎年黒法被の青年が交通整理員をしているけれども、不在(正確には不要だからいない)。大昔は、芝生だった。いつの間には、竜安寺の石庭のようになった。ところが、本年、入り口のドングリの木が大きくなって、玉砂利に大量のドングリが混じっていて、無残なことになっていた。玉砂利とドングリを一緒にして、流線を描いている。ウン? 流線を描く手間の前に、まずはドングリを拾わないの? 手入れが行き届かなくなっている模様。木を一本切ることも、現場判断でできないのだろうか?
B。本部
言わずもがなの、ガラガ~ラ。数十年前は、春日大社、石上神宮の初詣と一緒に参拝の人も多かったのだろうと思う。子供の迷子がでるほどの大混雑だった。つまり今、近畿圏の一般信者はいなくなったということ。
右肩下がりで衰退するエセ宗教を長年観測できて、貴重な体験でした。
皆様の一年が、実り多きものでありますように。
本部も閑散なら地方の教会は尚更のこと閑散としいる。参拝者も来ない教会もある。元旦祭も勤めてない。ただ建物があるだけ。看板も霞んで読めない。草木の手入れも行き届かず、朽ち果てるのを待つだけか?11月の修養科生入学者わずか47名。この道は獣ゆく細道になってしまったのか?
>近畿圏の一般信者はいなくなったということ。
もとは近畿圏のローカル宗教が全国に・・・となった天理教。今や近畿圏にすらいなくなったとは。近畿圏以外ではもっといなくなったと思われる。建物の維持費くらいはどうにかと教会が思っても、肝心の信者がもういない。つまりお供えに頼っていては維持できないので事業をという声があがるのも当然。本部は「人間思案」と却下せず各教会にお供えに頼らず事業で稼げと奨励するべき。
新規信者の開拓に余念のない道一条の若い後継者が、
「信者が後10年で居なくなる。つまり私達は食べて行けないと言う事なんです。新しい信者さんがどうやったらお供えが出来る信者になるまでに育って頂けるかが今後の課題です。」と大真面目に語るが、そもそもお供えをして貰うのが今後の課題、って何なんですか?つまり、食い扶持が居るって事でしょ。
末端の上納金で生きて来た彼らはお金の厳しさを知らない。今後、お金は湧いて来ない現実を知る事になるだろう。
教会は自力で生活費を生み出さなければ、人助けどころか、社会福祉のお荷物になるかも知れない。
都内の山手線に近い場所なら安宿やれば稼げますが、そんな条件じゃない場所では商売したくてもできないでしょうね。そんなところはサラリーマンするしかないんじゃないですか?お寺もお宮もサラリーマンと兼業ですよ。宗教専業は定年になってから。イスラムの聖職者なんか完全にボランティア。毎日世俗の労働をやっています。それを見習えばいいだけじゃないですか。イスラムにできることは天理教にもできます。
あけましておめでとうございます。
私は、息子が天理高校に在学してるから、所属の教会に、お供えも、だいたい年に3回位、一回に大一枚はしています、そのくらいであって、あとはおじばの賽銭箱にチャリンと入れる位です。 それ以上、お供えを要求されたとしても、不要に出さないし、教会長も、決して自分から、くれとは言いません。 女房はようぼくです、私が仮にようぼくになっても、そこは変わりません。 息子が天理高校を卒業したら、さらに、お供えの回数は減り、年に1回位になるでしょう。
一般的な感覚として、お供えの量が功徳の量などとは思わないので、給料の2割? ご冗談でしょう? ははは・・ですよ。 毎月○万円もお供え? やるわけないですよ。
だから、何も困らないのです。 一般的な、人は、そんな物だと思います。
一般的には、天理教に関わっていても、全然困らない、苦労も無い、ご利益は? 無いとは言わない、そこはよくわからない・・人それぞれ? でしょう。 気持ちの問題でしょう。 御筆先やお指図を調べて、理解する人なんて、極少数ですよね? なんとなく、じばへの詣でを行なって、お手振りしてる人の方が多くありませんかね。
おさずけ、で、病苦から救われた! と思えば、一生懸命に詣でるか、お勤めはするでしょう、その時はお供えしても、それだけでしょう。
うちの女房だって、修養科をでていて、ようぼくですけど、詣り信仰以上に考えてもいないし、教義もぜんぜん覚えてもいません。 義兄夫婦は夫婦でようぼく、毎月1回は、熱心におじばに参拝していますけど、お供えも、年にほとんどして無いし、教義についても、聞いてもぜんぜん説明もできません、何も理解していません。 大方の信者が、そんな物なら、天理教は無くなりはしないでしょう。 おじばの維持くらい出来ると思いますよ・・新築や増築は大変でしょうけどね?
仮に詰所の新築にお供えを依頼されても、じゃあ1万円だけ・・位しかしませんよ。
普通の感覚って、そんな物でしょう・・だから、消えて無くなれ!とまで思いませんし、そこまで興味も無いし、そこまで入れ込む物が無い・・と言うのが本音です。
神の奇跡が体感できなければ、ますます、そこまで入れ込むモチベーションは無い・・想念上の神様なら、キリスト教の主だって、変わらないんですよね、だから、毎週教会に行くけど、それ以上入れ込む物を感じない・・と言うのが一般的でしょう。 だから、べつに何も困らないんです。 普通は、洗脳されるほど、御利益が無いって事でしょう・・大方の信者は、私を含めて、本部がどうあろうが、俺には関係ね〜って思ってると思います。
消えて無くなれと思ってる人は、教会師弟、家族とか住み込みだった人で、お供え等で痛い目にあったと感じてる人、 本部に変わって欲しいと思ってるのは、それも、熱心な教会師弟、関係者と、熱心な信者さんですよね、それを読んでいて、大変ですね・・それなら、ますます、個人としては、天理教とは、距離を置いて、付き合って行こうと、私自身は、決心しています。 ご忠告ありがとうございます・・と言う感じです。
教会を背負ってる方には、ますます難儀な時代ですよね。教義だけでは、人は集まらない時代です。 真実の神のお力、奇跡が有っての教会じゃ無いかと、私個人は、思っています。
ありがとうございます、失礼いたします。
匿名 様 2019年1月2日 6:36 AM
>新規信者の開拓に余念のない道一条の若い後継者が、
>「信者が後10年で居なくなる。つまり私達は食べて行けないと言う事なんです。新しい信者さんがどうやったらお供えが出来る信者になるまでに育って頂けるかが今後の課題です。」と大真面目に語るが、そもそもお供えをして貰うのが今後の課題、って何なんですか?つまり、食い扶持が居るって事でしょ。
全く匿名様の仰る通りだとおもいます。
世間一般なら、「いい話」「感動的な話」「皆が聞きたいと思う話」が出来る人は、あちこちから引っ張りだこで講演料を貰い、本を出版し、ネット等で公表して収入を得ているのが『当たり前』です。
そういう「人気商売的な話」が出来なくても、思考を巡らせ本当に研究や学術的に突き詰めて行けば、研究機関なり教育機関なりから認められて、それなりの食い扶持が出来るのも『当然の事』です。
本人が、なんの努力も工夫も勉強も研究もせずに「俺の話を聞いてお金を出してくれる人が居なくなる、どうしよう?」と悩むとは、本末転倒も甚だしいとしか言えません(笑)。
この事に気付かせてあげる為にも、末端教会さんや信者さんは、講師や上級の人達の話の内容で『お供えやお礼』の金額を決めるべきですね。
この事を離脱前の話合いて伝えたら、上級の世話係は顔を真っ赤にして怒っていましたけど。
https://ameblo.jp/kyoukai-sitei/entry-12306051006.html?frm=theme
「俺の話を聞いてお金を出してくれる人が居なくなる、どうしよう?」
まず自分の話に金がとれる価値があるか考えたほうがいい(笑)。イスラムの聖職者は世俗の労働を毎日して、モスクで天理教よりもはるかに上手な話をしたって金なんかもらえないのに。立地条件が事業に適さないなら職安にいって仕事を探してサラリーマンになるべき。
紹介に有った、加藤氏のブログをいろいろ読ませていただきましたが、面白いですね〜 もっとも、天理教の事だとは書いてはありませんけどもね。大変良い勉強になります、ありがとうございます。
私の様な立場の人間からしたら、なんだか面倒くさい話ですよね。 私個人は、息子の事があるので、何も言いませんが、そりゃあ、所属?教会が遠くてラッキーだったな
・・と言う心境です。 なので、今後も、おじば詣でだけで済ますとします。
私個人は、霊友会師弟でもあり、母方の祖母が支部長だったから、存命中は、付き合いで会費を納めていましたが、月に五百円でしたから平気でしたし、動員かけられたら、黙って、出かけていました。 霊友会は世襲じゃあ無いので、祖母が亡くなった段階で、後継者はいないので、支部は解散、信者はそれぞれ気に入った支部へ自分で移籍してもらいました。 大きな祭壇と過去帳は残っていますが、もともと個人ですから、関係無いんです。
天理教も、後継者不在なら、教会解散、信者は上級に移籍で良いんじゃ無いですか?
教会長もサラリーマン兼業で、土日に活動したら良いですし、何より会費制にして、本部直轄信者にしたら、今、何となく詣でているだけの人からも、支えてもらえますよね? おじば、で、一般信者向けに、別席以外にも、講和とか、お話しを、一回毎に千円位で、開いたら良いんじゃ無いですか? などと思ったりしますね。
昔の様に、息のさずけ、とか、特別な、お守りを下げたりしても良いですよね?
などと思いました・・
私個人の信仰は、私の教団の、師神、御守護神と祈りで直結して、人間関係の上下とか横のつながりが無いので、こう言う煩わしさは一切、無いんです。
先日、東京の聖地を参拝して1日いましたが、終日礼拝堂で、師神のエネルギーを引いていただけです。 2回ほどビデオで引き方の講習と、職員も指導してくれますが、あとは静かに個人個人で引いているだけです。 身体中に神気が充満して、帰る時には、爽やかに充実した気持ちになれましたし、神からの私への導きも、祈りの中で受け取れました。それだけですね・・人間関係は、特に無くても構わないです。
天理教も、おじばで、親神様、教祖様から、祈りで導きを、受け取れた方が良いですよね? と、私個人は、思っています。 そう言うのは異端でしょうけど・・・
ツイッターでの情報です。
N:元旦祭に聞いたのですが、真柱様は、12月21日に、おさづけの理を一部の方に、お渡しなされたと、お聞きしましたが、どうでしょうか?
H:学生さんにはだいすけ様がおわたしになるとききました。
T:身内の者の3人だけ渡されたらしいですよ。真柱さんが渡されたと聞いていますが、大亮サマが渡したらいよいよ訳がわからないでしょう。
正月早々に、所属の会長に腹が立ったから投稿します。
父親の身上と事情が中々良くらないので、お供えについて聞きました。紐付きのお供え、寄付、用途指定のお金…
天理教では、そういったお金は「お供え」とは別物と捉える。
お供えした後は何に使われても構わない、「神」に対して、自分の財産をお供えする。そうすることにより、助かる。神様が働いてくださる。御守護が頂ける…と。
それを、教会長がようぼく、信者に対して言うのだと。
お供えをたくさんした方がいいよ。でも、そのお供えした後のことについてはノータッチ、使い途は知らない、考えない。それが「お供え」ですよ…と
お供えしたお金はどんな使われ方をしても良いのだ!神が心を受け取るのだ!だから御守護が頂けるのだ!分かったか!
こう言われて、得心がいく人が、今の時代にどれだけいるだろうか…
何も意見せず、給料の1割を、 教会長の言う「お供え」をする。
しかし、助からない、良い方向へは向かわない。
どうしてですかとたずねると、1「お供え」が足りない
2信心が足りない、届かない
3助かっていないようだが、別の角度から見たら、考えたら、受け取り方からすれば助かっているのだ
4先を楽しめ
このどれかの返答が来る。
これを詐欺と言わずに何という?
これを信仰というのか?
これが親神様の教えなのか?
おい、結果が出ないなら、信者のせいにするなよ。
導いた、「理の親」(教内の造語?)のあんたが何もできないのはどうなんだ?
全員が助かるとは限らないなら、「必ず助かる。御守護頂ける」などと言うな!言葉ひとつが天の理なんだろ?結果をみてから後出しで詭弁しか返せない人間は親神様が望んでいないだろ?
助かれば、良い方に向かえば神の
御守護。
助からない、御守護頂けないのは信心、行いが足りない、届かない。
もう疲れました。
このサイトの書き込みの中にこれからの生き方のヒントを得ました。
ありがとうございます。
これからは自分自身が強くならないと…
献金を受けとる先と功徳を出す先が違うのは一番の問題点ですよねW。創価学会でも同じことをいいますよ。「神や仏にささげたのだから、献金が使途不明金になっても疑問を持ったり抗議の声をあげてはいけない」・・・神だろうが仏だろうが、新興宗教のいやらしさはまさにここにあるのです。
2019年1月3日 11:27 AMの匿名 様
強くなってください。自分に負けない克己心を養うことは容易ではありません。でも、これが一番肝心なのです。
教団の言うことなんか何の足しにもなりません。あれが欲しい。これが食べたい。何でもない日常のこの心使いをコントロールすることに成功した時に本当の強さが見られるのです。
言うは易し。行うは難しですよ。頑張ってください。この欄から学ぶことは余りにも多いですよ。
病気も教団が治してくれるとは思えません。教団に属していたら、神は救ってくださるというものではないでしょう。その教団の教会に行って、拝んだり賽銭したりすれば治るというものでもないでしょう。イエスも、病が癒えた人に向かって、「あなたの信仰があなたを救いました」 (マルコ 5ー21) と言われているように、病を治すのは、最終的に自分ではないかと思います。自分で自分の間違った心遣いに気づき、二度とその間違いをしなしよう努力して生きることが大切なのではないでしょうか。
>あれが欲しい。これが食べたい。何でもない日常のこの心使いをコントロールすることに成功した時に本当の強さが見られるのです。
う~ん、私はちょっとこれ理解できませんね。天理では「ほしいは心の塵」と教えますが、流行の服を欲しがりグルメを楽しみたいのは女心です。女心を否定する教えは人間理解に欠けています。コントロールは予算の範囲内ですべきことで、宗教の理念に従ってするものではないのです。
匿名 様
2019年1月4日 7:48 AM
仰ることも良く理解できます。ただ、少し自慢話っぽくなりますが一人の老人の生きざまとしてよんでいただければと思います。
当年80歳、過去に2度死地を彷徨う大病を経験しています。2度目の病の時に余命1ヵ月といわれたときは、観念しました。26歳の時でした。ところが、有り金を使い終わった時29歳でした。不思議なことに医師が驚くほどの体に戻っていたのです。その間は全国を彷徨い死地を求める旅でした。両親の悲しみは今思うと相当なものだったと想像します。
以来、求めるものがなくなりました。幸いにも適職を得て73歳まで勤めを果たすことが出来ました。タバコは元より、酒類も絶って日々生きているよろこびを胸に生きてきました。父母への悲しみを想い天理教と付き合ってきましたが、心底からの信仰ではなかったと思っています。
今も、血圧、血糖値、他すべての検査値が正常で、常用する薬も一切ありません。敢えて言えば3月から1ヵ月余りの間、抗アレルギー剤を服用するのみで、それも軽減してきています。
今は亡き日野原重明先生の説かれたことの百分の一でも実行しようと努めてきました。腹七分目はダメでしたが、八分目にとどめる努力をしてきたつもりです。そのことが今の健康に繋がっているように思うのです。一例として、夕食は麦3割のご飯が130gです。おかず2品、おみおつけ150㏄と共に50分前後の時間を掛けて頂いています。
教団幹部の方々の太りに太った体型を見ていると、宗教家にあるまじき姿だと感じているのです。歴代の真柱さん方が成人病ごときに倒れられるなんて信じられないのです。
今の望みは、百歳近くで僅か一日の床で眠るがごとくに逝った母の後を追うことが出来ればとの思い一つなんですよ。
先にも言いましたが、正に、言うは易く、行うは難しです。でも宗教を信じているのであれば一歩でも、二歩でも近づく努力が必要ではないでしょうか。
今の年金は夫婦を足しても20万円に、はるかに届きません。その貧しさが日々の抑制につながっていることも一因ですが、教祖が仰った、畳一枚が我が世界にならないように努めることが出来ていることこそ、よろこびなんです。
教団はこういう生き方を望んでいる人たちにこそ手を差し伸べてほしいですね。酒を飲んでくだをまいている教団幹部を見ていると情けなくなります。
どうか頑張ってくださいね。
>畳一枚が我が世界にならないように努める
これはいい教えだなあ。でもこれを実践していないのが王家と天理貴族たち。畳一枚だけの世界しか知らず、それで満足している。本当なら彼らは都内の会社(天理とは無関係)につとめ、狭いアパートで暮らし盛夏にネクタイしめて満員電車で通勤し、あちこちで米つきバッタみたいに頭下げて歩き、自分の会社を売り込む毎日を送るべきです。これこそがみきの教えです。
畳一畳の世界しか知らない上級に位置する人間と言うものは、はいはいと上の言う事を無抵抗に受け入れる。先代会長夫婦は後継者に後を譲り、これからの人生を楽しみにして来た。その矢先、彼らは人材不足の大教会に目を付けられた。何事もハイ、ハイしか言えない様に、生まれた時から洗脳され、コントロールされて来た彼ら夫妻の老後の楽しみは見事に大教会に奪われ、終の住処が大教会となった。
自分の意思を持たず、判断基準が大教会だから、残りの人生をも大教会に差し出してしまう。内面では不足心も持ったはずだ。しかし彼らは「ハイ」の世界しか知らない。
自分の人生であって自分の人生でない。こんな事をまかり通す天理教世界は人権意識の上では世の最低ラインに位置する世界だ。人生を奪われない様、自分の意思、判断は最低限を生きる権利です。
若者の皆様、ここに語られる経験者の言葉を信じてください。
「畳一畳の世界」 を 「非常に狭い世界」 、つまり「井の中の蛙」 というふうに解釈されているようですが、これは 「寝たきりになる」 という意味で言われたのではありませんか?ちょでっと気になりましたので・・
昨年の「みちのとも」2月号の定時集会の記事を改めてよんだ。
詰所を利用した帰参者数
立教170年 1,099,341人
立教179年 814,598人(教祖130年祭)
延べ宿泊数
立教170年 756,781人
立教179年 585,307人(教祖130年祭)
詰所への配食数
立教169年 4,473,426人(教祖120年祭)
立教179年 2,774,316人(教祖130年祭)
この減少は、本部の施策の失敗や誤りではなく、全国の教会長の責任らしい。
80年祭や100年祭との比較表も見たいですね。
れんだいこHPより
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_11sonogo1co.htmHP
(お道の教勢、動勢)<おさづけの理拝戴人数(年間)>
おさずけの理拝戴人数(年間)
1966昭和41年 教祖80年祭 37、681人
1976昭和51年 教祖90年祭 約34、000人
1986昭和61年 教祖100年祭約23、000人
1996平成8年 教祖110年祭 約14、000人
1998平成10年 教祖120年祭約10、600人
2006平成18年 9、991人
2013平成25年 年祭活動1年目 5、541人
2014平成26年 年祭活動2年目 5、274人
Hさんというお名前から恐らくは女性の方か。新年早々の書き込みを拝見しました。
≪1月4日
≪接待は本部女子青年、女子本勤者。
≪裏方に男子本勤者。
≪本部青年は食べる側なのに、本部女子青年はお世話する側なんだよね。
≪そしてある意味一番緊張する担当テーブルは婦人会の奥様方のテーブル。
≪もちろん、接待に付く人も選ばれて付けられるから私は担当になったことないけど。
因みにご馳走は「すき焼き」だそうです。
「すき焼き」には本物の牛肉を入れるのでしょう。その代金は誰の財布から支払われたのでしょう。
本部の婦人会の奥様方の中の一人は修養科で同じ組でした。
いつもうっとおしそうな表情の方でしたが美味しい「すき焼き」を召し上がれば表情も緩むことでしょう。
女性ながらも天理教世界で女として昇りつめた結果の地位。
心からお喜び申し上げます。
もしも私がそのような場に招待されても出席はしないと思います。お助け先にでかけるからとかウソをつきます。
野宿者を見かける地域に住む自分には、美味しくいただくことなどできそうもないからです。
以前、どなたかが書いておられましたが大亮さんのお流れは苦い味の酒だったとか。
そう感じる感性が「まとも」なのです。
新年会をすることが悪いわけではありません。
食する人(男女ともに)皆で用意をするという発想に切り替えてください。
毎年当番を決めてやればよいでしょう。「すき焼き」なんて簡単調理ですよ。
本部員・本部婦人がそっくりかえって歩く様子はこっけいです。
天理市内だけの常識は世界では非常識だと気が付かない人たちには世界だすけなど口先三寸のこと。
天理教一般信者は貧乏生活に子供時代から慣らされていますから、食べ歩きなんてしません。
でも大教会の奥様や教区の分教会の奥様方は食べ歩きを楽しまれたと直接聞かされました。
私は結婚後の数年を除き、定年まで内職やらパート勤務を経てその後、男性社会の中でじっとこらえて定年まで勤務してきました。
生活のための働きですから食べ歩きのような無駄金は使えません。稼ぐのにどれほどの我慢がいるかを身をもって知っているからです。
今時の若い女性の言う「ワンオペ」を嘆く声なんて、甘いなぁと感じます。頭を使って工夫しての毎日でした。
長い勤務歴でも低賃金でしたから今もって貧乏生活。お地場帰りの際の外食が痛く感じるほどです。外食は経済的に無理なのですが、皆さんと歩調を合わせないわけにはいきません。お土産も本当は買いたくないのですが仕方なく一つほど購入。
帰宅後には、納豆かけご飯、みそ汁かけご飯、ふりかけ(百円ローソンで助けられています)ご飯で数日間で調整します。
このような事を人に披露したところで役にも立たないでしょうが、純粋に道専務で布教をされている若い方々に知っていただきたいのです。世間で働きながら、自分の人間性を磨き、収入を得る経験をしながら道を歩まれてはいかがでしょう。
今年も性懲りもなく少年会のお年玉教材には、お供えポチ袋が入っているらしいですね。
https://twitter.com/getmilk_c/status/1081741262028324865
あーいやだいやだ。なんなんでしょうこの狂った感覚。
牛肉のすき焼き、自分いつ食べただろう?
子ども達のお年玉に手を出しながら、自分達はすき焼きパーティーですか。
まさにゲスの極み!!ですな。古い?www
しかし、[天網恢恢疎にして漏らさず]とはよく言ったもので、
教団内を見聞きしてきた自分の経験上、
ねずみ講的集金体制で集めたお金で贅沢している本部員、大教会長やその家族、
また部内教会を多く持つ会長たちの恐ろしい「徳負け」の悲惨な姿を色々とみせられてきました。
(詳細は恐ろしすぎて書けません。)
天理教お得意の「理」や「徳」を用いて表現するのなら、
『まったく理のないお金(もらう根拠のないお金)を貰って贅沢しすぎて、徳が切れた残念な姿』と言えるのではないでしょうか。
やっぱり「神様の御守護に勝手に値段をつけて暴利をむさぼるのは神が許さない」んだなとつくづく思う次第です。
貧しくともいじけずに、当たり前のことですが自分の食い扶持は自分で努力して稼ぐことが正解なんだとしみじみ最近思います。
自分では良いことをしているつもりでも、知らない間にいつの間にか徳をすって地獄に落ちる。
そんな落とし穴には「徳がある」 なんて祭り上げられている立場の勘違い人間の方が落ちやすいのかもしれませんな。
神様は怖い怖い。
あー貧乏末端教会事上働きでよかったー^^。
匿名 様
>ねずみ講的集金体制で集めたお金で贅沢している本部員、大教会長やその家族、
また部内教会を多く持つ会長たちの恐ろしい「徳負け」の悲惨な姿を色々とみせられてきました。
(詳細は恐ろしすぎて書けません。)
その徳の切れた残念な姿の、一端をお聞かせ頂ければと思いますが。無理でしょうか。
古い元教会長 様
2019年1月7日 5:45 PM
>その徳の切れた残念な姿の、一端をお聞かせ頂ければと思いますが。無理でしょうか。<
古い元教会長様だけでなく、私も是非知りたいのですが無理でしょうか? 天理教被害者をこれ以上増やさないために、また、現在、天理教を盲信している信者さん達が少しでも早く目を覚まされるためにも・・・今、本当に必要な真の人助けになるはずです。
こんにちは。
5日からおせちのひのきしんがあるので、4日に息子を天理に送って行きました。 ただの父親です。お正月の休暇中に息子に聞いた話です。
天理高校2部は、教会子弟は少なく、親戚関係が多いようです、どちらかと言うと、うちの様に、ただの信者家庭も、半数近くいる様です。 息子の友人に教会長男がいて、その子はどうやったら、将来の教会長から逃げられるか、悩んでいるとか、そうかと思うと、俺は教会長になりたい!と言う子もいるとか?・・・きっと羽振りの良い教会長を見てるんですよね・・(笑)
息子に、給料の1割をお供えしろと言われたらどうする? と聞いたら、そんなの逃げるよって。 お供えするのが功徳とか、だれかに言われる? って聞いたら、そんな話は聞いたことないって言います。 お年玉からお供えできる? ええ・・やだ。 周りの卒業後の勤務者達は、有給も無いし、雇用保険も無い、月2万のお与えで、2年間の天理奉公らしい、それも知っているし、だから一般家庭出身の生徒達は、卒業後は、天理を離れて就職する事を望んでると言いますし、お供えを要求されても、常識的な範囲にしかしないのが普通でしょう・・と言う話。
私も、息子が天理高校に進学したからいろいろ知る事が出来ました、ありがとうございます。
私の地元に、流行る観音様があるんです、ここは、あるお寺の持ち物なのですが、ここには、元旦から大勢の参拝者が来るんですよね、それで、人が来るから、だんだんと店を作り、食べ物も売ってるし、香具師も来る、みんな御守りに賽銭と出すから、その売上のおかげか、駐車場を広げるし、トイレは綺麗になるし、しかも年々、仏様が増えてる! 今年行った時、あれ? 新しい観音像が立ってる! ボケ封じとか書いてある! ・・こんな調子で、年々仏様も充実して、さらに参拝者が増えてる気がします、それだけじゃ無いんです、お寺なので、2月は節分の豆まき・・厄祓いとかやってるから、参拝者が年中あるようです・・近隣にここまでやってる神社とか無いんですよ、住職は私と同じ年ですけどね、ほんと凄いと思います、まさに、観音様の御利益をここに見た気がしますね・・一人勝ちって思います。
もちろん、皆さん、観音様の御利益を感じるから、来るんですよね、きっと・・
教会を維持するのが大変なんですよね? 単独維持する為には、年1万円お供えしてくれる信者が、400人位は最低限欲しいですよね。 こうなると、もう教会はカフェとかコンビニを併設するか、宗教らしく、各種厄祓いを行うか、各種お札、お守りを売って稼ぐか? ですかね? 普段から、参拝者の絶えない状況を作らねばなりませんよね。 本部も、親なら、子供が生きていける様に、手段を講じてやるべきですよね? 食えない子供から、引っ剥がす親って、あり得ないでしょう。 子供が生きていける様に、お札、お守りを発行する、厄落としもできる、なによりも神に触れられる・・というのを本部は、下部が行える様にしてやったら、上納金も上がって来ますよね?
教会が商売できて稼げる仕組みを提供しなければ、なりてはいなくなります。
流行ってる観音様以上に、各教会で御利益を感じられるなら、参拝者も信者も絶えず、天理教も反映するでしょう。 むかしは、おさずけの効能で、押すな押すなの大盛況で、信徒が増えたんですよね?
今現在、あまり御利益を感じられないから、信徒も減って、各教会も苦労されてる訳です、その責任は、親である本部にある訳ですよね・・・・
次期真柱の時代から親神様が手を引かれ、いよいよ、おさずけが効かないとなったら、本当に教条と教えだけの宗教になってしまいます、教えだけで、教会が維持できないから、事情教会になっているのですよね? 本部はもっと、子供が食べて行ける道筋を示してこそ、親と言う物でしょうね・・・・
ここのコメントを読んでいて、なんだか、めまいがするほど一般的な常識とズレている・・そう感じざるを得ません。 教祖様も、おそらく、呆れておいででしょう。
皆さん、神様は、お供えの額なんて気にしておられないでしょう、皆さんの信仰心を、お供えでなんか計っておられないでしょう。 それは常識的な範囲でいいでしょう? 困るのは親神様では無い、それで食べている方々でしょう。
まるで、国民に貧困層が増えているのに、消費税と言う庶民増税を行いながら、福祉を削り、役に立たない米国製兵器の爆買いを断行する、ボクちゃん宰相の様ですね・・まだ宰相は選挙でひっくり返せるだけ希望が持てますが、一宗教団体内の世襲制に対する選挙は無い様ですからね・・そりゃあ離反と言う選択肢しか無いでしょうね 。 上からの圧力だけでは、みんな逃げ出すのが普通でしょう?
私も天理教と関わっていて、人間関係は多く増えましたが、何というか、愛の心とか、神の優しさ、神の愛と言う物には、まだ出会えておりません・・だから、とてもじゃ無いけど、お供えが怖くて、深く関わろうとは思いません。
常識の範囲内で、出せる範囲で、です。
だいたい年間、3万円位まで、それが今の私の常識の範囲ですよ。
いつの時代も、どこの国でも、「弱肉強食」「盛者必衰」「諸行無常」
自らの意思で生まれてくる人間はいない。親も時代も性別も選べない。
さあ、あなたはどう生きる?
他国と比べると日本には皆保険制度があり、生活保護もあり、義務教育、衛生、栄養も高い水準。
治安も良い方。
銃も巷には溢れていない。
天理教という宗教の「組織」に属さなくてもいいんでないのかな?
教えを実践する、言動に移す。
それだけでも神は喜んでいるはず。
お供えしてもいいけど、使うのは人間だからね!人間が使うからね!
> お供えしてもいいけど、使うのは人間だからね!人間が使うからね!<
本当にその通りですね。
信者の皆様。あなたのお供えはあなたの自己満足であり、それで心が救われるなら、単にそれだけの意味です。
あなたの差し出したお供えは、神が使うのではなく、本部員や、大教会家族達のすき焼きに使われているんです。
そんな無駄金を使わずに、その大切なお金であなたの家族のためにすき焼きを作り家族団らんした方がどれだけ良い事でしょうか。
お供えははもうやめましょう。私はやめました。でも今、幸せですよ。罰も当たっていません。むしろ静かな幸福感に浸らせていただいています。囚われから解放されると細胞が活性化している気がします。
災害時のひのきしん、災害時の寄付金には使われています。
それ以外にも皆さんのいちれつ会の学費にも使われていましょうし、私は生活費にも使ってほしいです。
真備町の病院は復活できてないということです。
皆が助けたいと思い、それが災害地に集まれば復活につながっていくと思います。
東日本の震災時も多くの寄付金が支払われたと聞きます。
天理がやってこられたことを私は否定しません。
匿名です 様 2019年1月7日 9:40 PM
確かに、災害時のひのきしんや寄付金には使われているでしょう。
ちなみに、今でも年間100億円かき集めている「お供え」のうち、どれほどが使われているでしょう?
確かに、専従者や関係者の生活費や施設設備の維持費も必要でしょう。
100億円全部を災害時ひのきしんや寄付金に使えとは言いません。
仮に、公営ギャンブル並みの25%を抜いたとして75億円です。
もっと悪どく、宝くじ並みに抜いたとして50億円が残る計算になります。
50億円あれば、一般の人を雇っても、1000人ほどの人間をまるまる1年間働かせることが出来ます。
災救隊といえば、無償労働に近い形で信者や教会関係者を集めますので、一般の人の10倍、10000人位になるでしょうか。
10000人が一年間災救隊や復興支援のために働くことが十分可能な訳ですが、時報などを読む限りでは、せいぜい2~300人が1~2週間程度で終わりです。
人数も50分の一程度、期間も一年の25分の一程度では、使われる金額も1000分の1程度って事になりますね。
天理教団がやってきた事実を私は否定しません。
加藤様
加藤様のお話の中にいちれつ会の学費のお話が出てきていません。税金のお話も出てきていません。光熱費にしても設備費にしても出てきていません。道友社にしてもそうですし、病院もそうですし、だんだんなくなってしまってきてしまった大切な組織やこれからなくなろうとしている大切な組織も天理が人を救うために作ってきたものだと思います。
100億のお供えがあがるのかあがらないのかよく知りませんが、現状と皆さんの想像に開きがあるように思えてなりません。
甘露台を守り、教祖殿を守り、様々な形で天理を支えられている方々がおられるからこそ不思議な助けも形を成してくると思います。
医療介護に出来ることはたった一握りの助けだと思います。
自分と向き合うことは辛いことで、だけど天理は供に自分自身と向き合うことに寄り添ってきた組織だと思います。
怒りの感情を持っている時血圧は上がりますよね。8つのほこりの感情にとらわれた自分は自分自身を傷つけてしまうんじゃないかと思います。
天理がセーフティネットになられている方々は存在します。天理を潰してしまったらそれらの方々のセーフティネットを奪うことにもなります。
東風Z様、様々な匿名様
御意見をいただいていましたが、またブロックがかかりしばらく読めませんでした。読めるとうになった時には話の流れ上、書き込みできませんでした。
またブロックがかかるでしょう。でもこれから出勤ですし、お返事できずにすみません。
御意見は遡って読ませていただいております。
匿名です 様
色々なご意見があるのは百も承知です。ただ、私の体験から感じたことは、現行天理教の教義が責め道具に使われたことなんです。その一点でこの宗教に大きな疑問を感じました。匿名です様よく考えてください。
田畑を売ってまでお供えをして、地震に遭われて一族が苦労のどん底にある方を知っているんです。その方に、どのような救いがあったのでしょう。
今、その田畑があったならば、家の再建のために使うことが出来たかもしれないのです。お供えに消えてしまっては何のテコ入れにもなりませんよ。もっと、世間のことを掘り下げてみてください。天理教が無くなって困るのは中山家を中心とした一部の人達だけでしょう。いや、中山家は向後300年間は売り食いで安泰かもしれませんが。
「匿名です様」のご指摘された道友社、病院は独立採算で経営努力をすべき組織ですよ。学校だって、教職員の人件費を世間より低く抑えていると容易に想像できますね。生徒からのお金も払われる訳ですし。いちれつ会は生徒が負担する額は昔より現行の方が低額となっています。つまり、本部の皆様方の召し上がったすき焼きは(すき焼きにこだわって申し訳有りませんが)関西の方が好まれる牛肉ではなく、高野豆腐に切り替えるべきかとさえ思えませんか?
税金は入ってくる金額を超える事はないのです。ましてや宗教法人ですよ。大ちゃんの結婚費用がお供えから支出されているとしたら問題だと、所管税務署に電話をかけたこともありました。電話応対をされた女性の方は真摯に受け止めてくださったのですが、やはり関西地域では天理教は大きな組織として認知されているのか、今のところ税務署からお尋ねはなされていないようです。
光熱費も見直す努力を一般家庭ですらやっていることで、大亮坊ちゃんの電飾で派手に消費した電気代を考えると、ご指摘は一笑に・・・。きつい言い方ですみません。このあたりの指摘は人生経験の差が表れるので、おそらく匿名です様は若い方なのでしょう。
甘露台を守り、教祖殿を守ってくださっている方々は、本部勤務の婦人さんなどを指しているのでしょう。結構なこと、光栄な事だと喜び勇んでお勤めくださっているんでしょう。その方々のお陰で不思議な助けがあがる?どこを見てのご意見なのか全く理解に苦しみます。
現在、不思議な現象が見られる場は本部ではないですよ。弱小分教会や一信者の身辺で、おそらくは神の働きと言ってよいことが起きていますが、本部で起きているとは聞いたことが有りませんね。言わずもがなですが、Sさんにおさづけを毎日取り次いでいる方がいるのかさえ疑わしい教団実態ですね。
天理教団が衰退している現実を直視しないでいたら、つぶれる事になりますね。つぶれるにしても、そのプロセスが肝心なのです。神様を信じる私はプロセスに神の思惑、計画があると考えています。だから、この場をお借りして発信することで信者としての責任の一端を果たしているつもりです。
時にはすき焼きにこだわって自分の貧乏生活をご披露したり、ね。
匿名です様
>天理がセーフティネットになられている方々は存在します。天理を潰してしまったらそれら
の方々のセーフティネットを奪うことにもなります。
Wikipediaより
セーフティーネットとは
セーフティーネット、セーフティネット (safety net) は、「安全網」と訳され、
網の目のように救済策を張ることで、全体に対して安全や安心を提供するための仕組みのこと。
すなわち社会保障の一種である。
・雇用のセーフティネット(雇用に関する社会的制度)
・生活保護(最低限度の生活を保障する制度)
・テレビ放送におけるセーフティーネット
・ソーシャル・セーフティ・ネット(社会全体で個人のリスクを分散軽減し生活を保証する仕組)
・ナショナル・ミニマム(国家が保障する国民の生活の最低限度(最低水準)社会保障の用語
としてのセーフティネットは、この水準以下にならないように設定される安全網のことを示して
いる。根拠として日本国憲法第25条がある)
・ 住宅セーフティネット法(住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅供給の促進に関する法律の略称)
など
匿名です様、あなたが組織を特別に慮り大切に思っている気持ちはわかりました。
しかし感情だけではなく、「冷静に」「客観的に」見た時、本当に天理は一人一人の信者さんに
対するセーフティネットになっていると本当に言えるのでしょうか?
天理教は信者に対し、網の目のように救済策を張り、全体に対して安全や安心を提供するための
社会保障のような役割や仕組みに匹敵するような、そうした個人個人を守り大切にするような仕組
みが具体的にあるでしょうか?
天理がセーフティネットになられている方々とは、実は中山家を中心とした一部の人達だけでは
ないでしょうか?
もしも匿名です様が言っている天理のセーフティネットというものが、単に一生懸命教団に
尽くせば神様が働いてくれると思う という、全く保証のない、現実的な救済策のない、
中身や実の伴わない、一時的な安心感を与える言葉や一時的な孤独を癒す帰属感のみのことを
言っているのであれば、果たしてそれは「本物のセーフティネット」とまでいえるでしょうか?
もしも、Wikipediaにあるように具体的に個人個人の安全網となり、教団に属さなければ一般
の社会では得られないような、天理教団における特別なセーフティネットの例がありましたら、
ご教示いただけたらと思います。
この場を借りての肯定的・否定的意見の交換は歓迎します。本部も入って頂きたいところですが?実は私も過去に数回、投稿させていただきましたが、たまに遊び半分なふざけた投稿も見受けましたが、ここに投稿されている皆さんは、過去に天理教との色々なかかわりをお持ちの方たちのようようですが、私と同じで教祖信仰では熱心な方たちとお見受けしました。したがって、今となっては真実の教えは過去の書物(資料)から解くしかできませんが、この宗教(教祖の教え)を否定(批判)しているわけではなく、現行教団の中枢役員の発言や世襲制を始めあらゆる面で、現行の制度に不信感を持っているのです。昨今の国民思いの天皇家の御発言には、「象徴」というお立場にも拘わらず、自発的なお考えを述べられることに敬意を表します。比べる対象にもなりませんが、現行天理教の理不尽な行いを正すために、信者目線の立ったトップとしてのお考えを天理時報なりに発表して頂きたいものです。ここで言われていることすべてが事実かどうかはわかりませんが、100%虚偽ではないと断言できます。長くなりましたが、ほとんどの皆さんが教祖の教えを信仰したいのです。金集め・信者集めではなく、人助け、社会貢献第一主義の天理教として。そうしたら衰退などしません。
>いちれつ会の学費のお話が出てきていません。税金のお話も出てきていません。光熱費にしても設備費にしても出てきていません。道友社にしてもそうですし、病院もそうですし、だんだんなくなってしまってきてしまった大切な組織やこれからなくなろうとしている大切な組織も天理が人を救うために作ってきたものだと思います。
100億のお供えがあがるのかあがらないのかよく知りませんが、現状と皆さんの想像に開きがあるように思えてなりません。<
100億のお供え〜 会計報告を見たほうがいいと思います。
病院 学校は 黒字経営できないのでしょうか。できないのはどうしてでしょうか。その赤字を助けるために 貴方様が お供え頼まれたら 収入の 何%出せるのでしょうか?
お供えで補てんすればいいという安易な考え方は どうなのでしょう。
人を救うためにつくったものが たしかに救ってきた事はあると思います。今 これからは どうなのでしょう。
100億円しか御供えが挙がらない事実に、それぞれの大教会の維持費に消えていっているのでしょうね。
最初は澄んだ心や思想、教えにもとづいて動いていたのだろう。
教祖が姿を隠し、本席も居なくなり、人と金が集まりだし、そこを司る人間達が次第に教えからズレていった…そして今日に至る。
事上 身上は道の花
どんな親でも立てるからこそ道が続く
助からんようで助かっている
神はいると言えばいる。いないと言えばいない。願う誠の心に 略
大事なことは結果だと思うんですよ。わかりやすさだと思うんですよ。
わかりにくく、理路整然としない解釈はいらんのですよ。
言葉ひとつが天の理
この世は親神の懐
>事上 身上は道の花
どんな親でも立てるからこそ道が続く
助からんようで助かっている
神はいると言えばいる。いないと言えばいない。願う誠の心に 略お供えした後は何に使われても構わない、「神」に対して、自分の財産をお供えする。そうすることにより、助かる。神様が働いてくださる。御守護が頂ける…と。
それを、教会長がようぼく、信者に対して言うのだと。
お供えをたくさんした方がいいよ。でも、そのお供えした後のことについてはノータッチ、使い途は知らない、考えない。それが「お供え」ですよ…と
お供えしたお金はどんな使われ方をしても良いのだ!神が心を受け取るのだ!だから御守護が頂けるのだ!分かったか!
こう言われて、得心がいく人が、今の時代にどれだけいるだろうか…
何も意見せず、給料の1割を、 教会長の言う「お供え」をする。
しかし、助からない、良い方向へは向かわない。
どうしてですかとたずねると、1「お供え」が足りない
2信心が足りない、届かない
3助かっていないようだが、別の角度から見たら、考えたら、受け取り方からすれば助かっているのだ
4先を楽しめ
このどれかの返答が来る。
これを詐欺と言わずに何という?
これを信仰というのか?
これが親神様の教えなのか?
おい、結果が出ないなら、信者のせいにするなよ。
導いた、「理の親」(教内の造語?)のあんたが何もできないのはどうなんだ?
全員が助かるとは限らないなら、「必ず助かる。御守護頂ける」などと言うな!言葉ひとつが天の理なんだろ?結果をみてから後出しで詭弁しか返せない人間は親神様が望んでいないだろ?
助かれば、良い方に向かえば神の
御守護。
助からない、御守護頂けないのは信心、行いが足りない、届かない。
もう疲れました。
このサイトの書き込みの中にこれからの生き方のヒントを得ました。
ありがとうございます。
これからは自分自身が強くならないと…<
という事になり そういう経験をすることから 教会から離れていった方を多く見ます。
教会につながっていれば 事情身上は道の花で 教会から離れている人には いんねんが出たというのもおかしな話です。
訂正
神はいると言えばいる。いないと言えばいない。願う誠の心に 略お供えした後は何に使われても構わない、「神」に対して、自分の財産をお供えする。そうすることにより、助かる。〜<
再訂正
>神はいると言えばいる。いないと言えばいない。願う誠の心に 略お供えした後は何に使われても構わない、「神」に対して、自分の財産をお供えする。そうすることにより、助かる。〜<
読みづらくなりました。すみません。
再々訂正
〜略お供えした後は 何に〜<
再々訂正
/文章がうまく引用できませんせした。
事情身上〜 のコメントと 1月3日の匿名様の文章を引用させて頂きました。
東風Z様
田畑を売ってお供えをしたとおっしゃいます。
私は信仰初代ですので皆さんと違い、うわっつらしか見えていない部分はあります。最近はどんどん田畑が建物に置き換わる時代でもありまして田畑が売られている時代ではあります。
私のまわりにそういう方はおられないので参考に出来るとすれば、お聞きしたお話です。はいと言って高額のお供えをされた話は聞きました。ただそれで身上がおさまったというお話です。それは講演でのものです。結構天理の体験談は凄いお話があります。何故治まるんだろうと不思議に思えるような体験談です。
あとは地震で大丈夫だったという奇跡的なお話や、子供が神名流しなどはしないけれど、金銭的に繁栄しているといったお話をお聞きします。持病があるけれど、元気に働いてきたし、日々頑張れているといったものなどもあります。
驚愕の奇跡的な体験談をお聞きしていて、そういう面ばかりが私の目の前にクローズアップされます。
ただ地震で被害にあわれた教会(直接存じ上げないですが)や皆さんはのことは考えています。天理の方々の被災地へのひのきしんも心強いと思っています。
地震にあわれた方に対しての思いは誠真実に神様を思って進めばまわっていくという信仰深い方からの御言葉が浮かびます。
そこで8つのほこりの心遣いをすれば、体に影響を及ぼしてしまうと思うのです。
すみません。遅くなってしまいましたが出勤ですのでこれ以上書けません。
様々な匿名様、書けずにすみません。
今となっては、「匿名です」さんの意見は、洗脳集団「天理教」の貴重な遺物意見です。
100年祭当時は、こういう意見の持ち主が70~80%いたと思います。
はったり講釈師(よのもと会講師)のはったり講話に翻弄され「天理教が最高・最強」と思わされて来ました。
近年はネットのお蔭で天理教の真実に触れることが多くなりました。
今、こういう意見を持っている人は、0,1%ぐらいでしょう。
匿名です様
横からすみません。
結局 宗教組織が 信仰のお陰で結構になっていると 人に聞かせるのは どういう意味があってのことなのでしょうか。
ふつうに生きてて うまくいく人もいればそうでない人もいます。一生の中で うまくいく時もあれば そうでない時もあります。
ふつうに生きている人がうまくいった事を話すと自慢にもなりますが、信仰のお陰ででうまくいった話は感動の講話ですか。
匿名です 様
ご意見有り難うございます。
匿名です様への投稿はこれを最後に致します。昨年からさかのぼること、各地で地震、それに伴う津波、水害等が頻発しました。一度これらの地域を訪ねられて教団関係者の被害を調査されては如何ですか。新潟始め東北各地、近くては岡山などの中国地方の方々など、数えればきりが無いほどの方々が被害に遭っておられ、未だに南都銀行に教会再建のための資金返済をしておられますよ。塗炭の苦しみとはこのことです。いい面ばかりを見ないでください。南都銀行は返済期間は15年しか認めてくれません。それも大教会長名義で借入するので、担保となっている土地建物は本部名義か大教会名義になっているのですよ。こんなバカなことがありますか。
天理教の教会が何故こんなに苦しまなければならないのですか。高い金利の返済は一体何なのですか。
教会再建の資金融資は住宅ローンのような優遇金利は適用されないのですよ。
天理教が本当に素晴らしい宗教であるならば、今の末端教会の惨状をどのように説明されますか。僧祖父母の代からの信仰が繋がっていれば、これだけの人数で教会の会堂はあふれんばかりになるはずでした。我が兄弟6人には子供、孫、ひ孫を含めれば35人になります。これが全て教会に繋がっていることを想像すればお分かりいただけると思うのです。ましや叔父叔母の眷族を含めれば100人どころじゃありません。それも、父方だけの数字です。母も含めれば何人になるのかつかめていません。
余談ですがそれぞれの家族は平凡な人生を送っていますよ。まさか、先祖の徳を頂いているなんておっしゃらないでしょう。それぞれは、貧しくとも人様に迷惑を掛けないように努力して生きています。
信仰者は今では、父方のたった一人の従弟がかろうじて教会に参拝しているだけです。それも、広い会堂の片隅に隠れるように座っているだけだと言っています。おつとめ奉仕者ではないんです。やがて、この従弟も亡くなるでしょう。その時にわが家系の信仰者はセロになります。誰一人として信仰を継がないのです。
この原因は何なのでしょう。
100年祭当時は月次祭ともなれば会堂一杯に居た人達はどこへ行ったのでしょう。僅か30年余りのうちにこのような状態になった原因を真剣に考えてください。
去っていった人と、あなたの仰ってる救われ人たちの比率を考える時、正に、古い元教会長さんが仰っているように、去っていった人達が99.9%、残っている人達0.1%が妥当な数字だと想像します。
大教会直轄教会で、部内教会が6か所ある教会でさえ、月次祭のおつとめの手が揃わない現状をどのように考察されますか。あなた様からのお答えは必要ありません。現行天理教がこのような状態になった原因は何処にあるのかを胸に手を当てて思案して下さい。
何がこうも私を苦しめているのか。
天理教団の問題点を書き出した。
1)次期真柱予定者の資質に対する疑念。
2)その後継予定者を祭り上げている人々への疑念。
3)若手大教会長たちの言動(実際に見聞きした事実に元ずく)への疑念。資質に問題ありの者たちが大教会を継ぐ世襲制に絶望。
4)若手講師たちの資質に対しての疑念。害毒をまき散らしながら自分をブランド化している行為に対して怒り!天理教を食い物にしているから。
5)ひどい「親」たち(「親」という表現は教義的には神を指しているのだが、理の親というふうに慣用的に誤用され続けている)を持ってしまった事を自分の因縁と捉えて、毒親是正ができないままの教団体制に対する残念。所属教会の良し悪しがわからないまま入信して以降、所属変更の自由が無い事から発生する虚無感。
6)いまだに身分の上下による既得権層の利益が保全されている状況に対する怒り。
上記の事柄に対して是正のためには社会学の場にときおり投稿させて頂いている。勿論、皆様のご指摘を拝読し学ぶことが多く感謝している。
電話での意見表明。現代社会では市民が役所や企業に対して意見を寄せることが、もはや普通の事となっている。天理教信者たちも意見を具申することは人助けに繋がると勇気を出してください。
お供えは既に本部賽銭箱には決して近寄らないことを実践している。けっして罰など当たらないと実感している(笑)
書き出すことで改めて見えたことは、自分の疑念や怒りは決して「八つのほこり」の教えに抵触していないことだ。自分の利益からの、よこしまな思いからではなく、言ってみれば「あんたら、人間としてどうなのよ」と刃を突きつけているだけのこと。世直しならぬ「天理教直し」、「天理教信者一揆」・・・かな。
Twitterでこんな質問をしている教会長夫人がいます。
仕事をされている教会の奥さんにお聞きしたいのですが、子供を保育園に預けて働く場合、自教会月次祭、上級月次祭、上級炊事当番(月2)の最低でも月4日プラス日.祝休みを貰う事は可能でしょうか?面接時に相談しようと思いますがパート.バイトで実際にこんな風に休みを貰いながら働いている方いますか?
人手不足の現在では場合によっては可能でしょう。
でも状況は変わることも有るので質問者さんの居住地の状況や質問者さんの職歴、技能の有無にもよるかもしれませんね。
結局、職場の他の方に負担がかかることになるのですから、そのあたりを自分の心の中で処理できるかどうか。神様の御用だからといっても社会では通用しないことはご承知ですか?
解決策としてはシフト勤務の職場にはいるしかないと思いますよ。その場合、毎週土日に休めるかどうかは業種にもよりますから事前に賢くリサーチしてから応募するべきだと思います。
会長である旦那さんは働かないのですか?一般家庭でも一人で十分な収入を得られている家庭は現在かなり少数派です。まして教会家族の場合、一人の働きからだけの収入では教会活動にも影響が出ますね。会長にも月のうち可能な形で働いてもらい、協力体制をとるべきです。
ともすると求職の際、自分の条件を優先しがちな態度をとる人は、結局、パーフエクトな条件が得られなかったといって就職を断念しがちです。無意識のうちに現状変化を望んでいないからでしょうか。本当に生活のための資金が必要であれば無我夢中で職に就き、我慢をしながら勤務するはずです。
余談ですが私の母は林芙美子(放浪記の作者)に傾倒していました。理由は貧しさの中で一生懸命働いていたからのようです。私は成人してからですが放浪記を読んで笑ってしまいました。こらえ性の無い自己中の女性の転職記録とも読める事に気が付いたからです。
「お母さん、貴方の娘は芙美子女史とは比較にならないほどの苦労を重ねて仕事しているんですよ。」そして退職した今、芙美子女史のような風雅をこらした一軒家など、夢の中でも持てない貧乏人として暮らしていますよ。のんきなお母さんは父の働きで食べていた世代ですから社会での苦労が判らなかったのでしょう。
皆様御意見をいただきましてありがとうございます。
順番抜かしになりますが、結局何故私がこうしてお伝えするのかについてです。
それは文章化は可能なことです。(妄想も入っている部分がありますが)またお聞きくださった方もおられます。神殿で御一緒した方など個別でお伝えはしています。
ただこういう不特定多数が見ておられるサイトでお伝えできないことです。
真柱様が神殿での講話というのか祭文というのか、そのことについて言及しておられたことがあります。真柱様は本当に凄いと思いました。
こういう曖昧な書き方をするから嫌がられてブロックがかかったりする部分もあります。
書くことによって不安感を持たれる方々が大勢おられるから書けません。
また私の考えが正しいのか正しくないのか自分でも曖昧です。
ただ天理の教えを追い求め続ける必要が私達にあるという漠然とした伝え方になります。
もし必要であるならば教祖の導きでお会いでき、お伝えすることが出来るでしょう。教祖の導きは本当に凄いと思います。
東風Z様匿名の皆様追って書かせていただきます。(ブロックがかからなければ)
匿名
2019年1月9日 5:15 PM
全て同意です。
「天理教直し」「天理教信者一揆」いいですなあ。
皆さん立ち上がりましょう!!
天理教はいつから理の親信仰(上下関係を創設し、上の人間をあたかも神とする)になったのでしょうか?理の親は親神様、おやさまのみです。
今後究極の神?は大亮さんとなります。(大亮さんでいいですか?私は笑ってしまいます。)
上に「ハイ」。本部に「ハイ」。「上にハイ、ハイの心が重要だ」、と上下関係を再強化する様な引き締めを大教会はやっています。うんざりです。
天理教の信仰の在りようは、教祖の御心からはほど遠い、異質のものに成り果てました。
教会を預かる者として、この教団の欺瞞が判った故に、これ以上信者さんを嘘事の巻き添えにするのに、強い心の苦しさを感じています。
良い事があれば信仰(お供え)のお陰、事情、身上があれば信仰(お供え)が足りないから。しかし神の世界はお金と言う価値観で動いていないのは明らかです。圧倒的な親神の意思に対し、お金で解決出来る訳が無い。親神の意思は太陽をも消滅させる程の絶対なるものですから。(いずれ太陽も消滅する時が来ると言われています。)人間がそれに逆らえますか?それを人間の欲得に対し、たかだかお金で解決させようとするのが現天理教の大嘘なのです。
みちのとも1月号にこの教えは「宇宙の教え」という部分があるが本当だろうか?
また、教会の元一日はおつとめをしたいからという理由で設立を願い出たはずという宮森先生の説があるが
本当だろうか?
最近、別の替え歌があるのを知りました
現行:屋敷を払うて、田売り給え、スッテンテンの命(みこと)
秀逸:屋敷を払うて、田売り給え、首くくりの命(いのち)
南無:サンスクリット語、仏教用語、南無阿弥陀仏
命 : 神道 大国主命 出雲大社
南無天理王命 : な~む~てんり~お~の み~こ~と
漢字で書けば、仏教と神道のチャンポン(似非宗教、カルト)だとすぐわかる
信者は、漢字も読めないバカの方が都合が良いのです。
オワットル ” オウム天理教 ”
姑が布教師で苦しんでますさん
天理教のインチキ宗教をもっと話がしたいです。
障害者手帳を持っておられたたった一人の住み込み信者さんが最近出直し、最後の収入源が断たれた教会が、なりふり構わず下の教会を金ずるにしようと、あの手この手で乗り込んでくると末端教会の娘がこぼしている。その教会は10年以上に渡り欲と道ずれに彼女を住まわし、障害者年金を自由に使って家のリフォームまでしたそうだ。教会にとっていよいよ金の成る木が無くなったのが現状だ。(亡くなられた方には申し訳有りません。)
会長夫婦は働いていないのでいよいよ収入源がなく、乞食根性丸出しで自分達が生きる糧を部内教会に求めて来る。
こんな浅ましい格好をする教会の信仰姿勢を本部はどう見ているのだろうか。それでも理の親を立ろ、支えろ、と言うのだろうか。末端教会とその信者は働く意欲のない乞食同然の理の親夫婦の生活援助、生活保護のセーフティーネットであらねばなりませんか?
本部にお供えが上がらないのは当然です。ほぼ教会の生活費になっていると思います。本部は長年布教一筋を強要し、金集めを目論んで来たので、今だに働くと言う選択肢を取らない教会が多いです。多くが自分達家族の生活保護を部内からのお供金に頼ってるのです。誰からも助けてもらえず上納一条の末端教会にとっては死ね、と言われているに等しいです。
(理性ある教会は働いていて人並みの生活を自力でされていますが。私もその一人です)
現状では人助けと言う教会の機能はほぼ破壊されています。自分達が生きる事に興味があるだけです。こんな状態の教会から何が生まれ、何が救われると言うのでしょうか。
大教会も本部に上納するお金が無い昨今です。詰所の修理費にも頭を悩ませています。以前の様に業者に任せていた事も、皆青年達の素人ひのきしん頼りです。大教会一家も自分達の生活の蝿を追うのに精一杯でこの教団の行きつく先は誰の目にも明らかですが、判断力に欠ける本部が馬と鹿の集合体ではどうにもならないです。
欲をかいても病だすけの先頭を切る真柱自身が身上とあれば、身上、事情願いのお供え金100億円も年々、急ピッチで減っていく事でしょう。
不満たらたら、失礼しました。
少なくとも信者さんから無理やりお供え金を頂かず、自力でやり繰り出来る間はやり繰りし、自分の生活を優先させ、自ら上納はせず、教会会計諸々がお手上げになる頃には晴れて縁切りさせて頂きとうございます。
HOLD YOUR LAST CHANCE
作詞:長渕剛
作曲:長渕剛
傷つき 打ちのめされても
はいあがる力が欲しい
人は皆 弱虫を
背負って生きている
にがい涙を かじっても
ほほえむ優しさが欲しい
君が愛に しがみつくより
先ずは 君が強くなれ
Hold Your Last Chance
小手先ではがれ落ちる美しさより
Hold Your Last Chance
ひとつぶの汗の方がいい
二度と走れぬ坂道を上ったら
Hold Your Last Chance
誰かが 人生でつまづいたら
さしのべる思いやりが欲しい
人は皆 淋しさを
背負って生きている
頬を突き刺す怖さがあっても
立ち向かう勇気が欲しい
曲がりくねった迷路で
真実の自分を探すんだ
Hold Your Last Chance
テーブルに飾られたバラより
Hold Your Last Chance
野に咲く れんげ草の方がいい
二度と走れぬ坂道を上ったら
Hold Your Last Chance
Hold Your Last Chance
いい歌だ
>>徳子様
いつかきっと、一緒に石上神宮へ元日参拝いたしましょう。
私は、仮病を使います。
途中、本部の中をのぞいて観察。
酉年になるのかな?2029年 「境内のニワトリ」
酉年2029年元日、朝10時集合 入り口鳥居下集合。
それまで、頑張って!
お昼は、奈良ホテル、ごちそうする。(ディナーは無理だけど><;)
*最近、同級生が脳梗塞で急死。私もそうなる可能性あり。その時はごめんね。(m´・ω・`)m ゴメン…
障害者手帳を持っておられての年金はそんなに高額ではないのではないでしょうか。自宅介護なら一日45分が2回程介護スタッフが来られるのでしょうか。45分でお米が帰られるまでに炊き上がりますか?トイレ介助、入浴介助、食事介助、誰がしますか?
一人の人が生きるためには病院の費用も、移動費も、食費も、被服費も、光熱費も介護保健代も医療費もかかります。
信仰と供に一人の方を世話してこられたことは尊いと思います。
すみません。身体介護ならもう少し長い時間ですね。
介護保険ですね。失礼しました。
姑が布教師で苦しんでます様
いつも天理教本部は参らず、石上神宮にお参りにいってます。
30年前自教会の売却時、天理教人の反社会的な犯罪行為に合い精神的に追い詰められました。
天理教で苦しめられた人は私だけではないだろうと、その時からずーと思い続けてきました。
できることなら、2029年とかじゃなく近いうちに合いたいですね。
>>徳子様
今、大きなプロジェクトに関わっています。プロジェクトX。
だから、こんな超低レベルのオウム天理教界隈で身バレするわけにはいかない(含む可能性)
2029年だと定年で、もう、社会的にフリー。
だから、酉年まで待って。縁起も良いし。
匿名です様
年金は10万円もないでしょう。ただその障害の方は父母が財産を持っておられる方でした。父母が遺産として彼女に残した財産とその方の障害年金をあてにしていました。年金もご当人が元気な時は殆ど自由にしていたそうです。
リフォームも彼女の親の財産からです。晩年治療費が掛かるようになり、段々手元にお金が残らない様になると、部内教会にお金の無心をし出したそうです。その部内の証言では人助けは表向き。本当はお金である事は、様々な場面の言動で当事者には分かると言ってました。
部内に不幸があればお供えせよと言い、友人の父親の出直しに際してお供えの要請があったので100万円したら、ほとぼりが冷めた頃、新車の軽自動車が来ていたと。信者が一人もいない教会で仕事もろくろくしてないのに買えるはずがないと怒ってました。
こういう里親や障害者年金に群がる教会は貧しいが故に良く目にします。確かに表向きは美しいです。しかし物事には表と裏があり、美しい部分だけ見ていると、匿名です様の様に全てが良く見えるのかも知れません。物事は多面的に見る必要があると思います。気がつかない内に騙されてしまうと言う事になり兼ねませんよ。
匿名様
里親も魂の導きがあってのことではないかと思っています。天理の世界に戻ってこられようとする魂が再び誕生されて御縁があったと私は思っています。
障がいを持っておられる方々のお世話をさせていただけることは本当にありがたいことだと思います。尊いとやはり私には思えます。御両親も安心されていると思いますよ。治療にお金がかかるのも、車がいるのも大勢の信者で支えられたらよいと思うのですが。
東風Z様や皆様書き込めなくてすみません。追い追いに書かせていただきたいです。御意見ありがとうございます。
>いつも天理教本部は参らず、石上神宮にお参りにいってます。
大正解!やっぱり伝統宗教ですよね。石上は献金を強制しませんし弱者を食い物にすることはありません。悪いことがあると献金が少ないからだと脅迫することもありません。仏教寺院でもキリスト教会でも神社でも最低500年の歴史は必要と思います。
①天理教が宇宙教ならばなぜ日本の片田舎で日本語のおさしづ、おつとめをせなければいけないのかの意味がわからない。
人格をもった神というものが存在するのも疑問
石上または三島神社の神ではないのか?
②おつとめをするために教会があるという理由でこどもを学校を休ませておつとめをさせたり、子供は神様が勝手にみてくれるという理由で子供をほって御用にでかけるおやがいるが、子供にとっては迷惑千万、現代は事細かに育児のノウハウが研究され勝手に育つという考えはおかしい、無責任な親ともいえる。
おつとめが理由で教会があるのではなく、先人は助けられたご恩に感謝するために教えられたおつとめをしたと思う。
現代の2代目、3代目、4代目、5代目では助けられた覚えがないのでその意味がわからない。
現に教会には70代から80代の信者しか集まらず、その子、孫は誰一人おつとめに参加しない。
理由は親が家に帰って教会の不足、会長の不足をするから自然に教会から遠のいたと聞いたことがある。
匿名です 様
大丈夫ですか?
1月8日AM11:18の匿名様
病院が独立採算であるようにという御指摘ですが、今はどこの病院もなかなか厳しい状況なのではないかと思います。学校についても補助すべきだと思います。
高野豆腐のすき焼きについてですが、教祖は牛肉を召し上がってなかったんでしょうから、私達は現代人の食生活を当たり前だと思ってはいけないところなのかもしれないですね。
甘露台を守っておられる方々や教祖殿を守っておられる方々、祖霊殿を守っておられる方々とは雪の日も寒風吹きすさぶ中、守っておられる方々のことであり、また教会や布教所、教内の皆様のことだと考えています。
大丈夫ですか?
ということですが、
ぼちぼちです。御心配いただき、ありがとうございます。
JR電車車内に乗り込んできた婦人さん二人が私の隣に座った。
A:
「〇〇さんのご主人は念願かなって北里大学の教授になったそうです。息子さんは新潟大学と早稲田の両方に受かりました。」
B:
「熱心にタマ(???)をやっておられたから・・・。」
話の口調からAが先生格のもよう。「タマ」とは恐らく何らかの祈祷行為なのだろう。
北里大学教授夫人の中の一人がこの宗教にはまっていて見事に希望が叶ったことを車内で宣伝しているともとれる。
横を向いて彼女らの顔を見たいという好奇心を抑えながら考えた。
天理教のおさずけも信者以外の人が聞けば、???だろうな。
石上神宮をパワースポットとして参詣する人もいれば「タマ」なる行為にはまる人もいる。幸せな事だね。
単なる神頼みにハマる人は天理教内にも普通にいる。日本人は神社仏閣に参拝することで、自分を反省することなくご守護を頂こうという、お気楽な人たち。正月はそんな人たちで各地の神社仏閣はにぎわっている。その状況に子供の頃から疎外感を持ってしまう。
淡々と生きていきたい。
大亮さん信奉者が「大亮様」を連発したら、私は心の中でこう呼んでいる。
お大亮さま!
ぴったりだと思いませんか?
東風Z様
被害にあわれた教会の現状を教えていただいてありがとうございます。
今の私には遠く移動出来る旅費もなく、こうして文章として知ることしか出来ません。
ただ心は痛いです。
また、私自身月次祭に行きたくても仕事で休みでない日は行けないのが現状です。でも月次祭に信者が来ていなくても、それはいい加減な気持ちで行っていないわけではないということを分かってほしいです。
教会の方々の御苦労はこうして読ませていただき少しですが、分かります。
私が出来ることは皆さんの御苦労に報いるように人様に尽くしていけるように努力するしかありません。
匿名です様
唐突にすみません。
信仰者としてどのような事を実践されていますか?
おさずけの効能ということで、おやおやの立場の方の言われる事を実行(お供え おつとめ ひのきしん等 )してきたつもりですが、今では 結局初代(医療制度が確立されていない昔)の病が助かったという話をされてきただけで 、おっしゃてる当人が おさずけする姿はほとんど見ることなく 逆におさずけするより おさとしして病人の心使いの問題にしていました。(自らおさずけのせずに、おさとしだけする姿はただの保身に見えました。)
おさずけの効くという事では 結局スポーツで オリンピックに出てメダルを取るレベルの事ではないかと感じています。スポーツするけれども、そこまでの才能は無かったら 本業にせずに別の道に行くこともあります。趣味程度で続けることも。全てにおいて喜んで 協力的じゃないといけないのでしょうか?
学校に関しては 日大問題 もりかけ問題の時にワイドショーで 私学にも国から補助金 みたいなのは出ていると言っていました。おぢばの学校は 受け取ってないのですか?
病院も 全額個人負担ではないから 国から国負担の保険料入りますよね。確かにそれだけでは 経営は難しいですが 他の病院はどんな経営努力をするのでしょうか。
貴方様のおっしゃりかただと、 天理教の学校、病院の経営努力は お供えを頼むことのようにきこえます。
匿名です様
すみません。コメントが すれ違いました。
移動もままならず、月次祭にもなかなか行けないということで 納得できました。
>>古い元教会長
2019年1月9日
今となっては、「匿名です」さんの意見は、洗脳集団「天理教」の貴重な遺物意見です。
100年祭当時は、こういう意見の持ち主が70~80%いたと思います。
はったり講釈師(よのもと会講師)のはったり講話に翻弄され「天理教が最高・最強」と思わされて来ました。
近年はネットのお蔭で天理教の真実に触れることが多くなりました。
今、こういう意見を持っている人は、0,1%ぐらいでしょう。<<
と ありましたが、自分もこの少し後に修養科 講習を出たので 匿名です様のおしゃることもわかるのです。
今 自分は 洗脳されてた⁇と思っています。匿名様に皆さんのご苦労に報いるように人様に尽くしていけるよう努力してほしいとは 自分は思いません。自分を大事に まわりを大事に今を大事に生きるほうが大事ではないでしょうか。
はったり講釈師のはったり講話……
今もこういう彼ら自身が洗脳被害者である講釈師が、洗脳の連鎖として連綿と新たな人々を洗脳し惑わせていきます。このはったり講釈師も気の毒な被害者で熱弁であればある程、気の毒に見えてしまいます。
聴いている時は確かに感動してしまうんですね。しかし、冷静になって振り返ってみると、このはったり講釈師も上に振り回されて「自分」を無くしているんです。未来ある人々の人権を蹂躙する様な生き方を推進するこんなはったり講話を送り込む大教会も本当に問題有り、です。
長年に亘り、洗脳被害者はったり講釈師が新たな被害者を生み出して来ました。
洗脳被害者の教会長が信者にお供え強要し、複数の裁判に訴えられてもまだ自分達は神の御心に沿っていると思んで突き進みます。その教会は代替わりを二代経て、最近やっと決着したと聞きました。
名前を出して申し訳無いですが、匿名です様、熱にうなされた状態で洗脳の上書きをされると自分の人生そのものを失います。私自身も洗脳時代が有り、毎月真剣にお供えし、物品購入の際は金額の1割はお供えし、欲しいものは我慢し、楽しみは悪、と禁欲的な生活をして来ました。
今、それが大間違いである事を知りました。50歳を過ぎて居ました。差し出す時は、本部でなくて赤十字、福祉関係で良い。そして隣近所、助けを求める人への温かい思いと実働。それで良い。日々の生活の中で、そういう思いを持つ事、人生を愉しんで生きる事、それが神が人間に望む姿であろうと確信しています。
匿名です様、自分を生きていますか?無理していませんか?自分を愉しんでいますか?お仕事されておられますね。ご自分と家族の為に愉しんでそのお給金、使って下さいね。今の教団の眼はおかしな方向に向いている事、目を覚まして認識して頂きたいです。洗脳され自分を見失った状態で献身している人を見るのは本当に不憫で心が痛みます。また、それに感動している匿名です様を見るのも不憫です……。
>天理教の学校、病院の経営努力は お供えを頼む
先月、天理在住の知人から聞いた話です。
この方は長年 天理市役所に勤務していました。
この方の話によると憩の家新館建設の資金は南都銀行からの借入金だそうです。
その返済額が大きい為、本部から金を出してもらわないと職員の給料が出ないそうです。
その額は毎年9億円を超えると言っていました。
病院の理事長に本部員が就いてから、京大系の医師を放出した為、医療レベルの低下が起こり、その為受診者
の減少を引き起こし、そして遂に赤字経営になったとの事です。
ボーナス配当率もここ数年減り続けていると憩の家の職員が話していた。
天理の学校についてですが、教職員組合の力が非常に強く賃金体系の改善が出来ないそうです。
教育関係の賃金体系は2つに分かれていて未信者職員の給料は高く、信者職員は低く抑えられているそうです。
しかし、退職金は信者、未信者関係なく定年まで勤めるとおよそ5000万円になるそうです。
是正しなかった理由は、歴代理事長が自分が改革の悪者になるのを恐れ問題を先送りしてるからだそうです。
どうせお供えの金だ という感覚があるのだろうと言っていました。
この教育関係に支出する金額は、約30億円だそうです。
また、天理教の奨学金制度のいちれつ会にも約9億の金を出しているそうです。
この3つの支出で48億円。このほかに本部や館の維持管理費がある。
経費削減が第一なのに、本部は不動産の切り売りで乗り切ろうとしている。
タコの足食いと同じだ。
本部員達は、バカな連中だらけだから この先 改革は無理だろと話していました。
後はつぶれるのを待つだけだね。・・・だそうです。
天理時報1月13日号1面を読んで、違和感を感じるのは私だけでしょうか?1面左側の「大亮様年頭のごあいさつ」欄ですが、身上の真柱に代わっての挨拶なのでしょうが、その文面の中に「これに先立ち、一同を代表して中田善亮表統領が大亮様に新年のあいさつを申し上げた」とあるが、実の父親が息子に対するのも違和感を感じますが、身上とはいえ、退院したと書いてある真柱がいるのに、いつから大亮氏がトップになったのでしょうか?真柱に代わってのあいさつだけならまだしも、先だって表統領が新年のあいさつを申し上げるのは、身上とはいえ、善司真柱に対してではないのでしょうか?これでは、事実上、本部は大亮氏を真柱としているようなものです。これでは善司真柱を蔑ろにしていませんか?これを読んで違和感を感じるのは私だけでしょうか。
色々な意見(考え)の一人として 様
2019年1月12日 12:17 PM
>その文面の中に「これに先立ち、一同を代表して中田善亮表統領が大亮様に新年のあいさつを申し上げた」とあるが、実の父親が息子に対するのも違和感を感じますが、身上とはいえ、退院したと書いてある真柱がいるのに、いつから大亮氏がトップになったのでしょうか?真柱に代わってのあいさつだけならまだしも、先だって表統領が新年のあいさつを申し上げるのは、身上とはいえ、善司真柱に対してではないのでしょうか?これでは、事実上、本部は大亮氏を真柱としているようなものです。これでは善司真柱を蔑ろにしていませんか?これを読んで違和感を感じるのは私だけでしょうか。<
違和感の範疇を超越してますね。異常感とでも表現するべきだと思います。誰もがそう思うはずです。人の道を説くべき宗教団体が、人の道から完全に逸脱しています。教会本部は完全に狂っています。もはや「〇〇につける薬はない」状態ですね。
今日は体調が芳しくない方のことを考えていて前向きに進んでいけません。おさづけをさせていただける立場にない辛さや、いろいろな意味での辛さが心を押さえつけています。
私はやはり未信者出身で前向きではない元の性格が出てきてしまいます。
おさづけをさせていただけることは当たり前のことではなく、本当にありがたいことだと思います。おさづけをさせていただく立場にない辛さは本当に悲しい。悲しいは八つのほこりには含まれないのかと漠然と考えます。
要するにー、表棟梁にとっては兄の病気は、自分が実質的真柱になって権力握るチャンスってことでしょ。
もともと兄貴は本当は真柱に積極的になりたいと思っていたわけじゃなかったみたいだし。
いよいよ表棟梁の垂簾政治が始まるってことですわ。
色々な意見(考え)の一人として 様
>これでは善司真柱を蔑ろにしていませんか?
ふだんは寺のどこかにしまい込んでいる神輿(みこし)を、年に一度の祭りの日には担(かつ)ぎ出してくるみたいに、真柱といえども、必要とあれば担ぎ出してくるのでしょうが、必要が無ければ担ぎ出してくることはないのでしょう。真柱の代わりに、都合よく利用できる人がいたら、その彼を担ぎ出してくる、その方が手っ取り早いんでしょう。
神輿をヨイショしてるんだけど、神輿の中味のおやさまや親神さまに対する敬意が支払われているのかどうかわからん。
匿名
2019年1月12日 9:54 PM
>いよいよ表棟梁の垂簾政治が始まるってことですわ。<
よほど馬鹿でない限り、従う者などいないでしょう。残り少ない信者は益々減るはずです。
>よほど馬鹿でない限り、従う者などいないでしょう。残り少ない信者は益々減るはずです。
本部員や大教会長たちに失礼ですよ(笑)。
自分達の立場や生活を守る為に、教祖様の教えや社会常識などを無視して代々やってきた人たちなんですから。
加藤様
教祖は命をかけておつとめをするよう急がれたのでしょう?
社教分離で各神道までもが、神楽を奪われようとする時におつとめをするように急がれたのでしょう?
私が言える立場ではないけれど、おつとめを継いでこられた方々にそんな言い方はないと思います。
形が違うとおっしゃるのも歴史の法律にもまれた姿なのではないかと思います。
私は信仰初代で、しかも仕事優先のいい加減な信者ですが、御意見申し上げます。
宗教史についても詳しく存じ上げず、天理の教理にも詳しくない未熟者の私で、説得力もない者ですが、今のおつとめを出来る場所場所で信仰心を持って集まる人々のおつとめの姿を教祖は急がれたように思っているのですが。
匿名です 様 2019年1月13日 8:56 PM
>教祖は命をかけておつとめをするよう急がれたのでしょう?
>社教分離で各神道までもが、神楽を奪われようとする時におつとめをするように急がれたのでしょう?
>私が言える立場ではないけれど、おつとめを継いでこられた方々にそんな言い方はないと思います。
>形が違うとおっしゃるのも歴史の法律にもまれた姿なのではないかと思います。
貴女と議論する気も意味も全くないので、返事もする必要はないと思うのですが1点だけ。
中山みきさんが、教えた通りの「かんろだいつとめ」を国々所々でやって欲しいと命を掛けて願っていたのを無視して、国家神道の神々を祀り「かんろだいつとめ」の意味を歪めて拝み祈祷に貶め、とうとう本席から「自分の目の届く所でしか許さない」というお叱りまで受けてしまったのに、反省も修正も復元もせずに「おつとめを継いできた尊い魂の方々」などという話をする連中を、どう表現したらいいんでしょうね?
信仰心を持つ事、信仰心で多くの人が集まることを否定しませんし、悪いことだとは思いませんが、教祖の教えとは似ても似つかない話ややり方などを「教組の教えだ」などという大嘘は見過ごせませんね。
加藤様
おふでさき第12号 142
このやしきにんけんはじめどふぐハな
いざなぎいゝといざなみとなり
第12号 143
月よみとくにさづcぎいとくもよみと
かしこねへとが一のとふぐや
第12号 144
それよりもをふとのべへとゆうのハな
これわりゆけの一のどふぐや
第12号 145
つきなるハたいしょく天とゆうのハな
これわせかいのはさみなるぞや
神名がおふでさきにあります。
くにとこたちのみこととおもたりのみことは月様日様で揃います。
私がよくおたすけにいかせていただいている方がこの正月に家から出てきたというおふでさきの折れたページの中にこのページを含んでいました。
第12号 143
月よみとくにさづちいとくもよみと
かしこねへとが一のとふぐや
ですね。うち間違えました。
国家神道の政策では天理教だけではなく、他の神道でも同じように辛い時代をこえてこられているようです。
天理教が変えたのではなく明治の政策が全国の神社で変えたのではないでしょうか。
拝み祈祷に貶めと書いておられますが、それは不勉強にて申し訳ないところです。
匿名です 様
おふでさきに「どふぐ・とふぐ・どふく」と書いてあります。
「人間創め道具」とありますが、どこに「神名」とありますか?
>国家神道の政策では天理教だけではなく、他の神道でも同じように辛い時代をこえてこられているようです。
おかしな事を言いますね。
「稿本教祖傳」には『教祖様は近隣の医者や祈祷師・寺社などの讒言や誣告で警察に眼をつけられ、何度も捕らえられた』という内容は書いてありますが、『国家神道の政策で辛い思いをした』などとは書いてありません。
私の調べたところや解釈では「教祖様は、医者や祈祷師の讒言や誣告ではなく、国家神道の方針や教えに従わなかったので警察から弾圧を受けた」と考えていますが、匿名です様も、稿本教祖伝や教典に書かれていることが大嘘で、天理教団は国家神道の弾圧を避けるために教祖様の教えを捻じ曲げて伝えて来た、と言ってますね?
匿名です 様
あなたとは、二度と話さないと決めたのですが、一点のみ追加しますね。
昭和24年(1949年)10月26日、当時の真柱中山正善氏は天理教教典を裁定されています。
そこで感じる疑問点を揚げます。
過去、自宅での講社祭りの際に、この教典を祭典者と家族共々に読んでいました。ところがある日、突然に教典を読まなくなりました。
その講社祭りの当日も教典を読むものと家族5人分を準備していたのですが、教会の方から何の説明もなく、いきなり、稿本教祖伝を5冊取り出して今月からこれを読みますと言われ、家族一同があっ気に囚われたことです。
以来教典を読まれることはなくなりました。少なくとも真柱が裁定された教本をどのように扱っているのでしょうか。本部から何等かの説明があってしかるべきことと思っているのですが、それが、為されていないんです。この本が、今後も信者の道しるべとなるのかどうかなのです。その説明すらなされていません。
これ程、人をバカにした話がありますか。信じていた教典は、今は1冊を残して4冊は古紙として廃棄しました。残した1冊の教典も読むために残したものではありません。あくまでも今後の参考のためにのみ遺しているだけです。
おふでさきだってすべてが公開されていないと聞いています。現行教団本部にとって都合の悪いところは隠されてしまっているやに聞いているんです。この話が嘘か、真かと問われれば、教典の扱いを見れば答えを待つ間でもないでしょう。嘘で固めた教団本部を心底から信じている方々を哀れに思えてならないのです。
この社会学の欄では、教祖の真の教えを求めて議論されていると思っているのです。
匿名です様が現行天理教の信奉者であるならば、今直ぐにでも史料集成部の全面開示を求められるべきです。そうでなければ,私見ですが、あなたは本部に騙されていると解釈できるんです。
神殿や教祖殿で感じられた「すごい」感情は、何も本部の専売ではありません。白山山上で見た、満天の星空や御来光を見た時にも、あなたのおっしゃる感情を感じることが出来ましたよ。
小さな命であっても、広大な自然の中で生かされているんだという感謝の気持ちです。
終りに人を助けるなんて、軽々しく言わないでください。心身に寄り添うなんて、それこそ命がけでなければできないのではありませんか。私に出来る事は、せいぜい落ちているビニールゴミを拾うことくらいです。
人が人を助けるのか
神が人を助けるのか
人が動いて、そこに神もはたらいてこそ助かるのか
なにもしなくても神は助けてくれるのか
どれだけ人助けに奔走しても、身上 事上で苦しんで亡くなっていく人
どれだけ悪事を重ねても、法に裁かれず、最期まで充実して亡くなっていく人
色んな人間がいる。
人はいずれ死ぬ。
地球も太陽もいずれ消滅する。
神は?
地球が消滅したとき、神はこうつぶやいた。「私は、一場の夢を見た」
仏の随想家ポール・ヴァレリーが、そのようなことを言っていました。地球が消えたのは、人類の行いが悪く、神の怒り買って消滅させられたのかどうかは忘れましたが、天理教流に言うと、「陽気ぐらし」は人間の誰にも出来なかったようです。神にとっては何でもないことが、人間にとっては不可能なことだったということです。「陽気ぐらしをするのを見て、共に楽しみたい」という、ただそれだけの小さな願いさえ、人間は叶えることができない。人間はそんな不完全品なのでした。チャンチャン♪・・・
チャンチャン♪だなんて、それで終ってはいけません。スミマセンでした。
人間を創った時を記したお筆先 (4-124)、(4-125)に
このものを神がひきあげくてしもて だんだんしゅごふにんけんとなし
それよりも神のしゆこというものわ なみたいていな事でないぞや
とあります。神が「並み大抵なことではない」と言われているのですから、それがどれ程膨大な苦労だったか、我々人間には測り知れないことです。それゆえ、「では、元の泥海に戻されますか?」と問うたなら、神はこう答えられるでしょう。
「それは、まっ平ご免だ!」
何が本部で起きているのか、心ある人からの情報リークが待たれますね。
少なくとも表統領と大亮さんが今年の正月の顔となっているという事実は、誰が見ても異常な状態と断言できますね。
異常という表現を使う理由は、それこそ「八つのほこり」の欲と高慢が、誰から見ても明らかな形で表れているのにご本人たちは気が付いていないので異常と言わざるを得ないのです。
結局、信仰していても自分を反省することなく生きてきた方たちなのでしょう。ここまで実態をさらけだしてしまったのは「いい気になっている」から油断してしまったのでしょう。
ある大教会長は大亮さんが徳の有る方だと信奉しています。理由を書きたいのですが、所属が判ってしまうし少ない信者数のため身バレの可能性が高いのでやめておきます。
いつも聞いていてバカバカしくなる内容の講話ですからこの場に書くほどの事も有りません。
大教会長の講話がバカバカしい内容でも我慢してその時間をやり過ごしています。
とてもじゃないが子供たちに参拝を勧めることなどできません。
「匿名です様」も今後経験を積まれる中で、天理教の暗い部分に気が付くことも有ろうかと思います。痛い目にあって納得する、私はそのタイプですが、匿名です様は私のように痛い目に合う前に賢く判断されることと思います。
病院 学校の件です。
大変だとはきいています。バブルがはじけてこのかた 社会全体の景気のいい話は聞きません。家計も大変です。自分の家計も大変だから、 大変というならお互い様に協力してあげようかなと人情がわくところです。
どこかに会計報告とかされているのでしょうか?大変といってお供えなどの協力を求めるのなら 国からの補助金の事も知りたいです。
真柱が表統領と大亮氏を困らせるためにおさずけを「ボイコット」しているのではと思っているのは私だけでしょうか?誰かが代理でおさずけを渡すのも真柱の許可が必要ですからね。
↑ 真柱が 「天の岩戸」 に隠れられた? では、どうするか。酒を買って来てどんちゃん騒ぎをやり、誰かストリップを踊れ!
いや、ストリップなんか踊る必要はないでしょう。なぜならばもうすでに彼らは裸の王様ですからね。
二代真柱・中山正善は1925年(大正14年)4月、20歳で学生の身分ながら正式に天理教管長に就任、この年に後の天理大学となる天理外国語学校を設立し、自ら校長となる。
(10歳9ヶ月で管長に就任したが、幼少であったため、山澤為造が管長職務摂行者として教務に当たった)
翌年には東京帝国大学文学部宗教学宗教史学科に入学し、恩師の姉崎正治の指導の下で「伝道ニ ツイテ」を卒業論文として、1929年(昭和4年)春に卒業。1948年には天理教原典の「おふでさき」「おさしづ」を、1949年には「天理教教典」を刊行し、今日の天理教学の体系を確立した。
(東大の宗教学講座の初代教授・姉崎正治の影響が相当あると思う)
昭和普請として知られる神殿の新設や同輩の内田祥三と奥村音造とともに考案した「おやさとやかた構想」は現在も続いている。
(「おやさとやかた構想」は教祖の構想ではなかった)
~Wikipediaを参考にしました~
みんな二代さんに騙されたんだ。熱に浮かれてね。東大卒が嘘を言いうわけないよねって。
東風Z 様
東大出の官僚の体質を見れば分かりますが、向かう相手によって答弁を変えるのです。
嘘でも、本当にしてしまう東大話法という手法があるのです。
沢山の引き出しの中から選ぶのです。
その場さえ切り抜ければ、真実なんて、どうでも良いというのが東大話法なのです。
天理教のさとしは、その影響を受けています。
う~ん。父ともかく、母は別科生(今の修養科でしょうか)だったようです。詰所で結ばれたんです。布教の熱意に燃えて教会に住み込んだんですね。特に、二代さんに絶対的な信頼を寄せていました。二代さんは頭はいいし、話しは上手だし、何も疑っていませんでした。このブログを見れば、どう思うのでしょうか。
二代さんが、1億円を持って古本を買いに行ったなんて知る由もありませんから。明治生まれの父は、草鞋を履いて布教に歩いたと言っていましたから、この落差をどのように捉えればいいのか。悲し過ぎます。
東風Z様
いろいろ教えていただきありがとうございます。
白山の満天の星を見れて良かったですね。
私もいつか白山に行けたらいいのですが、高い山の
ようですね。
山は
途中で送信したようですみません。
白山にある神社も歴史が深そうですね。
いにしえの人々はどういう思いで神様を祭られたのでしょうね。
毎日神様に祈りを持って向き合うことを古の方々もされていたのでしょうね。
東風Z様、また後日書かせていただきます。
東風Z様
山本藤四郎さんがお父さんを背負って笠から歩いて教祖のところまで歩かれたその道を辿られたと天理時報に載っていました。
私は車で笠そばのお店から降りたことがありますが、急な道でした。水に濡れているところもあって滑らないように緊張しながら運転しました。
親を思う心が作り出す強さを感じます。
匿名です様への質問様
セーフティネットについて書き込んでいただき、多種のセーフティネットが公的な要素を持っていて、しっかりした制度上のものという意味あいであることを学ばせていただきました。
生きていくということを支えるという意味で使わせていただいています。
介護保険は介護保険をかけ続けていなければ、その条件では使えないですし、また住所がないと使えないですし、その介助が必要な方を支える人がおられるか、御本人がしっかりしていてこそ介護認定などの手続きに進めますが、なかなか大変な状況もあると思います。また介護はケアマネージャーの方の計画にのっとって、その計画内の時間にのみ御利用者さんのところにうかがいます。その時間が過ぎれば後ろ髪をひかれようとそのお宅をでなければいけません。
食事を作ることがままならない方のところに御飯を運んでいるか、一緒にいただいているということを聞いたりしますし、そういうことはあります。
天理教でなくても親切に親身になって支えようとされる方もおられますし、一概に天理だからとも言えませんし、貧しい暮らしの中で頑張っておられる教会や布教所、信者宅もあって、食べることも充分ではない中、他の人に食事を運ぶ余裕のないところもあることでしょう。
たから公的な意味合いでのセーフティネットという表現は一貫性を欠いた表現となってしまうかもしれないです。
文章がうまく書けてなかったですね。すみません。
公的な意味合いを持つセーフティネットという表現では完全な表現にならないのかもしれないです。
ただ公的な部分だけでは命の継続ということを補いきれない現状があり、そこを支えている方々がおられていて、そのうちの一部に天理教の方々がおられるということを、セーフティネットという表現で表現しました。
セーフティネットという表現が公的な要素を含んでいるとすれば、公的なネットから抜け落ちてしまう人々をなんと表現すれば良かったのか考えているところです。
教内の自分達の生活もままならない人々のことはどうなるのか、それがこのブログのテーマのひとつでもあるのだろうと思いますが、それは本来信者が支えるべきであると思っています。
時間がなくなってきたため失礼します。
私はぼちぼち返信させていただきます。
コメントが途中で入り込む形になると思いますがご容赦下さい。
信者数100万規模の教団の後継者のツイッターのフォロアーが1455?
水増し公表信者数じゃないですか戯曲天理教バンザイ\(^o^)/
中山大亮
https://twitter.com/daisukeke123
2018年5月からTwitterを利用しています
62 フォロー1,455 人のフォロワー
匿名です様
>>〜それは本来信者が支えるべき<<
匿名です様の周りでは、この意見に教会側も 信者側も納得していますか?
この考え方には 教会の世襲制の問題、 教会の生活態度に対する信者側の不信感 、
(一般家庭では バブル崩壊のダメージを受けてどこもお供えに対しての 財布の紐はゆるめれない状況 。子育てもそれなりに育てようと思えば教育費も納得かかります。さらに 結婚できるだけ恵まれている方で 結婚すらままならないという事も)
も関係してくると思います。
訂正
教育費も納得かかります
教育費もかかります
恵まれている方で
恵まれているほうで
ツイッター ブロックした数とあわせたら100万近い数になったりして(^_^)
人が何事言おうとも神が見ている気を静め。
お屋敷に入り込んでおられた本席様夫婦の存在が中山家一家にとって食い扶持を減らす存在として疎んじられたそうですね。本席様奥様が辛がって泣いた時、本席様が妻にかけたお言葉だと知りました。
私の母も有無を言わせない天理教の上下組織の中で、理不尽な強要、強制に泣かされ、玄関先木の陰に隠す様にこのお歌を書いた札を掛けていました。そのお歌で泣きたい心を慰めていたのでしょう。
今の本部を見ていると、中山家を過去にたどれば、神を語る家には有り得ない、この様な損得勘定、権力争いで本来庇護すべき大切な存在をも疎んじて来たのであり、今も脈々とその根性が生きずいているのだと思わずにはいられない。先日届いた時報を見て、真柱が存命であるにもかかわらず大亮氏がいつのまにか真柱扱いされている様で、善亮氏の含み笑いが眼に浮かぶ様な気持ち悪さを感じた。
若かりし頃、御筆先が怒りのお歌で満ちているのを、誰に対して?人類我々に対して?と漠然と思っていたが、時の中山家の側近への怒りであると最近知って合点した。
そんな中山家に宛てた怒りの書を修養科で何の関係も無い信者に勿体ぶって勉強させ
ているのが笑えてしまう。
今日まで意に反する事が有れば信者や教会のせいにしている中山家だが、真柱身上で密かな内輪の権力争いを感じさせている中山家トップこそ心を低くして心の修養して欲しい。信者が離れて行くのは率いる人間の本質的な魅力の無さに他ならない。
息子がトップに立てばいいと言うだけのものではない。心の世界を求める信者一同に対し、後ろ姿を見せられる責任の取れるトップであって欲しい。
厳然とした上下関係を作り上げ、信者が悪い、人が悪い、はもういい。親でも子でも、悪かったと思う時には親であっても素直に子に謝るだろう。私は少なくともそうして来た。親と言うなら(親神以外、親とは思っていないが)、それが親と子の信頼と言うものだろう。
中山家は秀司のころから因縁の悪い家系になりさがったとしか思えません!
天理教の上下関係は今でいう、パワハラ、モラハラ、たまにセクハラ、そして飲みハラ(飲み会多すぎ一期講師の方々も禁酒のはずなのに飲み会ばかり)
信仰はあくまで自分の魂に磨きをかけることのみ目的とすれば
こんな組織にふりまわされることはありません!
かくいう下名は教会を請け負った以上信者が0になるまで信者さんのサポートをつづけ
最後に始末をつけたいと思います。
>天理時報の記事より
(4日 本部会議所で)大亮様は年頭のごあいさつの中で、大きな目標に向かって、一同が心をそろえ、一手一つに歩むよう話された
とある。今まで何も思わなかったけれど、そこに掲げてある大きな写真に違和感を持った。
それは、初代真柱と御母堂さん、その横は多分、二代真柱だろう。
中山みきさんも、飯降伊蔵さんも、上田ナライトさんも掲げられれていない。信者の中心、信仰の中心におられた方は掲げずに、応法の中心にいたトップを飾っているのは、まさしく今の天理教の体質、思考、これからの方向性を表している。
天理時報より善亮氏インタビュー
・・・若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。ゆえに、大人の行動にたいしては「教祖はそう仰っていない」と反発する場合もあります。大人の頭では辻褄が合っていても、若い人には理解できないところがあるのです。・・・・
それは違います。
私も若くない十分な「大人」ですが、大人の頭でもこの歪んだ教理では辻褄が合いません。教理を歪めた今の方針のどこに辻褄が合うと言うのでしょうか?彼の言う「大人」とは、洗脳を十分施した後の大人の事。洗脳前の若い人は、純粋な心で汚れた教えを受け止めるから、だから全くもって辻褄が合わないのです。
若いからとか、歳を重ねた大人だから、では無く、洗脳を施した後の大人か、洗脳前の若者かの違いだけです。
若いひとには理解出来ないだなんて、自分達がやって来た事の足元をよく見つめてほしいです。尊大過ぎます。宗教団体にとって、教理が命の筈じゃありませんか。その教理を歪めておいて若者について来いと言うのは、あまりにも「辻褄」が合いません。
善亮君や大亮君は何を信仰しているんでしょうね。教祖に現れた神、教祖本席様が表現された神の理でしょうか?
彼らの話しも、本当は根掘り葉掘り聞かせて頂きたいのですが、中山家の御先祖を拝んでいるだけの人達なら願い下げですね。
> 善亮君や大亮君は何を信仰しているんでしょうね
んなもん決まってんじゃん。「金」だよ「金」。ぜってー「神」じゃねえ。
匿名
2019年1月18日 11:46 PM
御もっともな見解です。
善亮はなに分かったふりをしてるんですかね(笑)
>>大人の頭では辻褄が合っていても、若い人には理解できないところがあるのです。
大人の頭では辻褄が合う なら中田善亮氏はその説明よろしくお願いします。(できないだろうけどな)
それに問題発言してますね。
>>若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。
純粋に受け止めるな?(笑) つまり善亮は教義かいざん 認めてますね(笑)
それに改竄してそれでまた洗脳できるとでも思ってるのでしょうかね(笑)
算段が甘すぎて腹が痛くて仕方ない(笑)
納得いく教内の人間はおろか周りにもい無いだろ(笑)
大亮が真柱になってもすぐ頭か心の病決定だな(もう病んでるかもしれませんが)
ツイッターやユーチューブをみて教団の実力を理解した方がいいよ。もう終わってます(笑)
次回の天理時報でも何でもいいから、大人の頭では辻褄が合う説明を 中田善亮よろしくね(笑)
↑の匿名様
そうです。これは善亮氏による問題発言です。
教えを純粋に受け止めるなと言っているに等しい。信仰とは純粋であるべきものです。
信者を濁り水に浸けて不純にした方が都合がいい。よく読み進めると、教会(大人)は純粋な若者を濁り水に浸けていく努力をせよと言っているのです。
若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。
中田善亮さん勘弁してください。あなたが発言すればするほど中山家も信用できませんがそれより信者さんにも信用されません。教会から信者さんが離れて困ります。
>教内の自分達の生活もままならない人々のことはどうなるのか、それがこのブログの
テーマのひとつでもあるのだろうと思いますが、それは本来信者が支えるべきである
と思っています。
とのことですが、「教内の自分達の生活もままならない人々」とは、具体的にどの様な人々
でしょうか? 例えば世間で事業に失敗し、借金に追われて生活がままならなくなったとか、
不幸にも障害や病気を抱えていて働くことが出来ないなどの事情がある方々という意味で
しょうか?
そうでなければ、わかりやすい様な事情や、またそうなった経緯等も教えて頂けたらと思います。
よろしくお願い致します。
慌ててわかりにくい文章で投稿してしまい失礼しました。下記の様に訂正させて頂きます。
誤り→ そうでなければ、わかりやすい様な事情や、またそうなった経緯等も教えて
頂けたらと思います。
訂正→ そうでなければ、具体的にどの様な事情なのか、そうなった経緯等も含め、
わかりやすく教えて頂けたらと思います。
さすが善亮さん問題発言を起してくれて盛り上げてくれますね。純粋な信仰をしてる人を侮辱するほどさぞかし当人は心が汚れているのでしょう。
それでは皆さん応報(おうほう)なる言葉を思い出したのですが、戦後の教団を応報の道等と称してから現状に至るのですが、この言葉の意味をちゃんと調べたことありますか?
応報
【仏語。善悪の行いに応じて受ける吉凶・禍福の報い。果報。「因果応報」】
https://kotobank.jp/word/
と書かれています。
教団では、戦争で悪いことしたから仕方が無いから的に使ってましたよね?それにその仕方の無い挙句に、今では横暴な中山家代表の中田善亮親子と思っていたのですが【善悪の行いに応じて受ける吉凶・禍福の報い。果報となると、むしろ本当に応報の道のような気がします。
初代真柱と本席問題はじめ本部の歴史は黒歴史ばかり、その報いを、甘露代倒壊 頭の病などなどで神様はお示しくださっている。親神様は、中田善亮を通し、「この教団が教えている事は本当の教えじゃない」と皮肉にもおっしゃっているのでしょう。
またチョンボですかぁ~・・? サイトが揺れています。震源地は、以前の「カネの切れ目は縁の切れ目」 と言った人ですか?
ナニナニ? >>若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。
これでいいのですが、読めば、確かにこれはよくないことだと言っています。おっしゃりたいことは、実は解るんです。しかし、表現力不足で、言ったことが反対の意味になっているんですね。かつての巨人軍のN監督みたいな方なんだろうと思いました。
私メもチョンボをしておりました。(汗;) 訂正→「金の切れ目が縁の切れ目」
★☆★ 天理教は中山一族の私有物???? ★☆★
かねがね考えていることですが、天理教の真柱は、どうしても中山一族でなければならないのでしょうか?
卑近な例かもしれませんが、ぬか漬けの漬け物でさえ、漬けた大根や白菜、茄子等の漬け物を長期間保存して糠床で発酵させ、美味しさを引き出すためには、糠床を定期的に人間の手でかき混ぜ、新鮮な空気に触れさせる必要があります。日本酒や醤油、味噌等の発酵食品と呼ばれるものも同様です。新鮮な空気を定期的に採り入れなければ、人間が食べて美味しく、健康にも良い発酵食品はできません。発酵食品の美味しさの元は今テレビ等のCMで話題になっている善玉菌と呼ばれる乳酸菌のような菌類です。今の天理教はあまりにも長い期間、中山一族という「悪玉菌」に漬けてしまった為、糠床そのものが腐りきり、美味しく漬かるために漬けた野菜が毒素となり、誤って食べようものなら食中毒を発症し、生命にもかかわる事態にもなりかねません。天理教という日本の一信仰宗教が将来にわたって生き残っていくためには、古い糠床やその中に漬かっていた野菜を全て廃棄し、全く新しい樽の中で全く新しい糠床を使用し、時々、人(信者)の手で掻き混ぜて新しい空気に触れさせる必要があります。つまり、抜本的改革が必要なのですが、具体的にどのようにすればよいのか、何か良いアイデアがあればお教え願います。
匿名です様への質問様
生活がままならないとはここに書かれていたことの一部です。
(全部読めていません。)お風呂を修理できないとか、雨漏りとか、食事が質素であるとか、高校にいかせてもらえなかったとかそういうことが書かれていたと思います。ここ以外も含まれるかもしれません。
お風呂で洗面器三杯の湯で体や髪を洗うということが書かれていた本もありました。
天理時報1月20日付号から・・・
(野次馬的な投稿になるかもですが・・・)
表統領に聞く「ようぼくの歩み方』(下)という記事があげられていました。(上)も有ったみたいです。
正直内容は読んでおりません。
タイトルを見て語っています。かたじけない・・・
タイトルからして???
北朝鮮国民の歩み方?
国民は指導者に対して忠実に従うべし・・・とかなんとか?
読んでませんけど・・・
というか例え北朝鮮だとしても国家のトップが国民に対して”歩み方”などと講釈を垂れれる筋合いは無い。
そんなことに言及される筋合いは無い
人はそれぞれ自由なものだ。どう歩もうが走ろうが飛ぼうが横道にそれようが土の中に潜ろうが船で航行しようがその場に居座ろうが勝手だべ。後退しても別に良い。
それを歩み方!などと時代錯誤も甚だしい
この御仁まだ置かれている状況や(危機的)現状などの把握ができていない様だね
歩み方なんて無いんだよ。また無いからいいんだよ。そんなもの有ったら気持ち悪いんだよ
皆それぞれ思う様に生きれば、歩めばいいんだよ。
(犯罪行為や迷惑行為をして良いとは言ってない。人を苦しめたり迷惑をかけたりしなければ好きに生きて良いんだよ)
そこから多様性が生まれ智慧も生まれ真の進歩も生まれるんだよ。
人間はそれぞれ個性も違う。置かれた立場も違う。生まれ育った環境も違う。世界的に言えば文化も慣習も違う。それなのに歩み方などと、どの口が言わすのだろう?
人を管理したい。思う様に操作したい。自分たちにとって都合の良いロボットを作りたい。
画一化された金太郎飴の様などこを切っても忠実なしもべ。従順で異議を唱えない忠犬のような構成員を作りたい?
映画「1984」のようなディストピア的な灰色の世界を招来したいのかね?てめえらはイルミナティーかよ?と突っ込まさせていただきます。
バカだね〜ほんとバカすぎだね〜つける薬が見当たらないね〜
記事は読んでませんけど・・・
あながち間違っても無いでしょう・・・
私の嫌いな、大っ嫌いな言葉。「管理」と「画一化」という言葉。「ヘド」が出るぜ。
匿名です 様
またまた書いてしまいました。
大亮さんは、多くの人々に心の底から頭を下げられたことがあるのでしょうか、いろいろな意味で乳母日傘で育てられ、何不自由ない環境の中で、世間の人達が経験する苦労を体験することなく大きくなられたように感じます。
勿論、人知れず苦悩されたことが皆無とは思いません。が、この方の越し方を、この欄で見る限り、そのような気配を感じることが出来ないのです。
生まれついての徳があるだのと、洗脳状態から解けない人が多く存在する教団ですから、何を言っているんだと反論されるのが落ちだと思っているんです。あなたもその反論者のお一人でしょう。
でも、よく考えてください。直接に話し合った人でもないのに、何故そのように断定できるのでしょうか。
人間が持っている「徳」なんて考えるだけでも途方もないものに思えるんです。おカネがあれば徳人でしょうか。あのゴー〇さんはあれほどおカネがあるはずなのに、今は自由がありません。
身上・事情をかかる人も多いでしょう。何が徳なんですか。このようなとんでもないことを基準に人生を推し量る人たちが天理教幹部の人達なんです。
そして、結局おカネに行き着いて、お供えをしない人は命がないなんて教義にもない言葉が口を突いて出るハメ二なってしまったんです。先ず、自分を知ることの大切さを教団は自ら放り出してしまったんです。
そのような宗教の何処に魅力があるのでしょうか。
はぐらかすようなあなたの話には何の説得力も持ち合わせていません。
>生活がままならないとはここに書かれていたことの一部です。
(全部読めていません。)お風呂を修理できないとか、雨漏りとか、食事が質素であるとか、高校にいかせてもらえなかったとかそういうことが書かれていたと思います。ここ以外も含まれるかもしれません。
お風呂で洗面器三杯の湯で体や髪を洗うということが書かれていた本もありました。
匿名です様が、本来信者達が支えるべきであると思っておられる「教内の自分達の生活も
ままならない人々」とは具体的にどの様な人々のことなのかわかりました。
こちらのコメント欄によく出てくるように、お風呂を修理できないとか、雨漏りとか、
食事が質素であるとか、高校にいかせてもらえなかったとか、またお風呂で洗面器
三杯の湯で体や髪を洗うような方々のことをいわれているのですね。
もしも、それぞれが自ら好んで、自らの責任で選択してそうなっているのであれば、
他人が口出するようなことではないと思いますが、万一ご当人が「理不尽」「不幸」
「何とかして欲しい」と思っているのだとしたら、
ここでまた質問でなのですが、
その様な方々は、自分の希望に反して、なぜそういった自分が「理不尽」と
感じるような、境遇になっているのでしょうか?
その原因や理由を教えて下さい。
なぜならば、問題を真に解決するには、ただ「お金をあげてお金で解決すればいい」
というものではなく、先ずはその問題を生じている、嘘や誤魔化しの無い根本原因や
理由を知ることからから始めなければならないからです。
ただただ「皆さん困ってる人にお金を出して下さい」では、万一悪しき原因があるの
だとしたら、悪しき原因はそのままにして、無関係者が尻拭いをさせられてるような
形にもなり兼ねないからです。
魚を1匹与えるよりも、魚の釣り方を教えてもらう方がありがたいといった喩え話も
ありますが、
「人助け」とは、ただお金を与えるというよりも、共に問題の原因を考え、知恵を出し合い、
誰か一部の人々にとってではなく、皆にとって『公平、公正、平等』である良い方法を考え、
皆の末永い幸せに繋げていくという発想が大切なのではないでしょうか?
天理はとても大切なことを伝えていると思います。
それは新自由主義とやらの価値観の流れの中で人間を守るためのことです。
すみません。後日また書かせていただきます。
>天理はとても大切なことを伝えていると思います。
それは新自由主義とやらの価値観の流れの中で人間を守るためのことです。
新自由主義の価値観の流れの中で人間を守るために役立つ天理の
大切な教えとは、具体的にどのような教えでしょうか?
また、その教えに沿って、具体的にどの様な活動をされてます
でしょうか?
二点お聞き致します。後日またよろしくお願い致します。
人間を守る、人々を助ける、普通の者には簡単に口に出来ないような
立派な言葉ですが、聞きたいのは広告の様な装飾的な言葉ではなく、
「具体的な中身」や「具体的内容」なのです。
そうでなければ説得力は持ち得ません。
以前(2019年1月14日 9:10 AM)に東風Z様が、
>心身に寄り添うなんて、それこそ命がけでなければできないのでは
ありませんか。私に出来る事は、せいぜい落ちているビニールゴミを
拾うことくらいです。
とおっしゃられていましたが、非常に謙虚で誠実な方との印象を受け
ました。理屈を超えて心に響きました。
「無知の知」という言葉がありますが、本当に知っているからこそ
言える言葉というものがあると思いました。
嘘や虚飾のない言葉。飾りはなくとも真っ直ぐに心に響く言葉。
本物とはそういうものではないでしょうか?
「無知の知」とはソクラテスの言葉ですが、
他に「汝自身を知れ」という有名な言葉もあります。
大亮さんも、立場的には苦労が多いでしょうね。
私たちにはわからない苦労があるとおもいますね。
>大亮さんも、立場的には苦労が多いでしょうね。
私たちにはわからない苦労があるとおもいますね。<
信者や末端教会の苦労を思えば命までは取られないでしょう。苦労と言ってもその比ではありません。
何の経験も積まず、苦労もせず、身上の真柱の代理として若輩者が早々に祭り上げられ、いったい彼は何歳でどれだけの人生経験があるのですか。彼こそリーダーとして血を吐くほどの苦労が必要です。
教団の今に至るまでの方針が真実誠と言うなら、無名の信者教会が味わってきたその塗炭の苦しみを自ら味わい、また身を縮めて頭低く通らなければ、申し訳ないがあの若輩者が何を言っても綺麗ごとです。
彼なら大丈夫なような気がします。
変えてくれますよ。私はそう思います。
頑張っていただきたい
「みちのとも」立教182年2月号に掲載されている12月分月例統計表を見た。
なんと、おさづけの理拝戴が3名。
本部2名。東京分教会1名となっていた。
おさづけの理の拝戴は、これぐらいのペースで良いと思う。
今年の天理高校卒業生は、おさづけ拝戴できないそうです。卒業して全国に帰省すれば一体、何人の人が、おさづけ拝戴のために、わざわざおぢ場に帰って来るのだろう。
そもそも、天高生はおさづけ拝戴を拒否すれば卒業できないと聞いていた。いやいやながら拝戴した人も居た。
人助けの基本でもあるおさづけを渡さないなんて聞いてあきれる。
真柱氏、座ることが出来ないのであれば、横になってでも渡すべきだ。もっとも、私はお書き下げを捨てましたが。
ぎょうりやま・会長さんの日記より
https://blog.goo.ne.jp/mkosetu/e/9a9b065594e71c957449fdea3e9c62a6
秀司先生の初めての子供が「おやそさん」との間に出来たお秀さんで、
おやそさんの後にお付き合いした「おちえさん」との間には二人の子供があり、それがおかのさんと音次郎さんである。
おちえさんの後に、秀司先生は正妻「まつえさん」をもらい、その間に出来た子供がたまえさんである。
古い元教会長様同様、みちのとも誌でおさづけの理拝戴者数を確認。
本部2名とは親戚か真柱さんの何らかの縁がある人なのか?
東京分教会1名。道の八十年の松村さんの教会であることから考えると、一種の依怙贔屓か?
上記3名だけが受けられ、天理高校卒業生が受けられないという状況は皆さん気になりませんか?
東風Z様のご指摘に同感です。
車椅子も体の具合に応じて寝たような状態での車椅子も有りますから、大きな体の大亮君が付き添い役で車椅子移動の役を果たせばよいでしょう。
でも、拝戴前に注意事項が告げられた記憶があります。曰く、両掌が合わない人はダメだと。
こんな障碍者を差別する文言を聞かされた若き日の自分は腹を立てたものです。おまけに真柱さんの顏を見てはだめだともいわれました。
けっ、そんなもの形だけもらってやる、と、流れ作業の中でもらってあげました。
それでも年月の流れる中で僅かな回数、おさずけを取り次いではいます。
天理教の中を平らにすることが急がれますね。
とっくに信者の気持ちの中では中山家ご一統様を「うやまう」気持ちは消えていますが、教会長を務める若手のお〇×たちは「大亮さんは徳がある」と月次祭で話していました。
東京で神名流しをした際に、一度も赤信号に当たらず、止まることなく歩けたからだそうです。
これが大教会長の言葉なのですよ。笑ってください。
反対でしょう?
神名流しの徳が無いから(私は徳の有無を言い立てる天理教が嫌いですがその時ばかりは心の中の反論として同じ土俵に立ちました。)交差点で足を止め、赤信号の間、周囲の人に聞いて頂ける時間を持てなかったのではありませんか?
つまりは車の流れがスムーズに行くのと同レベルの比較しかできない頭の会長だから、さっさと短時間で神名流しを終える事ができた彼は「徳がある」と思ったのでしょう。
この様な会長のもと、時間のやり繰り、交通費の捻出、じっと実の無い話に耐えるストレス。教会の祭典日には苦行を強いられています。
大亮君にコバンザメのようにくっついていれば、とりあえずの間は自分の家族は食っていけるとふんでいるのでしょう。
いちれつ会報に「海外からのたより・留学生の声」カリフォルニア大学デービス校2年F谷S子(教会本部)さんの投稿記事が掲載されている。
殆どの、いちれつ会生とは別世界の話だ。
↑↑↑ 古い元教会長様、上記内容をご紹介いただけませんでしょうか?
又は「いちれつ会報」の入手法をご教示頂ければ幸いです。
お時間の許す機会にお願いできればと存じます。
勿論、どなたか別の方からのご紹介も期待しております。
お手数をおかけするお願いで申し訳ございません!!!
さづけは道の路銀。ここにも本部とそうでない人に差別があるのか。
別席は布教の根幹なので、おさづけのお運びが一律にないならともかく(そのことも説明が公にされていない)、運べる人と運べない人の差があることはさらに大問題で、布教方針として説明できないといけないですね。原理原則は何なんでしょう。
本部の人はいつでもいいのに、海外帰参者は次いつこれるかかわからないのに。
匿名様。
海外留学の「いちれつ会」扶育性は、一般には募集していないようですね。
https://ichiretsukai.tenrikyo.or.jp/?page_id=88
投稿記事をツイッターで画像ですが乗せております。
https://twitter.com/huruikyoukaityo
https://twitter.com/
東風Z様
>人助けの基本でもあるおさづけを渡さないなんて聞いてあきれる。
真柱氏、座ることが出来ないのであれば、横になってでも渡すべきだ。
やはりおさづけは人助けの基本ですか?
>いちれつ会報に「海外からのたより・留学生の声」カリフォルニア大学デービス校2年F谷S子(教会本部)さん
会報の記事では、深谷さんは、カリフォルニア大学で美術を学んでいると書かれていたような記憶があります。
確か 宗教に関する授業に一回出たと書かれていたと思います。
あとは、毎日楽しく美術を学ぶアメリカ生活の記事でした。
記事の中には、いちれつ会から学費の援助を受けてるという事は何処にも書かれていなかったと思います。。
いちれつ会とは無縁の世界にいる人と私も感じました。
東京芸大は無理だから、海外留学で箔を付けるのかなと記事を読んで思いました。
何しろ金には困らない本部ですから。
本部に戻ったら子供おじば帰りのキャラクターでも作るんでしょうかね?
いちれつ会報は、いちれつ会から奨学金をうけた会員に直接郵送されるようです。
今年の会報には、寄付金を要望する文書と振込用紙が入っていました。
また過去20年程の男女いちれつ会員数の推移がグラフで示されていました。
以前は、毎年数百人もの人が奨学金を受けていましたがここ数年は、50人ほどしか受給していませんでした。
奨学金返済方法は、以前は金額返済と受給額に応じた本部勤務で返済の2通りがあったそうですが今年度からは本部勤務で返済のみに変更されたそうです。
お金を返す方法は廃止されたそうです。
つまり、いちれつ会から金を借りたら卒業後は、本部で低賃金で働かなければならないという事です。
要するに奴隷奉公です。
もう いちれつ会から奨学金を借りる人はいなくなると思います。
本部は、お供えの減少だけではなく、人離れも進んでいます。
本部境内係りも激減しているようです。
本部要員が激減しているので、なりふり構わず人手を繋ぎ止めようとしているようです。
私が、会報の内容で興味を持ったのは天理教の衰退を如実に表す奨学金受給者数の推移グラフだけでした。
後は読むに値しない文ばかりでした。
会報にさらっと目を通した後、持ち主の許可を得て寄付金振り込み用紙と共にゴミ箱に捨てました。
特命 様
人助けを標榜する教団が9回も講話を聴かせて渡すものですから、そのように思っているのですが、どうなんでしょう。
>やはりおさづけは人助けの基本ですか?<と問われますと、そうですとは言い切れない自分が居ます。
天理教の目的は何なんでしょうね。人が陽気暮らしをするのを見て、神が共に楽しみたいのか。人助けがしたいのか。手段と目的とがごっちゃになって、さっぱりわかりません。
どなたか埼玉教区の状態ご存知のかたいらっしゃいますか?
古い元教会長様、退職信者様、早速にありがとうございました。お手数をおかけしました。
海外留学にはせめて宗教学、哲学、心理学、人類学、医療等々の分野にこそ派遣していただきたいですね。
分野限定としてしまうと学力レベル、語学レベルが高くなくては留学しても落ちこぼれるだけだから、推測で失礼ながら天理本部周辺では該当者がいないのかもしれませんね。
帰国後の彼女のご活躍に注目が集まりそうですね。
因みに私の母校(関東地方の公立進学校)の美術部の先輩、井浦さんは東京芸大を受験し残念ながら落ちました。現役での合格は宝くじのようなもので、倍率27倍だった記憶が在ります。
後輩のために試験の一部を披露してくれました。
竹かごの中に囲われていた鶏をクロッキーといって早描きをさせられたそうです。それを聞いた我々は思わず、レベルの高さに圧倒されたものです。
扶育生として浪人することなくアメリカに行かれた(?)のは一生分の幸運を使い果たしたのかもしれません。
今後は教祖の教えを胸に、感謝の心をもって、人様に奉仕する人生をおくってくださることでしょう。
匿名です様への質問様
遅くなりましてすみません。
天理の伝える大切なこととは何か。
私が書くと安っぽい感じがしてどうしようかと思いましたが、
私なりに書きます。
もったいないというエコ精神は地球環境にとって重要なことだと思います。
十全の御守護は人間の健康を守るために必要な概念をとらえているように思います。現代医学の分類の仕方は不十分だと思えてきます。医者でもなく厚かましい表現ですが。
また甘露台で面をつけて舞われるところを見たこともないのに偉そうにすみません。
これに付随する多くの天理教の研究者の方々の著作を興味深く感じています。
やまいの根本原因に近づく努力を天理は追求していると考えています。
御指摘の無知の知、痛み入ります。
そしてコミュニケーション力の養成です。集団に属するために必要な力が育てられるのではないかと考えています。
仕事などで泣くほど辛かった時、本部に行き祈りの中に救いを求めることが出来た。祈りの救いがあったからこそ、仕事を続ける心身の安定を保つことが出来た。
どなたのお声なのか分かりませんが、突拍子もないウィットに富んだ励まし方で励まして下さる概念がきたりしました。私はそれを教祖のお声だと思っていたので、より頑張ることが出来ましたが、教祖以外にも存命の方々がおられるとうかがって、どなたなのかよく分からないです。
本部の先生方が甘露台におられる時、渦のような波動が上に向かって生じたり、信仰の深い方がそばにおられる時強い波動のようなものがきて、こちらの感性を高めてくださるように感じたりもします。
おさづけをさせていただくことでこちらの感性が非常に高まった不思議な方がおられたことがありました。
不思議な御守護の驚き。
まだまだ不勉強でお恥ずかしいことです。
具体的に信仰にそったことで何をしているか。
身近な存在を支えています。黒子的に支えているといった表現になります。
もう遅い時間ですのでこのあたりで失礼します。不充分ですみません。
教会の先生方の励ましの御言葉もまた心に響くものです。
深い信仰が御言葉を通して光るように見えます。
教会のエネルギーも大きなものを感じる時があります。
信仰する上で基本にあるのは「楽しい」ということではないかと思っています。楽しいといっても、信仰の楽しさはスナックやデイスコに行って酒を飲みながらカラオケをやったり踊ったりする楽しさではなく、心の内面を洗うことによって生まれてくる喜びのようなものを感じることではないかと思います。そうした喜びを味わっている人は、側から見ればたとえ大変な道を通っているように見えても、本人には一生けん命という意識はないでしょう。それは本人が納得しているからです。この道を通ることで喜びや楽しさが得られ、その喜びが「ご利益」 として受け止められるのでしょう。お道を通る上で無理があったら、こうした喜びは得られないのではないかと思います。どうか無理をしないようにしてください。
本当の「おさづけ」を頂きたいですね。どなたから渡していただけるのか。いや、それ以前に私がおさづけを頂く資格といいますか、それだけの人格があるのかは分かりませんが、ただ単に、九度の席を居眠りをしていてもいいから拝戴できるものではなさそうな気もします。
大上段に構える必要は、サラサラないとしましても、ぶたまんさんの心意気は大いに参考になるものと思います。
東風Z 様
おそれ入ります。
>天理はとても大切なことを伝えていると思います。
それは新自由主義とやらの価値観の流れの中で人間を守るためのことです。
に対し、
>>新自由主義の価値観の流れの中で人間を守るために役立つ天理の
大切な教えとは、具体的にどのような教えでしょうか?
また、その教えに沿って、具体的にどの様な活動をされてます
でしょうか?
二点お聞き致します。後日またよろしくお願い致します。
と、質問させて頂きました。
その答えは、
1.地球環境にとって重要なエコ精神を教えている。
2.現代医学の分類の仕方は不十分であると思えるほど人間の健康
を守る為に必要な概念である「十全のご守護」という考え方。
病の根本原因に近づく為の研究として天理教の研究者により現在も
追求されている。
3.宗教組織という集団に属することで、コミュニケーション力が
養成される。
4.信仰して神殿にお参りに行くと、誰か励ます人の声が聞こえたり、
本部の先生方が甘露台におられる時には渦のような波動が上に向かって
生じたり、強い波動が来たり、このように感性を高めてくれる。
これは信仰により得られる不思議なご守護といわれるものである。
5.教会の先生方から心に響く励ましのお言葉を頂け、その先生方の
深い信仰が御言葉を通して光るように見え、教会のエネルギーも大きな
ものを感じる。
まとめ
このようにして、身近な存在を黒子的に支えてくれる。
以上のことが、匿名ですが考える、
「新自由主義の価値観の流れの中で人間を守るために役立つ天理の
大切な教え」の中身ということで間違いないですね。
どうもありがとうございました。
以上のことが、匿名ですが考える、
「新自由主義の価値観の流れの中で人間を守るために役立つ天理の
大切な教え」の中身ということで間違いないですね。
以下訂正 「様」が抜けてしまい失礼しました。
以上のことが、匿名です様が考える、
「新自由主義の価値観の流れの中で人間を守るために役立つ天理の
大切な教え」の中身ということで間違いないですね。
ぶたまん様
いつもぶたまん様の書かれていることを読める時は興味深く読ませていただいています。
私は一般育ちで信仰も上澄みの中で楽しく泳がせていただいているような、澱の部分で泳いだことがないものです。
(一般は一般なりに苦労することはあるんですけどね。)
信仰の苦渋をなめた事は一度もありません。しいて言えば、黒子的に支える人の件で家族に少し迷惑がかかっている部分はあるかもしれないです。
お心遣い本当にありがとうございます。
ぶたまん様や皆様の書いておられることを反芻しながら(読める時は)日々を過ごしております。
東風Z様
おさづけをされることは御自分の体の状態を整えることにも繋がると思うのです。必死に助かっていただくように念じることが、何故か自分の中で何かが整合性をもつような感覚をも伴うと申しますか…。
おかきさげが災害によってなくなってしまう方のおさづけが出来なくなるわけではないと思いますので、真摯に助かっていただきたい気持ちではないかと思うのです。
若輩者が申し訳ありません。
匿名です様への質問様
新自由主義の中で…ということでしたね。すみません。
再生医療として受精胚を使った医療が正しいかですが、私は魂の生まれ変わりである受精胚を使うべきではないのではないかと思っています。
助かる方もおられるでしょう。
ただ助かるということは、1足す1が2ではないということですよね。
信徒として関係する教会が 普請をしました。皆が協力して決めたわけではなく 親の声に従えという態度の会長が勝手に話を決めて 支払いだけは信徒に出せというような普請でした。このような経験をすると 教会の信仰に距離をおきたくなります。
顔を見ればお金の話になるので 実際に距離をおくかたも増えました。人が目標か神が目標と言われても なんだかなあという感じです。熱心な方がかえって迷惑にすら感じます。
信仰は素晴らしいのでしょうか?
信仰は素晴らしいことに間違いはないのですが、あなたは一つだけ間違えています。会長さんのこの行為は信仰とは言えない、ということです。会長さん(または教服を着た人)はいつも必ず信仰をする、という固定観念を脱しましょう。
私家を建てる人、あなた費用を払う人、という風に、何ごとにつけ勝手に一人決めに決めている会長さん、結構いるようです。そういう人には近づかない方がいいと思いますよ。
坊主憎けりゃ袈裟まで〜も人間の感情としてありますし 今更変えようとも思いません。
固定概念を外すというところは大変参考になりました。ありがとうございます。
1月27日。愛町分教会1万9千人団参。
初代会長の50年祭の御礼みたいです。
>親の声に従えという態度の会長が勝手に話を決めて 支払いだけは信徒に出せというような普請でした。<
今でもそんな押し付けをしているところがあるのですね。信者数が結構多い教会でしょうね。金を取れる信者が居るからでしょう。顔を見ればお金の話になるなら、信者が距離を置き、最終的には離れてしまうでしょう。今後教会に行かない様にするのは、各人の自由です。その時こそ教会は借金を抱えて行き詰まる事になります。神の心に沿っていませんからね。
普請が信仰だなんて言う間違った考え方を信者に信じ込ませ、神の心でも無い事で人を悩ませる訳ですから上手く行くはずがありません。今の教団の衰退を見れば判るでしょう。本部はあれだけの巨大神殿を建て信者を悩ませ、今ではどうなっていますか?巨大建物だけで信者が激減、正月にもかかわらず参拝者もまばら。各種建物の維持管理もままならずトップが金、金と叫んで阿鼻叫喚の状態ですよ。
今の天理教は教理を人間都合で捻じ曲げて居ますからおかしいと思ったら距離を置く事です。
>信徒として関係する教会が 普請をしました。皆が協力して決めたわけではなく 親の声に従えという態度の会長が勝手に話を決めて 支払いだけは信徒に出せというような普請でした。このような経験をすると 教会の信仰に距離をおきたくなります。
>顔を見ればお金の話になるので 実際に距離をおくかたも増えました。人が目標か神が目標と言われても なんだかなあという感じです。熱心な方がかえって迷惑にすら感じます。
昔の話ですが、私が所属していた系統の大教会で「大教会建物普請」の大号令がありました。
部内会長の何人かは「そんな無理な普請金集めは信者が減る」と意見したにもかかわらず、大教会長のごり押しで普請が始まり、結果として全体の信者数は半減しました。
続いて大教会長は「詰所普請」をぶち上げ、部内教会長からの「信者がさらに減る、せめて10年待ってくれ」という意見を無視して詰所普請金集めが強行され、結果として、信者は更に半減以下、毎月のお供え金額も当初の1/5~1/10になりました。
そんな中でも「熱心にお供えや普請金を出していた教会や信者さん」はチラホラといたようですが、大教会長や役員たちがそういう教会や信者さんを褒めちぎり、持ち上げるような話ばかりをするので、お供えや普請金をあまり出せない教会や信者さんは肩身の狭い思いをし、逆に、熱心にお金を出していた人たちを「迷惑だ、何を考えているのだ?」と囁き合うようになり、系統全体の雰囲気もますます悪くなってしまいました。
こんな話は結構あるのではないかと思いますが、いまだに同じような事を繰り返してるところがあるのに呆れます。
こんな事は「信仰」ではありません。
理屈をこねさせてもらいますと、神さまが人間を創ろうとしてフグやカレイやシャチ等を呼び寄せられた時、神さまはこんな人体の部品になるような者に対してさえ、「承知をさせて貰い受け」 られました。事前に承諾を得ることは、とても大事なことと思います。一人決めされる会長さんがおられましたら、どうか事前に信者さんと相談されてみてはどうでしょうか。
↑の匿名さん様
念のため本部ライブカメラを確認しました。明日は本部月次祭と言う日です。
たった今、ひとが3人映っています。その内2人は境内係でしょうか。
明日は大勢の人が映るのかもしれません。それにしても祭の前日と言うのに人がいません。
本部なのに地方のさびれた教会と同じ有様です。
おさづけが止まったのは、神からのさづけ が止まったと心得るべきです。
善亮氏は自分語りで学の無い発言をしているそうですが無い頭で講釈垂れる前にちゃんとサンゲと報いをすべきでしょう。私みたいな一信者であっても善亮さんの素行の悪さの噂話は耳にします。表立っては表統領、「裏では善亮だから(苦笑)」が現状。実の息子が後継者と言えども養子に出した息子いつまで組織の二番て実兄病の後事実上のトップを喜んでやってるようにしか見えないとも当教会の会長さんからも言われました。社会からの常識からの浮世離れも甚だしく見るも聞くも恥ずかしい。
匿名
2019年1月19日 11:59 AM
中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
この教団では信者を「子」と表現していますから、若者をは愚か信者も馬鹿視しているということですね?
中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
またこうも言っています。「そのズレをどうするのか?」
そして「若い人の質問や疑問を真正面から受け止め、言葉を尽くして懸命に答えようとする事が大切です。」
このズレは本部が作ったのです。教えを曲げて来たのですから当然ズレて来ます。若者と言わず、純粋な老人の私にとってもズレを埋める事が出来ない。
本物の教えを真っ直ぐ純粋に受け止めるれば偽物を見せられると当然ズレが生じる。
この善亮発言は「純粋に受け止める君達、深い所(この部分は本当は本部が密かに歪曲した部分)がわかってないな」そう言っているようです。紙面では若者の言い分もよく聞いてやれ、言葉を尽くして懸命に答えてやれと言っていますが、偽教理を言葉を尽くして丸め込めと言われているようで、気持ちが悪くて仕方ありません。ズレが生じるのは教理を勝手に曲げているから。
こうも言ってます。
「純粋に教理を求める人間は「教祖はそう仰っていない。」と素直に語るのです。
若者の思いに「迎合」ではなく認めつつ、ズレを丁寧に補いつつ若い世代の育成に努め 、、、」
作り物の偽物に金メッキを施し、いかにも本物ごときに創り上げ、そのはげかけのメッキで偽物が露呈せぬよう、教会長や諸先輩は言葉を尽くして再塗装せよと聴こえてしまう。
悪の加担は出来かねますね。
以前ここで晒されていた、
中田善亮が
国学院大学の単位が足りず、
当時の真柱夫人が頭を下げて
卒業できたという話は本当のようだな。
後継者として決まった後にタイへ出かけ女を買った大亮さま。
自ら酒席で話していたのを聞きつけた人がネットにアップしていた。
大亮さまは無料の女遊びをされてきたのだろうか?
大亮さまは大学卒業後、自らの労働の対価として賃金を得ていたのだろうか?
ふざけんじゃないよ!
そんな人間が教団トップになった日には本部の賽銭箱にお供え入れる気にはなれない。
若い会長たちに言いたい。
今時、買春を広言して憚らないトップを頭に頂く事で社会的責任を問われるリスクが有ると考えないのだろうか?
お祭り騒ぎの陰でうやむやになったこの事情。
第一子誕生、それ以前の、女性を貶める交情で穢れた体で何事も無かったかのようにトップに立とうとは図々しい。
二代真柱の血を引く者だから仕方がないとは言わせない。
時代が大きく変わっていることに気が付かない奈良県天理村住民はかくも時代錯誤の民なのか?
>中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
上記の発言から・・・
「純粋」と言うものに若いも年輩も無いでしょ。
若くても不純な輩もいますし、年喰ってても純粋な人はいるだろう。
また、年を喰ってて純粋なのは本物の純粋だろうし、そんな純粋でまっすぐな信仰を持った人々を蔑ろにし、踏みつけ、裏切り、そう言った人達の犠牲の上に成り立っているのが今の組織。
そうして純粋でまっすぐな信仰を持っていて今まで教団に尽くしてきた人たちの労をねぎらうどころか切り捨てているのが、今の教団上層部。
そんな非情さを知らない今の若い世代を取り込もうと躍起になっているのが有り有りとわかる。
とにもかくにも全く反省をしない輩たち。
過去は切り捨て、人々も切り捨て、無かったことにして、知らぬ存ぜぬ
神を語る前に人としてどう有るべきかを考え直したほうがいい。
そもそも善助の発言は人間の信仰の本質に迫る話じゃなく、所詮、組織ありき、教団ありき、信者獲得、崩壊の食い止め、最悪現状維持をしたいとの考えから出ている様にしか思えない。
信仰者を若いと年輩とに分離させている。
信仰者に若いも古いも無い。人間せいぜい生きて100年。一括りに扱えないか?何でも分けて考える。分断が好きな様だな。
分断させてその後対立させると言う手法も有るでよ。
対立させて自分達に向かう非難から逃れるとかね。
とてつもなく狡猾なやり口だ。
夜間毎日回廊拭きをしている時がありました。
その時に教祖殿の回廊で「ちゃんと伝えて…。」と約束させていただいたことは、二代真柱様が誰かと向かいあって座っておられて、誰かの体に教祖に入っていただきお話されている影絵のようなものが浮かびました。
このブログで知り、「本当なんですか?教えて下さい。」と回廊拭きをしながら教祖殿で考えました。
そうしたら、「あんたには見えるやろ。」という概念がきて、「私にはそういうの見えないんですよ。」とお答えすると、バッと影絵のように誰かの体を使って、おやさまとお話する二代真柱様のイメージがきました。「そうなんですか?」とお聞きすると、「そうや。」「しっかり伝えてや。」と概念がきました。
その後加藤様が夢で状況を見られ、そのことはそのことで私は代を重ねた教人の先生とは霊的なレベルが全く違うのだと思いました。
中山せつ様の「母と子」の本を通して二代真柱様の眼差しを感じるのです。
二代真柱の眼差しはどこに向いていたのでしょうね?
巡教先には寝間に中学生の女児を所望したような人間でした。
二代真柱の持つ人間的弱さ、尊大さが芹沢光治良の「死の扉の前で」に詳しく書かれています。
存命中は信者にとってカリスマ的存在でしたが、後日その実態を知る事となりました。その時代盲目的信仰で多くの信者が人生を棒に振って亡くなって逝きました。
正善さんが如何なる眼差しを持っていたのか、一度読んでみてはいかがでしょう。
匿名です様
霊的レベルなどという表現は天理教の言葉ではないので混乱されませんように。
社会学には別宗教の方も書き込んでおられますので混乱されたのかと思いますが。
>バッと影絵のように誰かの体を使って、おやさまとお話する二代真柱様のイメージ・・・
匿名です様
大丈夫ですか?↑これ、あなたは今何を言ってるのか解っていますか?この直後、空中の一点を指さして、「トンカツが空を飛んでいる~」って言うんじゃないかと不安になりました。お医者さんを呼ばれた方がいいですよ
ぶたまん様
私が教祖殿の回廊で実際にイメージとして受け取ったものです。
二代真柱様の噂をここで読んでその後回廊拭きをしていて、この二代真柱様が他の方に教祖に入ってもらって教祖とお話されていることを想像させる影絵のようなイメージでした。
私は「しっかり伝えてや。」というイメージも受け取ったのでお伝えしています。
1月26日12:11の匿名様
私はキリスト教校出身でもあって、いろんなのが混じってるようですみません。
匿名です様。
あなたはしっかりとまともな文章が書ける時と、何言ってるのか判らない文章と、時々交互に出て来るようですね。
そんな印象を受けます。何かが見える、概念が飛んでくる?脳の身上の誤作動かもしれません。そう言う人を知っていますが夢の様な事を言って確かに見た、見えたと言うので話半分で皆聞いていますよ。本人は大真面目です。
匿名です 様
幽霊を見たさに、夜に詰所を抜け出して竹藪に入ったり、豊田山に行ったりしました。その後もそれらしきところをうろついて80歳。いまだに幽霊にはお目に掛かれません。ただ、気味が悪いのは事実ですが。
一度、臨床心理士又は精神科の医師にご相談されることをお勧めします。
イメージでしたら、素敵な人と抱擁している場面など、いくらでも湧いてきますよ。こうなればいい、とか、ああなればいいとか、自分に都合のいいイメージを描いていれば、一瞬、そのような場面が頭をよぎるのではありませんか。
お化け屋敷は嫌ですが、本物の火の玉か幽霊を見たさに、わざと寂しいところを歩いていますが、人間とすれ違う方が余程怖いです。もっとも、本物の幽霊を見れば腰を抜かす率は99%かもしれませんが、
>中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
またこうも言っています。「そのズレをどうするのか?」
そして「若い人の質問や疑問を真正面から受け止め、言葉を尽くして懸命に答えようとする事が大切です。」
なぜ教えを純粋に真正面に受け止めている人に、ズレてる方向へ合わせるように
一生懸命に言葉を尽くして説得しなくてはならないのでしょう??
それは、教えを真正面に受止め、純粋な信仰をしている信者さんが間違って
いる為、正しいお道に戻す「正当な努力」なのでしょうか?
純粋な若い信者さん達を幸せな方へ導く「思いやりの為」でしょうか?
万一、そうでないとしたら
それは、誰のためですか?
また、そうする事で一番『得する』のは誰ですか?
純粋な若い人達でしょうか?
>なぜ教えを純粋に真正面に受け止めている人に、ズレてる方向へ合わせるように
一生懸命に言葉を尽くして説得しなくてはならないのでしょう??<
これはトップとして「問題をはらんでいる意識」だと思います。純粋に教えをうけ止めている人をズレている方向へ向かわすとは!現状の教理が正しいと思ってるからでしょうが。。。
混じりけなく敬虔に教えを求める人は間違っているのでしょうか?
>中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
お尽くしは金教団の、なんちゃって天理教の善亮、には言われたくないです。
ウソにウソを塗り固め、取り付く島もなく、溺れているのでしょう。
教理を汚したものは、苦しめばいいと思う。これで苦しくないなら中田善亮氏も異常なんでしょう。
>中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
これを読んで、
『天理教の年配者(善亮を含めて)は不純で教祖の教えをズラして自分勝手に歪めているから、若い人には言葉を尽くして自分達に合せるように洗脳しなければならない。年配者同士、互いに監視し合って、教祖の教えとズレた方向に向かわなければならない』
としか解釈できませんでした。
>中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
何故、「 」内の発言になるのか、中田表統領はきちんと説明するべきではないだろうか?
また、真正面から純粋に受け止めてはならない教祖の教えとは、どの部分を指すのか、具体的に例を挙げるなりして説明するべきである。曖昧な言い方では、教組の教え自体を、全て否定するような印象操作をしているかの如くに思われ、天理教とは、教組の教えを信じていないのではないか、と教内に誤った認識を与えかねないと思うのだが・・。
訂正
何故、「 」内の発言になるのか、
↓
何故、「 」内の事が悪いというのか、
同感です。
表統領は真正面から受け止めてはならない教祖の教えとはどの部分か説明する責任があります。
何故なら、全国には16000人以上の教会長がいて、なったばかりの若い教会長もいます。
表統領が今問題視しているような、教祖の教えを純粋に真正面から受け止めている教会長も多く居るのです。
天理時報と言う広報誌で、16000人を超える教会長にこのズレを言葉を尽くして懸命に答えよ、と言うなら若い新任教会長や私の様なズレに悩んでいる高齢教会長の為にも、ズレの原点を噛み砕いて説明して欲しい。
そうでなければ、純粋に真正面を見て信仰している教会長各位にとって、また純粋な若者たちにとって、ズレがどこにあるのか分かりません。
広報誌に載せた以上、信仰の本質に関わる問題です。あなた任せにせず、折を見て改めて親切丁寧な説明を紙面にて望みます。
日本が戦争をする集団に入るかどうかを教祖の教えに照らしたらどうでしょうか。
改憲派、護憲派、どの議員を押すのか。
これまでの傾向からすると改憲派になるのでしょうか。
日本は教祖の教えに照らし、戦争をする国であってはいけないと思います。
事情教会率からいけば1600人の教会長にあてて手紙でも書くことですな表さんは。
「永続するためには変わらねばならない」・・・ヴィスコンティ山猫の名セリフです。キリスト教も2000年続いたくらいですから時代に応じて変更した部分はあり、天理教も当然それに倣うことは必要です。
天理教にとって本当に変えるべき部分は各教会自治権の拡大です。いちいち本部にお伺いを立てなくても、信者の会議を経て事業ができるようにするだけでもかなり違ってくるでしょう。信者は減っていく一方でお供えで教会を維持できないのですから。
東風Z様
夜間にそういった場所とは意外なところに行かれますね。
竹藪ですか…。そうですか…。
危険なきように。
教祖は身を挺してつとめをせきこまれていましたね…。
補足ですが、私は護憲派です。
天理中山ご一統様、永続するためには変わらなければならないのですよ。こんな時代錯誤のコチコチ組織だから現代社会からも受け入れられない。社会はその時代その時代で模索しながら進んでいきます。
真理は変えられないと言うスタンスなのか、教祖の教えを自分都合に変えといて!
教祖の教えからズレてるの分かってるけど、ズレはズレのまま置いて置かなきゃ。ほんとは黒だけど白にしとかなきゃ。今更変えられない。変えたら食い上げを喰らう!
全国の教会長よ、しっかり丸め込め。しかし残念ですね。既にあなたが利用できる教会長は1600人になってしまいました。9割は休眠、今更そんな意欲もないでしょう。
偽は偽ですからね。隠し事がバレたら神苑に引きずり出されると嘘がばれるのを恐れたそうですね。偽は暴かれるし存続する理がそもそも無いです。
>中田善亮表統領「若い人は年配者と比べて純粋ですから教祖の教えを真正面から受け止めます。」
教祖の教えを真正面から受け止めた結果が、あなたの若い頃の生き様だったんですか。ランボルギーニと教祖の教えにどのような関係があったのでしょう。天理時報に解説してください。
本席様が居て、親神様の言葉を取り次いだら、今の教団幹部さん達は、親神様に相当に叱られるでしょう、自分達の思惑通りには、行かなくなるでしょう。 だから、本席不在が望ましい、教義主体になれば、自分達で話し合って、都合よく変えられると言う事ですよね。 だから、実在の神様から概念上の神様にしてしまえば、自分達の思惑を神の思し召しとして、教団運営できると言う事ですよね? 今がそう言う状態であり、だから、教祖様に真っ直ぐ向き合うな? 我らに従えと言う本音が出たと言う事ですよね?
私が言うのは何ですが、あまり心に浮かぶ事だけで、教団を判断されるのは、やめた方が良いです、そう言う祈りの中で得られた物は、あくまで個人の物だと思います。 教団のあり方は、リアルな目線で眺めた方が良いですよ。 実際、幹部が言ってる事を理性的に判断した方が良いです。 私個人が感じる親神様の波動は、大変厳しく畏怖を感じます、怒りを通り越してあきれてらっしゃる印象です。 教祖様は、信者の祈りを聞いておられると感じます、怒りとか感じません、でもそんな事は、私の個人的な感覚です、今の教団運営の問題点は、本席不在で、誰も教団幹部を戒めないし、自浄能力も無いと言う事です。 今の真柱様の身上と言い、親神様のお叱りは、どう言う形かは、判りませんが、必ず、時期真柱様にもメッセージが現れると思っていますし、きっと広く信者様方に理解できる形で現れると、予想しています。
幽霊をみたいですか? 天理教のお手振りでも、心からの祈りは、低級霊を祓うだけの守護はあると感じます、波長が合わなければ見えません、東風Zさんの年齢と人格から想像するに、低級霊とは波長が合わない人格をお持ちだと思います、だから、見えないでしょう。 それより、実在する神様に波長を合わせ、教祖様の声を聞く方が、東風Zさんなら、可能な気がします。 まあ、戯言です、気にしないで下さい。
日月神示より抜粋しました
下級霊人との交流は、地上人にとっても霊人にとっても極めて危険きわまりないものではあるが、
半面においては極めて尊いものとなるのである。下級霊が善なると信じて行為する事が、
地上人には悪と現われることが多いのである。
なぜならばかかる下級霊と相通じ、感応し合う内的波長をもつ地上人には、それと同線上に
ある空想家であり、極めて狭い世界のカラの中にしか住み得ぬ性をもち、他の世界を
知らないからである。
そがため感応してくる下級霊の感応を全面的に信じ、唯一絶対の大神の御旨なるが如くに独断し、
ついには自分自らが神の代行者なりと信じる様になるからである。
いわゆる無き地獄を作り出すからである。 地震の巻、第13帖
始めに出て来る霊はほとんど下級霊であるぞ。玄関にまず出て来るのは玄関番であるぞ。
祖霊の出る場合は、何か頼みたい場合が多いぞ。
浄化した高級霊ともなれば、人民に判る様な感応はほとんど無いぞ。
…「我は天照大神なり」などと名乗る霊にろくなものはないぞ。
大言壮語する臣民は眉つばもの。高級霊は態度が立派であるぞ 。;至恩ー14,16
霊人と語るのは危ないぞ。気付けてくれよ、人は人と語れよ。 かのととり;黄金ー18
腹にチャンと神鎮まっておれば何事も箱さしたように動くのざぞ。 :地つ巻 第18帖
日月神示より抜粋しました
宗教によるもの のみ天国に行くと考えるもの、自分の教会のみ天国に通ずると思ふもの、
皆 悪の眷族ばかり、迷うなよ、迷うは欲からぢゃ
何処の教会も元は良いのであるが、<取り次ぎ役員>(宗教・団体の幹部達)が
<ワヤ>(ぶち壊し)に しているのぞ。今の様(さま)は何事ぞ
戒律(かいりつ)を つくっては ならん。戒律がなくては グニャ・グニャになると思う
であろうなれど、戒律は下の下の世界、今の人民には必要なれど、いつまでも そんな首輪
はいらんぞ、戒律する宗教は亡びると申してあろうが
世界中が霊憑(れいが)かりとなると申してあるのは、今の事であるぞ。憑かりている
世界・自身、判らなくなっているぞ。審神(さにわ)せねばならん。…
世界を、日本を、自分を審神(さにわ)せねばならん
ウヨウヨしている霊ガカリに まだ、だまされて御座る人民多いのう。…下級な動物(霊)の
イレモノとなっているから、だまされるのぢゃ。…因縁(いんねん)とは申しながら可哀想
なから、くどう申して聞かせているのであるぞ。マコトの道に かえれよ
心して、怪しいと思う事は、たとへ神の言葉と申しても 一応は考えよ。
神の言葉でも裏表の見境(みさかい)なく唯に信じては ならん。審神(サニワ)せよ
<目に見えぬところ>(霊界)からの通信は、高度のものほど肉体的には 感応が弱くなり、
暗示的となるものであるぞ。
幽界(ゆうかい)は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊憑(れいが)かりの殆どは、
この幽界からの感応による事を忘れるでないぞ。霊憑かりの動作を よく見極めれば
すぐ判る。
高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものは、
必ず下級霊であるぞ。
インチキ霊に かかるなよ。たとえ神の言葉でも なお審神(さにわ)せよと申してあろう。
迷信であっても、それを信ずる人が多くなれば、信ずる想念によって実体化し、有力な幽界
の一部を つくり出す事があるから気つけておくぞ。
無きはずのものを生み出し、それがまた地上界に反映してくるのであるから、心して下され
よ。今の人民、<九 分 九 厘>(99%)は幽界との つながりを持つ。
胸に手をあてて、よくよく自分を審神(さにわ)せよ
幽界霊も時により正しく善なる事を申すなれど、それは ただ申すだけであるぞ。
悪人が口先だけで善を語るようなものであるぞ、よい事を語ったとて直ちに善神と思って
は ならん。…
真(しん)の善言・真語(ぜんごん・しんご)は心(しん)、言(ごん)、行(ぎょう)
一致(いっち)であるから直ちに力する。言葉の上のみ同一であっても、心(しん)、
言(ごん)、行(ぎょう)、が 一致しておらぬと力せぬ。
偽(いつわ)りの言葉は、落ちついて聞けば すぐ判るぞ。同じ「はい」と言う返事でも、
不満を もつ時と喜びの時では違うであろうがな。
われは天照大神なり、などと名乗る霊にロクなものはないぞ。大言・壮語(たいげん・そうご)
する<人民>(霊媒)はマユツバもの
霊の要求ぢゃと申して、そのままに受け入れてはならんぞ。よく判断した上で処理せねばならん。
下級霊、動物霊の場合は酔いどれのように箸にも棒にも かからん事を申すものぞ。
殊にその霊が病気に関連を持っている場合は微妙であるから、よく心得なされよ。
神は言葉ぞ。言葉とはマコトぞ、息吹(いぶき)ぞ、道ぞ。
マコトとは、<マツリ>(神と人と まつろい)合わした息吹ぞ。
言葉で天地 濁るぞ。言葉で天地 澄むぞ。
…言葉ほど結構(けっこう)な恐(こわ)いものないぞ
マコトほど結構なものないから、マコトが神風(かみかぜ)であるから、臣民(しんみん)に
マコトなくなりていると、どんな気の毒出来るか判らんから、くどう気つけて おくのざぞ
…身魂(みたま)を不断に磨いて、一筋の誠を通してくれよ。
↑の匿名様
日月神示について調べてみました。
予言の書と書いてありましたが、岡本天明と言う人に啓示が出て自動書記で書かれた予言書なのですね。
岡本天明氏は元は大本教の信者の流れとか。
純粋に神の啓示を書き残し生き方等を民衆に注意、喚起し悪に惑わされてはいけないと。こちらは宗教団体ですか?
天理教の様にお金も労働も要求しないで、単に人類の未来に対し正しく生きる様に今後起きて来る事象に対して純粋に愛の心で予言の書として出しているのでしょうか?
宗教法人にはしてないのですか?
教会長講習会の同期の女性が天理教の実態に批判的で、教室で日月神示の事を語っておられたのを思い出しました。彼女は今、大きな教会の会長になっておられますが、やはり天理教の闇の部分に引っかかっておられて、純粋にあれこれ真実を求めておられる方でした。
ネットで少し読ませていただきましたが、興味深いですね。天理教が放つ匂いとは異質の匂いを感じました。
本来神が人類を幸福に導くのに金や物の取引もないでしょうよ。天理の実態を思う時、猫を被った悪魔の様に思えて本当に胡散臭いかおりがプンプンします。
失礼しました。
今朝寒い朝を迎え目覚めたところに床に視線をやると放っておいた天理時報一面のタイトル(副題)が目に入ってきた。それは『教会活動に関わりつつ成人へ』というものだった。
朝の目覚めの空っぽな頭でそれを見てコレは一体どういうことなんだ?と素朴な疑問が浮かんだと共に難解というかわかりにくい言葉に苛立ちを覚えた。
まず教会活動に関わりつつの「つつ」ってなんだ?
まあ、それはまだ良しとする。
メインは次の「成人へ!」というくだり・・・
何じゃ成人って?またまた魑魅魍魎系の言葉だな。
成人?コレを教内へ向けて言えるということはお徳の高い、悟り有る成人している奴(等)が言ってるんだろうな?
それこそ聖人か?
どこのどなたが成人済みでござるか?そのお方に一目お目にかかりとうございます。
表棟梁様でござりまするか?笑
成人ね?成人、あんまり成人していると思われる人を見かけたことが無いけどね。
というか成人というものも曖昧な言葉で掴めない。
誰かー成人というものの説明できる方はおられぬか?
あ、違った中山家の血を引いていれば成人しているということに自動的になってるんだね。悪しからず・・・でもそんなの世襲できるかな?
先日、kindle Unlimited で何気なく天理教の本を探していると、「信仰ってなんだろう?―感性に寄り添う 若き信仰者のエッセイ集―」という本が目に入ってきた。この本は、山田潤史と可児義孝という2人の若手青年会員が自身の教会報に掲載したコラムを厳選して詰め込こんだものである。私は興味本位で大ちゃんの取り巻き以外の青年会員への期待半分、疑い半分の面持ちで読み進めていった、、、、
最後まで読んで、時間の無駄遣いだったと後悔した。
私如きが感想を述べるのも気が引けるが、以下がこの本を読んで思った率直な感想である。
〇感想
・神=現行天理教を信仰していますっていう感じが文章から伝わってくるため、自分としてはしっくりこない
・たとえ話の引用の仕方は素晴らしい
・たとえ話で装飾しすぎで耳障りはいいが、結局何を伝えたいのかはっきりしないし、なんか浅くなっている(コラムの総集編なので仕方ないかもしれないが)
〇結論
ただの犬の小便(本の中でも「自分の考えを発信したいという虚栄心、若気の至りと思われるような文章」といっちゃってます)。別に読まなくても良い。
これは大ちゃんの取り巻き連中だけじゃなくて、若い人が書いたものにまで、青年会全体に自己啓発的ウイルスが感染してしまっているのだと感じました。たとえ感染元を絶ったとしても感染は広がっていくでしょう。それは徐々に全体に広がっていき、組織自体を自己啓発集団と化してしまいます。それが今の天理教です。
う~ん、例えを使ったので、結局何が言いたかったか分からなくなってしまいました(笑)
大変、稚拙な文章失礼いたしました。
皆様、「信仰ってなんだろう?―感性に寄り添う 若き信仰者のエッセイ集―」を御一読ください。
匿名様(1.28 10:55PM.)
稚拙な文章だなんて謙遜なさらないでください。なるほどと感じる内容でした、ありがとうございます。
多分ですが、天理教界の先生方は一般の人と異なり自分の食い扶持を得るために働く経験をしていない人が多いから世間とずれているのでしょう。
時間的にも「ずれ」というか、「遅れている」というか、自己啓発に関して、漸く目が向いたという状況なのでしょう。
世間では所謂「自己啓発本」は一時期話題に上ったことも有りましたが、今では同じ啓発本でも「健康・体メンテナンス」の面に集中しているようです。
天理青年がネット上の情報を最新と捉えているのも可愛いと言えば可愛いのですが、天理教の教会長とか、後継者とかの立場のある人が、自己啓発本に染まってしまっては周囲の人々にとって「迷惑」な事と言えます。
いつも思うのですが、世間で働きながら自己の信仰を深めるという実践が大切ですね。人の気持ちが判らないような人が若き大教会長として立っている教会に所属する者として痛感しています。
上記、舌足らずの文章でした。連投お許しください。
今の天理青年が夢中になっている自己啓発本はお金を出して迄購入する価値は無いとおもいます。
何処までが自己啓発の本なのか線引きも怪しいのですが昔はやった金もうけの斎藤さんの本なども自己啓発本でしょう。売れる本を売るという姿勢の業界に踊らせられているのが現実です。
一部のものたちらだけで教団を意のままに動かそうとし過ぎだと私のところにも噂が流れてきました。
真柱の身上を善亮大亮の残るおさづけで治さない事には、中山家は格好つかず笑われるだけで終わるでしょう。もしかすると現在の真柱様には天啓が下っているとの見方も聞きます。それを本部員会議と名乗る中山体制会議だけできめたら再び三度神への冒涜、何が起こるのやら本部員でも現在の中山体制に疑問を持っているものが多数出ているそうです。
まずは江戸時代の体制を民主主義の体制に変えるべき
真柱、各大教会長、それぞれの要職は選挙で決めるべき
また、教会の統廃合を勧めるべき 現在の十か所を1か所にまとめる
○○金という名目で集金するのをやめるべきお供えの二重取りである
詰所は60歳以上のケアハウスとして活用すべき
敷地の広い教会は学童、介護施設として開放すべき
これからの世代に希望のある宗教としてほしい、あまりにもかわいそうだ!
なぜ現在の天理教は 真柱と足並みを揃えられないのでしょうか? 真柱が身上いう神の思し召しをなんと心得ているのでしょう?真柱が身上なら教団全体が身上、新しい真柱に変えてもすぐに神の思し召しが下ることぐらい目に見えている。もう中山体制の虚言にだまされる人はいません。
>真柱、各大教会長、それぞれの要職は選挙で決めるべき
大教会長や要職はともかく、真柱は血統主義でやってきたのですから、バチカンのコンクラーベのようなわけにはいかないと思います。教会の統廃合はできるでしょう。現に事情教会90%ですし。詰所や広い教会の利用法は立地によるので、その教会の信者が話し合って決めることにし、本部の許認可を経ずとも事業ができるようにはすべきです。
2019年1月27日 9:04 PMの匿名様
天理教と関係のない日月神示の言葉を抜粋してアップしてしまい
ました。
私も生い立ちに色々と縁があり、こちらのコメント欄をいつも見せて
頂いてますが、読んでいるうちに前掲載の日月神示の言葉を思い出し、
ついコメントとして書き込んでしまいました。
しかし、日月神示が天理教と全く関係がないかといえば、そうでもなく、
御神示の中に天理のことも出てきています。
例えば下記のように、
この道は道なき道ざぞ。天理も金光も黒住も今はたましひぬけて居れど、
この道入れて生きかへるのぞ、日蓮も親鸞も耶蘇も何もかもみな脱け殻ぞ、
この道でたま入れて呉れよ、この道は・ぞ、○の中に・入れて呉れと
申してあろうが。=略=
この道は教でないと云ふてあらうが、教会やほかの集ひでないと申して
あらうがな、人集めて呉れるなと申してあらうがな。世界の臣民みな
信者と申してあらうが、この道は道なき道、時なき道ぞ、光ぞ。
この道でみな生き返るのざぞ。=略=
地つ巻 第12帖 (149)
今迄の様な宗教や教の集団(ツドヒ)はつぶれて了ふぞ、神がつぶすの
ではないぞ、自分でつぶれるのざぞ、早うこの神示、魂にしてマコトの道
に生きてくれよ、俳句は俳句と申してあるが、天理は天理、金光は金光だけ
の教であるぞ。 磐戸の巻 第7帖 (243)
確かに岡本天明と言う人は以前は大本教に属していたらしいです。
天之日津久神社にて日月神示が降りた時には、「どうせ自分のような者に
起こる現象なのだから下級霊か何かの仕業なのだろう」と暫くの間放って
置いたり、紙を捨ててしまったりして無視していたそうです。
しかしたまたま大本教などに係わっていた関係から、そうしたことに
詳しい専門家等の知り合が色々いたらしく、その中から「これは神示なの
では」というような声が出てきて世に出るようになったらしいです。
詳しくはWikipediなどに載っています。
日月神示による宗教団体があるのかどうかはわかりませんが、日月神示
自体は本やネット上で様々な方々がまとめたり解釈されたりされていて、
誰に対しても敷居が低く開かれているものなので、団体などを作っている
方々も一部存在するのかもしれませんが、団体等のイメージは薄いようです。
私自身は、日月神示の言葉に出会ってから、その言葉の内容と響きに
興味を惹かれてきましたが、日月神示による団体等に興味はありません。
また、アップしておいて無責任なようですが、日月神示というものを
背景含め全て理解している訳でも、全て正しいと思っている訳でもありません。
個人的に、この神示の言葉には特別な至福感といいますか、酔いしれる
ような輝きといいますか、厳しい言葉でもまるでそれこそ尊敬する親に
怒られているかのような愛情すら感じられ、またこの言葉に触れると、
この社会に蔓延る闇で暗くなりそうな心に光が差し、なぜか不思議と
疑問や迷いが晴れるような清々しい気持ちになるのです。
なので惹かれるのでしょう。
私は日月神示だけではなく、
「人を真に幸せで明るい気持ちにしてくれるもの」、
そして「人を真に自由にしてくれるもの」、
こういったものは、分野も何も問わずこだわらず、どんなものでも大好きです。
しかし、どのようなものでも解釈の仕方や使い方によって変化(へんげ)する
可能性を含むということも理解しています。
なので、偏ることなく、妄信することもなく、
見えない世界等を理解する時に参考にさせて頂くお言葉として敬意を払いつつ、
今はたまたま日月神示の話題になってしまいましたが、こちらの実体験に
基づいた貴重な体験の言葉の数々や、他にも様々なものを参考にさせて頂き
ながら、これからも囚われずに、この広い世界の中で出会う様々なものに
触れて見聞を広めながら、勉強させて頂きたく存じます。
長々と失礼しました。
山田潤史って聞いたことある。
確かふるさと分教会の後継者では?
「日月神示」 は、以前どなたかがこのサイトに紹介してもらったので、読ませていただきました。おっしゃる通り、吸引力のある文体と内容で、私メも引き込まれました。
天理も黒住も金光も日蓮も耶蘇も、みな形骸化して中味空っぽの抜け殻になっている、と嘆いた後、「今までのような宗教や教の集団(ツドヒ)はつぶれて了ふぞ、神がつぶすのではないぞ、自分でつぶれるのざぞ」 と言ってるところや、形にとらわれることなく「マコトの道に生きてくれ」 と言われているところ、共鳴しました。
陽気誌1月号にあのNマロさんが載っている。驚きだ。
Twitterで活躍中の、そして時に本掲示板にも書き込まれる有名女性書き手に対する恫喝文言を自分のTwitterで書きつけていた人物だ。
やくざのような口調のままの言葉は品性を疑うもので目にした時には教祖の教えを書きつける表の言葉と対照的な裏の顔が有ることにびっくりした。
ただ、お二人の間での問題収束は被害者の女性が、子供のおられるNさんの生活を慮ってとかの意味合いの言葉を何処かに書かれていて、何だかわからない幕引きだった記憶がある。
その直後、その経歴にかかわらず、お道の中での講師として活動されていることから、生活の糧を得るためには不祥事をなかったことにするしかないという事で合意されたのかと思っていた。
それが今や「陽気」の筆者として堂々と顔出しもされている。
脱力感で最早言葉もない。
よいのだろうか。
パワハラ・セクハラ・モラハラは過去の時代と比べ、厳しくなっている現在、女性に凄んでみせるような人物が、口を拭ってきれいごとを書きつけていること。
閉ざされた世界の宗教界であっても、各種ハラスメントがいまだに許されているという現状は、かなりまずいのではないか。
改心した人であるのなら、そのあたりの事情をこそ、今回の陽気誌に書くべき内容であったかもしれない。
Twitter発信者はいつまでも残る記事に終止符を打つには、正直なザンゲの言葉を吐き出すしかないことを知るべきであろう。
匿名
2019年1月29日 7:06 PM
血統で今案で続いて来たとしても、宗教法人である以上役員の互選で決める。とあるように、絶対でえはございません。しかし本部の役員会議が中山家の血族で占められているから問題なのです。
身上の真柱に天啓が下る
2019年1月29日 12:54 PM
さんが仰っていた様に、中山体制会議なってしまっているのが問題なわけです。
今後の問題点は、【今後の天理教は中山家がやるべきなのか?】です。
一連のコメントを見ていると、教祖の教えは、守りたいが、中山家存続に関してさん賛成の人ほほとんどいません。
その流れを知ってか中田善亮表統領(真柱実の弟)も追い詰められてか、教義改ざん を始めたのでしょう。なので「天理教は終わった。」とのコメントが多く見られるのでしょう。
当初はみなさん「火の無いところに」程度で半信半疑だったのに、中山体制を維持したい体制の人間が自ら火に油を注ぎ始め大火に成り、鎮火の目処もなくもえ続けている状態です。自業自得で呆れます・・・
熱心だった知人も大分さめ、教会からも足が遠のき離教してます。
匿名 様
2019年1月30日 3:43 PM
>当初はみなさん「火の無いところに」程度で半信半疑だったのに、中山体制を維持したい体制の人間が自ら火に油を注ぎ始め大火に成り、鎮火の目処もなくもえ続けている状態です。自業自得で呆れます・・・
熱心だった知人も大分さめ、教会からも足が遠のき離教してます。<
この流れは、今後、一層、加速度をつけていくことでしょう。崩壊に向かってまっしぐらですね。まさに「愚者の極み」としか言いようがありません。
某中堅どころ大教会直轄の「元」分教会長です。年齢は全共闘世代です。
部内は18くらいありましたかね。
元ですから棄教してます。
もう30年前の話です。
法人格でしたから追い出されました。と、言いますか出て行きました。
しかし先祖代々教会しながら事業してましたし不動産賃貸もやってましたので、金と土地には困りませんでした。
部内からも信者からもお供えの強要はしませんでした。部内や信者用のお供え入れる封筒なんか作ったことなかったです。私の就任奉告祭はしませんでした。
大教会の圧力は当然無茶苦茶ありましたね。
事情働きとか云々言われても平気の平左でした。
私ね、全共闘世代なんですが、そういった学生を鎮圧する側(●大4年の1968年夏頃の水道橋・御茶ノ水は最高に酷かった。私も左翼学生に闇討ちされて片目失明)の学生で今で言う超ブラック大学の体育会本部卒でしたから、六大学卒や天理大卒の大教会長やら他の役員なんか片っ端からぶっ飛ばしてやってましたよ。全然怖くない。私が会長やる前もう40年近く前だから時効な(苦笑)。皆私のことビビッて巡教なんて逆に来なかった。本部なんかほとんどいかない。
今は天理教式に改式した先祖の墓を、元々の天台宗の菩提寺にすべて戻しました。線香あげて「光明真言7遍と十念・なむあみだぶ」。
>このつとめ十人にんぢうそのなかに もとはじまりのをやがいるなり (6-30)
このよふをはぢめだしたるやしきなり にんけんはじめもとのをやなり (6-55)
月日よりそれをみすましあまくだり なにかよろづをしらしたいから (6-56)
にんけんをはじめだしたるこのをやハ そんめゑでいるこれがまことや (8-37)
にんけんをはじめたをやがも一にん どこにあるならたつねいてみよ (8-75)
いまなるの月日のをもう事なるわ くちわにんけん心月日や (12-67)
しかときけくちハ月日がみなかりて 心は月日みなかしている (12-68)
3代会長の祖父の頃からこの筆先が信じられなくてね。
自分に嘘ついてまで信心して大切な信者さんたちを困らせたくなかったし。
どうもその頃から中山みきを親神と思えなく信じられなくなってきましてね。
天理が人類創造の場所?中山みき自身が人間の親?中山みき自身が自分自身が神だと言っちゃってる。
ありえません。絶対にありえない。
天理教辞めて、教会長辞めて?身上?・・・もらいましたよ。48で末期がん。16時間の大手術。でも20数年生きてる。定期検診は半年に一度。中山みきのご守護?そんなこと全く思わない。罰当たりなジジイでしょう(笑い)
モーセもブッダもイエスもムハンマドも空海も最澄も円仁も道元も天海も(日蓮はちょっとねぇ)、自分は神だ仏だ、私を拝めなんて言わないし、自分で書かない。新約聖書も仏典も後の者たちが自分の都合よく書いたもの。ブッダは信仰を捨てよとさえも言った。
私らにとって中山みきはただの人間です。どうでもいいのよ。
歴代真柱?ゼンスケダイスケ、八島どーでも良い。
私らが居た教会は大教会の親族が経営?してますよ。
どうするのが良いのか色々考える事が多いです。
1人暮らしの年金受給会長ですが、冬は風邪をひきやすく、ちょっとでも寒い空気に当たると直ぐ喉にくる。近年誠に風邪をひきやすい。独り身なら自分の身は自分で守る覚悟で厳冬期は過ごさねばなりません。ですから決心して冬期はお勤めしない事にしてます。会長としての立場的必須事項を放棄している自分ですからもやもやが残りつつ、です。バチは当たらないと思う。けれども何となく後ろめたい。
しかし現実的に倒れてしまうと独り身では高熱の対処も食事の準備も出来ないのは分かっている。孤独死の脅威と闘いながらそこまで命を危機にさらしながら身体を神に捧げる必要はないのでは、と言い聞かせて身を守っております。
教祖がお勤めが大事と仰っていますが、祈りの形として何故お勤めが必要なのか、私は納得出来ていません。21回数えて祈ってる内に、回数が判らなくなる。あれ?あと何回だったかな。こんな勤めの様式の何処に意味があるのか。一生懸命祈ればただひざまずいて10分でも20分でも祈り続ければ良いのではないか。
そういう風に思います。
教祖は誠真実のお方ですが、神ではない。この天地世界、人類を作った人では有りませんから。親神の人間宿仕込みの場所が何処であろうと、関係ない。親神が人間を宿仕込んだ事実のみを受け止めれば良いこと。あの中山家が私有地にしている甘露台の場所を聖地として崇めようとするから彼ら中山家の欲に利用される。
地球の何処に居ようと天を仰いで親神にひれ伏し、ご恩報じは一列助け合いの精神で手を取り合って居れば良いだけの事。陽気世界建設を、と叫んでいる事自体、この瞬間が陽気世界では無いと言う事。我々に大切な事は今この瞬間が陽気な幸せ感に満ちているかと言う事。今の天理教はこれからも陽気世界を永遠に追い求める。今が虚しくてどうする?
神を思う心を難しく考え過ぎではないのかと、思うこの頃。
全国の高齢独り身の会長さん、お勤めははってでもされていますか?ちょっと聞きたいところです。
私らが感謝するのは当家の信仰初代です。
瀕死の脳病を天理教にお助けしてもらい身上すっきり入信しましたが、誰が何と言おうとどんなに周囲に嫌がらせ受けても(今で言う上級にあたる大教会一味)断固として道専務にはならかった。結局、宣教所初代になりましたが、家業事業はキッチリやったようで、その家業は今の今でも続いております。
そして当家に匂いをかけてくれた名もなき布教師にも感謝。
もう寺でお焚き上げしてしまいましたが「おかき下げ」の「家業第一云々」を、その名もなき布教師懇々と諭してくれたと代々常々聞かされました。
傳教大師最澄上人の言葉を借りて言わせてもらいます。
私は「愚者の極み」です。
他人様の幸せを真摯に祈ることなんか願うことなんか全く出来なかった。
他人様を助けることなんて全くしなかった。
ですから天理教やる資格もなければ会長やる資質なんかなかった。いち人間としても最低の「愚者の極み」です。
棄教しても今があるのは神様のおかげだろうと天理教の人は皆言うでしょう。
しかし私は中山みきを神と思えない。思えなかった。
棄教すべき愚者でした。これで良かった。
長文駄文乱文をば大変失礼致しました。
私の実家もおつとめを朝晩必ずつとめます。
近所迷惑なので窓も閉めきって鳴り物を使わずに小さな声でしてくれと
神様は拍子木叩かなくても怒らないよと、
何度も何度もお願いしますが、受け入れてくれません。
自分達は教祖が寿命を縮めてまで、つとめろと言ったおつとめを、においがけと思い
良い事をしていると思い、つとめているみたいです。
近所からしたら毎日同じ時間に聞こえる騒音でしかないのに。
なぜ天理教の人はひとりよがりの自分達に都合の良いように物事を考える人が多いのでしょうか。
路傍講演、個別訪問すべて自己満足で迷惑です。
今日も「陽気暮らし」「感謝慎みたすけあい」の幕を見て近所の人が笑ってます。
まず静かにしてくれと・・・
もう、皆さんお疲れなんですね。ちょっと休憩しませんか。それを言うと神様は寸秒たりともたがわずご守護下されている。めったなことを言うでないと。
自然の有り様が神のご守護というのであれば、そのこと自体が神の責任ではないだろうか。仮に、地球の自転が1秒でも静止すればどのような事が起きるのだろうか。1秒間に23㎞余りの自転速度が止まるとはどういうことだろうか。神は責任放棄は出来ない運命にあるだけだ。
一歩、人間は何時でも休むことが出来る。過労死なる言葉が伝わるが、いつも思うことは何故そこから逃げなかったのでしょう。若い警察官の事件が裁判になっているが、何故退職されなかったのかと心が痛む。
神と人とは違う存在だと思っている。神は休めない宿命を背負ったが、人は休むことが出来る。
休むことにより心が変わります。
>いつも思うことは何故そこから逃げなかったのでしょう。
それができないからこそカルトなのですよ。共依存とちょっと似た状態なのかもしれません。ものみの塔聖書冊子協会の二世がこう言っていたのを思い出しました。
「僕はもう組織の間違いにも気づいています。でも脱会は怖くてできません」
間違いに気づいた→逃げるができるのはまだマインドコントロールされていないからです。二世は生活基盤が教団内にあったり、人間関係も教団外にはないケースが大半で、逃げるに逃げられないことがよくあります。
↑の匿名 様
仰る通りです。でも、ここで踏みとどまるといいますか、少し考える時間を持つことが大切だと思うのです。三浦雄一郎さんがアコンカグア登頂を断念されました。
多くのマスコミはじめ皆さんの期待は大きかったと思うのです。でも、万が一のことがあればを思われて、医師の勧告を受け入れられました。
ご自分のみならず、多くの協力者の方への迷惑を考えられた時、断腸の思いで下山されたのではないでしょうか。この行為を逃げというのはおかしいかもしれません。でも、勇気ある撤退でした。
こ三浦さんの行為と信仰上の悩みとを比較するのは、体と心の問題の比較ですので、適当ではありませんが、三浦さんも心の葛藤は有ったと思うのです。
天理教は、親が信仰していれば、子や孫までが継がなければならないという固定観念が強すぎます。何故か、逃げられなかったのです。それがマインドコントロールだったんですね。
知人のアドバイスで目が覚めた時は、親の思いより、より強いインパクトがあったんです。
どうか、この欄の投稿を吟味され、更には、多くの方のアドバイスを受けられて、お疲れの出ないようになさっていただきたいですね。
匿名 様
2019年1月31日 1:29 PM
九つの鳴り物には、それぞれ「理」があるんだと言われたことがあります。内容は忘れました。
だから、止められないんでしょうね。
一時、マンションに住んでいたことがありました。講社祭りの折に、6畳の部屋で拍子木を強く打ち鳴らされるので、コンクリートの壁に反響して響き渡り、小さな子供たちは耳を手で塞いでいました。天理教の自己満足の典型ですね。周囲のことに気を配ることが出来ていない何よりの証拠です。子供たちが天理教をバカにした原因の一つです。
本当にかんろだいのあるぢばが尊いのかどうか
神は世界中、宇宙中どこにでもいるのだから
ここでないと駄目ということはない。
いっそのことどこか別の場所で天理教○○本部という名称で
宗教団体を作ってみてはどうだろうか?
その場所のほうがおさづけが効いたりして、、、、
先の裁判で天理教と名乗ることはみとめられているはずであるし
あとは実際の理がはたらくかどうかということであるが?
名古屋では実際天理教○町が本部と思っている人が大勢おられる
いっそのこと本当に本部がべつにあってもいいとおもうのだが
愛知の国府では扇のマークの○○本部があり
実際救済がおこなわれているようだ?
西区にあった中日ドラゴンズの寮や練習場まで買い込み
天理教本家より勢いがあるようだ!
霊感商法に
悪徳商法の一種である。霊感があるかのように振舞って、先祖の因縁や霊の祟り、悪いカルマがあるなどの話を用いて、法外な値段で商品を売ったり、不当に高額な金銭などを取る商法である。その中でも、祈祷料、除霊料、供養料などの名目で法外なお金を払わせるが、商品の販売はしないものを特に霊視商法ということがある。地鎮祭の費用、先祖供養の祈祷料など、いわゆる伝統的なものとして「社会通念上認められているもの」については、除外されることが多い。
と上記のよう書かれている。
「 金の繋ぎは命の繋ぎ」 「 お尽くしは金」 「徳の有無」 「悪しきいんねん」 等など、教団内で実しやかに使われるこれらの文言とその使用する者は霊感商法に当たる。つまり、中田善亮表統領を筆頭に教義の改ざんをし、霊感商法教団へと変貌させようと見て取れます。教団の構成員は皆被害者に当たるので全員ないし有志の者だけでも告訴をお勧めします。
教団の顧問弁護士も何を持ってこれらの発言を黙認しているのか不思議で成らないほどの教団の荒廃ぶりに正直信じがたい状況なのでしょう。もう組織崩壊が目前に迫り集められるものだけあつめる状況にも見て取れます。
霊感商法Wiki
https://goo.gl/38wmyE
東風Z 様
2019年2月1日 8:45 AM
天理教は、親が信仰していれば、子や孫までが継がなければならないという固定観念が強すぎます。何故か、逃げられなかったのです。それがマインドコントロールだったんですね。
知人のアドバイスで目が覚めた時は、親の思いより、より強いインパクトがあったんです。
どうか、この欄の投稿を吟味され、更には、多くの方のアドバイスを受けられて、お疲れの出ないようになさっていただきたいですね。
全くその通りだと思います。先祖が入信した宗教を「鵜呑み」にし、「真に正しい」と洗脳されている方々は、この掲示板の読者の中にも大勢おられると思いますが、それがマインドコントロールの「恐ろしさ」に他なりません。太平洋戦争中、「日本国民は天皇陛下の赤子」であり、天皇陛下のために従軍し戦死すれば、「誉れの家」と讃えられ、戦死した兵隊は東京の靖国神社に「英霊」として祀られた悲しい歴史がありました。たとえ日本の敵国兵といえども命ある同じ人間です。もちろん家族もあります。敵国兵を殺傷して、軍神や英霊として国策神社に祀られて崇められる道理など、どこにもありません。日本の兵隊(他国の兵隊も含む)がやったことは、殺人行為に他ならないのです。現在、天理教を信奉しておられる読者の皆さん。人間として何が正しく、何が間違っているのか、よくよく思案してみてください。また、天理教が戦時中、教団の保身のため、また国家に迎合するためにどういうスタンスをとっていたのか、研究してみてください。自ずから矛盾に気づき、真理が見えてくるはずです。
>たとえ日本の敵国兵といえども命ある同じ人間です。もちろん家族もあります。
全くです。
欧米列強がアジア諸国を数百年に渡って植民地にし、有色人種を人間扱いせず、奴隷としてこき使ってきたとしても、大陸では人民軍が日本人の町々を襲い女性と見ればレイプし、略奪暴行を繰り返して捕虜の手に穴をあけてロープでつなぎ、挙句にそのまま虐殺したとしても、戦争などに加担してはならないのです。
ロシアは敗戦間際の日本に対して不可侵条約を一方的に破棄して満州や樺太に攻め込み、人民軍以上の乱暴狼藉レイプ略奪を繰り返し、武装解除した日本兵20万人弱を捕え、シベリアでの強制労働に連れ去ったとしても、戦争などに協力してはならないのです。
アメリカ兵は南洋諸島の各戦線で降伏しようとした日本兵を捕虜として認めず、その場で射殺して金歯を抜き、持ち物を奪い、頭蓋骨を取り出し、骨を削ってペーパーナイフなどを作って「戦利品」として故郷の家族へのお土産にしたり、2万人の戦死者を出した硫黄島では日本兵の遺体の上に鉄板を敷いて飛行機の発着場にしたりした訳ですが、だからといって天理教を信じるなら、戦争などに加担してはならなかったのです。
でも、今戦争が起きて外国が日本に攻めて来るなら、私は武器を持って戦います。
天理教でもものみの塔でも二世三世にとって脱会とは、生活基盤も含めてすべてを失うことを意味しますので何らかの受け皿が必要です。
匿名さん 様
すみませんが戦争の状況に関して、何処からかの引用を書かれたのだと推測しますが、おっしゃりたいことは戦争に加担してはならなかったということですよね。
誰が加担したことを指してのご意見なのか、恐らくは天理教教団が軍に協力した歴史的事実を指しておられるのかとは思いますが、「アメリカ兵が捕虜を認めず」「金歯を抜き」という引用には「???」と感じています。
私は専門の勉強をしてきたわけでもないので、特段、この引用例に疑義を申し上げるほどの者ではありません。しかし、ひょっとして、ネット上にちりばめられているクズ情報の類を信じておられて引用されてはいまいかと、ちょっと気になっています。
適切な調査結果に基づく情報ならば、私のこの一文はスルー(気になさらないで読み流し、黙殺するという意味です。)なさってください。失礼の段、先にお詫びします。
以下は「匿名さん」から離れて、天理教関係のTwitterに散見される嫌韓・嫌中派に関しての感想です。
私のその程度の「???」事をわざわざ書くなよとお怒りの方もおられるかもしれませんが、実はある傾向に不安を感じているからなのです。
教団には是正すべき点があるが教祖の教えは大切にしているという人の中に、嫌韓・嫌中派とも言ってよい人がおられ、この方々ご自身の意識の乖離に不安を感じるのです。
気のせいか、或いは私のリサーチ不足なのか、仏教界ではそうした傾向はあまり見られないような印象を持っています。グローバルな展開をしている日本仏教は平和を大切にしているのでしょう。
嫌韓・嫌中派を表明している方々の言い分も様々ですが、疑問なのは、神を信じる心と、隣国を嫌うだけではなく嫌う気持ちをあえて言葉にして発信するという行為そのものが、一人の人の内部に両立することに驚かされるのです。
年寄りの繰り言と片付ける前に、どうか、「どうしたら隣国と共存できるか」英知をもって考えようという機運を醸成することに加担していただきたいものだと、嫌韓・嫌中派の方への提案です。
匿名 様 2019年2月2日 10:25 PM
>ネット上にちりばめられているクズ情報の類
戦地から戻られた何名かのお年寄りから聞いた話(昔の事ですし、お年寄りはもう既に亡くなられていますし、取材等の正式な聞き取りではありませんが)と、ご指摘の「クズ情報」が妙に一致するので、引用させて頂きました。
勿論、生還された方ですので、実際に金歯を抜かれたり頭蓋骨を取られた本人ではありませんし、軍の中でまことしやかに話されたり、上層部からの教育的内容も含まれているかもしれませんが、それはそれで意味のある事だと考えます。
別に、嫌韓・嫌中意識を煽ろうとか広めよう等とは考えておりません。
歴史の事実には、嘘や捏造を排して、事実を究明して正面から向き合うべきだと考えます。
隣国と平和で共存できるなら結構な事ですが、隣国が共存しようとしないのなら、無理に共存しなくてもよろしいのではないかと考えます。国内だけでも平和で豊かで国民が幸せな生活が出来る国になれば、後は、隣国に真似をして貰えば良いのですから。
匿名さん
2019年2月1日 11:08 PM
>アメリカ兵は南洋諸島の各戦線で降伏しようとした日本兵を捕虜として認めず、その場で射殺して金歯を抜き、持ち物を奪い、頭蓋骨を取り出し、骨を削ってペーパーナイフなどを作って「戦利品」として故郷の家族へのお土産にしたり、2万人の戦死者を出した硫黄島では日本兵の遺体の上に鉄板を敷いて飛行機の発着場にしたりした訳です
匿名さんの記述は、事実です。
上記についてアメリカ側から見た当時の戦況をチャールズ・オーガスタス・リンドバーグが書籍を通して詳しく説明しています。
彼は、大西洋単独無着陸飛行に成功したことで有名なチャールズ・リンドバーグの長男です。
日本では、角川ソフィア文庫や学研M文庫から出版されてます。
角川ソフィア文庫「チャールズ・リンドバーグ第二次世界大戦日記」
学研M文庫 「孤高の鷲」
南洋諸島の各地で日本軍が玉砕した理由は、捕虜として管理する事を避けるために白旗上げた日本兵も射殺したというような記述があったと思います。
捕虜にする前に射殺しても国際法違反にはなりません。
つまり、日本兵が進んで玉砕したのではないという事です。
アメリカで出版された書籍には、机の上に置かれた日本兵の頭蓋骨を笑顔で眺める若いアメリカ女性の写真が掲載されていたと思います。
>天理教関係のTwitterに散見される嫌韓・嫌中派に関して
これは、天理教関係の中にだけ散見される意識ではありません。
既に世界各地で現れています。
この意識が『テレビ』や『新聞』に流れないのは、【日本】だけです。
おふでさきに「からがにほんをままにする」と書かれています。
この歌を実感する今日この頃です。
戦争に限らず、洗脳により人間の心は狂気と化し、正常な思考が不可能になるということです。人が人でなくなるということです。人の心を洗脳する手段として使用される典型的な例がカルトであり、誤った教育です。過去の歴史が物語っています。
教祖の血縁でない日本全国天理教信者の「中山さん」たちは、とんだ迷惑でしょうね。
こんばんは。
南方の戦死者の半分が餓死ですよ、酷いものです。
大本営、作戦本部の犠牲者としか言えません。
南方に放置して、玉砕を強いたのは日本政府ですよ。
戦争はダメですね。隣国政府と日本政府が何を言おうと、政治屋の都合です
今や内閣は、歴史修正主義者の日本会議に乗っ取られています。
だから、政治家の言う事は、真に受けてはいけません。
日中韓は、互いに観光客は増えています、国民は憎む会う事は無いんです。
信仰してるのに、心に憎しみを持つ? あり得ません。
心の埃です、はらって下さい。
ただの父親 様
そういう意味では、教団本部は心の埃を払っていません。
エイミー・ツジモト氏著『満州天理村「生琉里」の記憶 天理教と七三一部隊』第7章の4「教団の罪」の一部を読むだけでも、教団のむごい一面が見えてきます。
全てを読破していませんが、読み進む気持ちが萎えるほどに、翻弄された人たちの苦悩に満ち溢れています。翻弄された人たちとは、全ての人類のことです。
このような事実に対して、頬かむりをして、人助けを標榜していても説得力は皆無です。
先ず、心の埃を払うのは、教団自身です。
嫁に行った娘の恨み節に2時間40分付き合った。
夜が更けても止まりそうにないので、またね、とこちらから切らせて貰ったのだが。
「お母さん、どうして私におもちゃの1つも買ってくれなかったの?
どうしてお菓子を食べさせてくれなかったの?
どうしてテレビも見せてくれなかったの?
どうして可愛い服を着せてくれなかったの?
私は傷ついてきたんだよ。わかる?」
「それはね。お母さんが天理教の家で育ったからよ。お金がなかった訳じゃない。お金は全部上級へ取られたのよ。お母さんだって、小学校時代新しい洋服を買って貰ったのは2枚だけ。穴の空いたぼろ靴履いてたのよ。でもね、お母さんには子育てのモデルはそれしか無いの。それが正しい事だと、迷う事なく貴女にもその育て方をしたのよ。今思えば悪いのは天理教。天理教が悪いのよ。おじいちゃんもおばあちゃんもみんな結局犠牲者よ。貴女も、お母さんもみんな犠牲者よ。ほんと、天理教は悪いよ。」
「やっぱり天理教か。。私学校から帰ってもお菓子も何も置いてくれてないから、少ないお小遣いであの四角い食パン買って食べてたんよ。お母さん、知ってる?」
「小学校2、3年生の頃よね。お母さん仕事で、貴女が食パン食べてたなんて知らなかったよ。お腹空いてたんよね。ごめんね。つまらない親で。ほんとお母さん、後悔しきりなのよ。。」
「私ね、子育てのモデルがお母さんのやり方しか知らないから、自分の子供への接し方が分からないの。少なくとも私が辛いと思えた事は、子供にはしないようにしてるんだけど。。お母さん知らないでしょ。私ずっと天理教の事でお父さんとお母さんが喧嘩ばかりしてずっと傷ついて来たこと。。」
30歳を過ぎた子育てに悩む娘に、幼少時、為すべき事を全て切り捨て、天理教の貧に落ち切れ、徳が切れるから子供に贅沢させるな、物を与えるな、を真正面から受け止め、徹底して不自由させた自分に後悔する。極端な貧乏暮らしは人の心をゆがめ、心に大きな傷を負わす事を天理教信仰を叫ぶ上層部は知らなければいけない。
娘からの電話は夜分に定期的にかかってくる。こちらの身が持たないほどに、傷口をさらけ出して私を苦しめる。
右も左もわからない幼少時から洗脳するのが最短であろうが、成長してその理不尽に気づいた時の衝撃は生涯一人の人間を苦しめる。
天理教は罪深い組織である。
真柱様が御身上のさなか、一部本部員と大教会長がゴルフに行ってます。(現時点では教会名や個人名は伏せさせて頂きます)当大教会長は、「本部員の誰々さんと仲がいいんだ!先日も一緒にゴルフしたんだ!」と自慢していました。下々には、「金の繋ぎは命の繋ぎ」と言い、真柱様が御身上でも平気でゴルフ人間性、人格を疑います。この様な状況だから、本部は愚か天理教自体の信用がなくなるのは当然、教団を離れる人も増えるわけです。当教会も当系統では尽くし頭でしたが、お供え学を大幅に下げることにしました。一部本部員と大教会長の贅沢ゴルフ同好会メンバーを処罰対象にすべきです。それもできない教団が情けない。
ゴルフ! 金が無い所か ゴルフ?ふざけてますね。やはり上層部の贅沢の為のお供えなんですね!
最低最悪の上層部ですね。以前は中山カルトとの書き込みを見て言いすぎだと思っていましたがその通りでしたね。本部や上層部の言葉より、この社会学の書き込み投稿の方が信憑性がある状態は相変わらずなのですね(笑)教団にうんざりしました。
きょうかいふじん 様
2019年2月5日 2:18 PM
>ゴルフ! 金が無い所か ゴルフ?ふざけてますね。やはり上層部の贅沢の為のお供えなんですね!
最低最悪の上層部ですね。以前は中山カルトとの書き込みを見て言いすぎだと思っていましたがその通りでしたね。本部や上層部の言葉より、この社会学の書き込み投稿の方が信憑性がある状態は相変わらずなのですね(笑)教団にうんざりしました。<
本部上層部の目的は、「陽気くらし」ではなく、所詮、自分達だけの「安楽でお気楽な贅沢くらし」に他なりません。本来の意味の「陽気くらし」とはほど遠い、むしろ正反対のものです。私も末端分教会の長男として不幸にも生まれつきましたが、私は天理教の抱える矛盾や誤りに、幸運にも若い内に気づくことができたので、人生の舵を切り誤らずに済みました。まかり間違えば、上層部の「安楽でお気楽な贅沢くらし」の餌食となり、一生を終える羽目になっていたことでしょう。天理教に洗脳されている若者の皆さん。何回も同じ事をくどくどと言うようですが、やり直しのききやすい内に人生の舵を切りなおしてください。信教の自由は憲法で保障されているので、決して強制はできませんが、私からのアドバイスとしてお聞きください。
匿名
2019年2月5日 12:48 PM
真柱身上の中でゴルフ?ゴルフしてる場合か?ゴルフよりおさづけやろ真柱身上でゴルフ楽しいってわけな人格終わってるやんか。ゴルフと言えば善亮がどこぞのゴルフ場の会長やったよな?今まで出た名前の連中がご参加と御察し情報やなまあ他からも情報でてくるやろな、なんしか信心せん側近の性で真柱も身上になったのも分かるわ 大亮が次期真柱?勝手に就任させて勝手に身上になればいいやんもうしらんわ
嘆かわしい。もう終わってますね。
先日いちれつ会に寄付せよ、名簿付き、振込用紙付きで配布されたけど、アホらしい限りです。
今まで貰った以上の金額をお供え金やら寄付金でもう清算済みです!
いつまで寄付寄付とまとわりつくのか。納付書も趣意書も誰にも見せずに即、ゴミ箱に捨てました。
ゴルフで豪遊するお金が有るんだからそう言うお金を寄付させたらよい。
中山血族一党独裁であったとしても、宗教家としての本分を忘れては終わりですね。「茶化して喜ぶオモチャじゃない人間は」これは、長渕剛のドラマの台詞ですが「善司も信者も茶化して遊ぶおもちゃじゃない。」と上層部に憤りを感じます。組織崩壊寸前だとオウム真理教事件でもあったように刺殺もあったりと刃傷沙汰も起こりかねませんね。
長渕剛
https://www.youtube.com/watch?v=RLS5YiRbsE4
オウム真理教 “村井秀夫刺殺事件
https://www.youtube.com/watch?v=76CFVOP3PmY
ゴルフ教教会本部に名前変えたらいいのでは?甘露台倒壊から真柱身上それでもゴルフ?いつまでバブルの幻想で生きているのでしょうか?信者も減る。寄付減る。甘露台倒れる。真柱倒れる。合点しか行かない。これが宗教といえませんね。ゴルフをやっている本部員や大教会長ならすぐにわかるでしょう。不謹慎極まりない宗教家とも呼べない輩が様々なトラブルを起してるのでしょう。
「真柱身上中にゴルフをやっていたOB本部員とOB大教会長、お前らの心は痛まないのか?」
このような非道徳な行動に心が痛まないなら人としてどうかしてるでしょう。
OB本部員とOB大教会長
2019年2月6日 5:54 PM
>「真柱身上中にゴルフをやっていたOB本部員とOB大教会長、お前らの心は痛まないのか?」
このような非道徳な行動に心が痛まないなら人としてどうかしてるでしょう。<
おっしゃる通り、人として完全に狂っているのです。口先だけで美辞麗句を並べたて信者をいくら騙しているつもりでも、神は見抜き見通しです。信者も愚者ではありません。教団の最後の一面を露呈しています。
本当に取る事ばかりを企画する本部。
ぼろ屋を改築すればお運び。会長就任すればお運び。移転すればお運び。勝手に押しかけてくる本部巡教員。
教会の維持管理に何の親心も使わないで、お前らの責任でやれ。老朽化教会の修理が終わったら幣帛料だ、上級お礼だ、大教会だ、順序参拝だ。挙句の果ては最後に土地建物一切合切、本部に盗られて教会住人は追い出される。
少年、少女は一人もいません。青年も一人もいません。老人が数人いるだけの教会経営で会費納入が重く圧し掛かる。少年会費も青年会費も人数に応じてほしい。実態を知らずに万年同じことをさせる。教会が疲弊するのは当然のこと。ボイコットできないものか。
巡教など必要なし。こちらは仕事のやり繰りして時間を取っている。それだけ時給収入が減る。お礼が何故いるのか。上から目線で乗り込んで来るのは不快だ。本部員だ巡員だと自分らは特権階級だと勘違いしていても、我々が食べさせているのは事実。もっと謙虚にお供え金位しっかり包んで来いと思う。もらうことばかり考えるな、と言いたい。ゴルフも然り。ゴルフする金が有るならトップとして他に為すべき事案があろうではないか。馬鹿かと思う。彼らにとっては所詮人助けなんて人ごとなんだ。黙っていても食べさせてもらえる美味しい立場だ。
本部員はお金はある。世話人で巡教に行くと桁外れのお礼が入る。
地方へ行っても金は出さなくても全部用意してくれる。
娘の結納も白扇だけで良い。
衣食住も用意されている。
本当の意味でのお金の有難さや、使い方を知らない。
そして、そういう本部員は、金があるからギャンブルや女や酒に走る。
誰も意見をしてくれたり、叱ってもくれない。
後は、神のお手入れしか助かる道は残っていない。
気の毒だ。
匿名様
2019年2月5
>嫁に行った娘の恨み節に2時間40分付き合った。〜
心が痛みます。私もなぜそうしたことが良い事だと信じてしまったのだろうと我が身を呪いたくなります。婦人会の講話でよくそうした話を聴きました。そして実行しなくてはという気持ちになったのです。(自分のことは最低限にすれば効能の理ができて お授けが効くようになるとも思ってたんですね。今はお授けもらえない状況ですけど) (お供えに関しては 勝手に使えば、出した人の悪因縁をこちらが身につけるから使わなくてよかったと思っています。)
講話でお話しされるような立場の方々は 苦労や親孝行と説いていれば お供えが上がって生活出来るから 講話の場であんな事堂々と平気で話すのだと個人的に納得してます。
下々が真似しても、貧乏の苦労を言ってる親ですら初代の頃と違って、貧乏教会 お供えのあがらない教会は今ではバカにしてるし、世間からも育児放棄か変人扱いです。
確か講話では 貧乏したけど親が伏せ込んでくれたおかげで今はこんなに結構、という結びでした。実行したら みんながそうなるのでしょうか? そうなるなら 子供から責められたりしないはず。(今ではおや様の貧のどん底ですら 秀司先生の借金が原因とか言われています。)
子供の訴えを天理教に解決求めても 余計にこじれるので 残念ですが 子供に謝り 今の時代の子育てを協力するばかりです。
戦後はみんな貧乏だったから 教会で貧乏でも周りから浮くことはなかった。戦後豊かになって いるのに、その中戦後当時のまま貧乏させられているのは 傷つきますよね。
だましていたのかという教団には 言い表せない負の感情しかないですが、 まだ命ある限り子供と孫の関係修復に お道以外の意見を取り入れ 努力できるよう毎日過ごしています。
厳しくしてしまい 愛情のかけ方が分からなくなった自分は 心がギスギスしています。そういう自分の心のケアもです。
みきが、邪霊懸った「ふり」をしなければ、皆苦しまなかった。
みきよ、罪は重いぞ。
>みきよ、罪は重いぞ。
「鏡屋敷が曇れば、世界はまる曇り」
「強欲な親戚連中(本部員連中)」が、世界を狂わせたんでしょう。
中国は月の裏側に探査機を着陸させた。
最終目的は月の裏側にミサイル基地を建設して地球を攻撃する体制を構築する事。
TBSの「ひるおび」という番組で軍事評論家が説明していた。
やはり地球の掃除かな?(おふでさきに掃除すると書いてあるし)・・・
信者が減って(出直し)ますます貧乏教会になってしまいました。100年祭の頃の繁栄時は年間数百万ものお供えを上級に運んでいました。上級はさぞホクホクだったでしょう。もっと出せるだろと、脅迫まがいでエスカレートしていきました。
現在、教会運営、教会活動にも、首が回らない会計状態に陥っています。講話などで400キロ超えの場所に毎月通った、と言う様な情熱的なお助け話を聞かされ、とりあえずは感動するのですが、我にかえるとその電車代どこから出せるんですか?と言う白けた気持ちになります。大抵呼ばれる講師は部内をいっぱい抱えた大きな教会のぼんぼん会長なんです。お金の苦労が無い人達なんです。
教団は、教会格差を放置していてはいけませんね。普通、子供をネグレクトした親が子供に見捨てられる様に、地道に支えた全国の教会を依然ネグレクトし続けています。子供の悲鳴はどこ吹く風。ゴルフなどとは、言語道断で親失格です。本部を持って「親の声に心を揃えて」、などと言えるのか。彼らは親じゃ無いんです。親の資格が無いんです。私は教団に騙されましたが子供に為すべき事をしなかった親は子供に責められる運命にあるんです。
本部の皆さん、全国の子供に責められる苦しみを味わう時が今、じわじわと足元に忍び寄っているのを感じませんか?
本部員 上田嘉太郎氏は上田ナライトさんの系譜の方でしょうか。
二部同窓生は教団に対しては批判的というか、中山教と断じていますが、この方に対しては良い評価をしています。
本部は、もうガタガタだという人物が評価するのですから、それなりの人格者だと想像するのですが、一方で、所詮は教団内の人だと思うとも言います。
この欄で、個人の方々の評価をするのは避けたいと思うのですが、氏の著わされた「みかぐらうた略解」及び「おふでさき通解」は読むに値するとも思っているのです。皆さんのお考えは如何でしょうか。
包括、被包括 と相互規定と教団内の方には聞きなれない文言でしょうが、
本部と大教会 大教会と分教会と上級下級法人の関係が包括と被包括関係
そして相互規定は、その相互間で取り決めされるものとなり天理教では天理教教会教規に当たります。
宗教関係の裁判の判例を見ますと、被包括側の信教の自由の観念のもと、独立性が認められる判例が多く見受けられます。そして、 教会教規などに関しても、それは宗教法人法自体(民法33条に基づく特別法)と民法の範囲内で相互間の規約に基づくだけでそこで違法行為や憲法に反する違憲状態が見受けられるならそれはあるべき姿ではございません。
こちらの天理教の信者の方々の悲痛なコメントを読むに当たって、その違法状態と違憲状態があると見受けられます。お尽くしは金 金の繋ぎは命の繋ぎ 等の教団の創業者家族であり重要ポストの人物が公言していると言う状態には強要を示唆している異常性を感じ、度を過ぎると強要罪が適応できます。
お尽くしは金 金の繋ぎは命の繋ぎ 強要問題と教義との乖離
以前、霊感商法にも当たるとの記事もございましたが、それ以外にも以前からも書かれているように様々な違法性を孕んだ発言がなされている状態であろうと見受けられます。
教義問題に関して、
松波 克英(名古屋弁護士会)被包括宗教法人からの被包括関係の廃止について
のP72に
被包括関係の設定・廃止自体は、法人組織としての相互関係ではなく
団体組織としての相互関係であり、宗教法人の世間性(俗)の面ではなく
出世間性(聖)の面の相互関係である。
と有りますように、霊感商法まがいの発言が教義から逸脱と乖離が見られる時点で、正当な包括関係解消と独立事由になります。
信教の自由の視点から鑑みても天理教教義を愛する方々は迷わず、包括関係の解消と独立をお勧めします。ここ最近の全体の流れを見ましても現執行部に是正の意思はないでしょうから独立準備をしたうえで独立の機会を待つのがよろしいかと思います。
信教の自由(日本国憲法においては20条)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E6%95%99%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1
強要罪
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E8%A6%81%E7%BD%AA
松波 克英(名古屋弁護士会)被包括宗教法人からの被包括関係の廃止について
http://religiouslaw.org/cgi/search/pdf/200305.pdf
宗教法人法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E6%B3%95%E4%BA%BA%E6%B3%95
宗教法人
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E6%B3%95%E4%BA%BA
霊感商法
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%8A%E6%84%9F%E5%95%86%E6%B3
>本部と大教会 大教会と分教会と上級下級法人の関係が包括と被包括関係
失礼ながら、ちょっと誤解を招く文章になっているようです。
包括・被包括の関係は「本部」と「各教会」だったかと思います。
ですから、被包括関係の廃止手続きは「本部に通知を送る」だけ(公告その他の手続は必要ですが)です。
上級だの大教会などは全く関係ありません。
本部に通知を送ると上級や大教会がしゃしゃり出て来ますが、相手にする必要はありません。
後は、手続きに従って官庁(都道府県庁)に書類を出せば終わりです。
行政手続きですから、被包括関係廃止に関して「裁判」にもなりません。
これまでの人間関係や上下関係が染み付いている人が多いので、上級だの大教会だのが怖い、何を言われるか不安だと感じる方は、法律の専門家を代理人とすれば、上級や大教会と一切接触する必要なく手続してくれます。
一部本部員と大教会長がゴルフ遊び。
皆さんご指摘のように非難されて当然。なぜなら「お供え金」での遊びだから。
自前で稼いだ金ならば誰も文句は言わない。
大亮夫人が結婚直前に「今後は行かれなくなるから」と東京デズニーランドへ行ったという情報。
問題だと感じたからこその情報リークだったろう。
ところが擁護する意見のほうが強かったように見えた。
両方の事例共に「お供え」での遊びだろうに、使った金額の多少での判断なのか?
額が問題ではないだろう。大方の方々は、女性には甘いというところか。
結局、男尊女卑の裏返し。美形のうら若き女性には甘いという、そんな程度の事だろう。
女性が始めた宗教なのに、組織化されると、日本社会の風潮に染まってしまうところが何とも人間の限界を表しているように思える。
偉そうな事を書いてしまったが正直な感想だ。
真柱様おご身上中なのにゴルフ遊び、身上中でなくてもどうなの?とは思います。
でも大亮夫人がディズニーランドへ行ったそのお金のでどころが「お供え」と他人は知る由もないのでは?誰からかチケットをもらったかもししれませんし、自分で稼いだお金かもしれません。
立場相応の行動が求められるとは思いますが、結婚したらディズニーランドに行かれないというのが暗に求められるような立場へ嫁ぐのに、結婚前に行っても別にいいじゃない!と同じ女性として同情します。
ただ、行ったタイミングがかんろだいの節?の後でしたっけ?なんかそんな事が書いてあったような、なかったような。記憶違いでしたらすみません。そういう意味でしたら疑問符が付くのは当然だと思います。
結婚後はテーマパークに行けないなんてことはありません。結婚後に献金でゴルフして遊んでる貴族たちを見習っていれば、海外旅行でブランド品爆買いも全然OKですよw。
要するにこれまでの天理教は
天理貴族を食べさせること、
すなわち 「理の親食堂」 を運営してきただけなんです。
匿名 2019年2月8日 1:04 PM 様
>要するにこれまでの天理教は
天理貴族を食べさせること、
すなわち 「理の親食堂」 を運営してきただけなんです。
あまりに言い得て妙で、笑いましたが、仰る通りです。
自分たちが、貧に落ち切りながらも、理の親食堂を続けてきた方々、理の親には、もういい加減に自分で食費を稼ぐことを覚えさせなければなりません。もう理の親食堂のお役御免致しましょう。
時報によるはるえさんの婦人会会合での話だが、「・・・陽気暮らしが一日も早く実現するように、私達はもっと頑張らなければならない。」と述べられた、とある。
耳にタコが出来るほど聞いて来たフレーズ。
要するに我々は祖父母の代から代を重ねて60年も70年も頑張らされて来たが、未だに実現しないスタンスですね。もういくらやたって陽気暮らし実現の展望は無いと言う事。「実現しない実現」に向けてエンドレスの司令。死ぬまでやれ。しかし死んでも実現しないと言う事なんです。
こんな言葉に叱咤激励されたって、100年経ってもまだ叱咤激励されているんでしょう。いや、もう天理教、存在してないか。
かつての差し迫る教祖の御身上は親の残念の表れたものとはるえさんが言ってるが、教団責任者である夫の身上も親の残念のあらわれたものとは思えないのか?それを棚に上げて大真面目に言っているのもなんか笑えてくる。
匿名 様
2019年2月7日 11:41 PM
>立場相応の行動が求められるとは思いますが、結婚したらディズニーランドに行かれないというのが暗に求められるような立場へ嫁ぐのに、結婚前に行っても別にいいじゃない!と同じ女性として同情します。<
次期真柱が外国へ女性を買いに行ったという内容の投稿をこの掲示板で読んだ記憶がありますが、一女性としてどのように思われるでしょうか? いくら新興宗教とはいえ、その宗教(私個人は宗教とは考えていませんが)の次期指導者として、また、一人の人間としてあるまじき行為だと思いますが・・・。また、買春旅行の経費は、一体、どこからでているのでしょうか?
>次期真柱が外国へ女性を買いに行ったという内容の投稿をこの掲示板で読んだ記憶がありますが、一女性としてどのように思われるでしょうか? いくら新興宗教とはいえ、その宗教(私個人は宗教とは考えていませんが)の次期指導者として、また、一人の人間としてあるまじき行為だと思いますが・・・。また、買春旅行の経費は、一体、どこからでているのでしょうか?
その買春行為やお金の出所、次期指導者うんぬん以前の問題で、そんなことをしてる男性とは結婚したくないです、私は。
でもそんな立場の人が買春をやっているのが本当に事実なら、幻滅ですね。お金がたとえ自分が稼いだお金であっても。一信者としては信じたくないことなので、その信ぴょう性を疑ってしまいます。
天理王命という弱い者いじめ専門の神は、「神の社にならなければ、屋敷もろとも(お前らを)木っ端微塵にする」と恫喝し暴力と力でねじ伏せ中山家を支配したが、本当に清き正しき神ならば、自分よりはるかに弱い者を暴力で力でねじふせ支配するような事をするだろうか?
世界一列助けたいなら、徳川将軍を暴力で力でねじふせれば一番の近道のはずであるが、徳川将軍には勝てないからできなかった。1798年から1837年までの期間は、江戸幕府の11代将軍徳川家斉の時代である。
又、比較的、平和な江戸時代終盤に天理王命が現われたのはなぜだろう?戦国時代のような本当に地獄のような時代にこそ救済すべき。
では?危険な時代や危険な国は天理王の命は恐れた?
天理王命は「我は天の将軍なり」と言ったそうだが、「天の将軍が地上の将軍(地上の権力者)に勝てないという矛盾」。
天理王命というのは神ではなく、傲慢・尊大・横柄な邪霊。
八つの埃の全てを持ち、霊懸かった時、中山家を支配する時の言動をみてもその傲慢さは明らかであり、かつ、弱いものいじめ専門である事は、徳川将軍、明治政府、昭和の軍部等、地上の強い権力者にはいつもこびへつらう事からも明らか。
全ての人間に身体を貸し与えてるなら、釈迦にもモーセにもキリストにもムハンマドにも天皇にも天理王命は身体を貸し与えてると堂々と天理教本部はHPに堂々と記載しなさい。
天理教は大乗佛教のパクリ。
パクッテいるからつじつまがあわなくなる。
かりものかしものの理 これは大乗佛教中観派の祖である龍樹の思想の空から取っている。
よい因縁悪い因縁これも仏教の十二因縁からとっているなどいっぱいある。
中山みきは根本的に間違っている。
人間教祖であり稀代の詐欺師中山みきはただのかわいそうな人。神でもなければ邪霊ですらない・・
小乗大乗密教問わず、やはり佛教がまとも。
天理教は不幸にした人に対して責任を取るべき。
無知と欲は危険。
天理教では「情より理」と辛らつであり佛道慈悲の精神皆無。天理教は常に神が上から目線。
天の大将軍と名乗り武力を背景に、わが身勝手気ままにふるまい多くのものを苦しめた天理王命は祟り神である。実際に熱心な天理教徒でも配偶者や子供を事故で亡くした方は私が知る限り10人以上。
中山みきは浄土宗の奥義の全て(全てのお経を記憶し暗唱できる能力も含めて)を記憶し問答で正確に回答できなければ授与されない五重相伝を伝授されたほどの高度な知力を有していた。その知力は子孫に遺伝された。その知力を持って民衆をだまし、金儲けをした江戸時代の金儲けの天才であった。
2代真柱の中山正善(1905年-1967年)は東京帝国大学卒業。
3代真柱の中山善衞(1932年 – 2014年)は慶應義塾大学卒業。
のいずれも超知的エリートである。
特に中山正善の時代に東京帝国大学を卒業するのは努力だけでは無理。知力が相当に高かった事になる。中山善衛もしかり。
さらに言えば、天理教では”阿呆になりなさい”と信者に教えてるが、それは、信者に考える時間を与えないためである。
その高度な知力を持って、中山みきは現状のホームレスの状況を有利にする策をとった。まず、産婆としての職人的能力のあった中山みきは「おびや許し」と安産請負をうたい文句に高々と宣伝していった。しかし
、現代でも産婆での自然な分娩をする妊婦はいて、医療事故は聞いた事がない。天理教の主張する江戸時代の出産は致死率が非常に高かったは嘘である。現代の学者の推定では、江戸時代中期・後期を通じて、日本の人口は約3000万人前後であった。江戸時代前期の外様大藩の領民人口変遷をみてもどの藩も人口は増えてる。
安永3年(1774年)の段階で杉田 玄白はオランダ語医学書『ターヘル・アナトミア』を和訳し「解体新書」を刊行してる。
中山みきは本来は浄土宗善福寺の熱心な信者だったが、長男秀司が神道の吉田家に入門し、吉田家で祀られていた国常立尊以下の神々を取り入れていくなかで十柱の神?を知った可能性があり、自身が神道の詐欺師になってからも、佛教から用語や思想を巧みに盗んで教理に取り入れた。
「撒いた種は刈らねばいけない」は天理教のオリジナルではない。
英語圏のことわざに
As you sow, so shall you reap.《蒔いたように刈り取るべし》[聖書:ガラテヤ人への手紙6-7]= Whatsoever a man soweth, that shall he also reap.《蒔いたものは刈らねばならない》というのがある。また、「因果応報」「自業自得」は佛教用語である。
天理教中山家は実際は、長男・秀司が米と綿の相場に手を出して大損をして滅んだ。この事実を隠蔽して歪曲し、貧しき者に土地屋敷家財を全て売り払い貧に落ちきったと天理教は嘘をついてる。
天理教の海外布教部は、中東に拠点を持たない。なぜだ?
中東のムスリム・ムスリマが怖いのか?
穏健なイスラーム教徒でさえ、スンナ・シーアを問わず、他宗教に関しては全イスラーム教徒が一致団結する。
よしんばイスラム圏に布教所を設けても騙される人はいないでしょう。イスラムはお金にはきれいです。聖職者は平日は世俗の労働をして宗教はボランティアです。信者は聖職者の生活の面倒を見る必要はなく、個々のモスクは独立した存在であり、もちろん上級モスクやメッカへの上納システムはありません。信者の献金額もわずかなので献金トラブルはありません。献金トラブルおこしまくりの宗教に入信するバカはいません。
イスラムでは寄付の額が聖典で定められていますが、天理教ではそんな決まりはありません。
天理教本部のダイスケゼンスケ、海外布教部さん、青年会さん、大教会、有力分教会さんへ、信者から毟り取ったのお供えがたくさんあるだろうからその金で、勇み心ウキウキワクワク感がいっぱいあるのだから、ダイスケに至っては世界一陽気なうんぬんなどとほざいているなら、はっぴ着て拍子木叩いてよろづよ踊ってシリア市中、サウジ市中に立って単独布教してごらんなさい。天理青年たるものそのくらいの度胸はあるだろう。平野楢蔵見たいな者も過去に居たのだから。中東の地で、中山みきが人類の親神だなんてほざくものなら・・・天理の地場が人類創造の地うんぬんとほざくものなら・・・・。
加藤ハルアキさま
>ですから、被包括関係の廃止手続きは「本部に通知を送る」だけ(公告その他の手続は必要ですが)です。
上級だの大教会などは全く関係ありません。
本部に通知を送ると上級や大教会がしゃしゃり出て来ますが、相手にする必要はありません。
後は、手続きに従って官庁(都道府県庁)に書類を出せば終わりです。
行政手続きですから、被包括関係廃止に関して「裁判」にもなりません。
意外と簡単に「縁切り」できるんですね。
末端で苦しんでいらっしゃる方々には是非とも積極的に考えを進めていただきたいと思いました。
その1
被害者 2007/02/02(金) 16:40:17
もっと言おうか。
関根豊松は最初の嫁さん殺してんだ。養うべき家族をオザナリにして、神様神様っつって家庭を顧みなかった。
嫁や子供が飢えて死にかけてても。そもそもこの嫁さんは金持ちのお嬢だった。旦那(関根豊松)が働かず子供の
給食費もお供えしちまうから、嫁入り道具売って生計立ててた。それさえ持ち出して関根豊松は天理教に金継ぎ
こんじまうから、ついに嫁は無理が祟って肺炎起こして死んだ。んで、次に貰った嫁だ。こいつはかなり年が離
れていて、関根豊松はまるで自分の愛娘の如く猫可愛がりに可愛がった。そのころにはインチキ宗教も板につい
て金持ちになってっからやりたい放題さ。あんたらさ、特に糞のぞみ、愛町分教会行った事あんの?贅の限りを
尽くしたあの建物。反吐がでるわ。2代目の会長は関根豊松の次男。長男は家を飛び出してつがなかった。そら
そうだろう。親父は働かずに金は持ち出すわ、自分は飢えていじめられ、母親は親父に半ば殺された形で死ぬわ、
挙句、ようやく金持ちになったら後妻貰ってイチャイチャだぜ?なかなか無いって。こんな酷い家庭。
それで、だ。愛町は縦違い=長男が家督を継がずに他の者が継ぐこと、を絶対のタブーとしてんだな。縦違いす
ると子供が授からない、命をとられる、末代まで祟られる、ってね。それが天下の関根豊松大先生ん家におきち
まったからさぁ大変。もうヒタ隠しに隠してるわけだ。この2代目の会長は次男。こいつが筋金入りの大バカで、
春画が大好き。あんまり好きだから絵皿にしてお部屋に飾って遊びましたとさ。信者にはお供えしなかったら家
族の一番大切な者から出直しだ、って脅して騙し取った金で。分かる?江戸時代のエロ本だよ。修正無しのね。
そんなバカ野郎だから甲斐性もなくて子供なんか出来ないさ。だから今の3代目会長は貰いっ子。2代会長の嫁
の親戚=田中家から貰ったって訳だ。でも、それを面白く思わず、会長を疎ましがる輩がワンサカ居るんだよな。
平気で3代をののしってた。本人目の前にしてではないから余計悪質だな。そうそう、愛町は恋愛禁止なんだよ。
恋愛結婚は悪因縁をつむとか。でもさ、関根豊松の後妻の子供=関根豊治は恋愛結婚。それももちろん内緒。
裏じゃ散々コケにされてるな。
その2
[215] 2007/12/02 07:15
記録にあろうと無かろうと事実は事実。
関根さんの事情というものは、あったという、それが事実なのです。
公式記録では、天理教史参考年表(養徳社刊)で確認しますと、
大正12年4月30日に、関根豊松さんは、大森町支教会長に就任されています。
そして、同年5月28日に、守屋寸々さんが、次の大森町支教会長に就任されています。
つまり、在任1ケ月の支教会長職(現在の大教会長職)でした。
改訂版天理教辞典・教会史編、によれば、(麹町大教会の項) (p230)
「・・同(大正12)年4月7日、(麹町大教会、久保)治三郎会長は、出直した。(75歳)
父治三郎の急な出直しにより、大森町支教会長であった長男清次郎は、同職を辞任、
同年4月30日、上級麹町分教会長(現在の大教会長)に就任した。・・・」
「・・一方、大森町支教会長に就任した関根豊松は、
教務上の都合により同年5月21日支教会を辞任し、
愛知県知多郡半田町において、単独布教を開始した。」
これが、麹町の公式記録ということです。
改訂版天理教辞典・教会史編、によれば、(大森町大教会の項) (p132)
「・・同(大正12)年4月7日、久保治三郎麹町分会長の出直しにより、(大森町)初代会長久保清次郎がその後任に就任した。
そこで大森町2会長には関根豊松の就任が決まり、同年4月30日付でお許しを頂いた。
ところが、同年5月12日、ふとした小事が原因となって、関根会長に一身上の問題が起こった。
長年大森町の道に苦労を伏せ込み、部内信者の上に日夜丹精を惜しまなかった2代会長であったが、
潔く辞任して、愛知県下へ単独布教に赴く事になった。」
これが、大森町の公式記録ということです。
大森町では「一身上の問題が起こった」。麹町では「教務上の都合により」。
まるで、内容が一致しない、記録のようですが、それは、立場の相違という事で生まれた記録だからという事です。
大森町では関根さんの一身上の問題が起きたと認識、→ 上級麹町は、その事情で「会長の教務」に支障が生じたと言う都合です。
その、原因は、
改訂版天理教辞典・教会史編、によれば、(錦江大教会の項) (p485)
「・・(錦江初代・寺門)きみの前夫関根吉蔵は同(明治43年)56才をもって出直し、
その資産は一子豊松(後の愛町分教会長関根豊松)が受ける事に裁判で決定し、・・」
と、記されています。
これだけ読んで、ピントくるでしょう。
何かがあった。それは、財産からみだと。
相続された土地の売買の話をネタに、水茶屋に誘われた関根豊松さん。
おたすけにおいては、神の知らせをきちんと頂いていた関根さんが、
この件では、いとも簡単に、美人局の手口にひっかかった。
つまり、神様は、ここでは手を離していたと、
そういうことです。
[224] 2007/12/02
精査してみます。
大正十年に、関根さんのお子さん三人が赤痢になりました。
その時に、関根さんは、「一同教会に住み込んで」と、大森町の住み込みを心定めし、「住み込み役員」となりました。
「住み込みと心を定めたということは、「長にはならない」と言う意味内容をもっています。
ところが、現実には、 >>215
> 「・・同(大正12)年4月7日、久保治三郎麹町分会長の出直しにより、(大森町)初代会長久保清次郎がその後任に就任した。
> そこで大森町2会長には関根豊松の就任が決まり、同年4月30日付でお許しを頂いた。
と、「住み込み」が「長」になった。
これが、妙なことと感じないと、理というものは、何も悟れません。
子供の死に至る病気で、「一生を大森町の住み込みします」の精神定めのはずが、それでたすけて頂きながら、二年の後には、「住み込みから長に」、そして「長から、大森町追放に」。
最初の心定めは、どうしたことですか。
何も定まっていなかった、現実です。
よく見つめてみてください。
また、大森町の「住み込み当事」から「単独布教」の頃の、関根さんの生活の状態です。
岩滑での事ですから、貧のどん底のことと思われますが、衣類から家具類全てを、競売して、お供えしたときには、
その時に、古道具屋が、『これほど立派な衣類や道具を見たのは初めて』と、感嘆したと、伝承されています。
冷静に、考えてみてください。
教会の住み込みさんが、『これほど立派な衣類や道具を見たのは初めて』と、いうような、物持ちで、住み込みしていたのですよ。
そして、そんな物持ちで、心定め住み込みのはずが、天理教の教会長になり、・・・
もちろん、裁判で得た、膨大な資産を持っていた。土地です。
そんな土地は、売り払ってお供えの、最中だったと、言っては見ても、
教会を出されて、その後になっても、まだ「子供の教育資金用の土地」を持っていた。
・・・
これでは、「神は手を離す」。
その3
832 :007/03/08(木) 00:08:38
関根さんや、その信奉者たちが、お金を出させておいて「俺が病気たすけてやった」と、言ってる事が、まったくの大暴言。
しかも、そのお金は、全部本部に行ってるわけじゃない。
・・・関根はどんな立派な錦を着せて頂いても、心は生涯地べたに寝て、ござをかぶって、人たすけに歩く気持ちでございます。・・・
これは、関根豊松定番の名せりふ。
実態としてはどうか。
昭和四十四年一月二十二日に死んでいるが、その前に、十六日にお祝いをして、熱海の別荘に出向いている。
誰の名義か、関根豊松の名義である。
奇妙ではないか。
『心は生涯地べたに寝て、ござをかぶって、人たすけに歩く気持ちでございます。・・・』
『心は』『気持ちは』・・
しかして、実態は、・・寄贈された別荘を自分のものにしていた。
こんなやつは、異端である。
断定してあげないと、だまされる人たちがかわいそうである。
その4
錦江大教会→大森町大教会
(寺門きみ)→(守屋すず) *ただし、錦江サイドの記述による。
『この大森静養中に、「にをいがけ」した守屋家は、現在大森町大教会の一家であり、守屋すずとともに布教に専念し、入信者には、現在大森町部内の教会長になっているものもある。』
(天理教事典・p651)
関根豊松さんは、23歳までは「寺門豊松」さんでした。
つまり、信仰の本線ならば、
麹町→錦江→愛町
と、いう事になります。
そして、大森町そのものが、本来は錦江の部属となるべき教会を併合していると言う事、心に留めてください。
天理教の、「理の親信仰」の間違い、「系統信仰」の間違いを、文字通り、遅れてきた初代として、体現しているのが「愛町系・理の親信仰」です。
関根豊松さんは、自分の愛町の理の親は麹町だと、しています。
なぜか、錦江の「寺門」の系列であるのに、育ての親を無視し、かつ、実の親である錦江初代を無視しています。
本来は、愛町は、大森町であるか、錦江を、上級としているはずなのに、
関根豊松さんは、大森町や錦江ではなく、麹町を上級と断言しているわけです。
そこには、系統信仰と言いながら、骨肉のごたごたがあると言う姿が見えます。
46 :神も仏も名無しさん:2007/04/09(月) 00:35:53 ID:TgxAftjB
関根先生を悪く言うと、出直しが早くなります
のぞみ
2007/04/09(月) 11:19:44
出直しは、早いから良いとか、出直しが、遅いから良いとか、・・
のぞみさんは、人間思案ですね。
初代真柱様の前世は、「長男亀蔵」さん。出直し早かったですねえ。
たまえさまの、前世も、出直し早かったですねえ。
心が綺麗なほど、はやく出なおす事が出来ると言う例もあります。
醜態と醜い心をさらけて、悪ははびからす。
簡単に死ねないというのも、お気の毒な事です。
関根さんも、晩年の醜態さらけずに、現役の布教師のままで、早い出直しのほうが幸せだったと思いますよ。
愛町を教会にした時に、大森町に筋を通し、話を通して、錦江に復帰し、現場の下積みにでもなっていたら、宜しかったのに。
ね。
関根豊松さんは、23歳までは「寺門豊松」さんでした。
つまり、信仰の本線ならば、
麹町→錦江→愛町
と、いう事になります。
そして、大森町そのものが、本来は錦江の部属となるべき教会を併合していると言う事、心に留めてください。
関根さんも、晩年の醜態さらけずに、現役の布教師のままで、早い出直しのほうが幸せだったと思いますよ。
愛町を教会にした時に、大森町に筋を通し、話を通して、錦江に復帰し、現場の下積みにでもなっていたら、宜しかったのに。
ね。
昭和44年正月、熱海の別荘で、自分が丹精した大森町関係者から「赤衣」を贈られそれを着てしまったから。 「赤着」を着てから数日後に1月22日に死んだ。
いほり 様 2019年2月9日 11:18 AM
>意外と簡単に「縁切り」できるんですね。
被包括関係廃止(離脱)手続きそのものは簡単なのです。
邪魔をしてるのは、
・これまでの人間関係、他教会などとの親戚・縁戚関係と縁が切れる
・離脱は、裏切り、親不孝、異端だと思い込まされている勘違い
・離脱後に、孤立することや生活をどうするか、どのような信仰をするかという不安
などかと思います。
私も末端で苦しい思いをしてきましたが、それ以上に、教会に来てくれる信者さんや親戚の人達に経済的負担を掛ける訳には行かないし、尽くし運びの事ばかりしか言わない上級や大教会に従う気はありませんでした。
離脱をするもしないも各教会の自由ですし、大教会や本部がこれまでのやり方や金集めを改める事はないでしょうが、少なくとも、信者さん達にこれ以上の経済的精神的負担を掛けずに『教祖の教え』を伝えることが出来るなら、そのまま教団の中で続けた方が良いと思います。
愛町の関根さんは、水茶屋で女性と出会っていたというのですが、それは、実は仕掛けられていて、美人局に脅迫されて、大教会長を辞職しています。
その後は、天理教の布教をしていた。
と、言うわけで、それだけなら、異端でもなんでもないのです。
が、愛町という教会を設立すると、「愛町は他の教会とは違う」という、孤立主義というか、秘密主義を貫くようになります。
上級麹町に全てを捧げる。
そんな言葉の一方で、お地場に、直接トランクで札束を、神殿の賽銭箱にいれていました。
これは、有名な話しで、愛町がお供えにくると言う事で、神殿の地下では、係りが、札束待ってくるのを待って、それを数えて、銀行に入れる段取りをしたというエピソード。
それが示すように、実は、丸ごと上級でもなんでもなく、麹町軽視を徹底していたのが、関根豊松の生存時の事実です。
愛町の関根さんは、水茶屋で女性と出会っていたというのですが、それは、実は仕掛けられていて、美人局に脅迫されて、大教会長を辞職しています。
その後は、天理教の布教をしていた。
と、言うわけで、それだけなら、異端でもなんでもないのです。
が、愛町という教会を設立すると、「愛町は他の教会とは違う」という、孤立主義というか、秘密主義を貫くようになります。
上級麹町に全てを捧げる。
そんな言葉の一方で、お地場に、直接トランクで札束を、神殿の賽銭箱にいれていました。
これは、有名な話しで、愛町がお供えにくると言う事で、神殿の地下では、係りが、札束待ってくるのを待って、それを数えて、銀行に入れる段取りをしたというエピソード。
それが示すように、実は、丸ごと上級でもなんでもなく、麹町軽視を徹底していたのが、関根豊松の生存時の事実です。
それでは、なんで、大教会にならなかったのかです。 つまり、お金は、いわゆるお尽くしは、自分が直接本部の神殿に入れるという、「大演出」をして見せたのだから、それならば、直接本部の下の大教会になれば、自然なのに、真柱からの提案を、拒んでいます。
理由は、愛町が離れたら麹町は成り立たない。という理由といわれています。
それなのに、お金は、麹町にお供えしないで、膨大なものを本部に直接に運んだ。
こういう、レトリック。
愛町の、異端隠しレトリックと、名づけています。
愛町の関根さんは、大森町大教会長を失職して、追放状態という事なのでしたが、布教しておたすけした。
それは、自分の信者にしない、教会にしないと言う、ものであり、そこまでは、赤い靴は何時でも脱げる自由な身だったのです。
執着が無いから、。
しかし、「子供はどうする(理の子・信者)?」と、上級から言われて、持たないと決めたはずの教会を持ち、理の子を集団組織化した。
それで、もう、赤い靴は脱げなくなった。
執着心が生まれてしまった。
そうなると、奇跡を演出し続ける。たすからないと浮かぶ相手には会いたくない。
つまり、打率十割を、演出し続けることになったわけです。
そうなると、仕舞いには、自分が神がなんかのように、振舞うようになる。
触れたものを全部金にしなきゃならなくなる。
愛町設立の直後、逃げ回る関根豊松。本当は怖かったのです。
本部へのお供えと言うのも、麹町に供えたら、何に使われるか分からない。
そういう、演出ですよね。
教会本部で、今日は愛町が来るぞと、神殿の下に人を配備する。
札束が、ひらひらと舞う。
まあ、嫌な話です。
それも、ご守護の元は、本部だと関根さんの体験が身体に染みこんでいるから、不思議の発行元の地場にはお礼は運ぶ。
つまり、麹町経由では、本部に行かないと困るから、自分で運んで、効能の元を確保しなきゃならない。
不安でしょうからね。
いつ、又、追放になるか。
過去があるのだから。
不安を消すための、哀れなしぐさでした。大金の賽銭箱への投入は。
そういう場合、どうしたらよいか。
人に知られ無いように、するというのがふつうです。
しかし、関根さんは、その地場に直接運び込まなきゃならない理由を、持っていたわけです。
赤い靴は脱げない。脱がないと言う。法力はお金で買うと言う。
異端信念です。
直接的に、異端的な処は、
例えば蓄膿で苦しんでいる人に、こんな諭しをしている。
『東京に行っても、苦しい時は、名古屋の方を向いて『関根先生』と言いなさい。』と、諭したという。
諭された人は、それで、言われた通りにして、治ったという。
自分が、神のように振舞っていた。
そして、自分にすがれば、たすかると諭す。
異端の言動というしかない。
しかし、奇跡はあったではないか。
現実に難病が治癒しているではないか。
だから、関根さんはすばしい。と、このように、思う人もいるであろう。
そのような奇跡の例ならば、世間には数々ある。テレビにもしばしば登場する。
人間には「理」として、備わっている能力にすぎない。
そして、関根豊松さんは、おやさまからの「おさづけ」の理を拝戴している。
おやさまのご守護としての「能力」にすぎない。
問題は、奇跡だと思う、その思いつきにある。
自分は「奇跡」を起こしていると、そのように振舞う態度にある。
が、実は、逃げ回っている。
たすかる・たすからないが分かってしまう事が怖くて、何も思わないようにしているという、自白。
関根豊松は、おびえていた。
能力を管理できない、制御できない。
哀れな異端の人生。
悲劇である。
関根豊松さんを礼賛する人は、自分にも同じような能力があると、分かっていない。
だから礼賛する。
関根豊松さん本人は、誰でも自分みたいになれると、説いているように見せているが、そのための条件として「おつとめ」「おつくし」と、信仰上の奉仕をせよと、説く。
「誰でも僕みたいにしたら僕みたいになれる」
と、言う論調である。
おやさまは、そんな事は言ってはいない。
そもそも関根さんみたいなことをしたかったら、大教会長職を辞職になるというような、きちんとした、系統信仰組織からの追放を受けなければならないことになる。
大森町大教会長を、首になって、布教に出た。
この一点は、評価に値するという事になるのだろう。
天理教の布教師として、である。
が、それをたばねて、結局は愛町と言う教会にした時に、教会長となったときに、結局彼は、誰でもたすかると信じてくるから逃げているのだと、自白している。
つまり、「執着心」から来る怯えである。
仮に愛町は一万人助けたというが、関根さんは、一人で一万人をたすけてはいない。
関根さんがたすけた弟子の中の布教師が、関根さんを看板にして助けた人の数も含まれていて、本人一人のたすけたという数よりも多い数を、弟子たちが布教しているわけである。
愛町が設立されたばかりの頃には逃げていた関根さんだが、やがて「愛町の門をくぐった者はみなたすかる」と自分から言うようになる。
秘密主義と、弟子たちに守られている事が、赤い靴の踊り子の踊りの秘密を隠してくれた。
そこに、「たすかるとサインのあったものだけをたすける」という、巧妙な仕組みが、成立したという安堵感を感じる。
実際に、神様からのサインほど簡単で神秘だと人に思わせることの出来るものはない。
基本など、きちんと、神様からのサインだと、内容と誰に出るあると言う事を示し、教えして、みんなに、サインは分かる程度になっていても、それでも、「理」としてではなく、神秘だと誤解される。
それは、陥ってはならないものである。
「理」とは、誰にも共通するから「理」なのである。
関根豊松程度のおたすけなら、神秘ではない。
誰でも、その気があれば出来るもの。
それを、逃げている、人をたすける心の無さ。
情けないと、神様は言われる。
問題は、愛町にあるのではなく、礼賛する「異端願望者」にある。
愛町内部では、本部の指導が入っていて、異端礼賛という部分は、削除されている。
いいですか、愛町外部の人間が、異端部分をことさらに、礼賛しているのです。
つまり、亡霊が、ネットにいると言う事です。
愛町への教会本部からのチェックと指導は、八十年際の頃からすでに始まっていました。
愛町は、その指導に従って、関根豊松さんの弟子たちの公刊本を読んでも分かるように、本部系・山名系の教団教理を主にした説き方をしています。
系統信仰というのは、根が深いのですが、理の親信仰は、すでに、否定される指導が教会本部より全系統になされています。
従わない、大教会長も有力教会も、表面では、従っています。
つまり、
> 名古屋市千種区春岡通りに愛町分教会があります
ここには、もう因縁の次の段階に入った、山名系異端因縁が色濃くなっていると、みるべきです。
が、関根豊松礼賛者は、実は、愛町の信者としては、公然と説けない事を、本部から禁じられているような個人礼賛をしているのです。
そこで、私は、そうした異端予備軍の、関根豊松・ひいきの引き倒しを、止めなさいと、警告しています。
神と人の問題が信心なのですが、病をたすけて欲しいという人間の願望は、程度を超えると、幾らでも出すからたすけて欲しいと、なります。
親神様は、お金で助かるとは言われていない。
「やまいの元はお金から」とは、言われていない。
ところが、お金を出せば悪因縁から逃れられるというような諭し方をする「愛町・関根系」のような、諭しをしますと、諭された側は、幾らでも出してたすかりたいと、願望を持つ。
これが、宗教による集金です。
そう言う事は、各地域の教会の、説く教理に紛れ込む。
重度の障害者さんが、症状悪化で激痛が来て救急車で運び込まれて、その病人さんの親友という人から、私に連絡があった。
病人さんは天理教の信仰している人なのだが、天理教の行っている教会に連絡したら、必ず何万とお金を出さなきゃならなくなるから、○さん、なんとかしろ・と言う電話だった。
すぐに、病院に行って、病人さんと会った。
障害者でありながら、毎月三万円を、お供えしているとの事だった。
基本は、「そのお供えは多すぎる、欲だから止める事」と諭した。
その心定めで、一発で激痛は、とまった。
以後数年たって本人に会ったとき、ただの一度も痛みは無くなったと、感謝の言葉を聞いた。
私は本人に聞いた。
その重度の障害、治るようお願いするのか、今のままで良いから痛みが無いようにお願いするのか、どちらですかと。
本人は、「治らなくてよい」との事だった。
人はそれぞれに、願いの内容は違う。
そして、代価として「毎月三万円」は障害者に求めるものではない。
お諭しというのは、本人対神様の問題である。
それを、取り次ぐに過ぎない。
愛町関根系をまねしていけば、かっての多くの割合の大教会初代のように、全て失う。
史実は、そう証明している。
北大教会初代、茨木基敬さんが、麹町を「水屋敷」に行かないようにと引き止めたと、されています。
その時、上田善兵衛さんと上田加賀美さんは、講元・副講元であり、加賀美さんの指導下にあった麹町初代を、引き止めるために、茨木基敬さんは、住所も分からぬと言う状態の中、
イロハの一文字づつを唱えては、東京の街を、探して歩いて、
結果、出会いをし、引き止めています。
この手法。
茨木基敬さんの用いた手法は、どんなものであったかと言う事です。
これは、想像するしか無いのですが、「イ」と、唱えて、神様からお知らせを頂くように願い、合っているとの知らせで、その合っている「文字」を組み合わせて、町の名を、教えてもらうと言う手法です。
それに、似たことは試してみれば分かりますが、場合により、即効性があります。
しかし、そういう方法を駆使した人と言うものは、大勢をお助けしているかもしれませんが、茨木さんの例のように、関根さんの例のように、自分は神のような人なのだと、「異端」になってしまう史実があります。
麹町の、異端因縁は、「当てる」という事に特化した『陶宮術』を、なんでもない普通の事に、里の仙人に、ならしめなかったと言う、理の間違いと言えます。
ピノキオの話があります。
木偶の人形が、活躍します。そして、人間になります。
妖怪人間ベムと言う話があります。
早く人間になりたーい。と、人をたすけて活躍します。
が、人からは、その醜い姿ゆえに嫌われて、たすけた相手からさえも、厭われたりします。
人間になる。
そんなにまでして人間になりたいのか。
なりたいのです。
人間は普通に暮らします。
それが、里の仙人です。
ところが、奇跡に特化したおたすけ職人は、人間になりたい一心で、・・
人間を越えたものに、なってしまう事があります。
人間であると言う事は、普通に暮らすと言う事です。
妖怪人間なら、妖怪退治は出来ますが、普通の人間では、妖怪には勝てないかもしれません。
人間は弱い。
その弱さを認めないと、因縁ハンターのままで、勝ち誇って生きようとすることになります。
麹町にとってターニングポイントは、水茶屋遊びで散財していた子供の「回心」にありました。
このことに、触れてみます。
北大教会の系統の道は、次のような流れです。
北大教会→麹町大教会→錦江大教会→大森町大教会→愛町分教会。
信仰の流れを整備すると、北から伝道した天理教は、
北大教会→麹町大教会
(上田善兵衛・加賀美) が、(陶宮術仲間)→(久保冶三郎夫婦)に道をつける。
麹町大教会→錦江大教会(初代・寺門きみ)
(麹町信者・降旗) が、(寺門宗太郎・きみの弟)のチフスの時に、寺門家に神様祀りこむ。病気たすからず。
寺門きみ・・・関根豊松の実母、十八の年妊娠中に嫁ぎ先の関根家を飛び出し、離婚。豊松を寺門家において、男に走る。
寺門家は、きみの父母、きみと陶宮術の信仰を厚くしていた。
きみは、陶宮術により、自分が晩年を不幸になると知り、それをたすかる道は、天理教より無いと、実家の天理教に入信。
夫・岸本の反対のために、天理教布教目的でありながら、静養という名目で、大森海岸に転地した。(天理教事典参照)
錦江大教会→大森町大教会
(寺門きみ)→(守屋すず) *ただし、錦江サイドの記述による。
『この大森静養中に、「にをいがけ」した守屋家は、現在大森町大教会の一家であり、守屋すずとともに布教に専念し、入信者には、現在大森町部内の教会長になっているものもある。』
(天理教事典・p651)
関根豊松さんは、23歳までは「寺門豊松」さんでした。
つまり、信仰の本線ならば、
麹町→錦江→愛町
と、いう事になります。
そして、大森町そのものが、本来は錦江の部属となるべき教会を併合していると言う事、心に留めてください。
愛町の普請が完成した頃の事だという。
「和泉さんね、僕は困ったよ。」・・
「僕はね、助けようと思うとどんな人でも助かるかわりに、。。」
「いかんと思った人は、又、間違いなく出直してしまう・・困った事だよ・・」
「だからね、・・何も思わんようにこうして遊んでいるんだよ・・」
『時に・・会長様の不思議はどうして出来るのでしょうか』
関根豊松さんは、助からないと思えてしまうことを避けて、遊んでいた。
助からないと思ったら助からないからだという。
それで、和泉さんは、『会長さんの不思議はなぜ出来るのか』と質問した。
『思えば思ったとおり、言えば言った通りになる・・と神様が仰せられているから、・・・』
『勤めさえ間違わねば、誰でも僕の様な働きが出来るんだよ』
これが、関根さんのその時の答であったという。
前後の、発言を比較して欲しい。
「いかんと思えばみな出直してしまう」。
だったら、「たすかる」と言えば良いではないか。
「言えば言った通りになる」というのだから、言えばよいではないか。
ところが、それは、関根さんには出来ない。
愛町を教会にした頃の話だ。
霊力も何も、親神様のお知らせの範囲で、用足ししていただけの、お小僧さんであるという証拠を、自白している。
つまり、関根豊松は、神様の知らせを、自分の力で悟ったように粉飾し、捏造していたわけだ。
そして、神様の知らせをどのようにして、知っていたかは、弟子には教えていない。
卑怯者の、異端である。
愛町の別荘は信者からのお供えだと、大野佐七先生の本に書いてましたよ。
いい車に乗っても、いい家に住んでも、心は生涯地べたに寝るつもりってそういうことやないですかね?
こないだの団参も大勢でしたねぇ。
感動しました。関根豊松先生は偉大な布教師ですね。お道の組織やお金の話や台亮さんの話、表さんの話などいろいろ批判なことはどこの世界でもありますからね。ご本部も、今の天理教を変えていかなければならないことは重々認識してはると思いますよ。
私はこれからに期待をしている一人です。過去のことを嘆いても仕方ありません。過去は変えられません。過去の反省を台に、これからどうするか、どうしていくかが大事だとおもいますよねぇ。
医療の発達も過去に犠牲になった人たちのお陰です。日本が発展していったのも戦後、日本人一人一人が頑張ってくれたおかげ。団塊の世代の人たちのお陰です。
その台を、踏みにじることの無いようにこれから生きていく私たちがどうしていくかが、大事だなあと感じます。
太宰治 の名作人間失格にこんな一文がある。
http://dazai.or.jp/modules/novel/index.php?op=viewarticle&artid=158&page=63
いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。つまり、この病院にいれられた者は気違い、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。
中山家?血族?その取り巻き?大教会長?ゴルフ同好会?
真柱が狂人なのか?いや彼らでしょう。そして狂人に騙される信者もまた狂人 なんと嘆かわしい。
虚言に騙された無実な人々も多いだろうに賛同させられ狂人の配下 いち信仰者としての自尊心はどこにあるのか?今では法的に説明してくださってる人もいるので、判断はお早めにでしょうね。
〜愛町の別荘は信者からのお供えだと、大野佐七先生の本に書いてましたよ。〜
どうして関根も大野佐七もそれを受け取ったのでしょうか?合点がいきません。
やはり我々凡人と同列としか思えません。住み込み人かに殺された大野佐七も立派な背広を着て、「だって信者が着てくれと新調してくれるんだ」的なにやけた発想で普通に受け取ってますよね。
真実の人なら受け取らないでしょう。私はボロを着るのが信条です。背広なんかにあなたの大事なお金を使わないで欲しい、と言っていたなら尊敬に値する。
しかし有り難く頂戴する。只の凡人。両人ともに色んな意味で欲な人間だったと思う。
因みに10年以上前に聞いた事だが、愛町の若い息子は車が趣味と言い、複数の女の二股で女泣かせをやってると聞いた事が有るが、真相はどうなのでしょう。
これが本当なら愛町も堕落した組織になっているのでしょうか。
元々は愛町分教会は本部よりも評判はよく有りません。某有名掲示板では、愛町分教会の項目があったほどです。今では愛町と並んで 本部と教義とその親族等が語られてます。脱会項目もその昔から沢山あります。
5ちゃんねる
http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1484176188?v=pc
愛町が本部から評判がよくないとは、投稿者様は本部関係者ですか?
本部とは一体誰のことでしょうか?
私も元最末端極貧教会長でした。焼け跡世代婚歴なし独身です。大教会まで3つ上級教会がありました。
天高夜間部にも進学させてもらえませんでした。
上級の罠にはまり、教会を追い出さられて、3年間ホームレスを経験し今は劣悪な環境の民間の保護施設におります。幸い施設にネットがあり自由につかえるもので。。。私はガラケー携帯ももってません。
親類縁者兄弟無し天涯孤独。疲れました。
もうすぐ阿弥陀さんがお迎えが来そうですが、生まれてこなければよかった。
神は最初から死んでいる。
2019年2月11日 9:26 AMの匿名 様。
ちょっと腑に落ちない投稿ですね。末端教会長で教会を追い出され3年間ホームレスと言うのが考えにくいですね。
焼け跡世代で高校も出なくてガラケーもなくて、ネットが出来る人っていると思いますか?
完全になりすましの可能性が大だと思います。少なくとも教会長を経験した事のある人の投稿ではありませんね。
匿名2019年2月11日 7:55 AMさん
愛町が本部から評判がよくないとは、投稿者様は本部関係者ですか?
本部とは一体誰のことでしょうか?
これは
有名掲示板と天理教2019年2月10日 5:56 PMさん
元々は愛町分教会は本部よりも評判はよく有りません。某有名掲示板では、愛町分教会の項目があったほどです。今では愛町と並んで 本部と教義とその親族等が語られてます。脱会項目もその昔から沢山あります。
5ちゃんねる
http://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1484176188?v=pc
への返信投稿なのでしょうかね?「愛町分教会は本部よりも評判はよく有りません。」が「愛町が本部から評判がよくない」に成るのか?「投稿者様は本部関係者ですか?本部とは一体誰のことでしょうか?」に成るのでしょうか?(笑)
某有名掲示板で天理教が以前より批判されている事実を知られたくなかったんでしょうか?変な投稿が2件続いてましたね。(笑)
人間失格 様
2019年2月10日 4:01 PM
太宰治の人間失格はその昔私も嗜む程度で読みました。確かにこのような文面、太宰らしい読みやすさと何か裏切られ、事実を見せ付けられるかのような文面とても懐かしく感じております。それに私も好きだった太宰治をこの堕落した人々天理教という教団の例えに出して頂き感慨深いです。
教団の人は総じて
「いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。」
と言います。しかし
「けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。」
と言うこれが人から見た事実
「つまり、この病院にいれられた者は気違い、いれられなかった者は、ノーマルという事になるようです。」
これが悲しい世間や社会でなくこの世の事実でしょう。
天理教でいくら陽気暮らしと謳おうとそれは教団内でのこと彼らが言う世界中陽気暮らしは実現しない。現状教団内はおろか、創業者家族とその血族とその取り巻きだけの陽気暮らしとなった。叶わぬ事を唱える事はそれは詐欺、実現は到底むりだろう。この文言を突きつけても彼らは
「いまはもう自分は、罪人どころではなく、狂人でした。いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。一瞬間といえども、狂った事は無いんです。」
と答えるだろうしかし太宰は
「けれども、ああ、狂人は、たいてい自分の事をそう言うものだそうです。」
と答えている。つまり教団の人々は総じて狂人と言える。
天理教は狂人でありそして人間失格と言うことです。
国語の授業を受けている方ならこれぐらいの事は誰でも分かる事でしょう。社会学さんでも以前「知的劣化」と言う記事がございましたが、知的劣化させているのか?それとも知的劣化した中山家に合わせると知的劣化な文面になってしまうのか?と言うことでしょう。
太宰治の人間失格に鑑みてこの教団の現状を考えると本当淋しさしか残りません。狂気の狂人 狂人が狂人である事を自負しのうのうと虚言をはき続けている。異常な状態です。
愛町はお金を出すから本部は何も言えないんでしょう。愛町行ったことありますか、みなさん。おつとめのつとめ方(事前になりものの打ち方がちがう。唱和はしてはいけない、などと説明を受けます)団体で泊まった事があったからね。関根さんの(祖霊殿は花束で埋まってます)関根教ですね、正しく。それも了解しながら教会本部は黙認しています。ここ何十年もね。ばかげています、金を出すからでしょうけど。
懐かしき太宰
2019年2月11日 8:41 PM
>「知的劣化」と言う記事がございましたが、知的劣化させているのか?それとも知的劣化した中山家に合わせると知的劣化な文面になってしまうのか?と言うことでしょう。<
その両方であると思います。今のところ最も賢明な道は、天理教という組織には一切関わらないということです。
そうしたら良いんじゃないですか?
大教会長って偉そうだよな。
深谷先生の講話では1日1000人のおさづけ満席があると1年で365000人のようぼくができる。
70年で36万5千人x70=2555万のようぼくができる
世界70億の人をすべてようぼくにするには今のシステムでは無理だということである。
1大教会にすると17万のようぼくとなる。
すばらしい妄想だ!
ねぜ天理教の話っていつも、「さ」がいらない時も「させて頂く」の?
ねぜ天理教の話っていつも、りーりー、みちみち、とくとくとくとく、うるさいの?
組織はなくとも信仰できる! 様
本当に、素晴らしい発想ですね。人疲れ、という言葉があります。毎日、毎日多くの人に接していると気疲れが激しくなります。
真柱一人で、来る日も来る日も、1000人におさづけを渡していれば、1か月もしない間にダウンしてしまうでしょう。
教団本部なんか何も分かっていないんです。できもしないことを理想に語るなんて終わっています。
キリスト教のように資格のある人が洗礼をするように改革をしなければ、世界助けなんて夢のまた夢に終わってしまいますよね。
直属大教会長って何様だといつも思う。本部もしっかりと丹精できてないよね。そんな人が上に立つのだから、下の者はたいへんだよ。みんな直属の会長連中がいくら給料貰ってるから知ってるんかな?世間のサラリーマンより年収いいだろうな。電気代、光熱費、食費、全て払わないんだから、溜まる一方だよね。
大教会はいろいろとお手当というか給料を貰っていると聞きますが、それは本部から直接支給されているのでしょうか?それとも末端から順番に大教会に上がったお供え、つまり大教会会計の中から受け取っているのでしょうか?あるいは両方から受け取っているのでしょうか?どちらにしても現状、彼らは受け取るシステムに乗っかっていますよね。
他方、末端に対して人数報告など各種調査をさせるが、各教会の会計実態の報告をさせるような親心は皆無です。
部内教会間格差の把握も親なら当然するべきでしょう。普通、親というものは、長男の家は大丈夫だが次男の一家はリストラ中、末妹宅は主人の会社が不安定で、、と親は気をもんだり、手を差し伸べたり、思案するものです。
この腐った上下組織は末端は上納要員で、お手当どころか各種会費、義務的行事の参拝旅費でさえも自腹頼りです。
疲れ切っている末端教会にとっての現状の活動は子の世話をしない「ネグレクト親を食わせる活動」でしかないです。本部奥方や金集めにしか興味のないトップ層が陽気暮らしの実現に向けて頑張ろうだなんて綺麗ごと言っても、親心を持ち合わせていない苦労知らずが何を言っても我々の心に響くものはありません。
>大教会はいろいろとお手当というか給料を貰っていると聞きますが
本部から降ってこようが、下から上がってこようが、もとはすべて信者の献金です。周知のように衰退期のカルト。もうすぐ下からは一円も上がってこなくなり、本部もない袖は振れないということで、お金は降ってこなくなります。
匿名様
>大教会はいろいろとお手当というか給料を貰っていると聞きますが、それは本部から直接支給されているのでしょうか?それとも末端から順番に大教会に上がったお供え、つまり大教会会計の中から受け取っているのでしょうか?あるいは両方から受け取っているのでしょうか?どちらにしても現状、彼らは受け取るシステムに乗っかっていますよね。
本部から給料が出ることはありません。大教会の会計の中からお与えとして給料を受け取ります。
その他に、巡教のお礼、講演のお礼、葬儀のお礼、婚礼のお礼、おさづけ拝戴のお礼、修養科終了のお礼と数限りなくお礼が入ります。
上の者は、何か事が有るたびにお金が入るシステムになっています。
匿名様
しかし、役職のある本部員は本部からお与えを貰っている。他に世話人、修理人としてのお礼が入ります。
莫大な収入がある本部員もいます。
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=628
「私が最も興味深かったことは、天理教幹部(本部役員)による脱税事件である。私が知っている本部役員数人を見ると、本部役員はお金持ちという実感はない。生活に困っている感じではないがネット上に散見されるような、「天理教幹部は贅沢三昧」という批判は妄想的なお門違いだと私は認識していた。しかしこの事件で明らかになった脱税額は8000万円と高額である。3人の総計としてもかなり高額である。ということは、本部役員はかなりの高額なお給料を貰っていることになる。」
皆さま、ありがとうございました。最終的にはかつて贅沢三昧出来てた大教会の収入減を実現させる事ですね。そうする事で本部も収入減となり、結果天理教の終焉が近くなるという事ですね。
今後本部は愛町など直接賽銭箱に投入する所頼りとなるでしょう。しかし天理を利用しながら関根教にしてしまった愛町の思惑と金さえ入れてくれればと、だんまりを決めてる本部と両者の利益が合致して利用し合う関係は不純そのものですね。本家が分家に乗っ取られている様な勢いの関根教。金の力で何も言えない不甲斐ない本部。愛町に養われている本部員だから背に腹はかえられぬのでしょう。
大教会家族の収入源が大教会会計からとなると、今後は大教会会計の縮小が我々末端教会や信者の居ない事情教会群の目標ですね。彼らはその内お与えも無くなる時が来るでしょう。その時こそ末端がお与えどころか自腹切り切りお尻を叩かれて振り回されてきた苦痛を味わう事になるのでしょう。
その時やっと多くの犠牲を払っていちれつろくじの理想が顕れる。えらい遠回りしたなぁ、と教祖の苦笑いが見えるようです。
「なんじゃあこの組織は。あほらしい、やってられん」
某大教会の部内教会が○億で売却できそのうち○億○千万を大教会にお供えした。
某大教会の教費金は月○万○000円であったが月○万○000円に値上げしたいとの大教会からの申し送りがあった。
理由は教養のお礼を月○万円から○万円に上げたいということであった。
先の○億○千万のお供えがあり本部に1割の上納をしたばかりだったので年頭会議でなぜ○000円あげるのかと大反対にあった。
(○000円あげたら教養に○万円あげろよ!差額はどこへ消えた!教養費ぐらい大教会が出せ!)
ほんまにやってられん!
ある会長はうちも教会売って自分の好きなことだけして暮らしたい!だそうだ!
うちも教会ではなく布教所に格下げしてくれ!支部費(○千円)も巡教のお礼(○万円)も払いたくない!
ほんまに愛町は布教所ばかりでうまくやってるのに!かしこい!
上級であればお金を取ることばっかり考えず、いかに一人でも多くの人ににをいがかけられるか?いかに一人でも多くの人をたすけられるかの思案をしてほしい!
理想は上納金なし? 上級の運営費、本部の運営費は自前で用意してほしい!
修養科も100人を切った今、本部詰所のみで運営すればよし! 各大教会の詰所の統合、解体を望む!
詰所の統合は本当に最重要課題だと思いますね。今は大教会ですら維持運営が厳しい状況ですから、直属分教会はもっと大変でしょう。本部が一括で管轄し、やかたを新たに建てて、そこに直属分教会の詰所として使用するように計画するのはいかがでしょうか?
少ない人数で泊まるより、他教会の人もいる中で大勢で泊まれば、問題もあるとはおもいますが、活気がでていいのではないでしょうか?一つ一つの詰所として運営するには、まず人員の確保がいる。設備を整えなければならない。効率などを考えるとその方がいいようなきがいたします。また、新たに12母屋を建設しましたが、他の空き母屋がある中で、大変無駄であったような気が致します。
本当に必要なことであったのでしょうか?館に入られている詰所を利用することはできなかったのでしょうか。これからの時代はシェアの時代です。保有より共有です。
足りなければ新たに造るより、借りることを考えていかなければならないと思いました。今後は新たに建てることより、縮小していくことが大切です。人口が減ってますからね。教団としてやかたを建てる必要があれば、老朽化している、海外部の建物、図書館、中学校や、天理高校などをやかたにいれることがいいのではないかと個人的には思います。
みなさま、如何ですか?
匿名
2019年2月14日 8:58 AM
丹精って言葉も勝手に氾濫してますが、本部は誰も丹精なんてされてませんし、誰も丹精することも出来ません。だからこの結果ですからね。
丹精、徳、理、など意味不明な言葉を上層部が唱えている宗教団体それが天理教改め天理狂です。
異常過ぎて気持ち悪い、全て腐って朽ちて消えていくでしょうね
>>異常過ぎて気持ち悪い、全て腐って朽ちて消えていくでしょうね
いや、もうすでに消えたと言っても過言ではないでしょう。
おそらく月次祭に毎月参拝するような熱心な信者数は現在10万人、
多く見積もっても20万人いればいいほうでしょう。
500万人いたと言われる信者が現在は10万人……
98%が去っていったわけですから、もう事実上の消滅です。
植田義弘先生がお亡くなりになられてから今月23日でもう1年経とうとしていますね。
本当に素晴らしい先生でした。ありがとうございました。
先生の提言に真摯に耳を傾ける本部員が数人でもいたとしたら、
現在の衰退を止めることができていたのかもしれませんね。
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/repo-mattan.htm
まず教祖は、天理教という単一的な親でも何でもなく、奈良盆地という究極狭い空間から、世界に発信した、当時の人だけではなく、今この世界のミケランジェロという革命を推進している親だと思います。だから、空間的な障害は皆、見せられてる事象として神のくどきです。
神という存在、信仰は、しなければならないというような狭義の世界ではなく、「その様をご覧になってる麗しき親のなさっている大義」ですよ、きっと。生活かかっているは真剣に、そうではない人はそれなりに、生きていける土俵にたっているのではないかと思うこのごろです。
2019年2月15日 7:44 PMの匿名さんの意見はもう十年以上前からみんないっています。最近でも「奈良は見どころが多いのに安宿が少ないので、詰所をインバウンド向け安宿にして収入を得る」アイディアがあり、これはいいと思いました。
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/repo-mattan.htm (2008.10.26)
<枯れかけている枝葉>
教祖百年祭以後、天理教という大樹の凋落は誰の目にも明らかになっています。枝先の葉は落ち、ほとんど花は咲かず実も結ばない樹木に比べられる現状といえるでしょう。
天理教を少しでも客観的に観ることができる人は誰でも、今のままでは、将来発展するどころかジリ貧になっていくことは自明の理と実感しています。
仮に部内教会が何カ所・何十カ所あっても、枝先の末端教会が枯れていけば、幹も枯れてしまいます。幹や根にあたる直属教会や教会本部は、社会の土壌から養分を吸収して枝葉に送り込む力を失っています、もちろん肥えとは金銭だけではなく、現実に対処するためのあらゆる情報が含まれています。
今や枝葉が落ちて枯れ木寸前の状態があちこちで見られます。世の中の人々も天理教に無関心で、振り向いて見ようともしなくなっています。
もちろん1万7千カ所の教会の中には、特別に環境や肥料に恵まれた樹木に例えられるような教会もあって、今でも珍しく花を咲かせています。教内の報道機関は、そうした珍しい花や果実ばかり探して紹介しているのが現状です。
それでは天理教という教団を活性化する方法はあるかと言えば、殆ど再生のエネルギーは残っていないと断定せざるを得ないのです。
何故ならば、先々の教会の後継者の多くは、上級教会を支えるために自分の一生を費やしたいとは思わないで、教団の改革を望むより教会を離れて社会に出て働くことを選択するほうがよいという空気になっているからです。まして高齢化したようぼくの次の世代は教会に近づこうとはしません。教会数からいえば、こうした末端教会が全体の3分の2を占めているのです。
すでに10年20年前から私は、今のような状況に陥ることを事あるごとに予測し発言してきましたが、現実はその通りに進んでいます。
親神様・教祖は、真実の教えを知らないまま道から離れていくようぼくを、何より残念と思われるに違いありません。私の目的は、教会で通用している教理と、原典に基づく神一条の理という二重構造が原因となっている矛盾を知らせることにありました。その原因は、天理教の歴史と現実を直視しなければ自覚することはできないのです。
突然にこの文書をお届けしますのは。天理教の歴史と現実を知った上で、各々で何が本当かを判断して頂きたいと願うからに他なりません。
天理教全体の構造改革のエネルギーは教内に蓄積されていないとしても、各々のようぼく個人の意識革命は可能である筈です。
現実の天理教に一切を託して生きていくにしても、失望して離れていくにしても、天理教の本当の歴史と現実を知り、親神様・教祖の思いと教えを元に自立して頂きたいのです。教団や教会がどうあろうと、一人ひとりが自立した信仰、元の神・実の神に向き合う信仰を確立しようではありませんか。
古い元教会長 様
≪天理教の歴史と現実を知った上で、各々で何が本当かを判断して頂きたいと願うからに他なりません。
≪天理教全体の構造改革のエネルギーは教内に蓄積されていないとしても、各々のようぼく個人の意識革命は可能である筈です。
≪現実の天理教に一切を託して生きていくにしても、失望して離れていくにしても、天理教の本当の歴史と現実を知り、親神様・教祖の思いと教えを元に自立して頂きたいのです。教団や教会がどうあろうと、一人ひとりが自立した信仰、元の神・実の神に向き合う信仰を確立しようではありませんか。
上記、同感です。恐らくは多くの心ある方々も、うなずかれるでしょう。
既に対面での信者間の話し合いではご投稿下された内容と全く同様の言葉が交わされていて、「自立」という言葉で締めくくられているのが現状です。
なのにのんきな大教会長は毎月毎月、思索のかけらもない、お助けの実績も無い、とても信仰者とは思えない講話を垂れ流しています。
聞かされる我々の「徳」がないのか?そんな馬鹿な悟り方がこれまでの天理教だったのです。
気の毒なのは所属する若い分教会長や分教会後継予定者たち。うちの大教会にもこうした若者が4~5名。彼らの今後の人生を考えると胸も痛み、折を見つけて自分なりに言葉をかけ、大教会にもこのような考え方をする者がいることを順に伝えている。彼らには両親・祖父母という先輩がいるので自分が出しゃばることで混乱させては迷惑だろうから、順に様子を判断しての慎重な言葉がけを心がけている。
ところで、こうした言葉がけをしている瞬間を気にしてチラチラ様子をうかがう分教会長もいるのです(笑)人と人のつながりを気にしている、又は警戒している様子です(笑)
http://www.geocities.jp/tenri_kokugen/repo-mattan.htm
=信仰の自立にめざめよう= 植 田 義 弘(2008.10.26)
<悲劇的な天理教史の空白>
『稿本教祖伝』は明治20年、教祖が現身を隠された年の記述で終わっています。
それまでの数年の間に「講を結べ」との教祖のお言葉に従って各地に「講」が誕生していきました。小著『教祖ひながたと現代』68~69頁には次の一節があります。
<これらの「講」に関する史実には、明らかに二つの大きな特徴が見られる。それは「講」が地域的な信者の集まりであり、しかも並列的な組織であったことである。これは「講」内部の人間関係が並列的であったということではなく、当然「講元」「周旋方」などの役目の分担があり、導く者と導かれる者の立場の違いはあった。どんな組織でも上下の役割は必要である。人体にも頭脳があり手足があって、各々の役目を果たしている。企業でも社長・重役・部長・課長・係長などの立場がなければ事業を経営することはできない。ただ、それらの立場に選ばれる人は流動的であり、身分として定められたものではない。・・・>
実際、回り持ちで講元をつとめた場合もあったという記録も残っています。「講」が教会へ発展したーーという一言で、その後の歴史を説明することはできません。
明治20年以後の10年~20年間に、天理300万~500万にのぼる信者数に飛躍したのは事実です。初代の頃の天理教史は高野友治氏の筆で取材記録されていますが、飯降本席亡き後の大正・昭和の時代、すなわち二代・三代以来の歴史の変遷、とくに戦時中の改革については空白のまま教えられていないのです。
修養科の授業でも、教祖が現身をお隠しになった明治20年で終わり、修了後はとつぜん現在の教会系統に組み込まれるのです。しかも修養科のテキストとなっている教典には、教会に関連して1頁分の記述も見当たりません。
とくに戦時中の昭和16年、当時の軍部独裁政権による宗教統制に応じて「革新」の名のもとに実施されたいびつな改革は、今もそのまま受け継がれています。というのは、教会と名づけなければ宗教団体とは認められなくなったため、それまで5段階に分かれていた名称を大教会・分教会の2段階に統合し、布教所・宣教所などを無条件に分教会に組み入れたため、それまで全教で232カ所しかなかった分教会が僅か半年程の間に1万1千カ所以上に増加したのです。
その結果、現在のように同じ分教会という呼称でありながら、複雑な上下関係が固定化されるに至りました。
63年前の昭和20年8月15日、終戦とともに日本の政治・法律・経済は大変革されました。それは紛れもなく見えん先から説き聞かされていた「一れつろくぢに踏みならす」刻限であったという自覚は未だにありません。
「刻限」とは天保9年立教の日だけではなく、神意が実現する予定の「一日の日」として「刻限さしづ」の中で繰り返し預言されているのです。
しかも次の刻限が迫ってきていることは、最近の世界的な激動と混乱の情勢を見ても明らかです。「見えん先から」の刻限に備えて通ってこそ「この世治める真実の道」と言うことができるのです。
<「応法の道」でさえない戦後の天理教>
要するに、明治以来から昭和20年まで60年にわたって原典を手にすることを禁じられた天理教の歴史を悲劇と呼ぶ他はありません。
明治20年以後の天理教は「応法の道」と呼ばれてきましたが、戦後は「復元」の名のもとに公刊された原典に基づく教義が説かれるようになりました。しかし一方、上記のように組織制度はそのまま温存され現在に至っています。本当に「復元」を徹底するためには、明治20年の時点に戻って「講」の再生を図らなければ、神一条の道とは言えません。
それでは天理教は今も「応法の道」かといえば、じつは応法でさえないのです。何故ならば、戦後に法律は「一れつろくぢに踏み均す」神意に添う自由平等の方向へ大変革され、民主主義の名のもとに差別や身分を撤廃し「たすけ合い」の福祉を拡充してきましたが、一方天理教には民主主義的な法律と一致する組織制度は全く見られないからです。つまり「法律に応じる」ことさえしていないのです。
教義学の権威であった故・上田嘉成氏(本部員)著の小冊子「元初まりの話」に次の一節があります。
「親神様は、うをやみや、うなぎやらかれいやら、そういうものを寄せてでも、ちゃんと談じ合いをしてくださる。これがお道の心です。これは世間の言葉で言うと、民主主義という言葉になるのでしょう。民主主義というのは、この思召にかのうて(適って)いる」(同書60頁)
ところが天理教の現状はどうでしょうか。民主的な手続きによらない上級・部下の系統教会制度があり、下は上を支えるために動くばかりで、末端教会にすべての負担が掛かってくるのです。
所属教会の違いによって初席を運ぶ手続きにも差別があり、初めて入信する人には理解できないシステムが戦前のまま続いています。どれほど遠くに移転しても、所属教会はそのまま孫子の代まで変更することはできないのです。
いわば、戦後に復元された教理と本部組織が中心にある一方、戦前から教会を支えてきた教理と系統組織があり、ソフト(教理)もハード(制度)も、明らかに二重構造になっているのです。
例えば本部が運営する修養科は、系統や教会と関係なく編成されたクラスの中で、全員が一体となって3ヵ月の共同生活をするのですが、修了後は全く別のタテ組織の中に組み込まれ、同期生や地域とのつながりを失い、やがて殆どの修了生は孤立し脱落していくのです。
<棚に飾られたままのおさしづ>
戦前・戦後を通して最も内容が知られていない原典は「おさしづ」です。「おさしづ」は昭和40年になって教祖80年祭の旬に全教会に配布されました。しかし、それまでの80年間、原典を棚上げした状況で発展してきた教会にとって、今さら膨大で難解といわれる「おさしづ」を拝読する必要を感じないのは当然でした。
全7巻6331頁から成る「おさしづ」の啓示録は「伺い」と「刻限」に大別されます。
「伺いさしづ」は初代真柱はじめ本部内の側近者とその家族、各地の教会長と役員の身上・事情の伺いに対して神意を諭された記録であり、一方「刻限さしづ」は個人のレベルを超えて道と世界の事情に対する神意を伝えるために、夜中に本席の神がかりを通して啓示された筆録であります。
今までのところ教義学者や教会長によって研究され引用されてきた「おさしづ」は、主として「伺いさしづ」の一部であって、「刻限さしづ」の歴史的・体系的な研究は殆どなおざりにされてきたと言わねばなりません。
したがって、現在に至っても「刻限さしづ」の内容は、その九牛の一毛しか知られていないと申しても過言ではないのです。
かく申す私は、35年前の昭和48年に事情教会をお預かりするに当たり、自分の出発点として「おさしづに啓示された理の研究」と題する全6部の手書き資料を作成しました。
ここでその体系的構成を説明することはできませんが、天理教の過去・現在・未来を見通されている「刻限さしづ」の一端を紹介したいと思います。(カッコ内は筆者の補足文字)
「ぢば証拠人間始めた一つの事情、かんろうだい一つの証拠雛形を拵え。今一時影だけのものと言うて居るだけではならんから、万分の一を以て、世界ほんの一寸細道を付け掛けた。……(中略)……天理教会と言うて、国々所々印を下ろしたる。年限経つばかりでは楽しみ無いから、一時道を初め掛けたる。神一条の道からは、万分の一の道を付けたのやで」(明治30.7.14)
ここで「万分の一」と言われている神意は何かと思案しますと、
1)「理」という言葉を「万分の一」の狭い意味にしか受け取っていない こと。
2)元はじまりの過去から世界一れつまでの長く広い時間・空間に比べる と「万分の一」ほどの偏狭な意識しかないこと。
3)教祖ひながたや教理の「万分の一」しか現代に生かせず広めていない こと。「世界たすけ」とか「この世治める」という立派なスローガンと、
教会の最終目標があまりにも小さく、かけ離れていること。
「さあ/\遠からず(往還の)道見える。遠からず(神一条の)理が分かる。遠からず分かる事知らずして、応法世界の理に押され/\、だん/\根気尽くし罪重ね、心一ぱい働き(をしても)、働き損になってはならんで。これをよう聞き分け。一日の日を以て尋ねた理のさしづ(を棚上げして)、(道が)栄えると思うか/\、栄えると思うか。さあ/\栄えるか。栄えると思えば、大いに取損ない」
(明治34.2.4)
この神示については説明するまでもなく神意は明らかでありましょう。まさに天理教の現状を預言されたものと受け取ることができます。
事実、明治の末から大正にかけて、最盛期の教勢と比べると、信者数は多く見積もっても10分の1になっています。それどころか「ようぼく講習会」が全国各地で開催されても参加者は30万人前後に止まり、「天理時報」の発行部数が12万部前後というのが実質的な数字のようです。
現在、教会につながっているようぼくは、いわば生き残りだからこそ貴重な価値と役目をもつ存在であり、親神様・教祖から期待されていると再認識し、使命を自覚することが必要ではないでしょうか。
<一体意識と信仰の自立に目覚めよう>
それもこれもハードが古くて欠陥があり、ソフトが適合しないために機能しない状態に陥っているからです。あるいはソフトとハードが二重になってトラブっているからでしょう。
それでは、一教会、一ようぼくとしてはどうすればいいのでしょうか。
1) 上からの指示(打ち出し・通達)を鵜呑みにせず、教祖の教えと矛盾していないかどうか自分で思案し判断する。
2)納得のいかない指示は所属のようぼく・信者に伝えない。
3)自分のにをいがけ・おたすけ活動に必要な布教費まで上へ運ばない。
4)上から下へ、教会からようぼくへ尽し運び、修理丹精してこそ成人できる。
5)目上によく思われたいという人間一条の心を捨てる。
6)原典を常に拝読して親心と教理を体得し、神様ひとすじに心を向ける。
このように信仰の自立ができない場合、人間関係のストレス・板挟み・不足不満が積み重なって、必ず身上に知らされる結果となるでしょう。
親神様・教祖が一番残念に思われることは、本当のソフトとハードを知らないままに教会を離れ信仰まで失ってしまうことに違いありません。
じつは理想となるソフトとハードは自分の体と心にあるのです。
ハードとは形あるもの(構造)、ソフトとは目に見えない理のはたらき(機能)と定義しますと、生きている身体は最も完全なハードであり、体内を守護されている理はソフト・システムに違いありません。
したがって、健康な身体と合致したハード・システムを構築すれば、最も理想的な組織体制をつくることができるのです。世の中の森羅万象の形をもつハードはすべて、元となる理のソフト・システムで成り立っているのです。
しかし組織全体が理想のハードになっていないからといって、自分自身のハード(体)やソフト(心)を無視してよいわけではありません。
神様は身体を生かすために一刻の休みもなく掃除して下さっています。ゴミやホコリにあたる老廃物を仕分けして排泄する「飲み食い出入り」のご守護がなければ直ちに命はなくなるからです。それと同じように心のホコリを常に掃除しなければ、心身ともに健康が保てないのは当然です。体を守護されている理に心の理を合わせれば、心身ともに一体になることができるのです。これを仮に「一体意識の自覚」と呼びたいと思います。
それ故に、全体のハードはどうであれ、まず個々の心遣いというソフトを理に合わせて、陽気づくめの境地に参入する努力を積み重ねることが、親神様・教祖に受け取って頂ける生き方となるでしょう。
この文書を作成し送呈します趣旨は、単に教会制度を批判するためではなく、1人でも多くの方々に、天理教の歴史と現実を知って頂き、1人ひとりが親神様・教祖と向き合って如何に通るべきかを思案して頂きたい一心からであります。
そのために参考となる資料として、筆者が50年にわたって思案してきた結論をまとめた小著を最後の頁に紹介させて頂きますので、参考に一読して下さることを期待しております。これらの著作はいずれも、教内出版機関による内容の検閲や削除を避けるため自費出版の形をとっています。
最後までお読み下さいまして心より御礼申し上げます。(2008.10.26)
長い引用はお控えになった方が良いかと存じますが。
最早、詰所はすべての教会にとって、お荷物以外の何物でもありませんね。
一部の詰所間では、今週はあなた所の風呂を頂戴し、来週はわが方の風呂をご利用くださいと、隣接する詰所間で涙ぐましい努力をされているところがあると聞いています。
ただ、風呂に限らず、全ての施設は使わなければ劣化が進みます。例えば、学校の水泳用プールは使わなくても水を張っておかなければなりません。人の住まない家屋は朽ち果てる事実を見ればわかります。エレベーターは使わなくても定期的な検査が必要です。深い考えもなく設置したエレベーターも大きなお荷物なんです。せめて、3階程度の高さにとどめておけば良かったものをと思わざるを得ません。
更には、各系統ごとに作るなど無駄の最たる面も見逃すことが出来ません。何のメンツにこだわっているのでしょうか。
将来の展望を考慮せずに、見栄だけで次々と建設された詰所群が泣いています。
ただ、愚痴るだけでは問題の解決にはなりません。余力のあるうちに取り壊すなり、売却するなりの方策を考える時が来ているのではないですか。
そもそも、固定資産税が課税されないから、それをいいことに、このような馬鹿デッカイ物を作ったのではないでしょうか。
有料の宿泊施設へ変更しようとの意見がありますが、営業となれば衛生面はじめ税務の面でも大きな制約が課せられますよ。
出金伝票、入金伝票、振替伝票の作成は基本の基です。これらの伝票類を含めて会計帳簿類は最低5年間~7年間の保存が義務付けられます。消費税の納付一つをとっても支払い消費税と受け取り消費税を計算して、
支払うべき消費税があれば税務署に納税しなければなりません。この計算一つをとっても本当に大変なのです。
そのような事務が出来る人材が教団内にどれほど居られるのでしょうか。非課税という安楽椅子に座っていた人達が直面する問題は余りにも大きすぎます。
毎月作成する清算書を基に、貸借対照表を作成できる能力は最低限必要なのです。
公益事業と並行する収益事業の会計処理は、特別なソフトを必要とすることになるでしょう。それも常に一定ではありません。税務は刻々と変化するからです。だから、煩雑を極めるのです。
更には、現在はおカネの遣り取りだけではありません。カードや電子マネーの処理もしなければならないのです。
人材面や施設面で、一朝一夕にならない事だけは確かです。
詰所の存在も今となっては喫緊の課題。厳しい現状ですね。隣近所で風呂の貸しあい。そこまでひっそくして来ているのですね。
誰もいない詰所で管理人夫婦一家が使う家族風呂、一般家庭の風呂容量から見たら5倍は水をを入れなくてはならない。本当に不経済な事です。
確かに体力がある内に解体して近隣詰所を数棟残して共同利用するとか。しかし系統が違うので今後の維持管理費の負担割合とか面倒くさい問題も出て来る。
不動産権利は本部なのだからいつまでも大教会任せの無責任な態度を取り続けるのではなく、最終的には本部が面倒みなくてはならない時が来るでしょう。実際頼みの信者が減っていて、各大教会もお供えが上がらず修理費が無い。
収益事業の利益は各大教会に帰すとして、経理専門家の配置とか具体的に本部が乗り出す時期に来ているのかも。いつまでも大教会の責任として傍観出来る事でもないと思う。わずかに残った残存信者にツケがまわるのは勘弁して欲しい。
>>【天理市長との意見交換会】
>>〜SDGsの観点から、より良いまちづくりを〜
https://twitter.com/tenrikyo_s/status/1096349501395132417
>>本日、天理市の並河市長と中山大亮様はじめ青年会メンバーと意見交換の場を持ちました。
>>お互いの取り組み、ビジョンについて話し、連携していく約束をしました
大亮、並河、素敵な素敵なツーショットですな。www
どんな取り組みどんなビジョンなんでしょうか?www
どこどこでは「こんな可愛い〇が呼べる」等の取り組み、話合い、連携なのでしょうか?www
詰所は(立地条件によっては教会も)安価な宿泊施設にでもしないと、正直なところ維持できないといわれています。でもそれをやる煩雑さを嫌うなら、それこそ滅びの道まっしぐらです。この先信者が減る=信者の財布をあてにできない状況なのは確かです。この立地ならこういう事業で収入を得て、それで詰所なり教会なりを維持していくという意欲と、その煩雑さに耐えられる人材がいる詰所と教会だけが生き残れます。
よく利用していた詰所の間取りは、20畳ほどの部屋に小さな押し入れと荷物を置く棚だけで、冬季は石油ストーブで暖を取り、夏期は扇風機で生暖かい風を送り、エアコンの設備はありません。
快適な居住施設に改造するには、最低限、エアコン、洗面設備とトイレです。更には癒し空間のベランダも必要になるでしょう。
現在のような共同トイレと共同洗面所では快適とは言えません。
各部屋に給水配管、排水配管やエアコンのダクトを引くにはどうすればいいのでしょう。当初の設計は、そこまでの考えは計算されていないと思うのです。
余談ですが、エアコンが設備されているのは会長宅のみです。
ホテルのように入浴設備まで完備しようと思えば、とてつもない費用が必要になるでしょう。
内装を改造するにしても、ダクトスペースが設置されていなければ設置できる機能は限られてくるでしょう。
本部始め各教会に根本的な改造を施す余力があるのでしょうか。
外観は立派であっても、現状の設備面ではホテルや旅館とは太刀打ちは出来ないでしょう。
失礼な言い方になりますが、せいぜい、スポーツなどの合宿所か災害時の緊急宿泊所ぐらいの機能しか持ち合わせていないと思います。
上記の匿名様が仰るように、現状のお供え金程度で利用できる安価な宿泊設備が関の山かもしれません。
最早、取り壊した方がいいと思うのですが、一棟の取り壊しの費用は3千万円では済まないと思うのです。
有名な温泉地にあるホテルでさえ廃屋になっているところがあります。天理のあの場所に人が来るのでしょうか。
進退極まった状態に陥るのが関の山かもしれません。
詰所を一般の宿泊施設にして利益を得られるようにするには、多額の改装費が必要、詰所を取り壊すにも莫大な金がかかる。
役にも立たない、始末に負えない、でかい建物を、ただただ、力を誇示したいために、今まで甘い考えで、部下教会から金を取り立て、むやみに造って来た、当然の罰があたったのだから、このまま、にっちもさっちも行かなくなって、困り果てれば良いのだ。
自分達がやってきたことがいかに愚かなことかを、痛い程感じさせれば良い。
詰所の統廃合は喫緊の課題である事は誰でも分かっていることである。最大の障壁は大教会長宅である。詰所の中の一角にあるところと、別宅に建っているところがある。そもそも何故大教会長家族だけが特権として住む場所が違うのか理解できないが、その存在が統廃合を難しくしている。大教会長らは絶対に失いたくないはずだ。しかも高熱費は詰所の維持費で支払われている。宿泊費、食費も払わずに済むのだから失いたくないのも当然であるが。今となってはお荷物の何物でもない。詰所の数は4分の1か5分の1でも多いくらいだ。和室では転用も難しく外国人には不向きで民泊もできそうもない。何故直属で運営するのか、本部直営にすれば良い。後数年で維持困難になりゴーストかするのか、なんらかの対策をするのか結論を出すべきである。もう先送りはできない。
まあどちらにしましても所有権は本部、私用は直属となっていますので詰所だろうが大教会長宅だろうが直属が売るにも売れない状態です。
いずれ直属から使用放棄となるわけで本部は安値で天理市および奈良県に販売となる流れかと思います。
15年前にこどもおぢばがえりで2000名の利用があったうちの詰所も昨年は700名でした。この流れでいけばあと5年、10年で0となるわけです。
現状の天理教は老害教会長のせいで何の対策もしないだろうと思いますので我々は0になるべき日に備え淑叔と整理の準備をするわけです。
坪何万円だからかけると総額何○○万円、売却してマンションでも買って、、、、、リバースモゲージでもいいか?
風呂ではなくシャワーのみで相部屋の超安宿はインバウンドには利用されるかな。日本人は高い金払って奈良ホテルを利用するだろうけど。ま、教会も詰所も信者の献金で維持するのは不可能。これだけは確かだわ。
問題が山積みで本当にどうしていったらよいのでしょうか。
このまま改善策がないままだと本部自体の維持運営にも支障をきたす恐れがあります。
まず教会が多すぎるように感じます。少ない信者で維持運営をしている自体、上に挙がるお金も減ることは確かです。
多く見積もっても50万人足らずの天理教でその内お供えをしている人が何万人あるのでしょうか?
詰所の会長宅の問題は私も感じます。
一列兄弟と教えられている天理教ですが、明らからに兄弟とは程遠い現状があります。本部食をとらず、会長宅の女子青年がつるく手料理を食べていらっしゃる大教会長さんを私は知っています。
プライベートな運転も、青年という理由でこき使っていることも知っています。
本部から提言していただくことはできないのでしょうか?
本部月次祭でも東筋に止まる運転手付きの高級車。初めておぢば帰りした人になんと説明させていただいたらよろしいでしょうか?偉い先生ですので、運転手付きです。と説明させていただいたらよろしいでしょうか?
世間では人員の削減で運転手付きは贅沢中の贅沢ですよ。
ある教会ではプライベートな運転も運転手付きと聞きます。
みんな裸の王様と言っているのにお気づきでないのでしょう。だって裸の王様ですからね。
修養科で聞いたことがあります。
殿様大教会ランキング。
ここでは言いませんがいずれ分かることです。
一人ひとり直属の大教会長さんがたは考えていただきたいと思います。これ以上、おやさまの教えに泥を塗るようなことはなさらないでほしいです。
教会が多すぎ・・・事情教会率90%だから活動している教会は10軒に1軒。
運転手付きは贅沢中の贅沢・・・結構大きい事業をしているオーナー社長でも運転手を持たず、自分で車を運転している人はごまんといます。現ローマ教皇も枢機卿時代はバスや電車で移動していた。
収入が年々減っているのに今まで通りの贅沢はやめられない。生活レベルは落とせないんでしょ。これじゃ末端の窮状を訴えても理解されないはず。自分が困窮したことがないもの。
蒔いた種は自分で刈り取る。
本部始め偉いさん方は、種まきを連発してきたのですから、これからは、刈らなければなりません。
良い種だったら良かったのですが、どうやら、そうでもなさそうです。
匿名様
>教会が多すぎ・・・事情教会率90%だから活動している教会は10軒に1軒。
確かにそうですが、信仰のある末端は自立してやっていけます。
その条件として、本部の行事、教区の行事、直属の行事に引っ張りまわさないで放っておいて欲しいのです。
当番、ひのきしんと引っ張りまわさないで放っておいて欲しいのです。
上級の都合で引っ張りまわさないで放っておいて下さったら、きちっと自立出来ます。
本当の信仰には本部、上級が邪魔なのです。
お供えをしている人は現在10万人ぐらいと考えます。
10万人x10万円で年100億かと思います。
10万人ということは1億人からみると1000人に一人
6万人の私の住んでいる地方都市ですと60人 教会4つ分ぐらいです。
2つの小学校、中学校に一人いるかどうかというところです。
昔私の小学校には4人ぐらい天理教の同級生がいて2人天理高校まで一緒にいきました。
今ではそんなこともないと思いますが!
あと10年でお供えをする人は1万人
1万人x10万で年10億かと思います。
教会を9割減少
本部員も9割減少
大教会も9割減少
本部勤務者も9割減少
細々とやってください!
本当の信仰には本部、上級が邪魔なのです。
上級参拝を一切やめたら心置きなくパートのシフトを組める様になり、経済的にも若干の余裕が出来、陽気暮らしの第一歩が踏み出せ始めました。勤務先には天理教的精神で務めさせて頂いているので、新米ながら当てにして頂き今後も低い心で通らせて頂こうと思っています。
天理教の原点は素晴らしい教えです。上下関係とお金の関係を作った事が信仰を歪め、解りにくく無意味な活動にしています。信仰に圧力、お金なんかは対極にある価値観です。無視して何ら天罰もあるはずも無く、上級、大教会の月次祭やどうでも良い行事の人手不足の当てにされるよりは、きっちりと社会で人助けが出来ている満足感を感じています。
教会長さん世間に出て世の為、人の助かりの為に共に働きましょう。
本当の信仰は本部と考えるのは危険です。本部なんて伏魔殿に過ぎない。金食い虫だよ。自分が正しいと思うことをして、疑問に思うことは一切関わらない方が良い。いずれにせよ衰退は止めることができない。これも理の当然である。くい止める必要も無い。
自分をたすけられずしてどうして人様がたすけられるでしょうか?
自分の家族を幸せにできずにしてどうして人様の家族を幸せにできますでしょうか?
よそでいい顔して家族にあたりちらす会長様!
どうか人様の前でいい顔せずに家族を幸せにしてください!
朝、顔をあわせても「おはよう!」の声もだせない会長様に
陽気暮らしはほど遠いかと思います!
信者は家来ではない!
家族も家来ではない!
「俺を立てよ!」という前に
人様を立ててください!
下から上がってくるお金をあてにしているからこそ自分を立てろという発想になるのでしょうか。クーデターや革命が教団内で起こればいいのに。カルトの中では反乱がおこらないというから、それは無理ですか?
下の人間たちがフランス革命の民衆にならって本部におしかけパンよこせデモをやる・・・今の本部はマリー・アントワネット状態なので、「パンがないならお菓子をお食べ」と無邪気に言い放つのかな?
>>今の本部はー中略ー「パンがないならお菓子をお食べ」と無邪気に言い放つのかな?
いいえ無邪気なんて可愛いものではなく、
「おつくしは命のつなぎ」=「金を出さなきゃ命はないぞ」と
銀行強盗のセリフのようなことを真面目な顔で本気で言います。
いつもふらふら遊んでいる天理教の会長。そんな生活態度は近所の人たちもちゃんと見ている。それでいて次々教会建物の普請をするから近所の人は不思議らしい。
ある時何故こんな普請ができるのか近所の人が世間話のついでに聞いたらしい。
その会長いわく「下の人らがみんなで建ててくれるんや。わしが建てとる訳やない。へへへ」わしゃそう言った、とへらへら嬉しそうに言うのであほかと思った。お徳のある者はこうなんやで、天理教しとったらこうなんや、有難いで、と言わんばかりだ。我々部内は上下制度に振り回されて圧力でしぼられてるだけで自主的に献金している人間は1人もいない。
こんな人間が上に立って下のものを従属させ、お気楽に暮らせる天理教組織。世間に向いてはへらへらし、内に向いてはお前ら黙って言う事をきけ、と平気で言う会長。
無理して工面する下もおかしい。逃げろ!んなもん払ってたまっかよ。
組織はなくとも信仰できる様
>1万人x10万で年10億かと思います。
天理教の実態がこんなにも明らかになり信者が激減している昨今、10年間で10万円ものお供えをする人なんていますかねぇ?
いないいないw。だからお供えがなくてもやっていけるように詰所や教会は何らかの事業をして賄うべきって意見が出ているわけ。
古い元教会長さんのリツイート
>昭和60年11月7日、天理教の幹部役員(本部員)3人が、大阪国税局の税務調査を受け、合計約8000万円の脱税を指摘され、 約2500万円の追徴税を課せられていたことが明るみに出てしまった 。<
どちらにしたって、自分で稼いだおカネじゃないんだから痛くも痒くもないんだよね。
今からでも、遅くないからこの事実と氏名を全ての信者さんたちに公表すべきです。天理時報どうですか。
信用が問われる重大事ですよ。いい話バッカ載せるなって言いたいね。
韓国のムン・ジェインとか言う人、ちょっとヘンと思っていたんだが、いよいよオカシクなってきているみたいデス。
日韓関係がオカシクなって来て歯止めがかからなくなっているのも、大統領たるムンさんのせいだと言えるだろう。このまま行くと、朝鮮半島は「赤化統一」 ということになりかねない。赤化統一を果たしたら、将軍サマは「おまえの用はすんだ」 と言って、タイミングをみはからってムン氏を粛清するかもしれん。ということになれば、朝鮮半島は李氏朝鮮の時代にもどってしまうだろう。それも道理かもしれん。韓国は日本から金をもらって経済発展したのに、その恩を忘れて反日行為をしているので、歴史をつかさどる神様が、韓国を反省させるために経済発展前にツキ戻そうとしているのかもしれん。
で、私メは何が言いたいかと言うと、外国は外国でさまざま事情があり、天理教の海外伝道は難しいのではないかということデス。なぜなら、今の天理教は「李氏朝鮮」 に似た封建システムを持っていると思われるので・・・
せめてもう少し民主化してもらわないと、布教したその国で反日運動を起こされることになるかも・・
先日、知り合いの信者さんから聞いた話です。
天理の神具屋の経営者は天理教の先行きを案じて顔見知りの本部員に天理教は先行きどうなるのかと聞いたら
その本部員は、「あいつら(分教会長)が悪いんだ。あいつら(分教会長)が布教活動しないから信者が減っているんだ」と答えたそうです。
本部員が真顔で言うのを見て、天理教は本当に終わったと神具屋の経営者が話していたそうです。
誰も天理教と名乗る中山ゴルフ狂団の布教なんかするわけないやろ。アホな本部は組織の不調を下の性にして精々下手なゴルフ頑張っておきや(笑)
>一つのおやさと館に複数の詰所が入っている所は、経費の節減のために詰所間で交互に風呂を焚くなど涙ぐましい努力をされている
>一部の詰所間では、今週はあなた所の風呂を頂戴し、来週はわが方の風呂をご利用くださいと、隣接する詰所間で涙ぐましい努力をされているところがある
敷島と郡山。
敷島と郡山と言ったら大教会の中でも生え抜きの大きい大教会ですよね。
だったらうちみたいな弱小大教会の会計事情は相当なところまで追い込まれているのかと想像します。
人手不足で詰所の管理人を指名しようにも人が居ないし、詰所に管理人を置いたとしても修養科生も誰も居ない。存在意義の薄い管理人です。いい若い衆が仕事が無いから事務所のパソコンでゲームばかりしてます。
神具屋が先行き不安になるのはよくわかる。本部のお膝下に居れば活気のない空気感は直接肌で感じます。
本部員の腐り加減は半端ないですね。もうほっとけばいいでしょう。彼らは自活能力がありませんからそのうち自滅しますよ。乞食でもしたらいいんです。
今の教団の在り方では、神のご守護なんてありもしないのに、時報はさも、あるような記事を載せているが、何も病気が治った事実は天理教の専売ではない。
15年ほど前にステージ3の乳がんの女性は一方の乳房と脇のリンパ節を全摘切除、リンパ浮腫にも襲われましたが、ぶら下がり健康器の激痛に耐えて、今では腕の動きも自由自在、ガンの再発もなく元気に飛び回っています。
この女性は何の宗教も信じていず、普通の生活を続けていますよ。この人を含めて小学校の同窓生、中学校の同窓生共々に同様に生きています。天高二部同窓生より人間性に溢れて生存率も高く、健康度も高いですよ。天理教に関係していたのは私一人でした。
天理教信仰が陽気暮らしを保証するなんて夢物語です。事実が証明しています。
昨年1年間で二部同窓生の4人の出直しが相次ぎ、しかも教会長さんが多く、優しくて誠実な会長さんだっただけに、本当に複雑な心境です。
本部は、そういう事実に反省や悔悟の気持ちの欠片も持ち合わせていないのではないか。
本部は陽気づくめの本気度を示してほしい。カネ集めが専売のような今のままでは絶対にダメ。
真面目で何が悪い @O7W28hh6e さんのツイートに
以下のように 大教会記念祭予算書 として記載があったのですが、
これはその大教会にゲストとして呼んだ場合の金額でしょうか
それとも来なくてもこの金額を本部に払うのでしょうか?
ご存知の方教えてください。
(私はTwitterをやっていないのでこちらをお借りしました。すみません)
いずれにしても異常な慣習、異常な金額です。
これでは非常識な人間が育っても仕方ないでしょう。
https://twitter.com/O7W28hh6e/status/1099424328515371008
大教会記念祭予算書
御礼
真柱様 100万
奥様 50万
大亮様 50万
若奥様 30万
随行長 30万
随行員 20万
随行員 20万
本部在籍者 100万
上記金額は本当です。
最低ラインの金額だというのも
数年前の記念祭の際に会議で聞きました。
これは真柱室が決めているのでしょうか。
随行で来る本部員も来るだけで20万もらえるのだからいい商売ですな。
大教会記念祭予算書
御礼
真柱様 100万
奥様 50万
大亮様 50万
若奥様 30万
随行長 30万
随行員 20万
随行員 20万
本部在籍者 100万
とある大教会関係者から聞いた事があります。
上記の金額は間違っていないと思います。
更に付け足しは 心次第と言うか 忖度と言うか
最終的には更に高額になるらしいです。
真面目で何が悪い @O7W28hh6e さんへ
さっさと、天理教から離れてください。年齢が分かりませんので適切なアドバイスとなるのかは分かりませんが、今後の進路の一助になればと思って投稿します。
36歳の時、公的機関の職業訓練センターでシーケンスを学んだ知人は、今は大工場の電気関係の補助員として勤務しながら、第3種電気主任技術者を目指して勉強しています。屈指の難関といわれていますが、科目合格の制度があり、すでに1科目に合格しています。数学の素養が必要ですが、3年間ほどわき目も降らずに勉強すれば合格ラインに到達しますよ。
職業訓練センターには、他の技能科目も多く、適性に合った技能を受講されれば如何ですか。若干の教科書代等が必要ですが、授業料は基本的に不要です。
ネットで検索されてお住いの近くの能開センターを探してみてください。
天理教を信仰していて、しんどい、と感じられるようでは、何のための信仰か分かりませんよ。
真柱を神のように崇める人たちの神経が理解できません。記念祭臨席の御礼が最低でも100万円。聞いただけで気分が悪くなりました。
信者の金でビルを建てるだけでは飽き足らず天理教を信ずる教団を中山狂に変えようとする実弟とその息子、これを滑稽を言わずして何というのでしょう。信者には寄付を強要し、自らはゴルフそのゴルフのメンバーにも中山狂を善しとしてない者が居る事にも気がつけない世間知らずの天理貴族・・・新興宗教でこれほどカルト性が強い組織なのにこれだけ内部情報が漏れる時点で終わってます。幕末も各所から倒幕の為に立ち上がり日本を変えたわけです。今でも江戸時代と同じ体勢では今の日本もありえないのと同じで中山家が居る以上天理教に未来はないでしょう。
日本の宗教詐欺師
・空海
・日蓮
・親鸞
・吉田兼倶
・平田篤胤
・出口なお
・出口王仁三郎
・池田大作
そして究極の極悪非道金銭毟り取り搾取の極み、
自分は人間の親神だと嘯き筆に記してしまった中山みき。それと神のごとく立ち振る舞った関根豊松。
某詰所2月25日26日の宿泊者数僅か14名。年々減る利用者。空室だらけの詰所。金食い虫のお荷物でしかない。風呂の相互利用だけでは微々たる節約。根本的解決を望む。まあ無理な話し。
2019年2月27日 1:21 PMの匿名 様
以前にも投稿しましたが、三代さんが在世当時、詰所の明かりが少ないと嘆いていたと、今は亡き母から聞きました。
そもそも、三島神社移転時に奈良県神社庁の偉いさんから、無理をされれば信者さんが減りますよ、と言われて、三代さんはそれでもかまわないと言ったと二部同窓生から聞きました。その発言の録音が残っているとも。
自業自得でしょうね。
大教会記念祭予算書
御礼
真柱様 100万
奥様 50万
大亮様 50万
若奥様 30万
随行長 30万
随行員 20万
随行員 20万
本部在籍者 100万
↑
この「本部在籍者」というのは、真柱はじめ随行員までの世話係などで本部から同行する、本部婦人・本部青年も含む人々だと耳にしました。
その本部在籍者へ、いわゆる「祝い振舞い」として渡す現金の総額が100万、という事なのだそうです。
新築で屋根から餅を撒いたり、結婚祝いで菓子まきをしたり、お祝いで紅白饅頭をご近所さんへ配る感覚で、天理教では本部在籍者「だけ」にお金をばら撒くのですね。
信者や部内からは搾取するばかりなのに…。
今月も東筋に沢山の大教会長「様」のお車が運転手付きでたいきしてましたねぇー。ほんと古い習慣の天理教。上の人は何様だと思っているのでしょうか。自分で運転している人を少しは見習いなさい。東筋は足の悪い人の乗降場にしなさい。でなきゃ、青年会がいくら頑張っても根本のところは変わりませんよ。真柱が病気なのですから、あなた方が得意な理造りで、歩きなさい。
インターネットの普及により、天理教の腐った実態はこれまでも多く暴かれてきましたが、
なぜかここ2~3年でさらになぜか加速したように腐った自体が次々と明るみになって行きますね。
個人的にあと20年は天理教は持つと思っておりましたが、案外落城はもっと早いかもしれませんな。
本部さん、完全崩壊する前に、愛町さんにでも運営を移譲したらどうでしょうか?笑
ここに投稿してる方って、全ての天理教の関係者・信者よりも天理教の事を深く考えていますよね。
そう思いません?
古川路弘さんのブログです。
https://ameblo.jp/hurugawanohotoride/entry-12442430073.html
本当に実現すれば今の私の抱えている問題は解消するかもしれない。
平成のみ世もあと2ケ月ですか・・・。お名残り惜しいですね。平成は「内たいらかに外なる」ということらしいですが、この年号は今上天皇にぴたりマッチしたものだったような気がします。国民を「おおみ宝」として、一人ひとり大切に思っていただいていたので、陛下がそうしていただくのなら、我々国民もお互いを大切にしあわなければならないと思いました。
「内平外成」 の反対は、「内憂外患」ですか。これは、名前を挙げて中国のことだ、とはとても言えませんが(←言うとるやないか!)、内政も外交も習金平さんのやり方ではうまくいかず、今や「四面楚歌」 の状態じゃないか・・・
次世代も日本がいい世でありますように。
教祖は「お尽くしは金」「金の繋ぎは命の繋ぎ」と言ってない。理、理等と述べているがこれは理じゃないのは誰しも知っていることでしょう。「理の違いは気の違い」と教祖が仰ったように、現在の天理狂と言われる天理教は気の違いと言う事になるのか。上層部を是とするなら同じく気の違いになる。信者層はお供え、寄付、献金を払わない抵抗をしていくのでしょう。
詰所における差別的例として、詰所から通学する場合大教会長子弟は無料利用できるが、部内教会長子弟は毎月3〜4万円支払うことになっている。大教会長子弟は自分の家みたいに振舞う。詰所を私物化してる。こんなことしていると金銭感覚が身に付かない。改善しろ!
私物化は大教会長に限らず、中山家とその血族が私物化してるから中山も血族も指摘できない。中山家と血族と一部大教会長が真柱身上のさなかにゴルフをしているとも情報は入ってます。体制改善を行うなら、中山教をはじめだした中山家とその血族を教団から追放すべきなんです。皆さんで道楽で享楽の中山家と血族と一部大教会長を見つけ出し糾弾して追放しましょう。
教祖が月日の社になられた瞬間から、既に中山一統の私物化になる運命にあったのかなと思います。
お筆先にも、「しんばしら」という箇所がまま散見出来ます。
—うちをふさめるしんばしら この歌の執筆時明治七年には、新治郎は九歳になり、出生前からしんばしらの真之亮と呼ばれて将来中山家の後継者となり、又道の中心となられる事に定めていた。そして新治郎様は早くからぢばへ来ていたが、一日も早くぢばに定住させたい、と急き込みになったのである。—-
最初から「中山教」なのですよ。まったく。。。。さっさとダッシュして逃げましょう。
匿名様
>—うちをふさめるしんばしら この歌の執筆時明治七年には、新治郎は九歳になり、出生前からしんばしらの真之亮と呼ばれて将来中山家の後継者となり、又道の中心となられる事に定めていた。
これは、二代真柱が中山家の末代安定を狙い、中山中心思想にする為、微妙に改ざんしている可能性があります。
中山家には、なにも宗教的に意味がありません。
その後、飯降であったり、上田であったりするのですが、飯降も上田も隅に追いやられています。
二代は本当にあくどい奴です。
まったく。。。。新治郎、正善、善衛、善司、中田善亮、大亮、山澤、深谷忠正、諸井慶一・・・・。
パウロとペテロのような悪質極まりない、タヌキのような顔した893よりも悪質な獣ですね。
あの色情の塊の正善実父新治郎に至っては、女性をレ〇プばかりしてたことも聞いたことがあります。
ゼンスケ、ダイスケもおんなじですね(笑)。
おふでさき、おさしづの故意悪質なる改ざん、教典、稿本教祖伝、稿本教祖伝逸話篇と言うのは全くの作り話で、でっち上げたものですね。
—教祖(おやさま)は、参拝人のない時は、お居間に一人でおいでになるのが常であった。そんな時は、よく、反故の紙の皺を伸ばしたり、御供(ごく)を入れる袋を折ったりなされていた。
お側の者が、「お一人で、お寂しゅうございましょう。」と、申し上げると、教祖(おやさま)は、
「こかんや秀司が来てくれるから、少しも寂しいことはないで。」
と、仰せられるのであった。
又、教祖(おやさま)がお居間に一人でおいでになるのに、時々、誰かとお話しになっているようなお声が、聞こえることもあった。
又、ある夜遅く、お側に仕える梶本ひさに、
「秀司やこかんが、遠方から帰って来たので、こんなに足がねまった。一つ、揉んでんか。」
と、仰せになったこともある。
又、ある時、味醂を召し上がっていたが、三杯お口にされて、
「正善、玉姫も、一しょに飲んでいるのや。」
と、仰せられたこともあった。—-
我々が日頃目にしている「おふでさき」には神名は出てきませんが、
おさしづに出てくる「天理王命」と言う神名は「転輪王命」ほかの神名を、正善が改ざんしたのでしょう。
我々は完全に騙されていた。
>詰所における差別的例として、詰所から通学する場合大教会長子弟は無料利用できるが、部内教会長子弟は毎月3〜4万円支払うことになっている。大教会長子弟は自分の家みたいに振舞う。詰所を私物化してる。こんなことしていると金銭感覚が身に付かない。改善しろ!<
どこまでも乞食ですね。あくまでも下に食べさせてもらう。うちの大教会後継者は詰所私室で深夜焼き肉を焼いて食べ、香しい匂いをプンプンさせてました。隣室に居た私はむっとしたが明らかに国産和牛の香りだった。同じ詰所には同様な青年たちも居るのに、わが身勝手な特権階級意識まる出しです。
だいたい人から貰ったお金でしょ。人のお金で好き勝手なものを食べたい時に食べる無神経さ。周りへの配慮も慎みもないこんな大人に育てた現大教会長夫婦も問題ありだ。感謝、慎み、助け合いなんてそっくり大教会一家にお返しします。
この後継者、月次祭にもほとんど出てこない。我々信者はほとんど顔を知らない。こんな人が次期大教会長か・・・
大教会長も三十代へと若返りが進んでいる。若い感性で変えるべきは変える改革をしてほしいが、生れた時からおかしな感性をすり込まれているから世襲なら無理か・・
>>だいたい人から貰ったお金でしょ。人のお金で好き勝手なものを食べたい時に食べる無神経さ。
>>周りへの配慮も慎みもない
これが天理教の本部員、大教会長、中堅どころの分教会長達、
いわゆるねずみ講的集金体制で食わせてもらっている
「お供え生活保護者」 達の腐りきった体質です。
ちなみにうちの大教会長は、毎月24日から26日までおぢばに帰っていましたが、
詰所の食堂の係として住み込んでいるご婦人に作ってもらっている食事に対して
「こんなものは食えねーからなぁァァ!!」
と怒鳴って突き返すことが日常茶飯事だったそうです。
国産和牛ならよかったんでしょうか…..。笑
またうちの大教会長が直轄の分教会の神殿落成奉告祭に出向いた時、
信者と同じ食事だったことに腹を立て
「おいおいおんなじもの食わされたぜェ 呆れたもんよ」とぼやいていたことが周りに漏れ伝わり
「おまえの存在の方が呆れられてるわ」 とみんなで陰で突っ込まれておりました。笑
またその息子(現大教会長)は、天理大学宗教学科(当時偏差値30台前半)に通っていましたが、
豪華な池のある会長宅から高級車で通っており、当然家賃も食費も無料、炊事洗濯は住み込み人任せ、
別火別鍋だと言って炊事本部の食事は食べず主に外食、
年中女性を連れ込んでいて、
周りには
「詰所はラブホじゃねーんだよ、外でやれ」
と突っ込まれておりました。笑
ほんとに腐ったやつが世襲で大教会長になれてしまうのです。
この時代に超々格差社会の差別を行う天理教……..。
なんなんでしょうか天理教って…..。
高山にくらしているもたにそこに くらしているもをなしたまひい(魂) 一三 45
の教えだったはずじゃないんですか?
真剣におたすけに励んでおられる末端の教会長さんや信者さん達が気の毒でなりません。
結局これまでの天理教団は、(救済もあったかもしれないが)
一部の権力者達が教祖の名前と威厳を利用し、
信仰に付け込んで人を経済的にも精神的にも支配し搾取してきたということなのかもしれません。
でももうこんなバカなことは続かないでしょう。
信者も世間ももう騙されないでしょう。
遠い将来、もしかしたら「天理市」という地名だけは残るのかもしれません。
未来のWikipediaより
天理市の地名は、江戸時代末期~平成頃にかけて やや栄えた新興宗教 天理教 に由来する。
>匿名 様の投稿内容
2019年3月1日 10:29 PM
>詰所における差別的例として、詰所から通学する場合大教会長子弟は無料利用できるが、
>部内教会長子弟は毎月3〜4万円支払うことになっている。大教会長子弟は自分の家みた
>いに振舞う。詰所を私物化してる。こんなことしていると金銭感覚が身に付かない。
>改善しろ!
罪名が違っていたらごめんなさい。これって、保護者(大教会長)の業務上横領罪ですよね。完全な脱税行為です。大教会長は個人として支払うべき対価を払っていないのですから。大教会長は〇〇大教会(法人)に対して損害を与えたのですから。会長以外の責任役員は代表役員(大教会長)に対して損害賠償を請求するべきです。最も、それができるような勇気のある責任役員は皆無だと思いますが。
30年ほど前に本部員が8000万円の追徴課税されていたのと同罪です。
天理教の人は、法人と個人との区別意識が欠如しているのです。特に、上層部の人に顕著です。
一般の会社でもありましたよ。社長個人の家の庭の手入れの代金を、自分が経営する会社の環境設備の維持管理の費用に乗せさせて業者に請求させていて、監査に引っかかって、慌てて5年間分を遡って払っていましたから。馬鹿な社長です。これって民法の108条の双方代理の禁に抵触するんですよ。
天理教なんて、諸全はこのような人の集まりに過ぎないのです。天理教の幹部連中は民法第108条を読め。
看護学生の教科書に 精神を病む状況の中に経済的困窮とありました。なんでもなければ お金に恵まれていると気持ちの余裕は持ちやすいでしょう。
わざわざ 親と言われる上級に尽くして 家族を泣かせ 自分は酒に逃げるって、、
信じて陽気暮らしと真反対の事に頑張っていたのかとア然とします。
バブルの頃 婦人会会費を株で損させたという噂を聞いた。噂だから真偽は分からない。決まった給料で生活する者がそう言う話を聞けば生活を慎ましやかにして つなぐ事が馬鹿馬鹿しく感じる。その場では合わせてひどいねえと言うが 自然と教会とは距離を置くようになる。
また婦人会の何かがあるらしいが、なんだか熱心にあれこれ言ってくれるのはいいが 、また株で損するみたいな事はしないという保証はあるのかと思ってしまう。
同じくバブルの頃 社会人になった娘が職場の仲間とゴルフに出かけるようになった。近所の熱心な天理教信徒がにおいがけついでに 親孝行もせず遊び歩いてと批判めいたことをよくいってくれていた。
その方の所属の教会をさかのぼっていくと、上の方達は昔からゴルフをされていることを最近ネットで知った。宗教団体の矛盾ですかね。
昔(?)教団の偉い方が何千万の脱税疑惑という話があったが 、宗教にのぼっていれば 国に税金納めるより 宗教団体第一と思って納税の義務を忘れる(あるいは知らない)こともあるのでしょう。
その熱心さ 狂信 盲信ゆえに組織に関係する者の中に 非課税世帯 年金未払い 年金免除の者がいても なんとも思わない 知らない事は知らないのでしょう。
無責任ですね。
こんにちは。
八島教学について、質問です。
八島先生はおつとめ第一節の「あしきをはろうてたすけたまへてんりわうのみこと」は教祖の教えではないとされております。
しかしながら、現行の教団本部では、ぢばの大祭・月次祭で「かぐらづとめ」の際、第一節からあります。
この、ぢばのかぐらで、そして本部や教会の朝夕の「すわり」づとめでつとめられる「あしきをはろうてたすけたまへてんりわうのみこと」第一節も、併せて朝夕の「すわり」づとめの第二節・第三節のおてふりも、正善か誰かが勝手に創作したのでしょうか?
なんだか「みかぐらうた」でさえも教祖がつくったものではないと思うように、ここ20年程思うようになってきました。
どなたか詳しくご教示頂けたら幸甚です。
3月2日2:39pmの匿名様
遠慮せずに実名を晒して下さったら良いのに!私も晒したいけれど、絶対にバレそうなのでやめておきます。私一人が批判ばかりしているのは皆が知っているから。全てお役ご免になったらまた考えますわ。毎回楽しみにしている、みゆきさんの四十行のひとりごと、だんだん迫真の言葉となってきていますね。他の奥さん達に感想を聞くと、難しくて意味がわからないそうです。上からのお達しは、真心という名目での金集めだから、わかりやすいので何も疑問を感じずに信者さんに声掛けしてますねえ、百万会員って!臍が茶を沸かすっての!
一般から教会に嫁に来ました。義父は普請の借金をまるで私達の仕事のように押し付けました。酒癖も悪く 子供も怒鳴り声で寝付けない時も 夫婦の心が治らないから夜泣きするいってんのトンチンカンな事を言うだけでした。いい人と思った主人も あの親に育てられただけあって経済力はなく 実家頼みの経済DV状態でした。こういう教会もあります。次の代には無人になると思います。
一般の嫁です。遠い親戚の厄介者扱いされていた方を教会だからと押し付けられました。 問題行動が多くお手上げ状態でも 親族の方は誰も相談に乗ってくれず 黙ってやれというだけでした。たまらず公的機関に天理教はおいといて こういう方がいると事実を述べると 無理な状況を理解していただき 解決の糸口を探してくれました。教会の中のことで悩んでいる時 別の視点の意見を聞くこともありかと思った出来事です。
https://www.youtube.com/watch?v=Qm9sCSPay6g
コメント欄を見たら、こんな投稿がありました。
「私は天理教の信者なんですけどこういうアピールなどして下さるのがすごく嬉しいですっ!2時にお参りするのは、真柱様がお亡くなりになられた時間だからです。」
2019年3月4日 3:11 PMの匿名 様
天理教は立教から僅か183年余。なのに教理についてこれほど真偽の議論があるのは何なのでしょうか。
中山狂とまで揶揄される程信頼を失ってしまった一因に真柱制度があるからでしょう。本来は本籍がおられるはずですが。
>八島先生はおつとめ第一節の「あしきをはろうてたすけたまへてんりわうのみこと」は
>教祖の教えではないとされております。
ここまでの内容を投稿されていますので、経緯はご存知かと想像しますが、私が持っている櫟本分署跡参考館が発行されている「みかぐらうた(復元版)解説付き」から抜粋したものを以下に書きます。
教祖御在世当時、唯一の印刷本みかぐらうたである。明治十四年己年5月「拾貮下り御勤之歌」と明治15年の教祖のかぐらつとめ改訂を基にして、教祖が教えた「みかぐらうた」を復元しました。とあります。
更に解説の一部を抜粋しますね。
教祖が教えて下さったおつとめに復元いたしますと、このようになります。とあり
教祖時代のおつとめは、よろづよから始まって十二下り、そして、かぐらつとめです。
よろづよから十二下りのておどりの部分で心を作って、かぐらつとめをする。だから、この順番になっていたのです。かぐらと言われる部分は「ちょとはなし」からはじまり「いちれつすましてかんろだい」です。
皆様のなじんでいる「あしきをはろうて たすけたまえ てんりおうのみこと」というつとめは、明治21年東京に神道天理教会本部が出来た時、朝夕のおつとめとして、本席の許しもなく作られたものであります。
神道天理教会本部が奈良に移転した後、東京で前川菊太郎の名前で出版された『御かぐら歌』に初めて載ったもので、教祖時代にはなかったのです。
教祖時代のみかぐらうたが、今まで整理されず、解り易く印刷されたことがなかったから、この度、出版することにいたしました。
(中略)
念のために申し添えますと、「天理王命」の神名は、明治21年東京の神道天理教会本部が、本席がおさしづで禁止しているのに、目標札(注:「めどうふだ」と読むのでしょうか)を発行しました。その時から使われるようになったのです。
立教165ねん(2002)10月26日発行
立教168ねん(2005)4月18日改訂
櫟本分署跡参考館
〒632-0004 天理市櫟本町3071
℡番号0743-65-4901
となっています。ご参考までに。
↑ 「本籍」は「本席」の誤りです。失礼しました。
いほり 様
動画紹介ありがとうございます。
>>2019年3月4日 6:16 PM
>>https://www.youtube.com/watch?v=Qm9sCSPay6g
元信者(修養科卒)の方二名のコメントに興味深くかつ共感できるものがあった。
いかに信者に金銭的負担をかけることが布教の妨げになっているかがよくわかる。
以下ご紹介↓
元信者A
いやはや懐かしい、私も天理教で修養に数十年前に三ヶ月行っていた、今は天理教辞めてるけどね(爆)結局は己次第ってのに気付き辞めたよ、陽気暮らしとか貧に陥り尚且つ他人に優しくは今の日本人には無理、正直独り身の私は己を守るので精一杯で天理教辞めた、祭典日の度々の御布施やら地場帰り費用も金銭集め大変だったらね
元信者B
自分も8年前に修養科、7年前に大教会の青年勤め、5年前に境内掛(途中で辞めた)を勤めさせてもらったけど 未だに天理教がいい宗教なのかどうかすら分からない。一応信者だけど今は信仰していない。 親もそこまで熱心ではなく、毎月の講社祭だけはね、形だけではあるけどそれなりの 信仰をしている。 俯瞰して見ると天理教も色々あるなあと考えさせられる。 不思議なもんで天理教を信仰していた時は「この教えが一番正しい。」と思い込んでたからねえw でも一番の宗教なんてないんだよね。結局は心の持ちようなんだよね。
東風Z様、おはようございます。
匿名2019年3月4日 3:11 PMです。
ご丁寧にご教示頂き誠に幸甚でございます。
我々がしている日々の朝夕の「すわりづとめ」と言うのも、やはり、勝手に作られたのだともあらためて認識しました。胸のつかえが「すっきり」取れました。
重ね重ね御礼申し上げます。
お手数をお掛けして申し訳ありませんでした。誠にありがとうございました。
>「悪しきを払うて 助けたまえ・・・」
「我が身かわいい」という人の欲を助長する、自分中心の思考の言葉にきこえます。
人助けを説きながら、自分の助けを一番に願う教えですね。
結局、教内には、特に教会どうし「互いに立てあい助け合う」という精神が一番欠落しているのです。
匿名様
>元信者A
いやはや懐かしい、私も天理教で修養に数十年前に三ヶ月行っていた、今は天理教辞めてるけどね(爆)結局は己次第ってのに気付き辞めたよ、陽気暮らしとか貧に陥り尚且つ他人に優しくは今の日本人には無理、正直独り身の私は己を守るので精一杯で天理教辞めた、祭典日の度々の御布施やら地場帰り費用も金銭集め大変だったらね
>元信者B
自分も8年前に修養科、7年前に大教会の青年勤め、5年前に境内掛(途中で辞めた)を勤めさせてもらったけど 未だに天理教がいい宗教なのかどうかすら分からない。一応信者だけど今は信仰していない。 親もそこまで熱心ではなく、毎月の講社祭だけはね、形だけではあるけどそれなりの 信仰をしている。 俯瞰して見ると天理教も色々あるなあと考えさせられる。 不思議なもんで天理教を信仰していた時は「この教えが一番正しい。」と思い込んでたからねえw でも一番の宗教なんてないんだよね。結局は心の持ちようなんだよね。
せっかく、おぢばに引き寄せられているのに、本部関係者、教会関係者が「よい匂い」をかけられずに、切れていくのですね。
本当に、どんな匂いをかけているのでしょうか。
元々、天理教には(特に本部には)「よい匂い」は存在しないのでしょうか。
天理教は末端の個人の布教師、教会長の資質と頑張りだけで成り立っているようですね。
2019年3月4日 3:11 PMの匿名 様
早朝からのご返礼有り難うございます。
大切な所を書き忘れましたので追記致します。
各下りの終わりに唱和される「なむてんりおうのみこと」も復元版では次のように書かれています。
よろづよ八首では、「南無転輪王よしよし」一度唱和。
一下りから十二下りでは、「南無転輪王よしよし」二度唱和。
かぐらのちょとはなしでは、「よしよし」と現行と同じです。
失礼しました。
数十年前ある大教会で税務調査が入り追徴課税を受けました。税金に対する意識の低さもさることながら、貰うことしか考えておらず他人に施すことなど皆無な人達。乞食の因縁など揶揄されている。今そこは金銭に窮している。自業自得である。頭の中は金のことしか無い。情け無いのひと言。
古い元教会長 様
2019年3月5日 8:03 AM
>せっかく、おぢばに引き寄せられているのに、本部関係者、教会関係者が「よい匂い」をかけられずに、切れていくのですね。
本当に、どんな匂いをかけているのでしょうか。
元々、天理教には(特に本部には)「よい匂い」は存在しないのでしょうか。
天理教は末端の個人の布教師、教会長の資質と頑張りだけで成り立っているようですね。<
天理教には(特に本部には)「よい匂い」など存在しません。吸い込めばたちまち死に至る、あるいは重篤な後遺症が残るサリンのような毒ガスが存在するだけです。ただの「臭いにおい」ではありません。化学兵器に使われるような毒ガスなので、触れるだけでも負傷するでしょう。くれぐれも気をつけなければなりません。
↑の動画見ました。
陽気は幸せの種 って言う垂れ幕が本通りにかかってますね。
おや様と我々を同列に扱い、貧に落ちきれ、落ち切らねば難渋助けられぬ。甘い辛いを体現しないとこの信仰の本当の味は分からない。不承不承の行いでは珍しい守護も不思議なお助けも頂けない、、、やっぱりご利益信心か、、、だから金との取り引きなのか、、、喜んで金を出すから珍しい助けに結びつくのか、、、何事も不承不承は駄目と言われて来たなあ、、、。今月の特別号の記事です。
しかし、凡人が教祖と同列に扱われ貧に落ち切らされてその日常に幸せの種の「陽気」が見いだせますか?
教祖は天啓者であり開祖。我々は極々普通の凡人。凡人を天啓者と同列に扱い、ひな型と呼んで同じ事を実行させようとする所に全くの無理がある。金品持たない貧乏暮しを至高の心得とし、喜んで金を差し出させる。本部の下心に気付く事無く、幸せを求める無垢な人々を熱狂的に巻き込んだ。
陽気は幸せの種、、、。貧乏は明るく陽気に乗り越えろ、水を飲めば水の味がする。そう思う事が幸せの種だと刷り込んだ。無垢な人々から当たり前の富を奪って甚大多数の人生を破滅に追いやった。
今の天理教に陽気の種など無い。熱心に信仰した結果としての高齢独身者多数。生活保護予備軍多数。精神的抑圧罹患者多数。経済的自立困難者多数、、彼らに陽気の種がありますか?彼らはこの状況を「陽気」に乗り越えたら明るい未来はありますか?
人の金で結婚式を挙げ、人の金でぬくぬく暮し、ちょっと出向いては30万もの大金を手に入れ、かつては人の金で女を買い、、人々の未来を託されただいすけ君、答えてよ。
だいすけ君、一回のお出かけで50万円貰ってますね!
正に弱肉強食ですね。
お供えについて、供えた人の『心』を神が受け取る。
『金』『物質』は人間が受け取る。
なるほど、上に立つ人間にはとても都合の良いものだ。
人類皆兄弟、高い低いも無い とうたいながら、親を立てろ という。
どんな親でも立てろ、立てろ、立てろ…立て切れ!
親とは木の上に立って見る と書く。
わざわざ立ててもらわなくても、自ら立てば良い。立てるように、立てられるようになれば良い。
立ててもろわないと立てない者は親なんかじゃない。
さらに『理』だの『順序』だの『伏せ込み』だの『不足』だの…
悪用されているように感じてしまう、他意を感じる、人を見てしまうのは、『信心』が足りないからだ!と抑圧する。
これが詐欺に当たらないのが宗教の恐ろしいところ。
教祖が身を隠してから何故、爆発的に信者が増え、何故近年人が離れていくのか
少しは教理から離れて考えないと二進も三進もいかなくなるよ!人の上に立つ方々!
所詮は国の法律の下での、国民を相手にした宗教活動なのだから
働くようぼく とかやってる場合ちゃうで!世間での働くと、お道のはたらく(側楽)を使い分けるなら、きっちり論理的に説明せーよ!
大事なとこだけ『いちめいいちにん』使うなよ
言うてることとやること違いすぎて失笑もんや!
関連動画に えらてんチャンネル が出てきましたね。人為的宗教である時点でマイナスとユーチューバーにも批判されている(笑)現在も利己主義中山とその血族の人為的教義と教団なのでやがてドンドン暴かれるんでしょうね(笑)
教団も遅ればせながらネットの活用を頑張っていたようだが、ユーチューバーは基本自分の信じる道を行くタイプ、収益も絡んでいるので、一教団と社会では多数の社会を取るので買収も無理
非常識な中山狂団がカンバンユーチューバーを立てても社会に相手にされない。なので教団がいくらネットを活用しようと思っても無意味と気がつけない教団ネット担当達(笑)どんなに頑張ってもカルトはカルトなんです(笑)
日本第二位の信者数を誇る「天理教」の闇
https://www.youtube.com/watch?v=pxgwsDOF-rY
いやいやいや…
えらてん氏のは全く批判になってないです。
むしろ良い宗教との宣伝&高評価です、えらてん氏の中では。
島田先生の天理教論もお粗末で残念でしたよ。
https://twitter.com/o_muthuki/status/1103140788479782912
主な感想をスクショ付きでツイートしましたので、どうぞ。
批判動画なら、たいゾーンさんのが批判らしいです。
https://youtu.be/a_LEXQ81nko
東風Z様、おはようございます。
匿名2019年3月4日 3:11 PMです。
東風Z様はじめ、心ある数人の方のご教示により、
なんだかずいぶんと久しぶりに、外は雨ふりなんですが、すがすがしい朝を迎えました。
私自身、矛盾とこじ付け都合の良い改ざんの教団教理の呪縛からやっと解き放されたようです。
誠にありがとうございました。
重ね重ね御礼申し上げます。
えらてん氏のYouTube見ました。
この隣にいる島田裕巳という宗教学者は執筆冊数は何冊かあるものの、
論文の論拠や出典もテキトーで、
宗教学者からエセ宗教学者として扱われてる人物です。
どうかご注意を!
<<<>>>
team 聞きデリ @kikiyadelivery · 2月25日
‼️天理市とコラボイベント開催決定‼️
✨新生活でのコミュニケーションを応援✨
【日時】3/21(祝)16:00~
【場所】天理駅南団体待合所
【内容】新生活でのお悩み相談(ディスカッション&個別相談)
“team聞きデリ”が
あなたの新生活を
サポートします‼︎
詳しくは
https://cofufun.com/event/4506/
大亮さん、リツィートということは賛意を示しているのだろう。
天理市とのコラボに関して「どうよ?」という感じがしてしまうのは大人すぎた受け止め方になるのかな。いや、やはりこれはまずいだろう。
天理教からの金が無ければ市政が回らない天理だから、それに市長自身が他の自治体であれば許されないであろうスキャンダルにもかかわらず再選してしまう市だからなのか、相談窓口の責任の所在が明かされなくては相談者のプライバシー保護も危ぶまれるのではないか。
第一、自治体の相談窓口には一般の人では無しに、一応、各方面の社会での実務経験者が相談にあたっているものだ。
天理教教会関係者として所属を表明して氏名を明らかにしたうえで窓口担当者として臨むのが最低限、求められるだろう。
つまり、相談者側が相談係を選ぶことができるように設定されることが必要になる。判りやすく言えば、病に悩む人が相談する場合、医療関係者に相談したいのか、病に伴う経済的困窮に関して話をしたいのか、或いはなぜ、自分はこんなに苦しい病を背負わねばならないのか占い・霊界に詳しい人に助けを求めるのか、等々、相談者のニーズにマッチした窓口を用意できなくてはまずいのではないだろうか。
聞きやをすることで学ぶのは聞かせて頂く側だろう。見ず知らずの人に愚痴を吐き出す、吐き出すだけでも楽になることは確かにある。
翻って天理教信者として、それも、人助けを目的にした聞きやであるのならば自分のできる範囲、できる事を明確にしたうえで聞かせて頂くためにも上記の断り書きを明示してほしい。
このイベントは天理市行政の方に問題が有るのかもしれない。行政として対応すべきことを無責任に民間にゆだねるという事は信じがたい。
天理市には市民相談窓口が機能していないのか?
それとも市長と教団との「なあなあ」関係がベースにあるから問題をきちんと仕訳できないのか。
天理市民はそんな事、どうでもいいという民度なのか?。そういえば近年の村八分事件も天理市が舞台だった。
上記の一行目<<<< >>>>> の中には「中山大亮さんがリツイート」が入ります。
なぜかコピペで範囲指定は正確にしているのに、な・ぜ・か 「中山大亮さんがリツイート」が省略されてしまいました。
島田氏は、オ・ム・・教を 宗教と言われた方でしたっけ?
どなたか ご存じのでしたら よろしくお願いいたします。
私も天理教(中山教)の矛盾というか、不条理というか、そういったものを見せつけられたことはありました。安易に、神のごりやくの「空手形」 を発行する会長さんにも会いました。神の「約束手形」 を買ったはいいが、結果的にそれが空手形だったと言った信者さんもいたのです。
皆さんは、ご自分が体験したそういったことを、他の人も合うことがないよう危険信号を発信しておられるようですが、私は「ほおっておこう」と思っています。この教えは誠がなかったらどうにもならない、と思うからです。誠がなかったら、その場を立ち去るのみです。悲しいですが、残念ですが、そうせざるをえません。
ここで論じられている内容は、宗教がテーマではありますが、宗教以前に、民主主義や基本的な人権、憲法が守られているかなどの根本的な問題に通じるようなことが多くあり、今現在日本が抱えてしまっている問題とも共通するように思いました。
気が付けば日本人はいいようにされ、骨抜きにされていたなんてことにならないように、チコちゃんじゃありませんが、ぼ~と生きないようにしなくてはと思います。
憲政記念館が解体されるって本当!?
https://www.youtube.com/watch?v=XlTfqBRfAdw
縦組織は既に崩壊している。横組織においても同じである。支部組織の崩壊が既に始まっている。支部長のなり手がいないのだ。誰もやりたがらない。無駄に時間を取られ束縛されるのを嫌うのだろうか。最終的に渋々渋長いや支部長を受けてくれ人がいたがギリギリのタイミングであった。その後その時期支部長が人事を決めるのだが、それも中々受け入れる人がいないのである。とりあえず名前だけ当てはめた感じの人事である。なんせ高齢者ばかりで若い人がいない。例会日は活気がない。みんな目が死んでいる。発言することもほとんどない。ただ上からの指令を流すだけ。支部組織の存在意義が問われている。毎月5千円前後の支部費も馬鹿にならない。滞納している教会もある。行事をやることが目的化して、何の為にやるのか考えていない。無駄な行事は止めるべきだ。教会はすべて支部に加入しなければならないのか。もう一度支部のあり方を考える時だ。
確かに支部費も馬鹿にならない。支部費が停滞していた教会があったが30数万円やっと払ったと言う。払えていたら停滞しない。払ったと言うより払わされたと言う事だろう。信者もいない教会には元手が無い。無理やりむしり取ったと言うべきか。
支部費の決算書など見たこともない。払わせるなら明細を周知させるべき。
最近世間では固定電話を廃止する傾向にあるが、教会も固定電話の維持費が馬鹿にならない。100パーセント携帯電話で事足りる。固定電話にかかってくるのはオレオレ詐欺とセールス電話くらいなものなんです。
そもそもうちはNTTラインを使ってないからNTTの電話帳に教会名が上がってこない。当然電話帳も配布されない。通信手段がNTTだけだったのはひと昔前の話で電話帳に教会名が上がってないのに固定電話を置いている意味を感じない。
うちのような貧乏教会は携帯番号を周知させておけば良いと思う。世間からも電話帳で探せない教会には当然連絡は来ないのだから無駄な経費は削減すれば良い。
当教会は知らない間に電話帳から名前が消えていたが、あれ?と思ったら近所の教会も消えていた。時代の流れを強く感じる昨今だ。通信世界が多様化している様に、われわれも固定観念に囚われず、多様化すれば良い時代が来ていると思う。
信仰姿勢に於いても然り。一名一人の信仰で良いのであり強制されることはサラサラ無い。教会の上納金も教会長の就労も多様化を許し、自己主張が意見として受け入れられる世界にしないと、若い教会長はついていけないと思う。
そもそも信者が居ないのに教会と言うのもおかしな事である。毎月支部費やら詰所維持費やら上納金やらと、集金活動が主である。こんなことでは、誰も継ごうとはしない。無人教会が増え近所からのクレームも増えいる。手入れされていない生い茂った庭木が隣家にかかっているとのこと。もはや陽気暮らしどころか、陰気なオーラを出している。陽気ぐらし講座どころではない。いい加減にしろ!
松村吉太郎 【教会倍化または強制倍化】の責任です。この責任は何方が取るのでしょうかね。松村家の子孫が取らないなら中山家に取っていただきましょう。
コメントを見ていると心が痛む
腐敗しかない国は滅びる のは世の常です。天理教と言う教団は、中山血族腐敗の温床に成っていたにもかかわらず今では教義に背き中山教団を隠さずにいる。お尽くしは金?、金のつなぎは命のつなぎ?
暴力団とは言わないが、暴論団中山が教団はおろか神をも侵すこの有様、実弟善亮は、各地で教団縮小とも言っているらしいが、教団縮小となるなら実質上個人負担は上がる程の危機的状況、しかし中山血族と上層部はゴルフをしている?この滑稽さは反面教師の教訓物語のよう。
3月10日の匿名様
かなり以前は固定電話があれば電話帳に掲載されていることが普通のことでした。
その後、電話帳掲載と、電話による電話番号案内での案内の許諾をそれぞれ選択できるようになりました。
また、固定電話がある教会の中には個人名でしか登録していない教会も有ります。
固定電話が少数派になりつつある現在、代わる検索機能としてグーグル地図などでの検索も多いと思います。
最近経験したばかりのことを紹介します。
ある霊園の近所に見つけた分教会の看板に書かれた名称が難しくて読めないと妹がいうのです。(墓参りの途中で見つけたそうです。)
早速、グーグルで霊園を基準に近辺の天理教教会を呼び出しましたが見つかりません。地図のスケールも最大にしても、他の天理教会は浮かび上がるのですが、その教会は存在しない結果になりました。
その後、上記の話とは関係ないことですが、知り合いの布教所の人が時報に紹介されていて、上級分教会名を知ることになりました。
教会が何処にあるのかとネット検索をしたところ、本当に偶然、その分教会が妹が見つけた難解名称の分教会そのものだという事が判明。
グーグルは時折、表札が画面から読めてしまいます。教会の看板もしっかりと読めました。
霊園近くの教会ということでの検索と、実際に教会名称を入力しての検索とこれほど結果が異なるとは、想像もしていませんでしたから驚かされました。
さて、その名称ですがいまだになんと読むのか判りません。
>実弟善亮は、各地で教団縮小とも言っているらしいが
んなこと言わずと知れたこと。事情教会90%!これがすべてを物語ってるでしょ。衰退期のカルト。神の摂理で自然と縮小していってるじゃないですか順調にw。
真柱の5年祭のお供えを強制徴収されている教会があると聞くが、当方の大教会では一年祭、五年祭共に徴収していない。これは各大教会が任意で集金しているのか?ならば途中で中間搾取されているのかもしれない。教会長さん、ご用心ください。要するに出すも出さないも自由と言う事です。今回は失礼します、とはっきり言いましょう。
婦人会費も大教会によって徴収金額は様々です。うちは一万円です。知り合いの教会は2万請求されるらしいです。
「他所は一万円だよ、どういうことか?」と大教会に正したそうだが、婦人会員名簿による(120人分)と言われたらしい。彼女は教会子女で実家の教会は現在会長不在、信者2、3人残っているのみ。30年以上前の120人分の会員名簿で今だに計算しているらしい。へえ?と彼女はびっくりしたらしいが、「1人160円で計算している。よろしく頼むと」悪そうに言われたそうだ。
それにしても30年で120人が2、3人に激減している現状。うちの教会も確かに100人以上の名簿が載っていました。顔も名前も知らない人達ばかりです、、生きているのか死んでいるのか、、それを知る由もない。いま、生き残り信者の方が4人のみです。
天理教はもう組織が硬直し過ぎて救いようがないです。消滅までは時間が解決するでしょうが、もうつける薬が無いようです、、
縮小するなら先ず本部員どもの腹からでしょう。
生まれ変わりの話は記述されているのは中山家の血筋だけではないか。
だから私は生まれ変わりは信じていない。魂がどこに行くのかはわからない。分からないことはそのまま「わからないこと」としておくのが一番合理的な対応だと考えている。
天理教教会で執り行われる「年祭」は仏教の法事にならっての考え方で、先祖供養の意味合いだから、私は全く尊重していない。
墓参りには周囲との調和(環境的+習俗的意味合い)を斟酌しての行動でしかない。春の彼岸の頃は広大な霊園を冷たい風が吹き抜け、墓参りを終えると翌日はぐったり。私にとっては体力消耗の行事だ。
家族が教会での年祭に当たった時は祖霊殿に進み出て拝をするわけだが、ただ儀礼的な行事だ。
前真柱の5年祭は本来、家族である現真柱をはじめとする中山家の私的行事であるのだから、経費は中山家から支出すべきで、5年祭に出席する人々が死亡してから5年もたった人へ金を包むということは普通無いことだ。せいぜい供える花を贈る程度だろう。
一般社会の法事を考えればわかることだ。会食をするのだって喪主が支払うものだ。5年祭に一律お供えを集めるという考え方は、何も真っ当な根拠は無い、本部にとって単なる集金の良い機会だと多くの人が感じているのももっともなことだ。
秋篠宮が天皇の代替わりの支出に関して、一部分、天皇家の予算から支出すべき項目があることを指摘したことが報道されていた。「金」は命のつなぎという意味は、それほどに金の使い方には考慮が必要なのだという事を指しているのだ。だから、秋篠宮の発言をならうまでもなく、支出する目的にあった財布から支払うべきなのだ。
一般家庭では、年度での予算とは別に、節目に伴う支出に関しては数年前から心がけて金を準備するものだ。勿論計画的な家計管理ができない人も存在するが、その結果、どこかに何がしかの「しわ寄せ」がいくものだ。大人としては恥ずかしい。
金の無い私の場合は潔く、法事も取りやめるという決断をしている。何しろ結婚披露宴のような無駄金を支出できるほどの貯えも無かったし、気前よく出してくれる親ではなかった(親に見識があった)からだ。勿論、大亮夫婦のように他人様のお陰で盛大な披露宴を4回も挙げるなんて・・・。
>>中山大亮 Twitter @daisukeke123 3月7日
>>「八つのほこりもわが心につけんばかりでなく、
>>人にもこのほこりをつけさゝん様にせにやなりません。」 これ忘れがち。 意識意識!
記念祭に呼ばれるだけで一日数十万も貰っていながらどの口で言っているんだか….。
その数十万を工面するだけでどれだけ多くの人たちの苦労があることか…….。
今更ほこりをつけさせないように意識するんですか 笑
なら「貧に落ちきれ」と説きながら、
花火にレーザーにベンツパレード、披露宴四回、
数十万もの御礼を貰うような悪しき慣習は廃止しろよ。
ほこりをつけさせないように意識するのなら、気に入らない信者をブロックしまくるかね?
せかっくTwitterは手軽にみんなの意見を聞くことができて、次期教団指導者として信者の苦しみをくみ取ることもできる素晴らしい絶好のツールなのに……。
だいたい信仰していて苦しいっていう人がこれだけ多いって異常だってわかんねーのかよ。
なにが意識意識だよ口だけ野郎が。
ほんとこいつ頭ん中お花畑だわ。
呆れてものが言えん。
↑の匿名様
よく言って下さいました。本当にその通りです。だいすけの軽い頭。言ってる事、している事、支離滅裂です。どの口が言ってるんだ!です。
今更ほこりをつけさせない様に、意識、意識!だなんて、自分がやって来た事、今してる事わかってるんでしょうか。自分に都合悪い人はブロック。少数意見に耳は貸しません!そう言ってるんです。
中山家は知識層や自分達よりも魅力的で力のある者を抹殺してきた結果が、天理教を隠れ蓑にした中山教の誕生と悪徳統領と御馬鹿な時期真柱候補、現真柱が身上になったのもその側近の性となんとも悲しい状態だなのでしょう
この教えは ‘拝み祈祷’ でいくのではない、と神様は言われましたが、おやさまご在世のころ、側近の人たちが護摩をたいたり他宗教の傘下に入ったりして、ものの見事に、親神が心配した通りの「拝み祈祷」の道そのものを走っていったという気がします。信者さんの中には、おやさまの言われている事(真実)を真剣に聞き取っていた人もいたようですが、たいていの人は、天理教をそこらへんにある「拝み屋」みたいな宗教のようにカン違いしてしまったのではなかったかと思います。またその方がよかったんでしょう。上の方の人(本部員など)にとってもその方が手っ取り早く金を儲けれるし、下の方(信者さん)にとっても、拝み料を出すことによって病気をなおしてもらったらもうそれでよかったんだと思います。
病気をなおすために拝んでもらったらそれでいいんで、例えば 「元の理」 なんて話はどうでもよかったんじゃないか・・
上も下もこんな所でカン違いをしてしまった。で、その結果が、お供えをたくさん出せばご利益も多くなる、とか、これは重症だからたくさんお供えをしなければならない、とかいった方向へ発展していったのではないでしょうか。
人生って、おおいなるカン違いや誤解や錯覚やウソで成り立っている気がします。そんなカン違いから産み出されるのは大量の粗大ゴミ。仇な徒労よ。でも、おやさまの言葉はゴミじゃない。私のゴミの山の人生の中で、やっぱりキラキラ輝いています。(私はその言葉を所有しているわけではないのですが)
最近、えらいてんちょうさんがyoutubeで天理教を取り上げましたが、コメント欄を見ると天理教に対する批判めいたコメントはほぼ皆無でした。
おかしいと思ったら、青年会委員長とつながってそうですね。
https://mobile.twitter.com/tenrikyo_s
天理教の機関紙等は、なむ天理王命ではなくなぜ南無天理王命と南無をひらがなで記述するのか。南無だと仏教を連想させるからか?神道の命と仏教の南無が共存すると都合が悪いのか。南無とは三宝に帰依するという意味。三宝とは仏・法・僧のこと。元は仏教的要素が強かったのか?
訂正 南無天理王命ではなく、なむ天理王命とひらがなで記述するのか。
開祖はもともと前川家の宗旨である浄土宗の熱心な信者で、結婚後も毎日朝晩仏壇の前に座って南無阿弥陀仏と唱えていたし、修行までしたことと無関係ではあるまい。
駒澤で仏教を学んだ先輩から渡された1冊の本。仏陀の言葉を集めたそれには天理教の八つのホコリの言わんとすることも含まれていました。
先輩が無言のうちに私に言いたかったことが感じられたものでした。最近の東京新聞の記事の中で発見し驚いたのはキリスト教聖書の日本語への翻訳の一例の中に、「空(くう)」が記述されていました。聖書で説かれている概念にも「空」が存在していたとは。
日本へ移植された当時の仏教は所謂、大乗仏教。原始仏教にまでさかのぼれば神の言葉を伝えた人たちの中には仏陀もキリストも教祖様もいたということでしょう。
現代に生きる我々が心の拠り所として宗教を持つことは悪い事ではありません。悪いのは宗教組織の中で、他者を利用して自分が「いいおもい」をしている奴らです。他者を自分のために働かせている奴らです。
天理教だけではなく巷には、霊感商法や、霊を道具だてにした宗教もどきが活動しています。その中にどれほどの真実が語られているのか、今は各人が自分の頭で考えるべき時代です。
3月17日号の天理時報にアメリカで演奏者となり音楽院で教授となった元淵さんが寄稿している。
天理教音楽研究会で幼いころから教えを受けていた学びの整った環境に対して、先生方に感謝している旨のものだ。
素直な内容だから一読して問題なしとしたいところだが、残念なことに底の浅い受け取り方に気がついてしまう。
天理教音楽研究会の素晴らしい環境下でレッスンを受けられる人は天理教内の特権的な家柄の子弟に限られていることは周知の事実。加えて資金の出所が信者のお供え金だという事実。一部の者のためにお供えが使われている、この事情に気が付かないのは天理出身、頭がお花畑の人の特徴か。
先生に対する感謝の言葉よりも先に、信者のお供えで今日が在ることに対する感謝の念が文面には見当たらない。まったく、ここにも高慢の種から産まれた天理人がいる。
喫茶去 様
2019年3月17日 6:10 PM
>南無とは三宝に帰依するという意味。三宝とは仏・法・僧のこと。元は仏教的要素が強かったのか?<
>訂正 南無天理王命ではなく、なむ天理王命とひらがなで記述するのか。<
おっしゃる通り、南無とは古代インドのサンスクリット語(梵語)で、「帰依する」という意味です。仏教では無条件に仏陀に帰依するという意味で使われていましたが、拡大解釈され三宝(仏・法・僧)に帰依するという意味で使われるようになりました。仏教の経典(お経)の南無(なむ・ナム)という表記は仏教が中国に伝来した折に、漢訳として便宜上使われたものであり、その意味合いはオリジナルとは変わりません。したがって、日本でも漢字で「南無」と表記しようが、ひらかなやカタカナで「なむ・ナム」と表記しようが表記上だけの問題でしかありません。仏教の南無阿弥陀仏とは、即ち、阿弥陀仏に帰依するという意味です。
天理教で唱える南無天理王命とは、仏教用語からパクった「まがい物」に他なりません。また、天理教の各種祭典で行われる「祭文奏上」や「献饌」等の儀式、あるいは「雅楽の演奏」等も日本から古来存在する神道の儀式や音楽をパクったものです。儀式(表面)だけを見れば、荘厳なありがたい宗教のような印象を受けますが、中身は「スッカラカン」の新興宗教(カルト)に他なりません。体裁や表面を繕い、多額の意味の無い「お供え」を善男善女から巻き上げる詐欺師と本質的に変わりません。いま流行の「アポ電詐欺」と同類です。くれぐれも騙されないように気をつけましょう。
記憶違いかもしれませんが、オリンピック飛び込み選手がいたのは元渕一家でしたか?
この一家は本部から飛び込み競技にも、また音楽教育にも特別の恩恵を受けています。仰る通り信者のお金でぬくぬく育てられた一家です。時報に記事が出るたびに苦々しく思って目をそらせますが。
彼らは信者の金で育てられた事を肝に命じてほしい。特権階級にような別世界の話を読まされても嫌な気分になるだけです。母親が子供達が一流になった事を「至福の喜び」と言って講演していたが、所詮は住む世界が違うことを思い知らされただけだった。本部も一部特権階級も一般信者を馬鹿にしていると思う。
下々の知らない所で、お供え金が一部特権階級の為に使われています。ですのでお供え金をストップしようと言う意見には大賛成です。額が少なくなれば使い道も慎重になるはずです。
崩壊 様
アポ電詐欺とは当意即妙ですね。もう、20年も前になりますが、60歳で定年退職した際に教会にお礼に行きました。親会長さんから最初に出た言葉は、ご苦労だったではなくて、何と「退職金が出ただろう」でした。
今思えば、アポ電詐欺の先駆けみたいなものですね。帰宅からほどなくして、慌てるように何がしかのお供えを持って行ったのですから、ったく、うかつでした。
2019年3月19日 7:55 PMの匿名 様
天候二部に行く際に会長から云われた言葉は今も忘れません。
勉強なんかどうでもよい。4年間苦労してこい。でした。教会常詰の子なんて人間じゃなかったんですね。
匿名様の投稿を見て、改めて実感です。
東風Z 様
2019年3月19日 8:51 PM
>アポ電詐欺とは当意即妙ですね。もう、20年も前になりますが、60歳で定年退職した際に教会にお礼に行きました。親会長さんから最初に出た言葉は、ご苦労だったではなくて、何と「退職金が出ただろう」でした。
今思えば、アポ電詐欺の先駆けみたいなものですね。帰宅からほどなくして、慌てるように何がしかのお供えを持って行ったのですから、ったく、うかつでした。<
きっと親会長は、社会に出て働いた経験が無く、働くことの苦労をご存知でないので、そういう非常識な言葉が無意識のうちに自然に出たのでしょう。労せずして「お供え」で生活しておられる方々にとって、「お金」とは、泉から自然に湧き出る、ただ同然の地下水にすぎないのかもしれませんね。ある意味、その親会長は、社会経験が乏しく世間の常識に疎い「人間として不幸な人」だと言えるでしょう。私が定年退職で雇用主から退職辞令を頂戴した際、雇用主から「長い間ご苦労様でした」という「ねぎらいの言葉」を頂戴しました。私自身、元勤務先に大した貢献をした自覚も認識も無いのですが、たとえ社交辞令にしろ、そうした「ねぎらいの言葉」はあってしかるべきものだと思います。親会長の発した言葉から察すれば、一番大事なのは信者からの「お供え」(お金)であり、極論かもしれませんが「天理教の信仰などどうでもよい」という感覚をお持ちであるとしか考えられませんね。まるで、生肉に群がるカラスやハイエナのような印象すら受けます。まさしく金のありそうな人を餌食にするアポ電詐欺の先駆けですね。
おやさまが貧に落ち切られたのは、「貧に落ち切らなければ、難儀なるものの味がわからん」 というご神託(しんたく)に従われたからでしたが、上記の、崩壊様の言われる「親会長さん」も、苦労をしていないので苦労をした者の気持ちがわからん、ということなんですね。実は、これは私にも当てはまるような気がします。今まで私は気楽に神殿に上り、気楽に参拝をしてきました。これはそこに神殿があったからできたことなのでしたが、この神殿は、土の中から突然ニョキッと生えてきたものではないです。皆さま方の多くの長いご苦労があって、初めて建ち、営々と維持されてきたものでした。このサイトで皆さまの長年にわたるご苦労を知ることができました。皆さまのご苦労に改めて謝意を表すとともに今なお多くの信者さん
うちの大教会長は父親が亡くなって始めて会った時に、こちらから生前色々とお世話になりました。と腰を折って挨拶したのに、立ったままで「あ、ああ〜」と言っただけでした。
末端教会の会長として自分達は質素倹約に努めて大金を上納し続けて来た。どれだけ彼らを食わせて来たかと思う。
「あ、ああ〜」が返事でした。寂しくなったね、の一言も無かったです。
世間知らずなのか、阿保なのか、、我々下々のお金で米国に留学までしたと言うのに彼の留学は猫に小判、豚に真珠。無駄金使いましたね。私達のお金だから何とも思わず浪費出来るんです。世間に通用しない幼児の様な感性です。
ボンボンの世襲だから悪気は無いのでしょうが、一般世間に通用しない様では世界助けで世界に出て幼児の感性で通用するとは思えません。
が、神殿に上って参拝をされ、互いにおさづけを取りつがれたりなどして信心されていますことを、告げさせてください。信者さんの中には皆さまのご苦労が解らないので、私同様気楽に参拝をされている方がいるかもしれませんが、皆様さまの長い間のご苦労や思いは、神殿という形をとって表れていて、今もなお信者さんを救うための下支えになっていると思います。
ぶたまん 様
2019年3月21日 5:03 PM
★☆★☆ 無財の七施 ★☆★☆
>この神殿は、土の中から突然ニョキッと生えてきたものではないです。皆さま方の多くの長いご苦労があって、初めて建ち、営々と維持されてきたものでした。このサイトで皆さまの長年にわたるご苦労を知ることができました。皆さまのご苦労に改めて謝意を表すとともに今なお多くの信者さんが、神殿に上って参拝をされ、互いにおさづけを取りつがれたりなどして信心されていますことを、告げさせてください。信者さんの中には皆さまのご苦労が解らないので、私同様気楽に参拝をされている方がいるかもしれませんが、皆様さまの長い間のご苦労や思いは、神殿という形をとって表れていて、今もなお信者さんを救うための下支えになっていると思います。<
仏教の教えの中に、「無財の七施」という教えがあります。極貧の生活の中にあって、たとえ金銭的に人を助ける余裕は全くない。あるいは、天理教のように「人たすけの為」という名目で建設したご立派な、意味の無い、無駄な神殿や施設等が無くても、人間には困っている人、難儀している人を助けることができるという教えです。天理教のご立派で意味の無い建築物等を造るために、一体、どれほど巨額の資金が信者さん達の「お供え」から「浪費」されてきたのでしょう。「おさづけを取り次ぐ為」「人たすけ」の為に、あれほど立派な建築物群が必要でしょうか? それらの建築物群を維持管理するために、どれほど多額の資金が毎年「浪費」されているのでしょうか。よく思案してみてください。
天台宗のホームページに「無財の七施」について解説されているページがありますので、ご参考までに下記に紹介させていただきます。
ichigu.net/pillar/service02.php
仏教では和顔施といって、笑顔を人に見せるのも仏様に布施をしたのを同じといいます。キリスト教だって「最も小さきものにしたのは私にしたのである」と聖書にあります。営利法人中山商店と化した天理教に献金するくらいなら、近所の幼稚園のバザーに行ってお金を使った方が、祖神様の御心にかないます。
全教一斉必見の動画が上げられていました
https://youtu.be/XXeivjyXRt8
この人も懲りないですねー
崩壊 様 ご丁寧なレスをありがとうございました。
>「おさづけを取り次ぐ為」「人たすけ」の為に、あれほど立派な建築物群が必要でしょうか? それらの建築物群を維持管理するために、どれほど多額の資金が毎年「浪費」されているのでしょうか。<
実際にお供えをされ、真実ご苦労の道を通って来られた方が言われていることですから、全体的に迫力もあり説得力もあるご文章だと思いました。実は、私もこれと同じ意見を持つ者です。飯降伊蔵さんがおやさまに、「お社をつくって納めたい」 と言われたことがりました。その時、おやさまは「社はいらぬ」と答えられました。伊蔵さんは最終的に一坪四方の
ものを建てて納められたようです。つまり、おやさまは神殿のようなものは望まれていなかったと言えます。
前言をひっくり返すようですが、私も、必要なものは心の誠であって、壮大な神殿は要らないと思います。ただ、私はあの時神殿を「象徴的」な意味を持たせて使いました。何の象徴かと言うと、「天理教の初期の基盤」 です。神殿と言う言葉を、初期の天理教の情熱に満ちた時の象徴として使わせていただきました.その基盤を造られたのは、皆様方やそのご先祖だと思ったのです。我々信仰の浅い者は、その基盤の上に座ってのほほんと参拝をしているのですが、皆さまに対する敬意と感謝の気持ちを抱かなくてはならないと思った次第です。(神は皆様のご努力を受け取っておられると思います)
天理教◯大教会のみなさん境内地の大木の落ち葉が大量に公道に散乱してますよ何とかして下さい。立派な神殿を建て、大木群を植えてもろくに手入れしなければ近所迷惑ですよ。大教会家族総出で毎日掃除して下さい。
「完全に躁状態だったとき、来る仕事、来る仕事をひたすら引き受けていた。
“ええ、できます。これもできます。あれもやれます”と言い続けて。自分が世界を征服していた気分だった。
でも次の瞬間には突然どさりと倒れ込んで、これまでにないほどの鬱状態に陥るの。
(デミは自身の双極性障害をおおっぴらにし、心の健康を推奨している。)
出典:うつ病や双極性障害など、心の病を克服した27人の海外セレブたちの言葉」
はいはいはいと這い上がれ
喜べ 勇んでかかれ 教理とからめて 心の病になる方製造していませんか。
よく働いて よく食べて 友と談笑し
快適な部屋でゆっくり十分休み 次の日をむかえる。
健康で 明るい心で毎日を過ごせるもとではないでしょうか。
猫や犬、動物たちの顔を見るだけで心から癒される。あー幸せ。きっと健康に絶大な効果をもたらしている。
ただ存在するだけで人を癒すことができる。
なんの見返りも求めない。
動物たちは神の化身だと思うなぁ….。
表統領、大亮、大教会長や上級の会長達の顔を思い出すだけで気持ちが悪くなる。
シンプルに体に悪い 笑
疫病神貧乏神ってところですかな…笑
あー今も思い出してもうた…..オゲーッ
中島みゆきの糸をを聞き惚れて。
前奏は皆様ご承知のようにかぐらづとめのイメージです。あの歌は真柱の結婚のお祝いの歌としてお供えされた曲であることを皆様ご承知ですか?
でも、私感ですが当時、真柱は「ささくれて」という歌詞におなじみになれなかったと感じます。今は完全にささくれてますけど。「糸」は真柱の結婚祝いに中島みゆきからプレゼントされた曲だと周辺の私の立場ではありますが周知していることです。
彼女は熱心な信者であります。私が検定講習受講したときは隣のくらすでしたよ。今「糸」は日本の代表的な魂の唄と思います。あれを放棄したやつの心意気が分かりません。せっっかくあなたのために捧げた魂の唄であるのに。 残念ですわ、
中島みゆきは棄教しました。
中島みゆきさんは棄教なさったのに天理時報への連載をお受けになられているのですか?
中島みゆきさんは、天理教という枠の中に存在しているのではなくて、あの方の中に神が存在しているのです。
今学生生徒修養会なんですか、高校生とおぼしき学生さんが多数天理にやって来ております。
大昔し、私メもこれ参加したことがありましたが、当時の先生方の話しを聞いた感想は、「何とまあ、意味不明の、ワケの解らない話をする人達なんだろう」というものでした。
何千人と言う人を集めても、人々の胸に残るような話をしなければ何の意味もありません。人を集めることがいいのではないでしょう。たくさんの人を集めることに力を注ぐより、逆に一人一人を大切に育てるようにして下さい。といようなことを、天命庵の大徳寺さんが言っておられました。
匿名
2019年3月28日 12:58 AM
中島みゆきさんは棄教なさったのに天理時報への連載をお受けになられているのですか?
>天理関係の著名人の筆頭である「中島みゆき」さんですからね・・・
そりゃもう教団本部にとっちゃ絶対に逃したくない存在であるわけですよ。
なので、そりゃもう、いわゆる。V I P 待遇でおもてなししてるんじゃないでしょうか?
まあ、中島みゆきぐらいになればお金は腐るほど持っているでしょうからお金以外の最高の接待はやっているんじゃないでしょうか? (土下座レベルで依頼してそう・・・)
ハッピ、おつとめ着等時代に合わせて変えた方がいいのではないか。黒づくめの衣装などただ陰気臭い。着物など着るのも大変だし。もっと動きやすくてデザインも現代風したらいいのに。
そもそも、天理教って何の為にあるの?
匿名さま。
>そもそも、天理教って何の為にあるの?
特権階級の人が楽しく暮らせる為にある。
戦争法案反対派の間で話題になったドラマのセリフ。
『女王の教室』 阿久津真矢(天海祐希)セリフの「日本という国は」を「天理教は」に変えたらピタッと当てはまった。
<いい加減、目覚めなさい>
天理教という宗教は、そういう特権階級の人が楽しく暮らせるように、あなたたち信者が「ひのきしん」でタダで働き、高額のお供えを払うことで成り立っているんです。
知ってる? 特権階級の人があなたたちに何を望んでいるか。
今のままずーっと愚かでいてくれればいい、本当の教理や天理教の組織の仕組みや不公平なんかに気付かず、テレビや漫画でもボーっと見てなにも考えず、教会に入れば、上級会長の言うことをおとなしく聞いて、もし戦争が始まったら、真っ先に危険なところへ行ってくれればいいの。
古い教会長さま、ご返答ありがとうございます。
「特権階級の人達が楽しく暮らせる為にある」
本当にその通りで、信じた者は「貧すれば鈍する」の生き方を忠実に実践していて滑稽です。
末端です。本当に、信仰からお金の関係を排除したいです。上級が来るのはお礼を貰うため、部内が上級へ行くのはお供え金を持っていくため。この関係に違和感を持ち続けて半世紀が過ぎました。
昨今、これが神の名を借りた犯罪にも近い行為であった事として、はっきりと認識しました。特権階級を養う為に飲まず食わずで私達一家が納めたお金は、神への献金では無かった。太った豚たちの享楽の為だった。カラーテレビが珍しかった時代に私達は穴の空いた靴で我慢させられ、上々級はカラーテレビを見ていた。
子供だった彼らは傲慢に育ち、会長となり、異を唱えたならば「理の親だ。黙って聞け。こちらの都合が優先だ。何言ってる。わかってるだろう!」と言い放つ。
これが信仰であるはずがない。特権階級の思惑にまんまとはめられ、神の名の元に脅迫観念を植え付けられ、まんまと豚のために大切なものを差し出して人生を棒に振る。
そんな彼らに明るい未来があるはずもなく、哀れな晩年の生き様を見せている。人としての最低の善悪の判断も良心さえも無い、頭の悪い可哀想な人達の末期の姿です。それに引き換え、入る物も無く自前での教会運営のため、意を決して上納金をストップしている今の私達家族のささやかながらも何と幸せな事!!泣かしたら泣かされる。泣かされた者はいつか笑う時が来るのです。これが天の理です。
人を泣かしてはいけない。上納金を止めてもいい。自主自立で一生懸命生きる事。神はその姿にこそ味方してくれるのであり、この事は身をもって実体験しているので断言したいと思います。
一部の豚を太らせる為に貧に落ちる必要など無い。みんな平等に今日よりも明日と当たり前の幸せをつかみましょう。それが神の望む姿なのですから。
匿名様
>入る物も無く自前での教会運営のため、意を決して上納金をストップしている今の私達家族のささやかながらも何と幸せな事!!泣かしたら泣かされる。泣かされた者はいつか笑う時が来るのです。これが天の理です。
全く同感です。強い意志を持って上納金をストップしましょう。事情教会が増え、会長不在の教会が増え、会費も払えない教会も増えている中、教会を預かってくれているだけで有難たいと思っているハズです。
何といっても、強い意志が必要です。
自分と家族を大切にして、守ってあげて下さい。
2019年4月1日 12:54 AMの匿名 様
よく決断されました。一にも二にも良かったですねと申し上げます。
いろいろな圧力がかかることが予想されます。あの郡山大教会長さん始め、多くの大教会長さんが更迭されました。本部は何を言ってくるか分かりません。平気で人を切ります。まるで、蛙をにらむ蛇のようなものです。
上を見ず、どうか御家族はじめ信者さんを大切にお通り下さい。固い団結があれば、上が何を言ってきても跳ね返すことが出来ることでしょう。
お尋ねします。
新年度よりまた支部費が値上がりし、今後も上がる事はあっても下がる事は無いと思っています。会計報告も一切無し。教会が支部脱退するとすれば何か不都合があるでしょうか?可能でしょうか?
支部に所属するのは義務でしょうか?横の繋がりでは会う度に気まずくはなるでしょうが。
渋々払う渋費は最低限でいいはず。支部に加入している教会が少なくなると値上げしなくててはならない。教会はどこも金銭的に厳しいので。支部行事も何をやるべきか選択すべき。意味のない事をやっている。支部費の大半は教区に上納されているので、教区制度も変革が必要である。会計報告は出している支部もあるので、会計報告を作るよう要望してみてはどうかと。支部費を払ってない教会もあるが特に咎めも無いので、払うのを止めることもありかと。
匿名様
支部を脱退というのは無理ですが、支部の行事や寄り合いに不参加という選択肢はあります。会費は納入困難教会ということになれば、払わなくても良いです。
支部の他の教会とは別に気まずくはならないと思います。
強い意志を持って、自分で考えて、自分の責任で行動して下さい。
古い元教会長様
ありがとうございました。脱退は無理なのですか。支部費を数十万ためた教会が泣く泣く支払ったと言う話をきいたので、あの手この手で払わしたのだと思います。組織に組み込まれると怖いですね。
各種行事には出来るだけ出向かない様にはしています。ありがとうございました。
匿名様
支部費の大半が教区に上納されているのですか。知りませんでした。教区長の手当てなどにも使われているのかもですね。上が潤う事ばかりです。
会計報告は払う者としては見る権利が有ります。ありがとうございました。
匿名様
支部費の内2,000円は喜納金として教区に上納されるのではないかと。
教区長は任命・建築等の視察の度に御礼を2万円もらえます。この御礼は支部費とは別で当該教会が支払います。年間幾らもらうんでしょうかね。視察など要らないと思うけど。
「みちのとも」4月号にまたまた「告」!
告
法人の所在地 練馬区
法人名 宗教法人天理教〇〇〇分教会
代表役員名 ☆☆ ▽▽
責任役員名 ☆☆ ◆◆子
責任役員名 ☆☆ ◇◇
右法人は、今般、宗教法人天理教から離脱し、・・・・中略
・・・・詰所を利用する利益など一切を喪失したのでこの旨公告する。
平成31年2月22日
宗教法人天理教代表役員 中田善亮
関係者の皆さま、御疲れさまでした。
同じく4月号にはおさづけの理拝戴が27件。(2月分統計による)
真柱復活なのか。
いつもこの離脱の 告 を見て思うのですが、何と本部は無慈悲で冷徹で残酷なのでしょうか。
書類上被包括法人を解消するというだけで、一信者に戻ることも許さないんですね。
天理教団の姿勢として、歯向かうものは即抹殺ということなんですね。
人をたすける、せかいをたすけると自称する教団が、みみっちい教規をタテに イジメ ですか。
いや イジメ よりも酷い 魂の殺人 とでも表現させてください。
そもそも教団本部そのものだって 応法の理 で教えを広めやすいようにと人間試案や妥協で始まったものですよね。
それをなにを勘違いしているのか、虫けらのように邪魔ものは排除断絶をする……。
これでは人が離れていくわけです。
きっと離脱に至るまでにこの離脱した教会の方々は、悩みに悩んだことでしょう。
心中を察すると何と申しあげてよいやら…..。
この末端教会やそこに所属する信者さん達が、
どれだけ先祖代々大教会や上級、そして教団に尽くしてきたか本部はわかっているのでしょうか?
感謝も慎みも助け合いも一切感じられない無慈悲な輩の集団ですよ本部は。
情けない………。
こんな断罪をいとも簡単に行う教団本部の本音は、
「信者の支配と搾取=奴隷化」が目的だと自ら叫んでいるようなものですね。
さあ末端教会のみなさん、こんな教祖の教えに反した組織からはどんどん離脱していきましょう!!
匿名 様
2019年4月6日 10:23 PM
>さあ末端教会のみなさん、こんな教祖の教えに反した組織からはどんどん離脱していきましょう!!<
教会本部からの離脱は、天理教豊文教会が最高裁まで係争し勝訴された勇気ある行動により、非常に簡便になり、簡単な事務手続きだけで離脱できるようです。事実、離脱している教会がチラホラと出ています。桜の花が満開になるように、本部から離脱する教会で世の中が一気に満開になるはずです。感謝も慎みも助けあいの微塵も無い教会本部が、完全崩壊する日は近いでしょう。
支部の会費の中に 支部の研修旅行のような事の積み立てをしていたところがありました。暮らしを慎ましくして 御供えをと言い、教会は慎ましく暮らしていると見せて 、支部名目の旅行を 気心の知れた者達で行く。
言ってる事とする事の矛盾に苦しむ。
熱心な信仰のため自分達が贅沢できないのを 信徒にも強要するのはいかがなものかと考える。
そうした負の感情で他人を振り回した結果が今の現状である。
同じく「みちのとも4月号」の「一れつ会寄付者芳名」に12月分「親里」に巨額の寄付金が掲載されている。
●三千二百五十六万六千(円だろうね) 中山大亮 ー 長女誕生
女子誕生に寄せられたお祝い金から寄付された額が上記の額だ。
全国からのお祝い金は私の想像を遥かに超えた巨額なものだった。
心からの誕生祝いも含まれているとは思うが、割り当てのように額を決められての支出金も有ったろう。
恨みのこもったお祝い金だから懐に入れてしまったら悪い因縁?も貰ってしまいそう・・・そりゃあそうだよね。
天理教得意のロジックを後継者としては無視できないだろうね。
だったら、何故、最初から「長女誕生に際しての祝いは一切辞退します。」と「告」らなかったのかなぁ。
女子誕生は、未来の真柱でもなんでもない、はっきり言って個人的なことだろう。だから親戚、友人以外からの祝いは後継者である父への「忖度」以外の何物でもないだろう。
日々の生活の中で思わぬ出費を強いられたと感じる人々もいただろう。
何より、普通の社会感覚であれば「貰いっぱなし」はあり得ない。
今回、大亮夫妻へ祝い金を寄せた方々のご芳名は控えているだろうから、お返しなり、又はその方々の身内で後日子供誕生の際には大亮夫妻から誕生祝いを贈るのが社会人としてのふるまいのはず。
子供一人の誕生祝いがこのような巨額なことから推測すると、結婚祝いの額は!!!だったろうね。
社会通念上の祝い金の額を超えるとその筋からのお尋ねが来る可能性を恐れての寄付行為だったのかとも思えてしまう。
>今回、大亮夫妻へ祝い金を寄せた方々のご芳名は控えているだろうから、お返しなり、又はその方々の身内で後日子供誕生の際には大亮夫妻から誕生祝いを贈るのが社会人としてのふるまいのはず。
芳名は全て控えていないでしょう。直属が集めて直属の名前か、大教会長の名前でお祝いをしているので、一人一人の名前までは書いていないと思います。
直属にとっては、お祝いと言いながらお金を集める名目になっているのです。返って祝い太りする直属もあるかも知れません。
>返って祝い太りする直属もあるかも知れません。
それは、いくら集まって、いくら持って行ったという報告は、直属から一切ありませんので。
こういう地位の人のお祝いは、せいぜい記帳に留めるべきではないですか。おカネを出す人は親戚縁者と平素の顔見知りの人に限られるべきですね。本部はそれくらいのこと心得るべきです。
教会の通常の在り方から考えると、大教会長が自分の財布から数十万円を出せるわけがないはずでしょう。
集めるだけ集めて、寄付をして、いい格好をしているつもりなんです。
天理教を辞めることを何と言うのでしょうか、「脱天(だってん)」 と言うと「脱北」 を連想してしまいますね、んでもって、短縮形を使わないことにしますが、先日、教会をやめられた人の記事がここに書かれていて、それによると、本部からその方に対する「告」という ‘おふれ書き’ が出たようなのですが、その内容は「詰所など使わさない」というようなものでした。これは「告」 といより「酷」 というもんですね。長年お勤めいただいたことに対して、ねぎらいの言葉一つかけないのは、どうか。せめて人肌(ひとはだ)の温かみぐらいのある言葉を聞きたかったです。これじゃまるで犯罪者に告知するようなものではありませんか?本部は自らを天の最高裁判所の長官とカン違いしているのではありませんか?
「オレに逆らったら、この先どうなるかわからんぞ」 と言って、おどしているようにも見えます。天理教をやめることによって、罰をくらうかくらわないか、は神様が判断なさることで、人間が判定できるものではないハズですが・・
おふでさき号外に、<しんじつにかみのうけとるものだねは いつになりても腐るめはなし>というのがありまして、この、やめられた方は、罰せられるどころか、伏せ込まれた真実が神様に認められてその果報を受け取られるかもしれません。
要は、教団がどうであれ、個人個人が積み上げた徳分は、神様がちゃんと保管して下さっていて、最もいいタイミングの時に、最も効果的な方法でお返しいただけるんじゃないかと思います。(ちょっと下品な考え方ですが・・)
ぶたまん 様
2019年4月10日 10:42 AM
>やめられた方は、罰せられるどころか、伏せ込まれた真実が神様に認められてその果報を受け取られるかもしれません。
要は、教団がどうであれ、個人個人が積み上げた徳分は、神様がちゃんと保管して下さっていて、最もいいタイミングの時に、最も効果的な方法でお返しいただけるんじゃないかと思います。(ちょっと下品な考え方ですが・・)<
私は、天理教をやめられたのではなく、「偽物の天理教」をやめられたのではないかと思います。おそらく「真の天理教」の信仰を始められたのでしょう。宿泊料以外に法外な「お供え」までして、わざわざ詰所に宿泊しなくても、天理市近辺には、お手頃な宿泊料で快適に宿泊できるビジネスホテルやスーパー銭湯があるので全く不自由することはないと思います。
>天理市近辺には、お手頃な宿泊料で快適に宿泊できるビジネスホテルやスーパー銭湯があるので
ってことは、罰を与えていることにはならないんですね。
それにしても、「やめます」 と言うと、「じゃ、詰所を使うな」とくるなんて、神さまはそんなに小さい存在ではないと思いますがねぇ~、やっぱり「偽物の」神様なんですかね
>いつもこの離脱の 告 を見て思うのですが、何と本部は無慈悲で冷徹で残酷なのでしょうか。
一応、「告」を出された者として述べさせて頂きますと・・・。
本部から「告」は法律や規則で考えるなら当然の内容だと言えます。
会社を辞めた人間は、社員としての立場を失いますし、会社の施設を利用したり出入りすることは出来ません。(一般の会社と宗教は違うという意見もあるかもしれませんが。)
会社を辞めても大抵は、元の会社の人達と友人付き合いなどは出来るのですが、天理教の場合は本部が「告」を出すと、大教会を始め末端の信者までが命令や指示も無いのに「離脱教会とは縁を切らなければならない」と思い込んで実際に交流を断ってしまうことです。
中には親戚付き合いまで経たれてしまった離脱教会もあります。
教祖の教えをどう解釈しているのか、全く分かりません。。。
最早、本物の転輪教には戻れまい。何もかも吐き捨てて、全くの無一文から出直す勇気があるや。
親神・教祖を山車にしてどこまで嘘をつきとおせるか。後世の人はシッカリと見届けるべし。
現状では、教えが生きていない事だけは確かだ。ましてや、その教えすら明かされていないようでは世も末です。
申し訳ありませんが、「天理教公式機関ではありません」という文言は削除してください。だれも公式機関だとは思っておりませんので。
ここは教祖の教えを知らない人々の集まりかとお察しもうしあげます。
通りすがり
2019年4月11日 4:37 PM
>ここは教祖の教えを知らない人々の集まりかとお察しもうしあげます。<
そのように思われるのは、あなたご自身のご自由ですが、そのように思われる根拠と、あなたご自身が「天理教教祖の教え」として理解されていることを要約してご説明いただけないでしょうか?
通りすがり様
>ここは教祖の教えを知らない人々の集まりかとお察しもうしあげます。
教祖の教えを本当に知って、真実の信仰をしている人々の集まっている所を知っておられたら、お知らせ下さい。
永年、信仰していますが残念ながら、まだ巡り合っていませんので、宜しくお願い致します。
某大教会役員会議における大教会長の話
「土地を売ってでも大教会に尽くしなさい、さもなければ身上に現れますよ」とのたまったとのこと。役員呆れて激怒していたらしい。もう役員辞めてもいいと。本当呆れる。先ずは大教会の土地を処分すべきだ。余程金に困っているのだろう。終わったなこの大教会。自浄作用全く無し。そういえば月次祭もガラガラだよな。
通りすがり 様
2019年4月11日 4:37 PM
>ここは教祖の教えを知らない人々の集まりかとお察しもうしあげます。<
仰る通りです。誰一人として、教祖のまことの教えを知っている人は居ないんです。本部は知らそうともしないし、教団内部の方々は本部の仕返しを恐れて本当のことが言えないだけです。
天理大学宗教学科を卒業した教会長の子弟でも、史料集成部には入室出来ないのですから。何を隠しているのでしょうね。あなたがこの欄で、何故なのかを明確にお答えください。
そうすれば、今のような暗がりの中にいるような、うっとうしさ極まりない天理教から、明るく輝く天理教になるでしょう。
信者さんに対してバカモンというような上級教会長が居る限り、未来はありません。
生まれた時から73年間天理教に付き合ってきた者の発言です。
信仰以前の問題として、そもそも「社会学」の定義をなさったらどうかと思います。
「社会学」の意味が分かっておられないように思います。
「社会学」ではなく、ここは「斜怪学」が相応しい文字かとご提案申し上げます。
通りすがり 2019年4月11日 10:25 PM さんへ
本日4月11日に 通りすがり とのHNで書き込まれましたが、
以前書き込まれていた 通りすがり さんと同一人物ですか?
>>ここは教祖の教えを知らない人々の集まりかとお察しもうしあげます。
と仰るなら、あなたは教祖の教えを誰よりも知っているということですね?
あなたが教祖の教えの何をどう知っていて、
それに比べてここに集う人々は何を知らないのか、是非ご指導よろしくお願いします。
論点ずらして逃げるのは無しですよ。
通りすがり 様
2019年4月11日 10:25 PM
>「社会学」の意味が分かっておられないように思います。
「社会学」ではなく、ここは「斜怪学」が相応しい文字かとご提案申し上げます。<
「社会学」とは学問の一領域だと理解しておりますが、「社会学」の意味をよくご存知のようなので、「社会学」とはいかなる学門か、また、この掲示板の内容とどのように乖離しているのかご教示願えませんか? また、「斜怪学」とおっしゃる具体的な根拠についてもご教示願えませんか? 私のように「聡明」で無いものにとって、極めて抽象的な表現は理解しかねます。よろしくお願いいたします。
匿名 様
2019年4月11日 6:19 PM
>某大教会役員会議における大教会長の話
「土地を売ってでも大教会に尽くしなさい、さもなければ身上に現れますよ」とのたまったとのこと。役員呆れて激怒していたらしい。もう役員辞めてもいいと。本当呆れる。先ずは大教会の土地を処分すべきだ。余程金に困っているのだろう。終わったなこの大教会。自浄作用全く無し。そういえば月次祭もガラガラだよな。<
天理教のお家芸である「心理的恫喝」ですね。明らかな犯罪発言だと思います。ダイスケ坊ちゃんの父上の発言と同種のものです。悲しいかな金集めのためなら手段を選ばない体質は天理教に染みついてしまっています。
通りすがり 様
人は正常性バイアスに陥りやすいのです。私も一時、熱心な天理教信者であった叔母の説得にダメの教えだと思い込んだ時期があったのです。
現行天理教に疑問を持ったきっかけは、天高二部の同窓生の発言でした。それは、天理教じゃなくて中山教だとの発言でした。
以来、いろいろな本を読み始めました。中でも、早川和廣氏著・天理教 その腐敗と悲劇及び芹澤光治良氏著・死の扉の前で、の2冊は衝撃的でした。教祖百年祭前年の正月の詰所における大教会長の首つり自殺事件の衝撃は未だに消えることがありません。どこまでが本当のことを書かれているのかは分かりませんでしたが、宗教にあるまじき内容だったことは確かです。
本部の代表役員が、奈良県内の有名ゴルフクラブの役員だなんて、一体、宗教と何の関係があるのと言いたいです。
正常性バイアスに陥ってしまうと、周囲のことが見えなくなってしまうのです。東北地震のことを引き合いに出すのは申し訳ないのですが、多くの方がこの正常性バイアスに陥ってしまわれたのではないかと思っているんです。自分は絶対に安全なのだという思い込みです。
通りすがり様、一度、上記の2冊の本をお読みになられては如何ですか。購入されなくても公立図書館へ問い合わされれば定本としてあるかどうかが分かりますから。これすら排除されるのであれば、あなたは完全に正常性バイアスに陥っておられると判断します。
通りすがりさん。
当方の初代会長の姪が布教所をしておりました。教祖100年祭の折、「教会になれ」との上級教会からのお達しで、反対する家族をよそに上級教会からの責めの狭間で悩み抜き、最終的に自宅の納屋で自死致しました。
教祖を慕い、ごく当たり前の信仰生活をしていた普通の主婦が自死に追い込まれた現実です。
現教団の犯罪的精神構造と教祖の教えに無いあってはならない上下組織にどれだけの人間が悶え苦しんだかと言う事をあなたは知らないのですね。
現組織の面と裏の顔の二重構造がどう言うものであるか、よく勉強してからご発言されたらと思います。
「早川和廣氏著・天理教 その腐敗と悲劇」 「芹澤光治良氏著・死の扉の前で」その他に「八島英雄著 中山みき研究ノート」などあります。…が、いずれも内容に明らかな誤りがあります。中山みき研究ノートに至っては、原資料の改竄を行って引用していますので、悪意のある扇動文書である事は明白です。(あらきとうりょう149号参照) 上記三冊は検証済で、残念ながらまじめに取り上げるレベルの著書ではありません。
社会学が学問として認知されたのは、日本では戦後の事です。人文科学全般について言える事は、学問の基本である実証性が担保されない事です。人文科学の中でも、社会学は最も危うい学問として、いつまでも認められなかったという経緯があります。ですから、社会学を冠する場合は、多くの条件を満たさなければならないのです。残念ながら、このサイトは一つも条件を満たしてはいません。
通りすがり 2019年4月12日 10:46 AM
「早川和廣氏著・天理教 その腐敗と悲劇」 「芹澤光治良氏著・死の扉の前で」その他に「八島英雄著 中山みき研究ノート」などあります。…が、いずれも内容に明らかな誤りがあります。
中山みき研究ノートに至っては、原資料の改竄を行って引用していますので、悪意のある扇動文書である事は明白です。
(あらきとうりょう149号参照) 上記三冊は検証済で、残念ながらまじめに取り上げるレベルの著書ではありません。
↑↑↑ e———ッ? そだな事、恥ずかしげもなく書いている「通りすがり」様は大丈夫?
上記のうち2冊は私もしっかり読んでますよ。上記以外にも長年にわたって作家活動をされていた芹澤先生の著書は私が高校生の頃からだから、数えてみたら50年以上の愛読者だ。
「検証済み」って、「通りすがり」貴君が検証しただけの事なのかな?それとも本部の見解なのかな?
芹澤先生は天理教信者だけではなく、心ある一般のご婦人方にも長年にわたり多くの支持を受けているのですよ。
人間が持つ信仰心や神に対する様々な思い。立派に社会学としてのケーススタディーの事例を読み取れるものを「取り上げるレベルの著書ではありません」だって?
研究者を装った(又は本当に研究者ならば噴飯ものだが)口調で指摘されても、まぁ、蚊トンボのようなものだね。
通りすがり 様
では、何故教団本部は裁判を続けられなかったのですか。八島氏のようにたった一人で巨大教団に立ち向かわれた姿が本物でしょう。強大な弁護団を抱えながら何の反論も出来なかった教団を見て、社会の人達はどのように思うのでしょうか。
公判の中で、八島氏は異端ではなかったと言ったのは誰ですか。少なくとも、当時の真柱は、八島氏を異端とは断じていませんよね。
このようなことを言っていては社会は笑いますよ。
追伸
天理教青年会は、確かな教理理解のためにとかいう本を出していますね。私は持っていて読んでいます。
そもそも、天理教青年会って天理教の正式機関ですか。あくまでも内部のだけのものでしょう。一般社会では青年会は相手にしませんよ。そのような所が著者名も書かずに出している本を信用できません。
そもそも、教義を裁定されるのは真柱以外に誰が居るんですか。まさか、表さんや内さんではありますまい。
上記の三冊が検証されたといわれるのであれば、真柱の名においてされなければ何の意味も持ち合わせていません。天理時報にでも検証済みであることが報道されたのでしょうか。お尋ねいたします。
通りすがり 様
2019年4月12日 10:58 AM
>社会学が学問として認知されたのは、日本では戦後の事です。人文科学全般について言える事は、学問の基本である実証性が担保されない事です。人文科学の中でも、社会学は最も危うい学問として、いつまでも認められなかったという経緯があります。ですから、社会学を冠する場合は、多くの条件を満たさなければならないのです。残念ながら、このサイトは一つも条件を満たしてはいません。<
社会学が学問として認知されなかったのは、時の国家権力や政治体制にとって都合が悪かったからでしょう。学問の基本は「実証性が担保されていること」とのことですが、社会学に限らず、人文科学以外の他の学問についても実証性は担保されていません。たとえば天文学です。天体の生成や成り立ち、生物の発生等は、未だに謎の部分が大半で科学的立証は不可能です。医学や遺伝学、物理学等についても然りです。全ての学問について実証性の担保が必要であるならば、この世に学問というフィールド(領域)は存在しえないのではないでしょうか?
通りすがりははげしい炎上につつまれた!
そして逃げ出した!
通りすがり 様
天理教青年会が発行した大望の「確かな教理理解のために」は大学の先生に頼んで書いてもらったもので、当時の青年会が独自に書いて発行したものではありません。
本来ならば本部が責任を持って、本部の名前で反論すればよいのに、それが出来る人材が本部にはいなかったのでしょう。
当時の清水國雄表統領は裁判所で八島氏は異端ではないと述べておられます。
世の中で真に偉い人ほど「先生」と呼ばれるのを嫌いますね。
先生と呼ばれて優越感に浸ってるどこかの団体の上層部の人間とは大違いです。
天理教婦人会創立110周年決起の集いが5月から開催れる。あいも変わらずのいつものプログラム。何の魅力もない。参加費500円も掛かる。お金を払ってまで参加する人も大変だ。これで100万人会員を目指しているのだから笑える。10年後120周年は何人会員がいるのだろうか。
通りすがり 様
>社会学を冠する場合は、多くの条件を満たさなければならないのです。
残念ながら、このサイトは一つも条件を満たしてはいません。
不思議ですね。名前に違い、一つも条件を満たしていなくても、このサイトは多くの
コメントで溢れています。
常識の無い内容や明らかに間違った内容を発信した場合は、世間や読者が黙っていま
せんし、サイトを開いてもそんな無益なサイトであれば誰も相手にはしないでしょう。
しかし、こちらのサイトは此れまでも常にコメントが絶える事はありませんでした。
多くの読者さん達に共感を得ているのでしょう。
読んでいると綺麗事ではない生の本音や体験談を聞くことが出来、心の奥に封じていた
自分の思いを代弁しているかのような意見や思いに出会え、そうした出会いが
自分の抑圧を解放し、自信が蘇り、本来の自分を思い出し、本音の自分と向き合える
ような癒しの場にすらなっているように感じます。
実際に何か歪みや誤りがあったり、実際傷付いたり疑問を持ったりしている人々が存在
する場合は、蓋をしようとしてもその存在や事実はそこに「ある(又は「いる」)」
のです。
事実「ある」ものに対し、無いものにしようとするには、「ある」と同じ位に現実的で
深い本音の部分すら変えるほどの説得力が必要です。
「早川和廣氏著・天理教 その腐敗と悲劇」 「芹澤光治良氏著・死の扉の前で」
「八島英雄著 中山みき研究ノート」などは、通りすがりさんによれば、大きな誤りが
あったり、検証済で、残念ながらまじめに取り上げるレベルの著書ではないのかもしれ
ません。
しかし、なぜ多くの人々の深い本音の部分に響かせるほどの説得力を持つのでしょう。
勇気を持って理不尽と向き合い、苦労を重ねて来られた人々の心の目を馬鹿にしないで
下さい。そういった人々は、上辺の言葉だけでは誤魔化せませんよ。
「早川和廣氏著・天理教 その腐敗と悲劇」……あまりにも粗悪な内容でコメントも憚れます
「芹澤光治良氏著・死の扉の前で」……これは小説です。井出くにが教祖殿に登場する辺りがクライマックスかと思います。小説としてはとても面白いが、事実ではありません。
「八島英雄著 中山みき研究ノート」……教祖を唯物論のフィルターを通して解釈、都合の悪い部分は原本改竄という卑劣な行為に及び、墓穴を掘っています。表統領の言葉は親心です。
教祖は「ほこりの提灯持ち」という言葉を教えられました。
その提灯の後をついて行くと、底なし沼が待っています。
底なし沼とは、取り返しのつかない身上・事情です。
ここで盛り上がるのもよろしいが、そこそこにして正しい信仰の道を歩まれる事を希望します。
通りすがり 様
「フィルターを通して解釈」しているのはご自分だとお気づきにはならないのですね。
どうぞ一生その狭い世界の中で、お幸せにお暮しください。
間違っても外の世界は見ないでくださいね。
「正しい信仰の道を歩まれる」あなたの精神世界が崩壊してしまいますので。
逃げ回る 通りすがり さんへ
>>教祖は「ほこりの提灯持ち」という言葉を教えられました。
>>その提灯の後をついて行くと、底なし沼が待っています。
「ほこりの提灯持ち」なのはまさに偽教理まみれの現教団本部そのものです。
現教団にコミットすればするほどほこりまみれで底なし沼です。
>>底なし沼とは、取り返しのつかない身上・事情です。
この言葉、あなたが心酔する現教団のあのお方をも間接的に批判しているのに気づかないのですか?
バリ天によくいるんだよなぁ….。
こういうなにもかも知ったような口をきく神様気取りの勘違い〇〇…..。笑
社会学の条件を満たしていないなどと上から目線で人を小馬鹿にするくせに、
こういう脅迫的な物言いがカルトの定義に当てはまるのを知らないという….笑
だいたいただの人間のあんたになんで他人の身上・事情の起因に言及する権利があるんでしょうか?
天啓でも降りてきたのですか?笑
>>ここで盛り上がるのもよろしいが、そこそこにして正しい信仰の道を歩まれる事を希望します。
この言葉、 通りすがり さんにそっくり返します。 笑
で、あなたが何一つ質問に答えていないからもう一度聞きます。
「あなた(通りすがり)が知っていて、ここに集う人たちの知らない教祖の教え」って何ですか?
シンプルに具体的によろしくお願いいたします。
通りすがり様
あなたはとても幸せで結構な方で純粋に信仰もしておられて問題ない生活をされているようにお見受けします。
しかしながらあなたとは全く立場や状況、環境で大変な出来事に遭遇してきた人がいるのも事実です。
なのであなたの信仰は自由で誰も侵すことは出来ません。
また、ここでいろんなコメントがありますがそのことやこのサイトについてとやかく言うのも筋違いでしょう。
あなたは教内で苦しんでいる人々がいることを知らない、知ろうともしない知りたくもない。それも自由でしょう。なのであなたはあなたでいいんじゃないでしょうか?だからいちいちココで反論的なコメントをするのも筋違いだと思いますがいかがなものでしょう。
とは言えなんだかんだであなたに丁寧に諭すように語りかけられている方がおられここでコメントされている皆さんは本当に心根のやさしい誠の方だなと再確認させてもらいました。本当なら迷わずあなたのコメントは完全にスルーだと思われますが・・・
みんなコメント流すぎんね。どうでもええことばっかり。短めにいきましょ。ちなみに今日パチンコ10万負けましたわ。お供えしとけばよかった。反省。。。。。。
こんな所で、人の悪口を言って盛り上がっているとロクなことありませんよ。
陰口は重罪の罪……おさしづ
信仰とは感謝感激の中で生きる事です。
私の弟子になりたい者はいれば弟子にしてやるぞ(笑)
通りすがり 様
おかわいそうな方ですね。。。
自分の頭で考えることを放棄する人々のコメントは、いつも同じような内容です。
与えられた自分の人生を他人軸で生きることに疑問も持たない。
気付いた時には心を病みます。
天理教団とは、このような人たちを大量生産する教団です。
通りすがり 様
結論をお伝えします。
あなたは幸せ。私も天理教を離れて普通に幸せ。それでいいじゃないですか。それ以上でも、それ以下でもないんですから。
天理教社会学研究所 ⇒ 天理教斜怪学研究所 名前の改変お願い致します。
「天理教公式機関ではありません」の削除をお願いいたします。
ここは、「ほこりの提灯持ち」サイトなので、最後は底なし沼の地獄行です
最後になりますが、私の知り合いで、このサイトに出入りしてた家族が全員とんでもな不幸になっている事をご報告いたします。皆様の運命が地獄行であることを憂いながら失礼いたいます(汗)!
通りすがりは創価学会ではないのか。地獄に行くとは学会離脱者に対して言う常套句である。視野狭窄で人の話に耳を傾けない人とお見受けする。早く通りすぎてください。迷惑です。
「罰が当たる」と怖がらせたり脅す宗教って
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10169977790
久しぶりにブロック解除でさっそく書き込みますが、他宗教の名前を決めつけて出すのはあかんと思います。
社会学と言いたいなら気にいらない考えを書き込んでくる人をブロックしたら公平でないじゃないかと思います。
通りすがり様、ほこりの提灯持ちというのは知らなかったです。教えていただいてありがとうございます。でも現代社会に生きるということは、一部の人々を除き全員がほこりの提灯持ちになってしまうことかもしれません。
私もそうですが、8つのほこりを積んでいないか常に反省を繰り返していかないと自分の魂がほこりを背負うことになると思います。
匿名さま。
通りすがりさんは、創価学会ではないと思います。
創価学会の方が、もっとまともです。
まず、天理教なんて全く相手にしていません。
というより、バリ天といわれる天理教の方々が、一時の評判の枠かった時の創価学会のようになってしまっているのでしょう。
人の話が聞けない、人の気持ちを察することの出来ない人が増えているのでしょうね。
情けないです。
とまりれん 様
2019年4月13日 2:08 AM
>みんなコメント流すぎんね。どうでもええことばっかり。短めにいきましょ。ちなみに今日パチンコ10万負けましたわ。お供えしとけばよかった。反省。。。。。。<
コメントが「長くてどうでもええことばっかり」だと思われるのは、あなたのご自由です。コメントが長くてどうでもええことばっかりだと思われるのであれば、わざわざ、このサイトにアクセスして読まれる必要も無いと思います。スルーされたらよいのです。パチンコ関連のサイトでもご覧になっているほうが、よほど楽しいと思いますよ(笑)。パチンコがよほどお好きだと拝察しますが、パチンコというものは客が必ず最終的に負けるシステムになっています(笑)。そうでなければ、パチンコ店はことごとく倒産していくはずです。パチンコで10万円もの大金を負けられたということですね。お気の毒に・・・(笑)。ちなみに、その大金は信者さん達から巻き上げたお金でしょうか? それとも、ご自身の労働で得られたお金でしょうか? 大変失礼な質問であることは重々承知しており、申し訳ないとは存じますが敢えて質問させていただきます。また、パチンコをはじめギャンブル依存症で身を滅ぼされている方々が急増しています。くれぐれも深入りなさらないよう、余計なお世話かもしれませんが忠告させていただきます。
通りすがり 様
2019年4月13日 8:52 AM
>こんな所で、人の悪口を言って盛り上がっているとロクなことありませんよ。
陰口は重罪の罪……おさしづ
信仰とは感謝感激の中で生きる事です。
私の弟子になりたい者はいれば弟子にしてやるぞ(笑)<
お気の毒なことに、あなたはご自分のなさっていることを理解することができないのですね。このサイトはインターネットという媒体を使っています。つまり、世界中の不特定多数の人々が読み、また、投稿することができるのです。陰口のたたきようもないのです。物事の道理さえ分からないような人の弟子になれば、とんでもないことになります。また、あなたの弟子になりたいと願う人もいないでしょう(笑)。このサイトを荒らす下心をお持ちなのか知れませんが、あなたの思い通りにはなりません。恥の上塗りをしない内に早々に通り過ぎられたほうが、ご自身のためだと思います(笑)。
教祖の教えに「地獄」があったとはビックリ。さすが、史料集成部には地獄極楽絵図があるんですね。
>最後は底なし沼の地獄行です<、とまで断言できるんですから、確かな情報に違いありません。
境内係に行くと 休日はヒマだから パチンコに行き おぢばでパチンコ覚えてくるとは事実ですか?
「通りすがり」は自ら書き込んだアホなコメントの反応を、ビクビクしながら一日中読んでいた!笑
「通りすがり」は自分のアホさ加減にどうやらほんの少しだけ気が付いて、恥ずかしくてたまらない 笑
「通りすがり」は恥ずかしさで自らを傷つける10000ポイントのアホアホダメージ!
赤っ恥をかいた「通りすがり」は逃げ出した!
しかしまわりこまれてしまった!
自らにベホイミ(おさづけ)を唱えるも、全く効かない! 笑
なんとか立ち上がり、
悔し紛れに捨て台詞を吐いて 命からがら顔を真っ赤にして地獄にヨロヨロ逃げていった! 笑 笑 笑 笑 笑
現教団の抱える問題を見て見ぬふりをして 、ごもっとも 素晴らしいと持ち上げる方が 嘘とついしょうこれ嫌いをしているのではないか?
道一条をすすめた時から時代は変わり、 現在 素直に道一条している非課税世帯は 社会にとって どのような存在なのでしょうか?
通りすがり様の >ここは、「ほこりの提灯持ち」サイトなので、最後は底なし沼の地獄行です。
私の知り合いで、このサイトに出入りしてた家族が全員とんでもな不幸になっている事をご報告いたします。皆様の運命が地獄行であることを憂いながら失礼いたいます(汗)!
通りすがり様は、学会でもバリ天でもなく、本部在籍のバカ息子か大きな教会のバカ息子か、ただのバカとしか考えられないですね。(もちろん本部在籍や大きな教会の息子でも優秀な方はおられますが)
脅して人を助けようとする人たち
私たちをコントロールしようとする悪い人は、この私たちの臨場感を書き換え、自分に従うような仮想世界へと臨場感を強めるような働きかけをしてきます。相手に従うのが正しいという仮想世界に対して臨場感を持ってしまうと、それがそのまま私たちの現実世界となってしまいます。
悪い人のために何かを捧げることが正義であり、自ら望んでそのような行動をとるようになります。
そういった方向へと私たちを誘導していくために、恐怖や不安の情動を使うことが実に有効なのです。
だからこそ卑劣な人は、恐怖や不安の情動を使い、私たちをコントロールしようとします。
なぜそれが問題かといえば、相手の心の傷になる可能性があるからです。
恐怖や不安のような強い情動を用いると、相手が長期間にわたって苦痛を感じるような影響を与えてしまうことになります。
悪いことに、その苦痛を取り除こうと、ますます支配者に依存するようになり、結果として利用されてしまうのです。
そもそも、私たちのハッピーは、最後には私たち自身でしか決めることはできません。
にもかかわらず、誰かにコントロールされ、その人に依存してしまったとしたら、いかに相手が人を導く専門職の人であるといっても、私たちのハッピーは保障されません。
このように、恐怖や不安で人をコントロールすることは大変なリスクがあるのです。
——–略————–
まずはそういった手法が存在し、安易にその手法を使って自分を操ろうとしてくる人間がいるのだとしっかりと自覚してください。
恐怖や不安でコントロールする人への対策
1:恐怖や不安をあおる人の言うことは無条件で聞かない
2:一貫性をチェックする
3:論理を判断の拠り所にする
4:知識をたくさんつけておく
「恐怖や不安をあおりながら「人助けしてる」と言い張る人たちへの傾向と対策」より抜粋
http://reen-coaching.com/fear-control/
続きですが、こちらからは
通りすがりさんへ
きちんと正当な技術を使い、相手をハッピーな仮想世界の臨場感が高まるように誘導すればいいはずです。
それでは何のために恐怖や不安を用いて働きかけをするのかというと、自分の技術不足のためにそんな卑劣な手段を取るしなかないか、恐怖や不安を過剰に使うことで長期的に相手をコントロールし、顧客として囲うことくらいしか考えられないのではないでしょうか。
もし恐怖や不安をあえて使う正当な理由があるのだとしたら、教えて欲しいくらいです。
人を導く仕事についていながら、安易にそういった方法に手を出してしまっているとしたら、それは本当に相手のためなのかよく自己観察するべきでしょう。
天理教教会長の多くは善良で素直な良い人柄の方々です。しかし彼らは生れた時から上下組織による天理教幹部の都合の良い恐怖や脅しを刷り込まれた事によって知らぬ間に都合よく飼育された結果であり、自分の頭で判断できない、上の言いなりになる「素直」を至上として生きている人々です。決して悪人ではない人のいい彼らを見ていてお気の毒としか言えません。自分の意志を持っていても実行することは神への恐怖であり、自分の人生でありながらも自分の人生を放棄させられている。洗脳の結果ですね。
善良な彼らは他者の悪意に気づかず洗脳されてきた事にも気づかない。多くの天理教教会長の姿です。彼らから受ける強烈な実害はない。
しかし、洗脳も度を越すと実害が出てきます。お供え金を「ちょっと貸して」と言って上手に巻き上げ、返済を求められてもとぼけた格好をするような輩が現実にいる。巻き上げた事実はそれは詐欺ではなく神への献身であると思っている。その上、出させた相手には徳を積まさせてやったと思っている。たしか柏木庫二が「そんな時はとぼけて居たら良い」と言ったと言われるが。
天理教がカルトと言われるのも無理はない。死人さえ出す。これに対して教団本部は我関せずで無言を通している。通りすがりの様な正常な判断のできない人間を増産し今に至っているが最近では本部勤務者不足で本部も悲鳴を上げているそうである。神の怒りに触れた結果であろう。よしよし、である。
キリスト教と天理教はどちらも一神教ですが、キリスト教の基本は「神は人間に自由意思を与えている」です。天理教の教義は「神は人間に自由意思を与えている」ではないのですか?
>天理教の教義は「神は人間に自由意思を与えている」
その通りです。「身体は貸しもの、心は我がもの」とおそわりました。身体は神様から借りていますが、心は自由に使っていいということです。自由な分ホコリも積みますが、積んだホコリは後で払えばいいのではありませんか?私メが通って来た道も、ホコリを積み又それを払う、そうしながら神の思いに近づこうとするものでした。言ってみれば、失敗を通して神の思いを知る、ということでした。その人がわからないままその人に教えを無理に強いると、人間をロボット化していくことになるでしょう。
貧に落ちきれというならば、まず本部、大教会が貧に落ちきれ!
車は軽自動車のみ許可 5人以上の移動は電車で!
お礼は時給500円程度で換算し実働時間のみ
貰えるだけありがたいと思え!
末端は交通費をはじめすべてひのきしんだ!
ひのきしん、とは末端のみがするものなのですか?
一方、ひのきしんの様な多くの信者さん達の純粋なボランティア精神で成り立って
いる活動の中で、多額の謝礼やおもてなしを辞退せずに受け続けている一部の方々が
存在するのは、どの様な理由があって、そういった格差や差別のようなものが生じて
いるのでしょうか?
また、そういった理由の一つの答えとして、「徳の違い」、ということをおっしゃる方も
いましたが、そういった差別にも感じられる位の 人に対する扱いの格差が生じる
ほどの 教団内での「徳」というものの意味は、具体的にどの様なものなのでしょうか?
どなたかわかっている方、わかりやすく説明していただけたら、ありがたいです。
勉強不足の為か未だどうしても理解が出来ず、わからないままなものですから、
どうかよろしくお願い致します。
ひのきしんは都合のいい用語である。何でもひのきしん、ひのきしんと叫び無償労働させられる。長期に拘束されるものはひのきしんではない。無償労働である。本部食堂ひのきしんは完全な労働だ。無給で長期拘束はおかしなことである。人手不足の世の中、今までのように人を集めることは困難であろう。
よくもまあ、これでもかという程陳腐な天理教用語を連発して人の恐怖心を呼び起こすものだ。
通りすがりさんの地獄行き発言がその全てを代表しています。そして、似たような方がうようよしている天理教団。
陰徳を積めだの、ひのきしんに精出せ等と言われ続けて、現行天理教団のピラミッド組織の底辺に居るものは助けられるどころか、怒涛のような天理教用語の攻勢に心身のトラウマを抱え込んでしまって、二度と起き上げれないのだ。
未信者の皆さん、現行天理教にはくれぐれもご用心召され。
フェイスブックでのコメントです。
「やはり、身の回りの金品を手放さんと、神さんが見えんくなる。
助けの現場をお与え頂きたいと毎日歩いているから、そう思いますね。上級や本部がどうしたこうしたなんて、チンケな事、に振り回され無いこと、そんな埃は避けて通りましょう。」
本部や上級は埃だけれど、避けて通る。
洗脳の結果、こんなにも本部に都合のいい思考になるのだ。
それよりも、本部が身の回りの金品を手放して、しっかりと神さんを見る「ひながた」を示すのが先決だと思うが。
古い元教会長さん、FBにこんなコメントもあるらしいですね。
「現在、本部が困ってるのが、教内にある、異端です。」
それを言うなら
「現在、親神が困ってるのが、本部自体が 異端 なことです。」
ですよね。
匿名様。
もし、本部が困っているのが教内の異端であるならば、教祖が自ら針ケ別所村へ乗り込んで行ったように、本部の正当性を誰が聞いても「成るほど」と思える言葉で論破してほしいものです。
洗脳、マインドコントロールを解く為に、知らされていない真実を述べているだけで、もし、それが嘘であれば、堂々と反論すればいいのですが、ただ困っているだけでは、こちらが困ってしまいます。
今の本部は、洗脳された親衛隊でもっているようなものです。教祖の教えを、一部の人の都合で解釈されていては、陽気づくめの世界建設は、とうてい無理です。
東風Z 様
2019年4月16日 2:21 PM
>陰徳を積めだの、ひのきしんに精出せ等と言われ続けて、現行天理教団のピラミッド組織の底辺に居るものは助けられるどころか、怒涛のような天理教用語の攻勢に心身のトラウマを抱え込んでしまって、二度と起き上げれないのだ。
未信者の皆さん、現行天理教にはくれぐれもご用心召され。<
その通りだと思います。いたずらに意味の無い天理教用語を濫用し、信者の恐怖心を煽り、法外な「お供え」を要求し、「ひのきしん」と称する「無償労働」や幾多の無理難題を強いることによって、教団は維持されてきましたが、もはやそうした手段は通用しなくなりつつあります。「徳」や「因縁」という言葉も人心を恫喝するための天理教用語であり、意味の無い詭弁です。例えば、天理教用語で現真柱の病気は一体どう説明するのでしょう? 説明のしようがないはずです。
家電が壊れたので業者さんに修理で来ていただいた。近所に天理教教会があるそうで、皆良い人達だと褒めていた。あんな良い人は地域一番だよ、娘も嫁さんも可愛くて気立てがいいしね、とべた褒めでした。おせちのお餅をサービスする若人も好意的に話していました。右向け右と言われればハイ、と右を向き、徐々に自分を無くしていく被洗脳予備軍なのですが。。。自分の無い悲しい人生を押し付けられる彼ら若人ですが世間の人には美しく映るようです。
その近所の教会は仕事はしてないと言い、一生懸命地域貢献している会長さんのようでした。当家も教会の為修理にはとても好意的に接してくれましたが、どんなに良い人でも天理教には固定された「身分制度」がある為、江戸時代さながらの封建システム、上意下達の命令に乗らざるを得ない環境に置かれているのが現状です。
世間の人々はこの理不尽を知りません。
本部は我々教会が苦しくても無理矢理に喜び、苦しくても無理矢理に感謝し、無理矢理に慎んでいる事を知ってるのだろうか。
天理教はこうした善良な多くの被害洗脳者、被害洗脳教会によって支えられている。
匿名 様
2019年4月18日 7:08 AM
>世間の人々はこの理不尽を知りません。
本部は我々教会が苦しくても無理矢理に喜び、苦しくても無理矢理に感謝し、無理矢理に慎んでいる事を知ってるのだろうか。
天理教はこうした善良な多くの被害洗脳者、被害洗脳教会によって支えられている。<
本部は世間体を繕い、天理教は「良い宗教」というイメージを世間一般の人達に植え付けるために、末端教会や布教所を「利用」しているだけです。その結果として、末端は苦しくても無理矢理に感謝し、無理矢理に慎んで、ひたすら耐えなければならない状態になっています。心の底から感謝し慎んでいる人などいないと思います。これまで末端は「たんのう」という教会本部にとって大変都合の良い「天理教用語」を信じ込まされ、自らを騙しつつも何とか信仰を続けてきましたが、そうした時代は過ぎ去ろうとしています。これまで善良な多くの被害洗脳者、被害洗脳教会を利用し、甘い汁を吸ってきた輩には本当の天罰が下るはずです。
>家電が壊れたので業者さんに修理で来ていただいた。近所に天理教教会があるそうで、皆良い人達だと褒めていた。あんな良い人は地域一番だよ、娘も嫁さんも可愛くて気立てがいいしね、とべた褒めでした。おせちのお餅をサービスする若人も好意的に話していました。
上記のような事もそりゃままあるでしょうよ。でもですよ、その何倍も何十倍も下手すりゃ何百倍も(クソ組織のおかげで)苦しんで、のたうちまわっている人々がいる事はまあ間違い無いでしょう。
言ってしまえば氷山の話のようなもんでしょう。目に見える良いところは有るが水面下ではとんでも無いことになっていると言う・・・これが現実でしょ(汗)
私の周りでは抜き差しならないことになっているところが多々有ります。(自分のところも含めて)
確かに良さげに見えるのは部内を多数抱えた教会で氷山の一角。水面下であえいでいる教会のほうが大多数でしょう。大教会でさえも焦り感を漂わせてますから。
だから大教会以下、下から取ることばかり考えてます。素直になれ、馬鹿になれ、神様の御用はハイと受けろ。皆すっかり洗脳されているから、泣き泣き喜び、泣き泣き勇んだ気分に自分をだましだましもっていくんですよね。
支部費値上げも、○○周年記念祭とか、それに伴う新規の積み立て金も、大教会長以下上の役員あたりで勝手に決めて、下々の意見や苦しい財布状況を発表する場はなく、こっちで決めたんだ。出せと言ったら出せ、なんですよね。大教会の修理代も詰所の修理代も勝手に決めて各教会に金額割り振ってくるんでしょうね。
雄松女松の隔てなし、人間みな一列ろくじ、互い立て合い助けあい、のはずの天理教のどこにこのやり方が当たり前でまかり通るようになったのでしょう。助け合って立て合うどころか「黙って言う事を聞け」のこの商品には偽り在りです。
鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす如く何も言えずじっと耐えて言う事を聞いてきた幾人もの人々を想うと泣けてくる。莫大な維持管理費を払わせるのは酷なこと。何故こんなにもハコモノを造ってしまったのだろうか。いっそのこと更地にしてしまえ!
>何故こんなにもハコモノを造ってしまったのだろうか。いっそのこと更地にしてしまえ!
近い将来、多くの伽藍堂は老朽化で解体せねならない時がくるでしょう。
またその時は莫大な費用がかかってくるのでしょうね。
その頃は今より集金額が減っているでしょうし財政難に陥っているでしょう。とは言え教団が信者信徒の血の滲む思いで出した金を土地などに変えて所有しているらしいのでそれを売却すれば良いだけのことですね。
どの程度で売却できるのかはわかりませんがね・・・
本当なら土地の売却で得た資金を末端の苦しむ教会に分配するべきでしょうけどね。まあ、それは絶対に無いでしょう。
教団本部が天理教という宗教を起ち上げて以来、大勢の信者達から搾り取って来た膨大な金のうちの、いか程が、真に人助けに使われたのだろう。お供えの殆どは、匿名2019年4月20日 7:20 AM様の仰るように、ハコモノ(自分達の権力を誇示するもの)建設に使われてきただけではないのだろうか。天理教資料館なども、二代の個人的なコレクター趣味を満足させた結果に過ぎず、学校法人グループは天理教本部に尽くしてくれる忠実な信者(ロボット)の育成に寄与している。
真に人助けに貢献しているのは「災害救助隊」ぐらいのものだが、災害救済金は、本部に有り余っているお供え金からは使われず、その都度、信者達から再度集められる。
つまり、信者達が泣く泣く、自らの身を削ってお尽くしして来た金は、殆どが人助けよりも、教団本部の私利私欲に使われて来た、ということだ。
これで、「人助けの宗教」などと放言しているのだから、呆れる他ない。
教理教義で、いかに立派な御託を並べようと、実際にやっている事は、自分達に利する事でしかないのだから、宗教団体の皮を被った「圧力団体」に過ぎない。
※「圧力団体」・・特定組織の利益のために活動する組織のことである。利益団体とも呼ばれる。
(ネット検索より)
通りすがり
2019年4月13日 3:29 PM
君は裁判記録を見ましたか?
H18年1月20日判決(平成16年(受)第575号)名称使用差止等請求事件
http://www.wada-pat.jp/hanrei/hanrei-11.htm
東京高裁で敗訴して、本部の天理教の名称独占はできなくなったんです。しかもこの裁判を起こしたのは、中田善亮氏によるものこんな裁判起こさなければ、こんな事態にもならなかったとしかいいようがない判決みっともない。
中田善亮の失態により先祖であり教祖でもある中山みきやその教義まで疑わしいと言われる始末、もう取り返しは付かないでしょう。
天理教は圧力団体。
正に圧力団体です。下から意見を言う、下から物申す、は神への反乱と見なされる。長い時間をかけてそういう風に末端教会、信者はマインドコントロールされて来ました。上に生まれついた人間には都合の良い制度でしょう。命令を降ろせば下は必ず言う事聞くんだからさぞかし笑いが止まらないでしょうね。こんな事で上が成人するんですかね。
だからお粗末大教会長、ボンボン頭すっからかん後継者、料理も子育ても部屋の掃除も出来ない人任せで半人前の勘違い大教会奧様ばかりになるんでしょう。
親と言うなら、一人前になってからです。常識の通らない沈没寸前の小さな世界で、本部も同じことで、親、親と言って圧力かけても世間が笑っているのを感じ取る感性も鈍く、哀れで気の毒な姿です。
彼らを自立させる為にも、お供え金を止め、食うに食われない環境をきちんと用意し、貧に落ちた教祖の雛形をしっかりと歩んでもらわなくては。ネグレクト親を育てるのは物事の道理の解った利口な子供の役割かも知れません。
経験こそ力です。どん底も知らず、金の工面もしたことがない。経験も体験もした事の無い甘い世界しか知らない人間が絵に描いたようなご立派な事を言う。圧力をかける。何処に説得力があるのか。
私はそのように思っています。
現に真柱 中山善司は病気(身上)各本部員や大教会長など幹部は対策を講じれぬままの組織は問題だらけ(事情)これが成ってくる。成った姿に見えない方が目が曇り心も曇っている何よりの証拠
本部は、中山血族を中心に、血族本部員と非血族本部員で構成されているそうですが、中山血族は教団史の各種問題(事情)を全、悪政と金だけで解決してきたようです。ここ近年も乗っ取り事件、甘甘露台倒壊そして真柱身上と続き慌しかったですが、知人の長老が「今の中山家と教団は、つもりかさなりゆえのこと」と仰っていた。真柱擁護をするコメントも多く見受けましたが、真柱も酒好きの不摂生がたたったのでは?との声も沢山聞こえます。皆「真柱様!おぢば!」と表向き言えど裏では事実を探りに探っています。誰も上級や大教会はじめ本部や中山家の事は信じも信用もしていません。教理に詳しい人ほど、現中山体制を批判していますし、私もそう思います。ここ数年の事情を切欠に当たり前のように教理を見直し本部の異端さを調べている傾向が見て取れます。
異端の本部に何を異端と言えるのでしょう?片腹痛いです。表統領、中田善亮「お尽くしは金」「金の繋ぎは命のつなぎ」と公言してしまった以上、異端への道を選んだのでしょう。金に狂るしいか先を案じての子とかしりっませんがどちらにせよなににせよ遅かった対処そしてもう後には戻れないでしょう。
以下に産経デジタルのニュースを引用します。
>ノートルダム大聖堂 再建優先に不満噴出 パリで「黄色いデモ」暴走
株式会社 産経デジタル 2019/04/21 08:59
【パリ=三井美奈】パリで20日、マクロン政権に抗議する「黄色いベスト」のデモが行われ、路上のバイクや自転車が相次いで放火される騒ぎになった。火災で損壊したノートルダム大聖堂の再建で、フランスの大富豪が相次いで巨額寄付を表明したのに対し、「国内の貧困にも目を向けろ」と抗議する声があがった。
政府の発表によると、この日のデモ参加者はパリで約9千人。南西部ボルドーやトゥールーズにも広がり、フランス全体で2万8千人がデモに参加した。デモ暴徒化を警戒して、全国で約6万人の警官隊が動員された。
大聖堂の再建では、自治体や外国企業からも支援表明が相次ぎ、報道によるとこれまでに寄付金の総額は約10億ユーロ(約1200億円)。20日には、再建支援コンサートがパリのアンバリッド(廃兵院)で開かれた。大聖堂は22日、火災発生から一週間を迎える。<
皆様もニュース報道等でご存知の通り、世界遺産であるフランスのノートルダム大聖堂が火災に遭い、消失部分の再建のために莫大な寄付金(約1200億円)が、これまでに集まっているようです。世界遺産の再建と天理教の「意味の無い大伽藍」を同じテーブルの上で論じるのは間違っているかと思うのですが、上記に引用したニュースのとおり、世界遺産というハコモノの修理よりも「フランス国内の貧困層に目を向けろ」という声が国内であがり、大規模なデモが発生しているようです。ノートルダム大聖堂は由緒あるキリスト教の宗教施設であり、また世界遺産でもありますがハコモノに違いありません。かたや天理教の「大伽藍」は日本の一新興宗教が造ったハコモノです。文化財や美術的側面から考えれば、様々な議論があるかと思いますが、ノートルダム大聖堂にしろ、天理教の「大伽藍」にしろ、一応、宗教施設であるという点から考えれば、「まず人間ありき」という考え方に立つべきだと思います。天理教のように信者から莫大な「お供え」を集めて造った建物群の維持管理にも巨額の経費がかかっているはずです。ハコモノの建設や維持管理をするために巨額の「お供え」を要求され、辛酸を舐めてこられた信者さん達も大勢おられることでしょう。私は、ノートルダム大聖堂の修復に反対する訳ではありませんが、まず「人間ありき」ということを第一に考えていただきたいと思います。
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>「人間ありき」ということを第一に・・
アメリカの某大統領にならって言うと、ヒューマン・ファーストですか、私も賛成です。
日本には「おおみ宝」という伝統があります。国民が宝物です。やっぱり、人が第一義に置かれるべきです。
ぶたまん 様
2019年4月22日 12:54 PM
>日本には「おおみ宝」という伝統があります。国民が宝物です。やっぱり、人が第一義に置かれるべきです。<
その通りです。当たり前のことですが、宗教とは人間があって初めて意味があり、存在価値があります。
人間の生き方、あるべき姿を教え示すのが宗教です。人間無くして宗教はあり得ません。また、宗教施設は、各宗教の礼拝の場や教えを説く場であり、宗教団体の権威を誇示するためのものでもありません。まして、テロリストの標的になることなど、あってはならないことであり、論外です。
>崩壊様
そうですね。 ヒューマニズムに反する行為をした宗教は、もはや宗教ではありませんね。人が愛するのは、やぱり人です。苦しみの中にいる人を慰めれるのは、やはり人です。人と人は心と心の交わりができます。形式にこだわるあまり、心と心の交流をおろそかにしてしまうのは、やはり本末転倒。今の天理教も、形より内容をもう少し重視してみてほしいですね。今の天理教には内容が無いよ~・・(オーイ、座布団一枚マイくれぇ~)・・・なんて、私メは人のことどうこう言える価値はないです。皆さんは、崩壊様の言われることを参考になさってください。
↑上の文 ぶたまんです
即ち、人間愛を持たぬ「金の繋ぎは命の繋ぎ」と金貸し紛いの脅し発言を公言している中田善亮と中山家と中山血族達は人間愛を持た無いので宗教家に有らず。となるわけか
匿名 様
2019年4月23日 4:45 AM
>即ち、人間愛を持たぬ「金の繋ぎは命の繋ぎ」と金貸し紛いの脅し発言を公言している中田善亮と中山家と中山血族達は人間愛を持た無いので宗教家に有らず。となるわけか<
宗教家どころか、「人間にあらず」だと思います。
今メディアを騒がせている【池袋暴走事故】 当人の過失があるのか?それとも当人の言い分ブレーキが利かなかったのか?定かではありませんが、メディアの行き過ぎた配慮により国民に不信を煽っり、元官僚の上級国民だから逮捕されないなどの意見が飛び交っております。この沈静化の為に政府はじめ国家権力がどのような対応を見せるかを国民が待ち遠しく見ている状態です。
国民はこの【通称上級国民】の逮捕や起訴を望んでいる。もうこのような時代です。
方や教団の異端発言を公言している中田善亮氏はいつ裁かれるのでしょうか?天理教では宗教裁判を開くべきでしょう。「金の繋ぎは命の繋ぎ」は教義ではないでしょう。もしこれが教祖中山みき が言っていたのならばその程度の宗教と言う事でも解決されるのですが、現行中田善亮に何の処分も下ってないという事は教祖中山みきが「金の繋ぎは命の繋ぎ」と教義として明言したと教団はそう認めたとみて良いでしょう。
池袋事故・飯塚幸三が逮捕されない理由は元官僚だから?なぜ「さん」付け?顔画像も!
https://geronhaita.com/news/5102/
【池袋10人轢殺】飯塚幸三が上級国民のため退院後も逮捕なし!不起訴の可能性も!
https://koji.tech/?p=18455
平成30年度予算補正によると御供金収入96億8千万円に対し平成31年度予算103億9千万円となっている。前年度よりも7億円余り増える予算となっている。前年度より御供金が増えるとは到底考えられない。90億円割れもありえる。天理市に対する寄付金もこれから大変だろう。徹底的に無駄を省いてもらいたい。 みちのとも5月より参照
中田善亮氏は各所で「金の繋ぎは命の繋ぎ」と「規模縮小」を訴え掛けているなら通常下方修正なはずが、予算を上げたのか?こう言った事を平気で出来る神経が社会通念からの逸脱なんですわ
天理教宗派中山はおろか異端と言われても致し方ない数字や禁欲が透けて見える対象に魅力は感じないのは人の心理、教団関連の維持費が100億切ると底割れしてしまうのでしょうか?どれだけの無駄な経費なのでしょう(笑)
質問です。
お供え金が増える予算は事情教会の土地を売ったりし始めるからですか?
他のコメント欄ではお答えいただけなかったのでこちらで質問させていただきます。
Q1
教団からは異端とされる天理教を信仰する団体や教会の中には
各自の神殿に甘露台を建てて(あるいは屋外に石の甘露台を建てて)
その周りを囲んで本部と同じように神楽面をつけ、
十柱の神ごとに異なる手振りでおつとめをしているところがあります。
本来はこうしたおつとめのやり方こそが、教祖が教えられた各教会のおつとめの正しい行い方なのでしょうか?
Q2
各教会に甘露台は建てても良いと教祖はおっしゃったことがあるのでしょうか?
そうだとしたらその原典根拠はどこかにあるのでしょうか?(文献等)
ご存知の方よろしくお願いいたします。
今日は全国ひのきしんデーでした。本部の皆様。本日は、教会長が大勢集まり、寒かった中にも清々しい一日となりました。人数が年毎に減っている事もお知らせします。そこで見聞きした事をお伝えします。
多くの教会長が本部の在り方に大いなる不満を持っていますよ。
*後継者がいない事情教会が増えている。これからどうなるんだろう、、と言う不安を吐露する人達多数。
*本部はこの低迷の事態をわかってないんだと怒りの意見。分かっていても変わろうとする意思がないんだと言う意見。
*変化、改革を求める意見を本部に進言する者がいないのか?と言う意見。
*本部に進言しても、大教会が悪いと、大教会のせいにする実態があると言う意見。
*詰所が人不足で機能しない実態の為、修養科生に留守番をさせて夕勤めにも行かさないのは本部として修養教育の本末転倒である、と言う意見。
*修養科生のこうした実態に本部がだんまりを決めている事に問題ありだと言う意見。
*修養科生にお勤めに行かさず、詰所で食事準備の世話をさせているのは問題。各詰所に分散させず、一箇所に集めて修養させれば良いのではないかと言う意見。
*何を言っても本部が動かないと言う不満の意見。
*真柱の身上が信者のせいにしてしまう事への不満の意見。
*真柱がご守護を貰えないのに、我々に御守護をもらえと言われても可笑しな話だ、と言う意見。
*真柱身上は何によるのかどんな因縁によるのか、本部からの話は未だに無いと言う意見。
(これについては、我々信者の務め方や本気度が不足していると言った話だったと思う。)
*会社が傾けば社長が頭を下げて責任をとる。社員が悪いと言うのは間違い。よって教勢が低迷するのは信者が悪いと言うのは大間違い。本部の方針、やり方が間違った故の事だ、と言う意見。
出た意見をランダムに羅列しました。全国で教会長が集まる一斉ひのきしんデー。全国のここかしこで本部の無責任が話題になったと思います。
因みに我々の地区の出席者数はここ30年で160名前後いた出席者が本日は20数名規模に減少。本部の皆様、知らぬ存ぜぬ、で何でも人が悪いと言う発想でいる限り、今後は善良な信者と教会に見捨てられると思って下さって間違いないです。
若い次期真柱になる人もちょっと出向いて30万も受け取っていては駄目です。お金は誰だって好きですよ。しかし責任者としての立場を自覚して足元を良く見て、謙虚に行動してもらいたいものです。世の中と言うものは人を大切にしてこそ支えられると言う大原則を頭の隅に置いて。受け取る30万が信者や教会がどんな思いで差し出したお金であるか。分かっていれば、受け取れる筈が無いのですが。残念です。教祖の教えが如何なるところから発生したか、真柱こそよく研究して、良きリーダーになって天理教を真に改革して欲しいです。
2019年4月28日 2:44 PMの匿名 様
本部は本当のことを言ってくれません。
何処にお住まいかが分かりませんので、言いかねるところもあるのですが、一度、櫟本分署跡保存会を訪れられては如何ですか。保存会発足当時は多くの本部員も訪れていたと聞いています。今では本部員は行くなと言われているのか全く行きません。
教団本部が禁足令を出しているのでしょう。
住所を書いておきます。ご参考になさってください。
所在地: 〒632-0004 奈良県天理市櫟本町3071
電話: 0743-65-4902
真柱は、先月の本部の月次祭では車いすに乗って参拝し、鼻に酸素チューブが付けられていたそうです。
この分だと140年祭までには交代ですね。
匿名
2019年4月27日 6:53 PM
私もそれだけの金額が上がったとなると土地売却だと思いました。
「金の繋ぎは命煮の繋ぎ運動」で一時お供えが上がったとしても今後は右肩下がりでしょうしね。
平成31年度予算はあくまでこれくらいの御供金額は欲しいという願望が現れている。当然前年度より減る事は予想していると思うが、露骨に減額予算にしてしまうとさらに減ってしまうのでそうしていると思う。来年みちのとも5月号に補正予算御供金額が減額掲載される。
脳の一部が破壊されると、その部分に支配されている機能が働かなくなり、それだけでなく、機能部分が委縮してゆきます。
例えば、右腕が機能を失うと腕が内側内側へと拘縮して箸を持つことさえできなくなります。脚も縮んでバランスを保てなくなります。
御馳走の食べ過ぎ、アルコールの摂りすぎ、運動不足が原因と言われていますが、遺伝的要素もあるかもしれません。
歴代さんがそうだったのですから、その辺のことを理解していれば、自分はどうすればいいのかは、おのずから分かっていたはずです。ところが、そうはさせない環境にあったことを周囲は反省しているのでしょうか。
私が思うに、取り巻き連中の意識が余りにも低劣に過ぎます。特に、大教会長は〇〇としか言いようのない頭脳レベルです。ご守護、ご守護を連発していますが、それをご破算にしている最たるものです。
年祭に来る真柱は車で来て、祭典中は座りっぱなし、後の宴席ではご馳走とアルコール攻め。お帰りは、又、車。これがおかしいと思わないのが不思議。お流れ頂戴なる悪習慣は即刻廃止すべき。
本部は本部で〇〇ばかり。直会の真柱食は、コレっと決めておけばいい、アルコールは銚子1本かビール360㏄1本と決めておけばいい。そのような簡単なことが何故決められないのか。
最も、出された物をすべて食べる方もどうかと思うが。
食べる物に不足しない今だからこそ、気持ちを引き締めて臨むべきでしょう。
大亮君。兜の緒を締めよではないが、相当の覚悟を以て望むべし。高額の御礼を苦も無く持って帰るようでは、あなたは既に終わっている。自らを律する覚悟がおありか否やか。
比叡山の大阿闍梨さんの真似をする必要は無いでしょうが、月に一度は、歩いて暗がり峠(十三峠じゃない)を往復するくらいはできるでしょう。
真義徳 様
2019年5月1日 7:29 AM
>真柱は、先月の本部の月次祭では車いすに乗って参拝し、鼻に酸素チューブが付けられていたそうです。
この分だと140年祭までには交代ですね。<
かなり重篤な脳梗塞あるいは脳内出血だったのですね。余命いくばくもないかもしれませんね。お気の毒なことです。
崩壊 様
>余命いくばくもないかもしれませんね。お気の毒なことです。<
最近は、いい薬がありますので、そうではないかもしれませんが、毎日毎日大量の薬を服用し続ける必要があります。知人も毎食後に6錠の薬を欠かすことが出来ません。
更に、お若くして不自由な体を支えていかなければならないご苦労から、容易に解き放たれることはないでしょう。過酷なリハビリが待っています。
そういう意味からは、お気の毒なことです。
日常のストレスが我々が想像する以上に大きかったのかもしれません。真柱職が本当に必要なんでしょうか。
東風Z 様
2019年5月1日 8:29 PM
>日常のストレスが我々が想像する以上に大きかったのかもしれません。真柱職が本当に必要なんでしょうか。<
現真柱も自らの意思で好き好んで、中山家の長男に生まれ真柱になられたのではないはずです。真柱を取り巻く教団の幹部連中をはじめ、その他様々な方面からの強烈なストレスにさらされていたのかもしれませんね。そう考えれば、本当にお気の毒なことです。本日、退位された前皇后や新しく皇后に即位された方もマスコミ報道だけでは理解できないような誰にも言えないストレスに苛まれ孤独の闇の中で苦しんでおられたのかもしれません。天理教という一新興宗教教団と日本の皇室を同じテーブルの上で論じるのは間違っていると思いますが、私は個人的に天理教という教団組織も皇室も必要無しと常々、考えています。
健康長寿安全繁栄は信心の果実の一部であるはずです。
今上天皇と現真柱が同世代である事を考えると、もう天啓者達を迎えるしか、再生発展の方法は無いのかもしれません。
真柱とは何者なんですか。信仰の対象ですか?指導者ですか?定義がなくよく分からない。単に中山家の家督者が引き継ぐ者なのか?本席なき今誰が真柱なのか分からない。常に存在しなくていいのではないか。
崩壊 様
せめて天理教だけでも、もっとフラットな人間関係を形作る組織であるべきなのに、現実は全く真逆な組織に成り下がってしまいました。
専修科出身の若い会長が年配の部内教会長を呼び捨てにする有様を見て幻滅しました。
また、お運びという儀式の中では、真柱の顔を見るなと事前に注意を受けたことも、今もトラウマの如くに心の片隅に残っています。
本当に情けない組織になってしまいましたね。
匿名 様
>真柱とは何者なんですか。<
多分、教義を裁定する立場の人だと思うんですが、如何でしょうか。現実は?マークですね。
>お運びという儀式の中では、真柱の顔を見るなと事前に注意を受けたことも、今もトラウマの如くに心の片隅に残っています。
天皇が戦後、人間宣言されるまでは、天皇陛下のお顔を見ることは禁止されていたが、今では天皇皇后両陛下が、被災地を訪問され、膝をついて同じ目線で、被災者を慰められるご様子がテレビなどで拝見できる。両陛下は国民の為に、お身体の疲れも相当なものであられたろうに、ご自分達のことは後回しに、国民に御心をかけ、お尽くしくだされた。
そして、陛下は85歳の誕生日に際しての会見で、
「私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の一人であった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきたことを、心から労いたく思います」
とのお言葉を述べられた。
真柱、中山家が、天皇や皇室に自らを擬するなら、天皇のお言葉をよく噛みしめて頂きたいと思う。
一宗教団体ではあっても、真柱職や本部役職を担う方々が、自らの背負う責任の重さ、信者の真実こもったお供えの重み、信者の幸せとは、どのようにあるべきか、それらを自覚していれば、今の、真柱の状態、教団ともども、また違った結果になったことだろうと思う。
天皇皇后両陛下は常に国民の幸せを願い、お心は常に国民の傍に寄り添って来られた。
世界助けを標榜する天理教の教団トップはその精神は信者(国民)に前にあぐらをかき、都合の悪い事象を見れば、信者(国民)が悪いと言い、莫大な謝罪金を取り上げ、その精神性の下劣さには驚かされる。天理教トップ層を皇室と同じに論ずるのは憚られるが、両陛下のその裏表のない真心に国民は心を揺さぶられ、悲しみを乗り越えて生きる勇気を貰った国民も数多い。
ひるがえって天理教トップ集団はどうだ。
保身に走り、自ら為すべき手本を示さず、贅沢三昧をする。信者に苦労を強いて挙句の果ては、真柱の身に見ていられない悲惨な現実を見ることとなった。それでも、未来永劫信者が悪いと言うのだろう。トップ自らの自己研鑽の必要性もその意味も全く感じていない。感じる頭を持ち合わせていないと思うのが現実か。成るべくして成った衰退だろう。
「世界一列を救けさそう」という中山家に対する神の約束は、天啓者を受け入れるという前提があった筈です。
前提は無視、次の句は「世界一列から献金を受け取る」に脳内変換した一族と、その取り巻きの塀の中の面々。
コントの様な現状ではあるけれど、たんなる喜劇なら楽しませてもらうが、苦しむ人が居るなら見ていられん。
>両陛下は国民の為に、お身体の疲れも相当なものであられたろうに、
ご自分達のことは後回しに、国民に御心をかけ、お尽くしくだされた。
>両陛下のその裏表のない真心に国民は心を揺さぶられ、悲しみを
乗り越えて生きる勇気を貰った国民も数多い。
両陛下のお人柄もお働きも素晴らしいと感じます。
そのようなご意見に共感いたします。
>私は個人的に天理教という教団組織も皇室も必要無しと常々、考えています。
最近生前退位や新元号、皇位継承問題、憲法改正などが連日話題となっており、
両陛下のお人柄もお働きなどとは別に、改めて天皇制というものを考える機会が
多くなりました。
そして色々なことを考えるほど、私自身も皇室というものが本当に必要なもの
なのか正直まだ理解が出来ていません。
特に下記のような記事を見ると大変複雑な思いです。
「事実」はこういうことなのでしょうか。本当は違うのでしょうか。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905020000/
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904300000/
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904010001/
私物化された権力は、普通は多くの犠牲の元で成り立っていて、
実態はベールに包まれ、一般の人々からは容易に見えないようになっている。
新興宗教等で被害に会った人達、戦争で犠牲となった多くの人々
之までの様々な歴史や多くの悲しい犠牲者や事例のことを思う時、
宗教も国も様々な組織も、透明性や公平さ公正さ誠実さなどの徳性を
確認できなければ、表の綺麗な言葉や一部の映像のみを見聞いただけで
手放しで素直に全てを信じて流されてしまうような事は、一人の責任ある
大人として相応しくないのではないかと、令和のお祭り騒ぎに沸く映像を
見ながら考えさせられている。
すみません。上記に掲載したURLが間違っていましたので、
下記のように訂正、再掲載させて頂きます。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905020000/
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905010000/
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201904240000/
「せめて天理教だけでも、もっとフラットな人間関係を形作る組織であるべきなのに、現実は全く真逆な組織に成り下がってしまいました。」
大亮氏は年上の人には必ず敬語で話します。養子になってから「様付け」で呼ばれるて戸惑ったのは有名な話です。一般の信者に「大ちゃん」と呼ばれたら喜ぶかもしれません。
>匿名 2019年4月28日 2:44 PMの記事へのコメント
「つとめ」は おふでさきにも、おさしづにも、「ぢば」に限る事が明示されています。常識です。
ここは、このような天理教のイロハも分からない人達が訳も分からず騒いでいるサイトだという事です
八島は 唯物論⇒無神論⇒神を否定⇒「ぢば」の否定⇒「つとめ」はどこでも出来る、となった訳です
唯物論というイデオロギーは既に過去の遺物です。
「かぐらづとめ」はぢば以外でつとめる事はできません。少しは勉強した方がいいです。
通りすがり 様
山名面があると聞きましたが、これはどのように解釈すればいいのですか。
山名が勝手に作ったのでしょうか。それとも、作っただけでおつとめは勤められなかったのでしょうか。
天理教のイロハを知ろうとは思いませんが、そもそも教団は隠し事が多すぎると、天理大学宗教学科を卒業した知人が言っています。立派な教会長の息子です。その知人が嘘を言っているのでしょうか。
色々な意見が出てくるので真相は闇の中なのかもしれませんが、少なくとも、私は天理教に関わってきていいことは何一つありませんでした。残ったのはトラウマだけです。
天理教が本当に素晴らしい宗教でしたら父母双方の眷族100名を裕に超す者が信仰を続けているはずですが、残念ながら未だ関わっているのはダダの一人。それも、若い時にお供えに明け暮れて年金を掛けなかったために無年金者になってしまって、今では、お供えもろくに出来ない老人です。息子の家で肩身狭く生きています。
見ていても哀れというほかありません。これが天理教の実態です。
通りすがり
2019年5月3日 8:46 AM
>>唯物論というイデオロギーは既に過去の遺物です。「かぐらづとめ」はぢば以外でつとめる事はできません。少しは勉強した方がいいです。
この文章矛盾だらけで意味不明なんですけどね?
まず唯物論とは
唯物論(ゆいぶつろん、英: Materialism、独: Materialismus)とは、 観念や精神、心などの根底には物質があると考え、それを重視する考え方[1]。
対義語は観念論(イデアリズム、英: Idealism)で、精神のほうが根源的で、物質は精神の働きから派生したとみる。
つまり
唯物論「心の根底には物質がある重視する考え」と成るので物質主義と言って過過言ではない。
そして
唯物論が考え方が過去の遺産でおわってるなら、甘露台やぢば といわれるその物理的場所は否定されている。ので「かぐらづとめ」はどこでもできる。
となる。
むしろ君の主張は、甘露代が立っている ぢば と言われるあの住所のある物理的場所でしか出来ない。となるとそれこそ唯物論
わざとか間違えか知りませんが、もっと勉強してから書き込んだほうがいいですね。
それに君の主張は擁護すべき現教団はおろか、中山みきが主張した 教理と言われる教義、ぢば、甘露台、教団、中山家の血族、をまるっきり否定するものになるし、より疑わしいものになる。
宗教とはある種の主義や君が言うようなイデオロギーに偏るようなものであってはいけないからだ。天理教はまがりなりにも「親神が絶対神である!」と主張する一神教的要素はぬぐい切れないわけで、絶対神であってもかまわない。しかしそれを信じず、親神<教祖<真柱<中山家とその血族 との価値の逆転がおきその行動と決定を教団が長年かけて騙し騙しやってきた事が問題なのではないでしょう。
そもそも都合が悪く「教団外から!」「異端が!」と仰っているが、価値の逆転が起きているから内部の熱心な信仰者が批判していることでしょう。
通りすがり 様
あなたがミソカスに呼び捨てにされる八島氏にも勝てなかった裁判。教団の恥さらし以外の何ものでもないでしょう。強力な弁護団を控えながら赤恥を掻いただけ。教団が正しいというのであれば、堂々と教義を開陳して最高裁判所の判断を仰がればよかっただけのことです。
それをしなかったのは、更なる教団のボロが出るのを恐れただけのことだと想像します。
唯物論などと言われても、私は頭が悪いのでさっぱり分かりません。頭の悪い者のゲスの勘繰りと思っていただいて結構ですが、上記のことは、下々の人間が、やはり教団はおかしいと単純に思っていることです。
あなたは、このような単純な事例が何故理解されないのか、余程頭のいい方なんでしょう。
正に、シロをクロと言いくるめる姿です。← これは私が73年間天理教と関わってきて実感したことです。
まあ、間もなく81歳になる老人の繰り言と思ってください。
元治元年に数十人の信者に渡された「扇の伺い」は飯降伊蔵と山中忠七の二人だけ残して明治8年に禁止されました。「かぐらづとめ」も同様に、山名と郡山に許したが、明治22年に禁止され、「ぢば」に限定されたのです。その理由は、親が子供に何かを教える場面を想像すれば容易に理解される事ではないでしょうか。ですから、「かぐらづとめ」は「ぢば」以外で勤めても何の意味もないのです。
裁判は人間が裁くものです。勝ち負けは「神の世界」とは無関係です。
これから先、「かぐらづとめ」を「ぢば」で勤めても参拝する人は益々減っていくことでしょう。天理教を信仰している人が激減しているのですから当たり前と言えば当たり前です。
>大亮氏は年上の人には必ず敬語で話します。養子になってから「様付け」で呼ばれるて戸惑ったのは有名な話です。一般の信者に「大ちゃん」と呼ばれたら喜ぶかもしれません。<
年上の人に敬語を使うのは、世間では常識、即ち当たり前のことです。次期真柱予定者が、どのような呼称で呼ばれたとしても、所詮、BAKAはBAKAです。つける薬はありません。
>匿名 2019年4月28日 2:44 PMの記事への回答
このやしき かんろだいをすへるのハ にんけんはじめかけた しよこふ (十号79)
かんろたい すへるところをしいかりと ぢばのところを心つもりを (九号19)
道具の理皆許す中一つ元一つ人間始めだしたる、これだけはぢばに限るという事をさしづしておく(明治22年3月31日おさしづ)
通りすがりさんが、神の世界を説かれても、それを信じる人が居るのか、いないのかの問題のみです。
次の記事を見たことがあります。真柱の発言ですから、まさか嘘ではないでしょう。
. 2000(平成12).1.26日、中山善司が第4代真柱が、つとめはかんろだいを囲んで国々所々の教会でつとめる、と指針する。
何の意味も持たないことを真柱が言うのですか。これこそ、天理教が嘘をついている最大の虚言でしょう。もっとも、実現していないので、その場しのぎの空手形に過ぎないのでしょうが。
裁判の勝ち負けを否定されていますが、教団本部は教祖の説かれた嘘偽りのない教義を基本に弁論すれば、裁判官とていい加減な判決は出させないでしょう。あなたが神の世界を説かれようとも、世間はどちらを信用するんでしょうか。法廷で答弁に窮してうろたえ、本部周辺の顰蹙を買い、憩の家に入院を余儀なくされたのはどなたでしょう。いやしくも本部員たる立場の人ですよ。
説得力に欠けるものは何の意味も持ち合わせていません。悲しいかな、なるほどというものがないのです。
終りに、私は神仏の存在そのもの信じていません。ですから、ここに登場するのは反則かもしれません。ただ、現行天理教には近づいてはいけませんとのアドバイスのつもりで書き込んでいます。
通りすがり様
お一人で孤軍奮闘されておられますが、貴方は今幸せですか?
人の価値観や考え方はそれぞれで結構ですが、このような所で言い争ってもリアルには何も反映されないのではないでしょうか?
ここに何が書いてあろうとそれは自由であり、あなたの実生活には何も関係ないのですから。
教団を肯定されたい気持ちは解りますが、もっと現実を見るべきです。
唯物主義だの物質文明だの、こざかしい罵り言葉はともかく、八島氏が本席おさしずを、中山天理教が天啓者の永続論を意図的に避けていた事は事実ですね。
流れに沿わない話題ですみません。
この掲示板で現行天理教の行って来た虚偽、 それに伴う受難の数々を信者や末端教会の方々が世間の白日の下にさらした結果、若い教会長の意識が徐々に変革して来ているのを感じます。本部は最早いらないのではないかと言う会長達もいます。存在する意味は無いと。様々な建設的意見を出しても、自分達に不利が降りかかる意見には耳を貸さないのだとか。
本部は人助けに於いても指導力が無く、具体的実働を起こさないと。(お供え金を取る事の実働はあるが).
地方の心ある教会が里親をし、子供食堂をし、世の中の弱者に寄り添う活動を起こしているのであって、本部がリーダーシップを取ってこうした人助けの指針を示した訳ではないんだと。人に寄り添う活動は地方の小さな教会から湧き上がり、人助けの小さな灯火が1つ2つと広がり始めるとそこで本部が出てきて、ここぞとばかりに天理時報に記事として取り上げ手を汚さずして宣伝記事に使うのだと。
本部は地方の小さな教会の弱者に寄り添うその真心、その真実を心して見よ。
本部員の人間的及び知的レベルの低さが地方の教会で普通に話題に上がる昨今。若い後継者、若い会長の意識が変わってきている事を確かに感じるので今後小さな変革が起きてほしいと願っています。今後地方の教会群から反乱が起きるのではないかと言う人達もいます。
上下封建体質のパワーハラによる埋もれた被害、かん難苦労。白日の下に公になり、この掲示板の果たす役割は非常に大きいと感じます。私も微力ながら、現行天理教の虚偽の実態を世間に知らしめるべく、地方で発信したいと思います。
匿名
2019年5月3日 10:50 PM
とても分かりやすい明快な文章でとても参考になります。流れは気にするどころか、流れの機転となる真実の文面だと受け取れる誠実な文章です。
春からまた変の沸いているようですが、おさしず、おふでさき 通り、天理教を偽る本部中山家がしていたのなら、甘露台も倒壊せず、真柱も頭の病気にならんやろが 「おさしずに中山家の天理教やで」と書いてあるのか?
少し前にもここ記事以外の外のコメントで、「教祖が地場が世界の始まりと言っているが、アフリカ起源説と乖離」が問題視されていた。アフリカ起源説の信憑性の方が高かったし、「教祖ですら誤りがあるのか?それともその後本部お得意の教義改ざんがあったのか?」との問題点が残ったのを記憶してます。
機転
2019年5月4日 5:15 PM
>匿名
2019年5月3日 10:50 PM
とても分かりやすい明快な文章でとても参考になります。流れは気にするどころか、流れの機転となる真実の文面だと受け取れる誠実な文章です。<
私も同感です。投稿者の年齢は私には分かりかねますが、もし年齢的にお若くして、こうした問題意識をお持ちの方が数多くおられるのだったら、天理教は「崩壊」から「再生」へと向かうかもしれません。「流れ」など気になさらず、ご自身の思うことを忌憚なく投稿してください。私個人としてお待ちしています。
閲覧専門
2019年5月4日 5:49 PM
>少し前にもここ記事以外の外のコメントで、「教祖が地場が世界の始まりと言っているが、アフリカ起源説と乖離」が問題視されていた。アフリカ起源説の信憑性の方が高かったし、「教祖ですら誤りがあるのか?それともその後本部お得意の教義改ざんがあったのか?」との問題点が残ったのを記憶してます。<
人類学や遺伝学、地学、地質学等、学術上は「アフリカ起源説」の信憑性は、ほぼ100パーセントと言っ言っても過言ではないと思います。今後、DNA解析等の研究は更に進化発展し、人類の起源が解き明かされる日は、そう遠くないと思います。
孤軍奮闘だなんてとんでもないです。何も知らないので教えてあげているだけです。稚拙な知識で大騒ぎしているのが気の毒です。もう少し勉強なさってから騒いだ方が実のある議論が出来ると思いますよ。そもそも、信者が減少しているのは天理教だけではありません。寺院も全国に7万7千カ所ほどありますが2万カ所は住職不在で寺院の存続が危ぶまれています。キリスト教の教会が売りに出ています。数年前、成長の家の本部のあった土地が売却されています。その原因の一つは通信機器の驚異的な進歩によるものだと言われています。教団がどうの……そんな低レベルの話ではありません。議論するだけ無駄です。
通りすがりさん へ
>>孤軍奮闘だなんてとんでもないです。何も知らないので教えてあげているだけです。
ならば何もかも知っている 通りすがり さん、自分は何も知らないので教えてください。
東風Zさんの書き込みにもあるように
4代真柱は、平成12年1月26日、つとめはかんろだいを囲んで国々所々の教会でつとめる、
と指針しましたが、その原典根拠は何ですか?
いまだに全国の教会ではかんろだいを囲んだおつとめが実現できておりませんよね?
なぜですか?
本部が原典を改ざんや隠ぺいしているからではないのですか?
何でもご存知なんでしょ?
教えてください。
通りすがり様。
ご存知だとは思いますが、大教会の〇〇周年記念祭に御臨席して頂いた時(部内50ヵ所・最低ラインの)御礼の額が決められています。
これぐらいは当然の額ですよね。
<予算書>
御礼
真柱様 100万
奥様 50万
大亮様 50万
若奥様 30万
随行長 30万
随行員 20万
随行員 20万
本部在籍者 100万
私は、常識から考えてけた外れの額だと思っていますが。
>4代真柱は、平成12年1月26日、つとめはかんろだいを囲んで国々所々の教会でつとめる
こんな事は言っておりません。真柱様のお言葉は必ず「みちのとも」に全文掲載されますので、みちのとも第何号の何ページに掲載されているのか御指摘願います。どこにも無いと思いますよ。
元の理は人間誕生ではなく生命誕生の物語です。ダーウィンの進化論は修正され、進化の系統樹が間違いである事が証明されています。現代科学は人間も猿も犬もマグロもバクテリアからの進化の距離は同じである事を明らかにしています。つまり、猿が進化しても人間にはならないという事です。
>>裁判は人間が裁くものです。勝ち負けは「神の世界」とは無関係です。
こういう事をわかったような口で発言するのがカルト宗教の特徴なのでとても危険な考え方でこの言い回しは現行中山教団の上等文句でも使われています。
>>「神の世界」
を何を指して言ってるのかな?どこにあるの?あの天理市に有るの?あの甘露台の立っているぢばにあるの?これらの考えが唯物論ですがね。
それに法で負けた以上現実世界の社会では明確に負け、「世情は汚く、教団世界は綺麗」との騙し文句で他者はおろか自己を騙し続けている教団の病魔の根幹の一つじゃないですか?
>>教団がどうの……そんな低レベルの話ではありません。議論するだけ無駄です。
教理教義と教団は同時に語らないと意味が無いですよ。「唯物論を語るわりに私は唯物論者じゃない!」と言いたいだけの無知としか見えません。
教義あるから教団がある、教団が体現するから教義が残る の関係性なので、その体現が出来てないから現在の教団の状況があるわけでしょう。
こう語らずして現実的議論はできず。教義だけを語っても誰も信じません伝わりません。むしろ他者を遠ざけ、机上の空論を語ってるに過ぎません。その行為自体が教団布教のつまずいている点に等しいです。
あなたの文面を見ると一文章に否定と肯定が入り混じり正直何を言いたいかわからない時が多々 このような文面を書く人は正直、その対象を理解できてないに等しく見えてしまいます。
通りすがり氏は、「〇〇ですので〇〇である。」と簡潔に書けば何も突かれないで済むのに、「〇〇です。皆知らないんですね~もう少し勉強なさってから騒いだ方が実のある議論が出来ると思いますよ。」等と言い放つ割には、ところどころ唯物論や観念論など定義に関して間違いばかり、故意なのか、ただ単なる無知の勘違いなのか?と良心的に捉えてあげたいところですが、如何わしい。
>>元の理は人間誕生ではなく生命誕生の物語
と生命誕生と人間の進化の系譜をすっ飛ばして分かったような口を利き元の理にあたかも絶対的定義を与えるような文面を書くのはそれは詐欺に等しい。
これはあらゆる学者ですらまだ答えが出ていないことで
生命創生の元の理を何故人間の宗教団体が語っているのか?語らせているのか?
そもそもその生命誕生から人間にいたる系譜を語れてない時点で、その元の理も疑わしいとそこを談じ合うのが誠実な議論です。
まず、おさしず、おふせさき など原点と呼ばれる教義を、全肯定的に一方的前提で話をしては全てが間違う。
宗教学でも、中山みき という人間が、天啓を受けたと自他共に認めたが故に、後に天理教と言われる宗教集団が発生した。そしてその教義は本当なのか?と概要から語られる。との視点からその教義を語らないとそれこそ無意味な結果しか生まないし、それを出来ないならそれもまた盲信や妄信あるいは狂信となんら変わりはない。
最も進化した魂が最も成人しながらたすけ一条を勤めてゆく所が地場屋敷なのだから、シンバシラはそういった本部人事をすべきなんですよ。
たまたま通りすがっただけなんだから真剣に相手する必要なんかないでしょ。
ここの「通りすがり」さんと、天理教を信仰するメリット板の「ただの父親」さんは、主張が似てますね。
八島英雄氏の「オカルト不可思議を排する教義解釈」を否定して攻撃し、中山みきさんの教え全体の雰囲気や内容を考えようとせず、おさしずや教理の文章を一部だけ切り取って限定的な解釈をしようとしています。
同一人物か同じ仲間の人でしょうか?
教祖が亡くなる前に「つとめをせよ」と急き込んで、つとめたのは「かんろだいを囲んだつとめ」で、神棚や社の前に並んで座って「つとめ」ではありません。
教祖が教えてくれたのが「かんろだいを囲んだつとめ」で、それを「山の中でもあちこちとてんりんおうのつとめする」と書いてあります。
だから、山名に「面をつけたつとめ」が許され、「あまごいつとめ」でもかんろ台の模型をたててつとめたと稿本教祖伝にもあります。
「めんはぢばかぎり」というおさしずは、明治教典を見れば明らかなように「国家神道を教える教会の『つとめ』に面を使ってはならない」という意味だった訳ですが、それを「本部以外ではつとめてはならない」と解釈するのは山名の件とあまごいつとめに矛盾が生じます。
よかま 様
そうかもしれません。でも、いろいろな意見が出てくることはいいことだとも思うのです。何しろ、教祖の真の教えが見えないと言いますか、教学の議論ができないからこの場が意味を持っていると思うんです。
その意味を持っている場に、通りすがりさんのように、何をもって言われるのか分かりませんが、八島氏を、いきなり八島と呼び捨てにされるから、やっぱり、この人はちょっと、と頭を傾げざるを得ないんです。ですから、ついつい、引き込まれて相手にしてしまうんですよ。
よくよく考えれば、真剣にお相手をするような人ではないのかもしれません。
何しろ、京都に在る大教会の直轄分教会の神殿建築費用4千万円の内の1千万円をお供えという名目で、かっさらっていた本部ですから、このような本部がまともな宗教だと言っていること自体が笑いですよね。
この教会は、後々大変な苦労を抱え込んでしまうのです。通りすがりさんが絶賛される天理教教会本部とは、正に、カネカネ教ですよ。それ以外に適当な言葉が見つかりません。
自分が通って来た道とか、通ることによって見えてきたことなどを言葉によって表現してみることは、大切なことだと思います。書いているうちに(自分の思考が)開(ひら)けてくるということもあります。言うなれば、自分で書いた言葉が自分自身を引き上げてくれるような気がします。皆さんがここで討論されていることは、とても興味深いです。
通りすがり、と言いつつ多くを語る時点でネーミングからして嘘つきと言ってるようなものでしょうな。本当は意見して即離脱したかったのでしょう。しかし皆様から質疑がで答えきれなくなったのでしょうね。
東風Z 様
2019年5月5日 1:54 PM
>何しろ、京都に在る大教会の直轄分教会の神殿建築費用4千万円の内の1千万円をお供えという名目で、かっさらっていた本部ですから、このような本部がまともな宗教だと言っていること自体が笑いですよね。
この教会は、後々大変な苦労を抱え込んでしまうのです。通りすがりさんが絶賛される天理教教会本部とは、正に、カネカネ教ですよ。それ以外に適当な言葉が見つかりません。<
まるでヤクザ映画さながらの話ですね。教会本部のお歴々には本物のヤクザも脱帽するでしょう。ヤクザでなかったら、ただ単に金銭感覚が麻痺した常識はずれの異常な人達とでも表現したらよいのでしょうか?
適当な言葉が見つかりません。天理教教会本部という名称を中山組総本部と改称し、宗教法人格を文化庁に返納し、国家公安委員会のブラックリストにでも載せてもらうべきだと思います。
>4代真柱は、平成12年1月26日、つとめはかんろだいを囲んで国々所々の教会でつとめる、
と指針しましたが、その原典根拠は何ですか?
真柱訓話集第59巻の9ページから34ページまでにこの日の神殿講話の全文が掲載されていますが、上記のような文言は存在しません。八島の残党ならやりかねない原文改竄かと思います。あなたがた何も知らないと思って、馬鹿にされています。ここまでで明らかになった事、それは「かぐらづとめはぢば以外で勤めても何の意味もない」という事です。言いなりになってないで自分で少しは勉強した方がいいです。
猿⇒猿人⇒原人⇒人間 と言った進化は現代科学では否定されています。まして人間の祖先はアフリカからなどという議論は過去の遺物であり、論外です。誰からも相手にされません((笑)!
人間始めの守護を始めた所は泥海だったそうですが、人間完成の為の心の成人を促す為に神が天下ったのが中山氏の屋敷だったのですね。
未完の我々が、神を頼って成人する為には、やっぱり天啓者達の永続を地場に望むのは、当然じゃないかな?
シンバシラ家を含めた本部の御一統様方は何を成人のよすがにしているのかな?ご自分方は、もう成人成長する必要が無いとお考えなのかな?
通りすがり
2019年5月5日 5:47 PM
>猿⇒猿人⇒原人⇒人間 と言った進化は現代科学では否定されています。まして人間の祖先はアフリカからなどという議論は過去の遺物であり、論外です。誰からも相手にされません((笑)!<
あなたこそ誰からも相手にされていないことをご自分でお分かりにならないのでしょうか?(笑)
>4代真柱は、平成12年1月26日、つとめはかんろだいを囲んで国々所々の教会でつとめる、
と指針しましたが、その原典根拠は何ですか?
こんなアホな質問、聞いたことありません(笑)(笑)。真柱発言のねつ造。墓穴を掘るとはこの事です。
少しはお勉強なさった方がいいです…という意味がお分かりかと思います。
「唯の嘘を断言するアホが出てきたwww通りすがりは早く通りすがれよwww」
と言いたい人も多いでしょうが、カルト宗教天理教中山教団のいい見本になるからドンドンコメントを分析したらいいと思います(笑)
この文言の書きっぷりは精神に支障をきたしてる方か、或いは本部中山家などある一定の箇所に利益をもたらす意見をすると成ると皆さんこれこそ本部中山派の意見だと断定していいと思います(笑)
中田善亮氏も「金の繋ぎは命の繋ぎ!」と確実に教理教義から逸脱した異端だと分かるわけでそりゃ全国の信者から糾弾される狂人(笑)
通りすがり に関しても、まるっきりのウソを断言したり、本部中山家の利益にしかならない事を断言する これもまた狂人(笑)中田善亮や本部中山派には勿論類似性はある。
以前から言われるように、このような奴等が組織の上層部に居るんだから、この組織はもう崩壊してるといえるわけでしょうwww
でも、上記のような発言をすると成ると何かしらの利得が有りそれを損ないたくないからしてしうから虚言ですら吐くわけでしょう。
普通の人生送ってたら、こんな論拠の無い事を断言する事は到底不可能ですしね。
>猿⇒猿人⇒原人⇒人間 と言った進化は現代科学では否定されています。まして人間の祖先はアフリカからなどという議論は過去の遺物であり、論外です。
いつ論外に成ったんですか~? www そう断言したあなたが論外なんですが~www
>>こんなアホな質問、聞いたことありません(笑)(笑)。真柱発言のねつ造。墓穴を掘るとはこの事です。
代々真柱は妄言しかたらしてませんよ~? 真柱から発布される諭達?にですら数々の妄言が書いてますが?
「みちのものは働かずみち一条」と言いはなったのは三代真柱の諭達? だと以前も話題になってましたよ~www
墓穴掘るの意味分かってますか? あなたしか墓穴掘ってませんが?www
崩壊 様
この分教会は京都市の中心部に600坪ほどの敷地でしたが、建物がどうにもならなくなって、建て替えを考えていたそうですが、何しろ資金がありません。ところが、京都市がこの土地を購入したいと言ってくるんです。
渡りに船の話ですよね。勿論、教団本部は大教会を通じて知ることとなり、詳しい詳細はお運びとお許しという儀式を経るわけですから、より詳しい情報を得たと思うんです。京都市が如何ほどの額で買い取るのかとか、新しい土地の取得価格、さらには、神殿建築費用の全てをつかんでいたでしょうね。
4千万円の建築予算が3千万円に削られるということは、25%値切られたということです。出来てきた建物は後々手入れをしなければならなくなるのです。その金額はお供えという名目で召し上げられた1千万円をはるかに超える金額となってしまいました。値切ると言っても通常は5%くらいが限界でしょう。
このようなことをして、本部の建物が立派になったとしても、正に、上前をはねた醜い建物に過ぎないのです。この話は、昭和43年11月に始まる話なんです。
ご丁寧というか、人の顔を逆なでするというか三代さんは昭和58年1月に、この教会にお入り込みしているんです。
通りすがりさんへ
ここまで書いてもこの話は嘘だと仰れますか。私は死の間際に教会名や、より詳細な事実を実名入りで投稿しようと思っていますよ。
どこまでもおカネが付いて廻る教団に嫌気がささない方がおかしいでしょ。昭和43年当時の1千万円って、今の価値では如何ほどになるのでしょう。私の給料は当時月額2万円に届かなかったんですよ。
四代さんが、国国所々の教会でかぐらつとめ・・・ 指針の記事は「れんだいこ」さんと言う方のブログに見たことがあります。れんだいこさんが、嘘を書かれているのでしょうか。
ただ、れんだいこさんが。どのようなお立場の方なのかは存じ上げませんが、天理教を否定されている方ではないように感じています。
東風Z 様
2019年5月6日 1:57 PM
京都市中心部の一等地に、天理教内では有名なK大教会(鉄筋コンクリート造)がありますが、地価の高い一等地にどのようにして、広大な敷地を入手し立派な神殿を建築したのか、大変、不思議に思っていました。おそらく莫大な費用がかかったことでしょう。信者や部下教会に凄まじい額の「お供え」を要求したと思われます。
ご指摘の分教会も京都市の中心部に600坪(約2000平米)の敷地を有しておられるということですが、地価だけでも目をみはるような額になります。一体、どのようにして敷地を入手されたのか、これもまた不思議なことです。京都市中心部は幕末の「蛤御門の変」(禁門の変)で、多くの民家や商家が焼失し、東京遷都で、一時、大変寂れていた時期がありましたが、その混乱期に乗じて敷地を入手したのでしょうか?私には分かりかねます。
いずれにせよ、天理教がいかに金銭に抜け目が無く、狡猾であるかということを如実に物語る話だと思います。まさに「カネカネ教」ですね。
通りすがり氏に是非ともご意見を伺いたい。
「みちのとも」2016年12月号にある中田善亮氏の、
「『おつくし』についても、しっかり説かねばならない。おつくしができなくなると、たすかる道が途切れてしまうからである。おつくしによってたすけてもらった経験があれば、その理が分かる。説くうえには、おたすけをしっかりすることが前提となる。『お金のことは言いにくい』と避けていては、よふぼくは、おつくしの意味がますます分からなくなる。おつくしは命のつなぎであり、親神様にお受け取りいただく真実である。」
この発言について、どうお考えか?
私は虚言など一言も言っておりません。匿名君が信じて疑わない真柱発言がねつ造だった事を明らかにしただけです。「かぐらづとめはぢば以外で勤めても何の意味もない」という事を分かって頂ければそれでいいのです。「チトクローム」について勉強されれば、人類アフリカ起源説など存在しない事がお分かりになる事でしょう。表統領の話についてですが、そもそも「おつくし」の信仰的な意味が分かっていなければ理解出来ない内容だと思いますよ。元来、「つくし」とは「心を尽くす」という意味です。人様の事、神様の事にしっかりと心を尽くして行動する事を「おつくし」と言います。……続く
>>通りすがり
>>元来、「つくし」とは「心を尽くす」という意味です。
>>人様の事、神様の事にしっかりと心を尽くして行動する事を「おつくし」と言います。
いやだから、その「つくし」の意味を
「天理教にお金出すことが命のつなぎ=出さないと命がない」と歪曲し、
表統領という立場の人間が公言している問題について、
あんたがどう考えるかと質問しているんでしょうが!!
論点ずらしてまた逃げますか。笑
通りすがりちゃん、あんたは根本的に読解力に問題があるようですね。
人のことをアホだとか言う前に、小学校の国語から勉強した方がよろしいかと……。笑
通りすがり つまり 中田善亮より あんたの方が表統領 それはおろか 中山家よりお前が真柱になればいいんだよwww
「狂人を擁護したらそれもまた狂人の様」無意味な弁護はやめなさいwww
通りすがりが 色々知識(誤読解多し)ひけらかしても、中田善亮も真柱も中山みきも何も評価が上がらない(笑)むしろ「こんな人が天理教(中山教団)を信じてるんだ(苦笑)」と世論の嘲笑の的になるだけで布教にも何一つ繋がらない意味の無い所業・教団崩壊はまぬがれませんな
通りすがりにより崩壊は加速するでしょう
通りすがりさん。
善亮さんは「お金のことは言いにくいと避けていてはお尽くしの意味がわからなくなる」とはっきり言ってるじゃないですか。ですから心を尽くすではなくてお金を尽くす。つまりお金を出す事、と理解する以外に考えられない発言です。
あなたがどう理屈をこねくり回しても、フォローしきれない発言だと思う。
通りすがり様。
>元来、「つくし」とは「心を尽くす」という意味です。
人様の事、神様の事にしっかりと心を尽くして行動する事を「おつくし」と言います。
素晴らしいお話です。ちょっとお聞きしますが、あなたの「おつくし」は、心を尽くすだけで、一円もお供えはしておられないのですか?
本当に、それは素晴らしいですね。中田善亮表統領始め、本部員、大教会長に聞いて貰いたい話です。
私も同じ考えです。
皆さん、通りすがり様の言われるように、もうお供えは止めるか、減らす事にしましょう。
通りすがりさんは、尽くして、尽くして、尽くし切られたんですね。
信仰熱心だった叔母にそっくりです。人に物をあげる時は、自分にとって一番大切なものを差し出すこと、といってはばからなかった伯母。だから、年金の多くをお供えし続けた。
亡くなった時、葬式代すら残っていなかった現実に苦悩した従弟たちの顔が浮かぶ。
その叔母ですら二代さんの女性問題は容認した矛盾。せきららな話は憚れますが、信仰とは一体何なんだと思わずにはいられないのです。
通りすがり氏へ
早速のお返事に感謝する。が、今ひとつわからないのでさらに質問させていただく。
>元来、「つくし」とは「心を尽くす」という意味です。人様の事、神様の事にしっかりと心を尽くして行動する事を「おつくし」と言います。
「元来」という事は「現在においては異なる意味をも持っている」と受け止めるが、ならばその意味とは?
具体的にわかりやすく説明していただきたい。
東風Zさんの伯母さまは素晴らしい信仰者だったんですね。心を尽くすと言ってみても形にしなければ言うだけの事に終わってしまいます。貧に落ち切られ、自分の事はすべて後回しにして通られた教祖の雛形を素直に実践されたのでしょう。涙が出ます。私も貴方の伯母様を見習いたいと思います。教えてくれてありがとう!表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……
通りすがり博士へ
2019年5月6日 9:57 PM
>「チトクローム」について勉強されれば、人類アフリカ起源説など存在しない事がお分かりになる事でしょう。<
チトクロームについて色々な文献をしらべましたが、私は頭が悪いせいか、チトクロームと人類の起源との関係性が全く理解できません。なんでもご存知の通りすがり博士様、頭の悪い私にも理解できるように、ご説明ください。よろしくお願いいたします。
通りすがり博士へ
2019年5月7日 5:03 PM
>表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……<
チトクロームと人類の起源との関係性について、勉強できると期待していたのに残念です。無責任な「ごたく」をたれるだけたれて、また、お逃げですか。もう二度と通り過ぎないでください。お願いします。
通りすがりさん
>東風Zさんの伯母さまは素晴らしい信仰者だったんですね。
教団側にとっては素晴らしい信仰者だったのでしょう。
しかし一番身近な身内の方々にとってはどうだったのでしょう?
東風Zさんのお話から伝わってくることはありませんか?
そして最も一番大切なことですが、ご本人にとっては心から幸せな人生だったのでしょうか?
>心を尽くすと言ってみても形にしなければ言うだけの事に終わってしまいます。
貧に落ち切られ、自分の事はすべて後回しにして通られた教祖の雛形を素直に
実践されたのでしょう。涙が出ます。
貧に落ち切られ、自分の事はすべて後回しにして通られた教祖の雛形を真似て
素直に実践するのは、何の為、誰の為でしょうか?
教祖はご自分の中の神様との対話の中で導かれ、ご自分でその様に行動することを
自ら判断されました。
しかし、神様と会話した事もなく、実際神が何を望んでいるかも自分で確かめ
られないまま、そういった話を聞いて行動の部分のみを真似るのは、それが信仰なのだと思った
からというのもあったでしょうけれど、その動機はどの様なものだったのでしょうか?
何を望んでの信仰だったのでしょうか?
自分を犠牲にして他の誰かを幸せにする為だったのでしょうか?
又はもしも 自分が幸せに陽気暮らしをしたいから、そして家族や近しい人々の幸せ
をも願ってそうしていたということであれば、結果はどうだったのでしょう。
こちらの掲示板でそういった話を聞くにつれ、私は別の意味で涙が出ます。
>表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。
あなたにとっての「信仰者」とは具体的にどのような人のことを指すのでしょう?
乗りかけた船と思って具体的に教えていただければありがたいです。
>信仰者でなければ御理解して頂けない
とはここではあなただけが信仰者で、他はすべて信仰者ではないという「決めつけ」を
あなたの頑なな心が信じ込んでいるんですね。とても悲しい事です。
あなたが考える「信仰者」の定義は、広く世界に通用する定義でしょうか?
それとも教団内だけで通用する狭義の定義でしょうか?
その定義がいまいち良くわからない為、その様な言葉一つとっても、通りすがりさんの
話される言葉は、何か独善的な印象だけが残り、信仰者にとって大切な、人間への愛や
こころに届くような説得力を感じる事が出来ないのです。
悲しい勘違いの信仰をしている通りすがりさんのような人間がまだわずがに生き残っているんですね。
貧に落ち切って良いのは教えを開いた教祖だけ。
幸運にもにおいがけが行き渡り、日本人一億人が皆天理教信徒になり、教祖が望んだ様にあまねく貧に落ち切ったら日本は沈没し、日本経済は破綻し国際的信用も失墜し、日出ずる国「日本」は一億総貧民です。
天理教教祖は日本沈没を良しとして、それを望んで布教されましたか?日本国総貧民が教祖の望んだ姿ですか?そんな事、有り得ない。
天理教教団トップは現実的にはそこまで押し通せないことは十分分かっている。現段階ではそこそこ過去最高実績300億円超え位のお金が上がれば最高!くらいに思っているはず。
通りすがりと言う様な生き残りの人間が感激して涙するなら、勘違いしたまま、貧に落ちて涙にむせんでいたら良い。教団は悪知恵を持ってこうした下手に素直で哀れな人々をターゲットに脅し脅し、人間の弱点を突き、心を掴んで上手に飼育したのだ。教団の思う壺にはまった方々だ。こう言う自分を見失った哀れな人達を何人も見てきた、、、。しかし詰まる所、全ては自己責任であろう。詐欺に遭うのも相手も悪いがやっぱり最後はそれを信じた自己責任だから。
>>通りすがり
>>表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。
>>では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……
やっぱり都合が悪いと逃げ出す情けない奴 笑笑笑笑笑笑
信仰者でも「おつくしは命のつなぎ」なんて発言理解なんてできるもんか!!!!
おそらく通りすがりは本部員か大教会の息子、もしくはわりと大きな教会の息子でしょう。
(もしかしたら知能の程度からして中学生くらいかもしれません)
イエスマンに囲まれて「お供え生活保護」で生活すると
こんな情けない廃人ができあがるんですね。
教理を捏造してまでも金が欲しいという……….。
こんな守銭奴達が教団を牛耳ってるんですから衰退するわけです 笑
万人に信頼される宗教があるとは思いませんが、ダメの教えを自負する天理教が、詐欺集団に近い酷評を受けてしまっては、信頼回復の道は余りにも遠い、というか、最早、道を失ってしまったといえるんじゃないですか。
当面は通りすがりさんのような方たちで、細々と続いてゆくのでしょうが、やがて道は途絶えて、元の三島村に帰ってゆくのでしょう。
最も、それが人類にとって一番幸せな姿かもしれません。
>おそらく通りすがりは本部員か大教会の息子、もしくはわりと大きな教会の息子でしょう。
ありえないです。彼らの殆どは「通りすがりさん」のように自身の意見を発信する度量はありません。
「通りすがりさん」は単なる洗脳された一信者にほかなりません。気の毒です。
>>通りすがり
>>表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。
>>では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……
信者じゃなければ理解できない?では宗教が面来とする布教するきないやん 笑 中田善亮は「規模縮小」を謳ってってるので仕方ないか笑 結局 にほい という布教がかからない教え を教団はやらせていたわけね。
信者と言っても百歩譲ってそれは中田善亮教の信者と仮定しよう。しかしそれは利害がある人間じゃないと到底納得はいかない。つまりそれを強く思い込めるとなると、末端以上の部内あり上級、大教会、本部員、そして中山家とその血族ぐらいでしょう。
もしかして、中山大亮大先生かもしれないね~笑 それならもっと恥ずかしい笑
通りすがりさんの書き込みを読んで決意しました。私はこれから隣人愛の実践や奉仕という形で「おつくし」をすることにします。金銭という形で「おつくし」はしません。
つくし・はこび 信仰的実践の徳目として挙げられる。普通には、心を尽くし、身を運んでつとめることの意味である。しかし、実際の場面で教語的に用いられる場合には、親神に対する報恩の念からする教会へのお供え、教会への参拝、教会での「ひのきしん」を指すことが多い。(天理教事典 第三版、2018、p.577) 天理教事典にも、お供え=お金と明記されている。心を尽くしただけでは、教会本部・本部員達の懐が潤わないから当然である。甘露=お供え(お金)
平鉢=賽銭箱・お供えをのせる三方と考えば良く分かるのではないか。
大亮大先生ですか?さん の以下の書き込み
>>信者じゃなければ理解できない(中略)のでは布教するきないやん 笑
は、核心をついてますね。同意です。
天理教のホームページのトップに
「おつくしは命のつなぎ」=「天理教にお供えしなけりゃ命はないぞ」と堂々と掲載すればいい。
それができないということは、言ってる善亮ならびに本部も捏造教理だと自覚している証拠です。
まあ、通りすがりは 書き込めば書き込むほどアホがバレる墓穴を掘りまくって、
予想通り尻尾をまいて逃げて行きましたね 笑
通りすがり氏へ
言いたい事は山ほどあるが素直になれない人に何を言ってもダメなので省略する。以上。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
人の話を率直に聞く。自分の考えを述べ議論する。非があれば認める。人間はそうして互いに高め合い成長していくものだ。
青年勤めとはどう言う位置ずけか?
信仰を深め、高める場であると思うが、自由に使える都合のいい使用人として「酷使」している現状がある。大教会権力を持った人権意識の欠落した人間がこれから信仰に向かおうとすると未熟で当然の「これからの人」を牛馬の扱いをする現状に言葉を失う。この虐げられた経験をして天理教信仰から去っていく若者が多いのも無理もない。何故彼らはこれに気づかないのだろう?
天理教上層教会の人権意識の欠落。これは大問題だ。上層教会の若造後継者が親ほどの年齢の人に罵声を浴びせる場面を見るにつけ背中が凍る様な気分になるが、多くの上層部教会の人権意識の欠落は本当に致命的だと思う。かつて部落解放問題でも問題を起こしている天理教であるが、教祖の精神の真逆に有る現状天理教権力者の非情な精神に暗たんたる気分を覚える。
どうしたらこんなに冷酷非道な心を持ってなお、良心が痛まない平然とした心で過ごせる様になるのだろうか。信仰、修行、という名の虐待なのに。人の心の痛みに寄り添えない、敢えて心の叫びを平気で踏み付ける、こんな人間群は宗教の世界に居てはいけない。良い教会もあるにはあるが総じて天理教は社会悪だと心底思う。
何とかならぬか、、、
明確な階級社会だった江戸時代の感覚そのままで現代には合いません。「信仰、修行、という名の虐待」です。(いのちのことば社から「信仰という名の虐待」というブックレットが出ています。読むと参考になるかもしれません。)
友人から聞いて社会学さんを見に来ましたが、天理教を批判してる人が真ともで、迎合してる方がおかしいってどういうことでしょうかね?笑私の友人は批判派なのでまともで良かった(^。^)
ひとことはなしはひのきしん、なんて言ってますが、その一言一言が心に突き刺さるようでは、どうしようもなくなるんです。独りよがりの最たるものです。
教祖の言われた真意をはき違えた人達ばかりです。
何かに追われているような日々から一刻も早く遠ざかりましょう。
「私のスタンス」は東井朝仁氏の随想録「良い週末に」でした。
2013/02/28の随想でした。合わせて2017/10/05「サルビアの花(3)」、2017/07/06「52年目の同窓会」を興味持って
読ませていただきました。
教祖の真意云々どころの話ではないです。
匿名 様
2019年5月10日 10:58 PM
>天理教上層教会の人権意識の欠落。これは大問題だ。上層教会の若造後継者が親ほどの年齢の人に罵声を浴びせる場面を見るにつけ背中が凍る様な気分になるが、多くの上層部教会の人権意識の欠落は本当に致命的だと思う。かつて部落解放問題でも問題を起こしている天理教であるが、教祖の精神の真逆に有る現状天理教権力者の非情な精神に暗たんたる気分を覚える。
どうしたらこんなに冷酷非道な心を持ってなお、良心が痛まない平然とした心で過ごせる様になるのだろうか。信仰、修行、という名の虐待なのに。人の心の痛みに寄り添えない、敢えて心の叫びを平気で踏み付ける、こんな人間群は宗教の世界に居てはいけない。良い教会もあるにはあるが総じて天理教は社会悪だと心底思う。<
「上層教会の若造後継者」は、幼少期から「若」と呼ばれ、江戸時代の大名家や将軍家のような「若様扱い」で、周囲からチヤホヤされて養育され、人生の艱難辛苦を全く知らずにお育ちになられます。江戸時代の「若様達」ですら、もっとまともな躾や訓練を叩き込まれたはずです。
天理教の「若」と呼ばれる人達は、学資や家計の足しにするためにアルバイトに明け暮れている一般家庭の若者達とは根本的に養育環境が違うのです。二十歳代そこそこの天理教の「若」達は、トヨタのクラウンやレクサスといった高級車を信者の「お供え」で買ってもらい、何の億劫も無く乗り回されるのです。要するに「苦労知らず」でお育ちになるので、人の痛みや苦しみなど理解できるはずがありません。まして、人間として社会生活を営んでいくための最低限のルールや行儀作法さえご存知ではないのです。天理教という「歪んだ階級社会」の中でお育ちになるので、無理もない当然の結果と言えるでしょう。ご指摘のとおり、総じて天理教は「社会悪」です。「社会悪」どころか「法的悪」と言っても過言ではないでしょう。
数年前に脳梗塞を患ってるので乱文駄文を容赦ください。
私は関根豊松が東京時代に拵えた教会の三男坊で末っ子なのですが、天理教が嫌で嫌で中山みきが怖くて関根豊松が憎くて、都内の地元の中学を卒業後、親兄弟親族と縁を切り、地方の企業内定時制高校に進学し働きながら学び、その企業に定年まであしかけ50年勤務しました。当然「おさづけの理」などというものは持っておりません。
77歳になり、令和に改元になり、自分なりに素直に思うのですが、
幼少の頃、真柱や大教会長、上級会長、愛町関係者に土下座するのにはものすごく嫌悪感違和感があったのを強くおぼえております。
しかし、譲位された上皇上皇后両陛下、即位された天皇皇后両陛下をテレビで拝見したとき、自然と涙を流しこうべを垂れる自分がおります。
いろいろなお考えの方がいて当然ですが、私的に言えば日本には皇室があれば十分です。天理教は要りません。
人格の未熟と言うなら、あちこちで頭を打って自らの気づきで熟して行く希望があるが、産まれ落ちた時から人格が醸造出来る機会の無い環境下では頭を打つ場面に恵まれない。鼻持ちならない人間に与える薬は、苦労させる事だと思う。
大教会青年は使用人では無い。大教会住み込み人はお抱え調理人では無い。自分が尊敬に値するトップと思うなら、自分で運転せよ。自分の履物は自分で出せ。住み込み人や青年さんに土下座をさせるな。車のドアは自分であけよ。自分で締めよ。また大教会長奥方は自分の家族の皿くらい自分で洗って返せ。自分達が住む家族の玄関くらいは、自分で掃除せよ。枯れた花をいつまでも放置するな。プライベート玄関くらいは清浄に保て。玄関はその家の顔と言われる。いい服着て、大教会奥方だから言って大上段から一見立派な講和を垂れても、埃まみれの玄関とその奥方のお顔が結びつかない。大上段に立つなら、先ず玄関を掃除せよ。自分の食べた茶碗は自分で洗え。
世間に通用しない人間は、神の目にも通用しないのだと悟れ。
自分は神の話をする許しが整っているだろうかと自らの足元を見よ。
>「上層教会の若造後継者」は・・・人生の艱難辛苦を全く知らずにお育ちになられます。
人の痛みがわからないバカ娘やわがままボンボンに育つはずです。天理教とは関係ない場所で生活する体験があれば多少はましに育ったと思います。
でもこんなことももうすぐできなくなります。信者が年々減っている衰退期のカルトですから。お供えで車買おうにも信者がいないので。
今頃すみません。某〜すがり氏の御発言に
>>そもそも、信者が減少しているのは天理教だけではありません。寺院も全国に7万7千カ所ほどありますが2万カ所は住職不在で寺院の存続が危ぶまれています。キリスト教の教会が売りに出ています。数年前、成長の家の本部のあった土地が売却されています。その原因の一つは通信機器の驚異的な進歩によるものだと言われています。教団がどうの……そんな低レベルの話ではありません。議論するだけ無駄です。
人口減少 少子化、 人口密集 人口過疎の各地 働き方の多様化(農業 生産業 サービス業等)など、現状では各宗教団体もご発言のような状況でしょう。
問題はこのような状況にもかかわらず 上から 行事があるたび 前回以上の御守護といって 人集め 金集めの声(圧力)がかかることではないでしょうか?
最近は無理でしょうと聞き流す方も増えてきましたが 、あいかわらず声高に人集めを叫ばれる上の方々が 、、、、(すみません。的確に表現できる言葉が見つかりません。)です。
総会 こどもおぢばがえり 〜周年記念行事 、、、、
>某〜すがり氏の御発言に
全く、数字だけが先行している感じです。でも、キットみんな疲れているんですよ。あぁ~またかってね。
きりなしふしん何て言葉に洗脳されてお気の毒です。
某〜すがりさん、此処の方たちは皆さんそれなりに感謝の気持ちを持って過ごされていると思っているんです。
ただ、現行天理教の在り方に疲れてしまっているんです。そこんところを理解してください。
匿名
2019年5月13日
私は関根豊松が東京時代に拵えた教会の三男坊で末っ子 様
貴殿のご意見 拝聴させて頂き感謝しています。
「「上層教会の若造後継者」は、幼少期から「若」と呼ばれ、江戸時代の大名家や将軍家のような「若様扱い」で、周囲からチヤホヤされて養育され、人生の艱難辛苦を全く知らずにお育ちになられます。」
大教会後継者は大学や専修科を出た後は、何年か(大抵は結婚するまで)本部勤務や真柱宅で青年勤めするので、艱難辛苦をまったく知らないわけではありません。大教会直轄の後継者はたいてい大教会で青年勤めしますし。
熱心に お匂いがけ おたすけされている信仰者の方は いろいろ話をしていかれましたが、こんな御守護を頂いた これだけ立派になったというようなことをよく言われていました。
実際 深く知るようになると 教会を立て直したと言われる方の子供さんが引きこもりであったり、 夫婦が大事 女が台だから我慢忍耐するところと言われた方の娘さんが離婚したり(そのことにふれると相手とその家を悪く言います。)と 負の面というようなことを後から知る事になります。
人間の一生はいいことばかりではないですし、 一度も悪い事した事はないという人もいないと思います。
何でしょうか? この後から負の部分を知って 詐欺にあったような だまされたような気持ちになるのは?
(後から知る頃とは お月次祭参拝したり 別席運んだりしてる時です。)
>>大教会後継者は大学や専修科を出た後は、何年か(大抵は結婚するまで)本部勤務や真柱宅で青年勤めするので、艱難辛苦をまったく知らないわけではありません。大教会直轄の後継者はたいてい大教会で青年勤めしますし。
勤めを終えて自大教会に戻られた時 ご自身が真柱宅青年勤め 本部勤務でしてきた事と同じ事を他に求めるので問題なのでは?
道の路銀のおさづけの効能が 真柱宅 青年勤めや本部勤務する事で 医者もびっくり(言い過ぎですが)する程のものになるなら どMと言われても 喜んで青年勤めするのでは(人を助けたいという熱い想いの方が)
若様のおさづけで病気が という話も聞かないですし
自信を持っておさづけされる若様もいなくなってしまったのでは
この話では おさづけ 本席様 ナライト様 たまえ様 真柱様問題にさかのぼって 堂々巡りしそう
真義徳
2019年5月14日 8:53 AM
>大教会後継者は大学や専修科を出た後は、何年か(大抵は結婚するまで)本部勤務や真柱宅で青年勤めするので、艱難辛苦をまったく知らないわけではありません。大教会直轄の後継者はたいてい大教会で青年勤めしますし。<
「本部勤務や真柱宅の青年勤め」と「自らの生活の糧や学費を稼ぐための労働」を比較するのは間違っていると思います。たとえアルバイトという弱い立場にせよ営利追求が本務である民間企業で雇用されれば、失敗は許されません。失敗すれば当然のことですが厳しく叱られます。失敗を繰り返したり失敗の程度が大きければ即、解雇されます。解雇されれば当然、「生活の糧や学費」を得ることができなくなり、路頭に迷うことになります。雇用主に損害をあたえれば、損害賠償を請求される場合もあります。アルバイトにせよ正社員にせよ「労働」とは大変厳しく過酷なものです。「本部勤務や真柱宅の青年勤め」にそれほどの厳しさがあるのでしょうか? 「人生の艱難辛苦」と呼べるのでしょうか?
大教会の若様が本部で・・・といってもその苦労は永遠に続きません。「きりなしお供え」「きりなし理不尽」「きりなし苦労」で死ぬまで飼い殺しみたいな状況ではないじゃありませんか。いずれはいい思いができるとわかっているわけですから何とかやっていられます。多少の苦労があってもいい経験させていただいたで御終いです。そうではない身分の人は死ぬまで痛いだけの日々です。生まれてこなきゃよかったと愚痴っているんじゃないのかしら?
匿名 様
2019年5月14日 9:02 AM
>何でしょうか? この後から負の部分を知って 詐欺にあったような だまされたような気持ちになるのは?
(後から知る頃とは お月次祭参拝したり 別席運んだりしてる時です。) <
実際に、だまされて詐欺にあっておられるということに他なりません。
崩壊 様
2019年5月14日
そうですよね
クア〜っと思いますけど、なんだかスッキリしました。そういうことなら そういうふうに
ありがとうございました。
>>「本部勤務や真柱宅の青年勤め」にそれほどの厳しさがあるのでしょうか?
一応日本の文化と労働法に基づいているので、普通にサービス残業や日曜出勤、パワハラありです。
>>その苦労は永遠に続きません。
大教会長もこのご時世は一生楽できるわけではありません。わがまますぎると役員・信者に袋叩きにされて追い出されます。
大教会長クラスならまだ追い出せるが、中山王家は「献金しないと死ぬぞ」発言の方を袋叩きにして追放できないのが残念!
しかし下がどんどん消滅しているので、大教会もそのうち食えなくなって消滅ですな。役員も信者もいない、空気しか存在しない大教会が日本中にぞろぞろ。事情教会100%もありか?
天理教は言葉をもてあそばないでほしい。小学生クラスの子供に、白を黒と言い含めてしまう。
70年も前に親奥さんという方から聞かされたこの言葉が今も心の傷になっていることが分からないのでしょうか。
精神科医の上月英樹医師が「ことば」セラピーという本を出されています。言葉の大切さを改めて感じさせられます。
天理教関係者の方々に一読をお勧めします。この本を読めばいい加減な気持ちで前生の因縁なんて言葉を云いだせませんよ。
匿名様のご投稿(2019年5月13日 6:13 PM)
≫人格の未熟と言うなら、あちこちで頭を打って自らの気づきで熟して行く希望があるが、産まれ落ちた時から人格が醸造出来る機会の無い環境下では頭を打つ場面に恵まれない。鼻持ちならない人間に与える薬は、苦労させる事だと思う。
大教会青年は使用人では無い。大教会住み込み人はお抱え調理人では無い。自分が尊敬に値するトップと思うなら、自分で運転せよ。自分の履物は自分で出せ。住み込み人や青年さんに土下座をさせるな。車のドアは自分であけよ。自分で締めよ。また大教会長奥方は自分の家族の皿くらい自分で洗って返せ。自分達が住む家族の玄関くらいは、自分で掃除せよ。枯れた花をいつまでも放置するな。プライベート玄関くらいは清浄に保て。玄関はその家の顔と言われる。いい服着て、大教会奥方だから言って大上段から一見立派な講和を垂れても、埃まみれの玄関とその奥方のお顔が結びつかない。大上段に立つなら、先ず玄関を掃除せよ。自分の食べた茶碗は自分で洗え。
世間に通用しない人間は、神の目にも通用しないのだと悟れ。
自分は神の話をする許しが整っているだろうかと自らの足元を見よ。
・・・・・・・ ! ・・・・・・
以上、再掲させて頂きました。本当にご指摘の通りだ。笑ってしまう。
大教会長といえども結婚後に夫婦で布教に出られたのは本芝だ。
夫婦での単独布教の甲斐あってか、姉弟で比べると、信仰者として成長したと見る。
姉が数人いたが白百合というお嬢様学校に通っていた。そういえばあの姉たちはどこかの教会に嫁入りしているのだろうか。
天理教の教会長夫人は実家が教会の事が多いが、大教会出身者の奥さんの場合、何気に、お嬢様学校出身者がいて、天理貴族は中山家だけではないことに呆れてしまう。本芝だけではなく他の大教会子弟も金持ち学校に信者のお供えを使って通っていた。
須藤花井さんが残した言葉に、たしか、「5月になったら本部へ参拝する人は無くなる」というような言葉を退職信者様が紹介してくださっていた記憶がある。
(きちんと遡って再掲せず、あやふやな記憶で失礼します。)
5月に何が起きるのか、5月の月次祭の講話はどなたなのか、もしかすると大きな転換点ともなるような出来事が起きるのか、注視しているところだ。
そういえば、黒門は早々と撤去され、須藤花井さんのもう一つの予言にまつわる黒門自体を片付けるという対応もあった。5月も半ばの今、再度注意喚起させて頂いた次第。
真義徳 様
2019年5月15日 2:33 AM
>一応日本の文化と労働法に基づいているので、普通にサービス残業や日曜出勤、パワハラありです。<
日本の文化とは一体どのような文化を指しておられるのでしょう? 労働法に基づいているのならば、各都道府県の最低賃金をクリアしているのでしょうか? 本部勤務や真柱宅の青年勤めあるいは大教会の青年勤め等に対する報酬は「お与え」と呼ばれており、「給与」とは呼ばれておりません。「給与」と呼ばれていないということは、税法に基づく所得税や住民税の源泉徴収はなされているのでしょうか? また雇用主(教会本部や大教会等)が加入しなければならない社会保険や労災保険、雇用保険等に加入されているのでしょうか?
また、文章化された雇用契約書や就業規則が存在するのでしょうか? これらの諸条件を満たしていないのならば、法に基づく「労働」ではなく、「お与え」という「お小遣い」がついた「ひのきしん」と解釈するべきだと思います。
白百合ですか。幼稚園や小学校からのお受験か、遅くとも中学受験でしょうね。白百合は今はお嬢様学校じゃなく受験少年院ですので、入ってからも勉強はハードで塾通いは大学受験まで続きます。
年に何度かは神父が来てミサをやり、靖国の境内を通って登校するので、毎日靖国に一礼します。天理教的には、キリスト教のお勤めに出たり靖国に一礼をするのは×ではないのですか?
宗教法人「天理教」就業規則は、存在しますが、部次課長でも、その存在を知っている人は、総務課や世話課ぐらいでしょう。
傍観者 様
2019年5月16日 9:54 AM
>宗教法人「天理教」就業規則は、存在しますが、部次課長でも、その存在を知っている人は、総務課や世話課ぐらいでしょう。<
一体、どんな「就業規則」なんでしょうね。是非、一読してみたいです。(笑)
傍観者 様
このこと一つを取り上げても、いかに教団が隠し事をするか、一目瞭然です。
何のために就業規則があるのでしょう。多分、労働基準監督署対策だけで就業者に見せれば具合の悪いことを書いているのかもしれません。
本来、勤務者には採用日に就業規則の冊子を交付して人事か総務の担当者がオリエンテーションとして説明します。
就業規則を変更した場合は、使用者(この場合教団本部)と雇用されている者の代表者が連名で署名したものを労働基準監督署に提出することになっています。
一例ですが、忌引き休暇(特別有給休暇)は、両親及び子供は7日間。祖父母及び孫は5日間。兄弟姉妹は3日間。とか。(この期間は会社等によって様々です。特別休暇の無い会社もあります)
叔父叔母は3日間で無給休暇。ただし、ボーナスの支給時の評価はしない。いわゆる欠勤扱いではない、などを詳しく定めています。
就業規則には、勤務時間、休日、休暇、給与及び賞与の支給日、表彰及び懲戒規定、定年日、退職金支給規定など働くものにとって大切なことばかりが書いてあります。
教団本部ばかりじゃなく、大教会クラスはシッカリしてくださいよ。
崩壊さんが仰るように、是非、一読してみたいです。(笑)ですね。
世間では、コンプライアンス(法令順守)が当たり前の昨今で、就業規則を守らない?これは大問題ですね。教団は弁護しいましたよね。法令順守させない弁護士はどんなんでしょう?
教義も適当、法律も適当、ただただ中山様が~
何年もつのやら笑
初めての投稿します。
何年もこのサイトを見ております。
初めて知ることや、同じ気持ちを持ってる方がたくさんいることを知りました。
質問ですが、
この先、天理教の体制はどうなって行くのがいいのでしょうか?
素人の私が直感的に思うのは、先ずは組織の上下を無くすこと。大教会は一分教会になり横一列の横並び組織とする。各地域に横並び組織を作ってそのトップを世話役として地域内の総意で決める。世話役は順番制でも良い。強制では無く高齢会長の拒否の意向は当然汲み取る。役割分担は決めても、あくまでも役割の分担だから、徳が高いの、低いのと言う発想を無くする。
今ある信者数人、後継者無しの事情教会は順次信者、会長が出直した後には廃止教会とする。末代の名称の理等の意味不明の文言に惑わされず、 「終了教会」で良い。
今のように他所から形だけの会長を派遣したりして数の確保に努める事はしない。
これで会長は教会を閉めるまで追い出される事なく暮らせ、穏便に終了出来るし、教会の数も順次整理出来る。(教会跡地は本部の召しあげになる思うが、宗教活動をしない更地の税金は本部が払うのか?ここが知りたい。)
推挙されて世話役になった教会は教区教務支庁を事務所にして任に当たる。この時点であくまでも現在横行している土下座を強いる様な発想は無くなっている。和気あいあいと元大教会長と末端が談じあい協力し合って睦みあう姿となる。信者からの献金は自教会の活動に支出し、余剰金が出れば教務支庁会計部に集約し、各教会の実態に応じて総意で平等に分配する。
教会長の就業を可能とし、各種ひのきしん、行事を厳選して精査し、就業しやすい環境を整える。
お供え金、人数集め等体裁確保の価値観を是正し、自由な活動を各教会に委任する。教会としての悩み、苦しみがあれば共に支え合う。月次祭は地区の教会が寄り合って実施する。野菜等の神饌代は地区で各教会に平等に分配する。各教会はお供え金に頼る事なく経済的に自立し、身も心も豊かになって世の人の助かりを願う活動をする。各教会は定額を教務支庁に拠出し、現存の上納金システムは廃止する。そうなると本部の存在意義は何だろう。ほぼ地方で完結する。本部の意味も、本部員を養う意味も無くなるか?本部員はたちまち食い上げか?
現実に目を落とすと何と無意味で、意味不明な活動に精神と肉体と、経済基盤を浪費している事だろう。
嘆きつつ気高い理想を持って妄想しております。失礼しました、、。
>>トップを世話役
ッ現体制の流れだとその世話人は本部員がやることに成るのでだめでしょうね。中山家はじめその血族とその中山贔屓派が本部をだめにしてるので、まずその淘汰ですね。それが出来ないなら天理教は、中山教に改名したらよいと思います。
そもそも中山教はおろか天理教という教団の必要性は無いです。今までも「天理教と掲げて中山教を作り出した」わけですから、
ただ、教祖が残した教義がこのインターネットに存在しそこで議論が行われている事が後世にも大変意義のあることになります。
教団(中山教)は何も残す事は出来ないでしょう。
「諸行無常奢れる者久しからず」あらため「奢れる中山久からず」でしょう。
5月16日PM7.29さんの書き込みにもろ手を挙げて大賛成!上下の区別はおかしい。いつも「一列兄弟」「高山も谷底も同じ」といっているのだから。もちろんお供えに頼らない教会にすべきです。王家と天理貴族たちは金が入ってこないから嫌がると思うが、今収入が途絶えても実は遺産で十分にやれる。
今後の天理教について質問したものです。
具体的な流れを説明頂いてありがとうございます。
なるほどぉーーと感じました。
本部員というものが、完全にいらなくなりますね。
では元のぢばはどのような管理をするのがいいのでしょうか?
親里館を取り払い、甘露台のみとし…そんな感じですかね…
それと、
そのような体制を整えるには何から始めたらいいのでしょうか?
天理教が衰退するのを待つ?
世間から叩かれるのを待つ?
徒党を組んで下克上?
それとも神様からのきついきついお仕込みをして頂くか?
その前に何かいい方法があればいいと思うのですが
どうですかね。
>そのような体制を整えるには何から始めたらいいのでしょうか?
ソフトランニングで改革は出来ないでしょう。
まず最初に、天理教教会本部が貧に落ちきることです。
本部にいても、何のうま味も、得する事もなければ、肩書きと立場に胡座をかいている人は逃げ出すでしょう。
少なくても良いので、純粋に教祖の教えを求めている人だけが残れば、それでいいのです。
その為には、まずお供えをしない、もしくは減らす事を実行しましょう。
5月16日PM7.29さんの書き込み 私も同感です。
天理教は上下組織ですので、まずは大教会がなくなれば、本部もなくなると思います。
大教会をなくすには各分教会が統合、整理されて上納金がなくなれば自ずと消滅すると思います。
教区を中心として地区の教会が協力すれば本来の里の仙人に近づけると思います。
本部は不動産をすべて天理市に売却してかんろだいの周りは芝生にしてもらえたらいいと思います。
おつとめはそのまわりでかんろだいづとめをしていただいて その姿を万人に見られるようにお願いします。
新しい天理教はおつとめ、おさづけよりも真に人様に助かってもらう団体でありたいと思います。
介護、学童、アフリカ支援など困っている人は世の中に一杯いるけれどもそれを行える人は本当に少ないと
感じます。
天理教と掲げ中山教という異端をはじめた中山教団がこのような姿になるのは必然だったのでしょう。
教団(中山教)の朽ちて行く姿、中田善亮はじめ教団上層部の虚言と欺瞞と愚者の醜態を楽しむのが今後の本当の天理教です。悪は朽ちて地に帰ればよろし
匿名
2019年5月15日 様
>>須藤花井さんが残した言葉に、たしか、〜
自分も気になります。無精ですみません。どなたかご存知ですか?
組織はなくとも信仰できる!
2019年5月18日 9:58 AM
>本部は不動産をすべて天理市に売却してかんろだいの周りは芝生にしてもらえたらいいと思います。<
天理市は財源のかなりの部分を天理教からの寄付金に依存しています。天理市内の土地の相当な面積を天理教の敷地や構造物が占有しており、それらの敷地や構造物は宗教法人名義で登記してあるので、固定資産税を課税できないのです。これまで、天理教は天理市の固定資産税収入を「穴埋め」するために、天理市に対して相応の寄付をしてきたはずですが、信者数が激減し教団に入る「お供え」も激減しつつあると考えられるので、近い将来、これまでのような多額の寄付もできなくなるでしょう。即ち、天理教の懐具合が悪化すれば、天理市という一地方公共団体の財政も悪化し、財政破綻の危険すら生じかねないのです。現在、天理市自体も財政が決して豊かではないので、天理教の敷地を買収したり、天理教の構造物を解体して芝生広場にするような財政力はありません。天理教が衰退すれば天理市の財政も悪化し、北海道の夕張市のように赤字再建団体に転落する可能性もでてきます。天理市という特殊な地方公共団体が抱える宿命とでも言えるでしょう。
天理教が過去現在に至るまで、宗教法人ゆえに、天理市に寄付と言う形で税金の穴埋めをして来たのなら、今後低迷期を迎え、寄付出来ない状況になった時、お金が無いから寄付出来ません、で天理市の土地をただで占拠し続ける訳にはいかないでしょう。「物納」せざるを得ないでしょう。或いは地方の消滅教会の不動産売却とか。
現在、利用実態がほぼ無くなっている詰所やお荷物になっている給食配送センターなど、維持するだけで無駄金が消えている上物は天理教本部の責任で解体し、更地にして順次天理市に物納する。地方の消えた教会の不動産もお金に変えるでしょう。
宗教法人としてお金に困っている本部は必然的に縮小され、地方の教会も整理統合され、ひたすら消滅に向かう道筋はこの先10年スパンで見て行けば、ほぼついていると思います。
現在、詰所維持管理は大教会責任下に置いていますが解体を各大教会に命令したとしても、大教会自体が膨大な借金を抱えているところも多く、本部の意向を受け入れる体力が無くなっている。受け入れると信者一揆が起こるでしょう。要するにもう身動きの取れないどうにもならない状況がすぐそこに見えていると言う事です。
表統領が嘘でくるんだ銭ゲバ教理をいつまでも吐けば、今後も信者が増える要素は無い。天理教が生まれ変わるには彼が嘘をつかず、お金に頼らない真実の信仰を呼びかけることしか無いと思う。
そして永きに亘る中山教中山家は今後きちんと天理市、天理市民にご恩報じをする義務を持つ。
匿名 様
2019年5月18日 7:47 PM
>現在、利用実態がほぼ無くなっている詰所やお荷物になっている給食配送センターなど、維持するだけで無駄金が消えている上物は天理教本部の責任で解体し、更地にして順次天理市に物納する。<
仮に天理教教会本部が不要な構造物を解体し、更地にして順次天理市に寄付したとしても、寄付された側の天理市がその土地を当面の間、維持管理しなければならず、維持管理に要する多額の費用が市の財政を圧迫しかねません。また寄付してもらった土地を公共用地として再利用し、公園なり公共施設を新たに造るにしても莫大な経費がかかるので、天理市としても諸手を挙げて寄付を受け入れないはずです。結局、天理教の衰退と天理市の財政悪化は同時進行で進み、市が財政破綻する危険性すらあります。天理市の財政が破綻すれば、一番迷惑を被るのは天理教とは何の関係も無い一般市民ということになります。
物納と言っても、天理市としてなんでもかでも不動産を渡されても困る、確かに維持費もかかりますしね。
今迄天理市と天理教が持ちつ持たれつで、お互いに依存し合い良好な関係が結べていたが片方がコケると両方ともコケる構図ですね。天理教が転けるのは自業自得だが天理市民には本当に申し訳ないと思う。
天理市は天理教からの寄付が年々確実に減少している実態は認識しているはずだから、今後は天理教に頼らず(頼れず)独自の生き残り政策を打つ必要に迫られると思う。信者の一人として何の関係もない天理市民に今後ご迷惑をかけお恥ずかしい実態の天理教団がこれから先、為すべき寄付も出来ず、ご恩返しも出来ずに衰退して行くだろう事に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。
近頃、【上級国民】たる言葉が世間を賑わせている近頃ですが、匿名2019年5月19日 6:06 PMさんの 天理市に申し訳ない。との言葉はなんだか考えさせられる。教団上層部と言われる中山家と血族など上級本部員は天理市や天理市民から著しく評判が悪いと皆さんも聞いた事が有るでしょう。土地の買収問題、神社の強引な移転(三島神社問題)などをはじめ、被差別部落地域の人との諸問題、公共の場の暴挙 などを聞いた事が有ります。実際天理市内に現れる右翼団体の街宣車は一般市民や被差別部落地域の人の依頼がほとんどだったそうですが、最近では天理教と各教会長からの依頼もあるそうだ。各問題起こし示談(金銭解決)の流れが殆どらしいですが、これらの問題解決には、漏れなく中田善亮氏の名前も出てくる。これは誰でも知っている有名な話だそうだ。昔から目立ちたがりの性格でプライドも高く、性格も粗暴、激情を起こし暴力を振るう姿も散見されてるらしい。旧姓中山善亮と三代真柱の次男として教内でも勤めていた為目撃者は多数確固たる証拠や証言が多数存在すると聞く。挙句の果てに、【金の繋ぎは命のつなぎ】と教義改ざんとは知的劣化も甚だしい人との人物像しか浮かび上がらない。しかしこれらの事は彼だけでなく、上層部と言われる上級本部員には多く見られる人柄らしい。
(天理教)教団の上層部が教義改ざんを容認、黙認などどんな形であれ認めてしまった以上天理教はもう存在しない。あるのは中山教という子供も騙せない陳腐な偶像崇拝の集団でしかない事は明らか
彼らは何をしてもいいのか?それは許されず。甘露台倒壊、真柱病気、教団縮小、そして資金難の多重苦に陥り改善策はただ中山家が教団を立ち去る事ぐらいしかもう見出せない悲惨な状態これは悲劇なのか?それとも喜劇なのか?俺が天理教だ!と言わんばかりの真柱の実弟中田善亮の改心の一撃が「金の繋ぎは命の繋ぎ」とこれはもう笑いもの以外の何者でもない惨事各教会の信者は激減する一方
池袋暴走事件の加害者87歳の無職・飯塚幸三氏(旧通産省・元工業技術院長)この事件の加害者はいまなお逮捕されていない。この状態に一般国民がイライラを隠せずイ大炎上を起こしている。
国家であろうが宗教団体であろうが大会社だろうが、自らを自制できない組織は滅びる一方 奢れる者は久しからずとは正にでしょう。あの平家ですら滅びたのですから
<上級国民は逮捕されない?>刑事司法の不正を放置してはならない
記事抜粋
4月19日、池袋でトヨタ製乗用車プリウスが暴走し、自転車で横断歩道を渡っていた松永真菜さんと、娘の莉子ちゃんを殺害する事件が発生した。加害者は87歳の無職・飯塚幸三氏(旧通産省・元工業技術院長)である。この事件の加害者はいまなお逮捕されていない。
https://blogos.com/article/377991/
天理教を信仰してるのが恥ずかしい @usjV189qSdRRQgI
さんのツイートより
>>既にご存知の方もいらっしゃるとは思うが、真柱の病状と並んで、
>>天理教の財政難も深刻らしい。
>>今すぐと言うことはないらしいが、近い将来様々なことが行われるらしい。
>>取り敢えず近い将来行われるであろう事柄を列記しておきたい。
>>①炊事本部、詰所配食の廃止
>>②教校学園高校の廃校、天高I・Ⅱ部への統合
>>③天理大学の移転(耐震性問題)
>>④憩の家の規模縮小
>> その他としておやさとやかた真東棟、真南棟の耐震性の問題
>>(こちらも費用が無く工事を行えない)等
>>が話し合われているそうです。
炊事本部が廃止になったら帰参者の食事はどうするんだろう?弁当持ってこいって?
それとも各詰所に委任?市内の定食屋やレストラン等でまかなうのだろうか?(…..まかなえる人数に近い将来なるでしょうね。)
こどもおぢばがえり期間の食事は?あのカレーも無くなるのか?
大学移転ってどこに移転するのだろうか?大学のある棟だけ耐震工事をするほうが安く済むのでは?
真東棟が古いのはわかるが、真南棟ってそんなに古くないのでは?
等の疑問が湧きました。みなさん何かご存知ですか?
散々末端や信者から搾取しておいて、無計画に湯水のように金を使ってきてこの始末。
情けない!!
とにかく信者がいないのですから、教会はお供えに頼らずに、本部は上納金に頼らずに、天理市は教団からの寄付に頼らずに、経済的自立をしなくてはなりません。教会長の事情働きや立地条件に応じた事業を本部は奨励すべきなのに、未だに旧態依然として道一条がよいとか、バカも休む休みいえ。
物納でなくても更地にさえなれば大阪まで1時間の通勤時間から考えれば、十分不動産として住宅地として利用可能かと思います。更地にする費用がないというのが問題です!
各詰め所を更地にするだけでも何百万、何千万の金が必要になるからです!
それと各詰め所は自分勝手には売却する資格がないので、売ることも、更地にすることも本部が権利を持っているので何もできないのが現状です!
いざとなればマンダイのように本部は売却して現金にかえるだけのことだと思います。
組織はなくても信仰できる! 様
2019年5月20日 12:08 PM
>物納でなくても更地にさえなれば大阪まで1時間の通勤時間から考えれば、十分不動産として住宅地として利用可能かと思います。更地にする費用がないというのが問題です!<
大阪や京都に毎日電車通勤する人達にとって、最も重視されるのは、通勤時間と乗り換え回数です。近鉄天理駅から大阪市内や京都市内に毎日通勤する場合、少なくとも1回以上の乗り換えは覚悟しなければなりません。また、大阪市内や京都市内のターミナル駅から勤務先まで、更に乗り換えを要する場合もあるので、残念ながら天理市は大阪や京都のベッドタウンとしての利便性は乏しいと思います。生駒市や奈良市あるいは香芝市や王寺町のほうがベッドタウンとしての利便性は遙かに高いと思います。近年、少子高齢化が進み、生駒市や奈良市内でも空き家が増えているので、現役のサラリーマンは生駒市や奈良市あるいは香芝市や王寺町で中古物件を購入するか、空き家の跡地を更地にした場所に新築された住宅または、新規造成された住宅地に住宅を購入すると思います。
ともあれ、天理教の衰退は一般の天理教信者のみならず、天理市という一地方自治体にも甚大な損害を与えた、また今後も与え続けるであろうと思います。天理教教会本部の幹部及び大教会をはじめとする上級教会はその責任を十分自覚し、社会的責任を負う必要があります。宗教法人を自称するのであれば、なおさらのことです。「お供えは命のつなぎ」などと訳の分からない馬鹿げたことをほざいている場合ではないのです。
>天理市は教団からの寄付に頼らずに、経済的自立をしなくてはなりません。
もし天理市の市長が天理教信者だったら、そう簡単に寄付はやめさせないのでは?
言葉は悪いが天理市と天理教は癒着しているようなもんでしょ?
市長選・市議選はどうなんでしょう。
天理教の信者が多いから黙ってたって信者の候補者に一票入れるんじゃない?
今のうちに手立てを打っておかないと財政破綻は現実になりますね。
こどもおじば帰りのカレーはレトルトだった時があったと思います。レトルトでやれますよね。
大教会の年祭の時は弁当屋から相当の数の昼食弁当を取ってました。なので詰所は宿泊する人数が激減してますから、それぞれの詰所に任せて好きな所からお弁当の配達をしてもらえばいいでしょう。
詰所のお風呂の貸し借りは既に始まっています。電気は一箇所だけにして節約せざるを得ない状況です。既に相当の行き詰まり感があり、だからこそ真っ暗で幽霊屋敷の様です。
耐震構造になってない多くの古い詰所が今後手を加える金銭的余裕などあるはずもなく、需要の無い老朽建造物は解体した方が現実にそっていると思うが、、いかんせん解体費用が無いのだから前にも後にも進めない。身動きが取れない。
表統領は、金、金とお金にこだわっていてそれが手に取るようにわかるのだが、この苦境の本質が見抜けず賢明な舵取りの出来ない彼は本当にどこまでも愚かなリーダーだと思います。
>>③天理大学の移転
そして更に縮小?あの大きな図書館はどうなるのでしょう?
信者が減って使うあてのない詰所は奈良を訪れる外国人向けの安宿にすればいいと掲示板にありました。奈良は安宿が少ないので外国人は大阪や京都の安宿を利用しているとか。
真義徳 様
2019年5月21日 6:24 AM
>そして更に縮小?あの大きな図書館はどうなるのでしょう?<
国立国会図書館関西館奈良分館として利用できるのではないでしょうか?
江戸幕府の参勤交代制度によって諸大名は疲弊のどん底に陥った。それに待ったをかけた福井藩主・松平春嶽の提言でようやく終焉を迎えたが、時すでに遅しであった。
最も、江戸幕府が終焉を迎えた理由はほかにもあったが。
天理教も何時までこれに似た制度を維持できるのか。世界宗教には程遠い諸々の制度改革なくして、何ができようか。
海外からのおさづけ拝戴待機者は、待てど暮らせど来ぬ人を待つがごとく費用の限界だとか。本部が負担するわけでもなく、月に数人のおさづけのお運びではどうにもならないでしょう。教団が自ら墓穴を掘っているようなものではありませんか。
何もかもが終わってしまったのかもしれません。
天理大学移転となると新築でしょうが宗教法人と学校法人は別会計なんでしょうか。憩いの家も医療法人で、天理教とは別会計なのでしょうね。どちらにせよ天理大学も人気のない大学で、受験希望者が各学部定員割れだったと思います。憩いの家も今では医療水準がかつての水準からは相当落ちていると思います。親族に付き添い十数年前に期待を込めて受診させましたが、対応も冷たく、一般の病院と何ら変わらず、遠くから旅費をかけて行ったのにとても残念な気持ちになった覚えがあります。
参考館も図書館も文化財としての価値はあると思いますが、今の凋落を迎え金食い虫でしょう。天理教がかかわって派手に展開した各種法人は今では時代遅れや魅力のない物になり、天理教としての宣伝効果はありません。奢れるもの久しからず。何もかもが右肩下がりですね。本部の欲の心と現状が反比例してますね。面白いものです。
後、二代真柱のわかえの家も喫茶店か何かに売却すればいい感じのお店になりそう。
あんな物は移築して保存する意味は無い。若造の為に信者のお金で贅の限りを尽くした代物であり、腹立たしくて見たくも無いです。
東風Z 様
2019年5月21日 8:31 AM
>江戸幕府の参勤交代制度によって諸大名は疲弊のどん底に陥った。それに待ったをかけた福井藩主・松平春嶽の提言でようやく終焉を迎えたが、時すでに遅しであった。<
松平春嶽のような聡明な名君、また、時代の趨勢を見通せた勝海舟のような幕臣、あるいは、土佐藩を脱藩した坂本龍馬のように、江戸時代から明治時代に移行する時期(明治維新)には、日本の将来を憂い、後に「維新の志士」と呼ばれる傑出した優秀な人材を数多く輩出しましたが、天理教が終焉を迎えようとしている今日、旧態依然とした組織体制にしがみつき、己の安穏な生活ばかり追い求めている天理教幹部並びに上級教会の連中の中に、そのような優秀な人材は皆無だと思います。「天理教の終焉」を見とどけるほかありません。まさに時すでに遅しです。
匿名 様
2019年5月21日 10:38 AM
>天理大学移転となると新築でしょうが宗教法人と学校法人は別会計なんでしょうか。憩いの家も医療法人で、天理教とは別会計なのでしょうね。どちらにせよ天理大学も人気のない大学で、受験希望者が各学部定員割れだったと思います。憩いの家も今では医療水準がかつての水準からは相当落ちていると思います。親族に付き添い十数年前に期待を込めて受診させましたが、対応も冷たく、一般の病院と何ら変わらず・・・<
もちろん、宗教法人と学校法人、医療法人は別会計のはずです。同一会計ならば、税法その他各種法令違反であり、会計検査院、国税当局、文部科学省、厚生労働省等の官庁から即刻、指導なり査察が入るでしょう。「憩いの家」に関しては、看護士の入院患者に対する対応が非常に悪いという噂も近親者から耳にしました。あまり評判は良くないようです。
>参考館も図書館も文化財としての価値はあると思いますが、今の凋落を迎え金食い虫でしょう。天理教がかかわって派手に展開した各種法人は今では時代遅れや魅力のない物になり、天理教としての宣伝効果はありません。奢れるもの久しからず。何もかもが右肩下がりですね。本部の欲の心と現状が反比例してますね。面白いものです。<
同感ですが、二代真柱が個人の趣味で集めたらしい参考館の収蔵物や天理図書館の蔵書は、文化財的価値が高いものが多いので、せめて、収蔵物や蔵書だけでも、公的機関に寄付し維持保存すればよいと思います。
>後、二代真柱のわかえの家も喫茶店か何かに売却すればいい感じのお店になりそう。
あんな物は移築して保存する意味は無い。若造の為に信者のお金で贅の限りを尽くした代物であり、腹立たしくて見たくも無いです。<
全く同館です。信者の「お供え」で一個人の勉強部屋(実質は家)として東大阪市内に建築し、その用途が済めば、わざわざ天理市に移築し、信者の「お供え」で維持管理しなければならない程の価値のある建築物でしょうか? 文化財的価値があり解体できないのであれば、国や県にでも寄付し維持管理をしてもらえばよいと思います。
「金の繋ぎは命の繋ぎ」等と公言して教団事態黙認し是正もせず肯定しているという状態である以上、もう宗教とつけるのもおこがましい状態です。所詮「中山家のわがままを通す集団」なだけでしょう。【虎の威を借る狐】という言葉がありますが、「宗教(天理教)の衣を借りた中山家の御都合集団」ですよね。
1.金の繋ぎは命の繋ぎ が天理(天の理)なのか?
一般企業など一般人の生活などそんなものは世の中に有り溢れています(笑)
2.世の中に有り溢れているものに、宗教という特別性を持たすべきなのか?
特別性もたせる意味は御座いません。ただ宗教を利用しての集金なので一般的に考えても霊感商法に当たります。
3.「その言葉は教会に言った言葉で信者に言ってない」との言い訳だったそうですがそれは通用しますか?
通用しません。会報などで公式に表明した言葉で教会でだけでなく信徒に向けての言葉と明確に見てとれますし、中田善亮氏の本心をそのまま発言しただけでしょう。
なんとも見っとも無い対応、この対応を見ただけでその組織がどのような組織状態か?は誰しも察知します。
もし仮に
4「それは中田善亮はじめ教団の一部上層部の発言ですので!」と仰る信者さんがいたとします。
しかしこんな言葉は世の中で通用しません。そのような宗教はおろか霊感商法に触れるかもしれない発言をする人を代表に置くような組織に入れるそのあなたの精神を世の中は疑います。
つまりこの教団の宗教としての信用と信頼を置くまともな社会人はい無いでしょう。世の中から見ても「なんのご利益無いのに金?はおろか、迷惑こうじてるのに金?ですか?」となるだけです。
このような内部状態である以上にをいがけと称する布教はまず良い成果はでません。
宗教として「これを言ってはおしまいだわ!」って発言をしてしまったんですよね。拝金教団にでも名前を改名すべき状態でしょうね。
何もしなくても毎月決まった額が入ってくると考えている、本部、大教会の意識が変わらない限り
天理教は変わらないと思います!
ですので知恵も改革も何もなく指をくわえて崩壊するのを待つのみだと思います!
末端教会がどれだけ苦労してお供えをしているのかをわかろうとする上級は一つもない!
毎月7万のぎりぎりで生活する苦労を上級も大教会も本部もやってみればいい!
>何もしなくても毎月決まった額が入ってくると考えている、本部、大教会の意識
これは下の人間にも原因を作った要素があります。上を増長させてしまったのですから。
匿名 様
2019年5月22日 5:41 PM
>これは下の人間にも原因を作った要素があります。上を増長させてしまったのですから。<
下の方々は、人が良く素直で善良で疑うことを知らなかったので、騙されてしまったのです。洗脳されやすかったのです。決して責めるべきではありません。責めるべきは、そうした善良で素直な人達を騙し続け、人の良さにつけ込んで、甘い汁を吸い続けてきた上の連中です。
カルトっていい人ばっか狙いますよねw。学会員もエホバの証人も、末端は上にバカがつくくらい「いい人」だったりします。創価学会やものみの塔聖書冊子協会は、ターゲットとする人物を上手に選んだもんだといつも思いますわ。反乱を起こす不満分子になる可能性の低い人や、カルトの厳しい要求に耐えられる人だけを、ターゲットにして上層部は肥え太っていく・・・。
みちのともを読んでいたら、布教の家卒寮時のアンケートで、若い寮生がおつくしお供えについて質問があった時、上手く答えられなかったそうである。これを受けて一昨年からお尽くし、お供えについての説明を行なっているとの事。
鉄は熱いうちに打て、だろうか、真っ白い若者に、命を繋ぎはお金とあの手この手で洗脳していく。世間の未信者をかつての我々の様に貧困に巻き込んでいく。
心ある教祖の信奉者が何とか大切なお金が現在の腐った本部に行かないよう腐心していると言うのに、、と思ってしまう。
若者よ、真実を知り、真実に目覚めよ、と切に願う。
匿名 様
2019年5月23日 12:25 PM
>みちのともを読んでいたら、布教の家卒寮時のアンケートで、若い寮生がおつくしお供えについて質問があった時、上手く答えられなかったそうである。これを受けて一昨年からお尽くし、お供えについての説明を行なっているとの事。<
自民党が、相次ぐ国会議員の失言対策として「失言防止マニュアル」なる冊子を作り、与党議員に配布しているようですが、天理教もよく似たことをするものですね(笑)。人間というものは、国会議員であろうと布教の家の若い寮生であろうと、個々の立場に関係なく、また、宴席等での飲酒の有無にかかわらず、TPOに関係なく、ついつい自分の本音(本心)がでるものです。古参の国会議員とは違い、布教の家の若い寮生は、相対的に人生経験や社会経験が浅く純真なので、教会本部に都合の良いように「おつくし」や「お供え」の誤った教理を若い頭脳に刷り込みやすい(洗脳しやすい)という本部側の単純で浅はかな考えからでしょうが、布教の家の若い寮生の中にも良識を持ち、物事の善悪の判断ができる若者がいるはずです。誤った教理を刷り込まれれば、きっと反発し嫌気がさして天理教から離れていく者もでてくるでしょう。教会本部がそれほどまでにして金儲けに徹したところで最早無駄です。天理教は既に終わっています。
昨今天理教中山教団と称される教団の上層部の悪は、「悪人なのに善人ぶっている」事です。こちらのサイトでは、教理と言われる教義 教祖は善だが後の奴等が悪である。等で語られていますが、正直その論点もさほど意味が無く一般常識で考えますと、「神や宗教などをねたに善良な振りしてそれを生業とする信仰宗教団体は全て悪なので新興宗教はカルトです。 」と言われ嫌われます。
この論点で話すと、通りすがりくん 見たいに「信者にしか分からない!」という逃げ文句で教団の人間は逃げるのです。「分かる人にはわかる」という言葉も多用されるようですが、それを言い放つ天理教中山教団の人に分かってる人はいません。いるなら、こちらで匿名でもかけるサイトに現れて説くでしょう。
信仰の自由 もそれで良いですが、思想信条の自由では今ではLGBTなどでも認められるのでLGBTとさほどかわらないとも見て取れます。
LGBT問題も先天的なもの意外実際は精神疾患の部類のようですがそれを言ってると精神科も大変なので諦めたようです。
布教の家で「お供えについての説明」そしてそれもウソや悪の説明に他ならないわけです。
「神や宗教など善良な振りしてそれを生業とする信仰宗教団体は全て悪なので新興宗教はカルトです。 」
との世間一般の認識、社会的常識をも打ち崩す事はできないでしょう。
新興宗教家は世間一般では詐欺師など悪人として分類されてます。
善亮氏が臨時集会の席上、「現状を真摯に見つめ直し、今の実力をしっかり把握して、できることからさせていただくことが重要」と発言している。
今の実力とは、今現在の低迷をしっかり認識してると言う事ですね。
「今の実力」と言わざるを得ない現状を招いたのは他でもない中山家一統じゃあないのですか?原因がどこにあるのか、それを考えるべきです。不要になった建築物の統合とか、閉鎖とか、解体とかそんな目の前の事ではなく、宗教の命と言うべき教理を元に戻す事ではないのですか?教祖が知ったらびっくりする様な現在の上下組織を抜本的に解消する事。存続の生命線と言うべき教理を「金と引き換えに守護する」と言う様な嘘っぱち教理に変え、教祖の思いとは対極の場所へ信者を連れて来た。
教祖の教えとその実力は当時に於いても相当の世直し、世の改革力、革新的な平等思想、世の中を変えるだけの相当の実力はあったはずです。だからこそ爆発的に人がついてきたのです。
善亮さんが出来ることからさせていただく、と言うが何をするのだろう。上下組織の解体。それが出来るか?「ピント外れの出来る」ことをしても根本的解決からは程遠い。旨味を知ってしまっている彼が、それをする筈もなかろう。じわじわと衰退するのを我々は見ていく事になるだろう。
あの威容を誇っていた黒門も再建する体力がないらしい。安全上危険物だったと言うなら安全な物を再建すれば良かろうに、嘘っぱち教理で人々を惑わしているから神の怒りをかい、中から人が離れ、世間からも冷笑され、体力(お供え金)もじわじわと奪われている現実である。私としては、金集めではなく真の人助け団体に所属している誇りを持ちたい。
中田善亮「現状を真摯に見つめ直し、今の実力をしっかり把握して、できることからさせていただくことが重要」
中山家が出来ること?「中山家自ら責任を取り教団を後にするか 教祖の教理に背いた以上解散しかないでしょう。」
早かれ遅かれそうなります。甘露台の倒壊、真柱身上、今後も続く「成ってくるのが天の理」その原因は、正に中山教団が教理を歪め法人の乗っ取りをした報いじゃないでしょうか? 立ち去るべき、悲惨な惨劇が起こる前に全責任を負い中山家が教団後にするか あるいは解散すべき
新興宗教家は世間一般では詐欺師など悪人として分類さん
が仰った様に、現在の教団にはこの低迷を回復はおろか維持する能力も無い。それほどの才が中山教側に居るのならば、ここに現れるでしょう。中山教からするとここで教えを説けばよいのではないでしょうか?インターネットの討論で勝てない以上現実では今後先は無いでしょう。その知恵がない論破する知恵が無い訳ですし、そもそも正しい知識も持っている方はもう中山教団を離れたでしょうしね。
「金と引き換えに守護する」とはいい例えで、これでは暴力団と同じです。どこのおバカなんでしょうかね。恥ずかしすぎて目も当てられない。
>善亮氏が臨時集会の席上、「現状を真摯に見つめ直し、今の実力をしっかり把握して、できることからさせていただくことが重要」と発言している。
実力発言・・・ワロタ
こんな衰退まっしぐらのほぼカルト宗教団体の実力?て・・・なんや
まだなんか変な夢見とるようやな、ゼンスケパンダは・・・
まあ、いい夢見なはれ、間違いなく坂道を転がるように落ちぶれていっているのは間違い無いのは間違いないので・・・
それにしてもほんま懲りない奴らよの〜
頭の回路がどっかおかしいで・・・
じゃないと実力云々なんて言葉自体が出てこんわ・・・
だいたい実力は営業所たる教会の大半が死に体でっしゃろ?
だいたい実力とか言える段階では無い。どうやってこの衰退組織を整理統合し出直すか一度人事などを刷新するかだろ?まあ人事刷新ならパンダは退場やけどね。
人事刷新ゆーても閉鎖的内輪だけでやってるから自浄能力が全き無いから絶望しか無いけどね。
ほんま笑わしてくれるね・・・てかこれからどんな風になるのか見ものやね。
ええ酒の肴になるわ・・・
ちなみに私、末端教会ですが立派?な教人ですので悪しからず・・・
でもやー組織の実力云々じゃねーだろ!
教内の民の叫びに耳を貸せ!ってんだ。このクソ野郎!
北朝鮮のトップが国民が飢えて苦しんでいるのに我が国の実力はどんなもんだ?ロケットも持ってるし・・・てか
似てるな。
信者が空気のみの教会だらけになっている今の実力でできること?
そんなもん決まってまんがな。お供えがなくても運営できるよう、宗教以外の収益手段を積極的にやれと奨励することですな。
「宗教以外の収益手段を積極的にやれと奨励することですな。」
それも一件正しそうな意見に見えますが、それなら営利法人になりますから、宗教ではなくなりますしね。なので中山家が教団を後をするか、解散の方が適切な対応になります。
「金の繋ぎは命の繋ぎ」発言が誰かに言わされたのならばその言わせた本人を追及して教団追放すればいいのに、それをしないということだと、中田善亮本人が言ったことになりますからね。どうせ本人でしょうがね。
「現状を真摯に見つめ直し、今の実力をしっかり把握して、できることからさせていただくことが重要」
この発言を見るとこの文面どうりの発言なら、やっと周りの意見を聞くようになったのかなと思いますがね。でも時すでに遅しです。
宗教と言えど所詮人気職人の寄付でご飯を食べているので、人気が無い中山家はでは今後食べていく事は難しいでしょうね。出たがり親子では人気は出ません。
>「現状を真摯に見つめ直し、今の実力をしっかり把握して、できることからさせていただくことが重要」
表統領の言葉は、あくまで下に向けた、「お前らしっかりやれよ。しっかり布教して信者を増やしてお供え増やすように頑張らんか!」とハッパをかけてるだけに思えます。自らの反省なんて謙虚な姿勢は全く感じられません。
>人気が無い中山家はでは今後食べていく事は難しいでしょうね
中山家は、多分相当に資産を溜め込んでると思いますし、高収益ビルなどで収入確保はできていると思います。今、お供えは90億になっているという投稿がありましたが、90億もあるなら、まだまだ、上層部が遊んで暮らせるに充分でしょう。生活に困るのは、まだまだ先のことではないかと思います。
戦前 戦中育ちの熱心な信徒のおじいさん おばあさん達から聞いた話です。
天理教の先生(おそらく初代にあたる人)は本当によくしてくれた。
その娘にあたる人は 「信徒の家全部がテレビを買うまで うちでは買わないと言って 結局 テレビ買わずに死んでいったわ。
私の給料日のは 勤め先まで迎えに来る嫌な人だった(笑)」
今でも そういう初代の姿はこちらの襟を正すもとになりますが 、バブル期の贅沢ぶりを見ると 気分が萎えるばかりです。今衰退しているそうですが さもありなんです。
ハッと気づきました。(遅すぎ(-_-;))
「おつくし」こんな言葉、無自覚に使っていた自分が恥ずかしい。
「おつくし」とは教会へ金を渡すことを言うのだが、組織内の言葉だからか、無批判に発していた。
身震いするほど「いやらしい」言葉だと感じます。
「お供え」は表面的にはあくまでも「神様」宛に出すものですが、お尽くしはどうも宛先が曖昧。
「人に尽くす」色合いが濃いことに気が付いてしまった。
私は今日から意識して、「おつくし」という言葉を発しないように習慣付けていきます。
教内用語を無自覚に使う事を改めること、これ、小さな一歩です。
近日の月並祭の後のあとのお話は、「長者三代」 について切り出しはったけれど、内容は素寒貧(スカンピン)。「初代は身を粉にして働いて財を成し、それを引き継いだ2代目は親の苦労を知っているから、財産を減らすことなく孫に引き渡すが、3代目の孫は初代の苦労を知らないから、その財をつぶしてしまう」 というお話。そのあとに付け加えられたことは、「「私も親から受け継いだ財を減らすことなく子供に渡せれるか、どうか・・」と言うことだった。それはあんたのこと(プライバシー)でしょうが!と心中強く反発してしまった。神殿講話と言って多くの信者さんを前にして、手前の心配事を開陳するな、と思ったんです。つまりは、この人達は皆そうなんだな。自分のことしか考えていない。甘えている。とね
Twitter情報によると、先日(10日ほど前)の炊事本部の朝食が、
初めて質素なパンとインスタントコーンスープだったそうですが
これがガセでなければ炊事本部の閉鎖のウワサに真実味がおびたものを感じます。
閉鎖に向けての準備なのではないかと……。
財政が深刻に逼迫している証拠ですね。
ま、「水を飲めば水の味がする 結構や」といって
たんのう できる心の成人のできた素晴らしい方々なんでしょうから
教団幹部のみなさんは炊事本部がなくなっても大丈夫ですよねェ
あ、幹部のみなさんは毎食お供えで豪華な外食でしたっけ?……. これはこれは失礼しました。
上記情報の朝食は炊飯で働く方々の朝食ですか?又は炊飯から配食される修養科生なども食べる朝食でしょうか?情報お持ちの方はご一報頂けますか。
>炊事本部の朝食が、初めて質素なパンとインスタントコーンスープだったそうです<
ツイートの写真で見ましたが
https://twitter.com/1229kubota/status/1130065155293757440
あまりに粗末。せめてサラダでも追加して欲しいです。
今日 ふと 思い出しました。
須藤花井さんは三代真柱中山善衛について次のように話していました。
「真柱さんは昭和7年7月7日生まれだ。切って切って切りまくる人だ」
聞いた当時は何の事やらさっぱり解りませんでした。
今になって見れば、莫大なお供え金や三島神社の移転、鏡池の埋め立てなど天理教離れの切っ掛けを作った張本人が中山善衛だと確信できます。
中山秀司・山澤良治郎 為造親子の流れから始まった偽りの信仰を断ち切る人物が中山善衛だと思うのです。
偽りの信仰「天理教」は、善衛が繰り広げた教祖百年祭の諭達第3号「白紙に戻って一より始める」の言葉通りに 「白紙」に向って 着実に動いています。
天理教の組織の在り方や信仰について模索するなどもはや無駄な事です。
天理教は、悲劇でもなく喜劇でもない。
山澤為造が始めた戯曲だ。
人々は、「天理教」と言う名の戯曲を見る事に飽きてしまったのだ。
現天理教が常々本部の声に心を揃える様にと言う様な働きかけをして来ますが、その中身は低俗な人間の欲望が言わしめている事であって、内容的にも教祖の教えとは掛け離れた別物であると常々馬鹿馬鹿しく思っている者です。現天理教の在り方なんぞで悩んでいてもそもそも無意味な事。同感です。
しかし、教祖中山みきの混じり気の無い教えは本物であると感じています。将来的に我々教会や、信者さんはどう動けば良いのか、、、
具体的な答えは見つかりませんが心ある教会は現天理教団から精神的に離れる事。教祖の教えを各人が求めればいい。
身分が固定されず上下関係も無い「講」による求道がやはり理想でしょうか。
しかしこの抑圧的封建組織がピラミッドを崩して教会を横一列に改編する、或いは講を作るとは考えられません。花井さんの言の様に今、現在進行形で白紙に戻っている道中にあるのでしょう。我々気づき始めた教会が離脱するのもままならないと言うならば、本部の声なるものに、一々反応せず、のらりくらりと聞き流していれば、いずれ時が消滅に向かわせてくれるでのでしょうね。
自滅しているこの状況を「実力」と言う発想で物を測り、またあたかも人のせいの様に言う表統領のズレっぷりには軽薄さしか感じません。
真柱は倒れ、若い後継者もその立場に甘んじつつある。だいすけさんも代を重ねてなお同じ歴史を繰り返すのか。表統領、裏の真柱。総責任者はお前さんだよ、しっかりしろ、と言いたいほど情け無いです。
Twitter上では炊事本部だけではなくおやさとパレードまでが廃止される可能性があるとの噂が流れていますね。
個人的にはおやさとパレードは子供たちが本当に喜ぶので、続けていただきたい行事の一つだとは思いますが
廃止されてしまうとすれば非常に残念です。
大教会制度、理の親制度、過剰なお供え搾取、まず廃止すべきことはほかに山ほどあるのにねぇ。
教祖が許したこと、あるいは始めたことでないことはすべて教祖中山みきの混じり気の無い教えと違うと思えばいいと思います。
①例えば月次祭は26日のみで各教会はそれぞれ日にちを決める必要はない日曜日に集まりたい人が集まっておつとめをすればいい。
②おさづけも真柱がわたすべきと教祖がいっているわけではない。おさづけがなくとも真実でたすければよい。
③各大教会設置も教祖がきめたわけではない。教会本部も反対されたほどだ。なので教会に縛られる必要はない。
みちのとも掲載の3、4月分月例統計表を見るとおさづけの理拝戴実績がある。真柱回復という事だろうか?
真柱のおさずけの拝戴は1日に12人が限界と聞きました。それ以上は無理らしい。
なのでかんばしい回復とは言えないのではと言う印象を持ちました。
そもそも真柱がおさづけを渡すべき立場なのか?本来本席が渡すべき立場ではないか?本席は上田ナライトで途絶えてしまった。おさづけも形骸化して本来の在り方が変わってしまった。初代真柱はおさづけのを渡していない。中山たまえが突然出てきておさづけを渡すようになった。その後は真柱が渡している。
去年まで天理時報で報じられた全教一斉ひのきしんデーの全国各地の実施場所が今年から紙面を倹約して報じられなくなった。その理由が判明した。
紙面を増やせば300万円の出費になり、道友社はその300万円が出せないのだと言う。
手配りで郵送料の倹約をしていると思っていたが、つまりは道友社も金欠なのだ。
布教メソッドである時報社まで低空飛行、墜落寸前。
関連する憩いの家病院は評判芳しくない不評病院に没落。
こどもおじばかえりのパレード見直しはメイン道路を塞ぐ為、近隣住民からの苦情や警察からの取り締まりを受けてのことらしい。もっともこれは表向きで、内実は金欠だからなのかも知れないが。
各会への補助金も年々減少していて活動しようにも布教しようにも金が無い。。。自腹なら先細りするのは自明。こうして金集めの天理教は金に困って消えて無くなる運命。不当に得た莫大なお金の上にあぐらをかいた本部だったが、皮肉にもそのお金が、「金欠」という形で本部に仇を打って来ているのだろう。
天理教はどこまで落ちて行くのか。
留学したり、音楽教育を受けたり、飛び込みで援助を受けたり等々、
お供え金の恩恵を受けて今が在る人たちよ!
恩返しの時じゃないか!
子供おじばがえりが予算不足で縮小ならば、君たちの自腹と時間を
使って、子供たちのために一肌脱いだらどうよ!!!
恩返しの旬がきてますぞ!
お供えのお陰で高い教育を受けた結果、音楽の世界、水泳の世界で
有名になった一族などは、率先して自腹・時間を信者にお供えせよ。
恩返しをしないままでは顔を上げて天理本通りを通れないのでは?
>そもそも真柱がおさづけを渡すべき立場なのか?本来本席が渡すべき立場ではないか?本席は上田ナライトで途絶えてしまった。おさづけも形骸化して本来の在り方が変わってしまった。初代真柱はおさづけのを渡していない。中山たまえが突然出てきておさづけを渡すようになった。その後は真柱が渡している<
確かに、元を知れば疑問です。
当時の中山家は天啓者としての本席、ナライトが鬱陶しくてならず、ナライトの事は気狂い扱いにして押し込めた。中山たまえがしゃしゃり出て結果的に中山家が天啓部門と実務部門の両方を手に入れて今に至ると聞いています。教祖 亡き後の中山教の始まりです。
おさずけを真柱が渡す立場か?と問われれば全く疑問です。中山家の意図で作られた人為的立場と思う。
こんなおさずけはもらう意味がないと思う。
お金がないお金がないと騒いでいますが、実は本部は十分に持っているのに秘匿しています。一銭も上納金がなくても実はやっていけるのに。要するに秘匿した金を使いたくない、自分の金庫だけは守りたい、出費は他人の財布から、ということなのです。もうあきらめて年貢の納め時と考え、今までしっかりため込んだ金庫の金を出せばいいだけなのにね。
真柱から渡される「おさづけ」は、両掌がくっつかない人には渡しません。
若かりし頃、お勤め着を身に着け、長い時間待たされての挙句に聞いた
上記の説明には猛烈に違和感をおぼえたものです。
片手しかない人、小指側を寄せて手のひらを上に向けることができない人、
いずれもだめだというのでしょうか。
少なくとも、満席まで同じ話を繰り返し聞きに天理まで来るという努力を
積んだ人たちに向かって、あまりに冷たい言葉です。
真柱の身上の悟りは、信者側に反省を求める形の悟りでしかないまま、
本部一同様は涼しい顔を決め込んでいます。
「おさづけ」の理を渡すのに上記のような**差別**が在ることを
親神様は戒めての身上であると思いませんか?
真柱の身体機能が十全に回復しないままであっても、この差別的ふるい分けを
撤廃するという、真柱自身の言葉が聞きたいものです。
人は自分が病んで初めて病人の苦しみが解るのですから、改める事に何も
恥じることはないのです。
要は悟りを深められるかどうか、この一点にあります。
現状の身体機能で可能な渡し方を工夫すればどうにでもできるのに、
真剣に考える人がいないのか、石頭なのか、あるいはこれを機に、手っ取り早く
後継者の天下を作りたいということなのか?
匿名様(6月4日 10:54 PM)が書かれているように、神様が降りていたような
方から直々に頂く「おさづけ」と、現行おさづけは全く別物なのですから、
むしろ真柱が率直に改めるべき点として宣言した上で、セレモニーの一つとして
例えば組み係が代表してクラス分を一括受領すればすむことでしょう。
何しろ、真柱の顔を見てはいけないと、頭を下げたままで受け取るようにと
指示された時には、心の中で「こんな天理教世界は世の中に通用しないよ」と
反発したまま受け取ってやりました。
匿名 様
2019年6月5日 4:24 PM
>真柱から渡される「おさづけ」は、両掌がくっつかない人には渡しません。
若かりし頃、お勤め着を身に着け、長い時間待たされての挙句に聞いた
上記の説明には猛烈に違和感をおぼえたものです。
片手しかない人、小指側を寄せて手のひらを上に向けることができない人、
いずれもだめだというのでしょうか。
少なくとも、満席まで同じ話を繰り返し聞きに天理まで来るという努力を
積んだ人たちに向かって、あまりに冷たい言葉です。<
>何しろ、真柱の顔を見てはいけないと、頭を下げたままで受け取るようにと
指示された時には、心の中で「こんな天理教世界は世の中に通用しないよ」と
反発したまま受け取ってやりました。<
私も若い頃、全く同じ疑問を抱きながら「おさづけの理」を頂戴しました。手指が一指でも欠損していれば、「おさづけの理」が手からこぼれ落ちるので、「おさづけの理」をいただけないと両親や周囲から聞かされていましたが、そんな馬鹿なことはないはずだと私自身考えていました。また、「おさづけの理」をいただく時には、真柱の顔を直視し睨みつけてやりました。それでも、真柱は平然とした顔つきで「おさづけの理」を授けてくれました。天理教は障害者を平気で差別する団体です。また、天理教という閉鎖社会では、真柱という地位は形式上、頂点であり絶対的なものです。世間から邪宗教と呼ばれるのも無理からぬことだと思います。「おさづけの理」を頂戴する時、私と同じ思いを持たれた人は私以外にも大勢おられることでしょう。
教会長お運びの時も、下手な毛筆で「、、願いを許す、、」みたいな事を書いた紙を受け取るのだが、真柱の顔を見てはいけないと言われた。
何も願い出る気持ちなんてサラサラなくて成り行きで会長になったのだが、ひちめんどくさい勿体ぶった行事にへきえきした。
バカバカしいので斜め右上に顔を上げて真柱の顔、しっかり見てやった。現真柱さん、面白くない勇めない顔をしてましたよ。有り難みなんて、ゼロでした。
お運びなんて幣帛料収入と本部の威厳を持たせる為の意味のない格好つけの行事です。
脳梗塞で片手の不自由な方はどんなにその身上に置いて熱心に神を求めても、最後通牒は、お前はひと助けは出来ん、と突き落とすのが差別教団天理教です。
考えれば考えるほど、深い矛盾に蓋をしたまま。何が一列兄弟だ。私の知っている片手の不自由なかたは、勝手におさずけを取り次いでいますよ。本部からおさずけをもらってなくても神が働いて下さる、と言ってます。周囲も彼女の誠に同調してそうだそうだと応援していますよ。それが真実ではないのですか?
本部から貰う差別意識の詰まったおさずけに、不思議な力などあるはずがない。
見栄っ張りの中山本部がここまで縮小と成ると本当に金ないんですよ自業自得です。
ざっと計算しても大変そうですね。
年商500億程だとしても、設備投資が多すぎると見て取れます。教団所有の土地がいくら非課税であったとしても、その上に建物が建っていればその人件費含めの維持管理、建て替え修繕費は必ずかかります。
東京天理館のビルがそれなりに数があり大きかろうと100%の稼働率もありえません。
満室賃料×NOI率=営業純利益(NOI)
https://toushi.homes.co.jp/cont/noi/
例えば「満室賃料」が100万円で「NOI率」が75%ならば、「営業純利益(NOI)」は75万円です。
仮に家賃100万で100社に貸したとしても月で1億、年間12億と大きく見えますが、ここから人件費など経費などを差し引かれるので純利益は?と考えると額はそうとう下がります。つまりビル一棟のオーナーが得れる利益は見た目とは裏腹に微々たるものです。不動産投資のページをご覧になるとわかりますが、オーナー利率が2割超えている物件はそうそう御座いません。
なのでビルの収入だけで教団を維持管理するのも不可能と考えられます。理想としては、全国にある宗教法人の土地を運用ないし売却するという流れで不動産部門が教団全体を飲み込むことが出切ればそれはそうとう利益は大きいです。だがしかし、それこそ法人乗取り酷い、宗教を利用した不動産詐欺に等しく、そこには信者はじめ関係者各員が居るので不可能でしょう。
中山家から見たら、教団を不動産に吸収すればまだ生存のみちがあるがそれは不可能だと言う事
しかし、教団の上層部は信者には「貧に落ちきれ!」「みち一条(働くな!)」と言ってきたのに、なんで自分他だけ資産運用してるの?しかも信者の金の横領じゃない?これ問題じゃない?という事が周知されたわけです。
これを中山家側が「言ってない」「勘違いだ!」と言い逃れは出来ないでしょう。信者が反発蜂起しない限り無かったようにただ時を重ねるだけなのでしょう。それが教団の現実です。
そして過去にした資産運用と教団建築物が中山家の首を絞めている皮肉な事態だとも見て取れるのです。
結婚の時に数分で数千万も溶かしちゃったのをみれば、金がないというのは嘘くさいと思うんですけどねえ・・・。ないふりをしているだけじゃない?私は財政事情ひっ迫説は疑わしいと考えています。自分の懐を素寒貧にしたくないだけ。信者の懐をいつも素寒貧にしているのにさ。「あんなに金をため込んだから・・・」を思い出しましょうや。秀司がしっかりはいってますぞあいつらは。
お供えのことを「浄財」とも言うようですね浄(きよ)めるという字を使っているのは、お金は汚れているという感覚があるからかもしれません。なるほど、お札一枚を見ても、これが人の手を渡り歩いて来た間に、無数の欲望や恨みや憎しみや惜しみを人の心に湧き上がらせたことだろうと思うことがあります。だから、汚れたお金を神社仏閣にお供えすることによって、お金を洗ったことにするんでしょう。それは、天理教でもそうなのかもしれませんが、しかし、お供えをした人は、会長さんに対して、「あんたはお金への執着を取れば埃はなくなると言った。埃がなくなれば助かる、と。だから私は金を捨てた。でも、私の捨てたカネ、なんであんたが拾っていくんだ?」というギモンを持つかもしれません。
上級会長は欲を離してお供えすればあんたの徳になる、と。そうやってむしり取った金は、言った本人が使っている。みち一条に詰まらぬ誇りを持っていて信者の給料日の翌日に「集金」に回るのが仕事。お金を受け取ったらさっさと帰ろうとする会長に、奥から家族が出て来て「あんた何か言う事あろうがな。」と言われていたと言う。そう本人が言っていた。ありがとう、とか、金だけ取って帰らずに有難い説法くらいして帰れ、と言う事だろうと思って聞いた。この会長、金しか興味が無い証拠。宗教家らしいお悩み伺いも何もない。金を握ったら今日の用事は済んだと言うことだろう。
金を握った本人は、相手に徳を積ませてやったと思っている。
若い世代がついてくるはずがなかろう。
匿名 様
2019年6月6日 9:44 AM
>金を握った本人は、相手に徳を積ませてやったと思っている。
若い世代がついてくるはずがなかろう。<
若い世代どころか、常識のある人間ならば誰も馬鹿馬鹿しくてついていかないでしょう。天理教の集金の手口はもはや通用しません。天理教は終焉に向かってまっしぐらです。
少しハイレベルな信仰を天理教邪怪学の皆さんにお教えいたしましょう。……人の陰口を言うのは重罪。陰口を言えば、その言葉通りの運命を、発した人が通ることになる。人の欠点は土をかぶせて隠せば良い。人から陰口を受けたら、悪因縁を切る恩人と思って感謝すれば良い。人を陰でほめれば、ほめた人もほめられた人も栄えていく…… 古い教会長さんもおられるようですが、たぶん検定講習の講義は眠っていて、本部の恩情で会長にしてもらった人かと思うので、聞いても無駄だと思います。
現天理教を褒めようにも褒める所が見つからない場合は?
どれ程の人を悩ませ、魂を抜いて行ったか、、。悪口を言うなと悪を封じ込める事は誠でもなければ正義でもないように思います。欠点を明らかにし、本人(現天理教)に知らしめるのも真実の愛だと思います。ましてやかつての巨大宗教団体の社会的な悪影響は見過ごせません。だからこそ、悪口ではなく事実を世間に知らしめ、より良い方向性をこの場で、議論し模索しているのです。天理教幹部の目に触れているであろうからこそ、今も苦しみながらもがいているのです。
天理教は不平を言うなで封じ込めますね。精神的暴力、上下関係の差別意識、到底このままで良いとは思えません。
通りすがりさん、我々の先祖たちの温情で現本部が成り立ってのすよ。でもこれからはそうは行きません。本部の形の普請や各種行事がガラガラとあっちでもこっちでも金詰まりでにっちもさっち行かなくなりつつあるじゃあありませんか。神が働いていないとご認識下さい。
また、腐った物に蓋をしてきた信者の方にも責任がある。信じて出した献金と本部のこの衰退ぶりを見せられるのは正直言ってどう言う事かきちんと説明せよ、と言いたいのです。信者のせいにしてはいけません。
古い教会長様の様な真実を求める多くの人達と共に、教祖中山みき様の元なる教えを通りすがりさんも共々求めましょうや。通りすがりさん、人生は一度きりです。むざむざ嘘に巻かれておられるのがお可哀想です。うちの先祖を見るようで辛いです。
「不足は切る理、上に素直に、理の親の声は神の声、上に添い切れ・・・.etc.」
上に意見することも疑問を述べることも、楯突くことも、神への信仰に逆らうことだと教えられ、ただ素直に従順に、言いなりになることが信仰だと教えられてきた、その結果は、強勢衰退、信者激減。
あたりまえだ。これら全て、神や教祖のお言葉ではなく、教団のお偉方が、自らの保身の為に作った勝手教理ばかりなのだから。
強勢衰退 ⇒ 教勢衰退 訂正
匿名さま、ゴモットモなご意見かと思います。実は、私は教団にはあまり興味はないのです。教団がどうなろうと、どうでもいいのです。教団組織の上で、確かに神様の御守護が欠けてきている事は事実だと思います。その原因の一つは、匿名様を始め、邪怪学の皆様の仰るとおりかもしれません。ただ、教団と信仰は別物なので、私は正しい信仰の旅を続けているだけです。真実の神の道とは、教団や組織とは無関係なのです。
通りすがりさん
それでは、例えば多くの人に被害をもたらし問題になっている詐欺師や詐欺組織が
あったとして(残念ながら詐欺被害は巧妙なものも含め現代社会の中に未だ多く
実在します)、人の陰口を言うのは重罪だからと、被害者や弱者の立場に立って
共に考え問題解決の道を探るのではなく、むしろ詐欺師に感謝するところを
見つけるようにして、影で詐欺師や詐欺組織を褒めるのでしょうか?
そんな自身の良心に逆らうような不自然な誤魔化しに何の意味がありますか?
自分や詐欺師が栄えるために、無理して嘘をついて、見てみない振りをして、
詐欺師を褒め、弱者や被害者の苦しみや涙を無視しろというのでしょうか?
通りすがりさん、あなたの言っているハイレベルな信仰とはこういうことでしょうか?
小学校の道徳の時間でも教えられているような「人の陰口は止めましょう、自分に
返ってきますよ」などのように、言わんとしていることは解りますが、
何事もケースバイケースで、何でもかんでもともかくどんな場合でも当てはめれば良い
というものではないのではないでしょうか。
そういうあり方が正に思考停止に繋がるのです。
また、あなたはあえて「天理教邪怪学の皆さん」と書かれていますが、
「社会学」を「邪怪学」と揶揄することこそ、相手を小馬鹿にしたレベルの低い
悪口ではありませんか?
ただ、通りすがりさんは、陰口ではなく、この掲示板でご自分の意見を言われたことは、
こそこそと見てみない振りをしたり、「あんなのは見る必要もない」などと陰口を言う
よりは正々堂々とした立派な態度だと思いました。
>あなたはあえて「天理教邪怪学の皆さん」と書かれていますが、
「社会学」を「邪怪学」と揶揄することこそ、相手を小馬鹿にしたレベルの低い
悪口ではありませんか?<
上記はまとを得ていますね。悪口言うなと言う人が舌の乾かない内に人の悪口を言ってますね。お互いにこれが人間の弱さと言うものでしょう。
私も教団なんぞ関係ないんです。真実の信仰を求めているのです。しかしながら立場的にこの組織から抜け出せない人や、教理の理不尽に気がついた人達が寄り集い、苦悩を披瀝する精神的浄化の大切な場として、また教祖様の教えを大切に思うからこその建設的な対策を考える場として重要な場所でもあります。決して単なる悪口ではなく言葉にならない背後にある苦しみをも感じ取って頂きたいと思います。
現天理教から、受けている苦しみを人々が公にする意味でもここで見聞きする事は決して悪口では無い、意味のある事なのです。
おやおや、通りすがりさん再び登場ですか。こらえきれずに出てこられたのですね。でも、この場の方々への心配は必要ないんじゃないですか。それこそ余計なお世話でしょう。
あなたが仰る、少しハイレベルな信仰を・・・なんて必要とされていない方々が大方でしょうから。
正直なところ、もう、現行天理教はコリゴリなんです。ネズミは沈みかけた船から真っ先に逃げると言われていますが、正に、この例えがぴったりの状況じゃないんですか。私ネズミです。
匿名 様
2019年6月7日 2:30 PM
>現天理教から、受けている苦しみを人々が公にする意味でもここで見聞きする事は決して悪口では無い、意味のある事なのです。<
おっしゃる通りだと思います。通りすがりさんは、このサイトの投稿内容が未だに「陰口」だとおっしゃいますが、以前、私が指摘させていただいた通り、このサイトはインターネットという媒体上にあります。即ち、世界中の不特定多数の人々が読むことができ、また、自分の意見を投稿できます。天理教教会本部の「お偉い先生方」がお読みになっていても決して不思議ではありません。「陰口」ではなく、「究極の公共性」を持つものです。その点、重々誤解無きようお願いします。何度も繰り返しますが、決して「陰口」ではないのです。
東風Z 様
2019年6月7日 4:51 PM
>正直なところ、もう、現行天理教はコリゴリなんです。ネズミは沈みかけた船から真っ先に逃げると言われていますが、正に、この例えがぴったりの状況じゃないんですか。私ネズミです。<
私も現行天理教はもうコリゴリなんです。私も年老いた元ネズミですが、「沈みかけた船」からの脱出に成功できた運の良いネズミです。「沈没寸前の船」と運命を共にする若いネズミ(犠牲者)が,、もうこれ以上発生しないようにとの切なる思いで投稿させていただいています。沈没寸前の船中にある若いネズミの皆さん、一刻も早く脱出してください。
>>通りすがり
>>2019年5月7日 5:03 PM
>>表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。
>>では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……
一応私、信仰者なんで省略しないで表統領発言について逃げずに理解できるように説明していただけませんか?
ハイレベルだから教えについて何でもわかってるんですよね?
ならば信仰者向けでかまいませんので理解できるように説明宜しくお願い致します。
ツイッター後継者が大人しくなったと思えば、なんだか浮いた噂があるようで夜もご盛んなんですね~カエルの子はカエルと血は争えないですなー これはもう信用崩壊〇〇家追放されてもおかしくないですなさすが二代真柱の血は争えないですね~ほっといても非常識極まり無い行動をしてくれるものです。
匿名2019年6月8日 2:19 AMさん
この噂広まってたんです。当人は当然だと思ってやってるみたいで 草 です。
>>匿名 2019年6月8日 2:19 AM
>>匿名 2019年6月8日 2:36 PM
なんのことですか?( ワクワク www)
書ける範囲でよろしくお願いいたします。
それと 通りすがり!
ただの父親さんの
「神は死んだ、我々が殺したのだ のコメント欄 2019年6月8日 8:45 AM」 をよーく読め!!
通りすがり2019年6月7日 8:30 AM
>>人の陰口を言うのは重罪。陰口を言えば、その言葉通りの運命を、発した人が通ることになる。人の欠点は土をかぶせて隠せば良い。人から陰口を受けたら、悪因縁を切る恩人と思って感謝すれば良い。人を陰でほめれば、ほめた人もほめられた人も栄えていく
陰口の意味分かってますか?w
陰口ってありもしない事など濡れ衣を通してその相手の信用を損ねること、多くの社会学の人々の意見はあなたと真逆で、みんな個人で検証して「書いてる通りだ!」「皆内部告発してるんだ!」って思ってるから今でも注目を受けて人気があるので、これは陰口でなくむしろ陽口です。
単純に説明します。
《悪人を「悪人が居ると!」言うとその告発者は悪人に成るんですか?》
こういうのをトンでも論というのでしょw
中山教本部の中山家の方々はじめ上層部の面々が悪い事してるからいわれてる事に未だに気がつかない方がもうおかしいです。
中山教団も自分達の矛盾に気が付いてるけど体制維持する為だけに教義を捻じ曲げてるから、通りすがりのおバカさん見たいな、言い方しか出来ないんでしょうw
>>匿名さま、ゴモットモなご意見かと思います。実は、私は教団にはあまり興味はないのです。教団がどうなろうと、どうでもいいのです。教団組織の上で、確かに神様の御守護が欠けてきている事は事実だと思います。その原因の一つは、匿名様を始め、邪怪学の皆様の仰るとおりかもしれません。ただ、教団と信仰は別物なので、私は正しい信仰の旅を続けているだけです。真実の神の道とは、教団や組織とは無関係なのです。
あんた 本部ないし中山の人間か 唯の病人でしょ?w言ってる事が辻褄あってないからw
1戦う相手間違ってる。
教義派なら現在の本部叩けアホw
2私は凄い!って思われたい!
そう言う文章になってることにも気がつかない病気ですか?w
3正しい信仰のたびもできてないw
出来てたらこんな変な文章書かないw 邪怪学とか言わないw 一人で邪怪学なのは自分だと気が付かないw つまり病人w 病人は自分の事病気だと認めないw
もう笑ってあげないと可愛そうですw 関西宗教だからボケてるんでしょ?では突っ込んであげないとwですねwww
それより 匿名2019年6月8日 2:19 AM さんの
>>ツイッター後継者が大人しくなったと思えば、なんだか浮いた噂があるようで夜もご盛んなんですね~
の方よっぽど気になるわw
>浮いた噂があるようで・・・淫乱王子ってあだ名にしましょうよ!ぴったしでしょw。
>真実の神の道とは、教団や組織とは無関係なのです。・・・みきも宗教法人不要論者でした。中山王家も天理貴族もいらないね。だって宗教法人天理教じたいがいらないもん。
通りすがり
1人邪怪学の通りすがりさんへwのコメントにあります
>陰口の意味分かってますか?w
陰口ってありもしない事など濡れ衣を通してその相手の信用を損ねること、多くの社会学の
人々の意見はあなたと真逆で、みんな個人で検証して「書いてる通りだ!」「皆内部告発
してるんだ!」って思ってるから今でも注目を受けて人気があるので、これは陰口でなく
むしろ陽口です。
本当にその通り!だと思います。
事実は、単純に陰口とはいえず、あくまで「事実」なのです。
もちろん他人とはなんら関係のない個人のプライバシーに係わる様な事については、
事実だからと軽はずみに口にして他人に迷惑が掛かるようなことはするべきではない
のは明らかですが、
公の組織や信用を元に集団の金銭を代表して預かるような立場にある存在に関しては、
当然不透明な部分、内容や運営に対する疑問等が生じた場合、信用している人々に対する
裏切りにもなり兼ねない疑惑になる訳ですから、当然 確認や検証も必要だと思います。
しかしそういった疑問や意見を簡単に口に出来ないような封建的な組織の場合は、
少しでも自分のもやもやとした疑問を晴らしたい、真実を知りたいと思い、
少しでも疑問や疑惑を解決するべく、客観的な意見や具体的な体験談を知りたくなります
よね。それが「自然」だと思います。
宗教はお金(財産)、時間、人生の全てに係わるものなので、尽くす方の側にとっては
本当に尽くす価値があるのかどうかに係わる事であり、気になるのが当然です。
そしてこちらのような掲示板はそのような客観的な意見や具体的な体験談を知り、談じ合う
場所の様な役割をされていると思います。
それを「陰口」と「レッテル貼り」をして封じ込め、思考停止させようとしても、
その意図が透けて見えるから皆さん通りすがりさんに反発するのですよ。
当たり前のことです。「真実」には、権威も誤魔化しも下手な「レッテル貼り」も
通用しないのです。
ネットを見る手立てが無いような人たちの間でも、実際の自分が見聞きしたこれまでの天理教教会での出来事を考えるうちに、「信仰している先生なのにおかしいんじゃない?」と疑問を持ち、信用できる相手には心を打ち割って話すことがあるのです。
ここ数年、130年祭の前から、普通の信者さんたちの間でささやかれている事は「不足」でも「悪口」でもなく、「信仰している人とは思えない言動を見聞きした事実の報告」なのです。
言われてしまう立場の人々にすれば、以前は不足を大ぴらに言う信者はいなかったのが、どうも風向きが変わってきたと、慌てているのかもしれません。
今更、悪口を言ってはいけないと言ったところで、指摘事項が改善されない限りは教会組織から心は離れるばかりです。分教会の人たちなどは自分の家庭そのものが天理教組織に組み込まれてしまっているから、不幸にも表向きはこれまで通りの勤め方をしていても、心は離れている人たちが多い大教会が在ることは事実です。
では信仰を止めれば済むかといえば、少なくともバカボン大将は軽くスルーして、神様を信じていればこその信仰心を暖め自分の人生を充実したものにしようと内心の努力をしているという意味のことを話す方がほとんどです。
この状況をどのようにとらえますか?
一つの見方として、130年祭を超えて、今後は個人の心に根差した信仰としてしか天理教は生き残れない状況が露わになってきたと思えます。
その引き金は大亮夫妻の結婚の各行事だったのかもしれません。
甘露台への飛び込み事件。
そして真柱の身上発症から今に至る、おおよそ信仰者としてはあり得ない、信者にその責を負わせるような悟り方を公にする厚顔無恥な本部と多くの指導的立場の教会長たち。
「おさづけ」授与の改めのときに聞かされる、身体障碍者への差別こそ、真柱が身をもって反省し、悟り、教祖の心に添わないことだったと文書をもって公開すべきではないでしょうか。5指揃った両手で頂くように左右の小指をくっつけてお皿のごとくできない人には「おさづけ」を渡せないという、とんでもない事を公言してはばからないまま、「おさづけ」で人助けをしようという狂った教団です。この狂いこそ、真柱自身の身上を通じての悟りとして親神様に申し上げるべきではないでしょうか?
天理教は身体障碍者を差別し続けてきた歴史を正直に認め、反省し出直ししてください。
その上で、どのような不自由がある身体であっても、工夫と技術の進歩で、暮らしやすい社会にする「用木」としての役割を果たす先頭に真柱が位置することで、おわびの心を表せると考えます。
真柱様への一信者からの提言です。
天理教(中山教団)は《教団は、朝起き 正直 働き》 と言ってるが 【朝起き 嘘つき 働き】だから 壊れたんでしょう 草 うそつきが早起きしてバリバリ働らいてたらと考えるとものすごく怖いですねw
虚言癖が組織の上層部に居たり出世する世界 ってこの世に存在する事態間違いですし、結構不味いですよ。虚構はただのフィクションでありそれは真実には到達しない。ウソは嘘でしかない。もし法的にも虚偽は違法ですので法的にも不味いのでは?やがて致命的なミスで話題に上り宗教法人格されるかもしれませんね 草
修養科の同級生が脳梗塞の方でした。他の人がおさずけの理を貰っているのに彼女だけは貰えなかった。どんなに練習しても駄目だった。「手が合わせられない人はおさずけの理がもらえないんや。」「え?じゃあ障がい者の方々はもらえないんですか?」「そう言う事やな。」上上級会長の言葉です。
憤慨する私でしたが、それに疑問を持つそぶりも見せない。
おさずけの理を貰った後に身上で手が合わせられなくなった場合は、取り次げませんよね。だって本部の発想では守護がこぼれ落ちるでしょうから。物理的に合わせられなくなったらダメなのかな?
心を見つめ、心で人を助ける筈の宗教団体が手が合わせられないからダメとが、そう言う外面だけで人助けを願いおさずけの理の授けを願う人達の心をむざむざと傷つけている。
心じゃ無いのか!こんなつまらないおさずけなら貰いたくない。効力があるとは思えない。神様が働かない。
しかし真柱が手の合わせられない身体になったと仮定して、渡すのは片手で渡すのかなあ。守護がこぼれ落ちたおさずけの理に効能はあるのかなあ?
真柱は神、別格だと言うんだろうな。
↑ 匿名様に同意します。おふでさきに
しんぢつにたすけ一ぢょの心なら なにゆハいでも しかとうけとる (3-38)
とあります。これを文字通り解釈すると、極端な話、おしの人でも真実があれば、神さまに受け取っていただけるお救けができるということになります。おさづけを取りつがせていただくときは、どうでも助かっていただきたいという真実の心が何よりも必要なのではありませんか?ともかく、「心で人を助ける」という匿名様が正しいです。
創価学会も身体障碍者差別あります。一緒だわw。しかしサイコパスが身体障碍者差別してどうするんでしょうか?みきだって精神障碍者ですよね。
麻生太郎副総理兼金融担当相が、95歳まで生きるには夫婦で2千万円の蓄えが必要、と試算した報告書を作成したらしい。年金をかけていても、それだけでは生活できない、ということだが、その年金すらも徐々に支払額が巧妙に減らされている。老後のことを考えて、全く不安のない会長さん方は、一体どれぐらいおられるのだろう? 中には国民年金に加入もしておられない方もおられるのではないだろうか? 生活保護も、絶対貰えると、あてにはできない。今の生活保護は、外国人には優しいが、日本人には冷たく、生活保護を申請をしても、貰えるかどうかは分からない。生活保護を役所から断られ おにぎりが食べたいと書き置きして飢え死にされた方もいるらしいが、明日は我が身かもしれない。本当に死活問題である。
お供えに無理して金を出すよりも、少しでも、我が身のために蓄えておくべきではないだろうか?
本部も大教会も、上級教会も、我々が明日の米代に困ったとて、何もしてくれないだろう。「水を飲めば水の味がする」という言葉を頂戴するのが関の山だ。
>お供えに無理して金を出すよりも、少しでも、我が身のために蓄えておくべきではないだろうか?<
本当にその通りです。上級は神様が良い様にして下さる。神にもたれて。。などと、当方の事情も困窮の具合も知ろうとせず、無責任なその場しのぎを言います。
神様は何もしてくれません。ましてや上級が助けてくれる事はありません。
明日給食費がいる、と言われて空の財布から支払いが出来ますか?修学旅行の費用を神様が空から振り込んでくれますか?
給食費が払えないと子供に惨めな思いをさせたり、お前は修学旅行には行くな、我慢しろと言うのですか?
上級や本部の無責任について行ったらひどい目に合うのは自分です。目減りする年金、上がり続ける消費税。自主自立の精神で自分で働き、自分の生活に責任を持たなければ、人助けの教会一家が生活保護では世間の笑い者ですよ。
今後、困窮して行くのは上の立場に甘んじ、ぬるい湯に浸かって来た大教会直轄教会や大教会一家でしょう。殿、姫、気分で生きてきた結果、社会に放り出された時に通用する技術も資格も何も無いんだから。あるのは虚しい気位だけ。
下から上がるお供え金もいずれ枯渇します。その時が来たら神様にもたれてと自分に語りかけ、水を飲めば水の味がすると、勇んでお通りください。
私達はもう既に天理教を見限ってます。誰も助けてくれない末端教会は日頃から自立の道を模索しております。お供え?そんなドブに「捨てるお金は一円だってありません!
道の教職員の集いが8月7・8日にあるらしい。カラー印刷のポスターを全教会に配布することか?数百人の為にいくら使うのか?いまだに教職員イコール聖職者なのか?いい加減やめたら。日教組のOB・OGの集いか?母親講座って一体何の為にあるのか?なぜ父親講座はないのか?動員かけるのも大変だ。来年から子供OGが縮小されるらしい。もっと止めるべき事があるだろ!全く思考停止の組織だ。終戦末期の日本に似ている。終戦はいつ来るのだろうか?
匿名様
>カラー印刷のポスターを全教会に配布することか?数百人の為にいくら使うのか?
予算が出ているので、使わないと来年度は減らされるのです。
縦割り組織の弊害。
教会には、不要なポスターが毎月、湯水のごとく配布される。そのままゴミ箱へGo!
地球環境にも悪いと思う。
教祖も泣いているだろう。
音研への支出がどの程度の額なのか一般信者は知るよしも有りませんが、受益者負担とするべきでしょう。月謝は受講生の負担とするべきでしょう。
信者のごくごく一部の者が受ける特典ですから、財政難だというのならば、まず一番初めに整理するべきでしょう。
天理近在に住む、特別なコネの有る人にしか開かれていないということです。
真柱の「おうた」を歌い続けるだけ? 他の宗教団体でもお抱え音楽家を擁しているとはいえ、信者のお供えから支払われる「血」のような金で運営されているのだから、すぐにでも制度改革してください。
セレモニーに必要であることは理解できるが、キリスト教の聖歌隊のような存在でその役目は十分果たされる。
いったい一人の音楽家を育てるために、信者からのお供えがいくら使われたのか。あほらしくなる。
>いったい一人の音楽家を育てるために、信者からのお供えがいくら使われたのか。あほらしくなる。<
元渕とか言うビオラ演奏家もその一人。天理時報にしゃあしゃあと記事が出る度に、このえこひいきを受けた特権階級が!と苦々しく思う。信者の血の金でボストンだのニューヨークだので音楽留学した御仁。我々が食べずに出したお金で一部の特権階級が良い思いをしている。馬鹿にするなと思う。オリンピック飛び込み選手の姉か妹も本部の寵愛を受けた人物。信者の大切なお金でぬくぬくと生きて来た人間は、最後の帳尻はプラスマイナス ゼロになる。天の理とはそう言うものだ。
こんな人の心を逆なでする様な記事を時報に出すなと言いたいが、載せる記事が無いのだろう。
もう時報も発行中止にすれば良いのに。読む人間が居ないのに一教会3部増部せよと言う。もう無理な戦いはよそう。10万部切ったら求めが無いと理解しましょう。時報社が火の車と言うのは分かるが手配りで高齢者の配布にどれだけ負担をかけている事か。要するに信者をただで利用して少しでも郵送料の倹約をしたいに過ぎない。ある人は手配りが負担となり、自身の購読を中止して手配りから解放された!!と喜んでました。
逆効果です。
時報は聖教新聞と同じ状況です。カルト新興宗教はどこも衰退期。創価学会も天理教も子供たちが棄教しまくりなのも同じです。。
中国の香港ではデモが騒がしいですね。天安門事件からそ0年記念の流れで香港で共産党政府に反発するデモが当初50万と言われてた規模が100万そして200万まで膨れ上がってます。教団に対する批判もこのサイト以外の大手掲示板にも類似した内容が書かれ、ツイッターでは反本部反中山の声が今まで以上に見られます。後は香港の民衆のようになるだけなのか?
中国共産党政府も体制維持の為に民主化デモを虐殺した天安門事件 その30年記念の流れで香港の大規模デモ 一方教団は、乗取り事件、真柱落下、甘露台倒壊、真柱身上 御守護は無い真実が露呈して上層部に反発している多くの天理教信者たちどちらが先に崩壊するのか?今では真剣に考えさせられます。
中国本土に容疑者を引き渡せば「一国二制度」が崩壊する「香港はもう私たちの政府ではない」200万人デモ
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6326372
匿名 様
2019年6月9日 5:11 PM
>「おさづけ」授与の改めのときに聞かされる、身体障碍者への差別こそ、真柱が身をもって反省し、悟り、教祖の心に添わないことだったと文書をもって公開すべきではないでしょうか。5指揃った両手で頂くように左右の小指をくっつけてお皿のごとくできない人には「おさづけ」を渡せないという、とんでもない事を公言してはばからないまま、「おさづけ」で人助けをしようという狂った教団です。この狂いこそ、真柱自身の身上を通じての悟りとして親神様に申し上げるべきではないでしょうか?<
私が別席を運んでいた若かりし頃、別席を取り次ぐ人の話の中で、盲人のことを「めくら」、ろうあ者のことを「おし」「つんぼ」、脚の不自由な人を「いざり」「ちんば」と表現する言葉を聞いた記憶があります。今でも、そうした身体障がい者を差別する言葉が別席の話の中で使われているのでしょうか? もし、そうだとしたら、天理教は本当に狂った団体としか言いようがありません。「おさづけ」で人助けしようとする自称宗教が平気で人の心まで傷つける・・・ 何ともありえないひどい話です。やはり天理教は崩壊したほうが、世のため人のためになると思います。存在しないほうがましです。
匿名 様
2019年6月11日 4:44 PM
>もう時報も発行中止にすれば良いのに。読む人間が居ないのに一教会3部増部せよと言う。もう無理な戦いはよそう。10万部切ったら求めが無いと理解しましょう。時報社が火の車と言うのは分かるが手配りで高齢者の配布にどれだけ負担をかけている事か。要するに信者をただで利用して少しでも郵送料の倹約をしたいに過ぎない。ある人は手配りが負担となり、自身の購読を中止して手配りから解放された!!と喜んでました。
逆効果です。<
私の知人に、齢85歳の末端分教会長と齢84歳の奥様がおられます。息子さんは天理教が大嫌いで他市で住宅を購入し別居されています。娘さんも仏教の家に嫁いでおられます。要するにその教会は後継者のいない末端分教会です。教会本部が「事情教会」と呼ぶこうした教会は数多くあると聞いていますが、これからも益々増えていくことでしょう。その会長夫婦は御高齢にもかかわらず、毎日の信者さん宅への講社祭りや月次祭、天理時報の手配り等をされていますが、ご高齢であるので、いつまで続くか分からないとおっしゃっています。信者さん宅への講社祭りや病人への「おさづけ」の取り次ぎに出かける時には、会長が自ら自動車を運転して行かれることもあるようですが、昨今、高齢者の自動車事故が多いため運転免許証を返上することも考えておられるようです。そうした「高齢者教会」にとって、天理時報の手配りだけでも大変な労力を要しているはずです。天理教を宣伝するだけの意味の無い新聞は、末端分教会の余計な負担になっています。いい加減に廃刊するべきだと私も思います。
匿名様
>教団に対する批判もこのサイト以外の大手掲示板にも類似した内容が書かれ、ツイッターでは反本部反中山の声が今まで以上に見られます。後は香港の民衆のようになるだけなのか?
その大手掲示板をお教え頂ければ有難いです。
一人住まいの会長だが、高齢運転者の事故を思うといつか免許証の返還をしなければと思っている。
しかし教会を預かっている以上月次祭はやらねばならない。先案じではあるが、神饌物を買いに行くのに車が無ければ実際問題、準備出来ない。上級教会が近ければ頼みも出来るが、自分一人で月次祭の準備が出来なくなったら、どうすればいいのだろう?現実、そういう事態に必ずなる。今いる高齢信者さん数名はもう生きておられないだろう。
米、酒、いりこ位で月次祭が出来ないものか。もっと言えば、月次祭なるもの、やめたらダメ だろうか。一人月次祭。現実味を帯びているので考えてしまう。
よぼよぼ会長がそこまでしなくても神が一番良見てくれていると思うが。
いよいよ身に負担がかかり出したら勝手にやめてしまおうか、、、。一人でする月次祭の準備は今でも結構負担だ。神に許しを貰えばやめても良いと個人的には思っているが。
十数年後に来る後期高齢者の我が身の現実を想像すると教会行事を律儀にこなさねばならない事へのナンセンスを思わずには居られない。人生の終盤位は老体を労わり義務感は棚の上に置いて神の許しの懐の中で気楽に生きても良いと思うのだ。。。
義務を果たさないなら出て行けと?何もしない名ばかりの老人会長、教会に居ずらくなるかも?先が見えない。モヤモヤしか見えない。
これからは事情教会や体をなさない教会を布教所へ変えていくのが良策と思います。
月次祭、教区内の活動と費用、直属(上級や大教会)の活動と費用(お供え)、教会の建物の増改築や土地の登記変更、会長交代などに関わる「お運び」に関わる手続き等々………
金と時間と手間と複雑な人間関係、書類、さらに教会で生活している会長家族の人生、信者さん達とのやりとり…
若い世代の方々が悩み、暗い未来を案じてしまう諸々の原因が「教会」という建物と制度(しきたり)にあると思います。
布教所になったとしても、上下関係や抑圧やお金の問題は続くと思いますが、教会よりははるかに軽く、マシになると思います。
御目標は上級が引き取り、時が経ったら本部へ返却。
返却できないのであれば、預かり続ければ良い。
それを別の教会へと移さずに、少しずつ機能していない、継続できない教会を減らしていくのが懸命だと思います。
立教から現在まで、天理教は様々な変化(紆余曲折、清濁併呑)を続けて残っておりますが、
真柱の容態やかんろだいの倒壊事情、本部へのお供えの減少、信者、よふぼくの減少…今は大きな変化点であり、節の最中であるということは明らかです。
既に遅いかも知れませんが、行事や建物の縮小よりも、優先して「教会」を減らす
これが現実的で、より効果的な対応だと考えます。
ま、それを行えたとしても先は知れてますけどね。
戦争が始まり、文明や国が破綻、崩壊したら、また宗教が必要とされる時代が来るかも知れません。
そんな未来は神も教祖も誰も望んではいないと思いますが。
さあ、今日一日だけでも、陽気ぐらし 陽気ぐらし
「これからは事情教会や体をなさない教会を布教所へ変えていくのが良策と思います。」
「教会名称の理は末代」というアホな「教理」があるのでそれは無理です。原典に根拠はありませんが。
しかしまあ今だって事情教会90%でしょ。99%超えるのも時間の問題。本部以外を全部布教所に変えても、肝心の人材もいないし、建物取り壊しと思っても壊す費用もなし。布教所という名の廃墟が日本中に乱立し、全国で大量に心霊スポットと化し、夜中にオカルト好きのバカが集まる・・・w
布教所に降格させるのは良いのですが、そうなれば宗教法人法の適用も外れるのではありませんか。そうなれば、中途半端に規模の大きい教会は敷地・建物に莫大な固定資産税が課税されますよ。とても耐えられないと思います。
それよりも、教会名称のまま被包括関係を解消することが第一歩ではないでしょうか。
すると、詰所を使わせないとか、今まで受けてきた権利利益を失うとか、さも恩恵のような言葉を弄して脅迫まがいのことを言うと思いますが、今でも負担の方が多い現状を思えば少しは楽になるでしょう。本部を親里とかおぢ場とか言って、さも、聖地のようにいっているが現状を見れば、お世辞にも聖地なんていうこと自体が、おこがましんじゃないですか。
天理市も、さっさと奈良市と合併してしまえばいいんです。すっきりすると思いますよ。一般の天理市民もそれを望んでおられるのではないでしょうか。天理教の信者でもないのに、天理市民なんて言われたくないというのが本音のように想像しますが、如何でしょう。
東風Z 様
2019年6月13日 9:29 AM
>布教所に降格させるのは良いのですが、そうなれば宗教法人法の適用も外れるのではありませんか。そうなれば、中途半端に規模の大きい教会は敷地・建物に莫大な固定資産税が課税されますよ。とても耐えられないと思います。<
おっしゃる通りです。宗教法人格を失うと固定資産税の課税対象になります。田舎や僻地の教会ならまだしも、都会の真ん中にある教会は地価が高いので、毎年高額の固定資産税を支払わなければなりません。
>それよりも、教会名称のまま被包括関係を解消することが第一歩ではないでしょうか。
すると、詰所を使わせないとか、今まで受けてきた権利利益を失うとか、さも恩恵のような言葉を弄して脅迫まがいのことを言うと思いますが、今でも負担の方が多い現状を思えば少しは楽になるでしょう。本部を親里とかおぢ場とか言って、さも、聖地のようにいっているが現状を見れば、お世辞にも聖地なんていうこと自体が、おこがましんじゃないですか。<
ベストな方法だと思います。教会本部との被包括関係を解消すれば、教会本部の傘下から脱出できるのみならず、「お供え地獄」からも脱出することができます。わざわざ遠方から時間と交通費を費やして、奈良県の片田舎の本部まで参拝にいく必要もありません。「おぢば」なんぞに参拝しなくても国々所々で信仰はできるはずです。
>天理市も、さっさと奈良市と合併してしまえばいいんです。すっきりすると思いますよ。一般の天理市民もそれを望んでおられるのではないでしょうか。天理教の信者でもないのに、天理市民なんて言われたくないというのが本音のように想像しますが、如何でしょう。<
一宗教の名前を地方自治体の名称として使用すること自体、憲法の「政教分離の原則」に抵触すると思います。天理教を信仰していない天理市民も、天理教を信仰しているかのように誤解されかねません。奈良市と合併するのも一案ですが、桜井市と合併し、例えば「山の辺市」と改称するのも一案かと思います。
山の辺市、賛成です。センス良い名前ですね。
天理市と天理教とが市のイベントにおいてさえもズブズブな関係も解消できますね。
崩壊 様
>桜井市と合併し、例えば「山の辺市」と改称するのも一案かと思います。<
仰る通りですね。奈良県の観光にも更に一役買うかもしれません。丹波市町から天理市になって何年が経つのか知りませんが、何時まで経っても一向に馴染めません。
古い元教会長様
2019年6月12日 9:01 PM
2ちゃんえる や 5ちゃんえる に良くかかれてます。詳しくはご自身で検索してみてください。
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/psy/1507354032?v=pc
このサイトでよく「思考停止」って言われていたけど、それは信者さんのことですか?それとも、教団中枢部のことですか?ここに書いておられる方々は、思考停止状態に陥ってはいないと思うのですが・・皆さんのこのような議論は、本来教団幹部がすべきことでして、と言うのも、ここには何とかおやさまの教えを後世に正しく伝えようとされている気持ちがちらちらと見えます。不平不満もそうした気持ちが実現されないイラ立ちに見えます。つまりは、「にんけんのハがこのいけんをもてみよ はらのたつのも かハいゆえから (五ー13)」 ということなんですが、この腹立ちは「親」である本部の人が抱かね
ばならないのではないでしょうか。
抱いておられないとしたら、それは思考停止であり、腐敗していくほかありません。ただし、ここで見逃せないのは、組織的に言うと、上が腐ると下も腐ることです。上が腐るとは腐敗の意味ですが、下が腐るとは、例えば実力のある野球選手がファーム(2軍)生活が続いたため、気が滅入ってヤル気をなくしてしまう、といった意味です。影響大なんです。
ぶたまん
2019年6月14日 9:52 AM
「思考停止」は勿論「教団中枢部(中山教)」でしょう。現に封建制、参勤交代、絶対王政、を用いそれを善しとしているのですから200~300年は遅れていますし、その時代から「思考停止」しています。
こんばんわ、最近参拝はこのおじを心で唱えておつとめしてます。これの方がしっくりきます。
あしきをはらえず、たすけもでーきず
てんりーきょうのーなかやまけー
匿名で失礼します。 最近びっくりした事がありましたのではじめて書かせて頂きます。初心者ですのでなにとぞよろしくお願いします。
先日ご老人の信者さんと本部参拝に行った際の事です。真柱様の姿をちらっと見たその瞬間、ご老人が「周りは身上扱いするがあれは他人の悪事の罪を代わりに真柱が受けた姿や、真柱が身上のまま退く、身上のまま出直すなら神も退く 今の真柱は神の社や」といきなりおっしゃりびくりしました。そのご老人は目と瞳孔が開いた状態でそれをさっと告げるなり、元の表情に戻り何事もなかった様に無言になりました。あれは正に天啓を受けた顔でした。流石に教会でも言えなかったのでこちらに書かせて頂きました。私もおみちを通り初めての事で、驚きましたがそれより「神様や!」と感動が上回っております!初めて神の姿を見た!っと確信しました!神は本部におらず、各信者に乗り移ってまする。と以前の何方かの記事で見ましたが本当でした。
おそらく他の方も最近このような経験をなさった方が居るのではないでしょうか?是非とも他の方の経験も聞きたく願っております!
天理市から山の辺市ですか?素晴らしい、いや本当に・・・
だいたい宗教団体の名前を地方公共団体の名前にするなんて可笑しいことですよ。誰がどう考えても・・・
かなり調子こいていたかよくわかります。
まあ勢いに推されてか、金の力でゴリ押し的にした事なんでしょうけど。
地方公共団体と宗教団体の癒着ですわこれは。
今にして思えばバカな事をしたもんだ。
傲慢の何物でも無い。
やっぱあれだ!独立国家になりたかったんだよーて事でしょうね。
バチカンになりてーがや・・・だ。
世界宗教になりてーがや。
建物はバチカンらしくなったべ。
形に走って走って走りまくり、肝心な心を忘れて人々を困窮させ、そうして最後は滅んで行くと・・・
まあ、いい失敗例が出来ましたとさ。
人間がいかに愚かな生き物かを見事に実証してくれたということになりそうです。
他人の悪事の罪を代わりに真柱が受けた・・・真柱だって下の困窮を知っていながら贅沢な暮らしでしたし。
バチカンになりてーがや・・・バチカンが今のようになるまで途方もない時間がかかっていますが。天理教は親神が瞬きしている間よりも短い期間でした。諸行無常。早く成長すれば早く滅びる。親神のまぶたが半分閉じかけるころにでかい建物ができ、まぶた完全に閉じようとしている今は建物の修繕も苦しくなり、まぶたをあけかけたころは事情教会率が99%を超え、まぶたがまたあいたころは完全消滅ですなw。
2019年6月14日 11:17 PMの匿名 様
仰ることも分からないではありませんが、私の見方は違います。
氏は、お酒がお好きで、行く先々ではご馳走攻め、挙句の果てに乗り物ばかり。これでは人間どうしようもありません。
100年以上前の人間を想像してください。多くの人は歩き回っていました。坂本龍馬はどれ程歩いたでしょうか。その遺伝子を受け継いだ人類(動物)は歩かなければならない運命を背負っていたのです。ところが、この数十年で全く歩かなくなってしまったのです。特に、氏の立場のような方は尚更でした。祭り上げられるということが人体にとっていかに大きなストレスであるかということです。無理に歩かなくても、日々、まめまめしく動くことがいかに大切かということだと思っています。
これ以上書く必要はありませんよね。
以て瞑すべしです。
>周りは身上扱いするがあれは他人の悪事の罪を代わりに真柱が受けた姿や、真柱が身上のまま退く、身上のまま出直すなら神も退く 今の真柱は神の社や」<
他人の悪事とは代々の中山家の欲に起因する「中山家の悪事」と感じました。中山家親族への気づきの象徴として、現真柱に身上と言う形で印をつけた。おそらくあの病は完治しない。身体に印をつけられたまま出直される(退く)でしょう。そう言う意味で善司氏の中に神が入り込み彼を神の社として、神が退く様を中山家子孫に見せる為、善司氏を道具として矢を立てた、と感じます。今の姿は神からの最後通牒かと。
初代真柱以降、お金に目がくらんだ中山家の親族達が天啓者を排除し続け今日に至る、その長い年月に置いて、どれだけ無垢な信徒達をまどわせ、財産を剥ぎ取ってきた事か! その大罪を最後に背負って居るのが善司氏。神が善亮氏や取り巻きのこれ以上の暴走にストップをかけに掛かっていると感じます。
大亮氏が真柱になっても神の思召しでは天理教は成就しない。天理教が今後どうなるか。後は推して知るべしです。心配無用と思います。
このご老人の言葉にそう感じます。
真柱の身上に関する様々な悟りがここに披露されていますね。
私は今すぐにでも行いを正せることが有るのならば、やらない理由を挙げる前に、実現するにはどうすれば良いかを考える事が第一だと思っています。
神様の思惑が何なのか考えると、これは人間サイドの悟りですから正解に辿り着いても確証はすぐに得られるとも言い切れません。
それよりも、教団内でこれまでの間、何の疑問も俎上に載せられずに続く「おさづけ拝戴に関する身体障碍者への差別」を即刻止めるべきでしょう。
セクハラに対して大きな反対運動が世界で起きたように、天理教内でも障碍者差別は止めようと、一人一人の信者からの声が上がることを期待します。
それとも、こんな簡単な改革すら握りつぶすバリ天集団を恐れて、
「不足はダメ」
とばかりに、お得意の思考停止に甘んじるのでしょうか。
ここでいう信者とは中山家をはじめとする全ての信仰者を指します。
>周りは身上扱いするがあれは他人の悪事の罪を代わりに真柱が受けた姿や、真柱が身上のまま退く、身上のまま出直すなら神も退く 今の真柱は神の社や<
今 私の手元に須藤花井さんの所持していた「おふでさき」があります。
そのおふでさきは、天理市在住の知人が貸してくれました。
そのおふでさきには、一か所だけ須藤さんが赤の三重丸を付け 三文字を特別に書き込んだ歌があります。
それは、7号ー7の歌です。
7号ー7 月日にハ たんゝみへるみちすぢ こわきあふなき みちがあるので
この歌の下に「善司様」と朱書きされています。
昨年の10月26日の大祭に本部を参拝した方が、帰宅する前にもう一度本部に参拝し お勤めをしたところ「ちょいと話」を抜かしてお勤めを終えてしまったそうです。
お勤めが抜けることなど今までに一度も無かった事に驚き、再度お勤めをしようと思ったら
「わしも 面足も みきも ここにはおらん
ここはもぬけの殻じゃ やり直しなどいらん」
この様な言葉が頭をよぎったそうです。
その方は、中席の方を3人世話取りしていたそうですが、その日の神殿での出来事を皆さんに説明して別席を止める事にしたそうです。
天理教は すでに 終わってしまったのです。
匿名 さんが 6月13日 10:43 PMに投稿された下記で紹介されていた「5ちゃんえる」を検索したら
トンデモ書き込みを見つけてしまいました!因みに「一農家」=父親で5月10日以前には「5ちゃんえる」への投稿はありませんでした。
匿名様 6月13日 10:43 PM
古い元教会長様
2019年6月12日 9:01 PM
2ちゃんえる や 5ちゃんえる に良くかかれてます。詳しくはご自身で検索してみてください。
「5ちゃんえる」にありました。(彼はここには紹介できないような書き込みもしていました。)
366一農家2019/05/11(土) 20:49:05.35ID:FAoETiNI
https://rara.jp/hijirikenkyukai/
天理の教条主義より日神会の超実践神道の方が、先祖の救済能力が違うよね。
オカルト批判している天理教徒は死んでしまえ。
参考:オカルト批判をしていると毒を浴びせられた被害者は、彼がいうところの「K氏」です。
私は、掲示板ごとに、HNを固定していますが、5ch、2chには一切書き込みません。
現在、天理教の5chにて、一農家と言うHNが、酷いことを書いているようですが、私の知らない事を、喋っていますしね
5ch、2chには、一切感知いたしませんので、お願いいたします。
ここでも、ただの父親のなりすましが出るようなら、それは管理人の責任で、IPアドレスをチェックして頂きたいです。
まあ、騒ぎ立てる人が、主犯でしょうね。
以上です。
ただの父親
2019年6月16日 11:01 AM
ハドルネームんなんて気にしないで良いですよ。以前も「HN固定の是非」で論争がありましたが、拘る意味がない。それよりHNでも匿名でも「良い意見は誰でも読む」わけで、いくら中山の既得権益だけ守ろうとする 「中山家とその親族とその取り巻き」 が名前出して意見しても、「おかしいものはおかしい。」と皆さんが意見をして現在の状態になっているわけですから
一番の問題点は、「日本人は稚拙な反論しかできない人」が多く、名前を出して意見すると「嫌がらせ」を受けるので、日本のインターネット文化は匿名がベースになってるのですから
名前より中身、イメージより読解力 と現代のネットを使い慣れた人々はもう理解しています。
真柱が天啓を受けている話は興味深いです。確かに今までの諸問題から考え天啓はあると思います。
病気なら善亮、大亮親子が率先して、ご守護を全教に示すべきです。天啓を受けた真柱は終身真柱であるべきと、改めで思いました。その話を知人に話したところ「私もそう思う!」って納得してました。
天啓を受けたのは真柱では無く、ご老人の方だと受け止めましたが、、。
本人の前で言わない事は、すべて陰口です。ですから、ここは陰口の伏魔殿です。陰口は天に唾を吐いているようなもので、いずれ自分の身、あるいは可愛い子供さんや孫さんの頭に降ってきます。ほこりの提灯持ちの後をついて行くとロクな事がありません。早くやめた方が身のためです。
通りすがりさん
そのわざわざの「ご助言」は、相手への愛情や思い遣りからですか?
それともご自分の為ですか?
「助言」とは相手の立場に立ち、真に相手の利益に適うであろうことを意識した思い遣りから出る言葉であり、
ものごとに「ほこりの提灯持ち」や「陰口の伏魔殿」などの不正確なレッテルを貼って貶め、相手にありもしない恐怖心を植えつけるような暴言は、「助言」ではなく単なる「脅し」ですよ。
通りすがり
2019年6月17日 1:44 PM
>>本人の前で言わない事は、すべて陰口です。ですから、ここは陰口の伏魔殿です。陰口は天に唾を吐いているようなもので、いずれ自分の身、あるいは可愛い子供さんや孫さんの頭に降ってきます。ほこりの提灯持ちの後をついて行くとロクな事がありません。早くやめた方が身のためです。
こんな考え方を上層部はじめ全体が思ってるから組織が壊れたんでしょw 例えば、中田善亮 が 「金の繋ぎは命の繋ぎ」と項の場で言ったから良いのか? と言うことです。こんな事いうべきではないですし、正直霊感商法に抵触する可能性ありますしね。宗教上の信頼性も一気にガタ落ち 表ではいい顔してる人も 「善亮さん・・・」なわけでしょう。 中山家の人事登用を見ても分かります。本部役員など重役は、身内と血縁、血縁外は不信用という判断をしているからです。宗教と血縁はまったく持って関係ないですしね。むしろこのサイトは本部の方も見ておられるとか?(笑)と有名ですよ。
なので陰口には当たりません。むしろツイッターなどで拡散してるのと変わりまりません。
ツイッターで言えば中山大亮氏が有名ですが、彼も不用意に自己アピールと布教目的でネットを使った事によって、「こいつ非常識?」「反論されたらブロック?質問したらブロック?」と書かれたままです。そう言った事も理解せずに使った 当人たちらの責任ですしね。恥ずかしいたらありゃしない。今の中山家初め本部は、部下教会を指摘できるような器量は一切無いという事です。
通りすがり
2019年6月17日 1:44 PM
そんな遠まわしに言わず、以前2ちゃんえる に飯降の名前で書き込んだように「法的対応」などと書き込んだら良いのでは?それすらも 2ちゃんねらー に笑われて終わってましたがねw
今の教団上層部は組織に対して強行姿勢に出ては逆効果、自分たちの失態を責任転嫁しようにも失敗、言論弾圧も失敗して、失敗続き もし逮捕者が出ても、その者が英雄に成り 組織崩壊がより加速します。
組織崩壊だけならまだしも、教義も崩壊しかねない事態なので取り返し付かなくなりますよ笑
通りすがり様
>本人の前で言わない事は、すべて陰口です。ですから、ここは陰口の伏魔殿です。
ある方が本部と道友社に質問状と意見を書いて返事が欲しいと書いて送りましたが一切返事はありませんでした。
また、ある人は真柱さんに渡して欲しいと、意見書を届けましたが、届けられることはありませんでした。
また、中田善亮宅へ、手紙を送った人もありましたが、返事はないそうです。
>陰口は天に唾を吐いているようなもので、
本部は天ではありません。人間思案のかたまりです。
>いずれ自分の身、あるいは可愛い子供さんや孫さんの頭に降ってきます。
そんな言葉は教祖の教えにはありません。その言葉こそ人間思案のかたまりの言葉です。
>ほこりの提灯持ちの後をついて行くとロクな事がありません。早くやめた方が身のためです。
それは、あなたのように本部の後をついて行っている全ての人に贈りたい言葉です。
本部のデタラメは殆どの人にバレています。
心ある殆どの人は、自分独自の信仰の道を歩んでいます。
通りすがり
>本人の前で言わない事は、すべて陰口です。
あんたの書き込みも陰口だよな。www そんな矛盾にも気が付かないとは…….。www
>ほこりの提灯持ちの後をついて行くとロクな事がありません。早くやめた方が身のためです。
現教団を盲信して行くと、あんた(通りすがり)のように
偽教理で人を脅すようなロクな輩(ヤカラ)にしかなれません。
あんたこそここでの書き込みを早くやめた方が身のためです。
本部中枢も都合の悪い意見はブロックするんですね。本部に電話を入れて相談しても、所属の会長に相談せよ、上級に相談せよと、無責任体質です。親身に寄り添う気持ちは有りません。
これ、ホントに人助けを標榜する宗教ですか?
最近は大亮くんもおとなしくしてますね。ツイッターでは。分かった様な事を言って格好をつけようとするんだが、所詮、人徳もなく、人格者でもない経験も苦労も希薄な軽薄な人間が背伸びして格好をつけるから足元を救われて周囲の笑い者になるんです。
通りすがりさん、 本部のやっている事は誠に不誠実です。素直に教理改ざんを認め、世襲制を返上し、身内が固まって我が身かわいい相談ばかりしないで頂きたい。本部こそ埃のかたまりです。こんな物について行ったらろくな事は有りません。全国の信者は早くやめた(棄教した)方が身のためです。
通りすがりさん、長きに亘り教団に騙され洗脳された先人、今も息がつまる様な大教会長への土下座偽信仰をさせられている軟禁状態の住み込み青年達、はたまた全国の年金を剥奪されている高齢信者や閉塞した行き詰まり教会を尻目に、あなたに良心はないのですか?心が痛まないなら、あなたは余程の悪党ですか?
韓国語は、よく分からないのですが、中山大亮氏のフェイスブックに、このような書き込みがありました。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100015383509409
허상탁―中山大亮
4月20日 ·
中山大亮眞柱繼承者樣?
今日,お茶所で携帯電話から充電できないよう制裁された。
真柱樣が任命した教会長を韓国教統が罷免させたことは正しくないという主張に甘露台を燃やして濡れ衣を着せられ,詰所と教人を剝奪めた。
TLIの教育を受けた家兒とともに 眞柱樣 動向 報告 無電機로 密着 監視されたことに当時の飯降表統領と 濱田から本部 迎賓館に 謝罪 받았으나 本部的行悪はして繼續ばれた。
中山大亮眞柱繼承者樣も私が甘露台や燃やす者に見えますか。
この陋名だけは必ず脱ぎたいです。
乙の立場を探してくださり,必ず私の眞心を請き聞きした後,眞相糾明をしてください。
月日に來られたOyasamaは深層部大淸掃を望んでいらっしゃいます。
インタ?ネット飜譯機なので十分でない。
詳細説明はblogでご覧ください。
https://tenrio.blog.me/221518449264?fbclid=IwAR1JpdnHb6iyLk8WTJPPK8KWq9G5smHZjTcx41Y89ERi8-0y3wODszXt3MM
本部は、とうとう土地の買収をやめたようです。本通りの商店街で店を閉められた所はすぐに買いに出ていたようですが、今では、やめたというよりも買うお金が無くなってきたのでしょうか。
欲の皮が突っ張ったような教団も、無い袖は振れくなったのでしょう。捻じ曲げた教えやお諭しを弄して恐怖心を植え付け、弱い人たちから貴重なおカネを搾り取った当然の報いです。
通りすがりさん、お暇なら一度全国の教会を回って見られては如何ですか。お勤めの手も足りない教会が、いやでも目に入りますよ。この結果をどのように悟られるんですか。
天理高校二部同窓生で一番出直しが多いのは教会長さんですよ。昨年も同窓生の3名の教会長さんが出直しされたんです。立派な方も居られたので尚更悲しいのです。そして、あなたから悪者扱いされている私は一切の薬も服用せずに81歳でピンピンしているんです。
末端教会長さん方の苦労がしのばれるんです。本部は何かが狂っているとしか言いようがないんです。
古い元教会長
2019年6月17日 11:26 PM
韓国天理教はただでさえ、中山主義では無いので、韓国天理教に喧嘩を売ると大変なことに成ること気が付かない本部もおろかですね。 韓国天理教ももうお供えを上納しないで、韓国独自でやられたほうがよろしいでしょう。日本の天理教は中山家自ら壊したので
>>韓国語は、よく分からないのですが、中山大亮氏のフェイスブックに、このような書き込みがありました。
https://www.facebook.com/profile.php?id=100015383509409
허상탁―中山大亮
4月20日 ·
中山大亮眞柱繼承者樣?
今日,お茶所で携帯電話から充電できないよう制裁された。
真柱樣が任命した教会長を韓国教統が罷免させたことは正しくないという主張に甘露台を燃やして濡れ衣を着せられ,詰所と教人を剝奪めた。
TLIの教育を受けた家兒とともに 眞柱樣 動向 報告 無電機로 密着 監視されたことに当時の飯降表統領と 濱田から本部 迎賓館に 謝罪 받았으나 本部的行悪はして繼續ばれた。
中山大亮眞柱繼承者樣も私が甘露台や燃やす者に見えますか。
この陋名だけは必ず脱ぎたいです。
乙の立場を探してくださり,必ず私の眞心を請き聞きした後,眞相糾明をしてください。
月日に來られたOyasamaは深層部大淸掃を望んでいらっしゃいます。
インタ?ネット飜譯機なので十分でない。
詳細説明はblogでご覧ください。
https://tenrio.blog.me/221518449264?fbclid=IwAR1JpdnHb6iyLk8WTJPPK8KWq9G5smHZjTcx41Y89ERi8-0y3wODszXt3MM
通りすがり 様
2019年6月17日 1:44 PM
>本人の前で言わない事は、すべて陰口です。ですから、ここは陰口の伏魔殿です。陰口は天に唾を吐いているようなもので、いずれ自分の身、あるいは可愛い子供さんや孫さんの頭に降ってきます。ほこりの提灯持ちの後をついて行くとロクな事がありません。早くやめた方が身のためです。<
たとえ本人の面前で直接言ったところで全く聞く耳を持たず、他者に責任を転嫁したり、屁理屈をつけて逃げたり、居留守を使ったりするので、世界中の誰もが読むことができ、投稿できるインターネットという「究極の公共媒体」を使用しているのです。陰口ではありません。私はあなたに同じ内容のことを複数回指摘させていただきましたが、ご理解いただけないようですね。国語の勉強をやり直されることをお勧めします。
本通り商店街では、順次商売の終了後に天理教団との土地買収の約束が出来ていると聞いた事があります。買い取る金がなくなっているのですか。天理教の信者の減り方は他教団と比べてダントツですから、如何に阿保の教団幹部もさすがに今後は買えないと踏んだのでしょう。土地を広げて拡大したって信者がいない。数だけ誇る全国の教会も限りなく信者がいない。
既に買収済みの商店跡も有るので、歯抜けの様な形で所有してどうするんですかね?
信者の金で全部買い占めて大きな建物建てて威容を誇る予定だったのでしょう。信者のお金。苦労せずに手にしたお金。湯水の様に使い、大きな夢を見ていたのでしょう。
行き当たりバッタリの欲にきりない無計画。感謝も慎みも助け合いの心もない無責任な中◯家ご一統。最高責任者は病に倒れ、甘露台も倒れ。黒門も再建出来ず。黒々と書かれていた天理教教会本部の看板も外されたままだ。すべての責任を信者のせいにする天理教本部。成人が足りないとじば一条に金の要求。
現在、天理教は加速度的衰退。
『天理フリーフォラム ろくぢの世界を目指して…』を時折、読ませていただいておりますが今月も興味深いものがありました。「天理教の危機とその対策」「突発説と教祖成人説」です。
増野道興(鼓雪)氏(昭和3年11月27日死去)は病死でなく自殺であったことを今回知りショックを受けました。
崩壊様
…世界中の誰もが読むことができ、投稿できるインターネットという「究極の公共媒体」を使用しているのです。陰口ではありません…
かげぐち【陰口】;その人のいない所で言う悪口 ですから公共媒体とか関係ないのです
天理教邪怪学の皆様の家族の将来が気の毒です。その日が来てからでは遅すぎます。
「天理フリーフォラム」の記事は全部デタラメです。
通りすがり
2019年6月19日 1:25 PM
>>天理教邪怪学の皆様の家族の将来が気の毒です。その日が来てからでは遅すぎます。
陰口と家族の将来 の因果関係は? ですね。このようなこと言ってるから宗教家は世間から置いていかれるのです笑
世の中、悪い事は悪い。おかしい事はおかしい。それは当然言われます。陰口ももっと酷いです。通りすがりくん は本当ピントのずれた頭痛い人ですね。それにすら気がつけないぐらい頭が悪いのでしょうね。
通りすがり氏へ
>「天理フリーフォラム」の記事は全部デタラメです。
これは陰口でしょうか?陰口ではないのでしょうか?
どちらですか?
お前(通りすがり)の定義だとお前(通りすがり)の書き込みも陰口だろうが
お前(通りすがり)は何をやってもいいってことなんだな 笑
人には貧に落ちきれと説いて金を搾取し、それを贅沢に使用する本部員や大教会長たちのクズ体質と変わらんな
百聞は一見に如かずと言いますが、何事も経験してこそ分かるものです。誰とは言いませんが、裁判に勝って、長男を交通事故で亡くした人がいます。裁判の勝敗と長男の交通事故と何の関係があるのか?無関係だろうと世間の人は言います。それは天理を知らないからです。天理ほど恐ろしいものはありません。それは経験して初めて分かります。これは脅しでも予言でもありません。必ずそうなるのです。
皆さまの言う通りです。こちらに書き込む事は天理教が社会にもたらす悪の真実を白日の下にさらし、社会に警鐘を鳴らす事であり、むしろ神の心に添う事です。悪い事は悪い、と世間に知らしめ、金銭的、精神的に被害を被る人が一人でも減って行く事を願う行為です。
悪い事が分かっていて、なおも頰かむりする行為は悪との共犯者なんです。貴方は洗脳されたお気の毒なお方。
本気で神を求める我々にとって、これは陰口では無いから自分にも家族にも何の変化もありません。むしろ皆、陽気になり精神的に解放され、天理教をやめて良かった!と喜びの言葉を口にしています。皆さま明るくなって生き生きしてますよ。貴方を含む洗脳された被害者に間違いは間違い、とはっきり認識させ目を覚まして頂く事こそ、世界を陽気、幸せに導く事なのです。
天理教が限りなく衰退し世間の誰からも顧りみられない時代が来た時、その時こそ我々が待ちに待った神の答えを見る時です。言葉を返すようですが貴方はその時やっと気がつくのでしょうが、その時が来てからでは遅すぎますよ。
通りすがりさん、天理教的押し付けられた発想が脳内に刷り込まれ、中々理解が進まれない様子。しかし現教団と悪の共犯者になり知らずにあなたの人生を棒に振るのも、また神の真実に目覚めるのも通りすがりさんの自己責任。あなたの自由です。
通りすがりさん、天理教はたまたま偶然に起きた不幸を心得違いと言い、鬼の首を取ったようにそれを脅しに使う。そんなこと言われたら、100万でも200万でも出しますよ。その脅しが金集めに功を奏す。そうやって天理教は脅し、脅し大きくなってきたのです。
逆の事例も沢山有ります。裁判に勝って、なおかつ天理教をやめて幸せになった人の方が断然大多数。天理教はあなたの言うような都合の悪い事例は表に出しませんよ。
お金に縛られない信仰をし、おやさまの言葉だけを信じて、人々が幸せになればただそれだけでいい。何処にも巨大建造物は建たないし、建てる必要もない。 地域社会で幸せの輪、経済的豊かさ、精神的充足が人々の心に満ち、神の子として人間同士が助け合う。そう言う神の望む生活を実践しているなら、言うことなしだと思いますが。本部が太る必要が有りますか?理由があるなら教えて下さい。
匿名様、お疲れ様です。どうぞ張り切って…天理教が社会にもたらす悪の真実を白日の下にさらし、社会に警鐘を鳴ら…して下さい。ひとつだけ申し上げておきます。教祖を信じる者が数千人数万人と増えれば、当然そこには組織が必要となり、組織を運営するための建築物が建つというのは自然の成り行きです。理想を語る事は簡単ですが、実際はお金も必要なのではないですか。あまり極端な意見は控えた方が宜しいのではないかと私は思います。何が正しくて何が間違っているのか、それは結果が教えてくれるでしょう。
いほり様の質問にお答えいたします
「天理フリーフォラム」の記事は全部デタラメです。 ⇒ 陰口です
表統領の発言 ⇒ 集会はお金を話をする場所です。そこでお金を話をした。⇒ 妥当な発言です
>お前(通りすがり)の定義だとお前(通りすがり)の書き込みも陰口だろうが
>お前(通りすがり)は何をやってもいいってことなんだな 笑
匿名さま、なにをやってもいい人間なんておりませんよ。ただ、あなただって、…以下のようなコメントは削除します。通常の迷惑メールに加え、敬語を使わない、…という管理人様の主旨から言えば、削除レベルのご投稿かと思いますが、いかかでしょう。
組織を運営するための建築物が建つと言うには自然の成り行きです。<
建物が必要となれば最小限のもので良いのです。組織にお金が必要なの当然の事です。しかし今の天理教団の様な腐った組織ならそんな物に捨てる金は一円もありません。現天理教本部がおやさまの教えを忠実に求めているなら、そしてそれが神の目に叶う組織なら、教祖を慕う信者が大勢増えて平等で民主的な組織なら大歓迎です。今の組織はそんなものではないから皆を苦しめているのです。
天理教が非難されるのは、無計画で不必要な権威を誇る建物やいちれつろくじの教理を無視した個人の贅沢、不必要な名目のカネ集めの為に、信者を「脅しの教理」で押さえつけお金を集めてきた事。
わかえの家なる贅沢を尽くした二代真柱の学生時代の住まいがありますが、これには吐き気を感じます。それらは全て信者のお金から建てられた物。若造の為の贅沢。
貧に落ち切れと信者を扇動しておいて、先頭に立つものは贅沢三昧、ですか?
もう色々天理教も本部も中山家もヤバ過ぎてどれを語るに落ちますよね。
私みたいな一信者でも、本部に査察、後継者の浮気問題 など色々聞きますよ。皆呆れ顔ですw
をなじき(木)もたんたんていり(手入り)するもあり そのままこかす きい(木)もあるなり (3ー132)
なんですが、手入れしてまた用木として使う人もあれば、もうこれっきりでほかしてしまう人もいるようです。また使う人と、これっきりの人とは、どういう基準で分別するのか、神様に聞いてみたい気もするけど、もうこれっきりの方へ分類されれば、神さまとは縁切れになってしまうんでしょうな。神さまだけでなく、仏様もあきれはてて、「あんなヤツ、もうホットケ(仏)!」 なぁんていうんでしょう。(←誰かァ~、ザブトン一枚を!)。神さまは今、用木を選び分けておられるんじゃないかと思いますね。私メはどっちに分類されるんでしょうか・・
>>教祖を信じる者が数千人数万人と増えれば、当然そこには組織が必要となり、組織を運営するための建築物が建つというのは自然の成り行きです。理想を語る事は簡単ですが、実際はお金も必要なのではないですか。あまり極端な意見は控えた方が宜しいのではないかと私は思います。何が正しくて何が間違っているのか、それは結果が教えてくれるでしょう。<<
昭和のバブル期前の話のように聞こえます。
今現在も教祖を信じるものが数千人数万人と増えているのでしょうか?
教祖100年祭前後のにぎわいは 記憶しています。(今に至って 自殺等の事件を知りましたが
あの頃から教祖をしたうものが〜と聞いています。私の狭い世間では 減っていく話は聞いても 増える話は聞きません。私に徳がないからと思い、 道の友の別席 お授け等の記載をみても どちらかといえば 減ってました。
増えれば必要なものが 減っていっても必要なのでしょうか?
通りすがり氏へ
迅速なご回答をありがたく思う。
あなたが陰口を言ったとなると、いずれ自分の身、あるいは身内に不幸があるのを覚悟しているということか?
>何が正しくて、何が間違っているのか、それは結果が教えてくれるでしょう。<
今更、何を言っておられるのでしょうか?これからどう言う結果が出ると期待しているのでしょう?V字回復なんてあり得ないし少子高齢化、医療水準は益々上がっています。病気になったらまず医学に頼るのが現状。現真柱も病に倒れ、医学に助けられて現在があるのはまぎれもない事実。心の行き詰まりで教会を頼っても傷口に塩の対応。教理も偽物。最後には金を取られる。本部はベンツ。ゴルフ。不動産経営。 ちょっと巡教で50万、100万持って帰ってふところはホカホカ。その陰で教会と信者は金の工面で汲々とした生活を強いられる。本部は存在そのものが悪。もう結果が教えてくれてるじゃないですか。
衰退、消滅に向かう目の前に迫っているこの現実が結果です。神の守護が無かった、つまり教団がやってきた事は神の目に背いた、間違っていたと言う結果を今見ているのです。
V字回復…可能性ゼロとは言えないと思いますよ(笑)
➀ 「版籍奉還」並びに「廃藩置県」を断行する ⇒ 論理的には正しいが、現実性に欠ける。
➁ 「おふでさき」で預言された「よふぼく」が出現して不思議珍しい霊救が現れる ⇒
「おふでさき」の預言は必ず実現するので、残された可能性はこれしかないでしょうな(汗)
>>通りすがり
>>2019年5月7日 5:03 PM
>>表統領発言についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。
>>では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……
一応私、信仰者なんで省略しないで表統領発言について逃げずに理解できるように説明していただけませんか?
ハイレベルだから教えについて何でもわかってるんですよね?
ならば信仰者向けでかまいませんので理解できるように説明宜しくお願い致します。
>>いずれ自分の身、あるいは可愛い子供さんや孫さんの頭に降ってきます。
>そんな言葉は教祖の教えにはありません。
古い元教会長さん、検定講習で寝ていたことがバレてしまう発言ですよ。残念ながら教祖の教えです。元教会長はデタラメで、ただの不満分子かとお察し申し上げます。
表統領発言についてですか(笑) いくらでも説明いたしますよ(笑) 簡単な事です。(笑)
通りすがり
2019年6月21日 9:47 AM
>>元教会長はデタラメで、ただの不満分子かとお察し申し上げます。表統領発言についてですか(笑) いくらでも説明いたしますよ(笑) 簡単な事です。(笑)
通りすがりががんばってるなwww
不満分子が居るから本部の中山家が困ってるんでしょw むしろ不満分子しかいんじゃないですか?w 中山家がおかしい 中山家の独裁がおかしい。と皆言ってるわけだからそりゃ反中山の反乱分子がドンドン増えるに決まってるじゃないw 今に始まったことでなく、初代真柱から本部体制批判はもともとあり、中山家は見ないように排除してきただけでしょうw どの教会どの系統行っても長老ほど本部中枢批判をするこれは何故?中山家がおかしいからでしょw
表立っておかしい奴をおかしいと言えない天理教の環境の方がむしろ病的、とある長老が「表の天理教、裏の天理教」と表現してたのは正しいですね。
確かに本部への不満の声は増えました。ひと昔前は本部で本部のやり方の不満を口に出すことは親神様に聞かれているようで、はばかられていました。私にとっても聖地での本部批判は神から罰をうける恐怖感がありましたから。今は違いますね。自分を含めて会長達は天理教の衰退を肌で感じていて、それが自分達のせいだとは思っていません。はっきり本部ややる気のない本部員を批判しています。神がこちら側に味方する確信を持っているからです。
この衰退を信者のせいだとは思っているのは本部だけです。もうお供えなんか上げないで、各教会で独自の慈善活動をしている方が余程、世のためになります。
通りすがりさんからの表さん発言の説明を求めます。いくらでも説明しますよ、と言う事でありますから分かりやすい説明を宜しくお願いします。待っております。
もう、無視しましょう。通りすがりさんといくら議論しても教祖50年の道すがら、雛形の道は解明されませんから。出てくるのは、くだらない中山家擁護論だけです。無駄骨です。
本部の状況は言うまでもないことですが、国々所々の教会の実情を見れば天理教の衰退状況は隠しようがありません。広い会堂の片隅に高齢者用の椅子が並べられていても、すべての椅子が満席ではなく、ましてや畳の席はガラガラ。これが教会の実情です。
限界集落にある教会は、信者どころか、周囲の集落に人が居ないんだから教会が成り立つはずがないんです。
本部に居る通りすがりさんにはこの実情が分かっていらっしゃらない。集落にはもう人が居ないんですよ。
限界集落にある教会のことも議論の机上に乗せてください。
そして、どーすりゃいいのか答えてください。数人のジジババが杖を突いて集まってきても、だれも「おつとめ」に出ることが出来ないのです。そしてこのジジババの全てが出直しをされたときに教会は終わるのです。
曲がりなりにもおつとめの人衆が揃っている本部と同じだと思っていたら、とんでもない認識不足ですよ。
あなたがここで述べておられるような状況でないことが地方では幅を利かせ始めているのです。もう、どうしようもないところに追い込まれているということを想像してください。といっても、本部に居られるあなたには想像すらできないでしょう。やがて本部もそのような状況になっていくのでしょうね。
いや、もうすでにその兆候が見え始めているんじゃないですか。以前はピカピカだったおやさとやかたのトイレも、修養科生の減少で掃除も行き届かず薄汚れていますよね。私が知っている詰所も今は当番の会長さんと老婆の二人だけです。
もう、何もかもが終わりに近づいているということです。ただ、中山家と取り巻きの一部は、ため込んだ資産で生き延びるのでしょうが、それこそ恨みの込められたお金ほど怖いものはありませんよ。
汗水たらして得られたおカネは尊いですが、お供えには感謝の気持ちが込められていると思ったら大間違いで、恨みが込められているかもしれません。月額6万円にも満たない国民年金から甘言を弄して出させたお供えほど怖いものは有りませんから。
全く、そのようなことすら分かっておられない通りすがりさんは、実にお目出度い方です。
通りすがりさんに言っておきます。月額6万5千円の国民年金から後期高齢者保険料と介護保険料を差し引いた残りの5万7千円で生活してみてください。そのような人が、ごまんと居られるのですよ。そのような人にお供えは命の繋ぎなんて言えますか。言えたとしたらその人は鬼ですね。
あの樹木希林さんでもお付き合いの額はすべて3千円と聞いたことがあります。立派ですね。
教会にお供え3千円を持って行ってみなさい。いやな顔をされて終りです。挙句の果てにお供えが少ないと会長さんから怒鳴られた人も居るんですよ。樹木希林さんだったら、毎月会長さんから怒られることになりますね。
バカげた宗教です。
通りすがり氏へ
再度お尋ねする。
あなたが陰口を言ったとなると、いずれ自分の身、あるいは身内に不幸があるのを覚悟しているということか?
ツイッターでこんな記事を見つけました 笑
近親相姦を繰り返して、顎が奇形になってしまった「ハプスブルク家」の末裔たちが、話題になっています。
彼らは、「伏見宮家」と一つに繋がっています。
https://twitter.com/041t2tgonefv/status/1069366371836776448?s=21 …
天理教の教祖「中山みき」の肖像画は、顎が強調して描かれています。
もしや彼女も‥?
http://rapt-neo.com/?p=34358
https://twitter.com/KAWTA02/status/1115083595347980288
このようにして、身体的特徴でバレてしまうんですよね。
天理教の実態は、近親相姦を繰り返している中山家を万世する教団 でしかなくなりましたね 笑
ツイッターでも 天理教 の 中山大亮 宛に質疑応答 非難批判殺到なんですね汗 これはもう天理教の未来は無いですわ 芸能人でもツイッターやブログの炎上で活動生命を落とす時代です。
ツイッターのハッシュタグ(#中山大亮)と中山大亮本人のツイッター見比べるとどれほど信者の意見を無視しているかが一目瞭然です。
ツイッター #中山大亮
https://twitter.com/hashtag/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E5%A4%A7%E4%BA%AE?src=hash
中山大亮のツイッター
https://twitter.com/daisukeke123
皆の者聞け 継承者のお通り)
Hey そこのけそこのけ邪魔だ
おいコラお前 図が高い
さぁさぁいよいよ継承者のお通りだ
道を開けろ 鳴らせ鐘太鼓 偉大なお方だ
大亮様 遥々おぢばから
崇めたて 跪け 落ち着いて
失礼なきように 身なり整えて
お姿 一目拝みに来い
大亮様 史上最強の青年会長
そこいらの男はお呼びじゃない ハハハー
100人の悪者を バッサリとさとし
おたすけしたお方だ
お宝は?
(金のラクダ75頭)スゲェ まだまだあるぜ
(紫のくじゃくも)あらあらあら
珍獣猛獣が大行進 腰抜かすなよ
(そうまるで バンコクの) 動物博覧会
大亮様 一目で恋しちゃうわ
(その微笑み キラキラこのハートはドキドキ)
きゃー素敵目が合った とろけちゃう 食べちゃいたい
(女の子はイチコロだわ)
はっぴを着て みんな準備して
(見てるだけでクラクラ膝が震えガクガク)
お迎えしようぜ 継承者を
(なにもかもがピカイチだわ) もっと言おう
(白い猿乗せてきた) お猿さんだ見てごらんよ
(金貨だってくれるよ 優しいお方だ)
(人々の幸せを 何よりも 願うよ いつでも)
(素晴らしい継承者 我らの大亮様)
大亮さーまだ続きがあるぞ
聞きたくないか? はやく合図して
そうこなくっちゃ
大亮様、美しい姫君の
そのハートにアタックするため
やって来たんです めかし込んでさ
(クマにライオン ゾウにラクダ)
(鼓笛バンドや青年さんたちや料理人が)
(歌と踊り ズラリ揃えて 全て) お目見えだ
真義徳 2019年6月22日 6:20 AM さん
「アリ王子のお通り」の替え歌ですね。
https://www.youtube.com/watch?v=02EcPEadIDo
曲に合わせて 真義徳 さんの変換歌詞をあてはめて楽しませていただきました。
通りすがり 大先生
2019年6月19日 1:25 PM
>世界中の誰もが読むことができ、投稿できるインターネットという「究極の公共媒体」を使用しているのです。陰口ではありません…
かげぐち【陰口】;その人のいない所で言う悪口 ですから公共媒体とか関係ないのです
天理教邪怪学の皆様の家族の将来が気の毒です。その日が来てからでは遅すぎます。
「天理フリーフォラム」の記事は全部デタラメです。<
しばらく忙しくてレスポンスが遅れましたが、インターネットという「究極の公共媒体」はテレビ等のマスコミ以上に情報が世界中を瞬時に駆け巡り拡散します。したがって、たとえ教会本部や大教会のお歴々が目の前にいなくても彼らは読むことができるのです。その人が眼前にいようといようまいと物理的な位置関係は問題ではありません。また「悪口」を言っているのではなく、天理教の実態を「究極の公共媒体」で早急に暴露し、これ以上、天理教の被害者が出ないようにとの切なる願いで投稿していますので、誤解されないように願います。
通りすがり大先生
2019年6月21日 9:47 AM
>表統領発言についてですか(笑) いくらでも説明いたしますよ(笑) 簡単な事です。(笑)<
そんなに簡単なことならば、誰もが納得できるよう、理路整然とした説得力のある説明をお願いします。大いに期待しています。(笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑 笑 ・・・・・ ∞ )
よくわかりませんが、今月のかなめかいで重要事項の発表があるとかないとか噂になっています。ご存知の方おられますか?
三代真柱さんの5年祭が執り行われるらしいですね。
本部の言い様だと執行する!と言ういかにも上から目線のお達しの物言いなんですけれど・・・
で、またそれに付けてお供えのお達しがあろうと思われます。
一教会おいくらなんでしょうかね?
最低5千円ですか?
いつまでこんな事を続けるつもりなんでしょうか?
あくまで任意で良いはずですが無言の圧力かなんかで出さないと肩身が狭い様な空気になるんでしょうね。
そう言えば最近の一般世間では香典すら取りませんよね。
一応受けますが気持ちだけ受け取ります。と言うことになってきている様です。
本部もそうされたらかなり悪評もやわらぐと思うのですが、逆に集金の号令をかけてますからね、金を集めないと気が済まない様ですね。
とっく名 様
2019年6月24日 12:01 AM
>三代真柱さんの5年祭が執り行われるらしいですね。
本部の言い様だと執行する!と言ういかにも上から目線のお達しの物言いなんですけれど・・・
で、またそれに付けてお供えのお達しがあろうと思われます。
一教会おいくらなんでしょうかね?
最低5千円ですか?
いつまでこんな事を続けるつもりなんでしょうか?<
天理教の「集金お家芸」は、天理教が存在する限り続くでしょう。しかし、終焉は近いと思います。
通りすがり氏の態度は天理教の体質そのものだ。
自分にとって都合の悪い質問には答えない、他人の意見に耳を貸さずに自分の主張を意地でも押し通す。
もう放っておくしかない。気づいた時には手遅れだが自業自得だ。
原則として通りすがり氏へのレスポンスは今後一切なしにしよう。ただし自分は、通りすがり氏や天理教幹部とは違い、血の通った常識的な人間だと自負している(覚悟がなければ社会に生きていけない)ので、あまりにも無惨な彼の中傷誹謗、人間としてあるまじき態度に対しては例外的に言葉を挟むと思う。
気づいた時には手遅れだが自業自得だ。<
正に今の天理教団の姿です。先日高齢信者さんが、教典や教祖伝、身上諭しの本、教祖100年祭の写真集、道友社編纂の信仰本等を教会に持ってこられた。子、孫に天理の信仰を伝える気持ちは無く、生前整理に励んでおられるようだ。この一家の信仰は後数年でピリオドを打つ。全国の教会をのぞいてみても、こう言う家庭が大多数ではないかと思われる。これが教会の現実です。決して大袈裟ではありません。
本部は全国の大小さまざまな教会で消滅に向かって起きているこういった負の実態は既にしっかり把握している筈です。なのに、どうして次の一手を打とうとしないのだろう。
ほぼ毎月赤字で運営している教会会計から真柱の5年祭にお供えをせよと?そうして搾り取る事ばかり発信して全国の貧乏教会からお金を取るんです。教会が元気で初めて人助けも促進されると思うのに。本部は親と言うなら子である貧乏教会の実態を積極的に調査に乗り出すべきです。布教の要の教会が普通に健全に実生活が営めるようにして欲しい。取るばかりではなく維持管理費でも良いから100年越えの雨漏りで柱も傾くボロ教会群に手を差し伸べる親心が無いと言うのが冷酷です。陽気暮らしを叫ぶには程遠い心の有様だと思います。全国の教会が貧に落ちている実態はひながたと言うなら、何故本部のトップ層だけ裕福にかつ贅沢に暮らしているのですか?矛盾も良い所で、お供えを頂くにも信者に説明のできない実態です。なので、お供えは必然的に頂けませんし、むしろ頂く気持ちになれません。
高齢信者さんが教会に持ってきた100年祭のアルバムを見ながら、栄枯盛衰と言う言葉が直ぐに脳裏に浮かび、浮かれ、有頂天だった当時の天理教幹部の思い上がりと、それに先導され、信じて多くの尊い大金を差し出した信者さん達の苦悩を思いました。今は亡き両親が自らも大金を出し、信者さんからもお金をかき集めていた当時の教会の様子も蘇って来た。年祭の現場で見た新たな礼拝堂を見上げて、我が教会の苦しみはこんな建築によって起こった事なのかと、慶びの気持ちどころか腹立たしく見上げた記憶が蘇る。
もう、こんな浮かれたおじばのアルバムも二度と起こりえない遠い記憶になるだろう。栄枯盛衰。本部は何故、誠を持って動かないのだろう?舵取りは本部の手中に握られていると言うのに。
「気がついたら手遅れ」。まだ淡い期待を持っているのか。
もう本部員に期待するのが無理なのは分かっています。
だから余計に虚しさが押し寄せる。
5年祭のお供えは各教会とも原資が無いと伝えて拒否しましょう。無い袖は振れません!拒否出来る環境は整っています!
坂道を転げ落ちつつある現教団です。お金が集まらなくなってこどもおじばかえりを縮小したり配食センターも機能しなくなって簡易食にしてみたり。これもいずれ閉鎖の道筋が見えますが、根本的な問題である偽装教理を見直さなければ何の解決にもなりません。癌細胞をすっきりと切り取らねば治らない人体と一緒です。癌細胞をどこかに残したままいくらあれこれ医療処置を施しても絶対に治癒しない道理と一緒です。
縮小に向かっているのはまぎれもない事実です。底を打つまで自分達の間違いを見て見ぬ振りをするか、それとも早めに手を打つか。自業自得という言葉があります。
匿名 様
2019年6月25日 5:05 PM
>縮小に向かっているのはまぎれもない事実です。底を打つまで自分達の間違いを見て見ぬ振りをするか、それとも早めに手を打つか。自業自得という言葉があります。<
早めに手を打たなければならないと自覚していれば、もっと早めに手を打てたと思います。遅きに失しました。天理教を蝕んだ「がん細胞」は既に全身に転移し、救いようのない「末期がん」の状態です。後はもがき苦しみながら死を待つのみです。しかし、末端教会や布教所、一般信者まで天理教と運命を共にする必要はありません。可能・不可能は別として、教会本部や上級教会には一切関わらず、死にゆく様を見届けるしか方法は無いように思います。
匿名さま
>本部は全国の大小さまざまな教会で消滅に向かって起きているこういった負の実態は既にしっかり把握している筈です。なのに、どうして次の一手を打とうとしないのだろう。
人間のカタチはしているが常識のわからない人たちの仲良しクラブだから、次の一手を考えることすらできないんですよ。本当に哀れ。これが心から人助けしようとする集団なら事情教会なんぞはひとつも存在しないはずです。
通りすがりさんはどうなの?
2019年6月23日 6:23 PM
>>よくわかりませんが、今月のかなめかいで重要事項の発表があるとかないとか噂になっています。ご存知の方おられますか?
中山天理教の事だから、重大発表と事前に言う時点で有る程度察しがつきます 草 もしかして大亮君に真柱?こんな大問題のさなか?まさかですよね 草
現真柱の善司の身上のご守護はまだなのでしょうか、それを成さずに「大亮様に代わります(万歳)」としたら、イッキに、脱会はおろか離脱教会も増えるでしょう。中山天理教では「身上回復の御守護は無い」と表明するのと同じになってしまうので早まった考えだけは辞めて頂きたいです。
当方も家族で分教会を営んでおりますが、知人、近隣の教会(多系統も含む)の方とそのような事があるなり、離脱を予定しています。
かなめ会はおカネのことと部下組織いじめの話題以外に何があるのでしょうか。半分は何らかの親戚縁者のつながりがある人達の集まりですから反論も出ませんからネ。シャンシャン総会です。
末端教会や信者さんにとっては迷惑組織です。真柱氏の病気の原因はお前たちの信心が足りないからだと言っているんですから、快癒を願って一層の信心をお願いする・・・なんて、もうダメ。
真柱氏に向かって、あなたの信仰心が足りないからで一層の信心をとでもひとこと言ってみろってんだ。
風邪を引いても信心が足りないって、散々言われてきた者からの一言です。
2019.6.11 4:44さんへ
本淵さん宅は、親族が金銭援助されました。誤解されませんよう。
最近、医師の鎌田實氏の講演会に行きました。
キリスト教系の幼稚園が後援して無料開催されたのですが、若い
女性が沢山聴きに来ていました。
内容は、村上和雄氏の提唱しているサムシンググレートについて。
当たり前ですが、天理教の教えとよく似ています。
鎌田實氏は穏やかに自分の言葉で語るため、胸にひびきます。
天理教は、一般人にはわからない用語を使うため、同じような事
を話しているのに、すーっとは心に入ってこないのです。
また、お付き合いにお金がかかりすぎます。
お供えなしには、月次祭とか顔を出せませんよ。
内向きの集まりも度々あります。ひのきしんという無償奉仕も。
子供に伝道するのは、ためらわれます。
サムシンググレート教を信仰するほうが、単純に幸せだと思いました。
さだまさし氏も熱心に村上和雄氏の考え(教え)を広める活動をされて
います。ちなみに私の知人の大学教授もサムシンググレート教です。
上記の講演会に誘ってくれたのは彼です。
地方都市在住の私にはスピンオフ宗教で十分だとわかりました。
御守護宗教の天理教が真柱も回復しないではただの御守護詐欺ですよね。真柱が身上のまま交代なら正に詐欺 御守護は?ですよね。辞める人も独立する教会もそれは増えるでしょう。
本部が重大な発表 と言ってるだけで、所詮本部都合の話ですよ。大亮交代か、本部有利の制度改革でしょう。
大教会を目の敵にしている人もたまに見かけますが、本部が大教会制度を廃止し、全直属にしたら、より崩壊が早まると思います。何故なら、全直属なら「何もできないていたらくの本部」 にクレーム殺到になるのは目に見えてます笑
御守護無いなら、もう辞めます。
2019年6月26日 1:24 AM
>当方も家族で分教会を営んでおりますが、知人、近隣の教会(多系統も含む)の方とそのような事があるなり、離脱を予定しています。<
離脱手続きは、書類上の手続きだけで簡単にできるということです。教会本部の傘下から一刻も早く避難・脱出されることがベストだと思います。
東風Z 様
2019年6月26日 1:10 PM
>真柱氏の病気の原因はお前たちの信心が足りないからだと言っているんですから、快癒を願って一層の信心をお願いする・・・なんて、もうダメ。
真柱氏に向かって、あなたの信仰心が足りないからで一層の信心をとでもひとこと言ってみろってんだ。
風邪を引いても信心が足りないって、散々言われてきた者からの一言です。<
真柱の病気は、栄養過多と運動不足の自身の生活習慣の結果であり、その責任を一般信者の信仰の足りなさとして責任転嫁するのが天理教です。そんな屁理屈に誰が納得するでしょう。一方、一般信者が病気になれば、「因縁が悪いから」とか「お供えが少ないから」とか言われて信者個人に責任転嫁されてしまいます。そんな訳の分からない馬鹿げた屁理屈に誰が納得してついていくでしょう。真柱も普通の人間ですから、生活の不摂生で病気になっても決して不思議ではありません。天理教のピラミッド組織がもたらした天理教内でしか通用しない屁理屈を当たり前のように通用させてきたことに「天理教崩壊」の一因があると思います。
昨年の事に、真柱様が脳梗塞で倒れた、と信者に伝えたら、真柱様みたいな徳の高いお方が倒れるんやから、我々が助かる訳ないわ、と一言言って後は沈黙。御守護が無い信仰に意味があるのかと思われたのでしょう。
教会としても、信者さんにかける言葉が無くて困っています。御守護の無い詐欺宗教と言われても仕方ない。お助けに回ってもお道の芯がこの有様でどう言って話が出来るか?
中山血族本部の重大発表が添えぬものなら、もう立ち上がる時と神がおっしゃるようなもの、もう好き勝手にさせなくて良いでしょう。やりましょう。
天理教、いよいよダメだこりゃ。。。
偽善者中山家とその血族を追い出すまで終わらないだろうねー笑
「天理」PRステッカー 6月25日発売 道友社
https://doyusha.net/SHOP/200010800170.html
欲しい人おるんかな?このシール?
自分が中学生あたりでこのシール私物に貼ってたらイジメられそうで嫌ですわ。
I LOVE TENRI て……。寒!!キモ!!
本部員や大教会長達は
I LOVE MONEY やろ 笑
布教したいんやったら無料で配れや!!
I HATE TENRI !! なら貼りたいっすわ……….。笑
匿名 様
2019年6月26日 10:54 PM
>「天理」PRステッカー 6月25日発売 道友社
https://doyusha.net/SHOP/200010800170.html
欲しい人おるんかな?このシール?
自分が中学生あたりでこのシール私物に貼ってたらイジメられそうで嫌ですわ。<
おそらく、一教会につき何百枚、何千枚と買わせて金儲けする魂胆でしょう。未信の人がステッカーを見ても意味不明ですね。どうしてこんな無駄なことをするのでしょう。「感謝・慎み。たすけあい」の横断幕の二番煎じですかね?
>おそらく、一教会につき何百枚、何千枚と買わせて金儲けする魂胆でしょう。
金策に躍起になってる、閉店間近の商店のようですね。いよいよ、閉店セールの始まりでしょうか?
川上濁れば川下濁る。川下とは子供や孫。こんな大量の泥が流れては、子供や孫が大迷惑!早くやめた方がいいと思う。
真の幸福や正義、真実について 勇気を持って
そろそろ皆が目覚めなくてはならない時がきたのかもしれませんね。
見たくない辛い現実があったとしても本当の事を「知」らなければ
誤った判断をしてしまうのは当たり前。
プラス面もマイナス面も情報は多いほど良いし、偏ると判断も偏り、
盲点が増えるだけ。
ただただ誰かに従い、答えてもらい、自分を預けるのではなく、
曇りのない目で、自分に正直な目で、「真実」を見て自ら判断することも
大切にしたいと思う。
以前元教会長様が女王の教室の動画を紹介されていましたが、
こちらの動画も考えさせられました。
この国の所有者 – ジョージ・カーリン
https://www.youtube.com/watch?v=dydPKOpontA
通りすがり の言うように、現在の教団上層部(中山血族)が気の違いを起こしたから、教団全体気の違いを起こしてる。現上層部が先祖が気の違いを起こして一行に治さないから、この現状、汚れた鏡には汚れた世界しか映らないそして見えない。天理教の上層部は、教団はおろか人の鏡にもあらず。金に汚い、女にだらしない。頭はおかしい、何も良いこと無し、これでは中山血族に出て行って欲しいといわれて当然 笑
教校学園が閉校かぁ…
しゃーないけど、他に優先して削るとこあると思うけどなー
なんで教校職員が割り食わないと行けないや!?
縮小とか言ってないで、中山家とその血族が異端行為に走って天罰下ったんだから、引責辞任しろ!!!
学校法人と成ると、それにかかわった人も大勢いるので、今後どんどん情報漏えいと、中山本部体制の内部情報がドンドン告発されるでしょうね。
こちらの方々は、職を失う人々を暖かく受け入れましょう!そしてともに打倒現上層部を!!!
上層部は、教校職員切らないと、ゴルフできないから切ったんでしょうね。 中山家と血族は人として本当にクズですね。
御守護無いなら、もう辞めます。 様
離脱(被包括関係の解消)を考えて居られるのでしたら、少なくとも次のことに留意して実行に移してください。
1.宗教法人法の完全理解。特に、第4章は非常に重要です。
2.都道府県庁の宗教担当課に相談されること。(担当者との名刺交換は必ず実行)
3.思い立たれた時から、ノートに時系列的に全ての行動・思い等を記録すること。特に、上級からの圧力
等は一言一句を逃さずに詳細に記録してください。(対話の録音は重要、ただ、役所は録音を嫌がる傾向
があり)
4.教会規則の変更は法律事項ですから、一字一句を慎重に検討されること。
まだまだ、留意事項がありますが、先ずは第一歩です。
御守護無いなら、もう辞めます。様
離脱(非包括関係の解消)の具体的な方法は、櫟本分署跡保存会を訪ねられても、親切に教えていただけると思います。組織の概要、所在地、電話番号等については下記ホームページをご覧ください。
www.ichinomoto.com/
本部のやつらさ、教校職員とか勤務者とかにだけしわ寄せさせて、中山家と血族と本部員だけ給料据え置きとかしてないよな?今年から必ず公開しろや
勤務者の給料毎年のように下げて無かったか?そんな最中、大亮の結婚式何億使ったの?頭おかしいの?給料に回せや!
金銭感覚無し、人格無し(むしろ異常)なに考えてんの?真柱身上(当然)
求心力が無くなるのは当然、むしろ最後の残る権力で強権振るって悪政状態になってるだけやん(笑)中山善亮ご乱心の暴挙 と言っても過言ではないですわ。
教校学園を閉鎖するのは、人件費削減というより、「少子化と教勢低下のため」、「授業料が安すぎてもうけにならない(上げたらますます人気が落ちる)から」なのでは?
真義徳 様
2019年6月28日 3:22 AM
>教校学園を閉鎖するのは、人件費削減というより、「少子化と教勢低下のため」、「授業料が安すぎてもうけにならない(上げたらますます人気が落ちる)から」なのでは?<
最も大きな原因は、天理教につくづく嫌気がさして、天理教から去り行く信者が急増しているからだと思います。
芹沢光治良氏の「神の計画(はからい)」 P,207に、親神がアラブ民族を救済するためにマホメッドを選ばれたいきさつが書かれてあります。そこには、「マホメッドは、最初、己をすてて熱心に神の教えを受けたが、やがて私欲が出て、神の教えを己の権力に利用するようになった」 とあります。救済者としてマホメッドを選んだことは失敗でした。そこで神はマホメッドのもとに遣わせていた天の将軍を引きとらせたのですが、このあたりのことを、皆さんはどう思われるでしょうか?
私は、天理教教団もマホメッドと同じ轍(てつ)を踏んだのではないかと思っています。最初は熱心に真摯におやさまの教えを信奉していたのですが、やがて教団はマホメッドと同じ過ちを犯すようになった・・
そもそも「教え」 は、神の「生命」ともいうべき最も尊いもので、それを言葉に表して信仰者に手渡されたのですが、それを受け取った者は、教えを通して人の心を救おうとはせず、教えを金儲けの道具として利用した。だとしたら、「このような冒涜(ぼうとく)行為を神は許すはずはない、天罰があたるぞ!」 と思われる方がいるかもしれません。
しかし、私は神は人を罰したりするようなことはしない、と思っています。罰しているように見えても、それはその人に注意を与えている、もしくは、その人が過ちに気づいて本当のことを受け入れるよう促している、と言う気がします。
ですから、その人が心から懺悔(ざんげ)をして、行いを改めたら、神のお咎(とが)めはその時点でなくなると考えます。神は許されます。モハメッドが救済者として失格だったと解っても、神はモハメッドの元を黙って退ち去られただけでした。
私は何を言いたいのかと言いますと、天理教でひどい目にあわれた方もおられるかもしれませんが、そのためにどうか、天理教教会にバチを与えるよう、神に願わないでほしいということです。(←もしそういう方がおられたらの話ですが・・)
善司、善亮、大亮 体制になって、この様は何? 特に善亮は恥ずかしいわデシャバリ統領意味が無い 業績不振の責任を取れよ
天理教校学園が閉校になったおやさとやかた乾隅棟の使い道は何になるのだろう。川の上の講習棟だったところも今は何も使ってないとか?老人ホームにらなるのだろうか?直属分教会の古い詰所や、今から詰所を建てようとしているところがいっぺんに入っては如何だろうか?管理は本部。利用は各教会。今の38母屋のようになれば良いかもしれない。
>原則として通りすがり氏へのレスポンスは今後一切なしにしよう
6月27日、直属教会長、教区長、集会員に対して緊急の徴集がありました。内容は全部知っているが、レスポンスが無いという事なので、省略します。天理教邪怪学の皆さん、皆さんの期待に反して、天理教はV字回復すると思いますよ。これだけ騒いでいるのに残念ですな。あと、私は「通りすがり2」ではありませんのでお待ちがいのないようにお願い致します。暇が出来たら、表統領の発言についてはキチンと説明したいと思っていましたが、ノンレスポンスではやめておきますわ。
>原則として通りすがり氏へのレスポンスは今後一切なしにしよう
6月27日、直属教会長、教区長、集会員に対して緊急の徴集がありました。内容は全部知っているが、レスポンスが無いという事なので、省略します。天理教邪怪学の皆さん、皆さんの期待に反して、天理教はV字回復すると思いますよ。これだけ騒いでいるのに残念ですな。あと、私は「通りすがり2」ではありませんのでお待ちがいのないようにお願い致します。暇が出来たら、表統領の発言についてはキチンと説明したいと思っていましたが、ノンレスポンスではやめておきますわ。
通りすがりきゅん が何か吠えてるが、お前の説は何一つ当たってなく説得力がないから嫌われるのーそれに気がつけないし、悔しさあまってそういう書き込みしか出来ず、マウントとったつもりになってるただのお子ちゃまか病人なのは丸見え
表統領の説明も、してから言えば? V字回復も回復してから言えば? この時代にV字回復なんて言葉安易に使うほどの御バカ丸見え
まず君が社会のルールとして、質疑応答すら出来て無いから毛嫌いされてるんだろー
となると、病人と言うより、やはり本部内部の人間だな
匿名君、さっそくのレスポンス有難う。誰からもレスポンスがないものと諦めていたが、さすが匿名君、重ねて礼を言うよ。どうも有難う。君の言うとおり、お子ちゃまであり、病人であり、御バカな私だが、これからもお相手、宜しく頼むよ。
現行天る教団に贈る言葉
無理が通れば道理引っ込む。
通りすがり
2019年6月28日 10:09 PM
天理バガは「人間思案は良くない!」と言う言葉で、すぐに開き直る(笑)開き直ってるつもりだが、お前も
>>君の言うとおり、お子ちゃまであり、病人であり、御バカな私だが
こういう言い分は返す言葉が出てこないしかし負けは認めたくないから、そのような言葉で理解を示そうとしているだけ、しかし君においては「今までの白状をしただけ」「駄々こねている変な人」と同じで有害、一般企業ならそのような人は最悪クビになる言動
現実が見えていないバカは、中山家筆頭にその血族と本部員と大教会長と上級教会で、末端や信者はむしろまともでバカではない。それぐらい早く知ったほうが良いですよ。
君が病人か子供かよりは、「何が何でも中山体制!」と駄々こねてた中山親派である事は間違いない。君が、教理は!組織は関係無い!と捏ね繰り回しても無駄
君の信じたい気持ちは飲んであげたい所だが、君の問題より、ここは天理教と名乗る中山本部の悪質性と責任を議論しているので、もう君は実際相手にされようが無かろうがどうでも良いと思われてる。
しかし、君の言い分は本部や大教会や上級の上等文句と酷似しているからこの組織の信頼関係は崩壊している事が活字の世界のここでも明確に分かっただけだ。
通りすがりちゃん へ
>ここは天理教と名乗る中山本部の悪質性と責任を議論しているので、もう君は実際相手にされようが無かろうがどうでも良いと思われてる。
しかし、君の言い分は本部や大教会や上級の上等文句と酷似しているからこの組織の信頼関係は崩壊している事が活字の世界のここでも明確に分かっただけだ。<
自分の言い分だけタレっぱなしにしておいて、後始末をしようとしない態度は路傍に尿や糞をタレてそのまま通りすぎる、まさに「野良犬」や「野良猫」の類いと同じですね。「通りすがり」というHNはあなたが考えたのですか? それにしてもよく考えたものですね!! まさにあなたにピッタリのHNだと感心しました(大笑い)。訳の分からない屁理屈ばかりタレる教会本部やそれに追従するヤカラと全く同じです。あなたが投稿すればするほど、教会本部の異臭が漂います。大変臭いのです。野良犬や野良猫の糞臭や尿臭と同じです。近所迷惑なので、そろそろ自分の排泄物の処理でも考えられたらいかがですか?
通りすがり の言い分は、
「金の繋ぎは命の繋ぎ」などの教理改ざん問題、
中山家主導の天理教の歴史の過ちと悪質性
など各種問題で、もうこちらでは結論の出たこのと、それを再度蒸し返しにしかなって居なかったことに気が付かなかったのか?
教理が明確に間違っているのはこちらでは結論が出ている。
そこに間違った知識を信じ込んだ 通りすがりが 何を言っても負けに行くようなもの
本部の人間はどうした? 天理大学の教授はどうした? 天理親里研究所の人間はどうした? もっと知識人は居るだろう?
その点を見ても、中山本部組織にはろくな人間は残っておらず。上記の中からも反中山本部が多数存在する事がわかる。
世間をはじめ良識ある人間は教徒は、表統領 中田善亮 の「金の繋ぎは命の繋ぎ」発言を恥じて避けて通っているだけ。しかしそんな見て見ぬふりしている側近達に中山家も安心はしてられない。人の我慢には限界がある。中山本部内でも、事件事故は多発するし、殺人や殺人未遂などの目立った事件も起こる日もそう遠くないと考えると、恐ろしく思う。
死体の山 の予言も近づいてきたような今日この頃
本部は本当に理解が悪いようだ。先日も記事に出ていたが香港デモは、自由主義と民主主義の香港人が、香港政府と中国中央政府(共産党)との引き渡し条約 に反対する意思を表明すべく始まった。結果、200万人と言う大規模なでもになり、施行延期から撤回を勝ち取った。
この日本も自由主義で民主主義です。行われている宗教の執行部が何故中山家一党独裁のまるで、中国共産党や北朝鮮のような政治を行っているのか、疑問で成らない。香港のように反発されるのは当然のことだ。
中山家主導で、悪政状態を回復しようと奮闘しているようだが、その対応に不満が積もっているようにしか見えない。いくら金銭が辛くても、教義を改ざんするような事だけはすべきではなかった。もう後には引けないだろう。
天理教を中山家の所有物ではない。信徒全員のものだ。早かれ遅かれ、天理教も教団も信徒の金で作った不動産などの資産も、中山家の悪政から信徒の手に取り戻さなくてはいけない日が来るだろう。
香港デモの分かりやすいまとめページを発見したので添付しておきます。
https://2ch-matomet-zazen.com/%E9%A6%99%E6%B8%AF%E3%83%87%E3%83%A2%E8%A1%8C%E9%80%B2-%E6%95%B0%E5%8D%81%E4%B8%87%E4%BA%BA%E3%81%AB%E8%86%A8%E3%82%8C%E4%B8%8A%E3%81%8C%E3%82%8B2ch%E3%81%AA%E3%82%93j%E5%8F%8D%E5%BF%9C/
>中山本部内でも、事件事故は多発するし、殺人や殺人未遂などの目立った事件も起こる日もそう遠くないと考えると、恐ろしく思う。
>死体の山 の予言も近づいてきたような今日この頃
もう殺人は起きています。かなり本部寄りの大教会長子女が犯しています。
匿名様
>もう殺人は起きています。かなり本部寄りの大教会長子女が犯しています。
これは本当の話ですか?
ニュースにはなっていないようですが。
表に出ないようにしているのですか。
天理教とは関係のない事件なのですか。
>>もう殺人は起きています。
これは是非ともソースが知りたいですな。
どんな事件なのかニュース記事のリンク等教えていただけませんでしょうか?
社会学的に
教校 閉校 の通知。
学校機関は 国の許可がいると思うのですが 、現在の日本国にとって 教校は 日本国民の教育機関として 役に立っているのでしょうか?
卒業生の 生活 収入
イヤらしいけど 勤労 納税 教育 国としては働いて所得税 収めて欲しいですよね。(病院 警察 学校 社会インフラ維持)
国民年金 厚生年金にしろ そこら辺もちゃんとやってほしい。
全国の教会のお供えが 働き盛りの世帯の給料からではなく、 お年寄りの年金からだとしたら 、国としても これからの 社会保障維持のための財源を確保したい時期に 非課税世帯 年金免除者を増やすやり方に賛成できないと考えます。
信仰者として
現在の状況で どういう信仰するのでしょうか?
今まで代々の中山家がして来た思索が長すぎたのでどんな改革をしようと何の効果も生みません。どんな良策であっても、「何故いまごろ?」「いまさら遅い!」との感情が生まれるのでむしろ反発を生むという悪循環です。つまり中山家を信用してる人は誰一人居ません。側近が居るのは給料や報酬が発生してる関係なだけでしょう。なので本部員の給料減給はしたのか?が最も気になります。大規模な事業縮小、給与削減に踏み切ったのですから今年度より必ず真柱から勤務者まで隅々までの給与を公開すべきです。
株式会社東京天理館
業種 不動産
従業員数70名 (wiki より)
知らない株式会社会社であるから 公開する事は無理だろうが こちらの給与も気になるところだ。
2019年6月30日
古い元教会長さま
>これは本当の話ですか?
>ニュースにはなっていないようですが。
>表に出ないようにしているのですか。
>天理教とは関係のない事件なのですか。
情報源は確実です。
本部やその大教会は弁護士を入れて防御しているそうです。
匿名
2019年7月2日 1:09 PM
>情報源は確実です。
本部やその大教会は弁護士を入れて防御しているそうです。<
弁護士を入れて防御するということは、犯人が逮捕、起訴されているということでしょうか? もし、そうだとしたら、マスコミが大々的に報道すると思いますが?
匿名 様
2019年7月1日 11:14 PM
>株式会社東京天理館
業種 不動産
従業員数70名 (wiki より)<
株主は一体誰なんでしょう? 出資金の元は信者の「お供え」でしょうか?
崩壊様
wikiからの抜粋です。その他もwikiに記載されていますが、それ以上のことは 知りません。
”株式会社“に驚いております。所属の教会長夫妻は お助け お助け おつくしおつくしとは 呪文のように繰り返す方だったので。
匿名
2019年7月2日 1:09 PM
本部や弁護士と言えど殺人事件はかばえません。最低でもTVや新聞は取り上げます。
まだ警察が嗅ぎ付けてないので警察へ通報、その旨をこちらである程度の情報を記入される事をお勧めします。それ以上の具体的かつ詳細な情報が公開されないのでその話は信用できませんので虚偽として受け止めます。
教校学園廃止 などと言う前に 徳と理がある宗教家の中山さん 御守護は?
ようき暮らしは?これでは 陰気暮らしでしかない。
>>知り合いの末端教会子弟の話。
高卒後に専修科→大教会青年→本部勤務して他系統の大教会の娘さんと恋仲になるも、相手の親(大教会長夫妻)と自分の大教会長(他系統の娘さんとは親戚になる)にも結婚反対されて途方に暮れています。
聖なるおぢばで引き寄せられたのに酷くねー?<<
流れに沿わない話題ですが、、、
ツイッターで上記の記載を目にしました。両者の事は男性方の関係者から聞いていました。娘さんは大教会娘で、両親から大反対されていると聞いていました。もう破談になっているのかと思っていたらくすぶっている様ですね。末端の貧乏教会に大事な娘をやれるか、そんな苦労をさせられるか!と言う事でしょうね。相手の男性の所属する大教会長もこの娘の叔父さんに当たる人で、大事な姪をお前ら末端ごときにやれるか!と言う事なんでしょう。あつかましい、身の程を知れ!と言う事でしょうね。
何が人助けでしょうか。人間の心をズタズタに踏みつけるこの体質は自分も末端の人間ですので経験済みです。美しい表の顔と美しく飾った表の言葉に世間は皆騙されているのかも知れません。同じ信仰で引き寄せられた若い二人をどうして応援してやれないのでしょう。両大教会の精神性の低さを思わずにはいられません。
>>知り合いの末端教会子弟の話。
人を人と思わない宗教。それが天理教です。皆さんの投稿から十分すぎるほど読み取れることばかりです。
大教会長たちは、・・・ふうふをこしらえきたるでな・・・。この言葉を真剣に受け止めていない証拠です。
ただ単に、惰性で朝夕のお勤めの際に唱和しているだけで、心に修まっていない証拠でもあるのです。
このような教会長が居る大教会は、信仰に値しない教会です。
頭でっかちばかりではねぇ。
未信者の皆様へ。これが天理教の実態ですよ。
大教会家族。
わが家族を大事にする。
わが祖先を大事にする。
わが子の行く末を心配する余り、恋愛で好きになった相手が末端教会なら、あらゆる手を使ってでも潰しにかかる。それも、これもわが子が可愛いからの事。わが子を愛するゆえの事。
大教会家族を始め、本部・上級の家族には美しい家族愛がある。
また、それを当然と思っている。
その三角形の頂点にいる一部の人たちの家族愛を満たせる為に、底辺にいる殆どの教会が存在し、犠牲になっている事に、大教会・本部・上級という「三角形の頂点にいる人」は気付いていないし、気付こうとしない。
匿名7:35様
ご安心下さい。二人はめでたく夫婦になりました。実力行使で妊娠五ヶ月。許すしか仕方のない状態となり、先月末実家の大教会を出ました。偉い良くやった‼️です。実は6年前、妹さんが妊娠して、相手が他系統の末端の息子だったので、この時もすったもんだでした。一度で懲りずに、全く学習能力の無い両親です。下の息子達がどうなっていくのかが楽しみです。
名無しです様
>ご安心下さい。二人はめでたく夫婦になりました。実力行使で妊娠五ヶ月。許すしか仕方のない状態となり、先月末実家の大教会を出ました。偉い良くやった‼️です。実は6年前、妹さんが妊娠して、相手が他系統の末端の息子だったので、この時もすったもんだでした。一度で懲りずに、全く学習能力の無い両親です。下の息子達がどうなっていくのかが楽しみです。
そこの大教会長さん、一つだけ褒めてあげたいです。
よくぞ、娘さんを天理教っぽく育てていなくて、良かったですね。
天理教の悪い所を身をもって教えておられ、子供にちゃんと伝えておられ素晴らしいです。
娘さん達も、普通一般のまともな苦労をして、一から這い上がって幸せになられる事を願います。
良かった、良かった。御夫婦は得られた心の自由を大切にして、生まれてくる子供さんのためにも努力されんこと祈ります。
大教会長さんたちも、何れ目が覚める日がきっと来るものと思っていますよ。特に大教会長夫人は太陽のように温かい気持ちに切り替えられて見守っていただきたいと願います。
そうでなければ人間じゃない。
そうですか。良かった!こうなったら実力行使するしか方法がないと思っていましたが、目出度くお母さんになるのですね。よくやった!
姉妹が二人とも末端教会の奥さんになるのですから、底辺の苦しみを身をもって経験されるでしょう。この組織が異常である事も身をもって両親である大教会長夫妻と叔父たる大教会夫妻に伝える事ができるでしょう。このお2人の結婚は神の応援で出会わされたと思います。叔父さん大教会は相当な借金こしらえていて信者、部内教会皆陽気暮らしどころか金、金、とお供え金に追いまくられ部内教会長夫婦はあまりの事に離婚に至ったり、ここの悪評は関係ない人間にまで聞こえて来ています。このお2人には天理教救済の力になって頂きたい。
これから末端教会で苦しむ2人の娘夫婦を見れば、お供え、お供えと下に向かって安易に言えない気持ちになるでしょう。娘夫婦を通して大教会長夫妻は学びの場を与えられているのかも知れません。成ってくるのが天の理と言うものでしょう。
「おっ!現代版ロミオとジュリエットか」と思って、二人が信念をもって天理教の悪習慣やら制度やらに立ち向かっていく様子を期待して見てたんですが、できちゃった婚で幕引き・・なんですよね。ま、私メが古いと言われりゃそりゃそうなのですが、アレに対してだらしないっちゃあ、だらしないですね。お二人のことはよく存じませんが、これで結婚生活うまくいくんかいなと思ってしまいます。 結婚ってそうそう甘いものじゃないですよね~。男性は「逆玉の輿(コシ)」に乗ったことになるんでいいかもしれませんが、そもそも、女性の方がなぜシモジモの教会に嫁いだかというと、それはシモジモの生活を知らないからじゃないかと思うんです。彼女は、結婚後も大教会でするような生活が待ってると思ったんじゃないでしょうか。
親の援助を受けずに二人だけでやっていくとしたら、そのうち夫婦共に生活にくたびれてきて、「この人のどこがよくて結婚したんだろう」と思うようになることも、心がけていなければなりません。そう思う原因は、やはり何といってもカネでしょうね。生活費が足りない、と言ってフーフ喧嘩が絶えなくなるかもしれません。それは、教団のトップも言ったじゃないですか、「カネの切れ目が縁の切れ目」って。カネがないとフーフの縁も切れるかもしれません。というので、フーフの縁をつなぎとめるために、親(大教会)は、こっそりと娘に生活費の援助なりをすると思いますよ。娘もシモジモの生活がいかに大変か、親に訴えることもないと思います。これは私メの邪推ですが。
姉妹2人とも出来婚とは。古いのかも知れませんが、大教会たる家の子供の躾は親がきちんとするべき所、神様、神様と親らしい事もせず、丸投げして結果がこれ。と陰口が聞こえてきます。後継の息子が尊敬集める大教会長になり得るのか?
子供に親孝行を強要するより前に、親がきちんと子供の面倒をみる。これが人間社会の基本です。基本が出来てないから親孝行どころか、親不孝をしてしまう。
天理教の教理が歪んでしまい、親、親、と親孝行ばかりを叫び金集めをし、子を虐待して来た結果、子たる末端教会からもう知らん!とそっぽを向かれた姿が現在のぐらぐらになった本部の姿ですが、この一家も例外ではないようですね。
我が身可愛い大教会夫妻がこっそり若い夫婦にお金を送るようなら、もう道理も糞もないでしょうね。めちゃくちゃですね。
しっかり苦労をさせて、一列ロクジ、甘い辛いの経験をさせてこそ人の気持ちもわかると言うもの。高山から谷底に降りてこそ、これぞ「おやさまひな形」と言うものです。出来もしない事を信者に言うだけなら、誰でも出来ます。
どなたか書いておられましたが反対理由をきちんと信者に納得させられるなら大教会として筋が通った事になるが、出来ないなら所詮人間思案の塊を証明したようなものです。言ってることとやってる事が支離滅裂と言う事になります。
放ったらかしにされた子供が親孝行出来る道理はないです。天理教はこの事をよく考えて欲しい。健全に親に愛された子供は健全に親に恩を感じるものです。
姉妹二人共にとてもいい娘ですよ。妹の方は天大在学中にできちゃったので姉の場合とは違いますね。
今、親子4人で上級教会に住み込んでいます。姉の方は本部勤務後、大教会の女子青年勤務。委員長の役を任せられ、炊事場、会長宅とかで良く働いていました。娘が居なくなったので住み込みさんの仕事が以前の様に増えたとか。母親はT大教会のお姫様育ちで嫁いで来てからも家事一切せず、全て住み込みさん、女子青年にやってもらっていました。おまけに朝勤めに起きてこない、自分達夫婦の部屋も掃除しないわの生来の横着者です。前会長である祖母もお嬢様育ちで嫁にご機嫌取り、自分達は下の者とは、理が違う、徳があるというオツムの人間。大教会長は、42歳で早逝した京大出の父の血が濃いのか、真面目で腰が低い。朝の神殿掃除から、12くだり、本部の御用と毎日超多忙。優し過ぎるのか口の達者な嫁に厳しいこと一つも言えず。
友達の所とは違う、摩訶不思議な環境で育った娘達は表立っての反発もせず、父親似の優しさなのか、持って生まれた魂の違いなのか、ほんとに気立ての良い娘となりました。子が生まれたら、実家に帰るだろうし、出産祝いを上げるのは世間の親と同じ。上から目線でケタ違いの祝い金を渡すかどうかは知る由もありませんが。
母親はT大教会のお姫様育ちで嫁いで来てからも家事一切せず、全て住み込みさん、女子青年にやってもらっていました。おまけに朝勤めに起きてこない、自分達夫婦の部屋も掃除しないわの生来の横着者です。<<
お嬢様育ちをステータスにしているのかも知れないが恥ずかしくて世間には出せません。上記の様な生活ぶりが本当なら、世間的にはいわゆる落ちこぼれであり一般社会では後ずさりされるレベルです。まともには付き合ってもらえません。天理教だから教内で無理やり押し通せるのでしょう。恥と言う感性はないのか。
奥方は自分がどの程度なのかちょっと目を覚ました方が良い。何十年天理教の教えに触れて来たのか、お勤めにも出てこないとは、教えが何一つ頭に入ってないと見受けられます。部内の婦人達、信者達がついて行くと思えないが、どう示しをつけているのだろう?
こんなレベルの人間に引っ張られている教会、信者さんは余程忍耐強いし、疑問視されないのか。或いは信仰的に余程成人しておられるのでしょう。姉妹が良い子に育ち、末端教会の苦労をいとわず飛び込む決心をされたのは、両親、特に母親の成人の為、姉妹達の意識に登らない所での神の計らいなのでしょう。良い子に育って良かった。
T大教会夫婦と娘さんの大教会長両親はむしろ、神の御守護にあずかったと一歩引いて感謝し、よく思案されるべきと思います。
差別意識丸出しで上がこんな根性で生きているんだから天理教が発展する訳ないやな〜と。心根の豊かな、目先の見栄などに目をくれない人格高潔、差別意識のない人達に引っ張ってもらいたいものです。
<>
大教会子女は末端教会の苦労など知る由も無いから、怖いもの無しなのかも知れません。知ってたら二の足を踏むでしょう。知らないから飛び込める。。
信者の少ない昨今の教会で、借金まみれのT大教会の部内となりお尽くしに追われると思うと生活そのものが出来ない筈です。
教会夫婦の離婚が最近益々多いのは理不尽そのものの体質だからと思います。陽気暮らしどころか、今日の糊口をぬぐう事も出来ないなら、人助けどころか世間に天理教教会の負の実態を示す事になる。
お二人には谷底の味を知って、物申す会長夫婦になり、おかしな体質を改革して欲しい。大教会子女だからこその説得力を持つと思います。
陰気暮らし
2019年7月2日 11:50 PM
>>教校学園廃止 などと言う前に 徳と理がある宗教家の中山さん 御守護は?
ようき暮らしは?これでは 陰気暮らしでしかない。
ほんまや 陰気暮らしの徳も理も無い中山家には、御守護があるわけないわ
早く土地建物財産売り払って、信者騙した代償にかね渡した方がいいんちゃうか?金と土地財産だけ持ち逃げしたら大問題になるで!
Twitterでの書き込みを紹介します。
無明さん @minminubw
現在の衰退の原因の一つに、不足という概念の解釈が異常である事が挙げられます。
まず教内での解釈は…
不足(不平不満)を言う→埃がたまる→神が退き御守護が頂けない
書いてみると心底アホな理論である。
この謎理論を展開することで、多数の信者という奴隷を生み出します。
要は「助かりたいなら文句言わずに上(神)の言う通りにしろ」という事になります。
===引用以上===
教内では「不足は切る理」などとも言っています。
不足するには原因がありますね。そもそも「不足させてしまう人の言動」がその発端なのです。
ですから信仰者としては周囲の皆さんに自分の言動が元で不足させてはいけないのではないでしょうか?
人間だれしも様々な考えが在ることは当然ながら人間関係での軋轢が産まれます。
健全な心の整理の仕方・仕訳をせずに、無明さんのご指摘にあるように奴隷の心が推奨される天理教では、標榜する陽気暮らしは実現しませんね。
奴隷根性=封建制の護持は天理教だけではないのかもしれません。現政権を支持する人たちはそれなりに優位な生活がおくれているのでしょう。
信仰者こそ、現代の世相をしっかり見極めて、自分の頭で考え苦しんで投票する姿勢が肝心でしょう。
ネットで時折見られる「天理教には左巻きが多い」という根拠のない書き込みを見るにつけ、こういう人は何もわかっちゃいないなぁと、つくづく感じます。
奴隷根性は周囲の人をもむしばみます。頭の中はどのような考えを持っても自由ですが、「不足を言う=左派」というステレオタイプな決めつけを書きつける前に、中学レベルあたりから学び直してから発言しましょう。
この様なラベリングは何も天理教内に限ったことではなく、根は深く、だからこそ、もぐらたたき作戦で対応するしかないのかもしれませんね。
おりしも政界でのやり取りを見るにつけ、なぜ、このような人物たちが、あたかもお徳が有るからのように、経済的に恵まれた地位についていられるのだろうかと、貧乏人(私)は親神様の思惑はどこに在るのか考え込んでしまうのです。
ともすると「親親のお徳のお陰で」とのたまう人々もいます。
ハッキリ言いたいです。「親親のお徳」とは自分が例えば褒められたときに謙遜して、自分が口にする言葉ですよ。
他人が「親のお徳のお陰で今日が在る」なんて考え無しに結論付けては底が浅すぎると思いませんか?
現行天理教の教理では、現在生きるのに困難な状況の人々は親の代から、お徳が無い人になりますね。
流石にこんなバカな「さとし方」は通用しないと、最近では「現状から喜びを見つけよう」という方向になりました。
世はポジティブシンキングが流行していますから、それも結構。でもこれだけでは信仰するほどのこともなく、世の中、中学生だって自分の頭で考えつくことでしょう。
わざわざ苦労して天理教に踏みとどまることも無いわけでしょう。
ではどうするべきか。この社会学でも様々な方々が情報を提供されています。大方の方が指摘されている天理教のダメな点を改善するしかないのです。
陽気暮らしの天理教としては、組織内に見られる封建的体制や各種の金銭にまつわる膿を出し切らずして、教校廃校で場当たり的な対応をとる、この様な順序を間違えた対応はやはり「おバカ集団」のなせるところと見られてもしかたないでしょう。
順序の理なんて教祖が説きましたか?大教会以下部内がネズミ講式につながる体制は不健全です。一歩譲って教団側的な言い方をすると、集金システムとしても機能しなくなっています。経済的に国民の多くが疲弊しているのですから、天理教信者だけがお徳が有ってご守護が有って余裕のある生活をおくれているわけではないでしょう。
つい最近の真柱五年祭ではどのような金の流れが有ったのか、一信者は知る由も有りません。たとえ包む金が無い立場の人間であっても、天理に参集するには交通費と自分の時間をお供えとして参列しています。リストラすべきは年祭行事。身内だけで偲ぶという、謙虚な姿を見せて頂きたいものです。そして中山家を賛美するような各種行事に信者のひのきしんをあてにしないように。結婚やら子供の誕生やら全て個人的な祝い事として内内で営んでください。
また、各地の教会への入込に何故大亮の嫁が同行するのか。お金をもらうためとしか思えませんね。ついでに東京見物か?留守番せよ。
一人で行かせると夜の生活に不安が有るからじゃないかい?
できる限り日帰りをするしかないね。
フェイスブック・秋篠 裏太郎氏の投稿
道(本教)も世界(日本)も同じ。
世界は、
子供7人に一人が貧困。
奨学金で大学へ通い、卒業と同時に
4〜1000万円の返済が始まる。
そんなんで結婚して家庭を持とうと思えない。
だから少子化。
崩壊寸前の世界。
一方、道は
まだ生徒のいる学校を潰し、
日本一のマーチング部が何十年もかかって築いてきた伝統に
終止符を打たせるのだから、
崩壊寸前の道
どちらも大多数は悪くない。
大多数を牽引してきたお上が悪いに決まっている。
フェイスブック・秋篠 裏太郎氏の投稿より
残念で、残念で、仕方がない。
「天理教校学園高校」来年度の新一年生の入学を最後に、令和4年の春、閉校となる。
SNS上で拡散されたこのニュースを「誰がこんなデマを流した!」と腹立たしい思いでながめていた。が、事実だった。
残念で残念で、残念で仕方がない。
と同時にこの決定を下だした表・内統領を含めた本部員教会本部に対して腸が煮えくり返る。
末端の教会の子弟が、おぢばで寮生活の3年間、卒業後の進路は、多くが専修科。
入学前ほとんど誰もが本当は全国的有名校天理高校へ行きたかったに違いない。
しかし、人気校の敷居は年々高くなり、塾さえ行かせてもらえない教会子弟は入れなくなった。
そこに生まれたのが天理教校附属高校と天理教校附属親里高校。そしてこの2校が合併したのが天理教校学園高校だ。
全寮制の本教教義に基づいた信条教育中心の他にない素晴らしい高校だ。
職員は教師である前に全員が「おたすけ人」。
附属高校創立以来、一筋にここで教鞭をとる友人は、何年も前に「偏差値の低い高校と言われ続けて悔しい思いをしてきたけど、昨年やっと現役で国立大学に送った」と胸を張ったことがあった。
全国クラスの部活は、天理高校に比べて少ないが、マーチング部は未だ全国トップクラス、空手もレスリングもその他のクラブも全国大会に
出場している。過去に花園出場1回のラグビー部は、天理、御所実業の壁をなかなかこえられないが、他県に行けば花園出場を勝ち取る力は毎年ある。
さて、閉校の理由は、財政問題、少子化問題と言われているが、甚だ理解に苦しむ。確かに財政は世間と同じで厳しいと予想できるが、未来への投資の最右翼に当たる道の後継者育成に不可欠な教校学園高校の閉校とは、まさに悪い意味でのコペルニクス的転回、本教存続に関わる悪政だろう。このツケを払う時が来てからでは遅い。
道と世界は表裏一体、プライマリーバランス黒字化ばかりにとらわれ未来への投資を怠る現政府のマネとは恐れ入る。
少なくとも末端教会子弟は兄弟姉妹が多く、少子化対策への最優秀協力者だろうに。子供おぢばがえり縮小化やら、なんとも情けない今の本教執行部に期待は持てない。
財政面なら、他に削るところはまだまだある。本部員やら本部准員など無駄にいる本部在籍者も国会議員削減のように減らしたらかなり財政も健全化するだろうに、議員同様我が身はかわいいですかね。
それにしてもレーザービームやら、花火やら使っての結婚祝賀会、あ~勿体ない、勿体ない。
これから本教はどないなるんでしょうね。
去年うちに来た修理巡教とやらも、やめてほしい。彼は本部準員で今年も引き続きこずかい集めにあちこち回っているのを知った。一箇所1万円。出稼ぎでいくら儲けて帰るんだ!金のない末端教会から無駄な一万円を引き出させ、ろくな話も出来ない人間がのこのこやって来る。末端の息の根が止まったら結局つけは自分たちに帰ってくるんだろうに。
もうやめ!やめ!やめろ!と言いたい。教校学園と言う未来への希望をつなげる教育機関をつぶし、こうして懲りずに今も全国の貧乏教会を潰しに来てる!
教区長あたりで現状の危機的状況を申し出る人間は居ないのか。教区長と言えども本部とつながっているんだろうから、我が身可愛いごまこそすれ、言わないよね。
結局、天理教は弱いものいじめの宗教、世界助けなんてする気もない。ろくな判断も出来ない頭の悪いトップだけが我が身可愛い我田引水の醜い組織なんです。教会関係者の方、少しずつ距離を取る事をお勧めします。
古い元教会長
2019年7月5日 7:37 AM
>それにしてもレーザービームやら、花火やら使っての結婚祝賀会、あ~勿体ない、勿体ない。
これから本教はどないなるんでしょうね。<
言わずもがな、天理教は「崩壊」に向かってまっしぐらです。「間違いありません」と断言します。天理教信者の若い皆さん。「とりあえず早急」に、教会本部傘下から脱出してください。一般社会に出て自立し、「自らの糧は自らで稼ぐこと」がどれほど大変な事か実体験してください。天理教教会本部体制の矛盾がはっきりと見えてくるはずです。
”天理教教会本部傘下からの脱出・独立を検討されている方々へ”
現行の天理教教会本部体制に矛盾や疑問を感じている方々は大勢おられるはずです。思い切って教会本部から離脱しましょう。私の先の投稿でもご紹介したとおり、櫟本分署跡保存会を訪問されることは現行天理教傘下から離脱、独立を希望する方々にとって、それこそ「神の手の救い」になるはずです。離脱の方法について具体的な方法を懇切丁寧に教えていただけます。「離脱手続は難しい」という先入観をお持ちの方々は多数おられるはずですが、「簡便な事務手続き」で離脱できます。「案ずるより生むが安し」です。奈良県内外でも離脱していかれる教会が出てきています。今後、「離脱教会」は相当な勢いで増加していくでしょう。また、同時に天理教そのものから離れゆく信者も相当な勢いで増加していくと思います。天理教教会本部が「完全崩壊」する日は近いと私は考えています。まさに自業自得です。
天理教憎し!として生きてきましたが、天理教教会本部が「完全崩壊」する日は近いと崩壊さんのコメントを読み、多くの方がほくそ笑んでいらっしゃるでしょう。
嬉しいことこのうえないですね。
今秋の消費税アップを見込んでJRは早くも運賃の値上げを発表しました。
上級教会始め大教会・本部は毎月毎月参拝しろとの発破をかけている。冗談じゃないと言いたい。バカにならない交通費を払って行ったところで、面白くもない苦虫を噛み潰したような面々を見て陽気な心になれると思っているのだろうか。
江戸幕府の参勤交代だって隔年行事というのに、その江戸幕府も仰天するような毎月参拝の掛け声。
終焉が見え始めたようなところに行く人の気持ちが知れない。
日々、天地を拝して感謝の気持ちを忘れずにいれば十分ではないか。なのに、似非教理で塗り固め腐りきった現行天理教本部に御恩報じの気持ちを込めてお供えすることの意味が全く分からない。
各地で天理教婦人会主催で開催されている「天理教婦人会創立110周年会員決起の集い」に出席してみた。
本部から指名された恐らくは教会長夫人と思われる(氏名以外の背景紹介が無かった)女性の話と二名の会員の感話、ビデオ視聴で構成されていた。
会場となっていた大教会での必死の人集めの甲斐も無く、会場は十分の一程度の埋まり様。
天理教の衰退ぶりは隠しようもない。
衰退ぶりはともかくも、講師の話の貧しさには・・・、いやはや資質の問題もあるだろうが、天理教の信仰の底の浅さを自ら暴露していることに全く気が付いていないようだった。
講師自身は教会育ちのようであったし、話す言葉からは天理近辺育ちと感じられた。
信仰何代目かは知らないが、いくら代々信仰を続けていようとも、上っ面で信仰し、教祖の言葉を借りて、さも、悟っているかのような言葉を発しても、そもそものところ、自分の言動を分析できないようでは他人に話を語るべきではないだろうと強く不信感をもってしまった。
これは精神と心の問題だ。学歴でもなく、信仰歴の長短でもなく、まして「親親のお徳」なんぞは何も関係しない。
集まった人々は自分の都合をまげて出席したのになぁと、不足を心に感じた。
これは推測だが本部はある程度のガイドラインを作っての講話だったのだろうから、荷が重いと思う人は指名を辞退してほしい。
もっとも、そうなると人選に苦労するだろうが。
YouTubeでぺらぺら話すK大教会夫人(おなじみの公演者)のような話し手を求めているのではない。
会長夫人という立場にいる人はその資質には個人差が大きいから(これは会長自身たちにも言える)講話なんてものに期待する方が馬鹿なのだろう。
そう、私は馬鹿だから、他日、別の場所で開かれる決起の集いに参加して講演者を比較してみるつもりだ。
そう、またまた参加費500円払ってだから、もう、大バカ者の私です。
これって新手の金集めとしか思えない!!!
国立女性教育会館リポジトリのホームページで興味深い記事を見つけました。(下記サイトから)
https://nwec.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=16190&item_no=1&page_id=4&block_id=58
表にあるファイルをひらき、一読をお勧めします。
権利関係をクリアしていないのでコピペはしませんが興味深い内容です。
(表の NWEC-NJM004326.pdf 左記ファイル名の下の欄にある下線付きファイル名をクリックすると飛べます。)
110年祭決起の集いって、今さら何をどう決起するんですか。今日も大教会でやってるはずですが、当教会は自分も含めてだれ1人として行ってません。信者さんへの声かけさえしていません。
こんな行事に、高齢信者さんを行かせても意味ないと思っていますから。120年祭も10年経ったら来るんでしょうが、学習能力の全く無いトップですから目をおおうばかりの沈滞状況になるでしょうね。大いに期待して傍観してます。
信者さんから天理教は今どうなってるんですか?と質問があり、「信者の減り方が尋常ではないんですよ」と伝えたら、言葉を失っていました。
当然でしょ。本部の人助けは表向きで、実際は我が身可愛い本部のため。底辺は本部の為にあり。金集め、人集めは本部の享楽、贅沢、花火、レーザー、黒塗り高級車、不動産経営、、、、の為。
天理時報に教庁決算3パーセント減、の文字が踊っていましたが、今後は更なる加速を持って減少するのでしょう。心が踊ります。
「教校学園高校の歴史に幕」の記事でも少子化うんぬん言ってますが、はっきり財政問題だと善亮さんの発言。ざまあみろです。「一時的な感情から心ない噂や誤解などが生じることを危惧する。こまやかな気づかいをお願いしたい。」とも発言。
一時的感情って何ですか?誤解って何ですか?全てトップの間違いから出た身から出たさびで、ここで出ている様な意見は我々の一時的感情でも、誤解でもありません!成ってきた天の理じゃないんですか。人のせいにするなです。わたし達は、現実を冷静に直視しているんですから。
年々再々減少、減少、と先行き暗い記事を載せざるを得なくなるでしょうね。ホント、ざまあみろ、です。
やかたの耐震工事、金が無い。ガラガラの詰所、維持できない。炊事本部、撤退。教校学園閉校。憩い病院、赤字。甘露台倒壊、真の柱、身上。。。
何か明るい話があるんですか?全部信者のせいですよね?
匿名 様
2019年7月6日 2:01 PM
>110年祭決起の集いって、今さら何をどう決起するんですか。今日も大教会でやってるはずですが、当教会は自分も含めてだれ1人として行ってません。信者さんへの声かけさえしていません。
こんな行事に、高齢信者さんを行かせても意味ないと思っていますから。120年祭も10年経ったら来るんでしょうが、学習能力の全く無いトップですから目をおおうばかりの沈滞状況になるでしょうね。大いに期待して傍観してます。<
「〇〇決起の集い」、「〇〇大教会創立〇〇〇周年祭」等、天理教の主催するイベントは数多くありますが、それらイベントの真の目的は「集金」です。現役サラリーマンやその他のお仕事をされている方々は、この人手不足で多忙な時代、わざわざ、勤め先の有給休暇までとって参加できる人は皆無に近いでしょう。ゆわずもがな、集金のターゲットになるのは、仕事をリタイアされた高齢の信者さん達(年金受給者)です。長年、お仕事をされ、定年退職し、やっと老後の生活設計をたてようとされている高齢の信者さん達から、否応無しに天理教は「お金」をむしりとっていくのです。年金は高齢者の「生活費」です。最近、巷で物議をかもしていますが、年金以外にも更に2000万円の貯蓄が必要であると金融庁が発表しました。もし、老後、病気で入退院を繰り返したり、認知症になり老人介護施設で長期間お世話にならなくなったら、2000万円の貯蓄では到底、まかなえないと私は考えています。そういう社会情勢にあって、表さんは「金のつなぎは命のつなぎ」なる妄言をよく言えたものだと思います。天理教幹部のお歴々は、生まれてこの方、温室の中でぬくぬくとお育ちになり、「お金」は雨のように労せずして天から降ってくるものという考えをお持ちなのでしょう。今、「お供え」をしておられる高齢者の方々も、近い将来、お亡くなりなっていくのは「自然の摂理」です。若い信者さん達も使途不明の「お供え」をするのが馬鹿馬鹿しくなり、また、自分達の老後の生活の為に若いうちに少しでも「貯蓄」をしておこうという考えをもつと思います。つまり「お供え」の額は今後益々減っていき、天理教教会本部は「兵糧攻め」にあい、「完全崩壊」するということです。今まで、末端分教会や布教所、一般信者を「兵糧攻め」にしてきた教会本部が、今度は「兵糧攻め」の憂き目を見る。まさに、因果応報、「まいたる種はみなはえる」ということです。
中山大亮 氏も 中田善亮氏 も全国各教会飛び回らなくて良いので、まず真柱の神から頂いた身上を完全完治させてください。それを是せずして天理教に有らず。それ出来ずして宗教家に有らず。埃だらけのまま 布教 においがけ とは神の理に反する行為 徳倒れ はその悟りの甘さです。なので上記のように皆さんからの不足が出るのです。それが出来ずして教団はいらぬ と 神様 親神様 教祖様 の声が誰でも聞こえます。
崩壊様
>「〇〇決起の集い」、「〇〇大教会創立〇〇〇周年祭」等、天理教の主催するイベントは数多くありますが、それらイベントの真の目的は「集金」です。
正にその通りです。そしてそのお金は、ことごとく本部に吸収されていくシステムです。
大教会の記念祭のお礼関係の予算書です。
これは最低ライン(50か所程度の大教会)
御礼
真柱様 100万
奥様 50万
大亮様 50万
若奥様 30万
随行長 30万
随行員 20万
随行員 20万
本部在籍者 100万
本部在籍者 の人全てにお礼をするそうです。
お礼関係だけで、一教会10万円の負担。
ある大教会の全体の予算は一億円らしい。
100年祭当時の三代真柱の納税額は一億円でした。
陽気暮らし講座が支部主催で開催された。興味本位で行ってみた。周知徹底されていないのか広い参拝場にもかかわらず参加者は僅か。年々減って来ているようだ。教内者ばかりで教外者はゼロ。あまりの少なさに講師も驚いたのではないか。講師の話は自慢・高慢の話もありつまらない話だった。毎年開催すべきか検討すべきである。目的、対象者が曖昧で開催意義もわからない。講師の交通費、接待費用もばかにならない。布教部も時間を割かれ本心ではやめたいのではないか。陽気暮らし講座の役割は終えたのではないか。ついでにようぼく成人講座考え直した方が良いかと。
匿名
2019年7月7日 12:05 PM
空威張りで、陽気暮らし と偽ってる 中山家のやる天理教を誰も信用できませんからね。中山教の 言う 陽気暮らし は 「他人の迷惑、自身の不徳を 差し置いての 陽気ぐらい」と体現している現状です。
親神様 教祖様 の声が誰でも聞こえます。
2019年7月6日 7:17 PM
大袈裟なお名前だと思いましたが、内容は仰るとおりでした。現真柱 中山善司 氏の 完治の御守護 を神より頂いてから、活動を再開してほしいですよね。それまでは自粛
中山家の振る舞いを見ていると、信仰はおろか 愛 を感じません。
当教区でも場所を変えて何回も開催予告はされているが、確かに上からの周知徹底が甘く、各教会への電話要請も全く無い。世話人もここ最近の低調気流に諦めているのかとさえ思う。
4月のひのきしんデーの参加者人数も確実に減っている。私はお付き合いで毎年行っているのでよく分かる。陽気暮らし講座の参加者激減も然り。これが天理教の教勢と見て間違いないだろう。
最近では天理教人が集まる場所では本部の批判、悪口が当たり前に聞かれる様になったのも時代の流れを感じる。ひと昔前では、思っても口に出す人は皆無だった。
本部のやり方、心の在り方に、神が見放しているのは間違いない。親神の心に耳を傾ける謙虚さもなく自らの心の誤りに気付こうとせず、金、金と教祖の教えに無い事で信者一同を巻き込もうとしている、、。思い切った改革もしないで現在進行形で沈みつつあるこの舟は時間と共に確実に沈んで行く。この教団が正義だったか悪だったかは後は時間が時を持って証明する。廃墟。埃をかぶった廃墟の山。
漂流舟がいずれ沈んでも我々の心は沈まない。地域所々で教祖の教えを胸に生きてさえいれば良い。舟が沈んで困るのは本部の勘違いしてきた人間群、はたまた人のお金で食いつないで来た人間だけです。
私ら、虐げられた人間は、すでに目が覚めていて教祖を胸に自活の道に就いていますから。
古い元教会長 様
2019年7月6日 8:24 PM
>大教会の記念祭のお礼関係の予算書です。
これは最低ライン(50か所程度の大教会)
御礼
真柱様 100万
奥様 50万
大亮様 50万
若奥様 30万
随行長 30万
随行員 20万
随行員 20万
本部在籍者 100万
本部在籍者 の人全てにお礼をするそうです。
お礼関係だけで、一教会10万円の負担。
ある大教会の全体の予算は一億円らしい。
100年祭当時の三代真柱の納税額は一億円でした。<
一般庶民には、ピンとこないような金額ですね!! 常軌を逸しているとしか言いようがありません。一体何に使うのでしょう? 「欲にきりない泥水や 心澄みきれごくらくや」という教祖の教えは一体どこへ行ってしまったのでしょう? もらったお礼(何のお礼か知りませんが)は、きちんと確定申告をし、少しでも社会に還元しているのでしょうか? それとも袖の下の「内緒金」として、闇から闇へと葬られているのでしょうか? もしそうだとしたら脱税行為です。とにかく、表向きは「巡教」と称して国々所々にまで「強欲のほこり」をまき散らしに行っているということです。一般信者の心はどんどん天理教から離れています。天理教は間もなく終焉を迎えます。
どの教会も今は苦しい会計事情でしょうから、嫌と言えない大教会からも不足が出るでしょうね。
本当に不足の種を撒き散らしに回っている。教えを広めたいのが真実なら、会計事情を悟って「御礼は遠慮します。事情はお察しします。」となぜ言わないのか。
一般庶民の信者よりよっぽど強欲。よくもしゃあしゃあと受けとる神経が浅ましい。
貧乏せねば貧乏している人の心がわからない、、と貧乏のどん底に落ちた教祖の教えはどこに行ったんですかねえ?
我々一般は貧のどん底に落ちる必要はないが、中山家子孫であり、教祖直系の教えの推進者はそれを身を持って信者の前に体現しないでどうする?信者から集めた金をしゃあしゃあと持って帰って、信者には金は命の繋ぎ、金出せ、金出せ。その金は徳の高いわしらが貰う!ですかあ?
はっきり言って、天理教の巡教とは部下教会や一般信者への「タカリ行為」としか表現のしようがありませんね。暴力団や特殊詐欺グループですら脱帽するでしょう。反社会的勢力として法的に取り締まることができないのでしょうか? 宗教という隠れ蓑を被っていれば何でも通用するのでしょうか?
匿名 様
2019年7月7日 1:28 PM
>大袈裟なお名前だと思いましたが、内容は仰るとおりでした。現真柱 中山善司 氏の 完治の御守護 を神より頂いてから、活動を再開してほしいですよね。それまでは自粛
中山家の振る舞いを見ていると、信仰はおろか 愛 を感じません。<
お気の毒ですが、今の医学では現真柱の病気完治は不可能です。生涯、後遺症とたたかうことになると思いますが、「難儀せねば難儀している者の気持ちがわからない」との教祖の残された教えの通り、真柱ご自身が身をもって難儀され、「難儀している者の気持ち」を少しでもわかられたら、教祖も少しは納得されることでしょう。中山家御一統の振る舞いは、「わがさえよくば」という利己主義と「強欲」に満ち溢れ「ほこりまみれ」の状態で、信仰や愛を語る次元にはありません。
>最近では天理教人が集まる場所では本部の批判、悪口が当たり前に聞かれる様になったのも時代の流れを感じる。
天理教では人の悪口を言うのはご法度ではなかったか?
ならば信者である資格がないのでは?
いほり
2019年7月8日 7:01 PM
その議論も 通りすがり と言う者の登場でされてましたが、「善人を悪く言うのが悪口」で「悪人を悪人と言うのは証言者、告発」です。天理教の問題で信者は何も悪いことはしてません。この現状を招いたのは教団、本部、中山家です。ので悪口には価したしません。
いおりさんのお考えは、中山家、本部側 の悪用してきた誤った教義です。もうそこにも 中山家と本部の悪事が見えましたね。
本部の修理人巡教や、大教会の巡教を断った経験のある教会関係者の方いらっしゃいますか?
今年、このコメント欄の匿名さん「2017年1月29日 5:54 PM」の投稿にある、
「天理教本部中枢悪党リスト 」」に含まれるクズ本部員が、
修理人としてうちの実家の末端教会の巡教に来ます。orz
毎度毎度マンネリで意味のないつまらない話をされて、
御礼も接待費もかなりかかり、準備を含めて丸一日以上時間を割かなければならず、
とくに、末端の高齢の教会長夫妻(自分の両親)にしてみれば大きな負担ばかりです。
どうせ話す内容は、
現真柱の身上は末端や信者の心の成人やお供えが足らないからだと、
「責任転嫁andお尽くし増やせ」の話をするのは目に見えています。
こんなクズどもの小遣い稼ぎ、なんとか良い断り方はないでしょうか?
いや小遣い稼ぎではないですね。
どれだけ修理人本人に入るのかわかりませんが、
当教区の教会全てを回ったら、かなりの御礼の額になります。
そりゃやめらまへんでしょうな……。(税金とかどうなっているんでしょうか?)
本部の守銭奴共、ほんまええ加減にせなアカンで…….
本部員の御礼は「心次第」で良いのではないでしょうか。一万円と支部などで決められているのは疑問です。各教会の財布事情は様々で部内を沢山持っているところも、信者がいない事情末端教会も一緒と言うのは理不尽な押し付けです。一般的に御礼と言うものは個人の胸次第で決めるべき事です。支部のおかしな忖度で、言われた通り包まなくても良いと思い、私は自分の胸で決めた金額を御礼に包みました。少なくても請求されませんよ。皆さま自主性を持って自主的な信仰をすれば良いです。
次回支部から話が回ってきたら断ろうと思っています。理由は勿論、御礼のお金が工面出来ないのでと言おうと思います。
今回は支部が勝手に教会指定してきたので招かざる客として御礼を減しました!皆んなで減しましょう。旨味が無くなれば来なくなるかも知れません。団結が必要です。信仰の在り方は自由です。
崩壊 様
仰る通りです。一旦失った機能を取り戻すことは、千に一つの奇跡でも起こらない限りあり得ないでしょう。
機能を失った箇所が、だんだんと委縮していくプロセスを身近な人で見てきました。真夏ともなれば汗だくのリハビリを経て、ようやく悪化を防いでいますが、それでも年々縮んでゆく手足を見ていると切なくなります。
真柱氏には、それこそ奇跡の助かりを見せて頂きたいものです。そうでなければ現行天理教の教えに大きな疑問が生じます。もっとも、疑問だらけですが。
教祖は「言葉が出ない人・耳が聞こえない人」も助けてみせると仰ったと聞いたことがあります。
さあ、教団本部は本当の助かりを見せなければなりません。少なくとも信者の所為だとは言わせませんよ。
2019年7月8日 7:39 PMの匿名さんが仰っているように、信者は何も悪いことはしていません。お供えをして、ひのきしんをして、挙句の果てに悪者にされては堪ったものではありません。
東風Z 様
2019年7月9日 8:50 AM
脳梗塞の典型的な後遺症例として。痙縮 (けいしゅく)と言語障害いう症状があります。痙縮 は手足や指の関節が突っ張ったような状態になり、関節の曲げ伸ばしが困難で日常生活に大変支障をきたします。また、言語障害は、話をする際に「ろれつ」が回らなくなり、あたかも酔っ払いが話をしているかのような状態になります。いずれの後遺症も脳の血管が詰まり、脳細胞に十分な酸素が供給されなくなって発症します。天理教的な「身性諭し」をすれば、酸素の供給不足ですので「息吹き分けの理」の御守護不足、また、頭の病ですので「高慢の理」とでも諭すのでしょうか? 自宅の近所に、40歳代で脳梗塞を患われ、幸いにして一名はとりとめられましたが、半身不随となられ、30年近く毎日のように歩行訓練をされていますが一向に良くなられない方がおられます。お気の毒です。
私は幼児期に小児喘息を患いましたが、ある日、病院で天理教のハッピを着た方が、私の両親に対して子どもが喘息(ぜんそく)を患うのは、「親が全速力(ぜんそくりょく)で走るからや」という訳の分からない日本語の語呂合わせを使って、「身性諭し」をされた方がおられました。子どもの私は黙って聞いていましたが、今から思えば、私の両親は子どもを育てるために、それこそ全速力で突っ走って働いているのに、なんと心ない「身性諭し」をしたのだろうと怒りを禁じ得ません。きっと両親の心は大変傷つけられたことでしょう。
話は真柱の身上に戻りますが、真柱の身上を信者の責任にするのは、それこそ筋違いです。天理教教会本部の「お偉い先生方」は、真柱の面前で、お得意の「天理教的身上諭し」をされたらよいのです。
もう、組織活動を終わりにしましょう。
教会を継承するのも、今生きている方々を最期にしましょう。
これから産まれてくる子供達のために。
今、組織に携わる、関わる方々、あなたたちでこの複雑で難解な堂々巡りから、恐怖と無念が待つであろう未来から次代の人々を守りましょう。
私は末端教会の後継者で、今年に会長になりますが、私の代で終わらせようと考えております。
いつまでも続くものなどないのだから、今、自分が、終わらせるのです。生かされている間は教会を守りますが、自分で最後です。
次は無い。
負の遺産は次代に残す必要はない。
訂正とお詫び
私の先の投稿で誤字がありましたので、下記の通り訂正しお詫びいたします。
「身性諭し」(誤) → 「身上諭し」(正)
幸いにして一名はとりとめられました(誤) → 幸いにして一命はとりとめられました(正)
教組30年祭に井出くにが現れ、教祖殿に座った。そうしたところ、本部員に引き摺り出された。と有るがこの詳細は一体どうなんだろう。
井出くにが現れた。これが本物だった。本物だったが故に、恐れをなし、真柱制度に邪魔になるとのことで排除したと言うことなのだろうか。
ただの勘違いオバさんなら笑って放っておいても良さそうなものだし・・天啓者を恐れ排除、茨木氏についても同じ構図のようだし・・・
そう考えると天理本部はことごとく神の意思を排除してきたと・・・
で、今の姿に繋がっていると言うことになるのか。
いつまでも続くものなどないのだから、今、自分が、終わらせるのです。生かされている間は教会を守りますが、自分で最後です。
次は無い。<
教会を続けておられる方々の多くが、この天理教組織に「未来」も「希望」も「展望」もない事を肌で感じておられるのですね。数少ない信者さんの一人がいつまで天理教していても暗くなるばかりで、展望が無いと言って去って行かれました。
私も↑の匿名さまと全く同じ考えで、私の代で終了します。息子や娘には絶対に後を歩かせません。何故なら私自身が両親世代と共に信仰に携わってきて、幸せの感覚をただの一度も得た感覚が無いからです。悔しさ、理不尽、腹が煮えくり立つ思いしか思い出せません。
こんな封建組織は潰してしまいたいです。あり得ないです。上層部の若い息子の思い上がった態度、言動も人間として受け入れ難いです。
こんな低脳の後継者の言う事を聞かざるを得ないのは上下組織の弊害です。
住居の理由で生きる限り住み続けるつもりですが、現天理教が如何に理不尽で中身の無い、金盗り組織であるかを折に触れて世間に伝えて行こうと思っております。
現段階で、未来への希望であるはずの教校学園でさえも消滅させようとしていますの
で、今後も閉鎖の連鎖が続くでしょう。
因みに教校学園の今年の入学志願者は定員以上あったそうです。少子化による志願者減少を理由にしたのは本部の体面を保ちたいだけで、実際には金に困っているから金のかかる学校はなりふり構わず消去。その内天理高校も消されるのでは?
信者の皆様、教会の皆様、お供えは本部の欲を満たす、それを手助けするだけの行為です。親神が要求していないのですからお供えする必要はありません。本部は教えを曲げて我々にお金を要求し、そのお金は本部の贅沢、真柱夫婦が受け取る150万超えの巡教の御礼等々になるのです。その多くが人助けに使われている訳では決してありません。
東日本大震災救援にかかった費用でさえ、年間100億超えのお供え金を使わず、新たに信者や教会に救援募金を呼びかけました。自分達がしている毎月のお供えは何の為のお供えなんだ?と思わずにはいられなかったです。お供えを人助けに使わないなら何に使ってるんだ?と言うのが信者さん達の素朴な疑問です。詐欺組織天理教。
>その内天理高校も消されるのでは?<
以前、二部を閉校する話を聞いたことがあります。でも、考えれば本部の環境維持要員である二部生をみすみす失う愚は避けたのでしょうか、未だに続いています。
二部生でしたが、余りにも知らないことが多過ぎました。最たるものは、二部にゴルフのキャディ養成コースがあったことです。二部の先生がゴルフ場迄出向いて授業をしていたなんてどう思われますか。
しかも、表さんは未だにそのゴルフ場の役員をしているなんて知って、もう、終わりましたよね。
信者さんはじめ役員さん方と相談されて、さっさと被包括関係の解消に向けて取り組んでください。そうでないと教会の建物から追い出されかねません。
崩壊さんが仰っておられたように、手続きの詳細については櫟本分署跡保存会を訪ねられればいいじゃないでしょうか。
そうでなければ、上級や本部の食い物にされてしまいますよ。気が付けば住むところがなかったなんてならないようにご注意ください。
滋賀県にある日野大教会長一家が放り出された例がありますからくれぐれも。
>信者さんはじめ役員さん方と相談されて、さっさと被包括関係の解消に向けて取り組んでください。そうでないと教会の建物から追い出されかねません。
崩壊さんが仰っておられたように、手続きの詳細については櫟本分署跡保存会を訪ねられればいいじゃないでしょうか。
そうでなければ、上級や本部の食い物にされてしまいますよ。気が付けば住むところがなかったなんてならないようにご注意ください。<
自宅の敷地や教会の建物が、天理教教会本部で登記されている末端分教会長の方々は、教会本部との被包括関係を早急に解消し、教会本部の傘下から早急に脱出されたほうがよいと思います。教会本部が経済的に窮してくれば、教会本部名義の不動産を売り飛ばす暴挙にでる可能性は極めて大です。すなわち、そこにお住まいになっている末端分教会のご家族は、追い出されて住むところがなくなってしまうということです。被包括関係解消の行政手続は、難しくて複雑だと思い躊躇されている末端分教会長さんも多いと思いますが、大変簡便ですので、ご心配には及びません。手続きの具体的な方法は櫟本分署跡保存会にアポをとられて相談されたら、親切に教えていただけるはずです。
知らず知らずの間に そういうもの、
やらなくてはならないものになっている
>御供え 御礼 金銭にまつわるいろいろな事
>ひのきしん 行事への参加等の拘束
もう出来ません。辞めます。申し出た場合 どういう事になるのですか?
>もう出来ません。辞めます。申し出た場合 どういう事になるのですか?
どうにもなりません。
現に、そういう教会もあります。
要は、何でもない「空気」みたいなものに支配されているだけなのです。
ただ、プライドに傷がつき、村八部のように、誰からも相手にされなくなるだけです。
本心では「よくやった」と思っている人もいるとは思いますが。
面と向かって「よくやった」と言う理解は、立場上出来ないでしょう。
崩壊様
> 教会本部名義の不動産を売り飛ばす暴挙にでる可能性は極めて大です。
可能性大ということはまだ実際に行われていないのでしょうが、実際こんなことがあったら、そらもう大変です。
追い出された人に待っているのは路上生活ですか・・? こんなことあってはならないことです。
本部関係者の方、これを読まれることがあったら、何とか言って下さいよ。
> 教会本部名義の不動産を売り飛ばす暴挙にでる可能性は極めて大です。
さすがに、これはないでしょう。でも信者さんも後をとる人もない教会の場合は吸収合併ということになります。その場合その屋敷は法人の物ですから、明け渡さざるを得ないでしょう。
でも、住んでいる人がいる場合は、むやみに退去は迫れない筈ですが、上級に借金があったりしたら、無理やり売られてしまう可能性はあるかも知れません。
だから、吸収合併される前に離脱という選択肢が良いと思います。離脱の場合はお供えも会費も一切関係ないです。詳しくは加藤ハルアキさんにご相談を。
>もう出来ません。辞めます。申し出た場合 どういう事になるのですか?
どうにもなりません。
現に、そういう教会もあります。
要は、何でもない「空気」みたいなものに支配されているだけなのです。
ただ、プライドに傷がつき、村八部のように、誰からも相手にされなくなるだけです。<
説明不足でした。老齢で 移動も難しく 施設の利用で 金銭的にも余裕がなくなる場合 、出来なくても大丈夫ですか?
老親なんですが、プライドが傷ついたり 村八分 誰からも相手にされないとは どうゆう関係からでしょうか?
老親は施設に入る予定です。
当方は 親とは離れて県外で 働いています。
日野大教会一家は何故放り出されたのですか?普通に教会活動していて、放り出されるはずはないので、、参考までに教えて下さい。何か理由があったのでしょうか。
匿名 様
>説明不足でした。老齢で 移動も難しく 施設の利用で 金銭的にも余裕がなくなる場合 、出来なくても大丈夫ですか?
「大丈夫です」とも言い難いですが、仕方ありませんよね。普通は上級が責任を持って後始末はされると思います。
「>御供え 御礼 金銭にまつわるいろいろな事
>ひのきしん 行事への参加等の拘束」
というのは、ノルマではありませんから、「出来ません。無理です」とハッキリ断って下さい。少しでも出すと当てにされてしまいます。
>老親なんですが、プライドが傷ついたり 村八分 誰からも相手にされないとは どうゆう関係からでしょうか?
天理教の組織内は狭い村のような世界です。お父様が上級で華やかに活躍されていた場合。今までの実績が傷つくような感覚になりますが、そうでなければ関係ないです。「もう出来ません。無理です」と言って下さい。これしかないでしょう。
>>匿名
>>2019年7月10日 8:14 PM
>>日野大教会一家は何故放り出されたのですか?普通に教会活動していて、
>>放り出されるはずはないので、、参考までに教えて下さい。何か理由があったのでしょうか。
一昔前の話ですが、教内では有名な話です。以下ご参考にどうぞ。
↓
http://tenri-urawa.net/member/shibuhou/shibuho0810.pdf
ぶたまん 様
2019年7月10日 4:08 PM
>可能性大ということはまだ実際に行われていないのでしょうが、実際こんなことがあったら、そらもう大変です。
追い出された人に待っているのは路上生活ですか・・? こんなことあってはならないことです。
本部関係者の方、これを読まれることがあったら、何とか言って下さいよ。<
私が知っている事例を1件紹介いたします。
部下教会と布教所を数カ所もっておられた中堅の教会があります。その教会の会長職は世襲では無く、今はその教会に住み込んでおられた方の子孫が教会長をされています。その教会の敷地は前会長の先祖から伝わった広い田畑でした。また前会長は教会と小学校の教員を兼務しておられ、校長まで務められて定年退職されました。前会長の住宅は教会から少し離れた別敷地にあり、ご家族もその住宅で居住されています。前会長のご子息は教会を継ぐ意思が無かったので、その教会の住み込み人が、教会を継がれ現在に至っています。教会敷地、教会や教職舎、食堂等の建物は天理教教会本部名義で登記してあった為、結果的に前会長の先祖代々の田畑は天理教教会本部の所有となりました。幸いにも前会長の住居は別敷地で個人所有の登記がされていたため、教会本部に奪われること無く、皆さん、天理教との関わりを絶って幸せにお暮らしになっています。路上生活はされておりません。
要は、建物や土地等の不動産を宗教法人名義で登記すれば、所有権は宗教法人に移り、その宗教施設で生活している教会長やその家族は、天理教教会本部の敷地建物を「間借り」して暮らさなければならなくなるということになります。「大家」は言うまでも無く天理教教会本部です。
日野大教会の問題。
〔 本 部 関 係 〕 一、 表 統 領 挨 拶
常に重たい話を御報告させて頂きます。みちのともの教報に山添哲、 平成20年9月13日教人登録を取り消すと載っております。
(みちのと も参照)
本年1月16日の会合における真柱に対する失礼な言動が発端、1月19 日にお詫びをしましたが部内教会が反発し、会長との話し合いが続きまし た。3月22日、日野大教会の月次祭での話し合いで前会長の発言がきっ かけとなり、大教会長更迭願いが部内93ヶ所の内85ヶ所の会長名で上 奏され、両統領の元、直轄教会長との話し合いがもたれた。
借財の返済を 何十年に亘り部内は頑張ってきたが、これ以上大教会長の理不尽な言動に ついて行けない。そこで大教会長夫妻を呼び猛省を求めたが、聞く耳を持 たなかった。部内教会長から上申書が提出され、再び大教会長を呼び話し 合ったが、反省の色がみられなかったので審判会にかけることとなった。
8月13日常詰会議にかけ、8月25日、26日、9月3日の3日に亘っ て審判会を開催し、上記の結果となった。
・大教会長を利し、女子青年に性的行為
・右翼の暴力団に3千万円
・オーストラリア日野出張所を弟の無断処分により私した
・梶本國 彦氏が代表、宇野表統領室長が補佐、
・責任役員から梶本先生に特 命代表役員の承認願が出され受理
だそうです。
古い元教会長 様
レスをありがとうございました。「アリの一穴から堤(つつみ)も崩(くず)れる」 と言います。アリが堤にあけた小さな穴も、時間がたつにつれて次第に大きくなっていき、やがて、堤を崩してしまうほどになります。
この人は、上級から「アリ」 のような小さな存在として思われているかもしれませんが、万一、この人が追い出されるようなことがあれば、そのニュースは教内に広まり、似たような境遇の人が行く先を心配して、我も我もと離脱していくようになるかもしれません。蟻の一穴はすぐ大きくなるでしょう。この人を慎重に扱ってくださるようお願いいたします。
古い元教会長 様
2019年7月10日 7:27 PM
> 教会本部名義の不動産を売り飛ばす暴挙にでる可能性は極めて大です。
さすがに、これはないでしょう。でも信者さんも後をとる人もない教会の場合は吸収合併ということになります。その場合その屋敷は法人の物ですから、明け渡さざるを得ないでしょう。<
利己主義と強欲の塊のような本部ですから、暴挙にでても不思議ではないと思います。何をやらかすか分かりません。
匿名様 2019年7月10日 8:08 PM
失礼ながら、この掲示板では「大丈夫です」とは誰も答えられないでしょう。
遠方で暮らす老齢の両親が教会を守り、経済的にも体力的にも厳しい状況と云うのは私自身も経験したことなので、ご心配と不安などの心中は察するに余りあります。
しかし、ご両親の事はともかく、教会の事は他人任せ、まして、上級や大教会任せでは何も解決しませんし、それどころか悪化する一方です。
ご両親が施設に入るとなれば、貴方に「仕事を辞めて教会を継ぎなさい」という話が来る可能性が高いですし、それを断れば大教会から新たな会長が派遣されて教会を乗っ取られる可能性が高いです。
色々な選択肢はあると思いますが、実家と教会、そして家族と信者さんを守るなら、教団から離脱して独立するのも一つの方法です。
手続きは、時間と手間は掛りますが、崩壊さんが書いているように簡単です。
「ひながたの会 http://mikagurauta.grupo.jp/」は離脱教会のグループですので、関係する事ならどんな事でも相談に乗らせて頂きます。
崩壊様
レスをありがとうございました。
> 「大家」は言うまでも無く天理教教会本部です。
どちみち、死ぬまでしぼり取られるという感じですね。ともかく、教会本部としても、これに慎重に対応していただきたいです。そうでなければ一気に崩壊が進むという気がします。
ぶたまん 様
2019年7月10日 10:14 PM
>どちみち、死ぬまでしぼり取られるという感じですね。ともかく、教会本部としても、これに慎重に対応していただきたいです。そうでなければ一気に崩壊が進むという気がします。<
天理教教会本部傘下から脱出(独立)する。つまり、被包括関係を解消すれば、死ぬまでしぼり取られるようなことはありません。教会本部とは関係がなくなるのですから、人間で例えれば「離婚」、国で例えればイギリスから中国に返還された香港のようなものです。もっとも、香港の場合、イギリスの統治下にあった時代の方が結果的に良かったのかもしれませんね。中国の傘下になれば悲惨です。話は戻りますが、被包括関係を解消すれば香港と違い、完全な「独立国」となれるので、教会本部の横入れや干渉は一切無くなります。
本部は、これ幸いと責任役員始め直轄教会長を言い含めて追い出しました。何もこの教会だけではありません。
老舗の郡山大教会長一家だってそうです。
本部にとっては十八番行事です。反対するのも可愛い我が子と仰った教祖の言葉が本当なら、どのようなことでも包み込む暖かさがあってしかるべきなのに、率先して首を切るんですから。
このような宗教は信仰に値しません。中枢部は所詮は心の狭い人たちばかりですから。
東風Z
2019年7月11日 9:41 AM
>老舗の郡山大教会長一家だってそうです。
本部にとっては十八番行事です。反対するのも可愛い我が子と仰った教祖の言葉が本当なら、どのようなことでも包み込む暖かさがあってしかるべきなのに、率先して首を切るんですから。
このような宗教は信仰に値しません。中枢部は所詮は心の狭い人たちばかりですから。<
本当にそうですね。本部は「わがさえよくば」それでいいんです。愛や思いやり、人たすけの心などさらさらないのです。とても宗教と呼べるシロモノではありません。宗教という隠れ蓑を身に纏っていれば悪事のやり放題。オウム真理教が天理教を真似たのも無理からぬ話です。宗教の看板を下ろし、真柱邸の玄関に中山組という看板と「梅鉢の代紋」でも掲げたほうが似合っていると思います。
東風Z様
> どのようなことでも包み込む暖かさがあって
「包括関係」という言葉は、そもそもそういう意味なのですが、現実にはそれは実行されていないんですね。金メの物は包括するけど、面倒をかける人は要らん、というところですか。これじゃまるで家を人質にとられているようなものじゃありませんか (家だから「家質(いえじち)?)。信者さんが天理教の神様を信じている証拠に家をお供えしてそれを「担保」にする、ということでしょうか。
それと、「暖かさ」なんですけどね、おやさまの赤着は太陽とか血液の色とか、そう言ったものを表しているとお聞きしたことがあります。どちらも熱の源です。生命の源でもあります。太陽のように人を明るく照らして、人を暖かく包みこむ、血液のように人の全身をめぐって暖める。暖かいところには、人は自然と集まってきます。太陽や血液の真似をせよということではありませんが、暖かいこころや思いがあれば人は寄ってきます。自然と人が寄って来るのなら、包括関係といった法律で縛らなくてもよくなるのではありませんか。暖かい思いが足りていないんですよ。ついでに言わせてもらいますと、「おもたりのみこと」 というのは暖かい「思いが足りて」いる神様という意味らしいです。
>>太陽のように人を明るく照らして、人を暖かく包みこむ、血液のように人の全身をめぐって暖める。暖かいところには、人は自然と集まってきます。太陽や血液の真似をせよということではありませんが、暖かいこころや思いがあれば人は寄ってきます。自然と人が寄って来るのなら、包括関係といった法律で縛らなくてもよくなるのではありませんか。暖かい思いが足りていないんですよ。ついでに言わせてもらいますと、「おもたりのみこと」 というのは暖かい「思いが足りて」いる神様という意味らしいです。<<
離脱教会を名指しで公表し、みちのともに「告」として出される文面が、あまりにも冷たく、吊るし上げの犯罪人に対する処置のようで親の裏の顔に恐怖を覚えます。
長年本部に尽くしたであろうその結果、すればするほど真実の信仰が見えなくなり、残念に残念の思いを重ね止む無く離脱に踏み切っておられる教会でしょう。熱い情熱と燃える信仰心を持つ、嘘偽りのない本物の信仰を追う方々です。
本家本元からこうした本物は逃げていき、むしろ逃げて出た方にこそ真実があるように思います。親神は既におじばには居ないように思います。昨今の悪あがきとも思える苦し紛れの本部の姿を見れば誰もがそう思うでしょう。神から手を離されているんだと。
どんな人をも包み込む暖かさ、温みは、現教団本部からは感じられません。「告」と言う内容に触れ、背筋が寒くなります。表の顔と裏の顔。この「告」の手の平の返し方がまるでヤクザのようで怖いです。
平野楢造と言うヤクザの大親分が天理教創成期に郡山大教会初代会長で相当幅を利かしたと聞きましたが、連綿とヤクザ体質が残っているのかも。上級のドスの利かせ方も半端じゃ無かった(泣)
郡山大教会長は何故平野ではなくなったのですか?
>>匿名
>>2019年7月11日 9:50 PM
>>郡山大教会長は何故平野ではなくなったのですか?
こんな書き込み見つけました。
どの程度本当なんでしょうか?
何かご存知の方コメントよろしくお願いいたします。
↓
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/psy/1200921268/
>>576-584
古い元教会長
2019年7月10日 9:42 PM
(みちのと も参照)
>>本年1月16日の会合における真柱に対する失礼な言動が発端、1月19 日にお詫びをしましたが部内教会が反発し、会長との話し合いが続きまし た。
失礼な発言と書かれても曖昧ですしその内容を知りたいです。現在真柱が身上になってる以上ふりかえれば真実を語ったのでしょうね。
>失礼な発言と書かれても曖昧ですしその内容を知りたいです。
私が聞いている限りでは、なかなか子供が出来ない真柱の奥様に対して「子供の作り方を教えてあげましょうか」と言った。との事です。
>「子供の作り方を教えてあげましょうか」と言った。との事です。
知り合いの信者さんで子供ができない方が居られましたが、この夫婦に対して教会の方が講社祭りの折にこの夫婦に対して同様の発言(もう少し過激)をしていましたよ。聞いた夫婦はおかんむりでしたが、教会関係者が教職を辞めたわけでもなく、立場が違えば結果も大きく変わるという実例です。
このような宗教、バカバカしくて信仰していられますか。
前にも投稿しましたが、大教会長は神殿講話で天理教を信仰しているお陰で子・孫に恵まれて、なんて話をしていましたが、そうであるならば、教団本部は子が出来る、出来ない理を教義で説くべきだ。
そうでなければ筋道が立たない。
ぶたまん 様
2019年7月11日 1:11 PM
>「包括関係」という言葉は、そもそもそういう意味なのですが、現実にはそれは実行されていないんですね。金メの物は包括するけど、面倒をかける人は要らん、というところですか。これじゃまるで家を人質にとられているようなものじゃありませんか (家だから「家質(いえじち)?)。信者さんが天理教の神様を信じている証拠に家をお供えしてそれを「担保」にする、ということでしょうか。<
上記は東風Z様への質問ですが、僭越ながら私がお答えさせていただきます。「包括・被包括」という表現を使えば非常に耳ざわりの良いソフトな印象を受けますが、国家に例えれば、国家と植民地の関係と同じだと考えても良いと思います。例えば、かつての大英帝国(現イギリス連邦)をはじめとする欧州列強は、自国の繁栄と領土拡大の為に世界各地に植民地をつくりました。植民地の天然資源や食品等は、植民地支配する国にとって貴重な資源であり、貿易商品でした。日本もかつてはジパングと呼ばれ、黄金を産出する豊かな国と考えられ、列強諸国は挙って「黄金の国 日本」を発見するために航海に出ました。コロンブスは日本を発見する為に航海に出ましたが、たまたま発見した大陸(現アメリカ大陸)を日本だと思い込んでいたという有名な逸話が残っています。また、大英帝国に至っては、アフリカ大陸に保有していた自国の植民地の先住民(黒人)を奴隷(商品)として売りさばいて暴利を得ていました。
天理教に話を戻せば、天理教教会本部は大変大げさな表現かもしれませんが、かつての欧州列強諸国であり、末端分教会や布教所、一般信者は、大変語弊があるかもしれませんが、敢えて言えば「植民地」なのです。豊かな植民地を領土として多く有すれば有するほど、その国家は繁栄します。天理教のケースに言い換えれば、末端分教会や布教所、一般信者の数が多ければ多いほど、多額の「お供え」が入り教会本部は繁栄します。一新婚カップルの披露宴の為に金を湯水のように使えました。しかし、今、天理教教会本部のあり方に矛盾や疑問を感じて、天理教から離れていく信者や布教所、末端分教会が激増しているのはご存知の通りです。つまり教会本部にとっては非常に都合が悪い状態になりつつあるのです。「被包括関係を解消する」とは、かつて「植民地」であった国々が、その「植民地」を支配していた国家から独立するようなものだと考えてください。植民地支配されていた国々の領土は、「独立」によって元に戻ります。
話は変わりますが、昨今、マスコミ等で報道されている香港は、もともと中国の領土でしたが大英帝国の侵略によりイギリスの植民地となりました。イギリス統治下の状態が長く続いていましたが、二十数年前に中国に返還されました。しかし香港の民衆は中国の干渉や横入れを受けたり統治下におかれたくないので、大規模なデモが発生し死傷者も発生しています。
東風Z 様
2019年7月12日 8:34 AM
>知り合いの信者さんで子供ができない方が居られましたが、この夫婦に対して教会の方が講社祭りの折にこの夫婦に対して同様の発言(もう少し過激)をしていましたよ。聞いた夫婦はおかんむりでしたが、教会関係者が教職を辞めたわけでもなく、立場が違えば結果も大きく変わるという実例です。
このような宗教、バカバカしくて信仰していられますか。<
「天理教のレベルの低さ」を物語る典型的な話だと思います。不幸にして子宝に恵まれなかったそのご夫婦はどんなに不快な思いをされたことでしょう。一般社会でそのような発言をすれば、人権侵害、セクハラで訴えられてもしかたがないでしょう。天理教はとても宗教と呼べるシロモノではありません。
やるせない理由を自分に問いかけたら、2つ思い付いた。
一つはマーチングバンドはどうなるのか?
もう一つは、天理高校の教員より、教校学園の教員の方が好感を持てるということ。
マーチングバンドは間違いなく、大きな財産なのだから『天理高校が責任持って引き継ぎます』と言ってくれたら安心できるのに、誰も言わない。
なんでかね?
天理高校出身はよく分かると思うが、野球やラグビーなどで『天理』の知名度アップに貢献してる以外、天理高校に価値は無い。
進学面でも信仰面でも教員の質でも、本当に残念極まりない状況。
天理高校の名前を残して、教校学園のスタッフを入れたら、まだ納得なのに。
何に忖度してる?
教員の組合が原因か?
これだけ少子化が目に見えてるから、学校の統廃合は今後当たり前になる。
だから、仕方ないとは思える。
しかし何故、一般信者が納得できるやり方で、物事を進めないのか?
下々の者の気持ちは、大した問題ではないのかな?
廃校ですか~ 様
2019年7月13日 1:26 AM
>しかし何故、一般信者が納得できるやり方で、物事を進めないのか?
下々の者の気持ちは、大した問題ではないのかな?<
教会本部のトップダウン方式の典型的な例です。全て自分達の独断で物事を決め、下々の者の意見には聞く耳を持たないのです。一事が万事です。教会本部は、過去からずっと自らの墓穴をこうやって掘り続けてきたのです。程なく墓穴は完成します。
中島みゆきの四十行のひとりごと。今回最終回となっている。いよいよ強烈に教団批判しているように思えた。一人ひとりの解釈はいかようにもあろうが、、
題は「旅人」
三人の旅人が登場している。
一人目の旅人は初代真柱。
遠い灯の方へ歩む事よりも、その声の人に会うことのほうに そそられてしまった。
遠い点のようなだった灯は いつしか見失っていた。
(遠い灯、すなわち親神の御心よりも、教祖に出会った事でその人を利用する事に心をそそられてしまい、真実の神をいつしか見失っていた、、)
二番目の旅人は二代真柱。
飲み水を携えたはずの背嚢には小石が詰まっていた、、、何か文字を刻んだ石盤が映った。そちらへ書かれたとおりに這い進むうちに、、、遥か彼方に微かな川の音を聴いた、、書いた人を追う事に心をそそられてしまった。川の音からはいつしか遠ざかっていた。
(小石が詰まったとは二代の心に雑念が混じっていたと言う事か。文字を刻んだ石版とは勉強のできた東大卒の真柱の事か。文字によって壮大な天理教組織を創り上げた。しかし微かな川の音、すなわち天然自然の神の声から遠い所に行ってしまった。書いた人とは、すなわち「御筆先を書いた教祖」を利用する事に心を取られてしまったので川の音、すなわち神の声から遠ざかってしまった、、)
三番目の旅人とは三代真柱。
底のない深い沼で 溺れかけていた、、もがいて振り回した手が、、、一本の縄をつかんだ、、それは水辺の古い樹の根だった、、しかし旅人はその樹を手に入れることのほうに そそられてしまった 幹を伐り 根を掘り 引き倒し、ついに水辺の樹もろとも 沼に再び沈んだ、、、さんざんな遠回りをしている姿は 鏡には映らない、、
(大自然に生きる神の樹を我が身思案で幹を伐り、根を掘り、切り倒し、全国の善良な信者を巻き込み、苦しめ、無理矢理とも思える巨大な東西神殿を建てた事か?今こそ巨大建物群は無用の長物と化し、将来的に維持し続けることさえ困難になって来ている。
あるいは教祖の歴史的遺跡である鏡池に生い茂っていた樹の幹を切り、根を掘り、引き倒し、埋め尽くしてしまった。その鏡(鏡池)は今はもう映らないと言う意味か?)
こうやって私はいつも 大切な何かをおいて 我欲を指標に踏み迷い続けた、、
(現在における教団本部の姿を絶望的に語っている。)
さんざんな遠回りをしている姿は 鏡には映らない
何千年も経ってから 気づくのだろうか
如何なる時も 奇蹟の掌の上で恵を受けていたのだと
少しづつ少しづつ 気づくのだろうか
(最後の一行は強烈な教団批判だ。気づくのだろうか?気づかないだろうな、と言う教団本部への絶望が込められている。)
時報を目に出来ない方もおられると思うので、勝手な解釈を入れながら、このポエムをご披露させていただきました。受け止め方はそれぞれですので、味わって読んでみて下さい。
今回が最終回です。
大切な物を置き忘れた頭の悪い我欲に我を忘れた人達がこの底の抜けた舟の舵を握り、沼に沈むのか迷走しています。本部にとっては有り難い有名人。頭を下げて寄稿を依頼したはずの中島みゆきですが、彼女のメッセージが毎回何であるか、今頃気が付いたのでしょうか。記載中止か、おかしな時期の最終回だと思いました。天理教にはこんな信者がいるんだと、プロバガンダに利用したはずなのに、最後は痛烈に批判されて終了です。
それにしても中島みゆきと言う人は偉大だと思う。どこまでも深い。思慮が深い。
匿名
2019年7月13日 10:10 AM
>頭を下げて寄稿を依頼したはずの中島みゆきですが、彼女のメッセージが毎回何であるか、今頃気が付いたのでしょうか。記載中止か、おかしな時期の最終回だと思いました。天理教にはこんな信者がいるんだと、プロバガンダに利用したはずなのに、最後は痛烈に批判されて終了です。
それにしても中島みゆきと言う人は偉大だと思う。どこまでも深い。思慮が深い。<
中島みゆきの天理教に対する「訣別の詩」ですね。彼女はもう天理級に近づくことはないでしょう。中島みゆきをプロパガンダに利用するつもりだっだ天理教教会本部が、当の中島みゆきにトドメを刺された。痛快極まりないですね。よくやった みゆきちゃん!!
↑ 上記の私の投稿文中に誤字がありましたので、訂正しお詫びいたします。
彼女はもう天理級に近づく(誤) → 彼女はもう天理教に近づく(正)
「天理教校学園高校」を守る会 @d9kpoebR2GSZTZs さんのツイートより
「天理教校学園高校」来年度の新一年生の入学を最後に、令和4年の春、閉校となる。
残念で残念で、残念で仕方がない。
と同時にこの決定を下だした表統領、理事長、理事会を含めた本部員教会本部に対して腸が煮えくり返る。生徒、職員、父兄、信者を全く無視した暴挙!
簡単に末端から切っていく。いずれその傷口から細菌やウイルスが侵入して本体が瓦解する日がくる。
耐性作用が強いから形を変えて襲ってくる。これに打ち勝つワクチンはもう作れない。
教校学園高校閉校決定、本教立教以来最悪の失政、本教未来への確実な投資なのに。
教会本部は身を切らず末端は切り刻む
残念で、残念で、仕方がない。
今年最後になるであろう「おやさとパレード」の最後尾の天理教校学園高校マーチング部のメッセージ、「明日に向かって」ではなく「俺たちに明日はない!」になるでしょう。
天理時報、第1面にもならなかった「天理教校学園高校閉校」、
教校学園高校がこんなに簡単に、切り捨てられていいんでしょうか?
匿名さま
天理時報を見る機会がないので教えていただきたいのですが、中島みゆきの詩の全文は以下のようでしょうか?
「旅人」
遠い灯の方へ歩む事よりも、その声の人に会うことのほうにそそられてしまった。
遠い点のようなだった灯はいつしか見失っていた。
飲み水を携えたはずの背嚢には小石が詰まっていた、、、何か文字を刻んだ石盤が映った。そちらへ書かれたとおりに這い進むうちに、、、遥か彼方に微かな川の音を聴いた、、書いた人を追う事に心をそそられてしまった。川の音からはいつしか遠ざかっていた。
底のない深い沼で 溺れかけていた、、もがいて振り回した手が、、、一本の縄をつかんだ、、それは水辺の古い樹の根だった、、しかし旅人はその樹を手に入れることのほうに そそられてしまった 幹を伐り 根を掘り 引き倒し、ついに水辺の樹もろとも 沼に再び沈んだ、、、さんざんな遠回りをしている姿は 鏡には映らない、、
こうやって私はいつも 大切な何かをおいて 我欲を指標に踏み迷い続けた、、
さんざんな遠回りをしている姿は鏡には映らない
何千年も経ってから気づくのだろうか
如何なる時も奇蹟の掌の上で恵を受けていたのだと
少しづつ少しづつ 気づくのだろうか
中島みゆきさんの連載「四十行のひとりごと」第16回 最終回「旅人」が掲載された天理時報が届きました。
https://twitter.com/_miyuki0223/status/1150029901136683008/photo/1
某布教所より電話「天理教をやめます!」
うちの教会の半分以上をお供えしてくれる布教所です。
私も後継者としてなんとか頑張っていこうと思っていましたが、力が抜けました。
「そりゃそうだ」
今後、教会長を受けないほうが正しい選択なのかと思えてきました。
ある方からキリスト教の教会で癒やされましたと言われました。
天理教では癒やしがないのでしょうか?
何を持って神様を感じることができるのでしょうか?
組織はなくても信仰できる! 様
2019年7月15日 5:35 PM
>ある方からキリスト教の教会で癒やされましたと言われました。
天理教では癒やしがないのでしょうか?
何を持って神様を感じることができるのでしょうか?<
天理教に癒やしはありません。心を傷つけられ、憤り、やるせなさ、失望を感じるだけです。あげくのはてに、多額の「お供え」まで持って行かれます。私は、規則正しい天体の運行、動植物をはじめととする自然界の営みの不思議さ、人体の不思議さ等に神の存在を感じています。
天理教の教会に参拝せずにはおれなくなる。会長さんや奥さんの言葉のひとつ一つに心が癒されるからでありましょう。天保九年より、何千何万の人々が心癒され、元気を取り戻し、陽気ぐらしの家庭を築いてこられました。それは、今も同じことです。毎日、会長さんの声が聴きたい、奥さまの顔がみたい。そこで日参が始まります。会長夫人の一言で入信された方もいます。それは、親の声だからでしょう。親心。そこにすべての人間は感動し、そして心が癒されるのです。
通りすがり様がどんな立場の方か存じませんが素敵な「親心」ある方にお逢いになって入信されたのでしょう。天理教校学園高校の事はよくわからない私でも募集停止は全く親心無いことに思われます。どうしても停止せざるえない時は最後の最後の選択する対象に思います。
広島の本部直属のあきよ志分教会はなんであんなに大きい神殿なのか、ご存知の方います?
大教会級の大きさですよね?単立教会なのに、、、
Twitter上では、「天理教庁に対する労働基準局の査察があった」との噂が囁かれております。
何か詳細をご存知の方よろしくお願いいたします。
それと以下、迅速に回答を求めます。
>>通りすがり
>>2019年5月7日 5:03 PM
>>表統領発言(おつくしは命のつなぎ)についてのコメントは信仰者でなければ御理解して頂けないと思うので省略します。
>>では皆さま、通りすがりですので、この辺でお暇させて頂きます。さようなら……
一応私、信仰者なんで省略しないで表統領発言について逃げずに理解できるように説明していただけませんか?
ハイレベルだから教えについて何でもわかってるんですよね?
ならば信仰者向けでかまいませんので理解できるように説明宜しくお願い致します。
私もあきよ志の経緯を詳しく知りたいです。
私が聞いたのは人づてですが結局金絡みで大きな事情を抱えてしまったようです。豪華な設備や調度品を入れて無理な借金を重ね、支払いが出来なくなった等々、聞きました。所属大教会に借金の手伝いをしてもらう事を考えたが、大教会の会計を握っていた教会長が自教会も同じく無理と思える普請にかかっていた為、兄弟教会の金策には首を縦に振らなかったとか。この大教会会計係の自教会の普請は完成したのかしないのか知りませんが、この会長があきよ志の足を引っ張ったとか言っている人もいるらしいです。
あきよ志では、どでかい部屋をまじ切って、冬などは片隅で暖を取っているとか。結局、莫大な支払いは誰がしたのでしょうか?
結局、信者のお金がこんな意味のない無理な建築物の為に無駄に消えていると言う事だけははっきりしています。部内を下手に抱えた中規模教会は無責任に部内任せで無謀な普請をする傾向がありますね。
教会を建てる事が信仰では無いのに、何かおかしな考え違いをして信者を苦労の底に巻き込むんですね。
超高齢社会で出直しも相次ぎ、若者には愛想をつかされて、末端は息絶え絶えの流れの中で、お金が入る当ても無いのに、これから支払いはどうするんだろう?会長一家に自分で払わせて責任取らせたら良いと思います。
旧湖東詰所。今は天理高校の女子寮になってますが、あそこの横に信者部分室があるが、噂では湖東の天理会長宅だったんですよね?
すごい豪華ですよね。おそるべし天理教ですね。
通りすがり ちゃん
2019年7月17日 3:33 PM
私がかなり以前の投稿で質問した表さんの「金のつなぎは命のつなぎ」という言葉の意味を説明するのは、簡単なことだとおっしゃっていましたが、私が説明を依頼して以来、一向にご回答がありません。誰もが納得できるような回答を再度依頼します。説明が簡単であれば、即、回答できるはずです。
「欲」は、性欲、食欲、睡眠欲。この三つは本能で、皆生まれつき持っているものなので仕方がないとして、強欲(ごうよく)やドン欲は特にタチの悪い欲ですから、積んだら払わねばならんと思います。この他、「人に ’‘よく‘’ 見られたい」 という「欲」もあるようでして、言ってみりゃ、「見栄っ張り」のことなんですが、なかなかどうしてこの「見栄っ張り」は、人の心の深いところまで根を張っているようです。なかなか取れないですよ、この「人に ’‘よく‘’ 見られたい」 という気持ちは。
しかし、皆さんの投稿を読ませていただいて、こうした「見栄っ張り」の気持ちは感じられません。心の内を正直に表現しておられると思います。そこにはまた、ご自分の人生に対して一生懸命な姿勢が感じられます。ですから・・・
ですから・・・浮き上がって見えるんですよ、通りすがりさんの投稿は。
通りすがりさん、ちょっと無理をなさっているんじゃないでしょうか。ご自分の気持ちに正直に向き合われても、いいですよ。
通りすがり 様
>天理教の教会に参拝せずにはおれなくなる。会長さんや奥さんの言葉のひとつ一つに心が癒されるからでありましょう。天保九年より、何千何万の人々が心癒され、元気を取り戻し、陽気ぐらしの家庭を築いてこられました。それは、今も同じことです。毎日、会長さんの声が聴きたい、奥さまの顔がみたい。そこで日参が始まります。会長夫人の一言で入信された方もいます。それは、親の声だからでしょう。親心。そこにすべての人間は感動し、そして心が癒されるのです。
今回の、通りすがりさんの投稿は、さわやかで素敵ですね。教会と会長と奥さんの理想(当たり前?)の姿です。
でも、現実が真逆だったら大いに問題がありますよね。
現実には、多くの人々が天理教から心が離れて行っています。通りすがりさんが言われるような天理教の素敵な姿に、立ち戻れればいいのですが。
>>何千何万の人々が心癒され、元気を取り戻し、陽気ぐらしの家庭を築いてこられました。<<
通りすがりさん。以下の事実から目をそむけてはいけません!!
あなたに、
「何千、何万の方々が心乱され、元気をなくし、陰気な暮らしを強いられてこられました。」と申しましょう。
出会った教会長によっては貴方の言う様な方々もおられるでしょう。現在でも、誠に生きて信者に寄り添い、無理なお供えに価値を見出さず、全き方向に信者を導いておられる教会長も大勢おられます。
しかし、大方が本部の欲心に気がつかず、お供え至上主義に惑わされました。結果、持てるものを奪われ、犯罪、家族崩壊、離婚、自殺、精神崩壊、極貧等の現実を見ることになりました。ここに投稿される、自立の力を奪われ貧困に落とし入れられた青年の方々、貧困故に結婚から遠ざかる青年達、貧困故に希望を奪われ天理教内でのみ存在を認められても社会に立ち向かって行くスキルも技術も運転免許でさえも持ち合わせない圧倒的な弱者に仕立てられている若者達。
これが本部率いる天理教が社会に及ぼしている害なのです。彼らの将来を今後どうしようと言う計画ですか。
親の心はありますか?私の目には都合よく利用して後は知らん!にしか見えません。
通りすがりさん、どこ見てるんですか。血は通っていますか?本部の人ですか?本部の甘い汁でも吸ってる人ですか?まともな人とは思えませんが。
何も分かっていない人に何を言っても通じませんよ。
前にも書きましたが、真柱の着る教服は、教服と呼ぶんじゃなくて真柱服と呼ぶんですって。おまけに、両胸の梅鉢の紋が金色。
アメリカ空軍の中佐の階級章は金色の楓。大佐の階級章は楓でも銀色。いぶし銀の良さが分かっていらっしゃる。一方、天理教の人達は金満主義の金色がお好きなようだ。苦労を重ねたいぶし銀のような人と称える意味すら分かっていない天理教団。通りすがりさんが何を仰っても、もう、終わっているんです。金満亡者につける薬はありません。
通りすがり 懲りずにまだ来てるんですね笑
それにしても教団は回復どころか予算削減と大リストラで勤務者はおろか信者信徒の信仰心まで削減してますね。信仰心の無い中山家は各教団施設や各教会から人を追い出そうとしているようにみえます。そうなると吸収合併と土地の売却が目当てなのでしょう。中山家だけ私腹を肥やす方向でしょう。でも天理教は日本でも名だたる団体なのでそれが上手く行くとは思えません。その頃には脱会者が増え被害者の会も発足されるの社会問題になるのは必須です。それに公明党以外の政治家も大型の宗教法人にも固定資産税を適応を考えてる人が多いようです。どの教団のトップも中山家のようにたかが守銭奴なんですよね。
守銭奴の中山家と熱心な信者が発足する被害者の会の闘争が楽しみです。いくら合法的にやったと言えど、宗教法人法ではどうなるでしょう。宗教は非営利法人です。そして売却先を天理教館や外注したとしても所詮マネーロンダリングなのですぐにバレより社会問題になるでしょう。マネーロンダリングをしていると必ず財務省管轄の税務署マルサが動きます。マルサが動くと次は検察警察がやってきます。宗教として反社会行動をしていると公安警察もやってきます。のんきな中山家の方々大丈夫ですか?笑
やっぱり東本ってなんか「変」。
知り合いの東本系の女性たちは自分が神にでもなったかのような上から目線で人の事を断定するから、なるべく近寄らないようにしている。
おりしも選挙。そういえば、その東本信者さんは大学の清掃員をしているが自民党支持者だ。
以前のことだが、生活が苦しい私は、赤ではないけれど選挙では○○党にでも入れるつもりだし、妹もそう言っているわ、と彼女に話したら、こんなことを言っていました。
「上から順にお金は降りてくるわよ。それ迄待つわ。」だそうでした。へーっ、自民党支持者って、すそ野が広いんだなあと妙な点に感心したものでした。
70過ぎても職がある人だから余裕なんだろうけれど。
今回の選挙公報を見て気が付きました。
噂だと思っていた人が、東本の法被を着た写真かどうかは首より上しか写っていないため判りませんが、確かに自民党員として掲載されているのです。
東本信者としてチラシが配布されていると聞いていますが、そんな馬鹿なことを平気でやるのが東本なのですね。
実は私が知っている東本系はプライドの高い、高慢な人たちです。
東本って狂ってますよね。
今の天理教組織と同じく狂っていますよね。
教祖様の教えを純粋に受け止めていたら、幼稚な言い訳ばかりで政権の長にいる人を支持しようとは思わないでしょうにね。
もう、泥水でアップアップするばかりだから、教会のいう事なんて聞き流すしかないだろうね、と、妹と電話でこっそり話し合うこの頃です。
自己防衛に努めます。
平成27年12月31日現在の文化庁の宗教年鑑によると、日本国内には宗教の内容は別として181,645団体もの宗教団体が存在するというデータが挙がっています。人間の思想信条は個々人によって自由ですので、狭い日本の国に18万を超える宗教団体が存在しても不思議ではないと言えばそれまでですが、私なりに思うことは宗教法人格を有する団体は、法人税が非課税、固定資産税も非課税、お布施も非課税、拝観料も非課税等、数々の税制面の優遇措置があります。つまり、国家に宗教法人としての認定を受けて「金儲け」をしているエセ宗教が多数存在しているのではないかということです。天理教もその一つだと思います。近年、国民の宗教離れが進み、葬儀の簡略化(家族葬等)、檀家数の大幅な減少等で仏教界の「経営」も難しくなってきているという話をよく耳にします。中には、〇〇党のように一新興宗教が政党となり、自民党と連立与党を組んでいるケースもあります。選挙に立候補する候補者にとって、宗教団体の組織票は確実かつ効率的に票を得る格好の手段になります。現に、選挙前に天理教の別席を運ぶ国会議員が存在します。いわゆる「にわか信者」です。私は、宗教団体に対する税制面での優遇措置を全廃し、優遇措置で浮いた予算を全て社会保障費に充て、全ての国民が一人残らず安心して老後を暮らせる世の中にするべきだと常々考えています。宗教を政争の具にすること自体、根本的に間違っています。
なるほど、宗教団体に対する税金の優遇措置を撤廃すれば、ベーシックインカムが実現できるでしょう。
これは究極のホワイト・まねー・ロンダリングになりますね。
東本の信者立候補者様、この案、採用してください。さすれ私の上記投稿は撤回します。
↑ 失礼しました。
× さすれ私の上記投稿は
〇さすれば・・・
身体は親神様からの借り物であり、常に十全の守護をもってお守り下さっています。健康であるからこそ、働く事が出来ます。働く事が出来るからこそ給料が頂けます。この健康をお守りくださっている親神様へ「健康で働く事ができました。ありがとうございます」という思いを供える、それが「おつくし」の一つの意味です。命をお与え頂き、お守り頂いている神様への感謝の心を形にしたものこそ「おつくし」です。正に「おつくしは命のつなぎ」です。分かり易く、俗なる表現で申し上げます。要するにレンタル料です。レンタル料を支払わなければ二度とレンタル出来なくなる。これが道理です。
親神様と人間は親子関係ですから、レンタル料という言葉は当を得た表現ではありません。親が子供に物を貸したとして、レンタル料を取る親はおりません。ただ、子供も成人すれば、親の恩に報いるという事がいかに重要な事であるか、分かるようになります。これが「御恩報じ」という信仰信条の一つとなっているのです。
>天理教の教会に参拝せずにはおれなくなる。会長さんや奥さんの言葉のひとつ一つに心が癒されるからでありましょう。天保九年より、何千何万の人々が心癒され、元気を取り戻し、陽気ぐらしの家庭を築いてこられました。それは、今も同じことです。毎日、会長さんの声が聴きたい、奥さまの顔がみたい。そこで日参が始まります。会長夫人の一言で入信された方もいます。それは、親の声だからでしょう。親心。そこにすべての人間は感動し、そして心が癒されるのです。
毎日会長さんの声が聞きたい?
奥様の顔が見たい?
二度と聴きたく無い、二度と会いたく無い。会長夫人の一言で入信?
因縁詐欺の始まりでした。。。
通りすがり ちゃん
2019年7月18日 9:58 PM
>子供も成人すれば、親の恩に報いるという事がいかに重要な事であるか、分かるようになります。これが「御恩報じ」という信仰信条の一つとなっているのです。<
子どもは、自らの人生を破綻させ、家庭まで崩壊させて「法外なお供え」をして「御恩報じ」をしなければならないのですか? 天理教にはそうした事例が山ほどありますが、親なる神は子どもにそんなことを望んでおられるのですか? 決してそんなはずはありません。所詮、金を得るための本部側に都合の良い「詭弁」にすぎません。「詭弁」を信じ込んで、これまでにどれほど多くの子ども(信者)が泣かされてきたことでしょう。まさに、今で言う「子ども虐待」「幼児虐待」と同じですね!!
とりあえず、表統領の発言には何の問題もない事がお分かり頂いたと思います。
もう一度、信仰の無い方々に分かり易く、極めて俗なる文言で申し上げれば、要するに、「かしもの・かりもの」の理とは「命のレンタル」の事です。レンタルしてレンタル料を支払わなければ、レンタルしたものが取り上げられてしまうか、二度とレンタルできなくなる。これが道理です。
通りすがりさん
相手にする方が、ばかばかしいと思っていましたが。。
世の中には信仰していない方がたくさんいらっしゃいますが、その方たちは何故、今生きていらっしゃるのですか?って小学生のように反論したくなります。
明治から信仰してきた我が家、私の兄弟も配偶者の兄弟も、若くして出直した者がおります。
おそらく、教会では、億 に上るほどのお供えを今までしてきただろうと思います。
レンタル料が足りなかったんですか?
そんなこと言われた、子を亡くした親はどう思うか想像できないんでしょうね。兄弟を亡くした人はどう思うか想像できないんでしょう。
私も今は子を持つ親です。親として「レンタル料」は聞き捨てならない!
なんなの?
レンタル料なんて軽々しく言うな!!!
神様に与えていただいた命を何だと思ってるんだ!!!
そのお考えこそ神様を冒涜していませんか?天理教の神様はそんな了見が狭い神様だったのですか?親のしたことに見返りを求めるなら外道でしょ!最低ですよ!求めているのは神様ではないのではないでしょうか?確かに表さんの「お尽くしは命のつなぎ」発言も主語が自分ならなんの問題もありませんが。結婚式の定番の親への感謝でもせいぜい手紙と花束ぐらいでしょ。神様への感謝の心を形(お金?)ではなく、心(気持ち)だけで親は涙を流しますよ。私は義務である税金や保険も生きていることへの「お尽くし」感謝だと思って納めています。そのようにお考えならあなたがそうすればいいのであって、決して人に押し付けるものではないと思いますが・・・。
何故全国紙に広告を打たないのですか?
「おつくし(お供え)は命のつなぎ」
「かしもの・かりもの(健康な身体を指す)は命のレンタル料」
「悪因縁を切って陽気ぐらし」
カルト丸出し(笑)
通りすがりさんは神様が見返りを求めない存在である事を知らないらしい。見返りを求めるために地球上に人間を創ったんですか?
共に助け合う姿を見たいと思って、人間を創った。人間創っってやった、レンタル料くれよ、と脅しながら長い年月かけて人間創ったんじゃ無いんです。神は無償す。
レンタル料よこせと言ってるのは、表さんとその先祖。神はただただ無条件の御守護です。
地球人口の0、0001パーセントにも満たない天理教人が必死にレンタル料払っても、真実の神は馬鹿な事に振り回されるなって笑ってますよ。
他の方も言っておられますが、地球上の大方のレンタル料払ってない人は、今頃殆ど死にかけてますね(笑)
強欲本部が神が言っていないにもかかわらず神の御心に背いて金集めに奔走するから、消滅、崩壊の一途をたどっているんです!本部から神が退いているのがわからんのですか!!
天理教本部と一緒に沈んだら良いんです。沈んだ後に目覚めても、後の祭ですよ。
判断力を失うまで洗脳されると、ここまで人間が壊れるんですかね。まあ通りすがりさんの自己責任ですわ。
と言う事ですので、レンタル料を本部に払うより、そのお金、労働力を世界の恵まれない方々、我が国においては災害や貧困に苦しむ方々に奉仕しましょう。
人間同士が助け合う姿を見たいと言った親神の原点を再確認しましょう。
神様は本部に尽くせとは言ってません!そもそも本部を作れとも言ってません!レンタル料払え、命のつなぎは金、と言うのは強欲な本部の捏造ですから!!
末端教会の方々は大方地域に溶け込み、役割を持って運営されていらっしゃいますよ。
他方どこからどう見ても働ける人達が無職だったり(この場合宗教家と名乗る)、生活保護貰ってる教会長だったり、自分達のやってる事がおかしい?と思わないんでしょうか?
信者のお陰で食ってるくせに。
通りすがり、どこの系統の誰か?
名乗り出ろ。
通りすがり様
レンタル料は
神様に払うのですか?
本部に払うのですか?
大教会に払うのですか?
私は普通に働いてるサラリーマンです。
同僚や取引先やまた住んでいる地域の方々に支えられ励まされ「生かされています」
その中で給与として頂き毎日の生活をしております。
給与からは厚生年金や市県民税が引かれています。
このお金は、今生きる高齢者や地域の為に使われているお金です。
皆働いてる中で十分に「おつくし」していると思いますが…
更にその中で生活に余裕があれば、募金したりして行けば良いだけではないのですか?
それでは通りすがりさんの言うレンタル料は足りないのでしょうかね…
本部に近い人間ほどレンタル料払っていないと思う。
よくもしゃあしゃあと100万、200万の金を平気で懐に入れて、信者にレンタル料取れるもんだ。出すより懐に入れる方が多いなら、どうレンタル料払っているんだ?
表が言った思うが人間社会になぞらえて、普通我々はお世話になった人には盆暮れのお礼をするだろう、してもらった事に合わせて5000円にしようか、10000円にしようか考えるだろう。だから神様には感謝の気持ちとしてせめて毎日、お礼の気持ちを奉じなければならない、、こんな事を言ってたと思う。
そもそも神を人間社会と同列に論じる事自体がナンセンスです。神は絶対的存在で貰ったり返したりと言う人間社会の慣習と同列に論じていい訳がない。
神は取引も条件もつけない、ただただ、大きく人間を包み込む。私達は神の懐住まいと聞かされ、無条件に抱きかかえられている。レンタル料払わない子供はつまみ出すと言うのか?!
神がレンタル料取るような低レベルの存在なら、星も太陽も宇宙も運行出来ませんよ。
レンタル料だなんて本部が金欲しさの一心で世俗的な事を例えに言ってるだけです。
通りすがり さん
2019年7月19日 8:56 AM
>とりあえず、表統領の発言には何の問題もない事がお分かり頂いたと思います。
もう一度、信仰の無い方々に分かり易く、極めて俗なる文言で申し上げれば、要するに、「かしもの・かりもの」の理とは「命のレンタル」の事です。レンタルしてレンタル料を支払わなければ、レンタルしたものが取り上げられてしまうか、二度とレンタルできなくなる。これが道理です。<
大変失礼であると重々承知はしておりますが、私の奇譚の無い意見を下記の通り述べさせていただきますので、ご了承ください。
上記引用のような道理の通らない意見を平然と言ってのけるあなたは、はっきり言って「精神に異常をきたしている」としか私には思えません。このサイトでやりとりされているあなたご自身の意見や、それに対する私も含め皆さんのご意見をプリントアウトして、精神科の専門医を受診されることを強くお勧めします。私はあなたを侮蔑し、あなたの人権を蹂躙するために言っているのではありません。余計なお世話かもしれませんが、あなたの身を心配し、あなたの将来を心配しています。
人の書いた文言を正確に読まないで、自分に都合の良い部分のみを切り取って批判する。まさに邪怪学のメンバー。【……親神様と人間は親子関係ですから、レンタル料という言葉は当を得た表現ではありません。親が子供に物を貸したとして、レンタル料を取る親はおりません。ただ、子供も成人すれば、親の恩に報いるという事がいかに重要な事であるか、分かるようになります。これが「御恩報じ」という信仰信条の一つとなっているのです。……】この部分を読まれましたか? もう一度私の投稿を読み直しなさることをお勧めいたします。そうすれば、表統領の発言の真意が理解される筈です。(笑)
「おつくし」とは神様に御供えするものです。これ当たり前です。
もう一点、【…信仰の無い方々に分かり易く、極めて俗なる文言で申し上げれば…】とお断りしているように、ここの信仰の無い邪怪学のレベルに合わせて「レンタル」という言葉をあえて使用しただけのことです。私自身はむろん「レンタル」などという低次元の解釈はしておりません。いずれにせよ、「表統領の発言についての意見を分かり易く述べよ!」という邪怪学の要望にお応えさせて頂きました。そして、結論として何の問題もない事が明らかとなった訳です。
アホやの・・アホ以下や・・
親の恩に報いるのは、子が立派に生きる事でしょう。
親は、何も要らない・・立派に生きる子の姿こそ、親の喜び・・
アホやの・・もう下がれ
通りすがり さん
2019年7月19日 8:56 AM
>とりあえず、表統領の発言には何の問題もない事がお分かり頂いたと思います。
もう一度、信仰の無い方々に分かり易く、極めて俗なる文言で申し上げれば、要するに、「かしもの・かりもの」の理とは「命のレンタル」の事です。レンタルしてレンタル料を支払わなければ、レンタルしたものが取り上げられてしまうか、二度とレンタルできなくなる。これが道理です。
バーカw お前さ 【命のレンタル】と言っていいの? それを信者に言って金巻き上げていいの? 善亮はおろか真柱でもアウトだぞwww 完璧霊感商法www
馬鹿丸出しw
>アホやの・・アホ以下や・・
親の恩に報いるのは、子が立派に生きる事でしょう。
親は、何も要らない・・立派に生きる子の姿こそ、親の喜び・
当たり前の事を言って、得意になっている。 読解力が無いと、こうなる。 お気の毒な人や!
アホやの・・アホ以下や・・(笑)
表統領の発言に問題が無いという事が明らかになったからと言って、感情的にならないでください。
気持ちはわかりますが、冷静に判断される事を希望します。
誰にだって間違いはあります。
通りすがり
2019年7月19日 10:06 PM
お前頭大丈夫か?自分しか同調者おらへんぞ笑
命のレンタル料教団の方々も頭沸いてるんやな笑
命のレンタル料教団ももっとましなやつ雇えや笑通りすがりの自論だと崩壊が進むぞ笑
通りすがり
2019年7月19日 10:06 PM
>>表統領の発言に問題が無いという事が明らかになった
そのとおりですね。
教祖中山みきの教えに反する「金銭搾取異端教団現行天理教」の中においては
表統領の発言は問題がないでしょう。
しかし本来の教祖の教えには反します。
通りすがりよ、あんたは教祖伝逸話編七十二の
「救かる身やもの」の逸話を知らないのか?
教祖は
「金や物でないで。救けてもらい嬉しいと思うなら、
その喜びで、 救けてほしいと願う人を救けに行く事が、一番の御恩返しやから、
しっかりおたすけするように。」
と、仰せられたのに、あんたは恩返しが 「金を尽くすこと」 だと断言する。
あんたの言い分と教祖の教えは異なるではないか。
まあ、通りすがりのアホが支離滅裂な「たわごと」を書き込めば書き込むほど
現行天理教団が 「金銭搾取の反社会的勢力」 であることを世間の人に知らしめることになる。
「アホの通りすがり」の文字化けレベルのアホな書き込みはスルーしようと思いましたが
これで教団の崩壊が加速すれば、偽教理に洗脳されていたことに気付く人も増え、
いずれ改革のきっかけにもなるでしょう。
皆さん、どんどん 「アホの通りすがり」 に書き込ませて恥をさらしてもらいましょう。
カルト丸出し天理教。
金銭搾取異端教団現行天理教に名称変更へ。
私は、人間関係的に天理教に関わっていて、お供え、もしている身ですが、精神的には、完全な他宗派であり、天理教には頼っていません。
だから、命のレンタル? 理解する気も無いです
そのくらいなら、天理教をやめた方が、よほど気が休まるでしょう?
それでは、誰も天理教には、近寄らない方が良いと言うことになりますよね。
私は、教祖様の教えそのものは、素晴らしいレベルだと思っています。
教祖の教えは、リスペクトしています。
命のレンタルとか、それこそ、K氏の指摘する、オカルトと言う物でしょう。
まがい物の、教えじゃ無いですか?
失礼しました、みんな明日は選挙にいきましょうね!
7月18日からの一連の投稿記事を第三者が客観的に見たとして(誰も見ていないとは思うが)、この掲示板の常連さんの人格と品格が良く分かる内容となっていると思う。投稿記事を正しく読まない、都合の悪い文言は無視、暴言を吐き、自説を主張、つまり「天理教邪怪学研究所」である事を自ら暴露しています。冷静で客観的な議論は出来ない掲示板。こんな場所で、何を言ってみても誰からも相手にはされないでしょう。もう少し人の意見に耳を傾ける訓練から始めると良いと思います。特に匿名君、あなた、この掲示板を相当汚していますよ。もう少しまともになりなさい。 通りすがり
通りすがりさん、あなた本当に大丈夫ですか。お供えは命のレンタル料のような考え方は、天理教団の中でも中山家を中心とする、ごくごく少数の人達の悟り方ではないですか。もう、呆れる以外の言葉が見当たりません。
あなたの発言の裏を返せば、日々に起きる悲惨な事故や災害等で多くの方が命を絶たれる方々に、お供えをしなかったからだと言っているようなもので、面と向かって言える言葉ではないでしょう。
天理教の葬儀の際の祭文の一節には次のような文言があります。
・・・・・悲 し と も 悲 し 口 惜 し き と も 口 惜 し き 限 り に ぞ あ る
少なくとも、この言葉が人の言葉じゃないんですか。
そもそも、表さんの発言はどう見ても宗教家の発言ではないでしょう。皆さんはそのことを仰っておられるのに、あなたは、とんでもない解釈を示されたのです。
これで、現行天理教の馬脚が露わになっただけのことですよ。
宗教とは、感謝の心を涵養することを目的としたものでしょう。それを変に飛躍させて表さんの発言につながった背景は何なのかを考察するべきです。
中国の漢詩に宗教に対する原典のようなものを見ましたので書いておきます。
「豊年 詩経・周頌より
豊年多黍多稌 亦有高廩 萬億及秭 爲酒爲醴 烝畀祖妣 以洽百禮
降福孔皆」
詩の大意
今年も豊年で、黍も稲も多い。また、高廩(こうりん)もある。その量、億萬に及ぶ。
酒をつくり、醴をつくり。祖妣(そひ)に烝畀(じょうひ)すれば。以って百礼をあまねくし。福を降す事はなはだ皆に及ぶだろう。(詩の大意が間違っていればゴメンナサイ)
通りすがりさま
通りすがりさまの言いたいことはわかります。
私も小さいころからそう教えられてきたから。
そして感謝しなければいけない、恩返ししなければいけないと思って
お供えとひのきしんを当たり前のようにしてきました。何十年も。
だけど生活が天理教一色ではない人は気づき始めます。おかしいってことに。
感謝し恩返しをする先は、天理教の教会や教団ではない。
社会でまじめに働き税金を納め、難民支援のためにUNCHRに寄付し、
家族を守り、子どもを愛情を持って育てる。
毎日を丁寧に明るく生きる。
この当たり前の生活を淡々と送ることが、本当に大切なことではないでしょうか。
天理教が生活そのものの人にとっては、外からの情報や知識を積極的に取り込む意識がないと自分の価値観を疑う機会もありません。
その意味では、教校が廃止されることはバリ天と言われる若者を作らずに済むのではないかと思います。物事を一面からしか見ることができない人は、危険な人物になる可能性があります。
通りすがりさま、天理教以外の世界を知ってください。。。
自分の頭で考えて、自分の足で歩いてください。景色が違って見えます。
明日、一番に投票に行こうかな。一番の特権は投票箱の鍵を開けて中に何も入っていないのを確認させてもらえるそうです。テレビで言ってたから行列が出来ているかも。うちの会長は政治の事は関心無くて何も分からないらしく、毎度投票には行きません。何もわからずに他人の影響で自民党に入れられると困るので、行かないのが正解ですけど。おやさまなら誰にされるかなと考えると、ただの父親さんと同じ日本〇〇党しかありませんので党員ではないけど協力しています。日本人てどうしてこうも上には従順、長い物に巻かれるのか。これだけコケにされ搾取され尽くしているのに、反乱どころか、デモもせず、こそこそグチをこぼすだけ。政治の世界も天理教も全く同じで、大人しすぎる国民、信者達、高山の人間にすればこんな有り難い扱いやすい事はないでしょう。
東風Z さま、匿名なんです。様 ご忠告、ありがとうございました。特に東風Z様の漢詩に心打たれました。さて、天理教の根本教義とは「かしもの・かりもの」という教理です。この教理は天理教教典第7章に「かしもの・かりもの」として詳説されています。英語版では【 A Thing Lent, A Thing Borrowed】と翻訳され「lent」という単語が使用されています。また、別のところでは「the body is a thing lent by God」やはり「lent」です。「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題なのです。
神名流しよりデモしたいおばちゃん 様
2019年7月20日 10:32 AM
>日本人てどうしてこうも上には従順、長い物に巻かれるのか。これだけコケにされ搾取され尽くしているのに、反乱どころか、デモもせず、こそこそグチをこぼすだけ。政治の世界も天理教も全く同じで、大人しすぎる国民、信者達、高山の人間にすればこんな有り難い扱いやすい事はないでしょう。<
私は、昭和30年代から50年代初めまで、活発に行われていた学生運動を全面的に肯定する者ではありません。過激派や連合赤軍と呼ばれ、暴力で平気で人を殺傷するような集団は論外であり、存在するべきではありません。しかし、あの当時の若者は、今の若者よりも日本社会や世界情勢にとって、はるかに敏感で問題意識や改革意識を持っていたと思います。しかし、いつの間にか、どういうわけか若者達はおとなしくなり、選挙にすら行かなくなりました。若者だけではなく一般国民もおとなしくなりました。現在、日本で唯一活発にデモを行っているのは米軍基地問題に揺れる沖縄ぐらいではないでしょうか。「高山」に何を言っても何も変わらないという一種の無力感が全体的に漂っているように思います。天理教の場合、「高山」が余りにも愚かすぎて、お馬鹿なので、「何を言っても分からない」つまり「何を言っても変わらない」という無力感を抱き、黙って天理教から去って行く信者さん達が大勢おられると思います。
通りすがり
2019年7月20日 11:18 AM
>>「lent」という単語が使用され…..
>>「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題……
で?
なんでおつくし(金銭のお供え)で御恩奉じしないと
二度と体を貸してもらえなくなるという道理になるんですか?
この質問に答えない場合、
とおりすがりさんが【都合の悪い文言は無視、自説を主張】しているだけとなりますよ。
通りすがり さん
2019年7月20日 11:18 AM
「かしもの・かりもの」について思うところを箇条書きで述べます。ご理解いただければ幸いです。
①天理教の教理では、親神は人間が陽気暮らし(よふきゆさん)をするのを見て共に楽しみたい(神人和楽)という意思で人間を創られたということになっています。また、人間の体は神からの「かしもの」であるということです。親神が人間が陽気暮らしするのを見て共に楽しみたいという意思で人間を創られたのであれば、人間が陽気暮らしさえしていれば、とりもなおさず、そのことが神の意志に添うものであり、神に対する「お礼」になるのであり、別途、余計に法外な金銭(お供え)をお礼として支払う必要は無いと思います。
②人間の体は神からの「かりもの」であるということですが、かりている「お礼」として法外な「おつくし」をし、結果として、人間が自殺をしたり、人生を破綻させ、不幸になり、「陽気暮らし」どころか「陰気暮らし」する状態になれば、親神の本意と正反対に乖離してしまうと思います。親なる神は、そんなことで子が不幸になるのは決して望んでおられないはずです。子に対する親の愛は無償であり、金銭を伴うものではありません。子が親の恩を感じ、どうしても謝意を表したいのであれば、「自分のできる範囲」で何らかの形で謝意を表せばそれでよいと思います。天理教の場合、人間が互いに助けあい陽気暮らしすることが、親なる神に対する最も重要な謝意の表し方だと思います。また「謝意を表す」とは他者から強制されるものではなく、自らの自発的意思で表すものであり、それこそが「誠の謝意・お礼」だと思います。
>天理教教典第7章に「かしもの・かりもの」として詳説されています。
英語版では【 A Thing Lent, A Thing Borrowed】と翻訳され「lent」という単語が使用されています。
また、別のところでは「the body is a thing lent by God」やはり「lent」です。
≫「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題なのです。
中山一族側が、自分たちの主観的立場で翻訳したのです。
普遍的ではなく、「利己的」だと思います。
通りすがり さん
2019年7月20日 11:18 AM
>英語版では【 A Thing Lent, A Thing Borrowed】と翻訳され「lent」という単語が使用されています。また、別のところでは「the body is a thing lent by God」やはり「lent」です。「命はレンタル」これは中山家の解釈ではなく、普遍的命題なのです。<
誰が翻訳したのか知りませんが、世界の三大宗教とも言われるキリスト教にも仏教にもイスラム教にも「かしもの・かりもの」の教理は存在しません。決して普遍的命題ではありません。おそらく天理教独自の教理でしょう。
善亮さんの「おつくしは命のつなぎ」発言は、本当に素晴らしいと思います。
現行天理教の表統領にふさわしい発言だと思います。
現行天理教は山澤為造や親戚連中が勝手に始めた偽物宗教ですからこれくらいの発言があって当然です。
おや様が、教会を作るなと止めたにもかかわらず、おや様が居なくなったら強欲な連中が集まって作った偽物宗教団体ですからね。
私の母親も騙されたまま亡くなりましたが、知らぬまま亡くなったのは、ある意味幸せだったかもしれません。
私も退職するまで毎月お供え金を出してきました。
退職後、時間に余裕ができネットで天理教を検索したら、現行天理教の実態を知った次第です。
偽物宗教団体の指導者に普遍性を求めても無駄な事です。
善亮さんの「おつくしは命のつなぎ」発言は、偽物宗教団体の天理教にぴったりな発言だと思います。
これからも機会あるたびにドンドン発言して貰いたいと思います。
そして、益々の衰退を念じて止みません。
>>通りすがり
>>2019年7月20日 8:58 AM
>>投稿記事を正しく読まない、都合の悪い文言は無視、暴言を吐き、自説を主張。
>>冷静で客観的な議論は出来ない。
>>こんな場所で、(いやリアルでも)何を言ってみても誰からも相手にはされない。
>>もう少し人の意見に耳を傾ける訓練から始めると良い。(小学校の国語の訓練も)
>>この掲示板を相当汚している。
>>まともになるべき。
以上、
盛大なブーメラン、
このコメント欄の おまいう大賞
「通りすがり」 の自己紹介でした
天理教校学園の閉校について多様な意見があると思いますが、私は学園の閉校は良かったと思います。
学園の閉校は、沈みゆく泥船天理教への道が閉ざされたのです。
未来ある若者達が、天理教の餌食にならなくなるのです。
末端分教会の子弟達は喜んでいると思います。
素晴らしい出来事です。
傲慢で強欲な本部が、進んで自分の手足を切り捨ててゆくのだから止める理由は全くありません。
次は、どこを切り捨てるのしょうか。
詰所の売却・・・外国人観光客むけのホテルが立つかも
憩の家の売却・・・評判が良くなるかも
天理大学の学部閉鎖・・・残るのは体育学部だけかも
参考館収蔵品の売却・・・高く売れるだろうな
天理図書館収蔵品売却・・・国際オークションにかけるかも
まだまだありますね。
直属大教会分教会の統廃合及び資産売却・・・
東京や大阪、名古屋は高く売れるだろうな
そして会長家族は事情教会へ左遷
下っ端本部在籍者達の事情教会への左遷や追放・・・
ここが一番ありそうだ
なぜなら一般信者に気づかれにくい。
栄華を極めた平家も最後は悲惨であったが、中山一族の最後はどの様な姿になるのだろか・・・
通りすがりと言うこういう自分の頭で考えられない、実は馬鹿なので長いものに巻かれやすい、染まり易いこういう方達を本部は実は求めているのです。彼らが僅かに生き残っているので現教団はかろうじて息をしている。この激しい衰退は神が推し進めていると認識すべきです。
今回目出度く、命のレンタル料たるお供え金収入が100億円を切りました!良い方向に動いているのが誠に嬉しい。成ってくるのが天の理であるから、本部はよく考えるが良いです。
親神はレンタル料など求めていない。借り物の感謝の思いがあれば「人助けをせよ」と仰っている。それが神に対する報恩感謝の作法である。
神に金で落とし前をつけようとは、何という作法か。神の冒涜だ。本部は神を冒涜している。
宮迫さん「社長に『会見したら全員連帯でクビ』と」
https://twitter.com/yjw_KG/status/1152549185217916928
吉本興業の芸人が自ら会見を開き不可抗力にも吉本興業の隠蔽体質とパワハラを告発する流れに成りました。中山教団もどこまでがんばれるのでしょう。いくらがんばってもやがて消えてなくなりますがね。
吉本の岡本明彦社長はくしくも天理大学なんですねだからパワハラなんですね笑
雨上がり決死隊 宮迫博之 と ロンドンブーツ 田村亮 がかわいそうですね。
岡本昭彦wiki経歴!学歴は天理大学!岡本社長顔画像!ビンタ動画有!パワハラがヤバイ!吉本興業社長!宮迫博之と亮に圧力!
http://diary.ponkichi01.com/?p=12507
吉本興業の社長をネットで検索したら「岡本昭彦氏」と出てきました。
そして、氏の経歴は1991年 天理大学外国語学部インドネシア学科卒業だそうです。
吉本所属の芸人の顔を平手で何度も叩く動画まで流れています。
明日から日本中で吉本興業の闇営業事件が検索される事でしょう。
社長の経歴が目にはいるのは、当然の流れです。
そこには「天理大学」外国語学部卒業の文字が・・・・
「天理大学卒」の岡本昭彦氏のヤクザの様な言動が、傲慢で強欲な天理教本部員達の姿と重なって見えてしまいます。
日本の殆どの人がスマホを持つ時代です。
天理教に関心を持ち、検索したら必ず天理教の実態を知る事になります。
もはや天理教の腐った実態を隠し通す事は不可能な時代になったのです。
おふでさきにも書かれています。
17-57「このみちハ どふゆう事にをもうかな 月日ざんねんいちじょの事」
親神は、とうの昔に天理教を見捨てているのです。
そして、今 ネットを通して本部の腐った実態を知った人々が天理教を見捨てる時代に入ってきたのです。
天理教は、消え去るのみです。
匿名 様
2019年7月20日 11:44 PM
>吉本の岡本明彦社長はくしくも天理大学なんですねだからパワハラなんですね笑
雨上がり決死隊 宮迫博之 と ロンドンブーツ 田村亮 がかわいそうですね。
岡本昭彦wiki経歴!学歴は天理大学!岡本社長顔画像!ビンタ動画有!パワハラがヤバイ!吉本興業社長!宮迫博之と亮に圧力!
http://diary.ponkichi01.com/?p=12507<
吉本興業の岡本昭彦社長は天理大学卒ということですね。本人が天理教の信者かどうか知りませんが、芸人が稼いできたギャラを一部ピンハネして儲けている会社です。信者が働いて稼いできたお金から一部あるいは相当額を「お供え」としてピンハネして儲けてきた天理教教会本部と大変良く似ているではないですか!!
所属芸人を平手でなぐる様子は天理教教会本部を彷彿とさせます。信者の顔を平手でなぐるようなことをしてお供えをまきあげ、暴利を得てきた教会本部。社長が天理教と関係のある人だとしたら、天理教システムを会社経営に採り入れたのでしょうか?
所属芸人を平手でなぐる様子は天理教教会本部を彷彿とさせます。<<
これ天理教教会内でやってますよ。会長が住込み人を平手で殴り、放り出しました。社会で働いて得た毎月の給料の9割を巻き上げていました。
天理教はパワハラ体質で激しい上下関係。何が一列ロクジの世界ですか?教祖が泣いています。
こんな嘘つきで強欲組織は無い方が世の中の為です。
嘘の上塗りの行く末は彼ら二人の悲惨な会見の姿を見ればわかります。彼らもこの経験を糧として、再出発すればまた未来は必ずや開けるでしょう。
天理教も嘘をつき続けるのは無理があります。今まで隠していた嘘を正直に公にし、亡くなった信者、今いる信者に頭を下げて再出発すべきです。
世間の皆様、現信者の皆様。この教団はそもそも教祖様の教えに無い事を嘘に嘘を重ねて信者を騙して来たんです。
嘘をついていました。すみませんでした。身上完治も嘘でした。とトップは甘露台の前あたりに座って、謝罪会見でもしろと思います。
伸び栄える訳が無いです。
匿名 様
2019年7月21日 8:26 AM
>これ天理教教会内でやってますよ。会長が住込み人を平手で殴り、放り出しました。社会で働いて得た毎月の給料の9割を巻き上げていました。
天理教はパワハラ体質で激しい上下関係。何が一列ロクジの世界ですか?教祖が泣いています。
こんな嘘つきで強欲組織は無い方が世の中の為です。<
パワハラどころか犯罪ですね。その住み込み人の方は警察に被害届を出されなかったのですか? 暴力、虚言、詐欺、まさに犯罪者組織です。法的に取り締まれないものでしょうか。
ダウンタウンの松本人志ですら「このままでは吉本興業が壊れてしまう」そして「吉本離脱」も考えていたそうです。
あの天下の吉本ですら一芸人との確執で壊れるわけです。法人乗っ取り、協議改ざん、上層部だけ贅沢以下は徳が足りんと見て見ぬふりの宗教法人天理教はもっと壊れてますわw
松本人志ですらツイッターの動向ネットの動向を無視できずに動いたわけです。ツイッターでは吉本興業の岡本社長の辞任説も問い詰められてます。
中山家が追放されてもおかしくないわけです。今の有様は中山家がやってきた初代二代三代の負の遺産の維持と償却で崩壊してるのです。追放されるか?自ら出て行くか?を選んだ方がよろしいと思います。いる限り今後ドンドンエスカレートしていきますからね。
アッコにおまかせ で 菊池幸夫 弁護士は「真実にフタをする方針を取るのは弁護士としてあるまじき行為」として遠まわしにもよしものとの弁護士を批判してました。
天理教の弁護士団は何をしているのでしょうね。何にフタをしたのでしょう?違法に成りにくい判断をとってもこのように問題が膨らむとそれですら仇に成る。
吉本興業の問題も弁護士の浅はかな法的判断をとった事により事態が問題視されているとする見方が濃厚です。
https://www.youtube.com/watch?v=gNx1Bm8X9_Q
今後ネットでの告発者が多数現れ、大きな集団がドンドン潰される時代になるんでしょうね。
>天理教の弁護士団は何をしているのでしょうね。何にフタをしたのでしょう?違法に成りにくい判断をとってもこのように問題が膨らむとそれですら仇に成る。<
フタをしても最早どうにもならないことを弁護士先生も分かっているからでしょう。弁護士先生もお馬鹿ではありませんから。
徳川 さんのTwitterより
≪私が知ってる天理教本部員の子供の発言「 祖父が亡くなった時、相続税を払うのが大変だった。」
って。
おいお前、本部員ってそんなにお金持ってるの?って思わず聞いた私。
聞かれた彼は???
なんかおかしい?って顔してました。
上記のご指摘、わかりますか? 私の父はサラリーマンでした。亡くなってから、年金とかつての勤務していた企業からの弔慰金をあわせて手元に残ったお金は50万円でした。
入院中の自己負担経費などの支払いは当時、仕事をしていた私が支払っていましたから、父の本当の残金はもっと少なかったはずです。そういえば、所謂、生命保険には加入していませんでしたから死亡保険金もなかったのです。国保からはいくらか頂いた記憶がありますが。
長年働いても遺産はこの程度でした。
本部員さんって、一流企業(父は一部上場企業の平社員)の社員よりも金持ちなんですね。
良く分かりました。
だから、この度の参議院選挙ではあの東本系の信者さんをこぞって大教会長さんたちが推薦して選挙運動をしていたのですね。
皆さん裕福な方たちだからこそ、自民党議員を推薦できたのでしょう。
私のような貧乏な信者は、自民に投票なんて、全くの所、考えられません。
貧乏な信者でも無理しておじばがえりを続けてきました。旅行といえばおじばがえりか墓参り。
もう、足腰悪くなり、金もないから国内旅行すら行けません。テレビだけが安価な楽しみ。時々は図書館で本を借りていますが、文字が見えにくい。。。
おじばももう、行かなくてもいいかなって思います。私が死んだら5百万円もらえる郵便局の保険に入っていますから、子供たちに残すお金、5百万円だけはできました。
家族に介護の迷惑をかけないよう、ポックリ逝きたいとだけ、神様にお願いしています。これが私の願う、陽気暮らしの実態です。ポックリ逝ければ最高の陽気暮らしなのです。
昨日は、投票箱確認初体験。バッタでも飛び出てきたら面白いのにねえ、と職員に話しかけたら、愛想笑いしてくれました。二番目に並んでいた同年代の女性と話していたら、公明党に頼まれたからいつも投票しているとか。そんなの、入れるよーとだけ言っておいて入れなかったら良いだけ、と、返すと、そんなの悪いもの、ですって!日本人の政治意識って半分くらいは、そんな程度でしょうね。知り合いとの付き合い、票集めの為に、いくつもの宗教の信者になっているのに、用木さんだから応援しなければ、、、、どこまで単純で素直なんでしょうね。当選して庶民の為に働いてくれる人はこの人しかいない、絶対当選してもらいたい、という人だけに清き一票を投じてほしい。何もわからない人は白紙か棄権の方がいい。ああ、維新が強い。あんなヤクザ集団いらない、カジノいらない、改憲いらない。
同時進行でマスコミを賑わしていた吉本問題。会長、社長のお粗末な対応、オツムもお粗末ですね。天大のレベルの低さを改めて公表しました。50数年前、土曜半ドンで、小学校から帰ってお昼を済ませて、新喜劇の舞台を観るのが楽しみでした。同じ新喜劇でも吉本じゃ無く松竹の方です。吉本の笑わせ方は下品だし、あんなのお芝居じゃない、松竹新喜劇は人情味があり、笑って泣ける本当のお芝居だと、下町の6年生はご贔屓にしていましたっけ。松本人志が、このままでは吉本は壊れる、と、言ってますがその方がいいでしょ。きれいな状態で出直してください。
出直しと言えば、おやさまは亡くなることを、古い着物を脱ぎ捨てるようなもの、と仰り、ご自分の遺体もその辺に放っておけば良いと仰ったとか。ならば、私達信者もその遺言を実行するべきなのに、なんと盛大な天理教式葬儀をしていることか。皆さん献体しましょ。48時間以内に登録している病院に渡さないといけないから、家族は大変だけど、それは普通の葬儀の方が連絡やら、いろんな手間がかかりドタバタでしょう。正常解剖実習に使われた後、納棺し、教授、学生全員で出棺の儀を行い火葬されます。遺骨返還式で学長から手渡されますが、墓が無い場合は大学側で納骨してもらえます。毎年、京都のお寺で数百名が参列して慰霊法要されます。亡くなった時に、家族だけでお別れしたり、遺骨が返ってから、ささやかに家族葬しても良いし。献体登録してから、すーっと気が楽になりました。会長が亡くなった時は、教会関係には知らせずに親子だけで安価な家族葬をし、終わってから上級、大教会に報告するつもりです。こども達は全員が賛成。本人は、死んだら何も分からんからいい様にしてくれ。って言ってます。いい状態で献体できる様に、以前にも増して健康には気をつけています。食事、交通事故に合わない様、寝たきりにならない様、自転車をやめて歩いてます。近藤誠医師の信者なので、無闇ながん検診はしない、降圧剤は飲まない。病院に行かないから薬も飲まない、市販の風邪薬も解熱剤も鎮痛剤も飲まないから、ほんとに無駄なお金が出ていきません。こども達には借金を残さず、無意味で無駄な付き合いを残さず、きょうだい諍う事なく助け合って行けるよう導いてやるのが親の甲斐性だと思っています。
Koniton @konikonitomtom さんのツイートより
私も教会で生まれ育ちましたが、幼少の頃から虐待を受けているケースのように、
不安や恐怖を細胞レベルに刷り込まれ、
不安が動機となって天理教に属している人は内部に多いのではないかと推察されます。
八つの埃を説く際に「人間は心を自由を許され、勝手気ままにしてしまう」
などとよく指摘されますが、実のところそのような心への刷り込みがあるために、
心の自由な人など皆無と言って良いと思っています。
刷り込みに気づき、神から与えられた心の自由自在を取り戻すこと。
私自身は、それこそ在世当時、
運命論や因縁教理などの因習のもとで差別に苦しんでいた方々に、
親様が強く伝えたかたったメッセージの一つだと思っています。
当時の被差別民は、簡単に言えば、生まれながらにして罪を背負っていた(背負わされていた)。
しかし、そんな罪はない、人は誰でも等しく神の子であると伝えようとしたのが親様ではないか。天理教を信仰せねば命がなくなるとは、
まさに生まれながらにして罪を背負わせることに他ならないと思います。
私は心理士として、
日々の臨床の中から現在の天理教の在り方や伝え方が
信者の心にどう影響するかを考えてきましたが、
不安を植え付けたり煽って『親』にしがみつかせているように思えてなりません。
吉本興業 岡本昭彦社長会見 が今行われてますが、イメージが悪いと言うか吉本側が虚偽と取れる会見です。 芸人には総ダメだしされ 松本人志 さんま にも同様のダメだしと対案を出されていたそうです。これは辞任したほうが良いと思います。今後株主総会などで社長辞任を要求されるでしょう。
会社組織なども弁護士の言いなりになり法的対応だけ取ると結果軽薄な措置となり現代ではそれがパッワハラとも成り得るわけです。結局会社の保身のためだけにトカゲの尻尾きりをしたとしかとたれません。
教団は本部員会議なども全て血族縁者で締められ、中山家に都合が悪いとそれらの会議で中山家有利の採決をとってるだけだそうです。保身がどれほどイメージが悪いのか?この巨大組織吉本興業でよく分かりました。
【ライブ】吉本興業 岡本昭彦社長会見
https://www.youtube.com/watch?v=JLweofERpUs
加藤浩二さんがテレビ番組スッキリで「何か意見を言ったら潰される!」「この体制なら僕はこの会社に入れない!」とここまで言わせる会社の体制が異常なだけです。
現在岡本社長が説明も出来ない記者会見をしていますが、このような人が会社のトップならそうなりますよね。
天理教はどうですか?酷似というよりこれよりひどいのでは?中山家の人々は現在の大規模削減を記者会見でも開いて説明すべきではにですか?説明できますか?私が聞いた限りこの岡本社長と表統領 中田善亮 とは似ていると思いますしこれより酷いとも聞いてます。
教団の時代遅れの感覚では正しいと思ってるだけで現状のようにもう崩壊していて終わってるに等しいのですよね。
加藤浩次が本心で語る!パワハラが続くなら辞めます みんなが怖がる吉本興業に危機感 2019年7月22日 スッキリ
https://www.youtube.com/watch?v=JJU_hd_MUAM
私から見れば、教会本部や吉本興業こそ反社会勢力に見えるのですが、皆さんはどうですか?
匿名 様
2019年7月22日 1:07 PM
>私も教会で生まれ育ちましたが、幼少の頃から虐待を受けているケースのように、
不安や恐怖を細胞レベルに刷り込まれ、
不安が動機となって天理教に属している人は内部に多いのではないかと推察されます。<
>不安を植え付けたり煽って『親』にしがみつかせているように思えてなりません。<
私も教会に生まれ育ち、多くの信者さん達を見てきましたが、まったく上記の通りだと思います。人の不安や恐怖をいたずらに煽るやり方は、宗教ではなく霊感商法です。人の弱みにつけこんで暴利をむさぼる手口です。天理教では「おさとし」と呼んでいますが、私は「心理的恐喝」と呼ぶべきだと思います。
崩壊
2019年7月22日 4:44 PM
>>私から見れば、教会本部や吉本興業こそ反社会勢力に見えるのですが、皆さんはどうですか?
その通りです。吉本興業は行政指導をまだ受けいれてますが、天理教教会本部は体質的に法を無視する傾向があるのでまさに反社会勢力と言えます。それに宗教団体という体質上もと反社会勢力の方の回避先と成ることもありますが、私が知ってるだけでも現段階で反社会勢力の人が多数存在知るのが事実です。教会長の旦那や家族が反社会勢力と言う話は少なくないのでは無いでしょう。今後宗教も宗教としてやっていきたいのであればその反社会勢力とのつながりは完全排除の方針は必須でしょう。
教団内の構図でも中山家とその一族が権力が有るのは組織構造上当然でしょう。しかしその組織構造も裁判にかけたら本部が敗訴するほど宗教法人違反の可能性があります。宗教法人法の包括被包括関係は上下関係ではまったくもってございません。お供えや会費等と銘打った強制性のある上納金制度も明らかに間違ってます。特に会費が多額なのではないでしょうか?天理教教会本部、宗教法人天理教、婦人会、青年会、少年会等組織を乱立させるのはまさに高額な会費を取る為だったと言われても仕方ありません。会費の使用用途に関して説明はございますか?会費を取っている以上アカウンタビリティー(説明責任)が発声します。
お供え 教団への寄進、寄付に関してはまったくもって強制性はございません。そして「何故神を信仰する上でお金がかからないように出来なかったのでしょう?」
これを出来なかった時点で、中山家とその血族の経営責任を問うべきです。
吉本の現首脳陣も無責任今後の進退は?と問い詰められてましたが、以前のコメントでもありましたように、「記者会見を開き、この大規模縮小の説明責任を果たし、中山家と現在の執行部の進退を問う全体選挙を開かないと不誠実極まりない」と成るのは当然です。
これが出来ないなら「中山家とその血族首脳陣は逃げている」と言っても過言では成りません。不足しているのは信者じゃない。中山家と血族首脳陣の誠実さです。
>>人の不安や恐怖をいたずらに煽るやり方は、宗教ではなく霊感商法です。人の弱みにつけこんで暴利をむさぼる手口です。天理教では「おさとし」と呼んでいますが、私は「心理的恐喝」と呼ぶべきだと思います。<<
私も教会に生まれ育ち、ハイと言わないから肺病、頑固だから癌、、などとナンセンスな病諭しを上級会長から聞かされてきました。コントですかね。
海外布教で同じ諭しが出来ますか?癌は英語でキャンサー。キャンサーに頑固と言う意味はありません。日本語でのみ通用するこじつけで、こんな言葉遊びを大真面目にやって、どうやって海外の人に病諭しをするんだろう。一貫性のないこじつけをするんだろうな。
それでも当時は大真面目に信者はそれを信じて、神を恐れ言われるがままに大金を差し出しました。正に心理的恐喝です。世界に共通する病諭しが出来ないで日本でのみ通用するコント説法。教会の書棚から身上諭しの本類全部抜いて地域の焼却場へゴミと一緒に投げて燃やしてもらいました。二代真柱関係のカラー刷りのアルバムや本類も一緒に燃やしてもらいました。こいつらに騙されたんだと、先祖の無念を晴らす事が出来、やっと「晴天の心」なれました。
精神的に天理教と決別したら「晴天の心」になれると。そこに有るだけで複雑な気持ちになっていた二代、三代真柱関係の書籍を一切合切焼却処分出来て、心に積もった埃をやっと払った気分になりました。
組織による恐喝、恫喝を耐え続けた親を思う時、この限りなく低空飛行で墜落寸前の教団本部を見ずに亡くなったのがせめてもの救いです。
某ツイッターより
岡本昭彦氏(天理大卒の脳筋アメフト野郎)の会見を見れば、質疑応答もままならないほど日本語が不自由なので、芸人や部下と意思の疎通など出来るわけがないと思う。パワハラが冗談?頭がおかしい。こんなのが吉本の社長になっていること自体異常だ。<<
天理大学のレベルが如何に低いかがわかる。学長は天理教の幹部。コマとして動いただけで学長になる器でない人が学長。まともな教育は出来ないだろう。
教校学園廃止するなら、天理大学も廃止すれば良い。岡本社長程度の人間しか排出出来ない。宗教法人の運営する教育機関なのに人間教育が出来てない。
吉本興業と天理教本部は酷似している。
吉本の社員は給料があり厚生年金もある。
本部在籍者はお与えがあり、厚生年金もある。
大多数の吉本の芸人は本業だけでは生活が出来ないのでアルバイトで食っている。
大多数の教会長は、教会だけでは生活が出来ないのでアルバイトで食っている。
違うところは、
吉本の芸人は何割か事務所に取られても僅かなギャラを貰っている。
天理教は、割り当てられて本部や上級に労力もお金も、すい取られるばかりである。
吉本の芸人は辞めようと思えばいつでも辞められる。
天理教の教会は、辞めるには難しい手続きがあって、住まいも土地も手放すことになる。
天理教の教会は、子々孫々と永遠に続いていく。
これ程吉本と教会本部が酷似しているのは表面的に出ないだけで、教会本部とどこかで繋がりを持っているからでは無いでしょうか?
それとも大学ですか?
所詮天理大卒です。レベルが知れますが、吉本も教会本部とこの人が社長続投なら似た様な道を辿るのでは?
記者会見、聞けば聞く程酷似してます。
天理大学卒の岡本社長の低レベルが露呈した今回のグダグダで意味不明会見でした。記者の質問文脈も理解できないズレぶり。頭の悪さが露呈し、記者も失笑するお粗末会見でした。こんな人が社長かと正直びっくりしました。
現天理教に酷似しています。
事実上トップの善亮氏の最終学歴◯◯◯大学卒。天理大学に入れなくてもここなら入れる。彼は天理大学にも入れなかったのでしょうか?それとも地元では外車を乗り回したり、無茶して女性のお尻を追えないから目の届かない遠い大学にいったのか?
こんな頭脳の人が巨大組織を引っ張ろうとしてるのだから、吉本よろしく迷走するのも無理はないです。今までの善亮氏の言う事、為すことめちゃくちゃですから。言えば言うほど頭の悪さと人格の無さが露呈しています。
吉本興業は吉本芸人に逃げられて足元から崩れる。トップが刷新しなければ芸人達は出ると言う。天理教も同じ。トップの低脳ぶりに教会長、信者に呆れられて心が離れているのが現状です。中山一家は降りて、もっと知能的に優秀な先見の明がある人を選挙で推挙すべきです。
多くの子供たちの夢がファンド失敗の損失補填の生贄がに!!
↓
「天理教校学園高校」を守る会 @d9kpoebR2GSZTZs さんのツイートより
教会本部中枢のY氏からの確かな情報。
この度の突然の教校学園高校廃校の原因は、教会本部によるファンドの失敗。
ファンドの損失5億。教校学園高校への回付金は5億6千万円。
損失補填の生贄。酷すぎる。
古い元教会長 様
2019年7月23日 7:25 AM
>吉本の芸人は辞めようと思えばいつでも辞められる。
天理教の教会は、辞めるには難しい手続きがあって、住まいも土地も手放すことになる。
天理教の教会は、子々孫々と永遠に続いていく。<
あきらめないでください。天理教教会本部から離脱することは、そんなに難しくありませんよ!!。多少時間はかかるらしいですが、以前、加藤ハルアキ氏のご投稿に掲げられていたホームページからお問い合わせになってもよいと思います。あるいは、櫟本分署跡保存会にお尋ねになればよいと思います。離脱方法について具体的に説明していただけるはずです。
匿名 様
2019年7月23日 2:10 PM
>教会本部中枢のY氏からの確かな情報。
この度の突然の教校学園高校廃校の原因は、教会本部によるファンドの失敗。
ファンドの損失5億。教校学園高校への回付金は5億6千万円。
損失補填の生贄。酷すぎる。<
信者のお供えを信者の了承を得ないでファンドに投資する? これは、背任罪に相当すると思いますが、皆さんはどのように考えられますか?
中山が自腹キレや!
ファンドの失敗とは。お供えをそんな事につかっている?にわかには信じられないです。
時報の紙面では教校学園閉鎖は相談に相談を重ねた結果であるから、誤解のないように願いたいと、善亮が言っていました。ファンドの失敗で本部員が密かに相談に相談重ねて教校学園閉鎖に至ったのですか。
もし本当なら、全国の教会へ事実を拡散する必要があります。無理してお供えを上納している教友にも知らせます。
もっと詳しく知らせてもらえませんでしょうか?
ここに出ていますね。
<天理教維持財団という組織について 天理教が投資で大儲け&大損しているという噂・・>
http://tenrikyosyakaigakulabo.com/?p=946
2001(平成13)年
9月30日、本部側の理由説明が一切されぬまま天理教の金庫番である天理教維持財団が突然解散する。これに関する本部側としての理由説明は一切されていない。天理教教会本部が株式投資その他で大失敗し、兆を超す莫大な損失を出したのではないか? と云う観測も出ている。
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/omithisonogoden/omithisonogoden_11sonogo1co.htm
匿名
2019年7月23日 7:04 PM
>>時報の紙面では教校学園閉鎖は相談に相談を重ねた結果であるから、誤解のないように願いたいと、善亮が言っていました。ファンドの失敗で本部員が密かに相談に相談重ねて教校学園閉鎖に至ったのですか。
相談に相談を重ねと言っているが、各教会には信者には相談したのか? 商業ビル建設も相談したのか?信者層は知らない。信者の金でファンド、不土さん収入、では配当などの還元は?宗教の寄付を利用した投資詐欺事件のようだ。いずれや大事件になる。
吉本興業の岡本社長はじめ上層部の高圧的な対応が明るみに成っただけでインターネットはおろかTV新聞まで連日取り上げている。次はどのブラック組織ですかね?
天理教もパフハラ、セクハラ、モラハラは勿論寄付金の不正使用ですかー?ネット、新聞、TVはじめ警察各省庁が連なって教団を潰しに来る日が目に浮かびますね。
匿名 様
>ファンドの失敗とは。お供えをそんな事につかっている?にわかには信じられないです。
時報の紙面では教校学園閉鎖は相談に相談を重ねた結果であるから、誤解のないように願いたいと、善亮が言っていました。ファンドの失敗で本部員が密かに相談に相談重ねて教校学園閉鎖に至ったのですか。
もし本当なら、全国の教会へ事実を拡散する必要があります。無理してお供えを上納している教友にも知らせます。
もっと詳しく知らせてもらえませんでしょうか?
「天理教校学園高校」を守る会さんよりの返信です。
@d9kpoebR2GSZTZs
Y氏の氏名は、私たちも教えて、もらえません。ただ現在一部のマスコミがこの事実を掴みウラ取りをしています。まもなく公表されると聞いています。
信者の「お供え」を信者の了解無くファンドで運用し、その損失補填のために教校学園を閉鎖する。しかも「相談に相談を重ねた結果」? 一体、誰と相談を重ねたのですか? 末端分教会、布教所、末端信者にとっては「寝耳に水」のような話だと思います。この情報が真実だとすれば、一宗教団体の問題に留まらず、大きな社会問題になります。
吉本問題を見ていると現在の中山家体制と被ります。偉いと勘違いしている人々の末路はみな同じだとおもいます。
末端教会長男の嫁です。 @ZKaxUOpnG7vaxat さんのツイートより
本日(7月25日)某学校の閉校に関する保護者説明会があったとのこと。
普段末端から本部に意見する場など設けられたことすらないので、
ここぞとばかりに不満爆発で大荒れだったそうです。
Twitterで話題になるような議案も保護者から出たようですが、
まぁ吉本の岡本社長のような答弁だったとか…。
「天理教」に何も期待せず。 @d9kpoebR2GSZTZs さんのツイートより
天理教の方々へ
拡散希望です。
今日親友の教会長が、真面目に「天理教校学園高校存続」を願い本部月次祭神殿講話後、
真柱もしくは、大亮の礼拝が終わって退席されるときに、声をあげます。
これがシュプレヒコールの波の起爆剤になることを祈ります。
「天理教」に何も期待せず。 @d9kpoebR2GSZTZs さんのツイート続報
南礼拝場中央前列で、おつとめすべて終了後
「大亮様、本部員先生方にお願いします。教校学園高校を潰さないで頂きたい」
と大声で嘆願したそうです。
大亮は振り向きもせず、本部員からは、睨まれたそうです。
追随はなく、シュプレヒコールなんて無理でした。こんなもんですね。
天理教、組織も大多数の教会も人も無関心だらけ、吉本の方がましかも。
「天理教」に何も期待せず さん
そうでしたか。悔しいし情けないですよね。志あるのは極々一部の人だけ。先だっての選挙と同じ、あれだけ不平不満の選挙民がとった行動は、投票所へ行かないか、変化を怖がっての強い者に寄りかかるだけ。消費税上がってから愚痴こぼすのが目に見えています。子や孫の名簿を無断で自衛隊に提供されてることも知ろうとしないし。アメリカの後追いばかりです。ますます下層民の子どもは、危険、薄給、過労、パワハラの職場にしか付けなくなり、家族を造るなんて希望も持てず。ゴルフ三昧、高級料亭も飽きないのが不思議な高級な方達が勝手放題にしているのを指咥えて見てるだけですかあ。婦人会の会議でも、上が決めた事に異議を申し立てたら、同意する者なし。もうやってられないので、今まで以上に、孤立無援でいいから言うべき事は言ってうるさがられ、任期の前に役から抜け出そうと頑張っております。
神名流しよりデモしたいおばちゃん様。
異議を申し立てないからといって同意しているわけではないと思います。異議は皆胸の中にあっても言わないだけ。長年素直が一番、不足するなで刷り込まれて居るから魂まで乗っ取られている訳ではないと思うので希望はあります。
しかし魂まで乗っ取られてるご婦人も確かにいますがね。こう言うかたくなな人に何言ってもつける薬がないので無視してますが、信仰は自己責任だから後で泣くも笑うも自己責任です。末端婦人ほど柔軟です。部内をたくさん持つご婦人ほどかたくなですね。利害が絡むからですかね。
少しずつ発信する事が大事です。お金だけとって会計報告無しの各種集金について、会計報告希望と発信したら、会計報告が初めてありました。今後は中味の精査に進む道が見えて来ます。少しずつでも言う事が先々の変化に繋がります。
私も孤立無援ですが頑張ります。墨液のコップに清水が一滴、一滴ポトリポトリと滴っていったら、ある時その墨液が真水に変わって行く様なものです。正義の一滴を発信する事が変わるきっかけになると思います。
2019年7月2日1:09 PMの匿名さま
>本部や弁護士と言えど殺人事件はかばえません。最低でもTVや新聞は取り上げます。
>まだ警察が嗅ぎ付けてないので警察へ通報、その旨をこちらである程度の情報を記入される事をお勧めします。
>それ以上の具体的かつ詳細な情報が公開されないのでその話は信用できませんので虚偽として受け止めます。
私は「青年会ひのきしん隊の班長である矢追雄造の実姉やで」とハッキリ聞いてます。
奈良教区では、かなり有名な話ですよ!
今ごろですが、通りすがり様の様な熱心な方々
その熱心さを 訪ねた家の玄関が開いたら 戸を閉められない様に足で塞ぐ という戸別訪問推奨の方が教える事をして 、ここで熱弁ふるうより、まだ親様の教えを知らない難渋のかたにお伝えする方に力をそそがれては
足でドアを止めるのは 布教の話の中で よく聞きますが、警察沙汰になった時 指導者が責任取ってくれますか?
匿名 様
2019年7月28日 5:12 PM
>今ごろですが、通りすがり様の様な熱心な方々
その熱心さを 訪ねた家の玄関が開いたら 戸を閉められない様に足で塞ぐ という戸別訪問推奨の方が教える事をして 、ここで熱弁ふるうより、まだ親様の教えを知らない難渋のかたにお伝えする方に力をそそがれては
足でドアを止めるのは 布教の話の中で よく聞きますが、警察沙汰になった時 指導者が責任取ってくれますか?<
通りすがりの何が熱心ですか? 自分の言いたいことを「ほざくだけほざいた」あげく、理屈の通った合理的な質問には答えられず、そのまま「沈黙」を押し通す。無責任極まりない腐ったヤカラとしか表現のしようがありません。通りすがりの言っていることは、教祖様の教えと矛盾しているからにほかならないから、急所をついたことを問われたら返答のしようがないのです。
また、日本国憲法では、国民一人一人に「信教の自由」が保障されています。人にはそれぞれ信仰する宗教があり、また、宗教を全く信仰していない人もおられます。教祖様の教えがいくら素晴らしいからといっても、強引にドアをこじ開け、無理矢理、教祖様の教えを聞かせようとすること自体が憲法違反であり、もし、ドアをこじ開けて家屋内に侵入すれば、「住居不法侵入」の罪になります。どうしても、教祖様の教えを伝えたかったら、教祖様の教えを分かりやすく文章化した印刷物を郵便ポストに投函する方法もあるでしょう。ただし、その印刷物を読むか、あるいは読まないでゴミ箱に棄ててしまうかは個々人の自由意思です。
ここに書き込まれている方は 多少なりとも 信仰にふれられた方
何も知らない世間の方が 通りすがりさんの意見にどの様に 反応するか知りたいのです。
>>青年会ひのきしん隊の班長~の実姉
もう少し事件の詳細を教えて頂けませんか?
いつ頃の事件ですか?
被害者は何歳くらいの方で、事件が原因で亡くなっているのですか?
匿名
2019年7月28日 9:13 AM
>>私は「青年会ひのきしん隊の班長である矢追雄造の実姉やで」とハッキリ聞いてます。奈良教区では、かなり有名な話ですよ!
これはどちらに書かれているものですか?掲示板かなにかならURLでも貼って下さい。
匿名
2019年7月28日 9:13 AM
>>私は「青年会ひのきしん隊の班長である矢追雄造の実姉やで」とハッキリ聞いてます。
奈良教区では、かなり有名な話ですよ!
これ過去を読み返していると殺人と書いてありした。殺人ならば噂で終わらすものではないので警察に通報された方がよろしいです。噂ならば流す方が問題になります。殺人ならば、なになにで有名です。と噂話で書くのはだめです。警察に通報してください。
匿名 様
2019年7月29日 4:25 PM
>これ過去を読み返していると殺人と書いてありした。殺人ならば噂で終わらすものではないので警察に通報された方がよろしいです。噂ならば流す方が問題になります。殺人ならば、なになにで有名です。と噂話で書くのはだめです。警察に通報してください。<
まったくその通りです。事案が事案だけに、ニュースソースを明白にし、警察に通報するべきであれば、即刻、通報するべきです。ニュースソースが明らかで無い単なる噂話であればデマであり、インターネットに投稿するべきではありません。犯罪性の極めて高いデマを投稿すること自体が犯罪です。投稿するからには、それだけの自覚と責任感をもって投稿するべきです。
匿名
2019年7月26日 2:25 PM
>>「天理教」に何も期待せず。 @d9kpoebR2GSZTZs さんのツイート続報
南礼拝場中央前列で、おつとめすべて終了後
「大亮様、本部員先生方にお願いします。教校学園高校を潰さないで頂きたい」
と大声で嘆願したそうです。
【大亮は振り向きもせず、本部員からは、睨まれたそうです。】
追随はなく、シュプレヒコールなんて無理でした。こんなもんですね。
天理教、組織も大多数の教会も人も無関心だらけ、吉本の方がましかも。
中山家とその血族と取り巻き本部員はとうとうその本性を出してしまいましたね。こういう態度を高慢と言うのではないでしょうか?
もう十年以上右翼の街宣車が天理市内をまわり色々警告されてきてるのにも関わらず変わらずなので、信者が何を言ってもダメでしょう。
信者層は「本部に言っても駄目なら!」と、お供え額を減らすどころか、本部に対する嫌がらせをする人も出てくるかもしれません。
中山家とその血族と中山派本部員VS信者の状態が口火を切りましたね。
天理地元居住者の方々にお願いがあります。
地元の新聞社に、教校廃止の説明会が有ることをお知らせし、取材依頼をかけてください。
新聞で報道され、それがネット版にも掲載されると、日本国内・世界で読むことができます。
一地方の学校閉鎖という問題ではなく、例えるのならば仏教系の大学が閉鎖するに等しい行為なのですから、世間の目にも晒してやりたいと考えます。
取材の切り口は記者の考えによります。どのような記事にまとめ上げるか、興味深く、期待する点です。
高慢 中山家、血族、本部員 VS 信者 様
2019年7月29日 6:11 PM
>中山家とその血族と取り巻き本部員はとうとうその本性を出してしまいましたね。こういう態度を高慢と言うのではないでしょうか?
もう十年以上右翼の街宣車が天理市内をまわり色々警告されてきてるのにも関わらず変わらずなので、信者が何を言ってもダメでしょう。<
中山家独裁体制が露呈しましたね。少数の信者しかも一人の勇敢な声を無視する。宗教とは少数の社会的弱者の声にも真剣に耳を傾けるという姿勢から始まるものです。高慢と傲慢にまみれた宗教と呼べるようなものではないということが明らかになりました。信者はますます減少していくことでしょう。
>これ過去を読み返していると殺人と書いてありした。殺人ならば噂で終わらすものではないので警察に通報された方がよろしいです。噂ならば流す方が問題になります。殺人ならば、なになにで有名です。と噂話で書くのはだめです。警察に通報してください。<
以上に関する一連の投稿について、ニュースソースを明確にする投稿もありませんので、私個人としては根拠の無い単なる噂話、デマと解釈いたします。この掲示板に混乱を来すような噂話やデマは、今後、一切、投稿されないように、一投稿者、読者として切にお願いします。
>長男と次男では理が違う。<
このようなことを真面目腐って言う教会長が居るなんて、江戸時代じゃあるまいし、この一言を捉えても天理教はおかしいと思ってしまうでしょう。何を考えているんだか狂っているとしか思えません。
今の考えは、一人ひとりの人格とか人徳に差があるとはとらえていないはずです。
武士の次男に生まれりゃ、屋敷の北の一番うすら寒く住みづらい一部屋を与えられて、一生、結婚も出来ず兄夫婦はおろか、その子供達(甥や姪)にも頭が上がらない、遠慮ばかりの一生を送らなければならなかった。
未だに天理教の教会長には、そのような考えがこびりついているのが信じられない。このような考えを持つ会長さんに言いたい。今じゃ教会の長男に生まれて教会を継ぐよりも、次男に生まれて、自由奔放に生きる方がはるかに幸せだということです。
最近、大教会長を継がれた方の顔を拝見していて感じるのは、もう少し明るい顔をしてくださいと言いたいです。だって、長男の甚六っていうでしょう。←この言葉も今では死語でしかありませんがね。
何処まで行っても、救われない教会組織が延々と続く悲劇が終わらない天理教の現実です。
>徳が違う<について
大教会の娘と末端の貧乏教会の息子の恋愛が両家の反対で難航した話も、この徳が違うと言う発想でしょう。貧乏教会の親側は賛成しているのに、彼所属の大教会長が阻止しようとしたそうです。徳の違いを言うのでしょうね。
平等思想を押し通した教祖の高潔な雛形はどこへ行ったのでしょう。信者を導くはずの大教会長がこんな差別意識で凝り固まっている事自体が宗教家として問題です。こんな後ろ姿を信者に見せてそれがどんな匂いがげになるのでしょうか。差別意識の塊を信者に見せただけで悪臭でしかありません。高潔な宗教家は人を感化する行為を自らの命を賭けて実行します。この大教会長は自分勝手の権化で宗教家の風上にも置けないと思う。
自分たち一家は生まれながらの徳があると言ってはばからない勘違い大教会長がおりましたがトップがこう言う事を言ってる事を知るにつけ、天理教は世間に広まってはいけない宗教だと思う。今だに嘘を信じて東奔西走している全国の信者、教会長の徒労を誠に時間の無駄、命の無駄と虚しく思います。
神様、お供え、御守護、御守護と信者に言いながら自分達は人を地面に叩きつけても平気な神経ですからやっていられないです。
匿名 様
2019年8月1日 10:51 AM
「世界一列はみな兄弟姉妹や」「男松女松の隔て無い」と天理教教祖はおっしゃいました。封建制度が色濃く残る幕末から明治初期にかけてです。当時としては目の覚めるようなことだったと思います。しかし、現代の天理教は教祖の教えから著しく逸脱するというよりも、むしろ正反対の状態になってしまいました。教祖亡き後、人間思案にまみれたつまらない連中が、つまらないピラミッド組織をつくり、教祖の教えを自分達に都合の良いようにねじ曲げてしまったのです。
古い元教会長 @huruikyoukaityo さんのツイートより
>>最近、大亮氏が奈良教区の修理人巡教で、お尽くしの話をするようになったそうです。
>>「大亮さんまでが、お供えの話をするとは、天理教もお終いだ」との声が聞こえてきた。
古い教会長さん、もし他の教区の修理人も全教会に同じように
お尽くしの話をしてきたとしたら
本部が(善亮主導で)各教会にお供えをするように発破をかけているかもしれませんね。
いずれにしろ財政が逼迫し、なりふり構わず金集めといったところでしょうか。
世も末です。天理教は完全に異端カルトの搾取宗教に落ちぶれました。
実家の自教会に秋に来る修理人巡教の発言をしっかりと記録し、
内容を確認および精査し、場合によっては本部に直接断固抗議したいと思います!!
私はかつて小遣い稼ぎの修理人に言いました。
「お供えお供えと言うから現状の様に全国的に信者が激減した。だからこそ家族内でも後に続く子、孫が居ないのが現実。ご存知ですよね。神様はお金を使いませんから結局、建物の維持管理費にお金が要るんじゃないですか?だったらお供えと言わずに協力金をお願いしたいと言われた方がすっきりしますよ。もうどこの教会も食べて行けない状況になっていますよ。」
その修理人は何の反論も出来ず、方向違いの因縁の話を持ち出して来たので、「今が大事でしょ。大昔の知らない人の事を知れと言われても、現実無理ですわ。これからの人に100年前の先祖の因縁を知れと言うのですか?」
天理教は因縁の話で今を生きる平穏な時間を脅して、因縁があるんだから因縁切りの為に金を出せと言うナンセンスな論理です。金集めには因縁しか材料が無いのでしょう。だから命を金で買えと言う様な「命の繋ぎは金」発言になる。
今本部は「金が無い、金を出せ 」の悪循環に陥っているから今後は本部は潰れるま
でなりふり構わず金、金と言うでしょうね。善亮が低脳で取り巻きも低脳だし、大亮も父親譲りで低脳と思われます。取り巻きも低脳。
これからも善亮の手下がノコノコ出て来て言われた通りを言いに来るのでしょう。
修理人が来たら次の様に確認しましょう。
「教祖が存命中に金を自分の所に積みなさいと言ったのか。御筆先にお金を積めと書いてあるのか。秀司の教団設立を最後まで反対し、そんな事したら神が退くと言われた事について納得出来る答えを出して欲しい。」
現在の大間違いは金に目がくらんだ秀司から始まった事。教団スタートは嘘から始まっている。だから消滅する運命にあるんです。金金と勝手に言わせておけば良い。消滅スピードに加速度がつくだけです。神がもっともっと嘘をつけ、と教団消滅を急いでおられる姿に見えて仕方ありません。
嘘つきに金を出してはいけません!真実に生きましょう。
市原悦子さんの朗読で楽しまされた「まんが日本昔話」の主題歌は、確か・・♪坊竜の絵や~よい子だ寝ンネしな~、でした。その主題歌が流れている時、子どもを背中に乗せた龍(りゅう)が、ゆるやかに天空を泳いでいましたが、私メはなぜか、アニメのあの龍の姿が好きで、いつも必ずそれを見るようにしていました。
K国のムン・〇ェ〇ンさんなんですが、前々からちょっとヘンなおじさんと思っていたのですが、政治的(政策的)にも経済的(内政的)にも外交的にも完全に失敗し、K国はついに崩壊に向けてまっしぐらか、ということらしいです。天理教のおさしづに 「心狂わんよう、心狂わんよう、狂うてはならん。・・一つ龍頭(りゅうず)という。龍頭が狂うたら皆狂うで」というのがあり
トップ一人が狂うと、国でさえも存続が危うくなることがあることを示唆(しさ)しています。ましてや、K国の北側にはムンさんにもう一つ輪をかけたようなヘンなお兄ィちゃんがいて、このヘンなお二人が、「ボク達、同じ民族ね♪、仲良くしましょうね♪」 なんて握手なんかしちゃったりして、わっ、わっ、もう危なっかしくてかなわん!「〇チガ〇にミサイル」 ってこのことやんか~。ムンさん、軍事兵器を作る際必要な物資を日本から輸入して、北に横流ししたとなると、アメリカが黙っちゃいませんよ。今回の日本のK国対する処置には、バックにアメリカがいると思って下さい。
ところで、天理教のことですが・・・あ、もう書けない。パソコンで入れているのですが、もう終わりにしなければなりません。
匿名
2019年8月1日 11:44 PM
古い元教会長 @huruikyoukaityo さんのツイートより
>>最近、大亮氏が奈良教区の修理人巡教で、お尽くしの話をするようになったそうです。
>>「大亮さんまでが、お供えの話をするとは、天理教もお終いだ」との声が聞こえてきた。
古い教会長さん、もし他の教区の修理人も全教会に同じように
お尽くしの話をしてきたとしたら
本部が(善亮主導で)各教会にお供えをするように発破をかけているかもしれませんね。<<
善亮大亮親子そろって乞食講和してて笑えますね笑 神様は乞食じゃないので大変失礼で罰当たり再び三度四度天罰が下るのでしょうね。
天理教社会学研究所 さんがTwitterで紹介していますのでこちらの板に転記します。
https://twitter.com/tenrisyakaigaku
wikipediaをみると、天理教は奈良テレビの株を買い増ししてる。信者の金で資産運用するのはいいけど、信者には恩恵ある?
中山慶一って天理教関係者?
天理教って宗教じゃなく宗教法人の皮をかぶったファンドじゃん。そりゃ天理教が信頼されるわけないよ。寂しい現実だな。
(転載以上)
宗教団体が民間放送局の株を保持?
「運用」の責任部署はどこなのだろうか。
高校を閉鎖するのならば持ち株も手放せばいいだろうに。
更に言えば、小学校、中学校も閉鎖すればよい。
天理市に公立の小中学校が無いのならばともかくも、中山家ご一統様の孫子には私立校が心地よいのかもしれないが、資金難である現状から考える保存優先順位では最下位の部類だろう。
因みに卒業生の感覚では天理高校で信条教育を押し付けられた記憶はないそうだから、ましてや小中校での教育でどれほどの信条教育がなされているのか。各家庭でやればよいことだ。
整理対象としてこの板でも指摘されている「音研」。
こどもおじば帰りのパレードでの音研の演奏を聞いてがっかりした。
ぬるい!
アレンジが悪い事も理由だが、平板な演奏は子供たちの演奏と比べて「ぬるい」の一言で片付く。
平板 凡庸 ぬるい 演奏、手抜きしているのか、力不足なのか関係者の声を聴きたい。
匿名 様
2019年8月2日 6:32 PM
>整理対象としてこの板でも指摘されている「音研」。
こどもおじば帰りのパレードでの音研の演奏を聞いてがっかりした。
ぬるい!
アレンジが悪い事も理由だが、平板な演奏は子供たちの演奏と比べて「ぬるい」の一言で片付く。
平板 凡庸 ぬるい 演奏、手抜きしているのか、力不足なのか関係者の声を聴きたい。<
私が思うに、そもそも「音研」なる組織こそ必要ないですね。「音研」なる組織は一体、如何なるものですか??? 天理教校学園を閉じる前に閉じるべき無駄な組織はいくらでもあるはずです。真っ先に閉じるべきは諸悪の根源である天理教教会本部です。教会本部よ消えて無くなれ!!!
松本サリン事件から25年を経て、当時、犯人扱いされた河野義行さんのインタビュー記事が新聞に掲載されている。宗教は信仰はされていないが、言葉の一つ一つに人間味があふれている。
人を憎まず、恨まず、この冷静で、なおかつ、温かな心は何処から発せられているのだろうか。
それに比べて、天理教の偉い人達は何とおカネに敏いのだろう。俺ほど偉い人間は居ないのだというような思い上がり、言っていることと、やっていることが真逆の態度がありあり。
前にも書きましたが、二部の詰所勤務の時の経験から、電車の切符ぐらい自分で買えばいいのに、おカネを投げてよこして、切符を買って来いと言った教会長。急ぐ用事もなければ、体の具合が悪いわけでもなく、昼間っからアルコールが入っていた様子。ワイワイガヤガヤと会長連中と騒いでいるだけ、その当時は、何でもハイハイと言っていた自分がいた。81歳になった今、このような人が居る天理教って人助けを標榜する宗教なのかと思ってしまう。
このような会長さんばかりじゃないが、ふとした一人の行動や言動が全体のイメージを壊してしまっていることに気付かないのだ。この教会長さんは比較的規模の大きな教会だけに、なおさら、そのように感じられるのだ。
天理教の上層部の方々は、この河野さんの記事を読まれただろうか。読まれたらどのような感想をお持ちなられるのか、是非伺いたいものです。
その反応すら無いようであれば、崩壊さんが仰るように >教会本部よ消えて無くなれ!!!< に賛同せざるを得ません。
私も河野義行さんのインタビューの言葉に頭を垂れました。「恨んで憎んでもいいことはない損得の問題です」
この言葉は重いです。また「死刑を望んでいる被害者遺族にも理解を示され・・・・。当時は私的にいろいろあり
あまり関心がなかったのを反省して最近『完全版宗教なき時代を生きるためにーオウム事件と『生きる意味』」森岡正博著、『オウム真理教元信徒広瀬健一の悔悟-手記』朝日新聞出版を読み様々な思いを持ったものですから今朝の河野さんの言葉に厳粛になりました。
末端の教会に育って一つだけ良かったことは中山みきの教えと言われる「めまつおまつのへだてなし」「高山布教より谷底布教」世界一列みなきょうだい」は縛りも感じた時代もありましたがこの価値観を持ちながら生きてきたように思うことです。
東風Z 様
2019年8月3日 9:03 AM
>松本サリン事件から25年を経て、当時、犯人扱いされた河野義行さんのインタビュー記事が新聞に掲載されている。宗教は信仰はされていないが、言葉の一つ一つに人間味があふれている。
人を憎まず、恨まず、この冷静で、なおかつ、温かな心は何処から発せられているのだろうか。<
私は、マスコミ報道等で河野義行さんの言動を見るにつけ、きっと、何かの宗教を信仰されているのに違いないと自分で思い込んでいましたが、宗教を信仰されていなかったのですね。本当に驚きました。松本サリン事件の犯人の嫌疑をかけられていたにもかかわらず、文句一つ言わないでサリンの被害に遭われた奥様の介護を献身的にされている河野義行さんの姿をテレビで拝見して、この人はただ者ではない、きっと、何かの宗教の熱心な信者さんであろうと私なりに勝手な推測をしていたのですが、宗教は信仰されていなかったのですね。河野義行さんのような高邁な人格がどのようにして形成されたのか、私も大変興味がありますので、インタビュー記事が掲載されている新聞名を教えていただければ幸いです。図書館でバックナンバーを調べて初回から読んでみたいと思います。「人格形成、人としての生き方」という意味において、宗教は本当に必要であるのかという思いを抱かずにはおれません。
>このような会長さんばかりじゃないが、ふとした一人の行動や言動が全体のイメージを壊してしまっていることに気付かないのだ。この教会長さんは比較的規模の大きな教会だけに、なおさら、そのように感じられるのだ。<
全くその通りだと思います。悲しいかな世間とはそんなものです。世の人達に範を垂れるべき立場にある人、例えば、学校の教師や、司法関係者、政治家等の事件や失言、スキャンダルは、マスコミがネタとして喜んで飛びつき大々的に報道し、そうした人達全体のイメージダウンにつながってしまいます。裏返して考えれば、そうした人達の社会的責任がいかに大きいかということです。「人の生きる道やあるべき姿」を説く宗教指導者の言動全てが、その宗教の評価につながります。「真のにをいがけ」をするのであれば、宗教指導者は、自らの公私にわたる言動や考え方を常に見直し正していく必要があるはずですが、天理教の場合、そうではないことが悲しい現実です。良い範を垂れるより、悪い範を垂れている場合の方が多いのではないでしょうか。(範を垂れるという上から目線的表現は個人的に好きではありませんが、敢えて使わせていただきました。ご了承ください。)
崩壊さんの質問に東風Zさんからの応答がまだのようですので勝手に。
河野さんの記事は今朝の2019年8月3日朝日新聞・朝刊です。
mami 様
2019年8月3日 5:18 PM
>崩壊さんの質問に東風Zさんからの応答がまだのようですので勝手に。
河野さんの記事は今朝の2019年8月3日朝日新聞・朝刊です。<
情報のご提供ありがとうございます。しばらく多忙にしておりましたのでレスが遅れて申し訳ありません。
図書館で2019年8月3日朝日新聞・朝刊を読ませていただきます。ありがとうございました。
教効学園廃校ととても信じられない決断を下した自堕落中山家ですが、潰して5億の節減?と言ってる間に来年の収益は10億マイナスだったらどうするのか?と思ってしまう笑収益はもっと下がる計算で算出してるならあっぱれですが、そんな事より、中山家が天理教信仰してないのにしがみついてるのが一番の問題なのではないでしょうか?そんなの「金のつなぎが命の繋ぎ」を是正しない時点でもう天理教で無い事は自明の理 、教団内全員分かってますよね笑 末には「黒門前に大量の死体 中庭で中山家を始末」はありえる話になりそうですね。
崩壊 様
お尋ねを頂ながらなんお連絡も致しませず、申し訳ございません。旧欄は見られないものと思い込んでいました。本当に申し訳ございません。
僭越なお願いですが、記事を読まれた感想がお聞きできればと勝手な想いでおります。よろしくお願いいたします。
mami 様
ご丁寧に有難うございます。
河野さんの記事はより多くの方に読んでいただきたい内容です。極限の状態に置かれながらも、なお、許すことが出来る人が、他に居られるのでしょうか。
そして、穏やかな余生を送ることが出来れば最高の幸せとも仰っています。ご自分の住所を明かされることもなく、何と欲のない方なのでしょう。
教団本部の方々、一端でも見習われては如何ですか。もっとも、望むべくもありませんが。
東風Z 様
2019年8月13日 1:44 PM
>僭越なお願いですが、記事を読まれた感想がお聞きできればと勝手な想いでおります。よろしくお願いいたします。<
私は、相変わらず多忙な日々を過ごしており、図書館に出かけて河野さんの記事を未だ読んでおりません。明日から「盆休み」がとれるので、開館している近隣の公立図書館を探して新聞記事を読む予定です。お気遣いをさせて大変申し訳ありませんが、私の読後感想は、後日投稿ということでご了承願います。
話は変わりますが、以前の投稿でも述べているかも知れませんが、私はミッション系の某大学を卒業し、大学で聖書の勉強を少しだけした経験があります。河野さんの言動にはキリスト教の「赦しの思想」が色濃く反映されているように私には思えました。河野さんはキリスト教徒に違いないと自分で勝手に思い込んでいましたが、宗教は何も信仰されていないということを知り、大変、驚きました。
人間というものは完全なものではありません。私自身も決して完全というには程遠いものであることは重々、自分でも分かっているのですが、他者の間違ったこと、不条理なことを見ると、ついつい批判や非難をしたくなります。私は天理教の現状を決して肯定する訳ではありませんが、その前に、キリスト教の「赦しの思想」について少し考えてみてもよいのではないかと最近、思う次第です。キリスト教の「赦しの法則」というHPを見つけましたので、下記の通り紹介させていただきます。
http://seishonyumon.com/coach/509/
崩壊 様
お忙しいところ、何度もお手を煩わすことになり申し訳ございません。
早速、レシピ14[赦し」の法則を拝読いたしました。ヴィクトリア・ルヴォロ婦人は、正に、河野さんに重なります。
この赦しという一番の難関を乗り越えられる心の有り様がどこから生まれるのでしょうか。信仰の偉大さを思わずには居られません。
以前、知人から「キリストは世の中のすべての罪を負って処刑に赴かれた」と聞いたことがあります。本当のお話なんですね。
河野さんには、どこかにそのような雰囲気を漂わせておられます。読むほどに涙が出てくるんです。いい記事に出会えたと思っております。
残された時間は長くありませんが、一条の光を感じることが出来ました。
それにしまして、現行天理教の在り方では、人格の形成に寄与することはできなかったのですね。
現行天理教は、天理教と言う宗教法人の皮を被った 中山家の我がままに付き合わされる奴隷に成る団体 と確定されましたからね。中山家も天理教に執着せず、、中山教と解明したら皆さんの文句と信者数も減っていいのでしょうがね笑
天理教教会本部が資金的に苦しいのは分かりますがその対策に信者に理解を求める説明が足りていないのが最大の問題でしょう。そもそも過去信者層も知らなかった不動産管理業など営利法人を行っていた事実もどう説明をつけるのでしょうか?寄付金で起こした事業の利益分配はどのようになされるのでしょうか?などの説明もまだですよね。この時点から事業縮小に際しての説明会をしてもその内容に信用性が無いと判断されているのでしょう。はっきり言いましてまったくの失敗です。
事業縮小をすれば数字的には赤字は解消されるのは勿論ですが、寄付の収入は揺れ動くもの社会学の記事にも毎年数億円規模で寄付金が下がっている現状が乗っていましたが、様々な諸問題 説明不足そして明確な学校の廃校が決定され、半信半疑だった人々も一機に教団上層部の運営がおかしいことに気が付いてしまった。今後収入の低下傾向をより加速させると予想されます。このような不信が募る組織に誰が寄付をするのでしょうかそれぐらい理解できない上層部に対する不信感と異常性は周知の事実と言っても過言ではないでしょう。
本部は以前天理時報に「ネットのウソ情報に騙されるな!」と言い放ってましたが真偽は結果的にみたら明らかでしょう。嘘情報を流し、説明責任を果たしていない人物や組織を誰が信用するのでしょうか本部の見解には毎度理解に苦しみます(苦笑)
どうみても現在の中山家独裁体制では運営は出来ないと判断できます。組織体制と性質ももう古く時代に相応しくない。こうなると結果は二つで、このまま自然消滅をしていくか、教団トップの中山家が引責辞任をして組織を後にするか?しかございません。
業績回復などはるか夢のまた夢、一般の大企業ですら経営不振で消滅している時代ですので、上記のように問題があるのに改善すらしない組織に自浄する事は出来るわけはございません。
中山家が引責辞任した後の組織を引き受ける人達がいるのか、また求心力を担保できる人達がいらっしゃるのか?
敬称略 様
2019年8月16日 8:59 PM
>中山家が引責辞任した後の組織を引き受ける人達がいるのか、また求心力を担保できる人達がいらっしゃるのか?<
おそらく誰もいないでしょう。百害あって一利なしの現教団は崩壊・消滅したほうが「世のため・人のため」です。
吉本問題も冷め遣らぬ状態が続いていますが、小林良太弁護士(以下弁護士)の姿が強く印象に残ります。弁護士に経営判断を委ねるとあのような惨状が起こるのは天理教社会学の読者であればよくご存知のことだと思います。
H18年1月20日判決(平成16年(受)第575号)名称使用差止等請求事件
http://www.wada-pat.jp/hanrei/hanrei-11.htm
(元)天理教豊文分教会 現在 豊文教会の裁判と最高裁判決です。
なぜこのような裁判を起こしたのでしょうか?宗教法人が何故商法で争ったのか?理解に苦しみます。
事件 平成 15年 (ワ) 23164号 名称使用差止等請求事件
原告 宗教法人天理教
同訴訟代理人弁護士 今中道信
同 羽成守
同 日野修一
同 鳩谷邦丸
同 別城 信太郎
同 大畑道広
被告 宗教法人天理教豊文教会
同訴訟代理人弁護士 岡田弘隆
http://husei.hanrei.jp/hanrei/uc/1313.html
愚の骨頂 下衆の極みです。
信者に相談無く勝手に裁判を起こし天理教の名を汚した上記原告と関係者の処分を教団は責任を持って行うべきです。
3年も立たない間の天理時報でも「ネットの情報は嘘、信じるな」と報じていましたが、噓つきはどちらなのでしょう? 最高裁判決のこれらPDFやデータベースが嘘となのでしょうか?笑 天理教教会本部、天理時報、それら包括管理者中山家の精神を疑います。
ネットでも「天理教 裁判」と検索すると、膨大なヒットがされます。 この最高裁判決を重要判決と注視して解説してる弁護士事務所や大桷の論文が発表されてます。
これら事件は、信者層と教団は、 中山家を中心とした運営 この裁判を弁護をした弁護士 の辞任を求める案件です。彼らがまとものな精神を持っているのならば自ら引責辞任をするでしょう。誰か引責辞任をし、教団を後にしましたか?情報を求みます。
それにしてないのであれば異常な状態、教祖の教えに背き 寛容性を書いた悪行をつんだ挙句、異端討伐にでて教会本部時代が裁判に負け異端になった日と明確に読み取れます。
少なくとも法的には、天理教豊文教会(宗派豊文)がある以上 どう見ても 天理教中山派教会本部と成るでしょう。改名はまだですか?
今後名称詐欺も疑われ兼ねないので自らの自業自得を受け入れ改善していってください。まず違法性は脱しないといけないでしょう。
教会長ですが、権利関係等どなたか教えて頂けますでしょうか?
自教会の権利関係を調べてみたいと思い、当分教会の設立時の登記簿抄本を出してみました。
(戦後の設立で、かねがね両親から土地、建物は全て本部にお供えしているから自分の物ではないとよく言っていましたが。。)
70年近く前の登記簿抄本を見てみますと、その中には
「登記簿抄本
・・・・寄付証書により◯◯ 県 ◯◯ 市 ◯◯ 町 ◯◯番地 天理教 ◯◯分教会の為の所有権の取得を登記する。・・・」
と言う一文が書いてありました。寄付証書とは、本部に寄付したと言う証書でしょうか?◯◯分教会の為の所有権の取得とは、要するに個人に所有権が渡る事はこの時から永遠になく、所有権は末代に亘って宗教法人◯◯分教会に有る?
つまり、寄付済みなので例えば離脱し権利関係を個人に移す書類上の手続きをしても、離脱も権利の異動も法的には無理という事ですね。
次に住む権利についてです。
一般的に借家に20年以上住み続けると所有権が大家から住人に移ると聞きました。私の場合、自分に所有権が無いとは言えもう50年以上住んでいるので、老齢化し寝たきり状態になり家族も一切の教会活動をしなくても一家に住む権利が発生すると考えて良いですか?
次に修理の費用負担についてです。
老朽教会ですので、雨漏り、瓦の不都合等があるのですが、私が将来寝たきりとなり家族と一緒に教会を出る際、私と家族が修理して出る責任が生じますか?(信者はいません。)50年以上住んだのを理由に莫大な修理負担を天理教関係者から強いられるではなかと戦々恐々としています。現状ではそんなお金はありません。
どちらにせよ、老朽教会を引き継いでくれる新会長にお金があるはずも無く、これからどうなるんだろうかと不安な気持ちになっています。
組織運営と法を誤認した結果
2019年8月21日 3:52 PM
>それにしてないのであれば異常な状態、教祖の教えに背き 寛容性を書いた悪行をつんだ挙句、異端討伐にでて教会本部時代が裁判に負け異端になった日と明確に読み取れます。
少なくとも法的には、天理教豊文教会(宗派豊文)がある以上 どう見ても 天理教中山派教会本部と成るでしょう。改名はまだですか?
今後名称詐欺も疑われ兼ねないので自らの自業自得を受け入れ改善していってください。まず違法性は脱しないといけないでしょう。<
私は、天理教教会本部と天理教豊文教会の訴訟について、天理教豊文教会の会長と直接お会いし、訴訟の顛末をお聞きしたことがあります。ご存知の読者も多数おられると思いますが、訴訟の争点は、簡単に言えば、天理教豊文教会が天理教教会本部との被包括関係を解消(分離・独立)するにあたり、天理教教会本部側は「天理教」という名称は「商標」であると一貫して主張し、天理教豊文教会が「天理教」という名称を使用することは、「商標権の侵害」であると主張し続け、最高裁まで争った結果、最終的に天理教教会本部側が敗訴したということです。読者の皆様もお分かりの通り、「天理教」という日本の一新興宗教の名称を「商標」として考えているのが、とりもなおさず天理教教会本部です。天理教教会本部にとって「天理教」という名称は宗教名称ではなく、「ビジネス商標」だということです。最高裁まで争うからには、それなりの訴訟費用も要したはずですが結果的に敗訴し、総訴訟費用の全額が信者の「お供え」から支出されたということです。なんとも情けなく腹立たしい限りですが、天理教教会本部は、「天理教」という宗教を利用してビジネスをしているのです。オウム真理教の教祖、故 麻原彰晃が天理教システムを真似たのも無理からぬことです。
匿名 様 2019年8月21日 6:06 PM
>教会長ですが、権利関係等どなたか教えて頂けますでしょうか?
「寄附証明」は、権利を移転させる為に必要な証明書です。「天理教 ◯◯分教会の為の所有権の取得を登記する」という文言からすると「◯◯分教会」名義かと思われますが、最新の登記簿謄本を取得して確認された方が良いでしょう。
>つまり、寄付済みなので例えば離脱し権利関係を個人に移す書類上の手続きをしても、離脱も権利の異動も法的には無理という事ですね。
離脱と不動産の所有権は別のお話しです。〇〇分教会名義なら離脱後も〇〇分教会名義です。
離脱後に権利関係を個人に移すことは、また別のお話し(売却や法人の解散など)です。
ご参考にして下さい。
http://mikagurauta.grupo.jp/blog/kate/4511
>老齢化し寝たきり状態になり家族も一切の教会活動をしなくても一家に住む権利が発生する
殆どの教会長家族は、その教会の管理者(教会長)の家族だから一緒に住んでいる、という形になっています。家族の誰かが教会長であれば、そのまま教会に住む(教会を管理する)事が出来るでしょう。
>私が将来寝たきりとなり家族と一緒に教会を出る際、私と家族が修理して出る責任が生じますか?
これは、責任や義務の問題ではなく、教会管理者(教会長)の判断という事になるでしょう。貴方のご家族が退去なさる場合、上級や大教会が誰かに「教会長をやらせたいけどこんなボロでは困るから綺麗にさせよう」と考えれば、なんやかんやと理由を付けて貴方に「修理しろ」と言うかもしれません。
勿論、その前に離脱すれば、そんな上級や大教会とは縁が切れますので、修理するもしないも貴方の判断になるでしょう。
上記ブログでは被包括関係廃止に関する手続きや権利関係などを記事にしていますので、ご参考になりましたら幸いです。ご質問などございましたら、ブログにメールを下さい。
被包括関係という本部にとって非常に都合の良いシステムから逃げることが第一です。
仮に、被包括関係を維持したままで、教会建物を修理しようとすれば「お運び」と「お許し」というとんでもない手続きを踏むことになります。
既にご存知のこととは思いますが、教会規則の中で定められていれば、この手続きから逃げることが出来ません。
兎に角、上級や本部の魔の手から逃れることが第一歩です。その手段が被包括関係の廃止です。善は急げですよ。
末端が、どのような困った状態に立ち至っていても、上級や本部からは何の救いの手も差し伸べてはくれませんから。
ここに興味深い、対天理教団との顛末がエッセーとして発表されています。
しかもお名前が「東井さん」という教団史にも登場する姓の方です。
たんに同姓なのか親戚なのかは判りませんが、長文の一部をご紹介します。
加藤様のように離脱されることが一番すっきりする策だと思いますが、強力な協力者を得てではありますが個人の方の軌跡が公表されていましたのでこちらも参考にされてはいかがでしょうか。
★ 東井 朝仁氏 プロフィール
「互い立て合い、助け合い」一般社団法人 東井悠友林を平成24年に設立し、理事長就任
http://kjass.net/tooiyuyurin/sp/meaning.html
★結婚を機に住居を準備する中での天理教との交渉。(長文のため一部割愛)
☆なお、全文は下記に記されています。
http://kjass.net/tooi/yoisyuumatsu/yoi20171005.html
・・・・・実家といっても、その土地と家は、形式的には宗教法人の名義。
両親が戦後まもなく、天理教の巨大組織の下部組織にあたる一つの「分教会」の
責任者として、奇特な信者さんから、贈与(お供え)に近い安価な値段で買い受け、
実質的に東井家の家として維持されてきた不動産。
400坪の土地に我が家の住居兼神殿(12畳ほどの和室)の建物があり、その横に、
住み込みの信者さん家族の家が建っていました。
したがって、土地は広々とあります。
しかし、家を建てるとしたら、その趣旨は宗教上の関係施設ということに。
そこで信者用住居として家を建てることになります。
それによって固定資産税も免除されるのです。
私は、誰の名義であろうが、私たちが自由に住めればそれで結構と考え、後日、
父にその旨を返答。
(中略)
・・・・・・・昭和58年1月に次男が誕生。
一家5人が、小さな家で平和に暮らしていました。
しかし、その4年後の昭和62年10月2日、父が77歳で病死。
この小さな宗教法人の教会責任者(法人では代表理事)だった父が亡くなったのを機に、
後継者を私の兄として推挙していた関係者の意思を黙殺し、上部組織は兄の代わりに
他の者をその任につけ、東井家を現在の土地から追い出す策動が蠢(うごめ)いてきたのです。
当時は世を挙げてのバブル経済の走りの頃。
東京の一等地の土地を、上部組織の最高責任者がこれを手にしたい企図を持っている、との忠告を様々な方から受けていました。
閑話休題。
この問題を記述すると、とても長くなりますので、省略します。
結論だけ述べますと。
この問題は、天理教の上部組織と私共との係争(民事裁判)から、天理教団トップをも
巻き込んだ騒動となり、4年間、不安と恐怖と落胆と奮励の日々が続きました。
そうしたある日、私の縁から、この問題の解決に身をなげうって協力してくれる人が出てきて、
結局、「現在の土地を売却し、その売却金で双方、和解金・立退料を均等に分け合って納める」
という和解が、平成2年末に成立したのです。まさに奇跡の出来事でした。
そして、私たちは平成3年1月からそれぞれ長年住み慣れた目黒の地を出ていきました
(建物は壊され、整地され、その跡にマンションが建てられています)。
==== 以上コピペ =====
なお、本部は「ネット情報を鵜呑みにするな」と言っていますし、その本部の言い分を信じる人々もいます。
私は上記の法人活動の信ぴょう性を保証できる一つの証として、参加者の一人の存在を知っています。
東井氏自身は知己ではないものの、その参加者は顔を見知っている私の出身学校の先輩であることから、信用できると申し上げたいのです。
ネットからも真実は掬えます。何が真実か見極めることは、要は失礼ながら読み手の力にかかっていると言えます。
匿名
2019年8月22日 6:09 PM
>>東京の一等地の土地を、上部組織の最高責任者がこれを手にしたい企図を持っている、との忠告を様々な方から受けていました。
確固たる証拠が出ましたね笑 これはなんとも貴重な資料法人乗っ取りの手口も克明に書かれています。そもそも信用が無い人が社団法人を作ることはできません。もと教団の方が作られた法人かもしれませんね。このようにして天理教教団は教団側に都合の悪い事は一切書かないという事がはっきり分かったので良い機会になります。ネットに不都合な情報が散乱しているという事でしょう。教団側が異端と称してる集団の多くは、中山家に不都合だったという事でしょう。しかしそれがインターネットで誰でも発信でき閲覧できる世の中になり情報遮断が出来なくなったの事に教団は時代錯誤で気がついてないのでしょうね笑 なんとも恥ずかしい笑
本部に集まるお供え金が減っています。
立教181年発表のお供え金115億円。立教182年発表のお供え金103億円。
一年でマイナス12億円。(立教182年5月号みちのとも 教報より)
信者は確実に減り続けており、お供え金も今後減り続けるでしょう。
この一年でマイナス12億円と言う数字が語る事は天理教は後10年も持たないと言う事です。後7、8年で何かの動きが見えてくる様な気がします。
匿名 様
2019年8月24日 12:24 AM
>確固たる証拠が出ましたね笑 これはなんとも貴重な資料法人乗っ取りの手口も克明に書かれています。そもそも信用が無い人が社団法人を作ることはできません。もと教団の方が作られた法人かもしれませんね。<
昔、天理教本部員で参議院選挙に出馬され当選された東井三代次という人がおられたことを記憶していますが、その人と何らかの関係があるのかもしれませんね?
目黒の教会は甲賀大の甲都分教会ではないかと思う。現在名称を変更して川越市の百栄分教会になっている。何とも金が絡むと欲が出るんだよね。この教団。
匿名
2019年8月25日 2:12 PM
>本部に集まるお供え金が減っています。
立教181年発表のお供え金115億円。立教182年発表のお供え金103億円。
一年でマイナス12億円。(立教182年5月号みちのとも 教報より)
信者は確実に減り続けており、お供え金も今後減り続けるでしょう。<
とりもなおさず、教会本部や大教会から、末端分教会や布教所、一般信者に対する「お供えの取り立て」が厳しくなるということですが、末端分教会や布教所、一般信者には、とてもそんな余裕はないはずです。「息も絶え絶え」の状態です。どうしても天理教財政をやりくりしたいのであれば、無駄な支出を削減していくしかないでしょうが、これとても限界があります。こうした状態になることは何十年も前から分かっていたはずなのに、遅きに失しましたね。天理教はいよいよ「崩壊」です。
天理市への寄付金も昨年の9億円から7億円に減額。かつては40億円越えの寄付をして天理市との密着型教団として便宜を図って貰っていたはずです。毎年2億円ずつ減額せざるを得ないなら後3〜4年で天理市へ寄付はゼロになると言う事です。
天理市が経済的に逼迫していると聞きましたが、年々歳々の寄付金減少の影響も大きいと思われます。
末端教会はどこも息絶え絶えです。信者の居ない教会は珍しく有りません。出直し譜を見ても、80〜90歳超えの現役会長が大勢亡くなっています。如何に誰も天理教を継ぎたくないかが見て取れます。
今後も教団本部は息絶え絶えの末端教会が息の根が止まるまでお金を吸い取る魂胆でしょうか。そんな事になったらどこも黙っていないと思います。
みち一条を推進してきたのは、教会に仕事なんかさせず、金の元になる信者を増産させるのが目的だったと今頃気づきました。
大亮君などは教会が働く事を良しとしているように聞きました。貧乏教会ではお金が取れないから、もうこうなったらヤケクソで教会にも働かせて少しでも出させた方が得策と思ったのでしょうか?
本部にとっては大事な筈の布教師養成学校をも切り捨てたりで、今の 本部には成り振り構わない「ヤケクソ感」が立ち込めて来た感じがします。この調子で行くと後7〜8年すればお供え金はゼロとなります!!隠し財産は別ですが、、。
この金食い虫のようなものを作ったのは誰でしょう。
大きいことはいいことだとばかりに虚勢を張り、見栄を張ってきた行き着く先が見えてきたようです。
それでも103億円の年間予算。1日当たりにすると2千800万円余が使えるとは驚くばかり。
1日当たり5千円にも満たない年金でやりくりしているものから見れば夢の世界。
その夢の世界の当事者たちに言いたいことは180年余に及ぶ教団史を振り返り、真摯に反省することがいかに大切かということです。
天理時報に毎回掲載されている歯の浮いたようなヨイショ記事の中身ではあるまいに。
大教会へ昇級が許されるには分教会50か所の必要条件が有ると聞いている。
みちのともの集計表を見る限り、規定数に届かない内容の大教会も見受けられるのが今の天理教の実情だ。
事情教会となっている分教会が既に数か所ある大教会で聞いた話はゾッとするような人間思案に満ちた話が有る。
信者を数字の一つとしか見ていない、大教会我が身可愛いだけの人間思案大教会の生き残り戦略なのか。
事情教会を任せる人材が大教会と部内教会では枯渇しているし、今後、事情教会となりそうな状況の分教会すら存在している。
だから若い一般信者の中から適当な人材を物色しているような気配が漂っている。
未信者だった夫が亡くなって残された夫人と息子が住まう家と土地。
それなりの資産価値があるからか、お供え原資とロックオンされているのかもしれない、不安だという言葉が聞こえてきた。
耳を疑うようなその話は、その未婚の息子に、先生曰く、お嫁さんが欲しいだろうと。
様々な事情から未婚の息子・娘を抱える家庭のいわば足元を見て餌をまく、このような甘言を弄する意図は「何なのかしら?」と。
困難な事情を抱える息子だから、結婚など望んでもいない親子に、その気持ちも確かめず、いきなりの結婚話をチラつかせる方法は、決して相手を尊重した礼儀正しい話の持ち掛け法とは思えない。
その意味から二重に人を傷つけている。美味しい話をチラつかせるような話の運び方は誠意が見えない。具体的に相手を用意して、「いかがだろうか」と見せて、初めて話が始まるのではないか。
「親神様にお働き頂いて、釣り合った配偶者をお与えいただきましょう。」と、あくまで、本人からの願い、相談があってから信仰者らしい対応を取るべきではないだろうか。
年金生活の古い信者たちからはまとまったお供えは望めないから、資産家の独身者に狙いを定めたという思惑が透けて見えるほど、お粗末な関係性しかない、教会と信者。
経済的に困っているならば、大教会一家の生活費を削るべきだろう。
会長は飲むのを止めたらいいだろう。サラリーマンは生活費に困れば家の財務大臣から渡される少ないこずかいをやり繰りして昼食代をちびちびケチって、ようやく飲み代をねん出している。
お供えから頂く飲み代で飲む酒で陽気になっている若い大教会長たちよ、大亮取り巻き連中たちよ、「陽気」とは酒盛りなのか?
本部青年会でのここ数年のお遊び行事の原資はお供えだろう?!
自分たちが陽気になることが大切だと、底の浅い考えを実行しているようにしか見えない本部青年会活動こそ、まず、緊縮財政下、問題にすべき削減対象だろう。
上記の匿名です。
舌足らずの表現をちょこっと修正させてください。
この部分、
「親神様にお働き頂いて、釣り合った配偶者をお与えいただきましょう。」と、あくまで、本人からの願い、相談があってから信仰者らしい対応を取るべきではないだろうか。
昔の先生方の模範解答が記憶に残っていて書きつけてしまいました。
私自身は天理教が夫婦という形態にこだわることは底の浅い理解だとしか思っていません。
周囲の人々を理解し、また、自分自身をも深く理解し、人との関係を明るいものにできるよう努力しながら生きていく。
年齢、性別、立場に捉われない、一人の自由な心をもった人間として生きていくよう努力は続きます。
>>お供えから頂く飲み代で飲む酒で陽気になっている若い大教会長たちよ、大亮取り巻き連中たちよ、「陽気」とは酒盛りなのか?
本部青年会でのここ数年のお遊び行事の原資はお供えだろう?!
自分たちが陽気になることが大切だと、底の浅い考えを実行しているようにしか見えない本部青年会活動こそ、まず、緊縮財政下、問題にすべき削減対象だろう。<<
全くその通りです。
高齢化した青年達の月次祭後の酒盛りを見るにつけ、また真っ昼間から飲んで赤い顔して陽気に電車に乗る上級部内の知り合いの会長さんの姿には世間との乖離を感じます。
所で今月8月の本部月次祭の人の少ない事。神苑に置かれたパイプ椅子に座っている人は殆ど居ませんね。こんな無駄なひのきしんをさせる事は不要でしょう。若者のひのきしんとは言え、無駄な労力です。こんな意味の無い事をさせていては彼らの不満が募るばかりでしょう。
私の大教会下でも上層部の関心事は、事情教会の数を数えて悩む事と、そこに充てがう人材探しです。しかし人材が居ないから大教会住み込みの人を名前ばかりの教会長にこしらえて、月次祭の時だけ出張させています。日頃は空っぽ教会です。こんな事で人助けが出来るのでしょうか?数字の上で格好つけているだけです。部内の数の多さを誇っていた上層教会は今や、半数以上が事情教会となっていて、プライドだけが捨て切れず、頭を抱えています。
彼ら大教会以下上層教会長は神は見ていません。形の維持ばかりにとらわれ神とは関係ない所で悩んでいる。
そんな時間と労力があるなら、人一人のお助けに回るべきです。何に悩んでいるのか。もっと神を語るべきです。
本部へのお供え金が12億円も減っていると言う事は、大教会家族への実入りも当然減っていると言う事です。かつての奥様、お嬢様、お坊っちゃま気分では通れないのが現実です。今こそ大教会家族は質素倹約に努めて貧に落ち切り、難渋の気持ちを体験すべきであり、その時初めて自分達が徳の高い人間では無かった事を知る筈です。大教会一家は長い間勘違いしただけで、信者からのお供え金で何不自由無い贅沢な生活をさせてもらえた、「一時の夢」を見ただけなのです。
本部も大教会も数字を見ずに神を見よう!
教会はおろか大教会などの法人も本部は乗っ取る状態ですからね。大教会の人でも本部への不信感が有るようです。目黒の教会 の記事を見て明らかになりましたね。本部は土地を売却益を目当てにしているわけです。先日乗っ取られた大教会も地方の街の一等地にあったから狙われたと以前のコメントでも書いてありましたから辻褄が合い過ぎます。
天理教内部の制度変更も大切ですが、教団と宗教法人法の理念が一致しないのでは?との意見を知人の専門家からよく聞きます。
知人には、社会学などの非公式と公式のブログを見比べて検証して貰ってますが、「教団側は知らぬ存ぜぬで不対応過ぎるよね。これではもう生き残れないよ」とはっきり言われ納得させられました。
お尽くしは金に関しても「お尽くしは金等と寄付の強要は違法行為だし、真っ当な宗教歴史で考えてもカルトに分類、新興宗教にはありがちな教え(笑)」と一蹴されました。私も「天理教は所詮新興宗教と自ら認めてるようなものだ」と思いました。それに 教団自体はすでにカルトと言うことですよね(苦笑)
「天理教の資産管理や法人乗っ取りはとても悪質であたかも正当であるかのように行われている。合併吸収により土地までもって行くやり方は悪質」
と言ってました。
「どんなに教団が合法的だからと資産管理などの金銭問題で逃げようとも,信者層が被害者の会を発足し世間に被害を報告すれば政治家も宗教法人法も変えざる終えない。」と言ってました。
その被害報告により諸外国の国家機関から完全にカルトに指定されるだろう。とも言ってました。
人集め、金集めが目的では本当の宗教ではない!
なぜ、人助けができないのか?
なぜ、教会長のおさづけが効かないのか?
宗教の目的は人助けであったはず
一銭二銭でたすけいくとみかぐらうたにもあったはず
自分は金持ちにならなくてもひと様を助けさせてもらいたいと思った先人が
各地で不思議なたすけを巻き起こしそれが今の各教会となったはず
その思いを忘れ、教会の維持だけを目的としたボンボンどものおさづけが効くはずがない!
どなたか法律知識のある弁護士の方、上記天理教被害者の会を立ち上げ、世間の人、政治家に働きかけてください!
これからの子供たちが、こんな宗教に生まれてこなくてよかったと後悔しないように!
教校学園の廃校で教団の現実を知った人が多く成った段階で今までネットに批判的だった知人や老人なども「ネットではどう書いてるんだ?」と聞かれ信じるようになりました。聞いた話ですが中山家と側近以外の本部関係者でも現体制をよく思ってない人が殆どだそうです。
現時点でも出来る事ですが 独立する事が前提ですが教団に残るのであれば今は信者層は自教会(法人)防衛 家族防衛だけに専念する時期です。勿論お供えは減らして行って自分達で有意義に使ってください。
天理教の問題は、本部中山家が資金問題から教義かいざん そして信者の金で営利不動産を運営などです。やがて大事件が起こりますので、その際に打倒本部打倒中山の機運が立ち込め自然と講が結集されるでしょう。講ができれば被害者の会もすぐに出来ます。中山家が偽の教理を説いた以上それないの報いは受けて頂きましょう。もうこの教理を崩してしまった以上教団の崩壊も信者の不満も誰も止められません。
真柱が立ってからおかしくなったんでしょう!早く本席体制に戻すべき! 中山は教祖中山みきだけで十分それ以外は人間として信用できない人ばかり!本席追い出して教団乗取っても中身無いからこのざま、真柱が身上になっても当然成ってくるのが天の理ですから、中山家はその偽りにしがみ付きたいなら覚悟するしかないです。中庭で処刑が行われてもおかしくはない。
匿名
2019年8月30日 10:55 PM
天理教の本を読むと本席が居たのに突如として消えていくおかしいなと思っていたのですが中山家が天理教と教団を乗っ取ったのですね。本部を乗っ取るぐらいだから大教会や分教会を乗っ取るのは朝飯前、東京の法人乗っ取り問題みたいなことを散々してきたのでしょう最低です。
合法が正しいわけではない。吉本興業の問題でも合法的対応を指示した弁護士ですら記者会見では震え上がってましたよね。天理教の弁護士も悪人を擁護しすぎるとその擁護しすぎた弁護士ですら黒くなりますからいい加減戒めた方がよいのではないでしょうか?オウム真理教の弁護士も逮捕されましたよね。人としておかしい人が弁護士をやっていたらやがて法のう世話に成る典型例です。被害者の会、法改正、教団解散命令もありえるでしょうね。教団は金に目がくらんで大きく成りすぎましたね。その溜め込んだ財産を被害者と社会にお返しする日もそう遠くは無いでしょう。反社会行動をしてきた教団はいりません。天理教なら教団から出て行った人々も多いのでその方々が広めれば良いでしょう。
朝起き 正直 乗っ取り笑
真柱の身上治せないのに 中田善亮 中山大亮 はどの面下げて教内巡教してるのかな(笑)御守護もない効果も無いもの勧めてたら詐欺と言うのですけど(笑)
真柱氏の病状がよくならないのは、両統領はじめ大亮氏ら閣僚クラスは、あくまでも、信者の信仰心が足りないからだと思っているんじゃないですか。。
何度も云います。所属していた大教会長は、三代さんが130年祭を待たずに出直しされたのは、我々の信仰心が足りなかったからだと、大祭後の教話で堂々と述べているところからも、上層部は下々が悪いと断定しているんだから始末が悪すぎるのです。
このような人たちを崇め奉っている一部の信者さんたちの心情が理解できません。
大の大人が成人病になるのは、一にも、二にも、自分の節制が足りなかったからだということに気付かな方がどうかしていると思うのです。
事実、教会長さんには痛風の方が多いでしょう。善司さんも若くして痛風だったんです。必要以上のエネルギーや栄養を摂ってはダメです。
脳の組織の一部が壊れると再生は不可能と言われています。その出来ないところを再生できるのが、自ら豪語している「おさづけ」ではないですか。
善亮氏が表統領に就任した時や、大亮氏が善司さん夫婦の婿養子になった時から、本部員たちの善亮参り、大亮参りが始まったと聞いています。最早、真柱氏は眼中にないのではありませんか。せいぜい、そのような冷たく、救いようのない集団だと感じています。
東風Z
2019年9月4日 11:27 AM
信者の性にしてたらそれはお門違いですよね。
「その出来ないところを再生できるのが、自ら豪語している「おさづけ」」
を見せてもらわない事にはいくら盲信していてもいちまつの疑問は生まれます。おさづけ が効かないなら教団もいりません。中山みきも噓つきに成ってしまうのですがね。その失礼さも気がつけない善亮氏と大亮氏はじで本部の中枢は頭がおかしいのではないでしょうか?
親は山奥の小さな教会で一生懸命に生きています。
末端の教会は、上級教会の生活費を工面もします。その上で、大教会へのお供えもします。
信者さんも高齢化し、出直し。その後に子供たちが信仰を継続することは少なくなりました。結果、お供えは少なくなります。それを上級教会の生活まで考え、プラスお供えをする。どう考えても限界に達します。
天理教の教えは有り難い教えです。それだけに、お供えに翻弄される現状は勿体無いです。